九龍アンダーシティ~秘め事語り~
#封神武侠界
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●九龍城の夜
デタラメに折り重なる匣。
腐りかけの肉や安っぽい香水やタチの悪い酒の香りが渾然一体となり漂う、上層に行くほどに薄くなるとは言うが所詮同じ穴の狢。
ここに棲まう人間は皆、誰かを出し抜こうと虎視眈々。そうせねば自分が明日には解体されて誰かの命をつなぐ臓器になってるような界隈だから。
――そんなどうしようもないどん詰まり。さらに最下層の酒場では、争うことから逃げて心身を堕落に壊す男女が折り重なるように集う。
阿片だか煙草だかわからん煙を漂わせて、いつ誰が作ったか判らない酒を流し込んで、つかの間の享楽を貪るのだ。
ここにいるのは皆、後ろめたい奴らばかり。
囀るのは聞かれたくないけど、口にしたい欲求が膨らみ過ぎてついつい吐き出したくなる。
●グリモアベースにて
「だからアナタもワタシも、ここでしかできねぇお話しましょうよってお誘い」
薄く笑い顎を持ちかあげた比良坂・彷(冥酊・f32708)は、マッチを擦った。煙草の穂先に火を宿し朽ちたマッチは灰皿へ投げ捨てる。
「暗がりだから、泣いたって嘲笑ったって相手にゃわかりづらい……てかお互い“わかんないふり”しとけばいい」
――もしも、普段は絶対見せないような顔されたって、ここを出たら話しごと忘れる。それがルール。
「ま、互いに憶えてて欲しいならそれはそれだけどね。好きにすりゃいいさ」
吐き出す紫煙とともに続く台詞はそれが依頼の本題だろうに、という内容だった。
「蘭芳公主ってオブリビオンが九龍城に紛れ込んでてさーあ、そいつ『この場所が愛しいからぶっつぶす』って考えてんの。めんどくせぇよね」
九龍城の酒場で界隈に溶け込み待ち伏せれば女は網に掛かる。女を殺せば仕事は終わり。
「そうそ、二十歳未満の坊ちゃん嬢ちゃんには、水になんか色つけたノンアルコールのものがでてくっからさ。子供だって黒々としたことは抱えてるよねぇ?」
そこに境界なんてないと男は嗤った。
一縷野望
オープニングをご覧頂きありがとうございます
2章仕立てですが、がらっと赴きが変るので、それぞれの章だけの参加も歓迎です
>1章目
九龍城最下層の酒場で、酒と煙草の香りに塗れながら、普段は口にできぬ話に興じる
話す内容はご自由にどうぞ
公序良俗はちょい逸脱もありの、アングラな雰囲気のイベシナです
ただし、未成年は酒と煙草と阿片の描写はしません
また『あからさまなエロ』は流します。直接的な表現はしません
>2章目
九龍城の入り組んだ街中で戦闘
活劇アクション、心情戦闘、お気に召すまま
==============
>1章目について
*受け付け開始
オーバーロードは現時点から/通常プレイングは【5月27日(金)朝8時31分~】
締め切りは人数を見てタグとツイッターで広報します
*採用人数
オーバーロードは全採用/通常プレイングは【先着8名様まで確定、後は余力次第】
・グループの内お一人でも先着に入りましたら、同グループの方は8名を超えても採用します
・先着でも「おまかせ」や「極端に少ないプレイング」は書けないので流します
・再送が出ないよう努力しますが、もしかしたら1回お願いするかもしれません
*仕上がりテイスト
・同行者さん同士での会話リプレイになります
・お一人様での参加はその場のNPCが聞き役になります。男女年齢立場他、好みがあればご指定ください
(秘め事語りなシナリオの性質上、お一人様同士の行きずりの絡みは難しいと思います)
*同行
・三名様までOK
・プレイング冒頭に【チーム名】と、相手への特別な呼び方があればお願いします
・失効日とオーバーロードのありなしは合わせてください
==============
以上です
皆様のご参加をお待ちしております
第1章 日常
『九龍城砦の日常』
|
POW : 怪しげな酒場や劇場で退廃的な享楽に耽る。
SPD : 盗品や偽造品の溢れる闇市場の取引に参加する。
WIZ : 労働者や不良少年のたまり場を訪れ、交流する。
|
種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
瑞月・苺々子
――ふふ
こんな“子供”がこんな酒場に、なんて驚いた?
安酒に煙草の匂い
私にはとても懐かしく感じるの
ここでは『お嬢』って呼んでくれるかしら?
良い子ぶるのにも少し疲れたところ
ここなら私の知る人は入ってこないと思ってね
それに父親のシマじゃないもの
私の知っている組織の掛け合いもここなら無いし
落ち着くわ
探していたの、こういう所
ねえ
あなたは“ヤクザの娘”ってどう思う?
可哀想?
それとも魅力的?
今までなんでも
舎弟や両親が身の周りの事を率先してやってくれたけど
こうして旅をする内に思ったの
――ああ、私って何にも出来ないんだ
でもね、みんな優しいから
ひとりで出来るよなんて言えないの
少しだけ大人になって帰ったなら
きちんと言えるようになる?
幻滅されないかしら?
私きっと“箱入り娘”にされすぎたのね
本当に、温室育ちの苺みたい
度胸は必要よね
子離れしてもらわなきゃ
――結局私は“何”なのか?
瑞月組4代目組長の一人娘
瑞月 苺々子よ
「賢いレディ」って憶えてね?
でも、『ここを出たら忘れる』
それが筋ってもの、でしょ?
●
嗤いと怒号がない交ぜのこの酒場の傍を、駆け出し逃げるのが賢い子、一瞬飲まれて立ちすくむのが普通の子――だが、瑞月・苺々子(苺の花詞・f29455)はそのどちらでもない。懐旧に胸を躍らせて、弾む足取りで店に入る。
ドレスコードはみすぼらしく汚れた姿、けれども敢えて倣わず黒を基調にした屍人のワンピース。上で牛耳る者だけが赦される格好だ。
カウンターに腰掛け花唇を綻ばせる。
「――ふふ、こんばんは。こんな“子供”がこんな酒場に、なんて驚いた?」
店員が無言で頷くと、紫煙がふわりとかき混ぜられる。靄がかる視界を愛おしむように娘の瞳が窄まった。
笑い方ひとつでお上品さはかき消えて、しっくりと身を馴染ませる。かつて、父の傍らから眺める景色はこの場にそっくりだから、とても簡単なこと。
「アンタ、どっかの上のお嬢さんか」
「父親のシマは遠いけれど……ここでは『お嬢』って呼んでくれるかしら?」
ねだったのは、他所へと迷い込んで以来耳にすることがなくなった呼び方だ。
「お嬢は、何か飲みたいもんはあるか? 流石に酒は無理だ」
「随分とお綺麗なルールなのね」
「俺の主義だ」
「じゃあ、さっぱりするものをちょうだい」
すると、薄いジャスミンティに申し訳程度の檸檬が浮かぶグラスが置かれた。
耳をそばだてる周囲を背に、苺々子は悠然とした態度で口をつける。
如何にして媚びて美味しい思いをしようかとの視線が突き刺さる。こんな浅ましい目つきをする者は、今の苺々子の周囲にはいない。
「なんでここに来たかとでも言いたげね」
「……」
無言。だが勝手に喋れとでも言いたげな空気を作るのに非常に長けている。ありがたい、甘えることにしよう。
苺々子はカウンターにしな垂れると、グラスの水垢をつつく。
「良い子ぶるのにも少し疲れたの。ここなら私の知る人は入ってこないと思ってね」
万が一、知り合いの猟兵が来たとしても“知らんぷり”だし、父親の組織の小競り合いに煩わされることもない。
隠し込んでいた“素”を広げるには打ってつけ。
「だから」
不意に、かん、と、わざと強くグラスを叩きつけ、苺々子は誰となしに大きめの声でのひとりごと。
「私に取り入ったって何もいいことないわよ? むしろ邪魔をしないでね」
それだけで、潮騒はすぅっと引いていった。
――人攫い喰おうとする輩へ、どちらが喰われる側なのかを教えつけたからだ。
ただ奴らも強かで、苺々子への関心を消せば済むとわかってる。あとは売った女の話だの明日のない自分語りだのをごちゃ混ぜにしていつも通りに酔っ払うだけだ。
「ふぅ」
居心地が良くなった。
苺々子はなにもここで特別扱いされたいわけではない、むしろひとつのパーツに成り果ててしまいたいぐらいだ。
「ねえ、あなたは“ヤクザの娘”ってどう思う? 可哀想? それとも魅力的?」
ははは、と、男は唇を歪めた。今度注がれたのは水だ、しかも生ぬるい。
「お嬢、今の周囲の態度でわかったろ?」
ふうん、と鼻が鳴る。
組んだ指の上の乗せた華奢な容は、ひたり尖らせた感情を浮かべた。だが怯まぬ男を見てすぐにへにゃりとした愉楽に崩れる。
「いいわ、そういう扱い。私ね……」
打ち明け話の口火を切ったなら、男は丸椅子に腰を落ち着ける。聞きはするという態度は、金払いが良かったからだ、きっと。
「今までなんでも、舎弟や両親が身の周りの事を率先してやってくれたの」
「その割りにさっきは自分で始末したな」
「旅をする内に身についたのかしら、度胸は必要よねって。でも、今でも思うの――ああ、私って何にも出来ないんだって」
九つの娘がもっと幼い頃には、母と父とその舎弟に囲まれていた。みな優しくて、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
「ひとりで出来るよなんて言えないの」
彼らの差し伸べた手の行き場を奪ってしまうなんて――望まれてないと、気づいていたから。
「少しだけ大人になって帰ったなら、きちんと言えるようになる? 幻滅されないかしら?」
しゅんと垂れた耳につられ飾り花も萎れるように下を向いた。だが男はさして同情も見せず、他へとグラスを滑らせている。それぐらいの方が話しやすい。
「……私きっと“箱入り娘”にされすぎたのね。本当に、温室育ちの苺みたい」
「だからって、お嬢は俺やここの奴らみてぇな扱いは望んじゃあいねぇんだろ?」
金づる、利用してやりたい、舎弟らもそれらを抱くケダモノだ。だからといって、彼らから牙を立てられたいわけでもない。
金を出せとヒラヒラする手に札を握らせたなら、何で色をつけたんだかの真っ赤な水が出て来た。ちろと舐めたらうっすい柘榴。
「ここの人達は“他人”だわ。でも彼らはファミリーよ。だからって温室でぬくぬくはもうごめんよ、子離れしてもらわなきゃ」
――結局私は“何”なのか?
自問自答を気取ったか、男は今一度少女の名を問いかける。
「瑞月組4代目組長の一人娘、瑞月 苺々子よ――『賢いレディ』って憶えてね?」
淀みなく答え席を立つ。
柘榴水は飲み残した、余りに不味かったから。けれどだからこそ安心できた。“お仲間じゃない”って云われたようなものだから。
「でも、『ここを出たら忘れる』それが筋ってもの、でしょ?
男は答える代りに、無造作にグラスを回収して柘榴水を捨て去った。それっきり苺々子なぞ居なかったかの如く他の客の相手に興じる。
だから親からはぐれた仔狼は、ヤニがすっかり染みた月白色と鳥の子色の髪を揺らし、満足げにここを後にした。
大成功
🔵🔵🔵
流茶野・影郎
久遠寺(f37130)と
飲みませんよ
俺は猟兵だけれども、今でも『能力者』でありたいと思ってますからね
守りたいものは守っていきたい
(茉莉花茶の入った急須を傾けつつ)
まあ、変わることのできなかった大人の言い訳という奴です
『この場所が愛しいから潰す』
昔、居たでしょう『えっちな脳みそ美味しいです』と言った人
彼女と変わりませんよ
愛しいから離したくない
愛しいから自分の手の中に
愛しいから壊したい
そういう思考なんでしょうに
ふむ、若かったし幼い
まあ、それだから俺達はやり遂げられたんですよ
(身を乗り出してくる久遠寺の額にデコピンしつつ)
いつまでも子供のままというわけには行かないでしょう
後から来る若者に笑われますよ
久遠寺・絢音
流茶野先輩(f35258)と
私は玫瑰露酒。先輩は……飲まないんだ、そっか
(私も不良能力者になったなぁと内心自嘲しつつ)
茉莉花茶とかいいんじゃない?さっぱりしてまろやかだし
『この場所が愛しいから潰す』ねぇ
私達にとっての愛しき場所といえば、我らが母校だけど……潰すって発想にはならないわよねぇ
(例の蛇姫のことを思い出して)
あー、そう言われると分かるわ……確かにね
あの頃は若かったというか、幼かったわよね
色々あったし
そうね、だからこそ成し遂げたかな
それに……
(身を乗り出して、男の眼の中まで覗き込むように)
私達、すっかりズルい大人になったわね
アイタッ、もーう!
デコピンなんて大人のすることじゃな〜〜い
●
まとめ髪の女はハマナスの香りたつ透明な液体を喉に通す。
「先輩、どうぞ」
と、久遠寺・絢音(銀糸絢爛・f37130)が瓶の口を差し向けたなら、流茶野・影郎(覆面忍者ルチャ影・f35258)はかぶりを振った。
「飲まないんだ、そっか」
「飲みませんよ。俺は猟兵だけれども、今でも『能力者』でありたいと思ってますからね」
当時、銀誓館の能力者は成人後も酒と煙草は禁じられていた。
精一杯、九龍城に馴染もうと眼鏡を外している男を前に、絢音は肩を竦める。彼に比べて自分はどうだ、今やすっかり不良能力者ではないか。
「守りたいものは守っていきたい……まあ、変わることのできなかった大人の言い訳という奴です。ところで、そのお酒は持ち込みですか?」
「うん。ちゃんとしたのは殆どないと聞いてたから、上層の露天で仕入れてきたの」
絢音は注ぎ口の欠けた中古の茶器セットを目の前に置いた。
「飲まないなら、茉莉花茶とかいいんじゃない? さっぱりしてまろやかだし」
「本当に準備がいいですね」
片眉を持ち上げてから、彼は湯をもらうため席を立つ。男が消えたとたん、周囲の輩がご相伴に預かろうとするのはしっしとあしらった。
――さて、席に戻った影郎は、ただ湯をもらうだけで甚く毟られたご様子。
「うーん……『この場所が愛しいから潰す』ねぇ……」
ゆらりとくゆる茉莉花の香りを前に、絢音はむぅと唇を下げた。
「私達にとっての愛しき場所といえば、我らが母校だけど……潰すって発想にはならないわよねぇ」
「昔、居たでしょう『えっちな脳みそ美味しいです』と言った人。彼女と変わりませんよ」
共感の代りに提示されたの蛇姫を浮かべたならば、絢音も即座に腑に落ちた。
愛しいから離したくない、
愛しいから自分の手の中に、
愛しいから壊したい、
「……そういう思考なんでしょうに」
「まぁ確かにとは思うけど、やっぱりその飛躍はしたくないというか……」
なんだか口ぶりが幼くて絢音は隠すように玫瑰露酒を流し込んだ。それすら目の前の旧友には見透かされてそうだけど。
「あの頃は若かったというか、幼かったわよね」
「ふむ、若かったし幼い」
だから“やり遂げられた”との物言いが重なった。
前しか見えてなかった。己の信念を胸にがむしゃらだったのは、絢音も影郎も、そして同窓の能力者達もみな同じだ。
例えば来訪者として複雑な綾を抱く者も居はしたけれど、一度戦場に出たならば心は嫌でも勝利を請うよう研ぎ澄まされた。
「あの情熱は流石に若さの特権でしたね」
深く息を吐き出す影郎の日々は、実のところさして代わり映えがない。
能力者達が選んだ日常を護る為、人知れず戦いに身を投じ続けてた。だが、若さという燃料がなくなったからか心がすり減って仕方がない、さながら芯を尖らせる為に削られる鉛筆のように。
「……そうね」
長き友人の疲れが濃いのは、この暗がりのせいだと思いたい。
流れてくる紫煙を大ぶりな所作で払ってから、絢音はわざと意地悪く口元を歪め身を乗り出す。
「もう、こんな場所にも馴染めるようなズルい大人になったわね、お互いに」
頬杖の上目で覗き込み。
そう、もしも、変らない彼がもし疲れてるのなら、そうじゃない“大人”の生き方をしたっていい、なんて巻き込むようなことを言ってみた。
「……」
すっと翳された節くれ立った男の人差し指が折れ曲がり、
ビシッ!!
「……っ! アイタッ、もーう!」
デコピンされた額を抑えて涙目ふくれっ面、子供じみた表情に影郎はくくくと喉を鳴らす。
「いつまでも子供のままというわけには行かないでしょう」
取り澄まし言われたらますます頬は膨らむばかり。
「デコピンなんて大人のすることじゃな〜〜い」
「後から来る若者に笑われますよ」
「もう! ちゃあんと先生してるんだから……! 悩み事には率先して相談に乗ってるのよ」
「なんてアドバイスするんですか?」
「動けるときに動け!」
もう堪えきれず、影郎は口元を抑えてあからさまに笑う。
「変らないですね」
「戦いも恋も先手必勝が正義なの」
じゃれ合うようなおふざけは、享楽が支配する場の喧噪にいい具合に混ざり合うのであった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
森宮・陽太
【風グリ】
銀髪のねーちゃん(フリーウインド・f10650)と
アドリブ大歓迎
酒場で老酒を嗜んでいたら
フリーウインドと遭遇し同席快諾
一緒に飲み始めたはいいが
俺の方が早く酔いが回っちまって
つい不安を零しちまう
…なあ、ねーちゃん
聞いてくれねーか?
最近、俺が俺でなくなりそうで怖ぇ
…過去の俺「暗殺者」との境界線が
酷く曖昧になりつつある
俺は俺のままでいたいが
このままだと俺は消えてしまうかもしれねえ
(突然真の姿に変わり人格変貌)※容姿は真の姿イラスト参照
…あなたと俺が会うのは初めてか
名前はない
「陽太」は俺を暗殺者と呼ぶが
「陽太」は俺と俺の所業を恐れているが
俺は「陽太」の存在を尊重している
「陽太」とはお互い納得の上で共存したい
それが俺の願いだ
だが、もし元居た世界に戻ったら
あなたが知る「森宮・陽太」は消されてしまうだろう
おそらく、俺の記憶からも
もし、「陽太」がそのような状況に陥ったら
「陽太」を助けてやって欲しい
…銀髪の騎士よ、感謝する
(元の姿に戻って)
…俺、いったい何を?
…そっか
悪ぃなねーちゃん、ありがとな
エリス・フリーウインド
【風グリ】
陽太(f23693)と
アドリブ可
カウンターの隅で赤ワインを優美に飲んでいます
こうして1人で酒を楽しむのも良いですね
此処なら思わぬ情報も入りますし
偶々見かけた陽太に気付き彼の好みを注文し
「陽太様。宜しければ一緒に如何ですか?」
と誘います
彼が話始めましたら
グラス片手に相槌を
私にとって過去は懐かしむものですが
陽太様には違うのですね
彼の姿が変わったら
「グーテン・アーベンド『貴方』様。名を伺っても宜しいですか?」
【礼儀作法】で応じ頃合いを見計らい
「暗殺者様は、陽太様をどう思っていらっしゃいますか?」
と問います
「成程。それが貴方様の願いですか。ですが陽太様が故郷に戻れば、陽太様は消されてしまうと」
暗殺者の願いがそれならば
陽太が消えれば暗殺者もそれに引き摺られて共に消える気もしますが
暗殺者の願いには
「承知しました。ですが、陽太様が消えた時。貴方様がその者達の思い通りになるとも思えませぬ」
と返します
陽太様には、何も聞いておりませぬ、とだけ
―ここを出たら話しごと忘れる
それがこの場のルールですから
●
ここは、故郷のダークセイヴァーとは随分と赴きが違うと、カウンターの片隅に腰掛けるエリス・フリーウインド(夜影の銀騎士・f10650)はひとり思う。
確かに、どちらも生活が貧しいことに変わりはない。
ダークセイヴァーでは常に吸血鬼からの理不尽な暴力に晒されていて、生きるのに必死だ。
村人たちが黒翼のエリスを恐れ忌み嫌いながらも守人として重宝したのにも現れている。
だが九龍城(ここ)は、覆しようのない身分差はあるが、所詮上に立つのも“人間”だ。だからか、彼らはただただ怠惰で堕ちるべくして堕ちたようにエリスの瞳には映る。
ただ、そんな彼らから漏れ出る話は際限も慎みもなくて、時に思わぬ宝となり得るのも事実だ。
赤ワインとは名ばかりの水に色をつけただけの物を口に含み、エリスは噂話に耳をそばだてる。
(「次は別のものを頼みましょうか……」)
一方、カウンターから離れた粗末なボックス席で琥珀色のグラスを傾けるのは森宮・陽太(人間のアリスナイト・f23693)だ。こちらの老酒はまだ本物に近い味がする。
(「もし俺が転がってたのが、森宮の家の玄関先じゃなくて、こんな場所だったらどうなってたんだろう……」)
傷だらけで記憶を亡くし、それどころか衣食住すら儘ならぬ赤子めいた青年だ。
ここの奴らなら奴隷にするか、いっそバラしまて臓器を取っちまうかだろう。そうして得たあぶく銭で酒を飲む、そんな彼らを見据える陽太の瞳だが、別の恐怖をひっそりと揺れていた。
(「もし、そうはならなかったら……?」)
この店内のゴロツキが束になって掛かってきたところで、あっさりと『あいつ』は葬りさるだろう。猟兵とか超弩級とかそういう概念を超えて。
ああ、僅かに残る酒を喉に入れてもまったく足りない。
とにかく、あの時、森宮の親父とお袋に拾われたことは、天佑神助の幸いだった。
(「だから俺は……」)
とりもどせた?
それとも、優しい両親に包まれて、陽太を“作れた”?
――嫌な酔いに頭を抱えそうになった時、知った声に名を呼ばれた。
「陽太様。宜しければ一緒に如何ですか?」
エリスだ。
大枚を叩いて手に入れた老酒の瓶とグラス2つがのったトレイを手に、陽太のそばに立っている。
いつも唇を切り結んだ鉄面皮も、酒の力か僅かに頬が緩み柔らかな気配。
「ああ、ねーちゃんか。こんなとこで偶然だな、いいぜ、ひとり酒には飽いてたんだ」
向かい合わせに腰掛けて、エリスは陽太のあいたグラスに老酒を注ぐ。
「これはどのようなお味ですか?」
「甘いぜ、焦したようなのだ」
「そうですか」
返杯と陽太から注がれた液体はちゃんと酒の味がした。
「悪くはないですね。陽太様のお陰でひとつ新しい味を知ることができました」
「ああ、そりゃあよかったわ」
人前では明るく振る舞うタチの陽太。
エリスはいつも通り、礼儀正しくて真実を刺し貫くような眼差し。ただ追い込むようなことは口にはしない。
むしろ、目の前の知り合いの青年の昨今の不安定さが少し気に掛かっているぐらいだから。
「……なあ、ねーちゃん。聞いてくれねーか?」
瓶の中身が半分減った所で、赤ら顔の陽太が突っ伏し気味で切り出した。
エリスは過ぎた酒は身体に悪かろうと、注いだ水をさりげなく勧めながらも先を促す。
「最近、俺が俺でなくなりそうで怖ぇ」
老酒と水、双方のグラスを見比べて、どちらも手に取らず陽太は続ける。
「……過去の俺『暗殺者』との境界線が酷く曖昧になりつつある。俺は俺のままでいたいが、このままだと俺は消えてしまうかもしれねえ」
「そうですか……」
人は恐怖を感じてどうしようもない時に笑いがこみ上げることがある。そして、今の陽太は困ったような薄ら笑いを浮かべている。
エリスは彼が勇猛果敢であり、非常に強い猟兵であることを知っている。つまりそんな彼は、もうひとりの自分を非道く恐れている。
「私にとって過去は懐かしむものですが、陽太様には違うのですね」
さほど酔ってはいないのだが、陽太に水を取らすように敢えてエリスは透明なグラスを取って口につける。
生ぬるい水を喉に通した彼女は、目の前の男の顔が変じたことに短く息をのんだ。
――顔が変じた、違う、これはデスマスク。
「……あなたと俺が会うのは初めてか」
マスク越しのくぐもった言葉は何処か機械めいた硬質さを伴っている。声帯は陽太と同じなのだろうが。
エリスはグラスを置くと居住まいを正す。落ち着き払った面差しで、改めて問いかけた。
「グーテン・アーベンド『貴方』様。名を伺っても宜しいですか?」
「名前はない『陽太』は俺を暗殺者と呼ぶが」
「そうですか」
彼が、いいや『彼』が陽太が取って代わられるとおそれていた『暗殺者』
黒ずくめで引き締まった体躯、しこたま酔っ払っていたはずなのに一切の隙がを見せない、手練れだ。
けれどエリスは『暗殺者』からの敵意は一切感じない。むしろ礼儀正しく話しやすいとまで感じる。
「暗殺者様は、陽太様をどう思っていらっしゃいますか?」
指を組み少しだけ前に身を乗り出して、傾聴の姿勢で問うた。それは陽太が知りたいところではありそうだから。
陽太に伝えるかはさておき、聞いてはおきたい。
『暗殺者』は視線どころか姿勢すらを揺らさずに語り出す。
「『陽太』は俺と俺の所業を恐れているが、俺は『陽太』の存在を尊重している」
「……そうですか」
「『陽太』とはお互い納得の上で共存したいそれが俺の願いだ」
喧噪がなくなった、全てから切り離されたような空間を共有する2人。
『暗殺者』の言葉は真摯であり、エリスが聞く限り嘘は伺えない。
デスマスクが下側を向く、共するように褪せた金髪がしな垂れた。
「だが、もし元居た世界に戻ったら、あなたが知る『森宮・陽太』は消されてしまうだろう」
無機質な声は変らない。
けれど、
その声は感情という熱を孕む。
「おそらく、俺の記憶からも」
苦悩を前にして、エリスは差し出しかけた手のひらを膝の上でグッと握り堪えた。
この手を伸ばすのは、今ではない。
「……貴方様はそれを望まないのですね」
頷いた後で、銀色が暗がりに再び浮かび上がる。切り抜かれたような瞳の部分がエリスへ真っ直ぐ注がれた。
「もし、『陽太』がそのような状況に陥ったら『陽太』を助けてやって欲しい」
切なる願いは、彼を飾る殺伐とした匂いにそぐわぬ純粋さしか、ない。
「成程。それが貴方様の願いですか。ですが陽太様が故郷に戻れば、陽太様は消されてしまうと」
「ああ」
暗殺者の願いがそれならば、陽太が消えれば暗殺者もそれに引き摺られて共に消える気もするが――それは言わずにおく。
『彼』は既に覚悟をしているのかもしれないし、もしかしたら最初に口にした“共存”が果たされるのかもしれない。
「承知しました」
だから、彼の願いへは、まず受諾を示す。
「ですが、陽太様が消えた時。貴方様がその者達の思い通りになるとも思えませぬ」
――その気高さがあるのなら。
デスマスク越し、一瞬虚を突かれたような空気が滲んだ。自らも抗うという考えたこともなかった可能性の提示は、意外だったようだ。
「……銀髪の騎士よ、感謝する」
最大限の謝辞と共に、陽太から黒と銀が拭われたようになくなった。そうして残るのはただの酔っ払い。
がくんとつんのめって、危うくテーブルとキスしかけたのを慌てて手をついて回避する。
「うー……あったま、いてぇ……俺、いったい何を?」
途切れた記憶と虚脱に嫌な予感をひしひしと感じる陽太へは「何も聞いておりませぬ」と澄み切った言葉が一言だけ。
それでも物言いたげな陽太を前に、エリスは話を終わらせるように席を立った。
「――ここを出たら話しごと忘れる、それがこの場のルールですから」
これはエリスの心遣いであり、これ以上穿るものでもないとの警句でもある。
理解した陽太は決まりが悪そうに頭を掻くと水のグラスに指をつけた。
「……そっか。悪ぃなねーちゃん、ありがとな」
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ドルデンザ・ガラリエグス
久々に吸った煙草の苦さにすぐ握り潰す
ああ、本当に“こんなところ”は“あの子”に見せられないなと改めて思う
「……全く、私は何をしているのやら」
我ながら妙に馴染むこの薄暗くも汚れた空気は一番馴染みがある
泥水など啜り慣れたが、どうにも
……どうにも、あの子にはこんな汚いものを見せたくない
危険も闇も暗がりも、私だけで十分だ
後腐れのない人生を生きてきたつもりだったのに
「“大切なもの”が……ああ、見つかる日が来るとは」
煽った高度数の安酒の不味さなど知れたもの
酔い周りの異様な速さに不快感を感じ、思い出すのは同じ穴の狢に言われた“お前だって生きてりゃ~……”
「たいせつなものがみつかるさ、か」
在って堪るかと歯を食い縛り、避け生きてきたつもりだったというのに
天使が
まさかこの腐った人生に突如天使が現れるとは
「聞いてません……っ、ぅ」
不味い高度数の酒が焼いた喉が痛い
あの子を想うだけで、
あの輝きと透明度に縋りたくなる自分の醜さに吐き気がする
さんざ人を殴り機械を壊した腕で儚いあの子を抱いた自分の腕に
私は、こんなに汚い
●
久々に浴びた毒煙はやけに重く喉を痛めつけてきて、とても吸い続けられなかった。
だからドルデンザ・ガラリエグス(拳盤・f36930)は、握りつぶした煙草の捨て所を探す。
饐えた臭い漂う九龍下層の酒場だ、みんな気にせず足元に捨て踏み躙る。ふかふかとした踏み心地は積み重なった吸い殻だののゴミが返す感触に他ならない。
泥水を啜り下層から這い上がり続ける男は、すぐにそう倣うべしと悟るも指は吸い殻を握ったままだ。そう“あの子”に恥ずべき行為は拒絶が渦巻く。
「……はは」
ドルデンザは己の滑稽さに唇を歪めて笑う。
何を躊躇っているのか。己は“こんなところ”に誂えたようにしっくりと似合ってしまう、そんな人生を歩んできたと言うのに!
