第二次聖杯大戦⑲~それは懸命に生きた軌跡だから~
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「……どんなに辛くても苦しくても、全部消えていいってワケじゃあ、ないんだよな」
己を振り返るように地籠・陵也(心壊無穢の白き竜・f27047)は呟いた。
『聖戦領域』――金沢工業大学周辺に出現した謎の怪物『セイクリッド・ダークネス』により展開されたそこに踏み入ると、彼女のあらゆるものを癒す『黒き抱擁』が、踏み入った者の記憶を何もかも破壊するという。
どんなに幸福だった記憶であろうと、どんなに辛く苦しい記憶であろうと、その『黒き抱擁』の前には押し並べて平等に粉々に砕かれ、ほぼ赤子と変わらぬ状態に戻ってしまうのだ。
「猟兵になるまで、たくさん辛い想いをした人たちもたくさんいると思う。
もし辛い記憶がなくなるのだったら――と、思ったことがないということは、きっとないだろう。でも、彼女の齎す安寧は違うと思う。
それに、もしその記憶がなくなったからって、やり直せるワケじゃない」
セイクリッド・ダークネスが齎すものはどのみち破滅の一つしかない。
仮に望んで破壊されたとしてもそのままゆるやかに聖戦領域の中で死を待つのみだろう。
やり直そうにもそれまでの記憶がない状態で前の自分とは違う自分になる道を歩けようか?少なくとも陵也は、否だと思っている。
「身の上話を例に挙げる形ですまないが……俺と弟はオブリビオンに家族を殺された。
それだけでなく俺は心も喰われて、粉々に砕けてしまった。
それでたくさん辛かったし、弟にも迷惑をたくさんかけた……けど、それがなかったら俺はきっと猟兵になることはなかった。みんなにもたくさん辛いこと、悲しいこと、苦しいことがあったと思う。
でもそれは全部ただただ苦しみを生み出しただけじゃないと思うんだ。何て言ったらいいかわからないが……」
どんな記憶であっても、今の自分に至るまでの大事なものだとつまりは言いたいようだ。
「俺は、その人がこれまで懸命に生きて、生きて、生き抜いた記憶を壊していいとは思えない。
みんながこれまで歩いてきた道はみんなのものだ。誰にも奪わせちゃいけないものなんだ。
だから、それを破壊しようとするあいつを倒して欲しい」
御巫咲絢
猟兵たちのー!エモいプレイングが見てみたーい!!
どうもお世話になっておりますMSの|御巫咲絢《みかなぎさーや》です。
シナリオ閲覧ありがとうございます!御巫のシナリオが初めての方はお手数ですがMSページもご一読くださると助かります。
ちょっとエモいフラグメントがあったから撃破される前に急いで書きました。
戦場となる『聖戦領域』は皆様の『過去の記憶の1シーンを再現した精神世界』となります。
自分の記憶を破壊しようとするセイクリッド・ダークネスに抗い己が生きた証を証明してやりましょう!
尚、強く念じることで他の猟兵をその自分の精神世界内に呼び込むことも可能、つまり連携もバリバリOKです。
戦闘より心情描写を今回はしっかり書けていけたら……いいな!
●シナリオについて
当シナリオは『戦争シナリオ』です。1章で完結する特殊なシナリオとなります。
また、当シナリオには以下のプレイングボーナスが存在しています。
●プレイングボーナス
自分の「過去の記憶の世界」の中で、それを守るために戦う。
●プレイング受付について
今回はプレイング受付を『1/19(木)8:31~』からとさせて頂きます。平日仕事民の都合の為ご容赦ください。
締め切りは『クリアに必要な🔵の数に達するまで』、受付開始前に投げられたプレイングに関しましては全てご返却致しますので予めご了承の程をよろしくお願い致します。
オーバーロードは期間前OKですが、失効日の有無の都合上執筆が後の方になりますのでご容赦ください。
頂いたプレイングは『5名様は確実にご案内させて頂きます』が、『全員採用のお約束はできません』。
また、難易度がやや難の為『執筆は先着順ではなく、プレイング内容と判定が成功以上だったものからMSが書きやすいと思ったものを採用』とし、苦戦以下のプレイングは申し訳ございませんが不採用として返却させて頂きます。
以上をご留意頂いた上でプレイングをご投函頂きますようお願い致します。
それでは長くなってしまいましたが、皆様のプレイングをお待ち致しております!
第1章 ボス戦
『黒き抱擁』
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POW : 闇の左手
掴んだ対象を【「黒き抱擁の力」】属性の【左腕】で投げ飛ばす。敵の攻撃時等、いかなる状態でも掴めば発動可能。
SPD : 闇の衣
自身と武装を【「黒き抱擁の力」】で覆い、視聴嗅覚での感知を不可能にする。また、[「黒き抱擁の力」]に触れた敵からは【ユーベルコードの使い方の記憶】を奪う。
WIZ : 闇の翼
【「黒き抱擁の力」】を籠めた【翼の抱擁】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【記憶】のみを攻撃する。
イラスト:hoi
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
七那原・望
星々が煌めく異空間の夜空に浮かぶ崩壊した古城の天井も壁もない謁見の間。
銀髪の女性……アネモネ姉様が『私』に微笑みかけてくれる。
「姉離れの時ですよぉ、望様ぁ。」
アネモネ姉様の身体は古城の主であり、肉体に寄生する力を持つ外道に寄生されていて、アネモネ姉様はそれを抑え込みながら笑みを絶やさず『私』に介錯を望んだ。
アネモネ姉様との別れの記憶。
古城とアネモネ姉様と向こうの『私』を護るために多重詠唱全力魔法で結界術を多重展開。
敵が翼の抱擁を使えないように敵の行動を第六感と心眼と気配感知で見切りながらオラトリオで拘束します。
その後、オラトリオ以外の全武器を念動力で飛ばし、フローラ・テンペスタで斬り刻みます。
●
「望様」
星々煌めく夜空の下、崩壊した古城の謁見の間。
銀髪の女性が七那原・望(封印されし果実・f04836)に微笑みかける。
「……アネモネ姉様」
「――姉離れの時ですよぉ、望様ぁ」
それは忘れもしない、忘れられるワケがない、別れの記憶。
微笑む姉――アネモネは同時に寂しげに、悲しげに。
自らの内側に巣食う外道を抑え込みながら。
異空間の中に揺蕩う古城の主は、他者に寄生して生きる外道であった。
その外道の次なる寄生先として選ばれてしまったのがアネモネだが、彼女はその外道をどうにかこうにか抑え込んだ。
大事な"妹"に危害を加えさせない為に。
精神の奥底にまで侵食されながらも、それでも自我を保ち続け、望の"姉"としてアネモネは彼女をいたく可愛がった。
望もまた、アネモネを姉として心の底から慕っていた。
……だが、限界というものは否が応でも存在するもの。
アネモネという存在のほとんどを、古城の主がついに食い尽くさんとしていた。
けれどそれでも、まだ残る自我の全てを振り絞り古城の主を抑え込めているうちに終わらせなければならないと。
きっと心残りなこともたくさんあっただろう。
これからしたいことも、星の数程あっただろう。
だがアネモネは決してその優しい微笑みを絶やすことなく、大事な"妹"の手によって介錯されることを、望んだのだ。
◆
「――アネモネ姉様……」
それを、現在の望は遠くから見守っていた。
セイクリッド・ダークネスに干渉されぬように、彼女たちのいる場そのものを結界で十重二十重に囲って。
迷わなかったといえば間違いなく嘘だ。
それどころか、最後の最後まで躊躇いもした。
けど、姉が姉でなくなってしまうことが、優しい姉が自分の手で家族を傷つけてしまうことが、何よりも姉は望まないだろう――
故に望は、姉をその手にかけた。姉の想いを護る為に。
『ああ、何と痛ましい記憶か。幼子が家族を手にかけることの何と辛く悲しきことか……その痛み、癒やさねば』
セイクリッド・ダークネスが心の底から憐れむような、あるいは格好の的を見つけた獣のような顔でそれを認識する。
全てを無垢に返す、黒き抱擁の力で記憶を包み込もうとその翼を伸ばすが――それは当然叶わない。
望の展開した多重結界が翼を拒絶すると同時に、|『影園・オラトリオ』《彼女の最初の仲間達》がその身を堅く拘束する。
『おお、これは……何故|癒し《滅び》を拒絶するのか』
「わたしには、あなたの"救い"はいりません――大事な姉様の記憶を奪わせはしないのです!」
どんなに辛い記憶でも、自身と姉の絆があった証であり、それを消すなんてことは到底できないし、許してはならない。
世界もセカイも残酷であることも痛いほど知っている。
けれど、どれほど絶望がひしめき合っていても、そこに確かに"愛"と"希望"も残っているのだ。
ならば、その尊い輝きこそを信じて、前に進むことが何よりも最善だと、信じて進むことこそが最善だ。
だからこそ、身勝手な救いという名の滅びは、彼女にも世界にも必要ない。
「"愛と希望を込めて"――"舞い踊って”!」
望の手が翳され、彼女の持つ武装全てがアネモネの花弁へと変わる。
"愛"と"希望"の象徴が、刃となりてセイクリッド・ダークネス――絶望の権化を塗り潰した。
成功
🔵🔵🔴
ヘルガ・リープフラウ
狙われたのは、3年前のアリスラビリンスで挙げたわたくしとヴォルフの結婚式
(絲上ゆいこMS「お祝いの日の物語」参照)
純白のドレスを纏い、住人さんに祝福されて
永遠の愛を誓い合った記念日
全ての記憶を消し去れば、心の傷も喪失への恐れも無くなるですって?
