帝都櫻大戰㉑〜いつしかあなたを否むすべてを
●何もかもこの手で壊せるように
「すごいわよね、あのビームスプリッターを配下に従えちゃうだなんて」
|悪魔《ダイモン》を従えることの困難さを自ら知るミネルバ・レストー(桜隠し・f23814)が、率直な称賛の言葉を口にして、その説明は始まった。
「おかげで、幻朧帝イティハーサとの融合は阻止できたわ。それだけじゃないの、侵略新世界の創造に失敗した幻朧帝の膨大な力を逆利用してすごいことができるようになったから、みんなの力を貸してもらいたくて」
ビームスプリッターは、|櫻花幻朧界《サクラミラージュ》の大劇場をも遙かに凌駕する、まさに広大無辺な客席と舞台、そして舞台装置が広がる世界型大魔術『スタアラヰトステエジ』を作り上げてみせたという。
「この世界では、みんなの想像力と表現力が続く限り、戦闘力がどこまでも増大していくの。残念ながら、ただでポンと渡される力じゃないんだけど……」
桜色の髪を揺らしながら、ミネルバは声音をやや低くする。
「みんなは『書き割り』ってわかる? いろんな場面で使われる用語だけど、今回はスタアラヰトステエジの舞台背景のことを言うわ。それがね、みんなの『最悪な未来』だったり『最良の過去』だったりを、まるで『今そこで起きているかのように』映し出すの」
つまり、それは。
どちらにしても、|現在《いま》にとっては、妨げにしかならないもの。
「チラッと視えただけでもとんでもないものだったわ、過去にしても未来にしても、きっとみんなにとってはひどくリアルに感じられると思うの。でも、落ち着いて考えればわかると思うけど、それだって結局は『幻想』よ」
そうは言うが、心に浅からぬ傷を負ったことがある者や、今が幸せであるが故に未来を悲観する者にとっては、幻影の具現化に囚われるということがいかに辛いことなのかは、想像に難くないだろう。
「心を強く持って、最悪の未来がもたらす絶望を乗り越えたり、最良の過去がもたらす未練を振り払えば、それは純粋なエネルギーとなって、きっと幻朧帝に届くはずだから」
かつてはこおりのむすめと呼ばれたグリモア猟兵にも、今ならば思うところもあるだろう。なればこそ、常には見せないような優しい笑みで、ミネルバは雪華のグリモアを掲げた。
「あの頃の自分がいちばん幸せだったとか、この先こうなったら最悪だなとか、わたしだって考えなくはないわ。でも、きっとそういうのを乗り越える力こそが――幻朧帝をぶっ飛ばすためには真に必要なんでしょうね」
雪の結晶が導く先は、一見煌びやかなステエジ。
けれどもそこは、きっと人それぞれ、違った景色を見せてくることだろう。
「ここが正念場よ、気をしっかり持って。いい笑顔で帰ってきてちょうだい」
そう言うと、ミネルバは小さく手を振り、猟兵たちを送り出した。
かやぬま
諸悪の根源と呼ばれるだけあって、本当にとんでもねえ輩だった幻朧帝。
それに浅からぬ傷を与える好機が巡って参りました。
かやぬまです、どうぞよろしくお願い致します。
●プレイングボーナス
『あなたの「最悪の未来」を描写し、絶望を乗り越える/あなたの「最良の過去」を描写し、未練を振り払う』
どちらかひとつに絞って、可能な限り詳細に『どんな未来あるいは過去を、どのように克服するか』をプレイングで教えて下さい。
執筆工程上、今回は外部URLなどの参照は難しいので、プレイング内で完結するようにお願い致します。
大事なお話になると思いますので、幻朧帝への戦闘プレイングは省略して構いません。思いの丈を目一杯プレイングに詰め込んでいただければと思います。
●戦場情報
天候&舞台&時間帯:猟兵の胸中に応じて変化(指定可能)、難易度:やや難。
幻朧帝による攻撃はありませんので、反撃の対策も必要ありません。
未来、あるいは過去を打ち破る、まさに『己との戦い』になります。
●プレイング受付について
恐れ入りますが、受付期間を設けさせて下さい。
「9月27日(金)8:31~同日20:00まで」の間とさせていただきたく思います。
ただし、人数が成功度達成に届かなかった場合のみ期間を延長することがございます。
可能な限り皆様を描写させていただければと思いますが、力及ばずお返しすることとなる場合もございます。恐れ入りますが、その時はどうぞご容赦下さい。
また、プレイング送信の前にMSページにもお目通しいただければ幸いです。
それでは、皆様の強い心を見せつけていただけることを、全力でお待ちしております!
第1章 ボス戦
『幻朧帝イティハーサ』
|
POW : 天羽々矢 undefined arrow
【矢】を非物質化させ、肉体を傷つけずに対象の【生命】のみを攻撃する。
SPD : 征服せし神鷹 undefined falcon
【神鷹】による超音速の【飛翔突撃】で攻撃し、与えたダメージに応じて対象の装甲を破壊する。
WIZ : 歴史を見る骸眼 undefined eye
対象の周りにレベル×1体の【滅びし歴史上の強者達】を召喚する。[滅びし歴史上の強者達]は対象の思念に従い忠実に戦うが、一撃で消滅する。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
神臣・薙人
【月灯】
舞台背景に映るのは
未来の私
桜の精となった事で定命の者ではなくなり
心を寄せた人全てがいなくなった後も
ただ一人で生き続ける私の姿
怖いですね
猟兵となった私は
恐らく命が限りを迎えるまで死なない
その命の限りが失われているのなら
私は全てを見送らなければならない
天城さんにも未来が見えていたのですね
大丈夫
貴方はそうはならない
私がその前に止めてみせますから
…私の見た未来も
後でお伝えしますね
私の命に限りがあるのか
知る術はありません
でも全てを見送る事になっても
私はそれを受け入れます
見送る事を許されるのなら
それは私の幸いです
傍にいる事を拒まれるよりも
共に在る事を許される方が幸せだから
だから私は今を生き戦います
天城・潤
【月灯】
見るのは必ず最悪の未来ですね
残念ですが僕に幸せな過去などないので
神臣さんには良い過去を見て欲しいと
願いながら幕に目を
思った通り
喰っていますね…誰彼構わず
そう作られた僕はいつかこうなる
ああ、そして討伐が来ましたか
当たり前です
こんな化物は倒されるべきですよ
率いるのは見覚え有る桜の精
長く伸びた髪、憐憫と悲哀を湛えた瞳
なるほど…そういう事ですか
納得はしましたが…これは
ある意味最良の未来じゃないですか
なので幻影は脱せます
神臣さんに微笑みながらお伝えして
「あんな事をあなたにさせる訳にはいきませんから」
今はただ今を戦いましょう
「大丈夫です。ご一緒しますよ」
そして神臣さんが視た幻視は後で必ず伺いますね
●最悪な未来:潤と薙人の場合
華やかなりし舞台装置を前にして、天城・潤(未だ御しきれぬ力持て征く・f08073)は、共に立つ神臣・薙人(落花幻夢・f35429)に穏やかな笑みを向けてみせた。
「見るのは必ず『最悪の未来』ですね、残念ですが僕に幸せな過去などないので」
「天城さん」
潤の言葉に、薙人が思わず縋るような声を上げる。笑って告げられる言葉としては、とても、悲しい。けれども本人が受け入れた過去を否定することも躊躇われ、名を呼ぶしかなかったのだ。
「神臣さんは、優しい方ですから」
それらの諸々を察したか、潤は感謝の念を込めてそう言葉を綴る。
(「そんなあなたにこそ、良い過去を見て欲しい」)
心からそう願い、一足先に舞台へと上る潤。その背を追うように続く薙人。『スタアラヰトステエジ』は、二人に果たして何を見せるのか――。
風が、吹いた。
桜の花弁だけが舞い踊り、そこに立つのはただ独り。
「ああ」
どこまでも広がる、桜色に染まった広大な世界に、存在を許されたのは薙人だけ。
「これは――未来の私」
桜の精となったことで、定命の者ではなくなり、心を寄せた人のことごとくが居なくなった後も、ただ独りで生き続けることとなった『神臣・薙人』の姿そのもの。
「怖いですね」
舞台装置が映す『最悪の未来』たる己を見て、薙人はそう呟いた。こんな未来を迎えるために、生まれ直した訳ではないはずなのに。
「猟兵となった私は、恐らく命が限りを迎えるまで、死なない」
けれども何処かで、この未来を予期していた自分もまた、存在していた。
「その命の限りが失われているのなら、私は全てを見送らなければならない」
たった独り遺されるということの、いかに過酷なことか。
誰にも顧みられることなく、在り続けなければならないことの苦しさたるや。
――その覚悟が、あなたにはありますか?