そもそも、人間の澱みが吹きだまる“こんなところ”があるなんて“あの子”には一生知らせたくもない。だから見られることはない、なんて欺瞞もいいところだ。
「ほら酒だ」
ドルデンザを前にした店員は、面倒くさい客だと鼻を鳴らし店で一番高い酒を目の前に置く。
後ろ暗い事を重ね匂いこそ九龍城に馴染むも、苦悩するような上澄みがあるのなら、ここではカモにされるだけ。
怒鳴り掴みかかれば即座に大乱闘。勝てば飲み代がタダになり、更に上手くやれば酒浸りの臓器が手に入る、だがそこまで染まる必要はない。
裏を返すと、必要であれば暴力沙汰も厭わない生き方をしてきた。この酒場に蠢く者達は自分を含め全て利用しあう下衆の極み。
ドルデンザとて、後腐れないような立ち振る舞いはお手の物。今だって倍の飲み代を置いたのは、必要以上につつかれたくないから、こういう手合いは金で黙る。
なんだろう、この呪わし男は……! 次から次とここでの作法が浮かんでくるのが悔しい。
「……全く、私は何をしているのやら」
表向きは猟兵の仕事だが、義憤に駆られる色合いは薄い事件だ。つまりは望んでこの薄汚いを通り越したどぶ川に足を向けたということ、何故だ?
――己の穢らしさを改めて自覚して、あの子から一定の線を引く為?
――それとも、馴染めぬことを期待して? ……あの儚くも純粋な光を常に浴びて少しは自分も美しくなれたかもしれないと。
どちらにしてもロクなものではない。筋肉質の腕がグラスを浚い捨てるように中身を流し込む。
喉を灼くだけで味わいもない安酒は臓腑で蕩け、深々と吐いた息は腐臭を纏った。
ガンッと身近で鈍い音が響いたかと思ったら、なんだかやたらと額が痛い。
「ああ……」
額を為すったら掠れた赤がへばりつく。ああそうか、突っ伏して打ち付けたのか。
不幸にもこの痛みがドルデンザの意識を酩酊から明瞭へと引き寄せた。
「“大切なもの”が……ああ、見つかる日が来るとは…………」
“大切なもの”をは時に手足を絡め取るし、一に拘れば多数の命を見捨てる羽目になりかねない。斯様に嘗てのドルデンザは己の天秤が極端に傾くのを何より恐れた。
頑なに大切な誰かを求めぬのを同じ穴の狢な輩に憐れまれ窘められても、それは揺らがない……筈だった。
なにしろ、あの日はの輝きはとてもとても“綺麗”で、そのような意地なぞ塵と化した。
「……本当に綺麗でした」
チカチカと痛む額は、あの日と言わずサイバーザナドゥをゴテゴテと飾るネオンライトのように無粋だ。
けれど、あの日に翆の瞳が捉えた月は楚々ながら美しく輝いていた。
――まぁ、その美しき月すら端役ではあったのだが、あの天使を前にしては。
月の淡い彩を受けて、綺羅を散らして落ちてきたあの子は、麗句に疎い育ちのドルデンザにとっては“天使”と表現する他なかった。
人が人を殺すのは日常茶飯事の世界だ。死ねと突き落とされたのならば見過ごせない、その命を救いたいと、怪我をおして無我夢中で走り抱き留めようとした。
(「けれど、本当の気持ちは……?」)
あの綺麗な天使と運命をつなぎたい、そんな欲望に突き動かされたが故の行動だったのではなかろうか。
天使の瞳はどんな色して輝く?
天使の囀りは鼓膜を融かす程甘いのか?
天使は、
天使は、
見たい聞きたい触れたい、そして全ての災いから護りたい……。
「うぅん……大切が……聞いてません……っ、ぅ」
急速にまわる酔いに押し流された声と共に、ガリとテーブルに爪痕が刻まれる。
――それでも抱き留めるのに間に合ったのが不幸だと貶めたくもない自分もいる。
夏空の瞳と視線が絡んだ刹那、あの子はまずドルデンザの傷を慮ってくれた。
全身がバラバラにされるなんて、大凡全ての恐怖を超越した狂気を浴びせられたにも関わらず。
あの子は、何処までも何処までも真っ直ぐな夏空の瞳で、初めて逢ったドルデンザへ、まず無垢な慈愛を注ぎ込んだ。
「…………あの日、救われたのは私の方です」
もし、抱き留めた天使が既に“壊れてしまっていた”ならば、あの日の己は絶望に喉を締め上げられて、ここで酒なんぞに浸ってはいないだろう。
だけど、
だから、
「どうして、私は、こんなに汚いのでしょう……」
散々に人を殴り機械を壊した腕は、いつかあの子を抱き壊して仕舞いそうだ。
鍵盤を叩いたって清められること叶わない指で、背中が軋む音を奏でたい。
すきですきですきだから、壊しそうだとの嘆きなんて、見せられるものか!
――それでもあの子は、そんなドルデンザを見たら「どうして泣いてるの?」と、涙をそっと摘み取ってくれるのだろう。
「ああ……」
崩れるようにテーブルに沈み、冷たい側の手のひらで片目を覆う。
――そう、なによりも汚いのは歩んだ過去じゃあない。
そんな衝動を常に裡に抱きながら、あの子の輝きに縋り付き救われたがる自分だ――。
大成功
🔵🔵🔵
涼風・穹
……うん
実に気楽でいい
誰もこっちに関わろうとしないから人の目というものを気にする必要は無いし、目の前の方々は俺の事なんて考えてもいないから当然俺も考えなくていい
ある意味ではこれこそが本当の自由と責任というものなのかもしれないな…
(明らかに此方を人間ではなく獲物か何かにしか見ていない方々に囲まれたので遠慮無くぶちのめし、堂々とぶちのめした方々の懐から財布を頂戴してその金で飲み食いしながら、さっきまで偉そうに粋がっていて俺にぶちのめされて倒れていた方々はどう見ても助ける以外の目的の方々に乱暴に引き摺られていくのを何となくドナドナ的な曲を脳内再生させながら眺めつつ)
これが治安のいい場所なら警察なり周囲の善意ある方々が介入してきてあの方々ももう少しましな処遇になって俺も見咎められるなりしただろうに…
まあそんな感じでずっと浸るつもりはありませんが暫くは猟兵やグリモア猟兵の役割も世間一般の常識や責任も全て忘れて、時折絡んでくる"親切な方々"から小遣いを貰い派手に使って適当に飲み食いや賭け事に興じます
●
――倫理という制限が外れる場所へ。
涼風・穹(人間の探索者・f02404)は、九龍城の最下層の廊下を更に進む。踵にネチネチとした感触が一番濃い場所で足を止め、店に身体をつっこんだ。
賭場のあるここでは、ケダモノのギラツク目をした輩か、胸元に手を突っ込まれるがままの女しか、いない。
一応は煤けた中華シャツをベースにした服を身につけてはきたが、穹の若く瑞々しい風体は隠しきれない。そう、早速店内のケダモノ達が目をつけるぐらいには。
ここの者は誰ひとり、穹の人間性を尊重し交友を結ぼうとするものはいない。
ここでは如何なる犯罪が横行し誰が傷つき死のうが、誰も気にしない。
(「……うん、実に気楽でいい」)
なんと、穹の心は清々しいまでに晴れやかであった。
なにしろここでは穹は“何者かであること”を求められないのだ!
(「ある意味ではこれこそが本当の自由と責任というものなのかもしれないな……」)
煙草の味もましてや阿片の悦楽も穹は知らない成人前。酒も今宵口にすることはない。だから酔えないとの嘆き節は穹の中にはない。
「おっと……すまねぇ袖が引っかかっちまったぁ」
不意に、取られた手首がグンッとねじり上げられた。
申し訳程度の灯りも人垣に遮られ暗い。囲む奴らはみな判で押したように臭い息を伴うにやにや嗤いを浮かべている。
ゴッ……ガスッ! と、鈍く重い音がした。
「……ッ、く、ぬぉっ……ッッ」
穹を捉えた男は煩悶し股間を押さえて全身を震わせる。
「悪いな、ちょっと外そうと藻掻いただけなんだが……」
自由な方の腕でこさえた肘打ちを腎臓に突き刺してから、更に下方に拳を叩き下ろし男の股間を潰す勢い叩いてやったのだ。
酒浸りの徒手空拳なんぞ敵ではない。
白目を剥いて床に転がった男の傍らにしゃがむと、穹は懐に指をさし入れる。
「なんだ、薄っぺらいな」
紐で縛った財布を手に舌打ちする穹へ、猛り狂った怒号が次々と降り注ぐ。
「てんめぇええ!」
「いい度胸だこの野郎ぉ!」
荒事場所を根城にする奴らだ、故にその方面は莫迦ではない。ひとりでは叶わぬとみて、錆びたナイフやら虎の子の武器を手に数名で一斉に襲いかかる。
だが、この猟兵野郎は多人数の化物相手に丁々発止の修羅場が日常。彼らが人より喧嘩慣れしているのは明白である。
「ははは、お前らの財布を全部もらったらちったあここで遊べるかぁ?」
飛び込んできた一人目の頭を引っ掴みわざと髪を引っ張り痛みを与える。ギャアギャアと煩い声で一瞬でも怯んだならば、男を剣のように使って薙ぎ払い。
一方で、うっすいグラスをたたき割ってその破片を出会い頭に投げつける。目をつむり盲目状態になった所へ無造作に16文キックをお見舞いだ。
大乱闘は時間にしたら数分掛からず。最後の男の顔を踏んでヒキガエルの鳴き声めいた悲鳴が終幕ベルだ。
全ての男から身銭をかき集め、一番マトモだった財布に流し込む。
流石に命は取らずにおいた――人としての箍が外れきらなかって? いいや、違うね。
「お、死んでねえか。こりゃ使いやすい。アンタわかってんな。ほら、取っとけ!」
投げられた札はかき集めた額よりも高い。
奴らは、気絶した男の肩や足を掴み物のようにして店の奥へと引きずっていく。あれだ、出荷される仔牛的ななにかだ。
「なぁマスター、これで真っ当に飲み食いできるもんくれよ。あぁ、酒はなしな」
ひらひらと翳した札を白魚の指がぱちりと挟んでかすめ取った。
「こんなとこで金出したって大したもんでてこないわよ。懐の小銭で充分」
化粧かクスリか頬だけが妙に血色のいい女は、穹の腕を絡め取り賭場へと引きずる。
「それよりさ、あっちで遊びましょ♥こんだけあったら朝まで遊べるし、倍以上になっちゃうことだってけっこうあんのよ♥」
ふかりとした女の胸の感触が柔らかい。
嗚呼、人はこんなにも簡単にリア充になれるのか。金is正義。
……なぁんて、こういう所の女がタチが悪いのはわかってる。実際にたった今大金をかすめ取られたし。
まぁそれはそれとして、賭け事遊びに興じるつもりではあったからお誘いはオイシイし好都合。
「ほぉら、種銭だ。オマケしといたぜぇ」
「そりゃ親切なこって。ふうん、トランプかぁ」
レートなんてあってないようなモン。
札をかすめ取った女が賭場主の女なのも丸わかり。つまり、甘い吐息でしな垂れかかってくるのも、こちらの手札をみる為のイカサマ通し役。
(「骨までしゃぶりつくそうってことか、まぁいいさ」)
奪った金を巻き上げられても痛くもかゆくもないし、何より最終的にゃあ力が正義。俺を“ドナドナ”なんてしようもんなら、この賭場の金が全て懐に転がり込むだけだ。
――外れた倫理観の箍が転がってるのを横目に、猟兵でもグリモア持ちでもないただの男である涼風穹は、夜半まで賭け事遊びに興じるのであった。
大成功
🔵🔵🔵
南雲・海莉
【茶狼】
秘め事、ね(息を吐いて煙に顔顰め
友達や心療魔術の研究室の先生にも言いにくいこと…
(同席を求める相手に頷いてから水の椀をドンっ)
義兄さんの馬鹿ぁっ!
(一度切り出せば止まらない)
ほんとに、ほんとにどれだけ心配してると思ってるのっ!
(相手だってどうしようも無かった
理屈では分かってる
『逢いたい』『助けたい』気持ちの方がずっと強い
でも心の片隅に押し込めて見ない振りの黒い気持ち
吐き出しておきたくて)
(どんな時も義兄の事が意識から離れなかった
強くなる為に頑張ってきた
関係者に総当たりし
UDC本部の資料室に泊まり込んで過去調べ
去年の夏は義兄の父に会いにUDCの隔離病棟へ突撃もした)
(怒涛の勢いで相手に寂しさ悲しさしんどさを経緯交え語り)
去年、やっと義兄さんのお茶の先生がいる地名を思い出して会ってきたのよ
まほろ先生もずっと心配してて、隔離病棟に入る手伝いもしてくれて…
先生が亡くなる前に会わせたかった!
(泣き崩れ)
こちらの話ばかりですみません
茶葉の専門店の店長さんで
UDC所属のカウンセラーでもあるとか
テーオドリヒ・キムラ
【茶狼】
(店内にギリ未成年っぽい女子を見つけ
老酒っぽいのを入れた杯を片手に近寄り)
ここ、座るぜ?
…うぉっ(相手の威勢に目を丸くし
あ…そりゃなぁ…
(適度に相槌入れつつも内心安堵
子供が暗い方向に追い詰められてんじゃないかと
お節介で聞き役に回ってはみたが
相手の声にも視線にも生気がある)
(これ秘め事っつーか普通の愚痴じゃん)
(苦笑いを隠し)
(…『まほろ』?)
(友人の名に狼耳がピクリ)
(以前、友人から“異世界にいるかもしれない、自分と同じ存在を探してくれ“と頼まれていた
友人の情報では
“夢で見た異世界の自分も
茶葉専門店の店長していて
唯一の弟子を救えなかった事を強く後悔している”)
落ち着いたか?
んと兄貴、茶道やってたんだ?
(職業を遠回しに確認)
(まさかのビンゴ…)
(これだけ聞けたらすぐ見つかるな)
あ…俺の話、な
(健全な愚痴吐きに、銀雨世界の友人の依頼のことで
気が削がれ)
…昔々、馬鹿なガキが激情に駆られて大切なものを失ったってだけさ
(“螺子蟲の影響で義父母を噛み殺した事実”を胸の裡に沈め、口を閉ざした)
●
煙草と阿片の煙が漂う中、乱暴な怒号や下卑た笑いが満ちる。足を踏み入れただけで南雲・海莉(コーリングユウ・f00345)は顔を顰め立て続けに咳き込んでしまった。
猟兵の仕事にかこつけてこんな場所に足を運んだのは、心に溜め込みすぎてどうにかなってしまいそうな自分を壊したい……なんだろうか。
自分の感情すらおぼつかない。
ただ、グリモアベースで聞かされた「ここを出たら話ごと忘れる」というルールがそそっただったのは確かだ。
けれど、奈落に引きずり込まれそう喧噪に足が竦む、歩く為には心に鞭打ちが必要だ。
かつてダークセイヴァーの村に潜入した時みたいに、頬を適度に汚して穢いローブも羽織っている、だから周囲から訝しまれることはないが。
(「さて、と。どこに座ろうかしら……」)
ヤケに高くついた椀に注がれた水を受け取り、海莉は周囲の面々を確かめる。
客は、男のグループが多い。女を連れ込んで、人前だろうが乱痴気騒ぎに興じる目を背けたくなる集団もそこかしこにいる。
事件解決の為ならば、義兄譲りの演技力であらゆる顔で場に馴染み情報収集はお手の物。でも今の海莉は素、だからか到底飛び込んではいけない
ため息交じりに人から離れた椅子に腰掛け、生ぬるい椀をちゃぷりと揺らした。
(「何やってるんだろう、私」)
秘め事を吐き出したい。そう、気兼ねない友達や心療魔術の研究室の先生にも言いにくいことを、ここならば言い捨てられる、そう思って来たのに……。
(「あー……思った以上に腰の堕ち付け所がないな」)
一方、老酒っぽい琥珀のグラスを受け取って、テーオドリヒ・キムラ(銀雨の跡を辿りし影狼・f35832)は首を傾ける。
九龍城の気を纏えということだから、どこぞの集団に首をつっこむのがいいのだろうが、どうにも抵抗がある。
(「……子供を食いものにするんだもんな、こいつらは」)
怒り露わに絡む気はないが、然りとて行きずりなお友達の素振りもごめんだ。
(「……もしかして、来ちゃいけなかったんだろうか?」)
収まりの悪さに重たくなる気持ちは、やはりひとりで飲んでいる未成年の娘を目に留めた所で霧散する。
猟兵かもしれない、が、もし紛れ込んだ綺麗どころなら「こんなとこにくるな」ぐらいは言ってやらないと。
結局、テーオドリヒという男は、世話好きで面倒くさい奴なのだ。
「ここ、座るぜ?」
「……ええ、どうぞ」
酒場の輩とは違い柔らかで落ち着いた声の出し方に海莉はほっと緊張を緩めた。普段接する人々に近しい、真っ当なメンタルを有していそうな人だ。
お互い顔を見合わせてからテーオドリヒは顔を逸らした。そもそもこういう所で名乗るべきかとか考えてたら、
ドンッ!
と、水を飲み干した海莉の手で椀が叩きつけられる。
「もうっ! 義兄さんの馬鹿ぁっ!」
「……うぉっ! お、おにい、さん??」
思い切って腹の底から吐いた声は喧噪で周囲には広がらない。だが目の前には充分伝わるようで、瞳を丸くして瞬かせる男目掛けて海莉は捲し立てはじめた。
「ほんとに、ほんとにどれだけ心配してると思ってるのっ!」
拳殴り据わった黒目がじとりと尖る。
テーオドリヒは相手の威勢に鼻白みながらも、彼女が捨て鉢でここに来たわけではないとはやくも察した。
「義兄さんだってどうしようも無かった、理屈では分かってる……でもっ!」
しゅんと俯いたかと思ったら、くわっと般若のように怒りの形相。そんな百面相を楽しむ余裕すら出て来たテーオドリヒは、うんうんと口が滑らかになるよう相づちを打った。
「理屈で分らなきゃって自分に言い聞かせたって、どうにもならねぇことはあらぁな」
水で薄めちゃあいるが、砂糖のようにべったりとした甘さはない老酒を舌で転がして、唇を噛む娘へ水を向ける。
「はい……『逢いたい』『助けたい』気持ちの方がずっと強くって……」
「そんなに大変な状況だったんだ、義兄さん」
「……た、ぶん。逢えなくなってしまったから……」
「世界を渡ってしまった、とか」
暗黙の了解である“猟兵”を匂わせれば、海莉は一瞬睫を震わせる。
「なにもかも、わからなくて。でも、義兄さんがそうした理由には、推測することしかできないけれど……」
辿り着いてしまったと、目の前の少女は困ったように瞳に涙を浮かべて破顔する。
「……義兄さんは、両親を二度失い閉ざされた私に手を伸ばしてくれたの」
――そのはじまりは、義兄にとっては或いは“贖罪”でしかなかったのかも、しれない。
「それでも……ッ」
ずっと鼻を啜る海莉は、ボタボタと涙を零してもはややくたいもなく泣いていた。
「……わた、私が、あの数年間、どれだけ救われて……それで、今でも頑張って、生きてられたか……ッ……」
どんな時も義兄の事が意識から離れなかった。
取り戻す為、とにかく強くなる為に頑張ってきた。
義兄をなくしてからの海莉の人生は、終わりのないゴールを目指す全力疾走。
「そうか、義兄さんがいたから、頑張ってこられたんだな」
彼女の物言いにテーオドリヒはただただ共感する。
通りすがりの自分が、したり顔で言ってやれることなんて何一つない。
せいぜいできるのは、彼女が溜め込み苦しみを産んでいる事を聞いて、ここを出たら忘れると約束してやるだけだ。
「探したわ。どんな小さな情報も逃さずに。関係者に総当たりし、UDC本部の資料室に泊まり込んで過去調べ……」
――二股尻尾の猫が見せてくれた幻影を覗き見た。それはそれは、胸が潰れそうな義兄の想いが、居場所を求める寂寞と諦観が、吹きだまっていた。
そこまでは目の前の男には打ち明けることはないけれど……。
「あ……愛され、たかったのに…………義兄さんは、私にあんなにも愛情を注げたのに…………」
父から、愛されなかった。
身勝手に祖父から『 』をうえつけられて『化ケ物』に怯え、挙げ句――。
嗚咽を堪える素振りで手のひらを口元に宛がう少女へ、テーオドリヒは水の満ちたグラスを勧める。
喉を僅かに冷やしたら、海莉は諸悪の根源で或義兄の父が隔離されている病棟へ突撃したことを言葉少なに零す。
義兄の父との邂逅は黒々とまるでボールペンで塗りつぶしたようにしたい、到底吐き出せやしないのだ。代わりに切ない終幕を口にする。
「……去年、やっと義兄さんのお茶の先生がいる地名を思い出して会ってきたのよ。まほろ先生もずっと心配してて……」
(「まほろ?」)
危うく口にしかけた友人の名を嚥下する。代りに頭の三角耳がひくりと外に揺れた。
「んと兄貴、茶道やってたんだ?」
こくりと子供のように素直に頷く海莉。
「まほろ先生……ってのが茶道を教えたのか」
テオードリヒの脳裏にティポットを携えたさらさらの黒髪の青年が浮かぶ。
心優しい彼は以前“異世界にいるかもしれない、自分と同じ存在を探してくれ”と依頼してきた。
まほろの連れていたモーラットは猟兵に覚醒しているのだが、彼自身は異世界を渡り歩ける身ではない。
(「異世界のまほろも茶葉専門店の店長していて、唯一の弟子を救えなかった事を強く後悔しているって聞いたな……」)
ここまで符合するならば、探し人に違いあるまい。
「はい、隔離病棟に入る手伝いもしてくれて……」
テーオドリヒは興奮で汗ばむ手のひらを握り込むが、続く言葉にあっと目を見開き硬直せざるを得なかった。
「先生が亡くなる前に会わせたかった!」
「…………」
もはや取り繕うことなく号泣する海莉を前に、探し人が既に鬼籍である事実に途方にくれていた。
(「まほろの後悔が深まりそうだな……」)
それでも調べぬ訳にはいくまい。
海莉を気が済むまで泣かせた後で、近くの男の金を渡して換えの水を取ってくるよう頼む。流石に泣いている女の子を置いて席は外せない。
「こちらの話ばかりですみません」
すんっと鼻をすする海莉へグラスを差し出して、極力さりげなく先生とやらの身分を聞き出しに掛かる。
「はい……茶葉の専門店の店長さんで、UDC所属のカウンセラーでもあるとか」
――完全にビンゴだ。
本当は連絡先の交換をしたい所だが、生憎とここは“そういう場所じゃない”
なので諦めて席を立つテーオドリヒは、袖をつかまれて振り返る。
「私ばかり聞いていただけたので……」
「あ……俺の話、な」
話すことがノルマではない筈だが、律儀に座り直すとテーオドリヒは口早に吐き出す。
「……昔々、馬鹿なガキが激情に駆られて大切なものを失ったってだけさ」
“螺子蟲の影響で義父母を噛み殺した事実”を胸の裡にずっと沈めておく。
これは話したくないことだ、それでも片鱗を漏らしたのは彼女の打ち明け話へ見合うようという気持ちからだ。
この最下層の坩堝では、何かを口にせずに立ち去ることは憚られる、というのもあったかもしれない……。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
霑国・永一
【メノン(f12134)と】
この世界の九龍城には何度か来たけど、今宵はまた悪徳の街
本来ならば可愛らしい少女が来る場所じゃあないけど…(見やる)
今は『違う』ようだしねぇ?
メノン。それとも別の名があるならそちらで呼ぶけど?
中身は変われど案外まともじゃあないか。なぁに俺の気まぐれだし、此方も愉しんでるからイーブンなのさぁ
では早速飲むとしよう…おや?偶にはいいか。面白いし(人格切り替え)
『つーこった、俺様と愉しもうぜ?』
『(注文した酒(?)が届く)悪ィが俺様は肉体が大人だからよ!
か~~ッ!うめぇな、サイコーだぜ!』
『ったく主人格は生温くてよぉ。しかも人使い荒いんだぜ?俺様を分身として呼び出した挙句自爆させやがるからなッ!戦うのは愉しいが、肉片になる俺様の身にもなれってんだ!
殺してぇくらいな!(愉し気である』
『あん?まだ酒気になんのかァ?仕方ねぇなァ…オラッ俺様の酒(?)でも飲め!(顎くいからの雑に飲ませる』
『ヒャッヒャッヒャ!残念、俺様が頼んだのはノンアルだぜ!』
『愉しくくだらねぇ夜に乾杯ッ!』
メノン・メルヴォルド
永一(f01542)と
※別人格は兄的存在でメノンは本人は認知していません
目が合えば、にやり
へぇ、こんな場所で会うなんて面白い偶然もあるもんだ
オレも挨拶がしたいと思っていたんで、ちょうどいいぜ
いつも『コイツ』が世話になってるよな、サンキュ
名は…まあ、いいや、好きに呼んでくれ
気まぐれ、ね
お、なんだ…そっちも変わったのか
いいね、悪くない
なんだよノリノリじゃん、どうせだからパーッと派手にやろうぜー!
オレも酒…って言いたい所だが、くっそ!つまらん!
あぁ?
いいんだよ、オレにとっても『コイツ』は大切なんでね
だいたい、悪いなんて微塵も思ってないだろう(くっくっと笑いながら
おう、飲め飲め!浴びるほど飲め!
あっはっは、あれなー
爆発したり苦労も多そうだもんなぁ!
オレ的にはオマエ最高ーって思ったが
何、そんなに不満なの?
