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シャングリラ☆クライシス㉒〜そんな熱よ、どうか

#アイドル☆フロンティア #シャングリラ☆クライシス #第三戦線 #霊神『グラン・グリモア』

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#霊神『グラン・グリモア』


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●消えてなくなるな!
『時が過ぎる事、変わりゆく事、老いてゆく事に――|価値などなかったでしょう?《・・・・・・・・・・・・・》』
 多くの猟兵たちが知覚したであろう『予兆』の一部をなぞるように、ニコ・ベルクシュタイン(虹を継ぐ者・f00324)はグリモアベースの一角でそう呟いた。懐中時計を手にしながら猟兵たちを迎える姿こそ常のそれに見えるが、堅苦しい表情と呼ぶには眉間に寄った皺がいっそう深い。
「……皆、ご多忙の中お集まり頂き感謝する。グリモアエフェクトを発動させられるかは最後まで分からないが、全てが上手く行けば、これから皆に討伐を依頼する『霊神』へと完全なトドメを刺す事も叶うやも知れない」
 ニコは懐中時計の蓋をぱちんと閉めて懐に収めると、硬質な声でそう切り出した。
「骸の海に於いてさえも厄災とされる存在とは恐ろしいものだが、俺達は遂にそういった手合いとも正面からぶち当たれるようになった――というべきだろうか。グラン・グリモアに手が届く範囲にまで踏み込める今こそ、これから話す内容に問題が無ければ助力を賜れれば幸いだ」
 表情も険しければ、声音も硬い。
 グリモア猟兵は己が視たものを、極力感情を交えまいとしながら言葉を選ぶ。
「此れから皆を送り出す戦場は、骸の海で覆い尽くされる。其の中から|ある存在《・・・・》をオブリビオン化させて引きずり出し、皆の心をも蝕もうとするだろう」
 開いた口が一瞬止まり、少し遅れて声が発せられた。

「どれだけ努力を重ねても届かなかった夢の前に、膝を折り泣いた事はあるか?」
 それは、問いかけだった。
「悔しいとさえ最早思えず、ただ其の場に蹲る事しか出来なかった事はあるか?」
 俺は此れから皆に地獄を見せるが良いか、そう言わんばかりだった。
「どうせ報われないという感情こそが、音を立てて人の心をへし折るのが上手らしい。負けたくないなら、|抑《そもそ》も闘わない事が最適解らしい。そうして屈した人々こそが、オブリビオンと化して皆の前に立ちはだかり、強烈な諦念を皆にも植え付けようとして来ることが視えた――振り払える自信はあるか?」
 眼鏡の奥で目を細めるニコの雰囲気は硬いままだ。猟兵たちへ向ける信頼自体は常と変わらないが、事実上突きつける状況の過酷さに、気を回しているのだろうか。この男は『血の滲む努力を重ねてなお夢破れ、心が折れてしまった人々から浴びせられる諦念を、強く澄み切った心で振り払え』と言っているのだ。難しい話だ。語る本人こそが一番良く理解しているから、前もって予防線を張ったのだろう。

「どのように克服し、超越し、むしろ反撃に転じるかは皆に任せる」
 時に激しく、時に|嫋《たお》やかに、個々の対応があるだろうと、ニコは虹色の星形のグリモアを輝かせ始める。こうなればあとは一歩踏み出すだけで、グリモア猟兵が示した諦めという概念との闘いへと身を投じることになる合図だった。
「……なあ、皆」
 珍しく、ニコが明確な意思で猟兵たちに業務連絡以外の言葉を口にする。
「俺は、皆が此れまで積み重ねてきた過去の全てを肯定したい」
 懐中時計のヤドリガミは、何よりも時間という概念を重んじる。
「霊神が其れを否定するというのなら――ひとつ、|ぶちかましてやってくれないか《・・・・・・・・・・・・・・》」
 完全と永遠と安寧に浸るのはさぞや心地良いだろうが、世界の時間は全て止まる。
 変化やそれに伴う喜怒哀楽の全てに、価値などなかったろうと問われたらどうか。
 ふざけるなよ、と我先に殴りに行きたい心地を、裡に秘めているのかも知れない。

「折角のアイドルステージだ、どうせなら……思い切りヒロイックに振る舞っても良いかも知れない。タイムスケジュールは決まっていないが、出来れば早めに戻って来てくれないだろうか。皆が如何にして諦念を克服したか、聞かせて貰いたいのでな」
 最後の言葉を口にして初めて、ニコは口の端を上げて笑んだ。
 どうあっても猟兵というものは、勝利しかもたらせないものだと信じるが故に。


かやぬま
 ご無沙汰しております、かやぬまです。
 現在上映中の映画『ひゃくえむ。』の中に大体の答えは詰まっていると思いますが、
 それはさておき霊神『グラン・グリモア』との闘いのシナリオをお届け致します。

●プレイングボーナス
『強く澄み切った心で、諦めを振り払う/アイドルパフォーマンスを行い、召喚されてきたオブリビオンを浄化する』
 両方を満たすのが理想的ではありますが、難しければ前半だけでも踏まえてプレイングを送っていただければ、判定に上方修正をかけます。

●戦場情報
 天候:不定、舞台:アイドル☆フロンティア・永遠祭壇に広がる骸の海、時間帯:不定、難易度:やや難。
 夢や希望の成れの果てとも言える存在――諦念という概念がオブリビオンと化して、グラン・グリモアと皆様の前に立ち塞がります。これらを蹴散らしてグラン・グリモア本体に一撃入れられれば成功の判定となります。どのような情景が広がる中、どのように皆様が戦うのかをプレイングに盛り込んでいただければ、可能な限り織り込みます。
 永遠祭壇は別名「究極のアイドルステージ」でもあるので、アイドルステージでの戦闘についてのルールが適用されます。観客の応援を一身に受けて頑張っていただくとイイ感じになるかも知れません。

●プレイング受付について
 断章はありません、オープニングが公開され次第受付を開始致します。
 成功度達成分の青丸が集まったなと判断したところで受付終了のアナウンスをタグとMSページで行います。
 可能な限り皆様を描写させていただければと思いますが、力及ばずお返しすることとなる場合もございます。恐れ入りますが、その時はどうぞご容赦下さい。
 また、プレイング送信の前にMSページにもお目通しいただければ幸いです。

 後悔も嘆きも、努力あってのこと。
 それに呑まれるかそれを糧とするかの分かれ道を、どうぞかやぬまに見せて下さい。
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第1章 ボス戦 『霊神『グラン・グリモア』』

POW   :    グラングリモア・メモワール
【指先】で触れた対象と同じ戦闘能力を持ち、対象にだけ見える【記憶の化身】を召喚し、1分間対象を襲わせる。
SPD   :    グラングリモア・ホワイトタイド
レベルm半径内に【骸の海】を放ち、全ての味方を癒し、それ以外の全員にダメージ。
WIZ   :    グラングリモア・スティルアライブ
【骸の海に沈んだ「過去」】から、対象の【過去を失いたくない】という願いを叶える【オブリビオン】を創造する。[オブリビオン]をうまく使わないと願いは叶わない。

イラスト:稲咲

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

嶺・シイナ
文庫本をばらりとめくる
読書という非戦闘行為に没頭しながら
戦場に立つ

【人間失格】

骸の海から出てきたのは
……やっぱり、あなたか

一握りの花びらしか残さず死んでしまったあなた
僕の中にいるとしたらあなただろうな
逢えると思ってここに来た
よかった
でもまた花びらになって消えるんだろ
知ってる

僕の心は澄みきってなんかいないし
アイドルでもない
何より生きるのが下手だ

けど、あなたに置いていかれるより
あなたと老いていく未来が欲しかった
それだけなんだ

ばらばらとめくれる文庫本
ただ読み続け、感想を述べ
技能も何もないけれど
情念に基づく語り口のみで
骸の海を越えてゆく

生きてほしかった人相手に
武器なんて振るわない



●たとえそれが茨の道だとしても
 アイドルステージと言われれば、ほぼ誰もが真っ先に、絢爛豪華なステージを想像することだろう。だが、霊神『グラン・グリモア』が待ち受けていた場所は――それら全てが過去へと過ぎ去ったことのように、かつてステージだったものが寂寞たる残骸と化してそこにある。静かに舞い降りた可憐と異形、相反する要素を一つの身体に内包した存在――霊神は言う。

『嫌だ。わたしは、愛したものたちが指針を失い、歪んでゆく様を見たくない』
 愛惜の念は酷く切実で、一途で、それは度が過ぎたばかりに、変化を拒絶する。
『昔のままでいて。わたしが好きだったあなた達のままでいて』

 グラン・グリモアの声を真っ先に聞いたのは、嶺・シイナ(怪奇人間の文豪・f44464)だった。それは即ち接敵の合図でもあり、ぶわりと広がった骸の海は、あっという間にシイナの爪先にまで侵食してくる。当のシイナは、少なくとも表向きは同ずることなく、懐から文庫本「亜桜研究所」をゆっくりと取り出した。
(「僕は、どうあっても生きるのが下手らしい」)
 澄み切った心で諦念を振り払うのも、|偶像《アイドル》を演じるのも、きっと難しい。

 ――ごうっ!

