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黒海堂・残夏 2019年3月10日
第×回評価記録:2019/03/XX
担当・記録:XXX
被験体:黒海堂・残夏
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黒海堂・残夏 2019年3月10日
(ナイナイしますか?)(いいえ)(――いつ来てもこの部屋は白くて、四角くて、染み一つない白衣に身を包んだ人間が数人で忙しく動いている。その動作の一つですら、もう何十回も見てきた筈なのに寸分狂いなく見えるから不思議なものだ。変わらない部屋。変わらない人。変わらない時間。何回目にもなる間違い探しに早々飽きて、目を閉じて診察を待っていた)(ナイナイしますか?)(いいえ)(ナイナイしますか?)(いいえ)(ナイナイしますか?)(いいえ)(ナイナイしますか?)(いいえ)
黒海堂・残夏 2019年3月10日
(ナイナイしますか?)(いいえ)(『黒海堂』名前を呼ばれる。その声も、呼ばれるタイミングですら、変わらない。UDCと呼ばれるならよっぽどこの人達の方が人外じみていると思う。伝えたことはないし、伝えたところできっとつまらない反応であることは明白だ)――はい。(だから、素直に顔を上げる。その返答もまた変わらない。応えを以て研究員が音なく近づいてくる。両目に滑らかな、よく親しんだ質感の布が触れた。研究員の骨ばった指先が耳の後ろに当たる。ぬるい)(ナイナイしますか?)(いいえ)(何も見えない
)(…………。)(……)
黒海堂・残夏 2019年3月11日
(…………)(……)(些か明瞭になった意識の中、一人分の浅い息遣いが聞こえる。ぬるい手が今度は自分の片腕を持ち上げた。引かれるまま、立ち上がって、歩き出す――歩くと言うにはあまりに覚束ない足取りだろうと思う。己を導く手だって、だから正しくは、導くというより引きずっていくと言うのが近い)(面倒だから目隠しなんかいらないと伝えてはみたものの未だに実現の兆しはない。研究員達は万が一つの危険でも許せない性質らしい。ならさっさと処理すればいいのに、と他人ごとのように思うが、それはそれで問題があるらしい。難しいものだ)