まさに『最悪の未来』と呼ぶべき存在が、問いかけてくる。
薙人は、キュッと唇を引き結び、それと対峙した。
(「思った通り」)
閉じていた目を開けるなり、凄惨な光景が潤を襲った。
どうすれば、こんなにも血飛沫やら肉片やらが飛び散るのか。
表現でよく言われる『断末魔の叫び』とは、まさにこのことを言うのか。
端的に言えば、己は――誰彼構わず、人を文字通り、喰らっていた。この地獄を生み出したのが他ならぬ自分だったのだと知り、潤はしかし表情ひとつ変えなかった。
「そう作られた僕はいつかこうなる、今更驚きもしませんよ」
助けて。タスケテ。誰か。ああ――。
そんな懇願ごと喰い潰したつもりだった。だが、血の赤に染まった視界の端にひとひら舞う桜の花弁を見た時、潤はそれが己を討伐しに来た存在を示唆するものだと知る。
(「当たり前です、こんな化物は倒されるべきですよ」)
ぶちぶちと肉を裂きながら顔を上げると、自分一人を討つためにひとつの軍勢が周囲を囲っていることに気付く。それを率いるのは、どこか見覚えのある桜の精であった。
茶色の髪は見知ったそれよりも長く長く、金茶の瞳には憐憫と悲哀が湛えられ、そんな彼を見たことはなかったけれども、それでも分かった。
「なるほど……そういう事ですか」
己にも御せぬ力を暴虐の嵐が如く振るっていた潤だったものは、顔中にべったりとついた血を乱暴に拭うと、その顔に喜色を浮かべた。
「納得はしましたが……これは『最良の未来』じゃないですか」
ざああ、あ――。
桜の花弁が、文字通り吹雪いて、舞台を一掃する。気付けば潤は、己に何の変化も起きていないことに気付く。あれだけ生々しかった血や肉の感触も、すっかり忘れる程に。
「私の命に限りがあるのか、知る術はありません」
薙人は、髪を長く伸ばした眼前の『最悪の未来』に向けて、努めて冷静に告げる。
「でも、全てを見送る事になっても、私はそれを受け入れます」
『たった独り遺されても、構わないと言うのですか』
「見送る事を許されるなら、それは――私の幸いです」
未来の薙人が目を見開くのを、現在の薙人は見逃さなかった。
「傍にいる事を拒まれるよりも、共に在る事を許される方が幸せだから」
強がりでもなく、虚勢でもなく、ただ穏やかな心のままに、薙人は微笑んだ。
「だから私は、今を生き、戦います」
『……』
未来の薙人は、一度だけ、ゆるりと首を振った。
言葉はなく、けれどもどこか安堵したかのような表情で、その姿は桜吹雪となって消えた。
薙人の前には、潤が立っていた。
これこそが、現実。二人揃って『最悪の未来』を打ち破り掴み取った、現在。
「神臣さん、よくぞご無事で」
「天城さんこそ、良かったです」
潤は微笑みながら、薙人に頭を下げて礼をすると、自分が見たものを全て伝えた。
「あんな事を、あなたにさせる訳にはいきませんから」
「……天城さんにも、未来が見えていたのですね」
聞き届けた薙人は、潤に顔を上げるよう促すかのように、その肩に手を置いて言う。
「大丈夫、貴方はそうはならない。私が、その前に止めてみせますから」
「神臣さん」
その言葉は、きっと気休めなんかじゃない。
薙人が共に在る限り、きっと、自分は――。
「分かりました、今はただ、今を戦いましょう」
潤もまた薙人の肩に手を置いて、力強く頷いた。薙人はそれを確かめると、囁くようにこう告げた。
「……私の見た未来も、後でお伝えしますね」
どんな未来が待ち受けていようとも、二人ならきっと乗り越えられる。
何を恐れることがあろうか――この決意こそが、幻朧帝を倒す力となるのだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
嶺・シイナ
声が聞こえて、シイナは目を開けた。
懐かしい声。虐げられた記憶の多いシイナの中で、守り、導いてくれたきょうだいのような存在。それが、微笑んでいる。
ぼんやり、おかしいな、と思った。
「顔色がいい?」
「私たち、短命を克服したんじゃない!!」
この人も、怪奇人間の短命故に死んだ。シイナはそれを看取り、死が怖くなった。
「これから人並みに生きて、幸せになるのよ、私たち」
——シイナは顔を歪める。
ヘビに変化させた指先に、自分の腕を噛ませた。痛みは意識を引き戻してくれる。
「ごめん。ボクは、痛みのある世界でも、生きていける方法を探すんだ」
あなたを救えなかったけど、せめてあなたが与えてくれた痛みを愛して生きたいから。
●最良の過去:シイナの場合
絢爛なるステエジに立ったことまでは、覚えている。
世界がぐるりと回転するかのような感覚と同時に目の前が真っ暗になって、そして。
(「……ナ、シイナ……」)
他ならぬ己を呼ぶ声を聞いて、嶺・シイナ(怪奇人間の文豪・f44464)は目を開けた。
懐かしい声だった。
思い返せばろくでもない記憶ばかりの中で、その声は|標《しるべ》のように在り続けてくれたと、シイナの意識は徐々に明確なものとなっていく。
――短命なのだから、命の限り、役に立て。
そんなお題目の下に、奴隷のように扱われたことをどうして忘れられようか。さんざ酷使された挙げ句に送られたのは実験組織で、ああ自分はここで死ぬのだと思った時、守り導いてくれるきょうだいのような存在と巡り会った。
微笑んでいた。今、こうして、目の前で。
(「……おかしい、な」)
頭の何処かで、違和感を覚えた。
元気そうな『あなた』を見られるのはとても嬉しいはずなのに、どこかがちぐはぐだ。
「シイナ、あなたとても顔色がいいわ」
「……」
言われてみれば、自分でも信じられない程に、活力がみなぎっているような気がして。
「私たち、短命を克服したんじゃない!!」
嬉しそうにそう言いながら、あなたはボクの手を取るけれど。
その手の温もりが、いっそ白々しいまでに感じるのは何故か。
今や文豪となったシイナを突き動かし、生かすものは――情念だ。希望を知り、絶望を知り、死を恐れ、死を忌避せんと足掻いた結果掴み取った力だ。
「シイナ、これからは人並みに生きて、幸せになるのよ、私たち」
「そう、だね」
肯定の言葉を返しながら、シイナの表情は歪む。
そうだったらどんなに良いかと思いながら、取られた手をゆっくりと振りほどき、その指先をヘビに変化させて、己の腕に噛みつかせた。
「……っ」
何より確かな痛みに、シイナは思わず目を瞑る。再び目を開けた時には、舞台の上に立つのはシイナただ一人。あの人の姿は――どこにもなかった。けれど、それで良かった。
(「あなたは、ボクが確かに看取った。それを、忘れたりなんかしない」)
怪奇人間故の短命で、シイナより先に逝ったひと。
シイナが生を欲し、死を恐れる理由となったひと。
それを――今更なかったことには、出来るものか!
「ごめん」
最良の過去へと、シイナは敢えて背を向ける。
「ボクは、痛みのある世界でも、生きていける方法を探すんだ」
あなたのことは救えなかったけれど、せめてあなたが与えてくれた痛みを愛して、生きていきたいから。
終わらせる訳には行かない――|今はまだ《・・・・》。
大成功
🔵🔵🔵
淳・周
最悪の未来か…何でもアリな猟兵だからならないとは言い切れねえな。
だが!
これを乗り越えてこその正義のヒーロー!
周囲全てを焼き尽くす炎の暴獣『ヒート』、直接対決でブッ倒す相手に不足なし!
火力自体は向こうが上だろう。この戦場の熱だけでも相当キツイな。
体力も爪牙も厄介だが…負ける気はねえ。
物理攻撃は見切り受け流しつつ防御、火炎の攻撃は血を燃え上がらせて盾を展開しガード!
熱は根性で耐えつつ苛立ち大振りになったタイミングで躱し懐に潜り込んでUC起動、最大の攻撃をボディにぶちかます!
闇に抗い続け生き抜いてきたのが灼滅者だ!
堕ちきったヤツに負けるわけねえだろ!