…っ
んだよ…零れたじゃねぇか、もったいない…って、酒じゃねぇのかよッ
(グイッと腕で口元を拭って悪態をつく)
くだらない夜ってのは同意だね
よっしゃ、カンパイ!(ガチっと大きな音を立ててグラスを合わせ
●
ここは悪徳の街九龍城の最下層。呼吸のように人様の物品に手を伸ばす霑国・永一(盗みの名SAN値・f01542)にとっちゃあ、ここに集う輩はお仲間みたいなもんだ。
だがどうだ、目の前で頬杖をついて周囲を見回すメノン・メルヴォルド(wander and wander・f12134)は、一見するとこの場にそぐわぬ可憐な少女だ。
今回は以前来た春節祭とは違う、あれは九龍城でも表も表。そしてここは裏も裏。
だがまさか、そんな裏でメノンと逢ってしまうとは! ギョッとして即座に相席、だが視線を結んだ時点で永一の懸念は一気に消えた。
「よぉ」
「へぇ、こんな場所で会うなんて面白い偶然もあるもんだ」
メノンの瞳が愉悦滲ませた弓の形に曲がった。唇の吊り上げ方もいつもの花咲くような可憐さとはほど遠い。
まるで男がしてみせるような容の崩れ方。それは永一の歯を見せた笑いととても似ている。
「オレも挨拶がしたいと思っていたんで、ちょうどいいぜ」
メノンはたてた親指で自分を指さすと、胸を反らす。
「いつも『コイツ』が世話になってるよな、サンキュ」
「中身は変われど案外まともじゃあないか。なぁに、相手してんのは俺の気まぐれだし、此方も愉しんでるからイーブンなのさぁ」
同じく別人格を持つ永一はこの多重人格者との邂逅を心底面白がっている。
「気まぐれ、ね」
「なぁメノン。それとも別の名があるならそちらで呼ぶけど?」
「名は……まあ、いいや、好きに呼んでくれ」
偶然の邂逅を『兄』は楽しんじゃあいるが、用心深くもしておこう。
その実、妹のメノンはいま顕現している『兄』が別人格であり同じ躰を共有しているとは気づいていない。
子供の頃から一緒だった兄とはぐれたと寂しがっている、それがメノンの認識だ。
「……おや? 偶にはいいか」
不意に、ややおっとりと見せ掛けるヴェールを剥がれたかと思うと、すぅっと永一の瞳から琥珀の彩りが抜ける。
ナイフを隠した慇懃無礼さから、剥き出しの切っ先を向けるような獰猛な顔つきに、その変化を今度は『兄』面白がる番だ。
「お、なんだ…そっちも変わったのか、いいね、悪くない」
『つーこった、俺様と愉しもうぜ?』
ヤケクソのような陽気さがますますこの九龍城の住民に重なった。
「なんだよノリノリじゃん、どうせだからパーッと派手にやろうぜー!」
だから『兄』のそのノリに合わせた。まぁ妹の記憶には残らぬのだ、ここは羽目を外そうではないか!
『なぁ、アンタも成人してんのか?』
カウンター越し、永一の前に漸く置かれた琥珀のグラスだ。
「あぁ、オレも酒……って言いたい所だが、くっそ! つまらん!」
ミルクと言うにはグラスの向こうが透けて見える白いのが『兄』の前に置かれた。
ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしってから、すぐに気づいて乱れた髪を直す。そんな『兄』の仕草を盗み見て、永一は彼のメノンに対する感情を測りとった。
『悪ィが俺様は肉体が大人だからよ!』
永一は見せびらかすように翳してから、腰に手を当てぐいっと一気!
『か~~ッ! うめぇな、サイコーだぜ!』
大きなジョッキの半分を減らし、えへらえへらと調子よく笑う。その見事な飲みっぷりは、低く鳴る喉笑いが受け止めた。
「だいたい、悪いなんて微塵も思ってないだろう? おう、飲め飲め! 浴びるほど飲め!」
『へっ、ヤセ我慢……ってわけじゃあなさそうだな』
「そりゃあそうさ」
薄いミルクを喉に通してから『兄』は胸元に手のひらを宛がう。
「オレにとっても『コイツ』は大切なんでね」
『随分と愛されているご様子で!』
ふざけたふくれっ面だが存外本気にも見える。
「なんだ、お前は違うのか?」
出されたきゅうりめいたつまみを囓り『兄』は話しを差し向けてみる。
『……ったく主人格は生温くてよぉ、しかも人使い荒いんだぜ?』
「ほぅ、気にしてたのか」
意外って顔をされたら、俺様のハートにぶっささったなんて傷ついた素振り。
『俺様を分身として呼び出した挙句自爆させやがるからなッ!』
「あっはっは、あれなー!」
記憶はメノンの中に。
爆笑で滲んだ涙を擦ってから更にころころと笑い転げる様は、元の少女の面影が強い。
「爆発したり苦労も多そうだもんなぁ!」
そりゃあもう、永一はもうひとりの人格の彼に情けも慈悲もなく、容赦もしない。その扱いたるや、敵に向けてより非道いかもしれない。
永一の裏側として『露悪』を司るように見せ掛けて、その実、人畜無害の面で盗みにトチ狂っている永一。それにツッコミを入れるのが『彼』なのだ。
『戦うのは愉しいが、肉片になる俺様の身にもなれってんだ!』
笑いが強くなればなるほど、永一は唇を尖らせる。
「オレ的にはオマエ最高ーって思ったが……何、そんなに不満なの?」
わかっててそう問いかける『兄』に応えるように、永一は眉を顰め吐き捨てた。
『おうよ、殺してぇくらいな!』
「…………」
『…………』
ぷはっ! とどちらから共なく空気が抜けるような音がした。直後、お互いに屈託なく全身を揺らして笑い転げる。
滅茶苦茶に扱われて貧乏クジを引くばかりの『別人格』は、そんな日々も悪くないと思ってる。
『兄』はそれを見透かして、かつ、滅茶苦茶な爆発がまた脳裏に蘇って爆笑を堪えるように口元抑えて喉を鳴らす。
九龍城の酒場の一角で2人の空気は何処か明るい。だが、浮き上がることもないのは、それぞれが元々有する宵闇のせいなのか。
「肉片、そうな、肉片だったな……くくく……」
『繰り返すなよ、肉片って! メシが食えなくなったらどうすんだっ!』
ガタンッと勢いよく立ち上がった弾みでこけたグラスから琥珀の水が溢れでた。
「……っ、んだよ……零れたじゃねぇか、もったいない……」
慌てて手を伸ばし支えたのは『兄』だ。
ぬるい水に浸り安い電灯に輝く指にこくりと喉が鳴ってしまった。
『あん? まだ酒気になんのかァ? 仕方ねぇなァ……』
物欲しげな瞳を察知して、先ほど散々笑い飛ばしてくれた相手の顎をくいっと掴む。
にぃいいと露悪的な笑みいっぱいで、反対の手は濡れたグラスを鷲づかみ。
「……っ、おいおい、メノンはまだ子供なん……っ」
『オラッ俺様の酒(?)でも飲め!』
大凡王子様からのキスとはほど遠い、歯にぶち当たる勢いで永一は花唇にグラスを押しつけた。
店員は素知らぬふり。それはここが脱法都市九龍城だから――? いいや、違う。
口中に溢れた琥珀の水は、やや香ばしい。だが身体を無理矢理に温めるアルコールっけは欠片も感じない。
こくり、と白く繊細な喉が動いき、液体を飲み干した。
――これは、お茶?
「……って、酒じゃねぇのかよッ」
期待を下かどうかと言うことはここでは伏せておくとしよう。ただ『兄』は忌々しげに口元を拭い悪い口を効いた、とだけは記しておく。
『ヒャッヒャッヒャ! 残念、俺様が頼んだのはノンアルだぜ!』
下品な笑いをたててカウンターに置いたなら、同じ液体が注がれる。
「はっ! アルコールなしでよくそこまでふざけられたもんだ」
『お互い様だろっ』
『兄』のグラスに注がれた茶は、ミルクの痕が残り混ざって不味そうだ。ちっと舌打ちし素早く永一のグラスと自分のを入れ替える。
『おい、なんだよっ!』
「貧乏クジを引くのはいつものことだろ?」
自分の物と印をつけるように一口飲んでしたり顔。
『はーー……主人格以外が雑に扱っていいって法律はねぇぜ……なんてな!』
大げさな落ち込み顔をケロリと払い、永一は濁ったプーアル茶のグラスを掲げる。
『愉しくくだらねぇ夜に乾杯ッ!』
「くだらない夜ってのは同意だね……よっしゃ、カンパイ!」
ガチリと無骨に合わさるグラス、普段は裏側にいる男達は顔を見合わせると潜み笑いを浮かべてそれぞれ飲み干すのであった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
山崎・圭一
聞き役→誰でも
綺麗な写真ばかり撮ってっけど、たまにゃ汚い写真も必要だ
クソ狭くてゴミ塗れの路地裏も
デタラメに掲げた看板ジャングルも
此処で撮る写真は人間の本質が写る
まったく写真家ってなァ骨が折れるぜ…
(阿片煙草を咥えて着火)
今日撮った写真の整理は後にしよう。酒場だもんな
なんか酒…何でもいい。出してくれ。出されりゃ何でも飲むから
高そうなカメラ持ってる俺は不釣り合いか?
そーねぇ…アンタの目にはそう映ってンだろな
でも此処じゃ珍しくもねーだろ?
――逃亡中の殺人犯は。
…いや、何でもねェ
自分の家族を手にかけた事がある奴を知ってるだけ
…あ〜…気にしないでくれ。ずっと右目が痛くって
阿片煙草吸ってりゃ落ち着くから
バカだよなぁ。どんなに喪に服そうが、罪滅ぼししようが
撮った写真と同じで過去は変わらねーのにさ…
おかげで帰る場所なんざねぇよ
別にいいだろ?此処はそういう奴らの溜まり場なんだし
九龍城か…
ずっといたら忘れちまいそうになるな。自分の罪を
これもなんかの縁だ。今度はアンタの話聞かせてくれよ
●
九龍城の中層から下層を咥え煙草で歩く。今や、山崎・圭一(宇宙帰りの蟲使い・f35364)が棲まう世界では赦されない贅沢だ。宇宙から戻ったら、なんだか世間様は随分と倫理観がキレイキレイになっていた。
少年時代は毎日同じ道を刻一刻と変る景色の中走り抜ける列車を撮るのが好きだった。
今は列車に拘らず、出来るだけ綺麗な風景を切り取って残したい、己の心もそれに倣って真っ直ぐに歩めればって。
(「でも、綺麗ばっかじゃあダメだ。俺の身体の中身みたいに歪んじまう」)
純粋に力を求めて白燐蟲ばかりをたっくさんに詰め込んだらならば、なんと奴らは殺し合いをはじめてしまった。
ひとつに偏り過ぎると輪郭が軋んで結局歪んでしまうのだ、己のように。
僅かについている窓からの夕陽で全てが誰彼。
クソ狭くてゴミ塗れの路地裏も、デタラメに掲げた看板ジャングルも、訳ありの少女が好色な老人に肩を抱かれて歩く様も、何を使って発色しているのか見当もつかない極彩色の食材も……一緒くたで全てが曖昧。
それら目に入る物に向けて手当たり次第にシャッターを切る。
「あ、煙草がねーや」
圭一が視線を止めたのに、煙草売りの少年はやけに白い歯を見せて笑った。
「それ買って。頭ぼぉっと気持ちイイオクスリよ。ボクもお金で気持ちイイ」
ハッと短く笑ったら、最後の紫煙が唇から淡く散った。圭一はカメラを掲げると、手放しの笑顔をカメラで切り取る。
「あんまぼぉっとしねーのがいい。その代り数を買ってやる」
「じゃあ、これ」
貧相な方の箱を4つ、くれと言われた金に色をつけて渡したら瞳が窄まり口が綴じる、だが仄かにたち上る気配は喜色。勿論それも撮らせて頂いた。
現像して比べたら、きっと少年の本質がなんとやらかまざまざとわかることだろう。
――ああ、写真家ってなァ骨が折れるぜ。
●
夜の帳に包まれる頃には、圭一は酒場に腰を落ち着けていた。既に九龍城の気を存分に浴びて染まっている。が、首から提げた高そうなカメラが、彼を“客人”という立場には置いている。
早速先ほど買った阿片煙草を咥えて穂先に火を灯す。じじ、と焼けて喉に当たる煙はいつもより軽い。吹かせば脳の後ろ側をすいっと抜かれるような感じがした。
「ぼおっと、ね……」
ふぅんと感心するように鼻を鳴らし更に吸った所で、スキンヘッドの店員がジロリとねめつけてくるのに気づいた。
「あぁ、なんか酒……何でもいい。出してくれ。出されりゃ何でも飲むから」
手は酒を作りながら視線は九龍城では小綺麗すぎるカメラへ吸い寄せられている。
「高そうなカメラ持ってる俺は不釣り合いか? そーねぇ……アンタの目にはそう映ってンだろな」
流石に写真画像を確認するのはここを出てから。
ガンッと置かれた酒は味わいはなく飲み下せば右目の奥が痛んだ。
まだ物言いたげにカメラを見据えるスキンヘッドへ、わざとらしく肩を竦めてから見せつけるようにテーブルに置いた。
「あんた、なんか薬盛ったろ? 眠らせてこいつを盗ろうって魂胆か?」
阿片も睡眠薬もキャサリンという“毒”には敵わない。ずぐりずぐりと痛みを与えてくるのは止めて欲しいのだが。
「よく、今までこんな酒場のマスターやってて死ななかったな。此処にゃごろごろしてるだろうによ――逃亡中の殺人犯って奴が」
一度殺せば箍は外れやすくなる
二度やれば、もうそれは日常だ。
「……金はいらねえよ。ちょいと酒の分量をミスっちまった」
空々しく嘯く店主を、阿片を咥えた左だけの上目で絡め取る。
「金は払うぜ、借りは作りたくねーんだ……さっきの話は何でもねェ、ちょっと自分の家族を手にかけた事がある奴を知ってるだけ」
沼に沈むようにずぐりずぐりと深みを増す痛みがしょうもない。
――今、俺をカメラで撮ったなら、そこには嘘しか映らないんだろうな。
震える唇で阿片煙草を掬い上げ、毒の煙を流し込む。
何もかもを朽ち果てさせてくれりゃいいのに。けれど、お約束の陶酔感も酩酊感も最初の一口だけで消え去っちまった。
話し相手と求めた親父は、脅しすぎたか此方には戻ってこない。
「あ〜……ほんっとにもう」
キャサリンを黙らせるように立て続けに火をつけた阿片煙草を流し込み、だらりとテーブルに突っ伏した。
隣に来た誰かの顔も見ずに、ただ気配に甘えるように圭一は再び口火を切った。
「バカだよなぁ。どんなに喪に服そうが、罪滅ぼししようが、撮った写真と同じで過去は変わらねーのにさ……」
するりと伸びた指は白くて細い。テーブルの煙草から欲張りなことに5本抜き出し1本咥えて火をつける。
「いいじゃない、今のことだけ考えてたら。ねーえ、一番高い奴隠してるでしょ、桂花陳酒。お代はおにーさん持ち」
肘でつつかれて流される儘に札を出す。その代り、突っ伏してくぐもる声が奏で続けるは泣き言戯れ言。
「おかげで帰る場所なんざねぇよ」
「アハハ、やっぱり過去が大事? あたしは今の酒が美味いからそれで」
視界がグラスの置かれた音で小さく弾む。甘ったるい金木犀の香りが、なんだろう苛々する。
「別にいいだろ? 此処はそういう奴らの溜まり場なんだし」
「誰もダメだなんて言ってないわよ」
そんな風に言われたらまるで自分が拗ねてるみたいだからか。この女は人の煙草を吸って酒を集るロクでなしだというのに。
――ああ、なんて九龍城(ここ)は居心地がいいんだろう。
(「ずっといたら忘れちまいそうになるな。自分の罪を」)
女が吐き出す煙で霞む景色のように、何もかもが曖昧になっていく。そうやって日々を誤魔化すことでしか歩けない奴らの吹きだまりがここ九龍城なのだ。
「これもなんかの縁だ。今度はアンタの話聞かせてくれよ」
「えー、どうしよっかなぁ……」
きっと女は語りたくはないはず。けれど本音を切り取る写真家としては、軽くなった財布の分だけは耳にしておきたい所。
大成功
🔵🔵🔵
ミコト・イザナギ
・天狗狼
由良由良、と揺らぐ人狼の瞳
シーシャの刻み葉に特性の秘薬を一服盛ったから
それはその筈
害はなく唯の一時だけ微睡む様な心地で
心沈み口軽くなるだけのもの
九龍城とは斯くありや
密やかに折り重なった、虚ろの微睡箱
堕ちればどこまでもきやしゃんせと招く
此度は天狗面を外して素顔を晒してのお出かけ
自然、口調も建前も崩れて砕けたものに
「そんな神妙に言わなくても、覚えてるよ
アナタの命は長くない、人狼の運命だったよね」
忌憚なく素直に感じたままに言霊零す
否定されないというのは真実に外ならなぬ
「離れる?
ハハハッ、バカなコト言うんだね…
オレが離す事ないでしょ?
もし、本当に離れたと感じたのなら
それはね、ディアナがオレを手放した時だけだよ」
二人は恋人ではない――
そんなものより深い秘色
我は天狗なるぞ
うっとおしい
我等の在り方に物申すなら100年生きておいで
聞く気ないけど
「そんなコトより、この今という刹那を味わいつくさせてよ」
ソファに沈ませた体を緩い頭の意思で腰を抱き寄せ
甘く蕩けるような睦言を獣の耳に、白煙と共に囁くのだ
ディアナ・ロドクルーン
・天狗狼
ふわりふわり煙が舞う
水煙草の煙を揺蕩わせて、パイプを交互に使う二つの影が寄り添って
この雰囲気と煙のせいだろうか
思考がぼんやりとしているのは場の空気か否か
隣には天狗がいるというのに何やら胸中漂う不安が尽きぬ具合
ミコト…(彼の服の裾を掴み)前に貴方が言ってくれた
「その時が来るまで、どうか一緒に居させてほしい」
その言葉覚えている…?
覚えてくれてて安心した
そう、長くない。だから離れないで、傍に…いて欲しいの
(以前と比べ明らかに不調が増え、命の砂時計の限りが見えてきた。
心通わせることが叶い身も心も満たされ充実している時はなんと短く感じられる事か
最期まで黙っていようとも、語らずとも知れるのが天狗だ。つるりつるりと言葉が零れ落ちる)
ふふ、私が手放すわけが…
嗚呼。手が放れる時は本当のサヨナラの時ね
――ぁ…(軋むソファに身を沈め見上げる天狗に艶やかな唇は弧を描く)
ええ―…ええ、今という刹那の逢瀬をこの身に刻んで、ミコト…
(耳に心地よい言葉に胡乱な瞳は閉ざされる。仄暗い中で二つの影は一つになって…)
●
――最下層。
此処は、九龍城の中でも綺麗な上澄みを絞り尽くして残った滓を集めたような場所だ。
さぁ、この天狗に過去の記憶はないわけだが、ミコト・イザナギ(語り音の天狗・f23042)は煮詰めた泥のようなこの空気が非道く馴染む。
一方の人狼の娘ディアナ・ロドクルーン(天満月の訃言師・f01023)は、ここ最近は浮かない顔をすることが増えている。
達観で恐怖を飼い慣らしてきたというのに、いざその刻がひたりひたりと忍び寄ってきたと知るや“うまくできなくなった”
お目当ての店を見つけたミコトは口元に弧を描く。常に天狗面の影が掛かる三日月が今宵は燈に晒された。
「さぁおいで」
ずっと後ろを歩いていた娘の腕を取り招き寄せれば、逆らうことなく傍らに堕ちた。
さてさてミコトはどれだけの金を払ったのやら。
薄布カーテンだけの心許ない仕切りではあるが、この空間は二人だけのもの。
ゴトリと重々しい音で置かれたのはシーシャの硝子瓶。下卑た笑いを浮かべた男は、更にミコトから金をせびり去って行った。
水煙草は、ひとつ。
吸い口も、ひとつ。
まずは紅眼の男が吸い口を咥えてから煙りを吐き出した。
か細い川のように解ける煙をただただ瞳に映す娘の唇にミコトは吸い口を触れさせる。吐息とともに開く花唇は、水蒸気の煙が満ちる口をはむりと含んだ。
(「ミコトの匂いがする……」)
水煙草の香りよりまずそれが先に来た。
肺腑に通してから吐き出すと、煙はふわりふわりと蜘蛛の巣めいた広がりをみせる。
白魚の指が持つ吸い口を男の節くれ立った指が奪うと、笑声と共に男がまた咥えた。
ふぅっと慣れた素振りで吐き足された煙の中で、ひな鳥が餌を与えられるように差し向けられた吸い口を、ディアナは素直に食む。
先ほどより濃くなった男の香りと煙を味わえば、水が染みた角砂糖のように思考がなし崩しになっていく。
(「上手い具合にまわっているようだ」)
由良、由良。
傍らで、細長い瞳孔をした獣の赤目が焦点を失いつつある、そりゃあもうミコトの企み通りに。
シーシャの刻み葉に特性の秘薬を天狗は潜ませた。身体を痛めるような害はない、あくまで一時の微睡みと、心沈み口が軽くなる類いのもの。
九龍城とは斯くありや、
密やかに折り重なった、虚ろの微睡箱。
堕ちればどこまでもきやしゃんせと招く。
……惑わして出来た隙から指をさし入れて、心の裡を暴いて進ぜよう。
「ミコト……」
吸い口を外したミコトの腕がついっと引かれた。
見下ろせば、淡く霞みがかったディアナの瞳が、不安に濡れて揺らめいているのと突き当たる。
ぼやけた脳味噌の癖にやけに不安に急き立てられている。そこまでは自分でも気づいているのだが、堪えて取り繕うことが叶わない。
隣には天狗がいるというのに、今宵は胸弾む遊戯の一時である筈なのに、今の自分はどうだ。まるで瓦礫から這い出たばかりの幼子のようだ。
(「……ううん、それも違う」)
ふんわりとした己の声が脳裏で即座に否定する。
私は老人の庇護を受け人のぬくもりを知った。彼が寿命でなくなった時、自分にもこのように冷たき肉の塊と成り果てる日がくるのだと改めて悟った。
――それは、遠くない日に。この老人のように年を重ねて思慮深く誰かを助けるなどという時間は赦されていないのだ、と。
「……」
ぐしゃりと袖を握りしめて俯いた。容は泣き出しかけの幼子のように崩れ、水煙草の吐息は嗚咽に限りなく近い。
ミコトは無理に顔を見ようとせずに、吸い口を持ち替えて彼女の口元に宛がった。
ディアナは受け取り少しだけ吸い込んだ後に、袖を引き寄せるように更に強く引く。
「ミコト、前に貴方が言ってくれた『その時が来るまで、どうか一緒に居させてほしい』って……その言葉覚えている……?」
問いかけが千切られた木の葉めいた弱々しさで夜に放出された。
ミコトはディアナの右耳に触れるとそのまま髪へと指を伝わせ梳る。
「……ぅ」
擽ったいのか身を竦める女の肩を抱き、額を合わせてこう返す。
「覚えてるよ――アナタの命は長くない、人狼の運命だったよね」
忌憚なく素直に感じたままに言霊に返るは無言、つまりは答えは当たり。
「そんな神妙に言わなくても」
口調も建前も崩しミコトはディアナを拐かす。
ここは海の底のような九龍城の最下層の一室。他にだぁれもいない。ここではなにもかも飾りを棄ててしまえばいいのだ、と。
きゅうと吸い口のチューブを握りしめた娘の顔が持ち上がる。その面には年よりあどけない微笑みが浮かんでいた。
「……覚えてくれてて安心した」
娘は、思ったより泣きそうに震えた自分の声に驚いた。
奥歯を噛みしめ落ち着かせようとしたけれど、心の底には煙が溜まり白から黒色に変じたそれがゆらりゆらりとするだけだ。
揺らぎを眺めていたら、なんだか自分がどうしようもない不幸に囚われているようにしか感じなくなる。
――自分を憐れみたくなんてないのに。
でも――。
「そう、長くない」
煙が底を隠してしまって足下がおぼつかない。確かめるように袖から這い上がる指でミコトの手首を握りしめて身を寄せる。
「だから離れないで、傍に……いて欲しいの」
本当は口にしたくはなかった。
以前と比べ明らかに不調が増え、命の砂時計の限りが見えてきたなんてこと。
然れど、最期まで黙っていようとも、語らずとも知れるのが天狗だ。この観念の正体は彼への様々な、情。
身を寄せて心もつなぎ通わせる、満たされ充実している時は砂時計の中身が更に加速してどんどんと減っていくように思えてしょうがない。
「ふふ」
髪から肩へと落した指で、天狗は女の肩をぽんぽんとわざと軽快に叩く。
はらりと持ち上がった睫が連れた涙は見ないフリをして、ミコトは頭頂の耳を囓るぐらいに唇を寄せる。
「離れる? ハハハッ、バカなコト言うんだね……オレが離す事ないでしょ?」
ミコトの前歯が軽くだが獣の耳に噛みついた。ぴくりと硬直するディアナは、震えすら許可しないとでも言いたげに、ミコトの指に肩を掴まれる。
「もし、本当に離れたと感じたのなら……それはね、ディアナがオレを手放した時だけだよ」
「私が手放すわけが……ッ」
ふぅっと、窄まるミコトの双眸に、ディアナは唇を噛んで黙り込む。
手を放さないと、約束は、できない。
だって…………。
「……嗚呼。手が放れる時は本当のサヨナラの時ね」
死んでしまいたくは、ない。
放れたく、ない。
ない。
ない。
ない。
未来を憂い震える女を、ミコトはぽいっと放り投げるようにして一旦身を離した。
「我は天狗なるぞ、うっとおしい」
傍らに置いた面に触れる、ミコトの肩をただただ見つめるディアナのクスリは既に醒めている。
だからこそ、いつもなら笑い飛ばす悪ふざけでこんなにも唇が砕けて震えてしまうのだ。
「我等の在り方に物申すなら100年生きておいで」
被り直すのかと思いきや、鴉の嘴のように尖ったそれで額をつつき、ミコトは悪ガキのように破顔した。
「聞く気ないけど」
「……!」
むぅと膨れる頬にミコトの指が触れた。それは、とてもとても、熱い。
「そんなコトより、この今という刹那を味わいつくさせてよ」
未来など究極的にはどうでもよい。
彼女がいなかった過去もやはりどうでもよい。
口づけの代りにシーシャの吸い口をディアナへと宛がう。
「さぁ、吸って」
「……………………うん」
こくりと頷き今までで一番の勢いで、ディアナはお薬の煙を吸い込んだ。
吸えば全てが霞みがかるのは、もうわかってる……そして仕掛けたのがこの男だということも。
でも、言えずにいた真実を語れたならば、もう、後は。
「じれったい」
「――ぁ……」
背中を預けていたソファに横たえられて、天井の燈を受けた天狗の瞳がどんな感情を宿すのかはディアナからは見えない。
ただ、愉悦と期待に彩られた唇は鮮やかな弧を引いて吊り上がる。
「ええ――……ええ、今という刹那の逢瀬をこの身に刻んで、ミコト……」
未来を塗りつぶす、刹那。
衣擦れの音がする度に肌色が薄闇に晒される。色の違う肌が溶け合うように重なり、後には煙草よりも甘い香りが蜜のように広がっていくだけ。
――恋人ではない二人は、そんなものよりなお深い秘色を纏い夜に遊ぶ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
御簾森・藍夜
かなで(f35292)が?きてくれた?ほんとうに?
(※酒に弱い泣き上戸
安酒は飲むなと祖父が言っていた
いつも矍鑠としていた俺の育ての親
生みの親も疾うに無い
俺には何も無い
もっと言えば親の顔なんぞ知らん
何せ俺が物も分からない頃ゴーストにな
笑っちゃうだろ俺だけ残った
俺なんかだけ!!
そこを祖父に救われて
だがあの人もゴーストに喰われた
死んだんだ!俺の前で!!
何故俺は置いて行かれる!
