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軋むこころと瑠璃唐草の想い

#UDCアース #呪詛型UDC #心情系 #設定掘り下げ系 #シリアス

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●降る星と、あなたの見る光景
 目の前に広がるのは、一面の蒼。藍色の空には無数の星が瞬き、まあるい月が浮かんでいる。
 それは、数年に一度、偶然と偶然が重なって起こるのだという。
 いつ起こるか、普通なら誰にもわからぬその現象。
 藍色の空に星と月が輝く時、その蒼い花の海であなたが見るのは、過去に出会った誰か。
 もしかしたら相手は、今もそばにいるかもしれない。けれども目の前に現れるのは過去のその相手。
 そしてその相手は――あなたを許し、泣いたり、あるいは微笑んだりしてくれるだろう。

 私はあなたを許す――ネモフィラの花言葉のように。

●グリモアベースにて
 そこに佇む彼女は、白い大きな翼と銀の髪に多重花弁の桃の花を持つ少女だ。UDCアースの風景を背に、彼女は口を開く。
「来てくれてありがとう。はじめに言わせて。この依頼は、皆さんの過去や精神、感情、心……そういうものを強く揺さぶるわ。それでも……皆さんにはUDCアースへ行ってほしいの」
 香水瓶型のグリモアを手に告げる彼女の名は、神童・雛姫(愛し子たる天の使い・f14514)という。
「瑠璃唐草という花をご存知? ネモフィラ、と言ったほうが通じやすいかしら?」
 とある地域にあるネモフィラの花畑で、偶然が重なり合った時にだけ不思議な現象が発生するのだという。
「無数の星が瞬き、まあるい月が見守る明るい夜。普段でもとても素敵な光景よ。でも、この日は違うの。皆さんの前に『過去に出会った誰か』の姿が現れるわ」
 それはもう何年も前のシーンの再現かもしれない。数日前の誰かの姿かもしれない。『その時点より過去』に出会った誰かが目の前に現れるのだという。
「その人物は、皆さんを『許して』くれるわ。もういない誰かかもしれない。昨日も会話をした誰かかもしれない。皆さんが許しいほしいと思っている、いないが関係しているのかもわからない。けれどもネモフィラの花言葉になぞらえるように、『許して』くれるの」
 誰でも一度は、許して欲しい、と思ったことがあるだろう。実感はなくとも、潜在的に思っているということもありえる。そんな相手が姿を現し、許してくれるのだ。
 たとえ現実でなくとも、この許しによって心が軽くなる者もいるだろう。当然、怒りや不快感をいだくものもいるだろう。けれども必ず、その誰かは現れるのだ。
「ただね、その蒼の花畑で触れ合っている相手がいる場合は――手をつなぐとか、肩を抱くとか、程度はいろいろあるけれど――その場合に現れるのは、触れ合っている人の中から『ひとりの相手だけ』なの」
 ふたりで手を繋いでいれば、どちらかの相手が出現し、そしてその相手を共に目撃することができる。五人だったら、五人のうち誰か一人の相手が出現する、というわけだ。ひとりで相対する自信がなければ、誰か信頼できる人と一緒がいいと思うわ、と雛姫は告げた。
「その『相手』が消えると、何の前触れもなくまったく違う場所に移動してしまうと思うの。そこでも多分、皆さんの心や絆が試されると思うわ。それを乗り越えれば、呪詛を唱えるUDCの群れへとたどり着けるの」
 そう告げると雛姫は、わずかに苦しそうな表情を見せた。
「……皆さんのこころを苦しめるような予知になってしまってごめんなさい……」
 それでも彼女は、しっかりと顔を上げて。
「皆さんが無事に帰って来るように、祈りの歌を紡いで待っているわね」
 そう告げて微笑んだ。


篁みゆ
 こんにちは、篁みゆ(たかむら・ー)と申します。
 はじめましての方も、すでにお世話になった方も、どうぞよろしくお願いいたします。
 結構近くでネモフィラの花畑を見ることができると先日知りました。

 このシナリオは皆様の過去や心、精神に触れる心情重視シナリオです。

 第一章では、ネモフィラの花畑で偶然が重なった時にだけ起こる現象に遭います。
 現れる対象は『花畑に来るまでの過去に出会った誰か』で、例外なく皆様を『許して』くれるでしょう。
 反応や現れる相手などは上記の条件に合っていれば基本的に大丈夫なので、この状況をお好きにご利用ください。
 提示されているPOW/SPD/WIZの行動例はあくまで一例ですので、あまりお気になさらず。
 下記特殊条件の指定がなければ、基本的におひとりさまずつ描写の予定です。
 ※特殊条件として、花畑の中で触れ合っている相手がいる場合は(グループ参加)、そのなかの誰かの相手に一緒に相対することになります。

 第二章では、海や湖など、水に関する絵画ばかりが飾られた展示ホールへと自動的に移動しています。
 こちらでは、絵画を目にすると『眠りについてしまいたいほど辛い記憶』『水底に沈めて忘れたはずの記憶』などがフラッシュバックしたり、心の闇が色濃く現れるでしょう。
 ※絵画に影響される人とされない人がいるようです。詳しくは第二章の冒頭にてご説明します。

 第三章では、オブリビオンとの集団戦になります。理性を失わせたり、狂気を助長したり、感情をかき乱したりと精神に影響を及ぼす攻撃をしてきます。

●第一章プレイング受付開始時間
 今回は試験的に設けさせていただきます。
 5月19日 8時31分より受付開始いたします。それより早くお送りいただいた場合、流れてしまう可能性が高いです。

●プレイング再送について
 プレイングを失効でお返ししてしまう場合は、殆どがこちらのスケジュールの都合です。ご再送は大歓迎でございます(マスターページにも記載がございますので、宜しければご覧くださいませ)

●お願い
 単独ではなく一緒に描写をして欲しい相手がいる場合は、お互いにIDやグループ名など識別できるようなものをプレイングの最初にご記入ください。
 また、ご希望されていない方も、他の方と一緒に描写される場合もございます。

 皆様のプレイングを楽しみにお待ちしております。
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第1章 日常 『『瑠璃と濃藍と、満月と――』』

POW   :    藍の世界を逍遥する

SPD   :    ネモフィラを愛でる

WIZ   :    流星に願いを乗せる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 目の前に広がるのは、一面の蒼。藍色の空には無数の星が瞬き、まあるい月が浮かんでいる。
 風は夜特有の匂いを孕んで蒼の花を揺らし、肌を撫でてゆく。
 藍色の空に星と月が輝く時、その蒼い花の海に降り立ったあなた達が見るモノは――?
百々海・パンドラ
お花…とっても綺麗
まるで、海原のよう
きっとあの子が見たら、大好きな蜂蜜色の瞳を蕩けさせてとっても喜ぶに違いない
(大切に抱えた羊のぬいぐるみを抱き締め)
許すのは、私なのかな
それとも、あなたなのかな

許されなくてもいいから、もう一度逢いたいの
(願いをこめて瞳を閉じる)

逢いたい人に出会えたら、思いっきり抱き締めてもらいたい
私のたった一人の家族
羊の角と蜂蜜の色の瞳と、羊のようにふわふわの金色に光る髪をした…私の姉

めろ、あなたを忘れない私を許してくれる?

あなたは自分を忘れて幸せになってって言ったけど、私は忘れたくないの
寂しくても苦しくてもあなたの事が大好きだから

ねぇ、お別れする前には大好きな笑顔を見せてね



(「お花……とっても綺麗。まるで、海原のよう」)
 ひらりひらりと泳ぐ服の裾で蒼の花に触れながら、百々海・パンドラ(箱の底の希望・f12938)は花の海を行く。
(「きっとあの子が見たら、大好きな蜂蜜色の瞳を蕩けさせてとっても喜ぶに違いない」)
 いだくのはお手製の羊。その手にぎゅっと力をこめて思い出すのは、羊と同じ蜂蜜色の瞳を持つ彼女。
「……許すのは、私なのかな。それとも、あなたなのかな……」
 ぽつり、小さく呟いてみる。けれどもパンドラにとって、どちらが許す側かなんて些末なこと。
 だって。

(「許されなくてもいいから、もう一度逢いたいの――」)

 願いはひとつなのだから。
 瞳を閉じて、羊をぎゅっと抱きしめて願う。
 叶うならば、叶うならば、叶うならば――。
 どのくらいそうしていただろう。
 長い睫毛を震わせて、恐る恐る深い海色の瞳を開く。
 はたしてそこには――。
「っ――!」
 思わず息を呑んだ。
 パンドラの目の前に立っていたのは、一人の少女。
 羊の角と、羊のようなふわふわの金の髪。蜂蜜色の瞳でパンドラを見つめる彼女が小さく首を傾げると、その金色の髪は月の光を受けて輝いた。

「めろ、あなたを忘れない私を許してくれる?」

 たったひとりの家族。大切な、大切な姉。

「あなたは自分を忘れて幸せになってって言ったけど、私は忘れたくないの」

 こころから溢れ出る想いは止められなくて。逢いたかった逢いたかった逢いたかったと、こころ全体が強く主張している。
 涙が、零れそうで。けれども泣いてしまったら、彼女の顔が見えなくなってしまうから。せっかくまた逢えたのだから、その顔はしっかりと瞳に焼き付けておきたい。だから、パンドラは涙をぐっと我慢して、言葉を紡いでゆく。

「寂しくても苦しくてもあなたの事が大好きだから」

 だから、忘れたくないの――紡ぎきれずに一度息を吸ったその時、目の前の彼女が動いた。

『仕方ないなぁ……』

 聞こえてきたのはまさに彼女の声。今見ている彼女の姿も、聞こえた声も、パンドラの記憶にあるものと違わず。それはもしかして、彼女の記憶から導かれた幻なのかもしれない。けれども、そんなこと、今はもうどうでもいい。
 近づいてきた金色の彼女にふわりと抱きしめられると、おひさまの匂いがしたから。

「っ……」

 パンドラも彼女を抱きしめるように、羊を持っていない手をその背中に回した。
 不思議と、彼女に触れた感覚はあった。ぬくもりさえ感じるような気がした。そのまま縋り付くようにパンドラは暫く手を離さなかったけれど、彼女は何も言わずに抱きしめてくれていた。
 だから。

「ねぇ、お別れする前には、大好きな笑顔を見せてね」

 抱きしめたまま、彼女にだけ聞こえるように、囁いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

岡森・椛
セロさん(f06061)と

すごい!
精霊アウラも一緒に蒼い世界を見渡す
うん、花は好き!
それに誰かと花を見るのも好き
一緒に「綺麗」って思えるから

逢いたい幽霊さん、どんな人なのかな
複雑な表情をしてるセロさんの様子に不安になる
だからこそ、差し出された手を取りぎゅっと握る
うん、私もアウラもついてるから安心してね

現れた不思議な雰囲気の優しそうな人
逢いたいと願ったのは、きっと忘れられない大事な想い出があるからこそだよね…
繋いだ手からセロさんの気持ちが伝わって来る気がして
ほんの少し、手に力を込める
一人じゃないよって伝えたくて

微かに聞こえたセロさんの呟き
ああそうなんだ…
うれしかったの言葉に、胸がじわんと熱くなる


セロ・アルコイリス
椛(f08841)と

見事な蒼い花畑ですね
あんたは花、好きですか?
ナルホド、そういう好きもあるんですねぇ

ちょいと前に逢いたい幽霊が居るたぁ言いましたけど、ほんとに逢えるとは
楽しみなのか、……『こわい』のか
とにかくひとりじゃやだったんです
手を借りても、いいですか?(手差し出し
アウラも。(笑って)ココロ強いですね

『誰か』はひとりの優男
襤褸を纏う、ネモフィラの魔力借りなくてもいつでも笑って許してたひと
……締め付けられる、このココロはなんだろう
なんか色々、欠けてる気がして
忘れてる、気がして

掌に感じたぬくもりに我に返って、わらう
ありがとですよ、椛
うん、きっとこれがそうだ
……逢えて『うれしかった』、……師匠



「すごい!」
 濃藍の帳に月と星が瞬いて、一面の花の海に降り注ぐ。
 そんな光景が視界いっぱいに広がったものだから、岡森・椛(秋望・f08841)の口から思わず感嘆の声が漏れた。彼女の傍らを見れば、ふわふわ浮いている風の精霊アウラもまた、同じ表情をしている。
「見事な蒼い花畑ですね」
 そんなふたりの様子を盗み見てのち、セロ・アルコイリス(花盗人・f06061)も同じように蒼を眺めた。
「あんたは花、好きですか?」
「うん、花は好き!」
 深い意図無く口をついて出た問いに、間髪入れずに肯定が返されて。セロはふと、視線を隣の彼女へと向ける。
「それに誰かと花を見るのも好き。一緒に『綺麗』って思えるから」
 続けられた椛の言葉はセロが考えもしなかったもので、若干驚かされたと同時に、不思議と素直に受け止めることができた。
「ナルホド、そういう好きもあるんですねぇ」
 ゆるりゆるりと海の中をゆく。意識して彼女に歩調を合わせたわけではないが、気づけばセロは椛とアウラと並ぶようにして歩いていた。それは、自身も感知できていない、ココロの一端に起因するものなのか。
「ちょいと前に逢いたい幽霊が居るたぁ言いましたけど、ほんとに逢えるとは」
 ぽつり、独り言とも会話とも取れる言葉。
「楽しみなのか、……『こわい』のか」
 そこまで告げて、セロはなんとなく理解した。自分が自然と、彼女たちと歩調を違えなかった理由を。
「とにかくひとりじゃやだったんです」
 そうだ。きっとこれが理由なのだ。
(「逢いたい幽霊さん、どんな人なのかな」)
 隣を歩く彼は、なんだか複雑な顔をしている。立ち止まった彼の顔を、赤茶の瞳で見上げれば、どこから湧いたのかもわからぬ不安が椛の心を満たす。
「手を借りても、いいですか?」
「うん、私もアウラもついてるから安心してね」
 だからこそ、躊躇いなど微塵も見せずに差し出されたその手をぎゅっと握りしめた。
「アウラも。ココロ強いですね」
 当然、とばかりに、椛が握った手に触れようとふわりと動くアウラ。自分とアウラの言動を捉えた東雲色の彼の瞳が笑ったから、胸の中のざわめきが少し、落ち着いた気がした。

 ゆらり……。

 視界の端、蒼が揺らいだ気がして、ふたりはそちらへと視線を向ける。
 ああ、来たのだ――そう理解った時にはもう、そこに『彼』は佇んでいた。
 現れたのは、襤褸を纏っていても上品さを漂わせる優しげな男。ネモフィラの不思議な力なんて借りなくても、いつでも笑って許していた――そんなひと。
(「不思議な雰囲気の人……でも、とても優しそうな人」)
 椛のいだいた第一印象。きっとそれは間違っていないだろう。
(「逢いたいと願ったのは、きっと忘れられない大事な想い出があるからこそだよね……」)
 ちらりと隣の彼を見やれば、当然のごとく目の前の『彼』に視線を釘付けにされている。
(「……締め付けられる、このココロはなんだろう」)
 目の前の『彼』は、穏やかな表情でセロを見つめている。『彼』が紡いだ言葉は、普段の彼らしく笑って許すもの。
 でも、なんだか――繋いでいない方の手を、セロは自身の胸へとあてる。それで答えが得られると思っているわけではないけれど。
(「なんか色々、欠けてる気がして――忘れてる、気がして」)
 押さえた胸の中に、自身の把握していない空洞を見つけた気がして。その事実に一瞬、繋いだ手を忘れそうになった。

 きゅ……。

「……!」
 けれども、彼女がその手に力を込めてくれたから。決して強くはない力だったが、間違いなく伝わってきたのはぬくもり。
 繋いだ手から、セロの気持ちが伝わってくる気がして。彼のココロが、良くないものに支配されてしまいそうな気がして、椛はその手にほんの少し、力を込めたので。。

 一人じゃないよ――。

「ありがとですよ、椛」
 ぬくもりと共に伝わってきたものが、セロを引き戻した。引き戻されたことで、彼女のおかげで不思議と辿り着いたこたえに、笑みが漏れる。
(「うん、きっとこれがそうだ」)
 推測が確信に変わったから。

「……逢えて『うれしかった』、……師匠」

 小さく呟いて。
(「ああそうなんだ……」)
 彼のその『こたえ』は、椛の胸をじわんと熱くして。
 もう一度握る手に力を込めれば、応ずるように椛の手も強く握りしめられた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
あぁ、見事なネモフィラの花畑だな。
ゆっくりと散策させてもらおう。

会えるとするならば、やはりかつての主だな。
一緒の墓に入ったはずなのに、一緒に朽ちていくはずだったのに。
なのに俺だけが世界を渡りここにいる。
置いてきてしまったような、置いてかれたような気持ちもだがなにより、折角人の身を得たんだ話したい。
許しなんてどうでもいいんだ。

かつての主のように本体を振るえるように、姿を似せた俺を主は笑うだろうか。



(「あぁ、見事なネモフィラの花畑だな」)
 蒼の海をぐるりと見渡して、黒鵺・瑞樹(辰星写し・f17491)はゆるりと歩みを進める。
 上を見れば、濃藍の帳に煌めく星とまぁるい月。下を見れば、風に柔らかく揺れる蒼い花弁の海。そういえばこの花畑には、偶然と偶然の編み出す不思議な力があるのだったか。
(「会えるとするならば、やはりかつての主だな」)
 瑞樹と同じ、銀髪青眼で童顔の青年――否、瑞樹がその姿を借りているのだ。性格まで主を写したような瑞樹の本体は、黒い刃の大振りなナイフである。アサシンナイフとして作られた彼は、その青年に振るわれていた当時からうっすら意識はあったものの、もちろん、声も言葉も文字も――表現する、伝える手段は持たなかった。
 彼の死に際し、一緒の墓に入ったはずだった。一緒に朽ちていくはずだった。なのに。
「……なのに俺だけが世界を渡りここにいる」
 ぽつりと零したのは、罪悪感か寂寥か。
 強めの風が、瑞樹の銀の髪を巻き上げる。目を閉じて髪を押さえるようにしていた瑞樹は、風が収まったのを感じて。顔に張り付いた髪をどかしながら目を開けた。

「――っ……」

 思わず息を呑んだ。自分と瓜二つな――否、自分が似せて象った『彼』が目の前にいるのだ。
 置いてきてしまったような、置いていかれたような矛盾する気持ち。いだき続けていたそれは、先ほどの強めの風に吹き飛ばされてしまったようだ。

『どうしたんだ? 元気出せよ』

 銀の髪に巻きつけられた鮮やかな色の布飾りが、ゆらりと風に泳ぐ。
「っ……!」
 目の前の『彼』が次の言葉を発する前に、瑞樹は『彼』の肩を掴んだ。
「ぁっ……」
 せっかく人の身を得たんだ、話をしたい。許しなんて、どうでもいいんだ。けれども何故か、うまく言葉が出てこない。

『落ち着けって。酒でもありゃよかったんだが』

 今の瑞樹の姿を見ても驚かない『彼』は、この場ではどのような存在なのだろうか。
(「そんなの、どうでもいい。言葉だ、言葉」)
 必死に言葉を探す瑞樹の肩を、『彼』は穏やかな顔でぽんぽんと叩いた。
(「かつての主のように本体を振るえるよう、姿形を似せた俺を、主は笑うだろうか」)
 ともに佇む蒼の海。言葉をかわす時間は、まだ残されているから――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シノ・グラジオラス
シエン(f04536)と
何で俺引っ掴まれてるんだ?は?逃亡防止?
景色見に来たんじゃなさそうだが…

現れたのは俺を庇って死んだ恩人で、かつての想い人
シエンと共通の友人でセスと言う雪狼のような人狼の女性
今の俺は彼女の願いに添う為だけに生き、彼女に報いる為に死に場所を探してる

(目の前の人物に動揺し)何の…冗談だ
シエン、フザケんなよ。こんな手の込んだイタズラ、さすがに俺も怒るぞ!
止めろ、セス。聞きたくない。俺は、許されたくなんてない
許されてしまったら…お前を忘れてしまいそうで怖いんだ

何でシエンがそれを知ってるんだ!?
お前の言ってる事は分かってる。けど、それでも俺は…俺を許す術を知らないんだ


シエン・イロハ
シノ(f04537)と

どういう場所なのか、あえて言わないままシノを誘って現場へ
逃げる事は許さず、肩をひっ掴んで

※相対するのは、シノの相手に
セスは、シエンにとっては今は亡き友人の猟兵
セスの宿敵からの襲撃に、シエンが雑魚の露払いを引き受けた
結果として、宿敵相手の戦闘でシノが死にかけ、彼を生かす為にセスが命を落とした

冗談?悪戯?
んな事の為に俺がてめぇをこんなとこにわざわざ連れてくるかよ
いい加減逃げずに向き合え

(シノの言葉に溜息を吐いて
最初から、許してないのはセスじゃなくてめぇ自身だろ
セスが許さないとすれば、死に場所探してる事と、てめぇの幸せを放棄しようとしてる事の方だろ

…だから連れてきたんだろうが



 どすどすどす、と大股で歩くシエン・イロハ(迅疾の魔公子・f04536)に肩を引っ掴まれて、シノ・グラジオラス(火燼・f04537)は蒼の海へと連れてこられた。
「何で俺引っ掴まれてるんだ?」
「逃げられねぇようにだよ」
「は? 逃亡防止?」
 そう、シエンはこの蒼い海の不思議な力を、シノには告げずにここまで連れてきた。
「景色見に来たんじゃなさそうだが……」
 あたりに広がるのは、お世辞を抜いても綺麗な景色。だがシエンが景色を見るために自身をここに引っ張って来たのではないことは、シノにもわかる。
 けれども真の理由がわかったのは、次の瞬間だった。
「何の……冗談だ」
 ふたりの目の前に現れたのは、ひとりの女性。雪狼のような美しい人狼の彼女のことは、ふたりともよく知っている。知りすぎているほどに。
「シエン、フザケんなよ。こんな手の込んだイタズラ、さすがに俺も怒るぞ!」
「冗談? 悪戯? んな事の為に俺がてめぇをこんなとこにわざわざ連れてくるかよ」
 自分が酷く動揺しているのがシノにはわかる。そしてこれがイタズラだとしたら、たとえ仕組んだのがシエンであろうとも、怒りを抑えられないことも。

『シノ、もう、いいのよ』

 目の前の彼女の声は、ふたりの記憶の中のものと全く同じだ。その声で紡がれる言葉を聞き入れたくなくて、シノは自身の耳を塞ぐ。

『自分を責めないで。いいのよ』

「止めろ、セス。聞きたくない。俺は、許されたくなんてない」
 自身の耳を塞ぎ、駄々っ子のように首を左右に振るシノ。たまりかねたシエンは、彼の腕を強く掴んでその手を耳から引き剥がした。
「いい加減逃げずに向き合え」
「許されてしまったら……セス、お前を忘れてしまいそうで怖いんだ……」
 目の前の彼女の名はセス。人狼の猟兵であり、シエンにとっては友人だったひと。シノにとっては想い人であったが、恩人となったひと。そう、彼女はもう、この世にはいない。

 ふたりの脳裏にかつての忌まわしい記憶が蘇る。
 それは、セスの宿敵から襲撃を受けた時のことだった。彼女と友人であったふたりは、もちろん彼女に助力することを選んだ。
 シエンが雑魚の露払いを引き受け、シノとセスは彼女の宿敵と相対した――が、命を落としたのはセスだった。セスの宿敵に相対したシノが死の危機に瀕した時、彼女はシノを生かすために自身の命をなげうつことを選んだからだ。
 この出来事は、ふたりに大きな衝撃を与えた。とりわけシノは、心にも大きな傷を負ったのだ。彼女の願いに添う為だけに生き、彼女に報いる為に、常に死に場所を探しているほどに――。

 シノの言葉に、シエンは彼の腕を掴んだまま、大きくため息を付いた。
「最初から、許してないのはセスじゃなくてめぇ自身だろ」
 そのまま、強い語調で続ける。
「セスが許さないとすれば、死に場所探してる事と、てめぇの幸せを放棄しようとしてる事の方だろ」
「何でシエンがそれを知ってるんだ!?」
 あまりの驚愕のためにか、シノの視線が真っ直ぐにシエンと交わった。けれどもそれは一瞬のこと。シノはすぐに視線を落とし、焦点の合わぬ瞳に蒼を映している。
「お前の言ってる事は分かってる。けど、それでも俺は……俺を許す術を知らないんだ」
 喉の奥から無理矢理絞り出したような呟き。
「……だから連れてきたんだろうが」
 けれどもそんなこと、シエンはとっくに知っていた。だからこそ、無理にでも『彼女』に会わせたかったのだ。

『ねぇ、もう、自分を許してあげて――』

 その言葉に、シノは躊躇いがちに、口を開いた――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

三上・チモシー
ネモフィラ、写真でしか見たことないから、楽しみにしてたんだー

現れるのは灰色髪の成人女性
寺の長女、チモシーの姉
今朝も見た無表情に、淡々とした口調
いつのまにかこちらにもうつってしまった、あまり聞かない一人称

弟、弟は何も心配しなくていい
寺は自分が継ぐから
自分が継ぎたいと思ってるから継ぐ
だから弟も好きなことをすればいい

……うん、それこの前聞いた
また言われるってことは、自分少し気にしてたのかなぁ。押し付けたんじゃないかって
でもよく見たら姉さん楽しそうだったね
自分も毎日好きなことして過ごしてるよ
お菓子食べて、かわいい服着て
だからお互い気にすることなし。はい、この話これでおしまい!
それよりネモフィラ見ようよ



「すごーい……」
 写真で見たのと同じ光景が、否、それ以上に美しい光景が眼前に広がっていて、三上・チモシー(カラフル鉄瓶・f07057)の口からは素直な感想が漏れた。写真でしか見たことのなかったので楽しみにしていたのだが、まさか本物のネモフィラがこんなに美しいとは。
 感嘆に耽る彼の隣に自然と浮かび上がった姿があった。灰色の髪をもった、成人女性。
 気配を感じて視線を向ければ、寺の長女であり彼の姉である彼女は、今朝も見たのと同じ無表情、その上淡々とした口調で告げる。

『弟、弟は何も心配しなくていい。寺は自分が継ぐから』
『自分が継ぎたいと思ってるから継ぐ。だから弟も好きなことをすればいい』

 続けられた言葉に、チモシーは小さく息をついた。
「……うん、それこの前聞いた」
 告げて思い出す、この花畑の力。
(「また言われるってことは、自分少し気にしてたのかなぁ。押し付けたんじゃないかって」)
 無意識のうちに罪悪感を感じていたのかもしれない。だから、姉が現れ、ああ言ったのだろうか。
 相変わらず無表情な姉の顔を見て、チモシーの記憶の中から呼び起こされるのは、普段の姉の姿だ。寺の仕事をし、寺を継ぐために過ごしている姉の姿は――。
(「でもよく見たら姉さん、楽しそうだったね」)
 それはその言葉が、チモシーを気遣って紡がれたものではないという証ではないか。だとすれば。
「自分も毎日好きなことして過ごしてるよ。お菓子食べて、かわいい服着て」
 そっと、目の前の姉へと手を伸ばすチモシー。
「だからお互い気にすることなし。はい、この話これでおしまい!」
 その手を掴み、笑顔で話を終わらせる。だって、この時間が限られているのだとしたら、もったいないもの。
「それよりネモフィラ見ようよ」
 姉の手を引き蒼の海を歩く。ときおりしゃがんで花を近くで見たり、花の近くで寝転んで、どこまでも続く花の海と深い海色の空、煌く星を眺める。
 いつまでも互いに気にしたままでは、もったいなさすぎるもの。

大成功 🔵​🔵​🔵​

城島・冬青
【アヤネさん(f00432)と】
花畑の手前で声をかける

アヤネさんじゃないですか
ネモフィラを見にきたんですか?

