#UDCアース
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●凍てつく水底に降り積もるもの
照りつける日差しの中、浜辺に波が覆い被さって、焼けた砂の表面をさらっていった。
はじめの内は引きずり、掴み損ねては突き飛ばす不器用な往復を繰り返していたが、波は幾度と打ち寄せ、やがてついにそれを陸から奪い去ったのだった。
しかし砂粒はあたかも掌に握った空気のような空虚な手応えで、容易に沈みはしなかった。
そしてまた、稀に深くまで届いたものがあったとしても。
もう、そこにあったはずの太陽の匂いと熱はすっかり失われ、その色は褪せていた。
水底に散らばる魚骨たちと同じ、魂無き白色――永遠に光を浴びることのない、冷たい骨の色に。
海は残ったそれを無造作になげうって、また新たな波を送る。
波はまた砂を掻き、同時に懐の枯れ木やがらくたを陸に残す。
その繰り返しはもうずっと続いていた。
そして、ずっと続くだろう。
この海底に弔うべき骸が現れなくなる、その日まで。
●グリモアベース・一室
「皆さん、ようこそおいでくださいました」
頭を下げ、猟兵たちを出迎えるラヴェル・ペーシャ(卑怯な蝙蝠・f17019)。傍らには何やら、水中作業に用いるような装備類が積まれている。
今回の現場はUDCアース。ある地域で崇められていた旧い海神が、邪神として復活するという予知があった。
と言っても、その完全な復活は数ヶ月ないし数年後のこと。今の所はまどろむように、時折周辺に怪異を引き起こしながらも比較的穏やかな期間が続くらしい。
反面、それまではまさしく海流のように、極めて希薄な存在として海原を彷徨っているといい、現段階で居場所を突き止めるのは至難の業である。
だが、むざむざ力が満ちるのを待つというのも惜しい話であり、どうにか探り当てる手段がないか――と考え出されたのが、かつての信仰を利用する作戦だった。
UDC組織の書庫で調査したところ、件の海神はかつて豊穣の神として信仰を集めたが、百年以上も前には既に、それにまつわる祭事などは廃れていたようだ。
それも、祠や祭具の類はいずれも海に沈んでいるらしく、単に忘れられたというよりは意図的に放棄されたような節があるそうだが、その理由までは分からなかった。
ともかく、そういった祭具類の残骸に宿った気配を辿り、流浪する邪神の位置を特定できるのではないか、とラヴェルは語るのだった。
問題は、必要な分をどのように集めるか、だが。
彼は、一辺に大きな陸地が、他方にいくつかの島々が描かれた地図を広げてみせた。見るとあちこちには丸が描かれ、その横に大まかな特徴が記してある。
「現地機関に尋ねたところ、周囲の浜辺に一部が打ち上げられている可能性は十分にある、少なくとも海の底を探して回るよりは早いだろう、とのことでした」
つまり、貝殻拾いならぬ祭具拾いという訳だ。
目標物は船や建物、あるいは海産物などをかたどった品が主である。破損や摩耗で石片や流木に近い外見になっているだろうが、それと知っていれば独特な形や彩色で見分けることもできるはずだ。
疑わしい場所は観光客の多い浜辺、古い漁村の残る小さな島、無人島などだ。
事態はさほど切迫している訳ではなく、多少の息抜きや周辺の調査と並行しても構わないとのことであるから、それも踏まえて選ぶと良いだろう。
「最後に、今後のことをお話ししておきます。現在はほとんど実体や意志を持たない邪神ですが、危険を感じれば相応に抵抗してくるでしょう。敵も不完全な状態とは言え、不利な海上、船上での戦いとなることも覚悟してください」
そう言ってから、地図の端を抑えていた白ネズミを抱え上げ、ラヴェルは転送の門を開くのだった。
ピツ・マウカ
どうも、ピツ・マウカと申します。
夏といえば海、海と言えばノスタルジー、ということで静か・穏やかな感じのシナリオを予定しております。
第一章は祭具を浜辺周辺で集めて下さい。オープニングにも記載しましたが、具体的なシチュエーションはご自由にご指定頂ければと思います。
また字数が余れば遊びや情報収集など、自由にプレイング頂けると喜びます。
第二章は、第一章から判明した邪神の居場所へ向かうために船艇(モーターボートなど)に乗って海を行く、船上フラグメントです。
そして第三章ではそのまま戦闘に突入します。海上での戦闘となることを予定していますが、装備が支給されるため特に指定がなければデメリットなくプレイング頂いて構いません。
それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。
第1章 冒険
『不思議な砂浜』
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POW : 依頼なんて知るか! 俺は、私は、海で泳ぐぞ!
SPD : 全て拾えば問題ない。ゴミも含めて素早く回収
WIZ : 何かしらの方法で探索・探知
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●UDCアース・浜辺
じりじりと照り付ける陽射し。
波が打ち寄せる足元から目を上げれば行き交う小船や水平線を遮る島があり、背景には青い空には綿のような雲。
――平和だ。
任務も何もかも放り出して水に飛び込むか、さもなければ木陰で大の字になりたくなるような、とても平和な海岸線だった。
ベティ・チェン
「何か…普通ぽい。怪異は、あると思う、けど」
胸の奥に何だかざわざわするものを感じつつ
古い漁村の残る島の浜辺を探しにいく
「廃れた祭具、なら。信仰を棄てた人達が、近くにいる可能性、あると、思う。流れ着くような祭具、なら。わざわざ海に打ち捨てたので、ない限り。元々海辺近くで、祭祀されてたと、思う。トンボロ現象、とか。海からしか入れない、青の洞窟、とか。満潮時に入口が海面下に沈む洞窟、とか」
10人に分身
9人は浜辺で変わった漂流物探し
1人は村で聞き込み
「この辺に。シュノーケリングで行ける見所、とか。あったら、教えてほしい。トンボロ現象みたいな面白い話でも、いい」
「夏の、お土産話。面白い方が自慢、できる」
小島の浜辺。
海水浴客の歓声の代わりに蝉の声が降り注ぎ、繰り返す波音が響く。
「何か……普通ぽい。怪異は、あると思う、けど」
ベティ・チェン(|迷子の犬ッコロ《ホームレスニンジャ》 ・f36698)はそこに平和を認めつつも、漠然とした不穏な気配を胸の奥に感じていた。
「廃れた祭具、なら。信仰を棄てた人達が、近くにいる可能性、あると、思う」
「流れ着くような祭具、なら。わざわざ海に打ち捨てたので、ない限り。元々海辺近くで、祭祀されてたと、思う」
「トンボロ現象、とか。海からしか入れない、青の洞窟、とか。満潮時に入口が海面下に沈む洞窟、とか」
思考を一通りまとめ終わると、傍らの分身たちと目配せや軽い頷きを交わし、九人は漂着物の元へ散開し、そして残りの一人はこの島でただひとつの古い漁村へ向かうのであった。
―――
「この辺に。シュノーケリングで行ける見所、とか。あったら、教えてほしい。トンボロ現象みたいな面白い話でも、いい」
「う~ん。島外から見に来るほどってのは……」
暫くして、集落の家々に挟まれた細い路地を何度か曲がった後、ベティは家の前で物干しを行っていた老齢の漁夫と言葉を交わしていた。
「夏の、お土産話。面白い方が自慢、できる」
わざわざ足を運んでくる観光客は珍しいのだろう、答えを絞り出そうとするようにきつく腕組みをした老人は、ひとしきり唸った後、とりあえずといった様子でこう口にした。
「あ~……まあ、あるにはあったかな」
彼の話によれば、発着場や集落の反対側に位置する断崖にはいくつかの洞窟があり、それらは確かに海からしか出入りできないという。
「つっても、泳ぎだとちっとしんどいなぁ。まぁ、別に何があるって訳でもねぇから」
船を出してやりたいが今日はもう呑んでしまったから、と言う老人に軽く謝意を示し、ベティはきびすを返す。
「ああ、それからな。荒れると危ねぇから、間違っても……おぉ?」
老人が釘を刺そうと向き直った時、彼女は既に、集落の瓦屋根の上を音もなく跳んでいた。
―――
件の断崖に辿り着いてみれば、ほとんどは入るまでもなく奥の壁が見えており、穴というよりは窪みと呼ぶ方が適当なくらいであった。
ただその中にひとつだけ、一際大きく浸食が進んでいそうな洞窟があり、ベティはそれに目当てをつけて穏やかな水を蹴っていく。
「……」
反射した日光がきらめく入口を抜け、尖った岩肌に触れないよう慎重に泳ぎ進むと、これも思いの外にすぐに最奥まで辿り着いた。
そこには老人の言う通り、何もなかった。
ただ、壁面上部にやや突き出している一箇所が不自然といえば不自然であり、横一文字の形状は何かしらの台座であった過去を想像させる。
突然、ベティはくるりと身を翻し、水の下に姿を消した。
やがて一片の細い板切れを手に浮上した彼女はゴーグルを持ち上げてその表裏をちらりと眺め、すぐに洞窟を後にするのだった。
―――
再び浜辺に戻った時、分身たちは既に集合して彼女を待ち受けていた。
うち一人が発見物を手渡し、そして現れた時と同じように音もなく姿を消す。
ベティの手に残った大小二枚の木片。ぼろぼろに劣化した表面に、それでも微かに残る人工的な彩色と加工の名残。
