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善良

#UDCアース

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#UDCアース


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 ーー綺麗な顔もぶっ潰れたら汚えだけだなあ!
 ーー何が出来るの? そんな芋虫みたいな有様で。
 ーー頼むよ、ここで死んでくれよ。俺死にたくねえんだよ。

 悪意の嵐。
 痛い、苦しい、やめて、たすけて。
 悪夢が心身を蝕んで、参加者達を発狂させる。
 激痛と絶望以外許されない中で、誰もが意識を手放していく。

 これもきっと、ただ、この世のどこかの誰かの記憶だった。
 この世に居たはずのどこかの誰かが、救われなかった話だった。 


「100万円だぞ全員集合ぉー!」
 グリモアベース中央にて、それはそれは声高々に宣言する少女が一名。それは実際には少女体を好んで取るバイオモンスターの少年ーー五逆・業(楽園の先・f16708)なのだが、此処ではそのようなパーソナルデータは不要の為、外見に即し、『少女』、と偽りの表現を取った。
「いや100万円だってさひゃくまんえん、凄くねえ? 世界のパパママが汗水垂らして得るお金がねー、この会場に行くだけで無料配布!」
 何とも人間の欲望に満ちた、胡散臭い事この上ない案件だ。業はわざとらしく指を組み、夢見る乙女のきらきらお目目。
 にかり、鋭利な歯列を覗かせ笑うと、改めて、集った猟兵に向き直る。
「ああそうだよ、そんな美味い話は無いってボクだって知ってるぜ。でも猟兵達は此処に行かなきゃならない。何せグリモアが見せた予知だものね」
 パイプ椅子にどっかり座り込み、前屈気味に大股開いて首を傾ぐ。スカートの中身は見えないよう、両腕を脚の間に立てている。
「何が起きるか? うーん、分かんないな。全然上手く見通せなくて。グリモア予知ってむずかしーね?」
 怪訝な顔をする猟兵に、業は楽しげかつ軽薄に笑う。

 分かっている事は、二点。
 邪神教団が、100万円を無料配布する集会を開く事。
 参加可能人数は限られている為、その参加枠を猟兵で埋める事で、一般人を巻き込まずに済む事。
 以上だと、業は語った。

 もう明かせることなど何も無いと、潔白証明の如く両掌を振る。
「何にせよ行って来てよ、善良な市民が犠牲にならない為に」
 グリモアの起動が始まる。業は猟兵の背をずいずい押しだしていく。
「強くて優しくて、頼れる猟兵の皆さんが、犠牲になるのが一番良い! 例えどんな事が起ころうと!」
 訝しむ猟兵、躊躇する猟兵、業の言葉に同意する猟兵。皆、皆、転送してしまえ。

「あ、良かったら感想色々聞かせてね」
 手を振り見送る業の顔が、何とも懐っこい子供の破顔であった。


小林
 こんにちは、こばやしです。
 酷い話を描かせてください。

 冒頭シーンでピンと来た方のみが、ここを読んでくださっていると思います。マスコメの必読をお願いいたします。
 シナリオ全貌をPL情報として公開いたします。
 PCは何となく察していても良いですし、伏せられたまま何も知らなくても良いです。お好みで!

第一章……100万円を配布される代わりに、「あなたの絶望」を話す集会です。
語れない。絶望なんか無い。という選択肢も可能です。ですが、一般人を巻き込まない為にも、どうぞ会場には居続けてください。その後催眠により、眠りに落ちます。
第二章……悪夢を見ます。抵抗も出来ずに痛めつけられ侮辱されるだとか……逆に、本当はこんな事したく無いのに他人を痛めつけるだとか。そういった、一般人なら発狂してしまうだろう、「どこかの誰かの地獄」を追体験します。それを振り払い、夢から覚めてもらいます。
第三章……狂気が足りず不完全復活した邪神との決戦です。

 このシナリオは踏み躙られたり罵倒されたり、それでも歯を食いしばって抵抗、反抗、ずたずたの勝利をするシナリオです。
 マスコメ読んだよ!どんとこいだよ!という方はプレ冒頭に『●』の一文字をご記入ください。

 執筆もハイカロリーな依頼なので採用数は少数です。
 愛を込めて描かせて頂きます。

 プレイング受付に関しては、都度シナリオページで告知させて頂きます。

 それでは、皆様の絶望と抵抗、お待ちしております。
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第1章 冒険 『みんなー!100万円が欲しいかー!?』

POW   :    100万円が欲しいフリをして謎の会合に紛れ込む

SPD   :    足を使った聴き込みで人々から情報を集める

WIZ   :    ネットを駆使して企業実態や社長の身辺調査にあたる

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 会場は、とあるビルのフロアだった。テーブルとチェア、少しの粗茶。
 グリモア猟兵とUDC職員がバッチリ手回し済みの為、100万円の獲得可能席に一般人が混じることは無い。猟兵と、数名の教団サクラで無事に埋まる。これで一安心だ。

 席に着き、半信半疑で待つこと暫し。
 フロアにぞろぞろと、清潔なスーツに身を包んだ教団員達が並び立つ。教団員のうちの一人が口を開いた。

「私たちを疑わず、私たちの贈り物に集ってくださり、ありがとう」
「あなた方の、疑わぬ善良に感謝を示し、約束通り100万円を差し上げます」
「ただ。どうか、私たちと共に、悲しかった記憶を、話しませんか」
「苦しかった事、悔しかった事、あるいは、最も恐れている可能性ーー絶望と呼ばれる、それを」
「此処に、共有したい」

 渡された札束は本物だ。塊のような重みが、掌に染みるようだろう。
 ここから逃げるなと告げる重石の役割になるのだろう。
 ……これが、邪神復活の為の儀式ならば。ここで言う通りにして儀式を行うべきだ。
 ここで不発にしたところで、結局他所で一般人が犠牲になるだけなのだから。

「ああ……人前で話せないようなら、あちらで。私と、一対一で語らう事もできます」
 
 語りやすい環境を作るべく、口ごもる振りをしていたサクラが口を開いた。父さんと一緒に住んでいることが苦しいと語る。他のサクラが続く。昔飼っていたチビを殺めたのは私だと語る。チビの肉が暖かくて悲しくて泣いてしまったと語る。
 順番が流れてくる。
 あなたの番だ。

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●プレイング受付方式……読み込み期間を多く、かつじっとり描く為に再送前提。随時送ってください。6月3日(火)頃の青丸達成を目指します。再送時にプレイング調整は可能です。
訂正:6月4日(火)頃
ユキ・パンザマスト
●【POW】[恐怖を与える+呪詛耐性+激痛耐性]
(暖かく悲しい肉の話を反芻。つられて思い出す)
あー……ユキ、忘れっぽいんですよねえ。
けど、皆さんの話で思い出しました。
(露悪趣味は無いけれど。ピアスが、ごり、と耳朶で音を立てる。あくまでも、気楽そうな顔で。)

ユキはお肉が好物なんですけど、幼い頃、食べてて苦しかった肉があったんですよ。
(山中の窖。鎖に枷、開口具が痛かった。)
(祀られた怪物の肉。一口大に切り取られ贄の喉に押し込まれていく肉。)
真っ暗な部屋、どれだけ食べたくないと主張しても、“丸々一体分”を詰め込まれるんです。

ま、好き嫌いを無理強いしちゃだめですね!
(そういう事にした。茶を飲み干す。)




「あー……ユキ、忘れっぽいんですよねえ」
 わたしがはなします、わすれぬうちに。
 ひらり手を挙げ視線を集めたのはユキ・パンザマスト(暮れ泥む・f02035)。小柄な猫めいた風貌の少女体は、不良娘のピアスを弄る。
「けど、皆さんの話で思い出しましたんで。ちょっとお話ししますねぇ」
 ピアスの針が、ごり、と耳朶の内の肉を抉る。こなれた痛みを毛先一つにも表出させる事なく、あくまでも気楽に語ろう。
 むかしむかし、あるところに。
 集まる教団員どもの視線に、唇と舌で戯れるとする。

「ユキはお肉が好物なんですけど、幼い頃、食べてて苦しかった肉があったんですよ」
 はて。教団員は不思議がる瞳。よくあるパターンとしては、『食べてて苦しかった肉があったから、今も肉が苦手だ』のに、ユキが語るのはその逆だ。……話の腰を折るつもりもない、誰もが視線のみで話の続きを促す。
 ユキは伏し目がちに語る。朧な記憶を辿るに、視覚情報は少し邪魔だから。
 代わりに、当時の感覚を追うように、爪は耳を弄る。口周りの薄い皮膚に爪を立てて引っ掻く。手首も、赤く腫れるほど掻いてから、片腕をだらりとーー何かに吊られるように掲げ、当時の体勢を重ねる。
「真っ暗な部屋。どれだけ食べたくないと主張しても、“丸々一体分”を詰め込まれるんです」

 食い込む鎖や枷、開口具の痛みが思い起こされる。
 嫌だと首を振れば頭を乱暴に固定される。詰め込まれる肉を必死に舌で押し戻そうとすれば無理矢理上を向かされ、飲み込むまで呼吸も封じられる。開口具により咀嚼も出来ない状態で飲む肉は、咽喉が何度も拒否反応をした。
 漸く飲んでも、次ぐのは喉を焼く嘔吐。狭い喉を、ぉぼろろぼろと、流出する。それすらも、罰当たりだ何だと責められる。最初よりも酸味と泥味と石のアクセントを帯びた肉を、再度残さず押し込まれる。鼻の穴まで逆流する胃液も痛かったなあと思う。が、痛みで記憶をリンクする癖があるとはいえ、流石に鼻腔の奥を今弄る気にはならずに軽く笑う。
 それを丸々一体分ーーいや、お陰様で。ユキはなんでも美味しくいただける舌を得た。……思い出していたらお肉を食べたくなってきた。口寂しいと唇を舐める。

 そんな詳細まで語るつもりは、無いとはいえ。
 暗い部屋と強制飲食は虐待の香りそのものだ。教団員の数名は顔を覆い悲しむ真似。眉をしかめ、苦しみを悼む真似。
「それはそれは……苦しかった事でしょう」
「もうそんな想いはしなくても良いのです」
「無理に笑わずとも良いのですよ。あなたにはそれを憎悪する権利がある」
 茶を掴む。掛けられる声が薄っぺらくて、要りませんよと舌を突き出す。
 憎悪する権利など当然だ。されど、そんな感情。
 とうに、「時」が押し流してしまった。
「ーーま、好き嫌いを無理強いしちゃだめですね!」
 あっけらかん、そうゆう事で濁しましょう。口の中の唾液を洗い流すように茶を飲み干す。湯呑みを置く軽快な音を合図に、さあ、どうぞ、次のお人。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雨乃森・依音


金が欲しかったら音楽なんざやってねぇんだよ
まあ、いい
話してやる
ただしサシでな

これは幼少期の記憶
あの女――母親についてだ
母さんは父さんが死んでからおかしくなった
酒浸りで俺に暴力振るって
外で男作って家には滅多に帰ってこない
所謂ネグレクトってやつ
それでも俺の頭には優しかった母さんの姿があったから
いつか昔の姿に戻ってくれるって
ずっと信じて
お前なんか生まれてこなければよかったって言われても
下手な笑顔でご機嫌取りをして

――そんなもん、全く意味がなかったんだ

結果的に俺は捨てられたから
家族三人で行った思い出の遊園地に置き去りにされて


最後まで俺の思い出はあの女に踏み躙られた
これは俺の復讐心が芽生えた記憶だ




 雨乃森・依音(紫雨・f00642)は、無機質な小部屋で教団員と向かい合う。
 教団員の男は笑みの形崩さぬままに、じろじろと品定めのように眺めて来る。遠慮は無いのかとヘイトの一つも吐いてやりたい。
 依音の不遜な目付きに、そんな怯えないで、などと。男が能面のように微笑んだ。依音が、一瞬不快感顕に瞼を押し上げ鼻元に皺を寄せる。……いいや、己を宥めるように、息を吐く。
「さあ、依音くん。あなたは、どんな想いを抱えていますか。……不安がらないで。これが終われば、お金は君のものですからね」
「金が欲しかったら。音楽なんざやってねぇんだよ」
 話してやる。教団員どもの目論見の上で歌ってーーその上で叩き潰してやると決めたのだ。腕を硬く組み、顔を下げて。小雨のように語る。

 語るは幼少期の記憶。血縁という呪いに繋がる女の話。
 父親が死んでからというものの、女は酒を浴びるように飲み、幼い依音に暴力を振るうようになった。寂しさを埋めるように外で男を作り、家には滅多に帰ってこない。
 昨今ではネグレクト、と名称付けられたその光景は、家庭のぬくもりからはあまりにも離れている。ーーけれど好奇の目で見られる類の、隣人の不幸。
 それは、と。苦しげに息詰まって見せる教団員の男を、俯いた前髪の隙間から一瞥する。苦しげなフリをした瞳孔の下で、どうせ聴き慣れて無感動だろう、こんな虐待は。
「それでも、ずっと信じてた」
 無感動で居てくれるならば、尚語りやすかった。誰も傷つかないし、不幸自慢だと罵られずにも済む。
「お母様をですか」
「……俺の頭には、優しかった母さんの姿があったから」
 いつか戻ってくれると信じていた。

 お前なんか生まれてこなければ良かった。女の金切り声が空になった酒瓶を奮う。
 蹲る依音を辛うじて空振り、隣の椅子に叩きつけられてアルコール臭い硝子片が飛び散る。甲高い破砕音が、獣の耳に痛かった。ごめんなさい、ごめんなさいと、理不尽な罪悪感で支配された喉が謝罪を絞り出して、笑う。
 だってこの笑顔は、ちょっと素直じゃないとこ父さんと同じねって褒めてくれた事がある。だって泣き顔で母さんを見ていると、私を責めてるのかとまた母さんが泣き喚く。
 飛び散った破片で母さんが怪我をしないように、幼い依音は掃除をする。その頃、依音の身の回りのものは色々と捨てられていた為、スリッパも履いていなかった。溢れたアルコールでべたべたの床の上。足の裏が切れて血が溢れて、よくも汚しやがってと、母さんは泣いてまた怒鳴るのだ。

 それでも必死に笑ってた。いつか母さんが元に戻るって信じてた。
 ――そんなもん、全く意味がなかったのだと、当時の自分に教えてやりたい。

 思い出の遊園地に出かけてはしゃいだ俺が馬鹿だった。
 母さんが戻ってくれたのかと期待した俺が馬鹿だった。
 降水確率80%の天気予報。懸命に作った照る照る坊主。
 昼食を買いに出た母さんを、素直に見送る馬鹿だった。
 日没、イルミネーションと雨の中。掴む手も無い寒さを知った。
 まだ遊んでいたいと駄々をこねる子供の声。遊び疲れて、母に抱かれた子供の寝息。お腹空いたと騒ぐ子供のわがまま。追い立てる閉園音楽と夜の雨。空虚ばかり叩く迷子放送。困り果てた大人たちの騒めき。警察官の悲しげな声。

「……最後まで、俺の思い出はあの女に踏み躙られた」
 耳奥にこびり付いたあの日のノイズを掻き毟る。愚かだった俺を笑う。
「お母様に、逢いたいですか」
 デスクを蹴る。激しい音がしても、さもやさしい顔の男。
 語りすぎた興奮で酷くむしゃくしゃする。瞳孔が光を乞うように開いている。己の中の血流の乱れが聞こえるようだ。己の胸を鷲掴む。
 あれは、笑い続けることを、漸く辞める事ができた、解放の日だった。
「これは俺の復讐心が芽生えた記憶だ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

マルガリタ・トンプソン


お膳立てはマルガリタの代わりに“私”――リコッタがやります
リタは絶望出来るほどの希望を持ち合わせてないから

事実だけ、話しましょうか。同情が欲しいわけじゃないし

私はあまり豊かでない国の、それなりに恵まれた家庭で生まれて
ある日突然、私以外の全員が殺されました
これは言わないけど……今考えると、あれがUDCってやつだったのね
命からがら逃げたところを大人たちに攫われて、銃を与えられて、これで人を撃てと言われて
親を亡くした子供に与えられた選択肢は二つ

善良なまま死ぬか
悪徳を成してでも生きるか

最初から、正しい選択肢が無い
私が経験したのはそういう絶望

どちらを選んだかなんて、明白でしょう。私はここにいるんだから




 少女の瞳は、酷く真っ直ぐに前を見る。ぞっとするほどのそれは、例えるならば銃口の虚を向けられる寒気にも似る。
 そんな悪寒を教団員が感じたのも束の間。ゆったりとした瞬きを一つ挟めば、そこに在ったのは銃口と呼ぶには生々しい小娘の瞳。ああ、今の寒気は、気のせいであったかと、教団員は胸をなでおろす。
 ーーマルガリタ・トンプソン(イン・ユア・ハンド・f06257)の内側で人格のバトンのやりとりが行われていたことは、彼女のみぞ知る。
「君は……語る為の、心の準備ができたようですね。一体どのような絶望をしましたか」
 教団員がどうぞ、と手のひらを向けて指名する。それにマルガリタ、もとい、『リコッタ』は浅く頷いた。
「事実だけ、話しましょうか。同情が欲しいわけじゃないし」
 気休めに出されている茶を飲む気にもならず、面接めいて姿勢を正し。少女は記憶を報告する。
「私はあまり豊かでない国の、それなりに恵まれた家庭で生まれました。ある日突然、私以外の全員が殺されました」

 夥しい血の匂いを覚えている。脂にぬめる床が走りにくかったのを覚えている。
 頼れる大人だったものが、動かぬ肉塊に成り果てている。死して溢れ出たのか、さまざまな排泄物の匂いが吐き気を助長した。
 死を、言葉や状況として知ってはいた。されど恵まれていた彼女から見れば、壁向こうの悲劇だったのだ、それまでは。
 理不尽が全てを蹂躙していった。
 父母だったものに縋り付き、泣き喚いて死を待つほどの愚かさも潔さも無く、リコッタは命からがら逃げることをひた選んだ。恐怖から逃げるだけの勇気を、持ち合わせてしまっていた。
 報告は続く。逃げた先に、ハッピーエンドがあるような、裕福な御伽噺の乙女ではもういられなかった。
 子供を兵として攫う大人たち。与えられた鉄の塊。課せられる生存義務は「人を撃て」。

 善良なまま死ぬか。
 悪徳を成してでも生きるか。

「最初から、正しい選択肢が無い。私が経験したのは、そういう絶望」
 これにてお話はおしまいです。息を吐いて視線を下げる。落ち込んだ顔などして、哀れまれるのは御免だから、口元に淡い笑みだけ浮かべておく。
「貴女が選んだのは」
「明白でしょう。私はここにいるんだから」
 齢十五の少女は凛と返す。
「ああ……子供の手が血に塗れるような事、あってはならないのに」
 白々しく悲しんで見せる教団員に、リコッタは愛想笑い。
 あの時に、善良な子供のまま死ねと、お綺麗に言ってくれる大人の一人でもいれば、果たして私達は死んでいただろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​


【再掲】
●プレイング受付方式……読み込み期間を多く、かつじっとり描く為に再送前提。随時送ってください。6月4日(火)頃の青丸達成を目指します。再送時にプレイング調整は可能です。
●忘れ物はありませんか?
渦雷・ユキテル

絶望エピソードですかー。あ、そうだ。
臓器、売られちゃいました。
自分が実験動物なのは知ってたし、納得しようと努力してたんですけど
その上お金の為にも利用されるんだなーって。
大抵は死刑宣告です。
運がよければ管を付けて帰ってきて、ずっとベッドの中。
暴れた子は泣きながら引きずられてって戻ってきませんでした。
壊れたら次、次、次。
自分の番が来るのが怖くて。
部屋の向こうから漏れて聞こえる悲鳴が本物なのか幻聴なのか
そのうち分からなくなっちゃって。
分からないから、聞こえないことにしました。

服の上から触れる傷跡。
――なくしたのは"この身体の"じゃないけど。
あたしの身体はバラバラにされて、誰のところへ行ったんだろ。




「絶望エピソードですかー。本当に絶望してたら生きてないですけどー……あ、そうだ」
 渦雷・ユキテル(さいわい・f16385)が金の髪をくるくる指に絡め、天井を見上ぐ。無機質な蛍光灯があの日々と同じ。
「臓器、売られちゃいました」
「臓器を」
 ユキテルの細身の身体に視線が向けられる。胸は確かに薄いが、血色と発育のいい、それなりに裕福な家の女子高生に見えるが。特にそれに疑問を呈するような真似は、誰もしない。
「お金の為ですか」
「そーですそーです。まあ、人権とかなんとか喚きたい訳じゃないのでいいんですけど。いや良くないですけどー」
 その半信半疑を聞き拾って、ユキテルは酷く軽やかに笑った。

 水槽のラットにも誇りはあろう。ユキテルもそうだった。己が実験動物である事は知っていたし、生まれる場所は選べない。育ての親は選べない。住めば都。命運に納得し、弄り回される事による研究結果を良しとした。
 されど、お金の為にも利用され、使い捨てられるのは。
「まあ、大抵は死刑宣告です」
 流石に。こたえた。

 悪運さえ強ければ、ベッドの上で生きてはいられる。管にびろびろ拘束具めいて縛られて、呼吸、血流、摂取と排泄、諸々。補助と管理されながら、人の形をしているだけの哀れな物体に成り果てる事ができる。
 運が悪ければ? 健康な臓器が残っていれば残っているほど、人の形とおさらばだ。
 嫌だ嫌だと泣き喚き、研究員の手に噛み付く程に元気に満ち溢れていたあの子は、さぞ沢山の優秀な臓器が残っていた事だろう。引きずられて扉向こうに消えたあの子を見ることは二度と無かったのだ、おめでとう!健康体の証明だ!
 次、次、次。ラットは沢山いるから事欠かない。
 次、次、次。ナンバリング通りに殺すが良い。
 部屋の向こうから漏れて聞こえる悲鳴が、本物なのか幻聴なのか。
 あの子の声と同じなのか、それとも前の子の声と、記憶が混濁しているのか。
 いつか必ず上げるだろう自分の悲鳴を重ねているのか。
 そのうち分からなくなっちゃって。
 分からないから、聞こえないことにした。
 そうして順番通りに、その朦朧とした目の子供の手は掴まれた。

 ーー作り話か、と、ため息が聞こえた。
 そう思われても仕方がないし、そう思われてしまう彼らの絶望も思って、ユキテルは瞼を閉じて澄まし顔。
 ありがとうございました。教団員が締めくくり、次の絶望を求めて場を流す。
 どういたしまして。付け足しもせず、ユキテルは己の細い身体を愛おしく抱き、服の下の手術痕をなぞる。
 なくしたのは、この身体ではないけれど。
 あたしの身体はバラバラにされて、誰のところへ行ったんだろ。
 せめて。元気にしていると良い。淡い願いを胸に抱いて、ゆっくり、深く、呼吸する。

大成功 🔵​🔵​🔵​

揺歌語・なびき

いやな予感はしてるんだ【第六感、野生の勘
まぁ、何が待っててもしょうがないけどね

猟兵ならいくらでも手に入る札束は
一般人からすれば足止めには十分な額だろう
おれだって、こわくて滅多に手をつけないもんな

苦しかったことも、悲しかったこともそこそこあるし
そうだな…家族の元から去らなきゃいけないのは、つらかったかな

ああ、でも今のところは
大切なひとの、大切なものがこわれてしまうのは、嫌だな
別に彼女はおれのものじゃないけど
託されたものは、きちんと守ってあげたいじゃないか
あの子はつよくてもろいんだ
まだ、ほんのこどもだから
あの子の大事なものを踏みにじることだけはしたくない

さて
これはあなた達の満足する絶望だったかな




 どうぞ、と。順番を差し向けられて。
 揺歌語・なびき(春怨・f02050)は側頭部をゆるく掻いた。
 何を話したものか。暫し悩む手慰みに、膝上の札束を、ブロック片でもなぞるように弄る。
 人狼だ。苦しかったことも、悲しかったこともそこそこある。それなりに悲しみながら場をやり過ごすだけのネタはある。
「……家族の元から去らなきゃいけないのは、つらかったかな」
 妙にやわらかで、掴み所の少ないなびきの語調に、教団員達は僅かに首を傾ぐ。
「ご家族が、いらしたのですか」
 もう少し、詳細を。深い絶望を掘ろうと、男が問いかける。
「うん、きょうだいと……ああ、でも」
 途中、桜の瞳が、薄く、眩げに笑う。
「今のところは。大切なひとの、大切なものがこわれてしまうのは、嫌だな」
 脳裏に過ぎる少女がひとり。強く脆い雪結晶の娘。
「ああ。大切な人が傷つくのは、恐ろしく悲しいことですね」
「うん。わかってくれてありがとう」
 心にも無いやりとりを、無味の茶菓子のように挟んでみる。
「別に、彼女はおれのものじゃないけどさ、託されたものは、きちんと守ってあげたいじゃないか」

 愚直が美徳で無くなった時、たましいは、おにか、えさになるかの二極。
 あの溶けて消えそうな眩さを守っていたいと思う事が、例え罪過になる日が来ようと上等だ。
 正義が夢物語であるなどと、誰かに言わせてたまるものか。悪があのようにうつくしいこどもを喰う日を、おれは決して赦せない。
 まだほんのこどもなのだ。
 悪い夢を食べる枕のように、数多の涙をやわく、しっかりと、抱きとめる。彼女は、そんな正義を抱いていて良いのだ。全て雪で覆えば何も無かったような気がしていて良いのだ。

「あの子の大事なものを踏みにじることだけは、したくない」
 気弱そうな表情にて声明する。
 教団員どもの好奇の目ひとつひとつに、なびきは血桜の瞳を向ける。真っ向から微笑んで見せる。
「これは、あなた達の満足する絶望だったかな」
「満足、だなんて。そのお気持ち、大変尊いものす」
 交わされる無味の茶菓子はぱさぱさだ。白々しくて、悍ましくて。瞳越しに彼女の背を覗かれているような気がして、背の産毛が逆立つ心地がする。触れられてもいないのに、触るな、と言い捨てたい。
「その恐れが、いつか現実にならないよう。私達も、心より願っております」
 明らかな期待の声音。能面のように微笑んで、敬意でも表するように一礼などしてくる。
 教団員達がオブリビオンだったなら。その能面のような微笑みの口に指を突き込んで、顎ごと引きちぎってやっても良かったかもしれない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

三岐・未夜

……悲劇の共有、ね
共犯者以外に共有者なんて要らないんだけどな……なんてこっそり思うけどちゃんと話すよ

両親がね、死んだんだ
…………僕を助けようとして、父さんも母さんも死んじゃった
(教団から逃げ続けた日々。封印の影響で病弱だった父さんはどんどん儚くなって、母さんは僕がいるから泣けなくて。でも、真夜中、昏々と眠る父さんを見て泣いてたのを知ってる)
(耳を伏せる。ピアスが小さく鳴った)

まだ僕は12歳の子供で、なんにも知らなくて、出来ることもなくて、……怖がって怯えて立ち竦むだけだった
父さんが死んで、母さんが僕に生命を明け渡して死んで、……なのに僕は、……ふたりの顔が、思い出せない

親不孝な息子だよねぇ




 共犯者以外に共有者など要らないと、思う。三岐・未夜(かさぶた・f00134)は耳を伏せ、俯きながら思う。
 そんな上から目線の共有、土足で踏み荒らされるのと何が違う。泥塗れの手で鍵穴を塗り固められるのと何が違う。本当に心を痛めてくれる訳でもない癖に。
 それでも、これも仕事、だから。
 教団員どもの瞳が、未夜を見てくる。能面のような微笑みが恐ろしくて、フードを深くかぶる。
 猟兵であるが故に、未夜は訥々ともつれる舌で発話する。
「両親、がね。死んだんだ」
「ご両親が……それは、お辛いでしょう」
「…………僕を助けようとして、父さんも、母さんも、死んじゃった」

 教団から逃げ続けた日々が蘇る。悪い事なんてしていないはずなのに、太陽の下を歩くことも、月明かりの街を歩く事も怖かった。
 逃げる日々は心身ともに削る。よくわかっていない子供の未夜ですら辛かった。換毛期でもないのに、自慢の毛並みがごっそり抜けた櫛を見た時は、……両親に言わずに黙って捨てたけれど。ゴミ箱に溜まる毛の長さで、バレバレだったと思う。なら、父さん母さんは、どんなに苦しかったろう。
 その上、体に降ろした封印の影響で病弱だった父は、どんどん儚くなっていく。子供の目から見ても、生気が日々抜けていく。老爺のように痩せ細っていく指に撫でられても、未夜はちっとも安心できなくて。母も、最愛の人が弱っていっても、子供の前では泣くまいとするほどに、あわれにも強い人で。
 ーーでも、真夜中、泥のように眠る父さんを見て泣いてたのを、僕だってちゃんと知っている。直ぐ隣に潜む衰弱死を、毎晩毎晩、母さんはきっと突き付けられ続けていた。起こさぬように気を払った淡い口づけが、あまりにも悲しかった。

 耳を伏せる。ピアスが小さく、削り合うようにか細く鳴る。
「……まだ僕は、12歳の子供で、なんにも知らなくて、出来ることもなくて、」

 怖がって、怯えて、立ち竦んで。抱きしめてくれるのを、待っているだけだった。
 抱きしめてくれた。命に代えても守るという形で。
 父が死んだ。枯れ果てた枝切れとくしゃくしゃの薄布を絡めただけのような有様だった。母さんも死ぬ。幼い未夜を守るため死ぬ。残った生命力を、せめて、未だ未だ夜明けを迎える権利がある子供に、全て託して。
 生きてほしくて。

「……なのに僕は、……ふたりの顔が、思い出せない」
 己の尾を震える指で抱き込んで、未夜が漸く声を絞り出す。
 死に際の枯れ果てた両親の顔ばかり焼き付いている。
 あんなに綺麗だった母さんも、優しい顔だった父さんも、頭では理解していても、映像情報としては全部バグっちゃって。全部、全部、上書きされてしまった。怖くてたまらなくて直視すら出来なかった筈の、老い果てた顔に。楽しかった思い出も、全部。
 記憶という記憶が、死の匂いで充満したんだ。

「親不孝な、息子だよねぇ」
 泣きそうな自嘲。
 教団員が何を言っても響かない。
 他の猟兵が心配する視線を向けてくれていても、俯いてしまって見えやしない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
●アドリブ歓迎

100万円
櫻宵に何かぷれぜんと
できるかな


嗚呼

奴隷として囚われていた水槽の中
ダークセイヴァーのグランギニョル
芝居であって芝居ではない
喜劇に悲劇を重ねて
命がゴミのように処理される

僕はそこの歌姫
劇を盛り上げるために歌う
配役の躊躇を消す為に

歌う歌う

昨日まで笑ってた仲間の首がとんでも

歌う

優しくしてくれた女の子の腹が裂かれても

歌う

助け合い生きる兄弟が殺し合いをさせられても

歌う

下卑た歓声に応え
作り笑いを貼り付け
悲鳴を伴奏に
狂わせる歌を
麻薬の様な歌を

僕には歌しかない
その為の物
自分を全てを裏切って
明日も明後日も
仲間を死を彩る歌を
僕が生きる為に歌うんだ

あそこには
僕の歌には
絶望以外の何があったんだろう




 海でもアクアリウムでもない、無機質な部屋に泳ぐ白の人魚は、猟兵の目から見れば少しばかり稀有に見えた。バケツで観賞魚を見るような、間違った飼育方法により三日後には腹を上にして浮かぶ未来を見るような。そんな有様を予感してしまうような。
 リル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)は外の価値に少し疎い。けれども「100」が大きな数字である事はよくわかる。「万」が大きい事もよくわかる。その数字を喜んで口にする下品な声に覚えがある。
 大切なひとに、贈り物をしたかった。こっちの水は甘いとの呼び声に素直に従って、粗雑な網に掛かりにきた。パイプ椅子って硬くて冷たくて体が痛い。これは100万円の椅子だろうか。
 ああされど、幸いにも。
 見世物である事には、慣れていた。

「貴方……苦しげですね。何か、私たちに伝えたい事が、ありますか」
「ううん。……ええと、ううん。うん」
 手を肺に添える。息を吸う。発声練習のように、短く高く喘いでから。
「話させて、」
 リルは、行儀よく笑って。手回されるオルゴールのように、ゆっくり、なめらかに、語り始めた。 

 彼が歌い語るは、と或る水槽の存在意義。
 奴隷の人魚は見目も声も麗しく。人を狂わす魔の声を持つ。
 暗く貧しい世界では、無残な死は娯楽に等しい。花もくるしむ世界では、赤は最も鮮やかな色彩。
 狂乱。そこがリル・ルリの舞台だった。

 ーー配役は、劇に大層真摯です
 命を賭して舞台に立つ
 死は演技などでは表現できぬ
 涙無くして語れぬ荒唐無稽
 唾無くして笑えぬ無骨滑稽
 血が飛び散ってはいけません
 ハンケチーフのご用意をーー
 

 Grand Guignol !!
 開演時間だ、阿鼻叫喚の喝采を!


