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悪平等

#UDCアース

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#UDCアース


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●よくある話
 誠に理不尽な話だが“優秀”過ぎると非難の対象となってしまう事はままある。
 一足飛びで正解に辿り着き、他者の学びの機会を奪ってしまう者、
 出来レースや判官贔屓で花を持たせたいという配慮を台無しにする者、
 一人がぬきんでていると過剰な努力を周囲に強いてしまうと疎まれる者、
 等。
 まぁテレビやネットの番組を見れば、街を歩けば逢えそうなちょっと可愛い子が集団でマイク片手に歌って踊るご時世だ。
 とかく“足並みが揃う”ことを好む国でもあるから、空気を読んで埋没するのが上手な世の渡り方なのであろう。
 さて、若者が好んで行き来する繁華街の交差点、信号待ちをしていればLED大型ビジョンで踊る量産アイドルグループが目に飛び込んでくる。
「アスカちゃん、今回もセンターじゃないんだ、あんな後ろでもったいな」
「えー推しじゃないしー」
「マジ? 歌もダンスも一番だよ」
「でも性格悪そうじゃんー」
 同じ年頃のJKたちの話題だが、横断歩道を渡りだした頃には今流行のコンビニスイーツに移行していた。
 LED大型ビジョンも、めまぐるしく男性グループだのソシャゲCMだのに切り替わるからおあいこだ。
 下部に流れる白いテロップがどこかで起きた殺人事件を告げるも、気にとめる者などいやしない。

●グリモアベースにて
 出迎えた九泉・伽(Pray to my God・f11786)の背後には、さながらLED大型ビジョンの如き画面が浮かんでいる。
 口元から立ち上る紫煙を払いのけ、猟兵たちに見せた画面には、三人の名前とひとかたまりの文字列が並んでいる。
「これさ、ここ半月で都内近郊で起きた殺人事件の被害者なのよ」
 中小企業の社長、小学校の先生、専業主婦。
 被害者には、なんのつながりもなさそうだし、邪神が絡まなくても簡単に起こりえるありきたりの事件に見える。
 実際、伽もそんな内容を口にし、こうつないだ。
「殺害方法も雑でさぁ、すぐに犯人が捕まるんじゃないのって奴だったんだけど……おかしな事に、調査に当たった警官が全員正気を失ってしまってね。ロクに調べることが出来てないのよ」
 ジジと灼ける煙草の切っ先を掲げ、双眸を眇める。
「警官なんて職業についてるんだし善か悪かで言えば善の人達なんだけど、調査に入ると、ウマが遭わない警官同士で殴り合いになったり……と、まぁ酷い有様」
 厄介な事に鑑識にもその影響は及び、近代的な証拠が取れていない。
 事件調査から外れると一様にまともに戻るのだが、他の人間に当たらせてもその繰り返しで埒があかないと、UDC組織が知ることとなった。
「奇妙なトラブルはこの三つの事件でだけで起こる、だから俺が予知で視た『同じ邪神絡み』だって線がつながったってわけ」
 伽が予知で視たのは『人を悪意に染める』性質がある存在だ。まだ完全な顕現はしていないが、一般人に影響を与えるぐらいは朝飯前。
「逆に言えば、猟兵ならその悪影響は受けずに調査が出来るってわけ。顕現しかかっているのは『邪神デカダント・ブラック』――そいつの影響を色濃く受けた人間がこの事件の糸を引いてる筈」
 まずは一連の事件を調査して、この事件を仕組んでいる人間つまり『黒幕』にたどりついてもらいたい。

 伽は猟兵の端末にデータを流し込む。端末を持たぬ者へは紙を手渡した。
「警察の人やUDC組織の人が出来る範囲で調べてくれた情報だよ。確認してから調査に当たってねー。関係する場所へは、UDC組織が話を通してくれてるから、警官や記者……その他、動きやすい身分を名乗れば接触可能だよ」

================
【全ての事件の共通点】
※被害者に関係する人物には全員アリバイがあるので殺害不可能か(UDC職員の調査)
※事件は関東近郊、被害者の自宅近くで起こっている

【第一の殺人/13日前】
被害者:赤川・太(65)男/町工場の社長
殺害方法:夜にコンビニに出かけた所を刺殺

【第二の殺人/8日前】
被害者:佐竹・紀香(28)女/小学校教師、4年1組担当
殺害方法:職場からの帰路、自宅最寄り駅下車後に物陰にて絞殺

【第三の殺人/5日前】
被害者:田端・美枝子(58)女/専業主婦、成人済みの息子が二人いる
殺害方法:刺殺。夕方、買い物帰りに被害にあった。刺し傷より力が弱いものの手による犯行と思われる

================

「ある意味、猟兵預かりの事件になって良かったと思うよ。邪神に一般の人が深入りしちゃいけないからねぇ。じゃあ、よろしくね」


一縷野望
オープニングをご覧いただきありがとうございます、一縷野です
下記ご一読の上でのご参加お願いします

【注意点】
このシナリオでは、助けられない死者がでます。後味はよくない可能性が高いです
・1章目の調査が進むと【強制イベントで第四の殺人】が絶対に起こります、防げません
・黒幕を救うことはほぼできません

【募集】
・オープニング公開時より募集開始しております
・採用人数は 8名+α の予定です。先着順ではありません
・オーバーロードなしの方の再送・プレイング変更の再チャレンジは歓迎です。ただし採用の確約はできかねます

※2章目と3章目は、1章目書かせていただいた方の採用が優先となります

【プレイングでできること】
・事件の概要調査、やり方は任せます
・概要が判明してからは、犯人候補への接触が可能となります
(オーバーロードで参加される方は↑を狙うのをオススメします)
・その他、色々なことを試してみてください

※フラグメントに囚われずご自由にどうぞ
※事件背景の予想など歓迎です。拾えそうな所は反映しますし、当たった場合は情報が多めに出たりもします
※ややこしいアリバイトリックはありません

【オーバーロードについて】
・周辺人物の名前などを出す調査:オーバーロードありなしで採用率は変わりません
・それ以降の犯人候補への接触:オーバーロードの方が優先気味
(文字数はいただく金額にあわせて差をつける予定です)

以上です
皆様のご参加をお待ちしています
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第1章 冒険 『潜入捜査』

POW   :    気が合うふりをして仲間に入れてもらうなどの方法。力仕事でサポート。

SPD   :    見つからないように隠密に潜入するなどの方法。技術でサポート。

WIZ   :    構成員や関係者を装って潜入するなどの方法。魔法でサポート。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

クロト・ラトキエ
『悪意に染める』ねぇ…。
例えば出費が厳しい時、金持ちそうな奴がいただの。
例えば駅で肩がぶつかっても、謝られなかっただの。
例えば父親を無能と言って、いじめる奴の母親だの。
…あぁ。勿論、単なる一般論ですよ?
善良な、大それた罪など考えた事も無い、普通と括られる人々。
それが。日常に潜む小さな『気にくわない』に触れた時――
心がそれ一色に染まった時。
“ひと”ってどうなるんでしょ?

いえ。
単に、ひとでなしには難しい話なもので♪

時間経過で消える名刺、準備!
役柄は…探偵、行ってみます?今度は“普通”の。
荼毘にさえ付されていなければ。
調べるのは遺体の状態と致命箇所、他の傷の有無。
戦場、長いんで…
視得るものあれば、と




 幸いにも、被害者の遺体は全て冷凍保存されていた。
「さて……」
 鑑識用の手袋につけかえて、まずは一人目の被害者『赤川・太』に向き合うのはクロト・ラトキエ(f00472)だ。
 今回“は”ちゃんと普通の探偵を名乗った、わからないのにわかったとか言わない奴。
 警察に憶えられるのは色々面倒だから、名刺は明日になれば姿形なくなる寸法。
 ところで、誰かが名刺をなくして叱責されたら増幅された悪意が己に向くのだろうか?
「裕福そうなこの赤川さんのように、刺されたりするのでしょうかね」
 そう、
 例えば出費が厳しい時、金持ちそうな奴がいただの、
 例えば駅で肩がぶつかっても、謝られなかっただの、
 例えば父親を無能と言って、いじめる奴の母親だの。
 ――そんな些細な苛立ちが膨れあがった末の場当たり的な犯行と、クロトは仮説を立ている。
“ひと”が、踏み越えさせられてしまった善の箍を、そんなものはとうにどこかに置いてきた男が暴こうとしている、心に軽妙なリズムを刻みながら。

「………………」
 赤川の遺体を隅々まで検視したクロトは、予想とは相反する痕跡に黙りこくっている。
 凶器は刃渡りの長い刃物。
 刺し傷は胸の辺りに集中して、4つ。真正面から刺された1、続けて絶命を狙う2、これが深い。3と4は念押し。
 実に手際が良い。また、犯人に躊躇いもない。
 無論、手練れのクロトからすれば稚拙だ。しかし、感情に駆られた者が無我夢中で刺したとは到底思えない。確実に殺すやり口はビジネスライクですらある。
「これは……いえ、他の方も見せていただきましょうか」
 続けて女教師の『佐竹・紀香』にかけられた布をはがす。
 彼女は後ろから縄を掛けられて絞殺された、もがいた首筋の爪あとが痛々しい。
 これまた計画されたような殺し方である。だが、一歩間違えば失敗していた素人仕事、赤川のやり口とは明らかに違う。
(「脅されて仕方なく……とか、そんな感じがしますね」)
 最後の『田端・美枝子』は別の意味で特徴的だった。
 浅い刺し傷が色々な所にやたらめったらとある。よくこれで殺害が成功したなぁと、別の意味でクロトは感嘆に囚われた、それほどまでに稚拙だ。
 当てはまる犯人像は、善悪の区別が淡い“子供”
「悪意を増幅する邪神に結びついた『黒幕』がいるんですよね。もし現場に『黒幕』も同行して人払いなどの手伝いをしていたのなら、なんとか殺せそう……かな?」
 失敗寸前だった二つ目の殺人も『黒幕』がサポートして成し遂げられた可能性もある。

 遺体に再び布をかけてから手袋を外す。遺体と語らった漆黒の瞳には、画然とした結論が宿っていた。
「これは、計画された『交換殺人』ですね」
 まず、犯人からそれぞれの被害者に対する『憎悪』の感情が全く感じられない。悪意を増幅する邪神が背後にいるというのに、だ。
「第一の殺人は『黒幕』の仕業。そして第一の被害者である赤川さんを恨む人間を脅して、第二の殺人をやらせた」
 そこまで言ったら口元が苦みを孕んだ笑みで染まった。
 第二の被害者は『小学校の先生』だ。
 そして、第三の殺人の犯人は『子供』の可能性が濃厚だ、つまり『学校の先生』を恨んでいた生徒がいて――……。
「道理でアリバイが完璧なわけですね。手を下したのは他の人なんですから」
 犯人たちがどのように『黒幕』と接触して交換殺人に巻き込まれたのは現時点では不明だ。
 とにかく被害者の周囲を洗い、彼らに恨みを持つ者の洗い出しが求められる。

成功 🔵​🔵​🔴​

大町・詩乃
善悪両面を持つとはいえ簡単に悪に染まらないのが普通の人ですが、邪神の影響をはねのける事は残念ながら難しい。
黒幕が取引を持ち掛けた形でしょうが実態は人心操作。
卑劣な振る舞いですね!と激おこ。

クロトさんのおかげで、黒幕が一般人を指嗾して連続殺人している構図が判りましたので、UDC組織の協力で刑事を装い、慈眼乃光を使って犯人候補を調査。

・第二の殺人犯は絞殺できる力が有るので、赤川さんの町工場で働いていた(今も働いている?)男性と思われ、赤川さんに恨みを持つ人を調査。
・第三の殺人犯は4年1組の生徒で、佐竹さんにひどく叱られたり目を付けられたりして、佐竹さんに恨みを持つ人を調査。
・次に起こると思われる殺人の犯人は田端さんに恨みを持つ人。専業主婦という事なので、まずは二人の息子さんや旦那さん、次に近所トラブルを調査。

でも、なぜ黒幕は被害者達に恨みを持つ人が判ったのでしょう。邪神の力(悪意に染める)とは違います。
それは黒幕が被害者達と少しだけ接点あるのではないか?
という観点から該当する人物を捜します。



●彼らの事情
 ――黒幕が犯人を指嗾して、別の者が殺したい人を殺させる『交換殺人』
 クロトからの情報を確認し、大町・詩乃(f17458)は黒髪に隠れる眉を顰める。
 詩乃は人がおいそれと悪に染まる程に弱くないと知っている。内側に孕む善悪両面に揺さぶられながらも善に踏みとどまる。だからこそ、守り通したい。
「本当に卑劣な振る舞いですね!」
 むぅと膨らむ頬、怒り心頭なり。
 邪神の力で無理矢理に善性を塗りつぶしての人心操作、人殺しを嗾すなぞ到底赦せるものではない。

●赤川の町工場
 赤川の会社は都内の下町にある。金属関連の下請け工場で、工員と事務員を含めても20名いるかどうかの小規模な会社だ。
「やーっと警察の人が来てくれた。あれじゃあ社長も浮かばれませんわい。死体も帰ってこんでしょう!」
 UDC組織の手回しは抜かりない。刑事を名乗る詩乃を、赤川と同世代の専務がなんの疑いもなく出迎えてくれた。
「力及ばず解決が長引き、本当に申し訳ありません」
 スーツをきちりと着こなした詩乃は真摯に謝罪を紡ぐ。
「葬式もあげられんっちゅーてね、憲章くんとも困った困ったゆーとったんですわ」
 明け透けない文句混じりだが悪意も無用な警戒心もない。
「赤川さんのご遺体は近日中に遺族の元へお返しすると約束します」
 ところで、と、謝罪の後すかさず言葉を継ぐ。
「憲章さんとは、赤川さんのご家族の方ですか?」
「甥っ子ですわ。次期社長で、今は引き継ぎでてんやわんやですわ」
 実際、背景ではひっきりなしに電話が鳴り対応に追われている。赤川はさぞやワンマン経営だったのだろう。
(「赤川さんが亡くなって、憲章さんに社長の座が転がり込んできたんですね」)
 絞殺には力が必要だから、男性ではないかと詩乃は見ている。
「ああ、すみませんすみません。お茶も出さずに……」
「みっちゃん、しっかりしろや警察の方やぞ! ああ本当最近の子は気ぃ効かなくてすんません」
 電話対応に追われていた女子事務員に対して随分と高圧的だ、周囲の男性社員も気に掛けていない。謝罪を繰り返す女子社員も相まって居心地の悪い空気が流れた。
「次は彼女にお話を伺いますので、篠崎さん一旦失礼します」
 女子供から聞いてもといちゃもんをつけられる前にさっさと背を向ける。

 結果から話すと――詩乃のUC『慈眼乃光』は非常に効果的だった。
 いや、人柄のおかげだ。なにしろ詩乃は、事務員田辺の「こんな古い考えの会社を辞めたい」という長い愚痴に頷いてやりずっとつきあってやったのだから。
「忙しくたって、女子はお茶くみコピー取り! 社長も専務も息するようにセクハラしてくるし、周囲のオッサン達もそれを見習ってるから、心が削れる日々です」
「あまり感心できない社風ですね。それも、憲章さんが社長を継がれたら変わりそうですか? 憲章さんは30代と随分とお若いようですが」
 憲章の名前を聞いたとたん、田辺はなんとも表現しづらい曖昧な笑みを浮かべた。
「えー……はい、憲章さんは、いい人だとは思うんですけどねぇ……」
「安心してください、我々警官には守秘義務がありますから」
 後押しされた田辺はおずおずと話しだした。
 曰く、甥の憲章は優しい性格で人当たりもいいが、仕事は出来ない方だ。専務をはじめ百戦錬磨のオッサン達を仕切っていく胆力はないだろう、が、若い社員の見立てという。
「といっても、あたしと香住さんだけですけどね、若い20代はー」
「香住さんという方は男性、女性?」
「女性です。大学でスポーツやってらして頭もいい子ですよ。総合職の名目での入社でしたけど、まぁこういう会社ですからねぇ……お金もらえればいいやの割り切りで三年の私と違い、色々ストレスはあったみたいで」
 気の毒がるような口ぶりには随分と含みがある。
 更に追求をすると言いづらそうに「社長となんだかやりあってたみたいです」と漏らした。しかし入社半年の香住とそこまで深い仲ではないと、詳細は聞き出せずに終わった。本当に知らない可能性もある。
「香住さん、社長が亡くなってから体調を崩しがちみたいで、今日もお休みしてます。このまま辞めちゃうかもしれないですね」

 その後、詩乃は他の者にも聞いて回ったが、めぼしい話はでてこなかった。

 甥であり次期社長候補:赤川憲章(32)
 総合職の女性社員:香住美紅(23)

 犯人候補はこの二人にまで絞れた。


●教師佐竹の職場:雨原第一小学校
 結局、犯人候補は絞り込めなかった。
 子供達の帰宅した夕方の学び舎で、教頭も同僚教師も協力的な態度で答えてくれた。
「え……佐竹先生は通り魔に襲われたんじゃないんですか?」
 切り出し文句が一様にこれ、そして続くのは「彼女を恨む人なんていない」
「不愉快になられましたら申し訳ありません。例えば、担当クラスの生徒さんで佐竹さんにひどく叱られて怒りを抱えた生徒さんがいたとか、もめ事があったとかは聞いたことありませんか?」
 詩乃は半ば諦めがちに5回目の問いかけを繰り返す。
 返事の前に「子供は殺せないでしょう」と嗜めのありなしの違いはあれど、答えはやはり同じ。
「特に学級運営で困ったことがあるって相談は受けたことはないですねぇ」
 学校ぐるみで隠滅している? いいや、それはあり得ない。
 彼らが後ろめたい協定を結んで口をつぐんだところで、長く人と接し生きる詩乃が見抜けぬわけがない。
「むしろ勉強が遅れがちの生徒にも優しく目を配って、その子のメンタルを尊重しつつ根気よく指導に当たられる先生だったんで、こちらが見習いたいぐらいでしたよ」
 わかりました、と、詩乃は5回目の謝辞を告げて頭をたれる。

「佐竹さんは、人間関係のトラブルを抱えていなかった」
 公園のベンチに腰掛けてペットボトルのお茶で喉を潤した。スーツにあわせてカチコチの肩を解し、調査結果をとりまとめる。
「いいえ。同僚教師や学校側は『トラブル』があると把握していなかった、ですね。想定できるのは2つ」

 ひとつ、佐竹がトラブルを抱え込み、同僚達には心を開いていなかった。
 ふたつ、佐竹が『生徒から恨みを買った』ことに気がついていないパターン。

 職場の雰囲気の良さや安定性のある佐竹の性格評価からも、後者の可能性が高い。
「だとしたら、生徒の輪に入って直接聞くのが良さそうです」
 そんな提案を仲間へ告げる。
 ここを深めるのは任せて主婦殺しのアウトラインをハッキリさせておきたいところだ。


●某山の手住宅街
 富裕層寄りの住宅街の一角に、田端美枝子の住まいはあった。
 家を守る主婦が死んだからか、それとも元からか、遮光カーテンを引かれた2階建ての民家は随分と手入れがされず荒んで見えた。
 インターホンを押したが反応はない。
 夫と成人した息子が二人だから、皆が出払っているのは自然ではあるが。
「ねぇ、あなた、記者の方?」
 背後から粘つく声がかかる。詩乃が振り返ると、肥え太り犬を抱いた中年のご婦人が穴あくほどに見つめ返してきた。垂れた瞼に縁取られた瞳には下世話な好奇心が充ち満ちている。
「ええ……ここの奥様が亡くなられた事件を調べているものです」
 警察、と告げるのは避けた。
 すると都合良く「是」と取った女はしゃしゃり出る。
「そぉ、田端さんねぇ、怖いわぁ、誰がやったのかしらねぇ」
 通り一遍、感情のこもらぬ「まぁ怖い」……女が大声で話すものだから、虫が吸い寄せられるように更に二人。
 きゃわきゃわと騒ぐ井戸端会議に頭痛を感じつつも、詩乃は出てきた情報をなんとかとりまとめる。
「成程。長男は長年引きこもっていて、旦那さんとは別居されているのですね」

「そうよぉ、今もねぇ、あの2階のカーテンの影にいんのよ、なんて言ったかしら? 一誠くん?」
「そうそう! 一誠くん。うちの子とクラスメートだったのよ!」
「あれでしょ? 頭の方が……ちょっとその…………」
「まぁお勉強はねぇ……でも、大学まで行けたんでしょ?」
「あそこの大学は、入学金と多額の寄付をしたら誰でも入れるって聞いたわよぉ」
「田端さんの奥さんのお父さんがお金を持ってらっしゃったから」
「でもだから、婿養子の旦那さんとうまくいかなかったんでしょ?」
「うまくいかないのに、6つも離れた弟が出来ちゃうんですものねぇ!」
「やだわぁ、もう、アハハハハ」

 下世話。
 ネットでアレコレお騒がせの事件が目の前に来たものだから、楽しくて仕方ないのだろう。ご婦人方は軽いお口で醜聞をぺらりぺらり。
 増幅されたとて人を殺しはしないだろうが、これもまた細やかなる悪意だ。
「次男の方は、こちらにお住まいなんですか?」
 詩乃の問いかけに思わせぶりに視線を躱し合うご婦人方。抑えた口元からふふっと笑いが漏れて、上品な筈の香水がやけに下品に鼻につく。

「ああ、淳二くんねぇ。これからどうするのかしら、肩身も狭いでしょうに」
「あれでしょ、淳二くん、大学に行かせてもらえなかったんですってね、可哀想だわぁ」
「あの子、ちゃんと働いてるのに。今は、淳二くんが養ってるんでしょ、お兄さんとお母さんを」
「田端の奥さん、淳二くん嫌いよねぇ。デキの悪い子程可愛いってやつ?」
「あら奥さんもそうなの?」
「やだわぁ、もうっ! アハハハハ」

 後はもう、詩乃にとっては只管に空虚なやりとりであった。長男のいるであろう部屋をちらと見上げると、適当に茶を濁してその場を辞する。

 毒素を抜くように定食屋で食事をとり一休み。更に家族についての噂話を集めアウトラインをはっきりとさせた。

・田端家は、美枝子の両親の財産で家を構えた。両親は既に死去
・夫は、20年近くこの家に寄りついていない
・長男の一誠(34)は大学時、なんらかの資格を取ろうとしたが受からず引きこもりとなった
・次男の淳二(28)は、高卒後隣県の会社に勤めている(赤川の工場とは関係なし)だが、美枝子が死んでから帰ってないらしい。

「全員が『犯人』になりえそうですね……」
 詩乃は少し考えてから『夫』を辿ることにした。
 さて、地味な作業が多いので経緯は省くが――夫は既に再婚し円満な家庭を築いていると判明した。離婚したことを田端美枝子はひた隠しにしていたのだ。
「旦那さんが『犯人』なのはなさそうです」
 むしろ美枝子が殺したいぐらいだろう。だが本件での被害者は紛れもなく美枝子の方だ。
 猟兵が調査を始めた以上、遺体は所定の手続きを経て遺族の元に戻る。しかしこの家で一体誰が美枝子を悼んでくれるのだろう。
 重苦しい気持ちに支配されながら、詩乃は調査結果を仲間へと共有する。

成功 🔵​🔵​🔴​


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【中間マスターコメント】
 沢山の情報で出たので、改めて「プレイングがかけられそうなこと」を提示します
 勿論、提示以外の行動をしていただいてもOKです

1.人物に接触して調査
【赤川太の関係者】
・甥であり次期社長候補:赤川憲章(32)
・総合職の女性社員:香住美紅(23)

【田端美枝子の関係者】
・長男の一誠(34)
・次男の淳二(28)接触難易度難/雲隠れしているため工夫が必要です

2.佐竹の勤めていた雨原第一小学校の生徒への聞き込み
3.『黒幕』へどのようにつながったかを予想して調べてみる
4.その他

※オーバーロードの方は『2つまで』/なしの方は『1つまで』に絞っていただければ幸いです(それ以上書かれた場合は、一部反映出来ない場合もあります)

【既に調べつくされていること】
・遺体を調べる
・田端美枝子の夫について(彼はこの事件には無関係です)

【文字数について】
 ここまでのリプレイ(特にお二人目)は、情報量が多いため文字数も大きく増えています
 これ以降に採用させていただく方は、これより控えめの文字数となりますことをご理解の上ご参加ください
(オーバーロードの方は2000文字前後を想定しております)

 以上です。皆様のプレイングを心よりお待ちしております。
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冴木・蜜
スクールカウンセラーとして小学校に潜入
佐竹さんへ怨みを募らせている児童
或いは犯人候補に接触致しましょう
単純に児童の心の傷にも寄り添いたいですしね

学校関係者の死後
臨時で入ることは珍しくないはず
普段入っていないなら職員児童に色々訊いても大丈夫でしょう

事件後、不登校になった・或いは不登校から復帰した児童はいないか
或いは平生と様子が変わった児童はいないか
職員、児童関わらず広く訊いて回りましょう

児童には事件前に不平不満を漏らしていた子についても聞いておきましょうね

空き時間があれば『黒幕』と犯人達の繋がりも探してみましょうか
この世界で小学生を含む異年齢が関与してる、となると
インターネット……SNS辺りが接点として濃厚ですが

……、子どもなら情報の始末も甘いかな
カウンセリングの様子も見ながら
今回の件に繋がりそうな
雨原第一小学校周りから恨み辛み嫉みを調べましょう
尻尾を見せてくれるといいのですが、さて……


