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🐈寒がりにゃんこと猫工房🐈

作者：西宮チヒロ

🐈この工房は我々が占拠したにゃーん
「あっ、あの……どうかここから出て行ってくれないかしら……？」
　無数の気配に怯えながらも、ハンナはどうにか声を絞り出した。
　いつものように、朝早く仕事場である工房へと向かいドアを開けたところ、この状況に出くわしてしまったのだ。
　薄らと差し込み始めた朝陽で、どうにか状況は把握できた。
　――猫だ。しかも、大量の。
　昨夜は、この冬最後であろう冷え込みだった。加えて、この工房は朝から客を迎えることもあるため、明け方になると自動で魔法の暖炉に火が点く仕組みになっている。
　何よりも、こんな平凡な村の工房に盗みに入る輩もいないだろう、と高を括って戸締まりを疎かにしていたのが最たる原因なのは明らかだった。
「ね？　ほら、外でご飯あげるから……」
「ウ～～～～～～～～～」
「フシャ――――――！！」
　先程から幾度か繰り返しているやり取りに、ハンナは大きな溜息を吐いた。当たり前だが、意思疎通ができない。
　数匹程度なら、箒を振り回したりすれば追い出せるだろう。だが、数が数だ。しかも、折角見つけた温かい寝床を奪われると察してか、どの子も皆すごぶる気が立っている。下手に手を出すと、その鋭い爪で一斉に襲いかかられるかもしれない。
　何より、ハンナは猫が大好きなのだ。できれば手荒なことはしたくない。
「ああもう……どうすれば……」
　ハンナはそう頭を抱えながら、幾度目かの溜息を零した。

🐈ねこマイスター募集なのにゃーん
「猫のお相手が得意な人、挙手――！」
　ひぃふぅみぃ、と反射的に手を上げた猟兵たちを数えながら、海藤・ミモザ（millefiori・f34789）は笑顔で頷いた。
「とある村の工房に立て籠もってる猫たちを、懐柔する！　それが今回のお仕事だよ」
　猫のアクセサリーやグッズを専門とした工房なのだが、何の因果かモチーフの猫たちに占拠されてしまったという。
「工房主のハンナさんは、ご飯で誘い出そうとしたんだけど、やっぱり実物がないとねぇ……」
　猫好きとはいえ、猫を飼っているわけではない彼女は、すぐにあげられそうな猫用フードを持ち合わせてはいなかった。これから作ろうにも、相手は多数。とてもじゃないが、それだけの量を作る時間もお金もない。
「というわけで！　みんなには、どうにかして猫たちを工房の外へ出して貰いたいんだ」
　ご飯や玩具、温かいものなどで誘き寄せたり、会話で説得したりと、方法は色々あるだろう。それぞれの望むものが満たせれば、猫たちも満足して占拠を止めるはずだ。極力、猫たちに被害のないやり方で、この事件を収束させて欲しい。

「無事解決できたら、ハンナさんの工房で猫アイテムを作ったりもできるよ♪」
　木製や銀製の細工物に、ビーズや宝石を使ったアクセサリー。勿論、布を使ったぬいぐるみやクッションなども作ることができる。
　必要な工具などはすべて工房に揃っているし、足りない材料は妖精に頼んで容易く調達して貰える。
　元から型抜きされたパーツも揃っているし、不安ならデザインを渡して、制作は職人にお任せしても良いだろう。
「仲良くなった猫がいたら、作っている間も一緒に過ごしてくれるかもね」
　あ。そのときは材料が猫の玩具にならないように気をつけてね？　と添えると、
「んじゃ、いざ、出発にゃーん！」
　ミモザは声を弾ませながら拳を掲げた。

