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星綴りのルリユール~世界に一冊だけの本を

#サクラミラージュ

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#サクラミラージュ


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●製本書店『彗星屋』
 ――世界に一冊だけの本を創り出すのならば、この『彗星屋』にお任せを。

 日常のちょっとした物事を書き留める相棒に。
 手帳、メモ帳、日記帳、エトセトラ。
 日々の記憶を書き留める、普段使いの小さな味方。
 厚く、薄く、大きく、小さく。既製品ならままならない対応も、ルリユールでは思いのまま。
 自分の手で創り上げたのなら、一等愛着も増すことでしょう。

 一度頁を開けば、物語の世界へご招待!
 恋人、孫に子供に、或いはご両親に。贈り物にも最適な飛び出す絵本も大人気。
 お気に入りの童話を元に絵本を作り上げるも、オリジナルの物語を描き上げるも、写真や挿絵と共に当人だけの想い出を絵本に閉じ込めるも、思いのままに。

 「恐れ入りますが、当店では取り扱いしておりません」
 ユーベルコヲド使いとして、書籍や本を武器に用いる皆様ならば、度々耳にしたことのあるこの台詞。
 武器を新調したくとも、特殊な紙や本を素材に用いるあまり、一般には取り扱っていない店や工房の多いこと!
 しかし、その様な台詞は時代遅れ。
 当店ではユーベルコヲド使いの皆様でもお使い頂ける、特殊な紙や本もお取り扱い。
 悪魔を始めとする契約相手を呼び出す召喚器としても。摩訶不思議な事象を引き起こす魔導書にだって。
 個別に応じたオーダーメイドも受け入れております。

 唯一無二の、世界で一つだけの本を創りたい?
 そのような願い事も、『彗星屋』にお任せを。
 アコーディオン式、箔押し、アルバム、楽譜帳、個人の趣味嗜好に合わせて編纂した時祷書に。無論、長年愛用した本の修復作業も。
 皆様の製本体験を全力でお手伝いさせていただきます。

 絵本、豆本、ユーベルコヲド使いの皆様が武器として愛用している、一風変わった本でも。何でもござれ。
 勿論、一般的な各種書籍の取り扱いも致しております。
 製本書店『彗星屋』は、皆様のご来店とご依頼を心よりお待ちしております。

 ――とある大学の掲示板に張られた広告より抜粋。

●Relieur
「皆様は、『ルリユール』という言葉をご存知でしょうか?」
 日に日に夏本番へと駆け足で向かっていく、真夏も間近に迫ったとある日のこと。
 グリモアベースに集った猟兵達に向かって、そう語り掛けたのは曙・聖(言ノ葉綴り・f02659)だった。
 何やら文具好きとしてのスイッチが入ってしまったらしい目の前のグリモア猟兵は、周囲の反応を待たずして――常よりも早口でやや駆け足気味に、「ルリユールとは何たるか」について語り始める。
「『ルリユール』とは、ヨーロッパ圏の――主に、フランスで製本や装幀を一つ一つ手作業で行う職人を指す言葉でして。職人のこととは別に、手作業で製本や装幀を行う作業そのものを『ルリユール』と称す場合もあるのですが」
 その「ルリユール」と今回の依頼。それがどう繋がるのかと問われてみれば。
「実は、とある古書店街で何やら不可思議な現象が、頻発している様でして……。
 影朧の仕業かも知れないと、帝都桜學府に在籍する有志の學徒兵達達がパトロヲルして回っているのです。
 ですが、學徒兵だけで見回るには少々大きすぎる古書店街であるようで。皆様には、この見回りに協力していただきたいのです」
 今回猟兵達に赴いて欲しい場所は、数校の大学が中心になって発展を遂げてきた、歴史ある学園都市だと言う。
 煉瓦造りの街並みが観光名所でもあるこの学園都市には、世界的に有名な大学の他にも聖堂や図書館、博物館等があるようで。
 見回り対象となっているのは、そんな街中の一角、大学近隣に位置する古書店街だ。
 近隣に位置する大学と共に発展を遂げてきたこの古書店街は、全てを回ろうとすると半日は掛かるくらいに大きい。
 普段は観光客や学生で賑わう、普通の古書店街なのだが――何故だか、今月に入って説明不可能な怪奇現象が古書店街のあちこちで頻発しているとの話で。
 曰く、突然古書が発火したり。また曰く、数秒の間だったが、当然店内が無重力状態に陥ってしまったり。
 幸い、人的被害は出ていないそうだが……これでは、重大事件が引き起こってしまうのも時間の問題だ。
 説明不可能な怪奇現象の頻発に、「影朧の仕業ではないか?」と推測を立てた學徒兵達が見回りをしており。今回は、この見回りに同行して欲しいと聖は告げる。
「怪奇現象自体は古書店街全体で発生しているようですが……中でも飛びぬけて怪奇現象が目撃されている場所が、この製本書店『彗星屋』でして」
 製本書店『彗星屋』は、古書店街の中でも有数の歴史ある書店だ。
 本好きと星好きが高じて自ら製本に携わり、書店を立ち上げるにまで至った初代店主を筆頭に、十三代目である現店主まで脈絡と受け継がれてきている製本技術がウリらしい。
 この製本技術――「ルリユール」は、書店で教室も開かれているそうで。見回りの傍ら、参加してみるのも面白いかもしれない。
「初代店主ですが、星好きのなかなかに突飛なお方だったというお話です。
 何でも、当時のユーベルコヲド使いに悪魔召喚の方法をしつこく取材したり。嘘か誠かも不明な、世界各国のお呪いの術式をかき集めたり」
 世界は丸い。故に、居る場所によって頭上に広がる星空も異なっている。
 しかし――贅沢にも、一度に世界中の星空を見たいと願った、大層な大馬鹿者が存在したそうな。
 大層な大馬鹿こと、初代店主の行動理論は、「世界中の星空がいっぺんに見られたら楽しいじゃないか!」ただこの一言に尽きた。
 その為に、古今東西の星図や星の神話、悪魔召喚や、何やら怪しげな呪い等をかき集め、それを自作の本に書き綴っていたそうだが――終ぞ、世界中の星空を一度に見られる方法を見つけることなく、その生涯を終えてしまった。
 初代店主が無くなり、早百年以上。
 自作のインクまで用いていたせいで、初代店主が製本し書き綴った本達はすっかり腐食してしまい、書店の書架に並べられている現存する当時の本達は、軒並み穴だらけの状態であるらしいが。
「怪奇現象が認められない様でしたら、見回りながら自由に古書店街を楽しんで頂いても構いませんよ」
 初代店主のせいである意味名物の、製本書店『彗星屋』を始め、古書店街には様々な見所がある。
 古書や書籍を扱う古書店や書店は勿論、本を読みながら、ゆったりとした一時を過ごせるブックカフェーに。
 他にも、街を散策してみれば、思ってもいなかったお店や出来事に出逢えるかもしれない。
 聖は「よろしくお願いいたしますね」と、一礼して。笑顔で猟兵達を送り出すのだった。


夜行薫
●挨拶
 お世話になっております。夜行薫です。
 本と星空とノスタルジア。恐らく、3回目の文具がモチーフのシナリオです。
 今回のテーマは、「本」や「本に類するもの(日記帳、メモ帳、楽譜帳、フォトアルバム、魔導書等)」です。本の形式をしているものならば何でも。
 ※全章通して、著作権等にはお気を付けください。不採用になります。

●舞台について
 某多文化的学園都市。
 数校の大学を中心に発展を遂げてきた、歴史ある街です。
 舞台はその街の一角にある古書店街及び、その古書店街に店舗を構える製本書店『彗星屋』

●進行
 断章追加:全章とも有り。
 受付/締切:タグとMSページでお知らせ。
 グループ参加:3名様まで(※4名様以上は難しいです。)
 ※有難くも多くの方にご参加頂いた場合、問題が無くともプレイングが不採用となる場合がございます。採用の確約は致しかねますので、予めご了承ください。

●第1章:日常『古書店街』
 歴史溢れる、煉瓦造りの建物と通りが美しい古書店街にて。
 街を見回りつつ、古書店街を自由にお過ごしくださいませ。
 以下、できること一覧です。

 ①古書店及び書店巡り。
 ②ブックカフェーへ。
 ③街の散策。
 ④噂の製本書店『彗星屋』で行われているルリユール(製本)教室。
 ※一般的な本以外にも、豆本、羊皮紙、装飾本、ハート型等特殊な形の本、アコーディオン形式、ポップアップ絵本やフォトアルバム、魔導書等特殊な本の製作が行えます。
 ※製本と言ってもその工程は複数ございますので、「ページ作り(挿絵作成や、本文執筆、写真選び)」や「表紙の装飾に凝る」等記述・希望がございましたら、それらを中心に描写します。
 ⑤その他、思いついたこと、してみたいことがありましたら、是非。

●参考までに、第1章の④関連のワード
 本の形:アコーディオンブック、スターブック(頁を開くと星形になる本)、ポップアップ絵本(飛び出すアレ)、和綴じ、革装丁等。
 頁と表紙の装飾等:宝石、金銀細工、花文字、レタリング(カリグラフィー)、箔押し、彩色等。

●第2章:冒険『書架に残り香』
 詳細は断章にて。
 ※この章のプレイング内で、星の名前や星座、星の神話(ご自身で創作されたものも可)、本の内容等を記載頂いた場合、第3章で何かが起こるかも……です。

●第3章:日常『ほうき星に願いを』
 全て終わった後で。夕暮れの古書店街での一時。
 詳細は断章にて。
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第1章 日常 『古書店街』

POW   :    取り敢えずカフェー

SPD   :    街を漫ろ歩き

WIZ   :    古書店巡り

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●赤煉瓦の古書店街
 ――街の名所でもある大聖堂の中に作られた天文時計が、今日も狂うことなく時刻の到来を人々に告げている。
 ひょこひょこと高さも形も大きさも不揃いの、古びた煉瓦や石造りの建物の合間から見える大聖堂に見守られながら。
 一度古書店街へと足を踏み入れれば、たちまち賑やかな喧騒が猟兵達を出迎えた。
 澄み渡る太陽の下、赤煉瓦の敷き詰められた通りを歩む観光客や学生達の表情は皆一様に明るい。
 足元に延々と続いている赤煉瓦の通りが時折緩やかに曲がりくねっていたり、道幅が場所によって広くなったり狭くなったりしているのは、街の発展と共にその姿を変えてきた結果なのだろう。
 古書店街を歩む人々から聞こえてくる会話と言えば、「論文が進まない」や、「ランチはどうしましょう?」といった取り留めのないことばかりで。
 怪奇現象が起きる予兆が見られないのなら、この古書店街を自由に楽しんで構わない。

 この街最古の大学と同じくらいの歴史を持つブックカフェーは、自家製のハーブを使ったハーブティーとスイーツが有名だ。
 アンティーク調の木製家具と煉瓦の壁に囲まれている店内を優しく照らすのは、高い天井から吊り下げられたシャンデリアが灯す、オレンジ色の優しい明かりで。
 一般的なテーブル席の他に、リラックスしたい人向けの場所も。
 陽当たりの良い窓辺にはふわふわの絨毯が敷かれ――その上には、ローテーブルと沢山のクッションがポンポンと置かれている。ゴロゴロしながら過ごしても良いらしい。
 歴史が長い分、蔵書数も目が眩むほどのものであるそうで。
 何処の誰が書いたのかも分からない、古い本や、歴史歴な洋書を始め。最近話題の本まで幅広く取り扱っているそうな。その本の数は、きっと店員だって把握しきれてはいないだろう。

 古書店街と呼ばれるだけあって、この一角に店舗を構える古書店や書店も数えきれないほど。
 古き良きを地で行く、地元の人々に愛されている古書店に。その向かいでは、『猫の模様大辞典~遺伝的要因も解説』『幻想伝説~英国の妖精伝承を紐解いて』等々――分野や方面問わず、マニアックな書籍を取り揃えた書店が、店内に流れる洒落たクラシック音楽を店の外まで吐き出していた。
 他にも、特定のことに特化した本ばかりを扱うお店に、絵本専門店に。古書店街の書店達は、何処も個性豊かな店ばかりだ。
 お気に入りの一軒を探して、巡ってみるのも面白いだろう。

 そして、製本書店『彗星屋』もまた、この古書店街に店舗を構えていた。
 初代店主の趣味趣向を今まで受け継いできたのだろう。青を基調にした店内には、星図や天球儀、天体望遠鏡といった星に纏わる小物が、本に紛れて置かれている。
 製本の仕事だけでは赤字になるからと、一般の書店と同じく書籍の販売も行っているが。
 『彗星屋』の本業はルリユール――製本・装幀作業であるのは確かだ。
 製本教室用に用意された場所ですらかなりのスペースがあり、無駄に広いとすら言える。実際に職人達が作業を行う場所は、此処より更に何倍も広いんだとか。
 一般的な本やノート、メモ帳は勿論のこと。豆本にアルバム、ユーベルコヲド使いが扱うような戦闘用の特殊な本、スターブックやポップアップ絵本と言った特別な形をした本等々。
 初めてでも、職人がお手伝いをしてくれるらしく。思いつく限り、どんな本でも創ることができるらしい。
 紙や装飾用の素材、筆記具に彩色。
 使い切れない程に集められた(実際、未だに初代店主が集めた素材の一部も使われずに残っているらしい)、様々な製本に関係する材料に交じって――今ではあまり見かけることのない、ラピスラズリやサンゴと言った天然染料や顔料、羊皮紙や動物の革と言った素材が紛れ込んでいたのも、きっと見間違いでは無い。

 古書店街は、全てを見て回ろうとするのなら、半日は掛かるほどに広い。
 興味と好奇心赴くままに、曲がりくねった赤煉瓦の通りをあっちへこっちへ行ってみれば、思ってもいなかった出逢いが待っているかもしれない。
 古書店街でどのように過ごすかは、猟兵達の自由だ。
ココ・クラウン

行動は④

不思議なお店…
目が足りないくらい見たい物が沢山あってわくわくして、なぜか落ち着いた気持ちにもなる
誰かの秘密基地みたい
ずっと昔の店主さんの想いがちゃんと残ってるんだね
僕、ここで手帳が作りたい

職人さんに手伝ってもらいながら…
黒革の装丁で大人っぽく
小口はきれいな銀色に塗って
栞紐の先には職人さんオススメのチャームを付けたいな
最後に表紙に『C』と銀で小さく箔押し
…わあ、僕だけの手帳だ…嬉しい
ありがとうございましたっ

猟兵になって外の世界に来てから、やりたいこと、思い出…いっぱいできた
全部大切にしたいから、この手帳に書き残していくんだ
最初の日記は今日のこと
よしっ、パトロヲル隊のお仕事に行かなくちゃ




「不思議なお店……」
 製本書店『彗星屋』――その内部には、星空が横たわっていた。
 色々あって。見足りなくて、ワクワクもして。それから、不思議と落ち着いた気持ちにもなれる店内だ。
「誰かの秘密基地みたい。ずっと昔の店主さんの想いがちゃんと残ってるんだね」
 初代店主の面影が、昨日のことのように鮮明に息づく星色の店内で。先に続く言葉は、ココ・クラウン(C・f36038)の口から自然と紡がれていた。
「僕、ここで手帳が作りたい」
 誰かの大好きなものが詰め込まれたお店だからこそ、ごく自然に、心の底からそんな思いが芽生えてきていた。
 瞳に新緑の煌めきを宿した小さな王子様の言葉に、職人さんは優しく表情を緩めると「ついておいで」と、書店の奥、製本教室が開かれている工房へ。

「昔の本はこうやって手作業で作られていたんだね」
 ココにとって初めての製本作業。紙が本になっていく過程を一番近くで体験できたのは、とても新鮮で楽しいものだったけれど。時々一人で進めるには難しい工程もあったから、そこは職人さんに手伝ってもらって。
 今、ココの目の前には、あと一歩で本になる「綴じられた紙の束」が置かれていた。
 ここから先は、書き心地を決める本文紙選びと同等か、それ以上に重要な工程だ。だって、本の見た目がこの工程で決まるのだから!
 綴じられた紙の束をじっと見つめるココの表情も、自然と真剣なものになる。ココの小さな手には小口を染色するためのブラシが握られていた。
「小口はきれいな銀色に塗って……」
 ムラなく、丁寧に。けれど、染めるのはあくまで小口――紙の端だけ。
 紙の内部まで塗料がしみ込んでしまうことが無いように、手早く。少しずつ少しずつ小口を銀色に染めていく。
 一辺が終わったら、もう一辺を。先に塗装を終えている小口と見比べて、色の差が無いように。
 そうやって、前・天・地と三辺の小口を綺麗な銀色で彩ることが出来た時、ココはホッと安堵のため息を吐いた。
「黒革の装丁で大人っぽく……」
 銀色に染まった小口の上から、色が落ちてしまわないように保護塗料を塗り重ねて。ページ同士がくっついたままになってしまわないように、そっとページを一枚ずつ捲っていく。
 背に花布を付けたのなら、後は表紙を付けるだけだ。
 きらめく“星森”の木漏れ日を思わせる、さらさらと光の反射に応じるようにして、静かに煌めく銀色が美しい小口に添えるのは、黒革の表紙だった。
 革の表紙は、使い込むほど柔らかくなって、色もゆっくりと変わっていくものらしい。
 今は優しい夜色に染まる、皺一つないパッキリとした黒革の表紙が、どんな変化を見せてくれるのか。今から楽しみなココだった。
「栞紐の先には職人さんオススメのチャームを付けたいな」
「じゃあ、これなんてどうかな?」
 栞紐の先に揺れるのは、蔦が四辺を縁取って、真ん中に星が煌めく四角いチャームで。
 仕上げに表紙に、「C」と銀色で小さく箔押ししたのなら――ココだけの手帳の完成だ。
「……わあ、僕だけの手帳だ……嬉しい」
 表紙の端に煌めく「C」の文字は、満ち始めた三日月のようにも見える、不思議な文字の形をしている。
 夜色の表紙に浮かぶ、「C」の文字を吸い込まれてしまいそうな程見上げて。
 それから、ぎゅっと腕の中で抱きしめて。ココはお世話になった職人さんに、大きな声でお礼を告げるのだ――「ありがとうございましたっ」と。
「猟兵になって外の世界に来てから、やりたいこと、思い出……いっぱいできた」
 何度だって見返したくなってしまう、自分が創り上げた、ココだけの手帳。
 今はまだ真っ白なページが続くだけのそれを、パラパラと捲りながら。新たに決意するのは、これからのこと。
 猟兵になってから、ココの世界は何倍にも大きく広がってみせた。
 やりたいこと、挑戦してみたこと、出逢った人、想い出。それら全部を、取り零さずに未来へと繋げて行きたいから。
「全部大切にしたいから、この手帳に書き残していくんだ」
 記念すべき最初のページに刻む出来事は、もうとっくの昔に決まっている。最初のページには今日のことを書こうって、ずっと考えていたのだから。
「よしっ、パトロヲル隊のお仕事に行かなくちゃ」
 「これからよろしくね」と、頼もしい黒色の相棒に挨拶を告げて。ココは元気良く、通りの向こう側へと駆けて行くのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ミア・アーベライン
④のルリユール教室へ

わたくし、一応魔女ですの
ああ、警戒しないでくださいませ 魔法など使いませんわ
欲しいのは「魔導書に似せた日記帳」
黒の革表紙 可能なら赤色の石をはめ込んで
中は羊皮紙がそれらしいですが
万年筆を使いたいので書きやすい紙が嬉しいですわ

これから猟兵として日々を積み重ねていくうちに
中は埋まっていくでしょうから
そうね、表紙にこだわりましょうか
金の箔押し アール・ヌーヴォー的な飾り枠
日記帳とバレないようにカリグラフィーで「Magia」と書き込んで

これならわたくしの城にあっても日記とバレることはありませんわね
素敵な作りに感謝致しますわ




 先程出入り口の扉を開けたばかりの声の持ち主は、「わたくし、一応魔女ですの」と。目の前の店員に、それだけを告げた。
 隠している訳でもない事実を告げた途端、店員の表情が少し曇ったのを見逃さなかったミア・アーベライン(朔月の魔女・f31928)は、顔色一つ変えること無く、形の良い唇を開いて続きの言葉を紡いでいく。
「ああ、警戒しないでくださいませ。魔法など使いませんわ」
 だから、店内で出来上がった魔導書片手に魔法の試し打ちを行うとか、断りもせず魔法を使うとか。店員が危惧している事態は起こらない。
 だが、中にはそれを行う猛者も存在する様で。少しだけ、店員の苦労が垣間見えた気がする。
 店員に一つ労いの言葉を送って。ミアは優雅な足取りで、案内された工房の方へと歩みを進めていった。

「欲しいのは『魔導書に似せた日記帳』ですの」
 ミアの欲しい一冊はもう、此処に来る前から決まっていた。
 頭の中に思い描く完成図を言葉として口に出し、作業を手伝う職人へと伝えていく。
「中は羊皮紙がそれらしいですが、万年筆を使いたいので書きやすい紙が嬉しいですわ」
 魔導書と言えばな浪漫溢れる羊皮紙も、普段使いの日記帳として使うには。
 羊皮紙は裏表でインクの吸収率や書き心地、色合いが異なってくる。
 羊皮紙本来の凹凸やら、加工時に出来た傷やへこみ、書き間違いを削った跡なんかで、書き心地が均一では無かったり、ペン先の摩耗が早くなったりする可能性だってあり得た。
 だから中の本文紙には、書きやすい紙を、と。そう思ったところでミアの薔薇と同じ色彩宿す双眸が捉えたのは、工房の隅に詰まれていた茶色い紙だ。
 少し厚みがあって、ムラのある薄茶色に染まっていて。一見すると羊皮紙に似ているが、よくよく観察してみると羊皮紙風に加工された紙だと判る。
 引っ掛かったり、インクが滲んだりすることも無いとの説明で。説明を聞き終わるか終わらないかの間にもう、その紙を手に取っていた。
「これから猟兵として日々を積み重ねていくうちに、中は埋まっていくでしょうから。そうね、表紙にこだわりましょうか」
 今はまだ、何も刻まれていないページが連なるばかりの懐古的な色合いの紙の束。その中を彩るのは、「これから」の日々。そうやって日々を綴るうちに、正真正銘の一冊の本になっていくのだから。
 だから、表紙は中に綴られる日々と釣り合うくらいに美しいものを。最後の一ページを綴り終わった時、魔導書と見紛うくらいに立派なものになるようにと、これから訪れる日々に期待も込めて。
「可能なら赤色の石をはめ込みたいと思っていますの。出来るかしら?」
「ええ、勿論できますよ」
 漆黒の夜の様な黒革の中央に、ミアの瞳と同じ煌めきを宿す赤い石を埋め込んで。
 中央の赤い石を中心に、箔押しで刻んでいくのは飾り枠。美しく、繊細に、複雑に。そして、さながら一つの芸術品であるかのように。
 緩やかに曲線を描いて絡む蔦に、本物そっくりの姿を持つシルエットの花々。繊細なレヱスの模様。
 刻印一つ一つの配置を見極めながら、ミアは模様の刻まれた刻印をしっかりと押し当てて、表紙となる裏表両方の飾り枠を作り上げていった。
「これならわたくしの城にあっても日記とバレることはありませんわね」
 他者に読まれて欲しくは無かったから。
 飾り枠の最後を彩るのは、美しく書き込まれた筆記体のカリグラフィー。
 日記帳とバレないように、表紙に「Magia」と金色で刻み込んだなら――ミアだけの日記帳の完成だ。
「素敵な作りに感謝致しますわ」
 高級感溢れる、アール・ヌーヴォー風の装幀。
 静かに光を反射させている複雑な金の飾り枠と、一際目を惹く中央の赤い石に、思わず手に取りたくなってしまう魅力があるが――触れたら最後、その手に傷を負ってしまうような。
 綺麗な薔薇には棘がある。それを体現させたかのような日記帳だった。
 一目でこれが日記帳だと理解できる人間は、創り手であるミア以外に存在しないだろう。
 満足の行く仕上がりに、そっと笑みを浮かべたミアは、作業を手伝ってくれた職人へと静かに礼を告げるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夜鳥・藍
彗星屋さんでの製本教室に参りましょう。

そうですね、ちょうど昨年末でページが尽き、止まってしまった日記がありますから半年ぶりに再開しましょう。そのための冊子を一つ。
中身はシンプルに日付を入れる項目と本文の罫線のみ。横書きの方が横文字を書いても不都合なさそうね。
そして少しだけ装丁にはこだわりましょうか。
こちらのお店にちなみ星空の装丁を。濃紺の表紙全体に星をちりばめて、表紙中央にはメインとなる天の川の写真を。それに添えるようにタロット運命の輪の簡単なイラストを。
日々の些細な変化でも次につながる様に、つなげられるように。
銀河は星が生まれ死に行く場所。運命の輪は次の運命へ動く時だから。




 継続こそ力なり、とは言うけれども。何かを続けるには、気力が要る。
 それに、簡単に続けられるものならまだしも、日記を書くという作業は存外、時間も手間暇も掛かるものだ。
 今日という日の終わりにその日一日を頭の中で振り返って、文章として纏めて。ああでもない、こうでもない、と頭の中で四苦八苦しながら文章を綴っていくのは、大変かと問われれば、確かに大変なのだが。
 しかし――時間や手間暇もかかるものだからこそ、得られるものもまた大きい。
 振り返りながら出来事を認めている時に思わぬ発見に出会ったり、ふとこれまでの日記帳を見返した時に、その時の記憶が鮮明に蘇って来たり。
 それに、自分の好きな筆記具とインク、日記帳を用いたのなら、日記を書く一時がより楽しいものになる。
 日記を書いているあの一時は誰にも体験できない、自分だけの至高の時間でもあるのだろう。
「そうですね、ちょうど昨年末でページが尽き、止まってしまった日記がありますから半年ぶりに再開しましょう」
 これも何かの縁だろう。途絶えてしまった道を再び繋げていくのは今かも知れない、と。
 去年の年末に最後のページを綴ったきりであった日記の存在を思い起こしながら、夜鳥・藍(宙の瞳・f32891)はそんなことを思っていた。
 自分の手で創った自分だけの日記帳なら、一日の出来事を文字として纏めていく時間が、一等楽しいものになるはず。
「横書きの方が横文字を書いても不都合なさそうね」
 線だけでも、無地、ドット、方眼等々。
 日記部分に注目してみれば、更に選択肢は増えていく。その日の天気や月の満ち欠け、スケジュールを纏める欄が設けられているモノもあるくらいなのだから。
 ノートの線の種類とデザインを合わせれば、悩んでしまうくらい沢山あったけれども。
 シンプルな方が自分の好きに書き込めるから、と。ページをアレンジしていくのもまた、日記を綴る醍醐味なのだから。
 使いやすさを重視して、日記帳のページとなる紙は、日付を綴るスペースと横書きの罫線が引かれているものを藍はチョイスした。
「少しだけ装丁にはこだわりましょうか」
 日記帳の表紙は毎日触れて、一番目にするもの。だからこそ、拘りたかった。
 この日記帳を創ったこの瞬間を、いつでも思い出せるように。『彗星屋』にちなんで、星空の装幀を。
 ボール紙を包んだ、雲を模した白交じる濃紺のハードカバーの表紙は、これだけで夜空の様だけれど。そこに、もうひと手間を加えて。
 藍が手に取ったのは、大小様々な形をした星の刻印。金と銀の箔をバランス良く使い、刻印を強く押して。表紙に星を生み出して、散りばめていく。
 そうして金銀に煌めく星々が生まれたのなら、今度は型押しで星型の凹みを所々に。
 金銀の煌めきと、光の反射で絶妙な存在感を放っている型押しの星と。良い具合に星を散りばめたのなら、小さな夜空が藍の手の中に収まった。
「次は、メインとなる天の川の写真ですね」
 星空を生み出しただけで終わりではない。表紙の主役となる存在は、これから登場するのだから。
 表紙には、その中央にメインとなる天の川の写真を添えた。複数あった天の川の写真から悩み抜いて選んだ、藍が一番気に入ったものを。
 赤紫、青、藍と。絶妙にその色彩を揺らめかせながら、果てなく広がる宇宙。その闇に煌めく星々が一等美しく映り込んだ、天の川の写真。
「日々の些細な変化でも次につながる様に、つなげられるように」
 そんな願いを込めながら、藍は一つ一つ丁寧に描いていく。
 写真に寄り添うようにして、剣を持ったスフィンクスに車輪、四大聖獣に――タロットカードのⅩである「運命の輪」の簡単なイラストを。
「銀河は星が生まれ死に行く場所。運命の輪は次の運命へ動く時だから」
 物語は終わり、そしてまた始まる。日常の出来事が積み重なって、未来へと続いていくのだから。
 表紙に籠めるは、終わりと始まり。自分の未来を、少しでも「次」に繋げて――そうして、人生を紡いでいけるように。
 願いと一緒に、決意も籠められた銀河と運命の輪が彩る日記帳の表紙。
 願わくは、この日記帳を書ききる時には――自分の決意が叶っていますように、と。藍はそっと、そんなことを思うのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

清水・たたえ
行動④
ルリユール……と言う言葉は初めて聞いたわね
自分の手でつくる、世界で一冊だけの本……良い記念になりそうね
とてもロマンチックだわ
私は……そうね、アルバムをつくりたいわね
子どもの頃に比べたらあまり写真は撮らなくなったけど、それでも今のアルバムには収まりきらないくらいには新しい写真があるもの
そろそろ新しいのを買おうと思っていたの、ちょうど良いわ
中身の写真選びは後で家でじっくり行うとして……せっかくならここ……『彗星屋』で作ったという思い出も残したいところね
だから、そう……夜空色の表紙に銀色の星々をあしらいたいわ
箔押し、というのだったかしら?出来るかしら
星の配置は用意していたこの図の通りにしたいわ




 ルリユール。
 それは、仏蘭西語を学んでいても、その存在を知る機会があるかどうか、怪しい程の言葉でもあって。
 ルリユールという言葉を知るためにはまず、製本や装幀を手作業で行っている職人が存在していることを知らなければならないのだから。
 ルリユール――意味は、もう一度綴じる。或いは、もう一度綴じ直す。
 仮綴じ状態の本を、一冊の「本」として完成させる。長く愛用してクタクタになった本の装幀を、作り直す。綴じて、一冊の本として送り出して。そうして、未来へと繋げていく。
 その為に、職人である彼らが存在しているのだから。
「ルリユール……と言う言葉は初めて聞いたわね」
 もう一度、清水・たたえ(兎は跳ねない踊らない・f33347)は確かめる様にして、先程自分の辞書に刻まれたばかりの、新しい言の葉を口の中で転がしていた。
 お洒落なカフェーの店名になっていてもおかしくはない、柔らかな響きの言葉。
 そして、新しく出逢った言葉と共に先ほど聞いた説明を頭の中で振り返ってみれば――自然とたたえの表情は、柔らかなものへと変わっていった。
「自分の手でつくる、世界で一冊だけの本……良い記念になりそうね。とてもロマンチックだわ」
 世界で一冊。サクラミラージュの世界だけでは無くて、全ての世界で一冊だけの存在。
 それに想いを馳せただけで、今からの時間が楽しい一時になるだろうことは、容易に想像がつく。
 例え、似たような素材で同じ様に本を作ったのだとしても、全て手作業なのだ。全てをそっくり同じに作れる訳がない。
 だから、ルリユールで創り出す本は――正真正銘、世界で一冊だけの本だ。たたえだけのものだ。
「私は……そうね、アルバムをつくりたいわね」
 何を作ろうかと考えた、たたえの頭に浮かんだのは、写真を収納するアルバムの存在だった。
 子どもの頃には、行事やふとした日常など。ちょっとした日々の合間合間に撮っていた写真。
 大きくなるにつれて、写真を撮る頻度は減っていき……子どもの頃に比べたら、今ではあまり写真は撮らなくなったが。それでも、昔からの習慣として写真撮影は続けている。
 気付けば、今持っているアルバムに収まりきらない程に増えていた新しい写真。新しいものを買おうと思っていたところだったから、丁度良い時期でもあった。
「そろそろ新しいのを買おうと思っていたの、ちょうど良いわ」
 これも何かの機会だと、たたえはアルバムを作ることに。
 中に入れる写真はどうしようか。収まりきらない分の新しい写真を思い返せるだけ、思い返してみるけれども――どれも、捨てがたい。
 中身となる写真は、悩み始めたらずっと悩んでいられそうなくらいだ。
「中身の写真選びは後で家でじっくり行うとして……」
 焦ることは無い。中に入れる写真は、家でじっくりと選べば良いのだから。
 写真を眺めて選びながら、過去にあった出来事を懐かしむのもまた、アルバム作りの醍醐味なのだろうし。
「せっかくならここ……『彗星屋』で作ったという思い出も残したいところね。だから、そう……夜空色の表紙に銀色の星々をあしらいたいわ」
 折角ならば、この書店でこのアルバムを作ったという思い出も形に残したい。
 だから、アルバムの表紙には落ち着いた夜空色に銀色の星々をあしらおうと決めた。
 これならば、アルバムを手に取る度に、「彗星屋」で作ったという記憶がハッキリと蘇るだろうから。
「箔押し、というのだったかしら? 出来るかしら」
「勿論、可能ですよ」
 たたえの問いかけに、製本作業を手伝う職人が笑顔で答えてくれる。表紙に箔を押していくことは、問題なさそうだ。なら。
「星の配置は用意していたこの図の通りにしたいわ」
 予めたたえが用意していたのは、星々の位置や並びが示された星図。
 表紙には、この図と同じような星の配置を創り出したかったから。
 大きさや位置、輝き方。一口に銀色と言っても、様々な種類の「銀」がある。
 幾つもある星の形をした刻印を手に取り、それから、銀箔の色を選んで。
 たたえは自分だけの銀の星が輝く夜空を、表紙の上に創っていくのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

風魔・昴
麻生・竜星(f07360)と④に参加
彼のことは「竜」と呼んでいる

「わぁ、このお店凄い!望遠鏡……天球儀もあるわ!」
店に入った途端、天体関係の品に目がついて思わずはしゃぐと彼に注意されてしまう
少しむすっとしてしまうけど、材料選びして作業が進むと笑顔
「今日は私が父さんから聞いた話を本にするつもりなのよ」
それは星の話……だから表紙は星空に近い色の背景に小さな天然石を飾ってみる予定
「うん、なかなかな出来映えだわ」
「あ、その案いいわね。それじゃ、ここをこうして……」
「ここももう少し、飾ってみようかな?」


素敵な話が本になっていく……
そのワクワクを楽しもう!


麻生・竜星
風魔・昴(f06477)と④に参加
彼女の事は「スー」と呼んでいる

(彗星屋っていう屋号がまた興味がわくな……)
そんなことを考えていると店内に入った彼女の一言が……
「この大きさの天球儀は珍しいかもな。だけどスー?」
はしゃいでいた彼女が目的を思い出すと、一緒に材料選びを
流石詳しいだけあり、彼女の作っていく本の表紙は星空のようだ
「ほぅ、いい感じにできてきたな」
「裏表紙はできたら明け方の近い空にして、細い月を上らせてみたら?」

二人の合作の表紙が出来上がりそうだ
こういう楽しみ感は久しぶりだなと、二人でほほ笑んだ




 星や天体、宇宙というそれをたった一言で表すのならば――それは、「浪漫」だ。
 果てない闇の中に広がり、自らの生命を代償にその身を輝かせるもの。
 人類が宇宙に恋い焦がれてから、幾星霜。
 しかし、未だその全貌を解き明かすことはできず。また、きっと宇宙の何割かすらも解明できていないのだろう。
 神ですら手が伸ばせぬ、遥か天上の存在。あれほど強く眩く光り輝いているのに、どうしたって手が届かない――絶望的な距離の向こう側に存在しているもの。だからこそ、人々は宇宙に想いを馳せるのかもしれない。
 そして。「彗星屋」の初代店主もまた、宇宙に魅入られてしまった一人だったと言えよう。
 「彗星屋」の中には、本物そっくりの、紛い物の宇宙が広がっていた。
「わぁ、このお店凄い! 望遠鏡……天球儀もあるわ!」
 風魔・昴(星辰の力を受け継いで・f06477)が店に入った途端、その目を捉えて離さなかったのは、天体関連の品々だ。
 白、紫、赤に橙。天上から吊り下げられた星型ラムプの中に飼われている星光の様な妖しげな炎達は、時折、生き物の様にその身体を揺らめかせていた。
 店内に散るラムプの光だって、量産型の薄ら寒いラムプの灯りや無意味に眩しい宝石の煌めきでは無く、本物の星光に近しい光だ。
 遠く、優しく。確かにそこあるのに、それでいて、太陽の様なとびきり眩しい存在に照らされてしまえば、たちまちその姿を隠してしまうような、臆病なもの。それが、星の光というもの。
 手作りと思しき望遠鏡に、昴が両手を広げてやっと一抱えに出来そうな程に大きい天球儀。
 アンティーク調の渾天儀や、すっかり日に焼けて皺くちゃになった星図なんかもあって。
 と、瞳を煌めかせて星と空想の世界に旅立ってしまった昴を見、入り口でそっとため息を吐いた人物が。
(「彗星屋っていう屋号がまた興味がわくな……」)
 きっと、初代店主はとびきりの星好きだったに違いない。
 店内にはどのような品々が遺されているのか。じっくりと見て回るのも、楽しいと考えていたから。
 来店直前まで麻生・竜星(銀月の力を受け継いで・f07360)は、ゆったりとそんなことを考えていたものの、昴の様子に竜星の思考は遥か彼方まで吹き飛ばされてしまった。
 間違いない。竜星は確信する。
 スーは、「彗星屋」に来た理由をすっかり銀河の彼方へと置き忘れてしまったに違いない、と。
「この大きさの天球儀は珍しいかもな。だけどスー?」
 にっこり意味深に笑んで竜星が昴の顔を覗き込めば、ワクワクと目の前の天体関連の品々に喜色満面だった表情が――一瞬でスッと冷めてしまったかのように、何の感情も乗らない、少し不機嫌そうな真顔に戻ってしまった。
 銀河の果てから一気に地表へ。昴のことを一瞬で引き戻せるのも、竜星だからこそ、なのだろうけれども。
 引き戻された昴本人としては、面白くなかったらしい。折角の思考に、中途半端なところで水を差されてしまったのだから。
「もう、竜ってば……」
 竜星の注意に、少しだけむすっとしつつ。
 それでも、竜星に手招かれるままに長机に向かい、材料選びに取り掛かる。
 今日創りたい本は、もう決まってきたから。
 その本に相応しい、星空の様な表紙の材料を。
「この色とかどうかしら? でも、もう少し暗くても良いわよね」
「それなら、これはどうだ?」
 相談したり、意見を交わしたり。一緒に材料を選んでいく昴と竜星。
 竜星に注意されたからか、最初は少しムスッとしていた昴も、材料選びに夢中になると、先のことなどすっかり頭から抜け落ちてしまったようで。
 今も、竜星にどちらの表紙が良いか笑顔で問いかけてきている。
(「星好きなだけあって、かなり集中しているな」)
 ちら、と。少し竜星が昴の様子を伺うと。
 竜星の意見を元に、最後まで残った表紙となる三つの候補のうち、どれが良いかうんと悩んで吟味している様子だ。
 竜星がそっと自分のことを眺めているのにも気付かずに、昴は手元の夜空をそっくりそのまま閉じ込めてしまったかのような表紙候補の材料だけを眺めている。
 お気に入りの星空を創り出すのに、少しの妥協も許さない姿勢に、昴を見つめる竜星は、自然と自分の頬が緩むのを感じていた。
 自分もそうであるが、彼女もまた、本当に星が好きなのだ。
「今日は私が父さんから聞いた話を本にするつもりなのよ」
 漸く一つに絞ることのできた表紙となる材料を抱えて。昴はそう切り出した。
 本文紙に綴るのは、天文学者でもある父から聞いた星の話。尊敬する父が聞かせてくれた話を本にするのだ。自然とやる気も満ちてくる。
「あまりはしゃぎ過ぎるなよ?」
「別に、はしゃいでないわよ?」
 星の事となると、昴はすっかり集中してしまうことがある。だから、ほどほどにと。竜星はそう伝えようとしたのだが。
 先ほどのことをすっかり忘れてしまった様な様子に、竜星は一人、苦笑を浮かべた。
 昴は自分にだけ、時々素っ気ないというか、不愛想というか。そういう態度を取られる時があるような。
 そういう年頃なのかもしれないが。
「赤く光っている星だから、この位置には少し大きめのものを置きたいわね」
「スーが思っている様な赤だと、柘榴石と紅電気石があるな」
「じゃあ、柘榴石で」
 紺に藍、紫に。絶妙に移り変わる星空のような、宇宙の様な背景に。飾っていくのは、星に見立てた天然石。
 星の配置、角度に並び、縮尺まで。
 脳裏に描かれている星図を目の前に実体化させていくように、天然石を置く場所を割り出し、石を選んでいく昴の淀みない手つきに、竜星は感嘆の息を漏らした。
「さすが、詳しいだけあるな」
「当然でしょう?」
 口ではなんて事の無い様に行っているものの、その声は何処か嬉しそうに弾んでいる。
 褒められて少し得意げな昴を目の前に、竜星はそっと目を細めた。
「竜、この灰簾石、光り方が微妙に違うのだけど、竜はどちらが良いと思う?」
「そうだな」
 少しでも本物そっくりの星空に近づけたくて。
 少しの違いだって、重要だ。
 一つ一つ。その星の大きさや色、地上から見た時の輝き方。それらを丁寧に思い起こし、小さな天然石の中から、そっくりなものを選び出して。
 そうして、昴と竜星の小さな星空作りは進んでいく。
「うん、なかなかな出来映えだわ」
「ほぅ、いい感じにできてきたな」
 天然石を用いた星空作りに集中すること、暫くの間。
 やっと最後の一つを飾り終えた昴が、手元に生まれた小さな星空の存在を今一度眺めて――その出来栄えに、満足した様子で深く頷いた。
 昴の上げた声に、竜星もまた、彼女の背後から出来上がった表紙を覗き込み、その様子に驚きの声を上げる。
 詳しいだけのことはあった。本物の星空のようなのだから。
「裏表紙はどうしようかな」
「裏表紙はできたら明け方の近い空にして、細い月を上らせてみたら?」
「あ、その案いいわね。それじゃ、ここをこうして……」
 表には、夜と星の空を。裏には、明けと月の空を。
 竜星の案は即座に採用されて、明け空を思わせる裏表紙には――幾つかの月のデザインの候補が挙げられる。
「その時間帯の月の色は、こっちの方が近いな」
「あら、こっちの方が近いのね。あと、ここももう少し、飾ってみようかな?」
 昴が父から聞いた素敵な話が、二人の手によってどんどんと一冊の本になっていく。
 その工程は、とてもワクワクするもので。それに、二人でこうやって楽しむのは久しぶりのことだったから。
 二人で創り上げた、星と月の表紙。後少しで完成する、その瞬間に想いを馳せて。
 竜星と昴は、そっと微笑み合った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

風見・ケイ
【🌖⭐️】
(二人掛けのビーズクッション)
夏報さん、あの席にしよう
……二人で並んで過ごせるし

ベルガモットのハーブティーにチョコレートケーキ
私は懐かしくてゲームブックにしてみた
それじゃなるべく近くに……ね

普段はどんな本を読むの?
私は昔よく図書館で時間を潰していたけど、古い漫画や児童書ばかりだったよ
少年探偵団が街を冒険するゲームブックがあって
それから私も街を冒険するようになったんだ

皆かわいくて……すごい鎧だな
(……あの子ともこうして本を読んだりしたのかな)
(意識を本に戻して)これは、少女が鳥になって忘れてしまった何かを探す話だね
ラバウルの次は……亜米利加だ
……君がいるなら宇宙にだって行ける気がする


臥待・夏報
【🌖⭐️】
人をダメにしそうな席だな……
へへ、二人でダメになるとしよっか

薄荷のハーブティーと乾菓子を合わせて
夏報さんにしては珍しく漫画を選んでみたよ
せっかく並んで読むんだし、見せ合いっこできたらいいかなって

昔から割と何でも読むかな
古典から、それこそ邪神教団みたいな怪しい新書まで
漫画を読まなかったのは、単に没収されると面倒だったからで
僕は逆にゲームブックって初めて見るかも
本の中で冒険ができるんだ?

この漫画は……十二星座の美少女が戦う話らしい
大正700年は先進的だな
こういうちょっと下らないやつ、あの子が好きだったなあ
……ううん、今はこの話はいいや
それより僕も冒険したいなあ、君と一緒に、鳥になってさ




 ブックカフェーの店内、陽当たりの良い一角には――ダメ人間を大量生産してしまいそうな程に魅力的な、ふかふかのスペースが広がっていた。
 落ち着いた赤の絨毯をひとたび踏みしめれば、面白いほどに沈み込み、床の硬さや冷たさなんて、少しも感じられなかった。
 まるで、雲の上にいるような心地と感触を楽しみながら。
 風見・ケイ(星屑の夢・f14457)が示した先にあるのは、丁度二人並んで過ごすのに良さそうな大きさのビーズクッションだ。
 半分ほど溶けたように、身体に背中を預けてくれる人々を待ち侘びているあのクッションは、自分達のことを良い感じに受け止めてくれるに違いない。
「夏報さん、あの席にしよう。……二人で並んで過ごせるし」
「人をダメにしそうな席だな……。へへ、二人でダメになるとしよっか」
 とか、何とか言いつつ。
 お目当てのビーズクッションに背中を預けるなり、早くもダメ人間と化しつつあるのは、臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)だ。
 固いことはなく。かといって、柔らかすぎることも無く。
 程よい感触で夏報のことを受け止めてくれる。このクッションを開発した人はきっと、かなりのダメ人間に違いない。
 叶うのならば、暫くはここに居たい。長時間ゴロダラしていたのなら、外に出るのが億劫になってしまいそうな場所だ。コタツと似たような魔力を感じる。
「風見くん、メニューとってー」
「ああ、早くも夏報さんがクッションの魔力に……」
 あとちょっとで手が届きそうなのに、攣りそうなほど腕を伸ばしても、絶妙な感じで届かない。指先に掠りはするけれど、一向に掴めそうにない。
 立って歩けば一歩で届くのに、その一歩がとても遠くて、途方も無い距離に感じてしまう。
 ちょっと手を伸ばせば届きそう――で、届かない距離にあるメニュー表。夏報が頑張ってとろうとしたのも、最初のうち。
 すぐに諦めて、隣のケイに頼み込んだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。さすが、風見くん」
「絶妙な距離に置いてあるよね、あのローテーブル」
「配置に悪意を感じるよ」
 持つべきものは、背の高い友人である。
 ケイがひょいっと手を伸ばし取ったメニュー表を、「わーい」と笑って受け取る夏報。
 手が届きそうで届かない位置にあるローテーブル。あれならば軽食が運ばれて来たって、いちいち腕をいっぱいに伸ばして取らなければいけないだろう。
 絶妙な位置がなかなかに憎い。
 だから。
「ね、風見くん?」
「奇遇だね、夏報さん。私も丁度同じことを考えていたところ」
 ケイと夏報は、顔を見合わせあって。
 次の瞬間には、無言でググっとローテーブルを自分達の方へ。これで、手を伸ばしきらなくても、すぐに届く位置になった。
 ……周りの人達みたく、手を伸ばすのも惜しいとすぐ隣に置いてはいないから、きっとセーフ。
 上には上がいる。だから、まだダメ人間になってはいないはず。
「夏報さんにしては珍しく漫画を選んでみたよ」
「私は懐かしくてゲームブックにしてみた」
 本を選ぶ時ばかりは、重い腰を上げたけれども。
 数冊選んで戻ってくれば、すぐに元通りにだらりとだらしなく並んでクッションに身体を預けて。お互いに持ってきた本を見せ合うのだ。
「せっかく並んで読むんだし、見せ合いっこできたらいいかなって」
「それじゃなるべく近くに……ね」
 ゴロゴロしながらの読書のお供は、ハーブティーと甘いお菓子。
 ケイは目が覚めるようなスッキリとしたベルガモットのハーブティーに、アクセントとして甘いチョコレートケーキを。
 夏報は清涼感では右に出るもののない、爽やかな薄荷のハーブティーとせんべいやクッキー、ビスケットといった数種類の乾菓子を。
 ちまちまとハーブティーとお菓子を摘まみつつ、お互いに本を見せ合う為にぎゅっと近くに寄り合えば。たちまち本の世界が二人のことを出迎えてくれる。
「普段はどんな本を読むの? 私は昔よく図書館で時間を潰していたけど、古い漫画や児童書ばかりだったよ」
 漫画をあまり読まないらしい夏報に普段読む本を問いかけながら、ケイは昔のことを回想していた。
 昔は通い詰めた図書館。
 何処の図書館も同じだろうけれど、棚には古い漫画や児童書ばかりが残っていて。シリーズものの新刊や、人気の漫画はあっという間に貸出中になってしまっていた。
 予約を取ろうにも、何十人待ちというのが通常で。だから自然とケイが手に取るのも、ふと棚で見つけた古い漫画や児童書ばかりになっていた。
 そこから、思ってもいなかった面白い本との出逢いがあったりもしたもので。
 昔読んだあの本を、もう一度読み返してみるのも良いかもしれない。
 懐かしさに浸りつつゲームブックを進めていくケイの隣で、視線はページに落としたまま夏報がケイの問いに答えた。
「昔から割と何でも読むかな。古典から、それこそ邪神教団みたいな怪しい新書まで」
 何故か学校に存在した、謎のルール――「漫画は禁止」という、あの。
 漫画を読まなかったのは、単に没収されると面倒だったから。纏めてしまえば、それだけの理由で。だから、昔から割と何でも読んでいた。
 今の常識は、昔の非常識で。常識も文化もまるきりことなる、古典に触れるのも面白かった。
 有名な作品の数々が、昔から今まで途絶えずに支持されている理由が少しは理解できたような気がする。
 書いてあることの矛盾なんて当たり前。時折突拍子もない方向に話や理論が展開されていく怪しい新書の群れは、好奇心と興味を満たすのには格好のお供だ。
「少年探偵団が街を冒険するゲームブックがあって、それから私も街を冒険するようになったんだ」
「僕は逆にゲームブックって初めて見るかも。本の中で冒険ができるんだ?」
 初めて見るゲームブックの存在に、夏報は興味津々でケイが手にするページを覗き込む。
 機会があったら、ゲームブックに挑戦してみるのも良いかもしれない。
「この漫画は……十二星座の美少女が戦う話らしい。大正700年は先進的だな」
「皆かわいくて……すごい鎧だな」
 夏報が読み進めている漫画、それは何処かで聞いたことのあるような設定のような気がして。
 時代を先取りしていることに少しばかり驚きながら、その突飛な設定に思わず笑いも生まれてしまう。
「こういうちょっと下らないやつ、あの子が好きだったなあ。……ううん、今はこの話はいいや」
 懐かしい存在が、頭をよぎる。ふと夏報が思い出したのは、「あの子」のこと。
 今もこうして隣で本を読んでいたのなら、下らない諸々にツッコミを入れつつ読んでいたに違いない。
 でも、今は「あの子」と一緒に本を読んでいる訳では無いのだから――夏報は、心の奥から顔覗かせた「あの子」の存在をそっと心の奥に再び沈ませた。
 意識して、話を逸らさなければ。読書の合間の不意に、「あの子」のことをまた思い出してしまいそうだったから。
(「……あの子ともこうして本を読んだりしたのかな」)
 なんて。ちらとケイが様子を伺うようにして夏報の顔を覗き込めば、何を考えているのか分からない表情を浮かべていた。
 ケイも、夏報の「あの子」のことは……全く気にならないと言えば、きっと嘘になってしまうのだろうけれども。
 今は……隣に居る、人物のことを。
「それより僕も冒険したいなあ、君と一緒に、鳥になってさ」
「これは、少女が鳥になって忘れてしまった何かを探す話だね。ラバウルの次は……亜米利加だ。……君がいるなら宇宙にだって行ける気がする」
「宇宙へ行ったら何処を目指そうか? ブラックホールとか?」
「ブラックホール、か。吸い込まれてしまいそう」
「意外とブラックホールの向こう側に、想像もつかないような文明が広がっていたりして」
 二人の意識は本の世界を飛び出して、空の向こう――果てなく広がる、宇宙の方へ。
 想像の力は無限だ。現実や常識の鎖から解き放たれたのなら、きっと、何処にだっていける。
 銀河の向こう側、月の裏側、太陽の近くも。二人一緒なら、何処にだって。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

真宮・響
【真宮家】で参加

ルリユール、製本屋か。奇妙な物に興味を持ってた初代店主の事は気になるが、純粋に製本を楽しんでいいんだね?作りたいものがあるんだ。

持ち込んできたのは3年間の猟兵生活で撮り溜めた写真。家族で多くの催しに参加してきた。一度、整理してみてもいいと思ってね。

思い出の写真をアコーディオンアルバムにしてみたい。初めての作業だからね、手伝いを頼むよ。選ぶのに手間がかかりそうだが、3人写っている写真を優先しようか。僅か3年だが、子供達の成長の軌跡を並べていくと感慨深いねえ。

表紙に花文字で「家族の思い出」と書いて、一つインカローズを添えよう。いいアルバムが出来た。家に飾ろうかね。


真宮・奏
【真宮家】で参加

本が作れる店ですか?凄くワクワクします。星空好きの初代店主さんとは気が合いそうだなあ・・・その店主さんが開いた不思議な本屋さんで本作り、楽しそうです!!

作りたいのはポップアップ絵本、飛び出す絵本です!!飛び出す星に星の下で遊ぶもふもふの動物達!!手先が不器用なんで、動物がちょっと歪むかもしれませんが、職人さんのお手伝いで頑張ります!!

星の本ですから、表紙は金細工で飾りたいなあ・・・ちょっとレベルが高いけど、頑張ります!!

夢のような素敵な本が出来ました!!(本を抱えて嬉しさの余りくるくる回る)宝物にしますね!!


神城・瞬
【真宮家】で参加

世界中の星空を見たいという夢を抱き、神秘を追い求めた彗星堂の初代店主。周りはハラハラし通しだったでしょうね。でも今の彗星堂を残してくれた方です。感謝しながら本を作りましょうか。

やはり、魔術師としては魔導書を製作したいところ。羊皮紙を選択して、瑠璃の染料で文字を書きます。表紙は革装丁にして、銀の箔押しで題字を記します。

かなり大掛かりですので、職人さん達の助けが欲しいですね。お手間おかけします。

とてもいい魔導書が出来ました。これなら、母さんと奏を守るのにより一層力が入りますね。満足です。




 何かを目指して誰かが一直線に頑張る姿を応援するのは、とても勇気を貰えるに違いない。
 つい応援して背中を押してしまいたくなるけれど、ヒヤヒヤするような出来事だけは――きっと、何度経験しても慣れることは無い。
 「彗星屋」の初代店主。その周りにいた人々も、きっと似た様な気持ちを何度だって経験してきたことなのだろう。
 急に教えた覚えのない言葉を話したり、ふと目を離した一瞬であり得ない様な距離を走って移動したり。
 真宮・響(赫灼の炎・f00434)は、娘がうんと小さい頃の思い出を瞼の裏に思い起こし――一人で深く頷いていた。
 子育ては、驚きと発見の連続だ。それこそ、今まで自分が「当たり前」と思っていた物事が、当たり前では無くなってしまうくらいに。
 子育てを通して似たような経験があった響。だからこそ、初代店主の周りに居た人々が振り回される様子が、ありありと脳裏に浮かんでは消えていく様で。
 星を追い求めるあまり、怪しいお呪いに手を伸ばしたり、悪魔の力を借りようとしたり。それこそ――年中手の掛かる幼子の面倒を見ている様なものであったのだろうことは、想像に難くない。
「奇妙な物に興味を持ってた初代店主の事は気になるが、純粋に製本を楽しんでいいんだね? 作りたいものがあるんだ」
 今のところ、原因不明の怪奇現象は起きていない。起こる様子も見られないから、今は純粋に製本を楽しんでしまっても問題ないだろう。
「世界中の星空を見たいという夢を抱き、神秘を追い求めた彗星堂の初代店主。周りはハラハラし通しだったでしょうね」
 歴代店主達もまた、初代店主の残した本や手帳の数々を持て余してきたのだろう。
 書架のそれらは、「取扱いには注意して頂いた上で、ご自由にお読みください」と手書きの説明が掲げられており――その中の一冊、何らかの魔導書と思しき書籍に神城・瞬(清光の月・f06558)は手を伸ばした。
 日に焼け、乾燥し、すっかりパキパキと乾ききったページに気を付けながら捲れば、何百年も昔には「当たり前」とされていた魔術や呪いの理論や、発動の為の魔法陣等が記載されている。
 魔術に精通している瞬ならば、これが何の現象を引き起こすことも出来ない「誤った理論」であると一目で理解できたが。魔術に明るくない者ならば、いつ何の拍子で発動するかも分からない、怪しげな理論が置かれていると思うことだろう。
 初代店主に振り回されたであろう人々のことを思えば、自然と苦笑が零れてしまう。
 魔術や神秘を追い求めるうちの一人として、その気持ちは分からないことも無かったが……くれぐれも心配をかけさせてしまうことはあってはならないと、瞬はそっと母と妹である存在を目で追った。
 家族とは、何よりも大切でかけがえのない存在であるのだから。
「星空好きの初代店主さんとは気が合いそうだなあ……その店主さんが開いた不思議な本屋さんで本作り、楽しそうです!!」
 百年以上前に亡くなってしまった初代店主さんのことを思えば、とても惜しいという感情が心の中から溢れてくる。
 叶うのならば、生きている間にお会いしてみたかった。星好きの同士として、きっと楽しい会話が出来たに違いないから。
 初代店主さんが遺した品々が店内を彩り、その存在を昨日のことのように感じられるこの書店で。世界に一冊だけの本を創るのだ。なんとロマンチックなことだろう。
 真宮・奏(絢爛の星・f03210)は、これから訪れる本作りの体験に早くも瞳を煌めかせている。
 家族三人、書店の奥へと案内されれば。各々の作りたいものを頭の中で描きつつ、それぞれ必要な材料を揃え始める。
「一度、整理してみてもいいと思ってね」
 長机の上に響が広げたのは、三年間にも及ぶ猟兵生活の間で、沢山撮り溜めてきた何十枚もの写真。その数がいったい何枚あるのか、写真を持ち込んだ響だって詳しく記憶していない程の――膨大な数だ。
 長かったようで、短かった三年間。その間に、家族三人で数多くの催しに参加してきた。
 世界の存亡を賭した大戦に身を投じることも一度や二度の話では無かったし、その世界特有のイベントに参加することもあって。
「わあ、懐かしい! こんなこともありましたね!」
「こうして振り返ってみれば、色々な出逢いや別れがありましたね」
 響が広げた写真を、奏と瞬が覗き込む。
 世界各地で出逢った様々な人々と一緒に映ったものや、家族団欒を捉えた日常の何気ないワンシーンも。
 忘れていたものも、未だに色濃く記憶に残っているものも。本当に、沢山の出来事があったのだ。
 そして――この三年間がそうで在ったように。これからも、様々な出逢いや出来事が三人を待っているに違いない。
「作りたいのはポップアップ絵本、飛び出す絵本です!!」
 表紙となる布に、台紙、それから色とりどりの紙とペンの数々。ざぁーっと奏が運んできたのは、ポップアップ絵本を作る為に必要な材料で。
 しっかりとページを開いた時に飛び出すように、仕掛けを丁寧に作ったり、飛び出すパーツとなる絵を描いたり。手間がかかる本ではあるけれど、その分、完成した時の感動と喜びも一入だ。
「飛び出す星に星の下で遊ぶもふもふの動物達!!」
 奏が考えていたのは、星の下で遊ぶもふもふな動物達の物語。星ももふもふな動物も、その両方が好きな奏にとって、どちらも登場人物としては欠かすことのできない存在で。
 皆仲良く、絵本の中に登場させてしまおう。その方が、絶対に楽しいに決まっているのだから。
「手先が不器用なんで、動物がちょっと歪むかもしれませんが、職人さんのお手伝いで頑張ります!!」
 ポップアップ絵本の命でもあり、見せ場でもある、絵と飛び出す仕掛けの工程。手先の器用さにはちょっと自信が無い奏であるから、星や動物がきちんと飛び出すか、心配であったけれど――そこは、職人さんの手を借りて。
 ググっと奏はやる気十分で、裁断された紙達に向き合って。まずは、飛び出す仕掛けの土台となるページと文章作りに取り掛かるのだった。
「やはり、魔術師としては魔導書を製作したいところ」
 魔導書を作るのならば、恐らく王道の素材である羊皮紙。瞬は迷わず羊皮紙を素材として使うことを決めていた。
 武器として、魔術師としての友として。
 これから頼もしい相棒となる存在を製作するにあたって、文字や術式の記入間違いは一番避けたいことであった。一字一句にでも間違いがあったのなら、魔術は発動しないのだから。
 まずは、中身に綴りたい魔術に間違いがないか念入りに確認して。配置のガイドラインを薄っすらと羊皮紙に記入していく。
 レイアウトが終ったのなら、いよいよ筆記だ。
 下書きやガイドラインをそっくりなぞるようにして、間違いが無いように。瑠璃色の染料入る小瓶に羽ペンを浸すと、ゆっくりと文字列を紡いでいく。
「思い出の写真をアコーディオンアルバムにしてみたい。初めての作業だからね、手伝いを頼むよ」
 やる気十分で絵を描いている奏に、真剣な面持ちで文字を書いていっている瞬。
 邪魔をしないように、そっと二人の子どもの様子を伺った響は静かに微笑を湛えた。二人とも、作業は順調のようだ。
 さて、と。響の視線は二人の子どもから、手元の写真へ。どれもこれも捨てがたいが、その全てをアルバムに収めようとすると――何冊必要になるか、予想が付かなかったから。
「選ぶのに手間がかかりそうだが、3人写っている写真を優先しようか。僅か3年だが、子供達の成長の軌跡を並べていくと感慨深いねえ」
 僅か三年。何十年と連なっていく長い人生のことを思えば、ほんの一瞬きのような時間の流れ。
 けれども、子ども達の成長を実感するには十分な時間だった。
 三年の間に背も伸び、出来ることも増え――あっという間に、響の隣に並ぶ程頼もしい存在となって。
 成長した分、二人がこれから触れる世界もグッと広がって行くことだろう。
 子ども達のこれからもまた、間近で見守れることを祈りながら。響はそっと、選び終わった写真を横に置いた。
「時間の流れが分かるように。最初のページから、徐々に今へと向かっていく配置にしようか」
 一見すると複雑そうな作りに見えてしまうアコーディオン・アルバムだが、その作りは簡単なものだ。
 折り終わった本文紙の束。それを、きちんと開いた時にアコーディオンの形となるように気を付けながら――折り目が互い違いになるように、上へ上へと重ねていく。
 紙の上下左右と裏表が、全て一緒の方向を向くようにすることも、忘れずに。
 そうして本文紙の束を積み終わったのなら、位置がずれないように職人に手伝ってもらいながら。下から順に、糊付けを行っていった。
「星の本ですから、表紙は金細工で飾りたいなあ……ちょっとレベルが高いけど、頑張ります!!」
 難関であった飛び出す仕掛けも、何とか終えて。
 仕掛けの基本は、飛び出すイラストをハの字か逆さハの字に貼ることや、左右バランス良く平行に配置すること、なんて。職人さんがなんて事の無いように言うのだけれど。存外、これが難しい。
 それでも、職人さんに手伝ってもらいながら、頑張って試行錯誤したおかげか――ページを開けば、本当に絵本の世界から動物や星が飛び出してきたかのように、奏の目の前に現れて。
 ちょっと不器用な手書きのイラストも、温かみがあって可愛らしい。
 勢いそのままに表紙を包み終わったのなら――後は、表紙の装飾だけだ。
 星形の刻印で金の箔押しをしたり、ホットペンで箔をなぞって手描きの星を散りばめたり。夜色の表紙に、奏は星を生み出していく。
「かなり大掛かりですので、職人さん達の助けが欲しいですね。お手間おかけします」
 魔術や術式を記すことよりも、革を表紙として取り付けていく作業の方がひょっとしたら、気が抜けないのかもしれなかった。
 本文紙の大きさに革を裁断して。表紙として取り付けて。かなり大掛かりな作業であった手前、職人さん達にも手伝ってもらいながら。
 そうして瞬が取り付けた表紙の革は、不思議とずっと前から触れていたかのようにスッと手に馴染んだ。
 今はピンっとしたこの革も、愛用し続けていくにつれて、もっとずっと柔らかく、手に馴染んでくるに違いない。
 熱した刻印を押し付け、銀の箔で題字を記したのなら――瞬専用の魔導書の完成だ。
 自分専用にカスタマイズされた魔導書なら、今までの何倍以上も響と奏を護る為の力が発揮できるに違いない。
「とてもいい魔導書が出来ました。これなら、母さんと奏を守るのにより一層力が入りますね。満足です」
「夢のような素敵な本が出来ました!! 宝物にしますね!!
 出来上がったばかりの魔導書の手触りと使い心地を確かめている瞬の横で。嬉しさのあまり、ポップアップ絵本を抱えたままの奏が、くるくると回っている。
「いいアルバムが出来た。家に飾ろうかね。って、はしゃぎ過ぎて周りに迷惑をかけるんじゃないよ?」
「はーい!」
 青い鳥が小花を咥え、蝶が飛び。葉が茂り、幾つもの花が咲いて。そんな、「家族の思い出」と花文字で記された表紙は、響手書きの花文字によって、春爛漫の素敵なアルバムなっていた。
 そして――拍子に刻まれた文字の隣にそっと添えられたのは、インカローズの煌めきだ。穏やかな色合いのインカローズは、優しく家族の刻を見守っている。
 時間をかけて変わっていくものもあれば、目の前の瞬と奏の様子の様に、変わらないものもまた在って。
 完成した記念に、また一枚と。響は瞬と奏に声をかけると、各々が製作した本と共に写真撮影に入るのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

オリビア・ドースティン
【同行者:ウィリアム・バークリー(f01788)】


このようにゆったりと書店を巡るのも良いですね
私も気になった本を購入したので読書と参りましょう
「注文は何時ものものですね、かしこまりました」(慣れた様子で店員に注文しつつ)

私が購入したのは
『和装の管理・手入れの上達術』『心を満たす家庭料理』『伊勢の旅人』
家事関係2冊と小説が1冊です

主にスキルアップと息抜きが目的なのでこのようなラインナップです
粛々と読み進めていきます

そしてウィリアム様もかなり読み進めたようですね
「推理小説ですか?では良ければお薦めを教えていただきますか?」
同じ物を読めれば話も弾むと思いますので


ウィリアム・バークリー
オリビア(f28150)と


ぼくがサクラミラージュに来る時って、大抵は帝都桜學府諜報部が噛んだ案件の処理だから、こうして肩の力を抜いて遊びに来られるのはすごく安心するよ。
オリビアも一緒だしね。

さてと、目に付いた本を色々買ってきたし、ブックカフェでのんびりと読んでいこう。
悪いけど、オリビアは注文しておいて。いつもので。

買い込んだ本をテーブルに並べる。
『幻朧桜百選』『西班牙紀行』『茶の伝来』『異世界の侵略に備えよ』『幻朧戦線、その真実』。

うん、どれも面白そうだ。読んでたらすぐに時間が過ぎちゃってそう。
オリビアの方は、どんな本にしたのかな?

