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愛する者を売ったひとびと

#ダークセイヴァー

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#ダークセイヴァー


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●汝の愛する者を売れ

 吸血鬼の女領主が戯れに村を訪れたのは三日ほど前のことだった。

「今からアンタたちを殺すよ」

 手近だったからというだけの理由で、まず見せしめにと殺した青年の髪を掴みあげ、女は高らかにそう告げた。彼女が雨と浴びせた弾丸のせいで、割れ潰れた柘榴の様に崩れた死体の顔は、村人たちの恐怖を煽るに十分な醜怪さであった。
「命乞いしても良いんだよ。愛する者の命と引き換えになら助けてあげる」
 悲鳴と狂乱の中、残酷なその提案に最初に応えたのは誰だったか。
 領主が取引に応じるふりをしたから、己以外を救おうとした善き人たちは殺された。彼らの代わりに救ってやると彼女が約束した者たちも殺された。
 誰も売れぬ者も殺された。誰かを売った者は生かされた。互いを売り合う者たちは領主が適当に選んだ片方だけが生かされた。
 領主が去ったとき、村人の数は半分よりも減っていた。
 生き残った者は皆、誰かを売った者ばかり。
 けれど犠牲者の葬儀も埋葬もろくに出来ないでいる内に再度領主は村を訪れた。先んじて送り込んでいた配下の亡者らが村人を嬲り殺しにする最中のことだ。

「やっぱり今から全員殺すね。……って、もうあんまり残ってないんだね」

 亡者が刻んだ村人たちの、まだ息がある者たちに女は猟銃でとどめを刺して回る。それは狩りに興じる貴族たちが猟犬に追わせた獲物を仕留める様に似て、けれど絶たれる命の扱いは野の獣などよりもなお軽い。

「嘘つき、嘘つき……!あんたなんて地獄に」
 女領主の歩みの先に、両脚を潰されて、はらわたを長く引き摺りながら、なおも地を這う娘があった。娘の呪詛は、乾いた銃声が遮った。
「アンタは、えーと、婚約者売った子だったっけ?」
 血と脳漿をぶちまけて事切れた娘の死体を、硝煙を立ち昇らせた銃口の向こう、三日月に細めた赤い瞳が見つめている。

「アンタたちこそ、たかだか三日そこらを長生きする為に愛する人を裏切って地獄行きかぁ。アッハハ!惨めよねぇ」

 愛する者たちの命を売ってわずかばかりを長らえた村は、そうしてその夜滅びて消えた。

●生き残ったひとびと

「すまないが、後味の悪い依頼を受けては貰えないだろうか」

 ラファエラ・エヴァンジェリスタ(貴腐の薔薇・f32871)は沈んだ声でグリモアベースに集まった猟兵たちへと告げた。
 この死せる女の肌には血の気は元よりないのだが、その顔は今明らかに蒼白い。そうして傍らに従えた己の騎士の亡霊にその身を支えさせている様からして、酷く気分が優れぬらしい。
「悪い夢を見た……あぁ、いや。いわゆる、予知をしたのだ。吸血鬼の領主がとある村を滅ぼすので、それを止めて欲しいのだが……」
 言いにくそうに、短い沈黙。一層沈んだ声をして、女は告げた。
「……既に村人の半数以上は死んでいる」

 微かに震える黒い洋扇で口元を覆い、訥々と女が語って曰く。
 今から少しばかり前、吸血鬼である女領主が戯れにその村を襲った。悪辣な気まぐれから、己の愛する者を売ったなら命を助けると村人に告げ、互いを売り合わせた上で村人の半数以上を虐殺。
 そうして村には愛する者を売った者だけが残された。人手がないのもさることながら、多くの村人は自失のあまりに見るも無惨な死体たちを埋葬してやることさえ出来ず居る。辺りは死体やその断片の散らばったあの日の地獄絵図のまま。
 そんな哀れな村を領主が次は完全に滅ぼそうとしているのだ。