第1章 冒険 『家屋の解放』

POW   :    肉体言語でお話合う SPD   :    インフラの切断など工作活動 WIZ   :    説得 👑7 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦１：猫転移装置
　びちびちびちびち。びちびちびちびちっ。
　酒呑・童子様（わらえや、わらえ・f26312）の掴む紐の先にある、尾を縛られた幾匹もの生きの良い魚を見つめ、ヴァロ・タハティ（キセキ・f05764）は小首を傾げた。
（……おさかな、ボクの魔法で、おいしくしておきますか？）
　いつものように音にはならないが、連れ合いのちいさなシャーマンズゴーストが何を考えているのかを察した童子様は、まるっと魚をヴァロに預けた。
　そも、空きっ腹の猫がいるかもしれないと、巨人である体躯を活かして海を――文字通り手で――掬い、浜に打ち上げられた分を持ってきたものだ。生でも食べられるだろうが、焼ける匂いがあれば尚誘き出し易いだろう。
　そう思って任せたものの、
「……ふぅむ」
　今は人型サイズとなった男は、ヴァロの魔法の炎で美味しそうな焼き色がつき始めた魚を見つめ、ひとつ唸った。
「こっちまで腹が減りそうじゃわ」
　ぽつりと零した声が届いたのか、ヴァロは魚へ向けていた視線を童子様へと移すと、またきょとりと双眸を瞬かせて小首を傾げた。その疑問へは、良い塩梅だと含みながらゆるりと笑って頷き返す。あれだけあるのだ。どうにも我慢ならなくなったら、数匹貰えば良いだろう。
「ぅにゃ～～～ん」
「みゃ――」
　美味しそうな香りに釣られた猫たちが、早速ドアの隙間から続々と姿を現した。
　ざっと数えても１０匹はいるだろうか。どの子も一直線にヴァロのほうへと向かい、瞬く間に囲まれて今にも飛びかかられそうなヴァロは、火を操りながらわたわたと慌てふためいた。ハンナに借りた皿に焼き立てほやほやの魚を移すと、猫たちは我先にと齧りつき始める。
　予定では、この後のマル秘作戦で集めた猫たちにあげる分だったが、魚ならまだたんまりとある。足りなければ、そのとき追加で焼けばいい。
　あぐあぐと食べ散らかしている猫たちは一旦置き、ふたりは工房へと視線を向けた。まだまだ、中には沢山いるはずだ。
　そっと工房のドアを開ければ、案の定、そこかしこから猫の気配を感じる。
（ここは、ボクにまかせて！）
　背丈よりうんと長い大樹の杖をぎゅっと握って翳すヴァロの意を汲み任せてみれば、黄昏色をした地縛鎖でくるりと床に円を作る様に、今度は童子様が首を捻った。
「……何じゃあ」
（出来た！　猫転移装置モドキ～！）
　猫好きの現代人であれば、噂には聞いたことがあるだろう。テープや紐などで床に円を描くと、何故か猫自らその中に入りにいくという、別名『猫ホイホイ』だ。
　早速、ヴァロの様子を見ていた猫たちが、そろりそろりと姿を現し始めた。
（これでねこもこっちに……こっち……あれ？）
　円に入ったかと思えば、そのまま通り過ぎてヴァロのほうへとぞろぞろやって来る猫たち。
（おかしいなあ）
　猫転移装置は万能なのに。
　そう円らな瞳をぱちくりと瞬かせるヴァロの表情が、次の瞬間、固まった。
「！！」
　もこもことしたフードが気持ち良さそうに見えたのか、１匹がぴょんとヴァロの上に飛び乗った。続けて２匹目、３匹目と、次々に軽やかにそのちいさな身体へと乗っかってくる。
「お主の被り物の方が好ましいらしいぞ」
（たすけて～！）
　あまりの重さにすてんと座り、ジタバタジタバタ手脚を動かすヴァロ。その姿にひとつ苦笑を零した童子様は、数匹まとめてひょいと捕まえると、そのまま円の中へと降ろした。
（頭が軽い……あ！　どうじさまがたすけてくれたんだ！）
　感謝と感激で眸を燦めかせるヴァロだったが、それもすぐさま驚きに変わる。
（わ）
　懲りずに再び飛び乗った猫の重みで、ぽふりと地に伏せるヴァロ。それを見て猫を降ろす童子様。そうしてヴァロはまた、感謝感激の眼差しを向ける。
　幾度かそれを繰り返した後、
「……埒が開かんわ」
　童子様はひとつ大きな息を零した。降ろすのもそうだが、その後に向けられる視線もなんだかむず痒い。
「ヴァロ、お主それだけ猫が寄るなら、そのまま誘き出せんか？」
（このまま？）
　ぐいーんと首を傾げつつ、意図を察したヴァロはがばりと起き上がった。やってみる！　と言わんばかりに、双眸にきりりとやる気を滲ませる。
（こっちだよ～）
「にゃ――！」
　誘うように地縛鎖をちゃりちゃりと鳴らすヴァロに、猫たちも尻尾を振りながら次々と姿を見せ始め、ついてゆく。
「そうそうそのまま……」
　次々と、次々と――それこそわらわらと止め処なく。
（きゃー！）
　その数にびっくり仰天。驚きのあまり、くるりと身を翻したヴァロは忽ち駆け出した。――童子様のほうへ。
「おい、こっちに来てどうするんじゃ！」
　驚きながらも、向かってきたヴァロを猫たちごとひょいと抱え上げると、米俵よろしくそのまま担いで外へと飛び出した。途端、庭先に満ちる焼き魚の匂いに、猫たちの眸がきらりと光る。
「みゃー！」
「にゃう～～～～ん！！」
　嬉しそうに鳴きながら、ぴょんぴょんとヴァロのフードから降りてゆく猫たち。その見事な食い意地に、ついふたりも笑みを毀す。
「……これは、追加で焼かんとな」
（それならボク、もっとやくよ！）
　首から提げた鉱石ランプを揺らしながら、大樹の杖を誇らしげに掲げながら。
（みんなでお外でおさかなたべよ！）
　ヴァロは愉しそうに、両の手を広げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦２：ほかほかスープと・ぬくぬく毛布
　工房内のテーブル越しに、鳴北・誉人（荒寥の刃・f02030）は気の強そうな黒ブチをじっと見た。さっきから、やたらとこちらを伺っている猫だ。
「――わかったわ」
「？　何がっすか？？」
「きっと腹減ってるから気ィ立ってンだよ。腹減ると俺もイライラするし」
　満腹になれば穏やかにもなンだろ、と続ける誉人に、傍らの香神乃・饗（東風・f00169）は眸を煌めかせた。
「さすが誉人っす！　腹が減ったら落ち着かないっすよね！」
「最近はさァ、イラつく前に饗が食いものくれるから一人ンときも食ってたけど、準備とかやっぱメンドくさかったし」
「へ？　一人の時も食べてたんじゃないんっすか？」
　さりげなく零された新事実に、饗はぱちくりと瞳を瞬かせた。驚きのままに「へえ」と漏らすと、ぐっと力強く拳を作る。
「これからも毎日用意するっす！　一緒に食べるっす！」
　意気込む饗には笑み声を立てながら、誉人は持ってきた荷物からカリカリキャットフードの袋を取り出した。１つを手に取り見せびらかせるようにゆらゆらと揺らせば、猫たちは音もなくすくっと立ち上がる。
　視線は勿論、フードの袋。紛うことなく、あれは捕食者の眼だ。
「欲しいだろ？　でも、このスペシャルオヤツは一緒に遊んでくれなきゃあげらンねえなァ」
「なら、まずは俺の味噌汁はどうっすか？　トウモロコシとカツオ、昆布をミキサーで荒く潰し温めたコーンスープっす！」
　言いながら、大きな保温容器をテーブルの上へと置き、蓋を開ける。途端、ふわりと漂った美味しそうな香りに、猫たちの瞳がきらりと光った。
「みゃ――」
「にゃーん」
「食べてくれるっすか？」
　各々に鳴きながら、ダッシュで駆け寄ってきたり、弾むような足取りで来たり。早速の千客万来に、饗も笑顔でスープの入った皿を次々と並べてゆく。
「たらふく食べさせてあげるっす！　あ。勿論、誉人も食べられるっすよ！」
「お、じゃあ貰おうか」
　猫用に薄味にしてはいるが物足りなければ、と塩の入った小瓶を添えて、饗は相棒と自分の分も器によそった。ふんわりと香る山と海の匂いが食欲をそそる。
　味が足らなければ後で塩を足せばいい。まずは改めて味見を、とそのまま一口飲む饗に続いて、誉人はぱらりと軽く塩を振ったそれを口へと運んだ。
　良い塩梅の塩味と旨味が、じんわりと身体へ染みてゆく。それを幸せと感じるのは、どうやら自分たちだけではないようだ。がつがつとものすごい勢いで飲む猫たちに、誉人の口許も思わず緩んだ。
「誉人、この猫は何猫っすか？」
「そいつはシャム猫だな。……って、そんな猫もいるのかよ」
「珍しい猫なんすか？」
「まあ、野良ではまず見かけねえな」
　気づけば最後の一口を啜りながらあたりを見遣れば、ペルシャ猫やロシアンブルー、メインクーンなどなど、本当に多種多様な猫たちがいた。単なる野良ではなく、妖精の住まう世界ならではの状況なのだろうか。そんなことを考えていれば、ふと隣からの視線に気づく。
「この猫と写真撮っても良いっすか？　誉人も一緒にっす」
「お前の好きにすりゃイイよ」
　そわそわとする様はまるで幼子か動物のようで、ついひとつ吹き出しながら誉人は眸を細めた。ぱしゃりと軽快な音とともに切り取られた一瞬は、猫もふたりも、誰もが愉しそうだ。
　腹ごなしも終わり一息ついたところで、ふと暖炉の火に気がついた。食べ終わった猫たちの一部も、魔法で点火するというそれの周囲に集まり始めている。
「そういや、寒くってもイラつかねえ？　俺だけか？　毛布って正義だと思うンだけどォ」
「じゃあ、毛布でぬくぬくするっす！　捕まえるっす！」
「わあ饗、まてまて！」
　ばばーんと取り出した着る毛布を広げて猫の背後に近寄ろうとした相棒の肩を、誉人は慌てて掴んだ。きょとりと向けられた不思議そうな双眸に、はあと短く息を漏らす。
「そんなんしたら怖がっちまうだろ？　捕まえンのはもうちょっとしてからだって！」
「！　解ったっす！じゃあ、毛布着て寝て待ってるっす」
　言って、早速ごろりと暖炉の前で横になる饗。最初は驚いて距離を取った猫たちも、動かない様子を見て再びそろりそろりと近寄ってきた。他の子も誘うように、誉人も笑顔を見せる。
「ネコチャーン。温かいよォ。ほれ、こっち来ーい」
「なぁ～ん」
「みゃ～～」
　とてとてと拙い足取りでやってきた仔猫たちを、もふもふ毛布で柔く包み込む。もぞもぞと動きながらぱっと現れた愛らしい顔に、誉人も堪らず破顔した。
「さてと、じゃあ俺も寝るかな」
　腰を下ろし、潰さないように優しく抱きかかえていた毛布と仔猫たちをそっと床に降ろすと、そのまま毛布に包まりもこもこの饗の身体へと頭を預けた。ぱちぱちと柔らかな火花を散らす暖炉の火が、緩やかに眠気を誘ってゆく。
　ふたりが猫だまりの中央にいることに気づくのは、もうすこし先のこと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦３：ネコミュニケーションと魔法のおやつ
　おじゃましまーす、と扉を開けた歌獣・苺（苺一会・f16654）とルーシー・ブルーベル（ミオソティス・f11656）は、眸を丸めてひとつ瞠目した。
「わっ、聞いてた以上に沢山いる……！」
「うわわ。本当、ネコさんがいっぱいね？？」
　床、テーブル、棚の中――ありとあらゆる所で、寛いだりじゃれ合ったりと、自由気ままに過ごしている猫たち。
「あったかい所に居たい気持ちは良く分かるのだけど……」
　さてどうしようか、と思案し始めたルーシーは、「まるで大きな猫さんベットみたい！」と隣で声を弾ませる苺に視線を向ける。
　悩むことなんてない。自分には心強い友達がいるではないか。
「ここはびぃすとますたーな苺の出番ね！」
「ふふん、任せてルーシー！　びぃすとますたぁ・まいちゃんにおまかせっ☆」
　きらりん、と眸を煌めかせると、苺は魔法のアイテム――猫まっしぐらの『ちゅうる』をルーシーの掌に乗せた。
「コレ持って私の猫語、真似してね？」
「う？　ルーシーもマネするの？」
「もっちろーん」
　とびきりの笑顔をひとつ添えると、歌うように軽やかな声で猫たちに呼びかける。
「にゃっにゃにゃー！」（ねっこさーん！）
「にゃっにゃにゃーん？　……こう？　――ひぇ」
　途端、一気に猫たちの視線がふたりへと集まった。開けた封から、香りでも漏れ出ているのだろうか。ならば、流石の謳い文句と言ったところだろう。
　何にせよ、その本気かつ真剣な眼差しに、ふたりは思わず気持ちがたじろいでしまった。正直ちょっとこわい。が、怯んでいる場合ではない。
「……にゃーる！　にゃにゃーにょー！」（ちゅうる！　ほしいこー！）
「にゃ、にゃーる、にゃにゃにょー！」
　意を決した苺に続いて、ルーシーも復唱する。なにか少し違うような気がするけれど、多分大丈夫だ。
「！！　……ルーシー！　来るよ！！！」
「えっ！？　どうし――」
　驚きの眼差しを向けたルーシーの手を咄嗟に掴むと、苺はくるりと身を翻してそのまま工房を飛び出した。なにがなんだか分からぬまま引っ張られるルーシーは、振り向きざまに見た光景に今一度目を瞠る。
「「「「「にゃ――――――――っ！！！！！」」」」」
「って、一斉にネコさん達が走ってきたわ苺！？」
「このまま陽当たりの良い所まで逃げるよ～～～っ！」
　苺の叫びに頷くと、ルーシーはふかふかの手を握る指先に力を込めた。眼を血走らせて猫まっしぐらの勢いで続いてくる十数匹の猫たちを誘うように、そのまま眼前に見えた芝生の庭先まで一直線に走り抜ける。
「ひぃ……ひぃ……」
「ああ……」
　息を切らしながら、ふたりは身を委ねるように芝生に寝転んだ。透いた水色の空にゆったりと流れる雲。そして、春の気配を帯びた冬の陽に包まれながら、漸く呼吸も落ち着いてくる。
「猫さんに追いかけられるネズミさんの気持ちが分かったかも……」
「逃げるネズミさんのお話、絵本で時々みたこと、あるわ……」
　獲物を狙う猫の意気込みを肌で感じた苺とルーシーは、そのままちいさく笑みを洩らした。気づけば、追いついた猫たちが我先にと求めるように、ふたりの手や頬を舐め始めている。
　ごろりと身体をルーシーの方へ向けた苺が、ふにゃりと笑う。
「ね、少し猫さんたちと日向ぼっこしていこうよ」
「ふふ……そうね。ちょっとキュウケイしましょう」
　ルーシーもふわりと笑うと、ふたりは身体を起こして、両手一杯に『ちゅうる』を乗せた。
　配るときは勿論、とびっきりの笑顔も添えて。
「さ、ネコさん。オヤツめしあがれ！」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦４：メロメロ×メロメロ
「ねこだ！　いっぱい！！」
　工房へと入った途端、視界いっぱいに居る猫たちに眸を燦めかせたセト・ボールドウィン（木洩れ陽の下で・f16751）の隣で、
「……なにこの夢空間、やべーな」
　早速、幾匹かに足許へとすりすりされた浮世・綾華（千日紅・f01194）は、蕩けてしまいそうな口許を咄嗟に押さえた。猫は２匹共に暮らしているほど大好きな男は、基本的に従順かつ敬虔なお猫様の奴隷だ。
「可愛いね」
「だな、可愛すぎる」
　綻ぶままに顔を見合って、もひとつ笑みを深くする。セトとしては、本当ならばすぐにでも駆け寄り、ぐりぐりと撫で回したいくらいなのだが、そこはぐっと我慢した。話に寄れば、お腹も空かせているという。ならば、屹度なにか食べてからの方が愉しく遊べるだろう。
「じゃーん！」
「お、いいもん持ってきたじゃん」
　セトが取り出した大皿には、予め茹でておいた鶏のささみがこんもりと乗っていた。勿論、食べやすいよう細かく解してあるものだ。「これで猫ちゃんたちもセトにめろめろネ――」なんて綾華が言うものだから、しゃがんだセトもご機嫌な笑顔で猫たちへと声を掛ける。
「ごはんだよ――って、はや！」
　余程空腹だったのか、近くにいた子は勿論、すこし離れた場所にいた子らまで、皆こぞって飛び出してきた。
　そうして瞬時に察する。
　――確実に、狙われている。
「にゃ――――――っ！！」
「ぅみゃ――――！！！」
「まってまって、そんな急がなくてもササミは逃げないよ――わああ！　囲まれてる！？」
　我先にと、途中仲間を踏みつけたりもしながら一斉に向かってきた猫たちは、皿に突っ込む勢いのまま、セトの身体をよじ登り踏みつけてゆく。
　呑気なけわいを纏っていた綾華も、流石にその様子には一瞬呆然としたが、すぐさまくすりと笑みを洩らした。
「すげー人気者」
「どうしよ綾華。何か動けない……！」
「いいじゃん、あったかそうで」
　実際あたたかいだろうし、何よりも猫まみれなセトはどこまでも愛らしい。その貴重なワンシーンをさり気なく写真に収めたところで、綾華は漸く助け船を出した。
「かわいこちゃんたちー。セトばっか構ってないで、俺とも遊んでよ」
「みぅ？」
「にゃっ」
　慣れた手つきで玩具をふりふりと揺らせば、途端に食いつく猫たち。そうして食べ終えた子からすこしずつ引き離していき、どうにか救出されたセトは、ひとつ大きな息を吐いた。
「よしよし、いい子。可愛いなあ」
　お腹も満たされて一心地もついたのだろう。膝に乗せた子の背を優しく撫でながら、空いた手でもう１匹と玩具で遊んでいた綾華は、隣へと腰を下ろしたセトへひらりと画面を見せた。
「みてみてさっきの。ねこまみれのセト。すげーいい写真じゃない？」
「え。なに、写真なんて撮ってたの？」
　慌てて見てみれば、確かにさっきのハプニングが確りと写真に収められていた。「変な顔してる、俺」ぼそりと零した傍らで、「なに。おまえもみたいの？」と綾華はじゃれつく猫にも画面を向ける。
　その横顔が、愉しそうに柔く笑うから。
「へへ。まあいっか！」
　何故だか自分も嬉しさが込み上げて、セトもまた、満面の笑顔を浮かべた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦５：猫じゃらしと羽根の釣り竿
　――ねこマイスター。
　その単語を前に、陽向・理玖（夏疾風・f22773）は軽く思案する。
「……あー。俺にも手伝えるかな？」
　猫は好きだが、扱いに慣れているかというと良く分からない。ならばここは、適任者に教えて貰うのが良いだろう。
「じゃあ、瑠碧センセー教えてくれ」
「私は先生では無いような……」
　零しながらも、泉宮・瑠碧（月白・f04280）はふわりと口許を綻ばせる。
「はい、猫と遊ぶ感じで大丈夫ですよ」
　幸い、今日は冬の終わりとはいえ、あたたかな日和だ。動物と話しながら日向ぼっこをするには最適だろう。そう一通りの説明を受けると、「おーすげぇな」と、理玖もまた真剣な眼差しで首肯する。
「さすが瑠碧。俺何言ってるか全然分かんねぇわ」
「実際、やってみた方が分かりやすいかもしれませんね。もし渋る子がいたら、その玩具も使ってみましょう」
　渡された猫じゃらしと釣り竿を持ってはみたが、恐らく単に振れば良いというものでもないのだろう。ねこマイスターの奥の深さに、ひとつ息を飲む。
　工房内へと入ると、探すまでもなく至る処に猫たちがいた。足で耳の後ろを掻いたり、のんびりと寝転がっていたりする様を見ると、確かに問答無用で追い出すのも無慈悲と言えよう。
「どの子から行く？」
「そうですね……あの子たちにしましょう」
　瑠碧が視線を向けた先には、生後数ヶ月ほどだろうか。他よりも小柄な猫たちがじゃれ合って遊んでいた。
　年齢的に、見るものすべてが新鮮に映る好奇心旺盛な時期。玩具にも飛びつきやすいだろうという、瑠碧の見立てだ。
「そっか？　じゃあ興味持ちそうなおもちゃ試してみるか」
「はい。まずは、私からやってみますね」
「あ、使う？」
「ありがとうございます」
　理玖から猫じゃらしを受け取ると、警戒させないよう、瑠碧はある程度距離を取った場所にそっと屈んだ。
「……いざ」
　まずは軽く振ってみる。興味を引くなら、この程度で十分だ。
「みゃーみゃー」
　案の定、目敏く見つけた１匹が、ハスキーボイスで鳴きながらとてとてと寄ってきた。まだ歩き慣れていなさそうな歩き方も愛らしい。
　その姿に内心和みながらも、瑠碧は巧みに猫じゃらしを操り始めた。
　ぽふん。ぽふん。右へ、左へ。押して、引いて。ときに俊敏に、ときに緩慢に。ぱしっ、ぱしっと捕まえんと伸ばしてくるちいさな手の動きを読みながら、捕まえられないぎりぎりでそれを躱す。
　そのまま瑠碧がゆっくりと後退し始めれば、仔猫もそれに倣って前進してゆく。そうして工房の外まで連れ出したら、敢えて猫じゃらしを捕まえさせればゴールだ。漸く獲物を捕まえた仔猫は、満足そうにがじがじと猫じゃらしの先を囓っている。
「なるほど、大体分かった。釣り竿はどんななんだ？」
「基本的には、猫じゃらしと同じですよ。捕まえられそうで、捕まえられない。じらすように動かしてみてください」
「おう！」
　まずはものは試しにと、残っている仔猫に向けて、ぶらーんと釣り糸を垂らしてみる。糸の先には大きな鳥の羽根がついていて、その重さだけでも不規則に動いてくれる優れものだ。
「！」
　早速興味を引けたようで、仔猫が２本足で立ちながら手を伸ばしてきた。反動で大きく弧を描く羽根につられ、ぱたぱたぱたぱたと仔猫も左右にジャンプする。
「おっ！」
　躱したと思った途端、羽根に爪が引っかかりピンと強く糸が張った。けれどそれも一瞬。すぐさま爪の外れた羽根を、理玖が慌てて引き戻す。
「すげぇ！　瑠碧、コレ意外と面白い」
「猫も夢中ですから、力が強いですね」
「って、お前なかなか活発だな！？」
　自然と声を立てながら笑う理玖は愉しそうで、そのほのぼのとした景色に瑠碧もまたふわりと微笑んだ。
　目の前でちらつかせたり、不意に竿を下げたり。仔猫との攻防を繰り返しながら外へと誘えば、いつの間にやら１０数匹の猫たちがふたりの周りで寛いでいた。近くにいた仔の頭を撫でると、嬉しそうに眸を細める。
「こんな風に猫と遊ぶこと滅多にないから、なかなか面白かったなー」
「はい、楽しかったです」
「って、工房主さんに聞かれたら怒られちまいそうだな」
「……あ、そうでした」
　満足そうな理玖に和んでいた瑠碧は、そう言ってあたりを見渡した。
　猫たちも寒さを凌ぐために工房にいたのだ。村の何処かに防寒場所を作れないか、後でハンナに尋ねてみよう。村全体で面倒が見られたら素敵なのだが、もし駄目だったとしても、猫を好きでいてくれたらそれでいい。
　そう思っていた矢先に、少し離れた庭先からハンナの声がした。
「猟兵さーん！　この木材を使って、そこの空き地に猫のおうちを作ろうと思うんですけど――」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦６：ひなたとぬくもり
　工房の扉の前に立っていた雨倉・桜木（花残華・f35324）は、ひとたび強く吹いた風にぶるりと身を震わせた。
　確かに、春は間近とはいえ、夜風はさぞ寒かっただろう。猫はあたたかい場所が好きなものだ。こればかりは仕方がない。
　ならばと工房のドアを開けた桜木は、右から左へと一通り視線を巡らせた後、部屋の一角に目星をつけた。暖炉から最も遠い、窓際の場所だ。他よりも寒いのだろう。皆、身を寄せ合って身体を丸めている猫だまりへとそっと近づくと桜木は静かに愛鳥・ゴウカクくんを喚ぶ。
　その途端、ほんわりと男の周囲の温度が上がった。暑すぎず、寒すぎず、ぬくぬくとした丁度良いあたたかさだ。
「寒いだろう？　それなら、ぼくに任せておくれ。まるで春の日向のようなあたたかさの中で、お昼寝とか如何かな？」
　外はまだ陽射しや風が冷たくとも、自身の傍にいればそんなことすら些末なことだ。だからあわよくば、すこしだけもふもふさせて欲しい。言外にそんな想いを滲ませながら、桜木は猫たちに声をかけた。
　これで動物会話があれば――そう思った丁度そのとき、夜鳥・藍（宙の瞳・f32891）もまた工房へと姿を見せた。
「たくさんの猫さん！　……んん、ごほん」
　振り返った桜木と目が合った藍は、ひとつ咳払いをすると改めて挨拶をした。桜木の案を聞き、深く頷く。
「暖房を切ってしまえばあっという間にいなくなるとは思いますが、でもそれはもったいな……暖房を入れ直すのも大変ですよね」
「そうなんだよ。この子たちの顔を見てると、余計にね」
　けれど、言わばここは一時の借宿だ。いつかは出て行かねばならないし、できうるなら手荒な真似はしたくはない。そう意見の一致を見た藍は、そうですね、と少し思案すると、一旦工房から出た場所で月のカードを取り出した。
「白銀、おいで」
　喚び出したのは、娘の身長の倍はあろうかというほどの、翼を持った銀狼だった。確かに大きな体躯だが、アポカリプスヘルの戦争では相応に猫の相手もできていた。きっと、今日も大丈夫だろう。
「……ええ、今回も猫さんのお相手です、お願いしますね」
　藍と短いやり取りを終えた白銀は、ふさふさの尾を揺らしながら少し離れた場所でごろりと横になった。それを見届けた藍は、再び工房の中へと戻る。
「準備はできたかい？」
「ええ。では、始めましょうか。――猫さんたち」
　後半、明らかに人の言語ではない言葉を発した藍の声に、あたりの猫たちが一斉に振り返った。なにが始まるんだろう？　そんな様子で、円らな瞳を向ける。
「もしもし、もっと暖かい場所がありますよ？　例えば――」
　藍が視線を移した先、入口近くににはゴウカクくんを連れた桜木が立っていた。既にその周囲のあたたかさに釣られて集まっていた猫もいるが、藍に促された子たちも立ち上がり、誘われるように桜木の方へと向かってゆく。
　そのまま後ろ手で扉を開ければ、その向こうには横座りをした白銀の姿。ゆっくりと後退しながら外へ出る桜木とともに、藍も猫たちへと声をかけながら白銀の元へと戻ると、その柔らかな毛並みに埋もれるように抱きついてみせた。
「いかがでしょう？」
　ちらりと伺うように猫たちを見れば、俄然興味が湧いたのだろう。みゃーにゃーと鳴きながら、他の子たちもわらわらと工房から飛び出し、白銀の毛へと次々とダイブした。
　もふんと埋まる子や、よじよじと登ろうとする子。お腹のあたりの特等席を見つけて早速丸まる子。どの猫たちも愛らしくて、藍の口許も自然と綻ぶ。
　桜木の周囲もまた、猫たちで溢れていた。その一帯だけ春が来たかのような、ぽかぽかとした心地良さに、どの子も微睡み寝転んでいる。
　一番間近の子のもふもふとした毛並みを撫でながら、
「ありがとう、ゴウカクくん。君には、何か報酬をあげなきゃね」
『ボク、桜木の角の花、いくつか欲しいなぁ。おやつにする』
「……おやつ？　……えぇ……わかった」
　一瞬怪訝そうな顔をしながらも、ひとつ溜息を零した桜木は、自身の枝から幾つかの花を取って掌に乗せた。それを美味しそうに啄む愛鳥は良いことなのだが、何故だか捕食されているような気分でもあり心中複雑だ。
　まだ寒さの残る冬の終わり。
　けれどその庭先では、一足早い春の日向と、どこよりも柔らかなぬくもりが満ちていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦７：神様オススメ暖炉つき物件
「可愛いですねぇ。もふもふですねぇ。愛らしいですねぇ。可愛いですねぇ」
　ニャ～ン！！　なんて、猫語が漏れてしまうほどに、大きさも毛色も様々な猫たちに囲まれ、豊水・晶（流れ揺蕩う水晶・f31057）は眦をゆるゆると緩めていた。
　しゃがんだその足許からよじ登ってきていた仔猫を優しく抱き上げると、膝に乗せてひとつ頭を撫でる。
「でも、幾ら可愛いと言っても誰かに迷惑をかけるのはいけませんよ」
「みゃう？」
　瞬間、周囲の猫たちがふわりと宙に浮いた。神様である晶の、神通力だ。
　突然の出来事に慌てふためくかと思いきや、猫かきをしたりされるがままでいたりと、意外と彼らも肝が据わっていた。大丈夫な様子を確認すると、晶はそのまま工房の外の庭へと連れ出した。適度な広さのある場所で、柔らかな芝生のうえにそっと降ろす。
　すぐ近くには、予め設置しておいたグランピングテントがどーんと存在感を放っていた。
　カクリヨファンタズムで購入した、スペシャルな暖炉つきのそれは、なんと『謎魔法で掃除も不要！』と謳われていた一品。そのまま１００年は持つらしいから、このまま敷地に置かせて貰えないか後で交渉してみよう。勿論、謝礼はたっぷりと添えて。あとは、たまにネコニウムを補充させてもらえれば言うことはない。
　そんなことを考えながら、晶は改めてテントと猫たちの様子を見る。
　既にぽっかぽかに暖めていたからか、そのぬくもりに惹かれ、猫たちは自ら進んでテントの中へと入り始めていた。
　途中、こてんと転んでしまった子は両手で支えて起こしてあげながら、連れてきた子たち全員をテントにごあんなーい♪
「むふふ。もう逃げられませんよぉ」
　きらりと眸を燦めかせた晶の両手には、『ちゅうる』とマタタビがばっちりスタンバイしていた。
「にゃーっ！！」
「みゃ――ん！」
　猫たちの反応も上々。満足げに頷きながら、晶は蕩けるような笑顔を零す。
「さあ、おやつの餌食になり、私にあなた達を吸わせるのです！」

