選ばれなかった未来、遠く霞んだ過去
●ココロに満ちるモノ
――わたくしの愛したあの方は、もう長いこと戻ってまいりません。
告げる彼女は、本来ならば一途に自身を思ってくれる男性と結ばれ、虐げられてきた事実を過去のものとする。
けれども、ここにヒトの姿をとって現れた彼女は、『もしもの未来』が形になったモノ。
――どうしてわたくしが、わたくしだけ、こんな思いをすることに?
彼女は知ってしまった。本来の自分はこんなにも夫への寂しさを募らせ、僅かな憎悪をいだくに至らなかったことを。
――わたくしは本当に幸せだった? わからない……。
彼女はもう、忘れてしまった。わずかでもあったはずの、幸せだった過去を。
だから彼女は思う。
あなたたちも『あったかもしれない未来』を体感してみればいい。
あなたたちの『覚えていない過去のこと』を思い出せせることができれば、自分の過去も思い出せるかもしれない。
あなたたちも、負の感情で心乱されればいい――と。
●グリモアベースにて
「……、……」
UDCアースの景色を背にして、彼女はそこに佇んでいた。いつもならば猟兵たちが集まればすぐに迎えの言葉を紡いでくれるはずなのだが。
「……、……これは失礼いたしました。いらせられませ」
猟兵の一人に声をかけられ、なにか考え込んでいた様子の彼女――グリモア猟兵の紫丿宮・馨子(仄かにくゆる姫君・f00347)は視線を上げて猟兵たちを出迎えた。
「これよりわたくしがお伝えするのは、UDCアースでの事件でございます」
告げる彼女はいつも予知を伝えるときと同じように言葉を紡ぐが、何か違う、気もする。
「UDCの出現を予知いたしました。何らかの要因により、大規模な儀式なしにそれは出現いたします」
出現するUDC――オブリビオンを放置すれば、大きな被害がでることは想像に難くない。
「すでに、そのオブリビオンの影響と思われる、不思議な現象が起こっております」
馨子が告げるには、京都にあるとある料亭が問題らしい。
「一見、何の変哲もない料亭でございます。和食を扱い、伝統料理なども提供するお店で、観光客などの一見さんも入ることが出来ます。個室もございますが、その他に格式高い部屋――つまり一部のご贔屓さんや社会的地位の高い人々だけを通すお座敷もございます」
その料亭で出される料理を食べたという人たちが、妙なことを言っているのだという。
「曰く、この料亭の料理を食すると――願望が映像となって見える、と」
願望ならば頭の中で思い浮かべたり、夢の中に反映されたりすることで映像のように見ることはできる。けれども。
「わたくしの私見にございますが、恐らくその映像は、『こうであったらいいのに』『こうならなくてよかった』などと感じるような、『あり得た可能性のある未来』なのではないかと」
つまり簡単な例を挙げると、数学のテストで赤点を取ってしまった事実があるのに、見えた光景では100点を取っている――これはこうだったらいいのにという願望であると共に、きちんと勉強すれば実現したかもしれない未来だ。
逆に、同じテストで98点を取った事実があるのに、見えた光景では赤点を取っているならば、これはこうならなくてよかったという安堵とともに、勉強しなければそうなり得る可能性のあった未来、だ。
「現在はまだそれほど大きな話題とはなっておりませんが、時間が経過すれば似たような体験をしたという人が増える可能性は高くございます。そしてこの料亭が、オブリビオン出現に関する手がかりの在り処であることは間違いございません」
つまり、まずこの料亭へと赴いて欲しいということだ。
料亭への根回しは、UDC組織が行ってくれるため、一般客の通される席だけでなく、特別な人物たちだけが通されるというお座敷に入ることもできるという。
「……それと、出現するオブリビオンに関する情報なのですが……」
そう口にして、馨子は不自然に押し黙った。けれども意を決したように、その唇を震わせる。
「UDCアースにて人のカタチを得たヤドリガミの女性にございます。器物は本――写本にございます。そして、その本の主人公のカタチと想いをもって現れるでしょう」
そう告げた彼女の瞳が揺らぐ。なにか他にも言いたいことがあるようにも見えるが、グリモア猟兵としての領分ではないと判断したのだろう、次に彼女が紡いだのは。
「……精神的に、そして潜在的に揺さぶる性質を持つ相手にございます。どうか、飲まれぬよう、お気をつけてくださいませ……」
やはりグリモア猟兵としての言葉。
深々と頭を下げる彼女の飾り天冠の瓔珞が、しゃらりしゃらりと音を立てた。
篁みゆ
こんにちは、篁みゆ(たかむら・ー)と申します。
はじめましての方も、すでにお世話になった方も、どうぞよろしくお願いいたします。
このシナリオは皆様の過去や覚えていない、忘れてしまった、潜在レベルでしか所持していないような記憶、心や精神、そして今に至るまでに切り捨ててきた、枝分かれした選択肢としての未来への道……『可能性として存在したが、選ばれなかった未来』などに触れる心情重視シナリオです。
第一章では、京都の料亭にて、食事を。ここの食事は食べると『可能性として存在したが、選ばれなかった未来』を見ることが出来ます。
ひとりでまたは誰かと一緒に見る事もできますし、食べないという選択肢も可です(出されたお茶などの飲み物だけでも、少し見ることが出来ます。デザートもあります)
この状況をお好きにご利用ください。
食べる場所は一般客の通されるテーブル席、座敷席の他に個室や、普段は一部の限られた方しか入れない座敷なども選択できます。
特にご指定がなければ、こちらで判断してお通しします。
提示されているPOW/SPD/WIZの行動例はあくまで一例ですので、あまりお気になさらず。
第二章は冒険フラグメントです。更にオブリビオンへと迫ります。
覚えていない、忘れてしまった、潜在レベルでしか所持していないような過去の記憶を見ることになるでしょう。
※見る/見ないの選択もできます。詳しくは第二章の冒頭にてご説明します。
第三章では、ボスオブリビオンとの戦いになります。精神的に、そして潜在的に揺さぶる性質を持つ相手です。
写本のヤドリガミであることがわかっています。
●プレイング再送について
プレイングを失効でお返ししてしまう場合は、殆どがこちらのスケジュールの都合です。ご再送は大歓迎でございます(マスターページにも記載がございますので、宜しければご覧くださいませ)
●お願い
単独ではなく一緒に描写をして欲しい相手がいる場合は、お互いにIDやグループ名など識別できるようなものをプレイングの最初にご記入ください。
また、ご希望されていない方も、他の方と一緒に描写される場合もございます。
●オープニング公開後に、冒頭文を挿入予定です。
皆様のプレイングを楽しみにお待ちしております。
第1章 冒険
『怪しげな飲食店』
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POW : 取り合えず食べてから考える
SPD : ささっと手早く食事を済ませる
WIZ : 事件について思いを巡らせながら食べる
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
その料亭は、直に目にしても本当に何の変哲もない料亭だ。
一見さんも受けてれているということで、観光客らしき姿もちらほらと見える。
はたしてここの料理を食べた人が見たという映像は、本当に『見た』ものなのだろうか。
頭に浮かんだものを見えたと勘違いしているのではないだろうか。
だが、グリモア猟兵が関係があると告げたのだから、オブリビオン出現に何らかの関係があることは間違いないだろう。
自分が見ることになるのは、一体どんな映像だろうか――。
そんな思いを巡らせながら、料亭達は店の扉をくぐっていく。
(※訂正※料亭達→猟兵達)
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※補足※
プレイングにて、見る「選ばれなかった未来」の内容をご指定いただいていない方は、「見ないという選択をしたもの」(何らかの要因で見えなかった、など)と判断して、お食事の模様を描写させていただきます。
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シホ・エーデルワイス
アドリブ歓迎
食事で見る光景は
人間の私がメイドとして
騎士様達の手当てや給仕をしている姿
多分
騎士にならない事を選んだ私
1つと2つ前の依頼で蘇った記憶を思い返す
そう
私は騎士になってはいけなかった
入団資格に適合していなかった私は
養父でもある騎士長を説得し特例で騎士になった
騎士長や先輩方の力になりたくて…
結末は大勢の死者を出し処刑され
死後にオラトリオへ覚醒
今なら食事で見た光景の様な方法で十分力になれたと思う
ふと気づく
私が怒り狂う人々に身を差し出した時
騎士長はどこに?
思い出せない…いえ
無意識に思い出す事を拒んでいる
多分私にとって
自分の死よりも辛く感じたのでしょう
でも
前に進む為には向き合わなければなりません
通されたのは、二人がけのテーブルのある個室だった。リーズナブルな食事処によくある、とりあえず仕切っただけで仕切り越しに隣の部屋の客の気配が感じられる――という安っぽさはない。むしろリーズナブルな食事処ならば四人用の個室として、ちょっと息苦しいけど食事に支障はない――そんな感じで提供されるだろう広さがあった。
「……、……」
シホ・エーデルワイス(捧げるもの・f03442)はその個室でひとり、色とりどりのコース料理を頂いていた。普通の十代が一食で使う値段の百倍くらい――お小遣いでもこんなにもらっている十代は少ないだろう――のお値段の料理は趣向が凝らされ、旬の素材が使われている。目で楽しませ、舌で楽しませるその料理を、シホは箸を器用に使って頂いていた。
UDC組織からの根回しがあったようで、渡されたのは料理の値段が入っていないお品書き。料理の代金はUDC組織へ請求が行くようで、お好きなものをと言われたもののお品書きの記載から料理の姿を想像するのが難しいものも多く、おすすめを、と頼んだら出てきたのが明らかにお高いとわかるようなコース料理だった。
けれどもシホとしては、何が見えるのか、それがとても気になって。料理は美味しいと思うけれども何処か上の空で、雲丹豆腐の入った高そうな小鉢を手にし、豆腐を口に入れる――すると。
口の中で豆腐がとろけてその風味が広がるのと同時に、シホの目の前にその光景は現れた。
そこは木製のテーブルや椅子が乱雑に配置されている広い部屋。石壁には剣や槍、斧などの武器が飾られ、軍旗らしきものも立てられている。
「あー……やっと帰ってこれたー……」
「腹減った……」
「傷がいてぇ」
そこにぞろぞろと入ってきたのは、鎧姿の男たちだ。ふと男たちへと向けた視線の先、その壁に飾られている団章らしきものには覚えがある。
(「騎士団の団章……!」)
そうだ、ここは騎士団の詰め所。訓練か簡単な任務での出撃だったのかはわからぬが、それを終えて部屋に入ってきたのは騎士たちだ。
「シホちゃん、こいつの手当頼むー!」
「はい、今行きます!」
自身の名を呼ばれ、シホはビクリと肩を震わせた。そして治療道具を手に騎士たちの元へと駆け寄ってきた少女の姿を見、目を見開いた。
そう、シホと呼ばれたその少女は、翼をもたない。
彼女は、鎧ではなく給仕服を身に纏っている。
「少ししみますよ」
「この薬、効き目抜群だけどしみるんだよなぁ……」
「騎士様でしたらこのくらい我慢してください」
シホの細い指先が、消毒薬を染み込ませた綿をつまみ、男の傷へと当てる。
「お前……。さっきお前のこと『憧れの騎士様』って言ってた子どもにこの醜態を見せてやりたい」
しみる薬に悲鳴を上げる騎士と、それを呆れたように見ている騎士。その様子を見て笑う騎士たちと共に、シホも笑顔を零している。
「シホさん、今日の晩飯なんですか?」
「ぺこぺこなんで、がっつりいきたい気分なんですが!」
年若い騎士たちが、腹を押さえながらシホへと駆け寄ってくる。
「今日は急に出撃になったと聞きましたから、いつも以上に元気の出るメニューを用意してありますよ」
「やったー!!」
「シホさんの料理、美味いんだよなぁ……」
「皆さんの手当を終えたら、仕上げに入りますね。その間に汗を拭き取って着替えを済ませておいてくださいね」
シホの言葉に、シホの行動に、騎士たちは安堵し、癒やされ、笑顔をこぼす。シホ自身もまた、その反応を嬉しそうに受け止めていて――。
(「ああ、これは……」)
その光景を目にしていたシホは、それがどういう『選ばれなかった未来』を示したものなのか、ようやく理解した。
それは、騎士にならないことを選んだシホの未来。
(「そう、私は騎士になってはいけなかった――」)
これまでの依頼で徐々に思い出してきた記憶。そのうちのひとつは、騎士になった自分のものだった。
シホは騎士になることを強く望んでいた。それは、騎士長や先輩騎士達の力になりたいと、強く思ったからだ。
しかしシホは、入団資格を満たしていなかった。
それでも、どうしても、騎士となることを諦められなかった。
彼らの力になるためには、そうするしかないと思っていたから。
養父である騎士長を説得して、シホは望みを叶えた。けれどもその報いは、シホを見逃さずに襲い来て。
大勢の死者を出す要因となったシホは、処刑され――幸か不幸かはわからぬが、その後にオラトリオへと覚醒したのだ。
(「ああ、今ならわかります……」)
目の前の『シホ』がしたように、手当や食事の用意、給仕や掃除、雑務などでも十分、彼らの力になることができたのだ。けれどもあの時の自分は、彼らの隣に並び立つ資格を持たねば力になることは出来ぬと、そう、強く思い込んでいたのだ。
(「……そういえば」)
目の前の映像が徐々に薄れていく中、シホの脳裏によぎったのは。
消えゆこうとする映像の中を探す。けれども、目的の人物は映し出されていない。
(「私が怒り狂う人々に身を差し出した時、騎士長はどこに?」)
浮かび上がるのは短い黒髪に黒い瞳、長身痩躯の中年男性の姿。シホの養父であり、騎士長である彼は、特例としてシホを騎士団へと受け入れた人。
あの時、騎士長はどこにいた?
責を負って人々にその身を差し出した時、自分は騎士長の姿を見た?
必死で記憶を手繰ろうとする。だが、記憶の糸は引いても引いても手応えがない。
(「思い出せない……いえ、無意識に思い出す事を拒んでいる……」)
するっと手から滑り落ちた箸が、雲丹豆腐の残る小鉢に当たり、高い音を発した。
(「多分私にとって、自分の死よりも辛く感じたのでしょう――でも」)
その音に背中を押されたかのように感じ、シホは漆塗りの箸を持ち直す。
(「前に進む為には、向き合わなければなりません」)
過去を知りたい、真実から逃げない、そう決めたのだから。
成功
🔵🔵🔴
リインルイン・ミュール
過去の記憶は、然程思い出したいと思わないのデス
寧ろ思い出すと考えただけで、形容し難い騒めきを覚えるくらいですから
本当は「別な未来」も見ない方が良いのでしょうけど。それでも、いつか向き合わなくてはならないとも感じているので
飲み物と、デザートを頂きマス
無機質な部屋。頑丈そうな壁
部屋中央の仕切りの向こうに、内からは開かない扉
一つだけある丸窓の外には、暗い宇宙空間
「ワタシ」は、部屋から動かず
仕切りの向こうに人々が訪れ、その度にワタシは何か歌っている
その、繰り返しの日々
これだけでは何のことだか判らないハズなのに、妙にざわつく光景デス
となれば確かにこれは、別の未来なのでしょう
……楽しくは、なさそうですネ
程よく空調の調節された座敷の個室で、リインルイン・ミュール(紡黒のケモノ・f03536)は季節の和菓子と玉露の入った湯呑を前にしていた。
(「過去の記憶は、然程思い出したいと思わないのデス」)
むしろ、思い出すと考えただけで、形容し難いざわめきが、リインルインの全身を蝕むくらいだ。本能的に思い出すのを拒否しているのだろう。本当は、『選ばれなかった未来』も見ないほうが良いのだろう。けれども、それでもいつか向き合わなくてはならないと、感じているから。
リインルインは目の前の菓子皿へと手を伸ばす。六月の和菓子――特に京都でそういえば、一番に出てくるのは『水無月』という和菓子だ。
ういろうに大粒の小豆をのせた、三角形のそれは、もちもちとした羊羹のような寒天のような食感。彼女の目の前にあるのはベーシックなういろう+小豆の水無月と、抹茶ういろう+小豆の水無月、そして抹茶ういろう+うぐいす豆の水無月の三種。どれもまず一口ずつ。合間にいただく玉露も上品な味わいで。
さて次は――そう思った時にそれは、目の前に浮かび上がった。
そこはなんとも無機質な空間だった。部屋、だろう。なのに生活感が全く感じられない。
まるで何かを閉じ込めるために作られたかのようなその部屋の壁は、見るからに頑丈そうで。多少の火器や刃物では傷をつけることすら出来ないだろう。
部屋中央には仕切りがある。何のための仕切りだろうか。その仕切の向こうに見える扉には、取っ手もドアノブもボタンもなければ近くの壁に操作パネルや認証のための機器もない。つまり、部屋の内側からは開かぬ扉だ。
一つだけ、丸い窓がある。だがその外に見えるのは、暗い、昏い、くらい――宇宙空間。
その窓は何のために?
この部屋に居るしかない『ワタシ』の心を慰めるためデスカ?
外へ出ることを望む心を持たぬよう、『ワタシ』の希望を折るためデスカ?
この部屋にいるリインルインは部屋から動かない。室内ですら、動き回ることは殆ど無い。
ただ、仕切りの向こうに人が訪れると、何かを歌う――その繰り返し。
まるで同じ映像をリピートしているかのように、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し――繰り返す。
「……、……」
これだけでは、何のことかわからない。それなのにリインルインの心は、記憶は、カラダは、ざわめきに侵されていく。
嗚呼、嗚呼、嗚呼……キモチワルイ。
(「となれば確かにこれは、別の未来なのでしょう」)
何のことかわからないのも気持ち悪ければ、ざわめきはもちろん気持ち悪くて。けれどもそれは、目の前の映像が『選ばれなかった未来』であることの証左なのだろう。
「……楽しくは、なさそうですネ」
ぽつり、呟いて。
リインルインが湯呑の玉露を飲み干すと、その光景はさぁっ……と溶けて消えていった。
成功
🔵🔵🔴
フィラメント・レイヴァス
ザザ(f07677)と参加
へえ、本格的な和食って殆ど食べれないから嬉しいね
ん、味も美味しいね。まあ、色々と特別な食事みたいだけど…
今は狂ってしまった母親の幸福な姿
その隣で微笑む父親も、今は既に亡き人
……ふーん
ifの幻想、ね
わたしは今が愉しい
相手が母親であろうと、仕事はこなす
いけないことをした人に、いけないことで罰するのが
わたしのお仕事
そう告げた瞳には、迷いや憂いは映らない
ただちょっと、あの時は虚しかった
だから、あの日を境に……
その顔から察するに君の見たソレも
なかなかに難儀な幻想みたいだね
ザザ、君はその幻想に至る道を
悔やんでいるの?やり直せるなら、と思う?
それを叶えた時、君は此処に…在るのかな
ザザ・クライスト
フィラメント(f09645)と参加
座敷席で食事だ
「フラウ・レイヴァス、料理はなかなかイケるぜ?」
行儀よく食べる
にしても願望か、モテモテの未来かね?
そうして見えるのは教会の前に立つアイツと彼女
チッ、別にこんな願望なんざねェってのに
「部下とその女。任務が片付いたら結婚するって話だった」
しかし、ドジを踏んだアイツをオレは見捨てて、奴は死んだ
女は軍に恨みを抱いて裏切り、結局オレが始末した
「そっちこそ随分と不景気なツラになってるぜ」
フラウの問いに、
「何度機会があっても同じさ」
後悔はないし 、やり直したいとも思わない
まァ未練はあるが…
「仮に叶えても"此処"にいるさ」
今が楽しい?
奇遇だな、オレもだと笑う
座敷席で座布団を敷いた木製の座椅子へと腰を下ろし、ザザ・クライスト(人狼騎士第六席・f07677)とフィラメント・レイヴァス(シュピネンゲヴェーベ・f09645)は次々と運ばれてくるコース料理を堪能していた。
「フラウ・レイヴァス、料理はなかなかイケるぜ?」
「本格的な和食って殆ど食べれないから嬉しいね」
確かにUDCアースの日本であっても、欧米化の影響もあり、本格的な和食にお目にかかれる場所は限られているといえよう。目の前に並べられたような懐石料理となれば、それなりの店を訪れなくては食べることが出来ない。
様々な食材が使われているのだろう。見た目はもちろん鮮やかで、中には使われている食材がひと目ではよくわからないものもあるが、口に入れれば上品な美味しさが広がるのは同じ。
「ん、味も美味しいね。まあ、色々と特別な食事みたいだけど……」
向付けや八寸を頂いて。その味に満足気に頷くフィラメント。このまま純粋に料理を楽しめるのならばよかったのだが、彼女の言う通りここの食事で『特別な』現象に出遭う人も多いのだ。
「そうだなぁ。にしても願望か、モテモテの未来かね?」
行儀よく蓋物の穴子豆腐を口にしたサザが、それを飲み込んでから揶揄するように告げると、ふたりの前にそれぞれ別の光景が浮かび付がった。
* * *
ひとりの女が、笑みを浮かべている。
幸せそうに、安心したように、楽しそうに。
そしてその隣には、ひとりの男。
彼もまた、微笑みを浮かべている。
幸せそうに、安心したように、楽しそうに。
フィラメントの目の前に現れたのは、そのふたりだった。ただただ穏やかに、ただただ幸せに、ただただ楽しそうに。
けれども、これは。
(「……ふーん、ifの幻想、ね」)
そう、『選ばれなかった未来』の光景だ。
現実ではその女――彼女の母親は狂気に満たされてしまった。
その男――彼女の父親も、今はもう、すでに亡い。
(「けれども、わたしは今が愉しい」)
しっかりとその光景を見据え、フィラメントは口を開く。
「相手が母親であろうと、仕事はこなす」
目の前の光景を否定し、断ずるように。
「いけないことをした人に、いけないことで罰するのが、わたしのお仕事」
そう告げた緑色の瞳、真紅の瞳孔は、迷いや憂いで揺らいではいない。
フィラメントの強い意志の言葉に、目の前の光景が消えてゆく。
(「ただちょっと、あの時は虚しかった」)
思い出されるそれは、指先から虚しさで彼女を染め上げようとする。
(「だから、あの日を境に……」)
* * *
サザの目の前に広がったのは、教会だった。祝福の鐘が鳴り響き、花びら舞うその中に立つ新郎新婦の姿には、覚えがありすぎる。
「チッ、別にこんな願望なんざねェってのに」
だがこの光景が『選ばれなかった未来』であることは、サザ自身が一番良く知っていた。
『俺、任務が片付いたら結婚するんです』
そう告げた彼の顔を、覚えている。隣に立つ彼女の、幸せそうな顔も。
だからって、気を抜くンじゃねェぞ――冗談半分でそう告げた。
結婚を前にして、浮ついていた?
絶対失敗できないと、気負っていた?
部下であった彼のその時の心境なんて、いまさらわかるものではない。
ただひとつ確かなのは。
(「ドジを踏んだアイツをオレは見捨てて、奴は死んだ、それだけだ」)
遺された彼女は、深い恨みを抱いた。彼を見捨てた軍を恨むしか、なかったのかもしれない。
軍を裏切った彼女を、そのままにして置けるはずはなく。
結局始末をしたのは、サザ自身だった。
* * *
ふたりの前から映像が消えたその後も、食事をする手は止まったままだった。そろり、互いの顔を盗み見れば。
「その顔から察するに君の見たソレも、なかなかに難儀な幻想みたいだね」
「そっちこそ随分と不景気なツラになってるぜ」
ようやく軽口を叩けるほどの余裕ができて。
「ザザ、君はその幻想に至る道を、悔やんでいるの? やり直せるなら、と思う?」
鮎の塩焼きに箸を伸ばしながら零された、フィラメントの問い。
「何度機会があっても同じさ」
サザの口からするりと零れたのは、本音。後悔はないし、やり直したいとも思わない。
「まァ、未練はあるが……」
「……それを叶えた時、君は此処に……在るのかな」
視線を鮎へ落としたまま紡がれたフィラメントの言葉。サザはその淡い問いに答えるように言葉を紡ぐ。
「仮に叶えても『此処』にいるさ」
「……そう。わたしは今が愉しいから、ifの幻想には魅力を感じない」
「今が楽しい? 奇遇だな、オレもだ」
サザの見せた笑顔、それが偽りでないと知れたから、浮かび上がりかけていた不安に似たものは、そのまま沈んでいった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
月待・楪
あったかもしれねー未来、か
…んなもん、とっくに
誰かに見られたくねェし、個室がいい
…ああ、料理は食うぜ?