それらを見比べ、彼女は確信に近い頷きをもう一度見せるのだった。
成功
🔵🔵🔴
テオドール・グランゼイ
暑い。いやぁ、暑い。
簡単な仕事だと思って来たのに、こんな酷い陽気だなんて思ってなかった。珍しく湧いた仕事への意欲がみるみる萎んでいく。
「はぁ、やめやめ。真面目にやってらんないな」
普段から緩めているシャツのボタンをさらに1つ緩め、手頃な木陰の中に座り込む。
「それじゃ、後は任せたよ」
俺の影とその周囲から人型を呼び出し、海岸へ向けて【失せ物探し】をさせる。別に俺が失くした物じゃないが、探し物には違いない。もし俺の影が何も見つけられなくても、影が探した範囲と『何も見つからなかったこと』を周りに共有してやれば、後は他の猟兵が上手くやってくれるだろう。
「俺はそれまでラムネでも飲んでゆったりしようかな」
「暑い。いやぁ、暑い」
テオドール・グランゼイ(|夜渡り《エンドウォーカー》・f41234)が堪らず声を上げる。
はたはたと手で扇いでみるが、その風もまた熱気と湿気をふんだんに含んでおりまるで効果がない。
さんさんと降り注ぐ陽光を話が違うとばかりに見上げ、一瞬の間を置いてから全てを投げ出すようにだらりと脱力する。
「はぁ、やめやめ。真面目にやってらんないな」
そして脱力のままに呟いたかと思うと、彼は波打ち際にくるりと背を向けるのだった。
既に緩めていたシャツのボタンを更にひとつ緩めて、陽射しから逃れられそうな場所を探す。と、海岸の一隅、浜の終端にさわさわと葉を揺らす木々が目に入る。
もちろんその下に入った所で大きく気温が変わる訳ではなかったが、そこで受ける風は先程とは違い、日陰の水面からの涼やかさを帯びているようだ。
格好の避暑地に座り込んだ彼は、木陰の中にある自らの影を指先でとんとんと叩く。と、その周囲が盛り上がり、急速に質感を得て人の姿を形成し始める。
「それじゃ、後は任せたよ」
瞬く間に現れたスーツ姿の人型たちにその指で合図を出せば、彼らは一帯へ整然と歩き始めた。
一方のテオドールは悠々と木にもたれ掛かって、その背中を見送る。
「俺はそれまでラムネでも飲んでゆったりしようかな」
そして、結露の雫をぽたぽたと垂らすガラス瓶を取り出すと、軽快な音と共に栓を開けるのだった。
ここから見る限り人型の手際は良く、そうそう見落とすこともなさそうだ。
それに何も見つからなかったとしても――そもそもここに必ず漂着しているという保証はないのだ。『何も見つからなかったこと』を周りに共有してやれば、それだけ探索範囲は狭まる。後は他の猟兵が上手くやってくれるだろう。
そんなことを考えつつ、テオドールはまた一口ラムネを含む。
葉擦れの音、蝉の声と波音、それから人型たちが踏みしめる砂の音や物音。
それらの穏やかなざわめきに包まれながら、弾ける炭酸を楽しんでいると。
「……お、何か見つけたかな」
いつの間にか流木やゴミを粗方さらい尽くし、浜を掘り始めていた人型たちが一箇所に集まっている。
それを遠目に認め、彼は大儀そうに身を起こすのだった。
成功
🔵🔵🔴
神野・志乃
さて。打ち上げられてる…と言うなら、浜辺の方を探してみましょうか
濡れても良いように水着で、でも日焼け対策に長袖のシャツを羽織り
祭具を拾い集められるようにきっちり手袋も嵌めて、万全の用意で挑むわ
「出ておいで、“くきつ”。人海戦術よ」
ユーベルコード《くきつ》を【失せ物探し】Lv100で召喚
祭具…変わった色・形をした人工物や細工物を探すよう指示を与える
晴れ渡る陽光の下だからか、心なしか生き生きと羽ばたく“くきつ”達を見送って
さて、私自身もきっちり探さないと
ふと、足元に固いものが当たり
不思議な色だからと拾い上げてみると…なんだ、ただの鮮やかな貝殻ね
あっちにも変な形の…ああ、巻き貝だわ
ふと思い立ち試しに軽く掘ってみるだけで、色とりどりの貝が姿を現したりして
幼少期に海に来た経験なんて無いから知らなかった…浜辺ってこんな感じなのねぇ
…等としみじみしていたら、“くきつ”達が何かを見つけたみたいで
こ、これじゃあ私、“くきつ”に任せて遊んでいたみたいじゃない
一人で気恥ずかしさを抱えながら、慌てて駆けていくわ
ひとり歩く、長袖のシャツを羽織った水着の少女。
指先を守る手袋は、彼女がただの水遊びのためではなく、また準備を整えてからここに来たことを示している。
「さて。打ち上げられてる……と言うなら、浜辺の方を探してみましょうか」
神野・志乃(落陽に泥む・f40390)は強い陽射しを見上げ、それを幾分でも遮蔽するシャツの有難みを実感しつつ、足を止めた。
「出ておいで、“くきつ”。人海戦術よ」
手にした魔鏡に彼女が呼び掛ければ、その表面に光が宿り、間を置かず陽光を纏う小鳥が次々に飛び出してくる。
全部で九羽、一列に並んだ“くきつ”たち。志乃が指示を与えると、明るい翼を元気良く羽ばたかせていく。
(さて、私自身もきっちり探さないと)
彼女もまた気を引き締めて一歩を踏み出すと、崩れる砂の中に何か異質な感触があった。
僅かに覗いている不思議な色に、まさかとは思いつつ身を屈めて拾い上げる、が。
(……なんだ、ただの鮮やかな貝殻ね)
それは綺麗な色と模様の、しかし単なる貝殻だった。
肩透かしを食らった心地で立ち上がりざま視線を先にやれば、そこにも妙なシルエットが。これは近付くまでもなく、半分埋もれた巻き貝だと気付く。
改めて辺りを見回すと、砂浜の一部として見えていた中にもそういったものが散らばっているようだった。
ふと思い立った志乃は起こしかけた身体を戻し、砂を軽く掘ってみる。
やがて姿を現した貝殻は、実に色とりどりで。
水に溶けてしまいそうな小さく薄い扇形、ぽってりとした肉厚の楕円球、刺々しい螺旋を帯びた菱形。
乳白色の地に黒い筋を引いた柄があると思えば、夜空の星を思わせる水玉模様がある。焼き物にありそうな光沢と滲んだ斑を持つもの、桜の花びらそっくりのようなものも。
(幼少期に海に来た経験なんて無いから知らなかった……浜辺ってこんな感じなのねぇ)
そうして志乃が、派手ではないかもしれないが新鮮な感動を覚えていると。
何者かの視線を感じ、顔を上げる。するとその先で、一羽の“くきつ”が黒い瞳でじっとこちらを見詰めていた――と思う間もなく、咥えていた枝を地面に置く。
その傍では他の八羽が集まって、同じように小さな嘴でゴミをせっせとどかしている。
どうやら、漂着物の塊の隙間に何かを見付けたらしい。
(こ、これじゃあ私、“くきつ”に任せて遊んでいたみたいじゃない)
我知らず気を取られていたことにはっとして、志乃は気恥ずかしさに慌てて立ち上がり砂を払い、そしてそちらの方へ駆けていく。
浜辺の片隅に残された足跡と、きらきらとした貝殻たち。
それらは潮が満ちるまでの僅かな間、彼女の夏のひと時を人知れず留めているのだった。
成功
🔵🔵🔴
千思・万考
いい景色なんだけど、この暑さは修行中を思い出すなあ…灼熱地獄…
環境耐性の仙術で暑さをシャットアウト
暑さで遊ぶ意欲が削がれたし、真面目に探し物をするか
探すのは無人島の浜辺
無人なら白(虎)も放せるしね
野生の勘で、違和感を嗅ぎ取って何か見付けたら儲け物って事で
どうだい、真夏の海は?暑い?…だよねえ
白にも暑さ避け仙術をかけてあげよう
僕は、まずは目視で漂流物を探してみる
UC(カモメ)を放って上空からも探してみようか
あとは…場にそぐわない妙な力の気配がないか探ってみて
砂の中に気配があれば掘ってみたりね
ハク〜、ちょっとここを掘ってみてくれない?
これは…欠片ながら中々の呪具っぷり
手放したくなるのも納得だよ
「いい景色なんだけど、この暑さは修行中を思い出すなあ……」
優美な春色の円扇を翳したその先には、きらきらと煌めく砂浜と水平線。しかしそれを生み出している陽光は、同時に焼け付くような熱をもたらしていた。
千思・万考(花嵐・f33981)の口から「灼熱地獄……」という妙に重みのある響きが漏れる。同時に扇の柄を握ったまま軽く印を結び、己の身体から暑さを退かせた。
だが、それまでの僅かな間に受けた陽射しのほとぼりは、長居をためらわせるには十分だったようだ。
「暑さで遊ぶ意欲が削がれたし、真面目に探し物をするか」
万考は背後を振り返り、白、と呼び掛ける。
そこでは、巨大な白虎が木漏れ日に美しい毛並みを輝かせていた。
「どうだい、真夏の海は? 暑い? ……だよねぇ」
白虎は辛そうな様子こそ見せないものの、舌を覗かせながら浅い呼吸を繰り返していた。万考は再び印を結び、ふさふさとした、そして熱を含んだ毛皮の上にその指を滑らせる。
それから周囲を見回し、耳をそばだて、人の気配がないことを確かめてから、彼らは波打ち際へと近付いていく。
白が地面を嗅ぎ、瞳をあちこちに向けながら祭具探しを始めるその背後で、万考は手にしていた円扇をひょいと放る。
すると宙でくるりと回転したそれはたちまちカモメに姿を変え、翼を大きく広げて空へと舞い上がっていった。
上空を旋回するその視界を頭の片隅に視ながら、彼自身は地上を歩むのだった。
―――
硬直したような巨大な雲のふもとを、船影が音もなく滑っていく。
そこから静かな轟きを立てながら波が打ち寄せる。葉を揺らす木々で声を降らせる蝉たちは、時折降りてくる海鳥の羽ばたきを聞くと僅かに静まる。
そして眩しい砂浜の上に、濃く短く、万考と白虎の影が映っていた。
ある時、その片方がふと動きを止めた。
(……なんだ?)
