何やら文具好きとしてのスイッチが入ってしまったらしい目の前のグリモア猟兵は、周囲の反応を待たずして――常よりも早口でやや駆け足気味に、「ルリユールとは何たるか」について語り始める。
「『ルリユール』とは、ヨーロッパ圏の――主に、フランスで製本や装幀を一つ一つ手作業で行う職人を指す言葉でして。職人のこととは別に、手作業で製本や装幀を行う作業そのものを『ルリユール』と称す場合もあるのですが」
本好きと星好きが高じて自ら製本に携わり、書店を立ち上げるにまで至った初代店主を筆頭に、十三代目である現店主まで脈絡と受け継がれてきている製本技術がウリらしい。
その為に、古今東西の星図や星の神話、悪魔召喚や、何やら怪しげな呪い等をかき集め、それを自作の本に書き綴っていたそうだが――終ぞ、世界中の星空を一度に見られる方法を見つけることなく、その生涯を終えてしまった。
自作のインクまで用いていたせいで、初代店主が製本し書き綴った本達はすっかり腐食してしまい、書店の書架に並べられている現存する当時の本達は、軒並み穴だらけの状態であるらしいが。
夜行薫
●挨拶
お世話になっております。夜行薫です。
本と星空とノスタルジア。恐らく、3回目の文具がモチーフのシナリオです。
今回のテーマは、「本」や「本に類するもの(日記帳、メモ帳、楽譜帳、フォトアルバム、魔導書等)」です。本の形式をしているものならば何でも。
※全章通して、著作権等にはお気を付けください。不採用になります。
●舞台について
某多文化的学園都市。
数校の大学を中心に発展を遂げてきた、歴史ある街です。
舞台はその街の一角にある古書店街及び、その古書店街に店舗を構える製本書店『彗星屋』
●進行
断章追加:全章とも有り。
受付/締切:タグとMSページでお知らせ。
グループ参加:3名様まで(※4名様以上は難しいです。)
※有難くも多くの方にご参加頂いた場合、問題が無くともプレイングが不採用となる場合がございます。採用の確約は致しかねますので、予めご了承ください。
●第1章:日常『古書店街』
歴史溢れる、煉瓦造りの建物と通りが美しい古書店街にて。
街を見回りつつ、古書店街を自由にお過ごしくださいませ。
以下、できること一覧です。
①古書店及び書店巡り。
②ブックカフェーへ。
③街の散策。
④噂の製本書店『彗星屋』で行われているルリユール(製本)教室。
※一般的な本以外にも、豆本、羊皮紙、装飾本、ハート型等特殊な形の本、アコーディオン形式、ポップアップ絵本やフォトアルバム、魔導書等特殊な本の製作が行えます。
※製本と言ってもその工程は複数ございますので、「ページ作り(挿絵作成や、本文執筆、写真選び)」や「表紙の装飾に凝る」等記述・希望がございましたら、それらを中心に描写します。
⑤その他、思いついたこと、してみたいことがありましたら、是非。
●参考までに、第1章の④関連のワード
本の形:アコーディオンブック、スターブック(頁を開くと星形になる本)、ポップアップ絵本(飛び出すアレ)、和綴じ、革装丁等。
頁と表紙の装飾等:宝石、金銀細工、花文字、レタリング(カリグラフィー)、箔押し、彩色等。
●第2章:冒険『書架に残り香』
詳細は断章にて。
※この章のプレイング内で、星の名前や星座、星の神話(ご自身で創作されたものも可)、本の内容等を記載頂いた場合、第3章で何かが起こるかも……です。
●第3章:日常『ほうき星に願いを』
全て終わった後で。夕暮れの古書店街での一時。
詳細は断章にて。
第1章 日常
『古書店街』
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POW | 取り敢えずカフェー |
SPD | 街を漫ろ歩き |
WIZ | 古書店巡り |
👑5 |
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 |
種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●赤煉瓦の古書店街
――街の名所でもある大聖堂の中に作られた天文時計が、今日も狂うことなく時刻の到来を人々に告げている。
ひょこひょこと高さも形も大きさも不揃いの、古びた煉瓦や石造りの建物の合間から見える大聖堂に見守られながら。
一度古書店街へと足を踏み入れれば、たちまち賑やかな喧騒が猟兵達を出迎えた。
澄み渡る太陽の下、赤煉瓦の敷き詰められた通りを歩む観光客や学生達の表情は皆一様に明るい。
足元に延々と続いている赤煉瓦の通りが時折緩やかに曲がりくねっていたり、道幅が場所によって広くなったり狭くなったりしているのは、街の発展と共にその姿を変えてきた結果なのだろう。
古書店街を歩む人々から聞こえてくる会話と言えば、「論文が進まない」や、「ランチはどうしましょう?」といった取り留めのないことばかりで。
怪奇現象が起きる予兆が見られないのなら、この古書店街を自由に楽しんで構わない。
この街最古の大学と同じくらいの歴史を持つブックカフェーは、自家製のハーブを使ったハーブティーとスイーツが有名だ。
アンティーク調の木製家具と煉瓦の壁に囲まれている店内を優しく照らすのは、高い天井から吊り下げられたシャンデリアが灯す、オレンジ色の優しい明かりで。
一般的なテーブル席の他に、リラックスしたい人向けの場所も。
陽当たりの良い窓辺にはふわふわの絨毯が敷かれ――その上には、ローテーブルと沢山のクッションがポンポンと置かれている。ゴロゴロしながら過ごしても良いらしい。
歴史が長い分、蔵書数も目が眩むほどのものであるそうで。
何処の誰が書いたのかも分からない、古い本や、歴史歴な洋書を始め。最近話題の本まで幅広く取り扱っているそうな。その本の数は、きっと店員だって把握しきれてはいないだろう。
古書店街と呼ばれるだけあって、この一角に店舗を構える古書店や書店も数えきれないほど。
古き良きを地で行く、地元の人々に愛されている古書店に。その向かいでは、『猫の模様大辞典~遺伝的要因も解説』『幻想伝説~英国の妖精伝承を紐解いて』等々――分野や方面問わず、マニアックな書籍を取り揃えた書店が、店内に流れる洒落たクラシック音楽を店の外まで吐き出していた。
他にも、特定のことに特化した本ばかりを扱うお店に、絵本専門店に。古書店街の書店達は、何処も個性豊かな店ばかりだ。
お気に入りの一軒を探して、巡ってみるのも面白いだろう。
そして、製本書店『彗星屋』もまた、この古書店街に店舗を構えていた。
初代店主の趣味趣向を今まで受け継いできたのだろう。青を基調にした店内には、星図や天球儀、天体望遠鏡といった星に纏わる小物が、本に紛れて置かれている。
製本の仕事だけでは赤字になるからと、一般の書店と同じく書籍の販売も行っているが。
『彗星屋』の本業はルリユール――製本・装幀作業であるのは確かだ。
製本教室用に用意された場所ですらかなりのスペースがあり、無駄に広いとすら言える。実際に職人達が作業を行う場所は、此処より更に何倍も広いんだとか。
一般的な本やノート、メモ帳は勿論のこと。豆本にアルバム、ユーベルコヲド使いが扱うような戦闘用の特殊な本、スターブックやポップアップ絵本と言った特別な形をした本等々。
初めてでも、職人がお手伝いをしてくれるらしく。思いつく限り、どんな本でも創ることができるらしい。
紙や装飾用の素材、筆記具に彩色。
使い切れない程に集められた(実際、未だに初代店主が集めた素材の一部も使われずに残っているらしい)、様々な製本に関係する材料に交じって――今ではあまり見かけることのない、ラピスラズリやサンゴと言った天然染料や顔料、羊皮紙や動物の革と言った素材が紛れ込んでいたのも、きっと見間違いでは無い。
古書店街は、全てを見て回ろうとするのなら、半日は掛かるほどに広い。
興味と好奇心赴くままに、曲がりくねった赤煉瓦の通りをあっちへこっちへ行ってみれば、思ってもいなかった出逢いが待っているかもしれない。
古書店街でどのように過ごすかは、猟兵達の自由だ。
ココ・クラウン
◆
行動は④
不思議なお店…
目が足りないくらい見たい物が沢山あってわくわくして、なぜか落ち着いた気持ちにもなる
誰かの秘密基地みたい
ずっと昔の店主さんの想いがちゃんと残ってるんだね
僕、ここで手帳が作りたい
職人さんに手伝ってもらいながら…
黒革の装丁で大人っぽく
小口はきれいな銀色に塗って
栞紐の先には職人さんオススメのチャームを付けたいな
最後に表紙に『C』と銀で小さく箔押し
…わあ、僕だけの手帳だ…嬉しい
ありがとうございましたっ
猟兵になって外の世界に来てから、やりたいこと、思い出…いっぱいできた
全部大切にしたいから、この手帳に書き残していくんだ
最初の日記は今日のこと
よしっ、パトロヲル隊のお仕事に行かなくちゃ
●
「不思議なお店……」
製本書店『彗星屋』――その内部には、星空が横たわっていた。
色々あって。見足りなくて、ワクワクもして。それから、不思議と落ち着いた気持ちにもなれる店内だ。
「誰かの秘密基地みたい。ずっと昔の店主さんの想いがちゃんと残ってるんだね」
初代店主の面影が、昨日のことのように鮮明に息づく星色の店内で。先に続く言葉は、ココ・クラウン(C・f36038)の口から自然と紡がれていた。
「僕、ここで手帳が作りたい」
誰かの大好きなものが詰め込まれたお店だからこそ、ごく自然に、心の底からそんな思いが芽生えてきていた。
瞳に新緑の煌めきを宿した小さな王子様の言葉に、職人さんは優しく表情を緩めると「ついておいで」と、書店の奥、製本教室が開かれている工房へ。
「昔の本はこうやって手作業で作られていたんだね」
ココにとって初めての製本作業。紙が本になっていく過程を一番近くで体験できたのは、とても新鮮で楽しいものだったけれど。時々一人で進めるには難しい工程もあったから、そこは職人さんに手伝ってもらって。
今、ココの目の前には、あと一歩で本になる「綴じられた紙の束」が置かれていた。
ここから先は、書き心地を決める本文紙選びと同等か、それ以上に重要な工程だ。だって、本の見た目がこの工程で決まるのだから!
綴じられた紙の束をじっと見つめるココの表情も、自然と真剣なものになる。ココの小さな手には小口を染色するためのブラシが握られていた。
「小口はきれいな銀色に塗って……」
ムラなく、丁寧に。けれど、染めるのはあくまで小口――紙の端だけ。
紙の内部まで塗料がしみ込んでしまうことが無いように、手早く。少しずつ少しずつ小口を銀色に染めていく。
一辺が終わったら、もう一辺を。先に塗装を終えている小口と見比べて、色の差が無いように。
そうやって、前・天・地と三辺の小口を綺麗な銀色で彩ることが出来た時、ココはホッと安堵のため息を吐いた。
「黒革の装丁で大人っぽく……」
銀色に染まった小口の上から、色が落ちてしまわないように保護塗料を塗り重ねて。ページ同士がくっついたままになってしまわないように、そっとページを一枚ずつ捲っていく。
背に花布を付けたのなら、後は表紙を付けるだけだ。
きらめく“星森”の木漏れ日を思わせる、さらさらと光の反射に応じるようにして、静かに煌めく銀色が美しい小口に添えるのは、黒革の表紙だった。
革の表紙は、使い込むほど柔らかくなって、色もゆっくりと変わっていくものらしい。
今は優しい夜色に染まる、皺一つないパッキリとした黒革の表紙が、どんな変化を見せてくれるのか。今から楽しみなココだった。
「栞紐の先には職人さんオススメのチャームを付けたいな」
「じゃあ、これなんてどうかな?」
栞紐の先に揺れるのは、蔦が四辺を縁取って、真ん中に星が煌めく四角いチャームで。
仕上げに表紙に、「C」と銀色で小さく箔押ししたのなら――ココだけの手帳の完成だ。
「……わあ、僕だけの手帳だ……嬉しい」
表紙の端に煌めく「C」の文字は、満ち始めた三日月のようにも見える、不思議な文字の形をしている。
夜色の表紙に浮かぶ、「C」の文字を吸い込まれてしまいそうな程見上げて。
それから、ぎゅっと腕の中で抱きしめて。ココはお世話になった職人さんに、大きな声でお礼を告げるのだ――「ありがとうございましたっ」と。
「猟兵になって外の世界に来てから、やりたいこと、思い出……いっぱいできた」
何度だって見返したくなってしまう、自分が創り上げた、ココだけの手帳。
今はまだ真っ白なページが続くだけのそれを、パラパラと捲りながら。新たに決意するのは、これからのこと。
猟兵になってから、ココの世界は何倍にも大きく広がってみせた。
やりたいこと、挑戦してみたこと、出逢った人、想い出。それら全部を、取り零さずに未来へと繋げて行きたいから。
「全部大切にしたいから、この手帳に書き残していくんだ」
記念すべき最初のページに刻む出来事は、もうとっくの昔に決まっている。最初のページには今日のことを書こうって、ずっと考えていたのだから。
「よしっ、パトロヲル隊のお仕事に行かなくちゃ」
「これからよろしくね」と、頼もしい黒色の相棒に挨拶を告げて。ココは元気良く、通りの向こう側へと駆けて行くのだった。
大成功
🔵🔵🔵
ミア・アーベライン
④のルリユール教室へ
わたくし、一応魔女ですの
ああ、警戒しないでくださいませ 魔法など使いませんわ
欲しいのは「魔導書に似せた日記帳」
黒の革表紙 可能なら赤色の石をはめ込んで
中は羊皮紙がそれらしいですが
万年筆を使いたいので書きやすい紙が嬉しいですわ
これから猟兵として日々を積み重ねていくうちに
中は埋まっていくでしょうから
そうね、表紙にこだわりましょうか
金の箔押し アール・ヌーヴォー的な飾り枠
日記帳とバレないようにカリグラフィーで「Magia」と書き込んで
これならわたくしの城にあっても日記とバレることはありませんわね
素敵な作りに感謝致しますわ
●
先程出入り口の扉を開けたばかりの声の持ち主は、「わたくし、一応魔女ですの」と。目の前の店員に、それだけを告げた。
隠している訳でもない事実を告げた途端、店員の表情が少し曇ったのを見逃さなかったミア・アーベライン(朔月の魔女・f31928)は、顔色一つ変えること無く、形の良い唇を開いて続きの言葉を紡いでいく。
「ああ、警戒しないでくださいませ。魔法など使いませんわ」
だから、店内で出来上がった魔導書片手に魔法の試し打ちを行うとか、断りもせず魔法を使うとか。店員が危惧している事態は起こらない。
だが、中にはそれを行う猛者も存在する様で。少しだけ、店員の苦労が垣間見えた気がする。
店員に一つ労いの言葉を送って。ミアは優雅な足取りで、案内された工房の方へと歩みを進めていった。
「欲しいのは『魔導書に似せた日記帳』ですの」
ミアの欲しい一冊はもう、此処に来る前から決まっていた。
頭の中に思い描く完成図を言葉として口に出し、作業を手伝う職人へと伝えていく。
「中は羊皮紙がそれらしいですが、万年筆を使いたいので書きやすい紙が嬉しいですわ」
魔導書と言えばな浪漫溢れる羊皮紙も、普段使いの日記帳として使うには。
羊皮紙は裏表でインクの吸収率や書き心地、色合いが異なってくる。
羊皮紙本来の凹凸やら、加工時に出来た傷やへこみ、書き間違いを削った跡なんかで、書き心地が均一では無かったり、ペン先の摩耗が早くなったりする可能性だってあり得た。
だから中の本文紙には、書きやすい紙を、と。そう思ったところでミアの薔薇と同じ色彩宿す双眸が捉えたのは、工房の隅に詰まれていた茶色い紙だ。
少し厚みがあって、ムラのある薄茶色に染まっていて。一見すると羊皮紙に似ているが、よくよく観察してみると羊皮紙風に加工された紙だと判る。
引っ掛かったり、インクが滲んだりすることも無いとの説明で。説明を聞き終わるか終わらないかの間にもう、その紙を手に取っていた。
「これから猟兵として日々を積み重ねていくうちに、中は埋まっていくでしょうから。そうね、表紙にこだわりましょうか」
今はまだ、何も刻まれていないページが連なるばかりの懐古的な色合いの紙の束。その中を彩るのは、「これから」の日々。そうやって日々を綴るうちに、正真正銘の一冊の本になっていくのだから。
だから、表紙は中に綴られる日々と釣り合うくらいに美しいものを。最後の一ページを綴り終わった時、魔導書と見紛うくらいに立派なものになるようにと、これから訪れる日々に期待も込めて。
「可能なら赤色の石をはめ込みたいと思っていますの。出来るかしら?」
「ええ、勿論できますよ」
漆黒の夜の様な黒革の中央に、ミアの瞳と同じ煌めきを宿す赤い石を埋め込んで。
中央の赤い石を中心に、箔押しで刻んでいくのは飾り枠。美しく、繊細に、複雑に。そして、さながら一つの芸術品であるかのように。
緩やかに曲線を描いて絡む蔦に、本物そっくりの姿を持つシルエットの花々。繊細なレヱスの模様。
刻印一つ一つの配置を見極めながら、ミアは模様の刻まれた刻印をしっかりと押し当てて、表紙となる裏表両方の飾り枠を作り上げていった。
「これならわたくしの城にあっても日記とバレることはありませんわね」
他者に読まれて欲しくは無かったから。
飾り枠の最後を彩るのは、美しく書き込まれた筆記体のカリグラフィー。
日記帳とバレないように、表紙に「Magia」と金色で刻み込んだなら――ミアだけの日記帳の完成だ。
「素敵な作りに感謝致しますわ」
高級感溢れる、アール・ヌーヴォー風の装幀。
静かに光を反射させている複雑な金の飾り枠と、一際目を惹く中央の赤い石に、思わず手に取りたくなってしまう魅力があるが――触れたら最後、その手に傷を負ってしまうような。
綺麗な薔薇には棘がある。それを体現させたかのような日記帳だった。
一目でこれが日記帳だと理解できる人間は、創り手であるミア以外に存在しないだろう。
満足の行く仕上がりに、そっと笑みを浮かべたミアは、作業を手伝ってくれた職人へと静かに礼を告げるのだった。
大成功
🔵🔵🔵
夜鳥・藍
彗星屋さんでの製本教室に参りましょう。
そうですね、ちょうど昨年末でページが尽き、止まってしまった日記がありますから半年ぶりに再開しましょう。そのための冊子を一つ。
中身はシンプルに日付を入れる項目と本文の罫線のみ。横書きの方が横文字を書いても不都合なさそうね。
そして少しだけ装丁にはこだわりましょうか。
こちらのお店にちなみ星空の装丁を。濃紺の表紙全体に星をちりばめて、表紙中央にはメインとなる天の川の写真を。それに添えるようにタロット運命の輪の簡単なイラストを。
日々の些細な変化でも次につながる様に、つなげられるように。
銀河は星が生まれ死に行く場所。運命の輪は次の運命へ動く時だから。
●
継続こそ力なり、とは言うけれども。何かを続けるには、気力が要る。
それに、簡単に続けられるものならまだしも、日記を書くという作業は存外、時間も手間暇も掛かるものだ。
今日という日の終わりにその日一日を頭の中で振り返って、文章として纏めて。ああでもない、こうでもない、と頭の中で四苦八苦しながら文章を綴っていくのは、大変かと問われれば、確かに大変なのだが。
しかし――時間や手間暇もかかるものだからこそ、得られるものもまた大きい。
振り返りながら出来事を認めている時に思わぬ発見に出会ったり、ふとこれまでの日記帳を見返した時に、その時の記憶が鮮明に蘇って来たり。
それに、自分の好きな筆記具とインク、日記帳を用いたのなら、日記を書く一時がより楽しいものになる。
日記を書いているあの一時は誰にも体験できない、自分だけの至高の時間でもあるのだろう。
「そうですね、ちょうど昨年末でページが尽き、止まってしまった日記がありますから半年ぶりに再開しましょう」
これも何かの縁だろう。途絶えてしまった道を再び繋げていくのは今かも知れない、と。
去年の年末に最後のページを綴ったきりであった日記の存在を思い起こしながら、夜鳥・藍(宙の瞳・f32891)はそんなことを思っていた。
自分の手で創った自分だけの日記帳なら、一日の出来事を文字として纏めていく時間が、一等楽しいものになるはず。
「横書きの方が横文字を書いても不都合なさそうね」
線だけでも、無地、ドット、方眼等々。
日記部分に注目してみれば、更に選択肢は増えていく。その日の天気や月の満ち欠け、スケジュールを纏める欄が設けられているモノもあるくらいなのだから。
ノートの線の種類とデザインを合わせれば、悩んでしまうくらい沢山あったけれども。
シンプルな方が自分の好きに書き込めるから、と。ページをアレンジしていくのもまた、日記を綴る醍醐味なのだから。
使いやすさを重視して、日記帳のページとなる紙は、日付を綴るスペースと横書きの罫線が引かれているものを藍はチョイスした。
「少しだけ装丁にはこだわりましょうか」
日記帳の表紙は毎日触れて、一番目にするもの。だからこそ、拘りたかった。
この日記帳を創ったこの瞬間を、いつでも思い出せるように。『彗星屋』にちなんで、星空の装幀を。
ボール紙を包んだ、雲を模した白交じる濃紺のハードカバーの表紙は、これだけで夜空の様だけれど。そこに、もうひと手間を加えて。
藍が手に取ったのは、大小様々な形をした星の刻印。金と銀の箔をバランス良く使い、刻印を強く押して。表紙に星を生み出して、散りばめていく。
そうして金銀に煌めく星々が生まれたのなら、今度は型押しで星型の凹みを所々に。
金銀の煌めきと、光の反射で絶妙な存在感を放っている型押しの星と。良い具合に星を散りばめたのなら、小さな夜空が藍の手の中に収まった。
「次は、メインとなる天の川の写真ですね」
星空を生み出しただけで終わりではない。表紙の主役となる存在は、これから登場するのだから。
表紙には、その中央にメインとなる天の川の写真を添えた。複数あった天の川の写真から悩み抜いて選んだ、藍が一番気に入ったものを。
赤紫、青、藍と。絶妙にその色彩を揺らめかせながら、果てなく広がる宇宙。その闇に煌めく星々が一等美しく映り込んだ、天の川の写真。
「日々の些細な変化でも次につながる様に、つなげられるように」
そんな願いを込めながら、藍は一つ一つ丁寧に描いていく。
写真に寄り添うようにして、剣を持ったスフィンクスに車輪、四大聖獣に――タロットカードのⅩである「運命の輪」の簡単なイラストを。
「銀河は星が生まれ死に行く場所。運命の輪は次の運命へ動く時だから」
物語は終わり、そしてまた始まる。日常の出来事が積み重なって、未来へと続いていくのだから。
表紙に籠めるは、終わりと始まり。自分の未来を、少しでも「次」に繋げて――そうして、人生を紡いでいけるように。
願いと一緒に、決意も籠められた銀河と運命の輪が彩る日記帳の表紙。
願わくは、この日記帳を書ききる時には――自分の決意が叶っていますように、と。藍はそっと、そんなことを思うのだ。
大成功
🔵🔵🔵
清水・たたえ
行動④
ルリユール……と言う言葉は初めて聞いたわね
自分の手でつくる、世界で一冊だけの本……良い記念になりそうね
とてもロマンチックだわ
私は……そうね、アルバムをつくりたいわね
子どもの頃に比べたらあまり写真は撮らなくなったけど、それでも今のアルバムには収まりきらないくらいには新しい写真があるもの
そろそろ新しいのを買おうと思っていたの、ちょうど良いわ
中身の写真選びは後で家でじっくり行うとして……せっかくならここ……『彗星屋』で作ったという思い出も残したいところね
だから、そう……夜空色の表紙に銀色の星々をあしらいたいわ
箔押し、というのだったかしら?出来るかしら
星の配置は用意していたこの図の通りにしたいわ
●
ルリユール。
それは、仏蘭西語を学んでいても、その存在を知る機会があるかどうか、怪しい程の言葉でもあって。
ルリユールという言葉を知るためにはまず、製本や装幀を手作業で行っている職人が存在していることを知らなければならないのだから。
ルリユール――意味は、もう一度綴じる。或いは、もう一度綴じ直す。
仮綴じ状態の本を、一冊の「本」として完成させる。長く愛用してクタクタになった本の装幀を、作り直す。綴じて、一冊の本として送り出して。そうして、未来へと繋げていく。
その為に、職人である彼らが存在しているのだから。
「ルリユール……と言う言葉は初めて聞いたわね」
もう一度、清水・たたえ(兎は跳ねない踊らない・f33347)は確かめる様にして、先程自分の辞書に刻まれたばかりの、新しい言の葉を口の中で転がしていた。
お洒落なカフェーの店名になっていてもおかしくはない、柔らかな響きの言葉。
そして、新しく出逢った言葉と共に先ほど聞いた説明を頭の中で振り返ってみれば――自然とたたえの表情は、柔らかなものへと変わっていった。
「自分の手でつくる、世界で一冊だけの本……良い記念になりそうね。とてもロマンチックだわ」
世界で一冊。サクラミラージュの世界だけでは無くて、全ての世界で一冊だけの存在。
それに想いを馳せただけで、今からの時間が楽しい一時になるだろうことは、容易に想像がつく。
例え、似たような素材で同じ様に本を作ったのだとしても、全て手作業なのだ。全てをそっくり同じに作れる訳がない。
だから、ルリユールで創り出す本は――正真正銘、世界で一冊だけの本だ。たたえだけのものだ。
「私は……そうね、アルバムをつくりたいわね」
何を作ろうかと考えた、たたえの頭に浮かんだのは、写真を収納するアルバムの存在だった。
子どもの頃には、行事やふとした日常など。ちょっとした日々の合間合間に撮っていた写真。
大きくなるにつれて、写真を撮る頻度は減っていき……子どもの頃に比べたら、今ではあまり写真は撮らなくなったが。それでも、昔からの習慣として写真撮影は続けている。
気付けば、今持っているアルバムに収まりきらない程に増えていた新しい写真。新しいものを買おうと思っていたところだったから、丁度良い時期でもあった。
「そろそろ新しいのを買おうと思っていたの、ちょうど良いわ」
これも何かの機会だと、たたえはアルバムを作ることに。
中に入れる写真はどうしようか。収まりきらない分の新しい写真を思い返せるだけ、思い返してみるけれども――どれも、捨てがたい。
中身となる写真は、悩み始めたらずっと悩んでいられそうなくらいだ。
「中身の写真選びは後で家でじっくり行うとして……」
焦ることは無い。中に入れる写真は、家でじっくりと選べば良いのだから。
写真を眺めて選びながら、過去にあった出来事を懐かしむのもまた、アルバム作りの醍醐味なのだろうし。
「せっかくならここ……『彗星屋』で作ったという思い出も残したいところね。だから、そう……夜空色の表紙に銀色の星々をあしらいたいわ」
折角ならば、この書店でこのアルバムを作ったという思い出も形に残したい。
だから、アルバムの表紙には落ち着いた夜空色に銀色の星々をあしらおうと決めた。
これならば、アルバムを手に取る度に、「彗星屋」で作ったという記憶がハッキリと蘇るだろうから。
「箔押し、というのだったかしら? 出来るかしら」
「勿論、可能ですよ」
たたえの問いかけに、製本作業を手伝う職人が笑顔で答えてくれる。表紙に箔を押していくことは、問題なさそうだ。なら。
「星の配置は用意していたこの図の通りにしたいわ」
予めたたえが用意していたのは、星々の位置や並びが示された星図。
表紙には、この図と同じような星の配置を創り出したかったから。
大きさや位置、輝き方。一口に銀色と言っても、様々な種類の「銀」がある。
幾つもある星の形をした刻印を手に取り、それから、銀箔の色を選んで。
たたえは自分だけの銀の星が輝く夜空を、表紙の上に創っていくのだった。
大成功
🔵🔵🔵
風魔・昴
麻生・竜星(f07360)と④に参加
彼のことは「竜」と呼んでいる
「わぁ、このお店凄い!望遠鏡……天球儀もあるわ!」
店に入った途端、天体関係の品に目がついて思わずはしゃぐと彼に注意されてしまう
少しむすっとしてしまうけど、材料選びして作業が進むと笑顔
「今日は私が父さんから聞いた話を本にするつもりなのよ」
それは星の話……だから表紙は星空に近い色の背景に小さな天然石を飾ってみる予定
「うん、なかなかな出来映えだわ」
「あ、その案いいわね。それじゃ、ここをこうして……」
「ここももう少し、飾ってみようかな?」
素敵な話が本になっていく……
そのワクワクを楽しもう!