ああ、実用的だね。たまには推理小説の一冊でも読んでみたら?




 不死の帝がこの地を治める、サクラミラージュの世界。
 帝都を元に、全ての国家が統一されている為か――表向きは、至極平和な世界である。
 しかし、中にはUDCアース基準で言うところの大正時代が七百年以上も続いていることに、良く思わない連中も確かに存在しているのだ。
 「停滞こそが衰退」とでも謳うかのように。血気盛んな彼らは、一般人を巻き込むことすら微塵も躊躇う気配をみせずに犯行に及ぶ。
 そして、彼らが引き起こす事件の中には繋がりや詳細が不明なもの、大規模なものも多く――だからこそ、それ関連の事件に赴くときは、自然と気も張るものなのだが。
 今回ばかりは、肩の力を抜いてサクラミラージュの世界を楽しむことが出来そうだった。
「ぼくがサクラミラージュに来る時って、大抵は帝都桜學府諜報部が噛んだ案件の処理だから、こうして肩の力を抜いて遊びに来られるのはすごく安心するよ。オリビアも一緒だしね」
 ウィリアム・バークリー(“ホーリーウィッシュ”/氷聖・f01788)の脳内を凄まじい勢いで巡っていくのは、今まで関わってきた事件の諸々だ。
 どれもこれもが緊迫した展開の連続で。サクラミラージュの世界を訪れることは数多くあれども、ゆっくりと街並みを楽しむ機会は――あまり無かったような気さえする。
 大樹がその枝を空へと向かって、無数に広げるかのように。街の発展と共にあっちへこっちへと、分岐と合流を続けている赤煉瓦の通りの行きつく先は、いったい何処なのやら。
 狭く、広く。通路が敷かれた年代もバラバラなためか、道幅も不揃いで。そして、その道の両端に延々と古書店や書店が連なっているものなのだから、気になる書店を絞ることは至難の業だった。
 街の平和を噛み締め、幻朧桜彩る街並みをゆったりと歩みながら。ウィリアムの視線の先には、オリビア・ドースティン(西洋妖怪のパーラーメイド・f28150)の姿がある。
「このようにゆったりと書店を巡るのも良いですね」
 オリビアがそう言って穏やかに微笑むものだから、ウィリアムもまたつられるようにして微笑を浮かべた。
 何軒か二人一緒に書店を巡って。そこで、目についた本や気になった本を購入してきていた。
 世界が変われば、掃除や料理といった家事に纏わる常識も変わってくるもので。
 興味のある本を探す傍らで、ふと目に着いた本をパラパラと捲るだけでも、メイドとしての勉強になった。
 特に、和食と呼ばれている料理の調理方法や、サクラミラージュの世界の女中向けに書かれた本に乗っていたしつこい汚れの落とし方なんかは、日常でも役立ちそうで。
 これも、メイドとしてより一層役立てるようになるため。家事や仕事の勉強に余念は無いのだ。
「さてと、目に付いた本を色々買ってきたし、ブックカフェでのんびりと読んでいこう」
「私も気になった本を購入したので読書と参りましょう」
 煉瓦の通りを歩き回って、数店の書店で買い物をしてきたウィリアムとオリビア。それぞれ思っていた本も買えた為、ブックカフェーで少し休憩だ。
 文明開化の頃合いを思わせる二階建ての洋館を模したこのカフェーは、内装も当時のまま刻を止めてしまっているかのようで。
 黒檀のような美しい光沢を放つアンティーク調のテーブルに、猫脚のチェアが二脚。
 向かい合わせで席に座ったウィリアムはオリビアに注文を頼み、先程買った本をテーブルの上に取り出し始める。
「悪いけど、オリビアは注文しておいて。いつもので」
「注文は何時ものものですね、かしこまりました」
 口に出さなくとも、「いつもの」で通じる二人のやり取り。それが、二人付き合いの長さを表しているかのようで。
 オリビアはすっかり慣れた様子で、カフェーのメイドへと「いつもの」メニューを注文した。
「うん、どれも面白そうだ。読んでたらすぐに時間が過ぎちゃってそう。」
 『幻朧桜百選』『西班牙紀行』『茶の伝来』『異世界の侵略に備えよ』『幻朧戦線、その真実』――……。
 幻朧桜の名所ばかりを纏められた本は、いつか巡ってみるのもきっと楽しいだろうから。
 幻朧戦線の本は、単純に気になったからだ。「影朧兵器」を市井で用いることもある彼らの動向には、常にも目を光らせておきたかった。
 他にも、数冊。ズラリとテーブルの上に並べた、自分が購入した本を眺めれば、料理が運ばれてくるまでの間だって惜しくなってしまう。早く内容に目を通したい。
 パラパラと少しページを捲ってみるだけで、気になる記述が目を惹いた。どれもこれも気になるものばかりで、どれから読もうか。贅沢な悩みだった。
「オリビアの方は、どんな本にしたのかな?」
「私が購入したのは、家事関係2冊と小説が1冊です」
 オリビアがウィリアムに見せたのは、家事の本と小説だ。
 『和装の管理・手入れの上達術』『心を満たす家庭料理』『伊勢の旅人』――……。
 和装の管理と手入れは、洋装のそれとはまた異なっている。シミやカビ、虫や紫外線と天敵も沢山だ。畳み方や保管の仕方も、皺にならないしっかりとした方法がある。
 メイドとして、和装の管理だってきちんと出来た方がスキルアップも繋がるはずで。
 サクラミラージュなら、自分が知らない手入れや管理の方法を纏めた本があると思っていたから。
 それに、サクラミラージュ特有の料理が載ったレシピ集だってオリビアの興味を惹いた。この本があれば、日々の料理のレパートリーの幅が広がるだろうから。
「主にスキルアップと息抜きが目的なのでこのようなラインナップです」
「ああ、実用的だね。たまには推理小説の一冊でも読んでみたら?」
「推理小説ですか? では良ければお薦めを教えていただきますか?」
 読書に集中するあまり、料理が届けられたことすら気付かないところだった。
 黙々とページを捲り、お互いに本を読み進めながらも。時折は読んでいる本から顔を上げ、読んでいる本の感想や雑談を交えながら。
 二人の時間は、ゆるやかに流れていく。
「同じ物を読めれば話も弾むと思いますので」と。読書の傍ら、オリビアがウィリアムにお勧めの推理小説を尋ねれば。
 席を立ったウィリアムが、少しして数冊の推理小説を手にして戻ってくる。
 貸出は行っていないが、カフェー内ならば棚から持ち出し、自由な場所で読んでも良いらしい。
 丁度良い長さの時間で読み終えることができるくらいの、程良いページ数のものばかりだ。
 オリビアの前に数冊、お勧めを広げたウィリアムは早速簡単なあらすじと共に本の紹介を行っていく。
「こっちは有名だけど、土砂崩れで陸の孤島になったお屋敷が舞台の推理小説だね」
「お屋敷や洋館が舞台の推理小説は、他の世界でも見かけますが、この世界でもあるのですね」
「世界問わず人気のあるテーマなのかな。あと、こっちはメイドが主人公の物語だよ」
「メイドが主人公なのですか」
「オリビアも共感できるところがあるかもしれないね」
 ウィリアムが舞台や登場人物の異なる数冊を紹介してみれば、主人公がメイドだという推理小説が気になったらしいオリビア。
 勧められるままに早速手に取り、ページを捲り始めている。
 どうやらかなり集中して読み込んでいる様で――推理小説の感想をあれこれと交わして、盛り上がる時も近いだろう。二人で同じ推理小説を読み進めながら、犯人やトリックを推理してみるのも、面白そうだ。
 すっかり物語の世界に夢中になったオリビアを眺め、ウィリアムはそっと口元に笑みを浮かべた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シズ・ククリエ
◆■
製本教室

本が作れるんだって、楽しそうだ
フィルもそう思わない?

『ああ!面白そうなモンが見れそうだ!』
喋る武器の電球杖フィラメントも楽しそうに
チカチカ灯りを点してる

おれが作るのは革装丁の魔導書
書き記した文字や絵図から
記憶や記録を呼び起こすことが出来るもの
おれってば一回記憶を落としてるからね
忘れないようにしときたいの

夜空を思わす青の革
繊細な線で描かれた勿忘草と紫苑は
しろがねの箔押して
忘れぬようにと

栞紐に白の雛罌粟の銀細工結んだら完成

『中々の出来じゃないか?』
当然!これでも器用なんだから

コイツには沢山覚えていて貰わないといけないからね
記念に名前でもつけてあげようか
始めの頁
記したおまえの名前は――




 頭の上にどっしりと居座る、気怠い眠気は今日もどっかに行ってくれやしなくて。
 とろんと下りてくる瞼を擦りながら、煉瓦の通りを歩いていたところ、ふと、殆ど閉じかかっていた瞳が気になる単語を捉えたような気がしたから。
 だから、シズ・ククリエ(レム睡眠・f31664)は、常よりも少しだけ目を開かせて。目の前に書かれたその案内を、じぃっと穴が開くほどに見つめている。
 ぱちぱちと薄氷宿る双眸を瞬かせた先にあったのは――「製本教室」という四つの単語。
 気になったら、後は自然と足取りがそちらの方へと向かっていた。
「本が作れるんだって、楽しそうだ。フィルもそう思わない?」
『ああ! 面白そうなモンが見れそうだ!』
 そう語るシズは声にさえ、眠気が滲んでしまっている。
 眠たそうな力抜けた平坦な声で、しかし、何処か声の調子を楽しげに弾ませながら。シズの問いに一際チカチカと灯りを点滅させて答えたのは、シズが手にする喋る武器の電球杖フィラメントだ。
 全身で楽しみを表現するかのように、強く灯りを点灯させているフィラメント。
 シズが眩しそうに双眸を細めたのに、遅れて気付いたのか――『おっと、スマン!』と、フィラメントは慌てて灯りの強さを弱くした。
「おれが作るのは革装丁の魔導書」
『ヘー。魔導書にするんだナ!』
 手も足もないはずなのに、何故だかフィラメントに小さな四肢が付いている錯覚が見えるような。
 実際には動けないのだけれども――製本体験を面白がって、今も覗き込むような素振りを取ろうとしているフィラメントを背後に、シズは魔導書の中身となる紙を同じ大きさに裁断していく。
 本当に記憶を無くしたのか。それとも、造られたから記憶なんて元から無かったのか。
 記憶喪失であるシズには、それすらも分からないし、判断が付かない。
 どうにもあったらしい「一度目」のことを考えて。二度目は無いようにと、記憶や記録を呼び起こすことが出来る魔導書を作るのだ。
 この魔導書があったのなら、同じようなことがあったとしても――忘れずに、思い出せるだろうから。
 革装丁の魔導書の中に書き記される予定であるのは、呪文である文字や、術式となる絵図。これらを媒介に、記憶や記録を呼び起こせるように。
「おれってば一回記憶を落としてるからね。忘れないようにしときたいの」
 綺麗に裁断し綴じ終えた、本となる前の紙の束。
 それを包み込むのは、夜空を思わせる、落ち着いた色合いの青の革だ。
 今にも解けて途切れてしまいそうな程。しかし、その線は決して途切れることは無く――夜空の上に、花々の形を描き出している。
(「忘れぬように、と」)
 繊細な線の連続で描かれたのは、勿忘草と紫苑の花々。
 勿忘草は、「私を忘れないで」。紫苑は、「追憶」――花が宿す言葉に、自身の思いを重ねるように。刻むのは、しろがねの箔だ。
 忘れぬように。刻印に、一層力を籠めて。箔を押す。
『中々の出来じゃないか?』
「当然! これでも器用なんだから」
 仕上げとして、シズが栞紐に結びつけたのは、雪のように真白い雛罌粟の銀細工だ。
 今しがた栞紐の終わりにぶら下がったばかりのそれは、チリリと涼やかな音色を奏でてシズとフィラメントのことを見上げている。
 なかなかに失礼なことを言ってみせたフィラメントに対して、シズが不本意だと抗議するかのように、「当然!」と少しむくれて振り返るその様を――じっと眺めているかのようだった。
「コイツには沢山覚えていて貰わないといけないからね」
『ちっとは自分で覚えようっていう気は無いンですかねェー!』
「うるさいなあ」
 フィラメントが何やら騒いでいるが、それは放置しておくとして。
 シズが作業台であった長机の上から魔導書を持ち上げると、そっとその背を撫ぜる。コイツとは、長い付き合いになりそうだ。
「記念に名前でもつけてあげようか」
 記念すべき、最初のページ。まだまっさらな白紙が続くばかりのそこに最初に記すのは、コイツの名前。
 「これからよろしく」という、その意味も込めて。少し考えた後、そこに記したおまえの名前は――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

荻原・志桜

🎲🌸

ディイくん!あっちに行ってみよっ
赤煉瓦の街並みはお洒落で心が躍る
こっちー!と彼を呼びながら
散策し乍ら興味深そうに古書店を覗き込み

わあ!猫の模様大辞典だって
あ、これハート形だ!こっちはなんだろ…お星様かな?
ふふ、パンダみたいな子もいるよ。かわいいねぇ

ディイくんは最近どんな本を読んだ?
意外なジャンルを聞いた気がして
聞き返そうとしたとき目に留まる絵本専門店
行ってみようと近寄って
探すのは魔女の物語

にひひ。いまも集めちゃうんだぁ
小さいとき何度も読み返したあの時間を思い出させてくれる
いつかわたしだけの絵本を作りたいんだ
ちょっと恥ずかしくて言ったことなかったけど
そのときは一番最初に見てもらいたいな


ディイ・ディー
🎲🌸

おっと。待てよ、志桜
はしゃぐ彼女を追う気紛れ散策も偶には良い
普段は電子書籍で済ませちまうが、形ある本も趣がある

へぇ、面白そうじゃん
俺らの猫達は黒猫と白猫で模様らしい模様がないからな
パンダも好きだよな、志桜
けど頁をめくる度に目を輝かせる志桜が一番可愛い

最近は新聞と仕事の報告書くらいしか読んでないな
志桜と付き合う前は恋愛小説を読んで勉強……いや、何でもない
どうした、何か見つけたか?

魔女の本か。志桜らしくて良いと思うぜ
小さい頃から大事にしてるって絵本を今も持ってるもんな
しかし、そんな夢を持ってたのは初めて聞いたな
それは光栄だ。俺からもぜひ頼む
桜の魔女の一番は、いつでも俺でいさせて欲しいからさ




 少しだけ。本当に少しだけ緩やかな下り坂になった赤煉瓦の通りを進めば、弾むような足取りも自然と早いものになる。
 背中を押すのは、新緑の香りを運ぶ初夏の風。緯度の高い場所にあるこの街では、夏の訪れは遅いものとなるけれど――それでも、流れ行く風は確かな季節の変化を予感させてくれた。
「ディイくん! あっちに行ってみよっ」
 この街特有の、赤煉瓦の街並み。魔女や妖精、精霊と言った存在がひょっこり紛れていても、おかしくは無さそうで。
 目の前に広がる童話のような街並みに、それだけで荻原・志桜(春燈の魔女・f01141)はワクワクで心が躍った。
 深緑の蔦に呑まれた煉瓦造りの建物に、終わりなく伸びている赤煉瓦の通り。遠くに見えるのは、仲良く突き出た二つの塔が特徴的な――この街の名所でもある大聖堂。
 何処を切り取ってみてもお洒落な街並みに、志桜の足取りは早まる一方だ。
「ディイくん! こっちー!」
「おっと。待てよ、志桜」
 下り坂なのに。それに構うことなく、歩きながら振り向いて。大きく手を振ってみせる彼女のことが、ディイ・ディー(Six Sides・f21861)は少し心配だ。
 転ぶことは無いとは思うが、それでも万一のことを思うと。
 だが、こうして彼女に名前を呼ばれるのは悪くない。前を歩む志桜が時々立ち止まり、こちらへ向かって大きく手を振る度に自然と頬が緩むのも自覚できた。
 大きな声で自分を呼ぶ彼女に手招かれるまま。ディイは少しだけ駆け足で、広がりつつある距離を詰めていく。
 延々と分岐と合流を繰り返している赤煉瓦の通りを、興味と好奇心に駆られるまま気紛れに散策して。
 時々、気になる古書店があったら、ちょっとだけ覗き込んだり、立ち寄ったり。
 はしゃぐ志桜が先導する形となり、気ままに街を散策するのも、偶には良い。
「普段は電子書籍で済ませちまうが、形ある本も趣があるな」
 そうして古書店を梯子すること、何店目かのお店にて。
 店内には古書特有の懐古的な香りが漂い、天井近くまで伸びた背の高い棚にはびっしりと古書が詰められている。
 手軽さと利便性を取るならディイが普段読んでいる電子書籍だが、形ある本も歴史と雰囲気があって趣が感じられる。
 「偶には形ある本も良いかもしれない」と、古びた書籍の背をなぞっていたディイの元へ、無邪気な志桜の声が響いて来た。
「わあ! 猫の模様大辞典だって」
 志桜が発する明るい声に導かれるまま、そちらの方へと向かってみれば。
 ディイの目に、『猫の模様大辞典』と書かれた分厚い辞典を捲る志桜の姿が飛び込んでくる。
 見覚えのある柄には声を弾ませたり、珍しい色柄には、ぐっとページを覗き込んで見つめたり。辞典のページを捲る彼女はとても楽しそうだ。
「あ、これハート形だ! こっちはなんだろ……お星様かな?」
 背中に大きくハートの形を持つふわふわな猫に、少し歪な――それでも、星だと理解できる模様を身体のあちこちに散らした、ワイルドで強面な猫に。
 中には身体の一部に、猫のシルエットの様な柄を隠し持っているにゃんこの姿もあった。
 時には、何の模様なのか問題を出しているページもあって。予想をしながら読み進めていく瞬間が、志桜には堪らなく楽しいものだった。
「へぇ、面白そうじゃん」
 彼女の視線も、表情も。その全ては、先程から目の前の猫の辞典ばかりに注がれている。それに、上る話題も猫ばかりと来た。
 辞典に載っている猫の模様と猫の写真の数々に、頬を淡い桜色に染め上げて。
 猫ばかりで一向に自分に向けられる気配の無い視線に、ディイの心に湧き上がるのは微かな独占欲――少しはこちらを見たって良いだろうに。
 ほんの少しだけ、存在感を敢えて滲ませて。ディイが志桜のすぐ背後から彼女が読んでいる辞典を覗き込んでやれば、若葉の様な緑の色彩が自分だけに向けられた。
「ふふ、パンダみたいな子もいるよ。かわいいねぇ」
「俺らの猫達は黒猫と白猫で模様らしい模様がないからな。パンダも好きだよな、志桜」
 二人の猫は、それぞれ黒猫と白猫で。模様らしい模様が無いから、辞典の内容に志桜がつい夢中になるのも、分からなくはない。
 辞典の猫達に、パンダに、それから自分達の猫。志桜が指折り、可愛いと思う動物達を数えては頬をへにゃりと緩ませる。
 どの子もとても可愛らしくて、優劣なんて絶対に付けられない。どの子も皆等しく、一番可愛らしいのだから。
(「けど頁をめくる度に目を輝かせる志桜が一番可愛い」)
 志桜は動物が可愛いと言うけれども――ディイにとって、何よりも一番可愛いのは目の前の志桜の存在だ。
 じゃれ合う子猫に目を輝かせたりしたかと思えば、次のページに載っていた猫に驚いてみせたり。
 くるくると万華鏡のように宿す表情を変える彼女のことは、ずっと眺めていても飽きることが無いだろう。
「ディイくんは最近どんな本を読んだ?」
「最近は新聞と仕事の報告書くらいしか読んでないな。志桜と付き合う前は恋愛小説を読んで勉強……いや、何でもない」
 辞典のページから顔を上げた志桜はふっと笑んで、ディイへと問いかける。
 その無邪気な笑みについうっかり、ディイも口を滑らせてしまいそうになって――慌てて、「何でもない」と喉元まで出かかっていた言葉を押し戻した。
 恋愛小説を読んで色々と勉強していた、なんて。そんな格好悪いことは、彼女に言えるはずもないし、言うつもりもない。そして、教えるつもりもない。
 これは、ディイだけの秘密なのだから。
「恋愛……?」
 彼の口から、到底飛び出すとは思わなかった意外なジャンル。それが聞こえた様な気がして。
 口元に手を当てて何故か気まずそうに視線を逸らすディイのことを、志桜はきょとんと見つめている。
 今のは、聞き間違いだったのだろうか? それとも、本当に読んでいたりして……?
 恋愛小説のことを聞き返そうとした、丁度その瞬間。口を開いた志桜の視界の端を掠めたのは、落ち着いた赤煉瓦の街並みでは一際目を惹く――絵本専門店の存在だった。
 目に留まったカラフルな色合いに導かれるままに。『猫の模様大辞典』を棚に戻して、「行ってみよう」と近寄っていく。
「どうした、何か見つけたか?」
 ふらり、と。花を見つけた蝶の様に。
 何かに導かれる様にして、通りの反対側に向かい始めた志桜の後ろ姿に首を傾げながら、ディイは彼女の後をついていく。
「あっちに絵本専門店があるのに気付いちゃって」
「じゃあ、行ってみるか?」
「うん!」
 そうして、二人一緒にカラフルな絵本専門店に足を踏み入れたのなら――様々な絵本達が一斉に、志桜とディイのことを迎えてくれた。
 背の低い棚の間を見て回りながら。志桜が探すのは、魔女の物語が描かれた絵本の存在。
「にひひ。いまも集めちゃうんだぁ」
 困っている人々を助ける魔女の話に、魔女と魔女見習いの話に。他にも、色んな魔女の物語があった。
 そうして、棚にかくれんぼしていた目的の絵本達を探し出した志桜は、両手で数冊の絵本をぎゅっと抱え、とても嬉しそうに笑み綻ばせるのだ。
 小さいときに、何度も読み返した絵本。それこそ、ページの端が擦り切れてしまうくらいに、たくさん。
 魔女を夢見て、魔法に憧れて。魔女の物語の絵本を手に取ったのなら。いつでもあの時間に戻れるような気がしたから。
「魔女の本か。志桜らしくて良いと思うぜ。小さい頃から大事にしてるって絵本を今も持ってるもんな」
 両手で抱えられるギリギリまで。たくさんの魔女の物語を持って帰ってきた志桜の姿に、ディイは優しい笑みで「お帰り」を告げた。
 両手で魔女の物語を抱えたまま――目じりを下げて、花が綻ぶような穏やかな表情で。真っ直ぐに。志桜はディイへと、自身の「夢」を言葉として紡いでいく。
「いつかわたしだけの絵本を作りたいんだ」
「しかし、そんな夢を持ってたのは初めて聞いたな」
「ちょっと恥ずかしくて言ったことなかったけど、そのときは一番最初に見てもらいたいな」
「それは光栄だ。俺からもぜひ頼む。桜の魔女の一番は、いつでも俺でいさせて欲しいからさ」
 声にして答えなくとも――答えはずっと前から、決まっている。
 ディイにとっての一番が、志桜であるように。志桜にとっての一番も、また。
 ディイの優しい声に導かれるかのように。桜の魔女は――彼の言葉に「にひひ。もちろん!」と、満面の笑みを浮かべるのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

尭海・有珠
【星巡】
◆④

私が作るならともかくレンが魔導書とは珍しい
…随分と嬉しそうな顔だと思いつつ悪い気はしない
私もどうせならレンに渡すものをこっそり作ってみるか

見えないよう作るのに同意しつつ
完成したら是非見せてくれと応え製作へ

戦いの中レンが使う姿が想像できないし邪魔にならなさそうな豆本にしよう
中身は自動発動するお守り代わりになりそうなものを仕込んでおくか
表紙は夜空に似た濃藍に、縁に控えめな金の箔押し月モチーフの模様
中心部にはめ込んだ赤虎目石はより邪気を祓い、身を護る後押しとなるように、と

えっ、私にか?
…私もレンに、と思って作ったものだから
交換、だな
へらりと嬉しそうに
キミのつくった本を抱き締めてしまうんだ


飛砂・煉月
【星巡】
◆④

本と聞いて浮かんだのは隣のキミ
あっは、オレが魔導書とか珍しい?
仕方ないよ、だって有珠を思い出しちゃうんだもん

折角だし各々見えないように作ろうか?
キミへのプレゼントにしとは言えないから
へらりとその方が一寸ドキドキしない?なんてさ

拘るのは表紙かな
蒼い深海を思わせる鮮やかな色に泊で星屑を鏤めて
欲の様に入れる、蒼に抱かれた緋色の三日月はタイトルの横へ
タイトルはキミが書き込めるように空白の儘

効果は出来る事なら
んと有珠が使う力を補助したり
効力を上げるものに出来たらイイな

はい、有珠どーぞ!
え、オレにも?
交換とかちょー幸せ!
緩む頬は隠しなんてしない
八重歯を見せ笑って、有珠が作った本を大切に抱くんだ




 本と言えば?
 恐らく、聞く人によって無数に異なった回答を齎してくれるその質問。図書館と答える人も居るだろうし、読書感想文と答える人も居るだろう。
 そして、飛砂・煉月(渇望・f00719)が「本と言えば?」と問われたのなら。
 恐らく、真っ先にイメージするのは隣のキミ――尭海・有珠(殲蒼・f06286)のことだ。
 有珠と本は切っても切り離すことのできない存在だと、煉月はそう思っている。
「私が作るならともかくレンが魔導書とは珍しい」
 魔術に関わる者が、一度は手にする魔導書という存在。
 その例に漏れず、レトロウィザードでもある有珠にとって、魔導書とは気心の知れた友人の様なものであるのだが。
 隣で何やら妙にニコニコとご機嫌な様子である煉月が「魔導書」とは、どういう風の吹き回しだろう。
 彼にしか分からないきっかけが何かあったのかもしれないが、有珠にとって少しばかり意外なことであった。
「あっは、オレが魔導書とか珍しい?」
 白い八重歯をひょっこりと口の端で光らせながら。煉月はくるりと有珠の顔を覗き込むようにして振り返ると、またニコニコ。
 「有珠の考えていることはお見通し!」と言うように、先程からその赤い瞳を楽しげに細めている。
 だって、煉月とっては「有珠=本」というくらい、頭の中で強く結びついてしまっているのだから。意図しなくても有珠のことを連想させてしまう本に、纏う雰囲気も自然と柔らかなものになってしまう。
「仕方ないよ、だって有珠を思い出しちゃうんだもん」
 「仕方ないよ」と繰り返し告げてみせる煉月に、「そうも嬉しいものだろうか?」と有珠は少しばかり首を傾げつつも。
 不思議と、煉月にそう言われて悪い気はしない有珠で。
「折角だし各々見えないように作ろうか?」
 思い付くままに煉月が吐いた言葉に隠したのは、少しの本音。勿論、各々見えないように作るのもまた、ワクワクして楽しいだろうけれど、それよりも。
 煉月が心に思うままに「キミへのプレゼントに」――とは言えないから。
 素直に言葉に出来ぬ心の代わりに、へらりと笑みを浮かべ、有珠へと誘いかける。
「その方が一寸ドキドキしない?」
「まあ、そうだろうな。ドキドキするだろうな」
 煉月の誘いに同意を示しつつ。有珠もまた、心の中で考えていることがあった。
(「私もどうせならレンに渡すものをこっそり作ってみるか」)
 丁度、各々見えないように、と。そうレンからお誘いがあったところであったし、これも何かの縁だろう。
 サプライズじみた贈り物も、偶には悪くない。どういう本にしようか、と。少し考えただけで、有珠の頬が仄かに緩んだのは――きっと、気のせいではない。
「完成したら是非見せてくれ」
「有珠の方こそ!」
 お互いに良い本が完成することを祈り合って。本が完成するまでの間、少しの間のお別れだ。
 賑やかに二人一緒に作るのも良いだろうけれど。相手が作る本に想いを馳せながら、一人で黙々と作業を進めていくのもまた良いだろうから。
 さて、と。
 広い工房の片隅、煉月の作業風景が丁度隠れる位置の作業台を確保した有珠は、彼へ作る本はどのようなものが良いか、ふむと顎に手を当てて考え始める。
 自分が使うことを前提で作るのならば、魔導書一択であるのだが。煉月が魔導書を使うかと問われると――。
(「戦いの中レンが使う姿が想像できないし」)
 戦いの中、颯爽と魔導書を構えて魔法を使う煉月の姿。
 どうしたって想像できないそれを、無理やりイメージにしようとしたところで……有珠はふっと瞼を伏せ、ゆるゆると頭を振る。そんなこと、天と地がひっくり返ったって起こり得る訳が無いだろう。
「邪魔にならなさそうな豆本にしよう」
 だから、お守りとなる豆本を。
 これならば、戦闘で激しく動き回ったって、行動の邪魔になることは無いはずだから。
「中身は自動発動するお守り代わりになりそうなものを仕込んでおくか」
 中には、煉月の身を護る護符や札、護りの術式を刻んだ、身代わりとなるものを仕込んでおこう。
 お守り代わりになるそれらを作る間中、籠める思いは一つだけ――怪我をしないように、と。ただそれだけを。
(「身を護る後押しとなるように」)
 表紙に据えるは、夜空にも似た濃藍の布地。
 穏やかな夜色の空に隠れるようにして。時折、夜空にひっそりと紛れ込んだ金糸と銀糸が星の様に静かな煌めきを放っていた。
 夜空を縁取るのは、控えめにその光を放つ金の箔押しの模様で。
 月をモチーフにした優しい漣のような縁取りが、ぐるりとお守りとなる豆本を包み込んでいる。
 仕上げに、と。最後に有珠が手にしたのは赤虎目石だ。
 邪気を払い、身を護る後押しとなることを願い――その想いを石に託して。有珠は表紙の中心部に、赤虎目石をはめ込んだ。
(「これなら」)
 お守り代わりの豆本ならば。
 きっと、煉月のことをすぐ傍で護ってくれるだろうから。
「拘るのは表紙かな」
 有珠が豆本制作に集中していたその頃。煉月もまた、気合十分で作業台に向かっていたところだった。
 どれもこれも拘りたいけれど、中でも一番気合いを入れて作るのは、本の表紙となる部分だ。
 明るく、鮮やかに。何処までも澄み渡りながらも、深くその色彩を移ろわせていく。
 煉月が本の表紙に持ってきた色は、何処か彼女を連想させる、深海のような鮮やかな蒼色で。
 南の海の深海に漂わせるは、泊で鏤めた星屑の群れ。
 天上から深海へと長き旅路を経て、海の底にまで落ちてきたかのような星屑達は、深海の中であってもなお、その輝きを燻ませることなく、目が眩みそうな程の輝きを放っている。
 光差す蒼の世界に一抹、仄かな欲の様にそっと紛れ込ませるのは――緋色の三日月だ。
 蒼に抱かれた緋色の三日月は、まるで「当然」と主張するかのように、タイトルの横を静かに陣取っている。
(「タイトルはキミが書き込めるように空白の儘で」)
 有珠が好きな言葉を書き込めるように。思った言葉を蒼に抱かせられるように、敢えて記さないままで。
 有珠がどんな言葉を書き込むのか。それが、煉月は楽しみでもあったから。
「効果は出来る事なら。んと有珠が使う力を補助したり、効力を上げるものに出来たらイイな」
 そう。それが良い。そっと彼女を支え、補助できるような効果を。
 煉月もまた、閉じた瞼の裏に有珠の姿を思い描いて――本へと効果を籠めていく。
「はい、有珠どーぞ!」
「えっ、私にか?」
 製本を終えて再会するなり、声の持ち主である煉月よりも早くどーん! と有珠の視界に飛び込み――一際盛大にその存在を主張してみせたのは、深い蒼色の本であった。
 突然の展開に、有珠はパチパチと海色の双眸を瞬かせる。
 待ち合わせ場所に戻ってくるなり、見慣れぬ本が有珠の視界に突き出されたのだから。話の展開に置き去りにされたかのような心地だ。
 そして、ニコニコ笑顔の煉月に遅れること数瞬。蒼い本は、他ならぬ自分に贈られたものなのだと気付く。
「……私もレンに、と思って作ったものだから。交換、だな」
「え、オレにも? 交換とかちょー幸せ!」
 へらり、と。嬉しそうに。煉月から受け取った本を抱き締めながら、有珠が作った豆本を差し出せば、煉月の表情がパッと花咲いたように明るいものとなる。
 緩む頬を隠しもせずに。有珠から受け取った本を大切に抱いた煉月は、八重歯を見せてにっと笑んでみせた。
 言葉に出さずとも、二人。同じことを考えていたことが、嬉しくて。
 交換し合った本を抱いた有珠と煉月は再び顔を見合わせると、より一層頬に宿す笑みを深めるのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葛籠雄・九雀


古書店に怪奇現象とは。
気になるところではある…が、オレはそう言ったものの探索には向いておらぬのであるよな。
ふーむ…正直、その初代店主が書き記したという本の内容が気になっておる。世界中の星空を一度に見ようとした者が何を調べ、考えたのか、興味がある。
…が、腐食しておるのであるよなあ。残念であるな…。

傷んだ本を下手に触るのもどうかと思うであるし、見回りついでに古書店を回ってみるか。
面白そうな本があれば…そうであるな、それこそ、初代店主なら欲しがりそうな類の呪いや神話、悪魔だのについての本があれば探してみるか。可能ならば購入もしよう。

こういった物にはオレもな、どうも惹かれる性質なのであるよ。ワハハ。




 歴史ある古書店に、突発的に巻き起こる怪奇現象。
 曰く、怪奇現象が発動する要件はまるきり不明だが、何故だか「彗星屋」でその多くが巻き起こっているのだと云う。
 理由は? 原因は? 背景には何があるのか?
 原因不明とされているが、怪奇現象が引き起こる理由は、必ず何処かに存在しているだろう。全くの零から物事が生まれることは、あり得ぬ話なのだから。
 曰く付きの予感も感じさせるその組み合わせは――身の内から溢れ出る、浪漫と興味を刺激して止まなかった。
 葛籠雄・九雀(支離滅裂な仮面・f17337)がその身に宿す強い好奇心が疼くままに、その「怪奇現象」とやらを追い求めてみたいところであったが。
「気になるところではある……が、オレはそう言ったものの探索には向いておらぬのであるよな」
 残念だ。探索に向いていたのなら、怪奇現象の謎を追いかけても良かったのかもしれないのだから。
 しかし、尽きることを知らぬ九雀の好奇心が向けられるのは、何も怪奇現象だけでは無かった。
「ふーむ……正直、その初代店主が書き記したという本の内容が気になっておる。世界中の星空を一度に見ようとした者が何を調べ、考えたのか、興味がある」
 九雀の興味は、初代店主の人となりの方へ。
 何を考えて、彼は世界中の星空を一度に見ようと思ったのか。何をどのようにして調べ、収集し、本に纏めたのか。
 捨てるには数が多過ぎず、かといって興味を持つ者もいない。歴代の店主達は皆、初代店主が遺した品々をすっかり持て余していたのだろう。
 書架の片隅に、ざーっと纏めて。或いは、所々に紛れるようにして。初代店主が遺した本は、そうやって書架の肥やしと化していた。
「……が、腐食しておるのであるよなあ。残念であるな……」
 興味の赴くままに。九雀は壁に展示されていた手紙と星図を覗き込む。
 もしかしたら、何か発見があるかもしれない。
 そんな淡い期待を込めて手紙の類を読み進めるが――半分程崩れ落ちた紙はすっかり腐食しており、穴だらけでとても何が書いてあるのか、解読できそうになかった。 
 痛んだ本は壊してしまいそうだから、下手に触るのもどうかと思い。展示されている冊子の類の方も、ボロボロで、何が書いてあるのかさっぱりで。
 がっくりと肩を落としつつ。しかし、これで終わる九雀ではない。
「面白そうな本があれば……そうであるな、それこそ、初代店主なら欲しがりそうな類の呪いや神話、悪魔だのについての本があれば探してみるか」
 思い立ったら即行動だ、と。九雀は見回り次いでに、古書店街へ。
 それこそ、この好奇心と収拾欲を満たしてくれるような――妖しげな本との出逢いに期待しつつ。
 今でこそ己が気に入った品々の収集そのものが目的になっているが、嘗ては何か、収集した後の目的があったような。
 そんなことを思いながら、赤煉瓦の通りを行けば。ふと、一軒の店が九雀の目に留まった。
 赤煉瓦の街並みの中で、背景に溶け込むようにしてジッと佇んでいるその店は――辛うじて「占い」と、「古書」。看板のうち、それだけが解読できた。
 九雀の直感が告げる。あの店は、きっと何かあるに違いない、と。
 今にも外れてしまいそうな立て付けの悪いドアを開けば、そこには店番の老婆が一人いるだけで、客の姿なんて無い。
 「好きに見りゃいいさ」と、それだけを告げる老婆に会釈し――九雀は妖しげなお香が作り出す靄のカーテンを潜り抜け、棚の方へ。
 分類も整理整頓も無い、無造作に本が積まれているだけの棚を一瞥すれば、その表紙には『生贄の正しい捕え方・捧げ方』『見習い悪魔必見! 人間に騙されない交渉術!』等々――……。「いかにも」な本ばかりが並んでいる。
 所々に、見た目は本であるのに、ページを開けばズラリと牙の生えた口がお目見えした、明らかに本ではない何かが紛れ込んでいたり、想定している読者が人間でない本があったりしたのは、恐らく気のせいではない。
「こういった物にはオレもな、どうも惹かれる性質なのであるよ。ワハハ」
 無造作に積まれた棚の中から、呪いや神話、悪魔だのについて記された本のうち、気になる数冊を引き抜いて老婆の前へと。
 初代店主と同じく、九雀もまた、ダークな物には惹かれる性質を持っていた。初代店主が生きていたのなら、もしかしたら、そういう方面で話が弾んだのかもしれない。
 そして。初代店主だけではなく、どうやら、老婆もまた同士であるらしい。
 九雀がカウンターに置いた本を見るなり、「おや、アンタもかい」と妖しげに笑うものだから。
 九雀もまた、つられるようにしてニヤリと妖しげな笑みを浮かべるのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

灰神楽・綾
【不死蝶】◆④
彼(グリモア猟兵)が紹介する文具のお店に行くのも今回で三回目かぁ
一回目はインクやガラスペン、交換日記を買ったり
二回目はアルダワでレシピノートを買ったりしたね

今回は作る側にチャレンジしてみたいな
本の内容…そうだ、自作フォトブックはどう?
これまで旅をしながらカメラに収めてきた沢山の写真
スマホで見返して満足するだけで、プリントする機会はあまり無い
お気に入りの写真を自分の手で一冊の本に纏めたらより愛着が湧くはず

そうと決まればまずは写真選び
フォルダ内の写真を見返すと懐かしさに包まれる
遊園地で遊んだ写真や、カフェの美味しそうなスイーツの写真…
一人で旅してた頃は思い出を写真に残すなんて考えは無かったなぁ

用紙は手触りが魅力的なクラフト紙をチョイス
写真1枚ごとに手書きのコメントもつけよう
更にイラストが印刷された紙やシールなどを貼り付けてデコる
ページをめくるたびにワクワクするようにね
梓のはシンプルイズベストって感じだね
同じフォトブックでもかなり違ってて面白いなぁ


乱獅子・梓
【不死蝶】◆④
ああ、懐かしいな
ガラスペンは勿体なくてなかなか使えていないが
クリスマスに買ったレシピノートはしっかり活用している

作る側…と言っても、肝心の本の内容はどうするんだ?
中身が決まっていないと製本作業に入れないぞ
なるほど、フォトブック…ありだな!
俺のスマホにも焔と零の可愛い写真が溜まっている

さぁて、どれを載せようか
これ良いな…あっ、こっちも最高に可愛い…
クッ、写真選びが一番の難関かもしれない…!
余すこと無く全ての写真をフォトブックに収めたいところだが
それだと何十冊あっても足りない

特に文字入れなどはせず、主役である写真を存分に楽しめるように
1ページに1枚ずつ大きく写真を掲載
製本方式は、耐久性が高くて高級感があるハードカバー
表紙には箔押しでタイトルを入れよう
世界に一冊だけの素晴らしいフォトブックの完成だ…!(ドヤァ

綾のは何というか、女子校生が作りそうな可愛さがあるな…
よく俺のことを女子力やオカン力が高いとからかってくるが
こいつも別ベクトルで女子力高いよなーとよく思う




 乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)が集めた、世界各地の様々なドラゴン・グッズに。
 灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)が興味の赴くままに手に取った、なんだか共通点がよく分からない多種多様な物品――だが梓曰く、どれも「綾が好きそうなもの」であるらしい――の数々に。
 また一つ、想い出と共に増えていく品々。それらは増えていく一方で、減るという気配を少しも見せない。
 そもそも、減らす予定だって二人のスケジュール帳には最初から記されていないのだ。今まで集めたそれらは、一つ一つが大切な想い出でもあるのだから。
 そうしていつか、旅先や出かけた先の品々が家中を支配する様になってしまったら――その時は、どうしようか?
 「ほら、コレクターの極みみたいな人達が偶にやってるじゃん? コレクション保管用の家建ててーってやつ。あれ、俺達もやってみる?」と、流行に乗りたがる素振りを見せる綾に、すかさず梓が「馬鹿言え」とツッコミを入れる。
「仮に建てたとして、誰が管理するんだ……」
「え? それは勿論、梓でしょ?」
 当然のことの様に言ってのける綾の声に、重ねるようにして吐かれた梓のため息。
 このやり取りだって、もう何度交わしたのかも分からない――いつの間にか、すっかり二人の日常を彩る「定番」と化した流れで。
 共に過ごしてきた年月と過ぎ去る季節を思い、これまでの事を振り返ったところで――ふと、気付く。
 二人でこうして文具関連の店や催し物に出かけるのも、思えばもう三回目なのだ。
「彼が紹介する文具のお店に行くのも今回で三回目かぁ」
 先ほど、自分達を古書店街に転移させたグリモア猟兵の姿を脳裏に思い浮かべながら。綾はしみじみと回想してみせた。
 去年の二月に訪れた、サクラミラージュでの文具の博覧会に。去年のクリスマスに訪れた、一風変わった文具を取り扱うアルダワのクリスマス・マーケットに。
 そして――今回、そこに三回目として、赤煉瓦の古書店街が加わるのだ。
「一回目はインクやガラスペン、交換日記を買ったり、二回目はアルダワでレシピノートを買ったりしたね」
「ああ、懐かしいな」
 綾の回想に、梓もまた懐かしそうにサングラスの奥に隠れる双眸を細めてみせた。
 最初に訪れた文具のイベントから、もう一年以上は経つのだ。すっかり懐かしい思い出と化した記憶を、頭の片隅から引っ張り出しながら――当時の出来事に、想いを馳せる。
「彼女、先生と一緒に転生できたかなぁ」
「できているさ、きっと」
「アルダワの職人達って、」
「切磋琢磨するのは良いが……。あの調子だと、今年もまた騒動を起こすんじゃないか……?」
「でも、そのお陰で良い商品が生まれるんだし、梓は役立つレシピノートと出逢えたし、俺は更にレパートリーの広がった梓の美味しい料理が食べられるんだし。皆、ウィン・ウィンじゃない?」
「おい、最後のおかしくないか?」
「気のせいじゃない?」
 サラッと紛れ込んだ、最後の一言。それに梓はこてりと首を傾げる。
 職人達は商品開発を、梓は料理を。それぞれ頑張った。クリスマスということもあったから、それはもう、いつも以上に想いを籠めて。それは、職人達も梓も同じだろう。
しかし、綾は――?
(「あのクリスマス・マーケットで、綾って何かしてたか……?」)
 したことと言えば、クリスマスケーキのおねだりくらいだったか。あと、お試し用に置かれていたレシピノート(魔法薬バージョン)への悪戯書き。それくらいだ。
 漁夫の利と言うのだろうか。綾の一人勝ち感が漂っているのは、梓の気のせいだろうか?
 梓が気付かなくても良い真実に気付きかけたのを悟ったのか、そうではないのか。
 判断のつかない何とも絶妙なタイミングで、「そういえばさ」と、博覧会で購入したガラスペンのことについて話し始める。
「俺が手に取った日記見て、『きっと三日坊主で終わるって』とか。そんなこと言ってたけどさ。三日坊主で終わったの、梓の方じゃない? ガラスペン、使ってるとこあんまり見たことないよ?」
「それは……ほら、仕方ないだろ。勿体なくてなかなか使えないんだよ。クリスマスに買ったレシピノートはしっかり活用しているから、それで許せ」
「もう、梓ってば仕方ないなー。でも、偶にはガラスペンも使ってあげるんだよ?」
「ああ、分かってる――って、ん?」
 飄々とした口ぶりの綾に流されつつあった梓は、そこでふと首を傾げる。
 ――あれ? 何か上手いこと、話を逸らされたのは気のせいか?
 気が付けば、自分が諭される側に回っているような。
 梓が内心で首を傾けて考え込んでいる間にも、綾はいつものように興味の向くままに、自分のしたいことを話し始めるのだ。
 そうやって、また一つ。普段と変わらぬやり取りを重ねて。想い出を紡いでいく。
「今回は作る側にチャレンジしてみたいな」
「作る側……と言っても、肝心の本の内容はどうするんだ? 中身が決まっていないと製本作業に入れないぞ」
「本の内容……そうだ、自作フォトブックはどう?」
 綾の呟きのままに、製本書店「彗星屋」にまで足を運んだのは良いものの。作る側にチャレンジしたくとも、肝心の作りたい本が決まっていなければ作業に移れない。
 製本作業は美術や工作の様に、感じるままに、自由気ままに――という訳にはいかないのだし。
 「最初から詰んだか?」と何を作るか真剣に悩み始めるところだった梓の耳に、綾の何気ない一言が救世主の様に響いて来た。
 綾にとっては、ただの思い付きであろうが――案外、フォトブックというのも悪くないのかもしれない。
 いや、自分のスマホに眠る焔と零の写真の数々(梓本人もきっと、その総数を把握していない)を思えば、最高のアイデアだろう。
「なるほど、フォトブック……ありだな!」
 梓のスマホに眠っている、それはもう可愛い焔と零を写した大量の写真。
 データ容量の大半は、焔と零の写真に割かれているに違いない。何かのアンラッキーでデータが吹き飛ぶようなことがあったら――多分、泣く。
「さぁて、どれを載せようか。これ良いな……あっ、こっちも最高に可愛い……」
 仲良く重なり合って日向でお昼寝をしている焔と零を始め、美味しそうに梓の作った料理を食べている二体に、綾の食べる激辛料理を興味津々で覗き込んでいる姿(撮影後、全力で止めた)に、ちょっとした悪戯が見つかって誤魔化すように甘えてくる姿(結局、可愛くて怒れなかった)に――。
 あれも良いし、これも良い。写真と共に蘇るのは、焔と零(と、結構な頻度でそれに交じる梓)の想い出で。
 断腸の思いで一つを諦めれば、今しがた諦めた写真の上を行く「超最高に可愛い」写真が発掘されて。
 どれもこれも、捨てがたい。しかし、選ばなければ次に進めない。
 「焔と零もスマン。選ばなければ、フォトブックを作れないんだ……」と、心の中で二体に全力で謝りながら。どうにか写真選びを進めていたところで。
「はい。焔も零も、笑って笑ってー」
『キュー!』
『ガウ?』
 不意に聞こえてきたのは、綾の無邪気な声と、焔と零の楽しそうな鳴き声。
 反射的にそちらの方向を見れば、綾のスマホに表示されたカフェの写真をじぃっと見つめ――テシテシと前足で画面を突いている、二体の姿が目に飛び込んできた。
「お? 綾、そのままで頼む。シャッターチャンスだ……!」
 梓が考えるよりも早く反射的にスマホを構え、シャッターボタンを連打していたのは、もはや身体に染み込んだ習性と言えよう。
 ふと我に返った時にはもう、スマホを見せる綾と、画面をテシテシと突く二体の新しい写真がフォルダに保存されていた後で。
 ――梓が悩んでいる間も、新たに増えていく選択肢。彼にとって、何よりも写真選びが最難関なのかもしれない。
「いやぁ、懐かしいねぇ」
 「梓がんばれー」と、なんとも呑気な声援を送りながら。綾が見返していたのは、梓と共に出かけた先で撮った写真の数々。
 遊園地で一緒に食べたチュロスに、二人で乗った観覧車やジェットコースター。遊園地の花畑に並んだ焔と零を、熱中して写真に収めている梓の姿を――綾が更に撮った写真。
「そうだった。あの後、梓に怒られたんだっけ」
 遊園地ではぐれて迷子センターで梓のことを呼び出したら、後からコッテリ絞られたのだ。それも、綾にとっては懐かしい思い出の一つ。
 ……懐かしく思うけれども、反省はしてない、多分。梓なら、なんだかんだで大半のことは許してくれるし。
 他にも、お花見をして仲良くお団子を食べている、梓と焔と零の姿に。梓と共に巡り歩いた、世界各地のカフェやレストランの料理の写真の数々。
 中には、梓の料理が完成した端から記念撮影と共に「味見(と言う名のつまみ食い)」をしようとして、梓に止められて――盛大に手ブレしたものもある。
「一人で旅してた頃は思い出を写真に残すなんて考えは無かったなぁ」
 写真と共に、あの時の想い出が昨日の事の様に鮮明に蘇ってきて。
 綾が撮った写真のなかには、決まってと良いほど梓と焔と零の姿がある。
 例え、写真の中に写っていなくても、シャッターを切る綾の背後やその横でワイワイとはしゃいでいたのだから。
 嘗ては、血腥い戦いこそが綾の全てだった。「殺るか、殺やれるか」な刹那の連続である、命を賭した殺し合いの中で生の気配を感じられたのなら、それで良かったのだ。
 しかし、今では――梓との旅を通して、少しずつ思い出が増えて。今や綾も、すっかり「普通の人」の一員である。
「俺も丸くなったってことかな」
 ここで梓が綾の考えを読んでいたのなら……。
 ある意味、綾の好奇心と気紛れ、「おねだり」が引き起こす諸々の被害者でもある彼から、「いや、『普通』では無いだろう。普通の人は綾ほど好奇心が強くないぞ!?」と、ツッコミの一つも入ったかもしれないが……幸か不幸か、綾専属のツッコミ役は、焔と零の写真選びにすっかり熱中していて、不在である。
 そんな訳で、綾はゆるりと梓と共に過ごす日常の幸せを噛み締めることができたのだった。
「梓、写真選び終わった?」
「余すこと無く全ての写真をフォトブックに収めたいところだが、それだと何十冊あっても足りない……!」
 全てを余すことなく、焔と零の写真を収めたい。何なら、シリーズ化したって良いほど。
 それでも――身を裂かれる思いで写真を選び終わった梓は、「ああ、丁度今終わったところだ」と、どうにも暇を持て余してきたらしい綾に向かってそう答えるのだ。
「やっぱり、主役は焔と零の写真だよな」
 写真に纏わるエピソードや記憶は、それはもうしっかりと、梓の脳に克明に刻み込まれている。
 だから、特に文字入れはせずに。焔と零の愛くるしさを極限に、存分に楽しめるように――一ページに一枚ずつ。大きく写真を貼り付けて。
 大切な写真を護る為。フォトブックの製本方式にも拘りたいところ――と、表紙を作り始めようとしたところで、デデン! と目の前に突き出された赤と青の何か。
「梓、見て見て。焔と零の前足形だよ」
「梓、それもページに入れて良いか……!?」
 どうやら、綾のページデコが気になったらしい二体が作業風景を覗き込んだ時に、誤ってスタンプ台に前足をついてしまったらしい。そのままテトテトと紙の上を歩いてしまったものだから、写真が載るはずだった紙の上には、二体の足跡がしっかりと刻まれてしまっている。
 偶然が生んだ産物だが、これをフォトブックに収めないという選択肢は無い。
 表紙を綴じる前で良かった、とそんなことを思いながら。二体の足跡は、一番初めのページに。
「ページをめくるたびにワクワクするようにね」
 ちょっとガサガサとした手触りが魅力的なクラフト紙の上に広がるのは、何とも可愛らしい世界観。
 カフェに遊園地に、お花見、お出かけ。写真と共に添えられるのは、綾による手書きのコメントの数々で。
 色を沢山用いて、カラフルに。「梓の手料理♡ 美味しかった!」や、「遊園地でいっぱい遊んできたよ」と言った――想い出への一言コメントを添えて。
 コメントを付けるだけで終わりではない。イラストが印刷された紙やシール、スタンプや手描きのゆるっとしたキャラクターで彩って、デコる。デコる。
 楽しいと想い出と、可愛らしいが詰まった、キュートなコラージュ・フォトブックと化した完成品を見て、綾はとても満足げだ。
「世界に一冊だけの素晴らしいフォトブックの完成だ……!」
 高級感のある黒いハードカバーに刻まれているのは、箔押しによるタイトルで。
 そして実はこっそり、小口絵として。前小口の中に、焔と零の姿も隠れているのは、梓だけの秘密だ。
「梓のはシンプルイズベストって感じだね。同じフォトブックでもかなり違ってて面白いなぁ」
 ドヤァっとした顔でフォトブックを掲げてみせる梓を、「良かったね」と子どもに向けるような微笑ましい表情で見つめる綾。
「綾のは何というか、女子校生が作りそうな可愛さがあるな……」
「そうかな?」
 ファンシーでメルヘンなフォトブックの中に広がる小さな世界、それを彩る可愛らしい手描きの文字。UDCアース世界辺りの年若い女子が作ったと言っても、十二分通じる出来栄えだろう。
(「よく俺のことを女子力やオカン力が高いとからかってくるが、こいつも別ベクトルで女子力高いよなーとよく思う」)
 梓と綾。それぞれの個性が存分に発揮されたフォトブックはきっと、これで終わりでは無いだろう。
 寧ろ、この一冊こそが「始まり」で――始まりの一冊を起点に、二冊目、三冊目と無限に連なっていくのだろうから。二人と二体が、幸せに満ちた普通の日常生活を送っていく限り、永遠に。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ミーシャ・アルバンフレット
【星縁】
3人一緒のお出かけは久々……だったけど
私もついてきて本当に良かったわ
苺々子だけじゃなく、レイラまでチョロチョロ歩き回るんだもの
本当の姉弟だったらもっと大変だったかも!

カフェで一休み!うん、賛成
流石にカフェなら見張らなくていいわよね?

私も苺々子も普段はあまり本を読まないものね
探すのに少し時間がかかりそう……
レイラが選んでくれるなら、2人とも退屈しないかも
お願いしてもいい?
注文は私たちで済ませておくからね
私はアップルフレーバーのハーブティーにしようかな!

へえ、馬に関する小説もちゃんとあるのね
彼らの言葉は通じ合っていたのかしら?
それとも……
その辺りも考察しながら読んでみると面白そう

「馬あるある」がいっぱい詰まっていて
本当に動物が好きな人が記したのね
ダニーが小さい時の頃を思い出して
少し懐かしくなっちゃった
ありがとう、面白かったわ

え?まだハシゴするの?
本当、しょうがない子たちねぇ……


瑞月・苺々子
【星縁】
本屋さん巡りや製本もステキで思わず目移りしちゃう
でもね、お目当てはブックカフェ!
一度行ってみたかったの!
少し歩き疲れちゃったのは秘密なの

色んなメニューがあって目移りしちゃう
折角だから、ハーブの入った飲み物を
甘いココアにミントを入れて……
チョコミント風がいいな! あるかなぁ……?

ももが読む本はレイラにおまかせするの
どんなお話かしら?
表紙はまるで絵本みたいにメルヘンチックな小説ねっ
ふむふむ、さっそく読んでみるの!

なんだか心がフワフワするような
暖かい気持ちになる不思議なご本だったの
この子は月に追いつけたのかしら?
そんな気になる最後も味があっていいね
面白かった!

お口がちょっとスース―するココアもおいしかったし
ご本も面白かったし
いっぱい休憩できたの
さ!次はどこに行こうかしら?
勿論よ、だって久々の3人一緒のお出かけだもの
楽しい思い出、たくさん作らなきゃ!