 昨日まで一緒に笑った仲間の首が飛ぶ。
 転がった首を観客どもが面白半分に蹴り転がす。
 優しくしてくれた女の子の腹が裂かれる。
 将来の夢はお母さん。はにかんでいた表情の穴という穴から血を噴いた。
 助け合い生きる兄弟が殺し合いをさせられる。
 弟を生かそうとした兄の正気を人魚の歌が刮ぎとる。
 水槽で歌い続ける。
 安全圏から全てを観ている。
 下卑た歓声のアンコール。
 上手な作り笑いは可憐でしょう。
 悲鳴は伴奏。彼は歌姫。望まれるままに、憐れな演者たちの正気を失わせよう。せめてせめて、痛くないよう、正気になど戻らぬよう。麻薬の歌声を、惜しみなく高らかに歌い続けよう。
 自分を全てを裏切って。明日も明後日も、仲間の死を彩る歌を。

「僕が生きる為に歌うんだ」

 口がひどく乾いた気がした。
 己の喉に触れてみる。
 腫れるまで歌って、熱持つほど泣いた時もあったけれども、細い喉は今は血の気が引いたようにただ冷たい。
 ぼくの歌に、絶望以外の何があったろう。
 絶望以外の何が、ぼくに赦されていたのだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アンディ・ワークス

望むものが手に入る。
私のいた所ではね。壁を叩けば思い描いた物が与えられる、そういう仕組みになっていたんだ。

……その絶望を、きっと君たちは知り得ないだろう。

絶望。
そうだ、望みを絶たれる事だ。慈悲深く包容されながら、あるはずの願望を殺されていくんだ。
きっと、こんな事を思うのは少数派で、願うのもきっと少数派だ。
マイノリティだ。

それに気付いた時、私は愕然としたよ。
私たちはね、願ってもいない幸福を手に入れる資格を与えられていなかったんだ。
自由を知らぬ隷属者が、自由を求めないように。
綿で首を絞められていた。

君たちの幸福は誰に与えられたのか知っているかい?

そうか、きっとそれは幸福なことだ。
大切にしたまえ。




 絹の白さのテレビウム、アンディ・ワークス(フォア・マザー・グース・f17527)が、何も持たないからの手で、こん、と。卓を叩いてみせた。
「望むものが、手に入る。……私のいた所ではね。壁を叩けば思い描いた物が与えられる、そういう仕組みになっていたんだ」
 教団員はほう、と驚く様子。
 聞く猟兵達には心当たりがあった。人々が滅んだとある未来、花びら吹き荒れる地下から繋がる、かの欲望システムだ。
 アンディはそれらの視線に頷いて、一拍息を吐き言葉を続ける。
「その絶望を、きっと君たちは知り得ないだろう」
「おや……思い描いたものが与えられるのに?」
 教団員が疑問を代弁する。
 そうだ、そうだ。それを欲望と呼ぶ事こそあれ、絶望と呼ぶものなのですか。
 そうだ。そうだとも。ここに集った津々浦々の絶望に恥じぬ。アンディの胸中をがらんと鳴らす、れっきとした、絶望だ。
「文字通り、望みを絶たれる事だ。……欠乏を知らぬようにと、世界から与えられ続ける。慈悲深く、包容されながら、あるはずの願望を殺されていくんだ」
 例えば、蜘蛛の糸は気まぐれな慈悲でありながらも、紛れもなく希望であったろう。
 では仮に天上人を救うとして、蜘蛛の糸を与えるものは何者か。答えは明白、そも彼らは蜘蛛の糸を欲しもしない。
 絶望発表会という、不幸渦巻く最中に、ある種の幸せが一石として投じられた。アンディは、その波紋の気配にしずかに笑う。首を横に振り、優しい声で自嘲する。
「大丈夫だよ。きっと、こんな事を思うのは少数派で、こんな事を願うのもきっと少数派だ。マイノリティだ」
 
 それに気付いた時、アンディは酷く愕然とした。
 かの星は、願ってもいない幸福を手に入れる資格を民に与えてはいなかった。
 自由を知らぬ隷属者が、自由を求めないように。
 我々は一体何者から愛玩されているのだろう。
 持たざる者の瞳のぎらつきを、我らは世界を越えねば識りえない。
 殺してでも奪い取るという感情を理解できない平穏は、とうに奪われているとも言えるのではないか。

「君たちの幸福は、誰に与えられたのか知っているかい?」
 アンディが問い掛ける。
 誰もが思考する。ひとりの教団員が口を開く。
「神に」
 思考停止の回答。
 彼らにとっては、他に答えは要らない。
「そうか」
 アンディの電子画面に、か細いノイズが走る。
「きっとそれは幸福なことだ。大事にしたまえ」
 優しく笑う。
 優しさと諦観の類似性を感じさせるようなテレビウムは、それきり背もたれに身を任せ、大切そうに鞄を抱いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

零落・一六八

せっかくだし貰っときますね

これは誰かの話
ある所に双子がいました
兄は弟のこと嫌いだったろうけど
弟は家で存在しない幽霊で存在を認知してくれる兄の事は嫌いではなかった
でも自分を失い親の言いなりでいい子でいる兄は嫌いだった

ある日兄は「死にたい」と言った
兄自身の望みは叶えてやろうと決めてたし意思が残ってて嬉しかった
でもなんか嫌だった

連れ出して数日遊び回ったけど
結局「もうここで終わりにしよう」

止める気だったわけじゃない
でも本当は「生きたい」って言って欲しかった

この人の絶望を知っていたから
どうしようもない
生きてくれとはとても
だから弟は兄を殺しましたとさ
めでたしめでたし

ま、あったかどうかもわからない話ですが




 また前の猟兵が話し終え、教団員からのとってつけた感想が締めくくる。その白々しさに、人差し指で耳穴を掻いた。
 零落・一六八(水槽の中の夢・f00429)はパイプ椅子の背凭れに体重を預け、両の手を後頭部で組んでいた。100万円自体に興味は薄い。くれるならば貰おうと思う。他者からすれば大した価値も無い筈の話ひとつで貰えるならば万歳だろう。ーーいい気はしないけれど。
 手を、ぶらりと挙げる。
「ーーある所に双子がいました」
 誰が話すか決めあぐねる濁った空気を、一六八の声が裂いた。適当に新聞紙でも破り捨てるような心地だった。
 教団員達の視線が一六八に集まる。子供を微笑ましげに見守るような目が、やっぱりいい気はしない。

 子供が百人いたら百人とも愛されているなんて幻想だ。
 子供が二人いたら二人とも愛されていなかったのだから、親が子供を愛さない確率は100%だ。
 あるところに双子がいました。弟は家で存在しない幽霊のように扱われていました。名前を呼ばれない。目を合わせない。食事は出ない。寝床もそりゃあ、勝手に居着いている地縛霊には必要ありません。
 けれども同じ顔をした兄だけは、家庭の中でも幽霊を認知してくれました。だから兄の事は嫌いではなかった。
 けれど、兄も、自分自身を失い、親の言いなりのいい子でいる。そこは嫌いだった。
 幽霊ではなく、期待され可愛がられていたとしても、それは親子という隷属のひとつ。それを見せてくれた事は、少し感謝している。だって、親に歯向かえないという一点を同族嫌悪するのみで済んだから。臆病で優しい兄を、嫉まずに済んだから。
 それにきっと、兄は弟へ、親へ歯向った未来を重ね見ていただろうし、きっと同じく同族嫌悪していたろう。

「そりゃあ好きになる理由とか、無いですよね」
 一六八は頬杖をつく。ねえそう思うでしょう? 問いかける様に、数名へと笑いかけた。
 答えは無い。

 ある日、兄は「死にたい」と言いました。
 兄自身の望みは叶えてやろうと決めていたし、兄に意思が残っていて嬉しかった。
 でもなんか嫌だった。

 だから親に内緒で連れ出して、双子は遊び回った。
 兄を捜索する目から逃げ果せ、青一色に落ちた星空を見上げた時、初めて世界に赦された気がした。
 変装のために帽子だ服だ買って、親から与えられたものをどんどん削ぎ落とす。その解放感ときたら、上着一つ脱いだだけで、全身が風に包まれるようだった。
 けれど、呪いを脱ぎ捨てる事は、きっと兄には寒くて堪らなかった。星空は、深淵を見つめる様な恐ろしさだった。
 もうここで終わりにしよう。そう告げた兄の言葉は、酷く落ち着き払っていて、なのに確かに、心音が泣きじゃくっていた。兄は、どこにも行けない事を、はっきりと知ってしまった。

「止める気だったわけじゃ、ないんですよ。弟も、その時たまたま逃避行モノでも見聞きしちゃったんじゃないですかね」
 パイプ椅子を傾ければぎしり、ぎしり、耳障りに軋む。
「でも本当は、『生きたい』って言って欲しかった」

 捜索網の気配はすぐそこだ。その恐怖心から来る幻聴すら兄の名を呼んでいる。反響して幾度も呼んでいる。
 兄自身の望みは叶えてやろうと決めていた。兄は既に望みを言っている。言ったんだ。「たすけて」と良く似た音で、「死にたい」と、弟に向けて言ったんだ。

「……だから弟は、兄を殺しましたとさ」
 めでたしめでたし。ぱちぱちぱち、心にもない拍手を己に贈る。重苦しい空気で兄を悼まれるのも、弟を哀れまれるのも御免被る。教団員の軽口を妨げる防壁のように音を広げる。
「お兄さんは、きっと救われた事でしょうね」
 そんな意図も汲まずに、奴らときたらのうのうと宣うのだ。うんざりと視線を背けて、一六八は態とらしく欠伸を一つ。
「ま、あったかどうかもわからない話です。ご静聴ありがとーございました」
 せせら笑う。不思議そうに目を丸くする教団員の質問になど答えてやるつもりはない。
「お次の人、どーぞどーぞー」
 真摯なもので、何一つ嘘は言っていないのだから。隣の猟兵に順番を差し向けた後、一六八は狐面を被り、目を閉じることにした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

飛鳥井・藤彦

POW

絶望の話、なぁ。
あまり楽しい話やないけど……ご所望ならひとつ身の上話でも。

旧い家は何よりも血を尊ぶ。
故に交わってまうんや、近親者同士でな。
かく言う俺の親も兄妹で、母は他に懸想した男がいたのに兄貴に手篭めにされ子ども3人も産まされて……僕が物心ついた頃には壊れとったわ。
父は母以外の妹や別の親類との間とも子ども作っとってな。
僕の「役割」はその子らと後継の番になる娘を作ること。
早い内から閨事の手解きされたはええけど、好みでもない相手と床を共にするのはほんま苦行やねん。
耳に残る甘ったるい声も、体に絡む手足も、肌を這う舌も、きつい香も。
全部全部気持ち悪うて……ああ、思い出すだけでも吐きそうや。




「あまり楽しい話やないけど……ご所望ならひとつ、身の上話でも」
 飛鳥井・藤彦(浮世絵師・藤春・f14531)がほのか、滲む春色めいて笑う。その口から語られるのは、春は春でも恋に程遠い枯れた情。根腐れに匂い立つ泥濘の話。
「旧い家は何よりも血を尊ぶ。故に交わってまうんや、近親者同士でな」
 聞く教団員の口から、ああ、と、哀れみの声が漏れる。そんな心にもない哀れみは要らないのに。藤彦は彼に、にこり品良く微笑んだ。

 飛鳥井の血は、噎せ返る程に、濃かった。
 藤彦もまた兄妹関係の男女の股座から産まれている。
 妹ーー藤彦の母には、他に懸想した男とていたのに、そんな一人の少女の恋慕など、家の爺婆は考慮しない。血を尊ぶ中では、繋がりの無い者へ向ける情など塵芥も同然だ。
(他所への恋などに落ちる前に、はようあの子を孕ませなさい)
(そうしましょう。さいわいにあの子は、可愛らしくて聞き分けもいい)
 一人身籠り動けない。母はあの人に抱かれたかったろうに。
(産みましたか。では胎は空きましたね)
(お前は可愛らしいから、おれがもっと可愛がってやろう。胎が空いていては寂しかろう?)
 二人三人身籠って、重石のような胎と悪阻と陣痛に吐いて、吐いて。
 妹は、母は、胎と母乳を捧げる為に産まれたのだろうか。もしもそう問う事が出来たなら、そうだそうだと応える人格否定もあったろう。
「僕が物心ついた頃には壊れとったわ」
 あの人がお前の母ですよ。と、障子越しに指差した乳母の無味乾燥とした声。

 また、父は母以外の妹や、別の親類の間とも子を成す、「優秀」な男であった。
 藤彦の「役割」は、その女達と、飛鳥井後継の番になる娘を作ること。

「早い内から閨事の手解きされたはええけど、好みでもない相手と床を共にするのはほんま苦行やねん」
 藤彦は窓外を眺めて苦く笑う。
 その女たちも、使えない胎だと踏み躙られたくは無かったのだろう。子種に必死にむしゃぶりつく事に存在意義があったのだろう。
 耳に残る甘ったるい声も、体に絡む手足も、肌を這う舌も、きつい香も。飛鳥井の生存競争の中で足掻くような、自滅的生殖行動。
「全部、全部、気持ち悪うて」
 ああ、思い出すだけでも吐きそうや。
 綺麗なものばかり見つめていられたらよかった。筆を取りたくて堪らない。
 鼻腔の奥に、あの日の白く粘つく酸臭がする。生臭くて堪らない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

有栖川・灰治

それじゃあ話そっか

家族に憎まれるってほんと辛いよね
僕は家の中の暗い部屋に閉じ込められてた

数年かけてね
腱を切られ、膝を落とされ、腕を落とされ

(ギラギラと狂気に染まる父親の目。部屋の中に転がる自らの脚は干からびて。謝罪の言葉を繰り返し嗚咽を漏らす母親と、仕方がなかったと繰り返す父親の言葉)

あっは

どくどくどくどく体から血が抜けてくあの感じ
怖かったなぁ
こんな酷い仕打ちある?って思ったよ
でもね、僕には操羅がいたから

(傍の黒い影が手を差し伸べてくれた時に全てが変わった。体を飲み込む黒い糸が切り落とされたものを繋ぐように引き寄せた。立ち上がる僕をみて、悲鳴をあげる両親を僕は)

この子は僕の希望

さ、次どうぞ





「それじゃあ話そっか」
 有栖川・灰治(操羅・f04282)が軽い調子で口を開いた。
 重苦しい空気を入れ替えるような軽やかさに、少し息がしやすくなる想いの猟兵もいただろう。この重苦しい中でそんな声を出せる事に疑問を覚える猟兵もいただろう。
 灰治の無邪気な笑顔は、他者の絶望を聴く心地良さと。妹自慢のチャンスに胸が弾んでの事である。

「家族に憎まれるってほんと辛いよね。僕は家の中の暗い部屋に閉じ込められてた」
「幽閉ですか。子供にも人権はあり、親の所有物ではないというのに」
「だよねえ。それに、数年かけてね。腱を切られ、膝を落とされ、腕を落とされたんだ」
 歌の拍子でも取るように、残虐が語られ出す。見開かれた視線は、灰治の四肢へ集まった。清潔な袖にすらりと腕を通し、両脚を使って椅子に腰掛けているではないか。
「あっは」
 五体満足に感謝して、灰治は楽しげに息を吐いた。

 ギラギラと狂気に染まる父親の目。怒り、拒絶、深い恐怖である。灰治は残された両腕で出来る事を探していただけだったのだが、父親の逆鱗に触れてしまったらしい。
 肩を踏みつけられ、狙いを定められる。興奮に荒れた息が、狭い部屋に響いて気持ちが悪い。
 斬られるのは、久し振りだと思った。

 ーーごめんなさい、ごめんなさい、それだけは赦してあげてちょうだい、あなた。
 謝罪の言葉を繰り返し嗚咽を漏らす母親が、必死に父親に縋り付く。
 ーー仕方がなかった。仕方ないだろう。 こうするしかないだろう。
 怒号で返す父親が、必死に母を振りほどこうとする。こうなってから、随分母が縮んだ気もするが、まあ、暗くてその辺はよく分からない。

 結局腕も切断されて。どく、どく、どく、どく。体から血が抜けていく。
 只でさえ少ない食事で血が足りなかった灰治には、そっくりそのまま命が抜け落ちていく音だった。
 体重が、流れた血の分だけ軽くなる、冷え切った浮遊感。
「あの感じ、怖かったなぁ。こんな酷い仕打ちある?って思ったよ」
「今のお身体は……いい義肢にでも、出逢えたのですか」
「そう。そうだよ。しあわせな事に、僕には操羅がいたから」
 微笑む歯列の白い隙間から、黒い糸が外を覗く。
「操羅さんですか」
「うん、操羅が僕を助けてくれた。あそこから救い出してくれたんだよ。紹介したいな。ーー出ておいで」
 灰治が、神を崇拝するように天を仰ぐ。かぱりと笑えばーー口端に覗いた糸が、意志を持ってせり上がり始めた。ごぽん、ごぽんごぼごぽ、灰治の全身が大きく波打つ。それは全身がその黒い触手と繋がっている事の証明だ。
 悲鳴を押し殺す声、机にぶつかる音、椅子を倒す音、様々に恐怖を押し殺す騒めきが満ちる。
 黒い糸が多量にうねり、一つの質量へと姿を変える。
 る、ぽん。と、口から零れ落ち、首をもたげたのは。細い触手で構成された、大口を開く怪物が。そこに居た。

「ほうら操羅、皆さんにご挨拶しよう。僕たちの出会いを聴いてくれた人達だよ」
 操羅を優しく撫でる灰治の手は、たしかに妹を溺愛する兄のそれだ。それに応じ、怪物は行儀よく横に並んでいるではないか。
「この子は、僕の希望」
 美しき兄妹は、席から立って、会釈を一つ。
「僕は、この子に嫌われたら死んでしまうよ」

 灰治からすれば、染み入るような静けさだ。
 周囲からすれば、心音と錯乱だ。

「さ、次どうぞ」
 最初と変わらぬ人好きのする笑みで、終える。妹とじゃれ合いながら、再び席に着いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

庚・志乃

(すこし考えてから)
そうですね、それではひとつお話を

志乃めはこれまでたくさんのお嬢さまにお仕えして参りました
その中のおひとり、美しい御髪のお嬢さま
お嬢さまは連れ添った旦那さまがお隠れになったあと
濡れた袖すら乾かぬうちに花嫁衣装を着せられて、違う旦那さまと祝言を
二度目の婚礼は良いものではありませんでした
お嬢さまは嫁いだその日に首をかき切って、お隠れになりました
(志乃めの刃が初めて斬った肉は、守るべきお嬢さまの首でありました)
(それきり志乃めの刃は、呪いに濁ってしまいました)

ああ、おいたわしや、口惜しや
志乃めは今でも腹が立って仕方がないのです

……取り乱してしまってごめんなさい
これが志乃の絶望です





「志乃めはこれまで、たくさんのお嬢さまに、お仕えして参りました」
 一輪挿しのやうに佇まう。
 静として、庚・志乃(忍冬・f18694)は語り始めた。
「その中のおひとり、美しい御髪のお嬢さま」
 わらべうたを聴かせる小鳥めいた語り口にて、日本人然とした黒の瞳とその眦は、懐かしや、愛おしやと細められる。
 聞く者たちも、囀られるこどものように、息を潜め耳を傾けた。

 麗しいお嬢さまでした。お嬢さまは旦那さまを慕い、旦那さまもお嬢さまを心より大切になさっておられました。
 志乃めも、お嬢さまの心房のお側にて、そのさいわいを心よりよろこんでおりました。
 四季折々に咲く花が、初々しい恋を謳うようでした。
 指を滑り落ちつお嬢さまの御髪を、旦那さまも愛でておられました。
 その仕草ひとつひとつにときめき、一層御髪の手入れを大切になさるお姿も、一途で真剣な表情も、志乃めは総て嬉しくて。刀ながらに、刃文が一層輝いてしまうというものでした。
 されど、ひとのこころが、うつろわずとも。
 取り巻く命運は、ひとのこころを知らぬ存ぜぬと笛吹きます。
 
「お嬢さまは、連れ添った旦那さまがお隠れになったあと。濡れた袖すら乾かぬうちに、花嫁衣装を着せられて、違う旦那さまと祝言を」

 二度目の婚礼は、良いものではありませんでした。
 遺されたお家を踏みにじるような縁でした。
 おんなは政略の道具とはよく言ったもので、お嬢さまとて、覚悟と誇りあるおひとにございます。
 その誇りさえも、よくも総て踏みにじった。
 
「お嬢さまは嫁いだその日に首をかき切って、お隠れになりました」

 夜が来て、二人目の旦那さまに指一本ーー毛の一本たりとも、触れられる前に。
 お嬢さまは、志乃めで首を掻き切りました。
 あの人が褒めてくれた髪も持っていくのだと、あんなに美しかった御髪ごと掻き切ってしまいました。
 射干玉の御髪は、血の海に汚れて、野犬のような手触りになっていく。
 あの人に口付けてもらいたかった白い首が、志乃めの刃で赤く赤く咲きました。
 お嬢さまのお首は柔らかくて。だのに最後まで必死にその首筋を伸ばしておられました。
 死にぞこなったまるかと、おんなのなんと悲しき抵抗でしょう。
 お嬢さまが志乃めを震える指で握ります。私を守っておくれと涙ながらに言うのです。血のあぶくに塗れながら、志乃の斬れ味を頼ってくださったのです。
 だというのに。志乃めの刃が初めて斬った肉は、守るべきお嬢さまの首そのものでありました。

 フロアが、騒めいている。話の内容にではない。教団員どもは他所でも絶望を聞き慣れている為、そうそう動揺などしない。語りつつ、興奮露わに肩を震えさせる、志乃の様子に、場の空気が騒めいている。
 ああよくも、慣れていると申しますか。お嬢さまと志乃めのこの絶望を、他の多くの絶望とあろうことか比べ、何も感じないと申しますか。まるであの男のようではないですか!
 志乃は顔を覆い、けもののように全身で息をして、ぜえぜえと怒りに喘ぐ。あの日の呪いは幾星霜まで消えはしない。
「おいたわしや、口惜しや」
 行き場のない怒りのままに、喉を掻き毟れば蚯蚓腫れ。
「志乃めは、今でも腹が立って仕方がないのです。志乃にからだがあったなら、二番めの旦那さまを斬ることもできたのに。最愛の旦那さまを護る事とてできたのに。いいえ、いいえ、過ぎた事にございます。過ぎた事と申しますか!違います、お聞きください。お嬢さまの悲しみは、あの日で止まっているでしょう。志乃めのこころも、あの日呪いに深く深く染めました。 終わりませぬ、終わらせませぬ。あの男を末代まで阿鼻地獄に落とさないことには、お嬢さまの無念を晴らさないことには、志乃は、志乃は」
 怒りが徐々に涙雨に染まり、歯を食いしばる。奥歯が潰れる音を脳で聞く。
 ごめんなさい。この涙と呪詛を吐き切るまで、今しばらく取り乱させてください、どうか。
 最期までお美しかったお嬢さまの無念は、志乃が吼えねばならないのです。

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴木・蜜


…絶望、か

ああ、すみません
あまり人に聞かれたい内容でもないので
個別に聞いて頂いても?

信じていた人に裏切られた
というのはあまりに陳腐な絶望でしょうか

彼は…苦しむ人を救いたいと言いました
私も同じく人を救いたかった
だから私は人々の病を治すための薬を作りました

でも
彼と私が見ていたものは決定的に違って
彼は人を苦しみから救うために
その薬で命を終わらせることを選んだ
私の願いを込めて作った薬は
人々を苦しめる死毒となりました

困ったことに
彼に手を貸したことに後悔は無くて
人々を殺した罪を全て被せられても
彼を憎むことも私には出来なくて

いっそ憎めたら
いっそ怒れたら

この胸に居座る空虚こそがきっと
私の一番の絶望なのです




「信じていた人に裏切られた。……というのは、あまりに陳腐な絶望でしょうか」
 無機質な小部屋、教団員の男と相向かい。行儀よく両の手を膝に置き、冴木・蜜(天賦の薬・f15222)は訥々口を開いた。どこか遠くを見るような眼差しが、見るものの胸に哀れみの念を抱かせるような。蜜はそんな、不思議な『薬品』だった。
「とんでもない。裏切りは信頼を傷付けられる事。それは立派な心的外傷で、精神の殺人です」
 教団員の男は首を横に振り、それが絶望である事を肯定する。……それに安心したなどという訳でもないが、蜜は目を閉じ、とうに諦めた痛みを語る。

「彼は……苦しむ人を救いたいと言いました」
「その彼が、信じていた人ですね」
「はい。私も同じく人を救いたかった」
「志を、同じくした者達……ですか」
 空調の唸りが鼓膜に滑り込む、静かな応答。
「だから私は、人々の病を治すための薬を作りました」
「ああ、それも、人の為。……貴方は、優しいお人ですね」
 優しい、という言葉には。蜜は酷く哀しげな曖昧さで、笑ってみる事しか出来なかった。
「優しかったら、もっと別の終わりを迎えられたような。そんな気がします」

 救いの形はそれぞれだった。
 救いを、痛みや罪を洗い流す事だとすれば。生きる原罪から人を断つ事も救いと呼べた。
 薬は毒に、とはよく言ったもので。『彼』はその薬で命を終わらせる事を選んだ。
 使い方一つ。オーバードーズ、飲み合わせの副作用、はたまたあるいはノセボ効果、……全ては悪意一匙だ。
 蜜が、『彼』を信じ、作り上げた薬は、人々を苦しめる死毒と成り果てた事実だけが此処には残っている。
 瞼裏の寝台に並ぶのは、遺体と化した患者達。霊安室でも無いのにむごいことだ。
 呼吸が生きながらにして止まる苦しみ。臓器が内部から破壊され機能停止する苦悶と、身体を掻き毟る手。助けを呼ぼうと伸びて、力尽きた手。粘土人形のように冷え切って硬い肉。
 それから、『彼』が蜜へと送る、歪んだ賛美の眼差し。

「ーー……それは、さぞ苦しかったことでしょう」
 さも同情して見せる男の言葉に、蜜が眉を下げた。
「その……困ったことに」
「はい」
「彼に、手を貸したことに後悔は無くて」
 男が片眉を上げる。蜜が申し訳なさげに語る。
「人々を殺した罪を全て被せられても、彼を憎むことも私には出来なくて」

 求めた救いは、確かに決定的に食い違っていた。
 されど食い違った先の結果論だけならば、確かに救いであると。心のどこかで感じる己も確かに在った。

 絶望とは、望みを絶たれると書く。
 『彼』にただの一瞬で植え付けられた無力感。
 信じた己を諦めた。憎む心も怒る心も、投獄の冷たい床で冷え切って、薬瓶の底で溺死した。
 肺を押さえ、蜜が儚く微笑む。
「この胸に居座る空虚こそがきっと。私の一番の絶望なのです」
 泣き声のか細い残響のような、一連の報告を、これにて終える。

大成功 🔵​🔵​🔵​

斎部・花虎


構わん
但しふたりきりだ

その家には因習が在った
『双子が生まれたらひとりにせよ』
そう、曰く付きの家系だ

然し母の嘆願で、座敷牢で漸う生かされる
だがな、疎まれ憎まれ蔑まれ
序に、おんなに生まれたのが不幸してね
…そうだな、暴力だった

爪を剥がされるのも、良く良く焼けた鏝を当てられるのも
戯れに食餌に毒を混ぜられるのもじきに慣れたが
眠らせて貰えないのは、辛かったな

知っているか
年端の行かぬ娘が泣きながら、生きた蜈蚣を喰らわさるるは
娯楽になるそうだ

それでも片割れが死した故に
『それ』も代替として生きるを赦されたらしい
――扠、誰の話だろうな?

