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たとえ、今君は幻でも

#ダークセイヴァー

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#ダークセイヴァー


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●予知
 ――思えば、最初から絶望していた。

「……領主様。ご命令に従い馳せ参じました」
 だから、領主――ヴァンパイアからの突然の招集を受けた時、それが死を意味すると知っていてもディルの心には何の感情も湧かなかった。命じられたままに領主館へ赴いて、女領主の前へ至れば無意識に膝をついて頭を垂れる。
 跪いたのは習慣としか言いようが無い。『生き延びることを望むなら、ヴァンパイアには逆らうな』――幼少時から言い聞かされ、ディルはそれを常として生きて来た。
 従った果てに死が待つとしても、逆らった所で死ぬのだから結果としては同じこと。民の生死を全てヴァンパイアが握っているとは子供でも知っている現実だ。だからただただ息を殺して、目立たぬ様につつましく日陰の暮らしを送るのだと――。
 ……そんな風に、謙虚に生きてきた筈だった。二年前、幼馴染がヴァンパイアの贄となり帰らぬ人となるまでは。

 『何故! 何故アイノを差し出したんだ! 彼女は俺の……っ!』
 『行かせなければ村が滅びていたんだぞ!』
 『領主の指名はアイノだった、それを無視してただで済むと思うのか!』
 『アイノだって快諾したんだ! 俺達だって――誰が望んで差し出したと思う……!』

 守れなかった無力感に苛まれたこの二年、ディルはただ虚無であった。たった三日村を離れている間に、領主に呼ばれそのまま二度と帰らなかった幼馴染・アイノ。
 こんな暗い夜の世界に在っても花の様だった彼女の笑顔を――ディルは深く愛していたから。
「……生きているのに、まるで死んでいる様な瞳ね」
 くい、と顎を持ち上げ見たディルの灰色の瞳に女領主が呟いても、ディルの表情は、思いは何ら揺らがない。
 つつましく、日陰に生きていくことに何の意味があるというのか――今もなお、誰より大切に思うたった一人、守ることも出来ないで。
「守りたいものはこぼれ落ちた。懇願してまで生きる理由が俺にはありません、領主様」
「解るわ、貴方も渇いているのね。……私もよ。夫を失ってから、渇いて、渇いて――似ているのね、私達」
 同情、憐憫、同調――いっそ悲劇に陶酔してさえ見える美しくも狂った女の慈愛に満ちた眼差しに、ディルは自嘲の笑みを浮かべる。
 仇の女に憐れまれても、逆らうことは赦されない――この世界は、こんなにも狂っている。
「私に似た貴方の血なら、私を潤してくれるかしら」
「……どうぞ領主様の望むまま、俺のことを殺してください」
 とうに世界に絶望した男は、女の言葉に投げ遣りにこう答えると、灰の瞳を意味なく閉ざす。
 生きる意味なんて、二年前に失っていた――全てを諦め閉ざした瞳を、もう開くことは無いと思った。

●諦めた男
「……とても、とても苦しいことだけれど。彼が愛したアイノという女性とは、もう会うことは叶わない」
 紅い花蕾のグリモアを手上に掲げるエリーカ・エーベルヴァイン(花蕾・f03244)の表情は硬く、その声音は、常より低く静かにグリモアベースへ落ちて消えた。
「でも、ディルを救うことは出来るわ。オブリビオン――ヴァンパイアとその配下を討ち倒して、ディルの命を守ること。これが私から、今日貴方達へ託す依頼の全てよ」
 先ずは端的に目的を述べて、エリーカは一度言葉を切った。何から語るべきなのか――迷う様に、紅の瞳は視線を落として彷徨わせて。
「……敵の首魁は、ヴァンパイア。『エリシャ・ロッソカステル』と名乗る女領主よ。それから、配下が複数いるわ。黒い薔薇を必ず体の何処かに飾った、少女のオブリビオン達がね」
 こののちエリーカの転移で猟兵達が降り立つのは、領主館の門の前だ。門は開け放たれており、そこから中へ入っていくと、先ずは中庭でこの配下の少女達と戦闘になるという。
「戦う最中に、彼女らは笑みの中に語るでしょう。殺めた領民達の名前。性別や年齢。そして如何にして殺めて来たか。物語を諳んじる様に流暢にね。……彼女らが手に持つ書物には、これまで領内で働いてきた暴虐の記録が記されているの」
 予知でエリーカはその記録の中に、アイノの名が刻まれているのを知った。だから、今日の戦いには――『二年前にアイノは死んだ』という一つの前提が付き纏う。
「先程も言ったけれど。今日彼を救えたとして――彼がアイノという女性と会うことはもう二度と叶わない。幸せな結末を彼が迎えることは決して無いわ。救われることを彼が望むかも解らない。……予知での彼は、生きることに絶望していると私は感じた」
 予知で語られたディルからだけでも、その様子は窺えた。『生きているのに、まるで死んでいる様な瞳』『守りたいものはこぼれ落ちた』『懇願してまで生きる理由はない』――そして最後に、仇に対して『望む様に殺してくれ』と投げ遣りに返された彼の言葉。
 支配と絶望の世界、ダークセイヴァー。当たり前に無数繰り返される悲劇の中の一つに過ぎない今日の予知に掛かった彼は、果たして救われることを望むのか――。
「……でも、私は今日、それを承知で此処へ来た。ヴァンパイアの手に落ちようとしている彼を救うことが出来るのは、貴方達猟兵だけだから。……彼を救う戦いへ貴方達を導けるのは、私だけだったから」
 真っ直ぐに、エリーカは猟兵達と視線を重ねる。オブリビオンを討伐し、悲劇の連鎖を食い止めることは勿論だが――何よりディルを救って欲しいと、その瞳は強く猟兵達へ告げていた。
「救いの無い世界だけれど、……それでも生きて、僅かな希望を繋いで欲しい。きっと亡くなったアイノという女性もそれを望んでいると、……私はそんな気がするから」
 どうか生きてと願う心をグリモアに込め、エリーカは転移の紅光を解き放つ。
 常夜の世界、ダークセイヴァー――絶望に抗い戦い続ける猟兵達へ、今また一つ、命と心の行く末が託されようとしていた。



 蔦(つた)がお送りします。
 よろしくお願い致します。

 さて、今回ご案内します舞台はダークセイヴァー。
 以下の構成でお送りします。

 第一章:対『黒い薔薇の娘たち』(集団戦)
 第二章:対『エリシャ・ロッソカステル』(ボス戦/一体)
 第三章:非戦闘『花咲く季節』

 ディルは第二章からエリシャと共に登場します。第一章で、彼へ掛ける言葉や行動のヒントが得られるかもしれません。
 第三章は戦闘後のひととき。能力内容は気にせずに行動をご指定ください。
 第三章の詳細は、三章導入にてご案内します。なお、エリーカは今回転移に集中しますので、リプレイには登場しません。

 今日の皆様の転移の先には、過去の悲劇を終えられぬまま、世界と生きることに絶望している青年が居ます。
 救ったのちに彼が望む幸福が無いと知って、皆様が何をするか、どんな言葉を掛けるのか。とても難しいと思います。でも、お寄せいただく心に応えられる様頑張りますので、何か感じるものがございましたら是非プレイングをお寄せください。

●ご注意ください
 各章、プレイングに受付時間を設けさせていただきます。
 蔦のマスターページにて都度告知致しますので、ご確認の上ご参加ください。
 時間外着分のプレイングにつきましては、時間内着分採用ののち、余力的に可能であれば、といった限定的な採用となります。
 また、蔦はプレイングの全採用を保証しておりません。
 内容に問題がなくともプレイングお返しの可能性がある点、予めご了承の上ご参加を検討ください。

 それでは、猟兵の皆様のご参加をお待ちしております。
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第1章 集団戦 『黒い薔薇の娘たち』

POW   :    ジャックの傲り
戦闘中に食べた【血と肉】の量と質に応じて【吸血鬼の闇の力が暴走し】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
SPD   :    クイーンの嘆き
自身に【死者の怨念】をまとい、高速移動と【呪いで錬成した黒い槍】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    キングの裁き
対象のユーベルコードを防御すると、それを【書物に記録し】、1度だけ借用できる。戦闘終了後解除される。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●墓標
 紅い淡い転移の光が静かに熱を失った時、猟兵達の目の前には、錆付いた檻の様な鉄柵の門が口を開いて待ち構えていた。
 空は一面を鈍色の雲が覆い、決して明けぬ夜闇の世界だ。いつでもおいでと無造作に開かれた門の両側には、松明がパチパチと、爆ぜる音立て辺りを照らしている。
 ――そして、門番無き門の向こうには、広大で寂れた中庭の先に、大きな大きな屋敷が在った。
 今日の目的はこの先にあると、グリモア猟兵は言っていた。領主館――あの中に、討伐すべきヴァンパイアと共に、救うことを託されたディルという青年が居る。
 理解すれば、猟兵達は躊躇わずに門を潜った。
 しかし、辺りを見回しながら進む最中、視界に存在する奇妙な光景に気付けば猟兵達は立ち止まる。
「……何だこれ。石墓……?」
 広大な庭の中、進路に困らぬ程度の間隔で設置された無数の松明――その一つ一つの足元に、小さな石墓が立っていたのだ。
 一人の猟兵が傍にある一つに近づき、刻まれた名を確かめる。雨風に晒されてか、少し読みにくくはあったけれど――表面の汚れを払うと、『ロジカ・バークロー』と確かに読めた。

 ……クスクス……クスクス……。
 ロジカ・バークロー。マカラ村出身。享年25歳……。

 墓標読み上げたその時に、遠くで若い女の笑い声が復唱する様に同じ名を繰り返した。

 ……クスクス……。
 領主様の訪問に際し、表へ出て来るのが遅れた無礼で、見せしめとしてその場で首と胴を二つに裂かれた。一瞬で絶命……。

 しかし墓標に刻まれた以上に紡がれた言葉の先に、猟兵達はそれが誰の声かを理解する。表情に怒りを帯びて領主館へと視線を向ければ――いつの間に現れたのかそこにずらりと並んでいたのは、黒い薔薇を必ず体の何処かに飾った、上品な出で立ちの麗しき若い娘達。
 手に持つ頁開いた本を、ぱたり、と一人の娘が閉じた。すると、今度は異なるもう一人が己が本のページを捲り、笑みの声で流暢に不穏の言葉を紡ぎ始めた。

 ……クスクス……イディナ・グラン。享年12歳。
 領主様の館に滞在、絵を描き領主様を楽しませるも、二日後、絵筆で領主様のお召し物を汚し、拷問室で水責めの刑。窒息死……。

 語られているのは、予知に聞いたこの領内での暴虐の記録なのだろう。そして察するに恐らく、この中庭に無数在る石墓の全てが、領主によって蹂躙された領民達のものだ。
 何の為に、と問う必要など無いだろう――黙れ、と簡潔に吐き捨てた猟兵の一言すら、娘達には全く届いていないのだから。

 ……クスクス……クスクス……。
 さあ、次はだあれ? もっともっと、領主様のため、沢山沢山紡ぎましょう。

 ――目の前に居るのは、領民達の命を軽んじただただ戯れに命狩る、過去の化身オブリビオン。
 先ずは序戦。猟兵達は心を決めると――それぞれが願う結末へ向け、武器を手に取り駆け出した。
雨乃森・依音
――ッたく
相変わらず胸クソ悪ィ世界なのな
…救って欲しい、なんて言われたら応えないわけにはいかねぇよ

ハッ、随分と趣味が良いお嬢さんたちだな
あ?嫌味だが?わかんなかったか?
自分らが虐げられるなんて夢にも思わねぇみたいな面してんな
…気に食わねぇ

ギター取り出し後方に陣取って
なるほど、ここは墓場か
なら好都合
おい、お前ら目ェ覚ませ!
力なら俺がやる
さあ、リベンジ・マッチの時間だ

俺の声に応えたリビングデッド共をギター掻き鳴らして歌って支援
なんだ、そんなモンじゃねぇだろ!
思い出せ、絶望の日々を
悩んでもどん底から這い出せなかった日々を
悔しくて悔しくて歯噛みした日々を!

その思いを胸に
存分にこいつらにやり返してやれ!


蒼城・飛鳥
はっ、成程
随分良い趣味してんじゃねーか

次はだあれってか
決まってんだろ

『エリシャ・ロッソカステル。享年…とにかくクソババア!
多くの想いと命を踏み躙った咎により猟兵の怒りに貫かれて絶命。苦しみもがいて死亡』

ってな!
今からしっかり刻んどけよ!!

女の子は大好きだけど、てめーらに食われんのはごめんだぜ!
そんな食いたきゃ俺の炎でも喰らってな!
来い、不死鳥ッ!
醜い黒薔薇を焼き尽くせッ!!
勿論焼くのは敵だけ
館や本への延焼はさせない
…死ぬ程ふざけた記録だけどな
多くの命の最期の記録なのも確かだ
燃やすのは確認して、供養してからの方が良いかも、だろ
特にアイノの最後は…出来れば確認しておきてー

他の猟兵とも勿論連携するぜ



「――はっ、成程? 随分良い趣味してんじゃねーか……!」
 吐き捨て、皮肉げな笑みを浮かべて蒼城・飛鳥は前へと駆ける。視界に一つ、また一つと石墓を通り過ぎる度に、宙の世界に生まれ出でた蒼の瞳は憤りを宿して鋭さを帯びた。
 射る眼差しのその先には、飛鳥の接近にすっと前へ出でた三人の娘達。その手にぱらりと本を開くと、クスクスと笑みの絶えぬ口元から、呪いの様に新たな蹂躙の記録を紡ぎ出す。

 ……クスクス……。
 ……モートル・ハルビン。テダ村の男、享年48歳。

「――ッたく。相変わらず胸クソ悪ィ世界なのな!」
 不快を隠さぬその声の主は雨乃森・依音(紫雨・f00642)だ。後方に足を止め、移ろう紫陽花色の瞳が前行く飛鳥の背中から上向けば、仰ぎ見た常夜の空には泣き出しそうな鈍色の雲。
 まるでこの世界そのものの様だ――ち、と小さく舌打って、依音はその手にギターを構えた。
(「……救って欲しい、なんて言われたら応えないわけにはいかねぇよ」)
 この中庭が、墓場だというなら好都合。今日解き放つ歌声は、不毛の大地へ、人の心へ、空へ、世界へと届く様に。自然フレットを押さえる手に力が入れば、弾く弦が、それに応えて力強く目覚めの旋律を解き放った。
「――おい、お前ら目ェ覚ませ! 力なら俺がやる。……さあ、リベンジ・マッチの時間だ!!」
 一掻き鳴らしたギターの音色と依音の声が、魔力を持って波紋の様に庭の中へと広がった。ざわり、と不穏に空気が揺れて間もなく、幾つかの石墓の下から――ボコン! と何かが大地を砕いて地上世界へと迫り出した。
 朽ちた肉の合間から、臓腑や骨を覗かせる――リビングデッド。蹂躙の中に息絶えた領民の何人かが依音の声に目覚めた時、続き響いた胸を刺し抉る歌声によって、その姿が異なるかたちへと進化を遂げる。
「――『苦悩、懊悩、絶望の果ての果て 枯れ果てた涙 だけど、ここでこそ歌え――終わってたまるか 終わってたまるか!』」
 ユーベルコード『死に損なった朝に(リビングデッド・リベンジャー)』――死者達の無念に寄り添う依音の歌声に導かれ、リビングデッドはUDCへ。てるてる坊主の様なその生き物は、はためく布裾の下に無数の触手を揺らしながら、依音の歌に猛る様に咆哮する。
「さァ、逆襲と行こうぜ!!!」
 宣言と同時、先ずは三体、UDC達が黒薔薇の娘の元へと疾走した。無数の触手が地を這えば、乾いた大地に人とは異なる跡を残して――。

 ……クスクス。いらっしゃい、いらっしゃい。
 次はだあれ? 次はあなた?

 ――しかし、新手が近く迫ると知れても娘達の笑みの声は決して絶えない。UDCのがむしゃらな突撃をひらりと躱した娘達は、その背後に回ると同時、がぷりと背へ噛み付いた。
「なんだ、そんなモンじゃねぇだろ! 思い出せ、絶望の日々を! 悩んでもどん底から這い出せなかった日々を……悔しくて悔しくて歯噛みした日々を!」
 UDC達を鼓舞する様に、依音の歌声は熱く大気を震わせる。応えて触手は娘の体を戒めんと巻き付くけれど――UDCの体を覆う布の上からぶちりと肉を噛み切る音が響けば、バタバタと忙しなく動いたのち、触手はぐたりと力を失う。
「――ハッ、随分と趣味が良いお嬢さんたちだな」
 しかしこのままでは終わらない。皮肉を込め言葉吐き捨てた依音の視線の先には、
娘の背後に迫る蒼い炎が見えている。UDC達は、引き付けとして十分過ぎる役目を果たしてくれたのだ。
「……女の子は大好きだけどな、てめーらに食われんのはごめんだぜ!」
 闘志燃やす飛鳥の炎、『ブレイズフェニックス』――拳に纏わせた蒼炎が先ず一人、娘の体を強く叩くと、延焼する炎は大きく高くまるで翼の様に広がった。
「そんな食いたきゃ俺の炎でも喰らってな! 来い、不死鳥ッ! 醜い黒薔薇を焼き尽くせッ!!」
 傍に居た残る二人も巻き込み、炎は飛鳥の声に従いごうと音立て広がっていく。バサリと娘達の本が地面に落ちるが――炎には巻き込まれずとも、娘の命尽きると共に砂と化して散っていった。
(「……死ぬ程ふざけた記録だけど、多くの命の最期の記録なのも確かだ。供養しようと思ってたけど……消えんのか……ああ、畜生!!」)
 遣り切れなさに、飛鳥はぎり、と強く手を握り締める。叶うならば、アイノの最期を確認しておきたかったが――腹立たしいことにどうやら、この娘達が語らぬ限りそれを知ることはないらしい。
「……次はだあれってか。決まってんだろ!」
 胸に湧き上がる憤りを、飛鳥は隠すことなく黒薔薇の娘達へ向け解き放つ。
「『エリシャ・ロッソカステル』だ!! 『多くの想いと命を踏み躙った咎により猟兵の怒りに貫かれて絶命』! 『苦しみもがいて死亡』――ってな! 今からしっかり刻んどけよ!!」
 放つ声にまだ見ぬ首魁、ヴァンパイアの撃破を誓って、飛鳥は再びその手に蒼き炎を灯した。

苦戦 🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

マレーク・グランシャール
強い喪失感は生きる気力も死ぬ気力も奪ってしまう
‥‥まるで俺だな
それでもエリーカ、お前が望むならば叶えよう

最愛の女の死に加え、自分が居ぬ間に犠牲にさし出されたこと、仕方が無いと供に悼んでもくれなかったことが村人への不信を煽り、絶望と孤独感を強めたのだろう
自身の目で彼女の死の真相を知ること以外に救う鍵はない

まずは薔薇の娘達の書物を全て回収
仲間へも回収を呼びかける

初手は【竜骨鉄扇】の範囲攻撃で衝撃波を送り敵の出鼻を挫く
槍に持ち替え【流星蒼槍】で一体ずつ確実に仕留めるが敵の数は多い
【碧血竜槍】を投げ【魔槍雷帝】で突く二段構えで行く
背後にも気を配り【金月藤門】の残像をフェイントにして躱そう


ギド・スプートニク
私は別段、エーリカ嬢の願いに添うつもりは無い

死にたいと願うなら死ねばよかろう

私が救うのは生きたいと願う者のみ
私が手を貸すのは、その無念を晴らしたいと強く願う者のみ

……死者が何を想い死んでいったかなど、私は知らぬ

配下の女どもの語る内容を黙って聞きながら、代わりに相手の名を問おう
その書に記す名が必要であろう?
そう言って処刑剣にて女どもの首を跳ねる
その身体を串刺しにする

いつまでも呆けている男も
悪趣味な吸血鬼どもも
それがまかり通るこの世界も

何もかもが下らぬ

私は私の志すままに、吸血鬼どもを駆逐する

この世界にも守りたい命がある
吸血鬼どもを好き勝手にのさばらせるのも気に食わない

ただ其れだけの理由だ



 まだまだ無数在る黒薔薇纏う娘達は――やはり変わらず、クスクスと笑みの声を絶やさない。
 その娘達が胸に抱く本を見つめ、マレーク・グランシャール(黒曜飢竜・f09171)は前線にて鉄扇と愛槍を交互に振るう。
 扇から放つ衝撃波で足元を崩した所で、すぐさま愛槍『碧血竜槍』を投擲。槍形態から竜へ戻りし碧眼の双頭竜は、容姿に反し凶暴な気性を露わに蒼雷纏いて幾度と敵へ喰らいついた。
 ――ユーベルコード『流星蒼槍(メテオ・ストライカー)』。
「星を穿て、蒼き稲妻を纏いし碧眼の双頭竜」
 低く響く声で相棒竜を導きながら、それでも討ち切れない敵数へは、もう一つその手に振るう竜槍が、蒼雷纏いし貫く一刺しでその最期までを狩り取った。
 一体ずつ確実に倒すそれを繰り返し、マレークは書物の回収を目指していたが――本が娘を討伐する度塵を消えるのを確認してからは、回収は困難と早々に放棄、代わりに娘達の紡ぐ蹂躙の歴史を聞き逃さぬ様努めていた。

 ――クスクス。ベネディア・ロット。享年23歳。
 領主様に血を求められる栄誉にて館へ滞在。二日間の猶予を与えられるも、愚かにも逃亡を図ったため火炙りの刑、その後領主様の血肉へ還る……。

(「これもアイノでは無い。……自身で彼女の死の真相を知ること以外に、恐らくディルを救う鍵はない」)
 時折飛来する黒き槍を取り回す槍で打ち払いながら、マレークが思うのは今日救出を目指す男・ディルのこの二年の境遇だ。
 最愛の人・アイノの死に加え、自分が居ぬ間に犠牲にさし出されたこと、仕方が無いと供に悼んでもくれなかったことが村人への不信を煽り、ディルの絶望と孤独感を強めたのだろうと――思えばその男の在り様が、今の自分と重なった。
(「強い喪失感は生きる気力も死ぬ気力も奪ってしまう。……まるで俺だな」)
 記憶の欠乏。ディルの様に誰かを何かを喪ったのか、それすら分からない自分自身は時に心に強い孤独と飢餓感を覚えることがある。そして、そのどうしようもない飢えを満たすための助力が――きっとディルには無かったのだ。
 結果、負の感情に身を沈めることが容易な世界環境に晒された彼を、絶望は瞬く間に呑み込んだ。
「……それでもエリーカ、お前が望むならば叶えよう」
 しかしその絶望下にある男を救えと、今日導いたグリモア猟兵の少女は言ったのだ。救いの無い世界の中にも『生きて』と願うその心に、マレークは応えると決めた。
 槍持つ手とは逆の空いた手一振り、開かれたのは再びの『竜骨鉄扇』。漆黒の扇がもっとも接敵する娘を掠める様に空を仰ぐと、生じた衝撃波に周囲を含め四人の娘達が体制を崩し、その体がぐらついた――。
「――我が血に因りて、汝を処す」
 マレークが先までの様に蒼雷迸る槍繰り出さんとする刹那、魔力帯びた声に導かれて一挙空を疾走した無数の緋色の剣が、娘達の体を貫いた。
 肩を。胸を。脚を。飾る黒薔薇をも貫き散らして尚も娘達へと降って落ちる駆逐の力の正体は――ギド・スプートニク(意志無き者の王・f00088)の放つ魔力。
 『高貴なる赤:磔刑(ノーブルレッド・ブラッドクルス)』。
「……私は別段、エリーカ嬢の願いに添うつもりは無い」
 ゆっくりと前へ歩を進めながら、酷く醒めた声色でギドは淡々と言葉を紡いだ。そこに今日この場へ導いたグリモア猟兵の少女を、否定する意図は無い。
 しかしギドは――今日この場の戦いを、彼女が託した覚悟では無く自らの意思に従い選んだ。
「死にたいと願うなら死ねばよかろう。私が救うのは生きたいと願う者のみ。私が手を貸すのは、その無念を晴らしたいと強く願う者のみ。……死者が何を想い死んでいったかなど、私は知らぬ」
 ディルの意思が、死を選ぶのなら選ばせてやれば良いと思う。今を生きる意志がないのならば手を差し伸べる意味は無いと、心に従いギドは淡々と口にした。
 ただ、この世界に死した命を思えば、僅かにギドの眉間に皺が刻まれるけれど――。
「……いつまでも呆けている男も、悪趣味な吸血鬼どもも。それがまかり通るこの世界も、何もかもが下らぬ」
 吐き捨てる様に言いながら歩を進め、やがて至った地に伏す娘の胸から己が血で出来た処刑剣を引き抜くと――まだ息のあるその喉元へぴたりと剣先突き付けて、見下ろす視線でギドは娘へ一つの問いを叩き付けた。
「――問おう、女。死者の名を易々と挙げ連ねる随分軽いその口だが――お前の名は何と云う?」
 周囲からは未だ、クスクス、クスクスと耳障りな笑みの声が途切れることなく聞こえて来る。しかし目の前の娘は沈黙していた。――肺を貫かれたのだろう、酸素を求めて呼吸は荒く、恐らくはもう声も出ない。その余命は幾許も無いと思われた。
「……その書に記す名が必要であろう?」
 ギドは、その娘の首を跳ねた。
 返事を待つ気もさらさらなかった。問うたのはただの皮肉。上下二つに分かたれた娘の体は重力に崩れ落ちるけれど、首が地を叩くゴトリという音は待てども鳴ることはなかった。空に舞ってそのまま――娘の首は、煙か砂か、常夜の空に幻の如く溶け消える。
「――私は私の志すままに、吸血鬼どもを駆逐する」
 すう、と細めた薄氷色の瞳が、次なる標的を目指して冷たく、そして魔力を帯びて妖しく光った。
 全身に、古より伝わる誇らしき魔力を満たして――ばさりと音立て宵闇の外套を後ろへ払うと、ギドは前進を開始する。
 その進軍の目的を、誰にか――己にか言い聞かせる様に呟きながら。
「この世界にも守りたい命がある。吸血鬼どもを好き勝手にのさばらせるのも気に食わない――ただ其れだけの理由だ」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アストリーゼ・レギンレイヴ
当たり前の様に無辜の人々を殺め
それを平然と、歌うように諳んずる

――不愉快だわ

《漆黒の夜》を纏いて前へ
目に見える全ての攻撃から可能な限り味方を庇う
武器で受けるか、或いは身に纏った暗黒の闘気で軽減し
一秒でも長く立ち、伴に戦う方の負傷を肩代わりする

攻撃は可能な限り相手が避けえぬ瞬間を狙う
武器で受け止め、返す刃で斬り伏すか
或いは傷を受けた瞬間、相手と交錯するタイミングで捉える
痛みには慣れている、この程度で怯みはしない

――ふと、幼い日を思い出す
「領主」に命ぜられるまま多くの命を奪ったあたしも
一つ間違えば、このように成っていたのかしら

……仮定は無意味ね
どうあれ今のあたしは、その暴虐を糺す側
容赦は、しないわ


終夜・棕櫚
僕としては好きにすればいい…と言いたいところだが
このままではアイノと言う少女も浮かばれまい
その手をとり逃げる事もせず、一矢報いる事もせず、死を受け入れるなど随分と都合がよすぎる
彼女の分までディルへの生きるのが罰だろう

黒い薔薇の乙女達に遭遇したら血統覚醒を使用
黒剣を大鎌形態に変化させ攻撃する

お前たちは僕の趣味ではない
だから、早めに終わらせてもらうよ



 この戦いの果てに、何が残るのか――未だ終着は見えず、向かうべき領主館の前には、異形というには上品な、しかし歪な笑みに喉震わす娘達が並んでいる。
「僕としては好きにすればいい……と言いたいところだが。……このままではアイノと言う少女も浮かばれまい」
 藤の瞳を僅かに細めて、前へと駆けるは終夜・棕櫚(黒百合の君・f00417)。夜に寄せる褪せた色彩に身を包む、男はその瞳の藤色だけが印象的に鮮やかだ。
 ――しかし接近に応じてか笑みの顔で三人の娘達が前へと出でれば、その淡くも柔らかな藤が、次第に鮮烈な紅へとその様相を一変させる。

 ……フフ、クスクス。次はだあれ?