大成功 🔵​🔵​🔵​

🐈作戦８：ゴロゴロねことおふとんの精霊
「はーい！　猫のことなら私に任せて！」
　とびきりの笑顔を見せた疾風・テディ（マイペースぐだフェアリー・f36106）が、お気に入りの色鉛筆でさらさらさらりと宙に絵を描き終えると、ぽぽぽぽぽぽぽぽぽん！　と９匹のゴロゴロねこが現れた。
　増えてるじゃないか！　なんて突っ込みは不要だ。彼らはなんと、手をつなぐスペシャリストたちなのだから。
「みんな、猫さんたちを説得だ！」
『にゃーん』
『みゃう～～ん』
　テディの号令にテンポ良く返したゴロゴロねこたちは、そのまま近くにいた猫たちの肉球をぱしっと取った。きょとんとする子らに『大丈夫だよ！』と言わんばかりに短く鳴くと、そのまま工房内の猫たちをぞろぞろと外へ連れ始める。
「さあ、お外で一緒に遊ぼ！　追いかけっことか隠れんぼとか！　お外の方が広々で楽しく遊べるよ！」
　得意な猫語で、庭先から愉しげに呼びかけるテディ。手にした玩具と猫ごはんを巧みに活かして猫たちを先導し終えると、花のように綻びながら集った子たちを出迎えた。
「わーい！　じゃあ、かけっこしよ！」
「にゃん！」
「みゃみゃっ！！」
　言いながら駆け出したテディの後を、猫たちもまた弾む足取りで追いかける。
　よじ登ってきたり、ダイブしてきたりした仔猫たちはぎゅっと抱きしめて。もふもふとした毛に頬を寄せれば、一層笑顔が深くなる。
　冬の陽だまりに柔らかく溶けてゆく、精霊のように軽やかなステップと笑い声。それが次第に止んだかと思えば、芝生のうえでごろりと横になり、猫もテディもおしくらまんじゅうで暖を取っていた。
　その周りを燦めく光――おふとんの精霊『うもたん』が、きっと素敵な夢を届けてくれるだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

🐈作戦９：土ネズミと追いかけっこ
　工房へと意気込み突入したグァーネッツォ・リトゥルスムィス（超極の肉弾戦竜・f05124）は、予想以上の状況に唖然とした。
「５匹……１０匹……いや数えるのはやめよう、本当にネコが多いぞ！？」
　ふるりと頭を振り、気持ちを切り替える。これだけの数ならば、寧ろ挑み甲斐があるというもの。「オレが纏めて相手してやるぜ！」と意気込み新たに腕を組む。
（ぐっすり寝た後は、朝の運動が定番だ）
　自由人なオレと自由なネコなら、気持ちは同じはず。そう考えたグァーネッツォは、ちいさな身体を更に縮め、大地の小人へと変じた。同時に現れた耳と尻尾は、土ネズミのそれ。
　――そう、グァーネッツォ自身がネズミという囮になる作戦だ。
「チュー、朝だチュー、餌が逃げちゃうチュー！」
「にゃっ！？」
「みゃ――――っっ！！」
「……うわっ」
　能力も駆使したその見事な挑発に、四方にいた猫たちが次々に身体を起こした。分かってはいたが、そのかなりの数に、思わず尻込みそうになってしまう。
「こっちだチュー！」
　ぐっと視線に力を込めると、グァーネッツォは勢いよく地を蹴り走り出した。１匹でも多くの猫を引き連れて、工房の外へと行く――シンプルな作戦だが、体力のあるグァーネッツォだからこそできる作戦だ。
　テーブルの下を駆け抜け、棚を飛び越え、家具の隙間をすり抜ける。わざと捕まえられそうな際どい距離を保ちながら、ついに２０匹ほどの猫たちを釣ったところで、娘は突如踵を返した。そろそろ体力の限界だ。
　開けっぱなした扉の先、柔らかな芝生の敷き詰められた庭先へと飛び出すと、変身を解きながらごろりと寝っ転がった。それに続いた猫たちも、そのまま娘へと傾れ込んだ。
　じゃれるようにぺろぺろと頬を舐める猫たちに笑みを零すと、降参だと言わんばかりにふらふらと手を振る。
「いい勝負だったチュー。……って、いかん。語尾がネズミのままだった」
　苦笑を洩らしながら、グァーネッツォはゆるりと上半身を起こした。丁度傍にあった荷物を手繰り寄せ、中からとっておきの魚の切り身を取り出す。
「ほら、プレゼントだ」
　手近な子の目の前にぷらりと掲げると、くんくんと匂いを嗅いだ直後、ものすごい勢いで食べ始めた。それを見た他の猫たちもこぞって集まり、思い思いに新鮮な魚を堪能している。
「ははっ。じゃあ、オレも腹ごしらえとするか！」
　自分用に持ってきたのは、ふかふかのパン。猫たちに囲まれたその中央で、グァーネッツォは大きく朝ご飯へと齧りついた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

