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【説話】郷里

ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月6日


踏み締める青々とした草花はやわらかく爪先を受け止める。
風に。土に。水に。火に。懐かしい声が混じり、耳に、胸に溶け込んでいく。

――帰って、来たのだ。

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ディフさんと、私と、それから。――それから。
場所:永遠の森。母なる緑の奥深くにて。
時刻:白昼。木漏れ日が揺れている。
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月11日
(一先ずとおとこは妻の待つ台所へ足を運んだ。土産物を渡しに行くついでに手伝うつもりなのだろう)
(『おかえりなさい』『ただいま』と。囁き合う声、響く食器が擦れ合う音)
(慣れた所作。互いに口を出し合わずとも、互いが別の作業をして茶会の支度を進めている)
(それはあなたにとって。とても奇妙な光景だったかもしれない)

『お茶菓子の仕込みを昨日しておいて良かったです。今が食べ頃ですよ』

(おんなの声がする。ティーセットを手にしたおとこが、一足先にテーブルへと戻って来た)
(席は四つ。丁度、あなたと娘の家族たちが全員座れるだけの)

(フルーツと飴がけのナッツがたっぷり詰まったバターケーキ)
(仄かに、ぶどう酒の香りがする)
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ディフ・クライン 2022年11月11日
信じていられることが、家族というものの絆なんじゃないのかな。
……無条件に与えられる「愛」の形が、家族なんだろう?

(書で読んだことのある知識を口にして、困ったように笑む貴女に笑み返した)
(どこまで信憑性があるのだろうと思っていたが、貴女たち家族を見ているとそれは本当なんだろうなと思う)

きっとね。
その話もたくさん聞けたらいいね。

(空白の四年間を埋めるように、たくさん、たくさん)
(互いの時間を話せたらいいと)


(『フェアリーというのね! 可愛いお名前!』『そう、そうなの。妖精族もいろいろなのね』『私はネージュ。厳冬の雪精。世界樹の娘。冬を呼び冬を手繰る冬の末姫』)
(『ねえフェアリー、お友達になれるかしら!』)
(挨拶をする為に青年に『解放』の許可を求めたら却下されたので、小さきオコジョ姿のままでぴんと立つ)
(精一杯姫らしく。けれどもその顔は、幼き様子できらきらの笑みを湛えていた)
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ディフ・クライン 2022年11月11日
(めいっぱいに再会の喜びを表す父君を、失礼にならぬ程度に見つめる)
(『父』という存在は、己にとっては全く縁のないもの。だから、『父』というものがどういう存在なのか、知らなくて)
(――変わらない。母君と一緒だ。彼女に向けられる温かな愛情が、そこにある)

オレは未だ、若輩の身ですが。
良き風のひとつとなれれば、と。

(笑みを交わして、父君の背を見送る)
(不思議な光景。不思議な心地)
(温かな家族というものには、確かに憧れがあった。望んでも手に入らないものを、憧れと呼んでいた)
(漠然とした憧れが、今、形を成して此処にある)
(確かな信頼関係と愛情があって、何も言わずとも通じるものがあって)
(これが本当の『家族』というものかと、認識した)
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ディフ・クライン 2022年11月11日
(だから)
(少しだけ、怖くなってしまって)

……ヴァルダ。オレ、此処に居ていいのかな。
『家族』の邪魔になってしまわないだろうか。
今からでも、席を外した方が。

(その中に自分という異物が混ざっていいのだろうか)
(憧れのかたちの中に自分が居ることが、酷く場違いに思えてしまって)
(不安げに貴女を見た)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月11日
そう、……そうです。
ふふ。私ったら。あたりまえに受け入れていたことに気付けないくらい。盲目になっていたんですね。
……ディフさんに背を押してもらって、手を引いてもらって、よかった。
ひとりでは、……きっと、気付けなかった。

(目を閉じて、耳を塞いだまま。立ち止まることを拒んで、振り返ることを許さず)
(進み続けた先に残っていたのは――ああ、それは。空の果てで見た、)


(『あは!ちがうわ。フェアリーは種族のなまえよ』)
(『あたしはシエル。台所にいる……きんいろのほうのエルフの一番のオトモダチよ』)
(『……わあ、あなたも?そっか、そうなのね。だから、なんだか似たにおいを感じたんだわ』)
(『よろしくね、ネージュ。世界樹に近しいもの同士、仲良くしましょ』)

(ヒトガタは飛び寄ると、ふわふわのちいさな手に自分のもっとちいさな手を重ねて笑った)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月11日
(不安げに。助けを求めるように見つめるあなたの視線に気付けば、柔く目を細め)

邪魔なことなど何一つ。

『そうだよ。君はヴァルダが初めて連れて来てくれた人なんだ。歴とした我が家のお客様なんだから、持て成されてくれたら嬉しい。どうか寛いで行ってね』

(あなたの視線にも、内緒話にも気付いているらしい耳聡いおとこは、にこにこと機嫌良さげに微笑み)

……ね?