 突如勢いを増した骸の海が怒濤のようにシイナの足元を攫おうとし、必死に抗う。其の中で、人のカタチをした何かが、ゆうらりと湧き上がった。可憐な少女であり、頼もしい姉貴分であり、人生のどん底に居たと言っても過言ではなかったあの頃、確かにシイナの心の支えであったひと。

「……やっぱり、あなたか」
 どれだけ努力を重ねても、報われることなく散っていった命など、世界を俯瞰すればそれこそ塵芥の如く転がっており、いちいち構っては居られないのかも知れない。
(「一握りの花びらしか残さず死んでしまったあなた」)
 だが、他ならぬシイナは。その命ある限り、決して忘れることがない。
 シイナの眼前に、一度は花弁と散ったはずの少女がひとのカタチを模して立っているのだから、それが何よりの証拠だ。

 ――今度こそ一緒に、ずうっと、変わらずに生きていきましょう?

 甘美な誘い文句に思えただろう。誰より深く心を通わせた相手から、そんなこと。
 心が揺らがなかったかと問われれば、嘘になる。シイナがこの戦場に赴いたのも、骸の海から己の前に現れるのは、多分、恐らく、きっと――『あなた』なのだと確信を持っていたからだ。
 生温い春の夜みたいな気配は、そこに留まり続けると、きっと毒になる。幾多の先人たちが、文章という形でそれを記し、今まさにシイナの手にある文庫本の中に収められている。ページを繰るごとに、シイナの意志は強固なものとなっていき、敵の奸計の一切を受け付けない。

『……どうして?』
「会えて嬉しい、でもまた花びらになって消えるんだろ、知ってる」
『ここに留まりさえすれば! 時計の針を止めてさえしまえば!!』

 ざあ、と。花散らしの風が吹いた。舞う花弁。安寧を否定するシイナの意志。
 シイナは、直接的に敵対者へ攻撃を仕掛けようとはしなかった。文庫本のページを捲り、非戦闘行為に没頭することで、霊神への無関心を貫いたのだ。
「僕の願いは、ただ一つ」
 生きるのが下手で、それでも一縷の望みに縋るかのように、まだ生きている己は。
「あなたに置いていかれるより、あなたと老いていく未来が欲しかった」
 骸の海に取り込まれてしまった最愛の人への、最早決して叶わない、切なる願い。

 はらはらと、まるで涙を流すかのように、最愛の人がその姿を保てなくなっていく。シイナが予見した通り、どうあっても花弁となり散ってしまう定めなのか。

『それこそが、あなたの諦念なのではないですか?』
 霊神が、シイナの心を蝕むような言葉を紡ごうとも。
「僕には、思い出がある」
 何ら無意味で、無価値だと、霊神が断じたものを敢えて引き合いに出す。
「歴史と言い換えてもいいだろう――それが僕の裡にある限り、何度でも」

 希望も絶望も、死への恐怖も、生への渇望も。
 闘いで摩耗しつつある精神さえも、まるごと受け入れて。

「この|精神《こころ》が摩滅してしまうその時まで、歩みを止めることはない」

 少なくとも今はまだ、あなたに、会いには行けない。
 胸を張って会いに行けるかさえ最早怪しいのに、それでも、それでも。

 ――立ち止まることだけは、決して、許されない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フェリデル・ナイトホーク
そうですね、頑張ってもダメだったことも。徒労感しか残らなかったことも。これまで何度もありました。
けれど、素敵な出来事も、大事な経験もありました。何より、関わった人達の笑顔がありました。
心折れてしまうことも、諦めてしまいたくなるのも理解できます。けれど、わたしは諦めません。
辛い経験も、幸せな思い出も、無駄だったものなんてひとつも無いから。全てを抱えて翔び続けます。

――その想いを、未来へ運ぶために!
行きましょう、わたしと一緒に、未来へ!

そんな想いをアピールし、諦めを振り払います。オブリビオンにも響けば良いなと思いつつ。
グラン・グリモアが放つ骸の海も突っ切って、薔薇の剣戟を撃ち込みます!



●蒼空に舞え、赤き花弁よ
 はらはらと、舞い落ちてくるのは何だろうか。
 薔薇だ。薔薇の花弁だ。
 鮮烈なまでに咲き誇る赤はまるで紙吹雪のように、蒼い鱗持つ人派ドラゴニアンの少女――フェリデル・ナイトホーク(想いの運び手・f37476)がその渦の中心で独り立つ。
 肩から提げた鞄に、無意識に触れる。その中には、ひと仕事終えてから届けなければならない、溢れんばかりの『想い』が込められた手紙たちが詰められている。
 手紙の内容までは、知る由もない。些細な近況報告かも知れないし、重大な打ち明け話が秘せられているかも知れない。分かっていることは、そこに貴賤などはなく、等しく誰かから誰かへ、確かに届けられなければならないことだ。

 フェリデルは心の裡で振り返る。己の行いが無為に終わり、空虚を感じたことはないか。
「……そうですね」
 グラン・グリモアとの間には、可視化された骸の海が――輪郭がおぼろな無数の人影が――蠢きながら立ちはだかっていた。それらは口々に問うてくる、そんなものを届けたところで何になると。舞い踊る範囲を拡大しつつあった薔薇の花弁を、嘲笑うかの如く呑み込みながら。触れては朽ちる花弁から視線を外さず、フェリデルは言葉を続けた。
「頑張ってダメだったことも、徒労感しか残らなかったことも」
 荒天如き、配達遅延の言い訳にはならぬと。
 明日には届けて欲しいと、無茶を言われようと。
 自分なりに最善を尽くしたつもりでも、配達先や依頼主から心ない言葉を浴びせられたことがあった。それは覆しようのない事実だ。しかも、一度や二度ではない。
『なら、何故』
「それ以上に、素敵な出来事も、大事な経験もあったからです」
 人は、見落としがちなのだ。苦境に立たされるとまるで己が孤立無援の崖っぷちに追いやられた心地になるが、足元には確かに、光り輝くものが転がっているはずなのだ。絶望に膝を折り顔を覆ってしまった者には見えずとも、そこには確かに、存在するのだ。
「何より、関わった人達の笑顔がありました」
 フェリデルは忘れない。いつだって思い出せる。手紙を届けた時の、何気ない一言――例えば『ありがとう』だとか『ご苦労様』だとか、たったそれだけで構わない。チップを弾まれたことや、労いにお菓子を渡されたことだってある。配達には既に相応の対価が発生しているのだから、それは勿論、完全な好意だ。

「心折れてしまうことも、諦めてしまいたくなるのも、理解できます」
 否定はすまい。己はたまたま踏み止まれただけで、絶望という奈落に落ちてしまう者を弱いと断ずることなど出来なかったから。
「けれど、わたしは諦めません」
 霊神は『過去には何の意味もない』と言った。
 だが、今まさにフェリデルの背中を押して駆動せしめるのは、間違いなく彼女を構築してきた『過去』の全てに他ならない。辛い経験も、幸せな思い出も、無駄だったものなんてひとつもないと――そう、断言できるから。
「全てを抱えて、翔び続けます」
 たん、と。蒼い少女が地を蹴って宙に舞う。赤い花弁を吹き散らして骸の海を飛び越すさまはあまりにも美しく、見守っていた観客達を瞬く間に魅了した。声援を文字通り力に変えれば、赤はより強く舞い踊り、フェリデルの蒼とのコントラストも鮮やかに、足場もない空中を軽やかに跳ねていく竜の乙女が、諦念を振り払うのを見せつけた。

「――その想いを、未来へ運ぶために!」

 過去なくして、未来は語れない。
 永遠などとは聞こえが良いが、それは停滞に過ぎない。
 痛みを伴おうとも、フェリデルが目指し、届け、紡ぎたいのは――。

「行きましょう、わたしと一緒に、未来へ!」

 骸の海が、不気味な人影をしたものが、石礫を投げてくるようだった。身体中を掠めて明確な痛みが伴ったが、それがかえって思考をクリアにする。視線を寄越して口の端を上げ笑んでみせれば、骸の海――オブリビオンどもが、僅かに動揺したかのように見えた。
『変わらないで、お願い、歪んでしまわないで』
 グラン・グリモアの懇願めいた声が近い。それだけ肉薄しているのだ。
『この先には――何も約束されていないのに!』
「それでも、いいっ!」
 フェリデルの決意を乗せた叫びと共に、薔薇の花弁がごうと渦を巻いて、霊神を巻き込んだ。約束など要らない。明日への道は自分で切り拓くし、他者の祈りと願い、そして想いを運び届けることこそが己の務めだと、自負するが故の強さであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カンナハ・アスモダイ
WIZ
※アドリブ連携等歓迎



諦念が、私の心に強く降り注ぐ
ああ、そうね

もう諦めて、楽になってしまいたいのよね

でもね
私はそうはいかないの
そうやって諦めて蹲る人……|契約者《ファン》とその予備軍達に
私は癒しとエールを送る為、私はアイドルになったんだから

辛くて諦めたくなった時にこそ
夢見た私が積み重ねてきた過去の経験と想いが、その時の私を支えてくれる
だから、絶対に諦めたりしないわよ!



あなた達も、辛いのなら私が支えてあげる
この歌で!
戦場の嘆きを<励まし>、<浄化>するかのように心を籠めた
<歌唱><パフォーマンス>で<歌魔法>を紡ぎ、<アイドル力>を高める
乙女魔法!あなたのハートにらぶ❤ずっきゅん!