文月・統哉
先生が突然亡くなって
ショックを受けた児童も少なくない筈
その子供達のケアの名目で
臨時のスクールカウンセラーとして小学校へ潜入する
社会人らしい落ち着いたスーツ着用
【変装・演技・読心術・コミュ力・情報収集】活用

事件を境に様子の変わった児童をリストアップ
実際に話を聞いて教室内の人間関係を洗い出す

気になるのは『優等生』
大好きな先生に褒めて貰いたくて頑張ったのに
君は出来る子だからと
振り向いて貰えなかったのだとしたら
抱いていた憧れや尊敬が
いつしか憎しみに変わってしまったのだとしたら

恐らくは他の加害者も
女だから?弟だから?
努力が報われない事の理不尽さ
恨みが募るのも分からなくはない

でも、報いが欲しいと願った彼らにとって
人を殺した事への報いの重さは
隠し続ける事の罪の深さは
どれ程のものとなっているだろう

だからこそ説得する
【優しさ】と共に【手を繋ぎ】
正直に話して欲しいのだと
君は一人ではないのだと
良い事をしても悪い事をしても
見てくれている人はちゃんといるのだと

加害者の繋がりがSNSやネットなら
【ハッキング】で調査



●雨原第一小学校への潜入
 佐竹の死から一週間あまり、調査目的とはいえスクールカウンセラーの申し出は学校としても願ったり叶ったりであった。
 スーツをきちりと着こなし落ち着き払った雰囲気の文月・統哉(f08510)を、実年齢の18と見抜ける者はいない。
 一方、おっとりと頬を緩める冴木・蜜(f15222)は、白衣姿の医者というラベルと「強引さがなく話しやすそう」という雰囲気がうまい具合に調和している。
 手元には『事件を境に様子が変化した子』8名が記されたリストがある。
 蜜が求めた『不登校になった・或いは不登校から復帰した児童』はいないとの返答だ。
「ささやかな愚痴程度でもいいのですが、そういった不満を口にする子もいませんでしたか?」
 蜜の問いかけには応対した教師は首を横に振る。詩乃の調査通り、学校側はそういった不満を把握していないようだ。
 教師が去った後で、リストを眺め独りごちる統哉。
「不満をため込んでいたのは『優等生』じゃないかって思うんだ。頑張ったのに振り向いてもらえずに、抱いていた憧れや尊敬がいつしか憎しみに変わってしまうかもしれない」
 朝礼五分前のチャイムが響く中、統哉の声は続く。
「他の事件でも『弟だから女だから』って報われない人が関わっている」
「確かにそうですね。何れも犯人は確定していませんが」
 手元の4年1組の座席図に視線を落とし蜜は頷く。
「私たちの挨拶で子供達が見せる表情を注意深く見ておきましょう」

 朝のホームルームで通り一遍の紹介の後、まず教卓に立ったのは統哉だ。
「佐竹先生の事件は、みんなショックだったんじゃないかな。身近な人を亡くすのは、先生も経験があるけども心にぽっかりと穴が空いた感じだったんだ」
 そう言いながらさりげなく全体に視線を配る。
 怯みつつ興味を向ける子、突然のことで困惑している子、よくわかっていなさそうな子……嫌悪を剥きだしにする子はいなかった。
(「目立つことはしないか。10歳の子供とはいえ、手強そうだな」)
 一礼後、蜜と入れ替わる。
 蜜は改めて自己紹介をすると、統哉とは逆に気弱めの己を取り繕わずに語り出す。
「悲しいとか怖いとかそういうのを見ない振りしていると、ますます大きくなって手に負えなくなってしまうんですよね。どんなに小さなことでも構いません、聞かせてくださると嬉しいです」
 統哉と打ち合わせた通りの文言を続ける。
「順番にクラスの全員とお話させてもらいます」
 さて、一気に他人事ではなくなったクラス総勢20名。統哉と蜜は「面倒くさい、迷惑だ」という感情を浮かべた子を合計2名把握した。

●カウンセリング
 座り心地の良い椅子と柔らかな床敷、急場こしらえのカウンセリングルームにて、蜜はやせっぽっちの女児を、統哉は背の低い男児を暖かく出迎えた。
 どちらも上目遣いで視線が落ち着かない、この年で卑屈さがこびりついているのは痛ましい。

【統哉の部屋】
 体育が苦手な少年は、佐竹が皆の前でテストをして晒し者にしなかった事と、いつまでも練習につきあってくれたと打ち明けた。
 よかったなと口元をゆるめる一方で、依怙贔屓と捉えた子がいてもおかしくないとも思う。
 ――この後、午前だけで更に2人から話を聞いたが、大体の流れは同じであった。
 某かの能力に劣り、クラスの中でも浮いてしまう。表だって笑う子もたまにいるが、大抵は『虐めをしない』体裁を保つために遠巻きにする子ばかりだ。
 能力に劣る者同士が仲が良いかというと逆だ。表には出さないが互いに劣る部分を心で見下し合って劣等感をなだめる。
 そんな劣等感を包みこみ劣る子を救おうとしたのが佐竹だ。
 しかしそのやり方は偏重をきたしていると、統哉からは見えてならなかった。

【蜜の部屋】
 同じく午前で3名の子から話を聞いた。彼らが佐竹を『救いの女神』めいた気持ちを寄せている印象は、統哉と同じ。
 ――ただ+αの情報が得られた。
 蜜が話を聞いた3人目は、鈍重な体型と親が育児に無頓着だと示すように薄汚れたシャツを着た少年だ。彼はひとしきり語った後で思わずぽろりと零す。
「僕、また…………ううん、なんでもない」
 慌てて口を噤む様に、蜜は『いじめっこ』の存在を察知する。
「ここでのお話は汐見くんと私の内緒です。漏らしちゃだめだという決まりがあるんですよ」
 それでも頑なに首を振る。
 ならばと、蜜は名簿の上にボールペンをわざとらしく取り落とした。そうして立ち上がると窓をあけてううんっとのびをする。
「さすが4階は見晴らしがいいですねぇ、ずっと見ていたくなります……今、書類に落書きをされても誰の仕業かわからないでしょうねぇ、仕方がないです」
 棒読みの台詞、意図を悟った男児はごくりと唾を飲みこんだ。
 ――。
 残された名簿の3名に横線、特に1人は名前を潰す勢いの執拗さだ。
「西山姫乃……朝のホームルームでは特に印象に残っていない子ですね」
 取り巻きであろう2人は不満を顔に出していたが、姫乃は巧みに心を隠す賢さはあるようだ。

●作戦会議
 こぽこぽとポットから落ちる湯がインスタントの粉末を巻き込み黒となる。己に似た液体をスプーンでかき混ぜて、蜜はひとつを統哉へ差し出した。
「さて、昼休みはどうしましょうか」
 昼休み10分前の作戦会議。
「俺はこの西山姫乃に逢おうと思うんだ」
「私もそう考えていたのですが、2人だと圧迫面接めいてしまうでしょうか……」
 2人でコーヒーで喉を潤して、先に口火を切ったのは統哉である。
「この子が犯したのは殺人だ。賢い子なら、隠し続ける罪の深さに苛まれてるんじゃないかなって」
 どのような悪人であれ、彼らの倫理観に働きかけて善性を引きだそうと試みる、それが統哉という青年だ。
 一方、人の善性も悪性も身にしみて知る蜜は眼鏡越しの瞳を眩しげに瞬かせる。同時に胸には統哉への心配も抱くのだ。
「大丈夫ですか……?」
「ありがとう、色々な考えの人がいるのはわかってるよ。うまくいかないことは幾らでもある」
「すみません。出過ぎたことを」
 俯く蜜へ統哉は頭を横にゆらす。
「例え今は届かなくても、いつか手を取ってくれればいい。俺はさしのべ続けるよ」
「それは私も同意です。どのような人であれ救いたい」
 そこまで言ってから蜜は説得を既に固めている統哉へまず託すことにした。

●西山姫乃
 案の定、昼休みのカウンセリングを姫乃は断ってきた。
 仕方がないので、統哉は教室移動中の西山姫乃グループに直接接触する。
「ああ、すみません。パソコンが置いてある教室はどこにありますか?」
 蜜が割り入りグループ女子と物理的に分断する。
「カウンセリングの無理強いは止めてください」
 木で鼻を括るような物言いの姫乃へ、一か八か「田端美枝子さんの事で聞きたいことがある」と耳元で囁いた。
「!」
 流石に動揺が浮かぶ、脅しのような物言いへは瞳で謝罪を示しそっと空き教室を示した。

「優秀だからと言って手を掛けてもらえないのは理不尽だと思う」
 もう隙を見せぬとでも言いたげに腕も唇も固く閉ざす姫乃に対し、統哉は直球の言葉をぶつける。
「認めて欲しいのは当たり前だ、だから恨みが募るのも分からなくはない」
 姫乃の手を取るのは一旦諦めて、柔らかな眼差しで続ける。
「正直に話して欲しい。俺は誰かの罪を責めたり裁いたりしに来たわけではないんだ」
 確かに、人を殺してしまうのは取り返しのつかない罪だ――そう、説く段階にまで信頼は達していないから、統哉は注意深く言葉を探す。
「良い事をしても悪い事をしても、見てくれている人はちゃんといる。俺はそうありたいと強く願って、今ここにいるよ」
 ふう、と、疎ましげなため息が吐かれた。
 冷たく尖る少女の眼差しは良心の呵責からは遠く、口を開くのも面倒そうなのがありありだ。
「私は悪いことなんてしてません」
 ――その冷徹な態度こそが、西山姫乃が連続殺人に関わっているのだと鷹揚に物語っている。
「人を殺す事は悪い事だ。それは頭の良い君ならわかるよな」
 やるせなさを殺し統哉は真っ直ぐ見据えた。
 きっと、姫乃の持つ『振り向いてもらえない苛立ち』は誰もが持つような些細で当たり前の感情だ。だが彼女は運悪く邪神に目をつけられて、殺人に駆り立てるまで悪意を増幅された。
「佐竹先生を殺してないです。ちゃんとアリバイがありますから」
 少女はUDC組織に調べられた証人を、極力得意げにならぬよう淡々とした口ぶりで並べ立てた。
「じゃあ、田端美枝子さんは」
「…………そんなオバサン知らないです」
 叱責は決して口にせずにだが罪を知らぬ素振りは出来ぬとの眼差しに、姫乃の唇が容易く震えた。
「知らないっ」
「嫌なことをさせられたのは、佐竹先生を殺したからと脅されたからだろうか?」
「違います。あのオバサンは罰せられるべきっ。だって『玩具さん』が言ってました、出来の良い弟を差し置いて家族の足を引っ張るしかできない頭の悪い兄ばかり優先したんだって!」

「――おかしい! おかしい! おかしい!」

 割れたわめき声が教室を埋め尽くす。余りに唐突に、症状は常軌を逸した。
(「『玩具様』って、誰だ? それが『黒幕』か」)
 少女は、ぐずぐずに煮詰めた泥のような瞳で机によじ登ると高らかに嗤う。
「確かにあの日『玩具さん』の背後にデカダント・ブラック様がいました。チャットで言ってた通りでした。デカダント・ダラック様は圧倒的で、私の気持ちが『正しい』って後押ししてくれました!」

 ――どうして、バカばかりが丁寧に手を掛けてもらえるんですか? 私みたいな出来る子に同じようにしてくれたら、もっとすごい結果が出せるのに!!

「平等なんておかしいっ! それは悪だ!! 平等悪を強いる奴らはみんな殺されて当たり前なんだ!」
 泥は怒りを伴い明らかな殺意と至る。だが今の彼女には凶器がないので、机を押しやるがせいぜいだ。
「待って」
 教室から飛び出した姫乃を即座に追う。

●サイト名:平等という悪
 姫乃が高ぶりわめきだした頃の電算室にて。
 通話状態にした端末で内容を聞いていた蜜はふぅむと唸る。
「……チャットということは、サイトかチャットツールでのやりとりですかね」
 彼が立ち上げているのは、姫乃が授業で割り当てられたパソコンだ。姫乃の名やもじりでSNSを一通り浚ったが収穫なし。だがここにきてようやくキーワードが出てきた。
「がんぐさん……」
 玩具、と変換したら、過去に入力した予測が候補にあがる。

“玩具……さんの言う通りだと思います”
“平等……って欺瞞ですよね”

 姫乃がネット上で『玩具』と名乗る人物とやりとりしていたのが確定した。
「サイト履歴は消されてますね。学校はアクセスしたサイトのデータは残してるんでしょうか」
 ううん、と蜜は背もたれに寄りかかりのびをする。
 学校側に確認をする前に、もう少し自分で探ってみようと前屈みの猫背でキーボードに戻る。
「玩具、悪平等……玩具、平等……デカダント・ブラック……そもそも姫乃さんは、どうやってこのサイトに辿り着いたんでしょうか?」
 リアルの人間関係で嗾されたのか、どこかで見かけて偶然辿り着いてしまったのか。前者なら、姫乃を直に狙った事になるから周囲を探らねばならない。
「――」
 蜜は、かつてなら“アングラ”と称された掲示板や、いかがわしめの紹介記事を漁る。
 鬱憤、悪平等、管理人_玩具、闇サイト、デカダント・ブラック…………半年範囲でつながりそうな単語をキーにしらみつぶし。
 1時間ほど経過した所で電算室のドアがあけられた、統哉だ。
「姫乃はUDC組織に預けてきたよ」
 披露と悔しさの濃い顔色で蜜の隣に腰掛ける。
「お疲れ様です。あの様子ですと、今以上には話してくれないでしょうね」
「だろうな……俺は、あの子の意志ではなくて『デカダント・ブラック』の毒気でやらされたんだと思ってる」
 邪神が退治されたなら、あの子は『所定の手続き』の後、未成年犯罪の更正施設に送られるだろう。
「そうですね。小さな不満は誰でも持っています。通常は人の命を奪うまで膨らむことはありません」
 ――罪悪感なく人を害するサイコパスの可能性は敢えて避けた。姫乃がそうだとしたら、少し救いがなさ過ぎる。
「ハッキングしようか?」
 パソコンとの悪戦苦闘の痕跡を見て、魔法の世界にいた青年が軽妙に嘯いた。
「その方がはやいでしょ……あ、統哉さん、見てくださいこの記事!」
 蜜がネットの片隅から見いだしたのはアングラ寄りのサイトを紹介する記事だった。

【平等という悪】
「多様性という言葉で我慢を強いられてないですか? 優秀な人がないがしろにされて、劣る人ばかりが手を掛けてもらえる。それは平等ではなくて悪平等というのです」
 いきなり紹介文が飛び込んでくる、インターネット黎明期に見られたようなレトロなサイトだ……。

「三ヶ月前の記事ですね。今はアクセス不能になってますけど……」
 調べるとしたら更に時間を要しそうだ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​


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【判明点まとめ】
・佐竹の担当した生徒が第三の殺人犯(交換殺人確定)
・サイト『平等という悪』を介して知り合った
・玩具というハンドルネームの男が誘導した?
・サイトは抹消済み。情報収集にはなんらかの手段が必要

※『2.佐竹の勤めていた雨原第一小学校の生徒への聞き込み』はこれで済です


【募集中プレイング】
1.人物に接触して調査
【赤川太の関係者】
・甥であり次期社長候補:赤川憲章(32)
・総合職の女性社員:香住美紅(23)

【田端美枝子の関係者】
・次男の淳二(28)接触難易度難/雲隠れしているため工夫が必要です

3.『黒幕』へどのようにつながったかを予想して調べてみる
4.その他

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(上への追記、4その他にも含みますが)
・サイト「平等という悪」についてなんとか辿って調べてみる
アルミィ・キングフィッシャー

悪平等ねえ
まあ端的な話持つものと持たざるものがこの世の中には絶対にいるって事を受けいられられない甘ったれた考えだろ?
得てしてその手合なんてのは自分が持ってるものにも気づかない馬鹿さ
まあ爪先くらいの気持ちは分からないでも無いがね

で、カスミだっけ?
そいつも身投げするタマじゃなければ飯くらい食うだろ
住んでる所に張り込んで動いたら近づこう

近くに空き家があるなら越してきたとか、買い物先なら何かを意図的に落として様子見るとかね。そんな感じで「何も知らない無関係な人間」を装って接触してみよう
なんか顔色悪いよ、みたいに話しかけてね。そこで茶でも飲んで休んで行こうみたいに相手に席につかせよう

相手が落ち着いたら少し話を振ってみよう
「なんか最近落ち込むことでもあったのかい」と
なんか知り合いがしでかしたとか?という風に相手に責任が無いような聞き方をするよ

で恐らくだけど他人事として言うのならいくらでも話すだろう
この類のモンスターは大概そういう奴を狙うものだからね
自分の手を汚すのを厭わない奴には取り付かないものさ




 香住美紅は、一連の事件の中での“登場シーンが終わった”女だ。
 彼女が恨む奴は一番最初に殺されていて、代償としての殺人も済ませている。こういった人物は口封じされるのが常だが、『黒幕』は辿れるわけがないと高をくくっているのか未だに生きている。
 だが、美紅からすると「デカダント・ブラック様の力でバレない」と言われても信じ切る事は出来ない。
 殺人をやらされた後はアカウント単位でサイトに入れなくなり、ますます不安と吐き出せぬ罪悪感が募る。
 ――ぐぅぅう。
 こんな時でも腹は減る。身支度の鏡に映った自分は陰鬱で更に気持ちが沈む。
「……っと、びっくりした」
 玄関ドアを開けた先で目を丸くするアルミィ・キングフィッシャー(f02059)は、美紅が疑う前に引っ越し挨拶のタオルを差し出す。
「隣に越してきた川蝉です。これからよろしくお願いし……あんたさ、大丈夫かい? すごく顔色悪いよ?」
 鮮やかな髪色と格好は若々しいが、労る声は老成している。しかも台詞はお節介なおばちゃんっぽい。
 普段ならテキトー笑顔でさようならだが、精神を打ちのめされている美紅にはしみた。
「アンタ……あー、カスミさん? これからご飯だよね。よかったら一緒に食べにいかないかい? といっても、越してきたばかりで美味しい店なんて知らなくてね、教えておくれよ。お礼に奢るから」
「……わぁ、いいんですかぁ? 私、けっこう食べますよ?」
 猫かぶりの喋りに変えて、ドアの鍵を閉める。
「いいねぇ、お酒もいける方かい?」
「居酒屋さんでご飯も美味しい所知ってますよー」
 目の前の川蝉さんは、軽々に飯をたかる自分が殺人犯だなんて夢にも思わないだろう。
 友人に教えてもらった裏サイトにアクセスしたら、あれよあれよのうちに管理人に気に入られて、死んで欲しい奴を殺してもらって代償に何も知らない女教師を殺させられた――なんて、荒唐無稽な話を信じるわけがない。
 きっと、笑い飛ばしてくれる筈だ。


 アルミィの見立て通り、香住美紅は非常に“甘ったれた”思考の女であった。
 とはいえ、持つものと持たざるものがこの世の中には絶対にいるって事を受けいられられない人間はそこいら中にいるので、あくまでアルミィの基準で、だが。
 居酒屋で駆けつけ一杯互いの自己紹介。美紅は富裕層の一人娘、大学もスポーツ推薦で入学。
(「つまり、就職して初めて躓いたってわけか」)
 理不尽に不慣れ、即ち自分が恵まれていることに気づいてなかった馬鹿だ。

「今時信じられますぅ? 社長が肩ぽんしてくるんですよぉお! 息が煙草臭くってキモイ」
 酒豪のアルミィにつられ重ねた酒で酔いがまわる。
「にーさん、お水ふたつ……ほら、すっきりするよ」
 まさに冷や水をぶっかけだ。目の焦点が合った所でアルミィは心配げな眼差しを造り身を乗り出した。
「その社長さんに悩まされてたのかい? 随分思い詰めた顔をしてたけど――今だって」
 びくりと肩を震わせる美紅へアルミィは「無理矢理の空元気だ」とつないだ。
「“友達”が、その社長さんにもっと酷いことをされたとかかい? アンタ、すごく友達思いに見えるからさ」
 美紅自身に責任がないように話を仕向けロックのグラスを煽る。
「そう、ですね。はい“友達”が」
 ばつが悪そうに視線をぎょろつかせた後で、ぼそぼそ。
「昭和なノリのダメ会社の中で“友達”が、すっごい企画を提案したんです。もしトライしたら売り上げが……」
 己の能力が如何に優れているかの自慢は割愛する。
「……つまり、社長の強権で手柄を次期社長の甥のものにされちまったってわけか」
「ひどいでしょう?! 社員はみんな知ってるのに誰も咎めないし」

 ――次期社長に箔をつけるためだ、なんて、能力がない人にえらい人が下駄を履かせるなんておかしいです。社長がおかしい! おかしい!

 拳でテーブルを叩き被害者を糾弾する様は、酒に酔っていたでは済まないぐらい、黒々とした憎しみに塗れている。
 デカダント・ブラックが増幅したとはいえ、この感情は酷く醜くて甘ったるい――“誰かがなんとかしてくれる”って。
(「だからつけこまれるのさ」)
「そういうの、ネットでしか吐き出せない人が多いってのに、アンタは聞いてやったんだ。ホント、いい友達だね」
 話の間にあけたグラスはふたつ。3つ目の縁を舐めて更に誘う。
「……そう、ですね」
「本当にそれだけかい? ……まるで人を殺したみたいに深刻な顔してたよ」
「!」
 背を引きつらせる女へごとりと音をたててグラスをおいた。
「そう“友達”がね。取り返しのつかないことをして、どうしようって顔してる」
「――!」

 そこから落ちるのははやかった。
 あくまで、美紅はずっと「友達が」という体裁で語る。
 友人に教えてもらった裏サイトにアクセスしたら、あれよあれよのうちに管理人に気に入られて、死んで欲しい奴を殺してもらって代償に何も知らない女教師を殺させられた――なんて、荒唐無稽な話を。

「……へぇ、そりゃあとんでもないことに巻き込まれたもんだ、ところでサイトに誘った友達って?」
 本丸の情報を聞き出すべく内心舌なめずり。だが話調はあくまでさりげなく。だが美紅は人を見下すように鼻の頭に皺を寄せ興味無げに投げ出した。
「えーっと……名前なんだっけ、二ヶ月ほど前に高校の同窓会があって、ホスト狂いからのお水落ちしてたの、あの人。SNSも交換してないけど……そう、そもそもアイツがあんなサイト教えなければ!」
 もはや“友達”がと取り繕うのも止めた美紅につきあいつつ、名字と高校名を聞き出した。

 ――次の日、アルミィはサイトを紹介した女を調査に取りかかった。
 デカダント・ブラックに逆らえる者などいないとの過信からか、キャバクラに勤める女へはあっさりとたどり着けた。
 詳細なやりとりは省略するが――女友達は『サイト:平等という悪』の情報をホストから聞いたと証言した。
「アスネくんと店長さんが話してたよ。なんかよくわかんないけど、アクセス数増えたらお金もらえるらしくって」
 ホストクラブ名を問うたら『Foam』と答え、歌舞伎町にあると答えた。
「細かいことだけど、そういうのから絆って深まると思うしさぁ……5人ぐらいに喋ったよ」
 あんたで6人目ね、ちゃんとアクセスしてよね、と、ファーストフードの奢り飯の前で化粧を直す女はちゃっかり付け加えた。

成功 🔵​🔵​🔴​

霧島・ニュイ
人の心は変わりやすいもので厄介な代物で、だからこそ怖い
心を一律に黒く染めるなんてあまり面白くないなあ

■第3殺人の被害者息子狙い
計画的にやるなら全シャッフル
黒幕はここだ
被害者に近い息子が怪しい
2人いるけど協力関係かな?
動悸がより薄い方に接触

その方が落としやすいじゃない
いざと言う時に口封じと包囲網逃れに片方を殺すとか有り得そうだし護衛も兼ねて
一人でいる所を狙い接触
呼び出しも必要あれば

事前情報なければ探偵を名乗り調べておく
家庭関係のトラブルや事件の有無
主婦の集会場に混ざり
職場や友人にも様子を尋ねて

彼に最近おかしいところはなかった?
変な話を持ち掛けられてない?
あなたが危ないと思うよ
お話してくれたら護衛するよ
出来ると約束できないけど彼を戻すために力を貸してほしい
落ち着いて聞いて
ゆっくりと説明して
錯乱したら眠らせ保護も視野に

黒幕は黒く染まってしまったのかな
何かの力を借りないと想いすら遂げられないのかな
一歩踏み出せば一線なんてすぐに超えてしまえるのに
悪意のある人間とそうじゃないなんて些細なことだよね


クロト・ラトキエ
4.
頭脳労働は専門外なんですけど!

赤川を邪神絡みが殺った。
そして次を『脅した』

…ここで、疑問。
二人目のガイシャは――佐竹教諭。
そして彼女は『計画的に殺された』
ならば…脅されたのは彼女だとは考え難いわけで。

黒幕に脅され、教諭を手にかけたのが田端母なら、
脅される理由は叩けば出て来そうですけど。
喩えば…二人の兄弟は片親が異なる、とか。
某所の社長の隠し子、父親とは関わらず生きて来た。
この連続殺人が起こる迄は…なぁんて。

愛憎劇、なんて言葉もありますし。
人を殺すのは、憎悪だけじゃ無い。
身勝手、恋慕、独占欲…
想い人を奪った相手を恨む、なんて珍しくも無い。
善悪の曖昧な子供なら、尚更。
これまた、一般論。
調査はお味方に任せ。

…では。
その子供を狙うのは?
田端を殺した相手を、消したいのは?