静穏なこの地には似付かわしくない、暗い気配。
それは、万考が立つ場所から不意に、微かに感じられたものだった。少し足元を掘ってみるが、気配の源はもっと深いのか、柔らかい砂の他には何の感触もない。
「ハク〜、ちょっとここを掘ってみてくれない?」
駆け寄ってきた白虎が力強い脚でぐんぐんと掘り進めていくと、やがて角の丸くなった一塊の木が転がり出た。一見するとただの流木のようでもあるが、見ようによっては鰭や鱗を模したような箇所もある。
(これは……)
だが何よりも、漠然とではあるが確かに感じられる、それが宿した気配。悲しみ、諦めにも似た、世界への呪いのような感覚。
「欠片ながら中々の呪具っぷり。手放したくなるのも納得だ」
信仰を捨てたかつての人々も、感じ取ったのだろうか。
豊穣の海神が、今顕現しつつあるような、忌まわしい「何か」に変貌してしまうということを。
万考は祭具の欠片を拾い上げ、もう一度、平和そのもののような輝く水平線を眺めやるのだった。
成功
🔵🔵🔴
アルクス・ストレンジ(サポート)
アルクス・ストレンジだ
名の意味は虹
姓の意味は…まあ、変わり者的なニュアンスだ
自分で付けたんだが、なかなか名が体を現してるだろ?
口調は見ての通り男性的な
ややぶっきらぼうな言い捨てだ
語尾は細かく気にしなくていいぞ
参戦理由は"予知された未来が気に食わない"から
例えば
理不尽に命が奪われる
その世界の住民や環境が不利益を被る、とかな
アンタだって多かれ少なかれそう思うだろ?
UC・武装は
ステシにある物(公開設定)ならどれでも使用可
戦況やシチュに応じて選んでくれ
なお、以下の行為は絶対にしない
・他の猟兵に迷惑がかかる
・全年齢対象に引っ掛かる
・その他公序良俗に反する
不明点や詳細はお任せ
アドリブ、共闘もお好きにどーぞ
かつての民間信仰に用いられたという祭具の欠片を入手するため、浜辺を行くアルクス・ストレンジ(Hybrid Rainbow・f40862)。
少し騒がしすぎる海水浴客の賑わいを横目に通り過ぎ、そこから少し離れた場所で収集を開始しようと歩を進める。
だがそこで目にしたのは、遠く聞こえる歓声に比例するような大量の漂着物だった。これでは祭具を見つけるどころではない。
「……ったく」
アルクスは軽く息を吐き、少し首を振ってから、諦めたように数枚のゴミ袋の口を広げるのだった。
―――
暫く後。
アルクスは、先程の浜辺を臨む定食屋の『仕込み中』の掛札の奥で、店主だという老婦人に茶菓子を振る舞われていた。
どうやら彼を清掃ボランティアか何かだと思ったたらしく――あながち間違っている訳でもないが――ひと区切りついた頃に休憩を勧めてきたのであった。
今日は暑いから気を付けないと、あの辺りはほとんど手つかずだから大変だろう、ひとりで来たのか――と快活な問い掛けが少しの間続いて。
そしてそれが途切れた頃、アルクスは自分の目的をごく簡単に明かし、今度はこちらから、あの辺りで変わった形や色の人工物を見つけたことはなかったか、と問い掛ける。
しかし、というか、案の定というか、返ってきた答えにそれらしきものはなかった。
ただ、せっかくの客人に少しでも収穫を得させたいと思ったのか、店主はこう付け加える。
「その民間信仰ってのかどうかは分からないけど、こんな古い歌があってね」
そしてややはにかみながら彼女が口ずさんだのは、いわゆる節とでもいうものだろうか、短くも独特な民謡だった。
それは彼女の祖母が歌っていたのを聞き覚えたものだと言い、来歴も詞も、どこまで正確に伝わっているかさえも定かではないが、少なくとも、次のような意味が含まれていると教わったことだけは確かだそうだ。
――海よ、命を愛せよ。
育めよ、我らを、糧を。
そして願わくば、弔う船は少なかれ。
その懐に、慈悲よ、満ちよ。
―――
「――♪……」
人好きのする笑顔の店主と別れ、再び浜辺にて祭具を探すアルクス。その傍ら、頭の片隅では半ば無意識に先程の旋律を反芻していた。
そしてまた別の部分で、詞の意味を振り返る。
その内容から、邪神と化す前の海神に捧げられたものにも思えるが、断定するには根拠がない。
ただ、もしそうでなかったとしても、かつての豊穣の神にはきっと似た願いが捧げられただろうことは想像に難くない。
生命への愛と、死を悼む慈悲を。
やがて、ごろりと転がり出てきたひとつの石塊に、アルクスの口の端が僅かに上がる。
「まったく、骨が折れたな」
青空に翳したそれは、鰓を思わせる微かな細工の痕跡と共に、どことなく異様な雰囲気を宿しているように感じられた。
しかし同時に、眼前の海原とは良く調和しているようでもある。
多くの命を養い、呑み込んできた――否、今この瞬間にもその下で無数の生命が喰らい合っているはずの、この穏やかな紺碧とは。
成功
🔵🔵🔴
出水宮・カガリ(サポート)
ひとが戦ってはいけない。戦うことは、痛いことだ。そういうものを退けて隔てるのが、門の役目だ。
<得意>
守りは得意だ。カガリのある場所が、境界だとも。
盾として、存分に使うといい。
<苦手>
名前は覚えにくくてなぁ。特徴(○○の)で呼ぶぞ。
細かいのと、素早いのもあまり。
<戦闘>
カガリは不動の門だからな、回避はしないぞ。
雑に壊すのは、できなくはないが。
<冒険・日常>
盾を足場にしたり、籠絡の(籠絡の鉄柵)を大きくして乗ったり。
小さいまま飛ばすこともできるぞ。
カガリ自身は、大きいので。隠れることは苦手だが。
じっと見て、誘惑とか。できるようだ。
そんな感じだろうか。
あとはまるっと、おまかせだ。
よろしく、よろしく。
「祭具拾い、か」
出水宮・カガリ(死都の城門・f04556)は地図をしまい、海を望む古めかしい路地をゆっくりと歩いていく。
だが、軒先のひとつにぶら下がった飾りのようなものに目が留まり、歩みも止まる。
それはかなり摩耗して彩色も剥げているが、魚の形を模しているようだ。
「珍しいかい?」
唐突な声に振り返ると、そこでは少年を連れたひとりの老人がカガリに微笑み掛けていた。
―――
「こいつは元々釣り具だったんだそうだ。ま、今風に言やあルアーかな。昔はシナズとかなんとか呼ばれてたらしいが」
老人は抱えていた釣り道具を下ろし、その飾りを外して差し出した。
「シナズ、か」
伝聞を重ねた話ではあるが、それはかつて実際に使われていたものであり、盆か正月か――とにかく、特別な日の漁には必ず用いなければならなかったのだという。
握ってみると、どうやら軽いながらも石でできているらしい。無数の傷が刻まれたその表面を、カガリの指が優しく撫でる。
「そう言えばお兄ちゃん、どこ行くん?」
「ああ、カガリは――」
―――
波打ち際。
砂に埋れた小さな何かを見つけて摘み上げようとするが、多くの砂粒も一緒に付いてくる。軽く払おうとすると、今度は砂と一緒に飛んでいってしまう。
「ううむ」
そうしてカガリが足元を見回していると、ぱたぱたと駆け寄ってくる小さな足音。
「おーい! こんなん見つかったぞー!」
大きく捻れた流木。
誰かが一筆入れたような、筋模様が入った石。
小さな掌に差し出された一つひとつを見つめ、カガリは少年とその遊び仲間たちの得意げな声に耳を傾ける。
「助かった。代わりに、これを」
そうして、どうにか落とさずにいた綺麗な貝殻をそっと乗せていった。
珍しくもないや、と悪たれ口を叩きながらも、どこか大事そうにしまう子どもたち。
その時ふと、ひとりが小さく「あ」と声を上げる。
視線の先には、波に押されて転がる、何かの破片を思わせる形の石。しかし少年が近付くよりも早く、カガリの手がそれを拾い上げた。
「うん、これも、そうかもしれない。目が良いのだな」
カガリはそう微笑みながら、後ろ手にしまい込む。
その石塊は先の老人の家で見た飾りよりもずっと古く、それでもどこか似た特徴を残しているように見え。
そして、先程の飾りにはなかった、「隔ての外にあるべきもの」の気配が宿っていたから。
成功
🔵🔵🔴
春乃・菊生
忘れられた神、のう。
なんとも世知辛い話じゃな。
祭祀の場も祭具も海の底、神の名も御姿も知らぬままで、何処に打ち上げられるかも分からぬとあっては骨が折れるの。
…元は豊穣の神であったと言うなら、古くから漁を営む者なら何か口伝があるやも知れぬ。
古の神を探しておる、とは言わぬが良さそうじゃが、漁師の間で禁忌とされる地であったり、古い道具や木像が網にかかる地点が分かれば、あわよくばそう言った拾得物でもでも借り受けられれば御の字じゃな。
多少でもアタリがつけば、後は当時を知る者に直接聞けば良い。
霊を鎮め奉る舞とともに秘術 辻を使い、当時の神職や信者の霊を喚び、祭祀場や神の寝所について尋ねよう。
「忘れられた神、のう」
一時は信心を集め、多くの人の心の拠り所となったはずの神が、忘れられ、知られぬまま消えていく。
なんとも世知辛い話じゃな、と呟き、春乃・菊生(忘れ都の秘術使い・f17466)は件の海神に思いを馳せる。
だが、名も御姿も知らぬ今その胸に浮かぶのは、霧に包まれたような曖昧な影に過ぎない。
転送の門を潜り抜けた彼女は、追求を阻むその霧を少しでも晴らさんと、古びた漁港に降り立っていた。