●救う者、救われる者
 ――そもそも、何故そんなにも、頑張る必要があるのか?
 突如舞台の上でスポットライトを浴びても、カンナハ・アスモダイ(悪魔法少女★あすも☆デウス・f29830)は動ずることはない。何故なら彼女は悪魔法少女にしてアイドルであるから、こういった場面は慣れたものなのだ。
 だが、今回渡された演目は、どうにも奇妙だった。世界一つを意のままにすることすら容易かろう神たる存在が、輝かしい未来を否定してくるのだという。

 何故、どうして。
 舞台を取り囲む|契約者《ファン》たちは、皆揃って縋るような目でカンナハを見ていた。どうせ報われないという重しを背負ってまで、歩き続ける理由は何だと問うてくる。
「……ああ、そうね」
 あてられるかのように、カンナハ自身にまで、諦念という翳りが落ちるのを感じた。
 切っ掛けは、そうだ。父たる大悪魔アスモデウスの残酷さに反目し、虐げられるばかりだった無辜の民に『癒し』と『エール』を送ること。桜舞う世界を拠点に、カンナハは着実にその名を轟かせ、熱烈な|契約者《ファン》を増やしていった。勿論、現状に満足などしていない。理想は高く、まだ見ぬ――不幸にも未だ己を知らぬ|契約者《ファン》予備軍へとこの魅力を知らしめるべく、この舞台にこうして立っているのではなかったか。
「もう諦めて、楽になってしまいたいのよね」
 それは己に向けたものか、それとも観客席で項垂れて己を見ようともせぬ哀れな者どもへか。心身を蝕む諦めという昏い翳りは、スポットライトが眩しいが故に深く濃い。
 辛くて諦めたくなった日など、数えきれぬ程ある。その度に踏み越えて来られたのは、ひとえに過去の積み重ねがカンナハを支えてきたからだ。過ぎ去った過去が空虚で無意味だなんて言わせるものか、ならば何故今こうして己は立っているというのだ。
 まだ無名に等しかった頃、ほとんど誰からも見向きもされぬと思っていた時、たった一人の見知らぬ誰かに貰った、たった一言の声援で、顔を上げて前に進めたのだ。

 アイドル活動など、誰の心にも届かなければ、あまりにも空虚ではないか?
 カンナハ一人がどんなに頑張ったとしても、観客席の人々に届かなければ意味がない。
 |契約者《ファン》を癒している立場であったはずが、気付けば彼らにこそ救われる立場っであったと知った時、厚底のブーツを鳴らして悪魔法少女は指を突き上げた。
(「そう、そうよ」)
 ならば来たれ、諦念よ。
 私は、決して屈しない。今こうして目の前で諦めてうずくまる|契約者《ファン》予備軍が一人でも居るならば、己の原点に立ち戻って、こちらから手を差し伸べるだけだ。
「私はね、今ここに居る|契約者予備軍《みんな》たちに、癒しとエールを送りに来たの」
 アイドルが俯いてはいけない。少なくとも、舞台の上では。
 今ここにこうして立っている以上、カンナハは最善を尽くさなければならない。
 編み上げブーツで舞台を力強く踏みしめる。スポットライトの熱を感じながら、今度はこの熱を観客席へと届ける時だと。皆が己の|契約者《ファン》となれば、その名の通り対価として最高のエンターテイメントを与える自信があった。ああ、何と舞い甲斐のある舞台よ!
「だから――絶対に諦めたりしないわよ!」
 スポットライトが三本に増えた。最早、影が落ちる余地もない。桃色の乙女は三六〇度余すことなく観客たちを視界に収め、高らかに告げた。

「あなた達も、辛いのなら支えてあげる――この歌で!」

 俯き、膝を折り、項垂れていた人々が、眩さと可憐な歌声につられるように次々と舞台の上で煌めく悪魔法少女★あすも☆デウスを見る。そしてその瞬間、どうしようもなく魅了された。目が離せない。あまりにも、あまりにも――そこには、希望しかなかったから。
『その場凌ぎの刹那な癒しなど、何になるのでしょう』
 グラン・グリモアは、あくまでもそれを否定しようとする。次第に大きくなる|契約者《ファン》の声援を受けながら、カンナハは愛用の二丁拳銃を顕現させる代わりに、指で鉄砲の形を作り、その先を霊神へと向けた。歌とパフォーマンスは、魔術を発動させるための詠唱に等しい。今や最高潮の盛り上がりを魅せる舞台で、放たれるユーベルコードの威力たるや、如何ほどのものだろうか。

「あなたにもあげるわ、乙女魔法」

 ――【|完全無欠★究極乙女砲《ラブズッキュン》】!

 それは今や観客席全体を埋め尽くす|契約者《ファン》たちの頭上を超えて、極太の最強無敵ビームとなって、真っ直ぐにグラン・グリモアを撃ち抜いた。乙女魔法って何だよと問われたら、笑って誤魔化す所存だった。何故なら、可愛いは正義なのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

栗花落・澪
2023年の水着(アイドル衣装)着用

報われない辛さは…いくらでも知ってる
良い事にも悪い事にも、永遠なんて無いけど
それでも努力は無駄じゃないし
希望を持ち続けていればいつか必ず
例え望みと違う形だとしても…未来は、開けるから

僕は勝手に、それを信じてるから

心折れてなお未来を信じ希望に手を伸ばす
そんな歌詞で歌唱しながら
ダンスの振りに合わせて放つ光魔法の属性攻撃は
破魔を宿した光の鳥となってオブリビオン達の心を浄化する
更に応援を糧に指定UCを発動
戦場を破魔の輝きで満たしながら
聖痕の力で花園を生成し
風魔法で柔らかく花弁を舞い上げ目晦ましさせた隙に
グラン・グリモアさん本体にホーミング技術を乗せた光の全力魔法



●傷つけども屈せず、そして
 その天使は、笑顔の向こう側で、幾多の地獄を踏み越えて来たかも数え切れない。
「報われない辛さは……いくらでも、知ってる」
 一見穢れなき純白の翼に見えようとも、それが何度手折られそうになったかも知れない。
 金蓮花を琥珀の髪に揺らめかせて、栗花落・澪(泡沫の花・f03165)は愛らしさと凜々しさを共存させるアイドル衣装を身に纏い、グラン・グリモアへと対峙する。
 幼子の時分は、あまりにも無力だった。自らの生きる道すら選ぶことも叶わず、本来ならば当然の権利として享受すべきだったはずの、家族の温もりさえ知らない。言葉の通り、澪の人生に主導権など存在せず、慰み者として搾取されるばかりの生を終えるのかと、救いの手が差し伸べられるまでは本気でそう思っていた。

 生涯を誓った愛しい人。
 素直になれないくらい愛情を注いでくれる義理の姉。
 良き理解者たる仲間たち。
 今でこそ澪の人生は光に満ちて、結果的には良いものだと肯定出来るが。

『もしも一切の希望が存在せず、未来に期待が出来なくなっても』
 グラン・グリモアは骸の海の向こう側で、澪に昏い瞳を向けてきた。
『無責任に、生きてさえいれば報われる日も来るだなんて言えるのですか』
 澪は暫し押し黙る。囚われの日々は思い出すのも苦しく、いっそ明日など来なければ良いとさえ思ったのは事実だからだ。己はたまたま運が良かっただけで、大抵の者は本当に救われることなく絶望の海に呑まれていくばかりで、その結果がこの広大に広がる骸の海という存在なのかと思うと、口を開けども声を発することが少しばかり遅れた。
「……少なくとも、永遠なんてものは無いから」
 良いことも、悪いことも、いつの日にか終わりは来る。止まない雨がないように、明けない夜がないように。ただ、ある日突然、当然のように来ると思っていた明日が来ないという悲劇は知っているけれど。
「これから僕が言うことを、あなたは綺麗事だと一蹴してくれても構わない」
 あくまでもこれは澪がたどり着いた結論であり、信念であり、絶対の真実とはきっと程遠いのだろう。けれども、真実は幾らでも並列出来る。それこそ、信念を持つ者の数だけ。
「努力は――無駄なんかじゃない」
 心も身体もズタズタにされたとして、それでもまだ、生きてはいる。
 胸に手を当てれば、己の意思とは関係なく、心臓は鼓動を止めない。
「希望を持ち続けていれば、いつか必ず」
 過去の自分に向けて、期待するだけ無駄だから諦めろと言うか、それとも生きている限り状況が好転する可能性はゼロではないと言うか、どちらを選ぶと問われれば答えは一つだ。
「例え望みと違う形だとしても……未来は、開けるから」
 夢見たものとはまるで違う景色が広がる――歩みを止めない限り、そういうことだってきっとある。だが、そもそも歩みを止めた時点で、未来への道は断たれる。
「人生の結末は、最後まで歩ききってみないと、分からない」
 澪の翼が広がると同時、舞台を覆い尽くさんばかりの美しい花と破魔の光が全方位を覆っていく。観客たちはまるで天上の景色を見せられたかのように、いっせいに息を呑んだ。

「僕は、勝手に、それを信じてるから」
『ええ、ええ――あまりにも、身勝手』

 澪は歌う。ステージに立つ者として最も相応しい立ち居振る舞いで、全てを魅了する。
「僕は、諦めなかった。そしてこれからも、諦めない」
 |現在《いま》の幸せが永続するなんていう保証はない。最期は失意の底で地に伏す運命が待ち受けているかも知れない。けれども、安寧に身を委ねるつもりはなかった。
「未来を信じて、希望に手を伸ばす! 僕は、ううん――誰もが、羽ばたける!」
 ターンとステップにより煌めく光は次々と輝ける翼を持った鳥の姿となり、骸の海から生じて澪に迫らんとしたオブリビオンを傷つけることなくその淀みだけを浄化する。

