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◇鏡面のわたし⏃たなあの界鏡◆

#UDCアース


 鏡に映った世界。光を介し、反転しただけの世界。
 その中に映るあなたは、精巧なクローンの如く同じ動きをただなぞる。

「鏡がわたしに見せるのは」『はのるせ見にたなあが鏡』
「わたしと同じ、わたしだけ」『けだたなあ、じ同とたなあ』

 しかし、それは当たり前のこと?

「本当かしら?」『?らしか当本』

 感情を持つ者たちの表と裏、建前と本音。外面と、こころ。

 涙を堪え、空を見上げる。
 怒りを抑え、拳を降ろす。
 激しい感情を内に留め、押し殺す。

 心と行動が、必ずしも一致するとは限らない。

「おもしろいわ」『わいろしもお』

 ――だから。
 鏡の前のあなたは、あなた自身に問いかけるのだ。

「わたしはだあれ?」

 鏡の中のあなたは、あなた自身に問いかけるのだ。

『?れあだはたなあ』

 1ミリも違わず首を傾げていようと、そこは光に隔てられた別の世界。
 確かにあなたはそこに存在していて――鏡面の奥の世界は、ありとあらゆるものを映し出す。

 それは、そう。隠された心の内さえも、まざまざと。

「――わたしはあなた、あなたはだあれ?」
『?れあだはたなあ、たなあはしたわ――』


「遊園地……正確には、その遊園地にある迷宮アトラクションに向かってほしい」
 アイシャ・ラザフォード(研究者・f01049)は常と同じく白衣の裾を翻し、端末の画面をあなたたちへと向ける。
 表示されているのは、遊園地のホームページにある園内地図だ。
「この地図の、ここ」
 中央より少しだけ左寄りの区域。そこを細い指が指し示す。
 ――ミラー・ラビリンス。
「名前の通り、鏡の迷宮を脱出するアトラクション。中には大量の鏡が設置されていて、自分の像が無数に見えるらしい」
 鏡で何かの周囲を囲むと無数に増えて見えるのと同じである、と云う。
 そこに何があるのか? 集った猟兵に問われれば、アイシャは珍しく口籠ってしまった。

 ――数秒の間、彼女は意を決したように口を開く。
「……鏡に映った自分が、話しかけてくるらしい」
 口から飛び出たのは、遊園地という遊戯場にそぐわぬ不思議な現象。
「話しかけてくる内容は、相手を問わず、自分が隠していることや嘘を吐いていること……間違いなく、UDCの仕業」
 自分の隠し事を自分に糾弾される。それだけでも、眉を顰める摩訶不思議な事案である。
 しかし、彼女は『まだある』とばかりに指を立てた。
「こっちが本題。その迷宮に入ると――“存在を喰われる”」
 発された台詞に、ねっとりと重たい空気が場を支配する。
 『存在を喰う』。今回の敵は、そういう類のオブリビオンだ。
「被害を受けるのは私たちも例外じゃない筈。だから、自分をしっかりと持って……そうすれば、喰われない。自分を忘れ、見喪ってしまっても、必ず思い出せるはずだから」
 自分自身を忘れない為に、何か心を強く持てる物を持っていくといいかもしれない――アイシャはそう付け足して、そっとグリモアをその手に浮かべる。
「祈ることしか出来ないけど――あなたたちの帰りをずっと待ってる。戻ったら、飲み物くらいは奢ろう」
 友の為、親友の為。愛する人でも、片思いのあの人の為でもいい。
「――どうか、無事で帰ってきて」
 感情を伺えない眼差しでそう口にして、彼女は猟兵たちを見送るのだ。


ねこです
 ねこです、よろしくおねがいします(コピペ)
 こんにちは! お久しぶりです。ねこです、です。
 今回はUDCアースよりシナリオをお届けします。

●基本構成
 第1章で、鏡の中の自分との対話を。
 第2章で、探し物を見つけ出す。
 第3章で、自分へと成り代わろうとする敵UDCとの戦闘を。
 それぞれお届けいたします。

●第1章『探し物はなんですか』
 迷宮に入れば鏡に映った無数のあなたの像が語りかけてきます。
 内容は、心の奥底に隠され眠るもの。過去への悔恨か現在への疑問か、未来への不安か。人により様々でしょう。
 中には嘘を吐く像もあります。無意識に自分で自分に嘘をついているということもあり得ます。
 鏡の中の自分との会話から“信じていたものへの疑問”や“自分が無くしてしまったもの”、あるいは“自分に足りないもの”など探し物を見つけ出しましょう。
 探し物の中身に重点を置いてプレイングをお願いします。

●第2章『歩みを阻むもの』
 気づけば、長い長い洞窟のような空間に居ます。
 その奥には前章で見つけた“探し物”が眠っているでしょう。
 洞窟を進めば手に入りますが、足元に絡みつく泥がその歩みを阻みます。
 泥は“探し物”を隠さんとする心の膿。あなたの成すべきことを邪魔しようとするものや感情です。
 その中を進み探し物を手に取れば、第3章へと誘われます。
 進み方や、探し物がある場所(泥の中、天井など)、見つけた時の反応などで個性を出すといいでしょう。

●第3章『鏡の少女』
 黒幕との戦闘パートです。
 鏡に映した相手に成り代わり存在を乗っ取る能力を持つ、邪神を信仰する少女。
 相対する敵は“あなたの姿”か“依頼に参加した誰か”の姿をしています(自分以外の場合は相手に了承を得て下さい)。
 姿も声も思考さえも、成り代わったその人そのまま。
 ですが、彼女がトレースするのは第1章時点での人格です。
 第2章で何かを手に入れたあなたなら、きっと勝つことができるでしょう。

 以上になります。皆様のプレイングを心よりお待ちしております。
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第1章 冒険 『嘘つきは誰だ』

POW   :    力を見せつけるなど精神的プレッシャーにより自白させる

SPD   :    容疑者達の一挙一動を素早く観察し、不審なそぶりを見せた者を探す

WIZ   :    容疑者達のアリバイや主張に矛盾点がないか考え、嘘をついてる人を特定する

👑11
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 迷宮脱出型アトラクション『ミラー・ラビリンス』。
 待機列上に設置されたテレビ画面からは、迷宮の世界観設定をたっぷりと盛り込んだ諸注意のビデオが繰り返し流されている。
『いいか皆。迷宮内では何も飲んではいけないし、何も食べちゃいけない。無意味に迷宮の主を怒らせると……酷い目に遭うからな』
 探検隊か何かの隊長らしい人物が、画面外に飲食物を投げ捨てた。

 やがて待機列は進み、あなたの前に迷宮の入り口が姿を現す。
 従業員が操作盤のボタンを押せば、そっと音を立てずに開く扉。
 誘導されるがままに一歩前に出る。

 ぽっかりと開いた迷宮への入り口は、いっそ異様な雰囲気を纏ってあなたを待ち受けている――。

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「ミラー・ラビリンス入場は【5/6 8:30~】となります」
『すまりなと【~03:8 6/5】は場入スンリビラ・ーラミ』


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※追記(プレイング受付期間)
誤【5/6 8:30~】
正【6/6 8:30~】
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暫定プレイング締め切りは【6/8(日) ~22:00】となります。

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※追記
誤【6/8 日曜】
正【6/9 日曜】
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背後で音もなく閉じる扉。
少し歩を進めれば、鏡に映る無数の虚像があなたを出迎える。

ミラー・ラビリンス――その名に恥じぬ鏡の間。

歩けば一斉に歩き出し、足を止めればピタリと静止する。
それが鏡。鏡面のキャンバスに描かれるは、ただ其処にある現実のみ。

変化のない鏡の間を歩き、進む。
しかし淀みない足音は、ふと脈絡なく静を得た。

そこであなたは小さな違和感に気づくだろう。
自身に突き刺さる無数の気配――”誰かに見られている”という確かな感覚。
背中が映る鏡が一つとして存在しない、その異常な状態に。

前後左右、周囲を見渡す限りに映る、自身の虚像。
その全てが、あなた自身に視線を向けていた――。
ルード・シリウス
語りかけてくるは、自身への問い
何故喰らう?何故奪う?何故憎み、何故に人の情も愛も知らぬ?
捨ててしまったのか?それとも忘れてしまったのか?…と
ならば、総てを捨てて狂気に身を委ねればいい…と、狂笑を浮かべながら囁いてくる

…どうやら、この迷宮の主は余程性根が歪んでるらしいな。
悪趣味にも程がある。
何故喰らう?俺が俺で在る為以外に何がある?
何故奪う?愚問だな、世界は俺“達”から総てを奪った。奪い返すのは道理だろ?
何を憎む?知れた事、世界も含めた総て。
人の情も愛も…そんなものはあの日、総てを喪ったあの日に置いてきた。俺が“死んだ”あの日にな…。




『?うら喰故何』
 真正面に在る鏡。
 映る虚像は勝手に口を開き、問う。
『?う奪故何』
 自身の声で、自身の姿で。
 周囲に映る者達は、彼に疑問を投げかける。
『?ぬら知も愛も情の人に故何 ?む憎故何』
 正面、右、左、後ろ。鏡の間に、次々と声が木霊する。
 その中心に立つ青年――ルード・シリウスは、黙ってその言葉を聞いていた。

『捨てたのか?』
            『それとも、忘れてしまったのか?』

 問い正す声は力を帯び、響き渡る。
 ――忘れるはずがないだろ、あの日のことを。
『分からぬならば、総てを捨てて狂気に身を委ねればいい』
 虚像は口の端を三日月につり上げ嗤う。囁く声音は、まるで耳元にあるかのように。
 だがルードは欠片も臆した様子はなく、やがて、そっと口を開いた。

「なぜ喰らう? ……俺が俺で在る為以外に、何がある?」
 ――戦い勝利し、喰らうのは。唯、彼が彼で在る為。

「何故奪う? 世界は俺“達”から総てを奪った……奪い返すのは道理だろ?」
 ――怒気を孕んだ声で道理を説く彼の言葉に、嘲笑う声がぴたりと止んだ。

「何を憎む? ……決まってるだろう。”総て”だ」
 ――世界を含めた総てを憎むと、当たり前のように彼は云う。

『だて総、うそ』
「俺は――」
 頷く虚像を前に、彼は拳を握り締めた。
 色の抜け落ちた髪の隙間から、狂気と憎悪に塗れた紅の瞳が覗く。
 その奥には、どれだけ身を焦がし焼いても足りぬ程の感情が黒々と渦巻いていて――在るのは、胸を掻き毟るほどの憎しみと、戦場への渇望のみ。
「情も、愛も……そんなものは置いてきた。俺が、俺の総てを喪った――」

「――俺が”死んだ”あの日にな」『なに日のあ“だん死“が俺――』

 彼は溺れ、沈みゆく。
 その行き着く先は、終わりのない永遠の憎悪の果てへと続いている――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴァルジュリン・ワール
『俺は、偽善者なんだよ』
迷宮に入ると、鏡面の自分が語りかけてくる。
『自分は助けてもらえなかったから、他者を助ける?』
『それがどれだけ、上から目線な偽善か、自分でもわかってるだろ?』
『それに、助けて、助けて…その後に、俺のことは誰が助けてくれるんだ?』
全ての言葉が、俺の心をえぐり、痛めつける。だが。鏡面の自分に言おう。
「だったらどうした。テメェも俺だったら、判るはずだ。誰にも手を伸ばしてもらえない空しさを、悲しさを、痛さを」
だが、鏡面の自分の嘲笑は止まらない。
そして気がつく。そうか、俺に足りないのは…
きっと、自分の行いを、真に認める、心の強さだ。どんなに偽善と分かっていても、行う強さなのだと。




『よだんな者善偽、は俺』
 鏡の中に立つ虚像は、嘲笑を持って彼を出迎えた。
「……」
『自分は助けてもらえなかった。だから、他者を助ける?』
『それがどれだけ上から目線な偽善なのか、自分でもわかってるだろ?』
 ――偽善。そう、偽善なのだ。

 今でも目を閉じれば瞼の裏に蘇る。
 振り上げられた拳。飛んで来る硬い宇宙服の部品。
 電流のような鈍い痛みを感じる身体。
 それは、幼い子供には抗いようのない暴力で。
 痛くて、辛くて――だが、誰も助けてはくれなかった。
 ただひたすらに、目を逸らされていた。

 だから――助けられなかったからこそ、理解しているのだ。
 自身の境遇を他者に重ね助けることが、如何に“偽善”なのかを。

『それに、助けて、助けて……その後に、俺のことは誰が助けてくれるんだ?』

 その問いに対する明確な回答をヴァルジュリン・ワールは持ち合わせていなかった。
 ――否。きっと、そんな者はいないのだ。
『俺のしていることは、偽物。ただの偽善なんだよ』
「……だったら、どうした」
 偽善だと語る自分自身を彼は真っすぐに見据え、吠えた。
「テメェも俺だったら、判るはずだ。誰にも手を伸ばしてもらえない空しさを、悲しさを、痛さを」
『あぁ、判る。判るよ。だが――偽物だ』
 鏡界の奥に居るヴァルジュリン・ワールは未だに嘲るように彼を見つめている。
 偽物だ、偽善だと。分かり切ったことを口にして。
「……分かってる。分かってるんだ、そんなことは」
 鏡に映った虚像の幾人かは、今の彼と同じ微かに歪んだ表情を浮かべ――嘲笑する、大多数の鏡中の住人たち。
 その光景は陰と陽、彼の胸中を如実に表していた。
「……っ」
 自分で自分を嘲笑う。それは、自分自身を認められていないことに他ならない。
 そう、未だ許容し切れていないのだ。

 偽善を成す、自分自身の行いを――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

イネス・ガーランド
アドリブ歓迎

鏡の迷宮……不可思議な事が起こると聞いておりますがさて……

・空虚なる過去
私には何も無い。目の前の鏡に映る私の眼はがらんどうであった。

・捜し物
私が探している物、「過去」
それはここまで生きてきた証
記憶喪失な訳では無く、思い出せない事もそう無い。
しかし確実に私はソレを無くしているのだ、自身の由来を、ここに至るべき道を
ただ刃を振るい、斬って刻んで一閃する
ただそれを突き詰めれば求める物が手に入ると思っていた


求めるのは剣の境地のみ
私が欲しいのはそれだけの筈だったのに




『……』
「変わり映えしないもので御座いますね」
 周囲を見渡したイネス・ガーランドは溜息を吐く。
 映る虚像の全てが、何も映さない空虚な瞳で自身を見つめていた。
 またくるりと、彼女は視線を回す。
「…………」
『去過――』
「……」
 前か後か左右か。虚像のどれかが、ぽつりと声を零した。

『去過――』
               『……は私』
『?うょしまい座御で何、は私』
               『かうょしで道の剣、はのもるめ求』

「そう、私が唯一求めるのは剣の――」
『んせまりか分』
「…………」
 被せるように呟かれる虚像の言葉。
 彼女の黒い瞳はゆらゆらと、あてもなく、彷徨うように宙を泳ぐ。

『分かりません』
               『分かりません』

「…………」
 隠した刀の上に、彼女はそっと手を這わせた。
 その手はまるで、何かを確かめるように。
「……私は、何で御座いましょうか」
 私は誰で、何処から来たのか。
 自身の過去。今まで生きてきた、その証。
「……」
 握った拳を広げ、空を掴む。
 忘れた訳ではない。自分の辿ってきた歴史と過去と、その全て。
 思い出せないこともそうは無い。
 だが――。
「私は……どうして」
 今の自分に至るまで歩んだ場所には、自身で拓いた道がある――あるはずなのだ。本来ならば。
 けれど、自身が歩んだはずの道はとても朧気で……霧がかかったように見通せない不確かなもので。
 どれだけ自身を見つめなおそうとしても、何かが足りないかのように見ることができないのだった。
「――私の求めるものとは、何なのでしょう」
 鏡の中の自身へと向けた問いは、空しい静寂をもって答えとなる。
 虚像からの答えを期待したわけではない。本当に、分からないのだ。

 目的など……剣の境地へと至る、ただそれだけだった筈だというのに。
 私はいつから迷ってしまったのだろう――。

成功 🔵​🔵​🔴​

エルデラント・ズィーマ
自分自身が語りかけてくる、ですか。記憶が燃えてしまっているワタシに語りかけるものなど……いえ、一つあるとするならこれからでしょうか。全ての記憶が消費された時、ワタシはどうなるのでしょうか。ワタシはワタシで無くなるのでしょうか。今あるワタシもいずれ消える……そうであるならばワタシが今を生きている意味は、なんなのでしょう。
ですが記憶を失ってもワタシはワタシです。失う前の人格、これからの人格、関係ありません。ワタシはいつまでもワタシでしかないのですから。さぁ、行きましょう




『すで安不もてと』
 邂逅一番、そう口にした鏡の奥の自分に、彼女はぴくりと肩を震わせた。
 不安げな表情を浮かべる、自身と同じ顔。
「……嗚呼、なるほど」
 エルデラント・ズィーマは、記憶を燃やして糧とする。
 元人間の女性――サイボーグへ改良された機械は、常軌を逸した力を発揮する。
 記憶は、その代償。だから――。
『ワタシはどうなるのでしょうか』
『ワタシはワタシで無くなるのでしょうか』
「…………」
 無数に映る虚像は、憂いに濡れた感情そのままに、それぞれの不安を一斉にぶち撒けた。

『記憶を全て消費したら――』
                『ワタシは、消えてしまうのでしょうか』
『ワタシはワタシで無くなるのでしょうか』
                『このまま駆動し続ければ、ワタシはいずれ消えてしまう』
『いずれ消えてしまうワタシがここに居る意味とは』
                『ワタシが今を生きている意味とは、なんなのでしょう』

 いずれ全て忘れてしまうのだろう。
 心動かされたことは勿論、道端の何気ない花を愛でた記憶も。
 美味しかったものや楽しかったこと。嬉しかったこと、辛かったこと。
 笑ったことも、怒ったことも。
 ――誰かと紡いだ、思い出さえも。

「…………」
 胸の中にヒヤリと、冷たい氷が放り込まれたかのような錯覚を覚えた。
 この感情は知っている。不安とか、恐怖とか、そういう類のものだ。
 昏い感情はふつふつ毒のように煮詰められ溢れ、自身を飲み込みそうになると云う。
 だが――。
「――記憶を失っても、ワタシはワタシです」
 エルデラント・ズィーマは、機械的ではあるがはっきりとした口調で宣言した。
 ワタシはワタシだと、自分自身に向けて。
「失う前の人格、これからの人格、関係ありません……ワタシはいつまでも。ワタシでしかないのですから」
 目を閉じ、自身の心に言い聞かせた。
 たとえ全てを忘れてしまっても、どんなワタシになったとしても――それはワタシなのだと。

「――さぁ、行きましょう」『うょしまき行、ぁさ――』

 メトロノームのように規則的に響く足音と共に、彼女はそっと一歩を踏み出した。
 今日も秒針は、残酷に、しかし明確に時を刻む。

成功 🔵​🔵​🔴​

村井・樹
語りかけてくる鏡、ですか
このテのものでなければ、まるで童話のようで素敵だったかもしれませんがねぇ
お前もそう思いませんか、『不良』?

修羅双樹を発動
『不良』とこの私『紳士』で迷宮内を歩きましょう

「口うるさい『紳士』が邪魔で、仕方ねぇんだろ。こいつさえ居なきゃ、もっと好き勝手に過ごせるのになあ、『俺』?」
「『不良』はすぐ熱くなって、思考を掻き乱す。これさえいなければ、より賢く、穏やかに日々を暮らせる。本当は『私』も、それくらい分かっているのでしょう?」

はてさて、そういえば。なぜ私達『不良』『紳士』はこうして手を組んでいるのでしょう
もしや、それが私達の『探し物』、ということになるのでしょうか






 鏡界の狭間が隔てる先に“私達”が立っている。

 『紳士』の目の前には『不良』。
 『不良』の目の前には『紳士』。

 いつもと変わりのない、自分自身。
 真っ直ぐに交錯する赤い瞳。
 ひやりとした空気が流れ、微かに髪を揺らす。

 静寂の中、虚像は同時に口を開いた。

『?うょしでのな魔邪――』
               『?ろだんな魔邪――』

「……主語に欠けていますね。邪魔とは、何が邪魔なのでしょう?」
 『紳士』は落ち着いた声で、虚像へと疑問を呈する。
 ――疑問への返答だろう。対峙した無数の虚像は、一斉に空気を震わせた。

『口うるさい『紳士』が邪魔で、仕方ねぇんだろ。こいつさえ居なきゃ、もっと好き勝手に過ごせるのになあ、『俺』?』
『『不良』はすぐ熱くなって、思考を掻き乱す。これさえいなければ、より賢く、穏やかに日々を暮らせる。本当は『私』も、それくらい分かっているのでしょう?』

 互いが互いに邪魔なのだと。
 それが本心だと、虚像は騙る。
「「…………」」
 『紳士』は思考に耽り、『不良』は面倒臭そうに髪を掻き上げた。
 この場に『何か』が欠けている気がする。
「語りかけてくる鏡、ですか……このテのものでなければ、まるで童話のようで素敵だったかもしれませんがねぇ」
 ――お前もそう思いませんか、『不良』?
「素敵かどうかなんざ知らねぇよ。だが、コイツ等の言ってることは確かに“素敵”かもな」
「ははは……そうですね」
 鏡の中の私/俺と、目の前にいる自分。
 そのどれもが自分と同一人物であり、少しだけ違ったモノでもある。
 然り、なれば考えることもそうは変わらず――問題は、虚像の言葉が間違いではないという事実だ。

「なぜ私達は、こうして手を組んでいるのでしょう?」『?うょしでのるいでん組を手てしうこ、は達私ぜな』

 ――互いに邪魔ならば、どうして排除しようとはしないのか?
 当然のように生れ落ちた疑問は幾重にも重なり木霊する。
「困りましたね。私達は、協力しなければならないはずなのですが――」
 傾げた首からぽつりと零れた独り言を鏡面に映る『2人』のみが静かに聞いていた。

 『紳士』は歩みを再開し――しかし、彼は珍しく眉を寄せる。
 思考の海原の中で、漠然と危機感を覚えたからだ。

 欠けた“自分(ピース)”は、どこか欠片というには大きすぎる気がするのだった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

霊ヶ峰・ソーニャ
鏡に映った自分が話をかけてくるか……
その上、存在を食われる。自らに隠されたものに、食われる……?
隠すものは、ない……が、記憶のない猟兵以前の記憶は、どうだ……わからない
かつての記憶、知りたくはある。が、知らずとも関係ない
師に恩返しをする……それが、ソーニャの生きる意味
師の意志は、平和を願う心。ソーニャもそれを全うすることで、師の恩返しとなる
不安はない。死への恐怖も、何も。ただ目的のために、突き進むだけ
立ちはだかるというのなら、禁忌術によってこの身を蝕まれようとも……自分自身でさえも壊して、必ずお前を倒す。

最後、の、敵は、己、自身。それ、が、必要、なら、超える、だけ

アドリブ歓迎
口調注意




『?いな、も、何』
 銀色の妖精は、掛けられた声にふと足を止めた。
 鏡に映る、変わらぬ表情。見慣れた青い瞳が自身を見返している。
「……なに、も、ない」
 鏡面の前に立つ少女、霊ヶ峰・ソーニャは小さくこくりと頷いた。
 何もない――そう、彼女には“何もない”のだ。

 ソーニャの最古の記憶は森の中へと遡る。
 記憶もなく、行くアテもなく。ただ森を彷徨っていた。
 その場所で出会ったのだ。とある猟兵――後に、自身の『師』となる人物と。

『を、憶記――』
               『憶記、の、昔』
『憶記、た、っ失』

 鏡の奥の彼女が口にしたのは、失う前――師と出会う前の自分自身。。
 過去のどこかに置き忘れてしまった、記憶の欠片。
 何が詰まっているのか定かでない“喪われた記憶(ロストメモリアル)”――。

『――を、憶記』

「……関係、ない」

 しかし、霊ヶ峰・ソーニャは、虚像の言葉を切って捨てた。
「恩、返し……それ、が、ソーニャ、の、生き、る、意味」
 師への恩返し。

 彼女の師は、常に平和を願っていた。
 意思として、そして“意志”として。本心からそう願っていたのだ。
 ならば――。

「ソーニャ、も、それ、を、全う、する」
 はっきりと周囲に立つ虚像たちへ向けて、ソーニャは宣言する。
 平和を願う意志。それを引き継ぐことで、師への恩返しとなるのだと。
 自分はそれを“成す”のだと。

 ソ―ニャの心には、不満も、不安も、そして恐怖さえも存在しなかった。
 真っ直ぐに見つめる瞳の奥には、強い意思のみが輝きそこに在る。

 “恩返し”の前に立ち塞がるというのなら、立ちはだかるというのなら。
 ――たとえ、この身を犠牲にしようとも。

「――必ず、倒す」『す倒、ず必――』

「最後、の、敵は、己、自身。それ、が、必要、なら、超える、だけ」

 自分など容易に超えて見せると、彼女は無表情に啖呵を切る。
 ソーニャは踵を返し、用の無くなった鏡の間を後にした。

『……知り、たい』

 鏡界の向こうで、取り残された妖精は、小さく呟く。
 青い瞳をそっと伏せ――――虚像は霧散するのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

モース・レフレクソン
鏡に映った自分が語りかけてくるか……なんだろう…この手の話はいつもは馬鹿らしいと一蹴するが…今回は何故か現場へ向かいたくなった。

自分の探している物…そう…何か忘れているような…
(ふと、自分の中の記憶がぼんやりと流れ出した…故郷を奪われ、平気へと改造され利用され、自由に憧れて逃げ出して今日まで戦ってきたこと…)

いつも思う…いつまで戦えばいい…生き抜く為だけに戦ってきたが目的も何も…一時期は村を襲ったらアイツらに復讐をしようとかそんなこと考えてたっけか…今更無駄だと思ったがな…いや、待て……今も…俺は……いや、お前は……

本当の俺は……




「……いつもなら、この手の依頼は蹴るんだがな」
 モース・レフレクソンは、突き刺さる視線を自覚しつつも愚痴を零す。
 周囲に立つ無数の虚像。自分自身の目が、此方を見ているのだ。

 いつもなら辞退する類の依頼だが、今回は何となしに受けてみることにした。
 それは、ただの気紛れである。一度くらいは経験しておくのもいいだろう、なんていう、猟兵としての義務感から生じたものだ。
 だから彼は気づけなかった。迷宮に映る虚像の、質の悪さというものに。

『?う戦故何……』
 声を発した虚像へと、彼は鋭い視線を向ける。
 お前はどうして戦うのか?
「どうして……」
 自身の問に、彼は首を傾げて思考する。

『――忘れたことは無い』
               『忘れられるはずもない』
『……俺は、故郷を奪われた』
               『友人も、家族も』

「…………」
 虚像の言葉に、モースは記憶を手繰り寄せる。

 彼は、隠れ里を襲った山賊に故郷を奪われた。
 当時10歳。少年は人身売買の商品となり、研究所へと売り払われる。
 訳が分からなかった。流れる事象のあまりの速さに、幼い彼は翻弄されていた。

 施設で、彼は実験体として様々な扱いを受けた。
 人を人とは思わない人形の創造。その果ては――肉体の改造。
 現在の”戦術兵器”であるモース・レフレクソンの誕生は、この出来事に帰結する。

 戦って、戦わされて。やがて――彼は自由に憧れた。
 何もかも失った少年にとって、手の届く場所にある”自由”はどんな宝石よりも輝いて見えたのだ。

「……いつまで戦えばいい」『いいばえ戦でまつい……』

 逃げ出して自由を手にした彼は、しかし――今も戦い続けている。
 ――どうして俺は、戦い続けている?
「生き抜く為だ……目的なんて……」
『許さない』
「…………」
 村を襲ったアイツらに、復讐をしようと考えたこともあった。
 だがそれは、今更無駄なことだと自分で納得した筈だ。
 そうだ。俺の復讐心など、とうの昔に――。
『――許さない』
「……まさか、俺は……」
 モース・レフレクソンは、強く、強く拳を握り締める。
 震える腕を押さえつけ――呆然とした表情でそれを見た。
『許さない――』
「お前は……いや、俺は……。本当の”俺”は――」

 彼の独白は、誰もいない鏡の間に静かに響き渡る。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エコリアチ・ヤエ
『エコリアチ…俺の名前…』
『いやだ…人に会いたくない…怖い…辛い…』
鏡に映るのは俺。だが語りかけてくる声は弱々しく貧相。これは本当の俺の人格。
元々1つだった人格はいまや2つ。それは最初の一人を含まない。
無くしたもの。消えたはずの最初の人格。
「俺の中に居る…ってか?まさか」
存在は確認できない。
今居るのは人を殺めることも躊躇わない戦うための人格と、楽しいことが好きで、人前に出るのも得意な人格の俺。その2つだけのはず。
人前に出ることが苦手で、優しすぎる心を持っていて…俺たち2つの人格を生み出し、俺たちだけで事足りてしまい、殺してしまった最初の人格。
「そこに…まだいるのか…?」
語りかけてくる鏡に手を…