※アドリブ等お任せ
最悪の未来は闇堕ちした炎の巨大羆
●最悪の未来:周の場合
淳・周(赤き暴風・f44008)がステエジに上がるやいなや、その眼前には炎を纏った巨大な羆が立ちはだかった。
「最悪の未来か……何でもアリな猟兵だから、|ならない《・・・・》とは言い切れねえな」
話が早くて助かる、とばかりに、周は指をボキボキと鳴らしながら笑う。
そう、炎の巨大羆の正体こそ周が闇堕ちをしたならば――の姿なのだ。灼滅者として武蔵坂学園で戦っていた頃に『擬似的に』この姿を取ったことはあるが、意識の主導権はあくまでも周にあった。
だが、今は違う。この巨大羆は、闇に堕ちて取り返しがつかなくなった自分だ。そんな未来が、万が一己の結末なのだとしたら――。
「だが!」
だと、してもだ。
「これを乗り越えてこその、正義のヒーロー!」
淳・周という女は、不確定な未来に振り回される程、ヤワではない。
「周囲全てを焼き尽くす炎の暴獣『ヒート』、直接対決でブッ倒す相手に不足なし!!」
むしろ、逆境でこそ燃え上がるタイプであった。
『我輩こそがお前の未来、認めて絶望するが良い』
「ハッ、その手の煽りが効いてたまるかよ! 学生時代に散々聞き飽きたぜ!」
|炎の暴獣《ヒート》が文字通り燃える吐息と共に言うも、周はそれを一蹴する。だが、ヒートが存在するというただそれだけで、戦場と化したステエジの熱気が尋常ではない域に達するため、内心では油断ならないと気を引き締めていた。
(「熱気だけでも相当キツイし、何なら火力自体は向こうが上だろう」)
炎を駆使する、ともあれば己の血をも燃やすファイアブラッドたる周が言うのだ、それだけこの戦場が過酷だということは、伝わるだろうか。
(「体力も爪牙も厄介だが……負ける気はねえ」)
まさか、このステエジをガチの戦場にする者が現れるとは居なかったかも知れないが、これこそが周の『最悪の未来』への対峙なのだ。らしいと言えば、非常にらしい。
『そうか、ならばお前は何者にもなれず、ここで死ぬのだ!』
炎の羆が、猛然とその巨大な腕を振りかざしながら突撃してきた。その巨躯故にどうしても俊敏さを欠く挙動を見抜いた周は、まさに己を引き裂かんと振り下ろされた大きく鋭い爪を紙一重で躱す。そして真紅の髪をなびかせながら、そのまま間合いを取る。
「アタシは、てめぇみてえな相手が居る限り――どうしたってヒーローなのさ!」
『抜かしよる……!』
まるで周が間合いを取ることを見越したかのように、羆はその身を燃え上がらせると、火炎を叩きつけてきた。だが周も負けてはいない、即座に指先を慣れた動作で噛み切ると血を滲ませ、燃え上がる炎の盾と為し相殺する。
そうして、幾度ぶつかり合ったことだろうか。力任せに周を制圧しようとするヒートに対し、ある意味手の内を知り尽くしている側である周はほぼ完璧に対処してみせるものだから、ヒートはとうとう目に見えて苛立ちを隠さぬようになってきた。
『往生際が悪いにも程があるというものよ、いい加減楽になったらどうだ!』
(「――来た」)
両腕を同時に振り上げ、炎を纏いながら、今度こそ周を圧し潰さんと迫る。
挙動が大振りになったところを、周が見逃すことはなかった。
「待ってたぜ、この時をよ!」
『何……ッ!?』
「これで、終わりだッ!!」
猟兵となり、新たな世界、そして新たな敵との出会いに絶望するどころか熱く燃え上がる周にとって、この命懸けの戦場さえも輝いて見える。
刹那の隙を突きヒートの懐に潜り込んだ周は、サイキックを超えたユーベルコード――【|無尽業炎《リミットレスヒート》】を発動させ、灼熱の焔を極限まで圧縮し纏わせた拳を構えると、アッパーの要領で渾身の一撃を羆のボディにぶちかました!
『ガ……ッ』
「闇に抗い続け、生き抜いてきたのが灼滅者だ!」
暴獣の巨大な身体さえも宙に浮かせる勢いの一撃を放ちながら、周は言い放つ。
「堕ちきったヤツに、負けるわけねえだろ!!」
――勝者、淳・周。
この結果こそが、何よりも明確な絶望の克服であった。
大成功
🔵🔵🔵
荒谷・ひかる
・最悪の未来
最愛の彼の目の前で、お互い抵抗できずに蹂躙される
(ノベル「獣人世界大戦外伝」等で描いて頂いたイメージ)
天候は嵐、時間は夜。姿は飛沫に紛れ、声は雷鳴に掻き消され、誰からも救いの手が差し伸べられることは無い(という絶望)
――本当に?
それは嘘だ。
だって、わたし達には……お節介で頼りになる友達精霊さん達がついてるのだから!
……落ち着いて考えれば、あり得ない想定なんです。
「雷鳴轟く嵐の夜」なら、少なく見積っても雷、風、水、闇の精霊さん達が黙ってるはずありませんから。
だから、わたしがすべきことは「信じる」こと。
そうすれば、こんなの出来の悪い幻だって言い切れます!
●最悪の未来:ひかるの場合
この人と、共にこれからの未来を歩んでいきたい。
そう思える人が、荒谷・ひかる(|精霊寵姫《Elemental Princess》・f07833)には居る。
いわゆる、運命の人だと思う。他に代えがたい大切な人だと思う。
『ただ一緒に生きていければ、それだけで構わない』
いかなる艱難辛苦が待ち受けていようとも、二人でなら、きっと乗り越えられると――。
そう、思っていた。
「いやあああああああっ!!!??」
強い覚悟を持って舞台に上がったはずだったひかるは、突如眼前に広がった光景に、たまらず悲鳴を上げ、頭を抱えてうずくまった。
最愛の人とは引き離され、互いに尊厳などそこには全くないが如く、蹂躙されていた。
ただモノのように扱われ、泣いて叫んで抵抗しようが、むしろその様を喜ばれた。
ごうごうと、暗い夜に嵐が巻き起こる。
姿は飛沫に紛れ、互いの声は雷鳴にかき消され、誰からも救いの手は差し伸べられない。
(「ああ」)
まるで、己自身が汚らしい手でまさぐられているかのような嫌悪感を覚える。
(「わたしがここで嬲られるだけならいい、でも、このままだとリューさんが」)
男など、壊れるまで蹴られ殴られ、ボロ雑巾のようになった挙げ句捨て置かれるのが行く末に違いない。そんなことは、己のことよりも到底耐えられない――!
どうして。
どうして、どうして、どうして、どうして、こんな、ことに。
わたしはただ、ふたりでいっしょにいられれば、それだけでかまわなかったのに!
「……いや、こんな……嫌……」
とめどなくあふれる涙を拭いもせずに、ひかるはただ震えていた。無理もない、元をただせばひかるはごく普通の少女なのだから。斯様な『最悪の未来』を見せつけられて、気を確かにもっていられるはずがない。
彼と自分の未来は、明るいものだと信じていた。何の疑いもなく。
けれど、どうしてこんな可能性があるということに、思い至らなかったのだろうかと。
(「――うそ」)
自分の想像力が足りなかったのではない。
そのような可能性が、そもそもあり得ないのだとしたら?
「こんなのは、嘘だ」
気付きを得たひかるは、もはやさめざめと泣くばかりの少女ではない。
「だって」
胸元を強く掴み握りしめると、ひかるは泣き腫らした双眸で決然と舞台を見つめた。
「わたし|達《・》には……お節介で頼りになる友達がついてるのだから!」
ひときわ大きい雷が落ちる轟音と共に、忌まわしい光景はいよいよ飛沫の中へ消えていく。嵐の夜に、ひかるはまるでトップスタアを思わせる力強さで、立ち上がった。
「……落ち着いて考えれば、まず想定からしてあり得ないんです」
下劣な劇を見せつけた卑怯者に、真実を突きつけるかのように。
「『雷鳴轟く嵐の夜』なら、少なく見積もっても雷、風、水、闇の精霊さん達が黙ってるはずありませんから」
ひかると心を交わした九つの精霊さん達は、原則として、ひかるを傷つける者を絶対に赦すことはない。このような状況を、捨て置く訳がないのだ。
「だから、わたしがすべきことは『信じる』こと」
あり得ないことなのだと。
だから、こんな未来は何をどう間違えても、起こる訳がないのだと。
落ち着いて。
九つの精霊さん達がついていてくれる限り、きっと大丈夫だから。
「こんなの、出来の悪い幻だって、言い切れます!!」
ひかるがそう言い放つと同時に、舞台の書き割りはガラリとその姿を変えた。
そこは――光差す庭。人々が集い、ひかると愛する人へ目一杯の祝福を送る。
憧れた純白のウェディングドレスを纏った己の姿こそ、本当の未来を示す。
「……わたしが泣くのは、そう、嬉し泣きなんですから」
くしゃくしゃになった顔で、しかしひかるは、絶望を自ら打ち破った達成感に笑ってみせた。
大成功
🔵🔵🔵
千曲・花近
『最悪な未来』
それは誰にも、俺の歌が届かなくなってしまうこと
俺は歌手だから、最高の歌声を観客に届けるのが仕事
この『スタアラヰトステエジ』でも一緒
だけど、ここから見える観客席は俺の知ってる雰囲気じゃ、ない
誰も俺の歌を聴こうとしてくれない
歌えば歌うほど、場がシラけていくのがわかる
ついにはオーケストラも止まって
俺の喉もグッと詰まって、いよいよ声すら出なくなる
俺の歌なんて、もう誰も、聴いてくれない……
自信を失いそうになるけど、
構えた三味線の弦一本を鳴らす勇気だけ奮い立たせて
俺は『歌うことが好き』
なら俺は、俺のために歌うっ!