「敵も味方もないんだ、僕にはね」
 一面の花畑と化した舞台の上で、天使は舞い上がる花弁の中で微笑んだ。
「一人でも多くの心を救うために」
 手が届く限りは伸ばす。声が届く限りは歌う。届け、響け。希望を灯してみせるから。
『……ッ』
 身勝手だと言ったか? そうかも知れない。けれど、澪はいつだって本気だ。自らが受けた痛みを他者への優しさに転化出来るからこそ、諦念で未来を手放そうとする者を捨て置けないのだ。
 花弁の向こう側で、澪が持てる力の全てを乗せた光の輝きをグラン・グリモアに向けて放つ。それは紛れもない希望の光であり、見るもの全てを鮮烈に導く道筋でもあった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

グラース・アムレット
【前世双子】2人

かつて、諦念は日常的に浸かってきたものでした
オブリビオン化した人々の心は、その無念さを知っているから
簡単に『分かる』とは言えません…

ふふ、そうですね
安らぎを与えてくれる人――お互い、大事にしていきたいですね

瓦礫に石筆で描いた簡単な絵
絵の具を見つければ、子供達皆で遊び描いたり
銃を持って駆け回っていた頃はそんな対処法で、戦いと安らぎの日常を凌いでいましたね

煮詰まった時は気分転換しましょう
流れ星にお願いして
若葉さんと一緒にアイドル変身&パフォーマンスです!
UCを使ってオブリビオンたちの諦念を――ええ、私も肯定したいわ
色を重ねる様に時を重ねて、是非あなただけの色を作って欲しいです


鵯村・若葉
【前世双子】2人

――自分も報われなかったことばかりです
自分の価値も生きる意味も無い
未だその考えを拭いきれません

簡単に人も周囲も変わらない
望んだ大きな輝きもそう得られない
けれど、小さな安らぎを与えてくださる人はその地獄の先にいるのかもしれません
……自分は、そうでした
アムレット様も、そうなのでしょう?

流れ星の力を借り、アムレット様と共に変身
長い長い夜でも穏やかな時はあるはず
流れ星の力を増せるよう《祈り》UC
オブリビオンにも霊神にも星の光を、《呪詛》を届かせる
……今回は、皆様の未来を願うおまじないにしておきましょう

霊神、あなたの考えはわからなくはない
――でも、自分は……望んでしまったんです、未来を



●瓦礫の向こう、夜空の先に
 諦念が、ある場面に於いては、心を守る手段となり得ることを知っている。
 誰もが生きる道を選べる訳ではなく、たまたま身を置くことになった環境があまりにも過酷だったとして、容易く踏み躙られることが明らかな脆い希望など、どうして抱けようか。
 人類が築き上げた文明のほとんどが破壊され、それでもなお生き残った者達は跳梁跋扈するオブリビオンに立ち向かい、生き残る術を求めた。明日をも知れぬ身で、今を生きることが精一杯ではあったが、俯く暇さえなかったのがむしろ良かったのかとグラース・アムレット(ルーイヒ・ファルベ・f30082)は振り返る。
 立派なキャンバスになるものもなく、大小さまざまな瓦礫を見つけては石筆一本で線画を描き、それが次第に拠点で評価されるようになるのが楽しかった。|奪還者《ブリンガー》として廃墟から資材を持ち帰った時、その中に運良く絵の具を見つければ、子供たちを招いて心のままに色とりどりの絵を描かせたりするのが楽しかった。
 それなりに生き延びてきた人生を振り返るとそのほとんどで手にしていたのは銃だったけれど、僅かながらに描いた日々は確かに、戦いに明け暮れていたグラースの心を救っていた。
(「かつて、諦念は日常的に浸かってきたものでした」)
 頑張ってもどうせ報われない? そんなことは分かりきってる。
 挑戦しなければ傷つくこともない? それはそう、無為に消耗なんてしたくはない。
(「その無念さを私は知っている、だからこそ安易に『分かる』なんて言えません」)
 誰がどれ程辛酸を嘗めた結果、誰より救い難い深淵を這いずり回っているのか――などという不幸自慢大会をしたい訳ではないから。眼前に広がる骸の海と、そこから無限に這い出てくるオブリビオンの姿を捉えて、次にグラースは隣に立つ鵯村・若葉(無価値の肖像・f42715)へと視線を向けた。

 一見平凡な世界に見えて、ひとたび裏返せば悍ましい程の闇が口を開けている。邪神という存在が確かに『居る』世界に生まれて、文字通りの『地獄』を視たことがある若葉は、諦念を突きつけられた時にそれを力強く突っぱねる自信が――正直、あまり、なかった。
「――自分も、報われなかったことばかりです」
 目線だけをグラースに返しながら、薄い唇が率直な心情を紡ぐ。良く通る朗々とした声音だった。邪神に人格を破壊されるまでに人生を狂わされながら、邪神を信仰する己が居る。複数の人格を内包しながらそのどれもが己の価値を見出せず、何のために生きるのかという哲学的な問いに対しての解を持たない。故に、少なくとも己の人生というものには、今までの労力に対しての相応の対価が払われていない気がしてならない。
「簡単に、人も周囲も変わらない」
 視線を己が立つ舞台の足元に向け、呟く言葉は諦念まみれに聞こえただろうか。
「望んだ大きな輝きも、そう得られない」
 常日頃から『この世は地獄だ』と、呪うべきものだと、言ってみせるけれども。
「けれど、小さな安らぎを与えてくださる方は、その地獄の先にいるのかもしれません」
 足元を見据えるのは、現実から目を逸らしているからではない。己が踏みしめる|足元《げんじつ》を見据えた上で、立ち向かい、挑むためだ。

「……自分は、そうでした」
 薄い色素の瞳が、グラースを再び捉えた。
「アムレット様も、そうなのでしょう?」
 問われたグラースは柔く笑んで、返す。
「ふふ、そうですね」
 この世に何の希望も持てないと思うのは勝手だが、希望の方が勝手に押しかけてくることだってある。本当に何の前触れもなく、突然眼前に現れるものだと知っている。
「安らぎを与えてくれる人――お互い、大事にしていきたいですね」
 とにもかくにも、命あってのこと。明日があってのこと。未来あってのこと。
 可能性がゼロではない以上、それを他者が無闇に奪うことだけは許されない。

『結果論にも、程がある』
 グラン・グリモアは否定する。絶望に沈む者どもへ、それが何の手向けになるのかと。
『彼らは、血の滲む努力をしてなお報われなかったというのに?』
 骸の海が蠢く。膝を折り過去に沈んだ存在の思念が人の形を取る。
『何の約束もない未来に懸けて全てを失うなんて、あまりにも痛ましい』
 霊神が訴えかけたその時、突如として夜の帳が下りた。若葉の超常【|星嵐夜《ホシフリノヨ》】によるものだ。舞台装置と見紛う幾多の流星が降り注ぎ、若葉とグラースを包み込む。きらきらと輝く星の力を借りて、二人は煌びやかなステージ衣装を身に纏った。
「思考が行き詰まってしまっているのかも」
 オブリビオンからも『厄災』と呼ばれる程の存在だ、視野狭窄を起こしていてもおかしくはない。霊神と、それが従えるオブリビオンに必要なのは否定ではなく、まさに見失ってしまっているであろうものではなかろうか。
「気分転換しましょう、ね?」
「ええ、長い長い夜でも穏やかな時はあるはずです」
 若葉が胸の前で手を組んで祈りを込めれば、流れ星はますます煌々と輝き、本来は呪詛たる力を『おまじない』に変じさせて降り注がせる。

「……今回は、皆様の未来を願うおまじないにしておきましょう」
「私も重ねて行きます、その未来に少しでも彩りを添えられるように」

 グラースが絵筆を中空にかざすと、如何なる仕組みか、鮮やかな色彩で魔法陣が描かれ始める。虚空は今やキャンバスとなり、何者にも妨げられず、見事な技量によって大いなる魔法陣が完成した。ステージパフォーマンスとしては、最高峰の美麗さである。
「色を重ねるように時を重ねて、是非あなただけの色を作って欲しいです」
「霊神、あなたの考えはわからなくはない」
 グラースに続き、若葉が流星を駆りながら訴えた。
「――でも、自分は……望んでしまったんです」
『その先に、痛みしかないと分かっていても?』
 グラン・グリモアの声はやや苦しげに聞こえた。すっかり諦めきった者からは、およそ聞こえないはずの声音だった。祈りは呪いに、或いは逆にも転じる。届け、届け。
「ええ――『未来』を、自分はどうしても諦められない」
 その夜は、どこまでも昏く、そして美しい。
 夜空から星の輝きを一つ残らず消し去ることは出来ないように。

 ――どんなに見えないふりをしても、希望は確かに、そこにあるのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

凶月・陸井
膝を折って泣いた事も
どうしようもないと思った事も
どうして誰も助けてくれなかったのかと
亡骸を目の前にして動けなかった日も
「俺には全部ある」

だけど、今の俺には
愛する妻と、共に戦ってきた相棒と、沢山の仲間達と
俺自身が護りたいと、背に負うと決めた事を
その道を進む事に迷いも後悔もないから
「悪いな…だから、俺は絶対に折れる訳にはいかないんだ」
諦念を振り払ってただ前へ

アイドルパフォーマンスっていうのは
未だによく解ってないんだが
進みながら声を張り上げる
この背中を見ていてくれと
君達の大事な物と、世界と、楽しみを
「全てを護る。今取り戻すからな」