こんなとこの飯とか珍しいしな
見えるのは…強化改造の後で暴走しなかった、あの副作用の痛みも何もかもを抑えられて
そして…くっだらねーヒーローになっちまったかもしれない未来
街に蔓延るヴィランを倒して
先生の娘さんの病気を治せるように、先生の手伝いをする…副作用の頭痛だって先生が調整してくれるから少しも痛くなくて…
そんな穏やかで優しさに溢れる…くそつまんねーありえたかもしれない可能性の先
ああ、ほんと、くだらねーしつまんねーな
…ヒーローなんざ願い下げだ
俺は俺のモンだけを守るヴィランでいいからな
通された個室の座敷席には、木製の座椅子が座卓を挟むように向かい合ってひとつずつ。どうやら二名用の部屋であるようだが、それにしては広い。飾られた花や窓の向こうに見える景色が風流で、一人で使うにはもったいない気もした。だが気軽に入れるような店にはないこの『余白』の広さが格式の高さを感じさせ、かつ客への心遣いのひとつでもあるのだろう。
(「誰かに見られたくねェから個室を選んだが……」)
向かいの座椅子に敷かれた座布団の上が空いているのを見て、月待・楪(crazy trigger happy・f16731)はふと思う――連れてくればよかったか? と。
「あったかもしれねー未来、か……」
呟いて、楪は京野菜と大きな海老の天ぷらへと箸を向ける。天つゆもあるが、まず塩でいただいてみると――揚げたてを表すさっくりとした食感に甘塩がよく合い、素材の美味しさを引き立てているように感じた。
(「……んなもん、とっくに……」)
心中で呟きながら、鮑ご飯の入った茶碗へと手を伸ばし、ひとくち。
(「まあ、こんな機会でもなきゃ、こんなとこの飯とか食う機会、そうそうねェしな」)
口内に広がる上品な美味しさを咀嚼して嚥下した――その時。
「……、……」
浮かび上がったのは、楪自身の姿。ただ違うのは、纏っている服はヴィランというよりも『ヒーロー』のもので。そして目の前の彼の瞳に満ちているのは、万人に向けられる『正義』だ。
それは、強化改造を施されたのちに暴走しなかった楪の姿。
今も楪を苛む、副作用の頭痛も抑えられている。
いつか憧れた、光の中のヒーローの姿そのものだ。
街に蔓延るヴィラン共を、改造で得た正義の力で倒していく。
住人たちにもてはやされても、それが己の役目だからと決して驕った姿を見せない。
まさに絵や物語に出てくる、人々の『理想のヒーロー』がそこにいた。
自身をヒーローとして目覚めさせてくれた科学者の先生に心から感謝し、先生の娘の病気を治す手伝いをする楪。
副作用の頭痛は、先生が調整してくれるから、少しも痛まない。
せがまれて、今日の事件の顛末を語って聞かせる楪。ベッドの上でそれを楽しそうに聞いている先生の娘。ノックをして入ってきた先生は、自分だけ仲間はずれにしないでくれと軽口を叩き、娘も楪も笑う――そんな穏やかで優しさに溢れる……。
「くそつまんねーありえたかもしれない可能性の先だ」
これは強化改造の後に、楪が暴走しなかった未来。
もしこの未来が『選ばれて』いたら、笑顔で、穏やかに、楪は今もあの街で暮らしていたことだろう。
人を助け、人に感謝され、人当たりのよい性格で――。
「ああ、ほんと、くだらねーしつまんねーな」
吐き捨てるように口に出すと、目の前の映像は自身の笑顔で停止して。
「……ヒーローなんざ願い下げだ」
吐息のように呟かれた言葉で、ヒビが入って粉々に散った。
その声には棘よりも、諦観が満ちている。断ち切れぬ未練を諦観が包み込んで隠すような、そんな呟き。
「俺は、俺のモンだけを守るヴィランでいいからな」
今後も彼は、自身をヒーローと名乗ることはないだろう。
ただひとりのヒーロー的存在だとしても、彼は自身を『ヴィラン』と名乗り続けるだろう。
それは彼なりの矜持であり、けじめであるのかもしれない。
成功
🔵🔵🔴
ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と
個室で宵と食事を
舌鼓を打ちながらも肉を得てから共に過ごした最後の…美しい赤毛の所有者と共に家庭を築いている様が見えれば思わず視線が落ちる
彼女から事有る毎に好きだと、愛していると告げられる軽さを装った言葉の裏にある本音を見ぬふりをせんかった場合の…
『物』故、幸せに出来ぬと。ただ傍に在る事だけを選ばずに手を伸ばしていたら在り得たかもしれん未来なのかもしれんと思えば胸の奥が鈍く痛む
…だが、それは過去だ
その未来の先には宵と肩を並べる今はないからな
そう振り払うも宵の見る景色を捉えれば思わず宵の手を握ろうと手を伸ばそう
…伸ばした手は絶対に離さぬ故に
宵こそこの未来を選んでくれて本当に良かった
逢坂・宵
ザッフィーロ君(f06826)と
これは夢のように美味しい料理ですね
そう、夢のように……
微かに見るのは厳格な最後の主の元
義妹とともにただ従うだけの人形であった自分の姿
見目麗しいだけの宿り神が
『あの時、選ばなかった』その後の未来だ
美術品同様の品評を受け
それでも己の世界は主以外ないのだと信じていた行く末 ……
けれど、あの時主を見捨てずとも
この夢のような未来になっていたかは分かりません
主とともに朽ちていたかもしれない
いま現在のような輝きを得られなかったことは、確かでしょう
ザッフィーロ君の見ている眺めに気付けば笑って見せて
僕との未来を選んでくれたこと、後悔させはしませんよ
そう笑って手を握り返しましょう
椅子席の個室へと通されたふたり。二人用にしては広く感じるテーブルには所狭しと料理が並べられて、見ているだけで目の保養になりそうだ。
「手を付けるのがもったいないな」
「そうですね」
ザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)の言葉に逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)は頷いて、太刀魚の南蛮漬けを口へ。ザッフィーロは烏賊の酒盗焼きを。
「これは、夢のように美味しい料理ですね」
「ああ。ウマいものが一堂に会し、それを食べることができる。良い機会だな」
ひとつひとつの料理の量は少ないが、その分、多くの料理が用意されている。さあ次は何を食べようかと、迷ってしまうほどだ。
「そう、夢のように……」
呟いた宵が白ずいきを口に運ぶと、目の前に映像が広がり。
ほぼ同時に鮑酢を口にしたザッフィーロの前にも、また。
* * *
嗚呼――目の前に微かに見えるのは、見覚えのある人の姿。厳格だった最後の主と、義妹と共にその主にただ従うだけの人形であった己の姿。
宵は、旧き天図盤を本体とするヤドリガミである。名職人の手により生み出された天図盤は、美術品としての評価も高かった。それでも――他から高い評価を受けようとも、己の世界には主以外ないのだと信じていた行く末――。
目の前のこれは、見目麗しいだけのヤドリガミが、『あの時、選ばなかった』その後の未来――。
(「けれど、あの時主を見捨てずとも、この夢のような未来になっていたかは分かりません」)
そう、目の前の映像は、可能性としてあり得た未来の一つにすぎない。主とともに朽ちていた可能性だってある。
けれども宵には、ひとつだけ確実にわかることがある。
(「しかし――いま現在のような輝きを得られなかったことは、確かでしょう」)
そう、だって今は……。
* * *
目の前の美しい赤毛の女性を忘れるはずはない。彼女はザッフィーロの本体であるサファイアの指輪の最後の所有者であり、肉体を得てからも共に過ごした相手。
『好きよ』
『愛してるわ』
事あるごとに彼女から向けられた愛の言葉は、どれも軽さを伴っていて。それが本当に軽いのではなくそう装っているのだと気付いてはいたが、その言葉の裏にある本音を見ないふりをした。彼女の用意してくれた『逃げ道』に甘えて逃げていたのだ。
目の前の光景は、本音と向き合った場合の『未来』だ。
己は『物』であるがゆえに『人』である彼女を幸せにすることは出来ぬと、ただ傍に在る事だけを選んだ現実。それとは違う、己の心の欲するままに彼女へ手を伸ばしていたら、あり得たかも知れない未来。
彼女とともに家庭を築いている様が見えて、ザッフィーロは思わず視線を落とした。
こんな未来が在り得たのか――そう思うと胸の奥が鉛を詰め込まれたかのように重く、鈍く痛む。
(「……だが、それは過去だ」)
そう、今更この時には戻れない。戻るつもりもない。
(「その未来の先には宵と肩を並べる今はないからな」)
心をしかと『今』に据えて、ザッフィーロは目の前の彼へと視線を向ける。彼の見ている光景が目に入ると、自然と彼に手を伸ばしていた。
「……、……」
彼の手に触れ、握りしめれば。自身の映像を捉えていた彼の瞳がザッフィーロの見ていた景色を捉えて。
「僕との未来を選んでくれたこと、後悔させはしませんよ」
笑った宵はザッフィーロの手を握り返す。それはザッフィーロが、伸ばして繋いだこの手を絶対に離さぬと、心に据えてあるのとおそらく同じ。
「宵こそこの未来を選んでくれて、本当に良かった」
いつの間にやら彼らの選ばなかった光景は、現在を強く肯定するふたりの前からかき消えていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
斬断・彩萌
『斬断』の者と言えば話は通じるかしら。
ええ、当然VIPルームでしょうね、そうじゃなきゃお宿が知れるってものだわ。
ふぅん、結構雰囲気いいじゃない。
で、しかしてその実態は『選ばれなかった未来』を見れる、と。
正直あんまりいい気分ぢゃないわね。
……だって選ばなかったってことは。殺したも同然の未来でしょう。
私は――4年前のあの時…オブリビオンに襲われた時から、全部自分で選んだ道を歩んできた。
なら、その分殺した未来も沢山あるんでしょう。
私はそれに耐えられるのかしら。過去に詰られる気分ってのは、どういうものかしらね。
まぁいいわ、今は料理を楽しみましょ。あ、これおいしー、写真アップしなきゃ。
※アドリブ歓迎
「『斬断』の者と言えば話は通じるかしら」
「はっはいっ……! ただいまっ、お部屋のご用意をっ……」
UDC組織により料亭側に根回しはされていたようだが、迎えに出た女将にそう告げると、女将は慌てて従業員たちへと指示を出した。そして通されたのは、料亭の奥の区画にある広い部屋。他の個室とは別棟にあるこの場所ならば、他の客の声も目も気にしないですむようになっている。おそらく立場もお金もある者たちが通される部屋なのだろう。普段であれば、この部屋の存在すら知ることは出来まい。
だが斬断・彩萌(殺界パラディーゾ・f03307)はあえてその名を隠さず、家の力を借りることを厭わなかった。使えるものは使う、そんな意志が感じられる。
「ふぅん、結構雰囲気いいじゃない」
今回は彩萌ひとりゆえに見事な絵の襖で部屋が仕切られているが、おそらく隣にも似た部屋があり、人数に応じて二部屋を繋げて使ったり、客の要望によっては襖の向こうに『色々』用意するのだろうと推測する。
一部屋といっても十二畳はあるだろうか。床の間には掛け軸と壺と花を生けた花器、壁には額装された絵画。座卓や座椅子も高級品であることがわかる。これは、高級品を目にして暮らしてきた彩萌だからわかることだろう。目の肥えた彼女は部屋の中を見渡して、満足そうに席に着く。
おしぼりと共にお品書きを差し出されたが、お任せでと告げて、玉露入りの湯呑に手を伸ばした。
(「で、しかしてその実態は『選ばれなかった未来』を見れる、と」)
正直、あまりいい気分ではない。
(「……だって選ばなかったってことは。殺したも同然の未来でしょう」)
殺したも同然の未来――そんなもの、彩萌には不要だ。不要だから殺したのだ。
(「私は――4年前のあの時……オブリビオンに襲われた時から、全部自分で選んだ道を歩んできた」)
だから、選ばれなかった――選ばなかった未来に未練はないし、後悔もない。
(「なら、その分殺した未来も沢山あるんでしょう」)
自覚はある。けれども、特段見たいとも思わない。見て自分がどうにかなるとは思えない、けれど。
「失礼いたします。お待たせいたしました」
着物姿の従業員たちが大きな盆に皿を乗せて運んできたものだから、思考を一時中断する。
「あら、美味しそうね。さすがだわ」
次々と卓へと並べられる料理は、器の割に量が少ないものもあるが、高級料理とは量より質である。もっとも品数が多いゆえに、腹が膨れぬということはないはずだ。
「へぇ……」
従業員たちが去った後、まずは料理を一望して。そして和紙に毛筆で書かれた献立表の文字を辿る。
「高そうね」
別にUDC組織にいく請求額を気にして呟いたわけではない。献立表に書かれている料理名と、目の前の料理を見ての感想を呟いただけ。
多分、これは普通のコース料理ではないだろう。彩萌のためだけに組まれたコースである。家名を出した以上、半端なモノがでてくるとは思わなかったが。
「さて」
漆塗りの箸を手に取り、向付の伊勢海老から口へ運ぶ。
(「私は耐えられるのかしら。過去に詰られる気分ってのは、どういうものかしらね」)
ふと、思考を引き戻す。まだ、彩萌の前に『選ばれなかった過去』は現れない。
「あ、これおいしー」
料理の旨味に思考が押されてゆく。
(「まぁいいわ、今は料理を楽しみましょ。写真アップしなきゃ」)
いそいそとスマートフォンを取り出して料理の写真を撮り、次は牛タンの煮物へと箸を向ける彩萌であった。
大成功
🔵🔵🔵
エメラ・アーヴェスピア
へぇ…料亭?
そういえばUDCで生活してた頃には縁が無かったわね、少し楽しみだわ
それにしても…選ばれなかった未来、か
…私の可能性の分岐点と言えば…記憶喪失の発生した事件の有無なのだけど
正体不明の私の過去の先、見える物かしら?
あわよくば、事件の原因も知りたいけれど…
兎も角料理を頼んでみましょうか
写るのは成人女性のシルエット
ただしその全身を漆黒の焔が包み、どういった姿かは判らない
…可能性すら焼却されている…?
発見された時に私を焼き尽くしていた黒い炎(機械化の原因)が只の炎じゃないと判ってはいたけど…
…まぁ、今更の話ね
恐らく既に「私」での生活の方が長いのだし
これなら大丈夫そうね
次は何が見えるのか…
(「そういえばUDCで生活してた頃には縁が無かったわね、料亭」)
板戸で仕切られた椅子の個室席へと通されたエメラ・アーヴェスピア(歩く魔導蒸気兵器庫・f03904)は、ふと、かつてUDC組織に所属していた頃を思い出す。その頃にもこの様な料亭とは縁がなかったため、少し楽しみだ。
二人用の個室席とはいえ十分すぎるほどの空間が確保されており、隣の個室とを隔てる趣深い木の壁は見た目より厚いのか、それとも音を遮るための工夫がされているのか。透かしの入った欄間のようなデザインの個室上部から、内容までは詳しく判別できぬ程度の雑音は入ってくるが、よほど大声を出さぬ限り客が快適に過ごせるように、設計されているようだ。
(「それにしても……選ばれなかった未来、か」)
料理が運ばれてくるまでの間、エメラは自身の歩いてきた道を思い返す――ただしそれは途中までだが。
(「……私の可能性の分岐点と言えば……記憶喪失の発生した事件の有無なのだけど、正体不明の私の過去の先、見える物かしら?」)
少しばかりの期待が、徐々に膨らんでいくのを感じる。あわよくば、事件の原因を知ることができればと思ってしまうけれど。
ともあれ運ばれてくる料理。まずはそれに舌鼓を打とうではないか。
「っ……!?」
変化が現れたのは、食事の中頃。エメラが器用に箸を使って鮎の塩焼きを食べていた時だった。
だが。
目の前に浮かんだのは、成人女性のシルエットのみ。しかもその全身を漆黒の焔が包み込んでおり、詳細は全くわからない。
その女性のシルエット以外には、なにもない。風景や家具や道具といった、情報の断片となるようなものはひとつも見えないのだ。
「これは……」
エメラは箸を持つ手をおろし、そのシルエットを見つめる。
「……可能性すら焼却されている……?」
彼女の人生の分岐点であるあの時、それは身体を機械化することになった原因の出来事が起こったときのこと。
発見された時すでに、彼女は黒い焔に焼き尽くされていたのだ。
「……あれがただの焔じゃないと、判ってはいたけれど……」
しばし考えるように黙し、エメラはふう、と息をついた。
(「……まぁ、今更の話ね。恐らく既に『私』での生活の方が長いのだし」)
これなら大丈夫そうだ、そう思い、エメラは再び箸を動かす。
鮎の塩焼きは塩加減が絶妙で確かに美味しい。だがこの先自分は何を見ることになるのだろうか、それは喉に刺さった小骨のように少しだけ気にかかった。
大成功
🔵🔵🔵
アウレリア・ウィスタリア
可能性…
存在したかもしれない未来
それをボクは馬鹿馬鹿しいと一蹴することができません
もし、ボクが…私が悪魔でなかったのなら
私の背に翼がなかったのなら…
きっとそうだ
私はあの貧しいけれど平和な村で穏やかに暮らしていたのでしょう
質素に暮らし
年頃になって好きな人ができて
父が慌てて、母は笑顔を向けてくれたり
そんな普通の生活を
いえ、でも…
きっとそうはならない
だってボクの存在の有無にか変わらず
あの村は…
ボクは敵を知らない
けれど出会っていればボクは何の抵抗もできずに
殺されていた
なにものか、知ることもなく無惨に殺されていた
結局ボクが悪魔と呼ばれなくても
死体の数が一つ変わるだけだ
あぁ、だから「選ばれなかった」
アド◎
(「可能性……存在したかもしれない未来……」)
個室に通されたアウレリア・ウィスタリア(憂愛ラピス・ラズリ・f00068)は、目の前のテーブルに色とりどりの料理が並べられても、なかなか手を付けられずにいた。
(「……それをボクは馬鹿馬鹿しいと一蹴することができません……」)
料理からたちのぼる香りは食欲をそそるものだ。けれども。
(「もし、ボクが……私が悪魔でなかったのなら……私の背に翼がなかったのなら……」)
その背に白黒ふた色の翼を持ってしまったがために、故郷では悪魔と呼ばれ、虐げられ、幽閉されていた。
ただ幽閉されただけではない。扱いは酷いものだった……気がする。
だからこそ、もしも、と考えてしまう。
そんな『たられば』を考えても、無駄だ、意味がないと一蹴する者もいる。けれどもアウレリアにとってそれは、唯一生きることを許された狭い空間で、常に思わずにはいられなかったことだ。
もしも、もしも――そう考えねば、耐えられずに心が砕けたかもしれない。
もしもの夢を見ることが救いであったかもしれないのだから、どうしてそれを無碍になどできようか。
(「何が、見えるのでしょう……」)
それは期待と希望。もう二度と実現することのない過去であっても、幸せな未来(みち)が可能性として用意されていたのならば――アウレリアは鮑の殻に盛り付けられた炊合せを口に運んだ。
咀嚼していくうちに、ゆっくりと目の前に映像が浮かび上がる。
その中にいるのは、翼を持たぬアウレリア。貧しいけれど平和な村で、彼女は穏やかに暮らしているのだろう。村人たちと笑顔で話しているその姿は、夢のようだ。
『ねぇお父さん、アウラ、好きな人ができたんだって』
『なにぃっ!? どこのどいつだ!』
年頃のアウレリアは初めての恋をして。母にだけこっそり告げたそれが父へすぐに伝えられてしまったことに不満を抱くいとまもなく、父の慌てぶりと剣幕に「まだ私がこっそり思っているだけだから!」と顔を赤くする。
『母さんは相手を知っているんだろ!?』
父に相手の名を教えろと詰め寄られた母は、アウレリアへと顔を向け、口元に人差し指を立てる。相手の名前は黙ってくれるんだ、とほっと胸をなでおろし、アウレリアは母とともに微笑み合って。
「……穏やかで、普通の生活……」
見えた光景はアウレリアの予想した――望んだものだった。そのことに満足し、再び炊合せへと手を付けようとして動きを止める。
(「いえ、でも……」)
頭の隅をかすった、鋭い刃でつけられたような痛み。そうだ、この平穏は続かない。この平穏は、薄氷の上に成り立っていて。
(「……だってボクの存在の有無にか変わらず、あの村は……」)
その平穏が『必ず破られる』ことをアウレリアは知っている。
映像が、移り変わる。
村は無残に破壊され、各所から火の手が上がり、人々の悲鳴よりも血の匂いが気になる。
村を襲った何者かを、アウレリアは知らない。見えたのは、何の抵抗もできず、相手が何者なのかも知らず、自身が何故命を奪われねばならぬのかも知ることなく、無残に命を搾取されて血溜まりに落ちる自身の姿。
(「結局ボクが悪魔と呼ばれなくても、死体の数が一つ変わるだけだ」)
アウレリアは気付いてしまった。
自身が蔑まれ、幽閉され、愛を知らずとも、この村は滅びるのだ。
自身が平穏な生活を送っていても、村が滅びる未来は変わらないのだ。
「あぁ、だから『選ばれなかった』――……」
けれども、過酷な幽閉生活の代償のようにアウレリアはひとり、生き残った。
それが何を意味するのか、その答えは、わからない――。
大成功
🔵🔵🔵
三上・チモシー
アドリブ歓迎
料亭って初めてかも
選ばれなかった未来っていうのは気になるけど、それより料理!
どんな料理が出てくるのか楽しみー♪
デザートまでいただいちゃった
ごちそうさまでした!
見えるのは自分の家
自分が一匹の猫と遊んでいる
? 髪の色が……
オレンジの部分が無い
生え際まで黄緑色
猫の方は茶トラ柄
灰色じゃない、るーさんじゃない
あぁ、あの猫は
家に写真が飾ってある
写真より歳をとっていそうに見えるけど
あの猫は、前の――
そこで映像は終わり
……あの猫がまだいるなら、一緒にいた、あの黄緑髪の自分は?
(「料亭って初めてかも」)
座敷席に通された三上・チモシー(カラフル鉄瓶・f07057)は、わくわくしつつ料理を待ち。
(「選ばれなかった未来っていうのは気になるけど、それより料理! どんな料理が出てくるのか楽しみー♪」)
ズラッと並んだ高級料理たちを綺麗に平らげて、その上デザートの水無月を追加で頼んで三種三個ずつの九個+コースに付いていた分一個の計十個食べた。やはり甘いお菓子は良い。本場の水無月は一味違うなぁ……お土産に出来ないかなぁなんて思いつつ、手を合わせる。
「ごちそうさまでした!」
するとそんなチモシーの前に、彼が食事を終えるのを待っていたかのように浮かび上がった映像があった。
(「……?」)
見えたその光景は自分の家である。お寺で使われていた南部鉄瓶のヤドリガミであるチモシーの、家。
そこで一匹の猫と遊んでいるのは、自分だ。
(「? あれ、髪の色が……」)
自分だと、思った。けれども今の自分と明らかに違う箇所があれば、目が行くのも当然で。
家で遊んでいるチモシーの髪は、生え際まで黄緑色で。現在の彼にあるオレンジ色の部分がないのだ。
「えっ……」
そんな自分と遊んでいる猫へと視線を移すと、思わず声が出た。
自分らしき人影と遊んでいるのは、自分の知っている灰色の猫ではなく、茶トラの猫だったのだ。
(「灰色じゃない、るーさんじゃない……」)
ならば、あの猫は? チモシーは記憶の中を探し回り、そして。
(「あぁ、あの猫は……家に写真が飾ってある」)
思い出してみれば、写真の中に見た猫とそっくりだ。ただ、映像の中の猫はチモシーが知る写真の中よりも、年をとっているようにみえる。
(「あの猫は、前の――……」)
ぷつんっ……。
チモシーがそこへ思い至ったと同時に、まるでテレビの電源を切ったかのように突然映像が消えた。
あとに残されたのは、チモシーの頭と心の中に湧いた混乱。
「……あの猫がまだいるなら、一緒にいた、あの黄緑髪の自分は?」
わからない。
映像の意味も、これが『選ばれなかった未来』である意味も。
従業員がお茶のおかわりを尋ねに来るまで、チモシーはしばらくそのまま、呆然としていた
大成功
🔵🔵🔵
無銘・サカガミ
【マリス・ステラ(f03202)と行動】
覚えていない過去のこと…か。
過去…俺の過去は…もう分からない。覚えていることといえば、あの『瞬間』だけ。それ以外のことを思い出せれば…
料亭とやらには初めて入るが、成る程。いかにもらしい風情というか…よく分からんが。
飯も…多分美味しいのだろうが、緊張からなあまり味が分からないな。これなら、あの旅館…花の涯の方が、まだ美味しく気楽に食べられるな。
ふと食べていると、隣にいるマリスに食べさせられそうになる。
「…え?いや、別にいらないんだが。」
拒否してもわりと強引に来る…
「ああ、分かった。分かったからな?」
渋々食べさせてもらう。
…なんだか、恥ずかしいな。
マリス・ステラ
サカガミ(f02636)と参加
「こうした料亭は初めてですか?」
今回の事件に私はサカガミを伴ってこの地に来ました
彼の失われた可能性、過去の手掛かりが掴めるかもしれないから
それは彼を蝕む呪いを解く事にも近付くでしょう
「この個室には私以外いません。大丈夫です」
緊張の面持ちのサカガミに声をかけながら料理を食べる
サカガミの言葉をエリシャ様が聞いたらきっと喜ぶでしょう
「サカガミ、お刺身はいかがですか?」
あなたの年頃ならもっと食べても良いくらいです
もう少し食べないと大きくなれませんよと食べさせる
お姉さん風を吹かせてついつい楽しんでしまいます
「はい、あーん」
照れるサカガミがなんだか可愛い
アルカイックに微笑んだ
通された二人用の個室は和室ではなく椅子とテーブルの配置された部屋であったが、家具や壁などの調度品は和風に統一されていて、料亭の雰囲気を壊さず上品さを保っている。足や腰を痛めた年配者や、和室に慣れていない外国の客などにも料理を楽しんでもらいたいというお店の心が伝わってきた。
「……、……」
「こうした料亭は初めてですか?」
緊張しているのだろうか。椅子に座して黙したままの彼に、マリス・ステラ(星を宿す者・f03202)は柔らかく声をかける。
「ああ……料亭とやらには初めて入るが、成る程。いかにもらしい風情というか……よく分からんが」
答えたのはマリスの向かいに座る黒髪の少年、無銘・サカガミ(「神」に抗うもの・f02636)だ。なんとか感想を絞り出そうとしているその様子に、マリスは口元を小さく緩めた。
マリスが今回彼を伴ってこの地へと訪れたのは、彼の失った可能性――過去の手掛かりを掴めるかもしれないと思ったからだ。彼の過去を紐解くことは、彼を蝕み心苦しませる呪いを解くことに近づくだろう、そう思い、願ってのこと。
「この個室には私以外いません。大丈夫です」
料理はできるだけまとめて運んで、個室の扉を開く頻度を減らして欲しい――事前に女将にそう告げれば、快く承諾してもらえた。個室となれば恐らく、そういう要望は少なくないのだろう。お客様の邪魔をしてはいけない、お客様の会話に耳を傾けてはいけない、個室を訪れる際のタイミングには最新の注意を払う……そうした気遣いが行き届いているのも高級料亭としてやっていける所以なのだろう。
料理は先ほど運ばれてきて、二人には広く感じるテーブルの上に綺麗に並べられている。
「いただきましょう?」
緊張気味のサカガミに声をかければ、彼はこくりと頷いて料理へと手を伸ばす。それを見て安心して、マリスも鱧の湯引きを口に運んだ。
(「覚えていない過去のこと……か」)
心の中で思いを巡らせつつ、サカガミは厚焼きのだし巻き卵を口に入れた。出汁の優しい風味と朝産みたての卵のコクが自慢なのだろう、と思う。
(「過去……俺の過去は……もう分からない。覚えていることといえば、あの『瞬間』だけ。それ以外のことを思い出せれば……」)
けれども味わうことに集中できない。頭の中でぐるぐると渦を巻く思考の向こうにはたして希望の光を見ていいものか――。
「美味しいですね。サカガミ、味はどうですか?」
「……多分美味しいのだろうが、緊張からな、あまり味が分からないな……」
素直に感想を口にするサカガミ。濃い味付けなら否が応にも甘い、辛い、しょっぱい、すっぱいくらいの判別はできるだろうが、あいにく目の前の料理はガッと一種類の味に特化するものではなく、柔らかく優しい味が混ざり合って旨味を作り出すものだ。
「これなら、あの旅館……花の涯の方が、まだ美味しく気楽に食べられるな」
「まぁ……それは……」
その時二人が思い出したのは、温泉街の奥の奥にある建物。妓楼を改造した、雅やかで豪奢な佇まいの旅館だ。
(「サカガミの言葉をエリシャ様が聞いたらきっと喜ぶでしょう」)
まるで自分のことのように嬉しくなって、マリスは視線をサカガミの前の料理へと向ける。食べていないわけではないのだが、あまり箸の進みが良くない様子。
「サカガミ、お刺身はいかがですか?」
「……え? いや、別にいらないんだが」
自分の分のアコウの薄造りは食べ終えている。確かに食べやすい魚だったが、マリスの分までもらうわけには。
「あなたの年頃なら、もっと食べても良いくらいです」
確かに十歳の男の子であれば、これからもどんどん食欲旺盛になっていく時期だろう。
「いや、だが……」
「もう少し食べないと大きくなれませんよ。はい、口を開けてください」
サカガミの拒否にも全く動じること無く、諦める様子もなく、マリスはついに箸でその白身の刺身を取って、サカガミへと差し出した。
「ああ、分かった。分かったからな?」
結果、折れたのはサカガミだった。口を開けて、少し身を乗り出す。
「はい、あーん」
お姉さん風を吹かせてついつい楽しんでいるマリスは、サカガミの口へと刺身を運んで。渋々でもきちんと食べてくれる彼に、お姉さんは満足気である。
(「……なんだか、恥ずかしいな……」)
刺身を咀嚼しながら、憮然としたような照れた表情を見せるサカガミ。
(「ふふっ……」)
照れるサカガミがなんだか可愛くて。心中で笑みを漏らすとともにマリスが浮かべた笑みは、生命感と幸福感を表す口元のみの――アルカイック・スマイル。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
桜雨・カイ
IF:主を探しに行かず、屋敷で待ち続けた場合
*
近所の老婆と静かにお花見。
鳥の声しかしないぐらいに静か
「探しにいかないのかい?」と問われても、一人で外の世界に出るのは怖いし自分一人で見つけられるとは思えない
ならばここで待っているほうがいい
静かで穏やかなここがいい
*
現実では彼女がお守り(アイテム欄)を作って、私を送り出してくれました
帰り道が分からなくなったらそれを見なさい
怖ければ帰ってきていいから、探しに行っておいで、と。
未だに主は見つからないし、世界は小銭では足りない程に広すぎて騒々しすぎました
でも得られた事はとても多かったです
お守りを受け取って、そして外へ出て良かったと思います
「……すごいですね」
座敷席にきちんと正座し、背筋をぴんと伸ばした桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)は、自身の前に並べられた料理たちを見て一瞬言葉を失い、そして紡ぎ出したのはありきたりの言葉、なれど。
彼の青い瞳が美しいものを見ることが出来た嬉しさと、どんな味がするのだろうという好奇心とにきらきら輝いているのを見れば、目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだと思わされる。
「いただきます」
礼儀正しく手を合わせ、カイは箸を取った。梅肉の添えられた牡丹鱧と菖蒲独活の椀物を、味だけでなく食感も楽しんで。にしんと賀茂茄子に箸を伸ばす。
(「とても、おいしいですね」)
だからこそ、思うのは――。
* * *
ゆらり、カイの前へと浮かび上がった映像は、見覚えのある場所だった。カイがいた屋敷――カイの本体である人形の主の屋敷だ。その縁側に腰を掛けているのは、カイ自身と見覚えのある近所の老婆。
ふたりがそこで静かに見上げているのは、桜。よく見れば老婆の手には湯呑が有り、ふたりの間には老婆の手作りと思しき花見団子が置かれている。
『探しにいかないのかい?』
桜を見上げたままの老婆の問い。鳥の声の他には桜の花弁がそよぐ音くらいしか聞こえぬこの静かな空間に、それは優しく響く。
その声色は責めるようなものではなく、むしろ確認するかのようなもの。
この屋敷の規模に反して、生活音や人の気配は少なすぎる。ほぼ、縁側に要るカイと老婆のものだけだ。それは、この屋敷には――主もその妻子もいないからだ。
『……そう、ですね……』
問われたカイは困ったように頬をかいて。
『……やはり、ひとりで外の世界に出るのは……怖くて。それに……私ひとりで見つけられるとは思えませんから』
おそらくこの問答は、今初めて行われたものではないのだろう。
『だから……ここで待っているほうがいいんです』
カイの答えは前と変わっていないのだろう。老婆が小さく息をついた。
『そうかい……そうだねぇ……』
湯呑から冷めた茶をすする老婆を見て、カイは。
(「静かで穏やかなここがいい。主はいつかきっと、ここに帰ってきてくれるだろうから」)
ヤドリガミとして目覚めたあとに見た、知った光景は、平穏とは遠いものだった。だからこそ、その時受けた衝撃から生まれた恐れを、まだ乗り越えられぬのだろう。
* * *
(「これは、主を探しに行かず、屋敷で待ち続ける事を選んだ場合の……」)
その映像の意味に気が付き、カイは落としそうになった箸を慌てて持ち直す。そして反対の手で取り出したのは、手作りのお守り袋だ。
『帰り道が分からなくなったらそれを見なさい』
中に入っていたのは、手書きの地図と僅かな小銭。
『怖ければ帰ってきていいから、探しに行っておいで』
そう言って、あの老婆はカイの背を押してくれたのだ。
だからこそ、今、カイは猟兵としてここにいる。
(「未だに主は見つからないし、世界は小銭では足りない程に広すぎて騒々しすぎました……」)
驚いたことも、恐ろしかったことも、混乱したこともたくさんあった。けれども今、カイが笑顔を浮かべているのは、楽しいことや嬉しい出会いもたくさんあったからだ。
(「でも得られた事はとても多かったです」)
お守りを受け取って、そして外へ出て良かった――心からそう思う。後悔なんて、微塵もない。
まだ、主の消息はつかめぬけれど。
人の身を得て日々驚きと学びを繰り返している自分を、『人』としての生を歩んでいる自分を、主に見せたいと、強く思う。
刺身と焼魚が一緒に並んいでいる食卓は、明らかに主達の食事より豪華で。きっと主の知らない食材や料理も多いのだろう、そう思うと。
(「いつか、主と一緒に食べたいです」)
そんな願いが浮かんでくるのも、無理なきことだった。
大成功
🔵🔵🔵
ステラ・アルゲン
カガリ(f04556)と
選ばれなかった未来か
私にとってそれは簡単に想像できるものだと思う
だから未来を見たいとも思わないかな
カガリにとっては、あの都が滅びなかった未来なのだろうか?