(大丈夫、と。言葉を重ねて。机の下、見えないように。そっと、あなたの手の甲にてのひらを重ねた)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月11日
『少なくない死線をくぐって来た人の目は、わかるよ』
『君がヴァルダを連れて来てくれたんだよね』
『ありがとう。この子はね、母さんに似て頑固なところが……、『あなた!』』
『……あはは。俺も似たもの同士だから、多分ね。俺達二人に似てるんだ』

(おんなから慌てたような声が上がれば、悪戯が見つかった子どものように片目を瞑った)
(茶器の用意をしながら。それぞれのカップに良く蒸らした紅茶を注ぎ入れ)

『お腹は空いているかな。甘いものは好き?』
『リッシュの作るお菓子は美味しいよ。お酒は大丈夫かな』

『ふふ。ヴァルダにも、漸く食べさせてあげられますね』

(成人を迎えたことを。父も、母も。きちんと把握していた)
(娘はそれがこそばゆくて。当たり前のようにあなたを受け入れてくれる両親へ、はい、と憂いなく頷いた)
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ディフ・クライン 2022年11月12日
当たり前なこと程気づかないものだよ。
……あまり褒められると、ちょっとこそばゆいな。
あの時も言ったけれど、お互い様だよ。

(同じだったから気づけたこと。似ているから理解出来たこと。それが互いにあった。教えて気づいて、自分たちはその繰り返しだ)
(だからきっと、「お互い様」でいいのかもしれない)

(『えっと、じゃあフェアリーのシエルね! ヴァルダのお母さまのお友達!』)
(『私はこの真黒な彼の一番の……そうね、おねえさんよ! こっちはおとうと!』)
(『シエルから、お母さまと似てる匂いがしていたのよ。でももっと、大きくて古い世界樹ね』)
(『ええ、ええ! お友達になりましょ、仲良くしましょ、シエル!』)

(自分の手と重なった小さな手が嬉しくて、雪姫は妖精に頬を摺り寄せた)
(はじめての妖精のお友達! なんてうれしいこと)

(なお)
(青年からパスを通じて「ネージュの方が年下」という抗議があったが、姫は知らんぷり)
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ディフ・クライン 2022年11月12日
(落ち着かない。此処に座っていていいのかわからない。だっていつもなら、家族の再会を見届けた時点で立ち去っている)
(そうしないことに不安を覚えて、いつでも立ち上がれる用意をしながら貴女を見れば)
(柔く、笑っていて)

――でも。

(完璧で美しい『家族』の中に異物がいては、いけないのではないかと)
(言い募ろうとすると、予想外の方向から言葉が優しく届いて)
(思わず不安げな表情のまま振り返ってしまった)
(潜めた声が聞こえていたことにも驚いたが、キッチンから此方を見ている父君は、貴女によく似た笑みで笑っていて)

……。

(密やかに握りしめていた拳に重ねられた手の感触に、なぜだか泣きそうになった)
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ディフ・クライン 2022年11月12日
(柔く、温かく受け入れてもらえている)
(厭うことなく、疑うことなく、邪険にせず)
(『憧れ』の中に、己が在ることを良しとしてくれている)
(少しだけ瞑目した。自分の心を、どうにか落ち着かせて)

(机の下に隠した手をそっと入れ替えて、貴女の手に己の手を重ねて)

……甘いものも、酒精も好きです。
とても、美味しそうですね。

(泣きそうだった名残をほんのりと下げた眉尻に残しながら、微笑む)
(そのまま貴女に目線を向け、「ありがとう」と声なき声で伝えた)

……オレに出来ることは、多くありません。
戦うことと、添うことが出来ただけです。
少しだけ意固地になっていた彼女に、オレは添っただけです。

ヴァルダは、理想と現実の乖離に苦しんでも決して折れなかった。
……貴方方に似て、意思が強く、あたたかで優しいひとですね。
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月12日
そうですね、……そう、でした。
私たちはいつも。与えられているようで、互いに与え合っている。
お互いに、ほめられることにも慣れなくてはなりませんね。

(互いに『そんなことはない』と否定する癖がある)
(謙遜は美徳だが、過ぎれば拒絶にも成り得るのだと――私たちはもう、知っているから)


(『すてきなきょうだいね』『ヴァルダとアナリオンみたいなものかしら?』)
(『あたしたち。種は違うけれど、きっと仲良くなれるわ。ふふふ!』)
(『ねえね、アナリオン!お姫さまを案内してあげましょうよ!』)

(空の名を持つ妖精はお返しのように頬を擦り寄せ、翅を広げて一度強く光った)
(娘の両親にまとわりついていた仔竜がそれに気付けば、ぴぎゅあと鳴き返し)

(『いいよ』と素直に返事をして、姫君の元へ飛び寄った)
(多分、おおきな彼らの話は長くなるだろうから)
(乗りなよ、と姫君に背中を向ける姿を見て、つがいのエルフは顔を見合わせて笑った)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月12日
(戸惑うような、迷子のようなその表情に。おとこも、おんなも。柔らかく微笑み返した)

『ヴァルダはね、とても無口な子だったんだ』『ひとが怖かったんだろうね。彼らとは心を通じて言葉を交わせないから』

『ふふ。ですから……いま、こんな風にたくさんお喋りしてくれていることに。私たちはとてもびっくりしているんですよ』『あなたが、そうさせてくれているんですね』

(お礼をさせて欲しいのだと、嬉しそうに笑うふたりとは裏腹に。娘の方はというと、)

……。…………だ、……大丈夫。
ふたりとも。……歓迎してくれているん、です。

(耳の先まで真っ赤に染めて。逃げ場を求めるようにあなたを見ていた)
(安心させたい気持ちは大いにある、あるのだが)
(こんなに恥ずかしい事になるのはあまり想定していなかった。声が上擦っている)
(甘く見ていた。自分の両親を)

(彼らもまた。直球しか打ち返せないのだった)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月12日
『ああ、良かった。きちんとおもてなしも出来ないままお客様を帰すだなんて』

『そうだよ、恥ずかしい思いをするところだった。どうか帰るなんて言わないでね』

(カップにそれぞれ花砂糖をひとつ。ブランデーをひとたらし)
(どうぞと奨める二人の顔はとても穏やかであった)

……ふふ。この飲み方と、ぶどう酒のシロップを使ったケーキ。
ずっと口にして見たかったんです。

(子ども心に憧れていたものが自分の前にも出して貰えたことが嬉しくて、あなたと繋いだ手の温もりを感じながら微笑み)