後は応援してくれる事を願いながら
ただただ全力で敵に一撃を叩き込むのみだ



●それでも征く理由があるなら
 結果論だと切って捨てられれば、それまでかも知れない。
 けれども、凶月・陸井(我護る故に我在り・f35296)は敢えて立ち向かうことを選ぶ。
「膝を折って泣いた事も、どうしようもないと思った事も」
 舞台の上はごうごうと吹きすさぶ風と雨。こんな状況も再現出来るのかと頭の片隅でぼんやりと感心さえしてしまう、そんな中でも言うべき台詞は違わない。
「どうして誰も助けてくれなかったのかと、亡骸を目の前にして動けなかった日も」
 言葉にしてしまえば、何と呆気ないことだろうか。その一言の中に、己のどれ程が込められているかが、ほんの欠片でもいいから伝わればいいのにと願わずには居られない。

「俺には、全部ある」

 文字通り、地獄を見たという自負がある。銀の雨降る世界の激動期を生き抜いた者に共通するであろう、どうしても救いきれなかったものへの哀悼だとか、最善を尽くしたつもりだったのに望み通りの結末を選び取れず、それでも容赦なく次の選択を迫られる日々だとか。もしかしたらこの叩きつけるような雨はまるで、泣けない己の代わりに涙を流してくれているのかとさえ錯覚してしまう。眼鏡が濡れて水滴で視界が狭まるのも構わず、陸井はオブリビオンの群れと、その向こうに佇む霊神に挑むような目線をくれてやった。

「だけど、今の俺には」
『それだけの地獄を見てなお、そんな目をしていられるのは、どうしてなの』
「同じくらい、いや――それ以上に、ないから」

 奇跡的な確率で巡り逢えた、最愛の妻が居る。
 幾度となく共に死線を潜って来た、最強の相棒が居る。
 己が掲げた信念に基づく一文字の元に集った、沢山の仲間たちが居る。
「俺自身が護りたいと、背に負うと決めた事を、その道を進む事に迷いも後悔もないから」

 風雨に煽られ翻る羽織に大きく縫い取られた『護』の一文字、これこそが不動の矜持。
 諦念に屈するというのはつまり、己自身に負けるということだ。それだけは、あってはならない。最善を尽くして全力で挑んでそれでもなお敵わなかったならば百歩譲って仕方ないとしても、他でもない己に屈するなど絶対に、絶対に認める訳にはいかない!
 足首を何者かが掴んでくる感覚があった。だが、それが何だ。強引に足を前に出し、引きちぎるように振り払う。もう全てを放り投げてしまえよという囁きがこの嵐の中いやに響くような気がして、黙れと一喝する代わりに、訣別の言葉を放った。

「悪いな……だから、俺は絶対に折れる訳にはいかないんだ」

 ばっ、と。風雨の演出らしきものの中で力強く腕を振るう姿が、あまりにも凜々しい。グラン・グリモアまでまだ距離がある舞台の上を力強く踏みしめ進みながら、陸井は振り返らずただ声を張り上げた。
「見ていてくれ、この背中を」
 あまりの気迫に圧されるかのように、オブリビオンどもがグラン・グリモアへの道を開ける。花道のように続く一本道を征く陸井の背を、霊神を除く全てのものが注視していた。
「君達の大事な物と、世界と、楽しみを」
 アイドルパフォーマンス、というものとは程遠くあろう、そう思っていたが。己の生き様をただあるがままに見せつけるだけで、人の心はかくも震えるものらしい。ならばと陸井は強く拳を握り込む。雨がまるで水練忍者たる陸井の意に従うかの如く、渦巻く水となり集まってくるのを感じて、恐らくこの場は優位を取っているのだという自信を得た。
(「応援してくれるならば、尚のこと、応えなければ」)
 踏みしめるような足取りを、一気に身を低くして、ダッシュの構えに変える。濡れた足場を物ともせずに、確りと蹴った勢いもそのままに、グラン・グリモアとの間合いを詰めた。申し訳ないが、これ以上の問答は不要だ。

「全てを、護る」
 腕を思い切り引いて、そして――。
「今、取り戻すからな!」
 体内の水分のみならず、降りしきる雨をも力に変えて、全てのエネルギーを肉薄したグラン・グリモアへと叩き込んだ。吹っ飛ばされていく霊神を見遣りながら、代償として術式が断裂した状態で、陸井は腕をだらりと下げたまま立ち尽くした。

 ――だが、決して膝を屈することだけは、なかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

マウザー・ハイネン
…今更諦めで足を止めるような事もありません。
進み続けることだけが救えなかった方に唯一できる事ですから。
無様で滑稽で愚かしく見えようと、進まねばなりません。
…アイドルはよく分かりませんが水神祭の演舞等魅せるコツは何となく。
頑張ります。

召喚術で星霊オラトリオ召喚、清らかな誓約と祈りで浄化をお願いしつつゴンドラ操縦の歌をベースに未来を求め続ける歌を歌いましょう。
静かに、けれどしっかりと届かせ。
エフェクトには苦難を現すブリザード、乗り越えた先のオーロラの輝きを。
重ねてUC起動、奪った生命力はダンスと歌唱の活力に回しましょうか。
過去は残酷で美しく、しかし足を止めてはならないのです。

※アドリブ絡み等お任せ



●終焉には程遠く
 エンドブレイカーたるもの、ひとたび視た『|悪しき未来《エンディング》』は必ず打ち砕かねばならぬと、マウザー・ハイネン(霧氷荊の冠・f38913)は理屈よりもっと深い所で理解をしていた。天啓を授かったことで覚醒した者であるが故か、マウザー本人の性根によるものか、それはこの際どちらでも良かった。
 ここに至るまで、幾多のままならない思いをしてきただろうか。
「……今更、諦めで足を止めるような事もありません」
 そう、あまりにも今更だ。今までも、これからも進み続ける理由はたった一つ。
「そうすることだけが、救えなかった方に、唯一できる事ですから」
 振り返れば、幾らでも悔悟の念は転がっている。それらは気の持ちようひとつで、足を引っ張るものにも背中を押すものにもなる。マウザーは常に後者であれと己を奮い立たせてきただけだ、己の内側から、或いは外部の心ない声で、どんなに傷を負わされようとも構うものかと突き進んできたのだ。

 立ち止まったら、諦めたら、それこそ積み上げてきたものが無に帰してしまうから。
 氷の茨が傷口を無理矢理塞ぐように、平気なふりをしてこれからも歩みを止めない。

「無様で、滑稽で、愚かしく見えるかも知れませんね」
『ええ――あまりにも哀れで、今すぐにでもその時を止めてしまいたい程には』
「そうですか、でも――申し訳ありません、私は進み続けなければなりません」

 誰にも理解されることがないであろう、密かな望みがあった。永い時を経て、それは現実のものとなった。それだけでも、マウザーにとっては明日を、そして未来を渇望し続ける理由たり得た。
 貪欲であればいい。理由は何でもいい。肉体を、そして精神を駆動させる理屈さえあれば、足は勝手に動く。顔は自然と前を向く。
(「私の終焉は、まだ先なのでしょう、だから」)
 舞台の上、いわゆるアイドルというものには詳しくないが、アクエリオの水神祭で披露した演舞を思い出せば何となく勝手は掴める気がする。すいと指先を霊神に向けると、マウザーはあくまでも淡々とした表情で、意志だけを強く込めて告げた。
「……頑張ります」
 感情を表出するという行為が酷く不得意なマウザーの代わりに、可憐なる星霊オラトリオが喚び出され、愛らしく宙を舞った。

 歌声が響く。それは異世界に於いて水路を行くゴンドラを巧みに操るための唱歌だ。朗らかに、伸びやかに、常に前へと進み続ける未来への希求そのものたる歌に、誓約と浄化の力が乗せられて、諦念によってマウザーを圧倒せんとしていたオブリビオンどもを逆に解放していく。
 吹雪く氷雪は苦難を示し、それ自体は否定しない。同時に、グラン・グリモアへと届いた瞬間からその生命力を奪い取る凶器と化し、マウザーが舞い続ける活力へと転じる。
『……虹? いいえ、これは……』
「止まない吹雪というものを、私は知りません」
 美しいオーロラの景色が広がった。その輝きは、まさに苦難を乗り越えた先でこそ見ることが叶う未来の象徴のようで。

 己が、理不尽な未来を打ち砕く力を持つ者だからこその傲慢であろうと、構うまいと思った。この力を、必要とする者が一人でも存在する限りは、振るい続けようと決めた。最後の一人を救いきるまで、この歩みは止まらない。この意志は――絶対だ。
「過去は、残酷で美しく」
 知っている。人生が、歴史が、しばしば酷い側面を併せ持つということを。
「しかし、足を止めてはならないのです」
 知っている。それでも世界は、まだ美しい側面を隠し持っているということを。

 救いたくても、救えないものだって、いくらでもあったけれど。
 何度でも言おう、それら全てを抱えて生きることこそが、唯一出来ることなのだと。
 ならば――全てを放り出して諦めるなどという選択肢は、有り得ないのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヘスティア・イクテュス
時が過ぎること、変わることに価値が無い?
いいえ、決してそんなことはないわ…

S.F.Oに搭乗して【環境適応】にて骸の海対策、ダメージを抑える

私の世界は銀河皇帝を倒し未踏宙域を突破しオペラワールドへと辿り着いた…
このSFOだって他の世界との技術の合いの子…

技術の進歩、人との出会い…全ては変わっていった先…それを無価値とは言わせないわね!

報われないことだってあるでしょう…
けれどそんな失敗だって成功への道筋の一つ…!そうして積み上げていつか届かせる…それが技術でしょ?