一先ず、個室の部屋で料理を食べつつ映像が現れるのを待ってみようか
あの黄金都市……カガリの故郷か
昔のお前の姿と共に綺麗な都に見入っていたが、人が居ないと気付く
これだけ栄えて見える都に人が居ない?
人が居なければ何のための都か
あれはなんだ? 中央から溢れ出るのは…
途切れた映像からすぐにカガリへ意識を向ける
席を立って彼の近くに行き、その手を取って抱き寄せて
かける言葉は見つからない
だけど落ち着くまで傍に居よう
出水宮・カガリ
ステラ(f04503)と
選ばれなかった未来、か…カガリにとってのそれは、何だろう
見えるのは、変わらず続いている黄金都市、カガリの都
これはいつの頃だろう、カガリ(門)もそこに、変わらず建っていて
オブリビオンに滅ぼされず、平穏がずっと続いた未来、だろうか…?
…よくよく、見ると。ひとがいないのだ。
守るべきひとは、どこに
建物は皆無事なのに、ひとは、ひとはどこへ
ひとなくして、ものは有り得ないのに
都の一番中央にある施設から、何かが染み出ている
あれは…土色の泉? 無尽蔵に湧き出て、都を飲み込んで、最後に門を、――
…映像は、そこで切れた
カガリの都は…オブリビオンがおらずとも、内から滅んだ…と…?
通された個室は、畳敷きではあるが座卓の下は掘りごたつのようになっていて、座椅子に腰を掛けて足をおろして座れるようになっていた。
木製の座椅子の上に敷かれたふかふかの座布団の上に座り、ステラ・アルゲン(流星の騎士・f04503)は落ち着かない様子で卓に料理が並べられていくのを見ている。彼女が落ち着かない様子なのは、目の前に座っている彼が気掛かりだからだ。
(「選ばれなかった未来、か……カガリにとってのそれは、何だろう」)
徐々に卓の上に揃ってゆく料理を見つめているように見える出水宮・カガリ(荒城の城門・f04556)だが、その紫水晶は料理を映しているようで映していない。それよりも、この料理が見せるという光景が気になってしまって。
(「選ばれなかった未来か。私にとってそれは簡単に想像できるものだと思う。だから未来を見たいとも思わないかな」)
配膳を終えて挨拶をして襖を閉じる店の者に礼を言い、ステラは金色の彼へと再び視線を向けた。
(「カガリにとっては、あの都が滅びなかった未来なのだろうか?」)
共に在る、と誓い合った仲だ。互いの故郷や過去のことも、他の者達よりは知っている。だからこそ、ステラは彼の些細な変化にも気づけるよう、その青玉石でその姿を捉えて。
「カガリ、せっかくの素晴らしい料理だ。温かいうちにいただこう」
「……ああ、そう、だな」
普段のカガリならば、これは何だろう、あれは何だろうと不思議そうに、絵図のように広げられた料理を見たかもしれない。数種類の料理が少しずつ盛られた皿の中身をすべて平らげてしまってから、『ステラ、ステラ、これは美味しかったぞ』と言ってくるも、その中のどれのことを指していたのか自分でも覚えていない……なんてこともありえる。
――けれど。
「……、……」
目の前の彼は黙々と――だが常よりは明らかに緊張した様子で料理を口に運んでいる。
(「料理の味なんて、気にしている余裕はないだろうな」)
その気持はわかるから、ステラもまた、黙って料理を口に運んだ。
それが見えるようになったのは、突然のことだった。
* * *
ふたりの前に広がる映像は、美しく豊かな都。黄金都市、エルドラード、ユートピア、シャングリラ――そう、人々の望みを体現した、人々の理想の、都。
その都を守るように立つのは、まだ城門であった頃のカガリだ。
都が変わらず続いている様子に、カガリは胸をなでおろす。
(「これはいつの頃だろう。オブリビオンに滅ぼされず、平穏がずっと続いた未来、だろうか……?」)
カガリだけではなく、同じ映像を見ているステラもまた、その都がカガリの故郷であると認識した。
だが――違和感を覚えるのにそう時間はかからなかった。
平穏が続いていることに安堵したカガリ。昔のカガリの姿と綺麗な都に見入っていたステラ。
だが、栄えた都に足りぬものがある。
都に、なくてはならないものが、ひとつもない。
(「……これだけ栄えて見える都に人が居ない?」)
眉をひそめてステラは映像をよく確認する。
(「人が居なければ何のための都か」)
「……ひとが」
ステラが気づき、思い至ったことにカガリがたどり着けぬわけがない。ぽつり、小さく零して、カガリは映像に見入る。そして。
(「……守るべきひとは、どこに……建物は皆無事なのに、ひとは、ひとはどこへ……」)
必死に、まなこを見開いて、探す、探す、探す――ひとなくして、ものは有り得ないのに、ひとが、いない、なんて――……平穏どころか、悪夢のようだ。
映像の中をくまなく探すカガリの視界に、それは入り込んできた。視線を少し引くと、それは都の中央にある施設だということがわかった。
――ただ――。
(「あれはなんだ? 中央から溢れ出るのは……」)
ステラもまた、その施設に気付いていた。否、その施設から『溢れる』異変に気付いたのだ。
土色の泉、都の中央より湧きいでて尽きぬもの。
それはいずこに在りしものか。
そのさま、滾々たるや。
水にあればそこここへと入り、流れを止めるもの在らず。
都たるものを飲み込みし泉、その門(はじまりとおわり)へと辿り着き――。
* * *
ブツッ……。
突然途切れた映像に素早く反応したのはステラだった。カガリは卓を挟んだ向かいにいる。だが、その瞳は映像の現れていた宙を見つめたままだ。
「っ……カガリっ!!」
ステラは慌てて立ち上がり、カガリの隣へと向かう。
「カガリの都は……オブリビオンがおらずとも、内から滅んだ……と……?」
呆然としたまま紡がれた彼の言葉。微かに震えるその手を取り、ステラは彼の身体を抱き寄せる。
かける言葉が見つからない。ステラでさえ衝撃を受けた光景だ。カガリの心の揺れは、いかほどだろうか。想像できると思うことすらおこがましい。
「……、……」
「……、……」
どちらも、言葉を紡ぐことができない。
けれどもステラには、できることがある。
(「カガリが落ち着くまで、いつまでもこうして傍にいよう」)
美しく華やかな料理は冷めてしまうだろうけれど、ふたりとも、食事を続けることができる状態ではなかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
エイミ・メルシエ
未来、かぁ。
わたし、先のコトとか考えないようにしてるんですが。何が見えるかもだいたい見当つくんですよね。
ああ、でも、甘いものは欲しいかな。……いい夢見れるといいなぁ……。
わたしが見るのは、毎晩見る夢と同じ景色。
お菓子の国。その国の姫がわたし。
片目は嫉妬の色に。
これからも、あり得るかもしれない未来。
孤独なアイドルではなく、寄り添う友がいて。
道化師のように、いつだって笑顔を崩さない。
自分の苦しいも悲しいも辛いも、全部笑顔で楽しむ、甘いだけのもの。
誰かの狂気も苦しみも心の闇も綺麗に見えてしまって美味しくて愛しくてみんなわたしみたいになれば涙なんてなくなって感情もなくなって
……あ、わたし、寝てました?
(「未来、かぁ。わたし、先のコトとか考えないようにしてるんですが」)
椅子席に通されたエイミ・メルシエ(スイート&スウィート&プリンセス・f16830)は、そんな思いをいだきながら注文した甘味が届くのを待つ。
(「何が見えるかもだいたい見当つくんですよね」)
でも、甘いものは食べたい。スイーツ好きの彼女としては、和洋中問わず甘いものが食べられるなら、ということで甘味ばかりを注文していた。
「お待たせいたしました」
「わーい!」
運ばれてきたのは三種類の『水無月』と『和三盆のわらび餅』。カステラ生地で求肥を包んで半月型にすることで鮎を模した『若あゆ』に見た目から涼しそうな『水まんじゅう』。どれも職人の手による和菓子だ。
「……いい夢見れるといいなぁ……」
そう呟いて、エイミはまずわらび餅へと手を伸ばす。きな粉と黒蜜を絡めて口に運べば、和三盆の上品な甘みが口いっぱいに広がって。
「うーん! おいしいっ!!」
これなら他のお菓子も絶対美味しい、そう思い、エイミは順に他の甘味にも手を伸ばす――。
* * *
そこに広がるのは、パステルカラーの景色。
ウエハースやチョコレート、クッキーやホイップクリーム。ケーキにタルト、ババロアに――忘れちゃいけないマカロン。
お菓子でできたお菓子の国。
あまぁく、あまぁく、あまぁい香りだけが漂うその国で、エイミはショートケーキをモチーフにしたドレスを纏っている。
『今日のドレスはこれよ。どう? 似合うでしょう?』
ティアラを乗せた長い髪を揺らしながら、くるりと回ればスカートの裾がふわりと広がる。
『エイミ姫、ご友人が到着されました』
『はぁい、今行きます』
板チョコ風のローブに身を包んだ侍女に応え、クッキー風の鎧をまとった衛兵に労いの言葉をかけて向かうのは、中庭。
『エイミ姫、お待ちしておりましたわ!』
『まぁっ、今日のお召し物も素敵ですわ!』
飴細工の薔薇の咲き誇る庭で、すでに真っ白なテーブルクロスの掛けられたテーブルについているのは、スイーツをモチーフにしたドレスを纏う少女たち。
『みなさん、来てくれてありがとう。どうぞ、お茶もお菓子も好きなだけ召し上がって!』
エイミが席に着くと、生クリームのように真っ白な制服を着たパティシエ見習いたちが、お菓子や紅茶をテーブルへと並べてゆく。
『王宮のお菓子はどれもおいしくて』
『食べ過ぎて困ってしまうわ』
微笑み合う彼女たちは、大切な友。
この国でのエイミは、孤独なアイドルではなく、王女であり、寄り添う友もいる。
けれども、その顔に張り付いた笑みは、いつも同じ。
嬉しいも楽しいもその度合が違っても、いつも同じ。
ここは自分の『苦しい』も『悲しい』も『辛い』も、全部笑顔で愉しむところ。『甘い』だけが存在する、そんな世界。
笑顔を絶やさないエイミ姫のチョコレート色の瞳は、片方だけ嫉妬の緑色をしている――。
誰かの狂気も苦しみも心の闇も綺麗に見えてしまって美味しくて愛しくてみんなわたしみたいになれば涙なんてなくなって感情もなくなって誰も苦しまなくて誰も悲しまなくて誰も誰かを傷つけなくて傷つけられなくて辛いことなんてなんにも(感じ)なくなってしあわせでしあわせでしあわせでしあわせでしあわせでしあわせで――。
* * *
「……あ、わたし、寝てました?」
映像が消えたのち、お茶のおかわりを勧めに来た店員に尋ねれば、おもしろいことおっしゃりますね、と笑われてしまった。
だって、見えたのは、毎晩見る夢と同じ景色だったから。
それは、これからもまだ、あり得るかもしれない、未来――。
大成功
🔵🔵🔵
城島・侑士
愛しの愛娘、冬青(f00669)と
折角の父娘デートなんだからもっと楽しそうにしてくれよ
父さん泣いちゃうぞ?
最近お前、猟兵の仕事を増やして全然家にいないことが増えたから心配なんだ
お・来たな
これが食事をしたら現れるもしかしたらあったかもしれない未来か
妻…愛する人と出会わず誰にも心を許さずひたすら戦い続けている孤独で哀れな男
後方からの不意打ちに気付かず致命傷を貰い地に伏せる
やがて目から光が失われ…
要はひたすら戦い続けて死んだってわけか
くだらない
今は今だ
選ばれなかった未来なんて興味がない
娘が心配そうに声をかけてくる
大丈夫だ
しかし料亭で食事ってのもいいな
今度は母さん達も連れてこよう
あ、でも此処は勘弁な?
城島・冬青
お父さん…城島・侑士(f18993)と一緒
個室でお父さんと向かい合って食事
今になって半休止状態だった猟兵活動を再開するとか聞いてないんですけど!
本当はアヤネさんと来たかったのにー
とついつい仏頂面に
そして選ばれなかった未来を視る
それは猟兵活動をしていなかった私
ごく普通の学園生活
猟兵活動の都合で欠席した学校行事
できなかった部活動
これはこれで楽しいけれど…
ここにはあの人がいない
普通に学校生活をしていたら
きっと会えなかった
普段はクールだけど心に傷を抱えたほっとけない相棒……アヤネさん
…は!今のがあったかもしれなかった未来?
うぅ苦労してるけど今の方がいいな
お父さんの方は何を見たんだろ?
お父さん、大丈夫?
「……、……」
通されたのは、ふたり用にしては広めの和室。畳の上に座卓と木製の座椅子が置かれ、壁には水墨画が飾られている。小さな床の間に生けられた花も季節のもので、使われている花器は主張を抑えたシンプルなものだがたっぷりと上品さは含んでいる。あくまで主役は花、と花を支えることに徹する意思のようなものが感じ取れた。
そしてそのテーブルの上には豪華な懐石料理が並んでいるのだが。座椅子の上に敷かれたふかふかの座布団に腰を掛けた城島・冬青(六百六十九番目の宿木・f00669)は、少々不機嫌のよう。原因は、卓を挟んで向かいに座る男性――城島・侑士(怪談小説家・f18993)にあるようだが。
「冬青、折角の父娘デートなんだからもっと楽しそうにしてくれよ。父さん泣いちゃうぞ?」
なんと、どう見ても20代のこの男性は、兄弟や彼氏ではなく、彼女の父親で。
「今になって半休止状態だった猟兵活動を再開するとか聞いてないんですけど!」
「最近お前、猟兵の仕事を増やして全然家にいないことが増えたから心配なんだ」
「保護者同伴で猟兵活動だなんて恥ずかしいよ!」
「いいじゃないか、父子で猟兵活動!」
親の心子知らず。でも子の心、親にも知ってほしい。むすーっとしたまま漆塗りの箸へと手を伸ばし、冬青はぶつぶつと呟きながら椀の蓋をとった。中に入っていたのは、鱧と茄子の椀物で、蓋をとっただけで出汁の香りが鼻腔をくすぐった。
「美味しそうだなー。本当はアヤネさんと来たかったのにー」
「冬青……そんなに父さんが嫌か……」
「いただきまーす!」
目頭を押さえる仕草をした侑士だったが、当の冬青がそれに目も向けずに椀を手にして鱧を食べ始めたのを見て、ため息をひとつ。自身も向付の焼き伊勢海老へと箸を向ける。
「ん、美味しいー!!」
「冬青、海老も美味いぞ」
美味しい料理は不思議と人の心を柔らかくするもの。口に入れた料理の美味しさにキラキラと輝くふたりの瞳は、まさに親子というべくそっくりだ。
だが、『それ』が来たのは思いの外、速かった。冬青が椀の中身を、侑士が向付をすべて食べ終わった時、ふたりの前にそれぞれ現れたのは――。
* * *
(「あれ? 私がいる」)
冬青は思わず、琥珀色の瞳を数度、瞬いた。目の前の風景は学校のようだけれど、自分はここに居るはずなのに、目の前の光景にも自分がいる。
「えっ、彼氏いるの!? 大学生っ!? 大人!!」
「えへへ、ダメ元で告白したら、オーケーもらえたんだ♪」
「大丈夫? 年も離れてるし、生活リズムとか違うじゃん?」
昼休みだろうか。教室の中、冬青は机を寄せ合って友人と思しき女生徒たちとお弁当を食べている。
「彼、大学一年だから、五歳くらいしか離れてないよ? 一年だから必修授業? とかが多いみたいで、あたしたちみたいに朝から授業あるみたい」
「いや、わたしたちの年で五歳年上って、やっぱりずいぶん大人じゃない? 冬青はどう思う?」
「えっ……あー、私は想像つかないなぁ」
今、目の前に広がっているのは『選ばれなかった未来』。色恋沙汰に疎い冬青は友達の告白に驚くしかできない。
そして、予鈴と共に場面は移り変わる――放課後の部活動だろうか、陸上部にテニス部、バレー部に顔を出し、最終的に剣道部の練習に出る冬青の姿。運動部を兼部しているのか助っ人としていろいろな部活に協力しているのか。どちらにしろ全力で部活動をエンジョイしているようだ。
(「部活……」)
冬青の心によぎるのは、一抹の寂しさ。その寂しさを煽るかのように映像は場面を変えて。アルバムを広げるように色々な冬青を映し出す。
一泊二日の親睦オリエンテーション。遠足にキャンプ、合唱コンクールに体育祭、文化祭――ページをめくるように次々と行事の様子が映し出される。共通しているのは、どれも猟兵活動の都合で冬青が欠席した学園行事であるということ。
(「これはこれで楽しいんだろうな……」)
正直、諦めてきた学校生活に憧れや未練がないといえば嘘になる。でも、でも、でも。
(「ここには、あの人がいない」)
冬青が一つだけ確信していること。それは、この映像のように普通に学校生活をしていたら、あの人にはきっと会えなかっただろうということ。
(「普段はクールだけど心に傷を抱えたほっとけない相棒……アヤネさん」)
その脳裏に浮かんだ人物は、目の前の映像にはいないのだ――。
* * *
(「お、来たな」)
侑士は目の前に広がりつつある光景を、宵闇色の瞳でじっと見つめる。その瞳から、優しいパパの色が消えた。
『ああ、あぁ、嗚呼――……』
それは呻きなのか嘆きなのか、それともそれ以外のなにかなのか、映像を見ている侑士にもわからない。
映像の中の侑士は光をなくした瞳で、矢を番えては放ち、拷問具で敵を屠り、返り血に意識を向けること無く、ただただ血塗られた道を歩き続けている。
愛する人――今の妻に出会わなかった彼は、誰にも心を許すこと無く、ただただ戦い、命を奪う孤独な存在だ。
星の輝きを失った宵闇色は『彼女』という光を宿すこと無く――後方からの凶刃に気づかずに地に伏せる。不意打ちに気づかなかった。不意打ちされる危険を知らせてくれるような相手もいなかった。
はたから見れば孤独で愚かな、戦うことしか出来ぬ男だろう。けれども彼にとっては、それが当たり前の自分なのだ。
瞳から命の光すら失われ――瞼がゆっくり下りて、男はそれ以上動かなかった。
(「要はひたすら戦い続けて死んだってわけか……くだらない」)
思わず眉根を寄せて、そう吐き出しそうになった。
(「今は今だ。選ばれなかった未来なんて興味がない」)
鋭い一瞥をくれてやると、映像は霧散して、消えた。
* * *
(「……は! 今のがあったかもしれなかった未来?」)
映像を見ている間は、まるで夢を見ているようだった。それが消えたことで現実に引き戻された冬青。
「うぅ……苦労してるけど今の方がいいな」
小さく呟く。だって今はそばに、あの人がいるのだから。
だからあれはきっと、『選ばれなかった未来』ではなく、冬青が『選ばなかった未来』なのだ。
納得して、小さく頷いた冬青は、顔を上げて向かいの父に視線を向けた。
(「お父さんの方は何を見たんだろ? ――っ……」)
そこにいる父の瞳は、今までに見たこともないほど昏く、鋭くて。冬青は思わず息を呑んだ。けれど。
「……お父さん、大丈夫?」
「……ん? ああ、大丈夫だ」
声をかければ父の表情がいつもと同じに戻ったから、冬青は背筋を駆け抜けていった一筋の冷気を忘れて胸をなでおろした。
(「危ない、見られてしまったかな。怖がらせてしまったかな? 心配はさせてしまった」)
侑士は自身の見た映像にも、冬青の見た映像にも言及せず、再び料理を口へと運ぶ。
「しかし料亭で食事ってのもいいな。今度は母さんも連れてこよう」
「え、ずるい! お母さんも一緒なら、私も行きたいよ!」
「……冬青……父さんとふたりきりはそんなに嫌なのか……」
あきらかにしゅんとした父を見て、冬青は慌ててメニューを手にとって。
「そ、そういうわけじゃないけど、美味しいものはみんなで食べたほうがいいでしょ? お父さん、私の鳥貝あげるよ。ほら、お酒も色々あるみたいだよ!」
「そうだなぁ……母さんとデートでもと思ったが、じゃあ家族全員一緒にな」
機嫌を直した様子でお酒のメニューを見ながら告げる父を見て、冬青は頷いて。
「あ、でも此処は勘弁な?」
その言葉に激しく同意を示したのだった。
大成功
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落浜・語
こういう場所、昔主様が呼ばれた事あったな。
まぁ、俺になる前の話だが。
あり得た未来、猟兵にならないってのもあっただろうな
高座で噺を披露する。天狗連ではなくプロとして。世話になってるお席亭の口利きである噺家に弟子入りした未来。
紋付羽織が許された二つ目。同期では評価が高い。
だって、俺はずっと名人の噺をその手元できいて、見て過ごしてきた。下地にしているものが違うのだから。
…なんて、そんな未来はあり得ない。
俺には主様やあの人っていう師匠がいる。それ以外の人に弟子入りなんてありえない。あの時だってきっちり断った。
それに、今は居たいって少し思う場所がある
だから、こんな未来あり得ないし、いらないよ
アドリブ歓迎
(「こういう場所、昔、主様が呼ばれた事あったな」)
通された畳敷きの個室の中を見回せば、なんとなく懐かしいように感じる。
(「まぁ、俺になる前の話だが」)
落浜・語(ヤドリガミのアマチュア噺家・f03558)は名人と言われた噺家が使用していた高座扇子のヤドリガミである。まだ肉体を得る前の語にあった記憶の中、主がこのような料亭に呼ばれ、高座扇子の語を伴って訪れたのは、一度や二度ではなかったはずだ。
卓に並べられてゆく料理も、その雰囲気はなんだか懐かしい。
(「あり得た未来、猟兵にならないってのもあっただろうな」)
ヤドリガミとして肉体を得たとしても、必ず猟兵にならなくてはいけないわけではない。当然、その未来は存在したことだろう。
語は、焼き雲丹や碓井豌豆を使った豆腐を口に運び、和食特有の優しい味付けにほっと息をつく。海老の花揚げや賀茂茄子も気になるところ。
「うん、美味いな」
料理の味を楽しみつつ箸を進めていく。いつ『来る』か――そう構えていた心が美味しい料理でほどけかけたところに、それは『来た』。
* * *
その風景は語にとって見慣れたもの――寄席だった。ただし屏風や座布団、メクリが見えることから、視点は客席からのものだ。
(「あれは……俺、か?」)
語はその光景に思わず目を見開いた。
映像の中の語は、高座に上がって手ぬぐいをなにかに見立てながら流暢に語っているようだ。紙入れか手紙かそれとも本か。音声は聞こえてこないが、口の開き方と動きで語には何となく伝わる。
けれども驚いたのはそこではない。高座で役を演じ分けている語が纏っているのは、紋付袴に羽織――それを纏って高座に上がるのが許されるのは、二ツ目からだ。
拍手をもらい、舞台袖へと入る語。挨拶をしつつも楽屋へと向かう彼の周りの声が聞こえる。
『調子がいいみたいじゃないか』
『二ツ目に昇進したとたん、だらける奴もいるのになぁ』
前座見習いや前座と違い、二ツ目になるとそれまで師匠や兄弟子について行っていた雑用や、楽屋での仕事、高座返しなどの寄席での仕事もなくなる。突然増えた自由な時間を持て余してしまうものもいれば、その時間を己の芸を高めるために迷いなく使える者もいる。語は後者だったようで、同期の中では非常に高い評価を得ている。
天狗連ではなくプロとして高座で噺を披露していた語は、世話になっている席亭の口利きで、ある噺家に弟子入りし、二ツ目まで至ったというわけだ。
(「だって、俺はずっと名人の噺をその手元できいて、見て過ごしてきた。下地にしているものが違うのだから。だから、出来て当然だ。出来なきゃ面目が立たない」)
聞こえてきたのは、映像の中の語の心中。自身の評価を当然だと思う心の影に、出来なければならないという義務感が見え隠れするが、問題は、そこではない。
「こんな未来は、ありえない」
語は顔を強張らせて、映像の中の自分を見つめる。
(「俺には主様やあの人っていう師匠がいる。それ以外の人に弟子入りなんてありえない。あの時だってきっちり断った」)
まるで心を試すような映像に、語は心中で自身の意志を、改めてしかと固めて示す。
(「それに、今は居たいって少し思う場所がある。だから」)
目の前の映像への嫌悪感にも似た気持ちとは正反対に優しい手付きで取り出したのは、自身の本体。
「こんな未来あり得ないし、いらないよ」
それを開いてふわりと風を向ければ、目の前の映像は風に流されるように遠く、遠くへ消えていった。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 冒険
『鍵となる秘密の言葉』
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POW : 体力と根気を使って、聞き込みや資料あさりに尽力する
SPD : 知っていそうな人や、情報を得られそうな場所に目星をつける
WIZ : 事件の内容や魔法の知識などを基に考察を深め、推測する
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
※お知らせ※
・第二章開始時には、冒頭文を追加させていただきます。
・第二章開始まですこしお時間いただくと思いますが、開始時は『マスターページ』『ツイッター』『グリモアベースのシナリオ宣伝スレッド』などで告知いたします。
・もし、お手紙で教えて欲しいという方がいらっしゃいましたら、グリモア猟兵宛てに簡単で構いませんのでご一報いただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
* * * * * * * * * * * *
――どうしてなのでしょう。『あったかもしれない未来』を見て、それでも現在が良いと言える人が多いのは。
告げる彼女の声は、悲嘆と疑問に満ちている。けれども彼女は、自分でその答えにたどり着いた。
――ああ、そうですね……。ほとんどの人は『今のほうが良い』のでしょう。わたくしと違って……。
彼女という存在は、本来ならば『幸せを手にして』物語を終える。彼女のように、『あり得たかもしれない不幸な未来』が形になることはないのだ。けれどもとある人物が彼女の不幸な未来を形にしたがゆえに、彼女は存在する。
――わたくしは、幸せを得たという過去のことを思い出せませぬ。わたくしは、本当に幸せだったのでしょうか?
あなたたちの『覚えていない過去のこと』を思い出させることができれば、自分の過去も思い出せるかもしれない。
そんな筋違いの、けれども本人にとっては切実な希望をいだき、彼女は――。
* * *
料亭での食事を終えた猟兵たちは、一枚のカードを手にしていた。
飲食代はUDC組織へと請求されるということで、領収書やレシートの代わりにショップカードを渡されたのだ。
それは、しこくてんれいという高級な和風の紙で、和紙のような手触りにところどころ羽のような銀に似た繊維が散っている、美しい用紙だ。その紙の厚手のものを使い、料亭の名前や営業時間、連絡先などが書かれている。
……と、ショップカードを手にした猟兵たちは、そのカードに何かが重なっていることに気がついた。おかしい、渡されたときは確かに一枚だったはずなのに?
見ればショップカードの下に、同じサイズの紙が重なっていた。しこくてんれいではないようだが、こちらも和風の紙で――ふわりと、なにか上品な香りがする。
使用されている紙は同じであるが、手にした猟兵によって不思議と色は異なっているようだ。
赤、桃、水色、青、藤、金、銀など様々な――しかしその紙には何も書いていない。
――否。手にしてじっくり見つめると、文字が浮かんできた。
それは、あなたの過去の扉を開ける秘密の言葉。
過去を覗くための鍵。
浮かび上がったその言葉を目にした猟兵たちの視界が揺らぐ。
気がつけば彼らがそれぞれ立っていたのは、今の自分がその記憶を探っても見つけられぬような、奥深くに封印された記憶の風景の中だ。
その中ではどうやら自分たちは『見えない存在』らしい。その風景の中の人物には見えぬ存在である猟兵たちは、その風景の中に干渉することはできない。
ただただその光景を、見ていることだけしか――。
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※補足※
◎流れ◎
→不思議な紙に浮かび上がった秘密の言葉を見る
→覚えていない、忘れてしまった、潜在レベルでしか所持していないような過去の記憶の光景へ
→その光景を見る
→それを見た方の何らかのアクション
・提示されているPOW/SPD/WIZの行動例はお気になさらず。
☆第一章より続けてご参加の方
→料亭より出る際に、ショップカードとともに不思議な紙を受け取っています。
★第二章よりご参加の方
→料亭にてショップカードをもらったら、不思議な紙が重なっていました。
・不思議な紙の『色』と『秘密の言葉』は、ご覧になる過去に縁深いものをご選択いただければと思います。
・『秘密の言葉』は過去を示すような一、二言の短いものです(例:『金の花』『また、あした』など)
・『色』と『秘密の言葉』の指定は任意です。指定がなければプレイングからこちらで設定させていただくか、描写なしになります。
・見る『過去の内容』をご指定ください。
・ご自身の『過去』とお連れ様の『過去』、両方を見ることもできます。
・『過去の光景』にて、皆様は『見えない存在』であるため、光景に関与することはできません。
●自身の過去を見ない方●
・お連れ様の過去の光景へと、一緒に入ることができます(その場合、ご自身の不思議な紙はお連れ様と同色です)
・ご自身の過去を見ず、お連れ様の過去を見ることもない場合、不思議な紙やオブリビオンに関する調査を行っても構いませんが、調査をしなくても過去を見ることで章は進み、オブリビオンのもとへとたどり着けます。
※同行指定がなければ、基本的に個別描写になります。
※調査の場合は、指定がなくとも同行になる場合があります。
* * * * * *
第二章は、7月2日(火)8時31分よりプレイングを受付いたします。
それ以前に送信していただいたものは、一度お返ししてしまう可能性がございます。
この章からでもご参加歓迎いたします。
* * * * * *
無銘・サカガミ
【マリス・ステラ(f03202)と行動】
この黒い紙は…「故郷」と書かれている?