🐈作戦１０：歌と笛と踊りと
「わっ……！　聞いてはいたけど、本当にお店がにゃんこだらけ……！！」
　工房の有様を目の当たりにした真宮・奏（絢爛の星・f03210）は、思わずその場で足を止めた。自分にとってはまさに楽園だが、実際に工房を経営している人たちにとってはそれどころじゃないだろう。
　とはいえ、勿論猫にも罪はない。ここは穏便に退去して貰うのが一番だ。
　その解は、奏の両側に立つ神城・瞬（清光の月・f06558）と真宮・響（赫灼の炎・f00434）も同じだった。
「おやおや、大事なお店が猫だらけになってしまっていますね。悪意はないのでしょうけど……」
「ああ。まさしく占拠、だな。大事件だ。一部の人にはご褒美だろうが――」
　言いながらちらりと娘を伺えば、その双眸にはハートマークが見て取れた。興味津々といった様子で足許にすり寄ってきた仔猫を抱き上げると、奏は瞳を一層煌めかせる。
「もふもふ……可愛い……」
　腕の中の仔を満面の笑顔でそっと撫でる姿に笑みを零しながら、響と瞬は一度店の外へと出た。入口の扉は開けたまま、少し離れた庭先で、響は喉の調子を整え、瞬は銀のフルートを構える。
「行くよ！」
　奏の合図で、フルートの柔らかな音色が響き始めた。次いで伸びやかな歌声が重なり、そのアップテンポなメロディに合わせた奏の軽やかなステップが工房に響き渡る。
「にゃっ、にゃう！」
「みゃー！　みゃ！」
　元気で生き生きとした奏のダンスと情熱的な響の歌声に惹かれるように、忽ち何匹もの猫たちが集まった。寄ってきてくれるのは寧ろ大歓迎！！　と言わんばかりにゆるりと笑うと、奏は手にしたカリカリをちらりと見せながら、庭で待つふたりの元へと少しずつ場所を移してゆく。
「な――ん」
「にゃ～～～～～う」
　庭へと出れば、より鮮明に聞こえる歌と笛の音に、猫たちはこぞって大興奮！
　瞬は、ふわりとあたりを舞う精霊を捕まえんと跳びはねる子らを肩や頭に乗せ、カリカリをプレゼント。響もまた、集まったちいさなギャラリーたちにとっておきの歌を披露する。
「さて、これで店の中の猫はあらかた退出したか」
「ええ。誘い出し作戦、成功ですね。……奏、その子は？」
　気づけば、１匹の三毛の仔猫を抱きしめている奏に、響はふわりと笑ってみせた。
「奏、その三毛猫、気に入ったのかい？」
「……うん」
　おずおずと伺うように仰ぎ見る視線に、
「まあ、狐も狛犬もいることだし、飼ってもいいかもねえ」
「そうですね、三毛猫さんも奏を気に入ったみたいですし、家の一員として向かい入れるのもいいかもですね」
　苦笑を洩らしながら言う響に続いて、瞬も柔らかに微笑みながら頷いた。
「ちゃんとお世話するんだよ？」
「はい、ちゃんとお世話します！！」
　瞳を一等煌めかせながら大きく頷いた奏は、そのまま仔猫の頬にふわりとすり寄った。円らな瞳と見つめ合い、新しい家族へと陽だまりのように笑う。
「今日から宜しくね」
「みぃ！」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦１１：カラス殿大活躍！
　工房の窓越しに室内を覗いた吉備・狐珀（狐像のヤドリガミ・f17210）は、忽ちぱあっと綻んだ。
「お猫さまが！　お猫さまがいっぱい！」
「おぉ……いっぱいだ。これだけ居つかれると、確かに圧もすごい」
　そう頷きながら扉を開けた落浜・語（ヤドリガミの天狗連・f03558）の隣で、狐珀がその眸を一層煌めかせる。
「みゃ～～」
「にゃーん」
「語さん、あっちにもこっちにもお猫さまです！　お猫さまがこんなに！」
「うん、そうだな。お猫さまだらけだ」
「ああ、この子も可愛い。あっちの子も……！」
　クロ、ブチ、トラ。ぴんと長い尻尾の子に、鍵尻尾の子。ぽてぽてと歩く仔猫もいれば、どんと迫力のあるふくよかボディの大将もいる。まさにここは、猫の楽園だ。
「……狐珀、もふもふしていいけれど、連れだしてからな？　広い所でやろうな？」
「……。ぁ……。そ、そうですね。まずはこの状況をどうにかしなければいけないのでした」
　我に返った狐珀は、苦笑を洩らす語へそう返すと、今度はきりりとした眼差しであたりを見渡した。室内はどこも暖かいが、特に暖炉の周囲に猫たちが集中している。
　試しにふたりで持参したご飯や玩具で興味を引いてみたが、近くまで来てはくれるものの、すぐ踵を返されてしまった。
「お猫さま、やはり外が寒いから工房から出るのを渋っていらっしゃいますね」
「とは言っても、どうにか外に出さないと……」
「あと一押し……どうしましょう」
　思案する狐珀を見ながら、ふと。
（音に結構敏感だっていうし、猫の鳴きまねで寄ってきたりしないかな）
　なんて思い浮かんだ語だったが、すぐさま思い直した。
（……うん、本職じゃないからやめておこ、恥ずかしい）
「どうかされました？」
「あ、ああ……って、カラス、喧嘩しなくていいから。喧嘩が目的じゃないから……！」
「カラス殿！」
　いつの間にか、数匹の猫を相手に思いっきり威嚇している愛鳥へと止めに入ろうとした語と狐珀は、伸ばしかけた手をぴたりと止めた。
「語さん、これ……」
　果敢にも喧嘩を売るカラスと、喧嘩上等と言わんばかりにそれを買う猫たち。
　威嚇するように鳴く二者の対立だったが、扉の外へと羽ばたくカラスを追うべく猫たちも一斉に駆け出した。
「……猫集まってきてるし、そっちは任せた」
　ひらりと手を振ると、語は狐珀を連れて庭へと出た。柔らかな芝生のうえに毛布を敷物代わりに敷くと、狐珀とふたりで並んで座る。
「お猫さま、この上なら寒くありませんよ」
「みぃ、みぃ」
「にゃうー」
　毛布のふかふかとした感触が気に入ったのか、ふみふみし続ける子たち。カラスと猫たちも、気づけば身を寄せ合って寛いでいる。
「ほら、猫缶も。寒い中、外に出てきてくれたしな」
「玩具もたくさんありますよ」
　狐珀の周りでじゃれる猫たちに笑みを零し、語もまた、膝のうえで丸まる仔猫をふわりと撫でた。
　愉しいひととき――猫たちのもふもふ幸せ日和。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈作戦１２：玩具と三食昼寝つき？
「にゃ～～～」
「ぅみゃー」
「猫がたくさんですオク殿！」
「はい、リュカさん！　猫さんがいっぱい、可愛いです」
　めくるめく猫の園を前に、知らぬ間に頬が緩み始めていたリュカ・ラス（ドラゴニアンの剣豪・f04228）と日隠・オク（カラカラと音が鳴る・f10977）は、はたと正気に戻った。危ない。気を抜くとすぐにでも猫と戯れたくなってしまう。
「では、ハンナ殿の為に頑張りましょう」
「猫さんと遊びましょ――いえ、外にだしましょう！」
　言い直したオクに苦笑しながら、リュカはぐるりと現場を確認した。
「１匹ずつ外に出していきましょうか。おもちゃで気を引けば、外まで行ける気がします」
「それなら私に任せてください。猫の好きなものリサーチしてきました」
　言いながら取り出したのは、様々な種類の玩具と猫缶だ。
「色んな種類があるんですね」
「はい。これがけりぐるみで、これが猫缶で……。猫缶は、外で招くように置いてみましょうか」
　その様子をじっと見つめる猫たちの視線に気づきながらも、猫缶を外に置き、玩具を手に持ち準備万端！　まずは先手をと、オクが一歩前に出る。
「おいでおいで」
「にゃ――ん」
「みゃ！　みゃん！」
　大きな羽根のついた釣り竿を振れば、円らな瞳を燦めかせながら仔猫たちが飛びついた。
「か、可愛い」
　試しに右へ左へと動かしてみれば、ちいさな毛玉たちは弾むように駆け寄っては、キャッチしようとふわもふの手を必死に伸ばす。
「こっちです、こっちですよー」
　ぱたぱたぱたぱた、ぽてん。ぱたぱたぱたぱた、ころん。
「かわいい、楽しい……」
　躓いたり、他の仔を踏んづけたり。もみくちゃになりながらも羽根に夢中な仔猫たちに、オクもまたメロメロだ。
　片やリュカも、大きな猫じゃらしを手に奮闘している。
「ほーら、おもちゃですよー。ゆらゆら楽しいですよー」
「にゃ！」
「みゃ～～～っ」
　玩具の扱いにも慣れ、テンポ良く動かしていた矢先に、
「よし、この調子で……えひゃあ！！」
　突然の叫び声に、オクはきょとりと振り返った。見れば、玩具ではなくリュカの竜の尾に、何匹かの猫がしがみついたりパンチを繰り出したりしている。
「ちょ、尻尾に絡まないで下さい、それはおもちゃじゃ無いですっ」
「にゃうーん」
「みにゃー」
「うわあ！　マントを引っ掻かないで！　大事なモノです！」
　リュカが懇願めいた声をあげるが、猫たちはロッククライミングよろしく、がしっと爪を立てながらマントを登っていくのをやめなかった。
　なにか長い布があれば、登りたくなる。その猫の性は、簡単には止められない。
「しっかり猫さんの心をつかんでますね！」
　とっても愉しそうだなぁ、なんて。ぐっと拳を握り、ほのぼのとした視線を向けるオクに、
「違……わあ！　オク殿の尻尾も猫まみれですっ！」
「あれ？　本当ですね。でも、私の尻尾なら遊んでもらって大丈夫なのです」
「って、わー！　外に出した猫も戻ってきてますっ！」
　――ぷちん。
　そのとき、混乱の極みに達したリュカの中で、何かが切れた。
「リーマ！！！！！」
　召喚された月の竜・リーマが蛍火のような光と香りを放つと、忽ち猫たちがゆらりと揺れてぱたりと横になった。そのまま、すぴすぴと寝息を立て始める。
「リュカさん……」
「仕方ないのですオク殿、これでは多勢に無勢です！　それよりも、今のうちに外へと運びましょう！！」
　慌てながらもしっかり仕事をこなそうとするリュカにひとつ笑うと、了解です、とオクも頷いた。恐る恐る抱き上げた仔猫たちは、起きる様子もなく嬉しそうな顔で眠りこけている。
　そーっと、そっと。ゆっくりと何往復もかけて運んだ子らは、出来うる限りあたたかい日向へ。くっついていた子らもそのまま、そっと並んで寝かせ置いき終えると、ふたりは静かにひとつ息を吐いた。
　終わりましたね、と見合って、笑って。
　リュカとオクもまた、春の染む陽だまりのなか、猫たちに寄り添うようにごろりと寝転んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

「本当……まるで猫カフェだね」
　花牟礼・桜深（桜の樹の下・f35453）は桜色の眸を瞬くと、誰へともなしに零した。
「……いや、そんなこと言ってる場合じゃないか」
　事実ハンナは困っているし、自分がその立場だったとしても大変だと思うだろう。ならば、やることはひとつだ。
　工房の中で屯する猫たちを見渡しながら、さてこの猫たちの関心を何で釣ろうかと桜深は思案する。とはいえ、大筋はもう決まっている。愛猫わらびも食いつきの良い、猫用玩具だ。
「うーん、僕の猫が好きな玩具をいくつか持ってきたけど、君たちは、気にいってくれるかな？」
　言いながら持ってきた荷物の中から幾つかを取り出すと、桜深は足許の猫たちへとそれを軽く振ってみせた。先端についたふわふわの毛に、早速１匹のキジトラがテーブルの上からジャンプして飛びかかる。
「ふふ、君はこの猫じゃらしタイプが好きかな？」
　しゅた、と床に見事な着地を決めたキジトラにふわりと微笑むと、桜深は目線を合わせるかのように腰を下ろした。猫じゃらしを床と平行に持ち、緩急をつけながら無作為に左右へと動かせば、同じ方向へ顔ごと視線をきょろきょろと動かす姿がなんとも愛らしい。
「体は大きくなってるけど、好奇心旺盛な様子をみるに子猫かな？」
　おおよそ１歳近くといったところだろうか。まだまだ元気が有り余っている様子に、桜深もくすりと笑って猫じゃらしを持ち直した。今度は左右の動きだけではなく、放物線上に動かして高さも出す。勿論、ときに素早く、ときに鈍く、本物の生き物のように。
　ぱしっ！　ぱしっ！　ぱしっ！
　どうにか猫じゃらしを捕まえようと、ボールが弾むように跳ねながら両前足を伸ばすキジトラだったが、そこは桜深のほうが一枚上手だった。
「みゃー……」
　ひらりひらりと躱され、悔しそうに鳴くその子に返しながら、桜深の口許も思わず緩む。
「ほら、簡単に捕まえたらつまらないだろう？」
　もうすこし、あとすこしは興味が引けるはず。いつも白猫と過ごしている桜深だからこそわかる、感覚値。
　慣れた手つきで巧みに猫じゃらしを操りながら焦らしていれば、ついに後ろ足で二足立ちして手を伸ばすまでの勢いになってきた。
　ここまで遊べば、十分だろう。そう見越した桜深は、次のジャンプに合わせて、手の届く位置に猫じゃらしを移動させる。ぱしっ！　と両前足でもふもふを掴んだキジトラは、そのまま仰向けに寝っ転がり、ぎゅっときかかえた獲物を更に後ろ足で蹴りまくっている。
「満足したかい？　――おや？」
　見ると、似たような年頃と思われる子たちが次々と桜深の許へ集まってきていた。どの子も、興味津々にまあるい眸を燦めかせている。
「さぁ、じゃあ今度は外に出て遊ぼうか」
「なーん」
「にゃー」
「みゃ！」
　両手一杯に持った玩具をふりふりと揺らせば、あちらこちらから沸き立つ可愛い声。そのまま童話の笛吹きよろしく、桜深は猫たちを連れながら庭先の陽だまりへと座った。
　早速、自ら玩具にちょっかいをかけ始める猫たちには、ひとつ苦笑を洩らして。その切なる要望に応えんと、様々な玩具で猫たちの興味を存分に引きつける。
　十分に遊んで疲れたら、みんなで丸くなって小休止。
　眠気がピークなのだろう。ちたちたと拙い足取りでやってきたブチの仔猫に気づいて、桜深は花綻ぶように柔く笑う。
「いいよ。おいで」
　そっと抱き上げた、その軽さと柔らかさに一層笑みを深めながら。ふわりと優しく背を撫でれば、仔猫もちいさなあくびを零して丸まった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

