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【生誕】

アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日


──《焔》を、みた。




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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(その日は、さむい、さむい冬の日だった。
凍える水がたくさんの傷口に滲みる。体の奥底が凍るようだ。
…けれど、身なりは整えなくてはならないから。
わたしは合わない歯の根を、されどぐっと食いしばって、手早く、けれど念入りに体を洗う。
太陽が昇る前の時間帯だ。わたしは誰も起こさぬように、屋敷の掃除をしなくてはならない。
洗って干しておいたシャツに腕を通してボタンを留めていく。手が震えて、上手くつまめなかったけれど、それも知っていたから早めに起きた。だいじょうぶ。
どうせまた、ホコリで汚れてしまうけれど──"身なりはしっかりしなさい"という、旦那様と大旦那様のご命令だ。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(でも、しつじ、の大人に殴られた。わらわれた。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(いわく、『ごみのくせに、』と。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(殴られて、転んでしまって。汚れてしまって、大旦那様に、すごく怒られてしまった。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(「…しっかりしなくては」)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(本邸からずっと離れた物置小屋、そこがわたしに与えられた寝床だ。
扉を開けて、裏口から本邸にそっと入り込む。
いつもは誰も起きていないから、曇りの夜の空より静か、)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(…だった、はずだった。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(「…こえが、」)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(きこえる。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(もしかして、わたしは時間を間違えてしまったのか。
また、また、たくさん殴られる。怒られる。銀のナイフ、で、刺されるかも。ああ、あれは、本当に痛かった。怖かった。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(寒さだけじゃない、足の震えを引き連れて、一歩、一歩、進む。
耳は、狼のように常に冴えていた。光を遠くにしても、声は聞こえる。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(何かの泣く声と、)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(いつもよりずっと、上がった声。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(…声は聞こえても、その正体は判らなかった。
少なくともわたしには聞き覚えのない言葉、だったし、その泣く声もよくわからない。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(「…どうしよう」)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(みんな、起きてしまっている。掃除を、しても、いいんだろうか。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(そう考えていたら、ふいに揺れる灯が近づいてきて。
わたしの顔を照らすやいなや、その使用人は顔を思い切り歪めて。

強く、殴られて。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(わたしの命の終わりを願う音が、聴こえた。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(… あれから少し経った。

結局そのまま意識を失って、掃除は間に合わなかったから、ムチで何度も叩かれた。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(痛む体を引きずって今日も掃除にまわる。
…早くしないと、また、また、殴られる。
震える体を無理やり動かして、次の部屋へと向かう途中だった。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(あの日きいた泣き声が、近くの部屋からきこえてきたのだ。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(「……」)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(言っては駄目だと、心の奥からそうきこえる。
けれど足は何故かいうことを聞かず、ふらり、ふらりとその部屋へ近づいた。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(「…だれも、いない…」)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(恐ろしい"大人"の気配がない。
きぃ、と扉を開けて、中を覗く。


そこに、いたのは、)
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………
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(とても、とても美しいものだった。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(わたしの知る世界で、奥方さまの宝石よりも、旦那さまの剣よりも、この世のなによりも美しいものにみえた。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(力強く泣く、この命が。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(心の中の、わたしの知らないどこか片隅で、
──《焔》が、震えた。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(喉がひくつく。視界が次第に水を通す。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
…どうして、泣いてるんですか。
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(この子は泣くばかり。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
…どこか、いたいのですか。
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(この子は泣くばかり。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
…ねえ、
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(手を伸ばして、涙をひとつすくった。
そして初めて、この子と目があった。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(みたこともないほど綺麗な、虹の眼が、わたしをとらえて。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(「──わら、った」)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(大人がむけてくる、鋭いナイフのような笑みではない。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(邪気なんてない、まるで、"わたし"をみとめてくれる、よな、笑み。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(時が止まったようだった。
いや、止まってしまえば、よかったのに。)
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アズサ・シュヴァルツァー 2019年12月25日
(ページを裂くように"大人"が入ってきて、
──ああ、やってしまった、と、
気づいた、のだ。)
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