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【小話】ののほとさん

待鳥・鎬 2022年6月26日


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 ある晴れた初夏の日に、一人の少女と出会った。

 近所の子じゃない……というか、明らかに猟兵さんだ。野葡萄色のポニーテールを揺らしながら、木通の葉っぱを物珍しげに見つめては、触ってみたり匂いを嗅いだり。植物好きさんか。同志なのか。
 勇んで挨拶してみれば、少女は丁寧にお辞儀した。

「こんにちは。この庭、入って良かったでしょうか?」
「此処は子供達もよく遊んでいるから大丈夫ですよ。植物がお好きなんですか?」
「好きかは分からないけど、面白いです。本物の植物をこんなに触るの初めてだから」

 聞けばサイバーザナドゥの出身で、今日このサクラミラージュに来たばかりらしい。気になる物ばかりで歩き回っているうちに此処まで辿り着いたのだという。

「それならさぞお疲れでしょう。テラスも屋内の席も自由に使っていただいて構わないので、ゆっくりして行ってくださいね。もし飲み物とか欲しい時には声を掛けてくださいな」
「ありがとうございます。……えぇと」
「あ、自己紹介がまだでしたね。私はヤドリガミの待鳥鎬と申します」
「ヤドリガミ?」
「場所によっては付喪神とも」
「唐傘お化けみたいな」
「そうそう」

 サイバーザナドゥにもあるのかな、唐傘。そういえば、この子お辞儀も知ってたなぁ。
 最近何かと雑事に追われていたので、彼の世界には未だ足を踏み入れたことがない。難敵スマホに打ち勝った今、ガジェッティアの端くれとして新たな技術を取り入れに行くのも悪くない。
 未だ見ぬ異世界への好奇心を膨らませていると、少女は再びぺこりと頭を下げて名乗りを返す。

「私はバーチャルキャラクターの穂籐野々といいます」
「野々さん、ですね。宜しくお願いします。……ふふ、本当に野葡萄さんなんですね」
「……」

 ん? 何か空気変わった?
 こちらを見つめ返す瞳は、何かを期待するようにキラキラ輝いている。

「野葡萄、知ってるの? 此処にもある?」
「あ、あるけど……実は付いてませんよ?」

 あぁ、あからさまにしょんぼりしちゃった!

「やっぱり食用果実じゃないから……」
「いや、えぇと、野葡萄の実が生るのは秋なので」
「秋……」

 彼女は自分をバーチャルキャラクターだと言った。本当にノブドウ……野の葡萄(ほとう)が名前の由来なのかもしれない。しかし、壊滅的な環境汚染を受けたサイバーザナドゥでは、最早生物は自然のままでは生きられないと聞く。恐らくだが、本来生き物は季節によって姿を変えるということを失念していたのだろう。


 暫し考え込んだ後、少女は何処からともなく一枚の紙を取り出す。
 そうして、それを丁寧に両手で差し出すと、宜しくお願いしますと無邪気に微笑むのであった。

  入団届け
 名前:穂籐野々
 志望理由:貴旅団で栽培されている野葡萄に興味を持ち、
      是非その結実に貢献したいと思い入団を希望
      いたしました。
  御一考の程宜しくお願いいたします。


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……まぁ、野葡萄以外も興味あるみたいだし良いか!
っていう軽いノリで同背後団員が増えました。




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