『この子は、人に助けを求めることが出来ませんでした。……あなたは、それを叶えてくれたんですね』

『そうそう。それにね、結構負けず嫌いなところがあって……あはは。そんな風に言って貰えているなら。君はそんなヴァルダの事も知っているんだね』

(おあがりなさい、と重なる声)

『ようこそ、永遠の森へ』

『俺達は君を歓迎するよ。君のことも、どうか教えて』
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ディフ・クライン 2022年11月12日
……努力する。

(二人して、謙遜はもう染みついた癖だ。褒められることが苦手なのではなくて、自分は大したことはしていないと思う癖がついてしまっている)
(褒められること。それを素直に受け取ることは、まだまだ練習が必要なようだと肩を竦めて笑み返した)


(『ふふ! そうなの、大好きなきょうだいよ!』『ヴァルダたちともきっと似てるわ』)
(『私ね。おともだちがほしくて、お母さまの森を出たのよ』)
(『だから、シエルとお友達になれるのがとっても嬉しい!』)

(上機嫌に尻尾をゆらゆら。傍に来てくれた仔竜にまたぱあっと瞳を輝かせて)
(背に乗せてもらうのは何度目だろう。何度だって嬉しくて、雪姫はいつも通りそうっとしがみつくように仔竜の背に乗って)
(『いきましょ、アナリオンお兄様、シエル!』)
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ディフ・クライン 2022年11月12日
(本当は。こんな外見で、大人のような見目で。こんなことで戸惑うなんてと驚くだろうに)
(自分を見て浮かべられている表情は、柔らかで優しくて。ああ本当に――その笑い方は、彼女にそっくりだ。こんなところでも親子なのだと実感する)

それを彼女から聞いた時は、驚きました。
彼女は、たくさん話してくれるので。

(お礼なんて、と言いそうになって。ぐっと押し込める。過ぎた謙遜にならぬよう)
(言葉には上手くできなかったけれど、青年はせめてとゆっくり頷いた)

(そうして、妙に震えている声に振り向けば。茹で上がったのかと思う程に顔を真っ赤にした貴女が「助けて」と言わんばかりに此方を見ていたものだから)

うん、……よかった。
…………ところで、ヴァルダ大丈夫?

(とても居た堪れなさそうな貴女)
(青年にとって貴女の昔の話は、興味深いばかり)
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ディフ・クライン 2022年11月12日
(安堵を示す貴女のご両親に少しだけ眉を下げて笑む。危うく、失礼をしてしまうところだった)

はい。
……恥ずかしながら。こういう場は初めてで。

(あまりに優しい雰囲気に、青年もまた素直に言葉を吐露した)
(差し出された紅茶に、華やかさと芳醇な香りが立ち上っている。勧められれば小さく会釈をして)

いい香りがする。
貴女の、成人祝いかな。よかったね、ヴァルダ。

(嬉しそうに笑う貴女。その笑みに心落ち着けて、柔らかに言の葉を紡ぐ)
(もう、ぎこちなくは笑うまい)

似た者同士なのです、彼女とオレも。

(ね、と視線を合わせる代わり。貴女の手を握って)

……喜んで。

(微笑んで、「いただきます」と貴女に声をそろえた)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月13日
……あ、改めて、自分のことを。とうさまとかあさまから話される、というのは。
ちょっぴり……、……かなり、はずかしい、ものですね……。

(消えゆく声。とうとう、つがいのエルフたちは声を上げてわらった)

『まあ。まあ。どうか許して、ヴァルダ。お父様も私も、嬉しくて堪らないのです』

『そうだよ。娘が久しぶりに帰ってきてくれた。それも、しっかり自分の目標を果たして。こんなに誇らしい事、他にあるかな』

『そうですよ。……ふふ、実際に連れてきてくれるとは思いませんでした』

『俺も驚いたよ。そうそう、君の瞳はとても綺麗だね。魔法種に近いのかな?』

『外の世界には輝石の身体を持つ方々もいらっしゃるのだそうですよ。ディフさんは彼らに近いのでは?』

『ああ、中には心を得た黒鉄の機人達もいるんだって聞いたよ。長生きはするものだなあ』

(心配いらなかったでしょうなんて告げる余裕さえなくして、とうとう娘は顔を覆ってしまった)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月13日
いただきます。

(ちいさく揃った声。すこしだけ躊躇して。暫くして意を決し、一口大に掬ったケーキを口にした)
(優しい甘さに、はじめて味わう酒精の香り。焦がれた味に、目の奥がつんと痛んだ)

(つがいのエルフ達はにこやかに、片や控えめに微笑んでいる)
(『こういう場』が単なる茶会の席では無いのであろう事も通じているのだろう、多くは口にせず)

『そう。支え合ってきたんだね』

『貴方にとっても。娘が支えになれていたのなら、これほど嬉しいことはありません』

(ただそれだけを口にして。ね、とふたりで娘を仰いだ)
(目元を拭った娘は、一瞬驚いたような顔をして)
(一度あなたを見て。それから、)

……はい。
旅路の中、戦いの中。何度も挫けそうになって。
その度に己の甘えを断ち切ろうと、駆け続けました。

とうとう崩れ落ちそうになったとき……彼が、この手を取ってくれたのです。
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ディフ・クライン 2022年11月13日
ふふ、ヴァルダ、真っ赤。

(小さくなっていく声にくすりと笑みを咲かせた)
(ご両親と貴女のやりとりは微笑ましい。温かで優しい『家族』が此処にある)
(――ただ、うん?)

……目標。実際に、連れてくる?