それだけでも、俺が歌う意図としては十分だ!
UC発動
――唄わせていただきますっ!
●最悪の未来:花近の場合
千曲・花近(信濃の花唄い・f43966)は、国民的スタアである。大学時代にメジャーデビューして以来、民謡からJ-POPまで、歌い手として幅広く活躍している。
そんな花近にとって、この『スタアラヰトステエジ』は、ある種最高の舞台とも言えた。
言えた、が。
「最悪な、未来」
過去に未練などあろうものか。あるとすれば、未来への恐れだ。
舞台に上がること自体は慣れている、今更怖気付く理由なんてない。
「それは誰にも、俺の歌が届かなくなってしまうこと」
煌びやかなステエジは、ある意味いつも通り、花近を迎えてくれた。
「俺は歌手だから、最高の歌声を観客に届けるのが仕事」
しっかりとした意識を持って、いざ観客席へと向き直った時――ゾクリとした。
(「違う」)
書き割りにはオーケストラの演者たちが映し出され、音楽も流れ始めたのに。
(「俺の知ってる雰囲気じゃ、ない」)
ざあ、と血の気が失せていく感覚に囚われる。身体の末端から痺れていくようだった。
(「誰も、俺の歌を聴こうとしてくれない」)
客席は満員御礼、大舞台には申し分ない状況にも関わらず、花近は感じていた。誰一人として、花近に興味を示してないということに。
いやいや。
それは、歌うことを止めていい理由にはならない。
だから歌う。声の限りに。想いを乗せて。俺を見ろ、歌を聴け、と。
愛用のマイクは青緑の淡い光を放ち、花近の身振りに合わせて帯を描く。
どうして?
こんなに心を尽くして歌っているのに、耳を傾けてくれる人が誰も居ない。
爆睡している。スマホを弄っている。雑談をしている。これではまるで――。
(「響いて、ない」)
ああ、そうだ。まるで、世界中から歌という概念が欠落してしまったかのように。
舞台の上に立つ花近のことなど、誰も意識していない。それを、歌えば歌うほど思い知らされるようで、辛かった。
いつの間にかオーケストラの演奏も止まり、朗々と歌い上げていたはずの声さえも、喉がグッと詰まって発せられなくなってしまう。
そんな自分を照らすスポットライトだけが空しく、花近は遂に天を仰いだ。
(「俺の歌なんて、もう誰も、聴いてくれない……」)
昏い想いに心が蝕まれていく感覚は、初めてのことではなかった。
けれど、二度とその想いには呑まれまいと誓った。みんなのために、歌うのだと。
――本当に?
「……え」
その『みんな』が歌を聴いてくれなくなったら、君は歌うのを止めてしまうのかい?
「それ、は」
違うよね? 君が歌う、本当の理由は――。
涙ぐみ、薄らぼやけた視界の先には、武蔵坂学園で戦っていた頃の自分の姿。
あの時から、本当は何も変わっていないはずなのだ。
「俺は」
揺らいだ自信を取り戻さんと、花近は一度しっかりと舞台を踏みしめる。
「歌うことが、好き」
マイクスタンドに頼ることなく、自分の足で立ち、構えた三味線の弦一本を鳴らす勇気だけを奮い立たせて。大きく息を吸い、凜と前を見据えた。
「なら俺は――|俺のために《・・・・・》歌うっ!!」
ぶわっ、と。花近の叫びと共に、薄紅色の桜吹雪がステエジを中心に舞い踊る!
誰かのために、何かのために、それも結構。
けれど結局は、自分がそうしたいから、するだけなのだ。
「それだけでも、俺が歌う意図としては十分だ!!」
カッ、と。スポットライトの数が増える。
さぁさ皆様、お手を拝借。おや、拝借できない?
できずとも――千曲・花近、ひとつ唄わせていただきます!
見るが良い、聴くが良い。
これが、誰にも揺るがされない決意を込めた、信濃の花唄いによる魂の熱唱である。
立ち会えた者は幸運に思うが良い。これだけの奇跡、そうそうお目にはかかれないのだから。
いつしか客席からは手拍子が起こり、自然と皆揃って立ち上がり、花近の歌と三味線に合わせて、熱狂の渦はステエジいっぱいに広がっていくのだった。
大成功
🔵🔵🔵
エルザカート・ファーレンハイト
これほどの大舞台にを作り上げるほどの大悪魔…
確かにその力を借りられれば…!?
あれは、お父様…!?
城と共に封じたはず…
それに隣にいるのは…お母様に、小さな頃の私…?
…そう、だったわね…
あの頃は親子で仲良く、平和に暮らしていた…
きっとお母様が今も生きていれば、ずっとこうしていたはず…
…いけない…
あの頃に戻りたい、なんて考えたら…
お父様はそれを願う余り、世界を終わらぬ黄昏に包もうとした…
…そして、それを止め、振り返らないと決意したのだから!
今の私と共に歩むひとの為に!
…例え幻であっても、ふたりで「眠っている」お父様とお母様をこれ以上苦しませない為に…
今一度、貫く!
その裏にいる者諸共、私の「決意」で!
●最良の過去:エルザカートの場合
(「これほどの大舞台を作り上げるほどの大悪魔……」)
煌びやかなステエジを前にして、エルザカート・ファーレンハイト(紅の賢者・f31377)は、その絢爛豪華さの向こう側に存在する|悪魔《ダイモン》の強大さをひしひしと感じ取っていた。
(「確かに、その力を借りられれば……!?」)
あの、紛い物の世界を創造していい気になっている諸悪の根源に一泡吹かせることだって、決して不可能ではないという理屈も良く分かるというもの。
領主を務めながら魔科学の研究にも文字通り心血を注いできたエルザカートにとっては、この状況そのものが実に興味深いものではあったが、超・超巨大悪魔『ビームスプリッター』も今や猟兵を主とする身となった。機会があれば後々貴重な話が聞けるかも知れないと思いつつ、今は課せられた任を果たすべく、ステエジへと上がるのだった。
昔々、世界を明けない夜に閉ざそうとした吸血鬼がおりました。
それは『黄昏の王』と呼ばれた、とても恐ろしい存在でした。
けれど、なぜ王様はそんなことをしようとしたのでしょうか?
「あれは、お父様……!?」
エルザカートの前には、見紛うはずもない、父の姿があった。
それだけではなかった。隣には母と、そしてまだ幼かった頃の己が居たのだ。
(「どうして……お父様のことは城と共に封じたはず……」)
『エルザ』
『元気にしていましたか』
「……っ」
父に、そして母に語りかけられ、エルザカートは息を呑む。
「……そう、だったわね……」
思い出す。
永き時を生きてなお少女の姿を保ったままの己でも、こうして幼い頃はあった。そして、その頃は親子で仲良く、日々を平和に暮らしていたことを。
「お母様、が」
優しかった母が、今まさに目の前で、あの頃と同じように、笑っている。
――今もこうして、|本当に《・・・》生きていたならば、ずっと。
『おいで』
父の声も、あの幸せだった頃のように、とても穏やかで。
(「……いけない……」)
だから、誘いに乗ってしまいそうだったけれど――エルザカートはかぶりを振った。
(「あの頃に戻りたい、なんて考えたら……」)
過去への回帰を願った結果、何がどうなって|現在《いま》に至るかを、思い返す。
「お父様」
今や立派な領主となったエルザカートは、敢えて強い口調で父に向けて言った。
「あなたはそれを願う余り、世界を終わらぬ黄昏に包もうとした……」
拳は爪が食い込むまでに握りしめられ、血さえ滲んでいたことに、誰が気付こうか。
「……そして、それを止め、振り返らないと私は決意したのだから!」
決然としたエルザカートの言葉に、母と幼き己の姿はかき消え、黄昏の王のみが残される。舞台の上には、血と魔力と――決意によって織り上げられた血の槍を手にしたエルザカートと黄昏の王のいまや二人きりだ。
『再び、私を封印すると言うのか』
「然様です、お父様――いいえ、黄昏の王」
あの頃のようにいつまでも幸せで居られたら、どんなに良いか。
それは痛いほど分かる。けれども、願ってはいけないことだとも、分かっている。
「……例え幻であっても、ふたりで『眠っている』お父様とお母様をこれ以上苦しませない為に……」
見せられている幻影だとしても、決着は己が手でつけるべきであると。そして何より。
「今の私と、共に歩むひとの為に!」
これはきっと、紛れもなく、未練だったのだろう。
ならば、今一度貫いて、今度こそ決着をつけなければならない。
その裏にいる者諸共、他ならぬエルザカート自身の『決意』で!