レイラ・ピスキウム
【星縁】
此処に来たい、と言いだしたのは僕でしたけれど
連れてきた苺々子さんの方が楽しんでいるみたい
ふふ。あちこち歩いたからね
少し休みましょうか

2人とも、何を読むか考えあぐねている様子なので
僕が選んだ本を読んでもらいます
全員飲み干した時に感想会を開くので
その時まで読んだ内容を聞かせてください
……探してくるので代わりに注文お願い出来ます?
ハーブコーヒー、なんてあるんですね
……では、それのアイスを

苺々子さんには
“狼が月を求めて旅をする”といった内容の漢字の少ない小説を
ミーシャさんには
“馬と人との絆”を綴ったノンフィクション小説を

苺々子さんの最後の一口のタイミングで
2人とも、本の感想
どうでした?
少しでも、楽しめる内容を選べていたなら良かった
表紙に心惹かれるだけでも
読んでみると素敵なお話との出会いになることが多いですからね

一休みも済んだことです
次の本との出会いに行ってみましょうか




 まるで、沢山年齢を重ねてこの世の全てを見守ってきた大樹が、その枝を上空へと思いきり伸ばしているかのようだった。
 最初に造られた広いメインストーリートを中心に、赤煉瓦の通りは曲がりくねり、時々複雑に絡まり合いながら――好き勝手に行く先を決めてしまっているのだから。
 街の発展と共に、古書店街もまたその在り方を変えてきたのだろう。
 途中で広くなったり狭くなったりを繰り返す、無数に分岐した通りに、その両端には生まれも外見も全く異なる個性的な古書店や書店が終わり無く連なっている。
 似たような街並みが延々と続いているこの古書店街は、ともすれば、すぐに方向感覚を失ってしまいそうで――けれども、きっとそれも悪くない。
 もとより、絶望的な方向音痴でもあるレイラ・ピスキウム(あの星の名で・f35748)。けれど、すっかり帰り道を見失ってしまったらしい、家出したきりの自身の方向感覚の不在をレイラが嘆くことは無く――寧ろ、「迷っても楽しい」くらいの心持ちで自分の方向音痴を楽しんでいる。
 読書も星空も、どちらも好んでいるレイラ。魅力的な街並みに誘われ、惑わされるまま。道を見失ってしまったって、この古書店街ではきっと楽しいに違いない。
 だって、興味の引かれる店々ばかりが立ち並んでいるのだから。
「本屋さん巡りや製本もステキで目移りしちゃう」
 零れ落ちんばかりに開かれた水面宿す双眸に映っては消えていくのは、見慣れぬ異国の赤煉瓦の街並みで。
 見たこと、触れたことが無いから。そのどれもに好奇心と興味が疼いて。瑞月・苺々子(苺の花詞・f29455)の瞳に宿る街の景色は、くるくると万華鏡のようにその色彩を移ろわせていく。
 ちょこちょこと跳ね回るようにして。三人の中で一番小さい苺々子だったけれど、その歩数は三人の中で一番に違いない。
 本、製本、カフェー、赤煉瓦の綺麗な建物。その全部に興味を惹かれたから、全部巡ってみたかった。
(「此処に来たい、と言いだしたのは僕でしたけれど。連れてきた苺々子さんの方が楽しんでいるみたい」)
 にこにこと。今も、通り過ぎたばかりの書店に何か気になる本があったのか、先の書店に意識が捕らわれたままの苺々子の姿をそっと眺め。レイラはそぅっと、表情を和らげた。
 最初に「此処に来たい」と言い出したのは、レイラ自身だったけれど。今やすっかり、苺々子の方が赤煉瓦の古書店街を楽しんでしまっている。
 「こんなにも喜んでくれるのなら、連れてきて良かった」と。穏やかな眼差しを苺々子に向けるレイラの少し後ろで。
 若干遠い目をしてレイラと苺々子を眺めているのは、ミーシャ・アルバンフレット(泡沫のスコル・f00060)だった。
 のほほんと迷子も楽しむレイラに、ちょこちょことはしゃぎまわる苺々子。ある意味マイペースな二人だけで、送り出していたのなら――考えただけで、ミーシャは頭が少しばかり痛くなってくる。
(「3人一緒のお出かけは久々……だったけど。私もついてきて本当に良かったわ」)
 三人でのお出かけは、本当に久々だった。けれども、本当に自分がついてきて良かった、と。心の底から、そう思う。
 読書好きなレイラは、あちこちの書店に好奇心が擽られるみたいで。苺々子は、目に付いたアレコレに瞳を輝かせて。二人だけなら、とっくの昔にはぐれてしまっていたのかもしれない。
(「苺々子だけじゃなく、レイラまでチョロチョロ歩き回るんだもの。本当の姉弟だったらもっと大変だったかも!」)
 ミーシャはちょっと、想像してみる――本当の姉弟として、小さい頃からこうやって、チョロチョロ歩き回る二人を見守る自分の姿を。
 チョロチョロ歩き回る二人の面倒を見ることは大変だろうけれど、その分うんと賑やかで楽しいに違いない。……大変なことに、変わりはないだろうけど。
 今もチョロチョロ、キョロキョロを繰り返している二人をそっと見守りながら。大変には思っても、悪い気はしてこない。
 ミーシャもまた、三人でお出かけすることを確かに楽しみにしていたのだから。
 ある意味、いつも通りなレイラと苺々子の姿を眺めて。ミーシャはゆるりと微笑を湛える。
「本屋さんも製本もステキだけどね。でもね、お目当てはブックカフェ! 一度行ってみたかったの!」
 まったりと本を読みながら、美味しい料理を楽しんで。そうやってゆったりと過ごすことのできるブックカフェーに、苺々子は興味津々だった。
 ブックカフェーは、苺々子にとって未知の場所。それに、レイラとミーシャも一緒なのだから。とびきりステキな時間になることに違いない。
 ブックカフェーが一番のお目当てであるのは、苺々子にとって違いないのだけれど……実は少し歩き疲れちゃったこともあるのは、苺々子だけの秘密だった。
「ふふ。あちこち歩いたからね。少し休みましょうか」
「カフェで一休み! うん、賛成」
 レイラが提案したカフェーでの一休みに、ミーシャも速攻で「賛成」って返したから。
 苺々子と繋いだ手をぶらぶらと前後ろに揺らしながら、レイラが向かう先はブックカフェーだ。
 ちょっと歩む速度が落ちてきていたから、実は気付いていたのだけれど。苺々子がこっそりと隠した「歩き疲れちゃった」な本音には、そっと見ないふりをしてあげて。
 今までも、赤煉瓦の街並みを楽しみながら古書店街を色々と巡ってきていたけれど。今度はブックカフェーを目的地に。
(「流石にカフェなら見張らなくていいわよね?」)
 きっと、そう。見張らなくて良い。
 苺々子が頑張って背の高い棚から本を取り出そうとして、慌てて背中を支えたことだったり。気になる本を探して、書店内で迷子になってしまったレイラを探したり。
 あっちへこっちへ、チョロチョロと。歩き回る二人を見守るのは、思っていたよりも遥かに疲れるものだった。
 ブックカフェーでの一休み。それは、ミーシャにとってもちょっと気を抜ける時間になるだろうから。
「って。レイラ、カフェはこっち!」
 と。ブックカフェーを目指していたはずが、やっぱり……分岐路を間違えて、ブックカフェーとは明後日の方向に進み始めていたレイラを慌ててミーシャは引き留める。
(「――見張らなくていい、のよね?」)
 きっと。ゆっくりできるはず……。
 結局、ブックカフェーでもわちゃわちゃしそうな予感を、早くも感じながらも。自分自身に言い聞かせるように、ミーシャは再びそっと心の中で問いかけた。


「苺々子、レイラ。頼みたいものは決まった?」
「んっとね。ももはねー」
 古びたアンティーク調の猫脚チェア。床に足が届くまで、苺々子にはもう少し時間が必要みたいで。
 もう少し大人なレディになったらきっと、この足も床に届くはず。
 パタパタと宙に浮いた足をパタつかせながら。時代を超えた贈り物みたいな、古風なデザインのメニュー表を開けば、色んなメニューが一斉に苺々子のことを出迎えてくれた。
 色んなメニューに目移りしてしまうけれど、このブックカフェーは、自家製のハーブが有名みたい。折角だから、ハーブの入った飲み物を。
「甘いココアにミントを入れて……。チョコミント風がいいな! あるかなぁ……?」
 パラパラとメニュー表をテーブルに置いて、チョコミント風ココアを探してみれば――あ、隠れん坊していたみたい。
「あ、あったぁ!」
「見つかって良かったわね。苺々子はチョコミント風ココアで。レイラは?」
「ハーブコーヒー、なんてあるんですね。……では、それのアイスを」
 苺々子が開いたページの隣に、何やら気になるメニューがあった。
 「ハーブコーヒー」と記されたそのメニューが気になったレイラは、それを注文することに決めて。
 と、そこでふと気が付いたことが一つ。
「ミーシャさんも苺々子さんも、読みたい本は決めているのですか?」
「私はまだかしら」
「ももも決めて無いの」
「私も苺々子も普段はあまり本を読まないものね。探すのに少し時間がかかりそう……」
「探しているだけで、時間が過ぎちゃうかも?」
 レイラが読みたい本を尋ねても、本をあまり読まないというミーシャと苺々子は、まだ読みたい本が決まっていない様で。
 「店員さえ、カフェーにある本の全てを把握していないかも」と、噂される程数多くの蔵書が有名なこのブックカフェー。
 本をあまり読まない二人が本棚の海を彷徨うよりも、本に精通しているレイラがオススメを探してきた方が、あまり迷わずに済みそうだ。
「苺々子さんとミーシャさんの分の本も探してくるので、代わりに注文お願い出来ます?」
「レイラが選んでくれるなら、2人とも退屈しないかも。お願いしてもいい?」
「はい、勿論です」
「うん。ももが読む本はレイラにおまかせするの。どんなお話かしら? 楽しみにしてる!」
「注文は私たちで済ませておくからね。私はアップルフレーバーのハーブティーにしようかな!」
 自分達が表紙に惹かれて何だかよく分からない本を手にするよりも、本に詳しいレイラが選んできたものの方が絶対に面白いはずだから。
 「お願いするわね」「よろしくね」と、ミーシャと苺々子に見送られながら。
 レイラは、すっかり慣れ親しんだ本達が出迎える――本棚の海へ。
「苺々子さんには――……この本にしましょうか」
 世界的に有名なノンフィクションの名作に。サクラミラージュの世界でも人気らしい、異世界での出来事を綴った冒険譚に。ちょっと怖い、怪談話。一口に児童向けと言っても、そのジャンルは多岐に渡る。
 児童向けの本が並ぶ棚からレイラが苺々子の為に選んだのは、「狼が月を求めて旅をする」といった内容の小説だ。
 難しい漢字も使われておらず、それに――幻想的な表紙が一際人目を惹いて。これなら、苺々子もきっと気に入るだろうから。
「ミーシャさんなら、きっと夢中になりますよね」
 ミーシャさんと言えば、外せないのがやっぱり「馬」のこと。
 彼女と、彼女の相棒でもあるダニエルオットのことを思い浮かべて。
 「これだろう」とレイラが反射的に手を伸ばしていたのは、「馬と人の絆」を綴ったノンフィクションの小説だ。
 本をあまり読まないミーシャでも、自分に深く関わりのある馬の事だから。夢中になれるだろう。
 二人へと選んだ本に加え、自分が読む本を選んで。レイラは苺々子とミーシャが待つテーブル席へと戻っていく。
「全員飲み干した時に感想会を開くので、その時まで読んだ内容を聞かせてください」
「レイラ、ありがとう。表紙はまるで絵本みたいにメルヘンチックな小説ねっ」
 席へと戻ったレイラは、早速苺々子とミーシャに本を手渡した。それと同時に、感想会の開催も告げる。
 ドリンクを飲み終わる頃合いなら、丁度本も読み終わっている頃合いだろうから。
「ふむふむ、さっそく読んでみるの!」
 レイラから小説を受け取った苺々子は、キラキラとその瞳を煌めかせて。
 まん丸大きなお月様が浮かんでいる本の上部に、そのお月様が放つ月明かりを身体いっぱいに浴びながら、お月様を眺めている狼さんの姿も下の方にあった。
 絵本みたいにメルヘンチックな表紙絵をそっと一撫ですると、苺々子は最初のページを捲り始める。
 お月様に見守られながら、狼と一緒に月を追いかける冒険へ。
「へえ、馬に関する小説もちゃんとあるのね」
「動物のノンフィクションはそれなりにメジャーですからね」
「あら、そうなのね」
 レイラがミーシャに勧めたあの本以外にも、何冊だって「馬と人間の絆」を記した本はあるだろうから。
 本の数だけ広がる、それぞれの絆や思い出の形。筆者が織りなす愛馬との日々に、自分と愛馬「ダニー」の想い出達を重ねて。
 馬好きならば思わず頷いてしまう、日常のアレコレ。それに心を躍らせながら、ミーシャはノンフィクションだというその物語を読み進めていく。
「彼らの言葉は通じ合っていたのかしら? それとも……その辺りも考察しながら読んでみると面白そう」
 冒頭を読み込んだミーシャが、不意に顔を上げた。
 人間と違って、動物は言葉を話せない。「動物と会話できる」とか、「動物の考えていることが分かる」とか。猟兵のような特殊能力を持つごく一部の人々を除けば、動物の考えていることだって分からない。
 筆者と愛馬は、言葉が交わせなくとも。心の深いところで繋がっている――そうミーシャには、感じられたのだけれど。本当に、繋がっているのだろうか。それとも、ただの偶然で……。
「考察しながら読んでいくのも、読書の醍醐味ですからね」
 考え込みながらページを捲っていくミーシャの姿に、レイラはゆるりと笑みを深めた。
 すっかり読書の世界に入り込んでいるらしい。ノンフィクションだけではなく、ミステリーやファンタジーだって。考察や思考を巡らせながら読み進めていくのもまた、読書の醍醐味なのだから。
「『馬あるある』がいっぱい詰まっていて、本当に動物が好きな人が記したのね」
 最初のページから最後のページまで辿り着くその時が、妙に早く思えてしまった。
 ミーシャが心の底から頷き、同意することのできた「馬あるある」。沢山の「馬あるある」に頷けたのも、きっと、ミーシャがダニーと育んできた絆があってこそのこと。
「どうでした?」
「ありがとう、面白かったわ。ダニーが小さい時の頃を思い出して少し懐かしくなっちゃった」
 今は立派な相棒でもあるミーシャの愛馬、ダニエルオット――「ダニー」。敵陣の中でも、長距離でも。臆せず駆けるダニーにも、可愛らしい仔馬だった時期があったのだから。
 先に感想を述べたミーシャに続くようにして。チョコミント風ココアの最後の一口を飲み終えた苺々子もまた、ぱたんと本を閉じると「ねぇ、レイラ!」と元気よく感想を語り始める。
「なんだか心がフワフワするような、暖かい気持ちになる不思議なご本だったの」
 そう。まるで、本を通して自分の旅を眺めているような気分になれた。
 月を追い求める小説の狼は苺々子になって、苺々子もまた、小説の狼になって。もう一人の自分を眺めているみたいな、不思議な心地でページを捲る手が止まらなかった。
 ともすれば、すっかり物語の世界に行ったきりになってしまいそうで。そんな苺々子を現実に引き戻してくれたのは、読書のお供であった甘くてちょっとスッとする、チョコミント風ココアの存在。
 チョコミント風ココアが無かったのなら、すっかり現実と空想がごちゃごちゃになってしまいそうだった。
「この子は月に追いつけたのかしら? そんな気になる最後も味があっていいね。面白かった!」
 目を閉じた苺々子は、月を追いかけた狼の未来について想いを募らせる。
 狼はきっと、月に追いつけたに違いない。多くを語らない最後は気になったけれど、苺々子がそう感じたのなら――物語の終わりは、きっとそうであるのだ。
 物語は終わり、また始まる。狼と狼に追いつかれた月は、今度は何を目指すのだろう。仲良く太陽を追いかけたり? あれこれと想像を巡らせるのも、楽しいものだった。
「少しでも、楽しめる内容を選べていたなら良かった」
 読書を心の底から楽しんだミーシャと苺々子の満足そうな表情に、レイラはにっこりと笑って感想会のまとめに入る。
 読書とは、その一つ一つが出逢いの連続なのだから。これをきっかけに、二人には色々な本を手に取って貰えることを願って。
「表紙に心惹かれるだけでも、読んでみると素敵なお話との出会いになることが多いですからね」
 本に親しむ楽しい休憩を終えたのなら、今度は何処に行こう?
 古書店街での出逢いはきっと――素敵な本だけではないはずだから。
 ちょっと休んだのなら、元気いっぱいに。リフレッシュしきった苺々子が、一番に席から飛び降りた。
「お口がちょっとスースーするココアもおいしかったし、ご本も面白かったし。いっぱい休憩できたの」
 そして開けるのは、古書店街の見どころが余すことなく書き込まれた観光地図。
 古書店街にひっそりと紛れる雑貨屋さんや軽食屋さんも気になったし、本を作れる製本書店も気になって。
「さ! 次はどこに行こうかしら?」
「一休みも済んだことです。次の本との出会いに行ってみましょうか」
 明るい元気な苺々子の声に釣られるようにして。レイラもまた、ゆったりとした歩みでブックカフェーの出入り口の方へ。
 本好きなレイラにとっては、まさに宝の山でもあるこの古書店街。あちこちを見て回り、一つでも多くの「本との出逢い」に触れたかったから。
 苺々子の広げる地図を覗き込むと、次に巡る書店に当たりを付け始める。
「え? まだハシゴするの?」
「勿論よ、だって久々の3人一緒のお出かけだもの」
 小休憩を挟んで、リフレッシュ……というより、元気をチャージし過ぎてしまったらしい苺々子とレイラの様子を見て、ミーシャが少し苦笑を浮かべながら問いかける。
  久しぶりの三人のお出かけは、想像以上に長丁場になりそうだ。でも、きっと――それもまた、三人で楽しむお出かけの醍醐味だろうから。
「本当、しょうがない子たちねぇ……」
 口ではそんなことを言いながらも、言葉の端に隠しきれない楽しみを紛れ込ませて。
 ミーシャもまた、二人の後へと続いていく。
 お会計を済ませて、ブックカフェーの外に出たのなら。
 「楽しい思い出、たくさん作らなきゃ!」という、苺々子のはしゃぎ声が――再び古書店街へと飛び出していく、始まりの合図になった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ラルス・エア
◆【記憶・記録】
日々の記憶を日記に付けている。それは、些細な喜びの記録であったり――近日、身に受けた、文字に綴る手が震える程の、様々な己の精神の不甲斐なさに至るまで。

ページも危うく。せっかくならばこの機に新しいものを、と白紙のダイアリーブックを探しに。
製本教室…少し思案を巡らせて足を止めれば、そこに聞き馴染みのある声が。来ているとは思わなかった。本とは無縁に思えたのだが。
「日記帳となるものを探しているのだが、中々無い。レアは?」
――ああ、音楽の。相手の屋敷には親友と同じくピアノを弾いていた母君の所蔵する楽譜が大量にあったのを思い出す。
得心した。製本教室の話をすると、ならばと合流し日記帳を作るという。
「日記を付けているとは思わなかったが…」

作る本は、本革のレザーノート。日記であるならば、長く使える物が良いと思い。
相手はどのような本を作ったのか、どうしても気になる。完成品を互いに見せ合い、その話を聞けば。手に小さな鍵を渡された。
日記帳の、鍵。
それを…生きている間に見たいと願うのは我儘だろうか


ガルレア・アーカーシャ
◆【記憶・記録】
自分の出身地ではないの古書店街――それならば、私の知らないピアノスコアもあるだろうと、薄らとした期待を隠しつつ。街を歩けば、驚くことに見覚えのある姿が。
「ラス、来ていたのだな」
話を聞けば、日記帳を探しているという。己には、日記というものは、どうにも続かないと自覚はしている。如何せん綴る時間が惜しい。
だが魔法がかりの本も作れるのであれば――と少し思案し『彗星屋』までついて行くことにした。
「少し興味が湧いた。たまにはそのような事も悪くはなかろう?」

思わず小さく微笑が浮かぶ。友とのこの様な時間が続けば良いのにと願い…いつも、弟を思ってはそれを手放すのも私なのだが。
――きっと、日記はこのような懺悔ばかりとなるのだろう

作りたいものは、思考をそのまま本に文字と映像と音に残せるような魔法がかりの鍵付きダイアリーブック。
出来れば鍵穴を開ける鍵は、同じものをふたつ用意してもらい。片方を友へ。
「私が死んだ後で良ければ、いくらでも見るがいい」
……心に、生きている間に見てほしいと云う願いを隠して




 日々の記憶を日記として綴っている。
 それは日常を彩る、些細な喜びであったり、ちょっとした騒ぎであったり。一度眠ればすっかり忘れてしまうような、取り留めのない事象までも。
 物事や出来事の大小を問わず、日々の記録として。ラルス・エア(唯一無二の為だけの・f32652)は、記憶を日記に付けて書き残していた。
 それは誰の為でもない――唯、己が為に。
 記憶を取り零さぬようにする為に。或いは、思考を纏め、己を客観視する為に。
 ラルスは、日記を綴っていた。

 あの時、そう、少し日付を遡ったあの日。
 普段の例に漏れることなく、「あの日」のことも……ラルスは日記に認めていた。
 文字を綴る手が震え、ペンすらまともに握れず、言葉も解読不能な程に乱れた――それでも、最後まで綴った。否、書き殴った。
 衝動と欲に呑まれた我が身。様々な己の精神の不甲斐なさ。その全てを、今この場には居ない誰かへと宛てて、ただ、懺悔するかのように、紙面の上に書き出して。記録として、残していた。

 あの時、あの黄金色の迷宮の中で。己の内なる欲に相対した時、自分は何と思ったか。
 そう、消さねばと思った。他ならぬ己自身が、そう感じたのだ。恐らくは、そう、心の奥底から。
 「ガルレアの弟」の皮を被り、魔性の歌声でレアを誑かす――化生のナニかを。
 強い痛みが生じる程握り締めた拳で、我に返り。
 それから、この身を焼き焦がす程の強い殺意や狂おしいまでの衝動と入れ替わるようにして湧いて来たのは、激しい自己嫌悪と底の見えぬ絶望だった。
 己は――親友の母のみならず、弟までをも、殺そうとするのか。殺すというのか。
 己が親友の母を手にかけたことを、あいつは何と言っていたか。ラルスはそれを、昨日のことのように鮮明に記憶している。
 「恨んではいない」と。感謝こそすれ、恨んではいないと。確かに、そう。
 それがレアの本心であれど、何かを思っての偽りであれど。親友が「恨んではない」と言うのだから、それ以上のことは追求のしようが無い。
 だが、弟は――……?
 もし、もしも。己が、親友の弟を、手にかける……その瞬間が訪れたのなら。
 レアは、何と思うだろうか。どのような、反応を見せるのか?

 欲と衝動に呑まれ、親友の弟を手にかける瞬間が来たのなら。
 親友は――果たして、何と思うことだろうか。
 荒ぶる思考回路を無理やり抑えつける様にして。ラルスは努めて長く、ゆっくりと息を吐き出した。
 そうだ。目的を忘れてはならない。今日はその出来事を綴った日記のページが危うくなり、白紙のダイアリーブックを探しに来たのだから。


(「自分の出身地ではないの古書店街――それならば、私の知らないピアノスコアもあるだろう」)
 ラルスがダイアリーブックを求めに、古書店街に足を踏み入れたのと時を同じくして。
 ガルレア・アーカーシャ(目覚めを強要する旋律・f27042)もまた、古書店街の赤煉瓦の通りを歩んでいた。
 薄っすらとした期待はせども、それを表に出すようなガルレアではない。
 夜を背負い、颯爽と赤煉瓦の石畳を踏みしめて、通りを往く。

 万全の準備をしておかねばならない。何れ、弟が手元に戻ってきた時の為にも。
 飽きさせない様に、あれが好む楽曲を集めよう。どのようなピアノスコアならば、弟の歌声が持つ魅力を十分に引き出してくれるだろうか。
 赤煉瓦の通りを歩みながらも、ピアノスコアに思いを巡らせる、ガルレアの思考は尽きない。
 一等愛おしくて、尊く、何者にも代えがたい存在を手元に置いたのなら。ただ、お互いの為だけに旋律を生み出し続けるのだ。
 弟へと抱くこの感情が、妄執に近いことは自覚している。だが、魂が存在を求めて止まないのだ。
 弟を縛り、捕え、共に在る。その為に――悪魔召喚術に手を伸ばしたのだから。
 ピアノの旋律を縁にして、永劫、弟と共に在れるように。
 ダークセイヴァーではないこの地ならば、弟が好む楽曲のピアノスコアも見つかることだろう。
 人々の話し声、風の唸る音、遠くから聞こえる、讃美歌と思しき曲を奏でるオルガンの旋律。
 そこに弟の歌声が聞こえない事だけが、非常に残念に思えた。

 ピアノや歌声、音楽について思考を巡らせると、最後は決まって言ってと良い程必ず弟に行きついた。
 あれのことは、心底愛おしいと思っている。この想いは、今も、昔も。変わることはない。
 あまり聞いたことのない曲を奏でた時であっても。純粋な悪戯心と好奇心から、譜面とは異なった運指で即興のアレンジを披露した時であっても。
 気紛れにどんな遊びを潜ませてもなお、自らの奏でる旋律に健気についてくる弟の歌声が。

 真に愚かであったのは、誰なのか。
 弟のことを捕えていたつもりで、その実捕えられていた自分か。それとも、
 本当は解っている。弟が私の為だけに歌を歌うことはもう、決して起こり得ない事なのだと。今では、全て叶わぬ夢であるのだと。
 それでもなお、魂が弟を求めて止まない。
 もう二度と手放さぬように、縛って、堕として、手元に置いて。
 それから。それから――……?

「ラス、来ていたのだな」

 ガルレアの意識を、終わりの見えぬ思考の海から引きずり出したのは、記憶の裏に靡いた星明かりの様な金の髪――でなく。
 赤煉瓦の通りの端。そこに我を忘れた様にして突っ立っている、ガルレアにとって妙に見覚えがある、静かな夜闇から抜け出してきたかの様な青紫色の髪が目を惹く、親友の姿であった。
 偶々と呼んで良いのか、それとも、運命と呼んで良いのか。
 ガルレアには判断が付かないことだが、奇妙な偶然もあるものだ。だがしかし、目の前に佇むガルレアの親友は、己の接近にまるで気が付いていないらしい。
 何やら考え事でもしているのか――恐らく、ラスの事であるから、「作るか、作らないか?」辺りで悩んでいるに違いない――今も口を小さく開けるという中途半端な間抜け面を晒して、通りに貼られた「製本教室」という案内を眺めているのだから。


「ラス、来ていたのだな」
「……ん? ああ、レアか。来ているとは思わなかった」
 奇妙な偶然が齎した出逢いは、「製本教室」という案内の張られた、とある書店の前であった。
 先に親友の姿に気付いたガルレアが発した呟きに、ラルスが遅れて反応すること、数秒。
 きょとんとした表情のまま、不思議そうに数度瞳を瞬かせて、そうやって問いかけてくるのだから。ガルレアがラルスの考えていることを見抜くのに、さほど苦労はしなかった。
 本とは無縁に思えたのだが。
 ラルス本人は気付いていない様だが、ガルレアへと向ける言葉や表情の端々に「意外だ」という本音が見え隠れしているのだから。ガルレアが気付かない訳がない。
「日記帳となるものを探しているのだが、中々無い。レアは?」
「ピアノスコアだ」
「――ああ、音楽の」
 端的に、簡潔に。
 そうやって己の目的だけを答えてみせたガルレアに、ラルスは少し間を明けて「合点がいった」という反応を示した。
 「親友ならばそれだけで伝わるだろう」という、ある意味の傲慢と信頼から来る完結な物言いだったが。ガルレアの想像通り、意図は確りとラルスに伝わったようである。
 それと同時に、ラルスはとあることを思い出していた。
 ガルレアが居を構えている屋敷には、ガルレアの母親が所蔵する楽譜が大量に遺されていることを。
 記憶の片隅。幼少期の記憶。今は遠き日々の想い出。
 幼少の記憶は、今も鮮明にラルスが歩んできた「人生」という物語を彩る足跡であり、当時を振り返る度に――ひっそりと心内に燻る苦い懐かしさと共に、胸が締め付けられるような、息苦しい動機を覚える。
 子ども特有の、命取りともなるあの無知と無邪気。何も知らないことは、確かに救いであった。親友と二人、不叶の約束を契るくらいには。
 憎きヴァンパイアの子であったガルレア。
 それ故、実の息子よりもラルスに愛情を向けていた親友の母親と、それを間近で見ていたガルレアのことを思えば――黒いインクを一滴、白紙の紙面に落としたかのように。ジワリと複雑な思いが滲んだかと思うと、ラルスの心いっぱいに広がっていく。
 あの日々も結局、最後には己が手折ったというのに。
「日記を付けているとは思わなかったが……」
 瞼の裏に浮かんだ、微笑浮かべる黒髪の女性の幻影を振り払う様に。
 努めて冷静に目の前の傲岸不遜な親友へと投げかければ、「ああ」という短い返事が返ってくる。
「如何せん綴る時間が惜しいのだ」
 ラルスの指摘通り、ガルレア自身もまた、己に日記というものが向かないことは自覚していた。
 綴る時間が惜しく、どうにも続かないのだ。
「ラスはこれからどうするんだ? 熱心に案内を見ていた様だが」
「製本教室に参加しようと思っている。魔法がかりの本も作れるみたいだしな」
 ガルレアは己と違い、ピアノスコアを探しに再び古書店街へと繰り出していくのだろう。
 だから、「良いピアノスコアが手に入ると良いな」と。それだけを告げて。
 振り返ることなく手を振り、ふらりと製本書店の方へと向かっていったラルスは――何故だか別れを告げた後もなお、一定距離を保って響いてくる靴音に、驚いたように振り返る。
「レア、どうした?」
「少し興味が湧いた。たまにはそのような事も悪くはなかろう?」
 振り返ったラルスの目に飛び込んできたのは、口元に僅かばかりの微笑を湛え。赤き双眸を伏せて微かに笑んでみせる親友の姿だった。
 陽光に交じる、一抹の黒。闇夜のような長髪が風に弄ばれ、その間に見えた――刹那的な、
 一瞬。その僅か一瞬に覗かせた刹那的な微笑み。だが、網膜と記憶と脳裏にその姿を焼き付けるには、十分過ぎる時間で。
 不意打ちで向けられたガルレアの微笑に呆気にとられ、思わず歩みを止めたラルスの腕を引っ張り。
 ガルレアは何事も無かったかのように、製本書店「彗星屋」の方へと未だ惚けたままのラルスを引っ張って行く。

「日記であるならば、長く使える物が良いな」
 ――どうやってこの場に着いたのか。
 それまでの過程がまるきりラルスの頭から抜け落ちてしまっていたが、どうやら手を引いた親友は本気であるらしい。
 今も夢現の心地で、それでも作業に集中する己の手元だけは、自分の物でないように滑らかに動いた。
 ラルスが作ろうと思うのは、本革のレザーノート。
 折角ならば、長く愛用したかった。今は皺一つないその革の表紙が、すっかり擦り切れて罅だらけになるまで――ずっと。
(「レアはどのような本を作ったのか、どうしても気になる」)
 ちら、とだけ。ガルレアの作業台を覗き込もうとして。しかし、作業風景を盗み見るのは躊躇われた。
 俯き気味でダイアリーブックに魔術を押し込めていく親友の表情が、なぜだか思い詰めているようにも感じられたから。
 手を伸ばせばすぐ触れられるのに、それまでの距離が絶望的なまでに遠い。
 ラルスはガルレアに声をかけようとして――しかし、脳裏に生まれたその言葉は、声としての姿を得ることは無く、窓の外に吐き出されて消えていった。

(「この様な時間が続けば良いのにと願い……いつも、弟を思ってはそれを手放すのも私なのだが」)
 ――きっと、日記はこのような懺悔ばかりとなるのだろう。
 ダイアリーブックへと魔術を刻みながら、深く考えるまでもなく、ガルレアは殆ど直感的にそう感じていた。
 親友と過ごす日々は、気が付かぬうちに微笑を浮かべてしまう程――心地良いのに。最後には結局、弟を想って。己はこの瞬間を、己自身の選択で手放すのだろう。
 そのようなことを繰り返して。一般的に喜びや幸せと呼ばれているそれらを日記に綴らず、ただ、懺悔ばかりを書き連ねて。
 己が朽ち果てた後、懺悔が連なるばかりの自身が生きた軌跡を読み、慟哭に打ち震えるだろう親友のことを思えば――少しばかり、申し訳なく思った。
 お前だけを想っていると嘘を吐き、心は弟ばかりを追い求めて。
 終わりが来て、最期には全てを。そのどちらをも取り零すのだ。
 そのような結末が、全ての可能性の中で一層現実味があって――一番自身に相応しいのかもしれない。
 自嘲的な笑みを浮かばせたまま、ガルレアは魔法がかりのダイアリーブックを形にしていく。
 一抹たりとも取り零さぬように、と。まるで閉じ込めるかのように、己の思考をそのまま文字と映像、それから音として本に落とし込められる――魔法がかりのダイアリーブックを。
 覗き見られぬようにと、魔法の鍵付きで。厳重に封をして。

「レアは出来上がったか?」
 先ほど出来上がったばかりだと言うのに、不思議と昔からこの手にずっと握っていたような。スッと本革の表紙が手に馴染む。
 指先が革の上を滑る感覚を楽しみながら、(ガルレアの作業が一段落着いたのを見計らって)ラルスがガルレアへと問いかければ。
「ああ。……私が死んだ後で良ければ、いくらでも見るがいい」
 簡潔な返事と共に、ラルスの目の前には――小さな鍵が、突き出された。
 ガルレアが創り上げた、魔法がかりの鍵付きダイアリーブック。その鎖を解く鍵は二つしかなく。ガルレアはそのうちの一つを、ラルスへと託したのだ。……押し付けるようにして。
 呆気にとられたまま、ラルスは押し付けられたそれを受け取る。
 手の中の小さなその鍵は、頼りない程の小ささとは不釣り合いな程に、大きく妖しげな光を放っていた。
「……不在の間に覗き見られるとは思わないんだな」
「その時はその時だ。余計な好奇心を働かせたのなら、ラス、死んだ方がマシだと思えるほど手痛い思いをするかもしれんぞ」
「そ、そうか……」
 ガルレアの本心は、ラルスがガルレアの日記帳を手に取る――恐らくは、その時に解る。
 曰く「死んだ方がマシだと思えるほど、手痛い思いをする」らしい仕掛けが、目の前の存在の手によってダイアリーブックに施されているのか、否か。そのことによって。
 仕掛けられているのか、それとも――……。
 恐らく、それが解だ。己の本心をも偽り、多くを語らぬ、親友の。
(「……生きている間に見たいと願うのは我儘だろうか」)
(「もし、叶うのならば……生きている間に見てほしい」)
 お互いに覆い隠した本音を抱いて。それぞれが無言で見つめる先には、世界で二つしかない鍵の姿。
 鍵は既に、ラルスの手中にある。後はそれを――ラルス自身がどうするか。それだけだ。

 あまりにも遠回しで、捻くれていて。そして、最期の瞬間に友の心に残り続ける方法ばかりを考えて。
 「お前だけを愛している」と親友に伝えたい癖に。そうで在れたら良かったのに。
 親友のことを想ってもなお、その半面で。心が、魂が、弟を求めて止まない。
 そんなガルレアが、自身に出来る最大限の譲歩を重ねた先の結果でもある――ラルスを想っての――恐らくは、「無音の告白」とも呼べるそれに。
 ラルス自身がどうしたいか。それだけだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【月光】④

街がご本だらけ!
ゆぇパパはいつもどんなご本を読むの?
ボウケン面白そう!
パパがお好きな本、ルーシーも読みたいわ
いいの?読んでほしい!
あ、でも
半分はルーシーがパパに読んであげるね

本好きのパパには宝の山ね
お店巡りも楽しそうだけれど…
折角だし、ご本を作る!
世界で唯一の本よ
あのね、ぽっぷあっぷ?の絵本を作りたいの!
教室の先生にイメージをお伝えして

う?これで正しい?
分からなくなってきちゃった
とびだす仕掛けってむずかしい
最後のページはクライマックス
より力を入れて
鮮やかな黄色に、自分で彩色もして――完成!

うん!いいよ
出来上がったのは
蒼と月色、二匹の蝶が世界中を旅するお話
ひな鳥やウサギ、お友だちも増えていくの
最後のページで辿りつくのは飛び出す一面のヒマワリ畑
でもね、旅はまだ続くのよ
ずっと

これをパパにお贈りするわ
頭に心地よい温み
えへへ、…よかった!

パパのご本!良いの?
わくわくページをめくる
この親子って!ふふふ…!
とってもステキなお話、宝物にする。ありがとう!

絵の所?
!!ブルーベリーのにおいするわ!


朧・ユェー
【月光】④

えぇ、本の街ですねぇ
僕ですか?んー、色んな本を読みますが
今は冒険モノでしょうか?
何冊が僕が読んだ本を持って行きましょうね
僕が読みましょう
おや、ルーシーちゃんが?それは楽しみです

気になる本ばかり
いつもなら手に取って本を読んだりするのですが
そうですね。本を作るなんて出来ませんし
世界で一つの?それはステキな事です
あぁ飛び出す本ですね
先生に聞きなら作ってる彼女に微笑んで

僕は絵を描いた絵本を
ただの絵本では面白くないので少し工夫をして

ルーシーちゃん完成したのですか?読んでもいいですか?
開けば沢山の飛び出す
冒険は続く素敵な物語
とても素敵な本ですね、最後の向日葵がとっても綺麗です
これを僕に?ありがとうと頭を撫でて

お返しに僕もこちらを贈ります
小さな女の子が父親の為に美味しい食べ物を探し出す冒険。
苺畑やブルーベリーなど美味しい食材を手に家へと
父親はその食材で美味しいお菓子を作り、向日葵畑の中で一緒に食べるという話

ふふっ、絵の所を軽く擦ってみて
きっと絵と同じ匂いがするよ
匂いも思い出のひとつですから




 想い出。
 過去や嘗て経験してきたことの中で、特に記憶に強く残っているもののこと。
 ふとした瞬間に思い出しては、湧き上がる懐かしくて暖かい感情と一緒に、胸をポカポカと照らし出してくれるもの。
 お互いを呼ぶ声の響き。一緒に楽しんだチョコやコーヒー、パフェと言った季節や世界各地の美味しいもの。二人で触れ合ってきた、ふわふわもふもふな生物さん達。二人の想い出である、花色の色彩。ブルーベリーの香り。
 ステキな想い出は、記憶と共に五感に記録されて、二人の日常を彩ってくれる。
 そして、今日。また一つ、新しい想い出が二人の記憶に刻まれて。優しく未来を照らす灯りと足跡になってくれる。
 それで、いつか――記憶という名前の本も、二人の想い出でいっぱいにするのだ。


「街がご本だらけ!」
「えぇ、本の街ですねぇ」
 あっちを見ても、こっちを見ても。
 あるのは、本、本、本――……。沢山の本がズラーっと並んで、赤煉瓦の古書店街に大集合していた。
 古書店街の近くにある大学の学生は勿論、観光客や地元の人々もその多くが、手に本を持っていたり、紙袋に包んで貰った本を抱きかかえていたり。人よりも本の数が多い街に来ることがあるなんて!
 時々、本に紛れて楽譜や手帳、画材を売っているお店もあったけれど、パッと目に付くお店は全て、書店ばかりだ。
「こっちは本屋さん?」
「そうですねぇ。本屋さんです」
「あっちも本屋さん?」
「あっちはブックカフェーですね」
 キョロキョロと、見るもの全てが新鮮で。
 通りの両端に延々と続いている古書店や書店も、その外見からして何処も個性的なお店ばかり。
 煉瓦造りの建物が半ば蔦に呑まれてしまった古書店に、カラフルで玩具のお店みたいな絵本専門店。
 はぐれない様にパパとぎゅっと繋いだ手ともう反対の、自由な片手であっちこっちを指差しながら。ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)は、ゆぇパパ――朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)に、気になったお店についてアレもコレもと質問を重ねていく。
 ゆぇパパは物知りで何でも知っているから。ルーシーの質問にも、スラスラと答えられるのだ。
 お店の軒先に置かれた新刊のコーナーに、お店の中から漏れ聞こえてくるクラシック音楽に。
 二人の目的地である製本書店「彗星屋」に行くまでの道中にも、素敵な出逢いが沢山二人のことを待ってくれていて。
「あ、ルーシーちゃん。野菜が出てくる絵本がありますね」
「う、どっちも苦手……!」
 チラリと通り過ぎるところだった、とある書店の前で。
 ふと、ユェーの目に留まったのは、棚に並べられていた絵本の中のうち――『美味しい野菜の食べ方』という題名の本で。
 ニンジン、ナス、ピーマンにセロリ。表紙には、子ども達が苦手な食べ物ランキングのトップに入る野菜ばかりが、可愛らしいイラストで描かれている。
 ユェーがにこっと笑って、ルーシーへとその表紙を見せてみれば――プイっと顔を逸らされてしまった。
「それよりも、こっちの本の方がルーシーは好きだわ」
 野菜な絵本を握ったままのユェーの手を導いて、そっと本棚の元あったところへ。
 それから、代わりにテトテトとルーシーが引っ張ってきたのは、南の海に住むイルカ達がオーロラを探して旅に出るお話。
 キラキラなタッチで描かれていて、まるで本当にイルカ達と一緒に旅に出ているみたいだった。
「ゆぇパパはいつもどんなご本を読むの?」
「僕ですか? んー、色んな本を読みますが、今は冒険モノでしょうか?」
「ボウケン面白そう!」
 読書好きなユェーは、種類問わず色々な本を読むが――最近は、冒険モノをよく読んでいる。
 そのことをルーシーに告げれば、勿忘草とそっくりの色彩が宿る左目を南国の海の様にキラキラと煌めかせて、「面白そう!」と興味津々の視線をユェーに向けてきた。
 キラキラと光に満ちた愛娘の様子に、自然のユェーの表情も綻んで。ニッコリと向日葵のような笑顔で微笑み合う、親子が二人。
 ルーシーの父として。自分が好きなものに興味を持ってもらえると、やっぱり嬉しいのが親心と言うもの。
「パパがお好きな本、ルーシーも読みたいわ」
「何冊が僕が読んだ本を持って行きましょうね。僕が読みましょう」
「いいの? 読んでほしい! あ、でも。半分はルーシーがパパに読んであげるね」
「おや、ルーシーちゃんが? それは楽しみです」
 グッと背伸びして「読んであげる!」というルーシーの姿が可愛らしい。
 ユェーが読んだ本を二人で読み合いっこする時を楽しみにしながら、散策途中に出逢った本達に別れを告げて、二人は目的地の方へ。
(「いつもなら手に取って本を読んだりするのですが」)
 少し街を歩くだけでも、沢山の書店が目に入ってくる。
 歴史を感じさせる装丁の古書ばかりを扱うお店に、何やら妖しい魔導書のような本を扱っているお店。
 勿論、一般的に流通している有名な作家の作品を扱っている書店だって。本好きなユェーにとっては気になる本ばかりで、お宝の山のような街だった。
 いつもなら、手に取って中を確認したり、ちょっと読み込んだりしてじっくり選ぶのだけれど。今日はルーシーと一緒だ。
 だから、二人で一緒にお出かけした時にしか出来ないことを。「今」にしか、体験出来ないことを。
「本好きのパパには宝の山ね。お店巡りも楽しそうだけれど……折角だし、ご本を作る!」
「そうですね。本を作るなんて出来ませんし」
 本を作る体験なんて、滅多に出来るものではない。
 「世界で一冊だけのご本!」と、案内を聞いた時から興味津々だったルーシーは製本書店「彗星屋」に着く瞬間が待ち遠しい様だ。ユェーの手を取って、早く早くと急かすように前へ。
「世界で唯一の本よ」
「世界で一つの? それはステキな事です」
 何を作ろう。パパはどんなものを作るのだろう? 考えただけでワクワクが止まらない。
 ビシッとルーシーが指を差した先には、「製本教室はこちら」と書かれた案内図が。
 世界で一つだけ。なんと心躍る響きなのだろう。
 ルンルンな気持ちが足取りにまで現れてしまったようで、ルーシーは少しだけ早足になりながら、ユェーの手を引いて書店の奥――工房の方へ。
「あのね、ぽっぷあっぷ? の絵本を作りたいの!」
「あぁ飛び出す本ですね」
 「ええ。こうやって、飛び出す絵本のことよ!」と。両手と体いっぱいを使って、ポップアップ絵本を説明してみせるルーシーの身振り手振りが何とも愛くるしいものだったから。
 ルーシー本人はとても真剣なのだけれど、それが可愛らしさに拍車をかけている。
 表情を緩めてしまったら、ルーシーから「もう、パパったら!」と少し膨れながら言われてしまいそうだ。
 ユェーは緩みそうになる頬を手で隠しながら、教室の先生でもあるルリユール職人の方をちらと見た。
 職人もルーシーの体いっぱいの主張を、「うんうん」と優しく見守ってくれている。
「開いた時に飛び出す絵本を作りたいんだね」
「そうよ!」
「ルーシーちゃん、先生と一緒に作ってきますか?」
「うん!」
 一生懸命の説明が無事に通じたことに、ぱあぁっと表情を明るくさせたルーシー。
 それを微笑ましく見守りながら、「行っておいで」とユェーはルーシーを送り出した。
「さて、僕も作りましょうか」
 隣の作業台で先生役の職人に尋ねながら作業を始めたルーシーを、優しく見守りながら。
 ユェーもまた、頭に思い描く本を形にし始める。
 絵を描いた絵本を。けれど――ただの絵本では面白くないから、ルーシーが発見した時にワクワクできるような、少し楽しい工夫を施して。
「ルーシーちゃん、どんな反応を見せてくれますかね」
 楽しい工夫を見つけた時のルーシーの反応が、今から楽しみだ。
 ユェーは微笑一つを浮かべると、筆を手に取った。
「う? これで正しい?」
 「後は表紙を付ければ、本と呼べるもの」の状態になった紙の束。
 先生に尋ねながらそこまで作り終わったルーシーは、いよいよポップアップ絵本の醍醐味である「飛び出す仕掛け」に取り掛かっていたのだけれど――……。
 飛び出す仕掛けの数々を仮止めして。試しにページを開いてみたら、そこに登場したのはぺしゃっと力無く伏せてしまったウサギで。何故だか分からないけれど、開いた時にしっかりと絵が立ってくれないのだ。
「こっちは正しい?」
 同じように止めたはずなのに、ひな鳥さんはしゃきっとしている。何が違うのだろう。
「分からなくなってきちゃった」
 絵本のページに絵を糊付けすれば、どれも飛び出す仕掛けになりそうなんだけれど。それが意外に難しい。
 先生にコツを聞きながら、ぺしゃってしまった仕掛け達にもう一度トライ!
「どうすれば上手く飛び出てくれる?」
「そうだね。たくさん一度にわーっと飛び出させたい時は、仕掛けを同じ角度で、右と左のバランスが一緒くらいになるように貼ると上手くいくよ」
「うん、頑張ってみる……!」
 とびだす仕掛けってむずかしい。けど、一番力を入れたいところだから、絶対に自分の手で完成させたいのだ。
 特に、最後のページはクライマックス! 気合いを入れて。先生のアドバイスをよく聞きながら。
 ページ一面を覆うのは、鮮やかな黄色。左右のページで鏡合わせになるように印をつけて、彩色した沢山の向日葵をその上に貼り付けて。
 イメージするのは、ページを開いた時に一斉に起き上がる向日葵のお花畑。微調整を繰り返しながら、ルーシーは絵本の中に向日葵畑を創り出していく。
「ルーシーちゃん、気付きますかね。きっと気付きますね」
 ユェーが本の中に生み出していくのは、苺やブルーベリー、クッキーやパイといった甘い食材とお菓子の数々。
 柔らかく暖かいタッチで描かれていく食べ物は、どれも本当に美味しそうで。
 真っ赤に熟れた赤い苺に、大粒の紫色のブルーベリー。可愛らしい生物の形をしたクッキーに、こんがりした網目が美味しそうなパイ。
 でも、ただ美味しそうなイラストだけじゃあ、面白くないから。
 優しく彩色した上に、ユェーが塗り重ねるのはそれぞれの食べ物の香りを混ぜた、透明なインク。そっと塗り重ねたそれは、擦ればたちまちその食材や食べ物の香りがふわりと香り立つ。
 どれも二人にとって想い出の香りだから、きっとルーシーちゃんも気付くはず。
 イラストにこれまでの想い出と、これからの楽しみを籠めて。ユェーは絵を描いていく。
「――完成!」
 それぞれが本作りに集中すること、暫くの間。やがて、静かな工房に反響したのは、達成感に満ちたルーシーの嬉しそうな声だった。
 あれからも調整を重ねて。最後のページには、うんと力を入れたから。きっと、パパも驚くくらいの出来栄えになっているはず!
 出来上がった本を両手で持ち上げて嬉しそうに微笑むルーシーに、ルーシーの声を聞いたユェーがそっと後ろから本を覗き込んだ。
「ルーシーちゃん完成したのですか? 読んでもいいですか?」
「うん! いいよ」
 やっぱり、一番はパパに読んでもらいたいから。
 頬を薄っすらと桃色に染めたまま、元気に「どうぞ!」とルーシーはユェーに出来上がったばかりのポップアップ絵本を手渡すのだ。
 記念すべき最初のページを開けば、そこには――蒼と月色、二匹の蝶が仲良く飛び出して、本の世界へご招待。
 現実と空想の垣根を飛び越えて、楽しい旅へと誘いかけてくれる。
 ひな鳥に、ウサギに。他にも沢山。最初は二匹の蝶々だったけれど、世界中を旅するにつれて、段々とお友だちも増えていって。
 また一つ、出逢いを重ねる度に。広がって行く二匹の世界。色々なことを知って、色々なことを経験して。仲良しな二匹の蝶は、旅を続けていく。
 そして、たどり着いた先は――。
「でもね、旅はまだ続くのよ。ずっと」
 ユェーが最後のページを開いた瞬間、この時を待ち侘びていたかのように一斉に飛び出してきたのは、鮮やかな黄色の色彩だった。
 近く、遠く。その色を変えて。一様にユェーへと微笑みかけている花の色彩。とても眩しくて、そして見覚えのあるそれは――想い出の花でもある、向日葵の色で。
 見渡す限り地平線の向こうまで黄色が染め抜く向日葵を、仲良くお散歩する二匹。
 でも、二匹の旅はこれで終わりじゃない。もっとずっと続いていくのだ。ユェーとルーシーの絆の様に。
「とても素敵な本ですね、最後の向日葵がとっても綺麗です」
「これをパパにお贈りするわ」
「これを僕に? ありがとう」
 大好きを詰め込んだ絵本だから、大好きなパパにあげたくて。
 ルーシーが絵本をユェーへと差し出せば、ふわりと頭に舞い降りたのは心地良い温み。
 今日も変わることのない、頭を撫でてくれるパパの大きな手のひらに、ルーシーは向日葵にも負けないくらいの眩しい笑顔を返すのだ。
「えへへ、……よかった!」
「お返しに僕もこちらを贈ります」
「パパのご本! 良いの?」
 お返しとしてユェーから贈られた本を、ルーシーはワクワクと胸をときめかせながら、表紙を開いた。
 どんな物語なのか、ページを開くまで内緒らしい。期待と一緒に、ページをふわりと捲れば――。
「この親子って! ふふふ……!」
 そこに居たのは、何処かで見たことがあるような。それでいて、誰かの面影があるような。
 小さな女の子と、彼女の父親の姿だった。
 パパの可愛いイラストに、思わず笑み零れるルーシー。だって、女の子と父親の姿には、とっても見覚えがあったから。
 それは、小さな女の子のとある冒険譚。
 パパが大好きな女の子が、父親の為に美味しい食べ物を探す旅に出るという。
 苺畑に、ブルーベリーの実る農園。ビターなチョコレートを売っているお店に、コーヒーや紅茶が美味しい雑貨屋さん。
 わくわくページを捲る度に、ルーシーの目に飛び込んでくるのは――何処かで見た覚えがあるような、懐かしい食材の数々で。
 鞄からも溢れるほど、両手にも持ちきれないくらい美味しい食材を沢山持って家に帰ってきた女の子は、父親に食材を手渡して。
 明るい向日葵の花々が見守る向日葵畑の中で、一緒に父親が作った美味しいお菓子を食べるのだ。
「とってもステキなお話、宝物にする。ありがとう!」
 ぎゅっと絵本を抱き締めたルーシーに、優しく微笑みかけるユェー。
 その笑顔を見たルーシーは、すぐに分かった。これは、何かまだとっておきの秘密がある時の表情だから。
「ふふっ、絵の所を軽く擦ってみて。きっと絵と同じ匂いがするよ」
「絵の所? !! ブルーベリーのにおいするわ!」
「匂いも思い出のひとつですから」
 「すごい!」と絵をじぃっと見つめるルーシーの姿に、こくりと頷いてみせるユェー。
 匂いも思い出の一つ。絵本の匂いを嗅ぐたびに、きっと、色々な二人の想い出を思い出すだろうから。
 それから、きっと。二人の想い出の匂いは、これからも増えていくのだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヘルガ・リープフラウ
❄花狼
ルリユール……世界にひとつだけの、自分だけの本が作れるのね
わたくしたち二人が歩んできた軌跡を元にした物語を綴り
一冊の絵本にしてみたいわ
将来、二人の子供が出来た時にも、読んで聞かせられるように

昔々あるところに、白き翼を持つ娘がおりました
聖なる調べを紡ぐ歌姫
人々は奇跡を求め、歌姫に縋ります

だけど歌姫の瞳は愁いに沈んでいました
どれほど病を癒しても
どれほど奇跡を起こしても
世界から不幸が消えることはない

そして、姫が年頃になった頃
彼女を狙う悪魔が街に火を放ち、全てを焼き尽くしてしまいました
歴史ある建物も、豊かな田園も、大切な家族や人々も
みんなみんな炎に焼かれ、黒く燃え落ちて

漆黒の絶望の中、悪魔の手から逃げ惑う姫を一匹の狼が救います
昼は人間、夜は狼となる呪いをかけられた人狼の騎士
同じ孤独を抱えた二人は、共に旅を続けます

山を越え、谷を越え、時に怪物に襲われて
それでも狼騎士は勇敢に立ち向かい、姫の歌声は彼を癒します
姫から全てを奪った悪魔を倒し、
世界の果てにあるという「希望の星」を目指して……


ヴォルフガング・エアレーザー
❄花狼
ヘルガと共に④ルリユール教室へ

ほう、オリジナルの絵本を作れるのか
そして俺たち二人の軌跡を……名案だ

白い布で装丁した表紙は金と銀の糸で刺繍を施し
本文は淡い水彩画をベースに、所々押し花の花弁や天然顔料でアクセントを
特に輝く星空には、宝石の如く輝く鉱石や真珠貝の粉が相応しい
ひとつひとつのページを手作りで描きあげて
少しずつ形になってゆく様は心が躍る
完成が楽しみだ

設定は実際の俺たちとは多少変えてあるようだが
(何しろ俺の変身能力は昼夜で固定されるものではないから)
物語としての面白さも大事だろう

俺たちが歩んできた道は、決して楽しいことばかりではない
むしろ辛く悲しいことや、激しい戦いの方が多い気がする
それでも希望を諦めずに読み続けることが出来るように
心が沈んだ時には、この本のページを開いて勇気をもらえるように

さて、結末はどうするかな……
悪魔(のモデルになった吸血鬼)を倒したところまでは決まっているのだが
何しろ俺たち自身の旅は、まだ続いてゆくのだから……




 中世の装飾写本を彷彿させる、豪華絢爛な日記帳。「お父さん、お母さんへ」と表紙に刻まれた、少し不格好な形の絵本。オーナメントとしても使える、アルバムのスターブックに。
 工房の片隅。「見本」として展示された作品群はどれも唯一無二の想いを形にして、窓の傍、差し込む陽光の明かりを受けてサラサラと静かに輝きを放っていた。
 そのどれもに、誰かや何かを思いながら、本を形にしていった過去の製作者達が居るのだろう。彼らの想いに触れ、寄り添えばそれだけで――心の奥から、込み上げてくるものがある。
 嘗てこの教室に訪れた人々が残した、想いの形をウットリと眺め。ヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)は、大小様々な傷跡が刻まれた目の前の作業台をそっと、その白い手で撫ぜた。
「ルリユール……世界にひとつだけの、自分だけの本が作れるのね」
 数々の本が形を得ていく過程をひっそりと見守っていた作業台には、歴代の製作者達が刻んでいった傷跡が残されている。
 「ちょっと手が滑った」とか、「上手く作りたかったのに」とか。その傷一つ一つにも、背景となった記憶があるに違いない。
「ほう、オリジナルの絵本を作れるのか」
 この工房は、想い出で満ち溢れている。
 長年愛用されてきた作業台。それを労わり、人々が残した想い出の一片に触れるかのように、作業台の表面を滑っていくヘルガの手。
 そこにそっと重ねられたのは、ヘルガの手よりも一回り大きく、大切な者を護る為に数々の戦場を潜り抜けてきた、勇士――ヴォルフガング・エアレーザー(蒼き狼騎士・f05120)の手のひらだった。
 ヴォルフガングの身体中に刻まれた傷跡は、彼が潜り抜けた戦いの多さを物語っている。
 戦う意味も、愛すらも知らず。ひたすらに破壊の限りを尽くしていた過去と。ヘルガに出逢い、愛を識り、戦う意味が出来た今と。
 今までに数々の苦難を共に乗り越え、漸く実を結んだ想いなのだから。命ある限り彼女を傍で護り、世界を共にすると誓ったのだ。今更、彼女を独りにするつもりは毛頭ない。
「わたくしたち二人が歩んできた軌跡を元にした物語を綴り、一冊の絵本にしてみたいわ」
「そして俺たち二人の軌跡を……名案だ」
 暫し、工房の歴史と想いの足跡に触れていたヘルガがそぅっと唇を開いたかと思うと。
 寄り添うようにして彼女を見守っていたヴォルフガングの方へと振り返り、柔らかな笑みと一緒に提案を一つ、ヴォルフガングへと持ち掛けて。
 二人が今まで歩んできた、日々と年月の軌跡。忘れない、忘れられないそれらを一つも取り零すことなくぎゅっと寄せ集めて――一つの絵本に。
 それは、何とも甘美な誘いに聞こえたから。ヘルガの誘いに、ヴォルフガングも優しい笑みを湛えてこくりと頷いてみせた。
 嘗て、ヘルガから全てを奪ったあの悪しき存在。全ての元凶であった、過去の悪夢は討たれた。
 しかし、二人の物語は、これで終わりではない。寧ろ、ここから始まるのだ。
 この物語を、未来へと語り継いでいく為に。
「将来、二人の子供が出来た時にも、読んで聞かせられるように」
 ヘルガの言葉に、ヴォルフガングは夢想する。
 微睡みを覚えるような、のんびりとした午後。心地良い日差しの下、二人で自らの子供達に絵本を読み聞かせる――近いうちに実現するかもしれない未来のことを。
 最高のハッピーエンドの続きとして紡がれる、終わりのない物語のことを。
 それは世界で一番の幸福の様に感じられた。
 ヴォルフガングは時折、これほどの幸せが在って良いのかと一抹の不安を抱くこともあるが、その不安は傍らに添うヘルガが包み込んでくれる。
 それに何より。最高の幸福を護る為、その為にヴォルフガングは戦い続けるのだから。
 二人共に在れば、恐いものなど何も無い。
「それならば、うんと力を入れなければならないな」
 将来、子供達に読み聞かせることになるだろう絵本を作るのだ。
 自然とやる気が湧き出てくるし、親となる者として、子供達には中途半端なものは見せられない、という思いもある。
 ニコリと微笑みを交わし合った後、どちらからともなく差し伸べたその手を絡めて。ヴォルフガングとヘルガは、作業台へ。