(気になった単語を拾って首を傾げる。誰かを連れてくることが目標だったのだろうか)
(なんて考えていたら、自分のことに話題が移るとは思っていなくて驚いた)
(どう、告げるべきか)
(少しだけ逡巡する。受け入れられなかったら、だとか。気持ち悪がられたら、だとか。そういう怖さはいつだってあって、貴女のご両親だと思えばそれは尚更で)

(けれど。受け入れてくれるのではないかと、思えもして)
(だって、貴女の家族だから)

……この目は宝石眼です。ベニトアイトという宝石を加工して作られた、魔法の瞳です。

(――話してみよう。正直に、己のことを)
(隣で顔を覆ってしまった貴女のことを気にかけつつ)
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ディフ・クライン 2022年11月13日
オレは、人形です。

(いつも通りの言葉。誰にだって言ってきた言葉)
(けれど、今日程迷った日はない)

アルダワという世界でひとの手によって作られた魔導人形。正式には、ミレナリィドールと呼ばれます。

ドールは製作者によって個体差が大きいですが、オレは「ひとに近しく」あるよう作られたもの。
なので人らしく見える機能は大方持っています。例えば食べること、眠ること、学ぶこと。そして心や知性を宿したドールとして、成長すること。……外見は、変わりませんが。

この身を構成する多くは魔法素材なので、人工の魔法生物とも言えるかとは。
輝石をコアとする魔法種の人形。
ひとと同じように生を営み、けれども人造物であるが故に壊れるまでは長く生きる。

……そういうものです。

(ひとではない身。人形の己。それを打ち明けることに、こんなにも緊張した日はない)
(窺うように、そっとご両親を見た)
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ディフ・クライン 2022年11月13日
(はじめに紅茶を手にした。華やかな香りに混じる、ブランデーの深い香り。くるりと花砂糖を溶かして口にすれば、まろやかで甘い口当たり)
(その余韻を残しながらケーキを掬えば、葡萄酒の香りとナッツの甘さが優しく広がって)

ああ、美味しいです。

(柔く目を細めた。作り手の心を反映したかのような、優しい味だった)

……支えられました、とても。
何から語るべきなのか。

(視線に気づいて、青年もまた貴女と目を合わせ)
(語られる過日。目を閉じずとも、あの衝動に突き動かされた日を思い起こせる)

災いに堕ちた兄との宿縁の決着をつける時。そしてその後。
彼女には力を貸してもらったし、オレにも心を砕いてくれました。
思えば切っ掛けはその時だった。

放っておけなかった。
掲げた命題はとても美しかったけれど、その為に弱音も涙も吐き出せずにいたから。
添うことしか出来ないオレだから、添ってあげたかった。
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月14日
(あなたが疑問符を浮かべて言葉を繰り返すなら。わあ、と慌てた声を上げ)
(言おうか言うまいか。いや、黙っていたら言われてしまう。観念したように口を開き)

も、……森を出る前に……。
『ひとのおともだちを、作ります!』と。
緊張していて、その、……そんな宣言を、してしまい……。

(いっぱいいっぱいな娘の話を要約すると、)
(『同じヒトガタをした友達をきちんと作れるくらい立派になりたい』)
(『人々を救うと志すなら、人々に寄り添えなければ真に彼らの心を分かり得ない』)
(――と、大体こんな感じのことを言いたかったのだけれど)
(旅立つ時の娘もまた、いっぱいいっぱいだったのだった)

……でも、父さま、母さま。
ディフさんは、その、…………。

(声がさらに小さくなる。否、今はまだ言うべきでない)
(あなたが今まさに、自分自身の事を語ろうと勇気を振り絞っているのだから)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月14日
『人形』『まあ』

(ぽかんとした顔)
(つがいのエルフたちはあなたをまじと見詰めている)
(おとこの方は、冒険者としての好奇心から)
(おんなの方は、医学的知的探究心から)

『ロケットパンチとか出来たりす『あなた!』』

(閑話休題)
(男児的好奇心を抑えられなくなったおとこをおんなが割って入って止めた)
(どうぞ続きを、と促すおんな。おとこも口を手で塞がれながらてのひらで続きを促した)
(娘は頭を抱えていた)(色々な想定をしていたけれど、父の反応がそのまま過ぎたから)

『そうなんだね。君が自分自身の事をどう思っているかは、俺達は知り得ないけれど』

『心を持つ人造の生命体がほぼ存在しない世界に住まう私達に、自らの正体を明かす事。それがどれだけ勇気の要る事だったでしょう』

『教えてくれてありがとう』『私たちの意識は変わって居りませんよ』

『君はヴァルダが連れてきてくれたはじめてのお客様だ』
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月14日
(両親が言葉を重ねる中。娘はあなたの手をずっと握り続けていた)
(怖がらなくてもいい。そう告げるように)

(母の味だ。はじめて食べるものだけれど。ずっと、ずっと、恋しく思っていたものだ)
(気を抜けば次々涙が溢れてしまいそうだった。一度上を向いてなんとか飲み込んで)

(つがいのエルフは静かに相槌を打ちながらふたりの話を聞いている)
(災いに堕ちる。それが何を意味する事か、この世界に於いても等しい災厄が存在していたが故に。それを理解したのか、ふたりは口を挟みはしなかった)

『……そう』『ヴァルダを好いて下さっているんですね』

『君達の旅路が、どれ程険しかったか。俺達はまだ、全てを知らないけれど……。自分達の娘のことは、よく分かっているつもりだよ』

『旅路の中で、人々を救うと云う行為が綺麗事ばかりでは済まされない事を。きっと、何度も突き付けられてきたのでしょう。それでも……諦めずに今日まで歩んできたのですね』
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ディフ・クライン 2022年11月14日
(問うてみたら、何故か隣の貴女が慌てて。ご両親はといえばにこにこと笑みを浮かべていて)
(もう一度、こてりと首を傾げて貴女を見ると)