麻生・竜星
風魔・昴(f06477)と④に参加
彼女の事は「スー」と呼んでいる
(彗星屋っていう屋号がまた興味がわくな……)
そんなことを考えていると店内に入った彼女の一言が……
「この大きさの天球儀は珍しいかもな。だけどスー?」
はしゃいでいた彼女が目的を思い出すと、一緒に材料選びを
流石詳しいだけあり、彼女の作っていく本の表紙は星空のようだ
「ほぅ、いい感じにできてきたな」
「裏表紙はできたら明け方の近い空にして、細い月を上らせてみたら?」
二人の合作の表紙が出来上がりそうだ
こういう楽しみ感は久しぶりだなと、二人でほほ笑んだ
●
星や天体、宇宙というそれをたった一言で表すのならば――それは、「浪漫」だ。
果てない闇の中に広がり、自らの生命を代償にその身を輝かせるもの。
人類が宇宙に恋い焦がれてから、幾星霜。
しかし、未だその全貌を解き明かすことはできず。また、きっと宇宙の何割かすらも解明できていないのだろう。
神ですら手が伸ばせぬ、遥か天上の存在。あれほど強く眩く光り輝いているのに、どうしたって手が届かない――絶望的な距離の向こう側に存在しているもの。だからこそ、人々は宇宙に想いを馳せるのかもしれない。
そして。「彗星屋」の初代店主もまた、宇宙に魅入られてしまった一人だったと言えよう。
「彗星屋」の中には、本物そっくりの、紛い物の宇宙が広がっていた。
「わぁ、このお店凄い! 望遠鏡……天球儀もあるわ!」
風魔・昴(星辰の力を受け継いで・f06477)が店に入った途端、その目を捉えて離さなかったのは、天体関連の品々だ。
白、紫、赤に橙。天上から吊り下げられた星型ラムプの中に飼われている星光の様な妖しげな炎達は、時折、生き物の様にその身体を揺らめかせていた。
店内に散るラムプの光だって、量産型の薄ら寒いラムプの灯りや無意味に眩しい宝石の煌めきでは無く、本物の星光に近しい光だ。
遠く、優しく。確かにそこあるのに、それでいて、太陽の様なとびきり眩しい存在に照らされてしまえば、たちまちその姿を隠してしまうような、臆病なもの。それが、星の光というもの。
手作りと思しき望遠鏡に、昴が両手を広げてやっと一抱えに出来そうな程に大きい天球儀。
アンティーク調の渾天儀や、すっかり日に焼けて皺くちゃになった星図なんかもあって。
と、瞳を煌めかせて星と空想の世界に旅立ってしまった昴を見、入り口でそっとため息を吐いた人物が。
(「彗星屋っていう屋号がまた興味がわくな……」)
きっと、初代店主はとびきりの星好きだったに違いない。
店内にはどのような品々が遺されているのか。じっくりと見て回るのも、楽しいと考えていたから。
来店直前まで麻生・竜星(銀月の力を受け継いで・f07360)は、ゆったりとそんなことを考えていたものの、昴の様子に竜星の思考は遥か彼方まで吹き飛ばされてしまった。
間違いない。竜星は確信する。
スーは、「彗星屋」に来た理由をすっかり銀河の彼方へと置き忘れてしまったに違いない、と。
「この大きさの天球儀は珍しいかもな。だけどスー?」
にっこり意味深に笑んで竜星が昴の顔を覗き込めば、ワクワクと目の前の天体関連の品々に喜色満面だった表情が――一瞬でスッと冷めてしまったかのように、何の感情も乗らない、少し不機嫌そうな真顔に戻ってしまった。
銀河の果てから一気に地表へ。昴のことを一瞬で引き戻せるのも、竜星だからこそ、なのだろうけれども。
引き戻された昴本人としては、面白くなかったらしい。折角の思考に、中途半端なところで水を差されてしまったのだから。
「もう、竜ってば……」
竜星の注意に、少しだけむすっとしつつ。
それでも、竜星に手招かれるままに長机に向かい、材料選びに取り掛かる。
今日創りたい本は、もう決まってきたから。
その本に相応しい、星空の様な表紙の材料を。
「この色とかどうかしら? でも、もう少し暗くても良いわよね」
「それなら、これはどうだ?」
相談したり、意見を交わしたり。一緒に材料を選んでいく昴と竜星。
竜星に注意されたからか、最初は少しムスッとしていた昴も、材料選びに夢中になると、先のことなどすっかり頭から抜け落ちてしまったようで。
今も、竜星にどちらの表紙が良いか笑顔で問いかけてきている。
(「星好きなだけあって、かなり集中しているな」)
ちら、と。少し竜星が昴の様子を伺うと。
竜星の意見を元に、最後まで残った表紙となる三つの候補のうち、どれが良いかうんと悩んで吟味している様子だ。
竜星がそっと自分のことを眺めているのにも気付かずに、昴は手元の夜空をそっくりそのまま閉じ込めてしまったかのような表紙候補の材料だけを眺めている。
お気に入りの星空を創り出すのに、少しの妥協も許さない姿勢に、昴を見つめる竜星は、自然と自分の頬が緩むのを感じていた。
自分もそうであるが、彼女もまた、本当に星が好きなのだ。
「今日は私が父さんから聞いた話を本にするつもりなのよ」
漸く一つに絞ることのできた表紙となる材料を抱えて。昴はそう切り出した。
本文紙に綴るのは、天文学者でもある父から聞いた星の話。尊敬する父が聞かせてくれた話を本にするのだ。自然とやる気も満ちてくる。
「あまりはしゃぎ過ぎるなよ?」
「別に、はしゃいでないわよ?」
星の事となると、昴はすっかり集中してしまうことがある。だから、ほどほどにと。竜星はそう伝えようとしたのだが。
先ほどのことをすっかり忘れてしまった様な様子に、竜星は一人、苦笑を浮かべた。
昴は自分にだけ、時々素っ気ないというか、不愛想というか。そういう態度を取られる時があるような。
そういう年頃なのかもしれないが。
「赤く光っている星だから、この位置には少し大きめのものを置きたいわね」
「スーが思っている様な赤だと、柘榴石と紅電気石があるな」
「じゃあ、柘榴石で」
紺に藍、紫に。絶妙に移り変わる星空のような、宇宙の様な背景に。飾っていくのは、星に見立てた天然石。
星の配置、角度に並び、縮尺まで。
脳裏に描かれている星図を目の前に実体化させていくように、天然石を置く場所を割り出し、石を選んでいく昴の淀みない手つきに、竜星は感嘆の息を漏らした。
「さすが、詳しいだけあるな」
「当然でしょう?」
口ではなんて事の無い様に行っているものの、その声は何処か嬉しそうに弾んでいる。
褒められて少し得意げな昴を目の前に、竜星はそっと目を細めた。
「竜、この灰簾石、光り方が微妙に違うのだけど、竜はどちらが良いと思う?」
「そうだな」
少しでも本物そっくりの星空に近づけたくて。
少しの違いだって、重要だ。
一つ一つ。その星の大きさや色、地上から見た時の輝き方。それらを丁寧に思い起こし、小さな天然石の中から、そっくりなものを選び出して。
そうして、昴と竜星の小さな星空作りは進んでいく。
「うん、なかなかな出来映えだわ」
「ほぅ、いい感じにできてきたな」
天然石を用いた星空作りに集中すること、暫くの間。
やっと最後の一つを飾り終えた昴が、手元に生まれた小さな星空の存在を今一度眺めて――その出来栄えに、満足した様子で深く頷いた。
昴の上げた声に、竜星もまた、彼女の背後から出来上がった表紙を覗き込み、その様子に驚きの声を上げる。
詳しいだけのことはあった。本物の星空のようなのだから。
「裏表紙はどうしようかな」
「裏表紙はできたら明け方の近い空にして、細い月を上らせてみたら?」
「あ、その案いいわね。それじゃ、ここをこうして……」
表には、夜と星の空を。裏には、明けと月の空を。
竜星の案は即座に採用されて、明け空を思わせる裏表紙には――幾つかの月のデザインの候補が挙げられる。
「その時間帯の月の色は、こっちの方が近いな」
「あら、こっちの方が近いのね。あと、ここももう少し、飾ってみようかな?」
昴が父から聞いた素敵な話が、二人の手によってどんどんと一冊の本になっていく。
その工程は、とてもワクワクするもので。それに、二人でこうやって楽しむのは久しぶりのことだったから。
二人で創り上げた、星と月の表紙。後少しで完成する、その瞬間に想いを馳せて。
竜星と昴は、そっと微笑み合った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
風見・ケイ
【🌖⭐️】
(二人掛けのビーズクッション)
夏報さん、あの席にしよう
……二人で並んで過ごせるし
ベルガモットのハーブティーにチョコレートケーキ
私は懐かしくてゲームブックにしてみた
それじゃなるべく近くに……ね
普段はどんな本を読むの?
私は昔よく図書館で時間を潰していたけど、古い漫画や児童書ばかりだったよ
少年探偵団が街を冒険するゲームブックがあって
それから私も街を冒険するようになったんだ
皆かわいくて……すごい鎧だな
(……あの子ともこうして本を読んだりしたのかな)
(意識を本に戻して)これは、少女が鳥になって忘れてしまった何かを探す話だね
ラバウルの次は……亜米利加だ
……君がいるなら宇宙にだって行ける気がする
臥待・夏報
【🌖⭐️】
人をダメにしそうな席だな……
へへ、二人でダメになるとしよっか
薄荷のハーブティーと乾菓子を合わせて
夏報さんにしては珍しく漫画を選んでみたよ
せっかく並んで読むんだし、見せ合いっこできたらいいかなって
昔から割と何でも読むかな
古典から、それこそ邪神教団みたいな怪しい新書まで
漫画を読まなかったのは、単に没収されると面倒だったからで
僕は逆にゲームブックって初めて見るかも
本の中で冒険ができるんだ?
この漫画は……十二星座の美少女が戦う話らしい
大正700年は先進的だな
こういうちょっと下らないやつ、あの子が好きだったなあ
……ううん、今はこの話はいいや
それより僕も冒険したいなあ、君と一緒に、鳥になってさ
●
ブックカフェーの店内、陽当たりの良い一角には――ダメ人間を大量生産してしまいそうな程に魅力的な、ふかふかのスペースが広がっていた。
落ち着いた赤の絨毯をひとたび踏みしめれば、面白いほどに沈み込み、床の硬さや冷たさなんて、少しも感じられなかった。
まるで、雲の上にいるような心地と感触を楽しみながら。
風見・ケイ(星屑の夢・f14457)が示した先にあるのは、丁度二人並んで過ごすのに良さそうな大きさのビーズクッションだ。
半分ほど溶けたように、身体に背中を預けてくれる人々を待ち侘びているあのクッションは、自分達のことを良い感じに受け止めてくれるに違いない。
「夏報さん、あの席にしよう。……二人で並んで過ごせるし」
「人をダメにしそうな席だな……。へへ、二人でダメになるとしよっか」
とか、何とか言いつつ。
お目当てのビーズクッションに背中を預けるなり、早くもダメ人間と化しつつあるのは、臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)だ。
固いことはなく。かといって、柔らかすぎることも無く。
程よい感触で夏報のことを受け止めてくれる。このクッションを開発した人はきっと、かなりのダメ人間に違いない。
叶うのならば、暫くはここに居たい。長時間ゴロダラしていたのなら、外に出るのが億劫になってしまいそうな場所だ。コタツと似たような魔力を感じる。
「風見くん、メニューとってー」
「ああ、早くも夏報さんがクッションの魔力に……」
あとちょっとで手が届きそうなのに、攣りそうなほど腕を伸ばしても、絶妙な感じで届かない。指先に掠りはするけれど、一向に掴めそうにない。
立って歩けば一歩で届くのに、その一歩がとても遠くて、途方も無い距離に感じてしまう。
ちょっと手を伸ばせば届きそう――で、届かない距離にあるメニュー表。夏報が頑張ってとろうとしたのも、最初のうち。
すぐに諦めて、隣のケイに頼み込んだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。さすが、風見くん」
「絶妙な距離に置いてあるよね、あのローテーブル」
「配置に悪意を感じるよ」
持つべきものは、背の高い友人である。
ケイがひょいっと手を伸ばし取ったメニュー表を、「わーい」と笑って受け取る夏報。
手が届きそうで届かない位置にあるローテーブル。あれならば軽食が運ばれて来たって、いちいち腕をいっぱいに伸ばして取らなければいけないだろう。
絶妙な位置がなかなかに憎い。
だから。
「ね、風見くん?」
「奇遇だね、夏報さん。私も丁度同じことを考えていたところ」
ケイと夏報は、顔を見合わせあって。
次の瞬間には、無言でググっとローテーブルを自分達の方へ。これで、手を伸ばしきらなくても、すぐに届く位置になった。
……周りの人達みたく、手を伸ばすのも惜しいとすぐ隣に置いてはいないから、きっとセーフ。
上には上がいる。だから、まだダメ人間になってはいないはず。
「夏報さんにしては珍しく漫画を選んでみたよ」
「私は懐かしくてゲームブックにしてみた」
本を選ぶ時ばかりは、重い腰を上げたけれども。
数冊選んで戻ってくれば、すぐに元通りにだらりとだらしなく並んでクッションに身体を預けて。お互いに持ってきた本を見せ合うのだ。
「せっかく並んで読むんだし、見せ合いっこできたらいいかなって」
「それじゃなるべく近くに……ね」
ゴロゴロしながらの読書のお供は、ハーブティーと甘いお菓子。
ケイは目が覚めるようなスッキリとしたベルガモットのハーブティーに、アクセントとして甘いチョコレートケーキを。
夏報は清涼感では右に出るもののない、爽やかな薄荷のハーブティーとせんべいやクッキー、ビスケットといった数種類の乾菓子を。
ちまちまとハーブティーとお菓子を摘まみつつ、お互いに本を見せ合う為にぎゅっと近くに寄り合えば。たちまち本の世界が二人のことを出迎えてくれる。
「普段はどんな本を読むの? 私は昔よく図書館で時間を潰していたけど、古い漫画や児童書ばかりだったよ」
漫画をあまり読まないらしい夏報に普段読む本を問いかけながら、ケイは昔のことを回想していた。
昔は通い詰めた図書館。
何処の図書館も同じだろうけれど、棚には古い漫画や児童書ばかりが残っていて。シリーズものの新刊や、人気の漫画はあっという間に貸出中になってしまっていた。
予約を取ろうにも、何十人待ちというのが通常で。だから自然とケイが手に取るのも、ふと棚で見つけた古い漫画や児童書ばかりになっていた。
そこから、思ってもいなかった面白い本との出逢いがあったりもしたもので。
昔読んだあの本を、もう一度読み返してみるのも良いかもしれない。
懐かしさに浸りつつゲームブックを進めていくケイの隣で、視線はページに落としたまま夏報がケイの問いに答えた。
「昔から割と何でも読むかな。古典から、それこそ邪神教団みたいな怪しい新書まで」
何故か学校に存在した、謎のルール――「漫画は禁止」という、あの。
漫画を読まなかったのは、単に没収されると面倒だったから。纏めてしまえば、それだけの理由で。だから、昔から割と何でも読んでいた。
今の常識は、昔の非常識で。常識も文化もまるきりことなる、古典に触れるのも面白かった。
有名な作品の数々が、昔から今まで途絶えずに支持されている理由が少しは理解できたような気がする。
書いてあることの矛盾なんて当たり前。時折突拍子もない方向に話や理論が展開されていく怪しい新書の群れは、好奇心と興味を満たすのには格好のお供だ。
「少年探偵団が街を冒険するゲームブックがあって、それから私も街を冒険するようになったんだ」
「僕は逆にゲームブックって初めて見るかも。本の中で冒険ができるんだ?」
初めて見るゲームブックの存在に、夏報は興味津々でケイが手にするページを覗き込む。
機会があったら、ゲームブックに挑戦してみるのも良いかもしれない。
「この漫画は……十二星座の美少女が戦う話らしい。大正700年は先進的だな」
「皆かわいくて……すごい鎧だな」
夏報が読み進めている漫画、それは何処かで聞いたことのあるような設定のような気がして。
時代を先取りしていることに少しばかり驚きながら、その突飛な設定に思わず笑いも生まれてしまう。
「こういうちょっと下らないやつ、あの子が好きだったなあ。……ううん、今はこの話はいいや」
懐かしい存在が、頭をよぎる。ふと夏報が思い出したのは、「あの子」のこと。
今もこうして隣で本を読んでいたのなら、下らない諸々にツッコミを入れつつ読んでいたに違いない。
でも、今は「あの子」と一緒に本を読んでいる訳では無いのだから――夏報は、心の奥から顔覗かせた「あの子」の存在をそっと心の奥に再び沈ませた。
意識して、話を逸らさなければ。読書の合間の不意に、「あの子」のことをまた思い出してしまいそうだったから。
(「……あの子ともこうして本を読んだりしたのかな」)
なんて。ちらとケイが様子を伺うようにして夏報の顔を覗き込めば、何を考えているのか分からない表情を浮かべていた。
ケイも、夏報の「あの子」のことは……全く気にならないと言えば、きっと嘘になってしまうのだろうけれども。
今は……隣に居る、人物のことを。
「それより僕も冒険したいなあ、君と一緒に、鳥になってさ」
「これは、少女が鳥になって忘れてしまった何かを探す話だね。ラバウルの次は……亜米利加だ。……君がいるなら宇宙にだって行ける気がする」
「宇宙へ行ったら何処を目指そうか? ブラックホールとか?」
「ブラックホール、か。吸い込まれてしまいそう」
「意外とブラックホールの向こう側に、想像もつかないような文明が広がっていたりして」
二人の意識は本の世界を飛び出して、空の向こう――果てなく広がる、宇宙の方へ。
想像の力は無限だ。現実や常識の鎖から解き放たれたのなら、きっと、何処にだっていける。
銀河の向こう側、月の裏側、太陽の近くも。二人一緒なら、何処にだって。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
真宮・響
【真宮家】で参加
ルリユール、製本屋か。奇妙な物に興味を持ってた初代店主の事は気になるが、純粋に製本を楽しんでいいんだね?作りたいものがあるんだ。
持ち込んできたのは3年間の猟兵生活で撮り溜めた写真。家族で多くの催しに参加してきた。一度、整理してみてもいいと思ってね。
思い出の写真をアコーディオンアルバムにしてみたい。初めての作業だからね、手伝いを頼むよ。選ぶのに手間がかかりそうだが、3人写っている写真を優先しようか。僅か3年だが、子供達の成長の軌跡を並べていくと感慨深いねえ。
表紙に花文字で「家族の思い出」と書いて、一つインカローズを添えよう。いいアルバムが出来た。家に飾ろうかね。
真宮・奏
【真宮家】で参加
本が作れる店ですか?凄くワクワクします。星空好きの初代店主さんとは気が合いそうだなあ・・・その店主さんが開いた不思議な本屋さんで本作り、楽しそうです!!