 迷宮に満ち満ちる、耳が痛いほどの静寂。
 鏡面の奥から琥珀色の瞳が見返している。
「……俺、か」
 褐色の男――エコリアチ・ヤエは、虚像を鋭く睨みつけた。

 周囲から突き刺さる視線。
 虚像全ての目が、自分自身へと向けられている。

『……チアリコエ』
               『……前名の俺』

「…………」
 虚像が言葉を紡ごうと、彼は動じない。
 事前情報で聞かされていた事態にいちいち驚くほど、彼の精神は軟弱ではないのだ。
 伊達にグリモア猟兵ではない。そういうことだろう。
 しかし――。

『……いやだ』
               『いやだ』
『人に、会いたくない……』

「――……っ」
 次に虚像が話し出した瞬間、エコリアチは息を呑んだ。

 何時もの彼とは似ても似つかない、弱々しい声音。
 他人に怯えるその姿は、まるで別人のようにも思える。
 そして――それは、間違いではない。

『……怖い……辛い……』

「お前……俺の中に居る、ってか? いや、まさか……」
 ――そんなはずは、ない。

 エコリアチ・ヤエは多重人格者だ。
 楽しいことや食べることが好きで、人前に出るのも得意な人格――俺。
 人を殺めることにも躊躇わない、無慈悲で冷酷な戦闘用の人格――我。
 現在はその2つの人格を使い分け、猟兵として日々の仕事をこなしている。

 だが、鏡界を隔てた奥――鏡に映る彼の姿は、そのどちらでもない。

『いやだ……いやだ……』
「……本当の、俺……」

 本当の、俺。
 人の前に出ることが大の苦手で、
 それでいて、とても優しい心の持ち主で。
 俺と我――2つの人格の、生みの親。

 しかし、その人格は既に存在しない……しない、筈だ。
 生み出した2つの人格。
 その2つで十全に“事足りて”しまった俺は、“殺した”のだ。
 不要になった、最初の人格――最初の“俺”を。

「そこに……そこに、まだいるのか……?」

 エコリアチはそっと鏡界の奥へと手を伸ばす。
 筋肉に覆われた武骨な手は、本人も気づかないほどに小さく震えていた――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

終夜・還
アドリブ◎
WIZ

なんつーか、判り切ってた事だから狼狽えはしねぇが、なぁ

他人に素直になれない自分も判ってる

自分の本当は長く生きたいって感情にも「仕方無い」って割り切ってんのによ…ンな悲痛な、悲しそうな顔するんじゃねぇよ、俺の顔でさ
……嗚呼、その顔してるのは『俺』か

大事なひとを喰った時の事も悔やんでるんだよな、知ってるよ

…うーん、俺の内面、女々し過ぎぃ?って思ってきたわ。
ま、嘘つきなんてそんなモンなんだろうけどな

でも、ひとつかふたつくらいは『今を楽しもうとしている俺』が居ても良いと思うんだけどなぁ
だって、何時も自分に嘘付いてでもそう生きようとしてんだぜ?
よし、この際だしそっち方面の俺も探してみよう




 終夜・還は、微妙な表情で鏡を見つめていた。
「なんつーか……」
『……は俺……は俺』
「なんつーか、なぁ……割り切ってた事だから狼狽えはしねぇが、なぁ」
 カシカシと髪を掻き混ぜる。
 終夜・還は、相変わらず微妙な表情で鏡を見つめていた。

 鏡の迷宮――ミラー・ラビリンス。
 事前の情報によれば、自分の心に隠されたものを曝け出してくる場所らしい。

『素直になれねぇんだ』
「判ってる」
『嫌だ……死にたくない』
「……判ってるよ」

 鏡の中で様々な反応を見せるたくさんの自分。
 髪を混ぜる手を止め、彼は小さく溜息を吐く。
 心に隠されたもの――終夜は、そんなものはとうに自覚しているのだ。
「長生きか……長生きなんて、したくないわけねぇだろ」
 ぽつりと零した独白は、鏡の奥に溶けて消える。

 今の自分には、大切なものがある。大切な人もいる。
 長生きなんて、したくないわけがない。

『――生きたい』
「……あー、あぁ……人が折角“仕方ない”って割り切ってんのによ。ンな悲痛な、悲しそうな顔するんじゃねぇよ」
 ――それをしてるのは“俺”だって、判っちゃいるけどよ。

 心の中でそう付け足して、赤い瞳は虚像の群れに視線を向ける。
 前後左右、数えきれないほどの自分自身の姿。
 しかし、彼はまた微妙な表情を浮かべると、小さく息を吐きだした。
「どいつもこいつも、悲しそうな顔しやがって……俺の内面、女々し過ぎぃ? って思ってきたわ」
 見渡す鏡の奥は、どこもかしこも沈痛な面持ちの自分で埋め尽くされている。
 今更、気にするわけではない。するわけではないが……こうも痛い部分を見せつけられれば、多少は“もにょる”というものだ。
「しっかし、これだけ居りゃあ1人か2人くらいは居てもいいと思うんだけどなぁ……」
 彼は気を取り直し、また自身の虚像へと視線を戻した。
 悲しい自分ではなく――“今を楽しもうとしている自分”を見つけるために。

 だって、そうじゃなきゃ嘘になっちまうだろ?
 自分に嘘付いてでも生きようとしてる、今の俺が。

『セレナ……』
「……」

 自分が昔、愛した人。その名を聞いても、彼は変わらず瞳を動かし続ける。
 悔やんでいることなど、とうの昔に知っている。
 傷付いたことも、泣き腫らしたこともあった。
 だが、それはもう――“過去の話”だ。

 だから、終夜はずうっと奥まで自分に視線を走らせて――。
「お……見ぃつけた❤」
 目的のものを見つけて、ニヤリと。
 心底、嬉しそうに微笑むのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

茜・皐月

皐月は自分を見失わないよう、掌に彼岸花の絵を書き残した。
「存在を喰べるなんて、ゆるさないのね」

中にはいれば鏡に映る無数の自分に、封じられた故郷の滅びの記憶を突き付けられる。鏡に写る赤い瞳は感情のない血の色のよう。本当のボクは、わたしは、私は?
犯人は、あなたは、わたしはだぁれ?

「滅びの犯人は?」

改めて投げられる鏡の問い。
見付けたいのは、探し求めたのは、その犯人。故郷の滅びの原因。
さりとて鏡の中の己が、血の涙を流すから。まるで心が痛みにむせび泣くようで、込み上げる吐き気によろめいた。
助けて、誰か、ダレカ。
鏡に手をついて、一瞬、視界が闇に閉ざされた。



 緑髪の少女は足を止めた。
 目の前の自分――鏡の中の”ボク”が、じっとこちらを見ていたからだ。
「……存在を喰べるなんて、ゆるさないのね」
 むっと鏡を睨めつける。
 少女の名は、茜・皐月――猟兵である。
『……はクボ』
「本当に喋るのね」
 初依頼というのも相まって、皐月はやる気に満ち溢れていた。
 鏡に近づいたのも正義感に駆られてのことだ。
 ――だから、それが聞こえてしまったのは不運だったのだろう。

『は郷故のクボ……』
「……?」
 近づかなければ聞こえないほどの、小さな声だった。

『ボクの故郷は、滅ぼされたのね』
               『滅ぼされて、滅びたの』
『ずっと、ずうっと昔に』

「あなたは、何を……。……っ!?」
 わけのわからないことを、と、続けることはできなかった。
 返答しかけた刹那の間――彼女は、はっと息を呑む。

 切り取られた、1枚の写真。
 脳裏に浮かんだソレには、故郷が滅び行く様がありありと描かれている。

 記憶の中で燃えていく人形。倒れるヒト。
 燃えて縮むナイロンの生地、きゅっと萎みたちこめる香り。
 誰が、誰が、誰が――。

 本当のボクわたし私がワタシは犯人ではなくて犯人はダレであなたは私がボクでワタシのあなたわたしはダレで……?

『――滅びの、犯人は?』
「ぅ、っ……!」

 改めて放たれた鏡の問いに答える余裕は、彼女には残されていなかった。

 ふらりと足元がよろめく。
 胸が、まるで何かに締め付けられているかのように苦しい。

『犯人は?』
               『滅びの犯人』
『原因』
               『犯人は、だぁれ?』

「っぁ……う、ぁあ……」
 少女は、鏡に手をついた。
 頭に響く声が、眩暈と吐き気を誘う。
 胃が蠕動を始める。むかむかとしたものがこみ上げて、胸の内で留まる。
「ぁ、ぁ――」
 手をついた鏡に、皐月は顔を映した。
 どんな顔をしているのか、などと、考えてはいけなかったのだろう。

 視線を向けた先にあったのは、苦しむ自分の顔ではなく。
 血の涙を流す、彼女自身。

 赤黒い血は彼女の痛みを。
 空虚な瞳は彼女の記憶を。

 誰かが遠くで悲鳴をあげていた。
 或いは、それは自分自身だったのかもしれない。

 遠くなる意識の中で見たものは――掌に描かれた、彼岸花だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シュガー・ラビット
目的
内面を見つめ直すきっかけにする

行動
忘れたい逃げたい知りたくなかった事を鏡の中の私に見透かされて拒絶反応を起こす
探し物は「自分を否定している事」に改めて気づく事

不安定な承認欲求
“私は本当に愛されているのか”
幼い頃サキュバスの特殊能力心情操作によって偽りの行為を向けられ幼いながらも気づいてしまい人間不信になる
そして彼女は人一倍孤独感が強くなり人と繋がることを好み「明るくフレンドリーな女の子」という誰からも好かれる自分を作っている

“自分を知られる恐怖”
彼女は本来夢魔の特性を持つキマイラで用途に合せて造られた人造キマイラである
そんな自分を良しとせず自分を理想像で塗り固めることで真の自分を隠していた




 迷宮内にも関わらず、兎の少女――シュガー・ラビットの足取りは軽い。
 自身を糾弾してくるこの迷宮において、どうしてこうも軽くいられるのか?
 その答えは”彼女がそれを知らない”ことに他ならない。

 グリモアベースで出発間近の依頼を見つけ、あまり説明を聞かないままに迷宮へと飛ばされた。
 それは彼女にとって吉となるか、それとも――。

『ねえ、わたし』
「ぅん?」
『わたし』
「――鏡が喋った……!」
 きらきらと瞳を輝かせるシュガー。
 彼女の目には“そういう造りの鏡”だと捉えられている。
 だから――。

『演じなきゃ』
               『わたしは可愛い女の子』
『みんなから愛される女の子』

「へ……?」
 シュガーは呆けた表情で一歩、鏡から遠ざかった。
 ヒヤリと冷めた空気が体の内側に入り込む。

『きっと、みんな嫌いになっちゃうよね』
                    『本当のわたしなんて』
『だから、明るいわたしを演じるの』
                    『皆に好かれるためだから』
『友達でいるためだから』

「や、やぁ……やめてっ」
 彼女は顔を真っ赤にして、タシタシと鏡を叩く。
 だが、それは虚像には届かない。鏡界を隔てる壁は薄く――それでいて、分厚いから。
『“本当のわたしなんて”』
「いやぁ……っ!!」
 自分の姿で、自分の声で。
 自分を否定するその言葉に、シュガーは兎耳を押さえて蹲る。

 シュガー・ラビットは人造キマイラである。
 サキュバスの特性を持つ彼女は、用途に合わせてキマイラとして造られたのだ。
 だから――そんな自分が、好きではなかった。
 造られた自分が、嫌いだった。

 幼い頃、好意を向けられたことがあった。
 自分を好いてくれる人がいることで、少しは自分を肯定できた。
 けれど、それは一時の夢に過ぎなかった。
 その“好意”は人為的に生み出されたもので、ただの虚構に過ぎなかったのだ。

 ――だから、彼女は自分自身を否定した。
 今の自分を否定して、新しい自分を作ることにした。
 明るくて、フレンドリーで、とっても可愛い女の子。
 誰にでも好かれる女の子。

『わたしは可愛い、女の子』
「――っ!!」

 蹲り、耳を塞いだ彼女は落ちていく。
 深く深く、思考の奈落へと。
 そこに答えがあるのかは――まだ、誰も知らないのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ナターシャ・フォーサイス
WIZ
鏡の自分、私との対話ですか。
同一の存在であるなら問うこともないでしょう。

――本当に?
えぇ、本当です。
貴女もまた、目的を同じくするでしょう?

――楽園は本当にあるのですか?
えぇ、あります。
主が痛みも苦しみも悲しみもない理想郷へと導いてくださいます。
私はまだ、この目で見たことはないですけれどね。

――しかしながら、記憶もないのですよね?
啓示を受ける前の私は普通のヒト。
使徒の責を果たすためには不要ですから。



――見たことも、記憶もないのに信仰するのですね?
  楽園とは死後の世界ではないのですか?
私の受けた啓示こそが証拠。
ですが…痛みや苦しみばかりのこの世界で、本当に楽園は存在するのでしょうか?




 ナターシャ・フォーサイスは、自分自身と対峙していた。

 鏡の奥、鏡界の壁を挟んで向こう側の自分自身。
 それは自身の心の奥底であるという。
「ならば、私と同一の存在である筈。問い正すこともないでしょう」
『本当に?』
「えぇ、貴女が本当に私の心の奥底であるのなら、ですが。そうであるならば、目的を同じくするでしょう」
 彼女の瞳が、そう“信じ切っていた”。
 彼女の瞳は、決して“揺らぐことはなかった”。
『楽園は――』
               『楽園は、本当にあるのですか?』
『その存在は真実なのでしょうか』

 楽園の存在の有無。それは、ナターシャの根幹を揺るがす議題でもある。
 だが――やはり、彼女は揺らがない。
「えぇ、あります」
 きっぱりと、澱みない声音で彼女はそう告げた。
「我らが主が、痛みも苦しみも、果ては悲しみさえもない”理想郷(ユートピア)”へと導いて下さいます」
 ユートピア。
 そう口にする彼女の唇が小さく濡れる。
「まあ、私はまだ、この目で見ることは叶いませんが――」
 そっと憂いに満ちた表情が、鏡の中で揺れた。

『――記憶は』
               『記憶は、ないのです』
『私の記憶――』
               『過去の記憶』

「不要です」
 しかし、また――虚像の言葉は切って落とされる。
 自分自身の記憶に語りかけられて尚、彼女の自我は揺るがない。
「啓示を受ける前の私は、普通のヒトだった筈。それは、使途の責を果たすにあたって、不要なものに過ぎません」

 使途の責。それは“救うこと”である。
 救済であり、慈善活動だ。
 世の理から外れたオブリビオンを楽園へと導く。
 自らが楽園へと至る、その刻まで。

『――なぜ――』

               『見たことも無い――』
『記憶も存在しない――』
               『――なのに、信仰するのですか?』

 その問いに、彼女は首さえ傾げて見せた。
「楽園とは、死後の世界ではないのですか? 私の受けた啓示こそが、その証拠足りえるもの……もう、話すことはありませんね」
 最初から最後まで、彼女は欠片も“揺らがない”。
 それはまるで、決められたレールの上を歩くかのように。
 何かを妄執するように。
 真実は――今は誰にも分からない。
『――痛みや苦しみばかりのこの世界で、本当に楽園は存在するのでしょうか――?』
 誰もいなくなった鏡の間で、虚像の声のみが空気に溶け、消えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リリィ・アークレイズ
ねぇ、わたし
その腕は扱いやすい?
その脚は便利?
…それは本当に欲しかった腕や脚?

「気づいたら付けられてたからな。何が言いてェんだ?」

その機械の代替品に不信感があるってこと、わかってるよ。
あなたは機械仕掛けのその部位を全部は信じられないんでしょう

その機械仕掛けの腕や脚が明日も使えるなんて保証、どこにもないんだよ?
得体の知れない機械部位が突然お荷物になっちゃうことだって考えなかったわけじゃないでしょう?

どうするの
その腕が使い物にならなくなったら?

「そんときはこの腕をパージしてでも生きるさ。約束だからな」

(手を握って感触を確かめる)

「使い物にならない…ね。頼むからスクラップにだけはなるんじゃねェぞ」




 少女は長いツインテールを揺らし、迷宮に立つ。
 銀色の名は――リリィ・アークレイズ。
『したわ、ぇね』
「あン?」
 話しかける虚像の声に、彼女は面倒臭そうに返事を返した。
 見返す紅の瞳が細められる。
 そこに油断はない。だが、警戒もない。
 虚像が物理的には何もできないということを戦場帰りの彼女は“本能”で知っている。

『その腕は、扱いやすい?』
                 『その脚は便利?』
『この腕は』
                 『この脚は』
『――これは、本当に欲しかったもの?』

「……気づいたら付けられてたからな。何が言いてェんだ?」
 少女は睨みつけるように鏡面を見据える。

 今の言葉だけで全てを察せるほど、彼女の頭は良くはない。
 ――だが、全てを察せないほど、彼女の頭は悪くはないのだ。
「…………」
 機械の手を開いて握る。
 靴の底をコツコツと床に打ち付ける。

 それは奇しくも。不安げな顔で同じ動作を繰り返す、鏡中の自分と連動していた。
 リリィの表情が少しだけ、曇る。

『これが明日も使える保証は、どこにもねェ』
「そんなこと、わかってるさ……得体の知れない機械だからな」
『突然故障して、ただのお荷物になっちゃうことだって――考えなかったわけじゃないでしょう?』
「…………」
 リリィ・アークレイズの身体は、実に8割が機械で占められている。
 高性能かつ、繊細な軍用機械だ。
 どこが故障するかも分からない。
 一箇所から、全体に波及することも考えられる。

『どうするの? その腕が、使い物にならなくなったら』

 日常生活の中でなら、まだいい。
 しかしそれは、戦闘中である可能性が最も高いだろう。
 ――使わなければいけない時に使えないものに、意味はあるのか?
「……ったく、らしくねェ」
 ぽつりと、彼女はそう零す。
 噛みすぎて味の無くなったガムを吐き捨てるように。

「そんときは、この腕をパージしてでも生きるさ……“約束”だからな」

 手を握って開いて――握って、開く。
 そんな動作を繰り返した後、銀色の少女はむず痒そうにカシカシと髪を掻き上げた。
 冷たい空気の満ちる迷宮の中で“約束”という言葉に、不思議と暖かさを覚えたなどと。
 そんな機能が残っていると認めるのは――少し、恥ずかしかったから。

「使い物にならない……ね。頼むから、スクラップにだけはなるんじゃねェぞ」
『ぞェねゃじんるなはけだにプッラクス、らかむ頼。ね……いならなに物い使』

 はっきりとハモる声。
 彼女は恨めしそうな視線を鏡界の奥へと向けるのだった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シナコ・ジョルジュ
『シナコはとっても幸せよ!』
物心つく以前に幽閉された座敷牢の中にもずっと見えない友人がいて、母代わりにシナコを愛してくれた。今では籠の鳥を脱し、空を見ることができた、自由に飛べるようになった。お仕事もしている。
満ち足りているのだと、だから探し物などないと鏡の中のシナコは言う。
自分自身そう思っていた、でも、――本当に?足りないものはないの?
「……ちがう。ひとつ、気になってることがあるの」
「――……おかあさん」
「顔を見たこともない、シナコのおかあさん。生きているかしら、元気にしているかしら、」
「……シナコのことをおぼえているかしら。」
母の腕に抱きしめられた記憶が無いことは、些細だが唯一の欠落だ。




『!のたいてれさいあ』
 赤髪の少女が、鏡面の奥に佇んでいた。

 溌剌とした笑顔。
 そこには憂いも、悲嘆の色もない。

「うん、そうね!」

『友達がいたわ』
               『シナコを愛してくれたの』
『ずっととじこめられていたけれど』
               『いまはわたし、空をとんでいるわ!』

 少女――シナコ・ジョルジュは、幽閉されていた過去を持つ。

 物心つく以前から、狭い座敷牢の中が彼女の世界の全てだった。
 幼い彼女はしかし、寂しくはなかった。
 自分にしか見えない友人がそこにはいて、
 おかあさんの代わりに、シナコを愛してくれたから。

『シナコは自由なの』
               『お仕事も、しているのよ!』

 次々と、耳朶を震わせる自身の声。
 鏡の中の彼女は、とても嬉しそうで。
 何の不満も不安も無く。
 昏い部分など、何一つ持ち合わせてはいなかった。
 
『シナコは、とっても幸せよ!』
「うん、とっても、幸せ……」

 ――しかし、鏡面の前に立つシナコは項垂れる。

 自分自身、幸せだと思う。
 籠の中を脱して、自由に空を飛んで。
 やりたいことをやって、したいこともできて。
 だが――何かが、胸の奥に引っ掛かっていた。
 それは“幸せだ”と思う自分の中に、そうではない何かがある気がして。
 その“何か”が「そうじゃない」と叫んでいた。
 自分の心に向けて、声をあげていた。

『――……おかあさん』
「……!」
 シナコはぴくりと肩を震わせる。
『おかあさん』
               『顔を見たことも無い、シナコのおかあさん』
『生きているかしら?』
               『元気にしているかしら?』

 彼女の記憶に“おかあさん”はいない。
 幼い頃の記憶からも、その後の記憶からも、その存在は欠落していた。

 シナコは、母の腕の中の。
 その温もりを知らないのだった。

 おかあさんは――。

「――シナコのことをおぼえているかしら」『らしかるいてえぼおをとこのコナシ――』

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『沼の中へ』

POW   :    ゆっくり歩き転ばないように進む。

SPD   :    忍者のようにぬかるみを駆け抜ける。

WIZ   :    板やボートなど道具を使い賢く進む。

👑11
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 暗く、昏い洞窟の中で、あなたは目を覚ます。

 そこが果たして何処なのか、それを知る術はなく。
 背後は壁、奥へと続く長い洞窟――。
 今は、そこを進むしかなかった。
 足元に溜まった泥は、あなたの足へと執拗に絡みつく。

 ――何かを探さなければいけない気がした。
 
 探し物を見つけなければ、此処から出ることは叶わない。
 
 ――何かを忘れてしまっている気がした。
 
 探し物は忘れてしまったものなのか。それとも、元から足りないものなのか。
 或いは、抱いている疑念への解答なのか。

 それはまだ、誰にも分からない。

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 ※プレイング受付開始は【6月15日(土)8:30~】となります※

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●MSより(※第2章からの参加も大歓迎です!※)
 第2章では、洞窟の中で“探し物”を探していただきます。
 MSコメントの導線にも記述してありますが、この2章の命題は「見つけること」です。

 見つけるものの内容は、
 ・自分に足りないもの
 ・自分が忘れてしまったもの
 ・抱いている疑念や疑問に対する解答
 ・新たな問題

 など、何かしら“自身の抱える問題をひとつ解決へと導けるものやきっかけ”となります。

 勿論、見つけたからといって、その問題を消化できるとは限りません。
 納得できないことも、解決できないこともあって然るべき、当然の結末です。
 ですから、その部分は皆さまにお任せ致します。

 プレイングには、
 ・探し物は何なのか(記憶? 解答? 物? 名前?etc)
 ・それは何処にあったのか(足元の泥の中? 洞窟の壁? 天井? それとも最初から持っていた?etc)
 ・見つけた時の反応(喜ぶ、唖然とする、割り切る等)

 などを書いて、それぞれで個性を出していただけると、イイ感じになるのではないかと思います。
 あくまで一例ですので「俺は洞窟の壁を突き破ってここから脱出してやるぜうおおー」みたいなのもいいかもしれませんね。ノーキン。

 質問等ございましたら、お手紙やTwitterにてお知らせ下さい。
 それでは、皆さまのプレイングを心よりお待ちしております。

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 ※プレイング締め切りは【6/18(火) ~23:59】となります。

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黒鵺・瑞樹
【POW】〇
探し物はきっと受け入れなければならないもの。
今のままでもきっと大丈夫だと思う、でも受け入れればもっと力になるはず。
ただ怖いのは自分が変わってしまうかもしれないって事。

暗いな。こんな中襲われたらいくら【暗視】があっても…。
さすがに自分自身(本体のナイフ)も認識しにくいな。あるのはわかってるんだが。
当然か。闇に紛れるために黒い刃なのだから。

歩き続けてふともう一振り武器を持ってるのを思い出す。
腰から抜き刃に視線を送る。かすかに光る刃の弧。
「胡」。古き月。
俺を押し出したのも月の名を持つ人だった。

…あぁ、そういう事か。
本当に探してたのは覚悟か。




 青色の目に銀の髪を靡かせ、彼はそこにいた。
 真っ暗で、とても静かな洞窟。
「……暗いな」
 その暗さは、ヤドリガミである彼の本体『黒鵺』が認識できないほど。
 しかし、自分自身であるが故に、それが確かに存在することは分かっていた。

 徐に視線の先へと手を伸ばす。
 指先が闇に飲まれ、朧気に霞む。
「こんな中で襲われたら、少し辛いな……」
 闇をある程度見通せる彼の眼をもってしても、この場所は暗い。
 しかし、絶対に敵が襲ってこないという保証はどこにもないのだ。

 そう思えば、自然と腰の武器へと手が伸びる。
 ふと思い立って、握りこんだ中にある硬く冷たいソレを抜き放った。
 微かな鍔鳴りと共に露わになった鋭い刃は、闇の中できらりと弧を光らせる。

 銘は胡(えびす)――古き月。

 自分自身よりも“年上”であろうこの刀を振るうことを彼は避けていた。
 だが、もしもだ。もしここに今、敵が現れたら――?
 この刀を振るわないわけにはいかないだろう。

 一歩、先へと足を踏み出す。泥が足元へと絡みつく。
 重い――だが、彼はそれを不思議と“邪魔だ”とは感じない。
「…………」
 闇の中で、刃に映った自身の顔に目を凝らした。
 元の主と瓜二つ――胡に映された、黒鵺の顔。

 ――胡、か。俺を押し出したのも、月の名を持つ人だったな。

「……そうか」
 ぽつりと呟いた彼は、何かを理解したようで。
 当たり前のことに、やっと気づいたようでもあった。
 この『胡』を振るうのは、黒鵺ではあるが、黒鵺ではない。
 振るうのは、自分自身――“黒鵺・瑞樹”だ。

 彼はこの世界で目覚めた頃、自分のことを“主の写し”だと思っていた。
 元の世界の主と瓜二つ、性格さえも似通っている。
 だから、俺は主の映し鏡であり、そのものなのだと。
 ――だが、現実は違った。
 他者との交流で生まれた感情は“主”ではなく“彼自身”のものだった。

 自分を歩みを押し留める泥の冷たさを何故か“心地良い”とさえ思っていた。
 だが、それはそうだろう。この泥は、彼の心――自分が自分であるという事実を受け入れられない、彼の“弱い部分”。

 心は恐怖を拒む。もしかしたらという可能性の上でさえも、自身を守るよう働いてしまう。
 彼は、拒んでいたのだ。受け入れることを。自分が“主の写し”から変わってしまうことを。
 だが――受け入れれば自分の力となることも、同時に理解していた。
「そんなこと、とっくに気づいてたのにな」
 零れ出た彼の言葉に呼応するように、洞窟の奥に光が差した。
 感じるのは、確かな空気の流れ。外への光だ。

 ヤドリガミの青年――“黒鵺・瑞樹”は『胡』の柄を強く握り締め、出口に向けて進み始めた。
 彼の足を引き留めていた泥がパラパラと乾いて剥がれ、その役目を終える。

 歩みは止まらない。彼は、とっくに気が付いていたからだ。
 だから今回は、それをきちんと認識しただけのこと。

「俺は――“黒鵺・瑞樹”だ」

 彼の本当の探し物は――『覚悟』であった。

成功 🔵​🔵​🔴​

茜・皐月
"彼岸花"は胸の傷痕

滅びの犯人は?
答えを求めるなら、ここに留まってはいけないのに。絡み付く泥の蟠りは見たくないと叫び、動けない。
伸ばす手が、無意識にユーベルコードを使った。

無様だと笑う己が声。されど眼前に立つは、もうひとりの自分。
仕方ないといって差し出される掌。その彼岸花に触れると、蟠りが嘘のように走り出せた。

答えを"私"は持っていた。

『原因はあの男。でも、滅びの犯人は私達』
「コロされかけた、から、抵抗した?」
『胸の彼岸花はその傷跡』
「"わたし"の罪?」
『なら、なすべきは』

答え合わせのように紡ぎあう言葉。
抵抗の火を放ち、血の涙を流したわたしの罪を償うために。
ボクと私は、その手を強く握り締めた。




 暗く、闇に包まれた洞窟の中。
 目覚めた緑髪の少女は、恐々と周囲を見渡した。
「ここは……」
 視界に映るのは、ひたすらに奥まで続く同じ光景。
 この場所がいったい何処なのか、情報は何一つとして存在しない――そんな景色だ。

『――滅びの犯人は?』
「……!?」
 コンコン、と。軽くノックをするように、頭の中に声が響く。

 ――犯人は?
 ――滅びの犯人は、誰?