少し見回すと、ちょうど船側で漁の後始末に勤しんでいる老漁夫が目に入る。
「もし、御老体」
古の神――という言葉が脳裏を掠めるが、代わりに当たり障りのない言葉で警戒を解いていく。
その配慮が功を奏し、彼女は失われつつあった禁忌の名残を掘り起こすことに成功したのだった。
―――
島北部に張り出した格好の、広めの岩礁。
老人はまだ若い頃、その近辺で古びた工芸品らしき物を網で掬ったことがあったという。だがその来歴よりも気に掛かったのが、当時の船主であった彼の父の妙な表情と、「偶然だ」という小さな呟きだった。
当時は特に気にも留めなかったが、かつてそこには、その頃には既に廃れつつあった何か、漁を禁ずる風習のようなものがあったのではないか、と老人は語ったのである。
惜しいことに当の品は行方知れずだが、それでも手掛かりを失った訳ではなかった。
菊生は扇を取り出すと、潮騒に向かい、ただひとり舞を始める。迷いない足運びに伴って袴の朱が黒い岩の上を滑り、振られた扇の先が紺の水面を撫でる。
すると辺りから薄霧にも似た光が滲み出し、集い、そして人の形を成し始めた。
『おお……おおお……』
悲しげに声を漏らすその霊の様子に、菊生はいま少し鎮魂の舞を続けつつ次第に勢いを緩めていく。
やがて彼女は扇を収め、少々落ち着きを取り戻した霊と言葉を交わしていた。
『……おお、赤い灯がまだ見えるようじゃ。供具を送る船の灯が……』
すると霊は、堪らなくなったようにその経緯を吐露するのであった。
彼が生きた時代、時化の回数が増えていたこと。初めは些細な異変に過ぎなかったが祭事の度にそれは甚大になり、やがて漁の船歌にその名が出ただけでも嵐が起きたこと。故に自分もまたその御名を口にはしないことを。
『儂らが何かの過ちをしでかしたとも考えた。じゃがあの大波大風、魚の骨も砕けよう、千鳥の羽も折られよう。儂らへ祟るにせよ、どうして奴らにまでああも惨い仕打ちをなさるものかよ』
育ててもろうた御海の、荒ぶり給う故も分からぬ不甲斐なさよ、と、また深い嘆息を吐く。
「して祭祀の場は、また御神の寝所は何処に御座るか?」
『常ならば波立つ所、汀にも沖にもおわすとしておった。じゃが特に祀る折は御波に渡すと言うてな、供物を船に乗せて流したものじゃ。覚えがあるのはそれかのう』
「では、それが……」
『いかにも、ここがその渡し場よ。そして小さいがこれもその船じゃ。……ああ、久々に語ろうていくらか胸が軽うなったわい』
それから霊は何処からか玩具のような小さな木船を取り出し、礼とばかりに菊生の両手に乗せる。
その瞬間、潮風が急に吹き抜け、微笑を浮かべる霊の姿を掻き消した。
そして再び瞼を開けた時、菊生の手には、船の舳先を思わせる一塊の朽ちた木細工が残されていたのであった。
成功
🔵🔵🔴
第2章 冒険
『Bon voyage!』
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POW : 周囲に敵影や危険がないか警戒する。
SPD : 進路は合ってる? 技術を駆使して航行。
WIZ : 食事や釣りでもして水上の旅を楽しもう。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●UDCアース・海上
波が柔らかく砕ける夜の海上。
猟兵たちは現在、邪神が眠っていると思しき海域にいた。
手中にある祭具の欠片はいま仄かな光を帯びて、そして星空の一方へそれを差し向けている。
その光が強まる時や場所には微妙な差があるらしいが、あるいはそこに宿る記憶や思念の違いであろうか。
線香の煙ほどに不確かなそれは特殊な祈祷の成果であり、邪神への道標であり。
そして、怪異への招きである。
邪神が微睡みの内に引き起こし得る怪異――航路を惑わす幻影。
祭囃子の幻聴、波間に揺れる赤い灯、冷たい光を纏って空を泳ぐ幽魚、水面を覆う鬼火や屍。
過去か空想か、さもなければ悪夢の如き光景。
そこまで至らずとも、遠く見えている陸地の形状が歪められたり、霧が出たりと、直接的ではないにしろ厄介な現象に出くわすかもしれない。
中でも最も自然で、最も危険に思われるのが嵐だが。
少なくとも今は、晴天そのものだ。
このまま何も起きないことさえ、十分にありそうなほどに。
振り向けば、さざ波の立つ暗い海面に、薄っすらと白い船跡が漂っていた。
※時間帯・乗り物の種類・同乗者の有無は自由です。
特に指定がなければ、「夜・中~小型船・一人(運転は任意)」という状況で進むことになります。
上で挙げられた怪現象についても例示ですので、自由にご指定下さい。
春乃・菊生
[WIZ]
アドリブ等々ご随意に。
行き先はこの木船が示してくれるとして。
餅は餅屋、と言う。船の扱いは船の扱いに長けた者に委よう。
貴様の育った熊野の灘とは勝手も違おうが…如何せん、素人の我ではまともに進むことも出来ぬ。
ここはひとつ頼まれてくれぬか。
秘術 単を用い、古の水軍より操船を得意とした者の霊を喚ぶ。
ほう、囃子に灯りに見物人。随分な歓迎ぶりじゃの。
期待に応えねば名が廃るというものか。
見物人を愉しませるべく、歌舞を演じよう。
さて貴様ら、何か演目の希望はあるじゃろうか?
我の知らぬ踊りでも構わぬぞ。さわりだけでも伝えてくれれば、まあ、多少は我流にはなろうがうまく舞って見せよう。
春乃・菊生(忘れ都の秘術使い・f17466)は手元の木細工を眺め、そして前の海原を――そこに浮かぶ船を見やる。
「貴様の育った熊野の灘とは勝手も違おうが……」
それから、並び立つ鎧を纏った武者の霊を。
「如何せん、素人の我ではまともに進むことも出来ぬ。ここはひとつ頼まれてくれぬか」
鎧の武者は目礼を返して乗り込むと、ぐっと漕ぎ出だすのだった。
暫くの間、砕ける水音と、櫓の軋みだけが響き渡る。
だがいつしかそこへ、別の音が混ざり込んでいた。
それが甲高い笛と鼓の拍子だと聞き分けられるようになった頃、赤い火がふたつみっつ、左右から滑るように近寄ってくる。
それは、菊生が乗っているものと形は違えど、同じく櫓を備えた船。
囃子も灯火も、その船が運んできていたのだ。靄を纏うように朧気ではあるが、並ぶ人も、艫の小さな台座と櫃も、そして船そのものも、良く飾られている。
だが、それだけに歓声ひとつないその様子がかえって異常であった。
「ほう、囃子に灯りに見物人。随分な歓迎ぶりじゃの」
無論、この世のものではない。しかし菊生は慌てもせず、祭具を丁重に置いてつと立ち上がる。
「期待に応えねば名が廃るというものか」
そうして彼らの囃子に耳を傾けつつ、彼女は扇を抜くのであった。
―――
不安定な足場を苦にもせず、ひと差しの舞を披露して。囃子の途切れと同時に扇を閉ざした菊生は、左右の船にこう問い掛けた。
「さて貴様ら、何か演目の希望はあるじゃろうか?」
彼女の問に、人々の間で声もなく目配せが起こり、そして答えが返って来る。その声もまた、壁を隔てたように遠い。
『――とむら……を』
そう声を発したかと思うと、彼らは立てた灯火を振り動かし、火の粉を落とす。暗闇にぱっと開いたそれは人型を取って、揺らめきながら数秒、踊るような動きを見せた。
もう一度、二度。
菊生はそれをつぶさに見て微かに頷き、再び奏でられる囃子に合わせてとん、と足を鳴らした。
舞いながら船上の人々を横目に見ると、その顔はやはり茫として霞んでいるが、どうやら満足そうな表情を浮かべていた。
やがて彼らは櫃を開け、中の何かを大事そうにひとつひとつ取り上げては海に落としていき。
そしてそれが終わると、自らもまた、ひとりひとりと落ちていった。
それでも何事もなかったかのように彼女は舞を続けた。
その人影に、鰭や嘴が紛れているのが微かに見えてもなお、舞い続けた。
火の粉の踊りと、そこにあった潮の満干の趣を思いながら。
『――……ありがたし』
板の軋み、軽い衣擦れの音、水の残響を伴って船は進む。
いつしかそれが元の一艘きりになっても、菊生の舞は続いていた。
だからだろうか。彼女の海路はこの上もなく穏やかで、しめやかだった。
大成功
🔵🔵🔵
千思・万考
エンジン付き小型船で、一人で向かう
筋斗雲で飛ぶ方が楽だけど、
凪ぐか荒れるか、波の調子ひとつにも情念が込められていそうだし…
それに、この海神の事をもっと知りたいし。
豊穣神が邪神に反転した理由とかね
幻影には、掛ける相手の記憶や感情を元にするものと
自分が見せたい内容を押し付ける場合が多い
場の雰囲気的に、後者な気がするよ
万が一時に対応できるよう警戒しつつ、幻影に身を委ねる
こう、人間に対する…悪意か執着か、負の念が物凄いね
善神だった時に愛情深かったのが裏返っちゃったのかな
幻覚が強まり意識が飲まれそうになったら
予め準備したUCを飲んで正気を保とう
興味深いものを見ちゃったな
実際にお目見えするのが楽しみだ
揺れる船旅。
(飛ぶ方が楽だけど、波の調子を見ておきたいしね)
千思・万考(花嵐・f33981)は、敢えて乗らずにいる筋斗雲の乗り心地と今の振動を比べつつ、眼の前を通り過ぎる海面を観察していた。