……ああ、なるほど。そういう。

(しどろもどろに話す貴女の言葉に、得心がいったと頷いた)
(ひとが怖かったと、貴女からもご両親からも聞いた。それでも、志と夢ひとつで怖かった「ひと」の友になりたいと宣言したのなら)
(思わず笑みが零れた。四年前と今の貴女の芯は変わっていない。それを知れて嬉しくなってしまった)

(続き、言い淀むように声を潜める貴女に、眉を下げて笑った)
(この身のことは、己が一番知っているから。己が言おう。どのように思われようとも、それが誠意だろう)
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ディフ・クライン 2022年11月14日
(驚き。それはそうだろう。この世界には人造生命は存在していない)
(見つめられている。それもそうだろう。この身に人形らしさを探すものだ)
(そこまでは、人形だと明かした時によく向けられるもので)

腕は飛びません、残念ながら。

(困ったように笑った。そういう質問は想定していなかった)

(来訪の前に想定していた反応は三つ。気持ちの悪いものを見る目で見られるか。こんなものが愛娘の傍に居ることに怒り排除しようとするか)
(――もしかしたら、長い逡巡の末に受け入れてくれるか)
(どれも覚悟はしてきた。受け入れられなければ、自分だけ先に帰るつもりでも居た。いつか受け入れてもらえることを信じて)

(だというのに、こんなにもあっさりと。「そうなんだね」なんて、受け入れてくれて。それでいて優しく温かい目と言葉を向けられるなんて)
(想定していなかったのだ)
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ディフ・クライン 2022年11月14日
(気持ち悪くはないか、怖くはないか。そんな問いはぐっと飲み込んだ)
(貴女が手を握って伝え続けていてくれたから。何度だって、「大丈夫」と)
(代わりに)

ひとではなくて、ヒトガタ人形ですが。
彼女の誓いは、果たしたことになるでしょうか。

(そんなことを問うて笑った)

(じわりとする涙腺を抑えつけるように目を閉じた。ここでは泣くまい。これ以上困惑させたり、気を遣わせるようなことはすまい)
(大丈夫。出来る。貴女の手を一度しっかりと握り返して)
(目を、開いた。宝石眼には涙の名残はない。静かに笑って)

受け入れて下さってありがとうございます。
少しだけ、心配していたのですが……安心しました。

(貴女の言うとおりだった。怖がらなくてもいい。だって、こんなにも素直でまっすぐで、優しい貴女のご両親なのだから)
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ディフ・クライン 2022年11月14日
(母君の料理にほんのりと瞳を潤ませる貴女を見た)
(どれ程望んでいたか。それを知らぬ青年ではなかったから、とんとんと貴女の手の甲をあやすように触れて)

……ええ、心から。

(『好いている』。その言葉に深く頷くことを躊躇いはしない)
(短いような、長かったような旅路を想う。貴女が語った、貴女の旅路も)

彼女はとても頑張っていましたよ。怖いものからも自分の理想からも逃げず、諦めなかった。
どうぞたくさん褒めてあげてください。
……貴女も、せっかく帰ってきたのだから。どうぞたくさん甘えて。

(希うように、三人を順に見つめて微笑む。そうしてくれたら、嬉しい)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月15日
『そうかぁ』『あなた!』

(おとこは笑顔のままだった。どこまで本気なのか分かりづらい)
(『飛んだらすごく格好いいな』。割と本気でそう思っている可能性は捨て切れない為、おんなはもう一度おとこを遮った)

『もちろんだよ、きちんと果たせているとも』

(問い掛けに返るのは笑顔と肯定。あなたの不安と戸惑い、その輪郭に柔く触れるように)

『相手の反応を憂えるような人の何処を恐れることがありましょうか。……大丈夫。そんな顔をなさらないで。私達のことを慮って下さって、ありがとうございます』

『ああ、でも。それなら俺はもう少し威厳があって怖い感じにしていた方がよかっ『あなた!』』

(意地悪をしないで。咎めるようなおんなの声に、おとこはころころと楽しげに笑った)
(ごめんなさいね、と謝るおんな。ごめんね、と悪びれないおとこ。どうもこれがつがいのエルフ達の常であるらしい)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月15日
(手の甲に触れる優しい感触に、すんと鼻を鳴らした)
(みっともなく泣き出してしまいそうで、堪えるのに精一杯だったけれど、でも)
(あなたがそれを肯定してくれるのなら。自分もそれに応えなければ)
(『ディフさんは、その』。その、言葉の続きを)

……ディフさんは、その……おともだちにもなってくれたのです。
でも、……それだけでは、なくて……、……。

『うん』『ええ』

(父と母は、娘を急かさない)
(ふたりがずっと、守り合うように手を繋いでいることだって。ほんとうはとっくに気付いている)
(けれど、娘の口からそれを言ってくれるのを待った)

苦楽を共にし、寄り添いたいと。心からそう思っています。
……。……と、とうさまとかあさまが、だめと仰ってもです!