「探さなきゃ……」
 私は、探さなければならない。
 滅びの犯人を。故郷を滅ぼした、その人物を。
 だから一歩。足を、踏み出そうとして――。
「……ッ」
 ――しかし、茜・皐月の足は動かない。

 足元に溜まった泥が、まるで万力のように彼女の足を締め付けていた。
 動くな、行くなと言わんばかりに、彼女の歩みを妨げる。
「動い、て……っ!」
 賢明に足を動かそうとする皐月。
 しかし、泥は何かの意思を持つように、しっかりと地に足を固定する。

 ――それは、彼女の“意思”でもあった。
 心のどこかで「知りたくない」と声をあげる、茜・皐月がいた。

 何時しか少女は疲れ果て項垂れる。
 その表情は闇に隠され、見ることは叶わない。
『無様なのね』
「…………」
 嘲笑を含んで響いた声音は、茜・皐月――彼女自身の声。

『動けないの?』
「……うん」
『目的があるのにね』
「……そう、探さなきゃ」
『……どうしても?』
 目の前で首を傾げる自分からの問に、彼女はこくりと頷いた。

 目は、背けない。背けてはいけない。
 それは――やっと垣間見えた、自分の“過去(ルーツ)”だから。

『はぁ……仕方ないわね』
 そっと、視界の中に差し伸べられる手。
 見慣れた。とても見慣れた、自分の手だ。
 だから皐月は、目の前の手をそっと握り締めて――。
「――……!」

 ふっ、と。足が軽くなった気がした。
『――さあ』
 手を引かれるがままに走り出す。
 暗い洞窟の中を、唯、真っ直ぐ。
 前を走る自分に導かれて、風のように。

 ――皐月は既に“答え”を手にしていた。

「……わたし、だったのね」
『……そうよ』
 何てことはない。犯人はずっと此処にいたのだ。
 故郷を滅ぼしたのは――“わたし”だったのだから。
『原因はあの男で、私じゃない。でも、滅びの犯人は私達』
「コロされかけた、から、抵抗した?」
『そう。胸の彼岸花は、その傷跡』
「これは“わたし”の罪?」
『そう……いや、違う。私も、封じ込めて忘れ去ろうとした……“私達”の罪よ。だから、成すべきことは――』

 走り行く先に、小さなの光の環が見えた。
 それは紛れもなく洞窟の出口で――“わたし(私)達”を遮るものは、何もない。

『「――たった、一つだけ――!」』

 あの日、抵抗の炎を放ち、血の涙を流したわたしの罪を償うために。
 もう一度、強く手を握って。出口への残りの道を駆け抜けるのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヴァルジュリン・ワール

泥が纏わりつく。
同じように、耳に鏡の部屋での声がへばりついている。
『お前は、偽善者なんだよ』
「…ッチ」
歩いていると、奥の方から音が聞こえる。これは…殴打する音?
奥に向かうと、うずくまる少年と、それを殴打する影。
「…っ、やめろ!」
俺は叫んで、少年に覆いかぶさろう。しばらく、背に衝撃を感じる。
そして、衝撃がなくなれば、少年に声をかける。
「大丈夫かぁ…ぁ!」
そして、その少年が、子供の頃の自分だったことに気が付く。
『ありがとう』
そう、少年は俺に笑いかけた。
そして気が付くと、少年の姿が、『初めて助けた少女』の姿になる。
『ありがとう』
あぁ、そうか。俺が行動する理由。
それは、この笑顔の、ありがとうなのだ。




「この……ッ!」
 足に重く、重たく纏わりつく泥。
 その中をヴァルジュリン・ワールは賢明に歩いていた。

 迷宮に入って、鏡の間で自分の会話をして、気づいたらここにいた。
 この場所が何処なのかも判然としないが――少なくとも、じっとしているだけでは何も解決はしまい。
 だから、彼はひとまず進める洞窟の奥へと、ひたすらに進んでいるのだった。

「まったく、この洞窟はどこまで続いて……ん?」
『……ゃ……て……!』
「これは……」
 彼は耳を澄ませ、眉間に皺を寄せる。
 そうしてやっと聞こえるほどの小さな声に、規則的に響く鈍い音。
「……!」
 声はともかく、その音の正体を彼は知っていた。

 泥から足を引き抜き、がむしゃらに走り出す。
 ――悲鳴をあげる筋肉なんて、知ったことかよ。
「……っ、やめろ!!」
 辿り着いた先で、彼は見た。

 のっぺりとした影が、棍棒のようなもので何かを殴っている。
 それは、蹲り、泥の中に伏せた少年だ。
 影はワールを一瞥すると、数秒で興味を無くしたように少年へと向き直る。
 そして、また手にした棒を少年目掛けて振り上げ――。
「やめろって、言ってるだろ――!」
 彼は気づけば飛び込んでいた。
 影に――ではない。
 今まさに振り下ろされ、少年を殴打せんとしている棍棒と少年の間に、である。
「ぐっ!」
 咄嗟に少年に覆い被さった彼の背に、衝撃が走る。
 一回では飽き足らず、また背へと振られる棍棒。

 痛くないといえば、嘘になる。
 だが、彼はそこを動く気はこれっぽっちも起きなかった。
「痛かったよな、苦しかったよな……俺が、守るから」
 小さくそんな言さえも零して、彼は躊躇なく背を身代わりにし続ける。

 ――いつしか、背中への衝撃は止んでいた。

 未だ鈍い痛みの走る背を庇いつつ、彼は体を起こす。
「おい、お前。大丈夫か?」
『…………』
「顔見せてみろ。怪我は――」

 そっと顔を覗き込む。
 庇った少年の顔に、怪我の痕は無い。
 ――だが、彼の胸中は驚愕で埋め尽くされていた。
 開いたままの口を閉じるのを忘れるほどに。
「……お前は」
 少年の顔が、とても見慣れた……“見慣れていた”顔だったからだ。
 それは――“少年時代の自分の顔”だった。
『ありがとう』
 にこりと笑う少年。
 彼はその表情に、はっと息を呑む。

『――ありがとう♪』

 初めて人を助けたのは、いつのことだっただろうか。
 ――確か俺は、少女を助けたんだったな。
「……こんなところにいたのか」
 自然と零れた言葉に、ワールは自分で苦笑する。
 自分が、初めて助けた少女。
 今、目の前にあったのが――その彼女の笑顔だったから。

 彼の眼の前から、少女は消える。
 視線を上げれば、いくら探しても見つからなかった洞窟の出口が、当たり前のようにそこにある。
「……偽善でいいさ」
 彼はそう言うと、力強く頷いた。

 もう、何だっていい。自分の迷いだとか、偽善だとか、そんなものは。
 ――――あの「ありがとう」の笑顔の前では、ちっぽけで、些細なものに過ぎないのだから。

「俺が行動する理由は、それで十分だ!」

 だから、行こう。あの出口の向こうで、きっと“これから”が待っている――!

成功 🔵​🔵​🔴​

クロード・キノフロニカ
僕はかつて、アルダワで共に冒険していた相棒を失くした
強大な錬金ドラゴン相手に恐れをなした僕は、彼が喰われる光景をただ見ていることしかできなかったんだ

探しているのものは、立ち向かう勇気を取り戻すきっかけ

泥に足をとられ転んだとき、ふと過去の思い出を思い返す
「最初の頃は、この程度のトラップにも苦戦してたっけなぁ」
まだ未熟だったあの頃、トラップでひどい目に遭っては泣いていた
それでも、めげずに迷宮に潜っていたなぁ
それはきっと、純粋に冒険を楽しんでいたから

そして今では泥に嵌まった程度では怯まない自分に気付く
「そうだねぇ……見方を変えれば確かに愉快な状況だ」
楽しさを見出せば、また勇気を持てる気がしてきたよ




「此処は何処なんだろうね?」
 暗闇に閉ざされた洞窟の中に、クロード・キノフロニカの声だけが木霊する。
 勿論、返事はない。声は壁に反響して、ただひたすら奥へ、奥へ。
 ――それは、この洞窟が細く長く、延々と続いていることを知らせるのみだ。
「……進むしかない、かな」
 諦めたように愚痴を零すと、彼はそっと歩み出す。

 それは、想像していた以上の苦行だった。
 泥に足を取られることが、ではない。
 ドールであるクロードにとって、それは然程問題では無いのだ。
 汚れるのは致し方無いが――問題は“孤独”である。

 彼は動物が好きだ。もふもふが好きだ。
 そして、誰かの物語を聞くことを好む。

 話し相手でもいればよかったのだろう。しかし、ここにそんなものは無い。
 じめじめとした、暗い洞窟の中。
 そんな場所を長時間、たった一人で歩いていれば――考えることなど、自分のことくらいしかなくなるのだ。
「……っと、とと」
 泥の一部が固まっていただろうか。
 彼はバランスを崩し、べちゃりと泥に伏せる。
「…………」
 水気を含む、ひんやりと冷たい泥。
 すぐに起き上がろうとはせずに、彼はぽつりと呟いた。
「……最初の頃は、この程度のトラップにも苦戦してたっけなぁ」

 彼――クロード・キノフロニカには、忘れられない過去がある。
 かつて、アルダワで旅をしていた頃のことだ。

 その頃の彼には、“相棒”と呼べる親友がいた。
 相棒と共に潜ったダンジョンで――彼等は運悪く、ドラゴンと遭遇してしまったのだ。

 強大な力を持つ錬金ドラゴンを前に、クロードの足は恐怖で竦む。
 それを責められる者はいないだろう。錬金ドラゴンとは、それほどの存在なのだ。
 そして彼は、自身の相棒がドラゴンに喰われる光景をただ見ていることしか出来なかった。

 都合よくヒーローは現れず、弱肉強食の理は世界を覆う。
 現実は非情であり――彼もまた、そんな“現実”を垣間見た一人に過ぎないのだろう。

 クロードも相棒も、自分たちが敵わないほどに強大な敵と出会わない、などと信じていたわけではない。
 だが、それでも迷宮に潜っていた。
 トラップで酷い目に遭う度にみっともなく泣いていた。
 戦利品の前で、相棒と二人小躍りした。
 笑い合って、泣いた。
 それは、何物にも代え難い大切な時間で――とても、楽しい一時だった。

 ただ純粋に、心から冒険を楽しんでいたから。

「…………」
 泥に伏したクロードは、怯むことも、泣くこともない。
 それが現在(いま)の、クロード・キノフロニカである。
「そうだねぇ……そうだ」
 よいしょっと、という掛け声と共に、クロードは身を起こす。
 服についた泥をパタパタと軽く叩く。
 なんだ、僕は――ちゃんと、楽しめてるじゃないか。
「見方を変えれば確かに愉快な状況だ」
 あの頃よりも僕は、強くなった。
 ……強く、というのは少し違うかもしれない。
 言い換えるならば、そう――“成長”したのだ。

「――今の“僕”なら――」

 遠くに見えてきた出口に向けて、彼は歩き出す。
 ――その足取りはとても、楽し気だった。

成功 🔵​🔵​🔴​

終夜・還
んー…術中に嵌ってる感覚がなんとも言えんな

こういうのはカッチリハマった事しねぇと抜けられないって相場が決まってるし…ま、探すかね

鏡の創り出した虚像で良くわかったが、俺は素直じゃなさ過ぎる

イキナリ素直な俺、とか周りがビビるだろうし、気持ち悪いとか言い出すだろうから少しだけ素直になることを心がけよう(クックッ)

あん?とか言ってたら急に景色が変わったな…これゴール?

ふむ…なるほど、条件が『自分に欠けているモノに気がついて補完すること』だったのかね?
いやはや、素直になんかなれるか!って頑固にしてたら一生出れなかったかもなぁ(笑)

ま、俺の事だ、『己の答えは常に己の中に』、ってな

今後は少しだけ素直になろう




 終夜・還は、終わりのない洞窟の中を進んでいた。

 しかし、彼の表情には迷いも、悲嘆の色も無い。
 泥の中で歩き難そうには見えるが、それだけだ。
「んー……術中に嵌ってる感覚がなんとも言えんな」
 そして、彼は自分の於かれている状況について分析さえ始めている。

「しっかし、出口が見えねぇな。こういう類はカッチリハマったことしねぇと抜けられないって相場が決まってるし……ま、探すかね」
 呟き、変わらず泥の中を歩き続ける終夜。
 心なしか、泥の纏わりつき方が緩いような気もする。

 大方の的を射た彼の発言を聞けば、黒幕の彼女はこう言うだろう。
 ――“つまらないわ”、と。

「だが、こうも何もねぇとなぁ……」
 のんびりと歩きながら、彼は先の鏡の間での出来事を思い返したりなどしていた。
 映し出された虚像は、確か……ほとんどが悲しそうな、昏い表情を浮かべていたのだったか。

 ――生きたい、死にたくない。
 ――後悔している。
 ――ごめんな。
 ――素直になれねぇんだ。

「結局、素直じゃねぇ……なさ過ぎるってことなんだろうな」
 既に割り切っている彼は、虚像と自身を分析し、そう結論付ける。
 他人はおろか、自分の心にも素直でない天邪鬼な性格。
 それが終夜・還という人物なのだと。
「けど、イキナリ素直な俺、とか周りがビビるだろうし……気持ち悪いとか言うな、絶対」
 確実に、100%である。
「……まあ、これからは少しだけ……“少しだけ”、素直になることを心がけてやろう」
 うん、そうするか、と。
 親しい人の反応を想像してくつくつと嗤う終夜。

 そして――唐突に、そんな彼の前に一条の光が差した。
「あん? なんだ、急に光が……これゴール?」
 正真正銘、この洞窟の真のゴールである。
 辿り着くのが早すぎるきらいはあるが、ことこの男に関しては仕方がないとしかいえないだろう。
 ――敵との相性が“良すぎた”結果だ。

「ふむ……成程。脱出の条件が『自分に欠けているモノに気が付いて補完すること』だったのかね?」
 自分で決めたことを思い返し、脱出の条件などを考察し始める終夜。
 そして、その想像は、ほぼ正しいものである。
「素直になんかなれるかーって頑固にしてたら、一生出られなかったかもなぁ」
 くつくつと人の悪い笑みを浮かべる彼。
 縁起でもないことを言いながらそんなことが言えるのも、また彼らしいといえば彼らしい。
「となると、答えは元から持ってたってことか……ま、俺だからな。『己の答えは常に己の中に』ってな」
 もう目と鼻の先まできたゴールへと、彼は一歩を踏み出す。
 その口元は、その先のことを想像してか、それとも皆の反応を予測してか――とても愉しそうに嗤っていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

タマコ・ヴェストドルフ
探し物
お腹が空きました
オブリビオン(ごはん)を見付けないといけません
満ち足りたことはありません
お父様を食べた時
おいしかったことが忘れられません
お父様はわたしを愛してくれませんでした
お父様を食べた時
満たされた気持ちになりました
わたしを虐めた人達を食べた時
また満たされた気持ちになりました
でも
お腹はすぐに空いてしまいます
ごはん(愛)を食べて
わたしが大きく(自由に)なれば
お腹はいっぱいになるでしょうか
ここにはごはんがありません
ドロドロの中を探せばあるでしょうか?
外に出られれば
ごはんを見付けるのは簡単なのですが
出口を探せばいいでしょうか
早くごはんを食べないとお腹が空いてしまいます
食べ続けないといけません




 ――お腹が空きました。ごはんを見付けないといけません――。

 出口のない、延々と続く長い長い洞窟。
 その暗闇の中で、タマコ・ヴェストドルフはしきりに何かを探している。
「……お腹が空きました」
 手を止め、ぽつりと呟く声は地へ落ちる。
 そう……彼女はとても、お腹が空いていた。

 ――昔々のお話。
 タマコ・ヴェストドルフは、父親――ヴァンパイアが、娯楽のために産ませた子供だった。
 そのヴァンパイアのいう“娯楽”とは、子への虐待。
 様々な暴力に晒された幼いタマコに抗う術はなく、自分が虐げられることをただ受け入れるしかなかった。

 しかし、ある夜の帳。彼女に転機が訪れる。
 神は何を思ったか、タマコに猟兵――親へと抵抗する権利を与えてしまったのだ。
『――おなかがすきました』
 猟兵へと覚醒したダンピールの少女。
 彼女がまず最初にしたことは、自身の空腹を満たすことだった。
 食材は、自身の父親。そして、自分を虐待していた取り巻きの眷属たち。

 父親を食べた時のことをタマコは未だに忘れられないでいる。
 口に含み、引き千切り、租借した時――父親が、あまりにも美味しかったから。
 その時に感じた充足感を彼女は生涯忘れることはないだろう。
 それほどまでに甘美で、耽美で、鮮烈な記憶。
 満たされた彼女は歓喜に打ち震え――そして、愕然とした。
 満腹になった充足感は時を待たずして薄れ、すぐに空腹が押し寄せたからだ。

 その時から、彼女は常に“ごはん”を求めている。

「……外に出られれば、ごはんを見付けるのは簡単なのですが」
 首を傾げた彼女の視界には、しかし、出口は映らない。
 ごはんを探しているのだけれど。

 空腹を満たすのは簡単だ。オブリビオン(ごはん)を見付けて、喰らえばいい。
 それで彼女の腹は、一時的に満たされるだろう。
「――でも、お腹はすぐに空いてしまいます」
 満たされない腹の中。満ち足りることのない空腹。
 すぐに空腹へと逆戻りしてしまうタマコは、食べ続けなければならない。
 お腹がいっぱいになるまで、ただひたすらに、がむしゃらに。

 ――“ごはん(飯)”を。
 ――“ごはん(ヴァンパイア)”を。
 ――“ごはん(オブリビオン)”を。

「ここには、ごはんがありません」
 食したい。そう決めて周囲を見回した彼女のピンクの瞳に、小さな小さな光が差した。
 遂に見つけたのだ。自身の探し物すべきものを。

「ごはんを食べないといけませんね――」
 光へ向けて、タマコは歩き出す。
 彼女はずっと、ごはんを探している。
 自分自身を満たしてくれる――そんな“ごはん(愛)”を。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エルデラント・ズィーマ
溶けたワタシの過去、溶けたワタシの記憶、夢に見るあの人影も全て……もう二度と戻らない、もう二度と帰ってこないモノ。そう思ってはいましたがここにその残滓は残っているのでしょうか
無いだろうと分かっていてもつい探してしまいます。天も底も右も左も……ワタシ何者で、何のために戦っている?
でも最後はいつも思うのです。本当の答えはワタシの中にあるんだと。探し尽くした後に胸に手を当てます

そう、いつだって本当の『ボク』は……さぁ、進みましょう




 洞窟の暗闇の中で、一人の人影が動いている。
「……ありませんね」
 壁に反響し響くのは、エルデラント・ズィーマの声。
 彼女の橙の瞳は、しきりに何かを探していた。

 エルデラント・ズィーマは“ロストメモリーズ”という動力機関を保有する。
 いわばこれがサイボーグである彼女の核であり、心臓だ。
 この動力機関は、対象者の記憶や思い出を燃料として稼働している。
 つまり彼女は、生きれば生きるほどに記憶を無くしていく存在なのだ。

 こうしている今も、記憶は燃料として溶けていく。

 彼女の過去。
 彼女の大切な記憶。

「どこに……どこにあるのでしょうか」
 壁という壁に触れ、押して、叩く。
 金属と鉱石のぶつかる甲高い音が耳に響く。

 泥の中に手を突っ込んだ。
 ねっとりとしたそれをひたすらに掻き分ける。
 爪と指の間に泥が入り込む。
 袖部分が黒く濁る。

 壁から壁を往復し、ただ機械的にそれを繰り返す。

 ひとしきり、そんなことをして――彼女は泥の中に座り込んでしまった。
「……もう、残っていないのでしょうか……」
 燃料として溶けた、ワタシの記憶。

 ――稀に、夢を見る。
 もう誰かも分からない、人影の夢だ。
 それが誰かも、どういう関係なのかも、何一つ分からない。
 けれど――とても、優しい夢。
 見果てぬ幻像の果てに見た、儚い夢のひとつ。
 泡沫の夢物語。

 もう二度と戻らない、帰ってこないモノだ。
 ――そんなことは分かっているのです。

「…………ワタシは何者なのでしょう。ワタシは、何のために戦っているのでしょう」
 自分が誰で、何のために力を振るうのか。
 そんな記憶も彼女にはもう、残されていないのだった。

 また、彼女はその無機質な瞳で周囲を見渡した。
 ――その瞳には、微かな感情が宿っているように見える。

 泥の中から、エルデラント・ズィーマはそっと腰を上げた。
 軽くトントンと飛んで、身体についた泥を落とす。

「……ワタシは冷静ではない」
 すぅー、はぁー。
 無理矢理に深呼吸をして、彼女はまた思考に耽る。

 鏡の間、迷宮に入ったあの場でのことを思い出すのです。
 その記憶はまだ――自分の中に、ある筈。
「…………ワタシは、ワタシです」
 一言一句違わず、その時の台詞を繰り返す。
 “ワタシはワタシ”だと。
「本当の答えは、そう……ワタシの中にある。外になど、ある筈がない」
 自分の中で記憶を消費し、駆動する。
 自分の外に取り落とすことなど――あるはずがないのだった。

「いつだって本当の『ボク』は……」

 “ボク”と、そう口にした瞬間。
 終わりのない洞窟の暗闇の果てに、光の環が顔を出す。

「……さぁ、進みましょう」

 もうボクは探したりしない。
 いつだって本当の自分は、自分の中に――ワタシの中に、あるのですから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ナターシャ・フォーサイス
WIZ
私の探しもの…とは。なんなのでしょうね?
記憶は、過去の私は、とうに捨てて久しいもの。
使徒としての責を果たすうえで、時に枷となってしまいますから。

では、私の探すべきは何なのでしょう。
恐らくは、遠くに見えているあの光がそうなのでしょう。
楽園へ至るための、私が果たすべき責への道標。
あれは私に必要なものでしょう。
哀れな魂を導くためにも、救いを与えるためにも。

…天使たちとともに取り戻しましょう。
足元の泥は気にすることなどありません。彼らが連れて行ってくれますから。
あれは私にとっても大事なもの。
使徒として、人として、生けるものも哀れな魂も導くために、必ずや取り戻しましょう。




「探し物を見付けるまで出られない、ですか」
 ナターシャ・フォーサイスは洞窟の奥を見つめ、そう零す。

 出られない――その言葉は正しいのだろう。
 この洞窟で目を覚ました時から、遠く奥の突き当りに、うっすらと光の環が見えている。
 それは洞窟の出口に違いなく――しかし、歩けど歩けど、近くなる気配はないのだった。

 探し物を見付けられていないのだろうか?
 ――いえ、そんな筈はありません。

「唯一思いつくものといえば……記憶でしょうか」
 失われた過去の記憶。忘れてしまった過去の私――。
 そこまで考えて、彼女は被りを振ってそれを否定する。

 ナターシャ・フォーサイスは使徒、楽園への導き手だ。
 その責を果たすのに、過去の自分の記憶は必要か――?
「否。時に枷となるような記憶など、必要はありません」
 そう口にする彼女の心には、欠片の逡巡も、迷いもない。

 ――ならば、ナターシャの探すべきものとは?

「…………ふむ、成程」
 泥の中の歩みを止め、じっくりと周囲を見回せば、退屈な洞窟の景色が広がるのみ。
 しかし――しかし、だ。
 洞窟の奥から暗闇の中に差す、一条の光。
 それは正に、昏く暗鬱とした心に差す、楽園の光のようで――。
「――私は導かねばならない」
 楽園へと至るために、ナターシャが果たすべき責への道標。
 この洞窟はきっと、この光景でそれを示している。

「ずっと、目の前にあったのですね。私もまだまだ自覚が足りません」
 小さな探し物に目が眩み、全体を見渡すことを忘れていた自分を彼女は恥じる。
 導き手として、人々に寄り添わねばならない自分の視野が狭いことなど――あってはならないことなのだから。

「遅くはありません。悔い改め、心に刻みましょう……主はそれを赦して下さる」
 はっきりと光を見据えた彼女は、聖祓鎌(シャングリラ)で空を払う。
 その場に出来た光の裂け目から次々と天使の眷属が生み出され、彼女の法衣に纏い付く。
「……取り戻しましょう。あの光は、導き手である私にとって大事なもの――」
 哀れな魂を楽園へと導くため。
 救いようもない魂に、確かな救いを与えるために。

「――嗚呼、主よ。これが正しいのですね……なんと寛大なこと」

 天使の眷属たちと共に、彼女は光へ向けて歩み出す。それは唯、楽園へと導くために。
 導き手である自分が歩みを止めるわけには、いかないのだから――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エコリアチ・ヤエ
ずっと彷徨い続けていたように感じる。消えたと、亡くしたと思っていた。いや、見つけたくない気持ちが邪魔をし、そう強く思い込んでいたのかもしれない。
オリジナルの人格が見つかり、俺たちが必要なくなってしまったら……俺たちの存在は、人格はどうなってしまうのか。怖かった。今でも恐ろしく感じる。意味もなく歩み続けていた泥は蓄積し身動きが取れなくなっていた。
だが、改めて対峙して気がついたんだ。俺たちはオリジナルの人格が居てこそ意味がある存在だと。
俺たちだけで肉体を生かし続ける事ができても、それは死んだも同然。捜し物は初めから俺の、俺たちの中に居た。

もう、気づかないふりなどしない。オリジナルの人格がいることを




 エコリアチ・ヤエは泥の中を歩き続けていた。
 どこまで続いているのかも分らない、長く終わりのない洞窟の中。
 その暗闇をただひたすら、真っ直ぐに。
「……出口、見えねぇな」
 どのくらいの時間、歩いていたのだろう。
 ぽつりと呟いた言葉に意味は無く、現在の状況の説明でしかなくて。
 今、彼の頭の中は、まったく別のことで埋め尽くされているのだった。

 この場所に来る前、鏡の間でのことだ。
 鏡界の奥に居た、弱々しい自分。
 ”本当”の自分。
 その姿が脳裏に焼き付き、未だに頭から離れない。

 もう、どこにも居ないと思っていた。
 殺してしまってから、ずっと。消えて、亡くなったと思っていたのに。
 それは、確かに鏡界を挟んで――目の前に存在していた。

「…………」
 鏡は、自分の心の奥底を曝け出すもの。
 ならば鏡に映った自分は、確かに自分の中に在る。
 それにずっと、気付くことができなかった。
 いや、そうではなく――。
「――怖かったんだ」
 零れたエコリアチの声は、洞窟の闇よりも暗く沈む。

 オリジナルの人格から生み出された、“俺”と“我”。
 もし、そのオリジナルの人格が見つかったら……自分たちは、どうなってしまうのか? そんなことを考えていた。
 ――生み出された者にも自我はある。
 自分という存在が、消えてしまうかもしれない。それは、誰もが恐怖を感じるに十分に足る理由だろう。
 ……だから、ただ、怖かった。

 しかし、同時に彼は分かっていた。
 自分たちは“オリジナルの自分”から生み出された存在であり――それは、オリジナルあってこそのものなのだと。
 俺と我だけでも、肉体は動かせる。生活にも仕事にも支障はない。
 しかし――それは身体が動いているだけ。死んでいるも、同然ではないか。
 あの鏡の間で鏡界の奥に居た自分と対峙した時に、それは確信へと変わっていた。

「なぁ……そこに、いるのか?」
『……あぁ、居る』
 呼びかければ、自分の中から返る声。
 それは、紛れもなく自分自身の――“本当の自分”の声で。
 エコリアチは、そっと胸に手を当てる。

「……ずっと居たんだな。俺の――“俺たち”の中に」

 いつしか止まっていた彼の姿を光が照らし出す。
 ふと、顔を上げれば、洞窟の奥から光が差していた。
 ――溶かされ、消える泥。彼の歩を阻むものは、もう何一つとして存在しない。
「行くか」
 彼は明確な意思を持って、出口へ向けて一歩を踏み出した。
 この先に何が待ち受けていようとも、俺と我――そして“オリジナルの自分”がいれば、怖いものなど何もない。

「――俺はもう、目を逸らさねぇ」

 自分に正直に、真っ直ぐに声を発し歩くエコリアチを――洞窟の闇は静かに見送った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