冗談じゃないわ
病める時も健やかな時も、喜びも悲しみも
共に分かち合い支え合うと誓ったのですもの
何より人の心を勝手に弄る「魂の冒涜」が「救済」だなんて
わたくしは断じて認めない!
黒き抱擁が世界を狙う
教会も、住人さんも、そして愛する夫も
誰一人、何一つ傷つけさせはしない!
呪詛と狂気に耐え、勇気と覚悟を携え歌う聖歌【怒りの日】
百三十の裁きの光輝よ
狂える女神に神罰を
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『ああ、何と悲しきことか。この世には苦痛が満ち溢れている』
『故に全てを|癒《ほろぼ》さねば。全ての人の心を|滅ぼ《いや》し、安寧へと導かねば』
『その心に負った傷も、喪失への恐怖も、全てわたしが抱きしめよう』
矛盾し続ける支離滅裂な思考のまま、セイクリッド・ダークネスは再び領域を飛ぶ。
抱擁を拒絶されたなら、次なるものを探さねばと。
そうして目をつけたのは、ある微笑ましい記憶だった。
――お花のお針子さんたちが、喜びに舞い踊る。
結ばれた祝福に鳴るラッパ、舞い散る花弁。
おめでとう、おめでとう。
寿ぐ言葉が次々に飛び、それに囲まれる二人の男女は幸せそうに寄り添い、微笑んで。
互いの薬指にはめられた|誓いの証《結婚指輪》が陽光に煌めく。
ささやかだけどとても華やかで、幸せで、とても尊く神聖な儀式の瞬間。
……3年前、ヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)はこうして愛する人と結ばれたのだ。
当然、今でも鮮明に覚えている。
あの時、愛しい人に紡いだ言葉も、愛しい人からもらった言葉も、誓いの口づけを交わした瞬間も。
全てかけがえのない宝物。
「(こんな形で振り返ることになるなんて思わなかった……けど)」
自分の記憶と一切相違ない光景を見て、ヘルガは口元を綻ばせた。
そして思う。
――ああ、自分はこの時と変わらない笑顔を彼にちゃんと向けられていると。
この幸せが揺らぐことはないと、改めて確信できる。
このかけがえのない日を記憶として留めているからこそ、今の自分があるのだと。
……故に、この大事な記憶に迫る悪意を、決して許すワケにはいかない。
「……全ての記憶を消し去れば、心の傷も喪失への恐れも無くなるですって?」
伸ばされる黒き抱擁の翼を、ヘルガの浄化の結界が跳ね除ける。
『何と……!?』
「冗談じゃないわ――病める時も、健やかな時も、喜びも悲しみも、共に分かち合い支え合うと誓ったのですもの!!」
病める時も、健やかな時も。死が二人を別つまで――否、死が二人を別つとも。
この結ばれた絆は永遠で、決して誰にも侵すことなどできはしないし、させるつもりもない。
そして何よりもヘルガが許せないのは、セイクリッド・ダークネスののたまうあまりにも傲慢な大義名分だ。
「人の心を勝手に弄る『魂の冒涜』が『救済』だなんて……わたくしは断じて認めない!
この協会も、住人さんも、そして愛する夫も――誰一人、何一つ傷つけさせはしない!!」
ヘルガの怒りに呼応するかのように、天から光が降り注ぐ。
「"無辜の願いを冒涜し命を愚弄する者よ、何者も因果応報の理より逃れる術はなし"」
欺瞞を暴き、邪悪を滅する神聖なる裁きの光。
ダビデとシビラが証した予言の如く、悪意を灰燼へ帰さんと降臨したその百三十もの光の柱。
その聖なる輝きは早くもセイクリッド・ダークネスを焼き尽くさんばかりに蝕んでいく。
『おお、おお!何故!何故救いを拒絶する!何故|滅び《癒し》を受け入れないというのか!!』
「"今ここに不義は潰えん、悪逆の徒に報いあれ"――狂える女神よ、神罰を受けなさい!!」
ヘルガの怒りが呼び寄せた神罰の光が、まさに|【怒りの日】《ディエス・イレ》を再現するように邪悪を呑む。
諸悪の権化たるセイクリッド・ダークネスの断末魔にも似た悲鳴が響き渡った――。
成功
🔵🔵🔴
アリス・セカンドカラー
雨。雨が降っていた。
それは私が猟兵に目覚めた日。
闇の種族、吸血姫との戦いとも呼べぬ蹂躙でボロボロにされ満身創痍の私は誘いこまれるまま、否、最初からそう仕組まれていた通りにその心臓を貫いた。|異母姉《最愛》の|親友《恋人》だった|『あの子』《アリス・ロックハーツ》の心臓を。
『あの子』は昔からそう、とっても意地悪で|精神寄生体として憑いた《こうして一つになった》後も滅多に応えてくれないの。
でもね、人の|聖域《“大事なモノ”》に土足で踏み込んでくる|愚か者《無礼者》には話が別よ!
