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🧪「上手くいったのか」

シェリ・シュロス　2024年1月13日

シェリ・シュロス　2024年1月13日
（不快感が初めにあった。たった今意識を持ったようにも感じるが、本当は長い間目を開け呼吸をして床に寝ていたものの、その事実を認知していなかっただけのようにも思えた。いずれにせよ身体が怠く、冷えていて、動くのが億劫である。しかし動かないことには不快感の解消も望めまい。その程度のことは思考している存在に気がついた。その存在を「自分」であると捉えることにする）

（自分、その肉体は口をぱくぱくと動かしただけだった。深呼吸したかったのだろうか。声を発しようと思ったのだったか。「呆れた」。片眉を上げる仕草が思い浮かんだが、やり方がよくわからない。何もかもが覚束ない。多分、意識と身体は同一のところにある。しかし互いの疎通が下手くそだ。別の方向を向いているに違いない）

シェリ・シュロス　2024年1月14日
（“きみはシェリ・シュロスかい。それとも■■・■■？　あるいは……”）
（耳許で幼い声色がそんなことを言う。幼いと感じたのはどこか舌足らずで高めの声だったからだ。自分はまた意識との繋がりが希薄になっていたようで、彼もしくは彼女の中性的な声が聞こえるまで気配にも気付いていなかったのである）

……シェリ、とは、誰だ？

（軽く咳き込みながら、やっとのことで訊ねた。自分の声は少女のような印象で耳に届いた。眼球を動かす。細いテグスのようなものが数本揺れている。自分に話し掛けてきたものは、信じがたいことだが、そのひげの持ち主である猫だった）

シェリ・シュロス　2024年1月15日
（“きみがシェリ・シュロスでないことは確かみたいだね。きみが入っている肉体の持ち主の名前だよ。元・持ち主、と言う方が正確だろうけどね。”猫は饒舌に語る。猫にしては饒舌だと思ったのだが、そもそも普通の猫は喋るものではない。普通でないこの猫は金と銀の目をしていた）

……もうひとつの名前、何と言った？

（“■■・■■だよ。思い当たらない？”猫のひげが風をはらんだように膨らんだ。何故か楽しんでいるように見えてならなかった。自分が視覚との意思疎通に慣れてきたことを感じる。これなら喋ることも、寝転がったままの身体を動かすことも、いずれは上手く出来るようになりそうではないか。希望的観測。らしくないな、と頭の端のほうで感じた。自分にどのような“らしさ”があったのかは知る由もないというのに）

解った。ああ、

（息を深く吐いた）

上手くいったのか。

シェリ・シュロス　2024年1月28日
（“さあ……猫の身にはわからないことだよ。上手くいったと言う割には喜びの感情に欠けているようだ。そのくらいしかわからないね”。猫は額のあたりを擦りながら飄々と告げる。核心以外のことしか話さないのだろう。それか、面白いと思うことだけ）

■■・■■。
実感は伴わないがね。それが私の正体だ。
猫の喋る世界ではなかった。私は最終的に身体を捨てたのだ。記憶だけを、より正しくは記憶の一部分を辛うじて、この世界に持ち込めたようだ。
特に肉体に拘りはなかった。容れ物は猫でも構わなかった。この少女を思えば気の毒だが。

（“それはどうだろうね”黙って毛繕いをしていた猫が口を挟む。“シェリ・シュロスが望んだかもしれない可能性を排除するのはいかがなものかな”。ほんの少しだけ拗ねたように聞こえた気がした）

……そうだな。そういうことも、あるかもしれない。

（思考だけになった■■・■■でなければ、他人の言うことなど聞き入れない）

シェリ・シュロス　2024年1月29日
（“■■……セツナ、と呼んだほうが良いのかな”）

不要だ。その名前はこの世界のものではない。猫、おまえにとってはシェリと呼ぶほうが良いのだろう。

（“シェリが猫の言葉を聞き分けていたとは思わないよ。だけど確かに、そう呼んできた”）

なら、そうしろ。シェリは猫を何と呼んだのだ。

（“イヴノエル。親しみをこめて、イヴ”）

イヴノエル。中身が私でも構わないなら、私はおまえをそう呼ぶ。

（“……うん、是非そうしてよ”）

シェリ・シュロス　2024年2月3日
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