霊ヶ峰・ソーニャ
何。ここは、何処?
進むしか、ないか。何か、足らない気がする?(ふと額あたりに手を持っていき
……髪飾り、ない、な。落とした?何処に?
(探そうとして記憶を辿り、だが思い出せず)
ないな。あれは、変えが効かない、大切な……何故?
(星型の髪飾りの経緯をたどり)
そう、か。あの日、ソーニャは……
(抗うことも叶わず、ただ何も出来ない自分。そして今は亡き家族を、友を思い出し、かつての都を破壊した存在を。失っていた、思い出すことを否定していた記憶を取り戻し)
何も、失っては、居なかった。
……これは唯一の、形見。(手の中にある星型の髪飾りを見て
敵は、思い出せない、な。
……機が来れば、思い出す、か。(師の言葉を思い出し




 洞窟の暗闇の中で、霊ヶ峰・ソーニャは目を覚ます。
「何。ここは、何処?」
 周囲を見回した彼女は至極最もな疑問を口にした。

 背後は壁、左右にも壁。足元には溜まる泥。
 視線を向けた先には、終わりの見えない洞窟が長く先まで続いている。
「進むしか、ない、か」
 とにかく今は、前に進んでみるしかない。
 しかし、歩み始めた彼女の足は、数歩を待たずして止まることになる。
「軽い……?」
 すぐに感じた違和感の正体を探るソーニャ。
 首を傾げ、頭を振り――髪へと伸ばした手が、空を切る。
「……髪飾り、ない、な」
 その場所にあるはずの髪飾りが、そこにもなかったのだ。

 いつも必ず身に着けている、星の形の髪飾り。
 あれは、ただの市販品ではない。ソーニャにとって、変えの効かない大切なもので――。
「…………?」
 そこまで考えて、彼女はまたしても首を傾げることになる。
「変えが、効か、ない……何故?」
 何気なく付けていた髪留めをどうしてか”大切だ”などと思ってしまった。
 ――それは、何故?
「…………っ」
 無表情に頭を回転させるソーニャの頬が、ぴくりと引き攣った。
 脳裏へと流れ込むように――あるはずのない記憶が蘇る。

 瞼の裏に映るのは、故郷の都が破壊されていく光景。
 ソーニャに抗う術はなく、滅びゆく様をただ見ていることしかできなかった。

 はっきりと思い出す。
 ――今は亡き、家族の顔。
 ――今は亡き、友人の、顔。

「…………」
 泥の中にぽつんと佇む彼女は、目を閉じたまま思考する。
 これは、間違いなく私の記憶。
 感情も、情景も、はっきりと目に浮かぶ。
「……憶え、てる――」
 ――何も忘れてなど、いなかったのだ。

 洞窟の奥に光の環が現れる。
 記憶は、失われていなかった。
 彼女が失ったと思っていた記憶は、確かに彼女の中に残っていて――ただ、辛く苦しい記憶を、思い出したくなかっただけなのだろう。
「…………」
 開いた掌に、失くした筈の髪飾りがある。
 ソーニャの、大切なもの。
「……これ、は、形見……」
 自分の持つ、唯一の思い出であり、形見。
 彼女はそっと、髪飾りを胸に抱きしめた。
 ――――もう二度と、無くしたりしない。
「敵は、思い、出せない、な」
 そっといつもの位置へと髪飾りを戻し、記憶の欠落を意識する。
 破壊されたことは覚えている。
 しかし、肝心の犯人が何者なのかを思い出すことはできなかった。
「……機が、来れば。思い出す、か」
 思い出し、零した言葉は、自身を拾ってくれた師の言葉。
 時が来れば必ず思い出すと、師はそう言っていた。

「――――行こう」

 いつの間にか砂と化していた泥を跳ねのけて、小さな妖精は歩き出す。
 その小さな双肩に、重い過去と、未だ失くしたままの記憶背負って。
 愚直に前へ。
 立ち止まらずに、進むのだった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

スカーレット・ブラックモア
探し物は私のイフ
年相応の、明らかに青年だと判断できる外見の私
壁と同化しそうなほど泥に塗れている

私は大切な者を守るため力を希求して自らあの可能性を潰した
子供の姿は自らに課した行き過ぎた負荷によるもの
薬による肉体改造、禁忌の会得による体内への負荷、真の姿を手にするための代償

私は、弟より背の高い姿でなかったことを悔しく思わないと言えば嘘になる
だがこの姿は名誉の傷だ、私の誇りだ
私がこの姿と天秤にかけたものは何より大切で否定することはない

手を取ると影法師は消える
さあ行くぞ、鏡の世界の主が待っている




 洞窟の暗鬱とした闇の中に立つ、一人の人影。
 年の頃は24、5程だろうか。狼のように波打った金色の髪に、赤い瞳。
 スカーレット・ブラックモアは、それを無表情に見つめている。
「……私、なんだろうな」
 よく目を凝らして見れば、人影の輪郭は、彼自身とよく似通っていた。
 すう、と細められる瞳。
 少年の見た目である自分が、一回りも二回りも大きくなれば――幾年後かにはきっと、ああなるのだろう。
 だが、自分がそうはならない――“なれない”ことを、彼は誰よりもよく判っている。

 スカーレット・ブラックモアは、ブラックモア家の家長である。
 ブラックモアとは、闇に紛れ自分たちと同じ魔に属する者を狩る一族。それが暗夜の貴族であり、彼もその例に漏れることはない。
 そして、その中でも彼は“力”を求めた。ひたすらに、貪欲に、飽くことなく。
 しかし、如何に吸血鬼といえど力に限界はあるもの。
 狩る相手は同じ魔の者達であり――自身の限界を上回る力を身に着けて初めて、真の意味で“狩る”側になることができる。
 その力を手に入れる道は、自身を全てを犠牲にするような長い長い茨の道であり――だが、彼はそれをすることを厭わなかった。

 自身に薬を投与し、身体をより強く改造した。そうして強くなった体で、禁忌とされる技を会得する。
 真の姿を手にするための代償。強く作り替えた体の限界さえも超える負荷。
 それは、スカーレットの身体の成長を少年のままに止めてしまった。
 だから彼は幼い姿のままで、ここに居る。

 彼には大切な弟――グレイがいる。
 7つも下のグレイより自分の背が低いことを「悔しくない」と言えば、それは嘘になるだろう。
 兄として、家長としての威厳も、プライドもある。
 けれど、それ以上に――弟を、守りたいと思ったのだ。
「私のこの姿は名誉の傷で……私の誇りだ」
 零れた言葉は彼の本心のままである。弟を護る為に自分を犠牲にした結果が、この少年の姿であるというのなら――それを後悔することなど、あり得ない。

 彼はそっと、目の前の影へと手を伸ばす。
「憧れないといえば、嘘にはなるがな……」
 そうして触れた瞬間、幻である影法師は、忘れ去られたように霧散した。
 消えた影の奥から、出口の光が差している。

「……行くか」

 一歩を踏み出し、進む彼の足取りに不安の色はない。
 自分の体と、大切な弟。どちらが大事かなど、考えるまでもないことなのだから。

 既に傾き切った心の天秤は、何よりも尊く大切なもので――否定する要素など、彼の中には微塵も存在しないのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

イネス・ガーランド
アドリブ歓迎

・探し物
私が探していた物……それは理由であり私という人間の根底。何故剣を握り最果ての境地へ至ろうとしていたのか。
場面はだれも居ない屋敷の中、台座には一振りの刀が置かれていた。手に取ると刀は何時も持ち歩いている仕込み刀へと変わるだろう。

そうして気づくのだ、理由なんて物は無くただ刀を振るうだけ、振るい、斬り、再度振るう。
境地を得る為に斬るのではない
全てを斬り裂いた先に境地があっただけの話だったのだ。

探していた物を理解して尚表情は変えず、しかし確かに彼女は一つの切っ掛けを見出した。
彼女にとっての剣の境地を




 泥に足を取られ、メイド服の裾を汚しながらも彼女は歩く。
 歩き難く不自然になる筈の足取りは、誰が見てもしっかりとしたもの。それは、彼女の長年の研鑽を物語っているといえるだろう。
 しかし、淀みなく進んでいた彼女はぴたりと、唐突に足を止めた。
「――私は何故、剣の境地へと至ろうとしていたのでしょう」
 鏡の間からの疑問が流れるように口から滑り出る。自分が迷っているということを彼女はしっかりと自覚していた。
 だが、自覚はあれど、答えは分からない。それが今の彼女の現状である。

 暫し考え込んだ彼女は、そっと手元の仕込み刀の柄に手を掛ける。
 そのまま、構え。手に力まないように力を籠め、一気に抜刀する。
 流れる力そのままに、刀身が暗闇を切り裂さいた。
 暗さに慣れた目には、眩しすぎるほどの光――。

 ――眩しさに瞬きをした彼女が見たものは、台座に丁寧に安置された一振りの刀だった。
 思わず癖のように周囲を見回しても、これといって何かがあるわけもない。
 人の気配はなく……広がるのは、誰も居ない屋敷の中の光景のみ。
「此処は、いったい……」
 少なくとも、彼女の今の記憶にはついぞない場所である。
 知らない場所に、たった一人――彼女はそっと、台座に置かれた刀に手を伸ばす。
 自分の身を護るためと理由をつけることはできるだろう。だが、今のこれは、半ば癖のようなものだ。
 そうして握った刀は、掌に硬く冷たい。しかし、それでいてしっくりと手の中に納まっている。それはどこか、握りなれた刀のようで――。
「……!」
 違和感を感じ、握った刀に注意深く視線を落としたイネスは見た。
 手の中で、見たことのなかった刀が、自身のよく見慣れた仕込み刀に変化する様を。
「…………理由、ですか……」
 表情は変わらず、しかし刀に視線を向けたまま、イネスはぽつりと呟いた。
 何かを掴みかけている気がする。自身の行動を遡り、記憶を手繰り寄せる。

 “私は、今、何のために刀を手に取ったのか――?”

 ――いつしか彼女は、先に居た洞窟の中に立っていた。
 引き抜かれた仕込み刀の刀身は、視界を覆った光が嘘だったかのように、微かに弧を光らせるのみ。
「…………」
 目を閉じた彼女は、仕込み刀をそっと莢へと落とし込んだ。
 金属の輝きが消えた直後、彼女の紫の髪をそっと光が照らし出す。
 ――それは、出口から差し込む光の環だ。

「……境地を得るために、刀を取ったのではありませんでしたね……」
 彼女はもう、探し物を自身の中に見つけていた。
 剣の境地へと至ろうとしている。この前提が、そもそも間違っていたのだ。
 ただ必要に駆られて刀を振るい、斬る。幾年もの間、何百回何千回何万回と繰り返し、万物と呼べるものを切り裂いたその先に――唯、境地というものがあっただけ。

「……進みましょう」

 ――イネスは、迷わない。なぜなら、自分で見つけてしまったのだ。
 イネス・ガーランド――自分自身にとっての、“剣の境地”となるものを。

大成功 🔵​🔵​🔵​

モース・レフレクソン
?『いいかモース…人々がいるのはこの村だけでは無い。村の外にも…多くの種族が生きている。』

モース『ふーん…』

?『そしてな…それらも皆我々の兄弟なのだ。血の繋がりは関係無い…皆酒を交わす…兄弟なのだ。』

モース『…でも、奪ってくる奴もいるんだろ?俺は…怖いよ…』

?『その通りだ…もちろん分かり合えず、戦わなくてはならない相手もいるのも事実だ。だからな…お前はせめて、酒を交わせる兄弟達を助けることが出来る子になりなさい…』

モース『………うん』



村が燃えている記憶が__

?『モース………兄弟達を………頼む』


父さん!!!

…はぁ…はぁ…夢か…
俺は…そうだ…


俺は村を燃やした奴らを…この世の兄弟を襲う奴らを…




『モース……モース……』
「……誰だ?」
 洞窟の中へと唐突に響く声。自分のものではないそれに、彼は素早く身構える。
 目覚めた時、周囲は確認した。自分以外には誰もいなかったはずだ。
『モース……』
「誰……いや、待て……」
 声の聴こえる洞窟の奥へと、彼はそっと歩を進める。その声が、聞いたことのある声だった気がして。
 いや、むしろこれは、俺の――。
「――父さん?」

『――いいか、モース』
 それは、過ぎてしまった思い出よりも懐かしい。いつまでも耳に残る、父親の声だった。
「何だよ、父さん」
『いいかモース……人々がいるのは、この村だけではない。村の外にも、多くの種族が生きている』
「ふーん……」
『そしてな。それらも皆、我々の兄弟なのだ』
 関係ない者たちを突如として“兄弟なんだ”とか言い出す父親に、幼いモースは懐疑的な視線を遠慮なく向けていた。
「兄弟なのか?」
『あぁ、血の繋がりは関係ない』
 はっきりと頷くモースの父。
「……でも、奪ってくる奴もいるんだろ?」
『……怖い気持ちはよく分かる。無論、分かり合えずに拳を交えなければならない相手がいることも、また事実』
「…………」
『だからな。お前は……お前はせめて、酒を交わせる兄弟たちを助けることが出来る子になりなさい』
「……うん」

「父さん――」
 モース・レフレクソンは泡沫の記憶へと身を任せ、父の声を聴いていた。
 確かに、父と話し、約束したのだ。
 友人を、家族を。
 “兄弟”を護れる男になると――。

 ――村が、燃えていた。
 ぱちぱちと爆ぜる乾いた木。炎へと沈んでいく村の家々に、煙に巻かれて倒れる“兄弟”たち。
 人為的に放たれた炎は、どんな兵器よりも効率よく村全体を滅ぼしていく。
「父さん!」
『モース』
 父へと伸ばした手は、父自身が払いのけた。
 ――今でも覚えている。広がる炎の産みと、燃え落ち崩れる家で聞いた声を。
 はっきりと、覚えている。
『モース……』
「父さんっ!」
『モース。兄弟達を……頼む……』
「父さん!? 父さん――!!!!」

「――――――ッ!」
 ガツンと頭を殴られたかのような衝撃を受けて、モースは洞窟の壁に背をつけた。
 自身の記憶の中に残されていた、あの日の思い出。
 ――もう、忘れたと思っていたのに。

「はぁ……はぁ…っ……、夢、か……」
 荒い呼吸を繰り返し、彼はその場に座り込む。
 故郷を襲った山賊たちの引き起こした所業が、夢の終わった今も瞼の裏に焼き付いている。
「俺は……」
 彼は項垂れ、ふと顔をあげた。足元の既に乾いた泥へと、出口の光が差し込み照らす。
 彼等へと復讐心など、記憶の中で燃え盛る、あの日の炎の中に置いてきたと思っていた。
 しかし、今のモースの瞳の奥には、確かな感情の昂ぶりが見て取れる。

「俺は、村を燃やした奴らを……この世の“兄弟”を襲う奴らを……」

 ――絶対に、許さない――

 青白く光る左眼は、洞窟の出口を睨めつけるように見つめていた――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シュガー・ラビット
探し物
「自分を否定していた、という自覚と再認識」

行動

私は目を閉じ、耳を塞いで 塞ぎ込む
鏡の中の私の言葉が頭の中で何度も何度も木霊するんだ

“私って何?”

私はシュガーラビット。
お茶目で明るくて側にいるだけで誰かを癒せる天使のような可愛い可愛い女の子。

“…本当に?”

違う、私は、私は……。

私はシュガーラビット。
パトロンの為だけに造られた商品。
主人を満足させる為だけの造形、特徴、能力。
それら全てを兼ね備えて生まれてきた。
決して人扱いされる存在ではなく“所有物”として消費される存在。

……猟兵になれば自由が手に入ると本気で思ってたんだ
おねがい、もうこれ以上 過去のことを思い出させないで。




 暗く先の見えない洞窟の中をシュガー・ラビットは走っていた。
 泥に足を取られ、何度も何度も転びそうになりながら。必死に、懸命に。
 まるで、見えない何かから逃げ惑うように。
「違う、違うの……っ!」
 私は“違う”と、そう泣き喚きながら――。

 シュガーの思考は、鏡の間で突き付けられたもので埋め尽くされていた。
 聞こえてくるのは、あの部屋で聞いた声。心の中の自身の虚像が自分自身に問いかける。
『“私って、何?”』
 ただ、それだけ。たったの一言でしかない、完結で簡易的な問い。
 しかし、それが今、彼女の心を苦しめている。
「私は、シュガーラビット。お茶目で底抜けに明るくて、傍にいるだけで誰かの癒しになれる。天使のような、とっても可愛い女の子」
『“――それは、本当?”』
「……っ」
 本当よ、と言いたかった。私は皆から好かれるとっても可愛い女の子なんだと。
 ――だが、シュガーは自分がそうではないと知っている。否、知ってしまっている。

『私はパトロンの為に造り出された商品、シュガーラビット』
 ――違う。

『主人を満足させる為だけの存在』
 ――違う。

『この見た目も、能力も。全て造られたもの。誰かの所有物となるために、人ではなく物として――』
「――違うからっ!!!」

 ――視線を感じる。わたしを見つめる、たくさんの視線。
「みんな……!」
 それはみんな、お友達のもの。わたしを好いてくれている、とっても仲のいい、優しい優しい友人たち。
 しかし、間を持たずして、シュガーを見つめていた視線からだんだんと友好的な色が抜け落ちていく。
「み、みんな……?」
 先程とは、打って変わった冷たい目。それは決して、優しく友人を見守るものではない。
 突き刺さる視線には、はっきりと嘲りの色が浮かんでいる。

 あの日好きだと言ってくれた言葉が、心情操作によって作られた儚い嘘だったように。
 人の心は、いとも容易く覆る――。
「いやぁっ――!」
 シュガーは造られた自分が嫌いだ。
 そんなものは私ではないと、はっきりと否定したかった。本当の私は別にあるのだと。
 そう在りたいと強く、強く願っていて――猟兵になってやっと、そうなれると思っていたのに。

 耳を塞ぎ進む彼女の前に、そっと出口の光が差した。
「……!」
 足をもつれさせ、それでも光へとひた走る。
 一秒でも早く、この場所から逃げたくて。
 一瞬でも早く、現実から目を逸らしたくて。

 ――猟兵になれば自由が手に入ると、本気でそう思っていた。
(「だから、おねがい。もうこれ以上、過去のことを思い出させないで――!」)

 自身の否定したい過去。その全てから目を背け、逃げるように。
 シュガーは、出口の光へと身を投げるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リリィ・アークレイズ
……そりゃあこの身体全部を信じ切ってるわけじゃねェよ
死にそうだったオレにコレくっつけてくれたのはありがてェ
誰がつけたかは知らねーけど

――あ?(足下の泥が生身の左足を掴む)

(流石に生身の身体でも抵抗には限界がある
機械の右脚で跳ぼうとするも先程の言葉がチラつく
この行動で壊れないか、行動不能に陥らないか――)

…あぁ、面倒くせェ。ブッ壊れたらそン時はそン時だ!
オレの邪魔したからにはブッ飛ばされる覚悟もあンだろうな!?

――信じてやるよ、オレとここまで来たんだからな
使えなくなったら無理心中ぐらいの覚悟で使ってやるよ
(自棄で軍に志願したってのに…な)

(右拳で足下の泥を吹き飛ばします
 アドリブ大歓迎です)




 リリィ・アークレイズは、黙々と泥の中を進んでいる。
「…………」
 珍しく口を噤んでいるリリィ。
 しかし、これにはきちんとした理由がある。
「……あぁぁ、面倒くせェ!!」
 ――イライラを募らせている、という理由が。
 一歩、歩く度に足を絡め取る泥。大変歩き難いことこの上ない。
 汚れるのは、構わないのだ。戦場に出て血塗れになることを考えれば、泥など洗いたてのタオルのように綺麗なもの。
 しかし、満足に足を動かせない状態が続くというのは、さっさとこの場所から出たいと思うに十分に足るものだった。
 一向に見えてこない洞窟の終わりも、ある程度関係していたりもする。

「……あ?」
 もう、どれほど歩いただろうか。
 泥から引き抜こうとした足が引っ掛かり、前のめりにつんのめる。
「……はぁ~…‥」
 一度そのまま立ち止まり、リリィは髪を掻き上げ大きな溜め息を吐き出した。
 こうして泥に足が嵌るのは既に4度目だ。両手で掻き分けて引き抜くのも、そろそろ面倒になってきている。
 そして未だ、長い長い洞窟は出口などないとばかりに、奥の奥まで続いているのだ。

 ――面倒だから、このまま右足で飛んで引き抜いてやろうか。そう考えなくもない。
 だが彼女がそれをしないのは、鏡の間での虚像の言葉が頭から離れないからだ。
 機械の脚が壊れれば、今よりも更に面倒なことになる。
 強引に引き抜いて壊れないか、どこか故障して挙動が悪くならないか――不安と不信感は少女の中で燻り、思い切った行動を押し留める。
「…………」
 元から信じ切っていたわけではないのだ。
 死にかけていた自分に機械の手足をつけ、生き永らえさせた誰かに感謝はする。
 だが、その手足が信じられるかどうかは、また別の話だ。
「……手、か」
 機械の右腕を目の前に掲げ、開いて閉じる。鏡の間でもこうしたのだったか。
 その手は、今はまだ自分の意思通りに動いてくれている。
 共に幾度となく戦いを乗り越えた――機械の手。
 リリィは、胡散臭そうな視線でその手をじっと見つめ――。
「……あぁ、ったく。悩むのは趣味じゃねぇンだ!」
 だぁぁぁっと、今までの暗鬱とした鬱憤を晴らすように、カシカシと白の髪を掻く。

 暫くの間そうしていた彼女は、しかし――ニヤリと口の端を釣り上げた。
「いいぜ、信じてやるよ」
 右脚に、右腕にと視線を走らせ、愉し気にそう口にする。
 一気に明るくなったテンションそのまま、右拳をぐっと握り締めた。
「オレとここまで来たんだ。使えなくなったら、そン時は――一緒に死ぬくらいの覚悟で使ってやる」
 足元の泥へと向けて、彼女は拳を引き絞る。
 それは得意技の一つ。機械の右腕から放たれる、大きな威力を持った拳の一撃――。

「今日からオマエは――――オレの身体だ!」

 ――SCARLET STRIKE。
 不利抜かれた拳は、いとも容易く周囲の泥を跳ね飛ばし、洞窟の床を陥没させる。

 その跳ね飛ばした泥の奥に見えた出口の光に――リリィはもう一度ニヤリと、嗤うのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

村井・樹
『不良』と共に探索をしますが……相変わらず、鬱屈とした洞窟と同じく、空気は良好とは言えず
「でも、喧嘩はだめだよ」

洞窟を歩く中ふと聞こえた今の声は……まさか。

『少年』の頃の、『僕』の声?
そうだ、私達が、探し求めているのは

他でもない、『かわいい僕』が、私達にかけてくれる優しい声

でも、声はすれども姿は見えない
ああ、でも、その声が、本当の『村井樹』が、私達にそうして話しかけてくれるならば
私達に、そうあってくれと望むなら
僕が、私と俺を想ってくれるのなら

これからも幾らでも、手を取り合いましょう
『僕』と『俺』と『私』が、顔を合わせて語らう日が来る事

それが、私達の何よりの望みで、共に戦う理由なのですから






 長く、終わりの見えない洞窟の中。
 静寂と闇に包まれたその場所で、二人は歩いていた。
「……どこまで続いているのでしょう?」
 紳士は唐突に足を止めると、片眼鏡の奥の目で洞窟の奥を見やる。
 零れた声は、洞窟の澱んだ空気を耳が痛くなるほどに震わせた。
 長い時間をかけて泥の中を歩き続けているが、出口は一向にその姿を現わそうとしない。
「知らねぇよ。あぁ、鬱陶しいなこの泥は……もういっそのこと、壁でもブチ破るか」
 変わらない風景と足を取る泥に、横を歩く不良の鬱憤は溜まるばかり。
 壁をコンコンと指で小突き、乱暴な方法さえ提示する。
「それは、あまり得策とは思えませんね……恐らくこの洞窟は心象風景に近い場所。不良のような方法では、出られないはずです」
「やってみなきゃ分からねぇだろ」
「乱暴な手法で解決するべきではないかと」
「あ?」
「…………」
 二人の視線はぶつかり合い、静かに見えない火花を散らす。
 往々にして意見の食い違う人格ではあるが、ここまで剣呑な雰囲気になったのはいつ以来だろう。
「俺はやるぞ」
「……どうしても、ですか?」
「止めるか?」
「止めます。危険ですから」
 暗鬱とした洞窟の空気にピリリとした緊張感が混じる。
 紳士は目を細め、不良は負けじと見返した。
 二人は睨み合い、緊張の糸が張りつめる。冷たい刃のような冷えた雰囲気。
 数瞬も待たぬ間に空気が爆ぜる――そんな時だった。

『喧嘩はだめだよ』

 声が聞こえたのだ。誰も居ないはずの洞窟のどこかから、はっきりとした声が。
「誰だ?」
「私たち以外には、誰も……」
『争うのは、止めて』
「いえ、これは……まさか」
 ――『僕』の声?

 不良と紳士は、ほぼ同時にはっと目を見開いた。
 聴こえてきた声が紛れもなく、何よりも大切な人――『僕』の声だったから。
「……そこに居るのですか?」
 自然と喉の奥から漏れたのは、微かに震えた声。
 洞窟に差し込んだ光へと、紳士は歩み寄る。
 それは、温かい光――『僕』だ。
 忘れるはずもない。不良と紳士は“僕”を守るために存在しているのだから。

「嗚呼、そうですね。そうでした……」
 二人は唐突に、示し合わせたように緊張感を霧散させる。
 まるで争っていたという事実が元から無かったかのように。
 かわいい僕――本当の“村井樹”が、喧嘩しないでと言っているのだ。
 矛を収める理由など、二人にとってはそれで十分。

 ――いつしか二人は一人に。そして出口の光へと向けて一歩を踏み出した。

 『僕』がそう望むなら。“そう在れ”と私達に望むなら、出来うる限りの力を持ってそう在ろう。
 そのためなら、意見の食い違いなど些細な問題にもならない。道端の石ころよりも価値のないものだ。

 嗚呼、かわいい僕。
 『僕』に『私』に『俺』――私達で語らえる時が、いつか来るのでしょうか?
 そのためなら、これから幾らでも手を取り合いましょう。努力をしましょう。
 何も、惜しむものなどない。

 だって『僕』が私たちにかけてくれる声は。
 こんなにも尊く、優しいのだから――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルード・シリウス
怨嗟の声を上げる様に絡みついてくる泥に一茶目もくれず、まるで食い千切る様に黙々と歩いていく。延々と続く洞窟、その果てにそれはあった。
一つの墓標、そこに供えられた一つの首飾り

「…まさか、こんな所でコイツを見つけるとはな」
思わず乾いた笑みを浮かべる。嘗て、まだ幸せだった頃の記憶を思い出す様に…

「こんな姿を見て怒るか?それとも憐れむか?いや、どちらでもないな…」
思い浮かべるは傍にいてくれた女性と少女の姿。今は亡き…

「本当に…お人好し過ぎるぜ。まったく…」
きっとこう言いたいのだろう。貴方は独りじゃないのだと…。そして、心配だから一緒に付いていくと

「だが、これは俺が決めた道だ。止めてくれるなよ?」




 ルード・シリウスは、闇の中を進んでいた。
 長い長い洞窟を奥へ、奥へ。立ち止まることなく、ただ真っ直ぐに。
 堆積した泥が、彼の足へと絡みつく。
 しかし、そんなものは存在しないとばかりにルードは泥を跳ね除け、前へと進む。

 彼の歩んだ後にあった泥が、彼を追いかけて動き出した。
 背に縋るように、引き留めようとするように。
「邪魔だ」
 だが、彼の歩みは止まらない。
 逃がさないと怨嗟の声さえあげて足へと迫りくる泥を、強引に引き千切る。
 この泥も、自分の感情だ。
 だから邪魔をするな、道を開けろと。全てを置き去りにして、彼は前へと進み続けた。

 自身の目的を果たすために。何も顧みず。

「……あ?」
 彼が声を上げたのは、暫く経ってからのことだった。
 今まで彼を追い続けてきた泥が、不自然に背後へと流れ、離れていく。

 床一面に広がる泥の中で、唯一その泥が捌けている箇所があったのだ。
 同じような光景が延々と続くこの洞窟の中で、そこはまるで別の世界のようで。
 ルードはそっと、その場所へと歩を進める。
「…………」
 そこにあったのは、一つの墓標であった。それを避けるように、泥は円状に離れて近づこうとはしない。
 前髪の奥の赤の瞳は、暫くの間、その墓標を食い入るように見つめていた。
 ――こんな所で、コイツを見つけるとはな――。
「ハハ……あったな、そういえば……幸せだった頃も」
 水分が総て抜けたような乾き切った笑みを浮かべ、彼は独り言ちる。

 ルード・シリウスには、唯一“幸せ”と呼べる時間があった。
 ある女性と少女と過ごした時間が、それに該当する。
 ――覚えている。嘗て、幸せだったことを。幸福であったことを。
 しかし、その全てはもう、この世には亡い。

「……怒るか?」
 墓標を前に、彼はぽつりと声を零す。
 復讐と憎悪に塗れた、今の自身の姿。
 こんな姿を見て、彼女たちは怒るだろうか。それとも、憐れむだろうか。
「――いや、違うな」
 彼の予想は、彼の心の中の彼女たちに見事に裏切られる。
 怒りも、憐れみもしないだろうというのが、彼の答えだった。
 いや、むしろ――。

「……馬鹿だな、本当に」

 彼女たちはきっと、自分がどうなろうと寄り添おうとするだろう。
 あの時もそうであったように、今のこんな自分であろうとも、きっと――心配して、付いて来るに違いない。
 貴方を独りにはしない、貴方は独りじゃないんだと。そう口にして。
 自分たちのことは何一つ顧みず。
 ――お人好しすぎるぜ。まったく……本当に。

 俺は、本当に幸せ“だった”。

「……だが、これは俺が決めた道だ。だから――止めてくれるなよ」

 きっとこれで、伝わっただろう――。彼の前へと、出口の光が顔を出す。
 最後の墓標を一瞥すると、彼は未練なくそれに背を向けた。

 今も、昔も――本来の彼は、何一つ変わってはいないのだ。
 光へと進む彼の、来る時よりも確かな足取りが、それを何よりも物語っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

上城・クロウ
【SPD】
アドリブ歓迎
・探し物:命題
・何処にあったのか:自身の影の中
・見つけた時の反応:「見つからないまま」既に取得している

どこまでも機械的に。彼はその様に作られたのだから。

現在地の特定困難、限定された進行可能方向へ進みます。
...足場が不安定ですね。適度にワイヤーを前方へ飛ばしつつ壁を叩く反響音で出口の索敵をしつつ進みましょう。

気が付いているのだろうか?