そこに宿っているはずの邪神を、その情念を。豊穣神が堕ちたゆえんを、かつて愛したはずの人々を退けた訳を。
それらの手掛かりを得るために。
そんな彼の思惑を知ってか知らでか、突然暗い海が青白く輝き出す。唐突な光に一瞬目が眩むが、すぐにそれは水の下で泳ぐ無数の魚影から放たれているのだと分かった。
(幻影の多くは、掛ける相手の記憶や感情を元にするものと、もうひとつ)
怪異の発生を認めた万考は、僅かに瞼を下げ、呼吸を深くする。反射的に作り出しかけた精神の防御を緩めるように。
(……自分が見せたい内容を押し付けるもの)
心を侵そうとする幻影に身を委ね、その背後に潜む何者かの意図を妨げぬように。
魚型の光が滑り、跳ね、踊る。さざ波も星々もくすませて、水面と空との境界を曖昧にしながら。
風音も駆動音も、鼓動さえ薄らいで。
やがて万考の周囲には船も月もなく、ただ、黒い空間を縦横に過る青い光が世界の全てになっていた。
それから、その世界を讃える歌と。
さながら万華鏡のように回る光。その形はいつの間にか多種多様な姿に変わっていた。大魚、海月、鳥、泳ぐはずのない貝や海星、そして――歌声を発する人の姿に。
それらは初め、ただ並んで泳いでいるだけに見えた。
けれど、違った。
幻影は、彼らの殺し合いを過剰なまでに描いていた。
老いたが故に。小さき故に。互角であるが故に。惨たらしく肉を千切られて。痛ましく身を引き攣らせて。逃げ惑い、立ち向かい、何も知らぬ間に。
声なき断末魔を伴奏に、歌は悍ましくも高らかに歌われた。
不快に耳を突き、しかしどこまでも純真な歌が。
(何というか、人間に対する負の念が物凄いね)
万考は幻の中の薄っすらとした思考で、邪神の感情に想像を巡らせる。
ただ単純な憎悪ではない何かが、そこに秘められているように思われた。
だが、その探究はそう長くは続けられなかった。
次第に強まる歌と光。それに伴って胸に衝動が込み上げてくる。
(……潮時か)
幻影の干渉が感情に及ぼうとする寸前、万考は半ば無意識に湯呑を口へ運ぶ。
芳醇な香りと温もりが喉を満たし、手放しかけていた意識を急速に引き寄せる。
瞬きをしてみると、もうそこには一片の光も残ってはおらず、ただ静かな夜の海が広がっていた。
今の歪んだ幻影は敵の悪意が作り出した罠か、それとも独白だったのだろうか。
邪神の核を目の当たりにした時、その真意を測ることもできるだろうか。
(興味深いものを見ちゃったな。実際にお目見えするのが楽しみだ)
万考は来るべきその時に思いを馳せながら、手元の祭具の欠片に目を落とす。
そこからは、先程よりも明瞭な帯が伸びていた。
成功
🔵🔵🔴
ベティ・チェン
「運ぶのは、運び屋が、1番」
小型船操船は船長任せ
甲板でマント被りぼんやり島眺める
「天気の、急変?」
濃霧に警戒
気付けば森の中に居た
血臭がする
影に潜みながらゆっくり臭いを辿る
拓けた場所に倒れる数名の人狼
影から暫く眺め死体と判断した
「記憶か、幻覚。どっちだ」
覚えている数少ない記憶にはない場面
「船長と殺し合いは、困る」
UC使用
死体がゾンビ化して襲って来たとして
それは邪神の手先か幻覚に惑わされた船長かは分からないから
手っ取り早く攻撃を封じた
「ヘルでもザナドゥでもないなら、第四層?」
なら、尚更自分の記憶ではないだろう
「ボクの最初は、多分」
フラスコから外を見た時だから
死体が消えるまで
偽神兵器構えただ眺めた
月の下で走る一艘の船。
ベティ・チェン(|迷子の犬ッコロ《ホームレスニンジャ》・f36698)はその甲板でマントを被り、今は黒い影として過ぎる遠くの島々をぼんやりと眺めていた。
「運ぶのは、運び屋が、1番」
手配された運び屋――船長の腕は確かなようであり、今の所は穏やかな船路であった。
しかし突如、その視界に白味が掛かる。
「天気の、急変?」
いち早く警戒の呟きを発し、ベティは立ち上がって油断なく周囲に目を走らせる。その間も霧はどんどんと立ち込めてゆき、一面は忽ちの内に、綿毛に覆われたが如く白一色に染まっていった。
船長も危機感を覚えたらしく、停船に向けて速度が落ちていくのを感じる。
ややあって、漂っていた濃霧は少し薄らぎ、覆い隠した視界を幾分か戻し始め。
しかしその奥に見えたシルエットは、有り得べからざるものを象っていた。
けれど、やはり見間違いではなかった。
焦らすようにして霧が引き払ったそこには、無数の樹木が立ち並んでいたのである。
そしてその事実を認識した瞬間、空気を染めていた潮の香が、濃密な緑の香りに入れ替わる。
――それから、血の臭いに。
ベティは甲板であったはずの柔らかな土を踏みしめ、誘うようなその臭いを辿って歩き始める。
森に似付かわしくない船は――操縦席や船長は、とうに消え失せていた。
―――
一変した地形の中、ベティは迷いなく、影から影へと潜み歩く。
濃い血の臭いはもう嗅ぎ分ける必要もなく、その主の傷の深さを仄めかしていた。
と、突然、拓けた場所に出る。
木陰を離れてもなお暗いそこで、数体の人が血の中に伏せている。それもただの人間ではない、人狼たちが。
ベティは暫しの間、茂みに身を隠しながら様子を眺めてみるが、横たわる彼らは動くどころか、呼吸の身じろぎひとつ見せなかった。
それらは死体であると見てまず間違いはない。
ただもうひとつ、容易に判断を下しかねる疑問があった。
「記憶か、幻覚。どっちだ」
各所で欠落し、混濁した記憶。順序も意味も不明瞭な光景の群像。
この場面は、果たしてその一ピースであろうか、それとも無関係な幻覚なのか。
そう考えながら、偽神兵器を構えつつ一歩ずつ近付いていく。
その時、突如として屍の一体が動き出し、彼女に襲い掛かった。
が、その動きは冗談かと思うほどに鈍く。当然のように制圧されたそれは、再び屍として動かなくなった。
「船長と殺し合いは、困る」
敵であれば倒せば良い。しかしこの姿が幻影で、実体は共に霧に包まれた彼であるということも十分に考えられる。
そう考えた彼女が先んじて張っておいた聖域の効果を知ったためか、もう死体が動く気配はなかった。
それでも警戒を緩めない彼女の脳裏で、なおも問いは続く。
人工物のないこの森。人狼。動く屍。
「ヘルでもザナドゥでもないなら、第四層?」
出身であるはずのその場所。だがそれなら、尚更この光景は自分のものではないだろう。
そうして、彼女はあっさりと問いに終止符を打った。
「ボクの最初は、多分」
――フラスコから外を見た時だから、と。
陰鬱な樹木のざわめきに包まれながら、武装を下ろすことなくベティは待った。
きっと「自分」のものではない、この記憶の影が晴れる時を。
淀む空から漏れ落ちる月明かりの下、彼女はただ足元の死体たちを眺め続けた。
成功
🔵🔵🔴
アルクス・ストレンジ
オレにとって、海は“綺麗な場所”だ
幾度足を運んでも、その度に違う色を見せてくれる
夏は特に生命力に満ちていて
異世界で巡った海底都市は、地上とはまた別の色彩で
また、明け方にふらりと来れば
表情を変える空の色を映してインスピレーションを与えてくれる
だが、今日の海は見たことのない色をしているな
カミサマのご機嫌のせいかはわからないが
…聴こえる
こっちへおいでとオレを呼ぶ歌が
広い広い海の何処かから
先程拾った祭具らしき石塊を眺める
鰓を思わせる細工の痕跡…ああ、もしかしたらそういうことか?
想起するは、歌声で人を惑わす海の怪異の話
ならば【静寂】で掻き消そう
潮騒まで消えちまうのは惜しいが
呑み込まれるのは御免だからな
広大な海原を満たす、夜のしじまに溶け込むような潮騒。
柔らかくも巨大なその響きは、潮風を切って進むアルクス・ストレンジ(Hybrid Rainbow・f40862)の耳にも届いて、彼の海にまつわる景色の記憶を呼び起こしていた。
夏の強い日光の中。
色とりどりの生物たちが躍動する、生命力に満ちた鮮やかな色。
異世界で巡った海底都市。
深い水底の陰影と街に溢れる淡い光が、揺らめき混ざり合って生まれる、幻想的な色。
明け方の海辺。
深い藍を染める薄紫に、青や橙、やがて突き刺すような朝日の赤へと移りゆく空の下で、その表情を余さず映し続ける海原の儚い色。
(だが、今日の海は見たことのない色をしているな)
そして記憶の景色から、眼前の昏い海に目を戻す。
そこかしこで散っては後方に飛んでいく波飛沫の白も、月光で仄明るい海面の紺も、今までのどれにも当てはまらない色をしていた。
くすんだような、淀んだような暗さを帯びて、それでいて妙に存在感のある色だ。
これもまた海のひとつの顔か、それとも――『カミサマ』のご機嫌のせいだろうか、と、アルクスは視線を空へ向ける。
その時。
彼が耳を傾けていた潮と風の音に、歌声が加わった。
果てしない海の何処かから、当てもなく流れてきたかのような遠い響き。
しかしその詞は他の音に滲みもせず、まっすぐにアルクスに語り掛けてくる。
――おいで
こっちへおいで
――怖くはないから
さあおいでなさい、夢の心地で
不思議に安心感を誘う甘く優しげな旋律。
けれどそれが招く先は、手元の石塊から伸びる光とはまるで違う方向だった。
(鰓を思わせる細工の痕跡……ああ、もしかしたらそういうことか?)
