石塊の塔
ニコラス・エスクード 2021年11月6日
――彼らは勇敢に戦った事であろう。
誰もが、そう信じている。
誰もが、そう信じていた。
誰もが、彼らに、そうある事を望んでいた。
朽ちず遺された石の壁は雄々しくも、
在りし日の荘厳さはすでに失われていた。
かつては名の馳せた騎士団の居城であったこの地に、
最後に声が響いたのはいつだっただろうか。
その声の主は、誰だっただろうか。
門は開け放たれたままだ。
騎士であろうと、ただの人であろうと。
獣も、それ以外の何もかもであろうとも。
すべてを、受け入れるように。
ひろくひろく手を広げて、包み込むように。
何者かを誘い込むかのように。
けれど誰の声も聞こえはしない。
誰の足音も、誰の息遣いも。
誰も彼もが、彼らを信じているから。
誰も彼もが、彼らに望んでいたから。
誰も彼もが、彼らを見捨ててしまったから。
城だけが残っていた。
城だけは残っていた。
彼らの為に。
彼らだけの為に。
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ニコラス・エスクード 2021年11月6日
(嫌に響く足音に踏みつぶされた青草が、その匂いをぱっと空気に撒き散らす。長く高く伸びきったその背丈は、もう幾日もの間、自由気ままに暮らしてきた証と言えるだろう。豊かな青い香りもまたそうと言えるだろう。そうして足の踏み場もないほどに青々と広がった風景に、あまりにも似つかわしくない、ぎりぎりと金属の軋む音。それに突風が吹きつけたような、強い音が続いた。――ぱらぱらと緑色が舞う。風に煽られたか紙吹雪のように。)
ニコラス・エスクード 2021年11月6日
(風が通り過ぎた痕が道となる。その道には討ち捨てられた青草が、踏み躙られ無残な姿を晒していた。)
(――外より見た城の在り様からは、窺い知れぬ様相だった。大きく口を開いた門を抜けた正面の道は人や馬車と行き交い、踏み固められたものであっただろう。足の裏から伝わる地の感触は、確かに硬い地のものを感じさせる。だというのに、この青草どもは如何にして根を張り巡らせたのか。如何にしてこうも成長したのか。空の灯火もまだらな、この世界で。)
ニコラス・エスクード 2021年11月7日
(庭師であったなら職を辞するか、もしくは首を切られているところだろう。乱雑に千切られた青草で、城へと続く緑の絨毯が完成してしまった。それを為した巨大な刃も、それを振るう黒鉄の騎士も、どちらも庭師という職には不向きなものであると、誰の瞳を通して見ても明らかだろう。)
ニコラス・エスクード 2021年11月8日
(そんな緑を踏み躙り、濃い足跡を残しながら辿り着いた城の入り口。その両の扉へと手を添えれば、ぐっと力を込め押し開ける。その重さを誇るかのように緩慢に、しかし確実に開いていく扉の隙間へと、我先にと空気が飛び込んでいく。目覚めを迎えた際に、大きく呼吸をするかのように。その空気たちと共に吐き出されてしまう前に、ゆっくりと中へと踏み入った。)
ニコラス・エスクード 2021年11月9日
(石の床を舐めるように視線が走り、壁を辿り天井へ。年月が成したものか、はたまた戦いの痕か。無骨ながらも丁寧に積み上げられた石壁には、大小様々なひび割れが入り、そのままであればいつ崩れてもおかしくはない有り様だ。――その割れ目より顔を出した青い蔓草たちが壁にびっしりと纏わりついている。これらが罅の原因か、はたまた壁を補修しているものかは判らないが、異様な有り様であることは確かだろう。)
ニコラス・エスクード 2021年11月10日