🐈作戦１３：猫じゃらしと桜の花
※章タイトル漏れ、大変申し訳ございません。この場にて補足追記いたします。






🐈作戦１４：舞と炬燵と猫ちぐら
　猫が工房を占拠している――ミモザから伝え聞いたままの現状を目の当たりにしたエリシャ・パルティエル（暁の星・f03249）とアカネ・リアーブル（モフとダンスは世界を救う・f05355）は、
「なんて夢のような……」
「なんてパラダイス……」
　声を揃えて呟いた直後、はっと気づいて訂正した。
「これは大変な状況なの！」
「ええ、工房主さんもお困りでしょうね」
　及ばずながら助太刀せねば。そう気持ちを入れ直すアカネの隣で、
「わ、わ……ねこ、いっぱい……っ」
　彩瑠・姫桜（冬桜・f04489）は、どこを見ても猫ばかりの光景に未だ視線が釘づけだ。普段のクールな見目はどこへやら、眸を燦めかせ見入ってしまっている。ミイラ取りがミイラに、とはまさにこのことだろう。猫を懐柔するはずが、逆に猫に懐柔され始めていた。
　そしてエリシャもまた、
「ほんと、猫ちゃんがいっぱい……！」
　すこし前の訂正が霞むほどに眼を輝かせている。危ない。既に本人の意志を猫の魅力が凌駕している。
「――じゃない！　ほら、姫桜も！　固まっちゃってるわよ」
　どうにか魅了から逃れたエリシャは、ふらふらと猫たちの方へ歩き始めていた姫桜の手を咄嗟に掴んだ。確か前にもこんな様子の姫桜を見たなぁ、なんて想い出が脳裏を過ぎる。
「ふふ。姫桜様、お顔がほころんでおりますよ」
「――はっ。そ、そうね。今日はお仕事なのよね」
　赤面しながら頬をぺちぺちと叩く姫桜に、アカネもふわりと笑う。
「猫様が愛らしいのは世界共通なので、お気持ちはよく分かります」
「そうそう！　猫ちゃんが可愛いんだからしょうがないわよ」
　あたしもお仕事と称して猫ちゃんを愛でちゃうわ。そう朗らかに笑いながら、エリシャもまた、ふたりへと微笑みを返す。
　そうして三人娘は改めて今日のターゲットたちを見渡すと、各々に秘密兵器を取り出した。

「アカネさん、その衣装は……！」
「まあ、素敵！」
　姫桜とエリシャの前に現れたのは、裾にリボンのついた衣装に身を包んだアカネだった。その両手には、猫じゃらしと玩具も装備済みだ。
「いかがですか？　この猫じゃらし衣装。これで外へとおびき寄せてご覧に入れましょう！」
「じゃあ、お願いしようかな。あたしは外で準備しておくわ！」
　言いながら外へと飛び出したエリシャを見送ったアカネは、くるりと猫たちの方へと振り返った。興味津々の眼差しが自身に集まっているのを感じながら、アカネは彼らへとそっと腕を伸ばす。
「猫様方、さあアカネと共に舞いましょう！」
　リズミカルなステップから始まったのは、愉しげなダンス。淀みなく身体を回転させたり、猫を思わせるように跳ねたり。そのたびに猫じゃらしがふわふわと、リボンの紐がひらひらと揺れて、玩具についた鈴の音が高らかに誘うように鳴り響く。
「にゃ――」
「みゃう！　みゃー！」
「さあさあ、アカネの舞い、もっとご覧くださいませ！」
　ダンスにつられて、前足でちょっかいをかけたり、大きくジャンプして飛びかかってきたりする子たちを間際で躱しながら、自然に外へと誘導していくアカネ。気づけば大量の猫たちを連れて自身の許へとやってきた娘に、その後からついてきた姫桜とともにエリシャも感嘆する。
「アカネさん……さすがね。私まで思わずじゃれたくなっちゃうもの」
「アカネちゃんの猫ダンスと猫じゃらしさばきは、すごいからね」
「……私も負けてられないわね」
　きりりと双眸に力を込めると、姫桜は工房へと足早に戻り、荷物から幾つかの品を取り出した。猫用おやつに猫じゃらし、そして毛布と――特別に用意した大きな猫ちぐらだ。
　おやつと玩具で誘い出し、毛布や猫ちぐらで暖を取ってもらえたら満足してくれるのではないか。
「みー！　みー！」
「みゃ～～」
　その作戦を早速実行に移せば、途端にわらわらと仔猫たちが集まってきた。一部には、おやつや玩具がなくとも自ら猫ちぐらにそっと入っていく子らもいる。ある程度の狭さがある、巣のような場所。そんな猫にとって安心できる場所は、入るなという方が無理なのだろう。
「……可愛い……」
　あっという間に完成した、仔猫入り毛布と猫ちぐら。ぱたぱたと姫桜が振る猫じゃらしへとしきりに手を伸ばしていた子も、気づけばすぴすぴと寝息を立てていた。そっとちいさな身体を撫でると、その綿のような柔らかな手触りに、姫桜の頬も思わず緩んでしまう。
　あとは外へと連れ出すだけ。猫だまりと化した毛布とちぐらを静かに抱きかかえると、姫桜は慎重な足取りで工房を後にした。

　アカネと合流し、姫桜を見送ったエリシャは、慣れた手つきで手早くユーベルコードを起動した。
「あたしが用意するのは、これよ！」
　偉大なる聖人の力で具現化したのは――どこからどう見ても炬燵だった。一般的なものより大きめで、掛け布団は様々な猫の集った愛らしい猫柄だ。それをぺらりと捲り、中に火鉢を据え置く。十分に温まったら湯たんぽと入れ替えれば、電気がなくともぽかぽか炬燵の完成！　猫たちの火傷にも配慮しつつ、ぬくぬくと適温も維持できる優れものだ。
「ほーら、温かいわよ～」
　両手に持った猫じゃらしをふりふりと動かし、アカネが連れてきた猫たちをスペシャルルームへと案内する。その様子を見つけた姫桜もふたりの許へと戻ると、炬燵の傍に毛布と猫ちぐらをゆっくりと降ろして一息吐いた。
「ふふ、猫もこたつの魔力には抗えないのね。気持ちはすごくわかるわ。こたつは私も入りたくなっちゃうもの」
　ふたりの連携プレーに拍手をしながら、猫柄布団の炬燵をじっと見る。中はどれだけみっちりと詰まっているのだろう。ものすごく気になるが、ここで布団を捲ってしまっては折角の暖が逃げてしまう。そう思い、覗いてみたい衝動をぐっと堪える姫桜の様子に気づいたエリシャが、くすりと笑みを零した。
「ふふ、大丈夫よ姫桜。ちゃんとこたつの中にカメラを仕込んであるの！」
「エリシャさん……！」
「流石ですね、エリシャ様」
「ふたりもお疲れ様。後で皆で見ましょうね」
　言いながら、猫なべよろしく猫ちぐらで丸くなる仔猫たちに、もうひとつ笑みが深くなる。つられてアカネも猫ちぐらと猫おこたに眸をときめかせていれば、その腕にがしりと何かが絡みついた。咄嗟に腕を引くと、そこにはどうと佇んだ１匹の美しいシルバータビーの猫がいた。
「……目当ては、アカネの猫じゃらしですね？」
「にゃー……」
　視線が交わり、互いの双眸がきらりと光る。その眼差しに相手の本気を見留めると、アカネは静かに告げる。
「良いでしょう。――欲しければ、じゃれて御覧ください。アカネの全力を持ってお相手して差し上げます！」
「にゃ――！！」
　それはさながら達人同士の真剣勝負だった。相手の動きを読み、躱し、フェイントを交えて次の手を繰り出す。姫桜とエリシャも目を瞠るほどの応酬を繰り広げたその末に、上手く隙を突いたのは美猫のほうだった。
「あっ……！」
　ぱしっと猫パンチではたき落とした猫じゃらしをさっと咥えると、美猫は踵を返して走り出した。すこし離れた場所にいる仔猫たちへと猫じゃらしを与えれば、忽ち仔猫たちは飛びついて遊び始める。
「……子猫たちの為に猫じゃらしが欲しかったのですね」
　夢中にじゃれつく仔猫たちを見守りながら、嬉しそうに眼を細めている母猫。その様子を見ながら零したアカネに、姫桜も和みながら口許を綻ばせる。
「さすがのアカネさんも、母猫さんの子猫愛には叶わなかったのね」
「猫ちゃんほんと可愛い……💖」
　幸せそうな猫たちの姿に、不思議と心も癒やされてゆく。その穏やかなぬくもりに浸りながら、エリシャもまた、幾度目かの笑みをゆるりと零した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

第2章 日常 『芸術作品の製作』

POW   :    ジャンルへの愛とセンスのままに、荒々しくも力強い作品を製作する SPD   :    磨いた技術の粋を凝らした、素早く精緻な技巧を凝らした繊細な作品を製作する WIZ   :    学んだジャンルの歴史と豊富な知識に裏打ちされた、重厚で深みのある作品を製作する 👑5 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

🐈ハンドメイドと猫の園
「皆さん、本当にどうもありがとうございました。私ひとりじゃ、今頃どうなっていたことか……」
　猟兵たちの作戦を見守っていたハンナが、そう言って深々と頭を下げた。どこか押しの弱そうな笑顔に、ハンナの人柄が良く現れている。恐らく、彼女だけであったら、今もまだ猫たちは居座ったままだっただろう。
「何とかなって良かったです……。ハンナさんも大変でしたね。ご無事ですか？」
　そう柔らかに微笑む神城・瞬（清光の月・f06558）に、ハンナは大きく頷く。
「はい、お陰様で」
「猫達には悪意はなかったんだろうが、結構な大騒動だったね」
「ええ。一時はどうなるかと思いました」
「みゃ！」
　言いながら肩をすくめた真宮・響（赫灼の炎・f00434）の隣で、自分のことと知ってか知らずか、真宮・奏（絢爛の星・f03210）の腕の中から三毛の仔猫がひょっこりと顔を出して一声鳴いた。
「もう！　あなたもその中に含まれているんですよ？」
「みゃう！」
「やれやれ……ともかく、営業は再開できそうで良かったよ」
「これも皆さんのお陰です。良ければ、何か作っていかれますか？」
　視線を巡らせながら尋ねるハンナには、奏が真っ先に元気よく答える。
「はい！　新しい家族も出来ましたし、猫印のクッションを作りたいです！！」
「アタシは道具箱が欲しい。木製のね」
「僕は木製のブックスタンドが欲しかったんです。工房、利用させてもらいますね」
　続く響と瞬の言葉をひとつずつ聞きながら、ハンナも満面の笑顔で工房への扉を開けた。響がテーブルに置ける大きさのものを作りたいと言えば、３人を広めの作業用テーブルへと案内する。
「あなたはここにいてくださいね」
　奏がそっと三毛猫を床に降ろすと、「みゃん！」と元気な一声が返った。その愛らしい様子にひとつ笑みを深めながら、木製の椅子に腰を降ろす。これも工房の作品なのだろうか。木のぬくもりがあたたかく、座り心地も良い。
「布はこれで……あとは綿と、糸と……」
　材料を揃え始めた娘の隣では、響が早速金槌を手に作り始めていた。
「わあ……！　お上手ですね！」
「ああ。案外手作業は慣れてるんだ」
「もしかして、寄せ木細工ですか？」
「さすが工房主だね。そうだよ。折角の機会だから、凝ったものに挑戦してみようと思ってね」
　そう意気込む響の対面では、瞬もまた木材で手際良く形作っていた。本棚はあるが、机上に置けるブックスタンドがあれば便利だろう。勿論、猫さんのワンポイント入りのものを。そんな完成形を想い描きながら、ふと正面の奏の手が止まっていることに気づく。
「大丈夫ですか？」
「うう……綺麗に縫えません……」
　見れば、奏の手の中の布は確かに歪な縫い目を描いていた。ここまでで何度も指したのだろう。指先も何箇所が血が滲んでいる。「ひとまずこれを」と瞬が差し出した絆創膏を受け取ると、奏は指に巻きつけながら大きく溜息を零す。
「これがあれば、猫ちゃんもくつろげるのに……」
「みゃー」
　俯いた視線の先、視線の合った三毛猫が笑っているように瞳を細めながら鳴くと、つられて奏の口許も緩んだ。すりすりと足に額や身体をすり寄せる柔らかな感触に、一層その笑みが深くなった。
「……そうですよね、へこたれている場合じゃありません！　猫ちゃんのためにも頑張らないと！」
「ええ、その意気です」
「そうだよ、奏。できあがったらきっと、仔猫も喜んでくれるさ」
　瞬と一緒に微笑と、響もまた作業に戻る。ふたりも子供を育てていると入り用のものが多いが、このくらいの大きさならば十分だろう。最後に全体を確認してから、仕上げに蓋へと猫のシルエットを入れた。
「うん、いい道具箱が出来た。みんなはどうだい？」
「僕も完成しました」
「私もできました！」
　声を揃える子供たちに、響も満足げに頷いた。ハンナを呼び止め、別れを告げる。
「ありがとう。世話になった。工房の繁盛を祈っているよ」
「お世話になりました。満足です」
「こちらこそ、お世話になりました。良いお品ができたようで何よりです」
　再び丁寧な会釈をするハンナに、真宮家の面々もお辞儀を返す。そうして名残惜しむかのように、工房内を改めて見遣る。
「温もりのあるいい工房ですね。ハンナさん。とても過ごしやすい」
「本当にいい工房ですよね」
「ありがとうございます……！」
　柔らかな空気を纏った場所は、猫だけでなく誰しも居続けたいと思ってしまう優しさがあった。その工房で作った土産を手に、３人はハンナへと手を振りながら歩き出す。
　帰るのは勿論、家族の住まう家。
「さて、家路に着くか。まずはこの子猫に餌をやらないとねえ」
「新しい家族の子猫も、早く家に行きたがってるみたいです」
「みゃー！」
「ふふ。なら、きっちりお世話しないとですね」
　そう奏が腕の中へと微笑みを零すと、みゃあ、と一際ご機嫌な声が響き渡った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