『おや』『まあ』

(真っ直ぐにこちらを見詰める娘の揺らがぬ瞳を見、思わずふたりは顔を見合わせ、)

『……ふふ、あはは!』

(先に沈黙を破ったのは、おとこの方だった)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月15日
『ふふ。ごめんなさい、笑ったりして。おかしいのではなくて……』

『そうなんだ。びっくりして。ヴァルダの口からそんな言葉が出てくるなんて』

(娘のほうはといえば、『本気です!』と頬を真っ赤に染めながら主張していた。つがいのエルフたちはまた嬉しそうに笑い声を上げ)

『大丈夫、わかってるよ。ごめんね。ヴァルダが森を出るって言い出したときより強く言うんだもの』

『自分の考えを。願いを。歩むべき道を。……迷わずに選べるようになったのですね』

『頑張っていたんだね。手紙に書き切れない迷いや悩みも、たくさん、たくさんあったろう。……俺達にきちんと伝わってるよ。君が導いてくれたんだね』

(告げて。身を乗り出したおとこは、娘の頭に遠慮なく手を伸ばして。優しく優しく撫でて、その成長を喜んだ)(おんなはそれを、愛しげに見詰めている)

(娘は懐かしいその感触に。ずっと欲しかった、その言葉に。とうとう、大粒の涙を零し始めた)
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ディフ・クライン 2022年11月16日
(『きちんと果たせている』)

(その言葉に、深く深く息を吐いた)
(安心したのだ。だって己を連れてきたおかげで、貴女の誓いは『やっぱり果たせていなかった』なんてことになったら。貴女たちが悲しい顔をしたら)
(自分を許せなくて、青年はきっとこの場を去ったろうから)

(優しく穏やかな母君。少年の心を忘れぬ、懐の広い父君。それぞれの言葉で受け入れられたことを知る)
(悪戯を口にしては止められて、それでも二人で笑っているものだから)

リッシュさん。
……父君は確かに、とても『おおらか』ですね。

(お礼を告げるかわりに、可笑しそうに笑った。大人の貌をやめて、素のままの幼き己の顔で)
(大人のふりなどきっととっくに気づいているだろうから)
(隠すことなくいよう。少しだけ、勇気を出して)
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ディフ・クライン 2022年11月16日
(はじめて食べる料理。貴女が作ってくれたものとは違う料理、違うお茶なのに、どうしてか貴女が作ってくれたものと似ていると思った)
(飲み込んだお茶にアルコールなどほとんどないのに、不思議とこの身が温まるような心地がして)

(そうして、口を開いた貴女をそっと見つめた)
(貴女の手は握ったまま。この仄かな熱と感触で、応援するように)


(貴女の揺らがぬ瞳。緊張しているだろうに、震えずにいた勇気。大切なご両親に反対されてもと強く言い切る想い)
(きゅうっと締め付けられるような心地を胸に覚える。この想いの名ならば、知っている)
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ディフ・クライン 2022年11月16日
(『家族』のやりとりを、青年は口を挟まずに聞いていた)
(家族はよくわからないけれど。真剣に告げる貴女の姿を、とても嬉しそうにしているように見えた)
(なんとなく。これが『家族愛』なのだなと気づいた。慈愛に満ちたご両親の瞳が、言葉が。そのすべてが)
(ただ一人の娘のしあわせを望んでいる)

……導く、というよりは。

(ついに泣きだした貴女の手を握ったまま、青年はそっと唇を開く)

手探りに、迷ったり支えたり、支えられたりしながら。
共に歩んできたと思っています。

許されるなら、オレも、これからの永き時も彼女と寄り添いたいと思っています。

(大それたことなど願わないから、どうか)
(ああ。ご両親には随分願ってしまってばかりだが)

(共に寄り添うことに、許しが欲しくて)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月16日
『え?俺、そんな風に噂されてたの?』『さて、どうでしょう』

(きょとんと目を丸くするおとこを横に、おんなはわざと大袈裟にとぼけてみせた)
(内緒です、なんて聞こえるようにあなたへ告げたなら。つがいのエルフも、娘も笑った)
(おんなが冗談の類を口にするのが珍しかったのか、ねえ教えて、なんておとこが強請っている様子さえ。彼らの穏やかな日常は、あなたを迎え入れても変わらなかった)

(茶の味ひとつさえ、再現しようにも『そのもの』には至れなかったものたち)
(帰って来たのだ。拒み続けていたその温もりは、柔らかく娘の胸を満たしていった)

(嗚咽と涙でつかえて言葉を上手く紡げずにいる娘の頭を、おとこは優しく撫で続けた)
(あなたが紡いだ日々の欠片を耳にすれば、『そうかぁ』と感慨深げに呟き)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月16日
『……実の所、俺は少し安心している所もあったりして』

『ええ。ヴァルダが森を出る、と聞いた時。何時の日か、共に歩みたいと願う人が出来たとき……』

『時の流れを違える相手だったら、お互いに可哀想だと思ってね』

『私たちエルフは、長い長い時の流れの中に身を任せて居ります。森を出た妖精族の多くは……悲しい恋に落ちるものですから』

『海底の姫君みたいだよねえ。いっそ、泡になれた方が幸せなのかもしれないけれど』

(困ったように微笑む姿も。つがいのエルフと娘は、よく似ていた)
(両親が何を言わんとしているのかを遮らぬように。娘はすんと鼻を鳴らしながら何度か頷く。おんなはその涙を、身を乗り出して優しく拭った)
(ずっと、ずっとずっと想われていたのだ。分かっていたのに、涙が止まらなかった)

『ですから……。……寄り添いたいと。それが叶うのだと。貴方が娘の手を取ってくれた事を』

『うん。俺達は、とても嬉しく思っているよ』
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ディフ・クライン 2022年11月16日
おや、失礼。内緒でしたね。

(笑いあう家族につられるように、青年もまた唇に人差し指を当てて悪戯に笑った)
(四人で笑いあう空間は温かくて、なのに不思議と特別ではなくて、これが『日常』とさえ思えるような穏やかさがあって)
(ここに居てもいいのだと、教えてもらったようだった)


(ご両親が紡ぐ思いを静かに聞いた)
(貴女にもあった、長命種であるが故の懸念。ご両親は実際に悲恋の末も見てきたのだろう)
(愛娘に同じ思いをしてほしくないと思うのは当然だ)

