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闇の救済者戦争③〜飢渇のラメント

#ダークセイヴァー #ダークセイヴァー上層 #闇の救済者戦争

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#闇の救済者戦争


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●嘆
 冷たき|葬送《レクイエム》は、風間に響き、愁然として。
 流れる涙の痕が乾く間もなく、熱き|血涙《エレジー》はしゃくり声と共に、潸然として。
 その、残忍さを覆い隠すには、十分すぎるほどに深く掘られた穴の中。
 終わらない苦しみは、箱の中で渦巻く。いつまでも続く苦痛は喉を焼く。唇を噛んで耐えることもままならず。腹に、掌に、脚に、踵に、肩に――棺に打ちつけられ動けずに、ただただ終わりと始まりを繰り返す。

 噫、地獄だ。


 戦いに敗れ、深手を負った魂人の末路は凄惨なものだった。【永劫回帰】によって|死ねない《﹅﹅﹅﹅》魂人を、生き埋めにする――そうすれば、終わらない苦痛の中に閉じ込めることができる。
「善悪の議論は不要だろ。闇の種族ってのは、虐げることに微塵も罪悪を感じることはねえ」
 言いながら、青年は腰に佩いた太刀の柄を、こつこつと指先で叩く。紺瞳は鋭く尖り、噛み締めた奥歯がギチリと軋んだ。
 墓標は大きな石であったり、木片であったり――名が判るもの、判らないもの――それらの下には、非業の魂が閉じ込められている。怨嗟と呪詛を撒きながら、滂沱と涕泗を溢れさせながら、憤怒と怨恨は|苦悶《ディソナンス》になる。
 繰り返される死の苦悶は、いかなる拷問よりも惨たらしい。
 そのすべてが、|馳走《﹅﹅》だ。
「この墓地には、そんな魂人たちが埋められてる。こいつらの|ニオイ《﹅﹅﹅》に寄せられた怪物がうろついてっから、斃してきてくれ」
 『運命を喰らう獣』は、繰り返す死によって苦痛を重ねた魂人の肉を特段好んで喰らうため、獣がいる現状では、魂人を救出することはできない。忽ちのうちに獣に喰い尽くされてしまうだろう。
「この獣はな、『強い思いや苦しみを抱えた者を感じ取り、その肉を執拗に狙う』っつー習性があるンだわ。これを逆手にとりゃァ、コッチ優位で立ち回れそうだ」
 『強い思い』のベクトルがどこに向かっていようが、その意思の強さに惹かれ見境なく襲い掛かってくるだろう。
 『苦しみ』も同じように、肉体的煩悶でも、精神的苦痛でも、獣どもにとっては、どちらも豪華な|餌《ディナー》に違いない。
「こいつは精神攻撃を主としてる」
 トラウマを抉られることもあるだろう。
 思い出を奪われることもあるだろう、また判断力を奪われることもある。
 大切な者の死にゆく姿を幻視させられることもあるだろう。
 どれもこれもが、巨大な負荷となって猟兵にのしかかる。
「強力だから、対処しとかねえと簡単に|ノ《﹅》まれっからな」
 目にかかる青みがかった黒髪を払う。眉間に刻まれた皺は、苦虫を噛み潰したときのそれだ。
 ほんっと胸糞悪ィ――口の中でごちて、彼の掌上に蒼いグリモアが収斂する。光の中で、白いそれと判るアネモネが一輪咲いた。
「おめえらのことだから、抜かりねえとは思うけど、油断していい相手じゃねえぞ」
 鳴北・誉人(荒寥の刃・f02030)の掌上のグリモアが、ダークセイヴァーの非業の墓地とを繋ぐ。
「……魂人を、救ってやってくれ。頼んだ」
 じっとりとした、ねっとりとした――陰湿で剣呑で腥い風が、いやに軽やかにそよいだ。


藤野キワミ
このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、「闇の救済者戦争」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
=============================
プレイングボーナス:運命を喰らう獣の習性を利用して戦う。
=============================
ごぶさたしております、藤野キワミです。どうぞよろしくお願いします。
わー!ダークセイヴァーで戦争だー!

▼プレイング受付
・OP公開直後~成功度に達するまで。
・オーバーロードはいつでもお好きにどうぞ。
・採用は先着順ではありません。

▼お願い
・技能の使い方は明確に記載してください。
・同行プレイングなどの仔細はマスターページにて確認ください。

▼最後に
みなさまのステキなプレイングをお待ちしています!
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第1章 ボス戦 『運命を喰らう獣』

POW   :    影牢
【闇の中】から【漆黒の自分の分身】を召喚する。[漆黒の自分の分身]に触れた対象は、過去の【苦痛の記憶とその時の感情】をレベル倍に増幅される。
SPD   :    奪い喰らい尽くす
対象にひとつ要求する。対象が要求を否定しなければ【過去を思い出す力を】、否定したら【幸福な思い出を】、理解不能なら【正常な思考力と理性】を奪う。
WIZ   :    ファンタム・リム
対象に【大切な相手が死に逝く姿】の幻影を纏わせる。対象を見て【恐怖や哀しみ等、マイナスの感情】を感じた者は、克服するまでユーベルコード使用不可。

イラスト:ナフソール

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は塔・イフです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

メアリー・ベスレム
ええ、そうね
胸糞悪い程に悪辣な趣向は
まるで|不思議の国《アリスラビリンス》のオウガのよう
思わず楽しくなってしまう

何を問われても答えは同じ
変わらず|否《ノー》と返してやれば
幸福な記憶を奪われて
残るのは辛く苦しい記憶ばかり

いいえ、それどころか……
魂人達にも劣らぬ量の「死」の記憶!
【誰がアリスを殺したの】?
その狂気には【狂気耐性】耐えながら
抱いた苦痛で敵を【誘惑】してみせる

苦痛と死の記憶に呪縛され
身が竦み戦う事もできやしない
そういう【演技】をしてあげる
喰い付いて来たところを【騙し討ち】!

たとえ幸福な記憶を失っても
苦痛の先にある復讐の甘美さだけは
忘れられそうにないかしら!



 ほうっと小さな吐息をひとつ。メアリー・ベスレム(WONDERLAND L/REAPER・f24749)は、惚恍と笑むだけ。
 怨嗟にまみれ、苦痛にまみれ、血にまみれた|極上の肉《﹅﹅﹅﹅》を喰らえども、その飢えが満たされることはなく、飢渇を癒そうとし続ける。哀しくも惨たらしい獣は、墓地を歩き回る。
 先刻のグリモア猟兵の微かな|呟き《本音》に、「ええ、そうね」と同意してから来てはみたものの、この光景を目の当たりにすれば、メアリーの心は、相反して楽し気に弾んだ。
 胸糞悪い程に悪趣味で猟奇的な趣向は、まるで|不思議の国《アリスラビリンス》のオウガのソレによく似ていて。
 そくりと背筋が震えた。
 碧のぎらつく多眼がメアリーを見つめ、喉を低く唸らせている。生き埋めにされている魂人の苦しみよりも、こちらの方が甘美に馨ったか――鋭い爪が地を抉り取って、メアリーにまた一歩近づいてきた。
 耳に直接吹き込まれるような、怖気立つ不気味な|音《コエ》は、何事かを問い求める。