『交換殺人』であるならば、
ただ口を封じたいだけの可能性だって。
廻る『悪意』、増幅する『狂気』
後は放って置くだけで邪神への贄は増える。

一先ず、僕は田端一誠を張ってみようかと。
出し抜かれはしないと思いますが…。
…淳二に届く迄は、ね




 人のあるところには様々な感情が吹きだまる。
 貧すれば鈍するとは言う、確かに金銭的な余裕がなければそれだけ心は荒む。ならば富めば全てが満たされるか? と、言うと、そう簡単にいかないのが人間だ。
 人の心は厄介で、怖い。でも人工的に『黒』に染められたとたん、それらへの思い入れは佚する、わかりやすく言うと『つまらない』が霧島・ニュイ(f12029)の偽らざる本音だ。
 第三の被害者の美枝子の息子達『黒幕』に近しいのは彼らだと計上し、既に聞き込みは済ませてきた。
「おや、ニュイくんも同じ読みですか?」
「ああ、クロトさん!」
 まるで子犬が尻尾を揺らすように瞳を眇めて笑う。黒ずくめのクロト・ラトキエ(f00472)に向けては分厚い猫は必要ない。
「頭脳労働は専門外なんですけど!」
「え、この間の黒斗探偵はすごかったよ?」
「探偵的に褒める所はないでしょ?」
「……そう、かも」
 軽口をたたき合いながら、小さな公園の自販機前までどちらからとも無く歩きだす。
 ベンチに腰掛けて、それぞれ手にした缶飲料に口をつける。カーテンを閉め切った田端邸は視界内、相変わらず動きはない。
「兄弟2人いるけど、協力関係なのかなって思ってたんだけど……」
「共犯ですか? 引きこもりの一誠は些か母親を殺す理由に欠けませんか?」
「うん、だから共犯だって思ってたのは過去形だよ」
 と、ニュイはやや大ぶりの手帳を見せた。聞き込んだ内容自体は詩乃が調べ尽くしたものとほぼ相違ない。
「被害者の母親は金持ち育ちだけど結婚生活に失敗して年々親の遺産も目減りして、ロクに近所づきあいしてなかったって。ご近所さん、殺されたのを誰も悲しんでなかったよ」
 この家族は長く地域から孤立していて、醜聞をツマミに笑いものにされていた。
「ふうむ……ちょっと浪漫を見過ぎましたかね」
「浪漫?」
「昔の探偵小説みたいな『二人の兄弟は片親が異なる』とか。某所の社長の隠し子、父親とは関わらず生きて来た。この連続殺人が起こる迄は……なぁんて。まぁ、赤川社長につながる線はつぶれたみたいですけどね」
 熱い飲料でぬくまった吐息はやや長く白い。ドラマの絡む余地のない平坦な人生図の上で悪意を煽られ行われた殺人――そういった現実への落胆が、クロトの中では思うより濃いようだ。
 気遣わせてはいけないと振り返った先には、ぽかんと口をあいて呆気にとられるニュイがいる。
「クロトさん! そっか、そうかもしれない!」
 探偵が天啓を得たみたいな興奮状態で、ニュイはクロトをつかんで揺さぶる。
「これ見て! 僕ね、なんかちょっと引っかかってたんだ」
 彼は手帳に挟んだ一誠と淳二の写真を見せる。
 一誠は眉が細く繊細な性格を滲ませている。一方の淳二はがっしりとした体つきをしている。
「これは……うぅん、なんでしょうか……少し、似てませんね」
 とはいえ、似てない兄弟なぞごまんといるぞの理屈で論破されて終わりそうな違和だ。
「つまり、ニュイくんはこう言いたいんですか? 2人は父親違いの兄弟だ、と。確かに愛憎劇、なんて言葉もありますし」
 人を殺すのは、憎悪だけじゃ無い。
 身勝手、恋慕、独占欲……想い人を奪った相手を恨む、なんて珍しくも無い。
「うん。それを疑ったよ。でもね、淳二さんを身ごもった頃に『美枝子さんが浮気をしてたって』話はどこからもでてこなかったんだよー」
 下世話なヒソヒソ話に根拠はなかったのだ。そこでニュイはこの疑惑を手放したのだが。
「それで、これも見て」
 ニュイが出したのは美枝子の離婚した夫、つまり一誠と淳二の父親の写真。がっしりとした体つきのやや強引そうな顔つきの男だ。
「似てますね、淳二に」
「うん。それで一誠さんには似てないでしょ」

>あれでしょ、淳二くん、大学に行かせてもらえなかったんですってね、可哀想だわぁ
>あの子、ちゃんと働いてるのに。今は、淳二くんが養ってるんでしょ、お兄さんとお母さんを
>田端の奥さん、淳二くん嫌いよねぇ。デキの悪い子程可愛いってやつ?

「「一誠は、結婚前に愛する人と作った子供」」
 結論は同じ、だから声が重なった。同時に続きは口にするのを憚られるが『淳二は愛情のない婿養子の夫との間に“産まされた”子供だ』とも確信する。

 資産家の娘が、親の認めぬ恋人と引き裂かれるのは美枝子の時代ならばありがちだったろう。
 結婚の直前に恋人と契り身ごもったのなら、どちらの子供かはわからない。
 もしかしたら、美枝子と夫の夫婦仲が年々悪化していったのは、育つごとに他の男に似てくる息子を目の当たりにしたからかもしれない。

「それで自分の子を欲した、無理強いがあったのかもしれませんね。けれど夫婦仲の修復はならず、結局夫は出て行った」
「だから、美枝子さんは淳二さんを愛せずに搾取したのかな、一誠さんばかりに目を掛けてさ」
 愛する人に年々似てくる長男に、美枝子はかつての悲恋を重ねて依存する。
 憎き夫に年々似てくる次男に、美恵子は不幸の源とみなし、人間扱いせぬ勢いで骨までむしゃぶりつくそうとした。
 ――どちらにとっても、美恵子は『母』ではない。そもそもが『母』になれぬのに子だけ成した幼稚な女、それが美恵子の正体だ。歪みは息子達に伝播した。
「黒幕側は淳二さんだね」
 黒に染まってしまった。いや、染められた、誰にって言うと、母親にだ。デカタント・ブラックは背中を押したに過ぎない。
「……何かの力を借りないと想いすら遂げられなかったのかな。ううん、想いを遂げちゃダメか、でも家から逃げ出すことはできたろうにね」
 けれど、淳二は別の方角に“一歩”を踏み出してしまい“一線”を超えてしまった。
「ニュイくん、行きましょうか」
 すべきことを見いだしたクロトは、すっと田端邸を指さした。
「淳二が戻った痕跡があるかもしれません」
 人差し指には銀色の鍵がひっかかっている。クロトは口元だけの笑みで続けた。
「死体を調べた後、警察の許可を得て合い鍵を作りました。これで穏便にお邪魔することができますよ」
「そうだね、行こう」
 準備していた『加害者』への説得言葉はしまい込み、ニュイは田端邸へと歩を進めた。


 無言で靴を脱ぎ上がり込む。
 まず玄関先で目に入ったのは、雑に開封された段ボールだ。
 送り主はこの住所の田端淳二から。ネットスーパーで注文して届けさせたらしく伝票は全て機械打ちだ。放り出された納品書にはカップ麺の名前が並ぶ。
「この家の母親が亡くなって1週間ほど経ちますよね」
 キッチンは作りかけの味噌汁がすえた臭いを放っていた。買い物に出かけて殺されたきり放置、捜査の手も入っていない。
 リビングのソファは手入れがされていない。かつて書斎だった部屋は雑然とした物置と成り果てている。美恵子が寝起きしていたであろう部屋の鏡台には埃がつもっていた。
 ニュイとクロトは目配せをして2階へあがる。
 3部屋の内、一部屋から人の気配がしたが、鍵がかかっている。
「田端一誠さんでしょうか? あけていただけますか? 警察です」
「亡くなられたお母さんの事でお話を伺いに来ました」
 中の気配をさぐるクロトと何度もノックするニュイ。
 やがて「帰れ!」との怒号が響く。それに対して、水も漏らさぬ連係プレイでドアを打ち破る猟兵たちは、一誠との邂逅を果たす。

 ――興奮した一誠との悶着は冗長がすぎるので割愛し、得られた情報のみを列挙する。

 写真を10歳老けさせて太らせた男は、不摂生の塊のようなぶよぶよと白い肌。
 引きこもりといえど、美恵子がかいがいしく掃除をしていたようで、部屋の状態は引きこもり期間の長さの割りには落ち着いていた。
 下に届いていたインスタントラーメンを食べて暮らしていたらしく、食べかすの散乱が目につく程。
 興奮を静めた後も、社会性から隔絶した生活をしつづけた一誠との対話は要領を得ないものであった。なにしろ彼は母が死んだことすら知らなかったのだから!
「ばばぁが掃除しにこねえし、淳がSNSでラーメン送ったっつったけど、飽きるわ! あいつはそういうとこ気が利かねえし」
 しばらく弟への罵詈雑言が続く。母親と日常的に蔑み虐げていたのがよく分かった。
 一誠に知性は感じられない。
 だがそうしたのは美枝子の歪んだ愛情だ。淳二が一誠ではなく美枝子を殺したいと願ったのも、原因を理解していたからだろう。

 SNSの発信地を辿れば、淳二が美枝子殺しの次の日に潜んだ場所が絞れる。
 用済みの一誠をあしらう気力も失せたので、再びニュイは勿忘草を振りまき眠らせた。
 続いて、淳二の部屋と倉庫を調べるために二手に分れた。
「覚悟してたんだね」
 淳二の部屋の探索で踏み込んだニュイは、四畳半の狭いスペースに畳んだ布団しか置かれていないのに嘆息する。
 私物が、ない。
 数えるほどの着替えが残されているのみだ。
 一方、物置の探索に赴いたクロトは、そこでも美枝子の愛情の偏りを見せつけられて、いい加減胸焼けがしていた。
 愛情の偏りを感じたのは、一誠のアルバムは綺麗に整理されて綴じられているというのに、淳二は一冊もない。卒業アルバムも同じ、もしかしたら淳二のものを美枝子は徹底して捨てたのかもしれない。
「……あれ」
 その中で一誠の中学卒業アルバムだけが埃の積もり方が薄い。この家に住む誰かが最近手に取り開いた形跡があるのだ。
 ぱたりぱたりと厚紙を返すも、何処のページを見ていたかまではわからなかった。
 ただ指紋を調べれば、誰がどこのページを見ていたか、まではわかりそうだ。
「これは、小説で言うならばきっと伏線ですね。淳二がうっかり残した証拠」
 クロトは独りごちると丁重に証拠品を確保するのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


(誤字修正:×美恵子=○美枝子です。申し訳ありません)
大町・詩乃
被害者と「黒幕」に操作された加害者への悲しみを胸に抱きつつ、ダメ元覚悟で第四の殺人阻止(淳二さんと接触)に動きます。

淳二さんは事件発生中の都市近辺(実家の近く)に潜伏し、第四の殺人を起こそうとしている筈。
詩乃はUCを使用しつつ、「田端美枝子さんの葬儀が近日実施されるが息子の淳二さんと連絡が取れないので、家族から捜索願いが出されている。」という名目で、(UDCの伝手により)刑事として知り得る情報を以って周辺の宿泊施設・淳二さんの友人家族(小学校~高校時代の同級生や同じクラブメンバーや一誠さん)をしらみつぶしに当たり、コミュ力・情報収集で得た情報で更に範囲絞り込む。

淳二さんを見つけたら速攻抱き着いて、「一歩踏み出した(母親殺害同意)から止まれない道理は有りません!それで二歩踏み出すのは(交換殺人実施)ダメですよ!」と実行の物理的阻止を目指します。
※既に殺人後であれば、ならば今後の事を相談しましょう。自殺や黙秘はダメですよ、と淳二さんに語る。

いずれにせよ淳二さんを拒絶せず受け入れて対話します。




『黒幕』にとって加害者たちはただの駒だ。
 抱える燻りに優しい言葉でつけ込んで、小さな染みを広げて真っ黒にしてしまった。だから、利用された方が悪いと大町・詩乃(f17458)にはどうしても思えなかった。
 元の染みが一番色濃かったであろう田端淳二は、四つ目の殺人事件の加害者候補だ。彼には殺人罪を犯させたくない。その一心で詩乃は彼の友人や勤務先に片端から当たっていた。
 その間にも入ってくる、香住美紅の拭われぬ苦悩や、未成熟な倫理観を利用された西山姫乃の有様は、ますます気持ちを沈ませる。

 調べだして驚いたのは、淳二には深くつきあう友人がいないという事実である。
 全て母親の美枝子が執拗に邪魔をしたのだ。その異様さを記憶している者は多く、皆一様に淳二への同情を口にした。
 じゃあ同情していた淳二に「どんな趣味があるか?」と、問えば、学校から直でバイトを掛け持ちしていたから人生に楽しみなんてないんじゃないかとにべもなし。

「忌引きで休んでるけども、そろそろ1週間だしなぁ。真面目な子だから心配はしてねぇけども」
「ああ、あのオバサン亡くなったんだ。淳二くん少しは生きるの楽になるといいね」
「うちの姉貴があいつの兄とクラスメートだったけど、よく言ってたわ、引きこもりがクラスにいるって。芸能界デビューした奴もいたってのと一緒に耳にたこができるぐらい聞かされたなあ」

 脇道に逸れる話を辛抱強く聞いても、結局は淳二の『今』を知る知人にはたどり着けなかった。
「第四の事件を起こすため、余り遠くには行っていない筈なんです」
 歩道橋にもたれかかり、今日何度目となく見た連絡端末を見る。
 一誠の調査は申し出てくれた仲間に任せた。そろそろなにか判ればいいのだが……と、焦れた刹那、着信で端末が震える。
 情報は非常に有用で、美枝子が殺された次の日に彼が潜伏していたネットカフェが判明した。

 手近な地下鉄の駅に飛び込んで再び地上に出たのは、地下アイドル向けのライブハウスからTVに出るまとめ売りアイドルのイベント会場が集う都内の某所だ。
 まずは発信地のネットカフェへ訪れて聞き込む。
 3日間の滞在、そこから大きく動いてはいなそうだと、刑事を名乗りしらみつぶしを開始した。

 昨日の宿まで調べた頃にはすっかり日が暮れた。
 その間に、UDC組織に保護監視されている美紅と姫乃の情報入った。彼女らと『黒幕』は殺害現場にくるまではネットで全て関係が完結していたようだ。
「殺人までの間が最初は5日、次は3日、随分短いですね」
 下手に時間をあけると警察に駆け込まれるリスクがあるからか。邪神でもみ消せるとはいえ、面倒ごとは避けたいだろう。
「……そして、美枝子さんが亡くなってから今日で7日目」
 搾取され続けるほどに淳二は奉仕をしてしまう人間だ。なにより美紅や姫乃より恨みも深そうだ、もっと早く四つ目の殺人は起こって然るべき。

 もしかしたら“殺せる日”が限られる人がターゲットなのではなかろうか?

 山勘第六感、だが確信めいたものに突き動かされて、詩乃はまとめ売りアイドルのメッカたる劇場に向けて駆けだした。
 歩行者天国が解除され車が行き交う道路を挟み向こう側にそびえ立つ会場。コンサートがもうすぐ終わる時刻に、詩乃はありったけの声で叫んだ。
「……ッ! 淳二さん! 田端淳二さん!」
 人は、自分の名を呼ばれたらどうしても反応してしまう。ひくりと背中を震わせた青年に迷いなく後ろから抱きついた。
「なッ!」
「淳二さん。一歩踏み出したから止まれない道理は有りません! それで二歩踏み出すのはダメですよ!」
「……あ、あんた、何言ってるんだ」
 必死に誤魔化そうと震える声に、詩乃は耳元で囁く。
「これから人殺しに手を染めようとしているのは、黒幕が……『玩具さん』が、お母さんを殺した約束を守ってくれたからですか?」
 他には聞かれぬよう声量は引き絞った。だが、淳二は激しくもがき詩乃を振り払おうとしだす。
 一般人如きの力で振り払われるような詩乃ではない。だが周囲の好奇の視線に晒されるのは良しとせず、一目につかぬビルの影へと引きずり混んだ。
 目の前に回り込んで手首を掴む。相対した淳二は、毒気を抜かれた顔つきで詩乃を見つめ返した。
「淳二さん」
「『玩具さん』って誰だよ」
「誤魔化さないでください。サイト『平等という悪』をあなたは知っているでしょう」
「知らねぇよ」
 詩乃の『慈しみ』に抵抗するほどに、淳二の決意は強い。
 それでいて真っ向から接してくれる人間に慣れていないせいで、酷く正直な振る舞いをこの男はしている。
「サイトを知らないんですか? ならどうして……」
 コンサート会場に漆黒を向ける詩乃へ、同じく膿んだような視線を沿わせて続ける。
「あんたが言った通りだよ。兄貴ばっかり大事にするおふくろを俺の人生から取り除いてくれた、約束通り」
 誰が、とは巧みに伏せた。
「……あなたは大人です。あの家から逃げようとは考えなかったのですか?」
「俺は、あいつらを食わせるだけが価値なんだよ、1人になったら石ころでドクズだ」
 辿々しい言葉選びは言われ続けた悪口なのだろうか……胸がきしむ。
「淳二さん、お願いがあります。私はこの事件を解決したいんです。一連の事件で人殺しをした人達は後悔をしています、だからどうか……」

「俺は、後悔なんてしないよ。だって、なんもねぇんだから」

 自分を虚ろと定義して他者を突き放す。
「お袋がこの世からいなくなっちまったら、俺は価値を証明できないんだ」
「ならどうして……?」
 詩乃が握り止める腕が震え突っ張る。
「………………ッ、つら、かったんだよ! 兄貴ばっかり、ずっと、ずっと、ずっと!」
 詩乃につかみかかろうとしたが、それは無理だ。ならばせめてと激しく震われる。
 詩乃の視界の中、激しく震えてブレる淳二は――、
「お袋は兄貴にだけ笑って、俺へは侮蔑と憎しみしか向けてくれなかった……ッ! 褒めて欲しくて勉強したのに、兄貴より俺の方が優秀だって見せたのに、そしたら一日散々殴る蹴るされた後、三日間押し入れに閉じ込められたんだ! わかるか?! トイレも飯もなんもなしだ!」
 泣いていた。
「やめろよ。俺はお袋しかいらねぇんだよ。あの人みたいに優しく……すんなよ…………ッ」
 がくりと膝をつき、額をアスファルトへぶつけ続ける。詩乃は自分の手が叩きつけられるのも畏れずに手のひらを差し入れて止めた。
「…………“あの人”って、誰ですか?」
 言えない、そう頑なに首を振るのを見て、詩乃は確信する。
“あの人”は『黒幕』でありサイトでは『玩具』を名乗る存在だ。淳二には直接的に接触してきたのだ!
「お返ししなきゃ。あの人はお袋を消してくれたんだ」
 だが、淳二の足は止まっている。
 勿論、詩乃が物理的に阻んでいるのが大きい。しかし、殺人へ向かいたいとの必死さが見えない。
(「そう、なんですね。彼は他の2人みたいに“デカタント・ブラック”に汚染されたわけではない。素で母親がこの世から消えて欲しいと願い、けれど母親の存在にも依存しているから後悔に塗れて踏ん切りがつかないんですね……」)
 矛盾? いいや、なんて曖昧で人間らしい反応だろうか。黒でもない、白でもない、でもどちらでもある――それが人だ。
 詩乃が彼に言葉をかけようとした刹那、場がいきなり騒然とした空気につつまれる。
 パトカーのサイレン音、コンサート会場に向かって走り出す野次馬達…………。
 突如、淳二は取り憑かれたように笑い出した。
「…………あ、あぁ、間に合わなかったんだ、あは、あはははは……どーしよ、俺、やっぱ価値がねぇや。返せなかった」
 とても、わざとらしい笑いだ。絶望よりも、安堵が大きい、それを隠すような狂ってたフリの笑い声。
「誰を殺すように指示を受けていたんですか?」
 淳二は、アイドルをプロデュースする大御所女プロデューサーの名を力なく告げると、痺れる腕でポケットからナイフを引きずり出そうとした。
「ダメですよ」
 詩乃は咄嗟にみぞおちを打って淳二を気絶させ自殺を止める。
 もし“デカタント・ブラック”を連れた『黒幕』が出張ってきたのなら、野次馬や警察らが悪意に汚染されてまずいかもしれない。でも淳二をこのままにしておくことも出来ない。
 逡巡している所を、1人の猟兵が駆け込んできて軽くサムズアップ。どうやらあちらは任せろと言いたいようだ。
 詩乃は頷くと、淳二を背負って歩き出す。とにかく“デカタント・ブラック”がいる場所から離れるのが先決だ。一旦UDC組織で他の加害者と一緒に保護してもらうのが得策に思えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

涼風・穹
人を悪意に染める、ね…
何を持って善意と悪意を区別するのかは置いておくとして攻撃性が増すのはほぼ間違いなさそうだな

鑑識が調査出来ないなら極論全員が自殺でないとも断言出来ないだろう
可能性を潰していくのは操作の基本だからな

些か、というかかなり抵抗があるけど警察官か可能なら監察医のような身分を偽装して被害者三人のご遺体を検分する
ここは俺が調べた方が余計な被害者を出さない分早そうだ
猟兵として無数の殺し合いをしてきたからどうすればどんな怪我や傷ができるのかは身を持って知っているしな
……欠片程も嬉しくないけど…

刺殺も絞殺もどんな状況でされたのか、どの程度の殺意をもって殺されたのか、直接の死因になったもの以外の傷や抵抗の跡の有無、凶器はどんなものか等々ご遺体を調べれば色々と分かる筈
死者は生者よりも雄弁に語る、というやつだな
まあ俺ではよく分からなければ検察や本物の監察医の方に事件とは無関係な話として聞いてみる
邪神絡みでも俺を介してその事件とは認識せずに浅く関わる程度ならそこまで悪影響が出るとも思えないしな




 涼風・穹(f02404)はこの世界の裏側も表側も熟知している猟兵だ。
 淳二の保護を促した後、端末でUDC組織の担当へと連絡する。
「デカダント・ブラックの件で4つ目の殺人事件が起きた。場所は『快生ビル』だ……そう、芸能グループの『ソーシャルシステム366』が連日歌ったり踊ったりしてるお膝元だ」
 午後9時45分――コンサート終了から既に1時間経過。劇場規模は一般のコンサートホールの4分の1にも満たないため、多くの観客は会場を出されて帰路についている。
 パトカーと救急車のサイレンがワンワン響く中、会社や学校帰りで歩いていた者や、周辺のメイド喫茶や執事喫茶、ゲームショップなどサブカル色の濃い店の店員たちが何事かとざわめいている。
 彼らは一様にスマホを宙に掲げ、写真や動画を撮影している。SNSの垢に投下され事件は拡散されるのだろう、ニュースよりはやく。
 そんな中、穹は奇妙なことに気がついた。

 ――誰も、正気を失っていない。

 目の前に展開しているのは、アイドルのメッカでの事件に野次馬が沸き立つというありきたりなものだ。彼らは特に恐慌状態に陥ってなどいない。
(「妙だな。今までの事件なら、デカダント・ブラックの影響で皆が殴り合ったりで捜査もできず、目撃者探しにも難航した筈なのに……」)
 人混みをかき分けて現場へと進む中、穹はUDCへ警察への根回しを急ぐように念押しする。
「警察からは普通の事件にだろうし、俺が行ってもひょいと入れてもらえなそうだ。だからはやく手をまわしてくれないか。ああ、デカダント・ブラック絡みなのは間違いない」
『淳二が加害者にまわる筈だった』と詩乃の報告も手伝い、UDC組織は邪神案件と認定し一旦通信は切れた。
「あぁ、しかしこれは面倒くさそうだ」
 現場から追い払われた穹は、仲間達へ第4の殺人の発生とデカダント・ブラックの悪影響がもたらされていない点を共有する。

 ――10分もしない内に、UDC組織から穹へと連絡がくる。
 事件現場への立ち入りの許可を得るのはもうしばし時間が掛かる。歯がゆいが仕方がない。
 猟兵が対処する事件というのは『既に起きてしまったもの』か『これから起きることの阻止』の二択で、現在進行形の事件への介入は手順を踏まねばならぬのだ。
 それでも遺体の検分の許可を取り付けた点においてUDC組織は奮闘したと言えよう。
「……監察官の衣装? ああ、用意済みだ。警察の死体監査官と一緒の検分も了解した」
 そもそも、先の3人の検分が穹の目的だった。だが、警察や監察官と偽るのはかなり抵抗があったので、今回の流れの方が気楽なのは本音だ。
 そうこうする内に、黒ずくめのハイヤーが穹の元に横付けされた。

 移動中に、穹は被害者の情報を入手し、猟兵たちへと流した。
 第4の被害者は、吾妻・寛子(アズマ・ヒロコ)58歳。もう30年近く業界で手腕を振るう女性プロデューサーだ。
 元は男性アイドルグループを手がけていたが、3年前に立ち上げた『ソーシャルシステム366』では、男女混成の数百名を扱っている。
 それぞれ366日の誕生日のアイドルを所属させているのが売りだ、なおまだ全ての誕生日は埋まっていない。
 まぁ、アイドル商売は、男性客には女、女性客には男を売るのが身上。結局は10名前後の男女それぞれのグループに分けて売り込んでいる。