差し伸べられた手を握り返し花畑に入っていきます
綺麗ですね
花、摘んでもいいのかな?
黙ったままの彼女を気遣うように握りしめた手に優しく力を込める

許す者としてアヤネさんが現れます
普段通りの彼女が

…ごめんなさい
偶然を装って現れましたけど
本当はこっそりついて来たんです
アヤネさんがとても思いつめた顔をしていたから心配で…
後から先回りして声をかけたんですよ

今、本当の貴方の目の前には誰が現れ『許す』のでしょうね
ネモフィラを一輪摘んで
目の前のアヤネさん?の髪に飾る
…私はね、アヤネさん
貴方のことを助けたいよ


アヤネ・ラグランジェ
【ソヨゴ(f00669)と一緒】

一人で挑む構えで準備をしていた
でも偶然ソヨゴに出会ってしまい迷う
僕の予想は【だれも自分を許す者はいない】
自分を許して欲しい相手なんて存在しないから
覚悟はできていたはず
でもソヨゴに会って、なぜかそれを寂しく感じてしまった
その気持ちを口にせず、ソヨゴに手を差し伸べる
僕と一緒に行ってくれないか?

僕の予想と異なり、許す者は現れる
それは【過去の城島冬青】

実際に出会う前の
データーの海の中から拾い上げた綺麗な貝殻のような
猟兵IDに記録された正面写真の城島冬青

僕は罪の意識なんてない
罰したければ好きにしていい
そんな僕でも君は許してくれるのだろうか

ありがとうと微笑んで、一緒に行こう



「アヤネさんじゃないですか」
「……!?」
 花畑の手前で名を呼ばれ、アヤネ・ラグランジェ(颱風・f00432)は肩を大きく震わせた。その声には聞き覚えがある。忘れるはずなんてない。
「ネモフィラを見にきたんですか?」
 いつものように明るく声をかけてくるのは、城島・冬青(六百六十九番目の宿木・f00669)だ。
「ソヨゴ……」
 その名を口にしたアヤネの心に、迷いが生じる。
 この花畑には、一人で挑むための準備をしていた。でも、偶然彼女に出会ってしまったから……。
 だれも自分を許す者はいない――それがアヤネの予想だった。自分には、許しい欲しい相手など存在しないから。だから、覚悟はできていたはずだった。でも、彼女に会った今、なぜかそれを寂しいと感じてしまったのだ。
「僕と一緒に行ってくれないか?」
「もちろんですよ」
 それを言葉にせぬまま差し出した手に、躊躇いを見せずに重ねられた手。繋いで蒼の海へと足を踏み入れてゆく。
「綺麗ですね」
 眼前に広がる景色は、そんなシンプルな言葉こそが似合うものだった。
「花、摘んでもいいのかな?」
 冬青はいくつか言葉を紡いだが、アヤネは黙ったままだった。だからそっと、繋いだその手に力を込める。優しく、ここにいます、と。安心してもらえるといいな、と思いながら。
「あっ……!」
 いたずらな強い風が、ふたりの髪を揺らした。明るい髪に結った赤い紐がするりと解け落ちるのを感じ、冬青は咄嗟に繋いでいた手を離した――まさにその時。

『――、――』

「っ……」
 予想外だった。
 アヤネの目の前に、人影が現れたのだ。現れたのは、過去の城島冬青だ。実際に出会う前の、データの海から拾い上げた綺麗な貝殻のような、猟兵IDに記録された正面写真の冬青。彼女が紡ぐ言葉は……。
(「僕は罪の意識なんてない。罰したければ好きにしていい」)

『――、――』

(「そんな僕でも、君は許してくれるのだろうか」)
 目の前の『冬青』が許しの言葉を述べる。けれども隣にいる彼女は、どうだろうか。アヤネの意識はどこか宙に浮いたように、目の前の『冬青』を見つめていた。

 * * *

「アヤネさ……!?」
 紐を拾い上げた冬青の前には、アヤネが立っていた。普段どおりの彼女だ。けれども彼女は今、隣にいるではないか。
「……ごめんなさい。偶然を装って現れましたけど、本当はこっそりついて来たんです」
 目の前の彼女こそが、罪悪感の答え。
「アヤネさんがとても思いつめた顔をしていたから心配で……後から先回りして声をかけたんですよ」

『いいんだよ、ソヨゴ』

 目の前の『彼女』は、そう告げて許してくれるけれど、隣にいる彼女が真実を知ったら、どう思うだろうか。
「今、本当の貴方の目の前には誰が現れ『許す』のでしょうね」
 呟いて屈んだ冬青は、ネモフィラの花を一輪摘んで、目の前の『彼女』の髪へと飾り付ける。
「……私はね、アヤネさん」
 風に揺れる髪を片手で押さえ、冬青は心から言葉を紡いだ。
「貴方のことを助けたいよ」

 * * *

 目の前の『彼女』が消えるのを見届けて、アヤネは離れてしまっていた冬青の手を握る。
「アヤネさん……」
「ありがとう」
 微笑んで告げれば、所在なげだった彼女の表情も、明るくなった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルパート・ブラックスミス
現れるのは「顔を隠した生前の家族・知人たち」
『許して』くれるのは「すべてを喪い忘れ、なお生きていること」

自分は一度死に、鎧のヤドリガミとして甦った。
現れた彼ら、彼らと過ごした故郷。己の肉体そして記憶。
すべて喪った。大切なものを、それを大切だと想えることを。

これから何を為そうと取り戻せない。
現れた誰をも、ここにいる「俺」には誰だかわからない。
すべて忘れて、過去を置き去りにして生きる己を『許して』くれると?

…許されていいわけがない。許しようがない。

何故お前たちは顔を隠す。名を名乗らない。
無いのだろう。ここにいる「俺」が覚えていないから。

誰でもない者が、誰を許すというのだ。

【アドリブ歓迎】



 濃藍の帳の下、広がる蒼い海。佇む己の姿は、どう見えていることだろうか――ルパート・ブラックスミス(独り歩きする黒騎士の鎧・f10937)は、鉄仮面を被った全身鎧姿である己の姿を脳裏に思い描いて。
「似合わぬと両断されるか、風情があると感嘆されるかの二極だろう」
 自身で導き出した結論を、妥当だと思った。
 そんな彼の前に姿を現したのは、複数の人影だ。だが一様にして、その顔は濃紺で乱雑に塗りつぶされている。背格好や性別は様々で、それらからおおよその人物像は特定できるが、顔がわからぬ以上、個々を判別することは出来ない。
 彼らは口々に、ルパートに許しの言葉をかけてくる。順に、交互に、同時に――。
(「自分は一度死に、鎧のヤドリガミとして甦った」)
 そんな『彼ら』に囲まれながらも、ルパートは落ち着きを保ったままだ。恐らく現れた彼らは、自身と縁深かった者たちなのだろうことは想像に難くない。だが。
(「現れた彼ら、彼らと過ごした故郷。己の肉体そして記憶。すべて喪った。大切なものを、それを大切だと想えることを」)
 もし『彼ら』が、自身の深層意識から導き出されたものなのだとしても。自身が『許されたい』と思っているのだとしても。

「……許されていいわけがない。許しようがない」

 その呟きは、『彼ら』の許しの言葉にかき消されていく。だからルパートは、一歩踏み出した。ガシャリ、と金属音が響く。

「何故お前たちは顔を隠す。名を名乗らない」

 語気強めに、言い放つ。

「無いのだろう。ここにいる『俺』が覚えていないから」

 その言葉に、『彼ら』は言葉を紡ぐのをやめた。

「誰でもない者が、誰を許すというのだ」

 その言葉に込められているのは、怒りか、苛立ちか。だとすれば、もどかしさや不安を起因として、自身に向けたものだろうか。
 真の思いはルパートのみが知るもの。
 さわりさわりと風に撫でられるようにして、徐々に『彼ら』の姿が消えていく。
 その光景に、不思議と安堵を感じるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ペイン・フィン
ファン(f07547)と。

コードも使って、ファンと手をつないで、花畑へ。
震える手をそっと握って、少しでも、安心できるように。

ーーー自分にも、声が聞こえる。
ファンの手を、ぎゅっと握りながら、応えるよ。

もちろん、と。
だって自分は、ファンと歩むと決めたのだから。
ファンが苦しんでいるなら、例えどんなに小さな事でも、辛いことでも、助力する。
それすらできなくても、そばに寄り添う。
それこそ、いつか、じゃなく、今からでも。
そして、それがどんな結果に向かおうとも、最後まで、そばに居る。

ーーー兄姉からもらった名前、ペイン・フィンの名前に掛けて、
いつまでも、ファンと共にあり、その心身を、全力で、守ることを、誓うよ。


ファン・ティンタン
【WIZ】自縛は、解けず
ペイン(f04450)と

あお、青、蒼
一面を覆うその色は、とても恐ろしく見えた
知らずのうちに震える、私
目の前には―――影ではない、色彩を持った、主が
私に聞こえない声で、(私が受け入れられない何かを)話している

(あー…まだ引きずってんだ、コイツは
アレはもう、事故だよ、天災の類だ、あんなんどうにもならねぇよ
世は弱肉強食、弱けりゃ殺されても仕方ない、そうだろ?
…なぁ、そこの兄ちゃん、いつか、で良い
コイツが現実に向き合うのを、支えてやってくれよ

―――ハハッ、確かに、任せたぜ?)

【手をつなぐ】温度だけが、唯一、私をこの場に繋ぎ止める
温もりを生まず、物にも人にも成れぬ私

ペイン、私は…



 あお、青、蒼――実際視界に収めたその光景は、話に聞いていたときと違い、ファン・ティンタン(天津華・f07547)の心を大きく揺り動かした。一面を覆うその色が、なぜかとても恐ろしく見える。理由の知れぬ恐ろしさが、恐ろしさだけが自身を飲み込まんとして――ファンは知らずのうちに震えていた。
「ファン……」
 彼女の白い手を握り、繋いだペイン・フィン(“指潰し”のヤドリガミ・f04450)はそっと彼女を見やる。震える手を握る手に、強い力はいれない。けれどもこの先なにが起ころうとも、繋いだこの手は離さない、その気持ちは誰よりも強く。
「あ、えっ……」
 そんなふたりの前に現れた人物の姿に、ファンが驚きの声を上げた。そこに立っていたのは、影などではなく色彩を持った、彼女の主。最初で最後の主。
(「この人、が」)
 黒の外套に啄木鳥を模したようなマフラーを纏ったその女性の姿は、手を繋いでいるペインにも見えている。

『あー……まだ引きずってんだ、コイツは」

 黒い髪の『彼女』が言葉を紡ぐ。だが、ファンには何故かその言葉が聞こえない。
「なんで、どうして――」
 口が動いている、何かを話してるのはわかる。けれども、聞こえない。なんでどうして――疑問符ばかりがファンの頭を占めていく。

『アレはもう、事故だよ、天災の類だ、あんなんどうにもならねぇよ。世は弱肉強食、弱けりゃ殺されても仕方ない、そうだろ?』

 それが自身の防衛本能の働きであることに、ファンは気が付かない。気がつくことが出来ない。『彼女』が話しているのは、ファン自身が受け入れられない話なのだ。だから、ファンには聞こえぬのだ。
(「ファンには、聞こえていない――? でも、自分には、声が、聞こえる」)
 ペインがファンの様子を心配そうに見つめていると、目の前の『彼女』の声が自分を呼んだ。

『……なぁ、そこの兄ちゃん、いつか、で良い』

 そちらへと顔を向けると、闊達なその性格を表すような口調で『彼女』は告げる。

『コイツが現実に向き合うのを、支えてやってくれよ』

 その願いへの答えは、ひとつしかない。ペインはファンの手をぎゅっと握りながら、口を開く。
「もちろん」
 ファンと共に歩むと決めたペインには、それ以外の答えはない。
「ファンが苦しんでいるなら、例えどんなに小さな事でも、辛いことでも、助力する」
 流れ出る言葉は、彼の決意。
「それすらできなくても、そばに寄り添う」
 繋いだ手から、自身の想いが伝わるようにと願いながら。
「それこそ、いつか、じゃなく、今からでも」
 真っ直ぐに、『彼女』と向かい合い、視線をぶつけて。
「そして、それがどんな結果に向かおうとも、最後まで、そばに居る」
 はっきりと、淀みも迷いもなくペインが告げたものだから。

『―――ハハッ、確かに、任せたぜ?』

 黒髪の『彼女』は嬉しそうに、けれども少し寂しそうに笑い――その姿を消し始める。
「っ……!」
 未だ混乱の中にあるファンは、消える主の姿に追いすがりかけて、ずっと手にある温もりに守られていたことに気がついた。繋いだ手の温度だけが、唯一、自分をこの場に繋ぎ止めていたのだと。
(「温もりを生まず、物にも人にも成れぬ私……」)
 わからないわからないわからない。
「ペイン、私は……」
 混乱を残した瞳で、彼を見つめる。すると返ってきたのは、いつものように自分を見つめる黒い視線。
「――兄姉からもらった名前、ペイン・フィンの名前に掛けて、いつまでも、ファンと共にあり、その心身を、全力で、守ることを、誓うよ」
 この誓いがあれば、彼がいてくれるならば、いつか、きっと――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

向坂・要
許す、か…
そんな風な伝承を与えられたお前さんたちはそいつをどう思ってるんですかねぇ

なんてネモフィラの花達を愛でつつ
許されたい相手
に想いを馳せ

ヒトの姿を得る以前も以降も含め結果として見殺しにした相手やその手にかけた相手はそれなりにいるわけで
まぁそこらへん、ですかねぇ
なんて苦笑しつつ

生憎オレはお前さん達に許されたい、とは思ってねぇんですけどねぇ…
などと思いつつ。
許す、許さないはそちらさんの勝手ですからねぇ

現れた人影の謝罪に苦笑を浮かべ
心に浮かぶ感慨はなく

冷たい、って言われるかもしれませんがね
生憎許されたがるような可愛げはねぇんでさ

どれも
オレ
の決断ですから、ね。



 蒼の海は、空の濃紺も相まってどこまでも続いているように見える。
「許す、か……」
 その中をゆっくりと歩みながら、向坂・要(黄昏通り雨・f08973)はしゃがんで足元のネモフィラへと声を掛ける。
「そんな風な伝承を与えられたお前さんたちはそいつをどう思ってるんですかねぇ」
 もちろん、いらえはない。指先でそっと花びらを撫でながら想いを馳せるのは、許されたい相手。
 ヒトの姿を得る以前も以降も含め、結果として見殺しにした相手やその手にかけた相手はそれなりにいる。姿を見せるとすれば、そのへんだろうとあたりはつけたが、漏れるのは苦笑。
(「生憎オレはお前さん達に許されたい、とは思ってねぇんですけどねぇ……」)
 それでも複数の人影が、要の前へと姿を現した。彼らが一様に告げるのは、要への許しの言葉。
「許す、許さないはそちらさんの勝手ですからねぇ」
 許しの言葉をかけられても、要の表情に浮かぶのは苦笑だけ。心に至っては、何の感慨も浮かばない。向けられるその言葉はただ、右から左へと通過してゆく雑音のよう。
(「冷たい、って言われるかもしれませんがね」)
 ひとつ、ため息を付いて。
(「生憎許されたがるような可愛げはねぇんでさ」)

 嗚呼、この人影を、振り払ってしまおうか――。

(「どれも、オレ、の決断ですから、ね」)
 自身の決断を後悔したことなどない。だから、許されたいとは微塵も思わないのだ。

 人影たちをすべて巻き込むように一度、鞭を振るえば。
 それらが霧のようにかき消えたあとに残されたのは、濃藍の空と蒼い花の海だけだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

出水宮・カガリ
ステラ(f04503)と

ねもふぃら。初めて見る花だ
月夜に見ると、本当に真っ青な景色、のだな
陸(おか)に海があるようだ

……? ステラ、どうした
見惚れている…わけでは、ないのだろう
手だけでいいのか、そのように必死になるほど怯えて
片手を指を絡めて繋いで、もう片手は背から抱き締めよう

赤色が見える、ひとびと
みな一様に笑って、許す、と
あの、一人だけ赤くないのは、誰だろう
金髪碧眼の、騎士のような

騎士の言葉を聞いてから、ステラに尋ねてみる
あの騎士が、お前の主か、と
姿がカガリに似ている、と聞いていたのでな。もしや、と。
…しかし、心当たりが無い、という顔だな
無理には聞くまいが…
(本当に忘れているのか。あるいは…)


ステラ・アルゲン
カガリ(f04556)と

青いネモフィラに藍色の夜空
本当に蒼い海の中にいるみたいだ
まるで水のない海の底
月の光は遥か遠くて
落ちる流星が何かに見えて

少しだけ恐ろしさを覚える
私は何を恐れているんだ……?

カガリ、手を繋いでくれ
縋るように彼に手を伸ばす
頭が痛い
何かが這い上がってくる気配がするんだ

目の前に人が、それも沢山現れる
年齢も服装はバラバラ
同じなのはこの青の中で目立つ赤色が見える

皆一様に笑顔だ
私を許してくれるかのように
1人だけ赤くない騎士の姿が見える
――大丈夫。君は悪くない
何が?何が悪くないんだ?

あれは私の主だ
カガリに似ているのは髪色くらいだけど
しかし主の言葉が分からない
何のことだか分からないんだ…



「ねもふぃら。初めて見る花だ」
 天と地が蒼色に染まる中を、出水宮・カガリ(荒城の城門・f04556)はステラ・アルゲン(流星の騎士・f04503)とゆく。
「月夜に見ると、本当に真っ青な景色、なのだな。陸(おか)に海があるようだ」
「青いネモフィラに藍色の夜空。本当に蒼い海の中にいるみたいだ」
 のんびりとしたカガリの言葉に、ステラも同意を示してあたりを見回す。
「まるで水のない海の底。月の光は遥か遠くて、落ちる流星が何かに見えて」
 無意識に言葉を切ったステラ。足を止めたことにも気づかずに。
(「少しだけ恐ろしさを覚える――私は何を恐れているんだ……?」)
 自身の心の裡に湧いた意外な感情に、半ば呆然とステラは立ち尽くす。
「……? ステラ、どうした」
 足を止めた彼女に気づき、カガリは数歩戻って彼女の様子をうがう。景色に見とれている、のではないようだ。
「カガリ、手を繋いでくれ」
 縋るように伸ばされた彼女の手は、無意識になのだろう、震えていて。勇ましさよりも儚さが先に立って見える。
「手だけでいいのか、そのように必死になるほど怯えて」
「頭が痛い。何かが這い上がってくる気配がするんだ」
 求められるまま手を繋ぎ、カガリは指を絡めた。そしてもう片方の手は、抱きしめるように彼女の背中へと回す。
「……カガリ」
 ステラの声で前方を見れば、ふたりの目の前にたくさんの人影が現れていた。年齢も性別も服装もバラバラのその人影は、すべて赤に染まっている。この蒼の海の中で一際目立つ赤色をしているのだ。
「みな一様に笑って、許す、と」
 そう、カガリの言った通り、赤い人々はみな笑顔なのだ。まるで、ステラを許してくれるかのように――。
(「あの、一人だけ赤くないのは、誰だろう。金髪碧眼の、騎士のような」)
 赤が乱立する中で目立つその人物は、金髪碧眼で騎士のような姿をしている。彼だけが、赤ではない普通の色彩を持っているのだ。

『――大丈夫。君は悪くない』

 その人物の言葉に、ステラが反応を見せた。
「何が? 何が悪くないんだ?」
 騎士に問いかける。けれども彼は、ステラの問いに答えてはくれない。
「ステラ。あの騎士が、お前の主か」
「ああ。あれは私の主だ。カガリに似ているのは髪色くらいだけど」
 カガリは、自分がステラの主の姿に似ていると、聞いたことがあった。もしやと思い訊ねたのだが、当たりだったようだ。だが。
(「しかし主の言葉が分からない」)
 ステラには、主の言葉の意味が全くわからなかった。何に関して言及されているのかも、わからない。
(「……しかし、心当たりが無い、という顔だな。無理には聞くまいが……」)
「カガリ」
 ステラの様子を窺いつつ出方を決めようとしていたところ、名を呼ばれ、繋いだ手を強く握りしめられた。
「主の言葉の意味が分からない。何のことだかわからないんだ……」
 きょとんとした様子から、だんだんと恐怖に塗り替えられていくステラの表情。知らないという恐怖が、彼女を侵食し始めている。
(「本当に忘れているのか。あるいは……」)
 人影たちと騎士の姿が消えるまで、カガリはステラを守るように支え続けた。
 そうしなければ、彼女が崩れ落ちてしまいそうな気がしたのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ディフ・クライン
また会えるかもしれないと
淡い期待を胸に、ひとり

青く波打つ花園で出会うのは、きっと貴女
真っ白な長い長い髪の、雪のように儚い貴女
オレを作って、鳥籠に入れて、オレを望んだ、もう会えない貴女

オレは貴女が望んでくれるなら、ずっと鳥籠の中でもよかったんだけど
結局未だに、貴女がどうして鳥籠の扉を開いたのか
「いきなさい」と言って、オレを籠から放したのか
わからないままでいる
……ごめんなさい
貴女がくれようとしたもの全部、オレには、わからなくて
……ごめん
貴女に対するオレのこの気持ちの名前すら、知らないんだ

こんな謝罪に意味が無いことは、なんとなくわかってる
ただ、顔を見ずに手を握るオレを、許してくれますか



 また逢えるかもしれない、そんな淡い期待を胸に花の海へと足を踏み入れたのは、ディフ・クライン(灰色の雪・f05200)。
 青く波打つ花園で出会うのは――。
 真っ白な長い長い髪の、雪のように儚い――。
 オレを作って、鳥籠に入れて、オレを望んだ、もう会えない――。

 果たして彼の前に現れたのは、彼がまた会いたいと思っていた『彼女』だった。
 もう会えない彼女が、目の前にいる。
 また会えたのなら、告げたいことがあった。心の奥から言葉が溢れ出てくる。
「オレは貴女が望んでくれるなら、ずっと鳥籠の中でもよかったんだけど」
 ぽつりぽつりと語り始めるのは、かつての出来事。
「結局未だに、貴女がどうして鳥籠の扉を開いたのか、『いきなさい』と言って、オレを籠から放したのか、わからないままでいる」
 ずっと鳥籠の中で過ごしてきたのだ。鳥籠の外など知らないのだ。外に出る、ということすら想像したことがなかったかもしれない。だから、あの時の彼女の意図がわからない。今までずっとずっと、何度も何度も考えてみたけれど。
「……ごめんなさい。貴女がくれようとしたもの全部、オレには、わからなくて」
 答えは導き出せなくて。答えにはたどり着けなくて。
「……ごめん、貴女に対するオレのこの気持ちの名前すら、知らないんだ」
 だから、謝ることしか出来ないのだ。
 瞳を伏したまま、不思議な力で現れた『彼女』に告げる謝罪。こんな謝罪に意味が無いことは、なんとなくわかってるけれど。
(「ただ、顔を見ずに手を握るオレを、許してくれますか――」)
 そっと握りしめた手から、自らにはない温もりを感じる気がして、ディフは『彼女』の手を、ぎゅっと握りしめた。
 伏せたままの視線。だから表情は窺えないけれど。

『――、――』

 優しくそう、『彼女』は告げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月待・楪
氷月(f16824)と

…あー、その…氷月
噂のが現れるまでは、ちょっと散策とかしねェか
…デートっつーか、そんな感じで…手とか、繋いでさ
……たまには、いいだろ?

月も星も青い花も、すげー綺麗
ネモフィラだっけか…この花
こんだけ一面に咲いてると絨毯って言うよか花の海みてェ…
なァ氷月、写真撮ろうぜ

お出ましか
氷月に似てっけど…ああ、なるほど、な
無為?んなワケあるか
生きて来ただろ、ワケわかんねェ夢に苛まれて歪んで…それでも妹に固執してでも生きて来た、それは抗ったって言えんじゃねーの
それだけで、十分意味あると俺は思うけど?

…つか、人のモンにケチつけてんじゃねーよ
氷月の今までもこれからも引っ括めて…俺のモンだから


氷月・望
ゆーくん(f16731)と

どうしたの?……手を?
うん、こんな綺麗な場所でデートとかサイコー
花の海とか、詩的過ぎー!自撮り棒の準備はバッチリ!
本当に綺麗だし……楪の毛先の色みたいで好き

デートの邪魔をするとか野暮だなァ……
何度も悪夢を見たけれど、そういえば自分の姿は見てなかった
俺だった筈の、でも少し違う……人狼の様な俺の姿

妹を守れなかった、だから今度こそ妹を守りたかった
妹さえいればソレで良かった……でも、もういい
守れないまま、無為に死んでもいいんだ

俺じゃない、他人の言葉が突き刺さって
自分が曖昧で、ぐらぐらと……俺の今までは、何の意味も無かった?
抗った……意味はあったと聞いて
浮かべる笑みはきっと本物



「……あー、その……氷月。噂のが現れるまでは、ちょっと散策とかしねェか」
「どうしたの?」
 少し照れくさそうに告げられた月待・楪(crazy trigger happy・f16731)の言葉に、氷月・望(夢想の囚人・f16824)は軽く首を傾げる。
「……デートっつーか、そんな感じで……手とか、繋いでさ……たまには、いいだろ?」
「……手を?」
 続けられた楪の言葉と提案に、望が否という理由はない。
「うん、こんな綺麗な場所でデートとかサイコー」
 ふたりで手を繋いでゆくのは、蒼と蒼の間。
「月も星も青い花も、すげー綺麗。ネモフィラだっけか……この花。こんだけ一面に咲いてると絨毯って言うよか花の海みてェ……」
「花の海とか、詩的過ぎー! 本当に綺麗だし……楪の毛先の色みたいで好き」
 小さく呟いた後半は、彼の耳に届いているだろうか。
「なァ氷月、写真撮ろうぜ」
「オーケー! 自撮り棒の準備はバッチリ!」
 届いていなくともいい。この想いは変わらぬのだから。望は楪のリクエストに、素早く自撮り棒を取り出して。ふたりで顔を寄せ合って、記念としてシーンを切り取る。
 その時、ふたりの傍に人影が現れた。人影が現れること自体には驚きはしなかったが。
「お出ましか」
「デートの邪魔をするとか野暮だなァ……」
 明らかに邪魔なタイミングで現れたそれに視線を向けて、望は動きを止めた。
(「何度も悪夢を見たけれど、そういえば自分の姿は見てなかった」)
「氷月に似てっけど……」
 そう、そこにいるのは。
「俺だった筈の、でも少し違う……人狼の様な俺の姿」
 楪の言葉に、ぽつりぽつりと答えた望。
「……ああ、なるほど、な」
 彼の言葉に楪は納得したけれど、望の耳にその言葉は届いているだろうか?

