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📝《或話》兄弟

ロキ・バロックヒート　2021年2月1日

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とおいむかし、兄のようなひとがいた。



“のっぽ”が消えた時のことはよく覚えている。

しとしとと長く雨が降る日だった。
私たちはなにかから逃げるように、隠れるように、山奥の忘れ去られた廃屋にいた。
雨漏りを避けて部屋の半ばに寝かせたままのかれの肌は、白いを通り越して青白かった。
いつも優しい赤い瞳は虚ろでどこも見ておらず、呼び掛けにもほとんど応じない。
感情も伝わってこなくて、意思も薄氷のよう。

兆候だった。こうなると程なくして“消えて”しまう。
このまま雨が止まなければ刻一刻とその時が早まるだろう。
雨の日は嫌いだ。こえがよくきこえるから。

かれの傍にずっと居るのは、唯々滲み寄ってくるその時をひたすら待つのみになったけれど、離れられなかった。
いなくなる時に叫ぶような声を上げた者も居たけど、かれは何も言わずに、眠るように“消えて”しまいそうだったから。
目を離した隙に居なくなることだけは、ただおそろしかった。

ごくごくたまに返ってくる相槌だけをよすがに、色んな話をした。
どれもこれも共に見聞きしているからすべて知ってることばかりだろうけど、黙っているよりは良かった。

かれは無口なくせに、いつも私の話を聞きたがった。
話していても鷹揚に頷くだけだ。聞いてないと思って適当なことを言っていると、じっと物言いたげに見つめてくる。
私がお喋りなのは、きっとかれのせいだ。

ふと伸びてきた手を、掴んだ。
もう氷のように、こちらの手が痛みを感じるぐらいに冷たい。
握って、普段のように私を引っ張りたかったのだと思う。
こもらない力をこめようとしながらこう言った――

「一緒に消えようか」

たまにかれが言い出す、助言や、やりたいことや、言い訳。
いつも決まって言うのがおそいんだ。“一緒に”なんて、もう永遠に訪れなくなったのに。



他のきょうだいたちと同じように、かれの消えたあとにはなにも残らなかった。
まるで最初から誰も居なかったかのよう。



――とある《過去》は、こうして世界から追い出された。




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