「――お前たちは僕の趣味ではない。だから、早めに終わらせてもらうよ」
 聞こえた笑みには不快を声にし、一度立ち止まった棕櫚の体を深い闇が取り囲む。
 『血統覚醒』――全身を熱く巡るはヴァンパイアの血と魔力だ。その力が身に馴染むまでの僅かな時間を、棕櫚に伴うもう一つの影が支える。
「当たり前の様に無辜の人々を殺め、それを平然と、歌うように諳んずる。――不愉快だわ」
 ――ダン! 棕櫚の前に、空から舞い降りしアストリーゼ・レギンレイヴ(闇よりなお黒き夜・f00658)が身を低く愛剣『月闇』をその手に構えた。
 豊かな銀の髪が、松明の灯りを散らして煌く。しかしその全身に纏うのは今日の空の様な暗闇だ。『漆黒の夜(ブラックナイト)』――既に展開終えたその力、暗黒の闘気を今は、握る大剣に全て委ねる。
「充分に奪ったでしょう。これ以上を赦しはしないわ」
 呟く刹那、瞬く間にその大剣は魔力の光を帯びて横に一閃振るわれた。迫る黒薔薇纏う娘を一人腰から両断すると、更に踏み出す一歩はその先、続く娘の開かれた口内に光る牙をその刃に受け止めた。
「――……っ!!」
 優美、気品、外見には秀麗なる黒き薔薇纏う娘だが、その力は想像以上に鋭いものだ。オブリビオン――外見からは想像もしない娘の喰らう顎の力、前へと迫るその力に、しかしアストリーゼは真紅と黄金、強く輝く二つの瞳で対峙する。
(「『領主』に命ぜられるまま多くの命を奪ったあたしも、一つ間違えば、このように成っていたのかしら」)
 ふと過るのは、遥か昔。幼き日の、消えることなきあの――。
「……仮定は無意味ね。どうあれ今のあたしは、その暴虐を糺す側」
 回想閉じて、浮かべた笑みに自嘲の色は窺えなかった。大剣の刃を差し出す足で強く押し込み噛み付く娘の顎を砕くと、アストリーゼは大剣持つ手を片方放し、その手で腰に差す新たな力を引き抜いた。
 二尺四寸のその刀。何もかもを穿ち断つ――打刀、『穿月』。
「――容赦は、しないわ」
 眼前に、顎砕かれた娘の胸から黒薔薇の花弁と鮮血が散った。叩き切る剣と滑り斬り裂く刀、二つの斬撃で畳み掛けられ一つの過去の残滓が消える。
 ――されど、まだ敵は近くに一人。

 ……クスクス。アルミラ・デボン。享年38歳。
 領主様に血を求められる栄誉にて館へ滞在。二日間の猶予ののち、領主様の血肉へ還る……。

 笑みに語ったその娘が、書を閉じぬまま、アストリーゼへ突如迫った。伸びた手、その爪先に刃の様な鋭さを察してアストリーゼが大剣振るうと、やはり爪立てそれを防いだ黒薔薇の娘は、クスクス、と笑みながら僅かに後退、書の中へ手にした筆で何をか書き込む。
 娘の体を――暗黒の闘気が包んだ。
「――成る程な、模倣か。……だが」
 しかしその強化の力が完成する前、踏み出し娘の胸へ刃突き立てたのは棕櫚だった。アストリーゼが生んだ時間の助力を受けて、濡羽色の髪を揺らす男の瞳は今や完全に真紅が支配し、全身を血で伝わりし吸血鬼の魔力が覆っている。
 手にした黒剣から変化させた大鎌を、命削る血統魔力が包み込んでいた。
「……所詮は仮初の力。オリジナルに勝てはしない」
 言うが早いかニィと笑み浮かべた男の手の中、娘の胸から引き抜かれた大鎌がひゅる、と真横に一薙ぎ振るわれる。ばっと飛び散った鮮血は、娘の命と共に儚く夜の空の中へと消えた。
 手近な敵は抑えたが、まだ戦場にクスクス、と不快な笑みの声は絶えない――一度ふう、と息を落とした棕櫚は、ふと戦う前にも思った今日の果てへと思いを巡らす。
(「さて……ディルまではあとどれ程か」)
 今日の果ては――序戦に駆ける最中の今も、やはり未だ見えてはいない。
(「その手をとり逃げる事も出来ず、一矢報いる事もせず、自らの死を受け入れるなど随分と都合がよすぎる」)
 たとえ、この世界が如何に理不尽でも。そしてどれ程の理不尽がディルを襲ったのだとしても。今生きるディルがアイノの分まで生きずして、アイノの命は浮かばれまいと。
 今日に纏わる二つの命に思い巡らせ――棕櫚はやがて思考を閉じると、アストリーゼに伴って、新たな標的目指して駆けた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

筧・清史郎
世界に絶望、か
だが、その命を散らせるわけにはいかない
未来まで絶望とは決まってはいない
未来はまだ白紙、これから綴っていくものだからな

暴虐の記録か
無残に殺めるだけでは飽き足らず、死者の冒涜甚だしい
文字綴る主の所有物で在った身として、風情のない悪趣味な記録は終わらせる

戦闘時
まず敵数減らすべく回数重視【桜華葬閃】で斬っていく
戦闘力増加した敵は命中率重視【桜華葬閃】で早めに対処
敵数減れば確実に止め刺せるよう命中率重視【桜華葬閃】で叩き斬る
敵の攻撃は、残像で攪乱し見切り躱すか、扇で受け払おう

そのような無粋な記録を紡ぐ輩の言の葉に、俺が惑わされるとでも思ったか?
その黒薔薇、桜吹雪で一輪残らず散らせてみせよう


白波・柾
……ダークセイヴァーでのこのような凄惨な依頼の数は、とどまるところを知らないな
だが、俺たちにも……できることがある
起きてしまった悲劇はもう戻せないが、これから起こる悲劇を防ぐことはできるんだ
さぁ、行こう――民のために、明るい明日というものがあるのだと、見せるために

基本的にはヒットアンドアウェイで戦うことができれば
長く近接距離にいるのは相手からして分が悪い
【鎧砕き】【ダッシュ】【なぎ払い】を使用して一体一体、数を減らしていこう
必要なら【敵を盾にする】を利用していきたい
危険な窮地は【咄嗟の一撃】【傷口をえぐる】で敵のけん制を行いたい
ここぞというときは『正剣一閃』で仕合うとしよう



(「……ダークセイヴァーでのこのような凄惨な依頼の数は、とどまるところを知らないな。――だが」)
 銀の髪に、松明の灯りが散らばる――揺れる前髪の下から灯す炎の橙瞳を覗かせ、白波・柾(スターブレイカー・f05809)は心静かに物思う。
 この絶望と隣り合わせの世界の下、今日の果てに果たして救いはあるのだろうか――思えど柾は此処へ来た。唯一つ、確かなことを必ずかたちにするために。
「俺たちにも……できることがある。起きてしまった悲劇はもう戻せないが、これから起こる悲劇を防ぐことはできるんだ」
 ディルとアイノ、二人が共に在る未来は無くとも。少なくとも今日、エリシャと名乗るヴァンパイアを討ち果たすことはこの世の明日へと繋がる筈だ。
 いつかきっと、悲劇無き世界となる様に――夜明けの決意を語る柾に、筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)は頷くと、朱に温もり宿す瞳を伏せた。
「世界に絶望、か。……だが、その命を散らせるわけにはいかない」
 清史郎の手には今、照る松明に桜の意匠を浮かべる刀。『蒼桜綴』――その蒼き切っ先が今日斬り拓くと誓うのは、他でもないディルの明日だ。
「未来まで絶望とは決まってはいない。未来はまだ白紙、……これから綴っていくものだからな」
 如何に今が苦しかろうとも、明日を繋ぎ、いつかきっと前に進む日も来るものと。しかし命閉ざせば、全ての可能性は瞬間絶たれてしまうのだ。
 すぅ、と刀を持ち上げその切っ先を前へと真っ直ぐ差し出せば、その向こうには領主館を背に立つ黒薔薇の娘が手に書を開いて柔らに笑む。

 ……フフ、クスクス。
 アマルティア・ラムハザール。享年32歳。
 エリシャ・ラムハザール。享年8歳。
 領主様が望んだ娘を連れて逃亡を計り、母子ともども囚われる。母は絞首刑。娘は領主様の血肉へ還る……。

「……暴虐の記録か。無残に殺めるだけでは飽き足らず……」
 常穏やかな紅光灯す清史郎の瞳が、その笑みに語られる言葉の重みに一転し鋭さを帯びた。薄く瞼伏せたままに見つめる眼光にも笑み絶やさぬ娘の歪さは、より清史郎の胸に静かな怒りを呼び起こす。
「死者の冒涜甚だしい――文字綴る主の所有物で在った身として、風情のない悪趣味な記録は終わらせる……!!」
「さぁ、行こう――民のために、明るい明日というものがあるのだと、見せるために」
 柾もまた、眼前に構えた大太刀『星砕丸』を鞘からすらりと抜き放つと、清史郎とほぼ同時、その身を前へと躍らせた。
 応じて前へと出で来る娘は数えて七。多くはあるが構うものか――最も手前、先ずは柾が刃紋光らせ長き太刀を手首を軸に三日月の様に空から落とせば、ひらりと身を翻した娘のスカートの裾が脚ごとすらりと縦に裂けた。
 ばっと血の跳ねた瞬間、娘の体が纏うは怨念。この世に漂う恨みや妄執は数え切れぬことだろう――それらを宿して速度を増した娘の動きに、しかし柾は後れを取らない。
(「長く近接距離にいるのは、相手からして分が悪い。……だが」)
 今一度、大太刀を今度は真横に大きく一閃。速さでそれを躱した娘に――しかし柾もまた一度、颯の速度でその身を退く。
「先ずは、一体一体数を減らそう」
「――ああ。煩わしい数を減らす」
 『星砕丸』の長き刀身が大きく拓いた空間へと、鮮血、そして柔き桜の花弁が散った。
 閃き散らすは蒼き斬線――『桜華葬閃』。鏡の様に空舞う桜の花弁を映し、清史郎の愛刀は蒼さの中に薄紅色の光を描いた。
 斬りしその数、娘四人――一閃、二閃、新たに一閃。空斬る度に桜と血飛沫は空を舞う。
 どさりと音立て倒れ伏す娘を、しかし踏み越え新たに迫る娘の元へ――今度は花弁の世界に静寂落とす、銀の光が閃いた。
「――一閃で断つ!」
 長き刀身を自在に奔らせ、斬り裂く刃は集中極限。瞬く間の横一線の閃きで三人の娘を腰から上下二つに両断した柾の技の名は『正剣一閃』。
 色彩異なる二つの刃は、鮮やかなる手捌きで、七もの脅威を夜に沈めた――。

 ……クスクス。
 さあ、次はだあれ? もっとよ、もっと。全ては領主様のために……。

 ――しかし刹那、遠間から突如、放射の刃が無数に降った。
「……っ!」
 咄嗟に斬り伏せし娘を盾にそれを躱した柾が見遣れば、視線の先には新たに三人の娘。空へ呪われし黒槍浮かべるオブリビオンは、己が斬られても、仲間が斬られようとも娘達の笑う声を絶やさない。
 己が身の破滅すらも領主のためにと囁く声に――清史郎は槍弾いた扇を閉じて再び愛刀構えると、低く感情乗せぬ音色で言葉を夜の世界へ落とす。
「無粋な記録を紡ぐ輩の言の葉に、俺が惑わされるとでも思ったか? その黒薔薇、桜吹雪で一輪残らず散らせてみせよう」
 飛来する黒槍を打ち払い――再び前へと駆ける男二人の刃が鞘に眠るのは、まだ先のことと思われた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

玖・珂
死にたいと、死んでも構わぬと思っている者を止める気は無い
だが、幼馴染の娘は何を想うて快諾したのか
その一端に触れるのは無意味ではないだろう

石墓を傷つけぬ立ち回りを意識し

アイノは勿論の事、殺された領民達の記録を聴くために
挙動から情報収集し攻撃を予測して早業で回避
避け損ねた傷は激痛耐性で凌ぐなどして
黒爪を振るい可能な限り防御に徹するぞ

黒薔薇の娘達を骸の海へ還すことは即ち
逝った者達の最期を知る者がいなくなるという事
ならば私が覚えておこう ――それも守り人の責務だ

生命の記録が尽きる、或いは私の負傷が嵩んだ時は攻撃に転じるぞ
戦場の血が足りなければ私の身を切ってもよい
範囲内すべての敵に緋い花びらを降らせよう


ノワール・コルネイユ
大切な人の死を前に、涙も流せない者がいる
仇を前に、怒りを示すことすらも出来ない者もいる

相も変わらず、此の世界は狂っている

領主が手にかけた者達をいちいち記録しているか。殊勝なものだ
何…、貴様らが口にする罪の数だけ、此の剣にも力が入る

どうせ言葉は届かない相手
ならば加減も小細工も弄する必要は無い
力の限り吸血鬼への道を開く
接近戦を挑み常に距離を詰め、体勢を整える隙は与えない
逃げる先や反撃は【見切り】で捌いて追い縋り
剣が芯を捉えたなら【2回攻撃】で確実に仕留める

紡がれた名の数だけ悲劇があった
残された者達を思えば、其れ以上の痛みも生まれた

この罪の重さ、すべてすべて貴様らの主人に贖わせてやる
さあ、道を空けろ



 傍立つ石墓に刻まれる名の一つを鐵の爪でそっと撫で、玖・珂(モノトーン・f07438)は黒瑪瑙の様な深い漆黒の瞳をそっと閉じた。
 『エリシャ・ラムハザール』――姓は違えど、奇しくも今日の首魁と同じ名だ。だが享年8歳と、先に黒薔薇の娘の口から語られた現実を知れば、心には深い悲しみが押し寄せる。この墓の数を見るにつけ、これだけの命が喪われてきたこの世界の闇を改めて思い知るようだ。
「……幼子までも、既に喪われて皆帰らぬ。殺された領民達の――記録は、あの本に語られるより他は無い」
「領主が手にかけた者達をいちいち記録しているか。……殊勝なものだ」
 絞り出す様に語られた凜の声、珂の言葉に応えたノワール・コルネイユ(Le Chasseur・f11323)もまた、紅蓮の瞳を黒き睫毛の下へと閉ざす。
(「大切な人の死を前に、涙も流せない者がいる。仇を前に、怒りを示すことすらも出来ない者もいる。……相も変わらず、此の世界は狂っている」)
 幾度と悲劇をこの目にして――例え今を生きようとも、立ち上がれぬ者もあることを、ノワールは理解していた。
 絶望の世界なのだ。直ぐに希望を思い描ける様な生易しい環境では無く、人の命は軽んじられる、そういう世界。だからこそ――アイノの死の記録もそうだが、語られる領民達の死、語り部達に悼む心が微塵もないと知るからこそ、嫌悪する猟兵は多かった。
 しかし珂は違う。生きた人の命の記録を、尽きるまで聞き届けたいと願っていた。
「黒薔薇の娘達を骸の海へ還すことは即ち、逝った者達の最期を知る者がいなくなるという事。……ならば私が覚えておこう。それも守り人の――責務だ」
 かたり、と珂が爪音鳴らして石を支えに立ち上がると、石墓の向こうに、クスクス、と可憐に声立て死を嗤う歪みの命が見えた。
 黒薔薇の娘――彼女達こそ、これだけの悲劇を招いてきた打ち払うべき過去の澱みの一端だ。
「可能な限り防御に徹する。……アイノは勿論の事、殺された領民達の記録を聴くために」
「そうか」 
「……すまぬな。最初から斬り払う心積もりであっただろう?」
「何……、構わない」
 珂の詫びに、ノワールは緩く首振ると――その両手に二本一対の愛剣『Mistarille』をぱしりと掴み、前に佇む歪みの娘を見つめる紅蓮の眼をすうと細める。
「――彼奴らが口にする罪の数だけ、此の剣にも力が入る」
 言葉と同時、珂とノワール、二つの影が娘目掛けて駆け出した。応じて出で来る娘も二人――その一人がぱらりと書を捲った瞬間、珂の意識は娘の紡ぐ不穏の声へとその全てを注ぎ込む。

 ……クスクス……。
 バルフレア・ノクト。シュターゲン出身の男。享年31歳。
 畏れ多くも領主様を乗せた馬車を脱輪させ、その場で斬首……。

 ぱたり、と書が閉じられると、そうか、と小さく呟いて、珂は命の記録を胸の内へ反芻する。するとその前へと飛び出して、ノワールは擦れ違うなり素早く娘の背後を取ると、抱き捕らえる様に首元へ左に持つ刃を押し付けその喉元を掻き切った。
 ばっと噴いて溢れる、鮮血の花。芯捕らえたと解る手応えに、ノワールは今一度、今度が右の刃で娘の左胸を貫いた。
「どうせ言葉は届かない相手。ならば加減も小細工も弄する必要は無いだろう」
 鋭き眼光、強き声で吐き捨てて、ノワールが刃引き抜いた瞬間娘は風か霧の様に一瞬で世から姿を消した。
 だが、もう一人――やや遠間から、纏う怨念の黒き槍を空へ生み出す娘が見えれば、ノワールは軽く舌打って、駆ける最中に振るう剣閃で縦横無尽、無差別なる斬撃を放った。
「――っ!! くっ……!」
 ユーベルコード『血華、舞い散らすは悪夢が如く(ナイトメア・ブルーム)』――やむを得ない判断は、空翔けた無数の黒槍を叩き落とすも、珂へも傷を齎した。白き衣に、滲む鮮血の花が咲いて――しかし珂はその傷すらも、敵を切り裂く刃と変えた。
 『空言の褥(サンゲ)』。血で作り上げた夥しき花弁の緋刃は、遠間の娘を切り裂くと、その命を骸の海へと送り還すが――しかし世界に、オブリビオンが幾度と姿を現すことを珂は嫌というほど知っている。
 繰り返していくしかないのだ。現れては討ち果たす、果ての見えない戦いの連鎖を。――例えそこで喪われる命に、繰り返しが無いとしても。
(「死にたいと、死んでも構わぬと思っている者を止める気は無い。……だが、幼馴染の娘は何を想うて快諾したのか、その一端に触れるのは無意味ではないだろう」)
 この戦いに、珂がアイノの死を知れたなら。果たしてディルに何を伝えることが出来るのか。そしてディルは、一体何を思うのだろうか。
 (「紡がれた名の数だけ悲劇があった。残された者達を思えば、其れ以上の痛みも生まれた」)
 付近の敵消えた庭に立ち、耳に触れた命の重さを、ノワールは心に噛み締める。
「……この罪の重さ、すべてすべて貴様らの主人に贖わせてやる。――さあ、道を空けろ」
 再び構える二本一対の短剣が、その言葉に応える様に、松明照らして煌いた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

斬断・彩萌
…失った者は戻らないわ、どんなに願ってもね。そして、アンタが死んだからってあの世でアイノと会えるわけじゃなし
勝手に絶望してれば?それがヴァンパイアにとって愉悦になってもいいのならね

●WIZ
『陰楼』『光楼』、二つを其々二挺拳銃に込めて薔薇娘達を撃つ
彼女らも過去からの骸なのね……だったら容赦ナシね。討つべき相手を逃したりはしないわ
それにしても殺めた相手の名前をいちいち覚えているなんてイイ趣味してるじゃない
今度はその本にアンタ達の名前を刻んであげよっか?ま、名前しらないけど

敵からの攻撃は【見切り】つつ、間に合わないなら【武器受け】
トドメはありったけの超能力を込めた『陰楼』で〆る

※アドリブ・絡み歓迎


アルトリウス・セレスタイト
ここで墓参りする者も居るまい

破天で掃討
魔力を溜めた体内に魔弾を生成・装填し周囲全方向へ解放
高速詠唱と2回攻撃で間隔を限りなく無くし、全力魔法と鎧無視攻撃で損害を最大化
自身の周囲を纏めて消し飛ばす、爆ぜる魔弾の嵐で蹂躙する面制圧飽和攻撃

鼓動一つで再装填を繰り返し、狙いもつけない殲滅攻撃を実行
墓は参じる者もいないと気にしない

自身への攻撃も全て魔弾で飲み込んで叩き潰し圧殺する


付近の猟兵と共同するなら当てない程度に狙いを絞って行動
体内ではなく周囲に展開し、敵性個体周辺への爆撃で対処


壥・灰色
ギガース、オン
ロード・マーシレスマグナム

黙れ、と言って聞かないのなら、首から上を吹っ飛ばすまで
突き出した拳から射出されるのは慈悲なき衝撃弾、『侵徹撃杭』
魚獲りに使うような出力だと思うな、初手からお前らを殺しに行く

人を嬲り死を蒐集し、結末を嘲笑い、一夜の戯れにする?
お前らがそうして命運を弄ぶというのなら、おれがそれを終わらせてやる

墓石を縫い走り、足下で衝撃を炸裂
天高く飛び、迎撃されれば手脚で衝撃を炸裂させ高速移動、姿勢制御
天から放つ拳のラッシュ
侵徹撃杭を雨霰と降らせ、敵全体を迫撃し切り込む

皆殺しだ
覚悟しろ。一人も生かして帰すものか

魔力が四肢で爆ぜ、闇夜に蒼白く火花を残す
疾駆、次の敵へ飛びかかる!



「討つべき相手を逃したりしないわ……!!」
 『Traitor』『Executioner』――両の手に愛用の二挺拳銃を掴み、斬断・彩萌(殺界パラディーゾ・f03307)は石墓の影から娘達へと銃口を向ける。
 
 ……クスクス……クスクス……。
 デイヴィット・イーバス。リット村出――。

 領主館を背に守り本読み上げる声を砕いて、娘の喉を一筋の精密な魔力線が穿ち貫いた。『光楼(ミラージュ・レイ)』――瞬発の銃弾が声奪い総頚動脈を破った直後、一瞬遅れて届いたもう一本、異なる色の魔力線は娘の額、その中心を貫き抜ける。
「殺めた相手の名前をいちいち覚えているなんて、イイ趣味してるじゃない。今度はその本にアンタ達の名前を刻んであげよっか?」
 ――『陰楼(メランコリック・レイ)』。貫通、炸裂という二つの属性帯びたその光の弾丸は、脳の中心に至った瞬間爆ぜて一瞬で娘の命を焼き切った。
「……ま、名前知らないけど」
 鼻を鳴らして挑発的に言いながら、駆ける彩萌は石墓の影へと身を滑らせる。娘達との攻防の中で見られた技の模倣を警戒して――背を預けるには気が引けても、他に敵の死角を作り、壁と出来る物は無かった。
「――ここで墓参りする者も居るまい」
 その彩萌の頭の上を、石墓を支えに一つの細身の人の影と、深き低温の声が抜けた。
 アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)。黒と白、彩度を持たぬ男の周囲には淡青色の粒子が漂う。とん、と地に降りた瞬間に、ばさりと揺れた上衣の裾が風圧で粒子を散らした。
 細めた切れ長の藍瞳の先、今射程内に娘は六人。熱き闘気よりも、いっそ息詰まる様な沈黙を帯びるアルトリウスの手に――娘の影が近付くと知れても、今だ武器は一つと無い。
 代わりに、その全身を駆け巡る魔力密度の上昇に伴い、漂う光の粒子が数増し、男の周囲に円環描いて連なっていく。
 その光こそ、原理の力。世界構成よりも前から連なる――万物の根本たる青白き魔力にしてアルトリウスの唯一の武器。
「――行き止まりだ」
 微細の声での高速詠唱をこの一言で閉じると同時、円環の光は緻密な粒子の弾丸となって全方位に解き放たれた。
 石墓、松明、微笑む娘達――触れる周囲あらゆるものを存在根源から打ち砕く、その魔弾の名は『破天』。光駆ける音は静かに、しかし魔力が万物の中心へ至って爆ぜれば、その存在の定義を揺るがし内から崩壊させていく。
 ドン! 音立て破裂した幾つかの石墓が、脆く砂礫と化して崩れた。木端微塵など生温い、最小粒子への還元――だが、墓に参じる者もないならと、藍の瞳は一瞥すれどそれだけだ。
 低温の声で詠唱再開、すると男が前へ差し出す魔力帯びた指先から、青の粒子が再び光の線を空へと描く。
「……消し飛ばす」
 呟き、もう一度――幾度と駆け、爆ぜる魔弾の嵐で周囲を制する猛攻は、最低限猟兵達を傷つけない条件の下に魔力続く限り振るわれる。青き弾幕は今や松明すらも消し去って、アルトリウスの白い肌を魔力の青き光が照らした。
 狙いなど要らない。起動の鍵は鼓動一つだ、反撃の暇など与えない――須く繰り返される全てを呑み込む蹂躙から娘達が逃れるためには、弾幕至らぬ他猟兵へ近付く以外に手段はない。

 ……フフフ……クスクス……。
 アルヴァス・ルイード、享年――。

「――ギガース、オン。ロード・マーシレスマグナム」
 しかし、俯いて立つ色彩褪せた男の元へと娘が笑んで近付いた瞬間、その男から伸びた手が、娘の顔を掴むなり突如激しく音立て爆ぜた。
「黙れ。……こう言って聞かないのなら、首から上を吹っ飛ばすまで」
 眼球、骨、脳髄、脳漿――娘の首から上に存在するあらゆる組織を吹き飛ばし、指先から死に惜しむ様に纏わり落ちる娘の血液を壥・灰色(ゴーストノート・f00067)は静かな怒りで睨み付ける。
 本来ならば遠間から、拳か爪先向けた標的へと射出される衝撃弾だ。『侵徹撃杭(マーシレス・マグナム)』――至近で放てば首どころか胸部からも人のかたちを抉り奪った灰色は、掴むものを失った手を眼前にギリ、と握り込んだ。
「人を嬲り死を蒐集し、結末を嘲笑い、一夜の戯れにする? お前らがそうして命運を弄ぶというのなら――おれがそれを終わらせてやる」
 表情までが無彩色の灰色の眼光には、しかし今、確かな熱が灯っていた。自ら来るなら都合が良いと、全身に巡る魔術回路『壊鍵』から足底へと瞬時に魔力を送り込む。
「――魚獲りに使うような出力だと思うな。初手からお前らを殺しに行く」
 底知れない低い深みの声で絞り出す様に呟く瞬間、男の姿は一瞬にして空へと跳ねた。
 足下に、地を揺らす程の激しい衝撃――一歩、また一歩と踏み出す度に炸裂させれば、その度進軍速度は増して、娘達を翻弄する。アルトリウスとは異なる方位、弾幕の蹂躙逃れる標的だけを狙い澄まして空から落とす蹴撃が突如娘の頭上で爆ぜれば、立っていられる者などそう居る筈も無かった。
「皆殺しだ――覚悟しろ。一人も生かして帰すものか……!」
 その一撃で更に空跳ね、空中姿勢で体捻ると今度は振る手で衝撃を飛ばす。着弾し、炸裂。爆風上がれば煽る風に身を任せて、舞い上がった頂点から、灰色は突き下ろす拳で衝撃の礫を雨霰と降らせ落とした。

 …………。

 既に沈黙した無数の黒薔薇の娘達が、紅い飛沫と共にその拳先に散っていた。しかしそれでもその様を、絶えぬ拳打と強い憤りで灰色は睨み続ける。
 目の前で、命狩られたわけではない。何を目撃したわけでも。でも伝え聞いた理不尽に、笑んで語られた命の痛みに、抱いた怒りは行き場を求めて――振るう拳、見舞う脚には男の全力の魔力が飽和し、青白き火花が散った。
「……失った者は戻らないわ、どんなに願ってもね」
 その眩さを眼鏡の奥、蜂蜜色の瞳に映して――或る石墓の物陰から、彩萌は愛銃を構えていた。
 呟き思うはディルのこと。喪った命が消して戻ることは無いと、彩萌は正しく理解しているから――ディルを思うと、胸がじり、と痛むのだ。
「そして、アンタが死んだからってあの世でアイノと会えるわけじゃなし」
 蜂蜜色の明るい瞳は、今は狙撃手の鋭さを持って石墓の向こうに黒薔薇の娘達を見つめ、声は未だ見えぬディルへと向けて、石墓の前に行き場なく落ちた。しかしふと――視界に入った石墓に刻まれた文字に気付けば、彩萌の心は更なる遣り切れなさにぎしりと軋む様に痛む。
「……『アイノ・ミーティア』ね。――そう、こんな石を通してしかもう会うことが出来ないのよ、アンタ達は。どうあっても」
 身を守るべく預けた石墓に、刻まれたその名前――彩萌はぎり、と音立て銃のグリップを握ると、身を低く、転がりながら石墓の影から飛び出した。
「――勝手に絶望してれば? それがヴァンパイアにとって愉悦になってもいいのならね……!」
 ドン! 声と心と渾身の超能力を込め引き金引けば、再び魔力の弾丸が銃口から飛び出した。
 過去からの骸――黒薔薇纏う娘の左胸を銃撃が貫くと、一瞬ののちに内で炸裂した魔力弾に、心臓爆ぜた娘は倒れ、やがて動かなくなった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ニコ・ベルクシュタイン
…此の世界の有り様の、正に縮図のような場所であるな
覚悟はしていたとはいえ、実際対峙してみると想像以上に忌まわしい
既に起きてしまった悲劇は如何ともし難くとも
此れからの事に対しては、せめて最善を尽くそう

黙れと言うても聞かぬというなら、此方も淡々と攻めるのみ
少しでも多くの娘を巻き込めるよう踏み込んでいき
「高速詠唱」で可能な限り先手を取って
「全力魔法」を乗せた【花冠の幻】を発動させよう
死者へは弔いを、忌まわしき者へは報いをと
我が七色の花弁は舞い踊る
「2回攻撃」の余裕があれば追撃をくれてやる

我が奇跡の花の舞、果たして文字に記せるかな
万が一真似事が出来たとしても、所詮は偽りのもの
「オーラ防御」で防ごうぞ


エンジ・カラカ
アァ……とーってもイイ趣味をしているなァ……。
いちいち記録しているンだ。
当人しか知り得ない最期を。優しいネェ…。

でも、優しすぎて笑いが出てしまうなァ……。
二年も前に殺したヤツの記録もご丁寧に残しているのカ。
アァ……最高に優しい。だから、今日は否定をしよう。
そんな記録は記憶に残らない。そうだろ賢い君。

まとめてぜーんぶ消してしまおう。
殺した理由も、最期の悲鳴も全部ぜーんぶコレの咆哮で、君の毒で。

それで、何だっけ?どーやって死んだ?アァ……消えたから分からないなァ。
聞く耳も持ってないケド。

コノ世界じゃあ日常茶飯事な出来事ダ
確かに存在していた事は記憶しよう。
残酷な最期はココだけの秘密にしよう。



「……此の世界の有り様の、正に縮図のような場所であるな」
 笑む声に。無数の石墓並ぶ有り様に。眼鏡の奥へ現実見つめる紅蓮の瞳を薄く細めて、ニコ・ベルクシュタイン(虹の未来視・f00324)は両の手に長短二つの剣を握ると、剣戟打ち合う戦場を駆ける。
 覚悟はしていた。覚悟を決めて此処へ来たのに、実際対峙してみると想像以上に忌まわしい。クスクス、と微笑む女の声は鼓膜震わせる度に不安を煽る様であったし、その口から語られる言葉には、冷静で居られない猟兵達が居るのも解る。

 ……クスクス……。
 アインツ・ルナ。享年21歳。
 料理が上手いとの評判あり領主様より招かれるも、口に合わない物を出し、領主様の血肉へ還る……。
 フフ、クスクス……。 

 ああ、また語られた、この地に起き続けてきたヴァンパイア達の暴虐の歴史――聞くにも不快な死の羅列にニコが眉寄せた時、獣の様な細く鋭き金の瞳に野生を宿して語る男、エンジ・カラカ(六月・f06959)の声が響いた。
「アァ……とーってもイイ趣味をしているなァ……いちいち記録しているンだ、当人しか知り得ない最期を。優しいネェ……」
 何処か芝居がかっても聞こえたし、それが素である様にも思えた。ゆるりと掴みどころの無い様子の声音には笑みを含んで、エンジは駆けるニコの更に前へと蹴り出す。
「でも、優しすぎて笑いが出てしまうなァ……二年も前に殺したヤツの記録もご丁寧に残しているのカ?」
 敢えて試す様に、誘う様に挑発的にエンジは問うた。もしも、アイノの死の記述を持つ娘が未だ此処に在るならば――こののちにディルを、命のみならず心を救う、その手掛かりが残るかもと――。

 ……フフ、フフ、クスクス。
 アイノ・ミーティア。享年19歳。
 領主様に血を求められる栄誉にて館へ滞在。領主様への愛を寄せた手紙でお心をお慰めし、二日間の猶予を与えられる。
 その後、領主様の血肉へ還る……。

 ――かくして、一人の娘がその誘導に応える様にアイノの死を口にした。ニィイ、とエンジの口元が深く笑みを刻むと同時――その手に握る拷問具が、魔力を帯びて輝き出す。
「アァ……最高に優しい。だから、今日は否定をしよう。そんな記録は記憶に残らない。そうだろ賢い君」
 うっとりと、陶酔する様に、或いは愛しむ様に手の拷問具へ語り掛け、エンジはその手の中から鱗片、宝石、それらを繋ぐ赤い糸を解き放った。
 ユーベルコード『賢い君(リユウノチ)』。届く範囲の三人の内、二人の娘を赤い糸の中へと捕らえたエンジが狙うは――捕縛ではない。敵味方すらも纏めて穿つ、野生の獣の鋭き咆哮。
「まとめてぜーんぶ消してしまおう……殺した理由も、最期の悲鳴も全部ぜーんぶコレの咆哮で、――君の毒で」
 辺りにわっと響き渡る、魔力の声は『人狼咆哮』。その鋭さには近くに寄りて高速の詠唱紡ぐニコも襲う痛みに顔を顰めるが、それでも魔力の起動は止めない。
(「既に起きてしまった悲劇は如何ともし難くとも、此れからの事に対しては――せめて、最善を尽くそう」)
 アイノはもう帰らない。しかし今、一つ大きな彼女の生きた痕跡を、猟兵達は戦場に得た。
 領主館に生きた二日間、彼女が愛を認めたという手紙は、果たして本当に領主へ向けられたものだったのか――。
「――黙れと言うても聞かぬというなら、此方も淡々と攻めるのみ。……我が奇跡の花の舞、果たして文字に記せるかな」
 遂に長き詠唱を閉じ、両手に掴む『時刻みの双剣』から、炎熱と氷結冷気が絡み合って空へと昇った。敵が模倣術を使うことは知っている。だが、真似事は所詮真似事と――それを恐れて魔力振るわぬ理由は無かった。
 炎の紅蓮と氷結の蒼は空に融け合い、弾けた瞬間、舞い踊るは七色の花弁。ユーベルコード、『花冠の幻(レインボー・フラワーズ)』。
「夢は虹色、現は鈍色――奇跡の花を此処に紡がん!」
 死者へは弔いを、忌まわしき者へは報いをと――去りし命を思う時、じり、と胸が何か苦しく痛む様ではあったけれど。切なさを超えてニコが解き放った花の魔力は、まるで一斉掃射した矢の様に、四人程の娘達の群れへと空から一挙に殺到する。
 色彩無き闇夜の世界に、花絢爛の渦は起こって――風と花弁が溶け消える頃には、数枚黒薔薇の花弁だけが、ひらりと大地に舞い落ち消えた。
「……それで、何だっけ? どーやって死んだ? アァ……消えたから分からないなァ。聞く耳も持ってないケド」
 その最期を見送って――投げては掴み、手に遊ぶ愛武器『辰砂』を愛し気に見つめるエンジは、常と変わらぬ喰えぬ調子で、笑みの声に言葉を乗せる。
「コノ世界じゃあ日常茶飯事な出来事ダ。確かに存在していた事は記憶しよう――残酷な最期は、ココだけの秘密にしよう」
 獣の様な金の瞳に、言葉が意味する程の感傷は、微塵も窺えはしなかった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

有栖川・夏介
他者の死で生を得る、それがこの世界の理だとしても。
彼が生きることに絶望しているとしても。
死を……望んでいるとしても。
それでも。…それでもグリモア猟兵の、エリーカさんの予知にかかった。
そこには、何か意味があるのだと思います。
私はそれを見つけたい。
彼が救いを望んでいないとしても、戦います。
これは私のエゴです。

「邪魔をするなら、容赦はしません」
……覚悟を。
呟き、処刑人の剣を構える。

【忍び足】で【目立たない】ように。
音もなく近づき背後から首をはねる。
攻撃は【見切り】で回避。
機械のように淡々と。
相手が怯んだら【黄泉へと誘う紅の乙女】で追撃。

そういえば、あの本。
アイノさんのことも書かれているのでしょうか?