「そうだ！」
　しばし思案していたルーシー・ブルーベル（ミオソティス・f11656）が、がたりと椅子を揺らして発した一声に、歌獣・苺（苺一会・f16654）は苺色の双眸をぱちぱちと瞬いた。
「何作るか、思いついた？」
「ネコさん達のために、ふかふかクッション作ろうかと思うのよ」
「わ！　それとってもいいアイデア！」
「でしょう？　まだまだ寒い日も多いし、ふかふかの方がきっと寝心地いいかと思って」
　ぽん、と両手を合わせる苺に、ルーシーも頷きながら微笑する。肌さわりの良い布を苺や花の形に切ってたっぷりの綿を入れたら、きっと素敵なクッションになるはずだ。
「私もお手伝いしていい？」
「勿論よ！」
「縫ったりするのは苦手だから……綿を詰めるのを手伝おうかな？」
「じゃあ、さくっと縫っちゃうわね」
　言いながら、見繕った布を手に早速ルーシーが針を刺し始める。その手際の良さに見入る苺の耳に、ぽつりと聞こえる声。
「ううう。さっきの、上手に出来てたかしら……」
「ルーシーの猫語、可愛くて上手だったよ♪」
　ふわりと笑う苺へ、ルーシーの伺うような視線が向けられる。それでも納得すると、その後の猫の様子も思い浮かんでゆるりと口許が緩んだ。
「ネコさん達、かわいかったわね」
「うん！　ちょっぴりビックリしたけど、とっても可愛かったね～！」
「にゃー」
「みぅ」
　自分たちのことだと知っている様子の、愛らしい声がいくつか響いた。するすると布へと縫われながら短くなってゆく糸に釣られたのだろう。気づけば数匹の仔猫たちが集まってきていた。
　ぱしっ！　ぱしっ！
「あっ糸にじゃれたらダメよネコさん……！」
「なーん」
　ちいさな前足を伸ばしたり、ジャンプして飛びかかったり。彼らにかかれば、どんな場所も遊び場だ。
「わわ！　猫さんは入っちゃダメだよ！」
　綿を詰めようと袋状にした布の口を広げれば、興味津々の瞳で覗き込もうとする仔猫たち。阻止する側の手はあわせて４本しかないが、対する仔猫はそれ以上。肩や腕によじ登られながらも、ルーシーがどうにか袋の口を再び広げ、苺が綿をがしっと掴んだ。
「今よ、苺！　ぎゅっとお願いね」
「任せて！　愛情たっぷりこめてぎゅっぎゅーっ！」
「うんうん、良いカンジだわ！」

　どうにか完成にこぎ着けたふたりは、ひとつ大きな息を吐いて気持ちを整えると、できあがったばかりのクッションを暖炉の傍へと置いてみた。
「ネコさん、来て下さるかしら」
「きっと大丈夫！　愛情いっぱい、ぬくもりいーっぱいのクッションだもん！」
「そ、そうよね……あ、きた！」
　すこし離れた場所で見守っていれば、元気いっぱいの２匹がクッションへとダイブした。そのまま前足でしばらくふみふみした後、心地よさそうにごろりと横になる。
　それを見たほかの仔たちも、１匹、また１匹と身体を寄せ合ってゆく様子に、ルーシーと苺は見合って笑顔で頷いた。クッションのプレゼントは、どうやら大層お気に召してもらえたらしい。
「そうだ、苺。あのね。もう２つクッション作ったの。苺と、ロイさんの分！」
「……え？！」
　言いながら取り出したのは、ガーベラ模様と魚の形のクッションだった。
「私とロイねえの分も？　わぁあ！　とっても嬉しい！」
　大切にするね！　ありがとう！　そう言ってぎゅっと抱きしめたクッションは、優しい肌触りでずっと身を寄せていたいほどだった。猫たちの気持ちが、今なら良くわかる。
　名残惜しみながらクッションを脇に置くと、今度は苺がちいさな袋を取り出した。きょとんとするルーシーの前に、ずいと差し出す。
「それじゃあ、私からはこれをプレゼント！」
「ルーシーにも？」
「うん！　名づけて、『にゃんにゃん髪結セット』～！」
　丁寧に袋を開けてみれば、猫のアクセサリーのついた髪ゴムに、肉球型の髪留め。そしてお洒落な三毛猫柄の櫛が入っていた。
「わあ、どれもかわいい……良いの？」
　静かながらも眸を燦めかせるルーシーに、苺も満面の笑顔でこくりと頷く。
「ふふ、勿論！　沢山使ってくれると嬉しいな♪」
「ありがとう、大事につかうわね！」
　ふわりと返る柔らかな微笑み。それが、なによりのプレゼントだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　工具に道具。木の板、布、金物類。工房内の至る処に散りばめられたそれらは、物作りを好む浮世・綾華（千日紅・f01194）はお宝のようなもの。
「綾華、なに作るか決めた？」
「俺？　どーしよかな。……そうだ。なら、探しながら決めよーぜ」
　言われて、セト・ボールドウィン（木洩れ陽の下で・f16751）も工房内をきょろきょろと見渡した。なるほど、色々なものがあって、何でもできそうだ。
「うんっ！　へへ、宝探しみたいだね」
「ん、いーのみっかるといいな？」
　ときに揃いの、ときに真逆の方へと視線を巡らせながら、ふたりはゆっくりと工房内を歩く。
　途中、足許にすり寄ってきたり、あまつさえそのままよじ登ってくる仔猫には、勿論全力でお相手をする。その幾度目かのお相手が終わってふと上げた視線の先、きらりと光ったものにセトは目を止めた。
「すげー……小さいけどちゃんと猫だ」
　光ったものは、ちいさな猫グッズが詰まった硝子の器だった。その中のひとつ、木でできた黒猫を掌に乗せ、あわせてビーズも添えてみる。
「俺、これにしようかな」
「黒猫？　かわいいじゃん。それに、木で出来てるってのがセトらしい。あったかい感じ」
　そう眦を緩める綾華からお墨つきを貰うと、セトは陽だまりのような笑顔を返した。早速手近な作業台に腰を下ろして、材料を集め始める。
「俺もそろそろ何か……あ、これかわいい」
　木枠の器の中に見つけたのは、座る猫の金枠。
「いいねえ……よし、決めた」
　ぱっと浮かんだイメージに心中で頷くと、綾華もまたセトの対面へと座した。「じゃあ早速作るか」と気を入れると、几帳面故の慎重さと丁寧さで枠に深緑を流し、手慣れた様子で形作ってゆく。
「ほかにもビーズを合わせてカラフルにして……。紐は……赤にしようかな」
　そんな声を洩らしながらちらりと視線を前に向ければ、綾華の手の中できらきらとした何かが生まれ始めていた。長い指先が細やかに動く様は美しくもあり、それだけでも見入ってしまう。
（何を作ってるんだろ。キレイな緑色……っと。集中しなきゃ）
　つい数秒、ぼうっとしてしまった。いけない、とちいさく首を振ると、セトは改めて手許へと視線を戻した。あとは紐をつければ――、
「出来た？」
「出来た！　武器飾り」
　がばっと顔を上げたセトに先に気づいた綾華が問えば、少年も嬉しさを滲ませながら頷いた。手許には、赤い紐の先に、ビーズで彩られた木製の猫が揺れている。
「これはね、綾華がくれた薙刀に付けようかなって」
「薙刀に？　ふふ、いいな」
「へへ、いーでしょ！」
「うん。猫の守り神みたいでかわいい」
　見せびらかすようにゆらゆらと揺れる、赤色と木目。その組み合わせがなんだか嬉しくて、自然と綾華の双眸も窄む。
「綾華のは……」
「俺のはクリップ」
　そう言って見せたのは、金色のピンのついた、ステンドグラスを思わせるクリップだった。柔らかな工房の照明を受けて、光が毀れる。
「セトにもらったやつあんじゃん。ストール。あれに合いそうじゃない？」
「えっ、あれに付けるの？」
　自分があげたものだから、勿論覚えている。深い葡萄茶色の糸で編まれたストールと、眼前のクリップ。それに身を包んだ綾華を思い浮かべたセトは、じわりと、そして忽ちいっぱいの笑顔を零した。大仰にも思える勢いで幾度も頷く。
「うんうん、きっと似合うよ！」
「だろ。今度出かけるとき、つけてくんネ」
　猫の日に猫と遊んで生まれた、次の約束。その歓びに、セトはもうひとつ笑みを深めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

「にゃうー」
「みゃー」
「にゃー」
「ほらほら、危ないから少し離れてな？」
　これから何が始まるのか、期待の眼差しで手許を覗き込んできた２匹の額を撫でると、グァーネッツォ・リトゥルスムィス（超極の肉弾戦竜・f05124）は見繕ったとっておきの石板を改めて見つめた。
　程よい形のそれに彫るのは、今日の出来事。自ら鼠に転じての猫たちとの追いかけっこは、大変ではあったが愉しくもあった。その高揚した気分のままに作れば、屹度良い作品になるはずだ。
「こんなに猫達と遊んだ今日を忘れない為に、石を丁寧に削っておいかけっこのワンシーンを象った小さな石像を作るぞう」
「「「……」」」
「……駄洒落を言ったのは悪かったから、冷たい目線を送らないでくれ！？」
　さっきまであんなにも鳴いて騒いでいたのに。途端に生まれた静けさに絶えきれず、グァーネッツォは恥ずかしさに赤らむ顔を押さえた。言葉が通じていると言わんばかりの絶妙な間だったが、気を取り直して机に向かう。
「そうだ。お前たち、モデルになってくれないか？」
「みゃ？」
「そう、そこでじっとしていてくれ」
　言うと、グァーネッツォは早速石板を彫り始めた。鍛冶屋の家系に生まれたから、手先が器用なのだろう。用意した石版は持ち帰れるほどの大きさだったが、ちいさな猫たちは勿論、それ以上にちいさな土鼠姿の自分をも、淀みのない手捌きで彫り進んでゆく。
「う……ちょっと目が疲れたな……」
「にゃう！」
「ん？　遊んで欲しいのか？」
　大人しく座っていた仔に手の甲へとすり寄られたグァーネッツォは、つられて眦を緩めた。
　知らず力の入っていた目許から、自然と力が抜ける。そうして暫く遊んでやり、再び作業へと戻る。それを繰り返しながら、仕上げの塗料を細かく塗りおえると、グァーネッツォは椅子の背に身体を預けて大きく伸びをした。
「完成！」
　その一言に一斉に顔を上げた猫たちは、そろりそろりと石版へと近づいた。塗料の匂いが気になるのか、くんくんと鼻を近づけながらくるくると石版の周りを回っている。
「お前たちも見るか？　５匹……１０匹……よし、おいかけっこした全員いるぞ」
「みゃ――！！」
　弾むグァーネッツォの声にあわせて、猫たちも嬉しそうに揃って鳴いた。そのまま、ぐいぐいと押しつける勢いで、娘の腕に絡みつく。
「喜んでくれるか？　へへ、本当に今日は楽しかったぜ♪」
　闘いの合間の、小休止。猫たちとの長閑なひとときが過ぎてゆく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「さて、何かグッズ作ろうかな」
「カァ」
「ん？　ああ、猫ちゃんの快適空間維持はゴウカクくんに任せるよ」
「カァ！！」
「そうかそうか。じゃあ、よろしくね」
　四ツ羽ノ化ケ鴉たる白鴉からの苦情を聞き流すと、雨倉・桜木（花残華・f35324）はひらひらと手を振りながら工房へと戻った。無事、工房の安寧を護ったのだ。折角だから、何か作って行くのも良いだろう。
　あちらこちらへと視線を巡らせていた桜木は、布製品の型紙と生地の束が集まった一角でぴたりと足を止めた。束の中からひとつの型紙と布を手に取り、眸を燦めかせる。
「あ、これは猫のぬいぐるみの型紙……は、このふわふわツヤツヤのボア生地！　まるでキュウダイくんのようだ！　……よし、猫のぬいぐるみ作ろう」
　秒でそこまで思考を巡らせ言葉にすると、桜木は――それまでの緩慢な動きとは真逆の迅速さで――必要な道具と素材一式を集めると、作業台へと並べた。それもこれも、一重に契約悪魔である一角猫・キュウダイへの愛のなせる技だ。
「ああ、キュウダイくん可愛いよ……」
　一針、一針縫い進むたびに、キュウダイくんの愛らしさが込み上げる。あの艶やかな角、天鵞絨のような毛並み。起きていても寝ていても最高に可愛らしい。
「みゃー」
「にゃーう」
「うんうん君たちも可愛いよ猫ちゃんは猫ちゃんであるだけで可愛いのは当たり前だけれど飼い猫は余計に可愛いよね……」
　気づけば卓上に集まってきていた猫たちに、彼らへの、そしてキュウダイへの尽きぬ想いを零しながらも、桜木の手は淀みなく動いていた。対して、寒空の下、屋外で頑張っている白鴉ゴウカクくんへの愛情はどのくらいなのかも気になるところだ。
「ああ、キュウダイくん尊いよ……」
　愛猫を想い描きながら幾度目かの呟きを零した桜木は、愛情たっぷりの最後の一綿を詰め終えた。最後に糸で口を閉じ、完成した猫のぬいぐるみをそっと机上へ置く。
「……よし、なんとかできた」
　満足のいく出来映えとは言いがたいが、初めて作ったのなら上出来だろう。大丈夫。猫の形はしている。
　忘れぬうちに、一通りの作り方のメモを取ると、本物の猫たちにまみれる前に、その中心からぬいぐるみを救い出した。みゃあ、と名残惜しそうに前足を出す仔猫をひとつ撫でた桜木は、意気揚々と工房を出る。
「さて、宿に帰ったら他の子のぬいぐるみも作ろう」
「カァ！！」
「あ、お待たせゴウカクくん」
　待ちわびたと言わんばかりに鳴いたゴウカクくんへ微笑む桜木。作る予定のぬいぐるみのうち、白鴉のものがあるのかどうかがわかるのは、もう少し先の話。