 例の『関わった者がおかしくなる』事件の系列だと話してくれたようで、穹の同席はそこまで嫌われずスムーズに受け入れられた。
 死体解剖のベッドには、年相応に肉のついた中年女が横たわっている。若作りで染めたピンクがかった茶髪が無機質なライトに照らされていっそ無様であった。
 淡々とした手つきで的確に解剖は行われていく。穹は邪神の悪影響へ警戒していたが、最後までそういった混乱は起こらなかった。
 一通り終わったので、許可を得て死体にふれる。
 死因は刺殺、傷は心臓ひとつき、凶器は発見されていない。
 監察官が報告してくれた通り、喉元に電熱で焼け焦げた痕がある。スタンガンで気絶させてから襲ったようだ。
(「真正面から……まさか顔見知りの犯行か?」)
 予定通りの淳二の犯行ならば、スタンガンは後ろから押しつけられていたに違いない。
 つまり『黒幕』は被害者吾妻と顔見知りの可能性が高いのだ。これは重要な情報だ。
 猟兵として無数に殺し合いをしてきた目から見ると、刺し方に慣れは感じる。だが殺害のプロというわけではない。
 刺し殺し速やかに逃走、そこまではデカダント・ブラックの力を借りてそうだ。血塗れで街中を逃走するのは骨が折れる。
 だが、今までと違い事件の捜査までは邪魔をしなかった。
(「淳二がこなくてイレギュラーだったからか? いやいや、だとしたら『黒幕』の自分がバレないように、ますます捜査の手が伸びないようにしないか?」)
 なにやらとてもきな臭い。
 すんっと鼻を鳴らし、穹は検分を終えるのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『君の私の説得力』

POW   :    力に物を言わせて説得する

SPD   :    うまく言いくるめることで説得する

WIZ   :    直接精神に働きかけることで説得する

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●都内某所:快生ビル付近にて
 穹がUDCに連絡を取っていた頃と同時刻――。
 街の細道から裏通りに入った所で、詩乃は淳二を下ろし一息ついた。
「乱暴なことをしてごめんなさい。大丈夫ですか」
 うめく彼を支え、詩乃はすまなそうに目を伏せた。
「淳二さん、私は……あなたのこれからを支えたいと心から願っています」
 人助けが生きがいなのだと微笑みかける。連ねる言葉は全て淳二を想い未来を心配するあたたかなものだ。
「……ッ」
 UDCが寄越した車のヘッドライトに照らされて浮かび上がった淳二の半面からは、頑なさが随分と欠け落ちていた。
 詩乃はそっと手をつつみこみ、
「私の生きがいを果たさせてくださいね。これから行く先では心身を休めてください。決して警察に突き出すなどはしませんから」
 安心させるようにそう告げた。
 ターンして走り去っていく車の後部座席で、淳二は肩を震わせ顔を覆う。
 家族に顧みられず苦しい半生を過ごした青年は、初めてふれた本当の優しさに声をあげて泣いていた。
 それを見送るのは詩乃と辿り着いたニュイとクロトだ。手を下すことを止めた詩乃をねぎらった2人は以降は言葉少なに佇んでいる。
「淳二さん、黒幕の事を話してくれるかな……」
「『黒幕』に逢っていたようですね。そしてもしかしたら、ここに『黒幕』は写っているのかもしれませんよ」
 卒業アルバムを掲げクロトは細く笑む。
「淳二さんが開いていたんだよね。一誠さんに確認したけど、特に話はふってこなかったって言ってたな」
「どこか後ろめたい出会いだったのかもしれませんね、淳二さんにとっては」

「ここに来て『黒幕』が直接手を下すなんてな」
 雨原第一小学校を出たところで第四の事件の報告を受けた統哉と蜜は、地上に出て人気がないのを見取ってからそのように話し出した。どうやら現場とは違う出口を出てしまったようだ。
「けれど、今回はイレギュラーですよね。詩乃さんが淳二さんを止めたから……」
 ああでも、と蜜は、すっと眼差しを冷やす。
「第二、第三の殺人の時も『黒幕』さんは現場にいたんでしたね。証拠隠滅や殺人のサポートをしてました」
「ああ、昨日保護した姫乃もそんなことを言ってたな」
 姫乃は未だ『黒幕=玩具さん』を妄信している、殺人にこれっぽっちも後悔していない。
 恐らく姫乃から有用な情報を聞き出すことは難しいだろう。それよりは別の人間――例えば淳二――に聞いた方がよさそうだ。
「ああ、本当、随分と派手にやらかしたもんだね」
 同日に美紅をUDCの保護・監視下においたアルミィもカウンセラー2人組の会話に加わった。
 美紅は未だ己の罪を認めてはいない、だが、そこは海千山千のアルミィだ。彼女がひとりで耐えきれぬのにつけ込み『安全だから』とUDC組織へと連れ込んだ。
「あの様子だと、すぐにアタシ達が潜入して調査ってわけにはいかなそうだね。なんだって今回、奴は証拠隠滅をしなかったんだろうねぇ」
 まるで事件の発覚を望んでいるようだと片目を眇める。恐らくこのカンは当たっている筈だ。

 ――死体解剖を終えた穹は白衣を脱ぎながら仲間達へ知り得た情報を流す。
 遺体解剖のことはもちろん、事件現場についてもだ。
 即ち『吾妻は裏口から出たところを殺された』である。
 裏口は人気のない側に位置しており、目撃者は今のところ見つかっていない。そしてデカダント・ブラックの力を借りて遠ざけたなら、これからも見つかることはないだろう、と。
「邪神なんてもんは利用してるつもりで利用されてるんだ……」
 連続殺人事件はこれで終わりだと穹は、そして他の猟兵たちも確信している――この殺人が『黒幕』の本当の狙いだったのだ、と。


●チーム『春GOGOGO』
 プロデューサーの吾妻が殺された。
 本日午後6時半~8時のスケジュールでライブを行っていた『春GOGOGOG』は総勢9人の女性グループだ。
 3~5月の5、15、20日に産まれたメンバーで構成されていて『ソーシャルシステム366』の中でもメディア露出の多いチームだ。
 彼女らは取り調べのため事件直後から足止めされていた。
「明日のコンサート、どうなっちゃうのかなぁ」
「ねぇ」
 仲の良い数名ずつに別れてみな一様に不安を囁きあっている。だが彼女らの視線はひとり唇を固く結んで鏡台をにらむ少女に向けられていた。

(やっぱり、アスカちゃんじゃないのー?)
(アスカちゃん、プロデューサーに生意気言っていつもれーぐーされてたもんね)
(センターの選定も文句つけたんでしょ?)
(確かにうまいけどさーあ……)
(そういえば、コンサートが終わった後、アスカちゃんちょっといなかったよね?)
 
 ひそひそひそひそ。
 いつもは表面化しなかった妬み混じりの噂話がプロデューサーの死をもって遠慮なく露わになっている。
「…………」
 アスカという名の娘は能面のような顔つきで胸くそ悪さを飲み下し佇む。

 花たちが閉じ込められた部屋からドアを隔てた向こうでは、プロデューサーを失い混乱の極みに陥る中で、右往左往するスタッフの姿が散見された。
「おい、トーイさん、来たんだろ? どこで休んでるの? 吾妻さんからなにか聞いてないかなぁ」
「茫然自失だよ。奥さんが殺されたばっかだから……」
「夫婦仲冷えてたっての、噂だけだったんスかねえ」
「あれっしょ、18年前にPが最初に当てた『YO★RO★ME★KI★少年』の頃からお手つきだったんしょ? 当時16? で、40のオバサンってマジキツイっすよねえええ」
 こちらでも普段は伏せられていた噂話が飛び交っている。
 ま、そりゃそうだ。
 この中に犯人がいる! ……かもしれない、なんてのがヤラセドラマじゃなくて本当に起こったのだから。



================
【マスターより】
2章目は、1章目ラストで殺された『吾妻寛子』殺しの犯人を探しあててください。

>採用優先基準
1章目に採用した7名様は採用確定です
2章目からの方は、2名様ほど枠があります

>プレイング受付期間
11/7(日)8:31から、締め切りは11/9(火)昼以降の予定です

オーバーロード以外の方は流れた際は再送をお願いします
1章目採用以外の方は再送いただいても採用できぬ場合もあります、ご了承ください

>リプレイについて
1章と同じくリプレイ(2、3本を想定)にて序盤の情報を出し、先につなげる方式になります
情報量が違うため、1章目より文字数は抑えめとなります

>調査方法
UDC組織の手により猟兵たちの出入りが可能となります
基本的には次の日の朝からの潜入になります
(夜の内は劇場内には入れませんが、夜にいた事件関係者が逃げたり殺されたりはしいなので、ご安心ください)

>潜入例
・警察や記者などを名乗る
・『ソーシャルシステム366』の候補生を名乗る(男女どちらもしょっちゅう追加されているので余裕で誤魔化せます)
・その他、動きやすい身分でどうぞ

>できること
【1】吾妻が絡む芸能全般の調査(具体的に調べたいことと方法をある程度提示してください)

【2】『サイト:平等という悪』を紹介したホストのいる店『Foam』の調査

【3】吾妻寛子の関係者についての聞き込み
・吾妻の夫のトーイ
・『春GOGOGO』のメンバーアスカ
・その他(具体的に指定してください)

【4】淳二へ色々聞きに行く

【5】その他

※シナリオの進行によって、更に調査可能になることがででくるかもしれません(でてこないかもしれません)


以上、皆様のプレイングをお待ちしています
================
【1章目あらすじ/これだけ把握で2章目参加OK!】
>予知内容
 都内近郊で起きた複数の殺人事件は、邪神『デカダンド・ブラック』にそそのかされた人間『黒幕』が後ろで糸を引いている

>1章目調査結果
 殺人事件の加害者達は、インターネットのサイト「平等という悪」や、直接の『黒幕』の接触を受けていた。
 加害者の恨みには「能力がないものが尊重されて、自分が蔑ろにされた」という共通点がある。
 事件の実体は『1人目を黒幕が殺す』→『2人目は1人目を恨んでいた加害者が殺す』→以下同様 という、交換殺人であった。

「平等という悪」の拡散は、ホストクラブ『Foam』のホストのアスネと店長のいずれかが関わっているようだ(ホストクラブ未調査)

 3人目の加害者である『田端・淳二』は、猟兵の説得により4人目の殺人を犯す前に保護された。淳二は、サイトではなく『黒幕』と直接会っていた。
 だが『黒幕』の手により、4人目の殺人が起こってしまう!
 被害者は、まとめ売りアイドルのプロデューサーである『吾妻・寛子(58歳)』
 正面からスタンガンを押し当てられているため、顔見知りの犯行と思われる。

 吾妻殺しの犯人として疑われているのは――
・吾妻がプロデュースした女性アイドルグループ『春GOGOGO』のアスカ
・吾妻の夫のトーイ(18年前の男性グループアイドルのメンバー)

 調査次第では他に怪しい人間がでてくるかもしれない。
文月・統哉
殺害の黒幕は恐らくトーイさん
でも邪神に繋がるのは玩具さんの方かな?

候補生で潜入
トーイとその周辺を調査
【演技・パフォーマンス・世界知識】活用
【コミュ力・読心術】で心の動き【見切り・情報収集】
防犯カメラや服装変化も確認
矛盾見定め証拠を探す

背景考察
黒幕が求めたのは事件を衝撃で飾るスケープゴート
でもアスカさんは勿体無くて
同級生の弟淳二さんの不遇に目を付けた?

隠す気のない殺人劇
身代わり逮捕の予定は狂っても
邪神の力で逃げればいい
妻の遺志を引き継ぐと涙で会見すれば
新プロデューサーの話題性は申し分ない

冷えた夫婦仲
でも事件に絡む殺意はどれも
歪な愛情信頼期待の裏返し
それだけの熱があったから
邪神に利用されたのでは?


リューイン・ランサード
UC使って調べつつ、春GOGOGOメンバー(特にアスカさん)に絡む。

殺人事件が次々と起こってますが<汗>、真犯人の狙いは最後の一つだけ。他は実行犯確保ネタやカモフラージュ。
何か既視感有るな…、そうだ『八つ墓村』だ!
何故か寅さんが探偵やってたり、推理物なのに最後はホラーになったけど感じは似てる。

僕に出来るのは情報収集かな?
UDC組織の伝手で『ソーシャルシステム366』の候補生を名乗って参入。
最初オドオド、少しずつ笑顔で皆さんに話を聞いて情報集め、アスカさんにも「先輩、教えて下さい」と。

色々とアイドル心得を聞き「ありがとうございます。アスカさんって優しいですね!」と周囲に聞こえる様にアピールする。




 翌朝。
 捜査介入の許可が得られ即座に文月・統哉(着ぐるみ探偵・f08510)は、快生ビルの監視カメラ室へと赴いた。
「成程、現時点ではトーイこと吾妻いとせと、春GOのアスカが怪しいと見てらっしゃるんですね」
「そうですね」
 刑事は昨日の聞き込みを事細かに答えてくれたが、必要部分だけをかいつまむ。
 アスカは、被害者の寛子が殺された時のアリバイが丁度ない――「知人に呼び出されていた」と言うが、相手の名前は吐かなかった。
「彼女のスマートフォンの通信記録は調べたんですか?」
「今日も口を割らないなら調べることになるでしょうなあ」
(「不利になるのに黙るのか……」)
 トーイは、監視カメラに写っていた背格好と服装が似ていたので疑いは濃い。
「彼もアリバイが曖昧でしてなぁ。1人で煙草を吸いに行ってたが言い分ですが……まぁ、カメラはこうです」
 カメラの映像は白黒でぼんやりとしている。
 服の色合いは、昨日トーイがしていた格好と確かによく似てはいるし、背格好からしても男性だと窺える。
「…………」
 ひっかかる。
 アスカに罪を着せるつもりでトーイが『黒幕だ』が統哉の推理なのだが、わざわざ疑われる証拠をカメラに残しているとは……。
(「淳二を押さえられたことでヤケになった……というのも筋が通らないな。邪神での証拠隠滅や捜査妨害を止める理由がない」)
 事象全てがかみ合わせの悪い歯車のようだ。それでも統哉は最初に決めた通りトーイを追うことにする。


 数時間後の『快生ビル』内の一室にて――。
 MV撮影に使われた動物模型が埃まみれでみすぼらしく積み上がる物置部屋で、壁にもたれふんぞり返る男と苦虫をかみつぶした顔の少女が向き合っている。
「アスカちゃん、まさか、ま・さ・か! 人殺しまでしちゃうなんてなぁ……」
「ッ?! 待ってくださいッ! あたしじゃないです」
「でもアリバイないんでしょお?」
「それは……」
 ぎゅぅ、と血が出そうな程に唇を噛み黙るのは一瞬、
「呼び出したのはトーイさんじゃないんですか……」
 糾弾というには弱々しい絞り出すような声ではあったが。
「えぇ? 僕のスマホは提出したし、違うって警察は結論づけてるよ? 妻が殺されたんだ、捜査には協力的ですよ、僕ァ」
 いけしゃあしゃあと吐く様に、アスカはふてぶてしく言い返す。
「やっぱり、吾妻Pとの仲は冷え切ってらしたんですね。あたしに手を出そうとするぐらいですしね。お陰で吾妻Pに恨まれて扱いは最悪でした! クソみたいな夫婦げんかに巻き込まないください」
 かつん、と靴音が鳴った。
 トーイはアスカの顔ギリギリに鼻先を近づけ下卑た笑いを吐きつける。
「アスカちゃんさぁ、立場わかってんの?」
 べろりと長い舌でアスカの唇を掠め、 
「もし僕が『電話相手』だったら、逆らうとヤバいんじゃあないのぉ? 今時、アイドルの裏垢とかそーゆーのが漏れると終わりでしょ? ましてや『ソーシャルシステム366』のメンバーは幾らでも替えが効くしね?」
 替えが効くには、ひくりとアスカのこめかみが引きつる。だが怒気は反駁にまではならなかった。余りに立場が悪すぎる。
「図星ー?」
 顎に指を掛けもちあげる。華唇が震えるのを一気に奪おうとした刹那、ドアの向こうからガシャンとけたたましい音が響いた。

「ど、ど、どうしましょう! 僕、もうくるなって言われちゃいますぅ」
 リューイン・ランサード(乗り越える若龍・f13950)の半べそ声。
「いや、俺が急に声をかけたからだ。俺の責任だよ、怪我はないか?」
 もうひとりは統哉だ。2人は候補生のIDカードを首から提げている。
「これもう使わないセットだわ、平気よ」
 見慣れぬガラクタはわざと落とした私物、アスカは2人が助けてくれたのだと悟った。
「2人とも案内はしてもらった?」
「まだです」
「じゃあ、あたしが案内するよ。トーイさん、失礼します」
 舌打ちするトーイを、統哉は探るように見やる。
 このドアの内側でかわされた会話は『式神』を介して全て把握するリューインより共有を受けている。
「ありがとうございます。ここって広くて迷っちゃって……」
 アスカと接触したかったリューインはこれ幸いとついていった。2人が立ち去った所で統哉はトーイへ深々と頭を下げた。
「トーイさんが俺たちの未来を預かってくださると聞いています。昨日は……その……」
「吾妻Pから君たちの人生を託された重みを今実感しているよ」
 統哉が言葉を重ねる前に、トーイはクッと呻き顔を覆うと逃げるように背を向けた。
「……すまない。今は1人にしてくれないか」
 有無を言わさぬ離脱、それが却って疑いを増した。

 アスカを呼び出したのはトーイ(もしくはトーイの仲間)=『黒幕』?
 トーイがアスカに罪を着せようとしているのは確実。
 アスカが折れて自分のものになればそれでいい。邪魔な年増の妻も殺せた。

「筋は通ってるように思えるが……今までの加害者は『能力が劣る者へ手厚く目を掛けるのを嫌っていた』……けどトーイは加害者と同類項ではくくれなさそうだな」
 むしろ「ソーシャルシステム366は幾らでも替えが効く」とすら言っていた。ひとりひとりの能力を尊ぶ印象は一切ない。
(「トーイの過去を、吾妻Pと知り合った頃を調べた方がいいんだろうか?」)


 熱心に案内してくれるアスカの横でリューインはこれまでの事件を振り返っていた。
(「真犯人の狙いは最後の一つだけ。他は実行犯確保ネタやカモフラージュ」)
 浮かんだのは某有名な探偵作家の推理小説だ。国民的流れ者映画の主役が映画で探偵役をやったりと、かなり古いが愛されている。
 この事件は邪神が出てくるのが確定している、つまり最後がホラーになるところまで似ている、なんて。
「……じゃ、あたしはレッスンに入るからここでバイバイ」
 と『春GO』の控え室のドアをあけたなら、ずらりと揃うメンバーからアスカへの刺々しさが肌を刺す。
「あーあ、殺人鬼と一緒にお仕事なんてできなぁい」
「トーイさんに相談すればいいのかな、嫌だって」
「無理だよ、トーイさんのお手つきアスカちゃんだもん、あたしらが切られるよ」
 リューインは思わず口を挟んでしまう。
「アスカさんは、そんな悪いことしませんよ。案内も真剣ですごく優しかったですよ。止めませんか、そういうの……」
 その真っ直ぐさにメンバーは鼻白み、
「……ッ」
 アスカをいたたまれなくした。
 全てに背を向け逃げ出すのを「ほらやっぱり」と口々に叩く声。リューインそちらに取り合わずアスカを追った。

 ――階段の踊り場でしゃがむアスカへ、リューインは暖かいペットボトルを差し出した。
「大丈夫ですか? アスカさん……」
「…………あたし、殺してない」
「もちろんですよ、信じてます」

「でも後ろめたいことはあるんじゃないか?」

 上階から候補生の仮面をはがした猟兵の声が響く、統哉だ。
「僕たちは実はこの事件を調べに来たんです。そして僕はあなたを疑ってません。本当に真剣にアイドルをやっている人が殺人で全てを放り出すとは思えません」
「狡いことなんて嫌いだから、ついアクセスしてしまったんじゃないか? 『平等という悪』ってサイトに」
 無言はより雄弁、肯定だ。
「俺は君の頑張りを潰したいなんて考えちゃいない。秘密と君の名誉は守る、だから話してくれないか?」
 ――。
 2人の懸命の説得が実を結び、アスカは全てを話してくれた。
 メンバーの1人に『平等という悪』というサイトをすすめられてついアクセスしてしまった(そのメンバーもホスト狂いで『Foam』からの誘致だったと後に裏が取れる)
 書込みは全て自分と同じ「不遇さ」への怒り。つられて自分も書き込んでしまった。
「でも、一度書いただけで『管理人』が接触してきて……あたし、キモッて逃げたの。それっきりアクセスしてない、本当だよ」
 だが、昨日の事件の前に『サイトに書き込んだのがお前だと特定できている。リークされたくなかったら待ち合わせ場所にこい』という脅しの電話が来たのだ。伏せていたのはそれだ。
 変声機で声は変えられていたが、喋り方はトーイに似ていた、とアスカは結んだ。

 震える肩を支えるリューインと感謝を述べる統哉に向けて、アスカは漸く安堵で頬を緩めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

大町・詩乃
【4】

UDC組織の方に、一誠さんを『邪神案件の犠牲者』枠で更生施設に入れて、社会復帰&職業訓練の実施をお願いします。
理由は「淳二さんに自供を促す為に必要で、本件解決に不可欠です。」としておきます(嘘では無いですが、一誠さんを放置すると色々と危険そうですし…。)
予算の問題が有るなら報酬返上して費用に充てて貰います。

淳二さんには一誠さんの処遇を話し、「淳二さんが自分の為に生きられるようになる寸前まで来ました。ここから先に進む為には事件を解決しなくてはいけません。」と言って、正面から優しく見つめる。

卒業アルバムを出して「一誠さんのクラスメイトだったトーイさんが、お母さんを殺す代わりに、淳二さんに吾妻寛子さん殺害を依頼しましたね。
トーイさんは寛子さんがプロデュースしたアイドルの一人(アスカさん)に罪を被せようとしています。
このままでは冤罪で、頑張っている女の子が殺人犯に仕立て上げられます。
救えるのは淳二さんだけです!
どうかトーイさんについて淳二さんが知っている事を教えて下さい。」
とお願いします。


霧島・ニュイ
クロトさん気をつけてねー
あと、逆ナンされたりモデル勧誘されないように気をつけてねー、顔がいいんだから
よっ、名探偵
軽口叩き
名残惜しそうに離れた

先にアルバムを鑑識へ
誰がどのページを開けてたとか分かるかな?