逢海・夾
生が「救い」になるか?それは本人次第だろ
オレに出来ることは、生きるだなんて選択肢を増やすことだけだ

“こっち”の命は情報より大事だ。一応聞いてはおくが、深追いはしない

まずは【狐火】で攻撃を仕掛けるぜ、頭数は減らすに限る
どんなもんか様子見にもなるしな

距離を詰めたら速さを活かして【ダガー】で喉笛を掻っ切るぜ
遮蔽物も少ねぇからな、相手の隙を突いて背後を取れりゃ上々
墓を踏まねぇように動ければ最良だな
囲まれたときは【地獄の炎】で全て焼いてやる
余裕がありゃ【狐火】で手の届かねぇ奴を倒すか
余裕のねぇ奴の援護に回れりゃいいんだが

全部全部焼けてしまえ。罪も何も消えることはなかろうが、何かの養分にはなるだろうよ



「――邪魔をするなら、容赦はしません」
 覚悟を、とそう呟いて、有栖川・夏介(処刑人は白いうさぎの夢をみない・f06470)は領主館へ至る道、並ぶ娘達の群れの中へと肉薄した。
(「他者の死で生を得る、それがこの世界の理だとしても。彼が、生きることに絶望しているとしても。――死を、望んでいるとしても」)
 ディルを思いながら、『処刑人の剣』――切っ先無き切断へ特化した刃は、傷刻む度くるりとその握り方を変え、縦に、横に、裂けば返して縦横無尽に振るわれていた。
 無論正面からでは無い。足音を殺し、気配を殺し、死角を選んで娘達の視界に映る己が姿を徹底的に殺し尽くして――迫った背後から首や急所を選んで狩り尽くしながら夏介は瞳を伏せる。
(「それでも。……それでもグリモア猟兵の、エリーカさんの予知にかかった。
そこには、何か意味があるのだと思います」)
 無数、本当に沢山の悲劇が、日々この世界に起こることを知っている。その数多き悲しみの中で――敢えて今日のディルに、救いが向けられたこと。運命と、そんな一言に表現出来るものでも無かった。だが夏介は――その意味を見出したかった。
「彼が救いを望んでいないとしても、戦います。……これは私のエゴです」
 だからこそ。まるで機械の様に淡々と、屍積み上げる夏介の傍らで――逢海・夾(反照・f10226)はばさりと羽織をはためかせながら、その呟きに物思う。
(「生が『救い』になるか? ……それは本人次第だろ。オレに出来ることは、生きるだなんて選択肢を増やすことだけだ」)
 手には狐火。自身の周囲に炎の輪を周回させながら――夾は斬る。諸刃の短剣が、振るう都度その刃に狐火と松明の灯りを映して散らした。

 ――クスクス……。
 ルディール・コールマン……享年20歳……。

「……またか」
 ち、と舌打ち一つ、夾は駆ける速度を一段上げて死者の記録を声で辿る女へ迫ると、その喉笛を掻き切った。度々、仲間がこの情報への怒りに我を忘れる様を目にした――そこを注視し過ぎても厄介と、妖狐としては若いながらも夾は冷静に判断していた。
「“こっち”の命は情報より大事だ。……一応聞いてはおくが、深追いはしない」
 首から血を噴き倒れた骸を見下ろして、夾は再び娘達の群れの中を駆けるその速度を速める。遮蔽物も少ない戦場だ、更に石墓踏まない様にと意識して動こうとすれば――そこかしこから届く笑みの声に、逐一惑わされてはいられない。
 夾の周囲を取り巻き燃える狐火は、駆ける最中にも娘の長いスカートへ延焼して燃え上がり、群れ為す娘の頭数は、夾の思う以上に減っていた。……されどそもそもの分母が多い。やがて周囲を囲まれると――しかし夾は解っていた様に、八重歯が覗く口元の片端を上げ、ダガー持つとは逆の腕を顔の前へと突き出した。
「……へえ、やるね。でも――」
 突き出す腕へとダガーの刃を押し当てて、斬り裂いたそこから噴き出したのは――血ではない。狐火をも上回る高い熱量。万物を焼き尽くす、無間の灼熱。
 ユーベルコード、『ブレイズフレイム』。
「全て、焼いてやる……!」
 初めから、惹き付けることが狙いだった。ごう、と燃え盛る紅き炎が渦巻き全方向へ飛散すると、囲う全ての娘達が、業火の中に塵と消える。
 辺り一面が火の海だ。燃やすものなど娘の着衣と亡骸くらいしかなかったが――海に例えるほど燃えている。それだけ、夾は無数のオブリビオンをここで屠ったことになる。
「――全部全部焼けてしまえ。罪も何も消えることはなかろうが、何かの養分にはなるだろうよ」
 絶望に満ちたこの世界の、痩せた大地を炎が覆う――だがその炎が生み出す死角と、何より炎撒かれてなお命繋ぐ娘達の存在に、夾は一瞬気付くのが遅れた。
 背後から、炎に包まれし三つの人影が、命喰らうべく夾へとその燃える手を伸ばして――。
「……首をはねよ、と女王が言った」
 急ぎ夾が振り向いた瞬間、炎に在りしかたちを失った三人の娘の首が、声と同時飛来した刃に吹き飛んだ。
 胴と切り離されてふわりと浮かび――やがてごとりと地に落ちる前に、骸の頭部は灰と化す。
 夏介の、ユーベルコード『黄泉へと誘う紅の乙女(クイーンオブザフィアーガーデン)』。
「間に合いましたね。……全く、数が多いのも困ったものです」
 その傍らには、赤いドレスを着た少女。ドレスの中から飛び出した様に見えた刃に敵の消滅を夏彦が確認すると、少女は大気に溶けるように、すう、とその姿を消した。
 戦いは、終わりではない――大分数こそ減らしたが、そこかしこから未だ戦いの轟音が聞こえて来る。
 ――領主の元へ至るには、今暫く武を奮う必要がありそうだ。
「……行きましょう。猟兵各自、目的がどうあれ――オブリビオン達の蹂躙は、終わらせなければいけません」
 戦音近い一角を目指して走り出した夏彦に――言葉こそ返らなかったが、夾も伴い駆け出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

仁科・恭介
※アドリブ、連携歓迎
依頼中なので私情を挟みたくないが…ディルに自分を重ねていた
私とあの子ならと
黒薔薇達の声を聴き怒りに燃える
「領主のため…か。久しぶりな感じだ(憚られる罵声)」
瞳を徐々に紅に変える
「さて場を乱すか」

POW
【携帯食料】を口に頬り込み、【学習力】で猟兵、黒薔薇と庭の状況を確認
他の猟兵を助けた時に怪我をしたと見せかけ複数の黒薔薇を誘導
誘導中は常闇の空の下【目立たない】ように蟻を量産
周囲に猟兵が居ないことを確認し【蟻】達を黒薔薇に向け展開し【ダッシュ】で駆け抜け背後を絶つ
「その人を蔑んだような笑い声が嫌いでね。いつまで笑っていられるかな」
突然蟻に噛まれたら混乱するだろう
そこを斬ってやる


ヴォルフ・ヴュンシェン
「あ、うん」
反応は相手が喜ぶから笑顔で流す
「領主の為に自らの身で紡ぐとは殊勝だね
領主の為にもできるだけ思い切り囀ってから無に還らないとな?」(にっこり)
ただし、領主も囀りの続きを聞く為に後を追っていただくが

【加護のリヒト】で防御力強化
【鎧無視攻撃】の【衝撃波】を【範囲攻撃】でばら撒く
趣旨は相手の牽制なんで、敵の隙を作ったり味方の隙を埋められたらいい
(敵は確実に減らす)
ダメージが深いものがいたら優先的に狙う
【ダッシュ】で間合いを詰め、【怪力】を生かした【串刺し】でダメージを重ね、確実に仕留めて数を減らす
攻撃に関しては【視力】【聞き耳】【第六感】を生かした【見切り】で回避か【カウンター】で逆に攻撃



 石墓の間を潜り、より領主館へと近付きながら――仁科・恭介(観察する人・f14065)はディルとアイノの境遇を思う。
(「依頼中なので私情を挟みたくないが……ディルに自分を重ねていた。もしも――私と、あの子ならと」)
 この暗い絶望の世界に、独り取り残されたディル。痛む胸にその悲しみを感じ取った時、クスクスと近付く笑みが耳に届けば、恭介も自然表情険しくなる。

 ……クスクス……。
 さあ、もっと。領主様のために、紡ぎましょう――。

「……領主のため……か。久しぶりな感じだ」
 それでも罵声は憚られて、突いて出そうな声を封じるかの様に、恭介は携帯食料をその口へと放り込んだ。
 視線の先に見えた黒薔薇飾る四人の娘達の位置関係を頭の中へと叩き込めば、具に見つめるその瞳が、徐々に紅へと染まっていく。
「――さて場を乱すか」
 呟くなり、未だ此方へ黒薔薇が気付かぬ前にと、恭介は手に引き出した刀で、僅かに腕を斬り裂いた。
 滴る鮮血、その傷を、あたかも戦いで傷付いたと見せかけ押さえて駆ける。敢えて目立つ立ち回りを意識すれば、――気付いた黒薔薇の娘は二人。
 残る二人には、対峙する一人の人影が見えた。

 ……フフ、クスクス……。
 次はだあれ? クスクス……。

「あ、うん」
 再び響いた笑みの声を、ヴォルフ・ヴュンシェン(願う者・f13504)は笑顔で流した。憤る気持ち、駆逐の決意は胸にあれど――反応して喜ばれるのは癪だった。
 対峙するは二人の娘。逆に背を向け遠のいていく二人の娘達の視線の先に恭介の姿を見れば、ヴォルフは此方は請け負ったとばかりにっこりと笑みを浮かべる。
「――領主の為に自らの身で紡ぐとは殊勝だね」
 微笑むヴォルフの全身を、淡き魔力の光が包み込んだ。暗闇の世界に、温かな加護の力――纏いしは、防護のユーベルコード『加護のリヒト』。
「領主の為にも、できるだけ思い切り囀ってから無に還らないとな?」
 穏やかな微笑みが、呟く一瞬、何処か暗い影を帯びた。 
 手に握るは愛剣『Eid』。此方へ向かい来る娘目掛け、ヴォルフは剣を真横に一閃、衝撃波でその進行を牽制する。
 裂けた大地に、並んでいた二人の娘が互いにその距離を離した。一人は裂け目を飛び越えて、もう一人は迂回する――その僅かな進軍誤差が、ヴォルフへ決定的な好機を生み出す。
「……残念。離れなければ、二人で連携出来たのにね」
 ふ、と小さく笑んだ男は、先行する裂け目飛び越えた娘へと、駆け出し一気に距離を詰めた。
 突然の至近の間合いに娘が順応する前に。渾身の力で娘の左脚を叩けば、深く沈んだ剣身に血は溢れ、その足が在らぬ方向へ折れ曲がる。
「……終わりだよ」
 進む足を奪った瞬間、ヴォルフは一度後退する。
 剣握る手を前へと掲げて――足折りし娘と遅れ迫るもう一人の娘とをその直線上に繋いだ瞬間、剣身に、眩い魔力の雷が迸った。
 愛剣『Eid』――この剣に誓って、生きろ、と貰ったその言葉をヴォルフははっきりと覚えている。
「祈り歌うは生の歌。祈り願うは還の歌。祈り誓うは滅の歌。……我らに生を、敵には滅を」
 雷は娘達の頭上の空を穿ち、そこから突如降り出すのは雷纏う水晶の槍の雨。『ゲベート・レークヴィエム』――いちどきに蹂躙する脅威の魔術に、二人の娘は串刺され、そのまま塵へと化し消えた。
「……勿論、領主も囀りの続きを聞く為に後を追っていただこう」
 剣をすいと払う様に降ろすと、ヴォルフは今度は援護の為、視線を恭介の方へと向ける。
 ――が。
「……その人を蔑んだような笑い声が嫌いでね。いつまで笑っていられるかな」
 淡き翡翠の瞳の中に飛び込んできた光景に、ヴォルフは目を見開いた。
 恭介へ向かった二人の娘。その一人は、極小の蠢く何かに全身を隙間なく覆われ立往生、顔だけ覆うを免れたもう一人の首元に、恭介が背後から刃を押し当てていた。
 よくよく見れば蠢くもの、その正体は無数に湧く軍隊蟻だ。黒く小さいその脅威は、この夜闇の中には視認しにくかったことだろう――正に恭介の狙いはそこだ。視認を遠ざけ、密かに量産した蟻たちを、戦いのフィールドに散りばめていた。
 ユーベルコード――『知恵の実(パラダイス・ロスト)』。
「突然蟻に咬まれて、さぞ混乱しただろう。直ぐに楽になる――そこの仲間と一緒にね」
 くい、と恭介が顎で示したその直後、人を模った蟻の群れが、突如バラバラと崩壊した。中にいた娘が消滅したのだ――そして僅かに笑んだ恭介の手元、今やもう一人の娘の命も、首に添えられた刃によって骸の海へ還ろうとしていた。
 闇に溶け込む黒さの中に、鈍く光る――その輝きは、名のある鍛冶師の銘ある刀と一目に解る鋭さ。
 ――狩猟刀『牙咬』。
「……さて。領主まではあとどのくらいか」
 ふ、と息を吐き出しながら。恭介が掻き捌いた娘の喉から鮮血が噴き出すと、それを待ち侘びたかの様に、遂に蟻達は顔まで群がる。
 やがて、覆い隠れた人型が崩れ落ちると――中に在った屍は、先と同じ様に跡形もなく消え去っていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ルイーネ・フェアドラク
絶望には覚えがあります
けれどこれは……難しいですね
私は所詮、生存の本能を捨てられなかった男です
苦しくて自棄にもなって、それでも
私は生を諦められなかった
――浅ましくもね

だからこそ、命を踏みにじる輩は許しがたい

背の刻印解放、悍ましき漆黒の触手を操る
普段は肉の盾にもしますが…それで力を与えてやるのは、業腹ですね
お前たちが口にして良い名など、ひとつもない
耳障りな声はすべて、毒で封じてしまいましょう

獣の身の軽さを活かした動きと、聴力
視力はサイバーアイによる補助

傷を厭わぬのもつい誰かを庇うのも、性ですね
悪い癖だと、わかっていますが

少し、羨ましいのかもしれません
本能すら超えて誰かを――生きる意味にできること


冴島・類
囀りを止めよと言ったところで
止めないんでしょう
何せ…領主の為といいつつ
彼女達も、楽しんでいるようですし

既に失われた命を救うことは、できない

けれど、記された名と
それまで生きた人生を
これ以上弄ばせない

他の方とは可能な限り協力
共闘歓迎
逆に邪魔はせぬよう

瓜江を操りながら駆け
見切りと残像使い引きつけ、躱し
避けきれぬ際は、致命傷だけは逸らし
自身や味方が彼女達に噛みつかれそうな場合
瓜江でかばい血肉は与えない

基本は刀に破魔の力込めた薙ぎ払いで攻撃

ただ、戦闘中武器にしている書物を開く瞬間を狙う際はUC使用
本とペン持つ手を狙い
名を囚われるよにすら見える
悲劇の様ごと、燃やして放つ

此処で笑う口も
記す手も、止めて
先へ



 戦いに巻き上がる風に――錆び色の赤髪が、ふわりと後ろへ緩く流れる。
(「絶望には覚えがあります。けれどこれは……難しいですね」)
 真っ直ぐと視界は領主館、猟兵達、そして居並ぶ黒薔薇の娘達を広く捉えて――ルイーネ・フェアドラク(糺の獣・f01038)の心は今しかし、未だ目には見えぬディルと自分自身を見つめていた。
(「私は所詮、生存の本能を捨てられなかった男です。苦しくて自棄にもなって、……それでも、私は生を諦められなかった。――浅ましくもね」)
 伏せた瞼に、浮かぶは己が記憶の片鱗。でも戦いに奮起するには十分だった。紆余曲折、苦しい思いの末に生きることを選んだルイーネにとって――耳障りにも笑みの中に命への暴虐を語る、目前の歪みの者達は決して許せる存在ではない。
「――だからこそ、命を踏みにじる輩は許しがたい」
 温厚な筈の赤毛の狐の、薄く開いた銀の瞳に――その時、鋭い殺意の光が覗いた。
 白衣の下、外には見えない背の刻印が迸った魔力に応じて解放の光を放った。
 導かれて、現れたのは――常の温厚な表情からは想像しえぬ闇を孕んだ漆黒の触手。悍ましきそれがとぷん、と大地へ降りて広がると――そっと屈んで触れたルイーネが魔力注ぎ込んだ瞬間に、まるで自由意志でも持つかの様に凄まじい速度で大地を這った。
 向かうは当然、黒薔薇の娘達――暗がりの視界の中、まるで影の様に地を這う触手に、娘達は気付かない。
「お前たちが口にして良い名など、ひとつもない。……耳障りな声はすべて、毒で封じてしまいましょう」
 告げてルイーネがくい、と右の指先で空を示すと、地を這う漆黒の触手が突如、槍の様に天へ向けて突き上がった。娘達が漸く襲撃に気付いた時には既に手遅れだ。突き刺す槍は――猛毒の牙。先端から解き放たれた濃度の高い神経毒が、どくり、と娘達の体内へと注がれた。
 ユーベルコード、『幻死齎す甘き毒牙(オルタナティブ・コール)』。
 封じの一手に、命中した娘の何人かが痙攣する様にがくがくと震え出す。しかし一人、逃れた娘が未だ引かぬ触手の一部へ噛み付けば、ぶちりと千切り、悍ましくも醜き触手の咀嚼を始めた――。
「普段は肉の盾にもしますが……それで力を与えてやるのは、業腹ですね」
 不愉快に眉間に皺寄せたルイーネが触手を引き戻すと同時――二つの影が、入れ替わる様に前へと飛び出し触手喰らった娘へ迫った。
「瓜江ならば血肉にはならない。……嗤うその口、閉じる気はないのでしょう?」
 声の主は、冴島・類(公孫樹・f13398)――そして伴う影は人では無く、濡羽色の髪持つ絡繰・瓜江。繋ぐ糸を手繰る類の求めに応じて、手に刃を握る瓜江は牽制する様に強化の娘を後方へと追いやりながら、毒に痺れ震える娘達へと、魔を破る無数の傷を刻んでいく。
 一つ、また一つと前線から娘達が消えていく中――後方に追いやられた黒薔薇の娘が、未だ居る娘達と合流しながら、ゆらりと歪な笑みを浮かべた。
 その手には、暴虐記す、非道の書――。

 ……クスクス……クスクス……。
 ナダーシャ・テトラ。享年21歳。
 領主様に血を求められる栄誉にて館へ滞在。楽器奏者であったため、その演奏で領主様のお心をお慰めし、五日間の猶予の後、領主様の血肉へ還る……。

「……囀りを止めよと言ったところで、止めないんでしょう。何せ……領主の為といいつつ、彼女達も楽しんでいるようですし」
 それ以上は続かせない。強い決意の眼差しで、類はその手、瓜江と繋ぐ糸の一部を奥の娘達へと解き放った。書を閉じた手、続いて書を開こうとした手二つの手首を絡め取って――魔力を注げば、繋ぐ糸に突如として炎が上がる。
 ユーベルコード『業滅糸』。
「――なら、記す手を奪いましょう。既に失われた命を救うことは、できない。けれど、その本に記された名とそれまで生きた人生を――これ以上は弄ばせない」
 糸、娘、本、を繋いで高く昇った魔力の炎が、延焼して傍立つ娘達へも広がっていく。それはまるで、名を捕らえられた者達を悲劇から解放する様。
 ペリドット。淡く美しき瞳の向こうに――類の心を映す炎は、赤々と娘達を塵へと還した。

 ……フ、フフ。次はだあれ? 次は……あなた?

 ――だが、神経毒に蝕まれた目の前の娘達から、遠い娘へ意識を逸らしたその一瞬は類へと突如牙を剥いた。毒の効きが浅かったか、幾分自由取り戻した一人の娘が、その口を大きく開き、類の腹部へと喰らいつく――。
「……傷を厭わぬのもつい誰かを庇うのも、性ですね。悪い癖だと、わかっていますが」
 致命傷だけは避けようと、咄嗟に壁に出した瓜江よりも早く、類の前でその凶牙を受けたのは――妖狐としての身の軽さ、速さを生かして飛び出したルイーネの腕。 
「――ルイーネさん!!」
「大丈夫です、……なかなか、強靭な顎をお持ちですね……!」
 右腕に喰らいついたままの娘の腹部を長い脚で蹴り飛ばし、ルイーネは触手を手繰った。今度は空から娘を包む様に覆い被さった黒き触手は、逃さぬとばかり纏わりついて――そこへルイーネが愛銃『GB-10』から弾丸放てば、やがて人の形に蠢く触手は、静まって動きを止める。

 ……フフフ、クスクス……。
 まだよ、まだ。領主様のため、もっと沢山紡ぎましょう?

 しかし、遠くに笑みの声は未だ聞こえる。中々終わらぬ戦いと、腕を蝕む痛みにルイーネは顔を顰めるけれど――今日の果てに待つディルがふと脳裏に過ると、痛みや焦りは不思議とすう、と楽になる心地がした。
(「何故だろうか。……少し、羨ましいのかもしれません……」)
 男に重ねた自分の心は、軋む様に痛んだけれど。
(「本能すら超えて誰かを――生きる意味にできること」)
 喪ってなおアイノを思い、絶望するディルの心を――ルイーネは、酷く純粋で美しいものの様に感じていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

リーヴァルディ・カーライル
…ん。長広舌はもう必要無い。
お前達から聞かずとも“彼ら”自身が教えてくれる。

…ええ、赦せないのは私も同じ。
死者を嘲弄した者に訪れる結末が何か、
共にその身に刻んであげましょう…。

呪詛耐性で死霊の誘惑に耐えつつUCを発動し空中戦を行う
自身の生命力を吸収し殺気を放つ存在感のある残像を周囲に展開し、
敵の第六感を幻惑しつつ自身は忍び足で接近
死者の呪詛を宿した大鎌を怪力任せになぎ払い傷口を抉る

敵の攻撃は暗視と【吸血鬼狩りの業】を駆使して見切り、
大鎌を盾に武器で受け流しカウンターで迎撃

…お願い、もう少しだけ力を貸して。
貴方達を殺した仇を討つ為に…そして。
貴方達の想いを彼に…ディルに伝えて、次に託す為に…。



「……汝ら、この瞳をくぐる者、一切の望みを棄てよ」
 夜の闇を写し取った様な紫紺の瞳――その聖痕刻みし左瞳を魔力で覆い、リーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)は淡々と、その身に無数の死霊・怨霊の魂を受け入れる。
 ユーベルコード『代行者の羈束・断末魔の瞳(レムナント・ゴーストイグニッション)』。無念の魂の心の叫びに同調すれば、呪詛にも耐えうるその体には死した者達の膨大な魔力が蓄積されていた。
「……ええ、赦せないのは私も同じ。死者を嘲弄した者に訪れる結末が何か、共にその身に刻んであげましょう……」
 集まりし死霊へ語り掛け、力の同化が落ち着けば、全身に帯びていた仄暗い魔力光が静かに消える。
 少し念じれば――リーヴァルディの体は闇夜の世界に浮き上がった。

 ……クスクス……クスクス……。
 シングレア・エイドリアン。享年41歳……。

 見下ろす世界に、黒き薔薇纏う娘達は大分その数を減らしていた。しかし語らう口は相変わらず止まらない。笑みの声を、瞳閉ざして緩く首振り否定して――リーヴァルディはその手に過去を刻みし黒い大鎌を構えると、言葉と共に振り下ろした。
「……ん。長広舌はもう必要無い。お前達から聞かずとも、……“彼ら”自身が教えてくれる」
 ――ドン! 突如落ちて来た重力上乗せた大鎌の一撃が、真下の娘の首を刈った。
 何事かと無数の視線が庭中を彷徨った時――しかしそこには、強い殺気と存在感放つリーヴァルディの残像が無数、庭の至る所に立ち、その視線を縫い留める。
 それでも気付いてリーヴァルディの本体へ牙向き迫った娘には――『吸血鬼狩りの業(カーライル)』、予測の力で身を躱すと、リーヴァルディは再び空へと舞い上がった。
(「……お願い、もう少しだけ力を貸して。貴方達を殺した仇を討つ為に……」)
 ……しかし、体内に蠢く死霊達からの干渉に耐え、リーヴァルディは身を震わせていた。余りにも、数が多い――それだけの悲劇がこの世界では繰り返されてきたのだと、知っていた。理解していた筈だった。
 だけど――その悲鳴はあまりにも、身が千切れそうな程に、痛くて。
(「もう少しでいい、……お願い。貴方達の想いを彼に、……ディルに伝えて、次に託す為に……」)
 心の中に――今絶望に身を浸すディルのことを強く思い、再び大鎌と共に降下しながら、リーヴァルディは鎌握る手に力を込める。
 救いたい、ディルも、そして貴方達のことも――心優しき少女の想いが、伝わったのかは解らない。
 しかし、リーヴァルディの体の中で死霊達が静まると――握る大鎌に伝わる魔力は、じわりと優しい熱を帯びて煌いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と
断罪などと嘯くな
ならば、その傲慢が貴様等の罪だ

…師父、後方に

師の喚んだ使い魔と共に娘達へと
オーラ防御にて可能な限り強化を防ぎ
喰らい付かれても易々とは牙が通らぬ様
激痛耐性で耐えながら

【怨鎖】を用い、爆破ついでに薔薇の娘を絡め取り、引き倒す
他個体に激突させる事で高速移動や書物への記録も妨害
まだ動こうとするなら踏み付けてでも留める
煩い
死者を嗤うな、残り滓風情が

…分かっている
己の未熟も、師が正しい事も
振り返らずに呼吸を整え

だが、駆けるうちにも眼に入る
無数の墓碑一つ一つに向こう側を視る
その後を生きねばならぬ者たちを

連中が害したのは死者のみならず
今は、ただ先を急がんと


アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
ああ、全く
此奴等の口を一度に閉じは出来ぬものか

描いた魔方陣より【デュラハン】を召喚
此度のジジは頭に血が昇っている故な
ジジの隙を補うよう…せいぜい邪魔にならぬよう援護に入るが良い
ふふん、我が業を盗めば勝てるとでも思うたか?
我が死霊が行うは飽く迄援護に徹するのみ
ならば私は、敵の召喚した騎士は此方で抑える迄の事

――おいジジ、聞こえているか
彼奴等を、領主を断罪するのだろう?
ならばもう少し理性を保つと良い
強者故の驕り程
見苦しい物はなかろうよ
対峙する乙女に、憐れみ込め笑って

紡がれる被害者の名は全て記憶
…彼女等も、我々が救えなかった者達だ
たとえ全てを救えずと分っていても、事実は変わらぬ



「……ああ、全く。此奴等の口を一度に閉じは出来ぬものか」
 見目だけは美しい黒薔薇の娘達から、繰り返し語られる領民達を苦しめた暴虐の記録――その惨さに、美しいつくりの顔を僅かに歪めてアルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)は吐き捨てる様に呟くと、前に立つ美しい娘達へと煌く星の瞳を向けた。
 
 ……フフ、クスクス。
 マレ・ジークリード。享年36歳。
 ハーバロー村の村民を煽動して領主様を虐げようとした罪で、見せしめに全村民の前で断頭……。
 ……クスクス……。

(「――強者故の驕り程、見苦しい物はなかろうよ」)
 対峙する、黒薔薇の娘達はその外見も立ち振る舞いにも品こそあれど、その微笑みは酷く歪だ。憐れみ込めて笑うアルバに――自分と娘との間に立つ、大きな弟子の声が届く。
「――断罪などと嘯くな。ならば、その傲慢が貴様等の罪だ」
 正面から、娘が語る非道の歴史と向き合う竜人、ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)。その黒き瞳は今、怒りを宿して目前の娘を強く睨み付けていた。
 その背と声からだけでも伝わる、ジャハルの過剰なまでの力の入り様に――アルバは一つ息を落とすと、その手に握る一振り『星追い』の切っ先を正面へ向け、空に滑らす。
「――此度のジジは頭に血が昇っている故な。ジジの隙を補うよう……せいぜい邪魔にならぬよう援護に入るが良い」
 言葉には僅かに毒づきながらも、しかし唯一人の弟子を思う心は空へと光の流線を描いた。そのはじまりと終いとが繋がった時、光の軌跡は陣を成して――アルバの前に大きな人影を喚び出す。
 ユーベルコード『死への憧憬(メメント・モリ)』――唯一の弟子を救けるべく導かれしその存在の名はデュラハン、すなわち、首無しの騎士。
「――さあ、思いの儘に蹂躙せよ!!」
 召喚閉じ、不敵に笑んだアルバの声は魔力を帯びて響き渡った。宣言に従い前へ出でた首無し騎士は――娘達目指して、大地を震わし猛進する。
 その過ぎ行く背中を追い、駆け出すジャハルの手には黒き剣。『ちかい』――刀身に注ぐ想いは、ジャハルの中、まるで苛烈な炎の様に燃え盛って胸を焦がす。
 ――赦せぬと、ただ。
「死者を嗤うな、……残り滓風情が」
 駆ける中に呟けば、ジャハルはその手の甲へと黒剣立てて斬り付けた。
 溢れ出す、己が竜の血。流れ落ちるその赤を手の平へ拭い取ると、ジャハルは雫の一滴まで、魔力を込めて撃ち放った。
「……鎖せ」
 魔術の解放、解錠せし力の名は、ユーベルコード――『怨鎖』。
 首無し騎士が、剣を振るって娘達を一所へと誘導する――その群れる中心目掛け、駆けるジャハルの足より速く飛来せし血の雫が、娘達の体に振れた瞬間激しく風を散らして爆ぜた。
 爆破の衝撃に、幾人かの娘の体の一部が吹き飛ぶ。腕、足、皮膚、或いは骨や臓器――しかし未だ残る娘の体を、黒血の鎖が絡め取った。
 魔力で編まれた縛りの鎖――繋ぐその導線を、ジャハルは渾身の力で引き、華奢な体を纏めて大地へ引き倒す。
「……ジジ」
 ――だが、必死に引き摺りながらふと、背後から届いた低く響いたよく知る声に、ジャハルの意識はふつりと一瞬、前に繰り広げる戦いを離れ後背の師へと飛んだ。
「――おいジジ、聞こえているか? ……彼奴等を、領主を断罪するのだろう? ならばもう少し理性を保つと良い」
 それは、ジャハルの今日の戦いを見守り、援護に徹してきたアルバの声。
 今日のジャハルが、冷静でないことは解っていた。窘める様に掛けた声は、冷静になれと常より低く、静かな響きでジャハルへ届いた。
 ……窘めたのも仕方無かった。今ジャハルが手に引く血鎖の中には――既に事切れ黒き薔薇を散らした娘が、消滅しつつあったのだから。
「焦らずとも良い。急く気持ちは解らぬでもないが――今のお前は、焦るばかりに却って周りが見えておらぬ」
 淡々と語るその声に、落ち着きを取り戻したジャハルは振り向かず血鎖を解いた。……分かっている。分かっていた。冷静でなかったこと。しかし落ち着こうと肺に深く息を吸えば、じり、とまるで焼ける様に胸の奥に痛みが奔った。
(「分かっている。己の未熟も、師が正しい事も――だが、駆けるうちにも眼に入る無数の墓碑一つ一つに、……向こう側を視る。その後を、生きねばならぬ者たちを」)
 死者の痛みは勿論のこと。だがジャハルが胸痛めるのは、無数の死に触れながら今を生きる人を思うからだ。絶望の中にあるディルの様に――積み重なった無数の死別に、一体どれだけ多くの心が、傷ついてきたことだろう。
「――連中が害したのは死者のみならず。ならば今は、……なあ、師父よ」
 ただ、先を急がんと――痛む心も急く想いも変わらずに、しかし、少しだけ静けさを帯びたジャハルの声に、アルバは僅かに安堵して、静かに星の瞳を長い睫毛の下へと閉ざす。
(「……ああ、分かっている。心急きもしよう。たとえ全てを救えずと分っていても――事実は変わらぬ」)
 娘達が紡いだ名。その全てを、忘れぬ様にと反芻しながら――アルバは水晶肌の胸元へ、『星追い』持たぬ手の平をそっと押し付けた。
 ――ジャハルと同じ、抱く痛みに耐える様に。
(「語られた、全ての名。……彼女等も、我々が救えなかった者達だ」)

