杏子
小結・飛花 2020年12月29日
杏子
淡い桃色の花
実の成る木
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小結・飛花 2020年12月29日
(花に水を遣っていた時の事であった。どこからともなく、男は現れ声を降り注いだ)杏子。(声の主は杏子の花と云ふ。丁度同じ花が茶の髪に咲いていた。冷涼な目元を薄らと細め、その花を浮かべた。杏子の花ならば、此処水面坂にもある。丁度花を咲かせていたようにも思い、目の前に現れた男へ着いて来るよう促した)そちらさん、杏子の花に逢いたいのでしょう。あたくしが案内を致しましょう。
クロード・クレマン 2020年12月29日
――、(呼びかけに応じてくれた君の姿に面食らうも、直ぐに微笑みの形を作る。)ああ、ありがとう。……来てくれて嬉しいよ。(君が一体何者なのかは解らないけれど、僕の願いを叶えてくれるらしい。促されるままに、僕は君の後を追おう。)
小結・飛花 2020年12月31日
(背後からそちらさんの物と思わしき足音が着いてくる。此処は幽世、水面坂。足音が聞こえて来る間は、迷子にはなっておらぬと言ふ証)杏子の花には何か思い入れがあるのですか?(そちらさんの髪に咲く花も、そのように見てとれたから。幽鬼の如くひた歩く)
クロード・クレマン 2021年1月2日
(君からの問いかけに、右手で頭に咲く杏子の花に触れる。)僕自身は特別な思い入れは無いのだけれど、ね。……この花を愛らしいと称した者がいてね。――彼女のお陰で、好きになれたんだ。
小結・飛花 2021年1月5日
あたくしも、たいそう愛らしい花だと思います。花咲く御仁は珍しいでしょう。淡い桃色が咲いているなど、もっと珍しいと思います。まるでそちらさん自身が杏子のよう。(髪の色も花の色もそう思わせたのだ。辺りの景色が春の花々から移ろふ)その花を好きになれたと云ふのなら、そちらさんにとって、それはそれは大切な御方なのでしょうね。聞いても?
クロード・クレマン 2021年1月7日
華憐な小花に例えられるとは……。いやはや、面映ゆいね。(僕は苦笑を零し、照れくささを誤魔化す様に頬を掻く。)――僕自身が実を付けられれば良かったのだけれど、ね。――それこそ、杏子の樹の様に。(到底、彼女たちには成れよう筈も無い。瞼の裡に浮かべる姿は正に、杏子の樹の下で柔らかく微笑む『彼女』のこと。)ああ、僕の大切な方。――妻だよ。
小結・飛花 2021年1月9日
左様で御座いますか。(妻と云ふ単語の意味を知らぬ程、無垢では無かった。杏の如く和らいだそちらさんの面が、冷涼な双眸には印象的に映る)そちらさんは、実を付けることが出来ぬと。そうおっしゃるのですね。(軈てこの身は春に包まれた。桜の木の歓迎を受け、水面におちた花弁を)けれども、あゝ。奥方との実は、実ったのでは御座いませんか。奥方はどちらへ?
クロード・クレマン 2021年1月16日
(吹雪くやわい春の嵐を身に受ける。悪気の無い、順当な問いには君の手元を見つめたまま、)僕達の間に子どもは出来なかったんだ。二人とも、望んでも居なかったからね。(静かに『彼女』との日々を語らう。君の言う『実』の意とは違っていたかもしれないけれど、男女の間に実るものと言えば一般的な回答だろう。続く問いにはちくりと胸が痛むけれど、既に過ぎた日の事。頬に触れる優しい小さな手の存在に感謝しながら、僕は静かに続けた。)居ないよ。――妻はもう、此の世に居ないんだ。
小結・飛花 2021年1月21日
(再びその言の葉がこぼされた)左様で御座いますか。(語り部の口調から、春のやうな穏やかさは孕んでいなかった。芽吹くでもなく寒空の下、ましろい雪をまとったあかい花。椿の花の如く、ぽとりと落ちてしまった)大切な御方がいらっしゃらない。それはそれは哀しい事なのでしょうね。そちらさんの春は、とうに過ぎ去ってしまったのでしょうか。(桜吹雪の中で語るには儚い思ひを敢えて問ふ。髪に咲く花を褒めたいっとうの君へ思いを馳せる為に水鬼は問いを重ねて行く)今は哀しみの中にいるのでしょうか。
クロード・クレマン 2021年2月2日
(哀しみの中。口の中で君の言葉を繰り返し、零すは苦い笑み。)どうだろう。――ひととせの移ろいを喪に服す期間とするならば、其は疾うに過ぎてしまっているけれど。(どれほど時を重ねたとて、この胸の空く想いは埋まりそうもない。誤魔化す様に胸元を握り、)少なくとも僕は未だ、此の花を愛らしいと称す事は出来ないよ。(君からの問の回答を、静かに答えた。)
小結・飛花 2021年2月5日
左様ですか。(言の葉がしたたり落ちて流れ行く。哀しみを孕んだ一行がさめざめと降り注いでいるやうだった。春の中を歩いていると云ふのに、花弁が雪のように見える。軈て辿り着いた杏子の花を、そちらさんはどのやうな心地で見ているのか。静かに唇を開いた)此方が杏子で御座います。そちらさんの胸の裡を花弁で満たす事はできないでしょう。けれども、安らぎとなるならば、触れる許可を出しましょう。
クロード・クレマン 2021年2月7日
