【SS】きっちゃんがスマホ買う話
六道・橘 2021年9月28日
過去話、3回目の邂逅
まだ顔見知り程度
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UDCアースのとある巨大家電販売店。一階併設の硝子に囲われた中は家携帯電話のキャリアがずらり勢揃い。
その中に、比良坂彷は顔見知りの姿を見つけた。
古風なセーラー服に肩で切りそろえたおかっぱの娘が、ずらりと飾られているスマートフォンの間をフラフラ。
――この世界の学生さんからは外れる見た目、だが、物語の登場人物の恰好をする文化があって、ここはそのメッカ秋葉原の一角だ、そこまで奇異ではない。
そんな彼女は六道橘といい、同じ年で同じ幻想櫻が溢るるサクラミラージュの住民だ。もっと言うと、行き来できる時点で猟兵である。
「……………」
メタリックレッドのスマホを持ち上げて、穴が開く程見つめている。平日昼間で暇らしい店員がやっと来た獲物だと虎視眈々。
「きっちゃん、スマホ買うの?」
「……わひゃっ?!」
UDCアースの常識がそこまでなさそうだし、店員相手は疲れるだろうと先に声を掛けたら、めっちゃ驚かれた。
「……あぁ、比良坂さんでしたか。こんにちは。今日はお仕事?」
「いや、暇だからブラブラしてたぁ」
サクミラと共通点も多いUDCアース(ここ)は馴染みやすくて、反社会組織のオジサン要はヤクザ達とのコネができつつある。
そこまではおくびに出さず、彼女が持っているスマホのモックに目を向ける。見本なので当然画面はハリコミで動かない。
「で、買うの?」
「……ええ。こちら(UDCアース)で仕事をしたら、持っている方が便利だと言われて」
かさり、と懐から出した紙とスマホを見ている会社を比べて続ける。
「ここの会社なら通話料金はUDCが持って下さるそうで」
「ふうん。じゃ、支給してもらえばよかったんじゃん」
「自分で手にして確認して選びたかったの」
むぅと唇を曲げた後でまた見本に視線を戻して、震える指でちょんちょん、と画面をつつく。当然見本なのでなにも起らない。
ちょんちょん、しーん。
ちょんちょん、しーん。
ちょんちょん、しーん。
「………………壊れてるのかしら?」
盗難防止でついてる糸を限界まで引っ張って翳し矯めつ眇めつ。別の見本を手にして繰り返すのを眺めることしばし。
その様が子供のように可愛くて、彷はしばし黙ってそのままにさせた。
で。
「それ見本だから」
店員がやってきそうなところで漸くネタばらし。
「!! ……し、知ってたわ」
「実物に触りたいんでしょー? 俺の弄る? さすがに店の中はやばいから、こっちおいで」
胸ポケットのスマホをチラ見せした後、彷は休憩ベンチのある方へ、てくてくと歩き出す。橘は見本スマホを置くと素直にその後を追った。
休憩ベンチのあきがなかったので、そのまま純喫茶風の店へとしけ込む。そこで「会議室1時間」と目の前でオーダーされるに到って、漸く橘は「何故?」と疑問を呈した。
「だってベンチ開いてなかったし」
「立ったままでもよかったわ」
「煙草吸いたかったし。この世界だと、喫煙ルームかこういうトコじゃないと駄目なのよ」
ひらひらと煙草を1本出して口に咥える。
「そういうのはサクミラがいいやね……あぁ珈琲。橘ちゃんは何がいい?」
実は却って大手海外オシャレチェーンよりハードルが低くて良かったかもしれない。上品なメニューブックには、馴染みやすい品目が並ぶ。
「…………」
しかし決められない。
「そんなに悩むとこなの?」