「答えは|否《ノー》よ」

 用意してきた答えはそれ以外にはない――弾けるような笑声を上げ、突っぱねた直後――『倖せな思い出』を奪い取られていた。
 残されたのは、暗澹たる辛苦の記憶ばかり――否。蘇る記憶は、魂人達の受けた数の|死《﹅》の顛末にも劣らない、溢れかえる『死』だ。
「……【誰がアリスを殺したの】?」
 圧し潰され、縊られ、千切られて、刻まれて、貫かれて、射られ、呪われて、蝕まれ、焼かれて、殴られて、裂かれ。
 正気を保っていられないほどに凄絶な死の記憶が、蘇る。強烈な狂気は、簡単にメアリーの心を支配し壊してしまうだろう。獣が尻尾を振って喜びそうな程の惨たらしい苦痛を生めども、支配されきってしまうことはなく、耐え続ける。
 メアリーには、それは、常に共にあるモノだ。易く飲まれることなく、昇華する。
(「でも、ちゃんと分かってるのよ。|フリ《﹅﹅》くらい、いくらでもしてあげる」)
 襲い来る狂気に竦み上がり、満足に動くこともままならない。思考は停止する。そうなった彼女は、恰好の|餌《ディナー》だ。大きく開けられた|顎《あぎと》は、果たしてメアリーに触れることはなかった。
 肉厚な刃がその牙と相打つ。ギチギチと耳障りな音を立てて、力は拮抗していた。
「案外、騙されてくれるのね」
 食い気だけが先行した獣は、メアリーの押し返す一振りに、跳び退った。
 幸福だったことはあるが、思い出せそうにない。それでも――この根幹を揺るがすことのない|苦痛の数々《﹅﹅﹅﹅﹅》があるからこそ、メアリーはここに立っている。
 |狂気《リビドー》は足枷となってメアリーを縛り付けるけれど。この先にあるのは、復讐のえも言われぬ甘美さだということだけは、どうしたって忘れられそうにない。
 獣とのひらいた距離にくすりと笑む。
「狂気の産物に、どれほどの価値があるのかしら」

大成功 🔵​🔵​🔵​

比良坂・彷
【宿世双子】
橘と

前世でも今世でも
|この子《橘》は俺の全てだ

教祖時代は人の願いに依存し辛うじて生きた
橘が世界に薄紅の彩をくれた
初めて俺に生じた欲望が自我をくれた
でも
俺には相変わらず
女に遊ばれないとって焦燥がつきまとう
橘に|こんなもん《俺》背負わせたくないから

煙草を赤い彼岸花に変えた先
影朧に殺された橘/38階から飛び降りた弟 を見せられる
言葉にならぬ悲鳴
UCの花も蝶も散る

「嫌だ、嫌だ、嫌だ…もう俺から『 』を奪わないで。他のことなら何でもする、たった今殺されたっていい。俺の代わりに橘を生かして」
UCを使えずとも肉盾にはなれる
あの子の寿命が削れぬよう俺を斬らせる

こんなに重たいあなたの寵姫
ごめんなさい


六道・橘
【宿世双子】
彷と

わたしの心は綺麗じゃないの
嫉妬って膿みに満ちている

彷は高値の花
本来は傅かれる教祖様
教祖時代の信徒の女を妬む
博徒面で遊んだ女達も憎む
どれも彷と肉欲を交わしたから

初邂逅の14の時
殿上人の人生はさぞや甘かろうと彷にすら嫉妬した
苦しい生き様だったと知らず

ねぇ
こんな醜いわたしが『弟』でいいの?
彷が力を奪われたのが答えだ
わたしだけの寵姫の心は穢れがない

「…莫迦!わたしは死んでないっ」

襲い来る獣の爪は武器受けで跳ね上げて開いた胴体に居合い斬り
彷に近づかせない

大切にされている
でも
女としては見てもらえない…

獣が何を問おうが理解しない
元より戦場で理性などない
ただ彷を独占し寵愛し全てを殺して護り抜く



 怨嗟渦巻く墓地を吹く風は、生暖かい。
 非業の死を繰り返し、瘴気が沈殿しているようだ。そして、餌が熟すのを律儀に待つ黒い獣がいる。
 ぬめる鋭い太い牙は、何度魂人を喰らってきただろう。
 地を抉る鋭く太い爪は、何度魂人を裂いてきただろう。
 果てしない恐怖を思えば思うほどに、憂鬱になった。
 六道・橘(|逸脱の熱情《橘と天》・f22796)の肩先で揺れる黒髪を見つめ、比良坂・彷(天上随花・f32708)の心は曇る。
 嫉妬という名の膿は橘の心に満ちている。
 執着という名の楔は彷の心に打ち込まれたまま。
 ふたつの想いは、甘美に馨って、碧の多眼を釘付けにした。獲物を見つけた獣の目だ。

 本来、彷は高嶺の花だ。
 傅かれる教祖様だ。その花に、あらゆる蝶や虫が集った――彷と情欲を交わした女どもに狂おしい憎悪と嫉妬が渦巻いている。だれもかれもを八つ裂きにしてしまいたいと、何度呪ったことだろう。醜い嫉妬を拗らせて、雁字搦めになって――それを解いてくれる彷に甘えて、甘えきれずにまた嫉妬して。
 橘の心は、いつも悲しみに満ちていた。
 それは、片面しかとらえていなかったと知ってからも、意味を変えながら、燻り続けている――教祖と呼ばれ唯々諾々と役割を果たしていた時は、彷は信者の願いに依存して辛うじて生きていただけだった。望まれたから、そうしていた。
 それでも、|あの子《橘》が十四のときに出会って、世界に薄紅の彩が宿った。初めて彷に生じた欲望が、自我を目覚めさせた。
 だがそれ以上に、彷の心には焦燥が付き纏った。女に遊ばれないと――汚らわしくも抗えない楔だった。
(「橘に、|こんなもん《俺》背負わせたくないから」)
 だから――でも――だったとしても――その苦しい生き様ごと『 』する覚悟はあるというのに。
 ふたつの想いに心躍らせる黒き獣が動いたのは、募らせたオモイが強くなったときだった。
 するりと、彷に纏わりついたのは、【ファンタム・リム】――その光景に、|火をつけた煙草《彼岸花》がぼとりと落ちて、足が竦んだ。

 天を摩るほどの高層階――縁に立つ姿――焦燥に心臓が縮こまる――駄目だ駄目だ、それ以上は駄目だ――縛り上げられたように動かない四肢も、引き攣って震えない喉も、だのに塞がれることのない視界はあまりに鮮明で。
 落ちる――そう思った数瞬後、地に叩きつけられた衝撃に、彷の喉から、かひゅっと空気が漏れた。
 言葉にならない悲鳴は、乱れた呼気と痙攣する舌に堰き止められる。
「あ……あ……い、やだ……嫌だ、嫌だ、嫌だ……! 俺を、おいて、いかないで!」
 血溜まりの中、|また《﹅﹅》奪われた『 』|だったもの《﹅﹅﹅﹅﹅》がある。ピクリとも動かない。
「他のことなら何でもする、たった今殺されたっていい。俺の代わりに橘を生かして」
「……莫迦! わたしは死んでないっ」
 詮無い懇願を叱り飛ばした橘の声は届いていない。幻影を見つめて、ぐらぐら揺れる彷の目を覗き込んだ。
「もう、俺から『 』を奪わないで」
 焦点は合わない。彷は橘を見ない。たったそんなことにすら、心は曇る。
「……ねぇ、こんな醜いわたしが『弟』でいいの?」
 小さな声で訊いた。
 羽ばたきをやめた幽世蝶がほどけるように消えていく――彷の出した吸い殻が、ただの吸い殻となった――それこそが答え。
 譫言のように希う彷の手が伸びて、幻を掴みかけ、果たしてそれに触ることは叶わなかった。
 生じたその隙――激しく狂おしい|想い《﹅﹅》を宿した肉は獣の餌。
 碧の多くの眼が彷の姿を捕らえ躍りかかる。慌てて抜いた剣が、爪を牙を弾き退けた。
「彷には触れさせない」
「橘……ああ、橘、俺を斬るんだよ、さあ、今すぐに」
 力は奪われたままでも、この身があれば、|あの子《﹅﹅﹅》の寿命が長らえるのだから――なにを惜しむことがある。
 求められるがままに、《天音》の切っ先が彷の皮膚を裂いた。だらりと溢れる鮮血を見て、彼は嫣然と微笑む。その笑みすら痛ましくて、妬ましくて。
(「大切にされている……でも、女としては、見てもらえない……」)
 女だ。だけど、弟だ。
 彼の心は穢れがないのだから――女として見られたいけれども、彼が望むならばそれは――否、噫、狂おしい。
 橘の赤瞳が爛と光る。繰り出される爪の連撃を、抜刀しざまに跳ね上げ、袈裟懸けに斬り下ろす。さらに踏み込んで、返した刃は胴へと一直線に閃いた。異形たらしめる異色の血を払って、納刀。その抜刀術を前に、獣は彷に近づけない。
 歪な|音《コエ》で、橘の脳に直接言葉が吹き込まれる――反吐が出るほどの要求――是非を応えるつもりは最初からなかった。
 もとより、戦場に於いて理性的でいられるとは思えない。こと、最愛の人を護るという今、本能的に獣へと刃を向け斬り刺し退けるのだ。
「橘……」
 漏れ出た吐息に、名が混じる。
(「前世でも、今世でも……|この子《橘》は俺の全てだ」)
 戦う小さな背を見つめ、彼女に斬られた傷を撫でる。熱い血が溢れ、触れば激痛が走る傷だ。燃えるほどに熱を持ち、激しく脈動する傷が――なぜ、これほどまでに愛おしい。
 剣が閃くたびに、血が飛び散って、愈々獣は、橘から距離をとった。乱れた吐息を整える余裕はない。
 互いに怪我はないかを確認し合って。
 橘はもう一度、《天音》の柄に指をかけ――彷は、空虚な指で煙草に火をつけた。

