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🐈団地ねこ🐈

作者：一縷野望

●妖怪団地－あ39号
　｜古《いにしえ》にも色々ある。
　例えば昭和レトロ。既に２つ前の年号の時代は景気が良くなる一方で人口も右肩上がり。
　そんな人々の暮らしの為にしつらえられたひとつが『団地』
　無機質なドアは今時珍しい捻りノブ、今や空き巣の恰好の的というアレ。大量生産の申し子な団地は、同じ顔したドアの先の間取りもやっぱりそっくり同じ３ＬＤＫ。
　洗濯機の排水溝はお風呂に流すし、トイレは和式のしゃがみ必須。
　飾り硝子のドアが襖代わりに部屋を区切る。凸凹硝子は埃まみれの光を受けて万華鏡めいた綺羅を畳に刻んで魅せる。
　うなぎの寝床めいた細い台所、中には木のまな板が出しっぱなしになっている部屋もある。
　ドアも作りもそっくり同じだけれども、暮らす家族により部屋の使い方は様々。子供部屋の二段ベッドがあったり、お茶の間にこたつが鎮座していたり。床の間に毛筆掛け軸は更に年号が２つほど前のお爺ちゃんの趣味だろうか？
　――ここがカクリヨファンタズムである以上、この団地はただものではない。そうここは『妖怪団地』だ。
　古の思い出を詰め込んだような『妖怪団地』に人はいない。ここの主達は『ねこまた』――団地武装団と言えば物々しいが、個体によってはちょっとおっきくて尻尾が二股になってる猫たちだ。
　こたつや押し入れは安心の隠れスペース。潜れる段ボール箱も一杯あっていいね。
　二段ベッドは木の上のように高みから見下ろせる、しかもお布団つき。ここは強い奴のゾーン。
　とまぁ猫にも猫好きにとっては楽園のような妖怪団地－あ39号だったのだが、どうやら厄介な奴に目をつけられた模様。

●グリモアベースにて
　九泉・伽（Pray to my God・f11786）はやや不機嫌に眉根を寄せて煙草を吹かす。
「｜なんの罪もない妖怪のねこまた《かわいいねこ》にウィルオーウィスプの骸魂をくっつけて利用しようとしてるクソジジイがいるからぶちのめしてきて」
　ああこの反応、この人猫好きだ。
　のんびりまったりきままに過ごしていた猫を浚って悪いことを企む輩が、絶対に赦せないとのオーラを隠さずに、伽は紫煙を横に吐き出した。
「まずは『妖怪団地－あ39号』に皆を送るから『ねこまたウィスプ』化した猫から骸魂を引っぺがしてあげてよ」
　ねこまたさん達のサイズはそれぞれ。普通の猫サイズから、大人の腰ぐらいまであるでかいのもいる。
　ねこまた達は猟兵を前にすると――隠れる。
「猫って、知らない人が来たら隠れるもんだしね。まぁそこを、猫おやつや猫じゃらしで誘い出して、怖がらせないように愛でてあげて」

　有り体に言うと『レトロ団地な猫カフェ＠カクリヨ妖怪バージョン』である。

　……しっぽに灯ってる炎が熱かったり、化け猫を呼んで集団引っ掻き猫パンチとキックを食らわしてくる奴もいるが、まぁ、猟兵なら平気平気、死なない。
　猟兵が攻撃をしなくても愛情をもって猫をもふれば、やがて骸魂はぽろりとおちる。
　ねこまたを正気に戻した暁には『迷獄の収集者』を倒す心強い仲間となってくれるだろう。
「そんなわけで、ネコチャン救出任せたよ。あと使うなら好きなの持ってっていいよ」
　伽が中をあけて見せるエコバックには、猫おやつ、カリカリごはん、猫じゃらし……他、お猫様を惹き寄せるアイテムがこんもりとつめこまれていた。

第1章 集団戦 『ねこまたウィスプ』

POW   :    惑わしの鬼火 【二股に分かれた尾の先端に浮かぶ炎】が命中した対象を燃やす。放たれた【相手を幻惑する効果のある青白い】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。 SPD   :    顔を洗う 【夢中で顔を洗うことで】、自身や対象の摩擦抵抗を極限まで減らす。 WIZ   :    化け猫の集会 戦闘力のない、レベル×1体の【化け猫達】を召喚する。応援や助言、技能「【『おどろかす』や『化術』】」を使った支援をしてくれる。 イラスト：猫家式ぱな子 👑11 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

●
「……かもんキュウダイくん！」
　古びた団地に桜花が満開。ハレに華やかな雨倉・桜木（花残華・f35324）が三味線を軽くつま弾けば、おこたの上に黒猫が現れた。
「キュウダイくん、聞いておくれよ。可愛い猫に悪さする輩が現れたそうだよ。そういう輩は極刑に値するね。うんうん、ぶちのめそう」
　ちょんと額の角をつついてから、ふかふかの胸毛に指をさしいれこちょこちょこちょ。するとキュウダイくんはくいっと頭をあげて喉元を晒す。
　――撫でれ。
　とでも言いたげな鷹揚にして信頼しきった態度に、桜木は猫飼い特有の優越感でもって奉仕させていただく。
　しゅかしゅかしゅか。
　むふぅと満足の鼻息。キュウダイくんはこてんっとこたつの天板の上に寝っ転がって更に喉元をみせた。
“…………”
　ところで、こたつの中からアーモンドな二つ目が何組もきらーんってしてるのを桜木は気づいている。が、敢えてここはしらーんぷり。
「気持ちいいねぇ、キュウダイくん」
　わしゃわしゃとお腹の毛を味わいながら、左指での喉の下しゃかしゃかは怠らない。
「おや……？」
　桜木は膝につぷんとなにが刺さる、あ、猫パンチ（小）がきたぞ。
　薄暗がりで目を凝らすと、ちんまりと白い手でこたつ布団から覗いてる、ラブリー極まりない。
「ふんふん」
　鼻歌混じりに取り出したるはエノコログサ。白いおててを掠めてちょん。
　じり、じりの、じり。
　徐々に緑にあわせ動き出す白いクリームパンが突然素早く撓った！
　ぱし★
「あ、いらっしゃーい」
　だがしかし、エノコログサを両前足でばしんっとしたのは戸棚から飛び降りてきたチャトラくん。こたつ猫の手は虚しく宙を掴む。
「エノコログサは沢山あるからね」
　チャトラを右手でじゃらし、左手では再び白猫パンチを掠め、今度はちゃんと奪わせる。
　しゅるんっとエノコログサを引っ張り込んだ白い手の持ち主は、直後、ふにゃあっと叫んで飛び出してきた。
　どどどどど！
　案外ちっちゃな白猫をおっかけるやはり仔猫のまだら猫、とっくみあいのじゃれじゃれ。
「あー……可愛いなぁ。お猫様って本当、最高だね」
　そんな桜木の足首からふくらはぎは、もはやけりぐるみ。
　げしげしっげしげしっ！　リズミカルの後ろ足蹴りは、成猫サイズのチャトラくんとどさくさ紛れなキュウダイくん。
　蹴りはけっこうつええが、痛みなぞ全く気にしない。だって、御猫様からの傷は勲章だからね！

大成功 🔵​🔵​🔵​

●
「幽世にこんな所あったんだ。知らなかったー」
　海藤・ミモザ（millefiori・f34789）が咲いたのは潮香る西洋の街。だからか、畳も襖もヘンテコな狸の焼き物すら愛らしく見える。
「あっ、なんだろこれ？」
　垂れ下がる布を捲ったら、翡翠の双眸をくりっとさせる娘が見つめ返してくる。
「鏡なんだー。引き出しには何が入ってるかなー」
　おっと、鏡像の背後を蒼い炎がすーっと横切ったぞ？
「……はっ！　猫ちゃんはっけーん！」
　それはそれとして、鏡台の引き出しをていっと開けて中身かくにーん！
「あ、髪留めがまるっこくてキャンディみたい……昭和レトロ、なんかかわいー♪」
　可愛いをご馳走様ーと元に戻して、いざ猫探索！
　立て付けの悪い押し入れの襖をあけたら、ぎらりん★と輝く瞳のお出迎え。
「ほーら、おいでおいでー。その尻尾にくっついてるの、ないないしようねー」
　当然、するりんと隙間に消える。
「……ってまぁ、そんな簡単に来たら猫じゃないよね！　知ってる！」
　尻尾の炎で火事にならず安心とか、ミモザさんどこまでも余裕である。
「そんな事もあろうかと……じゃじゃーん！　羽根つき釣り竿ー！」
　ふふんと猫口、まずはしゃかしゃかとわざと音を立てゆらす。
　ぴょこ！
　片目とおみみが覗いた所へ、スナップを効かせ羽根飾りをくねらせた。
　じーーーーー。
　はやくなったり止ったり、かと思ったらふわり浮いて消えようとする。そんな羽根飾りを前に、炎の尻尾がぴぴーんと立った。
（「くるかな？　くるかな？？」）
　ぷりぷりとお尻を振るのにあわせて、じゃらしを揺らし勢いよく引き戻した。
　しゅぱーーーんっと釣られて飛び出してきたのはサバシロくん。べちんと羽根を叩き落とし齧りつく。
「つれたー！　はい、いらっしゃーい♪」
　お猫様を抱きあげ頭を撫でる。指がふれた片耳がぴこっと下がりアーモンドの目がきゅうっと閉じた。
「……えへへ、かわいー♪　はい、この骸魂はぽーい！」
　尻尾の先をしゅっと撫でたら炎は虚空に消え去る、お仕事完了。
「なぉ～ん？」
　きょとっと首を傾げ、じゃらしをあぐあぐかみかみ。
「ん、すっきりしたねー」
　喉元をしゃかしゃかと掻いてやったら、きもちいーっと首が伸びた。もっと撫でれの御猫様仕草である。
「いい子いい子。他の子もみんなぽいぽいして、遊ぼっか♪」
　次のターゲット発見。ポットの影に隠れた子猫の鼻先を羽根でこしょこしょ～。
「ふにゃ！」
　軽やかに２匹目様ご案内。その後、ミモザの華麗なるじゃらし捌きで沢山の猫の骸魂が祓われたのでした！

大成功 🔵​🔵​🔵​

●
　お邪魔します、と団地の一室に踏み入れた琴平・琴子（まえむきのあし・f27172）の手元には、色とりどりのキャンディめいた光を放つ輝石ランプ。
　さて、畳の和室に逃げ遅れたどんくさいのが１匹。チャトラベースにお腹と後ろ足が白い、そして――。
「……大きいですね？」
　開き直ったか、しびびびびっと伸びをして立ち上がる。するとでっかいお顔が琴子のすぐ傍に、全長１メートルは軽くある。
　床にランプをおくべく背中を向けたら、ちょん、ちょんっとでかいにくきゅうおててでつつかれる。
「ああもうそんな急かさないでくださいませ、お座り」
　背中越しにふんわり空気がかき混ぜられた。振り返ったら香箱座りのグリーンアイと目が合った。
「言葉が分かるくらいにはお利口ですね」
　ぶぶぶぶぶぶぶ……。
　褒められ嬉しいと鳴ってる喉も大音量だ。
　どむんとずっしり。
　そんな背中に両のてのひらをおしつけたら、ふかぁっと沈んで見えなくなる。撫で心地良好。
「ふさふさですね。見た目より毛足が長いです」
　隣にしゃがむと香箱から手足が復活、のすりと柔らかにのしかかられた。
　重い。
　でもって、ぺしりぺしりと尻尾が華奢な少女の肩を叩く、そして一言。
「なぉ」
「……偉そうですこと」
　撫でをご所望、丸わかり。
「はいはい、いいこいいこ」
　背中に両手をおいて腕ごと動かし撫でたら、またまた尻尾のさきっぽでほっぺをぺしんとされた。
「……それじゃない？」
　むいっとさがる眉は、何時もの大人びた感じと違って年相応。むむむとなりながら、てのひらを尻尾の付け根まで流す。
　すると、にゃんこの目がきゅうっと閉じた。
「じゃあ此方？」
　とんとんとん。
　尻尾の付け根をリズミカルに叩くと、再びぶぶぶぶぶぶっと喉が鳴り出した。大正解、御猫様はご機嫌だ！
「？　どうしたんですか市」
　黒いハチワレ市も、くいっと尻尾をたてたお尻を向ける。
「お前も？」
　あいた手でぺちぺちと２匹同時に叩いていたら、ぞろりと三毛、キジトラ、シャムもどき、と……琴子を囲むのはさんかくおみみの獣たち。
「これは叩かれ待ちだったりします？」
　なぉんとお返事する仔もいれば、ごろんと横たわってまったり待つ仔と様々な反応だ。
「別に構いませんけども、一体どれ位掛かるのやら」
　まぁ時間はたっぷりありますし、皆ぽんぽんしてあげますとも！

大成功 🔵​🔵​🔵​

●
「ここがカクリヨファンダズム……」
　何処か懐かしい佇まいだ。
　猫おやつで膨らんだ紙袋を抱え直し、近江・永都（メガリス・アクティブの霊媒士・f37904）は緊張の面持ちでドアノブを捻る。
「妖怪団地、猫さん達もここの住民さんなのでしょうか」
　首を竦めて見回せば、襖の爪研ぎ破れが視界に入る。
「ふふふ、これは可愛いらしい。まだ仔猫のようですね」
　猫は嫌いではない、小さくて……。
「……大きいですね？」
　ぬぼ～っと現れた黒猫はでかくて目つきはやぶにらみ。でも首を傾けて伺う仕草は愛らしい猫そのものだ。
「ああそうだ……九泉さんに戴いたおやつ、食べますか？」
　ガサガサと紙袋から猫おやつを取り出し封を切った。
　ふんふんと鳴らす鼻先に錬りおやつをぺとり。
　ぺろん。
　一息に舐めとったら瞳孔まんまる！　おいしい！
「……ああ、袋ごと食べたらお腹を壊しますよ。待って下さいね」
　自分の掌に２つ分を絞り出して口元へ宛がえば、瞬く間になくなった。
「美味しかったですか？」
　綺麗に舐めとり終わった所へ、永都はそそーっと掌を伸ばし額を撫でる。
　ごちごち。
　もっと撫でろと頭をぶつける勢いでスリスリ。撫で返してあげたら蒼い焔が尻尾から落ちて消えた。
「！　骸魂が分離できた……んでしょうか？」
　呆気なくはじめての仕事は大成功。
「このお部屋の猫全員の骸魂も払ってあげたいですね」
「にゃ」
　返事をするように鳴いたおおねこまたは、のすりのすりと進んでから振り返る。ついてこいと言っているようだ。
　見目は翁だが永都の足捌きは存外若々しい。誘われついたのはこたつ部屋。
「あ、お茶でも飲んでいけと？　はい、喜んで」
　すっと現れた湯飲みに口をつけて正座の足を伸ばしたら、ふかっとした感触に触れる。
「おや、足元にも猫さんが」
　布団を捲った先に、爛々と輝く双眸が３組。頭をつっこんで腕を伸ばしたらふかっと毛に包まれる、長毛猫さんだ。
「いいこいいこ……あ、こっちにもいたんですね」
　喉を掻いたり顔をこちょこちょしたりする度に、骸魂の象徴たる焔が落ちては消える。
「おやつも沢山ありますからね」
　掌をくんくんする仔をふかっと撫でて、おおねこまたが出してくれたお皿を受け取り絞る。
　ゴロゴロと喉の鳴る音、僕も撫でてと頭をすりつける仔……永都は頬を緩め、やがて朗らかに笑い声をたてた。
　――こんなに愛らしいけれど猫たちは妖怪。戯れは猟兵だから赦される。それはなんだかこそばゆくも誇らしい。