「酸っぱい飲み物が欲しくて……緑茶にレモンをつけていただいたりとか」
「いつもそんな特殊な注文してんの?!」
「馴染みの店よ。このレモンスカッシュというのが良さそうかしら?」
「あー……俺のレモンティにしてよ。あとレモンの輪切りも頂戴」
ウエイトレスに言いつけて追い払い、マッチをこすった。煙草を燻らせ一吸いした後で、胸元からスマホを引っ張り出す。
「……はい、好きに弄っていいよ」
スリープを外してほいと渡した。
橘はおっかなびっくり受け取って、画面をじぃっと見据える。
「なんか細かいものが一杯ね」
アイコンな。
そうして先程してみせたようにちょんっと画面をつついた。
「!!!!! な、なにか出てきたわ」
びびくんっと背を引きつらせて切り替わった画面から目を背ける。
「壊してしまったなら弁償します」
「あー……ゲームか」
「げいむ?」
「毎日立ち上げて画面つついてアイテムもらうの」
「………………面白いのかしら?」
「………………さぁ?」
かたり。
二人の目の前に紅茶とレモンスカッシュ、そして小皿にのったレモンが切られて半個分。
「はい、これも食べていーよ」
ティカップに添えられたレモンの輪切りも皿にのせて、逆さま画面でゲームを終了する。
「ありがとうございます」
ちゅるりと一口吸ってから、浮いてるレモンを沈めてガシガシとつつく。そこに輪切りのレモンをつまんでぎゅうっと絞る×4回。
彷、見てるだけで口の中が唾で一杯になる。
「よく飲むね、そんな酸っぱいの」
ちゅるりとまた吸って、ガツンとした酸味で頭がスッキリ。橘はニコニコとご機嫌顔だ。
「あなたは酸っぱいのがお嫌い?」
「………………あー、うん。苦手」
異様に開いた間に、橘はことりと首を傾ける。
彷もまた、即答出来なかった自分がわからず内心混乱していた。
心の中で「そんなことない、好きだよ」と言いたい気持ちがせり上がったのだ、答えた通りに苦手だというのに。
歓心を買う為に、相手の好みに合わせてやることはたまにある、特に教祖様をやってた頃はそれだけで信者が傾倒するのでよくやった。
でも、今はそういう時じゃあ、ない。
「そう」
一方の橘は、自分の酸っぱいもの好きがかなりの偏りであり、賛同されることはほぼないので気にしない。
なので、再びスマホ画面を見据えて、指を彷徨わせている。
「何がしたいの? や、スマホで何ができるか知ってる?」
「ええ、あの……」
虚空でくるくると指をまわす。
「電話が持ち歩けるのが起源だとか。交換手も入らずにつながるんですってね」
「うん、出来るね」
「あとは文が届くらしいわね。仕事の時に他の方が連絡に使ってらしたわ」
「そうね。電子メールね」
彷は目の前で電話のボタンをぽんっと押した。ずらずらと現れる名前の羅列が橘の瞳に映り込む。
「この名前のトコをとんってすると相手につながんの。で、メールはね……」
慣れた手つきでホーム画面に戻り、画面上の小さな封筒アイコンを指さした。
「これがさ『メール』……『手紙』が届きましたよってお知らせ」
「出してからどれぐらい掛かるのかしら? そもそも」
橘はスマホを持ち上げて厚さや画面を見て、
「人が入らないのにどうして届くの?」
首をひねる。
「………………ほら、ユーベルコードって色々不思議なことできるでしょ?」
あ、彷が説明を投げ捨てた。
でも、橘は食い入るようにうんうんと頷いている、素直だ。
「そういう不思議なアレで届くの、ほぼ瞬間で。たまに通信状況が悪いと時間かかるけど」
「1日とか?」
「数分とか」
ずずずっ!