 こんな 俺/わたし の寵姫――ごめんなさい/あいしてる

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

サク・ベルンカステル
「罪なき魂人を生き埋めにし苦痛を喰らう獣か、、、強き負の想いを喰らうというのであれば我が復讐の念を嗅ぎ付けるだろう」
自身に起こった過去の惨劇を思いだし復讐の誓いを新たに固めると現れる運命を喰らう獣

不意に闇の中から現れた漆黒の自分の分身に阻まれ忘れがたき過去の苦痛の記憶とその時の感情を増幅される。

だが、いつ如何なる時も片時も忘れることなどなかった過去の惨劇を理不尽な上位存在への復讐の原動力としているサクには心を抉ろともより奮い立たせる
尽きることのない怒り、それを敵に向ける術は持ち合わせている。
かつてない復讐の意思を込めて自身の分身と運命を喰らう獣目掛けてUC概念斬断(POW)と技能切断を使用する



「罪なき魂人を生き埋めにし、苦痛を喰らう獣か……」
 サク・ベルンカステル(幾本もの刃を背負いし者・f40103)の鋭い眼光が獣を射る。
(「強き負の想いを喰らうというのであれば、我が復讐の念を嗅ぎ付けるだろう」)
 蘇るは、嘗て起こった惨状――鮮明に、克明に、瞼の裡に見ることができる。誓った復讐の火はサクの中で燻り続けている。
 茨のごとき尾が凶悪に揺れて、じいっと味見をするかのように碧の多眼がサクを捕らえる。
 その真中――真紅の瞳孔のすべてがサクに向けられれば――獣の|影《ヤミ》から、漆黒の姿が生まれ出る。
「…………っ」
 不愉快さを露わにして、鋭く舌を打つ。その姿は、まさにサクそのものではないか。影は疾駆し、剣を振り下ろしてくるが、サクは特段慌てることなくそれと斬り結んだ。
 瞬間――苦痛の記憶が溢れ出す。
 眼前の影を見ているはずなのに、サクの心を占めるのは、忘れざる惨劇。

 滅んだ故郷。
 喪った家族、奪われた幼馴染――そして、半魔へと堕とされたこの身。
 この苦痛を、どうして忘れることができる。哀しみに暮れた痛みは棘のようにサクの心に刺さったままだ。この痛みが癒え消えることはない。
 仇を捜し、戦場を彷徨えど、アレを見つけるに至らない。
 ありとあらゆる怒りは、捏ねられ焼き固められ、解けることのない復讐心へと成長した。
 怒りに任せて喧しくがなる心臓、荒くなる呼気は食いしばる歯列から漏れ、柄を握る指が震える。
 怜悧な碧眼が闇を睨めつける。奮い立つのは、|復讐を成し遂げるという覚悟《﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅》がサクを支配しているからだ。
 【影牢】の齎した悲しみと怒りは、血が沸騰するほどに激しい。
 かつてない怒り、行き場のない怒り、抑えることのできない怒り――憤怒の奔流は容易くサクを支配するけれど――これは、いままでから、ずっと抱えてきたものだ。
 常に心を抉られ続けてきた。忘れえぬ地獄絵図がごとき凄惨さに、昇華しきれない激怒はサクを灼き苦しめてきた。
 だから、どうした。
 これは、もはやサクたらしめる怒りだ。

「これしきの、ことで――!」

 吼えた。
 染みついた剣技が閃く。
 両親が遺したものは|ここ《﹅﹅》にある。
 《漆黒ノ魂滅》が忌まわしき影を叩き潰すように両断し、休む間もなくサクは鋭く跳び踏み込んで接敵。すかさず振るったのは《黒刃紅輝》――凄絶な一閃。
「全ての不条理、俺が断ち斬る!」
 昏く紅く輝く刃紋が浮かんで、獣の舌先を斬り落とした――【概念斬断】。

大成功 🔵​🔵​🔵​

戒道・蔵乃祐
貴様…触れましたね
逆鱗に

嘗ては全てを失い、僕は訳も分からずに放逐されました
しかしながら得たものもあります。人生にとっての目的も出来ました。
何から何まで悪いことばかりだった訳じゃない
ですが
あの時の無力感は忘れ難く、それ故の怨嗟の炎は未だ我が身の内に燻り続けている
これもまた僕の一部であり、一生背負っていく覚悟もある…
だから煩わしさを通り越して惨たらしく潰してしまいたくなるのですよね…!
無遠慮に!獣風情が!!私に触れるな!!

◆金剛夜叉・破邪顕正
限界突破+電撃で神気を解放し、漆黒の影と分身を灼き尽くす

ジャンプ+切り込みで此方も獣の如く飛び掛かり早業+グラップルで掴んで逃さない

怪力+重量攻撃で縊り潰す。



 舌先を斬り落とされた獣の前に立ちはだかったのは、怒り心頭に発した戒道・蔵乃祐(荒法師・f09466)その人だった。
 鮮やかな異色の血を垂れ流す獣の足元の闇から、もう一頭の獣が生まれ出で、鋭い牙を剥き蔵乃祐へと躍りかかってくるのだ。その飢渇を癒したいが一心の起こりに、蔵乃祐の巨躯は寸でのところで翻った――が、その牙の先が掠った――|皮膚が裂けた《﹅﹅﹅﹅﹅﹅》。
「貴様……触れましたね」
 【影牢】から這い出た闇が、蔵乃祐の過去を暴きだす。

 嘗て、すべてを失った。何もかもだ。訳も分からずに、濁世に放逐された――絶望の中で、酷い憤りと、酷い哀しみに苛まれた。
 今も刻まれたままの心傷は、癒えてはいない。これが真に癒える日は訪れるだろうか。
 されど、この傷があったからこそ、今の蔵乃祐がいる。生きるために、生き抜くための目的もできた。
(「何から何まで悪いことばかりだった訳じゃない……」)
 ぽつりとも漏れなかった独白だが、彼の呼気には、確かな激怒が発露している。
「ですが……!」
 抑え込まれていた蔵乃祐の心を、野放図に踏み荒らした獣のせいで――掻き乱され狂わされ、一気に爆燃。火を噴くような烈気が猛然と上がる。
 後悔、悔悟、瞋恚、苦痛、無念、悲哀――あらゆる感情が綯い交ぜになって、膨張していった。
 |あの時《﹅﹅﹅》の無力感は忘れられるものではなく、だからこそ、怨嗟の炎は未だ蔵乃祐の身の内に在り続け、燻り焼く。
 その熾火を煽るように獣は蔵乃祐に躍りかかった。軽やかに走り、距離を詰められる。垂れこめる暗澹たる思いは行動を鈍らせる――爪撃は容赦なく襲い来る――どろりとあふれる苦痛は、あらゆる箇所を灼かれるような痛みで。
 乱れた呼気そのままに蔵乃祐の怒号が響いた。
「これもまた、僕の一部!」
 痛みを受け入れ、飲み込んで。
 否定はしない。これを否定するわけにはいかない。一生背負っていく覚悟は、すでに出来ているのだ。
「だから煩わしきを通り越して惨たらしく潰してしまいたくなるのですよね……!」
 アンバランスにも保たれる均衡を崩した無法者に沸く怒りは最高潮に達した。
 噴き上がる神気は雷花を散らせ、金剛夜叉が顕現する――