作りたいのはポップアップ絵本、飛び出す絵本です!!飛び出す星に星の下で遊ぶもふもふの動物達!!手先が不器用なんで、動物がちょっと歪むかもしれませんが、職人さんのお手伝いで頑張ります!!
星の本ですから、表紙は金細工で飾りたいなあ・・・ちょっとレベルが高いけど、頑張ります!!
夢のような素敵な本が出来ました!!(本を抱えて嬉しさの余りくるくる回る)宝物にしますね!!
神城・瞬
【真宮家】で参加
世界中の星空を見たいという夢を抱き、神秘を追い求めた彗星堂の初代店主。周りはハラハラし通しだったでしょうね。でも今の彗星堂を残してくれた方です。感謝しながら本を作りましょうか。
やはり、魔術師としては魔導書を製作したいところ。羊皮紙を選択して、瑠璃の染料で文字を書きます。表紙は革装丁にして、銀の箔押しで題字を記します。
かなり大掛かりですので、職人さん達の助けが欲しいですね。お手間おかけします。
とてもいい魔導書が出来ました。これなら、母さんと奏を守るのにより一層力が入りますね。満足です。
●
何かを目指して誰かが一直線に頑張る姿を応援するのは、とても勇気を貰えるに違いない。
つい応援して背中を押してしまいたくなるけれど、ヒヤヒヤするような出来事だけは――きっと、何度経験しても慣れることは無い。
「彗星屋」の初代店主。その周りにいた人々も、きっと似た様な気持ちを何度だって経験してきたことなのだろう。
急に教えた覚えのない言葉を話したり、ふと目を離した一瞬であり得ない様な距離を走って移動したり。
真宮・響(赫灼の炎・f00434)は、娘がうんと小さい頃の思い出を瞼の裏に思い起こし――一人で深く頷いていた。
子育ては、驚きと発見の連続だ。それこそ、今まで自分が「当たり前」と思っていた物事が、当たり前では無くなってしまうくらいに。
子育てを通して似たような経験があった響。だからこそ、初代店主の周りに居た人々が振り回される様子が、ありありと脳裏に浮かんでは消えていく様で。
星を追い求めるあまり、怪しいお呪いに手を伸ばしたり、悪魔の力を借りようとしたり。それこそ――年中手の掛かる幼子の面倒を見ている様なものであったのだろうことは、想像に難くない。
「奇妙な物に興味を持ってた初代店主の事は気になるが、純粋に製本を楽しんでいいんだね? 作りたいものがあるんだ」
今のところ、原因不明の怪奇現象は起きていない。起こる様子も見られないから、今は純粋に製本を楽しんでしまっても問題ないだろう。
「世界中の星空を見たいという夢を抱き、神秘を追い求めた彗星堂の初代店主。周りはハラハラし通しだったでしょうね」
歴代店主達もまた、初代店主の残した本や手帳の数々を持て余してきたのだろう。
書架のそれらは、「取扱いには注意して頂いた上で、ご自由にお読みください」と手書きの説明が掲げられており――その中の一冊、何らかの魔導書と思しき書籍に神城・瞬(清光の月・f06558)は手を伸ばした。
日に焼け、乾燥し、すっかりパキパキと乾ききったページに気を付けながら捲れば、何百年も昔には「当たり前」とされていた魔術や呪いの理論や、発動の為の魔法陣等が記載されている。
魔術に精通している瞬ならば、これが何の現象を引き起こすことも出来ない「誤った理論」であると一目で理解できたが。魔術に明るくない者ならば、いつ何の拍子で発動するかも分からない、怪しげな理論が置かれていると思うことだろう。
初代店主に振り回されたであろう人々のことを思えば、自然と苦笑が零れてしまう。
魔術や神秘を追い求めるうちの一人として、その気持ちは分からないことも無かったが……くれぐれも心配をかけさせてしまうことはあってはならないと、瞬はそっと母と妹である存在を目で追った。
家族とは、何よりも大切でかけがえのない存在であるのだから。
「星空好きの初代店主さんとは気が合いそうだなあ……その店主さんが開いた不思議な本屋さんで本作り、楽しそうです!!」
百年以上前に亡くなってしまった初代店主さんのことを思えば、とても惜しいという感情が心の中から溢れてくる。
叶うのならば、生きている間にお会いしてみたかった。星好きの同士として、きっと楽しい会話が出来たに違いないから。
初代店主さんが遺した品々が店内を彩り、その存在を昨日のことのように感じられるこの書店で。世界に一冊だけの本を創るのだ。なんとロマンチックなことだろう。
真宮・奏(絢爛の星・f03210)は、これから訪れる本作りの体験に早くも瞳を煌めかせている。
家族三人、書店の奥へと案内されれば。各々の作りたいものを頭の中で描きつつ、それぞれ必要な材料を揃え始める。
「一度、整理してみてもいいと思ってね」
長机の上に響が広げたのは、三年間にも及ぶ猟兵生活の間で、沢山撮り溜めてきた何十枚もの写真。その数がいったい何枚あるのか、写真を持ち込んだ響だって詳しく記憶していない程の――膨大な数だ。
長かったようで、短かった三年間。その間に、家族三人で数多くの催しに参加してきた。
世界の存亡を賭した大戦に身を投じることも一度や二度の話では無かったし、その世界特有のイベントに参加することもあって。
「わあ、懐かしい! こんなこともありましたね!」
「こうして振り返ってみれば、色々な出逢いや別れがありましたね」
響が広げた写真を、奏と瞬が覗き込む。
世界各地で出逢った様々な人々と一緒に映ったものや、家族団欒を捉えた日常の何気ないワンシーンも。
忘れていたものも、未だに色濃く記憶に残っているものも。本当に、沢山の出来事があったのだ。
そして――この三年間がそうで在ったように。これからも、様々な出逢いや出来事が三人を待っているに違いない。
「作りたいのはポップアップ絵本、飛び出す絵本です!!」
表紙となる布に、台紙、それから色とりどりの紙とペンの数々。ざぁーっと奏が運んできたのは、ポップアップ絵本を作る為に必要な材料で。
しっかりとページを開いた時に飛び出すように、仕掛けを丁寧に作ったり、飛び出すパーツとなる絵を描いたり。手間がかかる本ではあるけれど、その分、完成した時の感動と喜びも一入だ。
「飛び出す星に星の下で遊ぶもふもふの動物達!!」
奏が考えていたのは、星の下で遊ぶもふもふな動物達の物語。星ももふもふな動物も、その両方が好きな奏にとって、どちらも登場人物としては欠かすことのできない存在で。
皆仲良く、絵本の中に登場させてしまおう。その方が、絶対に楽しいに決まっているのだから。
「手先が不器用なんで、動物がちょっと歪むかもしれませんが、職人さんのお手伝いで頑張ります!!」
ポップアップ絵本の命でもあり、見せ場でもある、絵と飛び出す仕掛けの工程。手先の器用さにはちょっと自信が無い奏であるから、星や動物がきちんと飛び出すか、心配であったけれど――そこは、職人さんの手を借りて。
ググっと奏はやる気十分で、裁断された紙達に向き合って。まずは、飛び出す仕掛けの土台となるページと文章作りに取り掛かるのだった。
「やはり、魔術師としては魔導書を製作したいところ」
魔導書を作るのならば、恐らく王道の素材である羊皮紙。瞬は迷わず羊皮紙を素材として使うことを決めていた。
武器として、魔術師としての友として。
これから頼もしい相棒となる存在を製作するにあたって、文字や術式の記入間違いは一番避けたいことであった。一字一句にでも間違いがあったのなら、魔術は発動しないのだから。
まずは、中身に綴りたい魔術に間違いがないか念入りに確認して。配置のガイドラインを薄っすらと羊皮紙に記入していく。
レイアウトが終ったのなら、いよいよ筆記だ。
下書きやガイドラインをそっくりなぞるようにして、間違いが無いように。瑠璃色の染料入る小瓶に羽ペンを浸すと、ゆっくりと文字列を紡いでいく。
「思い出の写真をアコーディオンアルバムにしてみたい。初めての作業だからね、手伝いを頼むよ」
やる気十分で絵を描いている奏に、真剣な面持ちで文字を書いていっている瞬。
邪魔をしないように、そっと二人の子どもの様子を伺った響は静かに微笑を湛えた。二人とも、作業は順調のようだ。
さて、と。響の視線は二人の子どもから、手元の写真へ。どれもこれも捨てがたいが、その全てをアルバムに収めようとすると――何冊必要になるか、予想が付かなかったから。
「選ぶのに手間がかかりそうだが、3人写っている写真を優先しようか。僅か3年だが、子供達の成長の軌跡を並べていくと感慨深いねえ」
僅か三年。何十年と連なっていく長い人生のことを思えば、ほんの一瞬きのような時間の流れ。
けれども、子ども達の成長を実感するには十分な時間だった。
三年の間に背も伸び、出来ることも増え――あっという間に、響の隣に並ぶ程頼もしい存在となって。
成長した分、二人がこれから触れる世界もグッと広がって行くことだろう。
子ども達のこれからもまた、間近で見守れることを祈りながら。響はそっと、選び終わった写真を横に置いた。
「時間の流れが分かるように。最初のページから、徐々に今へと向かっていく配置にしようか」
一見すると複雑そうな作りに見えてしまうアコーディオン・アルバムだが、その作りは簡単なものだ。
折り終わった本文紙の束。それを、きちんと開いた時にアコーディオンの形となるように気を付けながら――折り目が互い違いになるように、上へ上へと重ねていく。
紙の上下左右と裏表が、全て一緒の方向を向くようにすることも、忘れずに。
そうして本文紙の束を積み終わったのなら、位置がずれないように職人に手伝ってもらいながら。下から順に、糊付けを行っていった。
「星の本ですから、表紙は金細工で飾りたいなあ……ちょっとレベルが高いけど、頑張ります!!」
難関であった飛び出す仕掛けも、何とか終えて。
仕掛けの基本は、飛び出すイラストをハの字か逆さハの字に貼ることや、左右バランス良く平行に配置すること、なんて。職人さんがなんて事の無いように言うのだけれど。存外、これが難しい。
それでも、職人さんに手伝ってもらいながら、頑張って試行錯誤したおかげか――ページを開けば、本当に絵本の世界から動物や星が飛び出してきたかのように、奏の目の前に現れて。
ちょっと不器用な手書きのイラストも、温かみがあって可愛らしい。
勢いそのままに表紙を包み終わったのなら――後は、表紙の装飾だけだ。
星形の刻印で金の箔押しをしたり、ホットペンで箔をなぞって手描きの星を散りばめたり。夜色の表紙に、奏は星を生み出していく。
「かなり大掛かりですので、職人さん達の助けが欲しいですね。お手間おかけします」
魔術や術式を記すことよりも、革を表紙として取り付けていく作業の方がひょっとしたら、気が抜けないのかもしれなかった。
本文紙の大きさに革を裁断して。表紙として取り付けて。かなり大掛かりな作業であった手前、職人さん達にも手伝ってもらいながら。
そうして瞬が取り付けた表紙の革は、不思議とずっと前から触れていたかのようにスッと手に馴染んだ。
今はピンっとしたこの革も、愛用し続けていくにつれて、もっとずっと柔らかく、手に馴染んでくるに違いない。
熱した刻印を押し付け、銀の箔で題字を記したのなら――瞬専用の魔導書の完成だ。
自分専用にカスタマイズされた魔導書なら、今までの何倍以上も響と奏を護る為の力が発揮できるに違いない。
「とてもいい魔導書が出来ました。これなら、母さんと奏を守るのにより一層力が入りますね。満足です」
「夢のような素敵な本が出来ました!! 宝物にしますね!!
出来上がったばかりの魔導書の手触りと使い心地を確かめている瞬の横で。嬉しさのあまり、ポップアップ絵本を抱えたままの奏が、くるくると回っている。
「いいアルバムが出来た。家に飾ろうかね。って、はしゃぎ過ぎて周りに迷惑をかけるんじゃないよ?」
「はーい!」
青い鳥が小花を咥え、蝶が飛び。葉が茂り、幾つもの花が咲いて。そんな、「家族の思い出」と花文字で記された表紙は、響手書きの花文字によって、春爛漫の素敵なアルバムなっていた。
そして――拍子に刻まれた文字の隣にそっと添えられたのは、インカローズの煌めきだ。穏やかな色合いのインカローズは、優しく家族の刻を見守っている。
時間をかけて変わっていくものもあれば、目の前の瞬と奏の様子の様に、変わらないものもまた在って。
完成した記念に、また一枚と。響は瞬と奏に声をかけると、各々が製作した本と共に写真撮影に入るのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
オリビア・ドースティン
【同行者:ウィリアム・バークリー(f01788)】
②
このようにゆったりと書店を巡るのも良いですね
私も気になった本を購入したので読書と参りましょう
「注文は何時ものものですね、かしこまりました」(慣れた様子で店員に注文しつつ)
私が購入したのは
『和装の管理・手入れの上達術』『心を満たす家庭料理』『伊勢の旅人』
家事関係2冊と小説が1冊です
主にスキルアップと息抜きが目的なのでこのようなラインナップです
粛々と読み進めていきます
そしてウィリアム様もかなり読み進めたようですね
「推理小説ですか?では良ければお薦めを教えていただきますか?」
同じ物を読めれば話も弾むと思いますので
ウィリアム・バークリー
オリビア(f28150)と
②
ぼくがサクラミラージュに来る時って、大抵は帝都桜學府諜報部が噛んだ案件の処理だから、こうして肩の力を抜いて遊びに来られるのはすごく安心するよ。
オリビアも一緒だしね。
さてと、目に付いた本を色々買ってきたし、ブックカフェでのんびりと読んでいこう。
悪いけど、オリビアは注文しておいて。いつもので。
買い込んだ本をテーブルに並べる。
『幻朧桜百選』『西班牙紀行』『茶の伝来』『異世界の侵略に備えよ』『幻朧戦線、その真実』。
うん、どれも面白そうだ。読んでたらすぐに時間が過ぎちゃってそう。
オリビアの方は、どんな本にしたのかな?
ああ、実用的だね。たまには推理小説の一冊でも読んでみたら?
●
不死の帝がこの地を治める、サクラミラージュの世界。
帝都を元に、全ての国家が統一されている為か――表向きは、至極平和な世界である。
しかし、中にはUDCアース基準で言うところの大正時代が七百年以上も続いていることに、良く思わない連中も確かに存在しているのだ。
「停滞こそが衰退」とでも謳うかのように。血気盛んな彼らは、一般人を巻き込むことすら微塵も躊躇う気配をみせずに犯行に及ぶ。
そして、彼らが引き起こす事件の中には繋がりや詳細が不明なもの、大規模なものも多く――だからこそ、それ関連の事件に赴くときは、自然と気も張るものなのだが。
今回ばかりは、肩の力を抜いてサクラミラージュの世界を楽しむことが出来そうだった。
「ぼくがサクラミラージュに来る時って、大抵は帝都桜學府諜報部が噛んだ案件の処理だから、こうして肩の力を抜いて遊びに来られるのはすごく安心するよ。オリビアも一緒だしね」
ウィリアム・バークリー(“ホーリーウィッシュ”/氷聖・f01788)の脳内を凄まじい勢いで巡っていくのは、今まで関わってきた事件の諸々だ。
どれもこれもが緊迫した展開の連続で。サクラミラージュの世界を訪れることは数多くあれども、ゆっくりと街並みを楽しむ機会は――あまり無かったような気さえする。
大樹がその枝を空へと向かって、無数に広げるかのように。街の発展と共にあっちへこっちへと、分岐と合流を続けている赤煉瓦の通りの行きつく先は、いったい何処なのやら。
狭く、広く。通路が敷かれた年代もバラバラなためか、道幅も不揃いで。そして、その道の両端に延々と古書店や書店が連なっているものなのだから、気になる書店を絞ることは至難の業だった。
街の平和を噛み締め、幻朧桜彩る街並みをゆったりと歩みながら。ウィリアムの視線の先には、オリビア・ドースティン(西洋妖怪のパーラーメイド・f28150)の姿がある。
「このようにゆったりと書店を巡るのも良いですね」
オリビアがそう言って穏やかに微笑むものだから、ウィリアムもまたつられるようにして微笑を浮かべた。
何軒か二人一緒に書店を巡って。そこで、目についた本や気になった本を購入してきていた。
世界が変われば、掃除や料理といった家事に纏わる常識も変わってくるもので。
興味のある本を探す傍らで、ふと目に着いた本をパラパラと捲るだけでも、メイドとしての勉強になった。
特に、和食と呼ばれている料理の調理方法や、サクラミラージュの世界の女中向けに書かれた本に乗っていたしつこい汚れの落とし方なんかは、日常でも役立ちそうで。
これも、メイドとしてより一層役立てるようになるため。家事や仕事の勉強に余念は無いのだ。
「さてと、目に付いた本を色々買ってきたし、ブックカフェでのんびりと読んでいこう」
「私も気になった本を購入したので読書と参りましょう」
煉瓦の通りを歩き回って、数店の書店で買い物をしてきたウィリアムとオリビア。それぞれ思っていた本も買えた為、ブックカフェーで少し休憩だ。
文明開化の頃合いを思わせる二階建ての洋館を模したこのカフェーは、内装も当時のまま刻を止めてしまっているかのようで。
黒檀のような美しい光沢を放つアンティーク調のテーブルに、猫脚のチェアが二脚。
向かい合わせで席に座ったウィリアムはオリビアに注文を頼み、先程買った本をテーブルの上に取り出し始める。
「悪いけど、オリビアは注文しておいて。いつもので」
「注文は何時ものものですね、かしこまりました」
口に出さなくとも、「いつもの」で通じる二人のやり取り。それが、二人付き合いの長さを表しているかのようで。
オリビアはすっかり慣れた様子で、カフェーのメイドへと「いつもの」メニューを注文した。
「うん、どれも面白そうだ。読んでたらすぐに時間が過ぎちゃってそう。」
『幻朧桜百選』『西班牙紀行』『茶の伝来』『異世界の侵略に備えよ』『幻朧戦線、その真実』――……。
幻朧桜の名所ばかりを纏められた本は、いつか巡ってみるのもきっと楽しいだろうから。
幻朧戦線の本は、単純に気になったからだ。「影朧兵器」を市井で用いることもある彼らの動向には、常にも目を光らせておきたかった。
他にも、数冊。ズラリとテーブルの上に並べた、自分が購入した本を眺めれば、料理が運ばれてくるまでの間だって惜しくなってしまう。早く内容に目を通したい。
パラパラと少しページを捲ってみるだけで、気になる記述が目を惹いた。どれもこれも気になるものばかりで、どれから読もうか。贅沢な悩みだった。
「オリビアの方は、どんな本にしたのかな?」
「私が購入したのは、家事関係2冊と小説が1冊です」
オリビアがウィリアムに見せたのは、家事の本と小説だ。
『和装の管理・手入れの上達術』『心を満たす家庭料理』『伊勢の旅人』――……。
和装の管理と手入れは、洋装のそれとはまた異なっている。シミやカビ、虫や紫外線と天敵も沢山だ。畳み方や保管の仕方も、皺にならないしっかりとした方法がある。
メイドとして、和装の管理だってきちんと出来た方がスキルアップも繋がるはずで。
サクラミラージュなら、自分が知らない手入れや管理の方法を纏めた本があると思っていたから。
それに、サクラミラージュ特有の料理が載ったレシピ集だってオリビアの興味を惹いた。この本があれば、日々の料理のレパートリーの幅が広がるだろうから。
「主にスキルアップと息抜きが目的なのでこのようなラインナップです」
「ああ、実用的だね。たまには推理小説の一冊でも読んでみたら?」
「推理小説ですか? では良ければお薦めを教えていただきますか?」
読書に集中するあまり、料理が届けられたことすら気付かないところだった。
黙々とページを捲り、お互いに本を読み進めながらも。時折は読んでいる本から顔を上げ、読んでいる本の感想や雑談を交えながら。
二人の時間は、ゆるやかに流れていく。
「同じ物を読めれば話も弾むと思いますので」と。読書の傍ら、オリビアがウィリアムにお勧めの推理小説を尋ねれば。
席を立ったウィリアムが、少しして数冊の推理小説を手にして戻ってくる。
貸出は行っていないが、カフェー内ならば棚から持ち出し、自由な場所で読んでも良いらしい。
丁度良い長さの時間で読み終えることができるくらいの、程良いページ数のものばかりだ。
オリビアの前に数冊、お勧めを広げたウィリアムは早速簡単なあらすじと共に本の紹介を行っていく。
「こっちは有名だけど、土砂崩れで陸の孤島になったお屋敷が舞台の推理小説だね」
「お屋敷や洋館が舞台の推理小説は、他の世界でも見かけますが、この世界でもあるのですね」
「世界問わず人気のあるテーマなのかな。あと、こっちはメイドが主人公の物語だよ」
「メイドが主人公なのですか」
「オリビアも共感できるところがあるかもしれないね」
ウィリアムが舞台や登場人物の異なる数冊を紹介してみれば、主人公がメイドだという推理小説が気になったらしいオリビア。
勧められるままに早速手に取り、ページを捲り始めている。
どうやらかなり集中して読み込んでいる様で――推理小説の感想をあれこれと交わして、盛り上がる時も近いだろう。二人で同じ推理小説を読み進めながら、犯人やトリックを推理してみるのも、面白そうだ。
すっかり物語の世界に夢中になったオリビアを眺め、ウィリアムはそっと口元に笑みを浮かべた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
シズ・ククリエ
◆■
製本教室
本が作れるんだって、楽しそうだ
フィルもそう思わない?