 表紙に添えるは、天使の翼を思わせる、純白の布だ。
 ヘルガは一抹の穢れも抱かぬ真白いそれに、金糸・銀糸で刺繍を施していく。
 一針一針、丁寧に。真白いキャンバスの上に生み出されていくのは、植物や花々、天使、白鳥や蝶と言った――まるで楽園を再現するかのような、美しい紋様の数々で。
 時折、糸にビーズやスパンコール、パールを絡ませて。一等美しく。しかし、何かに寄り添うような暖かさも籠めて。
「『昔々あるところに、白き翼を持つ娘がおりました』」
 物語となる本文紙には、手描きの文字と淡い水彩画のイラストを添えて。
 ヴォルフガングとヘルガは二人、お互いに作業を分担しながら二人の物語を、絵に、文字に。形に起こしていく。
 最初のページには、白い翼を持つ天使の娘を。
 一面の闇が覆い尽くし、全てを呑み込み、隠しきってしまう世界で。唯一の光を背負い、世界を照らす娘の姿を。
 この世の不幸を憂う様に瞳を伏せた娘が眺める眼下には、絶望に支配された街影の姿が在った。
 水に、闇色の絵の具を抱かせて。流れるように、そっと紙へと夜を流していく。
 ヴォルフガングが彩色した淡い闇色の背景に浮かぶのは、ヘルガが添えた手描きの文字。柔らかな真白い文字列が紙面の上で瞬いて、街を眺める娘のことをそっと見守っていた。
「『聖なる調べを紡ぐ歌姫。人々は奇跡を求め、歌姫に縋ります』」
 生きると言うよりは、頂点に君臨する絶対的強者の手によって生かされている世界で。
 絶望の如き強者の「気紛れ」によって、人々の命が木の葉よりも軽く無価値に扱われる世界で。
 闇色に沈んだ世界に現れた一抹の光の存在は、人々の目に「大きな希望」として映ったことだろう。
 「どうか、救い」を、と。歌姫となった純白の翼背負いし娘に、人々は手を伸ばす。
 歌姫の導きによって、暖かな奇跡と生きる活力を取り戻した人々は、瞳にそれぞれの色彩を宿し、礼を告げて帰っていくが――しかし、ヴォルフガングが色を乗せた歌姫の瞳は、灰色のまま。何も映さない灰色に染まったままだ。
 不幸な人々を救っているのに、歌姫自身は救われない。
 彼女の心を体現するかのように、その背の翼にはそっと灰の影を添えて。
 娘に寄り添うようにして。蒼いミスミソウの押し花の一輪だけ。
 決して届かぬ青空への憧憬を象徴するかのように添えられた蒼きミスミソウの花は、灰色に呑まれる絵の中で、一際目を惹くものだった。
「『だけど歌姫の瞳は愁いに沈んでいました。
 どれほど病を癒しても。どれほど奇跡を起こしても。世界から不幸が消えることはない』」
 病から立ち直り、或いは、奇跡に勇気を貰って。また一つ、色彩と活力を取り戻していく人々の姿。
 サクラ、ビオラ、カスミソウにタンポポ。立ち直り、再び自らの人生を歩んでいく理由を思い出した人々の希望を表す様に、周囲には様々な押し花の花弁を散らして。
 しかし、その一方で。歌姫の灰と影は、その色を増すばかり。灰を通り越して黒に近づいた瞳の色彩と、翼にのる影の色は、一際濃くその色を変えて。
 歌姫がその歌をもって人々を癒し、奇跡を起こしても。世界から不幸が消えることは無く、今も、世界の何処かで新たな悲劇が生まれていて。
 「人々が皆、幸福に暮らせる世界を」と。娘が願えども、それは遠き理想郷なのだから。
 天上の神々に問いかけるように。じっと空に瞬く夜空を見上げる歌姫の頭上には、無数の星々が光り輝いている。
 二人で創る星空には、ページの中でも一層力を入れた。
 ラピスラズリ、シトリン、サンゴ、マザーオブパール。夜空に鏤めるのは、宝石の如く輝く鉱石や、真珠貝の粉末だ。
 星々は眩しく輝く。宝石の如く静かに、しかし確かにその身に輝きを宿して。地上の娘のことを、静かに見守っている。
「『そして、姫が年頃になった頃。彼女を狙う悪魔が街に火を放ち、全てを焼き尽くしてしまいました』」
 ページを捲れば、そこは静謐な夜から一転。炎を絶望に呑まれる、街の光景が広がっている。
 漆黒に近い黒を背景に、鮮やかな橙や赤が迸る地表。人々も、建物も。その全てが残酷な炎の海に呑まれて一瞬で無へと帰す。
 炎と闇が彩る地獄のような街並みと、この瞬間も、静かに瞬く夜空の存在。燃える街と頭上を静かに彩る星空とのコントラストが、絶望的なまでに美しい。
「『歴史ある建物も、豊かな田園も、大切な家族や人々も。みんなみんな炎に焼かれ、黒く燃え落ちて』」
 絶望に呑まれた娘に、更なる絶望が襲い掛かる。
 それは、娘を狙う悪魔。全てを失い、悲しみに打ちひしがれる娘の目の前に現れて――。
「『漆黒の絶望の中、悪魔の手から逃げ惑う姫を一匹の狼が救います』」
 一面の漆黒に塗りつぶされた頁の中で。遂に終わりかと思った歌姫の目の前で。唯一光り輝くのは、歌姫の前に立ちはだかった狼の背中だ。
 流星の如く現れた狼は、一等星の様に眩く輝いて、道を示し。悪魔の手から、間一髪のところで娘を救い出す。
「『昼は人間、夜は狼となる呪いをかけられた人狼の騎士。同じ孤独を抱えた二人は、共に旅を続けます』」
 昼は歌姫と共に、人間の姿となって世界を歩き。夜は星々と共に、狼の姿となり、娘を静かに見守って。
 徐々に形になってくる二人の軌跡に、ヴォルフガングは静かに笑みを深めた。
「完成が楽しみだ」
 少しずつ形になってゆく様は心が躍る。
 完成がとても待ち遠しいものだった。
(「設定は実際の俺たちとは多少変えてあるようだが」)
 ヘルガが人狼の騎士と天使の歌姫のイラストを描いていく様を、すぐ隣で見守りながら。
 ヴォルフガングは絵本の登場人物に自分達との違いを見つけ、そっと目を細める。
(「何しろ俺の変身能力は昼夜で固定されるものではないから」)
 登場人物である人狼の騎士と異なり、ヴォルフガングの変身能力は昼夜で固定されることは無い。
 時には、忠実なる人狼の聖騎士として。時には、猛る狼として。ヴォルフガングは自らの意志で、その姿形を変化させることが出来る。
 だが、物語としての面白さも大事だ。二人の軌跡に、少しのifを交えて。物語は進んでいく。
「『山を越え、谷を越え、時に怪物に襲われて。それでも狼騎士は勇敢に立ち向かい、姫の歌声は彼を癒します』」
 旅を進める二人には、様々な出逢いが訪れ、時に困難が降りかかる。
 深い緑色に染まる山を越え、ポッカリと底の見えぬ程に大口を開けた谷を越え。向かいくる怪物を力を合わせて倒し、旅の途中で出逢った人々に見送られて。
「俺たちが歩んできた道は、決して楽しいことばかりではない。むしろ辛く悲しいことや、激しい戦いの方が多い気がする」
「でも、旅の途中に出逢えた素敵な人々との出逢いにも確かに恵まれていたわ」
 顔を見合わせあって、静かに語り合う。
 そう。これまでのヴォルフガングとヘルガが歩んできた道のりは、決して楽しいことものでは無かった。
 出来上がった絵本のページを見返してみれば――困難や戦いに巻き込まれる二人の姿も、決して少なくはない。
 それでもなお。多くの苦難が二人の身に降りかかってもなお。決して二人は、その歩みを止めなかった。
 繋いだ手は、決して離さずに。困難を乗り終えるごとになお、二人の絆は深まる一方で。
 二人にとっての、お互いの存在であったり。
 闇色に沈んだ世界であっても、その全てが闇になることはなくて。絶望の中にあっても――確かに、味方となり光となる存在があるのだと。
 それを、知ってもらいたかったから。
「それでも希望を諦めずに読み続けることが出来るように。心が沈んだ時には、この本のページを開いて勇気をもらえるように」
「ええ。楽しいことだけじゃない人生を、照らしてくれる本になるように」
 そんな想いを籠めて。二人の軌跡を、絵に、文字に。落とし込んでいく。
 子供と一緒に成長する絵本となれるように。子供達の人生において、決して裏切らない友達になれるように。
「さて、結末はどうするかな……。悪魔(のモデルになった吸血鬼)を倒したところまでは決まっているのだが」
「わたくしたちの物語は、これからも続いていくんだもの。ずっと」
「そうだな。何しろ俺たち自身の旅は、まだ続いてゆくのだから……」
「では、こうしましょうか。『姫から全てを奪った悪魔を倒し、世界の果てにあるという「希望の星」を目指して……』」
「『二人の旅は、まだまだ続いていくのです』か」
 悪魔を倒しても、二人の歩みはまだまだ終わらない。寧ろ、ここからが本当の始まりなのだから。
 旅を続ける二人が目指す先はただ一つ――ページの中で大きく輝く、「希望の星」だ。
 眩しく。しかし、全てを包み込むような優しい色彩を抱いて。静かに人々を見守るように照っている、希望の星を目指して。
 光とこれまでに出逢った人々や、助けた人々に見送られながら。二人は旅を続けていく。
 結末を綴り終えて。
 そうして出来上がったのは――金糸と銀糸による刺繍が施され、優しい色彩の水彩画の挿絵が添えられた、二人の軌跡を綴った絵本だった。
 しかし、ヘルガのヴォルフガングの歩みは止まらない。
 世界中から不幸と悲劇を無くすまで。二人の旅は続いていくのだから。
 長年の悪夢から解き放たれた二人の旅は、真の意味でまだまだ始まったばかりなのだから。その胸に、未来永劫変わることのない、愛と希望と勇気を抱いて。
 二人で作り上げた絵本に視線を落とし、そっと微笑み合えば。表紙の金糸が、キラリと静かな輝きを返してみせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『書架に残り香』

POW   :    手当たり次第に探す

SPD   :    分類、記録を重視して調査

WIZ   :    勘で見当を付けて調査

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●言葉に宿るもの
「パトロヲルの結果、影朧は見当たりませんでしたが……。代わりに、最後のページに怪しげな――呪文? 図形? が書かれた本を幾つか回収しました」
 見回りを終えた學徒兵達達が、製本書店「彗星屋」に戻ってきた。
 街を隅々まで見回りしたが――影朧の姿は見つからず。學徒兵達が皆一様に口にする調査結果は、全くの白。
 しかし、何か情報が得られないかと、説明不可能な怪奇現象の被害に遭った書店や家々を順番に尋ねてみたところ、その全てに共通して、最後のページに怪しげな紋様が刻まれた本が見つかったという。
 と、それと時を同じくして。
「何かあるかもって、日記帳を、解読……していたのですが……っ!」
 勢い良く開けた扉が壁に当たり、跳ね返ってしまうくらいに。ドタドタと盛大な足音を立てて、「彗星屋」の店内に入ってきたのは――現在の店主である、十三代目店主であった。
 息せき切って駆けてきた彼女の手には、何やら、すっかり色褪せてボロボロになった本がある。
 どうやら、初代店主が生命の終わりを迎えるその日まで綴っていた、日記帳の最後のものらしい。
『……――闇の海に浮かぶ星の光を集めることも、終ぞ叶わなかった! 先日呼び出した悪魔は、簡単な事象すら起こせぬ程程不出来な輩であった!
 嗚呼。本の内容を具現化できるというあの呪い(まじない)が本物であれば、世界中の星空を一度に臨めたかもしれないのに。
 私が聞いた手法は、間違いであったのか。それとも、私の考え自体が間違いであったのか?
 言葉には、文字には、声には、魂や命、感情、心が宿る。私はそれを信じている。
 千宙。私があの日、君が書いた物語の中に広がる星空の美しさに、すっかり魅了されてしまったように。
 呪いを施した『試作』達。それらを長年見守ってきていたが……。毎日どれほど想いを籠めて文字を読み上げても、今まで、ただの一つも反応することは無かった。

 最後の策も尽きた。他の方法はもう、思いつかない。
 もう一度だけで良い。もう一度だけで良かった。君が記した星空を、』
 初代店主が書き残した日記帳の最後は、その言葉で終わっている。
 それから先は、長い年月を経て色褪せ、黄ばんだ白紙のページが延々と連なるばかりで、再び初代店主の神経質な文字列が姿を見せることは無い。
「で、その『呪いを施した試作』と言うのが、」
 チラ、と。十三代目店主の視線が、學徒兵達が回収してきた怪しげな紋様の刻まれた本に注がれる。
 悪魔召喚の術や、世界中の呪いを集めていたという初代店主。恐らく、彼が集め、試していた呪いのうちの一つが「当たり」であったらしい。
 百年以上という長い時を経て、紙やインクがすっかり腐食した影響か。どうやら、呪いに綻びが生じ――その結果、今回の怪奇現象が引き起こされたらしかった。
「日記帳によると、初代店主は『本に書いてある、文字の内容を具現化させる呪い』とやらを、自身が製本した本や、日記帳。売り物にならない落丁本に、気の向くままに試していたみたいでして……」
 『試作』が成功したのを確認してから、本命である星座や星図の具現化に取り掛かるつもりであったのだろう。
 基本は、書店にある初代店主自らが製本した趣味の品や、売り物にならない乱丁本、落丁本を『試作』としていた様だが。
 その一部が何かの拍子で流通してしまい、怪奇現象が古書店街全域にバラまかれる事の運びとなった様だ。
 裏を返せば。
「……あの書架こそが、全ての元凶ってこと、ですよね……」
 ――十三代目店主の視線の先には、「彗星屋」が擁する大きな書架の姿があった。
 さすがに、客が立ち入るスペースはきっちりと整えられているが……。
 今まで売れ残った品や、売り物にならなくなった品の大半は、店の奥にある無駄に広い書架に押し込められている。
「でも、在庫として売れ残った白紙の手帳にも呪いがあるっスよ? これはどうすれば、」
「何か書き込んで、それを読み上げる……とか?」
「じゃあ、『ウサギ可愛い』っと……」
 手が届く範囲で調べてみると、ページの最後に特徴的な紋様が刻まれた手帳が見つかった。
 學徒兵の一人がすっかりカサカサになった、売れ残りの手帳に文字列を書き、それを読み上げれば――途端、澄んだ水色の光が周囲に満ち溢れたかと思うと、数匹のウサギが手帳から飛び出した!
 星光のような水色の光を纏う数匹のウサギは、害を齎すこともなく……ただ、気ままに店内を跳ね回っている。この呪いは本当に、『本に書いてある文字の内容を具現化させる』だけにあるのだろう……暴走さえ、しなければ。
「マジかよ!? めっちゃかわい、」
 學徒兵が嬉々として具現化したウサギに迫り、触れようとするが――ウサギに触れるはずだったその手は、ふわりとウサギの身体をすり抜けてしまたった。どうやら、具現化した本の内容には触れられないらしい。
 具現化しても所詮、それは空想の産物であるからか。
「でも、あんまり時間は残っていないでしょうね。いつ呪いが暴走しても、おかしくないでしょう」
「呪いが施された本の中には、古書店街に流通している品もあるでしょうし……。あ、そちらの回収は私達にお任せを」
 學徒兵達が気を引き締めて見つめる先には、大きな書架が。
 古書店街で多発している怪奇現象から推測するに、恐らく、呪いのタイムリミットは目前に迫っている。
 経年劣化によって綻び、限界を迎えた呪いが暴走し、好き勝手に文字の内容を具現化させてしまう前に――正規の手順で、呪いを解き放たなければならない。

 「彗星屋」が所持する、大きな書架。
 そこには、乱丁や落丁で売り物にならない本や、売れ残った日記帳や手帳の数々が、雑多に押し込められている。一応、最低限の分類はされている様だが……。

「――てか、日記には『宿る』って書いてあるっスけど。言葉に『宿る』んじゃなくて、言葉に何かを『宿す』のが正しいんじゃないんスかね?」
「ですが、言葉に何かが『宿る』こともあるでしょう?」
 言葉に何かを宿すも、言葉に宿る何かを感じ、それを解き放つも。それは、猟兵達の選択次第。
 文字は、本の内容は。込められた想いと声に反応して、自由自在にその姿を変え。鮮明に、或いは弱弱しく。込められた想いのまま、具現化するに違いない。
 そして、「もう一度だけ」という日記の通りならば――奇跡が起きるのは、「一度だけ」だ。
 その「一度だけ」が過ぎれば、呪いの施された本は、「ただの本」に戻る。
 先程、學徒兵が具現化させたウサギの様子を見るに――時間の経過と共に「具現化した文字の内容」は徐々にその色彩が薄れ、夜が訪れれば、その奇跡は跡形もなく、ふわりと消え去ってしまうことだろう。
 言葉に、文字に、声に、想いを籠めて。そうして引き起こす一度だけの奇跡に、君は何を託す?
 感情、魂、心、理想、夢。文字の並びに、君は何を宿す?

 ===

 2章、書架の調査です。
 書庫を調査し、呪いの施された本を発見し、呪いを正規の手順(本に記された文字を、声に出して読み上げること)で解き放ってください。
 呪いの施された本の種類や「具現化させる本の内容」については、お好みで(プレイング内に記載お願いします)。
 呪いが施された本は、星の神話や星座、世界各地の星空について記された本が多いようですが……。星や天体とは全く無関係な本や、売れ残った白紙の手帳類に施されていることもあります。
 白紙の手帳類を発見した場合、具現化させたい内容を文字として手帳類に記し、それを声にして読み上げることによって、お好みの内容を具現化させることもできます。
 「具現化した本の内容」が、纏う光は様々です。「具現化した本の内容」の姿も、やたら存在感があったり、逆に弱弱しかったりと、その姿形は籠められた想いや声に依存します。
 「世界中の星空を一度に」等、現実では不可能な光景を齎すも。
 「オリオンと彼を追いかけるサソリ」等、神話や物語の内容を具現化させるも。
 「ウサギ可愛い」等、白紙の手帳類に記して自らの欲望に忠実になるも、ご自由に――ただし、良識はお守りください。
 それでは、空想と現実が曖昧になる不確かで不思議な時間を、お楽しみくださいませ。

 ===
ミア・アーベライン

星と魔術は相性がよいと思うんですのよ
こちらの店主様は星がお好きだったから呪いも引き寄せたのでしょうか

何はともあれ、本を探しませんと
強い魔力を感じる本は…これでしょうか
藍色の表紙、銀の箔押し、ああ、星空の本ですわね
中を開けば、詩がひとひら
『故郷の星は 今も変わらず輝いているだろうか』

わたくしの故郷は遠い異国の地
街灯などもほとんどなく、夜になれば月と星だけの世界
ああ、満天の星空が書庫に見えますわ
…懐かしい光
呪いだとしても心が救われるようです

星が消えてしまえば、この本の呪いも解けたということですわよね
こちらの本、いただけないかしら
あとで今の店主様にご相談してみましょうか




 魔術、呪術、占星術、未来予知や神々からの神託。
 遥か昔の時代より、人々は夜空に浮かぶ星々に不思議な力を感じてきていた。
 その力を利用し、或いは天体の動きを読み取ることによって。自らの生活の役立ててきている歴史があるのだ。
 だからこそ。
「星と魔術は相性がよいと思うんですのよ」
 何千年という歴史の上に積み重ねられてきた、人々と星の関わりがそれを物語っている。
 星と魔術は、一等相性が良い。それこそ、今の時代にも占星術といった存在が根強く息づいているくらいには。
「こちらの店主様は星がお好きだったから呪いも引き寄せたのでしょうか」
 宇宙の闇を集めてそのまま布にしたかのような、落ち着いた黒宿るゴシック調の衣装の裾を翻しながら。
 ミア・アーベラインは、書架に並べられた本の背表紙に触れていた。
 袖先から覗く華奢な指先が本の表紙ごとに異なる触り心地を拾い上げていく、その感触を楽しみながら。想いを馳せるのは、初代店主のこと。
 古今東西に伝わる呪いは、それこそ星の数ほど多くあるが。その殆どが、眉唾物だ。
 その中から初代店主が「当たり」を引き当てられたのは――ひょっとしたら、彼の星好きが呪いを呼び寄せたから、なのかもしれない。
「何はともあれ、本を探しませんと」
 歴史ある古書特有の、豪奢で煌びやかな装丁は魅力的だが、今は目的がある。
 背表紙を撫ぜる感触を楽しむのも程々に、ミアは己の魔力を働かせて強い魔力を宿す本を探っていった。
「強い魔力を感じる本は……これでしょうか」
 何十列にも渡って存在している書架の列。
 その間に張り巡らされた、糸のような魔力の残滓。呪いが施された本一冊一冊から発せられる魔力の存在が、複雑に絡まり合ってひっそりと書架の周囲を漂っている。
 周囲を漂うそれらのうちの一つを辿って目的の品を探せば、ミアは自ずと「正解」に辿り着いた。
 誘われるように、目的の本に手を伸ばす。
 隙間なく詰められた本の群れ。引き出すのは容易ではない様に思えた。
 しかし、予想とは反対に――ミアが背表紙に手を掛けると、スッと軽くその存在を書架の中から引き抜くことが出来て。目的の本は意外なほど簡単に、ミアの手の中に収まった。
 表に返し、表紙を眺める。夜空の様な藍色を抱き、煌めく星々に交じって銀の箔押しで題名が刻まれていた。
「ああ、星空の本ですわね」
 そっとページの端に手を添えて。
 導かれるようにして本を開けば、そこには詩がひとひら。
「『故郷の星は 今も変わらず輝いているだろうか』」
 ミアがそのひとひらだけの詩を紡ぎ終えると――途端、ふっと周囲に夜が降りてくる。
 それから。ページから次々に浮かび上がって飛び出てくるのは、直視できないくらいに眩い、星々の瞬き。
 赤に、橙、白銀に黄金。その身に様々な光を宿す、数えきれないくらいの星明かりの奔流は、飛び交い、絡み合い――何処かで見た覚えがあるような形を取って、書庫の天井へと昇って行き。
 ミアの頭上に、一つの星空を創り出していった。
「ああ、満天の星空が書庫に見えますわ」
 頭上に生まれた一つの星空の存在。それは、ミアにとって酷く懐かしい、遠い異国の地にある故郷で見た星空の姿で。
 故郷で見た星空の光景は、今でも鮮明に憶えている。ミアの記憶の中から、そのままそっくり飛び出してきたかのような光景で。
 あの日から何一つ変わらないまま、頭上でミアのことを優しく見守ってくれている。
「街灯などもほとんどなく、夜になれば月と星だけの世界……懐かしい光」
 星明かりを妨げる街灯といった人工的な強い光が無いからこそ、星々は夜空の端へと追いやられることもなく、各々の持つ本来の輝きを放つことが出来たのだ。
「呪いだとしても心が救われるようです」
 ミアの心に、先程の詩の存在が浮かび上がる。
 故郷を離れてそれなりに時間が経つが、あの時見た星空は、今でも変わることなく夜空を照らしているのだろうか。
 どうか、そうであって欲しいと強く願う。
 星と月の楽園は、人の手が入らぬままに。あの頃から変わらぬまま、今でも故郷の夜を彩っていて欲しいと、切に。
「星が消えてしまえば、この本の呪いも解けたということですわよね」
 ゆったりと時間の経過とともにその姿を少しずつ、少しずつ変えていく故郷の星々。
 天上で眩く光を放っている星々が去れば、この本は普通の本に戻る。
「こちらの本、いただけないかしら。あとで今の店主様にご相談してみましょうか」
 そっと口元に微笑を湛えて。ミアは大切に手元に抱いた本に視線を落とす。
 あの詩を口にする度、何度でも故郷の星空に出逢える気がしたから。例え――遠く離れていても。

成功 🔵​🔵​🔴​

ガルレア・アーカーシャ
【虚無の埋め方】
手分けをして
見つけたものは呪いがかりのピアノスコア
譜面を目で追いながら、それが名曲である事を理解する
ピアノは邸だが、手にしている杖『障翳・黒夜』であれば、記されている通りの音は、読み上げるよりもその再現に近しいであろうと思い
しかし、己のそれが何かを『宿す』と言われるのであれば。それはただ一つであろう
(音を奏でれば、浮かび上がるのは弟の歌声。しかしそれは薄く、儚く、直ぐ消えて)

俯き、呟く
「万一これを手放したら…心は…この渇望は、一体何で埋めよと云うのか…」
あまりにも恐ろしかった
だが、それを親友で埋める真似だけは、絶対にあってはならない気がしたのだ

…親友には、幸せになって欲しかった


ラルス・エア
【虚無の埋め方】
効率優先し、親友とは離れ呪いの本を探し
探しながらも先からの考えは止まらない―
鍵付きの日記に既に在りそうな内容や、親友の弟について

思えば、どれもが曖昧だった
―思う。親友を取り巻く状況を、己は知っているようで
実は『何も知らないのではないか』と。
そこまで思った際に手にしたものは、白紙に刻まれた呪いの本の一冊
何かを書けと言われたら。そもそも自分には、何が書ける?

己の生き様は、幼い時分より親友を中心に回っていた
友の為ならば、何でも出来ると思っていた――だが、
…白紙の本に認めた文字は『親友の心』
浮かび上がるものは揺らぎ、即消える

何よりも知るべきものを知らなかった
己を…自分は今何よりも悔いた




 薄っすらと積もった埃。書架と書架が重なり合い、生み出される薄灰色の陰。
 静と無音に満たされたこの空間の中で。ただ一つだけ、動く存在があった。一際濃く、黒く、大きな影が。
 まるで闇夜から抜け出してきたかのような、人型の影の持ち主は――ガルレア・アーカーシャだ。
(「これは……ピアノスコア、か。目的の品である、呪いがかりの」)
 ふと目に留まったのは、分厚い専門誌の間に隠れるようにして挟まれていた、薄い冊子。どうやら、年代物のピアノスコアのようだ。
 年代物特有の紙が立てる、カサカサという不快な摩擦音に眉をひそめながら、手にしたピアノスコアのページを開く。
 擦れて読めなくなった曲名に、幾つもの音楽記号。遥か昔から使い古されて久しいくらいの、古典的な形式を持つ楽曲だった。
 音の連なりと曲の構成から、この世界の流行に詳しくは無くとも、今しがた手にしたこれが「名曲」と呼ばれる類ものであることは理解できる。
(「ピアノは邸だが、『障翳・黒夜』であれば、記されている通りの音は、読み上げるよりもその再現に近しいであろう」)
 『障翳・黒夜』を用いれば、この譜面の楽曲を再現することなど、そう難しいことでは無い。
 だが、ガルレアにとっては、それは何処までいっても未完成の楽曲に過ぎない。曲を構成するのに欠かすことのできない――未だって致命的に欠けている――存在が居るのだから。
(「しかし、己のそれが何かを『宿す』と言われるのであれば――それは、ただ一つだろうな」)
 ――ガルレアの奏でる楽曲は、ガルレアが思う完璧な演奏は。弟の歌声があってこそ、初めて「完成」したと呼べるのだ。
 譜面に視線を落とす。
 意識せずとも、思考は動く。
 譜面の音符の並びに幾つかの音を足す。ペダルを踏み込む瞬間を少しだけ遅らせる。
 どのようなアレンジを重ねたのなら、より弟の歌声の魅力を引き出せるか。
 ただ、その一点に対して。ガルレアの思考は恐ろしいほど早く、「弟の為の楽曲」を導き出していく。
 だからこそ、音を奏でる前から解った。己のそれが「宿す」のは、他ならぬ弟の歌声なのだと。
「……やはり、な」
 杖を翳す。何処か寂しげで排他的でゆったりとした旋律が、室内に反響して消えていく。
 弟なら、この夜抱く寂寞の旋律の中にひっそりと隠された静かな美しさすらも、一瞬で見つけ出し、歌声に乗せて掬い上げてしまうことだろう。
 「兄様」と。そう、聲が聴こえた気がした。
 嘗てを経て、今へと辿り着くように。記憶の根底に今も強く根付く、何処か舌足らずなボーイソプラノから始まった歌声は、いつの間にかすっかり大人になった弟のそれに代わり。
 寄せては返す、漣のように。
 小さなピアノの音色に寄り添うだけの、細やかな歌声。ただ、兄である己の為だけに捧げられていた、純粋なる歌声。
 それから。今もガルレアの魂を捕えて止まない、最も愛しき存在。
 耳を澄ませば聞こえぬ程に小さなそれは、細やかで、薄く、儚く、すぐに消えてしまい。
 周囲には再び、静寂が舞い戻るばかり。
「万一これを手放したら……心は……この渇望は、一体何で埋めよと云うのか……」
 俯き、呟く。
 力無く握り締めた手元から、ピアノスコアが零れ落ちる。カサリと僅かばかりの音を立てて落ちたそれは、緩やかに埃の積もる床を滑っていく。
 酷く目眩がした。
 全てが自分の手中にあるように思えて、その実全てが自分の外にあったことを、まざまざと突き付けられたかのようだった。
 悪魔召喚術に手を伸ばしたのだって、猟兵になった理由だってそうだ。この身を構成するのは、殆ど全て弟のことばかりで、万一それが喪われる様なことがあれば――……。
 がらんどうのこの身が残るばかりなのではないか?
(「……ラスには、幸せになって欲しかった」)
 ラスは、ラスだ。
 弟の代わりにはならない。なるはずも無ければ、なってはいけない!
 この心に開いた空虚な穴を、満ちることを知らない渇望を。魂にまで刻まれた妄執を。弟の不在を、親友で埋めてはならない。
 それで、一時ばかりの安息を得るなど。
 そんなこと、あってはいけない。そう、例え他にどんな間違いを犯そうとも――それだけは、絶対に。
 ラスには散々世話になった。
 ただでさえ短き人狼の命に、恐らくロクな死に方をしない自分。その最期にまで親友を付き合わせる訳にはいかない。
 ラスには、幸せになって欲しかったのだから。
 だが、その「幸せ」は――ガルレアが決めることでは無い。
 ラス自身が決めることだ。ガルレア自身の価値観を押し付けたところで、恐らく、ラスは幸せにならない。
 だからこそ、解らなかった。あいつがどうしたら、「幸せ」になるのか。


 手分けして探した方が効率は良いから、親友と別れて調査に臨んだ。
 言ってしまえばそれだけのことだったが、ラルス・エアはそれだけではないことに気が付いていた。
 どちらからともなく「効率」を言い訳に二手に分かれたのは、各々思うことがあったからだろう。
(「思えば、どれもが曖昧だった」)
 ラルスの脳が思考の海に溺れている間も、身体は考えるまでもなく、また一冊、怪しげな本を手に取っている。
 呪いの本を探しながらも、先程からの考えは止まる気配をみせなかった。
 こうしている間にも自動的・反射的に動いてしまう身体に甘えながら、自らの思考を手繰り寄せる。
 鍵付きの日記帳。ガルレアはそこに、いったい何を認めるのか。やはり、弟の事か?
 今も忘れられぬ幼少期の出来事や、鮮明に憶えている記憶。それとも、ピアノスコアに関することだろうか。
 己の様に日常の些細な事象を認める性格にはみられないから、恐らく、日記帳に認められるそのどれもがレアにとってとびきり大切で、忘れ難い物事であるに違いない。
(「俺は……レアを取り巻く状況を、知っているようで、実は『何も知らないのではないか』?」)
 ――己は、「ガルレア・アーカーシャ」という人物のことを、果たしてどれほど識っているのか。
 冷静沈着だが傲慢。だが、それを隠すだけの器量の良さは持ち合わせている。
 時折、気紛れのままに「興味」や「酔狂」を働かせることもあった。己がそれに振り回されたことも、一度や二度の話ではない。
 それから。あの「化生」――弟に執着して止まない。
 だが、何故それほどまでに弟を追い求める? レアは俺に、何を求めている?
 好みや嗜好については、詳しく把握しているが。それ以外のことは? あいつの行動の根源となっている考えや、信条、何を感じ、どう考えているのか。
 何故、あいつは幼少の頃の人らしさを失った? 「歌声と存在に惚れ込んだ」だけで、あそこまで弟を追い求めるものだろうか?
 考えれば考える程、「ガルレア」という人物の詳細に靄が掛かり、人となりが掴めなくなってしまいそうだ。
 あいつは偽るのが上手い。純粋たる真実など、何処にも存在しないのかもしれない。
 もし、あいつが自身の本心すらも偽ってしまっているのなら。あいつ自身が、それに気づいていないのなら。
 いったい、あいつの本心は何処に存在しているのか? 何処にも存在していないのではないか?
(「何かを書けと言われたら。そもそも自分には、何が書ける?」)
 ――気が付けば、ラルスの右手には白紙の手帳が握られていた。
 奇妙な紋様をジッと見つめながら、ラルスは無意識のうちに「そのこと」を書き綴っていた。
(「己の生き様は、幼い時分より親友を中心に回っていた。友の為ならば、何でも出来ると思っていた――だが、」)
 今なら解る。
 あいつの為だからこそ、出来ぬこともあるのだと。
『最期はお前の手で殺されることも、きっと悪くはない』
 脳裏に思い浮かぶのは、いつかの微笑。少なくともラルスにとっては残酷な告白となる本音をレアが告げた時の、心底穏やかな表情で。
 記憶の中のレアは、ただ、穏やかに微笑っていた。
 思えば、あいつが「終わり」に対して何らかの考えや物事を口にするときは、決まってあのような表情をしていた気がする。ある種の癖の様なものだろうか。
 同時に、思う。
 レアに本気でそんなことを言われた日には、恥も外聞もかなぐり捨てて縋り付くだろう、ことも――「頼むから、生きてくれ」と。
「『親友の心』、か」
 白紙の手帳の最後のページ。黄ばんだページに、ただそれだけを。
 躊躇いがちに吐き出された擦れた声が、文字の列をなぞる。声として生み出されたそれは、周囲の空間を微かに震わせただけで、静かに消えていく。
 蛍の様にひっそりと浮かび上がった仄かな光の球達は、何らかの形を宿そうとし、しかし――何らかの形になりきる前に、光の靄となり霧散してしまった。
 己が言葉に託したそれは、己が言葉に宿したこの想いは。
 相手に届くことすらなく、消えてくのか。それとも、何らかの形を持つ存在へと変化している途中なのか。
 己と親友が辿る道程。その先に待ち侘びている存在が、いったい何なのかすらも。
 今のラルスには、それすらも判断がつかない。
 光の靄となって消えていったそれは、己とレアの曖昧な関係を示しているかのようで。
(「何よりも知るべきものを知らなかった。己を……俺は今何よりも悔いた」)
 どうにも、胸騒ぎがして落ち着かなかった。
 どうしたら、あいつを生かす理由になれる?
 どうしたら、俺はあいつの本心に触れられる?
 解らないことは多いが。一つだけ、確かなことがある。
 このまま。知るべきものを知らぬまま。曖昧なままでは、終わらせたくなかった。絶対に。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

夜鳥・藍
探すのなら楽しく探したいもの。だから私は乙女座関連の書籍を中心に探しましょう。
学術的なものも面白いですがやはり神話が好きです。
どの地域のものでも、過去の人々が星に何を求め考えていたのか。そしてそれを神話という形で残したのだと思いますから。
乙女座の、特にアストライアの神話は。最後まで正義を訴えた彼女は本当に人々を信じていたのでしょうね。その姿を一目見る事が出来たなら。
正義。それは幅広く意味を持ち、時に難しい物ではありますが、きちんと私も持ち続けられたらと思います。
タロットの運命の輪の次、正義のカード。
魂が次へと廻った先。
今の私。
何を成すべきか成したらいいのか、それを知りたい。




(「探すのなら楽しく探したいもの。だから私は乙女座関連の書籍を中心に探しましょう」)
 手当たり次第の総当たりで探すのも調査の手段の一つかもしれないが、折角調べるのならば、楽しく書架の調査に挑みたいもの。
 丁度、初代店主の好奇心の対象であった、星座や星の神話に関する書籍に「呪い」が掛かっている本が多いこともあり――これも何かの縁だと、夜鳥・藍は天体関連の書籍ばかりが集められた書架を一列一列見て回っていた。
 宙色の双眸が星の本を映し出す。藍の瞳に息づく宇宙が本の中の宇宙の絵や文字をなぞり、その一つ一つに触れては離れていく。目的である呪いの本は見つからないが、星の書籍を軽く目で追うだけでも、やはり楽しいものであった。
「学術的なものも面白いですがやはり神話が好きです」
 一列探し終わったのなら、次の一列へ。
 光が藍の髪を照らし出す度に、絹糸のような髪は反射させる光を絶妙に変化させ――虹色の光を宿す銀河の髪が動きと共にサラリと流れれば、その姿は本から抜け出した宇宙の精霊の様にも見えた。
 ビックバンや惑星の構成等について述べられた学術的な書籍や論文も無論、好奇心が擽られて面白いが。藍はそれよりも、神話に興味を惹かれた。
「どの地域のものでも、過去の人々が星に何を求め考えていたのか。そしてそれを神話という形で残したのだと思いますから」
 紀元前という何千年も前からその姿を知られているかんむり座。日本でも、「首飾り星」等と言った名称でも親しまれている。
 世界的にも有名な天の川は、地域によってそれに纏わる物語も異なっていて。
 神話には、当時の人々の考えや感情が、物語として眠っているのだから。
 地域によって異なる呼び方や異なる物語があるのも、その当時、その地域に住んでいた人々の考えが元になって作られた影響だろうから。
 直接言葉を交わすことが出来ずとも、「神話」を通して過去の人々と触れ合える気がして。過去の人々の考えに触れる瞬間が、藍は何よりも好きだった。
「乙女座の、特にアストライアの神話は。最後まで正義を訴えた彼女は本当に人々を信じていたのでしょうね。その姿を一目見る事が出来たなら」
 藍の白い手が、書籍に描かれた乙女座の挿絵をなぞる。本の中の女神は、血と争いに染まった人類の土地を去ってもなお、真下に広がる人類の世界を気にかけているようにも見える。
 世界中に伝わる神話の中でも、藍が一等興味を惹かれたのは「アストライア」の物語だ。
 黄金時代、白銀時代と様々な時代を経て。そして、やがては鉄時代へと辿り着く。
 僅かな実りで満足していた人類が徐々に知識と知恵、資源を求めるようになり。最後には、私欲の為に悪行の限りを尽くすようになってしまった。
 様々な神が人を見限り、次々に地上を去る中で。最後まで地上に留まり続けていたアストライアは、いったい人類に何を思い、何を願ったことだろう。
 殺戮の齎される地上を見、何を思ってこの地を離れたのだろう。
「正義。それは幅広く意味を持ち、時に難しい物ではありますが、きちんと私も持ち続けられたらと思います」
 最後まで人間を信じ続けたアストライア。
 彼女は強い。どれほど人間に裏切られてもなお、最後まで慈愛に満ちた瞳で人類を見守っていたのだから。
 この世には種類も主張も異なる沢山の「正義」が存在している。その中で一つを貫き続けることは難しいことではあるが。願うのならば、自分も彼女の様に最後まで己が信じ続ける信念を強く抱いて――そう、藍は思う。
(「タロットの運命の輪の次、正義のカード。魂が次へと廻った先。今の私」)
 「運命の輪」が回った先に存在しているのは、「正義」だ。
 魂が次へと回った先。そこで何を成すべきか。何を成したいのか。「正義」のカードは、静かに藍へと問いかけてきているようで。
「何を成すべきか成したらいいのか、それを知りたい」
 静かに。しかし、強くはっきりと吐き出されたのは、紛れもない藍の意志と決意だった。
 宙色の双眸が迷いなく捉える先にあるのは、乙女座の姿。呟かれた藍の声に応えるかのように――手にしていた星座の神話の書籍から、女神アストライアの姿が浮かび上がる。
 黄金や白銀ともとれる星々の光を纏いて、ゆっくりと藍の周囲を漂うアストライアは――神話通りの、慈愛と公平さを宿した眼差しで、そっと藍のことを見守っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

オリビア・ドースティン
【同行者:ウィリアム・バークリー(f01788)】

その様なことになっていたのですか、では私達でどうにかするか無いですね。

こちらの書架はこの本がそれらしいですが・・・
「星空の料理」とありますがどんな内容なのでしょうか?
「まずは各種下拵えをしてお米を炒めスープで煮る。その後合わせて仕上げた材料を一緒に合わせて蓋をして炊き上げる・・・」
・・・最初に書いてあったのは材料ですし、どうやら星空というよりは夜食向けのレシピ本のようですね。
そして目の前に完成品がでてきましたがどうしましょうか?


ウィリアム・バークリー
オリビア(f28150)と

初代当主さんのお呪い、ある程度は成功してたんだ。足りなかったのは時間だけ。
アルダワならよくある話。
だからって、そのお呪いを放置するわけにもいかない。ぼくらでそのお呪いを解き放ってあげよう。

この書架の本で最後に図形が記されてるのは、これか。
『チェスの名勝負』。棋譜を書いた本だね。読み上げればいいんだったね。
「1. g3 e5 2. Nf3 e4 3. Nd4 d5 4. d3 exd3 5. Qxd3 Nf6 6. Bg2 Bb4+ 7. Bd2 Bxd2+ 8. Nxd2 O-O 9. c4 Na6 10. cxd5 Nb4……」
わ、白黒の大きなチェスの駒が出てきた。




 魔術、呪術、降霊術、死霊術に精霊魔術。
 猟兵として訪れる世界には、決まってと良いほど一時的に世界法則を書き換える、幾つもの超常現象的な術が存在していた。
 しかし。初代店主の様に、悪魔召喚や呪いについて聞き齧っただけの素人が、伝聞のみで得た知識だけを元に術を施した場合……それが上手くいかないこともある訳で。
「初代当主さんのお呪い、ある程度は成功してたんだ。足りなかったのは時間だけ」
 「参考に」と、現店主である十三代目店主から見本として手渡された、呪いが施された本を撫ぜる。
 本を裏に返して裏表紙を捲れば、最後のページに刻まれた奇妙な紋様が目に飛び込んできた。
 魔術を習い始めたばかりの者が描くような。お世辞にも美しいとは言えない、呪いを発動させる為にインクで本に刻まれた奇妙な形の紋様だ。
 線はあっちへこっちへフラフラと少し蛇行したり、文字を記す位置が少しズレたりしてははいるものの。しかし、少し欠けているだけで、呪いを発動させる為に致命的な欠陥がある訳では無い。
 初代店主の呪いが発動しなかったのは、純粋に時間が足りなかっただけなのだろう、と。
 呪いが施された本を一通り調べ終わったウィリアム・バークリーはそう結論を付けた。
「アルダワならよくある話だよ」
「そうなのですね」
「必ずしも、全ての術が即座に発動する訳では無いからね」
 ウィリアムが手にする呪いが施された本を眺めながら。オリビア・ドースティンは興味深そうにウィリアムの解説に相槌を打った。
 魔術や呪術の中には、発動条件が設けられているものもある。
 よくある発動条件の一つのうちである、一定時間の経過。それが設定されるのは、アルダワの世界では当たり前のように有り触れた話だ。
 危険な魔術等を試す際に術の展開直後に魔術が発動してしまったのなら、術者まで巻き込まれてしまう危険性があるのだから。
「だからって、そのお呪いを放置するわけにもいかない。ぼくらでそのお呪いを解き放ってあげよう」
「はい。私達でどうにかするか無いですね」
 紋様を記す際に用いられたインクや、本の紙自体が時間の経過と共に劣化していることもあり、初代店主が施した呪いが暴走してしまうのも時間の問題だろう。
 初代店主が生きている間に呪いが発動しなかったのは残念ではあるが――だからこそ。
 「ぼくらで」「私達で」と。お互いに頷き合ったウィリアムとオリビアは、延々と書架が並ぶ書庫へと足を踏み入れていく。
 初代店主の残した呪いを、代わりに解き放つために。


「こちらの書架は、料理に関連した書籍が並んでいるようですね」
 目に付いた怪しげな本を一冊一冊抜き取り、その最後を確かめながら。
 オリビアとウィリアムは、何十列と連なった書架の一角を調査していた。
 どうやら、今居るところは料理に関連した本ばかりが並べられているようで――中には、オリビアのメイドとしての魂を擽る本も存在しているらしい。
 裏を調べるついでに、軽く中のページを捲って。オリビアが本に記された調理方法やレシピを真剣な表情で読み流す様を、ウィリアムは静かに見守っていた。
「鯛あら汁に、それから松茸を用いたお料理も載っていますね。食材の旬を抑えながらも、豪華な献立です」
 オリビアが開いているページの季節は、丁度秋を指している。
 秋が旬の食材を中心に、朝昼晩と三食バランス良く。更には、豪華に。
 日ごとの献立が載っている為、この本が一冊あれば一日ごとの献立に悩むことも無さそうだ。恐らくは中流階級以上の主婦の味方として重宝されていた本に違いない。
「挽肉のつみれに、八丁味噌汁――こちらは節約本でしょうか。『節約術』に『鍼灸のすゝめ』に……」
「献立以外にも、季節の俳句や食べ合わせも載っているんだね」
「純粋な料理本というよりは、頼れる主婦の味方という感じでしょうか。民間療法集も兼ねていますね」
 旬の食材を贅沢に使用した献立本の隣にあったのは、辞典の様な分厚い書籍だ。
 中を開けば、分かりやすく纏められた図と共に、目次がずらりと何ページにも渡って続いている。
 オリビアが興味深そうに読み進めている背後から、ウィリアムがページを覗き込めば。鍼灸を始めとする東洋医学から、効果や真偽が不確かな迷信じみたものまで。色々な民間療法が記されていた。
「お呪いの図形は見つかりませんが、最後のページに載っている『氷菓』の作り方は、アレンジ次第でティータイムにも活かせそうです」
 図形の代わりにオリビアが発見したのは、卵の卵白と砂糖を使用した氷菓の作り方だった。
 作り方も簡単で、失敗はしないだろう。レシピでは果汁を用いているが、紅茶やフレーバーティーを混ぜて作ってもきっと美味しいに違いない。
 ティータイムの主役である洋菓子に添えても、映えそうだ。
「これから暑くなってくるから、丁度良いレシピだね」
「そうですね」
 氷菓の作り方を、オリビアはサッとメモに書き留めて。
 ウィリアムもまた、今度のティータイムを心待ちにしながら、書架の調査を進めていく。
「この書架は、チェスやカードゲームの本ばかりだ」
 ウィリアムが調査を進めている書架は、チェスやカードゲームといった戦略性や作戦、判断力が求められるゲームの必勝法や、名勝負が多く載せられた本が収められていた。
 図形の描かれた本を探す傍ら、必勝法や駒の動かし方、名勝負や珍勝負とされている試合の解説は読むだけでも得られるものがある。
「あえてナイトを捨てて、か。絶妙なコンビネーションだね」
 チェスとは何か。そう問われたのならば、多くの人が「スポーツ」や「ゲーム」と答えるだろう。
 しかし、一方で「芸術」と称する人々も存在する。
 プレーヤーの考えや作戦が如実に棋風として現れるチェスというゲーム。名プレーヤー達が披露する無駄の無い美しい駒の動かし方や、怒涛に展開される攻めの姿勢は、美しい芸術作品だと言えよう。
 初心者向けの必勝法や、歴史的にも有名なプレーヤー達が披露した有名な対局に交じって。中には、迷勝負ばかりを取り上げている書籍も見られた。
「どうしたら、こう指そうと思ったんだろう? 大悪手じゃないかな」
 最後のページにあったのは奇妙な紋様ではなく、ページの下部までみっちりと書き込まれた棋譜とその解説だ。
 何ページにも渡って延々と続けられている勝負は、「泥沼」としか表現ができない程だった。
 両プレーヤーの「ウッカリ」で済まされるレベルでは無いと思うが……これはこれで、何故悪手を繰り出してしまったのか、考えてみるとまた興味深いもので。
「この書架の本で最後に図形が記されてるのは、これか」
 そうしてウィリアムが書架の一列を調査していたところ、何冊目かに引き抜いた本が「当たり」であった。
 表紙のタイトルに目をやれば、そこには『チェスの名勝負』と刻まれている。タイトル通り、チェスの歴史的名勝負ばかりを取り上げた書籍の様だ。
「棋譜を書いた本だね。読み上げればいいんだったね」
 解説と棋譜の駒の動きを、ウィリアムは順番に読み上げていく。
 ウィリアムが棋譜を読み上げていくと同時に、実体化したのは大きなチェスの駒達で。
「『1. g3 e5 2. Nf3 e4 3. Nd4 d5 4. d3 exd3 5. Qxd3 Nf6 6. Bg2 Bb4+ 7. Bd2 Bxd2+ 8. Nxd2 O-O 9. c4 Na6 10. cxd5 Nb4……』わ、白黒の大きなチェスの駒が出てきた」
 飛び出た大きなチェスの駒は、読み上げられる試合の流れと同じように動き、目の前で迫力満点の試合を披露してくれる。
 ウィリアムが目の前で再現されるチェスの名勝負に驚きながらも、棋譜を読み上げていっている一方で。
 向かいの書架を調べているオリビアもまた、呪いが施されたらしき本を見つけ出していた。
「こちらの書架はこの本がそれらしいですが……」
 オリビアの手にあったのは、表紙に『星空の料理』と記された本で。タイトルの他には、星空を背景に色々な料理が描かれているだけ。
 分厚さもそこそこあり、児童書の様にも、物語集の様にも感じられる。
「『星空の料理』とありますがどんな内容なのでしょうか?」
 ペらり、と。ページを捲ってみれば、そこには心温まる可愛らしいイラストともに、料理の作り方が載せられていた。
 目に付いた一部を軽く読み上げてみる。
「『まずは各種下拵えをしてお米を炒めスープで煮る。その後合わせて仕上げた材料を一緒に合わせて蓋をして炊き上げる……』」
 オリビアの声に反応するようにして、ふわっと空中に出てきたのは、下拵えのされた材料達。それらが去ったかと思うと、フライパンに入ったお米が現れ、独りでに炒められ始めて。
「……最初に書いてあったのは材料ですし、どうやら星空というよりは夜食向けのレシピ本のようですね」
 星空を眺めながら、夜更かしのお供として夜食をというところだろうか。
 他にも、夜食として美味しそうな料理のレシピばかりが最初から最後まで本の中身を彩っていた。
「そして目の前に完成品がでてきましたがどうしましょうか?」
「実際に食べられる訳じゃないから、眺めているしか無さそうだ」
 コトン、と。オリビアの目の前に現れたのは、完成した料理の幻で。
 美味しそうに湯気を放っているが、具現化した本の内容であるため、実際に食べられはしない。
 「どうしましょうか?」と首を傾げていたオリビアに、苦笑を浮かべたウィリアムが答える。
「でも、チェスの試合や料理の工程まで再現されるとは思わなかったね」
「そうですね。図形が描かれている絵本を探せば、物語の展開と一緒に出てくるものも変化するのでしょうか?」
「そうかもしれない。本をお呪いから解き放ちながら、探してみようか」
 想像以上に可能性に溢れているのかもしれない、呪いの施された本。
 次はどのような光景に出逢えるのか。それに少しばかり興味を惹かれながら、オリビアとウィリアムは書架の調査を進めていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

麻生・竜星
風魔昴(f06477)と参加
彼女の事は『スー』と呼んでいる


「あぁ、本当の『呪い』になる前に開放してしまいたいな」
自分と同じように星を愛した初代店主に、スーは共感してるようだ
頭を軽く撫でると本を探し始める
見つけたのはメモ帳のような小さめの白紙の冊子
ゆっくりと文字を書いていく

【オリオンと月女神アルテミスとの恋】

兄であるアポロンの挑発で恋人のオリオンを手に掛けてしまった彼女は
ゼウスに頼んで空にあげてもらう……そういう神話

(俺の見てみたかった光景でもあるんだ)
月の力を使うからみたかった光景
その隣では昴も見とれている様子
「初代店主がどこかで見ていてくれるといいな」
他の具現化された光景も見ながら微笑んだ


風魔・昴
麻生竜星(f07360)と参加
彼の事は『竜』と呼んでいる


「私は呪いっていうより、願いって呼びたいわ」
その本を探しながら少しだけ初代店主の心を思う
見つけたのは白紙の日記帳のようだ
ふっと竜の顔を見て、柔らかく微笑む
私の見たかった場面をその呪いの上に文字を書く

【星に祈りを捧げている男性と、それを優しく微笑みながら愛おしそうに抱きしめようと腕を広げる星女神】

星に憧れ敬愛し側に行きたいと願う男性と、いつかは必ず会えるからと優しく諭す星女神の物語……それが父に聞いた話だ
(きっと初代店主さんもこんな気持ちだったんだよね?)
広がる幻想を優しい気持ちで見つめた




 己の人生の残り全てを賭してしまえる程に、自身を捕えて離さないもの。
 執着、夢、依存、妄執。その存在を何と称するか。答える人によって、その解は異なることだろう。
 己の人生を歪めてしまう程、強い魔力を持ったもの。
 星に憧憬を抱いていた初代店主の様に。何かへの強すぎる執着を抱くこと。それが時に人の人生を破滅へと導いてしまう可能性があると知ってもなお、風魔・昴は、そのことを「こう」呼びたかった――。
「私は呪いっていうより、願いって呼びたいわ」
 「のろい」では無く、「ねがい」と。そう称したかった。
 初代店主が星に捕らわれてから。自身の人生全てを捧げてまで再現させたかった、切望していた「夢」であり、「願い」であったのだと。
 天文学者である父の下に生まれ、また、代々家系として星に基づく力を持ち。そして、自身も星空を愛している昴だからこそ、初代店主の想いや気持ちは痛いほどよく理解できた。
 星空は、美しい。それはもう、人の心なんて簡単に魅了してしまうくらいに。星空の美しさは、言葉では表現しきれないくらいに素晴らしいものなのだから。
「あぁ、本当の『呪い』になる前に開放してしまいたいな」
 昴の言葉に、麻生・竜星もまた相槌を打ちながら同意を示す。
 「まじない」が、本当の「のろい」となってしまう前に。
 「まじない」のまま、解放してやりたいという思いを抱いていたのは、竜星もまた同じなのだから。
 自分と同じ、星空に心を奪われ、星空を愛していた初代店主。
 初代店主に少なくない共感を抱いている昴は、先程から瞳を煌めかせてキョロキョロと星についての書籍ばかりが集められた書架の一角を忙しなく見て回っている。
 初代店主が残した書籍の数々は、昴にとってもまた宝の山の様に見えるのだろう。
 ちょこまかと少し足早に動き回っている昴へと竜星は近づいて。「分かったから、少し落ち着け」と言い聞かせるように、昴の頭に手を置くと柔くその髪を梳く。
 よく手入れされている艶のある昴の髪は、癖になってしまいそうな程に触り心地が良い。
 そうやって竜星は何度か昴の頭を軽く撫でてやってから、書架の調査へと取り組んでいくのだった。
「こっちには、星の歴史を纏めた本ばかりが置かれているわね」
 メソポタミアやエジプトと言った紀元前から始まり。中世の逸話や、伝承を経て。連綿と今に至るまでに続いている。
 まるで、この本を集めた初代店主と共に星の歴史を見ているかのような心地になれた。
 有名な神話も。そうではない、特定の地域にのみ語り継がれている民話も。
 呪いの施された本を探すことが目的であれど、星好きとして載っている内容は堪らないものばかり。
 最後のページを捲ったはずが、ついつい手が先へと進み、最初のページから内容を流し読み、なんてこともしばしば。
 昴の無言が、竜星にとっては、彼女が読書に集中している合図のようなもので。
 本と星の世界に昴が引き込まれている度、竜星は自らの妹分的存在に声をかけるのだった。
「スー、手が止まっているぞ」
「竜、ちょっと待って。今良いとこなの」
「読むのは、調査が終わってからじっくりやったらどうだ?」
「待って。ほんとにもうちょっとだから」
 竜星の声に後ろ髪を引かれながらも、本を書架へと戻す昴。
 しかし、そうは経たずして、彼女の興味を擽る別の本が現れ――結局は、似たようなことの繰り返しになるのだった。
「これからは、夏の大三角の季節よね」
 ふと昴の目に留まったのは、季節ごとに見える星座の絵と解説が記された図鑑で。
 四つの季節のうちの一つ、夏のページを捲っていた昴は、ふと気が付く。
 もう、夏本番は間近に迫っている。有名な夏の大三角が一番輝く季節がやってくるのだ。
「スー、また手が止まっているぞ?」
「竜だって、月の神話を読んでいるじゃない」
 そして、何度目かのお小言が。
 しかし、竜星の手に握られたとある存在を見逃さなかった昴ではない。
 背中にそれを隠すまでの一瞬だったけれど、確かに昴の目は、『月の伝承と神話』と書かれた本を竜星が手にしているのを捉えていたのだから。
「それはなに? 月の神話?」
「ああ、そんなところだ」
 竜星が手にしていたのは、月食や月の満ち欠け、月神……といった、月についての伝承や民話、物語について纏めた本だった。
 思っていたよりも色々なことが書かれており、調査中と分かっていても、つい手が次のページを求めてしまう。
「月を襲って食べる魔物の話や、月食は不吉だから、見ない様にと慌てて宿に駆け込んだ旅人の話が載っていてな。やっぱり月食は不吉だと言う話は、世界各地で共通しているな」
「あんなに珍しい天体ショーなのに」
「昔は月食が起きる理由も解明されていなかったから、当時の人々にとっては不気味で不吉なものに映ったんだろう」
「確かに。月が少しずつ欠けていくのは、不気味かもしれないわ」
 月がどんどんと欠けていって、仄かに赤く染まる現象は、確かに少し背筋が寒くなるが……それよりも、もっと多くの興奮がこの身を包み込むから。
 偶にしかみられない天体ショーだからこそ、その場に立ち会えた興奮と巡り会えた奇跡への喜びもまた、比べものにならないもの。
「『かぐや姫』だったり、各地の月神伝説だったり。人々は昔から不思議と月に惹かれてきているからな」
 竜星もまた、その一人であるように。
 月にはきっと、人を捕らえて離さない不思議な魅力があるのだろう。
「あら。これ、呪いの本じゃないかしら」
 と、書架の本を一冊一冊探していた昴が、裏に紋様の刻まれた白紙の日記帳を見つけ出した。
 端が少し日に焼けたそれは、紛うことなき目的の物で。
 竜星と目を合わせて、ふっと柔らかく微笑んだ昴は、そこに自分の見たかった光景を文字として認め、読み上げていく。
(「父さんに聞いた話の場面を再現できたらって」)
 そうっと。解けだした糸の様に。一筋の光が軌跡を描きながら。
 蝶が蛹から、羽化するように。日記帳と言う枷から解き放たれ、空中に姿を現したのは、優しい微笑みを浮かべている星乙女だ。
 水色、青白、橙。星乙女を構成する光の色彩は漣のように移ろい、まるで、彼女自身が小さな銀河をその身に宿しているような。不思議な色彩を放っていた。
 ゆったりと空中に姿を現した星乙女を追いかけるようにして。
 やや急ぎ足で出てきたのは、星に祈りを捧げている男性の姿。
 揺れ動き、時に近く、時に遠く。距離が変わりながらも。
 男性を受け止めるように両腕を伸ばした星乙女が、漸く追いついた男性を抱き締めた途端――光が、爆ぜた。
 目が眩むほどの星光が去った後で。
 頭上を見上げてみれば、星乙女が愛おしそうに男性を抱き締めたまま、上空を漂っていた。
(「星に憧れ敬愛し側に行きたいと願う男性と、いつかは必ず会えるからと優しく諭す星女神の物語……それが父に聞いた話」)
 目の前で繰り返される話の一場面を、昴はうっとりとした表情で見つめ続けていた。
「これは、」
 そして、竜星もまた。
 昴が具現化させた光景に見惚れながらも、手だけは何とか動かして。そうして、書架を調べること何度目か。
 竜星が見つけたのは、メモ帳のような白紙の冊子だった。
 竜星が見たい光景は、決まっていたから。
 ペンを手に取ると、ゆっくりと文字を綴っていく。
(「兄であるアポロンの挑発で恋人のオリオンを手に掛けてしまった彼女は、ゼウスに頼んで空にあげてもらう……そういう神話」)
 それは、オリオンと月の女神アルテミスの恋物語だ。
 竜星の手元にある冊子から姿を現したのは、竜星にとって見覚えのある形に並んだ星々で。
 赤く瞬くベテルギウスと、青白い光を宿すリゲルを中心に。オリオン座の星の並びは、瞬く間に一人の男性の姿を取り始める。
 と、一人の男性へと変化した星の光――オリオンが放った矢が竜星のすぐ傍を通り抜け、背後にある何かに命中した。
 具現化しただけの本の内容とは思えない程の迫力に、思わず、矢が過ぎ去った先を振り返る竜星。
 そこには。
 矢が命中した獲物を抱き、オリオンへと駆け寄るアルテミスの姿があった。
 彼女が一歩を踏み出す度、彼女の身体を構成する月明かりが弾けて光の軌跡を刻んでいく。
 しかし。二人は気付いていないようだが、そこには――誰かが、もう一人いるような。
 昴は相変わらず、星乙女の物語に見惚れている。
 この視線は誰が送っているのか。竜星が辺りを見渡すと、書架の影、死角からそっとオリオンとアルテミスを見つめている男が一人。アルテミスの兄、アポロンだ。
(「俺の見てみたかった光景でもあるんだ」)
 二人と一人の姿がふっとかき消えたかと思うと、場面は次の展開へ。
 酷く取り乱したアルテミスが、兄に詰め寄っていた。声が聞こえなくとも、何を言っているのか、彼女の様子から理解できる。
 兄の挑発によって、恋人であるオリオンを手にかけてしまったアルテミス。オリオンの肉体を抱きかかえた彼女は、オリオンの身体を宙へと放ち――放たれたオリオンの肉体は、再び頭上でオリオン座となって漂い始める。
 オリオンが星座になったのを、見届けるようにして。
 アルテミスもまた、その身を月へと変化させると、ゆっくりと書架の天井付近に浮かび始めた。
「初代店主がどこかで見ていてくれるといいな」
 それは、月の力を使うからこそ、竜星が見たかった光景で。
(「きっと初代店主さんもこんな気持ちだったんだよね?」)
 そしてきっと、何処かで初代店主がこの光景を見ていてくれるに違いない。
 お互いに初代店主のことに想いを馳せながら。
 光と星が織りなす幻想的な光景に包まれながら、竜星と昴はそっと微笑み合った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

風見・ケイ
【🌖⭐️】
今日のお仕事の本番です
この雑多な書架で呪いの本を探すこと
ふふ、本当の冒険になっちゃったね
資料探しは私も慣れてるし二人ならなんとかなるよ

