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【小話】盂蘭盆会

待鳥・鎬 2021年8月16日


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 何故こんなことになったのだろう。

 大衆小説の序章のような文句が脳裏に浮かぶ。目の前のコレをどうしたものか。
 文字通り頭を抱えて長い長い溜息をついた。

 事の起こりは、お盆を理由にこのサムライエンパイアへ里帰りしたことだった。
 古い友人達のお墓参りと、十七年前共に神隠しに遭ったあの子の存命を御家族……つまり待鳥の家へ報告するためだ。責められることも覚悟していた。けれど、返って来た言葉は「火事で失ったと諦めていた息子と家宝が、神隠しのお陰で無事だったとは有難いことだ」というものだった。本当に芯の強い人達だと思う。ちなみに僕がその家宝扱いされている薬匙であることは即刻バレた。さやが僕のことを子や孫に散々語り継いだせいである。
 思わぬ歓待に戸惑いつつ待鳥家のお墓参りを済ませた後、他の旧友達の足跡について教えてもらった。
 そうして、彼らのお墓参りのために町や近くの村を回っている途中、偶然ソレに出会ったのだ。


「うわ、何か怪しいのがある」
 葛花に誘われて分け入った獣道の奥に、荒れ果てた廃寺があった。
 妙な気配を感じてお堂に入ると、昔は御本尊が安置されていたであろう中央の段に、白鞘に収められた刀が落ちていた。隠し戸が朽ちて転がり出たようだ。
 慎重に取り上げ、埃を払って鞘から抜く。長い間手入れされていないはずなのに、多少の曇りはあっても錆一つない。
 刀の区別なんて付かない。だけど、本能的に察知する。コレは僕を斬った奴だ。
 暫しその刀身を眺めて、ゆっくり溜息を零す。
「あれから……百三、四十年くらいかな。僕はさやのお陰で再びヤドリガミとなり、君は此処に納められて妖刀となったのか」
 こんなものが残っていたなんて。今すぐにでも圧し折ってやろうか。
 そんな言葉が浮かんで、消えた。
 少し前ならそうしていたかもしれない。でも、今はどうだろう。トラウマに近い程刷り込まれた恐怖心も、剣を学び、向き合ううちに随分凪いだ。コレは……その強靭さと切れ味から人斬りの目に留まり、妖刀と呼ばれるほど無辜の民を斬り捨てたこの刀は、果たして報復の対象だろうか。毒も薬も掬う匙は悪だろうか。優れたものを作ろうとする職人の魂は邪だろうか。
 杞柳が心配そうに僕と妖刀を交互に見る。相棒の様子からも、コレ自体は今でも悪意あるものではないと分かる。ただ、穢が多すぎるのだ。このまま放置するわけにはいかない。
 そうなると……うぅ、嫌だなぁ……。
 悩んだ末、一つの選択肢を思い付いてしまった。
「仕方ない。手元に置くか……」
 大きな寺社や専門家に託すことも出来るだろうが、何となく、この方法が自分にとっても良い気がした。肩の上では杞柳が賛同するように頭を揺らしている。
「仲直りしよう。……まだ、好きにはなれないけど」

 きっとこれも一つの縁だ。多分。恐らく。


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