|封印を解く、リミッター解除、限界突破、オーバロード《ここが私の記憶なら、それは私の世界》、「生まれ変わっても……」《リメンバー・ミー》私達は一緒よ。
|高速詠唱早業先制攻撃多重詠唱拠点構築結界術重量攻撃凍結攻撃身体部位封じマヒ攻撃気絶攻撃息止め封印術禁呪大食い魔力吸収《私達の世界を侵犯するものは何人たりとも許さない。鼓動も呼吸もそして思考も一切合切の活動を禁じる。何も為せぬまま混沌に融けて混ざって消え失せよ》。
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ざあざあと、雨が降り注ぐ。
誰もいない地を這うようにアリス・セカンドカラー(不可思議な腐敗の|混沌魔術師《ケイオト》艶魔少女・f05202)は進む。
冷たい雨が、虫の息の彼女の体温を次々に奪っていく。
――そんな当時の記憶の中の自分を、アリスは静かに見つめる。
これは彼女が猟兵に目覚めた日の記憶。
当時の自身は闇の種族たる吸血姫に到底戦いとも呼べぬ蹂躙の限りを尽くされ、こうして満身創痍の状態に追い込まれた。
今にも尽きようとしている生命の灯火、それをかろうじて繋ぎ止めたアリスは、誘い込まれるがままにある人物の元へと赴いた。
……誘い込まれるがまま?否。
これは最初から仕組まれていたことだ。
「――」
嘗ての名を呼ぶ声がする。
顔を上げれば、そこには自らを見下ろす――いや、見下すような顔をした|異母姉《最愛》の|親友《こいびと》の姿があった。
誰よりも愛しく、とっても意地悪な|『あの子』《アリス・ロックハーツ》は、慈悲に満ちたような笑みを浮かべてアリスを挑発した。
そう、それこそまさしく吸血姫に相応しい、人を人と思わぬような言葉の刃は彼女の逆鱗を逆撫でしようと伸びて――
そして、鮮血が散った。
誰よりも愛しくて大切な『あの子』の心臓を、アリスの手が貫いて。
血溜まりの中に静かに倒れ込む『あの子』を、血塗れの手で抱き起こし涙を溢れさせるアリスの頬を彼女はそっと優しく撫で、その雫を拭ってやる。
……そう、これは最初から『あの子』が仕組んでいたことだ。
こうして自分の心臓を貫かせることでアリスの生命を救うと同時に、一つになる為の。
「……もうこれもすっかり昔の話になってしまったわね」
懐かしむようにアリスは呟いた。
当時は確かに辛かったし悲しかった。けれど別に寂しくはない。
だって今は|精神寄生体として憑い《こうして一つになって》いるのだから。
「……だから、貴女の干渉は最初からお断りなのよ」
アリスのもはや神速の如き詠唱にて紡がれた結界が、忍び寄っていたセイクリッド・ダークネスを拘束する。
「おお、おお……何故、そんな、痛ましい記憶を持ちながら……!」
「『あの子』は昔からそう。とっても意地悪で、一つになった後も滅多に応えてくれないの。でもね?」
『――人の|聖域《"大事なモノ”》に土足で踏み込んでくる|愚か者《無礼者》には話が別よ!』
アリスの声に、もう一人の少女の声が重なった。
それはセイクリッド・ダークネスが錯覚した幻聴か。
否、アリスの言葉の通り、|『あの子』《アリス》が二人にとっての聖域に足を踏み入れた愚かなオブリビオンに制裁を与える為に呼応したのだ。
「な、何と……!」
「|封印制限解除、限界突破、オーバーロード《ここが私の記憶なら、それは私の世界》。貴女に好き勝手動ける権利があると思って?」
超克の果てに至り、己が持つ魔力を全て解き放ち――荊が繭を紡ぎ出す。
「|【生まれ変わっても】《リメンバー・ミー》……私達は一緒よ」
|創世神の繭《ソーンコクーン》は二人の永遠の絆を示すかのようにその荊を伸ばしてアリスを包む。
『|YIxkAgngIx UsOAxExkIx,OUxUxUzx OExtIxIkY《私達の世界を侵犯する者は何人たりとも許さない》』
|二人の《・・・》少女によって紡がれる|人が紡がざる言語によって築き上げられた句《速すぎて人の言葉には聞こえない程の多重詠唱》が一度に無数もの術を起動させる。
『|gEUxyU UOxkA ssUxhOUx,YgOUxkEx EOxmUhIkUUxk《鼓動も呼吸もそして思考も、一切合切の活動を禁じる》』
「が、ひゅ……!!」
セイクリッド・ダークネスの動きは完全に止まる。
絶えぬ電圧と凍気、重圧により絶えず焼けては凍てつき、何かが砕け、潰れる音が響き、最早息すらままならぬ。
『|OYUxU EOxYbkIIrx,kwkkEUxKO OyUOxUxUIxIE《何も為せぬまま、混沌に溶けて混ざって消え失せよ》!』
「…… …… ……!」
断末魔の悲鳴を挙げることすら許されず。
魔力という魔力を、生命力という生命力を吸い尽くされ、アリスの記憶の世界から跡形もなく消えていく。
「――」
それを見届けた後、『あの子』は一言告げると再び奥底に引っ込んでいって。
もう、全く……と言いながら、アリスは踵を返してグリモアベースへと帰投するのだった。
大成功
🔵🔵🔵
神崎・零央
参照: ネット乙
https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=38780
血に染まって冷たくなっていくパパとママ。
泣くことも出来ない『僕』を狙うゴースト。
「ッ、これ以上させるか」
駆けつけた男の人がゴーストを吹っ飛ばし、
「……ごめん、ごめんね。間に合わなくて」
女の人が白い光で癒してくれた。
それは一番思い出したくなくて、でも一番大事な記憶。
『俺』が能力者の父ちゃんと母ちゃんの子供になった、あの日。
今だって思い出すと涙が込み上げてくるけど、もう泣かないって決めた。
パパやママのように殺されたり『僕』のように泣く人を無くすために。
父ちゃんや母ちゃんだって、強くなって俺が守ってやるんだ!
(ガオー)
そうだよ、キング。今はお前がいる。
俺一人ではまだまだでもお前と一緒なら大丈夫!
いくぜー、まずはあのねーちゃんを撃破だ!
白燐蟲を自分とキングに纏わせ、背中に乗って縦横無尽に駆け回る。
翼の抱擁は躱すかキングの爪で引き裂き、
避けきれない時はキングと一緒に気合いの咆哮で記憶を守る!
●
「……パパ、……ママ……」
血に染まり、冷たくなっていく両親を震えた声で呼ぶ。
この時の『僕』は、泣くこともできなかった。
きっとあまりにも唐突に起きたことだから、頭がついていかなかったのかも、しれない。
死の間際まで息子を護ろうと抱きしめるように庇った母親の腕の中、ただ呆然とする傷まみれの『僕』。
ゴーストが血に染まった手を伸ばし、その生命を喰らわんとして――
「――ッ、これ以上させるか!!!」
――吹き飛ばされた。
危険を察知して駆けつけたのだろう、一人の男性がゴーストを打ち祓ったのだ。
「……ごめん、ごめんね。間に合わなくて」
時を同じくして駆けつけた女性が謝罪を告げる。
今にも泣きそうな顔で、とても優しくて温かい白の光で傷を癒してくれた。
その優しく温かい光でやっと思考が追いついたのか、緊張の糸が切れたのか……『僕』はぼろぼろと涙を溢したんだった。
――それは、神崎・零央(百獣王・f35441)にとって一番思い出したくない、けれど同時に一番大事な記憶の光景。
「(『俺』が能力者の父ちゃんと母ちゃんの子供になった、あの日……)」
きっとこの領域がこの記憶を描くだろうと、漠然と思っていた。
小学生に上がって間もない頃に、突然に日常を奪われた瞬間。
今でも思い出すだけで涙がこみ上げてくる。
「おお、おお、何と悲しきかな……幼子がこのような痛みを味わねばならぬなど。
辛かっただろう、苦しかっただろう……今その痛みを|滅ぼ《いや》してやろう」
その光景を同じように見ていたセイクリッド・ダークネスは零央の背後から忍び寄り、その黒い翼を伸ばす。
涙を堪える少年の背は、あまりにも無防備に見えた。
だが、その偏見がセイクリッド・ダークネスの目論見が砕かれる要因となる。
「ガオー!!」
獅子の咆哮が響く。
それにより危機を察知した零央は直ぐ様親友の背に乗り、迫りくる翼を回避。
「ありがとうキング……!助かったよ!」
涙が零れそうな目を拭い、嘆き悲しむ少年から戦士のそれへと表情を変える。
危機を知らせてくれたキングの頭を撫でながら。
「ああ、幼子よ。何故拒む?このような痛ましい記憶を抱えて尚」
「確かに辛いし苦しいよ。思い出すと涙がこみ上げてくるけど、もう泣かないって決めたから。
パパやママのように殺されたり『僕』のように泣く人を無くす為に……!」
刹那、白燐蟲が周囲を舞う。
今の母との絆の証である白燐蟲が、息子の意志を尊重し後押しするかのように、零央を護らんと周囲を飛び回る。
「父ちゃんや母ちゃんだって、強くなって俺が守ってやるんだ!!」
故にくじけてなどいられない。
それに――自分には、心強い|親友《とも》がいる。
「ガオー!」
まるでその意気だ、と後押ししてくれるようにキングが鳴く。
「そうだよ、キング……今はお前がいる。俺一人ではまだまだでも、お前と一緒なら――!」
自分は一人ではない。
こうして支え共に歩いてくれる友がいる。
自分を自分の子として引き取り、たくさんの愛情を、知るべきことを教えてくれた両親がいる。
思い出したくなくて、同時に大切で忘れることのできない記憶を目の当たりにしても涙を拭って立ち上がれるだけの強さも得られた。
もう二度と『僕』のような子供を、パパとママのような人を生み出さない為に進むと、決意して前に進む覚悟も持てた。
こうして決して一人ではないことを確信し、前に進むことができる程に、零央は今の自らの環境を「すごく幸せ」だと思えるのだ。
「いくぜー、まずはあのねーちゃんを撃破だ!!」
「ガオオオン!!!」
だからこそ、記憶を壊すことなど許すワケにはいかない。
白燐蟲をその身に纏い、キングは零央を乗せて駆ける。
セイクリッド・ダークネスを翻弄するかのように縦横無尽に駆け回り、爪で翼を引き裂いていく!