大成功 🔵​🔵​🔵​

●　
　大町・詩乃（阿斯訶備媛アシカビヒメ・f17458）は｜グリモア猟兵《猫愛好フレンズ》の希望を背負い、ママチャリで幽世におじゃましまーす！
　カゴのエコバッグには各種猫じゃらしとおやつが一杯につまっている。全て食いつきバッチリの逸品だ。
　さてさて。
　踏み行った一室はしん……っとしているが猫の気配が至るところから。
　まず詩乃は襖を静かに開け放ち二間続き空間を手に入れる。続いて電動猫じゃらしを各所に設置。キラキラシャカシャカな尾羽つき鳥がくるりと滑空。バルーンタイプの起き上がりこぼし、お魚ピチピチ、などなど。
　それらが動き出したら、押し入れの奥の輪郭が幾つかが震える。
「怖がらなくて良いですからね～」
　小皿にとろりおやつを絞り出し、ふぅっと香り散らしで息を吹きかける。あとは食べやすい位置に小皿を置いて構わない。さすが神社で野良猫さんと交流している神様である。
「ふぅ、準備完了ですね」
　おこたで脚を伸ばして水筒のお茶でまったりすることしばし。
　淡い電灯の元に、大小様々な毛皮の仔が現れだした。
　てちてちと額つきあわせ小皿のおやつを食べる２匹はそっくりキジトラ、恐らく兄弟。
　鳥さんを元気に追っかけ回すチャトラとサビ猫。虎視眈々と飛びかかるタイミングを見計らうのは三毛の成獣だ。
　和む。
　たまにそそっと近づいて、ちょんと触れれば骸魂はぽろりぽろりと落ちていく。
　お腹が膨れて毛繕いに興じる仔、だらんと前足投げだして寛ぐ仔は片っ端からふかっと撫でてお祓いです。
「至福のひと時ですね～♪」
　機械が物足りない猛者は詩乃自らお相手しますとも！　しゅばっしゅばばっと緩急つけての猫釣りに興じていたら、畳がみしりと軋む。
「なぁん」
　のすりと現れたのは標準猫の５倍サイズの黒白猫さんだ。
　ぎゅうっと身を屈め、物珍しそうにひょこひょこ動く玩具に興味津々。
　かしゃ……。
　大きな爪で引っ掻き持ち上げてたら、飛び立てぬ鳥がジタジタとその場で暴れる。
「ふふっ……止ってしまいましたね。大きい猫さんこちらはいかがですか？」
　ひゅぅんと詩乃が振り回す本物釣り竿、その先には抱き枕の半分サイズの巨大なエビぐるみ（振動機能入りのお手製）がついている。
　がたん、と玩具の鳥を落してエビへとダイブ。胸に抱えてぴちぴちっと震えるのに尻尾がもすりと膨らんだ。
「頑丈ですから、遠慮なく遊んでいいですよ」
「なぁ～お～」
　エビを床に逃がしべちんべちんと叩く。更に抱えて後ろ足キック……と、夢中で遊ぶ巨大猫の尻尾からも炎がぽろりと落ちて消える。
　――こうして、詩乃さんの手により、猫ちゃん達は悪辣な魔の手から無事に逃れたのでした！

大成功 🔵​🔵​🔵​

●
　団地室内に直接降り立ったクーナ・セラフィン（雪華の騎士猫・f10280）は、きょろきょろと周囲を見回した後にふんすと鼻を鳴らす。
「猫を利用しようとする｜悪いやつ《クソ外道》は｜お仕置き《始末》しないとねー」
　通常の猫と然程変らぬサイズのクーナはちょこちょことした足取りで奥の部屋へ。
「二段ベッドあるんだー……」
　上の段でもこりと何かが蠢いた。
「高いところでかくれんぼさんね、ふふ」
　猫らしいとふんにゃり口元を解いたら、ぬっとそいつが身を起こし尻尾をゆらした。
　尻尾の火、でっか。
　具体的にはクーナの顔サイズ。
「……あれ、黒豹じゃない？」
　でもばっちり｜余計な物《骸魂》くっついてるからもふらないと。
　黒い｜ねこまた《豹？》は耳を傾けるとするすると毛布に隠れてしまった。
「ならば、これね」
　したり顔で取り出したるは猫じゃらし。クーナは思い切り飛び上がると、たしっと片手でベッドの縁を掴み毛布の隙間から見える双眸にふりふりふりふり。
「ふふ、一発で触らしてあげない♪」
　にゅっと黒い手が伸びてきた所を宙返りで離脱、正面の壁を蹴って空中ジャンプ。長毛猫のエレガントなふっかり尻尾が薄暗がりで華麗に弧を描いた。
「出てらっしゃい、こっちよ」
　しゅしゅしゅーっと揺らしたじゃらしを前に、毛布がするりと持ち上がり黒くしなやかな獣が姿を現わした。
　そろそろじゃらしにタッチさせてあげようかなーなんて思っていたクーナは、琥珀の瞳が見据える先に気づいてしまった。
　尻尾。ただしクーナの。
　瞳きらっきら★　バリバリバリッとベッドの天板で爪研ぎ、ああヤル気ですね！
　一方のクーナは自分の尻尾を抱えて、もすりと床に着地する。
「尻尾狙ってくるのはやめて！？　手入れ結構大変だから」
　言葉がわかったか、つまらんという顔をして毛布の中に逆戻り。
「……わかったわ、こっちも逃げも隠れもしない」
　でも、躱す！
　二足歩行のケットシーは宙に舞い尻尾を見せてひらひらひらー。
　にゅいっと伸びたおててを猫じゃらしでなぞって誘えば、作戦通りに猫パンチがぐっと握りこむ。
「今ね！」
　ひねり宙返りでしゅたんと黒豹さんの脇に着地して、ふわっと優しく抱きしめる。
「撫で心地いいわね。素敵」
　艶やかな毛並みにすりすり頬をこすりつけていたら、ぽろりと骸魂の焔がおちた。
　初っぱなからヘビー。もふり返される緊張感は中々のものでした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

●
　団体様のおなーりー。
　黒い毛皮に赤いリボンがくっきりアクセント、鈴丸・ちょこ（不惑・f24585）はすっと二足歩行に切り替えると、琥珀の｜双眸《にゃんこの目》で連なる猫軍団を見据えた。
「よしお前達、ここからは余所様の縄張りだ」
　スフィンクス座りで神妙に親分の言葉を聞く使い魔にゃんこたち。
「そして此度の任はカチコミに非ず――親睦会だ」
「「「にゃ！」」」
　ちょこはじめ、舎弟達は肩掛け風呂敷に献上品のおやつをたんまりくくりつけてきている。つまみぐいになんてせずに来た、えらい！
「いや～、既にすんごいゆるかわもふもふ祭状態だケド――この扉を開けば、更なる別天地が広がるワケだな」
　呉羽・伊織（翳・f03578）が掌で包むぴよこさんは猫にも動じず遊ぶ心強きもの。長閑な亀とにょろりの蛟鰻も戯れる瞬間を今か今かと待ち構えている。
「もふもふれあいの会とは実に良き哉！」
　七十越えと思えぬ若々しさで喉を鳴らす重松・八雲（児爺・f14006）も風呂敷包み一杯のおやつを背負い、たぬこさまの酒瓶には錬りおやつが花のようにいけられている。
　若人とおじ猫と児爺と愉快な仲間達と、一見纏まり無き一団ではあるが、御猫様を想う心は一つ！
　そう、このもふ会の皆様は一見するともふられる側なのだが、今回はがっつりともふる気で団地を訪れている。
「……と、紳士的に行くんだぞ。無論、そこ二名もな」
　注意事項徹底後、ちょこの目はしっかりとニンゲンにも向く。
「や～、そりゃもう丁重に参りマスヨ！」
　そわっそわの伊織と、
「うむ、勿論紳士下僕的に尽くすとも！」
　落ち着き頷く八雲。
「今助けるから待っててネコチャン～｜《うっかり漏れた心の声》――って、ウン、ぴよこ達も言ってるし！」
　てしっとぴよこさんの羽根ツッコミが入った所で、ちょこは顎でドアを示す。
「……という訳で、お供のたぬこさま、そして皆々様と共にいざ！」
　――がちゃり。
　八雲が開けたドアの隙間へ、するりとちょこは滑り込んだ。

●
　玄関傍の子供部屋をあけたなら、二段ベッドの上の段からギラリとした双眸が見下ろしお出迎え。
　子供の身長とぐらいの雉ねこまた、しゅっとした顔立ちから恐らくは姉御。二股しっぽの焔を揺らし、じとーっと二人ともふもふ沢山を見据え出方を伺っている。
「部屋の主よ、ちょいと邪魔するぜ」
　ちょこは、再び二足歩行になると少しでも目線を近づける。そうして、襖の爪痕や廊下におかれた段ボールに瞳をきゅぅと閉じた。
「ふむ、良いシマだな……おい、お前ら、ちょっと待て。確かに遊びたくなるあれこれがあるが、まだ向こうの親分に挨拶中だ」
　舎弟達も畏まり、ねこまた姉御に対しゆっくり目を閉じ敵対心はないよと示した。
「……っと、騒がせちまって悪いな。これは詫びの手土産だ」
　背後の猫たちも古今東西の猫おやつやじゃらしを取り出す。
「主殿、お寛ぎのところ畏れ入るが、何卒御目通り願いたい！」
　高みたるベッド上に御鎮座中の長老雉猫様に跪き、神妙に頭を垂れたのは八雲だ。
「まずはご飯になさるか？」
　さっと、たぬこさまが猫おやつを差し出す。
「お戯れになさるか？」
　しゅっと、たぬこさまの手持ちが猫じゃらしに変った。
「それとも――」
「突然驚かせてゴメンネ。俺達は皆の安寧を守る為に駆け付けたんだ」
　続きには伊織がしなやかに割り入った。
　頭にずびしと羽根を広げる金色ぴよこさんを乗っけて、のんびり亀さんを肩に。蛟鰻はしゅるりんとしっぽをゆすって誘いをかける――ひとりと３匹、お友達の輪を広め隊！
「折角みんなでゆったり過ごしてたのに、このままだと恐いことに巻き込まれちゃうんだ」
「うむ、看過できぬ状況でございまするぞ」
「こいつらの言ってることは本当だ。そうは言っても物々しい話でもねぇ。ウチの連中と一緒に、飲んだり食ったり遊んだりしてくれりゃぁ厄が落ちんだよ」
　身を乗り出すちょこの右耳がぴこりっと傾いた。
　かさり、ごそり、勉強机の影から顔を出したチャトラが２匹。ちょこは尻尾を立てると、自ら出向いて鼻つんのご挨拶。
「此はまた大層めんこい……遊んで頂いても宜しいですかな？」
　たぬこさまとお揃い猫じゃらしを手にうずうずうず。

「……なぁぉん」

　ねこまた姉御のひと鳴きで、室内が一気に明るく湧き出した。方々の部屋から猫の気配が満ちあふれてくる。
「ふ、そうこなくちゃな」
　八雲の周囲にも、遊んで待ちの猫たちが大中小、模様も三毛にサビにサバシロにとよりどりみどりで並んでいる。
「ほっ、たぁ！」
　八雲の翁は、剣捌きと同じくじゃらし捌きも鮮やか。読めぬ羽根ふわに釣られて、２匹がジャンプ！　あたっく！　いつしか二股尻尾に燃える焔が消える、骸魂は遊んでやっても落ちるようだ。
「んみっ」
　とったん！　と、ベッドを降りてきた姉御は、伊織の差し出す鰹節をあぐりと咥えとった。
「うんうん、特上の鰹節だよ」
　そっとでっかい背中を撫でさすれば、ころりんと骸魂が落ちた。一方、口元では“ぱきょり！”と小気味の良い音をたてて鰹節が砕ける。
「すごい！　豪快だね」
　目を丸くする伊織の肩をちょこがちょんちょんとつつく。顎で指す先では、ちょこの舎弟と団地猫が混ざり合い、砕けた鰹節のご相伴にあずかっている。
「流石、姉御は器がでっけえぜ」

🐈🐈🐈🐈🐈🐈🐈🐈🐈🐈

　さてさて。
　すっかり打ち解けたもふ会の面々と210号室組の面々。
　どたどたと廊下を走り追いかけっこの猫たちは、もうどちらがどちらやら。
「ふふふ、ネコチャン元気だねぇ」
　壁に凭れて一休みーな、伊織の前では、まさに猫がこたつでまるくなっている。
　ころりん。
　黒猫ちょこは、とろーんとおねむなチャトラ兄弟を抱きかかえ、頭に頬にと丹念な毛繕い。
「ふみぃ」
「みゅ」
「ちっちぇえとうまくできねぇもんなぁ」
　仔猫さん順番待ち。尻尾が燃えてる仔もこれでころりと厄払いって寸法でさぁ！
　ところでちょこさんの毛繕い、伸ばした伊織の太ももでこれをやってるんですよ、ここは極楽ですかね？
　更には、蛟鰻の尻尾を追いかけて現れたるはクールビューティな黒猫様。夢中になってらっしゃる中にも、余裕と気品がある。ひらりんと身を翻すぴよこさんに爪を当てぬよう気遣いもしっっかり。
「ああっ、カワイイ……！　浄化される～！」
　ますますの極楽に震える伊織のそばで亀さんがまったり首を伸ばし、寝た。
「彼方の部屋の猫様は、皆、骸魂を落してきましたぞ！」
　３人の中で一番年上の八雲が童子のような破顔で遊び倒してきた模様。
「元気だね。たぬこさまは、そちらでころんってしてるよ」
　もしやちょこの毛繕い待ち？　いえいえ、待っていたのは八雲です。あぐらをかいたら定位置と収まるふるもっふぼでぃ。
　のすり。
　そこへ長老姉御の雉虎様もご一緒されたからさぁ大変！
　べろんっ！　と、たぬこさまが頬を舐められたらお返しと、頬でスリスリ。
「おお！　何たる光栄！　我々の業界では此御褒美である！」
　ずっしりどっしりのほほん。
　重たい、でも、間近でもふもふがもふもふってしてもふもふだなんて、これはもう素晴らしきもふもふの祭典！
「最高のもふ楽浄土だのう！」
「うんうん、ここは天国～、カワイイがいっぱい～」
　八雲と伊織双方は痺れゆく脚を厭わず口元をへらりとだらしなく緩めるのみ。
「おうおう、しょうがねぇなぁ。どれ、遊びたりねぇ奴はどいつだ？」
　毛繕い完了！　つやつやピカピカになった仔猫たちは、黒猫おいちゃんへ期待の眼差しで一杯だ。
「よぉし、俺が相手してやらぁ！　行くぜ！」
　どだだだだだ！　と駆けていく黒猫を、転びそうになりながらそれぞれの足取りで追いかけるこねこーず。ぴよこさんも負けじ飛んで追いかけていく。
　どったんばったん、昇ったり降りたり大運動会の物音を子守歌に、２人の大人はとろりと極楽の中で微睡むのでした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