『ああ!面白そうなモンが見れそうだ!』
喋る武器の電球杖フィラメントも楽しそうに
チカチカ灯りを点してる
おれが作るのは革装丁の魔導書
書き記した文字や絵図から
記憶や記録を呼び起こすことが出来るもの
おれってば一回記憶を落としてるからね
忘れないようにしときたいの
夜空を思わす青の革
繊細な線で描かれた勿忘草と紫苑は
しろがねの箔押して
忘れぬようにと
栞紐に白の雛罌粟の銀細工結んだら完成
『中々の出来じゃないか?』
当然!これでも器用なんだから
コイツには沢山覚えていて貰わないといけないからね
記念に名前でもつけてあげようか
始めの頁
記したおまえの名前は――
●
頭の上にどっしりと居座る、気怠い眠気は今日もどっかに行ってくれやしなくて。
とろんと下りてくる瞼を擦りながら、煉瓦の通りを歩いていたところ、ふと、殆ど閉じかかっていた瞳が気になる単語を捉えたような気がしたから。
だから、シズ・ククリエ(レム睡眠・f31664)は、常よりも少しだけ目を開かせて。目の前に書かれたその案内を、じぃっと穴が開くほどに見つめている。
ぱちぱちと薄氷宿る双眸を瞬かせた先にあったのは――「製本教室」という四つの単語。
気になったら、後は自然と足取りがそちらの方へと向かっていた。
「本が作れるんだって、楽しそうだ。フィルもそう思わない?」
『ああ! 面白そうなモンが見れそうだ!』
そう語るシズは声にさえ、眠気が滲んでしまっている。
眠たそうな力抜けた平坦な声で、しかし、何処か声の調子を楽しげに弾ませながら。シズの問いに一際チカチカと灯りを点滅させて答えたのは、シズが手にする喋る武器の電球杖フィラメントだ。
全身で楽しみを表現するかのように、強く灯りを点灯させているフィラメント。
シズが眩しそうに双眸を細めたのに、遅れて気付いたのか――『おっと、スマン!』と、フィラメントは慌てて灯りの強さを弱くした。
「おれが作るのは革装丁の魔導書」
『ヘー。魔導書にするんだナ!』
手も足もないはずなのに、何故だかフィラメントに小さな四肢が付いている錯覚が見えるような。
実際には動けないのだけれども――製本体験を面白がって、今も覗き込むような素振りを取ろうとしているフィラメントを背後に、シズは魔導書の中身となる紙を同じ大きさに裁断していく。
本当に記憶を無くしたのか。それとも、造られたから記憶なんて元から無かったのか。
記憶喪失であるシズには、それすらも分からないし、判断が付かない。
どうにもあったらしい「一度目」のことを考えて。二度目は無いようにと、記憶や記録を呼び起こすことが出来る魔導書を作るのだ。
この魔導書があったのなら、同じようなことがあったとしても――忘れずに、思い出せるだろうから。
革装丁の魔導書の中に書き記される予定であるのは、呪文である文字や、術式となる絵図。これらを媒介に、記憶や記録を呼び起こせるように。
「おれってば一回記憶を落としてるからね。忘れないようにしときたいの」
綺麗に裁断し綴じ終えた、本となる前の紙の束。
それを包み込むのは、夜空を思わせる、落ち着いた色合いの青の革だ。
今にも解けて途切れてしまいそうな程。しかし、その線は決して途切れることは無く――夜空の上に、花々の形を描き出している。
(「忘れぬように、と」)
繊細な線の連続で描かれたのは、勿忘草と紫苑の花々。
勿忘草は、「私を忘れないで」。紫苑は、「追憶」――花が宿す言葉に、自身の思いを重ねるように。刻むのは、しろがねの箔だ。
忘れぬように。刻印に、一層力を籠めて。箔を押す。
『中々の出来じゃないか?』
「当然! これでも器用なんだから」
仕上げとして、シズが栞紐に結びつけたのは、雪のように真白い雛罌粟の銀細工だ。
今しがた栞紐の終わりにぶら下がったばかりのそれは、チリリと涼やかな音色を奏でてシズとフィラメントのことを見上げている。
なかなかに失礼なことを言ってみせたフィラメントに対して、シズが不本意だと抗議するかのように、「当然!」と少しむくれて振り返るその様を――じっと眺めているかのようだった。
「コイツには沢山覚えていて貰わないといけないからね」
『ちっとは自分で覚えようっていう気は無いンですかねェー!』
「うるさいなあ」
フィラメントが何やら騒いでいるが、それは放置しておくとして。
シズが作業台であった長机の上から魔導書を持ち上げると、そっとその背を撫ぜる。コイツとは、長い付き合いになりそうだ。
「記念に名前でもつけてあげようか」
記念すべき、最初のページ。まだまっさらな白紙が続くばかりのそこに最初に記すのは、コイツの名前。
「これからよろしく」という、その意味も込めて。少し考えた後、そこに記したおまえの名前は――。
大成功
🔵🔵🔵
荻原・志桜
◆
🎲🌸
ディイくん!あっちに行ってみよっ
赤煉瓦の街並みはお洒落で心が躍る
こっちー!と彼を呼びながら
散策し乍ら興味深そうに古書店を覗き込み
わあ!猫の模様大辞典だって
あ、これハート形だ!こっちはなんだろ…お星様かな?
ふふ、パンダみたいな子もいるよ。かわいいねぇ
ディイくんは最近どんな本を読んだ?
意外なジャンルを聞いた気がして
聞き返そうとしたとき目に留まる絵本専門店
行ってみようと近寄って
探すのは魔女の物語
にひひ。いまも集めちゃうんだぁ
小さいとき何度も読み返したあの時間を思い出させてくれる
いつかわたしだけの絵本を作りたいんだ
ちょっと恥ずかしくて言ったことなかったけど
そのときは一番最初に見てもらいたいな
ディイ・ディー
🎲🌸
おっと。待てよ、志桜
はしゃぐ彼女を追う気紛れ散策も偶には良い
普段は電子書籍で済ませちまうが、形ある本も趣がある
へぇ、面白そうじゃん
俺らの猫達は黒猫と白猫で模様らしい模様がないからな
パンダも好きだよな、志桜
けど頁をめくる度に目を輝かせる志桜が一番可愛い
最近は新聞と仕事の報告書くらいしか読んでないな
志桜と付き合う前は恋愛小説を読んで勉強……いや、何でもない
どうした、何か見つけたか?
魔女の本か。志桜らしくて良いと思うぜ
小さい頃から大事にしてるって絵本を今も持ってるもんな
しかし、そんな夢を持ってたのは初めて聞いたな
それは光栄だ。俺からもぜひ頼む
桜の魔女の一番は、いつでも俺でいさせて欲しいからさ
●
少しだけ。本当に少しだけ緩やかな下り坂になった赤煉瓦の通りを進めば、弾むような足取りも自然と早いものになる。
背中を押すのは、新緑の香りを運ぶ初夏の風。緯度の高い場所にあるこの街では、夏の訪れは遅いものとなるけれど――それでも、流れ行く風は確かな季節の変化を予感させてくれた。
「ディイくん! あっちに行ってみよっ」
この街特有の、赤煉瓦の街並み。魔女や妖精、精霊と言った存在がひょっこり紛れていても、おかしくは無さそうで。
目の前に広がる童話のような街並みに、それだけで荻原・志桜(春燈の魔女・f01141)はワクワクで心が躍った。
深緑の蔦に呑まれた煉瓦造りの建物に、終わりなく伸びている赤煉瓦の通り。遠くに見えるのは、仲良く突き出た二つの塔が特徴的な――この街の名所でもある大聖堂。
何処を切り取ってみてもお洒落な街並みに、志桜の足取りは早まる一方だ。
「ディイくん! こっちー!」
「おっと。待てよ、志桜」
下り坂なのに。それに構うことなく、歩きながら振り向いて。大きく手を振ってみせる彼女のことが、ディイ・ディー(Six Sides・f21861)は少し心配だ。
転ぶことは無いとは思うが、それでも万一のことを思うと。
だが、こうして彼女に名前を呼ばれるのは悪くない。前を歩む志桜が時々立ち止まり、こちらへ向かって大きく手を振る度に自然と頬が緩むのも自覚できた。
大きな声で自分を呼ぶ彼女に手招かれるまま。ディイは少しだけ駆け足で、広がりつつある距離を詰めていく。
延々と分岐と合流を繰り返している赤煉瓦の通りを、興味と好奇心に駆られるまま気紛れに散策して。
時々、気になる古書店があったら、ちょっとだけ覗き込んだり、立ち寄ったり。
はしゃぐ志桜が先導する形となり、気ままに街を散策するのも、偶には良い。
「普段は電子書籍で済ませちまうが、形ある本も趣があるな」
そうして古書店を梯子すること、何店目かのお店にて。
店内には古書特有の懐古的な香りが漂い、天井近くまで伸びた背の高い棚にはびっしりと古書が詰められている。
手軽さと利便性を取るならディイが普段読んでいる電子書籍だが、形ある本も歴史と雰囲気があって趣が感じられる。
「偶には形ある本も良いかもしれない」と、古びた書籍の背をなぞっていたディイの元へ、無邪気な志桜の声が響いて来た。
「わあ! 猫の模様大辞典だって」
志桜が発する明るい声に導かれるまま、そちらの方へと向かってみれば。
ディイの目に、『猫の模様大辞典』と書かれた分厚い辞典を捲る志桜の姿が飛び込んでくる。
見覚えのある柄には声を弾ませたり、珍しい色柄には、ぐっとページを覗き込んで見つめたり。辞典のページを捲る彼女はとても楽しそうだ。
「あ、これハート形だ! こっちはなんだろ……お星様かな?」
背中に大きくハートの形を持つふわふわな猫に、少し歪な――それでも、星だと理解できる模様を身体のあちこちに散らした、ワイルドで強面な猫に。
中には身体の一部に、猫のシルエットの様な柄を隠し持っているにゃんこの姿もあった。
時には、何の模様なのか問題を出しているページもあって。予想をしながら読み進めていく瞬間が、志桜には堪らなく楽しいものだった。
「へぇ、面白そうじゃん」
彼女の視線も、表情も。その全ては、先程から目の前の猫の辞典ばかりに注がれている。それに、上る話題も猫ばかりと来た。
辞典に載っている猫の模様と猫の写真の数々に、頬を淡い桜色に染め上げて。
猫ばかりで一向に自分に向けられる気配の無い視線に、ディイの心に湧き上がるのは微かな独占欲――少しはこちらを見たって良いだろうに。
ほんの少しだけ、存在感を敢えて滲ませて。ディイが志桜のすぐ背後から彼女が読んでいる辞典を覗き込んでやれば、若葉の様な緑の色彩が自分だけに向けられた。
「ふふ、パンダみたいな子もいるよ。かわいいねぇ」
「俺らの猫達は黒猫と白猫で模様らしい模様がないからな。パンダも好きだよな、志桜」
二人の猫は、それぞれ黒猫と白猫で。模様らしい模様が無いから、辞典の内容に志桜がつい夢中になるのも、分からなくはない。
辞典の猫達に、パンダに、それから自分達の猫。志桜が指折り、可愛いと思う動物達を数えては頬をへにゃりと緩ませる。
どの子もとても可愛らしくて、優劣なんて絶対に付けられない。どの子も皆等しく、一番可愛らしいのだから。
(「けど頁をめくる度に目を輝かせる志桜が一番可愛い」)
志桜は動物が可愛いと言うけれども――ディイにとって、何よりも一番可愛いのは目の前の志桜の存在だ。
じゃれ合う子猫に目を輝かせたりしたかと思えば、次のページに載っていた猫に驚いてみせたり。
くるくると万華鏡のように宿す表情を変える彼女のことは、ずっと眺めていても飽きることが無いだろう。
「ディイくんは最近どんな本を読んだ?」
「最近は新聞と仕事の報告書くらいしか読んでないな。志桜と付き合う前は恋愛小説を読んで勉強……いや、何でもない」
辞典のページから顔を上げた志桜はふっと笑んで、ディイへと問いかける。
その無邪気な笑みについうっかり、ディイも口を滑らせてしまいそうになって――慌てて、「何でもない」と喉元まで出かかっていた言葉を押し戻した。
恋愛小説を読んで色々と勉強していた、なんて。そんな格好悪いことは、彼女に言えるはずもないし、言うつもりもない。そして、教えるつもりもない。
これは、ディイだけの秘密なのだから。
「恋愛……?」
彼の口から、到底飛び出すとは思わなかった意外なジャンル。それが聞こえた様な気がして。
口元に手を当てて何故か気まずそうに視線を逸らすディイのことを、志桜はきょとんと見つめている。
今のは、聞き間違いだったのだろうか? それとも、本当に読んでいたりして……?
恋愛小説のことを聞き返そうとした、丁度その瞬間。口を開いた志桜の視界の端を掠めたのは、落ち着いた赤煉瓦の街並みでは一際目を惹く――絵本専門店の存在だった。
目に留まったカラフルな色合いに導かれるままに。『猫の模様大辞典』を棚に戻して、「行ってみよう」と近寄っていく。
「どうした、何か見つけたか?」
ふらり、と。花を見つけた蝶の様に。
何かに導かれる様にして、通りの反対側に向かい始めた志桜の後ろ姿に首を傾げながら、ディイは彼女の後をついていく。
「あっちに絵本専門店があるのに気付いちゃって」
「じゃあ、行ってみるか?」
「うん!」
そうして、二人一緒にカラフルな絵本専門店に足を踏み入れたのなら――様々な絵本達が一斉に、志桜とディイのことを迎えてくれた。
背の低い棚の間を見て回りながら。志桜が探すのは、魔女の物語が描かれた絵本の存在。
「にひひ。いまも集めちゃうんだぁ」
困っている人々を助ける魔女の話に、魔女と魔女見習いの話に。他にも、色んな魔女の物語があった。
そうして、棚にかくれんぼしていた目的の絵本達を探し出した志桜は、両手で数冊の絵本をぎゅっと抱え、とても嬉しそうに笑み綻ばせるのだ。
小さいときに、何度も読み返した絵本。それこそ、ページの端が擦り切れてしまうくらいに、たくさん。
魔女を夢見て、魔法に憧れて。魔女の物語の絵本を手に取ったのなら。いつでもあの時間に戻れるような気がしたから。
「魔女の本か。志桜らしくて良いと思うぜ。小さい頃から大事にしてるって絵本を今も持ってるもんな」
両手で抱えられるギリギリまで。たくさんの魔女の物語を持って帰ってきた志桜の姿に、ディイは優しい笑みで「お帰り」を告げた。
両手で魔女の物語を抱えたまま――目じりを下げて、花が綻ぶような穏やかな表情で。真っ直ぐに。志桜はディイへと、自身の「夢」を言葉として紡いでいく。
「いつかわたしだけの絵本を作りたいんだ」
「しかし、そんな夢を持ってたのは初めて聞いたな」
「ちょっと恥ずかしくて言ったことなかったけど、そのときは一番最初に見てもらいたいな」
「それは光栄だ。俺からもぜひ頼む。桜の魔女の一番は、いつでも俺でいさせて欲しいからさ」
声にして答えなくとも――答えはずっと前から、決まっている。
ディイにとっての一番が、志桜であるように。志桜にとっての一番も、また。
ディイの優しい声に導かれるかのように。桜の魔女は――彼の言葉に「にひひ。もちろん!」と、満面の笑みを浮かべるのだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
尭海・有珠
【星巡】
◆④
私が作るならともかくレンが魔導書とは珍しい
…随分と嬉しそうな顔だと思いつつ悪い気はしない
私もどうせならレンに渡すものをこっそり作ってみるか
見えないよう作るのに同意しつつ
完成したら是非見せてくれと応え製作へ
戦いの中レンが使う姿が想像できないし邪魔にならなさそうな豆本にしよう
中身は自動発動するお守り代わりになりそうなものを仕込んでおくか
表紙は夜空に似た濃藍に、縁に控えめな金の箔押し月モチーフの模様
中心部にはめ込んだ赤虎目石はより邪気を祓い、身を護る後押しとなるように、と
えっ、私にか?
…私もレンに、と思って作ったものだから
交換、だな
へらりと嬉しそうに
キミのつくった本を抱き締めてしまうんだ
飛砂・煉月
【星巡】
◆④
本と聞いて浮かんだのは隣のキミ
あっは、オレが魔導書とか珍しい?
仕方ないよ、だって有珠を思い出しちゃうんだもん
折角だし各々見えないように作ろうか?
キミへのプレゼントにしとは言えないから
へらりとその方が一寸ドキドキしない?なんてさ
拘るのは表紙かな
蒼い深海を思わせる鮮やかな色に泊で星屑を鏤めて
欲の様に入れる、蒼に抱かれた緋色の三日月はタイトルの横へ
タイトルはキミが書き込めるように空白の儘
効果は出来る事なら
んと有珠が使う力を補助したり
効力を上げるものに出来たらイイな
はい、有珠どーぞ!
え、オレにも?
交換とかちょー幸せ!
緩む頬は隠しなんてしない
八重歯を見せ笑って、有珠が作った本を大切に抱くんだ
●
本と言えば?
恐らく、聞く人によって無数に異なった回答を齎してくれるその質問。図書館と答える人も居るだろうし、読書感想文と答える人も居るだろう。
そして、飛砂・煉月(渇望・f00719)が「本と言えば?」と問われたのなら。
恐らく、真っ先にイメージするのは隣のキミ――尭海・有珠(殲蒼・f06286)のことだ。
有珠と本は切っても切り離すことのできない存在だと、煉月はそう思っている。
「私が作るならともかくレンが魔導書とは珍しい」
魔術に関わる者が、一度は手にする魔導書という存在。
その例に漏れず、レトロウィザードでもある有珠にとって、魔導書とは気心の知れた友人の様なものであるのだが。
隣で何やら妙にニコニコとご機嫌な様子である煉月が「魔導書」とは、どういう風の吹き回しだろう。
彼にしか分からないきっかけが何かあったのかもしれないが、有珠にとって少しばかり意外なことであった。
「あっは、オレが魔導書とか珍しい?」
白い八重歯をひょっこりと口の端で光らせながら。煉月はくるりと有珠の顔を覗き込むようにして振り返ると、またニコニコ。
「有珠の考えていることはお見通し!」と言うように、先程からその赤い瞳を楽しげに細めている。
だって、煉月とっては「有珠=本」というくらい、頭の中で強く結びついてしまっているのだから。意図しなくても有珠のことを連想させてしまう本に、纏う雰囲気も自然と柔らかなものになってしまう。
「仕方ないよ、だって有珠を思い出しちゃうんだもん」
「仕方ないよ」と繰り返し告げてみせる煉月に、「そうも嬉しいものだろうか?」と有珠は少しばかり首を傾げつつも。
不思議と、煉月にそう言われて悪い気はしない有珠で。
「折角だし各々見えないように作ろうか?」
思い付くままに煉月が吐いた言葉に隠したのは、少しの本音。勿論、各々見えないように作るのもまた、ワクワクして楽しいだろうけれど、それよりも。
煉月が心に思うままに「キミへのプレゼントに」――とは言えないから。
素直に言葉に出来ぬ心の代わりに、へらりと笑みを浮かべ、有珠へと誘いかける。
「その方が一寸ドキドキしない?」
「まあ、そうだろうな。ドキドキするだろうな」
煉月の誘いに同意を示しつつ。有珠もまた、心の中で考えていることがあった。
(「私もどうせならレンに渡すものをこっそり作ってみるか」)
丁度、各々見えないように、と。そうレンからお誘いがあったところであったし、これも何かの縁だろう。
サプライズじみた贈り物も、偶には悪くない。どういう本にしようか、と。少し考えただけで、有珠の頬が仄かに緩んだのは――きっと、気のせいではない。
「完成したら是非見せてくれ」
「有珠の方こそ!」
お互いに良い本が完成することを祈り合って。本が完成するまでの間、少しの間のお別れだ。
賑やかに二人一緒に作るのも良いだろうけれど。相手が作る本に想いを馳せながら、一人で黙々と作業を進めていくのもまた良いだろうから。
さて、と。
広い工房の片隅、煉月の作業風景が丁度隠れる位置の作業台を確保した有珠は、彼へ作る本はどのようなものが良いか、ふむと顎に手を当てて考え始める。
自分が使うことを前提で作るのならば、魔導書一択であるのだが。煉月が魔導書を使うかと問われると――。
(「戦いの中レンが使う姿が想像できないし」)
戦いの中、颯爽と魔導書を構えて魔法を使う煉月の姿。
どうしたって想像できないそれを、無理やりイメージにしようとしたところで……有珠はふっと瞼を伏せ、ゆるゆると頭を振る。そんなこと、天と地がひっくり返ったって起こり得る訳が無いだろう。
「邪魔にならなさそうな豆本にしよう」
だから、お守りとなる豆本を。
これならば、戦闘で激しく動き回ったって、行動の邪魔になることは無いはずだから。
「中身は自動発動するお守り代わりになりそうなものを仕込んでおくか」
中には、煉月の身を護る護符や札、護りの術式を刻んだ、身代わりとなるものを仕込んでおこう。
お守り代わりになるそれらを作る間中、籠める思いは一つだけ――怪我をしないように、と。ただそれだけを。
(「身を護る後押しとなるように」)
表紙に据えるは、夜空にも似た濃藍の布地。
穏やかな夜色の空に隠れるようにして。時折、夜空にひっそりと紛れ込んだ金糸と銀糸が星の様に静かな煌めきを放っていた。
夜空を縁取るのは、控えめにその光を放つ金の箔押しの模様で。
月をモチーフにした優しい漣のような縁取りが、ぐるりとお守りとなる豆本を包み込んでいる。
仕上げに、と。最後に有珠が手にしたのは赤虎目石だ。
邪気を払い、身を護る後押しとなることを願い――その想いを石に託して。有珠は表紙の中心部に、赤虎目石をはめ込んだ。
(「これなら」)
お守り代わりの豆本ならば。
きっと、煉月のことをすぐ傍で護ってくれるだろうから。
「拘るのは表紙かな」
有珠が豆本制作に集中していたその頃。煉月もまた、気合十分で作業台に向かっていたところだった。
どれもこれも拘りたいけれど、中でも一番気合いを入れて作るのは、本の表紙となる部分だ。
明るく、鮮やかに。何処までも澄み渡りながらも、深くその色彩を移ろわせていく。
煉月が本の表紙に持ってきた色は、何処か彼女を連想させる、深海のような鮮やかな蒼色で。
南の海の深海に漂わせるは、泊で鏤めた星屑の群れ。
天上から深海へと長き旅路を経て、海の底にまで落ちてきたかのような星屑達は、深海の中であってもなお、その輝きを燻ませることなく、目が眩みそうな程の輝きを放っている。
光差す蒼の世界に一抹、仄かな欲の様にそっと紛れ込ませるのは――緋色の三日月だ。
蒼に抱かれた緋色の三日月は、まるで「当然」と主張するかのように、タイトルの横を静かに陣取っている。
(「タイトルはキミが書き込めるように空白の儘で」)
有珠が好きな言葉を書き込めるように。思った言葉を蒼に抱かせられるように、敢えて記さないままで。
有珠がどんな言葉を書き込むのか。それが、煉月は楽しみでもあったから。
「効果は出来る事なら。んと有珠が使う力を補助したり、効力を上げるものに出来たらイイな」
そう。それが良い。そっと彼女を支え、補助できるような効果を。
煉月もまた、閉じた瞼の裏に有珠の姿を思い描いて――本へと効果を籠めていく。
「はい、有珠どーぞ!」
「えっ、私にか?」
製本を終えて再会するなり、声の持ち主である煉月よりも早くどーん! と有珠の視界に飛び込み――一際盛大にその存在を主張してみせたのは、深い蒼色の本であった。
突然の展開に、有珠はパチパチと海色の双眸を瞬かせる。
待ち合わせ場所に戻ってくるなり、見慣れぬ本が有珠の視界に突き出されたのだから。話の展開に置き去りにされたかのような心地だ。
そして、ニコニコ笑顔の煉月に遅れること数瞬。蒼い本は、他ならぬ自分に贈られたものなのだと気付く。
「……私もレンに、と思って作ったものだから。交換、だな」
「え、オレにも? 交換とかちょー幸せ!」
へらり、と。嬉しそうに。煉月から受け取った本を抱き締めながら、有珠が作った豆本を差し出せば、煉月の表情がパッと花咲いたように明るいものとなる。
緩む頬を隠しもせずに。有珠から受け取った本を大切に抱いた煉月は、八重歯を見せてにっと笑んでみせた。
言葉に出さずとも、二人。同じことを考えていたことが、嬉しくて。
交換し合った本を抱いた有珠と煉月は再び顔を見合わせると、より一層頬に宿す笑みを深めるのだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
葛籠雄・九雀
①
古書店に怪奇現象とは。
気になるところではある…が、オレはそう言ったものの探索には向いておらぬのであるよな。
ふーむ…正直、その初代店主が書き記したという本の内容が気になっておる。世界中の星空を一度に見ようとした者が何を調べ、考えたのか、興味がある。
…が、腐食しておるのであるよなあ。残念であるな…。
傷んだ本を下手に触るのもどうかと思うであるし、見回りついでに古書店を回ってみるか。
面白そうな本があれば…そうであるな、それこそ、初代店主なら欲しがりそうな類の呪いや神話、悪魔だのについての本があれば探してみるか。可能ならば購入もしよう。
こういった物にはオレもな、どうも惹かれる性質なのであるよ。ワハハ。
●
歴史ある古書店に、突発的に巻き起こる怪奇現象。
曰く、怪奇現象が発動する要件はまるきり不明だが、何故だか「彗星屋」でその多くが巻き起こっているのだと云う。
理由は? 原因は? 背景には何があるのか?