もう、いやだ
――なあ、かなで
なあ、お前は、俺を、置いて行か、な……あ
……あ゛ーああ゛ーーいや、すまん
いい
だめだ
さわるな
今日のおれはおかしい
寂しくて寂しくて……涙が
馬鹿か俺は
ごめんな、かなで。来てくれたのに……でもな、ここ危ないから、鍵
ほら――帰りなさい
家は
本当に、お願いだから、俺なんか忘れて
(言ってから酷い事を言ったと気付き
やさしくしなくて、いい
頼むから、これ以上情けない俺を見ないで
(怒ったようなかなでが怖くて逃げるも、硝子の手に捕まった
離して
なあ、離してくれ……!
(離してくれない
(どうしよう
(迷った瞬間唇に触れた温かさが
津嶋・かなで
藍夜さん(f35359)
…見つけた
ぐずぐずな世界の暗がりで
確かな姿は見えなくても
追いかけてよかった
駄目だよ
こんなのあんまり飲みすぎちゃ
うん、お祖父さん
立派な人だったんだよね
触れていいなら
そうっと彼の隣で肩寄せ
初めて知る彼の人生
僕の知らない、あなたのこと
ひとつひとつ聞き逃さぬように
顔も知らぬ両親
憧れの祖父
置いていかれるのは、嫌だろうな
ふっと自分のきょうだいを思う
小学生の頃にいのちは尽きたはずが
戻ってこれたのは姉の願いのおかげで
でも、藍夜さんには
押しつけられる鍵に
ちょっとだけ腹が立って
いつもの生意気さが出る
なんでそんな風に言うんだよ
おかしくてなにが悪いんだ
さみしくなるのは、変じゃないだろ
大きな体が縮こまって見えたから
頬に手を伸ばす
ねぇ、僕は置いていったりしないよ
僕はあなたのくれた言葉で
ちょっとだけ、忘れることが怖くなくなったのに
藍夜さんがさみしくて泣いてる時に
どうして僕がひとりぼっちにすると思ってんの
おかしいのは
めちゃくちゃなのは
僕もあなたも、おんなじでしょ
唇を奪ったって
文句は言わないでよね
●
――たった1杯の安酒で御簾森・藍夜(雨の濫觴・f35359)はあっさり酩酊状態に陥った。安酒を飲むなと言う祖父の面影を浮かべたら勝手に目元が熱くなる。
ぐだぐだ。
確かにぐだぐだになってしまいたかった。
でもなってみたらどうしようもなさが膨れあがるだけで、自分を扱いかねている。
何をやっているんだ、いい年をして……。
「藍夜さん……見つけた」
喧噪を引き破いて真っ直ぐな声が届く。
それは、今は一番聞きたくない、でも常に聞いていたくもある、津嶋・かなで(幻実アンファンス・f35292)の声だ。
重たく痛む頭を捻り見た先では、輩に絡まれるかなでがいる。
――ああほら、こんな所でも馬鹿正直に振る舞うから、と、普段なら割り入りたくなる自分が浮かぶ。でも今は頭も心も働かない。
(「かなでが? きてくれた?」)
くわんくわんと揺れる視界の中で、だらしなく口元が緩んだ。
「藍夜さん」
漸く辿り着いたかなでは燈を背に見下ろしてくる。けれどお陽様色の髪は、手元には陰より明るさをもたらす、まるで止まない雨はないとでも言いたげに。
「……ほんとうに、かなで?」
「ほんとうだよ」
椅子を引き寄せて藍夜の隣に腰掛けた。
いつもの心定理得としたカフェマスターは鳴りを潜め、頬を赤らめて瞼を腫らしたぼんやり顔。そんな藍夜は初めて見るから内心は焦りで一杯だ。
落ち着くように深呼吸、そうして漸くぐずぐずな世界の暗がりで見つけた人と向き合えた。
「駄目だよ、こんなのあんまり飲みすぎちゃ」
メッとするようにグラスを遠ざけるかなでへ、弱々しい声が被った。
「そうだな。安酒は飲むなと祖父が言っていた。矍鑠としていた俺の育ての親」
祖父から彼が受け継いだというカフェは藍夜の人柄通りに、とても居心地がいい。
「……うん、お祖父さん。立派な人だったんだよね」
最初は雨宿りが言い訳だった、でも今はやくたいもない自分でも居てもいいとかなでが思える数少ない居場所だ。
その居場所をくれた藍夜は、瞳をしょぼつかせてだらりと腕を落した。かつんと爪がテーブルに当たり鳴る音がもの悲しくて心を乱す。
「生みの親も疾うに無い……俺には何も無い…………」
酒のせいだ、今日は妙に口が軽い。
ハハッと渇いた声が空間を揺らす。そうして泥の底めいた酒場の天井を仰ぐ容は、眉を吊りあげ戯けたようで自棄っぱちのおふざけ色。
「もっと言えば親の顔なんぞ知らん、何せ俺が物も分からない頃ゴーストにな」
誰も彼もが先に死んでいった。魔“女”を尊ぶ家系で男の自分が遺された、なんという運命の皮肉か。
「笑っちゃうだろ俺だけ残った、俺なんかだけ!!」
「そんなこと! ああ、違う。藍夜さんを遺して家族が亡くなったのがそんなことってんじゃなくて……」
ぽかんと口をあいた藍夜は、かなでが言葉足らずを必死に説明しているのだという状況すら理解ができていない。
でも、そおっと近づいてきてくれたから、
「……そこを祖父に救われて」
だから、酒の勢いを言い訳に吐き出し続けよう。
――希なことだが、藍夜がこの年下のかなでに甘えている。二人だけは気がついてないけれど。
「だがあの人もゴーストに喰われた……死んだんだ! 俺の前で!! 何故俺は置いて行かれる! もう、いやだ」
甘えてなきゃ、こんな隠しごとは晒せない。
抱え込んでいた哀しみと悔悟を広げて見せる藍夜は、表情こそ笑みを浮かべている。けれども寂寞で何処かに吹き飛んでしまいそうで。
捕まえようと肩へ伸びた腕はけれど力なく引っ込められた。なんだか弱みにつけ込むようで嫌だ。代りにもう少し近づいて耳を澄ます。
(「初めて知れた……全部、聞き漏らさずに、いたい」)
そう、雨降りの中、傘をさしかけるように居場所になってくれた藍夜が、家族を失い孤独の身であったということを。
ふっと、双子で生まれた自分のきょうだいが浮かぶ。もう随分と背の高さも年齢も違ってしまった、小学校の頃にこの世から儚くなった、みやこ。
彼がこの世に戻ったのは、今は力を亡くしてしまった姉のお陰だ。みやこは姉の傍で一所懸命に戦い続けた。
自分の影に隠れるような恥ずかしがり屋、でも、時に経験からか心強くかなでを支えてくれる。
そんな、大切なきょうだいと、姉がいる自分。
(「でも、藍夜さんには……」)
「――なあ、かなで」
大柄な男は黒壇の頭を陽色に寄せて、弱々しく「なあ」と繰り返す。その度に「うん」とかなでは応える。
(「かなで」)
ああ、呼べば返る声、手放しがたい。
「なあ、お前は、俺を、置いて行か、な……っ」
痛々しい程に藍夜の瞳が見開かれて、本音を語る唇が凍り付いた。さざめく中から嘲るような笑いが場の中心となって聞こえたからだ。嗤いは決して藍夜に向けてではない、たまたま浮いた音。だがはたりと酔いが醒めてしまったのも事実。
「……あ」
「?」
「……あ゛ーああ゛ーーいや、すまん…………」
顔を覆う男は、黒染めの指で赫雲の匣から1本引き出して咥えた。火を弾き灯す時間稼ぎ、驚き瞬く瞳から逃れるように背を向けて間をあける。
「なんで謝るんだよ」
「いい、だめだ。さわるな、今日のおれはおかしい」
眦に滲んだ涙は煙が染みたせいだと見せ掛ける。だって、寂しくて寂しくて泣いてしまいそうだなんて、馬鹿みたいだ。
顔は背けたままで、ポケットから引っ張り出した鍵を目の前で揺らす。
「ごめんな、かなで。来てくれたのに……でもな、ここ危ないから、鍵」
「……ッ」
かなでの口が不機嫌にへの字に曲がった。
大人びた振りで自分の大切な心を握りつぶそうとしてる……そうさせてしまう頼りがいのない自分が、くやしい。
「ほら――帰りなさい」
「なんでそんな風に言うんだよ」
傷心の藍夜へ、優しく寄り添えない。
どうして、いつもの拗ねて膨れたような声にしかならないんだろう。
「おかしくてなにが悪いんだ、さみしくなるのは、変じゃないだろ」
鍵をつまむ手を押さえてやんわり下げさせて、そっぽを向く瞳へ追いすがる。
「本当に、お願いだから、俺なんか忘れて」
「………………」
立ちこめる沈黙に酷いことを口にしたと気づき、まだ吸える煙草を握って潰した。
ああ、はやく、謝罪を紡いで帰さないと。
そうしないと、全てが曝け出されて取り返しがつかなくなりそうだ……。
「こっちを向いてよ」
「……いやだ」
縮こまる大きな背中がこれ以上逃げないように、ぐいと力尽くで振り向かせた。そうして、揺れたスーツの裏地と同じ色の瞳で藍夜を真正面から見据える。
「ねぇ、僕は置いていったりしないよ」
まるで子供に言い聞かせるように、ゆっくりと、区切って、わかりやすく。
「……僕はあなたのくれた言葉で、ちょっとだけ、忘れることが怖くなくなったのに」
あなたがしてくれたように、どうすればできるんだろう――?
今の藍夜は疵の痛みよりそれが見えることに痛めつけられてるようだ。だけど見ないフリなんて無理だ。
「……やさしくしなくて、いい」
顔を覆いかける手首を咄嗟に捕まえれば、握った吸い殻が零れテーブルで跳ねた。
「ご、ごめん……」
乱暴にしたいわけじゃないとかなでが慌てて手を放したら、藍夜は俯き啜り泣くように懇願する。
「…………頼むから、これ以上情けない俺を見ないで」
もうどうしようもない状況に陥っているのはわかった上で、これ以上の醜態は晒したくない。
寂しい、寂しい、寂しいって、過去が追いかけてくる。
「これは酒のせいだから……」
酔いが醒めればちゃんとするから、お願い、もう見ないで。
「……ッ!」
青年は椅子を鳴らして立ち上がるとしゃがみ込む大人を見下ろし食いかかる。
ああ、やっぱり駄目だ。優しくなんてできない。
「藍夜さんがさみしくて泣いてる時に、どうして僕がひとりぼっちにすると思ってんの」
荒々しい声も、大きく見せようとする仕草も、かなでは今の自分に厭気がさしている。怯える切れ長の瞳を見ると、止まれ止まれと鼓動に合わせて自分の声が喚きたてる。
――でも、今の藍夜をひとりぼっちにしたら、一生涯自分が赦せなくなるんだ。
「おかしいのは、めちゃくちゃなのは、僕もあなたも、おんなじでしょ」
熱孕む声と揃わない冷えた硝子の指が白磁の頬を捉えた。
「なあ、離してくれ……!」
“嫌だ”と駄々をこねる筈の幼い唇は、混迷の局地に取り残された藍夜のそれに覆い被さる。
見咎められる暇もない、ほんの短い熱の触れあい。
――……。
「……だから」
離れても残る馴染みない桃花の馨をとどめるように、かなでは手の甲を押しつけそっぽを向いた。
「唇を奪ったって、文句は言わないでよね」
嗚呼此処が、暗がりの九龍城の酒場でよかった。
それだけで、互いの表情は薄暗がりに隠されてわからなくなるから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ゼロ・クローフィ
【まる】
酒の臭い、煙草の煙が蔓延いている
陰気な酒場だな
そう言いつつも自分には居心地が悪くは無い
懐から煙草を取り出し
お前さんは居心地悪く無いのか?
隣に座り愉しげにしてる円に
お前さん飲める年齢になったんだったな
自分は度数の高い酒を頼み
円は甘いカクテルか?
一人で来るのは気をつけろよ
見目が良い奴はすぐ狙われてるぞ
まぁ返り討ちだろうが
昔、馬鹿なガキが一人で迷い込んで攫われて
色々いじられた上に兵器扱いされ
それで多重人格に
本当の俺は誰か
何だ?気になるか?
じゃ次はお前さんが面白い話でもしてくれるのか?
あ?今のお前さんが偽物?
顔を覗くといつもとは違う真剣な顔
いつもの様な冗談では無いようだ
で?それがどうした
その本物が誰でアレ
俺の知る『円』はお前さんだ
お前さんが居たければ居ればいい
いつもの我儘はどうした?
と頭をくしゃくしゃと撫でて
正直崇高のなんてそっちの方が面倒くさそうだ
さっきも言ったが俺も本当の自分じゃないかもしれない
記憶だけ『ゼロ』という男がいるかもしれない
偽物同士、お似合いのコンビだろ?
くくっと笑って
百鳥・円
【まる】
陰気臭い上に煙ったい所ですねえ
んふ、居心地悪そうに見えます?
何時も華やかな場所に居るわけじゃあないですよ
おにーさんは楽しそうですね?
ピンポンです、ハタチになっちゃいました
一杯お祝いしてくれます?
カクテルも良いですけれど、強めのお酒が魅力的
オススメを教えてくださいな
あっはは、隙があるように見えます?
ところで煙草の火は必要ですかね?
前みたいに炎蝶をライター代わりにしますよう
……へえ。
その子供がおにーさん、なんですね
何時もは我儘に振り回されてくれる人
人格が複数居て、実は神父さんで、それから――
……あれ。
思ってたよりも、わたし
おにーさんのことを知らないような……?
……ねえ、おにーさん
もしも。あなたの目の前に居る『円』が偽物で
本物は別の個体で
もっと、崇高なものだとしたら
その偽物が……このままで居たい、って望んで居たら
ゼロのおにーさんなら、背を押してくれますか
……んもう、髪が乱れちゃうじゃあないですか
でも、そうですね。『らしく』ないです
偽物同士、お似合いです
んふふ、と連られて笑ってしまいます
●
夜の波のように興奮が寄せては返す。それを下地に色々な輩達の剥き出しの欲求がそこかしこで喚き立てられて……だがそれでも陰気だと、ゼロ・クローフィ(黒狼ノ影・f03934)は零した。
「陰気臭い上に煙ったい所ですねえ」
阿片だか煙草だかわからぬ煙でゆらぐ空間をふうっと吹いて、百鳥・円(華回帰・f10932)は薄く引いた紅の唇をちろりと舐める。
「これでもお前さんが居やすいところを選んだんだがな」
白い毒を1本つまみ出し叩くテーブルはゴミ溜めにはなっていないし、小洒落たカクテルも出しちゃあくれる。
「んふ、居心地悪そうに見えます?」
「……お前さんは居心地悪く無いのか?」
曖昧に口元にたゆたう煙が台詞で散った。
「何時も華やかな場所に居るわけじゃあないですよ」
悪戯っぽく片目を閉じて立てた人差し指で漂ってくる靄をかき回す。
「おにーさんは楽しそうですね?」
「“正しい”を気遣わずに好きに出来るのは楽だな」
己のオーダーを通そうとして、ふと傍らの亜麻色の娘に振り仰いだ。
「お前さん飲める年齢になったんだったな」
「ピンポンです、ハタチになっちゃいました。一杯お祝いしてくれます?」
薄紅作角に飾りの黒が揺れた。
快諾の代りにゼロはカクテルを幾つか口にする。だが円は如何にもお菓子みたいな気配の単語に眉根を寄せた。
「カクテルも良いですけれど、強めのお酒が魅力的。オススメを教えてくださいな」
「生意気を言う……苦いぞきっと」
「甘いお菓子ばかりを詰め込んでると思ったら大火傷しますよ」
「やれやれ、 桂花陳酒なんか頼んだら延々と文句を言われそうだな」
白酒と度数の重い洋酒を頼み、ゼロは改めて妙に浮かれる円へと向き直った。
「……一人で来るのは気をつけろよ、見目が良い奴はすぐ狙われてるぞ」
テーブルのライターを探る指は、顕現した炎蝶の瞬きに動きを止めた。
「あっはは、隙があるように見えます?」
赫色の蝶は穂先に止まると火だけを残して霧散する。
「大火傷は勘弁だ。まぁ食いに来た奴らなんて円はあっさり返り討ちだろうが」
とんだお節介を吐いちまったもんだ、はやく煙草で塞いでおかないと……と、吹き出した煙が空間に纏いつく。
靄かかる視界は恐らくは『俺』だけのもの……恐らくは。だから、幾らでも気兼ねなく吸えるのは有り難い。
「昔、馬鹿なガキが一人で迷い込んで攫われて、色々いじられた上に兵器扱いされ……」
言葉の儘に、幼い姿の黒髪の少年は二度と“ひとつ”には戻れていない。
身体を好き勝手に行き来する己を含めた人格を揶揄するように“少年のほんとう”を忘れたナニモナイ男はこう締めくくった。
「それで多重人格に」
喋る間に煙草は尽きた。落ちかける灰を待ち構えて灰皿をずらす娘は、感嘆を纏った相づちをまず返す。
「……へえ。その子供がおにーさん、なんですね」
呆気なく落ちた灰を睨むように見据え、吐けたのは一言だけ。
「本当の俺は誰か」
「まずひとつ」
薄暗がりでも、戯けて広げる円の指は白くとても目立った。
「何時もは我儘に振り回されてくれる人」
「自覚あったのか」
「人格が複数居て、実は神父さんで、それから――」
混ぜっ返しも気にせずに二つ目。けれど三つ目の指が折れないことに唇の端が下がる。
「……あれ。思ってたよりも、わたし、おにーさんのことを知らないような……?」
そのタイミングで店員少年の手でグラスがふたつ置かれた。
「ご苦労様です」
仕事を済まし物欲しげにする瞳に、円はバックを開けて引っ張り出した飴ちゃんを握らせる。
「……おかね」
つまんないと頬を膨らませる円に代わり、ゼロはチップを握らせ追い払った。
「お酒はどっちをもらっていいんです?」
琥珀に焦したウイスキーとまるで水のように透明な白酒。
「好きなのを選べばいい。どちらもお望み通りに強い」
「ふうん。おにーさんは、こっちが良さそうですね」
速攻で白酒をゼロへと押しやり、円は琥珀のグラスを手で包み揺らす。
「混ざりけのない無色、か」
「そういうことです」
――本当の自分かどうか疑っているということは、探していることに他ならない。
違います? と、左右で違う瞳を瞬かせて、円は琥珀の水を一口呑み込んだ。
なんだか酷く苦いだけでガッカリした。
正直、質が悪い混ぜ物だらけの酒だから、これでイメージを固めてしまうのは勿体ない……なんてことをゼロが言う間もなく、円はグラスから手を離してそれっきり。
「次はお前さんが面白い話でもしてくれるのか?」
白酒は放ったままで安普請のソファに凭れて傍らに片側だけの視線を流し込む。
「……ねえ、おにーさん」
包帯は弄られた痕跡なんだろうか。そんなことも聞けそうな夜に、本当は聞きたくない円は、隠しておいた心の匣を開いてみせる。
「もしも」
念を押すような響きが空々しい。
先ほどとは打って変わった真剣な面差しは、これが例え話の形を借りた真実なのだと如実に物語っている。
「もしも?」
ゼロは、グラスを掴むと中身を含む。素面で聞くのは流石にルール違反が過ぎる。
正体のない透明な水にはほんのり甘い味がついていて、腹に落ちるとカァと燃え盛る熱を与えてきた。
これは、酒だ。
もう、水には戻れない。
……だから、俺は――…………。
「おにーさん」
夜に弾ける呼び声はまるで幼子のように頼りない。
わざと大声でゼロを呼び止めた自分は、やはり我が儘なのだなと苦笑い。きっと彼もまた考えたいことが溢れ出したばかりなのだろうに。
「ああ、聞いてる。いいや、聞かせてくれ」
円の顔を覗くと真剣な顔、口元には怯えすら滲んでいる。
「あなたの目の前に居る『円』が偽物で、本物は別の個体で、もっと、崇高なものだとしたら……」
百のうちのひとつと、集積の根元にいる母体。
偽物、と、円が呟けば瓶底を彩る宝石糖が砕けて散っていく。何処か累に重なって――だけど“偽物”がほんとうなのです。この夜に、わたしは嘘をつくつもりは、ない。
「あ? 今のお前さんが偽物?」
混ぜっ返したつもりが、円は黙ったままで頷くだけだ。
ゼロは天井にため息を吹き出して、それが白くないことに物足りなさを感じた。
「……火を、くれるか」
偽物、と言ったっきり口を噤んでしまった娘へ、ゼロは白をひとつ掲げ見せる。
胡散臭い笑みの神父(あいつ)なら、こんな時、もっと心に忍び込み哀しみを甘くなし崩しにする口を効けるのだろうなとは思う。
だが、ここにいるのは、酒と煙草が好きなゼロに他ならない。無関心を掲げるには様々な感情が円へと向きすぎているきらいはあるが。
「……はい、どうぞ」
夜を横切り火を残すこの蝶とて、片翼を手折られた“おかあさま”の真似事に過ぎない。
でも、今ここで彼と内緒話を零し合って、互いの疵を託し合っているのは『円』にだ。おかあさまだって、累だって、蝶で煙草に火を寄せるなんてことは、出来てもやらない気がするのだ。
「その偽物が……このままで居たい、って望んで居たら、ゼロのおにーさんなら、背を押してくれますか」
下衆の酒場の喧噪が、いっそ弱気を潰してくれとすら願う。
でも、円の願いは残念ながら聞き遂げられなかった。むわりとした紫煙が亜麻色の髪を覆う。
「その本物が誰でアレ、俺の知る『円』はお前さんだ」
ぽふりと置かれた手が、すぐに離れる。
円が視線で追いすがった先では灰皿に煙草が置かれた。そうして改めて、頭がずしりと重くなる。
「……んもう、髪が乱れちゃうじゃあないですか」
がしがしと遠慮のない撫で方には頬が膨らんだ。それには、屈託ないゼロの笑い声が場を打つ。
「正直崇高のなんて面倒くさそうだ。お前さんが居たければ居ればいい……いつもの我儘はどうした?」
ああそうか、彼は我儘を聞いてくれる人だ。
強ばっていた円の肩からするりと良くないものが抜け落ちてきた。そうして、物欲しげに透明な酒を見たら、ゼロは笑いながら目の前にグラスを流してくれる。
「……でも、そうですね。『らしく』ないです」
こくりと飲み干した此方は、甘く、重たい、そして一気に地面に引き寄せられるような酔いが全身に拡散する。
「地に足がつきました」
「随分と酔った顔になっているがな」
煙草を支え持つ手で頬杖ついて、ゼロはすっかり調子を取り戻した円と顔を見合わせ、どちらから共なく吹き出した。
「さっきも言ったが俺も本当の自分じゃないかもしれない」
今の円なら、笑い飛ばしてくれる筈だ。
「記憶だけ『ゼロ』という男がいるかもしれない……偽物同士、お似合いのコンビだろ?」
「偽物同士、お似合いです」
人は誰かと関わり――観測されて――はじめて定義される。互いに互いを『ゼロ』と『円』と見出したならそれが二人の真実だ。この嘘だらけの九龍城の酒場の中での話ではあるけれど。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
花園・椿
人形の作り方をご存知ですか
粘土を捏ねる
木や石を彫る、削る
私が知らぬだけで数多の方法があるのでしょう
その他に人の骨を使い作るやり方もあります
――或る所に男がおりました
嘗て愛した女達が居たと云います
春には暖かく微笑む女を
夏には活発で元気な女を
秋には妖艶で美しい女を
冬には静かに佇んだ女を
何故男は季節毎に愛したのでしょうか
其れは男が惚れ易いだけだったのか
そうだったのかもしれません
ですが女達の命は花の様に短かったのです
其の女達は遊女だったと聞きます
ええ、多忙故に過労。疫病に因って亡くなったとも聞きます
そんな女達の死に男の胸は痛みました
――男は絡繰師でした
絡繰り人形を作っては人々を喜ばせるのが生業としておりまして
或る時男は思いつきます
女達の亡骸を使えばあの花の様な女達を永久に咲かせる(生かせる)事が出来るのではないかと
寺に在った女達の亡骸――骨を抱え、削り、そうして作られたのが
四体の人形だと言います
私ですか?
人を模した人形です
貴方の瞳にはどう映っておりますか?
まあ此れは唯の噂話なのですけれどもね
ゼロと円がいる同じ酒場のカウンターに、花園・椿(静寂の花・f35741)はひとりバーデンを相手に酒を嗜んでいた。
此処は九龍城下層の酒場の中でも、比較的穏当な所だ。
実態は、上層の輩が目鼻立ちの整った女を見つけては連れ込む店だ。ここから少女は夜の花へと堕とされる。
だからか此処は嘗て椿が丹精込めて作られた世界に漂う香りが似ている。
貧しい育ちの娘は悉く金に変えられて命の限り春をひさぐ、それが理。
夜の花は刹那の恋遊び。
……だが執着という愛を注がれた女達はいた。そうでなければ椿はここに存在していない。
「人形の作り方をご存知ですか」
「あぁ……?」
いきなり話し出した独り身女を前にして店主は片眉を持ち上げる。
目の前の女は、雪のように白い肌に丁寧に掃かれた薄紅、まるで作り物のように眉目秀麗だ。
「粘土を捏ねる」
酒には手をつけずにテーブルに浮かせた掌を蠢かす。
(「ふぅん、気がふれた女か」)
こりゃあ売り飛ばすに丁度いいと、ポケットに忍ばせた錠剤を上から撫でてほくそ笑んだ。
「木や石を彫る、削る……私が知らぬだけで数多の方法があるのでしょう」
「人形はいつまで経っても若くて美しい儘だ。けどよ、つまらねえだろうよ」
「そうでしょうか」
「人形は物も言わないし反応もしないデクノボウ。子供でもなきゃすぐ飽きちまわ」
男の物言いに反応するように硝子球の瞳が光を吸った。薄暗がりの中でも明瞭なる像を結ぶ表情は愚弄と言って良いだろう。
「ふふ」
だから椿は形の良い造詣の花唇を態と笑声をたて崩した。
周囲の熱を引き下げるような冷たさと雪に咲く椿のように健気で可憐さの同居した微笑みで、一旦はこう締めくくる。
「その他に人の骨を使い作るやり方もあります」
「骨?」
「そう、骨です」
椿は左手を掲げてすぅと袖をたくし上げて見せた。そこには傷ひとつない積もりたての雪めいた細い腕がある。
つーっと、骨に沿って人差し指でなぞり、煌々と開いた硝子球で男の姿を惹きつけて離さない。
もはやこうなっては、男はただの観客だ。話を聞くことしか赦されない。
「――或る所に男がおりました。嘗て愛した女達が居たと云います」
語りだしは呑み込めず、ただただ男は「骨」と呟き椿の腕に吸い寄せられている。
椿は無慈悲に袖を伸ばしてボタンを止めると、グラスを手に取り飲み干した。殆どが炭酸水、そこに色素と質の悪い酒を混ぜた酷く不味い代物。
(「父様は、もっと雅なお酒を楽しまれたのでしょうか。彼女達と――」)
椿の人形はやや自嘲気味に目を伏せてから向き直る。
「彼は、一途であり、多情でもありました」
「矛盾したことを言う」
「春には暖かく微笑む女を」
春の姉様のように柔らかに目元を崩して見せた。
「夏には活発で元気な女を」
勝ち気に唇を吊り上げたらひりりと痛んだ。
「秋には妖艶で美しい女を」
…………秋の姉様は一番難しいので、諦め気味に、椿は己の季節を口にする。
「冬には静かに佇んだ女を」
しんしんと雪が音もなく降り注ぐ楼閣へ父様は通い詰めたそうだ。
――まるで、この恋が刹那のものであると知っているように。
「季節毎に女が変ったのか。よく前の季節の女に恨まれなかったな」
「男が惚れ易いだけだったのか……そうだったのかもしれません。季節毎に愛した理由はわかりませんが、ひとつだけ真実があります」
ことり、と、空になったグラスを置いたら新たな水が注がれる。バーテンは薬を盛って椿を浚う企みはとうに手放していた。
――これは、己の手に余るシロモノだ。
「女達の命は花の様に短かったのです」
別に椿が彼女に遊び女に手をかけたわけではない。椿の歯車が冬の女の死が下敷きになっているのだとしても、其処は取り違えてはならぬ所だ。
だが目の前の男は、椿を人殺しと定義し肩を竦め縮みあがる。
「其の女達は遊女だったと聞きます……ええ、多忙故に過労。疫病に因って亡くなったとも聞きます」
「……よくある話だ」
辛うじて絞り出された声を、
「そうでしょうね」
と、短く切って捨てる。
そんなことより、普段は決して語れぬ父様の話を聞いて欲しい。余計な混ぜっ返しは不要だ。
「そんな女達の死に男の胸は痛みました」
話しの本番はここからだ。
「――男は絡繰師でした」
懸想に浸り、愛した女達の死に溺れ、息が出来ぬ程に苦しんだ彼は、常識という境界線を越えてしまう。
「絡繰り人形を作っては人々を喜ばせるのが生業としておりまして、或る時男は思いつきます」
その行為は純粋であり、故に、ここに蠢く悪を悪と自覚し振る舞う罪人より呑み込みがたい。
するすると喉を伝う新たな炭酸は身を巡る水銀とは混じり合わぬ分際で心地よさをは与えてくれた。爽やかさに反して、冷えた唇は陰々滅々とした過去を暴くように語り続ける。
「女達の亡骸を使えばあの花の様な女達を永久に咲かせる(生かせる)事が出来るのではないかと」
「肉なんて腐っちまうだろう」
「そこで骨です」
椿は五本の指を開いて口元を傾がせる。
硝子球の瞳は感情の彩りが淡く、それが却って話しの真実あじを底上げする。
「寺に在った女達の亡骸――骨を抱え、削り、そうして作られたのが、四体の人形だと言います」
春は暖かく微笑むら人形を、
夏は活発で元気な人形を、
秋は妖艶で美しい人形を、
「――金はいらねぇよ。だから帰ってくれるか」
怯えたように後ずさる男へ、椿はゆるく下がった瞼の片側だけを持ち上げた。
「察しがよろしい方ですね。私は人を模した人形です」
――冬は静かに佇む私。
彼の瞳にどう映ったかだなんて聞くだけ愚問か。
椿は上着を手に立ち上がると、律儀に金を揃えてテーブルに置いた。
「まあ此れは唯の噂話なのですけれどもね」
極力人のように戯け目鼻口をアンバランスに操って苦笑の形をしてみせる。
男はカウンターの金に指を伸ばしているから、きっと上手く表情を作れたに違いない。
大成功
🔵🔵🔵
メアリー・ベスレム
もう、失礼しちゃう!