興奮したか、橘はストローで一気に吸い上げてしまった。
「すごいわ! だからみんな持つのね! これがあると一瞬で逢えるのね」
「まぁ、間違っちゃいないけどね……」
薄っぺらい関係だ、大抵が。
「あとインターネットもできる」
「?????」
「……俺もまだよくわかってないんだけどね? 百科事典がいつでも自由に見れる感じかなー。好きな人が好きなようにやってる」
サクミラ出身の彷としてもこれが限界か。いま弄って憶えている最中だ。
「どれ?」
ブラウザのボタンをタップして、インターネットにつないでみせた。
「なにができるの?」
「なんでも出来るよ」
煙草を灰皿に捨ててもう1本。
「場所を調べたり、その人が呟いてたら日常生活垣間見れたり。世界で何が起ったかのニュースもすぐにでてくるし、活動映画だってお金を払えば見れる」
「…………………………」
「使いながら徐々に憶えなさいな。教えてくれる人はいるでしょ、こっちの世界の人と組んだら」
「それもそうね」
あとはー……と、彷がスマホを手に取ると、橘に向けてカシャリとシャッター音を響かせる。
「こんな風に、写真も撮れる」
やや大きめに瞳を開いた橘が画面一杯に残されている。まるで鏡を見るようなそれに、橘は写真より更に瞳を開いた。
「これ……持っていたらどれでもこんなことができるの?」
「うん。で、スマホ欲しい?」
こくこくと頷く橘へ、わかったと彷は頷き伝票を掴んだ。
「じゃ、買いに行こっか。大体のは同じように使えるから、持ち心地とか見た目で選ぶといいよ」
店にとって返し橘はあれやこれやと持ち替えたり背面を見たりと品定め。
メタリックベースで赤銅めいた色のものを選び、契約を済ませた。店員の指さす先に名前を綴る。
(「ふーん……左利きなんだ」)
物珍しげに眺める彷。左手をにごにごと動かして、やっぱこっちかと右手で煙草を取り出し……しまった、ここでは吸えません。
身分証明の照会はなんなく通り晴れて契約完了。箱からだして使える状態にまでしてもらったスマホを手に、入り口のベンチ付近で橘の足は自然と止った。
「ええっと……」
とはいえ、最初から入っているアプリの扱いはわからないし、メールも送る先がなくて、電話帳は空っぽだ。
「おつかれー。UDCに領収書の提出に行くんでしょ? そこで色々教えてもらうといいよ」
じゃあねと手を後ろ手にひらり、人混みに消えかかる彷へ、橘は「待って」と思わず声をあげた。
「なぁに?」
足を止め振り返る彼へ、橘はスマホを翳す。
「……電話番号」
「なんで?」
そう言った時、たまたま人が通りがかって表情が見えなかった。だから不安を煽られる。申し出が疎ましいと思わせてしまったかと。
「ごめんなさい」
謝罪を紡いでから、必死に電話番号を聞く理由を考える。
呼び止めたのはこれっきりになるのが――苦しい、からだ。
彼と出逢うのはいつも偶然だし、邂逅は今回をあわせても片手で足りる程。同じ猟兵でサクラミラージュの人間で、年も同じ……共通点はそれしかない。
でも、苦しい。
寂しいとか、哀しいとか……そういう感情が喉に詰まって息が出来なくなる。どうしてかわからない。
「ん、謝らなくていいよ」
そう残して遠ざかりそうな姿へ手を伸ばす。他人を手繰るように前へと蹌踉けかけて踏ん張った。
「……ッ、そう、改めてお逢いしてお礼がしたくて」
やっとの事で吐いた台詞は苦しさを燃料になにかが点火したみたいだ。喉をぬけ頬にあがり熱く赤く染まる。
そこで橘は、こだわりの理由に気付き、ますます顔を赤くする。
――わたし、この人と『兄』を重ねてる。
あんな妄想の話を、色々なものが朧すぎる話を、ほとんど知らない彼へと重ねてしまっている。
(「これは……言えないわね」)
「…………なんで、そんなに」
聞かれたくないことを探り出すような質問に、橘はきゅうと唇を噛みしめて肩をこわばらせる。
「言えないんだ」
「…………ごめんなさい。言えないわ、こんなことは」
「ま、そんな知らない者同士だもんね、俺たち」