原因不明とされているが、怪奇現象が引き起こる理由は、必ず何処かに存在しているだろう。全くの零から物事が生まれることは、あり得ぬ話なのだから。
曰く付きの予感も感じさせるその組み合わせは――身の内から溢れ出る、浪漫と興味を刺激して止まなかった。
葛籠雄・九雀(支離滅裂な仮面・f17337)がその身に宿す強い好奇心が疼くままに、その「怪奇現象」とやらを追い求めてみたいところであったが。
「気になるところではある……が、オレはそう言ったものの探索には向いておらぬのであるよな」
残念だ。探索に向いていたのなら、怪奇現象の謎を追いかけても良かったのかもしれないのだから。
しかし、尽きることを知らぬ九雀の好奇心が向けられるのは、何も怪奇現象だけでは無かった。
「ふーむ……正直、その初代店主が書き記したという本の内容が気になっておる。世界中の星空を一度に見ようとした者が何を調べ、考えたのか、興味がある」
九雀の興味は、初代店主の人となりの方へ。
何を考えて、彼は世界中の星空を一度に見ようと思ったのか。何をどのようにして調べ、収集し、本に纏めたのか。
捨てるには数が多過ぎず、かといって興味を持つ者もいない。歴代の店主達は皆、初代店主が遺した品々をすっかり持て余していたのだろう。
書架の片隅に、ざーっと纏めて。或いは、所々に紛れるようにして。初代店主が遺した本は、そうやって書架の肥やしと化していた。
「……が、腐食しておるのであるよなあ。残念であるな……」
興味の赴くままに。九雀は壁に展示されていた手紙と星図を覗き込む。
もしかしたら、何か発見があるかもしれない。
そんな淡い期待を込めて手紙の類を読み進めるが――半分程崩れ落ちた紙はすっかり腐食しており、穴だらけでとても何が書いてあるのか、解読できそうになかった。
痛んだ本は壊してしまいそうだから、下手に触るのもどうかと思い。展示されている冊子の類の方も、ボロボロで、何が書いてあるのかさっぱりで。
がっくりと肩を落としつつ。しかし、これで終わる九雀ではない。
「面白そうな本があれば……そうであるな、それこそ、初代店主なら欲しがりそうな類の呪いや神話、悪魔だのについての本があれば探してみるか」
思い立ったら即行動だ、と。九雀は見回り次いでに、古書店街へ。
それこそ、この好奇心と収拾欲を満たしてくれるような――妖しげな本との出逢いに期待しつつ。
今でこそ己が気に入った品々の収集そのものが目的になっているが、嘗ては何か、収集した後の目的があったような。
そんなことを思いながら、赤煉瓦の通りを行けば。ふと、一軒の店が九雀の目に留まった。
赤煉瓦の街並みの中で、背景に溶け込むようにしてジッと佇んでいるその店は――辛うじて「占い」と、「古書」。看板のうち、それだけが解読できた。
九雀の直感が告げる。あの店は、きっと何かあるに違いない、と。
今にも外れてしまいそうな立て付けの悪いドアを開けば、そこには店番の老婆が一人いるだけで、客の姿なんて無い。
「好きに見りゃいいさ」と、それだけを告げる老婆に会釈し――九雀は妖しげなお香が作り出す靄のカーテンを潜り抜け、棚の方へ。
分類も整理整頓も無い、無造作に本が積まれているだけの棚を一瞥すれば、その表紙には『生贄の正しい捕え方・捧げ方』『見習い悪魔必見! 人間に騙されない交渉術!』等々――……。「いかにも」な本ばかりが並んでいる。
所々に、見た目は本であるのに、ページを開けばズラリと牙の生えた口がお目見えした、明らかに本ではない何かが紛れ込んでいたり、想定している読者が人間でない本があったりしたのは、恐らく気のせいではない。
「こういった物にはオレもな、どうも惹かれる性質なのであるよ。ワハハ」
無造作に積まれた棚の中から、呪いや神話、悪魔だのについて記された本のうち、気になる数冊を引き抜いて老婆の前へと。
初代店主と同じく、九雀もまた、ダークな物には惹かれる性質を持っていた。初代店主が生きていたのなら、もしかしたら、そういう方面で話が弾んだのかもしれない。
そして。初代店主だけではなく、どうやら、老婆もまた同士であるらしい。
九雀がカウンターに置いた本を見るなり、「おや、アンタもかい」と妖しげに笑うものだから。
九雀もまた、つられるようにしてニヤリと妖しげな笑みを浮かべるのであった。
大成功
🔵🔵🔵
灰神楽・綾
【不死蝶】◆④
彼(グリモア猟兵)が紹介する文具のお店に行くのも今回で三回目かぁ
一回目はインクやガラスペン、交換日記を買ったり
二回目はアルダワでレシピノートを買ったりしたね
今回は作る側にチャレンジしてみたいな
本の内容…そうだ、自作フォトブックはどう?
これまで旅をしながらカメラに収めてきた沢山の写真
スマホで見返して満足するだけで、プリントする機会はあまり無い
お気に入りの写真を自分の手で一冊の本に纏めたらより愛着が湧くはず
そうと決まればまずは写真選び
フォルダ内の写真を見返すと懐かしさに包まれる
遊園地で遊んだ写真や、カフェの美味しそうなスイーツの写真…
一人で旅してた頃は思い出を写真に残すなんて考えは無かったなぁ
用紙は手触りが魅力的なクラフト紙をチョイス
写真1枚ごとに手書きのコメントもつけよう
更にイラストが印刷された紙やシールなどを貼り付けてデコる
ページをめくるたびにワクワクするようにね
梓のはシンプルイズベストって感じだね
同じフォトブックでもかなり違ってて面白いなぁ
乱獅子・梓
【不死蝶】◆④
ああ、懐かしいな
ガラスペンは勿体なくてなかなか使えていないが
クリスマスに買ったレシピノートはしっかり活用している
作る側…と言っても、肝心の本の内容はどうするんだ?
中身が決まっていないと製本作業に入れないぞ
なるほど、フォトブック…ありだな!
俺のスマホにも焔と零の可愛い写真が溜まっている
さぁて、どれを載せようか
これ良いな…あっ、こっちも最高に可愛い…
クッ、写真選びが一番の難関かもしれない…!
余すこと無く全ての写真をフォトブックに収めたいところだが
それだと何十冊あっても足りない
特に文字入れなどはせず、主役である写真を存分に楽しめるように
1ページに1枚ずつ大きく写真を掲載
製本方式は、耐久性が高くて高級感があるハードカバー
表紙には箔押しでタイトルを入れよう
世界に一冊だけの素晴らしいフォトブックの完成だ…!(ドヤァ
綾のは何というか、女子校生が作りそうな可愛さがあるな…
よく俺のことを女子力やオカン力が高いとからかってくるが
こいつも別ベクトルで女子力高いよなーとよく思う
●
乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)が集めた、世界各地の様々なドラゴン・グッズに。
灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)が興味の赴くままに手に取った、なんだか共通点がよく分からない多種多様な物品――だが梓曰く、どれも「綾が好きそうなもの」であるらしい――の数々に。
また一つ、想い出と共に増えていく品々。それらは増えていく一方で、減るという気配を少しも見せない。
そもそも、減らす予定だって二人のスケジュール帳には最初から記されていないのだ。今まで集めたそれらは、一つ一つが大切な想い出でもあるのだから。
そうしていつか、旅先や出かけた先の品々が家中を支配する様になってしまったら――その時は、どうしようか?
「ほら、コレクターの極みみたいな人達が偶にやってるじゃん? コレクション保管用の家建ててーってやつ。あれ、俺達もやってみる?」と、流行に乗りたがる素振りを見せる綾に、すかさず梓が「馬鹿言え」とツッコミを入れる。
「仮に建てたとして、誰が管理するんだ……」
「え? それは勿論、梓でしょ?」
当然のことの様に言ってのける綾の声に、重ねるようにして吐かれた梓のため息。
このやり取りだって、もう何度交わしたのかも分からない――いつの間にか、すっかり二人の日常を彩る「定番」と化した流れで。
共に過ごしてきた年月と過ぎ去る季節を思い、これまでの事を振り返ったところで――ふと、気付く。
二人でこうして文具関連の店や催し物に出かけるのも、思えばもう三回目なのだ。
「彼が紹介する文具のお店に行くのも今回で三回目かぁ」
先ほど、自分達を古書店街に転移させたグリモア猟兵の姿を脳裏に思い浮かべながら。綾はしみじみと回想してみせた。
去年の二月に訪れた、サクラミラージュでの文具の博覧会に。去年のクリスマスに訪れた、一風変わった文具を取り扱うアルダワのクリスマス・マーケットに。
そして――今回、そこに三回目として、赤煉瓦の古書店街が加わるのだ。
「一回目はインクやガラスペン、交換日記を買ったり、二回目はアルダワでレシピノートを買ったりしたね」
「ああ、懐かしいな」
綾の回想に、梓もまた懐かしそうにサングラスの奥に隠れる双眸を細めてみせた。
最初に訪れた文具のイベントから、もう一年以上は経つのだ。すっかり懐かしい思い出と化した記憶を、頭の片隅から引っ張り出しながら――当時の出来事に、想いを馳せる。
「彼女、先生と一緒に転生できたかなぁ」
「できているさ、きっと」
「アルダワの職人達って、」
「切磋琢磨するのは良いが……。あの調子だと、今年もまた騒動を起こすんじゃないか……?」
「でも、そのお陰で良い商品が生まれるんだし、梓は役立つレシピノートと出逢えたし、俺は更にレパートリーの広がった梓の美味しい料理が食べられるんだし。皆、ウィン・ウィンじゃない?」
「おい、最後のおかしくないか?」
「気のせいじゃない?」
サラッと紛れ込んだ、最後の一言。それに梓はこてりと首を傾げる。
職人達は商品開発を、梓は料理を。それぞれ頑張った。クリスマスということもあったから、それはもう、いつも以上に想いを籠めて。それは、職人達も梓も同じだろう。
しかし、綾は――?
(「あのクリスマス・マーケットで、綾って何かしてたか……?」)
したことと言えば、クリスマスケーキのおねだりくらいだったか。あと、お試し用に置かれていたレシピノート(魔法薬バージョン)への悪戯書き。それくらいだ。
漁夫の利と言うのだろうか。綾の一人勝ち感が漂っているのは、梓の気のせいだろうか?
梓が気付かなくても良い真実に気付きかけたのを悟ったのか、そうではないのか。
判断のつかない何とも絶妙なタイミングで、「そういえばさ」と、博覧会で購入したガラスペンのことについて話し始める。
「俺が手に取った日記見て、『きっと三日坊主で終わるって』とか。そんなこと言ってたけどさ。三日坊主で終わったの、梓の方じゃない? ガラスペン、使ってるとこあんまり見たことないよ?」
「それは……ほら、仕方ないだろ。勿体なくてなかなか使えないんだよ。クリスマスに買ったレシピノートはしっかり活用しているから、それで許せ」
「もう、梓ってば仕方ないなー。でも、偶にはガラスペンも使ってあげるんだよ?」
「ああ、分かってる――って、ん?」
飄々とした口ぶりの綾に流されつつあった梓は、そこでふと首を傾げる。
――あれ? 何か上手いこと、話を逸らされたのは気のせいか?
気が付けば、自分が諭される側に回っているような。
梓が内心で首を傾けて考え込んでいる間にも、綾はいつものように興味の向くままに、自分のしたいことを話し始めるのだ。
そうやって、また一つ。普段と変わらぬやり取りを重ねて。想い出を紡いでいく。
「今回は作る側にチャレンジしてみたいな」
「作る側……と言っても、肝心の本の内容はどうするんだ? 中身が決まっていないと製本作業に入れないぞ」
「本の内容……そうだ、自作フォトブックはどう?」
綾の呟きのままに、製本書店「彗星屋」にまで足を運んだのは良いものの。作る側にチャレンジしたくとも、肝心の作りたい本が決まっていなければ作業に移れない。
製本作業は美術や工作の様に、感じるままに、自由気ままに――という訳にはいかないのだし。
「最初から詰んだか?」と何を作るか真剣に悩み始めるところだった梓の耳に、綾の何気ない一言が救世主の様に響いて来た。
綾にとっては、ただの思い付きであろうが――案外、フォトブックというのも悪くないのかもしれない。
いや、自分のスマホに眠る焔と零の写真の数々(梓本人もきっと、その総数を把握していない)を思えば、最高のアイデアだろう。
「なるほど、フォトブック……ありだな!」
梓のスマホに眠っている、それはもう可愛い焔と零を写した大量の写真。
データ容量の大半は、焔と零の写真に割かれているに違いない。何かのアンラッキーでデータが吹き飛ぶようなことがあったら――多分、泣く。
「さぁて、どれを載せようか。これ良いな……あっ、こっちも最高に可愛い……」
仲良く重なり合って日向でお昼寝をしている焔と零を始め、美味しそうに梓の作った料理を食べている二体に、綾の食べる激辛料理を興味津々で覗き込んでいる姿(撮影後、全力で止めた)に、ちょっとした悪戯が見つかって誤魔化すように甘えてくる姿(結局、可愛くて怒れなかった)に――。
あれも良いし、これも良い。写真と共に蘇るのは、焔と零(と、結構な頻度でそれに交じる梓)の想い出で。
断腸の思いで一つを諦めれば、今しがた諦めた写真の上を行く「超最高に可愛い」写真が発掘されて。
どれもこれも、捨てがたい。しかし、選ばなければ次に進めない。
「焔と零もスマン。選ばなければ、フォトブックを作れないんだ……」と、心の中で二体に全力で謝りながら。どうにか写真選びを進めていたところで。
「はい。焔も零も、笑って笑ってー」
『キュー!』
『ガウ?』
不意に聞こえてきたのは、綾の無邪気な声と、焔と零の楽しそうな鳴き声。
反射的にそちらの方向を見れば、綾のスマホに表示されたカフェの写真をじぃっと見つめ――テシテシと前足で画面を突いている、二体の姿が目に飛び込んできた。
「お? 綾、そのままで頼む。シャッターチャンスだ……!」
梓が考えるよりも早く反射的にスマホを構え、シャッターボタンを連打していたのは、もはや身体に染み込んだ習性と言えよう。
ふと我に返った時にはもう、スマホを見せる綾と、画面をテシテシと突く二体の新しい写真がフォルダに保存されていた後で。
――梓が悩んでいる間も、新たに増えていく選択肢。彼にとって、何よりも写真選びが最難関なのかもしれない。
「いやぁ、懐かしいねぇ」
「梓がんばれー」と、なんとも呑気な声援を送りながら。綾が見返していたのは、梓と共に出かけた先で撮った写真の数々。
遊園地で一緒に食べたチュロスに、二人で乗った観覧車やジェットコースター。遊園地の花畑に並んだ焔と零を、熱中して写真に収めている梓の姿を――綾が更に撮った写真。
「そうだった。あの後、梓に怒られたんだっけ」
遊園地ではぐれて迷子センターで梓のことを呼び出したら、後からコッテリ絞られたのだ。それも、綾にとっては懐かしい思い出の一つ。
……懐かしく思うけれども、反省はしてない、多分。梓なら、なんだかんだで大半のことは許してくれるし。
他にも、お花見をして仲良くお団子を食べている、梓と焔と零の姿に。梓と共に巡り歩いた、世界各地のカフェやレストランの料理の写真の数々。
中には、梓の料理が完成した端から記念撮影と共に「味見(と言う名のつまみ食い)」をしようとして、梓に止められて――盛大に手ブレしたものもある。
「一人で旅してた頃は思い出を写真に残すなんて考えは無かったなぁ」
写真と共に、あの時の想い出が昨日の事の様に鮮明に蘇ってきて。
綾が撮った写真のなかには、決まってと良いほど梓と焔と零の姿がある。
例え、写真の中に写っていなくても、シャッターを切る綾の背後やその横でワイワイとはしゃいでいたのだから。
嘗ては、血腥い戦いこそが綾の全てだった。「殺るか、殺やれるか」な刹那の連続である、命を賭した殺し合いの中で生の気配を感じられたのなら、それで良かったのだ。
しかし、今では――梓との旅を通して、少しずつ思い出が増えて。今や綾も、すっかり「普通の人」の一員である。
「俺も丸くなったってことかな」
ここで梓が綾の考えを読んでいたのなら……。
ある意味、綾の好奇心と気紛れ、「おねだり」が引き起こす諸々の被害者でもある彼から、「いや、『普通』では無いだろう。普通の人は綾ほど好奇心が強くないぞ!?」と、ツッコミの一つも入ったかもしれないが……幸か不幸か、綾専属のツッコミ役は、焔と零の写真選びにすっかり熱中していて、不在である。
そんな訳で、綾はゆるりと梓と共に過ごす日常の幸せを噛み締めることができたのだった。
「梓、写真選び終わった?」
「余すこと無く全ての写真をフォトブックに収めたいところだが、それだと何十冊あっても足りない……!」
全てを余すことなく、焔と零の写真を収めたい。何なら、シリーズ化したって良いほど。
それでも――身を裂かれる思いで写真を選び終わった梓は、「ああ、丁度今終わったところだ」と、どうにも暇を持て余してきたらしい綾に向かってそう答えるのだ。
「やっぱり、主役は焔と零の写真だよな」
写真に纏わるエピソードや記憶は、それはもうしっかりと、梓の脳に克明に刻み込まれている。
だから、特に文字入れはせずに。焔と零の愛くるしさを極限に、存分に楽しめるように――一ページに一枚ずつ。大きく写真を貼り付けて。
大切な写真を護る為。フォトブックの製本方式にも拘りたいところ――と、表紙を作り始めようとしたところで、デデン! と目の前に突き出された赤と青の何か。
「梓、見て見て。焔と零の前足形だよ」
「梓、それもページに入れて良いか……!?」
どうやら、綾のページデコが気になったらしい二体が作業風景を覗き込んだ時に、誤ってスタンプ台に前足をついてしまったらしい。そのままテトテトと紙の上を歩いてしまったものだから、写真が載るはずだった紙の上には、二体の足跡がしっかりと刻まれてしまっている。
偶然が生んだ産物だが、これをフォトブックに収めないという選択肢は無い。
表紙を綴じる前で良かった、とそんなことを思いながら。二体の足跡は、一番初めのページに。
「ページをめくるたびにワクワクするようにね」
ちょっとガサガサとした手触りが魅力的なクラフト紙の上に広がるのは、何とも可愛らしい世界観。
カフェに遊園地に、お花見、お出かけ。写真と共に添えられるのは、綾による手書きのコメントの数々で。
色を沢山用いて、カラフルに。「梓の手料理♡ 美味しかった!」や、「遊園地でいっぱい遊んできたよ」と言った――想い出への一言コメントを添えて。
コメントを付けるだけで終わりではない。イラストが印刷された紙やシール、スタンプや手描きのゆるっとしたキャラクターで彩って、デコる。デコる。
楽しいと想い出と、可愛らしいが詰まった、キュートなコラージュ・フォトブックと化した完成品を見て、綾はとても満足げだ。
「世界に一冊だけの素晴らしいフォトブックの完成だ……!」
高級感のある黒いハードカバーに刻まれているのは、箔押しによるタイトルで。
そして実はこっそり、小口絵として。前小口の中に、焔と零の姿も隠れているのは、梓だけの秘密だ。
「梓のはシンプルイズベストって感じだね。同じフォトブックでもかなり違ってて面白いなぁ」
ドヤァっとした顔でフォトブックを掲げてみせる梓を、「良かったね」と子どもに向けるような微笑ましい表情で見つめる綾。
「綾のは何というか、女子校生が作りそうな可愛さがあるな……」
「そうかな?」
ファンシーでメルヘンなフォトブックの中に広がる小さな世界、それを彩る可愛らしい手描きの文字。UDCアース世界辺りの年若い女子が作ったと言っても、十二分通じる出来栄えだろう。
(「よく俺のことを女子力やオカン力が高いとからかってくるが、こいつも別ベクトルで女子力高いよなーとよく思う」)
梓と綾。それぞれの個性が存分に発揮されたフォトブックはきっと、これで終わりでは無いだろう。
寧ろ、この一冊こそが「始まり」で――始まりの一冊を起点に、二冊目、三冊目と無限に連なっていくのだろうから。二人と二体が、幸せに満ちた普通の日常生活を送っていく限り、永遠に。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ミーシャ・アルバンフレット
【星縁】
3人一緒のお出かけは久々……だったけど
私もついてきて本当に良かったわ
苺々子だけじゃなく、レイラまでチョロチョロ歩き回るんだもの
本当の姉弟だったらもっと大変だったかも!
カフェで一休み!うん、賛成
流石にカフェなら見張らなくていいわよね?
私も苺々子も普段はあまり本を読まないものね
探すのに少し時間がかかりそう……
レイラが選んでくれるなら、2人とも退屈しないかも
お願いしてもいい?
注文は私たちで済ませておくからね
私はアップルフレーバーのハーブティーにしようかな!
へえ、馬に関する小説もちゃんとあるのね
彼らの言葉は通じ合っていたのかしら?
それとも……
その辺りも考察しながら読んでみると面白そう
「馬あるある」がいっぱい詰まっていて
本当に動物が好きな人が記したのね
ダニーが小さい時の頃を思い出して
少し懐かしくなっちゃった
ありがとう、面白かったわ
え?まだハシゴするの?
本当、しょうがない子たちねぇ……
瑞月・苺々子
【星縁】
本屋さん巡りや製本もステキで思わず目移りしちゃう
でもね、お目当てはブックカフェ!
一度行ってみたかったの!
少し歩き疲れちゃったのは秘密なの
色んなメニューがあって目移りしちゃう
折角だから、ハーブの入った飲み物を
甘いココアにミントを入れて……
チョコミント風がいいな! あるかなぁ……?
ももが読む本はレイラにおまかせするの
どんなお話かしら?
表紙はまるで絵本みたいにメルヘンチックな小説ねっ
ふむふむ、さっそく読んでみるの!
なんだか心がフワフワするような
暖かい気持ちになる不思議なご本だったの
この子は月に追いつけたのかしら?
そんな気になる最後も味があっていいね
面白かった!
お口がちょっとスース―するココアもおいしかったし
ご本も面白かったし
いっぱい休憩できたの
さ!次はどこに行こうかしら?
勿論よ、だって久々の3人一緒のお出かけだもの
楽しい思い出、たくさん作らなきゃ!
レイラ・ピスキウム
【星縁】
此処に来たい、と言いだしたのは僕でしたけれど
連れてきた苺々子さんの方が楽しんでいるみたい
ふふ。あちこち歩いたからね
少し休みましょうか
2人とも、何を読むか考えあぐねている様子なので
僕が選んだ本を読んでもらいます
全員飲み干した時に感想会を開くので
その時まで読んだ内容を聞かせてください
……探してくるので代わりに注文お願い出来ます?
ハーブコーヒー、なんてあるんですね
……では、それのアイスを
苺々子さんには
“狼が月を求めて旅をする”といった内容の漢字の少ない小説を
ミーシャさんには
“馬と人との絆”を綴ったノンフィクション小説を
苺々子さんの最後の一口のタイミングで
2人とも、本の感想
どうでした?