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
アレス◆f14882と
アドリブ◎

アレス、あー…
無茶はしねえがちょっとくらい許せよ

ディルは…もしかしたらそうなったかもしれない俺でありアレスだ
…正直、腸が煮えくり返りそうだ

『歌』で自分とアレスを強化
蒼ノ星鳥を飛ばしたら
即追撃
靴に風の魔力を送り『ダッシュ』で斬り込む
炎の『属性』を纏わせ大きく燃やして『2回攻撃』
挑発しながらなるべく多くの敵を惹き付けたら
『ジャンプ』でアレスの後ろ、攻撃の邪魔にならない位置へ

もし強化にアレスの血肉を使おうとするならその開いた口を貫き内側から燃やしてやる
奪われる事への苛立ちや怒りを正面からぶつける
…欠片だってお前らにはやらねえよ

助けが救いとは言えねえが
これ以上奪わせない


アレクシス・ミラ
セリオス◆f09573と
アドリブ◎

僕も先に謝っておくよ、セリオス
君とは出来る限り無茶をしないと約束をしたな
…情けない話だが…僕は今、感情を抑えきる自信がない

僕達だって、彼のようになる未来の可能性はあったんだ
…痛いほど分かる
…今は先ず、此の地の悲劇を止めよう

セリオスを支援するように光「属性攻撃」の「衝撃波」
彼が惹きつけてる隙に「力溜め」し
跳んだ瞬間、なぎ払うように最大出力の【天流乱星】

ーー黙れ!
奪った貴様達が彼らの死を語るな!
敵から語られる人々の記録に感情を露わにしてしまい
セリオスに守られた事で何とか感情を鎮める
…すまない
助かった
…君に守られてしまったな

時は戻らない
だが…未来は…運命は変えられる



 ――救えぬ命が確かに在った。それを想って胸を襲う苦しさが、猟兵達を戦いへと駆り立てる。
「アレス、あー……無茶はしねえがちょっとくらい許せよ」
 気まずそうに言い淀み、セリオス・アリス(黒歌鳥・f09573)はちらりと横に立つ騎士を見遣る。
 金の髪。瞳には晴れた蒼穹の光を称える均整取れた顔立ちの男の名はアレクシス・ミラ(夜明けの赤星・f14882)。常ならば穏やかに笑みを湛える誠実と温和の騎士は、しかし今、セリオスですらも驚く憤りを滲ませた表情で握る拳を震わせていた。
「僕も先に謝っておくよ、セリオス。君とは出来る限り無茶をしないと約束をしたが……情けない話だが僕は今、感情を抑えきる自信がない」
 その瞳は一点を強く睨み付け、此方を向くことはなかった。――それだけの怒り。今日の悲劇が、アレクシスの感情をこうも強く揺さぶった理由をセリオスは知っている。 
(「ディルは……もしかしたらそうなったかもしれない俺でありアレスだ。……正直、腸が煮えくり返りそうだ」)
 セリオスとて心穏やかでないのは同じだ。だが、常ならばアレクシスに窘められることの方が多いセリオスの心の温度は、アレクシスの闘気を見てか、今は驚く程凪いでいた。
 凪の中に、歌を、奏でる――。

 星に願い、鳥は囀ずる。いと輝ける星よ、その煌めきを彼の人に――。

 強化を誘う、故郷の旋律――いつになく静かな鎮魂の様な歌声は、強く軋むアレクシスの心に柔く染みて、全身に魔力を満たして馴染んでいく。
(「僕達だって、彼のようになる未来の可能性はあったんだ。……奪われ尽くしたディルの想いは、痛いほどよく分かる」)
 金に艶めく睫毛の下に蒼穹閉じて、アレクシスは心に誓う。必ず、ディルを救い出す――命救ったその先に、彼の心の救済が叶うか、それはアレクシスにも解らないけれど。
「……今は先ず、此の地の悲劇を止めよう」
 騎士は腰の剣帯から剣を抜いた。『赤星』――セリオスの紡ぎし歌と同じ輝ける星を名に戴く白銀剣は、セリオスからの強化魔力をその身に帯びて、暁の光に輝いた。
 同じく眼前に純白剣『青星』を鞘から引き抜き、セリオスは凪の心にも彼らしい、戦う狼煙の声を上げる。
「――さァ死にたいヤツはどいつだ! 焼き焦がせ、蒼焔の星!」
 赤と青、対の名を持つ二人の剣が、大地を叩いて振り下ろされた。近い位置に娘は四人。地を這うアレクシスの衝撃波が先ずその足場を切り崩すと、もたつく娘達へと飛来するはセリオスの、星の尾を引く炎鳥の闘気。
 ユーベルコード『蒼ノ星鳥(アステル・テイル)』。
「終わりじゃねぇぞ! 目も耳も意識も――全部、俺に寄越せ!」
 そして炎が娘覆った一瞬に、セリオスは足底に風の魔力を凝縮させた。地を蹴る瞬間に爆ぜ散らせば前進を後押す勢いを生み出し、炎が消えるその前にセリオスの身は娘達の前へと至る。
 スパン! ルーン煌く純白の刀身が、炎ごと娘の一人を脳天から真っ二つに斬り裂いた。斬り下ろす最中に剣は二つに割れた炎を纏い、次なる一撃は傷を焼き斬る灼熱を帯びる。
 惹き付ける。体内密かに、敵目を誘う己が力を高めながら――今後方にて力蓄える相棒の、渾身にして最大の一撃を救けるために。
「――アレスっ!!」
 娘三人を一所に集め、セリオスは高く跳躍した。黒き外套を翻し、くるりと空から見下ろす先に――アレクシスの白銀剣が眩い程の光彩を放つ。
「全て――斬り伏せる!」
 薙ぎ払う、光の一閃は『天流乱星』。一振りが無数に枝分かれして前へと奔る斬撃は、集う三人の娘達を追う様に殺到する。
 それでも足りずに残る一人へ、直接手を下すべく、騎士は前へと駆け出すけれど――。

 ……フフ。クスクス。
 カイナ・エルメダ。享年23歳。
 領地逃亡を図った罪で捕縛。領主様の命にて自害……。

 血に塗れてもなお、本に綴る暴虐の記録を笑みに語る娘の姿に――アレクシスの心が、憤りに声を上げた。
「――黙れ! 奪った貴様達が、彼らの死を語るな!!!」
 怒りで周囲が見えなくなっていた。それを自覚出来ない程に、アレクシスは今眼前の娘の語りを収め、息の根を止めることしか頭に無かった――。
「アレス!!!」
 娘貫いた瞬間――ポタリ。突き出す『赤星』の刀身に、娘のものとは異なる赤く美しい血が落ちた。
「……助けが救いとは、言えねえが」
 痛みに震えるその声と血は――もう一人、アレクシスへと迫っていた娘の牙を、強引に割り込ませた左腕で受け止めたセリオスだ。
「これ以上奪わせない。……欠片だって、お前らにはやらねえよ!!」
 終始凪いでいたセリオスの心が、強い決意に燃え上がった。伴い右に握る『青星』の剣身に残る焔も目覚めた様に勢いを増し、捕えし牙から左腕を振り払うと、炎剣を娘の開いた口へと突き入れた。
 全身に広がる炎の中に、娘は虚空を見上げ消えていく――。
「……セリオス……!」
 一瞬敵影遠のいたそこで、アレクシスは我に返ってセリオスの左腕を掴んだ。
「……すまないセリオス、助かった。……君に守られてしまったな」
 傷はそう深くない。だが――静まった心に感じる騎士としての不甲斐なさに、アレクシスは表情を曇らせる。
 その様子に、セリオスは一つ息を落とすと――剣を軽く大地へ突き刺し、空いた右手でぽこんとその頭を叩いた。
「っ!?」
「……ったく。やーっとこっち見たな、アレス」
 思い掛けない一撃に、アレクシスが顔を上げる。すると星海閉じ込め煌くセリオスの大きな瞳と、蒼穹の視線が重なった。
「ヘーキだ、こんくらい。……まだ終わってねえぞ。取り戻すんだろ、未来を」
 ニッと白い歯を見せ、笑うセリオス――共に戦っていた筈なのに何故だかその顔を随分見ていなかった様な錯覚に陥ったアレクシスは、やはり不甲斐なさに苦笑すると、手に癒しの力を込める。
「……ああ。行こう」
 心は前を向いていた。だから、詫びと感謝と――そして戦前より変わらぬ誓いを、アレクシスは今、改めて友へと誓う。
「時は戻らない。だが、未来は……運命は変えられる」
 顔を上げ見た中庭に――黒薔薇纏う、死の語り部はもう居ない。
 真っ直ぐ見つめる道の先、領主館の重い扉は、猟兵達の手によって遂にこじ開けられようとしていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第2章 ボス戦 『エリシャ・ロッソカステル』

POW   :    世界を侵す魔の宿命
自身の【吸血衝動を満たそうとする本能】の為に敢えて不利な行動をすると、身体能力が増大する。
SPD   :    吸血鬼の魔性
【眷属と化した、かつて吸い殺した人間】の霊を召喚する。これは【爪や牙】や【呪術など、エリシャと同じ戦闘法】で攻撃する能力を持つ。
WIZ   :    かつて我が子へと歌った子守歌
【呪いを帯びた歌声によって、自身への敵意】の感情を与える事に成功した対象に、召喚した【一筋の光も射さない、暗闇の夜空】から、高命中力の【纏わりつくような闇の力の奔流】を飛ばす。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はミーユイ・ロッソカステルです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●救い
「……どうぞ領主様の望むまま、俺のことを殺してください」

 静けさが満ちる広い領主館の一室で、そっと灰の瞳を閉ざしたディルは、淡々とありのままの胸の内を掠れた低い声に紡いだ。
 跪くその眼前には、玉座の様な豪奢な椅子に深く腰掛ける赤髪の女が居る。『エリシャ・ロッソカステル』――この地を治める領主であるこの女は、先程からずっと自分を酷く憐れむ様な眼差しで見つめている。
 過去に夫を亡くしたとか、語られる女の事情はディルにすればどうでも良かった。
 このまま血を吸われるのか、領主が望むなら何か拷問でも待っているのだろうか――いずれ閉ざした瞳を開くことはもうないだろうと酷く渇ききった様子の男に、しかしエリシャは、『そう急ぐものではないわ』と悲し気に笑んで言葉を掛ける。
「私によく似た貴方に、是非聞かせたいとっておきの手紙があるのよ」
 エリシャからの思い掛けないその言葉に、ディルは頭を下げたままぱちりと灰の瞳を開いた。
「顔を上げなさい。……これは夫を失い傷付いた私に、或る領民が送ってくれた、とても素敵な手紙なの」
 指示の通りに顔を上げ、ディルはエリシャの手元の手紙を目にする。――特に興味も無かった。従ったのは、幼少時からの反射行動だ。
 しかしそれでも、その追従に満足気に微笑むと、エリシャは紅乗せた唇で、手紙に綴られた言葉を愛し気に読み始めた――。

「『――愛しい方へ

 筆にて遺す、私の最期の無礼をどうかお許しください。
 この先に生きるあなたへ、私の想いが届く様祈っています。

 貧しい日々でした。幼い頃より、これまで生きて私が遺せたものなどそう多くはございません。
 空は暗く、灯りは乏しく、人の交わす言葉も少ない。そんな日々の中で、あなたの存在が、これまで私を生かしてくださいました。
 領内へわずかに咲く、花を見せてくださった。あなたがいてくださったから私は、この不毛の大地に花咲く光景を見出すことが出来たのです。
 私の生きたこの世界は、あなたがいたから美しかった。

 どうかこの先を生きるあなたにとっても、世界が美しくありますように。
 あなたのこれからが、花咲く世界でありますように。
 あなたとの出逢いに、ありがとう。
 花は咲きます。あなたが生きていてくださる限り』」

 ――興味は無かった。
 誰が書いたのか知らないが、世界中で人を蹂躙するヴァンパイアへこんな手紙を送る領民がいるとは――ディルが瞬間抱いたのは、そのくらいの感想だ。
(「――ああ、でも」)
 しかしディルは手紙の中の一節にふと、アイノのことを思い出す。
(「何年か前にアイノを連れ、花畑を訪れたことがあった。……ちょうど今頃のことだったか」)
 思い返す、幸せだった頃の記憶。アイノと二人、たまたま見つけた小さな花畑へと出向いて――滅多に見られない花咲く光景にはしゃぐアイノの笑顔に、花咲く様だと微笑んだ。
「……素敵でしょう? 私を遺して逝くことを嘆きながらも、私に生かされたことに感謝し、私の治世を称え、私の血肉となって死んでいく。……私がどんなに安らいだか、私に似た貴方ならきっと解ることでしょう」
「――ああ、そうですね。私も、あの日の花にどれほど安らいだか……」
 懐へ手紙を仕舞いながら嬉々として語る領主へ返した答えは決して、その言葉への共感ではない。ただアイノの笑顔を思い出して――それがディルの心に僅かな安らぎを齎した。
 棘立った心が、柔らかくなる。灰の瞳が、諦めではなく心に灯った温もりに、ゆるりと優しく伏せられる――。

「――その手紙が、お前宛て? 勘違いも甚だしいな」

 凜と声が渡ると同時、突如、部屋の扉が轟音と共に吹き飛んだ。
 木端微塵。風は吹き荒れど破片すら残らず扉打ち砕いた爆発に、エリシャは椅子を立ち上がり、ディルは閉じた瞳を開く。
 跪く姿勢のまま、ゆっくりと振り向いた先には――見覚えのない複数の人影。

「本気でそう思ってンなら、随分と幸せなこった。……その幸せも、ここまでだがな」
「――猟兵……!!」

 上品で穏やかだったエリシャの顔が、その姿を見て酷く醜く歪んだ。怒りか、憎しみにか――『猟兵』と呼ばれた者達は、どうやらエリシャの敵らしい。
 ヴァンパイアの敵――命知らずな、とは思いながらも、ディルは彼等の内の何人かの視線が自分へ向けられていることに気付く。
 真っ直ぐな瞳。何かを訴える様な、何かを促す様な視線に、ディルは何故か息を呑んだ。
 そんなディルを――エリシャは掴むと、自身の後方、掛けていた豪奢な椅子の後方へと引き飛ばす。
「――私を滅ぼしに来たか! だがそうはいかない……!!」
 臨戦態勢のエリシャを前に――猟兵達がすべきは大きく二つ。先ずディルの保護。戦いの最中に囚われたり巻き込まれることの無い様に、早期の確保が必要だろう。
 そして何よりオブリビオン、エリシャ・ロッソカステルの討伐――。
「……滅ぶのは、お前達よ!!!」
 憎しみを帯びて響く女の声を、打ち砕くことが出来るのか。
 猟兵達は、遂に対面した今日の首魁へ正面から挑むべく、力強く床面を蹴った。
 その脳裏に――黒薔薇の娘が語った、アイノの最期を思い出す。

 ……アイノ・ミーティア。享年19歳。
 領主様に血を求められる栄誉にて館へ滞在。領主様への愛を寄せた手紙でお心をお慰めし、二日間の猶予を与えられる。
 その後、領主様の血肉へ還る……。

 エリシャの話と重ね合わせて考えても、あの手紙は恐らくアイノの書いたものだ。
 若くして亡くなった、一人の少女の遺した手紙――その手紙もまた、正しき宛先へ向かうべく、猟兵達を待っている様に思われた。
ヴォルフ・ヴュンシェン
まずディルへ
「人を血肉にしてる奴の慰めとあなたが大事にしてる想い出は一緒にならない
あんなのに同調するのは自分が大事にしてる想い出への侮辱だ」
…俺はそれが許容できない

目と耳の情報を基に【第六感】【見切り】で攻撃回避しつつ、【ダッシュ】で間合いを詰めBlauで【怪力】の一撃を狙っていく
人間の霊を呼ばれても無視し、光の【属性】【破魔】を込めた【ゲベート・レークヴィエム】で【鎧無視攻撃】
ディルへ到達させないのも意識し【串刺し】狙う

ディルが動揺した場合
【勇気】を持つよう言う
「自分の大切な人の想いと誇りを守れるのはあなた自身だぞ!!」
アレに嗤われてるな
その人に笑ってやれ

領主へ
「先触れも還った。早急に還れ」


仁科・恭介
※アドリブ、連携歓迎
SPD
部屋に入るなり【学習力】で猟兵、領主、ディルの位置と間取りを確認
「最短ルートはこれで良いと思うが…ひっかかる」
ディルと領主の間に入り盾となることは可能だが、もう一つ罠がある気がする
【ダッシュ】でディルと領主の間に入り、【目立たない】ように領主を観察
「そっか。恋人の霊を呼び出すか」
これなら確保しても誘惑に負ける
恋人を求めて歩きだすディルを制し霊の攻撃を防御
そしてそれを簒奪しディルに授与する
「使えるのは一回だけだ。邪魔にならないようあの部屋で聞いてくれ」
と攻撃が届かない安全な部屋に誘導
「想いを聞くなら覚悟して聞くことだ。彼女は覚悟してお前に想いをつづったのだから」


エンジ・カラカ
アァ……手紙ってーのはもしかしてそこの頭の高い女じゃあなくて
ソッチのお前宛カ。
忘れた忘れた。コレは覚えているケド忘れた。

お前が生きると誓うなら教えてやってもイイ
生きるつもりの無いヤツに教えたってネェ……どーせ死ぬンだろう?

賢い君、賢い君、まずはあの頭の高いヤツをやろう
コレは頭の高いヤツがとーっても嫌いなンだ。
手紙よりももっともーっとステキで素晴らしいモノを与えよう

目立たないで息を潜めて暗殺でヤツの背後をとる
コレはトドメは刺さない。あくまで足止めに回るだけ。
足止めをしたら近くの誰かに任せよう

死にそうな顔したアイツに攻撃が向かないように立ち回ろうか


アルトリウス・セレスタイト
いずれにせよ他へ意識を向けられても面倒だな

破天で対処
自動起動する真理で干渉規模・精度を最大化し、魔力を溜めた体内に魔弾を生成・装填しての格闘戦

高速詠唱と2回攻撃で再装填を繰り返し、全力魔法と鎧無視攻撃で損害を最大化
一打一発分の魔弾を絶え間なく叩き込む高速打撃
動きを見切って常に離脱を阻む位置へ移行し、必要なら組み討ちで強引に
向けられる攻撃も魔弾の死の原理で撃ち抜いて攻撃続行

纏った自分という盾に守りを任せ、無理矢理攻め続け戦闘以外へ意識を向けられないように


アストリーゼ・レギンレイヴ
――死なせるわけになどいかないわ
彼は、死したひとの「想い」を連れて生きているのだから

戦の間隙を縫い、ディルの元へ駆け寄って
(――この青年を護り抜くことを誓いましょう)
《黒の守誓》を胸に、彼の前に立ち
戦いの余波や、彼を捕えようとする敵から
必ず、守り通すわ

彼へと向かう攻撃の余波は全てこの身で受け
吸血鬼が其方を狙うようであれば割り込んで庇う
他にも彼を守る猟兵がいるでしょう
巧く連携して、決して彼には傷をつけないよう

あたし自身の負傷は厭わない
出来うる限り武器で受けるなどダメージを削ぐけれど
それでは間に合わぬなら身を挺してでも
……安いわ、この程度
血塗られた身でも、誰かの命を、心を、守れるのなら


玖・珂
唯一つの花は散ったというのに、花は咲く、生きろという
先に逝く者は何故、追わせてくれぬのだろうな

綴った者の名は、アイノ・ミーティアか
ダッシュし早業でディルをかばう位置に就くぞ

娘はお主の花であったように
娘の花はお主であっただろう
アイノが咲くと願った花を、今此処で散らすのか

生きる意志がみえたなら全力で応えよう

歌など聞かずとも敵意は充分だ
纏わりつく闇は爪で切り裂き
不利な行動をとるのなら其れに乗じ吸血、生命力吸収
増大しても手遅れだと告げよう

一つ問う、なぜ庭に墓を建てた?
血肉へ還った者が召喚されたなら一撃
一撃で仕留めるぞ
此れ以上の冒涜は許さぬ

姿形は故人のそれでも向こう岸へ渡った身
共に歩むことは、出来ぬのだ


有栖川・夏介
ディルさんの保護が最優先です。
他の猟兵の方々が彼を保護してくれるかと思うので、彼らが動きやすいように私が吸血鬼の気を惹きます。

処刑人の剣を構えて、相手に一気に近づきます。
【殺気】を放って【先制攻撃】
常に彼女を牽制し、相手の注意をこちらに向けます。
「貴女のお相手は私がします。よそ見は禁物ですよ『領主様』」
相手の動きは【絶望の福音】で予測して回避。

エリシャという吸血鬼、彼女の大事な人は猟兵に奪われたのでしょうか。
それでこんなことをしているのなら……哀れですね。
「サヨナラの時間です」
アイノさんの手紙、回収しておかなければ。


斬断・彩萌
その手紙がアンタ宛だと、マジのガチでそう思ってるなら、脳内お花畑でハッピーな奴ね。
せめてそのまま逝かせてあげる。花に抱かれて死ねるなんて素敵でしょう?

●SPD
二挺拳銃にそれぞれ『光楼』『陰楼』を詰めて、手下もろとも撃つ。
特にエリシャ本人には特別念入りな『光楼』を食らわせて、めまいにでもしてやるわ。
これでも【戦闘知識】はあるのよ、経験からくる【第六感】ってのをみせてあげるわ。

敵からの攻撃は極力回避、無理そうな場合のみ【武器受け】

もしディルに流れ弾が当たりそうなら全力で庇う。

血を吸って育った花なんか、散って当然ね。
――本来の宛先に、手紙が届きますように。

※アドリブ・絡み歓迎


ギド・スプートニク
果たしてその手紙が本当に其処の腑抜けに宛てられたものかどうか、私は知らぬ
アイノ・ミーティアなる女が、その願いを聞くに足る人物かどうかも私は知らぬ

ついでだ
吸血鬼を殺すついでに貴様を救ってやろう、人間

生きるか死ぬかは自分で選べ
自分で死ぬ勇気が無いと言うのなら私が殺してやっても構わぬ
ただし、よく考えることだ
貴様の命はたったひとつしか無いのだからな


吸血鬼に対し手向ける言葉は無い

貴様らの存在自体、虫酸が走る
世界に蔓延る寄生虫ども

貴様らの一掃なぞ過程に過ぎぬ
街や荒れ地の復興
やがて訪れるであろうダンピール狩りの時代への対処
すべき事は山程あるのだ

故に、ただ死ね
一秒でも早く滅びよ
此方に貴様らの居場所は無いと知れ


冴島・類
絶望で覆われて、動けない
わかるなどとは言わないし
彼に意味を与えるのは
僕らじゃない
けれどね

まず、ディルの保護へ
妨害や攻撃は見切り極力避け
攻撃は二の次で
真っ先に彼を確保
攻撃が飛んできた場合庇い
届かぬ場まで退避させ

その中で瞳を覗き
強く声を

目を開けるんだ

悲しみに溺れているだけでは
見落としてはいけないものも
見失う
あの手紙
何も気付かないのかい?

この世界で笑って在ることの
困難さ強さを
君だって知っているはずだ
だいじな人の言葉は
領主へのものだと
本当に思うかい?

君しか
紐解けないんだよ

僕は、君自身が死を望もうと
させる気はない

眷族の霊は破魔込めた薙ぎ払いで対応
歌からの力の攻撃には
力抜き、UCで受け止め返し

必ず、倒すよ


マレーク・グランシャール
肝心な時に愛する人の側にいなかった悔しさは俺にも分かる
俺の友は俺のいない戦場で砕け散った
だが他ならぬ男が墓に花の一つも供えてやれぬようでは女が浮かばれまい

ディルを領主の元より奪い返す
そして彼自身に領主の命に従わぬことを宣言させる
それが彼にとっての敵討ちとなろう

俺はディル奪還の時を稼ぎ、彼の心にまで風を届けよう

槍よ、俺の血を吸い草原の花を揺らす風となれ
我が命数はエリーカの望みに応え、生きる屍と化した男に捧げよう
敵が俺の流すに血に吸血衝動を堪えて戦力増強を計るその瞬間が勝機
真の姿を解放、【汗血千里】を成就
敵が力を得るより早く【碧血竜槍】を投げ、稲妻を帯びた【魔槍雷帝】で穿ち連撃する


セリオス・アリス
アレス◆f14882と
アドリブ◎
アレス!
強くアレスを呼び目を合わせ
その目に何時もの輝きを確認して頷くと
【歌】で強化し自分はエリシャへ
風の魔力を送った靴で『ダッシュ』
まず一撃、飛び上がったその勢いで腕狙いに剣を叩き込む
狙いはヤツの討伐、そして手紙を手にいれること
あの悪趣味な記録は
ここでお前の名を刻んで終わりにしようぜ…

手紙を燃やさないように剣に宿すは風
『2回』連続で切りつけ

敵意も殺意も無くせるわけがねえ
…が、すぐそこにアイツがいるんだあんま心配かけると怒られるんでな!
アレスとほぼ同時【君との約束】で
光の剣で闇を祓う
拳に雷の『属性』を宿し
『全力』で腹に『2回』叩き込む

手紙から手が離れたら跳んで回収


壥・灰色
滅ぶのがおれ達?
莫迦なことを

死ぬのは、お前だ
壊鍵……起動!

四肢の魔術回路に魔力を漲らせ、衝撃を装填
足下で爆ぜさせた衝撃の反作用により、真っ向から突っ込む
しかし、初手から攻撃には向かわない
手紙の宛先が喪われることだけは、何としても避けなければ

敵の攻撃を躱しながら接近、虚を突いて跳躍
天井を蹴り飛ばし、稲妻の如くて敵を跳び越え、敵後方のディルの安全確保を目指す

「下がっていろ。アイノは確かに戻らないけど、二人目、三人目の彼女を出さないことは出来る。――おれが、おれ達が、あんたの剣になる」

だから生きろ、ディル
アイノに貰った命を、捨てるんじゃない

壊鍵の出力を全開
ディルを庇いつつ、全力の格闘戦を展開する


筧・清史郎
花は咲く。生きている限り
ディルには、花を咲かせることがまだ十分にできる
そしてアイノもそれを望んでいるだろう
その花を散らせんとする輩は、俺たちが討つ

俺は、皆がディル救出にあたる際や、領主へと攻撃できる隙を作るべく
【百華桜乱の舞】で牽制にあたろう
もしもディルや、彼を救出する者に攻撃が向けられれば、
心霊体故に通常時よりは衝撃も軽減できるだろう為、身を挺し守ろう
闇の力の奔流も、この桜吹雪で春の彩りに染め変えてやろう
「夫を失った事を嘆く者が、他人の命を奪うなど……笑止。陶酔しているその悲劇ごと、叩き斬ってやろう」

ディルのために、このヴァンパイアに苦しめられてきた者たちのために
いざ、俺もひと花、咲かせよう


アレクシス・ミラ
セリオス◆f09573と
アドリブ◎

セリオスに名前を呼ばれ、目を合わせる
確認するような目に、僕は大丈夫だと頷いてみせる
今度は君を見ている

ディルくんの保護を優先
「盾受け」で攻撃を防ぎながら駆ける
彼の前に滑り込むと安否を確認する
…ディルくん。大切な人の想いがまだ囚われたままだとしたらどうする
君が未来をどうするかは、どうかそれを取り戻してからにして欲しい
今はまだ…生きてくれ

正直まだ怒っているさ
だが…もう同じ轍を踏むものか!
セリオスとほぼ同時に【君との約束】を防御力重視で発動
強化された攻撃に「盾受け」「オーラ防御」
「シールドバッシュ」で押し返し
状態異常力重視に再発動、剣に雷「属性」「マヒ」を纏わせて突く


ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と
…師父、あれに割く時間が惜しい

*エリシャが懐に隠した手紙だけは傷つけぬ様
戦闘中に落ちたなら身を盾にしても拾っておく

余波がディルの方へ及ばぬ様
または逆に出てこぬ様、ディルのいる方を背に庇う
師と向き合う形は珍しい為
自分の背を、こんな顔で見ていたのかと識る
そして、同じ望みを口にした青年に今は振り返らずとも
俺もあんな顔をしていたのだろうか

振り切り、高くから【竜墜】を以て迎える
当たらずとも足場ごと体勢を崩し
生まれた瓦礫は他猟兵の足場、後方への障壁ともなる様
なにより師の無茶を少しでも長引かせぬ様
こちらもまた捨て身にて、堪え、叩き潰す

煩い、砕けろ
過ぎた慰みの対価は貴様の身で払っていけ


アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
斯様に滑稽とは…危うく腹が捩󠄁切れるかと思うたわ
ジジには全くもって同意でな
早急に彼奴の首、刎ねてくれようぞ

魔方陣より【雷神の瞋恚】を召喚
この身砕ける程の全力を、彼の吸血鬼へ注いでくれよう
無論手紙は送るべき者がいるでな
うっかり焼くなぞ失態は起さん
生憎、彼奴へ向ける敵意は止められぬ
呪詛耐性で、我が破魔の力にて闇の力なぞ退けてくれよう
――なんと醜悪な歌声か
これでは私の方が上手い自信があるぞ?

態と不利な行動を起す…少年の庇い立てか
ならば麻痺させ動きを封じれば良い
然すれば少年確保へ向かう者も動き易かろう

少年、貴方の心に咲く花が未だ枯れておらぬならば
お前は生きろ
――死んではならぬ!


逢海・夾
…焼いてしまうには忍びない、か

周囲と連携しつつ、これ以上の犠牲が出ねぇように立ち回ることを心掛けるぜ

まずはディルの安全確保に動く
目立って周り、特に人間を巻き込むのは避けねぇとな
領主の気が侵入者に向いてる隙に回り込めるか?