(故にこそ、ひとならざるこの身ドールの己ならば)
(その為に二人で乗り越えた夜がある。10年蓄積された澱みと苦しみ抜いた夜が。夢の底、記憶の根源を向き合った夜がある)
(その為に二人で確かめ合った想いがある。ひとらしい生活、なんでもない日常を慈しみ合った日々がある)

(たったひとつの願いの為だけに)
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ディフ・クライン 2022年11月16日
……この身は人形です。
だからこそ、胸のコアが壊れない限りは永い時を生きることが叶います。
彼女を置いてはいきません。

(それは貴女への誓い)
(目線はご両親をとらえていても、誓う相手はただひとりだと)
(「嬉しく思っている」と、その言葉がどれほど欲しかったか)
(喜びに潤みそうになる瞳を叱咤した)
(はっきりと告げなければならないのだ。貴女がそうしたように、青年も自分の口で、自分の言葉で)

苦楽、永い刻、弱さにも強さにも寄り添って。
心から愛おしく思うヴァルダと共に、生きたい。

……お許し頂けますか。

(互いに寄り添うことを。共に生きることを。想いを通じ合わせることを)
(ただ、それだけを)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月17日
『俺達永遠の森のエルフはね。少し前まで、共に歩む人を自由に決めることが出来なかったんだ』

『古いしきたりがあったのです。今はもう失われていますが……未だそれに心を囚われたまま過ごすものも少なくありません。……この子には、同じ轍を踏んで欲しくなかった』

『そうだね。俺達の代で終わったことだから。ヴァルダには、きちんと未来を見詰めていて欲しかったから』

『どんな人を連れて来てくれたとしても。私達はその選択を尊重しようと……この四年の間、幾度となく話し合って来たのです』

『あはは。まさか本当に運命の人を連れて来てくれるとは思わなかったけどね』

(おとこもおんなも、そっと席に着き直した)
(あなたに向き直る。二人の表情はとても穏やかだった)

『ヴァルダを好いてくれてありがとう』『娘を、宜しくお願い致します』
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月17日
(陽色の瞳を大きく瞬かせた娘の目尻に、また涙の淵が張る)
(泣いてはだめ。『変わらないねえ』なんて、ふたりに言わせたくはない)
(だのに、ふたりの言葉は自分が考えていたものよりもずっと、ずっと)
(ふたりの旅路の果てに見た景色。その先で授かった自分のことを、案じるものだったから)

……とうさま、かあさま……。

(声は情けなく涙に濡れて掠れた)
(遠回しに『やめておきなさい』と言われる事だって覚悟していた)
(だのに、こんなにも真っ直ぐ肯定して、許して、託してくれるなんて)

ありがとう、ございます。
……これからは、たくさん。たくさん、帰って来ます。……ふたりで。

(喉が引き攣った音を立てるけれど。途切れ途切れになってしまったけれど)
(それでも。今、この瞬間。心から伝えたい言葉を口にして)
(娘は笑った。何の気兼ねもなく)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月17日
『ほんと?』『まあ』
『リッシュ、聞いたかい』『はい、しっかりと』

(その言葉を聞いたなら。つがいのエルフ達の表情が、ぱっと華やいだものになる)
(心なし。否、見るからに。見たままに。比喩でなく。陽と青、ふたつの瞳がきらきらと輝いて、)

『じゃあ、手始めに夕飯は食べていくよね。いいよね?』

『腕によりをかけてご覧に入れます。ヴァルダの好きなものを沢山作りましょうね』

『ディフは苦手なものはある?お酒は平気なんだよね。今日、丁度20年ものの蒸留酒がね』

『泊まって行かれますか?お掃除はいつもしていましたから、ご自分の家だと思って寛いでいってくださいね』

『着るものは俺のを使えば良いよ、ほら、丁度背丈も同じくらいだから。平気平気』

(あれよこれよと勢い付いて喋り始めた)
(押しが強い。娘が帰って来てくれた喜びとあなたの齎してくれた言葉に、寄せられた心に、二人はたいそう喜んだようだった。押しが、強い)
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ディフ・クライン 2022年11月17日
……そうだったのですか。

(世界が繋がってからすぐに、彼女を連れて此処へと飛んだ)
(故にこの世界の歴史については未だほとんど紐解けてはいない。けれども、彼女が己に語った言葉を思い出す)
(「以前は深い悲しみに包まれていた」)
(その一端に触れた。目の前の二人が、まさにその当事者なのだ)

(それ故に辿り着いた結論。彼女への愛と慈しみが溢れている、その優しくあたたかな『家族愛』が紡いだのが、青年への許しだというのなら)

……はい。

(まっすぐに返事をして、深く頭を垂れた)
(貴方方の『あい』の形を、確かに受け取った)

(そうして顔を上げて貴女を見れば、やっぱり瞳に涙をたくさん溜めていて)
(ああ、泣いたっていいのに。それは悲しい涙ではなくて、嬉しい涙なんだろうから)
(繋いでいた手を一度そっと解いて、貴女の背に手を当てた。そうして柔く柔く微笑んで、頷いた)

許してもらえたね。

(貴女に。心からの喜びを込めて)
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ディフ・クライン 2022年11月17日
そうだね、二人で。

(大きな心配が大きな安堵に変わって、ようやく人心地ついた頃)
(ご両親の瞳の輝きが変わった)
(なんというか、変わったのである)

えっ。

(ずずいと齎された誘いに、フォークに差したケーキを危うく取り落とすところだった)

いえ、流石にそれは、

(悪い、と言おうと思ったのだが。そこに「貴方の好物をたくさん」という言葉が混じったのなら口を噤み)

いえ、今のところ苦手という程の物は。
そんなにいい蒸留酒があるのですか。……そうだ、オレも持ってきたワインが

(言いきる前に、更にずずいと齎される誘い。……いや誘いの体だが二言目には既に泊まることになっている)

ですが、生憎と宿泊するような用意は

(ないと言い終わる前に、にこにこと父君が制する)
(これはどうあっても泊っていくことになる、のか?)