『妹を守れなかった、だから今度こそ妹を守りたかった。妹さえいればソレで良かった』
『……でも、もういい。守れないまま、無為に死んでもいいんだ……』

 流れるように、口を挟むいとまも与えぬように紡ぎ出される人狼の望の言葉。自分ではない、『他人』の言葉が望の心に突き刺さる。自分が酷く曖昧に感じる。ぐらぐらと、自己を成り立たせる柱が、今にも倒れそうなほど揺れて。
「……俺の今までは、何の意味も無かった?」
 ぽつり、紡ぐのが精一杯だった。
「無為? んなワケあるか」
 けれども、隣に立つ彼の言葉は、強く、強く望を肯定してくれて。
「生きて来ただろ、ワケわかんねェ夢に苛まれて歪んで……それでも妹に固執してでも生きて来た、それは抗ったって言えんじゃねーの」
 頭をガンッと殴られたかのような衝撃だった。
 抗った……意味はあった、そう肯定してもらえて、曖昧だった自身がキチンと形を帯びてゆく。
「……つか、人のモンにケチつけてんじゃねーよ。氷月の今までもこれからも引っ括めて……俺のモンだから」
 ぐいっと強く楪に引き寄せられて、彼の温もりを感じる。
 望の顔に自然と浮かび上がる笑みは、きっと本物だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

末野木・松路
▽アドリブ歓迎

瑠璃唐草…か
おそろしいくらいに綺麗だな
ああ、でも俺には少し眩しくて…

目の前に現れたのはかつて暴走した俺が殺めた親友
会いたいと、心の底で願ってしまった
憎まれていたって仕方がないのに、会いたいと

お前に許してほしかった
ずっと前みたいに、たわいない話で笑い合いたかった
お前を殺したのも、そうして独りになったのも俺のせいなのに
ああ身勝手だな…俺は本当に、生きていてもいい人間なのか

肩をかしてくれないか、少しでいい
分かってる…幻想だって
それでも、忘れられないんだ
忘れるわけにはいかないんだ



 蒼い花の海とそれを照らす星々と月。
「瑠璃唐草……か。おそろしいくらいに綺麗だな」
 けれどもそれは、末野木・松路(Vanitas・f16921)にとっては少し、眩しくて。
 不意に小さく息をついたその時、目の前に現れたのは――。
「……、……」
 会いたいと、心の底で願ってしまった相手。
 かつて松路が暴走した時に、殺めてしまった親友だ。
 憎まれていたって仕方がないのに、会いたいと、会いたいと願ってしまったから――。
「お前に許してほしかった。ずっと前みたいに、たわいない話で笑い合いたかった」
 ああ、目の前にいる、そう思うと言葉が、溜め込んでいた想いが溢れ出て止まらない。
「お前を殺したのも、そうして独りになったのも俺のせいなのに」
 ふるえる声で、けれどもいつになく饒舌に紡ぐそれは、罪悪感からきたものか、寂寥感からきたものか、後悔からきたものか。
「ああ身勝手だな……俺は本当に、生きていてもいい人間なのか」

『――、――……』

 その問いに、紡がれた答え。
 松路はそっと、震える手を伸ばす。
「肩をかしてくれないか、少しでいい」
 否とは言われない。
「分かってる……幻想だって」
 けれども今だけは、今くらいは、そうしていたくて。手を伸ばしてつかまえた。
「それでも、忘れられないんだ。忘れるわけにはいかないんだ――……」

 月の光はふたりの寄り添うような影を、陸の水面へと映し出す――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジェイ・バグショット
出会う人:アズーロ
関係:大切な人
金髪を緩く編んだ中性的な見た目の青年
瞳は名前通りの青

年下の男
けれど自分より余程しっかり者で未来を見ていた男だ

死にかけの俺を拾い上げ生の道へと戻し、背中を支えて共に歩んでくれた。
今はもう、いない。

自分より少し背の低い彼はいつも包み込むように手を伸ばし頭を撫でてくれた
別に頼んだ訳では無いが、俺はそれが嫌いではなかった。
君は大丈夫。そういうのだ。

全てを見透かし救いあげるようなそんな人間だった

言葉にせずとも分かっている。
自分が許されていることも、彼自身が望んだ結末だということも。
それでも言葉が欲しいのは自分の弱さだ。

あれで、良かったんだよな…。
アズーロ…約束は守るぜ。



「……、……」
 黙したまま、ジェイ・バグショット(幕引き・f01070)は蒼の海をゆく。まあるい月も星々の囁きも、遠くのことである。
 今、ジェイの前に広がるのは、花の海原。
 今、ジェイの心を占めるのは、ひとりの青年。
「あぁ……」
 だから自身の前にその姿が現れた時、驚くことはなかった。足を止めて、細くゆっくりと息を吐くジェイ。
 目の前の青年は、記憶に違わぬ穏やかな表情でジェイを見つめている。
 緩く編んだ金糸は、月の光に照らされて眩しく、この海原と似通った青い瞳でジェイを捉える彼。
「……アズーロ」
 ジェイよりも少し低い背、中性的な容貌の彼はジェイよりも年下だったけれども。ジェイよりもしっかり者で、真っ直ぐ未来を見据えていた。
 巡る思い出は、彼と過ごした日々。死にかけのジェイを拾い上げてくれた彼は、ジェイを生の道へと引き戻しただけでなく、背中を支えて共に歩んでくれたのだ。

『君は大丈夫』

 嗚呼、その声もその言葉も、記憶の奥にあるものと違わず。そっと寄ってきた彼が手を伸ばしてジェイの頭を撫でるその仕草も、いつものように包み込むようなそれであった。
 別に頼んだわけではない。けれども。
(「俺はそれが嫌いではなかった――」)

『君は大丈夫』

 繰り返される言葉に、胸が締め付けられて。懐古か寂寥か後悔か悲哀かわからぬけれど、胸のあたりからなにかが溢れそうで、無意識に目を細める。
(「そうだ。全てを見透かし救いあげるような、そんな人間だった――」)
 本当は、言葉にせずとも、言葉として向けられなくともわかっているのだ。
 自分が許されていることも、あれは彼自身が望んだ結末だということも。
(「それでも、それでも――」)

「あれで、良かったんだよな……」
『いいんだよ、ジェイ』

 言葉が欲しい、それは自分の弱さだと、嫌というほどわかっている。そしてそれは、ジェイにとって彼が、かけがえのない大切な相手だからこそ。
「アズーロ……約束は守るぜ」
 告げて視線を絡めれば、彼は以前と変わらぬ穏やかな、けれどもすべてを見透かしたような表情で頷いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

落浜・語
一面青で、本当に海みたいだ。
こんな感じの絵を、どこかで見た気がするけれど、どこだったっけな……。

主様……
「お前が、俺の事を恨むのも当然だな」
恨むのも当然、って俺はそんな事、思ってなんか……
「いいんだ、お前は悪かないよ」
どう、言う事ですか。俺には心当たりがありません。主様には、感謝しかないですから。
そりゃ、置いて行かれたことを、疑問に思う事はあります。でも、それを……

……ゆるしてほしいなんておもってません。ぼくはずっと、あるじさまのそばにって、いいました。なんで、どうしておいていったのですか。どうしてぼくじゃ、なかったのですか。あのときも

俺は、何を言って……
ヤドリガミになる前に、何があった……?



(「一面青で、本当に海みたいだ」)
 さわさわさわ……風に揺れる蒼い海。濃藍の帳が、訪れた者を閉じ込める景色。
(「こんな感じの絵を、どこかで見た気がするけれど、どこだったっけな……」)
 記憶を手繰るが答えには行き着かず、落浜・語(ヤドリガミのアマチュア噺家・f03558)はどこまでも続く蒼を眺めていた。
「……!」
 だが。遠くを見ていた視界の端に蒼以外の『何か』が引っかかり、反射的に焦点を移す。そして――息を呑んだ。
「主様……」
 そこに佇んでいるのは、語の主。かつて名人といわれた噺家、その人だった。
 また会いたい、そう思ったことはあるけれど。ある、けれど……。
 無意識に唇が震え、二の句が継げない。こんなこと、噺家としてあってはならないことだとわかっているけれど。それでも、それでも……。
 目の前の主は、こんな様子の自分を見て、なんと言うだろうか。笑う? 嘆く? それとも叱咤する?

『お前が、俺の事を恨むのも当然だな』

 だが主が口にしたのは、そのどれでもなかった。語はその言葉をうまく自身の中に取り込むことが出来ない。ゆっくりと脳内で反芻して、ようやくその『言葉』は理解したけれど、意図まではわからなかった。
「恨むのも当然、って俺はそんな事、思ってなんか……」

『いいんだ、お前は悪かないよ』

 疑問と驚きの中から紡ぎたした言葉。けれども主が穏やかに紡ぐのは、語を許す言葉。
「どう、いう事ですか。俺には心当たりがありません。主様には、感謝しかないですから」
 声が、震える。紡ぎ出したのはもちろん、本音だ。ならば、なぜこんなにも声が震えているのだろうか。
「そりゃ、置いて行かれたことを、疑問に思う事はあります。でも、それを……」
 言葉が途切れたのは、ほんの僅かな間。唇は、身体は、すぐに続きを紡ぎ出したのだが――。

「……ゆるしてほしいなんておもってません。ぼくはずっと、あるじさまのそばにって、いいました。なんで、どうしておいていったのですか。どうしてぼくじゃ、なかったのですか。あのときも――」

 言葉が水のように溢れ出た。けれどもそれは、『語』が意識して紡いだものではない。
「俺は、何を言って……」
 あれは本当に自分が紡いだ言葉なのか? 訝ると同時に心の、記憶のどこかが肯定している気さえする。
(「ヤドリガミになる前に、何があった……?」)
 混乱と不安と焦燥と。
 心かき乱される語を前にして、主はずっと、穏やかな表情のままだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヘリム・フラム
アドリブ大歓迎です
出てくる人の雰囲気︰綺麗なドレスを着ている銀髪でポニーテールの女の子
初めは冷たいような印象だが、時折笑顔を見せる

へリムからは記憶には無いけど、何だか懐かしいような印象を受ける

とても幻想的な雰囲気だね♪散歩でもしてようかなぁっ☆
さて、ミーは記憶があやふやだから、何が出てくるのだろぉね〜♪

歩いていると女の子が花畑に座っているのが見えて近づき話しかける

ネモフィラを摘み?ボックスに入れて取り出すと花冠になっている等の芸をする

別れ際にはへリムが名前を聞き、女の子が答えて別れるが、声は聞こえない演出



 蒼い蒼い花の海。深い深い空の色。スキップをするように足取り軽やかにゆくのは、ヘリム・フラム(カオナシピエロ・f13710)。
「とても幻想的な雰囲気だね♪ 散歩でもしてようかなぁっ☆」
 あえて言葉として発したのは、別に連れがいるわけでも意味があってのことでもない。ただただ、ヘリムがそうしたいと思ったからだ。
(「さて、ミーは記憶があやふやだから、何が出てくるのだろぉね~♪」)
 恐れや不安よりも、期待が先走る不思議。そして跳ねるように進むヘリムの視界に入ったのは、蒼の海に咲く大輪の白。
「おやおや~?」
 軽く首を傾げつつ近づけば、それが人の後ろ姿であることが知れた。
 大輪の白は、銀糸で刺繍の入った、美しいドレスの裾。蒼の海にその人物が座っているので、裾が広がり、大輪の白に見えたのだ。
 後ろ姿からわかるのは、その華奢な体躯。高くひとつに結い上げた銀の髪に月の光が降り注ぎ、風に揺れる銀の髪から覗くうなじもまた白く。
「お嬢さん? こんなところでどうしたんだい~? 夜のひとり歩きは危ないよね~☆」
 すりると彼女に近づいたヘリムは、くるりと彼女の前方へと回り込み、その顔を覗き込んだ。
「おやおや? おやおや~?」
 まだ少女というべき年齢だろうか、そんな彼女の表情は固く、ヘリムを見上げる視線も冷たい。ヘリムの記憶にはない少女だ。けれども何故だろう。彼女を見て一番に出てきたのは『懐かしい』という感情だった。
「お嬢さんにはこの花畑、退屈なのかな~?」
 彼女の向かいにしゃがみこんだヘリムが取り出したのは、『?マーク』のついた箱だ。
「それじゃあミーがその退屈をやっつけてしまおう☆」
 告げてヘリムは、ネモフィラを一輪摘んだ。そして『?ボックス』に入れて手をかざす。
「ワン、ツー、スリー!!」
 ポンッと弾けるような音がした。ヘリムが『?ボックス』の中へ手を入れて取り出したのは――ネモフィラで編んだ花冠。
「!」
 ちらりと彼女の表情を窺えば、固かったそれが少し動いて見えた。
 一輪しか入れていないのに、なぜ、瞬く間に花冠になったのか。そういう奇術であると言ってしまえばそれまでなのだが、観客がいだいた疑問と好奇心を潰すようなことをピエロはしない。
「はい、ど~ぞ☆」
 手にした蒼の花冠を彼女の頭に優しく乗せれば、銀の髪によく映える。
 驚いたように自身の頭上に手を伸ばし、花冠の存在を触れて確かめた彼女が笑顔を咲かせたものだから、ヘリムの心がかすかに揺れた。
 彼女の笑顔はすぐに元の表情に戻ってしまったけれど、なんだかその笑顔がもう一度見たくて、もう一度もう一度と彼女からその表情を引き出すために手を尽くしてしまう。
 時折見せてくれるその表情が、もっと見たくて――。

 けれどもそんな時間はあっという間だ。幕が下りる時間だというのはすぐにわかった。彼女の身体が、透け始めたから。
 だからヘリムは問う。問わずにいたら、後悔しそうだったから。
「お嬢さん、お名前は~?」

『――、――』

 彼女の唇が言葉をかたどるのとほぼ同時に、風が彼女の姿を攫って行った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

五百雀・斗真
蒼い花の海の向こうに誰かがいる…?
あれは確か…僕がまだUDCエージェントになって間もない頃に
お世話になったあの人じゃ…

だけどあの人はもう…亡くなったはずだ
ここにいるわけがない
そう自分に言い聞かせようとしたのに

「なんて顔しているのよ」

と、あの人の声が聞こえて心が軋んだ

「先輩…」

やっとの思いで口から出る
けれど、まともに顔を見ることができない
どうしてなのかは僕が一番分かってる
そうだよ…先輩は、僕の目の前で…

「……すみません」

悔いるように謝る言葉に
先輩は謝らないでと優しく声をかけてくれた

「もっと、強くなります…」

だから、どうか…安らかに…


あの人=UDCエージェントの女性。斗真の先輩

※アドリブ歓迎



(「蒼い花の海の向こうに誰かがいる……?」)
 ゆっくりと蒼の中を歩いていた五百雀・斗真(人間のUDCエージェント・f15207)は、人影を見つけて足を止めた。じっとその人影を見やれば、それが女性であると知れた。そして、見紛うことのない相手だということも。
(「あれは確か……僕がまだUDCエージェントになって間もない頃に、お世話になったあの人じゃ……」)
 スプレーアーティストとして活動する裏でUDCエージェントとしても活動している斗真。彼にももちろん、UDCエージェントとして新米の時期があった。その時の記憶が、つい先日のことのように蘇る。
 なかなか馴染めなかった自分を、先輩である彼女は叱咤しながらも的確に育てようとしてくれていた。彼女をよく知らぬ人から見れば、厳しいだけの先輩に見えたことだろう。けれども課題をクリアすれば、任された役目を全うすれば、成果を上げれば、それを正しく認めてくれる人だ。その上、ときおり優しさを見せてくれることも、斗真は知っている。
 だけど、だけれども。
(「あの人はもう……亡くなったはずだ。ここにいるわけがない」)
 自分に言い聞かせるように心の中で同じ言葉を唱え続ける。それを確かめるべく彼女に一歩一歩近づくごとに、脂汗が滲み出る。背中を、冷たいものが滑り降りていく気もする。動悸が、する。

『なんて顔しているのよ』

「――!!」
 近づいた斗真に向けられたその声が、記憶の中にある彼女のそれそのもので、心が軋む音がした。無意識のうちに、足を止めていた。このままでは、足から崩れ落ちてしまいそうだ。
 苦しい、苦しい――息を、息をしなくては。魚のように口をぱくぱくさせるが、それは呼吸につながらなかった。
(「今まで、どう、やって……」)
 どうやって息をしていたのだろう。無意識に、本能的にしていた呼吸の仕方がわからない。喉元に手を当てて、触れてみるけれど。

『ほら、こういう時はまず落ち着くの』

 彼女のその言葉が、過去のワンシーンと重なって。不思議と身体が呼吸を思い出してくれた。何度か息を吸って、吐いてを繰り返してから、彼女に再び視線を向けた。
「先輩……」
 やっとの思いで口から絞り出せたのは、それだけだった。彼女に視線を向けたものの、まともに顔を見ることが出来なくて。彼女の顔から外してしまった視線。
 どうして彼女の顔をまともに見ることが出来ないのか、それは斗真自身が一番良く知っていた。
(「そうだよ……先輩は、僕の目の前で……」)
 思い出すことさえ忌まわしい記憶。思い出したくない、思い出したくないけれど、忘れられない、忘れてはいけない記憶。
「……すみません」
 悔いるように紡いだ言葉。斗真の中にはもっと色々な思いがある。けれども、言葉になったのは、それ、だけ。

『謝らないで』

 しかし彼女は、斗真のその一言に込められた、隠された彼の思いをすべて理解しているかのように、穏やかな表情で。
 その声もまた、酷く優しいものだったから。
「もっと、強くなります」
 意を決して視線を、彼女の顔へと向ける。

『やっと顔を見てくれたわね』

 斗真と視線を絡めた彼女の表情は、微笑。けれどもどこか、今にも泣きそうな香りのするものだった。
(「だから、どうか安らかに……」)
 斗真の視線と希いを受けた彼女は、ゆらりと蒼に溶けていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

浅葱・水簾
やはり夜のネモフィラは空に降り立ったような気分になりますわ

わたくしの前に現れるのは穏やかな青年
スーツの上に白衣を纏い、モノクル越しに見つめ
――知らない名でわたくしを呼んで許しを与える
愛おしげに手を伸ばしても、その仮面の下には絶対的支配者の顔を隠しているあなた

……残念ですけれど、わたくしにはあなたの許しは必要ありませんの
今の主は別ですもの
彼はあなたとわたくしとを繋いでいた楔を消し去った
過去を2度失ってようやく、ひと、になれました

もしかして許しが欲しかったのはあなたのほう?
今、かける言葉があるとすれば……感謝かしら
あとはもう、忘れています
あなたに囚われることはもう、ない



(「やはり夜のネモフィラは空に降り立ったような気分になりますわ」)
 蒼の海へと降り立った浅葱・水簾(絡繰泡沫・f14355)は、己には至るすべのない遙かなる空を思いながらゆるりと歩んでいく。身につけた淡い色の衣服と乳白色の髪が、蒼の中で光を発しているようだ。
「……、……」
 そんな彼女の前に突然人影が現れた。近寄ってきたというよりも、その場に突然浮かび上がったかのようなその出現に、水簾は驚かない。

『――、――、――』

 目の前の穏やかな佇まいの青年は、スーツの上に白衣を纏い、モノクル越しに水簾を見つめる。けれども愛おしげに手を伸ばして告げるのは――水簾の知らない『名前』と『許し』。
 水簾を知らぬ名で呼ぶ彼。その穏やかな仮面の下には絶対的支配者の顔が隠されていることを知っているから、水簾は冷めた緑の瞳で差し出された手を一瞥した。
「……残念ですけれど、わたくしにはあなたの許しは必要ありませんの」
 手を取るつもりはない。だから、彼の『仮面』を見据えて。
「今の主は別ですもの。彼はあなたとわたくしとを繋いでいた楔を消し去った――」
 彼を前にそう告げると湧いてきたものは、なんだろうか。これがどういう名前のものなのか、水簾は知らぬけれど。

「過去を2度失ってようやく、ひと、になれました」

 拒絶と決別の宣言――それに『彼』の姿が揺らいだように見えた。
「もしかして、許しが欲しかったのはあなたのほう?」
 問いを投げても彼は答えを紡がない。もしかしたら紡げないかもしれない。なんとなく、その姿が哀れに思えて。
「今、かける言葉があるとすれば……感謝かしら」
 あとはもう、忘れています――告げれば『彼』の揺らぎは一層強くなっていく。

「あなたに囚われることはもう、ない」

 きっぱりと告げれば、『彼』は弾け飛ぶように霧散して。
 あとに残されたのは、美しい蒼い海のみ。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『魅惑の絵画』

POW   :    客として潜入

SPD   :    絵画を盗み出す、偽物の絵画とすり替える

WIZ   :    展示即売会の運営を調べる

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


-------------------
※第二章捕捉※
・展示されている絵は、海や湖、滝や川など水に関するものばかりです。風景画だけでなく、人物やその他の生き物が描かれているものや、UDCアースでは架空の生物とされているものが描かれているものもあります。
・絵画を目にすると絵画の呪詛にあてられて、『眠りについてしまいたいほど辛い記憶』『水底に沈めて忘れたはずの記憶』『思い出したくない記憶』など『PC様にとって辛い記憶』がフラッシュバックしたり、『心の闇が色濃く現れたり』します。
・絵画の呪詛にあてられる/あてられないはご自由にご選択ください。
・ご自身が呪詛にあてられる絵画の内容にご希望があれば、ご記載ください。なければこちらでアドリブを入れます。
・呪詛にあてられていない人は、呪詛にかかった他の仲間たちに対処したり、呪詛を唱えるUDCの群れへの手がかりを探したりとご自由にお動きください。ただし、展示ホールから出ることは出来ません。
・呪詛にあてられた方は、蝕まれた『深度』によってご自由に行動をお決めください(完全に蝕まれてしまい動けない、なんとか呪詛を振り払おうとしながら辛うじて動ける、など。こちらも、プレイング内容と他の方との絡みによってアドリブを入れる可能性があります)
・提示されているPOW/SPD/WIZの行動例はあくまで一例ですので、あまりお気になさらずに行動してください。

・今回はプレイング受付開始時間の設定はございません。
-------------------
 気がつくと猟兵たちの足元は、蒼の海ではなくなっていた。
 磁気セラミックのタイルが敷き詰められたそこは、明らかに屋内だ。月の光も星の瞬きも、風の揺らぎもなく、薄闇に覆われている。
 床近くにぽつりぽつりと非常灯のようなものが見て取れるが、光量としては乏しい。
 あたりを見渡してみれば、壁には何かが飾られていて、接近しすぎること、手を触れることを禁じるようにベルトパーテーションが設置されている。
 目が慣れてくると、壁に飾られているのは額装された絵画のようだとわかった。近づけば、絵の内容もある程度見て取れるだろう。
 そして現在いるのが学校の教室ひとつ分ほどの広さの場所であることもわかった。広めの廊下を兼ねた通路が、右側と左側の壁から伸びている。『順路』と書かれた矢印は、右の道を指していた。
 どうやらここは、絵画を展示しているホールの一部のようだ。おそらくこの部屋が、一番最初の展示場所のようではあるが、出入口のようなものは見当たらない。
 グリモア猟兵は何と言っていただろうか。そうだ、ネモフィラの花畑から移動した場所は、呪詛を唱えるUDCの群れへと繋がっていると言っていた。ならば、手がかりはこの展示ホールにあるはずだ。
 展示がどこまで続いているのかはわからない。だが、なにもないということはないはず――。
セロ・アルコイリス
椛(f08841)と

ぅわ、勝手に移動するんですね、びっくりした
美術館、ってヤツでしょうか
おれ初めてです
ん……確かに特別な空気、って感じはしますね

出られねーんじゃ出る方法探すしかねーですが
せっかくだし絵も見て行きましょうか
椛、なんか好きな感じの絵とかあります?
アウラは?
ナルホドナルホド。明るい絵はともかく、風を感じる絵ってのはなかなか難しそうですが……これとか?(ほとりの木々が揺れる湖の絵を指して)

絵の呪詛には掛からない
んん、なんでしょうね
水辺の風景に生き物に、……呪詛
同じ青一色の世界なら、さっきのネモフィラのがいいなぁ、おれ
ナルホド、順路のいちばん最後か
うん、確かに行ってみる価値はありますね


岡森・椛
セロさん(f06061)と

当然変わる世界にびっくり
でもセロさんもアウラも変わらず側に居るから安心
セロさんは初美術館ですか?
私は偶に行くけれど
特別な空間が広がっている感じで好きな場所

そうですね!
歩きながら興味深く絵を眺める
私は明るい雰囲気の絵が好きかな
アウラは風を感じさせる絵が好きかも?
そうそう、こういう絵!
ね、アウラ(アウラが笑顔でくるくる回る

絵の呪詛には掛からない
不思議な感じの絵が多い気がする
まるで何かを必死で訴えてる様な……
あっ、私もネモフィラの方が好き
アウラもうんうん頷いてる

展示された数え切れない絵画
何処まで続くのか気になる
きっと順路の先の、一番奥に何かありますよね
行きましょうセロさん!



 さわさわさわと潮の引くように、蒼の世界が消えてゆき。
 瞬いた次の瞬間には、薄闇広がる建物の中にいた。
「わっ……」
「ぅわ、勝手に移動するんですね、びっくりした」
 突然変わったのは、景色か己のいる位置か。それはわからぬけれど、わかることもある。岡森・椛(秋望・f08841)は傍に精霊のアウラとセロ・アルコイリス(花盗人・f06061)が変わらずに存在していることを確認し、ほっと胸をなでおろした。突如変わりゆく世界はまるで物語の中の出来事のようで心躍るけれど、ふたりと引き離されなくてよかったという安心のほうが大きい。
「美術館、ってヤツでしょうか」
 薄暗闇の中、あたりを見渡したセロの視界には、床近くに灯る非常灯の明かりにぼんやりと照らされて、額縁がいくつか映った。そう、まるでここは、写真や映像などで見た、美術館のよう。
「セロさんは初美術館ですか?」
「おれ初めてです」
「私は偶に行くけれど、特別な空間が広がっている感じで好きな場所です」
 セロの言葉で椛もあたりを見回せば、彼の言う通り、確かに美術館のような場所であると同意できる。
「ん……確かに特別な空気、って感じはしますね」
「でも、ここはなんだか……私の知っている美術館とは少し雰囲気が違う気がします」
 たしかに特別な空間が広がっている感じがするのは同じだ。だが、明かりが乏しいからだろうか、なんだかここの空気は淀んでいる気がする。
「雰囲気が違う、ですか。まぁここからは出られねーみたいですし、出られねーんじゃ出る方法探すしかねーですが」
 この場所は、展示の一番最初のようだ。だが、セロが視線で探しても、出入り口のようなものはない。おそらくそれがあるであろう場所は、まるで何かを塗りつぶし、塗り込めたかのように、何も飾られていない壁がある、ただそれだけ。
「せっかくだし絵も見て行きましょうか」
「そうですね!」
 セロの提案に喜色を浮かべて頷く椛。非常灯があり、目も慣れてきたとはいえ何があるかわからない。ふたりはゆっくりと足を進めていく。
「椛、なんか好きな感じの絵とかあります?」
「私は明るい雰囲気の絵が好きかな」
 ベルトパーテーションの近くを歩き、絵を眺めながら『順路』という表示に従って歩いていく。よく見れば、飾られているのはどれも『水』に関係する絵であるということがわかった。
「アウラは?」
「アウラは風を感じさせる絵が好きかも?」
「ナルホドナルホド。明るい絵はともかく、風を感じる絵ってのはなかなか難しそうですが……これとか?」
 足を止めてセロが指し示したのは、湖のほとりに立つ木々の絵。舞い散る葉が、その空間に風が吹いていることを感じさせる。
「そうそう、こういう絵! ね、アウラ」
『るーるー♪』
 椛がアウラに同意を求めれば、アウラは笑顔でくるくる回りながら答えた。
 その後も絵を見ながら順路に沿って絵を見ながら歩くふたり。
「不思議な感じの絵が多い気がする。まるで何かを必死で訴えてる様な……」
 ぽつりと零された椛の呟き。確かにここまで来る間、何枚もの絵を見てきたセロにも感じるものがあった。
「どうやら『水』が共通するテーマだろうことはわかりましたが……んん、なんでしょうね」
 これまで見てきた絵を思い出し、今近くにある絵をもう一度見る。
「水辺の風景に生き物に、……呪詛」
 自然とたどり着いた答えに、隣に立つ彼女と精霊を見やる。自分は何故か平気だが、隣の彼女たちは――。
「呪詛……ですか?」
 不思議そうに見上げる紅葉色の双眸は、いつもの彼女のもので。杞憂だったかと小さく息をつき、セロは再び口を開く。
「同じ青一色の世界なら、さっきのネモフィラのがいいなぁ、おれ」
「あっ、私もネモフィラの方が好き」
『るるるー!』
 その感想に素早く反応を返してくれる彼女たちに、いつも浮かべている笑みとは少し違う笑みが浮かんだ。
「この展示、何処まで続くのでしょう?」
 数えきれないほどの『水』に関する絵画。一体どこまで続くのか。果てには何があるのか。椛の好奇心が疼く。
「きっと順路の先の、一番奥に何かありますよね」
「ナルホド、順路のいちばん最後か。うん、確かに行ってみる価値はありますね」
「行きましょうセロさん!」
 呪詛を寄せ付けぬふたりは、共に最奥を目指し、順路を進んでいった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

出水宮・カガリ
【ヤド箱】
ステラと

ステラを抱いて支えながら、薄闇を行く
終わりの見えない道というのは…少しばかり心許ないなぁ

少し遠くに、絵が見える
海のように果ての無い泉の絵
地の底で水を湛えているようだが…
…いずみよりいづるものを、いわとがへだつ
眼(まなこ)を閉じれば、其れを知り
開けば、紫は柘榴の色へ

吾が頸に伸びる腕(かいな)在り
灰の女(むすめ)、吾を何処(いずこ)へ沈むるか
吾は泉門(よみど)、岐(くなど)なるもの
この場より動くこと能わず
黄泉(いずみ)のものは、黄泉へ還れ

