+。月雫。+
橙樹・千織 2020年12月7日
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いつの日も
月は見ていた
そのいのちがこの世で灯る
ずぅっと前から…
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橙樹・千織 2020年12月7日
あの世界のいのちも今と同じ、守護を担う巫女の一族だった。
種族や色彩は多少違えども、柔らかく笑む少女だった。
橙樹・千織 2020年12月8日
少女は優しく、ほんの少し我儘で、皆に愛されていた。
齢が十を過ぎる頃、身体に印が咲いた。
それは少女が次期朱巫女(あけみこ)と呼ばれる、一族の当主になりうる証。
朱の華ひらいたその日から
花弁がひらり、はらりと散り始めた。
橙樹・千織 2020年12月8日
印が咲いてから数日後、月に一度行われる会合について行くことになった。
郷の守護者達が集まる会合。
そこで出逢ったのが一見、男の子のようにしか見えない銀狼の少女。
銀に一筋の紅を抱いた髪、警戒の色を浮かべる藍の瞳が印象的だった。
『わたしはーー・千織!あなたは?』
「……ーーーー。ーー・ーーーー。」
『ーーーー!ふふ、よろしくね!』
ふわふわ笑う巫女と警戒心剥き出しで名だけを告げる銀狼の少女。
対照的な二人が後の親友になるとはその場にいた者は誰も思わなかった。
橙樹・千織 2020年12月8日
銀の少女の一族は刃を振るい、前線に立つ者が多い。
対して巫女は後方からの支援も担う一族だ。
年が近く、戦場では対となり得るからと今日も銀の少女の修行についてまわっている。
「……なあ、つまんなくないの?」
『?ふふ、おもしろいわ!わたしはーーーーみたいにキュッて体ひねって飛んだり方向変えたり出来ないし、修行しているあなたは楽しそうだもの!』
「……。」
『あ、もしかして今照れているの?あら、顔を隠してもダメよ。尻尾が揺れているもの!』
その日、家に帰った銀の少女はほんの少し不機嫌で、何となく嬉しそうな表情でもあった。
巫女?それはもちろん、嬉々として両親にその話をしていたとも。
橙樹・千織 2020年12月10日
共に過ごすようになってから数ヶ月、満月の前後数日は病の発作を恐れ、銀の少女が部屋にこもることを知った。
勿論発作の起こらない夜もある。けれど、“もしも”を警戒しているのだという。
実際、昼間に会いに行っても銀の少女に断られ、会うことは出来なかった。
次の満月も…その次の満月も……
痺れを切らした巫女は大人達に頼み込み、少女の部屋の前に居座ることにした。
八つ刻から夕餉までを条件に、閉ざされた扉の向こうにいる少女へと語りかけ続けたのだ。
『今日はね、母様が新しい巫術を教えてくれたの。今度の修行で見せられるように頑張って練習するわね!』
「……。」
次の満月も…
『もう秋ね、あの丘の桜がとても綺麗に紅葉していたわ。明日お菓子を持って見に行きましょう!』
「………ん。」
その次の満月も……
『ねえ、聞いて!父様ったら縁談を持ってきたのよ!?信じられない!』
「……受けるのか?」
『受けるわけないでしょう!?』
「…そう。」
橙樹・千織 2020年12月10日
そんなことを数ヶ月続けている内に銀の少女は気付く、巫女と話している夜は発作が起きない、と。
銀の少女は満月の日に巫女と直接会う時間を延ばしていく。少しずつ、少しずつ…。
当然巫女も大喜びしたし、大人達もこの様子なら大丈夫だろうと何時しか見守るようになっていた。
「…千織。」
『ん?なあに?』
「……ありがと。」
『!ふふふ、どういたしまして』
いつしか、満月の夜は二人で月見をするのが恒例となっていた。
今日も巫女と銀の少女、月明かりに照らされた二人の影が並んでいる。
橙樹・千織 2020年12月10日
この頃、外から来る異形が増えており、守護者たる者達が慌ただしく調査や対応に追われている。
それは巫女と銀狼も例外ではなく、二人で討伐に出掛けることも少なくない。
ある討伐依頼を完遂し、郷へと帰ってきた二人に訃報が告げられた。
郷にて子ども達の守護を担っていた巫女の母と、郷外で迎撃を担っていた銀狼の両親が亡くなった…と。
『嘘…嘘でしょう?母様が、そんな。母様は朱巫女よ?ね、何かの冗談よね?』
「父さんと…母さんが?嘘、だろ?なあ!!」
巫女はその場に泣き崩れ、銀狼は郷長へと掴みかかる。