「おおおお……そんな、そんな、こんなことがあって良いのか……!我は幼子を助けたいだけと言うに……!」
「もうとっくの昔に助けてくれた人がいる!あんたの助けは俺には、俺たちにはいらないッ!!」
「ガオオオオオ――――――――ッ!!!」
当人に手が出せぬならと記憶の中の自分に手を出そうとしたセイクリッド・ダークネスにキングの裂帛の咆哮が突き刺さる。
まさに百獣の王たれと名付けられた名に相応しい、全を圧倒するかのような気迫にセイクリッド・ダークネスは思わず動くことができなかった。
いくらオブリビオンであり狂気に完全に堕ちているとはいえ生命であることは変わらず、獣の純粋な敵意に本能的に身体が防御に走ったのだ。
縦横無尽に、不規則に駆け回る零央とキングの姿を捉えることすらままならず、まさに百獣の王に翼をもがれた鳥が如く。
この少年の記憶を|癒《ほろぼ》すのは諦める決断をせざるを得ない程に、零央とキングはセイクリッド・ダークネスを圧倒したのだ――!
大成功
🔵🔵🔵
鈴乃宮・影華
※◎
アドリブ歓迎
2012年7月22日――その日、一つの大きな戦いが終わりました
私が踏み込んだ『聖戦領域』は、その戦いの後の1シーン
生命を創造した槍「ディアボロスランサー」が「次なる宇宙」へと旅立つ、まさにその時!
これが選ばれたのは多分、共に旅立つと決めた能力者の中に、私の「家族」の内ただ一人残った姉もいたから
修学旅行に学園祭、高等部卒業式、大学受験に失敗した日……オブリビオンに襲われ死にかけた日
傍に姉さんがいない事を、この10年で幾度寂しく思った事だろう
――あの時引き止めていたなら、貴女は此処にいてくれましたか?
「だけど、貴女に|癒《壊》されてもいいなんて思ったつもりも無いですね」
指定UC起動
この身に集った黒燐蟲達に頼み、範囲内の「記憶」を壊れる度に修復していきます
後は黒の葬華で以て斬撃波を叩き込み〆としましょう
私には蟲達がいる
|新たな力《剣術》をくれた友がいる
異界からロボまでやって来た
私は大丈夫――だから、笑ってまた言おう
「行ってらっしゃい、お姉ちゃん」
●
――シルバーレイン、西暦2012年7月22日。
その日、一つの大きな大きな戦いが幕を閉じた。
共に行くことを選んだ、多くの能力者たちを乗せて旅立つのは生命を創造した槍――『ディアボロスランサー』。
次なる宇宙を求め、この世界から離れんとするその瞬間に、鈴乃宮・影華(暗がりにて咲く影の華・f35699)は再び邂逅した。
「――ああ。これが選ばれる気はしてたんですよね……」
影華の視線の向こうには、『ディアボロスランサー』と共に次なる宇宙へ旅立つことを決めた能力者たち。
その中にいる、自分と対になる真っ白な髪に一房の黒が刻まれた少女――ただ一人残った|家族《姉》。
影華はこの日、妹として姉の旅立ちを見送った。
そしてそれからも、影華は銀誓館で友人たちと何気ない日常を過ごした。
修学旅行に学園祭……当然どれも楽しかったし大切な思い出だ。
大学受験に失敗した日は当然落ち込んだけど、友人が励ましてくれた。
……けれど。
そのどれにも、影華の傍に姉はいない。
もう一度再挑戦しようとして、オブリビオンに襲われ死にかけた日も、影華は変わらず"ひとり"だった。
決して孤独ではない。友人たちがいるし、毎日が充実していた。
けれど、血の繋がった肉親がいないことは、影華にどうしようもない寂しさを連れてくる。
ああ、この10年で幾度彼女がいないことを寂しく思った事か。
『(――あの時。引き留めていたなら、貴女は此処にいてくれましたか……?)」
そんな、|if《もしも》の話が頭に過る程に、姉との別れは影華の心の深くにまで刻まれることだった。
肉親との別れなのだから当然の話と言えよう。
「案ずるな。その痛みが消えれば、お前はもう苦しむことはない」
記憶の光景が黒く滲む。
黒き抱擁の力が記憶を破壊せんとその魔の手を伸ばそうとし――叶わず終わる。
影華の手に握られた『黒の葬華』の刃が『ディアボロスランサー』の放つ光に煌めいた時にはすでに、その伸びた翼は痛みを感じる暇すらない程の速さで斬り捨てられていた。
「貴女に|癒《壊》されてもいいなんて思ったつもりも無いですね」
黒燐蟲が舞い、黒く滲む記憶を塞ぐ。
ユーベルコード|【神斬蟲・黒燐奏甲】《ディバインブレイド・イマジンドレス》によって注入された黒燐蟲は、物質・非物質問わずそれらを損なわせる要因そのものを喰らい尽くす。
例えそれが人の記憶であったとしても。
故に当然、影華自身の傷も跡形もなく癒し切る。
「おお、おお!何故、何故そこまでして救いを拒む!」
「先程言ったばかりですよ。貴女に|癒《壊》されてもいいなんて、思ったつもりもないと」
そもそも救いを求めてもいないのだ。
影華には蟲たちがいるし、|新たな力《剣術》を教えてくれた友もいる。
異界からロボまでやってきて、今この時も影華を護らんとその武装を構えて突撃。翼のもう片方を斬り捨てた後、影華を護るように前に立つ。
セイクリクリッド・ダークネスを拒絶するかのように、あらゆる武装を一斉掃射し奴をとことん追い詰める!
「おお、おお、また救えぬのか……」
狂気を孕みながらも、心から悲しむような声と友にセイクリッド・ダークネスは再びその姿を消す。
黒燐蟲が記憶に意図的につけられた傷を修復し、旅立ちの時にして別れの時は、豚度影華の記憶通りに展開される。
ふう、と一息吐いた影華。旅立とうとしている向こう側へ、踵を返す能力者達、その中の一人へ言葉を紡ぐ――
「……行ってらっしゃい、お姉ちゃん」
ぴた、と乗り込もうとしていた姉の動きが一瞬止まる。
妹の見送りの言葉に振り向いた姉は、あの時と何ら変わらない笑顔を向けて。
「行ってきます」
その明るい声音はあの時と同じように、妹からの祝福を心から喜んでいた――。
大成功
🔵🔵🔵
ドゥルール・ブラッドティアーズ
●過去
母亡き後、私を拾い育ててくれた|吸血鬼《ごしゅじん》様。
綺麗で、強くて、優しくて……女の子が大好きで。
生き方と蕩けるような悦びを教えてくれた。
愛玩動物に留まらず、彼女の片腕になりたかった。
やめて。監禁しないで。置いて行かないで!!
|猟兵《ニンゲン》に救助された私が見たのは、彼女の無残な亡骸
……御主人様は
私を"吸血鬼に攫われた哀れな少女"とする事で
猟兵から守ってくれたの
オーバーロードで背中に黒炎の翼
守護霊の憑依【ドーピング】と【気合い】で更に強化
いつか必ず蘇らせてみせる。
愛も、憎悪も、私は棄てない!!
セイクリッド・ダークネスの前に【ダッシュ】で立ち塞がり
【念動力・マヒ攻撃】で金縛りに。
【高速詠唱・全力魔法】『挽歌・土蜘蛛魂縛陣』で
四肢と翼を【捕縛】この糸はUCを封じる上に物理では切断不可
|過去《あなた》を|救済《アイ》させて。
それが私の癒しとなる
全身の匂いも味も堪能するような【慰め】と
媚毒の【呪詛】を含む体液で
彼女の支離滅裂な思考を悦びに染め上げ
寿命消費も【生命力吸収・大食い】で相殺
●
「――ほう?これは珍しい」
最愛の母亡き後、ドゥルール・ブラッドティアーズ(狂愛の吸血姫・f10671)を拾った|吸血鬼《あるじ》の第一声を、彼女は今でも覚えている。
彼女は、今にして思えばもしかしたら吸血鬼にしては物好きだったのかもしれない。
だが、人間なんかよりよっぽど強く、気高い心を持ち、深い深い慈愛の心を持つ存在だった。
拾われてからのドゥルールは今までの生活とは程遠い幸せな暮らしを送ることができた。
綺麗で、強くて、優しくて、女の子が大好きなたった一人の主。
生き方も蕩けるような悦びも、何もかもを教えてくれた大事な大事な方――ドゥルールはいつしか愛玩動物に留まることなく、彼女の片腕として役に立てる日を夢見た。
あらゆる勉学に励み、死霊術の特訓も血が滲む程行った。
「御主人様……?どうして……??」
そんなある日、ドゥルールは地下の奥深くの牢屋に閉じ込められた。
主は何も答えてくれない。
それどころか、普段彼女が人間に向けるような目を向けるだけで踵を返しその場を去っていく。
「御主人様!どうして!嫌、嫌です!やだ!!置いてかないで!!!御主人様ぁっ!!!!」
貴女に捨てられてしまったら、私はどう生きていけばいいの――
そんな悲しみに暮れ、一人牢屋の中ですすり泣き続ける。
「大丈夫か!?」
|猟兵《ニンゲン》に救助されたのは、最早涙も声もすっかり涸れ切ってからだった。
……そして、大好きな主の無惨の亡骸を目の当たりにしたのも。
ドゥルールはこの時全てを悟った。
――アレは全部御主人様の演技だったんだ。
吸血鬼に攫われた哀れな少女に仕立て上げることで、彼女は自分を生かそうとしたのだ。
「(……御主人様。貴女がその身を賭して護ってくださったからこそ、私は此処に在ます)」
記憶の中の色褪せぬ主に、今は身長も体格もすっかり追いついた。
私は彼女が喜んでくれるような、立派な存在になれただろうか?