席に着いたら開口一番
不貞腐れながらそう言うの
「子供はお酒もクスリもダメ」だなんて!
(まぁ煙草は苦手だから別にいいけれど)
今さらそんなことを気にするなんておかしいでしょう?
だって、ここは九龍城砦
どっちを見ても悪徳だらけ
何をするにも欲望のため
元より退廃まみれの坩堝の底じゃない
そんな事を言っている間にも
お尻に刺さる下卑た視線と
伸びる手すらもあるけれど
残念だけれど、今日はあなた達の相手をする(殺す)暇はないのと
適当にあしらって
こんなところメアリは嫌いよ、大嫌い
いつも臭くて、煙たくって
人を喰い物にするヤツばっかりだもの
それもオブリビオンですらない、ただの人間ですらみんなそうなんだから
不思議の国とどっちが悪趣味かわかりゃしない
えぇ、嫌い。だけど……いいえ、嫌い「だから」好きなの
甘美な復讐を味わうには、相応しい相手が必要でしょう?
ここならその相手には事欠かないもの
身体への苦痛も、心への恥辱も……
そのまま、本当に喰い物にされてしまうかも知れないスリルも
このお城には犇めいているんだから
●
兎の皮を被った狼が紅色花咲くチャイナドレス……いや、布面積は水着に近いか、を纏いドブの道をいく。
浚ってくれと言わんばかりの挑戦的な格好だが、顔立ちは幼く、胸も薄い。
そのせいか、大半のよろしくない男達はメアリー・ベスレム(WONDERLAND L/REAPER・f24749)を一瞥してそれっきり。
――随分と生ぬるい悪徳だこと。こんなに美味しそうな子ウサギが歩いてるのに!
それでも最下層の酒場ならと期待して滑り込んだのだが、店主は外の輩より更に融通が利かない!
「お金なら出すわ」
怒る度、垂れ下がる黒耳がぴょこりと跳ねて、後ろからなら“履いてない”ようにしか見えない尻の肉がぴちりと揺れる。たまらず手を伸ばし触った中年をメアリは睨みつけた。
押し問答の末、手渡されたミルクを携えて、メアリーはパンパンに頬を膨らませて、先ほど尻を撫でた男の隣にどすりと座った。
「もう、失礼しちゃう!」
「……そりゃあ、そんな格好してるから……いってぇ!」
再び伸ばした手をねじられ悲鳴をあげる男を放り捨て、メアリーは不貞腐れた顔でグラスを掴む。
「『子供はお酒もクスリもダメ』だなんて!」
先ほどの店主との押し問答を思い出したら、口元がガチリと鳴った。飲み口を噛んでから中身を喉に通したら、まぁこのミルクの薄いこと。
「なによ、このミルクの方がよっぽど身体によくなさそうだわ」
漂ってくる煙に阿片の類いが混ざらないのをかぎ分けて、大げさに手を揺らして振り払う、どうも煙草は苦手なのだ。
ふんすと鼻息を荒くする娘を横目に、助平男は酒臭い息を吐き出した。
「なんだいお嬢ちゃん、まるで襲ってくれと言わんばかりだな」
どれだけ尻が好きなのか、懲りずに手を伸ばす男。手の甲を思い切りつねりあげながらも、メアリはこの男こそが期待した悪徳にそぐうと内心思う。
「子供だからって酒やクスリから遠ざける。今さらそんなことを気にするなんておかしいでしょう?」
「ははー……だってアンタ、そのなんだ……」
思いつきを言いかけてから有耶無耶にする男に構わず、メアリーは顎をテーブルにのせてクダを巻く。
「だって、ここは九龍城砦。どっちを見ても悪徳だらけ、何をするにも欲望のため……なんてお題目が聞いて呆れるわよ」
「オイオイお嬢ちゃん、破滅したいのか?」
「どうしてメアリを気遣うの? 元より退廃まみれの坩堝の底じゃない!」
子供じみた文句は、まるで襲われることを待ち構えているようだ。つまり、あからさまに罠くさい。美人局ならぬガキ局で、関わったら最後自分が闇の底に落ちそうな怖さがこの娘にはある。
だから手を出さねぇんだよなんて嘯く助平男の読みは、実は当たっている。
(「しかしイイケツしてんな、このガキ」)
椅子に潰れる2つの膨らみを、どうしてもジロジロと無遠慮に見てしまうし、今なら大丈夫かとついついつつきにいってしまう。
「しつこいわね!」
跡がつくぐらいつねりあげてやる!
残念だけれど、今日はあなた達の相手をする(殺す)暇はないの、なんて……まぁ、ここにいる輩が束になろうが遊びにすらならないのは明白なのだが。
「こんなところメアリは嫌いよ、大嫌い。いつも臭くて、煙たくって……」
オマケに何時までも助平男は喚いている。腹立ち紛れに向こうずねを蹴飛ばしてやったら、ますます悲鳴が長引いて後悔した。
「人を喰い物にするヤツばっかりだもの」
周囲を見回せば、メアリーより少し大人で気弱な女達が、為すがままに煙管を咥えさせられている。
猿のようにはしゃぐ男達の前で、彼女は取り返しのつかぬ過ちを犯していて、この後恐らくは多数の男に滅茶苦茶にされるのだろう。
――やはり、ここは不思議の国と同じぐらいに悪趣味だ。
無力な獲物として突如見知らぬ場所に蹴落とされて、化物達に追い回される。恐怖を煽られ弄ばれて、皮膚という薄皮の下に絶望がたっぷりと詰まったら頂かれる。
ただし、不思議の国の敵はオブリビオンで、ここではただの人間が集ってくる――嫌悪で吐き気がしそうだ。
「えぇ、嫌い」
だけど、周囲から布地のない部分に突き刺さる視線はピリピリしてメアリの心を昂ぶらせる。
如何にも美味しそうなうさぎのフリは本性隠しミスリード誘う為。相手に襲わせアリスに対する悲劇を起こす――それが狙いだ。
「だけど……いいえ、嫌い“だから”好きなの」
例えば例えば、あのヤク漬けにされて心身の陵辱を受けた娘が、好きにされてる最中に、隠し持ったナイフで男の頸動脈を掻ききったら愉快痛快……なぁんてことを、熱に浮かされた様に喋る娘へ、男は椅子ごと後ずさる。
「甘美な復讐を味わうには、相応しい相手が必要でしょう? ここならその相手には事欠かないもの」
「復讐をしたいのかよ? それで、酷い目に遭いたいって?」
メアリは薄い唇をぺろりと舐めてみせた。
ああこんな、薄いミルクモドキじゃなくて、はやく濃密な返り血を味わいたい!
「勝ちが決まっている勝負はつまらないでしょ? 起伏がない復讐譚なんて誰が好んで聞くというの?」
メアリは身を乗り出して両腕を鉤爪の形にして翳した。
がたんっ、と、貧相な椅子がこけて尻餅をつく男へ覆い被さるようにして「がお」とおふざけで顔を軽く鷲づかみ。
――手を放す過程で、ぎちりと爪を立てて頬を引っ掻いておいた。あれだけおしりを触ってきた、その代金としては安いぐらいだ。
「ふふ」
爪の先に抉れついた血を眺め、すっかり怯えた男へは最上の可憐な微笑みを向けてやる。
身体への苦痛も、心への恥辱も……そのまま、本当に喰い物にされてしまうかも知れないスリルも……そんな布石がこのお城には至る所で犇めいている。
無粋なオブリビオンが現れるのが先か、そのよからぬ吹きだまりに絡め取られるのが先か――残念ながら、今宵は前者のようだ。
小さな獣は、心地よい欲望で整っていた場がかき乱される予感に小さく舌打ちするのである。
大成功
🔵🔵🔵
コノハ・ライゼ
【喰】ジンノと
澱んだ空気、煙の匂い
料理人的にはアウトだけど、嫌いじゃない
さあ、安酒の肴は何にスル?
そうねぇ、オレなんてこう見えて言う程のモノは無かったりするしねぇ
話すのがタイミング次第なダケで
……そんな狂おしさも、眩しいくらいネ
この記憶にそんな激しい彩はないから
オレが未だに想うのは……後悔、彩りのない澱み
「あの人」を喰らってまで自分は生きるべきだったのか、ってね
ウンまあ、今更この命を手放す気は微塵もないし
……あの時一欠片も残さず喰らった事だけは、悔いてない
どんなご馳走やオブリビオンを喰らえど、満たされない飢えを覚えても
アンタなら、分かってくれるデショ
ああそれで思い出した
最近、オレのコト知ってるっぽいおっさんに出会ってネ
彼のオレを見る目が、「あの人」の眼差しに似てるって気付いた
自分じゃない誰かを見てる、それでいて酷く優しい……まるで我が子を見るような目
「あの人」は親しい家族、或いは――俺自身かもしれない
なあんてね
あは、覚えてたらネ
だって正解だったら……自分を許しそうで、怖いもの
神埜・常盤
【喰】コノ君と
煙世に詰めた葉を煙管に燻らせ
甘い馨を匂わせ乍ら憂世騙り
さて、何を語ったものか
僕のことはようく知ってるだろ、きみ
何処まで話したかなァ
僕には数多の弟妹が居て
其の何れもが胎違い
吸血鬼の親父は魔術に狂い
娶った妻と子等を鏖た
生き残ったのは僕ひとり
あァ、きみ
僕が母を愛してたことは知っているね
でも、彼女は僕を嫌ってーー……
否、そもそも"思われて"すら居なかったんだ
己に吐いていた嘘を
甘い香りが解して明かす
綺麗な蝶を集めても
口紅で部屋中を汚しても
望んだ関心は得られなかった
彼女は親父だけを愛して居たんだよ
僕の方が、愛して居たのに
あの人、か
聴いたことが有る
きっと君の大切なひと
其の疑問に答える術を僕は持たない
肯定が欲しい訳でも無いんだろう
啜ったいのちは穢血と混ざり
僕を生かす過程と成る
ただ其れ丈け
啜ったいのちとひとつに成る
なんて、凡そ信じられないけど
喰らった其のひとは
血肉と混ざらずに
君の中に"居る"のかも知れないねェ
それで、彼とは?
仲良くしないのかね
折角だから其のひとのこと
聴いてみるのも良いかもよ
●
此処は湿ってジクジク膿んでいるようだと、コノハ・ライゼ(空々・f03130)はまず感じた。
血や塵が集積して踏みたびに崩れそうな所も去ることながら、享楽に酔っ払うフリで内側には誰も彼もが“晒せないけど聞いて欲しい疵”を隠し持つ。
より濃い煙が神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)金管の煙管からたちのぼる。
「コノ君、居心地が悪いくはないかね?」
天井に煙と吐息を吐き出せば、何かを隠すように不定形に広がり降ってくる甘い馨。
「澱んだ空気、煙の匂い……」
青爪が手元の琥珀が満ちたグラスの水垢をなぞりあげる。
「料理人的にはアウトだけど、嫌いじゃない」
それには瞳を窄め肯定示す。
「さあ、ジンノ、安酒の肴は何にスル?」
「勘弁してくれ給え。僕はコノ君の料理で舌が肥えてるんだからね」
薄暗がりの大正浪漫、根を張る時代が似通っているからか、常盤は誂えたようにこのドブ色の店に馴染んでいる。小綺麗なスーツを纏っているにも関わらずだ。
「どんなものを出してくるか興味はあるんだけどネ」
一方のコノハは、何処にでも馴染む癖に何処にでも染まらせないナニカがある。
華やぎアオザイで曰くありげな2人にしてしまうのも面白そうではあったが、結局は色を落した中華服に身を包んできている。
「そうねぇ、オレなんてこう見えて言う程のモノは無かったりするしねぇ」
話すのはタイミング次第であり、今宵がそういった流れかもしれぬ。
「ふゥん……」
水を向けられ煙管を外す。ゆうるり吸っても三口で終わる短き愉しみ。灰を落し新たな種を詰めながら、常盤は雨濡れの紫陽花めいた髪色に赤茶に双眸を向けた。
「さて、何を語ったものか、僕のことはようく知ってるだろ、きみ」
何処まで話したかなァ、などと探られたなら、好きなところからどうぞなんてしれと返す。
滋味深い話は幾ら聞いても飽き足らない。
中身がないから『あの人』を詰め合わせただけのコノハからすれば、熱く纏わる情感は華やかな季節の花を眺めるようなもの。
「僕には数多の弟妹が居て……」
口火と共にほわりと吐いた煙が、ぼやけたスクリーンを形作る。
常盤が浮かべたのは、自分にどこか似ているが真っ当な弟妹ほどには似ていない幾つかの容だ。
「其の何れもが胎違い」
血筋という生まれながらに絡みつく糸の疎ましさも己を顕わす心強さもどちらも持たぬコノハは、続きへ耳を傾ける。
「吸血鬼の親父は魔術に狂い、娶った妻と子等を鏖た」
朗々とした声が沈んだかと思うと、グラスの脇を爪で四角く引っ掻いた。
詰め込まれたような有様。弟妹と、他所の人と言うには縁が絡まる女達は、皆が皆物を言わぬ骸と成り果てた。
――嗚呼、それとは別格の“かの人”も永遠にいなくなってしまった。
「生き残ったのは僕ひとり」
その時の父がどのような貌をしていたかには触れない。父の事は口にしたくないとでも言いたげに、常盤は話を転調させた。
「あァ、きみ」
「ナニ?」
やはりつまみがないと心許ない。通りすがる男に金を握らせて乾き物を言いつけて、コノハは向き直る。
「僕が母を愛してたことは知っているね」
「聞いたわ」
実りのない愛の話なら。
「でも、彼女は僕を嫌ってーー……」
体内の空気を全て吐き出すように空間に足した紫煙は濃く甘く、常盤とコノハの間を遮る。
きっととても情けない貌をしている筈だ。だから薄暗さの恩恵を借りて、隠してしまおう。
「否、そもそも“思われて”すら居なかったんだ」
好きも嫌いもなく、ただただ母という彼女は常盤のことをまるで見えもしない蟻の如く扱った。
「母の為と、綺麗な蝶を集めてた。逆に口紅で部屋中を汚しもした」
――血に塗れた憐れな息子と見せ掛けたかったのか、親父殿のように血を好むと誘惑したかったのか。それとも別か、反応があれば何でも良かったのか。
「……望んだ関心は得られなかった」
「顧みられないのは、嫌われるより辛いわね」
コノハが受け取り置いた南京豆の皿を眺め、晴れだした煙の中で自分を放り投げるような笑ってみせる。
「彼女は親父だけを愛して居たんだよ」
正しいことのように聞こえるけれど、恐らくそういうものではない――。
親の情なぞ知らぬ、過去を透明で塗りつぶしてしまった妖狐だが、更に続く台詞には、思わず笑みを浮かんでしまった。
「僕の方が、愛して居たのに」
なんて、重たくて身勝手な恋慕だろうか! 相手のことより己の感情がまず前に出るとは。
――あなたとお父さん、似てるんじゃないの? とはさすがに口にせず。
「……そんな狂おしさも、眩しいくらいネ。この記憶にそんな激しい彩はないから」
コノハは切り替えるような口元で南京豆を爆ぜさせて、2杯目のアルコールで流し込む。
不味い。
黴びていないのが奇蹟というレベル、何故か生臭さまで纏う粒からは指を離した。
「オレが未だに想うのは……後悔、彩りのない澱み」
明確な主張の味にはそぐわぬ話。
けれど、無色透明にしておくには、余りに罪深い話しでもあるのだが。
「『あの人』を喰らってまで自分は生きるべきだったのか、ってね」
薄暗がりのせいか俯くコノハの表情は判別しがたい。
苦悩に塗れた秘め事を語る際、自分を責め苛む苦しげな貌を見せるのがありがちではあるが……。
(「先ほど語った僕の貌とて、鏡で見れば何処か愉しげですらあったろうしなァ」)
さて、先程の良き聞き役を演じてくれたコノハに、どのような相槌をくれてやろうか。出来れば憚りなく吐露して欲しい。
「あの人、か。聴いたことが有る……きっと君の大切なひと」
頷かず頬杖で此方を見据えるコノハの容は、常盤と比べると男と女の別なき側の麗人である。
コノハは、既に自分で応えを出しているように、見えた。
――全く、眩しいのはそちらだ。
「其の疑問に答える術を僕は持たない」
黒々とした心を捻るように草を丸めて煙管に摘める。
「肯定が欲しい訳でも無いんだろう」
確信めいた投げかけに、コノハは上体を起こすと崩れた紫髪を整えた。
「ウンまあ、今更この命を手放す気は微塵もないし……あの時一欠片も残さず喰らった事だけは、悔いてない」」
血肉だけでなく、姿も形も見目も名前すら喰らいつくし、コノハ・ライゼは生きる。
常盤からはコノハはやけにすっきりとしているように見えている。その様に見えるならそれはそれでとコノハは言うだろう。
『 』は消した。
消した筈だけど、それでは今ここで安酒をかっくらって秘め事を晒して見せる己は誰?
「どんなご馳走やオブリビオンを喰らえど、満たされない飢えを覚えても……」
生きることを望んでる。
「アンタなら、分かってくれるデショ」
同意を求める片目だけの眼差しに、常盤は少しだけ身を乗り出した。煙管は煙球を払われテーブルに置かれている。
「啜ったいのちは穢血と混ざり僕を生かす過程と成る。ただ其れ丈け」
淡く開いた口にちらと見える犬歯は、常盤の整然とした美に異の欠片を挿す、嗚呼彼は、何処までいっても吸血鬼の息子であることからは逃れられない。
「啜ったいのちとひとつに成る……なんて、凡そ信じられないけど」
母様をどうしたのだっけと巡らせながら、友人の為に言葉を紡ぐ。
「喰らった其のひとは、血肉と混ざらずに君の中に“居る”のかも知れないねェ」
ぱちり。
蒼石がぶつかり音をたてるように瞬いてから、コノハは白魚の手をぱちりと合わせる。
「ああそれで思い出した」
ふぅんと顎を持ち上げて常盤は先を促した。
「最近、オレのコト知ってるっぽいおっさんに出会ってネ」
「コノ君は彼には憶えがないと?」
「でも今の話しで――そう、彼のオレを見る目が、『あの人』の眼差しに似てるって気付いた」
コノハを透して誰かを見てる。それでいて酷く優しい……まるで我が子を見るような目、とまで言ったところで一息ついて残りの酒をあおる。
「中々に興味深いね」
探偵事務所なんぞ構えちゃ居るぐらいには、常盤は謎の中身が気になるタチだ。
思ったより食いついた友人が近づいた分だけ引きながらも、コノハは予想を隠し立てせずに口にした。
「『あの人』は親しい家族、或いは――俺自身かもしれない……なあんてね」
この匣の中身を見せれば収まるかと思ったが、糸口があるなんて話は帰って逆効果だ。
「それで、彼とは? 仲良くしないのかね。折角だから其のひとのこと、聴いてみるのも良いかもよ」
そんな彼が余りに愉しげだから、コノハも合わせて笑って見せた。
「あは、覚えてたらネ」
其処にほろ苦さが滲むのに常盤は気づく。コノハは“忘れちゃったわ”と流してしまうのだろうな、とぼんやり浮かべ。
「だって正解だったら……自分を許しそうで、怖いもの」
許した先が見通せないのが、恐い。
『あの人』を喰らってから、見えない道を歩いてきたはずなのに――さらに継ぐ言葉は、猟兵だけが気取ること叶うひりついた空気にて、声にされることはなかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『蘭芳公主』
|
POW : 厄災
自身の【生命力】を代償に、1〜12体の【凶事を運ぶ災厄の獣】を召喚する。戦闘力は高いが、召喚数に応じた量の代償が必要。
SPD : 凶兆
【幻惑の蝶々】を解放し、戦場の敵全員の【吉兆】を奪って不幸を与え、自身に「奪った総量に応じた幸運」を付与する。
WIZ : 禍殃
【嘗て友と呼んだ幻獣たち】で攻撃する。また、攻撃が命中した敵の【纏う幻獣にしか見えぬ人の闘気】を覚え、同じ敵に攻撃する際の命中力と威力を増強する。
イラスト:こはる
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠神宮時・蒼」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
穢らしいフードを被り頬に泥をなすっても、零れる翡翠髪から窺える八面玲瓏なる美貌は隠せはしない。
女は蘭芳公主という、古きこの世界に嘗てあった小国の姫君である。
彼女は、故郷の街も緑も民も……その全てを愛した。
元首としては些か穏やかなきらいのある父王ではあったが、分け隔てない性根を慕う民も沢山いた。
他国との闘争よりは、自国にてささやかで幸いな人生を真っ当して欲しい――そう願う父王を、蘭芳公主は心より慕い誇った。父が民を愛するから、娘も愛情深い王女として育ったのだ。
だが、余りに人を信じすぎた為に父王は、裏切られ毒を盛られて殺された。
なんと、家臣を寝返らせ謀の中心にいたのは、蘭芳の母親であった!
仙姿玉質であり父を立て補佐する母を、蘭芳はやはり心から敬拝していたのに……。
「皆が皆、我慢を強いられ維持される箱庭の何処に魅力があるのでしょう! 西の国は豊かな土地があり、東の織物は非常に美しい――その全てを手中に収めなくて、何が幸せか!」
母は若き男と結び合い側近とした。
それだけではない、頭や見目が良ければ全て離宮に入れて夜伽の相手をさせた。
王が変れば民も変る。
穏やかに鍬を手にし、身の程の食料をいただき慎ましやかに暮らしていた彼らは、戦争に勝てば富み略奪で全てが手に入ると味を占め、瞬く間に欲望塗れの暴徒と化した。
――ところで蘭芳公主だが、父王を殺された哀しみに浸る事も、理不尽に怒り狂うこともなかった。
彼女は、あらゆる欲に狂った母王が巻き起こす地獄のような有様に、見事に心を奪われてしまったのだ。
人々は生き生きと他者を追い落とす。
安定は失われたが刺激だけは多い生活に、皆が高揚し嗤いが絶えぬ国となった。
だが、周囲の国とも言えぬ集落を蹂躙し領主を殺し民を食いものにしている内は良かったが……大国に手を出したなら、あっさり国は滅んだ。
無論、王宮の者も民も全て根絶やしにされた。
さて今宵。
蘭芳公主は、オブリビオンとして瓜二つの高揚を持つ九龍城に降りたった。
「ああ、本当にこの城は素敵じゃ。皆が皆、目をギラつかせておる。だがこのような浅はかな世界は、瞬く間に粛正されてしまうのじゃ」
――それは余りに痛ましい。故に妾がこの手で全て無に帰してしまいましょうぞ。
==============
2章目は戦闘です
オーバーロード・通常共に【現時点よりプレイングを受付ております】
参加人数次第ですが、2回を限度に再送をお願いする可能性があります
>採用人数
22人+α
1章目の22名様は確定で採用します
(1章目とカラーが違うので、参加はお好みでどうぞ)
それとは別に、2章目飛び入りの方も極力採用したい所存です
>受付締切
11日(土)23時59分まで
>注意点
オーバーロードありなし問わず1章目より文字数は控えめです
過去の戦闘依頼ぐらいの分量になる予定です
>同行
2名様まで、冒頭に【チーム名】をお願いします
また失効日は合わせていただけると助かります
>流血描写
希望される方は冒頭に『▲』をお願いします
判定は不利にならないのでお好みでどうぞ
損傷の大小はプレイングに依存します
それではプレイングをお待ちしております
==============
(マスターコメント補足)
>戦場
夜の九龍城です
1章の舞台の酒場はもちろん下層から上層のどこを戦場にしていただいてもOKです
このシナリオでの九龍城は、ネオンぎらぎらの店や、変な個人商店と、住居が隣り合っていたりもします
屋上に出て、外側に張り出すネオンを見ながら別棟に飛び移るアクションも歓迎です
>住民について
彼らは逞しいので庇わなくても勝手に逃げます。怪我ぐらいはしますが死亡描写はありません
キャラの性格や庇う行動をしたい方はいただければ折り込み怪我が減ります
※プレイングで「住民を盾にする」などの巻き込む意図があればさすがに死亡もあり得ます
2章目の戦闘募集しております
九龍城の中であれば、どんな場所でも戦場にできます
https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=42997 #第六猟兵 #トミーウォーカー
花園・椿
(大きめの溜息
人の欲望とは尽きないものですね
致し方ないと言えば致し方ないのかもしれませんが
手に入れてしまえばもっと、もっとと欲しくなってしまうのが人の性とも言いましょうか
…この場合貴女が人なのかは分かりかねますが
しかし欲が多きすぎると言いますか、下品が過ぎる様な気も致します
日々高揚し過ぎた所為ですかね
一度落ち着きを覚えた方が宜しいかと
スカートを揺らし、中に仕込んだカトラリーのナイフを取り出し指の間で捕える
獣がひいふう…両手で事足りますね
足りなければ足を使うまで
獣の首を目掛けてナイフを投擲
日々磨いているナイフの切れ味は上々
さあ今度は貴女の首を
獣より細くて柔い其の首、落としてみせますとも
●
九龍城の階段を下から四つもあがれば、まだ世間様への風通しは良くはなる。
六坪あるかの中華飯店にて、雇われたばかりのメイドは下品な冷やかしをあしらいサーヴする。
「おお、おお、豪勢な食宴じゃ!」
通りすがりに喜色を浮かべた翡翠髪の女から藍色の獣が数匹飛び出す。
客はネズミが走り回るなんざ慣れっこ。だが、さすがにカトラリーのナイフで全てが壁へ縫い止められたなら目を見張ろうというもの。
「ふぅ」
花園・椿(静寂の花・f35741)の嘆息は、ユーベルコード起動の負担ではなく、蠢く欲望への憂いだ。
「人の欲望とは尽きないものですね。致し方ないと言えば致し方ないのかもしれませんが……」
娘人形は青褪めた頬のオブリビオンを硝子球に映した。
「手に入れてしまえばもっと、もっとと欲しくなってしまうのが人の性とも言いましょうか……この場合貴女が人なのかは分かりかねますが」
「ほう、汝は猟兵かや」
恐れ知らず対峙することで答えを示し、椿は周囲へ腕を伸べる。
「しかし欲が多きすぎると言いますか、下品が過ぎる様な気も致します。日々高揚し過ぎた所為ですかね」
「よい。この街は正直者の集まりで好ましい。だから、滅ぼしてくれようぞ!」
大柄な鹿が突進してくるのに合わせ、椿は床を蹴った。
ひらり、ビロード地の裾が電灯反射し翻り、足に結わえたナイフが垣間見える。
すたり、テーブルの上に素足でつま先立ち。料理を踏まぬ立ち回りは女給の嗜み。
「一頭で宜しいのですか? もしかして先程の仕掛けで随分と疲弊されたのでしょうか?」
「黙れ」
――お望み通り黙って差し上げましょう。
その代わり片手からのナイフ四本で、のど笛、眉間、双眸を獣へお贈りいたします。
「おのれ……」
もんどり打つ巨体を横目に蘭芳公主は柳眉を吊り上げあらん限りの獣を放った。
「一、二、三、四……」
片手の指から飛び立ったナイフが半数始末。
残りはテーブルに手をついて宙返り、素足に挟んだ刃で蹴りあげ葬り去る。
再び持ち上げた指には新たなナイフが四本、挑発混じりにしゃらり音立て見せつける。
「さあ今度は貴女の首を、獣より細くて柔い其の首、落としてみせますとも」
磨き上げられた刀身に映るは歯がみの蘭芳公主。
大成功
🔵🔵🔵
ディアナ・ロドクルーン
・天狗狼
▲
煙に巻かれ肌を寄せ合い、身を重ね、ひと時の逢瀬を…のはずだった
はずだったのに…
何やら外が騒がしい。喧噪が聞こえる、傍らの男を見上げると何やらご立腹
でもわかる。何で無に帰すなどこのタイミングで言い出すのかしらバカじゃないの、と
ああ、待って私も行くから(先に行った男の後を追う様に急いで服を身に纏って)
人は皆、欲を持っている。無などあり得ない
無に帰されてしまうのは困るわね…だってこんなに楽しいのに
遊び場を奪うというならお前を骸の海に返すだけ
今日のミコトはすごく怒っているわね…珍しい
(腰砕けてた、と聞けば頬を膨らませ足に蹴りを入れる)
余計な事を言わない
さっさと倒して、続きするんでしょ?