【4】
初めまして。いきなりごめんなさい
霧島ニュイと言うよー
ふにゃっと崩れるような笑顔
コミュ力使いつつ優しい口調で

大変な思いしたよね
辛かったよね…
(一誠さんを思い出し
眠り勿忘草持っててよかったよほんと
あれ相手にするの大変だよね…でも出ていけないってそれだけ母親に依存してたってこと)
ここにいたら大丈夫だからね
これからのことはゆっくり考えて行けたらいいし…なにか力になれることがあれば言ってもらえれば力になりたいよ

あのね、お家にお邪魔しちゃった
次に起ころうとしてることを止めたいんだ
淳二さんに近づいてきた「あの人」を止めたい
何をどう考えてるのか、それも知りたいの
ちゃんと気持ちを聞いて、受け止めたい
どんな人なのか、教えて貰えないかな…?
(アルバム開き)

答えが得られたら皆と共有
クロトさんに1番に電話




 次の日の朝、大町・詩乃(阿斯訶備媛・f17458)は淳二との面会要請と共にひとつ目の手を打った。
「はい、今回の事件の田端一誠さんを『邪神案件の犠牲者』枠で更生施設に入れて、社会復帰と職業訓練の実施をお願いします」
 実際のところ、今回のデカダンド・ブラック事件の関係者で一誠は未だ放置されている。
「一誠さんに身を守る能力はありません。何より、淳二さんに自供を促す為に必要で、本件解決に不可欠です」
 必要なら費用まで負担するとまで猟兵の詩乃から言われては無碍にするわけがない。
「わかりました。一誠さんの身の安全のためこれより確保に行きます。社会復帰等は国のプログラムで合致しそうな所につなげます」
 片手をちょっといい? と掲げ、許可を得た霧島・ニュイ(霧雲・f12029)は通話に割り込んだ。
「ねえねえ、もし『誰がよこしたんだ』って揉めたら僕の名前を出していいよ。警察を名乗って会いに行ったから自然でしょ」
 納得と謝辞を述べたUDC職員はそのようにさせていただくと告げ通話をきった。
「ごめんね、突然割り込んで」
「いいえ、一誠さんが少しでも納得できる方がいいと思いますしありがたいです」
「よかった。それで、明日の淳二さんへのお話、僕もご一緒していいかな?」
「はい、一緒に行きましょう」
 淳二から聞きたい内容は同じ。
「ああそうだ、アルバムは鑑識に預けてきたよ。代わりに同じ物を調達してもらったから。田端家のアルバムには特になにも挟まってなかったし、特別な書き入れがなかったのも確認済み」
「わかりました。顔の確認ですから同等品で充分だと思います」
 UDCからまわされた黒塗りの車が近づいてくるのに瞳に収め、
「淳二さんと会うのは初めてだけど、色々調べてるから知り合いのようだよ」
 産まれながらに不幸な立場に置かれ育った彼へ、ニュイは同情を禁じ得ない。
 迎えの車は信号待ち、その間にと詩乃はやや早口になる。
「ニュイさんにお願いがあります。淳二さんの父親の件は口にしないでいただけますか? 確定情報ではないですし……事実だとしても、知るのはこのタイミングではないと思うんです」
「もちろん」
 ニュイは即答する。
「これからも知らなくていいって僕は思ってる、だって酷すぎるよ。淳二さんは何も悪くないのにさ」
 言い募るような台詞から一転、ニュイはにへらとゆるい笑みを詩乃に向ける。
「だから、詩乃さんが淳二さんを止めてくれてよかったよ。ありがとうね?」
 母の死を願ったことが殺人教唆の罪になるかはこれから聞く話次第だろう、だが情状酌量の余地は充分にある。だからこそ、殺人を犯さなかったことは彼の今後の人生においてとても大きい。
「留まってくださり良かったです、本当に」
 この胸が塞がるような重苦しい事件の中にさした一筋の光だ。
 車に乗り込んだ後、2人はどちらからともなく黙りこむ。頭では淳二とどう話そうかと考えを巡らせる。


 UDC組織のセーフハウスの一室が田端淳二には与えられていた。
 自殺や逃亡関知のため監視カメラつきではあるが、UDC職員からの尋問はなく休養第一の扱いを受けたようだ。
 リビングのソファに腰掛けた淳二はペットボトルのお茶を用意するぐらいには、リラックスして出迎えてくれた。
「良かったです、思ったより顔色がよさそうで。改めて私は大町詩乃と言います、名乗りが遅れて失礼しました」
「初めまして。いきなりごめんなさい、霧島ニュイと言うよー」
「彼は、あなたを助けたいと思っている仲間です」
 こくりと頷くニュイと詩乃を見比べて、淳二はコップに口をつける。
「……はは、なんかさ、久しぶりに熟睡できたよ。ここについてからほぼバタンキューで、あんたらが来るよってんで起こされたよ」
 シャワーでも浴びたのかしめった髪の彼はどこか吹っ切れたように笑った。
「ではもしかしてお食事がまだですか?」
「あぁうん。あんたら帰ったらなんか食うよ、インスタントラーメンがあったはずだし」
 インスタントラーメンでもとの口ぶりに、詩乃とニュイは顔を見合わせると小さく口元を緩めた。そうして足下の白いビニル袋を持ち上げて見せた。
「ものすごく簡単なものにはなりますが作って食べましょうか」
「僕も朝ご飯まだなんだよね」
 いそいそと立ち上がった詩乃はキッチンそばにさげられたエプロンを身につける。
 ニュイはレンチンで食べられる白米パックを準備しつつ、食器棚を確認。
「ああそうだ、これだけは先にお伝えしておきます。安心して欲しいですから」
 とんとんとん、と、キャベツを切る手を止めて詩乃は振り返った。
「一誠さんは、自立支援の組織にお話をつなげました」
「これからは淳二さんがお兄さんのことを背負う必要はないよ。今までずっと大変だったよね、辛かったよね……」
 マイタケを裂いて鍋に投下したニュイは一誠の荒れぶりを浮かべ嘆息を零した。
「……え?」
 事情を把握できぬ淳二を背に、詩乃は手際よく味噌を溶いて仕上げた。同時にチンと白米があたたまる。
「まずはご飯を食べましょうか」
 ほっかむりを外す所作が詩乃は本当によく似合う。

 ほかほか野菜のお味噌汁、甘めの味付けの卵焼き、あと白いごはん。本当に簡単だけど心のこもった朝食は、淳二が一度も味わったことのないもの。
 いただきますと手を合わせたニュイにつられ、あわててぼそぼそ、味噌汁椀と箸を手に取った。
「淳二さんが自分の為に生きられるようになる寸前まで来ましたよ」
 湯飲みで手のひらをあたためる詩乃を、味噌汁を一口啜った淳二は穴が開くように見つめ返す。

「…………う、うぅ……うっ…………」

 お椀を取り落とさぬようテーブルに置くのが精一杯だった。みっともなく垂れる鼻水をずずっと啜り、淳二は2人の前で噎ぶ。
「……すん、ません。すんません、兄貴捨てるのに、俺は酷いクズなのに、嬉しくて……ッ」
「いいんだよ、淳二さん。誰だって自分のために生きていいんだからね? 嬉しいって思ってくれて、安心してるぐらいだよ」
「そうですよ。淳二さんは今までむしろ頑張りすぎたんです。あなたはクズなんかじゃありません。責任感が強くて優しい人なんですよ」
「これからのことはゆっくり考えていけたらいいし……なにか力になれることがあれば言ってね?」
「あなたの人生を取り戻していきましょう。まだまだ若いんですから」
 左右から肩を叩き励ましてくれる声に淳二はぐいと目を擦る。そうして再びお椀を持ち上げて口をつけた。
「すっげ……うまいっす」
 そこから彼は無心に箸を動かして料理を平らげた。

 胃が満ちて心が満ちて、淳二は驚くほどに素朴で素直な面差しになっていた。いや、これが彼の素なのだろう。
「お話をしてもいいですか? ここから先に進む為には事件を解決しなくてはいけませんから」
 再びテーブルを挟んで正面に座った詩乃へ淳二は頷く。
「あのね、お家にお邪魔しちゃった、ごめんね」
 ニュイがごとりと置いたアルバムに淳二は瞠目する。
「一誠さんのクラスメイトだったトーイさんが、お母さんを殺す代わりに、淳二さんに吾妻寛子さん殺害を依頼しましたね」
 詩乃は一誠の所属したクラスのページを開いて淳二の方へと向ける。
「……全部知ってるんだな」
「情報をつなぎ合わせただけなんです。私達はこの中の誰がトーイさんかまではわかっていません」
 トーイの本名だと発表されている『旧姓:古戸いとせ』の名はなかった。
「次に起ころうとしてることを止めたいんだ。淳二さんに近づいてきた『あの人』を、トーイさん? を止めたい」
 疑問系になったのはニュイの中ではまだ『黒幕』=トーイが確定ではないからだ。
「トーイさんは寛子さんがプロデュースしたアイドルの一人、アスカさんに罪を被せようとしています」
 ああ、と呟き視線を彷徨わせた後で、淳二はこう切り返す。
「春GOのアスカか。彼女も優しくされてたんだな……はは、やっぱ俺はトーイさんの特別じゃあねぇんだ」
 じわりと滲む嫉妬が薄ら寒いとニュイはひそり。
 詩乃は触れずにもう一度アルバムを淳二へとそっとおし、彼の良心へと訴えかける。
「このままでは冤罪で、頑張っている女の子が殺人犯に仕立て上げられます。救えるのは淳二さんだけです! どうか淳二さんが知っている事を教えて下さい」
 真摯な眼差しの詩乃を見て、淳二はゆっくりと瞼を下ろす。それは、トーイという偽りの優しさを断ち切る儀式のようだ。
「わかったよ。俺にできることをさせてくれ」
 再び開かれた瞳には濁りはない。
「ありがとうございます! ではまずは確認をさせてください。淳二さんに吾妻さんを殺せと命令した人は『トーイ』と名乗ったのですね」
「ああ。兄貴の中学時代のクラスメートだったって言ってた……けど…………」
 言いよどむ淳二の手があたたかくなる。ほんわりと包み込むのは彼より華奢なニュイの指だ。
「何をどう考えてるのか、それも知りたいの」
 ちゃんと気持ちを聞いて、受け止めたい。淳二はもちろん推定トーイのものも。
 ――以後、質問につっかえながらも嘘はなく答えた淳二の話を、必要情報を追加し要約しつつ記す。

 トーイと名乗る男が淳二に接触してきたのは、ほんの1ヶ月ほど前だ。
 何時ものように母に罵られ兄に暴力を振るわれて逃げ出た街で、歩道橋からぼんやりと車を眺めていたら声を掛けられたのだという。

「大丈夫ですか? って、すごく心配されて。なんか……気がついたら、居酒屋の個室でご飯をごちそうしてもらってた」

 聞く限り「兄のクラスメートだったとの偶然」を切っ掛けに一気に距離をつめて、田端家の家庭環境のことを慮られて、淳二はあっさり心を許しトーイの手中に収まった。
 1ヶ月前の接触――情報を合わせると、アスカが『平等という悪』から逃げた後と判明する。
 恐らくは、アスカを吾妻殺しの犯人と当て込んでいたが外れた為に、予め探偵を雇い調査しておいた『引きこもり同級生の優秀な弟』を駒とする作戦に切り替えたのだろう。
 全てがネットで完結するのならばその方がやりやすい筈だから。

「サングラスにマスクで、顔はいつも隠してた。トーイって名乗られてもアイドルだってわかんなくて『最近、表に出てないからなぁ』ってガッカリさせちまった」

 トーイのグループがデビューしたのは20年近く前だ。
 当時中学生でオーディションを受けて候補生となり……は、確かに現在34歳の一誠の年齢にも矛盾しない。
 SNSを交換し、毎日トーイからは何気ない挨拶や気遣いの言葉が飛んできた。
 それは、この年まで誰にも愛されずに虐げられて生きてきた青年にとっては、何にも代えがたい宝物であった。

「兄貴やお袋の愚痴ばっか聞いてもらって……でも、そればっかじゃないのが」
 感極まるように鼻を啜り淳二は瞳を潤ませる。
「トーイさんの方も、辛いことを打ち明けてくれたんだよ。こんなの話せるの俺だけだって……はじめて人の役に立てたんだよ、俺」

 トーイ曰わく。
 姿を消した古い友人は、実は自分の妻に人生を奪われていた。才能があった彼が気にくわないと排斥したのだと。
 まるで、淳二の母親と同じ。
 お気に入りの一誠を偏愛して、本当に優秀な淳二には寄生してたかるだけ。しかも人間扱いせず、淳二の人生が壊れても意に介さない。

「ずーっとそう言われてたら、お袋さえいなけりゃって気持ちになっちまって……そんなこと、口にしました。死ねば良いのに、あんな奴、解放されたいって。解放されるなら、なんでもするって……」
 そしたら、と区切ってから、淳二は突然顔を覆った。
「その日の夜に、お袋が殺されちまった。トーイさんは『何でもすると言ったよね。僕の無念も晴らしてくれ』って――俺、頭真っ白で。でもなんか、もう糸が切れたみたいになって、あはは、はは……はは、俺、俺がお袋殺して欲しいって言ったし……トーイさん、裏切りたくなかったし……」

 田端淳二は、自己意志を封殺され続けた育成歴から非常に誰かに従いやすい。
 ましてや人生初めて寄り添ってもらったのならば全身全霊で縋りついてしまうことも予想に難くはない。
 トーイは、そんな淳二の性質を利用したのだ。
 優しいものか。
 残酷で身勝手に駒扱いしただけだ――母や兄と、なにも変わりやしない。

 淳二が再び落ち着くまで待って、ニュイはアルバムを開いて示した。
「これ、見てみたんだよね? トーイさんはいたかな? 彼の公式発表されてる本名の“古戸いとせ”の名前はなかったんだけど……」
 ふるふると首を横に揺らす淳二。
「『名前は変わったんだよ、疑ってるの?』って言われたら縁を切られそうで怖くって。でもー……」
 とん、と淳二は1人の写真を指さした。
「見たら判るって言われて必死に見て、小さな写真だし、自信ねぇけど……この人なんじゃないかなって」
 そう指さした先には、色白の少年が写っている。写真の下には『冬凪・至(ふるなぎ・いたる)』と刻まれている。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


(×ふるなぎ → ○ふゆなぎ です。誤字申し訳ありません)
クロト・ラトキエ
ニュイ(f12029)には
本当に迷か、本当は名か、判定貰いたいところ(あはー

【3】
キャバ嬢がサイトを紹介したのは5人、内一人が美紅。
彼女も、泡…アスネと店長に聞いたと云う。
邪神に贄は多い方がよかろうに、サイトは閉鎖…。
より楽な広め方を見つけた?
喩えば…歌?

己は『トーイ』と呼ばれる男に接触。
卒業アルバムで探し、彼の本名を記憶。
渾名ではあるのでしょうが…
イトウ?
己には適当に目に付いた名を。

「あれ?君って…」
同窓生を装い、カマかけ。
お悔やみの言葉。
隣で『少し』休憩を。
態度は終始柔く、外部の関係者を装い。
沈黙。
タイミングを計りつつ世間話。
あ、僕はアスカさん推しです。とか。
それから――

そういえば聞きました?と。
田端の母親、事件で亡くなったって。
重要参考人が…
トーイとどこか似た名の…
えーと…
そう!『玩具』さんとやらとか。

…本当は寛子経由で知っていそうと踏んでる。
トーイとToyなんて酷く安直。
けれど…
己は十分悪人。
故に悪意には敏感で。

あと…あまりの不自然。
も一つ疑ってますよ。

この一件、同い年が多過ぎる


涼風・穹
アイドルのプロデューサーの行動を把握しているなら内部の人間が関わっていたのは確実か
プロデュース中のアイドルと関わりたい方は多いだろうし、関係者の醜聞狙いの記者の類もいるだろうからそれなりの警戒位はしていただろうからな
……ただ、ここへきて吾妻寛子の身近な人間が黒幕で本来の目的を果たした、というのはどうもな…
交換殺人なんて時間のかかる方法を選べるならここまできて正面から殺した上に騒ぎになったというのは違和感があるし、自分も疑われるような状況は避けたいからこその交換殺人だっただろうに…
……まあ俺なら本当に憎い相手がいれば他人に殺させたりせずに自分で殺したいと思う気がするけど…

古典的だけどルポライターを名乗り吾妻寛子の仕事絡みで彼女が消えて得をする人物を探してみます
所属事務所やライバル事務所、快生ビル関係者や出入り業者までプロデューサーなら仕事で関わる範囲は広いだろうからな
……ここへきて吾妻寛子が春GOGOGOメンバーをだしにして彼女達のファンをつまみ食いしていたなんてネタが出れば大笑いだけど…



●吾妻寛子についてネットで得られる情報
 吾妻寛子が最初にプロデューサーとして頭角を現したのは、18年前の『YO★RO★ME★KI★少年』(略称『ヨロショ』)である。
 当時は『ソーシャルシステム366』ほど大規模ではなかったが、売り出すグループ人数の数倍の候補生を募りそこから選抜する方法は同じだ。
 候補生には、全国からスカウトやオーディション、他の事務所で芽が出ない男子アイドルが集められた。
 トーイは『ヨロショ』リーダーの青年だ。
『ソーシャルシステム366』は吾妻寛子が総責任者の、アイドルグループである。
『ヨロショ』自体は8年で解散、理由はリーダーのトーイと寛子が結婚したからだ。当時の8名いたメンバーはそれぞれ俳優や歌手として現役。売れ行きはひとそれぞれ。トーイは俳優だ。
『ヨロショ』の解散後、1年近くの準備期間を経て立ち上げられたのが『ソーシャルシステム366』だ。
 メンバーは2~5年ほどで卒業し新しい子と入れ替わっていく。

●穹Ⅰ
 丁度、仲間達が動き出したのと同時刻――。
 カジュアルな服を好み相手の懐にひょいっと入るのが巧みな涼風・穹(人間の探索者・f02404)にとって、ルポライターのフリなんてものは朝飯前だ。
 実際時刻は午前8時、朝食はコンビニで済ませる予定。
(「アイドルのプロデューサーの行動を把握しているなら内部の人間が関わっていたのは確実だよな」)
 そこに寛子の夫の芸能何でも屋トーイが当てはまるのは妥当だ。
 何でも屋とは寛子の権力をうまく使って無責任な場所からアレコレと口を挟むお気楽な立場だ。
 金も自由になっただろうし“ソーシャルシステム366”候補生の少女のつまみ食いも楽しめただろう。
「まぁそれは吾妻寛子にも言えるんだけどな」
 なにしろトーイもまた寛子プロデュースのアイドルあがりだ。醜聞がゾロゾロ出てきそうで今からうんざりする。

 朝の地下鉄ラッシュに身を任せ、思索に浸る。
(「トーイが『黒幕』はしっくり来ないんだよな。交換殺人なんて時間のかかる方法を選んでた割りに、本命を正面から殺し騒ぎしてるのは違和感があるんだよなぁ。自分も疑われるような状況は避けたいからこその交換殺人だっただろうに……」)
 噛み合わない。
 ……まあ俺なら、本当に憎い相手がいれば他人に殺させたりせずに自分で殺したいと思う気がするけけれど。
「さて、手始めに出入りの業者から行きますかねぇ」
 ささいな噂話が案外真実だったりもするし。
 またこの大事件だ、ライバル事務所がここぞとばかりに醜聞を垂れ流してくれるかもしれない。

 ――吾妻寛子の仕事絡みで彼女が消えて得をする人物を探す。なお、怨恨の線も含める。

●クロトⅠ
 穹が足で稼ぐ調査に従事している頃、時間にすると午前10時を過ぎ、クロト・ラトキエ(TTX・f00472)は、淳二との面会を終えたニュイと合流していた。
 詩乃が他の仲間へ情報共有をはかる傍らで、2人は顔をつきあわせる。
「……そうですか、情報をありがとうございます。淳二さんが落ち着いたのはなによりです」
 淳二に接触した人物は一誠の卒業アルバムに写っている。かつ、彼は第4の殺人の吾妻寛子の夫であるトーイである。
 第4の事件終了時に理路整然と組み立てれば見えてくるのはそういったものだ。『平等という悪』の管理人名が“玩具”というのも符号する。
 する、の、だが。
「えー? 迷か名どっちかって? 僕は名探偵の方だと思うよー? だって新たな犯人候補が出てきたってことは今朝の時点でこの謎は解けない意地悪問題だったんだよー」
「問題を解く過程だ、と言い換えもできますね」
「うん。でさ、淳二さんの話を聞いた限りだとトーイって名乗った人はすごく人たらしな感じだねー。そう、この人っぽかったって言ってたよ」
 はい、と、ニュイは『冬凪・至』の下に付箋を貼ったアルバムを預ける。
「このページだけ剥がして持ち歩きたいところですが借り物ですしねぇ」
 よいしょと鞄にアルバムを詰め込むクロトへ向けて、身軽になったニュイはひらひらと手を振った。
「クロトさん気をつけてねー」
「多分、危険がない方になりますよ、会いに行くのは」
 これから冬凪・至を探すのは中々に難しい。それよりはトーイを詰めて白黒灰色ハッキリさせた方がいいとの判断だ。
(「多分、灰色……かな?」)
「そこは心配してないよー、クロトさんだもの」
 猟兵としての強さには絶対的な信頼を寄せるニュイはぶんぶんと手を揺らす。
「逆ナンされたりモデル勧誘されないように気をつけてねーってことだよ! 顔がいいんだから」
 和む。
 ふふっと口元を緩めると、てちっと片手同士でタッチして、クロトは快生ビルの方角へと足を向けた。

 ……とはいえ、トーイとの対決は「午後一の記者会見」以降なので、クロトは快生ビルそばの純喫茶の地下レンタル会議室で腰を落ち着けることとなる。
 待つ間に、統哉とリューインから新たな情報が入った。
 トーイはアスカを犯人に仕立て上げようとした、一連の事件では犯人側の一味なのはほぼ確定。
「邪神には贄は多い方がよかろうに、サイトは閉鎖……より楽な広め方を見つけた?」
 喩えば……歌。コンサートならば広げるのは容易いかもしれない。
 その前提にのっとって、トーイが『悪という平等』を含め全てを企てたと仮定する。
 当然、ターゲットは吾妻寛子だ――『ソーシャルシステム366』を手中に収めるのが目的だから。
「3人目までは交換殺人で犯行の露呈を防いだのと、加害者達を生け贄にすることが狙いか……」
 確かに猟兵が介入しなければ、美紅と姫乃、淳二の回収は容易い。
「けれど、美紅と姫乃に殺しをさせた後は接触をしていない。そして“デカダンド・ブラック”の力で捜査が出来ないようにしてー……」

 ――まるで、加害者を守っているようにも、見える。

「まさか『実力があるけど不遇な人達から“悪平等”を強いる存在を取り除いてあげる』のが目的とか? 確かにアスカさんも“悪平等”で吾妻寛子から冷遇されて『平等という悪』にかきこんだそうですし……」
 だがそうすると、アスカを犯人に仕立て上げようとしているトーイと『黒幕』の志向性が矛盾する。
 『黒幕』の本当の目的は第4の殺人――。
 こちらは『黒幕』に疑いが掛からぬよう細心の注意を払って行われなければならない。
 だが、アスカを犯人役(スケープゴート)に陥れようとしている割りに、監視カメラにはトーイの背格好の男が残されている。
 ……淳二が来なくて急だったから? いやいや。
(「なら今まで通り“デカダンド・ブラック”の力で周囲を混乱させて、警察の手も入らないようして自分の犯行を隠滅するはずです。自分が捕まっては元も子もない」)
 猟兵なんて邪神を知り対抗できる存在を、昨日の殺人の時点で『黒幕』は関知できていない。だからヤケになって様々な隠滅を止めるとは考えがたい。
 沈思黙考に陥りかけた所で、端末の画面が急に賑やかになる。映し出されたのは、妻であり『ソーシャルシステム366』の舞台骨である吾妻寛子を亡くした、夫トーイの涙の記者会見だ。

●穹Ⅱ
『皆様、お集まりいただき、ありがとうございます……妻の無念を引き継いで、私、吾妻いとせが“ソーシャルシステム366”をはじめとした……』
 場末の小さな芸能事務所を訪れた穹を出迎えたのは、スマートフォンから流れるトーイの涙声だった。
「あっはっは! あいっかわらず、いとせちゃんってば大根だなぁあ、ババアから解放されて嬉しいですぅって丸わかりだよぉ」
 昼食のラーメンの脂ぎったケミカル臭に満たされた室内で、100均のスマホスタンドに立てた画面を指さし笑うのは頭が禿げはじめた中年男。
 受付嬢なんぞいない、古ビルの三階のドアをあけたらすぐこれだ。
「あの~、賛川芸能事務所の井関さんって方から紹介してもらって来たルポライターの涼風ですが」
 名刺を手に頭を下げる穹へ、中年男は画面から目を離さずに側の椅子を穹の方へと転がした。
「ちょうどTVはいとせちゃんのターンだよ。こっち来てキミも見なよ、ほらほら」
 茶も出ない挨拶もなし、機嫌を損ねぬよう穹も椅子に座り隣に身を寄せる。
『あー、トーイさん。奥さんは何者かによって殺害されたとの噂もあるのですがー……』
『そちらは、警察に任せているので差し控えます』
 小さな四角で切り取られた中で、泣きはらした瞳を瞬かせるトーイ。
 穹の第一印象は「なんだかカリスマ性の欠片もない男だな」であった。アイドル出身だから華やかさはあるだろうに一言で言えば凡夫だ。
「キラキラしてないよねぇ、この子」
 穹の内心を見抜いたような口ぶりに肝が冷える。黄ばんだ白目の男は、にたにた笑いで穹を値踏みするように見据えてくる。
「俺んとこに来たらさぁ、おもろい話聞けるって言われたんでしょ」
「はあ、まあ……」
 吾妻寛子の跡を継いだトーイの力は、芸能界では想像より強力なものだった。どうやら寛子はあらゆる所に顔が利くらしい。
 勢力図を書き換える事を望みながら自らが手を汚すのは嫌がる皆の口は想像より固かった。その中の1人がこの芸能事務所を紹介してくれた。

 ――ここさぁ大昔にトーイちゃんが吾妻サンに引き抜かれる前に所属してたトコなのよ
 ――あぁ、金はちゃんと用意して行けよ?