少しでも、楽しめる内容を選べていたなら良かった
表紙に心惹かれるだけでも
読んでみると素敵なお話との出会いになることが多いですからね
一休みも済んだことです
次の本との出会いに行ってみましょうか
●
まるで、沢山年齢を重ねてこの世の全てを見守ってきた大樹が、その枝を上空へと思いきり伸ばしているかのようだった。
最初に造られた広いメインストーリートを中心に、赤煉瓦の通りは曲がりくねり、時々複雑に絡まり合いながら――好き勝手に行く先を決めてしまっているのだから。
街の発展と共に、古書店街もまたその在り方を変えてきたのだろう。
途中で広くなったり狭くなったりを繰り返す、無数に分岐した通りに、その両端には生まれも外見も全く異なる個性的な古書店や書店が終わり無く連なっている。
似たような街並みが延々と続いているこの古書店街は、ともすれば、すぐに方向感覚を失ってしまいそうで――けれども、きっとそれも悪くない。
もとより、絶望的な方向音痴でもあるレイラ・ピスキウム(あの星の名で・f35748)。けれど、すっかり帰り道を見失ってしまったらしい、家出したきりの自身の方向感覚の不在をレイラが嘆くことは無く――寧ろ、「迷っても楽しい」くらいの心持ちで自分の方向音痴を楽しんでいる。
読書も星空も、どちらも好んでいるレイラ。魅力的な街並みに誘われ、惑わされるまま。道を見失ってしまったって、この古書店街ではきっと楽しいに違いない。
だって、興味の引かれる店々ばかりが立ち並んでいるのだから。
「本屋さん巡りや製本もステキで目移りしちゃう」
零れ落ちんばかりに開かれた水面宿す双眸に映っては消えていくのは、見慣れぬ異国の赤煉瓦の街並みで。
見たこと、触れたことが無いから。そのどれもに好奇心と興味が疼いて。瑞月・苺々子(苺の花詞・f29455)の瞳に宿る街の景色は、くるくると万華鏡のようにその色彩を移ろわせていく。
ちょこちょこと跳ね回るようにして。三人の中で一番小さい苺々子だったけれど、その歩数は三人の中で一番に違いない。
本、製本、カフェー、赤煉瓦の綺麗な建物。その全部に興味を惹かれたから、全部巡ってみたかった。
(「此処に来たい、と言いだしたのは僕でしたけれど。連れてきた苺々子さんの方が楽しんでいるみたい」)
にこにこと。今も、通り過ぎたばかりの書店に何か気になる本があったのか、先の書店に意識が捕らわれたままの苺々子の姿をそっと眺め。レイラはそぅっと、表情を和らげた。
最初に「此処に来たい」と言い出したのは、レイラ自身だったけれど。今やすっかり、苺々子の方が赤煉瓦の古書店街を楽しんでしまっている。
「こんなにも喜んでくれるのなら、連れてきて良かった」と。穏やかな眼差しを苺々子に向けるレイラの少し後ろで。
若干遠い目をしてレイラと苺々子を眺めているのは、ミーシャ・アルバンフレット(泡沫のスコル・f00060)だった。
のほほんと迷子も楽しむレイラに、ちょこちょことはしゃぎまわる苺々子。ある意味マイペースな二人だけで、送り出していたのなら――考えただけで、ミーシャは頭が少しばかり痛くなってくる。
(「3人一緒のお出かけは久々……だったけど。私もついてきて本当に良かったわ」)
三人でのお出かけは、本当に久々だった。けれども、本当に自分がついてきて良かった、と。心の底から、そう思う。
読書好きなレイラは、あちこちの書店に好奇心が擽られるみたいで。苺々子は、目に付いたアレコレに瞳を輝かせて。二人だけなら、とっくの昔にはぐれてしまっていたのかもしれない。
(「苺々子だけじゃなく、レイラまでチョロチョロ歩き回るんだもの。本当の姉弟だったらもっと大変だったかも!」)
ミーシャはちょっと、想像してみる――本当の姉弟として、小さい頃からこうやって、チョロチョロ歩き回る二人を見守る自分の姿を。
チョロチョロ歩き回る二人の面倒を見ることは大変だろうけれど、その分うんと賑やかで楽しいに違いない。……大変なことに、変わりはないだろうけど。
今もチョロチョロ、キョロキョロを繰り返している二人をそっと見守りながら。大変には思っても、悪い気はしてこない。
ミーシャもまた、三人でお出かけすることを確かに楽しみにしていたのだから。
ある意味、いつも通りなレイラと苺々子の姿を眺めて。ミーシャはゆるりと微笑を湛える。
「本屋さんも製本もステキだけどね。でもね、お目当てはブックカフェ! 一度行ってみたかったの!」
まったりと本を読みながら、美味しい料理を楽しんで。そうやってゆったりと過ごすことのできるブックカフェーに、苺々子は興味津々だった。
ブックカフェーは、苺々子にとって未知の場所。それに、レイラとミーシャも一緒なのだから。とびきりステキな時間になることに違いない。
ブックカフェーが一番のお目当てであるのは、苺々子にとって違いないのだけれど……実は少し歩き疲れちゃったこともあるのは、苺々子だけの秘密だった。
「ふふ。あちこち歩いたからね。少し休みましょうか」
「カフェで一休み! うん、賛成」
レイラが提案したカフェーでの一休みに、ミーシャも速攻で「賛成」って返したから。
苺々子と繋いだ手をぶらぶらと前後ろに揺らしながら、レイラが向かう先はブックカフェーだ。
ちょっと歩む速度が落ちてきていたから、実は気付いていたのだけれど。苺々子がこっそりと隠した「歩き疲れちゃった」な本音には、そっと見ないふりをしてあげて。
今までも、赤煉瓦の街並みを楽しみながら古書店街を色々と巡ってきていたけれど。今度はブックカフェーを目的地に。
(「流石にカフェなら見張らなくていいわよね?」)
きっと、そう。見張らなくて良い。
苺々子が頑張って背の高い棚から本を取り出そうとして、慌てて背中を支えたことだったり。気になる本を探して、書店内で迷子になってしまったレイラを探したり。
あっちへこっちへ、チョロチョロと。歩き回る二人を見守るのは、思っていたよりも遥かに疲れるものだった。
ブックカフェーでの一休み。それは、ミーシャにとってもちょっと気を抜ける時間になるだろうから。
「って。レイラ、カフェはこっち!」
と。ブックカフェーを目指していたはずが、やっぱり……分岐路を間違えて、ブックカフェーとは明後日の方向に進み始めていたレイラを慌ててミーシャは引き留める。
(「――見張らなくていい、のよね?」)
きっと。ゆっくりできるはず……。
結局、ブックカフェーでもわちゃわちゃしそうな予感を、早くも感じながらも。自分自身に言い聞かせるように、ミーシャは再びそっと心の中で問いかけた。
●
「苺々子、レイラ。頼みたいものは決まった?」
「んっとね。ももはねー」
古びたアンティーク調の猫脚チェア。床に足が届くまで、苺々子にはもう少し時間が必要みたいで。
もう少し大人なレディになったらきっと、この足も床に届くはず。
パタパタと宙に浮いた足をパタつかせながら。時代を超えた贈り物みたいな、古風なデザインのメニュー表を開けば、色んなメニューが一斉に苺々子のことを出迎えてくれた。
色んなメニューに目移りしてしまうけれど、このブックカフェーは、自家製のハーブが有名みたい。折角だから、ハーブの入った飲み物を。
「甘いココアにミントを入れて……。チョコミント風がいいな! あるかなぁ……?」
パラパラとメニュー表をテーブルに置いて、チョコミント風ココアを探してみれば――あ、隠れん坊していたみたい。
「あ、あったぁ!」
「見つかって良かったわね。苺々子はチョコミント風ココアで。レイラは?」
「ハーブコーヒー、なんてあるんですね。……では、それのアイスを」
苺々子が開いたページの隣に、何やら気になるメニューがあった。
「ハーブコーヒー」と記されたそのメニューが気になったレイラは、それを注文することに決めて。
と、そこでふと気が付いたことが一つ。
「ミーシャさんも苺々子さんも、読みたい本は決めているのですか?」
「私はまだかしら」
「ももも決めて無いの」
「私も苺々子も普段はあまり本を読まないものね。探すのに少し時間がかかりそう……」
「探しているだけで、時間が過ぎちゃうかも?」
レイラが読みたい本を尋ねても、本をあまり読まないというミーシャと苺々子は、まだ読みたい本が決まっていない様で。
「店員さえ、カフェーにある本の全てを把握していないかも」と、噂される程数多くの蔵書が有名なこのブックカフェー。
本をあまり読まない二人が本棚の海を彷徨うよりも、本に精通しているレイラがオススメを探してきた方が、あまり迷わずに済みそうだ。
「苺々子さんとミーシャさんの分の本も探してくるので、代わりに注文お願い出来ます?」
「レイラが選んでくれるなら、2人とも退屈しないかも。お願いしてもいい?」
「はい、勿論です」
「うん。ももが読む本はレイラにおまかせするの。どんなお話かしら? 楽しみにしてる!」
「注文は私たちで済ませておくからね。私はアップルフレーバーのハーブティーにしようかな!」
自分達が表紙に惹かれて何だかよく分からない本を手にするよりも、本に詳しいレイラが選んできたものの方が絶対に面白いはずだから。
「お願いするわね」「よろしくね」と、ミーシャと苺々子に見送られながら。
レイラは、すっかり慣れ親しんだ本達が出迎える――本棚の海へ。
「苺々子さんには――……この本にしましょうか」
世界的に有名なノンフィクションの名作に。サクラミラージュの世界でも人気らしい、異世界での出来事を綴った冒険譚に。ちょっと怖い、怪談話。一口に児童向けと言っても、そのジャンルは多岐に渡る。
児童向けの本が並ぶ棚からレイラが苺々子の為に選んだのは、「狼が月を求めて旅をする」といった内容の小説だ。
難しい漢字も使われておらず、それに――幻想的な表紙が一際人目を惹いて。これなら、苺々子もきっと気に入るだろうから。
「ミーシャさんなら、きっと夢中になりますよね」
ミーシャさんと言えば、外せないのがやっぱり「馬」のこと。
彼女と、彼女の相棒でもあるダニエルオットのことを思い浮かべて。
「これだろう」とレイラが反射的に手を伸ばしていたのは、「馬と人の絆」を綴ったノンフィクションの小説だ。
本をあまり読まないミーシャでも、自分に深く関わりのある馬の事だから。夢中になれるだろう。
二人へと選んだ本に加え、自分が読む本を選んで。レイラは苺々子とミーシャが待つテーブル席へと戻っていく。
「全員飲み干した時に感想会を開くので、その時まで読んだ内容を聞かせてください」
「レイラ、ありがとう。表紙はまるで絵本みたいにメルヘンチックな小説ねっ」
席へと戻ったレイラは、早速苺々子とミーシャに本を手渡した。それと同時に、感想会の開催も告げる。
ドリンクを飲み終わる頃合いなら、丁度本も読み終わっている頃合いだろうから。
「ふむふむ、さっそく読んでみるの!」
レイラから小説を受け取った苺々子は、キラキラとその瞳を煌めかせて。
まん丸大きなお月様が浮かんでいる本の上部に、そのお月様が放つ月明かりを身体いっぱいに浴びながら、お月様を眺めている狼さんの姿も下の方にあった。
絵本みたいにメルヘンチックな表紙絵をそっと一撫ですると、苺々子は最初のページを捲り始める。
お月様に見守られながら、狼と一緒に月を追いかける冒険へ。
「へえ、馬に関する小説もちゃんとあるのね」
「動物のノンフィクションはそれなりにメジャーですからね」
「あら、そうなのね」
レイラがミーシャに勧めたあの本以外にも、何冊だって「馬と人間の絆」を記した本はあるだろうから。
本の数だけ広がる、それぞれの絆や思い出の形。筆者が織りなす愛馬との日々に、自分と愛馬「ダニー」の想い出達を重ねて。
馬好きならば思わず頷いてしまう、日常のアレコレ。それに心を躍らせながら、ミーシャはノンフィクションだというその物語を読み進めていく。
「彼らの言葉は通じ合っていたのかしら? それとも……その辺りも考察しながら読んでみると面白そう」
冒頭を読み込んだミーシャが、不意に顔を上げた。
人間と違って、動物は言葉を話せない。「動物と会話できる」とか、「動物の考えていることが分かる」とか。猟兵のような特殊能力を持つごく一部の人々を除けば、動物の考えていることだって分からない。
筆者と愛馬は、言葉が交わせなくとも。心の深いところで繋がっている――そうミーシャには、感じられたのだけれど。本当に、繋がっているのだろうか。それとも、ただの偶然で……。
「考察しながら読んでいくのも、読書の醍醐味ですからね」
考え込みながらページを捲っていくミーシャの姿に、レイラはゆるりと笑みを深めた。
すっかり読書の世界に入り込んでいるらしい。ノンフィクションだけではなく、ミステリーやファンタジーだって。考察や思考を巡らせながら読み進めていくのもまた、読書の醍醐味なのだから。
「『馬あるある』がいっぱい詰まっていて、本当に動物が好きな人が記したのね」
最初のページから最後のページまで辿り着くその時が、妙に早く思えてしまった。
ミーシャが心の底から頷き、同意することのできた「馬あるある」。沢山の「馬あるある」に頷けたのも、きっと、ミーシャがダニーと育んできた絆があってこそのこと。
「どうでした?」
「ありがとう、面白かったわ。ダニーが小さい時の頃を思い出して少し懐かしくなっちゃった」
今は立派な相棒でもあるミーシャの愛馬、ダニエルオット――「ダニー」。敵陣の中でも、長距離でも。臆せず駆けるダニーにも、可愛らしい仔馬だった時期があったのだから。
先に感想を述べたミーシャに続くようにして。チョコミント風ココアの最後の一口を飲み終えた苺々子もまた、ぱたんと本を閉じると「ねぇ、レイラ!」と元気よく感想を語り始める。
「なんだか心がフワフワするような、暖かい気持ちになる不思議なご本だったの」
そう。まるで、本を通して自分の旅を眺めているような気分になれた。
月を追い求める小説の狼は苺々子になって、苺々子もまた、小説の狼になって。もう一人の自分を眺めているみたいな、不思議な心地でページを捲る手が止まらなかった。
ともすれば、すっかり物語の世界に行ったきりになってしまいそうで。そんな苺々子を現実に引き戻してくれたのは、読書のお供であった甘くてちょっとスッとする、チョコミント風ココアの存在。
チョコミント風ココアが無かったのなら、すっかり現実と空想がごちゃごちゃになってしまいそうだった。
「この子は月に追いつけたのかしら? そんな気になる最後も味があっていいね。面白かった!」
目を閉じた苺々子は、月を追いかけた狼の未来について想いを募らせる。
狼はきっと、月に追いつけたに違いない。多くを語らない最後は気になったけれど、苺々子がそう感じたのなら――物語の終わりは、きっとそうであるのだ。
物語は終わり、また始まる。狼と狼に追いつかれた月は、今度は何を目指すのだろう。仲良く太陽を追いかけたり? あれこれと想像を巡らせるのも、楽しいものだった。
「少しでも、楽しめる内容を選べていたなら良かった」
読書を心の底から楽しんだミーシャと苺々子の満足そうな表情に、レイラはにっこりと笑って感想会のまとめに入る。
読書とは、その一つ一つが出逢いの連続なのだから。これをきっかけに、二人には色々な本を手に取って貰えることを願って。
「表紙に心惹かれるだけでも、読んでみると素敵なお話との出会いになることが多いですからね」
本に親しむ楽しい休憩を終えたのなら、今度は何処に行こう?
古書店街での出逢いはきっと――素敵な本だけではないはずだから。
ちょっと休んだのなら、元気いっぱいに。リフレッシュしきった苺々子が、一番に席から飛び降りた。
「お口がちょっとスースーするココアもおいしかったし、ご本も面白かったし。いっぱい休憩できたの」
そして開けるのは、古書店街の見どころが余すことなく書き込まれた観光地図。
古書店街にひっそりと紛れる雑貨屋さんや軽食屋さんも気になったし、本を作れる製本書店も気になって。
「さ! 次はどこに行こうかしら?」
「一休みも済んだことです。次の本との出会いに行ってみましょうか」
明るい元気な苺々子の声に釣られるようにして。レイラもまた、ゆったりとした歩みでブックカフェーの出入り口の方へ。
本好きなレイラにとっては、まさに宝の山でもあるこの古書店街。あちこちを見て回り、一つでも多くの「本との出逢い」に触れたかったから。
苺々子の広げる地図を覗き込むと、次に巡る書店に当たりを付け始める。
「え? まだハシゴするの?」
「勿論よ、だって久々の3人一緒のお出かけだもの」
小休憩を挟んで、リフレッシュ……というより、元気をチャージし過ぎてしまったらしい苺々子とレイラの様子を見て、ミーシャが少し苦笑を浮かべながら問いかける。
久しぶりの三人のお出かけは、想像以上に長丁場になりそうだ。でも、きっと――それもまた、三人で楽しむお出かけの醍醐味だろうから。
「本当、しょうがない子たちねぇ……」
口ではそんなことを言いながらも、言葉の端に隠しきれない楽しみを紛れ込ませて。
ミーシャもまた、二人の後へと続いていく。
お会計を済ませて、ブックカフェーの外に出たのなら。
「楽しい思い出、たくさん作らなきゃ!」という、苺々子のはしゃぎ声が――再び古書店街へと飛び出していく、始まりの合図になった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ラルス・エア
◆【記憶・記録】
日々の記憶を日記に付けている。それは、些細な喜びの記録であったり――近日、身に受けた、文字に綴る手が震える程の、様々な己の精神の不甲斐なさに至るまで。
ページも危うく。せっかくならばこの機に新しいものを、と白紙のダイアリーブックを探しに。
製本教室…少し思案を巡らせて足を止めれば、そこに聞き馴染みのある声が。来ているとは思わなかった。本とは無縁に思えたのだが。
「日記帳となるものを探しているのだが、中々無い。レアは?」
――ああ、音楽の。相手の屋敷には親友と同じくピアノを弾いていた母君の所蔵する楽譜が大量にあったのを思い出す。
得心した。製本教室の話をすると、ならばと合流し日記帳を作るという。
「日記を付けているとは思わなかったが…」
作る本は、本革のレザーノート。日記であるならば、長く使える物が良いと思い。
相手はどのような本を作ったのか、どうしても気になる。完成品を互いに見せ合い、その話を聞けば。手に小さな鍵を渡された。
日記帳の、鍵。
それを…生きている間に見たいと願うのは我儘だろうか
ガルレア・アーカーシャ
◆【記憶・記録】
自分の出身地ではないの古書店街――それならば、私の知らないピアノスコアもあるだろうと、薄らとした期待を隠しつつ。街を歩けば、驚くことに見覚えのある姿が。
「ラス、来ていたのだな」
話を聞けば、日記帳を探しているという。己には、日記というものは、どうにも続かないと自覚はしている。如何せん綴る時間が惜しい。
だが魔法がかりの本も作れるのであれば――と少し思案し『彗星屋』までついて行くことにした。
「少し興味が湧いた。たまにはそのような事も悪くはなかろう?」
思わず小さく微笑が浮かぶ。友とのこの様な時間が続けば良いのにと願い…いつも、弟を思ってはそれを手放すのも私なのだが。
――きっと、日記はこのような懺悔ばかりとなるのだろう
作りたいものは、思考をそのまま本に文字と映像と音に残せるような魔法がかりの鍵付きダイアリーブック。
出来れば鍵穴を開ける鍵は、同じものをふたつ用意してもらい。片方を友へ。
「私が死んだ後で良ければ、いくらでも見るがいい」
……心に、生きている間に見てほしいと云う願いを隠して
●
日々の記憶を日記として綴っている。
それは日常を彩る、些細な喜びであったり、ちょっとした騒ぎであったり。一度眠ればすっかり忘れてしまうような、取り留めのない事象までも。
物事や出来事の大小を問わず、日々の記録として。ラルス・エア(唯一無二の為だけの・f32652)は、記憶を日記に付けて書き残していた。
それは誰の為でもない――唯、己が為に。
記憶を取り零さぬようにする為に。或いは、思考を纏め、己を客観視する為に。
ラルスは、日記を綴っていた。
あの時、そう、少し日付を遡ったあの日。
普段の例に漏れることなく、「あの日」のことも……ラルスは日記に認めていた。
文字を綴る手が震え、ペンすらまともに握れず、言葉も解読不能な程に乱れた――それでも、最後まで綴った。否、書き殴った。
衝動と欲に呑まれた我が身。様々な己の精神の不甲斐なさ。その全てを、今この場には居ない誰かへと宛てて、ただ、懺悔するかのように、紙面の上に書き出して。記録として、残していた。
あの時、あの黄金色の迷宮の中で。己の内なる欲に相対した時、自分は何と思ったか。
そう、消さねばと思った。他ならぬ己自身が、そう感じたのだ。恐らくは、そう、心の奥底から。
「ガルレアの弟」の皮を被り、魔性の歌声でレアを誑かす――化生のナニかを。
強い痛みが生じる程握り締めた拳で、我に返り。
それから、この身を焼き焦がす程の強い殺意や狂おしいまでの衝動と入れ替わるようにして湧いて来たのは、激しい自己嫌悪と底の見えぬ絶望だった。
己は――親友の母のみならず、弟までをも、殺そうとするのか。殺すというのか。
己が親友の母を手にかけたことを、あいつは何と言っていたか。ラルスはそれを、昨日のことのように鮮明に記憶している。
「恨んではいない」と。感謝こそすれ、恨んではいないと。確かに、そう。
それがレアの本心であれど、何かを思っての偽りであれど。親友が「恨んではない」と言うのだから、それ以上のことは追求のしようが無い。
だが、弟は――……?
もし、もしも。己が、親友の弟を、手にかける……その瞬間が訪れたのなら。
レアは、何と思うだろうか。どのような、反応を見せるのか?
欲と衝動に呑まれ、親友の弟を手にかける瞬間が来たのなら。
親友は――果たして、何と思うことだろうか。
荒ぶる思考回路を無理やり抑えつける様にして。ラルスは努めて長く、ゆっくりと息を吐き出した。
そうだ。目的を忘れてはならない。今日はその出来事を綴った日記のページが危うくなり、白紙のダイアリーブックを探しに来たのだから。
●
(「自分の出身地ではないの古書店街――それならば、私の知らないピアノスコアもあるだろう」)
ラルスがダイアリーブックを求めに、古書店街に足を踏み入れたのと時を同じくして。
ガルレア・アーカーシャ(目覚めを強要する旋律・f27042)もまた、古書店街の赤煉瓦の通りを歩んでいた。
薄っすらとした期待はせども、それを表に出すようなガルレアではない。
夜を背負い、颯爽と赤煉瓦の石畳を踏みしめて、通りを往く。
万全の準備をしておかねばならない。何れ、弟が手元に戻ってきた時の為にも。
飽きさせない様に、あれが好む楽曲を集めよう。どのようなピアノスコアならば、弟の歌声が持つ魅力を十分に引き出してくれるだろうか。
赤煉瓦の通りを歩みながらも、ピアノスコアに思いを巡らせる、ガルレアの思考は尽きない。
一等愛おしくて、尊く、何者にも代えがたい存在を手元に置いたのなら。ただ、お互いの為だけに旋律を生み出し続けるのだ。
弟へと抱くこの感情が、妄執に近いことは自覚している。だが、魂が存在を求めて止まないのだ。
弟を縛り、捕え、共に在る。その為に――悪魔召喚術に手を伸ばしたのだから。
ピアノの旋律を縁にして、永劫、弟と共に在れるように。
ダークセイヴァーではないこの地ならば、弟が好む楽曲のピアノスコアも見つかることだろう。
人々の話し声、風の唸る音、遠くから聞こえる、讃美歌と思しき曲を奏でるオルガンの旋律。
そこに弟の歌声が聞こえない事だけが、非常に残念に思えた。
ピアノや歌声、音楽について思考を巡らせると、最後は決まって言ってと良い程必ず弟に行きついた。
あれのことは、心底愛おしいと思っている。この想いは、今も、昔も。変わることはない。
あまり聞いたことのない曲を奏でた時であっても。純粋な悪戯心と好奇心から、譜面とは異なった運指で即興のアレンジを披露した時であっても。
気紛れにどんな遊びを潜ませてもなお、自らの奏でる旋律に健気についてくる弟の歌声が。
真に愚かであったのは、誰なのか。
弟のことを捕えていたつもりで、その実捕えられていた自分か。それとも、
本当は解っている。弟が私の為だけに歌を歌うことはもう、決して起こり得ない事なのだと。今では、全て叶わぬ夢であるのだと。
それでもなお、魂が弟を求めて止まない。
もう二度と手放さぬように、縛って、堕として、手元に置いて。
それから。それから――……?