ふとアルクスは、そこに施された細工に、ひとつのイメージを重ねる。
歌声で人を惑わせ、船を破滅へと導く海の怪異。それもまた、魚めいた姿で語り継がれてきたはずだった。
歌声は潮が満ちるが如く高まりながら、精神を乱す残響を漂わせる。
更にはそれが呼んだか変じたとでも言うように、立ち上った霧によって船縁の輪郭も白くぼやけ始める。
だが、それが針路を狂わせるよりも早く。
アルクスの顎が僅かに開かれ、全ての「音」が消えて――吸い込まれていく。
(潮騒まで消えちまうのは惜しいが、呑み込まれるのは御免だからな)
そう心の内で呟きつつ、彼は軽く喉を撫でてみせた。
―――
歌声と霧が払われた後の、完全なる無音の海原。
誘われていた方へ目を凝らしてみても、やはりその主の姿は見えなかった。
ただ、遠くに突き出た岩礁のひとつが、奇妙なシルエットを月明かりに晒しており。
それはちょうど、今しがた想起した怪物の姿に似ているようにも思えるのだった。
成功
🔵🔵🔴
春乃・菊生
アドリブ等々、ご随意に。
状況にそぐわぬ等であれば流してくれて結構じゃ。
ある程度を進めば、あとは潮の流れに乗っておるだけで勝手に神の寝所へと辿り着く…、若しくは引き寄せられるのではなかろうか。
そう判断できたなら櫂を任せて居った武者の霊を還す。
そして代わりに鶚(ミサゴ)の霊を喚び、周囲へと飛ばそうか。
目的とするところは、ひとつに微睡む神の寝返りか寝息かに巻き込まれた只人の有無の確認と救助。
ふたつに同様に進む先を見失った同胞…、猟兵への援助じゃな。
鶚には我の技能(呪詛耐性や破魔)を付与するが……、鶚と五感を共有する以上、呪詛なり精神への影響なりを受ける恐れはあろう。
危険は承知、覚悟の上じゃ。
春乃・菊生(忘れ都の秘術使い・f17466)は舞を終え、いつぶりかに扇を閉じる。
それと同時に、武者の霊が櫂を上げた。ぽたりぽたりと滴る雫が紺の海面に波紋を刻む。
そして、その模様は絶えず前へ前へと移っていく。
推進力のない船は、それでも確かに進み続ける。今や架け橋のように明瞭な弧となった、祭具の光が指し示す先へ。
誘っているのか、はたまた潮流の偶然か。いずれにせよ波に任せて支障はなさそうだ。
不意に、武者の姿が霧の如く拡散した。かと思うと、その内から猛禽が現れる。
間もなく霊の鶚は星に紛れるほどに高く翔り、大きく円を描き始めるのだった。
―――
やがて鶚の暗い眼下、島に比較的近い岩場の上に、蠢く粒ほどの何かが映る。
卓越した視力を通して視たそれは、どうやら船遊びに来た一般人のように見えた。無論、周辺ではUDC組織が監視をしているのだろうが、不運にもそれをすり抜けてしまったらしい。
鶚は翼を畳んで風を切り、横倒しになった船体の傍らに佇む彼の肩に降り立った。が、船主は緊張と放心の混ざった表情を崩さないまま虚空を見上げている。
よく見ると、その衣服のあちこちには不気味な、青白い小蟹が纏わりついていた。
(浪の下の都……とは、些か異なるようじゃな)
のっぺりとした甲羅の蟹は、鶚から破魔の力が注がれるにつれてじゃらじゃらと落ち、追われるように海へと帰っていく。同時に彼の表情も和らぎ、呼吸も深くなっていった。
それでも、菊生はすぐに違和感を覚える。
蟹はいつまでもいつまでも、湧き出すように落ち続けているのだ。見れば、波打ち際は既に白く染まっている。
そしてそれに気付いた瞬間、鶚が乗っていた彼の体は、無数の青白い小蟹の群れに変わっていた。
――じゃら、じゃらじゃらじゃら。
支えを失ってもろとも崩れ落ちた鶚は、降り掛かる小蟹を払い除けて空に羽ばたく。
しかし、もうその黒い空間に月と星はなく。眼下もまた、黒い海ではなかった。
無限に広がる、白い広野。
それは彼岸に咲く花畑にも似て、先程の小蟹の山にも見えて。
けれどそのいずれでもなく、それは幾千万とも知れぬ、骨の海であった。
飛翔する翼が痺れたように痛み、不快な空気の淀みが精神を侵し、更に五感を共有する菊生をも蝕んでいく。
由縁もない絶望と狂おしい衝動がその胸に去来する。
だが突如、落雷かと思うような激しい衝撃が幻影の世界を揺るがした。
それから一瞬後、ただ船が揺れたに過ぎないと認識した時。
既にその幻は、遠く薄れていたのであった。
鶚はといえば、今は疲れ果てて座り込んでいる一般人の傍から数歩と離れてはいなかった。蟹の姿がどこにもない所を見ると、既に危険は払われたのだろう。
菊生は鶚を操り組織の回収班を導きつつ、辺りを見回す。
けれどやはり、ぶつかりそうなものは何もない。
ただ思い返せば、衝撃の直前、薄っすらと囃子の音が流れていたようでもあった。
――あるいは、『彼ら』の返礼だったのだろうか。
大成功
🔵🔵🔵
●|凪《まどろみ》の終わり、|嵐《かくせい》の時
怪異の水域をどれほど進んだろうか。
今や祭具の欠片は、灯台さながらに真っ直ぐな光で、前方の一点を示していた。
だがその終着が視界に入るか否かという瞬間。取り囲む海水が、突如としてうねり始める。
まるで沸騰するように突き上げてきた水に、船が天を仰ぐ。舳先が指すそこにはいつの間にか黒雲が立ち込め、風の烈しさを予想させる禍々しい渦模様を刻まれていた。
しかしそれを眺める間もなく船体は波の窪みに滑り落ち、一拍遅れて重い滝津瀬が雪崩れ掛かり。
砕けた水はなおも船底の下へ潜り込み、逆巻きながらまた空へと持ち上げる。
静穏からの豹変。
それでもこの荒れ様は、攻撃とは異なる意図のものであると直感した。
渦巻く波は、船を揺り動かしておきながら沈めもせず、ただひたすらに横や下を駆け抜けていく。
示し合わせたように、前方のひとつの地点を目指して。
まるで、海そのものが形を得ようとしているかのように。
第3章 ボス戦
『禍罪・擬海』
|
POW : 魁
【周囲を回遊する幽魚の群れ】が自身の元へ多く集まるほど、自身と[周囲を回遊する幽魚の群れ]の能力が強化される。さらに意思を統一するほど強化。
SPD : 壊
攻撃が命中した対象に【出血し続ける傷】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【血の匂いを追って牙や爪、幽魚の群れ】による追加攻撃を与え続ける。
WIZ : 海
【咆哮を上げ、海水】を降らせる事で、戦場全体が【荒れ狂う海】と同じ環境に変化する。[荒れ狂う海]に適応した者の行動成功率が上昇する。
イラスト:tg
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「榛・琴莉」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●不浄なる海異の神
突然の猛烈な嵐に揺らされ、流されていた船が、ようやくにしてやや平静を取り戻す。
だがその小憩は、決して好ましいものではなかった。
何故ならそれは、今の大波に注がれた力が、意志ある形を成したことを意味していたから。
白波と暗雲と風の渦の中心に座す、青白い光を纏った影。
覆われた眼は視力を持たぬのか、ただ気配によってこちらに感づいたように面を上げる。
瞬間、全身に打ち付けられているらしき札がざわめき、鋭い牙の喉奥から咆哮が轟く。それに応じて再び動揺する海面には、妖しげな燐光の斑が浮かぶ。
続けざまに操り人形を想起させるぎこちなさで両の腕が開かれれば、幾本もの水柱が屹立し、袖口から霊魚の群れが溢れ出す。
白波沸き立つ矛先がこちらを威圧し、鱗の煌めきが輪を描く。
全ては、あの堕ちた神を守るように。
アルクス・ストレンジ
よう、カミサマ
今もそう呼んでいいのかは知らないが
アンタは何もしてないんだろうが
将来的な話を聞くに放置はできないんでな
こっちの都合で悪いが始末させてもらう
ケルベロスチェインを伸ばし敵を『捕縛』
そのまま鎖を縮小し距離を詰め
忍刀で斬りつける
反撃を喰らうのは承知の上だ
一応『オーラ防御』でのダメージ軽減は試みるがな
敵を鎖から解放し、蹴りつけて船まで戻るぞ
おそらくはオレの血の匂いに反応して
本体なり幽魚なりが
追って来ようとするだろうが…生憎だったな
【螺旋次元断】はとっくに発動してる
忍刀の軌跡上に発生した次元断層に
敵対する対象全てを引き寄せ
一点に縫い留めたところを纏めて
再び鎖を限界まで伸ばして締め上げてやる
「よう、カミサマ――今もそう呼んでいいのかは知らないが」
アルクス・ストレンジ(Hybrid Rainbow・f40862)は問い掛けるともなく、船の行く手に浮かぶ邪神に向けて呟いた。