「無遠慮に! 獣風情が!! 私に触れるな!!」

 轟烈な神気に灼かれ失せていく【影牢】の残滓が、蔵乃祐の跳躍に巻き上げられる。
 獣の如く跳びかかり、鍛え上げられた拳が獣の鼻先を掴み上げる。
 破戒僧たる膂力にかかっては、獣の骨もゴキりと鈍い音を立てて壊れ――蔵乃祐の唇の端から噴き上がる烈気は、空気をひりつかせて。
 獣を圧殺せんと圧しかかった。
「逆鱗に触れた貴様に、我が苦しみを見せてあげよう」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニレ・スコラスチカ
魂人が囚われているのはここですか。なんとしても助け出さなければ……まずは敵を引き付けます。

かつて、この身心を捧げた教義に否定されたわたしは、狂気のまま無辜の民を殺めました。『異端に屈した者は異端と同罪である』……教えに従い、吸血鬼に降伏した故郷を滅ぼす為に。正気に戻った時には全てが遅かったのです。

わたしはわたしの罪過を償うために戦う。この程度の苦痛で止まる訳にはいかないのです。今ここに埋められているかもしれない、わたしの被害者を救うために。

思えば思うほど敵はこちらに引き付けられる、でしたね。増幅された苦痛を【狂気耐性】【激痛耐性】で耐え、向かってくる敵を【カウンター】の『罪滅』で切り裂きます。



 囚われの魂人の悲鳴と苦痛と苦悶が瘴気を喚んで、昏く凝る墓地の、なんと惨憺なこと。
 ニレ・スコラスチカ(旧教会の異端審問官・f02691)の碧眼に決意を光らせ、握った両の掌を解いた。
 獣は着実にダメージが重ねられている――この獣を退けなければ、魂人を助けることは叶わない。
(「なんとしても助けます……!」)
 そのためには、かの黒き怪物の餌を撒かねば――そっと、はっきりと、強く強く――悔悟の念が頭を擡げる。
 本能的な嗅覚でニレを捕らえた獣の闇が蠢き広がる。
 怯むことはない。決然と敢然と、確固たる祈りを胸に、ニレは立ちはだかった。
 獣の【影牢】から現れるのは、もう一頭の影の獣――分身は、漆黒の牙を剥いて、漆黒の爪を尖らせ、疾駆。
 その素早さで一気にニレとの距離を詰め、高く跳躍――獣然とした身のこなしで、ニレの肩に爪を突きさす。だが、無抵抗に傷をつけられるつもりは毛頭ない。
 影に鋸の一太刀を浴びせたが、|触れられた《爪が食い込んだ》箇所は確かにあって――じりっと怖気が背筋を焦がす。
 膨れ上がる名状しがたき疼痛は、苦々しくギチギチと縊られそうなほど。
 糾弾する声が聞こえる。否、幻聴だ。
 泣き喚く絶叫が劈く。否、これも幻だ。
|現在《イマ》のことではない。これは、嘗ての記憶。ニレに刻み込まれた記憶の欠片。それを無理矢理に膨れ上がらせた、地獄絵図だ。
 吸血鬼に対抗すべく刻み込まれた洗礼聖紋で皮膚は色を変え、脳にはありったけの浄化詠法が施されたこの身で為すべきことを問う――幻の声は、ニレを糾弾する。
 殺せ、生かせ、弔え、呪え、祈れ、滅ぼせ、誇れ。
 身心を捧げた教義に否定された、幼かったニレに、|正解《﹅﹅》は判らない。

 『異端に屈した者は異端と同罪である』

 ぐるぐる回る言葉はニレの心を侵食していた。
 吸血鬼に降伏した故郷は、もはや異端であると。吸血鬼に抗うことを放棄した者は異端であると。
 |狂気《﹅﹅》に支配されたまま、無辜の民に手をかけた――夥しい血の中で、正気に戻った時の絶望たるや――後悔は詮無く、万の波濤となってニレを飲み込んだ。
 逃れたい癒されたい赦されたいと思わないことはない――だが、思えば思うほどに、心は締め付けられ、苦痛に歪められる――今は、それでいい。ニレが苦しめば、獣はニレから離れられなくなる。
「わたしは、わたしの罪過を償うために戦う……|この程度《﹅﹅﹅﹅》の苦痛で止まるわけにはいかないのです」
 【影牢】に囚われ、苦痛は弥増す。それでもこれは、いつもニレとともにある苦しみだ。
(「ここに埋められているかもしれない、わたしの被害者を救うために」)
 それが、【罪滅】になってくれるのならば、苦痛ぐらい、耐えてやろう。心傷くらい負ってやろう。覚悟はとうの昔にできている。
「これは、わたしの贖罪です」
 鞭のように撓った鋸の一撃が、迫る影ごと獣の、茨のような尾を斬り落とした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レナータ・バルダーヌ
彼らの苦痛を利用するようで心苦しいですけど、おそらくこれが迅速で確実。
【A.F.アルゲシア】でこの場の魂人さんたちと痛覚感応し、同じ痛みを受けることで敵を惹き寄せます。
それでも、心の苦しみまで知ることはできません。
きっとこれ以上に……早く助けなくては。

この状態ではほぼ無防備ですが、体の【痛みなら耐える】自信はいくらでもあります。
受けた傷から地獄の炎を噴出して【カウンター】、敵を【焼却】します。

影牢で蘇るのは、領主様から受けた拷問の記憶。
辛く苦しく、憎悪ですべてを忘れてしまうほどでした。
ですが、二度と大事な想いを手放したりしません。
今や形は無くとも、わたしが背負うのは人を護るために与えられた翼!



 この苦しみに満ちた瘴気は、魂人たちの生きたいという力――この苦しみを利用するのは心苦しい。できることなら、いますぐに助け出してしまいたい。
 だが、できない。そして、彼らの苦痛を喰らうことに獣は悦んでいるのだろう――本当に苦楽を感じているかは判然としないが。
(「ですが……この方法が恐らく迅速で確実……」)
 レナータ・バルダーヌ(護望天・f13031)は、己の痛覚を囚われている魂人たちと感応する――【A.F.アルゲシア】で感じ取れるようになった、凄惨で凄絶で残酷なまでの痛みに体が震えた。
 いつも朗らかに微笑むレナータだが、この時ばかりは唇を引き結んだ。
 同じ痛みを受けることで獣を引き寄せることを選んだが、これは――なんと痛ましいことか。
(「それでも……心の苦しみまで知ることはできません……でもきっと、これ以上に……」)
 感応し、圧しかかる痛みに、そろりと息を吐く。アメジストのような双眼に、強く宿ったのは、確固たる決意。