――今の、記憶は(目の色戻り・水と絞まる首に咳き込む)
お前は、灰色の…っ、今は、ステラを、返してくれ!
(灰色の目に覚えあり・ステラの肩を揺する)


ステラ・アルゲン
【ヤド箱】
カガリと

輝きが消え風が消え薄闇になる
まるで停滞した時間の中
何が悪かったのか分からないまま進んでいき絵画を目にする
暗い深海にぽつりと沈む灰色の岩の姿
辺りには赤い物を纏って落ちる何かと沈んだ白い何かが沢山

赤を纏ってボロボロと身を崩して落ちて
冷えて固まって沈む
わたしとおなじね

ごぽりと這い上がる音が聞こえた
目が灰色になる

あれはりゅうせいのおちるばしょ
みんなおなじ
わたしといっしょ

あなたもいっしょ
それがいい
だからおちてしずんで

金色の彼を求めるように手を伸ばして首を締めて
足元から水を溢れさせて覆って

堕ロ堕ロ堕ロ
沈メ沈メ沈メ
スベテ、オチテ、シズンデシマエ

(強く揺さぶられたら正気に戻るが記憶はない)



 輝きが消え、風が消え、薄闇が満ちた世界は、まるで停滞した時間の中のようだ。
 その中でステラ・アルゲン(流星の騎士・f04503)が確かに感じ取れるのは、己を支えながら歩んでくれる出水宮・カガリ(荒城の城門・f04556)の気配。
 けれども、けれども――。
(「分からない、分からない分からない分からない――」)
 ステラの心を占めるのは、先ほどの主の言葉とその意味を理解できぬ戸惑い。今のステラがいくらその意味を捕まえようと、探し出そうと手を伸ばしても、それはただ、なにもない場所で溺れぬようにともがいているのと同じ。
「終わりの見えない道というのは……少しばかり心許ないなぁ」
 いつものようにのんびりと、カガリは正直な心中を呟いてみせたが、腕の中の彼女からのいらえはない。この状態ではまあ仕方がない、そう思いカガリが視線を向けた先。少し遠くに飾られている絵から、なぜか視線を外すことが出来なくなった。

 それは海のように果ての無い泉の絵。それは、まるで地の底で水を湛えているもののよう。

「……いずみよりいづるものを、いわとがへだつ」
 無意識に唇が言葉を紡ぐ。それは、ふと浮かんだ光景。地の底から地上へと這い出ようとするものを阻み、疎んじ、地上から遠ざけ隔てる堅牢な門。
 閉じた眼(まなこ)を開いた時、カガリのそれは紫水晶から柘榴色へと変わっていた。

 * * *

 同じ時、ステラもまた、一枚の絵を目にしていた。どくん、と胸のあたりが強く打ち付けられた心地がする。

 その絵には、暗い深海にぽつりと沈む灰色の岩。その周囲には、赤いモノを纏って落ちる『何か』と、沈んだ白い『何か』がたくさん描かれている。

「赤を纏ってボロボロと身を崩して落ちて、冷えて固まって沈む。わたしとおなじね」

 唇が自然と紡ぎ出した言葉。ごぽり、聞こえたのは這い上がる音。ステラの青玉の瞳は、鉄灰色へと変化していた。
 
 * * *

 地の底――根の国の泉より現れたそれは、灰色の少女の貌(かたち)をしていた。彼女は自身を阻む門へと腕(かいな)を伸ばす。彼女が望むのは――。

『あれはりゅうせいのおちるばしょ。みんなおなじ。わたしといっしょ』
『灰の女(むすめ)、吾を何処(いずこ)へ沈むるか』

 あどけさなと残酷さを併せ持つ少女が、金を宿す門の頸へと触れる。

『あなたもいっしょ。それがいい。だからおちてしずんで』
『吾は泉門(よみど)、岐(くなど)なるもの。この場より動くこと能わず』

 少女の要求を、門が飲むことはない。少女に門扉を開くこともなければ、この場から動くこともない。
 門がその扉を、軽率に内側から開くことはない。それをしてしまえば、生と死の境界として自分がこの場にいる意味がないからだ。
 黄泉の国の門として在る以上、この場から動くことはできない。

『堕ロ堕ロ堕ロ――沈メ沈メ沈メ――』

 それでも少女は足元から溢れださせた水で門を覆い、沈め堕とそうと呪詛の言葉を繰り返す。

『スベテ、オチテ、シズンデシマエ』
『黄泉(いずみ)のものは、黄泉へ還れ』

 それでも門は、門扉を開くことはない。強い拒絶と警告。本能が、矜持が、ソレを通してはならぬと告げている――。

 * * *

「――今の、記憶は……ガフッ……ゲホッ……」
 目の前に、鮮明に浮かんだその光景。現実へと戻ったカガリの瞳は紫水晶へと戻っている。だが、纏わりつく水と首を絞められる感触は、まるで今見てきた光景と同じ。
「お前は、灰色の……っ」
 カガリの首を絞めあげているのは、柔らかい白の糸を持つ彼女。憎悪に似た色を浮かべるその瞳は、常の彼女のそれとは違い、鉄灰色だ。その色の瞳には、覚えがあった。
 なんとかまだ、言葉を絞り出す余裕は残っている。カガリは指先を震わせながらステラの肩へと手を伸ばし、そして掴む。
「今は、ステラを、返してくれ!」
 自身が想像していた以上に強く掴んでしまった肩。だが今はそれを気にしている暇はない。彼女を『取り戻す』のが先だ。
「ステラ、ステラ……ステラっ……!」
 何度も何度も、繰り返し名を呼んで、その肩を揺さぶる。
 ひどく長い時間を要した気もするが、本当は数瞬だったのかもしれない。彼女の瞳の色が変化していくと同時に、首を絞めていたその指から力が抜けていった。
「ゲホッ……ゲホッ、ゲホッ……ステ、ラ……」
「……カガ、リ?」
 解放された気管に一気に空気が流れ込み、カガリは何度も咳き込んだ。だが、確かめるように彼女の名を紡がずにはいられなかった。
「私は、なにを……?」
 ステラは、自分が何をしていたのかわからなかった。何故自分の手が、彼の首に触れていたのか。何故彼が、苦しそうに咳き込んでいるのか。何故足元が、水浸しなのか――。
「もどって、よかった」
「私は――」
 絵を見たことまでは覚えている。だが、そのあとの記憶は、ひとつもなかった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

黒鵺・瑞樹
【ヤド箱】
アレンジOK
転移直後は一人だがルパートと合流

少なくとも俺は呪詛にのまれるはずはねぇな。
…のまれるほど中身があるとは思ってねぇし。

基本方針
ひとまず他に人が居ないか探して声がけしてく。
声がけしても反応がない場合は肩をたたく。その時は念の為反撃を考慮しておき【見切り】で回避できるようにはしておく。
それでも正気に戻らないなら【暗殺】活用の手刀を入れて気絶させる。

ルパート見つけたら上記方法試して他の面子探し。
たぶん他にもいるだろうし、ルパート見て思ったが外に意識がいってない奴ほどヤバそうだ。
暴れてた方がましだろうよ。少なくとも自分を傷つけないからな。
そんな奴らの手助けできればと思う。


落浜・語
【ヤド箱】で。アドリブ、連携歓迎

なんで、俺はあんなこと…
だって、仕方ないことだろ。置いていかれるのは。

それよりも、ここの調査…視界に入ったのは、海辺で幼い子供を抱き眠る骸の絵。
似たようなことが、どっかで…。
…さっきまで、眠る前まであった熱がない。冷たい、居なくなって、死ん、
知るか!俺は、そんな……それは俺の記憶じゃない!
それは、『おれ』の記憶、俺の知らな、い

ぼくのきおく、『僕』のしらなくていいこと。
わざわざ、ひっぱりださないで。
ぼくが『僕』をかたるじゃまをしないでください。
たたっきりますよ。
(一瞬、瞳が若紫から常磐色へ)

…あぁ、くそ。なんなんだ、調子が狂う。
…大丈夫、騙れ。騙らないと保てない。


三上・チモシー
【ヤド箱】
アドリブ歓迎

小さな女の子の声がする
ごめんなさいと泣いている

違う、あの子は悪くない
チモシーが悪いの
勝手に外に出ちゃダメだよって、おばあちゃんも、お母さんも、言ってたのに

閉め忘れた扉
初めてひとりで外に出た
楽しくて
車道に出てしまったことにも気付かなくて
そしたら、車、が


……ちがう、違う、これは『自分』じゃない
だってこの時、自分はまだ、意思も無いただの鉄瓶で
(本体を両手でしっかりと握り)
そうだ、自分は、南部鉄瓶のチモシー
知らない記憶に、惑わされたり、しない


ルパート・ブラックスミス
【ヤド箱】瑞樹殿と途中合流

甦って暫くは亡んだ故郷を彷徨い、その甲斐あって己が何者かを理解し、生家さえ見つけ、「それでも何も思い出せず感じなかった」

絵画が描いているのは青い水の溜まった器と床に浸る赤い水。
肉体が零れ、人としての記憶が零れて。
炎と鉛を足し、ヤドリガミとしての思い出を足した。
そして出来た今の己。…それは「ルパート・ブラックスミス」なのか?
ルパートはあの日死んだのに?すべて忘れて何もわからないのに?

「誰でもない者」。己の言葉が帰ってくる。

瑞樹殿。つまり。ここにいる「俺」は。
【その先は自我の眠り(崩壊)への誘いになる為に心中でさえ紡げない。声がかかればなんとか正気に戻る】

【アドリブ歓迎】



 予兆は、あった。
 姉の姿が揺らいで、いつもの無表情が淡く微笑んだように見えたから。
 三上・チモシー(カラフル鉄瓶・f07057)はまたね、と告げて姉の姿と周囲の蒼が消えていくのを見守っていた。
 そして気がつくと、周囲の景色は壁に囲まれた、閉鎖空間へと変わっていて。
(「なんだか、嫌な感じだね」)
 薄闇の中、足元の非常灯に映し出されてぼう、と浮かび上がる額縁たち。先ほどまでの自然空間との差が歴然過ぎて、いっそ清々しいほどだ。
(「誰かいるかな?」)
 きょろりと首を巡らせたが、視界に入る人影はなく。チモシーは辺りを窺いながらも、足を進めていく。
(「絵がいっぱい。ちゃんと見てくればよかったかな?」)
 同じくこの空間へと移動させられた――『招かれた』仲間たちが何処かにいるだろうと足早に進んできてしまったけれど、絵が手がかりになるかもしれないならば見てくればよかった、そう思い、近くの絵画へと歩み寄る。
「――!」
 非常灯に淡く映し出された絵。それが視界に入った瞬間、チモシーは頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。

 そこにあったのは、川沿いの道路の絵。その隅で、小さな女の子が泣いている。

 衝撃ののちにチモシーの視界に広がったのは、その絵の風景によく似た場所。

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――』

 そう繰り返す声は、小さな女の子のものだ。泣きじゃくりながら謝罪の言葉を紡ぎ続けている彼女は、一体何に対して謝っているのだろう。
「違う、あの子は悪くない。チモシーが悪いの」
 自然と口が紡ぎ出した言葉。これではまるで、彼女の謝罪の先を知っているようではないか。
「勝手に外に出ちゃダメだよって、おばあちゃんも、お母さんも、言ってたのに――」
 それでも溢れ出す言葉は止まらない。
 チモシーの胸に浮かぶのは、好奇心と高揚感。

 その日その時、いつもは自分が外に出る前に閉められてしまう扉は、開いていた。
 偶然が重なって、閉め忘れたことに誰も気づかなかったのだ。
 あの扉の向こうに行ってみたい。みんな、自分を置いて扉の向こうへ行ってしまう。きちんと扉の向こうから帰ってきてくれるけど、どうしても自分は、あの扉の向こうの世界へは行かせてもらえなかった。
 だから、最初は軽い気持ちだった。
 今ならあの扉の向こうに行ける。みんなが行っているところに行ける。そう思って扉をくぐった。
 扉の向こうの世界は、想像していたよりもずっとずっと楽しくて。見たことのないものがたくさんで、夢中になってしまった。
 だから、灰色の地面の道に出てしまったことにも気が付かなくて。
 そしたら向こうから――『くるま』って呼ばれているものが、飛ぶみたいに一気に近づいてきて――動けなかった。

 胸に浮かんだ好奇心と高揚感は、後悔と後悔と後悔へと変わって。
「……ちがう、違う、これは『自分』じゃない」
 まるで自分のもののように甦った記憶に、チモシーは震えながら首を振る。
「だってこの時、自分はまだ、意思も無いただの鉄瓶で」
 熱に浮かされたように呟いて。けれども自身の本体である南部鉄瓶を握る手には、しっかりと力を入れることが出来た。
「そうだ、自分は、南部鉄瓶のチモシー」
 その、体温を如実に写し取るような硬い感触。言霊で自身を確固たるものにするように、あえて言葉にして。
「知らない記憶に、惑わされたり、しない」
 強い意志を込めた桃色の瞳で再び絵を見れば、もうその記憶が襲い来ることはなかった。

 * * *

 気がつけば周囲の景色は、蒼から薄闇、ひたすら広がる空間から閉鎖空間へと変化していた。けれども。
(「――なんで、俺はあんなこと……だって、仕方ないことだろ。置いていかれるのは」)
 落浜・語(ヤドリガミのアマチュア噺家・f03558)の心中を占めるのは、先ほど己の口から出た言葉。溢れ出た言葉はたしかに己の声で紡がれたものであったけれど……。
(「ああ……それよりも、ここの調査……」)
 堂々巡りから強制的に意識を逸らすべく、語は視線を上げた。調査を――と思い偶然視界に入った絵画へと焦点を合わせる。

 その絵は海辺。波は穏やかではあるが、これはただその一瞬を切り取ったもので。潮の、波の気まぐれで『その場所』まで押し寄せるだろうことは、波打ち際付近に散らばる枝や海藻の様子から知れた。
 そしてその場所に横たわるのは、ひとつの骸とひとりの幼子。幼子を抱きて眠る骸からは明らかに生が失われているように見えるが、その腕に抱かれた幼子は、見方によっては生きているようにも事切れているようにも見える。

「……似たようなことが、どっかで……」
 無意識にそう呟いていた。くるくると、頭の中の糸車が記憶の糸を手繰り始める。

 ――……さっきまで、眠る前まであった熱がない。冷たい、居なくなって、死ん、――。

 頭の中を占める想い。侵食される『大人の姿の語』の裡。
「知るか! 俺は、そんな……それは俺の記憶じゃない!」
 叫んだ声は、静寂が多くを占めるホール内に響き渡る。
「それは、『おれ』の記憶、俺の知らな、い――」

「ぼくのきおく、『僕』のしらなくていいこと。わざわざ、ひっぱりださないで」
「ぼくが『僕』をかたるじゃまをしないでください。たたっきりますよ」

 まるで子どもの様な喋り方。けれどもそこからは強い敵意と明確な意思が感じられる。よく見れば、絵に向けられた瞳の色は若紫から常磐色へと変わっていて――しかしそれは一瞬のことだった。
「……あぁ、くそ。なんなんだ、調子が狂う。……大丈夫、騙れ。騙らないと保てない」
 騙れ、騙れ、騙れ――自らに言い聞かせる語の瞳は、若紫色へと戻っていた。

 * * *

(「ここは、どこだ?」)
 先ほどまで蒼の海で、主と話をしていたはずだった。確かに『終わりの予兆』はあって、だからこそ今度はしっかりとした別れ方が出来た。それだけで十分だと満ち足りた顔をしていた黒鵺・瑞樹(辰星写し・f17491)もまた、薄暗いホールへと自然に移されていた。
 まずはその場から動かず、気配を探る。だが近くに人の気配はない。十分に注意をしつつ、瑞樹は他に人がいないか探すべく、足を進めた。
 この様な場所で下手に声を上げて人を探すのは、敵対するモノがいた場合、自分の居場所を知らせることになる。だから、瑞樹は黙したまま、己の感覚と気配を探る力に頼ってホール内を行く。道中ちらりと壁にかけられた絵画を目にしたが、うっすらと感じたのはなにか禍々しい意思。けれども瑞樹がそれに影響されることはなかった。
(「これ、きっとヤバイ奴もいるな」)
 瑞樹は足を速める――。

 * * *

 蒼の海で出会った顔の見えぬ人々に正論を叩きつけたルパート・ブラックスミス(独り歩きする黒騎士の鎧・f10937)。自然と思い返されるのは、今に至るまでの過程。
 甦ってしばらくは亡んだ故郷を彷徨っていた。その甲斐があって己が何者かを理解し、生家さえも見つけ出した。けれどもそれでも、ルパートの心を占めているのは『無』。『それでも何も思い出せず、何も感じなかった』のだから。
 だからこそ、この魂に縁のある彼らが現れても、彷徨う間に拾い集めたピースから生じただろう彼らが姿を現しても、誰なのか判別出来なかった。
「――、――」
 薄闇の閉鎖空間へと場が変化していることを認識していたかどうか、わからない。ただ視界に入ったのは、一枚の絵。

 鈍色の、無骨な酒盃に溜まっている青い水。そしてその足元に浸るほど広がっているのは、赤い水。

 肉体が零れ、人としての記憶が零れて。炎と鉛を足し、ヤドリガミとしての思い出を足した。そうして出来たのが、今の己だ。
「それは、『ルパート・ブラックスミス』なのか?」
 ルパートはあの日死んだのに?
 すべて忘れて何もわからないのに?
 無意識に紡いだ問い。答えなど――。

『それは、「誰でもない者」』

 返ってきたのは己の言葉。

「おいルパート、大丈夫か?」
 薄闇に佇む甲冑姿を見つけ、瑞樹は駆け寄った。ルパートは一枚の絵の前で、立ち尽くしていたから。
「瑞樹殿。つまり。ここにいる『俺』は」
 掛けられた声が瑞樹のものであるということは判別できた。だが、視線は絵に固定されたまま。そして。
「――、――」
 その先は紡げなかった。
 その先を紡ぐことは自我の眠り、崩壊への誘いになるため、心中でさえ紡ぐことが出来ない。一種の防衛本能のようなものが、ルパートをぎりぎりのところで留めているが、意識は絵に、過去に侵食されて、このままでは、このままでは――。
「ルパート? ルパート、ルパート!」
 瑞樹は彼の名を呼び、肩を叩く。念の為反撃を警戒していた瑞樹ではあるが、何度めかの声と肩への衝撃で、ルパートはようやく顔をこちらへと向けた。
「……瑞樹殿」
「……戻ってきたか」
 安堵の吐息を零して、瑞樹は思う。これが呪詛に飲まれるということか。
(「少なくとも俺は呪詛にのまれるはずはねぇな。……のまれるほど中身があるとは思ってねぇし」)
 それが良いことなのかはわからないけれど、少なくともこの場ではそれが役に立ちそうだ。
「ルパート、行こう。たぶん他にもいるだろうし、外に意識がいってない奴ほどヤバそうだ」
「……ああ」
 ぽんぽんと甲冑の肩を叩かれ、背を押されるようにしてふたりは歩み始める。

「……あぁ、くそ。なんなんだ」

 少し歩みゆけば、耳に届いたのはこれも聞き覚えのある声。
「騙れ、騙れ、騙れ――」
 自らを傷つけるような鋭さで零されるその声に、ふたりは駆け出した。
 そして。
「語!」
「語殿!」
 見つけた語は、爪が食い込み血が滲むほどに強く拳を握りしめていて、そしてその痛みにすら気づかないほど、意識を占領されているようで。
(「暴れていた方がましだな。少なくとも自分を傷つけないからな」)
 心中で呟いて、瑞樹は語の肩を叩く。
「語! 俺がわかるか!?」
「騙れ、騙れ、騙れ――」
 それでも彼は、まるで己に呪詛をかけるかのように、そう呟き続ける。
「語!」
 瑞樹は語の正面に回り、彼の両肩を掴む。ルパートは瑞樹の後ろへと周り、語の視界から絵画を隠した。
「ぁ……くろ、ぬえ、さん……。……ブラック、スミスさん、も……」
「戻ってきたな、よかった」
 ルパートも語も、呪詛にあてられた彼らは意識こそ引き戻されたが十全の状態には程遠い。瑞樹はとり急ぎ、語の見ていた絵画を取り外し、裏返しにして壁に立てかけた。
 彼らが少しでも落ち着くまで、しばし待とう。今後の方針の提案を、しながら。

 * * *

「チモシー? チモシーだよな!?」
 三人で順路を進んできたところ、瑞樹はいち早く人影を捉えた。そしてそれが見覚えのある人物のものであると分かり、ひとり先に駆け寄って。
「あ……みんな」
 絵の前で己の本体を強く握りしめていたチモシーは、すでに呪縛からは逃れたようだったが、瑞樹や語、ルパートの姿を見て、安心したように息をついた。
 思えば酷く緊張し、身体が強張っていた気がする。どのくらいの時間そうしていたかわからないが、知り合いと合流できたことに安堵するチモシーだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

ファン・ティンタン
【POW】睥睨の瞳
【ヤド箱】
主にペイン(f04450)と

酷く、現実味のない絵だった
蒼い月が、何も無い水平線に、紅い写し身を落とす
完全を象徴する欠けのない蒼月が、吹けば波打つ危うい水面を睥睨し、揺らぐ赤月で気紛れに遊ぶのだ

あお、青、蒼

ぼやけた過去が、けれど、明確な意図を持って私を嘲笑う
主を襤褸切れのように失わせた、彼の古き王の眼窩に収まる色は―――

……いて

仇に抱く恐怖を、温かい手が払拭するけれど
恐れの退いた空白に生まれ出でるのは、暗く煮え滾る―――憤怒

……どいてよ

絵を断つ、我が身
水面を、裂きて

目の前から、消えてよ
私の―――



忌まわしい印象画を散々に斬り捨てて
……行こう、ペイン
仕事の、猟兵の時間だよ


ペイン・フィン
【ヤド箱】
ファン(f07547)と参加

老若男女関係なく、大勢に囲まれている

その全ての顔を、覚えている

皆、自分が指を潰してきた人

名目上、拷問という娯楽のため、消費された人々
罪無き人の指を、自分は、潰してきたーーー

ーーーその過去を、腕で払う

……過去は変わらず、罪も残り続ける
でも、ね
貴方たち全員よりも大事な人が、苦しんでいる
側に居て、助けなきゃいけない
過去を振りほどいて、ファンの手を握り直す

大丈夫、ここに居ると、手を握る
苦しみから生まれた怨念と恐怖を
虐げられたが故の憤怒と憎悪を
無力から来る悲哀と絶望を
喰らい、宿し、吸収する
過去の幻影が、偽善と罵ろうとも
それでも、自分は
それをすると、決めたのだから



 ようやく蒼の満ちる空間から解放されたと思った。しかし息つく暇も与えぬとばかりにファン・ティンタン(天津華・f07547)の眼前に現れたのは――否、吸い寄せられるように、まるで他のものなど何もなかったかのように彼女の視線が捉えたただ一つのものは、絵画だった。

 それは水平線に映るまるい月の絵。蒼く輝くその月が落とす写し身は、紅く。

 酷く、現実味のない絵だとファンは思った。けれども、時間を切り取ったはずの絵を見て彼女が思い浮かべたのは。

 ――完全を象徴する欠けのない蒼月が、吹けば波打つ危うい水面を睥睨し、揺らぐ赤月で気紛れに遊ぶ――。

 なぜそんなストーリーを思い浮かべたのか、それを自身に問う前に、過去の姿を借りた呪詛が彼女を蝕む。
(「あお、青、蒼」)
 先ほどの蒼に満ちた光景を目の当たりにした時と同じモノが、ファンを襲う。理由の知れぬ恐怖は、繋いだ手から伝わる温もりのおかげで退いていたはずの震えを蘇らせる。
 ぼやけた過去が、けれど明確な意図を持って自身を嘲笑っているのがわかる。
 だってその色は――。
 主を襤褸切れのように失わせた、彼の古き王の眼窩に収まる色は――。

 * * *

「……、……」
 彼女と手を繋いでいる感覚はまだある。けれども今、ペイン・フィン(“指潰し”のヤドリガミ・f04450)の周囲にいるのは、ファンではなく――老若男女問わず大勢の、人たち。数を数えることはしないけれども、ペインはそのすべての人の顔を覚えている。

『――!』
『――、――っ』
『――!!!』

 嗚呼、複数の人が同時に言葉を投げつけるものだから、鮮明に聞き取ることはできない。けれどもその内容は、だいたい予想がつく。
 ――皆、自分が指を潰してきた人たちだから。
 彼らは、名目上、拷問という娯楽のため、消費された人々。
 拷問具――『指潰し』であるペインは、罪無き人の指を、潰してきた――それは違えようのない過去。
 だからこそ。
 ペインは彼らを振り払うように、腕を振った。そこには、強い想いと意思がある。
「……過去は変わらず、罪も残り続ける」
 それは誰よりもよく、わかっているつもりだ。
「でも、ね。貴方たち全員よりも大事な人が、苦しんでいる」
 今一度、腕を振る。
「側に居て、助けなきゃいけない」
 だからペインは、過去を振りほどく――!

