闇の救済者戦争⑬〜亡月の画蝋
●滅亡は月光の下
瀟洒な廊下に月の光が差し込んでいる、歪に、そして血の様に赤い色を纏って。
禍々しくも目映い光の中、歩を進めるのは一人の男。骨の面に阻まれ、その素顔を窺い知る事は出来ないが、静寂を揺らす事なく歩く様は、男が熟練の兵である事を雄弁に伝えていた。
「この場所すら知り得たか、やはり猟兵は油断ならぬ」
くぐもって響く言葉は重厚な低音。佇まいと同じく老練した声は、今は僅かに苦渋が滲んでいた。
ダークセイヴァー第五層、その名は「月光城」と呼ばれる階層だ。瀟洒な名前とは裏腹に、其処は異形の神々とのつばぜり合いを見据えた要塞。歩く男と同様、戦時を想定した城は華美より実利を尊び、廊下に張り巡らされた調度品もまた抑え目なものが立ち並んでいた。『ただ一つ』を除いては。
その回廊は人が溢れていた。……否、それは最早人と称するに叶わず。正しく告げるならば、『作品の素材達』。
『苦悶』と銘打たれた硝子の中、手足の折れ曲がった男が涙を流して叫んでいた。
『悲哀』と銘打たれた硝子の中、骨になった赤子をあやしながら腐った足持つ女が嗤っていた。
他にも幾人もの人。
人。
人。
老若男女が無作為に、それでいて一つの明確な意図を持って回廊の壁に硝子張りにされていた。即ち、その身と心の、両方の死を目前にした瞬間の切り取り。おぞましき者を楽しませる為の展示だ。
「来るが良い、我等が仇敵」
命を踏みにじる覚悟持つ者だけが立ち入る事叶う、煉獄に。
命刈り取る大斧を構え、男は最後まで密やかに告げた。目の前の惨劇に、眼差し一つ揺らす事なく。
●救済は白日の元
「以上が俺が見た光景だよ、悪趣味の極みだね」
今は遠い風景を切り捨てながら、グリモア猟兵……ヴォルフガング・ディーツェはこの場に集った勇士達に向き合う。
「改めて状況を整理しよう。ダークセイヴァーの攻略戦争が始まった事は知っての通りだと思う。皆には遂に道が拓かれた第五層を攻略して貰いたい。此方には強力な守護者が存在している、一筋縄ではいかないだろうが……」
「敵の情報は?」
聞き返す猟兵に、一瞬だけグリモア猟兵は顔を歪めて言葉を吐き出す。
「……個体識別名『滅亡卿』ヴォルフガング。歴戦の老兵のようだ」
「同じ名前だな」
「運命の女神は実に性悪だと思うよ。それはさておき、彼は卿の名を冠するだけの実力を備えているが、それに加えて回廊の『人間画廊』なる仕掛けがその力を優に600倍に強化している。仕掛けを壊すまでは正面から挑むのは得策ではないだろう」
途方もない強さを宿した敵の目を掻い潜りながらのギミック破壊とやるべき事には暇なく、油断も許されない厳しい戦いになる事は間違いない。
「人間画廊って事は絵画なのか?」
「そうであったら良かったんだが。作品は生きた人間なんだ、硝子張りのケースに閉じ込められている。助けるには硝子の下にある作品紹介の札を破壊してくれれば良い」
「保護しながらの戦いか……」
「いや、そうはならないだろう。彼らは心身を破壊され尽くしている、持って数十分が限界だ」
思案する猟兵達は被さった言葉に暫し絶句する。それは、つまり。自分達がやることは。
「……彼らはその状態で時を止められ、長い長い時間を有り余る苦しみの中で過ごした。俺からも頼むよ、彼らを解放してあげてくれ」
それは救済であると、グリモア猟兵は静かに告げる。
「君達には無理を強いるね、本当に申し訳ない。だけど、これだけは忘れないで欲しいんだ」
言葉と共に、そうと猟兵達の掌に男は包みを乗せた。はらり、ほどけた中には。
「命を賭けて世界を守る君達の道行きは、決して間違いなんかじゃないと」
アヤメを象ったアイシングクッキー。花言葉は……『信じる者の幸福』。
冬伽くーた
大変ご無沙汰しております、冬伽くーたです。
今回はダークセイヴァーの戦争シナリオをお届けさせて頂きます。悪しき者によって命を、運命を弄ばれた一般人の救済、及び強敵の打倒をお願い致します。
情報はオープニングで示させて頂いた通りです。尚、回廊は幅が広い為に立ち振舞いには支障がありません。又、敵の強化は作品の半分を破壊すれば無効化されます。
囚われた一般人に関しては、こちらもオープニングの通り救命は困難です。苦しみから解放され、安らかに最期を迎える事が漸く叶います。
尚、特に指定がなければマスター側で一般人を描写致しますが、拘りがある場合簡単で構いませんので一般人の情報を描写頂ければ可能な限り汲み取りたく存じます。
今回はプレイングの全採用はお約束せず、書けるものを書ける範囲でとなります。ご了承賜れましたら幸いです。(また、早くはないかと思います)
以上となります、宜しくお願い致します。
第1章 ボス戦
『『滅亡卿』ヴォルフガング』
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POW : 滅び歌え轟砲連打の葬送曲