「……早く助けなくては」

 そのための力だ。この力で護れる人がいるのならば、|このくらい《﹅﹅﹅﹅﹅》の痛みに耐えることなんぞ、造作もない。
 甘美な苦痛が馨ったか――あちこちを斬られ潰された獣がレナータを見る。碧の多眼は悍ましくもあるが、獣は闇の中から分身を喚んで、漆黒の風になる。
 闇を祓うような炎が噴き上がったのはその瞬間――《獄炎の翼》が紫光に輝く。この手足が動かずとも、迎え撃つことはできる。
 腹の底に響くような獣の鋭い咆哮は、本体の方が上げたもの。
 分身は焼かれることも厭わず、レナータの腹へと牙を突き立てる。衝撃が全身を突き抜け、息が詰まる。
 触れられた。
 触れられた――瞬間、蘇ってくるのは、嘗ての記憶。哀しくて痛い冷たい記憶。|領主様《﹅﹅﹅》から受けた拷問の、延々と続くかのような時間。
 簡単に忘れられることではない、易々と受け入れることもできない、今なお残る|心傷《キオク》すらも拷問で。
 【影牢】に捕らえられたことで膨れ上がる、あのときの悲しみ。
 辛く苦しく、憎悪ですべてを忘れてしまうほどだった――忘れられれば、いっそ楽だったかもしれない。そんな夢物語を考えたりもしたが、それは、|間違い《﹅﹅﹅》だと踏み止まった。
「二度と大事な想いを手放したりしません」
 苦痛を超えた覚悟に呼応するのは、形をなくした大翼。燦然と煌く炎はレナータの背にある。焦げて焦げて灰燼になりそうな苦痛に魅せられた獣は、レナータを喰らわんと大きく|顎《あぎと》を開けて、迫る。
 けれども。
 背負う獄炎は、闇を裂いて、驀地に突っ込んできた獣の脚を烈しく焼いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

メフィス・フェイスレス
餓えのままに貪り喰らう獣
私と同じね。反吐が出る程似てるわ
同類のよしみよ。そんなに見たいなら見せてあげるわ
私の飢渇(オモイ)を――はハっ

【プレイング】
・UCで躰を変容させ、UC【剥】を通常攻撃に選択
・全身に形成した「顎門」で『恐怖を与える』『先制攻撃』(+『呪詛耐性』『精神耐性』)
『斬撃(衝撃)波』の『範囲攻撃』で『体勢を崩し』「顎門」から溢れ出す「飢渇」と共に敵を『捕食』して回る

魂人達が埋められているのはある意味幸運かもしれない
勢い余って彼等に襲いかかる事はない、この醜態を目の当たりにされる事も
戦いと呼べる程高尚ではない
浅ましい獣の喰い合いだった、それにしても
己を曝け出す事のなんと清々しい事か


彼岸花・司狼
精神攻撃は専売特許じゃないさ。
後悔も苦痛も、全部上書きするだけの話…
少し眠るといい、悪夢は終るよ。
そのために来たんだから。

『大切』はこの手で斬った。だから悔いも涙も既に過ぎた道だ。

ある程度の魂人がUC範囲に含まれるまでは
【目立たない】ように【忍び足】と【迷彩】で【闇に紛れる】。
UCで魂人を眠らせた後は、自分の殺意以外を隠すことでおびき寄せ。
【残像】を残すほどの動きで、相手に【軽業】+【不意打ち】で【暗殺】を狙い、
【野生の勘】により【鎧無視攻撃】が可能な部位を【見切り】、直接【解体】する。

忘れたら思い出せば良い、
無くしたら新しく作れば良い。
それができる世界にするために、邪魔な壁は壊すだけさ。



 苦痛という馳走に喰らいつく黒き怪物は、惨憺たる|過去《トラウマ》を見せつけ、心を抉り、|餌《ディナー》を豪華に彩る。
 しかし、その口は飢えて渇き、急速な飢餓感に涎を垂らす。いかに美味くするか策を巡らせた、獣のとった策は、なかなかどうして嫌悪を覚えてしまった。
(「けど、精神攻撃は専売特許じゃないさ」)
 彼岸花・司狼(無音と残響・f02815)とて、その術を心得ている。そこにいるのに、酷く希薄に感じられるのは、まるで闇と同化してしまったかのように、息をひそめているから。
 このまま――司狼の力の最大まで届くところまで――闇から闇へ、影から影へ。身を隠し、気配を消し、靴音を殺して墓地を進んだ。
 幸いにも、黒き獣は交戦中だ。
 黒髪の女は、冷ややかに金瞳を細めて、獣を睨め据えている。が、すぐさまメフィス・フェイスレス(継ぎ合わされた者達・f27547)は、|鋭く生え揃った牙《﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅》を覗かせ嗤っていた。
「まるで私と同じね。反吐が出る程に似てるわ」
 彼女は、クスクスと嗤う、笑う――愉快で仕方なさそうに、獲物を見つけた獣のように、肩を震わせ高揚に牙を剥いた。
 餓えのままに貪り喰らう獣の在り方に、金瞳はふらりと揺れて、衝動にうずく。
 メフィスの方が獲物であると思っているのだろう。強い|想い《﹅﹅》のベクトルは問わない――メフィスの|飢渇《オモイ》は、常に抑圧されている。激しい衝動に苛まれている。最後の一線だから、絶対に超えないように、いくらも抑えてきたけれど。同じ|飢渇《オモイ》を抱え、衝動のままに暴れる姿は、メフィスの心を揺さぶらせた。
 大義名分は得た。
 囚われている魂人のために、曝け出せ。
「同類のよしみよ。そんなに見たいなら見せてあげるわ……私の|飢渇《オモイ》を――はハっ」
 うぞり……と闇が蠕動する。そこから影が盛り上がって、生まれてくるのは、獣の分身。それが吠えた。吠えたことすら愉快と思えるほど、意識はふわりと白熱して軽くなる。
「あははハはハハ! ハハはっ! どうしてなかなか! こんなに清々しいのよ!」
 狂おしいほど貪欲さを剥き出しにして、躰を変容させていく――人間性の喪失は、彼女を狂暴にさせて、尾刃から滴る血が墓地を濡らす。
 【醜態を曝す】メフィスは哄笑し、顎門を開ければ、異様な力の塊が喘鳴にも似た音を立てた。
 人間性を棄てたその異形の姿で、影の分身へと襲い掛かる。強すぎる力に躰が悲鳴を上げようともメフィスは顧みない。
 尾刃の生み出す衝撃破は凄刃となって影を裂き、獣の気勢を削いだ。生じた隙を逃すメフィスではなく、溢れ出す眷属と共に、獣へと喰らいつく。
 常に餓えを抱え苦悩する彼女にとって、苦痛を増幅させられても、いつも以上に腹が減るだけ――しかし、いつもと違うのは、その|食欲《﹅﹅》を我慢し耐えなくていい。解放してもいいということ。
「あはハっ、はははハハっ!」
 激しい|衝動《オモイ》を喰うことも、その肉を喰らうことも――そこには理性は残されていない。
 本能と本能の喰い合いだ。
 滴る血を舐め、喰われた肉を摩り、脳髄を蕩けさせるような甘美も脳漿を沸騰させるような痛みも、全部が綯い交ぜとなって、獣になる。
 黒き獣がメフィスと距離をとる――ずいぶんと短くなった舌先から、とめどなく鮮血が溢れていた。
 魂人たちが埋められていたのは、ある意味幸運だったのかもしれない。メフィスは、けたたましい笑みを頬に刻んだまま、思う。
 勢い余って魂人に襲い掛かることはないのだから、そして、この醜態を見せ恐怖させることもなかった。
 穢れた唇を手で拭って、後味の悪い腥い唾を吐き棄てた。
 それでも、メフィスは笑う、嗤う。戦いと呼べる程高尚なものではなく、浅ましい獣の喰い合いだったが――己を曝け出すことの、なんと清々しいことか。
 |恍惚《うっとり》と、金瞳を細め、灼けるような傷を撫で――吹いた風がやけに傷に沁みて――甘やかな花の香りが鼻腔を擽った。
 