(「地獄の沙汰は金次第ってか?」)
 必要経費で落ちるギリギリまでの札束を封筒に入れて乗り込んできたわけだが。
「誰だったか忘れたけどさぁ、うちのスカウトマンが連れてきちゃったんだよねぇ……媚びんのだけはうまいから」
 トーイの横顔に一斉にフラッシュライトが瞬く、会見が終わったようだ。
 振り返った中年男は、びろっとあけすけなく手のひらを上にする。録音機を立ち上げた穹は懐から封筒をつまみだした。
「50万あります」
「ほうほう」
 封筒をふんだくって枚数を数える男を前に、穹は話の糸口を投げてみる。
「…………18年前の『YO★RO★ME★KI★少年』周りで何かがあった、までは聞けてます。でも当時の週刊誌を当たっても記事がなくて、知ってそうな人達は口を閉ざしてますし」
「そりゃあ麻薬はやばいわな。未成年だから表沙汰にすんのは可哀想っていう配慮で週刊誌は全部押さえられたみたいだけどーお」
「トーイ氏こと古戸いとせが、当時16歳で麻薬に手を出したってことですか?」
「じじゃーん! 実はいとせちゃんさ、当時既に20歳だったの。知らなかったデショ」
 衝撃の事実だ。流石に驚きを隠せず瞠目する穹へ、中年男はおちゃらけた顔でクレクレと手をひらつかせた。
「この枚数じゃあ、喋ることが出来るのはここまでだなぁ」
「やれやれ、足下見ますね……もうこれしかないですよ、ちゃんと全部教えてくださいね」

 さて、こちらの情報と馴染ませつつ要約して記すとだ。
『ヨサショ』のデビューは18年前。デビュー前の候補生を集めての選抜レッスンはその1年前から行われたようだ。
 だから現在34歳の一誠のクラスメートが『ヨサショ』の候補生となったのは15歳の頃。実際有名アイドルのバックダンサーとして踊っていたので、クラスからアイドルが出たという話は嘘ではない。
 一方、トーイはデビュー時に20歳、候補生になった1年前の時点で19歳だった。

 『黒幕』が一誠との同級生だとしたらトーイは『黒幕』ではないが、確定。

「いとせちゃん、歌もダンスもダメダメでさぁ、うちでも契約切ろうかって言ってたトコを引き抜かれたのよ。吾妻のババアに体使って媚びてリーダーの座を手に入れ……あは、インコーじゃない大人同士のレンアイだよネ♪」
 げてげてと下品に笑う中年男へ穹は食い下がる。
「サバ読んでたとしても麻薬で捕まったんなら警察に年齢は誤魔化せないでしょう? 何があったんですか、当時」
 嫌な予感がジリジリと脳裏を焦がす。むしろこれは――きっと、そんなもんだ人間なんて、という投げやりな達観だ。
「吾妻のババアを冷たくあしらった未成年の候補生が身代わりにされたよ」
「…………冬凪至、か」
 押し殺したような穹の声にはきょとんとした表情しか返らない。何分古い話だからか中年男もそこまでは憶えていないようだ。
 だが、現在の話の筋から、そこに“冬凪至”という青年のピースが嵌まるのはごく自然なことだ。

●クロトⅡ
「……成程、トーイも『黒幕』の恨みを買っている側だったんですね」
 穹からの情報で、クロトの脳内でもやがかっていた推測が随分とハッキリとした。
「さて、であれば……同級生を装っての接触は避けた方がいいかな?」
 取り出して眺めていたアルバムの『冬凪至』はトーイではない。
 改めて、クロトは自分の手札を確認する。
 トーイは『平等という悪』というサイトは知っている。何故ならアスカに書き込ませて陥れの片棒は担いでいる。
 逆に、のうのうとテレビに出て会見なんぞやる時点で、自分が『黒幕』にスケープゴートにされているのは気づいていない。
 ――。

「本当の哀れな子羊(スケープゴート)はアスカさんじゃなくてあなたなんですよ、トーイさん」
 ほんの30分後のことである。
 迫真の演技と言いくるめで訳知りの同級生を装い接触を果たしたクロトは、トーイを前にして衝撃の事実を告げていた。
 気持ちよく騙されていたトーイを見て、恐らくは『黒幕』もこんな気分だったんだろうなあなんて親近感すら抱きつつ。
 トーイこと吾妻いとせは、媚びて取り入るのが上手い人間だ。だが惜しむらくは相手の考えまで推察する脳みそに欠けている。
 人避けを済ませた快生ビルの一室にて、鷹揚なクロトに言い切りに対面のトーイは脂汗を浮かべ俯くのみ。
「加害者をひっかけたサイトであなたの名をもじった『玩具』って名で動いていたんですよ。監視カメラにだってあなたのフリした姿で映り込んでいますし、アスカさんを呼び出したのだって、あなたの疑いを増すだけだ」
「いやそんな、あいつは言ったんだぜ? 寛子がお前を殺そうとしているぞ。だが俺もあのババアの相手をするのも疲れたから協力していっそアイツを殺そうって……」
『黒幕』はトーイに「寛子の愛人」を名乗って電話で近づいてきた。勿論全ての事件が起こる前の話だ。
 実際に逢ったのは吾妻殺しの直前、そこで服装を把握されて真似をされのだろう。
(「それで完全に警察の目が欺けるとは思いませんが……しばらくは疑いがトーイに向くのは間違いないでしょうしね」)
 相手は邪神の下僕だ。
 自らの望みが叶ったら後は破滅を覚悟しているかもしれない。もしくはこの雑なやり方でトーイに罪を被せきれるとまだ夢見ているのか……。
「なんか、絶対犯人がわからない方法でやるって……バレてんじゃねえかよ、手前の殺人も」
 どーすんだよ、どーすんだよとぼやくトーイは突然天井に向けて叫んだ。
「デカダントなんちゃらっていうすげえ力がある外人がなんとかするって言ってたじゃねぇかよ、話が違うじゃねぇか!」
 ……そこで、はたりとクロトは思い当たる。
『黒幕』の狙いは寛子だけではない、むしろ目の前の男へも恨み骨髄だ。
「ねぇ、トーイさん……いいえ、古戸いとせさん」
 わざと旧姓で呼びつける。
 苛つき露わに吠える返事もクロトからすれば子犬の悲鳴にしか聞こえない。
「もしかして、18年前に“トーイ”って名前ごと乗っ取ったんじゃないですか? 罪を着せた冬凪至さんから。代わりに麻薬使用の汚名を押しつけた」

 ――ふゆなぎ・いたる。ふゆはトウ、イはいたるのい。

「な、なんでッ! それを……!」
 自白に等しい慌てふためきにクロトは長いため息で席を立った。そうして端末を耳に押し当ててUDC支部につなぐ。
「“デカダンド・ブラック”が次に某かの被害を与える公算の高い一般人を確保しました、そちらで保護をお願いします――」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

冴木・蜜
2
まさか黒幕が直接手を下すとは
淳二さんだけでも踏み止まれたのは良かった

話を伺う限り
淳二さんは汚染を受けたわけではない様子
他の二人との違いを考えると
……、やはり直接会ったかどうかか

彼のことは気になりますが
私はホストさん達を当たりましょうか

ホストクラブへ赴き
『平等という悪』を紹介したホストさんを当たりましょう
・サイトを広めるよう依頼をした人間について
・サイト自体の情報をどれほど知っているか
警察関係者の肩書も利用しつつ
以上2点を中心に尋ねてみましょう

金を払ってまで
サイトへ誘導していたことを考えるに
加害者側を影響下に置くには
サイトを介した接触が必要なのかも
或いは直接会うには自分の顔が目立ちすぎるか

……そういえば
他の猟兵が卒業アルバムを見つけたんでしたっけ
ちょっと指紋も洗ってみましょうか
淳二さんの指紋が最近ついたページを開けば
黒幕の面影のある人が都合よく映ってる…なぁんて
ないですか


アルミィ・キングフィッシャー

踊り子も娼婦も似たようなモンでさ
自分の女の魅力を切り売りしていって、そんでもって金で買えるものしか算段できなくなって、ついでに自分が飽きられてるのにも気付かずにそのまま消えていく奴ばかりなんだよね
大体クズ男に何度も捕まって死んでいくだけなんだけどさ、そういう意味では冒険者なんかよりよっぽど足抜けが難しい、そっちはあっさり死ぬからね

ホストクラブだっけか、要するに男娼のたまり場だろ?
そりゃろくでもない話の一つや二つ転がってるだろうさ
アホな客のフリしていこう、金が稼げなくなって男に相手にされなくなった女の演技かね、アスネって奴を呼ぼう

「ここの人は優しいわね」
「前の男なんかお金だけもって何も言わずいなくなって連絡もよこさないんだから」
「…恨んでないと言えば嘘になるわね」
これくらいで釣れるだろ、詳しそうな奴が来たら手袋をハンカチのように落として拾わせてから席に座らせる
「この席を立たないでね」

あとはどういう経緯で例のサイトを知ったのか聞いておく、店長の方も呼ぼう
最後に玩具に興味はあるかとも聞くさ




 時系列が前に戻るが――。
 アルミィ・キングフィッシャー(「ネフライト」・f02059)は第4の殺人の発生を確認した後すぐに、疑惑のホストハウス『Foam』へと向かう。不在ないしは急いで戻る奴が『黒幕』だと目星をつけられるからだ。
(「アリバイ証明から逃げてた男がこんな所で尻尾を掴まれるなんてね」)
 格好は美紅と相対した時と変わり、褪せた口紅に胸元を露出したワンピース。若作りを隠さぬ痛々しさをふんだんに漂わせた。
 酒場で踊る娘が落ちぶれていくのを良く目にしたし、娼婦も同じ穴の狢だ。
 切り売りした魅力が既に底をついているのに気づき、男へ貢ぎだしたら地獄の始まり。命ある限りクズ男を渡り歩いて食い物にされる。
(「冒険者の方がよっぽど足抜けがラクだよ」)
 ――そっちはあっさり死ぬからね。
 さて辿り着いた先で、堕落の娼婦はあっさりと袖にされた。
「…………臨時休業、ね」
 アテが外れた、いや、当たったとも言えるのか。明日の夕方出直すとしよう。


 さて、吾妻寛子殺しの次の日の夕方までに様々な事実が判明した――

 吾妻寛子とトーイにより、18年前に無実の罪を着せられて芸能界を放逐された人物がいる。
 未成年の麻薬乱用事件と処理されたそれについては箝口令が敷かれている、寛子がもみ消したのだろう。
 罪を着せられた少年は『冬凪・至』という人物で、田端一誠の中学時代のクラスメートである。
 その『冬凪・至』が、田端淳二の周辺を調査して接触してきた人物の可能性が高い。
 以上。

 そんな情報を前に2人が腰を落ち着けているのは、繁華街のビルの地下だ。
 シックなジャズのメロディに誂えたようなロマンスグレイのバーデンがシェイカーを振っている。
 昨日と同じ格好をしたアルミィはソルティドックを一気に煽り飲み干した。
「見事な飲みっぷりですね」
 一方の冴木・蜜(天賦の薬・f15222)は折り目正しいスーツ姿。その目の前あるウーロン茶は口がつけられぬままグラスの汗を増やしている。
「アンタも飲みなよ、ってわけにゃあいかないか」
「これから警察の真似事をしますからね」
 この店はUDC職員御用達の店、だからこう言った話を交わすに丁度良い。
「随分と色々なことがわかりましたね。黒幕が直接手を下すとは、と驚きましたが……」
「それを足がかりに随分といろんなもんが表沙汰になったね」
 冷たいグラスに指を添え蜜は瞼を揺らす。
「淳二さんだけでも踏み止まれたのは良かった。今日の他の人の報告を聞いても、彼は邪神の精神汚染を受けた形跡がなかったようですし」
「アタシが逢った美紅も『殺された方がおかしい!』って狂ったように叫んでたね」
 警察に駆け込まなかったから倫理観に欠いた性質かととっていたが、それだけではないのかもしれない。
「だからと言って罪なしって考えはどうもね」
「そうですね。個人の考え方にもよってきますし……」
 蜜が接触した姫乃はより幼くて、邪神の精神汚染や『黒幕』の言葉巧みな洗脳に巻き込まれた被害者という見方は拭えない。
「さてと、水商売の女と警察が一緒に店にってわけにもいかないし、いい酔い加減だ、アタシは先に行くとするよ」
「はい。私も頃合いを見てお邪魔します」
 アルミィを見送った蜜は、猟兵たちへ『Foam』近辺に集まる事を提案する。
 同時にこれから1時間後の時刻から30分ほど周辺の人払いを組織にオーダーした。突発の工事や喧嘩騒ぎなど、あれやこれやで遠ざけてくれるUDCエージェントの皆には頭が下がる思いだ。
 面倒だと口ひげを歪めるバーテンも組織員だ。言い訳するように蜜は苦い笑みと共に零す。
「恐らく『黒幕』は『Foam』にいると思うんです」
 未成年で罪を着せられた小綺麗な青年が糊口を凌ぐなら、身の上を問われぬ水商売は格好の場所だ。アスネか店長か、はたまた別の者なのか。
「トーイさんには寛子さんの浮気相手と名乗って接触しその点において疑われていない。もしかしたら、本当に愛人だったとか……」
 夢を握りつぶした女に金で囲われるだなんて、腸の煮えくりかえる日々だったろう。“デカダンド・ブラック”との交信が成立してしまったのは、そういった行き場のない復讐心を日々抱え込んでいたからかもしれない。
「邪神は自分を求める者をかぎつけるのに長けていますから」
 クロトの推察――まるで“加害者”達を警察の捜査から守っているようにも見える、にも同意見だ。
「でも、2人の加害者の精神を汚し殺害へ駆り立てた。無論、彼女達にも詩乃さんのように止める人がいれば違った未来があったかもしれませんけれど……」
 本日の猟兵たちが聴取した音声は待ち時間の間に全て聞いた。
『黒幕』に利用されていたトーイは相応に罪深い人間だった。吾妻寛子が亡くなった今、全てが終わった後で彼には社会的制裁が下されるだろう。
 印象的だったのは、淳二の精神が汚染されていなかった点だ。淳二は普通に母が殺された事を嘆き、兄からの解放すら「捨てるようだ」と自分を責めた。
「……淳二さんは特別だったんでしょうか?」
 ――ここに『黒幕』の善性が隠れているのかもしれないな、なんて。
 邪神を利用し利用される事件の根元にまで救う手立てを見いだそうとするのはもはや蜜の性分だ。


 赤い床に黒いソファ、間接照明がほの暗い小規模な店内に客はいない。
 若いホスト達のお出迎えを経てアルミィは席につく。男本と呼ばれるホスト紹介カタログでも所属は十人ちょいといったところ。
 アスネは浅黒い容姿の男性だ、紹介文には『漁師育ちの野生派』とある。店長の源氏名はナル。柔和で中性的な面差しの男で『カラオケ大好き、なんでもいけます』……共に20台半ばの容姿だが、写真の写し方や化粧で10歳ぐらいならなんとでもなる。
 既にできあがった蓮っ葉の商売女を演ずるアルミィは、アスネと店長を指名し席に着いた。さりげなくソファに沈み込む素振りで手袋を落とす。
「ご指名ありがとうございます。アスネです」
 筋肉質の男性は暗がりで手袋に気づかず腰掛けると笑いかけた。
「アンタがアスネくん? 友達が優しくしてくれたって自慢ばっかすんの」
 なんて、甘えた声で腕を取った。
「前の男なんかお金だけもって何も言わずいなくなって連絡もよこさないんだから。あはは、こっちからごめんよ。もぅ、誰でも良いの、優しくしてよ」
 札束で膨らんだ札入れを無造作に投げ出して媚び尽くす笑みでしなだれる。
「この席を立たないでね、アタシが飽きるまで側にいて」
「今暫くはお嬢様だけの俺でいますよ、安心して?」
 なーんて、上手く隠しているが、厄介な客が来たと顔にかいてある。
 ――しかし、ルールは既に発動した。
 立ち上がったら苦痛が襲いかかる。さぁ、たっぷりと搾り取ってやろうではないか!

「優しいわね……」
 二度の激痛でアルミィから離れるのを諦めたアスネは、金を搾り取る事に決めたようだ。高い注文をバンバン通し、その代わり機嫌を損ねぬよう会話には応じてくれる。
 店長は相変わらず出てこない。複数のホストをつけるほどではないと安く見られたか、それとも単純に人手が足りないのか。
(「店長は出勤してるらしいから、そちらケーサツ()に任せるかね」)
 アスネへ向けて、世代差の出がちな流行漫画や番組の話題を散らしたところ、最近のものならのってくるが10年も前になるととたんに会話の熱が下がった。
「すみません。田舎育ちなもんで子供時代はあんまそういうの見てなくて」
「漁師さんってあったけどさ、もしかしてやってたの?」
 投網を投げる素振りをするアルミィへアスネははにかんだように笑った。白い歯が浅黒い肌に好対照の、こんな場所にいるにはそぐわない好青年だ。
「中卒でずっと漁に出てました」
 そんな話題を出したのも、アルミィの粗野なその日暮らしの臭いをかぎ取ったからかもしれない。
「すごい、本物じゃないか!」
 思わず素で褒めてしまった。だがその方が話を引き出せそうだ。
「でも今ここにいるぐらいですから」
「怪我でもして続けられなくなっちまったのかい?」
「いえ……あー…………」
「何でも話してご覧よ、アタシが力になれるかもしれないよ?」
 全くどっちがホスト(ホステス)なんだか。
 アスネと話すほどに元々この仕事に向かぬ性分なのは透けてくる。つつけば過去の断片をぽろりぽろり。つなげてみればどうも、事業に失敗した兄のため父が首をくくって保険金を融通したという不幸な過去持ちと判明した。
(「どこかの誰かが優しく取り入ってきそうな話だわ」)
 アスネの兄は地元にいるからターゲットにならなかっただけかもしれない。
 弾む流れでサイトの話題もふったところ、紹介料の話は店長からでサイトへアクセスしたこともないし、依頼主も知らないと返された。
「裏サイトみたいな奴だろ? あれで金出る仕組みって、どれぐらいもらったんだい?」
「人のストレスが金になるんだとかで、あとで振り込み来たんですけど、1人紹介して1万だったかな」
「ふうん、アスネは随分と店長に良くしてもらってんだね」
 本命の話題に水を向ける。
「友達からさ、アンタと店長の話ばっか聞かされてさ、いい男だいい男だって言うから一目見たくて来たのよ」
 この店を教えてくれたキャバ嬢の名を出して頬杖ついてアスネを下から捉える。
「そうですね、初めて飛び込んだ前の店で上手くいかなくて、この店に引っ張ってもらえなかったら食い詰めてたから恩はありますよ」
 こんな辛気くさい話を連ねてしまう辺り、徹底的に向いていないなと内心思う。
 一区切りつきそうな時、控えめな蜜の声が耳に届いた。受付の所で黒服と押し問答をしているようだ。


 すったもんだの末、警察を名乗る蜜はバックヤードに通された。
 一対一のソファテーブルセットと、簡単な給湯設備とトイレのワンルームマンションのような造作だ。
 真向かいに来た店長のナルと軽い挨拶と名刺交換を済ます。
 失礼、と断って、ナルは煙草を咥えてライターを翻す。狭い部屋はヤニ臭く相当数のホストがここで煙草をくゆらすのだろう。
「警察の方が一体何でまた?」
 ごとりと硝子の重たそうな灰皿を置いて問いかけてくる。蜜は灰皿を押し戻す素振りでさりげなく彼の触れた部分に透明シートをつけて回収した。
 警察の捜査網も復帰している、もしかしたら彼の指紋が必要となるやもしれぬ。
(「むしろ、指紋が必要なぐらい穏便な進み方をしてくれればいいんですけれどね……」)
 邪神が覚醒したらそれどころの話ではない。
「……」
 銀に染めた髪にダークレッドのメッシュが浮き上がらず馴染む。中性的に整った目鼻立ちは二次元加工巧みな自撮り画像のようだ。
(「卒業写真の冬凪さんかというと……」)
 ナルは明らかに整形しており同一人物と断定できない。
 アイドル候補生時代の『冬凪至』の写真は、穹や手が空いた猟兵が探したが現時点での入手は間に合わなかったのだ。ただ、マスクから見えていたであろう顎のラインはとても似ているとは思えた。
「ああ、実はですね……都内で起こったある事件に『平等という悪』というサイトが関係しているとわかったんですよ」
「そうなんですか」
「はい、そのサイトに書込みをしていた人物が、ある殺人事件の関係者に脅されていたんですよ」
「ああそれで……残ってたかなぁ…………」
 煙草を硝子に食わせると、ナルは断り鳴く席を立った。事務机や物入れを一通り探し、着席と同時に名刺状の紙切れを蜜の目の前に散らした。
「はい、これ。確かに拡散を頼まれましたよ。トーイさんって人からです。本名はどうだったかなぁ……あ、刑事さんご存じです? ソーシャル366で有名な……」
「子供の頃流行ってた『YO★RO★ME★KI★少年』のリーダーですよね」
 驚いた素振りで名刺をつまみあげる。ナルの指紋が確実についた1枚を証拠物件として確保した。
「なんかよくわかんないんですけどね? トーイさんから、このサイトに人を誘致してくれって。この名刺のコードからサイトに入ったらうちにキャッシュバックがくるって条件でしたよ。まぁ損することないんで、うちのホストにやらせましたけど?」
 立て板に水の如く話すナルへ蜜は菖蒲の瞳を瞬かせた。その内側では黒がうねる、ナルの不安と恐怖に呼応するように。
(「ああ、これで誤魔化せればと、必死の偽証ですね……」)
 だが、トーイをはじめこちらで確保した証拠を突きつければナルの反証は通らず落とせる。そう、刑事事件のレベルでは。
 問題は背後にいる邪神の“デカダンド・ブラック”だ。
 店長のナルを追い込んで即座に力を欲してしまったら、この店を中心に周辺が地獄絵図と化す。人払いの継続を頼む暇もない。
 蜜は深くため息をつくと頭を深く垂れた。
「…………ご協力を感謝します。これで調査は大きく進むことでしょう」
 名刺を収納し席を立つ。
 だが皮肉にも、ここでナルが行ったことが彼を『黒幕』だと証明してしまう――。
「…………っ」
 部屋を出ようとした蜜はビクリッと雷に打たれたように硬直する。
 心が無理矢理に『悪意』のみにねじ曲げられる感触。無論、猟兵にとっては息をするように抗うことが可能な類いの介入では、ある。
「どうかしましたか?」
 打って変わって余裕の笑みのナルを前に、蜜は敢えてそれを受け入れ堪える仕草で胸を押さえた。
 ここで反意を示して“デカダンド・ブラック”に勘づかれるわけにはいかない……!
「すっすみません、帰ります」
 勝手口のドアをわざと乱暴にあけて、蜜はバックヤードから転げ出るように退出した。

 封鎖やトラブルが片付いて元通りになった繁華街で、蜜は黒の塊を追い出すように大きく息を吐いた。
 いつの間にか退店してきたアルミィが隣から酒臭い鼻息をふんすと重ねる。
「アルコール消毒だよ」
「ははは……お察しですか?」
「そりゃあそうさ」
 仲間達が待機する方角へと歩き出しながら情報の共有を済ます。
「……どっか被害の出ないところにでも呼び出すのがいいかねぇ、トーイでも使って」
 採石場とか、なんてふざけがちな付け足しを蜜は真面目に捉えて頷いた。
「そういう所が被害がでなくていいでしょうね」
 と。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『デカダント・ブラック』

POW   :    人の性は悪なり、その善なるものは偽なり
【悪意を暴く力】を籠めた【黒い波動】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【善心】のみを攻撃する。
SPD   :    集合無悪識
戦場で死亡あるいは気絶中の対象を【悪意】に染め、【デカダント・ブラック】に変えて操る。戦闘力は落ちる。24時間後解除される。
WIZ   :    退廃的な黒
【根源的な悪意に満ちた退廃的で底知れぬ黒】を披露した指定の全対象に【心の奥底から湧く嫌悪感と全てを破壊したい】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はウラン・ラジオアイソトープです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●冬凪至の独白
 深夜1時の閉店後、片付けは店の子に任せて店長のナルこと冬凪至は早々に帰宅した。
 店から徒歩圏内のマンションの5階の根城はもう長年変わっていない。
 寝るだけの部屋だから大してモノがないし、週2で家事代行を入れてから小綺麗にはしてある。
 ざらざら、ざらざら、ざらざら。
 ――18年前、一夜にして『未成年の麻薬常習者』と仕立て上げられた日から、砂を押し込まれて食ってるような無味乾燥な人生だ。

 やってもいない罪の証拠物件が警察側に渡っていて、こちらの証言は麻薬中毒の幻覚症状だと決めつけられて取り合ってもらえなかった。
 親とはロクに上手くいってなかったが、この件で完全に絶縁された。
 判決は執行猶予付き有罪。
 保護観察についた弁護士でこちらの言い分を信じてくれた人は、謎の失踪を遂げた。以来、逆らえば他の人が死ぬかも知れないという恐怖に囚われ、身の潔白を訴えるのを諦めた。

 全ては吾妻寛子が自分を蹂躙し支配する為だったのだと知ったのはいつだったろう、25歳にはなってたか。
 身を売る生き方から抜けられず、むしろヤクザ絡みから少しは綺麗なホストの世界に引き抜いてくれたパトロンの登場に安堵した自分の愚かさが今でも憎い。
 至に麻薬常習の罪を被せた男は輝かしいアイドルとしての経歴と名前を乗っ取り吾妻の婿に収まった。
 何が腹立たしいかというと、だ。
 ダンスも歌も容姿も、全てにおいて別世界のように優れていた至は、たゆまぬ努力に身を捧げた。
 他とレベルがあわず、当時はリーダーの俺を中心であとはモブメンバーな『ヨサショ』の青写真まで書かれていたのに!
 吾妻寛子が俺ひとりを騙して私室に呼び出して“のっかろう”としたのを振り払ったら、青写真が書き換わったのだ。
 次の日のレッスンから俺は「周囲のレベルに合わせない身勝手な奴」と冷遇されはじめた。仲間とか友情とか……なんだそれ、厳しい芸能界でなに寝ぼけたこと言ってんだって当時は思った。
 だが候補生の中での順位は落ちる一方で、最終的には無実の罪で芸能人生強制終了。

『本当さ、理不尽な話だよな』
 俺の前に座る黒い影が嘆いた。
『あのババアは死んで当然の奴だ』
 隣にいる黒い影がこちらへ身を乗り出して同意する。
『才能を見る目が全くなかったからなぁ、この国の芸能界の諸悪の根源だわ』
 反対隣の黒い影もしたり顔。

「『『『ところで、トーイはどうすんだよ』』』」

 冬凪至は、ふっと口元を覆う。独り言が、過ぎた。
 がやがやと話していた台詞は彼単独の声、周囲には黒い影などいない。
 いいや、いる。
 この声は、至以外の3人が話してくれたんだし、もっと沢山が部屋にいる火だってあるんだ。
「いないわけがないな。いなければ、今までの犯罪も、今日の刑事も、あしらえるわけがない」
 グラスに入れた水を煽る。酒に溺れてはならない、この犯罪を完遂する最後の手順が残っているのだ。
「“デカダンド・ブラック”やっぱりトーイが欲しいか?」

『あいつにゃ悪意しかねぇからなぁ。そりゃあ馴染むだろうなぁ』
「だよなあ」
『というか、何故隠滅しなかったんだよ。寛子殺し。お前出過ぎだ、疑われてたじゃねえか』
「わかってる」
 だが手を見れば、寛子を己で殺せた刹那の充実感が蘇る。
 他の被害者とは無関係だったから感慨はなかったが、今回は淳二が来なくて自分で殺せて良かったとすら思った。
『淳二をちゃんと“し”なかったからヤバくなってんだよ。あいつの『悪意』はさぞや深くにこごってたろうに』

『『『『なんで淳二をくれなかったんだよ』』』』

 至はさざめくような“デカダンド・ブラック”の問いかけには答えずに、スマートフォンに指を伸ばす。
 トーイを『ソーシャルシステム366』の全件プロデューサーにした後で、妻殺しの犯罪者として地獄に叩き落とすつもりだった。だから捜査員を『悪意』には染めずにおいた。だが思うより警察は優秀なよう、こちらに手が回りそうだ。
 そもそもが、
 自分に司法の手が及ぶのを避けたいのなら、淳二に接触すべきではなかったのだ。
 サイトを起点に“デカダンド・ブラック”の力を借りて連続殺人の一つに仕立て上げるべきだった。
『というかよ、なんで美紅や姫乃もくれないんだよ』
『アスネもよさそうだよなぁ』
「……彼らは才能もあり正当な努力を報われなかった人達だからね」
『でも殺させたじゃねえか』

「………………所詮は、俺と同じ凡夫だったからだよ」

 きっと、
 本物に、淳二に逢ってしまったから……全てが狂ったのだ。

 ため息をつく至のスマートフォンがSNSの着信を告げた。発信元はトーイだ――。

●猟兵側の作戦
 UDC組織に保護されたトーイから徴収したスマートフォンで、冬凪至に連絡を取ったのは勿論猟兵のひとりだ。
 文字ベースのSNSにて、殺人犯に疑われ話が違うと喚き散らすトーイを演じるのは容易かった。
 至に会話の主導権を与えつつ、一般人が巻き込まれる心配のない撮影現場『採石場』に、次の日の早朝にて逢う手はずを整えた。
“デカダンド・ブラック”は冬凪に憑依し猟兵たちが負ければ彼を贄にして完全に顕現する。そうすれば被害は甚大なことになるだろう、それだけは避けねばならない!