大成功 🔵​🔵​🔵​

「何かお手伝いしましょうか？」
　布や糸を前に暫く佇んでいた夜鳥・藍（宙の瞳・f32891）へとハンナが声をかければ、振り向いた藍は仄かに双眸を緩めた。
「あ……では、縫い物をお願いできますか？」
　裁縫はできなくもないですが、できれば本職の方にお願いしたいです。そう続く言葉に、「お任せください！」とハンナも声を弾ませる。
「何をお作りしましょうか？」
「猫のぬいぐるみを……」
　自室の風景を思い返しながら、藍が答える。ぬいぐるみは幾つかあるが、そういえば猫のそれはまだなかった。丁度良い機会だ。一緒に並べてみよう。
「手触りはもちろん、程よい抱き心地にしてくださると嬉しいです」
「お任せください！」
　てきぱきと必要な道具と材料を集め終えると、ハンナは手近な作業台へと腰掛けた。その隣に藍も座り、彼女の手許を見守る。
「何かご希望はありますか？」
「そうね……まず、体部分の生地は真っ白で」
「では、この生地が良さそうですね」
　ふわふわとした毛並みを思わせる白い布を選ぶと、ハンナは慣れた手つきで型を取り縫い始めた。迷いのない真っ直ぐな縫い目が連なり、見る間に猫の姿を象ってゆく。
「目はどうしましょう？」
「瞳は……あ、この青い糸で」
　選んだのは、白銀の瞳の青い方に似た色だった。まったく同じオッドアイにしてはなんだか白銀が可哀想だし、とはいえ己と同じ藍の瞳にするのも――自身は猫ほど愛らしくはないから――気が引けた。
　その僅かな心の揺らぎを察したのか、１匹の仔猫が軽やかに跳んで藍の膝へと飛び乗った。
　猫と遊びたいが、無理強いはせず、眺めているだけでも。そう思っていた藍の許へと訪れた仔に、驚きながらもそっと頭を撫でると、ごろごろと心地良さそうに喉を鳴らした。そのまま首を、背を撫でていれば、すっかり懐いた仔猫は藍の膝の上でころりと丸まった。
　ふんわりと柔らかなぬくもりを感じながら、時計の針と縫い針の進む様をじっと見守る。
「お待たせしました！　こちらでいかがでしょうか？」
　最後の一針を縫い終えたハンナが、できあがったぬいぐるみを抱えて差し出せば、藍もまたそっとそれを受け取った。ずっと触っていたくなるような優しい手触りに、ちょうど腕に収まるくらいの大きさ。要望通りの仕上がりに、藍の口許もふわりと和ぐ。
「ハンナさん、ありがとうございます」
　――大切にしますね。
　そう添えながら、藍はもうひとつ、愛らしさの滲む微笑みを零した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　すっかり静けさを取り戻した工房内で、彩瑠・姫桜（冬桜・f04489）たち３人娘は一息吐いた。窓越しに室内を満たす冬の陽だまりが、あたりの輪郭を柔らかく包む。
「ハンナさんの工房も、無事に奪還できたようで何よりだわ」
「そうね。穏便に退去してもらえたようで良かったわ。工房の邪魔にならない程度なら、いてくれるのは大歓迎だもの」
　工房の内外を行ったり来たり、自由に過ごしている猫たちを様子を眺めながら、エリシャ・パルティエル（暁の星・f03249）も返す。完全に占拠されるのは困りものだが、このくらいなら工房の営業の支障にもならないだろう。
「そういえば、猫グッズ、何作るか決めた？」
「そうね……」
　問われ、姫桜はすこしだけ逡巡すると、足許にすりすりと身体を寄せてきた白猫の喉を撫でながら、
「私は、この子みたいなもふもふのぬいぐるみ作ってみようかしら。首元には、銀細工のブレスレットを首輪みたいにしてつけてみようと思うわ」
　ブレスレットは職人にお任せした方が良いとは思うが、ぬいぐるみ自体は自分で制作に挑戦してみたい。そう意気込む姫桜に、エリシャも賛同する。
「いいわね。あたしはバッグチャームを作ってみたいわ。銀細工で猫ちゃんや星とか月を作って、それをチェーンで止めるの」
　言いながら完成形を思い浮かべる。大人可愛くてシンプルだからこそ、屹度どんなバッグにも似合うはずだ。
「アカネさんは？」
「アカネちゃんは？」
　ふたりから同時に視線を向けられ一度きょとんと瞬くと、アカネ・リアーブル（モフとダンスは世界を救う・f05355）は困ったような顔を向けた。
「まだ悩んでいて……」
　姫桜のぬいぐるみは屹度もふもふで愛らしいだろうし、エリシャのブレスレットも綺麗なものとなるに違いない。それに対して自分が何を作りたいかと考えると、むしろどれも作ってみたい気すらあって選びきれずにいる。
「……あら？」
　思考を巡らせるアカネの手に、ふわりとした感触が触れた。見れば、いつの間にかすぐ目の前まで来ていたシルバータビーの美猫が、猫じゃらしを加えて佇んでいた。ぽとりとアカネの前でそれを落とすと、そのまま娘の膝へと降りてころんと寝転ぶ。
「猫じゃらしを返しに？　ありがとうございます」
　柔らかな毛並みを撫でながら外へと視線を移すと、別の猫が仔猫たちの世話をしていた。自分の仔ではないだろうに、優しい子だ。
「……そうだ。よろしければうちに来ませんか？」
　ふと思い立ったアカネが、美猫をそっと抱き上げて尋ねると、美猫もまたアカネの額に自分のそれをくいっとすり寄せた。瞳を細める様はどこか喜んでいるようにも見えて、アカネの口許もつられて緩む。
「ふふ、いらっしゃいませ」
　そうと決まれば、作るものも自ずと固まった。今日の出逢い、そして新しい家族への記念に、この子へ似合いの首輪を作るのだ。

　途中、猫たちともじゃれ合いながら、３人はそれぞれのペースで作業を進める。
「えっと、イメージはこんな感じで……」
「なら、工具はこれを。片手で支えながら、こう持って……」
　職人から教えを受けながらバッグチャームを作っていたエリシャは、アカネの膝の上から顔を出して様子を見守る美猫と、時折その子を撫でながら手を動かすアカネの姿にふわりと笑う。
「あら、アカネちゃんはその子を？」
「はい。お誘いしたら、ついてきてくれることになりました」
「そうなのね。素敵な首輪が出来たら、その子もきっと喜ぶわ！」
　手許で形になり始めてきたものに気づいてエリシャが頷けば、アカネもまた花のように綻んだ。まだチャームの形を決めかねていると添えると、
「なら、星がいいと思う。迷子にならないおまじないよ」
「星……！　素敵ですね。そうしてみます」
　たとえこの子が道に迷ったとしても、星の標を頼りに、また必ず巡り会えるように。そう願いながら、色とりどりの星型チャームの海から、一等素敵なものを探し始める。
「あら、姫桜はぬいぐるみなのね。その子みたいな？」
「ええ」
　エリシャの視線に倣って傍らを見ると、足許にいた白猫がお利口さんにちょこんと座っていた。どうやら、姫桜の作るぬいぐるみに興味津々らしい。
「でも、パーツを縫い合わせるだけのはずなのに、結構難しくて……」
「そう？　綺麗に出来てると思うわよ？」
　四苦八苦している様子には気づいていたが、実物は言うほど酷くはない。むしろ、一針ずつ丁寧な仕上げに、姫桜の想いを感じるほどだ。
「エリシャさんのチャームもいいわね。首輪のブレスレットにも、同じようなチャームつけてもらおうかしら」
「良いと思う。ふふ、楽しみね！」
　エリシャの鞄飾りと、姫桜のぬいぐるみの首輪。そしてアカネが作る首輪。
　それぞれに添えるチャームは、今日の想い出を彩る、揃いの品になるだろう。

　語らいながら手を動かせば、あっという間に刻が過ぎてゆく。
「出来たわ！」
「できました！」
「完成よ！」
　ほぼ同時に声をあげた３人は、互いに苦笑しながらも心からの笑みを交した。
　技術が必要な場面では職人の手も借りながら作ったエリシャのバッグチャームは、あたりに本物がたくさんいたこともあって、躍動感のある猫の形ができあがった。
　アカネの首輪は、茜柄を刻印した革製のもの。エリシャお勧めのおまじないを込めた星のチャームがトップで揺れている。
「姫桜のも素敵に仕上がってるわね！」
「自分ではかなり不格好だと思うけど……ふふ、ありがとう」
　微笑みながら、改めて手の中のぬいぐるみを見る。目や口の位置など、直したい箇所はあるにはあるが、これはこれで愛嬌があってなんだか憎めない。
　そんなふたりのやり取りに細めた眸を、アカネは膝元の美猫へと移した。「つけても良いですか？」首輪を手にそっと尋ねると、短い返事が返る。
「あら、あなたは、アカネさんの子になるの？　首輪もよく似合ってるわ」
「ええ、星のチャームも良い感じね」
「ありがとうございます」
　姫桜とエリシャへ笑顔を返しながら、アカネがそっと美猫の頭を撫でた。ごろごろと嬉しそうに喉を鳴らす姿に、一層愛おしさが募っていく。
「これで、みんな迷子にはなりませんね」
　揃いのチャームが、きっと征く先を教えてくれるから。――アカネはもう、寂しくはない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　ぱちぱちとちいさな火花を飛ばす暖炉から、じんとぬくもりが伝わってくる。なるほど、これなら猫たちが離れたがらないのも道理だ。
　一騒動を起こした彼らも、今は占拠というほどではなく――けれど相変わらず我が物顔で――思い思いに工房を出入りしていた。
「無事に外に出せたし、落ち着いたみたいだな」
「ええ、もう威嚇する子はいないみたいですね」
　自ずと緩まった眦の落浜・語（ヤドリガミの天狗連・f03558）に、同じような柔らかな笑みを浮かべながら吉備・狐珀（狐像のヤドリガミ・f17210）も答えた。「完全に猫団子状態になってて、なかなかかわいい……」傍らから毀れた声に、くすりと微笑が漏れる。
　このままのんびりと猫たちを眺めているのも良いが、折角の工房だ。何かを作ろうと視線を巡らせれば、燦めく鮮やかな石の集った器が目に留まった。
「あ、これは天然石……しかも、お猫さまのお顔の形をしています！」
「お、本当だ。珍しいな」
　既に職人がカットしたのだろう。正面から見た猫の顔、丸まって寝転がる様、ちょこんと座った姿まで、色とりどりの石はどれもが様々な猫の姿をしていた。石自体も、藍玉、黄玉、柘榴石など多種多様だ。
「そうだ、語さん、腕輪数珠を作りませんか？」
「んーと……ブレスレットのことかな？」
「ぶれす、れっ、と……？」
　語の口から出た横文字に、きょとんと眸を瞬かせる狐珀。その可愛らしさにひとつ口許を綻ばせながら、語が具体的にその外見を説明する。
「あ、です、です。その、腕につける数珠です」
「それなら気軽に身に着けられるし、丁度いいかも」
　さて、そうと決まればあとは作るだけだ。ふたりは並んで作業台に添えられた椅子へと腰掛けると、完成形を思い浮かべながら手を動かし始める。