(到着を告げられるより先に鼻先に届いたのは、慣れ親しんだ香り。常に傍に在るにも関わらず、感じ取れる芳香に笑みを零し、)――嗚呼、きみは今日も、“愛らしい”ね。(過日、彼女が紡いだことのはを追って音にする。)良いのかい? ならば、少しだけ。(きみは僕が触れる事を許してくれるだろうか。惑う気持ちはそのままに、そうっと手を伸ばした。)
小結・飛花 2021年2月11日
(慣れぬ花と手を伸ばす貴方のやり取りは、それはたいそう優しき風景であった。露に濡れた花弁が触れる指を待ちわびているやうだった)仲睦まじき事。(一輪と一人のやり取りを邪魔せぬように、一歩下がり見つめていた)
クロード・クレマン 2021年2月11日
(指に感じる柔らかな感触を壊さぬ様そうっと顔を寄せ。一等強くなった芳香に瞼を伏せる。)――嗚呼、ただいま。今、帰って来たよ。(何処からかきみの声が聞こえたような気がして。瞼の裏に浮かぶきみの姿へ向け、柔らかな笑みを浮かべる。)
小結・飛花 2021年2月15日
(たれかへの言葉が優しく咲く花に降り注ぐ。おかえりだなんて返事は来ない。けれどもいつの日かかわした日々を垣間見ているような心地になった)あゝ。春のよう。(此処は春。春の花の咲く場所。優しき表情を晒した貴方から一歩離れた)
クロード・クレマン 2021年2月21日
(ずっとこのあたたかな場所に居たい気持ちは本当。――けれど、同様にずっと此処に居られない事も、本当。)(長居すればする程、別れが辛く、胸を刺すから。僕はそうっと花弁から距離を取り、再び『きみ』の全景を、仰ぎ見る。)また、ね。(それだけを、口にして。)
クロード・クレマン 2021年2月21日
(静かに見守っていてくれた君へと振り返り、僕は君へ頭を垂れる。)逢わせてくれて、ありがとう。(『きみ』では無い事は百も承知だけれど、確かに『きみ』は『此処』に『在った』から。揺るがぬ事実に対し案内を応じてくれた水辺の君へ向けて礼を告げた。)
小結・飛花 2021年2月23日
(此処は水面坂。春の坂。うららかな陽射しを浴びて杏子の花は煌いて見えた)礼などあたくしには勿体無い。けれどもそちらさんが穏やかなひとときを過ごせたのでしたら、案内をしたかいも御座います。(杏子の花は此処から動かぬ。いつ来ても、此処でたれかを待って居る。陽光を浴びた眩きそちらさんへ眦を緩め)また。この言の葉も、過日にかわした物だったのでしょうか。(水鬼は問ふ)
クロード・クレマン 2021年3月2日
(礼は不要と宣うも、受け取ってくれた気遣いに頬を緩め、僕はゆっくりと語り出す。)――ああ、何度も口にした。共に過ごす時間が尊ければ尊いほど別れが口惜しくてね。……何度も口にして、その度に何度も指先を絡めたものだよ。(懐かしき過日に馳せつつ、浮かぶ気恥しさから頬を掻きながら。)君の様な若い子にはこんなおじさんの浮いた話なんて詰まらなく無いかい?
小結・飛花 2021年3月4日
(色付く頬の春らしさよ。そちらさんの髪に咲く花も咲ふやうだった。仲睦まじき過日の景色を想ひ、長い睫毛を伏せた)仲睦まじき光景ですね。胸の裡まであたたまるようです。いいえ、いいえ。つまらなくなど御座いません。新鮮であたたかな心地です。もっとお話を聞きたいと前のめりになってしまうほどに、あたくしはお二方のお話に興味がございます。
クロード・クレマン 2021年3月8日
(もっと、と謳う声がとてもあたたかだから。上辺の世辞では無い本心から来る言葉なのだろうと安堵が表に零れる。)――ありがとう。……彼女と僕の話を、聞いてくれて。(そういえば、直接誰かに話した事はそう多くない。面映ゆくもこんなにもあたたかな気持ちになれるならば、もっと前からそうしていれば良かったと後悔か過ぎる。けれど、)――此の場、だからかな。(君が愛した杏子の樹の元だから。)より一等、話せる事を嬉しく思うよ。
小結・飛花 2021年3月11日
いいえ。(杏子の花の香しきこと。そちらさんと、この樹で咲ふあちらさんが、色濃くまざり己の鼻孔を擽った)この樹も喜んでいるのではないでしょうか。そちらさんが、思ひ出をこうして語らなければ、この樹も侘びしく咲き続けるだけですから。(元よりもの柔らかな空気を纏ふ御方。和らいだ眦がさらに優しく崩れて行く様を、春の庭で見届けた。杏子の花は立派に咲いていた)杏子の御方。別れが惜しくなる前に戻りましょう。
小結・飛花 2021年3月11日
ねぇ(先行く前にもう一度そちらさんと杏子の樹を眺む)杏子の御方。またこの樹の元でお二人のお話を聞かせてくださいますか?
クロード・クレマン 2021年3月22日
君は本当に、嬉しくなる言葉ばかりをくれるね。(哀れな男寡を憐れんでの慰めかもしれない。けれど、君が与えてくれた心遣いが胸に沁み入り、穏やかな心地にさせてくれたのは紛れもない事実だから。)ありがとう。……ああ、行こうか。(もうひとつ礼を重ね、君の靴音に倣って踵を返す。)
クロード・クレマン 2021年3月22日
(あたたかな春の風が吹き、君の濡れ羽をやわく攫う。)――……ああもちろんだとも。君が耳を傾けてくれるなら、(何度でも。)(眦を下げ、大きくひとつ頷いてみせた。)
小結・飛花 2021年3月25日
(優しき人の頷きが水鬼の裡をやわらげる。此処は水面坂、春の住処。彼の人がのぞむ杏子の花は、今日も可憐に咲ひて居た)(〆)