推理小説で埋めつくされた棚
図鑑がまばらに置かれた棚
分類だけはされているけど、これは地道に探すしかないか
……ここ、星に関する本が多い

SF感がすごいな……でもこれはこれで惹かれるし
漫画仕立てだから宇宙を視覚でも感じられる
うん……見たことがあるようなお話
この二人はどうなるのかな
銀河鉄道というなら一人だけ……あるいは二人とも
……夏報さん、ラストの台詞を一緒に読もう

「どこまでもずっと一緒に行こう」

地上から見た星空は、空の向こうよりも綺麗に見えた
……うん
そうだね


臥待・夏報
【🌖⭐️】
猟兵のお仕事も漫画やゲームの冒険みたいなものかもね
紙の資料を探すのは夏報さん得意だよ
書類仕事で培った根気を見せてやろう(総当たり)

あ、これ印があるよ
『空想科学銀河鉄道』……どっかで聞いた題名だなあ

さっきのと同じようなゲームブック
一番星を探す女の子ふたりが、夜空へ冒険に出る話
天の川を走る汽車に乗って、火星を、十二星座を辿って、行先は南十字星
ふふ、本当に……どっかで聞いたような話だ

「どこまでもずっと一緒に行こう」

生まれる幻は、ここじゃないどこかの星の風景……ではなくて
最初にふたりが一緒に見上げた、地上から見た星空だ

結末は読む人次第なんじゃないかな?
なんてったって、ゲームブックなんだから




 書庫にずらーっと並んでいるのは、何十列と連なっている書架の行列で。
 ひょっとしたら、ちょっとした小規模な図書館を名乗れるくらいの本の数はあるのかもしれない。
 見回りを兼ねたリフレッシュが終わったのなら、いよいよ今回のお仕事の時間だ。
 仕事と言っても単純なもので、書架の行列の中から呪いの施された本を探すだけ――そう、本の数にさえ目を瞑れば。とても簡単なはず。
「猟兵のお仕事も漫画やゲームの冒険みたいなものかもね」
 気分はまだ、先程一緒に読んだゲームブックに捕らわれているかのよう。
 考え方によっては、猟兵のお仕事も漫画やゲームの冒険やクエストと言った存在になる。
 どんな本を探すか、どんな方法で探すか。きっと、臥待・夏報達の行動や選択によって、その後の展開が無数に分岐していくに違いない。
 ハッピーエンドやトゥルーエンドを目指すのは、当たり前のこととして。
 さて、目の前の書架をどうやって攻略していこうか。
「ふふ、本当の冒険になっちゃったね」
 延々と連なる書架に、遮光用の黒いカーテン、窓からそっと忍び込む真白い陽光。足を踏み入れた先の目の前の書庫は、まるで小さなダンジョンの様だ。
 この中を二人で調査するのは、少しばかりワクワクしてくるような。きっと、思ってもいない本だって、ひっそりと書架の中に紛れ込んでいるに違いない。
 調査こそ真面目に行うけれども、本との出逢いも楽しみのうちの一つ。
 風見・ケイは瞼を伏せて、表情を緩めた。先ほど、ブックカフェーで読んだゲームブックの様な本もこっそり隠れているだろうか。
 ――それにしても。
「紙の資料を探すのは夏報さん得意だよ。書類仕事で培った根気を見せてやろう」
 分類も、整理整頓もへったくれもない。とりあえず、「書架に詰めました」感の溢れ出ている目の前の光景は、何故か既視感があるような。
 寧ろ――UDCエージェントである夏報にとっては非常に馴染み深い存在であるような、ロクに整理のされていない書架。
 本が書架から飛び出して、通路に山脈を築き上げていないだけ、ちょっとはマシかもしれないけれども。
 特に、目の前の書架という存在は書類仕事と潜入調査――曰く、『地味な仕事』を専門としている夏報にとっては、毎日のように相手にしている対象だった。
 何故か、重要な書類に限って無くなることの多いこと。
 いつの間にか、そっくり定位置から居なくなっているのだから。
 職員の誰かが動かしてそのままにしているのだろうが、読み終わったものは、定位置に戻して欲しい。
 神隠しもとい、紙隠し。UDCのせいに出来るのなら、是非ともそうしたい。
 そんな書類仕事によって培われた夏報の根気は、ちょっとやそっとで折れるはずもなく。それに今日はもう一人、頼もしい存在が居るのだから。
「資料探しは私も慣れてるし二人ならなんとかなるよ」
 「根気を見せてやろう」とドヤ顔を決めた夏報の視線の先には、ケイの姿。
 そう。今日は二人一緒なのだ。一人ではない。端から攻めていく王道な総当たりローラー作戦だって、きっといつもより捗るはず。
 二人一緒なら、大体のことは何とかなるだろうから。
 本の出逢いと冒険に心を弾ませながら。二人一緒に、書庫の中へ。
「分類だけはされているけど、これは地道に探すしかないか」
 推理小説ばかり揃えられている棚に、図鑑ばかりがまばらに収められている棚。
 大まかな分類はされているが、それだけの様だ。細かな分類は全くされてないと言っても過言では無い。
 呪いが施された本が一か所に集められていたら、調査も捗ったのだろうけれども。
 大まかな分類しかされていないとなると、これは地道に探すしかない様だ。
 そうやって手を付け始めた一番手前の書架。そこは、推理小説ばかりが揃えられているようで。
「ここは推理小説ばかり揃えてあるみたい」
「ほんとだ……って、推理小説の見せ場がごっそり落丁してるじゃん」
 何か面白い推理小説があるかな、と。目に付いた一冊を手に取った夏報がワクワクとページを開くが、期待に満ちた表情は一瞬で真顔に。
 推理小説の見せ場と言えば、探偵や刑事による推理シーン。
 しかし、その見せ場である推理シーンの冒頭から結末に至るまでのページ群がごっそりと抜け落ちてしまっていたのだから。
「風見くん、この小説の犯人誰か分かる?」
「えっと……一番怪しいのは、料理人の旦那さんじゃないかな。殆ど黒だと思う」
 本の中の探偵が仕事をサボっているのなら、推理は代わりに隣の猟奇探偵さんに。
 ペラペラと推理小説を流し読んだケイが、ややあってから一番疑わしい登場人物を指差した。
「風見くんが言うなら、きっとそうだね」
 犯人が分かって満足げ。うんうんと頷いた夏報は、推理小説を再び元あった位置へ。
 それからもその棚を調査していくが、殆どが色々と訳アリの推理小説ばかりが並んでいた。
「この棚はなんだろ。星?」
「そうだね……ここ、星に関する本が多い」
 推理小説の棚の調査を終えた夏報とケイは、その次の棚へ。
 手近にあった数冊を引き抜いて内容を調べてみれば、そのどれもが「星」に関する内容で。
 ――確か、呪いの施された本は、初代店主の興味の対象であった星に関する書籍が多かったはず。ならば、この棚に目的の本が紛れている可能性は高い。
 そう思えば、書架を調査していく二人の表情も、自然と真剣なものになっていく。
「あ、これ印があるよ。『空想科学銀河鉄道』……どっかで聞いた題名だなあ」
 と、手分けして二人で書架を捜索していたところ、とある本の最後を捲っていた夏報が声をあげた。
 『空想科学銀河鉄道』と聞き覚えのある題名に気になって手にとったところ、どうやら「当たり」であったらしい。
「SF感がすごいな……でもこれはこれで惹かれるし。漫画仕立てだから宇宙を視覚でも感じられる」
 夏報があげた発見を告げる声に、少し離れたところで本を探していたケイも調査の手を止めて。
 手にしていた本を書架に戻し、夏報が手にする本を背後から覗き込む。
 フルカラーで描かれた、先程ブックカフェーで読んだのと同じようなゲームブックであるらしい。
 表紙には、『空想科学銀河鉄道』と刻まれた題名と、天の川を走る汽車のイラストという、何処かで見た覚えのあるデザインで。
 サクラミラージュとは思えない、SF感満載の世界観。
 主人公は、一番星を探す女の子ふたりで。二人が仲良く天の川を走る汽車に乗り込んで、一緒に夜空の果てを目指して冒険に出るという物語だ。
 時折ダストストームが吹き荒れる、真っ赤な火星に始まり。
 みずがめ座、うお座、おひつじ座――と、黄道を巡る十二星座を順に辿って行って、最後に行き着く先は南十字星だ。
 赤く染まる火星に、それぞれの色彩に染まる、星座を構成する星々の煌めき。漫画仕立てで話が進んで行くため、視覚いっぱいに宇宙の存在と色彩を感じられる。
 汽車の中では様々な出逢いがあって。宇宙には色々な星々が瞬いているのに、何故だか何処までいっても孤独で。
「うん……見たことがあるようなお話」
「ふふ、本当に……どっかで聞いたような話だ」
 わざわざ題名を口にしなくとも、きっと、二人の頭の中にはそっくり同じ物語が浮かんでいるに違いない。
 この本と同じように、夜空を走る汽車に乗って、本当に大切なものを探す少年達の物語が。
「この二人はどうなるのかな。銀河鉄道というなら一人だけ……あるいは二人とも」
 「銀河鉄道」というのならば。深く考えずとも、自然と一つの物語が頭の中に浮かんでくる。
 ケイの脳裏を過るのは、とある一つの結末だ。
 一緒に旅をしていたはずの二人。だけれども、それぞれの大切なものも、それぞれの旅の終着点も全く別のところに在って。
 ――「ほんとうのさいわい」とは、何なのだろうか。
 一人だけであっても。二人共に居ても。旅の先に見つけたものが、一番大切なものになるのだろうか。
 願うのならば、一人よりも、二人でその旅の果てに。
「……夏報さん、ラストの台詞を一緒に読もう」
 最後の台詞は二人一緒に。
 書庫の中に、抑揚も調子も、高さも異なる二つの声の響きが生まれ落ちる。
 同じ速度でそっくり同じ言葉を読み上げた二つの声は、本の中に囚われていた幻を解き放つ言葉の鍵となった。
「「どこまでもずっと一緒に行こう」」
 きっと、一番大切なものは最初からすぐ傍にあったのだ。
 生み出された幻は、二人の女の子が天の川を走る汽車に乗り込んでその目で見つめてきた、星が織りなす様々な幻想的な光景――ではなくて。
 翼を広げる白鳥座に、夜空を彩る夏の大三角、真っ赤に輝く蠍の火。上空を大きく横切る天の川。
 旅の始まり。最初に二人で一緒に見上げた、地上から見た星空だったのだから。
 気が遠くなる程の時間と距離を乗り越えて、地上へと降り注ぐ幾千、幾億もの光の輝き。
 雲や街灯も無くて。星明かりを遮る存在のない地上から、二人きりで一緒に眺めた星空は、空の向こうで出逢った他のどんなものよりも――遥かに綺麗で、とびきり光り輝いて見えた。
「結末は読む人次第なんじゃないかな? なんてったって、ゲームブックなんだから」
「……うん。そうだね」
 天井を彩る星空の光景に視線を向けたまま。
 先のケイの呟きに答えるようにして、夏報がポツリとそう零す。
 なんてったって、ゲームブック。結末は一つじゃない、運命に縛られてもいない。読む人次第で結末は変わるのだろう。そもそも、結末らしい結末すら用意されていないのかもしれない。
 だからこそ、「二人ともに」と。そう思いたい。
 居場所が、目指す先が、辿り着く先が、一番大切なものが、ほんとうのさいわいが。お互いに違っても。
 それでも、こう言いたい――「二人一緒なら、ずっと、何処までも行けるから」と。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

尭海・有珠
◆【星巡】
一度だけの奇跡
死者との再会の物語は表紙に指を滑らせただけで棚に戻し
星に纏わる本を抜き出して

レンと二人で星を見るのは楽しいんだ
見た事のない星を探し、星空を眺める
きっと全ての空を見れる事はないと思うけど…世界は広いから…
だから今此処で幻でも見れるならと期待は最大に
一緒に読み上げよう

「頭上で世界中の星空が一度に広がった」

広すぎて辺りを見回す
改めて自分のちっぽけさを感じてしまって

そうだな、今ひとたび見る事のできた星空を
またレンと現実で見ていきたいね
実際に見に行こうと思ったら
きっと終までに終わらない気がするけれどと笑いが零れてしまう
終わりのなさそうな約束は、終わらない楽しみの約束でもあるからな


飛砂・煉月
◆【星巡】

一度だけの奇跡
欲の指が触れたのは世界の星空が記された本

有珠との星巡りは今や何にも変えられない物だ
探して、見つけて、関わって、ふたりで咲う時間
世界中の星とかちょー気にならない?
期待と想いはめちゃくちゃ込めて
ふたりで読み上げよう

「頭上で世界中の星空が一度に広がった」

空想でも現実でもキミと見る星空はオレの本物
一面に広がった星空に視線を散らして
世界って広いね、なんて

文字の並びから生まれた星空
それもオレ達の星巡り
ね、今見てる星空をさ…いつか、全部見て回れたらイイよね
現実で、ふたりでさ

あっは、確かに終わらないかも
でも、うん終わらない約束は終わらない楽しみだから
八重歯を見せて自身の寿命は知らんぷり




 一度だけの奇跡。
 そんな言葉を耳にした途端、考えるまでもなく手が動いていた。
 数多くある書架の本の中から。それだけを探すかのように。何かを求めるようにして、指先が辿る先。
 雑多に並ぶ、大まかな分類しかされていない本の海。けれども、直感的に、その本が何処にあるのか分かっていた。
 見えない何かが、書架の裏の影から誘いかけているように。導かれるようにして、一冊の本に手を伸ばしていた。
(「死者との再会の物語、か」)
 捉えた視線の先。書庫の床が映り込む。
 そっと音無く瞼を伏せた先、尭海・有珠が瞼の裏に浮かべた色彩は――今隣居る存在が宿す赤色とは、また異なった種類の赤色で。
 変わらない想いと、「大丈夫」を抱かせて彼方に送った――アネモネの花の色彩。それを思い出していた。
 同じ色彩を宿す傍らの存在に、胸が詰まることもある。けれど。
 死者との再会の物語は表紙に指を滑らせただけで、有珠がそれを選ぶことは無なく。
 ただ、懐かしむように表紙を一撫でして――棚に戻した。
 もしかしたら、死者との再会について綴ったあの物語の最後のページには、呪いの紋様が施されていたのかもしれない。
 けれども、有珠は確かめない。きっと、確かめなくて良い。
 死者との再会の代わりに。有珠の指先が辿った先にあったのは、星に纏わる図鑑だった。


 一度だけの奇跡。
 そんな言葉を耳にした途端、考えるまでもなく手が動いていた。
 整理整頓がされていない書架。何処に何があるのかなんて、分からないけれど。
 大まかに分類しかされていない書架の中から、目的の本を探し出すのは、少しばかり時間が掛かったけれど。
 一度だけの奇跡と聞いて、真っ先に飛砂・煉月の頭に思い浮かんだのは、キミのこと。
 もうキミの居ない日々と星巡りが考えられないくらいには。
 「本」と聞いて、真っ先にキミを連想させるくらいには。すっかり有珠という存在に毒されてしまっている――けれど、きっとそれで良い。
 星の本以外にも、書架には様々な本が収められていたけれど。それに少しのよそ見をすることもなく。
 煉月の手は、真っ直ぐに求める先に延びていた。
 そうして、欲の指が触れたのは――世界の星空が記された本。
 今まで有珠と見てきた色々な世界の星空も。これから二人で見ていくだろう、各地の星空も。きっと、星空の全てを余すことなく載せられた、分厚くて大きな図鑑の存在で。
 図鑑を抜き取ろう、として。指を動かした先――向かい側から伸びてきたのは、キミの指先だった。
 背表紙の中心で指先と指先がぶつかったのは、きっと、お互いに同じことを考えていたから。
 思わぬ偶然に、目を見合わせて。それから、煉月と有珠は二人一緒に求めていた星の図鑑を引き抜くのだ。


(「有珠との星巡りは今や何にも変えられない物だ」)
 UDCアースでの天体観測。アックス&ウィザーズでの祭りと催し。
 有珠と星巡りを始める前の日常が詳しく思い出せないくらいには、有珠との星巡りが何にも代えられない存在になっている煉月。
 手元の星座盤を、頭上に広がる星空にそっと照らし合わせて。或いは、その世界でしか見ることのできない、星座を二人一緒に夢中になって探して。
 探して、見つけて、関わって、ふたりで咲う時間。そうやって有珠と共に星に触れる時間が、何よりも楽しくてかけがえのないものなのだから。
 そしてその想いは、有珠もまた同じ。
(「レンと二人で星を見るのは楽しいんだ」)
 名前すら知らなかった星や星座の名前を知り。見たことのない星を探し出して、星空を眺めて。
 そうやって二人で同じ星空を、同じ星を望む時間は――とびきり愛おしいもので。
 一つの星空と出逢えたのなら、その次も。見たことのない星空と出逢う為に、再び二人で星巡りの冒険に出かけて。
 いつか、世界中の星空全てと出逢うことが出来たら、なんて。そうは願っても。
(「きっと全ての空を見れる事はないと思うけど……世界は広いから……」)
 全ての星空に出逢うには、あまりにも時間が短い。
 人にも星のような寿命があれば、と。そう思うこともあるけれど。
 今此処で、幻でも――全ての星空に出逢えるのなら。
 有珠の抱く期待は最大限で、読み上げる前から早くも書架の天井にそれから広がる星空の幻想を夢見ている。
「世界中の星とかちょー気にならない?」
「ああ、気になるな」
 世界中の星を、一度に。
 期待と想いをありったけ籠めて。「せーの」と煉月の声を合図に、有珠と煉月は二人一緒に読み上げるのだ。

「「頭上で世界中の星空が一度に広がった」」

 呼吸しているかのように、小さく、眩く、瞬いて。眩い光で満ち溢れた図鑑のページ。
 仲良く一冊の本を開いて見つめる先から――先陣を切って飛び出てきたのは、大きな大きな船の先端だった。
 先に本の中から零れ出していた、小さな星屑達を無理やり退かして前に前に進むように。
 大きな船は、書庫の天井を目指してぐんぐんと上に昇っていく。
 船が進む際の衝撃で、軽く吹き飛ばされた何かの星座の一部と思しき星が、有珠の顔を目掛けて飛んできたけれど――顔に星が当たる感触は無く。
 反射的にぎゅっと閉じた瞼の向こう。恐る恐る瞑った目を開いてみれば、薄黄色に輝く美しい星が有珠のすぐ目の前に浮かんでいた。
 静かに優しく灯る、薄黄色の星明かり。誘われるように、有珠は星へと手を伸ばす。
 伸ばした先の手はふわりと星をすり抜けてしまったけれど、仄暖かいような……不思議な温度を感じていた。
「幻の星だから、当たることは無いって」
 と、ケラケラと笑う声が聞こえてくる。
 笑い声の方は、有珠のすぐ隣から。そう、煉月だ。
 幻の星だから、当たることは無いのに。反射的に目を閉じた有珠の反応が、煉月の目には面白おかしく映ったらしい。
「呑気に笑っているが。レン。上に、」
「んー?」
 ケラケラと笑う煉月に、少しの気恥ずかしさを覚えた有珠はコホンと咳払いを一つ。
 それから、そっと煉月の頭上を指差した。
 有珠を眺めることに夢中になっていた煉月。だから、頭上から降ってきている「それ」に気付いていなかったのかもしれない。
 先ほど、一番手を切って天井へと昇っていった大きな船。それが落としていった、三つの流星に。
「わわっ」
 トン、トン、ドン。と。
 等間隔で、仲良く三つ。煉月の目の前に降ってきたのは、連なり合った三つの小さな星だった。
 有珠のすぐ傍に浮かんでいる一等星に、光の強さでは負けるけれども。仲良く並び合った三つの星の姿は、視線を惹きつけて止まない不思議な魅力がある。
 突然目の前に降ってきた星に、煉月は目を丸くさせて。それから、ニッパリと笑むと三つの星を――勿論、触れられないけれども。そういう気分になったから――突き始めた。
「なんだっけ、アレ。一番大きい星座だったの」
「アルゴ座だったか?」
「そう、そんな名前だったかな」
 つんつんと繰り出される煉月の指先から逃れるようにして、降ってきた三つの星(と、それの周りを漂っていた幾つかの小さな星々)は、キラキラと揺れ動きながら上へ上へ。
 天井付近へと飛び去って行く三つの星を辿るようにして上空を見上げれば、丁度、天上に辿り着いた大きな船が――四つの星座の形に別れるところだった。
 先程までは、確かに大きな一つの星座で在ったはずなのに。
 りゅうこつ座、とも座、ほ座。それから、らしんばん座の四つに分かれた星々の群れは、別れた姿のままで様々な星瞬く天井に浮かび、もう二度と大きな船の姿に戻ることは無かった。
「世界って広いね」
 知っている星も、知らない星も。古くからその形を残す星座も。
 アルゴ座のように、「大きいから」とか。様々な理由で、今ではもう、その姿を失ってしまった星座も。
 星浮かぶ上空には、何もかもがあるように思えたから。
 星浮かぶ幻の光景は、広すぎたから。
 星空を眺める度に感じる、自身のちっぽけさ。改めてそれを感じてしまい、キョロキョロと辺りを見渡した有珠の耳元に、感嘆交じりに吐き出した煉月の呟きが運び込まれる。
 一面に広がった星々の光景。何処に視線を向けて良いのか分からずに、途方も無く広い宇宙の果てで迷子になってしまいそうで。
「ね、今見てる星空をさ……いつか、全部見て回れたらイイよね。現実で、ふたりでさ」
 蒼い一等星に、あたたかい紅星。見覚えのある星の並び、星座の形。
 ずっとずっと広がり続けている星空に、見覚えのある姿を認める度に。口元に湛えた笑みも、深まるばかり。
 現実のものでは無い、文字の並びから生まれた星空の存在。それもきっと、煉月と有珠の星巡りの一つなのだから。
 星の海に視線を漂わせながら。どちらからともなく口にするのは、これからのこと。
 いつか――幻ではない、世界中の星空全てをこの目で。二人で一緒に、眺めることができたら。
「そうだな、今ひとたび見る事のできた星空を、またレンと現実で見ていきたいね。実際に見に行こうと思ったら、きっと終までに終わらない気がするけれど」
 宇宙と同じくらいか、それ以上に。壮大で終わりのない煉月の言葉に、有珠も思わず笑いを零してしまう。
「あっは、確かに終わらないかも。でも、うん終わらない約束は終わらない楽しみだから」
「終わりのなさそうな約束は、終わらない楽しみの約束でもあるからな」
 今ばかりは、この身を蝕む人狼故の寿命は見ないふり、知らんぷりを決め込んで。
 八重歯を見せて笑う煉月に、有珠もまた蒼宿る瞳をふっと細めて微笑むのだ。
 終わらない楽しみと、終わらない約束。世界中の星空を一緒に、その全てを望むまで。
 その時まで、二人の星巡りは続いていくのだから。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

シズ・ククリエ
◆■

収められた
薄汚れた一冊の本がふと目に入って

表紙には
望遠鏡や星座盤を手に
星を見ている子供たち

んー、絵本かな?
何んとなくコレのような気がする
ちょっと一緒に読んでみようよ
喋る武器のフィラメントに声かけて

『しょうがねえなあ』と満更でもない様子の
返事が返ってきたなら
おれとフィルの声が重なり
綴られた文字を読み上げる

よぞら ながれる おほしさま
きらきら ちかちか
あめだま みたいで おいしそう

わあ、本当に星が降ってきた
『よく見てみろ!コイツ星じゃなくて飴だぞ!』
えっ噓でしょ
空から注ぐ流星雨
よーく見たら星形の飴

苺、蜜柑…あれはメロン?
触れられないのは惜しいけれど
可愛らしい夢の具現に
思わずアハハ!と笑い零した




 とある本がシズ・ククリエの目に留まったのは、本当に偶々のことだった。
 図鑑や専門書に存在を押し潰されつつも、確かにその場にあった、薄い絵本のような存在。
 幅が広い割に厚さは薄く、絵本か児童書か何かだろう。嘗ては極彩色に彩られていたであろう表紙の絵も、年月の経過と共に、薄汚れ、色褪せてしまっている。
「んー、絵本かな?」
『ここで叩くなヨ! ホコリ、ホコリ!! 俺サマの方に飛んでるゾ!』
 呟きと共に、シズは埃が薄っすらと乗っかっていた表紙を軽く叩いて、埃を落とす。
 喋る電球杖『フィラメント』が『埃が飛ぶ!』『身体に引っ付く!』などなど。何やら騒いでいたけれど、それはきっとシズの気のせいだろう。たぶん。
 表紙を覆い隠していた埃を、絵本の表面から追い出せば、そこに広がっていたのは――各々、望遠鏡や、星座盤を手にして。遥か彼方に広がる、宇宙の果て。今も広がり続けているという宇宙に浮かぶ、星々を眺めている子どもたちの姿だった。
「何んとなくコレのような気がする」
 それは殆ど、シズの直感的なものだった。
 直接最後のページを確かめた訳では無いけれど、シズの勘が告げている。
 きっと、これも呪いの施された本の一冊なのだろう。
「ちょっと一緒に読んでみようよ」
『ったく、しょうがねえなあ』
 勘が当たっているか、どうか。答え合わせを楽しみながら読み上げていくのも、きっとまた楽しい。
 シズがフィラメントに話しかければ、「仕方ないな」という雰囲気が思いきり伝わってきたが、その口調は柔らかなもので。
 フィラメントとて、満更でもない様子なことが伝わってくる。何だかんだ言って、本の内容が具現化する瞬間を、フィラメントだって楽しみにしているに違いない。
「『よぞら ながれる おほしさま。
 きらきら ちかちか。
 あめだま みたいで おいしそう』」
 夜空に流れる、星々の姿。どんな味がするだろう。どれくらい甘いのだろう。
 夜空にはあんなに沢山の星が浮かんでいるのだから、友達と食べたって、絶対に無くならないハズ。
 無邪気で、楽しそうで。絵本の中、星空を見る子ども達は――上空に浮かぶ星の存在に、尽きることのない想像力を働かせているに違いない。
「わあ、本当に星が降ってきた」
 子ども達の夢を現実のものにさせたみたいに。
 シズとフィラメントがそっくり同じ文章を読み終わってから、少しのこと。
 パラパラ、ポツポツと上空から降ってきたのは――星の雨だった。
 最初はまばらに響いていた雨音も、やがてはその勢いと激しさが増して。ザアァァッと絶え間なく響く、一つの雨音となる。
「子ども達らしい、可愛らしい夢だね」
『よく見てみろ! コイツ星じゃなくて飴だぞ!』
「えっ噓でしょ」
 淡く優しい光を放ちながら、そっと降り注いでいた星の雨。
 空中に幾重もの光の筋を刻みながら、シズやフィラメントのすぐ傍を通り過ぎて、床へとふわりと舞い降りる。
 幻想的な光景に、双眸をすっと細めて空から注ぐ流星雨を見上げていたシズだったけれど――フィラメントの言葉に、慌てて降り注ぐ星の一つ一つに目を凝らしてみた。
 淡く発光しているから、少し見ただけでは気付かなかったけれど。よーく見たら、空から降ってきているのは星じゃなくて、星の形をした飴だった。
「苺、蜜柑……あれはメロン?」
 淡い赤色に光る飴は苺。暖かい橙色を宿しているのは、蜜柑。薄い緑色の光を灯しているのは、きっとメロンだ。
 触れられないのが、惜しいくらい。パラパラと絶え間なく降り注ぐ星の飴達は、とても可愛らしくて、幻想的な光景で――緩む口元と共に、シズは「アハハ!」と笑いを零した。
『おい、あのコマケェのの群れは金平糖だ!』
「金平糖まで。……あれ。アレって、琥珀糖?」
『星の雨もとい、星の飴だナ!』
「天の川まで、飴で出来てない?」
 上空に広がっていた星空にも、いつの間にか、星形の飴にすり替わっていて。
 大きな一等星は星形の飴。地球から遠く離れた小さな星々は、金平糖。遠く見える銀河は、ふわふわとした綿飴。
 そして、ザアァァッと広範囲に降り注ぐ星形の飴に交じって、時折スコールのように、一際細かい星々が降り注ぐ場所が。
 目を凝らしてみると、小さな金平糖の群れが弾みながら下へ下へと降ってきていることが分かる。
 他にも、澄んだ光を瞬かせながら、牡丹雪みたくゆったりと落ちてきている琥珀糖だったり。時折、竜星のように勢い良く星形の飴が地表を目指して降り注いだり。
 星の雨は、子ども達の願いを受けて、星の飴に大変身!
 可愛らしい夢が具現化した光景は、どれだけ眺めていても、きっと、飽きることは無い。

成功 🔵​🔵​🔴​

葛籠雄・九雀
具現化、と言ってもなあ。ぬう、実はあまり思いつかぬ。オレは形のあるものこそよく欲しいと思えども、『形のないもの』が欲しくなったことはあまりなくてな。何を言葉にして宿せばいいものやら…學徒ちゃんのように兎でも宿すか?

幻と知りつつ会いたい者や欲しい物も特にはないであるしなあ。『そのもの』でないならオレにとって意味はない。そしてそれは不可能だとオレは多分、もう知っておる。

うーむ…ふむ。どうせ何も思いつかぬなら、店主の願いでも叶えてやるか。収集家のよしみである。
世界中の星空を一度に、と書いて読み上げる。
オレ程度の願望で、確りとした星空を描けるとも思えんが。まあ、朧気でも、手向けにはなるやもしれぬしな。




 形あるものは、形あるものだからこそ、「欲しい」と思えるのだ。この手で触れられるからこそ、その存在を実感できるし、底無し沼の様な所有欲だって満たされる。
 だからこそ、存在さえ不確かな「形のないもの」に、その食指が動くことは殆どない。形が無い以上、それが本当に存在しているのかどうか、誰にも分からないのだから。
 書架から順調に呪いの施された本が発見され、また一つ、書庫を覆う幻が増えていくなか。
 葛籠雄・九雀は首を右に傾げ、左に捻り、具現化させる内容について悩んでいた。
「具現化、と言ってもなあ」
 九雀の手には、既に白紙の手帳が握られている。
 件の本は、そう時間が掛からずに、書架から見つけ出すことが出来た。
 ――書架の調査よりも「何を記すか」の方に、時間が掛かっている気がするのは、九雀とて把握済みだ。
 本音を言ってしまえば、具現化した幻よりも、呪いの施された本そのものに興味がある。どのような原理の呪いが用いられているのか、発動まで時間が掛かったのは何故か、この呪いのルーツは何か?
 この書架に眠る沢山の曰く付きの本は、九雀の尽きぬ好奇心を存分に満たしてくれるだろうから。
「ぬう、実はあまり思いつかぬ。オレは形のあるものこそよく欲しいと思えども、『形のないもの』が欲しくなったことはあまりなくてな」
 それも、一度きりの「形のないもの」なのだ。
 早かったら数秒、遅くとも数時間後には消えてしまう運命のそれを欲しいとは、どうしても思えない。
「ああ!? 待つっスよ!! 兎ちゃん!!」
「何を言葉にして宿せばいいものやら……學徒ちゃんのように兎でも宿すか?」
 ――最も、それを切望して止まない者も確かに居る様だが。
 白紙の手帳を持ったまま考え込む九雀のすぐ脇を、兎の大群と先の學徒兵が走り抜けていく。
 先に見た時よりも、兎の数が増殖しているのは、恐らく九雀の見間違いでは無い。
 學徒ちゃんはどうにも兎に蛇蝎の如く嫌われているようで、一人と沢山の追いかけっこは――たぶん、終わることが無いだろう。
「幻と知りつつ会いたい者や欲しい物も特にはないであるしなあ。
 『そのもの』でないならオレにとって意味はない。そしてそれは不可能だとオレは多分、もう知っておる」
 幻で創り出された存在は、何処までいっても、「オリジナル」を元にしたコピーのようなものでしかない。
 そして。そのような存在に、九雀は興味がない。
 それに――『そのもの』に触れることは不可能だと、他ならぬ九雀自身が心の何処かで既に理解していたから。
「うーむ……ふむ。どうせ何も思いつかぬなら、店主の願いでも叶えてやるか。収集家のよしみである」
 悩みに悩んだ末、九雀が白紙の手帳に綴ったのは、「世界中の星空を一度に」と。
 嘗ての初代店主が抱いた、夢そのものであった。
 時代を超えた同じ収集家と出逢えたのも、何かの縁だろう。だから、折角ならば。
「オレ程度の願望で、確りとした星空を描けるとも思えんが。まあ、朧気でも、手向けにはなるやもしれぬしな」
 今しがた手帳に綴ったその文字を、九雀は静かに読み上げる。
 ぼんやりとした願望では、確りとした星空が浮かぶとは思えなかったが。朧気でも、霞んでいても。初代店主への手向けになるのだと信じて。
 九雀の声に呼応するかのように。白紙の手帳から溢れ出したのは、紫、濃紺、青――夜空の色彩だった。
 ふわふわとした星のようなそれらは、輪郭がぼやけながらも、一つの「星」として確かに眩く輝き。ゆっくりと、天井へ昇っていく。
 そして、上空を揺蕩う、他の猟兵達が生み出した星々や星空と混ざり合って……やがて、不可思議な一つの星空となる。
「ふむ、偶にならこのような光景も悪くないのかもしれぬな」
 確りとした星空に重なる、配置も並びもバラバラな、九雀が生み出した星々の群れ。
 ゆらゆらと上空を揺らめきながら動く幾重もの星空は、重なり合って――この世のものとは思えない、不思議な光景を創り出していた。
 頭上で揺らめく星の数はきっと、現実で見上げて見る星の数よりも多いだろう。時には同じ星座が隣り合って瞬いていることもあったが、その配置や色合い、大きさは、微妙に異なっていて。
 誰かが具現化させたのだろうか。時折上空から星の雨――ではなく、星形の飴が降り注ぎ。摩訶不思議な幻想風景に、更なる拍車をかけている。
 形のない幻だからこそ、再現可能な光景もあるのかもしれない。
 形無き存在達が生み出す目の前の光景を、九雀は暫しの間見上げているのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

真宮・響
【真宮家】で参加

希望のものを具現化できると。なら試したいものがある。日の本の国は見ることのできない星座、アルゴ号座の具現化だ。余りにも大きいので今は船尾座、竜骨座、帆座、羅針盤座に分割されてるというね。

イアソンのアルゴ号の冒険はギリシャ神話に残る一大叙事詩だ。冒険に携わるものとしてはこういう冒険には憧れる。この後に続く物語が悲劇であってもね。

でかい星座だから形作るには苦労するだろうが、実際見れない星座なので多少歪んでいても問題ないさ。何より子供たちが楽しそうだからねえ。


真宮・奏
【真宮家】で参加

望みのものを具現化出来るんですね。母さんがアルゴ号座を具現化するならアルゴ号座が見えるという冬に見える動物の星座を具現化しよう。

まず、黄道12星座の牡羊座、牡羊座。獅子座。大熊座に小熊座。大犬座に子犬座。まだまだ一杯あるようだけど私にほこれが精一杯・・・

希望のものを具現化できる書架・・・素敵ですけど、まあ、この世には危険ですよね。

でもこの書架を作り出すほどの想像力は憧れます。瞬兄さんもそう思いませんか?作業中の兄さんにこっそり尋ねます。


神城・瞬
【真宮家】で参加

希望のものを具現化出来ると。ふむ。なら僕は冬に見える家族の星座を具現化しましょう。ケフェウス座とカシオペア座の夫婦、彼らの娘のアンドロメダ座、その夫のペルセウス座。家族で星になるのは僕から見たらとても羨ましい。

母さんのアルゴ号座は大きい分手間がかかりそうですので、僕も手伝いしますか。

望みの物が具現化される書架は悪用されると大変なことになりかねない。この書架を作れる程の想像力を持つ初代店主に憧れる?そうですね、色んな世界を巡るものとしては望みのものを実現できる力は持ちたいかも。




 希望のもの、好きなものを具現化できる。
 その夢幻の魔法は、きっと、無限大の可能性を秘めている。
 纏わりつくのは、現実や真実といった枷。しかし、空想の世界において――自分達を縛るものは、ただの一つとして存在しないのだから。
 空想の生物を描き出すことも、この地を星で満たすことも。物語の中でなら、何だってできる。何にだってなれる。
 だからこそ。見つけ出した白紙のページに、何を刻もう? 何にでもなれるこの真白いページを、何で満たそう?
「希望のものを具現化できると。なら試したいものがあってね」
 折角ならば、今は見ることのできない光景を具現化させてみたかったから。
 そう。壮大で、有名で、果ての無い――とある冒険譚の存在を。
 今では見ることのできない光景も、この日記帳ならば。
 先ほど、書架の中から探し出してきた画用紙をテーブルの上に翻しながら。
 真宮・響が頭に思い浮かべていたのは、日本の国では見ることのできない、世界で一番大きかった星座、アルゴ号座の具現化だ。
 宙の端から端までを覆ってしまうくらいに大きな、その存在。
 星座の形を指でなぞり、その存在を見つけ出した時の達成感は、何物にも代えがたいものであったことだろう。
 しかし、海を往く大帆船アルゴー号が由来になっているその星座は、今ではもう、その姿を見ることは叶わない。
 「大きすぎるから」という、その理由で。今では四つの星座に分割されてしまっているのだから。
「アルゴ号座は余りにも大きいから、今は船尾座、竜骨座、帆座、羅針盤座に分割されてるというね」
「分割しなきゃいけないくらい、大きな星座だったんですね」
 響の呟きを受けて、真宮・奏はググっと幾重もの星空が重なり合う、書庫の天井を見上げた。
 仲間の猟兵達が具現化させた星空や星々、星座達が重なり合って。書庫の上空には、今、他では見ることの叶わない、不可思議な星空が広がっている。
 大きいからという理由で分割されてしまったアルゴ号座は、果たして、どのくらい大きかったのだろう。
 もしかしたら、書庫の天井に収まりきらないくらい、巨大な存在だったのかもしれない。
「確か、アルゴ号座は現在一番大きいとされているうみへび座のおよそ1.45倍の大きさなのでしたっけ」
「そうだね。うみへび座も、夜空を横断できるくらいの大きさはあるけど、アルゴ号座の大きさには敵わないからね」
「そんなに!?」
 「どのくらいの大きさだろう」と。アルゴ座の壮大さを夢想し出した奏の疑問に答えるようにして、神城・瞬がアル号ゴ座の大きさを述べた。
 春の星座であるうみへび座は、あと少しで空の東西を横断できるくらいには大きい。だが――アルゴ号座の大きさは、それよりも更にもう一回りほど大きいのだから。
 天井に収まりきるか分からないアルゴ号座。その大きさに心配そうに書庫の天井を見上げた奏の反応に、響と瞬は顔を見合わせると――小さく噴き出した。
「心配しなくても、星座が天井を突き破ることは無いだろうさ」
「ええ。幻ですし、縮尺も自由に変更できるかと」
「そ、そうですよね!」
 幻とは分かっていても、心配になってしまうもの。
 響と瞬の言葉を聞いて、奏はもう一度だけ天井を仰いでから、先程見つけ出した白紙のスケッチブックに視線を落とした。
「母さんがアルゴ号座を具現化するなら、アルゴ号座が見えるという冬に見える動物の星座を具現化しましょう」
 母である響がアルゴ号座を具現化するというのなら。アルゴ号座と一緒に冬の星空を彩る、動物達を。
 可愛らしく、ふわふわとした子達を描こう。母の自信作であるアルゴ号座に負けないくらい、立派な子達を。
 気合十分でスケッチブックに向き合った奏は、冬の星空を彩る、動物達の星座を描き出していく。
「今度は不格好にならないように……!」
 まずは、世界的にも有名な黄道を巡る十二正座の動物達を。
 牡羊座と牡牛座は、隣り合うようにして並んでいるから。だから、スケッチブックの上でも仲良く隣り合って一緒に。
 もこもこふわふわ、もっふもふな牡羊座は、丸く可愛らしくメルヘンに。ぐるりとした角ごと、顔は隣に佇む牡牛座を見つめている様に。
 雄々しく格好良い牡牛座は、格好良さはそのまま。少しの可愛らしさも付け加えて。そう、付け加えて――……?
「奏、これは?」
「牡羊座です!」
「こっちは?」
「牡牛座です!」
「そうなのですね。奏らしさが溢れていて、良いと思います」
 やや不格好になってしまった、牡羊座と牡牛座の存在。
 角があって、まるっと可愛らしくて。両者とも、似ているように感じられるが……やや不格好な姿もまた、奏が描くイラストの可愛らしさになるのだろう。
 奏のスケッチブックを覗き込んだ瞬が、苦笑交じりに奏の頭を撫でる。
 可愛らしいことに違いは無いから、このまま描き進めて欲しいところだ。
「まず、黄道12星座の牡羊座、牡羊座。それから、獅子座。大熊座に小熊座に」
 牡羊座と牡牛座、大熊座と小熊座を描き終わったのなら。
 可愛らしさと格好良さが絶妙なバランスで釣り合っている獅子座を描いて。
 遠吠えをしている獅子の姿。トレードマークである鬣には、より一層の力を入れた。
「あと、大犬座に子犬座。まだまだ一杯あるようだけど、私にはこれが精一杯……」
「おや、奏。沢山描いたみたいだね。これは……獅子の親子かい? よく描けているじゃないか」
「獅子座はこっちです、母さん! こっちは大犬座と子犬座です!」
 遠吠えしている獅子に、その隣で戯れている大犬と子犬の姿。
 ぱっと見獅子の親子に見えなくもないその絵に、奏はむうっと抗議の声をあげる。
 確かに、ちょっと似ているかもしれないけど――獅子と大犬・子犬は別の星座なのだから。
 確かに、ちょっと……いや、結構似ているかもしれないけど……!
「……やっぱり、獅子の親子じゃないかい?」
「ち、違います! たぶん!!」
 眩い光に包まれて。具現化した奏作のちょっと不格好な獅子座と、大犬座と子犬座は――何故だか、仲良く三体寄り添って戯れているようにも思える。
 空中に浮かび、和やかに過ごす三体の様子を見て。こてりと首を傾げる響に、奏の声が重なった。
「ふむ。なら僕は冬に見える家族の星座を具現化しましょう」
 響と奏が獅子座と大犬座、子犬座を巡ってワイワイと騒いでいる姿を、微笑ましく見守りながら。
 瞬が手帳に刻んでいくのは、冬の星空にそっと家族団欒で過ごしている――ケフェウス座とカシオペア座の夫婦の星座だ。
 とても立派な王様であったというケフェウス。星座になった今でも、嘗て自身が統べていた国の国民達の幸せを、星空からそっと願い、見守っているに違いない。
 ケフェウス座の隣に存在しているのは、彼の妻であるカシオペア座だ。北極星を探す時の目印にもなる彼女の存在は、こうして星座になった今でも、とても目立つ存在で。
 自慢の美貌を持つカシオペアは、少々高慢ちきなところがあったという話だから。星座になった今も、王であるケフェウスよりも、目立つかのように光り輝いているのかもしれない。
「それから。彼らの娘のアンドロメダ座、その夫のペルセウス座」
 生贄にされかけていたアンドロメダを、間一髪のところで助けた勇士であるペルセウス。奇跡のような出逢いの果てに結ばれた二人は、星座となった今も仲睦まじい様子を見せてくれていて。
「家族で星になるのは僕から見たらとても羨ましい」
 ケフェウス座をグイグイと書架の壁際、端に追いやりながら、煌々と光り輝いているカシオペア座。そんな彼女に宥めるかのように、アンドロメダ座とペルセウス座が後に続いて。
 ゆったりと二組の夫婦は、幾重にも重なり合った星空のなかに溶け込んでいく。
 星になってもなお、仲の良い家族達。永遠に続く、家族の絆を体現するかのように、ずっと。星となり、瞬いて。
 幼少期、里が襲撃された際に両親が死亡している瞬からしてみれば、それはとても羨ましい光景で。
「死んだ人は星になると、聞いたことがありますが」
 それは、何処かで聞いた、お伽話。
 死んだ人は星となり、地上に残してきた家族や親しい人々を上空からそっと、見守り続けているのだと。ずっと。
 天井を、見上げる。
 亡くなった自分の両親も、星となり自分のことを見守っているのだろうか?
 どうか。どうか、そうであって欲しいと、瞬は思う。
 亡くなった両親に恥じない息子に、きっと成長できているはずだから。だから、星になって見守っていて欲しいと。
「イアソンのアルゴ号の冒険はギリシャ神話に残る一大叙事詩だ」
 奏と瞬がそれぞれ、冬の星空を彩る星座を具現化させていっている傍らで。
 響もまた、大作であるアルゴ号座の具現化に取り掛かっていた。
 片隅に呪いの施されていた大きな画用紙を、テーブルに置いて。
 残されている資料を基に、星を描き、星と星と線で結んで。思い浮かべるのは、四つの星座に分割される前の――巨大な、船の姿。
 大きさそのままに星の海を往く船の姿は、きっととても迫力のある光景に違いないのだから。
「冒険に携わるものとしてはこういう冒険には憧れる。この後に続く物語が悲劇であってもね」
 大勢の英雄達が、この大帆船に乗って遥かなる航海の旅に出たのだ。
 星座にもなっている、勇者ヘルクレスやカストルとポルックスの双子、アスクレピオス。それから、オルフェウス達も。
 時に戦いに巻き込まれ、時に航海の難所に足を踏み入れても。決して航海を止めずに。目的である黄金のヒツジを持ち帰り――一同は何とか、出発地であるイオルコスに戻ってくることが出来たのだ。
 遠征隊の全ては、とてもじゃないが、短い時間で語りきれるほどの物語ではなく。それがまた、彼らの冒険譚のスケールの大きさを物語っている。
 黄金のヒツジを巡る冒険譚は、決して喜劇ではない。数々の困難が、彼らに襲い掛かるのだから。
 だが……それを知ってもなお、壮大な冒険には憧れるものなのだろう。冒険に携わる、一人の人間として。
「母さんのアルゴ号座は大きい分手間がかかりそうですので、僕も手伝いしますか」
 アルゴ号座の具現化に、それぞれの作業を終えた瞬と奏が合流した。
 本当に巨大な星座であるこのアルゴ号座は、響一人で作業するには、負担になるだろうから。
「希望のものを具現化できる書架……素敵ですけど、まあ、この世には危険ですよね」
「望みの物が具現化される書架は悪用されると大変なことになりかねない」
 望みの物が具現化できる書架。それは、何という甘美な響きであろうか。
 施された呪いが暴走しない限り、現実に影響を及ぼさないとは言え――使い方によっては、人を幻想の世界に縛り付けてしまう、凶器にもなる。
 特に、白紙の手帳の類は……好きなように悪用もできてしまうだろう。
 一度きりとは言え、「亡くなった愛しい人に逢えます」とでも触れ込めば、詐欺で一儲けできそうなくらいだった。
「でもこの書架を作り出すほどの想像力は憧れます。瞬兄さんもそう思いませんか?」
「そうですね、色んな世界を巡るものとしては望みのものを実現できる力は持ちたいかも」
 星を描く傍ら。作業の合間を見て、奏は瞬にこっそりと囁きかける。
 悪用してしまえば、悪いことにも使えてしまうけれど。用途と用量を守ったのなら、素敵な幻想世界への扉へとなるのだから。
(「でかい星座だから形作るには苦労するだろうが、実際見れない星座なので多少歪んでいても問題ないさ。何より子供たちが楽しそうだからねえ」)
 親子三人で創り上げるアルゴ号座は、所々線が歪んだり、曲がっていたりしていたが。
 実際に見られない星座故、多少歪んでいても問題は無い。それに、何より、と。響は思う。
 子ども達が楽しそうに作っていることが、響にとっては何よりも大切なことなのだから。
「出来上がった様だね。さ、出港の時間だよ」
「いよいよ、具現化するのですね!」
「さて、どのように現れるのでしょうか」
 そうして、大きな画用紙の上に描き上げたアルゴ号座の存在。
 三人一緒に「「「アルゴ号座よ、星空へ」」」と、揃って読み上げたのなら――画用紙からゆったりとその姿を見せたのは、それはそれは大きな帆船の姿で。
 黄金の光纏いし帆船は、その甲板に数々の勇者の存在を乗せて。ゆっくりと、星の海を目指して進んで行く。
 親子三人で創り上げた大作だからこそ、幻が具現化した時の達成感も大きい。
 アルゴ号座を見送りながら、三人はふっと笑い合うのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

瑞月・苺々子
【星縁】
呪いの本を探すのね!
なんだか宝探しみたいで楽しそう
ももは折角だから、願いが叶う呪いがいいな
そうと決まれば、みんなで中身が真っ白な手帳を見つけなきゃ

――ママに会いたい

そう願いを込めて書いて、声に出すの
でもね、寂しくて会いたいんじゃないのよ
不思議な縁で結ばれた、可愛い妹と弟と一緒に
ママを前にしたらどんな気持ちになるかなって
とっても幸せだと思うの
『ハルカ』
それが大好きなママの名前

お話は出来なくてもいいの
もも達の名前、呼んでくれるかな?
「もも」って優しいママの声で呼ばれたいな


ふふ。あなたたちのママも
あなたたちが大好きなのね


あのね、ママ
もも、もう帰りたいって泣いたりしないよ
たまに寂しくはなるけれどね
もう1人ぼっちの迷子じゃないもの
「3人一緒の迷子」だからね!
みんなでママに会うことは叶わないけれど
みんなで作った思い出は
ママにもいつか、聞かせてあげるんだ


レイラ・ピスキウム
【星縁】
本の内容が現実のものになったら
魅力的ではあるけれど恐ろしい呪い

……うん。それが一番、平和で幸せな“呪い”かもしれません

母の愛した父は、3人それぞれ存在するのに
僕たちの愛する母は同じだなんて
不思議な感覚
別の世界から集った子供たちをみたら
実際の母さんなら何て言うかな

『ハルカ』
それが母さんの名前
苺々子さんの良く知る母は
当然ながらですが、僕の見知った母より少し若いです
歳は……20代後半くらいに見える
今も昔も、綺麗な事に変わりはないよ

父の家の仕来りで
女性名を付けられた僕の境遇を気にしてか
愛称で呼ばれる方が多かったです
「レイ」って
ああ。ふふ、懐かしい響き

それはそう
何て言ったって、母さんの口癖は「愛してるよ」だから
どんな時でも家族を一番に考えてくれる
そんな優しい人でしたから
……過保護すぎて少し、心配になる時もあったけれどね


ミーシャ・アルバンフレット
【星縁】
“呪いの施された本”……を探せばいいのね?
漠然としていて……どんな見た目の本が該当するのか、見当もつかないかも
とりあえず、手分けして手帳を探そっか

……ふふ。うん。私も久しぶりに、ママに会いたいな
生まれた世界や父親は違くても
私たち、“ママは一緒”の姉弟だもんね

ママの名前は『ハルカ』
優しい声
綺麗な赤い瞳
カスタードクリームみたいな、甘い金色の、ふわっとした長い髪
私の知るママより少し若いけれど
それでも私のママでもあるのね

――ねえ
私の名前
「フラン」っていうの
本当の名前はもう少し、長いのだけど
ママにそう、愛称で呼ばれるの
大好きだった

あはは、みんな愛称で呼ばれてたのね
どの世界線でも、優しいママみたいで安心したわ

もうママの姿は見えなくなってしまったけれど
まだふわふわとした夢の中にいるみたい
こんなに素敵な余韻、ずっと浸っていたいな
ねえ、2人はママのどんな所が好き?




 ――「こんなことがあったら良いな」って。
 ――「もし、あの時こうしていたら」って。
 人生の間で幾つも訪れる、“ If”や“ Another”の存在達。
 それらは生まれてから、選択の度に分岐し、無数に枝分かれを繰り返していくばかりで、少なくなる気配をまるで見せなくて。
 例えば、今日みたいに姉弟で仲良くお出かけした時に「ココアを飲むか、ストロベリー・ジュースを飲むか」なんて。日常のちょっとしたことにすらも、沢山の選択肢が潜んでいる。
 一説によれば、人は一日に三万五千回も選択と決断を繰り返しているという話なのだから。
「それだけ選択を繰り返しているのなら、後悔することも多いでしょうけれど……その選ばなかった『もしも』に縋る人が出てきたら、それだけでこの本の危険性は一気に跳ね上がりますね」
「どっちか選ばなきゃダメ? ももはどっちも飲みたいかも!」
「そういうの有りなのかしら? って、確かにそういうのも選択肢のうちの一つよね。レイラの飲む分がなくなっちゃうわ」
「ちょっと待ってください、ミーシャさん。なんで僕の分が無くなること前提なんですか」
「だって、レイラってば、読書に集中して飲み物のことなんて、すっかり忘れちゃいそうじゃない」
「ももはレイラの分まで飲まないよ? えっと。たぶん!」
 「呪いの本」と、“ If”や“ Another”について話しながら。三人で仲良く探すのは、目的である「呪いの施された本」の存在。
 数ある選択肢の中から……どちらかを、或いは、複数の中から一つを選んだのなら。選ばなかった選択肢達は、次の瞬間には跡形もなく消え去ってしまって。
 後から「あっちの方が良かったかも」と、自分の選択を悩んだり、後悔したりしても。
 もう、選ばれなかった選択肢達は、影も形もなくなってしまうから――選んだ道を、真っ直ぐ前を向いて進むしか、方法は残されていないのだ。
 その選択が、後々自分や周りにどんな影響を及ぼすのか。それすらも、知ることが出来ないのだから。
 蝶の羽ばたきが、やがて大きな竜巻を巻き起こすかもしれないという「バタフライエフェクト」に、とある世界から分岐した世界群のことを考察した「並行世界」に。
 「この選択肢の結末は?」や、「もしあの時、選ばなかった方の選択肢を選んでいたら、世界はどうなっていたのか」なんて。そのような研究は、遥か昔から重ねられてきている。
 だからこそ。
 選ばなかった選択肢の結末すらも、扱い方によっては叶えてしまうことのできる「呪いの本」の存在は――どんな手段を使っても、手に入れたい人が居るのかもしれない。
 現実と空想の境界を曖昧にさせる。あの日、あの時選ばなかった「もしも」や「もう一つ」が、叶えられてしまう。
 それは、とても甘美で、素敵で。それからきっと、とびきり危険な存在。
「本の内容が現実のものになったら。魅力的ではあるけれど恐ろしい呪いですよね」
 調査中であるから、じっくり読み込むのは後々……頭ではそうと理解していても、ついつい指先と目が、とびきりの出逢いを求めて動いてしまう。
 こればかりはきっと、仕方ない。読書好きとして、この本の海は、抗い難い魅力を放っているのだから。
 書架の本を抜き取って、最後のページに記された呪いの証である紋様を探しながら――レイラ・ピスキウムは、手に取った書籍の内容をざっと流し読んでいた。
 初代店主の興味の対象でもあったせいか、やはり、星について纏められた本が多い。
 レイラが今しがた手にした本も、超新星爆発について纏められた専門書籍の様で。何ページにも渡って、星の一生について延々と記されている。
「……この本にもし呪いが施されていて、それが暴走したのなら。燃えたり爆発したりするんでしょうか」
 レイラの白い指先が、専門書籍の背表紙を撫ぜる。
 使い方によっては、無限大の可能性を秘めている、恐ろしい呪い。だからこそ、悪いことを企む人間の手に渡る前に――全て集めて、呪いを解き放たなくては。
「一時的に幻を現実にするって言ったら、聞こえは良いんだけど。そう考えると、恐ろしいわよね。幻に依存する人とか、出てきそうだわ」
 ミーシャ・アルバンフレットもまた、レイラがポツリと零した呟きに相槌を打った。
 幻と現実の境界を曖昧にして――その結果、どちらがどちらか、区別がつかなくなってしまったのなら?
 心が、幻が作り出した「もしも」や、「もう一つ」に捕らわれてしまったのなら?
 きっと、誰も幸せにはなれない。幻は所詮幻で、現実とは違うのだから。
「でも、“呪いの施された本”……を探せばいいのね? 漠然としていて……どんな見た目の本が該当するのか、見当もつかないかも」
「呪いの本を探すのね! なんだか宝探しみたいで楽しそう」
 恐らく、初代店主が風の向くまま気の向くままで、呪いを施していったのだから。
 それらにはきっと、共通点が無い。強いて共通点を挙げるのなら、「初代店主が、ちょっと呪いを試してみたくなった内容の本」であることだろうか。
 漠然としていて、見当もつかない。せめて、目印くらい残しておいて欲しかった。呪いを施した初代店主への少しの呆れを抱きながら、ミーシャが書架の本達を見上げている背後で――瑞月・苺々子がちょこまかと動きながら、控えめにスキップを刻んでいた。
 ずうっと続いている書架の中から、隠れている呪いの本を探すなんて。隠れん坊みたいで、楽しそう。
 タイムリミットが来る前に、隠れている本を全て見つけられるかな?
 綻び出した呪いが暴走しないか、ハラハラドキドキだけど――何だか重大任務を遂行しているみたいで、キリっとやる気も出てきて。
 楽しみと真剣さをちょうど半分ずつ、その胸に抱いて。苺々子も、隠れん坊の鬼になって、書架に隠れている呪いの本達を探していく。
「ももは折角だから、願いが叶う呪いがいいな。そうと決まれば、みんなで中身が真っ白な手帳を見つけなきゃ」
「そうね。とりあえず、手分けして手帳を探そっか」
 声に出さなくたって。恐らく、三人が抱いた想いはきっと一つだけ。
 現実と幻の境界が、分からなくなることはないから。三人がそれほど弱くは無いことは、自分達が分かりきっているから。きっと――「その願い」を叶えるのが、一番幸せで平和なのかもしれない。
 誰も不幸にならない、幸せのお呪い。
 願いを叶える為にも、まずは呪いが施された真っ白な手帳を探さないと。
 三人いるから、協力して。手分けして探せば、きっとすぐに見つかるはずだから。
「ももはこっち探すね」
「では、僕はこちらを」
 三人で手分けをして探せば……そう。きっとすぐに見つかる、はず。
「大丈夫よね?」
 それぞれ、「こちらを探す」と言っている苺々子とレイラの姿は、本来ならとても頼もしくミーシャの目に映るはずなのだけれども。
「……本当に、大丈夫よね?」
 何故だろうか――何もしてないし、何なら、別れて探し始めてもいないのに。
 不安しか、浮かばない。
「二人とも、何かあったらすぐに呼ぶのよ?」
「はーい!」
「分かっています」
 不安を滲ませたミーシャの声に、返ってくるのは、底抜けに明るい二つの返事。
 ミーシャが抱く不安もきっと気付いていない二つの声に、フッと気が遠くなるような感覚がミーシャを襲う。
(「大丈夫じゃない。絶対に、大丈夫じゃないヤツだわ……」)
 手分けして、書架の一角の調査に当たっていく苺々子とレイラの後ろ姿を見送りながら。
 「目を離さないようにしましょう」と。密かに決意を固めるミーシャ。
 だって、あの二人なのだから――何も起こらないはずがない。たぶん、何かしら起こすだろうから。
「ねぇ、レイラ」
「ミーシャさん、どうかしましたか?」
「レイラ、気付いてる?」
「何を、ですか?」
「…………」
 ずらっと並んでいる、書架の列。
 端から順番に調査していけば良いだけの話で。いったい何処に迷う要素があるのかと、首を傾げてしまうのだけれども。
 ミーシャには分からないだけで、レイラにとっては確かに迷う要素があるらしい。現に――ミーシャの目の前で、レイラがグルグルと迷っている。同じ書架の周りばかりを、さっきから何週もしている。
 レイラ自身も、違和感を感じているようで。見覚えのある本の並びに、きょとんとしていたりするが。それだけだった。
 早速痛くなってくる頭を片手で押さえながら。ミーシャがレイラへと問いかける、が。やっぱり……レイラ自身は、迷っていることに気付いていないらしい。
「ところで、ミーシャさん」
「……どうしたのかしら?」
「この本、先程も目を通した気がするのですが。それにこの本の並び、何処かで見た気が、」
「まさに今私が言いたかったのは、そのことについてよ!」
 やっと気付いてくれた。
 ビシッ! と指を突き出した先。真犯人を捕まえた名探偵のように、指を差したミーシャはレイラへと畳みかける。
「レイラ、さっきから何度も、そう何度も! その書架の周りをずっとグルグル彷徨っていたんだから!」
「なるほど。道理で見覚えが」
「『なるほど』じゃないわよ、気付きなさいよ……」
 はあ、と。ミーシャが痛くなる頭を押さえながら、ため息をついている間にも。
 レイラと苺々子によって引き起こされようとしている、ちょっとしたゴタゴタは、ミーシャのことを待ってはくれない。
 ミーシャの視界の端に映り込んだのは――みっしりと隙間なく本が詰められた書架の中から、一冊の手帳を引き抜こうとしている苺々子の姿だった。
「もも、この本が怪しい気がする!」
「苺々子、大丈夫? その本、一人で引き抜ける?」
「うん! ――っとと」
「ほら、言ったじゃない……。ケガは無い?」
「だいじょうぶ!」
 一ミリの隙間もないくらいに、みっしりと詰められた本の数々。
 その間に挟まるようにして。隠れん坊していた怪しい手帳を見つけた苺々子は、何とかそれを引き抜こうとするが……隙間がないせいで、ビクともせず。
 手帳の背表紙に手をかけて「よいしょっ!」と思いきり引っ張ったところ、スポンッ! と勢い良く本が抜けて、後ろに弾き出されてしまった。
 後少しで尻もちをつくところだった苺々子を、間一髪のところでミーシャが受け止めに入る。
「レイラも苺々子も、もう少し気を付けて欲しいところだわ」
「あっ。見て見て! これ、呪いの本だよ」
「本当ですね。苺々子さん、お手柄です」
「結果オーライ、かしら……」
 呪いが施された手帳を無事見つけ出すことができたことを、無邪気に喜ぶ苺々子と、呑気に苺々子を褒めるレイラを眺めて。一人、釈然としない表情を浮かべるミーシャ。
 でも、これ以上二人が巻き起こすゴタゴタが起きないとなると――ある意味、そちらの方が平和なのかもしれない。
 白紙のページを開いた苺々子は、早速そこに「叶えたいお願い」を記していく。
 何を書くのか、なんて。今更迷うこともない。書きたいことは、叶えたいことは。ずっと前から、一つのことって決まっていたのだから。
「『――ママに会いたい』」
 文字に落とし込んでみれば、たった七文字の言葉の並び。
 でも、十文字にも満たない文字の並びに、どれほどの深い想いや気持ちが込められているのか、ミーシャとレイラには痛いほど分かるから。
 だから。苺々子が真っ直ぐな願いを読み上げる様子を、静かに見守っていた。
「……ふふ。うん。私も久しぶりに、ママに会いたいな」
「……うん。それが一番、平和で幸せな“呪い”かもしれません」
 苺々子が真っ直ぐに想いを籠めて読み上げる様を、優しい眼差しで見守っていたミーシャとレイラ。
 「ママに会いたい」という真っ直ぐな思いを噓偽りなく口に出す苺々子の様子を見ていれば、ミーシャだって、久々にママの顔を見たくなってしまう。
 「一番平和で幸せで、誰も不幸にならない呪い」の具現化に、レイラもまた柔く微笑みを浮かべた。
 幻と現実の境界が分からなくなる程弱くは無い。ただちょっと、有り得たかもしれない「もしも」を見たくなっただけだから。苺々子のその気持ちは、レイラとミーシャが何よりも一番分かっているから。
 少しだけ、有り得たかもしれない可能性を覗き見るのは――神様だって、赦してくれるに違いない。
(「でもね、寂しくて会いたいんじゃないのよ。不思議な縁で結ばれた、可愛い妹と弟と一緒に、ママを前にしたらどんな気持ちになるかなって」)
 それはきっと、とっても幸せだと思うの。
 「ママに会いたい」という願いを読み終えた苺々子は、ミーシャとレイラの方をふわりと振り向いて、にっこり微笑んだ。
 苺々子はもう、寂しさを抱いて独り彷徨う迷子の子狼ではない。ずっと大好きで、大切な人達に出逢うことが出来たのだから。
 「迷子にならなかったら」なんて。時には、そう思うこともある。はぐれたばかりの頃は、とても寂しかったり、悲しかったりもして。
 けれど。
(「『やっちゃった』って思うこともあるけど……でも、別の道を選んでいたら、出逢わなかったかもしれないもの」)
 目の前の、可愛い妹と弟に。
 正解も間違いもない、この道。
 「もしも」と「もう一つ」が叶わないのなら、せめて――ミーシャとレイラとの楽しいことや想い出を沢山持ち帰って、いつかママに聞かせてあげたいから。
「生まれた世界や父親は違くても。私たち、“ママは一緒”の姉弟だもんね」
「母の愛した父は、3人それぞれ存在するのに。僕たちの愛する母は同じだなんて、不思議な感覚」
 苺々子とミーシャとレイラ。三人の母が同じだなんて、なんとも不思議な感覚で。
 三人の母がそれぞれの世界で繰り返した選択の果て。その結果生まれたのがきっと、それぞれの存在で。
 そう思えば、「もしも」の力が持つ偉大さを。少しばかり、身近なものに感じられてしまったり。
「別の世界から集った子供たちをみたら、実際の母さんなら何て言うかな」
「そうね。なんて言うかしらね」
「『みんな可愛い』とか?」
 ママの――大好きなママの話となれば、話題は尽きない。
 何時間でも、何日でも。こうして、姉弟三人でずっとママのことについて、話せてしまいそうで。