いつか蘇らせた時、貴女はどう言葉をかけてくれるのでしょうか?
「……いつか必ず蘇らせてみせます。御主人様」
そして私の作った楽園で、今度こそずっと一緒に。
「愛も、憎悪も、全て私を形造る大事なもの。私は、絶対にそれを棄てない!」
ドゥルールの背から漆黒の炎が翼のように広がりゆく。
ルル、ルル――彼女がこれまで救ってきた|守護霊《オブリビオン》たちが、彼女を護るようにその身に憑依する。
その姿はまるで、セイクリッド・ダークネスと鏡写しになるかのようだ。
そしてこの記憶を破壊すべくやってきた|オブリビオン《救済対象》へ視線を向け――瞬く間に肉薄する。
「おお、癒しを求める子よ。さあ、私の腕の中へ……」
黒き抱擁が伸びる。
だがそれらを強く、けれど優しく拒絶するかのように、力なく翼が垂れる。
「何故?救いを求めているのでは――」
「ええ、わかっているわ。だから|過去《あなた》を|救済《アイ》させて。それが私の癒しとなるから――」
――永久なる|契約《くさり》と|抱擁《ぬくもり》の儘に。
起動するはユーベルコード|【挽歌・土蜘蛛魂縛陣】《ムーンダスト・アストラルチェイン》。ドゥルールと共鳴した土蜘蛛の女王の放つ糸が、セイクリッド・ダークネスの四肢、そして翼を封じる。
その上で、抱きしめられるのではなく……自分が抱きしめるのだ。
慈しむように頬に触れ、優しく背へと手を回し。
そっと唇を重ねる。
「ん、ぅ……!!?」
直接体液を注ぎ込まれれば、ドゥルールの体内で構築されている媚毒の呪詛がセイクリッド・ダークネスの狂気ばかりの脳内をじわりじわりと蝕んでいく。
段々自分が蕩けてなくなっていくような感覚に困惑と、もっと求めたくなる中毒性とが狂気を染め上げ、抵抗する力を奪っていく。
媚毒が回り切った頃には最早悦びに蕩ける感覚しかわからなくなり、生命力を吸い取られていることもわからない。
だが、ドゥルールはそれで良いのだ。
あくまで彼女の目的はオブリビオンの救済であり、殺すことではない。
痛い思いをせずに還してあげられるのならそれが一番良い。
そう、御主人様がそうして自分を愛してくれたように、ドゥルールもまたオブリビオンを愛し、救うのだから。
大成功
🔵🔵🔵
辺津・澄華
スティーナ(f30415)の加勢
加勢という名の先回り……出来るはずだ、あの時私もここにいたんだから
スティーナの家から離れた地点……いたな、割り込んできた黒き抱擁
あの子も知らないんだ、どの方向から殺人鬼が来ていたのかは
その場に後から来た私以外はね
狂って悶えてるところ悪いが、あの家は……義娘の記憶は壊させない
力不足だろうがリミッター解除、蹴りや殴りをなぎ払うように大振りしつつ可能な限り左腕の動きを見切って怪力で捕縛を試みる
まぁこっちは力不足だ、そのうち掴まれるな
反撃の一発さえ残せれば構わないんだが……ん?
あー……バレたかスティーナに
すまないスティーナ、お前以外助けられなかった記憶も私にとっては大事なことなんだ、忘れるわけにいかないって意味でね
それに……2回もお前の前でご両親を死なせるわけにいかないだろ?
さて相手はまだやり足りないらしい、こっちも行こうか
UC使用、隙は義娘が守ってくれる
しかし要介護ヒーローだなこれじゃ、気落ちしても仕方が無いんだが
同時攻撃ね、いいよ合わせてあげる
天妖!九尾穿!
スティーナ・フキハル
澄華義母さん(f37402)と共闘(途中まで気づいてないけど)
スティーナ口調、合流した辺りで妖狐の真の姿使用
あーとうとう来たか、フィンランドのアタシの産まれた家……
3歳の頃にパパとママがここで……でその時義母さんに助けられて今は違う家と養子縁組して……冷静に考えると家庭事情複雑すぎんなアタシ
一家団欒がそのままってことは黒き抱擁はあっちと代わってそうだな、あの日押し入ってきた殺人鬼がそろそろ……
来ない、あれ?って窓の外見たらもう戦ってる!?
いや何で義母さんがいんのさ、まだ戦える程力無いはずなのに!
捨て身の体当たりで黒き抱擁にぶつかって吹き飛ばし投げられた義母さんを念動力でキャッチする
無茶するなぁ本当に……ま、昔からそっか
その背中見て育ってるんだからねこっちは……さて、向こうも起き上がってくるか
氷の属性乗せた護符の誘導弾を投擲、目標は黒き抱擁の翼と足!
UC使うのに一瞬無防備になってる義母さんの周りに結界張ってフォロー
んじゃ、一緒にやろっか、アタシのヒーロー!
同時にUC発動だ!
極華!九尾穿!!
●
「あー…………とうとう、きたか……」
この記憶になるであろう覚悟はあったけれど。
実際に目の当たりにしたスティーナ・フキハル(羅刹の正義の味方・f30415)の心境は、何とも言えない複雑な気持ちを抱いた。
眼の前に広がる光景は、幼い自分と両親が仲良く家族団欒しているありふれた日常のそれ――後に、粉々に砕かれてしまうものだ。
シルバーレイン・フィンランド郊外の一軒家。
彼女が3歳まで育った生家であり――スティーナにとって、全ての始まりとなった場所。
両親を殺された日の記憶が、この聖戦領域に展開されていた。
◆
――時を同じくして、フィンランド郊外。
スティーナの生家から少し離れた位置で、辺津・澄華(妖狐のヒーロー・f37402)は注意深く一つの方向を見ていた。
「(加勢という名の先回り……できるハズだ、あの時私もここにいたんだから)」
むしろ、先回りできるのは自分しかいないと言っても過言ではない。
あの日、当時3歳だったスティーナを間一髪のところで救ったのは他の誰でもない澄華自身。
殺人鬼が家に入り込むのを見て後から追いかけた彼女しか、殺人鬼がどこからくるのを知らないのだ。
――そう、|義娘《スティーナ》も。
「ああ、このままでは幸せな幼子から両親が奪われてしまう……そんなことになる前に止めなければ。幼子の心に傷はあってはならない――」
案の定、と言うべきか。澄華が見据えていた方向からセイクリッド・ダークネスが姿を現した。
奴が割り込むとするならばここしかないという澄華の推測が見事に的中したのである。
先程から見つめていた方向から惨劇を引き起こした殺人鬼張本人がやってきた。
記憶の中に割り込むのであれば、殺人鬼が訪れるタイミングに自らの存在を介入させ、記憶を破壊しにくるだろう――と。
そして、澄華はその進路を阻むように立ち塞がり……その上で、現在の自らの身体に秘められた力を全て解き放つ。
運命の糸症候群に罹患したことにより、全盛期と言えたかつての自分から著しく下がってはしまったけれど、それでもここを通す理由には当然なり得ない。
「狂って悶えてるところ悪いが、あの家は……
――義娘の記憶は、壊させない」
刹那、セイクリッド・ダークネスの左腕が伸びるよりも速く、澄華の蹴りが奴の脇腹を鋭く打ち据える。
骨が砕けるような音と共に数メートル先へ吹き飛ばされるセイクリッド・ダークネスだが翼を広げて受け身を取り再び腕を伸ばす。
わざと大振りに殴り・蹴りを入れることで澄華はその左腕をかい潜っては一撃を叩き込み、動きを見切ってその身を捉えようと――するが。
「っ!……予想以上に早かったな」
著しい能力の低下がここで災いし、逆にセイクリッド・ダークネスに掴まれるハメになってしまう澄華。
「義娘を護ろうとするその献身、素晴らしいの一言だ……だが、守れなかった記憶を抱えるのも苦しかろう?今楽にしてやろう」
「勘弁願いたいもんだがね……!」
――さて、どうするべきか。
反撃に一発、とっておきをくれてやれればそれで良いのだが……
澄華の記憶へと黒き抱擁の魔の手が伸び始める――。
◆
一家団欒の幼き自分を眺めて、スティーナは己の半生を振り返る。
「(3歳の頃にパパとママがここで……で、その時義母さんに助けられて、今は違う家と養子縁組して……
……冷静に考えると家庭事情複雑すぎんなアタシ?)」
両親を殺されたスティーナは、自らもその歯牙にかけられてしまうところだったのを澄華に助けられてしばらく彼女と過ごした後、
澄華の師である志華に引き取られて現在はフキハルの姓を名乗る。
とはいえ、澄華の姓も名乗れないからって彼女との絆が途絶えるワケでは当然なく、澄華も志華もスティーナにとっては大事な育ての母親だ。
こうして振り返ると、確かに複雑な家庭事情というのはまさに的を射た表現だろう、と我ながら思いつつ、広がる自分の記憶から敵がどのようにして介入しようとしているのかを推察する。
「(一家団欒がそのままってことは、黒き抱擁は|あっち《・・・》と代わってそうだな。あの日押し入ってきた殺人鬼が、そろそろ……)」
スティーナはいつでも敵がきて良いように構え、ドアが開くのを待つ。
…… …… ……
そしてそのまましばらく時が経ち。
「……来ない?あれ、何で……??」
流石にこの時点で記憶の内容と相違していることは流石に疑問を抱かざるを得ない。
いったい何が起こっているのか、より慎重に動こうとしたスティーナの横目に見える窓から、セイクリッド・ダークネスのものだろうと思われる翼が見える。
「えっちょ、もう戦ってる!?」
驚きに目を見開く。
自分以外に一体誰が――!?