【処刑斧による大地割り砕く全霊の一撃】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を敵対者を自律砲撃する攻城兵器群に変え】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
SPD : 怒りの日
【世界焼き払い死者蘇らせる忌まわしき呪炎】を降らせる事で、戦場全体が【滅亡卿の操る屍兵が溢れる死者の帝国】と同じ環境に変化する。[滅亡卿の操る屍兵が溢れる死者の帝国]に適応した者の行動成功率が上昇する。
WIZ : 常闇の信徒
自身の【生身と相手の記憶の“自身に関する情報”】を捨て【影という影を瞬時に渡る闇そのもの】に変身する。防御力10倍と欠損部位再生力を得るが、太陽光でダメージを受ける。
イラスト:赤井 夕
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「レナ・ヴァレンタイン」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
有栖川・夏介
敵に気づかれないように【闇に紛れ】回廊を進み「作品」を破壊していきます。
敵が弱体化していない間に見つかってしまったら、UCを発動して敵の動きを読み、無理に戦わずに距離をとって逃げる。その隙にも「作品」を破壊できるといいのですが……。
ナイフを【投擲】して破壊を試みます。
それにしても、悪趣味な「作品」ですね。
これを破壊することが、解放であり救済だなんて……。
結局、俺は|壊《コロ》すことしかできないのか。ああ……嫌な気分だ。
……それでも、前に進むためには。
「……やらなければ」
●
ぬらり、血のように赤く染まった回廊は|新たな犠牲者《いけにえ》を求め、その顎門を無作法に開き、来訪者を招き入れる。
その喉奥ーー回廊の先は月光でところどころは把握出来るものの、多くはぬばたまの闇に閉ざされ全容を知る事は叶わない。それは恐怖を誘う為か、『作品』を長持ちさせる為のものか。
(どちらにせよ悪趣味ではありますが)
有栖川・夏介(白兎の夢はみない・f06470)は闇に紛れ回廊を歩む。転移した青年の周辺にはそれらしき『作品』はなく、回廊の探索を余儀なくされていたのであった。張り詰めた緊張感、僅かに感じる死臭と相成り、快適な道行きとは言い難い。
しかし、その重く立ち込める死の気配こそが夏介を導いていく。無機質なタイルを慎重に踏み締めていた足がふと止まった。目的の場所にたどり着いたようだった。
大層な額縁、僅かな月明かりの下ですら高価なものと分かる純正硝子。額縁の下、青年の目前に位置する名札は血で薄汚れていたものの、書かれた文字を読み取る事は出来そうだ。
慎重に指先で血を払う、浮かび上がる彼の『作品』はーー
「Nivens McTwisp」
そう、名付けられた『モノ』。
意味は直ぐに知れた。夏介のはね上がった視線の先で、四肢を忙しくない秒針の様に動かす人間が目に留まったのだ。
年の頃は十代後半にも、老人の様にも見える。年を読み辛くしている原因は今にも折れそうな程に痩せ細った身体だけではない。
その『作品』はチューブに繋がれた兎の頭を持っていた。それは比喩ではなく、また獣頭の人族を指し示す言葉でもない。毛のない四肢から推測するに、本来は青年と同じ人であったモノ。それを外法で歪め、変質させた『獣人のなり損ない』。
かつて、医術を志した青年であればより深い悪意を汲み取ったやも知れぬ。異形の頭部に歪められるなど、人は拒絶反応で耐え切れないだろう事も、繋がれたチューブから滔々と注がれる薬液はその反応を抑え、栄養も補給する為のものであり……それでも収まらぬ拒絶が、壊れた玩具めいた動きに繋がっている事を。
それ即ち、鑑賞者の知性を以て完成する悲劇。
(これを破壊することが、解放であり救済だなんて……)
いずれにせよ、悲劇の幕引きは一つだけ。最早助かる見込みがないならば、せめて苦痛少なき死を。それこそが青年の心を蝕まんとするのだ。
かつて医学書を辿った指がナイフの柄に掛かったその刹那ーー僅かに響く、胴を落とす足運びを耳にし、咄嗟に夏介は身体を投げ出す!間髪入れず振り抜かれた刃は青年の髪を幾本か切り飛ばし、硝子に突き当たった。『作品』の口から怪鳥の様に甲高い悲鳴が響き渡る。
「剣気、覇気。どちらとも言い切れないが、我が足を留めるとは流石は猟兵」
体勢を立て直す夏介の前、ぬばたまから浮かび上がるは獣の骨頭纏いし処刑人。構えられた斧は命屠るに足る重厚さを以て青年に差し向けられる。
言葉は油断なく、慢心もなく青年が培った力への称賛。
しかし、其処には『作品』への気持ちは欠片とて聞き取れない。それこそ滅亡卿には些事。生きて、機能を果たす道具であれば良いと、事も無げに紡ぐのだ。
2度、振り上げられるのは地を砕く全霊の一撃。身の丈程はあろう斧を担ぎ、青年を破壊すべく弧を描く!