紅の賢者は、もはや一人ではない。
忠実なる騎士をはじめとした家臣や仲間たちが居る。
過去への逃避は、そんな彼らへの――冒涜にも等しかろう。
故に、エルザカートは今度こそ、未練を完全に断ち切ったのだ。
大成功
🔵🔵🔵
レンフィート・ディアレスト
◆最良の過去
銀誓館学園にいた頃。
学園生活を謳歌し。仲間に、自分を受け入れてくれる佳き人達に恵まれた。
騒がしい思い出ばかりだけど、間違いなく楽しかった。
好きな人もいたし、尊敬する人もいた。あの人達といるのが好きだった。
いま思えば、甘えていたのだろうか。
甘えを許してくれていたのだろうか。
◆現在
そろそろ、甘えるのは止めにしよう。
ありきたりな言葉だけど、過去ばかり見ていたらあの人達に合わせる顔がない。
こんな話だって、正直恥ずかしくって仕方ない。
今度は僕が誰かの幸いになれるよう。
憧れた人達になれるよう、未来に行くよ。
想い出を書き溜めたメモを閉じる。
ケリをつけても思い出せるのが昔話のいいところだ。
またね。
●最良の過去:レンフィートの場合
それはそれは、とても懐かしいお話。
レンフィート・ディアレスト(探究の貴・f38958)が銀誓館学園に在籍していた頃を思い出せば、きっと話は尽きないだろう。仲間に、そして自分を受け入れてくれる佳き人達に恵まれ、学園生活をこれでもかと謳歌したものだ。
もしかしたら、今でも結社で決死の告白劇とそれに連なる幾多のポエムを繰り出して、何とか意中の人に想いを伝えようと頑張ったことを覚えている者も居るかも知れない。
そう、好きな人も居たし、尊敬する人も居た。
そんな彼らと、一緒に居るのが本当に、本当に大好きだった。
(「いま思えば、甘えていたのだろうか」)
懐かしさの中に、ほんのりと残る苦さの正体は何だろう。
(「甘えを許してくれていたのだろうか」)
知らず知らずのうちに、レンフィートは愛用の手帳を開いていた。
書き割りに映し出された面影は、どれも優しく微笑んでいて。
運命の糸症候群によってあの頃と同じ姿を保ったままの自分と、やっぱり同じで。
けれど、頭のどこかでは理解していた。
――もう、あの頃には戻れないのだと。
「そろそろ、甘えるのは止めにしよう」
書き割りの中の大切な人たちの顔が、不思議そうな表情に変わるのを見たけれど。
「ありきたりな言葉だけど、過去ばかり見ていたら、|あの人達《・・・・》に合わせる顔がない」
本当は。
真実は。
レンフィートが知っている|本当の《・・・》あの人たちならば、今の自分を見たとして、もっと別の表情をするだろう。呆れたり、からかうような笑みを浮かべたり、こう――『いつまで過去に浸っているんだ』なんて、弄られるのが本来なのだと、そう思うのだ。
(「こんな話だって、正直、恥ずかしくって仕方ない」)
開かれていた手帳に目を落とす。記された想い出は、どれも本当に大切で、懐かしいものばかり。どんなに相手が忘れようとも、己は決して忘れることはないだろう。
故にこそ、十年以上の時を経て、レンフィートはようやく前を向くことを決めたのだ。
「今度は、これからは、僕が誰かの幸いになれるよう」
懐には、年季が入ったイグニッションカードがある。
レンフィートだって、十分に格好良い、現役の猟兵にして探偵騎士だ。
プライドが高く意地っ張りな自惚れ屋を自称していても、その気高さは本物だ。
だから、きっと、なれる。
「僕が憧れた人達になれるよう――未来に行くよ」
きっと、行ける。止まったままの時間を自ら動かし、その先へと踏み出せる。
手帳をたぐる手を止め、遂にその表紙は閉じられた。
最後に、これまでの感謝の言葉をひとつだけ書き添えて。
「ケリをつけても思い出せるのが、昔話のいいところだ」
手帳を大切に懐に収めると、レンフィートは思い出に背を向けた。
「またね」
さよならではない。
いつだって会える。
けれどそれは、思い出の中で。
これからは――現在を、そして未来を生きよう。
堂々と、胸を張って。そうしていつかまた、あの頃のように――いや、あの頃を上回るような輝く日々を、送ってみせようではないか。
だからどうか、見守っていて欲しい。
――僕は必ず、誰かの幸いになってみせるから。
大成功
🔵🔵🔵
雪華・風月
わたしの最良の過去…当然それは今でしょう
友と語り切磋琢磨し世のために剣を振るう、家にいたのでは出来なかったこと
ですから今こそが最良…
では逆に最悪の未来とは…
この戦争でも他の事柄でも終わってしまったサクラミラージュ…
崩壊した桜學府、倒れる学友や話したこともない方々
見るも無惨な実家、原形を留めぬ家族らしき肉片
燃える猫カフェ、甘味屋、幻朧桜、帝都
そして満身創痍な自身の姿……
わたしは雪解雫の刃を自身に向け…
刃邪、剣正…
自身の絶望の心を斬り払う!
まだ来ぬ未来であれば更に力を付けましょう
多くの方と力を合わせて絶望の未来を断ちましょう…!
一先ずは眼の前の戦争を終わらせこの世界に平和を…
●最悪の未来:風月の場合
この帝都櫻大戰に於いて、多大なる貢献を果たしてきた雪華・風月(若輩侍少女・f22820)もまた、煌めくステエジがもたらす試練と恩恵を受けるべく立ち向かう。
「わたしの最良の過去……当然それは『今』でしょう」
振り返る。思い起こす。帝都桜學府や異世界への転移などで得た幾多の友と時間を忘れ語り合い、切磋琢磨し、正しき世のために剣を振るってきた。
華族の暮らしも当然悪いものではなかったが、そこに縛られていたとしたら決して得ることが叶わなかった、貴重な経験だ。
「ですから、今こそが最良……」
過去は、あり得ない。
ならば、書き割りが見せるのは――最悪の未来。
(「わたしにとっての最悪の未来とは、どう考えてもたった一つ」)
舞台に上がった風月の周囲が、あっという間に焼け野原と化した。くすぶる炎の残滓が生々しく、あれだけ美しく咲き誇っていた薄紅色の幻朧桜も白い石灰にしか見えない。
――この戦争でも、或いは他の事柄でも、|終わってしまった《・・・・・・・・》サクラミラージュ。
青山の本部だけではない、ことごとくが壊滅した帝都桜學府。敷地の内外を問わず、見知った学友や言葉を交わしたこともない學徒兵たちまで、その全てが息絶えている。
焦土と化した愛する世界を駆け回り、およそ考えられうる中でも最悪の状況を目の当たりにした風月は、何やかやで自分をずっと見守ってくれていた家族の元へと駆けた。
(「ああ、せめて」)
こんな地獄の中であっても、せめて一縷の希望くらいはあってもいいだろう。
(「少しくらい、救いがあっても」)
息を切らせて駆けつけた場所には――瓦礫だけがあった。
「おかしい、な」
風月は、目を見開き、半笑いになっていた。
自分が知る実家は、居心地としてはいささか窮屈だったものの、いつだって温かく風月を迎え入れてくれる場所だったはずだ。
こんな。
こんな、ただの瓦礫であってはいけない!