「おぞましい話だ。もう少し早く予知出来ていたなら良かったのだが……どうか残った者だけでも、助けてやっておくれ」
 ラファエラの予知によれば、まずは領主の仕向けた亡者どもが村を襲い、少し遅れて領主自身も村へと姿を現すのだという。
「今から現地に赴けば領主の配下が来るまでに時間があるはずだから、前の犠牲者の埋葬を手伝ってやって欲しい。それと……」
 言い淀み、女は僅かに思案する素振りを見せた。俯きながら、言葉を選ぶようにして、静かに続ける。
「今生き残っている村人は皆、形はどうあれ大切な誰かをなくした者だから……思うところはあるかもしれないが、何か言葉をかけてやってはくれないだろうか。……彼らも、生きねばならぬから」
 とても、気の毒なことにね。女は小さく言い添えて、猟兵たちへと向けて黒い洋扇をゆるりと煽ぐ。
 薔薇が濃く薫り、視界が歪む。瞬きをすれば、猟兵たちは、血の匂いと腐臭漂うダークセイヴァーの夜に居る。


lulu
luluと申します。

衝動的に、後味の悪そうなお話を運営してみたくなりました。

各章に断章を挟み、プレイングの受付はタグで告知、マスターページで補足させていただきます。マイペース予定。

ご参加者様の数によっては全採用が難しいかもしれませんが、途中参加や各章だけのご参加でも大歓迎です。最初からいらした感じの描写になるとおもいます。
途中からでもお楽しみいただけるように頑張ります。

■第1章
死屍累々の小さな村で、死体を埋葬したり、村人たちに言葉をかけたり、なにかトラウマを呼び起こされたりしていただければと。

■第2章
集団戦です。可哀想なひとびと。

■第3章
ボス戦です。トリガーハッピー。

それでは宜しくお願いいたします。
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第1章 冒険 『冒涜者を討て』

POW   :    死者の安寧のために祈りや祝福など出来る事を地道に行う

SPD   :    町を見回り、生存者がいないかを確認する

WIZ   :    町の状況から推測される敵の戦力を考え、対策を講じる

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●愛する者を売ったひとびと

 いかに陽のささぬ夜の世界とて季節はこの今、夏も夏。
 民家に寄りかかる姿のままに袈裟懸けに切断されて腥い断面を晒す亡骸も、教会の前で救いを求めるようにして手を伸ばすまま全身を銃弾に抉り取られた残骸も、まるでたたきつけられたかのようにして往来の路面に張り付き臓器と骨片を咲かす肉塊も。夏の熱気が腐臭を促せば、耳に障る羽音もかしましく蝿どもが寄って集って黒く塗る。それらをぱっと散らして駆け寄る野犬がしばし死体をまさぐって、長く湿った臓器を口に咥えて駆け出せば、様子を伺っていた鴉たちが一斉にその死体へと舞い降りる。

 遺棄された死体も、吐き気を催すような腐臭も、虫や獣の跋扈さえ。間近に認識しておきながら、生き残った村人たちは動かないし、動けない。
 何をしたって今更なのだ。何故なら彼らが、「売って」しまった。
 
 たとえば死への恐怖から恋人を売ってしまった女。
 たとえば遺される子らを思って病身の妻を売った男。
 たとえば己の亡き後に幼い妹をひとりに出来ぬがゆえに指した少年。
 たとえば母親に「私を売れ」と囁かれ、従ってしまった少女。

 ……いかな言い訳を添えたところで、悼む権利などありはすまい。愛した者にとどめを刺した引き金を引いたのは他ならぬ己らだ。
 そうして或る者は泣き暮らし、或る者はただ空を見つめて、或る者は逃避に走って決して成し得ない復讐なんかを夢に見て。
 犠牲者たちの亡骸にさえ未だ向き合うことも出来ぬまま、村に死の匂いが満ちてゆく。
 
 ただ、生きたいと願ってしまった。それが罪だと言うのだろうか。
 ただ、それゆえに理解している。ーー死んだ彼らとて、生きたかったと。
ジュジュ・ブランロジエ
アドリブ歓迎

なんて酷い……!
泣きそう

悪いのは生きたいという気持ちにつけ込んで酷い事をした領主だよ
絶対に私達が倒すから
まず今は弔いをさせて
村人達に声をかけてから埋葬

遺体を直視するのはショックが大きそうだから埋葬後に個別に話す

髪や服装など自分が埋めた者の特徴を挙げて関係者を探す
貴方と縁ある人はここに埋葬したよ
どうか祈りを
貴方は悪くない
この人は貴方が生きることを望んでいるはず
と伝える
祈る事で少しは気持ちが救われるといいな