『次の一手は、もう見えました』
悩み、苦渋に満ちようとも。青年は歩みを止めない。
黒衣の男に対抗するは白き騎士の導き。斧の軌跡を見切り、断たせるのは残像のみ。夏介自身は壁を蹴り、滅亡卿の頭上を越えて宙へと舞う。廊下へと叩き付けられた斧は床の破片と粉塵を立て、辺りを埋め尽くす。
(結局、俺は|壊《ころ》す事しかできないのか)
近くなった目線の先で、白兎は青年を見ていた。死への期待、渇望。その狂気にぎらぎらと赤い目を滾らせて。粉塵越しでもその赤は微塵も醒めやらぬ。
(ああ……嫌な気分だ)
命を屠る選択、白兎。今目に写る世界は青年には残酷で。まるで糾弾するかのようで。
それでも、前に進むためには。
「……やらなければ」
成し遂げなければ、ならなかった。
命を断つ意思を込め、放たれる双刃。一つは過たず作品のプレートを抉り。
「ぐ……!?」
一つは滅亡卿の腕に深々と突き刺さった。刃を抜く暇すら惜しみ、老兵は闇へと紛れ駆け去っていく。
地に降り立った青年は、解放された兎人を咄嗟に受け止める。ひゅう、ひゅうと下顎で息をする様は、死に瀕した者のそれ。反するように青年の手首を握る力は折れんばかりに強く……けれど、それも長くは持たず。だらりと、垂れ下がって2度とは動かない。
「……」
苦痛深き生より解放された、彼、或いは彼女が最期に何を想ったのか。それは定かではない。何の言葉も残さず、旅立ってしまったから。
握られた夏介の手首がじんと熱を持つ。いつかは消える痛みが、なれど忘れ得ぬ記憶を刻み込もうとすれかのように。じんと、生者の身体を苛むのだ。
大成功
🔵🔵🔵
栗花落・澪
名前は同じなのに
せめて、敵じゃなければ良かった
本当は全部を助けたい
でも…諦めなきゃいけない局面がある事も理解してるし
死を望むなら尊重するのが
僕なりの流儀だから
翼での空中戦
オーラ防御を纏って回避に専念しつつ
高速詠唱、多重詠唱で水、氷魔法の属性攻撃、範囲攻撃
凍結で足止めを仕掛けつつ周囲に氷の壁を多数生成し
指定UC発動
破魔の輝きを氷に反射させ
全方位からの光で影をかき消す作戦
更に光魔法で攻撃兼目晦まし
その隙に少しでも多く札破壊
回復すれば助かるのならいくらでも
けどもし、それすら間に合わないのだとしても
せめてこの光の世界が、心を癒してくれたなら
少しは安らかに逝けるんだろうか
…そうであってほしいと、思います
●
戦時を想定し、物々しく整えられた城内に差し込むは禍々しい月明かり、漂うは濃厚な死の気配。其処は滅亡卿を名乗る男が評した様に、尋常ならざる場――生きた地獄として猟兵達の前に横たわっていた。
その場に、光明が差す。ふわりと舞い降りた淡く輝く金蓮花。その化身であるかの様に鮮やかな少年……栗花落・澪(泡沫の花・f03165)は、けれど沈痛な面持ちを隠す事が出来ないでいた。
(名前は同じなのに。せめて、敵じゃなければ良かった)
一つは相対するだろう敵の事。掌のアヤメをそうと握る。
交流を持つグリモア猟兵が皮肉な運命の符丁と評した敵対者は、奇しくもその猟兵と同じ名前を持っていたのだ。グリモア猟兵自身は皮肉な運命と哂うのみであったが、救えざる悲劇に重なる符丁は少年の肩に重く伸し掛かる様であった。
もう一つは眼前に広がる光景、『作品』達の惨状。
茶と琥珀色の髪を持つ若い夫婦にその子供と思しきあどけない面立ちの子ども。
テーブルを囲う似通った面差しの娘と少年。
いずれもが、体のあちこちを切り取られて苦悶の表情を浮かべていた。せめて互いの苦痛を紛らわせようとしたのか、固く、固く握り合った手を巨大なピンで縫い止められているのが見えた。