想定外の出来事に困惑しながらも家の外に出たスティーナを待ち受けるのは、義理の母がセイクリッド・ダークネスに記憶を蝕まれようとしている瞬間だった。
「義母さんッ!!」
劈く悲鳴にも似たような叫びと共に無我夢中で飛び出す。
全身全霊、羅刹の膂力を込めた吶喊がセイクリッド・ダークネスの脇腹を打ち据えて。
澄華が最初に与えた一撃と同じ箇所――当然スティーナは知る由もないが――に追撃を加えられたセイクリッド・ダークネスは痛みに呻き、その左腕から勢いよく澄華を手放す。
同じように勢いよく吹き飛ばされようとした澄華を念動力で引き寄せ、抱き留める。
腕の中に抱えられた澄華は少しバツが悪そうに頬を掻いた。
「あー……バレたか」
「何でいんのさ!まだ戦える程力無いハズなのに!!」
「すまない、スティーナ。これは私にとっても大事なことでね……忘れるワケにはいかないんだよ」
あの時、スティーナしか助けられなかったことを澄華は今も悔いている。
もし、少しでも早く事態を察知できていれば。
駆けつけるのが間に合っていれば。
……きっと義娘は、今も実の両親と共に幸せに過ごせていただろうに。
澄華にとってこの時の記憶は、己の無力さを痛感する苦々しい経験であると同時に、もう二度とこのようなことは繰り返さないという決意を抱き決して慢心すまいとする戒めなのだ。
「それに……2回もお前の前でご両親を死なせるワケにもいかないだろ?」
そう、眼の前で両親を殺されるなんて経験を、これからを生きる子供たちに決してさせてはならない。
この記憶は戒めであると同時に、己を絶えず鍛えて護る為の力を得るための動力源ともなっている。
とはいえ、力がまだ戻っていない状態で幹部級のオブリビオンに挑むなんて無茶も無茶の大無茶もいいところだ。
「だからって……無茶するなあ、本当に。
――ま、でも昔からそっか」
そんな無茶する義母の背を見てスティーナは育ったのだ。
ずっと昔から知ってるのを、今更咎めたってしょうがない。
だってそれが辺津・澄華という人――スティーナにとってはあの時からずっと変わらないヒーローの姿なのだから。
「……さて」
ひょいっと義娘の腕の中から飛び降りて、服についた埃を払って澄華は再び構える。
同時に痛みに呻きながら、その禍々しい翼を広げてセイクリッド・ダークネスが狂気に満ちた叫びを上げ、再び記憶を破壊せんと迫ってくるではないか。
「向こうも起き上がってくるか……」
「相手はまだやり足りないらしい。こっちも行こうか」
「オーケー、フォローするよ!」
スティーナは数枚護符を取り出し、それに氷の力を纏わせる。
狙うはセイクリッド・ダークネスの脚と翼――それらを凍らせることによって動きを鈍らせる魂胆だ。
オブリビオンとは言え肉体がある以上、体温を奪われては当然動くのもままならなくなる。
だが、狂気に理性が溶けているセイクリッド・ダークネスはそれでも力任せに氷を砕き、再び左腕を澄華へと伸ばす。
しかしてそれも当然スティーナも澄華も予測済。迅速に展開した結界術が左腕を弾き、同時に結界の表面にも氷の属性を付与させていたことからまた凍りつき動きを鈍らせる。
牽制から、防戦、そしてそこからの反撃によって動きを鈍らせ、澄華のユーベルコードが発動するに十分な時間を稼ぐ意図だ。
「しかし、要介護ヒーローだなこれじゃ……」
「仕方ないじゃん全盛期じゃなくなっちゃったんだし」
「そりゃそうだ。気落ちしても仕方がないんだが……」
苦笑しながら、九尾化した自身の尾に激しく燃え盛る狐火を纏わせる。
まるで蠟燭が一つずつ灯るように一つずつ灯る狐火。
全盛期でなくなったが故か否かは定かではないが、これを発動させる為にはどうしても無防備にならざるを得ない。
だが、逆に言えば支援を得意とするスティーナとは噛み合わせが良いということでもあり、お互いにお互いのスペックを最大限に発揮できる状況とも言えた。
セイクリッド・ダークネスへの牽制を続けながら、スティーナも澄華に合わせてユーベルコードを発動するべく黒狐の尾を顕現させ、火花を散らしていく――!
「進捗どう?」
「十分だ。撃てる」
「んじゃ一緒にやろっか、アタシのヒーロー!」
「同時攻撃ね。いいよ、合わせてあげる」
スティーナが結界を解いた刹那、セイクリッド・ダークネスが最早人のソレとは似ても似つかぬ叫びを上げて飛び込み、再び左腕を叩きつけるかのように振るう!
激しい砂埃が舞い上がるが、そこに二人の姿はない。
ならばどこへ?
――決まっているだろう。隙を見せた敵の背後に回り込んだ、ただそれだけだ!
「――天妖!」
「――極華!」
「「九 尾 穿 ッ !!!!!!!」」
二人の渾身のユーベルコード。
澄華の、そして彼女から受け継いだスティーナの必殺技が無防備なセイクリッド・ダークネスの背に炸裂する。
火花と狐火が交わり、それは大きな大きな炎となり、柱の如く立ち上ると共に大気を劈く甲高い断末魔が響き渡った――!
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
紫・藍
【藍九十】
この記憶は九十のおねーさんの……。
藍ちゃんくんの会ったことのない方々なのでっす。
お顔だって傷だらけなのでっす。
なのに。皆々様のお顔が分かるのでっす!
それはここが記憶の世界で。藍ちゃんくんにも分かる程におねーさんが今なお皆々様を覚えてらっしゃるということ。
循環に任せるのではなく、手元にそっとしまい続けているおねーさんだけの宝物。
なるほどなのでっす!
はじめましてではないのでっす!
藍ちゃんくんは、藍ちゃんくんの全てでおねーさんを藍してるのでっすから!
知らず知らずにおねーさんの宝物な皆様方ともお会いしてらしたのですね!
歌うのでっす、そのことへの歓びを!
鎮魂歌でも無く、葬送曲でもない、藍の歌として!
あや、そういえば。
なにやら藍ちゃんくんとおねーさんを抱きしめようとした方がいらっしゃいますがー。
間に合ってるのでっすよー?
両手に沢山の宝物を抱いたおねーさんを抱きしめていいのは藍ちゃんくんだけで。
藍ちゃんくんを抱きしめていいのもおねーさんだけなので!
野暮な方々はお帰りくださいなのでっすよー!