訃報を告げた郷長と巫女の父親は取り乱す二人に何も返すことができず、ただただ二人の少女を抱きしめるしか出来なかった。
…数日後に行われた葬儀の後、丘の桜の下で二人は約束を交わす。
互いが“もういい”というまで傍にいる、と。薄ら佇む昼の月に。
橙樹・千織 2020年12月10日
見せたい物があると、巫女に呼ばれて来た銀狼はソレを見て絶句していた。
「…なあ、コレ。」
『ふふふ、可愛いでしょう?』
「あぁ、まあ…ってそうじゃない。コレ、ドラゴンだよな!?何処で拾ってきたんなもん、返してこい!」
『え?そこの森にいたのよ。大丈夫、ちょっと火を吹くだけで噛んだりひっかいたりしない良い子だもの!』
「お前なあ!?この間、ドラゴンの襲撃があったってニュースで!」
銀狼が見せられたのは柴犬くらいの大きさのちょっとふわふわな紅いドラゴンだったのだ。つい先日、ニュースでドラゴンの襲撃について聞いた銀狼は気が気では無い。
『あら、あんなのと一緒にしないでくれる?この子の方がふわふわで可愛いわ!!』
「っだー!!そういう、意味じゃ、ない!万が一コイツがでかくなって襲われたりしたらどうすんだ!?」
『そんなことわかってるわよ!そうならないように今から言いつければ良いでしょう!?』
橙樹・千織 2020年12月10日
心配する銀狼を他所に、育てる気満々な巫女。普段なら仕方ないと言って折れる銀狼も今回ばかりは一歩も引かなかった。
…その結果、後にも先にも無い大喧嘩に発展する。
その翌日から一切口も聞かず、目も合わせず、別の守護者と過ごす二人。
周りはやれ槍が降るだの、山が割れるだの川が干上がるだのと言いたい放題で、一週間を超えた頃には郷長や巫女の父親に天変地異が起きる前にどうにかならないのかと詰め寄るほどの混乱ぶり。
とはいえ、この二人の喧嘩が長続きするはずもなく、二週間経つ頃には互いの好きな甘味を持ち寄って、紅いドラゴンも共に仲直りの茶会をしていたというのだからなんとも人騒がせな小さな事件であった。
橙樹・千織 2020年12月10日
ある天気の良い昼下がり、巫女と銀狼は郷の守護者御用達の店にいた。そこは可愛い物、シンプルな物、格好いい物…男女それぞれに合う物を取りそろえたアクセサリー店。
『そうだ!お揃いのアクセサリーを買いに行きましょう!』と言い出した巫女が無理矢理銀狼を引き摺ってきたのだ。
とはいえ、揃いとなると中々意見が合わない。悩み始めてから1時間経とうかというところでカラカラと店主が笑った。揃いが難しいならオーダーメイドにすればいい。相手に似合うと思う物を贈るのはどうだ?と。
まさに渡りに船。それであればお揃いよりももっと互いへの想いをのせたいい物になる、とそれぞれデザインを選び、店主へと預けたのだった。
橙樹・千織 2020年12月10日
数日後、完成したから取りに来いとの連絡を受け、二人で再び店へと向かう。
それぞれが互いを想って選び、出来上がったものは--
巫女から銀狼へサファイアがはめこまれたイヤーカフ
銀狼から巫女へは耳元で揺れるルビーのピアス
どちらも贈る相手の瞳の色を写した物。
それを作った店主がまたカラカラと笑う。示し合わせていないのにその色を贈り合うとは、本当にお前さんらは良い相棒になった!と。
二人にとって耳元で揺れるそれは唯一無二の証となり、ソレを付けていない日は一日としてなかった。
橙樹・千織 2020年12月10日
ある満月の夜、郷は異形の集団による襲撃を受けていた。
守護一族を筆頭に避難を進め、力ある者は排除を試みる。
巫女と銀狼は避難完了までの時間稼ぎを任されていた。
今宵は満月。銀狼の発作を懸念し、互いに攻守を補いながら戦闘を繰り返す。
『ーーーー!ソイツが最後!』
「わかってる!失せろ!!」
担当範囲に見える異形達を漸く一掃した頃には月は天高く昇っていた。
人々の避難は完了したとの連絡も入り、小さく息をつく。
『…やっと落ち着いた、かしら。』
「ん、だな……!!千織!そこを離れろ!!」
『え?なん……っ!?』
巫女には大きな怪我は無いものの、傷だらけ。
銀狼の方は戦闘中に片腕を奪われ、地獄の焔で補われている。その他に大怪我は無いか、確認しようと巫女が銀狼の傍へと歩き出したその時だった。
橙樹・千織 2020年12月10日
二人の死角より現れた道化の様な出で立ちの男。
銀狼が気付くも遅く、その腕が巫女を背後から貫いた。
(胸が、熱い。背に広がる片翼が…熱い……。息が、苦しい)
(ねぇ、ーーーー…なんで、離れてゆくの?なんで…私は地に伏せている、の?)