ミコト・イザナギ
・天狗狼
▲
薄衣の影の中
重なり悶える陰二つ
吐息を塞ぐ苦しみさえも法悦に
結んだ手指、繋ぐ視線
何度も何度も熱く燃えて咽ぶ獣
蕩けて融けてもっともっと、と
――二人の世界にいざや溺れよう
なのに唐突、外界が喧しくなる
爛れた世界が罅割れていく
ディアナとの時間が
戦闘音と破砕音に台無しにされる
速やかに処理せんと
総てを中断させて袴だけを履いて飛び出す
誰だよアナタ
無に帰したい?
だったら人様の城壊すより
まず自分で作り直しなよ
頭沸いてるんじゃない?
ないものねだりはよくないよ阿婆擦れ
速やかに召されて
それはそう
ディアナとの時間邪魔されたら怒るよ
それより来るの遅かったけど腰砕けしてた?
フフフ…っイテ
うん、早く終わらせて続きしよ
●
外界から仕切られた薄布の向こう、互いの輪郭を蕩かし折り重なる陰二人。
「……ぅんッ」
水煙草で蕩けた脳には鋭い快感は鮮やか過ぎて苦を呼んだ。
「いや?」
聞かないでと背けた顎を捉え、ミコト・イザナギ(語り音の天狗・f23042)は首筋から肩にかけしっとりと唇を落す。
吐く息全てを悶とさせるディアナ・ロドクルーン(天満月の訃言師・f01023)は、震える指で腰につく指を絡め取った。痛いぐらいに結びにこられてミコトは漉いた容に悦を浮かべる。
何度目か数える事も飽いた口づけを交そうとしたその時――グラスの割れる音、逃げ惑う足音……と、無粋な騒然が侵食してくる。
嗚呼、嗚呼、完璧にしつらえた爛れた興悦が、無残に罅割れていく……。
「台無しだ」
身を起こしたミコトの舌打ちときたら! 飄々とした彼がここまで不快さ露わにするのをディアナは初めて見た気がする。
「『無に帰す』ってほざく女が居たわね」
色欲に耽ろうというこの刹那、疎ましさ百倍でディアナは「バカじゃないの」と辛辣に吐いた。
「速やかに処理せんと」
手繰った袴だけを身につけたかと思うとミコトは薄布翻し飛び出す。
「ああ、待って私も行くから」
急き立てられるように下着に指を伸ばしたら、外界側から御仁の声がする。
「誰だよアナタ」
「不遜なるぞ。妾は蘭……」
「無に帰したい? 」
彩のわからぬ女の名なぞに興味はない。
「だったら人様の城壊すより、まず自分で作り直しなよ」
つまるところを纏めたら、天狗様は女のすぐ傍に現れ蝶々どもを握り潰す。ひとつ、ふたつ……みっつで全部。
この期に及んで相手の運を奪う? 何事も人様のふんどしで相撲を取るこの女にミコトは虫けらでも見るような瞳をする。
「頭沸いてるんじゃない?」
四つ目の手はむんずと女の頭を掴んで力込め。
「や……やめよ……」
爪が食い込み穿たれた細穴より血を零す、半泣き顔の女をミコトはモノのように吊るし上げた。
「人は皆、欲を持っている。無などあり得ない」
遅れ現れたディアナは、夜の夢謳う剣を翳し藻掻く女を一瞥する。
「当然……ッ、じゃ」
「なに、喋んのか」
ぞんざいに床に叩きつける。
「熊よ」
咄嗟に召喚し直撃はなんとか免れ口を動かす生意気公主。
「欲があるからこそ、人は生き生きとする」
「そこまでわかっていて無に帰すだなんて性格がねじ曲がってるってことじゃないの」
とはいえ、お楽しみを潰されて臍を曲げる天狗を見るのすら愉快で、それをぽろりとディアナは零してみせる。
「それはそう、ディアナとの時間邪魔されたら怒るよ」
「あら、素直」
珍しいと含み笑い。そんな女の上着は結び目がずれて露わの肩に劣情の欠片が赤く染みている。
つん、と爪先で優しくなぞり、口元寄せるミコトは先程と同じ湿度で耳朶を振るわせた。
「それより来るの遅かったけど腰砕けしてた? フフフ……」
「! もう!」
向こう臑を思い切り蹴飛ばしてやる。
「……っイテ」。
「余計な事を言わない! さっさと倒して、続きするんでしょ?」
「うん、早く終わらせて続きしよ」
口づけも抱擁も愛撫もないのに淫靡な二人は、生娘の儘で亡くなった蘭芳公主には目の毒だ。
「征け! あの者どもを引き裂いて参れ!」
二人の仲を裂くように力任せの熊を突撃させる。
ひらり、ひらりと左右に躱し、形ばかりは別たれたものの、心萎れる筈もなく。
「そちらもお人形遊びをするくせに、人様の遊び場を奪おうというのね。ならお前を骸の海に返すだけ」
夢は苛烈な薔薇となり、熊と公主の瞳を目掛けて降りかかる!
「ぐおぉん!」
主を庇い全てを己に受けとめんと両腕を広げた獣は、喉元を深く硝子に斬られ既に瀕死だ。
と。
押しのけるミコトの掌が触れたとたん、熊の身体から闇が弾けて爆散した。そのまま進みでて、無粋な娘へ掌底打ち。
「ないものねだりはよくないよ阿婆擦れ、速やかに召されて」
続けて腹に背中一打ずつ、血反吐を零し踏鞴を踏んで醜く娘は崩れ落ちた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
瑞月・苺々子
まあ!
なんて卑しい人なのでしょう
そんな人に"友と呼ぶ幻獣"がいるなんて嘆かわしいわ
『輝夜晶』から伝わる感情……
ねえ『雷公』
――ふふ、貴女も怒ってる?
正義感強いものね
うん、いいよ
一緒に懲らしめてみようか
そうと決まれば屋上へ
"幻獣"には"幻獣"ぶつけんのよ
きゃははっ
素敵よ、雷公
街並みに威風堂々たる姿が良く映えるわ
いつもみたいに手加減なんてしなくていいの
思う存分暴れてね
欲をかくと失敗する
って父はいつも言っていたわ
そんな失敗は見たことなかったけどね
だって父はとっても賢いから
狩りをするように、周りから掠め取っていくの
まるでこの街の生き様みたい
そんなことより
屋上から
貴女(雷公)の背から眺める街の景色
壮観ね
●
ぐるりぐるり。
もう幾つの階段を昇ったろう。飲食店・耳鼻科・民家と無秩序に並びが変るのはさながらおもちゃ箱。そしてとうとう最上階、胸躍らせる瑞月・苺々子(苺の花詞・f29455)は、輝夜晶からの感情に跳ね戸の把手から手を放す。
「ねえ『雷公』――ふふ、貴女も怒ってる?」
口元だけの笑みは、正義感の強い連れ合いを宥めるようにもからかうようにも見えた。
「うん、いいよ。一緒に懲らしめてみようか」
跳ね戸が開いたら待ち構えたように禍々しい瞳の獣の群れが次々と!
――ぱりん。
直後、まるで飴細工がかみ砕かれるような華奢な音で一蹴される。
迸る雷光と巨躯にて混ぜ物建材の天井は砕かれ、蘭芳公主のお友達らは軽々と弾き飛ばされたのだ。
「きゃははっ、素敵よ、雷公」
黄金郷を喚起させる毛並みに身をしずめ、唖然と阿呆のように口を開く公主へは蔑みの眼差し。
「まあ! だらしないお口! なんて卑しい人なのでしょう! 品格もあったものじゃないわね」
上品な言葉遣いを下卑たヤクザの物言いで嗤ってやった、わざとだ。
「そんな人に"友と呼ぶ幻獣"がいるなんて嘆かわしいわ」
本当の友情をご覧遊ばせ? なんてスカートの裾を翻し、苺々子は雷公の背中に飛び乗る。
「何をしておる、あの化物もろとも片付けてしまえ!」
痺れ震える“友”を蹴飛ばす公主の器のなんとまあ小さいことか! 圧倒的な雷公の力と苺々子の闇色のカリスマと比較されるのだ、無理もない。
「いつもみたいに手加減なんてしなくていいの、思う存分暴れてね」
さぁと撫でた毛皮、その眼下にぽつりと咲く夜の灯りは絶景なり。
苺々子を振り落とさぬよう細心の注意を払い、荒ぶる突進にて蘭芳公主を角でつきあげ、雷で打ち据える。
「きゃぁあぁああ…………!」
柵のない屋上からあっさり墜落していく女へは見向きもせずに、つまらないと嘆息。
「欲をかくと失敗するって父はいつも言っていたわ。でもそんな失敗は見たことなくて……」
何しろ父は非常に聡く狡猾で、狩りを愉しむように周囲から様々なものをかすめ取り、決して失敗することはなかった。
「あなたという悪い例から学べることはなさそうね」
この街にはしたたかな者どもが蠢いている、そりゃあ頭が絶命で朽ち果てたお姫様育ちの手には余るだろうて。
大成功
🔵🔵🔵
久遠寺・絢音
▲
流茶野先輩(f35258)と
屋上で待ち受ける
私の学生時代もここまでおてんばじゃなかったわねぇ
イグニッション!
蝶か、美味しそうね!
(解いた呪髪は八本の束となり、うねる)
……蜘蛛だし
本当に食べるわけじゃなく、呪髪で捕獲するだけだけど
奪った総量で強化されるんなら、吸わせなければ良い
呪髪と布槍で叩いて落としてくわ
ここは今を生きる人が築いた場所なの。貴女の物にはならない
そして、私達猟兵が守る!
(一瞬の隙を見逃さず、伸ばした糸で罠を張って彼女の足を捉え、体勢を崩し)
親分!今なら一気に叩き込める!
(レイピアを抜剣、同時攻撃で放つのは薔薇の剣戟。傷を抉る連撃を叩き込む)
眠って、お姫様
おやすみの時間よ
流茶野・影郎
▲
久遠寺(f37130)と
屋上にて待ち受けん
どのような運命を辿ったかは分からないが死者が、壊してはいけない
死者は眠るものだし、過去は日記帳のインクで充分
それに……自分で壊そうとするその心は、ただの欲とそして消えてほしくないという寂しさだ
イグニッション
だからこの場は俺達が邪魔をしよう
……食べるの?
そしてこっちは厄災もたらす獣か
ならば見えなければ事は済む
『メキシカン忍法・疾風怒涛の歩み』
判断力を失った獣が俺を捉えることはできない
そして久遠寺の言う通り
「俺はお前の前にいる」
当てることを重視し素早く短いモーションでの連打から判断力を失った所で叩き込むは跳び蹴り一撃
「もう君は奪い、奪われた、眠りなさい」
●
生ぬるい風が柵のない匣の上部を舐めていく。
砂を盛り粗末な布を敷きつめた屋上の床は、他より低めで空に繋がっている。
「これアンテナ? テレビなんてあったっけ?」
なにやら錆びた棒が伸びているのを突く久遠寺・絢音(銀糸絢爛・f37130)は、指先に鱗粉化粧が施されたのにちろと舌なめずり。
「……蝶か、美味しそうね!」
はしゃぎに重なり“イグニッション”と、夜空に男女の声が打ち響いた。
ぱちんと、髪留めの外れる小気味よい音と共に緑の黒が張り巡らされる。憐れ、蘭芳公主の遣わせた蝶は、蜘蛛の巣八束の一であっさりと絡め取られ命を散らした。
「……食べるの?」
鈍い銀色の覆面に包まれた中でも、流茶野・影郎(覆面忍者ルチャ影・f35258)の瞳は随分と率直なものだ。
「……蜘蛛だし」
蝶を捕らえて好きにするのはお手の物、なんて。
「くぅ、猟兵とはどやつもこやつも無礼が過ぎる!」
黄金の獣に突き落とされた女は、定数の運を奪わんと鬼の形相で蝶をばらまく。だが蝶は、悉く絢音の髪に吸い寄せられては姿を佚していく。
「奪った総量で強化されるんなら、吸わせなければ良い。死んでしまったあなたはそもそも運がないわけだから」
「まぁ不運で全てを奪われちゃあ敵わないな」
生ぬるい風が男の足下で渦を巻く。風に融ける前に言いたいことは口にしようか。
影郎は敢えて構えを解くと、柳眉を吊り上げ我を失う姫君へ幽思宿す眼差しを向ける。
「どのような運命を辿ったかは分からないが死者が、壊してはいけない」
まるで教師のような悠然とした諭しぶりに対し、職業教師の絢音は何処か若い頃を思わせる口ぶりで続きを引き取った。
「ここは今を生きる人が築いた場所なの。貴女の物にはならない。そして、私達猟兵が守る!」
「だからこの場は俺達が邪魔をしよう」
――死者は眠るものだし、過去は日記帳のインクで充分。
「妾に説法は不要じゃ」
仄かな光を方々から漏らす匣を眼下に、公主は露わな肩から伸びる腕を広げる。
「小細工はやめじゃ! ゆけ獣ども!」
既に亡くした命を浪費して呼び出されたのは厄災もたらす獣達。八方に伸ばされた呪髪の巣をくぐり抜け、大小様々な獣の嘶きに影郎は瞳を鎖す。
「……自分で壊そうとするその心は、ただの欲とそして消えてほしくないという寂しさだ」
――誰かを生かす為に今日も命を削る己を、公主とは違うと言い張る気はない。これもまた影郎の感情に基づいた欲だ。
獣が到達する前に、影郎は足下で育てた疾風をつま先で弾き、拡散。
「ふふん、そんな微風は妾の獣には……お主ら、どうしたのじゃ?!」
確かに風は直接的に獣を害することはなかった。だが皆が皆あらぬ方向へと走り出す。影郎を見失うのはともかく、髪を広げ佇む絢音もほったらかしだ。
不甲斐なき下僕に対し怒髪天で喚く女は隙だらけ、蜘蛛の娘がそれを見逃すわけもなし。大気を斬り裂き撓る髪が、艶やかな着物の裾を斬り裂きそのまま足首を浚った。
「親分! 今なら一気に叩き込める!」
「……ッ! 娘、妾を見くびるでないわぬ」
否、立て直しは許可しない。
走り込む絢音の肩口をそびやかし伸びる糸は、蹌踉けた公主の足首に黒々と巻き付き掬いあげる。蹌踉けた懐へ闇を吸った細身の刃が伸びやかに翻る。
「眠って、お姫様」
一、二……と、仄かな光零す細剣が公主の柔肌に傷をつける。
三は、咄嗟に召喚した蝶の群れが盾となり阻まれる。だが生憎とこの場に猟兵は二人いる。
にぃと挑戦的に唇を歪めた絢音は、身を屈めリボンと帯飾りの隙間を深く斬り裂いた。
「おやすみの時間よ」
これは、予言だ。
絢音の背の上にあいた空白を疾風が満ちたかと思うと、姫の身体が激しくノックバックする。直後、地面が躙られる音が耳朶を揺らした。
「俺はお前の前にいる」
風が語る。
姿はない。
だが、蘭芳公主はサンドバッグのように何度も前後に揺さぶられて、その度に白磁は罅割れ打撲傷を増やしていく。
「もう君は奪い、奪われた、眠りなさい」
宙返りで下がり、即座に両足で思い切り踏み切った。宙を舞う影郎は右足を前にして公主の命脈を断ち切らんと狙う。
「――ッ! 熊よ! 妾を助けてたもれ」
飛び込みの蹴りを受けたのは、命を削り召喚した巨体であった。素直に喰らえば力尽きていたであろうから、彼女の選択肢はこれしかなかったのだ。
獣に押しつぶされる様に吹き飛んだオブリビオンは、柵などない屋上から再びあっさりと投げ出され落ちていく……。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
コノハ・ライゼ
【喰】
▲
あら残念ネ、もうお終い?
メインディッシュはせめて、食べれる味ならイイんだけど
纏う彩を変えた友とテンポをずらし踏み込む
以前のただ眺め時とは違い、その姿に眩しい話を重ね見て
故にか、戦いの高揚にか口の端が自然と上がる
じゃあ、メンドクサイのは任せなさいな
都合の好いコトにココは影ばかり
ジンノに隠れ公主が仕掛けるのを待ち
動きを見切り躱しながら影へ【黒喰】を放つ
さあ夕餉の時間よ、ご馳走かはおいといて
勢い削いでおいて「柘榴」手に忍び寄ろうとすれば
図ったように差し出される食事
あら、偶には出される側もイイわね
――悪食だもの、一欠片も残さないわよ
美味かろうが不味かろうが
なぁに、悪くないわよ
そんな在り方も
神埜・常盤
【喰】
▲
オヤ――
愉しいお喋りも此処までらしい
そろそろディナァの時間の様だ
さて、コノ君
僕等のメインディッシュがやって来たよ
血統覚醒
吸血鬼の姿に成れば
喜び勇んで戦場に躍り出よう
浅はかな人の業を望むなら
彼等の悲哀を聴くが良い
――来たれ、亡霊どもよ
宙に描いた五芒星
禍の舌で呪詛を編めば
悪霊どもが騒ぎ出す
式も良い奴ばかりでは無い
悪霊で幻獣の気を引く傍ら
公主にそろり近付き
凶爪を其の身に突き立てて
逃がさない
お前の相手は私が直に
嗚呼、然し其れよりも
そろそろ腹が減ったろう
お食べよ、きみ
捕まえててやるからさ
味の保証はしないがね
引き抜いた爪から滴る鮮血啜り
失せた穢血に代えて
涯なき喉の渇きをうめる
嗚呼
私もまた、浅はかだ
●
「オヤ――愉しいお喋りも此処までらしい」
「あら残念ネ、もうお終い?」
歓談に興じていた二人は形ばかりの落胆を伴い席を立つ。
「そろそろディナァの時間の様だ」
さて、コノ君、とメインディッシュをさす指は異形の赤――此処にいるのは、嘗て母が愛した父生き写しの吸血鬼。
今や神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)からは人たらしめる飴色の黄昏がすっかりと去っていた。
「メインディッシュはせめて、食べれる味ならイイんだけど」
店から人が逃げていく。
傷を隠し身繕いしたオブリビオンではなく、常盤の姿を見てだ。
もう格が違う、此度のオブリビオンは本当に気の毒だ――なんて、思ってもない同情をコノハ・ライゼ(空々・f03130)は浮かべるのだ。
先程聞いたばかりの“内緒話”で興味をそそられた異貌が目の前にいるとあっては、口元も緩もうというもの。
「さァ、少し話しにつきあってくれるかな、貴婦人(レイディ)」
白銀の吸血鬼は靴音せぬ舞台へ踊り出て、コノハは笑みだけ残し闇影に融けた。
「下郎が、汝らと交す言葉なぞないわ!」
差し向けられた栗鼠が足首を食み、床が赤い湿り気を増した。
「浅はかな人の業を望みながらも知ろうともしないとは勿体ない。是非此処で彼等の悲哀を聴くが良い」
禍の舌が呪詛を編み、指はタクトを振るように優雅に五つ尖りの星を描く。
さてさて、光芒の尾を引いて現れたるは、果たせぬ負の感情を孕み果てた亡霊どもである。
オブリビオンの姫に殊勝に仕える“友達”と、腹に一物孕みの悪霊とだと、後者に分があるのは一目瞭然だ。
更なる召喚を目論見振り上げられた公主の手首が囚われた。
「無礼な! 離れよ!」
常盤の胎目掛け何匹も“友達”を出してはぶつける。
「逃がさない」
内臓を打たれ唇の端より血を垂らそうが、静淑さを失わぬ儘で公主の貌をつかみ引き寄せ貫いた。
「お前の相手は私が直に……嗚呼、然し其れよりも」
闇の中、常に寄り添う影へ、友愛の眼差しを贈る。
「そろそろ腹が減ったろう。お食べよ、きみ」
「味見をさせてくれるなんて気が利いてるわね」
先程の歓談そのままの明朗さに誘われて、影から出でた紫絲が赤く染まる。コノハは公主の腹から迸った血を掬い舌を這わした。
「お味は如何かね?」
真似るよう常盤も舐めとり、佚した穢れ血を足す。
……正直に言うと、余り美味い血ではない。だがこの身流るる血潮よりは清らかなのもまた確かだ。
「まぁ空腹は一番の調味料って所かしら。じゃあ、メンドクサイのは任せなさいな」
常盤の胴体に歯を立てる獣が、すっぱりと輪切にされて果てた。暗がりに残るのは柘榴の記した軌跡と残り火ならぬ残り雷の黄金。
「彼奴、妾の栗鼠を!」
再び影に潜むコノハを公主は必死に眼で追うた。
「捕まえててやるからさ、味の保証はしないがね」
腹から背に抜けた腕を持ち上げて、常盤は給仕するように振り回した。さてさて、客は何処へ隠れたのやら。
刹那、最後の獣が血花を満開で爆散した。
黒き狐は満ちてもコノハの方は飢えきっている。メインディッシュに腕をかけようとしたならば、図ったように差し出された。
「あら、偶には出される側もイイわね」
――さあ夕餉の時間よ、ご馳走かはおいといて。
胴体にふたつ穴をあけ痙攣する女を前に、コノハは柘榴を握り込む。
悪霊の立てるラップ音はとうに止み、今残るのは忙しない呼吸音のみ。
「活きがいいを通り越して煩いわ、黙って」
普段は食材に添えられる指が、女の口を無造作に塞ぐ。
はぁ、と、溜め込んだ食欲を呼吸の形で吐き出して、コノハは唇をあき底知らずの黒色の口中を晒し、食んだ。
「――悪食だもの、一欠片も残さないわよ」
あむり、と歯を立てる様は、己が血を啜るのとは段違いに美しいと常盤は愁嘆の相を浮かべた。
「嗚呼……私もまた、浅はかだ」
半ば喰い進んだ所で掛かる嘆息に、コノハは暴食の唇を一旦剥がした。
暴れ引っ掻く指先が頬に血筋をつけたので、お仕置きにパキリと骨をへし折り喰らっておく。
スナック菓子の様にチープな音を立て咀嚼されるのを、美しき女は絶望的な眼差しで震え見据えている。
「……」
美しさに高揚した、と正直に言って世辞にとられるのは業腹だ。
だが、この愉快なディナァが味わい深い時間にしているのは、間違いなく友の存在のお陰。
「なぁに、悪くないわよ。そんな在り方も」
だから先程までの歓談のように、二人の男は笑みを宿す。
暗がりでも沈まず赤々と染まる頬は、醒めぬ酔いのように心地よいものだから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
森宮・陽太
▲
アドリブ大歓迎
1章の飲酒+αのせいで酔っ払い中
蘭芳公主の気配を察し酒場前に飛び出すが
酒のせいで視界が歪んで仕方ねぇ…うっぷ
それでも言いたいことは言うけどな
愛か同情か憐憫か何かは知らねぇけどよ
勝手な想いで全てを無に帰すとか言ってんじゃねぇ
少なくとも、ここの住人はてめぇほど欲と富に塗れちゃいねぇ
浅はかなのはてめぇの頭だ
…と、啖呵を切ったはいいが
視界の歪みと頭痛が酷くてまともに戦えねぇ…
(無意識に真の姿解放)
…この街にはこの街なりの秩序がある
貴様が囀る破滅はこの街には不要
俺はこの街の秩序を守る為に、貴様を斬る
指定UC発動しインプ召喚
インプを全て顔面に殺到させ「目潰し」している間に
「ジャンプ、地形の利用」で建物の壁を蹴りながら上空に身を躍らせ
急速落下しつつ二槍の「ランスチャージ、暗殺」で一気に貫く
幻獣たちは気配を察したら躊躇なく薙ぎ払う
…陽太
自分の意志で決断することの大切さを
自分の感情の儘動くことの素晴らしさを
意志なき人形だった俺に教えてくれたのはお前だ
だから俺は
自分の意志で蘭芳公主を討つ
●
――時は少し巻き戻り、蘭芳公主が九龍に降り立ってさほど立たぬ時刻。
彼女が出て行った後、森宮・陽太(人間のアリスナイト・f23693)は変らず酒に手を出していた。
「なんだかなぁ……記憶が途切れたのが酔いが回ったからならいいんだけどよぉ」
だらしなく伸びる語尾で酒を流し込む。
俺は本当に彼女の前でやくたいもなく酔っ払って突っ伏しただけなんだろうか?
……恐れている通りに『暗殺者』が出て来てしゃべくってやがったのだとしたら?
酒で熱を散々に浴びせてる筈なのに、陽太の背は氷を押し当てられたようにぶるりと震える。
日常まで『暗殺者』に奪われたなら『陽太』の居場所が今度こそなくなる。
「うぅ~、悪い酒だぜ」
恐怖から逃げ回るアルコールに伸びた指が弾かれたように止まった。
――敵が、来た。
テーブルに金を投げ置き店を飛び出す。
ぐんにゃりと歪む通路に平衡感覚もあったもんじゃない。込み上げるものを嚥下しつつ、角の階段から降りてきた蘭芳公主に向けて声を張った。
「愛か同情か憐憫か何かは知らねぇけどよ、勝手な想いで全てを無に帰すとか言ってんじゃねぇ」
「戯れ言を。妾の考えが絶対的に有意であり有為なのじゃ」
「はっ! 本当どうしようもねぇ浅はかな頭だな。少なくとも、ここの住人はてめぇほど欲と富に塗れちゃいねぇ」
突撃してくる幻獣の巨体目掛け、陽太は半ばヤケクソ気味に床を蹴った。まともに戦えないのなら勢いだけで差し違えてくれる!