「ラス、来ていたのだな」
ガルレアの意識を、終わりの見えぬ思考の海から引きずり出したのは、記憶の裏に靡いた星明かりの様な金の髪――でなく。
赤煉瓦の通りの端。そこに我を忘れた様にして突っ立っている、ガルレアにとって妙に見覚えがある、静かな夜闇から抜け出してきたかの様な青紫色の髪が目を惹く、親友の姿であった。
偶々と呼んで良いのか、それとも、運命と呼んで良いのか。
ガルレアには判断が付かないことだが、奇妙な偶然もあるものだ。だがしかし、目の前に佇むガルレアの親友は、己の接近にまるで気が付いていないらしい。
何やら考え事でもしているのか――恐らく、ラスの事であるから、「作るか、作らないか?」辺りで悩んでいるに違いない――今も口を小さく開けるという中途半端な間抜け面を晒して、通りに貼られた「製本教室」という案内を眺めているのだから。
●
「ラス、来ていたのだな」
「……ん? ああ、レアか。来ているとは思わなかった」
奇妙な偶然が齎した出逢いは、「製本教室」という案内の張られた、とある書店の前であった。
先に親友の姿に気付いたガルレアが発した呟きに、ラルスが遅れて反応すること、数秒。
きょとんとした表情のまま、不思議そうに数度瞳を瞬かせて、そうやって問いかけてくるのだから。ガルレアがラルスの考えていることを見抜くのに、さほど苦労はしなかった。
本とは無縁に思えたのだが。
ラルス本人は気付いていない様だが、ガルレアへと向ける言葉や表情の端々に「意外だ」という本音が見え隠れしているのだから。ガルレアが気付かない訳がない。
「日記帳となるものを探しているのだが、中々無い。レアは?」
「ピアノスコアだ」
「――ああ、音楽の」
端的に、簡潔に。
そうやって己の目的だけを答えてみせたガルレアに、ラルスは少し間を明けて「合点がいった」という反応を示した。
「親友ならばそれだけで伝わるだろう」という、ある意味の傲慢と信頼から来る完結な物言いだったが。ガルレアの想像通り、意図は確りとラルスに伝わったようである。
それと同時に、ラルスはとあることを思い出していた。
ガルレアが居を構えている屋敷には、ガルレアの母親が所蔵する楽譜が大量に遺されていることを。
記憶の片隅。幼少期の記憶。今は遠き日々の想い出。
幼少の記憶は、今も鮮明にラルスが歩んできた「人生」という物語を彩る足跡であり、当時を振り返る度に――ひっそりと心内に燻る苦い懐かしさと共に、胸が締め付けられるような、息苦しい動機を覚える。
子ども特有の、命取りともなるあの無知と無邪気。何も知らないことは、確かに救いであった。親友と二人、不叶の約束を契るくらいには。
憎きヴァンパイアの子であったガルレア。
それ故、実の息子よりもラルスに愛情を向けていた親友の母親と、それを間近で見ていたガルレアのことを思えば――黒いインクを一滴、白紙の紙面に落としたかのように。ジワリと複雑な思いが滲んだかと思うと、ラルスの心いっぱいに広がっていく。
あの日々も結局、最後には己が手折ったというのに。
「日記を付けているとは思わなかったが……」
瞼の裏に浮かんだ、微笑浮かべる黒髪の女性の幻影を振り払う様に。
努めて冷静に目の前の傲岸不遜な親友へと投げかければ、「ああ」という短い返事が返ってくる。
「如何せん綴る時間が惜しいのだ」
ラルスの指摘通り、ガルレア自身もまた、己に日記というものが向かないことは自覚していた。
綴る時間が惜しく、どうにも続かないのだ。
「ラスはこれからどうするんだ? 熱心に案内を見ていた様だが」
「製本教室に参加しようと思っている。魔法がかりの本も作れるみたいだしな」
ガルレアは己と違い、ピアノスコアを探しに再び古書店街へと繰り出していくのだろう。
だから、「良いピアノスコアが手に入ると良いな」と。それだけを告げて。
振り返ることなく手を振り、ふらりと製本書店の方へと向かっていったラルスは――何故だか別れを告げた後もなお、一定距離を保って響いてくる靴音に、驚いたように振り返る。
「レア、どうした?」
「少し興味が湧いた。たまにはそのような事も悪くはなかろう?」
振り返ったラルスの目に飛び込んできたのは、口元に僅かばかりの微笑を湛え。赤き双眸を伏せて微かに笑んでみせる親友の姿だった。
陽光に交じる、一抹の黒。闇夜のような長髪が風に弄ばれ、その間に見えた――刹那的な、
一瞬。その僅か一瞬に覗かせた刹那的な微笑み。だが、網膜と記憶と脳裏にその姿を焼き付けるには、十分過ぎる時間で。
不意打ちで向けられたガルレアの微笑に呆気にとられ、思わず歩みを止めたラルスの腕を引っ張り。
ガルレアは何事も無かったかのように、製本書店「彗星屋」の方へと未だ惚けたままのラルスを引っ張って行く。
「日記であるならば、長く使える物が良いな」
――どうやってこの場に着いたのか。
それまでの過程がまるきりラルスの頭から抜け落ちてしまっていたが、どうやら手を引いた親友は本気であるらしい。
今も夢現の心地で、それでも作業に集中する己の手元だけは、自分の物でないように滑らかに動いた。
ラルスが作ろうと思うのは、本革のレザーノート。
折角ならば、長く愛用したかった。今は皺一つないその革の表紙が、すっかり擦り切れて罅だらけになるまで――ずっと。
(「レアはどのような本を作ったのか、どうしても気になる」)
ちら、とだけ。ガルレアの作業台を覗き込もうとして。しかし、作業風景を盗み見るのは躊躇われた。
俯き気味でダイアリーブックに魔術を押し込めていく親友の表情が、なぜだか思い詰めているようにも感じられたから。
手を伸ばせばすぐ触れられるのに、それまでの距離が絶望的なまでに遠い。
ラルスはガルレアに声をかけようとして――しかし、脳裏に生まれたその言葉は、声としての姿を得ることは無く、窓の外に吐き出されて消えていった。
(「この様な時間が続けば良いのにと願い……いつも、弟を思ってはそれを手放すのも私なのだが」)
――きっと、日記はこのような懺悔ばかりとなるのだろう。
ダイアリーブックへと魔術を刻みながら、深く考えるまでもなく、ガルレアは殆ど直感的にそう感じていた。
親友と過ごす日々は、気が付かぬうちに微笑を浮かべてしまう程――心地良いのに。最後には結局、弟を想って。己はこの瞬間を、己自身の選択で手放すのだろう。
そのようなことを繰り返して。一般的に喜びや幸せと呼ばれているそれらを日記に綴らず、ただ、懺悔ばかりを書き連ねて。
己が朽ち果てた後、懺悔が連なるばかりの自身が生きた軌跡を読み、慟哭に打ち震えるだろう親友のことを思えば――少しばかり、申し訳なく思った。
お前だけを想っていると嘘を吐き、心は弟ばかりを追い求めて。
終わりが来て、最期には全てを。そのどちらをも取り零すのだ。
そのような結末が、全ての可能性の中で一層現実味があって――一番自身に相応しいのかもしれない。
自嘲的な笑みを浮かばせたまま、ガルレアは魔法がかりのダイアリーブックを形にしていく。
一抹たりとも取り零さぬように、と。まるで閉じ込めるかのように、己の思考をそのまま文字と映像、それから音として本に落とし込められる――魔法がかりのダイアリーブックを。
覗き見られぬようにと、魔法の鍵付きで。厳重に封をして。
「レアは出来上がったか?」
先ほど出来上がったばかりだと言うのに、不思議と昔からこの手にずっと握っていたような。スッと本革の表紙が手に馴染む。
指先が革の上を滑る感覚を楽しみながら、(ガルレアの作業が一段落着いたのを見計らって)ラルスがガルレアへと問いかければ。
「ああ。……私が死んだ後で良ければ、いくらでも見るがいい」
簡潔な返事と共に、ラルスの目の前には――小さな鍵が、突き出された。
ガルレアが創り上げた、魔法がかりの鍵付きダイアリーブック。その鎖を解く鍵は二つしかなく。ガルレアはそのうちの一つを、ラルスへと託したのだ。……押し付けるようにして。
呆気にとられたまま、ラルスは押し付けられたそれを受け取る。
手の中の小さなその鍵は、頼りない程の小ささとは不釣り合いな程に、大きく妖しげな光を放っていた。
「……不在の間に覗き見られるとは思わないんだな」
「その時はその時だ。余計な好奇心を働かせたのなら、ラス、死んだ方がマシだと思えるほど手痛い思いをするかもしれんぞ」
「そ、そうか……」
ガルレアの本心は、ラルスがガルレアの日記帳を手に取る――恐らくは、その時に解る。
曰く「死んだ方がマシだと思えるほど、手痛い思いをする」らしい仕掛けが、目の前の存在の手によってダイアリーブックに施されているのか、否か。そのことによって。
仕掛けられているのか、それとも――……。
恐らく、それが解だ。己の本心をも偽り、多くを語らぬ、親友の。
(「……生きている間に見たいと願うのは我儘だろうか」)
(「もし、叶うのならば……生きている間に見てほしい」)
お互いに覆い隠した本音を抱いて。それぞれが無言で見つめる先には、世界で二つしかない鍵の姿。
鍵は既に、ラルスの手中にある。後はそれを――ラルス自身がどうするか。それだけだ。
あまりにも遠回しで、捻くれていて。そして、最期の瞬間に友の心に残り続ける方法ばかりを考えて。
「お前だけを愛している」と親友に伝えたい癖に。そうで在れたら良かったのに。
親友のことを想ってもなお、その半面で。心が、魂が、弟を求めて止まない。
そんなガルレアが、自身に出来る最大限の譲歩を重ねた先の結果でもある――ラルスを想っての――恐らくは、「無音の告白」とも呼べるそれに。
ラルス自身がどうしたいか。それだけだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ルーシー・ブルーベル
【月光】④
街がご本だらけ!
ゆぇパパはいつもどんなご本を読むの?
ボウケン面白そう!
パパがお好きな本、ルーシーも読みたいわ
いいの?読んでほしい!
あ、でも
半分はルーシーがパパに読んであげるね
本好きのパパには宝の山ね
お店巡りも楽しそうだけれど…
折角だし、ご本を作る!
世界で唯一の本よ
あのね、ぽっぷあっぷ?の絵本を作りたいの!
教室の先生にイメージをお伝えして
う?これで正しい?
分からなくなってきちゃった
とびだす仕掛けってむずかしい
最後のページはクライマックス
より力を入れて
鮮やかな黄色に、自分で彩色もして――完成!
うん!いいよ
出来上がったのは
蒼と月色、二匹の蝶が世界中を旅するお話
ひな鳥やウサギ、お友だちも増えていくの
最後のページで辿りつくのは飛び出す一面のヒマワリ畑
でもね、旅はまだ続くのよ
ずっと
これをパパにお贈りするわ
頭に心地よい温み
えへへ、…よかった!
パパのご本!良いの?
わくわくページをめくる
この親子って!ふふふ…!
とってもステキなお話、宝物にする。ありがとう!
絵の所?
!!ブルーベリーのにおいするわ!
朧・ユェー
【月光】④
えぇ、本の街ですねぇ
僕ですか?んー、色んな本を読みますが
今は冒険モノでしょうか?
何冊が僕が読んだ本を持って行きましょうね
僕が読みましょう
おや、ルーシーちゃんが?それは楽しみです
気になる本ばかり
いつもなら手に取って本を読んだりするのですが
そうですね。本を作るなんて出来ませんし
世界で一つの?それはステキな事です
あぁ飛び出す本ですね
先生に聞きなら作ってる彼女に微笑んで
僕は絵を描いた絵本を
ただの絵本では面白くないので少し工夫をして
ルーシーちゃん完成したのですか?読んでもいいですか?
開けば沢山の飛び出す
冒険は続く素敵な物語
とても素敵な本ですね、最後の向日葵がとっても綺麗です
これを僕に?ありがとうと頭を撫でて
お返しに僕もこちらを贈ります
小さな女の子が父親の為に美味しい食べ物を探し出す冒険。
苺畑やブルーベリーなど美味しい食材を手に家へと
父親はその食材で美味しいお菓子を作り、向日葵畑の中で一緒に食べるという話
ふふっ、絵の所を軽く擦ってみて
きっと絵と同じ匂いがするよ
匂いも思い出のひとつですから
●
想い出。
過去や嘗て経験してきたことの中で、特に記憶に強く残っているもののこと。
ふとした瞬間に思い出しては、湧き上がる懐かしくて暖かい感情と一緒に、胸をポカポカと照らし出してくれるもの。
お互いを呼ぶ声の響き。一緒に楽しんだチョコやコーヒー、パフェと言った季節や世界各地の美味しいもの。二人で触れ合ってきた、ふわふわもふもふな生物さん達。二人の想い出である、花色の色彩。ブルーベリーの香り。
ステキな想い出は、記憶と共に五感に記録されて、二人の日常を彩ってくれる。
そして、今日。また一つ、新しい想い出が二人の記憶に刻まれて。優しく未来を照らす灯りと足跡になってくれる。
それで、いつか――記憶という名前の本も、二人の想い出でいっぱいにするのだ。
●
「街がご本だらけ!」
「えぇ、本の街ですねぇ」
あっちを見ても、こっちを見ても。
あるのは、本、本、本――……。沢山の本がズラーっと並んで、赤煉瓦の古書店街に大集合していた。
古書店街の近くにある大学の学生は勿論、観光客や地元の人々もその多くが、手に本を持っていたり、紙袋に包んで貰った本を抱きかかえていたり。人よりも本の数が多い街に来ることがあるなんて!
時々、本に紛れて楽譜や手帳、画材を売っているお店もあったけれど、パッと目に付くお店は全て、書店ばかりだ。
「こっちは本屋さん?」
「そうですねぇ。本屋さんです」
「あっちも本屋さん?」
「あっちはブックカフェーですね」
キョロキョロと、見るもの全てが新鮮で。
通りの両端に延々と続いている古書店や書店も、その外見からして何処も個性的なお店ばかり。
煉瓦造りの建物が半ば蔦に呑まれてしまった古書店に、カラフルで玩具のお店みたいな絵本専門店。
はぐれない様にパパとぎゅっと繋いだ手ともう反対の、自由な片手であっちこっちを指差しながら。ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)は、ゆぇパパ――朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)に、気になったお店についてアレもコレもと質問を重ねていく。
ゆぇパパは物知りで何でも知っているから。ルーシーの質問にも、スラスラと答えられるのだ。
お店の軒先に置かれた新刊のコーナーに、お店の中から漏れ聞こえてくるクラシック音楽に。
二人の目的地である製本書店「彗星屋」に行くまでの道中にも、素敵な出逢いが沢山二人のことを待ってくれていて。
「あ、ルーシーちゃん。野菜が出てくる絵本がありますね」
「う、どっちも苦手……!」
チラリと通り過ぎるところだった、とある書店の前で。
ふと、ユェーの目に留まったのは、棚に並べられていた絵本の中のうち――『美味しい野菜の食べ方』という題名の本で。
ニンジン、ナス、ピーマンにセロリ。表紙には、子ども達が苦手な食べ物ランキングのトップに入る野菜ばかりが、可愛らしいイラストで描かれている。
ユェーがにこっと笑って、ルーシーへとその表紙を見せてみれば――プイっと顔を逸らされてしまった。
「それよりも、こっちの本の方がルーシーは好きだわ」
野菜な絵本を握ったままのユェーの手を導いて、そっと本棚の元あったところへ。
それから、代わりにテトテトとルーシーが引っ張ってきたのは、南の海に住むイルカ達がオーロラを探して旅に出るお話。
キラキラなタッチで描かれていて、まるで本当にイルカ達と一緒に旅に出ているみたいだった。
「ゆぇパパはいつもどんなご本を読むの?」
「僕ですか? んー、色んな本を読みますが、今は冒険モノでしょうか?」
「ボウケン面白そう!」
読書好きなユェーは、種類問わず色々な本を読むが――最近は、冒険モノをよく読んでいる。
そのことをルーシーに告げれば、勿忘草とそっくりの色彩が宿る左目を南国の海の様にキラキラと煌めかせて、「面白そう!」と興味津々の視線をユェーに向けてきた。
キラキラと光に満ちた愛娘の様子に、自然のユェーの表情も綻んで。ニッコリと向日葵のような笑顔で微笑み合う、親子が二人。
ルーシーの父として。自分が好きなものに興味を持ってもらえると、やっぱり嬉しいのが親心と言うもの。
「パパがお好きな本、ルーシーも読みたいわ」
「何冊が僕が読んだ本を持って行きましょうね。僕が読みましょう」
「いいの? 読んでほしい! あ、でも。半分はルーシーがパパに読んであげるね」
「おや、ルーシーちゃんが? それは楽しみです」
グッと背伸びして「読んであげる!」というルーシーの姿が可愛らしい。
ユェーが読んだ本を二人で読み合いっこする時を楽しみにしながら、散策途中に出逢った本達に別れを告げて、二人は目的地の方へ。
(「いつもなら手に取って本を読んだりするのですが」)
少し街を歩くだけでも、沢山の書店が目に入ってくる。
歴史を感じさせる装丁の古書ばかりを扱うお店に、何やら妖しい魔導書のような本を扱っているお店。
勿論、一般的に流通している有名な作家の作品を扱っている書店だって。本好きなユェーにとっては気になる本ばかりで、お宝の山のような街だった。
いつもなら、手に取って中を確認したり、ちょっと読み込んだりしてじっくり選ぶのだけれど。今日はルーシーと一緒だ。
だから、二人で一緒にお出かけした時にしか出来ないことを。「今」にしか、体験出来ないことを。
「本好きのパパには宝の山ね。お店巡りも楽しそうだけれど……折角だし、ご本を作る!」
「そうですね。本を作るなんて出来ませんし」
本を作る体験なんて、滅多に出来るものではない。
「世界で一冊だけのご本!」と、案内を聞いた時から興味津々だったルーシーは製本書店「彗星屋」に着く瞬間が待ち遠しい様だ。ユェーの手を取って、早く早くと急かすように前へ。
「世界で唯一の本よ」
「世界で一つの? それはステキな事です」
何を作ろう。パパはどんなものを作るのだろう? 考えただけでワクワクが止まらない。
ビシッとルーシーが指を差した先には、「製本教室はこちら」と書かれた案内図が。
世界で一つだけ。なんと心躍る響きなのだろう。
ルンルンな気持ちが足取りにまで現れてしまったようで、ルーシーは少しだけ早足になりながら、ユェーの手を引いて書店の奥――工房の方へ。
「あのね、ぽっぷあっぷ? の絵本を作りたいの!」
「あぁ飛び出す本ですね」
「ええ。こうやって、飛び出す絵本のことよ!」と。両手と体いっぱいを使って、ポップアップ絵本を説明してみせるルーシーの身振り手振りが何とも愛くるしいものだったから。
ルーシー本人はとても真剣なのだけれど、それが可愛らしさに拍車をかけている。
表情を緩めてしまったら、ルーシーから「もう、パパったら!」と少し膨れながら言われてしまいそうだ。
ユェーは緩みそうになる頬を手で隠しながら、教室の先生でもあるルリユール職人の方をちらと見た。
職人もルーシーの体いっぱいの主張を、「うんうん」と優しく見守ってくれている。
「開いた時に飛び出す絵本を作りたいんだね」
「そうよ!」
「ルーシーちゃん、先生と一緒に作ってきますか?」
「うん!」
一生懸命の説明が無事に通じたことに、ぱあぁっと表情を明るくさせたルーシー。
それを微笑ましく見守りながら、「行っておいで」とユェーはルーシーを送り出した。
「さて、僕も作りましょうか」
隣の作業台で先生役の職人に尋ねながら作業を始めたルーシーを、優しく見守りながら。
ユェーもまた、頭に思い描く本を形にし始める。
絵を描いた絵本を。けれど――ただの絵本では面白くないから、ルーシーが発見した時にワクワクできるような、少し楽しい工夫を施して。
「ルーシーちゃん、どんな反応を見せてくれますかね」
楽しい工夫を見つけた時のルーシーの反応が、今から楽しみだ。
ユェーは微笑一つを浮かべると、筆を手に取った。
「う? これで正しい?」
「後は表紙を付ければ、本と呼べるもの」の状態になった紙の束。
先生に尋ねながらそこまで作り終わったルーシーは、いよいよポップアップ絵本の醍醐味である「飛び出す仕掛け」に取り掛かっていたのだけれど――……。
飛び出す仕掛けの数々を仮止めして。試しにページを開いてみたら、そこに登場したのはぺしゃっと力無く伏せてしまったウサギで。何故だか分からないけれど、開いた時にしっかりと絵が立ってくれないのだ。
「こっちは正しい?」
同じように止めたはずなのに、ひな鳥さんはしゃきっとしている。何が違うのだろう。
「分からなくなってきちゃった」
絵本のページに絵を糊付けすれば、どれも飛び出す仕掛けになりそうなんだけれど。それが意外に難しい。
先生にコツを聞きながら、ぺしゃってしまった仕掛け達にもう一度トライ!
「どうすれば上手く飛び出てくれる?」
「そうだね。たくさん一度にわーっと飛び出させたい時は、仕掛けを同じ角度で、右と左のバランスが一緒くらいになるように貼ると上手くいくよ」
「うん、頑張ってみる……!」
とびだす仕掛けってむずかしい。けど、一番力を入れたいところだから、絶対に自分の手で完成させたいのだ。
特に、最後のページはクライマックス! 気合いを入れて。先生のアドバイスをよく聞きながら。
ページ一面を覆うのは、鮮やかな黄色。左右のページで鏡合わせになるように印をつけて、彩色した沢山の向日葵をその上に貼り付けて。
イメージするのは、ページを開いた時に一斉に起き上がる向日葵のお花畑。微調整を繰り返しながら、ルーシーは絵本の中に向日葵畑を創り出していく。
「ルーシーちゃん、気付きますかね。きっと気付きますね」
ユェーが本の中に生み出していくのは、苺やブルーベリー、クッキーやパイといった甘い食材とお菓子の数々。
柔らかく暖かいタッチで描かれていく食べ物は、どれも本当に美味しそうで。
真っ赤に熟れた赤い苺に、大粒の紫色のブルーベリー。可愛らしい生物の形をしたクッキーに、こんがりした網目が美味しそうなパイ。
でも、ただ美味しそうなイラストだけじゃあ、面白くないから。
優しく彩色した上に、ユェーが塗り重ねるのはそれぞれの食べ物の香りを混ぜた、透明なインク。そっと塗り重ねたそれは、擦ればたちまちその食材や食べ物の香りがふわりと香り立つ。
どれも二人にとって想い出の香りだから、きっとルーシーちゃんも気付くはず。
イラストにこれまでの想い出と、これからの楽しみを籠めて。ユェーは絵を描いていく。
「――完成!」
それぞれが本作りに集中すること、暫くの間。やがて、静かな工房に反響したのは、達成感に満ちたルーシーの嬉しそうな声だった。
あれからも調整を重ねて。最後のページには、うんと力を入れたから。きっと、パパも驚くくらいの出来栄えになっているはず!