敵襲の可能性も考慮し武装は展開状態で。
可能な限り有利な地形利用を行いたいところですが。

恐らく気が付いていない。

不可解な現状ですがやることは変わりありません。
"観察・解析・検証"

我無き我では、人足りえぬのだと
命題にたどり着くことは無いのだと




「……現在地の特定は困難ですね」
 白髪の青年――上城・クロウは、機械的な口調でそう呟いた。
 周囲は暗闇、洞窟の中。足元には泥。
 どんな時でも冷静に状況を分析し、解析し、判断する。それが彼だ。
「背後は壁、左右も同じく……壁に不審な点はありません。前に進むしかないでしょう」
 壁の向こうに空洞があるなどの反応もなく、純粋な一本道。
 前進しかできることはない。そう結論付ける。

 ワイヤーを前方へと伸ばし、障害物や罠などがないか探索する。
 問題が無いと分かれば、次は壁をコンコンと叩く。
「……敵影はなし」
 何をしているのかといえば、索敵である。
 彼に取り付けられた聴覚拡張デバイスは、壁を叩いた時に出る音の反響を把握し、音響ソナーの役割を果たすのだ。

 暗闇の中を、迷わずに進む。足に絡む泥から足を引き抜く作業も、ミレナリィドールである彼からすれば苦ではない。

「ふむ、それにしても……何もない場所ですね」
 ぽつりと独り言ちた彼の声は、静かな暗闇の中に、無限に奥まで響き渡る。

 ――上城・クロウは、人の手によって造り出された人形である。
 誰もしらない、とある辺境の地。その場所を根城として生活と研究をしている“賢者”が、彼の主だ。
 賢者が造り出したのは、知性ある人形――分類上はミレナリィドールと呼ばれるもの。

 なぜ彼を創造したのか、理由は定かではない。
 賢者は、古今東西のありとあらゆる様々な知識を彼の頭へと記録した。
 だから、彼はほとんどの事象を知っている。しかし、知っているだけと実際に経験したものとでは、雲泥の差があるのもまた事実。
 彼の主は、こう言って彼を外の世界へ送り出した。『世界を、人を、見て、知りなさい』と。

 だから彼は、それを行う。あらゆる人を見て、あらゆることを知る為に。今日も世界を渡り歩く。

「不可解な現状ですが、私がすることに変わりはありません……この洞窟も、私は知らねばならない」
 ――観察し、解析し、検証する。
 それの至上命令こそが彼の全てであり、彼の命題なのだ。

「おや……」
 そうして彼は、洞窟で何も見つけないままに出口の光を見た。
 歩けば、壁に映った影が沿って動き、人形の輪郭を浮き彫りにする。

 ――彼の命題は、主からの至上の命令。しかし主がなぜその命令を口にしたのかは、彼はまだ分からないのだった。
 我の無い我で、果たして人を知ることができるのか。
 命題――「知ること」が、どういう意味なのか。

 出口の光へと歩く彼は、その真の意味を――まだ、知らないのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『ユァミー』

POW   :    かつてわたしだったひとたち
【自分が成り代わって消滅させた人達】の霊を召喚する。これは【忘れ去られてしまった嘆きの声】や【忘れ去られてしまった嘆きの声】で攻撃する能力を持つ。
SPD   :    あなたたちにはもうあきちゃった
戦闘力のない【自分が成り代わって消滅させた人達の霊】を召喚する。自身が活躍や苦戦をする度、【鏡を通じて邪神に喰わせる事】によって武器や防具がパワーアップする。
WIZ   :    つぎはあなたになりたいな
対象の攻撃を軽減する【鏡に映した相手の姿】に変身しつつ、【相手の存在を邪神に喰わせ抹消する事】で攻撃する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
👑11
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(※断章は本日夜に更新致します※)
(※リプレイ執筆期間の都合で、断章更新を明日へと遅らせ、同時にプレイング受付開始期間も1日遅らせてずらすことに致しました。明日の夜までには断章の描写、プレイングの導線、プレイング受付期間を含めて公開させていただきますので、今暫くのんびりとお待ちください)
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 ――つまらないわ、と。
 心の鬱屈とした暗闇を抜けた先で、声は謳う。

 貴方は屈しなかったのね。
 貴女はただ背を向けるのね。
 嗚呼、まだ誰も贄には相応しくない。
 ――それは、とてもつまらないわ。

「だから、つぎはあなたになってあげる」

 “あなた”になると。鏡の奥で少女はわらう。
 ――否。その少女の姿さえも、かつて鏡に映し邪神が喰らった仮の姿かもしれないのだ。

 視界を覆う、眩い光。
 迷宮の出口、その光の環を踏み越えた先に待っていたのは、

 ――あなたのよく知る“顔”だった。

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 ※プレイング受付開始は【6月25日(火)8:30~】となります※

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●MSより(※第3章からの参加も大歓迎です!※)
 断章更新、お待たせいたしました! 遂にボス戦となります。

 第3章は“あなた自身の姿をした敵”もしくは“依頼に参加する他の誰かの姿をした敵”との戦いです(後者の場合、敵となる相手に了承を得て下さいね)。

・概要
 今回のボス『ユァミー』は、鏡に映した相手の存在を乗っ取り、その相手に成り代わったり邪神に喰わせる能力を保持しています。
 ですので、敵として出てくるのは「第1章の時点で鏡に映ったあなた」です。あなたなりに「自分を倒す方法」を模索してみてください。
 第2章を経て何かを掴んだあなたなら、その部分の差で乗り越えることができるでしょう。

・第3章から参加を希望されるお客様へ
 第2章にお知り合いの方がいる場合は、合わせプレとして共闘なんかも可能です。
 お前には仲間がいるだろ! なんて助っ人したりする。イイ展開ですよね。
 合わせプレの場合は、お互いのプレイング内に名前を明記して下さるよう、お願いします。

・導線
 プレイングのオススメは“心情寄り”です。
 ・敵(昔の自分)には無くて今の自分に在るもの
 ・戦闘中に何か(自分の弱点や欠けている部分)に気づいて成長する
 ・敵となる相手への心持ちの変化

 一例に過ぎませんが、このような感じで、詳しい戦闘プレよりも心情を書き連ねていただいた方がオイシイ展開になるかと思います。
 ちなみに“ご都合主義”でも一向に構いません。「このプレイングじゃ相手もこうするからダメだよなー、オイシイ展開なのになー」なんていう場合は、そのままプレイングを叩きつけて下さい。マスタリングの上、頑張ってそれっぽく仕上げます。
 大切なのはあなたの活躍です! それをお忘れなきよう。

 質問等ございましたら、お手紙やTwitterにて気軽にお知らせ下さい。
 それでは、皆さまのプレイングを心よりお待ちしております。
●追記
 第1章、第2章に参加されていないお客様。
 上記「第3章から参加を希望されるお客様へ」に加え、第1章と第2章に“参加していたテイ”での描写も可能です!
 なのでお気軽にお送りいただければと思います。

 よろしくお願いします。
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 ※プレイング締め切りは【6/28(金) ~24:00】となります※

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茜・皐月
手を取り合って飛び込んだ光の先で、自分の顔を見た。
昨日までの自分達。
別人格のことと割り切って、過去のことも切り捨てて、無邪気に無意味に生きてきた"ボク"
記憶を隠し持ち、ただ一方的に人間への憎悪を抱き、目的から目をそらして拒絶に生きてきた"私"

でも互いに燻ってた闇の一部を垣間見て、教えてもらったから。気付いたから。

「ボクは、今までのボクも、"私"や"わたし"のことも、受け入れて前を向くの」
『私は、ただ拒絶するのではなく、"わたし"の罪を背負っていきますわ』

二人で"わたし"の罪を償うために。罪の原因を 討つために。ここで止まるわけには行かないから。

「『負けるわけにはいかない』」

二人で、奴を倒そう。




 飛び込んだ眩い光の先。
 そこで茜・皐月が見たものは、杖を構えた緑の髪に赤い瞳の少女――帽子の下から鋭く自身を見つめる、自分の姿だった。
「――ッ!」
 杖の先に灯った朱色の揺らめきを視認した刹那、彼女は全力で真横へと身を投げる。
 足の指の数センチ先を炎の矢が駆け抜け、チリチリと空気を焦がした。
「避けられたのね」
「……あなた」
 伏した床から顔を上げ、皐月は唖然とした表情で敵を見る。
 そこにいたのは、紛れもなく自分自身――何も知らない“ボク”だ。
「問答無用、なの」
 彼女が口を開く間もなく、また杖の先に炎が灯る。
 慌てて起き上がろうとするも、その動きは遅きに失していた。
(「避け――間に合わない!」)
 炎で生成された矢が空を切り飛来する。
 貫かれる痛みと熱さ、避けようのない未来を想像し、身を硬くする皐月。
 彼女はぎゅっと目を瞑って――
「――――え?」
『……情けない私ですわ』
「……!」
 ――想像した痛みは、いつまでも訪れなかった。

 目を開ければ、自分の前に立ち塞がり、その身で矢を受ける“私”の姿がそこにある。

「なにをして……!」
『ねえ、見えますの?』
 身を挺して庇ってくれた“私”は、しかし痛がる素振りもなく、敵――自身の姿を指し示す。
 杖を構え、また攻撃態勢に入ろうとしている少女。その瞳に邪の色は欠片もなく――どれだけ奥底を見つめても、黒い色の断片さえ存在しない。
 唯々、純粋な瞳。何も知らない“ボク”の瞳だ。
「あれは……」
『何も知らないあなた』
「…………」
 ――綺麗な目だ、と。そう思う。
 何も知らずに生きてきて、自分の暗い過去なんて全部忘れて。

 それはとても豊かな生だった。
 それはとても、楽な生だった。
 でも――。

「……ボクは、決めたの」
 自然と零れた言葉は、ありのままの彼女の想いを空気へと紡ぎ出す。
「今までのボクも、ボクじゃないボクのことも……“私”のことも“わたし”のことも受け入れて、前を向くって」
『私もですわ』
 痛みを感じてはいるのだろう。額に脂汗を滲ませながら、もう一人の皐月はいう。
『私は……ただ拒絶することはしない。“自分(私)”の罪も、“自分(わたし)”の罪も――背負って、生きていきますわ』
「なんのことなの?」
「…………」
『…………』
 首を傾げる自分――前の自分自身の姿を、“ボク”と“私”は温かい目で見つめていた。
 あれは、昔の自分だ。罪を隠して生きてきた、“卒業すべき自分”だ。

 敵が再度、杖を上げるのに合わせ、同じように杖を出し身構える2人。
 それは、ボクと私で“わたし”の罪を償うために――罪の原因となった仇を討つために。こんなところで立ち止まってる暇などない。
 だから――。

 襲い掛かる炎の矢に、同じ炎の矢がぶつかり合う。
 昔の自分への未練を洗って消し去る“さま”そのままに。衝突した炎の矢は、空中で儚く散っていく。
 残ったのは、2人の放った炎の矢のみ。それは一斉に、敵である己へと殺到した。

 悔恨を乗せて、これからへの希望を乗せて。
 自覚した使命への覚悟さえも、燃え上る炎に込めて――

「『――負けるわけには、いかない!』」
「――!?」

 パリン――と、鏡が割れるような音がした。
 敵の姿にヒビが入り、バラバラに、粒子と化して空気に溶け消えていく――。



 “茜・皐月”は何も知らない自分に別れを告げた。
 迷宮の外の光の強さに、思わず手で影を作る。

「……わぁ!」

 見上げた彼女の瞳は――まるで雲一つない青空のように、澄み渡っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルード・シリウス
お前、憎悪(オレ)に触れたんだろ?
狂気(オレ)を見たんだろ?
渇望(オレ)を知ったんだろ?

◆行動
鮮血暴君の魔剣を発動し、切っ先を向けながら告げる
「お前は触れるべきじゃなかったんだ。見るべきじゃなかったんだ。知るべきじゃなかったんだ…」

思わず乾いた笑いが込み上げる
「放っておけば、喰らい続けるだけの“獣”に成り果てる。その時を狙って“俺”へと成り替わればよかったのによ…」

嗚呼、こんなにも滑稽だから…教えてやろう
「だからお前を喰らう。一つ余さず全てだ…」

獲物を狙う肉食獣の如き狂笑を浮かべ、一撃を以て血肉…魂に至るまで一つ余さず捕食する。嘗て“喰われた”者達の怨嗟も嘆きも総て…
「まぁ…味は悪くねぇな」




 ルード・シリウスは、前髪の奥の瞳をすうっと細めてソレを見た。
 武器を携え、身構える敵――昏いものに塗れた“自分”の姿を。
「……俺か」
 しかし、鋭い視線とは裏腹に、発した言葉は素っ気ないものだった。
 なんだ、と。なんでもないとでも言いたげな、抑揚のない声音。

 彼はそっと、黒に塗られた大剣を手に収める。
 対峙する、狂気に囚われた自分自身――ルード・シリウスの姿に視線を向けて。
 軽く前髪を払い、口を開いた。
「俺……いや、お前は、触れるべきじゃなかったんだ」
 零れたそれは否定の言葉。

 ザシュ――と、肉を断つ音がした。
 2人の姿はその場から一歩も動いていない。
 だから、これは彼が、自分自身を切り裂いた音。

 蛇口を捻ったように流れ出た自身の血に、漆黒の剣を浸す。
 血を吸った刀身は紅く血色に変色し――彼は、それを前に立つ敵へと向けた。
 痛がる素振りは微塵もない。ただ作業的に、成すべきことを成したのみ。
「触れるべきじゃなかった、見るべきじゃなかった……知るべきじゃ、なかったんだ」
『……何の事だ』
「答える義理はない」
 今もぽたぽたと血の滴る大剣の切っ先を向けたまま、彼は自分自身を見つめる。
 それは、さっき見た自分だ。あの鏡の間と、洞窟の中で――既に見た自分だ。
「くっ、はは……はははは…‥」
『何が可笑しい』
 だから――彼は、乾いた笑い声を響かせる。
 目の前の自分を。自分自身の虚像を作り出している敵を、笑わずにはいられなかったから。
「タイミングを間違えたな」
『…………』
「あのまま放っておけば、ただ喰らい続けるだけの“獣”に成り果てていた。その時を狙って“俺”に成り代わればよかったのによ……」
 ――呵々、と。彼はまた嘲笑う。

 鏡の間で憎悪に塗れた自分を見ても、彼の心は1ミリも動なかった。
 そのまま放っておけば、ただ全てを喰らうだけの“獣”へと成り果てていただろう。

 しかし――あの洞窟の中で、彼は見てしまった。否、見せられてしまった。
 自身の幸せだった記憶と、その墓標を。
 唯一変わることのない、自分自身の“核”となるものを。

 嗚呼、お前が“あんなものを見せなければ”――楽に俺と成り代われただろうに。
 嗤いたくもなる。滑稽だ。とても、滑稽だ。
「傑作だな……だから、お前に教えてやろう」
『何だ』
「お前は“遅すぎた”――その血肉の一片まで、余さず全て喰らってやる」
 ドクン――と、第二の心臓が脈を打つ。
 止まぬ飢えと渇きを、彼にこれでもかと訴える。

 喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ――――腹が、減ったな。

「――!」
『――!』

 刹那、2人のルード・シリウスから溢れ出た黒い影が、2人の間で衝突する。
 肉食獣の如く鋭い牙の並んだ大きな顎を広げ、互いの存在を喰わんと2度、3度と食らいつき、せめぎ合う。
 その力は、拮抗しているようにも思えた。
 ――片方の影に、紅の『目』が現れるまでは。
『……何だ!?』
「その姿の俺には……お前には分からない、喰らう力の差だ」
 大きさを増したオリジナルの彼から滲み出る影は、更に巨大な顎を開けて敵の影を喰い荒らす。
 それは、内包する“喰らう力”の差――。

 あの墓標が、俺に思い出させてくれたのだ。
 嘗て確かに存在した時間があったことを。心を赦した存在がいたことを。
 それに救われた自分がいたことを。
 そして、喰われた者の嘆きの感情と怨嗟の声――その総てを、自身の力に変えて。

「――お前に俺は“喰えないぞ”」
『――――ッ!!』

 それは、一瞬の出来事だった。声にならない悲鳴だけが、後を引くように遠くで聞こえた気がした。
 風を裂き、振り抜いた大剣の後ろには――元から何もなかったかのように、ぽっかりと開いた空間が広がっている。
「まぁ……味は悪くねぇな」
 全てを“喰らい尽くした”彼は、ただ独り言ちる。



 迷宮の外、出口にある日陰でルード・シリウスはそっと空へと視線を向けた。
 青空は変わりなくそこに在る。それは、自分の心の内の想いも同じ。

 ――彼は歩き出す。
 新たな餌を喰らうため、新たな居場所を求めて――新しい戦場へと向かうのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シュガー・ラビット
【真夜中深夜隊】

“ワタシ”が囁く

偽りの偶像、演技にまみれたニセモノ
自分を出せない可哀想な私
本当の貴方はどこにいるの?
ーー貴方は本当にシュガーラビット?

理解できなかった
否、したくなかった
私は必死に拒絶の言葉を紡ぐ

"ワタシ"が歪に笑う

……私が代わってあげようか

甘美な言葉は酷く残酷で、心地が良い

(このまま人魚姫のように泡沫に消えてしまおうか)

その時、聞き慣れた声が私の目を覚ます

「ゲン…ちゃん……?」

あぁ、そうだ。私には仲間がいる
自ら歩み寄り、言葉を交わし、紡いだ絆

私を待っていてくれる人がこんなにもすぐそばにいたじゃないか

「ありがとう、げんちゃん。…ううん、もう大丈夫だよ。」

光で傷付いた彼の身体を癒す


ゲンジロウ・ヨハンソン
アドリブOK
チーム【真夜中深夜隊】で連携。

過去参加した依頼で似たような相手を倒したことがあった。
その経験から身に宿る【怨嗟の炎】をUCで焚き付け、
猛る怨嗟で邪念を掻き消し、既に異なる自分を打倒している。

○本来の試練
聞き覚えの声のする方に迎えば、彼女がいた。
どちらも、わしの知る彼女ではない。

これでも親しい仲じゃ、倒すべき側は判る。
だが、わしがただ倒すだけでは何も変わるまい。
一言でいい、伝えよう。

「お前さんの持つ光を、わしは信じとるぞ」

知っとるさ、この娘の本当の姿を。
まだまだ子供で、甘えん坊で、心から人助けのできる。
優しい娘、なんじゃよ。

後は身命を賭して全力の【選択したUC】を叩きつけるだけじゃ。




 シュガー・ラビットにとって、あの洞窟での責め苦は地獄と呼ぶに相応しいものだった。
 心が訴える痛みから目を逸らし、慟哭するそれの声に耳を塞ぐ。
 直視したら、壊れてしまいそうだったから。だから、一目散にその場を駆け抜けた。

 しかし、暗闇から抜け出た先で彼女を待っていたのは、地獄からの解放ではなく――ただの、更なる地獄。
『ねえ、わたし。可哀想なわたし』
「――っ」
 逃げ切ったと、そう思っていた。もう、終わったと思っていた。
 だが、それはただの儚い願いでしかない。
 それを証明するように、“自分”の声が耳朶へと響く。
「可哀想なんかじゃ、ない……!」
『ううん。自分を出せない、可哀想なわたし。どうしてそんなに苦しそうなの?』
「やめて……」
『苦しまなくていいの。本当の貴女は……“そう”じゃないでしょ?』
「やめてったら……っ!」
 語りかけてくるのは、シュガー・ラビット。もう一人の“ワタシ”――。

 思い出したく無い過去は往々にして心の奥底に仕舞われる。
 一時忘れていたとしても、それは心が忘れいと望んでいるだけ。
 嫌な記憶を思い出さないよう、偽りの蓋をしているに過ぎない。

 だから、奥に仕舞い込まれた感情と記憶は、直視しても見えないほどに深い位置で厚い埃を被る。
 時の経過と共に、それは更に厚く積み重なり、
 幸せな記憶が少しずつ舞い込むに連れて、その下に何があったのかを忘れていく。

 そして、それが何かの拍子に取り出され、空気に晒された時――“埃”が舞うのだ。
 それまでに積み重なった分だけ、大量に、息が苦しくなるほどに。その下に隠されたものを曝け出して。
 舞い散るそれは、自分の心を痛めつける。

『本当の貴女は、どこにいるの――?』
 カラン――と、何かの箍(タガ)が外れる音がした。

 理解したくなどなかった。“できないまま”でいたかった――そうであれば、どれだけ幸せだったのだろう。
 けれど、シュガーは知ってしまっている。
 自分のことを。自分が、どういう存在なのかということを。
 造られた自分が嫌で、必死に取り繕った演技を続けてきた。
 それを誰よりも、どうしようもなく知ってしまっている――。
『――私が代わってあげようか?』
「――――ッ」
 もう一人のワタシのその言葉は、昏く甘い響きさえも帯びて、心の中を侵食する。
 とても残酷で、身を任せたくなるような、心地良い闇。
 “ワタシ”の影の口元が、三日月型にぐにゃりと歪む――。

 胸が、締め付けられるように苦しかった。
 視界が色褪せ、滲み出す。とめどなく溢れる涙が次々と頬を伝う。
 ――嗚呼、この涙も、誰かに造られたものなのだろうか。
 目的のために造られて、偽りの自分を作り出して。
 こんな私が生きていて、一体何になるというのだろう――?
(「いっそのこと、このまま……」)
 彼女にとって、死は今をもって救済となる。
 泡沫となって消えた御伽噺の人魚姫のように、誰にも知られることなく消えてしまおうか?
 あぁ……きっとそれは、とても幸せに違いない――。
「わ、たしは……」
「……シュガー?」
「っ!?」


 驚いたようにびくりと跳ねる少女の肩を、ゲンジロウ・ヨハンソンは険しい目で見つめていた。

 彼は過去に、自身のドッペルゲンガーと戦ったことがある。その経験を駆使し、自分の姿をした虚像を比較的容易く打倒した。
 その時、声が聞こえたのだ。聞き覚えのある、少女の声が。
 だから急いで来てみれば――2人のシュガーが、そこにはいた。
「のぅ、シュガー」
「ゲン、ちゃん……なんで、ここに……」
「……何が、お前さんをそこまで苦しめとるんじゃ」
「――――っ」
 息を詰まらせ俯いたシュガーは、小さな矮躯を小刻みに震わせている。
 そんな彼女に、ゲンジロウはそれ以上何かを聞く気にはなれなかった。

 これでも彼女とは親しい仲だ。
 いつも可愛さを振り撒く彼女の姿に、年甲斐もなく頬が緩みそうになることもある。
 だから、まさか泣きそうになるほどシュガーが何かに悩んでいるなど、考えてもみなかった。
 しかし、同時に納得している部分もあった。
 何かは知らないが、この昏い部分を抱えて彼女はこれまで生きてきたのだろう。
 その低く、小さな双肩には、重過ぎる程の何かを。

「…………」
 シュガーの前に立つ虚像は、自分の知っているシュガーと幾分も違う存在のように思えた。
 ただ立っているだけで醸し出される雰囲気の違いからも、それは確信を持って言えるだろう。

 どちらが本来の彼女なのかは、自分には分からない。
 だが、倒すべきは虚像で、守るべきは彼女だ。それは変わらない事実。
 ――小難しいことは理解できない。考えても分からない。
 だが、自身の居酒屋で出会う彼女は、とても生き生きとしているように思える。
 ならば――それが“シュガー・ラビット”だということなのだろう。
 彼女はそうでありたいと願って、努めてそうあるのだろうから。ならばそれが“本当の姿”でなくて、何だというのだ。
(「……ちと、重すぎるな」)

「……シュガー」
「…………」
「わしは、信じとるぞ」
「……?」

 わしは、知っとるさ。
 底抜けに明るくて、これでもかって愛嬌を振り撒く、お前さんの姿を。
 まだまだ内側は子供で、甘えん坊で……だが、心から他人を思いやることのできる、いい娘じゃとな。
 何の見返りもなく人助けの出来る、ただただ優しい……本当に、優しい娘なんじゃよ――。
 だから、言おう。
「信じとるぞ……お前さんの持つ光を、優しさを。その姿を」
「っ……」
「……わしは、信じとるぞ」
「ゲン、ちゃん……っ」
 ゲンジロウ・ヨハンソンは怨嗟の炎でその身を焼き、溶岩で形作られた巨人をその場に生み出した。
 それは禁忌と呼んでいい代物。全ての怨嗟の声を寄り集め、造り出された燃え盛る巨人。ユーベルコード【怨嗟の鑪】だ。
 見上げるほどの巨躯を持つそれは、巨大な足を虚像へと向けて、一息に踏み潰さんと振り上げる――。


 ゲンジロウの落ち着いた声音が、傷付いた“身体(こころ)”に染み渡る。
 震える手は、いつの間にか涙を拭いていた。
 なんだ、こんなに近くにいたじゃない。私を信じてくれるひと。
「…………」
 私――シュガー・ラビットには、仲間がいる。
 自分で歩み寄って、言葉を交わし、心を交わして紡いだ――大切な絆がある。
 それは何よりもかけがえのないもので――私を待ってくれている人が、いたんだって。彼のおかげでそう思えた。

 見れば、自身の虚像を踏み潰し、役目を終えて消え去る巨人。
 ゲンジロウ――いや、“ゲンちゃん”がその横に座り込み、痛みに唸り声をあげている。
「ゲンちゃん――!」
「おう、シュガー」
「今、治すからね。痛いよね、ちょっと待って……」
 自身の疲労を代償に、灯った光が優しくゲンジロウの傷を包み込む。
 癒えていく傷を目の前に、彼はシュガーへと視線を向けた。
「無理するんじゃねーぞ」
「ううん、大丈夫」
「そうか……もう、ええのか?」
「うん……もう大丈夫だよ、げんちゃん」
 何も解決していないことは自分でも分かっている。
 演じている偽りの自分のこと、本当の自分のこと、それを否定したい心の奥底の感情――虚像の自分が、無くなったわけではないことを。
 でも、今は――。
「――ありがとう、げんちゃん。本当に、ありがとう……」
 “信じている”と、そう言ってくれるだけで、シュガーにとっては十分だった。
 絆を紡いだ仲間が――彼が、そう思ってくれていることが分かっただけで。

 十分過ぎるほどに、十分だった。



 迷宮から出た瞬間、2人は眩しい太陽の光に目を細める。
 雲一つ浮かんでいない、抜けるような空だ。
「わぁ、とっても綺麗……!」
「そうじゃのぅ……流れる雲も風情があっていいが、これはこれでいい」
「…………」
「どうした? ……添い寝が必要かの」
「っ、い、いらないもんっ!! ひとりで寝られるから!」
 しらないっ、と駆けだしたシュガーに、ゲンジロウはふっと口の端を綻ばせる。

 願わくば、こんな日常がいつまでも続かんことを。
 駆け出す2人を、UDC世界に昇る太陽が、優しい春の顔で見送ったのだった――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