憂いも翳りも視えぬ無表情で淡々、静々語り終えてから
花ひらく様にふと笑う




「その家には因習があった」
 狭い部屋には、長机を挟んで一人の娘と教団員の男が向かい合う。
 斎部・花虎(ヤーアブルニー・f01877)の薄い唇は、淡く白く開かれた。
 あの世のような女だ。棺にひしめく花弁を思い出す。男はそのような印象を胸に抱きつつ、相槌に頷いてみせる。
「家の縛りですか」
「『双子が生まれたらひとりにせよ』。曰く付きの家系だ」
 花虎の白い指は膝上で行儀よく重ねられている。翠の瞳は揺らぎなく、男越しに過去を眺め見る。
「然し、母の嘆願で、座敷牢で生かされた」
「愛してくださるお母様だったのですね」
「そうだな」
 それが子にとって幸か不幸かはさておいて、胎の対価を失わずに済んだ母はどんなに安心してくださったろうか。

 古い家の忌み子の定めなど、目に見えていよう。
 疎まれ、憎まれ、蔑まれ、弄ばれる。
「おんなに生まれたのが不幸してね。……そうだな、暴力だった」

 細い刃が、爪の隙間の柔い繊維をぶづぶづ千切りながら押し入ってくる感覚に、可愛らしく悲鳴を上げていたのもいつまでだったか。ばくばくとばかになった指から血のあぶくが吹いて、それを頭でも撫でるように押さえつけられながら、力任せに引きちぎられる。肉のぶら下がる小さな爪が十並ぶ。逃げないよう、脚も合わせて二十並ぶ。
 良く良く焼けた緋色の鏝が、陽を知らぬうら若い白肌を焼き焦がす。火傷程度では赦されず、奥の筋繊維が爛れて溶け出すまで押し付けられる。あの時の膿は特に酷くて、臭いを叱られたのは少々恥じた。
 殺す気は無いはずだのに、与えられる餌に毒を混ぜられていたのも覚えている。高熱、幻覚、呼吸困難、搾られるような臓腑の痛み、脱水ーー様々な症状が出たが、徐々に耐性が付いていく生命のつよさは、日々の楽しみとも言えた。その分、毒も面白半分に強くなっていったのは、残念だったが、然もありなん。
 どれもこれも、花虎は慣れた。
 眠らせてもらえない事ばかりは辛かった。
 無反応のおんなを嬲る趣味は無いそうだ。

「知っているか」
「何でしょう」
「年端の行かぬ娘が泣きながら、生きた蜈蚣を喰らわさるるは。娯楽になるそうだ」
 小さな舌が、当時を思い出し、音もなく喘いだ。
 上を向かされ、喉奥へぞうぞう注ぎ込まれる多足の感触へ想いを馳せる。
 多足が這い回るだけで傷つくほど狭く柔い粘膜が、噛まれ、腫れ爛れ、いかにあわれな事になったかは想像してくれていい。
 噛み潰さなければ臓腑の中から噛み回されるだけだ。必死に顎を動かして、殻から飛び散る肉汁を飲んだ。どちらの汁かもわからなくなる。
 努力はむなしい。結局胃酸で死ぬまで、内側から貪られたのは酷い痛みだった。
 夜。感触が違ってまた面白いと、男が喜んでいた。

「それでも、片割れが死した故に。『それ』も代替として生きるを赦されたらしい」
「……らしい……?」
「――誰の話だろうな?」
 
 終始感情を表出させずーー他人事めいて無表情であったが、たったそこだけ。女は、花ひらくように微笑んだ。
 生きている。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アレクシス・ミラ

【双星】

1対1で頼む
…生憎、悲劇のようには語れないんだ

吸血鬼に友を目の前で拐われた
為す術もなくね
…三日後には友の母の首が刈られた
父さんの形見の剣を手に駆けつけた時には、友の母は無残な姿になっていて
友を拐った奴がいた
僕は殺意に任せて斬りかかったが…斬られたのは僕の方だった
死にかけの僕にトドメを刺そうとする刃が
…僕を庇った母さんを貫いた
奴は僕達を残し、友の母の首を手に去っていった

…僕はその日、母さんともう一人の母さんのような人を失った

動けるようになった頃、家の庭に墓を作って
二人の母さんを埋めた
…残ったのは僕の胴体に刻まれた敗北の傷痕だ

…これ以上、セリオスを向こうに残す訳にはいかないから
失礼するよ




 黒鳥に手を振り、語るを選んだ別室が閉じる。
 席に着き、身を正す。アレクシス・ミラ(夜明けの赤星・f14882)は勇敢に教団員の男と対峙する。

「……緊張していますか? 随分と硬いようですが」
「違う。お前達のような……人の苦しみを食べ物にする者達にも、払うべき礼節がある」
「そうですか」
「話す準備は出来ている」

 アレクシスの品行の良さを小馬鹿にするような目が厭らしい。それをさも優しい微笑みだと嘯く
作り笑いが不気味だった。
 貼り付けた笑みの男と真っ向から対峙した。朝焼けは、陰る事を恐れるような凛と張った声で男を見た。
「……生憎、悲劇のようには語れないんだ」

 語るは吸血鬼に友を目の前で拐われた無力感。
 為す術も無かった。
 抵抗するという選択肢に、もっと縋り付かなかった己を恥じた。次こそはこんな無力を味わってはならない、命に代えても大切なものを守らなければならないと。幼い騎士の胸に誓いが宿る。

 その誓いを証明する時は直ぐに訪れた。たったの三日後の事だった。
 あの吸血鬼が再び現れた。

 殺してやる! この父さんの形見の剣で必ずや!
 子供のアレクシスの手には、父の形見の剣は未だ重く、引きずるようにしか走れなかった。その時点で気付くべきだった。『間に合わない』、と。
 友の母の首が刈られ、無残な姿になっていた。
 首を落とされて噴き出した血を、吸血鬼が愉快愉快と浴びて飲む。折角だからもっと芸術的にしてやろうと、遺体の服と肉ごとずたずたに切り裂いて、その美しい身体を大衆の面前で掲げたのだ。死者へのさらなる冒涜だ、辱めだ!
 アレクシスは殺意に任せて斬りかかる。勝てる筈も無いのに。愚かにも、友を救う為に散った少年として死にたかったのかもしれない。怒りのあまり自暴自棄だった。結果は当然、アレクシスの胴は大きく斬られ、踏み躙られる。焼けるような痛みと心音に合わせる失血。怒りで一色で、危機感が薄かった事を覚えている。

「僕に死んでほしく無い人が、他にもいる事を忘れてしまっていた」

 次の瞬間視界に広がったのは、アレクシスを護るよう覆いかぶさる母の身体。血の匂い。
 ごめんなさい、この子だけは。母さんは最期までそう泣きながら事切れた。

(ははは! ははははは! アレクシス、といったか? お前は深く愛されているなあ! ああ、愉快だ、殺してしまうなど勿体ない! お前に集う愛に免じて許してやろう! お前さえ暴れなければ、その女は死なずに済んだというのに、折角死んでくれたのだから!)

 生首一つと、数人の街人を手土産に、吸血鬼は高笑いと共に立ち去っていった。汚い笑い声の残響。腕の中で、母さんがどんどん冷たくなっていくのがわかった。
 残されたアレクシスに出来る事は、この日死んだ二人の墓を、懸命に掘る事だけだった。

 敗北の証明が未だ、アレクシスの身体に残っている。
 十年分の成長が、どんなに背丈を伸ばしても。細胞と老廃物がどんなに新しい皮膚を生んでも。『ここにそれがある』と覚えてしまった身体は、それを消してはくれない。
 正直者だよ。と、アレクシスは目を伏せ悔やんだ。

「……こんな、所だ。これ以上、セリオスを向こうに残す訳にはいかないから、失礼するよ」
 椅子から立ち上がり、扉へ向かう。
 その背に教団員が、死にたくはないのか問うた。
 扉を開き、振り返りざまに返す。
「ーー悔いてはいる。けれど、もう二度と、違えたくないんだ。大切なものを守るという、この誓いを」
 あの人達の優しさに、報いる義務が、ここにある。
 扉が閉じるその瞬間まで、その青に澱みは無かった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス

【双星】
…一対一がいい

辛いんじゃなく憐れっぽく話すのを聞かれたくないからだと笑って別室へ

ああ、悲劇らしく語ってやろう
昔、誘拐されて
10年鳥籠で暮らしてた
その時…そいつに
俺を拐った相手につけられた所有の証が…ここに
まだ、残ってるんだ
そっと尻のすぐ上を撫でる

鳥籠の中
連れてこられたかつての隣人を
吸血鬼の望むままに
1人また1人と殺してみせた
その度に刻みこまれた呪いの痕
痛みと苦しさだけならどれ程良かっただろう
遺体の横で組みしかれ
牙をたてる相手を睨みながら鳴いて
そうして―今日も街は、アレスは無事だと安堵する
選んだのは俺だと自覚させられる
その証

はッ後悔はしてねえよ
半端に悩んじゃ
殺されたヤツが報われねえだろ




 明星に手を振り、扉を隔てた別室を選んだ。
 席に着くなり、脚を組む。セリオス・アリス(黒歌鳥・f09573)は尊大に教団員の男と対峙する。

「そんなに怯えないで。話すのが辛いのは分かりますが」
「辛いんじゃない。憐れっぽく話すのを聞かれたくないからだ」
「では」
「ああ。話す準備は出来てる」

 下卑た目で見られる事になど慣れているのだ。品の無い優しさに、服の下の肌が粟立つようだ。貼り付けた笑みの教団員を睨み据えて、夜の鳥は不遜に笑う。
「悲劇らしく語ってやろうとも」

 語るは誘拐されて親元を離された後の地獄。
 十年、鳥籠に入れられて、それはそれは可愛がって貰ったとも。
 所有の印が未だ身体に残っている。
 十年分の成長が、どんなに背丈を伸ばしても。細胞と老廃物がどんなに新しい皮膚を生んでも。『ここにそれがある』と覚えてしまった身体は、それを消してはくれない。
 律儀な事だと、セリオスは目を伏せて笑った。

 鳥籠がただの寝台であれば、これはただの寵愛の幽閉で終えたろうが。セリオスを迎えた吸血鬼は、そんな生易しいものではなかった。人の壊し方を知っていた。
 鳥籠の中、連れてこられたかつての隣人を殺してみせた。吸血鬼の望むままに。

(セリオス、私の可愛いセリオス。お前の故郷が愛しいかい)
(そうかそうか。では今日は、この者を殺しなさい)
 厳冬を共に越えた、隣の納屋の娘を殺す。
 娘が怯えた目で笑った。
 娘も街の無事を祈っていた。
(お前は人を殺すのが上手だねセリオス。では今日は、この者を殺しなさい)
 病床の日に貴重な薬を分けてくれた男を殺す。
 男が血を噴き出しながら泣いた。
 健やかに育てよ。そう泣いた。
(お前は人でなしだよセリオス。可愛いセリオス。今日は誰を殺したい?選ばせてやろう)
 鳥籠の外に並べられた顔見知り達。
 少年のセリオスを可愛がってくれた淑女。本を貸してくれた聡明な老爺。星の名前を教えてくれた男。セリオスを慕ってくれていた少年。誰もが怯えたーーけれど全てを諦めた、酷く優しい目で、籠の鳥を赦す。
 一人、また一人。殺し続ける限りは、街は無事だ。これは総意だ。あの美しい朝焼けは無事なんだ。これはセリオスの我儘だ。けれど、それだけが、どんなにこの深淵の救いだった!
 殺意だけが、正気を繫ぎ止める唯一だった!

 遺体の痩せた肉を寝台代わりに組み敷かれて、果物でも齧る様に立てられる牙に抵抗する術など無い。
 喉を逸らし、痛みに喘いで。抵抗のように力一杯爪を立てて、必死に睨んだ。
 身体全体で吸血鬼にかぶりついた時、鳥籠の格子と窓越しに空が見えた。一粒、輝く星に、酷く泣きたくなったのを覚えている。

 ーーどんなに選択肢が無かったとしても
 選んだのは俺だ。
 犠牲を払い続ける事を選んだ。
 殺意を研ぎ澄ます砥石に、隣人を選んだ。
 紛れも無く、俺の選択だ。

「……ってとこだな。どうだ、満足したか? したなら戻るぞ。アレスが心配する」
 椅子から立ち上がり、扉へ向かう。
 その背に教団員が、苦しみへの後悔を問うた。
 扉を開き、振り返りざまに返す。
「ーーはッ。後悔はしてねえよ。半端に悩んじゃ、殺されたヤツが報われねえだろ」
 あの人達の優しさに、報いる義務が、ここにある。
 扉が閉じるその瞬間まで、笑ってみせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

浅沼・灯人

忘れられない感触がある

人を殺した事はあるか?
俺は、そこそこ。理由は仕事半分、それ以外半分
まあそんなのは絶望なんてもんじゃねぇ
俺にとっての絶望は、最初のひとりから始まった

正当防衛とも言える殺人が誰もに赦されたあの日以来だ
人に触れたその時に、殺せるかどうかを考えるようになった
握った手を、幾度となく捻り壊してしまいたくなった
抱えた身体を叩き落とすか絞めて折るかを考えた
護らなければと思った弟妹を、自分が殺してしまいそうで
あの日護ったはずのものを壊してしまいそうで
それが、今も恐ろしい

なのに忘れたくても、忘れられない
あの日の、ナイフ越しに知った柔らかい肉の感触を


……なんて話、まあ、共感できねぇよな




「忘れられない感触がある」
 己の手を握り、浅沼・灯人(ささくれ・f00902)はゆっくりと口を開いた。手のひらが覚えている感触を辿るように、手のひらを、握り、押して、握る。
「人を殺した事はあるか?」
 眼鏡越しの眦は鋭く、けれど眼光は熱を帯びたように穏やかな霞。
「……あるのですか」
「そこそこ。理由は仕事半分、それ以外半分」
 半々。何人殺したのかの疑問が、教団員の頭をよぎる。
「人を殺すほどの、苦しみを、背負って?」
「いや……まあそんなのは絶望なんてもんじゃねぇ」
 灯人が首を左右に振る。
「俺にとっての絶望は、最初のひとりから始まった」

 正当防衛とも言える殺人が、誰もに赦されたあの日以来。
 人に触れたその時に、殺せるかどうかを考えるようになった。
 法に護られた己に悪寒がした。
 穏やかな眼差しの警官に掴みかかりたかった。
 向こうの血縁者が現れて、殺したのは俺なのに何度も何度も泣きながら下げる頭を、じゃあここでお前を捻り潰したらどうなるんだよと、頭の隅で吼えたてた。
 罰されたいのだろう。何人殺したら裁いて貰えるのか、内心のどこかで嘲笑っているのかもしれない。許してしまった者の事も、赦されてしまった俺の事も。

 家に帰ろうと握った手を、幾度となく捻り壊してしまいたくなった。お前が握っている手は人殺しの怪物の手である事を伝えてしまいたくて。それ以上に、その手のやわさをどれくらいの力で壊せるのか、直ぐに分かってしまう己を嫌悪した。
 抱えた身体を叩き落とすか、絞めて折るかも考えた。夕暮れの帰路に流れる川の音が、死体を投げ捨てる場所にしか見えなくなった。
 護らなければと思った弟妹を、自分が殺してしまいそうだ。兄を憐れみながらも、癒そうと手を伸ばしてくれるその優しさに付け入って、人殺しだと叫んでくれるまで縊り、やっと気づいてくれたかと、喜んでしまいそうだ。
 あの日護ったはずのものを、この手で壊してしまいそうで。
 それが、今も恐ろしい。
 だから殺す。
 殺しても、この日々を壊さない命を。

 そんな風に、命の選別を始めてしまった己は、もうあの平穏の側には戻れない。

「忘れたくても、忘れられない」
 片手で頭を抱え、低く呻く。
 あの日の、ナイフ越しに知った柔らかい肉の感触は。
 ソース入りのチーズケーキでも、切り分けるようだったのだ。
「……なんて話、まあ、共感できねぇよな」
 語りすぎたと、目を閉じる。
 手を下ろし、パイプ椅子の背凭れに体重を預ける。
 共感出来なくていい。されたくはない。
 人殺しが、そんなに数多くいるだなんて、思いたくはない。
「いいえ、そんな事は」
「うるせえなあ、フォローとかいいから次行け、次」
 いつだって、平穏を願っている男は、隣人が人畜無害な善良であるようにと信じて、応答を待たず口を閉じた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジンガ・ジンガ


対価はゼツボー?
……1対1ならいーよ

俺様ちゃんね
自分の名前ダイスキなの
込められた意味一つ一つが
確かに受けてた愛情の証で、祈りのかたち

でも俺様ちゃん
意味の通りには生きられなかったのよネ
生きるために盛大に背きまくってさ
だから
自分には相応しくない名だと思ってた

なのに
似合うって
胸張ってこの名を名乗って良いんだって
しるべをくれたひとがいて

死ぬほど嬉しかった
だから
そのひとに誓ったんだ
誓ったんだけどさ

俺様ちゃんこの間
ソレに顔向けできねェことしたの
言葉も想いも誓いも全部
燃やして踏みにじって唾吐いてポイしちゃったワケ

結局
どこまで行っても
この名の通りには生きられなくて

誰かと生きる資格なんざ
最初からなかったんだよ




「俺様ちゃんね、自分の名前ダイスキなの」
 猫の子の様に、両手をパイプ椅子に座る脚の間について、へらり笑って語る月白の目が霞んでいる。どこか朦朧とした瞳は、心が弱った者の特徴だ。
「自分の名前を愛せるのは、とても正しい事ですね」
「そ。込められた意味一つ一つが、確かに此処に受けてた愛情の証で、祈りのかたち」
「よろしければ、お名前を教えていただいても?」
「いーヨォ、でも書くのはやーだ」
 渡されかけたペンと手帳をノーサンキュー。
 愛しいまじない。歌でも口ずさむように唱えれば、神賀・仁牙(塵牙燼我・f06126)は己の名を、男に書いてもらった。
 やっぱ、自宅の表札の方が好きな字だなと思った。
「まさに。ことほぎを感じるお名前ですね」
「でっしょー。でも俺様ちゃん、意味の通りには生きられなかったのよネ」
 がたん。がたん。パイプ椅子を揺らして遊ぶ。危ないですよ、と取り敢えずの制止をする声に、舌を出して笑った。
「生きるために盛大に背きまくってさ。だから、相応しくない名前だと、ずーっと思ってた」

 神隠し。世界観を跨いだ盛大な迷子。
 それで済めば良かったのに、幼すぎる仁牙は様々な事に賢くならねば生きられなかった。
 窃盗、詐欺紛い、手柄の横取り、嘘八百。
 何一つ持っていなかったけれど、自分の命だけは持っていた。
 純粋を汚水に浸してでも生きていたかった。
 殺人、人殺し、見殺し、死体漁り。
 誰を踏み躙ってでも、死にたくない一心が幼さを鬼に染め上げた。
 血と硝煙の匂いが、鼻の奥にいつだって蘇る。

「なのに」
 頭を掻く振りで、俯く。丸くなるように、縮こまる。
「じんがに、この名前。似合うって。胸張って、この名前を名乗って良いんだって。しるべをくれたひとがいて」
「それは」
「……死ぬほど嬉しかったぁ……」
 ぐしゃりと躑躅色の髪を掴む。
 喉が震えて、少し泣きそうだ。
 いいや、あの日散々泣いたろう。
「だから、……だから、俺様ちゃんそのひとに誓ったの。誓ったんだけどさ、」
 男が、さも優しげな相槌で覗き込んでくるのが気味が悪い。けれどもそれ以上に悍ましいのは自分自身だった。だから覗き込まれても、別にいいよ。
「俺様ちゃん、この間」
「はい」
「ソレに」
「はい」
「……ソレにねえ」
「ゆっくりで、いいですよ」
「ソレに、顔向けできねェことしたの」
「……はい」
「言葉も、想いも、誓いも、全部、
 燃やして、踏みにじって、唾吐いて、ポイしちゃったワケ」

 よくもよくも、あんな地獄を見せてくれたなと。むざむざ見せられた友の死の映像に。それに何一つ出来ずに、無残に殺される己の無力な可能性に。むしゃくしゃして。ちゃんと、どんな敵相手にも戦える己を再確認するかのように、善性に泥を塗りたくった。あの二人がどんな目にあっても、助け出せる己である為に悪鬼羅刹に成り下がった。

 ーー否、否、否。
 言い訳だ。言い訳だよ。
 だってあそこに、あの二人は居なかったじゃん。
 じゃあ、あの二人の為とかそんなんじゃなく、殺したのはまごう事なくじんが自身だよ。
 じんがが、選んだんだ。
 泥を塗るなら自分自身だけにしやがれ、ばかじんが。
 
 あの群青の瞳にも、あの黄昏の瞳にも、この鮮やかすぎる躑躅が映る事が、こんなに恐ろしくなった。

「結局、どこまで行っても、この名の通りには生きられなくて、」
 どうだんつつじがこぼれ落ちるように、嗚咽が一粒落ちかける。
「誰かと生きる資格なんざさあ、最初からなかったんだよ」
 己を殺すように歯をくいしばる。くいしばるついでに笑う。
 どうだ、歪で醜い笑みは悪鬼にふさわしかろう。
 男が、愉しげに目を細めてくるのが、いっそ居心地が良かった。
 このようなはずかしい鬼は、嗤われているくらいがお似合いだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夢飼・太郎

POW

・感情
他の猟兵に弱みを見せる事への不安
回想による己への苛立ち

・語
何でこんな話しなきゃなんねぇんだよ……クソっ

ガキの頃
オレはドアに負けた事がある
古いクセに作りだけは頑丈なヤツ
蝶番が腐ってたのか知らんがオレに倒れてきやがって
そん時にオレは「殺される」って強く感じた
分かるか
ドアに殺されると感じたんだこんな屈辱があるかよ!
だってドアだぞ!人に使われなきゃ自分で動くことも叶わねぇドア風情にオレは殺されると本気で思っちまったんだよ思い出しただけで自分をブチ殺したくなる!

……だからオレはオレが弱い事を許さない
自分より弱い何がしかに殺される訳にはいかねぇからだ

・様子
終始挙動不審

アドリブ大好きです





 夢飼・太郎(扉やかく言うな・f00906)は弱い男だ。弱みを他人に見せる事に必要以上に怯え、己の回想にさえ殺されそうになる、獰猛な蚊のような男だ。
 今もがりがりと爪を噛み、落ち着きなく身を捻っては卓を度々がたんごとんと鳴らす。己でぶつかったにも関わらず、卓が襲ってくるのかと怯えて卓に威嚇をする。正直両隣の猟兵も怯えているのでやめなさい太郎。
 かくして、語るべき順番は太郎に向かう。
 このような情緒不安定な男は、一体どんな闇を背負っているのかと、歪んだ期待に胸膨らむ男が問うた。
「それでは、大丈夫ですか? 語ることは、できますか?」
「ばっ……ななな舐めてんのか人が語れてオレに出来ない筈があるか!?無いだろ、語らせろ、話させろ 耳かっぽじって聞きやがれ!」
 前のめりに立ち上がる太郎を、教団員はクスクスと囁き笑う。
 酷い不快感に飲み込まれながら、太郎は辛うじて息をして。弄りすぎた深爪を卓に立てながら、牙向くように語り出す。
「ガキの頃」
「はい。あなたが、お子さんの頃」
 誰もが耳を傾ける。
「オレはドアに負けた事がある」
 太郎が息飲む一拍。

 沈黙。

「………」

 ひぃ、ふぅ、と太郎の呼吸。

「……は?」
 誰ともなく、漏れた。

 太郎が卓を叩いた。
「うる……うるせえな! オレはドアに負けたんだよ!!」
 自分を強く見せるために音を立てた。その叩く音もちょっと角度を間違えて、ぺぇんみたいな音になってしまったが。あと卓とはいえ叩かれれば痛いので太郎は詫びるように卓を撫でていたが。
 太郎は真剣だ。開いた瞳孔が震えている。
「古いクセに作りだけは頑丈なヤツだ! デカくて重くて、ガキが潰されたら抜け出せない!
 蝶番が腐ってたのか知らんが、あの野郎オレに倒れてきやがって……!」
 歯を食いしばりわななく。
「そん時にオレは『殺される』って強く感じた!
 分かるか!? ドアに殺されると感じたんだ、こんな屈辱があるかよ!
 だってドアだぞ! 人に使われなきゃ自分で動くことも叶わねぇ、使われたとしても人を通す以外に能も無いはずのドア風情に、オレは殺されると本気で思っちまったんだよアァァァ思い出しただけで自分をブチ殺したくなる!! 生きてて恥ずかしいと思わねえのか、いいや恥ずかしかろうが生きてやんだよテメエ(ドア)にオレの命をどうこうできると思ってんじゃねえ!!!
 お前らにはドアに殺されかけた経験が無いからそうやってオレが弱いと嘲笑えるんだ、お前らもドアに潰された事があればオレを笑えなくなる! 殺されてみろ! 危ないからちゃんと防具をつけて武装して殺されに行け!! あと蝶番が直してもらえるようにちゃんと業者にも頼めよ!!!!
 ドアは重かった、潰された下は暗くて冷たくて埃まみれだ、いくら足掻いても動かねえし声も出ねえ。打った頭も身体も痛えしいつ死んだっておかしくない、ーー…………」

 欠伸をかみ殺すように頬筋を歪める教団員がにくい。
 この恐怖を理解できず困惑しているだけの平和ボケした猟兵がにくい。
 なにより未だにこんなに怯えているオレ自身がとびきり許せない。

 とくとくと語り終え、息を切らしながら、太郎はがたん、乱暴に席に着いた。
 髪を両腕で掻き回し、卓に俯せる。
「……だからオレはオレが弱い事を許さない。
 自分より弱い何がしかに、殺される訳にはいかねぇからだ」
 日常に当たり前にあるソレに怯える。
 その恐怖が理解されない絶望を一身に浴びながら。歯軋りの隙間から、己への罵倒を吐き連ねる。
 仕事である以上、話すしかなかった。
 話すんじゃなかった。
 話すんじゃなかった。

「次ィ !!!

大成功 🔵​🔵​🔵​

リリィ・アークレイズ
●…そうだな。100万ありゃ
今日のディナーはすっげェ期待出来るな

(がつがつ、ぐしゃぐしゃ。
持参した味気のない携帯食料を
乱暴に口へ放り込みながら喋る)

身体を失くした瞬間なんて思い出したい理由無ェだろ
――あン時の作戦は簡単だった
爆弾を敵陣に放って戦線離脱
サルでも出来る簡単な仕事…だったンだよなァ…
…前情報の無ェオブリビオンが出るまではな
ソイツのお陰で作戦がパーになる寸前だったんだぜ?
ここからは想像に任せるけどよ、

全く酷ェモンだぜ。目の前が潰れたトマトみてーに真っ赤で…
そんでもって腕が無ェわ
右眼は見えねェわ、気分最悪だったな
柄にもなく叫んだのも覚えてら

母親からの唯一の形見なのにな
クソッタレ




「……そうだな。100万ありゃ、今日のディナーはすっげェ期待出来るな」
 リリィ・アークレイズ(SCARLET・f00397)は不服を隠さぬ仏頂面でレーションの袋を破り、齧る。
 乱暴に噛み砕きながら教団員どもを睨め付け、嚥下すると。丸めた袋を、部屋隅にあるゴミ箱に放り投げ入れる。指についた味気ない欠けらを舐めとった。
「気が立っていますね。……お話したくないですか?」
「身体を失くした瞬間なんて思い出したい理由無ェだろ。聞かせてやるからとっくり想像してよくよく共感しやがれ、幸いなる平和ボケども」
 ――あン時の作戦は簡単だった。
 機械の四肢を放り出し、とびきり態度悪く背凭れに体重を預け切って、あの日の砂ぼこりと硝煙と。血と脂のぬめりを思い出す。

 爆弾を敵陣に放って戦線離脱。サルやらオモチャやら、兎角運搬と前進さえ出来れば誰でも出来る簡単な仕事だ。その筈だった。
 ーー前情報の無いオブリビオンが出るまでは。
 惨劇は人間にアポイントメントなど取ってはくれない。自分達が敵陣に爆弾を放りに行ったのと同じ事。いつでも唐突に、破壊は降りかかるのだ。
 混乱。落ち着け。撃てば殺せる。即時戦闘にシフトする思考回路。それも虚しく、ぶつ切り肉にされていく己の身体。
 作戦だけは遂行した。それが少女兵としての、誇りであり存在価値であるから。そのように優秀な人材であったから、全身の機械化というコストを払ってでも生きることを許されている。

 逃げたところで被害は変わらないと、本能が瞬時に警告する絶望。
 ならば使命を遂行し戦えと、リリィ・アークレイズは命の警報に従う。

 ため息。蝕む幻肢痛に表情を歪め、うんざりと頬杖を着く。機械の腕が、ごっ、と、硬い音を立てる。
「全く酷ェモンだぜ。目の前が潰れたトマトみてーに真っ赤でーー」

 腕が無い。無理矢理引きちぎられた細腕から溢れ出る血と、覗く白い骨、へし折れた箇所から流れる髄液。
 右目が無い。空が狭くて赤くてバグっている。
 寒くてたまらない。暑くてたまらない。焼けるように苦しい。凍える程悲しい。脳味噌が脳内麻薬に煮詰められて溶け出しそうだ。
 辛うじて生きている無線が、生存確認のノイズを吐く。
 その通信にも気付かず、柄にもなく叫んでしまったのを覚えている。
 少女の絶叫が血だまりを波立たせる。
 死ぬ覚悟が無かった訳じゃあない。
 覚悟があろうが、人は傲慢にも生きていたいのだ。それを自覚させられるほど、もう自分でも止められないほどに、轟々と悲鳴をあげていた。

 話し疲れて喉が乾く。教団員に用意された茶に手を指一本つけることなく、持参のボトルの水を飲む。
「……母親からの唯一の形見なのにな」
 クソッタレ、と。潤った口で吐き零す。
 今やリリィに残されている生身は僅か二割。
 これは、思い出された激痛の熱に浮いた妄想だが。
 残りの八割とだって、大事に共生していける少女の己だって、きっとどこかにはいたかも知れないーーーー勿論、居なかったかもしれない。
「オラ。次いけよ、詰まってんぜ」
 機械の足で、卓の脚を蹴りつけて。リリィが、獰猛に笑う。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アストリーゼ・レギンレイヴ


……とても小さなころ
父親に云われて、用済みの家畜を殺したわ
(言葉にすれば、それだけのこと)
(ただ、父親が吸血鬼で)
(その「家畜」が、ひとであったというだけ)

鉈よりもおおきな刃物で、一思いに首を落とすの
いくつも、いくつも
(幼い手にも心にも、余るほど、)
命を奪う感触って、とても重いのよ
(それでも、)
(――「そうすれば母と妹に逢える」と、)
(あたしは、それを拒まなかった)

逆らえなかったか、と問われれば
そうなのかも知れないわ
でも、選んだのは紛れもなくあたし

……だからこれは、あたしの罪
赦しなんて、なくてもいい
あったところで、あたしのすることは変わらないもの
ただ、償い続けるだけだわ




 血脈の赤と月の黄金を、寂しげに細める。されど、アストリーゼ・レギンレイヴ(闇よりなお黒き夜・f00658)は、凛と美しく前を見た。
 他者の前で絶望を語るには、アストリーゼは美し過ぎる。存在そのものが悲劇の刃めいた白銀だ。おんながあわれな話をするというのは、どうしてこんなにも絵になるのか。
「ーーとても小さな頃」
 見るものが、知らずのうちに、息を呑んだ。
「父親に云われて、用済みの家畜を殺したわ」

 言葉にすれば、それだけの事。
 ただ、父親が吸血鬼で。その「家畜」がひとであったと言うだけだ。

 少女のやわらかで繊細な手が、鉈よりも大きな刃物を持ち、力一杯に振り下ろす。
 落下の加速と、まだ軽かった体重を懸命に乗せて。落としそこねて、家畜が苦しまぬよう、小さな手で思い切り頚椎を斬り落とす。
 家畜としての仕事を終え、酷い失血で朦朧としている彼らが涙を垂れ流している。微かに呻いて、助けを求めるように手を伸ばす。あるいは、死ぬ前に、せめてやわらかな子供に触れたくて手を伸ばす。それにどんなに息がつまる思いがしても、幼いアストリーゼは鉈を持つことを選んだ。家畜の首を、いくつも、いくつも、斬り落とす。
 噎せ返るような屠殺場が愛娘の舞台。父が心にもない甘い声で嗤っていた。
 お前が努力すれば、母と妹に逢わせてあげようと。
 非力な小鼠でも可愛がるような声音が、幼いアストリーゼの鼓膜を何度も撫でた。
 ーーアストリーゼは、それを拒まなかった。

「命を奪う感触って、とても重いのよ」
 家畜の彼らのおかげで、人の殺し方は深く理解した。己の手指を、そっと、卓の下で見つめる。当時を思い出して、ほんの、ほんのかすかに、震えている。手を握る。震えが止まる。もう、震えるような少女ではない。

「……親からの命令には、子は逆らえないものです。苦しかったでしょう」
 教団員の胸を痛めるようなそぶりに、アストリーゼは眉を下げた。
「苦しかったと、認める権利があたしにあると思えないの」
 銀の髪が、薄膜のように揺れる。
「ええ、逆らえなかったのかもしれないわ。逆らえば、見せしめに誰が殺されたかわからない。けれど」
 心の臓に触れる。静かに、確かに、脈を打つ。数多の罪の上、生き続ける。
「選んだのは、紛れもなくあたし」

 ーーだからこれは、アストリーゼの罪。
 赦しなど求めてはいない。
 地獄で血の海へ、あるいは業火の坩堝へ、引きずりこまれる覚悟は十分に。
 あるいは、赦しがあったとして。
 すべき事は、変わらない。

「ただ、償い続けるだけだわ」
 あの時、父の娯楽に加担してしまった愚かな娘として。
 死んでいった彼らを想うように。その全てを背負い、アストリーゼは絶望的なまでに優しく微笑む。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジェイクス・ライアー

悠然と足を組み、心揺さぶられぬ物語に耳を澄ませ
己の過去を語りきかせて何になるのだろう

口にするのは出鱈目な作り話
されど、語られるそれがさも真実であるかのように、唇は重く、静かに語る
〝これは私が、信じたものに裏切られた話〟
それは何処かで見た物語の一節だったか
あるいは耳にした音楽のワンフレーズだったか

語りながら、思い馳せる
絶望とは何か
悪鬼羅刹に弄ばれ炎に飲まれた母の姿を思い出す。深い怒りと悲しみを抱いた。だがそれは絶望ではなかった
想い出の向日葵の黄に融ける、戦友たちの最期の顔を思い出す。背負ったものは多く、胸潰れることはあるけれど、それも絶望ではなかった。

ならば絶望とは何か
生きる今、この瞬間か




 悠然と足を組み、ジェイクス・ライアー(驟雨・f00584)は興味関心も無く息を吐く。
 語られる物語は、どれもこれもここに居る者達の悲劇なのであろう。
 ただ、それに胸を痛める義務がどこにあろう。
 己の過去を語りきかせて何になるのだろう。ジェイクスが考えるのは、この場を遣り過す作り話。
 青の瞳が、感情を表出させない刃の様であった。

 教団員に呼ばれれば、うんざりと息を吐く。そこに、苦しみの演技を帯びせる。
「そうだな……これは私が、信じた者に裏切られた話なのだが」
 ーーもしもこれより語る出鱈目を、君が信じるならば、裏切り者は私なのだが。
 さも真実であるかのように、重苦しく、静かに語る。茶々や安易な憐憫を挿し込む隙もないような、ドラマティックな絶望で物語を彩る。
 苦しげな相槌に適当に話を合わせておく。
 悲劇の嘘は簡単だ。
 小説の一節、歌詞の一節。モデルはいくらでも転がっている。
 万一矛盾を指摘されたとて、悲劇故に正気を保てなかった、と答えればそれで終わりなのだ。

 語りながら、想いを馳せる。
 悪鬼羅刹に弄ばれ炎に飲まれた母の姿を思い出す。
 深い怒りと悲しみを抱いた。だがそれは絶望ではなかった。怒りも悲しみも、生きる熱として焚べられた。
 想い出の向日葵の黄に融ける、戦友たちの最期の顔を思い出す。
 背負ったものは多く、胸潰れることはあるけれど、それも絶望ではなかった。
 望みを絶たれ、前も見えなくなる事などなかった。
 炎は路を照らす。

 ならば絶望とは何か。
 生きる今、この瞬間かーー
 これすらも、またどこかの詩の一節だったか。嘘は我ながら酷く堅牢だ。
 クライマックスの、青年がそれはそれは大切にしていた子猫と恋人を失ったシーンまで語り終える。鎮痛に眉を寄せ、首を横に振って仕上げとする。
 前髪の隙間から、教団員の一人と、ふと目が合った。何だろうかと、顔を上げてやる。

「お話を、ありがとうございました」
「……いや、その為の集会だ。私も、吐き出せて少々楽になったよ」
「そんなに怯えずともよろしいのですよ」

 教団員が、慈しみめいて微笑んでいる。
「……そんなに震えていたかね。恐ろしい話であったからな」
 その言葉に何の不自然があろう。
「はい。ひどく恐ろしいお話でした、さぞやお辛かったでしょう」
 悲劇を話し、弱みを晒せば、身が硬くなるなどの反応が出るのは自然な事。怯えたように見えたなら、演技が上等であった証明。
「すまない、あまり言われると一層苦しくなってしまう」
「失礼しました。次の方に回しましょうか。何も私たちも、追い詰めたい訳ではないのです」
 物分かり良く頭を下げる教団員のフードを一瞥する。
 目を瞑る。
 瞼裏の炎を見遣る。

 ーー黙っていればいいものを。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ダンド・スフィダンテ


えーっと……俺様虫がな?大の苦手なんだ。
蟲、特に肉食は。

意外か?よく言われる!