光属性付与した白薔薇舞刃(敵以外傷付けない)で魂が天に還る演出を
仄かに光る白薔薇を辺り一面に巡らせてから空へ向かって放つ
少しでも癒やしになれば

後悔が消えなくても大切な人の分まで生きて


ウルル・マーナガルム

おえっぷ(顔面蒼白)
じぃじの言ってた、戦争の跡みたい
早く埋葬してあげないと
『衛生面、精神面ともに悪影響です』
スカーフを口元に巻いたり
防護をしてから埋葬開始
UCで喚んだ子機達には周辺警戒と
あと何匹かはこっちを手伝ってもらおう
穴掘り、荷車引き、簡単な仕事は出来るしね
身元確認、する余裕あるかな?
『喪失によるショックは数値化できません。正確な測定は不可能ですが、おそらく余裕の無い人が殆どでしょう』
……そだね
(昔飼っていた犬の名前も、今の相棒の名前も、ハティ)
先に行った人たちは
身を挺して皆を守ったんだ
でもここで立ち止まったら
全部無意味になっちゃうよ
英雄たちが残してくれたもの
継いで、遺して行かなくちゃ



「……なんて酷い」
 ジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)は震える声で紡ぐのが精いっぱいだった。グリモア猟兵の話からそれなりに地獄絵図の予想はしていたが、目の前に広がる光景はあまりにも酷なものだった。

 彼女の転移された場所からさほど離れずに、黒く変色した血の染み込んだ地べたに座り込むままの子どもの姿がある。歳の頃は五、六歳。ずっと其処に居たはずもあるまいが、あの日からおよそまともに過ごしてなどは居ないだろう。垢じみた頬に、薄汚れた服に、正面から浴びた返り血を乾いてこびりつかせたままで居た。
 傍らにうつ伏せに横たわるのは、元の髪が黒髪でないことだけは辛うじてわかる程度にその長い髪を血に染めた、女の死体。銃弾に何箇所も抉られ複雑に千切れかけた女の手の指先を握って、子どもはただただそこに在る。
「貴方の大切な人だったんだね」
 声をかけたジュジュを見上げる瞳には光もなければ涙もない。乾いた瞳は咎められるのを怯えた様に見開かれたまま、ただ、彼女へと向いた。
 大切な人。その言葉に頷いて良いのかさえも判らぬように、子どもは掠れた声を絞り出す。
「母さんが、ああ言えって言ったんだ……」
 だからだとでも続けたげにどこか言い訳じみていた。
 ーー母さんは良いから、僕を生かして!
 阿鼻叫喚の中で子どもを抱きしめながら母が耳元で囁いて唆したその一言は、母の目線で言い換えるならばこうである。『私は良いから貴方は生きて』。そんな母親の愛と犠牲は今この子どもを確かに生かしはした。
 子どもの身に起きたことはまるで容易に想像がつく。ジュジュ自身が同じ選択をすることは決してないであろうが、それでも恐怖と混乱の中で促されるままにそれを口にした彼の気持ちを、それを悔いている彼の気持ちを、人の心に寄り添うことに長けているジュジュには手に取る様に解ってしまう。
 ジュジュは白兎頭のフランス人形――メボンゴをその腕に抱きしめた。いつもはこういう場面において明るい言葉で励ましてくれるメボンゴさえも、今日は口を噤んで喋らない。メボンゴはジュジュの腹話術とは言えど、人を笑顔にしたい気持ちが動かしているのだから仕方あるまい。今や誰かを笑顔にするどころか、自分が泣かぬのが精いっぱい。更に涙さえ枯れ果てたような子どもを目の前にしていては、笑顔を求めることなど贅沢に思えてしまうほど。
「あなたは悪くない。悪いのは生きたいという気持ちにつけこんだ領主だよ」
 声が震える。耐えている自覚をすればするほどに嗚咽がこみ上げ耐え難い。声の震えをも抑えねば、翠の瞳に溜まった涙がこぼれ落ちてしまうような気さえして、ジュジュは常よりもゆっくりと言葉を紡ぐ。
「まず今は、弔いをさせて」
「……埋めちゃうの?」
「このままにはしていられないから」
 諭すように告げながら、ジュジュは正直困ってもいた。グリモアベースで話を聞いて、スコップは確かに持って来た。けれど、この少女の細腕で穴を掘り死体を埋めることなど果たしてどれだけ時間がかかるだろうか。
 不安を覚えだした時、ふと声が聞こえて視線を遣れば。少し先に小さな人影と、駆けまわる猟犬たちの群れがある。