(視線を周囲へと投げれば、人の営みがあったであろう形跡は其処彼処に見て取れる。それだけに、その全てに侵食する緑の色が何処までも不気味だ。この地を人が捨てた理由であろうか。野盗が住み着いていないのも道理と言えるだろう。しかし、獣や夜魔の類すらもいないことには首を傾げる。奥底で息を潜めている可能性はないではないが、こうも不躾な来訪だ。ご丁寧な挨拶の一つ程度は来るのではと期待していたのだが――お気に召さず引き籠ってしまったか、そもそも不在であるかのどちらかだろう。)
ニコラス・エスクード 2021年11月11日
(顎を擦るだけで起きる、金属が擦れ合う音すら良く響く。そんな音を脳の片隅に追いやって、如何にするかと思案に耽る。少なくとも、この場で襲ってくるものはないようだ。壁を這う青草共が襲ってこなければであるが、この身には高が知れている。あとはこの城の何処彼処もこの調子であれば、人が戻ってくることも出来るだろうか。――この植物たちが来訪は許しても、共存は許してくれないかもしれないが。)
ニコラス・エスクード 2021年11月11日
(何某かの実験場の生れの果てである可能性もあるか。自然の力であれば褒め称えるべきであろうが、そう容易く事が成らない事は骨身に刻み込まれている。痛いほどに。)
(――つまりは、いつも通りだろう。)
ニコラス・エスクード 2021年11月13日
(廊下を歩み進めていく。多寡はあれど、壁を這う青草を見ない場所はない。よくよく目を凝らせば天井に纏わりついていることもある。何とも、旺盛な事だ。此処に居を構えていた騎士団も、その蛮声が離れた町や村に届くほどであったのだと言われていた。――この城に住み着くものの宿命であるのかもしれない。)
ニコラス・エスクード 2021年11月15日
(扉に纏わりつく蔓を引っ掴めば、力任せに引き千切る。大した抵抗もなく、千切られたあと憎たらしく動くでもない。ただの植物との違いも見受けられないその有り様を、兜の奥よりしげしげと眺め観察する。火にくべたところで、叫び声があがることもなかった。……それが当たり前ではあるのだが、そうでないものを見過ぎたが故だろうか。どこか違和感を感じてしまうのは。)
ニコラス・エスクード 2021年11月17日
(扉を越えた先で奇妙なものが瞳に入った。――此処までも随分奇妙な光景ではあったが、所詮は植物の形を取っていた。いま目の前にいるのは犬だろうか。地にしっかりと根付いた四つの足で立ちはだかっている。此方へ向けられた顔も、ピンと立った耳も正しく犬の様相ではあるが。あるのだが、その体は既に何度見たかわからぬ蔓草で成されている。ただ犬の形を成しているだけなのか、それとも犬を包み込んでいるのかはようと知れない。だが少なくとも、生物らしい呼吸の音も鼓動の音も、聞こえはしない。)
ニコラス・エスクード 2021年11月20日
(――それが飛び掛かってくるのと、断頭台の刃が振り下ろされたのはほぼ同時だった。)
ニコラス・エスクード 2021年11月20日
(叩き潰す様に振り落とされた刃が、石の床へ亀裂を刻んだ。その周りにはパッと散りばめられたように青草が散乱し、その匂いを撒き散らしている。青臭い草の匂いが微かに、腐った肉の臭いがどうしようもないほどに。持ち上げた刃に付着した黒い液体は、後者の匂いが強く残っていた。)
ニコラス・エスクード 2021年11月23日
(一匹居ればなんとやらだ。ぞろぞろと現れる緑の犬の群れが、光を宿さぬ瞳で此方を見て――睨みつけているのが暗がりにあってもよくわかる。しかしこうして奥地へと入り込ませ、初めて襲い掛かるような知恵もあるらしい。浅知恵であると一笑に付すことも出来るが、こうして囲まれている状況では諦めの笑みにも見えるだろうか。感情の宿らぬ瞳の一つへ視線を合わせ、刃を握り直す。物の数ではないと知らしめるために。)