●
　ちょっとの猫パンチでは折れない持ち棒に、根は小鳥大の大きさ、キラキラも外せない……と、画策する内にコノハ・ライゼ（空々・f03130）は手作りに行き着いた。
「のんびりもふもふ堪能～……と思ったのに、どーしてアンタが居ンのよ」
「もふもふと聞いたら来ない訳にはいかないだろう？」
　ハリが少し褪せた柔らかな髪に着古したコートの明空・橙吾（かけら・f35428）は、まるで住民のよう。
「君も猫好きなら一石二鳥という訳さ」
「つうかナニその一石二鳥って」
　猫おやつで膨らんだ鞄をぽすりと叩き、橙吾はただ頬を緩めるのみ。
　コノハは肩を竦めるとドアノブを握り込む。
「まあいいわ、やるからには大物狙いよ」
「了解、相当大きい子がいるそうだしおやつは多めに持ってきてあるよ」
　準備万端、いざ室内へ！

●
　おひさまに照らされた埃が宙をちらつき落ちていく。
「天井ひっくいわね」
　見上げれば染みだらけだ。
「大きい子なら狭い所には入れないし、特等席から警戒してそうよねぇ」
　ふむりと顎を撫で、橙吾は飾りガラスの引き戸で遮られた先を見る。
「成程、じゃあこの時代の間取りなら……日当たりの良い和室の縁側かな？」
　大当たり！
　障子の先の縁側で、尻尾に蒼い炎を灯した３匹が丸まっている。内１匹はタイヤぐらいの｜ニャンモニャイト《わっかですやすや》、でかい。
「縁側……ホントだ、流石おっさんは詳しいわね」
　シロキジと三毛が普通の成獣で、でかいのは泥棒ヒゲ模様の黒白ブチだ。
「みんな寝てるようでしっかり窺ってるからね」
「驚かせないのは賛成だけど……」
　猫から離れ隣に座ったコノハの鼻先へ、橙吾は紫色のふかふかをゆらす。思わず寄り目。そこからじゃらしの先っぽを瞳だけで追いかけてから、はたりと我に返った。
「……ナンでアタシが遊ばれてるワケ」
「此方が楽しくしてれば興味を持つかもってね」
　じゃらしで８の字を描き「という訳でどうだい、コノハ君」と真面目な口ぶりでおどけて見せた。
　ぺちんと打ち払ったじゃらしの向こう、タイヤ大のわっかに三角おみみがぴこり★
「あら？　おやおやイイ感じじゃナイ……」
　とたんに舌なめずり。コノハは橙吾の膝を腹ばいで乗り越えて、そ～ろりと羽根じゃらしを伸ばした。
「ほら一緒に遊びましょ」
　べっしん。ぺちぺち★
　あ、ちっちゃいのが釣れた。
　居間の人形をひっくり返し出てきた黒猫がズサーッとスライディング！
「ああ、カワイイけど、けど！　狙いはアナタじゃないの、ヨ！」
　吊り上げハイジャンプ！　くるりんとひねり一回転の黒仔猫は、橙吾の膝にもすりと着地を決めた。コノハの誘導、天晴れ！
「よしよし、おやつもあるよ。ほら、お食べ」
　橙吾が錬りおやつをちょろりと出せば、ヤンチャ仔猫は舌を伸ばして美味しいに夢中。
　仔猫の果敢なアタックが呼び水になったか、大きいのブチものそりと身を起こしぐいんっと伸び。
　――そこから突然の、強烈猫パンチ！！
　べっちん！　……しゅるりん。
　じゃらしを手元に揺り戻し、コノハはにんまりと柳眉を傾がせる。
「ふふ、一発で捕まえられたら手応えがないでしょ？」
　カラーホイルの作る万華鏡めいた綺羅を前に、黒猫を抱いた橙吾はすっかり観戦モードだ。
「遊び疲れたらおやつもあるからねぇ」
　ひこり。
　白と三毛が起き上がり、とてとてと橙吾の元へ。尻尾をたてて「なぁん」「ぷみゃ」とそれぞれ甘い声でねだった。
　２匹が食べるササミの美味しい香りは、横殴りの猫パンチで荒くかき混ぜられ拡散、ますます猫を呼び寄せる。
「でっかいのにキレッキレね！」
　宙に飛び立たせた羽根は、コノハの手元で瞬時にもこもこじゃらしに切り替わる。
“！！”
　でっかいが身のこなしは猫だ。バネのように跳ねてコノハの元へ。
「大丈夫、こう見えてネコチャンアンタの動きに合わせる自信はあるンだから」
　言葉通りに難なく抱き留めてから、再び羽根玩具はひーらひらり。
　でかにゃんこはコノハに抱きかかえられながら左手を伸ばしてちょいちょい。
「ほーら、こっちこっち！　あら、残念。でもこっちー！」
　端正な容が屈託なく弾け、再び床を駆け巡る猫を追う蒼天色の双眸は慈しみが深い。
　……やはり来て良かった。猫もコノハ君も心から楽しんでいるし、自分も和らぎ心地よい。眼鏡越しの眦をさげて、小皿におやつを二袋あけおおねこへ。
「一口でべろりじゃないの。トウゴ、まだあるわよね？」
　受け取った鰹はほぐしたら標準サイズの皆さんがやってきた。譲ってやる辺り、でかにゃんこは気が良い奴のようだ。
「アンタふっかふかね。ひなたで干した毛布の香りがする」
　頬を寄せすんっとしたらあふりと欠伸が釣られ出た。
「起こしてあげるから眠るといいよ」
　膝が鈴なり猫で隠れつつある橙吾にそう言われたら、この状態で寝るのは癪だと、イーッだ。けれど、眠気には逆らえなくて。
「寝ない、から……寝ない……」
　骸魂の落ちたでかにゃんこを撫でながら至福の寝落ち。
　笑い声で起こさぬよう口元押さえ、橙吾は猫を撫でおやつあげ、たまにぎこちなくも楽しくじゃらす。
　――長閑に長閑に骸魂ナイナイ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

●
　どことなく｜我が家《夙夜の雨宿り》を思わせるレトロな佇まい。
「猫ちゃんがいるのか、此処に」
　団地の室内に踏み込み、御簾森・藍夜（雨の濫觴・f35359）が黒手袋を外したら“どたん”と何かが板場に落ちる音がする。
「猫ちゃんが落ちた！？　……何処だ、怪我は？」
　音は右側と台所へ歩を進めたら、いた！
　流しから段ボールごと転げ落ちたのだろう、掌サイズのちっちゃな猫が２匹、きょとりと瞳をまぁるくしている。
　もふもふのふあふあだ。
　めが、あった。
「……かわいい。だ、いしょうぶ。恐くないぞ……ほら……」
　大の男が身を屈め指先を伸ばせば錆猫は段ボールに隠れる。もう１匹の白三毛は――こっつんと膝に額をあててすりんすりん。
「～～～～～～！」
　猫だ。猫……！　もふもふふあふあのかわいい猫がすりすりしてくれる。
「あっそうだ、おやつ……食うか？　お前もこい」
　でも錆ちゃんはまだ警戒中。こういう時は凹まず慌てず、と、錬りおやつをまずは白三毛へ。
　てちっとひとなめ。あとはもう夢中にちろちろと舐め取る。ざらりとした感触が擽ったくも心地よい。
「――俺の手からおやつ食った　すごい。聞いてはいたが、尻尾が二つあるのか？　そうか、ああああ何て可愛いんだ」
　ふわんと翻る二股尻尾はどの地点で別れてるのだろうああでも手にとってじっくり観察は流石に怖がるよないまはただもふもふにおぼれたい。
　――脳内語るとこうなのだが、男の動きは掌を指しだした形で止っている。白三毛さんがこてんと頭を傾けて掌にのっけてるからな！
「……ふみ」
　こっつん。すり、すり……。
　仲間の臭いがついた膝、｜安心《あんちん》。
　錆猫も藍夜の膝に頭をごちごち“わたちもちょうだい”と琥珀色の瞳で見上げてくる。
「あ、待ってくれ……ほら、おいで」
　唇で咥えて反対の手袋を外し差し出したなら、一所懸命よじ登ってくる。
　にきゅうが、ね？　登ろうとしては落ちてするたびにくきゅうが、もふもふふあふあでつるつるさらさらだけどあったかくてもちもちでぷにぷにで、
「――肉球でしんでもいい」
「みぃ」
「ふぁん」
　両手を近づけたら２匹で合流して膝に降りてきて寛ぐ。
　そおっとちっちゃな背中をなぞったら、柔らかくてもふっもふだ。エンドレスもふもふだ。
「なんてこった本当に最高だ…………」
　怖がらせないよう潜めた声で藍夜は寿ぐ――楽園、そうだきっと此処は楽園だ！

　…………。
　なんか遺言必須レベルのヘブン状態だったのだが、ちゃんと藍夜さん生きてます。
　すぴすぴとねんねする２匹をそっと抱え、行儀悪いけど足でガラス戸を開けてリビングへ突入です。
「！！」
　すると、一抱え有るでっけえハチワレ猫はじめ、成獣サイズのぶちと白、中ぐらいの黒にチャトラにキジトラ、あとなんかもっと模様！　オールスターでお出迎え。
　――楽園を進んだらそこは理想郷だった！　おお！　シャングリラ！
　ぴこん！
　眠っていた仔猫が同時に顔をあげて、藍夜の腹を蹴りしゅたーっと飛び出していく。
「あぁ、猫ちゃんに蹴ってもらえた……なんという貴重な体験」
　崩れ落ちたけど全然痛くない。幸せに悶絶する視界では、三毛ママにゃんに擦り寄る二匹が幸福の追撃攻撃を食らわしてくる。
　落ち着け、あいあむりょうへい。
「……あっそうだ、九泉に借りたねこじゃらし使おう」
　ささっと袋から羽根じゃらしを取り出した藍夜のスーツは、もはや黒と言いがたい色をしている。猫の毛一杯まだらでおしゃれ、世界に一着しかないスーツだどうだすごいだろう。
「ほら」
　床をとんっと叩いた音に速攻で黒猫が飛びついた。
「お、一撃か……！　お前はすごいな」
　もう１本追加で出して揺らしたら、縞ねこーずが瞳だけ動かしてうずうずうずうず。
　だーっしゅ！　チャトラが食いつき、遅れたキジは周囲を回っている。ああ、もう１本のじゃらしを出したい、どうして腕は２本しか無いんだ！
　かぶっ、ぶちっ……！
　黒猫にじゃらしが喰い壊された。獲物を夢中でがぶがぶして楽しそう。
　大丈夫、グリモア猟兵は「壊れるまで遊んでくれるといいね♪」と朗らかに笑ってじゃらしを一杯持たせてくれたから。
　壊れたじゃらしから手を離し、さてっと取り出したのは猫用の櫛である。
　骸魂剥がし……あれだ、猫用の櫛で毛を梳いたら取れるんじゃないのか？　取れない？　
　――取るんだよ。
　力強い誓いと共に、最初に懐いてくれた白三毛ちゃんをちょんっと梳かす。
「ウィル……なんとかスプは取って――撃ちころす」
　殺意たけえ。
　たけえのだがあくまで優しいブラッシングで、白三毛ちゃんはころりんと炎を落した。
　以下しばし、藍夜は猫の毛繕い屋さんという非常に癒やされる仕事に従事する。
「ウィルなんとかスプを猫に付けた奴も――撃ちころす」
　台詞はあいっかわらず殺意たっけえけどな。
　最後の１匹はちゃぶ台の上から一連の光景を見守っていた、人間の腰ぐらいあるでっかいぶち猫さんです。
「……お前で最後だな。それで、ひとつ頼みがあるのだが」
　にゃっという返事は他に比べると濁り貫禄を感じさせるもの。藍夜のことをすっかり信頼している。
　おいしいおやつと遊び、きもちいーブラッシングついでになんかやぁだった骸魂を落してくれたのだから然もありなん。
「抱きしめてもいいだろうか、ぎゅっと」
　普通サイズの猫は撫でたりもふったりできるけど、ハグは無理。でもこのでっかいのなら思いっきりぎゅっとできるはず。
「なぉん」
　ぴんとたてた二股尻尾、ちゃぶ台を降りて藍夜の前にのそりと立った。そうして首を持ちあげ「なでれ」
「ありがとう」
　首の下を擽りながら、ぎゅうっと抱きしめる。
　ふかぁっと黒と白の柔らかい毛が肩から胸元を包んでくれた。ちょっと長毛っぽいからかえもいわれぬ心地よさ。
「さいこうだ……」
　もふんもふんとひっつけた頬を沈ませて全身を撫でさすっていたら、この部屋最後の骸魂がころりと落ちるのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

●ねこぢごく
　日だまり団地、お婆ちゃんが似合いそうな縁側なんかがあるんだろうなぁ、なんて浮かべつつ涼風・穹（人間の探索者・f02404）は古びたドアをくぐった。
　埃がふわふわと舞う室内にお邪魔しますとあがりこみ、予知で聞いた話を浮かべる。
「大きい猫……身体を枕にして寝たら気持ち良さそうだな……」

　そんな風にのほほんと考えていた彼の今の有様がこちらでございます――。

「むぅ……息が……でき……ぐあっ動くな、潰れる……」
　ねこ！
　縁側に猫の島ができている。
　もぞもぞ毛玉が蠢く171.5cmぐらいの島の地面は涼風穹という青年の身体だ。
　あー、見事に猫“に”枕にされておりますね。
　足には左右５匹ずつ計１０匹の仔猫が前足でふみふみふみふみふみふみ。ちょこちょこ移動、抱えて後ろ足きっくきっく！
　お顔には我が物顔でチャトラがのすっとお尻をのっけている。
　上半身には――でけえ猫が、なんでここには２匹いるんだろう、それが乗っかっている。
　広げた腕にはだらんと胴体を引っかけて成獣が思い思いに寛ぎ完全にロックしている。
（「動けるわけがないだろう」）
　だって下手に動くと仔猫ちゃんとか落してしまう。穹はそんな無慈悲な男ではないのだ。
　心地良い。重たくて苦しいけど。でも、もふっとふかっとして天国ではあるのだ。
　……あるの、だが。