『衛生面、精神面ともに悪影響です。防護の上で至急対応を要します』
「おえっぷ……ちょっと、待って……ごめん、きつい」
 冷静な分析を告げるAIの助言をよそに、蒼白な顔をしてウルル・マーナガルム(グリムハンター・f33219)は口元を押さえながら、惨状から目をそらすようにして道端に身を屈めた。腐り爛れた匂いが鼻に触れてふと見やれば、その視線の先にさえ、その断面に、だらしなく垂らした舌に、蟻どもを集らせた誰かの下顎が落ちているのだからかなわない。
 じぃじの言ってた、戦争の跡みたい。臭気が目を刺し、涙に滲む視界の中でふとそんなことを考えた。かつて各地の戦場を渡り歩いては「死神」と謳われその名を轟かせ、果てには英雄として祀り上げられた彼女の祖父は、たまにぽつりぽつりと昔のことを話してくれたものだった。物資の乏しい密林も、凍てつく雪原も、弾丸飛び交う市街戦も、色んな戦地を生き延びる術と――それから、生き延びて来たがゆえに彼が見てきたありとあらゆる地獄、も。
『大丈夫ですか。スカーフを口元に巻き、ゴーグルを装備することをお勧めします』
「……そうだね」
 四脚機動のAIの猟犬の助言を受けて、ウルルは素直にそれに従う。日頃は首元を鮮やかに彩るばかりのモスグリーンのスカーフを口元に引き上げて、『S.K.O.R』と名付けられた大型ゴーグルでその大きな金の瞳を隠してしまう。後者は本来各種の演算の結果を示して彼女を助ける機器であるものの、今日は酷い死臭から彼女を護ることで一役を買うようだ。
 防護を固めて少し平静を取り戻したウルルは、その異能にて、忠実なるAIの猟犬――ハティの子機たちを召喚する。見た目にも性能的にもハティと似通ったその数九十に及ぶ犬たちは、平たく言うならハティの子機だ。駆けまわり、賑やかに吠えたてながら、その尾を振ってウルルの指示を待つ。
「周辺警戒をお願いするよ。それから、何匹かは埋葬を手伝って貰える?」
『周辺一帯に敵の気配はないようです』
「じゃあ、埋葬をメインでお願い出来るかな……おや?」
 優秀なAIを通じて子機たちへと役目を与えながら、ウルルは猟犬たちの向こう、腐敗した返り血にぬめつく景色に似合わぬような、ひとりの白い装いの猟兵と、彼女に片手を繋がれた小さな子どもの姿を認めた。
「この子のお母さんを埋めてあげたいんだ。力を貸してもらえないかな?」
 猟兵――ジュジュが頼めば、ウルルには断る理由など無論ない。猟犬姿の子機たちが村のはずれにいくつも穴を掘り、子どもの母親を荷車に載せて――それは、二人の少女の慈悲に応えて、子どもの視線を憚る様に、崩れたその顔を決して仰向けぬままに――その一つへと運んでやった。暑さに腐敗を進ませたその身を掘ったばかりの冷えた土の上にそっと横たえ、子機たちが柔らかくかぶせる様に土を降らせる。その隣に幾つも並べた他の穴にも、数日前まで生きていた骸を子機たちが運れて来た。彼らの気配に、働きぶりに、生き残った村人たちが遠巻きに眺めにやって来る。その視線を察して、ウルルが子機を制止する。
「身元確認、する余裕あるかな?」
『喪失によるショックは数値化できません。正確な測定は不可能ですが、おそらく余裕の無い人が殆どでしょう』
「……そだね」
 喪失。それをウルルは知っている。愛する人、ではなかった。それは彼女が昔飼っていた愛犬に覚えた感傷だ。その喪失に対して己が未だ折り合いをつけられていないこと等は、柔らかな毛並みをこの手に頬に摺り寄せたあの子と、目の前の硬質なAIの猟犬とに同じ名を与えていることからも明らかだ。
「埋葬したひとの特徴を少し、残しておこう」
 諦めきれないのであろう、ジュジュは小さなメモ書きに、埋葬する者たちの特徴を記そうとして。けれど、そうする間にも、やはり生き延びてしまった彼らは、愛したものを最期にひと目と望んでいたのだろうか。気づけば随分近くにいた。うしろめたさからか、間近とまでは言えぬ、何かに確信を持つことは出来ぬようなその距離で。
「先に行った人たちは身を挺して皆を守ったんだ。でもここで立ち止まったら、全部無意味になっちゃうよ。英雄たちが残してくれたもの、継いで、遺して行かなくちゃ」
 ウルルは多くを語ることなく、ただ、それだけを告げてやる。
「祈って。この人たちは貴方が生きることを望んでいるはず」
 ジュジュは彼らを見渡して、最後に傍らの子どもの瞳を覗き込む。彼女が行使したユーベルコード……光を纏って輝く白薔薇の花弁は、刹那、何の幻影か、彼らが亡くした誰かの姿に重なった。目を瞠り、彼らが思わず伸ばした指先を、つかず離れず掠めてやって、白い花弁は風に攫われて空へと上る。光煌めくその様は、さながら誰かの魂が救済をされる様を思わせた。
 ジュジュの傍らの子どもが天を仰いで、初めてひとすじ、涙を流した。ジュジュはその手を握りしめる。