出来上がった本を両手で持ち上げて嬉しそうに微笑むルーシーに、ルーシーの声を聞いたユェーがそっと後ろから本を覗き込んだ。
「ルーシーちゃん完成したのですか? 読んでもいいですか?」
「うん! いいよ」
やっぱり、一番はパパに読んでもらいたいから。
頬を薄っすらと桃色に染めたまま、元気に「どうぞ!」とルーシーはユェーに出来上がったばかりのポップアップ絵本を手渡すのだ。
記念すべき最初のページを開けば、そこには――蒼と月色、二匹の蝶が仲良く飛び出して、本の世界へご招待。
現実と空想の垣根を飛び越えて、楽しい旅へと誘いかけてくれる。
ひな鳥に、ウサギに。他にも沢山。最初は二匹の蝶々だったけれど、世界中を旅するにつれて、段々とお友だちも増えていって。
また一つ、出逢いを重ねる度に。広がって行く二匹の世界。色々なことを知って、色々なことを経験して。仲良しな二匹の蝶は、旅を続けていく。
そして、たどり着いた先は――。
「でもね、旅はまだ続くのよ。ずっと」
ユェーが最後のページを開いた瞬間、この時を待ち侘びていたかのように一斉に飛び出してきたのは、鮮やかな黄色の色彩だった。
近く、遠く。その色を変えて。一様にユェーへと微笑みかけている花の色彩。とても眩しくて、そして見覚えのあるそれは――想い出の花でもある、向日葵の色で。
見渡す限り地平線の向こうまで黄色が染め抜く向日葵を、仲良くお散歩する二匹。
でも、二匹の旅はこれで終わりじゃない。もっとずっと続いていくのだ。ユェーとルーシーの絆の様に。
「とても素敵な本ですね、最後の向日葵がとっても綺麗です」
「これをパパにお贈りするわ」
「これを僕に? ありがとう」
大好きを詰め込んだ絵本だから、大好きなパパにあげたくて。
ルーシーが絵本をユェーへと差し出せば、ふわりと頭に舞い降りたのは心地良い温み。
今日も変わることのない、頭を撫でてくれるパパの大きな手のひらに、ルーシーは向日葵にも負けないくらいの眩しい笑顔を返すのだ。
「えへへ、……よかった!」
「お返しに僕もこちらを贈ります」
「パパのご本! 良いの?」
お返しとしてユェーから贈られた本を、ルーシーはワクワクと胸をときめかせながら、表紙を開いた。
どんな物語なのか、ページを開くまで内緒らしい。期待と一緒に、ページをふわりと捲れば――。
「この親子って! ふふふ……!」
そこに居たのは、何処かで見たことがあるような。それでいて、誰かの面影があるような。
小さな女の子と、彼女の父親の姿だった。
パパの可愛いイラストに、思わず笑み零れるルーシー。だって、女の子と父親の姿には、とっても見覚えがあったから。
それは、小さな女の子のとある冒険譚。
パパが大好きな女の子が、父親の為に美味しい食べ物を探す旅に出るという。
苺畑に、ブルーベリーの実る農園。ビターなチョコレートを売っているお店に、コーヒーや紅茶が美味しい雑貨屋さん。
わくわくページを捲る度に、ルーシーの目に飛び込んでくるのは――何処かで見た覚えがあるような、懐かしい食材の数々で。
鞄からも溢れるほど、両手にも持ちきれないくらい美味しい食材を沢山持って家に帰ってきた女の子は、父親に食材を手渡して。
明るい向日葵の花々が見守る向日葵畑の中で、一緒に父親が作った美味しいお菓子を食べるのだ。
「とってもステキなお話、宝物にする。ありがとう!」
ぎゅっと絵本を抱き締めたルーシーに、優しく微笑みかけるユェー。
その笑顔を見たルーシーは、すぐに分かった。これは、何かまだとっておきの秘密がある時の表情だから。
「ふふっ、絵の所を軽く擦ってみて。きっと絵と同じ匂いがするよ」
「絵の所? !! ブルーベリーのにおいするわ!」
「匂いも思い出のひとつですから」
「すごい!」と絵をじぃっと見つめるルーシーの姿に、こくりと頷いてみせるユェー。
匂いも思い出の一つ。絵本の匂いを嗅ぐたびに、きっと、色々な二人の想い出を思い出すだろうから。
それから、きっと。二人の想い出の匂いは、これからも増えていくのだろう。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヘルガ・リープフラウ
❄花狼
ルリユール……世界にひとつだけの、自分だけの本が作れるのね
わたくしたち二人が歩んできた軌跡を元にした物語を綴り
一冊の絵本にしてみたいわ
将来、二人の子供が出来た時にも、読んで聞かせられるように
昔々あるところに、白き翼を持つ娘がおりました
聖なる調べを紡ぐ歌姫
人々は奇跡を求め、歌姫に縋ります
だけど歌姫の瞳は愁いに沈んでいました
どれほど病を癒しても
どれほど奇跡を起こしても
世界から不幸が消えることはない
そして、姫が年頃になった頃
彼女を狙う悪魔が街に火を放ち、全てを焼き尽くしてしまいました
歴史ある建物も、豊かな田園も、大切な家族や人々も
みんなみんな炎に焼かれ、黒く燃え落ちて
漆黒の絶望の中、悪魔の手から逃げ惑う姫を一匹の狼が救います
昼は人間、夜は狼となる呪いをかけられた人狼の騎士
同じ孤独を抱えた二人は、共に旅を続けます
山を越え、谷を越え、時に怪物に襲われて
それでも狼騎士は勇敢に立ち向かい、姫の歌声は彼を癒します
姫から全てを奪った悪魔を倒し、
世界の果てにあるという「希望の星」を目指して……
ヴォルフガング・エアレーザー
❄花狼
ヘルガと共に④ルリユール教室へ
ほう、オリジナルの絵本を作れるのか
そして俺たち二人の軌跡を……名案だ
白い布で装丁した表紙は金と銀の糸で刺繍を施し
本文は淡い水彩画をベースに、所々押し花の花弁や天然顔料でアクセントを
特に輝く星空には、宝石の如く輝く鉱石や真珠貝の粉が相応しい
ひとつひとつのページを手作りで描きあげて
少しずつ形になってゆく様は心が躍る
完成が楽しみだ
設定は実際の俺たちとは多少変えてあるようだが
(何しろ俺の変身能力は昼夜で固定されるものではないから)
物語としての面白さも大事だろう
俺たちが歩んできた道は、決して楽しいことばかりではない
むしろ辛く悲しいことや、激しい戦いの方が多い気がする
それでも希望を諦めずに読み続けることが出来るように
心が沈んだ時には、この本のページを開いて勇気をもらえるように
さて、結末はどうするかな……
悪魔(のモデルになった吸血鬼)を倒したところまでは決まっているのだが
何しろ俺たち自身の旅は、まだ続いてゆくのだから……
●
中世の装飾写本を彷彿させる、豪華絢爛な日記帳。「お父さん、お母さんへ」と表紙に刻まれた、少し不格好な形の絵本。オーナメントとしても使える、アルバムのスターブックに。
工房の片隅。「見本」として展示された作品群はどれも唯一無二の想いを形にして、窓の傍、差し込む陽光の明かりを受けてサラサラと静かに輝きを放っていた。
そのどれもに、誰かや何かを思いながら、本を形にしていった過去の製作者達が居るのだろう。彼らの想いに触れ、寄り添えばそれだけで――心の奥から、込み上げてくるものがある。
嘗てこの教室に訪れた人々が残した、想いの形をウットリと眺め。ヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)は、大小様々な傷跡が刻まれた目の前の作業台をそっと、その白い手で撫ぜた。
「ルリユール……世界にひとつだけの、自分だけの本が作れるのね」
数々の本が形を得ていく過程をひっそりと見守っていた作業台には、歴代の製作者達が刻んでいった傷跡が残されている。
「ちょっと手が滑った」とか、「上手く作りたかったのに」とか。その傷一つ一つにも、背景となった記憶があるに違いない。
「ほう、オリジナルの絵本を作れるのか」
この工房は、想い出で満ち溢れている。
長年愛用されてきた作業台。それを労わり、人々が残した想い出の一片に触れるかのように、作業台の表面を滑っていくヘルガの手。
そこにそっと重ねられたのは、ヘルガの手よりも一回り大きく、大切な者を護る為に数々の戦場を潜り抜けてきた、勇士――ヴォルフガング・エアレーザー(蒼き狼騎士・f05120)の手のひらだった。
ヴォルフガングの身体中に刻まれた傷跡は、彼が潜り抜けた戦いの多さを物語っている。
戦う意味も、愛すらも知らず。ひたすらに破壊の限りを尽くしていた過去と。ヘルガに出逢い、愛を識り、戦う意味が出来た今と。
今までに数々の苦難を共に乗り越え、漸く実を結んだ想いなのだから。命ある限り彼女を傍で護り、世界を共にすると誓ったのだ。今更、彼女を独りにするつもりは毛頭ない。
「わたくしたち二人が歩んできた軌跡を元にした物語を綴り、一冊の絵本にしてみたいわ」
「そして俺たち二人の軌跡を……名案だ」
暫し、工房の歴史と想いの足跡に触れていたヘルガがそぅっと唇を開いたかと思うと。
寄り添うようにして彼女を見守っていたヴォルフガングの方へと振り返り、柔らかな笑みと一緒に提案を一つ、ヴォルフガングへと持ち掛けて。
二人が今まで歩んできた、日々と年月の軌跡。忘れない、忘れられないそれらを一つも取り零すことなくぎゅっと寄せ集めて――一つの絵本に。
それは、何とも甘美な誘いに聞こえたから。ヘルガの誘いに、ヴォルフガングも優しい笑みを湛えてこくりと頷いてみせた。
嘗て、ヘルガから全てを奪ったあの悪しき存在。全ての元凶であった、過去の悪夢は討たれた。
しかし、二人の物語は、これで終わりではない。寧ろ、ここから始まるのだ。
この物語を、未来へと語り継いでいく為に。
「将来、二人の子供が出来た時にも、読んで聞かせられるように」
ヘルガの言葉に、ヴォルフガングは夢想する。
微睡みを覚えるような、のんびりとした午後。心地良い日差しの下、二人で自らの子供達に絵本を読み聞かせる――近いうちに実現するかもしれない未来のことを。
最高のハッピーエンドの続きとして紡がれる、終わりのない物語のことを。
それは世界で一番の幸福の様に感じられた。
ヴォルフガングは時折、これほどの幸せが在って良いのかと一抹の不安を抱くこともあるが、その不安は傍らに添うヘルガが包み込んでくれる。
それに何より。最高の幸福を護る為、その為にヴォルフガングは戦い続けるのだから。
二人共に在れば、恐いものなど何も無い。
「それならば、うんと力を入れなければならないな」
将来、子供達に読み聞かせることになるだろう絵本を作るのだ。
自然とやる気が湧き出てくるし、親となる者として、子供達には中途半端なものは見せられない、という思いもある。
ニコリと微笑みを交わし合った後、どちらからともなく差し伸べたその手を絡めて。ヴォルフガングとヘルガは、作業台へ。
●
表紙に添えるは、天使の翼を思わせる、純白の布だ。
ヘルガは一抹の穢れも抱かぬ真白いそれに、金糸・銀糸で刺繍を施していく。
一針一針、丁寧に。真白いキャンバスの上に生み出されていくのは、植物や花々、天使、白鳥や蝶と言った――まるで楽園を再現するかのような、美しい紋様の数々で。
時折、糸にビーズやスパンコール、パールを絡ませて。一等美しく。しかし、何かに寄り添うような暖かさも籠めて。
「『昔々あるところに、白き翼を持つ娘がおりました』」
物語となる本文紙には、手描きの文字と淡い水彩画のイラストを添えて。
ヴォルフガングとヘルガは二人、お互いに作業を分担しながら二人の物語を、絵に、文字に。形に起こしていく。
最初のページには、白い翼を持つ天使の娘を。
一面の闇が覆い尽くし、全てを呑み込み、隠しきってしまう世界で。唯一の光を背負い、世界を照らす娘の姿を。
この世の不幸を憂う様に瞳を伏せた娘が眺める眼下には、絶望に支配された街影の姿が在った。
水に、闇色の絵の具を抱かせて。流れるように、そっと紙へと夜を流していく。
ヴォルフガングが彩色した淡い闇色の背景に浮かぶのは、ヘルガが添えた手描きの文字。柔らかな真白い文字列が紙面の上で瞬いて、街を眺める娘のことをそっと見守っていた。
「『聖なる調べを紡ぐ歌姫。人々は奇跡を求め、歌姫に縋ります』」
生きると言うよりは、頂点に君臨する絶対的強者の手によって生かされている世界で。
絶望の如き強者の「気紛れ」によって、人々の命が木の葉よりも軽く無価値に扱われる世界で。
闇色に沈んだ世界に現れた一抹の光の存在は、人々の目に「大きな希望」として映ったことだろう。
「どうか、救い」を、と。歌姫となった純白の翼背負いし娘に、人々は手を伸ばす。
歌姫の導きによって、暖かな奇跡と生きる活力を取り戻した人々は、瞳にそれぞれの色彩を宿し、礼を告げて帰っていくが――しかし、ヴォルフガングが色を乗せた歌姫の瞳は、灰色のまま。何も映さない灰色に染まったままだ。
不幸な人々を救っているのに、歌姫自身は救われない。
彼女の心を体現するかのように、その背の翼にはそっと灰の影を添えて。
娘に寄り添うようにして。蒼いミスミソウの押し花の一輪だけ。
決して届かぬ青空への憧憬を象徴するかのように添えられた蒼きミスミソウの花は、灰色に呑まれる絵の中で、一際目を惹くものだった。
「『だけど歌姫の瞳は愁いに沈んでいました。
どれほど病を癒しても。どれほど奇跡を起こしても。世界から不幸が消えることはない』」
病から立ち直り、或いは、奇跡に勇気を貰って。また一つ、色彩と活力を取り戻していく人々の姿。
サクラ、ビオラ、カスミソウにタンポポ。立ち直り、再び自らの人生を歩んでいく理由を思い出した人々の希望を表す様に、周囲には様々な押し花の花弁を散らして。
しかし、その一方で。歌姫の灰と影は、その色を増すばかり。灰を通り越して黒に近づいた瞳の色彩と、翼にのる影の色は、一際濃くその色を変えて。
歌姫がその歌をもって人々を癒し、奇跡を起こしても。世界から不幸が消えることは無く、今も、世界の何処かで新たな悲劇が生まれていて。
「人々が皆、幸福に暮らせる世界を」と。娘が願えども、それは遠き理想郷なのだから。
天上の神々に問いかけるように。じっと空に瞬く夜空を見上げる歌姫の頭上には、無数の星々が光り輝いている。
二人で創る星空には、ページの中でも一層力を入れた。
ラピスラズリ、シトリン、サンゴ、マザーオブパール。夜空に鏤めるのは、宝石の如く輝く鉱石や、真珠貝の粉末だ。
星々は眩しく輝く。宝石の如く静かに、しかし確かにその身に輝きを宿して。地上の娘のことを、静かに見守っている。
「『そして、姫が年頃になった頃。彼女を狙う悪魔が街に火を放ち、全てを焼き尽くしてしまいました』」
ページを捲れば、そこは静謐な夜から一転。炎を絶望に呑まれる、街の光景が広がっている。
漆黒に近い黒を背景に、鮮やかな橙や赤が迸る地表。人々も、建物も。その全てが残酷な炎の海に呑まれて一瞬で無へと帰す。
炎と闇が彩る地獄のような街並みと、この瞬間も、静かに瞬く夜空の存在。燃える街と頭上を静かに彩る星空とのコントラストが、絶望的なまでに美しい。
「『歴史ある建物も、豊かな田園も、大切な家族や人々も。みんなみんな炎に焼かれ、黒く燃え落ちて』」
絶望に呑まれた娘に、更なる絶望が襲い掛かる。
それは、娘を狙う悪魔。全てを失い、悲しみに打ちひしがれる娘の目の前に現れて――。
「『漆黒の絶望の中、悪魔の手から逃げ惑う姫を一匹の狼が救います』」
一面の漆黒に塗りつぶされた頁の中で。遂に終わりかと思った歌姫の目の前で。唯一光り輝くのは、歌姫の前に立ちはだかった狼の背中だ。
流星の如く現れた狼は、一等星の様に眩く輝いて、道を示し。悪魔の手から、間一髪のところで娘を救い出す。
「『昼は人間、夜は狼となる呪いをかけられた人狼の騎士。同じ孤独を抱えた二人は、共に旅を続けます』」
昼は歌姫と共に、人間の姿となって世界を歩き。夜は星々と共に、狼の姿となり、娘を静かに見守って。
徐々に形になってくる二人の軌跡に、ヴォルフガングは静かに笑みを深めた。
「完成が楽しみだ」
少しずつ形になってゆく様は心が躍る。
完成がとても待ち遠しいものだった。
(「設定は実際の俺たちとは多少変えてあるようだが」)
ヘルガが人狼の騎士と天使の歌姫のイラストを描いていく様を、すぐ隣で見守りながら。
ヴォルフガングは絵本の登場人物に自分達との違いを見つけ、そっと目を細める。
(「何しろ俺の変身能力は昼夜で固定されるものではないから」)
登場人物である人狼の騎士と異なり、ヴォルフガングの変身能力は昼夜で固定されることは無い。
時には、忠実なる人狼の聖騎士として。時には、猛る狼として。ヴォルフガングは自らの意志で、その姿形を変化させることが出来る。
だが、物語としての面白さも大事だ。二人の軌跡に、少しのifを交えて。物語は進んでいく。
「『山を越え、谷を越え、時に怪物に襲われて。それでも狼騎士は勇敢に立ち向かい、姫の歌声は彼を癒します』」
旅を進める二人には、様々な出逢いが訪れ、時に困難が降りかかる。
深い緑色に染まる山を越え、ポッカリと底の見えぬ程に大口を開けた谷を越え。向かいくる怪物を力を合わせて倒し、旅の途中で出逢った人々に見送られて。
「俺たちが歩んできた道は、決して楽しいことばかりではない。むしろ辛く悲しいことや、激しい戦いの方が多い気がする」
「でも、旅の途中に出逢えた素敵な人々との出逢いにも確かに恵まれていたわ」
顔を見合わせあって、静かに語り合う。
そう。これまでのヴォルフガングとヘルガが歩んできた道のりは、決して楽しいことものでは無かった。
出来上がった絵本のページを見返してみれば――困難や戦いに巻き込まれる二人の姿も、決して少なくはない。
それでもなお。多くの苦難が二人の身に降りかかってもなお。決して二人は、その歩みを止めなかった。
繋いだ手は、決して離さずに。困難を乗り終えるごとになお、二人の絆は深まる一方で。
二人にとっての、お互いの存在であったり。
闇色に沈んだ世界であっても、その全てが闇になることはなくて。絶望の中にあっても――確かに、味方となり光となる存在があるのだと。
それを、知ってもらいたかったから。
「それでも希望を諦めずに読み続けることが出来るように。心が沈んだ時には、この本のページを開いて勇気をもらえるように」
「ええ。楽しいことだけじゃない人生を、照らしてくれる本になるように」
そんな想いを籠めて。二人の軌跡を、絵に、文字に。落とし込んでいく。
子供と一緒に成長する絵本となれるように。子供達の人生において、決して裏切らない友達になれるように。
「さて、結末はどうするかな……。悪魔(のモデルになった吸血鬼)を倒したところまでは決まっているのだが」
「わたくしたちの物語は、これからも続いていくんだもの。ずっと」
「そうだな。何しろ俺たち自身の旅は、まだ続いてゆくのだから……」
「では、こうしましょうか。『姫から全てを奪った悪魔を倒し、世界の果てにあるという「希望の星」を目指して……』」
「『二人の旅は、まだまだ続いていくのです』か」
悪魔を倒しても、二人の歩みはまだまだ終わらない。寧ろ、ここからが本当の始まりなのだから。
旅を続ける二人が目指す先はただ一つ――ページの中で大きく輝く、「希望の星」だ。
眩しく。しかし、全てを包み込むような優しい色彩を抱いて。静かに人々を見守るように照っている、希望の星を目指して。
光とこれまでに出逢った人々や、助けた人々に見送られながら。二人は旅を続けていく。
結末を綴り終えて。
そうして出来上がったのは――金糸と銀糸による刺繍が施され、優しい色彩の水彩画の挿絵が添えられた、二人の軌跡を綴った絵本だった。
しかし、ヘルガのヴォルフガングの歩みは止まらない。
世界中から不幸と悲劇を無くすまで。二人の旅は続いていくのだから。
長年の悪夢から解き放たれた二人の旅は、真の意味でまだまだ始まったばかりなのだから。その胸に、未来永劫変わることのない、愛と希望と勇気を抱いて。
二人で作り上げた絵本に視線を落とし、そっと微笑み合えば。表紙の金糸が、キラリと静かな輝きを返してみせた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
しかし、何か情報が得られないかと、説明不可能な怪奇現象の被害に遭った書店や家々を順番に尋ねてみたところ、その全てに共通して、最後のページに怪しげな紋様が刻まれた本が見つかったという。
勢い良く開けた扉が壁に当たり、跳ね返ってしまうくらいに。ドタドタと盛大な足音を立てて、「彗星屋」の店内に入ってきたのは――現在の店主である、十三代目店主であった。
「日記帳によると、初代店主は『本に書いてある、文字の内容を具現化させる呪い』とやらを、自身が製本した本や、日記帳。売り物にならない落丁本に、気の向くままに試していたみたいでして……」
學徒兵の一人がすっかりカサカサになった、売れ残りの手帳に文字列を書き、それを読み上げれば――途端、澄んだ水色の光が周囲に満ち溢れたかと思うと、数匹のウサギが手帳から飛び出した!
星光のような水色の光を纏う数匹のウサギは、害を齎すこともなく……ただ、気ままに店内を跳ね回っている。この呪いは本当に、『本に書いてある文字の内容を具現化させる』だけにあるのだろう……暴走さえ、しなければ。
學徒兵が嬉々として具現化したウサギに迫り、触れようとするが――ウサギに触れるはずだったその手は、ふわりとウサギの身体をすり抜けてしまたった。どうやら、具現化した本の内容には触れられないらしい。
先程、學徒兵が具現化させたウサギの様子を見るに――時間の経過と共に「具現化した文字の内容」は徐々にその色彩が薄れ、夜が訪れれば、その奇跡は跡形もなく、ふわりと消え去ってしまうことだろう。
呪いが施された本は、星の神話や星座、世界各地の星空について記された本が多いようですが……。星や天体とは全く無関係な本や、売れ残った白紙の手帳類に施されていることもあります。
「具現化した本の内容」が、纏う光は様々です。「具現化した本の内容」の姿も、やたら存在感があったり、逆に弱弱しかったりと、その姿形は籠められた想いや声に依存します。
しかし、予想とは反対に――ミアが背表紙に手を掛けると、スッと軽くその存在を書架の中から引き抜くことが出来て。目的の本は意外なほど簡単に、ミアの手の中に収まった。
赤に、橙、白銀に黄金。その身に様々な光を宿す、数えきれないくらいの星明かりの奔流は、飛び交い、絡み合い――何処かで見た覚えがあるような形を取って、書庫の天井へと昇って行き。
だが、ガルレアにとっては、それは何処までいっても未完成の楽曲に過ぎない。曲を構成するのに欠かすことのできない――未だって致命的に欠けている――存在が居るのだから。
嘗てを経て、今へと辿り着くように。記憶の根底に今も強く根付く、何処か舌足らずなボーイソプラノから始まった歌声は、いつの間にかすっかり大人になった弟のそれに代わり。
悪魔召喚術に手を伸ばしたのだって、猟兵になった理由だってそうだ。この身を構成するのは、殆ど全て弟のことばかりで、万一それが喪われる様なことがあれば――……。