「愚かな、妾の友の餌となるが良いわ!」
自ら走り込んだのだ。距離は一瞬で詰まり、眼前にはユーベルコード謹製の大熊が両手を振り上げているという寸法だ。
不意に、陽太の身体が、ゴム鞠のように跳ねる。
――熊の肩を踏む踵は艶やかに黒く、容は作り物のように真っ白で、明らかに“人が変っている”
驚愕に崩れる女の容をインプの群れが襲う。
陽太――『暗殺者』は、天井の出っ張りを目敏く見つけ握ると、後ろ手に矛の切っ先を向け幻獣を薙ぎ払う。
「……この街にはこの街なりの秩序がある」
ひゅんと戻したランスを振り回し熊の手を絶った。
左側の肩にかぶりついた栗鼠はそのままに、『暗殺者』は腹を抑える公主を睥睨する。
「貴様が囀る破滅はこの街には不要。俺はこの街の秩序を守る為に、貴様を斬る」
「……うぐぅッ」
美貌に醜い噛み傷を増やした公主は、ひゅっと息をのんだ。直後、胴体は裂かれ、爆ぜあいた肉からは鮮血が迸り床を汚す。
『暗殺者』は壁に立っている。目潰しの上、完全なる死角からオブリビオンを斬ったのだ。
「くぅぅ……」
致命傷になりかねぬ有様に公主は足止めの獣を放つ。そして自身は一目散に階段を駆けあがった。
「逃がさん」
負傷を厭わず、足止めの幻獣へと真っ直ぐにつっこんでいく。奇しくも先程の陽太と同じ行動だ。
だがノープランの彼とは違い攻撃は危なげない。左右の殴打をランスで受け流し、更に襲いくる獣へは電光看板を押し流し阻む。
『×●●●!! ×~~!』
店主の聞くに堪えない罵詈雑言は捨て置くつもりだったが、巻き込まぬよう頭を店へと押し込んでやった。
斬り伏せた幻獣の遺骸を前に『暗殺者』は短く笑うと、再び追跡に戻る。
最大の効率を求めるならば店主を捨て置き追うのが正しい。実際、今の行動で見失うリスクが跳ね上がった。
それでも、不幸にも巻き込まれる人間は出したくないし、最悪見失っても仲間の猟兵がいる。
――この感情豊かな思考は『陽太』がもたらしているものだ。
名もなき『暗殺者』は嘗ては自分の意志なぞ持たぬ殺戮人形であった。
雇い主のオーダーに応えるだけの我楽多に、『陽太』は己の意志で決断し感情の儘に動くことの素晴らしさを教えてくれた。
「陽太……」
怖がらせたくはないのだけれど、さぁてこの『暗殺者』風情がどうしてやれるのか。
『暗殺者』は芽生えた己の意志と『陽太』への感情を胸に追跡を遂行する。
大成功
🔵🔵🔵
南雲・海莉
【茶狼】
(気配に)来たみたいです
(早着替えでローブを脱ぎ、両手に武器構え
飛び出して気づくと並んで走っていた)
『ここを出るまで』は一緒に
(話を聞いてくれた感謝と聞いちゃいけなそうだった罪悪感から
そう言ってしまい)
……次?
(相手の言葉と表情に、真意を図りかねて)
…!?
(蝶の幻惑に”今生まれた、運命を変える吉兆が奪われる“と第六感が告げる)
(UC乗せたマインゴーシュで即座に蝶ごと敵UCを受け止め
コピーを放ち奪い返そうと)
渡さない、これは絶対にっ……!
(雨の感覚に、そして雨が周囲を癒すのを見て
相手の人柄を察す
さっきの予感と合わせ)
私も貴方の「次」を、直感を信じます!
(刀に「水と雷の属性魔力」を乗せ
ダンスによる体幹の下、雨に滑るのも移動に利用
パフォーマンスのように近くの洗濯物を掴み、フェイントに利用)
あんたはここが好きなのね
私はやっぱり苦手よ
でも丸ごと骸の海(過去)に沈めるには未だ早いんじゃない?
(男性の零距離射撃に合わせ
奪い返した「自身と周りの分の幸運」を乗せ攻撃)
場所代ぐらいは守らせてもらうわ
テーオドリヒ・キムラ
【茶狼】
この時間もお開き、だな
『イグニッション』
(取り出した詠唱ライフルを担ぎ)
んじゃ、な
(振り返らずに敵の気配へと飛び出す)
って、なんで
(『並んで』走る様子に戸惑い)
「出るまで」か
(構わないと苦笑い、ふと)
…なら次会う時は「はじめまして」になるのか
(その時には幻に逢わせてやりたい
二人にとって出逢いがどんな意味を持つかは分からずとも)
(いや、それよりも今回の仕事だ)
(少女の叫びで蝶の放置の危険性を認識)
濡れっけど勘弁してくれよ!
「…来たれ、銀の雨、万色の雷」
(UC発動
敵UCによる蝶を選び片っ端から雷で灼いて敵UCを阻害)
死なれたら夢見悪ぃしなっ
(雨の対象に住人も加え)
強ぇ
(少女の戦いっぷりに舌を巻き)
いや、負けらんねぇな!
(敵の移動を阻害するように威嚇射撃
狙いの外れ方にUCの効果を推理)
ちっ、そう言うことか!
好きだから壊すって
ここの奴らはそんな愛情、一欠片も望んで無さそうだぜ
(不運で生じる不利を集中力と瞬間思考力でカバー
迫る相手を睨み返し、ぎりぎりで零距離射撃)
も一回、あの世で眠っとけ!
●
「来たみたいです」
「この時間もお開き、だな」
共に席を立った南雲・海莉(コーリングユウ・f00345)とテーオドリヒ・キムラ(銀雨の跡を辿りし影狼・f35832)
地下は先程までいた酒場が占拠、そして公主は恐らく2つか3つほど上を歩いている……。
酒場を出てすぐに、テーオドリヒはイグニッションカードを人差し指と中指でつまみだし額に翳した。
『イグニッション』
物々しい詠唱ライフルを担ぎ、隣を見もせずに角の階段目掛け床を蹴る。
「んじゃ、な」
あの子も猟兵には違いないが、能力の程はわからない。
足を引っ張られるかもしれいし、自分が足を引っ張るのはもっとよろしくない。急場仕立てのツーマンセルより単独行がいいと判断した。
……したのだが。
傍らをワインレッドの裾を翻す娘が走る、ローブは何処へ脱ぎ捨てられたか。それぞれの手に握られる業物は、鋭く危なげなく少女にしっくり馴染んでいる。
「……って、なんで」
「『ここを出るまで』は一緒に」
互いに全力疾走とは思えぬ安定した物言いで、踊り場を曲り更に階段を駆け上がった。
海莉の胸にあるのは、吐露を受け止めてくれた感謝と隠しごとに触れてしまった罪悪感だ。
「“出るまで”か」
テーオドリヒは僅かに口元を傾がせる。
彼女の腕前が足を引っ張る悪さじゃないのはわかった。そして此方が足を引っ張る? それは沽券が許さない。
「……なら次会う時は“はじめまして”になるのか」
その時はテーオドリヒの知る“幻”に逢わせてやりたい――それが彼女と彼にどのような意味を持つか知ろうよしもなく、少し大人の“知人”の人狼はそう思う。
「……次?」
九龍城とは此処だけの関係だ。互いに猟兵で偶然逢うことはあるかもしれぬが、それを指しての“次”? しっくりこない。
図りかねる相手の意図を問いただす暇はなかった。
地上1階、踏み込んだと同時に左側から流れ込むチラチラと輝く仄蒼い輝きに気づいてしまったからだ。
「……!?」
触れないでと警告する前に身体が動いた。
切りそろえた黒絲を揺らし右肩が大きく前へと出る。細い刀身は連なる三羽をまとめて刺し貫く。
「渡さない、これは絶対にっ……!」
掠め取られた運を奪い返すべく、刀身に蝶を纏わせ幻惑蝶を斬り裂く。そこに高慢ちきな女の声が通路を支配する。
「猟兵かや? ここに蠢く民草は、妾を敵ととっておるようじゃぞ!」
ユーベルコードを写し取って撃ち返そうとする海莉の瞳が大きく見開かれた。
夜のだらしない空気が満ちる匣の中、店先で飲み食いをしていた者達が、茫洋とした目つきで尻餅をついているではないか。
“運悪く”椅子から転げ落ちたのだろう。
(「あの人達は無事? ……無事だとは、思う。直接身体を傷つける類いのものではないから。けれど、動けないから庇わないと」)
――運を奪われているのなら、彼らがどう足掻こうが“いいこと”は起こらないわけで。
必死に作戦を立て直す気配を隣に、テーオドリヒは銃口を天井に向け立ち止まる。
「濡れっけど勘弁してくれよ! ――来たれ、銀の雨、万色の雷」
するとどうだ、細やかな銀色の雨が長方形の匣の中を包み込むように降り出したではないか!
遠くでは、ギャア! というけたたましい女の悲鳴と、落雷音が響きだす。
「これは……」
しっとりと肩が濡れる度、海莉の焦燥が晴れた。
周囲の蝶も濡れた羽根の重さに耐えきれず、はたまた雷を浴びて、ぽたりぽたりと落ちていく。
「この雨に害はない」
突然の細雨にパニックになる前に、テーオドリヒは座り込む皆へと叫ぶ。
「むしろ多少の怪我も治すから、転んだりしても気にせず走れ……地下は安全だ」
さぁはやくと、テーオドリヒは一人の腕を引いて立たせ階段側へと導いた。それを切っ掛けに、這いずるように退いていく人々に入れ替わり、海莉は果敢に前へと踊り出る。
「ここはわたし達が絶対食い止めます、だから逃げて!」
そして内心、テーオドリヒの咄嗟の判断力には舌を巻く。
全てを抱え込み庇いたがる海莉からすると、人々自ら走らせる発想は新鮮ですらある。
「死なれたら夢見悪ぃしなっ」
匣の対角線上より公主の怒号と共に数を増やす蝶を前にしても、テーオドリヒは牙を見せて余裕の笑みだ。
「犠牲は出したくない気持ちは同じです。的確な対応をありがとうございます」
何よりその人柄を察し、海莉は硬い表情を緩めた。
「私も貴方の“次”を、直感を信じます!」
――次を手にする為、娘は降りしきる雨の中、床を思い切り叩いてジャンプ! 一足飛びに詰めた左側は民家で、母親が怯える子供らを抱いて震えているのが横目にかかった。
「大丈夫、なるべく家の奥に居てください。絶対に危ない目には遭わせませんから」
上体を低くして蝶の群れを一旦躱す。
後方では、テーオドリヒが更に重ねた雨と雷がぷちりぷちりと虫退治。あちらは完全に任せてしまおう。
ぴしゃり!
雨水跳ねて大股で踏み込めば、美貌の容を醜く歪めるオブリビオンとご対面。
「邪魔をするでない! この世界は欲に爆ぜ、やがては滅ぶのじゃぞ」
「だからってあんたの好きにしていいわけない」
負けてられぬとテーオドリヒが援護射撃で弾丸をばらまいた。
だが姫君の威嚇にならず、それどころか危うく跳弾が民家に飛び込もうと明らかにあやしい軌跡を描いた。
察知した海莉は紋朱を一旦腰の鞘に収め洗濯物がぶらさがった物干しをつかみ弾丸を更に弾いて逸らす。
「……ちっ、そう言うことか!」
運気を奪われている。
目に見えないからわからなかった。そして海莉はあれ程に恐れ思考に囚われた理由も理解した。
(「勘のいい子だな」)
「はぁあああ!」
その勘のいい娘は、わざと猛々しい声をあげ物干しを突き出した。
「ッ!」
リーチの長さが効き公主の鼻先をかすめる。
反射的に仰け反ったのを見逃さず、まずは物干しをそのまま投げつけた。同時にテカり滑りやすそうな床を踏み、勢い借りて突撃。再び抜いた紋朱で下段から袈裟に斬りあげる。
銀雨に呼応するように水と雷の属性を付与された一太刀に、公主は為す術もなく斬り捨てられた。
「強ぇ」
今度はテーオドリヒが舌を巻く番である。
ほんの一撃で、一気に展開を塗り替える。もはや公主は及び腰、後ずさり防戦一方。
同時に、銀色の雨は不幸の影響を受けぬことにも気づく。
蝶の力を打ち消し合うことと、自動的に敵を捕らえ攻撃する性質が功を奏しているのだろう。更に言えば味方への回復というオマケまであるから万が一の事故も起こさない。
「あんたはここが好きなのね、私はやっぱり苦手よ」
二つ目、蝶ごと派手に斬り伏せたのは見せ技、此度の本命はマインゴーシュの一突きだ。
「好きだから壊すって……ここの奴らはそんな愛情、一欠片も望んで無さそうだぜ」
重ね続ける銀雨の中をテーオドリヒはひた走る。肩に髪に降る雨粒が硝子めいた輝きを零し、後方へと流れ落ちていく。
「ええ。だからあんたの勝手で丸ごと骸の海(過去)に沈めるのは、未だ早いんじゃない?」
“早くない”時期はいつまで経っても来そうにないけれど、と添えて海莉はくるりと身を翻す。回転扉を潜るように変わり現れたのは雨粒に濡れたテーオドリヒだ。
「不運に貶められたなら、外さない距離で撃てばいい。も一回、あの世で眠っとけ!」
銃口をひたりと胴に押しつけ、即座に引き金を引く。
血泡を吹き出し臓物を後方に吹き飛ばした女を、海莉は改心の一撃で叩き斬る。
「場所代ぐらいは守らせてもらうわ」
――奪い返した「自身と周りの分の幸運」がのった刀傷は、公主に継戦不能の烙印を刻む。憐れ、女は階段をモノのように転げ落ちていった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
涼風・穹
法や規律は必要だけど縛られていては羽ばたけない…
そういう意味では九龍城には活力や自由はあるだろうさ
誰でも成り上がれるかもしれないし明日には野垂れ死ぬかもしれないあらゆる可能性に満ちた素敵な場所ではあるな
だけど混沌が生み出す世界は刺激と魅惑に満ちているけど常に争い乱れて定まらぬ、ってな
打算すら考えられずに血と享楽に耽っていても最後には自分で自分を喰い尽くすかより大きな何かに滅ぼされるだけだろう
……結局俺はただ求められる役割を果たし続けるだけの生き方も、ただ欲望塗れに明日をも知れぬ生き方も出来ない中庸な人間なんだろうな
そんな訳で、俺の九龍城での一夜の火遊びはこれでおしまい
ここからは世界の為ですらなく身の回りの小さな生活や気に入ったものしか守ろうとしないただの人間の探索者、いい加減な猟兵がただ虐殺が気に入らないからというだけの理由で蘭芳公主の妨害と撃退をする時間だ
いつの間にか賭け事の内容が蘭芳公主との命のやり取りになっていて…
……本当にこの《贋作者》というユーベルコードは俺に良く似合う能力だな
●
度重なる襲撃から必死に逃げおおせた女は、痙攣する喉から血塊を吐いた。
直後、ワァと昂ぶるヤケクソ気味の歓声で斜め前の部屋が沸いた。穢らしい竹布で隔たれた奥は、どうやら賭場のよう。
嗚呼、彼処はまさに欲で溺死するばかりの下郎ども集う場所ではないか! 腹いせに潰してくれる!
「――」
それを歓声の中心にいる涼風・穹(人間の探索者・f02404)が気づかないわけがない。
「おい」
稼いだ札束を無造作に握ると、半分を店主に投げ渡す。
「俺とサシで勝負したいって女が来る。店を閉めて人払いを頼む」
残り全部を入り口から遠くぶちまけたなら、賭場の空気ががらりと変貌した。
――暗がりに鱗粉で灯りを零すは幻想蝶。
目を奪われたが最後、折角掴んだ金を他にかっさらわれたり不運に見舞われる。
「よぉ、待ってたぜ。もはやこの場に敵なしで退屈しはじめてたんだよ」
行き交う蝶に応えるようにトランプ一揃いを掲げる。だが鱗粉で色づいた刹那、穹はするりと取り落としてしまう。
「猟兵とはいえすっかり此処に染められたようじゃな、下郎」
異界の美に魅入られる阿呆どもを一掃せんと、公主は指先を踊らせる。
「なぁ、蘭芳公主サンよ。そんな奴らはいつでも殺せるだろう? 猟兵さえいなければ」
穹は視界に割り込むと後ろ手に早く逃げろと示し、些かタチの悪いものに酔った目つきで公主を下から覗き込む。
「賭けで勝ったら俺を好きにしていい。その場で惨たらしく殺すも、人質にして他の猟兵を下がらせる道具にしてから纏めて殺すもお好きに」
武器類も残らず粗雑に放り捨て畳へあがる。
「多勢に無勢で散々痛めつけられたんだろう?」
暗に勝ち目はないと言われ憤慨しつつも、捨てられた日本刀を手に取った。ずっしり重い、どうやら本物のよう。
「どうせ奇術師のようになにもない所から出せるのであろう?」
「それはお互い様だろ」
斯くして勝負ははじまる。
ちらりひらりと落ちる輝きの粉を見上げ、穹は肩を竦めた。
「法や規律は必要だけど縛られていては羽ばたけない……」
自由でしたたかな住民どもは、金を握ってこの場から去っていた。刺激と魅惑に塗れるこの九龍城で明日死ぬかもしれぬが、まずは今日は生き延びたってわけだ。
「誰でも成り上がれるかもしれないし明日には野垂れ死ぬかもしれないあらゆる可能性に満ちた素敵な場所ではあるな」
奪い取った福で肥え太る公主は3回連続のBJ。穹の手持ちは目減りして、あと1回勝負がせいぜいだ。
「打算すら考えられずに血と享楽に耽っていても最後には自分で自分を喰い尽くすかより大きな何かに滅ぼされるだけだろう」
「それは汝自身への皮肉かのう? 欲に煽られ猟兵の本分を忘れおって!」
ぱちり、と、配った札が鳴る。
穹は溜め込んだ息を吐き出して、上目遣いに公主を見た。だがその瞳は自分への諦観に満ちあふれる
「いいや。俺はただ欲望塗れに明日をも知れぬ生き方は出来ない。けれど、求められる英雄としての気高い振る舞いも役割を果たし続けるのも出来ない」
ぱたり、と掬い上げて見せた札は、無様な合計24(バースト)公主は勿論BJ。
完全勝利。
報償に穹の顎をつかまんと腕を伸ばす、がその指先は爛れびちびちとした音をたてて焼け爛れている。オブリビオンには些細な傷だ、しかし――胴体をアーティファクトで貫かれては、流石に無事とはいかぬ。
「な、ぜ……なに、をした……?」
「ははは」
渇いた笑いが場を打った。
トランプは蝶に触れさせてからずっと贋作。
投げ捨てた武器もむろん贋作。
公主に差し出した勝利すら贋作。
「俺は、世界の為なんてピンとこない、身の回りの小さな生活や気に入ったものしか守ろうとしない、ただの人間の探索者でありいい加減な猟兵だ」
風刃を突き出す穹はどこまでいっても中庸だと、己に向けて苦笑い。
「一夜の火遊びでも俺はここをそれなりには気に入りはしたからな。虐殺は見過ごせない」
深々と貫いた刃を左へ、臓物ごと斬り払われた女は引きずられるようにゴトリと倒れた。
贋作の札は消えた。残ったくしゃくしゃの紙トランプは黒いスートも赤に染め上げられて、もう使えやしない。
大成功
🔵🔵🔵
霑国・永一
▲【メノン(f12134)と】
『あァ?気分良く飲んでんのにウッセェったらありゃしねぇ
よし、ぶっ殺すか!』
狂気の戦鬼発動
九龍城を縦横無尽に戦場として暴れまわる
『テメェだな、水差した女は!死ねッ!』
『付いてこれんならいくらでも混ざれ混ざれ!祭りは多い方が盛り上がるってもんだしよッ!』
『逃がさねぇよ!壁や床に天井ぶち抜きまくってでも追いかけてやるぜ! ハハハハッ!(高速移動もしつつ衝撃波を放ちまくる)』
『うざってぇ蝶だ、消えろ!(衝撃波しつつ不幸により瓦礫が幾度も自身にぶつかる)カーーッ!ツイてねぇなァ!』
『ハハハハッ!テメー(メノン)のきれーな顔も血で台無しじゃん!ウケる!』
『ハァッ!?おい、こんな時に俺様に丸投げを…変な事なんか知るか!クソがッ!』
『怪我ァ?戦いにゃ付きもんだろ!…って、あっ!』
(人格戻す)お互い様だろう、メノン?
君も身体を大事にさぁ。なぁに残りは他の人がやるよ。十分楽しんだことだ。血濡れの盗人は同じく血濡れのお宝抱えてさようならだねぇ(姫様抱っこでメノン抱えて別棟へ撤退)
メノン・メルヴォルド
▲【永一(f01542)と】
あれ、なんか騒がしいじゃん
行っとく?
アッハッハッ、思いっきり暴れてやろうぜ!
って、言うまでもねぇか
待て待て、その楽しそうなヤツにオレも混ぜろ!(手にした暗殺ナイフを逆手に持ち替え
上等だ、運任せってのも悪くねぇだろ(蝶を切り払いつつ、咎力封じ発動
拘束されるのは趣味じゃないって?
オレは結構好きなんだがなぁ
…お互いボロボロじゃねぇの
いやぁ、でも、めちゃくちゃ楽しいわー
っと、やべ…オマエの流血見てアイツが急に騒ぎ出した…
交代するから、あとは頼んだ(丸投げ無茶ぶり
あ、おいっ、任せはするが変なコトするんじゃねぇぞ!(ビシッ
…
……
………
え、えと、永一さん…?
Σ?!
あわわ、血、血が…回復と、止血もしないと怪我が…(白いハンカチを当てようと
え?(抱き上げられて視界が、ふわり
Σえ、え、永一さんっ?!
今度は違う驚きと共に、縮まった距離に真っ赤
ぷしゅーっとなって、投げかけられた言葉も、自身の怪我も有耶無耶に
避難をするの?
そういえば、ここは…きゃあ?!(移動に思わずぎゅっとしがみつく
●
どんなにバカ笑いしたって、この酒場の喧噪はかき消してくれる。
『妹』に知られたくないことだって、目の前の男以外に盗み聞きされる心配もない。
メノン・メルヴォルド(wander and wander・f12134)の身体を借りた『兄』が妹への一方通行の惚気を零せば、霑国・永一(盗みの名SAN値・f01542)は盛り上がって肩を叩く。
だが享楽は無粋なグラスの割れる音でぶつりと断ち切られた。
「あれ、なんか騒がしいじゃん」
『あァ? 気分良く飲んでんのにウッセェったらありゃしねぇ』
二人が振り返れば、ご大層にもキンキラキンの蝶を飛ばす女と目が合った。彼女が歩を進める度に周囲の酔っ払いがひっくり返る様は、もはや喜劇かギャグ漫画。
幸いにも殺傷能力はないようで、酔っ払いは“運悪く”噎せて吐いたり、しこたま腰を打ち付けたりで済んでいる。
『よし、ぶっ殺すか!』
即断。
「行っとく?」
永一は返事代わりに、前方と頭上の壁だの天井だのをぶち壊してぶっ飛ばす。
「アッハッハッ、いいねいいねぇ、思いっきり暴れてやろうぜ!」
呵々と大笑いの『兄』は、上階を仰ぎ見た。地上1階は連れ込み宿、何事かと肌も露わな男女が見下ろしてくる。
「悪いこたぁ言わねぇからとっとと逃げろ、今から戦場になるぜ。てことで、楽しそうなヤツにオレも混ぜろ!」
床に尻餅をつく面々を壁際に蹴飛ばして『兄』は蝶を逆手のナイフで斬り消した。
『付いてこれんならいくらでも混ざれ混ざれ! 祭りは多い方が盛り上がるってもんだしよッ!』
上階へ飛び上がった永一は邪魔だと言わんばかりに、周囲に暴虐衝動を広げた。すると、安宿の壁は飴細工のように砕け、床敷きの布団が綿を散らして巻き上がった。
『おらぁ! てめえら邪魔だ邪魔だ!』
腰布巻いて出て行く男女に下あご突き出して、手近なベッドを掴んで下界へ投げ下ろす。
「混ざれと邪魔ってどっちなんだよ」
けたけたと上体を揺すぶり笑う『兄』の前方では、冷然とした容が柳眉を僅かに顰められた。飛びすさぶ瓦礫は永一の気をたっぷりと孕んでおり、このオブリビオンも無事ではない。
「騒がしい。まるで汝らもこの街の住民のようじゃ』
袖裂かれ露わになった腕は斬り裂かれズタズタ。そこへ壊れたベッドが落ちてきた。
『テメェだな、水差した女は! 死ねッ!』
「愚弄するでないわ!」
蝶を吹き上げ押し返したベッドは、もろに永一を押しつぶす。
『……ッ、いってぇ! おうおう、随分と頑丈で粗雑なお姫さんじゃあねぇかよ!』
「運任せって……既に負けてるんじゃねぇの?」
『うるせぇ』
おまけに考えなしに衝撃波をぶちかますものだから、天井コンクリートを庇った腕が既に血塗れだ。だが本人は甚く愉しげで、床材をぶん投げ乗っかると酒場へ滑り降りてくる。
「ふん、汝は放っておいても自滅しそうじゃな」
ベッドの残骸を踏み越え飛翔する中華の姫君は、粗方住民を脇に避け終えた『兄』の元へと降り立った。
「うっとうしい羽虫だぜ」
ぱたぱた払う華奢な指に血が滲む。
だが『兄』は構わず眼前の公主目掛けて暗殺ナイフを横一閃。些か大ぶりのそれはフェイク、本命は此方――仰け反り浮いた左手に、手枷がぴしりと絡みつく。
『! この娘、妾に仇為すか』
「拘束されるのは趣味じゃないって? オレは結構好きなんだがなぁ。ほらよっ」
更に投げたロープで両腕を絡め取る。
上手く運んだと嘲笑う娘は、純真な面を露悪的な嗤いで染め上げた。
「愚かな、妾を戒める汝も離れられぬのじゃぞ」
公主は返す刀で黄金の蝶を槍の形に尖らせて眼前の女を貫けと命ず。
「――ッ」
咄嗟に手枷から指を離し急所に暗殺ナイフを宛がった。直後、全身を震わす衝撃に襲われるも、いつまで経っても痛みは訪れない。
『ふぅ……ハーッハハハーッ!』
両腕広げ高笑い。だが永一の脇腹をゴッソリ黄金蝶に貫かれ“運が悪いことに”腸がはみ出そうになっている。
一方のメノンは、永一を抜けた槍で胸の下に浅い傷をつけられるで済んだ。頬汚す血は果たして己の傷か返り血か。
『ハハハハッ! テメーのきれーな顔も血で台無しじゃん! ウケる!』
「……お互いボロボロじゃねぇの」
余りに永一が笑うものだから、つられて『兄』も吹き出した。『妹』に傷をつけてしまった悔やみはあれど、猟兵の彼女はそこまで柔でもあるまい。
「いやぁ、でも、めちゃくちゃ楽しいわー」
この戦場、笑いの沸点が著しく下がっている。
いっそ朗らかに笑い合う二人から離れようがない蘭芳公主は、ギシギシと削れる程に奥歯を噛みしめる。その怒りに呼応するように、黄金蝶は闇雲に数を増やし続けている。
「あ」
黄金に染まる真白の容から気が抜ける。左右の手に衝撃を燻らせ迎撃準備を整えつつあった永一は、顎をあげて『兄』を伺った。
「……っと、やべ……オマエの流血見てアイツが急に騒ぎ出した……」
『あァ?』
いま、とても重要なことを聞いた気がする。
あんぐりと口をあく永一の肩を掠め、最後の一仕事と公主に口枷を押しつけた。
「……交代するから、あとは頼んだ」
『ハァッ!? おい、こんな時に俺様に丸投げを……』
ふぃっと瞼を下ろし、花唇が淡く開いた。明らかに男のそれから清楚な娘の所作に変るのに、永一は焦りつつひとまず支えの腕をのばす。
「……あ、おいっ、任せはするが変なコトするんじゃねぇぞ!」
なのにこの『兄』ときたら! ひどい捨て台詞、そして今度こそ意識を手放した。
『変な事なんか知るか! クソがッ!』
ぐったりともたれ掛るメノンだが、手枷とロープは握りしめ、猿轡も辛うじて押さえつけている。
「――! !!!」
物言えず藻掻く公主の姿が、戒めの効果が未だ続くことを証明しているのだ。
…
……
………
ゆるゆると瞼が持ち上がり現れた瞳は水面漂う緑のように淡く仄か。
くんと揺れた鼻が濃密な血の臭いをかぎ取り、より意識が明瞭となる。それに従い突っ張った腕や胸の下が痛い、けれどそれぞれ痛さの質が違うと気づいた。
「え、えと、永一さん……?」
背中を支えてくれている黒髪の彼は、困ったように眉を下げて破顔一笑。人はどうしようもない時に笑うしかないものなのです。
「??」
なにか粗相をしてしまったのだろうか、謝った方がいい? と、いう逡巡もぱたりと頬に落ちた血でひっくり返された。
永一の頭から夥しい出血が……よくよく見れば満身創痍もいいところだ!