あとは状況を見て、だな
ここから連れ出すのが最善だが、命の安全を確保した上となると…どうか
合流次第、状況が許す範囲で領主から距離を取って出口に向かうぜ
攻撃に備え、オレが領主側でな

これが正しいと信じるぜ
選択するのはお前だ、ディル
「お前は、愛する者の言葉を自分の目で見たくはないか?」
答えは胸にしまっとけ、その時まで

基本は護衛として動く
攻撃時は手紙確保前はダガー、後は【狐火】で応援


蒼城・飛鳥
何をどう勘違いしたらそれを自分宛てだなんて思えるんだかな

…わざと勘違いさせるようにしたって面もあるのかもしれねーけど
本当の宛先を書けば手紙が残される筈がない
この手紙はきっと、彼女がどうしても残したかった言葉なんだ

…だったら!
何としてでも彼女の願いに応えなきゃな!!

隙をついて全力で突っ込みディルを領主から引き離す
手が届かねーならサイコキネシスでディルの腕を引いて誘導とかな
勿論ディルが攻撃に巻き込まれないよう庇うぜ

他の猟兵とも連携
俺よりうまくできる奴がいるなら援護に回る

ディルを保護出来たらフォースセイバーを手にエリシャを全力撃破
てめえの死に刻む言葉はもう決まってる
今その言葉の通りにしてやるぜ!


ノワール・コルネイユ
手紙に綴られ、込められた想い…
その深い情も、献身も…私に全てを推し量れるものでは無い

だが、その行き着く先がお前なんぞであって堪るものか
在るべき場所へ、還させて貰うぞ

エリシャに肉薄して果敢に斬り付け注意を惹く
その隙にディルを保護する者が動ければ幸い
自惚れ屋には一発入れてやらねば気が済まん
銀の短剣を二振り、手数に物を言わせて追い縋る
距離が開くなら戦場の混乱に紛れ再度距離を詰めて張り付こう

己の所業も省みず、都合よく悲劇のヒロイン気取り
…そのザマを自惚れと言わずして、何だと言うんだ…この阿呆が

女が最期に紡いだ想い
それが届いて尚、未だ死にたいと思うのなら止めはしない
だが…聞かなかったとは言わせないぞ


終夜・棕櫚
救いようが無いな、領主もディルと言う男も
だが、このまま領主に悦に入らせたままなのも、ディルが悲劇に酔いつぶれているのも気にくわない
それでは幸せを願ったアイノがあまりにも不憫だ

夢幻の檻を使い敵のユーベルコードを封殺した後に
吸血と全力魔法で領主に攻撃をしかける
お前は僕の趣味ではないけど、背に腹は変えられないからな

領主の口から溢れる子守唄には嘲笑を
僕の鳥の方がよっぽど上手い

領主の手から無傷で手紙の奪還
を狙う
それは、お前が持っていていいものではない
筆跡でも見ればディルもこの手紙を書いたのが誰だか、誰にあてたかわかるだろう
その後、どうするかは僕の知ったことじゃない
だけど、アイノの想いは護る価値がある



 赤へ染まりゆく瞳。その視線を部屋の中へ縦横無尽に巡らせて、仁科・恭介(観察する人・f14065)はエリシャとディル、猟兵達の配置や部屋の間取りをその脳内に叩き込み、ディルへ至る最短最速のルートを模索する。
(「最短ルートはこれで良いと思うが……」)
 一刻も早く、先ずはディルの安全を確保しなければならない。そして模索した手順を辿れば、ディルと領主の間に入り盾となることは可能だと思われた。
(「しかし、何かひっかかる。もう一つ、何か……」)
 目立たぬ様に気配を殺しながら動き出す恭介は、思案の中抱いた違和感の正体をなかなか掴み切れずにいた。それでも駆けるその胸中には、ディルを必ず救う決意が在る。
 だからこそ、先ずは牽制――敵意を露わに魔力を纏い始めたエリシャへ向け、先ず動いたのは斬断・彩萌(殺界パラディーゾ・f03307)。
「その手紙がアンタ宛だと、マジのガチでそう思ってるなら、脳内お花畑で心底ハッピーな奴ね!!!」
 皮肉を込めた言葉と共に、両手に握る愛銃から交互に銃弾を解き放つ。その目的は進路の誘導だ。
 先ずはディルからエリシャを叶う限り引き離すべく――幾度とトリガーを引き、無数の銃弾を雨霰と放ちながら彩萌は挑発の言葉も忘れない。
「――せめてそのまま逝かせてあげる。花に抱かれて死ねるなんて素敵でしょう?」
「猟兵如きが……私を愚弄するなど許さない!!」
 彩萌を睨んだエリシャの全身に帯びる紅い魔力が、どぷり、と血の様に脈動した。
 吸血鬼の眼前へ集い現る、人のかたちのそれは霊魂。召喚――眷属として導かれし夥しい数のそれは、かつてエリシャの血肉へ還った領民達に他ならない。
「――っ、ホント、最低……!」
 嫌悪の情に、彩萌の蜂蜜色の瞳が魔力と狙撃者の鋭さを帯びた。
 牽制にと甘くしていた狙いを明確に眷属へ定め、彩萌が放つは左手の愛銃から放つ『陰楼(メランコリック・レイ)』。貫通と炸裂の魔弾は眷属に命中するなり、爆ぜながらその体を通り抜ける。
 そのまま即座、右手の愛銃からも銃口が瞬時に火を噴いた。
 『光楼(ミラージュ・レイ)』――その弾丸軌道が狙うはエリシャだ。駆ける足で躱す女の後を追い、彩萌は幾度と瞬発の弾丸にオーラを纏わせ連射とばかり解き放つ。
「ふふ。何処を狙っているの?」
 逃れるエリシャは、眷属達を盾としながら再び体へ血の様な赤い魔力を纏い、勝ち誇った笑みを浮かべた。――その連射が、挑発に乗ったと見えてやはり誘導であったことにも気付かずに。
「……貴女のお相手は私がします。よそ見は禁物ですよ『領主様』」
 至近から低く響いた男の声に、エリシャは咄嗟に立ち止まった。
 ――ドン! 強く床面に落ち刻まれた大きな切り傷に、その判断が正しかったとエリシャは悟った。このまま進めば、この斬撃に脳天を斬り裂かれていたことだろう。
 体引きながら強く睨み付けたエリシャの視線が、薄緑の髪の間に覗く鮮血の様に赤く紅い鋭き視線と重なった。有栖川・夏介(処刑人は白いうさぎの夢をみない・f06470)――一気間合いを詰めた男が振り下ろせしは『処刑人の剣』。
(「ディルさんの保護が最優先です。彼の保護に動く皆さんが動きやすいように――私は吸血鬼の気を惹きつけます」)
 目的は彩萌と同じだ。今はただ、ディルとエリシャを引き離すこと。
 エリシャを殺気を孕んだ眼差しで見つめる夏介の赤い瞳は、絶えず魔力の光を帯びて、その動きの先の先まで予期する様に具に同行を観察していた。
 ユーベルコード――『絶望の福音』だ。
「……っこの……!」
 怒りに顔を歪ませて、エリシャが爪立つ指先を振るえば、夏介は即座に身を引きその一閃を回避する。秘める己が魔力の全てをこの一瞬は回避に割いて、夏介はエリシャの惹き付けに注力していた。
 今は此方を向いてくれなければ困る――その思いに呼応する様にもう一つ、人影がエリシャへ猛然と迫っていた。
 夏介の眼前に、ふわりと青い粒子が舞う。
「――いずれにせよ、他へ意識を向けられても面倒だな」
 右方、脇腹へと突然伸びた新手の拳をその声に察したエリシャは、咄嗟に左手に受け止めた。しかしただ止めたに過ぎない。接触の瞬間左の掌へ打ち込まれた青き魔弾は避け切れず、その一撃が齎したミシリと骨砕く音とその激痛にエリシャは思わず顔を歪める。
 ユーベルコード『破天』――存在根源を直に砕く、原理の魔力の使い手の名は、アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)。
「未だだ」
 纏う空気に隙窺えぬ静なる男の攻勢は、無論これで終息ではない。細き銀髪を揺らしエリシャへと超高速の拳打、蹴打を繰り出す最中、切れ長の藍瞳の奥には無意識下に無数の概念、あらゆる確率の演算が進んでいた。
 伴いアルトリウスの体内では、魔力干渉の規模・精度が自動的に最大化、最適化されていく――つまり、その体があらゆる戦闘に適応したものへと作り替わっていく。
「く……!」
 次第に速度と鋭さを増すアルトリウスの格闘術に、忌々しげな声を上げながらもエリシャはしかし対応していた。打つ度爆ぜるアルトリウスの青き魔弾を身に余りある魔力で相殺し、時には無数居る眷属を差し出して盾にしながら――女もまた、体内に戦闘力を高めていたのだ。
 何故なら、女の体は今――ヴァンパイアの本能たる吸血を、必死に耐えているのだから。
「……ふふ、あはは! 耐えましょう! 愛しき夫の血に飢えて、乾いて乾いて――でもこの瞬間にも私の魔力は高まって、必ずやお前達を、世界を滅ぼすのですから!!」
 目を見開き、狂気浮かぶ笑みで叫ぶ女からは、正気などとうの昔に失われていた。夫を猟兵にでも奪われたのか――そう考えていた夏介は、その推測が外れていたことを女の言葉に理解して、すう、と紅蓮の瞳を冷たく細める。
 所詮、エリシャはオブリビオン。笑みや言葉に憐れみや慈愛を感じても、そこには歪んだ只一つの目的しか存在してはいないのだ。
 オブリビオンとは――世界を滅ぼす存在なのだから。
「……滅ぶのがおれ達? 莫迦なことを」
 そして、部屋に突入したそのままの位置で、壥・灰色(ゴーストノート・f00067)は女の叫びを真っ向から否定した。
 今、その体には未だ魔術回路は起動されていなかった。それなのに――戦いに魔力が躍るに限りなく近い胸の熱さを、それほどまでに憤る自分自身の心の動きを灰色は自覚していた。
 『人を嬲り死を蒐集し、結末を嘲笑い、一夜の戯れにする』――黒い薔薇の娘達の所業の由来が全てこの女に帰結するというのなら。そして今は他の何より、ディルとアイノの心を引き離した全ての発端がこの女にあるというのなら。
「――死ぬのは、お前だ」
 その心で以って、灰色は上体を低く疾駆する構えを取った。
 戦う準備などとうに出来ている。しかし、名の通りの褪め色の瞳が見つめるは今――真っ直ぐにエリシャの後方、引き飛ばされ横たわったままのディル。
「壊鍵……起動!」
 刹那、灰色の四肢に回路辿る青白き魔力光が迸った。
 男の足下、床面が突如凄まじい音を立て爆ぜた。足底から床を叩いた衝撃の反作用で――文字通り爆発的な推進力と速度を得た灰色は、一瞬でエリシャの懐へと詰め寄る。
 その突然の急襲に、エリシャは反射的に反応をして――。
「がら空きだ」
 意識奪われた女の隙を、アルトリウスは逃さなかった。長い脚で繰り出した蹴りはエリシャの左脇腹を直撃し、足底接触の瞬間に体内から放った原理の魔力が青白い光を放って爆ぜた。
「――っく……!」
「逃さん」
 蹴られた右方へとそのまま吹き飛ぶエリシャを、アルトリウスは即座に追う。間合いからの一時離脱――エリシャが敢えて吹き飛ぶ選択をしたことを、アルトリウスは解っていた。
 体内から溢れ出る青い魔力粒子を尾を引く様に煌かせ駆けるアルトリウスに、夏彦も伴いエリシャへ向かう――一方で、急襲と見せた接近で敵の動揺を誘った灰色は、その後激しく地面を叩いた天井に届く跳躍からふわりと音も無く舞い降りた。
 いつもなら誰よりも速く敵へ向かって駆け出して、真っ先に全力の拳で、蹴りで、その理不尽を叩き潰した筈だった。全身の無彩色にも魔力だけが眩く輝く戦いの申し子の様な少年が、しかし今向き合うは敵では無く――。
「……ディル」
 あらゆる命への手遅れを思い知る今日に在って、……唯一今へ繋いだ命。
「……う……」
 エリシャのオブリビオンたる力で突然引き飛ばされ、気を失っていたのかもしれない。灰色の呼ぶ声に、うつ伏せに倒れたままだったディルはくぐもった呻き声を上げると、やがてそろりと身を起こす。
「――大丈夫か? ディルくん」
 そんなディルへと駆け寄る騎士はアレクシス・ミラ(夜明けの赤星・f14882)だ。温厚実直がその精悍なる外見にも穏やかな声にも浮かぶ誠実なる騎士がディルへと手を差し出す背中を見つめ――やがて灰色はそこにくるりと背を向けると、鋭き眼光でエリシャを見据える。
(「無事ならいい。……生きろ、ディル。アイノに貰った命を、捨てるんじゃない」)
 強く引き結んだ口元から、ぎり、と歯の軋む音がした。強く握り込んだ右拳からも、ぎり、と肌軋む音がした時――その右腕を覆う包帯の隙間に一瞬青白い魔力光が駆け抜け、バチリと一筋火花を散らした。
(「手紙の宛先が喪われることだけは、……何としても避けなければ」)
 これこそが、胸焼く怒りを耐えに耐えても、灰色が初撃を仕掛けなかった理由。
 ディルを救いたい。しかしその他にもう一つ――どうしても成し遂げたい願いが、今日の灰色には在ったのだ。


「――無事なようね」
 彩萌の放つ弾丸が、エリシャを追って無数爆ぜる音がする――そんな戦いの最中に先ずはディルの元へと駆け付け、アストリーゼ・レギンレイヴ(闇よりなお黒き夜・f00658)はその無事を確かめた。
 腕などに見られる擦過傷は、恐らくエリシャに引き飛ばされ転倒した時のものだろう。アレクシスが今ディルの傍らに屈み解き放っている治癒光で、直ぐに癒える程度のもの――幾分心に安堵を覚えて、しかしアストリーゼは床面に座ったままのディルの前へ屈みこむと、その肩へと手を置いた。
 胸に抱くは――『黒の守誓(オウスキーパー)』。
(「――この青年を護り抜くことを誓いましょう」)
 心中に強く宣誓の言葉を浮かべた瞬間、想いは熱き魔力となって、アストリーゼの全身を渡る。
 漆黒の鎧、深紅の左瞳、淡き月色の右瞳、長く美しい銀髪のその毛先に至るまで――ディルを守る為だけに、アストリーゼの全身を魔力の熱と淡き光が包み込んでいた。
 その熱、抱く想いを瞳閉ざして身に馴染ませるアストリーゼに――ディルは恐る恐ると言った様子で疑問の言葉を投げかける。
「……君達は、一体……」
 癒しの力に、ヴァンパイアと対等に渡り合うほどの強さ。突然現れた猟兵達が齎した常識を超えた光景に、ディルの灰の瞳は困惑の色を浮かべていた。何が起こっているのか解らない――しかし、今それを語り聞かせられるほどディルは安全な状況下にないと知っている。
「……必ず、守り通すわ」
 だから、短く呟いた目的だけをディルの問いへの答えとしてアストリーゼは立ち上がり、ディルへと背を向けエリシャを見据える。
(「――死なせるわけになどいかないわ」)
 身の丈程もある禍々しき大剣を構えながら――心に誓う、言葉には端的なそれこそが、今日のアストリーゼの全てだった。
(「彼は、死したひとの『想い』を連れて生きているのだから」)
 死したひと。即ち亡きアイノの手紙に託された想いまでも――護る誓いのその中に、アストリーゼは背負っていた。その背中を、……やはりディルの救援に駆けた逢海・夾(反照・f10226)は紅き瞳で見つめて思う。
(「……焼いてしまうには忍びない、か」)
 エリシャが握る、アイノの手紙。狐火こそを得手とする夾だが、今その手には人の武器、ダガーを握り締めていた。
 ディルを守る為に戦う、終始護衛として動くとそう決め、エリシャの目を掻い潜って目立たぬ様至った此処で、でも――今炎を出せないのは、あの手紙を救い出したいと願うから。
(「あの手紙をディルへ届ける。……これが正しいと信じるぜ。その先を選択するのはお前だ、ディル」)
 エリシャが自分宛と思ったほどだ、あの手紙には、きっと宛名は書かれていない。だからアイノの筆跡を知らぬ猟兵達には、どうあっても正しい宛先は解らないことだろう。
 しかし――推測の域を出ないのに、夾は不思議と確信していた。
(「あの手紙は――アイノからディルへと書かれたものだ」)


(「筆跡でも見れば、ディルもあの手紙を書いたのが誰だか、誰にあてたかわかるだろう。……その後、どうするかは僕の知ったことじゃない」)
 夾と同じ結論に至り、終夜・棕櫚(黒百合の君・f00417)は光透く藤、その切れ長の瞳を睫毛の下へと静かに閉ざした。
 手紙に記された、アイノの想い――エリシャやディルに興味は無かった。でも棕櫚は、アイノの想いには守る価値を感じていた。
(「――救いようが無いな、領主も、ディルと言う男も」)
 棕櫚は溜息交じりに物思う。
 このまま領主に悦に入らせたままなのも、ディルが悲劇に酔いつぶれているのも気にくわない――死したアイノの手紙の内容を心の内に反芻すれば、棕櫚がその手に握る『黒闇天』が、ぎり、と軋む音を鳴らした。
(「それでは幸せを願ったアイノがあまりにも不憫だ」)
 少なくとも、あの手紙はエリシャが持っていていいものでは無い筈だ。生前のアイノが望んだ、正しき宛先へと渡る様にと――魔力練り、裾や縁に真紅が躍る着物をはためかせ駆け出す棕櫚の傍らで、蒼城・飛鳥(片翼の鳥は空を飛べるか・f01955)はそもそもの、手紙が辿った道筋について考えていた。
(「……あの手紙はどうやってエリシャの手に渡ったんだ?」)
 思考進める傍らで、全身に不可思議な明滅を見せる蒼き光を纏い、飛鳥はふわりとその身を宙へ浮かせている。空を跳ぶ能力を持っているわけではない。それは空へ翳した左手に手繰る念導力が齎す余波だ。
 澄み渡る青空の様な蒼瞳もまた、不可思議な光の明滅と覗く者を惑わす魔力の妖しき色彩を帯びていた。
(「書いたのは、たぶん領主館に滞在したっていう二日の間だ。……だったら村に送ることも、外に持ち出すことも出来なかっただろうしな、……わざと勘違いさせるようにしたって面もあるのかもしれねー」)
 あの手紙はディルへのもの、それを前提に飛鳥が思い巡らすのは、確かな死を前にしてあの手紙を認めたアイノの想い。
 届くいつかを願い、遺すために手を尽くしただろうアイノの心を思う程に――飛鳥の胸には痛みすら感じるほどの強い怒りが渦を巻き、相乗して身に帯びる魔力量も増大していく。
「……だったら。何としてでも、彼女の願いに応えなきゃな……!!」
 届けなければ。決意に高まる念の力で申し訳程度に伸びた髪を無風の空間にふわりと浮かせ、飛鳥が今狙うのはエリシャの拘束。
 飛ばされたのち、駆ける足で夏介達の追跡を逃れる女を――不可視の力で追い捕らえるべく、飛鳥は左手を前へと突き出した。
「――何をどう勘違いしたら、それを自分宛てだなんて思えるんだかな!」
 強い心の声と共に、解き放たれしは『サイコキネシス』。エリシャの体が飛鳥と同じ蒼き光に包まれると、ふわりと脚が床面から浮き上がり――一瞬ののち全方位からの見えぬ圧力が、エリシャを締め付け蝕んだ。
「――な!?」
 無風に浮かぶ自分に驚き、見えぬ束縛に瞳見開いたエリシャへ――直後、鈍く光る鋭き双刃が空からその背中へ迫る。
「――自惚れ屋には一発入れてやらねば気が済まん」
 スパン! と縦に二閃、高い跳躍から長き黒髪を靡かせ地へ降りた少女が両手に握る刃を振るった。ノワール・コルネイユ(Le Chasseur・f11323)の『魔を祓う銀の剣(ミスリル・エッジ)』――選び取った二本一対の銀剣は、エリシャの背中へ二本の深い切り傷を刻み、血飛沫を空へ跳ね散らせる。
「己の所業も省みず、都合よく悲劇のヒロイン気取り。……そのザマを自惚れと言わずして、何だと言うんだ……この阿呆が」
 吐き捨てて、ノワールはくるりと剣を持ち替えると、再びエリシャへと肉薄する。しかし再び短剣振るう刹那、その眼前に突如幼い少女が顕現すれば、ノワールは咄嗟にその身を退いた。
 召喚術。嘗て吸い殺した人間の霊――その技にノワールの脳裏を過るのは、黒き薔薇の娘によって語られた、8歳という幼さでこの領主の手に掛かった小さな少女の最期。
「……外道が……!」
 あれほど幼き命までも奪い、挙句踏み躙る今日の吸血鬼の所業に、アレクシスは怒りのままにこう想いを吐き捨てた。ディルを背に白銀の盾を構える守護騎士の蒼穹の瞳は、いつになく強くエリシャを見据えてその心を表情に露わにする――。
「……アレス!」
 だがその時、猛る心を震わす友からの呼び声に、アレクシスは視線を向けた。
 いつもならば、同じ物を見て同じ方を向いて歩む者。今日はエリシャを挟んで向き合う輝く星空を散りばめた様なセリオス・アリス(黒歌鳥・f09573)の見つめる瞳に、アレクシスは笑み浮かべると、大丈夫だと頷いた。
 怒りに囚われ、周囲が見えなくなる様なことはもう無い。自分の隣に散った赤の悲しき美しさを――繰り返さないと。守るのだと、アレクシスは決めたのだから。
「……今度は、君を見ている」
 その瞳が抱く、守るものを知る輝きに――セリオスは一瞬柔らに目元を緩めて頷くと、一度閉じて開いた双眸にエリシャを映し、力強く戦いの力を歌によって紐解いた。
「さぁ、耳かっぽじってよく聴けよ!」
 輝ける好戦的な瞳の中に、赤き星の光を宿してセリオスが奏でるは『赤星の盟約(オース・オブ・ナイト)』。失われし故郷の旋律を紡ぐ時、赤き強化の魔力光は猟兵達を瞬く間に包み込んでいく。
「あの悪趣味な記録は、ここでお前の名を刻んで終わりにしようぜ!」
 やがて強化されし魔力の一部を風へと変換、足底へと送り込み、セリオスは力強く床面を蹴った。
 蹴った瞬間に爆ぜ散る風が、進め、進めとセリオスをエリシャ目掛けて強く押し出し、立ち塞がる眷属達を、翻す白剣が斬り裂いていく。
 狙うは当然、エリシャの討伐――そしてもう一つ。エリシャが持つ手紙の入手。
「――行くぞアレス!!」
 戦友、幼馴染、親友――世界の誰より信置く名へと呼び掛けてエリシャへの道を切り拓いていくセリオスに、応えてアレクシスも前へ出た。
「……ディルくん」
 しかし一度立ち止まり、アレクシスは顔だけディルへと振り返る。
 無事を確かめた灰の瞳の青年は、未だ困惑した様子のままだ。何が起こっているか解らない――でもただ一つ、混乱の最中にもこの想いだけは伝わる様にと、アレクシスは笑みの口元からそっと優しくディルへ問いを投げかける。
「――大切な人の想いが、まだ囚われたままだとしたらどうする」
「え……?」
 その意味を、やはりディルは理解出来ない。でも、含みを持たせたその問いに、ディルの思考が動き出していた。
 大切な人、それはディルにとってアイノのことだ。喪ったと理解している。それなのに、囚われた想いとは――迷う様に彷徨う視線は、何もかもを放棄した様なそれまでのディルには決して見られなかったものだ。
 その変化に、穏やかに笑み深めたアレクシスは――蒼穹の瞳を一度閉じ、祈る様にこう続ける。
「君が未来をどうするかは、どうか僕達がそれを取り戻してからにして欲しい。今はまだ……生きてくれ」
 選ぶのは、もう少しだけ待っていて欲しいと。願うアレクシスがエリシャへ蒼穹の強い眼差しを向けた時――今正に眷属の群れを抜け、エリシャへと迫るセリオスの姿が見えた。
「敵意も殺意も無くせるわけがねえ! ……が、すぐそこにアイツがいるんだあんま心配かけると怒られるんでな!!」
「あの群れを抜けたの……!? ……でもこれで終わりだと思わないで!!」
 すかさずエリシャがその喉に、呪いの旋律を紡ぎ出す。するとエリシャの頭上には暗き闇の奔流が渦巻いて――来る、と予感すれば即座に、掲げたセリオスの白剣『青星』が強い心と魔力を宿して煌いた。
 その眩き明滅に応える様に――アレクシスの掲げし白銀剣『赤星』もまた、心に貫く正義と信念、信じる心を魔力へ変えて、風巻き起こして瞬く光を辺りへ散らす。
 ――カラン、とアレクシスの懐で、木鈴が軽やかに高鳴った。 
「正直、まだ怒っているさ。だが……もう同じ轍を踏むものか!」
 敵へ、己へ。抱く怒りを今は呑み込むアレクシスの宣言を合図に、二人、共に繰り出すユーベルコードは――効果は違えどその名も等しき『君との約束(オース・オブ・イーリス)』。
 アレクシスの周囲を、高鳴る鈴音に導かれ根源魔力と星の加護たる煌く風が取り巻いた。高き守備力をさらに鉄壁にまで押し上げて、駆け出すアレクシスの視線の先には周囲に無数の輝く光剣を顕現させたセリオスの姿。
 放たれしエリシャの闇の奔流を、飛ぶ光剣が一つ、また一つと斬り裂いては相殺していく。まるで闇を祓う様な美しいその攻撃の最中に在って――セリオスの濡羽色の髪も星抱く瞳も、今日に抱く強き意志を具現化した魔力の光に輝いている。
 やがてその拳に、バチリと雷が迸った時――アレクシスもまた、白銀剣に雷奔らせエリシャの闇の奔流を切り裂くと、速度を増してエリシャへ迫った。
「セリオス、任せるぞ!」
「わかってる!!」
 叫ぶと同時、エリシャの背を、雷纏いしアレクシスの剣が貫いた。その瞬間、セリオスの雷の拳が二撃、正面からエリシャの腹部を撃つ。
「……っ……!」
 両面からの同時攻撃に、歌うエリシャの声が、ふつりと途切れたその直後。
「――返してもらうぞ!!」
 即座に拳と体を退いて、セリオスは宣言する。
 その手には――打つと同時に掴み取った、アイノの手紙が握られていた。


「……あの手紙……?」
 問いを残して戦いへ向かった騎士の動向を食い入るように見つめていたディルは、アレクシスとセリオスが二人掛かりで奪い取った手紙を見つめ、ぽつりと疑問の声を落とした。
「領主様に宛てた、あの手紙が何だって……」
「……解らぬか、ディル」
 その声に、応えたのは玖・珂(モノトーン・f07438)。ディルを庇う様ディルからそう離れぬ位置で迫る攻撃を斬り裂いてきた乳白色と鐵の羅刹は、しかしディルのその疑問が当然のものと知っていた。
「解らぬのも無理はない、ディル。お主はアイノの最期を知らぬ。結末を――領主館にて生きた二日間に、アイノが手紙を認めた事実を」
「え……?」
 見開かれた灰の瞳に、珂は静かに黒瑪瑙の瞳を閉ざした。
 アイノの死について、ディルが知っていたこと。それは自分が不在の三日の間にアイノが領主に所望され、差し出されたということだけだ。差し出された後過ごした時間も、その最期の在り方も、屍の在処も墓の所在すら――その何一つ、ディルに知る術は無かった。
 だから、エリシャの持つあの手紙がアイノの書いたものであるなど――思い至る筈が無かったのだ。
「あの文を綴った者の名は、恐らくはアイノ・ミーティア。……あの文の中身に、お主はアイノを思い浮かべはしなかったか?」
「それは……」
 信じられないといった様子でじっと手紙を見つめるディルの瞳には、感情がありありと浮かんでいた。領主館で、僅かでもアイノが生きていたこと。遺したもの。新たに知った愛する人の足跡に、虚無だったその心は少しずつ温度を持って――しかし、どうして、何故、と抱いた疑問を続けてディルは口にする。
「……なら何故、アイノは領主様へ手紙を? いくらアイノが優しくても、自分を殺そうっていう相手に感謝の手紙なんて……」
 両手で頭抱える様に目を覆い、俯いたディルへ――答えたのは珂では無かった。
「……ディル。目を開けるんだ」
 叱咤する様に、強く語るは冴島・類(公孫樹・f13398)。
(「絶望で、覆われて動けない。……わかるなどとは言わないし、彼に意味を与えるのは、僕らじゃない」)
 意味とは即ち、生きることの。例え今日何を猟兵達が伝えた所で、ディルの生きる明日に猟兵達の姿は無く、生き延びた果てに明るい未来が約束されるわけでもない。明日を生きるその意味は、ディル自身が見つけなければきっと何の意味も無かった。
(「けれどね……」)
 しかしそれでも――例えディルが死を望もうとも、類はディルの明日を願った。だから、どうか見つけて欲しいと――瞳覆うディルの手をそっと引いた類の視線は、穏やかにディルの灰瞳を見つめ、その心の様に真っ直ぐと思いを告げる。
「悲しみに溺れているだけでは、見落としてはいけないものも見失う。……あの手紙、何も気付かないのかい? この世界で、笑って在ることの困難さ、強さを、君だって知っているはずだ。だいじな人の言葉は、領主へのものだと――本当に思うかい?」
 君にしか、真実は紐解けない――強く語り掛けながら、その顔には笑みを浮かべて。どうか気付けと願いながら――信じて重ねた類の声に、新たな声が重なった。
「アァ……手紙ってーのはもしかして」
 返った言葉に顔を向ければ、そこにはザザ、と床面滑る足音を立てて現れたエンジ・カラカ(六月・f06959)の姿が在った。
 あくまで戦場から一度後方へ退いてきただけだ。エンジの黄金に光る視線は、今手紙取り戻さんとセリオスを猛追するエリシャから一瞬だけちらりとディルを見遣るも、直ぐにエリシャの元へと戻った。
 両の手には、相棒と呼んでも過言ではないエンジの大切な拷問具『辰砂』――直ぐに戦いへ戻る意思を見せながら、エンジは飄々とそう深い考えも無さそうに、新たな事実をディルへと告げる。
「そこの頭の高い女じゃあなくて、ソッチのお前宛カ。忘れた忘れた。コレは覚えているケド忘れた」
「……え」
「お前が生きると誓うなら教えてやってもイイ。生きるつもりの無いヤツに教えたってネェ……どーせ死ぬンだろう?」
 無感情に呟いて見せたエンジの金瞳が、その一言に確かな鋭さを帯びた。不快げなその視線の先の今日の敵は、何とも必死な形相で、手紙持つセリオスを追って力解き放ちながら駆け回っている。
「返しなさい!! それは――私のものよ!!!」
 その様が、叫ぶ主張が――エンジには不愉快だった。
「――アァ、賢い君、賢い君。まずはあの頭の高いヤツをやろう。コレは頭の高いヤツがとーっても嫌いなンだ」
 獲物を前にした獣の様に身を低くしたエンジの手元、『辰砂』に瞳と同じ鋭き金色の魔力が宿る。
「あの頭の高いヤツに、手紙よりももっともーっとステキで素晴らしいモノを与えよう。できるよなァ……賢い君?」
 問う様に呟いて、舌なめずりした瞬間に――エンジの姿がディルの眼前から消え去った。
 追跡。ただただエリシャの背後を取るべく、息を潜めてエンジは駆けた。獣の様に速く、駆けた先で女の足を止めるべく――配下を避け、駆ける最中に赤い糸を放てば、その両肢、その胴へと絡みついた。
 巻き付く糸に繋いだ鱗片が、女の肌を傷つける。その傷に触れたやはり糸に繋いだ宝石は、帯びし毒性で女の体を蝕んだ。
「――放しなさい! あの手紙は、私の――」
 三つの縛りを達成せしエンジのユーベルコード『賢い君(リユウノチ)』が、女から攻撃の手――ユーベルコードを今一時奪い取る。
「……コレはトドメは刺さない。任せよう。なァ、賢い君」
 ニイイ、と口元に深く笑みを刻みながらも、エンジの金瞳に笑みは無かった。真っ直ぐに見つめるエリシャの向こう側の人影へと次手を託して、エンジは更に紅い糸の拘束を強める。
 次手託されし男の名は、ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)――。
「……師父、あれに割く時間が惜しい」
「ジジには全くもって同意でな。斯様に滑稽とは……危うく腹が捩切れるかと思うたわ」
 呪詛を纏いし鐵の籠手が覆う腕を竜化させて迫るジャハルに、連なった声はアルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)。
「早急に彼奴の首、刎ねてくれようぞ、ジジ。この身砕ける程の全力を、彼の吸血鬼へ注いでくれよう」
 心底くだらないとばかりに鼻を鳴らした美しき男の皮肉げな表情は、ジャハルに不思議な感覚を齎した。
(「師父は――自分の背を、こんな顔で見ていたのか」)
 戦いの余波が及ばぬ様、ディルを背にと意識し動いてきたジャハルは、アルバと向かい合う形で戦っていることに今更ながらに気が付いた。そして師が空へ描く金色の魔力線の、美しくも力強い輝きに――如何にこの師が頼もしく、前へ駆る己を守り続けて来たかを改めて思い識る。
 水晶肌に亀裂を入れても――戦うこと、守ることを止めぬアルバ。
(「……俺も、あんな顔をしていたのだろうか」)
 そんな師の姿を前に――思うのは、絶望から、かつての自分と同じ望みを口にした青年・ディル。
 今でこそ少しずつ感情窺える表情を見せ始めている彼と――あの時の自分は、同じ顔をしていたのだろうか。
「……師の無茶を、長引かせるわけにいくまい」
 アルバの心が、果たして今の己と同じかは知れない。しかし、もしも同じだというのなら――ディルの絶望、虚無の表情に多少捨て身の無茶をしてでも救いたいと願った己同様、また身を砕く無茶をアルバがしでかさないとも解らなかった。
 ディルのため、アイノのため、己のため、そしてアルバのために――ジャハルは身を低く膝を折ると、エリシャも見上げる高さへと、高く高く跳躍する。
「――煩い、砕けろ。過ぎた慰みの対価は、貴様の身で払っていけ」
 強き竜の眼差しで見下ろすジャハルの声が響いた時、鈴鳴る音色で光陣描くアルバの詠唱が遂に終いまで綴られた。
「――我が破魔の力にて闇の力なぞ退けてくれよう!!」
 『雷神の瞋恚(ディエスイレ)』――アルバの頭上に輝きし金の魔法陣から、激しき雷が天へと昇り、エリシャへと叩き落とされた瞬間。
「……墜ちろ」
 『竜墜(リュウツイ)』――空から墜ちた、竜化したジャハルの拳の一撃もまた、エリシャの右肩を砕いたのちに、至った床面を打ち砕いて破壊した。