 
================
【マスターより】
ラスボスとの戦闘です
1章目で淳二の殺人を止められたのと2章目の調査が的確だったため、邪神の生け贄として強制死亡の予定だったトーイが助かっています
採石場には『黒幕』こと冬凪至のみがやってきます。巻き込まれる一般人はいません


>プレイング受付期間
27日の8:31~28日の20:00まで
オーバーロードの方は受付前でも受付OKです

>採用
2章目までに書かせていただいた方を優先的に採用します
それ以外の方は余力があればの採用となります、ご了承ください

>オーバーロード
ありなしはお任せします、採用率は変わりません
文字数は通常リプレイと同じぐらい、1・2章目より控えめとなります
3日で仕上げるよう頑張りますが、万が一流れてしまった場合は再送をいただけると嬉しいです

>できること
 ラスボスの“デカダンド・ブラック”と戦う
※取り込まれた冬凪至を説得で救い出す
※事後にやりたいこと

※印二つは必須ではありません

>説得
説得できるフラグを、マスター側で1点設定しています。そこに刺されば至の命を助け出すことができます
それ以外でも「これは効きそうだ」と思った言葉は加点します、減点はありません
救えなかった場合は「どの説得も刺さらなかった」という判定です
また、説得に関係なく冬凪に言いたいことがある方もご自由にどうぞ
かけられた言葉によっては冬凪から反駁もありますが、説得のマイナスにはしません

(冬凪からネガティブな返事をされたくない人は、冒頭に『×』の記号をお願いします)

>事後
記載あれば戦闘後に追記という形で反映します
冬凪だけでなく、出てきたNPCへのケアなどもOKです
描写量のバランスをとるため、こちらが多くなる方は戦闘シーンの描写を減らします

説得全振り・戦闘全振り、どちらもやる、プレイングのバランスはお任せします
説得全振りの場合は活性化されたUCさらっと戦闘描写を入れます

それではみなさまのプレイングをお待ちしています
リューイン・ランサード
アスカさんへの嫌疑は晴れ、古戸いとせには社会的制裁が下されそうですから、ここは戦闘全振りでデカダント・ブラックへの攻撃専念で弱体化を目指します。

採石場ですから多少派手になっても良いですよね。
と、【結界術・仙術・破魔・浄化】にて、採石場周辺を仙境のように清らかな空間にして、向こうが持つ邪念や悪意等を弱体化します。
更に自身は光のオーラ防御を纏います。

向こうがUCを使ってきたら、WIZ・SPD由来のUCはリューインのUCで相殺し、POW由来のUCは【第六感・見切り】で読んで躱します。

双剣に【光の属性攻撃・破魔・浄化】を宿しての【2回攻撃】でデカダント・ブラックのみを斬る。

至は他の方に説得お任せです。


アルミィ・キングフィッシャー
相手が来る場所が分かっているのなら罠の出番だね
二重底の落とし穴を作っておいてその上に私の電話番号を書いた封筒入りの手紙を置いておく

やあ、しみったれた黒幕
あるいはデカダントブラック
機嫌はどうだい?
と、声掛けしつつ落とし穴発動

そっちの演目だとこう言うのが流行ってたって聞いてね
久しぶりに主役になれた気持ちを聞きたいね

…そう、今のアンタは主役なのさ
半端な悪役の果てにやっと掴めたじゃないか
いちいちアンタは手緩かったのさ、まるで分かって欲しいと叫ぶみたいに証拠を残していた
隠すだけで捨てはしなかった

これからアンタに慈悲を与える為に別の奴が来る
果たしてそれに耐えられるかい?
二重底の落とし穴を発動して落とす




 地表の石つぶてやショベルで切り出された崖、そこに立つ人も空から禍々しい色を分けられて染め上げられている。
 それでも、遠くで車を止めて降り立った漆黒は、ぼやけた輪郭のくせに黒々とした存在を主張するのだ。
「やあ、しみったれた黒幕」
 紅暗い紫に染められたアルミィ・キングフィッシャー(「ネフライト」・f02059)は、やはり漆黒の中央で塗りつぶされている男へと声を張る。
「機嫌はどうだい?」
「おい、トーイはどこだ」
 質問に答えず口元が屈辱に歪むのを合図に、アルミィはにぃと笑って指を鳴らした。
「……!」
 するとどうだ、手品のように漆黒の“デカダンド・ブラック”の中心から人型の何かが欠け失せた。
 周囲の黒き人型達は、落とし穴に落ちた至へ追いすがる。だが、それも途中まで。
「させませんよ」
 リューイン・ランサード(乗り越える若龍・f13950)の澄んだ声と同時に、彼の瞳色と同じ蒼燐の陣が連鎖発動し“デカダンド・ブラック”らを弾いた。
「至さんの説得は皆さんにお任せします」
 砂利を鳴らして落とし穴の元に滑り入ると、左手の流水でもって黒影胃一体の首元を掬い上げる。続けて右手の大ぶりの深淵を振るって黒を散らす。 
「見事なもんだね」
 アルミィはリビングローブを振り回し黒の霧をリューインの元へ流す。
「採石場ですから、多少派手になっても良いかなって」
 裾を翻しますます穴から遠ざける少年へ、酒場の女はサムズアップ。
「ま、ここまでやってくれるなら落ち着いて話が出来るってもんさ」
 アルミィはしゃがみ込むと、穴底の呻き声に向けて「踏んでる」と足下を指さした。
「それ、アタシの連絡先だよ。ちゃんと拾っておくれよ?」
「あぁ、何言ってんだお前」
 声だけは勇ましいが、至るのは夥しい混乱が刻まれている。
 人心の負の感情を膨らませて都合の良い状況にする“デカダンド・ブラック”と渡り合ってる少年がいる。
 ガラ悪く座りニヤニヤと笑う女も、たまにこちらへ流れ来るアレをまるで蚊でも払うように退けている。
 ――これは、なんなんのだ?
「そっちの演目だとこう言うのが流行ってたって聞いてね」
「意味が分からない。なんなんだこれは」
 全てを把握しているようで、実は何もわかっちゃいない。
「久しぶりに主役になれた気持ちを聞きたいね」
 主役なんてそんなものだ。
 穴の中で封筒を握りしめ歯がみする男は胡乱げにアルミィを睨みあげる。
「そう、今のアンタは主役なのさ。半端な悪役の果てにやっと掴めたじゃないか」
「うるさい」
 ここで漸く、自分は完全に失敗したのだと理解が追いついた。
「なにが主役なものか……別にそんなものになりたかったわけじゃあない」
 じゃあ何になりたかったのだと聞かれても答えられやしないのだが。
 あーあとアルミィは態とらしく大きなため息をついてから、頬をたるませ瞳を眇める。
「いちいちアンタは手緩かったのさ、まるで分かって欲しいと叫ぶみたいに証拠を残していた」
 それは若い娘には出来ぬ、まろみのある受容と突き放しを同居させた表情だ。
「隠すだけで捨てはしなかった」
 男へと読み解く鍵を投げてやり、アルミィは立ち上がった。
 そのとたん、至は思い出したように縁をカリカリと引っ掻いて登ろうと足掻き出す。
「これからアンタに慈悲を与える為に別の奴が来る、果たしてそれに耐えられるかい?」
 問答を喰らう為、頭を冷やす必要がある。ついでにいうと這い出られて戦闘の邪魔をされるのは厄介だ。
 ぱちりと指を弾くと、ガコンと床の抜ける音がして、更に蹌踉けた至の体が下がった。二重底、でもこれぐらいならまだ顔を見て話せる。
 リューインは常に落とし穴を背に庇い“デカダンド・ブラック”の猛襲を防ぐ。
「絶対に彼には触れさせませんよ」
 事件のさなかに放たれていたのは、一般人の心を穢し操る程度の混濁だ。これは猟兵には通じない。
 それを悟ったか“デカダンド・ブラック”は、ユーベルコードを起動する。
 怨と、世界を揺るがす黒は、実は誰の心にも潜んでいる“悪意”と言うモノ。だが権化めいた絶対的なそれに一般人は耐えられない。
 汚染された至が嫌悪からの自傷行為に走り気絶したら、二度と戻れぬ“デカダンド・ブラック”との同化が待っている。
 ――これを、現在に、しては、ならない。
 リューインは双剣握った腕を広げ偏在するマナを集積、即座に黒へと射出した。
 すると、虚空を穢さんとしていた薄い漆黒は巻き戻しフィルムの如く人型へと戻されていく!
 怯むようにのけぞった黒影を前に、リューインは勢いよく地を蹴った。大気を寄せて塊をイメージ、そこをつま先で踏んで更に上昇。
 気合いと共に、振りかざした二つの剣で頭頂を潰し叩く。
『が、ががが、が……』
 するするとチャックを開けるように真っ直ぐ斬り降りるリューイン、漆黒の一体は“からっぽ”を晒してから霧散した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

涼風・穹
……立場上俺が言ってはいけないんだろうけど、別に"吾妻寛子とトーイへの復讐だけ"ならやっても良かったと思うぞ…
客観的に見ても逆恨みだけでもないし綺麗事で纏めて泣き寝入りしろなんて言わないさ
人様から何かを奪った方が反省もせず何一つ報いを受けないのも充分問題があるしな
間違いがあったとすれば始めから自分の手で二人を殺そうとせずに、自分の復讐に無関係な他人を巻き込んで別の誰かを殺させたという部分だけだ
復讐ってのは自分で相手を地に塗れさせてそれを見下ろしてこそなんだよ
ついでに言えば復讐心を邪神如きに渡すな
それはお前さんだけのものだ
(邪神そのものは別ですが、冬凪至については他人を巻き込んで交換殺人をさせた点以外は邪神の力を使うのも復讐も責めも咎めもしません
説得というよりは感想を伝えているだけかもしれません)

片が付いた後は今更だし大した意味は無いかもしれないけど俺の自己満足として吾妻寛子やトーイのやった事を白日の下に晒しておきます
当時の担当警察官やら困る方もいるかもしれないけど俺の知った事じゃないさね


クロト・ラトキエ
戦が主
説得は基本静観。零す位


平等を、正義を司るって神は。
片手には天秤を、片手には剣を持つと云う。

“剣無き秤は無力”
どれだけ手を汚し、
どれだけ生き残ろうが、
いつまでも残るのは、向けられる憎悪や怨嗟ばかり。
…まぁ、それを何とも思えないのは置いておくとして。

“秤無き剣は暴力”
…じゃあ誰が平等を決めるのか。
神?
まさか!
人に決まっているでしょう。
ひとに赦された『平等』は、『法のもとの平等』だけ。
力ある者が益を享受し、割を食うのは他の者。
元々、他人同士に『平等』なんて無いんです。

――ってのは自論でして。
はい。お仕事ですから。
邪神未満は、力を以て排斥させて頂きます♪

敵の意識の向き。
動きの特徴、癖、速度。
攻撃時の手。
視て、見切る。
波動を躱す、或いは受けても、カウンター気味に。
岩壁に張る鋼糸で陸空自在に。
鋼糸に毒も以て反撃。
心ない『悪人』に、善心なんて求めんな、ってな
――肆式


なる、も。名前からでしょ。
光の下に居たいと、ひとは思うらしいので。
証拠、証言、金…社会的に殺すのも一つの手。

なぁんて、悪人は思ったり


冴木・蜜
デカダント・ブラック
貴方には誰も渡さない

冬凪さん
改めまして冴木といいます

私は貴方に善性があると信じています
これ以上道を踏み外して欲しくない
生きて欲しい
だから此処に来ました

淳二さんを染められたのにそうしなかったでしょう
やろうと思えばできた筈です
身に染みて知っていますよ
彼はあの境遇にも関わらず己を悔いるような人柄でしたから
躊躇しましたか?

そもそもこの事件は無駄が多い
復讐だけが目的なら
さっさと第四の殺人を起こしトーイさんに罪を着せれば良い
背後の邪神を利用すれば出来るでしょう

それをしなかったのは
己と同じ境遇の人間をどうにかしたかったのでは?
御店にもそういう人を引き取っているでしょう
やり方を間違えても
貴方にも善性は在る

貴方の其れが
邪神の計画に綻びを産み
我々を此処に導いた

いいですか
貴方が呑まれれば邪神は力を得て
人々の悪意を刺激する
そうすれば
貴方のように悪意に蹴落とされる人も増えます
それは貴方の望む結末ではないでしょう?

私は
間違えたことがあるから
だから
貴方にはヒトとして戻ってきて欲しいのです


文月・統哉
至さん
努力への報いを願えばこそ
己の罪の報いも受けるべきだと
覚悟を決めてもいるだろうか

邪神の力でも使わなければ
地獄からは這い上がれなかった
そうかもしれない
でも関わった人間を
復活した邪神が放っておくとも思えない

貴方だけじゃない
美紅さんも姫乃さんも
勿論淳二さんも

邪神は悪意を求めてる
淳二さんが掴んだ希望の光
奪えばどれほどの悪意を生んでしまうのか
貴方はそれを許せると?

淳二さんはきっと今も貴方を信じてる
貴方もまた彼の幸せを願うなら
邪神の復活を止めるんだ
貴方はまだ抗える

努力が報われる社会であって欲しい
俺もそう思うよ
だからこそ邪神の贄になんてさせない
貴方を貴方が護りたいと思った人々を
今度こそ護る為に

祈りの刃で邪神を斬る

■事後
姫乃に会いに行く
邪神の影響が消えた今彼女は何を思ってる?
犯した罪に命の重さに涙してるなら
償いの中に救いがあればと思う
向き合う事で人は変わっていけるから
ここはその為の更生施設
今度こそ優しさと共に手を繋ぎたい
彼女の手がいつか誰かを支える事が出来る様に
それが佐竹先生の願いでもあると思うから


大町・詩乃
刑に服して罪を償うよう、至さんを説得。
理由は『そうしたい』から。単なる欲望です。
私、欲張りなので、もう一人救えそうなら頑張りますよ(ムン!と気合入れる)。

「赤川さんは問題有りますが殺される程ではなかった。
佐竹さんは真摯に教育に取り組む先生だった。
二人を殺した事、そして香住さんと西山さんの心を捻じ曲げて殺人者にした事は許せません。

ですが至さんの行動が無ければ、淳二さんは死ぬまで母と兄に搾取されたでしょう。
淳二さんは踏み止まって自分で自分を救いましたが、淳二さんを救うきっかけを作ったのは至さんです。

淳二さんの心を捻じ曲げなかった貴方はまだやり直せます。
罪を償って淳二さんのように生きたいと、そしていつの日か淳二さんと嘘偽り無く話せるようになりたいと思いませんか。」と見つめて語る。

説得成功なら破魔と浄化の力を掌に籠め、「邪神と手を切る為に痛いお仕置きがいきますから、歯を食い縛って下さいね♪」とUC発動。

後日、淳二さんに言える範囲で真相を告げて「淳二さんの幸せを祈っておりますね♪」と笑顔を向ける。


霧島・ニュイ
助けたいな
とても人間味がある人
淳二さんだけは助けた人
力で加害者を逮捕させないようにした人
かつての被害者でもあるから
そろそろ報われてもいいのに

彼の幸せを探る
寛子さんを殺してトーイさんを投獄して復讐して
その後はどうするつもりだったんだろう
ブラックに全てを捧げて消えるつもりだったの?
そうでなかったなら、一緒に先の人生を探りたいよ

淳二さんを助けてくれたんだよね、ありがとう
悪意に染めなかったところ、凄いと思う
嬉しかったのかな
自分の話を聞いてくれて、感謝してもらえて嬉しかったのかな
自分を支配してた人の死ですら嘆ける淳二さんが眩しいのかな
それなら、まだこの先望めるよ
あなたは凡夫なんかじゃない
価値のある人間だよ

スナイパーと二回攻撃を使い
命中率に重みを置くスナイパースタイル
確実に一つずつUCを封じ
相手の動きをよく見て、攻撃の癖や体の動きを見て見切り
クロトさんに教えてもらったの、上手くなったと思うんだよね

※後
淳二さんの今後を見守る
至さんの再出発に力を貸す
落ち着いたふたりが食卓を囲んで団欒するとかいいな




 清浄なる蒼の波紋が満ちる中、大町・詩乃(阿斯訶備媛・f17458)は落とし穴に歩み寄るとしゃがんでのぞき込んだ。
 朝焼けが薄まる暗がりも、涼風・穹(人間の探索者・f02404)の翳すランタンの明かりで照らされる。
「随分と絵づらが想定と違っちまったが、逃げられないって点ではいいな」
「至さーん、お怪我はないですか?」
 上からの光源のせいか、唇を曲げ噛みしめる様はべそかきのように見えた。リューインはじめ仲間が退ける“デカダンド・ブラック”の先っぽは、未だ至の体に染みこむようにつながっている。
「ありません。あんた達が……そうか」
 慈悲を与える、と先ほどアルミィが口にしたことが蘇り、顔をしかめる。確かにこれは、下手な拷問よりも耐えがたい。
 何しろ自分はもう既に失敗している『黒幕』だ。
 推理ドラマなら崖から落ちて死ぬし、一般的な勧善懲悪モノならヒーローに叩き斬られて果てる――そんな体たらくだというに、対峙する彼ら彼女らには、マイナスの感情が見えない。
「放っておいてくれないか」
「自分が詰んだって自覚はあるんだな。どん詰まりで足が固まってる感じか」
 穹に図星をつかれて半笑い。
「なんで構うんだ」
「『そうしたいから』です。単なる欲望です、欲張りなので、淳二さんだけじゃなくてあなたも救いたいんです」
 落とし穴に2人入るにはギリギリだ、見下ろす形になってしまうが詩乃は説得を開始する。
「あなたは、どこまで罪の自覚をされていますか? ……赤川さんは問題有りますが殺される程ではなかった。佐竹さんは真摯に教育に取り組む先生だった」
 詩乃が罪を説く間、じわり、じわりと、至の心に“漆黒”が流れ込んできた。
(「ああ、これがそうか、こうなるのか……」)
 なんて妙な感慨を抱きながら、至は荒ぶる心のままに喚き返す。
「あいつらは2人とも優秀な人間を貶めて、劣った人間を過剰に贔屓した極悪人だ!」
 その表情の変化に穹は不満げに鼻を鳴らし、詩乃は困ったように眉根を寄せた。
「あんた、たった今染められたって自覚してるか?」
「あのサイトを立ち上げたのですし、そのような気持ちもお持ちなのでしょう。でもそれだけではないでしょう?」
 五月蠅いと喚くだけの至を前に、詩乃は一旦引くと胸に置いた手のひらを空へと翳した。
 魔を退け浄化する力を手のひらの前に構築し、至へつながる“漆黒”へと叩きつける。
 ぎゃ、と穴の底で悲鳴があがる。
「まだ本気ではないですよ」
 涼しげな詩乃の言を「ユーベルコードはのせていないから」だと理解し穹か肩をすくめた。
「でもしばらく話は出来そうだ、なぁ」
 カンテラを詩乃に手渡し腹ばいでのぞき込む。内緒話をするように極力近づけて穹は再び話し出す。
「……立場上俺が言ってはいけないんだろうけど、別に『吾妻寛子とトーイへの復讐だけ』ならやっても良かったと思うぞ……」
 穴の中からの戸惑いと背後からの伺いを受けながらも穹は、あくまで私見だがと添え続ける。
「客観的に見ても逆恨みだけでもないし綺麗事で纏めて泣き寝入りしろなんて言わないさ」
 トーイと寛子は、至の夢も未来も完膚なきまでに奪い取り、犯罪者の汚名を着せた。直接に話を聞いた穹は思い出すと胸がむかむかする。
「人様から何かを奪った方が反省もせず何一つ報いを受けないのも充分問題があるしな」
「……世間なんてそんなもんだ。あいつらの犯罪は隠蔽され続けたんだ」
「ああ、そうだな」
 だからこそ穹は私刑を支持する気持ちを隠さずに同意する。
「はは、説得ってよりただの感想だな、これ」
「…………ちょっと、楽になったよ」
 穴からの掠れたありがとうに穹は瞼をおろした。
 詩乃はカンテラで己の顔を照らす。そうして目を引いてから、寛子殺しの是非には触れず話を続ける。
「私は、2人を殺した事、そして香住さんと西山さんの心を捻じ曲げて殺人者にした事は許せません」
「そうだな、間違いがあったとすればそこだ。自分の復讐に無関係な他人を巻き込んで別の誰かを殺させた」
 穴は再び沈黙に包まれる。それに対して、穹と詩乃の声が更に言葉を継ごうとして重なった。
 自分が先行する方が良かろうと穹が話し出すのを、詩乃は控えて見守る。
「復讐ってのは自分で相手を血に塗れさせてそれを見下ろしてこそなんだよ」
 ゾッとするような冷たい声音になったことに、穹自身が驚いている。
「ついでに言えば復讐心を邪神如きに渡すな。それはお前さんだけのものだ」
 穴の底で至の面差しが生気を帯びたのに安心と暗澹を抱える詩乃は、彼がこの事件でもたらした正の部分にスポットライトを当て語る。
「……至さんの行動が無ければ、淳二さんは死ぬまで母と兄に搾取されたでしょう」
「淳二は、彼はどうしてる?」
 気遣いが滲む響きに、詩乃は先ほどからこわばっていた眉根を緩める。漸く微笑みが本来の柔らかなものとなった。
「無事に保護されています、安心してください。淳二さんは踏み止まって自分で自分を救いましたが、淳二さんを救うきっかけを作ったのは至さんです」
 穴の中がますます安堵で染まった。それが至に良心があることのなによりの証だ。
「淳二さんの心を捻じ曲げなかった貴方はまだやり直せます……くっ」
「ちっ、まだ話の途中だってのに」
 だんだらにうねる黒を斬り捨てる穹にあわせ、詩乃も振り返り様の槍で払い叩く。
「至さんから去りなさい!」