 獣のように激しくメフィスが交戦したおかげで、司狼は絶好の位置まで移動できた。好機だ。
 濃密な花の香りは、甘く甘く、強烈な懐古の念を抱かせるほどに、切ない香り。痛み悲しみ苦しみ悔み嘆き呪う絶望の怨念を鎮めるように、緊張を解くように――魂人の心を眠らせていく。
「このときだけでも、心が穏やかに、安らかになればいい。たった一時であったとしても」
 ぽつり呟く司狼の静かな声音は、水を打ったように静まり返った墓地に響いた。
 魂人たちの苦痛が静まったのだから、司狼の|殺気《オモイ》が如実に顕著になる。メフィスと喰い合いをやったところであっても、獣の食欲はとめどなくしつこい。ずいぶんと傷を負ったものの、その欲のままに、司狼の運命すら喰らおうと【ファンタム・リム】がするりと司狼の躰にすり寄ってきた。
「残念だったな――……」
 纏わりつく『大切』は、司狼の手で葬り去った。斬ってしまったから――だからこそ、悔いも涙も、ない。既に通り過ぎて、飲み込んだ。
 あるのは、ただただ懐古の念。
 墓地に漂う慰めの香に、解けて消えて――僅かな残滓だけが、司狼の心にひっかかる。
「忘れたら思い出せば良い。失くしたら新しく作れば良い。後悔も苦痛も、希望もなにもかも、全部を上書きするだけの話……そうできる世界にするために、邪魔な壁は壊すだけさ」
 司狼の存在感は希薄なままに、目で捕らえることが難しく感じられるくらいの素早さで墓地を駆ける。闇を駆けることは得意だ。軽やかに駆け、闇に乗じて獣の――落とされてなお生えている、茨のような尾を斬り落とした。
 深追いはしない。息を殺し、闇中に溶け込んで紛れ込む。
(「このまま、少し眠るといい。今に悪夢は終わるよ――俺たちは、そのために来たんだから」)
 一番大きな墓碑に身を隠し、棺に囚われた名も知らぬ魂人へ、また、濃密な香りに包まれた墓地へ、司狼の心は染み渡る。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

護堂・結城
大丈夫、すぐ助けるからよ。もう少しだけ待っててくれ

影牢はその効果を逆に利用する
あの時自分が味わった苦痛、怒り、恨み、全て使ってやる。

「誰も…誰も助けてくれなかった!!化物ごとお前も死ねばいいと…誰もだ!!」

増幅されて衝動ともよべる程の感情を生命力吸収で喰らいUC発動
劫火の剣群で周囲を薙ぎ払う、焼却切断属性の無差別範囲攻撃だ
分身ごと刻んでやれ

「どこを向いても敵だらけ、対する自分は孤軍奮闘、文字通り何もかも殺して生き延びるしかなかった」
「まぁ今の俺にはこいつらがいるけどな」

氷牙と吹雪をガントレットに変化。獣には溢れる殺意を餌におびき寄せを仕掛ける。
狂気耐性で殺意にノまれぬよう耐えつつ、正面から纏った劫火ごと怪力で拳をぶち込むカウンター

異質を理由に故郷を追われた俺達だからこそ、あんな絶望はもうたくさんだ。俺の目が届くところで「誰も助けてくれなかった」なんて言わせねぇ
さっさと獣を片付けて救助だ救助



 濃厚で濃密な花の香――甘やかで優しい香烟が静まっていく――刹那のうちに想起させた郷愁は仄めき、護堂・結城(|雪見九尾《外道狩り》・f00944)の|赤緑《オッドアイ》はわずかに眇められて、下ろされた睫毛は精悍に引き締まる頬に影を落とした。
 司狼の咲かせた懐古の花が解けて消えていく。
「――大丈夫、すぐ助けるからよ。あと少しだけ……もう少しだけ待っててくれ」
 様々な墓碑の下で苦しむ魂人たちへ、そっと囁く。
 その苦しみは、今に終わるから――俺たちが終わらせるから――黒き怪物が拡げる闇はどろりと粘質で神経に纏わりつくようで。
 慰めの残香が風に流れて、感じられなくなった。
 多くの碧の眼が、結城を見ている。
「……随分な外道がいたもんだな」
 【影牢】の中で現れた影の分身は、瞬く間に|よく知った姿《﹅﹅﹅﹅﹅﹅》へと象られていく。怨念が凝り固められていくような、嫌悪を催すような、その影の分身と対峙した結城は唇を歪めた。
「意表を突いたつもりか」
 なにも言わずに、口元だけがにたりと嗤う。瞬間、驀地に距離を詰めてきた影が結城の肩を掴み、頬を撫でた。
「気安く触るな!」
 気炎を吹いて、影を払う。確かに目が合って、莞爾と頬を緩めていた分身が、いとも簡単に退いていったのは、一つ目のミッションをクリアしたからだろう。
 結城の胸の裡にある|傷《﹅》が、じくじくと痛み始める。
(「これ、か……!」)
 咄嗟にお供竜たちをガントレットに変容させ、結城と共にあるように命じた。
 早鐘のようになった心臓は、ただただ果てない不安に恐怖しているらしく、まるで落ち着かない。激しく鼓動しているのに、全身が冷え切っていく――これだ。忘れることはない。否、忘れる術がない。
 結城の心に在り続ける傷が発する痛みは、熱く冷たく、途方に暮れる。
 寂寞――否、郷愁――否、懐古――否、絶望。
「誰も……誰も助けてくれなかった!!」
 |あの時《﹅﹅﹅》の怨恨が噴き出す。結城の声を聞いてくれなかった。手を差し出してくれるものはいなかった。
 結城が味わった苦痛も、憤怒も、怨恨も、そのあらゆる感情が、返って結城を突き動かす。
「化物ごとお前も死ねばいいと……誰もだ!!」
 刻まれた傷が痛んで、過去が暴かれる寒さに声を荒げた。
 増幅され、増長され、もはや破壊衝動に近いほどの激情となったココロが発露して、結城から立ち昇る。
 さながら烟雨――立ち昇っては降り注ぐ――それを余すことなく、結城の中に戻す。腹の中に溜まっていく。
 まだだ。まだ足りない――あの絶望も身を焦がすほどの怒りもまだ、|こんなもの《﹅﹅﹅﹅﹅》ではない。
「どこを向いても敵だらけ、対する俺は孤軍奮闘……」
 お前は異質だ。
 お前は化け物だ。
 尊厳は踏み躙られ、命は蔑ろにされた。窮地に立たされ、惨たらしく悲壮に満ちて、常に死を隣に従え、異様なまでの緊張感に崩壊しそうだった。だが、それを唯々諾々と受け入れることはできなかった。
 激情が溜まっていく。腹の奥底まで、身を切るような痛みを伴って。激情が膿のように煮凝りのように溜まっていく。
「俺は、――」
 文字通り何もかもを殺して、生き延びるしかなかった。でなければ殺されていたのだから――ゴォっと劫火の剣群が闇を引き裂いた。尾を引くように炎が踊り、剣閃は忌々しき|影《外道》を両断にせんと奔る。
 復讐は憤怒を喚んで歓喜を煽り、轟然たる猛火へと姿を変える。その熱は結城の絶望と果てない怒りそのもの。
 死に名を呼ばれ続けたが抗った。手を引かれていたが振り払った。足を掴まれていたが踏み抜いた。
「だから、俺は、生きている」
 間断なく振るわれる剣が分身を細切れにしていく。そうして猛火が纏わりつくのだ。苦悶の悲鳴の幻声を聞いた。
 過去が過去たるゆえんだ。弱くも強かった|影《﹅》の残滓を踏みつけて歩み来る、闇の怪物を見た。
「それに、今の俺には、こいつらがいる」
 今はガントレットとして結城の傍にいる氷牙と吹雪。結城の苦痛は、果たして獣を引き寄せるに余りあるものだった。結城の殺意の根底にある激情を喰らわんと、黒き獣は極上の運命に牙を剥いた。
 迫りくるのは、飢餓を満たせない哀しき獣――幾度となく食事に失敗し、飢えだけを煽られ、狂おしいほどの食欲と殺意に満ち満ちて、結城との距離をつめる。
 その殺意の、なんと凄まじいこと――数々の戦場であらゆる殺意に晒され耐性があったからこそ、なんとか耐えられる。
「ノまれるわけ、ねぇだろう!」
 発奮し、鬱憤を晴らすように、大地を|掴んだ《﹅﹅﹅》脚に力をいれ――氷牙に劫火の炎が収斂、ありったけの力を籠める。
 喰らう気で開けた大口、その先端、鼻っ柱へ炎撃のカウンターが刺さった。
 確かな感触が拳から肩へと走る。突撃の推進力すら利用した拳打に吹っ飛ばされた異形の獣は、墓碑に躰をしたたかに打ちつけた。
「俺の目の届くところで、『誰も助けてくれなかった』なんて言わせねぇ」
 あんな絶望は、二度とごめんだ。誰かが非業を嘆き絶望するのもごめんだ。
「行くぞ、お前ら。さっさと片づけて救助だ、救助」
 氷牙と吹雪の声は今はしなくとも、両の腕に嵌ったガントレットが確かに呼応し、【雪見九尾の劫火剣乱】の剣戟は、賑やかしく魂人を鼓舞したことだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アレクシス・ミラ
アドリブ◎