その声は潮の狂騒に呑まれて届いてはいないだろうし、届いたとしても言葉で止まるようには到底見えなかった。
それならば。
「アンタは何もしてないんだろうが、将来的な話を聞くに放置はできないんでな」
不意に、アルクスは手首を翻す。
「こっちの都合で悪いが始末させてもらう」
瞬間、その手の内に隠されていた一条の黒鎖が閃いた。
鎖の先端は空中で更に加速し、蠢動する水面を弾丸さながらに貫いて、当然あるべき終端を見せぬままに疾走し。邪神の周囲を縦横に巡り、即座にその体を絞め上げる。
そして戒めが課された金属の鋭い音が響いた瞬間。
邪神に繋がった黒い軌跡を辿るようにして、アルクスが飛翔した。
船を置き去りに、鎖が伸びた時と遜色ない速度で海上を滑るアルクス。
だが今度はそこへ、大木ほどの水柱の切っ先が次々に振り下ろされた。辛うじて身をかわすも、そのすぐ先は大波が寸分の隙もなく遮っている。
なおも速度を緩めないまま厚い水の壁を突き破れば、すかさず幽魚の群れが降り注ぐ。
しかしアルクスは纏った不可視の障壁と、最小限の身動ぎと鎖の微妙な操作により、それら全てを潜り抜けたのだった。
勢いを乗せ、繰り出された忍刀の一閃。更に振り抜いた不安定な体勢のまま蹴りを放ち、追撃と同時に帰還の反動を得る。
けれどその代わり、拘束の鎖は彼の手の内に戻っており。
邪神もまた、蹴りに仰け反る刹那、爪を振り上げ追い打ちを図る。
目で狙いをつけたとは思えないその不正確な反撃が偶然にも命中したか、あるいは幽魚の牙や水の刃が掠めたか。
放物線の先で揺れる船にふわりと降り立った時、水浸しの甲板に、アルクスの血の色が滲もうとしていた。
直後。
海域全体がその匂いにざわめいたように震え、邪神の両腕がまた振りかざされる。暗雲の下、荒波の上のあちこちに霊光の群れが浮かぶ。
しかし、それらがアルクスと同じように放たれることはなかった。
「……生憎だったな」
邪神に刻まれた傷口を中心に景色が歪み、収縮する。敵の動きが引きつったように静止し、今まさに飛び掛からんとしていた幽魚の群れも、抗い切れずその次元断層へ吸い寄せられていく。
そして一塊になった彼らの周囲を、再び黒い鎖が駆け巡った。
先の比ではない、引き裂かんとするまでの束縛を課す為に。
大成功
🔵🔵🔵
ベティ・チェン
「海で死んで、魚に食われた…?」
「怪異は、海威か。守って、喰われて、祀られぬか。ちょっとだけ、ボクは。キミがかわいそうだと、思った」
「だから。眠れぬキミを、眠らせる…偽神降臨」
船縁蹴って空へ飛び出す
自分の身長ほどある大剣(偽神兵器)振り回し叩きつけるように雷撃と斬撃
神を守り神を喰らう魚を灼き尽くしながら人型に迫る
敵の攻撃は素の能力値で回避
敵が形を喪う迄続ける
「祀られぬ、神でも。服わぬ、神でも。キミの今の、有り様は。キミの望みではないと、思う」
「哀しいのも、淋しいのも。怒りも、神足り得ぬのも。全部キミのせいじゃ、ない。至れなかったボクが、代わりに覚えておく、から。キミは…サンズ・リバーを、渡れ」
首、四肢そして胴に。幾重にも鎖を張り巡らされ、邪神は簀巻きの様相で隙を晒していた。心なし落ち着いた海面からは、魚も水柱も吐き出されては来ないようである。
そうして僅かな間、敵対する者たちは沈黙していた、が。
鎖に覆われた衿元から溢れるようにして、またも幽魚の一群が姿を現した。
守る為に出でたはずのそれは、守護者というよりは捕食者とでも呼ぶべき獰猛さと、その主を苛むような痛ましい気配を帯びて。
「海で死んで、魚に食われた……?」
それらの様子に、ベティ・チェン(|迷子の犬ッコロ《ホームレスニンジャ》・f36698)の脳裏にそんな形容が浮かぶ。
「怪異は、海威か。守って、喰われて、祀られぬか。ちょっとだけ、ボクは。キミがかわいそうだと、思った」
しかし――いや、だからこそ。彼女は身の丈ほどの大剣を握り直し、鱗の環の向こうで縛られた邪神に向けて静かに宣言した。
「だから。眠れぬキミを、眠らせる……偽神降臨」
船縁を蹴ったベティの体は、重力から解き放たれた。
いち早く彼女の接近を感知した幽魚は盾のように広がって一斉に牙を剥く。が、その先鋒が接触する寸前、巨大な刀身が鋭く走り。同時に迸った閃光の筋が敵の間を伝い、後続の燐光を纏めて消し飛ばす。
数度剣を振り回して生まれた空白を逃さず加速したベティは、邪神の脇腹を通り過ぎざま、叩きつけるようにそこを斬り、灼き尽くし、また追撃せんと身を翻す。
光と轟音を放ちながら闇を、そして敵を裂く姿は、まさしく稲妻の如く。それを止められぬのは明らかであるにも拘わらず、幽魚は邪神から湧き続ける。
そしてその度、邪神は咆哮ではなく、痛々しい呻きを上げていた。
何度目かの追撃の時。一際巨大な幽魚の塊が、裾や衿を食い破る程の勢いで溢れ出す。
と同時に、邪神の肉体が僅かに体積を失ったように見え。その為かは定かではないが、鎖の束縛が遂に緩む。
拘束を脱した邪神の両腕が開き、待ちかねたとばかり海水が噴き上がって纏わりつく。その指先が空間を裂くように振り抜かれれば、水は巨大な鎌と化して上空のベティに襲い掛かる。
それでも彼女は軌道をほとんど曲げぬまま、交差する斬撃の隙間を潜り抜けた。
「祀られぬ、神でも。服わぬ、神でも。キミの今の、有り様は。キミの望みではないと、思う」
その瞳が見据える先は、圧倒的な力の渦。
吹き荒ぶ邪神の爪が、それを覆う海水の螺旋が。露払いを務めんとぎらつく幽魚の奔流が。一体となって渦巻きながら、急降下する彼女を待ち受けていた。
対するベティもまた、雷を纏わせた大剣を振りかぶり、その中心へ狙いを定める。飛び立つ寸前に彼女が見せた、あの眼差しを崩さないままに。
落雷を迎え撃つ竜巻。
両者が邂逅する瞬間、巻き起こる凄まじい光と音の爆発。
けれどベティの唇は、その中で静かに言葉を紡いでいた。
「哀しいのも、淋しいのも。怒りも、神足り得ぬのも。全部キミのせいじゃ、ない。至れなかったボクが、代わりに覚えておく、から。キミは……サンズ・リバーを、渡れ」
そして大上段から振り下ろされた雷撃と斬撃は、嵐の渦を引き裂いたのだった。
大成功
🔵🔵🔵
ハル・エーヴィヒカイト(サポート)
▼心情
手の届く範囲であれば助けになろう
悪逆には刃を振り下ろそう
▼戦闘
殺界を起点とした[結界術]により戦場に自身の領域を作り出し
内包された無数の刀剣を[念動力]で操り[乱れ撃ち]斬り刻む戦闘スタイル
敵からの攻撃は[気配感知]と[心眼]により[見切り]
[霊的防護]を備えた刀剣で[受け流し]、[カウンター]を叩き込む
邪神の肩口から胸元ほどにまで、深々と刻まれた傷口。その周囲は淀んだ色の水に変わって、爛れた傷口を覆い隠そうと蠢いている。
だが唸りを上げて渦巻く海も、邪神そのものも未だ治まる気配はなく。傷に構わず振り上げられた腕に、水が苦しげに纏わりついて、絶えず崩壊しながらも鉤爪のような鋭利さを帯びる。
同時に、暗い水面のあちこちで妖しげな光が浮かび、そこから出現した幽魚の群れがまたも集いつつあった。
しかし突如、荒れ狂うこの海域に光波が走る。
その源は、嵐の一角に開かれた異質な領域。邪神の力を退けて広がり行く殺界の中心で、ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣聖・f40781)が無数の刃を開いた。
光波は何者をも傷付けることはなく、ただ戦場を走り去った。だがそれに追い越された幽魚たちはあたかも捕食者に狙われたが如く――あるいは生前の記憶を喚び起こされたか、我を失って逃げ惑い始める。
そしてただ波に取り残されたかのように、まばらに残された輝点。
それは、邪神と、踏み止まった僅かな魚影に印された標的の証であった。
飛沫を立てる波間に光の道筋が伸び、ハルにその居場所を告げる。
浮遊する刀剣の切先がその呼び声に従って整列し、直後、風を切って一斉に疾走した。
不自然に突出した巌の如き大波を穿ち、顎を開いた幽魚を呆気なく貫き裂いて、散開したそれらの刃は再び一点に収束する。
その終着点たる邪神は滴り落ちる鋭爪を振りかざし、ハルの元へ猛然と肉薄していた。
けれど、彼が携えていた刀が、薄く鋭い水の刃先の横腹を斬り払う。
軌道を歪められ邪神の体勢が崩れたその一瞬を逃すことなく、無数の刀剣がそこに降り注いだのであった。
成功
🔵🔵🔴
春乃・菊生
[WIZ]アドリブ、共闘等々ご随意になされよ。
人とはかくも勝手なものか。
天が荒れれば祟りと誹り、あげく恵みを授けぬならと遠ざける。
神の御力だけを見て、その御姿の影の形をなぞりもせぬ。