ニタリ、道化は歪な笑みを浮かべその腕を引き抜き、巫女の片翼を奪い採る。
何が起きたか理解する間もなく、巫女は傍にいると約束した銀狼の前で、崩れ落ちた。
「千織ッ!おい、千織!!」
“アア!良い!とても良い!!美しい翼!片翼なのは残念だが…先程の銀狼の片腕で良しとしましょう!!”
(ーーーーの声が、男の声が遠くなってゆく)
(郷が、燃えている…受ける風は熱いはずなのに、寒い)
地に伏せる巫女から道化を離すため銀狼がナイフを投擲するが、道化はひらりと躱し離れた場所に降り立ち…
うっそりとした表情で奪った銀狼の腕と巫女の翼を撫でていた。
橙樹・千織 2020年12月10日
巫女を背後に庇いつつ、道化が翼と共に持っている腕、それが自分の物だと気付いた銀狼は吼える。
「!!っテメエ、さっきの!!」
“おっと、私としたことが失礼!私はファステレイン。次は貴女の藍の瞳を貰い受けに参りましょう。それでは!!”
道化は銀狼の叫びも虚ろになる巫女の瞳も意に介さず、一方的に名を告げ、再来の予告をして飛び去る。
銀狼は巫女を置いて追う訳にもいかず、その場には二人だけが残された。
片翼を失い、胸を貫かれた巫女を抱き銀狼は叫ぶ。
「しっかりしろ!まだ…まだ“もういい”なんて言ってない!!」
『ーーー、ー…ごめ、ね。約束したのに…まもれ、な…』
「謝らなくて良い!今、運ぶから!!」
『ーーーー、貴女は…ひとりじゃ、ない』
「千織、なに…」
『わたしと、いてくれて…あり、が…と』
「やめ…やめ、て。ちおり、やだ。逝かないで」
『いつか、しあわせに……』
「逝くなァアア!!」
橙樹・千織 2020年12月10日
銀狼は冷たくなる巫女の身体を離すことなく、天に吼え…
銀は黒く、瞳は紅く染まり
満月の発作を併発させ、残党を衝動に任せて八つ裂きにしてゆく。
跡形も無く塵に還した後、憤怒と悲哀が綯い交ぜになった咆吼が夜明けまで郷中に響いていた。
橙樹・千織 2020年12月10日
巫女がふたつ、銀狼へ遺していったものがある。
襲撃からひと月を過ぎたある朝、銀狼の家へ尋ねてくる者があった。
しかし、扉の覗き窓から見てもその姿は見当たらない。
見当たらないからと、扉から離れるとまた-こつこつ-とノックする音がするのだ。
敵意は無いが念のためとナイフを隠し持ち、扉を開ける。
「…なんなんだ。悪戯はやめてくれ、めいわ…!?」
扉を開けてもやはり姿は見えず、見えぬ相手へ忠告をしかけたところで足に何かがぶつかった。
「…ーー。お前、なんで…お前はアイツの…」
=ギュ、クルル?…ギャ!=
視線を下ろせば見覚えのある、小さな紅いドラゴンの姿。
不思議そうに銀狼を見上げるその手には一通の手紙と巫女に贈ったあのピアスの片方があった。
橙樹・千織 2020年12月10日
手紙は巫女の父親からだった。紅いドラゴンとピアスの片割れを君に預けたい、と。
それは巫女の願いであり、銀狼を心配する郷の者達からの生きて欲しいという願いでもあった。
手紙を読み、泣き崩れる銀狼は紅いドラゴンをかき抱く。
アイツの形見、受取った。ちゃんと…ちゃんと、生きるから、と。
橙樹・千織 2020年12月10日
巫女はもしもの時のためにと自らの魂の欠片を枷にして
紅い小さなドラゴンへ最期の命を下していた。
『ーーーーが幸せになるのを、私の代わりに見届けて。』
それは…本当は傍で見たかったもの
朱の八重桜を咲かせた巫女の
最期の願い
橙樹・千織 2020年12月10日
そうして欠けた巫女の魂は世界を超える狭間で別の物と混ざり、新たないのちを灯した。
もちろん、それからもずぅっと見てきたけれど
この世で灯ったいのちの話は
また、いつか
橙樹・千織 2020年12月10日
月の雫が一粒
糸桜の影にある小さな手水鉢に落ちた
=月雫=
*** 〆 ***