末代之光・九十
【藍九十】
(荒羽吐族、己達を神と崇めた民の死体が一面に)
…ああ。大和との戦に敗けた時の。
託宣でも直接言っても止まらなかったんだ。…勝てる訳ないのにさ
僕等は不介入の取り決めだったし。せめて終わった後確認に来て…
(死体に幾つも知った顔。上位神からの『人に親しみすぎるな』と言う警告を、気遣いだと知った上で無視した九十の自業自得の記憶)
記憶が消えたって無かった事にはならない。
それにそもそも死と生命は循環するから。別にさよならじゃない。
だからこの時も悲しくなんて無かったし(嘘)
今も平気だ(嘘)
それに。彼等との記憶は全部僕の大事な宝物だから(本当)
上げないよ。
(UCによる記憶の随時治癒)
…ふふ。
そっか。藍には皆会ってるかあ。
なら尚の事渡せないね。宝物の累乗だもの。
そうだね。藍が抱きしめてくれるのに他の抱擁なんか要らない。
友達なら未だしも君はそうじゃない。
そもそも壊し奪うものを僕は抱擁とは言わない。
藍がそうしてくれる様に。僕が藍にそうしたい様に。
受け止め受け入れる事が抱擁。
紛い物はノーセンキューだよ。
●
「この記憶は……九十のおねーさんの……?」
紫・藍(変革を歌い、終焉に笑え、愚か姫・f01052)は広がる光景に驚きながら、末代之光・九十(|何時かまた出会う物語《ぺてん》・f27635)へと視線を向ける。
眼の前に広がるのは無惨な死屍累々以外の何物でもないものだった。
「藍ちゃんくんの会ったことのない方々なのでっす」
「……ああ、大和との戦に敗けた時の――だね」
忘れもしない光景を再び目の当たりにした九十は、悲しげにその屍らを眺める。
……荒羽吐族。
かつて古代日本に存在していたまつろわぬ国にて、九十を神として崇めていた民族。
大和と戦争を繰り広げて滅びを迎え、今やその国を知る者は彼女一人だけになってしまった。
「託宣で直接言っても止まらなかったんだ。……勝てるワケないのにさ」
非常に傷だらけでありながらも、その顔はとても鮮明で。
彼らの顔を九十はよく知っていた。自分が愛し、親しんでいた掛け替えの無い民たち。
最早記憶の中でしかこうして顔を見ることができない彼ら。
元々神と比べて人間はあまりにも短命だ。
ましてや、これが古代の日本の人々ならば当然今よりも驚く程に短い。
――人に親しみすぎるな。
かつて、上位神からそう警告されたことがある。
それは自らを縛るものではなく、こちらを気遣ってのことだと、九十は理解していた。
知っていた上で、それを無視したのだから。
とはいえ不介入の取り決めがある為、託宣で言葉を伝える以上のことはできない。
ならばせめて終わった後に確認はと再び地に降りた九十の眼前に見えた景色が、この屍たちだった。
そう、これは自業自得。
上位神の言葉の真意を知って尚それを振り払った自分に齎された相応の結果でしかない。
だから、この時起きた記憶を受け入れないという選択肢は取れないし、元より存在しなかった。
当然だ、自分で撒いた種なのだから。
「おねーさん……」
経緯を語る九十の肩が震えているように見えて、藍はそっと彼女に寄り添う。
そっと手を近づければ、九十からぎゅ、と握り締める。
きっと自分を落ち着かせる為だろうか、それとも危険を察知したからだろうか。
同時に、惨たらしい景色の端が次々と黒で侵蝕されていくのが見える――間違いなくセイクリッド・ダークネス『黒の抱擁』によるものだ。
「……記憶が消えたって、無かったことにはならない。
それにそもそも死と生命は循環するから。別にさよならじゃない」
それはまるで、言い聞かせるように。
「だからこの時も悲しくなんて無かったし、今も平気だ」
嘘だ。
悲しくないワケがないし、平気でいられてるワケがない。わかっている。
平気でいられているなら、藍の手を握りしめて気を落ち着かせようなんてしないし、自分に言い聞かせるような口ぶりでこんなことを語りはしない。
わかっているんだ。
……当然、それだけじゃないということも。
「――それに、彼らとの記憶は全部僕の大事な宝物だから」
絶対に、あげないよ。
俯けていた顔を前へ向けて、記憶を侵蝕する黒を記憶の色で塗り潰す。
九十から溢れ氾濫する生命そのものの概念が全てを奪い滅ぼす黒をかき消し、拮抗する。
しかし神威を行使すればする程消耗も激しく、それでも立っている為に九十は藍の手を握って食い縛る。
藍はそんな彼女を支えようとして――ふと、彼女を慕っていた民たちの亡骸に目を向ける。
「(お顔が傷だらけなのに、皆々様のお顔がわかるのでっす)」
藍は当然だが、この人々に会ったことはない。
だが、それでも彼らの顔が鮮明にわかるし、顔つきからどのような人物であったのかをなんとなくでも感じ取ることができる。
それは、つまり。
「……なるほどなのでっす!」
何かを理解したように、藍はぱあ、と笑顔を浮かべる。
「……藍?」
「藍ちゃんくんはこの方々に会ったことがないのでっす。でもそれでもこの皆々様のお顔がとってもよくわかるのでっす。それが何でか今はっきりわかったのでっす!
――それはここが記憶の世界で、藍ちゃんくんにもわかる程におねーさんが今尚、皆々様を覚えてらっしゃるということ!」
ユーベルコードの行使による疲労を隠せない九十の手をそっと離し、手を広げて藍は語る。
心の底から嬉しそうに、声を弾ませて。
「循環に任せるのではなく、手元にそっとしまい続けているおねーさんだけの宝物。
だから、藍ちゃんくんにもはっきりとわかるんでっすね!
なるほどはじめましてではないのでっす!だって藍ちゃんくんは、藍ちゃんくんの全てでおねーさんを藍してるのでっすから!
知らず知らずにおねーさんの宝物な皆様方ともお会いしてらしたのでっすねー!」
藍する人がずっと記憶に留めて、大事にする程に愛していた民たちに会えたことは間違いなく藍にとっては幸福なのだ。
彼女が好きだったものを、大切にしていたものを知れて、共有できる……
それは間違いなく歓ぶべきことで、尊く大事なこと。そして何よりも嬉しいことだ。
だから、この歓びを形にしなくては!
「だから、藍ちゃんくんは歌うのでっす!このことへの歓びを!
鎮魂歌でも無く、葬送曲でもない――藍の歌として!」
すう、と息を吸って。
刹那、青空のように澄んだ歌声が記憶の領域全てを覆う。
心は楽しく、幸せ溢れ、響き渡るは歓びの歌――
天を覆う闇と障害を吹き飛ばし、再び空に日差しを齎すかのように九十の心をも照らし出すと共にその疲労すらも吹き飛ばす!
「……ふふ。そっか。藍にはみんな会ってるかあ……」
自然と、九十の口から笑みが溢れる。
知らず知らずのうちに自分は彼と宝物を共有していた。それはつまり宝物をより大事な宝物としてしまい込んでいたということ。
掛け替えの無い宝物が、よりもっと掛け替えの無い宝物となったということなのだ。
ならば尚のこと渡せない。これは宝物の累乗だ。
重くなっていた心が、憑き物が落ちたように軽くなるのを感じる。
記憶を蝕む黒は全て塗りつぶされ、記憶の光景に一つの傷も残らなかった。
……藍のユーベルコードはただ癒しを齎すだけではない。
青空の如き歌声は、例え心無きものであろうと魂を宿す程の強い歌。
それを耳にしたセイクリッド・ダークネスは狂気の間に差し込まれた魂の歌が呼び起こす感情に錯乱を起こし、ユーベルコードの使用を思わず止めざるを得なくなったのだ。
「……あや、そういえば。なにやら藍ちゃんくんとおねーさんを抱きしめようとした方がいらっしゃいますがー……」
藍が九十をぎゅ、と優しく抱きしめる。
間に合ってるのでっすよー、と。敢えて見せつける。
――そう、狂気に陥ったオブリビオンの干渉を拒絶する為に。
浄化のオーラが九十と、九十の宝物たちに干渉させまいと藍共々包み込む。
「両手にたっくさんの宝物を抱いたおねーさんを抱きしめていいのは藍ちゃんくんだけで、藍ちゃんくんを抱きしめていいのもおねーさんだけなので!」
「――そうだね。藍が抱きしめてくれるのに他の抱擁なんか要らない。友達はまだしも、君はそうじゃない」
九十もまた、藍をぎゅ、と抱きしめ返しながら身勝手な黒の抱擁を拒絶する。
同時に死と生命の循環たる神威を用いて、身勝手な介入をしようとしたセイクリッド・ダークネスを呪詛で縛りつけていく。
「そもそも。――壊し奪うものを、僕は抱擁とは言わない。
藍がそうしてくれる様に、僕が藍にそうしたい様に。受け止め受け入れることが抱擁。……紛い物はノーセンキューだよ」
「そういうことでっすので!野暮な方々はお帰りくださいなのでっすよー!!」
神威による呪詛と、藍の青空の歌声による浄化の力が同時に叩き込まれる。
それは狂ったオブリビオンを領域そのものから拒絶するように、まさに天を覆う闇となりうる障害を吹き飛ばした――!