「……っあぁあああああ―――!!!!」
 領主館中に、女の絶叫が響き渡る――その声にも、戦いの様子にも解るヴァンパイアの明らかな窮地を目にして、ディルはただ呆然としていた。
「……何なんだ……」
 ヴァンパイアには逆らえぬと、その常識を打ち破って現れた猟兵達。彼等から告げられた、アイノの領主館での最期。手紙。そしてその宛先は――誇らしく我が物と語ったヴァンパイアへでは無く、恐らくは自分へのものであるという。
「……どうして、アイノはそんなことをした……? 俺にと書かず、あんな丁寧な文面で……何故……」
 あまりにも一気に押し寄せた出来事に――混乱極まるディルの口からぽつり、ぽつりと零れ落ちるのは、ただただ疑問の言葉ばかり。
 何もかもを、諦めた筈だった。もう、この心が動くことはないものと――それなのにアイノの死を、その辿った結末を知るほどに、彼女の笑顔を思い出しては胸に熱いものが込み上げた。
 彼女に、問いたい。どうして、どうして、どうして。
 ――どうして、君は。
「……どうしてって……解んねーのかよ。お前に、届けたかったからじゃねーか……」
 ぽつりと、その声は低く震えながらディルの耳へと確かに届いた。絞り出す様な小さな声だったけれど――それがずんずんと此方へ近付いて来る少年のものだと理解して、ディルは呆然の顔を上げる。
 瞬間――ぐっとその胸倉を少年が掴み、立ち上がる程に力強くディルを引き上げ、引き寄せた。
「……本当の宛先を書けば、手紙が残される筈がなかった! あの手紙は、彼女がどうしてもお前に残したかった言葉だろうが!!」
 驚く灰の視線の前には、澄んだ蒼空の――でもいっそ泣きそうな程にその瞳を揺らす飛鳥。
 叫ぶ飛鳥は、エリシャとの戦いの最中、ずっとずっと考えていた。何故手紙がエリシャの手に渡ったのか。何故、アイノは宛名を書かなかったのか。幼馴染であるディルに宛てたにしては、何故あんなに文章が硬かったのか――。
「ヴァンパイアには逆らえない、お前はそう教わって育ってきたんだろ!? アイノだって、そうだったから名前を伏せたんだ!! 可能性は低くても、遺る様に――いつかきっと、お前に届く様にって!!!」
 そうまでしても、ディルへ届けたかった想いがアイノにはあったのだと。声の限り、心の限りで叫ぶ飛鳥に、ディルは灰の瞳を見開いた。

 ――愛しい方へ
 筆にて遺す、私の最期の無礼をどうかお許しください。
 この先に生きるあなたへ、私の想いが届く様祈っています――。

「……アイノ……」
 呟くディルの灰瞳から、想いの雫が零れ落ちた。あとからあとから、確かなアイノの死の実感を、その胸に噛み締めて。
 アイノは死んだと、ディルはその事実しか知らなかった。如何にして息絶えたのかも、亡骸の所在も――ただ、彼女が居ないことしか解らぬ死。
 でも今に知った彼女の死の真実に、彼女らしさを見い出したから。彼女は確かに死んだのだと、この先に彼女は居ないのだと――それを受け入れてディルの心は、時は今、動き出す。
「……守りたかった、……アイノ……!!」
 そのあまりにも素直な声に、ディルの胸掴む飛鳥の手が、やがてするりと力を失いディルの胸元から離れて落ちた。するとがくりと膝を折り、ディルはその場に蹲る。
「……ディル。人を血肉にしてる奴の慰めと、あなたが大事にしてる想い出は一緒にならない。……あんなのに同調するのは、自分が大事にしてる想い出への侮辱だ」
 ヴォルフ・ヴュンシェン(願う者・f13504)――力無く蹲るディルへと、ヴォルフが掛けたのはどうしても許容出来なかった彼への憤りの言葉だった。
 エリシャが手紙を読み聞かせ、誇らしげに己の慰めと笑んだ時――例えディルの心がその時アイノしか見ていなかったとしても、相槌の様に返した言葉は、『そうですね』とエリシャを肯定していた。
 こんなにも切なる悲しみを抱くほどに大切な人だったのならば、大事にして欲しかった。死を知って心が絶望するほどに愛していた人ならば――オブリビオンなどの言葉に、例えそれが適当な相槌でも肯定の答えなど返して欲しくはなかったのだ。
 遣り切れない思いを伝え、再びエリシャへと駆け出したヴォルフの背を見送って――マレーク・グランシャール(黒曜飢竜・f09171)は静かにディルへと歩み寄ると、悲嘆に暮れる男へと、静かな低音の声を掛けた。
「肝心な時に愛する人の側にいなかった悔しさは俺にも分かる。……俺の友は、俺のいない戦場で砕け散った」
 死の真実すら知れぬまま、ただ喪ったことだけを知ったディルの絶望――それは、マレークにも憶えのない感情では無かった。
 まして猟兵の様な立ち向かう力も持たず、世界の在り方を受け入れ生きる領民であったディルなのだ。ある日突然、ただ言葉だけで突き付けられた喪失の現実は、どれ程心に深い傷を刻んだことだろう。
「……だが、他ならぬ男が墓に花の一つも供えてやれぬようでは、女が浮かばれまい」
 それでも、この先に進むのならば、喪失を乗り越えなければならないのだ。ディルが強く生きることを、アイノも望んでいるのだから――そう願って、切れ長の紫紺の瞳を薄く細めたマレークは、今日のこの悲しき現実を作り出した、歪みの存在へと向き直る。
 オブリビオン――その身に赤黒い魔力を纏う、エリシャ・ロッソカステル。
「……許さないわ……許さない許さない許さない!! その手紙は……私のものよ!!」
 その語尾は、狂った様に甲高い叫びとなってびりびりと部屋の空気を激しく揺らした。到底歌とは思えぬその音色――しかしその頭上に無数の闇が轟けば、光無き闇の力の奔流となって突如一斉に猟兵達へと降り注ぐ。
「――なんと醜悪な歌声か。これでは私の方が上手い自信があるぞ?」
 こう零し、舌打つアルバは目の前に碧に光る魔力線を描出する。『暴虐たる贋槍(ワイルド・ハント)』――陣から無数、召喚せし風為す魔術槍を闇の奔流目掛け解き放てば、相殺しきれぬ内の一つが、蹲るディルへと迫った。
「――ディル!!」
 叫ぶ声は、誰であったか。守らんと動く猟兵達が、自身へ迫る闇を払いながら、一斉にディルへと駆け出した時――。
「……言ったでしょう。必ず、守り通すと」
 凜と響いた声の主が、漆黒の鎧纏うその身で闇の前へと躍り出た。眼前に、咄嗟に鞘から抜いた斬り裂く刀『穿月』を立てて掲げて――襲い来る闇を二分し、その余波に白き頬肌を傷つけながらもディルを守ったその姿はアストリーゼ。
 自身の負傷など、厭わなかった――騎士として立つ美しき女は、黄金と深紅の瞳で真っ直ぐとエリシャを見据えると、ぐい、と頬の血を拭い、『穿月』の切っ先をエリシャへ向けて突き出した。
「……安いわ、この程度。血塗られた身でも、誰かの命を、心を、守れるのなら」
「……許さない!!!!」
 それは正義感か、或いは決して語られぬ贖罪か――アストリーゼのその言葉に、応えるエリシャは激昂した。言葉の意味に怒ったのか、それとももう言葉の意味すら解さないほど狂っていたのか、それは窺い知れないけれど――叫んだ瞬間エリシャの纏う血色の魔力がどぷり、と再び脈動すると、辺り一面に夥しい数の眷属を召喚する。
「……これは……」
 その部屋埋め尽くす程の数に、息を呑んで類はディルへと駆け寄った。攻撃が届かぬ場まで退避させなければ――同じことを考えたのだろう、夾もまた蹲るディルの腕を取ると、立ち上がり移動する様促した。
「ふふ、あはははは!! さあ、蹂躙なさい、下僕達!!!」
 エリシャの自由な笑い声に、眷属達が動き出す。しかし、ディルが求めに応じて伏せていた顔を上げた時――灰の瞳に飛び込んできた人の姿に、その視線は縫い留められた。
「……アイノ……」
 ディルが見つめるそこに――エリシャの眷属として召喚されたアイノが、虚ろな瞳で立っていた。


(「……そっか。恋人の霊を呼び出すか」)
 開戦時から抱き続けた違和感の正体を遂に突き止め、恭介は既に赤に染まり切った瞳を悲しく伏せた。
 見つめるディルは、アイノと呼んだ眷属を見つめ、今はただ呆然としている。傍らには夾と類が居る、万が一ディルがアイノへ近付こうとしても必ず止めてくれるだろうが――目の前に居るアイノの姿をした何者かが、アイノである筈が無かった。
 例え姿はアイノでも、そこにアイノの意思は無い。もう、ディルとアイノが再び見えることは無いのだと――グリモア猟兵は、確かにそう言っていたのだ。
 これまで戦った眷属達の動きを見ても、既に死を迎えた彼等には――もう声は届かない。
「あれはアイノじゃない。……どう言えば伝わるだろうな」
 切なきディルの慟哭を、恭介達は聞いたばかりだ。ただでさえ傷付いているディルの心に、これ以上は――思いながらも、伝わると信じたいから恭介は眷属とディルの間に割入る様に飛び出した。
「……!?」
 驚くディルの目の前で――アイノと呼ばれた眷属は、恭介へと爪を振るう。敢えてそれを躱さず腕に受け止めた恭介は、同時にその接触点に全力の魔力を集約させた。
 ユーベルコード『超伝導(ベスト・アワード)』。それは、防御したユーベルコードを簒奪し、それを他者へ授与することで、一度だけ借用出来る様になる力――。
「……ディル。使えるのは一回だけだ。お前にあの魔性を呼び出す力を、今なら授与することが出来る」
 簒奪したのち、振るう刃で眷属の光アイノを斬り伏せて――恭介はディルの前へと歩み寄った。
 しかしディルは、青ざめて固まったまま動かない。アイノが人を攻撃する姿などきっと見たくなかった筈だ――その思いを察すれば、恭介の胸も痛むけれど。
「――だが今見た通りだ。アイノに言葉は通じないし、彼女は姿だけが彼女の戦うために呼ばれた死者に過ぎない」
 あの存在はアイノではない。如何に姿がアイノであっても――そんなものと対峙して、再会したと言えるのかと問う様に語る恭介に、静かに、穏やかな女の声が連なった。
「――姿形は故人のそれでも向こう岸へ渡った身。共に歩むことは、出来ぬのだ」
 ひゅっとディルの真横に風を起こして駆け抜けて、珂は鐵爪のただ一撃で傍立つ眷属を刈り取った。
 これ以上、死者への冒涜は許さない――人の急所たる首を掻き斬り、白き装束で鮮血を散らす珂の戦いは、それだけで何か神聖な舞の様でもあったが、……その舞踏の様な立ち回りの中に、語る珂は何処か悲しく笑んでいた。
「なぁディルよ。唯一つの花は散ったというのに、花は咲く、生きろという。……先に逝く者は何故、追わせてくれぬのだろうな」
 悲しく、胸痛む程に切ない微笑み――それが命喪い見送る者の悲哀だと言葉から気付いた時、ディルの灰の瞳もまた、行き場なく俯いた。
「……花は咲く。生きている限り」
 ――それは、本当に突然だった。
 ディルの灰の瞳の前を、横切ったのは見たことも無い淡き色彩に染む花弁。共に届いた声もまた、その色彩を思わす様な穏やかな響きでディルの鼓膜を優しく揺らした。
 珂に続いた声の主は、紅瞳緩めし筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)――穏やかな笑みを湛えたその男は、まるで花咲く世界を連れるかの様に淡色の花弁と華やぎの空気を纏ってそこに立っていた。
「生きる限り咲くのなら、どうか美しく咲き誇れと先逝く者は願うのだろう。遺すということ、そこに痛み抱くとも――きっとアイノも、ディルにそう在れと望んでいる」
 長い睫毛に紅瞳閉ざし、清史郎は亡き人の心を想った。
 先逝く者は、共に在ることはもう出来ない。何かの折に触れることも、手を差し出すことも、笑い掛けることすらも。
 だからアイノは願ったのだ。永訣を前に――何も出来ぬのならせめて、ディルが幸せである様にと。
「ディルには、花を咲かせることがまだ十分にできる。――そしてその花を散らせんとする輩は、俺たちが討つ」
 その言葉の終わりに、声を低めた男が静かに告げるは明確な戦意。
 懐から、清史郎はすらりと扇を引き抜いた。『蒼天桜雪』――はらりと開いたその扇面には、色濃き青空の下に舞う、淡雪の如き桜の景色。
 その風情の扇を翻して、清史郎は舞い踊る。『百華桜乱』――扇が眷属目掛けて衝撃波を放つ時、伴い出でし桜吹雪が辺りを彩り舞い散った。
 牽制する。今こそ命繋ぐ為、ディルの心を救う時と――清史郎は解っていた。
(「ディルのために。そしてこのヴァンパイアに苦しめられてきた者たちのために――いざ、俺もひと花、咲かせよう」)
 美しき花弁達は、まるで死者への弔いの様に。死して尚冒涜されし領民達の霊魂は、花舞う美しき景色の中で――エリシャの呪縛から解き放たれて、空へ溶けるように消えていく。
 その消滅を見送りながら――珂はディルへと、明日を生きる意思を問うた。
「娘はお主の花であったように、娘の花はお主であっただろう。……アイノが咲くと願った花を、今此処で散らすのか」
 何故なら、アイノがあの手紙に込めたのは、他でもない――自分亡き後もディルに生きていてほしいと願う心だったのだから。
「………」
 問われたディルから、しかし言葉は返らない。……出会いの時の様な虚無や絶望下には無いけれど、傷付いたディルがこれからを歩く為には――あと少し、背を押す力が必要と思われた。
「――生きるか死ぬかは自分で選べ。自分で死ぬ勇気が無いと言うのなら、私が殺してやっても構わぬ」
 その最後の一押しは、いっそ冷酷な程に鋭い言葉でディルの鼓膜を凜と揺らした。
 振り向くそこには、ギド・スプートニク(意志無き者の王・f00088)――全身に漆黒を纏う美しくも誇り高きダンピールの男は、カツンと硬い足音を立てディルの隣に立ち止まると、冷たき薄氷の瞳で一瞥し言葉を続ける。
「果たしてその手紙が、本当に貴様の様な腑抜けに宛てられたものかどうか、私は知らぬ。アイノ・ミーティアなる女が、その願いを聞くに足る人物かどうかも私は知らぬ。知らぬものに、私が手を貸す理由は無い」
 淡々と温度の低い声で紡ぐ、ギドの言葉は決してディルへ寄り添うものでは無かった。それなのに――真っ直ぐに心へ響いた。
 それは絶望の世界を誰よりも知り、くだらぬとそれを断じて、護るべきものを知るギドの――導く者の、強き心の表れであったかもしれない。
「生きるも死ぬも好きにするがいい――ただし、よく考えることだ。貴様の命はたったひとつしか無いのだからな」
 言葉の最後に、命への隠し切れぬ想いを浮かべて――閉じられたギドの言葉を、継いだのは夾だった。
「……なぁディル。お前は、愛する者の言葉を自分の目で見たくはないか?」
 いつの間に受け取っていたのか――夾がディルへと差し出したのは、セリオスが握っていた筈のアイノの手紙。
 白い封筒は、少しだけくしゃくしゃになっていてちょっと格好はつかなかったけれど――それでも無事だ。無事にエリシャから取り戻したアイノの心を今ディルへと差し出して、夾は静かに言葉を連ねる。
「読むのは状況を見て、だな。命の安全を確保した上で……俺が誘導する。ここを脱出すれば、中見ることも出来んだろ」
 乱戦の混乱の中だ。人一人守ってこの部屋を出ることは、決して簡単ではないだろう――それでも夾は自信に満ちた笑みを見せた。
 気紛れでやる気なし、気の向くままに生きる妖狐の男。常では凪いだ調子で遊ぶように紡ぐ言葉が、今日は確かな熱を持ってディルを守る決意を語った。
 ――ディルを、生かすために。
「……答えは胸にしまっとけ、その時まで」
 死ぬか生きるか――その選択を、ディルはきっと放棄していただけだった。絶望の中、どうなっても構わないと投げ遣りになった青年は――しかし今差し出された夾の手を、戸惑う様に見つめている。
 迎える明日が、続く未来が、明るいものかは解らない。――でも。
「……勇気を持て、ディル!」
 ディルの背押さんと、力強く声を張り上げヴォルフは握る『Blau』を空へと掲げた。
 ヴォルフの相棒――青の名を持つ蒼竜の槍。空無き館の中に在っても、その切っ先から魔力光が天へと上った時、雷纏う水晶の槍が雨となって降り注ぐ。
 『ゲベート・レークヴィエム』――ヴォルフを中心とした円を描いて、無数の眷属が一斉に貫かれて霧散する。
「自分の大切な人の想いと誇りを守れるのはあなた自身だぞ!! アレに嗤われてるな、……その人に笑ってやれ!!」
「女が最期に紡いだ想い、それが届いて尚、未だ死にたいと思うのなら止めはしない」
 その思いを継いだのはノワールだ。迫る手近な眷属を二本一対の銀剣で斬り裂き、二本の手数で翻弄し、――その進路は、猟兵達が突入した扉のあった大穴へとディルの逃げ道を拓いていた。
「だが……聞かなかったとは言わせないぞ」
「――数ばかり随分と多いことだ」
 ノワールの傍、短く呟き拘束詠唱、即座に体内へと魔弾を生成・再装填し打撃に乗せるのはアルトリウスだ。今は少々遠のいたエリシャを見遣り、藍の瞳をすうと細めながら――しかしディルの退路を作る仲間の動きを察すれば、扉のあった大穴へ向けて差し出した手に従って、無数の青き粒子がアルトリウスの周囲を取り巻いた。
「穿て」
 言葉の瞬間、無数の青き粒子から一斉に放たれた魔弾の弾幕が、進路上に蔓延る敵を面で一気に制圧する。
 熱量で焼き崩す様に、或いは粒子細分化でもしたかの様に、眷属達が灰化して一斉に地に崩れ落ちた。ぽっかりと直線に空いた出口へ向かう空間を前に――もう一度、夾はディルへと手を差し出した。
「ディル」
 行こう、と促すその手を――最後に、掴ませたのは。
「……ディル、下がっていろ。アイノは確かに戻らないけど、二人目、三人目の彼女を出さないことは出来る」
 ――スタン! ディルの傍らへエリシャを向いて着地した灰色は、視線をエリシャから外さずに、後ろ手でディルの背をとん、と押した。
 出口の方へ。その手に奔る魔術回路『壊鍵』は今日も良い出力で、不具合など無かったけれど――ディルを押すその力は回路を切らずとも優しく、苛烈な戦いの中に紡いだその声は穏やかだった。
「――おれが、おれ達が、あんたの剣になる」
 しかし誓いの様に呟く刹那、灰色の両腕に――最大出力まで高まった青白き魔力光が、爆ぜて激しく火花を散らす。
「――ついでだ。吸血鬼を殺すついでに貴様を救ってやろう、人間」
 その苛烈なる光に触発でもされた様に――不遜で、幾分昂っても聞こえる声音でギドはディルへの言葉を継いだ。
 ディルへ背を向け、無数の眷属達の群れの先に見出したエリシャを強く鋭く睨み付ける瞳は黄金色に輝いている。再びカツン、と硬い足音を鳴らし歩き出せば、ギドの体中をどくり、どくりと脈動しながら三つの種族の血が巡った。
 『高貴なる赤:血統覚醒(ノーブルレッド・トリニティヴァース)』――呪の力に蝕まれながらも、ギドの魔力は、迫る今日の首魁との最後の戦いに、徐々に高まりを見せていく。
 戦いは、佳境――そんな空気に増す猟兵達の猛る闘気が、ディルの足を前へと押しやる。
「――少年、貴方の心に咲く花が未だ枯れておらぬならば、お前は生きろ――死んではならぬ!」
 動き出した青年の気配に――思わず笑んだアルバの声が響いた時、ディルは遂に差し出す夾の手を掴み、共に出口へと駆け出す。
 狐火を周囲にぐるりと巡らせる夾に守られ戦場から去り行くディルを――猟兵達は振り向かず、ただその背に守っていた。


 ディルと夾の去った戦場――遂に最後の眷属を光剣で斬り裂いた飛鳥は、エリシャへ向け声を張った。
「てめえの死に刻む言葉はもう決まってる! 今その言葉の通りにしてやるぜ!!」
「黙りなさい! 猟兵風情が……!!」
 挑発の声に目を剥くエリシャの爪と、駆けた飛鳥の光剣が正面から重なった。ぎり、と力が拮抗するその間に、彩萌の二挺拳銃は、遠間からエリシャの既に砕きし右肩を狙う。
「隙だらけよ! 特別念入りな弾丸を喰らわせてあげるわ!!」
 魔力込め、撃つ――トリガー引いた愛銃から放たれしは今日何度目かの『光楼』。
 一秒以下の眩き光は、銃口からエリシャの頭部を狙い放たれ――躱したかに見えたエリシャだが、こめかみを掠めた衝撃に、ぐらりとその身に眩暈を起こす。
「……っ!?」
「念入りだって言ったでしょ! これでも戦闘知識はあるのよ!!」
 始めから、頭部への衝撃が狙いだった――彩萌の作った大きな好機に、前へと出でて魔力を練るはマレークだ。
「……槍よ、俺の血を吸い草原の花を揺らす風となれ」
 魔を導きしマレークの声に、握る愛槍『碧血竜槍』が緑光散らす風を纏った。
 真の姿で繰り出すは、ユーベルコード『汗血千里(ドラゴニック・ワイルドウィンド)』――自身の血と命を削ることで増すその力は、男が抱く今日の決意にその輝きを増していく。
(「我が命数はエリーカの望みに応え、生きる屍と化した男に捧げよう」)
 この場へ至れなかったグリモア猟兵の、その心までも男は背負う。――そして、ディルには為せない敵討ちも。
 全てを掛けて解き放った風速の一投がエリシャの右大腿を刺し貫いた時、稲妻帯びし雷竜たる『魔槍雷帝』で追撃を仕掛けるマレークに――もう一つ、人の影が連なった。
 銀の短剣を両手に握り、ノワールはエリシャへと駆ける。ディルが生きる明日へと歩き出した今――その心は、今は無きアイノを想った。
「手紙に綴られ、込められた想い……その深い情も、献身も、……私に全てを推し量れるものでは無い」
 だが、推し量れずとも、一つだけ確かと思えることが在った。ディルを想って手紙を認めた死を待つアイノは、……どれ程悲しく、切なかったことだろうと。
 だからこそ、あの手紙を、ディルへと届けられたことで――きっとアイノの心も救われた。
「――あの手紙の行き着く先が、お前なんぞであって堪るものか」
 雷槍で左の大腿も貫いたマレークに次いで、ノワールは渾身の力と魔力で、エリシャの頚部に刃を立てた。
「在るべき場所へ還った。それだけのことだ」
 ――刃引く。その瞬間、エリシャの喉から大量の鮮血が噴き出した。人間ならば即死量の大出血。空舞うその血を見上げるエリシャが、その色彩に悲鳴を上げた。
「……いやぁああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
 幾度と感じた女の狂気。その集大成とでも言える様な、あまりに激しい咆哮だった。しかし、その頭上に闇が渦巻き出すのを見ると――棕櫚の口元に、憐れみか嘲笑か、歪な笑みがゆるりと浮かんだ。
「――これはこれは。聞くに堪えない子守歌だ。僕の鳥の方がよっぽど上手い」
 カツン、と軽やかに高いヒールの足音鳴らして、棕櫚は前へと駆けた。
 闇の奔流が、幾筋も猟兵達へ向かって空を駆ける。魔力練る棕櫚にもまた、その筋は迫るけれど――その身を庇うかの様に、類が前へと飛び出した。
「――必ず、倒すよ」
 言葉に反し、類はふわりと力を抜く。脱力状態――瞬間類の体を通り抜けた暗闇の奔流は、瞬間類の力と変わって、直後十指に通わす赤糸で手繰りし絡繰『瓜江』から解き放たれる。
 ユーベルコード『糸車』――それは、受けた攻撃を流して返す、技巧の技。
「――自分の闇に翻弄される気分はどうかな」
 エリシャの体を、類より返った己が闇が覆い尽くした。狩る力に狩られる状況は狂気のエリシャに混乱を齎し、次手繰り出す、その動作が迷いに鈍った。
 ――その隙を、逃す猟兵達ではない。
「……一つ問う、なぜ庭に墓を建てた?」
 背後に回る棕櫚と向き合い、珂はエリシャの正面に立っていた。問う言葉に、恐らく答えは返らない――解っていても問わずにおれなかったのは、墓という一つの死者を悼むかたちをオブリビオンが好むとはとても思えなかったからだ。
 エリシャはといえば、首から噴き出す鮮血を押さえ、ぶつぶつと何事かを呟いている。もうまともな会話が出来る状態ではないと思われた。
「――そうか」
 ならば――諦める様に瞼を閉じて、再び開いた珂の左瞳には緋色の華が咲いていた。
 『秘すれば花(イノチミジカシ)』――珂の命を削り咲く華が、全身へと開花の魔力を巡らせる。その全てを両の手を覆う鐵爪に込め、駆け出すと――同じく両の手に溢るる鮮やかな蒼き魔光の輝きと火花を散らして側面から猛然と迫り来るは、無彩色の少年・灰色。
 今、灰色の全身の魔術回路から――移動に費やす足底部以外への全魔力が、両の拳へと集約されていた。
「此処にもうディルはいない。……何の気兼ねも配慮も無く、お前のことを葬れる」
 敵意、闘気、殺意――あらゆる敵対の鋭さを帯びた灰の瞳が、腕に弾ける魔力の光を映して妖しく輝いた。握る拳が打った瞬間砕けそうな魔力飽和を感じても、灰色には迷いは無い。
 エリシャの側腹部を激しく打ち叩いた瞬間、鈍く響いた骨軋み割れる音は、果たしてエリシャだけのものだったか――自己破壊すらも顧みぬ激しき衝撃がエリシャを襲えば、打撃であることを忘れる程に、そこから多量の鮮血が溢れ出る。
「……さようなら」
 上体が捻じ曲がったエリシャの胸部へと、前から伸びし珂の爪もまた背まで貫く傷を齎し、吹き出す血に――エリシャの口から悲し気な声が漏れる。
「……ああ……また血が……あのひとの……私の中には、夫の血も流れているのに……」
 耳に触れたその言葉に――女の前へと吹きすさぶは、静なる声と桜花の嵐。
「夫を失った事を嘆く者が、他人の命を奪うなど……笑止」
 花咲き乱れ、風に散る――舞う清史郎の扇より放たれし衝撃波が、エリシャの体を高く空へと舞い上げる。
「――陶酔しているその悲劇ごと、叩き斬ってやろう」
 常穏やかな清史郎の紅瞳に鋭さ帯びて。無防備に空舞うエリシャの体を、さらなる衝撃波が縦に深く引き裂いた。花弁と鮮血が共に舞う、その光景は禍々しくも美しく――瞬間、カシャンと金属打ち鳴る音が響けば、エリシャの体が、鳥籠の中へと囚われた。
 ユーベルコード『夢幻の檻』。好機を窺いエリシャの背後に備えていたは――藤の瞳が美しい棕櫚。
「お前は僕の趣味ではないけど、背に腹は変えられないからな」
 力を封じしその技に、エリシャはもう抗えない。
「……吸血鬼に対し、手向ける言葉は無い。貴様らの存在自体、虫酸が走る。――世界に蔓延る寄生虫ども」
 その言葉に、帯びる思いは憤怒か、それとも憎しみか――囚われしエリシャを金色に輝く瞳で睨み、ギドはその手に魔力を手繰る。
「貴様らの一掃なぞ過程に過ぎぬ。街や荒れ地の復興、恐らく来るであろうダンピール狩りの時代への対処――すべき事は山程あるのだ」
 脈動し巡る力の血の代償に、返った呪詛はギドの全身に傷を生んでいたけれど――そこに溢れる血が空へ浮けば、力を持って鋭き無数の血の剣を生み出した。
 その極限の魔力で繰り出すは――ユーベルコード『高貴なる赤:磔刑(ノーブルレッド・ブラッドクルス)』。
「――故に、ただ死ね。一秒でも早く滅びよ。此方に貴様らの居場所は無いと知れ」
 断罪の言葉を吐き捨てた瞬間、刃は一斉に空を駆け、エリシャ目掛けて突き刺さる。幾度も、幾重にも――その体が細切れるまでの猛攻に、ヴァンパイアには声も無い。
「……血を吸って育った花なんか、散って当然ね」
 ――呟く彩萌のその言葉は、果たしてエリシャに届いていたのか。
 広き領主館の一室で――長きに渡り無数の命を蹂躙せしめた吸血鬼は、そのかたちすら失って、静かに骸の海へと消えた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第3章 日常 『花咲く季節』