…神とはまこと勝手で気まぐれなものじゃと言うに。
何せ、我ら人が在るは神の国生みあってのこと。即ち、神とは言わば我らが親よ。
子が子なら親も親じゃと言うだけのことを、この地の、この界の人は忘れておるのじゃな。
さて。子として親を愉しませよう。
舞おう。潮の満干を。日の入り沈みを。人の、鳥獣の、魚の、草木の生き死にを。
在って当然の在り方を。
神を愉しませるためだけに舞うは神楽舞。
そして秘術 重によって霊を呼ぶ。じゃが、此度に呼ぶは我の知る界の武者でない。
この界はこの地の、まだ人が、鳥獣が、魚が、草木が神の影をなぞっておった頃、神の寝所を護っておった者たちよ。
さあさ、笛吹け、鼓打て。鰭で翼で拍子打て。奉り納めようぞ、我らが舞を。
(……人とはかくも勝手なものか)
死を過度に厭い悼むあの幻影は、神の心中に巣食った歪みであろう。
恐らくはかつてそれを崇め、後に祟りを怖れて遠ざけて、そして忘れ去った人々によって。彼らが、とうの昔に手放した祈願によって。
それを察した春乃・菊生(忘れ都の秘術使い・f17466)は思わず嘆息を吐く。
先に見た亡霊は確かに深い信仰を持っていた。しかしそれでも彼は、恵みに縋る者だった。
(……神とはまこと勝手で気まぐれなものじゃと言うに。何せ、我ら人が在るは神の国生みあってのこと。即ち、神とは言わば我らが親よ)
そう、たとえるならばそれは、親の無償の愛を信じる幼子のような。
(子が子なら親も親じゃと言うだけのことを、この地の、この界の人は忘れておるのじゃな)
豊穣という型に囚われ、狂乱する神の御姿。それをしかと見据える菊生の選択は――。
「……さて。子として親を愉しませよう」
邪神のかつてない咆哮が、戦場に響き渡る。
奉納の舞の始まりと、神の絶叫に海が応じたのは、同時であった。
大砲もかくやとそこかしこで噴き上がる海面。
あまりの勢いに形を保てぬまま、上空で四散しては大粒の滴となって降り注ぎ、木の葉の如く頼りなく揺れる船を砕き尽くさんばかりに打ち付ける。
そんな天地を覆う水の中、菊生は船の傾きすらも予め定められていたかとさえ思える程に、揺らぎなく舞を舞った。
しかし、敵はそれに構う筈もなく。跳梁する水飛沫に霊光を煌めかせながら、散り散りになっていた幽魚が一斉に押し寄せて来る。
――だがその寸前、菊生の扇が開かれた。
瞬間、彼女の船の前方、渦巻く黒い水面に無数のあぶくが湧き立ち始める。
そこを掻き分けて出づるは、仄白い燐光をまといながらも彩り豊かな霊の船。乗り込んでいるのは人や魚や海鳥や、果ては草木が混ざり合ったような、鎧姿の異形たち。
まるで絵巻の一場面にでも描かれていそうな、奇妙かつ懐かしみのある援軍だった。
毛皮や鰭や羽を備えた腕が興を添える囃子を響かせつつ、艪を持ち帆綱を操り、船は狂気の荒波を乗りこなす。
そればかりかその勢いのままにふわりと浮かび上がって、菊生と邪神との間の宙に陣取った。
幽魚が描く光の河に、堰となった霊船。その境に矢と剣戟の火花が散る。
しかしそれは闘いというよりは、刹那の会話だったのかもしれない。
彼女が呼び出したのは、かつてここに在り、そして他ならぬかの神に侍っていた者の霊。言わば、幽魚たちの輩であったから。
彼らは伝えただろう。
菊生の舞が無言の内に語る、在って当然の在り方を。日が昇り沈むように、死と、それを成す生は拒まれるべきものではないことを。
それから、神を護る一方で苛み蝕む同胞たちに、歪められてしまった情念を忘れるように、と。
果たして、幽魚はその霊船を突き破ることもなく、解けて消えていく。
――気のせいか、船の上で囃子を奏でる人影は、いつともなく増えているようにも見えた。
憂いを断った菊生の舞はますます勢いを増し、囃子も高まって、獲物を振るう異形の霊たちの拍子が加わる。
しかしそれを掻き消そうとでもするように、邪神の札がばたばたばたと肌を打ち据え、釘穴から血ならぬ水が噴き出す。
そうして、邪神の咆哮がまた吹き荒れた。白浪の矛が狙いもつけずに海面を穿ち、うねる巨大な波紋がのたうち回る。
それでも珠と散る水を振り払い、上下左右に傾ぐ甲板を踏みしめ、覆い被さる水を迎え撃ち。更には波濤の轟音、劈く風音、全てが奉納の舞の一部と化していく。
それはちょうど、潮が満ちる時と同じ、巨大な力を感じさせた。
――突如。
邪神の腕が振り上がる途中でぴたりと静止した。
それは、奉納の舞がその心に、苦悶以外の感情を呼び覚ました証。
即ち、邪神の存在が破綻し、自壊を始めた合図であった。
大成功
🔵🔵🔵
●力なきそれは、ただ揺らめいて
最早形を留められなくなった邪神の肉体が崩れ、至る所が流れ落ちていく。
その胸の辺りから、白い異質なものが零れ落ちていた。
――骸だ。
魚の頭骨、貝の殻、海鳥の翼の骨、海に生きた者たちの無数の白い亡骸。
それを認めた時、いつの間にか薔薇色に滲んでいた水平線の空を引き裂いて、激しい暁光が現れた。
その刹那、邪神の両腕がまたぎこちなく開かれた。
だが今度のそれは、見えない何かを抱擁するように。
直後、瀑布の如き水と、絶叫が吹き荒れる。
咄嗟に細めた瞼の隙間に、幾千の骨片たちが支えを失って落ちていくのが見えた。
同時に肌の上を流れていく水は、覚悟した程の勢いもなく。撫でるような柔らかさを肌の上に残し、過ぎ去って行った。
そして再び目を開いた時、骨くれたちは既にみな、水面の碧に覆われていた。
みるみる内に薄らいで、この光の下から逃れるように沈みつつあった。
ちょうど眠りに落ちる赤子がそうされるように、右左と揺られながら。
やがて鏡のように静まり返った海の上に、ひとつだけ残されたもの。
ボロボロに朽ち、貝や藻を纏い、そして妙に真新しい札を全身に打ち付けられた木像。
しかしそれは掬い上げようとした途端、無数の釘穴から走った亀裂によって、触れるまでもなく一息に自壊してしまった。
けれど、気のせいだろうか。
その音が、戒めを解かれたような響きを帯びていたのは。
●エピローグ・それでも、潮音は絶えず
どうにか残った釘と札をUDC組織が解析した所、それらはやはり近年になって作られたものであるという。断定はできないが、あの木像を手に入れた邪神教徒が、それを依代に邪神を降ろしたものと見て良いだろう。
かつて狂った神の残滓ゆえに、邪神を憑かせるのも容易であったに違いない。目下の所はその首謀者を探るべく組織が動いているが、儀式の類いは要しなかったのか、手掛かりが少なく調査は難航しているらしい。
信仰の核と思しき像が失われ、事件再発の恐れがほぼなくなった今、それ以外の過去について詮索する余地も意味も、もうないのかもしれない。
けれど、それでも。不確かな情報と幻覚の断片から僅かに推測できるものがあるとしたら。
人が古より夢想する「母なる海」――小魚もそれを一呑みにする大魚も、喰らい合う生命すべてを愛する優しき存在。
かつての祈願の名残はいずれも、それに近いイメージを留めている。ならば祭神の神性もまた、そのように在っただろう。
有名な伝承では、とある悪鬼の母神は子を失う痛みを知り、守護の神と化したという。
では、子が喰らい合う痛みを知覚させられ続けた神は、いかなるモノになっただろうか。
だがいずれにせよ、全ては終わったことだ。
狂える神に歪んだ死生。眠れぬ亡者に苛まれる神。
その全ては取り払われ、在るべき形に還り、平和は保たれてゆく。
あるいは、かつてかの神が狂える我が身から全てを遠ざけた時、そう望んだように。
あれらの浜辺が、仮初めであったとしても長い間、そうであったように。
―――
照りつける日差しの中、寄せては返す波が砂をさらう。
けれど陽の香りと熱は決して海底には届かない。
それでも波はひたすらに砂を掻いては運ぶ。
静かに横たわる、亡骸たちの遥か頭上で。
かつては敵同士でもあり得た彼らは、互いにさほど似てはいなかった。
それでも一番初めには、確かにみな同じ所から生まれてきたのだった。
そして今は、砂と骸の、同じ白色の調和に溶け合って。
ひとつになって、眠っている。
彼らはとこしえに眠り続ける。
顧みる者のない、永遠に開かれることのない、凍てつく闇の片隅で。
ただ緩やかな潮の轟きだけが、その夢見に寄り添っていた。
何ももたらさず、温めもせず。ただ時折、陽光の名残を失った粒子を零しながら。
繰り返す潮音は、ずっと続いていた。
生まれた時から絶えることなく、彼らを包んでいた。
そして、ずっと続くだろう。
この水底にも、光満ちる浅瀬にも。
この見果てぬ青き揺籃の、あらゆる時とあらゆる場所で。
海の子たちに、ただひとつ平等に与えられるものとして。