「青い石青い石……お、あった」
　理想の色を見つけた語は、手に取ったそれを中央に配した。その両脇に紫と緑を交互に繋いでゆき、円を作る。
「あ、でもちょっと金具を変えてアンクレットでもいいかな。そのほうがぶつけたりとかの心配はないかも」
　使えそうなのあるかな、と独り言ちながら箱に入った金具を語が漁れば、
「あん、く……？」
「はは。そう、アンクレット。まぁ、簡単に言えば足輪だな。手首じゃなくて、足首につけるものな」
「足に？　それもいいですね！」
　互いに繋ぐ手も、共に歩む足も、どちらにつけても屹度素敵なものになるに違いない。出来上がりに胸高鳴らせながら、狐珀も目当ての石を手に取った。
　丸みを帯びた水晶を相応に繋げたら、猫の顔を模した紫水晶と橄欖石、それに天藍石を通す。あとは再び水晶を繋げれば完成だ。
　幸運と魔除け、そして恋の御守り。想い描いた願い通りの出来映えに、つい狐珀の口許も綻んでしまう。しかもそれが、好きな人と自分の色の合わさったものなら、尚のこと。
　作りたてのブレスレットを眺めて満足そうに破顔している狐珀を見ながら、語もまた相好を崩していた。理由は勿論、狐珀と同じく、大切な人の彩を含むものがまたひとつ増えたから。
　こうしてあちらこちらへと共に行き、想い出が増えてゆく。その、心が弾むような、じんと染みてくる嬉しさに浸っていれば、とん、と肩に狐珀のぬくもりが触れた。
（またひとつ、ふたりの想い出が増えました）
　それが一等嬉しくて、横顔を伺いながらも寄せた肩。その淡い甘えは、語にとっての幸せでもあった。彩られる心のままに、愛おしい娘をそっと抱き寄せる。
　唇へはすこし、恥ずかしいから。男はふわりと微笑むと、柔らかな黒髪へと静かに口吻を零した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　春が近いとはいえ、まだ肌寒い外から戻ってきた陽向・理玖（夏疾風・f22773）と泉宮・瑠碧（月白・f04280）は、暖炉の前で一心地ついていた。のんびりとした気分に浸りながら、考えるのはこのあと作るもののこと。
「瑠碧、何か作りたいものある？」
「ん……二人で使える物、とか？」
　言いながら深い青の双眸を巡らせた瑠碧に、理玖はにかりと口端を上げる。
「じゃあさ。本棚っていうかブックエンドっていうか……家で一緒に使う奴作んねぇ？」
「ブックエンド？」
「そうそう。俺は机あるし、二人で使う本がいいな。レシピ本とか置いたりさ。それに、えーと……ほら、一緒に暮らす新生活に向けて的な」
　すこし照れながら懸命に言葉を選ぶ理玖にくすりと笑うと、瑠碧も幸せを滲ませた笑顔を向ける。
「良いですね。気軽に手に取れますし、レシピ本以外にも……理玖も、春から必要な本も置けますよ」
　もうじきこの寒い冬も終わりを告げ、また春がやってくる。ほんのすこし先に待っている生活を思い浮かべながら娘がほわりと微笑を零すと、足許になにか柔らかいものが触れる感触に気づく。
「って、お前……さっきの猫じゃん」
「どうしましたか？」
　足許に集っていたのは、先程しばらく釣り竿で遊んであげていた仔等だった。瑠碧があやすように抱き上げて撫でると、瞳を細めて嬉しそうにひとつ鳴く。
「もう少し構って欲しいみたい、ですね」
「遊び足りねぇのか？　じゃあ、ちょっと待ってろ」
　自分の腕へと登り始めていた仔を卓上へ降ろすと、理玖は両手で仔猫たちを撫で始めた。額や背中、耳や尻尾の付け根を掻いたり撫でたりすれば、どの仔も途端にごろごろと気持ちよさそうに喉を鳴らし始める。
　瑠碧と交互で仔猫たちと遊びながら、まずは材料を一式揃えた。既に適度なサイズにカットされた木材は、組み合わせるだけで簡単に作れそうだ。
　材料となった木材へと心中で感謝を添えた瑠碧は、ご機嫌な笑顔で戻ってきた理玖の、その手許にあるものに眸を燦めかせた。
「その木彫りの猫、素敵ですね」
「だろ？　あとは……やっぱ対になりそうな奴がいいよな」
「そうですね。それなら両側から挟んで立てられますし」
「飾りは？　何か彫る？」
「少し、木の葉の模様か形があると良いなぁと」
「よし、木の葉な」
　瑠碧からの要望には満面の笑顔で頷くと、理玖は道具箱から糸鋸を手に取った。すこし薄めの木板を作業台に固定すると、糸鋸をあてて手際良く切っていく。
「わ、理玖上手……」
「みゃー」
　やすりをかけて角を取れば、幾枚かの木製木の葉がさくっとできあがった。その慣れた様子に、見守っていた瑠碧と仔猫たちも感嘆の声を洩らす。
「あとはこれを本体にくっつけて……最後に、板の上に木の猫を設置して……っと。できた！」
「すごいです。ありがとうございます。……理玖作、ですね」
　感動に眸を輝かせながら絶えぬ拍手を送る瑠碧へ、達成感の溢れる笑顔を零すと、
「お前等も、これでどうだ？　――……って、寝てる……」
　視線を落とした先で、身を寄せ合って丸まっている仔猫たちに、理玖は思わず苦笑した。
「暖炉の前温かいし、待ちくたびれたんかな？」
「そうかもしれませんね」
　起こさぬようにふたりでそっとちいさな背を撫でると、夢でも見ているのか、うにゃうにゃと寝言のような鳴き声を洩らしながら、仔猫たちは寝相を変えた。その愛らしい様子は、見ているこちらまでぽかぽかと心があたたかくなってくるよう。
「仔猫達、良い子で待ってましたし……起きたら、沢山遊びましょうね」
「ああ、そうだな」
「みー……」
　理玖と瑠碧が見守りながらそっと頷きあえば、眠ったままの１匹の仔が、夢心地のような柔く短い声で返事をした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　威嚇していた猫たちも今は穏やかさを取り戻し、工房内は暖炉のぬくもりと冬の柔らかな陽で満ちていた。
　――が、そんな中、どよんと空気が沈んでいる一角があった。
「ＵＣで猫を無理やり連れ出してしまいました……話せば分かり合えたかもしれないのに……」
　いくら尻尾にまとわりつかれたり、大切なマントによじ登られたからといって、弱いものを相手に武力行使をしてしまうとは。実直で頑張り屋なリュカ・ラス（ドラゴニアンの剣豪・f04228）だからこそ、今は唯々落ち込むばかりだ。
「私は未熟者です……。こんなんじゃ立派な竜の戦士なんてかなり先です……まだまだです……」
「リュカさん、気を取り直して猫さんと遊びましょう？　楽しいことして上書きですよ」
　見るからに覇気のないリュカを案じて、日隠・オク（カラカラと音が鳴る・f10977）は両手に持った猫じゃらしをふりふりと揺らした。工房で猫グッズも作りたいが、まずは彼を浮上させるのが一番だ。
「はい、リュカさんの」
「オク殿……ありがとうございます」
　猫じゃらしの１つを受け取ると、リュカはきゅっと眸を閉じた。身体の中心、心の底に気合いを入れ、気持ちを立て直す。
「そうですね、いつまでも落ち込んだままは良くな――あたっ」
　背後からそれなりの力で押されたリュカは、つんのめりそうになった上半身をどうにか堪えた。振り返れば、見覚えのあるハチワレ猫がじっとこちらを見つめている。
「な、なぐさめてくれてるの？　……ありがとう」
　恐る恐る額へと手を乗せると、もっと撫でろと言わんばかりにすり寄ってくるハチワレ。それに促されるまま幾度か撫でれば、ご機嫌な顔つきで喉を鳴らした。
　いつの間にか笑顔を浮かべているリュカに、裡でそっと安堵したオクもまた、陽だまりのような笑顔を浮かべて猫たちへとにじり寄る。
「改めまして猫さん、遊びましょう」
「みゃ？」
「にゃん！」
　鳥のように、虫のように緩急をつけて動くふわふわに、猫たちは円らな瞳を燦めかせながら我先にと飛びついた。捕まえられそうな寸でのところで猫じゃらしを動かすと、ピンクの肉球の見えるちいさな前足が宙を擦り、勢いのまま白い仔猫がぱたりと前に転がる。
「動きが、可愛いです……」
「猫たちも嬉しそうですね」
　そうして暫しのあいだ猫たちとの交流を仕切り直した後は、いよいよ工作タイムだ。
「リュカさんは、何を作るか決めましたか？　私は、猫の形のクッションを作ってみたいなと」
「えっと、では鞄に付けられるチャームとかにします。出来るだけ丈夫な物で。――ハンナ殿、教えて頂けますか？」
「はい！　お任せください」
　それこそ、どんな旅路でも切れぬように強いものを。そう意気込みながら、ハンナもぐっと拳を握る。
「私も……！　えっと、耳を、つけて、できるでしょうか」
「できますよ。形は楕円にして、最後に三角耳をつけてみましょう」
　おずおずと尋ねたオクにも笑顔で頷くと、ハンナは手早く必要な素材を集めてきた。ほつれにくい縫い方を教わりながら、オクも真っ直ぐな瞳で布と糸に向かい合い始める。
（できあがったら、クッションの上に猫さんがのって、猫猫になるでしょうか）
　そんな風景を想い描いただけで、胸が躍り愉しくなってくる。そのためには、想いを込めて頑張って作るだけだ。
　それはまた、リュカも同じ。
「デザインは……じゃあ、慰めてくれたこの子の模様にします」
　そう言ってひとつ笑うと、
「にゃーん」
　それがいいと言いたそうな声音で、ハチワレ猫も弾むようにひとつ鳴いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

「あー……まったりと良い気分……」
　一仕事終えた花牟礼・桜深（桜の樹の下・f35453）は、程よく暖炉の熱が届く場所にあるソファに身体を預けてながらそう独り言ちた。
　どうやら、猟兵たち猫マイスターのお陰で、無事工房も再開できるようになったようだ。自分もそれに十分貢献できただろう。
「んー……でもこれは、居座った猫たちの気持ちもわかるなぁ……」
　春も近いとはいえ、まだ外は十分に寒い。それを身をもって体感したからこそ、この至上のぬくもりにはどうにも抗える気がしない。いっそのこと、このままずっとここでごろごろしていたいが、それこそ猫なら赦されたとしても、いい大人の自分は居るだけで場所を取るだろうし、すぐにでも追い出されてしまいかねない。
「君はのんびりと丸まっていられていいなぁ……」
　見れば、先程遊んだキジトラが、桜深の眼前にある毛布のうえで寝転んでいた。すぴすぴとちいさな寝息を立てている様にひとつ苦笑を零すと、桜深は気怠そうに、けれどどうにか身体を起こして立ち上がる。
「さてと。ここは猫モチーフのグッズとか作っているようだし、折角だからブックマークでも作ってみようかな」
　日常的に本を読む桜深なら、その使い処はありすぎるくらいだろう。途中で読み終えたときに、そして再び読み始めるときに、都度そこに愛らしい猫の姿があれば、なんとなくほっこりと心も癒やされるというものだ。
「とはいえ、僕は不器用なんだよね……あ、ハンナさん」
「はい、どうされました？」
「ブックマークを作りたいんだけど、お願いできるかな？」
　桜深が伺うような視線を向ければ、勿論です、とハンナは朗らかな笑顔を見せた。何かご要望はありますか？　と問われ、桜深はすこし逡巡する。
「そうだね、先端に歩いている猫のシルエット姿が見えて……。あ、素材はシルバーの板材だと嬉しいな」
　言いながら、借りた白紙にさらさらと想い描くデザインを記してみせると、ハンナもああ、と得心する。
「どう……かな？　出来そうかな」
「素敵なデザインですね。はい、これならうちの工房にお任せください！」
　胸をどん、と叩いたハンナに、桜深もふわりと花のように綻ぶと同時、足許になにかの動きを感じて視線を落とせば、再びブチの仔猫がちたちたと寄ってきていた。みーみーと、か細いちいさな声で鳴く姿に、ついゆるりと口許も緩んでしまう。
「寝てたんじゃないの？　ここで一緒に、できあがるの待ってる？」
「みー」
　嬉しそうに眸を細めて鳴いた仔をそっと抱き上げると、桜深は再び先程のソファへと腰掛けた。あたたかな暖炉の熱が、ふわりとふたりを包み込む。

　そこかしこで響く作業の音と、猫の声。
　心地良い午後のひとときに、１人と１匹は静かに微睡み始めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

最終結果：成功 完成日:2022年03月27日