そのタイトルは――「献身の標本」。
(本当は全部助けたい)
幾つもの目が澪に向けられた。その目に浮かぶのは哀願。どうか終わらせて欲しいと、穴の開いた手や腹から血を流しながら、キャンバスの上で懸命に首を向け、願っているのだ。
(でも…諦めなきゃいけない局面がある事も理解している)
悪辣な秘術で文字通り縫い止められたいのち。彼等が、終わりを望む事しか出来ないのなら。
死を望むなら尊重する。そう決意し、澪はこの煉獄に降り立ったのだから。
直ぐにでも『作品』達の解放に専念したい処であったが、少年の猟兵として研ぎ澄まされた勘は闇の中に蠢く悪意を捉えていた。
ぬらり、横たわる黒より浮かび上がる骨面の男。左腕に突き立ったナイフは仲間の物であろうか、何らかの力を帯びているであろう刃は、滅亡卿の片腕の機能を奪うに十分であった様だ。抜く事も叶わず、腕は力なく垂れさがるのみ。
「『ソレ』は我が主の所有物、貴様らが触れる事は罷りならぬ」
「違う、あの人達はものなんかじゃない!」
しかし、それでも尚滅亡卿は障害で在り続けた。怪我を負っても尚微塵も揺らぐ事のない声音は、澪の知る猟兵とは似ても似つかず。その言葉も、託された願いとは相反するもの。
何よりも今も尚苦しむ無辜なる人々、その命を軽んじる彼の男の傲岸が少年を突き動かす。
少年の闘気に呼応する様に、滅亡卿が動く。僅か言葉を交わす間に抜き取ったのか、互いの情報を元に影を渡り、残された腕を痛める事も構わず斧を振り上げる。
(どこまで…!)
何処まで、命を弄べば気が済むのか。
展開した燐光で滅亡卿の刃を弾き、澪は空へと浮かび上がる。
追撃を掛けようと膝を屈めた滅亡卿の足を水でたたら踏ませ、氷の力で凍結させその動きを封じる。
老兵がその氷を砕くより先に紡がれるのは輝き。柔らか光が満ち溢れ、戦場を清く照らす。
それは正に哀れな犠牲者達が希った光。優しい温もり。
影一つ落ちる事の叶わぬ中、少年は『心に燈す希望の輝き』(シエル・ド・レスポワール)を紡ぎ、そして自身の在り方としても体現してみせたのだ。
この世のものとは思えぬ美しい花が、破魔の光が降り注ぐ。卑しき闇に染まった老兵はたまらず膝を突いた。
そして、醜悪な展示ケースに札、呪いも浄化されほろほろと崩れていくのが見て取れた。
囚われた人々もまた、少年の願いに応じ柔らかに花の寝床に沈み込む。
先程まで歪んでいた顔が解れていく、強張った四肢から力が抜けていく。
そうしてまるで、家々に戻れた様な安らかな顔で。大切な人の手をもう一度、しっかりと握って。
さらさらと光の粒になって天へと昇っていく。
呪いは確かに解かれた。
またいつか生まれ直す為に。
また、大切な人と出会う為に。
魂は迷うことなく空を目指していく。
それは確かに――澪が齎した、信じるものへと与えられる幸福だった。
大成功
🔵🔵🔵
木常野・都月
◎☆
……そうか。こいつは百舌鳥と同じか。
獲物が苦しんでいるのを眺める習性なんだ。
本当は、守られるはずだった人達なのに。
ごめんなさい。人と世界を守るために、貴方達を殺します。
俺を恨んでいいから。
野生の勘、第六勘で、敵を警戒しつつ、雷の精霊様に頼んで、作品の札を出来る限り壊して貰おう。
チィ、手伝いを頼む。お月様は太陽の光を写してるはず。
陽の光を集めるんだ。
陽の光の属性攻撃、範囲攻撃で、敵が居そうな闇を焼いていこう。
光が強まる分、闇は濃くなるはず。
闇の気配を嗅ぎ分けたいな。
1番濃い闇に、UC【精霊の矢】に月の精霊様チィが集めた陽の精霊様にお願いする。