気がつくとそこは、確かに俺の故郷であった。空は快晴、春の穏やかな風に散る桜。まさしく平和そのものだった。
「あ……。」
ああ、そうだ。あの時、「神」が現れなかったら…こんな景色になっているはずだった。
無意識に涙を流しながら、歩き出す。そこでマリスの手が近づくことに気づき…
「………触れるな!」
反射的に飛び退き、そこで思い出す。
この身は確かに呪われていること。今の自分はこの景色の中にいないこと。
そう、この後…「神」が現れ、人も、自然も、何もかもを死に陥れる。そして、ただ一人残った幼い俺…あの瞬間が訪れる。
マリス・ステラ
サカガミ(f02636)と参加
【WIZ】サカガミの過去に赴く
黒い紙と浮かぶ言葉はサカガミと同じもの
気が付けば私たちはどこかにあった山村というべき風景の中にいる
「ここがサカガミの故郷……」
この景色が続くことはない。もうすぐ"神"が現れるから
足取りのおぼつかないサカガミの手を取ろうとするも強い拒絶の言葉
彼の持つ呪いが触れることで他者にも及ぼされるという
「それが困難だとしても、克服できない理由にはなりません」
改めて手を繋いで、
「大丈夫でしょう?」
アルカイックな笑みを向ける
そして"神"が降臨する
破壊と略奪、ただ蹂躙する
災厄という形をしてそれを神と呼ぶ
サカガミと手を重ねながら、その姿を見届けます
(「この黒い紙は……?」)
料亭のショップカードに重なっていた紙を、無銘・サカガミ(「神」に抗うもの・f02636)は何気なく取り出して見た。同じショップカードが複数重なっていたわけではないことはわかる。何か間違えて渡されてしまったのかもしれない。その紙が何なのか、確認しようとするのは自然な行動だ。
「あら……?」
彼の隣で、マリス・ステラ(星を宿す者・f03202)が星の転がるが如き声を上げたのも、同じく重なっていた黒い紙に気がついたからである。
『故郷』
黒い紙に、じわりと文字が浮かび上がったかのように見えた。いや、最初から書かれていたのがそう見えただけ――真実はどこか。互いに声をかけようと顔を上げた時、景色が今までの場所と明らかに違うことにふたりとも気がついた。
「あ……」
マリスの金糸の向こうに見えた光景に、サカガミは無意識に声を漏らしていた。
その光景は、特筆すべきもののない光景だ。山間の村の空はどこまでも晴れ渡っていて、おひさまが柔らかな光を注いでいる。春特有の過ごしやすく心安らぐ気温に穏やかな風。咲き誇る桜は、その花弁を風に乗せて静かに流している。
まさしく平和そのものの、どこにでもあるような山村の光景。人の営みが、正しく感じられる光景。遠くに聞こえる住民の生活感に満ちた会話は、『日常』の象徴。
――『平和な日常』が『特筆すべきに値しない』なんて嘘だ。
今、この光景の中に暮らす人々は、そんなこと、かけらも思ったことはないだろう。『平和な日常』がたやすく壊れることなど、想像したことすらないかもしれない。
視界に入った光景に、サカガミの心と記憶の奥深くが酷く揺さぶられた。『あの瞬間』以外の過去のことなんて覚えていないサカガミに対して、思い出せと強く訴えるような衝撃。
ぎこちなく、サカガミは自身を取り巻く光景をぐるりと見回す。その様子を見たマリスは、この光景がどこのものであるのかをすぐに察した。黒い紙に書かれていた文字とサカガミの様子を見れば、答えにたどり着くことは容易だ。
「ここがサカガミの故郷……」
マリスも彼に倣うように、ゆっくりと周囲を見渡しながら小さく呟いて。彼が自分のその言葉に一瞬動きを止めたも、気がついた。
(「ああ、そうだ――」)
彼女の言葉が、サカガミの中で揺らいていたモノを彼の中へと定着させた。そうだ、ここは自分の故郷の光景だ――そう思えば、ひどく納得がいく。
(「あの時、『神』が現れなかったら……こんな景色になっているはずだった――こんな平和な光景が、続くはずだった……」)
黒いブーツを履いた足で踏みしめるのは、若草の生い茂る道。ふらりふらりと歩き出したサカガミは、その緑の双眸から玻璃の色をした雫が零れだしていることに気がついていない。
この平和な景色が続かないことは、誰よりもサカガミ自身が知っている。そしてもう二度と、戻らないことも。
嗚呼、遠くに聞こえる声に、聞き覚えがある気がする。
嗚呼、あの穏やかな笑顔も、すぐに消えてしまうのだ。
ようやくたどり着いた故郷に対するあふれるほどの思いと、その儚さを知るが故に襲い来る絶望。サカガミはそのふたつに耐えるのが精一杯で。
(「サカガミ……」)
ふらりふらりとまるで酩酊しているような足取りの彼を、マリスが心配しないでいられるはずはない。まるでマリスと共にここへ来たのを忘れてしまったかのように、彼はおぼつかない足取りで景色の中をゆく。
足がもつれてしまわないか、彼の心は耐えられるのか、このままどこかへ消えてしまわないか心配で、マリスは彼の手へと自身の手を――。
「……触れるな!」
だがマリスの白い指先は、彼の手へと触れることは叶わなかった。反射的に飛び退いたサカガミから発せられたのは、強い拒絶の言葉。意識を他のものに専有されていても反射的に、とっさに出くるその拒絶は、彼が長いこと自分をそう戒めて、細心の注意を払っていた――そうせざるを得なかった証左に思えて。マリスは、少し自身から離れてしまった彼を、その青の瞳で見つめる。
(「――そうだ。この身は――」)
奇しくも己に染み付いたその行動で、サカガミは思い出した。この身は確かに呪われているということを。今の自分は、この景色の中にいないということを。
サカガミを苛む呪いは、彼の素肌に触れたものへと移ってしまう。それはマリスも知っていた。だから彼が、それが本意であるかどうかは別として、人との関わり方に極端に気を使っているのも。
けれども彼が呪われているという事実も、それが触れると移るという事実も、マリスにとっては躊躇う理由にはならない。
「それが困難だとしても、克服できない理由になりません」
だから、彼がまた反射的に距離をとってしまう前に近づいて、その手を繋いでしまった。
「っ……マリ……」
「ほら、大丈夫でしょう?」
慌ててその手を振りほどこうとするサカガミ。だがマリスはそれを許さず、逆にぬくもりを教えるかのように強く握って。
アルカイックな微笑みを向ければ、彼は毒気を抜かれたようにマリスを見つめた後、抵抗するのをやめた。
程なく訪れたそれを、サカガミはよく知っている。
ただただ眼前の景色を破壊し、生命を略奪し、すべてを蹂躙するそれは……『神』。
人も、自然も、何もかもを死に陥れ、無に帰そうとする災厄の形をしたそれを、『神』と呼ぶ。
(「そして、ただ一人残った幼い俺に……あの瞬間が訪れる」)
この先はサカガミの記憶にあるその出来事が起こる。知ってはいても、故郷とそれが崩壊に至ることを思い出したとしても、この光景に干渉することができぬと本能でわかってはいても、ひとりだったら冷静に見届けられただろうか。
サカガミは目の前で繰り広げられる惨劇から目をそらさない。けれども確かにその掌に、ぬくもりを感じて。
このぬくもりが力をくれているのだと、人との接触を避けていた間に思い出せなくなっていた大切なことを思い出させてくれるのだと、実感させられた。
ふたりは並び立って、その惨劇が惨状となるまで、見届けるつもりだ。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
月待・楪
ショップカードな
美味かったし…持って帰るか
で、だ…これはどう見てもショップカードじゃねェな?
(金と青灰の混じる黒地)
「明日は」…?
…どこだここ
つか、誰だアレ
ちまいのは俺だとして
あの男と女は…?
(金髪に灰の瞳の褐色の西洋系の男性と黒髪に青の瞳の日本系の女性。明日は誕生日だからプレゼント楽しみ!とはしゃぐ幼い子供)
誕生日…?
ああ…これはドッグタグを貰う前の日か
つーことは…
(楪、と呼ぶのは父親。ゆずくん、と呼ぶのは母親。優しくて強くて…元ヒーローとバディだった大好きな両親を追いかけて抱き締めて貰うのが大好きな幼い自分。朧気にも残っていなかった記憶)
…そうか
これが、俺の両親か
(アドリブetc歓迎)
(「ショップカードな。美味かったし……持って帰るか」)
料亭を出るときに渡されたそれを眺める月待・楪(Villan・Twilight・f16731)は、その触感に違和感を覚えていた。
(「で、だ……これはどう見てもショップカードじゃねェな?」)
指でショップカードをずらせば、その下から現れたのは黒地に金と青灰が散らされた紙。触感も色も、ショップカードと全く違う。
「ん?」
何かが書いてある。楪はショップカードの上にその紙を乗せた。
「『明日は』……?」
その紙に記されていたのはその一言だけ。これだけでは何を示したいのかわからない――首を傾げた楪は、急に遠くなった街の喧騒と、視界の端にある景色が変化したことに気づき、顔を上げた。
「……どこだ、ここ……」
変化したといっても大きなものではない。ただよく見れば、街並みがUDCアースの京都の雰囲気とは異なっている。
(「もしかして、ヒーローズアース、か?」)
肌に馴染む雰囲気に包まれながら、あたりを見回す楪。夕暮れの街並み、住宅街らしきその場所で、自分が立っているのは歩道の上。乗用車がすれ違えるくらいの車道を挟んで反対側にも歩道があり、歩道の奥にいくつか家や集合住宅が見える。
(「つか、誰だアレ」)
車道をゆく車はまばらだ。通行人もいないわけではない。けれども楪の目を引きつけたのは、一組の親子だった。大通りからこちらへとやってくる彼ら。大通りの店か住宅街のコンビニエンスストアで買い物を済ませてきたのか、大人が一つずつ買い物袋を下げている。
父親らしき男性は、金色の髪と褐色の肌に灰色の瞳を宿す西洋系の顔立ち。
母親らしき女性は、艶めく黒髪に青い瞳を宿した、日本系の容貌。
そのふたりの間、両の手をそれぞれ父親と母親に繋がれて嬉しそうに笑っている幼子は、漆黒の髪に灰色の瞳を宿していて。
(「あのちまいのは、俺だとして」)
その子どもが自分であることはわかった。だが。
(「あの男と女は……?」)
自分の手を引く男女については全く心当たりがない。けれども、頭の奥が、心の奥が、なんだかむずむずして落ち着かない。
(「なんだ、コレ……」)
思わず自身の胸に片手を当てた楪。幼子の歩調に合わせているからだろう、彼らの歩む速度は緩慢ではあるが、徐々に楪に近づいて来ている。
『早く明日にならないかな!』
『ゆずくん、そんなにはしゃいでいたら眠れないわよ?』
『そうだぞ楪。きちんと寝ない子には明日は来ないんだぞ』
明日を待ちわびる幼子に、女性が優しく微笑みかけ、男性がからかうように告げる。
『ちゃんと寝るってば! だから誕生日、くるもん! プレゼントもらうんだもん!』
「たん、じょうび……」
幼い自分の発言に、楪の記憶と目の前の光景が線でつながった。
(「ああ……これは、ドッグタグを貰う前の日、か」)
それがわかれば自然と、自分と手を繋いだ男女の素性も推測できる。
(「つーことは……」)
『そうだな、楪はいい子だからな。プレゼントだけじゃなくてケーキもな』
『今年はアイスのケーキだよ!』
『ふふ、明日は大忙しね。ゆずくんの好きなもの、たぁくさん用意しないと!』
大きな手で、広い胸元へと楪を抱き上げたのは父親。
気を使って父親の持っていた買い物袋を受け取り、そんなふたりを幸せそうに眺めるのは母親。
元ヒーローとそのバディだった両親。いつもあとを追いかけてくる楪に嫌な顔ひとつせず、両手を広げて『おいで』と迎えてくれて。
そんな両親が大好きで。抱きしめてもらうのが大好きで。
父親に抱き上げられた楪の頬にキスをする母親。それを見て、負けじと自分も反対の頬へとキスをする父親。きゃっきゃっと無邪気に喜びを表し、幸せを享受する楪。
「――、――……」
朧げにすら記憶に残っていなかった。その事実が楪を揺さぶる。
自分が今、どんな顔をしているのかすらわからない。
「っ――」
三人との距離が近づき、歩道の端に寄らねばぶつかる、そう思ったが足が動かない。
だが、その心配は杞憂に終わった。幸か不幸か、三人は楪に気づかず、彼の身体を通り抜けるようにして追い越していったのだ。
その時、何かが楪の心に『触れた』。そして、湧いてくるものは。
「……そうか。あれが、俺の両親か……」
単純な喜びとは違う複雑な何かが楪の中で湧きいでる。
楪は三人を振り返ることはせず、けれどもなにかをつかもうとするかのように、その場で拳を握りしめた。
成功
🔵🔵🔴
逢坂・宵
ザッフィーロ君(f06826)と
枯草色のこの紙には、『地下室』と書かれていました
まだ忘れていたものがある……?
目前に広がるのは古い日本家屋の屋敷
その庭の隅、地下へと降りる階段
その先には貯蔵庫のような室が見える
あそこはご主人様に入るなと言われていた場所
ああそうだ、いつしか好奇心に負けて言いつけを破って入ってしまったのだ
そこで見たのは、相当年数を経たと思われる洋物の
美しい金属細工の……あれは、何?
そこで目が覚める
そうだ、あれを見た瞬間妹に手を引かれ連れ戻されたのだ
……ザッフィーロ君?
何を言いますか、逝くときは一緒でしょうと笑って
自分が見た幻影については黙って首を振りましょう
ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と
赤の紙に書かれた『ポインセチア』の文字
それと共に蘇るのは赤毛の所有者と共に在れた最後の日の…いつの間にか火鉢に当たり眠ってしまった後の記憶
エンパイアには珍しいそれが茂る雪降る庭を共に眺めたその次の日、此処に在ってはならないと彼女は一人討たれ散った
彼女の様なその花に幸福を祈るという花言葉が有ると知ったのは亡くしてからだったか
ああ、未練なく振り向かず逝ったと思って居たが…その様な顔をしていたのだな
共に逝きたかったと忘れかけて居た感情が滲むも宵の声に引き戻される
宵の顔を見れば安堵に表情を緩めつつお前は勝手に逝くなよとついぞ声を
…後宵のそれは…宵の本体、か?
義妹君は何か知っているのか…
ショップカードに重なっていたのは、枯草色をした紙だった。小さく首を傾げてその紙を取り出せば、逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)の視界に入ったのは『地下室』という文字。
(「もしや、まだ忘れていたものがある……?」)
心当たりはない。忘れているのだからそれは当然であるのだが、不安が滲み出してくる。
「……?」
周囲の景色が変わった気配を感じて宵は視線を上げた。目の前に広がるのは、古い日本家屋。お屋敷と言っても差し支えない規模のそれは、UDCアースの京都の景色だと言われても違和感は少ないだろう。だが、料亭の近くにこの様な屋敷は見当たらず、何よりも宵に覚えがあるのだから、ここは――。
年季は感じるが、丁寧に手入れされてきたのだろう、それが味となっている古い屋敷。広い庭の隅が何故か気になって、宵はそちらへと視線を向けた。
そこにあるのは確か、地下へと降りる階段だ。階段の先には貯蔵庫のような地下室がある。
(「あそこはご主人様に入るなと言われていた場所……」)
ならばなぜ、階段の先が貯蔵庫のような部屋になっていると自分は知っているのだろうか――宵の疑問はすぐに解けた。
庭をこっそりと横切る二つの影が見えたのだ。そのひとつは自分。もう一つは妹。人目を憚るように地下への階段へと向かうふたり。
(「ああそうだ、いつしか好奇心に負けて、言いつけを破って入ってしまったのだ」)
そこまで思い出すと、宵の前の景色が変化した。狭く、薄暗い階段と、奥に見える扉。そうだ、これは、あの時の――なぜだろう、心がざわめき、手が震えを帯びる。
「……ぇ?」
景色の中の自分が、小さく声を上げた。地下という空間に響くその声に、宵の記憶がかき混ぜられる。
そこで宵が見たものは、相当年数を経たと思われる、洋物の――。
美しい金属細工の――。
あれは、何?
* * *
同じくザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)も、ショップカードの下に別の紙を見つけていた。
真っ赤なその紙に記されているのは――『ポインセチア』の文字。
それを目にした途端、否応なくザッフィーロの前の景色が変化した。
サムライエンパイアの家屋内。火鉢の中で炭が時々爆ぜる音がする。窓から見える庭には、赤が咲き誇っていて。サムライエンパイアでは珍しいポインセチアの茂る庭には、雪が降り積もろうとしていた。
(「これはあの日、か……?」)
ここは最後の所有者である赤毛の彼女と過ごした場所。ポインセチアの赤に雪の白が降り注ぐのを、ふたりで眺めたのは昨日のこと。
いつの間にか、火鉢にあたったまま心地よい睡魔に身を任せていた。
これは、その後の記憶だ。
今、目の前で、彼女が散ってゆく。
此処に在ってはならない、と。ひとり討たれて散った彼女。
未練などなく振り向かずに逝ったのだと、ザッフィーロは思っていた。
彼の予想通り、彼女は振り向いてはいない。けれどもその表情は――言葉よりも雄弁に彼女の心を語っている。言葉で表せば、その意味を違えてしまいそうな――。
まるで彼女のようなそのポインセチアに『幸福を祈る』という花言葉があることを知ったのは、彼女を亡くしたあとだった。
今、目の前に、命尽きようとしている彼女がいる。
それは、忘れかけていた感情を呼び戻し、滲ませるには十分すぎる光景だ。
――共に逝きたかった――心から大切な相手だからこそ、その思いを完全に忘れることはなく。心の奥の奥の奥へと沈んでいたそれは、あの時知ることのできなかった『彼女の本心』が顕にされた表情を見たことで、浮かび上がって来たのだ。
* * *
(「そうだ、あれを見た瞬間――」)
妹に手を引かれて連れ戻された。その事実を思い出した宵は、過去の景色に取り込まれそうになっていた意識を取り戻す。そして隣にいたはずの彼を探せば、呆然と立ち尽くしていて。その横顔が、宵には今にも泣き出しそうに見えて――。
「……ザッフィーロ君?」
名を呼べば、その肩が小さく反応を示した。そしてゆっくりと銀の瞳を宵へと向けた彼は。
「お前は勝手に逝くなよ」
「何を言いますか、逝くときは一緒でしょう」
表情を緩めて縋るように、願うように紡ぐ彼に、宵は間髪入れずに本心を紡いで笑う。それに安堵したのか、ザッフィーロは宵のそばに浮かぶ景色に目を向ける余裕ができたようで。
「……宵のそれは……宵の本体、か? 義妹君は何か知っているのか……?」
「……、……」
その光景を見れば当然浮かぶだろうその質問に、宵は黙って首を振った。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
城島・侑士
黄ばんだ紙に
文字は…掠れて読めない
見る過去は
悪夢の記憶
ヴァンパイア共に虐げられている子供が見えた
わかる
あれは俺だ
周りを見渡す
さっきまで隣にいた娘はいない
娘にはこんな姿の俺を見られたくないと思ったので安堵する
吸血鬼共は俺を目つきが気に入らぬと殴り
泣き叫ぶ声が面白いと辱めた
子供の俺は隙を見て必死に逃げ出した
突如場面が変わる
ひたすら戦っている
ここは覚えがある
抗う力を得てから俺はひたすら戦った
強くなれば誰にも何も奪われないと思った
負傷して倒れた過去の俺に誰かが駆け寄ってきた
娘と同じくらいの若い女だ
柔らかい手がそっと触れてくる
優しげな声で呼びかける
嗚呼これが
俺は覚えのある記憶を見届けるとそっと目を閉じた
手にした紙は酷く黄ばんでいて、まるで幾星霜もの歳月を経た羊皮紙のようだった。なにか文字が書かれていたらしき痕跡は残っているが、掠れていてその内容までは読み解けない。
――と、城島・侑士(怪談文士・f18993)の視界に映る景色が色を変えた。『何か』を見たわけでもないのに、どくんっ、と心臓が跳ねる。
『この半端者が!!』
『えらそーな顔してんじゃねーよ!!』
『謝れば許してやってもいいけどよー』
数人の、少年から青年といった年代の男たちが、ひとりの子どもを取り囲んでいる。その子どもの姿を隅々まで見なくとも、侑士にはわかった。
(「あれは――俺だ」)
そう自覚した瞬間に思い至ったのは、隣りにいたはずの娘のこと。弾かれたように自身の周りを見渡しても、陽を宿した髪色の娘の姿は見えない。それに深く安堵するのは、彼女にはこんな姿を見られたくないと心底思うからだ。
あの子どもを見れば、彼女は気づいてしまうだろう。いくら侑士が認めずとも。彼女はそういうところ、妙に敏いのだ。親の贔屓目ではない。
『なんだよ、反抗する気か!?』
『その目つき、気にいらねーんだよ!!』
子どもを囲む男たちは姿形こそ差異はあるが、皆、ヴァンパイアである。彼らは相手が自分より遥かに身体の小さい子どもでも構わずに、殴り、蹴り続ける。
『あっ……ごめん、なさ……』
『わぁぁぁっ……』
『げほっ……げほっ……』
子どもが苦しむ姿、泣き叫ぶ声、自分たちに逆らえないその様子が面白くて、ヴァンパイアたちは半端者――ダンピールである侑士を虐げる。
ヴァンパイアと人間の両方の特性を受け継ぐダンピールは、彼らにとっては侮蔑すべき存在なのだろう。人間ほどすぐに息絶えてしまわぬ、けれどもヴァンパイアに敵う力を持ちえない存在は、彼らにとって絶好の玩具。難癖をつけて『遊んで』いても、誰も文句を言わない存在だ。
(「嗚呼――」)
侑士の記憶の奥の奥、乾いた部分からヒビの入ったそれが姿を現す。目の前に広げられた光景は、遠き過去の封印された記憶。
渇いた血のこびりついた、乾いた記憶。
ああ、隙を突いて子どもが逃げ出した。走れば痛む手足。けれども必死に逃げねば、もっと酷い目に遭うのだから。
* * *
子どもの姿が遠ざかるのと同時に、目の前の景色が突如ぐにゃりと歪み――遷移した。
(「ここは、覚えがあるな……」)
一言で表すならば、そこは『戦場』、だ。それを表すかのように、目の前の侑士はひたすら武器を振るい、力を放って戦っている。
相手が誰で、何であろうとも関係ない。
それは『屠るべきもの』なのだ。
いつまでもいつまでもいつまでも、目の前の景色の中の彼は戦い続けるのだろう。それは侑士自身が、一番良く知っている。
強くなれば誰にも何も奪われないと思った。だから抗う力を身に着けた。
抗う力を手にしてからは、何があってもこの力で対抗できるという自信と安心を得ることができたが、同時に自分を見るすべてが敵のように見えることさえあった。
奪われる前に奪え――そう思ったことすらある。そう思わなければ、生きながらえることなどできなかったのだ……というのは、体のいい言い訳だろうか。
「……!」
と、景色の中の侑士が倒れ伏した。戦い続けるといっても限界がないわけではない。まったく手傷を負わぬわけではない。それでもその侑士は、戦い続けていた。倒れ伏して初めて気がついたのだ。自分で止まることができなくなっていたのだ、と。
『大丈夫ですか……!?』
自業自得だと心中で自身を嘲笑ったその時、耳に届いた声。最初は気にも止めなかった。それが自分に向けられたものだとは、露程も思わなかったから。
けれども。
『私の声が聞こえますか!?』
今度はその声が耳元で響いた。頭を動かすことすらできぬ侑士の視界に入るように、声の主は移動して、衣服が汚れることなど構わぬとばかりに地に膝をついた。
(「冬青と同じくらいの……」)
そう、それは娘と同じ年頃の、若い女だった。白く柔らかい手で、侑士の意識を確認するように、そっと頬に触れてくる。
彼女が触れた部分から伝わる温もり――それは、侑士が忘れていた己の体温すらも思い出させてくれるかのよう。
『今、治療しますからね。もう、大丈夫ですよ』
優しげな声は、景色の中の侑士の耳にも、それを見ている侑士の耳にも優しく触れてゆく。
(『嗚呼、これが――』)
――俺の、光――。
ふたりの侑士の心が重なる。
(「ああ、そうだ。覚えがある。これが……」)
その記憶を見届けて、現実の侑士はそっと、目を閉じた。
目を閉じてなお瞼の裏に浮かぶのは、目の前に広がっているだろう光景と同じ――。
大成功
🔵🔵🔵
城島・冬青
真っ白い紙には
招待状の文字
景色が変わる
場所は結婚式場
私がまだ幼い頃の記憶
籍を入れただけでちゃんとした式を挙げてなかった両親は周囲に勧められてやっと式を挙げた
実をいうと
ドレス姿のお母さんが綺麗で
ご馳走が美味しかったことばかりで
他はあまり覚えてない
弟はまだ生まれてない
お兄ちゃんはいる
みんな笑顔だ
ふと父の菫青色の瞳から涙が溢れた
気付いた母が優しくその涙を拭う
小さい頃の私はそれを見て普通逆だよ!
と笑ったけど
父の濡れた瞳を見ると
きっとここまで来るまで色々あったのだろうと
今はそう、思える
猟兵活動を通して
理不尽に傷つけられた人を何人も見てきたからかもしれない
気がつくとそれを見ていた私の目からも涙が一筋流れた
(ん? これ、何かな?)
ショップカードの下に紙が重なっていることに気が付き、城島・冬青(六百六十九番目の宿木・f00669)は躊躇いもせずにその紙を取り出した。色は白。だがコピー用紙のような身近な感じではなく、よくわからないが多少厚みがあり、高級感もあるそれには何かが書いてあった。
「いん……いんび……」
――Invitation――荘厳さを感じさせる金の飾り文字で書かれたそれは、『招待状』を示す言葉。
「……?」
なんの招待状だろう、心当たりのない冬青が首を傾げた瞬間、周囲の景色が花開くように変化していった。
(「ここ……どこかで見たことあるような……?」)
きょろり、視線を動かせば、そこが『何に使用されている』場所なのかはすぐにわかった。
誰も彼もが笑顔で、その空間の奥にいるふたりを見つめているからだ。
白銀の、ロングタイプのタキシードに身を包んだ男性の金の髪。
純白の、ウエディングドレスに身を包んだ女性の優しい瞳。
冬青は自身の記憶が、小さな小さな記憶が、幸福色の糸によって引き上げられるのを感じていた。
(「これは……私がまだ、幼い頃の記憶だ」)
実を言えばドレス姿の母がとても綺麗だということと、ご馳走が美味しかったことでいっぱいで、他のことはあまり覚えていなかった。けれどもここにこのように鮮明に映し出されるということは、冬青本人が意識しておらずともこの場の記憶は大切に保管されていたということだ。
そう、ここは結婚式場。兄はいるけれど弟はまだ生まれておらず、冬青自身も幼い。
冬青が事情を理解したのはもう少しあとのことだけれど、籍を入れただけでちゃんとした結婚式を挙げていなかった両親が、周囲に勧められてやっと式を挙げることになった――これはその日の光景。
みんな、みんなふたりを、冬青達一家を祝福し、そして暖かい拍手と微笑みを向けてくれていた。
兄に手を引かれた冬青は、両親への手紙の代わりに子どもたちや親族などへの手紙を読み終わった父の前へと歩んでいき。
兄は母に、冬青は父へとサプライズで小さな花束を差し出したのだ。
『っ……』
冬青の差し出した花束に手を触れる寸前、冬青を見つめる父の菫青色の瞳からはらりと涙がこぼれ落ちて。なんとか花束を受け取ったものの止まらない父の雫に気づいた母が、ウエディンググローブをはめた指でその涙を拭った。
『ふつう、ぎゃくだよ!!』
ふたりのその様子を見た幼い冬青はそう言って笑った。うん、思い出した。
そして、改めて両親の幸せそうな姿を見て、父の濡れた瞳をみていだいたのは、あの頃とは別の感情。
(「きっと、ここに来るまでいろいろあったんだよね」)
今そう思えるのは、猟兵活動を通して、理不尽に傷つけられた人を何人も見てきたからかもしれない。
目の前のような『しあわせ』が当たり前のものではないと、識ったからかもしれない。
気がつけば冬青自身の蜂蜜色の瞳からも、涙が一筋。
この涙はきっと、あの頃よりも大人になった証だろう。
大成功
🔵🔵🔵
落浜・語
色は黒。浮かぶ文字は、うそつき
葬儀場。納棺の最中
顔が見えないけれど多分主様だ。『おれ』が知ってる光景はそれしかない
高座でよく着ていた着物。愛用していた手拭。縁の物が納められる。
そこに扇子はな…あった。白竹の、俺じゃない扇子。当然だ、納められたなら俺はここにいない。
人が出て行って残ったのはあの人と『おれ』
ーなんで、なんでぼくじゃないんですかっ!ずっとあるじさまのそばにいたのはぼくなのに!なんで!どうして!