黒鵺・瑞樹


いくら俺をまねたってなぁ。姿も戦い方も、元々主を真似た身だし。
それに既にその手合いとは戦った事があるしな。

というわけで真の姿解放(瞳が金色に)
まだ十分に制御しきれてないが、闇夜を照らす月明かりとなってくれよ。
まだ俺は自分の未来を諦めてない。

「胡」にて【剣刃一閃】を仕掛ける。今までの闘い方と同じ【暗殺】の攻撃。
少なくともこちらの方が間合いが広い分、うちに入れさせなければいい。
相手が入ってきたのなら【第六感】【見切り】では回避。
回避不可能なら「黒鵺」にて【盾受け】からの【カウンター】攻撃。

素早く近づきやられる前にやる。
そういう戦い方だったが、同じ速さと分かってるなら防ぎようはいくらでもある。




 確固たる気付きと共に越えた光の先で、黒鵺・瑞樹は見慣れた顔を見た。
 自分と瓜二つの青年が、ナイフを手に身構えている。
 向けられるのは剣呑な視線。自分であるが故に、目の前の自分が既に戦闘態勢に入っていることは理解できた。
『俺か』
「…………」
 耳朶に響く声さえも、自身と同じ。
 真っ向から視線を受け止めた黒鵺・瑞樹の目は、虚像とは対照的に冷静な光を湛えている。
(「……使うのはナイフ、ね」)
 本体である『黒鵺』を手に、腰を落とす虚像の自分。
 その構えは前の主を真似たもの。自分がこうして構えた時は、完璧に模倣していると思ったものだが――今、目に映るその構えは、酷く不安定に思える。
 重心の動き、力の入れ具合、身体の位置――どれも完璧。だが、その完璧さに『心』が着いて来ていないのだ。

 心、技、体、という言葉がUDCアースにはある。
 心――精神力
 技――技術
 体――体力
 この3つのバランスが大切だという教えだ。

 目の前の自身の構えは、技術も体力(身体)の完成度に、唯一精神力のみが足りずに朧気に歪んでいる。
「俺か、といったな」
『あぁ。俺は黒鵺で、お前も黒鵺だ』
「……違うな」
『……は?』
 呆けたような声に、彼は小さく口角を上げた。
 それは、未だ覚悟を決め切れていない自分への――過去の自分への、嘲笑に近いものだ。
「俺は……“黒鵺・瑞樹”だ」
 自然に戦闘態勢を取る瑞樹。
 宣言した言葉は、受け入れられなかった自分への決別の言葉でもあった。
 受け入れ、進むと決めたのだ。あの洞窟で、覚悟はとうに出来ている――!
「始めようぜ。時間をかけるのも面倒だしな」
 次に見つめた彼の青いはずの瞳は、金色に輝いていた。
 それは彼の真の姿。昏沌としているように思える自身の未来への道に差す、小さな小さな月明かり。
『……』
 虚像――過去はもう、何も言葉を発することはない。
 漂うのは、ただの戦闘ではない、ある種独特の緊張感。

 『戦闘』が血肉沸き立ち、燃え上るようなプレッシャーと昂ぶりの中で始まるものだとするならば、
 今ここに静かに走る、静電気のようなピリリとした空気は“殺意”からなるものだと言えよう。
 それは『戦闘』というにはおこがましく、一撃で相手の命を刈り取る者たちの発する空気――『暗殺者』のものに相違ない。

 開始は甲高い金属音だった。
 互いに予備動作なく、瞬きの間に踏み込み打ち合っていたのだ。
『お前……!』
 驚愕の声と共に遅れて走る剣閃。それを視認した刹那の間には、既に2合目の音が高らかに響き渡る。
 一撃一撃が相手の急所を突き、即座に死へと誘う暗殺の技。刃はぶつかり、時に音を立てずに身体を掠め小さな傷をつける。

 4合、5合と打ち合えば、既に瞬く閃光の数は、数えるのも億劫になるほどの無数の域へ。
 それでも小さな傷が増えていくのは虚像の方であった。
 その理由は、たったの二つ。
「一つは間合いの差だな」
『ぐっ――!』
 仕切り直そうと飛ぶ虚像の動きを見透かしているとばかりに追う瑞樹。
 彼が手に携えているのは、ナイフではなく打刀サイズの刀――『胡』。
 虚像の構える本体のナイフよりも、その間合いが広いのは明白であり、実力の拮抗している死合においては強力な強みだ。
「二つ目は……もう、分かってるだろ?」
 無茶な態勢から振るわれた黒いナイフを、瑞樹は胡の切っ先で強く弾く。
 崩れる姿勢、立て直すのにはコンマ数秒――しかし、同じ速さの中に居る虚像のがら空きの胴体を狙うには、十分すぎる間――。
「――“覚悟”の差だ」
『――――ッ!』
 斬、と。空気が裂けたと思ってほしい。
 刹那の間の一閃で虚像を真っ二つに切り裂き、跡形もなく霧散させたのだ。
 文字通り、一撃で命を刈り取る暗殺の技。自分自身であっても、それは例外ではないのだった。
 勝敗を分けたのは、物理的な要素と――彼等二人の『心』の差だった。



 瑞樹は、迷宮の外に燦燦と輝く太陽を見上げていた。
 既に瞳に金の色はなく、青い瞳が眩しさに細められる。
 その反応さえも、主ではなく黒鵺・瑞樹のものなのだと気づいた彼は、前へと視線を向けた。
 遊園地の出入口ゲートへと伸びる、長く広い道。それが自分自身の歩む道のりなのだと、今なら理解できる。

 彼は小さく腰の胡を見やって、そして一歩を踏み出した。
 それは物理的には小さな一歩であり――彼が、真の意味で前へと進み始めた記念すべき瞬間でもあった。

 遊園地の喧騒も、昼の空に登る月や星も。たとえ目に見えなくとも、彼の門出を祝うべく、静かに輝いて彼を照らすのだ――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

終夜・還
へぇ、俺に成り代わるって?…やってみろよ、ちゃぁんと、しっかり真似て見な
ぜっったい無理だからよ
俺はあの鏡が映し出した弱音は持っていても表に出さない。其れを出した”だけ”な偽物には無理だぜ

邪神に喰わせるのも試してみるといい
これでも狂気や呪詛には耐性が高くてな、そう簡単にゃ喰われてやらねえよ

俺の今までは俺だけのモンだ
勿論俺のこれからもな!

真の姿、過去に成り損なった、道を違えた”もしも”の姿。
本来そうなる筈だった姿でお相手しよう

疑似的にじゃなく、ちゃんとした真の姿でのUCだ
当たると痛いぜ~呪殺弾だし❤

俺で在れるのは俺だけさ
バイバイ、偽物

俺は時に素直に、時に嘘に塗れ、俺に素直に生きる
真似はムズイだろ?



 迷宮内で終夜・還が自分自身と対峙するのは、これで2回目。
 一度目は鏡の間。二度目は、今目の前に居る。
『よぉ。やっと来たな、俺』
「…………」
 彼は答えない。
 赤い瞳がすうっと細められ、鏡に映る像ではない自分自身をまじまじと見つめている。
 暫くの間、そうしていた彼はふと顔を上げ――ニヤリ、と獰猛な笑みを浮かべた。
「俺に、成り代わろうって?」
『…………』
 次に黙り込むのは虚像の番だった。

 目の前に居るのが自分でないことは、彼自身が一番よく理解している。
 何せ、自分がオリジナルなのだから。それは疑う余地なく当たり前のこと。
 ならば、鏡に映っているわけでもない嘘の自分が、どうして目の前に存在しているのか?

 そこまで分析した彼が着目したのは、先程から自身を包み込む、呪いのような鬱屈とした気配。
 対抗しているからいいものの、この呪詛にも似た何かは身体全体へ纏わりつき、逃がそうとしない。
 そして、目の前の虚像と自身を結び、常に出入りを繰り返しせめぎ合う『存在感』のような繋がり。
 ――ああ、コイツは俺と入れ替わろうとしているのか、と。状況から、彼はそう判断したのだ。
『だったら、何だ?』
「くっくっく……なぁに、なんでもねぇよ」
 終夜は嗤い、嘲笑するような声まであげて。突き出した腕の先にある掌を上向け――そっと、指を曲げた。
 それは挑発のポーズ。
「――やれるもんならやってみろ❤」
『――!』
 その言葉が戦闘開始の合図となる。

 その戦闘は『死霊術士』と呼ぶに相応しい、魂を冒涜した戦いだった。
 双方共に骸の戦死を召喚する。しかし、不気味な黒霧と共に現れた戦死たちは、聖なる鎧をその身に纏っている。
 骸の聖騎士。それだけでも聖なる者への限りない侮辱に等しいだろう。
 そこから繰り広げられるのは、死霊を駆使した禁忌のオンパレード。
 呼び出した霊が相手の術を妨害し、それを上書きするように即座に別の“者ども”が現れる。

 完全に埒のあかない拮抗した戦場において、しかしオリジナルの終夜だけは口元に笑みを浮かべていた。
「――なぁ、俺なら知ってるよな?」
 くつくつと嗤う彼の姿は、成程、死霊の主に相応しい。
「この術の次に使うのは何だと思う?」
『そんなの決まってるだろ……いや、お前――』
 刹那、虚像の予想を超える膨大な魔力が彼へと集う。
『くっ、この……!』
「ぶっ……くっ、はははは!!」
 声を上げて、終夜・還は嗤う――。

 練り上げられた魔力は一瞬で霧散し空気に溶け、虚像の『まさか』は不発に終わる。
 そこにできた隙を突くように、彼は別の魔力を練り上げていた。
「ムズイだろ? 俺の真似なんて。……だって、俺にもできねぇからな」
 次の瞬間。彼の輪郭がぐにゃりと歪む――。

 今までの彼とは一線を画す姿だった。
 狼の特徴は消え、髪は更に漆黒へと染まる。
 左右3対、合計6本の巨大な黒き翼。そこに絡み付く骸の死霊。
 深く、深淵の底から這い出たような黒き姿。それが彼の――終夜・還の真の姿である。

『ぐ……』
「この姿でお相手しよう。光栄に思えよ」
 ばさりと翼をはためかせ、オラトリオ姿の終夜は虚像の自分を見下した。
「真似するなら、ちゃぁんと、しっかり真似するんだな。弱い部分だけを出した俺じゃ、ちっぽけな偽物くらいにしかならないぜ」
 いつしか、その空間に在ったはずの術式は、綺麗さっぱり消滅している。
 彼の姿を畏怖するように? ――否。彼が、ちょっとだけ素直に“そう在りたい”と、願ったが故に。
「俺の今までも、これからも、俺だけのモンだ。俺でも真似できない偽物なんかに、務まるわけねぇだろ」
『…………』
 もう、虚像は何も言わなかった。
 それが『正しい』と、虚像の彼自身が気づいてしまったから。
「バイバイ、偽物――ちょっとだけ愉しめたぜ❤」
 瞬間。音もなく、3対の翼から一斉に撃ち出された羽根が虚像へと殺到する。
 それは次々と虚像へと突き刺さり――その存在を、この世から永遠に消し去ったのだった。



「うわ、まぶし」
 久方ぶりに外へと出た瞬間、そのあまりの眩しさに終夜は思わず手を翳す。
 抜けるような青空だ。まるで自分には似つかわしくない、親子団欒の喧騒なんかも聞こえてくる。
 暫くひさしを作っていた彼は――そっと両手を頭の後ろで組み、周囲を見回した。

 遊園地のゲートへと続く道。菓子の売店へとふと目を止める。
「なんか買ってくか」
 珍しくそんなことを呟いて、売店へと足を運ぶ終夜。
 そして彼は『あまりにも不味い』と評判の味の飴玉を見付けて、ニヤッと人の悪い笑みを浮かべる。
 その嗤い顔は、まったくもっていつもの“彼”であり――しかし、その行動自体は、ちょっとだけ素直になると決めた彼自身のものなのだった。

 太陽は傾き、時間は今日も過ぎていく――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エルデラント・ズィーマ
……随分と醜い姿をしてますね、ワタシなのですから当然ですが
あなたが先程見たワタシだと言うのなら、あなたに武器を手に取ることが出来ますか?行使すれば失うのが恐ろしいですか?
そんなことは関係ありません。例え全てを失おうともワタシはワタシでしかない、それを否定するのであれば……そのような人格、感情、思考はワタシには不要です。消えてもらいましょう
最大出力……次は何を思い出せなくなるでしょうか。名前も、生まれも、家族も、恋人もその思い出全てが燃え尽きたワタシにこれ以上失うものなどありません。さぁ、消えなさい




 左眼の位置で駆動するサイバーアイが忙しなく働き、解析を行っていた。
 肉眼では到底追いつかない速度で動く瞳。点と点を結び、様々な情報を処理し、参照して統合する。
「……ワタシ、ですか」
 その結果は、彼女自身にも納得のし難いものだった。
 目の前に立つ敵――鏡から抜け出たような自分自身――の組成が、自身と同じであると左眼が認めたのだ。
 それは即ち、自分と同じ存在が居ることを示している。
『ワタシです』
「……改めて見ても、随分と醜い姿をしてますね」
『ワタシなのですから、当然でしょう』
「ええ、そうですね」
 無表情な上、機械的に交わされる会話の内容はあまり意味のないもので、
 やはり目の前の自分が、自分と――少なくとも大部分においては、同じ存在であるということが判っただけのこと。
「…………」
 黙り込み、軽く目を瞑る。
 エルデラント・ズィーマは、動力装置とは別の思考のエンジンをフル回転させて思考する。

 ひとつ。この世界に自身と同一の存在が居る。これは容認すべきかすべきでないか?
 ――ワタシは2人も必要ないが、居ること自体に問題はありません。

 ふたつ。目の前の存在は、自身と同一の存在か?
 ――組成を見れば、間違いなくワタシです。

 みっつ。目の前の存在は、排除すべきか否か?
 ――…………。

「……聞きたいのですが」
 唐突に目を開いたズィーマは、自分自身へと疑問を提示する。
『何でしょうか?』
 聞き返す自身に、不自然な点は見当たらない。少なくとも、今見えている上辺において相違はない。
 ならば、その中身はどうか――?
「あなたは、武器を手に取ることができますか?」
『ええ、問題なく』
「そうですか……」
 ズィーマはそっと、腰を落として身構える。
 目の前にいるワタシが、もし先の鏡の間で見たワタシならば――。
「――それはよかった」
『!』
 ギン、と。2人の間で空気の爆ぜる音がした。
 それは2人の尾がぶつかり合った音。金属と金属が擦り合い奏でる独特な音色だ。
「確かめましょう。あなたがワタシであるかどうか」
『ワタシはあなたです。あなたがあなたであるように――』

「『――ワタシはワタシです』」

 鏡の間で吐いた言葉と、洞窟での独白。
 幾度か繰り返したその言の葉を2人は因果の中で同時に紡ぐ。

 2つロストメモリーズが記憶を燃料に、どちらがより出力を出すかのチキンレースを開始した。
 稼働する度に消費されるエネルギーの悉くを供給し、それを消費し、打ち合う。
 次々に響く金属音。時たま生身をぶつけ合う音が響き、同時に繰り出したカウンターの尾が綺麗に重なり火花を散らす。
 上下左右に同時に動くサイバーアイ。情報を解析し、処理する速度も手法さえも、まったくの同一。
 しかし、その中においても、ズィーマの状況への分析は緩まず続けられている。
(「……あなたが、ワタシであるというのなら――」)
 何度か型のように繰り返した動きを最後に、2人は地面へと着地した。
 衝撃を殺すためにたわむ義足、微かに晒される硬直時間――しかし、そんな隙を埋めない彼女ではない。

 2人は同時に、たわめ、力を溜めた足で地を蹴った。
 互いが互いに、相手の隙を見逃さんがため。右拳を握り締め、前へと跳ぶ!
 駆動し続けるロストメモリーズは、物理法則を半ば無視した無茶な挙動を実現させるため、更に記憶を火へくべて最大出力を維持した。

「『対象を爆砕します――』」

 ――次は、何を思い出せなくなるのだろう?
 名前だろうか、それとももっと大切な記憶だろうか。
 しかし、そんなものはもう、とっくの昔に自身の中から消え去っている。
 生まれも家族も恋人も、幸せな思い出など――全てがとうに燃え尽きたワタシに、これ以上失うものなど何もない――!

 はりつめた弓のように後ろに引かれた義手の右拳が、それもまた同一の挙動を描き、常人には視認し難い速度で繰り出された。
 一撃必殺の威力を秘めた2つの拳が重なり、ぶつかり合い――――巻き起こった爆発が、迷宮全体を大きく揺らすことになる。



「…………」
 エルデラント・ズィーマは、目を細めもせずに太陽をまっすぐ見上げている。
 眩しくないのだから当然か。しかし、迷宮に入る時とは違い、彼女の右腕は肘から先が綺麗に無くなっていた。

 ――エルデラント・ズィーマの虚像は、オリジナルの彼女の腕を代償に、記憶の炎に焼かれて消えた。
 最後の瞬間、虚像は出力を上げ損なった――否、“上げなかった”のだ。
 最大の出力を維持していた自分と出力の足りない相手がぶつかれば、相手が消え去るのは当然のこと。

 きっと、恐れたのだろう――と、鏡の間での自分を思い出したズィーマは思う。
 あの時の自分は、記憶を失うことに、どこか迷いと恐れに似た感情を抱えていた。
 だから、あのワタシならきっと、出力を上げることを躊躇ったに違いない。

「例え、全てを失おうと……ワタシは、ワタシです」
 彼女は空へと、浮かぶ太陽へと告げる。
 どこまで記憶を失おうとも、例え何が思い出せなくなったとしても――ワタシはワタシでしかないのだと。

 幾度目かの宣言に、太陽は鬱陶しいとばかりに彼女を照らしつけた。
 足を踏み出した彼女の後ろに積み重なった、様々な記憶の残滓と残骸が、確かに彼女を見守っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロード・キノフロニカ
アドリブ歓迎

二章より前の僕は、戦うことが怖くて仕方ない僕
傷つくのが怖くて、できれば舌先三寸で戦いを回避しようとする臆病で口先だけの僕

だから鏡の中の僕は、まず言葉や態度だけで僕の心を折ろうとするだろう
冷ややかな目で
「君みたいな臆病者がまともに戦えるものか」
「もう諦めるべきだ」
なんて言ってくるだろう

けれど、あぁ
この状況、この現象、とても興味深い
今の僕なら、積極的に正体を暴いてやりたいと思えるよ
妖刀で【傷口をえぐる】ように攻撃してみて、
敵の動きが鈍ったところで【咎力封じ】
幻を見せる能力を封じて、正体を暴いてみようか

なかなか面白い術だったよ
あとで日記帳に記しておこう




『戦うのも、吝かではないんだけどね』
 洞窟の出口の光を踏み越えた先で、虚像であるクロード・キノフロニカはそう宣う。
 その様子を服が泥のシミに塗れた彼――オリジナルのクロード・キノフロニカが見つめていた。
「…………」
 黙り込む彼の視線からは、何も読み取ることはできない。
 どこか優しい視線のようにも思えるが、真偽は定かではないのだった。
『けれど、そうだね……』
 虚像のクロードは肩を竦めて語りかける。
 言葉を区切った彼は、突如として剣呑な声音でこう言った。
『君みたいな臆病者が、まともに戦える筈もない』
 それはひやりとした刃のような、冷たい声音――。

 ――自分のことであるが故に、よく理解しているのだろう。
 あの日、錬金ドラゴンを前に恐怖に飲まれ、友を助けられなかった。
 そんな自分が“臆病者”だということを。
「……それが、どうかしたのかい?」
『もう諦めるべきだ』
「…………」
 同時に、判っているのだろう。自身の心の中に“あの日を乗り越えたい”と願う自分がいることも。
 友のために、などとは言うまい。恐怖に足が竦んだ、自分の後悔を濯ぐためだ。
 そのために、もう一度――。

『臆病者が、戦えるものか』
「今、なんて?」
『――ッ!?』
 ガリ、と。身体が削られる音がした。同時に何かが燃える音も。

 見れば、オリジナルのクロードが抜き放ち振り抜いた妖刀は、刀身が揺らめく炎に覆われている。
 咄嗟に距離を取った虚像の服が焼け焦げ切り裂かれているさまを見れば、何が起きたのかは一目瞭然というもの。
 ――クロードが、自分から武器を抜き、虚像を斬ったのだ。

『キミは……』
「……臆病者、と言ったね」
『…………』
「あぁ、確かに僕は“臆病者”だ……戦うことも、傷付くことも怖い」
『それなら』
「――でも、思い出したんだ」
 造り主にして友人の、今は亡き“彼”。
 錬金ドラゴンと出会った恐怖に塗り潰されて、全てが怖いと思い込んでいた。
 そのせいで、僕は大切なことを忘れていたんだ――。
「彼との日々は、とても愉しかった。彼との冒険を僕は心から楽しんでいた」
『…………』
「だから――」
 トンと一歩、彼は虚像へと踏み込んだ。
 それなりに開いていた距離は、たったそれだけで零距離まで縮まっている。
「――キミは、僕じゃない」
『ッ――!』

 そこからの戦いは一方的なものになった。
 方や、戦闘が怖く腰が引けた刀を振るう虚像。
 方や、覚悟を決め洗練された動きを見せるクロード。
 そのどちらが勝つのかなど、誰の目から見ても明白で――互いの違いから繰り出される一太刀一太刀が、虚像――覚悟を決める前の彼の、心の傷を抉るようだった。
「捕まえた」
『ぐ……』
 虚像のクロードの身体へと、オリジナルの彼が放ったロープが絡み付く。
 動きを封じられた虚像の自分の襟首を彼はそっと掴み上げた。
「随分と言ってくれたね……でも、僕はもう、キミのような臆病者じゃない」
『この……っ、ぐ、あぁぁあああ!』
 虚像はクロードのものではない声をあげて、ロープの中でもがき出す。
 拘束するロープの正体は、彼のユーベルコード『咎力封じ』。
 幻の自分を見せている能力を封じ込め、その真の姿を露わにする力だ。
『ァァァァァアア゛!』
 いつしか形容し難い醜悪な姿へと変わっていくソレを彼は造り物の目で見つめていた。
 その瞳の奥には――あるはずのない感情が、垣間見えるようで。
「――――さよなら」
 彼は、崩れ去っていく自身の虚像へとそう零す。
 “臆病者”と罵られた過去の自分自身と、歩みを止めていた過去の時間への別れを告げる言葉だ。
 決別を、告げる言葉だ。

「…………」
 手の中のソレが綺麗に無くなれば、彼は妖刀を収めて小さく伸びをする。
 その表情は、どこまでもすっきりと晴れやかなものだった。
「なかなか、面白い術だったね……後で、日記帳に記しておこう」

 最後にその場所を一瞥すると、彼は背を向けて歩き出す。今までとは違う『明日』へと。
 無念はあれど、それをきっと“彼”も祝福してくれるに違いないのだから――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

タマコ・ヴェストドルフ
わたしの姿をしたごはんを見た瞬間
血統覚醒を発動します
洞窟(わたし)の中にごはんはなくて
おなか(愛)が空いて
がまんできません
だってわたしはお父様に似ています
とてもとてもおいしそうです
鏡なので臭いがしないのが残念です
黒いの(黒剣)を手にいただきますします
磔のように突き刺して
捥いで千切って切り裂いて食べます
相手がわたしなら殺し愛になるでしょう
素敵です
抉られた肉や動かなくなった四肢は
吸収した生命力をクリフォトに回して全力稼働
形だけでも動く様に再生して
戦い(食べ)続けます
わたしを食べたわたしは
臭いまでわたしになって
もっとおいしくなるでしょう
洞窟ではおなかが空いただけでした
だからずっと食べ続けられます




 空腹を満たすごはんを求めて洞窟の出口の光を踏み越えた先で、彼女は遂に“それ”を見た。

「『あぁ……』」

 自身の虚像――タマコ・ヴェストドルフと瓜二つの姿。
 光の先に自分の姿を認め、視線を合わせた瞬間、同時に声が漏れたのだ。
 2人が零したそれは、感嘆の吐息。
 あまりにも“美味しそう”な自分に――父親とよく似た自分に、酔うたが故に。
 ――嗚呼、きっとあれはわたしの空腹を満たしてくれる。今までで最高の『ごはん』に違いない――!

 オリジナルのタマコと、虚像のタマコ。2人の桃色の瞳が小さく濁る。
 それはまるで、黒々とした珈琲にミルクを流し込んだかのように。淡いピンクの中心から血色が滲み、ぐるぐると虹彩を染めていく。

 ――やがて、瞳は完全な真紅へと。染まり切った目を見開き、タマコはぐっと膝をたわめて力を溜めた。

「『ごはんになってください』」

 ドゴン! と、地面が鳴ったと思って欲しい。
 蹴り足は床を綺麗に陥没させ、2つの深いクレーターを新たに迷宮内に作り出す。
 吸血鬼に相応しい常人離れした速度で接近する2人のタマコは、それぞれ手に“黒いの”を携え、食欲に染まった視線を相手へと向けた。
 互いに互いを食すため、彼女たちの“戦い(しょくじ)”は幕を開けたのだ。

 最初の交差で、浅く斬られた頬から微かに血が宙へと舞う。
 勢いあまって突っ込んだ壁をそのまま反転して蹴り飛ばし、更に相手(ごはん)へと向けて加速する。
 タマコは頬から流れ出る血をぺろりと舐め取り、そして嗤った。
 こんなにも美味しいのだ。もっと、もっと食べてみたい――。

 血を舐めたオリジナルのタマコの瞳が、紅く光る。
 幾度も打ち合わされる剣閃の音。その度にタマコに浅く深く傷が増え、その全てを斬りつけて得た生命力によって回復する。
 肉半ばまで斬られた腕も、抉られた脇腹も、皮一枚で繋がった足も、斬り飛ばされた指さえも。
 身体に刻まれた鮮血色の刻印が妖しく光り、まるで呪いのように傷付けられる傍から傷を癒していく。

 どのくらいの間、そうしていただろうか。
 何度目かも分らぬ金属音と共に、黒い剣が打ち合わされ鍔迫り合いへと移行した――その瞬間。
『ガッ……!』
 即座に取り出された2本目の“黒いの”が、虚像のタマコの腹部を貫いた。
「つかまえた」
 唄うように呟いたタマコの言葉と共に、背まで貫いた剣はまっすぐに迷宮の壁へと突き刺さる。

 取り出した3本目の剣で手を壁に縫い付け、4本目の剣で足を壁へと打ち付けた。

「ああ、とても、とてもおいしそう……」
『ガハッ……グ……』
 壁へと磔にされた虚像の自身をよそに、タマコはそっと両掌を体の前で重ね合わせた。
 一抹の理性が彼女をそうさせたのだ。食べる時は、お行儀よくしましょう――。
「――――いただきます」
 さあ、ごはんの時間だ。まずは細めの腕を掴んで、手に力を入れて。ギュッ、と。
 肉から滴る温かで甘美な汁と、ほどよい硬さの身が、たまらなく美味しいのだ――――。


 迷宮の壁には、突き刺さった黒い剣しか残されていなかった。
 そこにあるはずの血溜まりさえも、綺麗さっぱりと無くなっている。
「…………」
 その壁の前にぺたりと座り込んだ少女は、恍惚とした表情で宙を見つめていた。
 それはまるで、啓示を受けた聖職者のような満ち足りた姿であった。

 幾許かの時間が経てば、またお腹が空くことは分かっている。
 でも、今は――普段では決して味わうことのできない、一時のみの満腹感に溺れるのだ。
 自身の“心”は未だ空腹と知って尚、その幸せは彼女を虜にして止まないのだった。

 渇望と渇愛は、彼女の“お腹(こころ)”で、そっと燻り続けている――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ナターシャ・フォーサイス
WIZ
あら、またお会いしましたね。
貴女の信仰はいかがですか?
…などと問うことも愚問ですね。
貴女が信仰を同じくするのなら、救いを与え導いているはずですから。
ですから貴女は私ではありません。使徒としての責も果たせていないでしょう。

ですので、道を踏み外してしまった貴女もまた、ここで導かなければなりません。
来るべき時が来たのです。
天使たちとともに、楽園への道行きへと導きましょう。
楽園は存在します。貴女はその目で、先にその存在を確かめるといいでしょう。
殺すのでは、倒すのではありません。主の許へと導くのです。

邪神の餌食にはなりません。
使徒たる私を食べても、邪神にとって毒でしょう?