俺が知る「ヴォルフガング」って名乗る人は、良い人なんだ。
だから、お前みたいなヤツが名乗ってるのは、ちょっと……多分とても、俺は怒っているんだ。
杖からダガーとエレメンタルダガーに持ち替えて、エレメンタルダガーに陽の精霊様を付与、風の精霊様に空気抵抗を減らして貰って全力魔法攻撃したい。
……多分八つ当たりってやつだ。
●
残酷で、醜悪で。けれど目の前の光景には既視感があった。
「……そうか。こいつは百舌鳥と同じか」
かつて、此処とは異なる場所で見据えた営みであったと、木常野・都月(|妖狐《ヒト見習い》の精霊術士・f21384)は小さく呟いた。
百舌鳥の名の由来は諸説あるが、最も有名な説はその数多に渡る鳴き声を由来とするものだ。
雄鳥は妙なる声にて雌鳥の気を引き、逢瀬を果たす鳥である。しかし獲物の少ない冬に差し掛かれば、春に囀ずるに足る滋養を得る事は難しい。……ならば如何するか。栄養を蓄える早贄を作るのだ。
「獲物が苦しんでいるのを眺める習性なんだ」
有刺鉄線に、或いは鋭利な枝に哀れ突き立てられ、激しく足を動かしていた虫と、それをただ黒々とした眼で眺めていた鳥。
在りし日の幻と額縁に飾られた|標本《ヒトであったモノ》とが重なる。
(本当は、守られるはずだった人達なのに)
ぽたり、ぽたりと音を立てるのは犠牲者達から未だ流れる鮮血。愛しいひとを思う涙。ただ幸せであって欲しかった。けれど、彼等はもう明日を望めない。
生きるだけの力が、ない。
かつて厳しい生存競争を生き抜いてきた青年にはそれが痛い程に分かった。分かってしまったのだ。
何も言わず、静かに頬を寄せる月の子の温もりだけが僅かな救いであった。
「ごめんなさい。人と世界を守るために、貴方達を殺します」
俺を恨んでいいから。そう、目があったあどけない『作品』に都月は告げる。救えないからこそ、せめてその苦しみをぶつけて良いのだと。ガラス越しでも聞こえたのか、星の様にちかり、ちかり。涙を散らしながら少年は何度も頷いた。最早虚ろな目を向けるだけの、祖父とおぼしき老人の手を、懸命に握って。
切り替える。意識を研ぎ澄ませる。
(まだ気配は遠い)
横たわる闇は只の暗部に過ぎぬ、ならば今の内に。
「精霊様、精霊様」
俺に、彼らを助ける力を。
愛し子の願いに応じ、雷の精霊はその姿を顕す。都月に案ずる様な視線を向けるが、そのひたむきな意志を写す瞳に頷き、高まる雷玉を鳴神の矢へと変えて飛ばす……!
パリィィン、パリィィンーー!
過たず雷光で焼き焦がれた札と呼応する様に、幾重にも硝子が砕け散る。哀れな犠牲者達が、数えることすら叶わぬ年月の果てに解放される。
幾つもの目が向く。それは決して綺麗なだけの感情を乗せてはいなかったが、それでも多くを占めるのは感謝の念。今にも閉じようとする瞼をこじ開け、伝えんとする気持ちがそこにはあった。先程の少年もまた、涙をはらはらと溢しながら、懸命に手を伸ばそうとする。
「……!」
解放を喜ぶ暇もなく、同時に抑えきれぬ憎悪を孕む眼差しが自分を捉えた事を青年は察知した。
研ぎ澄まされた勘が告げる。闇が。凶悪な闇が蠢いている。風すら揺るがさず、けれど確実に回廊を駆け、この喉元を食い千切らんと密やかに吠えたくっている。
「チィ、手伝いを頼む。お月様は太陽の光を写してるはず」
「チィ!」
僅かな時間を備えに回すことにした主の言葉にチィは力強く頷き、四肢に力を込める。
りぃん。りぃぃん。
差し込む血のように赤い月光。それは禍々しさを孕む様であったが、チィの元に光の束は砕け、淡く優しい光の粒となって収束され、あるべき姿を取り戻していく。
(……来た!)