そうそう蝗の群れ、あるいは蟻の大群。
幼い頃、それらに人ごとその地を貪られてな。
……人は、呆気なく死ぬっていうのに、案外頑丈でさ。中々死ねないんだよな。
俺を愛してくれた人が、背中を押して言うんだよ。逃げなさい。いきなさいって。
喰われていく絶叫は、咀嚼音で掻き消されてさ。

食われながら死ぬのは、恐怖で片付けて良い感情か。
あの時願われ生きている身では、思う事しか出来ない。

死んでおくのが正解だったろうか。

ああ、うん。
だから、蟲はずっと苦手だし……死んでいく者を無力にただ見ているだけというのは、本当に、勘弁してもらいたい、な。




 ダンド・スフィダンテ(挑む七面鳥・f14230)は頬を指で掻いて、苦笑する。
 話せる内容自体はあるのだ。あるのだが。
「えーっと……俺様虫がな?大の苦手なんだ。蟲、特に肉食は」
 ……単純に、苦手な者が珍しくない話題である為、どう話したものかと歯噛みしていた。
 周囲を見回し、蟲の一言で顔色を悪くした者がいないかと、皆の様子を伺う。
「おや、蟲が苦手な方は少なくはないですが……」
「応。意外か?よく言われる!」
 幸い、その言葉も聞きたくないと言うほど苦手そうな者は一先ず見当たらなかった為。頬を掻いていた掌を首元に当て、ため息交じりながら朗らかに笑う。
「蟲が苦手で、聴きたくなかったら手を挙げてくれ。特にミューズの中には苦手な者が多い話題だからな、俺様も気分を悪くさせたい訳じゃないんだ!」
 それでも念の為の前置きをーーそんなものはいいからと教団員の視線にせっつかれるように。金色の男は、酷く穏やかな顔で語るとする。
「ーー蝗の群れ、あるいは蟻の大群の被害を知っているだろうか。
 突如湧いて出て、葉という葉、肉という肉を食い荒らしていく災害だ。
 幼い頃、それらにその地の住民ごと、一切を貪られてなぁ……」

 最初は、奇妙な雨雲の類に見えたのだ。
 洗濯物を取り込む背中越しに、その黒い靄が近付いてくるのを呑気に見ていた。
 雨は雨でも命の雨で、死の霧だ。蟲どもは乾いたノイズのような飛来音と共に、一瞬で街中を埋め尽くした。
 蝗とはいえ、弾丸よりも大きい生命が、飛力と総量任せに幾度も幾度もぶつかれば、土や木で出来た家屋は保たなかった。
 蝗がぶち壊した隙間から、羽音が雪崩れ込む。蟻の足音が波のように犇めき合う。
 振り払いきれない総数が、肉という肉を貪り始めた。
 街中が、蟲共にとっての米櫃と化した。

「……人は、呆気なく死ぬっていうのに、案外頑丈でさ。中々死ねないんだよな」
 無意識の内に両の指を組み、懺悔めいて想いを馳せる。

 私が肉の鎧であるとばかりに、身体全体で幼いダンドを抑え込み、女が走る。走る。無理やり突き動かされる形で走らされるダンドが振り返ろうとする度に、女が悲鳴のように怒鳴った。前を向いて走りなさいと。
 背中で、肉の鎧が貪られている音がする。皮膚や肉片が視界端より落ちてくる。垂れ流れる血が、ダンドを掴む手指や、背中を伝った。
 街の外まで近付いた時、女がダンドの背中を押した。これ以上共に走っても、途中で力つきることを女は知っていた。
 逃げなさい。いきなさい。
 優しいあの人が、鬼気迫り突き飛ばす。祈り、命じ、叫ぶ。柔らかな粘膜が開いたことを、蝗や蟻は見逃さない。息をすい込むその瞬間に雪崩れ込んで、以降の声にはもう人の知性など残らない。そんなものは、蟲の総量の前に意味をなさない。喰われる絶叫は、枯葉を踏み荒すような咀嚼音に掻き消された。
 ダンドが走る。肉の鎧のおかげで、走るための立派な骨肉が残っている身体で走る。
 離れた瞬間、一瞬、咀嚼音に混じり、一際高い音がした。
 火打ち石の音だった。
 蝗達の乾燥した羽に引火し、人の形の炎が上がる。

 ダンドが走る。例え蟲どもが、尚も少年の身体を這いずろうと。
 食い破られた首元から溢れた血に群がられようと。
 喰われる、喰われる、死んではならない、あの人が命を賭して、全ての激痛を背負って、助けてくれたこの身体。
 痛みも脳内麻薬で忘れるほどに走り、無我夢中で川に飛び込んだ。
 身体を貪っていた蟲が溺死する。
 赤い筋を描きながら、ダンドの身体が水面に浮上する。
 空に、街方面から流れてくる、黒い煙が見えた。人間の抵抗の炎があちこちで上がり、蟲ごと街を焼き潰していた。
 
「……食われながら死ぬのは、恐怖で片付けて良い感情か。あの時願われ生きている身では、思う事しか出来ない」
 ああ、止められることなく話し終えることが出来てしまった。大丈夫だったろうかと、周囲を再び見遣ってから。ダンドは申し訳なさげに笑う。
「俺様は、あの時の犠牲に見合う生き方を出来ているだろうか。死んでおくのが正解だったろうか。……命の比較なんて不適当な事だとは思うが、やはり思ってしまって……いや、うん」
 首を横に振る。
 以上にしよう。
「だから、蟲はずっと苦手だし……死んでいく者を無力にただ見ているだけというのは、本当に、勘弁してもらいたい、な」
 ダンド・スフィダンテという男は、最初から最後まで、いつまでも優しく眉を下げて笑っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャルロット・クリスティア


……これは……どういう集会なんでしょう。ただの不幸自慢?……とも、ちょっと違うように思えますが。

……私の経験を話すのも、気が乗らないですし(そもそも他世界の事を話してもわかるかどうか怪しいですし)。
ひとまず私は隠れ身の外套で姿を消して、物陰で目立たないように様子を伺うとしましょう。

恐らく、『不幸』をトリガーにする儀式なのだとは思いますが……。
聴き手……この『不幸』と言う要素を集める人がいるかもしれませんね。
視力を凝らして観察してみましょう。

……しかし、聞いてて気分の良いものではありませんね、やはり……。
ですがこれ以上の不幸を止める、ため……に、も……?

……しまっ……術に、ハマっ……て……!?




「(……これは……どういう集会なんでしょう)」
 隠れ身の外套に身を包み、己の存在感を殺している。
 シャルロット・クリスティア(ファントム・バレット・f00330)は集会場のフロアの後列で姿を消し、教団員達の様子や集会の様子を主に伺っていた。
 ただの不幸自慢かとも、ほんの少し、思いもしたがーー冷静に外部から見ていて気づくことがいくつか。
 辺りに、渦巻く、魔力めいた。霊力めいた。……UDCの気配が徐々に濃くなるような。気味の悪い感覚が、渾々と濃くなりゆく。
 ……これだけの絶望が集まるのだ。これは実質百物語の形をとった、何らかの儀式も同然なのだろう。
 フロア周囲を固める教団員たちも、四方の一人ずつのみだけは、決して動かない。視力を凝らしてみれば、その者達のみが揃いの指輪を嵌めている。あれが儀式の祭具だろうか。ならばこの立ち位置も、何らかの法陣と見て良さそうだ。
 なれば、この儀式そのものを突き崩す一点として、指輪持つ者達を倒せばーー?
 思考しつつ、外套の下、パラライズナイフの位置を確認した。

 何人めの猟兵が語り終えた時だろうか。
 教団員の一人が、ぱち、ぱち、ぱち。態とらしい拍手で視線を集める。
「嗚呼、皆様、語らいを有難うございます。共有によって、心の痛みは晴れたでしょうか。共に手を取り合える者を見つけられたでしょうか」
 白々しい、とシャルロットは外套越しに睨み見る。
「此処からは、語られた絶望への、我々からの更なる贈り物です。100万円でも買い取れない、我らの幸いが花開きます」
「(ーー来ましたね)」
 動いた。妨害すべき点を見出す。
 語る男を食い止めるべく、パラライズナイフを投擲ーー否。
 動けない。
 金縛りか。
 並ぶ猟兵達も、既に術中。
 しまった。シャルロットは歯を食い縛る。手指が、パラライズナイフを掴もうとしたまま、一寸たりとも進まない。
「真の不幸が、皆様に逢いに来てくださる」
 強烈な眠気が襲い来る。
 眠ってはいけないと、全脳細胞が叫んでいる。
「皆様には、その為の礎となっていただきます」
 吐き気がするほど、身体が重い。
「(どうして! どうして! このままでは!)」
 おえ、と、小さく喉を鳴らしながら、シャルロットは膝をつく。
 外套に包まりながら、眠気と吐き気という死の予感へと、生暖かく引きずり込まれていく。
 必死に目覚めようと舌を噛んでみれど。床に爪を立て、現実に食い縋ろうと。
 フロアに充満した絶望は、最早生者を許さないかの如く。
 猟兵どもを等しく包み込む。
「絶望の旅を、どうぞ、お楽しみください」
「(だめ、です……いや……ーーー)」
 瞼が落ちる。
 新たな夜が始まる。

成功 🔵​🔵​🔴​




第2章 冒険 『開かない扉』

POW   :    壊せば倒れる!破壊する

SPD   :    鍵はどこだ!捜索する

WIZ   :    鍵は私だ。ピッキングする

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


【二章断章と受付開始に関しては此処とtwitterにて告知します、暫しお待ちください】
【小林の力不足で一章不採用だったかたも、二章の内容にしっかり反映させていただきます】
↑(言葉足らず! もしもお越しいただけた場合、です!)


 猟兵たちが連ねた絶望が、邪神復活の駒を進めた。
 その場にいた誰も彼も、眠りーー或いは気絶、或いは幻覚ーーに引きずり落とされる。
 意識に縋ろうと舌を噛もうが、己を傷つけようが、声をあげようが、誰もが等しく落ちていく。
 教団員どもが笑っている。

 次に、視覚が反応を示した時。自分が眠った事も忘れた時。
 そこには悪夢(げんじつ)が広がっている。
 悪意の嵐。絶望の海。信じられない事ばかり。
 痛い、苦しい、やめて、たすけて。
 悪夢が心身を蝕んで発狂させる。
 激痛と絶望以外許されない中で、誰もが精神を手放していく。
 ーーこれがもしも、通常の人間であったなら、だが。

 ここで狂うなど許されない。
 ここで醒めないなど有るはずがない。
 目を覚ませ。
 立つが良い。
 己が誰であったか分からなくとも。

 これもきっと、ただ、この世のどこかの誰かの記憶だった。
 この世に居たはずのどこかの誰かが、救われなかった話だった。
 それを救う力など、この手に有るはずが無かろうが。
 ここで死ねないその魂が、その心に熱を宿す。



【以下PL情報】
 悪夢を見ます。
 悪夢の中で負った怪我などは、目を覚ました時に現実とリンクします。
 夢の中の景色を現実だと思い込んでしまう、一種の催眠状態による現象です。
 戦う、と言うよりは、理不尽に耐えるシチュエーションを想定しています。

 悪夢は割としっかり「PCさんの精神に抉り込めるもの」を描けたらいいなと思っております。『見る内容』や『PCさんが恐れているもの』があれば悪夢の素材としてプレイングにご記入ください。もちろん内容全部プレイングでのご指定も大丈夫です。
 悪夢の内容を小林に一任する!どうなってもいい!という場合は冒頭に『★』をご記入ください。

 そうして、夢の果て。
 瞼と言う名の扉を開けましょう。
 
_

 一章同様再送前提。プレイングの数にもよりますが、25日(火)ごろ青丸達成予定です。
 採用予定数は不明です。小林の精神次第なとこあります。ですが二章も精一杯描かせていただきます。

 それでは、ようこそ。お待ちしております。
ユキ・パンザマスト

(山は、橙に、満たされていたでしょう)

過去は、殆どを忘れていて。
ゆえ、追憶よりも推測が多い。
八百年も前の話。他ではどうか知らないが。
防災無線なんて気の利いたものはなかった、だろう。

(遊びの帰りに、かどわかされた小娘)
(己とは全く似つかぬ、楚々凡々とした佇まい)

──誰、だろう。

(黄昏に迷った命は、不確かな黄昏へ)
(檻、祭壇、器の肉体)

誰でも、いい。

「じゃあ、あの時と同じだ──」

「てめぇらを全部ふっ飛ばして、喰い荒らせば」

「──自由の身だなあ!!」

怪物となりはてた身体と、歪に狂い咲く椿ども。
サイレンよ吼えろ。喚け。
全部、壊せ。
知らない、どこかの誰かを。

かえせ。





 喰うを決めたけものが見るは、



 薄暗い部屋。誰かの家庭。集合住宅の類だろうか。乱れた生活を示す汚れた部屋。
 身体を押さえつけられているのが分かった。
 先程思い出した拘束具によるものとはまた違う。人間が、一人の力で、一人を抑え込む程度の力だ。けれど何故か抵抗できない、どうしてだ? 夢だから? いや、いいや、これは本当に夢だったか?
 喉奥に、長い指が無遠慮に突き込まれる。ごぷごぷと荒らし回るように掻き混ぜている指は、何かを探しているのか、ひとをひとと思わぬのか。
 咽喉が拒否反応にえづき、狭い喉が波打つように指を吐き出そうとする。吐く、吐く、吐く。そんな生物反応は知らぬ存ぜぬ、尚も奥へと進む指が、吐瀉の弱い噴水を掻き割った。
 食べた米だったと思わしき白い粒やら、惣菜の卵や緑黄色野菜やらが、全て胃液と牛乳を混ぜた乳白色を帯びて床にぶちまけられた。
 誰かの怒号が聞こえる。
 何だこれは。

「汚い、汚い、そんなもの食べてきて」

 脳が無意識に、それを母の声だと認識した。
 母が哀しんでいる。
 喉に引っかかった吐瀉物をもう一息吐いて、『私』は、ごめんなさい、と弱く言った。

「給食なんて要りませんって言ったのに、またお前は食べてきて。そんな誰が触れたか、誰が作ったかもわからない物! 誰が何をしたかもわからない食材で!」

 ごめんなさいお母さん。お腹が空いて死にそうだったんです。
 少しだけ食べました。ごめんなさいお母さん。
 私は汚い娘です。
 
「卵なんて鳥の排泄器から出てくるんだから糞尿も同然なのよ汚らしい」 
「米なんてあんな泥の中から生えて、ボウフラだらけの水を吸って育つんだから汚物だって、母さんお前に何度も何度も教えたでしょう!」
「肉なんて以ての外よ、それらを食べて、垂れ流す個体の肉そのもの? おぞましい、おぞましい……まだ身体に入ってるんじゃないでしょうね、母さんそんな汚いものを食べた胃が吐く空気と同じ空気、吸いたくないわ」

 胃が空になっても尚も吐かされる。
 水を大量に飲まされて、またシンクに吐かされる。
 びたびちゃと、水が何度も喉を焼いた。
 唾液が赤い筋を描くのは、母の爪で喉の肉が抉れたんだろうな。

「母さんお前が大切なんだよ。お前に真っ当に育ってほしいだけなの。だからお願い、そんなもの食べないで。学校にはもう一度強く言っておきますからね」

 母が泣きながらまた水を飲ませて、私は無抵抗にそれをのむ。
 ああ、バレずに済むかなとか、思うべきじゃなかった。
 ちゃんと食べ終えた後に、トイレで吐いて来なきゃいけなかった。ごめんなさい、お手数おかけして。
 だって美味しかったの。吐きたくなかったの。

「ああもう、そんな汚いものが。おまえの血肉に。肉に。血に。なっている。もうだめ。もうだめよ、おまえは」

 母が私の頭を押さえつけたまま、シンク下の戸棚を開け、包丁を取り出した。
 ああ、今日は特に怒ってる。
 食べてないよって、私が嘘をついたせいだ。
 腕をシンク上に伸ばす姿勢にされた。

「綺麗にその血を抜きましょう。ちゃんと中まで綺麗になりましょう。母さんはお前のためにお前を守りますからね」

 包丁が振り下ろされて、私の腕の肉が裂ける。舌を思い切り噛んで、痛みの悲鳴を噛み殺す。
 何度も何度も振り下ろされて、シンクが一面真っ赤に染まる。痛みで頭がチカチカする。死んでしまいたいと、痺れた脳の底が泣く。命がぬるりぬるり、とくとくと、流れ落ちていく。
 クビに、ひたり、冷たくも生暖かい感覚。
 
「お前は、本当に、汚いねえ」

 そんな、かあさん、
 そんな悲しい声しないで
 そんな風に私を殺さないで
 ねえ、そんな

 ずるり、刃が、首の動脈を深々と撫でて、
 ごぽりと喉からあぶくが上がる

 そんな

「そんな」

「そんな訳ゃあ無ぇでしょうがアァァァァ!!!!!!!」

 血の泡吐くけものの怒号が夢を割いた。
 母の拘束を限り振りほどき、わが自由をがなり立てる。
 遮光カーテンから部屋が真っ二つに切り裂かれ、晴天が暗い部屋を一切除去する。
 降り注ぐ空、緑の恵み、野の獣の命、星は巡りて陽が落ちる。それが一瞬でごうごう流れ、八百年に別れを告げる。
 真っ赤な黄昏と、ただ広がる野山と田畑。澄んだ空気が爛れた喉に染みるようだよ。
 母だったものが、ごぽごぽと黒い塊になって歪んでいる。
 ここに私は立っている。
 黒髪の、ただ純朴な娘が、目を真っ赤に腫らして立っている。

「そんな、そんな訳無いでしょう!!
 ああ、いいや、汚い、それで上等だ。
 そうともさこちとら腐肉も泥も汚物も、魂も、信念も、余さず食うって決めたんだ!!」

 散々斬り裂かれた血まみれの腕からぼたぼたと血を流し、穴の開いた首からは声を出すたび下手な笛のような音が逃げていく。

「食う覚悟も無い奴が、命を殺そうなんざ恥知らずにも程がある!!
 家畜に誇りが無いとでも!? 野の花に魂が無いとでも!? 死骸と排泄が作る豊かな土壌が、ーー輪廻が美しくないとでも!!?」

 私は食うぜ。何に否定されようが、悪夢に取り込まれようが、不確かとしてもーー、一滴残らず食い尽くす。
 黒髪の少女がけものに成り果てる。
 おびただしい椿が咲き乱れ、黒塊を覆い尽くしーー空箱を握りしめるような音と共に、潰す。
 サイレンの如くけものが吼えて、
 赤い空が、長い睫毛越しの瞼のように割れていった。

成功 🔵​🔵​🔴​

鳳仙寺・夜昂


ある日、金網フェンスに引っかかったビニール紐を見た。
引っ張ったら簡単に抜け落ちた。
これじゃ無理だな、と思った。

死にたくても金と手間をかけなきゃ死ねやしねえ。

二十歳の誕生日、コンビニの便所で金の入った封筒を拾った。
大判の札が3枚。これで死ねるかもな、と思った。

生きてたって仕方ねえだろ。苦しむために生きてんのかよ。
ただ、静かに眠ってもう目を覚ましたくない。


……でも、そう、目的に辿り着くだけが最善とは限らない。
滑って転んで起き上がろうとしたときに、やっと目指した場所の本質が分かるときも、あるだろ。
今の俺が行くべきはそこじゃない。


※全部お任せ
※20歳の時に田舎の雪山で首吊り未遂した





 生きる亡霊の作り方、



 母と歩いている。
 厳密には見知らぬ女だ、夢見る脳は彼女を母だと誤認した。まあ、まあ、夢にはよくある話だろう。
 女は、実際の母にも少し似ている気がする。夢はいつでも都合良く形を変える。
 少し買い物をするから待っていてくれと『俺』の視点が言い、『母』を置いて数分店に消える。

 否ーー、嫌な予感がする。全細胞が警告する。
 おい、俺の絶望した頭が、母さんといる夢を見るなんて滅多に無いじゃないか。
 子供の頃の夢を見るならまだしも、この視点の高さは18歳当時の俺にほど近い。
 俺ではない俺によくにた誰かの夢なのだろう。けれどもしかしたら、今なら救えるんじゃねえのか。
 諦観まみれの頭に火が灯るようだった。買い物も置き去りに、一心不乱に飛んで戻る。自動ドアにさえ遅いと苛立つ。
 『母』が、土手の階段の上で夜風を浴びている。
 余所見並列運転無点灯の自転車が、談笑しながら突っ込んでくる。
 記憶と違う。だからこれは俺じゃないし、母じゃないし、あの酔っ払いでもない。でも、けれど!
 奔る。飛び出す。鼓膜が引きちぎれるようなブレーキ音。『母』を庇うように仁王立ち、あの男を殴るような気持ちで、その自転車を土手下に蹴落とした。
 階段に削られながら落ちていく。
 ひどい音と悲鳴を聞きつけた店の客やら店員が飛び出してくる。
 からからと、土手下で自転車の前輪が空を回っている。
 ーー冷静になるも、もう遅い。
 この夢の本当の主がもしいるなら、彼もこんな気持ちになったのだろうか。
 『母』が『俺』を見ている。夜光に照らされた、その絶望と軽蔑の瞳に、『俺』は、『違う』、と、言いたくても、飲み込んだのだろうか。

 視界と思考に走るノイズ。
 
 家屋に落書き。不名誉な新聞記事。退学。『俺』は一夜にしてそれはそれは立派な人殺し。
 『母』を取り巻くは近隣住民からの暴言、投石、取材カメラのフラッシュ、慰謝料の借金。
 あれを放っておけば死んだのは母だったとしても、「事故」の一言では絶対に済ませられない。
 たまの面会も、『母』は『俺』を泣きながら否定する。
 そんな子に育てた覚えはない。
 どうしてあんな事してしまったの。
 母さんには、お前を許すことができません。
 私が死んでも、あなたには無垢でいてほしかった。

 ーー勝手な事ばかり言いやがって。
 母さんが死んだって、俺に待ってる未来はドブの底のヘドロよりも悲惨なものだ、何も知らない癖に。
 たとえ夢だとしても、『母』にさえも赦されないのか。

 悪夢と記憶が入り乱れて、視界に満ちたのはあの日の便所と落ちた封筒。
 確か大金が入っていたよなと拾い上げる。中からざらざら出てくるのはカミソリの刃。
 金は金でも金属かよと自嘲して、夢でぼやけた俺は驚くほど自然に、その刃を飲み薬のように飲んで、指を突っ込み、吐く。
 食道を何枚もの刃が往復し、胃も喉もズタズタに割かれて血を多量に吐く。
 洋式便所が赤と、飲んだ量よりも多く多くがしゃがしゃ出てくるカミソリの刃で埋まる。
 削げた肉がぼとぼと落ちる。
 夢の癖に痛みはやたらと明白で、便座に向かって獣よりも醜く呻く。
 死ねればよかった。

 振り返れば雪景色。俺が死のうとした場所だ。
 凍死が出来れば良いなと、拾い物の三万円で旅に来た。それだけだと不安だから首も吊った。ーーそれさえ現実では救われてしまったがーーこんな夢の中くらいは、と、少しの願いとともに目を閉じる。
 首吊り紐が、ずたずたの喉を締めて、ごぼんと血が絞り出された。
 鼓膜の奥で、『母』の泣き声がこびりついている。
 もう何も考えたく無い。
 考えずに済めば、良かった。

 されど、脳ではいくら死にたいと願おうが。
 本能はそれを否定する。
 生きよう。生きようと。絶望から這い上がる手を伸ばしーー首吊り紐を引きちぎった。

 雪の上に俺の体が落ちる。
 胃の中にまだ残っていた刃が、『自傷』『自棄』の象徴として暴れまわり、俺がまた血を吐く。刃の暴走はとどまるところを知らず、内臓から体外へ、腹を突き破った。
 激痛に歯を食いしばり喉を絞る。
 血の尾が四方八方空へと伸びて、散る。まるで泥中から咲く花を見上ぐようだった。
 吐血で呼吸の音さえ泡立つ。
 雪が染まっていく。
 自分の血が、ぬくい。
 生きている温度が、熱い。
 脈がどうどう喧しい。
 そうか。違うんだな。
 やっぱり、まだ、死ぬべきじゃ、ないんだな。
 行くべき場所は、そこじゃ無い。

 血色の雪溜まりの上、身を引きずりつつ、天を見上ぐ。
 鈍い雪雲はひどく厚いけれどーー光明が挿し、瞼のように割れていく。
 目覚めの光が、血色の雪景色を掻き消していく。
 現実世界は、ここよりも少し、明るい。

成功 🔵​🔵​🔴​

零落・一六八

自分でなくなること
基盤の人格と記憶を失うこと


色んな記憶と人格と感情を混ぜ合わせてできた
元となる人物の記憶と自我はあるものの同じとは言いがたい
だから今の自分に零落一六八と名付けた

今後何と混ざりあっても
それが自分だと肯定できるならボクは揺るがない
痛かろと苦しかろうと自分を殺していいなりになっても平気

最期にあいつに
ざまあみろって


あいつって誰だっけ?
ボクは誰だ?
元となった記憶がわからない
途端に全部崩れる

ボクは何を必死に生きてるんだ?
自分が誰かわからない
オレは?こんなだったか?
違う
自分への否定が溢れた時点で綻びが生じる

でも生きなきゃ

起きたら何もない空腹から空気を嘔吐する
これだから眠るのは嫌いなんだ





 破けて綻んで哀れなものさ、



 どこからともなく伸びてくる無数の影の手に、蹂躙される。
 髪だの首だの、顔面だのを掴まれるのはまだわかる。内側を知ろうとする子供のように、口や瞼に群がってくる。その上さらに、臍から無理矢理えぐり込んで、内臓まで掴んでくるとは思わなくて、その鈍痛に血を吐いた。
 どの手も鷲掴んでは好き放題に引っ張り回して来る。まるで粘土細工でも叩いて捻って遊び回すような、力任せな無遠慮さ。
 逃げようともがけば、ひときわ巨大な手が腹を押し潰すように押さえつけて来て、
『逃げちゃうからいらないね』
 なんて、ボクの片足をアスパラガスでも折るような気軽さで折っていきました。
 酷い怪我をすると腹が一層減るんでやめてほしいんですよ、ほんと。
 ボクは嗤ってやりました。
 これ以上壊したいんですか。今更ですね。
 壊せるもんなら壊してみせてくださいよ。
 ぐっちゃぐちゃに混ざり合ったボクは、立派なパッチワーク、或いはコラージュ。
 今や立派な一人格でしょ!
『ふーん』
 甘い声が降り注ぐ。
 あ、集団に一人いる、甘ったれたフリして性格悪い感じの声ですね。
『ねえねえあなたの名前はなあに?』
 ボクですか。零落一六八と名付けてます。
『名付けてるの? 誰にもらったの?』
 そりゃ自分でつけてんですよ。
 ちょっと、あの、喋りにくいからこの口周りの手ぇどけてもらえます?
『変なの。名前ってお父さんお母さんから貰うものなのに』
 ボクにはお父さんもお母さんもいないようなもんですから。
 それに親なんて子供を利用するばっかで。そんなやつらに貰った名前なんて、丸めて捨ててやりました。
『お父さんもお母さんもいないのに、お名前もらってたの?』
 言葉の綾ってやつですよ、そこは。
 僕は零落一六八です。
『数字なんて名前じゃ無いじゃない。あなただってわかってるでしょ』
 うっさい声ですね、黙っていじり回せないんですか?
 あああちょっとタンマタンマ本気で引きずり出さないでください、ただでさえ腹減ってんのに胃まで無くなったらどうすんです!
『ね、ね、お名前なあに』
 ぼクを煽ろうってんなら無駄ですよ。
『あなたはだあれ』
 今更そんな声ひとつで崩れやしないんです!
 オレにも意地がありますんで! ずっとずっと、この形で生きて、ちゃんと最期にはあいつに、ざまあみろって
『あいつってだあれ?』
 そんな事まで聞きます? あいつは、あいつっていったら。
 ボくの、わたシの、オれの、ーー


 ーー誰(どれ)だっけ?