POW   :    花の側まで近づく、花を愛でる

SPD   :    花の香りを楽しむ、花を愛でる

WIZ   :    花の造形や生態を思う、花を愛でる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●たとえ、今君は幻でも
 ――戦いに火照った体を、夜の世界の風がひやりと優しく冷ましていく。

 今日の首魁、領主たるヴァンパイアを討ち果たした猟兵達は、互いの怪我への簡単な応急処置など済ませると、領主館から表へ出でた。
 空は相も変わらず一面を鈍色の雲が覆う夜闇。一時は戦場にもなった、石墓の並ぶ中庭は松明が消えて暗がりだ。
 ――仲間に伴われ先に領主館を脱したディルは、今何処に居るのだろう。
 敷地の外の危険は予想がつかない、仲間が付いている以上は、敷地内には居る筈――消えた松明に火を点しながら、猟兵達は中庭を歩き出す。
 少しずつ視界が明瞭となってくれば、――やがて或る一角に、ふわりと浮かぶ狐火を見た。
 近付いていけば、二つ並ぶ人の影。一人は、狐火操る今日の仲間。そして、もう一人――。
 ――戦火を逃れた或る墓の前に、ディルは居た。

(「……ああ、あの墓は――」)

 それが誰の墓であるかを、猟兵達は知っていた。猟兵達は姿も知らぬ、会ったことも無い相手だが――しかし今日、戦いの中に幾度とその名を耳にした。幾度とその心を想った。
 黒き薔薇の少女達との戦いの中で見つけたその墓に、刻まれし名は――。
「――アイノの、墓です。骸が眠っているかは定かじゃないですが、……まさか弔われているとは思わなかった」
 近付く猟兵達に気付き、語るディルは微笑んでいた。
 その腫れた瞳に、もう涙は無かった。膝をついてそっと刻まれた名を指先で撫で――柔らに見つめる悲し気な灰の瞳は、やがてそっと伏せられる。
 悼む様に。でも、悲しむだけではない、慈しむ様な、愛おしむ様な温かさがそこには在った。撫でるとは逆の手の中には――胸に抱く様に、アイノの手紙が握られている。
「……二年も待たせてしまった。手向ける花くらいなければ、流石のアイノにも怒られてしまうな」
 やがてそっと瞳を開くと、ディルはゆっくりと立ち上がり、猟兵達へと頭を下げた。
「……助けていただき、ありがとうございました。お礼に差し上げられる物も無い身ですが……もし良ければ、もう少しだけ俺に付き合って貰えませんか」
 ディルからのその申し出には、猟兵達も目を丸くして顔を合わせた。戦いは終わったが、まだ何か――思う最中、ディルはアイノの手紙を顔の高さまで掲げると、穏やかに笑みを浮かべる。
「ちょうど咲いている時期なんです。アイノへ手向ける花を摘みにと思うんですが、……もしも良ければ、アイノの愛した景色を、皆さんも如何ですか」


 ――白い花が、無数に、一面に咲いていた。
 それは、世界が違えばありふれて、そう珍しくない野の花かもしれなかった。例えるならばシロツメクサ――しかし、夜の世界を白く彩るその光景はまるでそこだけ光放つかの様で、いっそ神秘的ですらあった。
 ディルに伴い訪れたそこは、領主館からそう遠くないやや小高い丘の上。風吹く度にふわりと漂う花の香は甘く優しく、戦いに疲れた猟兵達の心をそっと静めていく様だ。
 これが――アイノが愛した花の景色。
「……花は珍しいので。お礼になるものなんて、俺にはこのくらいしか無いんですが……」
 膝をつき花を摘みながら、申し訳無さそうにディルは語る。
 しかし、猟兵達は知っている。ダークセイヴァーの花の景色が、どれ程貴重なものであるか。他に自然眩き世界を知る猟兵達にすれば、決して珍しくないこの光景が――この世界に於いては、如何に奇跡的なものであるのかを。
 陽の射さぬ夜の世界で、懸命に咲く花達の、何と力強く美しいことだろう。

 ――私の生きたこの世界は、あなたがいたから美しかった。

 ふと、アイノの手紙の一説が、猟兵達の脳裏を過った。
 暗闇、支配、絶望。あらゆる理不尽がまかり通るこの世界で――それでも世界を美しいと語る少女が居た。そしてその少女亡き世界で、これからを生きる青年が居る。
 帰還の刻限まではあと僅かだ。恐らくは、もう領主館へ戻ることは叶わないが――花摘むも良い。眺むるも、花に埋もれて横たわるも、ディルと語らうも。そのくらいの自由許す時間はあろう。
 ディルへ、アイノへ、この世界へ向けて何を思うか、或いは何が出来るのか。
 抱くそれぞれの想いを胸に――猟兵達は、花畑へとそっと足を踏み入れた。
エンジ・カラカ
真っ白い小さな花
真っ白い小さな花畑
この世界ではとっても珍しい景色だけれども
そうだコレは知っている。

いつかの誰かに教えて貰った花冠を器用におって、おって
被った。
遊びと思われるかもしれないケド、とってもとっても懐かしい行為。

賢い君、賢い君
今日はキレイに作れたンだ
すごいだろう?キレイだろう?
返事は返ってこないケド、君が綺麗だと言ってくれている気がして
何だかとっても誇らしくなった。

コノ花冠は良くできた。ディルだったっけ?
アイツにもあげよう。喜んでくれるに違いない。


仁科・恭介
※アドリブ、連携歓迎
pow
「これは、素晴らしいね。故郷でもこれほどの花畑は珍しいな」
花畑には近付くが花畑には踏み込まない。
花畑の傍らでディルや猟兵達を見ながら考える

依頼中に私情を重ねてしまった
結果としてディルにアイノと共に歩けないことを気付かせることになったけれど…
自分に重ね過ぎた
と自戒する

もう一度ディルを見る
ディルは前に進んでいる
それで良い
「依頼はディルを救い、わずかな希望をつなぐ…だったか」

ディルは救った
希望はたの猟兵がつないだ
この世界でまた一つ救えた
それで良い

傷を癒すすため【携帯食料】を食みつつ周りを見渡すと視線が。
「おつかれさまでした。傷にはたんぱく質ですよ。
あ、食べます?」


ヴォルフ・ヴュンシェン
花は摘まず触れて愛でる
俺の世界にもこういう花はある
(薬草になるとかならないとかそういう見方の方が多かったかな)
俺の腹の傷は残ってるし、消す気もないから傷痕を消す薬草も不要だからかな、花や草を見てもそういう風に見ることはない

ディルと2人で話せるようなら話す
「俺もあんまり人のこと言えないんだ」
親友を亡くした旨を伝える
「ああいう奴らに襲われて、俺は命を取り留めたんだが、あいつは…。
今も俺だけ生きてて、ちょっと申し訳ないって思うことも、ある」
ただ、俺の親友は、そういうの怒る
「あと、俺が逆の立場だったら、やっぱ笑ってほしいと願うから」
泣きたいだけ泣いたら立て、歩け
彼女が愛した世界にあなたは立っている


マレーク・グランシャール
ディルに喇叭水仙の球根を渡す
別世界の湖の畔に咲いていたもので、エリーカに渡して屋敷の片隅にでも植えて貰おうと持って来たものだ
冷たく暗い土に埋もれていても春の訪れを告げるように咲くこの花は、復活の象徴とも言われている
ダークセイヴァーでも根付くと思うからアイノの墓の側に植えて欲しい

花咲かぬ季節も彼女の魂が花と共に眠っていられるように
たとえ死に別たれたとしても花と共に愛が復活するように

また花でも摘んでエリーカに‥‥と思いはしたが今回はやめておこうか
この世界では野辺の花も希少なものだから
代わりにエリーカや他の猟兵達と共にこの花畑を目に焼き付けながら歌を贈ろう
失われた愛の復活を祝福する歌だ



「――賢い君、賢い君。キレイだ、花畑」
 嬉しそうに。でも、軽快に前へ進む様でいて花の一つも踏みはせずに。ひらりひらりと舞う様に花畑の中を駆けるエンジ・カラカ(六月・f06959)の姿を視界に捉えながら――仁科・恭介(観察する人・f14065)は花畑の手前、踏み込まぬままに白の景色へ微笑んだ。
「これは、素晴らしいね。故郷でもこれほどの花畑は珍しいな」
「――ああ、美しいな」
 応えた低い男の声は、マレーク・グランシャール(黒曜飢竜・f09171)。切れ長の紫紺の瞳は常の冷静さを保ちながらも、その奥に優しい感情の光を灯して細められた。
「おつかれさまでした。……あ、食べます?」
 恭介が傷癒すべく食む携帯食料のストックを一つマレークへ差し出すと、マレークは立てた手でそれを制した。気遣いへの感謝を、微かな微笑みに示しながら――ディルへと向かうマレークの行く背中を見つめながら恭介は、景色へと向けた微笑みに、どこか自嘲する様な色を浮かべた。
(「依頼中に、私情を重ねてしまった。――結果としてディルに、アイノと共に歩けないことを気付かせることになったけれど……」)
 自分に重ね過ぎてしまったと、恭介はそっと瞳閉ざして自戒する。
 しかし決して、それは悪いことでは無いのだ。根の真面目さ、懸命さ故に、恭介は自省するけれど――重ねる想いが在ったからこそ、恭介は今此処に居る。
 自分に重ね、救いたいと願った結果が――再び開かれた瞳、その視線の先に花摘むディルを映しているのだ。
「……依頼は、ディルを救い、わずかな希望をつなぐ……だったか」
 ディルを守り、その命を明日へと繋いだ。そしてディルは今、アイノへ手向ける花を摘み、アイノの居ない明日へ、前へと自分の意思で進もうとしている。
「ディルは救った。この世界で、また一つ救えた。……それで良い」
 命いとおしむ心が再び恭介に柔らかな微笑みを齎した時――その瞳が見つめる花咲く景色の中で、ヴォルフ・ヴュンシェン(願う者・f13504)はそっと花へと差し伸べる様に手を伸ばした。 
(「俺の世界にも、こういう花はあったな」)
 世界異なればありふれた花に違いない今日の花畑に咲く小さな花。でもこの世界では、懸命に咲くいとおしい命に違いなかった。思えば、ヴォルフの翠の瞳も柔らに微笑む。
(「……薬草になるとかならないとか、そういう見方の方が多かったかな。でも俺は腹の傷を消す気もないし……花や草を、そういう風に見たことはなかった」)
 此処が故郷だったならば、美しさよりも薬効を気にする者が多かったのだろうか。薬効までは把握していなかったが、そういう花だった気がする、と記憶の中に過っても、過去に得た傷を消す予定もないヴォルフには効能に言及してもさほど意味は無く思われた。
 だから、思考を一度放棄して、花触れる手を撫でる様に優しく揺らして――優しい笑みを浮かべるヴォルフにふ、と小さく微笑むと、マレークは花摘むディルへと声を掛けた。
「……ディル。これを」
 呼ばれ顔を上げたディルへと、マレークが差し出したのは球根だった。喇叭水仙――ある湖の畔に咲いていたものを、アイノへの手向けに領主館か石墓の傍らにでも植えて貰おうと持参したのだ。
「冷たく暗い土に埋もれていても春の訪れを告げるように咲くこの花は、復活の象徴とも言われている。……強い花だ、この厳しい大地にもきっと根付くと思うから、アイノの墓の側に植えて欲しい」
 花咲かぬ季節も、彼女の魂が花と共に眠っていられるように。そして、たとえ死に別たれたとしても花と共に愛が復活するように――願い込めた球根を、ディルは一度立ち上がると、感謝を告げて受け取った。
「……ありがとうございます。アイノも、きっと喜びます」
 その心に今何を思うか、ディルは灰の瞳を少しだけ寂しそうに笑みに緩めた。新たな花が咲く景色を共に見たかったと――そんな風に感じていると思えたから、ヴォルフは白花を撫でる手を止めると、立ち上がってディルへと静かに語り掛ける。
「ディル。……俺もあんまり人のこと言えないんだ」
 少し寂しそうな、悲しそうなヴォルフの微笑みに語られるのは、かつて失った親友のこと。
「ああいう奴らに襲われて、俺は命を取り留めたんだが、あいつは……。今も俺だけ生きてて、ちょっと申し訳ないって思うことも、ある」
 喪う痛みを、ヴォルフだって知っている。長寿の種族、不死の種族だっている中で――それでも訪れる命との別離は、いつだって誰の心にも辛く苦しい痛みを齎すけれど。
 ――でも、生きてて申し訳ないなんて、きっとあいつは怒るんだ。
「俺の親友はそういうの怒る。……あと、俺が逆の立場だったら、やっぱ笑ってほしいと願うから」
 アイノと一緒だよ、とヴォルフは笑う。ディルの明日が続くことを願い、ディルの未来が花咲く世界である様願った少女。
「泣きたいだけ泣いたら立て、歩け。彼女が愛した世界に、あなたは立っている」
 今は、悲しくても良いんだと。悲しんで、泣いたって良いのだと笑んだヴォルフに、ディルはやっぱり悲しそうに微笑むと、頷く様に瞳を閉じる。
 その時――ふわり。風も無いのに、花が香った。
「――コノ花冠は良くできた。ディルだったっけ? オマエにもあげよう。喜んでくれるに違いない」
 声にぱちりと瞳を開いたディルの前に、満面の笑みのエンジが、花冠を差し出し立っていた。ディルの黒い髪によく映える、白い花で編んだ花冠――上機嫌でそれをディルの髪へぽんと乗せると、エンジは再び、ひらりひらりと嬉しそうに身を返す。
「真っ白い小さな花。真っ白い小さな花畑。この世界ではとっても珍しい景色だけれども、そうだコレは知っている」
 花冠は勿論、エンジが一人で編んだものだ。いつかの誰かに教えて貰った花冠――再び花畑の中にすとんと腰を下ろすと、エンジは今度は自分様に、新たに花冠を編み始める。
「遊びと思われるかもしれないケド、とってもとっても懐かしい行為。賢い君、賢い君。見ていて、器用におって、おって――」
 瞬く間に仕上がった新たな花冠をディル同様の白花映える自身の黒髪へぽすんと被せると、エンジは笑顔を更に深める。
「賢い君、賢い君。今日はキレイに作れたンだ。すごいだろう? キレイだろう?」
 空へ送る様に笑って告げるその声に、応える声は返らない。しかし、浮かべた相手は――綺麗だと、そう言ってくれている気がした。
 誇らしげなエンジの背中に、贈りたいとの願いを重ねて――マレークはしかし、花摘もうとした手を止めた。
(「また花でも摘んでエリーカに……と思いはしたが」)
 今回はやめておこうと思ったのはこの世界では野辺の花も希少なものだからだ。きっとグリモア猟兵も、それを望むまいと――見せたかったと少し心に過りながら、マレークは視界一面の白の景色を紫紺の瞳に焼き付ける。
 ……静かに、低温の声で歌を紡ぎながら。

 ――癒やしを求める者よ、竜の歌を聞け。
 我が聲はそよぐ緑の風の如く野を撫で草花を慈しむものなり――。

 想い重ねる聞き手を癒す、その旋律は失われた愛の復活を祝福する歌。ユーベルコード『竜聲嫋嫋(ドラゴニック・ハルモニア)』。
 戦い終えた猟兵達を、傷付いたディルを、眠るアイノを、世界までもを癒す様に。マレークの低音の歌声は――白花を揺らす風と共に、闇夜の世界の花畑の中を、どこまでも渡っていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

有栖川・夏介
辺り一面の白にほうっと息をつく。
「綺麗な花ですね……」
そういえば、私が以前住んでいたところでも、花は咲いていたな…。
ここまで綺麗だったか…は、正直覚えていませんが。

花畑にそっと腰をおろす。
花を一つ一つ摘み、黙々と紡いでいく。
花冠の作り方、意外と覚えているものですね。
完成した花冠はアイノさんとディルさんに。
「昔、ある方に作り方を教えてもらったんです。今はもう……いない人ですが…」
ディルさんに花冠を渡して語ります。
「生きて、生きていきましょう」
「この世界は、こんなにも綺麗です」

花冠の作り方を教えてくれた人を処刑したのは私だ、とまでは告白できなかったな。
やはり心は殺せない。私は処刑人失格です……。


アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
弔いの花――か
よしジジ、少々付き合え

白い花咲く園を前に
…ジジ、お前はどの辺りの花が最も美しく見える?
指し示された場所へ腰を下ろしたならば
摘んだそれでささやかな花冠を作るとしよう
器用さならば自信はある故
――ディル
宜しければ貴方も如何ですか?

ひとつひとつ丁寧に編み込んだ白い冠
円を描く様は永遠の幸せの、
固く結ばれた花は愛と絆の象徴なのだと云います
…以前、或る書物で目にした逸話です

ふふ、折角です
手紙を頂いた御礼にしてみては如何でしょう?
手向けの花としてだけではなく
貴方へ世界の美しさを謳った、乙女への贈り物として

そして私が編んだ物はジジへ
ふふん、僅かばかりの礼だ
心して受け取るが良い


ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と
行き場に迷っていれば師に引かれるまま

あのあたり、だろうか
丘の頂に近い辺りを答えたら
花を踏まぬよう師の隣へ跪く

薔薇の指先で美しい円環となってゆく花
足元の同じそれには、ただ触れるに留める
咲けるのなら少しでも長くこの世界に在ればいい

まさか俺にとは
載せられた花冠をどうしたものか
師の話に、ディルの声に
視線は花々に落としたまま
詠うような師の調子には程遠いが

…かつて、喪って、死を乞うて
生かされて此処に居る奴もいる
無様と思う時もあるが
後悔はしていない
この世界にも咲く花を教えてくれて感謝する

…他にもそんな奴がいるかもしれない
アイノの愛した、お前のいるこの場所を
また誰かに見せてやってくれ



 響く歌声、眺むる景色、包む花香――その全てを自分の中へと取り込む様に肺に深く吸った空気をほうっと一息に吐き出して、有栖川・夏介(処刑人は白いうさぎの夢をみない・f06470)は一人花畑の中へ佇む。
「綺麗な花ですね……」
 風に揺れる、小さな花達。素朴なその一つ一つは小さいのに、群生して咲き誇ればこんなにも壮大な景色を生み出すものか。そしてその景色がふと、脳裏掠めた記憶の景色と一瞬だけ重なれば、夏介は紅の瞳を僅かに細める。
(「……そういえば、私が以前住んでいたところでも、花は咲いていたな……。ここまで綺麗だったか……は、正直覚えていませんが」)
 ――そう、覚えていないのだ。だから夏介は回想の思考をそこで閉じると、ふと花畑に立つディルを見遣った。
 黒髪の上に、重ねた花冠。礼を言いそびれてしまったのだろう、花冠を乗せるなり舞う様に去った猟兵を困った様に目で追うディルに――微笑む様に視線を閉ざした夏介は、そっと花畑の中に腰を下ろした。
 一つ、また一つ、その透く肌の手に花を摘む。そんな夏介を横目に見ながら――真横を過ぎて、ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は花畑の中を歩いていた。
 自分に比してあまりにも小さな花の一つも踏むまいと。気遣いながら歩む先にはアルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)の背中が在る。
(「弔いの花――か」)
 時折何か物思う様に白花へ視線を留めながらも、アルバはきょろきょろと何か探す様に花畑へ視線を巡らせる。
 行き場に迷っていたジャハルではあったけれど、前行くアルバは一体何を思っているのか――師である美しい男の視線が今、何を求めるかは解らなくて。
「師父。なぁ師父よ、一体何処へ行く?」
「……ジジ、お前はどの辺りの花が最も美しく見える?」
 一向に此方を向かぬアルバの視線は白い花群の中に縫い留められたまま。それでも、その目的が明らかとなれば、求めに応じてジャハルは丘の頂近くを指差した。
「……あのあたり、だろうか」
「よしジジ、少々付き合え。……ああ――ディル」
 ジャハルの答えに真剣な面持ちで頷いたアルバは――示された丘の頂を目指す足を不意に止めると、くるりとディルへと振り向いた。
 スターサファイア――煌く星抱く瞳を、柔らかく笑みに緩めて。
「宜しければ、貴方も如何ですか?」
 美しき笑みと低くも穏やかな誘う声でディルを導いたアルバは、丘の頂近くの花多き一角に、ジャハルを伴い腰を下ろした。
「――今貴方の髪を飾る、丁寧に編み込まれた白い冠。円を描く様は永遠の幸せの、固く結ばれた花は愛と絆の象徴なのだと云います。……以前、或る書物で目にした逸話です」
 微笑みディルへと語り掛けるアルバの視線は、手元へと伏せられている。花をまるで労わる様に優しい手つきでひとつひとつ手折っては、薔薇の指先でそれらを纏め器用に編み上げて――アルバの生み出す美しい円環を目映そうに見つめるジャハルは、しかし自らは手を差し出さず、また花へも触れるのみで、手折るを手伝うこともしなかった。
 ――咲けるのなら、少しでも長くこの世界に在ればいいと思った。
「……ふふ、折角です。手紙を頂いた御礼にしてみては如何でしょう? 手向けの花としてだけではなく――貴方へ世界の美しさを謳った、乙女への贈り物として」
 そして、それでも手折るのならば、せめて精一杯の意味を込めたいと願ったのがアルバだった。手先器用な男の花冠は、素朴な花でありながら――作り手の在り様の様に、そして籠めた心を表す様に美しい。
 その花冠を――アルバは、ジャハルの頭へ載せた。
「……師父? これは……俺にか?」
「ふふん、僅かばかりの礼だ。心して受け取るが良い」
 予期せぬことに戸惑い問うたジャハルへ、アルバは不遜な笑みで応えて笑う。場に穏やかな空気が満ちた――その自然で温かな師弟の在り様にディルも笑むと、そっと花摘む手を止めて、既に手中の花達へと迷う様に視線を落とした。
「……美しいですね……アイノも、喜ぶでしょうか……」
 呟くディルが、思い描くのは頭に花冠を飾ったアイノの姿。
 きっととても美しくて、花咲く笑顔はもっと輝いたことだろう――思って僅かに灰の瞳が悲しく揺らめいたその時、ふわりと、もう一つ別所から、新たな花冠が差し出された。
「花冠の作り方、意外と覚えているものですね。……昔、ある方に作り方を教えてもらったんです」
 夏介だ。今はもう亡きある人から教わった花冠を編んで、仕上げた夏介が贈る相手はディルとアイノ。
(「花冠の作り方を教えてくれた人を処刑したのは私だ、とまでは告白できそうにない。……やはり心は殺せない。私は処刑人失格です……」)
 命を悼む、その複雑な胸中を、今はただひた隠して。既にディルの頭には花冠が飾られているから――夏介の差し出したそれは、必然アイノの墓前へ手向けられることになるだろう。
「ありがとう、ございます……彼女の喜ぶ顔が、目に浮かびます……」
 その言葉も、心遣いも――ディルは嬉しかった。嬉しいのだ。でもディルの笑顔は気丈に振る舞う人のそれだった。
 戦い終えて今に至るまで、その笑顔も振る舞いもずっと穏やかだったけれど――花畑の中少しずつ、心にアイノとの記憶を辿る。花畑にアイノの笑顔を見る。猟兵達との会話、その優しさにアイノへの想いを紐解かれては――喪った事実は次第に、心につきりと痛みを齎して。
 その胸中が如何に複雑であるかを、思えばジャハルは視線を落とした。
 自分はアルバとは違う。自分には、詠うようだったアルバの様には想いを美しく語れまい――思いながらも。それでもジャハルは今日、俯く視界に揺れる小さな花達の、咲き誇る強さを見た。
 逆境にも美しく在るその姿が、――背中を押す様な気がしたから。
「……かつて、喪って、死を乞うて、生かされて此処に居る奴もいる。無様と思う時もあるが、後悔はしていない。……この世界にも咲く花を教えてくれて感謝する」
 それは、不器用な男が紡ぐ精一杯の感謝の言葉。ディルに自分を重ねていた――しかし救えてこの花畑へと至った今、ジャハルが声に乗せるのは、どうか乗り越え生きて欲しいというディルの命への強い願い。
「……他にもそんな奴がいるかもしれない。アイノの愛した、お前のいるこの場所を
――また誰かに見せてやってくれ」
「ディルさん。生きて、生きていきましょう。この世界は、こんなにも綺麗です」
 ディルを前へと送り出すジャハルの言葉に、夏介も思いを重ねる。この先に、猟兵達は共に在れるわけではないけれど――祈ることしか出来ないとしても、どうしても伝えたかった。ディルの力になりたかった。
「……はい、必ず」
 ――届いたからこそ。答えるディルの絞り出す様な声は、滲む涙に震えながらも確かな熱さを持っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

斬断・彩萌
(しゃがみ込んで、花をふわふわと触る)
手折らないわよ、折角咲いてる貴重なお花なんだから。
この世界の花は力強くて……とても健気ね。

ねぇディル。アイノの居ない世界は、寂しいし、味気ないかもしれないけれど…
アイノが愛した世界を、あなたも愛する事ができたなら、それはひとつの弔いになるんじゃないかしら。
喪ったものは元には戻らないけど、あなたが生きていく中で、失う事しかない訳じゃないでしょう?
新しい出会い、収穫、思い出……そういうものを享受して、あなたが幸せになる事を――私は願うわ。
(アイノの気持ちは分からない。もう居ない人だもの。だから、正直な自分の気持ちを伝える)


玖・珂
ケープは裏返し黒を纏う
此の方が、花がよく見える

死んでも構わぬとまだ思っているのか、とは今更尋ねまい
白き花を一輪摘みディルへ
よければ娘の墓へ、共に添えて貰えぬだろうか

……本当は全ての墓へと頼みたいところなのだが
花畑が無くなってしまうのは忍びない

なぜ花は美しいのだろうな
私は此れが、堪らなく愛おしい

人は忘却という能力を持っている
苦しいこと、辛いこと、哀しいこと
これは、大きく重い負担から自分の心を守るらしい

だが、忘れられないこと
忘れたくない記憶もあるだろう

花畑で見せたアイノの顔を咲かせることが出来るのはディル
お主唯一人だけなのだ

この花もやがて枯れる時が来る
そして時が巡ればまた、美しく咲き誇るのだろうな


冴島・類
花はただ
生きる為に咲いていて
そこに想いを乗せて、込めて
宝物にするのは、見る者の心で

アイノさんが
どんな風にこの景色を見ていたかはわからない
同調もはせず
この地で犠牲になった方々と共に、彼女のことを悼み

花詰むディルの側にいき
話、共に祈らせてください
しゃがみ、手合わせ祈り

守りたかったのは
目を閉じ尽きることを願っていた彼を
ではない

共にいたかっただろうに
快諾したと言う彼女が
守りたかっただろう自分よりも大切なものを

綺麗な花ですね
生きることを諦めていない

あなたがいたから美しい
花は咲く
これ以上ない
あいと願いの言葉だ

そんな風に
彼女の世界を色付けていたのが君だったなら

彼岸の先で会える迄
もう一度
意味を探してみないかい



 その熱さの声が耳に触れれば。黒瑪瑙の瞳を白い睫毛に閉ざし、玖・珂(モノトーン・f07438)は穏やかに微笑んだ。
(「――死んでも構わぬとまだ思っているのか、とは今更尋ねまい」)
 その手はしゅるりと外套括る前紐を解き、長き白の裾をばさりと翼の様に翻す。白花の世界に溶け込む白に身を包む珂の姿は、裏返した外套によって、夜闇の世界へ溶ける黒纏う姿へ変わった。
 ――此の方が、花がよく見える。
 そんな暗闇の世界の花を、冴島・類(公孫樹・f13398)もまた淡翠の瞳で遠く広く眺めていた。
(「花はただ生きる為に咲いていて、……そこに想いを乗せて、込めて、宝物にするのは、見る者の心で」)
 アイノが果たしてどんな風にこの景色を見ていたか、それは類にも解らない。ただ、この景色を愛して散った彼女を多くの犠牲者達と共に悼むため――類はディルへと歩み寄ると、その手に摘んだ白花を見つめてこう思いを口にした。
「……共に祈らせてください。墓前には行けそうにないから、せめて、花へ祈るくらいは」
 心の熱に潤む灰瞳へとそう告げて、類がそっと手を合わせると、ディルも伴い瞳を伏せた。暫しの沈黙――やがて、祈り終えた二人の元へと、黒纏う珂が差し出したのは、ただ一輪の白き花。
「ディル。よければ娘の墓へ、共に添えて貰えぬだろうか。……本当は全ての墓へと頼みたいところなのだが、花畑が無くなってしまうのは忍びない」
 黒の姿で珂が差し出すその花は、ディルの瞳にとても気高く強く映った。たった一輪、されど黒に映えてそのものが光放つ様な眩き白――まるで導かれる様に手を伸ばしてそれを受け取ったディルに珂は笑むと、今日幾度と男へ語り掛けた静の声に、花愛でる想いを乗せた。
「……なぜ花は美しいのだろうな。私は此れが、堪らなく愛おしい」
 視線をディルから世界へ巡らせれば、そこには逆境にも強く咲く花の群れ。あらゆる世界に花あれど、今日の花達はその小さな命を今の一瞬に誇る様に咲いていて、珂の瞳には、心にはそれが、どうしようもなく愛しく映った。
 その在り様は強くて、愛おしくて、……でも、儚くて。
「この世界の花は力強くて……とても健気ね。……手折らないわよ、折角咲いてる貴重なお花なんだから」
 その花達を、しゃがみ込んでふわふわと労わる様に撫でながら、斬断・彩萌(殺界パラディーゾ・f03307)は呟くと、少し悲しげに微笑んだ。
 こんなにも厳しい世界に咲く花達は、まるで必死に生きる民の様だ。それらを生かす為に散ったアイノの胸中はどんなものだったのか――想像すれば切なさが胸を締め付ける様だったけれど、彩萌は蜂蜜色の瞳を閉じると、迷い巡る思考を放棄する。
(「アイノの気持ちは分からない。もう居ない人だもの。……だから、今は」)
 向き合うべきはアイノでは無いと、そっと立ち上がる彩萌の前には――立つ珂と、類に並んで花畑にしゃがむディルが居た。
 全てを諦め瞳を閉ざしていた褪せ色の瞳の青年は、今確かに、彩萌の前に生きている。救えて良かったと思う。でも、彼のこれからを想う時――この世界を知ればこそ、その険しいだろう生きる道に抱く想いを、彩萌は素直にディルへ向けて語り掛けた。
「……ねぇディル。アイノの居ない世界は、寂しいし、味気ないかもしれないけれど……アイノが愛した世界を、あなたも愛する事ができたなら、それはひとつの弔いになるんじゃないかしら」
 その声に、ディルは珂から彩萌へと視線を向けた。
 滲む涙に濡れる灰の瞳は、夜闇の世界にも白花を映して優しく光る様に思えた。温かな光だ。確かに生きる人の持つ光――大切な人との死別に傷付いても、それでも生きなければならない青年は、彩萌からのその言葉に感情を堪える様にぎゅっと唇を引き結ぶ。
 耐えて、耐えて――きっとこれからも耐えて生きるであろうディルへと彩萌は願う。
「喪ったものは元には戻らないけど、あなたが生きていく中で、失う事しかない訳じゃないでしょう? 新しい出会い、収穫、思い出……そういうものを享受して、あなたが幸せになる事を――私は願うわ」
 どうか、幸せに。アイノが居ない不幸ではなく、それでも生きることで得る幸せを、どうか見落とすことの無い様に――祈る様に瞳閉ざした彩萌の言葉に、類はそっと視線を落とすと、その手でふわりと花へ触れた。
(「――守りたかったのは、目を閉じ尽きることを願っていた彼を、ではない」)
 ディルのこの先に幸福願う、彩萌の言葉を噛み締めながら類は思う。生きること、世界に絶望していたディルを類が救ったのは、投げ遣りになっていた彼の命を繋ぎ止めたかったからでは無かった。
 真実、類が守りたいと願ったのは――。
(「共にいたかっただろうに、快諾したと言う彼女が守りたかっただろう、……自分よりも大切なものを」)
 ――命尽きても。身を挺してもアイノが守り、生きて欲しいと望んだ命。戦う最中にアイノが手紙へ託した想いを知れば、類の決意はより一層強くなった。
 その犠牲は、とても悲しくて――そしてその命は、心は、決して見逃してはならない尊いものだと思ったのだ。
「……綺麗な花ですね。生きることを諦めていない」
 触れる花をぽんぽんと柔く撫で、紡ぐ言葉に、類はディルへの願いを託す。
 この強く咲く花達の様に、どうか諦めずに生きて欲しい。絶望の世界に、きっとこの先幾度と心折れる時もあるだろうけれど――。
「『あなたがいたから美しい』『花は咲く』、……これ以上ない、あいと願いの言葉だ。そんな風に、彼女の世界を色付けていたのが君だったなら――」
 共に生きたディルとアイノ。アイノの世界が美しかったというのなら、同じ景色を共に見ていたディルの世界だってきっと、美しかった筈だから。
「……彼岸の先で会える迄、もう一度、意味を探してみないかい」
 もう一度、輝ける様に。笑んで言葉を閉じた類は、ディルが握るアイノの手紙に手を伸ばすと、そっと彼の胸元へ押し付けた。
 アイノの心は此処に在る――諦めるなと送った類の心がアイノの言葉と重なった時、ディルの灰の瞳から、再び一つ雫が落ちる。
「……でも、アイノはもう居ません。俺は、一人で、……生きられるのか」
 零れ落ちたのは、どうしようもない不安。
 この二年は、ディルにとって虚無だった。アイノという光を見失って、自分自身の心も見失って、ただただ時間が過ぎただけ――今、虚無を脱してアイノが居ないこれからを生きると決めても、絶望を知る心に、不安は絶えず付き纏うことだろう。
 心強く生きるには――この世界は、命にあまりにも厳しいから。
「……人は忘却という能力を持っている。苦しいこと、辛いこと、哀しいこと――これは、大きく重い負担から自分の心を守るらしい」
 それでも珂は、穏やかな笑みでディルの心に言葉を贈る。
 今、どんなにかディルは辛いだろう、どんなにか苦しいことだろう――だけどどんなに傷付いても、忘れて欲しくないことがあった。
 生き進むこの先に、アイノは共に居ないけれど、それでも――死して尚、彼女はきっと記憶の中でこの先も、幾度とディルを支えてくれる。
 ディルの生きる心の傍らにはいつだって、ディルの未来に花咲けと願ったアイノの心と笑顔が在るのだから。
「……だが、忘れられないこと、忘れたくない記憶もあるだろう。……花畑で見せたアイノの笑顔を咲かせることが出来るのはディル、お主唯一人だけなのだ」
 ――願わくばディルのこの先が、咲き誇る今日の花達の様に、記憶のアイノに笑顔を咲かせる誇らしき生である様に。
(「この花もやがて枯れる時が来る。……そして時が巡ればまた、美しく咲き誇るのだろうな」)
 そして、枯れ落ちても幾度と咲き誇る花の様に、幾度と辛苦の時が巡ろうとも、何度でも笑えます様にと。
 しゃがみ込んで鐵の爪先でそっと白花へと触れながら――願う珂は、先に彩萌がそうした様に、祈る様に瞳を閉じた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
アレス◆f14882と
アドリブ◎