レインボージェットパーツを起動!虹色の軌跡を描きながらM・A・B!
レーヴァティとマイクロミサイルの【一斉発射】で!



●人が持つ可能性について
「時が過ぎること、変わることに価値が無い?」
 まるで聞き捨てならぬと言わんばかりに、ヘスティア・イクテュス(SkyFish団船長・f04572)は確認するように復唱をした。
「いいえ、決してそんなことはないわ……」
 ステージが用意出来る小道具の範囲をゆうに超えた謎めいたUFOの上に乗っかるや、骸の海を悠々と飛び越して、グラン・グリモアへと直接殴り込みをかけんとする。
「|私の世界《スペースシップワールド》は、銀河皇帝を倒し、未踏宙域を突破し、スペースオペラワールドへと辿り着いた」
『……異世界からのゲスト、ということなのね?』
「ええ――このSFOだって、|他の世界《ヒーローズアース》との技術の合いの子」
 割とカッコいいポーズで流線型のUFOを乗りこなしたまま、ヘスティアが言い放った。
「技術の進歩、人との出会い……全ては変わっていった先のこと……」
 ヘスティアは知っている。生まれ育った国や世界が戦渦に呑まれる悲劇も、そこから救われたことによる感謝と恩恵も、その全てを何一つ忘れたり取りこぼしたりすることなく、長い時を戦い続けてきた。だから、痛い程に――知っている。

「それを、無価値とは言わせないわね……!」

 どれだけ、救われただろうか。
 どれだけ、恩を返せただろうか。
 蹂躙されることの恐ろしさを知るが故に、他者にその痛苦を味わわせまいとしてきた。
 海賊を名乗りながら奪うことなくむしろ奪還する側であるのは、その矜持によるものだ。
 平和を掠奪する存在をこそ決して許さず、奪い返して返すことこそが誇りであった。

『世界が、絶え間なく争いで満ちていることにはどう説明をつけるの?』
 グラン・グリモアが空虚な眼差しでヘスティアを見据えた。幾多の世界で大きな争いが起きては鎮圧されてきたのを誰よりも近くで見てきたヘスティアに、重く響く問いだった。
『ひとは未来を識る術を失った、歴史を紡ぐことももう出来ない』
「……それは、どうかしら」
 所詮はオブリビオンの戯言だと、一蹴するのは容易い。幻朧帝イティハーサは『未来など必要ない、生命など不要である』と言った。宣託者グリモワールは『グリモアの創造者』を名乗った。だが、今を生きる存在にとって未来はどうしたって必要だし、現時点で不可侵たるグリモアベースには幾多のグリモア猟兵が支援を請け負ってくれている。
「|遭難信号《m'aider》を出すには、まだ早いんじゃないかしら」
 広義の船乗りであるヘスティアが指摘することで、その意味は重みを増す。
「報われないことだってあるでしょう……けれど、そんな失敗だって成功への道筋の一つ」
 絶体絶命の窮地に立たされて初めて叫ぶことが許される言葉を、今はまだその時ではないと封じ込めるのは傲慢だろうか? いいや、霊神を名乗る眼前の存在が為そうとしていることの方が、余程傲慢というものだ。
「そうして積み上げて、いつか届かせる……それが『技術』でしょ!?」
 恐らくは、人のみが持てる可能性。それが、技術というものだ。時に人を狂わせ恐ろしい程の虐殺すら引き起こす可能性とも言えるそれは、しかし人の理性と善性によって乗りこなされると、ヘスティアはそう信じているし――そうしてきた。

 ――私こそが、その証拠、その証人。今こそ、それを証明する時だ。

「リミッター解除! コード【|M・A・B《マキシマム・アサルト・ブースト》】!」
 SFOを乗り捨てるように蹴って宙を舞い、そのままの勢いで妖精の羽めいたジェットパックの軌跡は虹を描き、マイクロミサイルを全弾一斉発射しながら、自らも猛然とグラン・グリモア目掛けて|ビームライフル《レーヴァティ》を振るって迫った。
『……いつか、世界が壊れるその時に』
 霊神の声が、微かに聞こえた。
『どちらが正しかったか、答え合わせをしましょう』
「ええ……その時を楽しみにしているわ」

 いつになるかは分からないけれど、その時まで、しばらく――さようなら。

大成功 🔵​🔵​🔵​

御桜・八重
浴衣コン2025のお祭り仕様で祭太鼓を打ちまくる。
歌はダメだけど、舞と楽器はいっちょ前。
皆に乱れ太鼓を披露するよ!

「うん。やっぱりあなただね」
現れる記憶の化身は自分の前世の姿しずちゃん。
極彩色の衣装に青白い顔が二刀を翳して襲い来る。

親友を失い人々に裏切られたあの日。
絶望に全てを諦めてしまったあの時。
忘れようたって忘れられないけれど。
でも、今のわたしは諦めない。

……もうあの日のわたしを泣かせたくないから!

不撓不屈。諦めてしまった過去のわたしのためにわたしは立つ。
今度は絶対諦めない。何度だって立ち上がる。
「もう大丈夫だよ。しずちゃん、わたし勝つね!」
光を噴き上げて魔法巫女少女が飛ぶ!



●魔法巫女少女 ごきげん! シズちゃん
「――うん、やっぱりあなただね」
 御桜・八重(桜巫女・f23090)の前にいつだって立ちはだかる『諦念』と言えば、どう足掻いてもこの存在から逃れることは、きっと一生かなわないのだろう。
 二刀を携えるのは、間違いなく己と同じ。
 それもそうかと薄ら笑う、だって|前世の自分《シズちゃん》なのだから。
 極彩色の衣装が、青白い顔を際立たせるようで、いっそう怖気を誘うようだった。
『あなた、まだ諦めてないんだ』
 懲りないね、そう言外に込めた言葉が飛んでくる。八重は想定の範囲内だと動じない。

 大切な、大切な親友を失った。酷く悲しかった。
 大切で、大切で守ってきた人々に裏切られた。酷く苦しかった。
 世界でたった独り、何の寄る辺もなくなって、とうとう諦めきってしまった。
 ――うん、全部覚えてる。忘れたことなんて、一度だってないよ。

「人間って、あんなに絶望出来るんだって、今思い返してもびっくりする」
 それを踏まえてなお、八重は微笑んで舞台の上に立っている。絶望が具現化した魔法巫女少女は当然訝しむが、それに対しての答えも既に八重は明確にしていた。
「でも、今のわたしは――諦めない」
 常の二刀を抜き放つ代わりに、手にしたのは太鼓を叩くバチ。過ぎ去ったばかりの暑い盛りに仕立てた、お祭り騒ぎにうってつけの浴衣姿へあっという間に変じると、昏く澱んだ気配を吹き飛ばさんばかりの祭太鼓をドンと用意し、澄んだ蒼い瞳を輝かせた。

「……もう、もうあの日の|わたし《・・・》を、泣かせたくないから!」

 過去は、どうしようもなく、変えられない。それは知っている。
 なら、|現在《いま》のわたしが、未来のわたしに出来ることは何だろう?
 ずっと考えた。考え続けて、諦めなかった結果、見いだした結論がある。
「不撓不屈――諦めてしまった過去のわたしのために、わたしは立つ」
『何を言ってるの、そんなのが何の慰めになるって言うの』
「もし、同じことの繰り返しになろうとした時、きっと諦めないわたしがわたしを救う」
『……ッ』
 どん! どどん!
 打ち鳴らされる太鼓の音に観客席が沸き立つのが目に見えて良く分かる。不思議なことに、他ならぬ八重自身がその力強い音色に励まされる心地だった。正直に言えば歌はてんで駄目なのでどうしようかと思ったが、楽器と舞に関しては幼い頃からの巫女修行もあって、割と自信があるのではなかったか。果たしてそれは、非常に上手く噛み合った。
『止めて……! もう、あんな思いは……二度と……ッ』
「もう、大丈夫だよ。しずちゃん」
 泣きじゃくる過去の自分は、色とりどりの花弁となって舞い散り消えていく。八重の諦念がそのまま形になったものだというのならば、最早その出番は終わったからだ。

『……どうして、そこまでして希望を見いだそうとするの』
 まるで分からないという顔で、グラン・グリモアが問う。
「魔法巫女少女はね――『めでたしめでたし』でしか、物語を終わらせられないから」
 真相はさて置き、八重が憧れて、目指して、なろうとしている|存在《もの》は。
 あの日の感動を、忘れるものかと。なかったことにはしたくないと。苛烈な過去が秘されていたとしても、それで『じゃあ諦めます』と、容易く手放せるものなんかじゃない。

「わたし、勝つね」

 バチはいつしか陽刀と闇刀へと変じ、八重の姿は紛れもなく魔法巫女少女のそれと化す。必勝の誓いに重ねて、その矜持でもある不屈の闘志がみなぎる力となり、いまやグラン・グリモアすらも凌駕する!
『有り得ない、あれだけ打ちのめされたことがあるのに、こんなに――』
 希望に満ちている。未来だけを見据えている。あまりにも澄んだ瞳だった。どんな困難も、きっとこの乙女の行く手を阻むことは出来ないのだろうと、そう思わせる程度には。
 桜が舞う。煌めく光の尾を曳いて、絶対無敵の魔法巫女少女が突撃を敢行した。
「めーーーーーーーーーーっ!!!」
 決め台詞と共に、繰り出す必殺技。そして成敗される悪者。その流れは決まっている。
 何度傷ついても、立ち上がるだけ。
 諦めることを、そもそも知らないし――その選択肢があったとしても、選べない。

 ――全てを知った時、絶望より先に、希望が生まれた。それこそが、理由だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

千曲・花近
この光景、思い出されるなぁ
『民謡でみんなを元気にするとか、理想論で無意味だ』
そう言って俺に言って背を向けた人たちのこと
あの時の俺は、ぐぅの音もでなくて心を凍らせたんだ

今、俺の目の前にいるオブリビオンも俺にこう言うよね
『民謡で、歌でみんなを笑顔にするなんて、無理に決まってる』って
でも、今の俺はあの時みたいに納得しない
俺はあの時だって黙り込んだ諦念の奥の奥に、感じてたんだ
何を言われたってやっぱり俺は、歌うんだって
やっと見つけた『俺の生まれてきた意味』を全うするって!