「Σ?! あわわ、血、血が……回復と、止血もしないと怪我が……」
はて、どっちの手を離して良いのだろうか? 気持ち的にはうーうーと獣めいた振動が伝わる右手をハンカチに持ち替えて手当をしたいのだけれども。
『怪我ァ? 戦いにゃ付きもんだろ! ……って、待て、両手を離すな』
「?! 両手ともですか?!! でもそれだと手当ができな……」
『ああもう、戦いどころじゃねぇな、こんのっ!』
永一は苛つき混じりに公主の眼前の空間を掻きあげる。
メノンに当てぬよう細心の注意を払い、公主を遠ざけるに特化させた衝撃波で距離をあけた。
『……あっ!』
――そして、誠に美味しいところで戻ってくる永一の主人格である。きっと彼に言わせると「戻ってあげた」と恩着せがましくなるのだろう、わかってる。
「よっと」
両手の自由を取り戻したメノンの膝下に腕をさし入れて『兄』が大切にしていた妹を優しく抱きあげた。
「?」
ふわりと高くなる視界、間近に来た永一の琥珀がメノンに向け和らぎ弓を描いた。
「怪我はお互い様だろう、メノン?」
「Σえ、え、永一さんっ?!」
「君も身体を大事に」
名を呼ばれ笑みを深める。そして蘭芳公主が体勢を立て直す前に帰還ルートを目指して歩き出す。
「え、はい。これぐらいなら……て、永一さん、あの歩けます……よ?」
「でもここは危ないから」
いい子にしておくれと片目を閉じて、漂いだした蝶を素早く握りつぶす。
「なぁに残りは他の人がやるよ」
「避難をするの? そういえば、ここは……残りって、え? 戦ってたの?」
疑問符だらけの声は、きゃあ、と愛らしい小鳥のような悲鳴で打ち切られる。
「走るから捕まって」
再びしっかりと抱き直し、永一は蝶を振り切るように走り出す。
「十分楽しんだことだ。血濡れの盗人は同じく血濡れのお宝抱えてさようならだねぇ」
――応じるように、二人の身体は九龍城からかき消えるのである。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
山崎・圭一
▲
(阿片煙草咥えて、手に命捕網)
吹いた煙草の煙から蜂や百足やらの白燐蟲を繰り出して
幻獣ビビらせてみるか
応戦はするけど当たる攻撃は敢えて当たってやるよ
ここで買った阿片煙草のモルヒネは効くねぇ
痛みも全部ぶっ飛んでイくとこまでイっちまいそうにならァ
さーて…そろそろツケ払って貰わねーとな
ギリギリ持ち堪えるとこまで負傷したらUC使用
こんだけ混沌とした九龍城の街中だ
無数の巨大ダンゴムシ型【呪殺弾】命捕網から放出
壁やら看板やら反射させてピンボール状態一丁上がり!
避けるのは得意か?
俺は【蟲使い】だから当たんね―よォ?蟲達の主は俺なんだから
敵の注意が散漫してきたら
背後回り込んで後ろから抑え込んでみるか
この毒手で。
俺だって昔は平穏の中にいた
あの日、今でも覚えてる…それまでほんの数匹だった蟲が
全身に何百匹と孵化した感覚を。
一変した日常に染まるかはアンタの自由だ
俺の主張は唯一つ
この街にお前は必要ない
毒効いてきたしょ?動ける?
首元に差し出すのは毒ナイフ
血も繋がりも、殺して断ち切ったんだ
どうせこの手は汚ェさ…
●
咥え煙草の煙を散らし、山崎・圭一(宇宙帰りの蟲使い・f35364)は鴉雀無声の心持ちで歩を進める。
海中奥底をたゆたうような浮遊感で踏む床はふわりふわりと一々足底を跳ね返す。不思議な感覚ではあるが心地よい。
「……おーおー、誰かが派手にやらかしたか」
地上1階部分がゴッソリとなくなっている地点で足を止める。しゃがみ下を覗くと、ひくりと鼻を震わせる女と目が合った。
「この匂いは阿片かや?」
蘭芳公主が放つ鹿の獣に対し、圭一はふぅっと阿片塗れの紫煙を吐くのみ。とはいえ、この男の体内には蟲が這いずり回っている。故に、真白に輝く百足や蜂という嫌われモノもご一緒にどうぞ。
キィ! と黒板を引っ掻くような叫びをあげても鹿は止まらない。擦過する獣の角で二の腕が裂かれた。抉れた肉がぽたりぱたりと落ち深く抉られてはいるのだが、圭一自身は欠片も痛みを感じていない。
「ここで買った阿片煙草のモルヒネは効くねぇ、痛みも全部ぶっ飛んでイくとこまでイっちまいそうにならァ」
幻影のくせに床を掻き鼻息荒い鹿へ口元歪め、命捕網を翻した。さながら闘牛士の如く、誘い、少しずつ触れあい傷を与え合う。
ぱたり、ぽたり。
安普請の雨漏りのように階下の公主の足下に染みが出来る。
「……阿片か、愚かなものよ」
赤黒く汚れた猟兵は平気の平左、本当は血達磨満身創痍の致命傷。
俊敏な狼と栗鼠を召喚し鹿の援護につけた。圭一の闘気は憶えたから外すことはもはや絶対に、ない。
「さーて……そろそろツケ払って貰わねーとな」
勝利を確信した女の含み笑いを前に、足を引きずり背を向ける。
「ほほほ、逃げるのかや? 妾は傷ひとつついておらぬぞ?」
(「ここいらでいいか」)
煽りは構わず命捕網を指にひっかけ広げた。破砕する輝きは、丸く転がる巨大な蟲へと変じる。
階段へ1匹。
傾いだ1階に5匹。
そうして自らはぶちこわされて筒抜けになった空間へ飛び込んだ。着地点は店の入り口、後ろ手に数匹更に追加する。
「殺されに来たのじゃな。殊勝な心がけは嫌いではない、故に命絶つ獣を選ばしてやるぞよ。栗鼠に首を食いちぎられるか、狼に引きずり回されるか、鹿に突き殺されるか、どれが…………」
ごぉん!
唐突に割れ鐘が鳴る。いいや、正確には階段を転げ落ち勢いを増したダンゴムシが、客引き看板に弾かれた音である。45度に跳ねたそれは、酒場のドアを飛び越え虚空漂う鹿を見事に轢き殺した。
「……!」
公主の花唇が唖然と戦慄く。
新たに酒場のカウンターを跳ねぶつかり合ったダンゴムシが2匹、それぞれ対角に別れ壁に当たった。
跳ねれば跳ねるほど勢いを増す彼らの行き先は――当然、オブリビオンのお姫様。
「栗鼠や狼や、妾を守ってたもれ」
泣き出しそうな悲鳴に応え健気に駆けつける幻獣はそれぞれ挽きつぶされる。
まだ放った弾丸はそこいら中を転がっている。術者の圭一は威力もいつ到達するかも手に取るようにわかるし、巻き込まれぬのもお手の物。
――此処の阿片は頗るに効く。体内を巡る死蟲がガサリガサリと肉と皮膚の間を蠢き荒す、叩いても死なない羽虫がずっと這いずっているような感触が、今はピタリと止んでいる。
嘗ての平穏への騙し回帰は、体内で何百匹と蟲が孵化した分岐点を克明に突きつけてくる。
「……ああ、溜まらねぇ」
口を拭った手の甲には虫の死骸塗れの血がなすられている。
「一変した日常に染まるかはアンタの自由。なによりここにいる住民の自由だ。そして俺だって自由に生きる」
――蟲に縛られて、自由はない。
それを笑い飛ばしたら煙が散った。その先に、ダンゴムシに怯え竦む公主のうなじが浮いて見える。穢れないほど綺麗な白は、圭一が蓄える濁り輝く白とは逆の存在。
憧れ手を差し伸べるように、毒手で触れた――。
「俺の主張は唯一つ、この街にお前は必要ない」
痛みを消されているが故に、死のギリギリにまで追い込まれた男の毒手は公主の全身を瞬間的に蝕むのである。
大成功
🔵🔵🔵
百鳥・円
【まる】
あ〜〜〜ったま、痛……ッ
悪酔いってヤツですかね
大人しくおにーさんの言うこと聞いておけば良かった
……なんて、思いはしませんよ
さてはて?先程の話とはなんでしょう?
まどかちゃん、なーんにも覚えてないですよう
と、いう冗談は置いておいて
おにーさん、酔いは覚めてます?
偽物同士どんと行こうって話をしたでしょう
コンビを組んで早数ヶ月……
零と円のまるコンビ、サクッとお仕事しましょうよ!
頭が痛く無いと言えば嘘になりますけど
まあ、宝石糖でドーピングすれば何とかなりますよう
鞄に突っ込んだ宝石糖入りの小瓶を取り出しましょ
中身を口内へと招き入れたら、お仕事と行きましょう
ゼロのおにーさん
準備はオッケー?行きますよっと!
わたしの飛び道具はお馴染みの蝶々たちです
炎と氷、異なった熱量の子達で翻弄しましょう
炎蝶を陽動に、氷蝶で足元を固めちゃいましょ
――おにーさん、今ですよう
属性攻撃でサポートしてあげますよん
お代は後ほど頂戴しますね?
えっへへ、やったあ!
俄然やる気が出ちゃいましたね
デバフなんて吹き飛んじゃうくらいです
ゼロ・クローフィ
【まる】
ほぉ、珍しい
お前さんが悪酔いなんてな
酒強そうだが、意地張って甘めのもん飲まなかったからだろ?
そっと頬に手を当てて
ん?大丈夫か?休んで横になっとけ
ってそれは嫌だと言うだろうけどな
はいはい、お前さんは俺の言うこと聞くなら苦労しないさ
ん?俺は覚えてるぜ
なかなか見れないお前さんだったからなぁ
とニヤニヤしつつ触れる頬を軽くむにむにしながら
あ?俺があんな酒如きで酔うと思ったか?
そうだったな偽物同士か
まるコンビねぇ、偶然だったとはいえ何かしらの縁があったって事だな
嫌な仕事だな
あのクソ甘い飴そんな事も出来るのかよ
お前さんの身体甘いモンで出来てるのかな?
まぁ俺が煙草を吸うと一緒か
彼女が口へと運ぶのを確認して
懐から煙草を取り出し咥える
あぁ遠慮はいらねぇ
さっさと終わらせるぞ
便利な蝶だな
と感心しなが、
お前さんのサポートなんて涙が出るほど感謝しなきゃなとくくっと喉を鳴らし
黒狼煙
口から出した煙が地獄門番の狼犬と化す
奴の喉を噛み身体を喰い尽くせ
はいはい。しょうがねぇな
甘いモン追加に悪酔いに良い飯を作ってやるよ
●
ふわりふわり、ゼロ・クローフィ(黒狼ノ影・f03934)の吐き出した靄がソファに沈み込む百鳥・円(華回帰・f10932)に降り注ぐ。
目の前のテーブルにはあいたグラスが大小沢山。いい加減邪魔だが気を利かせて回収する店員はいない、みんな客に混ざって飲んだくれてのグッダグダ。
「あ〜〜〜ったま、痛……ッ」
ぐしゃりと前髪掴んだら、春花がひらりとテーブルに華やぎを添える。
「ほぉ、珍しい。お前さんが悪酔いなんてな。酒強そうだが、意地張って甘めのもん飲まなかったからだろ?」
からかい口だが、唸る円に注がれる眼差しは存外大人の気遣いに満ちている。
「悪酔いってヤツですかね……大人しくおにーさんの言うこと聞いておけば良かった……」
「ん? 大丈夫か?」
予想と違い殊勝な反応に、ゼロはヤニの匂いが染みた指を伸ばす。亜麻色の揃い髪を持ち上げ額に触れればほんのり熱い。酒の熱気のせいだろうが、寝かせるように掌に力を込める。
「休んで横になっとけ」
「……なんて」
頑として倒れずに、短くあっかんべー。
「お利口なことは思いはしませんよ」
やはりいつも通り、呆れた仕草で髪を掻き上げながら瞳には安堵が灯る。
「はいはい、お前さんは俺の言うこと聞くなら苦労しないさ」
むにっ。
腕を下ろし片側ほっぺをつまみあげる。
「さっきの話で見せたしおらしさは、もう店じまいか」
「さてはて? 先程の話とはなんでしょう?」
蒼い方の瞳の下が引き攣れてしらを切る小憎たらしさが跳ね上がる。だがゼロもまた意地悪く口元を歪めるのみ。
「ん? 俺は覚えてるぜ。なかなか見れないお前さんだったからなぁ」
「まどかちゃん、なーんにも覚えてないですよう」
冗談じゃれ合いは置いといて、円はふわりと勢いつけて立ち上がった。
「まずいですよ」
数々の猟兵らに手痛い傷を穿たれた女が、この匣の近くを彷徨いている。上階か下階かはたまた左右の匣か、そこまではわからないけれど。
「ここの人たちって下手に上の方だから、生き延びるの下手くそっぽいですから」
準備を整えるべく円は鞄を探る。だけれども硬くてツルツルの瓶に触れずお冠。
「だろうな」
毒づきに同意しゼロは金をテーブルに揃え置いた。剥き出しの金を誰も揃うとしない辺り九龍城の癖に本当にお行儀がいい。
愛人を買える程に栄える金持ちは儲けが一番だし、身体を許せば綺麗な服とご馳走で満たされる少女の組み合わせだ。確かに危険感知の鼻は利かなくなっているだろう。
それでも1回ぐらいは他の誰かが相手してくれるだろうから、今から店をでても充分に間に合う。
さてこちらのお店はお上品な地上5階。
上? 下? と、円は人差し指で示し赤い方の瞳で問いかける。反対の掌には、探り当てた小瓶が握られている。
「気配は斜め下だな。壁をぶち抜けば直でいけそうだが」
「……おにーさん、酔いは覚めてます?」
胡乱げなジト目に肩を竦め、階段を駆けおりる。
「あ? 俺があんな酒如きで酔うと思ったか?」
こつんと、つま先で踏んで追いかける。
「偽物同士どんと行こうって話をしたでしょう」
「そうだったな偽物同士か」
本当を探り当てたら夜の海に融ける雪のように跡形もなくなってしまう、そんなふたりだ。
けれど今はまだ、雪は天から落ちる途中だし、もしかしたら都合良く天変地異が起こって海だって干上がってくれるかもしれない。
「コンビを組んで早数ヶ月……零と円のまるコンビ、サクッとお仕事しましょうよ!」
キラキラを沢山詰め込んだ小瓶の蓋をあけて宝石糖を2粒、赤と青を口に落してしゃくりと噛んだ。それだけで酒が作った偽物の頭痛が和らぐ、やはり宝石糖は万能だ。
「まるコンビねぇ、偶然だったとはいえ何かしらの縁があったって事だな」
嫌な仕事だとの続きは喉元で丸めた。
宝石糖を食んだ娘が、明らかに顔色を色よくして足取りも確りさせたことに興味をそそられたからだ。
視線に気づき3つ目の飴を唇に押し当てた円は自慢げに笑う。
「ドーピングでケロリと何とかなるんですよう」
「あのクソ甘い飴そんな事も出来るのかよ」
中身が減りできた空間で遊ぶ飴がぶつかり合う。その音は仕舞われた鞄に塞がれくぐもった。
「お前さんの身体甘いモンで出来てるのかな? ……まぁ俺が煙草を吸うのと一緒か」
煙草をつまみ出すゼロを軽い足取りで追い越して、円は3つ下から見上げた。
「知ってます? 煙草って合法だけどそこいらの麻薬よりよっぽど止めるのに苦労するって」
優しい合法、甘い脱法――どっちにしたって、ふたりをこの世につなぎ止める蠱惑のクスリであることには違いない。
――嗚呼、嗚呼、耳鳴りがする。
――知っている、此は、そう、此は、安普請の壁が軋む音だ。
――幻聴なんかじゃない。
「ゼロのおにーさん、準備はオッケー?」
「あぁ遠慮はいらねぇ、さっさと終わらせるぞ」
煙草を口につがえたならば、炎蝶がひらり過ぎ命火を与える。同時に、横壁が瓦礫の欠片と化して、内側へとぶちまけられた!
「此処にもおったか猟兵めが!」
熊の巨腕で壁を破り逃れた先にもオブリビオンの安息の地なんぞない。
早速砂糖水に群がるがるように集る炎蝶の群れ。顔面を押さえて藻掻き暴れる熊の背から、蘭芳公主は溜まらず飛び降りた。
「もう介添えなしでは歩けないんですか」
「妾の下僕がひとつと思うでないぞ、小娘が!」
像が編まれる地点に先んじて、夥しい赤が印をつけた。
後に残されたのは毛皮を灼かれた熊。敵が去ったならば主を守護せん、そう踏み出そうとしてはじめて氷漬けの下肢に気づく醜態。
蝶は赤だけではない、氷点下の蒼もいる。
むしろ赤は目眩ましで、ほら、新たに呼ばれた野犬も既に氷に封じられている。
「便利な蝶だな」
何をするでもなく紫煙をばらまいて佇んでいたゼロは、こつりと円の肘で突っつかれた。
「――おにーさん、今ですよう」
……円はゼロが戦況を伺い下ごしらえをしていたと気づいている。
囁き誘い、これにのったらべらぼうな報酬を要求されそうだが、公主の意識が2匹の立て直しに囚われている絶好の機会なのは確かだ。
「お前さんのサポートなんて涙が出るほど感謝しなきゃな」
嘘っぽい軽口に喉笑いをのせて、ゼロは半分吸った煙草を唇から外した。しこたま肺腑を汚した煙は、埃っぽくて臭く湿気った待機を更に白く――いいや、黒く、染める。
茫洋な地獄色した靄は、大気中に大きく広がったかと思うと、三方向の端に顎を形成する。
三つ首の獣は煙故に形状自在。
一体は熊の胴体にかぶりつく。
一体は現れたばかりの野犬の届かぬ場所で舌を出し嘲い、格下と愚弄した挙げ句、首から食いちぎった。
「――今までの傷が足を引っ張ったってことにしてやるよ」
最後の一体は、茫然自失の公主を頭から丸呑みにした。
「おにーさん優しいですね」
既に仕事は終わったと階段に腰掛けて足をぶらぶらさせて宝石糖を囓る円は、敗者のオブリビオンを見もしない。
「先程のお代は後ほど、期待してますよ?」
「はいはい。しょうがねぇな」
かしかしと頭をかいて潰えた煙草を指から離す。
ぽとりと落ちて黒焦げになった床に更に煤をつける煙草の上を、赤と蒼の蝶が寄り添うように横切って行く。おかえりとねぎらう円は、瞳を煌めかせてゼロの続きを待っている。
「しょうがないから……?」
「甘いモン追加に悪酔いに良い飯を作ってやるよ」
「えっへへ、やったあ! 俄然やる気が出ちゃいましたね」
「今更かよ」
もはや勝敗は決しているし、そもそも蝶を戻しているわけで……。
地獄の番犬から吐き出された蘭芳公主は己の血と闇色のヤニで穢らしく染まり、八面玲瓏なる美貌の面影は今や欠片もなし。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
メアリー・ベスレム
▲
あら、メアリたちったらあべこべね
だってそうでしょう?
あなたは「好きだから壊す」
メアリは「嫌いだから守る」
まるで鏡の国のよう!
オーバーロードで真の姿
半獣半人の人狼に変身し
狭い店から跳び出して、【ジャンプ】【軽業】駆けまわる
けれど敵を攻め立てているその最中
不幸にも足場が崩れて真っ逆さま!
住人たちの好奇の視線もある中で、無様な姿をさらしてしまう
いつもなら絶対こんなへまはしないのに
もう、なんて「ついてない」!
どこか落ち方が悪かった?
それとも不幸はまだ続く?
今度はこちらが攻められる番
【激痛耐性】【継戦能力】耐えるけど
躱すことなんてできやしない
ああ、本当に「ついてない」!
……だけれどそんな不幸こそ
メアリにとってはとてもいい
「ついてない」から「ついてる」の
メアリはアリスで、アリスはメアリ
【雌伏の時】はもうお終い!
もう後がないほど追い詰められた
そんな【演技】から【騙し討ち】!
さっきはあべこべと言ったけど……
メアリも人を食い物にする欲望は大好きよ?
だって、殺してや(復讐す)るのがこんなに楽しいんだもの!
●
猟兵に穿たれた傷は無数、衣は惨めに破かれ蛮族に襲われたよう……そこにメアリー・ベスレム(WONDERLAND L/REAPER・f24749)は凄惨な美を見出している。
――高をくくったら喉笛に噛みつかれる。そう、アリスがメアリなように。
「お、おい、アンタこっちだぁ!」
避難しようと引く手は躱す。
「本当、悪徳の街に似合わないお人好しね。そんなところもどうかと思うわ」
くるんっとチャイナドレスの裾を浮かせて晒すお尻はこれで見納め。
「あら、メアリたちったらあべこべね」
蛍光紅色ネオンカラーのつま先を鳴らし歩みよるメアリは、葡萄のように連なる黄金蝶を前に吹き出してしまう。
成程、この女は確かに九龍城を愛しているのだろう。成金キンキラの蝶はまるで欲望の象徴だ。
「あなたは『好きだから壊す』メアリは『嫌いだから守る』」
話の途中に蝶が飛び立った。羽根の擦れる音もこれだけ集まると耳の奥でウォンと鳴り疎ましい。
「まるで鏡の国のよう!」
打ち消すように明るく言い放つメアリの頭にはうさぎの耳がない。
怒号と恐慌で沸き返る住民を尻目に、ケダモノの脚が床を蹴った。天井にふっかりとにくきゅうが触れただけで木材が砕け散る。
「さぁ、狩りの時間よ」
螺旋を巻いて追いすがる黄金蝶は強大な肉切り包丁で斬り散らし、一直線に公主の元へ落下。
「あなたがここを壊すならメアリはあなたを壊すわ」
好きか嫌いかなんて実はどうでもいい。
「させぬぞよ」
鱗粉塗れの腕が振り回す切っ先を、公主はテーブルを蹴飛ばして止めた。
「まぁ! 随分とお下品ね」
瞬きすればもう獣はそこにはいない。天井の欠片に腕を絡め、からかうように脚をぶらぶら。
「汝も身体を餌する妾の母と同じじゃ! 嗚呼、嗚呼、妾が唯一滅ぼすに相応しい」
年下の娘に母の面影重ね公主も飛び上がる。細い吊り橋の如く残った天井の梁にしゃなり立ち、差し伸べた腕に黄金蝶を絡めて増やす。
「その蝶は虚仮威しだってもうわかっているわ」
メアリはご自慢の跳躍力で飛び跳ねて、亡国の姫君を一刀両断!
――ならず。
“たまたま”上階から落ちてきた椅子が背中を打ちのめしバランスを崩す。
慌てて公主の立つ梁に着地しようにも“不幸にも”足をついたとたん、ほろりと粉砂糖のように崩れて憐れ真っ逆さま!
「~~!」
絹を裂くような悲鳴が溢れたのに恥ずかしさで顔を赤くする。うっかり口を塞いだら、人狼少女は間抜けなポーズで男どもの中心点に叩きつけられる。
店を揺るがすような轟音だ、ぶつけた背中が痛くないわけがない。
この期に及んで覆い被さろうとするゲスどもを転がり避けたなら、お尻から背中にかけて“信じられない不運さ”で、最上階のシャンデリアが落ちてくる……!
「……ひ、ッ!」
透明な硝子の輝きと濁った黄金蝶の煌めきが幼き人狼の少女を押しつぶした。
まるでコミックショウのような展開に、住民どもの一部は手を叩いて囃し立てる。元々脳がクスリで融けたロクでもない連中ではあるからして、非常にらしい。
「くくく、憐れよのぅ、無様よのぅ……猟兵の小娘よ」
ぴしゃり。
滲み出る血を踏みしめ降り立った公主は、黄金蝶に蝕まれ消えゆくシャンデリアを前に唇を歪めた。散々他の猟兵には好きにされたが、ここに来て漸く溜飲が下がった。
「……ッ、ぅ、なんて……こと。ああ、本当に『ついてない』」
全身の肌が破かれて唇も血紅で色づき、青息吐息。
「一足先に地獄に堕ちるが良いわ!」
引導を渡さんと蝶を黄金の剣に変えて振りかざす。
ぞぶり。
なんてこと! オブリビオンからの即死必至の心臓一突き。嗚呼、もうこれじゃあ奇跡でも起きない限りは助からない!
「きゃあぁぁ!」
反動でぴんと張った両手足が持ち上がり、頼みの綱の肉斬り包丁も彼方へと放り出された。そうして四肢がぱたりと落ちたならそれっきり。
――ところで、埒外が心臓刺されたぐらいで死ぬなんて、それは何処の笑い話かしら?
べっとり張り付いた己の血が心地よい、きらり輝く鱗粉はまるで雌伏の時を演出する為に誂えたよう。
無様な遺骸に容を近づける、姫(クイーン)……あなたこそとっても無様ね。
「……ッか、あぁ??」
武器なぞいらない、この獣の腕さえあれば。
慢心した女の命を摘み取るなんて、お茶を飲むより容易いわ!
「ふふ、あたたかい。けれど少し臓物が匂いましてよ?」
胎へ突き刺し天井側へ抜けた真っ赤な掌を“バイバイ”なんて揺らしたら、住民達の脳味噌は氷点下まで冷え込み皆が皆押し黙る。
メアリが訪れてから止むことがなかった喧噪は、今や水を打ったようにピタリと止んでいた。
「さっきはあべこべと言ったけど……メアリも人を食い物にする欲望は大好きよ? だって、殺してや(復讐す)るのがこんなに楽しいんだもの!」
釣り天井のように掲げられた公主は白目と舌を剥きもはや事切れている。
ねぇ聞いてる? とメアリがふくれっ面をしたら、だらしなく開いた唇から血の滝が真っ直ぐに落ちてきた。
「まぁ! なんて下品なお返事かしら? これで本当にクイーンなの?」
ゴミみたいに投げ捨てて、川からあがった子狼がそうしてみせるようにふるり、全身に張り付いた血をふるい落とす。
――。
萎れて転がる蘭芳公主だったものは、天井から吹き込む風でカサカサと虫の這うような音をたて押されたかと思うと、一気に瓦解し消え去った。
遊びも過ぎるとロクなことがない……って、それを九龍城で言うのはなんと無粋な結びでしょう!
けれど仕方かない、猟兵達がよってたかってここで幕を引いてしまったのだから。
-終-
大成功
🔵🔵🔵