『私は――』
「――あぁ、迷い子よ!」
 ナターシャ・フォーサイスは祈りを込めるように手を合わせ、虚像の言葉を遮った。
「迷い子よ、迷える子羊よ。貴女は……残念ながら、私ではありません」
『何を言っているのですか。私はあなたの――』
「――救いを」
『……』
 その顔に浮かぶのは、悪魔を弾劾する敵意でも、救いを受け入れない者への疑問の表情でもない。
 唯々、相手を想う。憂いに濡れた顔だ。
「迷い、救いを求める者にそれを与え、導くことこそ私の使命。あなたが本当に私であるならば――私に道を説き、楽園へと導こうとするはず」
 天使の眷属と共に洞窟を経て、光へと辿り着いた彼女の瞳に、もう迷う色は欠片もない。
 己が使命を自覚し、命題を説き、楽園へと導くこと。
 それを疑うことなど、決してあってはならないのだから。
「貴女は、私と確かによく似ています。ですが……悲しいことに、貴女は私ではなく、私足りえない」
 目的は、使徒としての責を果たすこと。
 それを自覚こそすれ、果たせそうにもない、目の前の“自分とよく似た迷い子”に彼女は優しく語りかける。
「――私は、貴女を導きましょう」
『――――!』
「主は分け隔てなく、迷える者に救いの手を差し伸べるのです。私はここで、貴女を導かなければなりません」
『戯言を――』
 虚像はナターシャと同じ顔で、微かに敵意を露わにオリジナルの彼女を見た。
 それは、ナターシャ・フォーサイスという人間にとって、あり得ないこと。
 敵意を向けるべき存在は、等しく楽園へと導くべき迷い子であり、害意を持つこと――ましてや敵意を向けることなどないのだから。
「貴女は、道を踏み外してしまったのですね……」
『……』
「ですが、大丈夫です。一度……いえ、たとえ何度道を誤ろうとも、主は必ず貴女を導けと仰る筈」
 ナターシャは『シャングリラ』――理想を手に告げる。
 どんな存在であれ、私は導くのだと。
「楽園への道行きは、どんな存在にも等しく開かれているのですから」
 鎌を振るえば、現れるのは洞窟で見た天使の眷属たち。
 小さく神聖なそれらは『楽園への使者』――迷い子を楽園へと導くための、彼女の“手足”だ。
『貴女は、本当に楽園など――』
「――楽園は存在します」
 自分の顔で宣う疑問を彼女の一刀のもとに切り捨てる。
「貴女はその目で、ひと足先に楽園の存在を見ることになるでしょう。私が貴女を導きます……嗚呼、あぁ、なんと羨ましい……」
 顔を手で覆い、首を振るナターシャ。
 しかし、そんな嘆きは一瞬のこと。邪念を振り払い顔を上げ、虚像へと向き直る。
「貴女を、主の御許へと導きましょう――」
『この――ッ!』
 微かなる抵抗は、しかし無意味だった。彼女の心が折れなかった時点で、虚像に勝ち目はなかったのだ。
 ましてや欠片も付け入る隙のない、不自然なほどに“整った”信仰になど――勝てる要素は、ないのだった。

 成り代わり、自身に手を伸ばす邪神の気配さえも、その信仰の力と天使によって弾き飛ばし、彼女は謳う。
「嗚呼、主よ。貴方の御許に、迷える魂を送ります――」


 迷宮を出たナターシャが見たのは、祝福するように天より降り注ぐ陽の光だった。
 まるで天使でも降りてきそうな優しい光に、彼女はふっと口元を綻ばせる。
 ――きっと、主も喜んでおられるに違いない。
「……あぁ、いえ。主の御心を察そうなどと、私にはまだ恐れ多い……」
 そっと祈り、懺悔する。
 しかし、自身がいつか楽園への道行きに加わるさまを想像し、悦に浸るくらいのことは許されるだろう。

 いついかなる時も、主の御心は察することなど出来ないほどに広く、寛大なのだから――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リリィ・アークレイズ
【POW】
…オレの顔してなんか言いたそうだな、テメェ
ま、もう迷ってねェオレにとっちゃどうでも良いンだけどな
そうさ、オレのこの手足はいつブッ壊れるか分かったもんじゃねェ
次の瞬間にはお陀仏かも知れねーなー…けどよォ!
…それだけ気にしてまごついてたら、テメェの事は一生殺せねェだろ!

さァ…ッて長話も飽きたし
こんな辛気臭ェ場所は気晴らしにブッ壊すぜ!
遊園地のオーナーには悪ィけどなァ!!
オレの弾丸避ける余裕あんのかよ、なァ【早業】【クイックドロウ】
言っとくけどよ、オレはテメェより速く動けるぜ【スライディング】
なんてったって『サイボーグ』だからな

――ハッ!笑うとこだぜ。

(アドリブ大歓迎です)




 暗い洞窟を抜け、目を瞑るような眩しい光にさえも即座に適応する瞳。
 その先にいた、あの鏡の間で見た自分自身をリリィ・アークレイズは視界に収めた。
『…………』
「なンだよ」
 黙ってこちらを見る自分に、何となく寒気を覚えるリリィ。
『……いや、何でもねェ』
「めんどくさっ、言えよ」
『うるせェな!』
 虚像はガリガリと頭を掻いた。

 まるで旧知の仲のように会話を紡ぐ、2人のリリィ・アークレイズ。だが、それも仕方のないことなのだろう。
 鏡の間にいた、今は虚像の彼女
 洞窟を越えてきた、オリジナルの彼女。
 2人の間の差異は、自分に対する疑念があるかどうかの一点にのみ集約される。

 そしてそれは敵対する理由にはなり得ず、そして自身と思想を同じくする相手などそうは居ない。
 無論、相手はオブリビオンであり、完全に自身と成り代われば存在を邪神に喰われてしまうために戦わざる負えないのだが。
『しっかし……なァ、オレ』
「あン?」
『不安じゃねェのか?』
「かーっ、まーだそんなこと言ってンのか!」
 面倒臭ェヤツだな! と自分自身を指差すリリィ。
 多少変な気分にならなくもないが、目の前に居るのは虚像であり、自分ではないと言い聞かせることによって事なきを得る。
「確かに、オレのこの手足はいつブッ壊れるか分かったもんじゃねェ。でもな、今までこンだけやって壊れなかった“コレ”が、そう簡単に逝っちまうわけねェだろうが」
 ちょっとは頭使え、頭、と自身のこめかみを機械の指でトントンと叩く。
 その姿は紛れもなく挑発のそれであり、虚像のリリィは顔を引き攣らせ身構える。

 たったそれだけで、周囲に強烈な空気が迸った。それは真っ赤で、ただただ好戦的な赤。
 戦場で殺戮を繰り返した者だけが発することのできる、記憶に残るような鮮烈な気配。
『もし戦闘中にブッ壊れでもしたら、心中になるンだぜ?』
「ま、そうなったら、一緒にお陀仏かも知れねーなー……けどよォ!」
 その空気の中であっても、呵々とリリィは嗤う。
 口角がはっきりと弧を描き、虚像の言葉を笑い飛ばす!
「それ気にしてまごついてたら、テメェの事は一生殺せねェだろ! それに……」
『あァ?』
 時間にして1秒程度の間。
 真剣そうな表情をしていた彼女の手は、霞む速度で懐へと伸びた。
「もうオレは迷ってねェんだよ!! 遅かったな、一昨日来やがれっ!」
『ッ!!?』
 彼女が最近覚えたスラングを得意げに口にした瞬間、空気をつんざく乾いた銃声が迷宮へと響き渡った。
 それが2人の戦闘開始のゴングとなったのだ。

「動きまで遅ェな!」
『この――ッ!』
 オリジナルのリリィの放つ弾丸をゴロゴロと前転を繰り返し避ける虚像。
 戦闘は誰がどこから見ても一方的な展開と相成っている。
「満足に動けもしねェのか? 言っとくけどよ、オレはテメェより速く動けるぜ! なんたってサイボーグだからな!!」
 苦し紛れに放たれた反撃の弾丸を虚像へと斜めにスライディングすることで綺麗に射線を躱すリリィ。
 その速度は車よりも速く、常人のそれではない。
 サイボーグとしての身体を存分に生かした戦い方だ。

 対する虚像のリリィは、先ほどから動こうとしては躊躇い、満足に動けずにいる。
 自身の手足を駆動させることを嫌ったがために、動きが制限されているのだ。
「今のジョーク、笑うとこだぜ? つまんねェの。なら――」
 少女、リリィ・アークレイズは面倒臭がりで、ちょっとだけ飽きっぽい。
 虚像との戦闘を楽しもうと思えば、相手のあまりにもな動きに遂に飽きてしまったのだ。
 期待も大きかっただけに、落胆も激しい。
「――そろそろ終わらせようぜ! 気晴らしに全部ブッ放してなァ!!」
『お前――ッ!』
 サッカーボールのように蹴られ、自身の足元へと転がってきた黄色いそれが手榴弾であると知り、回避行動を取る虚像のリリィ。
 しかし、そこを狙いすましたように飛んできた二丁の自動拳銃の弾丸がそれを赦さない。
「ブッ飛びな!」
『――――ッ!!』
 爆風に吹き飛ばされ宙を舞う虚像。
 そこにどのような動きをしたのか、天井を蹴って迫ってきたリリィが跳び蹴りの要領で空中で彼女を踏みつけ、そのまま地面へと突入する。
『カ、ハッ……』
「悪ィな……あ、これは遊園地側にな?」
 かなり崩れてしまった迷宮内の壁や装飾は、修理しようとすれば億近くの値がつくことだろう。
「ま、とりあえずチェック・メイトだ! 見送ってやるから、きっちり逝くンだな!」
 言葉と共に、踏んだ彼女の眼前に突き付けられる図太い銃口。
 リリィの橙色の相棒、ダブルバレルショットガン――。
「オレの“とっておき”だ! 先に地獄で待ってなァ!」
 ――BANG!


 微かな硝煙の臭いを漂わせ、銀と赤の少女は遊園地を後にする。
 その足取りは、依頼を受けて来る時よりも遥かに軽く、しっかりとしたもので――今にも駆け出しそうなほどに、楽し気なものだった。

 Live or die! 彼女の刺激に満ち満ちた歩みは、今日も止まることはない――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エコリアチ・ヤエ
人の気持ちをおちょくるのもそこまでだクズ野郎!
己と同じ姿をしたオブリビオンに対し戦闘中だというのに珍しく感情的に戦う。今はどの人格なのか。そんなことはもはやどうでも良い。
俺も、我も、元は1つ。オリジナルを欠いて見かけだけを繕っていた俺たちはだが、今。オリジナルは俺たちの中にいる。俺という確固たる芯。
オブリビオンがオリジナルを語ろうが、俺たちの人格を語ろうがもう迷わない。俺たちは本物で、この身体の中に存在して良い、俺という存在だ!
ファイブエレメンツソードを展開。1本の属性を選び剣を操り斬りつける。敵の血を得られれば呪いの契約を発動。
呪いを受けた5本すべての剣を操り、目の前の『エコリアチ』を殺す!




 方向感覚を狂わせる真っ白な空間の中で、褐色の男2人が対峙していた。
『俺か』
「……あぁ」
 虚像の自分の呼びかけに、短く事務的な返事を返すエコリアチ。
 その表情は、周囲の白から浮いて尚、感情の窺えない無表情を保っている。
『俺は……』
「…………」
『俺は“殺した”んだ』
「……何をだ?」
『俺なら……エコリアチなら知ってるだろ。殺したんだ、本当の――……ッ!?』
「黙れ!」
 刹那、甲高く響き渡る金属音。
 ――本当の俺を、と。虚像が言葉を紡ぐことを、エコリアチは許さなかった。
 即座に踏み込んだオリジナルの彼はナイフを抜き放ち、虚像へと斬りかかったのだ。

 虚像の目の前にある彼の顔――その眉間には、不愉快を体現したかのような深い皺が刻まれている。
 彼は努めて無表情でいたわけではない。感情を押さえねばならぬ程に、“怒って”いたのだ。
 エコリアチは憤怒の感情を湛えた琥珀色の瞳で虚像を睨みつける。
「――人の気持ちをおちょくるのもそこまでだ、クズ野郎ッ!」
 その怒りは、気付けなかった昔の自分へも向けられたもので。
 そして、何よりも今の自分“たち”を愚弄する目の前のオブリビオンが、心の底から許せなかったのだ――。

『俺は戦いたくない……』
 キン、と。刃が打ち合わされる音が鳴る。
 虚像が水平にナイフを薙ぎ払えば、その軌跡の下を潜り込むように身軽に避けるエコリアチ。
 対してエコリアチの振り抜いたナイフを虚像は刃を合わせることによって防御した。
『俺は……俺“たち”は本当に存在していいのか?』
「「……当たり前だ(ろうが!)」」
『ッ!』
 声が二重に木霊する。
 回避の隙を見た上段からの体重を乗せた振り下ろしを、虚像は紙一重で回避した。
 ――否、髪が数本巻き込まれたか。
「俺が“誰”から生み落とされたかを忘れたか」
『だが、俺たちは作り出されただけの存在で――』
「――違う!」
 虚像の紡ぐ、惑わすような言葉をエコリアチは即座に切って捨てた。

 前の自分なら、或いはそれに耳を貸し迷っていたのかもしれないと、エコリアチは思う。
 自分(俺)は作り出された人格で、本当の自分(エコリアチ)にとってそれは必要のないもので、
 “俺”も“我”も、ただ一時の代替品に過ぎないのではないか。本当の自分の人格が戻れば、消えてしまうだけの存在なのではないか、と。
 だが――
「俺は……“俺たち”は替えのきく存在なんかじゃねぇ!」
 ――今のエコリアチは、知っている。
 オリジナルの自分から生み出された自分たちが、決して無駄な存在などではないということを。
 必要のない、存在してはいけない、価値のないものなどでは決してないということを。
 なぜなら、“俺たち”の価値は、“オリジナルの俺”にとっても、自分と変わらず同じだから――。

「嗚呼、然り――」「終わらせようぜ。テメェの言葉を聞くのも、もう飽きた」
 零距離の戦闘の中で、視界の外から振るわれたナイフが虚像の肩を浅く斬る。
『!』
 斬られた箇所が燃えるように熱いことに、虚像の彼は気が付いた。
 ふと見やれば、オリジナルの自分の背から宙へと浮かぶ5本のナイフ――ファイブエレメンツソード。
 木、火、土、金、水。その中の赤、火のナイフが自身を裂いたのだ。
「――行くぜ、偽物」
『誰が!』
 エコリアチに操られ、貫かんと殺到する5本のナイフ。だが、同じく展開された5本のナイフがそれぞれ刃を受け止める。

 状況は完全な膠着状態へ。エコリアチ同士も刃を交えるものの、始めた鍔競り合いは力が同じ故に、悉く拮抗していた。
 ぽたりと床に落ちる汗。交錯する視線――。
(「俺は……」)
 虚像の琥珀色の瞳を見つめるエコリアチは、その奥にある不安と恐怖の感情を見た。
 それは紛れもなく、あの時、鏡に映した自分。
 そこに在ったのは無くしてしまった後悔と、見つけた時の静かな喜び。そして、同時に訪れた自分が消えることへの恐怖。
 ――そうだ。俺は、怖かっただけだったんだ。
「……なぁ、俺」
『何だ……っ』
「今でも怖いか?」
『……ッ』
 虚像は、目の前の彼が浮かべる表情が理解できなかった。
 ここまで拮抗し、相対したうえで、どちらが勝つかなど分からないというのに。
 オリジナルの彼は――口元に、小さく笑みさえ浮かべていたから。
「――怖いなら、お前はやっぱり俺じゃねぇ!」
『!?』
 彼の言葉に呼応するように、5本のナイフが“邪”を帯びる。
 5つの色が黒々としたモノに包まれ、溜め込まれた呪詛によって力を増す。
「我の呪われ師武器は、おぬしの血を啜った」「呪いの契約だぜ、知ってるだろ?」
『そんなことはとう知っている』『お前は俺だぞ、見くびるんじゃねぇ!』

「……俺は……」
『――!』
 聞こえた声に、虚像ははっと息をのんだ。
 耳朶を震わせる“本当の自分”の声は、どこか遠く懐かしくて。
 そして――
『なっ……!』
 ――押し切られまいと視線を戻した先で、彼は見た。否、見てしまった。
 目の前にいるエコリアチ。“俺”と“我”、2人分の力で拮抗する、オリジナルの彼。
 その背後――2人の間に浮かぶ、もう一人のエコリアチの姿を。
「俺は――!」「我は――」
「“俺”は……!!」
 ザシュ――と。一本のエレメンツソードが、虚像の肩を刺し貫いた。
 乱れる集中力、抜ける力。それを見逃すまいと、黒々とした呪いの剣は虚像の剣を突破し、次々にその身を刺す。
「俺は、もう迷わねぇ……お前が俺を騙ろうが、俺を惑わそうが、無駄だ」
『…………』
「俺は、俺という存在だ。俺たちは全員が本物で、全員がこの身体の中に存在していい――本物だ! だから――」
 彼は、ナイフを振り被る。
 その手に力を込めて、込めた力に想いを乗せて。似合わぬと知りつつも。
 自分たちが“そうなのだ”と証明するために――!
「――俺たち全員が“エコリアチ・ヤエ”だ――!!」
『――――っ!』
 ナイフは吸い込まれるように、虚像の胸へと突き刺さる――。

 それは、彼が自身を証明できた瞬間だった。
 過去の迷いと、後悔すべき昔の自分。目を背けて生きてきた、鏡界の向こう側の自分に。

 最後の別れを告げた、瞬間だった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

村井・樹
……『紳士』が下がった、ってことは、この先は俺が戦えってことかよ
まあいい、俺達の目的は同じだ。それを拒む理由は欠片もない

さて、お前が『紳士』の姿だろうと、『不良』を象ろうと関係ない
空虚なる『贄』を発動

お前は、本当の『僕』を、『村井樹』を知らない
お前の呪いは、たとえ枝葉を蹴散らしたとて、根幹にまでは届かない!


仮にも自分の一部を餌にするだなんて、血も涙も無いだと?
他の『自分』を食い潰してきたお前にだけは、言われる義理がねぇな

お前にみすみす『僕』を差し出すくらいなら、こうした方がずっとマシだよ

それとも、こっちの姿はムカつくくらいに上等に写した癖に、俺の考えまでは読めないのか?
そんな鏡に価値はない






 洞窟の出口の光を越えた先に、村井・樹は立っていた。
 緩めたタイに肩からかけた上着姿。
 あの場所で話しかけてくれた、優しい『僕』の声はもう聞こえない。
(「にしても……」)
 目の前に立つ存在に、彼は訝し気な視線を向ける。
 その立ち姿は『不良』そのもの。そして、前に立つ自身もまた、今は『不良』なのだった。
 鏡の間のように、反射して映った虚像というわけではない。
 ならばなぜ『紳士』の姿を相手は取らないのか――?
(「疑問は尽きないが……『紳士』が下がった、ってことは、この先は俺が戦えってことなんだろうな」)
 どこか釈然としない思いを抱きつつ、不良はもう一人の自分へと向き直る。
 どんな状況になろうとも、やることは変わらないのだろう。
 そして――不良自身にそれを拒む気は、欠片もない。
「まあいい、荒事は俺の分野だからな……」
『アンタ、俺だな』
「……俺、かもな。だったら何だ」
 かけられた声は、どこか不思議な響きをもって耳朶を震わせる。
 自分の声というのは、どこか他人のもののように聞こえるものだ。
『……別に。戦うだけだ』
「それ自体は面倒だな……まあ、戦わないといけないんだろうな」
『互いにな。俺は2人も必要ない』
 左手に紫色の“もの”を纏い、2人の不良は身構える。
 ――不良(おれ)と相対するというのも、不思議な感覚だな。
 しかし、それが“僕”のためだというのなら――。
「『行くぞ、俺(不良)――!』」
 ――戦わざる負えないだろう。

 メメ君と融合した紫色のオーラを纏い、繰り出された拳がぶつかり合う。
 まったく同じ力、同じ威力。数度の打撃を経て相殺された力は霧散し、互いに繰り出した蹴りは宙を薙ぐ。
 仕切り直しと後ろに飛ぶタイミングさえも、まったくの同一だ。
「影みたいなやつだな」
『……さあな』
(「不良」)
「……何だ」
(「贄を用意しましょう。異様な力を感じます」)
「……分かった」
 脳裏へと、奥から響く“紳士(おれ)”の声。
 執行者である不良に対し、紳士の役目は代弁者――頭脳の担当は紳士なのだ。
 紳士の言葉は同じ目的へと辿り着くためのものであり、それは自身も同じくするもの。
 だから、不良は動こうとする身体を抑え、ひとまず彼の言うとおりに力を発現させる。
 その力は、彼のユーベルコード「空虚なる『贄』」――。
「……!」
(「――当たりですね」)
 グシャリ――と、潰れたと思って欲しい。

 それは“グシャリ”かもしれないし、“グチャリ”かもしれない。
 或いは音などないのかもしれず、或いはすっと消えるだけのようなものかもしれない。
 だが――作り出した“贄の人格(ジョン・ドゥ)”が、何かに喰われたことだけは事実。
『消えない……?』
「……アンタの呪いは、届かないぞ」
『…………』
 映し鏡である敵にとって、オリジナルと成り代わるための手段としてこれほどはない方法だったのだろう。
 不良を象った“ソレ”から戸惑いの色が見て取れる。
 しかし――防ぐことができた今、そんなものは、どちらでもいいのだ。
「お前は、今……“何をしようとした?”」
『……』
「きちんと想像したか? 自分が喰らう者の姿を。きちんと思い浮かべたか? 自分が喰らおうとした者の、根幹を」
 たった今、目の前の敵が食い散らかしたのは、村井・樹の上辺――いわば『枝葉』の部分に過ぎない。
 なぜなら、そうなるように贄の人格をけしかけたから。
 そして、敵が本当に喰おうとしていたものは――。

「間違えたな」
『何をだ』
「……アンタは、自分が喰おうとしたものが何か分かるか」
『…………』
「アンタは……」
(「あの、不良……?」)
「うるせぇ、黙ってろ」
 湧き上がる不快な感情を隠そうともしない不良は、紳士の言葉を一刀のもとに切り伏せる。
「理解できねぇみたいだな」
『自分が喰われそうになったからだろ』
「違うな……少なくとも、他の“自分”を食い潰してきたお前が言える義理じゃねぇ」
『――!』
 不良は拳を交え、贄を喰らった攻撃を見て、目の前のUDCの特性を粗方理解していた。
 いつもは紳士の領分だが、今回は違う。
 何故なら、目の前の敵は、大切な“僕”を喰らおうとしたのだ――。
「お前に“僕”を出しだすくらいなら、自分を切り取った方が百倍マシだ。そんな考えも読めないのか? 姿形だけはしっかり写したみたいだが」
『……お前』
 不良は、そっと身構えた。
 眉間に寄った皺の深さが、何よりも彼の怒りを表している。
 拳を引き、紫を纏わせる。増した力は、衝撃を伝達することにのみ特化する。

 紳士ももう、何も言わなかった。
 大切な“僕”へと仇成す存在を許すことができないのは、互いに同じ――。
「――アンタは“俺(私)”を怒らせた――!」
 ダン、と踏み込んだ床が、紫色に触れて罅割れる。
 突き出された拳が、周囲へと万遍なく衝撃を伝達した。
 その先にある結末は――。

 ――――――――パリン、だ。


「……呆気なかったな」
 割れた鏡の破片を不良は手袋で弄ぶ。
 少なくとも、もうそこから何かを得ることはできないだろう。
(「仕方ありませんね。あのUDCは排除すべきでした」)
「ならいい。すべきことをしただけだ」

『――ありがとう』
「「……!」」

 目の前に散らばる鏡の一片から、声が聞こえた気がした。ふと見れば、大き目の破片に自身の顔が映っている。
 そこに映る村井・樹の表情が、一瞬、ふっと微笑んだような――。
「…………」
 しかし、目を擦り瞬きをした後には、ただいつもの『不良』の顔がそこに在るだけなのだった。
「……気のせい、だよな」
 呟く独白は、迷宮内に余韻をもって響くのだった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

イネス・ガーランド
最後の相手は自身ですか
私を斬り得られる物とは何でしょう
確かに貴女は数秒、数分、数時間前の私その物。いや、今の私もこれと変わらない
ただ気付いただけの違い。その僅かな差が如何に剣閃に響くのか試させて頂きます

……一
「貴女はそれで良いの?」
えぇ、私はこれからも迷うのでしょう、その度に足を止めてしまう

……二
「何も解決していない」
ですがそれで良いのです、悩み、朽ちて、折れたのだとしても

……三
「休んでもよいんだよ?」
また立ち上がり刀を振るう。
今までも、これからも、ただこれだけだったのですから

───四
聞きたいことは以上でしょうか?なればこの四閃にて終とさせて頂きます

自身を斬るというのも中々に貴重な経験でしたね




 鬱屈とした洞窟の暗闇からイネス・ガーランドは歩き出た。
 その足音はどこまでも規則的で、聞く者が聞けば彼女の技量にすぐさま気が付いたことだろう。
 揺れる髪の紫と共に響くそれは、左右共にまったく音の変化がなく――重心がどちらにも偏っていないことに他ならない。
 並大抵の鍛錬で成せる技でないことは誰の目にも明らかだ。
「聞いてはいましたが……最後の相手は貴女ですか」
『えぇ、私です』
 対して、目の前に佇む敵も同じ歩み方をしている。その立ち姿はどこまでも同じ紫。
 背格好から容姿、従者の服装、そして恐らくは服の内側にある仕込み刀まで――イネス・ガーランド。自分自身によく似ていた。

 似ている、というのも語弊があるだろうか。
 彼女は、しかし今の状況を誰よりも正しく理解している。
「自身を相手にするとは、不思議な感覚でございますね」
 そう、目の前に立つのは彼女自身――。

 じっと自身と同じ虹彩を見つめ、奥底を覗こうとすれば、そこに見えてくるのは空虚な色。
 その虚には見覚えがあった。
 幾許か前に鏡の間で見た、虚像の自分だ。
『……参りましょう』
 視線を合わせていた自身の虚像は、何に導かれるでもなくぽつりとそう零す。
「……是非もありません」
 息をするように返事を返した彼女は――虚像と同じ動作で、仕込み刀を抜き放った。
 鋭く磨かれた刃は、光源などないはずのその空間で、キラリと弧を光らせる。

 ――達人は目で語る、という。
 ならば彼女たちの唐突な行動も、きっと直前の視線のぶつけ合いに意味があったのだろう。
 オリジナルのイネスも、虚像の彼女も――“戦うしかない”ということを本能の部分で悟っていたのだ。
 2人は刃を手に力を抜き、構え――そこに訪れる、一時の静寂。
 そこに緊張感などというものはない。道を歩くのと同じように、唯、それが自然な動作であるかのように2人の姿はそこに在る。

 ――――耳が痛いほどの静けさを破ったのは、一筋の線だった。

 空間に刹那の間に迸った2つの剣閃が交わり、遅れて空気が爆ぜ音を撒き散らす。
 肉眼で終える速度などとうに置き去りにしたイネスの踏み込みは、ぶつかりあった刀の音が1秒遅れて聞こえる程にまで洗練されたもの。
 少なくとも、今ここに在り続けられるのは、彼女と同じ“境地”に達した者のみ――。
『……貴女は、それで良いの?』
 拮抗した力に動じることもなく、虚像の言葉が耳朶へと響く。目的を見誤り、手探りで彷徨っていた、かつての自分を思い出す。
(「私は、これからも迷い、その度に足を止めるのでしょう……今の私の周りには、そう“させる”ものが多すぎる――」)
 だが、イネスはそれを不思議と煩わしいとは思わないのだ。
 だから、彼女の答えは――。
「――良いのです」
 2度、空気が鳴る。
 先とは違う軌跡で空間に描かれた2つの光の線がまた交わり、火花を散らす。

 彼女の目は、自身の描く弧と虚像の描く弧が似て非なるものであることをしっかりと見て取った。
 虚像の描いた閃光は、微かに、問題ない程度ではあるが小刻みに震えている。
『……それでは何も解決しない』
 微かに眉を顰めた虚像の自分が目の前にある。
「――それで良いのです。解決などせずとも」
 何をどうしようとも、迷いは生まれるだろう。
 だが、それは“在っていい迷い”だ。迷いたくて迷う、私の“境地”へと至る道だ。
 ならば、そこで悩み、朽ち果て折れたとしても――それは、本望!

『休んでもいいんだよ?』
 迷い、座り込み、折れそうになって。そんな時は休んでもいいと、目の前の自分は云う。
 もう一人で無理をしなくても、無茶をしなくても――それは、微かに甘い響きを持ってイネスの耳を震わせる。
 嗚呼、それは確かに楽な道で、誰かに迷惑をかける道でもないのだろう。
 けれど――。
「――否」
 彼女の心が、甘い誘いに揺れることはない。なぜなら、もう決めているからだ。
「私は、何度でも立ち上がり、刀を振るいましょう……今までも、これからも。私にできることはこれだけ……」
 2人は同時に刀を引き、その刃を身体の後ろへと隠す。
 そして敵へと一歩を踏み出した。彼女のユーベルコード『終閃』は、この4回目の技で相手を切り捨てる――。

「――いえ、違いますね」

 ――――時間が、ゆっくりと流れている気がした。
 舞い散る埃、はためく服の裾。そして敵が踏み込む姿さえも――その一挙手一投足が、しっかりと見て取れる。
 だから、彼女は気づく。虚像の全てにありありと浮かぶ、自身の持っていた迷いの空気に。
 それは、彼女にとっては突くのが容易なほどに大きな隙で――きっと、自分の脆さだったのだろう。

 ――だから、今は――――小さく手首を返し刃を光らせて―――。

「迷いは隙を生む……私は、そう――」
 ――“できること”じゃない。これは、私の“やりたいこと”――――!