君たちだってそうでしょ!?

あの時と同じ【闇堕ち】で歌うけど、今は絶望からの闇堕ちじゃない
希望を信じているからこそ、敢えて『闇』の力を借りるんだ



●ようやく初めて見える景色
 舞台の上。拍手も喝采もなく、誰も自分を見ていない。スポットライトが白々しい。
(「何て、空虚」)
 千曲・花近(信濃の花唄い・f43966)は、スタンドごとマイクを握りしめた。己の手が薄らと汗ばんでいるのが分かるものの、それは決して困惑や焦燥などという類のものからではなく、どちらかと言えば――驚くべきことに、花近は困難に立ち向かう者の高揚感すら覚えている。
(「でも、分かるよ」)
 項垂れているか、或いはこちらを見ていたとしても濁った眼を向けてくる、観客席を埋め尽くしながらも演者を歓迎するどころか、むしろ嘲るような有様を、花近は知っている。こんなことは、今に始まったことではないのだ。とうの昔に、踏み越えた景色なのだ。

『民謡で、歌で、みんなを元気にする?』
『笑わせるな、そんなの無理に決まってる』
『理想論にも程がある、無意味だ、今すぐ止めろ』

 地の底から響くような、明らかに耳障りな声が重なるさまを、やはり花近は知っていた。
「思い出すなあ、この光景」
 ――そうだ。あの日の花近は、誰からも相手にされず鼻で笑われて、ぶつけられた心ない言葉たちに、何も言い返すことが出来なかった。ああいうのをまさに、ぐうの音も出ない状態だと言うんだろうだなんて、どこか己を俯瞰するかのように思う。
 信州小諸が誇る民謡のみならず、己の存在自体までもが否定されたも同然の絶望を突きつけられた時、足場は脆くも崩れ去り、気がつけば、誰より何より愛した民謡で以て他者を害するという、あってはならないことをしてしまうに至った。心は凍り、己こそが正しいと盲信し――今にして思えば、あれこそが間違いなく、諦念であった。信念を手放し、闇に身を明け渡し、それはまるで今まさに花近の眼前に立ち尽くしている、観客という名のオブリビオンどもと同じではないか。
(「俺は、一度絶望の底から救い上げられた」)
 だからこそ、分かることがある。
 諦めきってしまっている人間なんて、そうそう居ないのだと。
 沈黙の向こうで、どこか手放せずにいるものが確かにあると。
(「心のどこかでぼんやりと抱いていたものを、はっきりと掴んだから」)
 少なくとも自分はそうだった。君たちはどうだ?
 花近は臆することなく澱んだ空気の観客席を見据えて、口の端を上げた。

「自分の信念に意味も価値もないとか言われて、平気な人なんて居ないよね」
 分かるよ。
 それは、薄っぺらい同情などではない、厳然たる事実として受け止めた者の言葉。
「でも、信念っていうのは――全うすべき『生まれてきた意味』っていうのは」
 知ってる。
 それは、苦闘の果てにのみ見いだせるものであり、理解出来るものなのだと。
「自分の奥底、一番深いところで、どうしたって誰にも奪えないんだ」
 諦めたというなら、その前に憧れて欲して目指したものが、絶対に――あるだろう。

「本当は! 君たちだって、そうなんでしょ!?」

 分かってる。大丈夫。誰も何も手放しちゃいないんだってこと。
 だから、どうかその顔を上げてはくれないか。その目を開けてはくれないか。
『……』
『……』
『……』
 どうしようもないと思われていた空気が、徐々に澄んで、晴れ渡っていくかのような気配を帯び始める。骸の海から生じたオブリビオンどもすら救ってみせる花近の姿は、紛れもない|灼滅者《スレイヤー》のそれだった。かつて闇に沈んだ花近を救った、灼滅者たちと同じものだ。
『誰もが、あなたのように強くは在れない』
 グラン・グリモアの声が響いた。鈴を鳴らすような愛らしさで、足首を掴んでくる。
『彼らの苦しみもまた理解しているなら、|徒《いたずら》にかさぶたを剥がすようなことはしないで』
「俺は、信じるよ。希望を見据えた上で、人は闇の力さえ乗りこなせるって」
 手に良く馴染んだ中棹三味線を小気味よく鳴らすと、花近はすうと息を吸って、高らかに歌い出した。纏う気配は明らかに危ういものと化したというのに、その歌声は、その魂は、間違いなく静まり返っていた観客席を次第に沸き立たせていく。

「俺は、誰に何を言われたって、歌うことを諦められない」
 手放しようがない。だってそれは、それこそが、花近の|存在意義《レゾンデートル》なのだから。
「ギリギリで自分と向き合ってこそ、本当に理解出来ることがあるんだ」
 それは誰にだってあるはずだ。絶望の果てとは、希望の底でもあるのだから。
「君たちが挫けそうなら、俺が何度だって唄う! だから!」

 ――行こう、一緒に。俺がついているよ。この唄を、どうか応援歌だと思って。

大成功 🔵​🔵​🔵​

葛城・時人
彼女は言ったね
変らないままでいて、昔のままでと
放たれたそれは俺にも届いた

そうだね
そう出来たらどれ程良かっただろう
俺はギリギリ命を拾っただけ
生き延びたのは俺だけ

世界の理も戦いも何も知らず
普通のそれなりの生き方が
過去には、確かにあった

認めた途端
ひやり、ぬるり、と何かが俺の周りに列を成す
もう姿なき者たちの諦念の集合体と
肌で分かる
一緒に膝を折ろう、一緒に泣こう
一緒に泣いてあげると囁く優しい誘いが俺に纏いつく
けれど

「ごめんね」
俺は決して君達を肯定出来ない
俺はそれをなかったことには、出来ない、ならない
しては、いけない

何故って?
俺の『其処から後の過去』も
俺だけの大切なものだから

生きていたから、蹲ったままで過ごさなかったから
今の俺が居る
過去は大切だけど其処から先にも意味があるんだ
愛する|女性《ひと》も無二の相棒も
沢山の仲間も居場所も
『その後』の俺が得たものだから

そしてこの世界にも俺の世界にも
護るべき生きた人々がいる
「だから往くよ」

以後は声を掛けず一心で以て
敵たる霊神にUCを
「君には俺を止める術はないよ」



●約束なき未来、幸福の定義
『変わらないで、昔のままでいて』
 グラン・グリモアの声は、葛城・時人(光望護花・f35294)の耳にも、確かに届いていた。聞こえたからこそ、捨て置くことがどうしても出来ずに、時人は今こうして舞台の上に独り立っている。
『わたしが好きだった、あなた達のままでいて』
 こうして直接、改めて耳にしてみて思い知る――何と痛切な声なのだと。
「……そうだね」
 霊神の願いも、言わんとすることも、理解は出来る。
「そう出来たら、どれ程良かっただろう」
 何故なら他ならぬ時人自身こそが、最早戻らぬ過去を愛おしく思うからだ。

 現在の己の在りようは、決して望んだものではない。世界の理も戦いも何も知らず、ごく普通のありふれた、それなりの生き方が過去には確かにあって、本来ならば今も地続きであるはずだった。
 ――けれど、そうではない。それを、世界が許してはくれなかった。
 理想と現実の乖離を無意識下で感じ取るや、時人の周りを囲んで、その輪は徐々に膨らんでいく。無作法にも観客席から舞台上に踏み込んできたオブリビオンどもが、ひやりと、ぬるりと、それはもう嫌な感触を伴って時人に迫ってきた。
『一緒に膝を折ろう』
『一緒に泣こう』
『一緒に泣いてあげる』
 ひとのカタチのようでどこか茫洋としたそれらは、甘く優しい声音をしながら時人に纏わりつく。いっそ身を委ねた方が楽になれるのではと思わせるものの正体が、実は諦念の集合体であると容易に看破出来たから、時人はやんわりと、しかし決然と手を払った。

「ごめんね」
 言う通りにすれば、楽になれるだろうか――そう思わなくもないが。
「俺は決して、君達を肯定出来ない」
 その手を取ってしまったら、その声に頷いてしまったら、決定的に失われるものがある。
「なかったことには出来ないし、そうはならないし……しては、いけない」
『何故?』
『どうして?』
 まるで分からないという風に、底の見えない闇から伸びてくる甘い手と声が震えるが、ならば教えようと時人は舞台を踏みしめる両脚に力を入れながら告げた。

「俺の『其処から後の過去』も、俺だけの大切なものだから」

 ごう! と風が唸り、時人の周りを囲んでいた無粋な諦念どもが纏めて追いやられる。蒼い瞳は穏やかにそれらを捉え、決して頭ごなしに否定するでなく、まるで|確《しっか》りと言い含めるかのような時人の声を支えた。
「生きていたから、蹲ったままで過ごさなかったから、今の俺が居る」
 いっそ、死んでしまいたかった。でも、そうはならなかった。生き残ったからには、血反吐を吐いてでも重い身体を引きずってでも歩みを止めてはならないと思ったし、そもそも本当に過酷な状況に於いては、ああだこうだと思い悩んでいる暇すらなかった。今、こうしている間にも過去のものになっていく全てが、時人の背中を押して、確実に未来へと進ませてきたし、それはきっとこれからも続いていくのだろう。
「過去は大切だけど、其処から先にも、意味があるんだ」
 グラン・グリモアは、確実に約束されているものこそが至高にして絶対だという。完全で、永遠で、安寧をもたらすもの。希望と絶望は背中合わせで、どちらに転ぶかも分からない不確実な未来にわざわざ足を踏み出す理由などないという。

 ――本当に?