それとほぼ同時、都月は目前の闇が膨れ上がるのを感じ取る。唐突に死角から突き出た刃の軌道を杖でそらせば、がぐん!!と鈍く食い込む手応えが響く。
「チィ、頼む!」
「チィィ!」
闇の全容、未だ明らかならず。それはグリモア猟兵から聞いた彼の闇が持つ異能によるものだと都月には分かった。
故に差し向けるは対極の力、全てを照らす光。青年の呼応に応え、月の子は宙へと舞い、集めた力の一端を解き放つ。
愛し子を祝ぎ、悲しき命に一時でも温もりを灯す為。陽の精霊はチィよりふわりと抜け出し、天にその両手を捧げた。
「……ぐ!」
現れたのは光珠。漏れ出る光は温かく、そして厳しく辺りを照らし出し、肉の焦げる音に微かな呻き声、乱れる足並みが重なっていく。
輝ける陽光はきらびやかに降り注ぎ、闇の多くを祓った。されど未だ溶けず蟠る黒がある。きっとそれこそがーー討つべき敵!
「精霊様、ご助力下さい」
更なる光を集めんと青年は再び、精霊に加護を請う。頷く陽の精霊の掌より溢れた光は斜光の矢となり、遂に業深き闇ーー滅亡卿に突き立ち、その姿を暴く!
闇に属する身は聖性に耐えきれず更に灼け落ちて見えた。最早満身創痍であろう滅亡卿は、しかし膝を突きながらも尚、決死の刃を振るう。筋肉の軋み、千切れる音が響く。
都月もまた、狂気とも呼べる滅亡卿の覇気に臆する事なくに走り出す。両の手には白刃を携え、疲れをものともせずに。
沸き上がる衝動が、青年を突き動かした。視界の端で、折り重なるように先の祖父と孫が事切れているのが目に写り、胸がぎゅうと痛む。
戦う動機は命を弄ぶもの達への咎めであり。
「俺が知る「ヴォルフガング」って名乗る人は、良い人なんだ」
同じ名を持つグリモア猟兵への思い。
何を言うとでも言いたげに振り上げられる首断ちの刃を、風霊の刃で撥ね飛ばし。
「だから、お前みたいなヤツが名乗ってるのは、ちょっと……多分とても、俺は怒っているんだ」
風のように滅亡卿の懐に飛び込み、もう片方の刃でその仮面を断つ!たまらず、滅亡卿からは苦悶の声が上がった。
都月の裂帛の声は、確かに強く、逞しく。悪しき運命を塗り替える強さを以て圧倒する。
「……有り難う、友よ」
刃を納める青年の耳に、老いた狼の柔らかな労いの声がそうと流れた気がした。
大成功
🔵🔵🔵
シリルーン・アーンスランド
今日わたくしは命と尊厳に対する最期の礼儀の為参りました
最早死の眠りにしか安寧を得て頂く術がないのなら全力で
「お救いしお見送りを」
そして
「必ずや首魁の撃破を!」
覚悟しメガリス・さまよえる舵輪を詠唱致します
頼もしきのお姿に一礼しお願いを
「ロボさま、チャージしつつ作品札の破壊をお手伝い下さいませ
!そして時来たらば全力でお力のお示しを!」
我が手でも全力で作品札の破壊を
その間、ロボさまへの攻撃も可能な限り弾いたり
技能にて軽減を試み己とロボさまが倒れぬよう注意
異様な圧力が軽減されたら…時は来たれり!