終わらない死と苦痛で囚え、剰え喰らう…巫山戯るな…っ
…一刻も早く
彼らの運命を救い出さねば

貴様達の敵は此処にいるぞと剣を構えよう
敵の黒い影が来ようと盾で受け止めよう
魂人の皆の苦痛は僕が引き受ける
(そう、覚悟を決めていても
目の前で攫われた友
元凶の吸血鬼に斬りかかるも返り討ちにあった僕を庇って死んだ母
そして…僕が友を捜しに故郷を離れた隙を狙われて滅ぼされてしまった故郷の優しい人々
無力さ、絶望…後悔の記憶に
盾を構えるのが精一杯で)

…懐で
鳴る木鈴に、指輪の仄かな熱に気付く
触れればそれはまるで僕の名を呼び鼓舞しているようで
ーああ
そうだね、我が友よ
【君との約束】を防御重視に
…悔いも痛みもある
けれど今は、耐え抜く
僕には約束がある
此処に、守るべき人々がいる!
迫る敵をシールドバッシュでカウンター
我が運命、そう容易く喰らえると思わないでもらおう!
闇から分身を生むのであればその闇を照らすまで
光属性を宿した剣で閃光の如く照らし
その隙に鎧を『白夜・竜騎士形態』へ変化
光の速さで…運命を喰らう闇を叩き切る!!



 闇の帳が下りる世界。どこを向いても理不尽に溢れ、非道が跋扈し、悲痛と苦痛が叫ばれ、血涙は流れ続ける。
 故郷を失ったという話も、大切な者を失ったという話も、|自分自身すでに殺された《﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅》という話も――この世界では、日常茶飯事だ。
 だが、人々は、諦念し思考を止めたわけではなかった。
 反旗は翻った。それは各地に確実に伝播していった――だがその、一縷の希望すら闇で覆い尽くす。
 およそ考えつかないような、地獄絵図。
 逃げられないように棺に囚え、終わらない死と苦痛を与え、剰えそれを喰らう。考えただけで虫唾が走る。
「……巫山戯るな…っ」
 アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)は気炎を吹いた。噛み締めた奥歯がぎりと軋んで、抜剣した。
 一刻も早く、いますぐにでも、この悲痛な運命から彼らを救い出さねばなるまい。
 アレクシスの心は義憤に燃えて、端正な青瞳を尖らせた。
 満身創痍の獣が撒き散らす異色の血が大地に滲み込んでいく。果てない強欲のままに、獣は深い闇を拡げて影を生み出した。
 死者を悼むために葬ったわけではない。
 そこに鎮魂はなく、あるのは飢渇を癒すための惨劇だけ。
 彼らは死者ではない。そうして、不死者でもないのだ――魂人の苦しみを根こそぎ喰らう獣が大きく吠えた。
 歓喜なのか、それとも。否、些末なことだ。
「貴様達の敵は此方だ! 喰らえるものなら喰らってみよ!」
 受けて立つと剣を構え、漆黒の影が跳びかかって来ようとも盾で受け止める――その勇猛な気構えを前に、猛然と爪撃を繰り出す影の唸り声は、アレクシスを威嚇し続けた。
 獣の勢いを《赤星》が閃いて制する。闇が一瞬払われ、ブロンドが鈍く煌く。そうして、構えた《蒼天》は燐光を纏いながら、影の牙を退け、爪を弾き返す。
 しかし、影は呪いを撒くように、アレクシスの過去を暴き出す。瘡蓋を引っ掻き破るように――心に擡げる苦痛は、魂人達のそれと相俟って、一緒くたに、綯い交ぜになってアレクシスに重く圧し掛かる。
(「そう……引き受けると、覚悟を決めてきたけれど……」)
 ああ、噫――思い出す。

 少年時代。
 アレクシスの目の前で、友が攫われた。為すすべなく、攫われた。
 元凶は判っていた。取り返さねばと歯向かった。歴然たる力の差があった吸血鬼に歯向かい挑み斬りかかった――その代償は、母が受けた。
 アレクシスを庇って死んだ。
 |アレクシスのせいで死んだ《﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅》。
 果てない喪失感と、魂が竦み上がるほどの無力さと、耐えがたい絶望――無遠慮に掘り返される|傷《オモイデ》は、アレクシスの足を重くさせる。
 それだけではない。アレクシスが故郷を離れた隙を狙われて、大切で優しい多くの命が奪われた。
 護るために、戦い抜くことができなかった。
 心を挫き、砕き、終わらせる方法をよく知っていた――何枚も上手であった。力も判断もなにもかも、アレクシスを上回り、翻弄し嘲った。
 騎士として、また家族として、故郷を護れなかった。あのとき庇ってくれた母のように、命を賭しても護ることができていたのなら――この悔悟は別の彩をしていたかもしれない。
 後悔は果てない。
 終わったことだ。いまさら悔いても、あのとき攫われる友の手を取って阻止できるわけでもなければ、喪った母が戻ってくることもない。
 しかし、この暗澹たる心は、凄惨な光景を再生させ続ける。増幅された苦痛は、アレクシスを防戦一方にさせ、手足を凍えさせた。
 白銀の大盾すら、酷く重く感じ、今に手放して投げ出してしまいそうになる。

 ――カン、コロン

 耳に届くのは、約束の音――冥朦たる絶望の中で、カラコロと、アレクシスを呼ぶ。鼓舞し発破して、ようやく心臓が動き出した感覚に、息を止めていたことに気づいた。
 指に嵌る環の仄かな熱にも気づき、思わず触れれば、それはまるで、赤星の想いに呼応して歓喜しているようだった。
 それのなんと心強いこと――絶望をじわりと溶かしていく。
 カランコロ。
「――ああ……そうだね、我が友よ」
 口の中で呟き、木鈴に宿る青星との約束に肯きをひとつ。加護と幸運を祈り、カラコロと奏でるあたたかな音色がアレクシスを奮い立たせる。
(「……悔いも、痛みもある。けれど、耐え抜いてみせよう!」)
 星々の清かな力が、やがて烈々と漲る。
 狂った闇に飲み込まれないように、これ以上苦しみ嘆く悲鳴を上げさせないために、心安らかに暮らせる日が来るように――【君との約束】が、アレクシスの盾を強くする。
「僕には約束がある」
 これほど心が強くなる魔法はない。
 反故にできない約束がある。
「此処に、守るべき人々がいる!」
 これほど心が奮い立つ魔法はない。
 青瞳は爛と輝いて、闇と影に乗じて迫りくる獣を正面から迎え、|呼吸《タイミング》をよんで、剛くなった盾を烈しく叩きつけた。
「我が運命、そう容易く喰らえると思わないでもらおう!」
 獣が隠れるのであれば、その闇を照らし拓くまで。《赤星》は白銀の刀身を燦然と輝かせる。
 満月が夜を溶かすように――薄れて消える分身の向こうで、突然の閃光に目が眩んだ獣がすべての目を閉じて怯む。
 そのわずかな隙。数瞬の間、アレクシスは、鎧を変形させる――白夜のごとき今、背で広がるのは、闇を裂く光の翼。爆発的な超加速はまるで光――烈声をあげる。防御を棄てた突撃、煌々と輝き続ける剣がすべての闇を貫いて。
 運命を喰らう狂った闇が、そのときばかりは、真昼がごとき光で掻き消された。

大成功 🔵​🔵​🔵​

塔・イフ
強い想い……ならば、あるいは、この恋も、この祈りも。
『あれ』の狙いになるのかしら?