ー師匠と約束したろう。お前は色んなモノを見
ーしらない!ずっとおそばにって!うそつきっ!
ーかたりっ!
泣き喚いて、噓つきと言ったのは怒られて
悲しくて、嫉妬して
ああ…それで『おれ』は主様の事を少しだけ
覗けば囚われてしまいそうな、覗かずともあちらから手を伸ばしてきそうな、そんな黒。
紙のはずなのに布のような感触もあるそれに触れた落浜・語(ヤドリガミのアマチュア噺家・f03558)は、突然背中に氷を滑らされたような驚きと冷たさを感じて肩を震わせた。もしかしたら、引きつるような声が漏れてしまったかもしれない。
その黒に浮かんだのは、若干のおどろおどろしさを含んだ筆文字で――『うそつき』。
じわりじわりと闇が侵食するように、周囲の景色が変わっていく。
その景色が何を示しているのかはすぐにわかった。それと同時に、あの黒い紙が布のような触感を帯びていた理由にも思い当たる――あれは喪章に似ていた。
棺がひとつ。その中に眠るのもひとり。
葬儀場での納棺の最中の光景だ。棺で眠る人物の顔は見えぬが、恐らく語の主であることに間違いはないだろう。
(「『おれ』が知ってる光景は、それしかない――」)
高座でよく着ていた着物や、愛用していた手拭をはじめとした縁のものが次々と納められてゆく。
そこに扇子はな……――あった。
白竹の、語ではない扇子である。当然だ、棺に収められたのならば、語はここにはいないはず。
自身がここに存在している以上、語は棺に納められなかった――そこまでは簡単にたどり着くことができる。
そしてこの光景は、ヤドリガミとしての『語』の記憶にはないもの。
高座扇子の『かたり』が知っている光景だとしたら、それは『主様』のものしかない。
* * *
一通り納棺の儀式が終わり、ぱらぱらと人がはけていく。残されたのは、『主様』とあの人と『おれ』――『語』ではなく『かたり』。
『なんで、なんでぼくじゃないんですかっ! ずっとあるじさまのそばにいたのはぼくなのに! なんで! どうして!』
うっすら透き通ってはいるが幼子の外見そのままに、『かたり』は感情をぶつける――棺の中の、大切な人に。
ずっとおそばにいたという自負が在った。
ずっとおそばにいると心に決めていた。
なのに、なんでなんでなんでなんでなんで――!
あ ん な に お ね が い し た の に !
棺の中に、主様のそばにさも当然と寄り添っている白竹の扇子を取り出し、床に投げつけてしまいたい――そんな激しい衝動に染まったのは初めてかもしれない。
『師匠と約束したろう。お前は色んなモノを見――』
『しらないっ! ずっとおそばにって! うそつき!!』
あの人はなだめるように『かたり』に声を掛けるけれど、怒りからではない激情に支配されている『かたり』は、それに聞く耳を持たない。
『かたりっ!』
あの人が強く名を呼ぶ声に、『かたり』もこの光景を見ている『語』も、びくり、と肩を震わせた。
怒るような、責めるような、強い語気で呼ばれた自身の名前。あの人が本当はどういう意図でそんな声を発したのかはわからない。けれども『かたり』がそう感じたのと同じ衝撃が、『語』にも走った。
『だってだってだって、ぼくが、ぼくがぼくが……』
ほろほろとこぼれる涙。声が枯れんばかりの叫び。
裏切られたような、捨てられたような、そんな感覚を抱かないなんて無理だ。
『うそつき、うそつき、うそつきっ!!』
何度も、何度も叫んだ。今からでも自分をそこに入れてほしい。今からでも共に――。
『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
泣きわめいて、嘘つきとまで言ったのは、憎さからではない。
死出の旅路の供に選ばれたのが自分ではないことが、悲しくて。
今、主様に寄り添っている白竹の扇子が羨ましくて、妬ましくて。
(「ああ……それで『おれ』は主様の事を少しだけ」)
今ならわかる。あの、蒼い花の海で逢った主が『語』に告げた言葉の意味が。
語はゆっくりと目を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは、あの時の主の姿。
『お前が、俺の事を恨むのも当然だな』
『いいんだ、お前は悪かないよ』
そう告げた主の言葉の意味に、心当たりのなかった自分。
『……ゆるしてほしいなんておもってません。ぼくはずっと、あるじさまのそばにって、いいました。なんで、どうしておいていったのですか。どうしてぼくじゃ、なかったのですか。あのときも――』
意図せず水のように溢れ出した言葉。自分で紡いだという自覚がないと同時に、記憶の何処かが肯定していたあの言葉。
あの時は全くわからずに、わからないことが酷く気持ち悪くて――狂ってしまいそうだった。
狂ってしまわぬように、自身に呪詛じみた形で言い聞かせることしかできなかった。
けれども今は――点と点とを繋ぐ糸をひとつ、見つけた心地だ。
大成功
🔵🔵🔵
ザザ・クライスト
フィラメント(f09645)と参加
手の中には金の紙、浮かぶ文字は狼
なんのコトだかワカらねェ、ただ頭が酷く痛む
気が付けばフラウと共に古い街の橋の上
覚えがある故郷の、今はもう無い古い街だ
空に浮かぶ満月がハッキリと見えて、ふらつくオレはフラウの肩に掴まる
「悪ィ、酷ェ気分だ……」
響く獣の遠吠え
建物が次々に吹き飛ぶ
川面に浮かぶ巨大な獣の影が二つ
シルエットが重なり、暴れるほどに街が壊れていく、人が死ぬ
赤い瞳が刹那、オレを捉える
「ナニを見てやがる……テメェは一体なんなんだ!?」
睨み返して吐き捨てながら、月明かりの下に街が滅びゆく
しかし気付かざるを得ない
「なァ、フラウ。あれは"誰"に見える? 金色のほうだ」
フィラメント・レイヴァス
ザザ(f07677)と参加
…ここは、?
見上げた空には輪郭が鮮明な不吉な満月が浮かび…知らぬ内に固唾を飲む
ふらついたザザを咄嗟に支え
これは記憶の一部の光景
干渉は出来ない…だから、どんなに街が壊れようと
人が死のうと…わたし達には及ばない、いけど
……思っていたよりも、潜在的な記憶というわけ
満月の下…重なる、ふたつの影
響き渡る、止まない狼の遠吠え
……狼…?
金色の方……、あれは…
さあ…わたしには、誰にも見えない
あれは、獣だよ。……"誰"でもない
獣の視線を遮るように、彼と獣の間に立って
蹲る彼を見下ろす
だいじょうぶだよ
わたしが、……夢も現も、醒ましてあげるんだから
崩壊する街の中、真紅の瞳孔が色鮮やかにー…
「……あ゛?」
ショップカードの下から出てきた金色の紙を見て、ザザ・クライスト(人狼騎士第六席・f07677)は思わず声を漏らした。
その紙には『狼』と文字が浮かんだが、ザザには意味がわからない。ただ……頭が酷く痛む。
「……ここは?」
呟いたのはフィラメント・レイヴァス(シュピネンゲヴェーベ・f09645)だ。彼女の手にも、ザザと同じ文字の記された金の紙がある。
彼女の声に促されるように、ザザはあたりを見回す。明らかに先程までいたUDCアースの京都の光景ではない。むしろザザにとっては見覚えのある景色だ。
ふたりが立っているのは古い街の橋の上。覚えがあるのも当然だ。ここはザザの故郷。ただし――今はもうない古い街。
見上げた空には満月がひとつ。
フィラメントにはその輪郭が滲むように不鮮明に見え、とても、とてもとても不吉に思えた。
ザザにはその輪郭がくっきりと、そして空に浮かぶその姿がハッキリと見え――。
「! ……ザザ」
満月を視界に捉えたザザがくらりとふらついて、その大きな手でフィラメントの肩へと掴まった。同時に彼を支えるように、フィラメントはその背に手を伸ばす。
「悪ィ、酷ェ気分だ……」
絞り出すように告げるザザ。ふたりの鼓膜を揺さぶるのは、響き渡る獣たちの遠吠え。
目の前の建物が次々に吹き飛んでいく。瓦礫に押しつぶされた、あるいは衝撃に巻き込まれた住民の悲鳴や呻き声が耳朶を打つ。明らかに破壊音のほうが大きいというのに不思議だ。
ふたりが立つ橋の下、ゆるりと流れる川面に浮かぶのは、巨大な獣の影が二つ。シルエットが重なり、暴れまわるそれは、ひとつ動いただけで街を大きく壊す圧倒的で暴力的な存在。
この光景は記憶の一部だ。ふたりはこれに干渉することができない。だからどんなに街が壊れようとも、人が死のうとも、ふたりに危害は及ばない。
(「……けど」)
ふたつの影は重なっては離れ、そしてまた重なる。響き渡る狼の遠吠えは止まず、崩壊の音に死にまとわりつかれた生命の声が混ざる。
(「……思っていたよりも、潜在的な記憶というわけ」)
先程までと同じ街とは思えぬ姿に成り果てた光景を見、フィラメントは己が支える隣の彼の様子を窺った。触れた部分からでも伝わる。彼の身体は先程までとは違い、緊張でこわばっていた。
「ナニを見てやがる……テメェは一体なんなんだ!?」
赤い瞳に捉えられた刹那、ザザは身体を縫い留められた。本能的に恐怖に似た感情をいだき、苛立ちに任せて叫んだ。
この光景は過去のもの。こちらから干渉することができないということは、あちらからも干渉することやふたりを認識することはできないはず。
けれどもあの赤い瞳は、確かにザザを捉えたのだ。睨み返して吐き捨てれば、赤い瞳の『彼』は再び破壊活動へと向かっていく。
月明かりの下、街が滅びゆく光景を、ふたりはただただ見つめていることしかできない。
けれどもザザは、気づいた。気づいてしまった。気づかざるを得なかった。
「なァ、フラウ。あれは『誰』に見える? 金色のほうだ」
「あれって……狼?」
ザザに示されて、フィラメントは改めて狼を見やる。月の下でその金色の毛並みを輝かせる、赤い、瞳の――。
(「金色の方……、あれは……」)
頭の片隅にちらついた回答を見なかったことにして。
「あれは、獣だよ。……『誰』でもない」
獣の赤い視線を遮るように、フィラメントはザザと獣の間に立った。
蹲ってしまった彼が、すごく弱っているように見えて。
「だいじょうぶだよ」
彼を見下ろしながら、選んだ言葉を紡ぐ。
「わたしが、……夢も現も、醒ましてあげるんだから」
崩壊する街の中にあってなお、フィラメントの真紅の瞳孔が鮮やかさを増す。
嗚呼、まるで、その『いろ』だけが――真実のようだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
桜雨・カイ
黒・「探したよ」
過去:人形の頃、主不在時に屋敷が襲われて主の息子と妻が亡くなった、その後
惨状の中、探したよと嬉しそうに優しげに笑う…私に似た人(少し年上)
この人が私の制作者
私は「彼」の大切な人の「魂」をおろす為に作られた人形
だから人と同じような姿、同じように動く人形が作られた
でも彼が持つ「魂」はもう変質してる
近づいてくるだけで自分の意識など吹き飛ばされそうだ
怖い、助けて、弥彦
仮面に触れた瞬間強い(破邪の)力が「彼」をはじき飛ばし
(主が事前に仕込んでた仕掛け)衝撃で目の前が真っ暗になった
「彼」は私の回収の為に屋敷を襲った……「何もできなかった」どころではない。世一と冴が死んだのは、私の、せい…
「――っ……」
手にした黒く硬い紙に浮かび上がった赤い文字を見て、桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)は息を呑んだ。
『探したよ』
脳内でその言葉が、男の声で再生されたのだ。
その声は明朗快活な――好印象を受けるようなものではなく、むしろ正反対の、粘着質で不気味な、欲に満ちた声。
ぞくり、と肌が粟立つ。
同時に周囲の景色が、薄暗く変化していき――。
聞こえるのは、屋敷の中を無遠慮に動き回る複数の音と、屋敷が荒らされる音、そして……聞き覚えのある声が悲鳴へと変化した音。
嗚呼、これはあの日のことだ――カイはすぐにそれを理解した。自身がいるその目の前に、自身の本体――仮面を被った人形があり、人形の前――たとえ手をのばすことができたとしても僅かに足りぬ位置に幼子が倒れ伏しているから。
(「……世一……」)
自由に動けたならば――あの時何度も思ったことだ。懸命に自身の元へと歩みを進め、求めるよりも守るかのように伸ばされた小さな手を、しかりと掴みたかった。
嗚呼、嗚呼……自分の目の前で儚くなってしまった幼子よ。せめてその手に触れられたのならば――願いながら、外出中の主の帰還を待っていた気がする。
見ているだけしかできなかったのだ。幼子の命が散り、散った赤が乾きかけるまで。
けれども。
(「何かが近づいて――」)
自身の記憶との齟齬がある。人の気配を感じてカイが視線を上げると、ひとりの男がそこに立っていた。
ヒュッ……喉が、おかしな音を立てる。
これは過去の光景。男は今のカイの姿を捉えることはできないはずだ。けれどもカイはその男の姿を見て、本能的な恐怖と嫌悪感に肌が粟立つのを感じた。
『……探したよ』
幼子の遺体など意に介さずに踏み超えて人形の『カイ』に近づくのは、カイによく似た面差しの男。年の頃はカイより少し上だろうか。
彼は、嬉しそうに、優しげに笑う。
血の匂いの満ちるこの場所に、幼子の惨殺されたこの場所に明らかにそぐわぬそれは――狂気を感じさせた。
(「この人は――」)
カイの記憶が揺さぶられ、そして目の前の『カイ』の意識と心が流れ込んでくる。
目の前の男は、カイの製作者だ。カイは男の大切な人の『魂』をおろす依代として、器として作られた人形。だから人と同じような姿と大きさ、人と同じように動くように作られたのだ。
でも、彼が持つ『魂』はもう変質してしまっていて。彼が一歩近づくごとに己の意識など吹き飛ばされそうで。
(『怖い、助けて、弥彦――』)
『お前を悪い事には使わせないから』
主に助けを求めたその瞬間、思い出したその言葉。
その意味は、男が仮面へと手を伸ばしたことで知れた。
『っあぁぁぁぁぁぁっ!?』
男が仮面へと触れた瞬間、強い光が生まれた。それは男を拒絶するだけではなく吹き飛ばす、破邪の力。
ああ、これが――得心がいくと同時に、『カイ』の視界も衝撃で真っ暗になった。
* * *
過去の『カイ』の記憶が闇に閉ざされると同時に、今のカイの周囲も暗闇で塗りつぶされた。
カタカタカタ……今の光景を見て『思い出した』カイは、己が小さく震えていることに気がついているだろうか。
(「……『彼』は、私の回収のために屋敷を襲った……」)
その事実が明らかになった今、カイが根源に持っていたものが、ぐらりとゆらいで崩れていく。
主の妻と息子が襲撃で亡くなった時、何もできなかったことを悔いていた。二度と、同じ思いはするまいと思っていた。
けれどもそれは、根本から間違っていたのだ。
カイがいたから、屋敷が襲われたのだ。
つまり。
(「『何もできなかった』どころではない。世一と冴が死んだのは、私の、せい……」)
主の家族を壊したのは、主を泣かせてしまったのは、あの屋敷に『カイ』が存在したから。だとすれば、『何もできなかった』と無力を嘆くなど、お門違いだ。
『かぁい』
記憶の向こうから、幼子が自分を呼ぶ、少し間延びした声が聞こえた気がした。
大成功
🔵🔵🔵
シホ・エーデルワイス
アドリブ歓迎
金盞花
場所は依頼【濃藍のレミニセンス】で思い出した
真っ黒な世界
私と騎士長がいた
彼は嘆いていた
彼は私が既存の入団基準で測れない強さがあり
元々人員が足りず
誰が対応しても同じ結末になったと人々に説得
けど
吸血鬼から人々を守って戦ったのに
人々は騎士団が裕福な生活を送る為
故意に戦いを長引かせていると思い妬み
感情的に揚げ足をとるばかり
騎士長は解任され追放
ギリギリの戦況から騎士長が不在になったら?
私が何を選んでも町は滅ぶ運命だった
シホ
人は吸血鬼がいなくても互いに滅ぼし合う
だから僕は生きるべき人が死ぬべき人の犠牲にならない世界を作る
お願い誰か!お義父様を止めて!
願いに世界は応え
私達は出逢い
私は蘇った
鮮やかな金盞花色をした紙を手にしたシホ・エーデルワイス(捧げるもの・f03442)は、『黒』に包まれていた。
どこを見ても黒が満たす空間。床も天井も壁もない。この真っ黒な世界を、シホは知っている。
以前、失っていた記憶を取り戻した場所。躯の海と世界との境界なのかもしれないその場所に、シホと騎士長が立っていた。
『シホ、君には既存の入団基準で測れない強さがあった。だから僕は君に頼まれた、ただそれだけで君という特例を認めたわけではないんだ』
嘆くように、慈しむように彼は目の前のシホへと告げる。
『その上、騎士団は慢性的に人手不足だった。限られた人数で対処するには限度があり、片方を万全にすれば片方が不足する。能力を鑑みて均等に人員を割り振ったとしても、足りないことに変わりはない』
だから、『シホだったから』ではなく、誰が対応したとしても同じ結末になった――そう、人々を説得すべく事実を並べたけれども。
――お前ら騎士団が戦いを長引かせているんだろう!!
――そうだそうだ! お前たちが裕福な生活をしたいだけだろ!
――平和になったら騎士団の活躍の場が減るから、自分たちのいいように調整して戦っているんでしょう?
――ずるいぞ! 俺たちがどんな思いをして!
――うちの子なんて、まだ3歳だったのに!
――俺の娘は、嫁に行くって決まってたんだ! なのにっ……。
十分といえぬ人員で、吸血鬼から人々を守って戦ったのに。
命をかけて守ろうとしているのに。
払拭できぬ脅威と今も気まぐれに摘み取られる命に、人々は吸血鬼だけでは足りぬと騎士団までもを憎み、妬み始めたのだ。
大きな脅威である吸血鬼よりも、身近にいる騎士団のほうが憎みやすく、そしていくら罵声を浴びせても命を取られることはない――そんな安心感が彼らの不満と不安を爆発させる。
感情的になった彼らは、思い込みで騎士団を妬み、揚げ足をとるばかりで、騎士長の言葉に耳を傾けるどころか罵声を浴びせかける。
今にも暴徒と化しそうな彼らの溜飲を少しでも下げるためには。
しかるべき者が責を負って示すしかなかった。
『そんなっ……』
騎士長と向かい合っているシホが、悲鳴じみた声を上げる。
彼は、騎士長という立場の彼は、解任されて追放されたのだ。
(「だから、あの時……」)
その事実を知った今のシホは、料亭内でいだいた疑問を思い出す。
シホが怒り狂う人々に身を差し出した時、騎士長は、もう――。
(「……姿が見えなかったのですね……」)
何もかもギリギリの戦況の中、優れた指揮官であり人望の厚い騎士長が突然、いなくなったら?
その答えは、卵を割るよりもたやすく導き出せる。
騎士団は士気と団結を失い、統率された集団から烏合の衆となるだろう。
しかも騎士長がいなくなった原因が、守るべき人々にあると知ったとしたら?
彼らは、人々のために戦おうと思うだろうか。
(「結局、私が何を選んでも、町は滅ぶ運命だった……」)
シホはじっと、短い黒髪に黒い瞳をもつ、長身痩躯の中年男性――騎士長を見つめる。
目の前の『シホ』も、同じく視線を養父へと向けていた。
『シホ、人は吸血鬼がいなくても互いに滅ぼし合う』
先ほどと変わらず、終始落ち着いた様子で彼は、世の理を解く。そして。
『だから僕は、生きるべき人が死ぬべき人の犠牲にならない世界を作る』
告げた彼は、暗闇の向こうへと今にも消えてしまいそうだ。
『お願い誰か! お義父様を止めて!』
叫び、願い、乞う。『シホ』の手は、彼には届かなくて。
けれども、いらえはあった。
願いに応えたのは、恐らく『世界』。
そして『シホ』は『シホ』たちと出逢い。
「……私は蘇った……」
小さな呟きが、果てなき闇の中へとこぼれ落ちた。
大成功
🔵🔵🔵
三上・チモシー
アドリブ歓迎
若苗色の紙に『おいで』の文字
最近鉄瓶をよく使うのは、灰色髪の姉妹
寝る前に白湯を飲むのが二人のお気に入り
お湯を沸かすのは姉の仕事
妹はまだ小さいから、鉄瓶には触らせてもらえない
茶トラの猫を抱いて、お湯が沸くのを待っている
いつもの幸せな光景
今夜は猫がいない
妹はずっと泣いている
姉もなんだか元気が無い
鉄瓶は鉄瓶だから、何もしてあげられない
何処からか声が聞こえた
熱い熱いと鳴く声が
可哀想に、此方へおいで
熱に強い体をあげる
代わりに、君の■■■を頂戴
――この記憶は、思いは誰のもの?
自分には、ヤドリガミになる前の記憶なんて……
わからないわからない
チモシーは、何?
明るい若苗色の紙へ、三上・チモシー(カラフル鉄瓶・f07057)は視線を向けた。すると浮かび上がってきたのは――『おいで』という文字。
「ん? なんだろ、これ」
チモシーが首を傾げたその時、景色がぐるんと回った。
* * *
そこは見覚えのある光景だった。
灰色髪の姉妹の手の中に、チモシー自身である鉄瓶があるのだから、間違えるはずはない。
姉妹は今よりも小さくて。これが過去の光景であると否応なしに認識させる。
『おねーちゃん』
『触っちゃ駄目だよ』
最近鉄瓶をよく使うのは、この姉妹だ。寝る前に白湯を飲むのがふたりのお気に入りなのである。お湯を沸かすのは、もっぱら姉の仕事。だって妹はまだ小さいから、うっかり熱い鉄瓶に触れてしまうかもしれない。
『まだかなー』
だから妹は、茶トラの猫を抱いて、お湯が湧くのを待っている。
火にかけた鉄瓶を、いまかいまかとじぃっと見つめる姉妹の瞳。
これは、いつもの幸せな光景だ。
* * *
おかしい。今夜は猫がいない。妹は一度も鉄瓶を見ず、ずっと泣いている。
姉はいつものように鉄瓶を火にかけたけれど、彼女もまた、瞳を伏せてしまった。
泣き続けている妹と、元気のない姉。そして、姿の見えない猫。
――熱い、あつい、あついのはいやなの、だれか、たすけて――……。
どこからか、聞こえてきた声。熱い熱いと鳴く声。
可哀想に、こちらへおいで。熱に強い体をあげる。
――代わりに、君の■■■を頂戴。
* * *
目の前の光景に、チモシーは呆然とするしかできなかった。
己の本体である鉄瓶を見つけたまではよかった。この光景がどこのものであるか、あの姉妹が誰であるかわかったまではよかった。
けれども。
(「――この記憶は、思いは誰のもの?」)
まったく、心当たりがない。思い出せもしない。
(「自分には、ヤドリガミになる前の記憶なんて……」)
それにこれが自身の記憶だと仮定したら、なんだか辻褄の合わない部分が出てきそうで……。
「わからないわからないわからない」
チモシーは無意識に自身の髪に触れる。そういえば、先程の紙の色は、チモシーの髪の黄緑色の部分と似た色だった。
「チモシーは、何?」
呆然としたまま落とされたその呟きの答え。それを知るものは、ここには、いない。
大成功
🔵🔵🔵
エイミ・メルシエ
言葉は『きみに会いたい』
この紙を見てると、どこからか呼ばれてるような気がするね
大丈夫、わたしはまだ笑っていられるよ
……これは
わたしの知らない光景。けれど『わたしたち』なら知ってる景色
教えを守っただけなのに怒られた。けど笑顔であれとの教えは変わらなかった
出来損ないは閉じ込められた。怖くて怖くてはじめて泣いた
そしたら童話の世界に出た。あなたはわたしの王子様だった
アリスになったわたしはあなたと旅をして、旅の終わりに食べられた
食べられたわたしはティアラに生かされティアラとさまよって
かつて憧れたお店の中にいた『わたし』とひとつになった
もしわたし(エイミ)の過去を見ても
きっとそれは滅びの物語
……最悪な話ね
なめらかな生クリームのような白い紙に、ベリーソースのような赤でそれは書かれていた。
――『きみに会いたい』。
(「この紙を見てると、どこからか呼ばれてるような気がしますね」)
それを手にしたエイミ・メルシエ(スイート&スウィート&プリンセス・f16830)は、ぽつりと呟く。
「大丈夫、わたしはまだ笑っていられるよ」
なぜそう呟いたのか、自分ではよくわからない。けれどもその言葉が、一番ふさわしいとばかりに口からこぼれ出たのだ。
ゆらり、ゆらゆら……虹色に景色が歪む。練っている最中の飴のようになった景色は、どこかの室内へと変わっていた。
「……これは」
それは何の変哲もない洋室。エイミはこの景色を知らない。けれどもなんだか引っかかる気がする――それは『わたしたち』なら知っている景色だからだ。
『それは前に教えたとおりにすればいいのよ。なんで自分で判断できないの!』
『……でも』
『少し考えれば、わかることでしょう?』
『……、……』
『もう子どもじゃないんだから、自分で考えて自分で行動しなさい!』
教えを守って言われた通りに行動していただけだった。
いつもどおりに、従順にしていただけなのに、怒られた。
――なぜ?
ひとはいつまで子どもでいられるの?
ひとはいつから大人になるの?
なんで昨日までは何も言わなかったのに、今日から子どもじゃなくなるの?
今まで積み重ねられた教えを守ってきた。だから今日も守った。なのに怒られて――突然、もう子どもじゃない、自分で考えろと突き放された。
――これって、とても理不尽じゃない?
でも、『笑顔であれ』という教えだけは変わらなかったから、それだけは怒られずに守り、従い続けることができた。
だが、ついに『出来損ない』の烙印を押され、わたしは閉じ込められた。
怖くて怖くて怖くて、『笑顔であれ』という教えを守り続けることができなかった。
暗くて暗くて暗くて、初めて泣いた。
そんな時に差し伸べられた手と笑顔に縋ってしまうのは、無理からぬこと。誰も責めたりはできまい。
その手に縋って気がつけば、童話のようなメルヒェンな場所へとたどり着いた。
はじめは違う世界に来たなんて言われても信じられなかったけれど、いつの間にか自然とそれを受け入れていた。だって、ここに来る前のことなんか、忘れちゃったのだもの。
『ボクはきみの王子様だよ』
アリスとなったわたしは、暗闇の中、手を差し伸べてくれた彼と共に旅をした。
長く長く長く、短く短く短い旅を。
でも旅が終わる条件を知らされていなかったわたしに、旅が終わるなんて思ってもいなかった私に、突然突きつけられたゲーム終了の合図。
『ああ、残念だ。きみとの旅は、もう終わりだよ』
最後まで彼は笑顔で。
わたしを『最期』までむしゃむしゃむしゃと食べようとする。
ああ、もう終わり。でも――。
残ったのは未練か憧憬か疑問か。身につけていたティアラに『こころ』を宿し、ティアラと共に扉を抜けて。
そして彷徨って彷徨って彷徨った末に行き着いたのは、かつて憧れていたお店。
そのお店は廃業して久しいようで、記憶にあるものより荒廃していたけれど、ゴミや瓦礫や倒れた家具のなかに見覚えのあるカラフルなアレが見えたから、間違いないと思ったの。
そして、その中にいた『わたし』とひとつになった。
(「これは『わたしたち』の中の『わたし』の過去」)
ああ、なんとなく、自分を構成する様々なものが『彼女』の影響を受けているのだと、エイミは悟った。
もし『エイミ』の過去を見たとしても、旧人類の遺産である彼女の道には、滅びが待っているだけ。だから、『彼女』の過去が見えたのだろう。
でも、それは。
ちっとも、甘くない話だった。
「……最悪な話ね」
無意識に呟いたその言葉は、『エイミ』のものか『彼女』のものか――。
大成功
🔵🔵🔵
出水宮・カガリ
ステラ(f04503)と
互いの過去を見る
あの、土色の泉
何となくだが、覚えはあって…
重なっていたのは、鈍色の紙に血のような色で「君恋し、」と
瞬間、塗り替えられる景色をステラと見る
暗い雲が立ち込める岩場が、急に開ける
そこでは、しめ縄が巻かれた大岩が何かを塞いでいて
やがて大きな、立っていられない程の地震が起きて、しめ縄が千切れると大岩が砕けた
大岩が塞いでいた穴から、数々の化物が解き放たれて
最後に、土色の水と共に出てきた女の化物が
岩場の下に広がる街が、津波に飲まれる
そこはまさに、土色の泉
女がそこへ、岩場から繋がる金色の光を…ああ、これが
これが…カガリが守っていた都
「常世神都」(とこよのみやこ)か――
ステラ・アルゲン
カガリ(f04556)と
カガリの過去も見る
光を反射して虹に輝く銀のカード
書かれた言葉は我が希望の星へ
船上
白霧で周りはよく見えない
甲板から言い争う声
どちらも聞き覚えがあるけれどとても若い声な気がする
あそこにあるのは灰色の岩、隕石?あれは私?