 生きることを諦めなかったから、愛する|女性《ひと》と巡り逢えた。
 奪われたことに心折れなかったから、志を共にする無二の相棒を得た。
 一度は失ったものを取り戻そうとしたから、花咲く園のもとで、仲間を集められた。
(「全部、『その後』の俺が得たものだから」)
 運が良かっただけだと言われてしまえば、それまでかも知れない。だが、地を蹴り手を伸ばし前へと進まなければ、そもそもこの結果は存在すらしなかったろう。
 言葉を並べ立てることだって、やろうと思えば出来る。けれど、時人は敢えてそれを選択しなかった。その代わりとばかりに、拳を握り、オブリビオンどもの向こう側に居る霊神を見据えた。ここから先は――己の生き様で語るより他にない。

 背中にはいつだって、あの一文字が背負われているのだから。

「この世界に、俺の世界にも、護るべき生きた人々がいる」
 待ち受ける未来がどんなものかは分からない。だからこそ、それを一方的に決めつけて押しつけるという行為が、如何に傲慢なことであるかを知るべきだ。
「だから、往くよ」
 ゆっくりと開かれる拳から、眩い光があふれ出す。グラン・グリモアが思わず目を背ける。|終焉《おわり》を告げる光が導くのは、新しいはじまりなのだと知るがいい。

(「君には、俺を止める術はないよ」)

 最早言葉は必要なく、時人は今を生きて未来を目指す者として、光り輝く。最期に『いい人生だった』と言えるかどうかは、他ならぬ己が全てを振り返った時に、後悔がないかどうかを問えるかにかかっている。ならば――諦めている場合ではない。舞台から観客席を包んでいく輝かしい光は、諦念の底で燻る微かな希望に再び火を灯していく。
『どうして』
 霊神は、まるで涙を流しているようだった。
『これ以上は、もうみんな、頑張れないのに』
 時人は答えの代わりに、放つ輝きをより一層強めた。
 ――でも、死んではいない。生きてもいないけれど、まだ息はあるだろう?
 次第に生気を取り戻していく観客たちに、時人は手を振って応えるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

神臣・薙人
×

諦めた、事
私はきっと恵まれているのでしょうね
諦められなかったからこそ
私は今ここでこうしているのですから

敵は昔の私に似ているかもしれません
貴方は何を諦めたのですか?
私は生きる事を諦められず桜の精となり
友人の危機を察する事を諦められずグリモアを得て
大好きな人を護る事を諦められず戦っています
この髪も
忘れない事を諦められず伸ばし始めました

諦めた事も勿論あります
私は死ぬ事を諦めました
救われた命ですから
そう易々と手放す訳には行かないのです

強欲でしょう
失ったものもあるけれど
手に入れたものの方が多いのです
だから
貴方の諦念も私が持って行きます
貴方が影朧だったら
私の力で転生させられたかもしれない
でもそれは無理な話です
せめて貴方の事も
記憶に刻む事を許して下さい

グラン・グリモア
貴方が過去を失いたくないように
私は未来を失いたくない
未来を奪われる事が怖い
その恐怖でリアライズ・バロックを
オブリビオンごと食らわれて下さい

観客席があるのなら
手を振ってみましょう
あまりアイドルらしさは無いと思いますが
少し笑顔を見せてみます



●生まれ直しの向こう側
 諦念、という概念に対して、果たしてどう向き合うか。
 未来だとか希望だとかそういう、輝かしくありながら必ずしも得られるとは限らないもののために、どこまで己を賭けられるか。全身全霊で挑んだ果てに見えた景色がただひたすらに荒寥としたものだったとして、失意だとか落胆だとかそういう、負の感情にまみれて横たわる他ない結末を迎えても、それを誰が責められようか。
『諦めたことがない人間なんて、わたしは見たことがない』
「……そう、ですか」
 霊神グラン・グリモアの言葉に、神臣・薙人(落花幻夢・f35429)は口を開いた。
「諦めた、事」
 止める。手放す。見限る。終わりにする。何もかも。
 薙人はそれを、己に当てはめて考える。考えて、率直な言葉を発した。
「私は、きっと恵まれているのでしょうね」
 どこか寂しげに微笑んで頭部を揺らせば、桜の花弁がはらりと舞う。長い髪が揺れて、花弁がそこを滑っていくさまが美しかった。

「諦められなかったからこそ、私は今ここでこうしているのですから」
『……諦められなかった?』

 己へと訝しみの視線を向けるグラン・グリモアに、薙人はほんの僅か目を細めて、観察するかのような仕草を見せる。頭ごなしに否定するのではなく、何故そのような思考や言動に至ったのかを探るかのように。そうして、一つの結論に至った。
(「似ている、のかも知れません――昔の私に」)
 それは紛れもなく、昔の己にだ。既視感めいたものの正体だ。
「貴方は、何を諦めたのですか?」
 未来を目指すこと、夢を見ること、希望を追うこと、それら全てを否定する程の。
「……いえ、先に私の方から打ち明け話をしましょう」
 ゆるりとかぶりを振って、薙人は先に柔い心の裡を開示することにした。それは、言ってしまえば単なる身の上話に過ぎないかも知れないが、大事な話だと思ったから。
「私は、生きる事を諦められず桜の精となり、友人の危機を察する事を諦められずグリモアを得て、大好きな人を護る事を諦められず――今もこうして、戦っています」
 もうすっかり腰の辺りまで伸びた、墨を流したかのように美しい黒髪がさらりと靡く。
「この髪も、忘れない事を諦められず伸ばし始めました」
『……本当に、ただの一度も、諦めたことがないの?』
 乙女の姿を取る霊神が、なおも問う。それに対する薙人の解は、意外だったろうか。
「諦めた事も、勿論あります。私は」
 金茶の瞳が、すうと細まった。
「|死ぬ事を、諦めました《・・・・・・・・・・》」
 言葉の響きとはうらはらに、桜の精が纏う雰囲気はあくまでも柔らかいままだった。
「救われた命ですから、そう易々と手放す訳には行かないのです」
『そう、なのね』
 グラン・グリモアが、骸の海の中心で少しだけ表情を歪めた。理解は出来るが、納得は出来ないとでも言わんばかりに。

『何て、強欲なの』
「そうでしょうね」

 どう捉えるべきか悩ましい言葉を、薙人は難なく受け止める。
「失ったものもあるけれど、手に入れたものの方が多いのです」
 そして、己は強欲なのでと手を伸ばす。
「だから、貴方の諦念も、私が持って行きます」
 影朧が相手であったなら、桜の精のみに許された力で、転生へと導けたのに。心からそう思う。けれどもそれが叶わぬ相手なので、ならばせめて己の記憶にだけでも刻ませては貰えないだろうかと願う。
 骸の海から、オブリビオンどもが群れをなして観客席を埋め尽くす。舞台の上に立つ薙人に、まるでお前一人で何が出来ると言いたげに、澱んだ気配を投げつける。
「グラン・グリモア、貴方が過去を失いたくないように、私は未来を失いたくない」
 まるで平気なように見えるだろうか、圧倒的な強敵を相手に、勿論そんなことはない。薙人はきちんと理解している。己が今立っている舞台はあまりにも脆くて、少しでも油断すればあっという間に敗北し、文字通り未来は容易く閉ざされてしまうことを。

 ――ああ、何て、恐ろしいことだろう。

 恐怖という根源的な感情がそこにある。故に、バロックレギオンたちは薙人の足元から次々と具現化して、次々とオブリビオンどもに、そして霊神に立ち向かって行く。
『これは……』
「未来を奪われる事が、どうしようもなく怖い」
 恐れをも反撃の手段に転じるのが、埒外の存在たる猟兵の脅威的な能力だ。おぞましき怪物どもは今や頼もしい味方となって、敵対者を次々と喰らっていく。そして遂にグラン・グリモアにまで届いた時、まるで自ら冥土の土産を求めるかのように、霊神が問うた。
『変化に、……価値を見いだしたというの?』
 首肯、そして端的な回答。
「ええ、どんな痛みを伴おうとも――立ち止まって後悔するよりかは、ずっと」
『……そう』
 去り際の台詞にしては、随分と呆気ない。だが、それ位が丁度いいのだろう。

『なら、精々頑張って』

 ざあ! と強い風が吹いたかと思えば、観客席は猟兵たちを応援する人々で満たされていた。薙人を、そして全ての猟兵たちを熱狂的に祝福し、脅威を退けたことに感謝する。ならば、応えなければならないと。
「……ありがとう、ございました」
 慣れない素振りで、薙人は少しばかりの笑顔と共に、手を振ってみせたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2025年11月05日


挿絵イラスト