『『『ハルカ』』』』

 それが大好きなママの名前。三人一緒の、ママの名前で。
 三人一緒にママの名前を口に出せば、呼びかけに答えるようにして。周囲を漂っていた光が、より眩しいものに変化して。
 光が強く爆ぜた向こう側。優しいクリーム色の光を抱くママの姿は、苺々子が見覚えのある「ママ」の姿を瓜二つで。
 ふわりと舞い上がったのは、カスタードクリームみたいな、甘くて優しい金色の長い髪。
 そっと閉じられていた瞼が上げられて。その下から覗いたのは、綺麗な赤い二つの瞳で。
 苺々子とミーシャとレイラ。三人の姿に気付いた途端、にっこりと優しい笑みを浮かべてくれる。
(「お話は出来なくてもいいの。もも達の名前、呼んでくれるかな? 『もも』って優しいママの声で呼ばれたいな」)
 目の前に現れたママの幻に、心の中だけで苺々子が抱くのは、少しの我儘。
 いつか、帰り着いた時の為に。苺々子は毎日頑張っているのだ。ママに「頑張ったね」って、褒めて貰うために。
 だから……毎日頑張っているから、今日くらい、甘えても許してくれるだろうから。
 贅沢は言わない。お話出来なくても良いから。一度だけ、一度だけで良い。もも達三人の名前を呼んで欲しかった。
「私の知るママより少し若いけれど、それでも私のママでもあるのね」
「そうですね。苺々子さんの良く知る母は、当然ながらですが、僕の見知った母より少し若いですね」
 苺々子の描き出したママは、ミーシャとレイラが知る彼女よりも、少しばかり若い頃の姿の様だけれど。
 それでも、若いだけで、二人の母であることに変わりは無いから。
 にっこりと嬉しそうな微笑みと共に、ミーシャとレイラもまた、苺々子の後に続いてママへと挨拶を。
「歳は……20代後半くらいに見える。今も昔も、綺麗な事に変わりはないよ」
 幻の母へと、そう告げて。レイラは柔く微笑みを深めた。今も昔も。綺麗なことに変わりはないのだから。
『もも、フラン、レイ――……』
 三人それぞれに、目線を合わせて。ゆったりと紡がれるのは、酷く懐かしい言葉の響き。
 嘗て、愛称で呼ばれていた日々を思い起こさせるように。小さかった頃と変わらない、優しい声音で。三人のことを、呼んでくれた。
 ママは他にも、少しだけ。子ども達である苺々子とミーシャとレイラに、何か話している様だったけれど……。何を話してくれたのか。それは、三人だけの秘密に。
「――ねえ。私の名前、『フラン』っていうの」
 和やかな時間が流れるなかで。ふとミーシャが切り出したのは、自分の名前についての告白だった。
 普段名乗っている「ミーシャ」という名前。実はそれは、本当の名前では無くて。
 或る王家の跡取り娘であるから。余計な争いや諍いに巻き込まれぬように、だとか。色々な理由から、名を伏せて生活しているのだ。
 名は伏せて生活すること。それは、父との約束事でもあるから。ミーシャが本名を名乗ることは、そうそう無いことで。
「本当の名前はもう少し、長いのだけど、ママにそう、愛称で呼ばれるの大好きだった」
 さっきみたいに。愛称で呼ばれることが、幼い頃のミーシャは何よりも大好きだったのだ。
 何だか、小さい頃に戻ったみたいで。ふわふわと幸せな気持ちになれる。
 そして、それはレイラもまた。
「父の家の仕来りで、女性名を付けられた僕の境遇を気にしてか、愛称で呼ばれる方が多かったです。
 『レイ』って。ああ。ふふ、懐かしい響き」
 もう一度だけ、先程母が呼んでみせた自身の愛称を口にして。レイラはふふっと表情を綻ばせた。
 父の家の仕来り。だから、「レイラ」という女性名を名付けられた。そのことを母は、気にかけてくれていた。だから――愛称で呼ばれることが多かったのだ。
 その名で呼ばれる度に、何度だって昔に戻ることができる。レイラにとって、酷く懐かしい音の響き。
「ふふ。あなたたちのママも、あなたたちが大好きなのね」
「あはは、みんな愛称で呼ばれてたのね。どの世界線でも、優しいママみたいで安心したわ」
 誰が一番なんて、そこには存在していなくて。
 苺々子も、ミーシャも、レイラも。全員が等しく、ママにとっての一番大切な存在なのだ。
 それくらい、とびきり愛さているのだろう。
「それはそう。何て言ったって、母さんの口癖は『愛してるよ』だから」
 海の様に大きくて、尽きることのない深い愛情を持っている人だった。
 息を吐くようにして、レイラに『愛してるよ』と。毎日のように、そうやって優しく囁いてくれたのだから。
「どんな時でも家族を一番に考えてくれる、そんな優しい人でしたから。
 ……過保護すぎて少し、心配になる時もあったけれどね」
「でも、それがママの良いところなのよね。きっと」
 過保護過ぎて、優しくて。それが少し、心配に思うこともあったけれど。
 けれど。そこが何より、ママの一番素敵なところなのだろう。
 ママが子ども達を想っているように。三人もまた、ママのことを想っているから。例え、離れていても。
 髪色と同じ、甘い金色の燐光を纏って。もう、消えかけているママに向かって――苺々子は、思いきり微笑みかけてみせた。
「あのね、ママ。もも、もう帰りたいって泣いたりしないよ。たまに寂しくはなるけれどね。もう1人ぼっちの迷子じゃないもの」
 ――「3人一緒の迷子」だからね!
 とびきり、誇らしく。とびきり、元気な声で。苺々子は告げる。
 三人一緒だから、寂しくないって。楽しいって。
 そう言いきった苺々子に、消えかけていたママが、確かにふんわりと微笑んでくれた。
「みんなでママに会うことは叶わないけれど。みんなで作った思い出は、ママにもいつか、聞かせてあげるんだ」
 ママが飽きてしまうくらいに、沢山のお話を聞かせてあげよう。毎日のように、沢山。いつか、無事にママの元に帰ることが出来たのなら。
 寂しいこともあるけど、この道を進まなければ、出逢わなかった人達も確かにいるから。だから。それまで。苺々子は歩き続けるのだ。
「まだふわふわとした夢の中にいるみたい。こんなに素敵な余韻、ずっと浸っていたいな。ねえ、2人はママのどんな所が好き?」
 最後にもう一度、三人を愛称で呼んで。
 それから、ふわりと溶けて消えてしまったママの姿。
 普通に生きていたのならば、きっと叶う事の無かった、「三人一緒にママに会う」という願い。それが幻とは言え、現実になったことは何だか少し不思議な心地で。
 もうママの姿は見えなくなってしまったけれど、まだふわふわとした夢の中にいる様で。
 ほんのりと温かく幸せな気持ちを抱きながら、ミーシャはレイラと苺々子に問いかける。
「そうですね。僕は――」
「ももはぜんぶ!」
「全部はずるいわよ。もっと詳しく!」
 三人の「ママの好きなところ」談は、まだまだ始まったばかりだ。
 三人で過ごす、賑やかで楽しくて、それからとても幸せな時間は、もう暫くの間続くことだろう。
 ママが三つの道をそれぞれ選んで、進んでいった結果生まれた三人の存在。
 どの道を選んでも、ママはきっと、後悔はしていなかったと思う。
 だって、こんなにも苺々子達のことを想って、愛してくれているのだから。
 だから。ママみたいに、後悔の無いように生きようって。心から浮かんでくるのは、きっと、そういう感情。
 今は一度しかないから、全力で楽しまなくちゃ!
 そんな想いを抱けば、自然と心の中から笑みが溢れてきた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

朧・ユェー
【月光】◆

ルーシーちゃん、呪いの本を探しましょうか
彼女と手を繋ぎ色々探していく

たくさんの本達の中から探すが見つからない
多分、他の方が見つけて下さったのだろう
本の傍にあった手帳?
何も書かれてない真っ白な
きっとこれだろう
ルーシーちゃん、本じゃありませんが手帳みつけました
多分、これに文字を書いて読めばそれが起こると思います

危険なモノかもしれないので彼女よりも先に
真っ白な紙に文字を書く
『白の世界に沢山の向日葵畑。夜空には星と月が浮かび、流れ星』

彼女との想い出をそのまま書いて読んでみる
リアルな世界がそこに
嗚呼、とても綺麗な素敵な世界
彼女との

ルーシーちゃんは何を書きますか?

僕??
おや、僕が現れましたねぇ
なるほど僕はお月様で沢山の星座の中心なのですね
向日葵にブルーベリー、黒雛にララちゃんですか

ありがとうねぇ、とても素敵です

でも一つ忘れてますよ?
と書き足す
『ゆぇぱぱの横に娘ルーシーが寄り添う』
ふふっこれで完成ですね

消えてしまうのは寂しいですね
えぇそうですね
これから本物の想い出を作り見れますから
ずっとね


ルーシー・ブルーベル
【月光】◆

呪いの本
なんだか恐ろしい響き
でもパパといっしょなら平気
うん!
パパの手をぎゅっとして出発!

さっきみたいなご本
なかなか無いね
そっか學徒兵さん達のおかげね
パパのそれ、当たり?すごい!

手帳にパパが書いている
キレイな文字達を見ていると
最初は白の世界
そしてヒマワリに、星月夜に、流れ星に…!
全部パパとの想い出にある!
ステキ、すてき!パパ!本物みたいだわ

ルーシーは、そうね
うーんと悩んでからペンをとるわ

――『ゆぇパパ』

言葉はそのままならただの文字が並んだだけ
そこに意味を見出した時に
何かが宿ったりするのだと思うの
ルーシーにとって
ものすごく意味が宿った言葉が『ゆぇパパ』だから

『ゆぇパパの周りにヒマワリ座、ブルーベリー座に黒ヒナさん座、ララ座の星座がキラキラ光る』!

んふふーどうかしら!
すごい、大正解よ
う?忘れてる?あっ、ルーシーがいる!
ふふー、そうね
親子いっしょじゃないと

これ、いずれ消えてしまうのね
こんなに色鮮やかなのに
少し寂しいけれど、でも大丈夫
だってまだこれから本物をもっと見れるもの
ええ、ずっと!




 星座。それは、夜空の向こう側に浮かぶ星々が幾つか結びついて、その形を作っているもの。
 ぬいぐるみさん達は、布と綿と糸と、後はリボンやボタンとか。
 お月様は、岩石から出来ていて。お星様は、岩石や金属、ガスから。
 本は紙とインクから。向日葵のお花は、葉っぱと茎と、根っこ、お花から。
 じゃあ、太陽みたいなお花で繋がった仲良し親子な二人を構成しているものは?


 呪いの本。文字の内容を具現化させてしまう、不思議で怪しげで、ちょっぴり危険なその存在。
 一時期とはいえ、望むことを何でも具現化させられてしまう、なんて。魔法みたいな不思議な存在は、童話や絵本の中だけの存在だと思っていた。
(「呪いの本。なんだか恐ろしい響き」)
 ――それに、その呪いが暴走してしまうタイムリミットも、近いと来たのだから。
 使い方を誤れば、きっと、恐ろしい道具に早変わりしてしまう。そんな危険性も秘めている。
 だからこそ、「呪いの本を探す」と聞いた時、ルーシー・ブルーベルは……本音を言うと、ちょっぴりだけ怖かった。
 この広い書庫の中の、沢山並んだ書架の中から。呪いの本達が、ルーシーの様子をじぃっと物陰から伺っているようで。
 少し隙を見せたら、たちまち怖い思いをさせられてしまいそうで。
 でも、ルーシーは一人じゃない。とても頼もしい存在が、傍にいるのだから。
「ルーシーちゃん、呪いの本を探しましょうか」
 ちょっと緊張した様な面持ちで、何度も首をコクコクと無心で振っている小さな愛娘の仕草が可愛らしくて。
 だけど、ルーシー自身はキリっと真剣そのものだ。
 呪いの本への緊張のあまり、ユェーの言葉にコクコクと頷くだけの首振り人形と化してしまった彼女の様子に、込み上げてくる可愛らしさと微笑みを何とか押し殺しつつ――朧・ユェーは、ルーシーへとそぅっと手を差し出した。
 これも、緊張している彼女を安心させる為。「大丈夫ですから一緒に探しましょう」と、言葉にせずとも告げる様に。
 「ゆぇパパ」だからこそできる、「大丈夫」のおまじない。
「うん!」
 大きな手のひらと一緒に、ニコリと優しく微笑みかけてくれるパパ。
 決して明るいとは言い切れない書庫と、呪いの本は少し怖いけれど――……でもパパといっしょなら平気なのだから。
 大きな明るい返事と共に、ルーシーがぎゅっとユェーの手を握り返したのなら、それが出発の合図!


「わわ。パパ、見て! 『世界の向日葵に出逢う』っていう本があるわ」
 気になる本、ふと目に留まった本。表紙が素敵な本。
 沢山の本が眠る書架には、色々な出逢いがあった。
 呪いが施された本はまだ、見つからないけれど。その代わり、気になる本は何冊もあって。二人でゆっくりと、書架を調査しながら。
 調査の合間合間に、気になった本の内容を少しだけ読み込んだりもして。
 手を繋いだまま、書架を探索していたルーシーの視界の端をチラついたのは、妙に見覚えのある明るい黄色で。
 日に焼けたり、煤けたりして。書庫と言う彩度の低い空間の中で、その「黄色」は一際輝いている様にも見えたから。
 ユェーの手を引っ張りながら、先程視界の端を掠めた黄色の方へと一目散に。
 少し色褪せているけれど、それでもまだまだ明るい黄色を間近でじぃっと見つめてから。大きな分厚いその本を、グッと両手で持ち上げた。
「どうやら、世界中の向日葵について纏めた図鑑みたいですね。少し読んでみますか?」
「うん!」
 埃が薄っすらと張り付いた表紙を軽く叩けば、そこには『世界の向日葵に出逢う』という題名が。
 題名通り向日葵に特化した図鑑の様で、表紙の黄色も向日葵をイメージさせるようなもの。
「この世界にも、色んな向日葵があるのね」
 後幾つか眠れば、ルーシーにとって待ち遠しい夏がやってくる。
 燦々と眩しいくらいの陽光が照り付ける夏と言えば、二人の想い出の花である向日葵の季節なのだから。
 夏と向日葵を待ち遠しく思っている愛娘の気持ちは、口にしていなくとも、ユェーには手に取るように理解することが出来た。
 今年の夏は、どんな楽しいことが二人を待っているのだろう。
「白に、赤に。これは、チョコレート?」
「そうですね。ビターなチョコレート色をしていますね。美味しいのでしょうか」
「パパ、食べちゃダメよ?」
 本当の心配半分、「揶揄っているのよね?」という呆れ半分で。
 どんな表情をユェーへと向けるべきか、むむっと難しそうに百面相しているルーシーの頭を優しく撫でて。「食べませんよ」とユェーは柔く言い聞かせる。
「おや、ルーシーちゃんが好きな物を良いとこ取りしたような向日葵もありますね」
 「うー?」と未だ首を傾げたままのルーシーが、覗き込みやすいように。
 ページをルーシーの方へと少し傾けて、ユェーが指で示す先にあったのは、テディベアみたいな毛に似た花弁が沢山ついた、ふわふわの向日葵の写真だった。
「ふわふわしていて、テディベアみたいね」
 ぬいぐるみと向日葵の良いとこ取りをしたかのような、ふわふわで愛らしい向日葵の花。
 もふもふとしていて、そのままぬいぐるみにしても触り心地が良さそうだけれど。
 ルーシーの好きなものを二つとも合わせたような向日葵の姿には、心躍るけれど。
 それでも。
「でも、パパとの想い出の向日葵が一番だわ」
 パパみたいに背が高くて、太陽に向かって真っ直ぐに伸びて、大きな花を咲かせる黄色い陽光の花。
 それこそが、二人の向日葵の姿であるのだから。それだけは譲れない点だった。
「今年も沢山咲いてくれるかしら?」
「ええ。きっと沢山咲くと思いますよ」
 目前へと迫った今年の夏への期待に表情を綻ばせながら。にっこりと微笑み合う二人。
 今年の夏はきっと、去年よりも素敵な夏になるに違いない。
 不思議と、早くもそんな予感がしていた。

「さっきみたいなご本、なかなか無いね」
 料理の本に、ぬいぐるみの作り方の教科書。
 ネモフィラ畑や星空が綺麗な浜辺といった、世界各地の絶景を収めた写真集。
 その後も色々な本との出逢いを繰り返しながら、呪いが施された本を探していたけれど。
 奮闘に対して、最後のページに紋様のついた本はなかなか見つからない。
「多分、他の方が見つけて下さったのだろう」
 沢山の本と出逢い、沢山の本のページを捲ってきたルーシーは、そろそろちょっと疲れて来てしまっている様。
 ユェーがちらっとルーシーの様子を伺えば、何処かしょんぼりとした様子で、異常の無かった本を棚に戻しているところだった。
 そろそろ見つかっても良い頃合いなのだけれども、一向に見つからないのは、仲間の猟兵や學徒兵達が頑張って探し出してくれているお陰だろう。
「そっか學徒兵さん達のおかげね」
 次々に本が見つかることは、それだけ悪い人の手に渡ったり、暴走したりする可能性が少なくなっていっているということで。
 本当なら手放しで喜べるころだけど、「幻想的な光景」を間近で直接見ていない以上、ちょっと複雑な気持ちにもなる。
 本が次々に発見されているのは良いことだけど、嬉しい様な、物足りないような……。
 声に宿す声音は仄かに嬉しそうに。けれども、視線ばかりは上空に広がる星空や、その他の具現化した幻たち――他の人達が具現化させたのだろう――をそっと見上げているルーシーに、ユェーは優しく言い聞かせる。
「きっと、そう遠くないうちに見つけられますよ」
「そうだと良いわ。この辺りだと、どんな本が怪しいかしら」
 ルーシーに問い掛けられたユェーは、今居る周辺の書架をぐるりと見渡して。ふと気になったのは、本と本の間にしれっと紛れている薄い手帳の存在。
 大まかな分類だけしかされていないとは言え、最初からここにあったものなのだろうか?
 手帳の存在を疑問に思ったユェーは、場違いな場所に置かれた手帳を書架の中から引き抜いてきた。
 手に取り、ページを捲ってみるが――延々と白紙が続くばかりで、中に何も記されていない。後にはずっと、まっさらな白地が続くばかり。
 「もしかして」と思い最後のページを捲れば、そこには、何やら奇妙な紋様が。どうやら、この手帳で当たりのようだ。
「ルーシーちゃん、本じゃありませんが手帳みつけました。多分、これに文字を書いて読めばそれが起こると思います」
「パパのそれ、当たり? すごい!」
 あんなに捜索が難航した本を、「気になりましたから」と一瞬で見つけ出してしまうなんて。「さすがパパ!」と、ユェーに向けられるのは、純粋な尊敬と憧憬の眼差し。
 無邪気な彼女は「文字の内容を具現化できる、危ないけど不思議な本」と捉えているかもしれないが。
 呪いのルーツが不明であれば、呪いそのものも綻びかけているものだ。何処にどんな危険が潜んでいるのか、はっきりとは分からない。
 万一の危険にルーシーを巻き込む訳にはいかないからと、ユェーはさりげなくを装ってルーシーよりも先にペンを手にした。
 「危ないモノかもしれない」と悟られて、ルーシーに心配と不安をかけたくは無かったから。
 愛娘の為なら、多少の演技だって時には必要になるもの。ルーシーの笑顔と安全を護れるのなら、それこそ本望のようなものだった。
 自分が手帳に対して警戒心を抱いていることは決して気取らせないように、ユェーはさらりと流れるような動作で文字を綴っていく。
「『白の世界に沢山の向日葵畑。夜空には星と月が浮かび、流れ星』」
 陽光のような、新雪のような。或いは、月光のような。
 一面を真白に染め抜かれた世界に、終わりが見えない程に沢山咲き誇った向日葵の花畑。
 優しい色を湛えた夜空には金平糖のような星が散りばめられて、星々が静かに瞬くその様を、お月様が優しく見守っている。それから。時々、思い出したように夜空の藍を切り裂いて去っていくのは眩い流星の存在で。
 瞳の奥に思い描くのは、そんな幻想風景の一場面。
 どれも、ユェーとルーシーを構成するのに、無くてはならない想い出とその存在達だ。
 この幻を。この世界を。構成するのはきっと、ルーシーとの想い出だけ。それだけで良い。
 今まで彼女と過ごしてきた月日を、共にした時間を、重ねた言の葉を。一つ一つ思い起こしながら、ユェーは今しがた綴った文面を柔らかな声で読み上げた。
 すると――……。
「わ、芽が生えたわ!」
 手帳に並んだ、ユェーが記したキレイな言葉達をじっと眺めていたルーシー。
 何が起こるのか、楽しみで。そわそわワクワクしながら、キョロキョロ周囲を見渡していたところ、変化はすぐに訪れた。
 いつの間にか二人の周囲を漂い始めていたふわふわとした小さな光の球達が、爆発的にその数を増やして。瞬く間に、世界が「白」一色に塗りつぶされていく。
 それから。ちょこんとルーシーの足元に元気良く顔を覗かせたのは、小さな双葉の存在。
 危うく双葉を踏んでしまうところだったから、慌てて片足を退けて。そんなルーシーの様子を、ユェーが優しく見守っていた。
 ルーシーの足元から始まった双葉の芽吹きは、最初の一つを中心に――円形にどんどんと広がって行くようにして。双葉が芽吹き、茎が伸びて、蕾が出来て。
 そうして一斉に、もう何度だって二人で共に眺めてきた、見覚えのある黄色い大輪の花を咲き綻ばせた。
「ヒマワリに、星月夜に、流れ星に……!」
 気が付けば、真っ白だった上空も、いつの間にか優しい闇夜が揺蕩っている。そして、その藍の上で、さざめき合っている星々。
「そして全部パパとの想い出にある! ステキ、すてき! パパ! 本物みたいだわ」
 上空を流れていた流星の一つが、キラキラと光を放ちながら夜空を駆け抜けて。
 グングンと眩い光を増して、ルーシーの元へ。
 ふよふよと自分の周辺を飛び回る星の子の存在に、ルーシーが恐る恐る両手で受ける様にして、手を差し出せば――星の子はルーシーの両手に飛び乗ったかと思うと、キラリと爆ぜた。
「パパ!」
 興奮のあまり、柔らかな星明かりの下でも分かるくらい、頬を紅潮させて。
 勢い良くユェーの方へと振り向いたルーシーの目に、同じようにして肩に星の子を乗せているユェーの姿が映った。
(「嗚呼、とても綺麗な素敵な世界。彼女との」)
 愛娘が心底楽しそうな笑みを浮かべて自分を呼ぶ様を、ユェーは穏やかな気持ちで見つめている。
 目の前に広がるのは、本物と見紛ってしまうくらいに美しく、リアルな世界だ。
 この世界全てを構成するのは、彼女との想い出で。そのどれもが一等美しく、尊くて。この世界に、間違いなんてものは存在しないようにも思える。
 そのくらい、とびきり美しい世界が二人の存在を包み込んでいた。
「ルーシーちゃんは何を書きますか?」
「ルーシーは、そうね」
 「二人の思い出」は、先程パパが具現化させたばかり。
 「他には?」とルーシーがうーんと悩んで、悩んで、悩み抜いて……。それから、何かの存在に思い当たったみたいに、パアっと表情を明るくさせると、ペンをとった。
「――『ゆぇパパ』」
 言葉のままなら、そこには「誰か」を示すだけの文字が並んだだけ。
 けれど。
「そこに意味を見出した時に、何かが宿ったりするのだと思うの。ルーシーにとって、ものすごく意味が宿った言葉が『ゆぇパパ』だから」
 『ゆぇパパ』の意味は、到底一つに絞ることは出来ないくらい。
 大好きで、思い出もいっぱいで。ルーシーにとって沢山の意味が宿った言葉が、『ゆぇパパ』という言葉なのだ。
 だから。
「『ゆぇパパの周りにヒマワリ座、ブルーベリー座に黒ヒナさん座、ララ座の星座がキラキラ光る』!」
「僕?? おや、僕が現れましたねぇ」
 ルーシーが手帳に書いた言葉を読み上げた瞬間、キラキラと二人を見守る光の強さが一際増した気がして。
 上空を見上げてみれば、まん丸のお月様を中心に。ブルーベリーの実とお花のような星座、まるっとしていてつぶらな瞳が可愛らしい黒ヒナさん座、くたっとしたロップイヤーが特徴的なララ座。
 星と星と線で結んで、繋ぎ合わせて。そうしてルーシーが作った幾つもの星座が、お月様を中心に、ぐるりと取り囲むようにして、キラキラと光り輝いていた。
「なるほど僕はお月様で沢山の星座の中心なのですね。向日葵にブルーベリー、黒雛にララちゃんですか」
「んふふーどうかしら! すごい、大正解よ」
「ありがとうねぇ、とても素敵です。でも一つ忘れてますよ?」
「う? 忘れてる?」
 「んふふ」と得意げな様子のルーシーの頭を、ユェーは優しく撫でていった。
 いつもパパには驚かされてばかりだから、偶には反対も!
 そんなパパを想う気持ちが、お月様と星座、言葉に沢山込められていたのだから。
 そうやって、大事なものは全て生み出したかのように思えたけれど。
 灯台下暗し。ルーシーが忘れている、とびきり大切な存在がもう一人だけ。
 「忘れてる?」ときょとんとした表情のルーシーに、ユェーはウインク一つを返して。ルーシーが綴った文字の隣に、『ゆぇぱぱの横に娘ルーシーが寄り添う』と書き足した。
「『ゆぇぱぱの横に娘ルーシーが寄り添う』。ふふっこれで完成ですね」
「あっ、ルーシーがいる! ふふー、そうね。親子いっしょじゃないと」
 と、満月のすぐ隣にふわりと浮かんだのは――星で構成された、可愛らしい少女の似顔絵で。
 夜空でも、親子一緒に仲良く、すぐ傍で。仲良く寄り添う自分達の光景に、二人は顔を見合わせるとにっこりと微笑みあった。
「これ、いずれ消えてしまうのね。こんなに色鮮やかなのに」
「消えてしまうのは寂しいですね」
 どれほど美しい世界でも。どれほど想い出いっぱいの幻でも。夜が来る頃には、ふわりと綿飴が水に溶けるように跡形もなく消えてなくなってしまうそうで。
 それが、ちょっとだけ寂しくて、残念だった。
 けれど。
「少し寂しいけれど、でも大丈夫。だってまだこれから本物をもっと見れるもの」
「えぇそうですね。これから本物の想い出を作り見れますから、ずっとね」
「ええ、ずっと!」
 だって、これから本物の向日葵や星空、お月様にブルーベリーに――……。
 二人の想い出に纏わるものを、もっともっと見ていけるから。そう、ずっと!
 今度、二人の想い出に加わる存在は何だろう。そうやって、未来と、想い出と、これからに想いを馳せる瞬間もとびきり楽しいもので。
 仲良く語り合うルーシーとユェーの姿を、夜空に浮かんだ仲良しなお月様と星座がそぅっと見守っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヘルガ・リープフラウ
❄花狼
世界中の星空を見たいと願うほどに
初代店主の心を震わせた物語
それはどれほどつよく、うつくしい言霊なのでしょう

その言霊の残滓に触れたいと願い
手に取った本のタイトルは「星の海を巡る船」
夜空に浮かぶ不思議な帆船に乗って
無限に広がる銀河の海を旅する物語

物語の主人公は星々の海原を進む
旅の中で出会う人々、旅路を彩る星座たち

気が付けば、わたくし達も帆船に乗って
同じ星空を旅している
それはあの絵本に綴った二人の道程にも似て

ああ、白鳥が飛んでいる
星の大河の水面を見つめるように俯いて
哀しい聲で鳴くのです
波に飲まれ命をおとした
二度と戻らぬいとしい人を探すように

あら?最後の頁がないわ
これでは結末が分からない

それは素敵ね
薄れゆく幻影に、わたくしたちの手で最後の輝きを


『御覧、あの北の夜空にいっとう輝く蒼い星を』

『たとえどんな暗闇の中でも、たったひとつ、輝く星があれば、
迷わずに進んでゆける』

『翼はためかせ、白鳥が進む先は、きっと……』


ヴォルフガング・エアレーザー
❄花狼
ヘルガが手に取った本を、彼女と共に読み進めていく
見たところ児童文学、或いは幻想小説といったところか

……ここは、船の甲板?
先刻まで俺たちは書架にいたはずなのに
見渡せばどこまでも続く星の海
これが、具現化した本の世界
初代店主が追い求めた術式の力か

仲睦まじき白い熊の母子
赤々と燃える炎にも似たさそり
星々が笑う
心躍る旅路に俺たちも笑みが綻ぶ

そして、果てなき夜空を行く白鳥の哀しい瞳
それはまるで、俺たちが作り上げた絵本の中の白い歌姫にも似て

これは……落丁本だな
なら、白紙の頁に俺たちの手で続きを書き加えよう
元々の筋書きとは異なる展開になるやも知れぬが
不安定な術式に形を与えることで安定させることも出来るかもしれん
どうせ売り物にならないのなら多少手を加えたところで咎められはしまい

『たとえ姿は見えなくても、遥か彼方の星空から
いつも君を見守っている
そう語り掛けるように、蒼い星は煌々と光り輝くのでした』

かの店主も、自分の星を見つけられたのだろうか




 言葉。それは、形無き存在で。
 吐き出された直後にすぐに消えてしまう。似たような言葉でも、紡ぎ手や受け取り手によって、全く異なる感情や光景を与えてくれる。そんな、不思議な存在。
 そして、どれほど暖かい言葉を掛けて貰えても――未来永劫、勇気を貰った言葉の一字一句をきっちり憶えている人間なんて、そうは存在しなくて。
 ただ、心のうちに灯る暖かい感情と想い出が残るばかり。
 物語だってそうだ。本の内容をスラスラと暗唱できるほど読み込む人物なんて、そうは居なくて。
 ただ、漠然とした物語の展開や、印象に残った一場面をずっと記憶しているだけの場合が大半で。
 だからこそ、知りたかった。
 ただの文字の羅列である文章の先に、初代店主はどのような光景を見たのか。
 文字の列に、どのような意味を見出し、何に魅せられたのか。それほどまでに、初代店主の心を捕らえて離さない存在とは?
 ヘルガ・リープフラウは、それが知りたかった。
 人の心を捕らえて離さない程に、強力な存在。
 言葉には、姿も、形もなく、そこに生まれる感情も読み手次第で。そんな朧げで儚い存在に、残りの人生全てを捧げてしまう程に恋い焦がれただなんて。
 初代店主が言葉の先に垣間見、生涯をかけて追い求めた存在は――きっと、ヘルガ達が想像も出来ない程、美しい風景に違いない。
(「世界中の星空を見たいと願うほどに、初代店主の心を震わせた物語。それはどれほどつよく、うつくしい言霊なのでしょう」)
 だからこそ気になった。恐らく、自分達には想像も出来ない程に美しく、強い言霊が宿る言葉達の存在が。
 そして。初代店主が言葉の先に見た光景――それはもしかしたら、自分達が目指す「楽園」の、一つの在り方なのかもしれない。
 きっと、物語の最果てに広がる光景に、飢えや争いや、仄暗い存在は一抹も存在していなくて。
 ただ、人間の心を捕らえて離さない、美しい光景があるばかり。
 そこはどれほど美しく、幸福に満ちているのだろうか。
「『星の海を巡る船』か。見たところ児童文学、或いは幻想小説といったところか」
 叶うのならば、その言霊の残滓に触れたい。ただ、それだけを願い、書庫の調査へと赴いたヘルガ。
 星について記した書物や書架の群れを、ヴォルフガング・エアレーザーと共に一冊一冊追ううちに。ふと、不思議と惹かれる本がヘルガの視界を掠めていった。
 確かに、その本に呼び止められたような気がして。
 導かれるようにその本が眠る書架へと歩み、すっかり日に焼けてボロボロになった本を手に取った。
 優しく表紙を撫ぜれば、『星の海を巡る船』と色褪せた金箔で綴られたタイトルが目に入る。
 ヘルガが手にした本を、興味深そうにヴォルフガングもまた覗き込んで。
 宇宙にも、夜空にも、夜の海にも思える落ち着いた藍の色彩を宿した、ハードカバーの装丁だ。厚みはそれ程なく、物語も読みやすいぐらいの長さだろう。
 表紙の中心には、宙に浮かぶ大きな帆船が描かれていて。帆船の下には、無限に広がる銀河の光景が広がっている。
 幻想的な表紙が物語っているように、主人公達が夜空に浮かぶ不思議な帆船に乗って、無限に広がる銀河の海を旅する物語のようだ。
 物語が始まるのは、主人公が星々の海原を往く大帆船に乗り込むところから。
 帆船に乗り込む主人公とすれ違った親子。大帆船の乗組員と何やら言い争っている男性。主人公だけではなく、この大帆船に乗り込んだ乗客一人一人に物語があるのだろう。
 銀河の海原を往く大帆船は、時に人々を目的地へと運ぶ星海の揺り籠となり、時に多くの人々にとって、新たな出逢いに恵まれる人生の交錯点となり。ゆったりと、星座彩る銀河の海原を進んで行く。
「『――お忘れ物はございませんでしょうか。本船は、間もなく出港の時を迎えます。どうか、この航海が皆様の人生と言う名の旅路を彩る一時となることを、乗組員一同心より願っております』」
「……ここは、船の甲板?」
 穏やかに出港の時を迎えた、優しい物語の開幕に寄り添うようにして。
 ヘルガの優しい声が、出港を告げる乗組員のアナウンスを読み上げた途端――周囲に広がっていた景色が、一変した。
 先ほどまでの、決して明るいとは言い切れない書庫の景色は何処へ行ったのか。
 一瞬で様変わりを見せた景色には、書架の面影さえ感じられず。ただ、優しい闇夜が辺りを包み込むばかり。
 優しい海風が頬を撫で、別れと旅立ちの喜びを伝えて去って行く。遠く響くのは、子守唄のような潮騒の音で。
 時刻は、丁度夜も深まり始めた頃合いだろうか。周囲を包み込む闇夜に敵意や殺意は感じられず、ただ、優しく大帆船に乗り込んだ人々を見守るようにして。そこに在った。
(「気が付けば、わたくし達も帆船に乗って。同じ星空を旅している」)
 と、ヴォルフガングのすぐ隣で同じようにして一変した景色を静かに見渡していたヘルガが、静かに息を呑んだ。
 つられるようにして。ヴォルフガングもまた、ヘルガの視線の先、星々が瞬く、上空を見上げて。
 ――吸い込まれるかと思った。
 夜だと言うのに、妙に薄明るく思えた。光源に困らないのは、上空に数えきれないほどの星々が瞬いているせいだ。
 遠く、近く。重なり合い、一つになり。ずっと見上げていれば、方向感覚をまるで失ってしまいそうで。
「先刻まで俺たちは書架にいたはずなのに」
「見て。海にまで星で満ちているわ」
 これも、呪いが見せた光景で。これが、幻なのだろうか。そう思うにはあまりにリアルで、にわかには信じ難いが。
 未だ状況に追いつけないヴォルフガングの思考を中断させたのは、感嘆交じりに吐息を吐き出したヘルガの声だった。
 甲板の端に突っ立ったままのヴォルフガングの手に絡むのは、ヘルガの白い柔腕で。指先を通して伝わってくる仄かな熱が、これが現実であることを告げていた。
 同時に、理解する。自分達は今、現実と幻の丁度境界に居るのだと。
「これが、具現化した本の世界。初代店主が追い求めた術式の力か」
 ヘルガに導かれるままに、甲板の手すりへ。星海へと落ちてしまわぬように、その下を覗き込めば。
 海と思しき眼下にまで、星空で満ちていた。
 船が進む際に生じる波や振動によって、星海に満ちる星々はその輝き方を変化させて。時には、一際大きな波が生じて。星海を漂っていた星屑達が、遥か彼方まで流されてしまうこともあった。
 けれど、そこに不安や心配の色は無く。
 船が生み出す波や流れに乗って煌めく星屑達は、とびきり楽しそうだった。声なきはしゃぎ声が、星海を覗き込む二人の耳元まで届いてきそうで。
 これが、初代店主が追い求めた先にあった――術式の力なのだろう。
 生み出される景色は現実のようだが、触れようとすれば、すっとすり抜けてしまう。
 確かにリアルではないが、隣のヘルガが与えてくれる声や体温は、紛れもない本物だ。
 幻と現実の境界が揺らいだ一時。その先に生じた光景は、途方も無く美しかった。


「あの星は……仲睦まじき白い熊の母子か」
 ゆったりと甲板の上から眺める星空の光景は帆船の進みにしたがって、少しずつ移り変わりをみせていく。
 ヴォルフガングの指差す先には、先程までは見ることの叶わなかった、仲睦まじい白い熊の母子の星座が浮かんでいた。
 母熊の尻尾には七つの星がひしゃくのような形で瞬いていて、それが北極星を探す時の目印になるのだ。
 だから、北極星を見つけ出す時の様に。尻尾の星々を線で結んで、それを北極星の在る位置へと向かって伸ばしていくが――何故だか、幾ら探しても北極星の存在は見つからず。
「北極星が見つからないな」
「あら、何故かしら」
 こてりと首を傾げて、ヴォルフガングはヘルガと共に首を傾げるばかり。
 幻が創り出した世界だからか、不完全なこともあるのだろうか。それとも、この本の世界には元から、「北極星」が存在しないのだろうか。
「さそりが浮かんでいるわね」
「赤々と燃える炎にも似ているな」
 ヘルガの指先がなぞる先には、大きなさそりの姿がある。
 星座の中央、赤々と燃える炎の恒星を抱いて。星空に浮かぶさそりの姿は、人目を奪って止まなかった。
 「さそりの心臓」とも呼ばれている、さそり座の中央で真っ赤に燃えている星の存在。あれほど強く、明るく燃えている星なのに。その寿命がもうすぐ尽きようとしているだなんて、にわかに信じられない話だった。
「何だか不思議だわ。あれほど明るく輝いているのに、その光の持ち主はもう亡くなっているのかもしれないなんて」
「星の光が地上に届くまで、何年もかかるからな。俺たちには星の生死すら分からない」
 真っ赤に燃える恒星に、その手を重ねて。
 想いを馳せるのは、夜空の向こうに浮かぶ星々の存在。何光年という時間と距離をかけて、地表へと届く遥か彼方からの贈り物。
 光の送り主の生死すら分からないなんて、少し不思議な感覚だった。
「空も、船も。幸せに満ちているな」
「色々な出逢いがあるのね」
 二人の視線は上空を彩る星空の舞台から、人々が疎らに行き交う甲板へ。
 甲板を行き交う人々は、皆意思を持って行動しているようにも見えて――とても、幻が見せている作り物の光景だとは、思えなかった。
 きっと、この本の登場人物には命が宿っているのだろう。そう思えて止まない。
 お月様が欲しいと望んだ娘に、宇宙から飛来した月の欠片が使われたアクセサリーを送る父親。
 両親に結婚を反対され、半ば駆け落ちのように新天地を目指す年若いカップル。
「不思議な感じだわ。本には一、二行しか書かれていない人々もいるのに」
 泣きじゃくっていた少女が、父からの思わぬプレゼントに笑顔を浮かべていた、とか。
 年若いカップルの行く先を案じる、主人公の心情だとか。
 物語の中で言えば、ほんの数行にも満たない、僅かな言葉達。それでも、数行であっても――そこに登場した人々は、確かにこの場で息づいているのだ。
 初代店主が見たかった光景は、きっと、このような光景を指すのだろう。
 咲う星々に、幸せそうな人々。それに自然と、二人が浮かべる表情も穏やかなものとなり。
 帆船に乗り込んだ人々が織りなす、無数の物語。それをヴォルフガングと寄り添い、暫しの間見守っていたヘルガ。
 と、不意にふわりと頭の上に何かの影が差したような気がして。反射的に、振り返る。
「ああ、白鳥が飛んでいる」
 影の先を辿るようにして上空を見上げれば、翼を大きく広げ、純白の色をその身に宿す鳥が、上へ上へと飛び立っていっているところだった。
「本当だな」
 白鳥が飛び立った先に残していった、幾つかの真白い羽根。
 ふわふわとしたそれの一つが、ヘルガの頭へと舞い降りて。
 それを優しく手で払ってやりながら、ヴォルフガングが白鳥の行く末を見守れば。
 やがて、天頂へと辿り着いた白鳥は――大きく翼を広げた姿そのままに、星の姿となった。
 きっと、白鳥は自らの旅の終着点である、夜空の果てに辿り着いたのだろう。
 だというのに、天上から静かに星海を見下ろすその表情は、何処か寂しげだ。
 仲睦まじい熊の母子。最後の瞬間まで輝き続ける、誇り高いさそり。
 沢山の存在が星空にいるのに、まるでその中でも孤独であるというかのように。星座となった白鳥は、キョロキョロとしきりに周囲を見渡している。まるで、星空の中に誰かを探しているかのように。
 そして。折角、終着点に辿り着けたというのに。何を思ったのか、白鳥は再び星座の姿から、先程の鳥の姿に自身の身体を変化させると――再び舞い降りてきて、海面スレスレを飛び始めた。
(「それはまるで、俺たちが作り上げた絵本の中の白い歌姫にも似て」)
 果てなき夜空を行く白鳥の瞳は、何処までも哀しげだ。
 誰にも埋められない、誰にも癒せない永遠の孤独が広がっていると物語るように。静かな哀しみが、瞳の奥に横たわっている。
 誰かを呼ぶ聲。しかし、白鳥が発した聲に答えるものはおらず。
 哀しげに何度も、何度も。星海へと呼び掛け続ける白鳥の様子が――ヴォルフガングには、先程自分達が作り上げた、絵本の中の白い歌姫の姿と重なって見えた。
「『星の大河の水面を見つめるように俯いて哀しい聲で鳴くのです。
 波に飲まれ命をおとした、二度と戻らぬいとしい人を探すように』」
 鳴き続ける白鳥の聲に、ヘルガの声が重なった。
 波に飲まれて命をおとした、白鳥のいとしい人。どれだけ呼び掛けても、いとしい人からの返事は無く。
 星空にもいない。星海にもいない。ならば、いとし人は何処にいったと云うのだろう。
「あら? 最後の頁がないわ」
 白鳥が目指す旅の導となれるように。寄り添うようにして、物語を読み上げていたヘルガだったが。
 ページを捲った先。思わぬ出来事に、小さく驚きの声を上げた。
 星空の中に生まれ落ちた小さな驚きの声に、何事かとヴォルフガングもまた、ヘルガが手にする本を覗き込むと――ページを捲った先。そこには、ただただ、白紙の数枚が物語の終わりまで続いているのみだった。
「これは……落丁本だな」
「これでは結末が分からないわ」
 真っ白なページを眺め、ヴォルフガングは納得する。
 なるほど、通りで「北極星」が存在しない訳だ。落丁本であったこの本。物語の最後を彩る結末が無いせいで、元から不完全な世界であったのだろう。
 それが、北極星の不在となって現れたに違いない。
「なら、白紙の頁に俺たちの手で続きを書き加えよう。
 元々の筋書きとは異なる展開になるやも知れぬが、不安定な術式に形を与えることで安定させることも出来るかもしれん。どうせ売り物にならないのなら多少手を加えたところで咎められはしまい」
「それは素敵ね」
 ヴォルフガングの提案に、ヘルガもまた瞳を静かに輝かせて同意を示す。
 今こうしている瞬間にも、糸が解けるようにして。薄っすらと薄くなりつつある、幻たち。
 白鳥が、星々が、船に乗り込んだ人々が。何処にも辿り着けぬうちに、靄となりて消えて行ってしまうなんて。それは、きっととても悲しいことだから。
 全ての旅路に、終着点を。
「薄れゆく幻影に、わたくしたちの手で最後の輝きを」
 そうと決まれば、と。
 ペンを手に取ると、ヘルガは早速物語の続きを綴り始める。
 それと同時に、解けて消えつつあった目の前の世界が、再び生命を得た様に、はっきりと色付き始めて。
「『御覧、あの北の夜空にいっとう輝く蒼い星を』」
 そして、不在であった北極星が二人の見上げる先に姿を現した。
 北極星の存在に気付いた白鳥は、一度だけ大きく翼をはためかせると、北の夜空で煌々と瞬く不惑の星を目指して一直線に飛んでいく。
「『たとえどんな暗闇の中でも、たったひとつ、輝く星があれば、迷わずに進んでゆける』」
 白鳥の目指す先には、蒼い星。
 力強くその星を目指す白い鳥の双眸には、もう、哀しみのいろは宿ってはいない。
 漸く見つけた、いとしい人。そう告げるかのように。真っ直ぐな意思を抱いて、ひたすらに天高く飛んでいく。
「『翼はためかせ、白鳥が進む先は、きっと……』」
 その先にきっと、いとしい人の存在がある。
 白鳥よりも早く、星となり。白鳥の存在を、ずっと前から見守っていたのだろう。
 何処へいても、どんな姿であっても。必ず見つけ出せることが出来るように。北極星となって。
「『たとえ姿は見えなくても、遥か彼方の星空からいつも君を見守っている。
 そう語り掛けるように、蒼い星は煌々と光り輝くのでした』」
 最後の一節を、ヴォルフガングとヘルガの声が読み上げた瞬間――白鳥の嘴が、蒼い星に触れた。
 途端、視界を覆うのは、白、白。全てを浄化してしまう程に眩い、星の光だった。
「かの店主も、自分の星を見つけられたのだろうか」
 ――そうして、白い光が去った目の前には。
 幻が広がる前と何一つ変わらぬ、書架の存在が広がっているばかり。
 白昼夢でも見ていたのかと、そう思ってしまうところだが。
 ヘルガが手にした本が、二人で綴られた落丁本の終わりが。先ほどの光景が、夢ではないことを静かに告げている。
「きっと、見つけられたと信じましょう」
 ぽつりと呟かれたヴォルフガングの声に。
 ヘルガは優しく微笑むと、そう言って更に笑みを深めた。
 初代店主が自分の星を見つけられたことを。心の底から信じている彼女の姿を見て。
 ヴォルフガングもまた、ふっと彼女に微笑みを返す。
 「ああ。きっと、そうだな」と。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『ほうき星に願いを』

POW   :    逢いたい人がいる。

SPD   :    叶えたいことがある。

WIZ   :    今は、わからない。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●黄昏時の彗星
 ――白夜の季節を目前に控えた、北国の夕暮れは長い。
 地理的に、ギリギリのところで完全な白夜を望めぬこの街でも。今の時期の日没時刻は、午後十時前になると云うのだから。
 猟兵達や學徒兵達の手によって、製本書店「彗星屋」や古書店街から初代店主の遺した「呪いが施された本」が全て回収される頃には、西の空がすっかり橙色に染め抜かれていた。
 ゆったりと微睡むような速度でやってきた夜の訪れと共に、真っ先に輝き始めたのは、夜の到来を一番に告げる一等星の存在で。
 普段ならば、今の時間帯――橙色に染め抜かれた夕暮れ空を彩るのは、一等星だけ。夕暮れ空全てが自分のものであると物語るかのように、いつもなら一等星の独壇場となっているのだが。
 しかし、今宵は――。

『世界中の星空を一度に』

 夕暮れ空に広がるのは――本が創り出した、幻の星々や星座達の存在だった。
 書庫の天井を彩るばかりであった幻の存在は、いつの間にか、その存在の在る場所を遥か上空へと定め。あっという間に、昇っていってしまったらしい。
 重なり合った幾つもの星々や、星座。それらがさざめき合い、瞬き合い。不思議な幻想風景を創り出していた。
 鮮明に形となった星々に、ぼんやりと輪郭が朧げな星々。ちょっと不格好な大船。故郷の星空をそのまま写し取ったかのような、星空。今も天上から人々を見守る、星乙女。
 追いかけっこをしているかのような蠍とオリオンに。蒼い星と白鳥に、想い出の形をとった星座達。空の低いところには、月の女神の姿。有名どころの黄道十二星座の姿だって、勿論在った。
 そして。呪いが創り出した、夕暮れ空で静かに瞬く星達に交じって――さり気なく紛れ込んでいる、金平糖や星の飴の姿も。
 これ以上、星が入り込む隙間など無い程に。各々の光を抱いて、各々の形で。空へと還っていった星々は、夕暮れ空で誇らしげに瞬いている。
 まるで、終わりの時が――幻である自身が消え去る瞬間が、近いことを知っているかのように。夜の訪れと共に、幻が抱く光は、一際強いものとなった。

『幻と現実の境界を、この一時だけ曖昧に』

 夕日を受けて真っ赤に燃え上がった煉瓦の通りを、水色の光を纏ったウサギの群れが駆け抜けていく。
 「彗星屋」の店内に収まりきならなった分の幻達。どうやらその一部が、ひっそりと街中に紛れ込だらしい。
 終わりを待つばかりの彼らは、何をするまでもなく――ただ、現実の景色のなかに、ひっそりと溶け込んでいた。
 もう消えてしまった幻も少なくないが。そうでないものは、最後の瞬間を静かに待ちながら、現実の世界に紛れ込んでいる。
 猟兵達と學徒兵達によって、古書店街を賑わせていた説明不可能な怪奇現象の顛末と、幻の存在についても説明されていた為か、特段の混乱も起きず。
 街の人々は、物珍しげに幻達を眺めている。

「……あれって、彗星じゃないっスか?」
「今日彗星が接近するなんて、そんな予報ありましたっけ?」
 それから。
 いつの間に現れたのか。
 幻の星達の中心で、一際大きく、力強く。その身体を主張させている存在があった。
 夕暮れ空を切り裂くのは、大きな大きな彗星の存在。
 予報にも無かった突然のほうき星の到来に、古書店街の一角は静かに盛り上がりをみせ始める。
 青白く、その尾を燃やして。地表へと接近し、夕暮れ空に暫くの間は残る、光の軌跡を刻んでいく。
 突然、夕暮れ空に現れた彗星だったが――その存在が接近するのは、彗星の軌道から推測するに、恐らくは夜までだ。
 完全な夜が訪れる頃には、その姿を地平線の向こうへと隠してしまうことだろう。
 奇しくも彗星が飛び去るタイムリミットは、幻達が消え去る時間と同じであった。

 夕暮れ空に幾重にも重なり合って広がった、世界中の星空や星座達に。
 夕暮れ空を切り裂いて突如として現れた、彗星の存在。
 後少しで消えていく彼らに、何を託す?
 夕暮れ空に奇跡のように突然現れた存在に、何を願う?
 白夜の季節を間近に控えた北国の夕暮れは――まだまだ、始まったばかりだ。


 ===

 3章、夕暮れ空に浮かび上がった幻の星々と彗星を眺める日常章です。
 時刻は17時~日没である22時前まで。
 メインは星空&彗星鑑賞ですが、夕暮れの街を自由に過ごしていただいても構いません。彗星と幻の星々の存在は、街の何処からでも眺めることが出来ます。
 2章で具現化させた幻達の扱いや詳細(もう消えた/まだ残っている、幻がある/居る場所等)は、ご自由に。特にプレ内で触れなくとも、一番遅くて22時頃には消えていきます。
 レストラン&バー(テラス席有)、大聖堂、博物館や植物園、雑貨屋にお土産屋に……街には何でもあります。ご自由にお過ごしくださいませ。
(営業時間云々は、「サアビスチケット」や日が長いという季節柄等の存在で何とかなるでしょう)

 ===
真宮・響
【真宮家】で参加

おお、何か凄い豪勢な星空になったね。皆の願いの結晶。嘗ての初代店主はこういう星空を夢見ていただろうか。夜更けまで見られるなら・・・そうだね、夕飯を頂きながら眺めようか。

サァビスチケットでレストランのテラス席を取る。アタシはライスカレーとコーヒー。胃袋ブラックホールの奏も流石に今回は見事な星空に夢中のようで。

ほら、アタシ達が作ったアルゴ号座が星空を旅してるよ。一夜限りの旅になるが、家族で旅を見届けようか。これからのアタシ達の人生の旅の道行きを見定める為に。ああ、いい星空だ。


真宮・奏
【真宮家】で参加

わあ、見事な星空になりましたね。世界中の星を全部集めたとは行かないにしろ、初代店主さんの理想に凄く近くなったのでは?

夜更けまで見れるんですね。あ、夜ご飯食べながらですか?素敵です!!テラス席なら星空がばっちり見えますね!!

私はポークカツレツにコロッケにライス!!お食事は勿論美味しいですが、何より復讐者の皆さんの作品の星空が何より素敵で・・・フォークで食事を口に運びながらも視線は星空に行ってしまいそうです。

あ、私達の努力の結晶であるアルゴ号座が星空を旅してますよ!!そうですね、アルゴ号座の冒険のように家族でもっと世界を見てみたいですね。3人一緒なら、きっと楽しいです!!