アレス、これ
花をアレスにつきだす
渡しに行くなら俺の分も
二人纏めた方が面倒がねぇだろ
言って押し付けアレスが花を渡す所を
ギリギリ声の聞こえる範囲で眺める
出会えた自分が
出会う可能性すら奪われた人間にどう声をかけていいのかわからなかった

アレスが戻ってくるのをぼんやり眺める
帰って来た姿を頭から爪先まで目で確認して
…アレス、生きててくれてありがとな
思わず、呟いた

笑顔を返そうとして
反対にこぼれそうになる水滴に顔を背ける
…お前の言い方は何時も大袈裟なんだよ
アイツが泣くのはいいが
アイツに泣かされるのは悔しい
思われているのが嬉しくて
でも…苦しい
なんだろうなこの感情は

俺も、死なねえよ


アレクシス・ミラ
セリオス◆f09573と
アドリブ◎

ディルくんにアイノさんへの手向けの花を渡しに向かおうとすると
セリオスから花を渡される
深くは聞かない
…分かった。届けよう

ディルくん
名乗っていなかったね
僕はアレクシス。向こうにいるのは友のセリオスだ
大切な人の想いが、君のもとに届いたようでよかった
…僕達には祈ることしかできないが
君の大切な人の魂が光に導かれ、君が選んだ未来が光満ちる事を祈っている

僕達も戻ろうか
…セリオス?
彼の言葉に感情が、涙に変わりそうなのを何とか堪える
…っ僕だって、同じ気持ちだよ
君にまた逢えてよかった
生きててくれてありがとう

顔を背けたセリオスの頭を軽く撫でる
…僕は生き続けるよ
君と未来を生きたいから



 静かな世界を、花揺らす風が吹き抜けていく――鼻腔擽る優しい花香にアレクシス・ミラ(夜明けの赤星・f14882)は顔を上げると、澄む蒼穹の瞳を柔く緩く笑みに細めた。
 少しずつ、この世界を去る刻限は迫っている。その僅かな時をアイノへの手向けにと決めたアレクシスの手には今、摘んだばかりの白い花束が握られていた。
「……このくらいか。貴重な花を摘み過ぎてもいけない」
 風に促される様に立ち上がると、身に纏う鎧を滑る外套がしゃら、と優しい衣擦れの音を立てる。
 当たり前のそんな音が鼓膜を擽ると知れる程に――この白花の世界は今、静寂に満ちていた。
(「……まるで、世界までもがアイノさんを惜しむようだ」)
 抱いた想いに感傷的だと自覚すれば、アレクシスの蒼穹の瞳は俯き金が縁取る瞼の中へと閉ざされる。しかし、ディルへと花を託さなければと――再びそっと開いた眼前に、自分と同じ花束が差し出されていてアレクシスは目を丸くした。
「――アレス、これ」
 ぶっきらぼうに呟いたのは、視線反らしたセリオス・アリス(黒歌鳥・f09573)。艶めく濡羽色の髪が、花香の風を纏って白花の景色にふわりと柔らかく散っていた。
「渡しに行くなら俺の分も。……二人纏めた方が面倒がねぇだろ」
 気の無い、そっけない様子でそう言って、セリオスはアレクシスの胸へ花束を押し付けた。その違和感に気付かないアレクシスでは無いけれど――何かに心囚われていると察すれば、今は黙ってアレクシスはそれを受け取った。
「……分かった。届けよう。――ディルくん」
 すい、とセリオスの横を抜け、アレクシスはディルへと向かう。
 その背中を、セリオスは場を動けぬまま見つめていた。二つの花束を差し出しながら、ディルへと微笑む幾分遠い友の声を――ただ聞きながら、胸に渦巻くのはもどかしさ。
「名乗っていなかったね、僕はアレクシス。向こうにいるのは友のセリオスだ。……大切な人の想いが、君のもとに届いたようでよかった」
 穏やかに語るアレクシスの様には、自分はディルへ語れない。……だって、セリオスは出会えたのだ。
「……僕達には祈ることしかできないが、君の大切な人の魂が光に導かれ、君が選んだ未来が光満ちる事を祈っている」
 アレクシスの様に、彼の前途に幸あれと、願いはしても――出会えた自分が、出会う可能性すら奪われた人間にどう声をかけていいのかわからなかった。
「――セリオス、渡したよ。僕達も戻ろうか。……セリオス?」
 ディルへ手向けの花を託し戻って来たアレクシスは、ぼんやりとした眼差しで自分を見つめるセリオスに首を傾げた。
 やっぱり様子がおかしいか――心配になって幾分歩く速度を速めセリオスに近づいた時。
「……アレス、ありがとな」
 不意にぽつりと耳へ届いた言葉に、進む足がぴたりと止まった。
「……生きててくれて。ありがとな……」
 何処か虚ろに、まるで壊れた人形の様にセリオスは呟いた。半ば無意識に、淡々と心から零れ落ちたその言葉は――かつて生き別れ、再び巡り合えた二人のその過去に由来する。
 セリオスは、ずっと重ねていたのだ。ディルとアイノの在り様が――Ifの自分とアレクシスだったかもしれないと。
 そしてその想いは――アレクシスだって、痛いくらいに解るから。
「……っ僕だって、同じ気持ちだよ。君にまた逢えてよかった。……生きててくれて、ありがとう……」
 蒼穹の瞳が熱かった。感情込み上げる胸が痛くて熱かった。溢れそうになる涙を必死に堪えて悲しく微笑んだアレクシスの真っ直ぐな言葉を聞いた瞬間、虚ろだったセリオスの大きな双眸に、星海の煌きが舞い戻る。
「……あ……」
 ぽろ、と一滴、想いの欠片が瞳から零れ落ちた。
 ――胸が熱くて、どうしようもなく痛かった。共に居る今が嬉しくて、思われているのが嬉しくて、泣かされるのは少しだけ悔しくて――胸包む温かさは確かに在るのに、同時にどうしようもなく胸が痛むその理由は何故だろうと考えた。
 だけど、視線の先、アレクシスの向こうに――ディルを見れば、さらに溢れそうになる想いに、セリオスはアレクシスから顔を背ける。
「……っ、……お前の言い方は何時も大袈裟なんだよ」
 ――笑顔を返そうと思ったのだ。だけど、笑うことが出来なかった。
(「――だってディルはもう、アイノと会えない」)
 再び巡り会えた奇跡。ディルとアイノに重ねたからこそセリオスとアレクシスはその幸福に感謝した。互いへと、『ありがとう』と言葉に出来た。
 しかし、アイノと死別したディルには、それが永遠に叶わない。
(「……それなのに、アイノは死を前にして、ディルに『ありがとう』って言ったんだ」) 
 だからこそ、気付いてしまったのだ。アイノのディルへの愛の深さと、死を前にして、ありがとうと言えたアイノの強さを。
 死を受け入れ、遺そうとした人の言葉の――何と強いことだろう。
「………っ、……」
 堪え切れず、あとからあとから涙はセリオスの頬を伝う。もう止められそうになかった。……だけど、アレクシスには絶対に見せたくなかった。
 そんなセリオスの想いを知るから――アレクシスはそっとセリオスの頭に手を置くと、撫でながら、誓いの言葉を口にする。
「……僕は生き続けるよ。君と未来を生きたいから」
 見なくても、涙に掠れるアレクシスの声を察して――セリオスもまた、顔はやっぱり逸らしたままで、心強く誓いの言葉をいつもは歌う声に紡いだ。
「……俺も、死なねえよ」
 だけど、強く語る傍らで、星空の瞳を覆う様に押し当てた手の隙間から――切なさはまた一筋、溢れて頬を滑り落ちた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ギド・スプートニク
私の故郷は雪に覆われた白い大地
故に元よりこの世界で
一面の花など見た事は無かった

別段、花を愛でるような趣味はない
美しいとは思えど
それまでの話
深い感傷に浸るでもなく
ただ眺めるのみ

吸血鬼どもを屠れば
この世界にも暖かな陽が差すのか
或いは元より世界は『こう』なのか
そんな事さえ知り得ぬが

陽の差さぬこの世界でも咲く花があるように
今なお、息衝く命がある

私にそれらを救う義務など無い

この世界が滅びたところで、別の世界に住まえば良いだけの事

されど

私はこの世界を救いたい

父と母が出逢い
そして死んでいった世界

私の生まれた世界

この世界で得てしまった縁もある
せめてその者らだけでもマシな幸せを手に入れられるような
そんな世界を


ノワール・コルネイユ
ささやかな未来も許されずに奪われて
それでも尚、誰かを想える強いヒトがいたと云う

…眩しいもんだな

手紙は届くべき者へ届いた
だから、誰かが促さなくとも腹は決まっている筈
とやかくは言わないさ
当面、会いに行くべきじゃないのは分かっただろうしな

二人がまた出会えるのは、恐らくずっと先の話
その時までに土産話を山ほど用意しておくといい
彼女が美しいと綴った世界の未来
自分の目で見て確かめて、ありったけ届けてやればいい

それはきっと、彼にしか出来ないこと

何処までも陰惨で鬱屈とした世界だというのに
それでも暖かで、眩い光を放つ者がいる
その者を、その想いを継ぐヒトを救うことが出来たなら

いつかこの世界も、変われるのだろうか



 美しい涙が流れている。アイノという一人の女性が遺したもの――鮮烈に生きた人を想う光景に、ノワール・コルネイユ(Le Chasseur・f11323)は紅い瞳をそっと伏せて、一人静かに物思う。
(「ささやかな未来も許されずに奪われて、それでも尚、誰かを想える強いヒトがいたと云う。……眩しいもんだな」)
 背線に沿って落ちる黒髪を揺らして、俯いたその視界には、大地埋め尽くす白い花。死を迎えようとしたアイノが、思い浮かべた愛した景色――手紙に認めた彼女の想いは、猟兵達の手によって、届くべき者の元へ無事送り届けることが出来た。
(「だから、誰かが促さなくとも腹は決まっている筈。とやかくは言わないさ――当面、会いに行くべきじゃないのは分かっただろうしな」)
 顔を上げて、ノワールはディルを見遣る。
 今日救い出した灰の瞳の青年は、明日への不安こそ語りながらも、アイノの手紙を胸に抱いて今花畑の中に在る。不安を語る――一見負の感情とも思えるそれは、生きる意志が無ければ生まれない感情だ。
 世界に絶望していたディルは、アイノが居ない未来へ――もう進み始めている。
(「二人がまた出会えるのは、恐らくずっと先の話。その時までに土産話を山ほど用意しておくといい」)
 瞳緩めて微笑んで、ノワールはしゃがむとそっと地に咲く花へと触れた。枯れては咲く、この花達の様に――ディルが生きて生きて生きた果て、やがてその命尽きるまで精一杯全うすることこそ、アイノが手紙へ託した想いの筈だ。
「……彼女が美しいと綴った世界の未来を、自分の目で見て確かめて――ありったけ届けてやればいい」
 ――それはきっと、ディルにしか出来ないことだと。
 微笑みの中に呟きながら、ノワールは再び一面の花々へと視線を巡らす。儚くも力強いその花覆う光景を――雪深き故郷に重ねてギド・スプートニク(意志無き者の王・f00088)もまた、広く遠く眺めていた。
(「――私の故郷は雪に覆われた白い大地。故に元よりこの世界で、一面の花など見た事は無かった」)
 花畑には踏み入らぬまま、ただ佇んで眺めるこの光景を美しいとギドは思う。思えど、別段花愛でる趣味もギドには無かった。
 だから、ただ眺める。深い感傷に浸るでも、遥かな記憶が過るでも無く――ただ遠く遠く、一面に咲く白の光景を薄氷の瞳に享受するのみと。
 ――そう、思っていたのだ。その一輪一輪の花達に、命の儚さと力強さを見出す迄は。
(「吸血鬼どもを屠れば、この世界にも暖かな陽が差すのか。或いは元より世界は『こう』なのか。そんな事さえ知り得ぬが――陽の差さぬこの世界でも咲く花があるように、今なお、息衝く命がある」)
 例えば、母を喪い泣きながら、それでも気丈に前を向いたあまりに幼い少女。
 例えば、支配に恋人を失い一度は世界に絶望し、それでも明日を生きると前を向いた今日の男。
 地に咲く花の一輪一輪を手折ることは簡単で、滅することも酷く容易い――渇きの地に懸命に生きる、その姿はまるで虐げられるこの世界に生きる人々そのものだ。
 そして、ギドにそれらを庇護し、救う義務など無い。例え結果この世界が滅びたとしても、生きながらえる他の世界への扉を、既にギドは手にしているのだから。
(「……されど」)
 ――それでも、今ギドの瞳は絶望の地に咲く花を真っ直ぐと見つめていた。
(「私は――この世界を救いたい」)
 胸を熱くする切なる願いを、ギドは初めて自覚した。それがこれまでも心の奥底にあったものか、今日初めて生まれた感情なのか――それは解らなかったけれど。
(「此処は父と母が出逢い、そして死んでいった世界。そして――私の生まれた世界」)
 この支配搾取の世界に生まれて生きて、或いは猟兵として世界を渡る最中にも、得た縁が幾つも在った。
 せめて、そんな近く在る命だけでも――生きる人として、当たり前の幸せが得られる世界で在る様に。
「そんな世界を、……私は」
 ぽつり、と。消え入る様に落とした男の低温の声は、誰の耳へも届くことなく世界の中へと消えていく。それは、この広い世界の中にはまだ小さな小さな波紋だった。
 それでも――変わろうと願って、変えていく力を人は、命は持っている。
(「何処までも陰惨で鬱屈とした世界だというのに、……それでも暖かで、眩い光を放つ者がいる。その者を、その想いを継ぐヒトを救うことが出来たなら――」)
 白き花光る美しい光景から暗い夜の空を見上げて、胸に抱いたノワールの心の声は、その果てだけが声となって祈りの様に世界へ落ちた。
「……いつかこの世界も、変われるのだろうか」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

筧・清史郎
ディルと少し話をしようか

闇を彩る無数の白…幻想的だな
無理なきようにと、まずは添えて
俺でよければ話を訊こう

そして彼の紡ぐ心に触れた後
先日俺はこの世界で、ディルと同じ様に恋人を殺された少女と会った
彼女も絶望し命を投げ出そうとしたが…生きる覚悟を決めた
それは、生きて欲しいと…大切な人はきっとそう望むから、だと

生きていく以上、様々な受難が今後もあるだろう
だが、アイノの言う通り、生きていれば花は咲く
同時にディルが生きている限り、アイノという美しい花も咲き続けるのではないだろうか

そして俺は今の生を悔いなく謳歌したいと、常に強く思っている
この白花の如く、闇の中でもこのように美しく咲けるのだと、誇りたいからな


壥・灰色
数少ないダークセイヴァーの花だ
摘んだりはせずにおこう
踏み入ることもなく、ただいつか、アイノが愛したのであろう、闇に包まれてなお白く可憐に咲く花の絨毯を、得難いものを見るように――目に焼き付けるように見つめるだけ

――ディル
きみは『花言葉』というのを知っているかな
咲く花にそれぞれ、別の意味を与える文化なんだ

おれのいた国にも、この白い花と似た花が咲いていた
その花にも、花言葉があるんだ
ここに咲いているものとは違う花かも知れないけれど……

『約束』とか、『私を想って』という意味なんだそうだよ
アイノからのメッセージみたいに聞こえないかい?

きみの今後に幸を祈るよ
また、きみが困ったら、きっと助けに来よう


逢海・夾
ヒトと手を繋いだのは、いつぶりだろうな
…最初はただ、「取り落としてしまった」奴を、オレの在り得た姿を、ひとつの答えを見るために来ただけだったんだがな

特に何をするということもねぇ、ただ花を眺めるぜ
白は汚れが目立つからな、この手じゃ…なんてな
思い出は綺麗なままで、闇を照らす光になる。そうだろ?

誰かの思い出話があるなら、相槌くらいなら打ってやれる
手向けの花も送ってやれねぇから、このくらいはな

オレ達の掴み取った選択肢を、お前がどう選ぶかも自由だ
悩め、選べ、それが生きるってことだろ
――ただ、お前の中の光が、今度こそ奪われることのないように、と。
そうであればいいと、思うしか出来ねぇけどな



 いつかの夜明けを願う。いつかきっと、この花達が光の中に広く世界へ咲き誇る時が来るものと――絶望の最中にも咲く、その得難さを噛み締める様に、また目に焼き付ける様に、壥・灰色(ゴーストノート・f00067)は一人静かに白花の絨毯を見つめていた。
(「……数少ないダークセイヴァーの花だ」)
 思えば色彩褪せた少年は、花へ踏み入ることもせず、花摘むこともしなかった。背に靡く髪を花香の風に揺らして佇む灰色の瞳に、アイノの愛したこの世界の花達は、闇に包まれてなお光放つように美しい。
 白――純の色だとそう思えば、逢海・夾(反照・f10226)は白花の中、掌を見つめ自嘲する様に微笑んだ。
(「白は汚れが目立つからな、この手じゃ……なんてな」)
 紅蓮の瞳を緩く細めて、やはり夾もその花を手折ることはしない。ただ何をするでもなく、白花の中に佇んで――見つめ続ける掌は、今日のディルを絶望の中から連れ出した手だ。
(「ヒトと手を繋いだのは、いつぶりだろうな……最初はただ、『取り落としてしまった』奴を――オレの在り得た姿を、ひとつの答えを見るために来ただけだったんだがな」)
 やがてすい、と掌から紅の視線を上げて、夾が見つめるはディルだ。猟兵達との関わりに幾分目を赤くした花冠飾る黒髪の青年は、藍の髪と袖を花香の風に揺らす筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)を見つめ、その言葉と向き合っていた。
「無理なきようにな、ディル。……俺でよければ話を訊こう」
 立つだけで花纏う様な清史郎の唇は、穏やかに紡ぐ声でディルの心へ問い掛ける。今の想い。悲しみも辛さも――その全て、もしも紐解くことが出来たなら、きっとそれは明日に繋がる筈だと、清史郎は信じていた。
 その心は、今何を想って痛むのか――その問いに、ディルはそっとアイノの手紙を開くと、その筆跡を撫でながら、悲しげに俯いた。
「……俺はずっと、この世界は狂ってると思ってました」
 幼少から染みついたヴァンパイアへの隷属も、無意味に繰り返される蹂躙も。アイノを喪ったことで、ディルはその虚しさに気付いた。
 きっとこれからを生きる上でも、その虚しさは抱き続けることだろう。それなのに――こんな歪んだ世界の中で、自らも蹂躙の憂き目に合おうという時に、アイノは『この世界は美しかった』とそう手紙をディルへ遺した。
「俺は、生きることが怖いです。……でもアイノは、こんな俺にも花咲くと言った。……自信が無いです。彼女の遺してくれた想いに、報いたいのに――」
 顔上げたディルの視線の先には、咲き誇る白花の景色が広がっていた。嘗てアイノと共に見た――その光景は美しくて、アイノはただただ愛しかった。
 アイノが居ないこれからに、この虚しさを知った世界へ、果たして自分は同じ感情が抱けるだろうか――。
「……ディル。先日俺はこの世界で、ディルと同じ様に恋人を殺された少女と会った」
 その紡ぐ心に触れた時、清史郎は応えるべく動き出す。
「彼女も絶望し命を投げ出そうとしたが……生きる覚悟を決めた。それは、生きて欲しいと……大切な人はきっとそう望むから、だと」
 それは、まるでアイノとディルの様。この世界に、今日の様な悲劇は当たり前に起こっているけれど――この時救った少女の姿に、清史郎は生きる人の強さを見た。
「そして俺は、今の生を悔いなく謳歌したいと、常に強く思っている。この白花の如く、闇の中でもこのように美しく咲けるのだと、誇りたいからな」
 百年人の想いを受けて、命を宿した清史郎。人の心の温かさ、愛おしさを知る硯箱のヤドリガミは、受けた心を誇るから、自らの生を精一杯生き尽くそうと決めていた。
 人の様に、強く。少女の様に、人の想いを継ぐ者として――その心を、清史郎はディルへと送る。
「……ディル。生きていく以上、様々な受難が今後もあるだろう。だが、アイノの言う通り、生きていれば花は咲く。同時にディルが生きている限り、アイノという美しい花も咲き続けるのではないだろうか」
 アイノは、いつでもディルの傍らに居る。その記憶に、心の中に忘れずに在る限り――紅の瞳を優しく細め、微笑んだ清史郎の声に、いつの間にか傍らに居た少年の声が連なった。
「――ディル。きみは『花言葉』というのを知っているかな」
 見上げたディルの灰瞳と、同じ色の瞳の少年――白花咲く上を避けてディルへ近付いた灰色は、そっと地にその両膝を付くと、その瞳を覗き込む。
「咲く花にそれぞれ、別の意味を与える文化なんだ。……おれのいた国にも、この白い花と似た花が咲いていた。その花にも、花言葉があるんだ。ここに咲いているものとは違う花かも知れないけれど……」
 ――シロツメクサ。この地に咲く白花に重ねるならば、恐らく最も近いその花の持つ意味を記憶の中に見つけた時――灰色はそれが、アイノの想いにぴったり重なった様な気がしたのだ。
 花言葉は――『約束』、そして『私を想って』。
「……アイノからのメッセージみたいに聞こえないかい? おれはアイノを知らないけど、なんだかすごくしっくり来たんだ」
 『想う限り、アイノはディルと共に在る』――清史郎の言葉を、アイノの愛した花達も肯定しているよと灰の瞳を微かに緩めた灰色に、ディルは双眸を見開いた。
 その時目尻から零れ落ちた小さな光は、とても、とても温かくて――ぽたりと白花へ落ちるを見れば、夾はそっと紅瞳を笑みに伏せる。
(「……思い出は綺麗なままで、闇を照らす光になる」)
 きっともう、ディルが自分の中に在るアイノの存在を見失うことは無いだろう――そうあるようにと夾は願う。
「オレ達の掴み取った選択肢を、お前がどう選ぶかも自由だ。……悩め。選べ。それが生きるってことだろ」
 最後にディルへと背を押す言葉を贈った夾に、灰色も頷くと、祈る様に瞳を伏せる。
「きみの今後に幸を祈るよ。……また、きみが困ったら、きっと助けに来よう」
 アイノの願ったディルの花咲く未来を――おれたちも願うと、そう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

蒼城・飛鳥
ディル、で良いんだよな
…さっきは乱暴にしちまって悪かったな

それ、アイノに手向ける花か?
…よっし、ならさ
折角だ、花冠も作ってみねーか?
野郎同士で花冠っつーのも絵柄的になんだけどな(ニッ)

って、この世界じゃ花は珍しいから花冠って言ってもあんまり身近じゃねーか?
まあ任せろって!
俺のいたとこに咲いてた花に似てるし、多分作れると思うぜ
…昔よく妹に作ってやったからな
綺麗に作ったらきっとアイノも喜ぶさ
ほら、ここをこうして、だな…

すげーよな、アイノってさ
俺は彼女を知らねーけど…最期の時までお前を想って、こうして今を生きるお前にその想いを届けたんだから
…今度はお前がしっかり届けて来いよ
花と一緒に、今の想いをさ



 救いの言葉が、ディルの中に降り積もる――猟兵達の掛ける声一つ一つを確かに聞き届けた蒼城・飛鳥(片翼の鳥は空を飛べるか・f01955)は、その音に果てを知ると、静かにディルへと歩み寄った。
「――ディル、で良いんだよな。……さっきは乱暴にしちまって悪かったな」
 申し訳無さそうに微笑んで、飛鳥が語るさっき、とは、エリシャとの戦いの最中のことだ。
 アイノの心を想い、熱くなってディルの胸倉を掴んだ。先ずはその詫びをディルへと告げて、飛鳥はディルの隣へ腰掛ける。
「……それ、アイノに手向ける花か? ……よっし。ならさ、折角だ、花冠も作ってみねーか? 野郎同士で花冠っつーのも絵柄的になんだけどな」
 ニッと歯を見せ人懐こい笑顔を浮かべながら語る飛鳥は、しかしちゃんと解っていた。
 ディルの頭には花冠があったし、その左腕にももう一つ、猟兵が作ったアイノの花冠があった――数は充分と解ってそれでも飛鳥が摘んだ白花を編もうとしたのは、ディル自身に花冠の作り方を教えるためだ。
 花咲く光景が希少なこの世界に、花冠が身近な筈が無い。でもかつてアイノと共に過ごした景色の中で新たに前へと進むのならば――新たに記憶に刻む何かがあっても良いと、飛鳥はそう思ったのだ。
「まあ任せろって! 俺のいたとこに咲いてた花に似てるし、多分作れると思うぜ。……昔よく妹に作ってやったからな」
 過る記憶に、少しだけディルにも通じる影を落として。しかしすぐさま明るい笑顔へ戻ると、飛鳥はディルへ花を手渡し、花冠編む手を教えていく。
「ほら、ここをこうして、だな……そうそう、うん。……綺麗に作ったらきっとアイノも喜ぶさ」
 終始ニコッと明るく笑って、飛鳥はディルを手伝った。その手が少しくらいおぼつかなくたって、少しくらい形が歪だって――完成すれば嬉しそうに笑ったディルに、飛鳥も『お疲れ』と微笑んだ。
「……すげーよな、アイノってさ」
 微笑みののちに――飛鳥は見えないアイノを想う。
 死ぬことを、ヴァンパイアから宣告されたも同然だった。たった一人で領主の下へ赴いたアイノは、迫り来る死の時を前に、怖かったに違いないのに――ディルへ何かを遺せないかと、最期まで足掻き続けた。
 絶望して自死するでも、逃げようとするでもなく。やがて来る死を受け入れ、その最期まで自分らしく在ろうとした少女は結果、恐ろしい領主を見事に欺き、遂に願いを叶えたのだ。
 猟兵達の手を借りて――二年の時経て、その心はディルへと届いた。
「――なあディル。俺は彼女を知らねーけど……最期の時までお前を想って、こうして今を生きるお前にその想いを届けたんだから。……今度はお前がしっかり届けて来いよ」
 言って飛鳥は立ち上がると、ポンとその背中を叩いた。――刻限だと、解っていた飛鳥が最後に出来ることは――きっとこのくらいしかなかった。
「花と一緒に、……お前の今の想いをさ」
 いつも通り浮かべたつもりの笑顔が少しだけ悲しそうだったのは――この先のディルの道に待つ厳しさに伴うことが叶わない、猟兵達の葛藤の表れかもしれなかった。



 ――花畑に一人座り込み、ディルは無数の背中を見送る。
 一人、また一人と、その背中が赤い光の中に溶けていく光景は本当に不思議だった。でも『猟兵』と呼ばれた彼等が決して夢ではないことは、手の中にある手紙が証明してくれていた。
 ディルはもう一度封を開くと、愛しい人の筆跡を、その声に穏やかに辿る。


 ――愛しい方へ
 筆にて遺す、私の最期の無礼をどうかお許しください。
 この先に生きるあなたへ、私の想いが届く様祈っています。

 貧しい日々でした。幼い頃より、これまで生きて私が遺せたものなどそう多くはございません。
 空は暗く、灯りは乏しく、人の交わす言葉も少ない。そんな日々の中で、あなたの存在が、これまで私を生かしてくださいました。
 領内へわずかに咲く、花を見せてくださった。あなたがいてくださったから私は、この不毛の大地に花咲く光景を見出すことが出来たのです。
 私の生きたこの世界は、あなたがいたから美しかった。

 どうかこの先を生きるあなたにとっても、世界が美しくありますように。
 あなたのこれからが、花咲く世界でありますように。
 あなたとの出逢いに、ありがとう。
 花は咲きます。あなたが生きていてくださる限り。


「……俺もだよ、アイノ。俺の生きるこの世界は――君がいたから輝いていた。君と、……彼らが今日、教えてくれた」
 応える様に呟いたディルの灰の瞳から、また涙が零れ落ちた。いい歳して、男泣きなんて情けないとそう思いもしたけれど――一人で世界に佇む今、もう止められそうになかった。
(「どうして、忘れていたんだろうな……こんなに綺麗な景色を。こんなに……綺麗な世界があったことを」)
 眼下には、一面に咲き誇る美しい白花。それを滲む視界に映して――立ち上がった青年は、ぐい、と涙を袖で拭うと、赤い光へ背を向けて、未来へ向かって歩き出す。
 その心に浮かぶ、大好きな花咲く笑顔が――たとえ、今は記憶の中の幻でも。
「君と、それから君達との出逢いに、……俺の方こそ、ありがとう」
 かけがえない出逢いとの感謝を世界へ解き放ち、進むディルはただ思う。
 君と生きたこの世界は――君を喪った今ですら、君を想うとこんなにも美しい。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年05月18日
宿敵 『エリシャ・ロッソカステル』 を撃破!


挿絵イラスト