 内心に一度疑問が浮上すれば、あっという間に破綻した。
 ぬるま湯を浴びせた薄氷のように、全てが溶け落ちはじめた。
 溶け落ちた記憶を集めようと手を伸ばせど、そのどれもが歪でどうやって形を保っていたかもわからない。頭の中に、全ての思念が濁流となって渦を巻き、意識全てを引きずりこんでいくような。その渦潮さえミキサーで液状にされていくような。迫り上がる吐き気は明らかにその記憶を吐瀉しようとしていたもんだから、必死に口を閉じて飲もうとする。
『あいつってだあれ? あなたってだあれ? それってあなたっていえるの?』
 甘ったるい嘲笑がご丁寧に私/僕/自分の瓦解を代弁する。
『何のために生きてるの?』
 脳の中の此/俺/其が一斉に自己を主張しだす。
 どれがぼく/僕/ボクだっけ、これがあたし/おれ/うちだっけ。
 吐き気が止まらない。逆流が収まらない。どんな痛みよりも苦しくて堪らず、指の隙間から僕達/俺達/私達が流れ落ちていく。
『これってだれの? だれの? あなたじゃないでしょ? ゆみちゃんの? しょういちさんの? けいすけくんの?』
 あ、だめだ、これ、だめだ、
『りゅうくん? なおさん? せんせい?』
 だめだ、だめだ、だめだだめだだめだ、
 残留思念だらけの手で顔を覆った。
『おとうさん? おかあさん?』
 指がこつんと、狐面に触れた。
『おにいちゃん?』

「誰でも無いですよ」

 口を開いて、そればかりいやにはっきりと発声した。
 はっきり開いた口からは、口の中に溜まっていた『この人達』が流れ落ちていったけれど。
 見開いた目からは、どうしてだかわからない水が流れ落ちていったけれど。
「誰だっていいじゃないですか。ぼく/僕/ボクが誰でも、アイツが誰でも、生きるしかないんですから」
 そこからだけは踏み込ませないと、どこかの誰かがきっと叫んだんでしょう。

「「これが、零落一六八なんですから」」

 うんざり目を閉じれば、全身が強烈な浮遊感に見舞われ、それから急浮上するような心地ーー
 身体にまとわりついていた腕全てが、掌を返して、ボクを押し上げていくようなーー



 目を覚ませば、驚いたことに腹が破けていた。
 ああ、そりゃ腹も減る訳だと。口の中に逆流していた血を、ため息まじりに吐く。
 持ち上げた頭は寝る前と変わらず重たくて。
 ああ、本当。これだから眠るのは嫌いなんだ。

成功 🔵​🔵​🔴​


【25日までに頂いたプレイングで受付〆、送信窓はもう少し空き続けてますが以降の新規プレは反映しないことご了承ください】
アレクシス・ミラ
★お任せします…!
【双星】

これは夢か現か
僕は本当に『僕』なのか…

…身体が熱い
脳が麻痺する
心が、身体が、悲鳴を上げる
…それでも
何故か「死なせて」「殺してくれ」と
「死の救い」だけは望まなかった
こんなにも痛くて、苦しいのに
僕は…何の為に生き残ろうとしているんだろう

……歌が
聞こえる
遠くの夜空に青い炎の星が見える
ーーセリオス
…守れなくて、救えなくて
未熟な自分がずっと悔しかった
…だからこそ
強くなりたかった
今度こそ守る為に
何年かかってでも
最後の一人になってでも
『もう一度、大切な君に逢いたかった』
ーー嗚呼、そうだ
僕は『生き残った』
…負けるものか
大切なものを守ると誓ったんだ!
ーーっ死んでたまるかああああ!!





 明けの星が夜を視る。



 いつ、此処に立ったかも覚えていない。
 意識が落ちるような浮遊感に襲われて、それから何があったかの記憶がないままにここに立っている。
 深く落ちた夜。豪奢な屋敷。柱の隙間から見える空の、燻んだ星々には見覚えがあるーー故郷に程近い空の色。
 周りを囲む柵は、大きな鳥籠のように見えた。
 握らされているは一振りの剣。同じく剣を握らされて立つ人影が、切っ先を定めて立っている。
 濡羽色の黒髪。青く燃ゆる星瞳。あどけなさの残る顔立ちながら、硬い決意に満ちたーー鋭い殺意を燃やす、

 僕の、大切な、幼馴染。

 名を呼ぶ声は、うまく出なかった。
 自分では無いかのように喉が発話を拒む。
 剣を握る手に力が入らない。
 
 ーーセリオス、私の可愛いセリオス。お前の故郷が愛しいかい。

 忘れもしない声が、吐き気のするような猫撫で声で、幼馴染の名前を呼ぶ。
 やめろ。そのたった3文字さえも出てこない。
 幼馴染の、いまよりも少し高い声が、「当然だ」と、酷く明確に発話する。

ーーそうかそうか。では今日は、この者を殺しなさい。

 いいよ。と。
 僕の喉が動いた。
 本当に? これは僕の喉? いいや、この声にも記憶の奥底で覚えている。故郷で時折挨拶をする中だった少女の声。いつかの日から見なくなり、彼女も吸血鬼に攫われたのだと知ったけれど。
 いいよ。セリオス。こわいけど、いいよ。
 少女(ぼく)が語り、震える手で剣を懸命に持ち上げる。その重みが、あの日の絶望までずたずたに混ぜてくる。
 身動きの出来ない身体を見かねたように、セリオスが踏み出す。
 待ってくれ。その切っ先は人に向けてはいけないものだ。
 やめてくれ。その幼さで燃やして良い怒りじゃない。
 止めてくれ。奴の言いなりになんてなるんじゃない!!
 叫びは全て意味持つ声になる事なく。恐怖と絶望と諦観の悲鳴に変わるばかり。星の熱ほどの怒りを燃やす幼馴染が、少女(ぼく)を何度も斬り殺す。痛みは馬鹿正直に脳に伝わり、飾りのように持たされた剣は何度も取り落とし、幼馴染が何度も血に染まる。泣いてさえもくれないのか、セリオス。涙は怒りの炎に乾いてしまった?
 これを何度も繰り返す。
 青年(ぼく)が謝りながら抵抗する。
 それをセリオスが無慈悲に斬り殺す。
 老爺(ぼく)がセリオスに優しい言葉をかける。
 それさえただの血色に変えていく。
 それを何度も繰り返す。
 来る日も来る日も、みんな(ぼく)がセリオスに殺される。
 セリオスが血に塗れて、日に日に憎悪の焔を瞳に燃やす。
 ひとのこころが消えていくような青が、僕自身の痛みよりも何倍も痛い。
 体が熱い。脳が麻痺する。考えたくないと、心身が悲鳴をあげて、だれか(ぼく)が何もかもを手放して泣く。
 これは幻覚か? 現実か?
 ただ、ただ、どっちだったとしたって、はっきりしていることが一つある。
 ーー君のそんな顔を見たくない!
 君をそのままになんてしておけないだろう!!!
 そうだろう、悪夢!!!

 何度目かの籠の舞台。
 血と涙に滲んだ視界での剣戟。
 幾度目かの鍔迫り合い。
「セリオス」
 やっと出た声に、それだけで泣きそうだった。
 悪夢は僕の声など聞こえていないかのように、激しい応酬を続けるけれど。
「セリオス、」
 防ぐばかりで殺意を燃やさない僕に、セリオスは苛立ったように、舌打ちをするけれど。
 それがどんなにか深く泣きじゃくる鳥の囀りに聞こえたんだ。
「セリオス!!!」
 守ると誓ったんだ!
 君のその身を蝕む憎悪も!
 生きる為に向ける先を謝り続けるその剣も!

 幼いあの日の僕が、鍔迫り合いから大きく踏み込んで、悪夢(セリオス)を抱き締める。
 傷だらけの僕の血が、染み込んで、混ざり合っていく心地がする。
 悪夢は少しばかり足掻いたようだったけれど、堅牢な鳥籠のアーチを見上げて、ゆっくりと、深い嗚咽を、あげる。
「死んでたまるか……」
『死んでたまるか』
「逢いたかった、」
『逢いたかった、』
 もうどちらの声だかもわからない。
 どちらの痛みだかもわからない。
 狂気に蝕まれて、生死の境をさまよううわ言かもしれない。
 それでも、君が傷付いているのなら、こんな気が狂いそうな現実も、何度も殺される激痛も、全て越えて手を伸ばせるんだ。

「『ーーもう一度、大切な君に、ずっと、ずっと、逢いたかった!!!』」
 少年が二人泣き喚くように、深奥で決して折れなかった旗を宣誓する。
 何人分もの血の海の真ん中で、その声が全てを揺るがし、打ち崩していく。
 暗い世界が、怒りと朝焼けの赤に一切合切染まっていく。
 それから穏やかな青へと燃え上がって、
 ーー無垢なままでは死ねなかった僕達の、夜が明ける。

成功 🔵​🔵​🔴​


【新規受付〆切済み/26日までに送信頂いたプレイング全て保存済みです】
【ある程度描き貯められたら再度お手紙差し上げます】
セリオス・アリス
★好きにしてください
【双星】
痛みに喘ぐ
呼吸が乱れる
嫌だ、痛い、苦しい
何度繰り返しても慣れる事はない
それでも助けてとは許してとは一言だって漏らさない
折れてはいけない
例え精神が狂っても
殺意だけを研ぎ澄ませて
敵を睨み、生き続けなければいけない

ああ、でも…それは何故だ?

遠い自我が浮かんだ疑問に呼び起こされる
朝焼けの空
世界で一番綺麗な色
ああ、そうだ…アレス
お前が、生きているからだ
例え、俺自身がどうなろうと
例え、鳥籠での出来事を全て知られて嫌われようと
アイツが、アレスが生きてさえいればいい
生きてそんで、笑っててくれりゃ
それだけで俺は…幸せだ
俺の、10年貫いたこの意地が、思いが
こんな…一瞬で折れるかよ!





 夜の鳥が朝に鳴く。



 いつ、此処に来たかも覚えていない。
 意識が落ちるような浮遊感に襲われて、それから何があったかの記憶がないままにここに蹲っている。
 背中は比喩ではなく貫かれたように痛むし、腕の中にはーー
 驚いた事に、未だいくらかの幼さすら残るあの日のアレスがいるし。
 見間違えやしねえよ、自分を鏡で見るよりも多く見つめた金糸と青瞳。視界端を埋める石畳も懐かしい。
 清んだ青に映り込む顔ーーすなわち、夢の中の俺自身ーーが、アレスの母さんだった事にも驚いた。されど驚く間も無く、痛みが体を劈いた。突き刺された刃物一振りを乱暴に引き抜かれ、臓物は名残惜しげにそちらに引っ張られ、破け、溢れ出す激痛。激しく吐いた血が、青い瞳に真っ黒く映り込んだ。
 よくよく見れば、なんっだよアレス、もう腹に怪我してんじゃん。母さん(俺)が庇っていなかったら危なかったのよ、気をつけなさい。吸血鬼は危ないの、敵わないのって、いつも言っていたでしょう。
 ーー等と、酷く優しい思考が脳を蝕んでいる。
 この場での優しさは諦めである。優しく、私(俺)の手でアレスの頬を撫でる。別れを名残惜しんで、愛しい愛しいアレスを抱き締める事に、細腕の全てを捧げて。
 皹だらけの美しい手がアレスを守る。武器の一つさえ握らぬままに。
 愕然とした表情の愛しい我が子。その額に、母は最後の口づけをーー

 違う。

 ちがう、違う違う違う違う!!!

 ずっとずっと研ぎ澄ませて来たんだ! どんな痛みにも屈辱にも、拷問にも、穢される事にも耐えて耐えて耐えて!!!

 ごめんなさい、この子だけは。
 私(俺)の唇が、懇願する。腕の中に必死に愛し子を抱いて、斬られ、刺され、嗤われて。
 柔らかな臓腑を刃で蹂躙される激痛。愛し子だけは離さぬと決めた母の腕はどんなに強く、アレスを掻き抱く。

 痛みに耐えるくらいだったら出来る!!
 けれど吸血鬼に殺されていい筈は無いだろう!!
 もしかしたらとうに狂っているかもしれないとさえ思いながら、殺した、選んだ、生きて来た!!!
 化け物みたいに生きようとしろよ、戦えよ、いくら夢でもこれは俺で、俺じゃなくても俺で。動け、武器を取れ、抗え、魂を隷属するな! こんな暗い瞳のアレスに死ぬ姿なんて見せたくない、

 なのに、だのに
 俺の手はこんなにもお前を抱いて離さない。
 痛くても狂っても平気だったのに。
 かよわい母の手が、血の海の中で泣き縋る。
 死ぬなら、逢いたい、触れたい、離れたくないってーーそんな弱さ、突きつけなくたって良かった。

 吸血鬼の高笑いが、鼓膜に、遠い。
 赤く染まる視界の中で、背中に、剣以外の感触が伝わった。
 アレスの手が母(俺)の背を抱いていた。
 

 母さん、ごめんなさい。
 ようやく聞き取れたアレスの震えた声はそんな内容だった。
 ちげえよ、気付けよ、俺だよ。あまりに愛おしくて笑えてきた。
「アレス」
 自嘲と吐血混じりに出た声は、女性のやわらかな声じゃなくて、俺自身。
 アレスは俺だと気付いているかも曖昧な程に、冷え行く俺に謝り続けるけれど。
「任せろよ、アレス」
 朝焼けを濁らせやしない。
 その為に10年耐えた痛みの価値。
「死なないからさ、そのまんま抱いててくれ」
 触れてもらえると、思い出せるもんだなあ。
 確かにそんな弱さだってあるかもしれないけど。
 それ以上に、俺はお前を生かす為だったら。
 ーー生憎、悲劇のようには笑えない事。
「俺はここで、たとえどうなったって、生きてるから」






 これは、きっと彼女が迎えたかった、か弱い悪夢の、最大限のハッピーエンド。
 吸血鬼に好き放題に斬られた背はもはや怪我と呼ぶのも躊躇われる。壁にぶちまけたトマトと呼ぶ方がほど近い。
 それでも、俺(彼女)は意識もアレスも、なに一つ手放さなかった。
 いつしか、夢でしかなかった吸血鬼は消え去っている。
 背に突き立てられた凶器が、今もこの背に幾多聳え立っている。
 まるで広げた翼のようにも見えるんじゃ無いかと、激痛に脳を麻痺させながら、人ごとのように感じ入った。
 アレスの顔に飛び散った、血か涙かもいまいちわからない液体をぬぐう。
 泣く体力も尽きた二人、深く深く息をして。
 ただ二人、安堵したように。泣き顔そっくりに笑った。
 夜が青く明けていく。天使めいた影が浮かび上がる。確かに二人ここに在る。白んだ世界が、影を長く伸ばして、確かに朝を告げていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ダンド・スフィダンテ

どれ程悔いれば
贖罪は
在る筈が無い
何故
誰かの為に命を落とすと、それすら叶わないのか
とんだ悪夢だ。
赦してくれ
意味は意義は
彼らの命の、重さは何処だ。
殺してくれ、抱えきれない。
忘れてしまう。駄目だ嫌だ。
覚えていなくては、消えてしまう。
なぁ、命の重さは、二十と数グラムとにしかならないか?
記憶が情報になるんなら、それは余程重いじゃないか。
殺してくれ、麻痺しそうだ。
ああ
そういやとっくに麻痺してたわ。
命の番号はいくつ目だ。メモを頭に。忘れなきゃ良い。
渦巻く感情は無駄だ捨て置け。最短の、最善を。
答えは
「くっそ、新しい性癖にでも目覚めたらどうしてくれる……」
よかった。
未だ人の死を悲しむ事が出来る、普通の人間だ。





 死ぬには最早愛され過ぎた。




 断頭台へと昇る段差の下、見上ぐ罪人の視点から。刃も空も、鈍く灰銀に輝いて見えた。繋がれた手の縄を引かれるがまま、曇天を行く。心は、酷く凪いでいた。
 成る程、処刑されるらしい。ふーむ、俺様、何かしたろうか。
 そう呑気に頭を掻こうとした手がいやに細くて、ああ、これは夢かと、ひどく他人事として実感をした。

 そうか、貴殿(俺様)、処刑されるのか。ちょっと夢ながらにテンション上がってしまうが、うーん、しかし、悲しい事だ。なあ。貴殿、いったい何をしてしまったんだ?
 一段一段、登りながら、答えの帰らぬ己に問う。頭は妙にぼんやりとしている。観衆は喝采めいた騒ぎよう。余程この日を待ち侘びていたのだろう。
 最上段。膝を突く。
 こうべを垂らし、断頭台に首を固定。両腕を固定。これにて無力な人間の出来上がり。冷たいながらに、木の造りが少しあたたかさを錯覚させて、微笑んでしまった。ロープが、刃の重みと歓声の震えで、微かに軋む。ロープもまた、命を握る事に笑っているようだった。

 ーー夢で死ぬ事は、現実に支障をきたす事も、あるのだったか。
 それは良く無いな。心配する者がいるのだから。俺様の壮健を願った者がいるのだから。この頭が、死にたいと願う重みよりもずっと遥かに、俺様には生きる責務があるのだから。
 だから、生きていなければ。
 夢ならば痛みがないなどという事はない。
 この頭が望むだけの苦しみを、脳が再現できるだけの最高精度で味わいながら、俺様はどうか、生きていなければならない。

 俺様ーーもとい、罪人に、最期に言い残した事を問われる。
 観衆を沸かせ、明日の記事を彩る為の言葉を求められる。
 その言葉はほんの数日間の酩酊として人々を楽しませ、ろくでもない日々を続ける活力を与えるだろう。民衆は、その心地よい熱を繰り返し求めて、明日の罪人を産むだろう。
 だから。何を言っても、価値があるさ。最期だ、好きなだけ述べるといい。何、俺様も一緒に死ぬのだから、どうせならば貴殿のことが知りたい。たとえこれが夢で、貴殿が俺様でも、孤独よりかは、友として。

 罪人が肺に空気を流し入れて。応えた。
 ーー記憶に、ありません。と。

 民衆の誹謗が地を揺らす。
 処刑人が静かに息を吐き、ロープを切るためのナイフを持ち直す。
 罪人は腹から吠ゆ。
 俺様と重なる意識で、遠くまで、果てまで泣く。

 ーー記憶にありません、どうして、どうしてでしょう。確かに、確かに私は、人を殺しているのでしょう。
 ーーあなた方が言うのですから、きっとそうなのでしょう。
 ーーけれどわからないんです、誰のことも、覚えていないんです。

 殺したショックに記憶が追いつかない事も、人には、ままある。
 誰かを殺した意識だけが、重く罪としてのし掛かる。
 思うのだ。それは覚えているよりも、楽なことだろうか。
 いいや、楽である筈がないな。
 自分が殺した誰か達の、今際の顔を思い出せないまま、血の匂いを抱く事。誰にも後悔の念さえ向ける事さえ出来なまま、悪魔に仕立て上げられる事。それを何一つ否定できない事。

 ーー私の犯した罪は、私にどのような価値を齎したのでしょう。
 ーー死者達の魂を、私は抱けていたのでしょうか。
 
 それでもどうか、どうか、せめて、苦しんで死んでいないといいと思うだけの良心が、胸にあり続ける事。

 ーーその方々を、私は、
 愛していたのではないかと思うのです!

 ああ、そうだなあ。
 ひどい、わざわいがあって。自分だけが生き残るという事も、あるものだから。
 殺《死》んだ者どもの誇りも、覚えていられないのはーー地獄だなあ。友よ。

  
 ギロチンが落ちる。
 刃の重みで脊椎を無理矢理寸断し、首が跳ね一瞬空を見た。
 眼球から血が逆流して、空が赤く滲む。
 成る程、脳が離れるのに、痛いものだなあ。
 俺様を護った誰しもも、このように痛みながら死んだのか。
 もっともっと痛みながら死んだのだ。
 痛みも苦しみも、人と比較するものではないけれどさ。
 
 そりゃあ、覚え続けていなければ。
 生き続けていかなければ。
 貴殿の抱く悲しみよりは、きっと俺様の日々は、悲しい日々では無いさ。
 
 だけど。
 少しだけ、一緒に死なせてくれた事に。感謝だけはさせて欲しい。
 人も殺せぬ細腕の女神よ、どうかあの世で、安らかに。




 意識が明滅する激痛の中、歓声だけが、ざあざあ嵐のように音量をひた上げる。
 羽音の中にいるような錯覚と共に。共に、泣くように笑った。

成功 🔵​🔵​🔴​

ジンガ・ジンガ


赦しなんていらないんだ
だから、どうか赦さないで
私の犯した罪を赦さないで
わるいことをしたらどうぞ叱って
罰を受けるのは怖いけれど

赦しなんていらないから
受け入れてずっと抱えて歩くから
選べない道ばかりの中で
血を吐きながら掴み取った選択肢を
否定することだけはどうかしないで
赦してなんて言わないから

赦されたくない
「こんな生き方しか選べないけど、どうか受け入れてほしい」なんて願う自分
他でもない自分自身が赦せない

生きているのが恥ずかしい
おっとうに申し訳ない
けど死にたくない
なのに、あの二人に嫌われるのも怖い
あのこたちにだけは

だからさぁ
あの選択肢をわざわざ選んだのは自分だろ
いつまでしがみ付いてんの

塵屑以下の糞野郎





 絞首と命綱の区別が曖昧。



「ーーなんで?」

 驚くほど素っ頓狂な声が出た。後から引きつった笑いが来た。
 いや、確かにね、確かに俺様ちゃんそう思ったわよ?
 赦さないで、否定しないで、叱ってくれ、嫌われたくない、死にたくないって。
 悪夢見せるんならさあ、赦して否定して甘やかされて嫌われて、俺様ちゃんが死んじゃってはいオシマイ、で良いじゃんか。ご丁寧に全部ローラー式に裏切ってチョーダイよ。
 どーして全部叶えちゃうのよ。

 首を吊り紐を前に椅子に立つ、大きな尻尾の友がひとり。
 その椅子一脚に所狭しと腰掛けて、じっとこちらを睨める友がひとり。

 友が椅子から立ち上がり、気怠げに椅子を蹴る。
 がくんと、支えを失った身体が落ちて、引っかかって、ぎちりと縄が締まる音。
 考えるより先に身体が動いた。願望が最大速度でこの身体を動かした。遠く見えた距離は半歩もかからなかった。縄をギネス記録級の早業で掻き切って落ちる体を受け止める。ーー落ちてこない。
 落ちてきたのは、日向で一緒に笑った首一つ。
 ごろんとじんがの腕の中。
 え。
 やだ。
 いやさあ。
 笑えない。
 
 首を抱えて思考が止まる。椅子を引く音がする。瞬きも忘れた視界端で、あの子が、倒した椅子を呑気に直してた。がたん。ごとん。
 腕の中の首が兎角冷たくて呆然としていたら、ばちゃりと全部融解して落ちちゃった。
 なんにもこの手に残んない。
 
 ソーね、死んじまえば。赦さないし否定しないし嫌われないし、俺様ちゃんも生きてるし。
 椅子に掛けた友の蒼い目が、じんがに一心に注がれる。手元では器用にカッターナイフをくるくる回している。血がついてる。あれ。かな。この子の。首、斬ったの。
 いやまじ勘弁して。フルセットすっごい、超おトク、相乗効果マシマシでほんと吐きそうやめてくれ。やめろ。
 あの子らが殺し合う訳無いじゃん。自ら命を絶つ訳も無いじゃん。
 ふっざ。けん、な、マジ。
 だれの許可取ってこんな悪夢見せてんの?
 なんであの子らを護りたい癖に、易々とこんな悪夢見てんの? 吐きそう吐きそうもう出てる。

 やわい手が、カッターナイフの刃を折った。新品の刃をぎぢぎぢひり出す。
 あの子の、ナイフが、あの子の、喉。
 全身が悲鳴を上げるように痛むほど力んで、一斉に毛穴が吼え粟立った。

 やめろ、止める権利も無くとも叫んで。
「お前達がいなければ良かったんだ」
 じんがの口をついて出たのはガラリと違ってそんな言葉。
 一瞬理解できないじゃン?
 脳の命令と鼓膜に届く現実がチグハグじゃん。
 違う、違う、そんなこと言いたいんじゃない。
「じんがのこと滅茶苦茶にしやがって」
 やめろ。
「じんがの目の前から消えてくれ」
 やめろ、やめろ、やめろ!!!
 喉をいくら掻きむしっても、言葉一つさえ言うことを聞かない。
 そんなこと考えちゃいない!いや考えてないっていったら嘘だけど、こんな場面で出したい訳じゃあなくってさああ!!!!
 飛び出した。あれを止める、あれを助ける、あれを!あの子を!!!
 お前、お前、薄ら笑ってんじゃねえよ!! なあ、なあ、おい、切っ先を捨てて、肉に沈めないで、間に合って、遠い遠い進めない届かない進まない足掻けない遠い遠い遠い遠い遠い!!!!!!!

「じんが」
 あああ、ああああ、ああああああ!!!!!
 やだ、やだやだいやだ、死なないで、じんがの中でいかないで!!!!!!
「全部俺達のせいだったもんな」
 違えよそうだけど違うんだ全部じんがのせいだから!!!!!
 だから止めて、止めて、止めて、生きてよ、なああぁあああ!!!!!」
 刃が横に引かれ嫌だて尚も嫌だ斬って赤い嫌だ血がごぼ嫌ごぼ嫌だ嫌ごぼごぼ嫌嫌嫌ぼぼ嫌がぼ嫌ぼちゃ嫌だ泡泡嫌泡嫌嫌未夜泡嫌青だ赤嫌だ瑠璃あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ




「だいじょうぶだよ、じんが」
「ごめんね、じんが」
「「しにたいときはいっしょだからさ」」














 うるせえ。




 目が覚めた。
 どくどく脈打ってる。
 熱出てそ。
 目眩がする。
 ああ無理。
 解釈違いなんだよ。
 ああ無理。
 ほんと無理。

成功 🔵​🔵​🔴​

有栖川・灰治

るんたった るんたった
操羅楽しかったね

あ?
なんで なんで
操羅、操ら、くらら
行かないで そういう冗談笑えない
あっひ、あは、
やだ、やだよ。一緒にいてくれるんじゃなかったの?
何か怖いことしたかな
何か嫌なことしたかな
何でも直すよ君が一緒にいてくれるなら

ゴトン
足が崩れ
ゴトン
腕が落ち
ゴトン
繋いでいたもの全部ばぁらばら

ドクドクドクドク
魂の抜ける音

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
操羅
君に嫌われたら僕は





 最初から空っぽなのに?
 何をおっしゃる、幸福なのに!




 肉袋が四つ、並んでいる。

 操羅、僕の中はどうだい? 居心地は良い?
 あのね、紹介するよ。家族なんだから、ちゃんとしっかり丁寧に。
 この左端に倒れてる人が、僕のお父さん。
 いつも厳しくて怒ってばっかりで、ちょっと苦手だったけど、これからはすっかり静かだね。
 その隣に仲良く寝てるのがおかあさん。
 お父さんといつまでも仲が良くて嬉しいな。泣いてばっかりだったけど、これからは穏やかに暮らせるね。
 こっちが兄さんと兄さん。
 操羅、君のお兄ちゃんは僕だけになってしまったけど大丈夫、寂しくなんてさせないよ。
 まあ色々あったけど、最後はみんな仲良く川の字で、赤く綺麗で安らかで。いいんじゃないかな、ハッピーエンドだ。
 操羅も楽しかった? そう、君も喜んでるなら良かった!

 これからはたった二人きりの家族なんだ。
 大切な赤を絨毯のように広げる事で、門出を祝ってくれる肉袋に背を向けて。操羅がくれた五体満足の手で扉を開けよう、君と二人清く正しく慎ましくーー

 ごとん
 あ?
 ノブを握った手が落ちた。
 がごん。体が落ちるように傾いて、脚も解けたと気が付いた。
 呆然のあまり、脳が痛みすら一瞬置き去りにした。一瞬ね?
 すぐに噴き出た痛みに患部を抑えようにも、ノブを握れる手も無いのに何が出来るって言うんだろ。
 やだ、どうしよう、操羅、助けて。
 きぎぃ。軋んで、扉が閉まり行く。
 操羅がずるずる解けて行く。扉の隙間に一本ずつ消えていく。
 え? やだ、操羅、もうお出掛け? それなら僕も一緒に行くよ、可愛い妹一人で外出なんて心配じゃないか。
 ねえ、だから操羅、ちゃんと僕の手をつなげて。繋いでいなきゃ逸れてしまう。
 僕の脚をつなげて。君と一緒に歩けない。
 全部要らない? 僕は要らない?
 僕、何か君に怖いことした? 嫌なことした?
 何でも直すから言ってよ教えてよ言ってくれなきゃわかんない。
 血が、流れて、広がって。
 肉袋共が垂れ流す血溜まり絨毯に、僕の血が一緒くたに引き摺り込まれて。
 伸ばした腕は肘ほども無くって短すぎて。操羅を追おうと手を伸ばしたら、重心が傾いてべちゃりと血の海の中に倒れちゃって。
 どくどく。
 うごめく。
 冷たい。
 あ、僕、
 も
 家族と
 よく、似てる、って、?

 

 やだ
 やだ、
 嫌だ嫌だ嫌だそうゆう冗談よくないよ操羅ぁ!!
 君が僕を置いてなんて行かないよね!
 妹が兄を置いてなんて行かないよね!
 死にたく無いよ操羅、行かないで、君と一緒に生きていきたい!!!

 顎と体の畝りで這いずり操羅を呼ぶ。呼ぶ。
 閉まりかけた扉に肩を捻じ込んで、向こう側に声を届ける。
 血が顔にも飛び散ってああ邪魔邪魔、操羅を見失ったらどうしよう!!!
 頭で隙間を押しひらく。押し開く! 僕を! 見捨てないで!!!