『彼の言う通りそれは破壊はしないで
いずれ希望の星になるのだから』
その声に振り返る
白霧の中に浮かぶ虹の色を持つ水晶ような目
瞳に私の影はない
でも私を視ている
不意に白霧がこの光景を封じるように濃くなる
全てを見透しているかのように
虹はにこりと笑って白に消えていく
やはりあなたでしたか
私の光景は全て白に消えた
しかし記憶は残っている
あなたの影響が薄れつつあるからか……
「これは……」
ショップカードと異なる触感に、ステラ・アルゲン(流星の騎士・f04503)が指を動かせば、出てきたのは銀色の紙。光を受けて虹色に輝くそこに、何かが浮かんでいく。
――『我が希望の星へ』
瞬間、景色がガラッと変わった。
「カガリッ!?」
思わず隣にいるはずの彼の姿を探す――と。
「おお、ここは船のうえ、か」
驚いたような言葉を紡いでいるが、いつものようにマイペースな彼がきちんと隣にいて、ステラはほっと胸をなでおろした。
「見覚えは、あるのか?」
「いや……霧が濃くて」
出水宮・カガリ(荒城の城門・f04556)に問われてあたりを見回すステラ。船上であることはすぐに知れたのだが、白霧のせいで周りがよく見えない。
――と。
『だから――』
『それこそ今――』
甲板からだろうか、聞こえてきたのは言い争うような声。どちらもステラには聞き覚えがあるものだけれど、自身の知っているそれよりかなり若い気がする。
「カガリ」
「ああ」
ふたりは声のした方へと足早に向かう。霧があっても視界を邪魔されぬ程度に近づいた時には、言い争うふたりのそばに『それ』を見つけることができた。
(「あそこにあるのは灰色の岩、隕石? あれは私?」)
もしや、とステラが思ったその時、後方から聞こえてきたのは――。
『彼の言う通りそれは破壊はしないで』
玲瓏なる声。それは言い争うふたりに向けられているはずなのに。
『いずれ希望の星になるのだから』
振り返ったステラとカガリの視界に浮かぶ、虹の色を宿した水晶のような瞳。
白霧の中に浮かぶその虹の中に、ステラやカガリの姿はない。それは、この人にステラたちが見えていないことを意味する。
(「でも、私を視ている……」)
そうステラが感じるのは、おかしいだろうか。
もう少し、このやり取りの先を見たい――そう思うと不意に白霧が濃さを増し、ここまで、とばかりに光景を覆い隠してゆく。
そして虹は、にこりと微笑んで、白の中へと消えていった。
「やはり、あなたでしたか……」
目の前の光景はすべて、白に消えた。だが記憶には、しっかり残っている。
(「あなたの影響が薄れつつあるからか……」)
心中で呟き、ステラは今の光景の説明をすべく、カガリへと向き直った。
* * *
「あの、土色の泉、何となくだが、覚えはあって……」
ステラに促され、カガリは料亭で視た光景を思い出しながらショップカードをずらす。
重なっていたのは、鈍色の紙に血のような深い色で書かれた――『君恋し、』の文字。
それを認識した瞬間、白い景色が塗り替えられていく。
ステラと離れされてしまわぬよう、カガリはそっとその手を伸ばした。
そこは、暗い雲が立ち込めている岩場だった。だが、それが急に開けて見えたものに、カガリは不思議と驚かなかった。なんとなく、どこかでわかっていたのかもしれない。予感じみたものがあったのかもしれない。
そこにあったのは、しめ縄が巻かれた大きな岩だ。その大岩は何かを塞ぎ、入(い)るものも出(い)づるものも拒むように座している。
「……!!」
「カガリっ!!」
それは突然の出来事だった。立っていられないほどの揺れが、その場を襲う。腕に伸ばされたステラの手を拒まず、カガリは彼女の肩を抱いた。
けれども視線は、大岩から動かしていない。
大きな揺れは続き、ついに大岩に巻かれたしめ縄が千切れてしまった。『とこよ』と『うつしよ』を隔てる結界であるしめ縄が千切れるということは、すなわち――。
しめ縄が切れた大岩が、砕け散る。大きな揺れだけが大岩を壊したわけではないのだろう。あのしめ縄が、大岩のカタチを留める役割をしていたのだ。
何かを塞いでいたそれが無くなったら、そのあとどうなるか。想像に難くない。
大岩が塞いでいた穴からは、数々の化け物たちが解き放たれて、自由を満喫するぞとばかりに思い思いに散ってゆく。
そして土色の水が溢れ出し始め、最後に姿を現したのは――女の化物だった。
「……」
「……、……」
岩場の下に広がる街が、土色の津波に飲まれてゆく。カガリとステラはただ、それを見ているしかできない。
城壁の中――街にあふれるそれは、まさに土色の泉。
女がそこへ、岩場から繋がる金色の光を――。
「ああ、これが……」
一部始終を見たカガリの口から、こぼれ出るそれは。
「これが……カガリが守っていた都、『常世神都(とこよのみやこ)』か――」
何かを悟ったかのような、諦めたかのような彼の呟きに、ステラはかける言葉を探す。
けれども肩を抱く彼の手に、無意識にだろうが力が込められたから、ステラはそのまま黙って彼に寄り添うことにした。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
杜鬼・クロウ
捏造歓迎
本体は神器の鏡
金の紙
紫(ゆかり)色で「真(まこと)の余」
場所:天上の世界、高天原
草木や鳥の囀り、睡蓮が咲き匂う豊かな所
杜の社で自分を守護してた主ではなく鏡を創った主(銀の長髪に白い漢服)がいる
主が篠笛の音を奏で
只の日常風景
器物のまま主のみテレパシー可能
真の姿の時の記憶
今の自分に記憶無
「汝(うぬ)が鳴らす音色は余(おれ)の娯楽の本道よ」
『はっは、此度は機嫌が良いと見える
そなたが手放しに極上の称賛を儂に申すなど』
「創造主、余は良きものは良しと口にするぞ」
『言葉通り受け取っておこうかの』
「余は所詮写し
手に入らぬからこそ美しい」
なンだこの紙…っ?
またコイツら…
否、俺であり俺でないもの
既視感抱く
「……なんだコレ?」
ショップカードの下に金色の紙を見つけ、杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)は訝しげにそれを眺める。すると、何かが浮かび上がってくる。紫(ゆかり)色で浮かび上がったのは、文字――『真(まこと)の余』であった。
ぐるりと急速に周囲の景色が入れ替わって、クロウは一瞬警戒態勢を取った。
「……ンだココ……」
しかし新しい光景があまりに長閑だったものだから、毒気を抜かれる。
自然豊かで、どこまでも続きそうな青い空。鳥たちは脅威がないからか、自由に囀る。
池や泉には、色とりどりの睡蓮が匂い立つように咲き誇り、木々には果実が豊かに実っている。
まるで常春のようなその場所は、極楽というべきか桃源郷というべきか――否、高天原というのがふさわしいだろう。
なぜこのような場所の光景を見せられているのか、クロウには全くわからない。記憶の隅にすらないのだ。
「なンだこの紙……っ?」
金色の紙を睨めつけるが、当然のことながら紙は沈黙したままだ。
と、視線を巡らせた先に人影を見つけ、クロウはそちらへと歩み始める。
庭園の中に石の卓と椅子があり、そこに座っているのは銀色の長い髪を持つ漢服を纏った人物だ。耳朶に響く繊細な音は、その男の奏でる篠笛の旋律だろう。
卓のそばまで近づいても男がなんの反応も示さないということは、自分はこの景色の中では認識されぬ存在なのだろうとクロウは理解した。
『汝(うぬ)が鳴らす音色は余(おれ)の娯楽の本道よ』
と、聞こえた声は男のもの。だがその声がかかるまで、漢服の男は篠笛を吹いていた。とすれば、この近くにもうひとりいるのか?
視線を巡らせたクロウだったが、彼が声の主を発見するよりも早く、笛から口を離した漢服の男が視線と言葉を向けた。
『はっは、此度は機嫌が良いと見える。そなたが手放しに極上の称賛を儂に申すなど』
そう揶揄するように笑う漢服の男の視線の先、朱塗りの箱の蓋を背もたれとして、椅子の上に立てかけられているのは――鏡。
「……ァ?」
思わず漏れた声。その鏡の装飾が、自身の本体に似て見えたものだから、驚き訝しまずにはいられなかったのだ。
『創造主、余は良きものは良しと口にするぞ』
朱塗りの箱――鏡箱に立てかけられた鏡は、漢服の男を『創造主』と呼んだ。
『言葉通り受け取っておこうかの』
『余は所詮写し。手に入らぬからこそ美しい』
伝心のような方法で鏡は漢服の男へと意思を伝えているのだろう。けれどもなぜそれが、クロウにも聞こえるのか。
「……わかンねェ……」
呟いて、片手で頭をガシガシと掻くクロウ。だが、不思議と既視感のようなものがあるのも事実。
「またコイツら……」
だからこそ、原因のわからぬ苛立ちが募る。
漢服の男が創造主で、あの鏡がクロウの本体なのだとしたら、一体ここはいつでどこなのだろう。
(「――否、俺であり俺でないもの」)
仮定だとしても、そう簡単に同一視できない。違和感のような名状しがたい感覚が、クロウを追い立てる。
再び、漢服の男の篠笛の演奏が始まった。
(「ここはいつも長閑で、まるで時間という概念がないみてェだ」)
「……、……」
ふと自分の中に自然と浮かんだ感想に、クロウは動きを止める。
これではまるで、ここの光景を、よく知っているようではないか――。
大成功
🔵🔵🔵
アウレリア・ウィスタリア
ネモフィラの淡い青色のカード
そこには『安曇』と
UDCアースで使われてる文字ですよね?
意味はわかりませんけど
母が叫んだ
こんな悪魔拾わなければよかった
父が叫んだ
お前は「アウレリア」を殺して現れたのだろう
両親が村長に差し出した子供用の小さな鞄
そこに何かが記されていた
それを見て村長が言った
「これが悪魔とお前たちに血の繋がりのないことの証明か」と
両親が肯定し、幼いボクの目の前で鞄が火にくべられる
あぁ、そうだ
ボク…私は真っ先にこの記憶を忘れた
幼い私にとって、あの地下から両親が連れ出してくれる
その日を待つことだけが唯一の希望だったから
待って…
その鞄には何が書いてあったの?
燃えないで
私に真実を…
私は何者なの?
アウレリア・ウィスタリア(憂愛ラピス・ラズリ・f00068)がショップカードの下に見つけたのは、ネモフィラを思わせる淡い青色の紙だった。そこに浮かぶ文字は、『安曇』。
(「これは……UDCアースで使われてる文字ですよね? 意味はわかりませんけど」)
漢字に馴染みのない世界の出身であるアウレリアには、文字であることはわかっても意味を理解することはできない。なぜこの紙が、この文字が自分の手に――?
黒猫の仮面の下、花の蜜色の瞳でそれをじっと見つめる。
『こんな悪魔、拾わなければよかった!』
聞こえてきた声に、アウレリアは弾かれたように顔を上げた。
いつの間にか周囲の景色はUDCアースのそれから、アウレリアに馴染みのある場所へと変化していた。
『お前は【アウレリア】を殺して現れたのだろう!?』
馴染みはある。見覚えはある。だからといって、親しみがあるわけでも良い思い出があるわけでもない。
(「……、……」)
仮面の下からじっとその光景を見つめるアウレリア。
最初に叫んだのは、母だ。
次に叫んだのは、父だ。
嗚呼――今のアウレリアは、そこにいる幼い頃とは違うけれど。それでもなお、耳をふさぎたくなるような罵声。
『これが悪魔とお前たちに血の繋がりのないことの証明か』
聞こえてきた声は、先のふたりのものとはまた違ったもので。景色は村の中でも上等な室内へと変わる。
そこに立っていたのは険しい顔をした男性――村長だ。村長はアウレリアの両親が差し出した子ども用の小さな鞄を受け取り、検分するように隅から隅まで睨めつけた。
小さな鞄に記されているなにかに気づいた村長の片眉が、ぴくりと動く。
『そうです! この悪魔は私達のアウレリアではない!』
『私達の可愛いアウレリアは、アウレリアは……』
強く訴える父は泣き崩れた母の肩を抱く。
(『な に が お こ っ て い る の ?』)
光景の中で小さなアウレリアは、事情が飲み込めずに立ち尽くしている。
小さな暖炉の中で揺れる炎のように、その瞳を不安で揺らして。
(「あぁ、そうだ。ボク……私は真っ先にこの記憶を忘れた」)
第三者としての視点からこの光景を見て、アウレリアはこの出来事を『忘れた』ことを思い出す。
(「幼い私にとって、あの地下から両親が連れ出してくれる――その日を待つことだけが唯一の希望だったから」)
これは娘ではないと。血の繋がりはないと。自 分 た ち に 罪 は な い と !
そう必死に言いすがる両親の姿は、幼いアウレリアにとって衝撃が強すぎて。同時に唯一の希望が砕かれたも同じ。幼子が受け止めるには重すぎて、無意識に忘却を選択したのも無理はない。
両親のその訴えに納得したのか、村長は小さな暖炉の中へとその鞄を投げ込んだ。
まるで、ゴミを投げ捨てるように。
まるで、元からなかったことにするかのように。
「待って……」
それまで黙ってその光景を見ていたアウレリアの紡いだ声は、想像していたよりも掠れていた。
「その鞄には、何が書いてあったの?」
パチパチと炎が音を立てて鞄を飲み込むのを、小さなアウレリアはただただ見ている。見ているしかできなかったのだ。
「燃えないで……」
反射的に裸足で床を蹴り、暖炉を目指すアウレリア。なぜだかわからないが、この場で翼を広げて飛ぶことを選べなかった。
「私に真実を……」
夢中で燃え盛る炎の中へと手を突っ込む。煌々と燃え盛る炎に対し、躊躇いなどなかった。
けれどもその手は、炎どころか燃えかけの鞄すら掴むことができない。
これが記憶の中の光景だからだ。干渉することは、できないのだ。
「……あぁ……」
ぺたりと暖炉の前に座り込んだアウレリアは、鞄が燃えて灰になる様子を見ていることしかできない。
「……私は、何者なの……?」
こぼれた呟きの、答えは――。
大成功
🔵🔵🔵
エメラ・アーヴェスピア
ふぅ、美味しい料理だったけど…おかしいわね、あれから何も起こらなかったわ
さて、これからどうしたものかしら…あら?
…黒い…カード?…文字が浮かんで…「復讐」…?
一瞬だけ映るのは、黒き炎に燃える礼拝堂
そして中央に立つ、槍を携え黒き炎をその身に燃やす鎧騎士と
その槍に刺し貫かれ燃える、一人の少女
…ッ…今のは…!?
…先程の「可能性」の方から考えるに、私に関する事は燃やされていて見えないと思うのだけど…
もしかして私ではなく、「黒い炎」の方から過去を辿った…?
…意外な所から手がかり、と言う訳ね…まぁ、気が向いたら探してみましょうか
…それより今はオブリビオンよ、一体どうすればいいのかしら…?
(「ふぅ、美味しい料理だったけど……おかしいわね、あれから何も起こらなかったわ」)
料亭で料理を楽しんだエメラ・アーヴェスピア(歩く魔導蒸気兵器庫・f03904)は、漆黒の焔に包まれた成人女性のシルエットを見て以降、何もおかしなことが起こらなかったことを訝しむ。
(「さて、これからどうしたものかしら……あら?」)
UDCへの手がかりが途絶えてしまったと、これからの行動について思案し始めたその時。手にしていたショップカードの後ろから、もう一枚、紙が落ちたことに気がついた。
「……黒い……カード?」
最初はただの黒い紙だと思った。けれども拾ってみれば、不思議な事に文字が浮かんだのだ――『復讐』と。
「……『復讐』……? っ……!?」
カードに浮かんだ言葉を呟いて、エメラは反射的に顔を上げた。
すると彼女の目の前、その視線の先に、この場所ではありえない光景が浮かんでいた。
礼拝堂が燃えている。黒き炎が舐めるようにその荘厳な建物を喰らってゆく。ステンドグラスは割れ、フラスコ画ももう焼け落ちてしまっているだろう。
その中央に立っているのは、槍を携えた鎧騎士。ただその鎧騎士は、普通の鎧騎士ではない。黒い炎をその身に燃やしているのだ。
そしてその槍が貫くのは、ひとりの少女。貫かれると同時に、黒き炎に舐め回されて――。
「……ッ……今のは……!?」
その光景が見えたのは、一瞬のことだった。それが消えたあとはどれだけ目を凝らしても、どれだけ黒い紙を見つめても、同じ光景を見ることはできなかった。
(「……先程の『可能性』の方から考えるに、私に関する事は燃やされていて見えないと思うのだけど……」)
自分を落ち着かせるべく、冷静にひとつひとつ確認をしていく。そうすることでエメラがたどり着いた結論は。
(「もしかして私ではなく、『黒い炎』の方から過去を辿った……?」)
荒唐無稽な考えだと笑う者がいるかもしれない。けれどもそう考えれば、辻褄が合うのも事実。
(「……意外な所から手がかり、と言う訳ね……まぁ、気が向いたら探してみましょうか」)
まさか手がかりを得られるなんて思ってもいなかった。他の者ならともかく、自分に関して言えば。
けれども運良く得られた情報だ。エメラは小さく頷いて、あたりを見回す。
そこは先程と同じ、料亭にほど近い場所だ。自身が動いた様子はない。となればあと、気になることといえば。
「……それより今はオブリビオンよ、一体どうすればいいのかしら……?」
* * *
ショップカードの影から現れた紙。不思議な光景の中への移動。順当に考えれば、このあとオブリビオンがまた何か仕掛けてくるに違いない。
だが、それまでぼーっと突っ立っているのも格好がつかないし手持ち無沙汰である。
現実へ戻ってきたことに気がついた猟兵、気がつく余裕のない猟兵、記憶の欠片の余韻をに浸る猟兵――様々ではあるが。
彼らは一様に、オブリビオン本人と相対することになる。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『裏本『落窪凋落伝』おちくぼの君』
|
POW : 忘れてしまったのですか?
自身の装備武器を無数の【忘れてしまった過去の記憶を蘇らせる桜】の花びらに変え、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
SPD : あなたの心には何が棲んでいますか?
【貴方様の事をずっとお待ちしておりました】から【蓄積してしまいました強い寂寥と僅かな憎悪】を放ち、【負の感情で相手の心を激しく乱すこと】により対象の動きを一時的に封じる。
WIZ : あなたの未来はどれですか?
【あったかもしれない未来を見せる不可視の霧】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
イラスト:十田悠
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠紫丿宮・馨子」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
※第三章の冒頭文掲載&プレイング受付開始は、19日or20日を予定しております。
今しばらくお待ち下さい。
※諸事情により、第三章の冒頭文掲載&プレイング受付開始を、21日~22日へと変更させていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
* * * * * * * * * * * *
――ああ、ああ……あなた方は思い出すことができたのですね。それなのにわたくしは……。
彼女の声は、深い嘆きに満ちている。この声色から、理由は察することができるだろう。
――わたくしは、わたくしは……結局、思い出せませぬ……。わたくしは、確かに『愛されたという過去の上に』存在するというのに……。
嘆く彼女は『愛される幸せ』が在ったからこその存在。けれども彼女の本体である写本に記された話には、『愛される幸せ』を享受する彼女は書かれていないのだろう。それは、原典である『落窪物語』にえがかれているからして。
写本――『裏本『落窪凋落伝』』に記されている彼女は、『幸せを掴んだあとに夫の愛を失った』彼女だ。たとえもしもの未来としてえがかれているとしても、この本のヤドリガミである彼女は、悲嘆に暮れる存在。『そういう存在』としてカタチを得るしかなかったのだ。
――ああ、どうすれば。わたくしは、どうすればよいのでしょう……。
惑い、惑い、惑い、惑い、惑い――彼女は己の本体である和綴じの本を手に、一筋、涙をこぼした。
* * *
不思議な紙により過去の光景を見せられていた猟兵たちは、自身に強制的な力がかかったのに気がついた。
引き寄せられる――そう気づいた時にはもう、その空間に彼らはいた。
「あなた方が羨ましゅうございます……」
不意にかけられた声にその主を探せば、どんよりとした雲に覆われたような灰色の満ちる空間の中に、垂れ下がる御簾が見える。その向こうにいるのが、声の主のようだ。
「わたくしは、結局……本体に書かれたこと以上は知り得ぬようでございます……」
弱々しい声で告げる彼女は、おちくぼの君。心優しく自己主張せず、自己評価も低く、幸せなど自分に分不相応だと思っていた彼女が、周りの人の力添えで幸せを得た。しかしこの彼女はそれを失った形として存在しており――寂しくて寂しくて寂しくて、悲しくて悲しくて悲しくて。
本来ならば幸せなままで終わる話に、あえて不幸な『可能性の未来』を書き足したその作者こそが諸悪の根源なのかもしれない。けれども。
御簾の向こうにいる彼女もまた、このままにしておくわけにはいかぬ存在。
「見たいものがございましたら、また見せて差し上げましょう。忘れてしまった過去の記憶でも、あったかもしれない可能性の未来でも」
告げる彼女はまだ、御簾の向こうから動こうとしない。
「どうぞ、お好きにお申し付けくださいませ……」
諦観に満ちた覇気のない声が、猟兵たちへと向けられた。
----------------
※補足※
●忘れてしまった過去の記憶を見たい方→POWのUCをご選択の上で見る過去をご指定ください。
●あったかもしれない未来を見たい方→WIZのUCをご選択の上で見るあったかもしれない未来をご指定ください。
⇒対応する能力のUCを持っていない、何らかの事情で持っていけない、違うUCを持っていきたい場合
→お連れ様がいらっしゃるならば、お連れ様が該当の能力に対応するUCをお持ちになっていれば大丈夫です。
→単独参加、お連れ様も持っていけない場合は、プレイングにてご指定ください。なんとかします。
●おちくぼの君への対話や接触、攻撃を主にしたい方→SPDのUCをご選択いただき、『心を乱される・心を乱されても耐える、抵抗するようなプレイング』をご用意の上、彼女へご対応ください。
⇒対応する能力のUCを持っていない、何らかの事情で持っていけない、違うUCを持っていきたい場合
→お連れ様がいらっしゃるならば、お連れ様が該当の能力に対応するUCをお持ちになっていれば大丈夫です。
→単独参加、お連れ様も持っていけない場合は、プレイングにてご指定ください。なんとかします。
◎この章開始時点では、おちくぼの君に戦意はほぼありません。
◎戦闘プレイングがない場合でも、PC様が指定されたUCを使用させる可能性がございます。
★この場合どうなろんだろう、なんかよくわからないどうしようという方
→この状況でやりたいことを書いてくだされば、出来得る限りがんばって対応します。
☆この章からのご参加も歓迎です。馨子によって転移させられた先が、この空間だったという形になります。
◆文字数節約のために、必要であれば以下の記号をご使用ください。使用しなくとも問題ございません。
アドリブ歓迎・任せた→◎
アドリブ入れてもていいよ→○
なるべくアドリブ少なめで……→×
----------------
姫条・那由多
◎
「貴女の悲しみを共感するには、わたしも何かしらを見て感じる必要が
あるのでしょうね」
ここではない異なるセカイ。
そこで自分はとある女性と魂を共有する形で存在していた。
その—長い黒髪が印象的な、大和撫子の如き—少女は誰にでも優しく、
青臭い理想を抱き、誰かの悲しみに涙する…そんな生き方を初めは愚かしく、
だが次第に眩しく感じる様になった自分はいつしか彼女の様になれないものかと…
意識が覚醒する。
この18年の人生のものではない、だけどどこか切ないくらいに懐かしい、
いわば魂の記憶だろうか。
思えば自分が目指してきた聖女という生き方は、果たして何が元だっただろうか?
「…っとに…イイモン見せてくれたじゃない…!」
灰色の景色の中、姫条・那由多(黄昏の天蓋・f00759)は御簾の前へと歩み出る。これまでの経緯はざっと耳にしてはいたが、実際に体験したわけではない。ならば。
「貴女の悲しみを共感するには、わたしも何かしらを見て感じる必要が、あるのでしょうね」
「……お望みと、あらば……」
那由多の周囲に満ちるのは、桜の花びら。はらはらと、はらはらと儚く漂うそれが、突然視界を覆うほどに増えて――視界がひらけるとそこは、UDCアースの日本の一都市のようだった。
(「……ここは……?」)
心中で自身に問いかけるも、那由多の肌に触れる空気はなんだか懐かしい。
(「ここは……UDCアースではありませんね……多分」)
UDCアースによく似た世界。よく似た日本。京都のような古都ではなく、コンクリートと雑踏にまみれる東京のような場所。
『参りましょう!』
数人の学生たちとともに校門を駆け抜けていく一人の少女から、どうしても目を放すことができない。那由多はそのまま、彼女たちを追いかける。
艶のある、手入れの行き届いた長い黒髪が印象的な彼女。
和服を着慣れた様子の、大和撫子の如き少女。
『わたくしは、どうしても諦めきれませんっ……』
敵対すべき存在にすらいつか手が届くと信じて、共存できる道を模索して、その境遇に涙すらして。
彼女の願い、理想は青臭く、一笑に付されてもおかしくないもの。それでも彼女はその理想を忘れずに、走り続ける。
誰にでも優しく、誰かの悲しみに涙する……そんな彼女の生き方を、初めは愚かしく思っていたことを那由多は思い出した。
(「そうでした……」)
『■■■さん、共に歌いましょう――!』
いつも近くにいた銀の髪の少女へと手を伸ばし、彼女は哀しみの夜を払うがごとく、歌声を響かせる。
『いつもありがとうございます、■■さん――』
長い黒髪を持つ青年へと声をかける際に、それまで意識することのなかった胸の高鳴りを感じ始めたのは、いつからだろうか。
『貴女とだって手を取り合えるはず――』
愚直に、一途に信じ続けた彼女を、次第に眩しく感じるようになっていた。いつしか、彼女のようになれないものかと、思い始めていた。
そう、那由多はこの少女と、魂を共有する形で存在していたのだ。
(「ああ――……」)
これはこの18年の人生のものではない、だけど胸を締め付けるほどの切なさと懐かしさを併せ持った、不思議な記憶。
魂の記憶なんて一言で片付けるには、深すぎる。尊すぎる。
(「思えば、わたしが目指してきた聖女という生き方は――」)
――果たして何が元だっただろうか?