●団地に入った所に巻き戻ります
　埃じみた室内は、獣の気配あれど姿は見えない。
「猫、ねーこ……ねこねこねこ」
　でたらめな歌を口ずさみ、穹はまずキッチンへ。
　し～ん。
　ぴちゃん、と蛇口から落ちる水滴の音、同時にバタバタッと後方でなにかが駆け出す音がした。
「お、こっちかい？」
　くるりと振り返ったが姿なし、猫は素早い。
　だがこの時点ではまだ穹は「そういうものだ」で焦りはなかったのだ。
　冷静に物音を追い廊下を横切ったなら、飾り硝子の引き戸が少し開いているのに気がついた。
「ここを潜っていったか。部屋に隠れてるのかねぇ？　ねこねこー」
　立て付けの悪い戸をあけて滑り込んだ居間には、そこいら中に猫の痕跡があった。
　爪研ぎで毛羽立ち破れた敷物、襖もぼろっぼろ。
　ぴとり、と、こたつの天板に手をあてたらあたたかい。猫の毛も落ちているし、明らかにここにいたのだ。恐らくは穹がドアを開ける直前まで。
「……」
　口は動かさずぐうるりと頭を動かして見回した。
　背の高い物入れの上に置かれたタオルは乱れ垂れ下がっている。
　瓶に三つ編みやらつけた奇妙なセンスの手作り人形が転けている、埃のあとからこれはテレビの上にあったに違いない。
　――猫は、いる。違う、いた。
「恐くないぞ、逃げなくてもいい」
　でも猫は逃げるし隠れる。
　穹は事ここに到り、任務クリアが非常に難しいのではなかろうかと気づく。
「しまったな。やっぱり猫じゃらしやおやつを借りてくれば良かったか……」
　ため息と共にこたつのスイッチをつけて、ごそごそと足を入れた。季節的にはかなりはやいが、この空間はやや肌寒い。
　どれぐらいぼんやりしていただろうか。しかし妙案は何も浮かばない。
「参ったな……諦めて撤収するしかないか？」
　天板にだらりと顎をのせて、どうしたもんかと途方に暮れていたら――お腹の辺りにふかぁっとした感触。なんか視線の端に三毛っぽいのが引っかかったぞ？
「…………？」
“！”
　身を起こしたらびゅんっと脱兎の如く襖を突き破り逃げていったのは、１匹の三毛猫さん。
「猫の癖に脱兎だな」
　こたつ熱でぬくまった足をごそごそと抜き、誘われるように縁側へ向かう。
　ガタガタと更に立て付けの悪い襖をあける。その音で猫が逃げていくのにももう慣れた。
　視界の先に広がったのは、ぽっかりとした団地の庭だ。
　錆びた物干し台には安っぽい色の物干し竿。適当な緑や野花の先には柔らかな日差し。燦々としたぬくもりが板張りの廊下に降り注いでいる。
　欠伸が出そうな風景だなと思ったとたんに穹からあふりと間延びした音が漏れた。
「ふぁ……あーあ、何処にもいやがらないし。この部屋は猫が入ってないんじゃないのか？」
　猫じゃらしだけをここに投げ込んじゃくれないだろうか？　と、よんよんと電波を送るも、支援物資は届かぬ模様です。
「あ゛ー……」
　影と日向ツートンに別れた内の明るい方に座り、即座に穹は行儀悪くだらんっと寝っ転がる。
「無理だ、寝よう。時間が来たら回収してくれるだろ」
　全てを諦め無我の境地。
　両手足を広げて光合成をするかの如くひなたぼっこをしていたら。
「にゃ～ん」
「ふみぃ」
「……（ザザッと足音だけ）」
　くるわくるわ猫沢山。
　まずは成獣チャトラがおもむろに穹の顔を椅子にして座る。
「ふがっ！」
　払いのけようとした腕は、猫猫軍団に｜押さえ込まれた《くつろぎに最適にゃーん》。腕を蹴りぐるみ代わりにがしがしがし……痛くはないのだが、自由は奪われる。
　足ににごにごもふもふふかふかとした感触。これは仔猫たちなのだが、今の穹に見ることはできない。
「……ッ！　ふごっ！」
　トドメ。
　シャム柄と黒のでかにゃんこが穹の胴体を占拠した。
　その上で、更に猫たちがじゃれ合って転がって遊ぶ、もうやりたい放題である。
　――｜猫の楽園島《穹ねこまみれ》誕生の瞬間であった！

🐈🐈🐈🐈🐈🐈🐈🐈🐈🐈

　穹はもう大人しく寝ているしかなかった。
　そんな天国か苦行か分からない状況ながら、穹“で”遊んだ猫たちは満足げに眠りだし、ころんころんと骸魂を落していく。
　猟兵としての仕事が無事完了していく気配を感じながら、穹は薄れゆく意識でぼやく
「……できればもう少し普通に撫でたりモフったりしたかったんだけどな……」
　もふもふふかふかで幸せだけど、うん。

大成功 🔵​🔵​🔵​

●
「わぉ、階段のみかぁ」
　さすがレトロ昭和団地！　と、片羽・サラ（星空蝶々・f29603）は軽快なステップで階段を駆けあがっていく。
「ねっこ、ねっこ、ねこーー」
　一周まわって今流行？　のホットパンツに金魚みたいなカーディガンを翻し３階のお部屋におっじゃましまーす！
　どん！　と、玄関先にいきなりソファ。
　サラは躊躇いなくソファの上でしゅかしゅかっと手を動かしてみる。黒の毛いっぱい。
　――いる。
　ふふふっと猫のように緩む口。
「しかも黒猫さん多めじゃない？　やった！」
　サラさん猫大好き、特に黒猫が至高。
　住処は猫ホイホイの廃墟。色々な｜お仕事《人助け》に飛び回りつつも極力テントハウスに戻っては、居着いている黒猫親子にご飯をあげている。
（「あの仔、大きくなったんだよね。そろそろ親離れかな……それってちょっと寂しいな」）
　というか、まだあの仔もおかーさんも撫でていない。ゆゆしき事態。
　それはそれとして今は団地猫、スイッチも反応しないのでlanternに光を灯す。強い灯りは時に人を獣を驚かす、けれどこの光はほわりと優しいから大丈夫。
　迷い子に光を。
　自分の廃墟は勿論、母校傍の空き地でも、新たに迷い込んだ仔を猫ハウスに導いたりご飯をあげたりしてるのだ。
「もっちりはもふらせてくれるけど、新しい子はまだなんだよなぁ」
　正式名称は「もっちり黒大福」――真っ黒の美しき殿方だ。
「今日はねこおやつ完備。もっちりみたいにみんなをもふるぞ」
　イメージトレーニングもバッチリって所で、びゅおおっと風が吹きサラの金髪を乱す。
「Σガラスが割れてる。猫ちゃん怪我してない？！」
　いっそ窓は全開にしベランダを覗き込んだ、ガラスは後で片付けよう。
　さてさて視界では、ぼんやりとした黒の塊が像を描いている。
　黒い塊には三角お耳がついている。あれが多分お母さん。お母さんのおっぱいを飲んでる仔猫が数匹。あと手すりの上にいるのは先に生まれた兄弟猫だろうか、３匹いる。
「いるいるいる！！　ねこねこねこねこ！！　あれ何匹かな？　みんな真っ黒だからわかんないよー。あ、そっか、尻尾の炎数えればＯＫ？　ああでも、仔猫はまだ炎がちっちゃい！」
　おっぱいを吸っていると言っても掌サイズより大きい。乳離れしたけど甘えて吸い付いてるのだ。
「お母さん大好きなんだね、かっわいいーー！」
　あ、とうとう萌えの叫びが迸ったぞ！　そんなサラを、相棒の蝶が頬を掠め落ち着けって言ってる。
「……は、うん。こわがらせちゃだめだよね」
　デレッデレににやける顔をぺちぺち。ここからは冷静に、まずは小皿を用意します。
　からからんっと仔猫様カリカリを入れる。子育てお母様へも仔猫用の栄養バッチリ。
「こわくないよー、おいしいよー、おいでー」
　近寄らず思い切り腕を伸ばして中間地点にお皿を置いてみた。
「……」
　母猫は首を持ちあげてからまた収めた。ママのおっぱい吸ってた仔たちは、そのままけりけりじゃれ合いに突入している。
　一方。
「にゃ」
「……ふみ」
　手すりにのってた内の２匹が誘い合わせるように鳴いてから、餌皿の元へと着地。
　こつんと頭を合わせながら頬張る姿は、大人になりきらないほっそり体型。
「君たちもまだ仔猫さんなのかな？」
　用心深く手すりからサラを観察する最後の１匹は、後方の母と弟妹達へも耳を向ける。暗がりに二股しっぽについた炎がやや昂ぶるように勢いを増した。
「そっかー、お母さん達を守ってるんだね。だいじょうぶだよ。ほら」
　カリカリを食べた２匹は「足りにゃい」とにゃおにゃお鳴いて追加をねだる。
「これからご馳走あげるよ」
　そっと取り出すは猫大好きの細長い錬りおやつ。封を切って少しだけだして、ちょんちょんと床に置いて手元に来るように誘導する。
　ふんかふんかと鼻を鳴らす２匹は奪い合うように舐め進み、いつの間にやらサラのお膝元に到着～。
　美味しいの源発見！　前足パンチで相手を押しのけながら、押し合いへし合いでおやつを奪い合い！
「こらこら、まだ沢山あるから仲良く食べるんだよー」
　もう頭や背中を撫でたって気にしない。だからふるもっふしてやんよ！
「んー、ふかふかだね。かわいいね、かわいいね！」
　おやつに夢中の黒猫たちは、よくよく見れば顔に肩にちっちゃな白い毛が混じっている
　満足した２匹は骸魂と尻尾の炎をころりと落とし、思い思いに毛繕い。撫でようとしたらもっとくれですって！　あら現金。
「撫でさせてくれないのも慣れてるもーんだ！」
　と言いつつ、取り出したるは毛糸玉。警戒していた１匹の目の前で視線を惹きつけるように見せてから、ぽぽいっとベランダ床に転がした。
「！」
　たぁっと飛び降り爪だし猫パンチ。毛糸の先を握りしめ、サラは猫じゃらしの要領で遊んでやる。
　ぺっちん！
　弾みでサラに当たった猫パンチに焦る黒猫へ、サラはにっこりしてみせた。
「元気だねー、いいよいいよ、もっとパンチパンチ！」
　実際、ちょっと湿ったにくきゅうのふっかりタッチがたまらなかったし。
　爪を出さずに手加減するいい子は、散々遊んだ後でサラの膝にこつりこつりと馴染みを入れる。
「ふふ、ごちごち可愛いね。はい、おやつあげる……は？」
　お母様セットの６匹の仔猫さんが、瞳をきらっきらさせてサラの手元を見ているぞ。
「待って、お兄ちゃんが先だか……きゃあああ！」
　ねこまっちぐら。
　ちっちゃいもふもふがサラに突撃したり、膝や肩をよじのぼったり。あっちもこっちもふかふかもふもふ。
「あああ、ぁあ、猫ちゃん、かわいい。ちっちゃいのにちゃんとにくきゅう……ひゃわぁ～♥」
　めくるめくもふもふの世界にて、ころりんころりんと次々落される骸魂を、スッと避難した蝶は数えていたとかなんとか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

●あね
　……心が割れても身体の命が尽きたって、護りたい人がいる。
　あの子は私が見つけた命。
　誰よりも愛らしく奇蹟を起こす藍瞳を持つ｜時計ウサギ《いもうと》。
　なぁにもなかった私の唯一。
　私の心と命を天秤にかけたならあの子に傾くに決まっている。それはたくさんの『いと』を結んで欠け落ちを繕った今だって変らない。
　あの子は、どうしているかしら……？
『しあわせ』を結んで華のように咲いて生きていてくれるなら、｜私《一族にとってのばけもの》はそれ以上望まない。

　歌獣・苺（苺一会・f16654）はくすんっと鼻を鳴らし垂れ下がる黒い耳をひっぱり掴む。
「ぴぇ……こわいよぉ……」
　薄汚れたコンクリートの建物の室内は想像を越えた不気味さだった。古びた板は足裏に張り付くように湿気てこれがまた気持ち悪い。
　しかも方々に潜んだ猫又の警戒心が尖ってちくちくしてくるし。
「なんでお化けが苦手な私がわざわざカクリヨに……！」
　普段なら、受けない依頼だ。
　――でも、不思議と足が向いた。
「ロイねえ待ってぇ……！」
　呂色の二股尻尾を揺らしとっとと先へ向かう使い魔へ情けない声をあげたら、やけに人間めいたため息顔が振り返る。
『情けない子ね！　いざって時はアンタも戦うんだから！　しゃんとなさい！』
「そんなぁ～……わ！　ロイねえ前！　前！」
　指さす先には白い――。


●いもうと
　……自分だけを救う“幸運”なんていらない。なにが“奇蹟”か。
　私は誰よりも大切な人を底のない不幸に貶める。
　捨て子と罵られ情動の儘に■そうとした刃は、姉の下腹部を貫いてしまった。そして｜おさなご《私》を慈しむ姉は、我が子を腕に抱けない身体になってしまった。
『じっけん、やだ……こわい、いや、いや』
『だいじょうぶ。こわいはあゐちゃんにさせない』
　姉は私の身代わりになり、ばけものに変じた。
　――姉の最大の不幸をあげるとしたら、私を拾ったことだ。
　ゆるして、ゆるして、ごめんなさい。
　ごめん、ごめん、ゆるして、ゆるして、ゆるして、ゆる……さないで。
　ああ、こんな引っ掻き傷では【罪】は到底購えない。
　それでも、だいすきだから。
　曖昧のあゐだとしても、贖罪のあゐだとしても、恩への返礼のあゐだとしても――あゐ、あゐ、あゐ、あゐあゐあゐ“ねぇさま”あゐしてる。

　足元の白猫がちらりちらりと手元に視線をくれるのに歌獣・藍（歪んだ奇跡の白兎・f28958）は端正な容を緩めた。
「ふふ、めゐ。これは貴女のおやつや玩具ではないのよ？」
　眼前にはベランダの手すりがある。
「……ここに集まってると思ったけれど、アテが外れたかしら？」
　手すりを乗り越えた先の打ち付けコンクリートには猫の気配がまったくない。
『……み』
「──？　めゐ、どうし……あっ！」
　めゐはふさふさ尻尾を一度だけぴこりとたてると、室内へと駆けだしていった。
「待って！　何処へ行くの？！」
　止めたが遅い。藍は慌ててガラス戸を潜り追いかける。