「ロボさま!」
お声掛けしお力を振って頂きます
お任せだけではわたくしの怒りは晴れは致しませぬ
「生命の尊厳への冒涜に鉄槌を!」
渾身の一撃だけでも必ず与えたく存じます
囚われの方々がすぐにはかなくなられる運命としても
出来るだけは助け起こしお顔を拭い
お助けに参りましたとお伝えしたく存じます
せめて解放をお喜びになれるように
最後のお一方が息を引かれるまで
わたくしは留まりお見送りしたく存じます
「せめて安らかなお眠りを…」
●
刃を交える衝撃音、溢れる光。虚空を瞬き程の僅か、けれど確かな存在感を以て陰鬱な闇を照らす火花が、転送されたばかりのシリルーン・アーンスランド(最強笑顔の護り風・f35374)の前で散った。
熾烈に瞬く光彩は、猟兵達が並々ならぬ決意を持って戦に挑んでいる事を雄弁に伝える、優しくも苛烈な光であった。即ち言葉なき魂の咆哮。瞬くそれはたちまちに邪悪な気配を圧倒し、打ち流していく。
時間としては短くも厳しい戦は、けれど猟兵側が勝利を納めたようであった。先程よりも揺らいだ邪悪な気配が光より距離を取ったかと思えば、不意に幻の様に立ち消えていく。少女は知らず眉を寄せる。
(倒せた?いえ、これは……)
城の何らかのギミックを使って移動した、と考える方が自然か。手掛かりを探しに闇へと踏み出し掛けた刹那、少女の耳にりぃん、りぃんと煤闇より響く澄んだ音色が響く。
鈴なりに似た音色はシリルーンの琴線に触れる何かがあった。
幽かに、寄せては返す波の様に儚く。けれど心傾けずにはいられない、悲痛な音。辺りを見渡せば、滅亡卿が消えたであろう通路とは別の道に浮かび上がる青く、淡く輝く蝶がいた。今にも地に落ちそうに、けれど懸命に羽ばたいてはシリルーンにその存在を示していた。
『タスケテアゲテクレ』『アノコヲスクッテ』
風を切る音に、悲痛なひとの声を宿して。超常の存在である事は疑いようがなかった。
敵の罠かも知れない、それほどに怪しくはあった。けれど少女の覚悟が……銀の雨降る学舎での経験が否を告げる。
これは、死者の声。詠唱の銀ならざれども組み合わされた思念の形であると、本能に訴えかけるようであった。
「今日わたくしは命と尊厳に対する最期の礼儀の為参りました」
故に、シリルーンは告げる。秘めたる決意を、柔らかに、冬に差す陽の光の様な穏やかさを湛えて。哀しみから無辜の魂を必ずや救う、そう決めた少女は揺るぎなく蝶に向き合う。
案内して下さいますか、そう続けた声に蝶は羽を震わせる。まるで咽び泣くかの様に。
奥へ、奥へと伸びる廊下は赤の月光に照らされ、口の中に誘われているかの様だ。脇に嵌め込まれた窓は小さく、狭く、けれど薔薇と蔓草が複雑に絡み合う精緻な意匠を掲げ、一目で贅を尽くされたものだと分かる。その窓を省みる事なく、蝶は複雑な道を迷うことなく突き進んでいく。
床に敷かれた埃1つ見当たらぬ絨毯は、まるで渇かぬ血を啜ったかの様な深紅。寂寥を駆り立てる淡い青を纏う蝶とは皮肉なまでに対照的な生々しい赤は、シリルーンを出迎えるように、更に奥へと伸びていく。少女はその悪趣味な道を油断なく、けれど迅速に進む。
「ゲストルーム…いえ、違いますわね」
この先はきっと展示室。恐らくこの城の主にとって特別な……比例するように凄惨な、命の冒涜。
蝶はいよいよその役割を果たさんとしていた。間近で見れば淡く光る蝶であったそれは、一際強く、今際の光を放ちながら羽をはためかせた。
向かう先は階段の上、一際開かれた広間。赤い月明かりに照らされるのはーー
「やはり嗅ぎ付けたか」
肩で息をしながらも、未だ衰える事なくシリルーンを見据える滅亡卿。そして、あらゆる人の骨を余すところなく『消費』した硝子ケースに飾られた一組の夫婦と思しき男女の姿であった。
「……!」
俊敏に駆け上がり、その光景を直視したシリルーンは思わず絶句する。
硝子に隔たれた向こう側、互いの手をきつく握り締め、寄り添う男女。女性は年の頃はシリルーンと同じ頃に見える亜麻色髪の娘。
年頃の娘らしく血色良くふっくらとしていたであろう頬は今は青白く、どちらのものとも知れぬ血に染まり見る影もない。
「起きて、起きて。お願いよ。置いていかないで。ねぇ。ねぇ……」
その頬に見える歪で透明な筋は、流れた涙が造り出したもの。最早動かぬ男性を、どうか目を覚ましてと嗄れた啜り泣きを上げながら揺さぶっている。
ぱたり、ぱたりと頬に涙落ちる男性はやはり娘やシリルーンと同い年くらいの年若い青年。その顔は苦悶に歪み、そうして2度と戻ることはない。胸から下、その全てを失っているから。