「……っ」
あまりにも冗談めいた光景に、いっそ笑いさえこみ上げたが、それはすぐに引っ込んだ。
瓦礫に混ざって、肉片が散乱していたからだ。
明確な悪意を込めて、まるで風月がこの光景を目撃するであろうことを見越したように。
生きたまま八つ裂きにされたのだろう、共に裂かれたであろう衣服が付着していたことで、その肉片が家族であったものだと理解せざるを得なかった。
「あ、ああ、あ――」
風月は後ずさる。何もかもが遅すぎたのだと、救いなどないのだと、打ちのめされて。
「あああああああああああああ!!!!!」
叫ぶ。駆ける。燃える帝都を、髪を振り乱して、ただ駆けた。
足繁く通っていた猫カフェーも、甘味屋も、幻朧桜も、帝都も。
愛した全てが、失われた。
なにもない。本当に、なにもないのだ。
やがて、風月は一本の朽ちた幻朧桜の元へとたどり着く。
「この大きな幻朧桜の下で、お花見をするのが、好きでした」
もはや花を咲かせることもない、黒々と焦げた木の幹にもたれかかり、風月は天を仰いだ。
「でも、もう」
それも、これも、あれも、全て。
最後に残された気力を、唯一残された愛刀「雪解雫」を逆手に持ち、切っ先を胸元に向ける。
何故、たった一人生き残ってしまったのか。
絶望しかないこの世界で、生きていくことなど出来ない。
誰かが、口元を歪めて嗤った気がした。
「刃邪、剣正……」
灰が天に昇っていくのを見遣りながら、風月は自らの心臓に刃を突き立てた。
これで、全てが終わった――かに見えただろう。
だが、風月の身体からは一滴の血も流れず、ただ忌まわしき光景のみがかき消えていたのだ。これは一体どうしたことか?
「……やはり、これはわたし自身の絶望の心でしたか……」
霊力が込められた雪解雫の刃は、肉体を傷つけず、貫いた者の歪んだ心のみを斬る。風月は、自らにユーベルコヲドを向けることで、己を苛む『絶望』を打ち砕いたのだ。
立ち上がり、振り返り、絢爛豪華な姿に戻った書き割りをひと睨みする風月。
「まだ来ぬ未来であれば、更に力を付けましょう」
ただ手をこまねいて、生まれ育った愛する世界が壊滅するなどという未来を迎えるほど、雪華・風月という猟兵は弱くはない。
「多くの方と力を合わせて、絶望の未来を断ちましょう……!」
そして何より、風月は一人ではない。たくさんの仲間が居る。ついぞ先程見せられた死屍累々の地獄絵図は、裏返せばその全てが風月の味方でもあるのだ。
「一先ずは、目の前の戦争を終わらせ、この世界に平和を……」
踵を返すと、風月はステエジを後に駆け出した。
絶望に駆られた疾駆ではなく、希望を携えた決意の一歩であった。
大成功
🔵🔵🔵
御桜・八重
もしシズちゃんが転生せずに暴走する影朧になっていたら。
わたしが影朧化して、同じようになってしまったら。
そこには暗い色の真の姿で返り血に染まった未来のわたしがいた。
シズちゃんの過去を見た時、気になることがあった。
親友と出会って人間のために戦い出す前、
シズちゃんと言う影朧は何をしようとしていたのか。
最悪の未来がそれを解き明かしてくれるのかもしれない。
わたしは人々のために戦う。
悪い影朧を倒し、人々を救い、皆の笑顔を守る。
わたしへの信頼が絶頂になったその時。
……わたしは皆を裏切った。
溢れ出す影朧。血に染まる帝都。
喜びを恐怖へ。笑顔を絶望へ。落差はあればあるほどよい。
帝都の空を覆う負の感情エネルギーは、巨大な何かに吸収され、
目覚めたそれは破滅の光を放ち……
乱れた呼吸を整える。
未来は最後まで見届けた。決して目をそらさずに。
普通に戦うよりよっぽどしんどいよ、これ……
でもこれで一歩近づけた。そんな未来には決してさせない。
「見ててね、|シズちゃん《過去のわたし》。不撓不屈。わたしは絶対あきらめない!」
●最悪の未来:八重の場合
絢爛豪華なステエジは、御桜・八重(桜巫女・f23090)が足を踏み出すその前から、サクラミラージュで国民的人気を誇る活動漫画『魔法巫女少女 ごきげん!シズちゃん』の名シーンを次々と映し出していた。
どのシーンも、忘れがたい感動を伴い、八重の心を揺さぶるけれど。
(「シズちゃんの『過去』を見た時、気になることがあった」)
人々のため、平和のためにと戦うシズちゃんの正体が影朧であったことを、とあるきっかけで知った八重。そんなシズちゃんが、親友たる桜の精と出会って人々のためにと戦い出す前のこと、そもそもシズちゃんという影朧は何をしようとしていたのか?
(「最悪の未来が、それを解き明かしてくれるのかも知れない」)
何が起こっても、見届けよう――その決意を胸に、八重はステエジに上る。
桜舞う帝都、現れる敵をバッサバッサと倒していく魔法巫女少女。
『わたしは、人々のために戦う』
悪い影朧を倒し、人々を救い、皆の笑顔を守る。
『わたしには、皆がいる』
シズちゃんの周りには、次第に仲間が集い、人々の信頼も篤くなっていく。
そうして、魔法巫女少女への信頼が絶頂になった時。
『わたしは、皆を裏切った』
テレビジョン越しに、そしてキネマの劇場で、さんざ聞き慣れたはずのシズちゃんの声音が酷く昏くなったことに、八重は驚愕で目を見開いた。
その視界に飛び込んできたのは、桜の精の友人による癒しと転生を受けられず、暴走する影朧と化した魔法巫女少女――シズちゃんの姿だった。
それは、つまり。
影朧と化し、同じ末路を辿ることとなる|八重自身の姿《・・・・・・》!
可憐なアレンジをされた巫女装束を真っ赤な返り血に染めた、未来の自分が居た。
「――あ、あ」
身体が、震え出す。嗚咽を漏らしそうになる口を、両手で塞ぐのがやっとだ。
眼前の『最悪の未来』は、返り血を拭うことなく嗤っていた。
帝都と言わず、世界中からあふれ出す影朧たちは、幻朧桜をことごとく散らして人々に襲いかかる。どこにも逃げ場なんてない、守るべき存在だったはずの人々は、次々と引き裂かれて物言わぬ肉塊と化し、世界を真っ赤な血に染め上げていく。
『喜びを恐怖へ、笑顔を絶望へ』
眼前の魔法巫女少女は、血にまみれた姿で口の端を上げて、笑んだ。
『落差は、あればあるほどよい』
最初から、それが目的で――?
怒り、悲しみ、憎しみ、嘆き。
|櫻花幻朧界《サクラミラージュ》の空を覆う負の感情エネルギーは、巨大な何かに吸収され、目覚めた|ソレ《・・》は破滅の光を放ち――。
八重は、その場に崩れ落ちそうになるのを必死に堪えながら、立っているのがやっとであった。けれども、見届けた。決して目を逸らすことなく、最悪の未来を、最後まで。
一体の影朧による悪意に翻弄されて、愛すべき世界が滅んだ。
その影朧とは、他ならぬ己なのだと突きつけられ、どうして平然としていられようか。
「……ふ、ふぅ……すぅ……」
深呼吸を繰り返し、何とか呼吸を整える八重。
書き割りが無情に映し出す、瓦礫の山と血の海を見据えたまま、両の拳を握りしめて身体の震えを止めようとする。掌が酷く汗ばんでいたけれど、知ったことか。
「は、はぁ……普通に戦うよりよっぽどしんどいよ、これ……」
だが、これで一歩近づけた。
未来が分かっているのならば、そんなことには決してさせないという意志を持てばいい。
絶望に抗う力こそが諸悪の根源を討つという理屈が、良く分かった気がした。
「見ててね、|シズちゃん《過去のわたし》」
八重は視線を外さず、血に塗れた魔法巫女少女に告げた。二刀を握ったままだらりと腕を下げ、昏い笑みを向けてくるのは変わらない。
「不撓不屈――わたしは、絶対あきらめない!!」
ごう、と。固い決意と共に発動したユーベルコヲド【|石割桜《イシワリザクラ》】により、八重の姿は一切の穢れなき可憐な巫女装束に包まれた。
桜吹雪が舞い踊り、抜いた二刀が閃くと、闇に沈んだ影朧の姿は霧散する。
世界を滅ぼすのが己だというのならば、そうならないように生きるのみだ。
生き様を背中で示し、明日を恐れず駆けていく――八重には、それしか出来ないから。
大成功
🔵🔵🔵
管木・ナユタ
アタシの最良の過去
それは、アタシが鋏角衆じゃなく土蜘蛛になれていた場合の過去だ
蜘蛛童だったアタシの『進化』の時が来た
場所は山奥の立派な屋敷
周囲には土蜘蛛の一族郎党が勢揃いし、期待の眼差しで、アタシを見守っている
アタシは土蜘蛛に変化し、一族郎党は歓喜の声を上げる
「おお! 遂にこの時が!」
「待ちかねておりましたぞ、ナユタ様……!」
アタシの希望に溢れた道行きが、今、始まる!
……なんてな
アタシは鋏角衆になり、こんな風に一族郎党に愛されることはなかった
それが現実だ
でも、アタシが失敗作だからなんだ
強いから愛される、弱いなら愛されないなんてのはおかしい
愛されたいからって強い自分を演じるのは、もうやめだ!