 向こう側は操羅の色。
 視界一面、繊細に犇く操羅の身体。と、ぽつん、隙間に一点、綺麗な青空。
 なあんだ。
 驚かさないで。
 操羅は、僕に、空を見せたかっただけなんだ。
 久しぶりに見ると綺麗だな。
 君と綺麗なものが観れて嬉しいな。
 いまいくよ操羅。
 待っててね、操羅。
 這いずって、体を全部扉の外に放り出したら。
 空に、操羅に、落ちる、落ちる。

 うららかな空ごと。
 真っ逆さまの僕の肉片達ごと。
 操羅が、全部、包み込んで。
 ああ、よかったあ。



 目が覚める。
 天井。夕暮れの西日で橙色。
 地鳴りめいた、血流の音。心音が鼓膜を規則正しく鳴らす。
 僕の内側を這い回る操羅の音が、毛布のきぬ擦れのように心地良い。
 あは。
 失う恐怖に溢した涙をぬぐったら、僕らは晴れやかに笑っていよう。
 操羅。
 ずっと、一緒に、生きていこうね。

成功 🔵​🔵​🔴​

有栖川・夏介


血に染まるトモダチ。
かつての領主に処刑することを命じられること。
苦しみながら死んでいく処刑対象。
両親、兄弟に『役立たず』と罵られること。
ああ、俺には何もできない。
俺では誰も救えない。

ごめんなさい、ごめんなさい
くるしめてごめんなさい
ころせなくてごめんなさい
つぎは、もっとじょうずにやってみせるから
このよわいこころごと、きれいになくしてみせるから
ごめんなさい……ごめんなさい……

こんな俺でも、人を救いたくて医学を学んだはずなのに
結局俺は奪ってばかりだ……






 謝って済めば、良かったのに。




 先ず、片足首より先が飛んだ。
 逃げ出していた体のバランスが大きく崩れ、前へと滑るように転ぶ。土が口の中に入り、ざりざりと冷たかった。足首を、太い骨ごと斬り飛ばされた痛みより、膝をすりむいた痛みの方が先に来たくらいに、脳は、現実逃避をしたがっている。
 されど痛覚神経はそれを許さない。どっと、足から髄液を貫いて、眼球の裏を経由し脳までコンマ1秒、激痛が絶望を運ぶ。もう片脚でしか逃げられない絶望を告げる。恐怖と興奮状態によってどうどう破裂しそうな心音が、血を気前良く体外へとポンプする。
 あらゆる毛穴から汗や汁が吹き出して、それでも大人しく怯えているだけの度胸も無く、這いずるように逃げるーー絶望感に脳ごと蹂躙されながら、場違いに冷静な神経が思う。なんだかここには、見覚えがある気がする。
 
 悪意溢れる笑い声。聞くだけで虫唾が走る。領主の声だ。もうずっと聴いている気がした。随分と懐かしい気がした。
 振り返る。俺を殺そうとする、片足を飛ばした何者かを振り返る。痛みと恐怖の脂汗で視界が滲めど、せめて距離を測ろうとして。
 緑の髪。赤い瞳。無感動な表情筋。
 随分と見覚えがある。
 違う。見覚えも何も。
 あれは。
 俺。
 私。

 「私」が、冷え切った表情で剣先を持ち上げた。死に絶えた表情筋、あの顔を私は何より誰より知っている。その顔をしている時、「私」がどんな想いだったか。一番よく知っている。
 全てを察する。これは夢だ、俺は私に殺される側の視点なんだ。まだ、じょうずに、ころせなくて、苦しませながらしか、殺せない、頃の。
 逃げる事が不可能であるよりは、逃げられる中での絶望を。そう領主に指示される通りに次は片手首を切り飛ばされた。片手が無くなってみて気付かされるのは、思うよりも重心移動が出来なくなって立ち上がりにくいし動きにくいという事だ。
 
 まだ処刑人として未熟な手腕をこの身で受ける。
 痛くて苦しくて寒くて寒くて。こんな痛みを、人々に、向けていた。
 はやく死なせて欲しいと、よわい心が直接俺へと流れ込む。
 処刑人の剣が、泣く首を、震えながら跳ねようとしてーーそれもやっぱり、力を向けるベクトルが、筋繊維や骨の隙間に上手くあっていなくて、まだ上達し切れていなくて。一度では出来ずに衝撃が苦痛を強めるんだ。
 ひどい処刑人、だ。無感動な殺戮機械のフリをして、内心で泣き叫ぶ、未熟で恥知らずの処刑人だ。
 俺は誰も救えない処刑人だ。
 必死に剣を振り下ろされて漸く事切れた視界、ーーけど。チャンネルが変わる様に巡って、次の誰かの視界を得る。
 さっきよりも少し視線が低い。あの日殺した子供の処刑対象を思い出す。痛みは終わらない事を悟る。
 殺せないと震える処刑人から這いずる様に逃げて、扉をがたがた鳴らしても子供の手には鍵は重すぎる。
 一息に殺そうと、後ろから心臓めがけて剣を突いた。でも肋骨に邪魔されて全然届いていないし、背骨がひしゃげて小さな体が壁に打ち付けられる。母を呼ぶ呻き声が漏れた。
 また殺す《される》事に時間がかかって、痛みで気が狂いそうでも次のチャンネル。痛みは終わらない事を悟る。もしかしたら、もしかせずとも、殺した数だけ終わらない事を、悟る。
 首を上手に斬れない。脳を上手に潰せない。心臓を上手に止められない。誰も救えない。ごめんなさい、ごめんなさい、くるしめてごめんなさい、ころせなくてごめんなさい、次はもっと上手く。ごめんなさい。ごめんなさい。

 そんなに何度、機械のフリをしたって。
 こんなにも、許されてはいけない程に痛いのだから、
 未熟、不出来、半端者、時間の無駄。
 わかって、いました。
 出来損ないだ、ずっとずっと。

 痛みは罰だ、
 処刑も罰だ、
 謝罪も罪だ、
 私の罪禍。
 
 それから。
 何度目かの、下手な処刑シーン。
 繰り返すほど下手になっていくなと思ってた。
 繰り返すほど遡る。
 目を開ける。
 とびきり低い視界。
 最早血を見る前から泣いている顔。
 それだけで、全部わかった。
 ここが始まりだ。
 ーートモダチの目だ。

 嫌だと言う事さえ、許されない。
 この時にあの子を殺せなくて、見放されていれば、もっと楽だったのかとも思う。
 こんな低い目線から受ける残酷は、どんなに怖かったろうなと思う。どんなに痛かったろうなと思う。今ここでトモダチの意識と一緒に死んでしまえば、それで贖罪になるだろうか。

 大人でもあんなに痛かった脊椎の損傷を。内臓の破裂を。肉が破ける血の海を。
 キミはどんなに痛んで、怯えて、恨んで。


 私を許さずに、死にましたか。







 ーー

 ーー、

 …………死ぬ直前に、目が覚めた。

 医学を学んだ脳が、把握している。死ぬはずだったのだ。ウサギの体のまま、目覚めず、痛みに耐えきれず、このままショック死をする筈だった事を把握している。 

 だのに生きている。陽が傾いたこの部屋に生きている。
 肉体と精神のリンクで、急所のあちこちから下手な処刑傷がついているけれど、下手である事が幸か不幸か、生きている。

 罪深い処刑人は、死なせても貰えないのか。
 それとも。ねえ、それとも。
 これは勝手すぎる想像だろうか。それでも。



 あの子《トモダチ》が、死なないでくれと、「俺」を叩き起こして、くれたのだろうか。



 真偽はもうわからない。再びあの夢を見るつもりもない。
 だから剣を持つ。血の通う手で、数多殺したこの処刑具を握る。
 椅子と机を支えに、痛む体を引きずる様に起きる。
 屠殺場めいて無機質な部屋と、血の様に赤い西陽の中。今日、殺さなければならない者が、この先にいる事を知っているから。
 此処に、私という処刑人が、生きている。

成功 🔵​🔵​🔴​

久澄・真

実(f13103)と

沈む、微睡む
目の前に転がるのは片割れの死体

ああ
なんだ
死んだのかこいつ

感情は波打たず涙など流れるはずもない
日々は流れる
変わらないまま
変わらないはずの、まま

生きるという事は
こんなにも静かなものだったろうか
こんなにもこんなにも

……ああ、つまんねー

つまらない
つまらない
つまらない

死ねば面白いか?

生きていれば面白い?


何をしたってこの世界はつまらない


福音
不意に感じた痛み
脇腹にはしる“赤”
振り返った先に映るのは

「なんだ…生きてたのかお前」

色が戻る
熱が戻る
世界に広がるほんの一握りの
高揚

殺す気で向かってくる片割れに口端が上がる
応えるように自身の手も赤に染めた

さあ殺し合おうか
世界の“唯一”


久澄・実

まーちゃん(f13102)と

大概の悪事も痛みも身に刻み
今さら心動く訳もなく

だが
コレは駄目だ
眩暈がする、頭痛がする
喉奥からせり上がる儘に嘔げていく
そんな己の様を
『心の底から心配するような』唐紅の瞳が
どうしようもなく、不快だった

暖かな世界
優しげな両親
朗らかに笑い合う幼い兄弟

反吐が出る
親の顔なぞ知らぬ
そんな穏やかな顔した片割れなぞ
知る筈もない

衝動的に
その唐紅の瞳を潰す
生暖かな言葉吐く口を潰す

次々と現れる
知らぬ顔をした片割れを
どうしても受容できぬ、故に
すべて殺す殺せ殺そう殺殺殺――

不意に、腹に空いた穴
流れる血を見てようやく気付く

「――あァ。なんじゃ、そこにおったん」

“唯一”
口の端を釣り上げて
嗤った






 白い部屋という精神実験。


●◯

 空は青く春麗。
 過ごし易い気温に心地良い水のせせらぎ。子供達のはしゃぎ声が鳥の囀りのよう。
 絵本だの教育テレビだの電気街のTVだの。そんなものの中でしか見たことがないような、絵に描いたような平穏様様が。

 汚物を脳神経に直接注ぎ込まれて映し出されるような不快感も同然だった。
 俺/わし自身の指で、ばりばりと掻き毟って剥がし取ってしまいたかった。

 笑わせてくれるなよ。
 青は不愉快な透明感で世界を違和感で覆っていて、凍える事もなく汗の一滴もでないぬるい気温など、肉があくびをしながら腐っていくような不気味さだ。癌細胞がにこにこと肉を蝕んでいく吐き気も同然だ。
 子供の声も鳥の声も、勝手に耳に流れてくるな。脳検査でもされてんのか、俺/わし達は。

 ここに一体何が足りないのか。自覚せずとも知っている。





 知ってるとも、ここで花咲き根をはり地に還り、虫や鳥にたかられて、子供にも千切って丸めてくっつける肉遊びをされているこれが、なんせ二度と口を開かぬ●であることを知っているとも。
 さいわいさいわい、平穏の象徴のような顔で、ただの泥色に堕ちて行く。よくできた●への冒涜だ。



 知っとる知っとる、分かりたくもないわ。
 手を繋ぐ◯い手が◯ーちゃんによう似とる。流れる雲が◯ーちゃんの髪によー似とる。流れる時間の無為さも◯ーちゃんの溜息を思い出すし、何より赤く暮れゆく空が穏やかな日々の完成形として◯ーちゃんの目の色としてわしをずっと見下ろしとる。




 子供達を追い払い、子供作の肉の団子だ城だとお可愛らしく飾られた●へと歩み寄る。
 造形を踏み潰し、靴裏で花も草も払い退けて、踏みにじれど踏みにじれど蒲公英菫に蓮華草、野畑の花が●を包む。
 あれだけ当たり前のようにそこにいた声がもうしない? ●の色さえ埋もれて行く。



 どうしたの、と、親しげな両親の手が伸びて来る。気色悪いと、唾を吐くべく振り返る。
 するとどうだ何やオイコラ。優しい両親と同じ表情筋をした◯がいる。父と母で二人の◯ーちゃん、いや普通にきっしょいわ。
 唾を吐くくらいじゃ足りん足りん、瞬きよりも早く拳を振るった。◯ーちゃんの顔がひしゃげて吹き飛んで千切れて消えた。
 それでも尚、空も空気も世界の何もかも、◯ーちゃんに似た色をして穏やかにわしの全神経を埋め尽くす。





 ●の声がどこにもしない。





 どいつもなんもかんも◯、◯、◯、◯、児童向けみてえな曖昧さ。





 静かで退屈でお優しい。





 あそこで笑っとんのも◯ーちゃんの形しとるし殺そ。あそこで不安げなんも◯ーちゃんの声させたし殺そ。



◯●

 やめろやめろ、吐き気がすぎて頭痛がする。
 頭が割れてしまいそうだ。
 頭が割れたらこんな虚構は終わるのか?
 頭蓋骨の内側から、本物の●/◯が出て来てはくれないか?
 こんな世界をさっさと◯/●が否定しろ。



 白い部屋に押し込めておくだけで、人は気が狂うんだそうだ。
 成る程、今ならよく分かる。
 退屈で人は死ぬと知る。



 なあ、◯ーちゃんどう思う?
 ころしてもころしてもころしても、みぃんな◯ーちゃんのお目目の色で、わしにあったかぁく纏わり付いて来る。
 次の◯ーちゃんも大丈夫かどうかばっかり聞いてきやがって、もう眠いわ。

◯●

 違う違う違う違う。
 ◯/●は
 もっと
 そこにいてやかましくて。
 そこにいてちゃあんと見ていて。
 何一つ虚構は無くて。
 もっと、もっと、

 本物は

●◯

 己の両眼を掻き毟り蹲る腹から、突如赤が咲いた。
 ここに来て初めての鮮烈な激痛に、まるで泥の底から引き上げられるかのように瞼を押し上げる。
 振り返る。この痛みを与える何者かを。寝ぼけた平穏を否定する何者かを。
 必ず居てくれるはずだと、待っていた。
 唯一を。


 なんだ。
 生きてたのかお前。


 なんじゃァ、そこにおったん?

◯●

 嗤う。
 ほら、やっぱり世界がこんな寝ぼけている筈は無かった。
 冬の凍結のように殺しに来て、夏の腐敗のように纏わり付いて。ウイルスのように勝手に巣食って、癌細胞のように侵食して。道徳のように理不尽で、心臓のように其処に居る。

 ドブは死体の捨て場にしよう。
 健やかな反吐を吐き散らそう。
 もう唯一を間違わぬように、辺り中を互いが生きている証拠で埋め尽くそう。
 10秒先などでは程足りない、11秒先の殺意で迎えよう。
 地獄とは言うが、ここよりは心地良い炎で肺を焼こう。

 殺し合う痛みという喜びで、意識全部塗り潰せばきっと悪夢も終わり。

 救いのような無関心。敬意も尊重も無い相互理解。それでいいんだ、騙さないでくれ。
 世界の唯一「真実」は、きちんとずっとここにあった。


.



.


●◯

 ーー

 クソ痛え。
 腹は破けた、目は潰れた、骨もべこぼこ、あーあーあー。起きてみて血でビタビタというのはこうも不愉快なものかと笑いが一つ。
 片割れが笑う声がする。
 この痛みの中笑うなど正気の沙汰では無いな、全く。
 恐らく、手酷く肉片のなり損ないになっている片割れが、生きている事を嘲るまでは。
 まだちょっと、死にたいとは思わない。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

斎部・花虎


怖いものは、もう、余り無いんだ
痛いのも、苦しいのも、辛いのも
全部呑み込んで仕舞える様になったから

剥がれた爪はまた生える
毒にはいつか身体が慣れる
汚れたら水を浴びたら良い

おれは平気だ
懲罰も暴力も、躰が既に覚えてしまった
だから
平気な筈なんだ

(――無意識下、恐れるものはただひとつ)
(“あなた”がわたしの前に黄泉帰ること)

(与えられた男名を、生きる為に赦された場所を取り上げられること)
(再び虎千代として、あの座敷牢へと戻されること)

(――もういちど、愛しい“あなた”がわたしの前で死すること)
(矛盾すらも、きっと、おそろしい)





 生きていると、いとおしいんだ。



 真暗闇だ。
 光も声もどこにも返らぬ闇が広がっていた。
 おれを痛めつけるものは何もなく。
 おれを嗤う声もなく。
 拘る牢も、理不尽もなく、只静か。
 死んだみたいだ。

 多分、世に聞く衆合地獄や阿鼻地獄に堕ちたところで、おれは平気だろう。
 だから堕とすべき悪夢も地獄も無いのだろう。
 どこにも辿り着けないという退屈も困りものだ。
 歩もう。
 足音さえも闇に飲まれて、空気に吸い込まれて無音と化す違和感の上を征く。自我さえ否定されるような静寂にも、きっとすぐに慣れるだろう。

 ここがもし死の淵底に似るならば。
 ひょっとしたら、「あなた」もここを通ったかと思う。
 それは、きっと、寂しかった、ろうと。思う。
 
 思ったんだ。

 闇ばかりみて乾いた瞳で瞬きをした。瞬きの内側の方が、血色の分だけ色がある。
 瞬いた先、何も無かった場所に、

 ・・
 居た。

 居たんだ。
 やっぱり。
 「あなた」も此処を、通ったのか。
 此処に居たのか。
「逢」
 えて、 しい。
 唇を開き声を零した。その隙間から、息が滑り出して、現世の酸素という異物によって世界が一切構築を変える。
 絹を割いて、下の肌を暴くように。闇が破けて、ちかちか塗り代わり、月明かりほどの眩さが広がった。
 月だけがもたらす藍色、木造家屋。据えた匂い。覚えが有る。無いはずは無い。脚がすくんだ。「あなた」が亡骸のような顔で立っている。

 失ったはずのかたわれが。生きていたならば。おれは、もう、「おれ」を返す必要がある。花虎は「あなた」であるべきだから。ならば花虎を返した虎千代はどこへ行けばいいか。当然の帰結。火を見るより明らか。
 花虎《あなた》の向こう側に待つ、あの幽閉へ、脚が、すべてを受け入れるように歩んだ。心に噴出する怯えと裏原に、まるで砂鉄が磁石に引き寄せられるような迷いのなさで。

 閉じ込められるのは。
 いやだ。

 座敷牢から、そこに集積した蛆や精や悪意、粘つく全てが噴き出すように、千本の手が伸びた。
 腐り果てたその手が、わたしを抱く事を覚悟する。抵抗しなければ。足掻かねば。爪は生えそろい、やわいものに触れるよろこびをしった。解毒して、うまいものをしった。汚れを清め、外のひだまりをしった。
 わたしとて、もう、生きていたい。
 千本の腕が、
 「あなた」を抱いた。
 
 目を疑った。
 腕があなたを乱暴に飲み込んで、織たたむように巻き込んで、座敷牢へと引き摺り込んでいく。
 記憶に遠いあなたの声が抵抗の声をあげるが、それさえ埋もれていく。

 この世に花虎はひとり。
 花虎が一人いるならば、もう片方は虎千代だ。
 だから、「虎千代」になったあなたが、引きずり込まれていく。
 
 ちがう。
 ちがう。
 おまえたちが、あなたを連れて行く事を赦さない。
 軋む廊下を蹴り、腕の肉壺へと飛び入る事に。僅か一瞬の恐れこそあれ、迷いは無かった。

 あなたの手を掴みにいく。
 あの日の蟲の味が流れ込む。注がれた煮湯の痛みが臓を焼く。伸ばした指先から赤い筋繊維が露出して、あなたを呼ぶために開いた口から腐った精が吐き出された。衣服が千切られて、皮膚の下の膿みがべたべたとわたしの後ろを汚す。
 見ろ。
 汚いのはわたし。
 忌むべきわたし。
 その人の身に、わたしに与えられた何もかもが注ぐくらいなら。
 愛しいあなたが。わたしの前で、地獄を浴びるくらいならば。

「虎千代は。わたしだけでいい」

 遠吠えた。
 ここにいるぞと知らしめるのだ。
 千の腕に、虎千代を見つけなおさせる。
 あなたの手を掴みに、引き戻し、腕を小刀で斬り落とす。
 腕が、反抗的なわたしを掴む。
 それでいい。
 細胞に刻み込まれた諦めが、小刀を握る力を奪う。
 一本、十本、百、二百、千。
 暴力のままに引き戻されるその一瞬、わたしを見送るあなたが何か言ってくれた気がする。
 千のうねりで、うまく聞き拾えは、しなかったけれど。
 ありがとう。
 十分だ。

























 随分と。
 永いゆめを、見た気がする。

 吐き気がひどい。
 腐臭がひどい。
 起き上がってみれば、さいわい衣はそのままだったが、下の皮膚の爛れに布が張り付いているらしく、引きずる違和感に少々困った。
 あの日のゆめを見ていた事を悟る。
 別にさしたる悪夢では無かった。
 けれど、誰かに逢えた気がする。
 それを忘れている事が、ひどく悲しい気がしたが、
 胸に一抹、いとおしい誇らしさがある。
 
 西陽が赤い。
 夜が近づいて紫を帯びる空。
 空調を超えて血の匂い。
 呼吸の音。
 立ち上がれる脚。


 嗚呼、やはり。
 讓られた此岸は美しいよ、あなた。

成功 🔵​🔵​🔴​




第3章 ボス戦 『平和の犠牲者達』

POW   :    Rest in Peace with us
全身を【濃硫酸】で覆い、自身が敵から受けた【負傷と過去に取り込んだ生命】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。
SPD   :    熱い…苦しい…死にたくない…助けて下さい…少尉…
【自身が過去に取り込んだ宿敵の部下達】の霊を召喚する。これは【濃硫酸により生成された仮初の身体】や【生前使っていた銃火器】で攻撃する能力を持つ。
WIZ   :    せめて産まれたかった…母の愛が欲しかった…
小さな【生誕を求め、救いを求める声】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【胎内で、核である水子を破壊する事】で、いつでも外に出られる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ユウキ・スズキです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 夢を見ていた。
 ひどい夢だった。

 酷い傷を引きずり立ち上がる。
 夢に渦巻いた絶望を吸い上げ、邪神がごぼごぼと膨れ上がっていた。
 夕暮れの部屋に影が落ちる。黒い雨がしとしと降る。
 天井を埋め尽くすまでぼうぼう膨れる黒い泥と骸骨が、鼓膜を舐め回すように啜り泣く。

 あの日の悪魔どもとて、きっと始まりは悪意ではなくて。
 どんな日の絶望とて、生きていられるならば生きていたかった。
 斯様な醜悪とて、善良であれるならば、そうありたかった。

 邪神ーーなどではない、と、知る。
 あれはこの世の悲嘆の泥濘だ。
 たとえば、電車の隣で寝こけていた知らない誰か。
 たとえば、昨日美しい写真を残した兵士。
 たとえば、枝で掻き出された白紙の命。
 
 ーー教団員たちは、既に、この哀れな善良なる溷濁を慰めるように飲み込まれていったらしい。見覚えのある腕や足が、あちこちから生えている。子供が虫を泥団子に混ぜ込んだような有様だ、その場合子供とて虫が生きている事はさして期待しないだろう。
 まあ御丁寧に、約束通りの札束だけは、無用の供物のように残っている。

 嘆きが膨れていく。
 殺せ。その身がどれほど痛もうと、明日の隣人だったかも知れぬ犠牲者たちに、どうか、安寧を。

_

_

二章でみた夢の負傷が現実にも表出しています。
この怪我はプレイングで指定くださっても歓迎です。指定がなくともなんらか酷い怪我を負った状況で描かせて頂きます。二章の採用が無かった方はもちろん、三章から参加かつ負傷希望の方も肉を削がせて頂きます。

プレイング受付は【随時】とさせていただきます。送れる間は、のんびりとお送りいただければ嬉しいです。

みなさまのプレイング、お待ちしております。
渦雷・ユキテル
慣れちゃったから痛くはないの。
だけど、誰が傷をつけたんですか。
答えはいいです。聞いてないんで。

半ば反射的に弾丸を
何発? 弾倉が空になるまで
一番大切なものを傷つけられたんです
許す道理なんてありませんよね

相手の姿を捉えるのはその後で
こんなぐちゃぐちゃしてたんですか
汚いな、と思う。あたしは共感できないから
この傷はあたしのもので、
流れる血もあたしのもので、貴方のじゃない
貴方の傷だって、あたしのものじゃない
隣人を愛してはあげられないんです

……せめてハグの真似事でも。だけど身体から溢れる電気が
ばちばち、ぱちぱち、排除しようと灼こうとしてて。
あはは。もうちょっと、いい人でいたかったんですけど。
ごめんなさい。





 夢から、強制的にその身を引きずり上げた。
 大切なものを、これ以上蹂躙されてなるものか。渦雷・ユキテル(さいわい・f16385)は、ただその一心で痛みのドブ底から這い上がった。背骨をバネに身体が跳ね起きる。醒めろとこじ開けた桜桃の瞳いっぱいに、うず高く膨れた黒いそれが映り込む。ぽたり、跳ね起きた勢いで血が辺りに飛び散るのも見えた。
「……あーあ、もう」
 目醒めて2秒。されど瞳はもう、涙以上に怒りの火花を散らしてやまない。
「だれが」
 ブレス。少しだけ軽薄に笑える。
「誰が傷をつけたんですか」
 答えは明白《いいです》、聞いてないんで。
 己《きみ》自身を掻き抱くように、細い体に腕を回した。痛む、あちこちひっどい打撲、骨もいってる。怪我を把握するよう身体を上から下へ抱くままひと撫で、細指の先に銃のグリップを引っ掛け、流れるままに銃を抜く。殆ど反射でトリガーオン。外しようのない巨大な泣き声へ、あたし達の啼き声15発。
 泣かれれど喚かれど、痛みにも泣き声にもとうに慣れ果てている。心一つ揺らがない。撃ち込んだ箇所の黒い泥が、びたびた床に飛び散るのを見ながらーーユキテルはようやく、汚いな、と思った。
 痛み、或いは、ひととして産まれられなかった悲しみに、赤ん坊が号哭している。鼓膜が破けそうだ。血のように流れ落ちる黒を浴びては、傷に染みると払い退けながら、ユキテルが呟く。
「あたしは共感できないから」
 痛みに慣れていない子の痛みなどわからない。
「この傷はあたしのもので」
 空になった銃を、ホルダーへ戻す。
 降り注ぐ泣き声に、抵抗の気力も削げた。
「あなたの傷だって、あたしのものじゃない」
 産まれたかったと腹まで悲哀が響いてくるが、産まれたく無かったと泣いた子もいる。所詮誰の絶望も、十人十色の延長だ。

 だから。
 急にこんな肉の臓に立たされても。
 目の前に臍の緒の無い胎児を浮かばせられても。
「隣人を愛しては、あげられないんです」

 赤い肉の上を踏み締める。生暖かく濡れている。その水分を、ユキテルから散る火花が時折焼く。
「……とは言え、ハグの真似事くらいは。出来ますよ」
 猫の子ほどの大きさの胎児の前に膝をつく。共感ができずとも、誰しもに哀しみがある事くらいはわかるから。赤ん坊は人に抱かれる。それが正解な事くらいはわかるから。
 血と痣だらけの腕を伸ばす。冷たい水風船のような赤子を抱く。柔らかいなと思った。触れた掌から、強烈な電流が流れている。部屋ーー胎内を一瞬、真白にスパークさせた。
「……あはは」
 一瞬で黒焦げの赤ちゃん。頬を寄せれば、白い皮膚に煤が付いた。
「せめてハグくらいはって……思ったんですけど。うーん、難しい、ですね」
 苦笑する。
 手を離す事はない。
 尚もユキテルから走る電圧が、この無抵抗な赤子を炭へと変えていく。
「もうちょっと、いい人でいたかったんですけど」
 眩い閃光が幾度、幾度も。
「けど、許す道理なんて、もうとっくに無いんで。ごめんなさい」
 内外から響く、痛みと死の恐怖への慟哭の中。ユキテルは炭となった赤子をなんとなく抱えたまま立ち上がり、この胎空間の外へ繋がる裂け目に向かい歩む。酷くのんびりと一歩一歩。歩むたび、炭が崩れてぼろぼろ落ちて、結局出る頃にはすっかり無手だ。
 体もボロボロだし、生きて命を謳歌する者の権利として、出れたら何か美味しいものでも食べようと思った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴木・蜜


……、
傷が痛む
目蓋が重い
黒が くろが零れて 嗚呼
これはきっと
擬態が維持できていない

フ、
――結局
私は人にはなれないのですね

人が融けるように
そっと擬態を崩して
部屋に満ちる黒液に紛れます

取り込まれる?
いいえ

私は死毒だ
濃硫酸如きの毒は効かない
逆に取り込んで
身体を再構成するのに
毒を濃縮するのに利用させて頂きます

貴方の全身を覆う其れと混ざりあってしまえば
液体の私を分離させることは難しい
身体の形を見失っても
意識だけは繋ぎ止めて

そのまま私の死毒で包み込んで
捨て身の『毒血』

全て すべて
跡形もなく融かし落とし
終わらせましょう





 ぼちゃり。ぼた、びた、ばた。
 粘度の高い黒が落ちて部屋を汚す。血液、或いは排泄物のよう。それは『彼ら』然り、冴木・蜜(天賦の薬・f15222)然り。二つの間に、外見上のさしたる違いはない。
 自嘲的に歪めた口端から、また吐瀉の逆流のように黒が溢れるのだ。潰れた眼球がわんわん泣き止まない涙のように垂れ続く。
 嗚呼、と溢そうとした声が出なくて、喉の破壊を知った。薬には発言権が無い、か。確かに、そんな絶望を語ったし、そんな夢を見た気もする。頭部の重みて折れそうなひしゃげた首を、黒色塗れの手で支えた。その手指もぽたり、ぽたり、溶けていくけれど。
 ーーヒトへの擬態が、維持できない。
 溶け落ちる。流れ行く。
 傷だらけの猟兵が何か案じる言葉をかけてくれたようだが、蜜は俯いたまま曖昧に笑って、大丈夫ですと首を横に振った。気にかけないでくれ、目をそらしていてくれと。
 戦闘中、なのだ。案じた者とて余裕はない。蜜に向けられた視線が、全て途切れて目の前の醜悪へ向けられたのを感じたその瞬間。擬態に必要な力を、全て抜く。氷の融解の早送り、水に消え失せる綿飴のように、蜜《にく》は溶け落ちた。
 
 人では無いのだ、だから崩壊する事に痛みを訴えずとも問題はない。
 薬が液状に戻るなど当然だ、そこに悲しみは付随せずとも良い。
 私は死毒だ。濃硫酸如きの毒は、寧ろ私への輸血と言える。

 すすり泣く濃硫酸に混ざり込む。
 欠損分を吸収、再構築。抽出、濃縮、平和の犠牲者、或いは加害者、私はあなたがた、あなたがたとて私そのもの。

 蜜という異物を焼こうとする酸性に、蜜は抗う。ぐつぐつと吹くあぶくひとつひとつは死毒どもの息吹だ、抗争だ。眠れ、眠れと酸がどれほど地獄へ呼ぼうが、生者としての蜜の息吹はそれを拒絶。完璧な死毒としての蜜が、一層上質なやさしい眠りに引き摺り込む。
 溶けてしまった目でまどろんで。真似事でしかなかった腕で誰もをいだいて、ありもしなかった脳でおわりをねがう。こぽん、一際弱々しい泡が上がった。
 