 ズバン――と、空間を裂く亀裂と共に、光が一直線に駆け抜けた。
 床と並行に薙いだその一閃は、世界中のどんな線よりも、真っ直ぐに伸びていたという――。


 遊園地のゲートに、揺れる紫色があった。
 春の陽に照らされた従者服の後ろ姿は、どこか足取り軽く、コツコツと規則正しく響く音は相も変わらず。
 だが――彼女の視線は、まっすぐ前を見つめていた。
 それはきっと、彼女の“心の目”も――自身が思う、“剣の境地”へと寄り道をする為に。
 迷わないように、前を見て歩くのだった――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

霊ヶ峰・ソーニャ
また、お前、か
失った物は、取り戻した。自分自身が敵だというのなら、乗り越える、それだけ
持てる技術を駆使して戦う
攻撃:全力魔法、属性攻撃、念動力、高速詠唱、2回攻撃、衝撃波
防御:第六感、フェアリーランドによる回避、ペトラ・ドニシによる自己サイズ可変による回避
メギドフレイム・ラヴァやウィザードミサイル、エレメンタル・ファンタジアを使って倒す
ここまでしても、全部相殺……か
あの時、力不足で皆を救えなかった。その時よりは強くなってる、筈
それでも足らない?
この映し身が、出会った時の力だとしたら、超えるためには?
一族の秘技……あの時はダメだったが、今なら出来るか?いや、やるだけだ
今こそ、力を――(指定UC




 光へと歩み出た先に立っていた人影を認め、霊ヶ峰・ソーニャは微かに目を細める。
 流れるような銀髪に、静かな光を湛える青い瞳。見慣れた衣装と、何よりも、髪に光る髪飾り――。
「……また、お前、か」
『…………』
 もう一人の霊ヶ峰・ソーニャがそこに居た。

 まったく予想をしていなかったといえば嘘になる。
 鏡の間で虚像と対峙したその瞬間から、身体に妙な違和感を覚えていたからだ。
 それは、鏡の主である敵のUDCの能力なのだが――そこまでは彼女が知る由もない。
『……私、か』
「…………敵?」
『……そう』
 本人と同じく、かなりあっさりと頷いた彼女は杖を構える。
 その返答をソーニャ自身も不思議には思わない。なぜなら、自分なら特に誤魔化すなどぜずにそう答えるだろうと判っていたからだ。
 ――誤魔化すとか、面倒なのだ。正面から一撃で押し潰せばいいだけの話。
『炎よ、集え。風よ、集え――』
「土よ、集え。集いて纏まり、固まり、束縛せよ――」
 2人同時に口を開き、紡ぎ始めた詠唱の声。
 それもまた同時に光の灯る杖の先が、開戦の狼煙を上げたのだ。

 ――炎の矢が乱れ飛び、風に乗って速度を増す。飛来するそれをソーニャは妖精の身軽さでひらり、ひらりと躱していく。
 土魔法は的である身体の小ささで阻まれ、命中率を上げるために収束させて放つ炎弾は風魔法に掻き消された。
 相手の使う魔法の全てが、自身の見知った魔法。体に使い方が染みつき、それ故に回避と防御の方法も、弱点が何であるかも誰よりも知っている。
 だからこその、拮抗――。
(「……これが、私、か……」)
 こう回避されるのだろうな、自身ならこう防御する――そう思った通りの行動を見せる虚像の動きを視線で追いつつ、彼女は独り言ちる。
 予測はできても、手は出せない。カウンターがあることを知っているから。
「『エレメンタル・ファンタジア――』」
 同時に組み上げた術式は、巨大な炎の竜巻と膨大な量の水がぶつかり合うことによって霧散する。
 たちこめる水蒸気と水煙だけが結果として残り、それはソーニャにとって互いにダメージ足りえない。
(「力が、足り、ない……? 私が、私、を倒せる、方法……」)
 微かにできた時間を見つけてソーニャは考える。今の自分にできる、自分を倒すための最善の方法。
 火力をぶつけるか? ――否。それはただ、同じことの繰り返しだ。
 ならば、どうするか?

「…………」
 虚像の自分と、オリジナルの自分自身。
 同じ実力を持つ同一の存在だからこそ、自分たちの戦いは拮抗している。
 ――自分と、虚像との間に何か違いはあるだろうか。
 虚像の自分に勝るところが、自分――今ここに立つ霊ヶ峰・ソーニャにあるだろうか?
「――――……ある」
 ソーニャは、そっと目を閉じた。
 瞼の裏に浮かぶのは、洞窟で思い出した、昔の光景――。

 ――星降郷が蹂躙される“さま”を唇を噛んで見ていることしかできなかった。
 それは、自分にソレを倒せる“力”が足りなかったから。
 どれだけ立ち向かい、故郷を護ろうと策を巡らせようと、自分にどうにかできるだけの力がなければ、それは机上の空論にすぎない。
 ――もし、この場所に数秒で魔法陣を引けたら。
 ――もし、動ける仲間がもっといたら。
 ――もし、私にアレを倒せる術が使えたら。
 或いは、救えていたかもしれない――。
「……アレ、か……」
 少女の口から零れ出た言葉は、か細い声で空気を揺らす。

 ソーニャには、一つだけ使えない術がある。
 それは、一族の秘技となる式。
 あの時、滅ぼされていく故郷を前にして、自身がそれを使えないことを何よりも悔やみ、後悔した術。
 今の私に使えるだろうか。昔より強くなったとはいえ、あの時使えなかった私に――。
「――……いや」
 霊ヶ峰・ソーニャは目を開く。
 あの時使えなかったから、何だというのだ。今の私に、それが使えない道理などあるものか。
 ――ならば、やるだけだ。

「星よ――」
『……! それ、は……』
 虚像のソーニャが驚いたように目を見開く。
 星よ。その節から始まる術式が、自身には扱えない一族の秘技だと知って。
 だが――目の前のオリジナルの自分は、詠唱の言葉を紡ぐ。
「星よ。流れ、煌き、集いて、爆ぜよ、叶えよ……」
 体の中で編まれる膨大な魔力が、自身のいつもの術式で使う量を軽く凌駕する。
 暴れる術式を抑え込み、その痛みに耐え、それでも彼女は式を組む。
『壊れ、る……』
 虚像から見ても、その姿は限界を超えていた。
 小さな身にはそぐわない、大きく巨大な術式と魔力。それは下手をすれば身を滅ぼし、消滅させかねない危険性さえも秘めている。
 ――――でも。
「………我が意の下……」
 ソーニャは髪へと手を伸ばし、外した髪飾りを握り締めた。
 唯一の形見であるこれが、自身に力を貸してくれると信じて。
「……!」
 ――瞬間、因果がすり替わる――。

 手の中の髪飾りから、温かい“何か”が体に流れ込む。
 それは体の中で暴走しかけていた魔力の無駄な部分を削ぎ落し、安定させる。
 ――揺れに揺れていた船は、平穏な海原へと漕ぎ出した。
 膨らみ、膨らんで、爆ぜることなく大きくなる魔力。
 あぁ、今ならきっと、どんな術だって使えるに違いない――。
「その力を示し、報え……」
『……!』
 完了した詠唱は、その力を周囲へと発現する。

 2人の立っている場所は、星々の乱れ飛ぶ銀河系であった。
 これが心象風景に過ぎないと分かっていても尚、目を奪われるほどの純粋な光の数。
 迷宮内の無機物である床や天井が剥がれ、浮かぶ。星々が彼女へと味方する。

 それは、彼女の故郷の名前を踏襲した、一族の秘技に相応しい術式であった。
 滅すべき敵へと向けて、星を降らせる術。その、術式の名は――――。
「―――――ステラ・カデンテ――!」


 ゲート前の売店で、もくもくと菓子パンを咀嚼する妖精の姿がある。
 その顔は無表情ながらもとても楽し気で、うまうまと聞こえてきそうな食べっぷりは、今の状況を十分に楽しんでいるのだろう。

 そんな彼女の髪の上で、髪飾りが陽の光を浴びてきらりと輝いた。その光は、天に煌めく星々によく似ている。
「……蜂蜜、か」
 ふらふらと、次の売店へと引き寄せられる愛らしい腹ペコ妖精。
 空に浮かぶ太陽と月と、星座を象る星たちに。その命の瞬きは、きっと届いているだろう――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花塚・メアリ
【理想郷】

恐怖を感じなくなったはずの心が鏡に背を向けようとする、弱い少女を直視できず目を背けて駆ける

世界の悪を斬ろうと決意したのは、少女の弱さを隠す為

私は父親を殺した
ヴァンパイアだけど肉親でもあった

表面上は強くて明るいメアリを演じ続けてきた……でも本当の私は、殺した父親が夢に出てきて毎晩泣いてしまう少女

鏡の中の自分が「私はなんで父親を殺してしまったの?」と泣き始めて私も涙を堪え切れなくなる

頭では私は正しい事をやったと理解していても心はそうはいかなかった

洞窟の前で泣いてる所をモースに見られた、手を差し伸べられる

彼は私を守ると言った、こんな私でも隣にいて良いと言ってくれた彼の為に私も精一杯応えよう


モース・レフレクソン
【理想郷】

・目的
過去を乗り越え先へと進む

・行動
思い出した…俺はここで誓う…全ての兄弟を守ると…仲間を守ると…

ん…?あれは…メアリか?…奴の精神攻撃を受けているのか!
やらせはしない…メアリは必ず守る…
(精神的に疲弊しているメアリに大丈夫だと落ち着かせる。)

おい鏡野郎…わかったぞ…お前は偽物ではなく本物だ…だが、今ではなく過去を写している…
お前は…いや俺はまだ復讐心に囚われているだろう。決して許せはしないさ…
だが、過去より今…そして未来にも大事なものがある…俺はそれを守る…!!

一緒に来てくれるか?メアリ


※モースは目や攻撃エフェクトは青色ですが、偽モースは赤色

※最後同じUCのぶつかり合いを狙います




 表裏一体、という言葉を知っているだろうか。
 表と裏。それは互いが互いに不可侵であり、どちらかがあれば必ずもう片方が存在する。
 どちらも表模様のコインがあろうとも、今見ている面が表であれば、必ず見えていない側は“裏面”となるのだ。
 そして、それは無機物に限らず、心にとっても同じこと――。

 花塚・メアリは、目を伏せて走っていた。
 迷宮内の『鏡』から目を逸らし、見えないように顔を伏せて。逃げるように走っていた。
 それは、彼女からすればあり得ないこと。恐怖を感じないはずの自分が、“何かから逃げようとする”などと、そんなことはあり得ないのだから。
 ――だが、現実は違う。今も彼女は、迷宮の中を一言も発さずに駆け続けている。
『ねえ、どうして……?』
「……っ!」
 そんな彼女の目の前に、逃げていたはずの鏡が立ち塞がった。
 足を止め、唖然と目の前のそれを見つめるメアリ。
 ミラー・ラビリンス――その名の通り、何処へ逃げようと、鏡はいつでもそこにある。
「なんで……」
『ねえ、私――』
「……っ…言わないでッ!」
 メアリは、聞こえてくる自身の言葉を遮った。
 眼前の鏡の中に見える自分と、聞こえてくる声が――今にも泣きそうな顔をしていたから。
 努めて明るくあろうとする彼女の心に、ヒヤリと冷たい“何か”が入り込む――。

 ――花塚・メアリは、世界の闇を断ち切るダンピールである。
 悪を切り裂き、正義を成す。それが彼女のスタンスであり、いつも公言している元気少女、花塚・メアリだ。
 しかし、その明るい彼女は、彼女自身が自分の弱さを隠すために作り出した“花塚・メアリ”に過ぎない。
 本当の彼女は、毎晩のように枕を涙で濡らす、年相応の――か弱い、ただの少女でしかないのだ。

 “花塚・メアリ”が、“メアリ”へと問いかける。
『私は……』
「…………」
『私はなんで、父親を殺してしまったの?』
「……っ」
 メアリは俯き、唇を噛む。それは、彼女の核心へと触れる言葉であった。
 剥き出しの心をザラザラの鑢で撫でられたかのような不快感と悲嘆の感情が、彼女の全身へ震えとなって広がっていく。
『なんで……どうして……』
「…、っう……」
 視界が滲み、温かい雫が頬を伝って地へ落ちる――。

 死んで当然の父親だった。
 誰かに事情を話せば「そうするのが正解だった」と、諸手を上げて彼女を褒め称えるほどに。
 ヴァンパイアだからとか、父親だからとか、そういうのを抜きにして。彼女が父親のしたことを許すことはないだろう。
 しかし――しかし、だ。
 父親は、どこまでも父親で――彼は、娘のことを心から愛していたのだ。
「なんで……っ…」
 “愛している”と。死に際に放たれた父の言葉が、今も彼女の耳の奥に残り続けている。

 正しいことをしたと思っている。成すべきことだったと確信している。
「けど……泣かずになんて、いられないじゃない……」
 ぽた、ぽたと零れ落ちる涙が更に溢れ、頬を濡らす。
 毎晩そうしていることをそこでしているに過ぎなかった。
『私は……私は……』
「……おい、メアリ」
「……?!」
 滲んだ視界の隅に、手の肌色が広がった。


「落ち着け、メアリ。敵の精神攻撃だ。気をしっかり持て」
「ぅ、……ぁ」
「落ち着け、大丈夫だ……これか」
 涙を流すメアリへと手を差し伸べたのは、モース・レフレクソン。
 彼は彼女の目の前にあった鏡を差し伸べた手とは違う手で殴りつける。
 鏡に映ったメアリは罅割れ、バラバラに砕け散り――彼女の声は、もう聞こえない。
「も、モース……」
「あぁ、俺だ。大丈夫――」
『――許さない』
「……!」
 モースは咄嗟に、メアリを引き倒すようにして横っ飛びに跳躍する。
 数瞬前まで2人のいた場所を、乾いた連射音と共に発射された弾丸の雨が通過した。
『許さない……』
「アンタ、俺の……」
 発射音の元凶へと即座に視線を巡らせたモースは、見覚えのあるものを見た。
 それは、鏡の間で鏡界の向こうに見た、自分の虚像――それが、実体をもって目の前に立っている。
「……偽物か」
『…………俺は、許せないだけだ』
「――!」
 モースは起き上がり、へたり込むメアリを護るように立つ。
 彼女のこんな姿は初めて見た。だが、なぜか不思議には思えない。
 自分に復讐心という隠しや自身があるように、彼女にもそれがあるだけなのだろうから。
 そして――目の前の自分が発する復讐という言葉は、本物であることも理解できる。
「……本物、だな。鏡野郎、お前は確かに本物だ……」
『許せないだろう、あいつ等を。大切なものを奪った、あいつ等を――』
「…………あぁ、そうだな。許せない」
「……」
 メアリの耳に会話だけは聞こえてくるものの、何の話をしているのかは皆目見当がつかなかった。
 しかし、モースに「許せない」と言わせるほどの仇がいて、それに復讐心を募らせていることだけは分かる。
『復讐を遂げるんだ……俺の、この手で――』
「…………」
「モース……」
「……分かってるさ」
 モース・レフレクソンは自身の手を見つめている。
 復讐を、果たす。この手で。それはたぶん、自分が思っているよりも、ずっと難しい道のりだ。けれど、納得もできる道。

 だが――。
「……止めだ」
『……何を――』
「――黙れ!」
 変えられた――否、変わった青年は、昔の自分へ啖呵を切る。
「そうだ。俺には……まだ、復讐したい気持ちがある。復讐心に囚われていると笑ってもいい」
『そうだろう』
「ああ、決して許せはしないさ……だがな――」
 彼はそっと、拳を構え引き絞る。
 義手で作った握り拳を、左眼と同じ蒼い炎が包み込む。
 そして――ちらりと、背後から自分を見つめるメアリを見た。
「――過去よりも、今と、そして未来だ」
 ――モースは今、自分のためと――そして、背後にいるメアリのために拳を握っていた。
 誰かのために立ち上がるなど、そんなのは初めてのことで。自分でもどうして、こうしているのか分からない。
 けれど――それは、少なくとも、悪い気分ではなかった。
「俺には、今と未来に……大切なものがある。あの日から今までで、新しく出来たものだ。同じくらい、大切なものだ」
『…………戯言だ』
「そう思うなら、思えばいい。俺は――」
 虚像も彼と同じように、拳を引き絞る。
 纏うのは紅き炎。2人拳に纏わせるは、炎の揺らめきと電気が飛び交うようなビリビリとしたスパーク音。
「俺は――今大切なものを、守る――――!」
『ァァァアア――!!』


 時間がやけにゆっくりと流れているように感じる。
 今まさに拳を握り締め、虚像の彼自身と交わろうとしているモースが「自分のことを護る」といってくれたことが、未だに信じられなかった。
 自覚すれば、小さく胸が跳ねる。頬が火照って熱くなる。
 ――あぁ、わからない、わからないわ。
「モース……!」

 ――――止まった時間の中に2人はいた。
 モノクロに塗り潰された世界の中で、2人の声だけが変わらず動き続けている。
「何だ、メアリ」
「……ありがとう」
「…………」
 弱い部分を見せる自分に、物怖じせずに手を差し伸べてくれた。
 それは、彼女にとって、何よりも嬉しいことで――。
「メアリ」
「……何?」
「俺は、俺の復讐心に……アイツに勝てるかわからない」
「……うん」
「…………一緒に、来てくれるか?」
「――――!」
 その言葉を聞いた途端、心に広がる感情を何と表現していいのか分からなかった。
 歓喜、でいいのだろうか。体が震える。肩が喜びを表すように跳ねる。
 それは、メアリにとって“何よりも嬉しいこと”が増えた瞬間で――彼女はそっと、袖で涙を拭う。
 自分の弱さに一時の別れを告げるために。今は心の内に仕舞い込むために。
 ――そして、いつもの笑顔で、にっこりと微笑んだのだ。
「――――当たり前じゃない!」
 メアリの返答に、モースは誰にも分からないほど、ふっと口元を綻ばせた。

 時の止まった世界の中で、メアリは刀を構えてモースの横に並び立つ。
「……行くわよ」
「あぁ……行くぞ」
 ――――時間がまた、動き出す――。

「「はぁぁぁぁぁああッ――――!」」
『――――ッ!!』
 ぶつかり合う拳と刀。
 拮抗したスパークは互いに火花を散らし――迷宮内のその場所は、小規模な爆発へと飲み込まれた――――。


 遊園地の片隅にあるベンチで、銀色の少女が隣に座る青年の口元にアイスなど運んでいる。
 数度、サイボーグだからとか理由をつけて断っていた彼は、最後には渋々とそれを口に運んだ。
 何故か小さくガッツポーズを取る少女に、やはり無表情を崩さず口を動かし続ける青年。

 そんな2人の姿を、幸せな喧騒と晴れやかな春の陽の光が、いつまでも、いつまでも見守っていた――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

スカーレット・ブラックモア
アドリブ◎

誰かの姿を借りねばならない怪物か
なるほど、実に哀れだ
醜悪なコピーを晒し続ける前に仕留めてやろう

恐らく奴は今の私の姿を借りるだろうが躊躇いはない
寧ろ本当に私でいいのか?
私の戦い方は私自身が研鑽したもの、先代の知恵を吸収しつくしたもの
武器も、技術も、何もかも、急ごしらえの仮初の体で自由に使いこなせるほど安易なものではない

オルトロスヴァイパーのギミックを操作し鎌状に変形させる
故に、速やかに、鮮やかに、【暗獄解体術・壱型】でその首を刎ねてしまおう
その体、向いてないぞ




 スカーレット・ブラックモアは、自身と瓜二つの誰かを視界に収めていた。
 波打った金の髪に、赤い瞳。纏った灰色の雰囲気も酷似している。
「私か。いや……」
『……』
「誰かの姿を借りねばならない……さしずめ怪物、か」
 スカーレットは顎に手をやり、そう独り言ちる。

 怪物といえど、自身の顔と背格好をしたその姿に、思うところがないわけではない。
 弟を守るために率先して受け入れた、少年の姿。
 洞窟で見た、本来の年相応の青年の姿とは似ても似つかない――しかし、誇りを持てる姿だ。
「……しかし、なるほど。実に哀れだな……ただの模造品。コピー、か……」
 ふむ、と自身のコピーの姿を眺めまわすスカーレット。
「…………」
 しかし、そんな彼の脳裏に、ひとつの想いが過る――。

 スカーレット・ブラックモアは、弟を戦禍から遠ざけ守るために今の姿と相成った。
 それは、目の前にあるコピーされた姿であり、今の自分の身体でもある。
 ――それを後悔したことはない。憧れはすれど、だ。
 だが――考えれば、どうだ。私の目的は、弟を守ること。それは今も昔も変わらない。
 私が一人で、弟を守る。しかしそれは、もし自分が2人になれたなら、更に盤石になるのではないか。
「……試してやろう」
『何を?』
「そうだな――教えてやろう」
 そう口にして、手に取りだすのは処刑具――オルトロスヴァイパー。
 ガシャリ、と音をたてて鎌状に変形したそれは、彼の好む武器のひとつ。
「――醜悪なお前に、私が使う程度の価値があるのかをだ」
『……言ってくれる』
 互いに同じ武具を携えて、2人は同時に地を蹴った――。

 ――金属音が鳴り響き、同時にビリビリとした振動が腕へと伝わる。
 顔を顰めたのは、虚像のスカーレット。対するオリジナルの彼は、訝し気な視線を相手へと向けていた。
「……ふむ?」
 なぜなら、あまりにも相手の攻撃が軽すぎたから。
 自身と同じ力を持っている同一の存在であるのなら、もう少し強く衝撃が来たはずだ。
「お前……」
『……!』
 更に迫ってくる虚像の自分に、今度は打ち合うのではなく防御に専念して2合、3合と武器を受ける。
「…………」
 彼は黙り込み、武器を構え離れた相手をみやる。
 疑いの混じる程度だった視線は、今や呆れの色に染まっていた。
「所詮はコピー、仮初の身体ということか……経験までは写せていないな。姿形は、綺麗に切り取ったようだが」
『ぐ……』
 事実、今の3合目で薄く裂かれた虚像の服が、その言葉を裏付けている。

 彼は、はあと溜息をついた。随分と期待外れだったが故に。
「……もういい。飽きた。お前には、可及的速やかに退場願おう」
『何を――!』
「もういい、といったんだ」
 ジャキン――と、オルトロスヴァイパーのギミックが動き出す。
 同時、彼もトップスピードで地面を蹴っていた。

 迫る鎌の刃、踏み込みは1歩で5歩分。
 気づいた時には、首元まで死神の刃が迫っている――それが、スカーレットのユーベルコード『暗獄解体術・壱型(マズクビヲハネヨ)』。
『なっ――』
「――その体、向いてないぞ」
 ――――出直してこい、と。耳元で呟かれた言葉を最後に、虚像の首と胴体は永遠に分かたれるのだった――。


「……つくづく、似合わないな」
 親子連れの多い遊園地を独り、出口へ向けて歩くスカーレット・ブラックモア。
 あまりにも居心地のよろしくない空間に彼はそっと眉を顰める。

 今の彼に「不自然には見えない」などと言えば、きっと怒られてしまうだろうか。
 彼の行動は、いつでも弟を守るために。その力は振るわれるのだ――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

上城・クロウ
【WIZ】
「...私の模倣、ですか。」
特段、驚くことは無い。元々自分は作られた存在...記録にはないが、同型の存在がいてもおかしくはないのだ。...自分が稼働している時点で、彼らは失敗したのかもしれないが。そこに思うことは無い。
今は。
「性能・戦術の把握は実にたやすい。私自身なのですから。」
故に、学ぶこともない。分析も終わっている事象だ。
「...ああ、やはりそれを選択しましたか。」
先に動かせて、見て、打ち破る。
手札を全て把握してるのなら、後の先を取るのは実にたやすい。
最適な動作で二刀を振るう。
「...存外、つまらないものですね。自分を打ち倒すというのは」
その目はどこまでも機械的だった。




 ただ機械的な思考をしながら光を踏み越えた先で、上城・クロウは立ち止まる。
 彼の歩みが止まることは、実はあまりない。世界を見て、知ること――その目的が果たせる可能性のあるものは、そのあたりにごろごろと転がっているものではないからだ。
 だが、しかし――今、目の前にそれはあった。
『また会いましたね、私』
「……私ですか」
 目の前に立っていたのは、上城・クロウ――自分自身と瓜二つの、ミレナリィドール。
 どこを取ろうが自分の違いのないその姿に、彼は静かに思考を巡らせる。
(「私はここに居る、つまりこれは模倣品……? 確かに、元々自分は造られた存在です」)
 自身の主、“賢者”に彼は創り出された。
 ならば、自身の記録にはなくとも、自分と同型――同じミレナリィドールが存在し、目の前に実在したとしても、なんらおかしいことはないのだ。
「……成程、同型ですね」
『……いや、私は――』
「――失敗作ですか?」
『…………』
 たった今、自分が正しく稼働している時点で、彼らは失敗したのかもしれない。
 そんなことを考えようと、クロウの胸中に訪れるものはなにもない――少なくとも、今は。
「しかし、こうなると不都合ですね。主の命題の遂行に、齟齬が出てしまう……」
 既に、同じ猟兵と会話を交わした履歴も多い。
 彼等と目の前の自分が出会えば、それは自身の認識に多大な影響を及ぼしかねないだろう。
 ならば――この場所で排除しておくのが、最も主の命題を遂行できる最善手なのではないか。
「…………決定です。あなたをここで排除する」
『…………同じく、あなたを排除します』
 同時、刃を向け合う2人のクロウ。
 何の合図もゴングもなく、ただ静かに、そして唐突に。
 戦いの火蓋は切って落とされたのだ――。

 ――戦いは、彼にとって実に“つまらない”展開と化していた。
「……あぁ、やはりそれを選択しましたか」
『――!』
 虚像のクロウの腹部をフォースセイバーの切っ先が切り裂いていく。
 互いに自身の分析を終えていて、自分であるが故に性能も理解している。
 どこまで腕が駆動するのか、どこまでの負荷に耐えられるのか。それを計算した上で、次にどう動くのか?

 ――積み重なったデータを処理し、それを記憶と戦術へと転換する。
 それは即ち、常に成長を続けるAIと同じ原理であり――成長しない虚像にとって、目の前に自分というのは、常に成長する敵に等しい。
 自身の成長はストップし、敵のレベルだけがうなぎ上りに上がっていく。これほど勝ち目のない戦いも他にないだろう。
「……得られるものが何もない。観察も、解析も必要ありません。実につまらない」
『これは……無駄ですね。負けが確定している』
 虚像のクロウが分析結果を漏らすのはご愛敬。彼が逆の立場であってもそうするだろう。
「もう、終わらせましょう。あなたは骸となって、眠っていて下さい」
 二刀のフォースセイバーを携えて、虚像の自分を迎撃するクロウ。
 その刀は当たり前というべきか、予定調和のように虚像の刀をすり抜け、真っ二つに切り裂いて――物言わぬ残骸の仲間入りをさせるのだった。


「…………遊園地というのは、情報量の多い場所ですね。素晴らしいことです」
 きょろきょろと周囲を見回しながら歩くかれが飽きることはない。
 この場所は、自身の知識だけでは測れないものがたくさんあって――遊園地の商売戦略的にも、彼の知識データベース上に存在しないものさえ出てくるのだ。
 そんな場所が、彼にとって面白くないはずがなく――迷宮を出てからこの方、数時間ほど入り浸っているのだった。

 しかし、彼の“面白い”は、まだ感情から来るものではない。
 主の命題の完成に近づくことができるから――それを便宜上、伝わるようにそう呼称しているに過ぎないのだ。
 だから、その瞳は、まだどこまでも機械的で――子供の落としたおもちゃを拾っても、それは変わらず。
「……もう落とさないように」
「ありがとう!」
「えぇ、もう行きなさい」
 駆けていく子供の背を追う彼の瞳には、やはり未だ、はっきりとした感情の色はないのだった。

 親の心子知らず、という。逆もまた然り。
 彼は今日も猟兵として、主の命題を追いかけている――――。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■

 ――迷宮型アトラクション『ミラー・ラビリンス』は、これにて本日の営業を終了させていただきます――。


 ――――――――――了。

◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆■

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年07月06日


タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#UDCアース


30




種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ミコトメモリ・メイクメモリアです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


挿絵イラスト