その答えが、見えた気がした。
「……っとに……イイモン見せてくれたじゃない……!」
御簾の向こうの彼女に個人的に恨みがあるわけではない。けれども猟兵としての本能が告げている。オブリビオンは躯の海へと還さねば、と。
けれども敵対する意思のない様子の相手に、悪だからというだけで殴りかかるほど我を失ってはいない。
むしろ。
「話をするのなら、これは邪魔ですよね……!」
おちくぼの君へと距離を詰めた那由多は彼女に――否、彼女と猟兵たちを隔てる御簾へと掌打を繰り出し、それをばらばらに打ち砕いた。
成功
🔵🔵🔴
逢坂・宵
ザッフィーロ君(f06826)と
◎
僕は天図盤として造られ、星を指し示し、そうして人の手に渡ってきました
けれどもそうであるからこそ己の行くべき道を指し示すものがない不安に押しつぶされそうになっていた時
救ってくれたのはきみの言葉です
写本である彼女に記されたものは
なるほど変えられない過去であり現在であるのでしょう
けれど未来はまだ定まっていません
未来を切り開き書き記すのは、自分自身です
未来とはいつだって、他人の手助けがあったとしても……
自分自身の手で切り開くものなのですから
わがままなどではありませんよ
その思いこそが、彼女にとってある種の救いとなるのでしょう
きっと、ね
ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と
◎
かくあれと望まれ造られた物は少なからずその呪縛に縛られるのだろうな
俺もそう縛られ生きて来たが…宵。お前が望む様生きても良いのだと枷を外してくれたのだったか
…そう思うとあの女性は俺の宵に出会えなかった未来の様な物なのやもしれん
だからこそ宵の手を握り共に乱れる心に耐え抗い話をしてみたく思う
過去から派生した可能性…現在のこの時はもう覆す事は出来んだろう
だが…望みという物はお前が定めて良い物だ
…お前の本体は本なのだろう?お前の手で望む未来をその先に書き足してみてはどうだ
どの道俺達の手で送る事になるのだが…
少しでも満ちた心持ちで逝かせてやりたい、という考えは俺の我儘なのかもしれんが…な
「っ……なに、を、なさるの、ですかっ……!」
御簾を砕かれて姿を顕にされたおちのくぼ君は、慌てて手にした扇で顔を隠す。平安時代の常識では、身分のある女性は成人の儀式である裳着を終えたあとは、たとえ親兄弟であろうとも異性に素顔を晒さないのだという。ならば平安時代を舞台にした話の主人公である彼女が慌てるのも頷ける。もっとも――彼女が素顔を見せることができる唯一とも言える異性――夫の道頼は、この彼女の元へは帰ってこなくなって久しいのだが。
「っ……」
「――っ」
ザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)と逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)の心と精神に、楔を打ち込んでくるような強い感情が襲いかかってきた。裡へ裡へと入り込んでかき乱そうとするそれに耐えるために――無意識に隣に立つ互いへと視線を向け合う。そして紡ぐのは、過去を振り返り、現在を受け止めて未来へ向かおうとする言葉。
「僕は天図盤として造られ、星を指し示し、そうして人の手に渡ってきました」
宵のその言葉は、視線の先のザッフィーロにだけではなく、同じヤドリガミであるおちくぼの君へも向けられているように感じられる。
「けれどもそうであるからこそ、己の行くべき道を指し示すものがない不安に押しつぶされそうになっていた時――救ってくれたのはきみの言葉です」
乱される心の中、その事実をたったひとつのしるべとして、宵は己を保とうとする。
「かくあれと望まれ造られた物は、少なからずその呪縛に縛られるのだろうな」
それは、ぽつりとそう呟いたザッフィーロもまた、同じ。
「俺もそう縛られ生きて来たが……宵。お前が望む様生きても良いのだと枷を外してくれたのだったか」
モノを元とするヤドリガミである以上、器物の持つ性質や使われ方などが少なからず思考や価値観などにも影響する。だから。
「……そう思うとあの女性は俺の、宵に出会えなかった未来の様な物なのやもしれん」
どうしても、彼女をただ滅するだけで済ませたくない気持ちがあった。ザッフィーロは、そっと手を伸ばす。
「どの道俺達の手で送る事になるのだが……」
宵の手に触れた瞬間、わずかに切れた言葉は迷いの具現化か。それに気づいた宵は、彼よりも先に触れられた手を握りしめた。
「少しでも満ちた心持ちで逝かせてやりたい、という考えは俺の我儘なのかもしれんが……な」
「わがままなどではありませんよ」
彼が握り締めてくれた手を、ザッフィーロも握り返して。呟きに間髪入れずに返ってきた言葉に、口元を緩める。
「その思いこそが、彼女にとってある種の救いとなるのでしょう。きっと、ね」
強く握りあった手は、互いの心をしかと保たせる。おちくぼの君の放つ負の感情はまだピリピリと心と精神を刺激してくるが、最初ほど乱されはしない。ふたりは視線を互いから、まだ動揺を見せるおちくぼの君へと移した。
「っ……!?」
扇で隠された口元は見えぬが、漆黒の瞳から僅かなりとも彼女の心境が窺える気がする。彼女は怒りよりも、戸惑いや怯えの満ちた瞳をしていた。
「過去から派生した可能性……現在のこの時はもう覆す事は出来んだろう」
「……、……」
「だが……望みという物はお前が定めて良い物だ」
ザッフィーロの穏やかな言葉を、彼女は黙って聞いている。だが、いまいちその意味がわかっていない様子。
「写本であるおちくぼの君に記されたものは、なるほど変えられない過去であり現在であるのでしょう。けれど未来はまだ定まっていません」
「……? 何を、……何をおっしゃって……??」
「未来を切り開き書き記すのは、自分自身です」
続く宵の言葉にも、彼女は怪訝な顔をする。当然だろう、彼女にとって『自分の未来』という概念はないのだから。今の彼女自身が、彼女のとっての『自分の未来』であるような――。
「未来とはいつだって、他人の手助けがあったとしても……自分自身の手で切り開くものなのですから」
「……わたくしに、未来……ですか?」
柔らかに続けられた宵の言葉にも、彼女は怪訝な表情を崩さない。まるで提案しているこちらがおかしいのではないかと錯覚しそうになるが、それまでなかった新たな思考や概念をすぐに受け入れられないのも当然だ。だから。
「……お前の本体は本なのだろう?」
ザッフィーロはわかりやすく、端的に告げることにした。
「お前の手で望む未来をその先に書き足してみてはどうだ」
「っ――!?」
考えたことすらなかったのだろう。おちくぼの君はその提案に衝撃を受けた様子で、ふたりを交互に何度も、何度も見やった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
シホ・エーデルワイス
◎
こんにちは
お茶にしませんか?
トランクから茶道具を出し
UCも使い茶をたてる
何故?
記憶を蘇らせた感謝と…親近感でしょうか?
一口頂き
何故私達は残酷な結末を迎えたか?
他人の不幸は蜜の味という言葉をご存知でしょうか?
私も見て来ました
人は時に理由無く
非道で残酷な事を平然と行うのを
それは集団になれば何割かは犠牲となる
いつの世も厳然としてある仕組み
私達は他人が幸せを感じる為に犠牲となった
それでも終われずにいる私達はどうすれば良いか?
私の答えは続きを紡ぐ事
過去は変えられないけれど
私が犠牲になる必要があったと断言できる未来が来るまで戦い救い続けます
私に貴女は救えないけれど
貴女が貴女を救える人に逢える事を祈ります
「わたくしの未来……? わたくしが望むもの……? わたくしが、書き足す……???」
おちくぼの君は今まで欠片ほども考えたことのない提案をされて、酷く狼狽しているようだ。
「わたくしは、わたくしは、わたくしは――」
彼女の心が乱されると同時に彼女の周囲が歪んでいくように見えるのは、気のせいだろうか。不用意に近づけば、何がしかの影響を受けることは想像に難くない。
だが、そんな中、怯む様子もなく、背筋をピンと伸ばして毅然と、彼女に近づく者がいた。
「こんにちは。お茶にしませんか?」
トランクを手におちくぼの君の前へと進んでいくのは、シホ・エーデルワイス(捧げるもの・f03442)だ。今この状況で彼女が起こした行動、そして発した言葉の意味を、シホ以外は誰も正確に理解していないだろう。
「な、に……を」
あまりに予想外の言動に、おちくぼの君が呆気にとられるのも無理はない。だがシホはトランクから出した緋毛氈を敷き、同じくトランクから出した茶道具を使い、おちくぼの君の正面で茶を点て始める。彼女の持てうる技能を強化し、そして最高のもてなしができる状況にした上で。
「貴女とお茶をいただく準備をしています」
「……な、ぜ……」
「何故? 記憶を蘇らせてくれた感謝と……親近感でしょうか?」
そう告げてシホは、おちくぼの君の前へと茶碗を置き、自身の分の茶碗を手に取る。茶道の作法など、今はどうでもいい些末なことだ。
こく、と一口含み、忘れていました、とシホはトランクから落雁を取り出して。日持ちがするので助かっています、と差し出した。
「何故私達は、残酷な結末を迎えたか?」
落雁をひと欠け口に含み、甘さを堪能したあとの抹茶は、ただ苦いだけでなく甘みと絡み合ってとても美味しい。
「他人の不幸は蜜の味という言葉をご存知でしょうか?」
「……、……」
おちくぼの君はまだ警戒しているのか、茶にも落雁にも手を付けない。けれどもシホの話に耳を傾けているのは確かだ。シホは続ける。
「私も見て来ました。人は時に理由無く、非道で残酷な事を平然と行うのを」
それはシホ自身だけでなく、『シホ』の大切な人たちを巻き込むことさえあった。
「それは、集団になれば何割かは犠牲となる。いつの世も厳然としてある仕組み」
世界だけでなく、ヒトが、同じヒトを自然とふるいにかけるその仕組み。どの世界どの世にも組み込まれたその仕組みは、なんのためにあるのだろうか。
「私達は、他人が幸せを感じる為に犠牲となった」
これが、シホの導き出した答え。蘇った多くの記憶の中の『シホ』が、死という終末を迎えた理由。
それでも。
「それでも終われずにいる私達は、どうすれば良いか?」
ピクッと、おちくぼの君が肩を震わせたのが分かった。そう、彼女もまた、終われずにいる存在だからして。
シホはもう一度落雁と茶を口にすることで、自身の中でその問いの答えを確たるものとする。
「私の答えは、続きを紡ぐ事」
シホが『シホ』の続きを紡ぐのは、この先、生き続けるということ。
「過去は変えられないけれど、私が犠牲になる必要があったと断言できる未来が来るまで、戦い救い続けます」
「続きを紡ぐ……戦い続ける……あなたは、お強いのですね」
「……いいえ、私は。……弱いですよ」
シホの言葉に対して発せられたおちくぼの君の言葉は、彼女への称賛かあるいは羨望か、自分には無理だという諦観か。おちくぼの君が発した言葉の真意はわからないけれど。シホは知っている。
自分が強さを持っているとしたら、それは『シホ』だけの力ではないということ。多くの『シホ』より託されたそれが、今のシホが心に纏う鎧だということを。
そして、もう一つ知っていることは。
「私に貴女は救えないけれど」
自分には、本当の意味で目の前の彼女を救うすべがないということ。
「貴女が貴女を救える人に逢える事を、祈ります」
だから、祈りを捧げる。
高まるその祈りに合わせるようにして、灰色の空間に純白の、エーデルワイスの花びらが舞った。
成功
🔵🔵🔴
ザザ・クライスト
フィラメント(f09645)と参加
「いくら視せたところで無駄だぜ」
煙草に火が灯ると女のまやかしが晴れていく
過去は過去で、幻は幻で、"いま"じゃねェ
何故テメエは過去に囚われる? イヤ、愚問だったな、オブリビオン
更なる幻視がオレを襲う
目眩や吐き気、なんでもアリなクソッタレな状態だが、
「超絶美少女様、力を貸してくれ」
フィラメントと呼びながら手を握る
柔らかな掌と温度が幻の幸せと可能性を振り払う
「感謝してるぜ。オレ自身も忘れちまってた負債を思い出せたンだからよ」
だが、オレが生きているのは"いま"なんだ
未来に繋がってる現在なんだよ
テメエもそう生きられたら良かったな
「アリーヴェデルチ」
アザゼルで発砲する
◎
フィラメント・レイヴァス
ザザ(f07677)と参加◎
……フィラメント、だよ
勿論、わたしが美少女なのは…当たり前だけどね
さっき、言ったでしょ
過去の夢幻も、目を背けたくなる現も
わたしが醒ましてあげる、ってね
支えるように掌を握り返し、目覚めを与える
仕方ない、今回は貸し借りなしのサービスってことで
勿論、お礼ならいくらでも受け付けるよ
過去に未練が少しもない人なんて、いないはずだよ
だから悔いは消えることもない
お姫様も、別の景色が描けると良かったのにね
過去やifではなく
自分で決めた"これから"を
彼が欲しいのは"これから"なんだ
ズタボロになるって分かってても、ね
そんな君を、少し眩しくも思うのは
口に出さずに、思い留めるだけとしよう
奇しくも自身に何らかの力が強制的にかかったことで、彼は正気を取り戻した。
きっかけ自体は、もう、あの真紅がくれていたから。だから、戻ることができた。
「いくら視せたところで無駄だぜ」
微かに震える指で取り出した煙草に火を灯す。すると、ザザ・クライスト(人狼騎士第六席・f07677)を取り巻いていた光景が晴れていき――そこは灰色の空間だった。
* * *
「……続きを紡ぐ? ……戦い続ける?」
白が晴れた後、灰色に戻ったその空間には呆然と言葉を紡ぐおちくぼの君だけが残されていた。
「わたくしの、続き? わたくしの……これから?」
そんなものの存在など、考えられぬ――それでも必死にそれらの概念を理解しようとしているのか、彼女は美しいかんばせの眉根を寄せている。
過去の存在である彼女に未来(これから)は存在するのか――哲学じみた問い、それに対する自分なりの回答をザザは所持している。
「過去は過去で、幻は幻で、『いま』じゃねェ」
吐き出した煙を追うように紡がれる言葉。
「何故テメエは過去に囚われる? ――イヤ、愚問だったな、オブリビオン」
ヒトとて過去に囚われることはある。それは心の自衛であったり単なる逃避であったり、自身のコンプレックスを解消したいがためであったりと様々ではあるが。
過去がなければ今は、未来は存在しない――確かにそうではあるけれども。
それに囚われすぎて『今』から『未来』へと進まんとする足を絡め取られては、意味がないのだ。
「わたくしが、過去に囚われている? その『過去』の心地よさすら思い出せぬのに?」
おちくぼの君が、真っ直ぐにザザの瞳を捉える。するとガツンと頭を殴られたかのような衝撃と目眩、心をぐちゃぐちゃに蹂躙されたかのような吐き気がザザを襲った。
「思い出せぬけれど確かにあったものを取り戻したいと思うのは、間違いなのですか?」
「そのために続きを紡ぐとは、戦い続けるとは――?」
彼女が言葉を、自らの心のゆらぎを紡ぐたびに、ザザもまた、心乱されていく。けれども彼は今、ひとりではない。
「超絶美少女様、力を貸してくれ」
隣りにいる。確かめずとも絶対の自信をもって、呼びかければ。
「……フィラメント、だよ。勿論、わたしが美少女なのは……当たり前だけどね」
情景の変化を感じつつも、ずっと黙って彼の隣で様子をうかがっていたフィラメント・レイヴァス(シュピネンゲヴェーベ・f09645)が答えた。
「フィラメント」
彼女の名を正確に呼びながら伸ばした手で、彼女の色の白い手を握るザザ。
「さっき、言ったでしょ」
その手を自ら迎えに行き、フィラメントは告げる。それは景色が揺らいでも、揺らがぬ意思。
「過去の夢幻も、目を背けたくなる現も、わたしが醒ましてあげる、ってね」
支えるように彼の手を握り返せば、柔らかな掌とその温度が、彼を惑わす幻の幸せと可能性を振り払い、目覚めへと導く。
「仕方ない、今回は貸し借りなしのサービスってことで」
「感謝してるぜ。オレ自身も忘れちまってた負債を思い出せたンだからよ」
「勿論、お礼ならいくらでも受け付けるよ」
軽口じみたやり取りをすれば、徐々に調子が戻ってきたように感じる。
「お姫様」
彼の復調を待つ間に、フィラメントは翡翠の瞳をまっすぐ向けて。
「過去に未練が少しもない人なんて、いないはずだよ。だから悔いは消えることもない」
おちくぼの君へと語りかけるのは、事実。現実。
「お姫様も、別の景色が描けると良かったのにね」
同情とは、少し違う。なんと言い表すのが一番近いだろうか――ねがい?
「過去やifではなく、自分で決めた『これから』を」
「――、――……」
彼女の言葉に、おちくぼの君の瞳が揺れる。ザザはそれをしっかりと見据えて。
「オレが生きているのは『いま』なんだ。未来に繋がってる現在なんだよ」
それは、彼女と自分とは違う、そう判じる宣言。
「テメエもそう生きられたら良かったな」
これは、彼女はそう生きることができないという現実を投げかけるもの。
「彼が欲しいのは『これから』なんだ。ズタボロになるって分かってても、ね」
そんな君を、少し眩しくも思う――その言葉は、胸に秘めて。代わりに今一度、繋いだ手を握りしめるフィラメント。
「これから、これから――未来、続き、この先――……」
ぽつり、ぽつりと絶望の表情で零すおちくぼの君に、ザザは『KBN14 アザゼル』を向け。
フィラメントはその瞳の奥の真紅で、翡翠を塗り替えた。
成功
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エメラ・アーヴェスピア
…さて、結果的に私は敵の行動による動揺が少なかった方なのだけど…
さて、このオブリビオンをどうした物かしら…
いえ、仕事だから、撃滅するのは確定なのだけど…
…結局私に関しては可能性も思い出す事も無かった訳だけど…
でも、他の同僚さん達への影響が気になるわね…大丈夫かしら…?
まぁ、いつでも戦闘に移れるように、設置はしておきましょうか…
心を乱される…?いえ、確かに今でも炎は少し苦手だけど…さすがにもうそこまでな感じでもないし…
…なんというか、もはや場違いな気がしてきたわ…
何か戦闘行動を起こしたら、同僚さんの【援護射撃】の為に砲撃開始よ
砲弾は…本と言う事で焼夷弾がいいのかしら?それとも酸?
※◎・絡み歓迎
アウレリア・ウィスタリア
◎
教えて下さい……
私の忘れた、無くしてしまった思い出を
仮面を脱ぎ捨て
彼女の前に立ちましょう
私は「アウレリア」ではなかった
私は誰なんだろう……
無くしてしまったはずの大切な思い出
私はそれをずっと知っていたんだと思う
だって私の心が奏でる歌は私の知らない歌だった
軽やかに奏でられるその歌
歌うのは私と似た髪色の女性で
それを見て微笑んでいるのは
私と同じ瞳をした男性で
そして幼い私の手を取るのは
同じ髪色の同じ背丈の少年で
あぁ、きっとこれが私の本当の家族
狂った歯車のせいで失ってしまった本当の家族
私がもう一度、世界を渡って探さないといけない大切な……
生きる目的が出来ました
ただ生き長らえただけの私に進むべき道が
(「……さて、結果的に私は敵の行動による動揺が少なかった方なのだけど……」)
灰色の空間へと招かれたのち、エメラ・アーヴェスピア(歩く魔導蒸気兵器庫・f03904)は周囲を見渡した。すると猟兵と思しき者たちの姿が見えはしたが、これまで『見せられた』モノによる動揺が窺える者たちも多く。それが少なかったエメラとしては、自身の行動を決めかねていた。
(「このオブリビオンをどうした物かしら……いえ、仕事だから、撃滅するのは確定なのだけど……」)
しかも、これまで各人に様々な光景を見せてきた張本人であるおちくぼの君には、戦意が感じられない。もちろん、彼女を撃破せねば料亭で広がる不思議現象がおさまらぬばかりか、自分たちはこの空間から出ることは叶わぬだろう。
(「……結局私に関しては可能性も、思い出す事も無かった訳だけど……」)
心を乱される感覚はあるが、それほど問題には感じない。けれども、他の猟兵たちへの影響が気になる。必要ならば随時援護ができるように準備をし、エメラは状況の推移を見守っていた。
* * *
「わたくしには――ないのですね。わたくしには――できぬのですね?」
揺れて揺れて揺れるおちくぼの君の周囲に再び舞い上がるのは、桜の花びら。
(「っ……!」)
エメラは魔導蒸気カタパルト砲での砲撃を開始しようとする。だが、すんでのところで発動を止めた。その花吹雪の中へと、自ら飛び込んでいく者がいたのだ。
「あなた!」
エメラの声がその人物の耳に届くよりも、その人物が花吹雪の中へと入り込むほうが早かった。文字通り、飛び込んだのだから。
「……っ……」
花吹雪に邪魔をされて、おちくぼの君の姿はおろか、飛び込んだ猟兵の姿も見えない。無闇に撃っては、仲間に当たる可能性がある。エメラはいつでも砲弾を撃ち込める体勢で、事態の推移を見守ることにした。
* * *
「教えて下さい……私の忘れた、無くしてしまった思い出を」
花吹雪の中に飛び込んだのは、黒猫の仮面を取り去ったアウレリア・ウィスタリア(憂愛ラピス・ラズリ・f00068)だった。彼女は、おちくぼの君をまっすぐ見据えて立つ。いや、その瞳は表情の薄い彼女にしては珍しく、懇願するような色を持っていた。
「私は『アウレリア』ではなかった。私は、誰なんだろう……」
「……あなたはきっと、思い出すことができるのでしょう……」
弱々しい彼女の声が、かき消される。それをかき消したものは、『歌』だった。
「これは――……」
視覚よりも早く聴覚へと触れたそれは、アウレリアも『知っている』旋律だ。なぜその旋律を知っているのか、彼女自身にもわからなかったけれど。
「っ――……」
目の前に浮かび上がった光景に、アウレリアは息を呑んだ。
凄惨な光景だったわけではない。
衝撃的な光景だったわけではない。
それは、何よりも――。
軽やかに奏でられるその歌は、まさにその光景の枠組みだった。
それを紡ぐのは、アウレリアと同じ藤色の髪を持つ女性だ。
そんな彼女を眩しそうに見つめて微笑んでいるのは、アウレリアと同じ琥珀色の瞳を持つ男性だ。
そのふたりの近くにいる小さな少女はアウレリア自身であると、何故かわかった。呼吸をするような自然さで、それはアウレリアの中にすとんと落ちたのだ。
そして幼いアウレリアの手を取るのは――同じ藤色の髪を持つ、同じ背丈の少年。
(「ああ――……」)
無くしてしまったはずの大切な思い出は、ずっとアウレリアの中にあったのだ。ずっと、知っていたのだ。
だってアウレリアの心が奏でる歌は、アウレリアの知らない歌だったから。
それは、点と点が繋がっていなかっただけで。繋がるその時を、ずっと待っていたのだ。
(「……――きっとこれが、私の本当の家族」)
誰に教えられたわけでもないけれど、それだけはしっかりと分かる。狂った歯車のせいで失ってしまった、本当の家族だと。
(「私がもう一度、世界を渡って探さないといけない大切な……」)
何よりも優しいその光景が、アウレリアの心を、記憶を目覚めさせてゆく――。
* * *
花吹雪が薄らいで、エメラはふた色の翼を目視することができた。
「あなた、大丈夫なの!?」
その背中に声をかければ。
「大丈夫です。生きる目的が出来ました」
半身を翻して告げたアウレリアの瞳は。
「ただ生き長らえただけの私に、進むべき道が」
前進するための強い『いろ』を宿していた。
エメラは安堵の息を吐き、おちくぼの君へと砲口を向ける。
成功
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無銘・サカガミ
マリス(f03202)と参加
「俺の心には…忌むべき呪怨しかないさ。」
負の意思を以て心を惑わすというならば、それすら上塗りする程の憎悪と憤怒で打ち消そう。それこそが、俺の呪いだ。
だが。
「…赦すのか?」
彼女の思いを受け止めるマリスを見る。
「…未来を見ているか、過去を見ているか、か。」
俺の過去は一つだけ。「ありえたかもしれない」なんてものはない。
それは…「現在」の俺を否定することになるから。
だからこそ…ケリをつけねばなるまい。
マリスと手を繋ぎ、彼女の求めた愛の存在を確かにさせるために
そして魂の贖罪を。
彼女を守らんとするものを、解放した呪怨で打ち払い、マリスの一撃が届くようにする
マリス・ステラ
サカガミ(f02636)と参加
「主よ、憐れみたまえ」
『祈り』を捧げれば彼女の惑わす力が霧散する
彼女を慈愛をもって見つめる
「あなたを私は赦しましょう」
彼女の悲哀はわかる気がします
あなたは愛されていた証が欲しかった
「たとえ書かれていなくとも、愛されなかったことにはなりません」
あなたの存在こそが証明です
愛されなければ"私たち"は生まれないから
「知り得ない過去を取り戻すために」
過去が集う骸の海に還します
【親愛なる世界へ】を使用
「サカガミ、あなたの力を貸してください」
視た景色は怒りや悲しみだけではなかった筈
彼と手を繋いで彼女の求める愛を掴めるように
そして魂の救済を
星の導きと愛の『属性攻撃』で浄化します
◎
「っ……」
心を乱そうとするおちくぼの君の力に、無銘・サカガミ(「神」に抗うもの・f02636)はぽつりと呟く。
「俺の心には……忌むべき呪怨しかないさ」
それは事実を述べているようでいて、自嘲のようでもある。
「負の意思を以て心を惑わすというならば、それすら上塗りする程の憎悪と憤怒で打ち消そう」
サカガミは、自身の持つ呪いの力を増幅させていく。
「それこそが、俺の呪いだ」
――だが。
「主よ、憐れみたまえ」
隣に立つマリス・ステラ(星を宿す者・f03202)の強き祈りが、マリスとサカガミを惑わすものを一瞬で霧散させた。
その上でマリスが彼女に向けた瞳に宿るのは、深き慈愛。
「あなたを私は赦しましょう」
「……赦すのか?」
おちくぼの君の思いを受け止め、赦すというマリスへと、サカガミは視線を移す。
「彼女の悲哀はわかる気がします」
告げたマリスは、おちくぼの君を見つめて。
「あなたは愛されていた証が欲しかった」
「……、……」
沈黙こそが肯定である。
「たとえ書かれていなくとも、愛されなかったことにはなりません」
「そんな詭弁――」
「あなたの存在こそが証明です」
――愛されなければ『私たち』は生まれないから。
マリスもまた、おちくぼの君と同じヤドリガミである。だからこそ、わかることもある。
その本の作者自身がどのような意図でこの話を書いたのかは、マリスにもわからない。けれども目の前のおちくぼの君は、その話の『写本』のヤドリガミだ。ということは、その話を写してまで読みたいと思った人がいて、おちくぼの君が実体を得るまでその写本を大切にし保管してきた人がいるはずなのだ。
「わたくし、は……」
「知り得ない過去を取り戻すために――私達はあなたを、過去が集う骸の海に還します」
それこそが彼女が求めるものを手にする方法だと、マリスは思うから。
「……未来を見ているか、過去を見ているか、か」
ふたりのやり取りを見ていたサカガミが、小さく呟いた。
(「俺の過去は一つだけ。『ありえたかもしれない』なんてものはない」)
それは、『現在』の自分を、否定することになるから。
だからこそ……色々な意味でケリをつけねばならないと感じる。
「サカガミ、あなたの力を貸してください」
視た景色は怒りや悲しみだけではなかった筈――彼に向けて差し出したマリスの手が、しっかりと繋がれる。
彼女の求める愛を掴めるように――そして魂の救済を。
彼女の求めた愛の存在を確かにさせるために――そして魂の贖罪を。
「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
サカガミが解放した呪怨が、おちくぼの君を守らんとする力を引き剥がし。
星の導きと愛を宿したマリスの攻撃が、彼女へと――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
月待・楪
◎
…諦めてた
野垂れ死ななかっただけで十分幸運で
だから、親のことなんざ殆ど忘れても気にさえしなくて
…あのドッグタグだけが存在証明で
けど、それも失った時には自分が何者か決めてた
(通り過ぎて行った家族をもう一度記憶に焼き付けたくて振り返る。映ったのは両親を失わずに普通の人間として生きていたかもしれない、ありえなかった未来)
一つ、違えば
運が良けりゃ…確かにこんなくだらねー未来もあったのかもな
でも、これは
この未来は…俺には必要ねェんだよ
俺はヴィランであると決めた
…過去にも仮定の未来にも用はねーし興味もねーよ
幸せだろーが不幸せだろうが知ったことか
ヴィランとしてあいつの隣に立つ
それが今の俺の一番大事なことだ
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」
浄化の痛みに耐えかねたおちくぼの君は、悲鳴とともに不可視の霧を放った。いち早くそれに気がついた月待・楪(Villan・Twilight・f16731)は、他の猟兵たちを庇うようにその霧を一身に受ける。
意識が、揺れる。
不可視の霧のはずなのに、不思議と景色がぼやけて見えるのは、この霧のもたらす効果ゆえか。
(「……諦めてた」)
時間の流れが、酷く緩慢に感じる。
(「野垂れ死ななかっただけで十分幸運で。だから、親のことなんざ殆ど忘れても気にさえしなくて」)
その中で楪が思い返すのは、自らの『これまで』と先ほど見た『過去』。
(「……あのドッグタグだけが存在証明で」)
誕生日に貰ったドッグタグ。大切な大切な大切な――。
けれども、それすらも失った時には、すでに自分が何者かは決めていた。
はっきりとしてきた景色が先程見た、ヒーローズアースの住宅街の歩道だとわかった楪は、振り返った。
もう一度、先ほど通り過ぎていった家族の姿を、記憶に焼き付けたかったのだ。
「――っ……!?」
だが、振り返った楪の灰色の瞳に映ったのは。
『楪、今年もアイスケーキがいいのか?』
『いやいやいや、いつの話だよ。俺、明日でいくつになると思ってんだよ、父さん』
『でもゆずくんは、まだママのハンバーグ、大好きよね』
『それとこれとは別――つーか、いい加減その呼び方、やめてくれ……』
先程見た姿から、明らかに年をとった両親は、けれども先程と同じように笑っていて。
そのふたりの一歩後ろを歩くのは、今の楪と同じくらいの年頃の――。
「一つ、違えば、運が良けりゃ……確かにこんなくだらねー未来もあったのかもな」
その呟きは、羨望から出たものではない。
今、視線の先に広がっている光景は、両親を失わずに普通の人間として生きていたかもしれない未来だろう。
「でも、これは、この未来は……俺には必要ねェんだよ」
そう告げた楪の視界が歪む。映るものはゆっくりと、灰色の割合が増えていって。
「俺はヴィランであると決めた」
(「……過去にも仮定の未来にも用はねーし興味もねーよ。幸せだろーが不幸せだろうが知ったことか」)
心中でそう呟いた時、視界の歪みは完全に消えていた。灰色の空間の中に、苦しむおちくぼの君の姿が見える。
(「ヴィランとしてあいつの隣に立つ、それが今の俺の一番大事なことだ」)
だから――糸繰草の色をした弾丸の炎を浮かべ、楪は機を待つ。
大成功
🔵🔵🔵
城島・冬青
【お父さん…城島・侑士(f18993)と】
◎
お父さんいた!
さっきまで姿が見えなかったのにすぐ近くにいたのかな
あ、やば!涙を拭いてなかったので
お父さんが心配してる
もう!変なこと考えないで!目にゴミが入っただけだから
このままだとお父さんがこのお姉さん…えーと、おちくぼの君さんをヘッドショットしかねないので落ち着かせる
うーん…
というかこのお姉さんを攻撃しちゃっていいのかな?
過去を思い出させたりifの未来を見せてきたりするけど基本は無害だし
何よりこんなに悲しんでて気の毒だよ…
どうにかできないのかな
精神攻撃には【気合い】で耐え
父が苦しんでるようなら【鼓舞】しながら【手をつなぐ】
倒すのは最後の手段にしたい
城島・侑士
【冬青(f00669)と】
◎アドリブ大歓迎
さっきまで姿が見えなかった娘を見つけて安堵する…が!!冬青が泣いてる…?