●あゐをむすぶ
「わ！　ロイねえ前！　前！」
『ハァ？──わぶっ！！？　ちょっと何！？』
　ロイは全く知らない白猫に飛びつかれてころりんと横倒し。白猫は構わず頭をすりすりする。
　微笑ましい光景にようやく苺のこわいも吹き飛んで、ちょこりとしゃがんで破顔一笑。
「目元にハート模様のある猫ちゃんだ！　可愛い～！」
　？　じゃれつく白尻尾が二股別れ。
『あら、アンタも使い魔の猫……？』
　その声を白猫めゐの主も聞いた。
「めゐ、ねこまたを見つ……わっ、喋った、あなた使い魔だったのね」
　無邪気にじゃれつくめゐを適当に遊んでくれるロイへぺこりと謝辞を。そうしてごく自然に藍色に双眸はロイの主へ注がれる。
「主人以外とも話せるなんて賢い子。ごめんなさい、私の使い魔、が──」
「いえいえ！　お気になさら、ず……」
　初対面の愛想笑いで手を振った苺は、瞠目し見つめてくる白い大きな耳の女性に息を呑んだ。
　奇蹟の藍と艶やかな純白ウサギ――。
「って、うそ……！　あゐちゃん？！」
「──ねぇさま」
　苺は、表情豊かに瞳を見開いて背中の羽根も自然にぱたつかせる。
　対する藍は、捜し求めていた姉を前にして想いが飽和し、ぽかんと口をあいただけの無表情。
「夢じゃ、ないんだよね……？」
　確かめるように立ち上がった苺に藍は息をゆらす。
“傍に来た苺の双眸、私を守る為に黒く穢れた耳、それでもあなたは何処までも純度の高い微笑み方をする――”
「……ねぇさま！！！！！」
　しがみつくように華奢な身体に抱きついた。こんなに脆く壊れてしまうそうなのに、全ての不幸を引き取って護ってくれた……。
「ねぇさま……ねぇさま……！！！」
　藍瞳の奇蹟の白兎は、はじめて｜自分の力《奇蹟》に縋り信じ願う。
　ねぇさま、ねぇさまと繰り返される言葉は、この奇蹟が永遠に続いて欲しいという祈りのようだ。
「っ……あゐちゃんっ会いたかった……！」
　抱擁に身を委ね、苺は藍にしな垂れかかる。身長はとうに自分を超えて美しく育った妹。けれど声をあげて泣きじゃくっている幼さにつられ、苺の頬も熱く湿りを帯びた。
「あゐちゃん……」
“また貴女はこんな私を愛してくれた。何もなかった。足された獣の欠片はおぞましいけれど私に相応しいとすら、疎んじられて当然の私に”
「……ねぇさま、ごめんなさい」
　謝罪の言葉に苺はハッと瞳を見開いた。直後、ぎゅうと強く妹を抱きしめて背中をぽんぽんと叩いた。
「いいの、あゐちゃんは何も悪くない！」
　一気に苺の涙腺が決壊し、何度も紡がれる「悪くない」は涙声。
「……ありがとう。これは今も、ずっと前のも、いっぱいのありがとう」
　姉はそう言うと知っていた。だから藍は瞼をおろし溢れる涙の儘に最後の想いを告げる。
「愛してるわ」
「私も、大好き……！」

“また貴女／あゐちゃんは　こんな私を愛してくれた”

　藍はぐすんと啜りあげる。そうして馴染みを入れるように苺の耳に額を擦った。
「──もう、離さないわ」
　ねぇさま、貴女が私に赦しをもたらすのなら、私は生涯かけて『あゐ』していくわ。
「──もう、置いていかないよ」
　縋り付くように懐く仕草に、自分の選択が妹を寂しがらせたのだと苺はじわりと知っていく。
　時計ウサギの姉妹はここに再会を果たした。それぞれの腕は比翼連理の如く互いに絡みもう離れないと誓う――。

●ねことあそぼう
「あゐちゃん、鼻の頭が赤いよ」
「……ねぇさまだって頬が擦れて真っ赤」
　黒と白の姉妹は擽ったそうに照れ笑い。尽きぬ話はあるが、ひとまずは依頼だ。大丈夫。もうこれからはずっと一緒なんだから。
　黒と白の使い魔にゃんこの先導で、２人は子供部屋に足を踏み入れた。
　藍はそぉっと身を屈め、机の下で蹲るチャトラ猫を見つけ出した。
「あ、いた」
　二股尻尾の先の蒼い炎をゆらめかせ見つめ返してくるのに、藍は手をさしいれる。
「ほら、おいでおいで……」
　近づく指をひと睨みしたかと思うと――ペチンッ！　撓る猫パンチの洗礼だ！
「！」
「あゐちゃん。その子警戒してるみたい」
「どうしようかしら……」
　机の下の影の中、琥珀の双眸だけがハッキリと見つめ返してくる。
「下から撫でてあげてみて？」
「……こう？」
　怖々と床すれすれで掌を指しだしたなら、今度は猫パンチは飛んでこない。
　更に苺は、チャトラの視界に入るようにロイとめゐを侍らせて、顔から喉の下をこちょこちょこちょこちょ～。
　ひくり、とチャトラの耳とヒゲが前に動く。友好的な空気に釣られたようだ。
「もっと伸ばしても？」
「いいよ、そっとね～……首の下にふれてあげて……うん！　上手♪」
　おずおずと伸びてきた指にチャトラは首を乗っけ委ねた。こちょっとしたらふかふかの感触。
「──触れた！　ふふ、いい子ね。ここが気持ちいいの？　それじゃあうんと撫でてあげるわね」
　藍の口元がふわりと解け頬が染まるのに、苺はうんうんと嬉しげに頷く。
「やったね！　あゐちゃん……ゴロゴロっ言ってるし骸魂も消えたね！　……あ」
　苺の醸し出す何かに誘われたか、振り返れば大小様々なねこまたがぐるりと２人と２匹を取り囲んでいるではないか！　たてた尻尾はご機嫌甘えたいの印。
「ふふふ、おいでおいでー」
　怖がらせないように、するりと近づいてまずは１匹目の胴体からお顔へとなでなでまっさーじ★
「びーすとますたーにはどこが気持ちいいかお見通しだよ～♪」
　もふもふもふもふ。
　この子はちょっと強めのわしゃわしゃが好きそうだって見抜いたら、即実行。はい、へそ天にゃんこいっちょあがり！
　楽しげな雰囲気に誘われたか、机の下のチャトラはしびびっと伸びをして出て来た。通りすがりに藍の膝に身体をこすりつけて馴染みを入れるのも忘れない。
「ふふふ、あゐちゃん、だいすきって。妬けちゃうな」
「嬉しい……でも、ねぇさまが大好きよ」
　改めて生真面目に言うものだから、ますます苺は弾けて花のように可憐に笑った。
「……はい、おやつもどうぞ召し上がれ」
　照れ隠しに猫用かつおの封を切ったら、どどっと藍の元に大移動。
「美味しいにはかなわないかな？　じゃあこっちもー」
　ぺこんっとプルトップをあけてねこかんをお皿に解き放つ！
「美味しい缶詰も召し上がれ！」
　ぷぅんと猫の大好きな香りが部屋に満ちる中、夢中でご飯のみんにゃを撫でたら骸魂は次々に剥がれてナイナイ。
「撫で放題ね。長い毛の子は本当にもふもふだわ」
「ねぇ♪　猫天国だなぁ」
『……ホント、最初の恐がり具合が嘘みたいだわ』
　なんてロイのチクリに苺はしぃっと人差し指を立てる。
「ねぇさま、恐かったの？」
「ちょっとだけ、だよ……？」
　目を逸らし猫を撫でる掌を、同じ仔を撫でるフリして藍は重ね合わせる。
「これから、恐い所は私がついて行くわ」
「……もぅ」
　頬を膨らませてから、また幸せで泣き出しそうな顔をする。
「うん、一緒だね」
「ええ、一緒よ。あゐと」
　永久のあゐを｜あなた《ねぇさま》に――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

第2章 ボス戦 『迷獄の収集者』

POW   :    コンボ・サーヴァント 【妖精の攻撃】が命中した対象に対し、高威力高命中の【ドラゴンの息吹】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。 SPD   :    隷属精霊の召喚 「属性」と「自然現象」を合成した現象を発動する。氷の津波、炎の竜巻など。制御が難しく暴走しやすい。 WIZ   :    サモン・サクリファイス 自身の【配下】を代償に、1〜12体の【上位の龍や妖精】を召喚する。戦闘力は高いが、召喚数に応じた量の代償が必要。 イラスト：綾智 👑11 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

●
　骸魂から解放されたねこまた達は、大層猟兵に感謝したそうな――なんてことは、なく。
　後ろ足で首元かしかしってしたり、
　猫パンチ丹念に毛繕いしたり、
　しびびびっと伸びをした後はころりとまるまって寝たり、
　おやつもっとーっておねだりしたり、
　……とまぁ、なんも変らず猫続行中。だがこの団地を訪れた選ばれし｜者達《猟兵》にとっては、日常を取り戻し寛ぐ猫様はご褒美でしかない。

　そんな猫絶対空間が、再び脅かされる！

　突如虚空に現れたのは、濁り藻色のローブが翻した白髭の翁だ。漆黒の細い双眸には、全ての獣を支配出来る筈だという鼻持ちならない傲慢が滲む。
　猟兵の元で寛いでいたねこまたのあるものは怯え、あるものは仔猫を庇う。ひときわ大きいものは全身の毛を逆立て口をあき敵愾心を露わにする。
　だが彼らのみで向かっては、また骸魂をつけられる。そして今度こそこの老魔術師『迷獄の収集者』は残らず猫たちを浚い使い魔にしてしまうだろう。そうなったが最後、団地猫たちの安穏とした日々は永久に失われる。
　――看過できるわけがないだろう！　さぁ｜猟兵達《無類の猫好き》よ、この狼藉者を完膚なきまでに叩きのめし『猫団地』を守り抜くのだ！


＊＊＊＊＊＊＊＊
【マスターより】
２章目はボス戦です

＞戦場
レトロ団地全般、お好きなところでどうぞ
猫を愛でた部屋でも、ドアから出て戦ってもＯＫです
指定がなければ恰好よくなりそうな所をこちらで選定して書かせていただきます

・室内
・建物内部：１階から４階／棟と棟の間には噴水にベンチの広場あり
・屋上
・他「団地ならあるなぁ」って場所があればお好きに指定してください

＞団地猫が一緒に戦ってくれます
　以下のユーベルコードを使って一緒に戦ってくれます
　基本はPCのユーベルコードにあわせてたものを使いますが「猫POW」と指定があればそちらを優先します

POW : 惑わしの鬼火
【二股に分かれた尾の先端に浮かぶ炎】が命中した対象を燃やす。放たれた【相手を幻惑する効果のある青白い】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。

SPD : 顔を洗う
【夢中で顔を洗うことで】、自身や対象の摩擦抵抗を極限まで減らす。

WIZ : 化け猫の集会
戦闘力のない、レベル×1体の【化け猫達】を召喚する。応援や助言、技能「【『おどろかす』や『化術』】」を使った支援をしてくれる。

【ネコチャンは傷つかない安心設計のリプレイです】
共闘しても猫は１匹たりとも死んだり敵に捕らわれたりもしません
猫が痛めつけられるシーンは一切描写しません
だって猟兵のみんなが守ってくれるからね！
「猫を庇うシーンを書いて欲しい」方はプレイングに盛り込んでいただければ描写します


＞募集開始
9/30　朝8時31分　～　10/3　朝8時半　まで

この期間にいただいた方は全員採用します
人数次第で１回～２回の再送が発生するかもしれません、その点ご了承いただければと思います

以上、ご参加お待ちしております！


●
「――ようやく姿を現しましたね、『諸悪の根源』」
　収奪者は糸のような瞳をこれ以上無く見開き声の主を探す。
「上か……」
　東棟の屋上手すりの上に｜大町・詩乃（阿斯訶備媛アシカビヒメ・f17458）《神》が悪を打つべく仁王立ち。
「ここが年貢の納め時です。覚悟なさい！」
　ずびしっ！
　指さし宣言、鮮やかな決めポーズはヒーローの証。ひらり地上へ降り立つ身を、清浄なる巫女服が包み神性露わとす。
「儂を諸悪の根源と宣うか、クッ、よかろうよかろう……」
　詩乃にとっての『諸悪の根源』は｜『虚神アルカディア』《小物》である。つまりこれはお前は小物宣言に他ならない。
　アルカディアさんは｜女性の心を傷つけるタブーの話《幾つになったってセーラー服乙女は可愛いものと知れ》をしたので、正座させて張り飛ばし粛正しました。
「世の為、猫の為、これより祓い清め致します！」
「生意気な小娘が１人、ねこまたどもとあわせて使い魔にしてくれる！」
　収奪者は召喚した仔龍を吊るし首を引きちぎろうとするも、手の甲を刺し貫かれて阻まれた。
「私の前で小さき命を奪うなど決して赦しません」
　地面に落ち逃れる使い魔を庇うよう歩を進めたら、戦場に高らかに鳴り響くは猫の鳴き声。
『にゃあああん！！！』
　どん！
　直後、大板の橋が割れ爆ぜるような轟音が響き、翁は「ひぃっ」と情けない悲鳴をあげた。
　隙逃さず、詩乃は手元に戻した煌月で即座に胴体を薙ぎ払い、後ろへと飛び退る。
　くるりんっと膝を抱え空中後転、詩乃の身体を受け止めてくれたのは団地に負けぬ大きい化け猫さん。
「ありがとうございます」
　詩乃が軽く肩を蹴り再び空の神となると同時にぱっと化け猫が消えた。
　――なんと！　巨大猫の正体は、皆が集まり見せ掛けたものであった！
　大きな黒白ねこまたの指示に従い、今度はそこいら中から低く高くと啼き声あげて大合唱。
「ぐぅぅ集中ができぬ……」
　耳を塞ぎ頭を振る収奪者は丸腰に等しい。命を粗末に弄ぶ老人へは、鋭い雷と刃での一閃で天罰てきめんだ！

●
　――……｜少しあとの１ページ《ばいばいまたね》。
「協力してくれてありがとうございます。おもちゃは好きなように使って遊んで下さいね」
　沢山のもふもふを撫でて抱きしめて、またこれるといいなぁと詩乃はしこたまに名残惜しむのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

●
　団地自体がかき混ぜられるような感覚に、琴平・琴子（まえむきのあし・f27172）は毅然と唇を結ぶ。
　あの収奪者めが迷宮団地を手中に収めているのもあながち嘘ではないのだろう。
「市、猫さん達を連れて安心な場所に避難なさい。お前は私の部屋の中にいる猫達のボスのようなものなのだからできるでしょう？」
　市はチャトラのおっきい奴へにゃにゃっと声をかけ、団地猫らを引きつれ何処へと姿を消す。すぐに外に出た琴子は、一変した風景を睫が飾る瞳を瞬いた。
　妖精が行き交い龍が嘶きをあげ……まるでファンタジー小説のよう。だが瘴気渦巻く中を飛び交う彼らにはまるで生気がない。
　琴子は物陰に身を潜める素振りでわざと誘い込むよう肩を見せる。
「小娘ぇ、猫どもを何処に隠したぁ？」
　両腕掲げ悪辣に嗤う老魔法使いだなんてチープでパターン過ぎると肩竦め。
（「だからといって猫さん達を虐げようとしたのは納得できませんけど」）
　琴子目掛け飛来する甲冑妖精。主を庇うべく避難誘導を終えた市が立ちはだかり……はだかりー……。
「……市」
　眼前ひらつく｜妖精《玩具》を目で追う愛猫へ、琴子はため息を隠しもしない。
「戦うのはかまいませんけど食べちゃだめですよ」
　注意の間にも、市は獲物を両腕でバチンっと叩き落としあむりとかじりつく。
「食べちゃだめと言ったでしょう？　きっとお腹に悪いですよ」
　ぺーっとされた妖精はひくりと一度だけ震え消えた。
　こほり。
　仕切り直しの咳払い。
「市、やっておしまい」
　ぎらりんっと輝く瞳の残像残し、鋭く出した爪で斬り裂いたのは龍の腹。ぱくりと柘榴めいた割れ目から、元にした使い魔達の屍が零れては堕ちる。
「市、容赦はしなくていいですよ」
　ここの猫をあんな目に遭わせてなるものか。
　琴子は足を止めず、妖精の切っ先を惹きつけてはしゃがむ。直後、背中を市が駆け抜け敵へと飛びかかるのだ。
　べしっ！
　地面に叩きつけられただけで消える獲物に用はない。市は振り向きもせず頭上の龍の喉笛に齧りつく。
　龍はギィギィと不細工な叫び声をあげ翁へ助けを求めた。
「使えぬ奴め……」
　舌打ちし収奪者は階段を駆け上る。同時に龍は飛び出す絵本を畳むが如くぱったんと地に落ち消えた。
　……どすん。
　一歩遅れて琴子の足元が揺らぐ。
「なぁん」
　するりと伸びて馴染みを入れる黒白猫の頭へ琴子はそっと手を触れた。
「はいはい、ご飯なら無事に帰ってからですよ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