――どうか、私に償いを。
彼女の心を黒く染め続けた、償いを。

――そして、祈りを。
彼女の傷に塗りつぶされた心に祈りを、安らぎを。

要求されるのは、わたしのお肉かしら?
いいわ、|わたしのからだ《そんなもの》なんていくらでもあげる
わたしはだから、もう二度と、彼女を傷つけさせないで

愛している、愛しているの。
この強い想いだけは、あなたにも喰らわせない
だからこそ、もう、二度と彼女を傷つけさせない

――蹴りつけた時に見えたのは、
死んでいく私を見て、涙をこぼすあなたの顔

何度も、あなたのせいで繰り返し続けた
だから、いまさら哀しみなんて感じない
私は分かっているもの


この戀に殉じて、この恋に悔いはないと
『あの風の精《La Sylphide》』のように、たとえ死んだとしても、

わたしは、あなたを愛してる



●ひかり あれ
 ふたたび、闇の帳が下りる。
 水を打ったような静寂が一瞬だけ――そのあとには、ざわめき漂う苦悶の波濤が押し寄せる。
 強い想いに惹かれてくるのならば、あるいは――この恋も、この祈りすらも――きっと、『あれ』の狙いになる。
 闇に放り投げた心は、息も絶え絶えの獣の鼻をひくつかせた。

 彼女の心を黒く染め続けた、償いを。――彼女の清らかさを穢した懺悔を。
 彼女の傷に塗りつぶされた心に祈りを、安らぎを。――どうかどうか、とこしえに。

 清けき祈り/償いの甘美な馨は、一敗地に塗れてなお、執念(もはや怨念ともいうべきか)で獣を立ち上がらせた。
 異色の血は、救いようのないほどに躰から流れ出ている。ふらりと揺れる上体を支えるため、傷ついた爪が冷たく硬い土を抉った。
 |まだ機能している《﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅》碧の眼のすべてが、こちらを見て――耳に直接吹き込むような、歪な|音《コエ》がした。
「……そう、そんなものでいいの」
 求められたのは、唯一の、肉。絶望というスパイスのきいた、柔い肉。
 頷きを一つ、二つ。
 頬の横で揺れた、白い綿菓子のような甘やかな髪――やわくまるい頬に、ふいに笑みが刻まれた。
「いいわ、|わたしのからだ《そんなもの》なんていくらでもあげる」
 わたしを生かすために、彼女を殺し続けたこのからだをくれてやるから――もう二度と、彼女を傷つけさせないで。
 このからだならば、飽くるまで喰らえばいい。
 それでも、この心は、誰にも渡すことはできない。
 この心まで喰らってもいいなんて、口が裂けてもいえないから――そんなに腹が減ったらない、喰らえばいい。|覚えているだろう《﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅》。豊潤で馨しく、甘美で濃厚な肉であることは、|覚えている《﹅﹅﹅﹅﹅》はずだ。だから、喰らうのならば、躰だけ。
 たとえ――一時であったとして、過去を想うことを忘れてしまっても、魂に刻まれた哀しみが消えてなくなることはない。

「愛している、愛しているの」

 譫言のように繰り返し、「愛しているよ」の返答を|聞く《感じる》。
 彼女を想うこの気持ちだけは――誰にも喰わせはしない。
 これは過去ではない、今この時もずっと――この先も、ずっと。
「だからこそ、もう、二度と、彼女を傷つけさせない」
 つよく、ゆるぎない想いで、ほそりとした左のつま先が地面をこすった。
 軌跡をなぞるように、ふわっと風が生まれて、純白のワンピースの裾を揺らし――その風に乗って、小さな躰は翻る。
 この戀に偽りはない。
 この戀に悔いはない。
 高く跳ね舞い上がって、黒き獣を切り裂く風刃になる。舞うように吹き続ける風を纏った蹴撃が、一切の容赦なく獣を捻じ伏せた。
 この|風《ちから》は、護るためのもの――護るための覚悟と、決意。
 獣の悲鳴が、耳障りに響く。その直後、|過去の哀しみが湧き上がってくる《﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅》。

 死にゆくわたしを見て、涙をこぼしたあなたの|顔《絶望》――

 この苦しみは、名状しがたい負荷の傷となって、心を抉り続けるけれど。
 何度も繰り返されてきた悲劇の一端だから。
 そればかりでは、いけないことだから。
「何度も、あなたのせいで繰り返し続けたのだから……いまさら、哀しみなんて感じない――わたしは、わかっているもの」
 これが、執着であるということが。
 これが、拘泥であるということが。
 これが、激しく狂おしい『戀』であるということが。
 だから――颶風を纏い、乱れ続ける長い髪に構うことなく、その頬には微笑みを刻み続ける。
「泣かないで、泣かないで」
 もう終わるから。
 もう、ここで終わるから。
 哀しみも、終わらない死も、果てない恐怖も、絶望も。
 いまに、ここで、もう、終わるから。
「だいじょうぶよ、……だってあなたはここにいるもの。だって、わたしもここにいるもの」
 涙を流し続ける|あなた《﹅﹅﹅》の姿を目に焼き付ける。
 不幸が重なったのだ。堕ちた地獄の底に、少女の涙が溜まっている。それはじきに乾くだろう。もう新たな涙を流すこともないだろうから。
「――わたしを生かすため、あなたを殺し続けた、どうかその償いを」
 善悪も是非も、誰も答えを知らない。
 懺悔に似た祈りは、纏う風に発露して、黒き獣の真新しい血を撫でる。
 救済を。
 断罪を。
 祝福を。
 贖罪を――たとえ、|あの風の精《La Sylphide》のように、最期を迎えることになろうとも。

「わたしは、あなたを愛してる」

 この戀に殉じて、この恋に悔いはない。
 風の熄むまで、蹴撃と風刃の猛攻は止まらなかった。
 怨恨と苦痛と怨嗟と悲痛のすべてを吐き出すように、トウシューズは地を蹴ってすぐさま跳躍し、風の刃とともに獣を襲撃する。
 愚かしく惨たらしく、それでも諦めなかった帰結は、目の前にある。
 どうっと斃れた獣は、風刃に裂かれて激しく損傷し血を溢れさせ、たくさんある碧の瞳は、もう輝くことはない。
 トッと着地。狂おしい風は、暴れ尽くし満ち足りたように、凍えた心を解くように、ふわりと軽やかに流れていく。
 風鳴りは、ひとつのラメントを奏でて、フィナーレをよんだ。
「――――…………」
 塔・イフ(ひかりあれ・f38268)は、いまに消えていく獣の姿をしっかりと見つめ、誰にも聞こえない囁きを鎮魂の詞として――桃と橙の|淡い彩《オッドアイ》に、そっと瞼を下ろした。

●苦しみの果てに
 終わらない恐怖と苦痛から解放された魂人の、憔悴しきった声がした。
 心からの感謝と、戦った者を気遣う言葉――そして、強き言葉――助けて――抗いたくとも弱き己を呪う民を、助けてほしい。この地獄を耐えきった先にある幸福を教えてほしい。現実のものとしてほしい。託された想いは、力になる。
 この地の魂は救われたけれども――
 この世の地獄はまだ、終わっていないのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2023年05月09日
宿敵 『運命を喰らう獣』 を撃破!


挿絵イラスト