 分離させようと液体がうねろうが熱されようが、子供の駄々のように暴れ狂おうが、最早蜜には関係ない。びちゃんばちゃん飛び散る酸が他の猟兵に飛ばぬようにと、蜜がそれを内側から押さえ込む。
 怖いでしょう。恐れないで。
 苦しんで殺すような死毒は不完全。
 眠るように殺してみせましょう。
 完全犯罪にも望まれるような、完璧な死毒でありましょう。
 
 怯える患者を寝かしつけるように、蜜はずっと側に居る。
 暴れる黒が、泣き疲れた子供のように静まっていく。骨も歯も、溶け落ちていく。
 毒と毒で中和されたきよらな黒が、部屋の床に満ちて、流れ逝く。

大成功 🔵​🔵​🔵​


【来週(1月4週目)中完結予定】
【時間が出来るので10名さまくらい頑張りたい気持ちです 気持ちです】
揺歌語・なびき
※負傷希望

ああ、クソ
本当にクソみたいな夢だった
夢でよかったと
血と唾液で汚れた口元を拭う

どこもかしこも痛い気がする
膚の破けた体なんて知るか
この夕焼けを殺した泥濘を
殺すだけだ

避けられるだけ避けるさ
躱しきれなければ、それだけのこと

【第六感、野生の勘、見切り、激痛耐性】

ああそうだとも
総てのいのちがただましろに
すこやかに
生きていられればよかったよな

そうではないのだから
お前達が居るんだろ
おれ達が、居るんだろ

滴る赫を代償に
ただ花を咲かせる

泥の上でだって
花は美しく咲ける
どれほど惨い屍からでも
彼女は等しくいのちを吸える

お前達を哀れむほどの感傷はもたないが
ああ、わかるよ

【呪詛、傷口をえぐる、鎧無視攻撃】





 緑の獣が背を丸めて吐いていた。
 血か吐瀉かも分からぬ反吐を拭い、吠え声のように息を吐く。
 ああ、ああ、嗚呼!!
 クソッタレ、よくもまあ! あんな夢、見せてくれる。
 全身が瓦解する様な絶望に抗った身体が痛む。目を醒ませと引きちぎった皮膚は何枚だ。とっくのとうに赤い手が、他人の血か己の血かってそんなに重要か。
 あの薄氷の正義を、おれが裏切る夢なんて要らない。ましてや彼女が、おれを赦す夢なんて要らない。こうして、夢の否定の為にことばを並べるだけでも、怒りで脳と眼底が焼けそうだ、彼女が目前にいない現実に安堵の怒りだ。
「知るかよ」
 揺歌語・なびき(春怨・f02050)が、己を呪う様に低く哭いた。
 ーー泥濘が号哭する。濃硫酸の涙の雨が、ばだばだ粘度を伴い降り注いだ。
 クラウチングスタートの如く跳ね起きよ。その雨の僅かな隙間を征け。見切り、耐える、野生の六感。持てる限り、凡ゆる獣の激情を持って、なびきは駆けた。花咲く春を待つまで駆けた。
 ぬかるんだ床が脚を掬う。崩れかけるバランスを踏ん張れば靴裏が溶け落ちて脚まで焼ける。呼吸、酸が喉まで焼く様だ。既に爪を幾重に立てた身体に、かわしきれない酸が落ちれば爛れる激痛。
 ああ。ああ。
「道連れだよ」
 肉を失う血色の煙を引きながら。
「それなら良いだろ」
 笑えもしない、春よ、来い。
 血が、季節外れの桜の様に飛び散っていた。
 

 桜とは、根本の死体を啜って咲くという。
 なびきの血を代償に桜咲く。泥濘に、春の蟲が如く花弁が群がった。


 黄昏の部屋に、黒い雨と花嵐。
「ああ、ああ。そうだよな」
 たすけてくれと泣く子より、殺す覚悟を決めた獣が強いなど道理。雨などすぐに花に呑まれてゆく。
「総てのいのちが、ただましろに、すこやかに。生きていられれば、よかったよな」
 限界を迎える膝が折れる。それは祈りの姿にも似ていたろう。春は、善良であれれば良かった者達ーーなびきの血も、泥濘の生命力も均く吸いながら、尚も凡てに吹き荒れる。
「けど、そうじゃあないんだから。」
 お前/おれ達が、居/要るんだろ。

 花葬だ。
 彼等を哀れむ程の感傷は持たないが。
 ああ、わかるよ。
 血の気の失せるなびきの頬に、残った花弁が害無く降り注ぐ。
 頬を叩くそれが擽ったくて、まだ残る皮膚感覚を知る。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ダンド・スフィダンテ
ぅえ、吐いてたら盛大に出遅れたなこれ。
ギリギリ繋がってた首を、支えながら動かす。
切れていたとも。か弱い女神の首の分だけ。
おかげで血が喉を塞いでろくに呼吸も出来なかったと来た。はっはっはっ役に立たない猟兵も居たものだな。全く持って仕様も無い。

よいせ。立ち上がって喉に光をあてる。

『苦しい。悲しい。つらい。なぜ、どうして。』

掠れる声が、静かに寄り添う。
なぁ、傷は癒えるか?心の傷は。
篝火は、泥濘に届くだろうか。

『殺してやる。死にたくない。生きていたい。消えてしまいたい。助けてくれ。悲しい。哀しい。苦しい。苦しい。』

ああ、前が見えないな。

祈らせてくれ。
その死が救いであるように。

どうか
「おかえり、友よ。」






「ーーぅ"、え」
 喉奥から舌先を、生温い鉄味と饐えた苦味が垂れ落ちていった。
「ぉ、べっ」
 ごぽ。ぽ、っぇぷ、ーーーー吐息、吸気、無理矢理に呼吸。
 視線がいつもよりズレている心地がする。こう、立つ脚に対して、首が10度程、角度を違えているような。嗚呼否、そもそも見えてもいないなあ。ちかちか、ちかちか、白、赤、ズレて、ブレて、霧霞。明滅しては遠のいて。時折、黒い泥濘が、いやにはっきりと蠢くのだ。子供が手を伸ばすようにのたうつのだ。
 成る程、あの断頭された彼女の細首の分だけ斬れているのかと、ダンド・スフィダンテは己の首をなぞらえた。ごぼ、蒸せることもままならない出血と意識遠のく激痛に、他人事めいて苦笑する。ーー即死できて、良かったと。命ある現在から、彼女にむけて想う。
 ああ、これはこれは、まずい話だ。猟兵たちは傷を引きずり戦っているというのに、己は武器を握る事がままならない。
 こんなに血が流れては。
 こんな悲鳴を聞いてしまっては。
 俺様は、役立たずな猟兵だ。
 無手にて、首に触れる。
 言葉にならぬ音を紡ぐ。

『ーーくぶsぃ』
 どうか聞いてくれれば良い。
『かnsぃ、……っぉ“ぇ……』
 めしめしと、肉が繋がっていく音が、骨を通して鼓膜に届く。
『ーーつら、い』
 痛みよりも、悼みの声にて。
 魂であれば当然の事を、祈りのように紡ぐ。

『なぜ。どう、して』
『殺してやる』

 想いに同調した者を治癒せし言の葉。
 その声で、傷だらけの猟兵のうち、数名の傷も確かに癒そう。

『死にたくない。生きていたい』

 黒い泥濘が、ごぽごぽと嵩を増す。勢いを増した濃硫酸が、部屋そのものや、飛び散った血肉を焼く悪臭が、夕暮れへと流れていく。
 ダンドは苦笑を滲ませた。明白な裏切りもできない、己の愚かしさと狡さを知っている。
 そうだよなあ。死にたくないし、生きていたいよな。
 ただの人であるのだから。

『消えてしまいたい』
『助けてくれ』

 ーーダンドの声が。純粋な猟兵支援ではないと気付いた者とていただろう。
 それでも。
 誰も。
 男の言葉を、止めはしない。
 それが、戦場の余裕の無さ故だとて、猟兵としての失望故だとて、支障も無いという軽蔑の意思表示だとて。
 或いは、人の、細くかなしい想いだとて。
 その一縷は、ここに確かに在ると想う。

 代弁者。同調者。などと、名乗るつもりは無いが。ーー毛頭程度しか無いが。

「ーーなあ、楽になったか?」

 誰に、ともなく。ダンドは笑う。どうにも貧血が酷く、人の表情などという細かいものが、今の目では見えないのだ。問うて答えを待つしか無い。泣き声に耳を傾け続けるしか無い。

 祈らせてくれ。
 これからお前たちに訪れる死が。どうか救いであるように。

「おかえり、友よ」

 かえるべき輪廻が、どうか、死の海の果てに、あるように。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

飛鳥井・藤彦
【紅蒼】
綺麗なものだけを見ていたかった。
醜い肉に群がられても、家の外に綺麗なものがあるから生きようと思えた。
綺麗なものは己で守らねばと筆をとった。

「……有栖川の兄さん?」

鉱石を砕いて溶かした緑の髪。
紅玉をそのまま嵌めた紅い瞳。
降り始めの雪で染めた白い肌。
全部綺麗で、見ていて飽きない人。
無表情・無感情に見えて、その内ではぐるぐる考えとって可愛ええ人。
その人の肉を削がれ、潰され……今、腸が煮えくり返りそうや。

「肉が……調子に乗んなや」

僕の怪我なんてどうでもええわ。
自分が流した血肉、それにあそこの水子。
全部餌にくれてやる。
己の血を混ぜた黒で描くのは、焔を纏う狼。

「……一切を灰燼に帰せ。招来、獄炎侯」


有栖川・夏介
【紅蒼】
滴る赤で視界が染まる。
………嫌な夢をみた。いや、あれはかつての現実。
体はふらつくが、剣は手放さない。
目の前の泥濘を、人だったものを、この手で殺めるために。

「………」

ふと、見知った顔に見つめられた気がした。
視界が染まっていてよく見えない。
記憶の中の彼は藤色の目を細めて笑っているのに、そこにいる彼は怒りを湛えているように感じる。
なぜ、彼がそのような感情を……?

疑問を抱きつつも、そんな場合ではないと目の前の泥濘に視線を戻す。
「……判決はくだった。さよならの時間です」
【執行者たるトランプ兵】で光を落とし、剣で刎ねる。
今の私なら、うまく殺せる。どうか安らかに。

赤がとまらない。…さすがに痛いな。





 綺麗やなあ。

 ことこと、音さえ無く煮詰められていく怒りと並行して。藤彦は、眼前の景色に、そうとも思えてしまった。
 赤。
 赤は、好きないろ。
 彼の人の色でさえあれば。
 此の人の痛みの色でさえなければ。

「……有栖川の兄さん」

 いいや、そうではありませんようにーー事勿れと願う。綺麗だ、と、思ったその人へ問いかけるように、されど確信を持って名前を呼んだ。
 いいや、いいや。審美眼には自信がある。見間違えようも無いのだ。
 部屋中に、艶やかで品の無い赤が夥しくとも。
 畝り上がる黒が強欲にその赤を上書きしようと。
 彼の色を見れば、目が冴えた。痛みに蝕まれた朦朧など容易く吹き飛んだ。
 孔雀石の如く鮮やかな緑の髪。
 紅玉を嵌めた紅い瞳。
 降り始めの雪で染めた白い肌。
 愚直なまでに、残酷であろうとする切っ先。
 まるで宝物の人形のようで。けれど、そのように呼ぶには、ぐるぐる考えては不器用なーー可愛え人。
 人の、穢い部分全部落っことしたような。きらきら、瞬き一つするたびに髪も目も心もきらきら。見ていて飽きない、綺麗な人。

 ああ、こっち見とる。
 僕やって、わからへんか。
 そうか。
 意識も、目も、曖昧になるくらい、削がれ潰され壊されてーー

 そんなに、此の人を痛めつけたんは。この肉か。



 「ーー す がわの さん 」

 ……途切れ途切れの意識の中。聴き馴染みのある声に、夏介は顔をあげようとした。
 握った剣を支えにしなければ身体もうまく捻れない。
 ……ああ、うまく動けもしないなんて、きっと寝ぼけているんだ。悪い夢をみたから。
 だって、そうじゃなかったら。
 あそこから、私をみている気がするあの藤色がーー怒っているように感じるなんて、あまり。腑に落ちなかった。
 あの藤色は、いつも目を細めて笑っているんです。
 面白いところなんてろくに無いだろう私を、とても嬉しそうに見つめるんです。
 その筈なのに、怒っている気がする、なんて。
 悪い夢を、みたからだ。きっとそうだ。

 命運でも占うように、慣れ果てた手つきでカードを引いた。
 血の海でも肉の蠢きの中でも、スペードのエースは凛と黒い。



 僕の怪我なんざどうでもええわ。
 ぼたり、ぼたり、肉の雨が僕を溶かすとか、どおでもええわ。
 筆先を己の裂けた傷口に、抉り込むように撫で付ける。自然物を描き慣れた筆先のやわらかな色合いには、いささか不似合いな猩猩緋。さらに、墨を混ぜ合わす。禍々しい悪魔の色。
「ーーこの血だけじゃあ足りんやろ。そこの水子もくれてやる」
 腹を空かせて見ているんだろう、この紙面の向こう側から。画竜点睛のその瞳から。
 悪魔と見つめ合う開いた瞳孔で我武者羅に描き出すのは、焔を纏う黒狼。
 濃硫酸が、点睛を阻むよう、手首に纏わり付く。
 肉が焼けて血管や筋を呑もうとする。
 激情に溢れた絵描きの描きたいものを。そんな赤子の手で抑えられるものか。
「招来ーー」
 高くつくよ。
「獄炎侯」
 


 視界が、炎に染まった。 
 酸も肉も焼く獄炎が一帯を舐め上げる。
 眼球の水分も吹き飛ばされる獄景の中、燃え盛る狼が長く鳴く。
 泥濘が蠢き、のたうち、子供が泣き叫ぶ。狼に肉を引きちぎられていく水子が、夏介に手を伸ばした。
 痛いのか。そうだろう、即死できない場所を貪られている。夏介はそれをよく知っている。
 けれども、救いを求められようがーー死でしか、答えてはやれない。
 ほら、こんな風に。
 助けを乞う小さな手に、己の汚れた手を重ねて。未発達で肉にくしい手を握って、包んで、ーーそれから、炎の渦へ突き放して。
「さよならの時間です」
 業火の中、まばたきひとつせずに、夏介は云った。
 ご覧、判決はとうに下っている。
 下ったならば剣を振るのが私の役目。
 追い討ちの如く、閃光が水子を貫き、炎の中へ縫い付ける。
 狼がその肉へと貪り付く。
 ーー地獄絵図、だ。
 けれども、景色が悲惨だから何だという。
 うまく、殺せたか否か、必要なのはそれだけだ。
 あの水子はきっと、もう、炎の熱も牙に肉を裂かれる痛みもないはずだ。
 執行。いつも通りだ。
 流石に、体が、痛い。
 目眩。
 膝から力が抜ける。
 がくん。
 落ちる。
 私。
 誰かの手が。
 藤色が。
 私に、手を伸ばした。
 私が、その手に返せるものは、

 遠のく意識の中で、その手をつかんでしまった。
 ああ、まるで赦しを乞うようだ。
 なんて。



「…………こんなになるまで、戦ってしまって、なあ」
 気を失った夏介の手を取り、藤彦は目を細めていた。
 藤彦は、夏介の頬をなぞる。
 白い肌。……表情筋が鍛えられていないせいか、まるで子供のようにやわこい。

  黒焔の狼はまだまだ食い手のある泥濘に喜んでいるらしく、炎の手が弱まる気配はない。
 だから、暫くは、ズタボロの彼らの出る幕は無いだろう。
 ふたり、痛みを抱えていたとて、きっと、赦されるだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

零落・一六八
眼がどろどろに溶けて化け物じみた姿
ああ、なんだかボクの在り方に似てますね
ちょっと親近感、とは言え情もなんも沸きませんが
なかなか治んねぇなこれ
喉が乾いた
腹が空いた
食わせろよそれを
お前が取った分食わせろ

(UC使用)
そこら中に溢れた悪意と混ざる混ざる
どろどろぐちゃぐちゃ
だけどボクは自分の名前を忘れちゃいない

OK、問題ない
さぁ行きましょうか!

【なぎ払い】ながら
正面から突っ込み【捨て身の一撃】
隙があるならちょっくら食べてやりましょうか【生命力吸収】
はは、まっずい
不味いもんと不味いもん混ぜても不味いに決まってますよね!攻撃されたら【咄嗟の一撃】を叩き込み【傷口をえぐる】
もう楽になったらどうですか





「ーー似てますね」
 唇を開くだけでも重いってのに、わざわざはっきりと声に出して、微笑んでしまった。
 身を起こす。動く、大丈夫。身体が精神的に重くて、物理的に軽い。夢の中で折られた骨を繋ぐために、手元に蠢いていた泥濘を飲んだ。不味い。食道が焼けるようだ。空腹が酷い。他に、食べ物はーー部屋にどろどろどろどろどろどろ事欠かない。
 似てる、似てる。醜いものの煮凝りなとことろとか、哀れな誰かたちの成れの果てであるところとか。
 少しばかりの親近感、とは言え情のひとつも沸きやしない。だってきっと同類お互い様、似たもの同士舐められたくない傷もあるってわかるでしょう、そうでしょう。
 痛い、痛い、あんまり痛くて麻痺してきた血肉の落とし物。周りにびたびた広がっているのは、自分を形成していた血、骨、肉。ゴミ箱に限りなく近い宝箱をひっくり返したような、血塗れの有様だ。こぼれた、やわらかな肉をかき集めて無理やり塞ぐ手立ては、猟兵ならばご存知だ、ばけもの故に知っている。
 ねえほらやっぱり似てますね。
 眼球どろっどろの化け物同士。
「仲良く共食いといきましょうか!」
 傍若無人なまでの自暴自棄! あいつが喰った分を返して貰おうか!
 悪意にはそこいらじゅう事かかない、寄越せ返せよさあさ残さず喰わせろよ。混ざり合って足りない部分継ぎ足して、どろどろぐちゃぐちゃ大口開いて『零落•一六八』が笑った。 
 あっはっは。ほおらOK、問題無い。
 まるでタブレットでも放り込むような気軽さで、己が落とした肉も口に放り込んで。
「さ、行きましょうか!!」
 野太刀を握った。地を蹴ればどろどろの地獄まで最短距離!

 一六八を喰らおうと濃硫酸の泥濘が大口をあけて泣き喚いた。だからなんです、ノーガードで助かります。自ら腹の中に落ちていくような捨身にてーー暴食の野太刀が本日のメインディッシュを大胆に斬り裂いた!
「ボクの夢はどうでした? 肉は? いやあもう、何見せられたかあんまり覚えてなくってですねえ」
 ごつごつ邪魔な誰かのお骨ごと、刃を溶かす硫酸ごと、やあわらかな高級肉のように斬り裂き、飛び散るゲロ不味いソースを舐めれば舌がちくちくしゅわしゅわだ。ほっぺが溶け落ちそうなほど痛くて熱くて苦酸っぱい!
「はは、まーーっずいモンと不味いモン混ぜても」
 周囲を満たす濃硫酸の泥濘が、瞬時に競り上がり、一六八の頭部を掴む。急所を一気に溶かそうとーー
 それがどうした? 顔にクリームパイ投げつけられたようなもんだ。口を開いて天仰げば、パイは喉へと滑り込んでくる。気品は根こそぎマイナス数値、下品な程に濃硫酸を喰って飲んで舌舐めずり。
「不ッ味いに決まってますよねえ!!!」
 ゲップ混じりの咆哮で勢いつけてーー跳躍、一番天辺で泣いてるあの立派な頭蓋骨まで。その眼窩に切先を深々ねじ込んでーー空中一回転、真っ二つ。
 骸骨がゆっくり二つに分かたれて、崩れ落ちていく。
「もう楽になったらどうですか」
 一六八の着陸まで、やけにゆっくりに感じた。
 激しい運動で浮いてしまったのか、離れて落ちていく狐面。
 それを、一六八の手が掴む。絶対に、落とさない。
「もう、アンタらには、なんも無いんでしょうし」
 まあそれはボクも似たようなもんですけれどーー狐面の紐を引いて頭に着け直す。
 着地。大粒の雨のように飛び散る酸を、なぎ払いながら。一六八は目を細め、軽薄に、でき得る限りひと事めかして笑った。

 さあ、まだまだ食いではありそうだ。
 出されたものは残さないのが、地獄でも楽しく生きるコツであろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳳仙寺・夜昂

クソッタレが。散々だ。
昔話して、一眠りして、最後には自分の血と金と化け物が残っていましたってか?

血を吐き捨て、錫杖を支えに立ち上がる。

やりゃあいいんだろ、簡単だ。
喉も腹も何もかも痛くとも、
『不転』の勢いに任せて【グラップル】で殴る。

悲しかったに決まってるだろ。
悔しかったに決まってるだろ。
踏み躙られて使い捨てられて、生まれてきたことが間違いだと思わされることは、虚しいに決まってるだろ。
だからお前はここで終われ。俺が生きていることが間違いでない証明のために。





 クソッタレ。クソッタレ、散々だ、笑わせるな、笑えるか。
 錫の音が、不快感に澱む頭を目覚めさせるよう。シャンと清ら響き渡る。気味の悪い肉と水の音と、呼吸音を掻き分けるように。
 ーー昔話して、一眠りして、最後には自分の血と金と化け物が残っていましたってか?
 シャン。錫杖を支えに立ち上がる。立たねば無意味だ。シャン。喉も腹も何もかも痛くとも、落としてはいけない肉が刮げていても。
 シャン。
 この、運のない己の最後に遺したいものは、むざむざと思い出させられた無力感では無い。反吐が出る。
 不転。
 夜昴の全身を気魄が覆う。瘡蓋と興奮剤の代わりを、この泥中の魂が受け持つとも。気道も臓腑も生きるべく血と熱を巡らせる。どんなに傷付こうが、どんなに扱われようが、呼吸はもう止まるまい。魂は歪むまい。この錫の音は、濁るまい。
 追った傷。肉体、心問わず、それは酷く深く。故にこそ、血と肉が挟まったこの歯を食いしばれる。
 血を吐き捨て、錫杖を支えに立ち上がる。
 やりゃあいいんだろ。簡単だ。
 泣き叫ぶ泥濘供が、瞬きの間に夜昂を呑んだ。生まれなおしたいーー悲願の集大成は、安全なる母の概念の結晶の如き、胎へと、夜昂を招き入れた。
 肉と水の城。
 こうなりたいだろう。
 このままがいいだろう?
 外は苦しいことばかり。
 そう問いかけるように、胎児が浮かんでいる。
 哀しく泣いている。
 夜昂はーー鼻で笑う気さえ起きない。
「舐めんなよ」
 心も体も、退かぬとも。
 踏み込み。
 肉を踏み抜くごとく沈めーー
 グラップル。拳が正面から、胎児を殴り抜く。
 そのたった一撃の衝撃で、周囲の肉も水も波紋を描いた。
 胎児は、夜昂の燃える瞳を見ただろう。
 惨たらしく使い捨てられてきたも同然の魂と同じ昏さと、それでも生き続ける炎を見ただろう。
 
 悲しくないのか。
「悲しかったに決まってるだろ」
 悔しくないのか。
「悔しかったに、決まってるだろ」
 一撃一撃は鬼、あるいは神の如く重く。
 受けた痛みの分だけ、生きようとする力が、命を握りしめる夜昂の拳をどこまでも強化する。
「踏み躙られて。使い捨てられて。
 生まれて来たことが間違いだと思わされる事は、虚しいに、決まってるだろ」
 胎児はその柔らかさを活かし痛みを逃がそうとするが。
 生きることを諦めざるを得なかった者の魂がいくら集おうが、
 その泥中を掻き分けて、生きることを選んだ夜昂の前に。
「だからお前は」
 どれ程抗えるという。
「ここで終われ」
 
 拳が胎児を貫き、肉塊に還す。
 赤く脈動していた胎が黒い泥へと変貌しつつ崩れていく。
 くるり、回した錫杖の音のなんと美しいことか、穏やかに空気を切ることか。
 息切れ。戦闘による脳内麻薬で緩和されるとはいえ、呼吸による筋肉の動きにさえ、腹も喉も痛む。気が遠のきそうなその痛みも、生きることから逃げない証左。
 夜昂が生きていることが、間違いでない証明。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジンガ・ジンガ
※真の姿解放

あたまがいたい
目がかすんでる
口のなかが、はいたものの味でいっぱいだ
こめかみが、心臓が、どくどくしてる
最低最悪最悪最悪

ああ、ああ、しらないよ
しらない
他のやつのことなんてしらねぇよ
じんがはじんがのことで、いっぱいいっぱいだ

善良であれるならば、そうありたかった?
どうだかなぁ
考えるだけ、きっと無駄だ

札束だ
掴んで嗤え
金品はいくらあっても困らない
そうして、また踏み躙れ
生きるために踏み躙れ

誰かの声
ずぅるり、意識が引き摺られる
身を委ねる
沈む

嘆け
呪え
枯らせ
すべてを枯らせ
狂信妄信盲信その化身
いのちあるものを、じぶんたちのために踏み躙れ

この力が、何かはしらない
でも、いいや
今日も生きてられりゃ、それでいい





「ーーーー善良で」
 吐瀉物で濡れた唇が空気を吐く。
 すえた匂いが、じんがにお似合いだと思った。
「善良で、あれる、なら」
 そうありたかった。
 そうありたかった?
 なんだその理想論。
 嗤えすぎて、笑えない。
「……どうだかなあ」
 頭痛、朦朧、吐気、拒絶、脳の血管がぶくぶく膨らんだような脈。全身全部心臓になったような脈動、命の危機へ全身の毛穴が開いて、六感に至るまで限界を超えて砥がれる不快感。
「他のやつの事なんて、しらないし」
 黒い泥濘と髑髏の煮凍りが、哭き声と共に悪臭を放っている。直感でわかる、あらゆるモノを溶かす酸があの黒全体からひり出ている。この世の無念どもが、すべて寄越せと泣くように、何もかもを呑もうとしている。わかる、触れるだけで肉に穴が開いて、じんがの、だいじ、だいじな臓器まで、容易く侵食してくるんだ。やつら、泣いてる癖に、勝手にじんがを食うんだ。
 死にたくない。鉛の様に重くとも泥舟の様に脆くとも、総て投げ討てれば楽だと理解できても立ち上がる。理解のままに身を委ねるような、聞き分けの良いいいこはとうに死んだ。
 きっとお前らと一緒に死んだ。
 お前らが殺した。
 
「生きたい」
 声にもならない程に枯れている。
「生きたい生きたい生きたい生きたい、」
 膨れ上がる濃硫酸が、じんがを呑みに来た。
 来るなよ。
「死にたく、ない!!!」

 轟く声圧。躑躅の鬼は、高笑う如く泣き叫んだ。
 開ききった瞳孔は真っ暗で、きっと泥濘と同じ色。

 体から、おおきな臓器がきれいに滑り落ちるような重量感を伴って、『執念』がジンガの形をして歩み出る。
 濃硫酸を踏みにじる。ぶくん、溶ける。いいや、皮膚一枚渡さない。死を拒絶する概念が、足の裏から泥を瞬時に消し飛ばすーー吸引だ。死の概念の中からさえ、微々たる生を吸い上げて力とするように、命を枯らす。まるで、神様の断片みたいだろう。
 歩く、踏みにじる、奪い取る。じゅぱん、じゅぱん、粘度を伴った音が蒸発するように消えていく。
 幽鬼のように歩む。追いすがってくるような手だとか、縄だとかーーあるような気がするけど、引きずって歩く。変に馴染むから、それは平気だと思った。
 机も椅子も邪魔だ、蹴り飛ばす。そういえばもらえるとかいう話だった札束がその衝撃で舞い散って、掴み取って。ああ薄っぺらいゴミ屑みたいだ、でもでもジンガはこれ好きだ。搾取した側だけが握れるゴミみたいな重みだ。
 きっともう、お前らがいくら嘆いたって呪ったって、もしもこの紙切れを欲しがったって、食事ひとつ買えやしない。
 ああそうだ。お前らはもう死んだんだ、弱いからとうに死んだ、勝手にお前らが死んだんだ!!!!
 勝手に負けていっただけの癖に癖に、
 生きてるじんがに触れるなよ。

 躑躅鬼の銀色の目。死んだ魚のように、生々しく照らついた。
 嘆きの一歩が命を枯らす。怒りの一歩が叫びを奪う。無感動の一歩が、ドブ川の濁流のように喧しい泥濘を踏みにじった。
 奪い取る。枯らし果たす。
 どんな泣き声にも、目蓋一枚分も心は動かない。
 ーー頭の中の遠く遠くて綺麗な場所で、誰かが微笑んでいたような気がする。

 そのあとのこと
 いまいち覚えてない
 誰かが誰だったかも、あの力がなんだったかもわからない。
 けど、ちゃんと息も心臓も、自分の力でできていた。
 だから十分。
 ひとりぼっちで充分。
 ほら、満足だよ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
【双星】
アドリブ◎

背中がアツい
痛みはとうに越えていて
呻き声をあげそうになるのを飲み込んだ
燃える様な背中でもちゃんと感じられる温もりに
朝焼けの無事に安堵した
泣いてるのはどっちだよ
今さらかもしれないけど
アレスから傷口を隠すように真の姿を解放する
完全に治らなくたって誤魔化せるならそれでいい
夢の中で思い知らされた弱さを捨てて剣をとり『歌』を
あの夢の絶望が
誰かの思いが
あのバケモノになってんなら
きっちり、終わらせてやろう


翼を広げ敵へと駆ける
接近して斬り込んで
怪我くらいじゃ死にゃしねぇっつーのに
ああ、お前は、なんで

これは夢じゃない
抗え、
剣を強く握り
【蒼ノ星鳥】で周囲に広がる部分を焼き尽くす
お前は絶対守るから


アレクシス・ミラ
【双星】
アドリブ◎

目を開けると、夢の中より成長した君がいた
痛みに震える指先で彼の顔にかかる髪を払い、抱き寄せる
お互い傷だらけだけど
その体温で『大切な君に逢えた』のだと安堵する
…夢の中で
君の感情を、選択を見た。直に感じた
僕の中でも様々な感情が混ざり合う
けど、ただ一つはっきりしている事がある
君を守るという誓い
今は…僕もいる
だから、
――泣かないで、セリオス
それでも隠そうとする君を守る為
真の姿を解放
『彼ら』も…あのままにしておけない
終わらせよう

【天誓の暁星】で誓いを力に
もう夢の中ではない
僕の意志で光纏う剣を振るい
彼の盾となろう
手を伸ばし、引き寄せ
オーラを纏わせた4枚の光翼と盾で防ぐ
君を絶対に守るから





 息が出来ないほどの安堵なんて、初めてだった。

 辺りではばたばた黒い粘液が吐き散らかされて、ざりざり甲高くひしゃげた泣き声で満ちていて、戦場真っ只中だってのに。朝焼けが、宵星が、この腕の中に生きている。
 最早血の匂いにも麻痺しているけれど、指に触れるぐしゃぐしゃの外套がお互いの傷を山程告げる。けれど、血は命だ、吃音は息吹だ、痛みは熱だ、此処にいる。

「セリオス、……セリオス……っ!」
「は、……何だよ。そんなに呼ばないでもさあ、俺は。ちゃんと、此処にいるだろ」

 アレクシスの切なる声。いつだって馬鹿正直に真摯で、ーーどんな俺へだって、手を伸ばして、受け入れてくれる声。
 その声でそんなに呼ばれたら、痛みも涙もそっちのけで、セリオスの目尻は勝手に笑っていた。

「夢の、中で」
 アレクシスが震える喉で語る。
「うん」
 セリオスが微笑むまま目を閉じる。
「君の感情を、選択を、見た」
「はは。そっか」
 後方で、オブリビオンの叫び声や、滴り落ちる泥の音が聞こえたけれど。
 腕の中、ゼロ距離で聞こえる互いの鼓動や呼吸を聞くので、脳がちょっと忙しかった。ああ、戦わないと。戦わなければ。二人思う。
「直に感じた」
「やあめろよ、恥ずかしい」
「……泣かないで、セリオス」
「泣いてんのはどっちだよ」
「いや、違う。違うんだ」
「なにがだよぉ」
 アレクシスが己の目元を拭う。涙に濡れた金の睫毛と潤む蒼瞳があんまり綺麗で、セリオスは微笑むのが止まらないのだ。生きていてよかったと、感涙が一粒一粒おちて止まらないのだ。

 それを、泣かないで、なんて。
 違うんだよ。

「泣いてくれ、セリオス」

 涙、汗、血。あらゆる体液で濡れたアレクシスの指が、セリオスを抱きしめるままに、髪を撫でた。指は髪の流れにそって下へ、ずたずたの背へ。触れるのは憚られて、ただただセリオスを労り、包むように手指が浮いた。
「泣いてくれ……僕の腕の中で、泣いてくれ、セリオス。君が、耐えていた全て。捧げた全部。溢れさせてくれ。僕は。ーーそんな君を護る為に、此処にいる」
「ーー」
 人殺しの、汚れた鳥が為。
 朝は、君と言う存在に均く注がれる。

「はは! アレス……アレス、アレス、アレス〜〜ーー!」
 げぽっ、と、競り上がる血を吐けども、セリオスは首をそらし綺麗でも無い天井を仰いで、なんと快活に笑った。ひかりの粒同然に涙が散った。
「いい、充分だ、最高だアレス!
 こんな怪我くらいじゃ死にやしないんだ、さっさと全部終わらせようぜ!」
「ーーああ。君を、必ず護る! 誓いにかけて!」
 二人、子供のように! されど気高く咲う!
 光翼二対、黒翼一対。花咲くように拡がれば、互いに『護る』ための力が満ちてくる!
 眩い翼に君を護って、共に在れるならばそれこそが良い。
 黒い翼の下に傷を隠して、平気を装えるなら尚良いのだ。
 どんな傷も痛みも超えて来た。
 ずっと連れ立っていた。
 あのゆめが、誰かの思いが、あの化物になっているならば。
 僕らは。
 俺は。
 彼等を、終わらせる事も出来る。
 ーー征こう!