●
「みんなは下がってて！」
　突如目の前に転移してきた敵を前に、海藤・ミモザ（millefiori・f34789）咄嗟に腕を広げ猫を庇う。
「はっはっは！　わざわざ屋上に猫を集めて待つとは殊勝なことよ」
「ローブの裾が焦げてるよ、大方必死に逃げてきたんでしょ？」
　強がりマウントで取り繕う程に追い込まれているなら説得チャンスかも。
「おじいちゃん、考えてもみてよ」
　人差し指を立てちっちっちっと揺らししたり顔。
「支配なんてしたら、猫が猫らしく生きられないじゃない……！」
　背後の猫はそうだそうだー！　とは言わず。しびびっと伸びをしたりごろんと横倒しになったりアンモニャイトとして発掘待ちしてたりと｜随分余裕《いつもどおり》だ。
「ほら見てよ、このだらーんとした猫ちゃんたちを！　すっごく幸せそうだよ」
　わかる？　と近づけた瞳は翁のローブみたいに濁らずの若葉色。
「猫ちゃんは自由でこそ猫ちゃんなんだよ！」
　収奪者は鼻の上にこれ以上なく皺を寄せしょっぱい顔で睨んで来るのみだ。
（「分かってくれないかな……」）
『分からんじゃろう』
　｜laurus《長老》は手元で即答した。
（「ええー……できれば闘いたくはないんだけど」）
『甘い事言うとらんと、やる事やらんかい！』
「うー……仕方ない……！」
　突如現れたのは如何にも押すなよなボタン装置だ。
「びりびり痺れちゃえー！」
　ミモザさん、躊躇いなくぺしんっといった。
「我が妖精よ……ぎゃあぁ！」
　激しい雷に打たれ骸骨が杖を振り上げたポーズでビカビカ⚡と点滅している。オブリビオンに骨があるか不明だがそれぐらい痺れてるってことだ。
「押して」
　装置が壊れそうな強さでボタンを押し込みつつ、レイピア突きつけ突撃してくる敵妖精は首を少し動かすだけで躱す。猟兵にして妖精のミモザだ、ノービス妖精に遅れを取るわけがない。
「押して」
　フォーメーション攻撃もなんのその、氷上のプロスケーターの如く華麗に回転し擦らせもしない。
「押す……！」
　ぐいっ！
　ちなみにこのボタンは押し続ける限り威力が増していく。老魔術師のダメージの深刻さを物語るように、妖精達は夏の蚊のようにぽとぽと落ちて消えていく。
「ぎゃ、ぎゃ、ひぎゃっあぁっ！⚡　あづいぃー！🔥」
　老魔術師へ無数の蒼い焔が次々着火した。そう、さながら花火大会のクライマックスの如く派手に燃えて輝いている。
「え？　猫ちゃん達も加勢してくれるの？」
　二股尻尾に最後の残り火を灯し、いやーな骸魂をつけた奴へはのしつけ返してやる所存。
「じゃあ、どんどん鬼火で燃やしちゃおー♪」
　――猫団地の思い出。
　おじいちゃんを花火大会にしました。文法が変ですが間違っていません。
　猫ちゃんと一緒で楽しかったです。

大成功 🔵​🔵​🔵​

●
「躾けの悪い妖精めが！」
　屋上から踊り場へ逃れた収奪者は、喉元への鋭い圧迫感に足を止めざるを得なかった。
「あ、出てきたね｜邪悪《クソ外道》」
　クーナ・セラフィン（雪華の騎士猫・f10280）は、そのまま容赦のない剣戟を見舞う。
　二度とこの団地に戻ってこられない位ボッコボコにしてやる。
　しなやかボディの黒猫？ちゃ……さん、がクーナに背を擦りつけ「なぉん」と鳴いた。
「一緒に頑張ろー」
　展開される魔方陣を瞳に映し、クーナもまた結界を編んだ。まずは黒猫さんを絶対防衛、次に自分だ。
（「階段だし勢いを利用する津波が来るとみた」）
　――正解。
「くらうがよいわあッ」
　術手袋でろくろを回し、生み出したる烈火の炎を階下へぶちかます。黒猫に防御結界をお供させ、自身はぴょいっと軽快に飛び上がり避けた。
「｜お爺ちゃま《耄碌ジジイ》全く制御できてないわよ」
　縦持ちのヴァン・フルールで荒い焔を斬り裂いて、一足飛びに翁の懐へ。
（「突然現れたら驚くでしょ？　そして急所を庇う」）
　収奪者の緑ローブが波打ち心臓部分に魔方陣が浮かび、腕は頭を覆った。
「全部お見通しッ、よ！」
　腕を踏んでぴょいっと二段飛び。回り込んだ背中から突き刺した。血の弧を描く切っ先は右肩を削ぎ、着地振り返り様にふくらはぎを薙ぐ。
「ほッ、炎よー！」
　だが階下へと流れた勢いを戻すこと叶わずに、翁のしわがれ声は虚しくわんっと反響するのみ。
　爺を踏みしめ自由自在に踊る銀猫は、ちらと壁から降りた黒猫？　へ目配せする。
　きゅいきゅいっ。
　すると黒猫はのんびりと顔を洗った。一見すると無視したようにしか見えないが、クーナの傍らで情けない悲鳴が上がるに到り、連携好プレイだと知らしめる。
「くぅう……！　このっ」
　踏ん張ろうとしても魔術師の足は氷の上ではじめてスケート靴を履いた初心者のように滑る滑る。
「ふふふ」
　にくきゅうを口元にあて、クーナは上品な笑み声を漏らした。くるり手元で器用に巡るヴァン・フルールは、滑るだけ肩口にめり込み螺旋に肉を抉る。
「さあ一階までごあんなーい？」
　無様を散々に楽しんでから、どんっと翁の背中を押した。
　あれだ。
　コントで階段が滑り台になる奴。
「わぁああああああ……」
　黒猫の顔洗いで摩擦０にされた階段を、収奪者は足だけ激しく動かして滑り落ちていく。
「そう言えば、階下は大火事だったわよね？」
　制御できない自分の焔に焦されるとは、憐れとしかいいようがない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

●
　炎にまかれ階下へと押し流された老魔術師はベランダからの侵入で不意打ちを狙う。
「出たな！　また猫ちゃんを攫う気かー！　悪用絶対反対！　させないよ！」
　あぁここにも居たよ猟兵が。
　ベランダで威勢良く叫んだのは黒いもこもこタワー……もとい！　片羽・サラ（星空蝶々・f29603）その人である。
　そそっとしゃがみ張り付いた黒猫さん達へぽふりぽふり、降りて後ろに隠れるように促した。
「はははっ！　隙だらけじゃぞ小娘！」
「！　猫ちゃんはやらせないよっ」
　卑怯なるかな収奪者！　サラの膝に乗る黒猫目掛け妖精を射出した。サラは我が身を省みず盾となり“相棒”へ全てを託す。
　――キィッ！
　果たして、妖精の突き出すレイピアは真っ二つ！　為したのは相棒の白き蝶だ。
「……なっ、味な真似をしおって」
　翁が怒りに震える間にもサラは黒猫たちをベランダの隅へと逃がす。
「さぁ、ここからが本番なんだからね！」
　電子の娘は滑るように宙を駆け、勢いづいた回し蹴り。翁が蹌踉めいた所を蝶が過ぎ胸元を斬り裂いた。
「ぐふぅっ……もう容赦はせぬぞ！」
　ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ――緑、赤、蒼、白、黒の小さな妖精達が虚ろな瞳で次々とサラへと襲いかかる。
　――夕暮れの中、金色の糸が華麗に軽やかに拡散した。
　まずは頭だけ曲げて避け、２体を鉄パイプで叩き落とす。そのまま動きを止めず後ろ蹴りで更に１体。吹き飛ばされた白は更に純白の蝶に斬り裂かれ朽ちた。
『『『にゃ！』』』
　最後の生き残り黒の妖精はサラへ刀を振り下ろすも、突如蒼白く燃え上がった。中猫３連攻撃！　身に残る最後の炎での援護にサラは花唇を綻ばせ大きく手を振った。
「猫ちゃん応援ありがとうー！」
　手すりでスフィンクス座りしながら火のない尻尾を揺らす猫たち。なんて愛らしいんだ！
「あー、１匹連れて帰りたい！　……や、いたたたたた」
　真面目にやれって羽根ぺち容赦なし。
「分かってるって。メイもいるし動物増えちゃうもんね」
　やれやれって雰囲気の中でも、サラは常に踊るように妖精を躱し擦らせもしない。そして敵が態勢を立て直す前に白蝶が全て斬り裂き無に帰していく。見るも清々しい抜群のコンビネーションだ。
「これは分が悪いわい」
　弱った声がしたかと思うと翁は血痕を残し消失した。
「逃げたか、弱虫め……猫ちゃん、もう大丈夫だよ」
　指先に｜蝶《相棒》を止らせて、黒猫ちゃんへと鼻キスの挨拶。
　もう安心とゆるんだ猫達は、ひらひらの蝶に興味をそそられてみんなして猫パンチ。
「あ……あはは、そっか。そもそも君が食べられる危機だもんね」
　確かにお持ち帰りは無理だね★

大成功 🔵​🔵​🔵​

●
　こたつでぬくもりお茶の時間。まったりのんびり、ずっとそうしていたい気持ちは残念ながら破られる。
「白髭の翁ですか、見るからに怪しいですね」
　こたつから脚を抜き進みでる近江・永都（メガリス・アクティブの霊媒士・f37904）の見目も見事なまでに老人である。
「人の子の老いと儂の老いを一緒にするでないわ」
　老魔術師は配下を風で斬り裂いた。弾ける血飛沫は魔法陣を象り、部屋の気配が混沌に呑まれていく。
「人の事言えないだろうって？　これは一本取られました」
　戯けた口ぶりで海色の玉手箱を取り出し目尻を下げる、心に満ちる恐怖に抗うように。
「メガリスには、これまで随分振り回されてきましたが……」
　いいや、怖がるな。
　眼鏡越しの睫が震えた。
　寂しさを抱くだけで慰めと死体を連れてくるゴースト達の中でも、己は耐えきれたのだ。救いの可能性が見えたから。ならば今成すべき事は明白だ。
「こんな私でも猫さん達のお役に立てるなら……」
　あれほどお茶をご馳走になったのに緊張で喉がカラカラだ。玉手箱を持つ手も震える、あぁ違う足が震えているのか。
　ぽすり。
「にゃ」
　大きなにくきゅうに支えられた。黒のおおねこは相変わらずのジト目だが心配してくれているのはありありとわかる。
「一緒に戦ってくれるのですか？」
　おおねこに応えるように、ねこまた達もこたつから顔を出している。
「それはとても心強い、でも無理はしないでくださいね。え？　それはお前の方だって？　……ははぁ、見抜かれてしまいましたか。見ての通り実戦は初めてで……」
「それは良いことを聞いたぞ、貴様なんぞ低級精霊で充分だ！　あやつを殺し猫どもを回収するのだ！　いくがよい！」
　羽音をたてた妖精が突撃してくるのに対し、永都はふぅと一度だけ大きく息を吐いた。
「でも僕も猟兵、退く訳にはいきません」
　朱組紐を解き玉手箱の蓋をあく。嘗て己の運命を狂わせて若さを奪い取ったそれを制御し、戦おう。

　――眇めた視線の先を、獰猛なる海の獣が埋め尽くした。大鯨は苛烈に吹きだした潮で妖精どもを１体残らず打ち壊す。

「……なっ」
　自身も襖に叩きつけられた収奪者は、全身の痛みと把握出来ぬ状況にただ狼狽える。
『ふにゃあぁー！』
「うわっ、わぁ！」
　瞬間移動したように至近に現れた鯨へ悲鳴をあげるも、それは化け猫の見せた虚像。
「本物はこちらですよ」
　尾びれでべちんと翁を叩き更なる水攻め。何も出来ず沈むのみの収奪者を前に、おおくろねこさんとハイタッチ。
「ふふふ、ありがとうございます。お陰で見事な初陣を飾れました」
　ぺしんとお茶目に翻る鯨さんの尾びれとも嗄れた腕と黒いおててでハイタッチ！