神城・瞬
【真宮家】で参加

複数の復讐者の皆さんの願いが具現化しただけあって見事な星空になりましたね。初代店主の方の夢そのものでなくても、近いものになったかと。

一夜限りの幻の夜空でも夜更けまで見られるならば、母さんのいう通り夕ご飯を食べながら。テラス席、素敵ですね。テラスならよく見えます。

僕はオムレツライスと紅茶で。食欲最優先の奏も流石に今回は見事な星空に夢中なようで。星は奏の友ですから、友達が沢山いるように見えるんでしょうね。

ああ、僕達家族が作ったアルゴ号座が優雅に空を旅しています。そうですね、僕ら家族もアルゴ号座の冒険のように楽しく人生の冒険をしたいですね・・・いつまでも、一緒に。




 後始末を終え、ついでに少し書架の整理も手伝い――全て終わったところで、現店主である十三代目に挨拶を告げ。そうして製本書店「彗星屋」を後にする頃には、すっかり淡い夕陽が優しく街の光景を包み込んでいる時刻であった。
 「彗星屋」から足を踏み出すこと、一歩。そのまま歩き始めるはずであった三つの足音は、聞こえてくる通行人の歓声にそっくり揃えたように歩みを止める。
 人々の感嘆交じりの歓声に、つられるようにして頭上を仰ぐこと一秒後――呼吸が、止まった。
 星と地表。その両者には、気が遠くなりそうな程の距離があると云うのに。上空に広がる数多の星の存在は紛い物で、ただの幻であると云うのに。
 何故だか、星々が爆ぜる音が、星達の呼吸音が――すぐ耳元で聞こえてきそうなくらい、上空の星は強く明るく瞬いていた。
「おお、何か凄い豪勢な星空になったね」
 猟兵達が生み出した幻の星々は、お互いに邪魔しあうこともなく――絶妙な具合で寄り添い合って、ただ、静かにその身体を遥か上空で燃やし続けている。
 これら全てが幻の作り出した紛い物の存在であるなんて、まるで嘘みたいな話だった。
 それくらい、すっかり夕焼け空に溶け込んでしまい――突然現れた彗星とも見事な調和をみせている星々の存在は、とても自然な様で暮れゆく北国の夕暮れを見守っていて。
 星の瞬いていない場所を探す方が難しいくらい、光で満ちた上空の景色。
 「世界中の星空を一度に」という荒唐無稽な願いが完全に近い形で叶ったのも、自分達や仲間である猟兵達の活躍によるところが大きい。
 星の数は、きっと、そのまま願いの数となる。猟兵達の願いの結晶でもある星空を見上げ、真宮・響は小さく目を見開いた。
「皆の願いの結晶。嘗ての初代店主はこういう星空を夢見ていただろうか」
 夢見ていたのだろうか。いいや、夢見ていたに違いない。
 想像よりもずっと豪華な光景となった星空を眺めて。響は小さく、笑みを浮かべた。
 初代店主も、この光景を何処かで見守っているに違いない。何となく、そんな感じがするのだ。
「複数の猟兵の皆さんの願いが具現化しただけあって見事な星空になりましたね。初代店主の方の夢そのものでなくても、近いものになったかと」
 響の呟きに、揃って星空を眺めていた神城・瞬もまたこくりと頷いてみせた。
 願いの強さがそっくりそのまま、星の数として表れたかのように。白銀、黄金、橙に青紫に――と、各々の色を纏いて遥か上空で瞬いている、幻の星達。
 本当に「数えきれないくらい」の星の数があるのだから、この中にひっそりと初代店主が紛れ込んでいたって……おかしくはないだろう。
 夕焼け空を彩る星の一つに紛れ込んで。今この瞬間も、一番の特等席で願いが実現した様を眺めているのかもしれない。
 それから。
(「星座として輝いている家族が、あれほど沢山いるのならば」)
 ケフェウス座とカシオペア座の夫婦や、アンドロメダ座とその夫のペルセウス座だけではなく。
 白熊の母子にじゃれ合う狼の親子や、他にも星となった数多の夫婦や家族達。
 人や動物を問わず、様々な家族が星座として仲睦まじく夕焼け空の上で家族団欒の一時を過ごしているのだ。その中にひっそりと紛れた瞬の両親が、上空から自分のことをそっと眺めていたって不思議ではない。
 両親が居るかもしれない星空を見上げて。それから、瞬はそっと目を伏せた。
 家族が居て、毎日が穏やかで、満たされていて。だから、何も心配することは無いですから、と。両親にそう伝えたくて。
「わあ、見事な星空になりましたね。世界中の星を全部集めたとは行かないにしろ、初代店主さんの理想に凄く近くなったのでは?」
 少しでもあの星に近づきたくて。
 思いきり星空に手を伸ばして。ぴょんぴょんと真宮・奏は飛び跳ねながら、涼しくなりつつある北国の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 首が攣りそうになるくらい思いきり首を伸ばした奏の双眸に降り注いで止まないのは、数多もの星明かりの存在で。想像も出来なかった程に、上空の星空は光で満ち溢れている。
 すっと細められた奏の瞳から、瞳に受け止めきれなかった分の星明かりが零れ落ちる。
 幻がこれほど美しい光景を作り出すなんて、いったい誰が想像できたのだろう?
 この世の存在ではない、紛い物の星空は――この世の存在では無いからこそ――何処までも美しく、浅い夏の夜に静かに輝きを添えていた。
「夜更けまで見られるなら……そうだね、夕飯を頂きながら眺めようか」
「夜更けまで見れるんですね。あ、夜ご飯食べながらですか? 素敵です!!」
 折角なら、星と彗星が織りなす幻想的な光景を楽しみながら食事を楽しみたい。依頼が無い限り訪れないであろう異国の地を楽しむ良い機会でもあるのだし。
 旅先での食事を楽しむのもまた、冒険の醍醐味で。
 アルゴ号で旅した英雄達も、寄港する街や土地の料理を楽しみにしていたのだろうか。
 心境をアルゴ号に乗り込んだ英雄達と重ねながら、響が傍らの子ども達へと問いかければ。「夜ご飯」というワードに俊敏に反応した奏が、ブンブンと勢い良く手を振りながら「食べたいです!!」と存分にその存在を主張させている。
「一夜限りの幻の夜空でも夜更けまで見られるならば、母さんのいう通り夕ご飯を食べながら見たいですね」
 好きな物を目にすると一直線な奏の姿に苦笑いを浮かべながら。瞬もまた、響の提案に賛成の意を伝えてみせた。
 真っ直ぐ帰って家族団欒の時間を過ごすのも良いが、偶には少し遅くまで特別な時間を過ごしてみるのも良いだろうから。
「テラス席、素敵ですね。テラスならよく見えます」
「テラス席なら星空がばっちり見えますね!!」
 夕焼け空と幻の星空と、突然現れた彗星。一夜限りの夢の共演に、何処のカフェーやレストランのテラス席も軒並み人で溢れていたが。
 サアビスチケットを使えば、席に困ることもなかった。
 広々としたテラスの片隅には、夏色に染まりつつあるレストランの庭が顔を覗かせていて。
 そして。上空を仰げば――遮る物の一つもない、完璧な夕焼け空を眺めることが出来た。
「奏、はしゃぐのは分かるが、上ばかり見ていると転ぶよ」
「分かってます、母さん! でも、星が!」
 テラス席なら、先程街並みの間から眺めた星空もずっとよく見える。
 星に見守られながら北国の料理に舌鼓を打つ時間は、きっと素敵なものになるだろう。そう表情を和らげて星空を仰ぐ瞬の横で、響が奏に小言を言っているところであった。
「奏、走ると危ないですよ」
「兄さんまで! でも、料理も!」
 星空と料理と。好きな物に挟まれてテンションの高い奏は、一足先に案内されたテラス席へと弾むように進んで行く。
「仕方ないね」
「仕方ないですね」
 まるで背中に翼でも生えているかのように、パタパタと小走りで先に席へと向かっていく奏の後ろ姿を見て。響と瞬はこっそり顔を見合わせると、ふっと困ったように笑い合った。
「私はポークカツレツにコロッケにライス!!」
 メニュー表をペラペラと捲っていけば、それだけで早くも楽しかった。
 見知った料理もあれば、名前を聞いたことだけある料理も。中には、北の地だけで食べられている、他地方では馴染みのない料理まで。
 どれもこれも美味しそうで……けれども、さほど悩むことは無く、奏はメニュー表の中からポークカツレツにコロッケ、ライスを選択した。
「僕はオムレツライスと紅茶で」
「アタシはライスカレーとコーヒーにしようか」
 瞬と響もまた、ゆっくりとメニュー表を覗き込むと、それぞれ食べたいものを注文していく。
「『カレーライス』との違いってなんでしょうか?」
「確かに、『カロープス』と『カレーライス』って似ていますね」
「使われている調味料の違いだろうね。こっちはカレールウを使って無いだろう」
 料理の注文を終わらせれば、頼んだそれらが運ばれてくるまでの間、話題は自然と手元のメニュー表へ。
 北国ということもあってか、この地でしか食べることのできない料理の数も決して少なくはなかった。
 その中の一つ、肉と野菜と香辛料を煮込んで作る地元の料理「カロープス」を指差しながら。奏はきょとりと瞳を瞬かせた。
 カレーのようなスープに、ごろっと刻まれたお肉と野菜が浮かんでいて。メニュー表に添えられている手描きの絵を見ているだけで、気になってくる。
 カレーライスにも似た見た目をしているカロープス。シチューの様にも思えるし、カレーの様にも思えてしまう。
 響の解説に「そうなのですね!」と瞳を輝かせて納得した奏に、瞬は小さく笑い声に喉を震わせた。
 目は口程に物を言う。声にしていなくとも、目が存分に物語っている――「食べたいです」と。後に続く言葉はきっと「じゃあ、家でも作れますね!」に違いない。
「じゃあ、家でも作れますね!」
「レシピがあれば、普通に作れるだろうね。でも、奏も手伝うだよ?」
 瞬が奏の口から次に飛び出る言葉を予想した僅か二秒後。
 そっくりそのままの言葉が吐き出されたかと思うと、即座に響によって「食べる専門にはならない様に」と釘を刺されてしまう。
 さすが母子といったところか。どうやら響もまた、奏の「次に続く言葉」をしっかり予想していた様だった。
「お食事は勿論美味しいですが、何より猟兵の皆さんの作品の星空が何より素敵で……」
 サックリと揚げられた衣に、肉厚のカツレツが美味しいけれども。奏の視線はついつい、上空の星空へと向かってしまう。
 ブラックホールな底なし胃袋を持つ奏も、今日ばかりは星空の美しさにすっかり魅了されてしまった様だ。フォークで食事を口に運ぶ手も思わず止まってしまう程、暇があれば上空の星空ばかりを眺めている。
「星は奏の友ですから、友達が沢山いるように見えるんでしょうね」
 半ば、遥か彼方に広がる星空の果てへと意識を飛ばしてしまっているようで。惚ける様にして星空を眺めている奏の頬を瞬が突けば、漸くはっと意識が地上に戻ってきた。
「ほら、アタシ達が作ったアルゴ号座が星空を旅してるよ」
 と。スプーンでライスカレーを掬う手を止めた響が指差す先には――先ほど家族三人で作り上げたアルゴ号座の姿があった。
 空という名の広大な海を旅する大船は、丁度家族の頭上を通り過ぎているところで。キラキラとした星の粉を地表へと降り注がせながら、ゆっくりと西の空を目指して通り過ぎていく。
「ああ、僕達家族が作ったアルゴ号座が優雅に空を旅しています」
「あ、私達の努力の結晶であるアルゴ号座が星空を旅してますよ!!」
 空往く船に、瞬と奏の意識も一気にそちらの方へと向いて。
 努力の証である大きさと、描いた星々の数々。それから、少しの不格好さもそのままに。こうして実際に自分達が手掛けた大船が空を往く姿を眺めていると、感慨深いものがこみ上げてくる。
「一夜限りの旅になるが、家族で旅を見届けようか。これからのアタシ達の人生の旅の道行きを見定める為に。ああ、いい星空だ」
「そうですね、アルゴ号座の冒険のように家族でもっと世界を見てみたいですね。3人一緒なら、きっと楽しいです!!」
「そうですね、僕ら家族もアルゴ号座の冒険のように楽しく人生の冒険をしたいですね……いつまでも、一緒に」
 視界いっぱいにアルゴ号座を収めて。それから、次の冒険へと思いを馳せ。彗星に願うのは、いつまでも一緒に、家族三人で冒険できること。
 三人で作り出したアルゴ号座は、何処を目指しているのだろうか。一夜限りの旅であるからこそ、光となり消えてしまう最後の瞬間まで見届けたかった。
 次の目的地は何処にしよう? 次の冒険の舞台は、何処だろう?
 アルゴ号座を眺めながら。話題として咲くのは、次の冒険の事ばかり。
 早くも、家族三人で出かける次の冒険が楽しみで。船での長旅は決して楽しいことばかりでは無かっただろうが、アルゴ号座に乗り込んだ英雄達も、きっとこんな気持ちを抱いていたのだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

夜鳥・藍
すこし腰を落ち着けさせる場所が欲しいですね。
どこかのテラス席で空を眺めさせていただきましょう。軽めの食事と飲み物を……サンドイッチとお茶のセットがいいかしら、それを頼んだら一息入れて。
でも沢山、いろんな方がいろんなものを具現化させたのね。
黄道十二星座がひとそらに揃ってみられるなんて実際は有りえませんもの。季節の巡りを描いた星々、それに彗星と。今夜だけは大盤振る舞い。
……願いは特にかけません。ただただ今は星や幻を見つめていたいのです。
そして少し休んだらまた私の道を探しましょう。




 微睡むような速度で訪れる北国の夏の夜は、浅い。
 もう時刻も遅いというのに。優しい橙色を宿した太陽が、地平線の上を滑るようにして移動している。
 西の空は淡い夕焼け色のグラデーションに染まり。空いっぱいに広がっているのは、猟兵達が具現化させた幻の星々の存在だ。
「すこし腰を落ち着けさせる場所が欲しいですね」
 上空を揺蕩う星空と彗星が織りなす天体ショーへと目を向ければ、不思議と――何時間でもずっと見上げていられそうな、そんな感覚すら浮かんできて。
 星座図鑑に描かれている女神の姿を取ったまま、今も優しく地上の人々を見守っているアストライアを始めとして、上空には様々な星々の姿が浮かんでいる。
 今この瞬間も。揺らめく星明かりの奥に、更に別の星が隠れていたり、同じ星座が浮かんでいてもその姿形や色合いは、作り手の影響か、微妙に異なっていたり。
 夕焼け空に浮かぶ星々の中には、夜鳥・藍が知らない星や星座の存在もあり、ひょっとしたら、何処か別世界の星空の光景なのかもしれない。
 時間を忘れたように。星浮かぶ夕焼け空を見上げる人々に交じって。藍もまた、上空いっぱいに瞬く、幾重にも重なり合った幻の星空を眺めていた。
 しかし、そろそろ首も痛くなってくる頃合いだ。
「どこかのテラス席で空を眺めさせていただきましょう」
 赤煉瓦の通りの端で、上空に広がる星空の存在に思わず足を止めた人々に交じって星空を眺めるのもまた良いのだろうが……折角ならば、何処かゆっくりできる場所で静かに空を眺めたかったから。
 名残惜しさを感じながらも、近くのカフェーへと移動を始める。
「軽めの食事と飲み物を……サンドイッチとお茶のセットがいいかしら」
 背の低い建物が続くばかりの、開けた場所に位置するこのカフェーのテラス席からは、星空の存在がよく見えた。
 上空を遮る存在は何も無い。あるのはただ、宇宙の果てにまで吸い込まれそうな程に眩い――星の存在だけ。
 メニュー表から、「スモルゴストータ」というこの国の郷土料理だというサンドイッチとお茶のセット頼んで。料理が運ばれてくるまでの間、藍はじっと手が届きそうな距離で瞬く星空のことをずっと眺めていた。
「でも沢山、いろんな方がいろんなものを具現化させたのね」
 こんなに広い空だと云うのに、その全てが星々で満ちてしまうくらい。沢山の星々が、今も上空に瞬いている。
 じゃれ合う熊の親子に、神話に登場する神々の姿、空を行く大船。そして、思い思いの場所で瞬いている行動十二星座の存在。
「黄道十二星座がひとそらに揃ってみられるなんて実際は有りえませんもの。季節の巡りを描いた星々、それに彗星と。今夜だけは大盤振る舞い」
 上空を東から西へとかけて横断するように瞬いているのは、恐らくは世界で最も有名な十二星座の星の並びで――十二星座が一つの空に集うなど、本来なら決して見ることの叶わない光景だ。
(「……願いは特にかけません。ただただ今は星や幻を見つめていたいのです」)
 もとより、藍は夕景の彗星や星空に願いを託すつもりはなかった。ただ、幻と自然現象が創り出した一夜限りの光景を、のんびり眺めることができたら。
 やがて、運ばれてきたケーキのようなサンドイッチ「スモルゴストータ」を少しずつ切り分けて口に運びながら。軽めの食事をとり、北国の幸に舌鼓を打つ瞬間も、藍の視線は上空に向けられているばかり。
(「そして少し休んだらまた私の道を探しましょう」)
 最後まで人々を信じ続けた女神の様に。自分もまた、剣を持つ天秤の女神と在れるように。
 彼女が星空から人々を見守ると云うのなら、自分自身は、地上から人々の営みを見守ることができるように。そうして――いつかは、自分だけの道が見つかることを信じて。
 暮れかけた上空の一角。もうふわりと煙の様に解けて消えていく星の姿も決して少なくない中、藍の上空で瞬く乙女座の輝きが褪せていく気配は、未だ微塵も感じられなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

オリビア・ドースティン
【同行者:ウィリアム・バークリー(f01788)】

レストランのテラスでウィリアム様とこの光景を楽しみます

「時間と思いが込められた綺麗な星空ですね、とても素敵です」
二人でコース料理をいただきながら眺めているとウィリアム様が綺麗な飲み物を注文されましたね
幻の星々に素敵な料理を思い人と二人だけで過ごすのはとても贅沢な時間ですしゆったり過ごしましょう

空を見ればまだあちこちの星空が見えますし世界中の星空はまだまだ続きそうです
「この星空はもしかすると別の世界の星空もあるのでしょうか?」

日が落ちて幻の星々が見えなくなればウィリアム様と共に移動します
遅い時刻ですし一泊していきましょう


ウィリアム・バークリー
オリビア(f28150)と

レストランのテラス席で、オリビアとコース料理を楽しみながら、天上を見上げるよ。数え切れないほどの幻の星々。『彗星屋』の初代さんが願ったものが今実現してるんだね。

うーん、せっかくの星空、お酒でも飲みながらだと決まるんだろうけど、ぼくはあと三ヶ月は飲めないからね。残念だ。
ん、この綺羅星のレモンソーダをふたつお願い。ソーダに混ぜられた金箔が泡に煽られて踊ってるよ。飲み干すのがもったいないから、ゆっくり飲んでいこう。

これだけのショウだし、極光も出現しないかな。白夜地帯のそばなら、現れても不思議じゃないはず。

――22時だね。ショウはお仕舞い。一晩、泊まっていこうか、オリビア?




 柔らかな橙色を宿す夕陽に、尾を引いて空に青白い光を深く刻み込んでいく彗星。そして、猟兵達の願いと想いをそっくりそのまま反映させたかのような数多もの星々。
 頭上に広がる夕焼け空には、空の端から星が零れ落ちてしまいそうなほど、数えきれない多くの星々が瞬いていて。事実、時折空の端から落っこちてしまったかのように、白銀の軌跡を描きながら流れ星達が駆けていく。
 頭上には、到底言葉では言い表すことのできない、美しい星空が散っていた。
 今はまだ、幻の星で満ちている夕焼け空も。夜になるにつれて、本物の星々との共演も見られるようになることだろう。
 これから、夜が深まるにつれて頭上の空がどのように変化していくのか。それを見守りながらディナーを楽しむのは、きっと素敵な時間になる。
「時間と思いが込められた綺麗な星空ですね、とても素敵です」
 猟兵達の時間と思いが込められた夕暮れ空を仰いで。
 オリビア・ドースティンはうっとりとした声音でゆるやかにそう呟いてみせた。
 目の前には、美味しいコース料理を。上空には、美しい星空を。綺麗なもので満たされたこの空間で過ごす一時は、きっと忘れられないものとなる。
 レストランのテラス席で楽しむコース料理は、格別なものであった。
 前菜のマリネやその後に運ばれてきたスープには、この国の名産品でもある魚介類がふんだんに使われていて。さっぱりとした味付けは、暑くなりつつある今の季節に丁度良く、とても食べやすいものであった。
「『彗星屋』の初代さんが願ったものが今実現してるんだね」
 幻の星々と彗星が織りなす一夜限りのショウを、とびきりの特等席で。
 コース料理に舌鼓を打ちながら空を眺めて過ごすこの一時は、何物にもかえがたい程に贅沢な時間だ。
 ウィリアム・バークリーもまた、星の瞬く頭上の空を仰ぎ――それから、向かいに座るオリビアへと微笑みかけてみせた。
 楽しい時間ほど、あっという間に過ぎ去ってしまう。
 先ほど前菜が運ばれてきたばかりだと思っていたのに、気が付けば、もう魚料理が運ばれてきているのだから。
 歩くよりも遅いくらいの速度で。しかし、ゆっくりとだが確実に変化を見せている空の光景に、フォークとナイフを握る手も思わず止まってしまう程。
 レストランの席に着いた時には橙色が空の大部分を覆っていたのに、今は薄い藍色が空の全てを支配しつつある。
「うーん、せっかくの星空、お酒でも飲みながらだと決まるんだろうけど、ぼくはあと三ヶ月は飲めないからね。残念だ」
「三ヶ月後が楽しみですね。私もあと九ヶ月ほど飲めませんが」
「オリビアが飲めるようになったら、二人で乾杯しようか」
 夜が深まるにつれて、空には本物の星も姿を覗かせるようになり。
 透き通るような、澄んだ光を放つ幻の星々と。宝石の如く、鮮やかな光を宿す本物の星々と。
 お互いにお互いの姿を尊重し合い絶妙な調和を見せている星空は、今日限りにするには惜しいほどの眺めだ。
 これで星空を眺めながらワインやシャンパンが飲めたのなら、最高なのだが――ウィリアムもオリビアも、お酒が解禁されるまで後少しの年齢で。
 だから、もう少しだけ我慢の時。待ちに待った大人の仲間入りを果たした後、どんなお酒を飲もうかと二人で話す時間だって楽しいもの。
 記念すべきお酒での初の乾杯に思いを馳せるのは、きっと「今」しか楽しむことのできない話題なのだから。
「この地域はビールが好んで飲まれているようですね」
「有名な銘柄も色々とあるみたいだ」
 興味のままにメニュー表に記されている「アルコール」の部分に目を通せば、ビールだけで何種類も取り揃えられている様だ。
 泡立ちの仕方や甘みや爽やかさの程度等が、一目でわかるように記されている。この地域でビールが好んで飲まれていることの証であろう。
「有名な銘柄も良いけれど、こういう時はちょっと特別なお酒を飲んでみたいよね」
 ウィリアムが指差す先には、金箔入りのワインの銘柄が書かれていた。
 最初の乾杯は、一際強く記憶に残るものだろうから。とびきりの品で楽しみたいものだ。
「ん、この綺羅星のレモンソーダをふたつお願い」
 アルコールの代わりに、と。
 ウィリアムが注文したのは、綺羅星に見立てた金箔がシュワシュワとソーダの海で踊るように煌めく――綺羅星のレモンソーダだ。
 メニュー表に添えられていた手描きの絵も綺麗であったが、少しして運ばれてきた本物は更に美しい。
 仄かに黄色に染まる、透明なソーダ。ソーダに混ぜられた小さな金箔の群れが涼やかな音を立てて、浮かび上がってくる二酸化炭素の泡と手を取り合うようにしてグラスの中でダンスを踊っていた。
「ソーダに混ぜられた金箔が泡に煽られて踊ってるよ」
「星空みたいですね」
「飲み干すのがもったいないから、ゆっくり飲んでいこう」
 手元に現れた小さな星空の様な綺羅星のソーダは、飲んでしまうのが惜しいほどに美しい。
 シュワシュワと口の中でソーダが爆ぜる感触と、爽やかな甘さを楽しみながら。ゆっくりとソーダを飲んでいく。
「この星空はもしかすると別の世界の星空もあるのでしょうか?」
「そうみたいだね。あの辺りとか」
「あれは何という星座なのでしょうか。鯨の様に見えますが」
「ぼくの知っている鯨座とは、また違う形をしているね」
 コース料理とソーダに舌鼓打つ合間。星空を眺めていたオリビアの視線が、上空のある一点で止まる。
 見慣れた星の並びに交じって、見覚えのない星の存在が目に留まった気がしたから。
 そのことをウィリアムに問い掛けてみると、「そうみたいだね」との返事が返ってくる。
 沢山の世界を行き来する猟兵達は、当然、各々の出身世界も異なっていて。だからきっと、自分達があまり馴染みのない世界出身の猟兵が具現化させた星や星座なのだろう。
「魚の群れにも見える。その隣にあるのは、燭台かな」
「はい。燭台みたいに見えますね」
「昔の人達もこうして星の並びをなぞって、自分達が知る物や動物に喩えていたのかな」
「きっとそうでしょうね」
 丸と三角が組み合わさったかのような星の並びに、燭台の様な星座に。
 名前も知らない何処かの世界の星座。その名前をあれこれと連想しあうのも、幻の星空が広がっている今しか出来ない事だろうから。
「これだけのショウだし、極光も出現しないかな。白夜地帯のそばなら、現れても不思議じゃないはず」
 夜の色が深まるに従って。また一つ、解けるようにして消えていく幻の星々。
 ふわりと水に溶けるようにして消えていく紛い物の星と交代するようにして、本物の星々が輝き始める。
 空には変わらず彗星の青白い光が存在を主張していたが、その尾もゆっくりと過ぎ去りつつある。
 これほどの奇跡に恵まれた今日という日。そのショウに極光も加わったら、未来永劫忘れられないものになるだろう。
 そう考えれば、思わず深まりかけた空の中に青緑色の存在を探してしまう。
「冬のイメージが強いですが、極光は一年中見られるのですよね」
「そうだね。あんな風に」
 あんな風に、と。指差してから気付く。
 夜空の端を彩るようにして――東から西へ。大きくその裾を翻している、気紛れな女神の存在に。
 空の低い部分に現れたのは、淡い青緑色の極光だった。
 最初は靄のような塊だったそれも、時間の経過と共に緩やかにその身に宿す色彩を変化させて。強い青緑色に、紫にと。四方八方に、眩い光の矢を放ち始めた。
「まさか本当に見られるなんて。思ってもいなかったよ」
「とびきりの運に恵まれているのでしょうね」
 極光の光が増すかわりに。夜が深まると共に、幻の星々は静かにその姿を消していき。彗星はゆっくりと遠ざかっていく。
「――22時だね。ショウはお仕舞い。一晩、泊まっていこうか、オリビア?」
「そうですね。遅い時刻ですし一泊していきましょう」
 そうして、最後の星が消えるのを見守って。地平線の向こうへ去っていった彗星へと別れを告げて。ショウの終わりを見届けたのなら。お会計を済ませて、今晩の宿へと二人揃って歩み始める。
 すっかり夜の訪れた街を歩くウィリアムとオリビアの姿を、夜空に姿を現した極光が静かに見送っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シズ・ククリエ
夜のひと時はカフェのテラス席で

空が見える様に
喋る武器のフィラメントを立て掛けて
おれは注文したケーキセットを傍らに星を楽しむ
見つけたついでに買い取った件の絵本も眺めながら

星の飴が降るなんて作者も思わないだろうね
『ご本人サマが見たら、驚いてぶっ倒れてしまうゼ?』
確かに!夢や願いが現実になったようなものだしね

――初代店主さんが
この空を見たらどんな反応するんだろう
なんて、ふと考えてしまう

あ、そうだ
思いついたように取り出したのは
彗星屋で作った魔導書
書の名を綴った次の頁に
今日の出来事を記しておこう

そうしておけば、きっと
幻のように消えてしまうこの風景を
覚えておくことも、思い出すことも
きっと出来るだろうから




『もうちょっと右だゾ! 具体的には十五度くらいダ!』
「細かいなぁ。フィル、さっきからそればっかじゃん。『十五度くらい右』とか、『二十度くらい深く』とか。自分で動いてよ」
『俺サマが自力で動けないこと分かってて言ってるよナ!?』
「………」
『逆さにして立て掛けようとするナ! 傘立てに突っ込もうとすンのも禁止!』
 幻の星々で彩られた夕暮れ空を望むのならば、視界を遮る物のないところで眺めたいもの。
 建物の影や、街路樹の存在に遮られることもない――欠けの無い空を。そう思うのは、堕天使も喋る電球杖もきっと同じ。
 少しでも美しい空を眺めたいと。その一心で何やら試行錯誤を繰り返しているのは、シズ・ククリエだった。
 夕暮れも深まってきた、夜のカフェーのテラス席。折角なら、フィラメントも美しい空を見られるように、と。シズはそう思っていたのだが。
 フィラメントは、立て掛けられる角度が絶妙にお気に召さないらしい。もっと綺麗に星が見える立て掛け角度があると、先程からしきりに騒ぎ立てている。
 フィラメントにブツブツ言いながらも、シズはフィラメントの言う通りに修正を繰り返して。
 漸くフィラメントも納得のいく角度になったのだろう。フィラメントが吐き出した『良い眺めダ』という言葉を聞き流し――シズもまた、席へと着いた。
「星の飴が降るなんて作者も思わないだろうね」
『ご本人サマが見たら、驚いてぶっ倒れてしまうゼ?』
「確かに! 夢や願いが現実になったようなものだしね」
 上空を仰げば、パラパラと時折降ってくるのは星の飴。この絵本を記した作者だってきっと、本の内容が現実のものになるなんて、思ってもいなかったに違いない。
 パラパラとテーブルの上で楽しげに跳ねては消えていくを繰り返している、小さな星の飴の舞踏会にそっと双眸を細めながら。シズはフィラメントの言葉に小さく噴き出した。
 注文したケーキとドリンクの存在を楽しみながら、幻が織りなす光景にもう少しだけ身を委ねよう。
 シズの手には、先程見つけたついでに買い取った絵本の存在が握られている。
 読めば読み返す程、星の飴が降ってくる光景は絵本の一場面の様で。
 可愛らしくも幻想的な幻は、もう少し続きそうだ。
(「――初代店主さんが、この空を見たらどんな反応するんだろう」)
 ベリーがたっぷりと用いられた、お洒落なケーキを少しずつ切り分けて口へと運びながら。
 ふと考えてしまうのは、初代店主のこと。
 世界中の星を一度に見たいと望み。しかし、夢の叶う瞬間を見ることなく亡くなった初代店主さん。
 彼がこの空を見たら、どんな反応をするのだろうか。
『驚きながらも、案外満足そうにずっと眺めてンじゃねェか?』
「そうかもしれないね」
『今も人間に紛れて見ていたりしてナ?』
「不思議とそんな感じもするよ」
 無言で星瞬く空へと意識を飛ばしたシズの思考を見抜いた様に。フィラメントが、ポツリと言葉を漏らした。
 初代店主がこの空を見たら。当人ではない以上、答えは想像するしかないが――案外、シズとフィラメントが今こうしている間も、しれっと人々に紛れて星空を見守っていたりするのかもしれない。
「あ、そうだ」
 初代店主のことに思考を巡らせて。
 それから、思いついたようにシズが取り出したのは、今日の昼間に「彗星屋」で作った魔導書の存在だった。
「書の名を綴った次の頁に、今日の出来事を記しておこう」
 そうとなれば、この記憶を忘れない今のうちに。
 製本書店で魔導書を作ったこと。具現化させた星の飴に。カフェーで楽しんだケーキと幻の星空の存在。その全てを、一つも取り零してしまわぬように。
 筆記具を取り出したシズは、ゆっくりと今日の出来事を二ページ目に記していく。
(「そうしておけば、きっと。幻のように消えてしまうこの風景を。覚えておくことも、思い出すことも、きっと出来るだろうから」)
 夜を迎えれば、まるで最初から無かったかのように消えてしまう幻達だけれど。
 その出来事を憶えているシズやフィラメントが居る限り。こうやって今日という日の記憶が、魔導書に記されている限り。決して、「無かったこと」にはならないのだから。
『マ、お前サンがどーしても憶えておけねェって言うのなら、代わりに俺サマが憶えておいてやるよ』
「偶には良いこと言うじゃん」
『偶にじゃなくて、毎日って言うトコじゃねェの?』
 『だから、心配すンなー』とでも、言外に告げるかのように。
 胸があったら思いきり張って主張させているだろうフィラメントの口振りに、シズは静かに笑みを深めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

風見・ケイ
【🌖⭐️】
世界どころか、物語や神話の星空までもがそこにある
きっとあの彗星が答えだよ

あの地上からの星空もまだ見えるね
広い空で見ても綺麗だな……夏報さん?
(君も多くは語らず、私も多くは聞かずにいたあの子との記憶)
(星を見て語る君から目を逸らせなくて、君の手に私の手をそっと重ねる)
(地上にいることを確かめようとしたのかもしれない)

こんな私でも君の力になれたなら嬉しいよ
……こうして君の隣にいるようになって
一人よりもずっと、大切な人と見上げる星空が綺麗だって気づいたから
私からも、ありがとう

(そっと手を握り返して)
ふふ……そうしよう
あの星が消える前に星見酒だね
いいね日本酒……スパークリングも気になるなぁ


臥待・夏報
【🌖⭐️】
レストランのテラス席から星空と幻の名残が見える
店主の願いはちゃんと叶ったってことなのかな

……昔はね
ここじゃないどこかの星に行ければいいと思ってたんだ
学校とか、将来とか、下らない人生全部放り出してさ
でも僕は……そんな夢物語、心の底から信じてたわけじゃなくて
本気で信じてたあの子だけが消えてしまって

なんだろう、うまく言えないな
僕がこの星に残されたのは、あの日の罰なのかもしれないけど
地上から見る星空も綺麗だなって思えるようになったんだ
……ありがとう
君のおかげで、何か大事なことを思い出せそうな気がする

あは……恥ずかしい話しちゃった
(重ねられた手を取って)
お酒頼もっか!
夏報さん日本酒がいいなあ




 隙間が無いほどに様々な存在で満たされた、上空の星空。そこには――何もかもがあるように思えた。
「店主の願いはちゃんと叶ったってことなのかな」
 ポツリと空の果てに向かって、呟きを送るかのように。
 小さく吐き出された臥待・夏報の呟きは、ゆらゆらと揺らめきながら上へ上へと昇っていって、星空の向こう側へと吸い込まれてしまう。
 レストランのテラス席は、一夜限りの星空を特等席で拝もうとする人々で賑わっているのに。
 何故だか、夏報の周りだけ透明な壁がそびえ立っているように。ひんやりとした静けさで満たされていた。
「世界どころか、物語や神話の星空までもがそこにある。きっとあの彗星が答えだよ」
「……そうだね」
 ポツリと零された夏報の呟きを聞き逃すことなくそぅっと拾い上げた風見・ケイが、静かに返事を返す。
 世界中の星空だけではなく、物語や神話の星空すらも勢揃いしている。とても豪華な星空になったのだから。
 突然空に現れた彗星の存在こそが、夏報の呟きに対する答えになるのだろう。初代店主の願いは、きっと。
「あの地上からの星空もまだ見えるね」
 ゆらゆらゆらと。幾重にも重なり合って、漣の様に揺れ動く幻の星々の存在。
 その中には、昼間にケイと夏報が解き放った、ゲームブックに登場する「地上からの星空」だって勿論眺めることができた。
 翼を広げる白鳥座は変わらずに大空へと向かって羽ばたき、夜空を彩る夏の大三角は今こうしている瞬間も眩い光を放っている。真っ赤に輝く蠍の火は、ランタンの明かりの様にメラメラと赤く燃えて。上空を大きく横切る天の川は、サラサラと柔らかくさざめき合っていた。
『どこまでもずっと一緒に行こう』
 そんな想いを籠めて読み上げられた、地上から見た星空。それは恐らく、靄となり消える最後の瞬間まで変わらずに輝き続ける。ずっと。
「広い空で見ても綺麗だな……夏報さん?」
 書庫の天井を満たしていた星の空だって綺麗だったけれど。実際に上空に浮かんでいる姿を見るのだって、同じくらい美しい。
 空を見上げたままふっと感想を漏らしたケイは、ふと先ほどから隣で星空を眺める夏報が黙り込んでしまっていることに気付き。視線を空から夏報の横顔へと向けると、チラと様子を伺った。
 何というか、一言で纏めるのなららしくない。いつもなら、ああだこうだと話している夏報が黙り込んで、じっと星空を眺めてばかりいるなんて。
 夏報の視線は確かに星空に向けられていたが、それは何処か遠くの――ケイですら知ることのない、夏報だけが知る「いつか」へと向けられている様で。
「……昔はね。ここじゃないどこかの星に行ければいいと思ってたんだ」
 ここじゃない、どこか別の星に。何もかもを放り出して。思い出と記憶に満たされたここは、きっと、これからを生きて行くには息苦しいだろうから。
 吐息と共に吐き出された夏報の独白が、静かに頭上に浮かぶ星の海を目指してゆらりと昇り始める。
 声として生まれ落ちた独白は、上空に広がる星空を微かに擽り、夜空の向こうへと吸い込まれて消えていった。
「学校とか、将来とか、下らない人生全部放り出してさ。
 でも僕は……そんな夢物語、心の底から信じてたわけじゃなくて。本気で信じてたあの子だけが消えてしまって」
 夏報の頭を過るのは、本気で信じていた「あの子」のこと。
 本気で信じていた割に、実は「あの子」のことは何も知らなかったのかも、なんて。そんな一抹の感情すら。
 ゲームブックに出てきた二人の少女の様に、夏報もまたここではない何処かを目指して。
 それは、「あの子」を探したかったのかもしれないし、ここではない何処かに逃げてしまいたかったのかもしれない。
(「君も多くは語らず、私も多くは聞かずにいたあの子との記憶」)
 身体だけは確かにレストランのテラス席にあるのに、意識だけをここではない何処か別の場所に――まるで、宇宙の果てにでも飛ばしてしまったかのように。
 薄ぼんやりとした声音で「あの子」について語る夏報の横顔を、ケイはただ、何も言わず、静かに見守っていた。
 今の様に、二人で居る時に時折夏報が「あの子」との記憶や思い出の片鱗を覗かせることもあったけれど。
 時折顔を見せるそれには、何故だか触れてはいけない気がして。それに夏報もまた多くを語らずにいたから、ケイとてあえて聞かずに居たのだ。
(「星を見て語る君から目を逸らせなくて」)
 ケイの胸を過ったのは、殆ど直感の様なものであった。
 何故だろう。今、目を逸らしてはいけない気がする。
 一度目を逸らしてしまったのなら――その一瞬きの間に、「君」の姿が跡形もなく消えてしまうような気がして。
 まるで、最初から誰もいなかったかのように。本当に、ここではない何処かに旅立ってしまうかのように。
 勿論、そんなことあるはずもないのだけど。
 夏報がこの場に居ることを確かめるように。ケイはそっと、自分の手を隣に座る夏報の手に重ねてみせた。
(「地上にいることを確かめようとしたのかもしれない」)
 見えるだけじゃなくて、ちゃんと触れられる。
 君は、確かにこの場所に――ここに居る。
「なんだろう、うまく言えないな」
 そして、夏報の視線は遥か上空に浮かぶ星々の存在から、今隣に座るケイの方へ。ゆっくりと下りてくる。
 「うまく言えない」と、どこか困ったような苦笑を浮かべて。
「僕がこの星に残されたのは、あの日の罰なのかもしれないけど」
 それは、「あの子」が消えてしまったこの星で、「あの子」の記憶が強く残るこの場所で。「あの子」の存在の名残りを感じながら、それでも独り生きていけという、呪いにも似た罰なのかもしれない。
 けれど。
「地上から見る星空も綺麗だなって思えるようになったんだ」
 ここではない何処かの星に行きたいと思っていたけれど――確かに、この星の地上から見る星空も「綺麗」だと思えるようになったのだ。
 それはきっと、今隣に居る存在のお陰で。
「……ありがとう。君のおかげで、何か大事なことを思い出せそうな気がする」
「こんな私でも君の力になれたなら嬉しいよ」
 照れ笑いのような微笑を浮かべる夏報に、ケイもまたゆるやかに笑みを深めた。
 少しでも何かの力になれたのなら、それだけで嬉しいことだから。
 それに、相手にお礼を伝えたいのはきっと、ケイだって同じで。
「……こうして君の隣にいるようになって。一人よりもずっと、大切な人と見上げる星空が綺麗だって気づいたから」
 君の隣にいるようになって、知ったことが沢山あるのだ。
 その中には、大切な人と見上げる星空の美しさだって、しっかりと入っている。
 一人よりも、大切な誰かと。事実、書庫で見上げた幻の星空も、今こうして見上げている幻の名残りも。どちらも、言葉にできないくらい綺麗なのだから。
 星空の綺麗さに気付けたのも、隣に大切な存在が居てくれたからこそで。だから。
「私からも、ありがとう」
 ケイから真っ直ぐに告げられた「ありがとう」の言葉に、恥ずかしさからか、夏報が静かになること数秒。
 それから、話を仕切り直すようにはにかんで。そっと、重ねられたままだったケイの手を取った。
「あは……恥ずかしい話しちゃった。お酒頼もっか!」
「ふふ……そうしよう。あの星が消える前に星見酒だね」
 それからはすっかり、いつもの姿。
 調子を取り戻したらしい夏報の手を、ケイもまたそっと握り返して一緒にメニュー表を覗き込み始める。
 席に案内されたは良いものの、今までの間ずっとメニュー表すら開いていなかったのだから。
 一度メニュー表を開いたのなら――そこには、多種多様なお酒が手描きの絵と一緒にずらっと記されていて。
「夏報さん日本酒がいいなあ」
「いいね日本酒……スパークリングも気になるなぁ」
 星が消える前に、星見酒を。
 記念すべき最初の乾杯を飾る銘柄を選び始めた二人。楽しい星見酒の時間はまだまだこれからで、きっと、その間中賑やかな話し声は尽きない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

瑞月・苺々子
【星縁】
ここからはまた自由行動の時間ねっ
お腹も空いてきたし……
もも、アレが食べたいな!
おっきなおっきなプリン・ア・ラ・モード!

折角だからテラス席で
お星様を眺めながら食べようね
……なんか、思っていたよりスゴイのが来たの?
ももの顔より大きいプリンに
たっぷりのクリームに
星型のフルーツにクッキーまで!
見てるだけでも楽しいな

がんばったんだけどなぁ……
二人の半分も食べられなかったかも
レイラ、大丈夫?
無理しないでね?

わあ……スゴイな
ほとんどレイラが食べちゃった
だからそんなに背が高いの?

お願いごと、レイラが一番叶うかな?
二人はどんな願いごとしたの?
ももはね
『今度は三人でデカ盛りパフェ、食べられますように!』


レイラ・ピスキウム
【星縁】
のんびりと星を眺めながら
何か食べに行くとしましょうか
ああ、良いね
夕飯を甘い物で済ませるなんて
僕たち今日は揃って『悪い子』ですね

ああ、これは……
予想以上でワクワクしてきました
グラスまで星の形なのも面白いね
苺々子さん、見てるだけじゃなくて
ほら、早く食べましょう?

えっ、二人とも
もうお腹いっぱいなんです?
残り、僕が片付けますけど
本当に良いんですか?

ええ、好き嫌いは無いよ
強いて言うなら……
舌が痺れたり極端に苦くなければ何でも美味しいです
(旅に出る前
叔母の嫌がらせで、ずっと食事に毒を盛られてたんですけど
これは二人にも内緒にしておこうかな)

まだ腹八分目って程だけど
ハシゴします?
ふふ、願い叶うと良いね


ミーシャ・アルバンフレット
【星縁】
歩き回って、二人も見張って……
もしかしたら私が一番疲れてるのかも?
あ!途中で見かけたお店の……
完食できたら願いが叶うっていう
10人前はありそうなアレ?
確か、あのレストランだったわよね
とりあえず行ってみよっか

ねえ、これ本当に食べきれる?
10人前以上はありそうな気がしてきたけど……
ふふ、でも食べ始めてみたら案外いけそう?

――いや
やっぱりダメそう
私胃もたれしてきたかも
レイラはその細い体のどこに入ってるの?

そういえばレイラ
好き嫌いとかあるの?
その食べっぷりは無さそうだけど……やっぱり?

もうハシゴもしません!
帰りますっ
こんな体重でダニーに乗ったら重いって揶揄われそうだわ
パフェもちょっと勘弁して?




 夕暮れ空が広がり始めたのなら、良い子はもう帰る時間。
 それが当たり前で。けれど――今日ばかりは。
 まるで、夕方で世界の時間が止まってしまったかのように。
 空は何分、何十分経っても淡い橙色を宿したままで。不思議なことに、地平線の上を滑るように移動している太陽の存在だって、まるで沈む気配が見られなかった。
 だから。
「ここからはまた自由行動の時間ねっ」
 「彗星屋」での騒動が全て片付いたのなら、ここから先はまた自由行動のお時間だ。
 十三代目である現店主さんへとお別れの挨拶を告げて、ひょこひょことスキップを踏むようにして歩き出す赤煉瓦の通りは無数に広がりをみせている。
 何処に行こう? 何を食べよう? 誘惑は尽きない。何なら、お店をたっぷり梯子してもおつりが来るくらい沢山の「自由時間」がある。
 一足先を行く瑞月・苺々子は、少し後ろを歩む二人へと満面の笑みを湛えたまま振り返って、「自由時間」を楽しむことを宣言するのだ。
「のんびりと星を眺めながら、何か食べに行くとしましょうか」
 苺々子の宣言に、一早く答えてみせたのはレイラ・ピスキウム。
 穏やかな表情で――しかし、胸の中にそっと「美味しい物」への期待を抱きながら――苺々子へと微笑みかけたレイラ。
 頭上に幻の星空、目の前には美味しい料理。好きな物に囲まれて過ごす一時はきっと、とびきりの想い出になるだろうから。
「やったぁ! 何にしよう? 何食べたい?」
「苺々子さん、気になるものはありましたか?」
「えっと、ももはね」
「あれ、苺々子もレイラも意外に元気……? 歩き回って、二人も見張って……もしかしたら私が一番疲れてるのかも?」
 仲良く元気良く「食べたいもの作戦会議」に花を咲かせている苺々子とレイラの姿を見て。
 ミーシャ・アルバンフレットはひとり、どうにも納得が行かない訝しげな表情で、「美味しい物」にはしゃぐ二人の姿を見つめていた。
 もしかしなくても、自分が一番疲れているのかも?
 ひょっとしたら、苺々子もレイラも自分が思っているよりもずっと元気なのかも?
 一日中一緒に居たはずなのに。移動距離も行動も、三人一緒であるはずなのに。何故だか、自分だけ疲れていることが不思議で。
 ミーシャが疲れているのは、きっと――一日中歩き回って、二人を見張って。色々と頑張っていたからに違いない。
「お腹も空いてきたし……もも、アレが食べたいな! おっきなおっきなプリン・ア・ラ・モード!」
「あ! 途中で見かけたお店の……完食できたら願いが叶うっていう10人前はありそうなアレ?」
 「おっきな!」と、両手を思いきり広げてプリン・ア・ラ・モードの大きさを表現してみせた苺々子。
 「おっきな」を身振り手振りで表現してみせた苺々子の可愛らしさに表情を緩めつつ、ミーシャもまた「今日くらいは良いわよね」と、心の中で言い訳を一つ。
 甘いものと言えば、気になるのが体重で。
 愛馬のダニーのことが頭を一瞬過ったけれども……ミーシャだって今日は頑張ったのだ。恐らく、姉弟の中で一番。少しくらいご褒美を味わったって、きっとバチは当たらないはず。
 体重とダニーのことは……明日考えても遅くは無い、多分。
「ああ、良いね。夕飯を甘い物で済ませるなんて、僕たち今日は揃って『悪い子』ですね」
「だいじょうぶ! もも達のママだってきっと、ここに居たなら一緒に『悪い子』になってくれたと思うの!」
「『良い子』だって偶には『悪い子』になるものよ。きっと問題ないわ」
 苺々子とミーシャの「企み」に乗っかったレイラは、ニコリと笑顔で『悪い子』の宣言を。
 でもきっと、仲良く三人で『悪い子』になるのは――偶になら、許されるはず。
 顔を見合わせてニッコリと悪戯な笑みを浮かべてみせる様は、何処からどう見てもすっかり『悪い子』そのものだ。
「確か、あのレストランだったわよね。とりあえず行ってみよっか」
 ミーシャが指差す先に見えるのは、童話みたいな赤い屋根が目印のレストラン。
 あのレストランに、苺々子の言う「おっきなおっきなプリンアラモード」が三人のことを待っているのだ。
 そうと決まれば、早速レストランへ。三人揃って『悪い子』になる為に。
 仲良く歩んで行く足取りは、少しも迷いの無いものだった。

「ねえ、これ本当に食べきれる?」
 比喩じゃなかった。
 苺々子の「おっきな!」は、本当に比喩なんかじゃなかった。見たままを表していたのだ。
 苺々子の「おっきな!」の身振り手振りは、「これくらい大きく見えたんだよ」っていう、大きさを伝える為の伝達方法じゃなくて――本当に、プリン・ア・ラ・モードの大きさそのものを表していたのだ。
 目の前にデデンとその存在を主張しているのは、件のおっきなおっきなプリン・ア・ラ・モード。
 プリン・ア・ラ・モードを眺めるミーシャ口の端が若干引き攣っていたのは、きっと気のせいなんかじゃない。
「……なんか、思っていたよりスゴイのが来たの?」
 苺々子も目の前に運ばれてきたプリン・ア・ラ・モードを前に、呆然としてその大きさに見入ってしまっている。
 「折角だからテラス席で、お星様を眺めながら食べようね」なんて。三人でのんびりと笑い合っていたのが、何故だか遠い昔の事の様にも思えてしまう。
 きっと、目の前のプリン・ア・ラ・モードさんが、先程の和やかな空気を遥か過去へと吹き飛ばしてしまったのだ。
(「こんなに大きかったっけ?」)
 ううん。いや、きっと――お店の前にサンプルとして展示されていたプリン・ア・ラ・モードは、もうちょっとだけ小さかった気がする。
「ああ、これは……予想以上でワクワクしてきました」
 目の前に運ばれてきたプリン・ア・ラ・モードの大きさという現実を受け入れきれていないミーシャと苺々子とは違って。
 レイラはひとり、早くも好奇心に藍色の瞳を瞬かせている。
 何処から食べ進めようかって、考えているだけで楽しくなってきてしまう。
 これだけ大きなプリン・ア・ラ・モードを食べる機会なんて、そうそうない。だから、思いきり楽しまなくては!
「グラスまで星の形なのも面白いね」
「ももの顔より大きいプリンに、たっぷりのクリームに、星型のフルーツにクッキーまで!」
「本当に豪華ね」
 と、少しのフリーズ期間を置いて漸く目の前のプリン・ア・ラ・モードの大きさ(という名の現実)を受け入れ始めた苺々子とミーシャ。
 改めて目にするその大きさに、瞳を輝かせて見つめている。
 ツヤツヤとした大きなプリンに、たっぷりの白いクリーム。星形のフルーツに、サクサクとしたクッキー。ハートや薔薇の形をしたホワイト・チョコレート。横に添えられた星形のゼリーの群れだって美味しそうで。
 女の子ならきっと一度は夢見る、とびきり豪華なスイーツを食べること。それが叶って、苺々子はとても嬉しそうだ。
「見てるだけでも楽しいな」
「苺々子さん、見てるだけじゃなくて。ほら、早く食べましょう?」
 プリンが崩れてしまわないように、気を付けながら。
 レイラは早速、人数分のグラスにプリン・ア・ラ・モードを切り分けて乗せていく。
「10人前以上はありそうな気がしてきたけど……ふふ、でも食べ始めてみたら案外いけそう?」
 取り分けても、取り分けても。何故だか、ちっとも減る気配を見せないプリン・ア・ラ・モードの山。
 レイラが三人分をきっちりグラスいっぱいに取り分けたところで、漸く山の端っこが少し凹んでいるかな? くらいで。
 ミーシャがざっと見ただけでも、軽く十人前以上はありそうだ。
 クリームもプリンも濃厚だから、食べきれないかと思えたけれど――フルーツやクッキーの味が、クリームやプリンの味を濃厚過ぎないものにしてくれて。
「美味しいね」
 苺々子だって、頬にクリームをくっ付けながら軽快なペースで食べ進めている。
 甘いものは別腹って言うし。これなら案外、三人で完食できるかも。なんて。そう思ったのは、食べ始めて間もない頃だけの話で……。

「――いや。やっぱりダメそう。私胃もたれしてきたかも」
 崩落の気配をまるでみせないプリン・ア・ラ・モードの大山に、一番早く白旗を掲げたのはミーシャだった。
 もう暫くは、甘いものを見たくない。一ヶ月分くらいのスイーツは今此処で食べた気がする。
 げっそりとした表情でプリン・ア・ラ・モードを見上げるミーシャの横で、苺々子もまた「うーん」と残念そうにしょんぼりとしていた。
「がんばったんだけどなぁ……二人の半分も食べられなかったかも」
 いっぱい食べたし、とっても美味しかった。けれど、苺々子の力もまた、強大なプリン・ア・ラ・モードには敵わなかったようで。
 ミーシャとレイラの半分も食べきれなかったことが、少しだけ悔しい。美味しかったから、余計に。
「えっ、二人とも、もうお腹いっぱいなんです?」
 複雑そうにプリン・ア・ラ・モードを見上げるミーシャと苺々子の向かいでは。顔色一つ変えることなく、涼しい顔でレイラがプリン・ア・ラ・モードを黙々と食べ進めていた。
 早々にギブアップしてしまった二人に、きょとりと双眸を瞬かせて。それから、こてりと首を傾げる。
 だって、二人とも(レイラ基準では)あんまり食べていないような気がしたから。
「レイラはその細い体のどこに入ってるの?」
「どこって、二人と同じ胃ですが」
「レイラ、大丈夫? 無理しないでね?」
「無理はしてませんよ。苺々子さんこそ、本当にもう良いんです? 残り、僕が片付けますけど本当に良いんですか?」
「もももお腹いっぱいだから、レイラが食べちゃって良いよ」
「良いから、片付けちゃって。もう暫く甘いものは見たくないわ……」
「そうですか。では、お言葉に甘えて」
 甘い味わいに、少しだけ表情を和らげながら。
 レイラはその後も顔色一つ変えることなく、プリン・ア・ラ・モードを食べ進めている辺り、本当に「大丈夫」な様で。
 レイラの食べっぷりを眺めていたミーシャが、ふと生じた疑問をそのままレイラへと問いかけた。
「そういえばレイラ。好き嫌いとかあるの? その食べっぷりは無さそうだけど……やっぱり?」
「ええ、好き嫌いは無いよ。強いて言うなら……舌が痺れたり極端に苦くなければ何でも美味しいです」
 平然とそう答えるレイラに、「凄いわね」とミーシャが零して。
 その反応に苦笑を浮かべながら――しかし、脳裏に蘇る昔の記憶はそのまま押し殺して。
(「旅に出る前。叔母の嫌がらせで、ずっと食事に毒を盛られてたんですけど、これは二人にも内緒にしておこうかな」)
 自分からそんな経緯を告白して、折角の雰囲気を壊すようなことはしたくなかったから。
 レイラはニコリと微笑み一つで記憶を脳の奥へと押しやると、再びプリン・ア・ラ・モードの味を楽しみ始める。

「わあ……スゴイな。ほとんどレイラが食べちゃった。だからそんなに背が高いの?」
「そうかもしれないね。まだ腹八分目って程だけど」
 そして、すっかり空になった大きな大きな星の形をしたグラスをじぃっと穴が開くほど覗き込んで。
 キラキラと尊敬の眼差しを送る苺々子の視界の先には、宣言通り全てを食べてしまったレイラの姿があった。
 「完食すればお願い事が叶う」なんて。そんな噂もあるこのプリン・ア・ラ・モード。三人の中で一番レイラが頑張ったから、レイラのお願い事が一番叶うはず。
「お願いごと、レイラが一番叶うかな? 二人はどんな願いごとしたの?
 ももはね。『今度は三人でデカ盛りパフェ、食べられますように!』」
「ふふ、願い叶うと良いね。ハシゴします? 今度はデカ盛りパフェを食べに」
 無邪気な苺々子のお願い事と、「腹八分目」とは言いつつも……何だかんだ言って、まだまだぺろりと食べてしまいそうな雰囲気のレイラに、堪らず悲鳴を上げたのはミーシャだ。
「もうハシゴもしません! 帰りますっ」
 このままテーブルでグダグダしていたら、何だかんだで「おかわり」を頼まれそうな気がして。
 ミーシャは伝票を掴むと、流れるような動作でお会計へ。
「こんな体重でダニーに乗ったら重いって揶揄われそうだわ。パフェもちょっと勘弁して?」
「あ、『夏ミカンとグレープフルーツの星屑ゼリー』だって」
「あっさりしていて美味しそうですね。夏場にピッタリだ」
「だから、ハシゴしません!」
 一難去ってまた一難。仲良くレストランを後にした三人なのに。
 少し目を離した隙に、苺々子とレイラが向かいのカフェーのチラシを眺めているのだから。
 ミーシャは急いで、二人の回収に向かうのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

風魔・昴
麻生竜星(f07360)と行動
彼のことは『竜』と呼んでいる


「ふふ、まるで大きなキャンパスだね?」
空に上った幻達を見上げ、竜星に頭を撫でられるままなんとなく微笑んで。
そうだといいね。と今度は彼の顔を見てほほ笑む

彼の提案に頷くと、足元に現れた幻達に気を付けながら歩く
「こんなに沢山の幻……まだまだ人は星に憧れを持ってるのね?」


ふと、周りで彗星の話が
その輝きとタイミング……もしかして
「彗星屋の初代店主だったりしない?」
流れゆく彗星となって、この空を見に来たのではないのだろうか


(素敵な経験と思い出をありがとう、店主さん。
貴方も時間までこの空を私達と一緒に楽しんでね?)