アタシ自身がアタシを愛さなくっちゃいけない
それができるなら、アタシが鋏角衆になったからって見限った連中より、よっぽど、本当の意味で『強い』よな?
強かろうと弱かろうと、アタシはアタシ
アタシは自分自身を愛する!
書き割りの一族郎党は蹴り倒していくぜ
お前らからの愛情はもう求めない!
お前らとは、これでさよならだ!
●最良の過去:ナユタの場合
鋏角衆。
土蜘蛛の『出来損ない』として生まれた下級種族と呼び、蔑む者も多い。
嘆かわしいことではあったが――銀の雨降る世界に於いては、それが常識だった。
(「アタシの、最良の過去」)
管木・ナユタ(ミンチイーター・f36242)は、ステエジに上がると同時に天を仰ぐ。
(「それは、アタシが鋏角衆じゃなく、土蜘蛛になれていた場合の過去だ」)
スポットライトが増え、照らし出されたのは、蜘蛛童と呼ばれる存在。周囲の景色がぐにゃりと変わり、そこは忘れもしない、生まれ育った山奥の立派な屋敷へと変わる。
こうだったら、どんなに良かっただろうか。
そんな『もしも』を、まざまざと見せつけられる。
屋敷でいっとう広い部屋で、蜘蛛童は勢揃いした土蜘蛛の一族郎党に囲まれていた。皆一様に期待の眼差しで、蜘蛛童を――ナユタを見守っている。
そして『進化』の時が訪れ、ナユタの姿が立派な『土蜘蛛』へと変じた瞬間。
『おお! 遂にこの時が!』
『待ちかねておりましたぞ、ナユタ様……!』
一族郎党は諸手を挙げて歓喜の声を上げ、土蜘蛛になったナユタは鷹揚に手をかざす。
こうして、管木・ナユタの希望に満ちた道行きが、今まさに始まらんとしていた――。
ぱぁん!
ぱんぱん、ぱぁん!
クラッカーが四方八方で割られて飛び出す紙吹雪に、鳴り止まない万雷の喝采。
ナユタ様! ナユタ様! ナユタ様!
「……なんて、な」
そんな様子を、当のナユタ自身は|遠目に眺めていた《・・・・・・・・》。
「アタシは鋏角衆になり、こんな風に一族郎党に愛されることは、なかった」
舞台上のスポットライトは、ナユタだけをポツンと照らす。結局の所、己は『残念ながら』鋏角衆となり、誰からも顧みられることもなく、孤独に生きることを強いられた。
書き割りに映し出される人々の視線が突き刺さる。
勝手に期待して勝手に失望しておいて、何なのだ。
ナユタは独り舞台の上で、両腕を思い切り広げて、吼えた。
「なあ、アタシが失敗作だから何だってんだ!」
人々の表情が、途端にギョッとしたものに変じるのに乗じて、畳みかける。
「強いから愛される、弱いなら愛されないなんてのは――おかしい」
『ほざけ、出来損ないめ』
『お前には心底失望した』
『土蜘蛛でもないお前に』
「あああ、やめだやめだ! お前らなんかに愛されようとするのがそもそも馬鹿らしい!」
強い自分を演じなければと、必死だった頃があった。
自分の名前に『様』をつけて、精一杯強がったり。
そうすれば、皆に『愛してもらえる』のではないかと思った時もあった、けれど。
「愛されたいからって強い自分を演じるのは、もうやめだ!!」
まるで、演目の筋書きをぶち壊してしまったかの如く、場の雰囲気は騒然となった。
けれど、ナユタの真っ当な決意の前に崩れる筋書きなど、むしろ不要ではなかろうか?
「アタシ自身がアタシを愛さなくっちゃいけない。それができるなら、アタシが鋏角衆になったからって『見限った』連中より、よっぽど――」
銀誓館学園の高校女子制服を誇らしげに身に纏い、天高く空を指差すナユタ。
「――本当の意味で『強い』よな?」
ニィ、と笑ったナユタの表情には、最早曇りひとつなかった。
(「強かろうが弱かろうが、アタシはアタシ」)
迷いを振り払ったことで、真の『強さ』を手に入れたのだから。
(「アタシは、自分自身を愛する!」)
ナユタを見て何か言いたげな、それでいて何も言えずにいる一族郎党の狼狽える姿が書き割りに映っている。それを、何の躊躇もなく蹴り倒し始めたナユタが居た。
「お前らからの愛情は、もう求めない!」
割れた液晶モニタのように、映像に歪な線が走り、その醜悪な姿をさらに歪めていく。
「お前らとは、これでさよならだ!!」
そう言い放つと同時、渾身の正拳突きを書き割りに向けてぶちかます。その一撃により、ナユタをさんざ貶めてきた一族郎党の姿は、完全にかき消えたのだった。
――そう、さよならだ。
ナユタは、真に強い心を手に入れた。
勢いで落ちた帽子を拾い上げると、もうこの舞台に用はないとばかりに、踵を返す。
自分で自分を大事にしてあげられる者ほど強い者は居ない。
その点で、管木・ナユタという鋏角衆は、誰に何を言われようとも――強かった。
大成功
🔵🔵🔵
凶月・陸井
【護】
戦争も最終局面だけど
どうやら俺も肩に力が入りすぎている
「大丈夫だよ、相棒」
一緒に不安を振り払うように
何時も通りにと拳を合わせ
武器を合わせて、足を踏み入れるよ
共に入った相棒は居ない
それに少しだけでも不安を感じた事
俺の目に映るのは
その不安を体現したかのような最悪の未来
どれだけ先の未来なのか分からない
だけど明確に解るのは、俺一人という事実
友人も妻も、勿論相棒も誰一人傍にいない
どうして居ないのかも居なくなったかも不明で
けれど背の文字だけは変わらないまま
体中傷だらけで何かを護って戦い続ける姿
他によすががなく、ただその一念で歩くだけの
独りボロボロになっていく未来の自身
「こういう時こそ…泰然自若、だよな」
何時も相棒が言ってくれるそれは俺の規範で
今の自分に必要な物を思い出させてくれる
それは、入る時に相棒と合わせた拳の感触
武器を合わせる俺達の気合の入れ方
当たり前で、そして何よりもリアルな日常
「これがあるから、乗り越えられるんだ」
未来の話は相棒にするけど
「乗り越え方は秘密だ」
ちょっと気恥ずかしいしな
葛城・時人
【護】
相棒の陸井と並んで立つ
「何が視えちゃうんだろ」
不安がない訳じゃない
誰も特に最悪の未来なんて視たくないしね
何時も通り
や、今日は不安からか
拳のあと武器も合わせてから
己を映すソレを視る
猟兵になる寸前
能力者の力が絶望的に減衰した状態で
それでも遮二無二ゴースト狩りをしていた
その時は、独り
死の淵まで追い詰められたが倒し切りはした
映される光景はあの時より激烈に厳しい
アビは使い果たし
雲霞の如く湧くゴーストの攻勢に
『魂が肉体を凌駕する』を繰り返す
左目は潰れ右腕も失った
左腕だけで大鎌を振るいまた凌駕して
柄を杖に立つ
体が冷え死が間近に
相棒もダチも仲間もいない
今日も、独り
全て倒せず死に逝く無念だけが
体の中で火のように熱い
このまま死ぬと
俺もゴーストになるんだろうなと
ちらと脳裏を過る
手から大鎌を取り落とし―
いや
俺は此処に無二の相棒と来た
拳の温かさを
合わせた武器の打ちあう音を
覚えている
今日は!二人だ!