 * * *

 ぎゅっと、何かを確かめるかのように力強く繋ぎ直された手。温もりはもちろん、指先から伝わるのは、彼の声――大丈夫、ここに居る――そう告げるような優しい温もりは、同時にファンを蝕むモノを喰らっていく。

「……いて」

 だからこそ、ファンは声を絞り出すことが出来た。仇敵にいだく恐怖は、温かい手が払拭してくれる。
 けれども恐れの退いた空白に生まれ出でるのは。水が染み出すようにじわりとではなく、溶岩が噴き出るように激しく生まれ出でたのは、暗く煮えたぎる――憤怒だ。

「……どいてよ」

 ――白き一閃。

「目の前から、消えてよ。私の――」

 繋いだ手から、ペインはそれを自身へと引き寄せる。
 苦しみから生まれた怨念と恐怖を。
 虐げられたが故の憤怒と憎悪を。
 無力から来る悲哀と絶望を。
 喰らい、宿し、吸収してゆく。たとえ自身の血が流れようとも。
 それをやめることはない。彼女のため、ならば。
(「過去の幻影が、偽善と罵ろうとも。それでも、自分は、それをすると、決めたのだから」)

 水面を裂かれた絵は、ゴトリと床に落ち、その貌(かお)を伏せた。

「……行こう、ペイン」

 床に伏した絵を、裏から更に斬り裂いて、彼女はペインを呼ぶ。

「仕事の、猟兵の時間だよ」
「そうだね、ファン」

 繋いだ手は、離さない。
 それは、ふたりの意志だ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​


 仲間内の中で一番奥に進んでいたカガリとステラに、瑞樹とルパート、語とチモシーが合流して。
 程なくペインとファンが姿を現せば、『ヤドリガミの箱庭』のヤドリガミ達は順路の最奥に辿り着く前に合流することが出来た。
 この先何が待っているのか、それはわからないけれど、頼もしい仲間たちがいれば、乗り越えられる気がするのは間違いではない、はずだ。
城島・冬青
・アヤネさん(f00432)と

ここはどこかな?
絵が沢山飾られてますね
どれも青色が綺麗な絵画ばかりです
……アヤネさん?
突然動かなくなってしまった彼女を怪訝に思い顔を覗き込むと
能面のような無表情なのに目からは一筋の涙を流している…
これは一体…?
アヤネさん、しっかりして!
慌てて彼女の肩を掴んで揺すると流れ込んでくる惨劇の光景(アヤネの呪詛と同じ)
?!
何?…今のはアヤネさんの記憶なの?
…いいえ、確かアヤネさんはご両親が亡くなった時に事故の現場にはいなかったと聞いた
つまりこれは彼女の記憶ではない!
アヤネさん、これは貴方の本当の記憶じゃない!気をしっかり持って!!
彼女の両肩を掴み目を見てはっきりと告げます


アヤネ・ラグランジェ
【ソヨゴ(f00669)と一緒】

呪詛を受けるだろう
だけど内容は予測済みだ

地下UDC研究施設
人為的ミスによる凍結UDCの暴走
拡散する精神汚染
発狂した者が仲間を殺害
けたたましい警戒音
UDCの真っ赤な鉤爪が人間を刻む
救出に向かうエージェント達も次々に倒れ
僕の父がたどり着いた先には
既に冷たくなった僕の母
絶望の渦に全てが飲み込まれて消える

僕は無表情にその光景を見つめる
恐れはない
悲しくない
痛くない
もう慣れた

ソヨゴ?
これは記憶ではない?
でも事実だ
証言、写真、物証を積み上げた
あと少しで真実に至る
ああ、でも
あなたが悲しそうな顔をしないで
それは僕が辛い

漸く我に帰る

絵を外して床に伏せて置こう
黒幕どもは償わせてやる



「ここはどこかな?」
 蒼の世界から突然連れてこられた薄闇の世界。城島・冬青(六百六十九番目の宿木・f00669)はきょろきょろとあたりを見回して。
「絵が沢山飾られてますね。どれも青色が綺麗な絵画ばかりです」
「そうだね」
 彼女の言葉に相槌を打つアヤネ・ラグランジェ(颱風・f00432)。彼女は出発前にグリモア猟兵の告げた言葉を思い出していた。蒼の海から転移した先――そこでも心や絆が試される現象が起こるだろうと彼女は告げていた。
 しかしアヤネには、自分が揺さぶられるだろうコトに心当たりがある。予測ができているだけまだマシな方だろう――そう思ったけれど。

 その絵は、建物の中を描いたものだった。建物といっても絵になるお屋敷やお城などではなく、無機質さを感じさせるオフィスビルや研究所のようなもの。そしてその、透明な壁の向こうには、人が余裕で入れるほどの大きさの培養槽のようなものが描かれていて。その中はなみなみと、水によく似た色をした培養液で満たされている。

 ああ、来た――最初はそう思った。けれども、その光景は思ったよりも鮮明だ。

 地下に存在する研究施設に響くのは、けたたましい警戒音。赤い光が明滅しているのは、アラートライトのせいだろう。
『早く逃げろ!』
『応援を呼べ!』
『対処できるのは――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』
 それは人為的ミスだった。UDCの研究を行うこの施設で凍結されていたUDCが、暴走し、研究所内を汚染してゆく。
 近くにいた研究員たちが真っ先に精神を汚染され、発狂した研究員が仲間の研究員たちを躊躇いもせずに殺害していく光景は、まさに地獄絵図。
 明滅する赤い光に混ざり、UDCの真っ赤な鉤爪が人間を刻んでいく。楽しいからでも憎いからでもなく、ただそれは『やるべき作業』をこなしてるだけのよう。
 そしてセラミックタイルの床に次々と伏してゆくのは、研究員だけではない。UDCエージェントたちも、だ。徐々にエージェントたちの割合が増えていくのは研究員の数が減った分、多く見えているだけではない。救出に向かったはずのエージェントたちが次々と倒されるほど、赤い鉤爪のUDCが強いのだ。
「――、――!」
 ひとりの男性エージェントが呼んだ名は、アヤネもよく知るもの。アヤネの父であるその男性が駆け寄った先、血の海に横たわる女性はすでに――冷たい。
 視界の端がじりじりと黒に塗りつぶされ始め、徐々にその速度を増していく。
 それは絶望の渦。
 すべてがその黒に飲み込まれ、消えた。

(「恐れはない。悲しくない。痛くない。もう慣れた」)
 その光景を見つめるアヤネは、無表情で――。

 * * *

「……アヤネさん?」
 隣に立つアヤネが突然動かなくなってしまったものだから、怪訝に思った冬青はその顔を覗き込んだ。
「……!? これは、一体……?」
 彼女はまるで能面のような、無表情を貼り付けていた。そしてその瞳から流れ落ちるのは、一筋の涙――この状態を『異常ではない』といえるはずがない。
「アヤネさん、しっかりして!」
 冬青は慌てて、アヤネの両肩を掴んで揺する。尋常ではない出来事が、彼女を襲っているのは容易にわかった。だが、何が起こっているのかまでは――。
「――!?」
 その時、ぶわっ……と凄まじい勢いで冬青の中へと流れ込んできたのは、惨劇の映像。
(「何? ……もしかして、今のはアヤネさんの記憶なの?」)
 その仮説にたどり着いた冬青であったが、その映像が巧妙に嘘と本当を混ぜて織り上げられているのが彼女にはわかる。
(「……いいえ、確かアヤネさんはご両親が亡くなった時に事故の現場にはいなかったと聞いた」)
 ならばこんなにも鮮明な映像が、彼女の記憶であるはずはない。
「アヤネさん、これは貴方の本当の記憶じゃない!」
「……ソヨゴ? ……これは記憶ではない?」
 焦点の合っていない緑の瞳。けれども冬青の声には反応を示した。
「……でも事実だ。証言、写真、物証を積み上げた。あと少しで真実に至る」
「アヤネさん、気をしっかり持って!!」
 ぽつりぽつりと呟くアヤネ。冬青は彼女の両肩を掴む手に力を入れて、その美しい緑を真っ直ぐ見つめて告げる。
「……、……」
 真っ直ぐに向けられた視線を、アヤネは弾かない。じっと、じっと視線を絡めて。
「ああ、でも。あなたが悲しそうな顔をしないで。それは僕が辛い」
 緑の瞳の焦点が一度強く揺らいだのち、戻り映し出したのは、自分を真っ直ぐに見つめる心配そうな冬青の顔。
「……ソヨゴ」
「アヤネさん、正気に戻ったんですね!?」
「……ああ」
 安堵の息を吐く冬青にそう返し、アヤネは問題の絵画へと手を伸ばす。額縁を掴んで壁から外し、床へと伏せてしばしその裏面を見つめて。
(「黒幕どもは償わせてやる」)
 強固な意志が、アヤネを満たしていった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

向坂・要
こいつぁまた…
目にした絵画が与える呪詛に軽く眉を潜め
ヒトの形をとる以前まで記憶が津波の様に押し寄せる。
それは時計を逆に回すように流れやがて1つの暖かな家族へと辿り着く
自我を持ち最初にみたヒトの姿
戦火に巻き込まれた彼らの悲惨な末路、そしてそれだけでなく今に至るまでに見聞きした悲惨な光景
自我なんぞなけりゃ、なんて最初は思いましたがね
生憎眠りに着きたいとも忘れようとも思わねぇんですよ

なんて内心呟いて

八咫影戯と夜華に周囲を探らせつつ呪詛に飲まれたりしているお人らの対応に回りますぜ

お前さん、大丈夫ですかぃ?

医学の知識や破魔の力、術(陰陽師系やルーン)の知識などもつかい救助活動、とさせてもらいますぜ


アウレリア・ウィスタリア
ボクは悪魔と蔑まれ幽閉されていました
でも今のボクには、あの真っ暗な地下牢で何が起きていたのか
その記憶が曖昧で……思い出せない
(違う。思い出してはいけない。これは忘却すべき記憶だ)

怖かった、痛かった、辛かった、死んでしまいたかった
そう感じたことは覚えている
けれど、ボクは彼らからどんな仕打ちを受けた?
(蹴られ殴られた。鞭で打たれた。悪魔を払うのだと赤熱する鉄を…)
なにか、きこえる…なにかみえる?
(気付いてはいけない。考えてはいけない)
これは「私の記憶」?
(これ以上は…)

……頭が痛い
目の前にある真っ暗な海の絵
これ以上この絵を眺めるのは危険、ですね

ホールを調査しましょう
暗くともボクは夜目が利きますから



「こいつぁまた……」
 思わずそう声に出したのは、向坂・要(黄昏通り雨・f08973)。
 蒼い世界が薄暗闇の閉鎖空間へと変わったと思ったら、目にした絵画が呪詛を放ってくるではないか。

 それは、歪んだ時計の文字盤がいくつも水中へと沈んでいく、幻想や空想のような風景。針が指す時刻もバラバラならば、時計の大きさや文字盤のデザインも様々だ。ただひとつ共通する部分があるとしたら、波打つ髪のような歪み方をしていることか。

 要には、この絵が呪詛を放ってきていることがわかった。故に軽く眉をひそめたものの、津波のように記憶が押し寄せることには大して驚かなかった。
 時計の針を逆に回すように、今から始まって時を遡ってゆく。しかも見せつけられるのは、どれも悲惨な光景ばかり。
 今はヒトの形をとっている要が、まだ像であった頃まで遡り、その奔流は停止した。
「……、……」
 目の前に映し出されたのは、ひとつの暖かな家族の姿。それは、要が自我を持って最初に見た、ヒトの姿。
(「自我なんぞなけりゃ、なんて最初は思いましたがね」)
 ソコにたどり着くまでに、すでに彼らの悲惨な末路は見せつけられていた。戦火に巻き込まれ、罪もないのに虫ケラのように簡単に命を奪われた彼ら。
(「生憎眠りに着きたいとも忘れようとも思わねぇんですよ」)
 内心で呟いて、要は息をつく。すると潮が引いていくように、呪詛が引いていく。呪詛は要を捕らえるのをやめたようだ。否、捕らえられないと判断したのかもしれない。
「さ、行きなせぇ」
 要は召喚した闇色の鴉たちと夜色の狐へ命じ、ホール内の様子を探らせることにした。

 * * *

 アウレリア・ウィスタリア(憂愛ラピス・ラズリ・f00068)の前にあるのは、真っ暗な海の絵だ。不思議と視線が繋ぎ止められて、頭の中をまさぐられている感じがする。
(「ボクは悪魔と蔑まれ幽閉されていました」)
 浮かび上がるのは、とうに受け止めている事実。
(「でも今のボクには、あの真っ暗な地下牢で何が起きていたのか、その記憶が曖昧で……思い出せない」)

 ――違う。思い出してはいけない。これは忘却すべき記憶だ――本能がそう告げているけれど。

(「怖かった、痛かった、辛かった、死んでしまいたかった。そう感じたことは覚えている」)
 それでも頭の中をまさぐる見えざる手は、奥の奥の更に奥から何かを掻き出そうとしている。
(「けれど、ボクは彼らからどんな仕打ちを受けた?」)

『蹴られ殴られた。鞭で打たれた。悪魔を払うのだと赤熱する鉄を……』

(「なにか、きこえる……なにかみえる?」)
 目を凝らせばそこに見えるのは、ふた色の翼を有する少女と暗い地下牢。少女の近くに立つ人々の顔までは見えない。けれども彼らの行いは、しっかりと見える。

『この悪魔め!』
『汚らわしい! 何故こんな子が……』
『ほら、おとなしくしろ! 悪魔を払ってやる!』
 硬い靴の先で蹴りつけられ、硬い靴底に踏まれ、筋骨隆々の男の節くれだった拳で殴られた――何度も何度も何度も。
 よくしなる鞭で、棘の付いた鞭で、刃のついた鞭で、酷く打たれた――何度も何度も何度も。
 赤々と鈍く輝く火かき棒を、灼熱色の焼きごてを、周囲の空気を揺らめかせるほど高熱の鉄を、押し付けられた――悪魔を払うのだという名目で。

 ――気付いてはいけない。考えてはいけない――本能が警鐘を鳴らす。

(「これは、『私の記憶』?)

 ――これ以上は……。

 ズキン、鈍い痛みがアウレリアの頭を襲った。
「……頭が、痛い」
 額に手を当てると、じっとりと汗をかいていた。しかしこの痛みが自身を引き戻してくれたのは事実。
「これ以上この絵を眺めるのは危険、ですね」
 小さく呟いた、その時。
「お前さん、大丈夫ですかぃ?」
「……!」
 絵の見せる光景に気を取られていたからだろう、アウレリアは声の主の接近に気づかなかった。黒猫の仮面の下で少しばかり驚いてそちらを見やれば、立っていたのは黒い眼帯をつけた青年だ。
「ボクは大丈夫です」
「ならようござんした」
 青年――要は頷く。呪詛に飲まれている者が近くにいないか探らせた彼らから得た情報でここまで来たが、どうやらそれまでの間に彼女は自身で呪詛から脱したようだ。
「これからどうするおつもりで?」
「調査を。ホール内のここ以外の場所も調べるつもりです。ボクは夜目が効きますから」
 自身の問いへの答えを聞き、要は少しばかり考える様子を見せて。
「目的は同じようで。同行しても?」
 再び問われ、アウレリアは改めて彼をしっかりと視界に入れる。
「構いません」
 誰かと同行しても、己の目的は変わらない。
「では、行きますかねぇ」
 ふたりは連れ立って、順路通りに進み始めた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

シエン・イロハ
シノ(f04537)と

UDCの群れいるらしいから片付けんぞ

『情報収集』の為適当な場所で絵画を覗き込む
”忘れさせられた記憶”がフラッシュバック

※シエンの故郷は敵に掌握され滅ぼされており、生き残りはシエンのみ
記憶を喪った原因は双子の兄、ヒスイに敵の手で埋め込まれた能力
ヒスイの精神を軸とし家族の身体を繋ぎ合わせたモノが敵により造られ、戦わせられたシエンの手で一度消滅
自分に攻撃した者の大事な記憶を封じる能力により、シエンは家族の存在も思い出も喪失
消滅させた相手が誰かも分かっていない

『呪詛耐性』のお陰でなんとか動けるけれど動きは大幅に鈍る

何だってんだ…
誰かも知らねぇのに…煩わせんじゃねぇよ!


シノ・グラジオラス
シエン(f04536)と

UDCの群れか。人の形はしてないかもな
『聞き耳』『視力』『野生の勘』『情報収集』で呪詛の根を探す
必要があれば『怪力』で物を移動

絵画は違和感を探す為に見るが、前の花畑で現れた彼女からの許しの直後
『呪詛耐性』もあり、今は揺らぐ意思は一切無く、中てられたシエンの対処を

シエンの様子に少し驚きつつ、肩を揺すって正気に戻そうとする
おい、シエン!落ち着けって!
暴れるようなら羽交い絞めや一発殴るのも辞さない

妹達を落ち着かせる時にするみたいに背中を軽く叩いて、
少し座ってろよ。シエンの仇は俺が取っておくからな?と軽口を叩いて。
さて、俺の相棒を煩わせてくれた借りはキッチリ返させてもらおうか?



 先ほどの蒼い世界から打って変わって、薄暗闇の不気味な世界が広がっている。
「UDCの群れいるらしいから片付けんぞ」
「UDCの群れか。人の形はしてないかもな」
 それでもしっかりと気持ちを切り替えて、シエン・イロハ(迅疾の魔公子・f04536)とシノ・グラジオラス(火燼・f04537)はとりあえず、順路へ向かう通路の前まで行き、足を止めた。
 シノは耳を澄ます。到着した場所――入り口広間とでも呼ぼうか――からは、他の猟兵たちのものらしき声が聞こえる。ならば向かおうとしている順路の先は?
 床付近の高さ、ところどころに配置されている非常灯らしきもののおかげでそちらに道があるということはわかる。視線を向けてみれば、やはり額装された絵画らしきものが壁にかけられていた。
 今のところ、特に不審な物音は聞こえない。
「シエン、この先もとりあえず大丈夫そうだ」
「ああ。じゃ、行くか」
 警戒は解かず、ふたり連れ立って歩んでいく。
(「なにか手がかりになりそうなのは……」)
 シノはUDCの手がかりとなりそうな、例えば些細な違和感、そのようなものを探して絵画を覗き込みながら歩く。どの絵からもなんとなく『嫌な感じ』はするものの、それ以上の何かを感じるわけではなかった。
 それは、シノが普通の人より呪詛への耐性を持っているからだけではない。シノが呪詛の手に捕らえられずに済んだのは、きっと、蒼の海で出逢えた彼女の影響も大きい。彼女からの許しの直後である。シノには今、揺らぐような意思はないのだ。
 だが、隣を行く彼は。
 シエンは。
「そっちはどうだ、シエ――」
 逆側の壁に掛けられた絵画を覗きながら、彼は隣を歩いていたはずだった。だがシノがそちらへ視線を戻した時、彼の姿はそこになく。慌てて振り返れば、数歩後ろの絵の前で、シエンは立ち尽くしていた。

 * * *

 吸い寄せられた――そう表現するしかない。
 適当に覗き込んだ絵画、その絵からシエンは視線を逸らすことができなくなっていた。

 それの絵は、戦火に焼かれた村か町か。それすらもわからない、滅びの色濃い場所。その中に立ち尽くす、ふたりの人影。水を汲んでおいた樽や壺が壊されたのだろう、手前の地面が水浸しなのが、惨劇の襲い来た時間を示しているようで生々しい。

「――、――?」
 シエンの眼前に広がった光景――場所は、人為的な滅びに襲われたばかりと思しき人の住む土地。煙が上がっている。遠くにまだ、炎が見える気がする。
 そして自身の目の前にいるのは――ひとりの『人物』。それを『人物』と言っていいのかはわからない。ただ、明らかに生まれ持ったそれとは違うツギハギの身体をもったソレは、一応カタチは保っていた。

『シエ、ン……』

 ソレが発する声は、ノイズを混ぜ合わせたような聞き苦しく醜いもので。自身の名前であったから、辛うじて聞き取れたようなものだ。
 そしてソレはシエンへと襲いかかってくる――シエンの視点を持つその身体はソレと戦い、そして消滅させた。

 ――生き残りは俺だけだ。
 ――せめて俺の手で、家族を、ヒスイを……。

 シエンの頭の中に響く声。それが何のことなのか、何を示しているのか、この光景を見ているシエンには分からない。
 そしてその声は、突然途切れる。視界が闇に覆われる。

 ――アァァァァァ! 忘れ、る……も、の――。

 最後に響いたのは、強く持とうとした意志の声。けれどもその手で屠ったソレが発したなにがしかの力に襲われ、意識が途切れた。
(「なんだ? なんなんだ? あれは誰だ?」)
 疑問符ばかりが浮かぶ。苛立ちばかりが募っていき、黒で塗りつぶされた視界に満ちる。
「何だってんだ……」
「おい、シエン!」
 言葉を吐き出したシエンの手は強く握りしめられていて。ギリギリと音が聞こえてきそうだ。呼びかけたシノの声にも反応がない。
「誰かも知らねぇのに……煩わせんじゃねぇよ!」
 感情に任せてぶんっと振るった腕。シエンのそれをシノは受け止めて。
「落ち着けって!」
 それでも彼が振りほどこうと暴れるものだから、シノは彼を後ろから羽交い締めにして、その耳元で叫ぶ。

「シエン!!」
「――!」

 自身の名を呼ぶ大きな声。それにより黒で塗りつぶされた視界が晴れた。といっても足元の非常灯頼りの薄暗闇ではあるが、不自然な黒塗りとは明らかに違う景色にシエンの意識は引き戻される。
「……シノ?」
「戻ってきたか」
 もう暴れる様子のない彼に安堵し、シノは腕を解いた。
「くそっ……飲まれてたんだな」
 呪詛への耐性のおかげで比較的すぐに戻ってこれたようだ。なんとか動けはする。けれども身体が、鉛のように重い。
「少し座ってろよ」
 そんな彼の背中を、シノは軽く叩く。それは妹たちを落ち着かせる時にするような、優しい仕草。
「シエンの仇は俺が取っておくからな?」
「お前に遅れを取るほど、敵の術中にはまってないぜ」
 彼の軽口にこちらも軽口で返したものの、シエンは素直に床へと腰を下ろし、壁にもたれた。
「さて、俺の相棒を煩わせてくれた借りはキッチリ返させてもらおうか?」
 今度こそ、手がかりを掴む――その強い意志であたりを探ると、本能のようなものが示したそれは順路の更に先。
「やっぱり怪しいのは順路の奥っぽいな」
 そう呟いて、シノはシエンの隣へ腰を下ろした。
 先へ進むのは、もう少し大切な友が回復してからでも遅くはあるまい。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ディフ・クライン
あの人に会えた
手を握った
それだけで、胸の奥が温かい気がしたのに
あっという間に全部消えた
人形のくせに、どうしてこんなに寒いんだ…

絵画を見て、目眩がしてふらついた
オレは人形なのに、変だな

いやだ、もう一度見せないで
貴女が、逝ってしまう
オレを作って
鳥籠の外から手を伸ばしてくれた貴女が
優しく笑って、オレに触れた貴女が
赤く染まる腹を抑えて
鳥籠を開けて――

明滅する
ぐらぐらする
何かに蝕まれているのか全然動けない
座り込んで口を押えて、ガタガタ震えて
目から溢れる水はなんだ?
誰にも聞こえぬよう、貴女の名前を呼んだ

なんとなくわかった
オレは、まだ空っぽだから…
だからこんなに、弱いんだな…

絵画の内容お任せ・アドリブ等歓迎



「あっ……」
 蒼の海と共に『彼女』の姿がかき消えた。砂像が崩れるように、雪が溶けるように。
(「あの人に会えた。手を握った。それだけで、胸の奥が温かい気がしたのに」)
 また逢いたい、そう思っていた『彼女』にようやく逢えたというのに。
(「――あっという間に、全部消えた」)
 慈悲など存在しないと示すように、あれは夢だと断ずるように、すべてが消えて。
 ディフ・クライン(灰色の雪・f05200)が今立っているのは、冷たいセラミックタイルの上。そして息苦しくなりそうな、薄暗闇の閉鎖空間。
(「人形のくせに、どうしてこんなに寒いんだ……」)
 その寒さは『彼女』の温もりを失ったからだけではなく、彼女の消えた寂しさから生じるものに近いことに、ディフはまだ、気がついていない。自身の体を抱きしめるようにしながら、一歩一歩、進んでみる。
(「絵が、たくさんある」)
 歩きながらちらりと見た範囲では、どの絵も水が描かれていて。それがテーマなのかな、となんとなく思ったその時。
「――!」
 目にした絵画に視線が縫い付けられた。酷く目眩がして、ふらつく。
(「オレは人形なのに、変だな……」)

 その絵は、水面に浮かぶ鳥籠の絵だ。幻想的な絵であるが、水面に浮かぶ赤い花びらが、ディフには違うものに見えて。

 視界が、ぐるんと捻れた。
 目の前に現れたのは、『彼女』だった。
 だが、再会を喜ぶ気持ちは湧いてこない。
 ディフの心に浮かぶのは……。
(「いやだ、もう一度見せないで」)
 混乱と拒絶。
(「貴女が、逝ってしまう」)
 目の前で優しく微笑む真っ白な髪の彼女。ディフは、識っている。
 自身を作った彼女が、鳥籠の外から手を伸ばしてくれた彼女が、優しく笑ってディフに触れた彼女が。

 赤く、染まる。

 彼女は鳥籠を開ける。赤く染まった腹を押さえながら。
 嗚呼、嗚呼――彼女の雪のような白が、赤に侵食されてゆく――。

 明滅する赤。ぐらぐら揺れる視界と頭。
 なにかに蝕まれている気がする。けれどもそれを払拭することが出来ない。全然動けないのだ。
 いつの間に座り込んだディフは、口を抑えてガタガタ震えていた。
(「目から溢れる水はなんだ?」)
 わからないわからないわからない。

「――、――!」

 ただひとつ確かなもの、それは彼女の名前。誰にも聞こえぬように呼んだのは、聞かれたら彼女がまた、消えてしまいそうな気がしたから。

 どのくらいそうしていただろうか。
(「なんとなくわかった」)
 ようやく落ち着いてきたディフは、ひとつの結論を導き出していた。
(「オレは、まだ空っぽだから……」)

「だからこんなに、弱いんだな……」

 呟きがひとつ、薄暗闇に落ちた。

成功 🔵​🔵​🔴​

氷月・望
ゆーくん(f16731)と
アドリブ等歓迎

絵画の価値とか、割と主観多いイメージ
花畑からの美術展デートとか
マジでデートスポット巡ってるみたいだねー
(先程の出来事を思い出し)楪、手……繋いでほしい
プハッ、マジで深海魚って変なの多いわー!

涼しげな絵の中に気になる一枚
深海で藻掻く人、其れを地上から眺めて嗤う狼
氷月・望の生なんて初めから無かった
此れは×××・望の二周目の生だ、氷月・望は不要だと嗤う
ゆーくんにも聞こえちゃってる、かな

……違う、俺は俺だ
楪の唯一だ、其れだけは確かだ
呪詛の灼熱に全身を焼かれる様な苦痛によろめいて、呼吸すらも儘ならなくても
其れがあるから、まだ……歩ける、よ
楪の支えもあるから、尚更だ


月待・楪
氷月(f16824)と
(アドリブetc歓迎)

花畑の次は美術展か正直絵画とかまったくわかんねーんだけど
まァ…デートの続きと思うか
手?そんくらいならいくらでも

…水にまつわる絵が多いな
氷月、あれ見てみろよ
くはは、変な魚だな深海っぽくね?

氷月の足が止まった絵を見る
とことんふざけてんのか
狼から聞こえてくる声を鼻で笑ってやる
惨めに他人の人生にしがみついてんじゃねーぞくそ狼

テメーには氷月・望って人間はいらねェかもしれないけどな
俺には氷月が必要だし
俺は氷月の、氷月は俺のモン
コイツは氷月・望であってお前じゃない…俺の唯一だ

氷月
(手を握る力を強めよろめく氷月を支えて)
…どこまでもついてってやるから、一緒に行こうぜ



「花畑の次は美術展か。正直絵画とかまったくわかんねーんだけど」
「絵画の価値とか、割と主観多いイメージ」
 蒼の世界から薄暗闇の建物内へといつの間にか移動していた月待・楪(crazy trigger happy・f16731)と氷月・望(夢想の囚人・f16824)であるが。
「花畑からの美術展デートとか、マジでデートスポット巡ってるみたいだねー」
「まァ……デートの続きと思うか」
 ポジティブにデートの続きだと考えてしまえば、突然景色が変わったこともあまり気にならない。けれども。
「……楪、手……繋いでほしい」
 先ほどまでの蒼の中での出来事を過去のこととするには、時間も何もかもが足りていない。寄せては返す波のように望の脳裏に浮かぶのは、自分に似た自分ではないモノの姿。震え出しそうになるのを力を入れてこらえ、隣に立つ楪に願えば。
「手? そんくらいならいくらでも」
 欠片ほどの躊躇いも見せずに返ってきた答え。握られる手。
「……サンキュ……」
 触れ合った部分から伝わる温もりが、震えを封じ、足を動かす力を与えてくれた。
 ふたりはゆっくりと歩き始め、飾られている絵画へと視線を向けながら順路を行く。
「……水にまつわる絵が多いな」
「リアルなのからファンタジーっぽいのまで幅広いねー」
「氷月、あれ見てみろよ」
 と、足を止めた楪が示すのは一枚の絵。
「くはは、変な魚だな。深海っぽくね?」
「プハッ、マジで深海魚って変なの多いわー!」
 ユニークな姿をした深海魚が泳ぐ絵に、自然と笑いをこぼすふたり。
 このまま、このまま。何もなく済めばいい――そう、願うけれど。

「――、――……」

 深海魚を見送った先にあった一枚の絵画。その前で望は足を止めた。どうしても、その絵から視線を逸らすことが出来ない。
 涼しげな絵の中にあるその一枚は、あまりにも場違いなもののように見えた。

 深海で藻掻く人間――それを地上から眺めていやらしく嗤うのは、狼。

『氷月・望の生なんて初めから無かった』

 望の前に姿を現したのは、先ほど蒼の海で出会った狼だった。望とよく似た――人狼。

『此れは×××・望の二周目の生だ、氷月・望は不要だ』

 ケタケタケタ、耳障りな声で嗤う人狼。
(「ゆーくんにも聞こえちゃってる、かな……」)
 視線は人狼に繋ぎ留められていて動かせない。けれども先ほどと違い、人狼の言葉を聞いても望の心が支配されることはない。
 呪詛が自身を侵していくのがわかる。灼熱に全身を焼かれるような痛みと苦しみが、悪意を持って望に襲いかかってきている。

 ――でも。

「とことんふざけてんのか」
 望の足が止まったことに気付いた楪は、彼が見ている絵と嗤う狼の姿を見て、鼻で笑った。
「惨めに他人の人生にしがみついてんじゃねーぞくそ狼」
 畳み掛けるように声を荒げて、楪は問題の絵画へと近づく。そして、突き出したのは拳。
「テメーには氷月・望って人間はいらねェかもしれないけどな」
 ガッ、と狼の描かれた部分へと打ち付けられた拳が、キャンバスを歪める。それは怒りと、想いの強さからきた力。
「俺には氷月が必要だし、俺は氷月の、氷月は俺のモン」
(「ああ――……」)
「コイツは氷月・望であってお前じゃない……俺の唯一だ」
 はっきりと言い放った楪。彼と繋がった部分から、呪詛が浄化されていく気がする。

『氷月・望なんて存在しない。望はお前のモノなんかじゃない』

 それでも人狼が放つ呪詛は、望をすべて飲み込まんと濃さを増して望を焼き続ける。
「……違う」
 煙と高温に喉が焼かれたかのよう。声が、出ない。呼吸が、うまく出来ない。でもこれだけは、これだけははっきりと言葉にしなくてはならない。望は身体をふらつかせながらも、言葉を紡ぐべく息を吸う。
「……俺は、俺だ」
 喉が、痛い。気管が締まり、苦しい。でも、でも。

「楪の、唯一……だ、其れだけ、は……確かだ……」

 編み上げた言葉は、望にとっての希望であり、しるべでもある。それがあるから、まだ――歩ける。
「氷月」
 強く握りしめられた手。伝わる楪の心が、今度こそ呪詛の勢いを押し返してゆく。肩を支えられれば、共にあれば、何処へでも行ける。
「……どこまでもついてってやるから、一緒に行こうぜ」
「……ああ」
 彼の支えがあれば、そのみちゆきはより一層確かなものとなるのだ。

 一際大きく聞こえたのは、嗤い声だっただろうか。
 気がつけばその声の主は、姿を消していた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

浅葱・水簾
目の前に現れたのは1枚の滝の絵
奥に隠れているのはわたくしが作られた、過去

ひとりの男の妄執がはじまり
手の届かない、焦がれた女の姿をうつし、名づけ、改造し
男の思うとおりの反応を植え付けられた人形
狂気渦巻く籠の中
与えられるものへ教えられたまま動く日々
いつしか希薄な自我が芽生えたのは
人形の元が生きていた人間だったから……?

