【SS】ただの事故
ヴィクティム・ウィンターミュート 2020年9月21日
楽な仕事だ。
無警戒のガキ一人、愛車で吹っ飛ばせば20億手に入るんだぜ?
一生遊んで暮らせるじゃねーか!こんな仕事受けない手は無い。
「Arsene、か。俺でも知ってるビッグネームだ。そいつを殺れるとは名誉だねぇ」
裏社会のスーパー工作員、Arsene。
俺みたいな殺し屋でも知ってるようなプロフェッショナルだ。
今夜、俺はそいつを仕留める。
いや、正確には……Arsene候補の内の一人、と言うべきか。
奴は誰にも正体を悟らせない、神出鬼没のゴーストだ。
そう、誰も奴の尻尾を掴むことが出来ない、はずだった。
「タレコミや、執念の情報収集が実を結んだ結果か。やるねぇ」
多くの組織、企業がArseneに煮え湯を飲まされてきた。
そいつらが結託して、たった一人を潰そうと躍起になってたんだ。
そしてようやく、ようやくだ。10人まで候補を絞ることが出来た。
ここから一人に絞るのに労力を割くよりも、全員殺しちまった方が速い。
そう判断したからこそ、俺のような殺し屋に白羽の矢が立ったってわけ。
俺以外にも一人ずつ、9人の殺し屋が個別にターゲットする手筈になっている。
「つっても、俺に割り当てられたのが、こんなガキとはね。こりゃ外れかな?」
それでも構わない。報酬はきっちり支払われるのだから。
───あぁ、見えてきた。ターゲットは200m先だ。
深夜だから他の車も走ってない。真っ直ぐ突っ込めばいいだけだ。
アクセルをベタ踏みして、速度を一気に乗せてやる。
こんな鉄の塊が、バカみてぇなスピードで突っ込んで来たら誰も助からない。
だから俺は、愛車で殺すのが好きなんだ。
ズドン!と殺した衝撃を、早く感じたいぜ。
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俺を出し抜くなんざ100万年速い。
とっくの昔に掌で躍らされてたことにすら気付いてない。
Arseneの候補“9人”は、俺が流したブラフを元に特定した全く関係ない奴ら。
情報に不純物を混ぜてやるだけでこの通り、見当違いの狙いを付けちまってる。
「さて、そろそろか」
俺の200m後ろから、車が走って来てるのは分かってる。
何しろ、俺がわざと狙わせたからだ。
アレに殺しを依頼したのはこの俺、候補が10人だと話したのも俺。
つまり、一人だけ偽の依頼を掴まされたってことさ。
何の為にそんなことしたかだって?そりゃお前。
「見せしめってやつだ。ついでにおちょくってやる」
テメェらじゃ俺を捕まえられない。そういう意思表示だ。
───車が迫ってくる。流石に衝突しちまったら、俺は死ぬ。
だからちょっとしたセーフティを用意しておいた。
ここでは最近、最新型の通行止めバリケードが採用されたらしい。
地面からせり上がるタイプの、デカい障害物さ。
「電子制御ってのが素晴らしい。いやはや、助かるね」
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あと100mだ。
スピードはフルスロットル。もう誰にも止められない。
撥ね飛ばしたらそのままの勢いでトンズラさ。
凶器と逃走用の足を兼ねてるから、この殺し方は最高なんだ。
「じゃあなガキ!苦しまずに逝かせてやるよ!」
50m。向こうは気付きもしない。
よほど油断をしているのか……いや、待て。
何で“気付かない”んだよ。
これだけスピード出してて、喧騒も引いた深夜だぞ?
静音カスタムなんてしてない。結構な音がしてるはずだ。
振り向こうとしたって不思議じゃないはずだ。
嫌な予感がする。……いや、構うものか。
どうせこの距離じゃ避けられやしない。
このガキは死ぬんだ、絶対に。
「くたば────は?」
目の前から、ガキが消えた。
慌ててハンドルを切───れない?
ここにきてマシントラブル?馬鹿な、そんな偶然があるわけない。
ならどうしてハンドルが……いや、待ってくれ。
“この景色はなんだ?”
何で俺は、近くの“街灯より高い位置に居る”
ありえない。これじゃ、俺がまるで。
「空を、飛んで───」
自覚してしまったなら、恐怖が走ってくる。
明確に落下している。重力を感じている。
待てよ、待ってくれって!
こんな、はずじゃ。何で、こんな────
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猛スピードで走る車の腹を、何かで突き上げたらどうなるか。
しかも結構な質量に加えて、俺の手でスピードを上げてある。
「跳ねちまうよな。ピンボールみたいによ」
タイミングを合わせるのは中々楽しかった。
少し遅くして、ぶつかるようにしても良かったのだが。
最期くらいは華々しく散らせてやろうと思ったのさ。
「スピード違反はいけないことだって、教習所で習わなかったかい?」
安全運転すりゃいいのに、間抜けな奴だ。
「事故って怖いよな。そう思うだろ?」
グシャリ。
何かが落ちて、潰れる音がした。
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