「…脱せた」
ぎこちないのは嬉しくて気恥ずかしいから
でも、さぁ往こう
相棒もダチも仲間も居る
今の現実の敵を倒すために
●最悪の未来:時人と陸井の場合
絢爛豪華なステエジは、既に幾多の猟兵たちに試練を課し、そして翻って大きなエネルギーを以て幻朧帝イティハーサに痛烈なる攻撃を与えてきた。
もはや、王手を指すばかりと言っても良い。
そして、その時はやって来た。
葛城・時人(光望護花・f35294)と凶月・陸井(我護る故に我在り・f35296)が同時にステエジの前に立った時、舞台は二人を迎えるように光輝いた。
「何が視えちゃうんだろ」
最良の過去か、最悪の未来か。
どちらかは、必ず見せつけられる。
(「不安がない訳じゃない、誰も――特に、最悪の未来なんて視たくないしね」)
乗り切れるだろうかと、一抹の不安がよぎるのも無理はない。
そしてそんな時人の表情の僅かな変化を、相棒だからこそ陸井は即座に読み取る。
「大丈夫だよ、相棒」
戦争はいよいよもって最終局面、こうして諸悪の根源に直接一撃を喰らわせる好機が回ってきたけれど、それ故に肩に力が入りすぎてしまっているという自覚もあった。
だから、不安も何もかも、一緒に振り払うように。
引き締まった笑みと共に陸井の方から固めた拳を突き出せば、意図を察した時人からすぐ同じように拳が返され、心地良い感触と共にそれはぶつかり合う。
拳はすぐに引き戻され、二人は同時に得物を手にし、今度はそれを軽くぶつけ合った。
――きぃ、ん。
ステエジの眩さに反して、静寂の中に、金属音だけがはっきりと響き渡った。
時人と陸井にとっては、いつも通りのルーティーン。
けれど今日に限っては、何だか特別な響きに聞こえたのは何故だろう。
「行くか」
「行こう」
大鎌を担ぎ、短刀銃を構え、二人の能力者は決意の一歩を踏み出した。
「……」
確かに、同時に足を踏み入れたはずだったのに。
隣に時人の姿がないことに、陸井はほんの僅かな不安を抱いてしまった。
「……!」
まるで、一度は振り払った不安が呼び水になったかの如く、眼前の――否、陸井を取り巻く光景の全てが、荒寥とした瓦礫の山と化したのだ。
(「誰か」)
ガンナイフを握る手に汗が滲む。取り落とさぬよう必死に握りしめる、けれど。
(「誰か、居ないのか」)
頭のどこかでは理解してしまっている事実を、何とか否定したくて、周囲を見回す。
けれど、今の陸井に優しい言葉をかけてくれる者など、誰一人として居らず。
(「ああ、これが」)
どれだけ先の未来なのかは分からないし、考えたくもないが、この虚しい空間に立ち尽くしているのは自分一人であると陸井は知る。
(「どうしてだ」)
自分は、護ってきたのではなかったのか?
失わぬよう、奪われぬよう、護りたいものすべてを護るために戦ってきたのではなかったのか?
(「どうして、誰一人として俺の傍に居ないんだ」)
たくさんの友人が居たはずだ。
愛する妻だって、可愛い黒猫だって居たはずだ。
そしてこんな時、いつだって相棒が共に立っていてくれたではないか。
ざあ、と。強い風が吹いた。
吹きつける風の感覚を覚えると同時、陸井の全身を痛みと疲労感がどっと襲う。
酷い話だった。己は身体中傷だらけで、それでも何かを護ろうとしているのだ。
誰も居ない、何もないこの世界で、背負った『護』の一文字だけが変わらないで、それはまるでもはや呪いのように陸井を縛り続ける。
(「護るんだ、俺が俺である限り」)
他によすがもなく、ただその一念で身体を引きずり歩くだけの、たった独りボロボロになっていく――それこそが、陸井の『最悪の未来』だった。
かけ馴染んでいるはずの眼鏡がずり落ちそうになる感覚は、頭部からの出血によるものだろうか。うすぼんやりと滲む視界の先に、何があるのかも判然としない。
ただ、背負った矜持だけが陸井を突き動かす。焦燥感が身体を侵食していくようだった。
それが是か非かは、もう、分からない。
(「分からない?」)
そんな、莫迦な。
凶月・陸井という能力者は、斯様な漠然とした理由で生きる人間だっただろうか?
愛すべきものを全て失って、途方に暮れて、やむを得ず戦うような人間だったか?
握った拳に、あり得ないはずの感触が蘇る。
握ったガンナイフが、起こし得ないはずの金属音を立てる。
「ああ、そうだ」
思い出す。他ならぬ相棒と交わした、いつもの誓いを。
「こういう時こそ……泰然自若、だよな」
いつも相棒が――時人が告げてくれる言葉こそ、陸井の行動規範そのものであり。
身体を、そして心をも蝕むような焦りは、思い出した言葉ひとつで吹き飛んだ。
(「大丈夫だ、こんな未来は決して起こり得ない」)
一度は沈みかけた陸井の瞳に、強い光が宿る。ガンナイフが閃き、周囲の景色を一閃すれば、あっという間に偽りの未来はかき消える。
何度繰り返したか分からない、相棒との気合の入れ方。
身体に染みついていたからこそ、はっきりと思い出せた。二人にとってはとうの昔に当たり前となっている、何よりもリアルな日常だ。
「これがあるから、乗り越えられるんだ」
背負った一文字はそのままに、陸井はまさに、己の未来をこそ護ったのだ。
手に馴染んだ大鎌のはずなのに、今日はやたらと重さを感じるのは何故だろう。
刃に映った己の顔を見て、時人は正直なところ、声に出さないまでも驚いてしまった。
(「酷い顔だ」)
銀誓館学園の能力者たちは、時を経て次々と埒外の存在『猟兵』へと覚醒していった。
もちろん時人もその一人ではあるが、そこに至るまでの経緯は、正直あまり思い出したくない。能力者としての力が絶望的なまでに減衰した状態で、それでも遮二無二ゴースト狩りをしていた自分は、たった独り。死の淵まで追い詰められこそしたが、最終的に勝利を掴み生き残ったのは、今こうしてここに立っている時人に他ならない。
けれど、あの地獄をも生温いとしか言いようのない、果てもなく広がるゴースト共の群れに、時人は四方八方を囲まれていた。
(「独り、か」)
隣に居たはずの相棒の姿はない。あの時と同じ、たった独り。
白燐蟲とヘリオンの力を持つ時人自身は淡い光を放ち、ゴースト共に呑まれまいと必死に大鎌を振るい、裂帛の気合と共に白燐蟲を解き放ち有象無象のゴーストを蹴散らしていく。
だが、いかんせん数が多すぎた。能力者には持てる力を行使するのに限度があり、大技を繰り出し尽くした後は大鎌から衝撃波を生み出し叩きつけたり、一気に薙ぎ払ったり、ありとあらゆる考えられうる手段で、ゴーストを屠り続けた。
(「終わりが、見えない」)
斬り伏せる先から、雲霞の如くゴーストの群れは湧いてくる。ある程度耐え抜けば援軍が駆けつけてくれる仕様なのか? などとも考えてしまうが、どうやらそうでもないらしい。
「ぐ……っ!」
ほんの少し、隙を見せただけで、これだ。
左眼を潰され、右腕を吹き飛ばされた。それでもなお立っていられるのは、能力者にこそ許された、魂が肉体を凌駕するという現象によるものだ。何度致命の一撃を喰らおうとも、時人の魂さえ折れず幸運が味方してくれれば、何度でも立ち上がれるというもの。
左腕一本で大鎌を握りしめ、振りかざす。
屠ったゴーストの倍はあろうかという物量で攻め返され、再び死の淵より蘇る。
まさに、死闘というべきだった。
(「寒い」)
身体が冷えていく感覚は、間違いなく多量の出血によるものだ。
(「さすがに、限界かな」)
ラストスタンドでもあるまいに、こんなに凌駕を繰り返せるのも奇跡的だ。
(「相棒も、ダチも、仲間もいない」)
今日も、独りかと。そう思った時、時人はほんの僅かな違和感に囚われた。
確かに今この場に、周囲には己を取り囲むゴースト共の大群しか見えない。
この全てを倒すことかなわず、死に逝く無念だけを残すのかと思うと、身体の中が火のように熱くなるのを確かに感じた。
(「このまま死ぬと、俺もゴーストになるんだろうな」)
熱に浮かされるように、身を支えていた大鎌から手を離し――いや、全てを手放してしまいそうになる、その時だった。
「違う」
がらん、と。地面に転がった大鎌の音で、遂に時人は目を覚ます。
「俺は此処に、無二の相棒と来た」
居るのだ。確かに、今は見えなくとも。
拳の温かさを、合わせた武器の打ちあう音を、はっきりと覚えているから。
「今日は! 二人だ!!」
残された左腕を、身体中を苛む痛みに構わず振り上げると同時、輝ける光の刻印が天高く解き放たれた。
創世の光は、絶望的な大群であったはずのゴーストをあまねく照らし、そしてことごとくを滅ぼしていく。
眩い光が穏やかに収まっていくにつれて、満身創痍だった時人の身体も、元通りの健在な姿に戻っていった。隣を見れば、同じように自分を見ている陸井が居るではないか。
「……脱せた」
「そのようだ」
ステエジに上がる前と同じように、笑い合った――つもりだった。
けれど、二人とも笑みがどことなくぎこちない。面映ゆいと言うべきだろうか。
「酷いものを視た、けれど」
「……俺も」
「乗り越え方は、秘密だ」
「分かる、じゃあお互い秘密ってことで」
どちらかからは分からないまま、再び拳を突き合わせる二人。
愛すべき仲間も、友人も、相棒も、失われてなどいないのだ。
さあ、往こう。
手を取り合って、今まさに立ちはだかる脅威を討ち倒すために。
己自身を救ったこの手で、この力で、世界を救うため――走れ!
大成功
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