……ヴァルダ。

(どうしよう、と)
(眉尻を下げながら貴女を見る)
(嫌悪や拒絶ではない。驚いているだけ。いやでは、ない)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月18日
『ああ。破れば必ずや災いが降り注ぐであろうと。誰もが信じていて……それは迷信でも何でもなく、紛れもない事実だったんだ』

『我々エルフは疑うことを知りませんでした。『知りたい』と根源を求めることさえ禁忌に触れるかのように扱って……。……けれど、そんな因果の巡りも。終焉を打ち砕く者達によって断ち切られたのです』

『俺達は自由になったんだ。それと同時に、皆が一様に誓いを抱いた。彼らへの恩義を返そうと』

『……それが、はじまり。ひとつの終わりを迎え、私達は垣根を超え、森の外へと旅立つことが叶うようになったのです』

(謂わば娘は自由の象徴のようなもの。新しい歴史の申し子なのだと、つがいのエルフは微笑んだ)
(時代が違えば、娘はそもそも生きることを許されぬ存在だったのだ)

(背中に添えられたてのひら。喜びに満ちた言葉を受ければ、涙まじりに)

はい。……はい!

(大きく頷く。あなたに、確りと応えたかったから)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月18日
『まあまあ』『そう仰らず。長旅でお疲れでしょう』『うんうん』

(ずい)

『お土産なんて気にしなくてもいいのに。わあ、でも嬉しいなあ。よその世界のお酒なんて、めったにお目にかかれるものじゃないし。ねえリッシュ、君も飲もうよ。たまにはいいでしょう』

『気を遣って下さってありがとうございます。主人はお酒に目がなくて……、……私もすこしだけ。ご相伴にあずかりましょう』

(ずずい)

『大丈夫大丈夫、いつ人が来ても良いようにしてあるから』

『どうかこの哀れな老人達の願いを聞いてくださいな』

(ずいずい)

(圧が強い。とても。なぜか?)
(理由は至極単純で。娘が帰って来たことの喜びに追加して、)

『だって、ねえ』『ねえ』

『『息子が増えたん(だ)(です)もの』』

(それはそれはもう。ご機嫌のご機嫌なのだった)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月18日
父さま、母さま、

(口を挟む暇がない。普段は物静かで父の悪ノリに時々口を挟むだけの母までもが勢い付いてしまったなら、最早この夫婦を誰も止めることが出来ない。少なくとも、娘は勝てない)

(口を揃えて告げられた言葉)
(それが、ああ。彼にとって、どれほど。どれほど、大きな意味を齎すものか。父も、母も、きっと知らない)
(なんだかまた泣きそうになってしまって。一拍、息を飲んだけれど)

……ふふ、あはは!

(なんだかもう、おかしくなってしまって。あなたの方を見て、娘はわらった)
(『観念しましょう』なんて囁けば、あなたはますます困ってしまうのかしら)

(穏やかな午後の光が窓から注いでいる)
(人心地ついたなら。ねえ、お茶のおかわりを強請りましょう)
(話したかったこと。聞きたいことが。まだまだ、山ほどあるのだから!)
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ディフ・クライン 2022年11月18日
(彼女がこれ程までに慈しまれている、その理由に触れた気がした)
(そんな人と共に歩むことの出来る喜びを。託された責任を。しっかりと己が中心コアに刻み付けよう)
(決して違えはしない。この胸に、傷跡を包み込んだベニトアイトがある限り)
(貴女の頷きに、青年も嬉しそうに頷き返した)


(さて)


(――圧を、感じる)

はい、実は来る前にヴァルダからそれを伺っていたので、オレの世界の発泡葡萄酒を……

(気圧される。とても親し気なのに、これは何の圧なのだ。英雄ゆえか、そうなのか)

老人って、とてもそうは見えな……

(妖精種だから当然なのだが。違う問題はそこじゃない)
(どうしたものかと助けを求めた貴女が口を挟む隙間もない)
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ディフ・クライン 2022年11月18日
(ならば客として、ご厚意に甘えようか)
(そう思ったのと、ほぼ同時)

え?

(ご両親から機嫌よく齎された言葉に、瞠目した)

……、……息子って、

(オレのことですか、なんて。そんな呆けた問いを思わず返してしまって)
(冗談の類かと思って反応を待ったが、二人は訂正をしない)

(望んでも、手に入らなかったものがあった)
(憧れても、手を伸ばさなかったものがあった)
(今もただ『貴女たち家族』を慈しめればいいと)
(そう、思っていたのに――)

……オレのことを、息子だと。
『家族』だと、言って下さるのですか……。

(驚かせてしまう。困惑させてしまう。困らせるつもりじゃない、慌てさせるつもりなんてないのに)
(あまりに簡単に、温かく受け入れてもらえた優しさに。気づけばはらりと雫が勝手に零れていった)
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ディフ・クライン 2022年11月18日
(それは静かな午後のこと)
(貴女も楽しそうに笑うから、青年も遂に観念して厚意に甘えることにした)

(きっとこの日のお茶とケーキの味を忘れることはないだろう)
(貴女と一緒にお茶をおかわりしたなら、たくさん、たくさん話そう)

(きっとそこには、笑みの花が咲いている)
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ヴァルダ・イシルドゥア 2022年11月19日
【Linnam.】
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