大成功 🔵​🔵​🔵​

●
　お腹いっぱいの猫たちはまるくなり眠りだす。｜寝子《ねこ》と言われるだけある。完全にリラックス状態のみんにゃは撫で放題。
「骸魂から解放された猫ちゃんたちも可愛いね」
「えぇ。そうね、ねえさま」
　指から伝わるふわふわ心地に時計ウサギの姉妹は瞳を交し花唇を綻ばせた。
　大好きな「ねえさま／藍ちゃん」がそばにいる。つい昨日まではどんなに願えども叶わぬことが、染みいるように日常に馴染んでいく……なんと尊いことか。
　だが、しなやかなる黒猫ロイの毛が一瞬逆立つのに、歌獣・苺（苺一会・f16654）は甘い赤目を丸くした。
「もう少しだけ遊んで……ロイねえ？」
「！　……ロイねえさまも、気付いたのね」
　一方の歌獣・藍（歪んだ奇跡の白兎・f28958）は素早く姉と猫たちを背に庇った。
『えぇ。藍。苺、どうやらお出ましのようよ』
　使い魔ロイの双眸は、釣り合わぬ魔力で歪む天井の隅を見据えている。
「……このまま遊んで帰れると思ったんだけど、そう簡単に帰してくれないかあ」
「どうやらあれが――！　ねえさま危ない！」
　むぅと唇を尖らせる苺を目掛けて悪しき某かが発せられた！　見取った刹那、薔薇を抱いた金色が夥しい数でもって現れ幾何学の軌跡を描きそれらを射貫く。
（「ねえさまを、守る。今は私が……絶対に。もうどんな痛みもねえさまに与えない」）
「――！」
　剣が作る黄金の光影を前に苺は唇を戦慄かせた。
「藍ちゃん、この剣……！」
「！」
　姉の震える声に、藍の中に満ちていた誓いが剥がれておちていく。
　……しまった。こんな、ねえさまにとって最悪の…………。
「あ……ねえさまごめんなさい。これは、その……」
　しゅんと耳を垂らし口ごもる藍の手をふっかりとした獣の手が包み込む。
「すごい！　こんな風に操れるなんて！　かっこいい～！」
　手放しの破顔一笑。
　黄金をきらきらと受けた苺は、暗がり色の毛皮というのにおひさまのように晴れやか。それは当然、だって――。
「藍ちゃん！　守ってくれてありがとう！」
　大好きな妹が守ってくれたのだから！
　嬉しい。
「――え？」
　ぱちくり瞬き。藍は呆気にとられてから頬を緩める。その笑みは泣き笑いのように儚い脆さを伴う。
「……ふふ、もう、ねえさまってひとは……！」
　罪なんてないよ、と、何度でも口ずさんでくれるのだろう。
「よーし！　行こう、藍ちゃん！」
「えぇ」
　閉じられた瞼が持ち上がったならば藍の色に憂いはない。瞳一杯に映るのは誇らしげな姉の容ばかりだから。
「私たちを引き合わせてくれたこの場と猫ちゃんたちを守ろう！」
「ねえさまがそう言うなら、私は従うわ」
　――たとえ、世界を、宇宙を敵に回すような事だって。
　頭上では、藍の決意を示すように、幻想物が悉く“あの日の剣”に斬り裂かれては散らされている。
「クッ！　そのような防御陣なぞ、打ち壊せば良いわッ」
　天井から首だけ生やした老魔術師は、腕も空間に晒すと新たな魔方陣を描いた。
「力には力だね！　ロイねえ、準備はいい？」
『誰に言ってんの？　アンタじゃないのよ？　いつでも来なさい』
「そうこなくっちゃ！　――『これは、皆に美貌を晒す謡』！」
　吐息めいたメロディにロイの身体が震えだす。
「藍ちゃん、あわせてひらいてくれる？」
　そう伝え苺は畳を蹴った。
「わかったわ」
　幾何学の術式解除、ぽかりと開いた空間はロイの黒が即座に占めた。天井につく巨体に跨がって苺はロイの頭をちょこちょこっと撫でる。
「なん、だと？！」
　ロイが軽く身震いしただけで、収奪者の手元の魔方陣は押しつぶされて消え去った。
「火の竜巻召喚を台無しにしおって！　おのれッ」
「そんなひどいことはさせないんだから！　めゐちゃんもおいで！」
「行きましょう。めゐ、ねえさまのもとへ」
　白猫を遣わせて、藍自身は再び黄金の群れを姉の従者につける。
「ねえさまが褒めてくれたこの剣で、最高の援護をして見せるわ――『ゆるして。ゆるさないで』」
　既に赦しを得たのなら、矛盾する懇願は術式を高める為に研ぎ澄ますまじないとなる。
「ん、偉いね……しっかり摑まってて――さぁ！　ロイねえの華麗な動きと爪裁きに見惚れちゃってよね！」
　ロイが腕を撓らせると、翁は毛玉ボールの如く天井から抜け床へとたたきつけられた。
『にぃやぁあああああお～ん！！！』
　床で出迎えたのはがぱりと大口を開いた化け猫の姿だ。
「ひっ」
　実際は集まり大きく見せただけの虚仮威し。しかし大猫に叩かれ恐慌状態の老人にはすこぶる効いた。
「浚おうとした猫に脅されて無様ね」
　膝を突き震える背中を剣山に見立て“あの日の剣”が花と咲き誇った。
　続けて着地したロイが両腕を振り上げる。翁を杖で止めようと試みるも畳が滑り思うようにはいかない模様。その周囲では猫たちが顔を洗いのんびりと毛繕い。
「まぁ、ねこさんたちのお手伝いは百人力ね、頼もしいわ。さぁロイねぇとどめよ！」
　ばっちん！
　手加減なしで叩き下ろされた両脚パンチにて、翁は血泡を吹き倒れ込んだ。
「無念……」
　この部屋の猫を諦める悔し涙を垂れ流し、翁は這々の体で逃げ出すのである。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

●
　まるで猫が毛を逆立てるようにコノハ・ライゼ（空々・f03130）は身を起こした。
「おはようコノハ君。折角気持ち良く眠っていたのに……というところかい？」
　のんびりとした口ぶりで空を見上げる明空・橙吾（かけら・f35428）の眼鏡には黄昏が映りこんでいる。
「ふっ、寝てないわ。寝てないけど休養はばっちりヨ！」
　不穏を織り込んだような赫が縁側も猫も２人の男も塗りつぶす。厭な焦燥を押しつけるように。
「はは、調子は聞くまでもなさそうだ……うん、むしろもう少し寝ぼけててくれても良かったかな」
「冗談デショ？」
　橙吾は応えずに荷物を纏めると室内へ。
「アンタも散々寛いだ分位は働くことね、いつまでも初心者気分は通用しなくてよ」
　胴体を掏るように歩く猫をつれての減らず口。
　さぁこの子達が傷つかない“戦場”はどちら？　なんて聞かなくてもいいのは橙吾の顔を見ればわかる。
「さて団地というのは凡そ似たような造りだと思うけど……」
「例えば？」
「１つの棟に住民が多いから、間に小さな広場を設けることが多い……ほら、この通り」
　ドアを開ければ橙吾の言う通りに噴水広場が目の前に現れる。コノハは胡散臭そうに眉を顰めた。
「こんな場所、来た時にあったかしら？」
「……さぁ、どうだったかな？」
　片目を閉じた視線の先では、泥棒ヒゲの黒白でかにゃんこが得意げにヒゲ袋を膨らませている。
「アナタがやったの？」
『にゃ』
　妖怪の面目躍如かはたまた偶然か、ここはカクリヨ不可思議ゾーン。ぞろりと揃う猫たちもいや～なことした敵へのお返しタイムを心待ちにしているようだ。
「此度のお客は調理にも参加してくれるようだしね、僕も楽しみだ」
「そうね、どうせならお客は多い方が作り甲斐があるってモノね……ってさっきのアタシの話聞いてた？」
「勿論、手を抜く気はないとも」
　このタイミングで収奪者が虚空に現れる。
「……丁度良い、ここいらで使い魔を補充させてもらうぞ！」
　コノハのすんなりとした指は既にフライパンを握りしめている。
「とろくさい詠唱だこと。身の程知らずの爺さんには教えてあげないとね」
　パチン。
　小気味の良い音にあわせ深紅のフランベ、ふわりブランデーが薫る。
「――アタシの前に差し出したなら、等しく食材ってコト」
「その生意気な口、塞いでくれるようぞ」
　使い魔の頭を潰し振り回す。そうして奪われた命の分だけ術は強固なものとなるのだ。
「遅いのよ」
　こちらはすっかり仕上がり済みと、燃え盛るフランベを中身ごと投げつけてやる。
「ちぃ！　いけい！」
　まだ詠唱途中であるが致し方ないと、半端な状態の首なし龍を相殺に向かわせた。
　――ああしかし！　フランベに見えたのは茜色を受けたチャトラ猫である！
「ああ、まさに猫騙しだね。僕は学ぶことばかりだ、君たちの戦いから」
　華麗に衝突を避け着地するチャトラへ橙吾は感心感嘆と顎を撫でた。
　狼狽えた龍の翼が巨木を打つ。ふらつく軌道の先は美味しそうな天国の炎。龍を殴り壊し、更にコノハは爺の脳天に焔を直接押しつけた。
「見習いから出直しなさいな」
「ぎゃあぁ！」
　じゅうと肉の焦げる音には舌なめずり。けれども橙吾は静逸なる眼差しで見守るだけだ。
「……」
　不穏な物言いも敵に対する無慈悲で荒々しい振る舞いを見ても、今なら驚いたり不安になったりしない。
（「先ほど猫たちに見せていた屈託のなさが本当のコノハ君だ、なんて口にしたら最後分厚い猫を被られそうだけど……」）
「ぐッ、ならばこれでどうだぁ！」
　乱暴に振り回す杖が精霊や龍をばらまきだした。滅多矢鱈と数だけ多いとコノハは鬱陶しさを隠しもせずに張り飛ばす。
「大体操ろうだなんておこがましいってぇの」
　ヤケになって無駄遣いだなんて、買い込んだ材料を腐らせるに等しい。
「『使う』モノに敬意も払えないなら材料以下、餌にだって分不相応だわ」
「煩いわ！」
　喧喧囂囂の口喧嘩、コノハ君に勝てるわけないのになぁと内心で収奪者を憐れみつつも、橙吾は行動を開始する。
　コノハの派手なモーションに身を重ねる――これは先のチャトラの動きを真似た――そうして、精霊が猫に行かぬよう幽天で掠め軌道を変える。
『……？』
　指先でつつかれた程度だ、精霊らは何をされたかも気づかない。ただ妖精は剣を持ち直し、片羽根龍は頭をもたげ、コノハへと狙いを定める。
　――そう、コノハを狙った筈だった。
　悪食料理人はフライパンをひけらかし素早く収奪者の元へ。焔を目印にしていた精霊達の攻撃は、悉く収奪者へ吸い込まれていく。
「？！　貴様らぁ！　止めろぉ、創造主に逆らう気かぁ！」
　――そして、コノハが来たと言うことは、そこには必ず橙吾が潜む。
「……ッんぁ？」
　とんっと、巫山戯て背中を押すように毒手で触れる。前に蹌踉けた老人は、呆然から細い瞳を皿のように広げ喫驚に到る。
　目の前に伏すのは散々暴れた龍の出来損ない。剥き出しの骨が牙のように天を向く。あれに突き刺さるわけにいかぬと翁は身体を捻った。
　が。
「運が悪かったね」
　曖昧で決定打のない“運”も｜この男《橙吾》が口にすれば、確定的な一撃必中の技となる。
　先ほど龍の翼で絶たれた巨木が、此処に来て耐えきれずに折れた。無論、収奪者の方向に、だ。
　どん、ぐしゃり。
　倒れる巨木に押され為す術もなく肋に串刺し、出血大盤振る舞い。
「本当に“運悪く”自滅してくのがお似合いねぇ」
　ネコチャンを愉しませる事すら出来ないんだから――なんて。
「そうだね、平和と癒しの空間を脅かした罪は重いという事だ」
　しれと嘯き橙吾は肩を竦める。
　足元ではおおねこが大あくび、つられてみんなも大あくび――今すぐにでものんびり時空に戻れそうだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

●
　不運塗れから這々の体で逃げてきた収奪者は、今一度団地への“目”と同期する。
　この団地は一度は自分の支配下に置いた。だが余りに大量にねこまたがいたため、収奪するにも一端骸魂をつけて力を弱める必要があったのだ。そこを猟兵につけ込まれ無念。
「いかん、このままでは……猟兵がおらぬ部屋で使い魔を補充せねば……む！　ここには猟兵はいないようだぞ」
　大量の猫が島のように固まり寝そべるだけの丁度良い部屋を見つけ翁はほくそ笑む。あれを全て回収すれば猟兵との戦いで消費した使い魔を補って余りある！

　一方こちら、収奪者の見定めた部屋の縁側。時間感覚もシャッフルされたここでは相変わらず日だまりほっこり。
　――だが、長閑時空の中心に位置するもこもこの猫島が、動く！　熟達の勘が猫島もとい涼風・穹（人間の探索者・f02404）に警笛を鳴らしたのだ。
「すまん」
　でっかい茶色のおけつを首を横向けにして落す。チャトラ猫は流動物の如く床板にてろんと流れてから身を起こした。
　チャトラの毛繕いを見て、穹に乗っかる大小の猫が自主的にのいてくれたり、親猫が仔猫を咥えて降りたり。平和的な撤収風景である。

「ははははは！　手始めにこの部屋の猫どもを全て配下に起き、改めて猟兵どもを押しつぶしてくる！　そうして団地全てを我が手中に！」

「……この爺様…正気か……？」
　突如ワープして現れて壮大な夢を語るオブリビオンを、穹は片眉を持ち上げ胡乱げな顔で出迎えた。
「オブリビオン相手に正気もなにもないのかもしれないけど、これだけの数のねこまた達を全部纏めて使い魔にって……」
　現実でも飼いきれない猫が増えて飼育崩壊を起こす事例があるが、どう考えても収奪者も面倒をみきれる訳がない。
「使い魔を消耗品扱いというか使い潰すようなタイプか……」
「然様、魔術の構築には源となる贄が必要である……それは……ッて、わぁ？！　貴様、なんでここにいる！！！」
　したり顔から吃驚の百面相を前にした穹は穹で、微笑みかける口を押さえるのに精一杯だ。
「み」
　足首には、ちょこんっとにくきゅうおててを添えてさんかくおみみを覗かせるねこまたさん。
　怯える仔猫もいるが、でかにゃんこ２匹が庇うように前に立つ――穹の影で。
（「なんだろう、俺はもしかして猫たちにちょっとだけ頼りにされてないか？　まさかそんな……いやでも、このぴたっと感は紛れもない猫のにくきゅう……」）
　穹のズボンの裾をもちあげてぺたぺた。ふんかふんかと鼻を鳴らして嗅いだり、すりっと頭をこすりつけたり。
　逃げるより穹のそばの方が安心安全と判断したのだろう。ちょっとどころかめちゃくちゃ頼られてますよこれは！
　なんだこれ嬉しい。
　だからこそ、絶対に護らねば！
「……すまん、ちょっと離れてくれな」
　しゃがみおててをそっと剥がし頭をちょんっと撫でる。きゅいって目を閉じた猫の幸せ顔に胸を満たされながらも次の瞬間には穹は収奪者の眼前にいる。
「おい爺さんよ、ここはねこまたの大事な生活の場だ。荒すなんてもってのほかだぜ」
　お洒落な三角帽子ごと頭を引っ掴み、そのまま庭の茂みへと飛び込んだ。
（「戦うに便利な広い場所にでたいんだが、カクリヨ団地ってどういう構造だろうな……」）
　と、穹が頭に浮かべた刹那、シャムの方のデカイ奴がなぉんっと鳴いた。
　茂みの向こう側は、なんと階段の踊り場であった！　しかも普通より２倍以上はあろうかのビックサイズだ。
「へぇ、こんなことも出来るのか」
　べしっとコンクリートに爺を叩きつけて感心しきり。
　収奪者の脳裏に先ほどの階段踊り場での戦いがリプレイされる。だが気を取り直して、魔道具の鏡を虚空に掲げる。
「ふんッ！　ここならば火のまわりも早いはず。ねこまたは死体でも贄には使える、皆焼き殺してくれるわぁ！」
「ねこまた達の態度からするとろくな扱いではないと思っていたが、やはりな。それじゃあ心置きなく成敗といきますか」
「小童が言いおる。喰らえ、儂の最大魔法奥義……！」
　術手袋に毒々しい赤光を灯した直後、つるんっ！
　ご老人の足元の階段がコントのように滑り台になった。憐れな悲鳴を叫び滑り落ちていくのを、穹は生暖かい眼差しで見送る。
　穹の周りではねこまた達がせっせせっせと顔洗い。
「にゃおん！」
　だが黒でかにゃんこの一声で顔洗い止め！　穹が滑らないように階段つるっつるを解除。
「サンキュー！」
　ひらひらとバンダナの端を閃かせ、穹は軽快に階段を駆け下り収奪者の後を追う。
「観念しな。もう逃げられないぜ」
「ぐっ、しつこい奴め」
　風牙の柄に手をかけ穹が進みでるだけ後ずさり、収奪者は腰に当たったドアノブを後ろ手に捻る。
「儂は逃げるわけではない……これは戦略的撤退である」
　意気揚々と負け台詞を吐いた老魔術師はドアの向こうへ飛び込んだ。しかし、ドアの向こうに空間なんて、なかった。
　――がん！
　あったのは壁で、勢いよく皺だらけの顔面を打ち付け悶絶する。
「残念だが、そのドアは俺の仕掛けた“偽物”だ」
　成程、ユーベルコード製だからだな。老収奪者の額はぱっくりと割れて傷が深いしなにより痛い。肉体の痛みは勿論、見事に罠に嵌まってしまったため精神に深刻な損傷を喰らっているぞ。
「～～～」
　額を押さえて呻く収奪者を斬り裂き壁ごと蹴っ飛ばす。
「うぉおおおおーーーーー………………」
　緑のローブを翼のようにはためかせ、満身創痍の収奪者は何処かへと落ちていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