 切っ先振るう詩乃と穹に追い立てられた黒影は、蒼陣の隙間を縫ってうねり必死に逃れる。
 そうしてから残像を置くようにぶれて数を増やすのを、重機側から射出された弾丸が貫いた。
 1回。
 のけぞり散って膨らむ所をすかさずもう1回、霧散する影を前に霧島・ニュイ(霧雲・f12029)はふぅと嘆息を漏らす。
「ちょっとキリがないかも。助けたいんだけどな……」
「ニュイの天秤はそちら側に傾いてるんですね」
 クロト・ラトキエ(TTX・f00472)は黒手袋の指を確かめるように握ると、黒霧に覆われたような風情の前方を見据えた。その眼差しはゆるく余裕を孕んでいる。
「甘いかなぁ。淳二さんを助けてくれて、加害者達を逮捕させないようにもしてくれた人、そしてかつての被害者。だからもう報われてもいいのにって」
 その間も絶え間なく敵を撃ちすえるニュイ。クロトは着弾地点の黒影が質量を減らすのを視て、僅かに指を擦り消滅させていく。
「平等を、正義を司るって神は、片手には天秤を、片手には剣を持つと云います」
“剣無き秤は無力”
 神様ぶったことなど生きてきてこの方ないつもりだ。然れど、どれだけ手を汚し、どれだけ生き残ろうが、いつまでも残るのは、向けられる憎悪や怨嗟ばかりで。
 ただ、それら負の感情浴びてもクロトの心が軋むことはない。
「クロトさんが剣になってくれるの?」
 この青年はこんな“人でなし”にも無垢に投げかけるのだ。
「至さんを罰する気はないですけれど、天秤を届ける役割に剣が必要だというのなら、吝かではないですよ?」
“秤無き剣は暴力”
 続きは落とし穴に辿り着いてから呟くとしよう。なぁにすぐだ。
「随分と的確に落とすようになりましたね」
「師匠がいいからだよ」
 子犬のように笑う年下の友人を前に、クロトは腕を左右に割いた。するとまるでモーゼの如く黒霧が別たれではないか!
 眼鏡の向こうに瞳をまるくするニュイへ、クロトは翳した右手を手前に寄せる。
「邪神未満は、力を以て排斥させて頂きます♪ ってことで」
「恩に着るよ、クロトさん」
 虚っぽの闇がふたつほど弾けて無に帰すのを合図に、太陽色の髪の青年は落とし穴めがけて疾走を開始した。

「至さん」
 転がるように近づいて最後の一発、白銀を吠え猛らせた後に、ニュイは穴の中を覗き呼びかける。
「淳二さんを助けてくれたんだよね、ありがとう」
「別に……俺は彼を利用しようとしただけだよ」
「でも悪意に染めなかったんでしょう?」
 どうして? と問われる前に、ニュイは「嬉しかったのかな?」と正解でもって問いかけてきた。
「自分の話を聞いてくれて、感謝してもらえて嬉しかったのかな。2人で救いあったんだよね。だって、淳二さん、至さんに感謝してたもの」
「だから俺は……」
「話を聞いてくれて嬉しかったって」
「――!」
 母を殺したことの感謝かと思いきや細やかな方だったことに至は息を飲んだ。
「……淳二さんが眩しい……ッと」
 怖気だつ気配に振り返り同時に構えた銃の引き金を引く。2発目を狙い澄ますニュイの眼前は黒ずんだ空間。だが、星の砂を投げ入れたような煌めきがそこかしこ。
 ひゅ、と、小気味よい音が耳を擽ったかと思ったら“デカダンド・ブラック”の体躯がなます斬りにされて落ちた。
 アトランダムに見せかけて精密な計算の元に伝わされた糸、無論、司令塔はクロトだ。
「云ったでしょう? 神のなり損ないは天秤も剣も持たない、持てるわけが無いんです。人に取り憑き心を取りだして操るだけなんですから」
 例えば、邪神の元が人の心だとして、永久的に取り出された被害者の元に成り立っているのだとしても――この人でなしの心が痛むことは、ない。粛々と仕事を済ますだけだ。
 こつこつと近づく靴の踵は信頼の塊だ。ニュイは応戦をやめて再び穴をのぞき込む。
「知りたいことがあるんだ――至さん、寛子さんを殺してトーイさんを投獄して復讐して、その後はどうするつもりだったの?」 
「…………ッそれは」
 根源的な問いかけに至は硬直する。口先だけの答えすら出てこない。
 先ほどの青髪の猟兵は復讐を肯定してくれた、嬉しかった……なのに、復讐を終えた自分の清々しい笑顔が見えない。
「ブラックに全てを捧げて消えるつもりだったの?」
「…………いいや」
 至が自分を抱きしめるように腕を握る。シャツが軋み音をたてた。
 もし“デカダンド・ブラック”へ身を投じるつもりなら、そもそも作戦が失敗した時点で望めば良かった。
(「落とし穴に落とされたからだ」)
 ――違う、と即座に否定する自分がいる。

“これからアンタに慈悲を与える為に別の奴が来る”

(「俺は、慈悲を望んだんだ……」)
 そんな弱くて救われた自分を直視するのが耐えがたい。
「くそっ! どいつもこいつも……ッ!」
「“秤無き剣は暴力”」
 声と共に、細く儚く然れど輝く一筋の糸が投擲された。爪を掠め地面に刺さるそれに比類する褪めた眼差しは先ほどまでの青年とは全く違った。
「……じゃあ誰が平等を決めるのか」
「神」
 神は不公平だから、俺は邪な神を正しいとした。
「まさか!」
 クロトは出来の悪い生徒をなだめるように喉を鳴らす。
「人に決まっているでしょう。ひとに赦された『平等』は、『法のもとの平等』だけ」
「でも法はあいつらを裁かなかった!」
 その反論すら想定通りだ。
「力ある者が益を享受し、割を食うのは他の者。元々、他人同士に『平等』なんて無いんです」
 冷たい持論だと思う。
 だが、穴の中からは妙に落ち着いた声が返ってきた。
「あんたは優しいんだな。そうやって夢を見ずに諦めるのがまっとうな道だったんだ。もう取り返しはつかないけど」
「まだだよ、至さん。まだこの先を望めるよ。やり方は間違った、死ななくて良い人を殺してしまったし、加害者にもしてしまった……でも」
 あなたは、まだ、生きている。
「あなたのお陰で幸運に転がった人だっている。あなたは凡夫なんかじゃない、価値のある人間だよ」


 至とのつながりが薄れつつあるのを危惧したか“デカダンド・ブラック”の人型達は各々猟兵を目指す。退廃を広げ増殖のための悪意をつまもうとしているのだ。
「そうやって誰かの心を元にしないと存在し得ない、それがお前の情けない正体だ“デカダンド・ブラック”」
 精神汚染に抗った文月・統哉(着ぐるみ探偵・f08510)の振るう大鎌は、邪な心しかない奴の質量をしこたま減じた。
 悪意の増幅を難なく躱す猟兵達を諦め至を目指す“漆黒”だが、より質量の濃くて深い黒によって阻まれた。
「“デカダント・ブラック”貴方には誰も渡さない」
 黒は冴木・蜜(天賦の薬・f15222)という人の手のひらの形を取り、淡く実体のない“漆黒”を握りつぶした。
 戦闘集中のクロトとリューインを中心に戦局は猟兵優勢となる。それを契機に統哉は至の落ちた穴のそばにしゃがみ込んだ。
「至さん」
 穴蔵の暗がりに灯る双眸に、統哉は語り出す。
「貴方は努力への報いを願った人だ、そしてそれだけの研鑽もした」
 ニュイにより己の未来を描けていなかったと気づいた男は、諦めたように深くため息をついた。
「だが、俺は報われるどころか地獄に落とされたんだ……」
 蜜は気遣わしげに眼鏡越しの視線を落とした。統哉は頷くと話調を若干和らげて続ける。
「だから、邪神の力でも使った。地獄から這い上がるために。確かに、そこまでしないと状況の打破は出来なかったかもしれない」
「……そうやって邪神の力を借りた冬凪さんは、その力で他の人も救いたいと考えたのではないですか?」
 ――毒を、誰かの薬として生かしたいと渇望する自分のように。
 蜜は改めて名乗ると、穴蔵をのぞき込み続ける。
「悪とされる邪神の力を使って、同じような立場に置かれる人の障害を取り除きたいと行動した――私は貴方に善性があると信じています」
 穴の底で、己が気づいていなかった行動原理を解かれて呆然となる。
「あの邪神は悪意を求めてる」
 自分の気持ちに気づきはじめた男へ、統哉は淳二の気持ちを重ねて訴えかける。
「淳二さんが掴んだ希望の光、奪えばどれほどの悪意を生んでしまうのか……貴方はそれを許せると? 淳二さんはきっと今も貴方を信じてる」
「こんなことに巻き込んだのにか……」
「冬凪さん、淳二さんを染められたのにそうしなかったでしょう? やろうと思えばできた筈です、身に染みて知っていますよ」
 あの夜の刑事は苦笑い。そうして今は、届きはしないが腕を伸ばす。
「淳二さんは、あの境遇にも関わらず己を悔いるような人柄でしたから、躊躇しましたか?」
「今、淳二さんは、母親の呪縛から解かれて漸く自分の人生を歩き出している」
 統哉は黒を退けるように後ろ手に薙ぎ払う。随分と歯ごたえがなくなっているのは、至の心が奴から離れている証、もう一押しだ。
 服が汚れるのを躊躇わず腹ばいになった蜜は、下肢を黒に戻し“デカダンド・ブラック”を退ける。一方で穴蔵に向けた容には微笑みを浮かべた。
「そもそもこの事件は無駄が多い」
 蜜は最初に告げた言葉の裏付けを提示しはじめる。
「復讐だけが目的なら、さっさと第四の殺人を起こしトーイさんに罪を着せれば良い。邪神を利用すれば出来るでしょう?」
 交換殺人自体はあってはならぬ犯罪だ。奇麗事のみで語るなら、殺されて良い人なんていない。
 だが、淳二は本人が思うよりずっと母親と兄に搾取されていて、このままでは彼自身の人生は歩めずに何れは自死に至っただろう。もしかしたら母親や兄から弾みで殺されたかも、しれない。
 また、サイトまで作り人を呼び寄せたのは、同じ境遇に苦しむ人を救済したかったのではと蜜には見えてならないのだ。
「貴方の其れが、特に淳二さんへの介入が、邪神の計画に綻びを産み我々を此処に導いた」
 噛んで言い含めるように、“善性”の証を口にする。
 詩乃もニュイも重ねてきた“あなたは淳二さんを救った”と――明確な善性はここにあるのだと。
「元々、御店にもそういう人を……優秀なのに不平等な扱いで苦労している人を引き取っているでしょう?」
 恐らくは、アスネ以外にも不幸な境遇の者に大なり小なり手を貸してきたのではないかという問いを、至は否定しなかった。
「やり方を間違えても、貴方にも善性は在ったんです。だからこれ以上道を踏み外して欲しくない……生きて欲しい」
「俺も同じ気持ちだよ、至さん」
 至へ統哉は続ける。
「淳二さんの幸せを願うなら、邪神の復活を止めるんだ。関わった人間を復活した邪神が放っておくとも思えない。貴方だけじゃない、美紅さんも姫乃さんも、勿論淳二さんも」
「それだけじゃありません。いいですか、貴方が呑まれれば邪神は力を得て人々の悪意を刺激する」
 未来、邪神の力が蔓延したら、むしろ至の望みとは逆の方向に世界は行ってしまう――悪意でもって人が蹴落とされる世界だ。
「私は間違えたことがあるから……だから」
 まだ取り返しがつくと信じたい。
「貴方にはヒトとして戻ってきて欲しいのです」
 あなたも、そうだ。
 自分も、そうありたい。
 詩乃やニュイ、そして今重ねて蜜より提示された己の善性を自覚し、至は憑き物が落ちた顔で佇んでいる。
“デカダンド・ブラック”と完全に断ち切るなら、今だ。
 統哉は、こちらを伺っていた詩乃に手をあげ合図すると、穴の中へと身を躍らせる。
「努力が報われる社会であって欲しい――俺もそう思うよ」

 地上にて漂う悪意は、すっかり力を減じていた。
「もう虫の息です。一気に押し返しましょう」
 双剣を引いたリューインは、今一度蒼の陣に力を注ぎ空間を塗り替えに掛かる。
 荒波に抗うように首をもたげた黒影も、クロトの糸に難なく絡み取られる。悔しげにもちあがった頭をニュイの弾丸が撃ちすえた。
「みんな、ここは任せて行って」
「出来損ないの後始末はお任せあれ」
 後押しされるように再び落とし穴を目指す詩乃とアルミィの背後、殿を勤めるのは穹だ。
「こんな楽で死の恐怖から遠い殿もそうそうないな」

 頭上にて、土を蹴る音が3つ間近に迫る。
「もう閉じ込めとく必要はないだろ、そぉれ、解放するよ!」
 アルミィの気っぷの良い声が響いたかと思うと、落とし穴の周囲がひび割れて一気に崩壊した。
 蜜は慌てて下半身を人の形に戻すと、蹌踉けながらも陥没に逆らわずに至のそばへ降り立つ。
「本当にしつこいったらないな。お前の出番はもう済んだんだ! “デカダンド・ブラック”!」
 隕石が落ちたかのような数メートル四方の陥没の周辺で、穹が追いすがる“デカダンド・ブラック”を飴細工のように絡め取りまとめると地へたたき伏せた。
「至さん」
 翼のように掲げる指を握り込み駆けつけてきたのは詩乃だ。
「罪を償って淳二さんのように生きたいと、そしていつの日か淳二さんと嘘偽り無く話せるようになりたいと思いませんか」
「……俺は善人じゃない」
「ああ、他の者を巻き込んだんだ。善良さの塊じゃあないな」
 その点においては、詩乃と同じく統哉も怒りを感じている。責め苛むつもりはないが罪から逃げても欲しくない。
 そうだな、と至は指摘を落ち着いた態度で受け入れた。

「交換殺人を思いついたのは俺だ。決して“あいつ”に取り憑かれたからじゃない――俺は、ずっと正気だったんだ」

 正気だったから、交換殺人に巻き込む人間をかつての自分に近しい苦しみを抱く人間を選んだ。
 その刹那“退廃の漆黒”が怯み、スッと至から遠ざかった。
「どうしよう……正気だった」
 はは、と気の抜けたような笑いだが、眼差しは存外確りとしている。そう、冬凪至は今もまだ正気だ。
 正気だから、己の罪の報いも受けるべきだとの覚悟が生じてきている。

 捨て鉢の“デカダンド・ブラック”へ身を捧げる方向にならなかったのは、猟兵たちの言葉により“己の善性”を自覚できたからだ――。

「正気だったから償えるんですよ。冬凪さん」
 おずおずと指を伸ばす蜜の手を、縋るように握りしめたのは至の方から。良かったと、蜜は支えるように握り返す。
「貴方は逃げられません、でも――逃げずに、償えるんです」
「抗えたな。なら道を作ろう。貴方を邪神の贄になんてさせない」
 これで完全に“デカダンド・ブラック”と決別できると、統哉は柄に指をかける。
「では私から。邪神と手を切る為に痛いお仕置きがいきますから、歯を食い縛って下さいね♪」
 気合いが詩乃から迸り、思い切りよく至の背が手のひらで叩かれた。けほりと噎せたのと反対側から出て来た黒を、統哉は居合い斬りで素早く斬り伏せる。
「貴方を貴方が護りたいと思った人々を、今度こそ護る為に」
 ふつり。
 長く至を蝕んでいた“デカダンド・ブラック”は完全に切り離された。
 奴は糸の切られた風船のように頼りなく虚空を彷徨う。眼下には、猟兵たちに散々に散らされ退けられた同胞達の残滓が漂っている。
 殺し合いの中で接し続けた猟兵の中、“わからない”脆さを孕む青年を“デカダンド・ブラック”は見いだしていた。
 集積し、最後の賭と言わんばかりにニュイを目指す“デカダンド・ブラック”の前に、クロトは当然のように黒衣を翻し立ちはだかる。
「わかりやすすぎるんですよ、本当に」
 敵の意識の向き。動きの特徴、癖、速度。攻撃時の手――その全てはクロトの手中だ。
 穏やかにすら見える哄笑を終始浮かべていたクロトの容は、今この瞬間、怒りの色も連れている。
 戦場を駆り張り巡らした無数の糸が採石場全体の空気を刻み、わんっと大音響を奏でた。ただそれは、人の耳には一切の被害をもたらさない。ただただ“黒影”だけを苛む音階。
「心ない『悪人』に、善心なんて求めんな、ってな」
 小さく下ろした指、その仕草を最期に“デカダンド・ブラック”はこの世の顕現を完全に断たれたのである。


 死者には鞭打たないお国柄なんてのは建前。初七日過ぎたし世間が沸き立つならとマスコミはこぞって吾妻寛子の醜聞を垂れ流す。
 過去にプロデュースした男性アイドルの数多くに手をつけた、意に沿わぬ少年の未来は握りつぶした……等々。
 特に後の夫であるトーイの麻薬使用を他の少年に被せた件は、トーイが存命中であることも手伝い連日上へ下への大騒ぎだ。
 LED大型ビジョンがくだんの事件をがなり立てる中、スマホの声を聞き取るのは殊の外厄介だ。穹はため息交じりで何度も聞き返す、いっそ通話を切ってしまおうかなんて思ったら、泣き言が大きくなった。
「涼風さん、困りますよ~」
 本件を芸能関係にリークした穹へ、UDC職員は唇を尖らせる。
「この件は内密に処理する予定だったんですよ」
「連続殺人までは漏らしてないんだから処理はしやすいだろ。そもそも寛子殺しは表沙汰になってたんだし」
「まぁ、そうですけどねぇ。個人的には晒してくれて良かったとは思ってますよ」
 なんて、穹と同じ本音を「内緒ですよ」と締めくくり、義理を果たすための苦情は終了した。
 信号が青に変わり画面も華やかな女子アイドルの姿に変わる。
『新生! カレンダー・ガール!』
 アスカをはじめとした“ソーシャルシステム366”の野心的なメンバーが集い新たなグループで再出発を歌う。
「良かったです。アスカさん、元気そうで。これからも頑張ってくださいね」
 いっそタフでしたたかだと言うべきか。そんなアイドルの輝きをリューインは眩しげに見上げ頬を緩めた。
「……今のところ真犯人は報道されてないんですね」
 LED大型ビジョンの大音響から逃れるように、蜜はビルの日陰へと早歩きで向かう。
「さてさて、どうしましょうか」
 美紅も姫乃も至に嗾されて人殺しを強制された。
 連続殺人もつなげて至を罪に問うとしたら、実行犯の2人も白日の下に晒される。 姫乃と美紅に関しては、表沙汰にならない方がいいのだろうか? わからない。
「――誰しも間違えてしまうことはある」
 至を説いた言葉を改めて繰り返す。これは免罪符ではない、でも、罪を犯したからそれで先が断たれてしまうのは蜜の生き様として良しとはならない。
「至さんは淳二さんをある意味救った。そして罪に染まらなかった淳二さんは至さんの救い……このお二人はきっと大丈夫」
 至にはアルミィが連絡先を渡して気にかけてもいたし、最後の様子からも立ち直る力はあるだろう。
 美紅と姫乃が気がかりな蜜は、仲間からの着信に気づく。連絡網には、姫乃に会いに行くとある。安堵と共に、蜜はUDC過去ログを辿り美紅の保護場所を探す。
「……美紅さんに、何を言えばいいんでしょうか」
 まだ決めかねている。
 けれど、救おうと言葉を紡ぎに行く。冴木蜜とはそういう青年だ。


「……まぁ、いつだって連絡くれりゃあ人生相談ぐらいはのるよ」
 結局は言葉少なだった至へ、アルミィは端末越しにそう締めくくる。
「相談するまでもまとまってないんだよ」
「なら今日みたいな無言電話でもいいさ。これから淳二に会いに行くんだろ?」
 合図のように、待ち合わせ相手がついたようだ。

「……と、いう訳だったんですよ」
「そうだったんだ……」
 未だUDCのセーフハウスにて暮らしている淳二へ、詩乃は邪神の存在だけは伏せて残りの顛末を説明を終えた。
 なお、淳二は知人に母の愚痴を漏らしたに過ぎないので、この件で罪に問われる事はない。
 また兄の一誠は支援員つきの施設で社会復帰の訓練をはじめたばかりだ。一誠もまた母親の犠牲者である、カウンセリングを受けながらゆっくりとした歩みで進む事になる。
「その……至さん、気の毒すぎるな」
「そう言っちゃうんだもん、やっぱり淳二さんは優しいねー」
 なんて、今来たばかりのオレンジ髪のニュイからへにゃり笑いと共に言われてしまう。
「どんなに辛くても、まず誰かの苦しみに寄り添ってしまう淳二さん。だから、あなたの幸せは私がしっかりと祈っておきますね♪」
 そして、ニュイの背後には身を縮こまらせている至を、詩乃は手招く。
「……淳二くんには、本当に申し訳ないことに巻き込んでしまいました、その…………」
「真っ直ぐに喜んじゃいけないって思うんすけど……俺、救われたんですよ。ありがとうございました」
 命を落とした者がいる以上はしゃぐことは出来ない。ぎこちなく俯く2人へ、詩乃とニュイがそれぞれ背中に手をかける。
「ご飯、食べようよ。至さん、淳二さんは、はじめて会った時のご飯が心に沁みたんだよ」
「はい。もう準備は出来ていますよ」
 どうぞ、と詩乃が食卓へと誘った。
 食卓で「困っている人の役に立ちたい」と淳二は何度も繰り返した。
「大学とか、奨学金ってどうすればいいんだろう……」
「お金なら、俺がある程度なら助けることはできる……なぁに、もう使うアテなんてないんだ」
 申し出た至と瞳をぱちくりとさせる淳二を見比べて、詩乃はほっこりとした微笑みを浮かべる。
「おかわりいかがですか? お二人とも、これから色々なことを踏ん張らなくちゃですから」

「おや、食べてこなかったんですか?」
 セーフハウスの近くのカフェでメニューブックを閉じたクロトは、戻ってきたニュイへ首を傾ける。
「クロトさんを待ちぼうけさせるのもなんだし、詩乃さんもいるしね。向こうの食事が終わる頃に迎えに行くよ。でも、あの2人ならきっと大丈夫かなぁって……」
 すとんっと目の前に腰掛ける友人へ、クロトはメニューブックを差し出す。受けとったニュイだが表情は台詞に反して浮かない。
「それよりクロトさん。最後は危なかったよね。実は内心ひやっとしてたんだよ」
「え? 何がですか?」
 心配されるなんて心外。なにしろあの時点ではクロトのワンサイドゲームで勝ちは確定したようなものだったから。
 だが、ニュイはますますむぅと頬を膨らませるばかりだ。
「だってさ。僕を庇うなんて良い人まるだしじゃない。善性を攻撃してくださいって躍り出たようなもんでしょー」
「あ、ああ……まぁ、そうなんでしょうかねえ」
 かなわないなと頬を緩めるクロトへ、ニュイは「庇ってくれてありがと」なんてトドメまで刺してしまうのだからお手上げだ。


「久しぶりだな、憶えていてくれるかな」
「……カウンセラーの先生、ですよね」
 統哉はUDCの管理下にある更正施設にいる姫乃に逢いに来た。
「…………先生は、私を叱りに来たんですか?」
「その顔は、叱る必要なんてないと俺には見えるよ」
「うう……」
 くぐもった忍び声と共に、彼女のテーブルに黒い染みが増えていく。
「……一昨日、ママと電話で話したんです。それで…………ジュンが、ずっと飼ってた犬が……死んじゃったって」
 そこまで言って、少女は堰ききったように泣き出した。
「ジュンはおじいちゃんだし寿命だよってママが……でも、ジュンとはもう二度と会えない……そしたら、佐竹先生のお葬式で泣いてた子の気持ち、やっと、わかって…………今だって、佐竹先生は嫌いです。でも……」
 涙に濡れて持ち上がった容は、後悔と罪の意識に塗れていた。
 統哉は向かい側に腰掛けると、固く握りしめられた小さな拳にそっと手のひらを重ねる。
「命を落とすまでではなかった、そうしてしまったことを悔やんでいるんだね」
 こくりと頷いた姫乃は肩を震わせて「ごめんなさい」と零した。何もうつしたくないとつぶった瞳からは涙が止めどなく溢れ続ける。
「先生は生き返らない……私が殺したおばさんも……私、こんなひどいことをしてしまって……ごめんなさい、ごめんなさい……」
 統哉は姫乃の指を優しく解して手をつなぐ。ひとりじゃないよと知らせるように。
「姫乃がそうやって命の重さに向き合えたのを、俺は心から良かったと思うし、姫乃の償いたい気持ちを支えたい」
 涙に濡れて瞬く瞳へ安心させるよう柔らかな眼差しを合わせる。
 これからは痛みを伴う人生だろう、でも1人で苦しまなくてもいいのだと寄り添う気持ちでつなぐ指に力を込めた。
「今、とても辛いだろう?」
「うん……」
「そんな辛さを他の人が抱かないようにとか、姫乃だからできることはあると俺は思うんだ」
 つないだ指を揺らし統哉は微笑みで締めくくる。
「この手が、いつか誰かを支える事が出来る様に――それが、佐竹先生の願いでもあると思うから」
「……うん」
 姫乃は鼻を啜るとそれっきり唇を切り結んで泣くのを堪えた。


 ――冬凪至は司法の裁きへと身を委ねた。
 赤川太、佐竹紀香、田端美枝子、そして吾妻寛子、全ての殺害は自分の手で行ったと認めている。
 佐竹、田端の殺害に関わった2名についた罪名は傷害罪。ただ冬凪至の脅迫ないしは洗脳によるものであり、情状酌量の余地は多分にあると見られている。
 傍聴席には常に田端淳二の姿があった。彼は至からの支援を受け大学を受験し、弁護士を目指したいと表明しているそうだ。
 大きな痛みを残した事件の裏には尽力した猟兵たちがいた。
 彼らの力添えがあったからこそ、ここで語られた4名は命を落とさず、世界も邪神の悪意に染められることなく今日も日常を刻む――。

―終―

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年12月09日


挿絵イラスト