 セリオスが羽ばたき、敵の中へと推進を。アレクシスもまた、セリオスを追う形で剣を抜いた。赤い血を飛び散らせながら笑う彼が、子供のようで、見失いそうで、されどもう失う気は欠片も無くて!
 共に、決意の重みを乗せて剣を振るう。もしかしたら旧知であったのかもしれぬ哀れな泥濘達に、己らが確かに強くなったことを示すように!
 セリオスが鋭く斬り込む。黒い鳥が舞い踊るような軌道に硫酸が散り、ーー散ったそこから拡がって、セリオスを飲むべく、瞬きの間に膨張。しくった、いいやどんな傷だって大した事にはなるまいーー!
 「セリオス!!!」
 否、どんな傷だって負わせるものか! アレクシスの声は最早そのものが騎士の誓いだ、声にさえ宿る力で硫酸を押し返し僅か一瞬を稼ぐ! 手を伸ばす、セリオスの手を掴む。引き寄せて僕の後ろに君を庇う。
 剣を、盾を、翼をあらんかぎり拡げ、君に注ぐ痛みを受けきろう。
「ああーーっもう、そんくらいなら俺だって平気だってアレス!」
「良いんだ。どんな痛みも、僕にも分けて。セリオス」
 アレクシスの身体に注ぐ痛みは、武装を貫いて細胞を焼く。これほどもの痛みが、『そんくらい』だなんて、言わないで済むように、騎士の盾は痛みを負うのだ。
 護ってみせる。どんな苦痛も、乗り越えて、力に変えて。
 アレクシスの、どこまでも輝く瞳に、セリオスはまた泣きそうになる。
 (なんで、なんで、なんでアレス、お前ってやつは本当に)
 そんなに眩しくいてくれるんだろう。苦痛を超えて、柔らかく笑ってくれるんだろう。
 濃硫酸が集積、うねり上がり、天井から二羽を飲まんと大口を開けた。
 振る滴をアレクシスの翼が受け止める。光の波動を放ち、なに一つ傷つけまいと弾いた。
 上から囲われそうになるなんて、まるで鳥籠みたいだ。
 セリオスが、胸いっぱいに悪臭を吸い、精一杯鼻で笑った。
「鳥籠は、ーー俺が一番嫌いで、とびっきり得意なステージだぜ」
 セリオスの剣を掲げ。刀身は斜陽を受けてきらめいた。
「ーー焼き焦がせ、蒼焔の星!!」
 青い鳥が、飛び立つ。
 炎と星の尾を引いて、籠の如く降り注ぐそれを焼き尽くす。まるで、籠を内から破り、飛び立つかのようにーー

 炎と光の海。
 崩れていく泥濘。その中に渦巻く憎悪と悲嘆、苦痛の声。
 アレクシスも、セリオスも、それらから目も耳も逸らさない。
 切先を下げ、剣を持つ手の甲をふたり、重ねた。
 互いの手の熱が、誇らしい。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユキ・パンザマスト
──【彼岸越境】!
失血と悪夢の眩暈の中、戦う。
弾みで声に触れ、衝撃で放映端末が床に落ちる。
胎内へ。

(端末と分断。獣には認識できぬ、真の姿へ。
只人の少女、育ちの良い揃えた黒髪、枷の名残、椿花と白装束、
唯一、瞳だけが獣)

おや、まあ。
親御様に棄てられでもしましたか。
怪物(けもの)ではなく生まれ直したいですか。
けものは敷居を跨げません。
けものは親に拒絶されます。
けものはかえれません。
獣は喰らうものです。
私、食べると決めたのです。

だから、
還して、あげましょう。

(少女が微笑む、
唇が歯が、裂けた喉を無理に通し、水子を捕食。
以上、鵺の記憶からは欠落。
胎内から越境のち、呪具の端末が即機能、刻印による戦闘へ)





 < LOG >

 ーー負傷/失血/精神的乱れ
 ーー貧血/眩暈/自我のブレ
 ーーUC選択…【彼岸越境】
 ーーBUFF…武器強化/椿吹雪/飛行形態

 ーーユキ・パンザマストは戦闘中です
 ーーユキ・パンザマストのコンディションが低下しています
 ーーHP…残量僅か RED GAUGE

「あなた方に、怨みなんざありませんが」

 ーーユキ・パンザマストは戦闘中です
 ーーユキ・パンザマ■トのコンディションが低下しています
 ーー藪椿/侘助の強化起動による応戦中です
 ーーHP…捕食による回復中

 ーー目標の哭声を確認
 ーー内容:慟哭/後悔/孤独/愛の切望

「嗚呼! 生まれてこうして生きてる側に! あなた方の苦しみに寄り添う権利が、如何程あるのか、しれませんが……!」

 ーー反応減少
 ーー反応減少
 ーーユ■・パ■ザマ■トの自我を確認してください

 ーー■■・パ■ザマ■トとの接続が途絶えました
 ーー■■・■■ザ■■トの自我を確認してください

 ーー接続が途絶えました
 ーー接続が途絶えました







 < ! - -



 救われたい。
 産まれたい。
 そう泣く声に触れ、呼ばれるままに意識を引き摺り落とされて来た。見れば、そこは悍ましさと懐かしさを掻き立てる肉のうろ。
 ーー胎、か。
 そのように■■が理解が出来たのは、中央にぽつんと、えいや、えいや、泣く胎児がいたからだ。
「おや」
 臍の緒は既に千切れていて、もうこの子供は流れるばかりであると解る。
「まあーー」

 その水子へと、血塗れの白く細い手が伸びる。
 鮮血と、枷の名残である鬱血が、白に良く映えている。
 黒い長髪が、水子を絹糸の束の如く包み込む。
 雪白の装束に身を包んだ少女が、微笑む。
 ■■の金の目が、ゆるやかに弧を描いた。

 ーーこの記録は■■・■■■■■■の記憶に残らない。ーー

「親御様に、棄てられでもしましたか。」
 ■■の声は、年頃の少女のように鋭くも、たおやかな慈しみに溢れていよう。
「産まれなおしたいですか」
 水子の首へと、細い手を滑らせる。
 栄養の枯れた乳で、乳飲み子を守るように抱く。
 水子もわたしも血に塗られていく。
「けもの(怪物)ではなく」
 ■■の問いかけに、水子は泣いた。悲劇を拒絶し、生誕を望むように泣いた。
 たったひとひらの幸福が欲しいだけだった。
「そうですか」
 応える■■の慈しみは、どこまでも淡く平坦だ。
 それは絶望を知った上に成り立つ覚悟の声音。飢餓の価値を知った肝が、呼吸ひとつひとつにさえ重さを与えている。
「けれど、わかっているでしょう。けものなのです、わたしも、おまえも」

 安寧という名の幸福は、人にさえ約束されていないのだ。
 ならば我らけものにはどうだ。

 抱いた水子肉に、白い皮膚の下で腹を空かせた刻印がうずく。
 されど藪椿、今はしばし蕾を閉じて。
 どうか侘助、この感情もわたしのもの。

「けものは敷居を跨げません」
 父母や兄弟と共に、布団にも藁にも眠れない。
「けものは親に拒絶されます」
 同じ釜の飯どころか、米粒ひとつ口にする権利も摘まれ。
「けものはかえれません」
 泣けど喚けど、助けなど来ない。
 こんな胎の中にも、
 あの窖にも。
「わかりますか? ……そうでしょう。
 だから、どうか次のおまえが。けものではない場所に行けますよう、ただのこどもに戻れますよう」
 ■■は、抱いた水子に唇を寄せる。枯れた薄い唇の端から犬歯を覗かせる。
 それから、やわい肉に歯を立てた。

 あああああああああああああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああああああああああああ

 果実を貪るように食いついた。細胞が割れて、汁が飛び散るのをすすり上げる。水子はまだ皮膚さえ発達しておらず、その食感は無花果の可食部のようにただただみずみずしい。

 ああああああ あああ ああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああああああああああああ

 水子が、鼓膜をつんざくほどに泣き叫ぶ。痛みから逃れようと無力の限り暴れる。せめて痛みに暴れられる体があると多少楽だろう、と、■■は考えた。だから、柔らかい腹から貪った。それから食べやすい四肢に歯を立てた。
 破けた喉に血肉を、骨を、髪も、汗も垢も余さず押し込む。溢れないように喉を抑えて。なに、あの頃丸々一頭押し込められていた時に比べれば、裂けた喉での飲食など造作ない。
 ぶち、ずる、ごくん。 ごくん。
 どくん。
 羊水臭い息を吐く。
 そうして、泣き止んだ後の胎は、しんとして。
 されど、警報のような耳鳴り。
 ……どうやら、■■も帰る時間だ。
 還されたお前たちに、良き輪廻が在らんことを祈る。
 
 ーー以上、■キ・パン■■ス■の記憶から
 ーーユ  ザマ ト
 ーー……以上、ユキ・パンザマストの記憶から欠落

 - ->








 ーー再接続に成功しました



 「空間」から「ユキ」が転げ出た。
「ぶえっ、ぐへっごほっ! ……ああ?」
 肥大化させた羽に身を丸め、椿の目眩しの中に転がりつつ。即座に体勢を立て直しながら、ユキは疑問符を浮かべる。
 一瞬前と見ていた景色の角度が違う。
 貧血の目眩が少ない。
 だのに、刻印は妙に空腹を訴えて暴れている。
 鼻奥になにか詰まっている気がして、鼻水の容量ですすり上げた。すぽん、気道を小さなかけらが滑り落ちていく。新鮮な肉の風味が、喉を過ぎ去って胃に落ちていった。
 ーーああ、全く。なにがあったかわからない。こう、物忘れがひどいと、食った者の味を覚えていられなくて、困る。
 鵺が笑う。真っ赤な夕暮れのように染まりながら、翼を広げる。
「なに、まだまだ食う所には事欠きませんよ」
 腹を空かせた刻印二輪を嗜め、舌なめずり。
「ユキ達みんな、とびきりの悪食ですもんねえ?」
 喰らえるだけ喰らえ。それが可能である者は、地獄に付き合う義務がある。
 濃硫酸で熱い床を蹴り、泣き声の雨の中を舞うーー

 ーー戦闘続行
 ーーユキ・パンザマストの自我は正常です


< / LOG >

大成功 🔵​🔵​🔵​

久澄・実
まーちゃん(f13102)と

面白いくらいに血みどろで
笑声混じりの息を漏らせば
こぽこぽ血反吐も溢れとる

なんじゃあ、まーちゃん
お目覚め一番、ヒト使いが荒ぁない?

ボロ雑巾みてぇな姿にゲラゲラ嗤って
耳慣れた物言いににんまり口の端吊り上げて
伸びてきた″糸″を笑顔で迎えよう

もーお、そんな急かさんと
ワシかてボロボロのくったくたなんじゃけどォ?

糸と己の緋糸を結びつければ
後は身ィ任せればエエ話
最早己の意思では動かぬ手足が、アラ不思議
全て思う通りに動いていって
痛みも熱さも上回る高揚が此所にある

あらまァ、カワイソウなお声が仰山に
ま、しゃあないなァ
世の中ホラ、ジャクニャクキョウシャ?
次はもっと、楽ぅに生きれりゃエエね


久澄・真
実(f13103)と

あークソが
眼まで傷付けやがってちゃんと見えねーじゃねぇか
眼鏡も壊れたしよ

オラ
いつまで寝とんだ阿呆が蹴り殺すぞ
さっさと起きて俺の分まで働け

腹に風穴空いた状態で掠れる声
両腕から同時に出した操り糸を倒れた片割れへと伸ばし繋げていく

うっせぇ文句垂れる前にさっさと手と足動かせや

記憶などほぼ無いが恐らくこの世に生まれ落ちた時から
同じ世界で息をしてきたであろう片割れが
どの程度動けるか、どこが限界かなど考えずとも解る

愛なぞ持たねぇ
助けてやる優しさも期待するな
出来る事は只一つ
てめぇらの泥が流れ朽ちるまで
精々ダンスの相手をしてやるくらい
命果てるまで、遊ぼうや

…弱肉強食だ猿からやり直せ馬鹿が



●

「いつまで寝とんだ阿呆が蹴り殺すぞ」
「ぐえお」

 真の革靴が、実を蹴り転がす。良質であったブラウンの革は今や血に汚物にびたびたで、内側まで酸が滲み始めた熱が不愉快だ。
 床に広がった血だの肉だのの上で、己の体の可動域を確認するかのように実の身体が一回転。ぐてん、びちゃん。起き上がって、

「もう蹴っとろぉがよぉ、まーちゃんボケたん?」
「四の五の喚ける程度には元気で結構」
 二人、互いの声を聞いて生存確認。
「ななな、なんじゃあ、まーちゃん。ひっでえ有様じゃのぉ、あちこち破けて芸術センス爆発しとるわ」
 いんや、むしろ内臓爆発しとるわ? などとゲラゲラ汚く笑う実を、真は目を眇めて息吐いた。
「良いこと教えてやる、お前も大概同じ状態だ」
「ぶあはは、言えとる! ワシらおそろいじゃのぉ」
「笑えねえ。……あークソが、目まで傷付けやがって、ちゃんと見えねえ」
 ひしゃげ、雲の巣めいて割れた眼鏡を外す。流石にゴミを身に付けるような趣味は無い。
「あ、それ! ワシがまーちゃん散々ぶん殴ったからかも」
「殺すぞ」
「100コンボくらい決めたんよ、次から次に湧いて来おって〜〜もぉ大変〜〜」
 げた、げた。口端を釣り上げ凶相が笑う。その声も、血反吐とあぶくの水音混じり。並みの人間だったらとうに無事ではなかったろう。されどこのボロ雑巾二切れ、並みの人間よりかは頑丈である。
 まだ動けるな、などと。確認するまでも、まして考えるまでも無い。
 誰よりも同じテンポで息づいてきた片割れの限界など、己が最も知っている。

 真が指から糸を繰る。その糸にじゃれるように実は手を伸ばしーー糸と緋糸、あらたな神経として二人を繋ぐ。
「ハイスコア出す目標が間違ってる。眼鏡代は……てめえの身体で返すんだな」
「ヒト使い荒ぁない? 経費で落ちん?」
 真が糸を引く。がくん、実の身が起きる。
 ああ、効く、効く、鍼治療みてえだ。
「ま、お望みの分だけ、コキ使ったって」
「当然。死ぬまで使い潰してやる」

 失血で、目眩がする。全神経が覚醒している。
 指先一つ毛先ひとつまでもが、生存本能でどこまでも鋭く研ぎ澄まされた。
 ああ、今ならば俺/ワシら、
 片割れを最大限コキ使える。
 泣き叫ぶ泥濘に、向かう。
 そんなに泣かずとも、寂しい想いはさせはしない。
 誰が最初に死ぬか競争しよう。


 繰/来る。
 濃硫酸の俄雨を吹き飛ばす如き、力任せな踏み込み、一迅。
 ぼこぼこ見えている頭蓋骨を潰していけばいいだろうか? 獣めいた戦闘本能を人間的適当さで理解して、実が嗤う。真が見定める。ーーそれでいい。
 酸に焼けることも厭わず、鷲が如き手を突き出す。頭蓋骨の丸みを掌に納め、潰しやすいように眼窩に指をかけたらーー鎧を砕くが如く、潰す。
 栄養価の足りぬすかすかの骨など、この糸に繋がれた実の暇つぶしにもならない。
 後方、抵抗すべく実に照準を合わせられる銃口四ツが出現。戦火に死んでいった兵の骨が、生きたいがために引き金を。
「「遅い」のォ」
 真が一瞬早く糸を手繰らば、瞬きの間に銃身と実の距離は零。その銃身を掴み、肉に関節を捻じ込む如く押し込んだ!
 銃口は左右へ向かされ、弾は部屋の天井めがけ発つ。鼓膜をつんざく発砲音を両耳に聞いて、嗤う。心音もチャカも、全くもって喧しい! 

 泥濘どもが、泣いている。
 あああ愛をくれ、助けてくれ、生きていたいだけだった、誰も彼もその筈だだだだだ。
「愛なんて無用な高級品、誰でも持っていると思うのか」
 おめでたいな。愛も正義も期待するなと真が否定する。次々湧き出す骸骨を、飽きもせず、集中途絶えず、次々次に実で破壊する。
「あーァ、オカワイソウなお声が仰山に」
 濃硫酸で溶ける熱なのか、地獄のような高揚感がもたらす熱なのか。その区別もつきはしない、されどそこに問題も無い。
「まだ躍り足りないだろ」
「余裕じゃて」
「ホラ、てめぇらも」
 真が、薄笑って問うた。実が凶暴性に任せて破壊、崩してゆく黒い泥濘の城。その下には夥しい骨が眠っているのだろうーーほら、またひとつ湧いて出た頭蓋をクラッシュ。仲良く死ねよと笑った実が、両手の頭蓋と頭蓋をぶつけ粉砕した。
「その泥が流れ朽ちるまで 精々ダンスの相手はしてやる」
 真の脂汗が雫を成す。空間把握、戦況予測、裏の裏の裏を読む脳の限界まではまだまだある。
「んー! 良かったのォお前らァ! まーちゃんもお優しいからまだ遊んでくれるってー!」
 真に全てを委ねてた実の身体は、細胞ひとつひとつまで最高だ。痛みも限界も超える高揚に溺れる心地よさ、どんなお薬よりもよぉく効く。
「痛いの嫌? ま、しゃぁないなァ。世の中、ホラ。ジャクニャクキョウシャ?」
「弱肉強食だ。猿からやり直せ馬鹿が」
 泥濘どもの死に物狂いか、足元から突き出た銃を、イイモン拾ったとばかりに奪取。手慣れた手つきで適当に。
 零距離発砲即死反動。ーー……残響、痺れ。
 そろそろ何コンボ決めたろう、数えていれば良かった。
「次はもぉっと、楽ゥに生きれりゃエエね」

 ま、コンボ数は、次に遊んだ時にでも。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジン・エラー



──は、


ゲビャバグハハハハハハ!!!!!!


よォ~~~~~く聞こえるぜ、お前らの聲。
視えねェ分、余計にな。

当たるわけがねェ。【天意無法】
酸?知ったこっちゃねェ。【高慢知己】


オレからは声なンてかけてやれねェが、どうせお前らにゃいらねェだろ。
兎にも角にも、なあ。
やるこたァ変わらねェンだ。


救ってやるよ、お前らを。なあ。


喉が潰れど
肚裂けど
世界をその目に映せずとも

オレの歩みは止まらない
【オレの救い】は留まらない
溢れる赫より勁烈に
木漏れ日よりも懇篤に


隣人の明日を祈れ



じゃあな。





 ーーは、

 そのブレスに、世界が耳をそばだてた。
 救いを望む凡ゆる悲劇が、無自覚にもその訪れを待っていた。

「ゲ、ビャハベホバハハハハハハハ!!!!!!」

 聞け、その男は救いである。
 悲劇全てを喜劇に無理やり塗り替える声が部屋に轟く。
 その身よりも強大な棺桶提げて。
 生も死もその身に担ぐ風態晒して。

 ーー来たり! 来たり!! 来たり!!!
 神よ、この世に悲劇を放ちし神よ! 奴の名前を知っているか!
 彼の男はジン・エラー!! 神が編んだ運命を、必ずや否定する男であるぞ!!ーー

 奴を知らぬ者は眉を顰める。
 されど、あの笑い声は世界を平等にすべく来た。
 果実を食えた人類も、腹を空かせた人類も、骸海に還すべく高笑う。

「っかぁァ〜〜〜〜〜〜よォ〜〜〜〜〜く聞こえるぜ、お前らの聲」

 然り、救われたいならば顔をあげよ。憎悪が胸を焼くならば声をあげよ。
 不遜にも耳糞穿りながら、唾をマスクの端から吹き上げ笑った男こそ。
 骸の海へ誘う洪水哉。
 下品な程にギラつく紅の瞳が、笑みに歪む。

「愛されたかった? 産まれたかった? グヒャバババ!!オエッボフォ
 嗚呼だろうとも! 欠伸が出るほど切なる願いだ、人として当然すぎてーーなぁァァァァんも掛ける言葉も無ェ」
 然り、言葉など生者の特権に過ぎぬだろう。
 死者の無念は言葉では癒せまい。
 絶対的な存在として、『送る』事こそを救いと呼べ!

 嘆きより無限に生まれる濃硫酸の泥濘を。男は傲慢にも掻き分け進む。
 そこに道があると識っている。歩め。救われるべき者達に、どのような狼藉を働かれども。その救いが届くまで歩め。
 溶かしたいならば溶かすが良い、肉も骨も聖なれば、必ずや遺るものがある。
 聖者よ、悲嘆の渦を悠然と泳げ。子供の憤怒を背負って嗤え。
 善悪の筵となれども折れることなかれ。死せども聖者よ死せるなかれ!

 その笑声に怒りさえ覚えた泥濘の中の弱者が、その喉に酸を注いだろう。されどジンはそれを受け入れ尚笑う。そんなに恐れずとも良いと、体現するように喉は爛れた。
 ならば急所を割いてしまえ、私が殺されたようにーー暴力に犯され死んだ女が、その腹を酸で貫き試したろう。しかしジンの膝は折れること無く。もう誰もお前を傷つけないと、優しく囁く。風穴の一つや二つ、あるくらいが悲劇を慰むには丁度いい。
 そして、酸の雨は、とうに。『平和の犠牲者』達を見つめ続けた、その美しい両眼を焼いている。焼かれども聖者は眼を開き続けた。
 救われることから逃げるなと、五億人に語るべく!

 歩め。
「救ってやるよ」

 歩め!
「お前らを」

 無罪のまま死んだ清らかさも、生きるための罪過に染まった美しさにも。御託無用の傲慢さで立ち向かおう。
 血は勁烈に人々を生かした。
 木漏れ日は懇篤に人々を愛した。
 聖者もまた、其れ同然に。一人たりとて、遺すまい。
 
 聖者に光が灯る。人の形をした太陽の如く。
 光が、泥濘達を呑んでいく。
 あぶくになって弾けていく。
 ずっとずっと欲しかったぬくもりがこれであったと、胸に信じて溶け落ちる。

「じゃあな」

 傷だらけの男が一人。隣人のように、微笑んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

有栖川・灰治
ぁああァアもう!!腹たつなァ!!!!
寝返りしか打てないよこんな体じゃ!
なんでなんでなんでさ
せっかくいい気持ちだったのに
自分が何したか分かってる?
操羅がこんなに怯えて可哀想!!!

あは、で?なにそれ?
違うよ違うぜんぜん違う
僕の見たかったのはこんなのじゃないよ
気持ち悪いなぁ
僕の短いお手ても気持ち悪い

はぁ、もういいよ
そっちのいーらない
操羅、僕の手脚になってくれるよね
わ、きれい!これがほんとの一心同体!?
なんちゃって!

僕と操羅は元から一心同体
よーし悪い子はこの正義のヒーローがやっつけちゃうぞ!

めちゃめちゃのぐちゃぐちゃに
引き裂いて
潰して壊して
さっさと死ねよさあさあさあ!!
あ、もう死んでるんだっけ?

あは!





●

「あぁあァァア ァもう腹立つなァああ!!!!!!!!」

 裏返る怒号。
 四肢を無くした肉塊が叫んでいる。

 部屋の中に残ったオブリビオンの泥濘は既に随分と減っている。どうやら肉塊は、いい夢いい話にうとうとと、己の惨状に気付くのが遅れたらしい。
 大声を出し慣れていない人間特有の音の裏返り、されど執念の篭ったおどろしさ。
 びだん、寝返り。怒りに満ちた目はけもののぎらつきを帯びている。
「なんで? なんでなんでこんな事になってんのさ? お前らがこんな酷い事したんでしょ? 折角僕たち兄妹で、仲良く空中散歩してたのにさああ!!!」
 怒りに満ちる半笑い。ズレた眼鏡を直すこともままならない。肩だけじゃ短すぎるよ困ったな!!
 四肢の足りない激痛は、夢心地であった興奮と怒りの半狂乱に鈍化される。
 どくどくどくどく、血が流れて気持ちが悪い。
 どくどくどくどく、操羅も止血に大変そう。
「あは、で? 何、何それ、気持ち悪いなあどろどろどろ。ドブ川の底の方じゃん君たち、生まれたかったとか泣いてるけど生まれない方がドブのためじゃない?」
 あっはっは、いつもなら言わないような事までわざわざ言っちゃう。だめだめ、お兄ちゃんはこんな事言わないんだ! だめ! 幻滅しないで操羅、ほら、ふたり仲直り!
「……ね、操羅、僕の手足になってくれる? こんな短い手足じゃ、何にもできないよ」
 黒い細糸のような触手が、噴水あるいは蟲の群の如く一斉に四肢から沸き溢れる。ずるずるぞるぞる細い触手同士堅く絡まって、繋ぎあって、編むように失われた四肢を成す。操羅は編み物も上手でとっても女の子らしいでしょ?
 黒い四肢は編み目も繊細で、その上隙間から夕暮れの光も透けてとっても綺麗! こんな綺麗なものを二人で作っちゃうなんて、ちょっとロマンチックじゃない?
 共同作業、名実ともに一心同体! 
「ふふ、共同作業なんてケーキ入刀みたい。でも僕ら兄妹、きっと操羅を幸せにするからね」
 いい事言っちゃった、恥ずかしいな! ほら操羅もうねうね小刻みに揺れてる、女の子だもん恥ずかしいんだね。
 で、何? 兄妹のきずなを確認してる時にも、あのドブ川の死体達煩いね。臭いし汚いし良いこと無し。部屋を汚す悪い子は、
「僕ら、正義のヒーローがやっつけてやる!」
 
 
 ーー爛々、脳内麻薬は止めどなく。苦しむもの達は哀れだという、上っ面の人間倫理さえ、アドレナリンの興奮に潰れてパン。
 泣こうが喚こうがいくら悲しく助けを求められようが、ひとは有象無象に無関心なのだ。あるいはばけものにこころは無い。


「そーれ、ケーキ入刀ー!!」
 ズ、ドン!!!!!! 触手を編んだ黒杭で、汚い頭蓋骨を一つ粉砕。速度から生まれる一点突破の破壊力は、その細腕から
放たれるとは思えない一撃となる。向こう側の壁まで穴あけちゃった、まあいっか。飛び散る黒が汚いな、ごめんね女の子にこんなもの倒させて。
「え? うんうんごめん、言葉の綾だよ。そうだね、気をつけるよ。ごめんね操羅」
 談笑しつつべきばきごちゃりと引き裂いて貫いて潰して壊す。ああちゃんと臓腑のかたちにすら並んでないしただのぐちゃぐちゃってほんとナンセンス。うーんやっぱドブ! ケーキなんかじゃない!
 それがずろり形を変えて、およそ十丁の銃器を成して僕らに向ける。あ、抵抗のために打ちたいんだ。へえ。
「えいや」
 両手を振り回せば操羅が網状に解けて、それらの銃を絡めとる。ーー全部まとめて、上むけ上!
 砲身をたおやかにずらされた発砲は花火の如く喧しく無害。跳弾こそしたものの、跳ねた先さえごっぽごぽの泥濘の中。操羅賢ぉい! そんな事までかんがえてたの!
 
 おや、他の疲れた猟兵が僕らを見ている様な?
 ははあ、操羅が綺麗だから見入ってるんだなさては!
 あるいはカッコいいから魅入ってるんだな、ヒーローは遅れて起き出してくるんだよ!

 オブリビオンの反抗さえも既に弱っている。あーあ、この上つまんないと来た。折角四肢バラバラ兄妹愛フォームのお披露目だったのに、これじゃいつもの操羅でも十分倒せた。
 ああもうほんといいや。雑にガンガンぺったんこにしちゃえ。
「じゃ、さっさと死んで。さあさあさあさあほらほらほらほら!」
 泣いて喚いて恨み言、それらをそよ風よりもどうでもよく聞き流す。
 ーーあ、もう死んでるんだっけ?
「あは、そうだよねもう死んでた! こんな事もわかんないなんて、貧血で頭ばかになってるかも。操羅ぁ、今日は気をつけて帰らないとねえ」

 はい、潰してちぎって畳んで捻って、
 操羅の脚で、潰しておしまい。
 ぶちゅん。
「ーーはあ! お疲れ様、操羅!」
 天晴れ、正義は必ず勝つ!

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 札束は自由に持っていくといい。もうどうせ誰も咎める者も残っちゃいない。
 部屋の惨状の片付けも、専門の者に任せるといい。
 負った傷は癒えるだろう、猟兵も化け物であるが故。
 悲劇を数多乗り越えて、くたびれた体を引きずって、屍の上にある平和な明日を、どうか誰しも迎えていけ。
 
 静かで生温かな夜が来る。
 めでたし、めでたし。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年07月08日
宿敵 『平和の犠牲者達』 を撃破!


挿絵イラスト