●
　何処かで重たい物が落ちる風鳴りがする。
　御簾森・藍夜（雨の濫觴・f35359）は黒の眼差しに沿う眉を吊り上げ再び黒手袋を嵌めた。
「にぃ」
「にゃぁ」
　ぬくもりをくれたもふもふのふあふあ達は、くるりとした瞳で気配を変えた藍夜をみあげてくる。
「これから雨が降るから、ほら、皆屋根の下に居なさい屋根の。いい子だから」
　傘を差すように猫たちへと手を翳してから外へ視線を移したら、老人が彼方から落ちてきた。
「はッ！　雨とは血の雨か？！　ほほう、大きく出たな、若造が！！」
　血泡に塗れた老人が怒気孕ませ喚き散らす台詞は、ひがみ根性極まれり。なんだ、既に歯ごたえがないと確定したようなものじゃないか。
「俺に悪態をついてお前の生存確率があがるのか？」
　ぱたん、と極力優しくドアを閉ざしこれ以上は通さぬと立ちふさがる。
「ふんっ！　邪魔だどけ」
「この中は猫過多空間だ。そこで殴り合う気はない……危ないだろう、猫が」
　みぃ、みぃ、と中からか弱く響く声は「がんばえー」と応援しているよう。ああ、さっきのふあふあを思いだしたら頬が赤くなる。
　こほん、と藍夜は咳払い。
「さて殴り合いでも――……ん？」
　視界を横切るは紅色の髪。目を凝らせば蜉蝣めいた羽根ある掌大の少女だとわかる。
「待て、それは――……妖精？」
「ちぃ、のらりくらりと。もう貴様らの手口には乗らぬぞ」
　収奪者は傍らで浮遊する仔龍の頭を無造作に引っ掴み潰した。
「ふはは、こやつ思ったより魔力を孕んでいたか！」
　現れたるは、建物一室を軽く覆い隠すような背の翼に大樹に迫る背いたかの……。
「ドラゴン？」
　雄叫びと共に風が渦を巻いた。ぶぢりとブランコが地面から千切られ錐揉みして空へ登る。だが藍夜はあぁと感嘆の気を吐きその胴体を一気に駆け上がった。
「内なる魔力秘めし第五階層の貪欲の龍よ、あやつを喰らい殺せえ！」
「実に興味深い」
　迎え撃つ焔のブレス。浴びてみたかった、なんて身を張った探究心はしまいこみ“藍色”広げて雨を傘となす。
「成程、間近で見ると、鱗の隆起はこんなにも尖っているのか。さながらパイナップルだな」
　胸元に足を引っかけ手をのばし、躊躇いなく顎の下に触れたなら、まず感じたのは違和だ。その正体を記憶から探す。
　……あった。
　先ほどの猫たちは妖怪ながらぬくもりを感じた。しかし此からは“命の息吹”を感じない。
「何故だ。もしかして召喚が完璧ではないのか？」
「……なっ」
　怒りで朱を抱く老人は捨て置いて、
「いや、そもそも高次存在と言っていたから、この世界での命の定義を超越しているのか？」
　藍夜が考察を巡らせる間も苛つくように叩きつけられるドラゴンの頭部。それを開いた鴉でふわり受け止め、掴みかかる前足は閉じた鴉の先で突き返し拮抗に持ち込む。
　――藍色の雨は、降りしきる。
「何、見せてくれるだけで良いんだ隅々まで」
　力のぶつかりあいなどどこ吹く風。鴉で顎を引っかけると、ドラゴンの頭部を惹き寄せた。
「炎が吐けるとはすなわち炎の生成器官があり、体内も耐熱性が優秀ということか」
　切れ長の瞳を好奇心一杯に見開いて、あちこち触れて探す探す。
「素晴らしい……」
　顎の下に薄皮の感触、躊躇いなく押し込めば指が熱く焦げた。そうした観察の間も収奪者は喚き散らして煩いといったらない。
「ドラゴンをサポートせよ！」
　藍夜は頬掠める妖精の振動に目を奪われた。まるでじゃらしを前にした猫の子だ。
「その羽根で毎秒何回羽搏く？　羽根の薄さは？　ああ、羽ばたきでなく震えているだけ……もしかして重力を操作しているのか？　なぁ貴様、どうなんだ？」
「はぁ？　何を言っている」
　居丈高な口ぶりだが、老人の容は仄白く翳り明らかに精彩を欠いている。拭っても拭っても疎ましい雨が体の穴という穴から染みこんでくるからだ。
「……ぐ、なんだ、目がかすむッ……お前は今自分が質問できる立場だと……」
「なんだ、知らんのか。収集家の癖に」
　心底呆れたという口ぶりで鴉の持ち手を捻り返す。すると、雄々しく立っていた龍はあっさりと地面に伏した。
　藍色の粒が弾かれる度、世界からぬぐい去るかの如くドラゴンは消えていき、痕跡すらなくなった所に黒いスーツの男が降り立った。
「貴様、何をした」
「――今日の天気は天気雨UCだ。まさか俺がUCを行使していると気づかなかったのか？」
　雨に体力を奪われ膝を突く老人の双眸は節穴。こんなものを覗いている暇があるなら先ほどの妖精をもう一度と望んだが、彼女も雨に落ちて散っていた。
「そして貴様、此処の猫の柄を言えるか？　大きさは？　頭数は？　知らんのか？　知りもしないのに支配しに？」
　畳みかける声に息を詰めるでくの坊へ、藍夜はますます失望する。
「――今まで失った配下を覚えているか、そいつの良いところは？」
「良いところ……？」
「言えないのか、蒐集家を名乗りながら集めただけとは情けない……」
　プライドを傷つけられた収奪者はひくりと眉を吊り上げる。
　ああ、ああ、何故逃げぬのか。もはや“兵隊”は彼を護っちゃくれないのに！
「待て、先ほどの奴は“魔力に長けていた”」
　ふんわりとした答えは“私は知りません”を飾り立てただけ。
「貴様は“本当に何も知らない”んだな」
　そして藍夜という男は好奇心と探究心の塊。つまりこの問答は、老収奪者を追い込むつもりが微塵もない、それが却ってひどい。
「蒐集とは集めて終いではない。集め集められたもの同士、互いに知って初めて互いが意味を持つ」
　もはや意味をなさない罵詈雑言へ取り合うのも莫迦莫迦しいと、藍夜は空へと目を向ける。話す価値もなかった敵との問答の間、待たせた雷へ目配せ。
　さて、世界が白と黒の輪郭と影でのみとなり、耳を劈く落雷音が団地一帯に響き渡った！
「――意味を要らないというのなら、収集家なんぞやめろ。烏滸がましいし不愉快だ」
　消し炭と化した老人を辛うじて覆い隠したのは、最後に召喚した小さな龍の翼だ。もはやこの場を離れるだけで手一杯だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

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　白魚の指に乳白色の撥が握られる。雨倉・桜木（花残華・f35324）は紅色の双眸を窄めると三味線を一撫ぜ。
　じゃらり、響く音は厄払い。
「猫ちゃん憩いの部屋を戦場にしてたまるかっていう話だ」
「……はぁはぁ、まだおったのか……猟兵めがぁ……ッ」
　撥が示す先には、今や緑と呼ぶのも難しい雷で灼け焦げた血色のボロクズを纏った収奪者。濡れた寒さと恐怖で歯の根が合わない。
「まるで尻尾を巻いて逃げ帰るのを邪魔されたって顔をしているね」
　図星を突かれ、白髭囲う唇は聞くに堪えぬ恨み言を連ねるも、ベンッと音にて裁ち切り。
「前口上すら上手く言えないなら、もう出番は仕舞いでいいだろう？　さて、それでは一席語るとしようか……おや？」
　桜木は、足首にふかりとした心地を憶え視線を落した。
　エノコログサに遊んでちっちゃな白い脚がぺたり。ふしゃーっと背中を膨らませるのはまだらの猫。チャトラお兄ちゃんが２匹を庇うよう踊り出る。
「君たちも手伝ってくれるのかい？　ありがとう。君たちを弄んだお爺さんに一泡吹かせてあげようね」
「ぐぅぬぅ、３匹ぽっちか……完全に収支が合わぬ……ええい！　こいつで勝負だ」
　１匹のひ弱な龍を異界から掴み出した老人は、皺に彩られた瞳を皿のようにする。
「……な、なんだ？！」
　おかしい――眼前に召喚するつもりであった龍が既に居る。
「召喚できたのか？　……いや、まだ生け贄は未だこの手に。では此奴は……？」
　敵だ！
　そう自覚した刹那雄叫びがあがり鉤爪が振り上げられた。
「ひぃい！」
　収奪者は恐怖に駆られ手の内の贄を即座に握りつぶす。
“にゃ～ん”
“にゃ～ん”
“うみゃん！”
　急場凌ぎで召喚した不出来な龍を嘲笑うは３匹猫の声。
「ははは！　流石は“化け猫”だ。お見事な化かしっぷりだね！」
　からから笑って桜木は撥を滑らせる。音波は鱗めいた塊でもって拡散し、龍モドキをなます斬りだ。
「さて、逃げ損ねた間抜けなお爺さん。こんな話は知っているかい？」
　翻るは艶やかな菊の着流し。桜花をパッと散らす麗人の手により撥は激しく弦を弾く。
「猫はね、自らの死に関わったものを深く恨むらしいんだよ。そう、ぼくの、キュウダイ君のようにね！」
　背に庇う３匹をキュウダイ君の欠片にしてはならぬ！　この子たちは絶対に護る！
「何を隠そうキュウダイ君は、人間に虐げられ弄ばれて命を落とした猫ちゃんたちの無念を折り重ね、織り合わせた影朧の集合体」
　すぅと息継ぐ間、呼吸すら語りと使い、桜木は畳みかける。
「……罪なき猫ちゃんに骸魂つけて弄ぶ君みたいな輩がねぇ、一番赦せないんだよ」
　怒りが大気を戦慄かせ“ク”る気配が場を打ち広がった。
「さっきのお喉さりさりも額の気持ちいい所なでなでも、おこただって専用をご用意するよ」
　哀しみを編み上げたキュウダイ君へは目一杯の幸いを――だからどうかどうか。
「さぁさぁ、めっちゃ可愛いぼくの愛猫！　おいで！」
　嗚呼、それはまるで天を覆い隠す雨雲か。
　空を覆う黒く垂れる獣毛に、雉色の尻尾がゆらり。直後、なますに斬った龍モドキへどすんっとのし掛かった！
　ぺきん。
　飴めいた華奢な音で破壊された龍を目にして老人は信じられぬと頬をひくつかせる。
「ええいっ、もう出し惜しみするものかッ！　私の総力でもって貴様らを潰してくれるッ！」
　――出し惜しみは、死。
　両腕を翳し広がるローブには綺羅の魂珠を宿した使い魔らが一目では把握できぬ数で現れる。
　たち上る風がその全てを引き裂き禍々しい上級龍と無数の小さな妖精たちを召喚する。
「キュウダイ君！　デカ物は頼んだよ！」
　なぉん！　と勇ましい返事にあわせ桜木はくるり円舞、撥を上段から叩き込んだ。
　ベベベンッ！　ベンッ……！
　嵐のような音階は、数だけの龍を瞬く間に血潮に変えていく！
「！　おっと……」
　桜木の足がつるりと血で滑るのを見て、収奪者の口元がにんまりと吊り上がる。
「はっはっは！　龍よ！　猫は捨て置きまずはこやつを殺せ、殺すのだ！」
　キュウダイ君の頭を押さえつけ今まさに焔のブレスを吹きかけようとしていた龍なのだが、命令に応じて飛び上がった。
　罅割れるコンクリートを巻き上げ一足飛び、龍はブランコに指をかけ立ち上がろうとしている桜木目掛けて口から火球を、放つ！

　熱につられて揺らめく景色。だがその先に桜木の姿は、ない。

　再びの大化かし。
　三方に飛び退くのは猫達を庇うように、キュウダイ君の爪だし猫パンチが伸びた。
　ぽんっ！　なんて音が聞こえそうな軽快さで、｜猫ちゃん《キュウダイ君》の鞠遊び。斯くして逸らされた火球はなにもない空間に虚しく叩いた。
「おっと、大火事はいけないね」
　草木に移りの延焼は、上空からの三味線の音が連れる衝撃波で見事にかき消し。
　上空？
　キュウダイ君の肩に腰掛けて、すんなりとした足を揺らしはしゃぐのは、勿論桜木だ！
　ひゅん！
　キュウダイ君は巨大さからは想像もつかぬ軽快さで振り返り、所在なく立つ巨大龍の頭上へ猫パンチを振り下ろす。ぺきんっと折り曲げられた龍はぶらんぶらんと臍を見ながら上半身を揺らし無残に崩れ、塵と化した。
「――！！」
　嗚呼、全ての下僕を使い尽くし、なぁんにもできない憐れな老害はもはやまな板の鯉だ。
「さて、キュウダイ君。今日のお肉はご老人、少々萎びているけれど遠慮なくどうぞ」
「や、やめ……ッ」
　両手を前に必死に逃げるのを、キュウダイ君は爪で引っかけひょいっと持ちあげる。
「手足でも何でも【折り曲げ】てしまって、心ゆく迄、喰らいな？」
　桜木は外連味たっぷり嫌味たっぷりの嗤い顔で、何も出来ずに震えるだけの老人を見下ろす。
「た、助けてくれッ！　なんでもするッ、も、もう猫は浚わない！　だから離してくれえっ」
　やたら煩い獲物へ、ふんふんと湿った鼻を近づけ臭いチェック。その後、キュウダイ君は収奪者を地面におろした。ああ助かった……と、ほっとしたのは須臾の間。
　ぺっちん！　と、にくきゅうで押さえつけ、じたばたする右腕をぷちん！　と千切り口へ。丸呑みしたら反対の腕も同じようにして呑み込んでから、きゅいっと首を傾げた。
「……なぁ」
「あぁ、食いでがないって？　仕方ないさ、ご覧の有様の“自分のものはなぁんにも持ってない”憐れな奴だからね」
　キュウダイ君はつまらなさそうおみみを垂らす。そうしてから胴体掴んであっさり丸呑み。
　――あ、という悲鳴すらも遺せずに、収奪者はキュウダイ君の喉を通りやがて意識も肉体もその全てをなくしてしまうので、あった。

－終－

大成功 🔵​🔵​🔵​

最終結果：成功 完成日:2022年10月22日