呪詛はわたくしを縛るけれど、他の方の手を借りるほどではなくてよ
わたくしはあの名前ではなくて、身代わりでもなくて
正しくわたくしと知って呼ぶ方々がいますから
その方々の顔を思い浮かべればわたくしは自由になれますわ


五百雀・斗真
・絵画の呪詛にあてられない

ここが雛姫さんが話してくれた場所かな
色々な絵画があるようだけど、これはいったい…
……!大田さん、どうしたの?
急に出てきて、目隠しするなんて…
もしかして、この絵画を見ない方がいいって事?

ああ、本当だ
呪詛めいたものを感じるね
危なかった…
もっと強くなりますって先輩に誓ったばかりなのに
そんな事じゃあんたいつか死ぬわよ!って
また叱られちゃうところだった
大田さんが早く気づいてくれて助かったよ。ありがとう

そうだ、他の人は大丈夫かな
心配だから様子を見に行ってみよう
それで、もし呪詛で苦しんでる人がいたら
先輩が僕にしてくれたように
ゆっくりと呼吸を整えるように声をかけよう

※アドリブ歓迎



「……そう、なのね……」
 絵画の満ちる薄暗闇のホール内を歩んできた浅葱・水簾(絡繰泡沫・f14355)は、その絵を見て無意識に呟いていた。

 その絵は滝を描いた美麗なものだ。その滝の裏にはなにかが隠されているようにも見えるが、普通の人には流れ落ちる水の向こうは覗けない。

 けれども水簾の目の前には、そこに隠されているものが浮かび上がっていた。

『こうじゃない……これじゃあちっとも似ていない』

 男が組み立てているのは、人形だ。パーツを選んで嵌めてみては違うと頭を掻きむしり、違うパーツを手に取る。

『違う。こんなの彼女じゃない。違う違う違う違う違う――』

 その男の姿は、明らかに妄執にとりつかれたソレであった。手の届かないひとりの女性、焦がれて焦がれて焦がれた彼女。思いが届かないと悟った彼は――『彼女』を創ろうとした。
 彼女の姿をうつした人形を作り上げ、彼女の名で呼ぶ。それだけでは飽き足らず、改造を加えて自身の望む反応を植え付けた。

『ああ、ああ……君はずっとここに居るんだね……』

 狂気渦巻く鳥籠の中、人形は男から与えられるすべてのものへ、教えられたように動くだけ。
 教えられたことしか出来ない、それは機械人形としての正しい姿なのかもしれないけれど。

『わたくし、は……』

 いつしか芽生えたのは、希薄ではあるが確かに自我だった。
 なぜそれが芽生えたのかはわからない。人形の元が、生きていた人間だったからだろうか――?

 * * *

「ここが雛姫さんが話してくれた場所かな……」
 グリモアベースで聞いたグリモア猟兵の言葉を思い出して、五百雀・斗真(人間のUDCエージェント・f15207)はあたりを見回す。薄暗闇の中に浮かび上がるのは、たくさんの絵だ。
「色々な絵画があるようだけど、これはいったい……」
 ふと、何気なく一枚の絵画との距離を詰める。けれども斗真は、その内容を把握することは出来なかった。
「……! 大田さん、どうしたの?」
 突然姿を現したのは、斗真の宿す触手状のUDC、『大田さん』だ。普段の大田さんは、斗真の指示がなければ勝手に姿を現すようなことはしない。けれども今は突然出てきただけではなく。
「急に出てきて、目隠しするなんて……」
 そう、自身で斗真の目を覆ったのだ。まるで、絵を見せたくないかのように。
「もしかして、この絵画を見ない方がいいって事?」
 その言葉を肯定するように肩を叩かれ、斗真は神経を尖らせる。
 呪詛に耐性があるということは、呪詛を嗅ぎ分けることもできるだろう。研ぎ澄まされた意識が感じ取ったのは、自身を侵食しようとする呪詛の手。
「ああ、本当だ。呪詛めいたものを感じるね、危なかった……」
 その呪詛の手は絵画から伸びている。斗真は身体の向きを変え、自分の目を隠してくれている大田さんに触れる。
「もっと強くなりますって先輩に誓ったばかりなのに、『そんな事じゃあんたいつか死ぬわよ!』って、また叱られちゃうところだった」
 蒼の海で出会った彼女は、斗真に決意をさせてくれた。だから、こんなところで立ち止まる訳にはいかない。
「大田さんが早く気づいてくれて助かったよ。ありがとう」
 告げれば大田さんはゆっくりと斗真の目から離れ、どういたしましてとでも言うように、すりっ……とその頬へとすり寄った。
(「そうだ、他の人は大丈夫かな」)
 ここの絵画が呪詛を放つものであるならば、その呪詛で蝕まれている人がいないとも限らない。心配だ――斗真は太田さんと共に警戒しながら、ホール内を進んでいく。

 * * *

 絵から、目の前の光景から発せられる見えない何かが水簾の白い肌へと纏わりつく。強い不快感――おそらくそう呼ばれるものが水簾を満たし、縛ろうとするけれど。
「わたくしはあの名前ではなくて、身代わりでもなくて」
 今の水簾は、それに完全に縛られることはない。
「正しくわたくしと知って、呼ぶ方々がいますから」
 その人達の顔をひとりひとり思い浮かべれば、潮が引くように不快感が引いていく。
「そこの人、大丈夫ですか!?」
 声が、聞こえた。こちらに駆けてくる足音も聞こえる。恐らく水簾が呪詛によって動けなくなっているのではないかと心配してくれているのだろう。
「大丈夫、手を借りるほどではなくてよ」
 ゆっくりと、絵から視線を声の主の方へと動かす。『水簾』を『水簾』として接してくれる人たちの存在が、彼女を自由にしてくれた。

「無事で良かった。僕がここに来るまで、他の猟兵の姿はなかったよ」
「ではみなさんは、先に順路の奥へと進まれたのかしら?」
 斗真の言葉に水簾は小さく首を傾げる。
「まだ何処かで呪詛に苦しんでいる人がいるかもしれないから、僕はそのまま進むよ。君は?」
「目的とする場所はおそらく同じでしょうから、わたくしも共にまいりますわ」
 ふたりは連れ立って、順路の奥を目指していった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第3章 集団戦 『腐屍海の百人姉妹』

POW   :    神歌:永劫の夢に微睡む貴方へ
【深海に眠る大海魔】の霊を召喚する。これは【無数の触手】や【神経系を破壊する怪光線】で攻撃する能力を持つ。
SPD   :    召歌:黒骨のサーペント
自身の身長の2倍の【骸骨海竜】を召喚し騎乗する。互いの戦闘力を強化し、生命力を共有する。
WIZ   :    戦歌:インフェルノウォークライ
【召喚した怪物の群れによる一斉攻撃】を発動する。超高速連続攻撃が可能だが、回避されても中止できない。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 何かの手違いで、海に出てしまったのかと思った。
 順路の最奥へ至る不自然な細い廊下を抜けた先は、一面の蒼。海の、蒼。
 何も置かれていない広いホールのようであるが、壁は四方すべて海の色で、床もまた、同じ。
 そしてその広大なキャンバス――海には、無数の人魚が描かれていた。
 猟兵たちがぐるりとその『海』を見渡したその時。

『Ah――Ahhhhhhhhhh――』
『Lu――LuLuLu――』

 その絵画の人魚たちが絵から抜け出して、突然歌いだしたのだ!
 その歌声は美しいが、脳内や心を針のように突いてくる。
 こころが、酷くかき乱される。
 感情が、溢れ出て爆発しそうだ。
 狂って狂って狂って――しまいそうになる。

 記憶の底から、何かが蘇る。
 自分が自分ではなくなってしまいそうだ――。

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※第三章捕捉※
・人魚たちの歌声は、皆様の心や記憶、理性を乱し、狂気を助長します。
・これまでに見てきたものが掌を返すように言動を翻したり、もっと強く心を抉るような光景にとらわれることもあるでしょう。

・これまでに『見たもの』などを踏まえた上で、行動をお決めください。
・必ずしも『戦闘行動をとる』必要はございません。
・もちろん、『戦闘をする』という選択肢はなくなりません。

・これまでに見たものやそれに関する他者との絡みによって、『戦闘に全力を注げる方』や『精神を揺さぶられながらも戦うことができる方』、『完全に精神を揺さぶられてしまう方』など様々な状態になると思います。

・プレイング文字数省略のため、よろしければ以下の記号をご使用ください。使用しなくとも問題はございません。

 ×……アドリブ不可・連携不可
 ▼……アドリブ不可・連携可

 ○……アドリブ可・連携不可
 ▲……アドリブ可・連携可

 ◎……アドリブ連携歓迎。文字数足りないから調理は任せた。

・プレイング受付開始時間の設定はございません。

-------------------
セロ・アルコイリス

椛(f08841)と

ぅ、わ
すごいですね、この『海』
なるほど、人魚、か、……ッ?

過去が『掌を返す』なら
ネモフィラの中で逢った『あのひと』が「お前なんて必要ないよ」と、そう笑う姿だろうか
いやだ
いたい、くるしい
『あのひと』に出逢う前に一度廃棄された、でもそんときは楽しめたのに
『楽しむ』しか無かったのに
『あのひと』の言葉に、いつもみたいに笑えねェ
ヒトに要らねーって言われたら、人形は、どうしたら

繋がれた指先とあったかい風に焦点結んで
まっすぐな言葉に、我に返って
……あっはは
こんなおれでも、こう言ってくれるヒトが居るみたいです、師匠
ありがとですよ、椛
もう、大丈夫

彼女の風に合わせて、【暴風雨】を最大火力で


岡森・椛

セロさん(f06061)と

わ、海
慌ててまた2人が側にいる事を確認して……セロさん!

セロさんの辛い気持ちが強く伝わってきて胸が締め付けられる
私が同じ立場ならきっと心が壊れてしまう

でもあの優しそうな人があんな態度を取る訳ない
幻に決まってる
大切な想いを利用するなんて酷い!

ネモフィラの中の時の様にセロさんの手をキュッと強く握る
アウラも急いで小さな手を重ねて優しい風で包んでくれる

私もアウラもいるよ!
私はセロさんの『前』を知らないけれど
今、こうして側にいる
一緒に未来に向けて歩いて行ける
だから要る要らないじゃなくて、居て欲しい!

セロさんの言葉にほっと安心
さあ反撃!
【科戸の風】で厭わしい歌声ごと吹き飛ばすね



「ぅ、わ……」
 むせ返るような一面の蒼が、迫り来るように見える。
「すごいですね、この『海』――」
 そう言の葉を紡いだセロ・アルコイリス(花盗人・f06061)の眼前に迫り来た人魚が嗤う。紡ぐ歌がセロの耳に無遠慮に入り込み、体内の器官を呪詛で侵してゆく。
「なるほど、人魚、か、……ッ?」
 状況をきちんと把握できたはずだった。けれどもセロがそれに対処しようとするよりも早く、呪詛がセロの視界を埋め尽くし、象るのは――。

「わ、海っ……」
 突然視界が海に染まり、岡森・椛(秋望・f08841)は慌ててセロとアウラの姿を探す。ふたりがきちんとそばにいることに安堵の息を漏らした……が。
「……セロさん? ……セロさん!!」
 明らかに彼の様子がおかしい。前方一点を見つめ、小さく、小さく震えているように見える。椛の呼びかけにも反応がない。
 嫌な、予感がした。
「……セロさん……」
 彼の視線を追った先、そこで椛が見たものは。
 
 * * *

『お前なんて必要ないよ』

 その言葉はどんな刃物よりも鋭く、そして的確に、セロのココロを突いた。そしてえぐりられた部分から、呪詛が浸潤してゆく。

「いやだ」
 
 ネモフィラ畑で逢った時は、セロの記憶にある穏やかな表情で笑って『許し』を紡いだのに。
 どうして。
 あの時と同じ穏やかな顔で、そんな言葉を紡ぐのか。
 掌を返したような『師匠』の言葉。それが記憶と同じ穏やかな顔で紡がれたものだから、研ぎたての鋭さで突き刺さり、見えない傷をえぐっていく。
 いっそ怒りや冷たい表情でそう吐き捨ててくれたのなら、一瞬で嘘だと見抜けるのに――。

「いたい、くるしい」

 無意識のうちにそう呟いていることに、セロは気がついていない。駄々をこねるようにかぶりを振り、目の前の男からの言葉を否定しようとする。
(「『このひと』に出逢う前に一度廃棄された、でもそんときは楽しめたのに」)
 どうして。
(「『楽しむ』しか無かったのに」)
 どうして。
(「『このひと』の言葉に、いつもみたいに笑えねェ……」)
 どうして――だって。

「ヒトに要らねーって言われたら、人形は、どうしたら……」

 Ahhhhhhhhh――Luuuuuuuuuuuuuu――歌声は、セロを弄ぶように強さを増してゆく。

 * * *

「……セロさん」
『るー……うー……』
 セロの見ている人物を、椛とアウラもまたその瞳で捉えていた。彼の名を呼ぶ声が、いつもよりか細い。
彼の辛い気持ちが流れ込んできて、強く、強く椛の胸を締め付けるのだ。
(「……私が同じ立場ならきっと心が壊れてしまう」)
 彼の辛さを我が身のように感じ、椛はその夕焼け色の瞳を泣きそうなほどに細める。そして、なんとか彼を、この悪辣な幻覚から解き放ちたい――じっと、『彼』を見つめた。そして思い出したのは、ネモフィラの絨毯に立つ彼の、人柄が伝わってくるあの姿。
(「そうだよ、あの優しそうな人があんな態度をとるわけない。幻に決まってる」)
 その姿を見たのは先ほど一度きりではあれど、その時のセロの様子を見ていれば、その人物がどういう人物なのかは十分に伝わってきた。

「大切な想いを利用するなんて……酷い!」

 怒りと心配を声に乗せた椛は、蒼の花畑の時と同じようにセロの手へと自身の手を伸ばし、キュッと強く握りしめる。アウラも椛に倣い、急いでその小さな手を重ねて優しい風で三人の手を包み込んだ。

「――っ!」

 繋がれた指先から伝わる熱と、優しい風の温もり。ぐるぐると、眩暈のように定まらなかった視界が、急に焦点を結んだ。
「私もアウラもいるよ!」
 聞こえるのは、強い意志の乗せられた声。
「私はセロさんの『前』を知らないけれど、今、こうして側にいる。一緒に未来に向けて歩いて行ける」
 嗚呼、そばにいたはずなのに。恐らく彼女は己の名を呼んでくれたはずだろう。なのにさっきまで、全く耳に入らなかった。

「だから要る要らないじゃなくて、居て欲しい!」

 真っ直ぐにセロへと向けられた、真っ直ぐな言葉。それは彼を我に返すには、十分すぎるものであり。
「……あっはは」
 零れた声は自嘲か呆れか驚きか――それともヨロコビ、か。

「こんなおれでも、こう言ってくれるヒトが居るみたいです、師匠」

 今度は自分の意志で真っ直ぐ『その姿』を捉え、覚悟を決めて言い放てば。
 ゆらりと、水面のように大きく揺らいだ『その姿』は、次の瞬間雫となって弾け飛んだ。
「ありがとですよ、椛。もう、大丈夫」
「……よかった、セロさん」
 東雲色の瞳で彼女の視線を捉えると、なんだかずいぶんと長い間、その紅葉色を見ていなかった気がして。
 彼女とアウラはほっとした様子を隠さなかったけれど、セロ自身もほっとしたのは――小さな秘密。
「さあ反撃! 厭わしい歌声なんて吹き飛ばそうね!」
『るーるー!』
 杖へと姿を変えたアウラを手に、椛は願いと思いを込めて言の葉を編み上げていく。

「悲しみや穢れに満ちた暗雲を吹き払い、空を、世界を、明るくするの」
「雨あめ、降れふれ──」

 そのとなりで、セロは彼女の呼吸を読み、タイミングを図りながら己の全力を浮かび上がる数多の矢に込めて。

「アウラ、お願い!」

 椛が杖の先を人魚たちへと向けると、アウラの巻き起こす風がそちらへと向かう。

「雨よ――」

 セロの放った多くの矢は、流水属性を持つが荒々しい風の矢である。アウラの風と混ざりあうように飛んだ150を超える風の矢は、常以上の力を発揮して人魚たちに突き刺さり、切り裂いていく。
 二人の――否、三人の力が合わさったからこそ生まれたその風は、呪詛を吹き飛ばすべく『海』の中を駆け巡っていった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

浅葱・水簾


蘇る、現れるひとりの男
どんな名でも呼ばれれば愛おしく、応えたいと思ってしまうのは
人形の、作り主への愛なのかもしれません
――彼女ではなく、わたしを見ていてくれるなら
かつて抱えた願いは今でもこの身を焦がす

確かにわたくしはあの方の代わりとして作り替えられました
けれど今は違いますわ
わたくしは、水簾
カレンデュラではないのです
御機嫌よう、我が君――いえ、ヴァニタス
脳裏に浮かぶのは今の名を呼ぶ、大切な人
古い幻影を、呪縛を振り切る

動けるようになったのならば他の方のもとへ向かいます
正しく今を生きて行けるように



 海の中で、人魚は歌う。
 人間であれ人形であれ、獣であれ、それ以外であれども命を持つものへ、人魚たちは呪詛の歌を送る。
 その歌は、決して離さぬと、浅葱・水簾(絡繰泡沫・f14355)の柔らかな巻き髪へと絡みついて。
「……、……」
 呪詛の影響か、水簾の目の前に現れたのはひとりの男だった。
 滝の絵を見たときに、その裏にいた男の姿。

『――、――!』

 その男はひとつの名を呼び、水簾へと手を伸ばしてくる。まるで水簾がその手を取るのが、さも当然というような表情を浮かべて。
(「どんな名でも呼ばれれば愛おしく、応えたいと思ってしまうのは――」)
 人形の、作り主への愛なのかもしれないと、思う。けれども。

(「――彼女ではなく、わたしを見ていてくれるなら」)

 目の前の男は、水簾を水簾として見ていない。誰よりも水簾自身が、それをよく知っている。
 だからこそ、その願いは、チリチリと水簾の身を焦がす。初めてその願いを抱えたその日から、ずっと。

『――、――!』
『――? ――!』
『――……、――!』

 けれども彼が、呪詛のようにその名を呼び続けるものだから、それを否定し振り切るように、水簾は小さくかぶりを振った。
「確かにわたくしはあの方の代わりとして作り替えられました」
 それは、違えようのない過去であり事実。だが未来まで、永遠に、それに縛られなくてはならないというルールはどこにもない。
「けれども今は違いますわ」
 するりとその言葉が口から流れ出たのは、僅かでも引っかかることがなかったのは、水簾自身が強くそう思い、迷っていない証左。

「わたくしは、水簾。カレンデュラではないのです」

 穏やかな浅葱の瞳が目の前の彼に対してのみ、鋭い拒絶の意を抱く視線を放ち。

『カレンデュラ! 何故そんな事を言うんだ! 君はカレンデュラだ!』

 その言葉と視線は、『水簾』に対して焦がれ焦がれ焦がれた女の名を呼び続ける男の姿を、ぐにゃりと歪ませる。脳裏に浮かぶのは、今の名を呼ぶ大切な人の姿。そしてその声。

「御機嫌よう、我が君――いえ、ヴァニタス」

 告げてドレスの裾を手に、優雅に頭を下げるそれは、レディの挨拶――ただし、今このたびのそれは、明確な意思を持った決別の。

『カレ――』

 それでもなお水簾を『その名』で呼ぼうとした彼は、水簾の『かたち』のみしか見ていない彼は、ぐにゃりぐにゃりと嵐の水面のように揺れて、そして弾けて消えた。

 もはやあの男の姿も言葉も声も、水簾にとっては呪縛となりえない。
 あれはただの、古い幻影。
 水簾を縛るものはもう、ない。
 からだも、こころも、自由に動く。
 ああ、他の猟兵たちが人魚に襲われている。ならば、助けにゆかねば。
 自身の足で、自身の意志で、水簾は歩んでいく。
 正しく今を、生きていけるように。

成功 🔵​🔵​🔴​

アヤネ・ラグランジェ
【ソヨゴ(f00669)と一緒】

歌声が心に刺さる
隠された記録
偽りの記憶
僕を蝕むそういうモノ
少し前の自分なら身動きが取れないままだったかもしれない

でも
今は違う
僕を呼ぶ声が必ず傍にあるから
「 OK、ソヨゴ。僕はもう大丈夫」
君の方が良い声だネ
と冗談混じりにウインクし
軋む身体を動かし始める

Phantom Painを構える
ソヨゴの背後に配置
【スナイパー】ソヨゴの死角から近寄る相敵を撃ち墜とす
UC展開
自分達の周囲半径20メートルに配置
追い込み網のように使用し敵の動きをコントロールする
敵の特殊攻撃もUCで躱す

複数の敵に近寄られた場合は
Scythe of Ouroborosを服の袖口から取り出し
切って捨てる


城島・冬青
◎アヤネさん(f00432)と

美しい人魚達の歌声
まるでお伽話のよう
その歌声は聞く者の心に影響を及ぼすというけれど今の私にはぶっちゃけどうでもいい
だって隣にもっと気掛かりで心配な存在があるから…
だからアヤネさんしっかりしてー!!(肩を掴んで揺さぶる)
このままわけわかんない奴等にいいようにやられっぱなしでいいんですか?!
わんわん騒いでアヤネさんを覚醒させる
あぁよかった、戦えますか?
ふふっ褒めても何も出ませんからね
ではリベンジ開始です
【廃園の鬼】を発動し
花髑髏を構え人魚に斬りかかる
悪い人魚は三枚おろしです!
囲まれたら【衝撃波】で蹴散らし
【傷口をえぐる】で追撃する
敵のUCは【ダッシュ】と【残像】で回避



『LuLuLu――』
『LaLaLa――』
『Ah――Ahhhhhhh――』

 海と化した空間を泳ぐ人魚たちの歌声は、確かに美しくもあり、同時に様々な意味で心に響くものであった。
「っ……」
 それはアヤネ・ラグランジェ(颱風・f00432)の心にも突き刺さり、蝕んで揺さぶって締め付ける。
 彼女の目の前に浮かぶ光景は、絵に囚われた時と同じようなものだ。
 研究施設での事故、暴走する凍結UDCの赤い鉤爪。
 狂気を刻まれた職員が、仲間たちを惨殺してゆく凄惨な光景。
 事態の対処へと向かったUDCエージェントたちの骸は、次々と増えていく。
 隠された記憶、偽りの記憶――それらがアヤネを蝕んでいく。
(「少し前の自分なら身動きが取れないままだったかもしれない」)
 けれども、今は――。

 * * *

 美しい人魚たちの歌声満ちる海。平時であればそれを、「まるでお伽噺のようだ」とうっとりとして眺めることもできたであろう。
 だが、今はそんな場合ではない。人魚たちのほうが敵意を持って向かってきているのだ。その上この歌声は、耳にした者の精神や心、感情に影響を及ぼす歌だという。
(「歌もそれに込められた呪詛も、ぶっちゃけ今の私にはどうでもいい」)
 しかし、城島・冬青(六百六十九番目の宿木・f00669)にその歌声は響かない。冬青はその呪詛に蝕まれることはない。
 それは、隣にもっと気掛かりで心配な存在があるから。呪詛に絡め取られ、常ならざる様子の彼女を見てきた。そして今、その彼女は襲い来る呪詛に対し、踏みとどまろうと戦っている。そんな彼女以外、この場ではどうでもいいに決まってる!
「アヤネさんしっかりしてー!!」
 アヤネの正面へとまわり、その肩を掴んで冬青は力いっぱい揺さぶる。
「このままわけわかんない奴等にいいようにやられっぱなしでいいんですか!?」
「戻ってきてくださいアヤネさんー!」
「アヤネさん目を覚ましてー!!」
 息つくいとまもないくらい、必死に冬青はまくしたてる。
 すると、がくんがくんと揺れるままだったアヤネの頭が――。

 * * *

 ――アヤネさんしっかりしてー!!
 ――このままわけわかんない奴等にいいようにやられっぱなしでいいんですか!?
 ――戻ってきてくださいアヤネさんー!
 ――アヤネさん目を覚ましてー!!

 うん、聞こえる。
 だから、今は違う。
(「僕を呼ぶ声が、必ず傍にあるから」)
 纏わりつく呪詛を、その声がほどいてくれているようだ。
 視界を塞いでいた呪詛まみれの映像が消え、海より先に彼女の顔が目に入った。
「ソヨゴ。僕はもう大丈夫」
「あぁぁぁぁぁぁ、よかったぁぁぁぁぁぁぁ!」
「君の方が良い声だネ」
「ふふっ褒めても何も出ませんからね」
 泳いでいた視線が冬青を捉え、名を呼ぶ。それにどれほど安心させられたことだろう。冗談交じりの言葉とウィンクに、足の力が抜けて座り込んでしまいそうだ。だが、まだ終わりではない。
「アヤネさん、戦えますか?」
「OK、もちろんだとも」
 打てば響くように紡がれた答え。
「ではリベンジ開始です!」
 告げて冬青は、手にした【花髑髏】の封印を解いていく。
「さて……」
 アヤネは、まだ軋む身体を意志の力で動かして、【Phantom Pain】を構えて冬青の後ろへと位置取って。
「悪い人魚は三枚おろしです!」
 床の海を蹴った冬青は、血を吸う漆黒の刃へと変化した【花髑髏】を手に、一番近い人魚との距離を詰める。
『ギャッ……!』
 黒を振るい斬りつければ、人魚の上げた声は存外汚かった。けれどもその声を聞きつけて、他の人魚たちが冬青へと迫る。
 だが。
『ギャアッ』
『ギャッ』
 冬青の死角から迫りくるそれは、アヤネの正確な射撃技術により撃ち抜かれて。傷口をえぐるように、最初に斬りつけた人魚に黒を突きつける冬青は、囲もうとしてきた他の人魚たちへ、衝撃波を放つことで包囲を免れた。
 その間にアヤネは小型の機械兵器を喚び出して、自分たちの半径20mへと配置してゆく。一撃で消滅してしまう機械兵器だが、数は多い。200体を超す機械兵器達は、数を減らされながらも追い込み網のように人魚たちの行動範囲を制限していく。
 人魚の喚んだ大海魔の霊が触手を伸ばしてくるが、冬青はその場から跳ぶように距離をとり、残像を残してそれを逃れ。
 他の人魚が海の怪物の群れを喚び出したが、アヤネは機械兵器たちを操ることでその一斉攻撃の直撃を免れた。

 アヤネはもう、呪詛の歌声に惑わされることはない。自身を呼ぶ声が、必ずそばにあるのだから。
 冬青は後ろを振り返ることはない。後ろにいるアヤネが、自身の背後を守ってくれていると確信しているから。
 ふたりは息の合った動きで、人魚たちの数を減らしてゆく――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

氷月・望
楪(f16731)と
アドリブ等歓迎

燃えて、焼け落ちる
焼け爛れた肉の臭いが突き刺して、呼吸が出来ない
隣にいる筈の楪が、俺を焼く炎の巻き添えになって見える

狼が告げる
妹だけを大事にするべきだった
ソレが出来ないなら、自ら命を断つべきだった
だから俺のせいで、楪も炎に巻き込まれた……とか

他にも色々言われる、かもね
ハハッ……最後の最後で間違えやがって、バァカ
やせ我慢でも何でも良い、くっだらねェ悪夢を一時でも消し飛ばせるなら
楪と約束したんだよ、一緒に歩くって言ったんだよ
俺が、楪と生きたいって思ったんだよ!!!