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
スキアファール・イリャルギ
……噫
この記憶だと思った
怪奇人間になって――見知らぬ集団に攫われ、拘束され
毎日"実験"を受ける日々の記憶
劣悪な環境
枷に薬にメスに罵倒・称賛・好機・侮辱――
そんなのが数週間数か月数年続けば心も躰も壊れて廃人だ
思い出したくもない記憶
それでも、時折フラッシュバックする記憶
|悪夢喰らいの猫妖精《ラトナ》と出会うまでは、毎晩夢に見た光景でもあった
辛くて痛くて苦しい出来事だったけど
この出来事があったから私は猟兵としてここにいるし
たくさんの大切な人に出会えた
消したいけど……消してはいけない、記憶
……地籠さんの言う通りだ
噫、嗚呼――ふざけるな
この記憶が消えた所でなんになる
躰の傷も心の傷も消えやしない!
怪奇が消え去るわけでもない!
人間に戻ることさえ叶わない!
どうあがいたって私は傷を抱えた怪奇人間なんだおまえには分かるのか分からないだろこの気持ちはッッ!!
翼がこの身を包む前に、呪瘡包帯で翼を捕縛
翼を圧し折り引き千切る程に力を込める!
呪詛も炎(属性攻撃)も全力で叩きつける!
おまえなんか――壊れて終えッッ!!
●
「……噫」
スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)は、怪奇人間である。
怪奇人間であるが故に、多くの苦難が彼に降り掛かった。
完全な怪奇人間となった時に望まぬ結果を齎したことは今でも覚えているし、その後自分がどんな経緯を辿ったか……
忘れたこともあったけれど、今では絶対に忘れたくとも忘れられはしないだろう。
――だから、ここにきた時に自分のどの記憶を描くのかは予想がついていた。
「(この記憶だと思った)」
怪奇人間になって、見知らぬ集団に攫われて拘束され、毎日実験を受ける忌々しい日々の記憶。
当然ながら、環境は非常に劣悪だ。
枷をかけられ、薬を盛られ、メスを入れられ……罵倒も称賛も同じぐらい浴びたし、好機と侮辱の視線も幾度となく向けられて。
それが数週間、数ヶ月、数年と続き――スキアファールの心も躰は壊れた。
心も躰も壊される程の傷なのだから、当然トラウマにならないワケがなく、|悪夢喰らいの猫妖精《ラトナ》と出会うまでは毎晩夢に見た程だ。
みゃあ、と自分の陰からラトナが鳴く。
スキアファールの心境を心配したのか、それともそれに今気づいてどうしたの?と声をかけたのか。
そこまではわからない――そこまで考える程の余裕がないとも言う――が、その鳴き声がざわつく心を少しだけ、落ち着かせてくれた。
大丈夫だと告げると、ラトナは再びスキアファールの影にそっと引っ込んでいく。
「……辛くて痛くて苦しい出来事だった。けど――」
この出来事があったから、スキアファールは猟兵に覚醒しここにいる。
たくさんの大切な人に出会い、たくさんの思い出も作ることができた。
例え心の傷を完全には消し切れずとも、少なくともフラッシュバックの回数が目に見えて減るぐらいには前を向けるようになった。
「(……地籠さんの言う通りだ)」
消したいけれど、消してはいけない、記憶。
どんなに忌まわしいものであっても、ほんの少しでも歯車の噛み合わせが違っていたらこうはならなかったかもしれない。
そう、どんなに些細なことだったとしても、今目の前に広がる光景のように思い出したくないモノであっても。
この経緯を経ずに、自分は今の自分に至るまでの同じ過程を経ることができただろうか?
噫、結局はどう足掻いても自分を構成する以上は絶対に切り離せないのだ。
人間として自らの人生を謳歌する為に、怪奇であることを忘れないようにしているのと同じように。
「おお、何と。音が聞こえるだけで痛ましい。なんて辛い記憶なのだろうか。救わねば――」
そんな中、スキアファールの最も触れてはいけないモノにかの狂ったオブリビオンは翼を伸ばした。
それがどれ程に逆鱗を逆撫でする行為であったかは当然言うまでもない。
『黒の抱擁』がスキアファールを包み込むよりも早く、彼の呪瘡包帯が翼に巻き付いて動きを封じる。
「何……?」
「……噫。嗚呼。
――ふざけるな」
刹那、セイクリッド・ダークネスから甲高い悲鳴が飛び出す。
呪瘡包帯を巻き付けた上から力任せにスキアファールがその翼をへし折り、引き千切ったのだ。
骨が砕け、肉が千切れる音、そして血の滴る音と共にセイクリッド・ダークネスの躰が地に落ちる。
「あ、が……な、何故……何故」
「何故?この記憶が消えたところで何になる」
傷口を踏みつけられ、声にならない悲鳴が上がる。
だが|こんな程度《・・・・・》で済みはしない。
軽率に心の触れてはいけない部分に触れた以上、惨たらしい死で終わるのすら生温いと言わんばかりに。
それほどまでに怒っていなければ、翼を千切る程の力なんてそう簡単に出はしない。
「記憶が、消えた、ところで!!体の傷も!!心の傷もッ、消えやしない!!!怪奇が消え去るワケでもっ、ない!!人間に!!戻ることさえ!!叶わないッ!!!!」
叩く、叩く、叩く。
何度も、何度も。
千切った翼にありったけの呪詛と炎を込めて、殴る。
「どう足掻いたって私は傷を抱えた怪奇人間なんだお前には分かるのかわからないだろわかってたまるかこの気持ちはッッ!!!!!!!!!!!!」
怒りは最早頂点を突き抜け、声が裏返る程の叫びが勢いよく飛び出して。
身勝手な救いを騙り嘯く救世主気取りへの怒りに狂うかのような一撃は、ユーベルコードによって対象から正確な視界を奪い、その聴覚をひどく過敏にさせ、恐怖心をより煽る。
狂気になんて陥っている暇すらなくなる程の恐怖と地獄の炎が如き劫火、それらが齎す絶え間ない苦痛に最早目の前のオブリビオンは叫ぶことすらできない。
それどころか、狂気なんてそっちのけでたすけて、とすら口が動いているようにすら錯覚する。
人の心に土足で踏み込んでおいて助けを求めるなんて何様か。
こっちは助けを求めても助けてもらえなかった日々が続いたというのに!
嗚呼、噫、壊れろ、壊れろ、壊れろ――――ッ!!!
「お前なんか!!お前なんか――壊れて、終えぇッッッ!!!!!!!!!!!」
最後に凶器に使った翼そのものを投げ捨てるように、セイクリッド・ダークネスの顔面に叩きつける。
ぐちゃりと、何かが潰れるような音がする。何が潰れたのかは最早わからない。
その姿は炎と影に融かしに融かされ、形が綺麗に残っていたとしても視認できないのだから。
……セイクリッド・ダークネスの姿が消え。
聖戦領域そのものが解除された後、スキアファールはひどい疲労感に襲われその場に崩折れる。
怒りをぶつけたところで、この気持ちは、記憶は、心の傷は当然簡単に晴れるものではない。
だが、どんなに辛く苦しくても消してはいけないことである……そう認識できたのは大事なことだという結論を得たことは、悪いこととは思わなかった。
◆
救いを騙り、人の記憶に何度もその面の皮厚く乗り込んだ狂ったオブリビオンは、こうして跡形もなくなる結末を迎えたのである。
この戦いは、猟兵諸君にとってはひどく辛く苦しい戦いだったことだろう。
だが、各々の大事なものを改めて認識できたことはきっと悪いことではないと信じ、この報告書を締めくくることとする。
彼らの健闘に、心からの敬意を。
大成功
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