はぁっとわざとらしく派手なため息。
この雑踏の中、目立たぬようにと彼岸花も猛禽類の羽根も隠した男は、橘の傍らに戻ると人通りの邪魔とならぬ方へ導いた。そうして自分は壁に凭れ空を見上げる。
「……いいことないよ? 俺みたいなのに逢ってもさぁ」
日が傾き赤くなり出した空を見ながら彷はぼんやりとした口ぶりで呟いた。
「隠しごとしてごめんなさい。そしてお嫌なら、無理強いはしないわ」
視線へと回り込み、橘は背伸びをして覗き込む。
――誰彼の中、その瞳は全く別の人間同士なのにとてもとてもよく似ている。
嫌なのかと問われたら、彷もまた答え難い。
「………………さぁ、どうだろ。でも、いいことないって」
「それは」
ゆるく力を抜いて去りかけるのに唇を曲げた。
「わたしにいいことがあるかないかはわたしが決めます」
わたしの心をきめつけないで。
こちらを向いて戸惑う紅へ、橘はスマホを胸ポケットに収めてから、三角に折った腕を腰に手をあてる。
「……それに。今日、いいことはあったわ。お店で途方に暮れていたわたしが、あなたのお陰でスマホを買うことができたんですもの」
「それは……」
「お節介ね。わたしが欲しいか確認せずにレモンの山積みを頼んだり……今みたいにわたしの気持ちを決めたり」
バツが悪くて口寂しい。煙草を吸いたいがここでは無理だ。気兼ねなく煙草を吸えるサクラミラージュならもっと話し込めるだろうか? 携帯の電波が届くとは思えないが。
でも、
このバツの悪さ、なんだか嬉しいと感じるのはなんなんだろうか。
――思わず笑みがこぼれてしまうのを、煙草で隠したいんだ。
「先程、わたしが言えなかったことも、近しくなればお話するかもしれません…………そうね、お話すると思うわ」
この人はサクラミラージュの人で、わたしは櫻の精霊だ。それらで飾れば口にしやすいかもしれない。
笑われても縁が途切れぬぐらいになれたなら、だけど――。
「それで、あなたは? あなたは嫌なのかしら?」
橘の問いかけはまろやかに。答えはわかってるとでも言いたげに、伏し目でポケットから取り出したスマホをつきつけてくる。
「はは」
彷も同じ所作でスマホを取り出すと、電話アプリを立ち上げて数字をタップした。
そう、契約書類を見て憶えていたのだ。寝て起きたら忘れるし、登録する気もなかった……なんて、大嘘だ。
♪りりりりりり
「わひゃっ
……?!」
ぶぶぶと震え突然初期設定のベルが鳴り出したのに、橘は危うくスマホを取り落とす。
彷は伸ばした手でスマホを支え取ると、着信表示の番号をなぞり橘へ知らせる。
「それが俺の番号。登録は……教えるから、自分でやってご覧よ」
「はい」
頭をつきあわせてあれこれと指示を出す。
スワイプの指つきはひたすらにぎこちなく時間も掛かったが、しっかりと『比良坂・彷』と紐付け登録できた。
「どこでなにしてるかわかんないし、かけてもつながるかわかんないけどー……」
「これ、写真がつけられるのかしら?」
彷が何かを言う前に、震える指でアイコン部分をタップする。すると画面が黄昏の現実が映り込む。
「こうして……こう?」
たん、たん、たん……と画面を叩いたら、偶然に撮れた写真はぶれて誰が誰やら。もう一度と緊張でこわばる手で支え持ち、
「お花、だしてくれないかしら」
「へぇ、好きなの、彼岸花」
「嫌いです」
きっぱりと竹を割ったような物言いの後、はたりと橘はまたたいた。
「嫌い、ですけど。あなたには咲いてるのがあっているというか……その……」
「あっはははは! 橘ちゃんは正直ね」
ぱっと咲いて破顔した所をカシャリと撮れた。設定しますか? に はい、と押したら登録もできた。
「……ふふ、ありがとうございます」
満足げに笑った所をカシャリと撮られ返す。
「俺はこれ使う。じゃあね、きっちゃん」
今度こそバイバイと手を振るのを、橘も止めなかった。
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