……クソ人魚共が、ウゼェの見せてきやがって
【終雷】で全部、全部、終わらせてやる


月待・楪
氷月(f16824)と ◎

燃える
氷月と繋いだ手を伝って、全身に広がった炎に飲まれてジリジリと焼かれる
そんな感じがうざったい
つーかさァ…これくらいで怯むと思ってんのか?あ゛?

こいつはお前じゃない
氷月望だ
俺が唯一この命をくれてやっていいって思って
その命が欲しくてたまらねー奴なんだよ
夢にも妹にもくれてやるつもりは欠片もねェから

そもそも俺のモンを勝手に焼いてんじゃねーよ
【P. granatum】を床に向かって放つ
地形を俺の炎で染め
望の全身も【念動力】で炎を操って俺の炎で覆う
望!ぶっ倒しちまえ!!

こいつと生きるのも死ぬのも
地獄迄の道行きもその後だって
望は俺のモンだからテメーの出る幕なんざねーよ
バァカ!



 昏い、昏い、海の中。
 ひらひら、ひらりと尾びれが揺らぐ。
 絵画の時に氷月・望(夢想の囚人・f16824)を蝕んだ呪詛は、灼熱に全身を焼かれるような痛みと苦しみを望に与えた。
 今は、今は――旋律が旋律として聞こえない。燃え滾る悪意の炎が、望をごうごうと焼いている。
 おかしい、ここは海の中のはずなのに、炎が――。
 焼けて、焼け落ちるのは望自身だ。焼け爛れた肉の臭いが鼻腔を突いて、器官に充満して、呼吸が出来ない。
 苦しい、苦しい、苦しい――助けを求めて隣りにいるはずの彼を見れば、彼は繋いだ手から伝った炎に焼かれていて。
 ヒュッ、と。
 呼吸さえままならぬ喉が、音を立てた。喪失の、恐怖を感じて。

『お前は妹だけを大事にするべきだった』

 聞こえてきた声にゆっくり首をめぐらせれば、予想通りのモノがそこに立っていた。
 望につきまとう、望によく似た――人狼。

『ソレが出来ないなら、自ら命を断つべきだった』

 断罪するように告げる狼は、炎に包まれた望を見て、愉しそうに嗤っている。

『氷月・望の生なんてないんだから、氷月・望が自分の意志で大切だと思ったモノも、存在するに値しない』

 ああ、なるほど、わかってきた。この狼の言いたいことが。

『お前のせいで隣のソレも焼け落ちるんだ。焼けて灼けて燒けて焚けて妬けて自棄て――消エロ』

 狼の言葉に、望を燃やしている炎がより一層激しさを増し、隣の彼へと襲いかかる。けれど。
「ハハッ……最後の最後で間違えやがって、バァカ」
 この、望の小さな呟きに重なるように、隣の彼――月待・楪(crazy trigger happy・f16731)が声を上げる。

「つーかさァ……これくらいで怯むと思ってんのか? あ゛?」

 望と繋いだ手から伝ってくる炎が、舐めるように楪の全身を這い、飲み込んでいく。ジリジリジリジリと焼かれるその感覚は――はっきり言ってうざったい以外の何物でもない。
「こいつはお前じゃない。氷月望だ」
 繋いだ手を強く握る。
「俺が唯一この命をくれてやっていいって思って、その命が欲しくてたまらねー奴なんだよ」
 それは所有欲の現れ――だけではない。楪が繋いだ手を強く握りしめた意味は、望には伝わっているはずだ。
「夢にも妹にもくれてやるつもりは欠片もねェから」

『愚か者には愚か者がお似合いだ。そのまま何も残らなくなるまで、燃え尽きてしまえ』

 揺らがぬ思いと意思を持つ楪の強い視線と言葉を、狼は一笑に付した。炎が更に強さを増して、ふたりは燃え上がる篝火のよう。
 苦しい、苦しい、苦しい――望は今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだった――けれども。しっかりと握られたその手が、力をくれる。
(「やせ我慢でも何でも良い、くっだらねェ悪夢を一時でも消し飛ばせるなら」)
 力を、力を、力を――望も弱々しいながら楪の手を握り返し、大きく息を吸い込んだ。
 灼けた空気が喉を焼く。けれどもこれは、望自身が紡がねばならない言葉、示さねばならぬ意思。だから。

「楪と、約束、したんだよ……一緒、に、歩くって、言ったん、だよ……俺が、楪と、生きた、いって思っ、たんだよっ!!!」

 絞り出した言葉が、どれくらいの声量で発せられたのか、望自身にはわからない。けれども少なくとも、隣に立つ楪には届いていた。
「そもそも俺のモンを勝手に焼いてんじゃねーよ」
 我慢の限界、とばかりに楪は、200発もの炎の弾丸を床に放った。弾丸から発生した炎は楪たちや狼が立つ『海』を染め上げ、更に楪は炎に覆われた望の全身をその炎で覆い尽くした。
 ガード? リカバリー? マーキング? ――否、そのすべてだ。
「望! ぶっ倒しちまえ!!」
「……クソ人魚共が、ウゼェの見せてきやがって」
 楪の炎に包まれると、不思議とそれまであった気が狂いそうなほどの苦しさが和らいだ。吐き捨てるように告げた望は、『Dusk』を手にする。

「全部、全部、終わらせてやる」

 サイキックエナジーが瞳に集まり、望の瞳が柘榴の種衣のように光り始める。周囲でバチバチと踊り始めた赤雷は、彼の手の中の漆黒の黄昏へと集まり。
 発せられたそれは、電磁砲。貫かれた狼の身体はぐらんと歪み、そして。

「こいつと生きるのも死ぬのも、地獄迄の道行きもその後だって」

 楪の怒声に大きく一度、揺らいだかと思うと。

「望は俺のモンだからテメーの出る幕なんざねーよ。バァカ!」

 ぱちんっと水泡が弾けるように、消えていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ディフ・クライン


「なんでわからないの」
「どうして感情がうまれなかったの」
「どうして人形のままなの」
「だから私は」
「こう成り果てたのに」

血に塗れた貴女が言う

…やめて
頭を抑え、顔を隠し
けれども表情は変わらない、どんな顔をすればいいのかわからない
そんな顔、見せられない
こんな時、人ならどんな顔をするんだ?
人になるって、どうすればいいんだ?
貴女が望むからそうなりたかったのに
わからない、まだわからないよ
ごめん、ごめん

敵の攻撃だってわかってる
わかってるけど

…王、王よ
助けて

ぐらりと揺れる
淪落せし騎士王を召喚して
王に全てをお願いしよう
ごめん、王よ

なんでこんなに胸が痛いんだ
息が苦しいんだ
わからない
誰か、教えて

…ニウェ、ごめん…


向坂・要
ったく……今度は海ですかぃ?
海開き、はちょいと早いと思いますぜ?

なんて軽口を叩きつつ
歌により強制的に呼び起こされる記憶に、感情に眉をひそめ

悪趣味にもほどがあるってもんで

大地と共にありしもの で巨大な白銀の狼の姿に転じ
夜華と精霊達と連携し攻撃に転じさせてもらいますぜ

(宿す精霊の力を宿す爪牙、吠え声による属性攻撃、毒使い、てとこですかね)

とはいえ常に戦場全体の動きを第六感もいかし俯瞰で把握するよう心がけ動けない仲間などは庇うつもりですぜ


なんて
発狂したりはしませんが
しねぇ
のか
出来ねぇ
のか…

なんで今考える事じゃありやせんね



 視界を満たす水、水、水。人魚の泳ぐその蒼は、海の色。
「ったく……今度は海ですかぃ? 海開き、はちょいと早いと思いますぜ?」
 目の前に広がる光景に軽口を叩くのは、向坂・要(黄昏通り雨・f08973)。

『AhAhAh――』
『LuLuLuuuuuuuu――』

 けれども人魚たちは、要を蝕むべく呪詛の歌をいっそう響かせてくる。その歌は、強制的に要の記憶を呼び起こし、感情を手繰り寄せる。
「――、……悪趣味にもほどがあるってもんで」
 呼び起こされた記憶は、絵画やネモフィラ畑で見せられたモノも含む、ソレだ。
 手繰り寄せられた感情は、絵画の時よりももっともっと身近にソレを感じさせて。
 まるで、今は彼にとっての『普通』の仮面を被っているのだと思い知らせるように、仮面の下のずっとずっと下、すべての奥底へと沈めたソレが引きずり出されることに、要は眉をひそめた。
 けれども彼は、その記憶に、感情に取り込まれることはなく、目の前で歌う人魚たちをしかと認識している。
 いっそのこと狂ってしまえれば、惑ってしまえれば、浸ってしまえれば、楽なのだろう。
(「なんて、発狂したりはしませんが。しねぇ、のか……出来ねぇ、のか……」)
 自分でもどちらなのかはわからない。
(「なんて、今考える事じゃありやせんね」)
 中途半端な状態は、酷く苦しい。けれども要は、その状態の己を活かすべく『海』全体を見渡して。
 駆け出すのは己が行くべき方向。『夜華』を手に、海中を駆ける――。

 * * *

 海だ――そう認識し、歌声が耳朶に触れた直後、捕らわれた。
 ディフ・クライン(灰色の雪・f05200)の目の前に現れたのは、雪のように白い髪を持つ彼女。けれども彼女はその白も、その着衣も赤にまみれてディフを見つめている。
 それは血の赤だ――と、自然に理解した。

『なんでわからないの?』

 長い長い髪を持つ美しい彼女。けれどもその口から発せられたのは、ネモフィラ畑で聞いたような穏やかな声ではなかった。

『どうして感情がうまれなかったの』

 明らかに責め立てるような強い口調で彼女は言葉を叩きつけてくる。

『どうして人形のままなの』
『だから私は』
『こう成り果てたのに――!!』

「……やめて……」
 突然投げつけられた叱責の言葉に、ディフの思考は混乱に満ちていく。
 蒼の花畑で出会った彼女と、絵画に見せられた彼女と、ディフの記憶の中に住む彼女とは、明らかに異なる表情と声。見たこともない形相でディフを責め立てる彼女。あれは本当に彼女なのか――直視することが出来ない、したくない。
 囁くように呟いて、ディフは頭を抱えて顔を隠した――だって、どんな顔をするのが『正解』なのかわからないのだ。
 ミレナリィドールである彼の表情は、変わらない。だって、答えを知らないから。
 こんな顔、彼女に見せられるはずはない。
(「こんな時、人ならどんな顔をするんだ?」)
 鳥籠の中が世界のすべてだった彼は、それを知らない。
(「人になるって、どうすればいいんだ?」)
 彼女が望むなら、そうなりたかったのに。
「わからない、まだわからないよ……ごめん、ごめん……」
 だからディフはまだ、顔を上げられない。
 頭のどこかでは、これは敵の攻撃で見せられた彼女であると、わかっているのだ。わかっている、けれど。
 ディフにとって『彼女』の言葉は、何よりも強いものだから。
「……王、王よ……助、けて……」
 熱に浮かされたがごとく紡ぐ言葉は途切れ途切れで弱々しい。
 ぐらりぐらりと視界が揺れる。その端に、漆黒のそれが見えてディフは告げる。
「ごめん、王よ……」
 自分では、どうすることも出来ない。
 自分は、顔をあげることすら出来ない。
 だから、喚んだ王とその愛馬にすべてを任せることにした。

『弱いのね』

 そんなこと、言わないで。
 たとえ紛い物だとしても、貴女を傷つけることが出来ないだけなんだ。
 ぐらり、ぐらりと揺れる、揺れる。視界が揺れているだけなのか、ディフの身体自体も揺れているのか判別がつかない。
 髑髏の兜に王冠を戴く漆黒の騎士王が、その愛馬である漆黒の騎馬に跨ってディフのそばを離れたのはわかった。
(「世界が――揺れる――……」)
 一際大きく揺らいだそれは、心のものか、身体のものか。

「お前さん、大丈夫ですかい?」

 揺れが、おさまった。彼女のものではない声に顔を向ければ、ディフを背中から支えてくれているのは銀糸に紫水晶の瞳の男性――要だ。
「……ぁ」
「倒れる寸前でしたぜ。立っているのが辛いなら、ここに腰を下ろしているといいですぜ」
 告げて、ディフを辛うじて支えていた彼の足を見、彼が腰を下ろすように促して、要は目の前の血色の女性とそれに相対する黒騎士を見やる。
「あれはお前さんの騎士、ですかぃ? ――なにも自分の手で決着をつけるだけが、尊いわけじゃぁありやせん」
 手にした『夜華』から夜色の狐へと姿を変えたその名を呼び、要はディフの守りを命ずる。そして。

「偉大なる精霊よ。今ひと時、力をお借りしますぜ」

 自身は大精霊の加護にて白銀の狼へと転じ、精霊たちと共に彼女との距離を詰める。
「しばし共闘といきやしょう」
 黒の騎士王に告げ、いらえを待たずに精霊の力と毒を宿す爪を振るう。騎士王が合わせるようにつるぎを振り下ろし、それを躱そうとした彼女の動きを読んだ要が肩へと牙を立てる。
 徐々に彼女の姿が揺らぎ、薄くなっていき、そして姿を現した人魚たちへ、要たちの攻撃が及ぶ。
 その間、騎士王たちを保持するため戦えず、傷を負うわけにはいかぬディフは、ヤシロに守られながら懊悩していた。
(「……なんで、こんなに胸が痛いんだ……息が、苦しいんだ……」)
 嗚呼、彼女の顔を、まだ見ることは出来ない。
(「わからないわからないわからない――……誰か、教えて……」)
 彼女はもういないのだ。ならば誰に教えを請えばいいのだろう? それすら、わからないのだ。
 ただ一つ、言えるとするならば――。

「……ニウェ、ごめん……」

 海の中にぽつりと零された謝罪の言葉は、波に飲まれるようにしてさらわれて、流されて流されて流されて――いつか届くだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シエン・イロハ
シノ(f04537)と

SPD選択

セスを前にシノが悩むようなら一度相手の背を叩き
どっちを信じたいかはてめぇで決めろ、まだうだうだ言うならいい加減刺すぞ

未だ、記憶がハッキリと戻ったわけではなく動揺は残っている
それでも、目の前に絵画と同じものを見るのなら、選択肢は決まってる

理由なんぞ知るか、アレが誰かなんて知るか
それでも記憶の中でさえ、戦っていたのだから
此処で戦わない選択なんぞ出来るわけがない

『先制攻撃』『範囲攻撃』『2回攻撃』で槍での戦闘を
回避は『見切り』を基本、くらった場合は『激痛耐性』『呪詛耐性』で耐える
猟兵からの攻撃があった場合は『敵を盾にする』
ダメージが嵩む場合は【ガチキマイラ】で回復を


シノ・グラジオラス
シエン(f04536)と

POW選択

脇腹の怪我は治ったはずなのに、焼けるように熱い
あの時黒剣で彼女を貫いたのは俺ではないはずなのに、この手に柄がある
雪のようだったセスは赤く染まり、その口からは怨嗟の言葉が紡がれた
お前が死ねばよかったのにと

けど、シエンのお蔭でハッキリした
花畑も目の前も、全部俺が楽になりたくて言わせた言葉だ
アイツなら…一緒に死ねよりも、
何もかも奪ってやるから全力で抵抗しろって言うだろうな
それが俺への罰になるのなら、お望み通り全力で抵抗してやるよ

猟兵は敵認識しない
自身を『鼓舞』して命中重視の【紅喰い】
『見切り』『野生の勘』で攻撃は回避
ダメージは『武器受け』と『激痛耐性』で耐える



 広がる海の中、聞こえてくるのは人魚たちの歌声。その歌声は美しい。けれども同時に呪詛という禍々しいものを孕んでいるのだ。

 作られた『海』を目にし、人魚の歌声を聞いたシエン・イロハ(迅疾の魔公子・f04536)の前に現れたのは、絵画のときに見た光景だ。
 未だ、記憶がハッキリと戻ったわけではなく、動揺はその心の中で蠢いている。
 けれども見えたものは、絵画の時と同じだった。ならば、選択肢はすでに選んだあとだ。
 ツギハギの身体を持つソレに対峙する自分。ソレがいくら自分の名を呼ぼうとも、シエンの選択は揺らがない。

(「理由なんぞ知るか、アレが誰かなんて知るか」)

 知らない、知らないのだ。けれど、ひとつだけわかることがある。

(「それでも記憶の中でさえ、戦っていたのだから、此処で戦わない選択なんぞ出来るわけがないだろ」)

 手にした『ベスティア』を強く握りしめて、シエンは隣にいるはずの親友の姿を探した。

 * * *

 人魚たちの歌声が響き渡る『海』。
 嗚呼、その歌声を悪しきモノと認識するより早く、シノ・グラジオラス(火燼・f04537)は歌声の呪詛に侵されていた。
「あっ……」
 思わず脇腹を押さえた。おかしい。脇腹の傷は治ったはずなのに、ジリジリとジクジクと、ヒリヒリとチリチリと――焼けるように痛むのだ。
「……セ、ス……」
 再びシノの前に現れたのは、雪狼のような、美しい彼女。

『……どうして……』

「っ……!」
 彼女が震える唇で紡いだ言葉に、シノは大きく身体を震わせた。彼女は雪のように、白く美しかったのに。

 夕焼けの――否。
 暁の――否。
 紅梅の――否。
 雛芥子の――否。
 炎の――否。

 鮮血の――紛れもなく血の赤色で染め上げられている。

「なん、で……」
 そして己の手には、漆黒の剣の柄がある。いつの間に握りしめたのだろうか。
(「あの時黒剣で彼女を貫いたのは、俺ではないはずなのに……」)
 シノはその青い瞳を困惑の色で濁らせた。だが彼女は。赤く染まった彼女は。

『なん、で……わた、し、が……』

 息も絶え絶えでありながら、彼女の瞳は強い思いを宿している。シノが彼女の上を彷徨わせた視線を、強引に絡め取って。

『――お前が死ねばよかったのに』
「――っ!?」

 告げられた言葉は、シノの心に鋭く深く突き刺さる。
 あの蒼い花畑で逢った彼女とは、正反対の――。

「シノ」

 名を呼ぶ声とともに背中へと伝わる衝撃。それに意識を引き戻されて、シノは隣に立つシエンを視界に捉えた。

「どっちを信じたいかはてめぇで決めろ、まだうだうだ言うならいい加減刺すぞ」

 シノは悩み迷い、混乱している。けれどもこれは、彼自身が自分で答えを出さなければ意味がない。
「……シエン。お蔭でハッキリした」
 ひとつ息をついて、シノは自身の心を再び確かめる。けれど、もう、揺らぎはない。
「花畑も目の前も、全部俺が楽になりたくて言わせた言葉だ」
 誰よりもセスの事を知っていたはずなのに、見てきたはずなのに。罪悪感や後悔で、すべてが曇ってしまっていたのだ。
「アイツなら……一緒に死ねよりも、何もかも奪ってやるから全力で抵抗しろって言うだろうな」
「ようやく答えが出たんだな」
「ああ。それが俺への罰になるのなら、お望み通り全力で抵抗してやるよ」
 武器を持っていない方の手で握りこぶしを作り、軽くぶつけ合う二人。
 槍を手に、先にそのマガイモノとの距離を詰めたのはシエンだ。自身の見ていたマガイモノに突き刺した槍を振り、シノの見ていたマガイモノをも襲う。そのふたつがぱちんっと弾けて消えたあとには、人魚たちと海魔や海竜の姿が見えた。

「目ぇ反らすなよ? スコルのお出ましだ」

 シノの遠吠えによる音波が、敵だけを的確に襲う。その攻撃に意識を奪われた敵たちへ、跳ぶようにして距離を詰めたシエンが槍を突き刺してゆく。

 ふたりはもう、揺らがない。
 見つけた答えを、忘れない限り。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

五百雀・斗真


歌声があちこちから聴こえてくる…
これもまた狂気へと導く為のものなのか
頭が、胸の奥が…掻き乱されて、意識が…
ダメだ…このままだと引きずり込まれる
きついけれど…この歌を、聴いて
【コードキャンセル】で打ち消せないかやってみよう

僕はここに来るまで、先輩の笑顔を思い出すのを恐れてた
だけど、それは…
先輩の笑顔のあたたかさまで忘れてしまうと気づいたから
たとえ苦痛に苛まれても、必死に先輩の笑顔を思い浮かべて
人魚の歌声と合わせるように歌い、抗い続ける

…あの時、僕の目の前で弾け飛んでしまった笑顔は
いつも元気づけてくれた笑顔と同じものだったんだ
そのあたたかさを苦しみに繋げて堕とそうとするこの歌を、ここで終わらせる


アウレリア・ウィスタリア
私は過去を思い出し、ボクは過去を忘却する
私は痛みに恐怖し、ボクは他人に恐怖する
それでもボクも、私も思い出せないこともある

だから歌おう
誰しも思い出をすべて思い出せるものではない
そんな思い出に飲み込まれてしまうわけにもいかない

ボクが、私が奏でる歌で
ボクの心に眠る勇気、私の心に眠る優しさ
そのすべてを込めて歌おう
狂気に抗う破魔の祈りを込めて
仲間を奮い立たせる鼓舞の祈りを込めて

【空想音盤:追憶】
さあ、歌と共に舞い上がれ花弁たち
この魂に眠る記憶と共に

私が狂気を飲み込み、ボクが前に進む
今の記憶を切り離したボクはこんな狂気に飲まれたりしない
花弁の嵐を盾として仲間を守り
花弁の嵐を剣として敵を斬り滅ぼしましょう





(「歌声があちこちから聴こえてくる……これもまた狂気へと導く為のものなのか」)
 海に響き渡るその歌声は、美しいだけではなかった。五百雀・斗真(人間のUDCエージェント・f15207)の頭の中を、胸の奥を、かき乱していく。
(「……意識が……」)
 遠のき始めた意識に、本能が警鐘を鳴らしている。
(「ダメだ……このままだと引きずり込まれる。きついけれど……この歌を、聴いて」)
 人魚の歌をしっかりと聞くということは、それだけ呪詛に侵される確率が上がるということだ。けれども斗真の考えた対抗策を成功させるには、この歌をしっかり聞くことは不可欠で。
 歌声に耳を澄ますと、頭の中をまさぐられているように感じた。
 歌声に耳を傾けると、心の奥を土足で踏みにじられているように感じた。
 歌声に身を任せたほうが、楽になるのではないか――そんな考えが一瞬よぎり、斗真は大きく頭を振った。
(「僕はここに来るまで、先輩の笑顔を思い出すのを恐れてた」)
 歌声に支配されぬよう、ひとつひとつ『自分の心』を確固たるものとして定義づけるよう、思考する。
(「だけど、それは……先輩の笑顔のあたたかさまで忘れてしまうと気づいたから」)
 苦しい苦しい苦しい。不快だ不快だ不快だ。けれども自身で記憶の奥、封印していた箱の蓋へと手を伸ばす。
 箱を開けば――ああ、いつぶりだろう。先輩の笑顔があった。
 その笑顔に背を支えられるようにして、斗真は人魚と同じ歌を歌い続ける。

 * * *

 私は過去を思い出し、ボクは過去を忘却する。
 私は痛みに恐怖し、ボクは他人に恐怖する。
 それでもボクも、私も思い出せないこともある。

 アウレリア・ウィスタリア(憂愛ラピス・ラズリ・f00068)は『海』を蹴り、そのふた色の翼で飛び上がる。
 誰しも思い出をすべて思い出せるものではない。そんな思い出に飲み込まれてしまうわけにもいかない。だから、アウレリアは歌う。
(「ボクが、私が奏でる歌に、ボクの心に眠る勇気、私の心に眠る優しさ、そのすべてを込めて歌おう」)
 歌に込めるのは、狂気に抗う破魔の祈りと、仲間を鼓舞する祈り。

「さあ、歌と共に舞い上がれ花弁たち。この魂に眠る記憶と共に」

 大きく息を吸い込んで、アウレリアは旋律を紡ぎ始める。同時に無数のネモフィラの花びらが、『海』の中を泳ぎ、人魚たちを襲いゆく――。

 * * *

 歌声が、聞こえる。
 人魚の歌声でも斗真自身の歌声でもない。
 そしてその歌声に合わせて舞う蒼い花びらたちが、人魚たちを巻き込んでゆく。
(「人魚の歌が途切れた……!」)
 それに気付いた斗真は、自身の声量を上げてゆく。歌声による侵食が止んだ今こそがチャンスだ。

『ギャァァァァァァァァ!』
『グワァァァァァァァ!』

 その見た目の愛らしさや美しさからは程遠い醜い悲鳴を上げて、人魚たちはもがき苦しんでいる。
 斗真が相殺しつづけた歌声。それに加えて花びらに襲われた人魚たち。
 だが、いつまたあの忌まわしい歌を歌いだすか、わからない。

 私が狂気を飲み込み、ボクが前に進む。
 今の記憶を切り離したボクはこんな狂気に飲まれたりしない。

 歌声の主であるアウレリアの強い思いは、旋律と花びらに乗って『海』へと広がってゆく。
(「……あの時、僕の目の前で弾け飛んでしまった笑顔は、いつも元気づけてくれた笑顔と同じものだったんだ」)
 思考がクリアになった今、思い出してみれば、斗真の中に答えが現れた。
(「そのあたたかさを苦しみに繋げて堕とそうとするこの歌を、ここで終わらせる」)
 人魚へ向かい駆け出した斗真。彼に迫る魔物たちの攻撃を防ぐかのように、アウレリアの蒼の花弁の嵐が盾となる。
「大田さん、いくよ!」
 斗真が自身が宿すUDCへと声へ掛け、攻撃をするのに合わせて、アウレリアの花弁は敵を切り裂いていく。

 この場にいるすべての猟兵たちが、彼女の歌によって力づけられていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
【ヤド箱】◎

相手の声に対抗して叫ぶ。
この程度で揺さぶろうっていうのか。
俺は黒鵺、断ち切る物。
悪しき欲望を、捻じ曲げられた想いを。
歪められた循環を断ち切るために作られた。
ふざけるな!