どうした?!何かされたのか?
娘もさっき何かしらの映像を見たのだろうか?
それでショックを受けて…?
…よしあの女を消そう(真顔で武器を取り出し)
娘が慌てて止めてくる
くそ、運のいいやつだ
精神攻撃は小賢しいな
ぶっちゃけ俺はそこまでメンタル強くないから自信が…って娘が手を握りながら励ましてくれたので【気合い】入ったわ
父さん頑張る
娘はどうにか戦うことなくあの女を助けたいようだが
こいつは本編のバッドエンドルートの擬人化だからな
それこそ救済ルートを書き足す…とかじゃないとどうにかできないんじゃ…
「冬青!!」
「お父さんいた!」
先程まで姿の見えなかった互いの姿を確認し、一瞬胸をなでおろしたのは城島・侑士(怪談文士・f18993)と城島・冬青(六百六十九番目の宿木・f00669)の父娘だ。だが一瞬ののち、侑士は表情を固くして一気に娘との距離を詰めた。
「どうした!? 何かされたのか?」
(「あ、やばっ!」)
自身の肩を掴んで必死に問う父の姿を見て、冬青は涙を拭いていなかったことを思い出した。
(「娘もさっき何かしらの映像を見たのだろうか? それでショックを受けて……?」)
(「お父さんが心配してる。早く涙を拭かなきゃ」)
冬青がポケットから取り出した、綺麗にアイロンの掛けられたハンカチで涙を拭いている間に、侑士の想像はどんどん悪い方向へと膨らんでいく。
「……よし、あの女を消そう」
真顔で武器を取り出した侑士。それが彼の行き着いた結論であるのだが。
「もう! 変なこと考えないで! 目にゴミが入っただけだから」
このままだと父が、目の前のおちくぼの君をヘッドショットしかねない。冬青は慌てて武器を持つ父の手を押さえる。
「お父さん、落ち着いて!」
(「くそ、運のいいやつだ」)
娘の必死の静止でとりあえず武器をおろした侑士は、それでも冬青が手を離さないのでその顔を覗き込んだ。
「どうした、何か不安なことでもあるのか? やっぱりあの女……」
「うーん……」
「冬青?」
「というかこのお姉さんを攻撃しちゃっていいのかな?」
娘の言葉に、侑士は微かに首を傾げる。目の前のあの女は『過去の存在』だ。ならば倒して躯の海へと還すのが、当然ではないか。
「過去を思い出させたりifの未来を見せてきたりするけど基本は無害だし、何よりこんなに悲しんでて気の毒だよ……」
「うっ……」
悲しげな表情を浮かべる娘を前にして、有無を言わせずにおちくぼの君を攻撃することなど、侑士にできようか。
「お父さん、どうにかできないのかな」
そんな縋るような瞳で見つめられては、一緒に考えるしかないではないか!
「うーん、こいつは本編のバッドエンドルートの擬人化だからな……」
「でも、倒すのは最後の手段にしたいの」
娘の真っ直ぐな瞳になんとか答えたいと思う侑士の脳裏によぎったのは。
「それこそ救済ルートを書き足す……とかじゃないとどうにかできないんじゃ……」
「それだ! それだよ! お父さん小説家でしょ!? 続き書いて!」
「いやいやいや、そんな簡単に……第一、父さんが書いているのとはジャンルが――」
(「娘が期待に瞳をキラキラさせて見つめてくる! どうしよう!」)
侑士が小説家として書いているのは、淫事と猟奇に満ち溢れた、人を選ぶ内容だ。しかも『落窪物語』は日本の古典文学である。ダークセイヴァー出身の彼には、あまり馴染みのないものだ。
「……仮に書き足せたとする。仮に、仮にだ。けれどもそれをあの女の器物として認識させるには、ただ紙を挟むだけじゃ――」
救済ルートを記した紙を、おちくぼの君の器物として認識させる必要があるかどうか、それはわからない。可能性を提示したのと同時に、なんとか執筆回避を試みたのだ。、
「それなら大丈夫だよ。おちくぼの君さんが持ってるあの本、和綴じだから。学校で習ったんだ。針と糸――それに準ずるものがあれば、和綴じってあとからもページを足すことができるんだって!」
「ああ、なるほ……いや、でもな」
娘の博識さが可愛さ余って憎さ百倍(?)だ。和綴じの知識を得て感心しそうになった侑士は、とある重大な問題を思い出した。思い出すことができた。
「父さん――そもそも原典の内容を知らないんだ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 小説家なのに!?」
「いや、小説家でもこの世のすべての話を読んでいるわけではないからな?」
せっかく名案だと思ったのに、とみるみる冬青の表情が暗くなっていく。できることならば侑士とてなんとかしてやりたい。だが、せめてもう少し詳しいあらすじや主要人物くらいは把握しておきたいところ。続きを書いたとて、それが彼女の話とはかけ離れていては、彼女が満足しなければ意味がないのだから。
「原典の内容がわかれば書けるのか?」
と、かけられた声に、侑士より冬青が早く振り返って。
「はいっ、うちの父が頑張ってくれます!」
断言してしまった。
これは、腹をくくるしかないかとゆっくり振り返った侑士。
「お父さん」
冬青は父の大きな手を両手で包み込んで、藍色の瞳を見上げた。
「私、お父さんなら書けるって信じてるよ。応援してるよ!」
「冬青、ありがとう。気合入ったわ。父さん頑張る」
あっさりと陥落した侑士は、原典の内容を教えてくれるという猟兵の前に座り込んで。
これから救済ルートの執筆が始まろうとしていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
桜雨・カイ
【ヤド箱】【SPD】◎
不幸な『可能性の未来』…では、その先は?
今は独りぼっちでも、その先は何が起こるか分かりませんよ
…半分本当で半分嘘です(心の中で)
あんな記憶思い出したくなかった
今だって逃げ出したい、無かった事にしたい
でも(周りを見て、お守りを手にして)
去年独りで泣いていた自分が今ここにいるように、考えた事もなかった『可能性の未来』に出会える事も、確かにあるんです
UCの桜吹雪の中、苦しませぬよう攻撃
最後は少しでも救われるよう、未来を一つ希望
こうであったら-『もっと早く出会えていたら』という未来
『仲間になってお花見とかしたりして』
『あなたが笑っているかもしれない未来』を見たいです
あなたと一緒に
落浜・語
【ヤド箱】◎
うん…まぁ。『おれ』が隠すことを知れたのはよかったよ。多分
少なくとも疑問の一つは多少解決したから。おかしな話かもしれないが、そこだけは感謝してる。
だからもし過去を、本来の未来を知りたいってなら語ろうか?
原典は読んだことがある。それを語るのは、俺にとっては朝飯前だ。
でもな、知ってそれで満足できるのか?
逆にだったら知らないほうが良い、ってな過去や未来もある。
それでも、って言うなら語ろうか。『落窪物語』を。
俺は好きだよ、この話。
あの時、無理にでも本体を棺にいれていたら。
…『おれ』だったら、その可能性で思い切り揺れただろうが。残念だが俺なんで。きっとそれをやったらあの人が今度こそ怒るしな。
三上・チモシー
◎【ヤド箱】
対話を
少しだけ、話してみたいんだ。いいかな?
いっしょだね、自分もどうすればいいのかわからないよ
可能なら少し離れた場所に座して
自分は思い出したかったわけではないけど、知ってしまった
きみは思い出したいけど、思い出せない
逆だったらよかったのにね
見てはいけないよ
過去も、可能性の未来もいらない
頭の中に響く声
……録音した自分の声が、こんな感じだった気がする
常なら乱されたであろう心は、疲れてしまって何の反応もできない
黄緑がオレンジを侵食する
周囲には守るように猫たちが
……
そうだね、きっと知らなくていいことなんだ
だから今は、きみに何も望まないでおくよ
出水宮・カガリ
◎【ヤド箱】
見るべきものは見つ、というやつだ
全て、全て、受け容れた
知らなかった過去も、有り得た未来も
カガリは今こそ、不落の門となったのだ
おちくぼの、真に残念ではあるのだが
お前は帰らねばならない所がある
何をしても、お前はもう変わらないのだから
本として、綴じられているのなら
お前もそのような形として完結したのだ
ならば、そのように終わるのが、ヤドリガミというもの
ましてや…オブリビオンとして、堕ちてしまったものならば
帰るべき場所へ、帰るのが。お前のすべきことではないか?
それを、受け容れられぬと言うのであれば
欠けたものを思い出させてくれた礼だ
黄泉路への門を開く助力はしよう
ステラ・アルゲン
【ヤド箱】◎
英雄として讃えられる騎士がいる
私の主でない赤き騎士の姿
その傍らで控える地味な兵士
私の主、いや違う
だって彼の腰に剣の私は居ない
彼が英雄にならなかった未来
彼を愛しそして彼が愛した彼女と結ばれて
平凡であるが人として穏やかで幸せな一生を過ごした
簡単に想像できた未来
だがあの過去を見て未来を見ると気付かされたこともある
本来あるべきはずだったのはこの未来だ
幸せに終わるはずだった話
それが付け加えられた可能性によって変わった
彼に可能性を
英雄の力を与え導いたのが私なのだろう
……全て貴方の願い通りか
【希望の星】を使い白銀の聖女姿へ。瞳孔は白くなる
後悔はあれど
それでも私は今が欲しい
その為に剣を振ろうか
自身の身体に何がしかの強制的な力がかけられたのを感じて、落浜・語(ヤドリガミのアマチュア噺家・f03558)は閉じていた瞳をゆっくりと開いていく。瞼の裏に浮かぶ主の姿を消してしまうのは少し惜しいが、これからは恐らく、『知らない』という恐怖や混乱なしにその姿を思い出すことができるだろう。
澄んだ江戸紫色の瞳が捉えたのは、四方が灰色の空間。どのくらいの広さがあるのかはわからないが、あたりを見回せば見覚えのある猟兵達の姿や、旅団の仲間たちの姿もある。そして目を引くのはやはり、時を超えた姿の女性だ。
他の猟兵たちも色々と思うことがあるのだろう。彼女に言葉をかける者、いつでも攻撃に移れる状態で待機する者、実際に攻撃へと移った者と様々だ。
(「俺は……」)
他の猟兵達の思いを乗せた言葉が耳へと入ってきて、語は思考する。自分は、どうだったのか、どう思ったのか。
「あ、あぁ……わたくしは、わたくしは……」
袿は破れ、長い黒髪も乱れてところどころ切れたおちくぼの君は、嘆く。その嘆きは、当初と同じ意味を持つのか、それとも。
だがそれは語にとって些末な問題であった。気がつけば、足は自然と彼女へと向かっていて。
「うん……まぁ。『おれ』が隠すことを知れたのはよかったよ。多分」
ある程度の距離はとっているが、まっすぐと彼女と向かい合える位置で語は足を止めた。
「少なくとも疑問の一つは多少解決したから。おかしな話かもしれないが、そこだけは感謝してる」
それは、本心だった。気が狂いそうなほど、『知らない』ということに心乱されていたものを、ひとつ知ることができたのだ。
そして同時に『確かにあったはずの過去を知らない・思い出せない』彼女の気持ちが、痛いほどわかる気がしていたのだ。
だから、だから――。
「もし過去を、本来の未来を知りたいってなら語ろうか?」
「……えっ……」
原典の『落窪物語』を読んだことはある。だから、語にとってそれをこの場で語って聞かせるのは容易いこと。けれどもそれを、勝手に語って聞かせるつもりもなければ、彼女が『厳密にいえば彼女ではない』デリケートな存在である原典の彼女を知ることに、諸手を挙げて賛成することもしない。
「でもな、知ってそれで満足できるのか?」
だから、問う。
「逆に、だったら知らないほうが良い、ってな過去や未来もある」
だから、判断は本人に委ねる。
「わたくしは……」
おちくぼの君の心が揺れているのが見て取れる。あれほど、幸せだった頃の自分を知りたがっていたのに。この変化は恐らく、猟兵たちと直接言葉をかわしたがゆえのものだろう。
(「あの時、無理にでも本体を棺にいれていたら」)
逡巡する彼女を見ながら、語は思う。
(「……『おれ』だったら、その可能性で思い切り揺れただろうが」)
高座扇子の『かたり』であれば。嘘つき、と大切な主を罵ってしまうほどに主と共に逝きたいと思ったあの、彼ならば。
けれども。
(「残念だが俺なんで。それにきっとそれをやったら、あの人が今度こそ怒るしな」)
あの時、泣きじゃくる『かたり』の名を、強く呼んだあの人。
最期まで、『かたり』の行く末を気にしてくれていたのだろうあの人。
過去の光景であの人が名を呼んだ時、『かたり』は怒られたように、責められたように感じたのだろう。それは『語』にも伝わってきた。
けれどもそれが怒りからではないと、語は感じている。主の棺に無理矢理自身を入れるようなことをしたら、確実に怒るだろうけれど。
「迷うよな」
「……、……」
答えを紡げぬおちくぼの君に、穏やかに声をかける。彼女は何も紡がなかったけれど。
「俺は好きだよ、この話。『落窪物語』」
「……!?」
告げればおちくぼの君は、複雑そうな表情を浮かべて顔を上げた。
彼女にとって原典を褒められるということは、どんな気持ちなのだろう。わからぬけれど。まだ決断には時間がかかるような気がした。
その時、ふと近くにいる男女の会話が語の耳へとたどり着いた。女子中高生と二十代と思しき男性だが、会話の内容から窺えるふたりの関係は『父子』。なんだか深く追求しない方がいい気がするし、そんな状況でもない。いま大事なのは、ふたりの会話の内容。このふたりは『裏本『落窪凋落伝』』――つまり目の前のおちくぼの君の本体に救済ルートを書き足すという話をしていたのだから。
(「原典の内容を知りたいと言っていたな」)
正直、急ごしらえの救済ルートがどう働くかは誰にもわからない。けれども少なくとも、自分にできることがあるのならば。
「原典の内容がわかれば書けるのか?」
乗ってみるのも悪くはない。
* * *
呆然と、ただ呆然と立ち尽くしていた。
いつの間にか灰色の空間に移動させられていたことも、三上・チモシー(カラフル鉄瓶・f07057)は気がついていなかった。
あまりにも、あまりにも見せられた光景が衝撃的で。
自身の中に浮かんだ疑問を、消し去ることができなくて。
答えになるものも、見つけることができなくて。
それは、チモシー自身の存在に関わる内容だったから。
だから、だから、だから。
他の猟兵達の声もおちくぼの君の嘆きも悲鳴も、遠くの雑音にしか聞こえず、意識して聞こうとも思わなかった。そんな気力もなかった。
彼の意識を引き戻したのは。
「にゃー……?」
「……るーさん」
灰色の猫の、心配そうな声と足にすり寄る温もり。
「あれ、いつの間に……」
気がつけば、その数は増えていて。首輪のタグには数字が刻まれている。
改めて周囲を見渡せば、語と話している女性の姿が見えた。
語がその場から離れても、女性は悲しそうな、そして困惑したような表情を浮かべている。彼女が怪現象の原因であるオブリビオンなのだろう。でも、なぜか――。
チモシーは、彼女の方へとゆっくりと足を進める。るーさんたちもまた、チモシーについて進む。
「少しだけ、話してみたいんだ。いいかな?」
おちくぼの君と少し距離をとって地面に座ったチモシー。彼の言葉を彼女は拒まない。それを是ととり、チモシーはゆっくりと口を開く。
「いっしょだね、自分もどうすればいいのかわからないよ」
「……あなた、も……」
「うん」
困惑に揺れるふたりの瞳は色こそ異なるが、揺れ方が似ている気がする。
「自分は思い出したかったわけではないけど、知ってしまった。きみは思い出したいけど、思い出せない」
事実を紡いで、並べて。
「逆だったらよかったのにね」
告げたチモシーの顔には、いつもの天真爛漫なものではなく、儚げな、今にもさらりと崩れ落ちてしまいそうな小さな笑みが浮かんでいる。
(「見てはいけないよ」)
チモシーの頭の中に声が響く。
(「過去も、可能性の未来もいらない」)
その声は、不思議な音だ。自分の声のようでいて少し違う――ああ、そうだ。録音した自分の声が、たしかこんな感じだった気がする。
何故こんな声が、と常ならば疑問をいだいたであろう。恐怖を感じたかもしれない。けれども今は、常ならば乱されたであろうチモシーの心は疲弊しきっており、反応すらしない。できない。
それほどまでに、それほどまでに――……。
「にゃあ」
「なぁー」
「にゃう」
じわり、じわりと、黄緑がオレンジを侵食してゆく。それは髪の色だけの話ではなく。
るーさんたちが守るようにチモシーを囲むのは、心弱りきったチモシーを守るがため。
けれども彼らが守ろうとしているのは外からのものなのか、それともチモシーの内なるものからなのかはわからない。考えられない。
ただひとつわかるとすれば。
「……、……。そうだね、きっと知らなくていいことなんだ」
嗚呼、るーさんたちを撫でるために手を持ち上げることすらできそうにない。
指先が、手が、腕が――心が鉛のように重い。
「だから今は、きみに何も望まないでおくよ」
それが今、チモシーが出せる答え。視線の先の彼女の表情が、ずっとずっと悲しげなものへと変わってゆくのがわかるけれど。
「わたくしは……わたくしは、わたくしも……望まないほうが……望まれないほうが……?」
その呟きへの答えを持っているのは自分ではないはずだから。
「チモシー殿!!」
自分の名を呼ぶ声が、よく知る仲間のものであることはわかる。そしてそれが、常の声色ではないことも。
けれどもチモシーは、もう、動けそうになかった。
* * *
いつの間にか連れてこられたのは、灰色の空間だった。
自分が見たものに対する動揺は少なかったけれど、肩を抱く彼の様子が心配ではあった。
「カガリ……」
かける言葉を探しながら、遠慮がちに彼の名を呼ぶステラ・アルゲン(流星の騎士・f04503)。
「見るべきものは見つ、というやつだ」
しかし彼――出水宮・カガリ(荒城の城門・f04556)は、ステラが思う以上にしっかりとした声でそう紡いだ。ステラが見上げる彼の横顔には、動揺は見受けられない。それは。
「全て、全て、受け容れた。知らなかった過去も、有り得た未来も」
カガリがその言葉通り、すべてを受け止め、受け容れたことを意味していた。
「カガリは今こそ、不落の門となったのだ」
真っ直ぐなその言葉と瞳に、ステラが胸を撫で下ろそうとしたその時に感じたそれは、多くの戦場を駆け抜けた者ゆえの感覚とでも言えるだろうか。
「チモシー殿!!」
突然声を上げ、肩を抱くカガリの手を振り払うようにして、ステラは駆け出す。同じくカガリもそれを感じたのか、一拍遅れて駆け出した。
(「来る――!」)
それは、目に見えないものだった。けれども、狼狽しつつ悩むおちくぼの君から、確かに発せられている。しかし一番それに近いチモシーは、呼びかけに応えない。応えられない様子だ。ならば。
「カガリっ……!」
後ろを振り返り、確かめている暇はなかった。チモシーの元へ駆け寄ったステラは、祈る思いでチモシーを抱き上げ、自身が来た方向へと彼を投げる。乱暴だが、これが最善だと判断したのだ。
「っ……! ステラ、ステラっ!!」
落下音やチモシーの悲鳴の代わりに聞こえてきたのは、ステラの名を呼ぶ声。その声を、聞き違えることはない。
祈りが、心が通じたと胸をなでおろした一瞬の隙に、ステラの身体はチモシーの代わりに、視認することができぬ霧のようなものに包まれていった。
* * *
一瞬で灰色の空間が塗りつぶされた。今、ステラを囲む景色は、見覚えのある祖国のもの。
その中で英雄として讃えられているのは、赤き騎士だ。ステラの主ではない。
「っ……」
自然と視線が吸い寄せられた赤き騎士の傍らに控える地味な兵士の姿に、ステラは見覚えがあった。
(「私の主――いや、違う。だって……」)
……彼の腰に、剣の姿のステラはいないのだから。
心臓を鷲掴みにされたような感覚。けれどもこれがなんの光景なのか、皮肉にもステラにはすぐに分かってしまった。
これは、ステラの主が英雄にならなかった未来。彼を愛し、彼が愛した彼女と結ばれて、平凡ではあるが、人として穏やかで幸せな一生を過ごしてゆく未来。
簡単に想像できたはずの、あったかもしれない未来だ。けれども、簡単に想像できるからこそ、見るに値しないと決めつけていた未来。
だが過去の、船の上でのあの光景を見たあとにこの未来を見たことで、ステラは気付かされてしまった。
本来あるべきはずだったのは、この未来だと。
本来は、幸せに終わるはずだった話だと。
それが――付け加えられた可能性によって変わったのだと。
(「彼に可能性を、英雄の力を与え導いたのが私なのだろう」)
船の上に引き上げられた灰色の岩。あれは後に剣へと鍛え上げられ、ステラの主を英雄たらしめ、その結果――。
(「……全て貴方の願い通りか」)
ステラの身体を白銀が覆う。神聖なる力を纏いしステラの姿は、白銀の聖女と言うべきものへと変化して。
(「後悔はあれど、それでも私は今が欲しい」)
瞳孔を白く染めたその瞳が見つめるのは、過去でも剪定された未来でもなく、現在。
「その為に、剣を振るおうか」
周囲の景色が溶け落ちて、灰色へと戻ってゆく。
己の本体、『流星剣』の柄を、ステラは強く握りしめた。
* * *
今でも手が、小さく震えている。
それほどまでに思い出した記憶は、恐ろしいものだった。
理解するまで、飲み込むまでに幾ばくかの時を要したのも事実。
けれども勝ったのは、桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)自身の持つ優しい心だった。
「チモシー殿!!」
見えたわけではない。感じたのだ。ステラのただならぬ声色とその気配に意識を引き戻されたカイは、チモシーの位置を確かめると駆け出していた。助けなければ、そう強く思ったからだ。
チモシーのいた場所へと到着したのは、ステラが彼を庇ったあとだったけれど。そのおかげで嘆き惑うおちくぼの君を意識することができた。
胸に手を当てて、カイは深呼吸を繰り返す。よし、と心の中で呟いて、カイはおちくぼの君へと数歩、近寄った。
「あなたは、不幸な『可能性の未来』……では、その先は?」
「……あなたも、わたくしが想像することのできぬものを――」
「今は独りぼっちでも、その先は何が起こるか分かりませんよ?」
優しく告げるカイ。しかし――。
(「……半分本当で半分嘘です」)
それは、口には出さない。
(「あんな記憶思い出したくなかった。今だって逃げ出したい、無かった事にしたい」)
それを口に出さぬのは、彼女の心中を思うが故だ。
「でも」
周りを見れば見知った仲間や、一時とはいえ目的を同じくする他の猟兵たちもいる。カイが触れるのは、旅立ちの印であるお守り。
「去年独りで泣いていた自分が今ここにいるように、考えた事もなかった『可能性の未来』に出会える事も、確かにあるんです」
「未来、未来……」
「ほら、『可能性の未来』がひとつ、やってきましたよ」
カイが振り向いた先を、顔を上げたおちくぼの君も見つめる。彼女の元へと駆けてくるのは語と、救済ルートが書かれた紙を手にした父子だ。
「あなたが『想像』できなくても、別の人が『創造』してくれましたね」
予想外の事態に戸惑うおちくぼの君へと、カイは笑顔を向ける。父子たちはおちくぼの君の本体である和綴じの本に、救済ルートを書き足した紙を綴じ直すための状況説明と交渉を始めた。
* * *
その場にいた猟兵達は、その交渉が決裂する可能性やおちくぼの君が暴走する可能性に備え、いつでも彼女を強制的に躯の海へと送ることができるよう備えていた。
だが彼女は提案を受け入れて、己の本体である和綴じの本を託したのだ。
そして、その本がおちくぼの君へと戻ったのを確認して、語は口を開く。
「それでは『裏本『落窪凋落伝』』の『あり得たかもしれない未来』を語らせていただきましょう!」
語の、朗々とした声で追加された真新しい頁に記された話が紡がれていく。
急ごしらえ、原典もかいつまんで教えてもらっただけ、しかも畑違いの作品の続きを書くとなれば、小説家とはいえ父親はかなり苦労したことだろう。それでもいっぱしのプロだ。きちんと話として成立している。
* * *
夫である道頼に妻として必要とされなくなったおちくぼの君は、寂しくて寂しくて寂しくて、悲しくて悲しくて悲しくて、病の床へとついてしまった。僅かに残っていた意識が、遠のいていく。
自身の為に心を砕いてくれた女房のあこきが、必死に自分を呼んでいる声が聞こえる。けれどももう、瞼を押し上げることさえできない。
ふわり……その時彼女の鼻孔ををくすぐったのは、懐かしい香り。忘れるはずがない。違えるはずはない。それは、愛しい人の香りなのだから。
「道頼、様……、帰ってきてくださったの、ですか……?」
継母たちに虐められていた実家から救い出されたおちくぼの君は、道頼と結婚してからは共に同じ屋敷に住んでいた。道頼が帰ってくるのは、いつもおちくぼの君の元だった。
だから彼女は、晴れの日も雨の日も、暑い日も寒い日も、何着も、何着も、夫のための衣服を縫い、夫の愛用する香を焚きしめた。いつ、彼が帰ってきてもいいように、と。
けれどもいま香ったのは、新しく焚きしめられた香の香りではない。わずかに違うのは、香の香りに道頼自身の香りが混じっているから。
やっとのことで持ち上げた指先に、何かが触れた。その何かは、壊れ物を包むようにおちくぼの君の手を包み込んで。
その温もりは、おちくぼの君が望んで望んで望んだものだ。忘れてしまっていた。人のぬくもりが、こんなにも暖かったということを。
「ずっと、ずっと……お待ち申し上げておりました……」
瞼を開くことはできない。けれども香りと温もりが、確かに彼の帰還を知らせてくれていた。
* * *
語の声が止まる。それはこの話の終わりを意味している。
誰も彼もがおちくぼの君の反応を伺っていた。
「嗚呼――……」
頁の追加された己の本体をいだき、息をついた彼女の瞳から、涙がこぼれ落ちる。
それは恨みの涙でも、悲しみの涙でもない。それが意味するものは、ひとつ。
この話には余白が多い。おちくぼの君がその目で夫の姿を見ていない以上、本当に夫が帰ってきたのかどうか、それは読者の想像に委ねられる。
けれども彼女には、十分すぎる幸せな未来だったのだろう。
だが、そんな彼女に突きつけねばならぬ事実がある。
「おちくぼの、真に残念ではあるのだが、お前は帰らねばならない所がある」
先程受け止めたチモシーを下ろしたカガリは、真っ直ぐに彼女を見据えて。それは、遅かれ早かれ知らせねばならぬ事実だから。
「本として、綴じられているのなら、お前もそのような形として完結したのだ」
それは、おちくぼの君も今、実感していることだろう。新しい話を付け加えたからといって、彼女自身のあり方が変わったかといえば、否だ。
「ならば、そのように終わるのが、ヤドリガミというもの」
それは、同じくヤドリガミとしての言葉。己の在り方を、受け容れた者の言葉。
では新しい話を追加したのは、無意味だったのだろうか?
それもまた、否だ。
彼女自身が想像し得なかった『可能性の未来』を与えることで、彼女の心は救われたのであろうから。
しかし、だからといって彼女をこのままにしておくことは、できないのだ。
「……オブリビオンとして、堕ちてしまったものならば、帰るべき場所へ、帰るのが。お前のすべきことではないか?」
カガリの言葉に、彼女は頷く。はらはらと、雫がこぼれ落ちていって。
「その方法がわからぬというのであれば、欠けたものを思い出させてくれた礼だ、黄泉路への門を開く助力はしよう」
「……、お願いいたします……」
粛々と運命を受け入れる様子の彼女に、猟兵達はなるべく苦しませぬようにと攻撃のタイミングを合わせようとする。
「最後に」
その間に彼女に声をかけたのは、カイだった。
「ひとつだけ、未来を見せてください――いえ、一緒に見ましょう」
彼の言葉の意味を上手くできなかったのか、小さく首を傾げる彼女に、カイは優しい声色で乞う。
「『もっと早く出会えていたら』という未来を。仲間になって、一緒にお花見とかしているかもしれません。そんな……『あなたが笑っているかもしれない未来』を見たいです」
カイの望みに瞠目した彼女だったが、かしこまりましたと目を細めて、不可視の霧を発生させる。
その間にカイは振り返り、他の猟兵たちへと頷いてみせ、桜吹雪で彼女を包み込む。それを合図として、猟兵達は動いた。
拳で、魔法で、刃で。銃弾で、糸で、砲弾で。呪怨で、祈りで、炎で。剣で、花弁で、そしてしるべで――。
「アリーヴェデルチ」
別れの言葉は、おちくぼの君へと一斉に放たれた攻撃音に乗ってゆく。
炎や噴煙や光や闇、花弁などで彼女の姿は見えなくなった。
それらが収まった時、猟兵達はすでに彼女の姿を視認することはできず。
けれども。
「にゃぁーん……」
チモシーの周囲に再び集っていたるーさんたちが、あらぬところを見ていて。その視線の動きを追えば、カガリの示すしるべへとたどり着いた。
――……ありがとう、ございました。
かすかに聞こえたそれは、空耳だろうか。
彼女の笑顔が見えたのは、気のせいだろうか。
ひらり、落ちた桜の花弁には、もう、過去を思いださせる力はなく。
さらさらと崩れ行く灰色が、終わりを示しているだけだった。
成功
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