肉の腐り落ちる臭い。
青年より零れ落ちる『ナニカ』。
未だ止まらぬ血の赤。
祝福された白であったろう2人の衣装は血を吸い無惨な姿を晒すのみ。
最早あるべき幸福は、決して還らない。その『作品』のタイトルは……
「病める時も。そう願ったお二人を歪めたのですか」
シリルーンの鋭い投げ掛けへの答えは、処刑斧が地を叩く重低音。怯え惑い、それでも懸命に死した夫を守らんとする娘と、寄り添うように、その華奢な肩に寄り添う蝶を意にも解さぬ無作法の極み。
故に少女は凛と声を張る。
「お救いしお見送りを」
死に別たれた夫婦に向けて。
「必ずや首魁の撃破を!」
闇の狩人に向けて。
忌まわしき全てに幕を下ろす、その為に。
「猛々しい事だ、だが此方も引けぬ!」
文字通り血を吐き出しながら、滅亡卿は駆ける。自らの手が砕ける事も厭わず、シリルーンの葬送曲を奏でんと斧を振り被る。
空を切る重厚な風圧に一歩も引くことなく、少女はその手にしかと握り締めたメガリス……さまよえる舵輪を詠唱する。
「ロボさま、チャージしつつ作品札の破壊をお手伝い下さいませ!そして時来たらば全力でお力のお示しを!」
呼び声に応え、その姿を現したキャプテンは斧を難なく受け止める。シリルーンの背を押す頼もしい眼差しに少女は優雅に一礼し、2人の脇を『Les pas du vent』に包まれた足で駆け抜けんとする。
「させん!」
「いいえ、推し通ります!」
引き戻し、ロボに再び振り被られた斧を今度はシリルーンが携えた長剣を舞うように翻し、その軌道を反らす。
その姿は優美にして勇壮。堪らず滅亡卿の手から滑り落ちた斧を踏み台にし、少女はシルフィードに相応しく風精の様に跳躍する。
その全てを娘と青年は硝子越しに眺めていた。
シリルーンの活躍を、伸ばされた救いの手を確かに感じて。2人の空いた手が空を泳ぐ。
二人を安心させるよう、ふうわりと微笑って。
シリルーンが翻した刃は忌まわしき作品札ごと、硝子ケースを両断した。
「き、さま……!」
全ての作品は、呪いは砕けた。
何とか斧を拾った滅亡卿には最早何の加護もありはしない。
「ロボさま!」
震えるその足が動く暇すら与えず、シリルーンはキャプテンへと声を掛ける。
その言葉に溜め込まれた雷が放たれ、滅亡卿の苦悶の声をも掻き消して、悪しき肉体を灼き尽くす。
(お任せだけではわたくしの怒りは晴れは致しませぬ!)
故に、幕引きはこの手で。
生者と死者の境界たる水をも渡れるだろう、舞うような動きで。懐に飛び込んだシリルーンが振るう剣は、過たず邪悪を引き裂いた。
悪しき者は遂に塵へとその姿を変える。
独りでに空へ溶け消えれば、残るは死に瀕する無辜な夫婦のみ。
砕けた硝子片の上では忍びないと、シリルーンはそうと二人を移動させる。
「あ……」
「ご無理なさらないで、楽にされて下さいませ」
お助けに参りました。そう優しく告げながら、娘の頬と手をそうと拭う。
「ありが、とう」
ひゅう、ひゅうと零れる娘の声は余りにか細く。手を繋いだままの半身を失くした新郎は、瞳を閉じたまま動かない。僅かに動く胸が奇跡の様だ。
遠からず、2人の命は死神に浚われる事は誰の目にも明らかだった。
だからこそ、シリルーンは彼女らと共にあった。例え、その命が瞬きの間にはかなくなる定めだとしても。
ーーせめて解放をお喜びになれるように
ーー最後のお一方が息を引かれるまで
それが、少女がこの過酷な戦場を目指した理由だったから。動かした際に娘の肩から滑り落ちた、物言わぬ蝶をそっとその冷たい手に握らせてやった。
「この蝶が導いて下さいました」
「……この、こは」
「はい」
「……彼が、いっしょうけんめい、つくって、くれたの」
不器用で、手にいっぱい傷を作りながら。
それでも蝶が好きだと言ってくれた、わたしのために。
嗚呼、と。娘の頬を涙が滑る。けれどそれは、今までの悲しい涙ではなくて。
健やかなる時もと願ったシリルーンには、その涙の意味が誰よりも、何よりも分かるような気がして。
ぽつり、ぽつりと零れる娘の声が途切れるまで。
青年が穏やかに息を止めるまで。
少女はただただ、深い献身を持って若い夫婦達に寄り添い続ける。
2人の微笑みを湛えた顔を、少女は最後の時まで確かに守り抜いたのだ。
大成功
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