最初から全力で戦う。
限界まで加速した【シーブズ・ギャンビット】で【暗殺】攻撃。
敵からの攻撃は【第六感】【見切り】で回避、場合によっては【カウンター】を叩き込む。
回避が間に合わなければ【オーラ防御】でしのぐ。

仲間たちの真の姿に思うのは、あぁ全くなんだろうな!?
数日前まで揺らいでた自分が言える事じゃねーが、何だってこんなにも…。

この身は主の信条をもって作られた。
なれば同じ事をするまでの事。断ち切れるもの達の為に断つ事を。


三上・チモシー
◎【ヤド箱】

人魚の歌声で先程の呪詛の続きが少しだけ見える

投げ出された体はぜんぜん動かない
夏のお日さまが灰色の地面をジリジリ照らして、焼けてしまいそう
痛くはない。ただ熱い
熱い、あつい、あついのはいや

見えたのはほんの一瞬だけ
仲間達の戦う声や水の音が聞こえ、すぐに正気に

ああ、違う違う
あれだね、修行が足りないね
高熱は鉄瓶にとっては親しいもの
この体を焼くことは無い、熱くも無い

自分がこんなに揺さぶられるなんてね、思って無かったよ
『前の』チモシーのことなんて、気にしてなかったはずなのに
ネモフィラの時といい、自分ではわからないものだね

【不動火剣】に【破魔】の力を乗せて、召喚された霊ごと人魚を焼き払う


落浜・語
【ヤド箱】◎
なんなんだ、『おれ』は何をどれだけ黙ってる。
煩い、知らない。
俺は主様を恨んだことはないしあんな光景も知らない。
だってヤドリガミ(俺)は扇子(『おれ』)が見た目に合わせて騙ってるだけ。俺はなんにも知らない

ぼくだけがしってる
(真の姿。五歳程度の着物姿の幼児。癖のない短髪、常磐色の目無表情。うっすら透けている)
うらむかんじょうも、あのかんかくもぼく(扇子)だけしってる。『僕』(やどりがみ)はしらなくていい。

ほんとうは『僕』のしごとで、ぼくのしごとじゃないけど。ぼくが『僕』をかたるじゃまをしたら、たたっきるっていいましたよね…?
扇子でも、かたなになるんです。しじゅうとふたつ、かわせます?


出水宮・カガリ
【ヤド箱】◎

大丈夫、大丈夫だステラ
怖くない、怖くない
(抱き締めて、背を撫でて)

あの人魚、は…
(初めてステラの「灰色」を見た時の敵・案の定反応する彼女を悔しく思う
自身は歌声の影響で自我が少し薄い)
…いわとの、――(薄れる意識に、紫の眼を閉じ)
――受け持とう、鐵(くろがね)の門(意識が変わり、柘榴の眼へ)

生者の現世と、骸の幽世を、吾にて隔つ
(真の姿、神格の宿る大岩)

出水宮出づる泉門塞(よみどのさえ)
吾が為すべきを、是(これ)に顕す(【泉門変生】)

大岩は光る石壁として、海ごと人魚と海魔を囲う
霊力の源はこの光
いずみへかえれ、骸のもの

汝(なれ)も眠れ、灰の女(むすめ)
其の願いは今、望まれぬ


ルパート・ブラックスミス
【ヤド箱】

【呪詛の声が頻りに過ぎり、一人称が「俺」に固定】

真の姿及び青く燃える鉛の翼を展開し飛翔。【空中戦】だ。

(ルパートの血は赤い水だ。青い炎ではない)
(ルパートに翼など無い)
…喧しい、今はそれどころではない。皆が危ない。

UC【命を虚ろにせし亡撃】を乗せた短剣三本を【投擲】
【誘導弾】だ、誤射もなければ確実に全て命中させて敵のUCを封じる。
後は敵の攻撃を【見切り】回避しつつ、大剣で片っ端から切伏せる。

動けず危険な状態の味方がいれば【救助活動】。
いないなら【挑発】的な機動で敵を【おびき寄せ】。
とにかく仲間を【かばう】ことに執心。

(ルパートにそんな仲間は)
喧しい!「俺」の仲間だ!


ステラ・アルゲン
【ヤド箱】◎

すまない、すまないカガリ
なぜ、私はカガリの首を締めていた?
覚えていない覚えていない覚えていない

怖い、怖い、怖い
自分が怖いと感じる

海……海?
来るな、出てくるな!

――こわくない。もどるだけ

剣を持つ手に力を入れるも、剣が泡と消えていく
身長が縮み、灰色の髪と瞳を持つ少女の姿
かつてのわたしの姿

さぁ、いっしょにおちようしずもう
みんないっしょ
だからさびしくない
ひとりぼっちじゃない

暗い海を呼び出しその場に居るものを見境なく引きずり込んで
この海自体がわたしの存在
そして【真の姿】たる本体の隕石を落として潰して一緒に沈ませる

それがねがいなのだから
ねがいはかなえなくてはいけない


ファン・ティンタン

【SPD】カタリカタラレ
【ヤド箱】で参戦
真の姿を解放し、かたる


―――うるさい
私の主はそんなことを言わない
私の主はそんなことをしない
私の主は―――お前らなんかにどうにかできる人じゃ、ない

自らを扱わせる、自らが生み出した影の主像
彼女は何も言わない
彼女は余計なことをしない
彼女は―――私だけの主

数多の白刃が宙を舞う
それらは打ち出すための物ではない
猛禽の如き主が宙を跳び、獲物を穿ち、抉る為の剣樹であり、嘴であり、爪だ
私は、白い一振り
護刀にして、武のカタチ
主のためだけの、モノ

骸骨海竜なぞ知ったことじゃない、柔らかく脆い魚のなりそこないこそが的だ

早く
早く早くッ

私を掻き乱す奴らを斬り穿ち消し去らないと―――


ペイン・フィン

【ヤド箱】

皆が、ファンが、苦しんでいる。
……早く、助けないと、だね。

真の姿を解放。
何歳程度か幼くなり、血霧のようなものを纏う。

同時に、コードを使用。

幻影に苦しむ仲間の怨念と恐怖を、
記憶に虐げられる仲間の憤怒と憎悪を、
無力に涙する仲間の悲哀と絶望を、
喰らい、宿し、力に変える。
髪と血霧が黒く染まり、仮面は赤く変わる。
仲間の負担を少しでも、この身で受け止める。
そうすると、決めたのだから。

……聞こえるか、分からないけど、
聞こえなくても、話すけど、
……皆、大丈夫。
悪いものは、自分が食べる。
うち漏らした敵も、自分が片づける。
……だから、さっさと終わらせて……。
箱庭に、帰ろうね。



 順路の最奥に至る不自然に細い廊下――今来たそれ以外は四方を海に囲まれていると、錯覚させられる。
 順路の最奥ならば、蒼の花畑から飛ばされた最初のホールに戻る道が在るはずだ。最初のホールまで戻らなくとも、あのホールの左側の廊下から繋がっている『出口』へと通ずる道が、あるはずなのだ。
 けれども来た道以外はすべて海――そして泳ぐ人魚たち。
 彼女たちの歌声が発する呪詛に、少しでも抵抗できる猟兵たちは悟る。目の前の人魚たちを狩り尽くさねば、出口はないのだろう――と。

 * * *

「すまない、すまないカガリ……」
 絵画に『飲まれた』時の混乱を引きずったまま、ステラ・アルゲン(流星の騎士・f04503)は出水宮・カガリ(荒城の城門・f04556)に支えられるようにして最奥へと向かってきた。
(「なぜ、私はカガリの首を絞めていた?」)
 今となっては誰よりも大切で、誰よりも近くにいる彼の首を締める理由など、ステラには存在しない――はずだ。
(「覚えていない覚えていない覚えていない……」)
 心の中で唱えるその言葉は事実を述べているだけでなく、免罪符としての意味をも持ち、そして本能的にソレを封印する呪文の意味合いをも兼ねているのだろう。
 けれどもやはり自分の預かり知らぬところで『自分』が何かをしているというのは、恐怖である。
(「――怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――」)
 ステラの中を、自身への恐怖が侵してゆく。目を見開き、己が内の恐怖を抑えようと耳を塞ぐ彼女。その両手を優しく掴んでカガリは、塞がれた耳を解放する。
「大丈夫、大丈夫だステラ」
 それは、いつものように優しく穏やかな声。
「怖くない、怖くない」
 けれどもどこか幼子をあやすかのように、彼は己の身体で彼女を抱きしめ、伸ばしたかいなでその背をゆっくりと撫でる。
「カガ――ヒッ!?」
 彼女が落ち着こうとしているのは、伝わる呼吸と鼓動でわかった。だが彼女が彼の名を紡ごうとした途中で、それは喉が引きつるような音へと変わった。
「あの人魚、は……」
 原因はすぐに知れた。カガリの視線の先に出現したソレには見覚えがあったからだ。恐らく彼女の視線の先にもソレが、その人魚たちがいるのだろう。
「海……海?」
 忘れるわけなんてない。この人魚たちとは以前も対峙した。その時に初めて彼女の中に眠る『灰色』とまみえたのだ。
「来るな、出てくるな!」
 美しさの下に禍々しさを隠した歌声が響き渡る。案の定、ステラは人魚たちに反応し、怯え、逃げようとするかのように暴れる。
 悔しい――カガリの中に湧いた感情。彼女が恐れる何者からであっても、守りたいのに――ぎゅっと腕の力を込めるのは、彼女を安心させたい気持ちともう一つ、彼女を感じることで自身を保ちたい心。
 歌声に偽装した呪詛は、カガリをも蝕んでいた。自我が薄れゆくのを感じた。だから。
「……いわとの、――、――……」
 意識が遠くに、遠くに引かれてゆく。今紫色の瞳に帳を降ろし。
「……――受け持とう、鐵(くろがね)の門」
 次に瞳が海にあそぶ人魚たちを捉えた時、それは――柘榴の色をしていた。
 そして。

「――こわくない、もどるだけ」

 彼女の声とその変化をも、感じ取っていた。

 * * *

(「なんなんだ、『おれ』は何をどれだけ黙ってる」)
 
『AhAhAh――』
『LuLuLuuuuuuuu――』

 人魚たちの歌声は、仲間との合流で落ち着いたかのように見えていた落浜・語(ヤドリガミのアマチュア噺家・f03558)の心を、記憶をかき乱していく。
 蒼い花海での記憶が、絵画に見せられた記憶が、次々と甦り、襲ってくる――まるでひとつも覚えのない語を嘲笑うかのように、責め立てるかのように。
「煩い、知らない」
 それを言葉として発したことに、語自身は気がついていない。
「俺は主様を恨んだことはないし、あんな光景も知らない。だって」

 ――だって俺は『おれ』が見た目に合わせて騙ってるだけ。俺はなんにも知らない――。

 ヤドリガミである『語』は、高座扇子の『かたり』がその外見に合わせて騙っているだけなのだ。だから自分は何も知らない、自分だけが何も知らない――それに気がついた語の容姿が、変化してゆく……。

 * * *

 人魚の歌声が頭の中に響き渡る。
 ぐるぐる、ぐるぐる、意識をかき混ぜられる。
 三上・チモシー(カラフル鉄瓶・f07057)の目の前に浮かび上がった光景は、先ほど絵画に見せられた景色と同じだった。

 飛ぶみたいに一気に近づいてきた『くるま』。そのあと何が起こったのかはよくわからない。
 何処かに強く叩きつけられたかのような感じはしたけれど、あれはなんだったのだろう?
 気がついたら、灰色の地面に投げ出されていたんだもの。
 どうしよう、体がぜんぜんうごかない。
 夏のお日さまが灰色の地面をジリジリ照らすから、焼けてしまいそうなの。
 体は動かないけれど、痛くはないの。ただ、ただ、熱いの。
 熱い、あつい、あついのはいやなの、だれか、たすけて――。

 見えたのはほんの一瞬だった。けれども車にはねられた後の記憶と感情は、奔流となってチモシーの心に流れ込んできた。
 ぱしゃんっ……水泡が弾けるように、目の前の光景が消え、チモシーは正気を取り戻した。それは、仲間たちの戦う声が聞こえたから。あちらこちらから水音が聞こえたから。そして――激しく流れ込んできた『感情』のおかげ。
「ああ、違う違う。あれだね、修行が足りないね」
 息をついて、首を振る。だってあの『感情』は、自分が持つことはありえないのだから。
「高熱は鉄瓶にとっては親しいもの。この体を焼くことは無い、熱くも無い」
 そう、だから。熱いと、熱いのが嫌だと訴えるそれは、今ここにいる、南部鉄瓶のヤドリガミであるチモシーのものでは『ありえない』のだ。
(「自分がこんなに揺さぶられるなんてね、思って無かったよ。『前の』チモシーのことなんて、気にしてなかったはずなのに」)
 自身が使われていた寺で飼われていた猫のチモシー。その喪が明けた日に人の姿を得たチモシーは、家族からは猫のチモシーの生まれ変わりだと思われている。もちろん、名前も猫のチモシーからもらったものだ。
(「ネモフィラの時といい、自分ではわからないものだね」)
 自身が気にしていないと思っていても、心の何処か――無意識の部分で気にしていたのかもしれない。
 けれどもそれを理解して受け止めたチモシーは、もう、惑わされることはない。

 * * *

『あー……ヤだねぇ。コイツはまだ、現実っつーもんをわかってねーな』

 歌声の呪詛は耳からだけでなく肌からも染み込むようにして、ファン・ティンタン(天津華・f07547)を弄ぶ。
 彼女の前に現れたのは、黒い髪に数房白が混ざり、漆黒の外套と啄木鳥のような白黒まだらなマフラーを纏った女性。

『あたしにはもう、てめぇは不要(いら)ねぇんだ』

「――っ」
 目の前の彼女――主からのその言葉に、ファンは大きく身体を震わせた。
 器物が主から不要と断じられることは、捨てられること――否、死と同義だといっても過言ではない。
 だからこそ、その言葉の持つ『強さ』に押された。けれども同時にファンの中で爆発したのは――怒り。

「―――うるさい」

 紡いだその声は、地の底から這い上がって来るような低い、怒りと怨嗟の混じり合った声。

「私の主はそんなことを言わない」
「私の主はそんなことをしない」

 これが敵の見せる偽物だと理解っているからこそ、怒り心頭に発する思いなのだ。

「私の主は―――お前らなんかにどうにかできる人じゃ、ない」

 そう、人魚たちが自身の主を騙ったこと、それが一番許せぬのだ。

 * * *

『お前は本当に、自分が『ルパート・ブラックスミス』だと?』

 歌声とともに聞こえてくる声は、しきりにルパート・ブラックスミス(独り歩きする黒騎士の鎧・f10937)を揺さぶってくる。
 それを強引に無視したルパートの姿は、漆黒の鎧より燃える鉛が溢れ出る――真の姿へと変化していった。それまでチリチリゆらゆらと漏れいでていた青炎は、まさに溢れて零れるという言葉通りに鎧の外へ出て、その炎でルパートの黒を克明に照らし出した。

『ルパートの血は赤い水だ。青い炎ではない』

 その背には、青く燃え盛る鉛の翼を展開し、ルパートは飛び上がる。

『ルパートに翼など無い』

 声はしきりに今のルパートを否定する。だが。

「……喧しい、今はそれどころではない。皆が危ない」

 心乱されている者、なんとか心を保っている者、仲間たちを気遣う者――そう、周りの皆が『今のルパート』を支えてくれている。
 だから。

 * * *

『Ah――、Ahhhhhhhhhhhh――!』
『LuLuLuLuuuuuuuuuuuuuuuuuu!』

 一斉に歌う人魚たちというのは、その光景だけ切り取ってみれば美しいものだろう。だが、黒鵺・瑞樹(辰星月影写す・f17491)にとっては忌まわしいモノとしか感じられない。
 それは、その歌声が正しく人の心を揺さぶるものではないから。悪意以外、こもっていないから。
「この程度で揺さぶろうっていうのか」
 絞り出すように告げられたその言葉には、怒りと呼んでも差し支えない感情が込められている。
「俺は黒鵺、断ち切る物」
 自身の成り立ちを、存在意義を、強く強く思い出させてくれた。けれどもそのために他の猟兵が、仲間たちが苦しめられるのを、誰が良しとするものか。
「悪しき欲望を、捻じ曲げられた想いを。歪められた循環を断ち切るために作られた」
 宣言するように、確認するように。告げた瑞樹の手に握られているのは、己の本体である黒い刃。
「ふざけるな!」
 限界まで加速して、人魚たちとの距離を詰める。
 最初から全力で戦わない選択肢なんて、あるはずないだろう?

 * * *

(「皆が、ファンが、苦しんでいる」)
 落ち着いて仲間たちの状況を把握してゆくペイン・フィン(“指潰し”のヤドリガミ・f04450)。
(「……早く、助けないと、だね。」)
 大切な人を、仲間たちを、このままにはしておけない。
 ゆっくりとペインの身体が縮んでいくように見えた。気がつけば彼の姿は数歳程度幼くなり、そして纏うように彼の周囲に浮かんでいるのは赤い――血の霧。
 真の姿を解放したペインは続けて、そのかいなを広げる。目的は、傷つけることではなく。

(「幻影に苦しむ仲間の怨念と恐怖を、記憶に虐げられる仲間の憤怒と憎悪を、無力に涙する仲間の悲哀と絶望を」)

 ぽたり、『海』へと滴る赤。
 仲間を蝕むそれらを喰らっていくごとに、ペインの足元に代償として血液が滴り落ちる。
 それらを宿し、力に変えるごとにペインは代償を払う。
 血色の髪と霧が黒く染まり、仮面が徐々に赤く染まっていくけれど。
 仲間の負担を少しでもこの身で受け止めると、この身で背負うと決めたのだから。どんな代償を求められようと、ペインは揺らがない。

「……聞こえるか、分からないけど。聞こえなくても、話すけど」

 少しでも仲間たちを苛むモノが薄らげば、彼らは自力で『戻って』来られるはずだ。

「……皆、大丈夫。悪いものは、自分が食べる」

 だから、意識の何処かに自分の声が引っかかってくれるだけでいい。

「……うち漏らした敵も、自分が片づける」

 聞こえている、そう信じて。

「……だから、さっさと終わらせて……」

 足元の海を、血溜まりが侵食していく。それでも、ペインは。

「……箱庭に、帰ろうね……」

 望むのは、仲間たちの無事。
 望むのは、全員での帰還。
 望むのは、あの場所で再び笑い合うこと。

 * * *

「ぼくだけがしってる」

 告げた語の姿は、五歳くらいの少年のそれへと変化していた。常磐色の着物を纏い、常磐色の瞳を持つ少年だ。さらさらとした短めの髪、宿す表情は――無い。

「うらむかんじょうも、あのかんかくもぼくだけしってる。『僕』はしらなくていい」

 うっすら透けている彼は、語の真の姿だ。自身を高座扇子、大人の語をヤドリガミと認識する彼は、語の知らないことを知っていて、あえて語には隠しているようだ。

「ほんとうは『僕』のしごとで、ぼくのしごとじゃないけど。ぼくが『僕』をかたるじゃまをしたら、たたっきるっていいましたよね……?」

 少年は表情のない瞳で人魚たちを見据える。手にした本体の高座扇子の先を、人魚に向けるようにして。

「扇子でも、かたなになるんです。しじゅうとよっつ、かわせます?」

 その周囲に浮かび上がるのは、四十四の扇子。けれどもそれは扇子であって扇子ではない。

『ギャッ……』
『グァッ……!』

 念動力で四方に飛ばされた扇子は、人魚に触れるとその身を斬り裂いてゆく。今、この扇子たちは、四十四振りの刀だ。

「不動明王に帰命し奉る。一切障碍を滅尽したまえ」

 チモシーの『三鈷剣』から発せられた炎が、少年の斬りつけた人魚を次々と焼いていく。
 続いて容赦なく人魚たちを襲うのは、ファンの本体である白刃、『天華』だ。そしてそれを手にするのは――影で作り上げられた、ファンの主。彼女の真の姿たる影の主は、ファン自身を扱う『べき』人物だ。
 
 彼女は何も言わない。
 彼女は余計なことをしない。
 彼女は―――私だけの主。

 宙を舞う数多の白刃は、『天華』の複製だ。だがそれは、それ自身に敵を斬らせるためのものではない。
 影が宙を跳ぶ。手にした白い一振りを振り下ろしては、複製を足場に次の敵へと向かう。まるでそれは猛禽類による狩りのよう。複製たちは狩りのための剣樹であり、嘴であり、爪だ。
(「私は、白い一振り」)
 それが、ファンの原点。
(「護刀にして、武のカタチ」)
 思い出し、思い出し、思い出す――。
(「主のためだけの、モノ」)
 人魚は骸骨海竜に大海魔、怪物の群れたちを喚び出して、海はさまざまなもので満ちていた。
 そんなこと、知ったことじゃない。ファンは、影の主は、それらの隙間を駆け抜けると同時に斬り伏せ、あるいは突いてゆく。
 だって。
(「早く……早く早くッ!」)
 それは、『誰』の焦燥?
(「私を掻き乱す奴らを斬り穿ち消し去らないと―――」)
 そうしなければ、私は――。

 * * *

 仲間たちの誰よりも早く前線へと飛び出していた瑞樹は、皆のいる後方の状況が変わったのを肌で感じていた。同時に、反吐が出そうな歌声は悲鳴に変わり、呪詛により滲み出させられた仲間たちの負の感情や惑う気配が薄らいだように感じる。
「ハッ!!」
 目の前の人魚を切り伏せると同時に後方へと跳躍し、状況を確認するべく仲間たちを見やれば、ほとんどの者がその姿を変えていて。それが真の姿であるのだろうと検討はついたが、浮かび上がる感情は――。
「あぁ全くなんだろうな!?」
 一度に吐き出すように告げて、骸骨海竜の攻撃を避けた流れで近くの人魚を斬りつける。
(「数日前まで揺らいでた自分が言える事じゃねーが、何だってこんなにも……」)
 仲間たちが、自身を、仲間を揺るがすモノに対抗してその姿を顕にしたのだということはわかる。けれどもそれは、そうまでするほど酷く心を揺さぶられた、軋まされたということだ。それがわかるからこそ、瑞樹は悔しさに似た思いを込めて、自身の柄を強く握る。

「この身は主の信条をもって作られた」

 つい数刻前に、蒼の花海で出会ったその姿を、語らった言葉の数々を思い出す。

「なれば同じ事をするまでの事。断ち切れるもの達の為に断つ事を」

 それが出来なければ、主に顔向けできない。己が己である意味がない。
 ペインが仲間たちを侵す『負』を引き受けてくれていることはわかった。ペインの周囲だけ、気配が違うからだ。けれどもそれは、そう気軽にできることではないだろう。仲間の数が多いということは、それだけ彼にも負担がかかるということだ。
 ならば一刻も早く片付けなければ――瑞樹は再び足元の『海』を蹴り、人魚たちとの距離を詰める――。

 * * *

「我望むは命満ちる未来。されど我示すは命尽きる末路」

 青の翼で飛び上がったルパートが放つのは、自身の身体の一部である短剣三本。肉体・霊体の自由を封じる呪いと生命力・魔力を封じる呪い、思考・精神活動を封じる呪いをそれぞれ乗せた三本は、狙い過たず一番奥にいる人魚へと突き刺さる。

『ギャァァァァァァ!』

 醜い悲鳴を上げ、動きを封じられたその人魚の元へ『海』を飛んで向かい、鉛滴る大剣の一撃で切り伏せる。
 再び飛翔し、戦場全体を見渡したその時――敵味方の区別なく、暗い海がすべてを引き込もうとしていることに気がついた。

 * * *

 ステラは己の本体である流星剣を握る。けれどもその手に握りしめているはずの剣は、泡となってぷかぷかと、海面を目指すように消えていく。
 身長が縮み、その姿は灰色の髪に灰色の瞳を持つひとりの少女へと変わっていった。
 いつもの、憧れから自身の主を真似た姿とは程遠い、小さな娘の姿――かつてのわたしのすがた。
 だがそこに、いつものステラの意識や意思は存在しない。

「さぁ、いっしょにおちようしずもう」

 くるくるくる、歌うように告げて、『海』の中をまわる。

「みんないっしょ。だからさびしくない。ひとりぼっちじゃない」

 嗚呼、それは切なる願いが歪んだもの。
 少女が喚び出したのは暗い、暗い海。深い、深い海の色をしたそれは、人魚も猟兵も『ステラ』が愛しいと思う人も、見境なくその場にいるものを引きずり込もうとする。

「このうみじたいがわたしのそんざい。みんないっしょなら、さびしくない」

 嗚呼、そんなにも寂しかったのか。
 嗚呼、そんなにも孤独だったのか。
 だから、それを願うのか。

「わたしのしんのすがた、ほんたいのいんせきをおとして、つぶして、いっしょにしずませるの」

 暗い暗い海の底も、みんな一緒なら寂しくないの――告げる彼女は幼さと残虐さと無慈悲さを併せ持つ存在。最初からこうだったわけではないのだろう。きっと永い永い孤独と寂しさが、彼女を歪めてしまったのだ。

「それがねがいなのだから、ねがいはかなえなくてはいけない。かなえなくてはいけないかなえなくてはいけない――」

 感情を宿さぬ声色で言い放った彼女は、暗い海を操る。このままでは本当に、隕石を落とすことだろう。
 けれども誰よりも、それを許さぬ存在がいる。

「生者の現世と、骸の幽世を、吾にて隔つ」

 それはカガリだ。正確に言えば、彼の内に宿る古き大神が――カガリという青年の姿から、その真の姿である神格の宿る大岩へと姿を変える。
 それは根の国の入口/出口を塞ぐもの。『うつしよ』と『かくりよ』を隔てるもの。

「出水宮出づる泉門塞(よみどのさえ)。吾が為すべきを、是に顕す」

 そう紡いだ大岩は光る石壁となり、少女の喚んだ海ごと、人魚や海魔を囲ってゆく。
 その光は霊力の源。閉じ込め、封印するその力を強化された城壁は、内部のモノを封じ、あるべき場所へと還すことだろう。
 猟兵――仲間たちはその対象に含まれないはずだ。けれども囲われた海に、仲間たちが巻き込まれている。

「皆、壁の外へ出るんだ!」

 上方からその様子を見ていたルパートが叫ぶ。その声に反応した仲間たちは、それぞれ脱出行動を取り始めた。
 ファンはその名を呼ばれる前にペインの手を引き、共に『天華』の足場を行く。
 素早く城壁の上へと登った瑞樹は、ロープを使ってチモシーを引き上げて。
 ルパートは城壁内へ高度を下げて、語を片手で抱いて再び飛んだ。

『なぜこんなことをする』

「仲間を助けるのは当然だろう」
 声が未だ、ルパートへとまとわりついている。

『ルパートにそんな仲間は』
「喧しい! 『俺』の仲間だ!」

 声にその続きを言わせんと、ルパートは声を張り上げた。
 それ以上、声は何も言わない。それはルパート自身が仲間のためにできることを探すべく意識を集中させたからか――それだけではない、おそらくルパート自身が『答え』を見つけたからだろう。

 * * *

「いずみへかえれ、骸のもの」

 城壁内の人魚たちや、喚び出された海魔たちが次々と姿を消してゆく。
 程なくして城壁の中の海には、灰色の少女しか存在しなくなった。

「どうしてこんなことをするの。せっかくみんないっしょでさびしくなくなったのに」

 恨みがましく告げる少女の瞳に、憎悪が宿る。だが、先に動いたのは大岩たる石壁――カガリの方だった。

「汝(なれ)も眠れ、灰の女(むすめ)。其の願いは今、望まれぬ」

 暗い海が、海の水が、吸い込まれるように消えてゆく。

「いや、いやいやいやいやいやいやいや――」

 海に浸かっている足の方から吸い出されるように、少女の姿は頭の方から徐々にステラの姿へと戻っていき――最後の一滴が消えるのと同時に、灰色の少女は姿を消した。

「っ……ステラっ!!」

 いつもの姿へと戻ったステラは、意識を失っているようだった。その身体が傾いで『海』へと倒れ伏す前に、規模を縮小していった城壁がかいなとなり――普段の姿へと戻ったカガリがその腕で彼女を抱きとめた。

「……これで、みんなで、帰れるね」
 その様子を見て、ペインが呟く。代償に血を流しすぎたのだろう、顔色は、よくない。
「……ペイン」
 いつもの美しい白へと戻ったファンが彼の指へ自身の指を絡めれば、多くの血を失ったからだろう、その指先はいつもより冷たくて。
 温もりを生まぬ自分では、その指先を温めることは出来ないとわかっているけれど、でも。
 気持ちだけでも伝われと、彼の手を包み込んだ。

「終わったの、か?」
「みたいだねー」
 警戒を解かずに辺りを見回す瑞樹に、チモシーがいつもの様子で答える。
 床に降り立ったルパートは元の姿に戻り、いつの間にか青年の姿に戻っていた語は、壁により掛かるように座り、目を閉じていた。


 * * * * * * * * * * * *


 程なく作り出された『海』は消え、気がつけば猟兵たちが立っていたのは最初のネモフィラ畑だった。
 ただひとつだけ違うとすれば広がる空は藍色ではなく、朝の光を待つ『彼は誰時』のものであることだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年06月24日


挿絵イラスト