麻生・竜星
風魔昴(f06477)と行動
彼女のことは『スー』と呼んでいる



「世界中の星空を一度に……か」
これで初代店主の夢は叶ったのかもな?と、昴の頭を優しく撫でる

「スー、少し歩こうか」
彼女を誘ってメインストリートを歩く
「そうかもな。星や月の瞬きは優しいから追いかけたくなる」
そして儚さもあるからね。と付け加えて


周囲で、彗星だ!という声
昴の言葉に頷いて
「あぁ、俺も何となくそう思ったよ」
そういってもう一度空を見上げた
そして心の中でそっと流れていく彗星に語り掛ける

(店主殿。俺達が再現させたこの空は気に入ってもらえましたか?
貴方の遺産での素晴らしい経験に感謝します、ありがとう……)




 色とりどりの星々達。
 今こうしている間にも、果ての無い程遠く広く広がる宇宙の何処かでは、新たな星が生まれ、名も知らぬ星がひっそりと終わりを迎えているのだろう。
 宇宙に浮かぶのは、数えきれない程の星々の存在で。
 その全てに物語があるなんて、にわかには信じられない話だった。
 世界中の星空を一度に集めたのなら。そこには、言葉は意味をなさない程の絶景が広がっていた。
「ふふ、まるで大きなキャンパスだね?」
 タイトルはきっと、『世界中の星空』となるに違いない。
 柔らかなグラデーションが美しい夕焼け空を背景に描かれているのは、名前も形も様々な星や星座の数々で。
 ぼんやりと光っているものもあれば、はっきりとした星としての形を保っているものも。少し不恰好な形で宙に浮かんでいるものもあれば、細部まで再現された星座だって。
 猟兵達が願いを込めて、具現化させた幻の存在。皆で作り上げた今日一日限りの魔法の星空は、空全体がキャンパスだ。
 こんなにも豪華な星空になるなんて、初めは思ってもいなかった。
 じっと夕焼けの星空を見上げれば、それだけで達成感と嬉しさが込み上げてくる。
 星空を見上げ、ご機嫌に微笑む風魔・昴の頭を麻生・竜星は優しく撫でた。
「世界中の星空を一度に……か」
 手は昴の頭に置いたまま。彼女の柔らかな髪の感触を楽しみながら。
 竜星はしみじみと呟いた。
 世界中の星空を一度に。
 そんな願いが込められた猟兵達の星空は、事実――本当に、世界中の星空が一つの夕焼け空の上に集っているのだから。
 少しの隙間も無いくらい、幾重にも重なり合った星の海。揺蕩う星々は刹那の命を惜しみ無く燃やして、各々の色彩にその身体を輝かせている。
 白銀、青紫、黄金、紅。
 もう片方の手で星空をなぞっていく竜星の双眸に降り注いで止まないのは、数多の星の光だ。
 見慣れた星や星座に紛れて、名前も知らない星や星座もある。何処か竜星達が知らない世界の星空の一部なのだろうか。
 夕焼け空の上に集ったのは、サクラミラージュ各地で見られる星空にのみならず。中には他世界の星空だって入っている。
「これで初代店主の夢は叶ったのかもな?」
「そうだといいね」
 昴の頭を撫でながら竜星が問いかければ、ちらりと自分へと向けられる昴の双眸。
 それがにこりと柔らかく細まったかと思うと、そっと微笑みが一つ。竜星に向かって送られる。
 そうだ。きっと、初代店主の夢は叶ったのだ。
 それはもう、十二分と言って良い程の最高の結果で。
 頭上で溢れ返りそうな程に輝いているのは、猟兵達が作り出した幻の星空。
 本物の星々と比べれば、刹那で消えてしまう運命を持つ彼らでも。
 紛い物の存在でも。
 きっと――だからこそ、美しいのだ。息を呑み、美しさを表す言葉が出てこない程に。
「初代店主もこの星空を何処かで見ているのかしら?」
「そうだと良いな」
 昴と竜星は上空を眺め、それからそっと微笑み合い。暫くの間、自分達が作り出した星空を静かに眺めていた。

「スー、少し歩こうか」
 そうやって暫くの間、星の浮かぶ夕焼け空を眺めていた竜星と昴であったが。
 折角ならば、幻の存在に満ち溢れた街並みも楽しみたいと、竜星が昴にメインストリートの散策に誘う。
「ええ。勿論良いわよ」
 昴もまた、竜星の誘いににっこりと微笑んで。そっくり同じ歩幅で、幻の星が彩るメインストリートを歩き始める。
 今日限定で現実と空想の境界が曖昧になったこの街は、とても現実のものとは思えない程の不思議で満たされていた。
 とてとてと昴と竜星の後ろをついて歩く猫は、一見すると普通の猫に見えるが……その身体は薄く透き通っていて、猫が呼吸をする度に、半透明の身体から緩く星雲のようなふわふわとした靄が放たれていた。
 どうやらこの猫も、何かの本から現実へと飛び出してきた、一夜限りの客人の様だ。
「星みたいな猫ね。ふしぎ、身体も星の光が灯っているみたい」
「すごいな。小さな身体の中に、大きな宇宙を宿しているみたいだ」
「ふふ。本当に身体の中に宇宙を持っていたりして、ね?」
『にゃあぁ〜』
 昴の問いかけに、星猫はにっこりと笑うような反応を見せたかと思うと……まるで昴の言葉を肯定するかのように、元気良く一鳴きしてみせた。
「竜、見て。星が落ちてきているわ」
「お、本当だな。幻の流れ星か。あの規模だと流星雨を通り越して、流星嵐と呼べるくらいじゃないか?」
「途中で燃え尽きずに……あら、地上まで来ているわね?」
 昴の指差した先には、遥か彼方から一斉に零れ落ちてくる流星嵐の存在が。
 静かに、けれど、強く光り輝いて。
 地表へとぐんぐん落下してきている彼らは、しかし、本物の流星の様に燃え尽きることはなく。
 地表へとふわりと舞い降りたかと思うと、ふわふわと淡く浮かび上がってメインストリートの周辺を仄かに照らし始める。
「星に触れられるなんて嘘みたいだわ」
「人懐っこい星だな」
「星に性格があるなんて、不思議な感じね」
 ふわふわと周囲を照らしていた流星のうちの一つに昴が手招くと、ふよふよとゆっくり手元へと飛来して。
 両手を受ける様に差し出せば、ふわりと両手に乗る様にして、昴のすぐ手元でちかちかと明るい光を放ち始める。
 触れる手はすり抜けてしまうけれども。不思議と、手元に飛来した流星に手を近づけるとぼんやりとした暖かさを感じられた。
「星をこんなに間近で見られる日が来るとはな」
 くるくると竜星の周りを回っているのは、先程地表へと飛来した流星達。
 踊る様に竜星を包み込む彼らは、色鮮やかな光の軌跡を空中に刻みながら、竜星の目の前で光の舞踏を披露している。
「こんなに沢山の幻……まだまだ人は星に憧れを持ってるのね?」
「そうかもな。星や月の瞬きは優しいから追いかけたくなる」
 昴と竜星は、戯れるようにして地上で舞い踊っている流星や幻の星座の登場人物を踏んでしまわないように気をつけながら、メインストリートの道を歩いた。
 赤煉瓦の通りを歩む彼らは皆、とても楽しそうで。偶然の結果生まれた刹那の生を、目いっぱい楽しもうとしているように見えた。
 上空も、地上も。星やそれに纏わる幻で溢れ返っている。
 それはきっと、星への憧れを抱く人々が多いことの証で。
 星の美しさに魅了された人は、この時代にも沢山存在しているのだ。
 嬉しさのままに昴が竜星へと話しかければ、穏やかな返事が返ってきた。
「そして儚さもあるからね」
「だからこそ、人は星に憧れを抱くのね」
「そうかもしれないな」
 儚さと、美しさと。
 それ故に、人々は星に魅せられるのかもしれない。
 幻で満たされたメインストリートの散策を楽しむ二人の耳に――ふと、気になる声が聞こえてきた。
 それは、「彗星だ!」という、誰かのはしゃぎ声で。
 ちらほらと耳にできるだけだった歓声はあっという間に広がりを見せていく。
 人々が指差す方へと。つられるようにして、竜星と昴もそちらの方を振り向いた。
 すると、そこには。
「彗星屋の初代店主だったりしない?」
「あぁ、俺も何となくそう思ったよ」
 青白い光をその尾に宿して。ゆっくりと地上へと向かってくる、大きな大きな彗星の姿があった。
 夕暮れ空に深く青白い光を刻み込む様にして通り過ぎていく彗星は、今まさにこの星に一番の接近をみせているところで。
 幻が具現化したタイミングと、星明かりを思われる青白い光に、昴は「もしかして」と傍らの竜星へと問いかける。
 竜星もまた、同じことを考えていた様で。
 視線は彗星を見上げたまま、昴の言葉に「そうだな」と相槌を打った。
(「店主殿。俺達が再現させたこの空は気に入ってもらえましたか?
 貴方の遺産での素晴らしい経験に感謝します、ありがとう……」)
 もう一度、彗星が彩る夕暮れ空を見上げて。
 竜星は心の中でだけ、初代店主へとそっと語りかけた。
 この幻の空に出逢えたのも、とびきりの体験が出来たのも。きっと、初代店主が残した呪いがあったからこそだ。
 だからこそ、最大限の感謝を込めて。
(「素敵な経験と思い出をありがとう、店主さん。
 貴方も時間までこの空を私達と一緒に楽しんでね」)
 初代店主は彗星となり、自分の夢が叶った瞬間を見に来たに違いない。
 昴にはそう思えたから。
 だからこそ。
 隣で彗星を見上げる竜星と同じように。昴もまた、初代店主へとお礼を。
 そして、最後まで初代店主さんがこの星空を楽しめるように。そっと、祈りを込めて。
 二人は静かに、彗星を見送っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葛籠雄・九雀
叶えたいこと、であるか。正直これもやはりない! ワハハ!
何もないのであるよなあ。収集物との出会いは一期一会だから面白い、自分自身については、ふむ…おそらく、オレは今、然程不満がないのであるよな。

ふーむ。ああ、だが、そうであるな。彗星と言いこの星空と言い、折角珍しいものであるし、撮影でも…スマホ…、ああ、あった。
どこか展望台のような場所があれば撮影のため赴く。飲食はせんからな、テラス席を借りるのは申し訳ない。

どうにも慣れぬが、面白いものを残しておけるのはよいであるよな。オレでは然程上手く撮れるわけではないのが残念ではあるが。…というか今更であるが、この景色は撮影が可能なのであるか? まあよいか。




 夕暮れ空は、少しの隙間も無いほどの沢山の星や星座で満たされていた。
 誇り高くその身を燃やしている赤星に、仲良く連なり合った三連星。ぼんやりとした灰銀色に染まるのは、幻が作り出したもう一つの天の川の存在で。傍らを流れる本物の天の川に寄り添うようにして、そっとその身を空に横たえさせている。
 星の光を纏って自由自在に空を駆けている、神話の登場人物や架空の生物達。そして――何よりも目を惹くのは、空を青白く斬り裂く大きな彗星だ。
「叶えたいこと、であるか。正直これもやはりない! ワハハ!」
 ここまで何も浮かばないと、一周回って清々しさすら湧いてきてしまう。
 彗星を見上げて、「本当になにもない!」と豪快な笑いと共に宣言したのは葛籠雄・九雀だった。
 上空に突然現れた彗星の存在を前に、思わず足を止めた通行人の中には、何やら一心に彗星に向かってお願い事をしている者も居るが。
 彗星に願いをなんて事は、九雀とは無縁の行為だ。
「何もないのであるよなあ。収集物との出会いは一期一会だから面白い、自分自身については、ふむ……おそらく、オレは今、然程不満がないのであるよな」
 収集物との出会いは、偶然が重なり合ったことの結果だ。
 神ですら触れることのできない一期一会であるからこそ面白く、一期一会を願って偶然が齎す面白みを無くしてしまう必要はない。
 そして自分自身についても、恐らくは然程不満が無いのだから。まあ、ある意味では満たされていると言えるかもしれない。
「ふーむ。ああ、だが、そうであるな。彗星と言いこの星空と言い、折角珍しいものであるし、撮影でも……」
 夕焼け空に浮かぶ満点の星空に、突然現れた巨大な彗星のコラボレーションなどそう見られるものでは無い。
 次は無いからこそ、撮影して出来るのなら手元に残しておきたいもの。
「スマホ……、ああ、あった」
 がさごそと服中のポケットを漁り、ややあってから目的の品を見つけ出す。
 九雀にとってはたまに持ち歩くくらいの品だが、今日は持ち歩いていて良かったと思える。
「飲食はせんからな、テラス席を借りるのは申し訳ない」
 夕焼けの星空の撮影の為だけに、テラス席の一つを占領してしまうのは申し訳なく。
 だからこそ、撮影しても邪魔にならない場所に。折角ならば、空に一番近い場所に。
 ゆるりと歩き出した九雀が向かうのは、この街の外れ――小高い丘の上にある、公園の展望台だった。
「どうにも慣れぬが、面白いものを残しておけるのはよいであるよな」
 小高い丘の上にある展望台からは、街と空が一望できる程の眺めであった。
 標高が高くなった分、星空もより一層近く感じられる。移り行く星の一つ一つの細部までが、事細かに目に映せた。
 「無いとやはり不便だから」という、それだけの理由でUDC組織から渡されたスマホを手に、九雀は木でできた展望台の柵に身体を預けて、シャッターを切っていく。
 スマホという存在には未だ慣れないが、こうして面白い存在や光景を気軽に残しておける点は良い。
「オレでは然程上手く撮れるわけではないのが残念ではあるが」
 手ブレしてしまった写真や、どうにもしっくりこない写真を確認しつつ。
 まあ、撮れてはいるから良いだろう。
「……というか今更であるが、この景色は撮影が可能なのであるか? まあよいか」
 画面を再び覗き込む。一見すると何の変哲もない夕焼けの星空と彗星が映り込んでいる。撮影は可能なようだが。
「……ゆっくり動いていないか? まあそれもまた面白いか!」
 画面に映り込んだ星空が、九雀の目の前に広がる光景と同じようにして、微妙に揺れ動いているような、いないような……。
 気付くか気付かないか程度の微妙な移り変わりに、ぐっと顔を寄せて画面を覗き込んでいた九雀だったが、すぐに深く考えても仕方ないと思い、再び写真撮影に戻り始める。
 星空の写真が動いているのなら、それもまたきっと、九雀の好奇心を刺激する面白いことであるのだろうから。それはそれでまた良い。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヘルガ・リープフラウ
❄花狼
ねえ、見て!ヴォルフ
夕暮れ空に無数に輝く星々
何て幻想的な光景なのかしら

せっかくですから、この街で一番高い展望台に行ってみましょう
一夜限りの奇跡が消えてしまう前に、一番近くでこの空を見られるように

二人で作った絵本を大切に胸に抱え
最上階の展望室から空を眺める
双眼鏡を覗くまでもなく、ガラス張りの窓から見えるのは
夕暮れの朱と宵闇の紫紺が入り混じる天蓋に躍る星々の輝き

希望の蒼星を見つけた白鳥が、幸せそうに寄り添っている
あなたがいれば迷わずに進んで行けると笑みながら

ああ、あそこに見えるのは星の海を渡る船
わたくしたちが夢から覚めた後も、彼らの旅は続くのね

幻と消ゆる白鳥や帆船を見送って
どうか、善き旅を


ヴォルフガング・エアレーザー
❄花狼
展望台から眺める、笑いさざめく星々たち
これが初代店主の求めていた『世界中の星空』……
確かに、これだけの星を一堂に会する程の術となれば、
人ひとりの身に余る代物だっただろう
今ここにある光景も、皆の願いが呼び起こした奇跡

この夢にまで見た星の海を、彼は生前見ること叶わず無念だっただろうか
否、店主の魂も、どこかでこの星空を見ているのかもしれないな
「転生」という概念が存在するこの世界ならば、或いは

俺たちが乗っていたあの帆船か
あの船はきっと、物語の登場人物たちだけでなく、
人々の夢や希望も乗せているのだろうな
未来を目指す人生の旅はこれからも続いてゆく

ヘルガの肩を抱き寄せ、彼女と声を重ねて
ああ、善き旅を




 現実と空想の境界が曖昧になった、一夜限りの奇跡の光景。
 偶然と偶然が交ざり合った結果生まれた、不思議な奇跡。
 恐らくはもう二度と見られることは無い、白昼夢のような天体ショー。
 日没を迎えれば、後には最初から何も無かったかのようになってしまう、目の前の光景は――この世のものとは思えないくらい、美しい物だった。
 本来なら満点の星空が見えるはずのない夕暮れ時に、無数の星々が空にその姿を現していて。
 星の海を行くのは、神話の登場人物や架空の生物の存在。乙女を背に乗せた一角獣は、何処に行くのだろう。仲の良い恋人達は、どんな思いで地上を見下ろしているのだろう。
 突然現れた大きな彗星は、人々の願いをその背に乗せてグングンと身体に宿す青白い光を増していく。
 彗星の目指す先が何処かは分からないけれど、その旅路に幸あらんことを。
「ねえ、見て! ヴォルフ。夕暮れ空に無数に輝く星々、何て幻想的な光景なのかしら」
 弾むようにして軽やかな足取りで、赤煉瓦の通りに反響する靴音が二つ。
 ヘルガ・リープフラウは興奮から頬を薄赤く染めさせ、高鳴る胸の思いのままにヴォルフガング・エアレーザーの手を引いて展望台までの道を歩んでいた。
「そんなに急がなくても、星は逃げないぞ」
 幼い少女のようにはしゃいでみせるヘルガに手を引かれたままのヴォルフガングは、困ったように苦笑を浮かべながらも――ヘルガの笑顔に、悪い気はせず。
 彼女がこんなにも嬉しそうに、星と彗星が織りなす幻想的な光景を眺めているのだ。ヘルガが嬉しいのなら、ヴォルフガングにとってそれ以上のことはない。
「せっかくですから、この街で一番高い展望台に行ってみましょう」
「ああ、そうだな。地上から眺める光景とは、また違った光景が見られるに違いない」
 こうしている間にも、ヘルガはヴォルフガングの手を取ってぐんぐんと赤煉瓦の通りを進んでいっている。
 時折すれ違う、星明かり纏う兎の群れや、地表に舞い降りてきた流星達にそっと微笑みかけながら。
 地上も上空も、そのどちらも。幻で満たされたこの街は、息をすることを忘れてしまうくらいに幻想的で美しかった。
(「一夜限りの奇跡が消えてしまう前に、一番近くでこの空を見られるように」)
 刹那的なこの光景を、確りと瞼の裏に浮かべて。忘れない為に。
 ――星に触れられるくらい、一番空に高い場所へ。

「これが初代店主の求めていた『世界中の星空』……」
 ヴォルフガングがそっとガラス張りの窓に手を添えれば、まるで挨拶を交わすかのように、空の低いところに浮かんでいた星々がふよふよと柔らかな光を放ちながら近寄ってきた。
 幻であるが故か、星々はこつんとガラスにぶつかることもなく――そっとガラスの窓をすり抜けると、ふわふわとヴォルフガングの周りを浮遊し始める。
 今、展望台から眺める光景は――地上から見る星空とは比べ物にならないくらいに、美しい物であった。
 展望台から眺める星々は、本当に触れられそうなほどすぐ近くに広がっていて。
 星々が刹那の生に命を燃やすその呼吸音や、そうっと遠く近く瞬く生命の証までがハッキリと目に飛び込んでくるほど。
 笑いさざめき合う星々に、ヴォルフガングは我を忘れたようにやっとの思いでそれだけを呟いた。
「確かに、これだけの星を一堂に会する程の術となれば、人ひとりの身に余る代物だっただろう」
 今ここにある光景も、皆の願いが呼び起こした奇跡なのだから。
 そぅっと息を吐く。
 手を伸ばせばそれだけで触れられそうな程近くに星空が広がっているのに、何処まで手を伸ばしても触れられないような――不思議な感覚が心の底から浮かんでくる。
 今ここに広がる光景は、皆の願いと力が合わさったからこそ生まれた光景なのだ。
 その奇跡を噛み締めるようにして。ヴォルフガングは静かに、ガラスの向こうに広がる星の海を見上げていた。
(「希望の蒼星を見つけた白鳥が、幸せそうに寄り添っているわ。あなたがいれば迷わずに進んで行けると笑みながら」)
 胸元には、二人で創った大切な絵本を確りと抱えて。静かに星を眺めるヴォルフガングの隣でヘルガもまた、展望室から街と空の光景を眺めていた。
 双眼鏡を覗くまでも無い。ガラス張りの窓から見えるのは、夜と昼の境界の景色。
 夕暮れの朱と宵闇の紫紺が入り混じる天蓋に、砂金を散りばめたかのように躍る星々の輝き。
 ぽつぽつと灯り出した街の明かりも眼下に広がっていて。まるで、二つの星空が目の前に広がっているように見えた。
 ヘルガが眺める先には、一際強く輝く蒼星の存在がある。
 数多の星が漣のようにその身の位置をゆっくりと移り変わらせているのに、蒼星だけは確固たる意志をもって、いつまでもその位置に佇んでいた。
 これではその他の星々に、独り寂しく取り残されたかのようにも見えるが、そうではない。
 蒼星の傍には、いとしい人を見つけ出した白鳥が幸せそうに寄り添っているのだから。
「この夢にまで見た星の海を、彼は生前見ること叶わず無念だっただろうか。
 否、店主の魂も、どこかでこの星空を見ているのかもしれないな」
「ええ。そうね、きっとそうよ。どこかでこの星空を見守っているわ」
「そうだな。『転生』という概念が存在するこの世界ならば、或いは」
 最期の瞬間まで強く焦がれた、「世界中の星空を一度に」という願いが叶った光景を見られなかったことを、初代店主は無念に思ったのだろうか?
 ――いいや、きっと違う。
 ヴォルフガングが静かに見つめる先には、青白い光を宿して空を駆ける彗星の姿が在る。
 この街の誰かに。或いは、彗星となり。今も初代店主は、自身の夢が叶った光景をこの街の何処かで見守っているのだろう。
「ああ、あそこに見えるのは星の海を渡る船。わたくしたちが夢から覚めた後も、彼らの旅は続くのね」
 と、ヴォルフガングに寄り添って星空を眺めていたヘルガが、不意に何かに気付いたように声を上げた。
 ヴォルフガングも反射的にヘルガが指差した方向に視線を向ける。
 そこには、星の海を渡る帆船の姿があった。
 ゆっくりと星の海を飛び、地上に船体の影を落としながら。人々を乗せて、目的地を目指して長き航海の旅に出る、大きな大きな帆船の姿が。
「俺たちが乗っていたあの帆船か。あの船はきっと、物語の登場人物たちだけでなく、人々の夢や希望も乗せているのだろうな」
「世界中の人々に夢や希望を届けるために、航海に出るのかしら」
「ああ。未来を目指す人生の旅はこれからも続いてゆくのだから」
 あの船の原動力はきっと、人々の夢や希望に違いない。
 そしてそれを届けるために、これから世界中を巡る旅に出港するところなのだろう。
「どうか、善き旅を」
「ああ、善き旅を」
 星海の大帆船は、地平線の向こうへと徐々にその姿を遠く小さくさせて往き。
 寄り添い合っていた白鳥と蒼星もまた、次の目的地を定めたのか――やがて、薄っすらとその姿が透けるようにして消え始めた。
 ヴォルフガングはヘルガの肩を抱き寄せると、彼女と声を重ねて旅路の無事を祈る言葉を送る。
 人生という長き旅路の間に彼らと出逢えたこと、心の底から幸運に思う。
 お互いの無事と幸いを祈りながら、また再び巡り合える日を夢見て。ここからまた、歩き出すのだ。各々の道を。
 肩を寄せ合ったヴォルフガングとヘルガは、白鳥と船の姿が消えてしまうその瞬間まで、彼らの新たなる旅立ちを優しい眼差しで見守っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

尭海・有珠
◆【星巡】
夕暮れの星空なんて見られないものな
適当なところに腰を落ち着け、ゆっくり星巡りの続きといこう
星はいつだってそこにあるのに
小さな光は特に空の明るさに紛れてしまうんだよな

ああ、多分あれが彗星だ、と指を差し
教えて貰って知ってはいたが私も見たのは初めてだ
何度も遭えるものじゃないから
感慨深げに見上げてしまう

一瞬で燃え尽きる流れ星ともまた違うんだな
一瞬の輝きの様な人生と
か弱い光の侭長くあり続けるのと
どちらが良いかは人に依るのだろうが
…私はどちらで在りたいんだろうな

長く光の軌跡を描き、心に残していくのに
一所には留まれず、去っていく星か
星を幾つも巡って、未来で振り返って君とこの星の話ができたら嬉しいな


飛砂・煉月
◆【星巡】

あっは、夕暮れの星空だって
そんなの世界を巡っても今日しか見れないかも!
良さげな場所を見つけたら、うん星巡りの続きをしよう
どんな小さな星でも見えないだけで、在るんだよね
って思うとオレ達は何時だって星の下に居るんだなあ

ね、あの大きなの何だか有珠は知ってる?
…すいせい、名前しか知らないけどあんな感じなんだ
じっと眺めて魅入る
だってこんな機会もきっと、そうそう無い

一瞬の耀きも綺麗で美しい、其の瞬間を余すこと無く生きるから
でも長く有り続けるのも憧れ
だって其の人生は、オレに例えるならキミとの星巡りが沢山だから

留まらないからきっと心に残してさ
何時かこんなの見たよねって
話す未来にオレはドキドキするんだ




 現実と空想。
 夕焼け空と星空。
 夜と昼。
 本来出逢うはずのない両者が出逢い、その先に生み出された光景は――途方も無く美しいものだった。
「あっは、夕暮れの星空だって。そんなの世界を巡っても今日しか見れないかも!」
 夕方なのに、頭上には零れ落ちんばかりの星々が静かに瞬いていて。
 夜なのに明るいままであるのも、また不思議だった。
 まるで、世界が夕方でその時を止めてしまったかのように。地平線の上にちょこんと乗ったままの太陽は、それから沈む気配をまるでみせない。
 通りに長く伸びるのは、柔らかな夕陽に照らされた影法師で。
 通りの端で立ち止まったまま、食い入る様にして空を眺めている影が二つ。
 そのうちの一つ、ひょこひょこと伸ばしたくせ毛を跳ねさせている方の影の持ち主――飛砂・煉月は、心の底から生じてくる楽しさを隠しもせずに、傍らの尭海・有珠へと興奮気味に話しかけていた。
 これから二人一緒にどれだけ星を見に世界を巡っても、きっと、夕焼けの星空は今日という日にしか見ることが出来ないに違いない。
 奇跡のような出来事に出逢えた喜びのまま、煉月は夕陽の様な赤が宿る双眸でじぃっと頭上に広がる星空を眺めていた。
「ああ。夕暮れの星空なんて見られないものな」
 煉月の指先が、なぞるように夕暮れ空の上を滑る。
 数多の星溢れる夕空から、夢中になって自分の知る星座を見つけ出そうと一生懸命に格闘していた。
 その様を眺めていた有珠もまた、ふっと柔らかな微笑を浮かべて。煉月が指差す先の向こう、空の果てを目指して昇っていった星々に目を向ける。
「今日が世界の終わりって言われても信じられるかも?」
 夕陽を顔いっぱいに浴びながら。有珠の方を見た煉月は、ニッと笑ってそんなことを歌うようにして口にした。
 世界の終わりは存外、人々が思っているものよりも静かで美しいものであるのかもれない。
 黄昏のようにゆっくりと終わりに向かって進み始めて、やがて、日が落ちる様にして静かに終焉の時を迎えて。
 当たり前が当たり前では無くなった、今日という不思議な日。
 夕方なのに星空が広がっていて、夜なのに明るい今日だからこそ、そんなことを考えてしまうのかもしれない。
「では、私は世界最後の日も、こうしてレンと星巡りをしていることになるな」
「何だかんだ言って、それが一番オレらっぽいじゃん?」
 世界が終わるその瞬間まで、果ての無い星巡りを君と。
 それはとても魅力的な響きに思えたから。
 お互いに顔を見合わせて。冗談めかして、笑い合うのだ。
「ゆっくり星巡りの続きといこう」
「うん星巡りの続きをしよう」
 北の方に位置するこの街とは言え、夏本番を目前に控えた今の季節は、それなりの気温になる。
 星巡りを行うのにちょうど良い場所を探しながら、夕涼みも兼ねて、二人並んで街の散策へ。
 やがて――広々とした自然公園に辿り着くと、遊歩道の端にあったベンチに二人並んで腰かけて。星巡りの再開といこう。
「星はいつだってそこにあるのに。小さな光は特に空の明るさに紛れてしまうんだよな」
「どんな小さな星でも見えないだけで、在るんだよねって思うとオレ達は何時だって星の下に居るんだなあ」
 街の中心部から離れたこの自然公園では、上空に浮かぶ星々の存在をより一層身近なものに感じられた。
 星明かりを遮る、人工の強い光も無くて。あるのはただ、優しいグラデーションを抱く夕焼け空とその上に散った星々の存在だけ。
 普段は太陽の光に遮られて、見ることは叶わないけれども。見えないだけで、星々は昼間でも確かにその場で静かに息をしているのだ。
「あれだけ近いのに、ぶつからないの不思議だよね」
「見た目では殆ど距離が無いように思えるが、本当の距離はかなり離れているからな」
「見えないだけで、もっと寄り添ってる星もあるかな」
「あるだろうな、きっと」
 髪の毛一本分挟まるかどうかの近さで輝き合っている二つの星を指差して。煉月がそう漏らせば、有珠が静かに返事を返した。
 すぐ近くの距離で寄り添い合っているように見える星であっても、本当は、途方も無い距離が両者の間に横たわっているのかもしれない、なんて。それは少し、寂しいことの様にも思えてしまう。
「ね、あの大きなの何だか有珠は知ってる?」
「ああ、多分あれが彗星だ」
 煉月が指差した先にあるのは、青白い尾を夕焼け空に刻み込んでゆっくりと過ぎ去っていっている、大きな大きな星の姿。
 煉月の指に、自身の指を重ねるようにして。有珠もまた、大きなその星を指差した。
「……すいせい、名前しか知らないけどあんな感じなんだ」
「教えて貰って知ってはいたが私も見たのは初めてだ」
 彗星へと向けた指を、中途半端な位置で佇ませたまま。
 二人揃って、じっと彗星を眺めて魅入っていた。
 だってこんな機会も――きっと、そうそう無い。それに、何度も逢えるものでもないから、つい感慨深げに見上げてしまう。
 星空と一緒に、彗星まで見られるなんて。そんな機会は。きっと、人生の中でもそうは無いだろうから。
「一瞬で燃え尽きる流れ星ともまた違うんだな」
 何分、何十分経ったのだろう。
 さほど経ってはいないのかもしれないし、もう何時間も経過してしまっているのかもしれない。
 君と二人、息をするのも、言葉を交わすのもただ、忘れ去って。
 青白い輝きに囚われてしまったかのように、ずっとその光を眺めていたのに。どれだけ経っても、その光が尽きることは無かった。
 青白い光を放つ彗星を見上げて、有珠は呟く。
 一瞬で強い光を放って燃え尽きる流れ星も美しいが、静かに長く輝き続ける彗星もまた、流れ星とは違った魅力を持っていて。
(「一瞬の輝きの様な人生と、か弱い光の侭長くあり続けるのと。どちらが良いかは人に依るのだろうが。……私はどちらで在りたいんだろうな」)
 一瞬の輝きを、強く。か弱い光で、けれど長くそこに。
 そのどちらが良いのかなんて、少し考えたところで、すぐに答えが出てくるものではなかったけれど。
 ちらりと見る先には、一緒に幾つもの星空を眺めてきた存在が居る。
 こうして、これからも二人で星巡りができるのなら――どちらでも良い様な気もした。
(「一瞬の耀きも綺麗で美しい、其の瞬間を余すこと無く生きるから。でも長く有り続けるのも憧れ」)
 一瞬の耀きにも、長く有り続けるのにも。
 煉月はそのどっちにだって、憧れてしまう。
 その瞬間を余すことなく、刹那的に生きるのと。長く有り続けられるのも。きっと、そのどちらもが美しくて。けれど。
(「だって其の人生は、オレに例えるならキミとの星巡りが沢山だから」)
 先ほど、ちらりとだけ自分に視線を寄せたキミと共に。これからも星巡りを沢山できるのなら、どっちだって良かった。
 そのどちらもが、星としての在り方であるのだから。
 どっちであるかなんて、もしかしたら、煉月には些細な問題なのかもしれない。
 それよりも、キミとの星巡りを楽しみたかったから。
「長く光の軌跡を描き、心に残していくのに。一所には留まれず、去っていく星か」
「留まらないからきっと心に残してさ。何時かこんなの見たよねって、話す未来にオレはドキドキするんだ」
「そうだな。星を幾つも巡って、未来で振り返って君とこの星の話ができたら嬉しいな」
 一か所に留まらないからこそ、心に強く残る記憶もまた、在るのだろう。
 星巡りを一緒に重ねて、そして、いつか。未来で振り返って、過去のことを思い出話として一緒に語り合える日が来たのなら。きっと、それ以上に幸せなことは無い。
「ね、有珠。全部の星空を巡り終えたら、今度は彗星や流星群でも追いかけてみる?」
「それは――一筋縄では行かなそうだな」
「だからいーじゃん。流星群が見られるまでさ、何度もおんなじ星空を眺めんの!」
「なら、極光と星空の共演も狙ってみるか?」
「うわっ、それこそ本当に終わりがみえないヤツじゃん!」
 星巡りについて語る話題は尽きなくて。
 一つの約束が終わったのなら、次の約束を。
 星と空に纏わる天体ショーは沢山あるから――きっと、その分だけの出逢いと新たなワクワクが、星を巡る二人を待っているのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ガルレア・アーカーシャ
【願いの破棄】
星を見上げ、考える。どうしたらラスが幸せになれるのか
星如きに祈っても願いは叶わない。弟との約束は叶わなかったではないか
だが、今思えば妄執にも近く尚も愛しい弟を捕らえようとも、猟兵である以上殺せない。殺せたとして命を奪えても、その魂は自分のものになど出来ないのだ
第三世界の事もある。万一、そうあれば死した弟を前に『また私の元から逃げたと』号泣し叫ぶであろう私は、きっと正気を保てる自信が無い。

ふ、と親友を横目に見る
―心配をかけた。苦労も掛けた。無邪気な約束で、私はラスを縛り続けていた
ならば…私は生きたままに心を消そう。虚無があるならば、もうそれに身を委ねよう

親友だけは、親友だけは…せめてまだ、この手さえ離せば

「ラス、幼い頃の約束を覚えているか? …あれを、無かったことにしたい。
どうか、お前は、自由に―」
両肩を掴まれ、言われた言葉に呆然とする
どう反応して良いのか分からない。それは私の、我儘だと思ってきたから
目を見開いたままに小さく、頷く。空であった心に、僅か揺れ滲む何かを感じていた


ラルス・エア
【願いの破棄】
外の美しい星空を目にしながら考えていた。
何も知らなかったのだ――レアだけではない、相手が興味を持つ弟のことすらも
あれについて深くは語らなかったが、時折僅かそれを語る時の瞳の熱の色は、姿を消したと聞いた時の落胆は、尋常ではなく思い詰めた双眸は―そう、今のように
「レア?」
思わず問い掛け、しかし反応は無い

此方が凝視する間、ふと、相手のその瞳は覇気を無くしたようにゆるりと視線を地へと落とされた
見た事の無い諦念を滲ませた姿で。告げられた言葉に此方の視界が一気に真赤に染まった
―気付いたのだ。その諦めと共に落とされたのは、この『俺』なのだ、と
まだ、何も知らない。レアを―お前の事を何ひとつ知らないというのに

「待て―!時間を、時間が欲しい!
まだ俺は、何ひとつ分からないというのに!
頼む!私は、お前の傍らにあるべき存在でありたい…ありたいのだ…!まだ、まだ何もせずに、待っていて欲しい。必ず、必ず」
相手を上向かせるように両肩を掴んで叫ぶ
―救ってみせる。相手を目に咄嗟に浮かんだ言葉は全力で呑み込んで




 それは――執着と呼ぶには、あまりにも綺麗な静寂だった。
 遥か上空、宇宙の向こう側に浮かぶ本物の星々の生と比べても、ほんの一瞬きにも満たない、刹那の生だと云うのに。
 今、上空に浮かぶ紛い物の星々は、間もなく終わりを迎える己の生命のことなど小指の先ほども気に掛けずに、ただ、煌々と光を放っている。
 刹那散る自らの境遇を嘆くことも無く。紛い物として生まれた出自を恨むことも無く。何を語る訳もなく、ただ、誇り高く。
 それは――一人の人間が己の人生全てを賭した果てに生まれた、「執着の結果」と呼ぶには、あまりにも綺麗な光景だった。
(「どうしたらラスが幸せになれるのか」)
 闇夜の果て。空の遥か向こう側に浮かぶ、数多の星がさざめく紛い物揃いの夕景を眺めながら。
 ガルレア・アーカーシャは、ずっと考えていた。今、傍らで同じようにして星空を眺めている親友が何も言わぬことに甘えて――もう、ずっと。
 どうしたら、ラスが幸せになれるのか。ただそれだけのことを、ずっと。
 今日という日の間だけで、もう何十回、何百回という程に繰り返した自問自答の果て。それでも、未だその問いに対する「解」は導き出せそうにない。
 何故だろう。親友を幸せにするという、たったそれだけのことであるのに。
 それだけのことが、ガルレアにとっては世界で一番の難題の様にも思えてしまったのだ。
 考えて、考えて――その結果辿り着いた、「己は、実はラスのことを何も知らないからこそ、幸せにする方法が分からないのでは」という、一つの仮説は。努めて、直視しない様にしていた。
(「星如きに祈っても願いは叶わない。弟との約束は叶わなかったではないか」)
 星に祈って何になる?
 何も変わらないではないか。
 星は何も叶えない。ただ、そこに在るだけの存在だ。そんな存在に祈るのは、とっくの昔に止めていた。
(「だが、今思えば妄執にも近く尚も愛しい弟を捕らえようとも、猟兵である以上殺せない。殺せたとして命を奪えても、その魂は自分のものになど出来ないのだ」)
 弟が、己ではない「他の誰か」のものになるのならば。弟が、自分ではない「他の誰か」を選ぶと云うのならば。
 それくらいなら。そうなる前に――いっそのこと、一等愛おしい弟を自らのこの手にかけ、全てを自分だけのものにできたのならば。
 それは、何とも甘美な誘いに思えた。
 しかし。そう考えたところで、それは叶わぬ願いだ。
 弟は猟兵である手前、ちょっとやそっとのことでは死なないのだから。
 それに。弟の魂すらをも自分の物にしたいのに、ガルレアが奪えるのは、命までだ。
 魂という存在は、他ならぬ弟のものでしかない。
 どうにかして弟の魂を手に入れようと、更なる深淵と禁忌に手を伸ばしてもなお、恐らく。高貴なるあの魂は。間一髪のところで、この手をすり抜けて行ってしまうのだろう。
 あれが猟兵として覚醒し、自分の傍から離れていったように。そうして、何処までも遠くへ。今度こそは、ガルレアですらも決して追いつけない高みへ。
(「第三世界の事もある。万一、そうあれば死した弟を前に『また私の元から逃げたと』号泣し叫ぶであろう私は、きっと正気を保てる自信が無い」)
 魂人と成り、死してなお、自分ではない誰かに。強大な存在のナニかに生かされ続ける弟の姿など、見たくも無ければ想像もしたくもない。少し考えただけで反吐が出る。
 あの館でピアノの旋律と歌声をよすがに、音楽という世界を構成する最も美しい存在に触れ続けた日々は、二人きりの想い出であるはずなのに。
 楽しい日々の記憶を代償に、終わりの見えない延命措置を強いられ。自分と共に過ごした弟の幼き日の想い出を、心的外傷に作りかえられるなど。
 そんなこと。在って良いはずがない。弟も、弟の記憶や魂も、他の何者にも渡して堪るものか――!
 万一、「そう」なる未来が訪れたのなら。己は一体、どうなってしまうのだろう。
 自らが正気を失った先が、どうしても想像できなかった。
 ただ。その時に、己は独りで在る。それだけは、確かだ。


 言葉すら浮かんでこない程の、圧倒的な光景が、そこにある。
 暮れかけた夕空。幾重にも重なりあった星々。夜空を裂いていく彗星。
 今、互いの双眸に映している風景は同じであるはずなのに、その先に見出している光景は――全く別のものに思えて仕方が無かった。
 名も知らぬ大きな建物に、そっくり揃って背を預けながら。傍らで同じように空を見上げている親友が何も言わないことを良いことに、ラルス・エアは、傍らのレアについて思考を巡らせていた。
(「何も知らなかったのだ――レアだけではない、相手が興味を持つ弟のことすらも」)
 知らなかった。知ろうとはしなかった。それは、他でもない、ラルス自身が背負うべき罪なのだ。
 レアが弟のことを深く語ることは無く、触れられたくは無さそうでもあったから。
 それを体の良い言い訳に、触れようとはしなかった。
 レアの為だ何だと口では吐いておきながら。それは、他でもない――自分の為でしかなかった。
 自分の身を護る為でしか、無かった。
 弟のことを聞いて、万一レアの触れてはいけない琴線に触れてしまったのなら?
 この関係が、自分の放った、取り返しのつかないたった一言で瓦礫と化したのなら?
 ラルスはその瞬間が、堪らなく恐ろしかった。
 嫌われたくはなかった。この関係を、壊したくも無かった。だから。
 相手の為を言い訳に、目を背けた。知ろうと、しなかったのだ。
 相手が何を思い、どう考えていたのか。それすらも。

『恨んではいない』『分かち合えないならば、せめて、傍に』

 脳裏を過るのは、今までにレアに掛けられた言の葉達だ。
 レアは、俺に――。
 だが。俺は?
 俺は果たして、どれだけのことをレアにしてやることが出来ていたのだろう?
 俺は、レアに……決して救いにはならなくとも、寄る辺になれるような言葉の一つでも、送ってやることが出来ていたのだろうか?
 ラルスはそれについて、あまり自信が無かった。
 化生であるレアの弟のことについても、あいつの内面についても。知ろうと、触れようとしてこなかったのだから。
(「あれについて深くは語らなかったが、時折僅かそれを語る時の瞳の熱の色は、姿を消したと聞いた時の落胆は、尋常ではなく思い詰めた双眸は――そう、今のように」)
 予兆なら幾らでもあったのだ。
 ラルスがそれを、深く考えない様にしていただけの話で。
 ポツリと一言、胸の内に抑えきれなかった言葉が零れ落ちたかのように。或いは、多くても数言程度に。
 時折僅かだけ、「あれ」について語る時にレアの瞳に宿る、歓喜と狂気と後ろ暗い感情を全てごちゃ混ぜにした、高熱に侵された熱病患者の様な――否、末期の熱病患者の方がマシかもしれない――底知れぬ闇夜と、どろりとした溶岩のような執着の熱は。
 あれが姿を消したと聞いて。
 言葉に出来ずとも、「これでレアを唆す化生が居なくなった」と、ただただ安堵の感情を宿したラルスとは正反対に、静かに、しかし深く何処までも沈み込むような底なしの落胆の海に身を投げた親友の姿も。
 全てが異様で、そう簡単に自身の感情を表に出さないレアらしくない振る舞いに――だからこそ、妙に記憶に残っていた。
 そう。その反応は、今の様に。……今の様に?
「レア?」
 視界を掠めて通り過ぎていった一筋の黒い流れに、ラルスは訝しげにガルレアへと問いかける。
 常ならば、すぐに返事があるはずで。しかし、今この時ばかりは反応が無い。
 夕冷えの風にその長髪が弄ばれているのにも構わずに、ガルレアはただ、頭上に浮かぶ星空ばかりを見つめていた。
 もう決して届くことはない、遥か天上に行ってしまった存在に恋い焦がれる様に。
「レア、」
「――……、」
 ふ、と。一つ。自嘲的に、浅く短く吐き出される吐息。
 音無く微笑が零れ、地に落ちる。名も知らぬ、何かの感情の残滓と共に。
 そうしてやっと、こちらを向いた、あいつの顔は。ラルスが一番、見たくない表情をしていた。


 己の名を呼ぶ声で、ガルレアは我に返った。
 長し目気味に親友の姿を伺えば、苦虫を噛み潰した様な表情でこちらを見つめている。
 そう。もう、何度見てきたのかも分からない――こちらを心配している時の顔つきだ。
(「――心配をかけた。苦労も掛けた。無邪気な約束で、私はラスを縛り続けていた」)
 もう、何年になるだろう。
 即座に共に過ごした年月が数えられぬくらいには、もうずっと長い間、ラスと共に居たのだろう。
 もし、幼き日の約束でラスを縛り付けることが無かったのなら……この数十年の間で、ラスはいったいどれほどのことが出来ていただろうか?
 己と共に在るよりも、きっと、もっと、遥かに多くの出逢いと幸運がラスを待っていたはずだろうに。
 残酷な程に無知であったあの頃。交わしてしまった約束のせいで、あいつの、幸せになれたのかもしれない道を手折ったのは――他でもない、私自身なのだ。
 弟に捕らわれ、ラスを捕らえ。そうやって後には、何が残ると云うのだろう?
 誰が幸せに、なれると云うのだろう?
(「ならば……私は生きたままに心を消そう。虚無があるならば、もうそれに身を委ねよう」)
 この心が、この感情が、この想いが。他ならぬ、私自身が。ラスの幸せを、奪ってしまうと云うのならば。
 私は、私を殺そう。それで良い、それだけで良い、それしかない。
(「親友だけは、親友だけは……せめてまだ、この手さえ離せば」)
 この手を離せば。この手さえ、離すことが出来たのなら。
 恐らくは、破滅が待つばかりの――この運命に巻き込むことも、無いのだろう。
 だから。
「ラス、幼い頃の約束を覚えているか?」
 努めて平静に、優しい声で。
 心を、押し殺した。
 言葉の端々が、唇の端が。
 震えていないことを切に祈り。
「……あれを、無かったことにしたい。
 どうか、お前は、自由に――」
 先に続くはずの言葉は、声にならず。
 否、どうやったって声には出来なかったのかもしれない。
 だが。
 やっとの思いで、最低限、伝えるべきことは吐き出した。
 どうか、お前は。お前だけは。自由に、幸せに。
 ただそれだけを願って。
 だが、しかし。
 ガルレアがやっとの思いで吐き出した拒絶という名の優しさは、一秒も経たずに木っ端微塵に破壊されることになる。
 他でもない、目の前の親友当人の手によって。
「待て――! 時間を、時間が欲しい!」
 道を、方法を、かける言葉を間違えた。
 ガルレアがそれに気付いたのは、両肩に食い込む指先の痛みと。それを通して齎される――身を焦がす程に熱い、あいつの体温を感じてからのことだった。


「ラス、幼い頃の約束を覚えているか?
 ……あれを、無かったことにしたい」
 漸くこちらを見たと思えば、それは一体どういうことか。
 どういう風の吹き回しで、「そう」なったのか?
 酔狂なレアの複雑怪奇な思考回路など、まったく理解できないが。唯一つ、ラルスでも理解できたことがある。
 ふ、と。自嘲的に浅く短く、吐かれた吐息。
 伏目がちにこちらを見つめるレアの表情は、何もかもを諦めたような……あいつらしくない、表情をしていた。
 止めろ。止めてくれ。そんな表情をするお前は、見たくないのに。
 声にならぬ慟哭が心内を駆け巡ると同時に、ラルスは直感的に悟る。
 名も知らぬ感情の残滓や、それから、諦めという感情と共に、刹那、レアの手によって地に落とされたのは――他でもない、「俺」のことである、と。
 ――気付いたのだ。その諦めと共に落とされたのは、この『俺』なのだ。
(「待て。待ってくれ。まだ、何も知らない。レアを――お前の事を何ひとつ知らないというのに」)
 弟のことは自身の命すら賭しても構わぬ程に執着し、今もこうして恋い焦がれていると云うのに。
 お前にとって、俺自身のことは、「その程度」であったのか。
 お前にとって、俺の存在とは、簡単に諦められる程のものだったのか?
 レアの、見た事の無い諦念を滲ませた姿。それに、無性に腹が立った。
 告げられた言葉に、ラルスの視界が一気に赤く染まる。
「待て――! 時間を、時間が欲しい!
 まだ俺は、何ひとつ分からないというのに!
 頼む! 私は、お前の傍らにあるべき存在でありたい……ありたいのだ……! まだ、まだ何もせずに、待っていて欲しい。必ず、必ず」
 ギリ、と。肩に食い込ませた指先、思いきり爪を立てる。決して逃がさぬ様に。
 少し気を緩めたのなら最後、闇に姿を紛れさせて、跡形もなく消えてしまいそうな――レアを、捕らえておく為に。
 両肩に、酷く食い込ませた爪。傷になって、痕になっても構わない。心の何処かで、そんなことすら思っていた。
 未来永劫、消えぬ傷痕になったのなら。どれほど良いことか。寧ろ――そうなってくれ。そうなってしまえ、と。
 勝手に諦め、勝手に消え去ろうとしたのだ。一方的に、約束を反故にして。それによって……俺がどう思うかも、考えずに。
 それが俺の為だと、俺の為に繋がると。阿呆の様に信じ込んで。
 今、あいつが俺にしようとした行動を思えば。これくらいの行為は、赦されるのではないか。
 そうだ。これでも足りぬと云うのならば。死なない程度に、甚振ってやろうか。
 そうして――嫌でも、俺のことを「落とす」ことが出来ぬように。その身に、存在を刻んでしまおうか。
 だから。
(「必ず。必ず――救ってみせる」)
 だから。そんな表情をするのは、止めにしてくれ。
 必ず、救ってみせる、から。
 何も映さぬレアの視界に、己の存在を刻み込ませるようにして。上を向かせる形で揺さぶった両肩。
 咄嗟に浮かんだ言葉は、寸前のところで――全力で、呑み込んだ。
 今はまだ、告げる時ではない。
 この想いは、俺が……私だけが、抱いていれば良い。
 あいつは。救いなど、求めてはいないだろうから。救われるなぞ、思ってもいないだろうから。

「――ラス、」
 目を見開いた先には、親友の姿が在る。寧ろ、それしかない。
 両肩を掴まれ、痛みすら覚える程の力強さで強引に上を向かされた先。
 そこに在ったのは、何故だか泣きそうな顔をして、ひたすら苦痛に耐えるような……痛ましい表情を浮かべた、ラスの姿だった。
(「どう反応して良いのか分からない」)
 呆然とする。予想外の言葉に、息が止まった。
 思考が纏まらない。
 目の前の親友は、今、何と口にしたか?
 聞き間違いでなければ、確かに――……。
(「――それは私の、我儘だと思ってきたから」)
 視界いっぱいに飛び込むのは、何度も見てきた親友の姿。その影の濃さに気圧されながらも、どうにかして。小さく、僅かに。微かに、頷く。
 他人ならば誤差として見落としてしまいそうな程に微かなその合図を、しかし、あいつは機敏に拾い上げ……小さく、安堵のような吐息を吐いた。
 親友の姿を見上げながら、思う。
 空であった心に。空にしたはずの心に。ガルレアは、僅かに揺れ滲む何かを感じていた。
 肩の痛みは、未だ引く気配をみせない。
 両肩に食い込んだままの指先から齎されるこの体温は、未だ去らない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朧・ユェー
【月光】◆

そうですね、紅く染まる空。ずっと夕方が続くみたいに
えぇ、常に夜世界のあの館とは違う雰囲気で美しいですね
おや?僕の月とルーシーちゃんの星、ずっと傍で輝いてますね
ふふっ、良くわかりましたね
えぇ、彗星ですね。
良く出来ました頭を撫でて
ルーシーちゃんや僕、皆さんみたいで楽しそうです

ブックカフェですか?
おやおや、夜ふかしさんですね
そうですね、こんな日はなかなか無いでしょう
今日だけですよ?

きっと僕の為にそう言ってくれているのだろう
ありがとうと込めて、彼女の手を握ってブックカフェへ

この席が一番お空が見えますね
ブラックコーヒーと本を片手に
カウンターへ
隣に座ろうとする彼女を抱えて座らせて
えぇ、ここは特等席ですね
何の本を読みますか?

うとうとする姿にくすりと笑い
風邪を引かないようにと小さな掛け毛布を彼女にそっと覆うって
彼女が夢の世界へと旅立つまで
一緒に本の世界を楽しみましょう


ルーシー・ブルーベル
【月光】◆

いつもなら暗くなるお時間なのに、まだ夕方みたい?
あの館がある常夜世界の反対みたいね、フシギ!
ふふー
パパお月さまとルーシー達のお星、まだいてくれてる
あの小さな流れ星はパパが書いて出てきたコね
もっと大きな流れ星もある!スイセイ、というのね?
お空がとってもニギヤカ

ねえねえパパ!ブックカフェーにいきたい
お月さまたちが消えるまで、
ご本を読んだりしていっしょに居たいの
だってまだお日様沈んでないから、起きていてもいいでしょ?
やった!パパありがとう!

折角ご本の街に来たのだから
パパがゆっくりご本を読める時間があればいいなって思ったのはナイショ
てを握り返して、オープンテラスのブックカフェへ

ここならお空も見えるわね
ミルクコーヒーを頼んで
ルーシーはトクトウセキに座るわ!
パパのおとなりに座ろうとすると……わ、わわ?
ふふ……、ええ、ええ!
とってもあたたかくて安心する、トクトウセキ!
あのね、ルーシーも読めそうな冒険のご本みつけたのよ

空が静かになる頃にはウトウトと
ねむいけど、ねたくないの
勿体ないほど幸せ




 白夜。
 それは、一年に一度。夏の間だけ北の地に訪れる――ちょっとした奇跡のような、不思議な自然現象のことだ。
 地球の傾きの関係で、日が全く沈まなくなる地域が生まれるから。
 夏の間、ずっと日が出ている状態の続く北の極地は――夜なのに明るいという、何とも不思議な状態が「日常」になって。
 真夜中でも日の出直後のように明るい光景は、「夜が来ない」という表現がピッタリだろう。
 人々は動き、何でもない様に日常を送っているのに。その中で、空だけがいつまで経っても優しい橙色を宿したままで。
 まるで、世界だけが夕方のまま時間を止めてしまったみたい。
 白夜という自然現象を不思議そうにずっと見上げながらも。ルーシー・ブルーベルは、ぎゅっと手を繋いだ朧・ユェーと共に赤煉瓦の通りを歩んでいるところであった。
 ぎゅっと仲良く手を繋げば、通りに落ちた影もまた同じように――ぎゅっと手を繋いで、延々と二人の後をついて回る。
「いつもなら暗くなるお時間なのに、まだ夕方みたい?」
 ゴーン、ゴーンと街中に響き渡る澄んだ鐘の音の多さは、すっかり時刻が夜であることを声高らかに告げていて。
 街の中に設けられている時計の短針もしっかりと、上を目指して進んで行っている。
 もう夜と呼ばれる時間であるのに。まだ夕方みたいな明るさでいるなんて。
 不思議そうにキョロキョロと夕焼け色に染まる街を見渡すルーシー。世界には、不思議な自然現象もあるみたいで。
 そんなルーシーの姿を見たユェーが鷹揚に相槌を打った。
 限られた期間、限られた場所でしか出会うことのかなわない不思議な自然現象に、すっかり夢中になったらしい。じぃっと去らない夕陽と夕空を、先程から目を輝かせて見つめているのだから。
「そうですね、紅く染まる空。ずっと夕方が続くみたいに」
「あの館がある常夜世界の反対みたいね、フシギ!」
「えぇ、常に夜世界のあの館とは違う雰囲気で美しいですね」
 館がある、ずっと暗くて深い夜が横たわる夜一色の世界とはまた異なっていて。
 延々と夕焼けの続く世界は、温かく優しくて、美しく思えた。
「ふふー。パパお月さまとルーシー達のお星、まだいてくれてる」
「おや? 僕の月とルーシーちゃんの星、ずっと傍で輝いてますね」
 夕焼け色の上に、砂金の様に瞬き合っているのは、皆で作った世界で一つだけの星空の存在だ。
 今日という日だけに見ることの叶う、夢の様な星空。幾重にも重なり合い、揺蕩う星々の中で、一際大きな明かりを放っている星を見つけて。
 「あれ!」と、ルーシーは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねて星を指差した。
 まん丸なお月様を中心にして。ブルーベリー座に、満開に花開いたヒマワリ座。可愛らしいラナ座に、それから星で描かれたルーシーの似顔絵。
「あの小さな流れ星はパパが書いて出てきたコね。もっと大きな流れ星もある! スイセイ、というのね?」
「ふふっ、良くわかりましたね。えぇ、彗星ですね」
 キラリ、キラリと。お月様を中心として、雨みたいに流れているのはきっと、ユェーが書いて出てきた流星群だ。
 一瞬だけ夕焼け空の上を滑っていく流星とは異なり、ずっと空に留まっている、大きな大きな青白い星の存在もある。
 少しの間だけ、青白い星の名前を考えて。「スイセイ」と見事正解を答えてみせたルーシーの頭を、ユェーは「良く出来ました」と優しく撫でた。
 きっと、自分に褒めて貰いたくて。頑張ったって言って貰いたくて。
 ユェーの愛娘は、勉強もうんと頑張ったに違いないのだから。
 「ふふ」と頭を撫でられているルーシーも、星の名前を当てることが出来て、何処か得意げだ。
「お空がとってもニギヤカ」
「ルーシーちゃんや僕、皆さんみたいで楽しそうです」
 ヒマワリやブルーベリー、ラナだけでは無くて。他にも、もっと沢山。
 仲間達が作り出した数えきれないくらいの星や星座に囲まれて、キラキラと光っている二人の星達は楽しそうだ。
 あと数時間したら消えてしまうのは寂しいけれど。あれだけ空に隙間なく星が瞬いているのだから、お空の上はきっと、とびきり賑やかで楽しいものに違いない。
 それに、煌々と今も眩しく光を放っているユェーとルーシーの作り出した星座やお月様達は、まだまだ消えてしまう気配を少しも見せていなくて。
 「まだ消えそうにないわ!」と、はしゃぎ声をあげるルーシーを横目に、ユェーはにこりと笑みを深めた。
 愛娘と二人、とびきりの想いと、今までの沢山の思い出達と。
 それはもう、二人の今までを想いの結晶として、あの真っ白な手帳に書き込んで。ありったけの想いを籠めて、上空へと送り出したのだから――早々に消えてしまうことは、考えられなかった。
 二人の星は、夜が来るまで。星達が帰ってしまう、最後の瞬間まで。それまでずっと、上空に留まり、二人のことを静かに見守ってくれるのだろう。
(「ルーシーちゃんが眠くなってしまうのと、星が消えてしまうのと。どちらが早いでしょうかね」)
 どちらが遅くまで起きていられるか。きっと、どっちもどっちの良い勝負になりそうだ。
 ルーシーちゃんが星を「バイバイ」と見送る表情が見られるか、ルーシーちゃんが星に見守られながら、眠ってしまうか。そのどちらの様子が見られるかは、夜が来る時までのお楽しみだ。
 そのどっちでも、ユェーであるからこそ、見られるルーシーの可愛らしい姿で。来たる夜を心待ちに、ユェーはぎゅっとルーシーと繋いだ手を握り直した。
「ねえねえパパ! ブックカフェーにいきたい」
 怖かったり、緊張したりするとぎゅっと握る力が増す手のひら。
 興味のある時は、グイグイと少し引っ張られるように。楽しい時は、左右に揺れたりなんかもして。
 ルーシーと繋いだ手は、彼女の微かな感情の揺れすらも機敏に伝えてくれる。それが今、ちょっと強めに引かれているのだから――。
 何か彼女の興味を惹く楽しいものがあったに違いない、と。
 ルーシーが駆けるようにして向かう先。ユェーがそちらを見てみると、お洒落な外見のブックカフェーの姿があった。
「ブックカフェですか? おやおや、夜ふかしさんですね」
 「夜更かし」をルーシーが言い出すことはユェーとて想定内の範囲で。ルーシーが取りたがる行動のうちの一つとして考えてはいたけれども、まさか、本当に言い出すなんて。
 微かに目を丸くさせたユェーへと、「えっへん」と胸を張るようにして。
 愛らしいルーシーの唇から謡うようにして紡がれていくのは、しっかり良く出来た「夜更かしの言い訳」だ。
「お月さまたちが消えるまで、ご本を読んだりしていっしょに居たいの。だってまだお日様沈んでないから、起きていてもいいでしょ?」
「そうですね、こんな日はなかなか無いでしょう。今日だけですよ?」
「やった! パパありがとう!」
 よく見聞きする「夜なんだから、もう寝なさい」とか、「暗くなったんだから、もう帰りなさい」という、言葉達。でもそれは、裏を返せば――夜じゃなかったり、暗くなかったりしなかったら、起きていても良いことになる訳で。
 「考えたでしょ?」と誇らしげなルーシーの頭を、ユェーはわしゃわしゃと少し強めに撫でておく。
(「きっと僕の為にそう言ってくれているのだろう」)
 彼女が言葉にせずとも、ユェーの為を思ってそう提案したことは、ユェーによく伝わったから。
 彼女が彼女なりに必死に考えた理由。それは、「ゆぇパパと少しでも長い時間、一緒に居たいから」「ゆぇパパにも、読書を楽しんで貰いたいから」――きっと、その想いに尽きるのだろう。
 ぎゅっと握り直される手のひらにユェーが籠めるのは、「ありがとう」の想い。
 一層温もりと優しさの増した大きな手のひら。それに気付いたルーシーもまた、ユェーの顔を見上げるとにこっと微笑んだ。
(「パパ、嬉しそうで良かった」)
 今日は一日、ルーシーの好きな物ややりたいことに付き合ってもらったから。
 お仕事が終わった後くらい、好きな読書に集中して、パパにも古書店街を楽しんで貰いたかったから。
 勿論、こんなにフシギでステキな夜なのだから、少しでも遅く起きていたいという思いもあったけれど……それよりも、パパに楽しんで貰いたいという気持ちの方が、ルーシーの中では大きかったから。
(「折角ご本の街に来たのだから、パパがゆっくりご本を読める時間があればいいなって思ったのはナイショ」)
 ぎゅっと力の籠められた手に、返事を返すようにして。
 ルーシーもまた、解けてしまわないように確りとユェーの手を握り込んだ。
 手のひらに籠めた想いはきっと、言葉にせずとも、一片も取り零すことなく、パパに伝わっているはずだから。
 仲良く手を繋いだ二人は、目的地であるブックカフェーへ。


「ここならお空も見えるわね」
 ブックカフェーの二階。大きな空が一望できるオープンテラスの一角は、摩訶不思議な夕焼けの星空を見ようとした人々で賑わっていた。
 大きな空が一望できるオープンテラス。その中でも一番の特等席は、テラスの端っこに設けられたカウンター席だ。
 カウンターの向こう側に広がるのは、広いこの街の街並み。当然、遮る物も何も無いから、夕焼けの星空も一望出来て。
 「夕焼けの星空を全部、ルーシーとパパのものにできちゃうくらい!」と。カウンター席を前に、ルーシーが嬉しそうに笑みを咲かせた。
「この席が一番お空が見えますね」
 上下左右。見渡す限り広がるのは、暮れかけた街並みと夕焼けの星空の存在。
 はしゃぐルーシーに、ユェーもまた微笑みかける。これなら、読書も星見も一度に楽しめるに違いないから。
「あ、ここからでもパパのお月様とルーシー達のお星様が見えるわ」
「おや、どうやら僕らのことを見守ってくれているようですね」
「お別れする時まで一緒に居られる?」
「ルーシーちゃんが眠ってしまわなければ、そうですね」
「う、頑張って起きてる……!」
 星空を指でなぞる先にあるのは、先程赤煉瓦の通りから見上げた二人の星々の存在で。さっきぶりの再会だ。
 カウンター席から眺めると殆どお空の真ん中にあるから、最後の時まで一緒に居られるだろう。
「ルーシーはトクトウセキに座るわ!」
 ユェーはブラックコーヒーを、ルーシーはミルクコーヒーを。それぞれ頼んで、読みたい本を本棚から持ってきたのなら。二人で一緒に、再びカウンター席へ。
 カウンター席ということもあり、テーブル席と比べると少し椅子の高さが高いようだ。
 大人だから難なく座ってしまうユェーに続いて、ルーシーも椅子に座ろうとつま先立ちで、座る――というよりは、登るに近い動作で、パパの隣の席へ。
 パパのおとなりが、ルーシーにとっての特等席なのだから。
「……わ、わわ?」
「えぇ、ここは特等席ですね」
 ユェーの隣の椅子に途中まで座りかけたルーシーを、ニコリと穏やかに微笑んだユェーが抱き上げると――あっという間に、視界が高くなって。
 軽く抱き上げられて、自分に何が起きたのかも分からないまま、あっという間にユェーの隣の席へ。
「ふふ……、ええ、ええ! とってもあたたかくて安心する、トクトウセキ!」
 気が付けば、隣にはパパの姿がある。
 ルーシーのことを軽々と抱えて座らせてしまったユェーにつられるようにして。隣に座ったルーシーもまた、楽しそうに笑い声を零した。
 手元にはミルクコーヒーと、ルーシーでも読めそうな本と。隣にはパパの姿があって。正面の空には、二人のお月様と星達が浮かんでいて。
 これ以上にステキな場所はないくらい、とても暖かな特等席だ。
「何の本を読みますか?」
「あのね、ルーシーも読めそうな冒険のご本みつけたのよ」
 「パパといっしょ!」とルーシーが両手に持って掲げてみせたのは、ルーシーくらいの年齢でも無理なく読めるように、難しい表現や漢字が少ない冒険譚だった。
 キラキラした表紙に描かれているのは、海の方から浜辺の花壇いっぱいに咲いた向日葵の花を眺めている人魚姫の姿で。
 「地上には、沢山の『太陽』がある」という噂を聞いた人魚姫が、友達である渡り鳥さんやウミガメさんと一緒に沢山の太陽を探しに行く……という話らしい。
「人魚姫さん、無事に『太陽』を見つけられるのかしら」
「それはドキドキですね。ルーシーちゃんも、人魚姫と一緒に冒険している気持ちになれますよ」
 ページを捲る指先が、どんどんと続きを求めてしまう。
 ユェーと会話しながらもルーシーの視線は本へと注がれている辺り、すっかり冒険譚の持つ魅力の虜になってしまった様だ。
 最初は、ユェーと同じ種類の本を読んでみたいという好奇心からの始まり。けれど、今ではすっかり夢中になってしまって。
 自分が好きな物に興味を持ってもらえることはやはり嬉しいことだと、読書に集中しているルーシーを眺めながら、ユェーはそんなことを思っていた。
「パパはどんな本を読むの?」
「僕ですか? こういう本を読んでいますよ」
「わ、文字がびっしり!」
 少しでもパパの読んでいる本に近づきたくて、と。
 そんな感情でワクワクとユェーが手にする文庫本を覗き込んだルーシーは――「わ」と、紙面に踊る文字の多さに目をパチパチと瞬かせている。
「難しそうなご本ね」
「ルーシーちゃんも、大きくなったら読めるようになりますよ」
「ほんと?」
 キラキラと期待に満ちた表情で自分を見上げるルーシーに、ユェーは「もちろん」と微笑んで。
 今は少し早いかもしれないけれど、あと二、三年もしたら。二人で一緒の本を読めるかもしれない。
 二人で同じ本を読める日を楽しみに。それぞれ本に親しむ一時は、ゆっくりと過ぎていった。

「お月様もお星様達も、皆お家に帰っていくみたいですね」
「おうち?」
 気が付けば、気が遠くなりそうなくらい長いように思えた特別な時間も、夢の様にあっという間に過ぎ去ってしまう。
 一つ、また一つと。夕暮れの優しい橙色が去って、穏やかな夜の藍がひっそりと空を満たしていく頃。
 空に浮かんでいた幻の星々が、ゆっくりとその数を減らしていく。
 最後の数分だけ、とびきり明るく輝いて。それから、魔法が解けるみたいにふわりと光の糸になって。夜空に吸い込まれて、何処かへ。
「ばいばい。またね」
「ええ。また会えると良いですね」
 向日葵に、ブルーベリー。黒雛にララちゃん。星座として輝いていた二人の思い出も、二人に別れを告げるようにして強く瞬くと――夜空の向こうへ。
 そして、最後まで残っていたお月様とルーシーの似顔絵も。ふわりと淡く光って、お家へと。
「ねむいけど、ねたくないの」
 とろんとした寝ぼけ眼で、小さくヒラヒラと手を振って。うとうととしながらも、懸命にお月様やお星様達を見送るルーシーに、くすりと笑ったユェーは、ルーシーの身体をそっと小さな掛け毛布で覆ってあげる。
 夏も近いとは言え、北の地の夜は冷えるのだから。風邪を引かないようにと、優しさを籠めて。
(「勿体ないほど幸せ」)
 パパがくれた毛布の暖かさに身を委ねながら――うとうとと、ルーシーもまた、夢の世界へ。
(「彼女が夢の世界へと旅立つまで、一緒に本の世界を楽しみましょう」)
 空に浮かんでいた幻のお月様とお星様達は、どうやらルーシーと一緒に夢の世界に帰ることに決めたらしい。
 手を「ばいばい」の形にしたまま、椅子の背もたれに身体を預け始めたルーシーが、よく眠れますように、と。背中を優しくトントンと心地良いリズムで叩きながら。
 ユェーは再び、手にしていた本を読み始める。
 うとうとと微睡み出したルーシー。きっと、そう遠くないうちに――夢の世界で、今日出逢った本の登場人物達と仲良く楽しく、一緒に遊び始めるに違いない。
 彼女の見る夢の世界を想像して、ふっと優しく瞳を細めるユェーであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年06月20日


挿絵イラスト