「後悔が消えなくても大切な人の分まで生きて」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


 屍肉を争う野犬が吠えて、烏がばさばさと飛び去った。目の前を蝿どもの羽音がうるさく過ぎてゆく。湿度の高い風とともに纏わりつくのは、ひとの身体の腐る匂いだ。
 そんな陰鬱な情景を差し引いて、それにしたって酷い村だ、とリーベ・ディヒ(無貌の観察者・f28438)は目の前の光景を冷め切った金の瞳に映す。
 村を襲った悲劇からの時の経過に、この暑さに、腐汁を垂らし始めた屍やその部位が地面の随所に散らばり張り付く傍らで、これもまた酷く薄汚れた動く屍が泣いている。グリモアベースで聴いた話によれば、この後じきに吸血鬼がこの村を滅ぼしにやってくるのだと言うが、敵と言えなんとご苦労なことだろう。この場にはまるで滅ぼされる前から屍どもしかいないとリーベの目には見える。これらを守れだなどと言いつけられる猟兵もとんだ貧乏くじである。

 重いものでもぶつけただろうか。まるでぶち抜くようにして正面の壁の崩れている家の中から、酷く泣きじゃくる声がした。十になるかならぬかの女児が狂ったように泣きわめくのを、父親だろう、疲れた顔をした男があやしていた。
家の前に、腐った肉塊がある。そうとしか形容は難しい存在だ。どうやったらこうも乱雑に肉も臓器も咲かせて飛び散るだろう。裂ける様に、押し潰す様に、たとえばミートハンマーで叩き続けてみたならば人間というのはこうなるのだろうか。とまれ、纏う衣服の名残からこの肉は女であったかもしれない。人の背丈の大きさをしたその肉塊の片端に、これは後から被せたようなボロ布が血を吸いながら、石を置かれて留められ、赤茶けた髪をその下から僅かに覗かせていた。おそらくそこに、顔だった場所があるのだろう。
 傍らに投げ出されたスコップがある。きっと埋葬をしようとして、気力が足りずか手が回らずか、野晒にしつつせめてもの情けに顔を隠してやったに違いない。
 子どもの泣く声が耳に刺さる。
「おい、そこの屍」
 リーベは家の中へと強く呼ばわる。黒を纏った可憐な少女の様な見目からは想像もつかぬほど、深くよく響くバリトンだ。子どもがヒッと小さく声を上げ、驚きに一瞬泣き止んだ。父親の方はもはや違和さえ覚えぬか、目の下に隈を張り付けた虚ろな瞳をこちらへ向けたのみ。
「こっちに来い」
 男が大人しく従うのは吸血鬼に植え付けられた恐怖からか、もはや思考さえ放棄しているのか。素直に己の前へと至った男の髪をリーベが細い指で無造作に掴めば、子どもが甲高く悲鳴を上げた。
 肉塊を覆うボロ布を、押さえる石ごと爪先で蹴りあげて剥がしてやる。暴かれたのは肌の色など残さずに、歪に潰れて中身を露わにした腐肉だ。元が頭蓋らしい球体をしていたことさえ今は疑わしく、けれどもうどこかもわからぬ眼窩から零れたらしい目玉が潰れ損ねてひとつ地面に落ちているから、やはりこれが顔だったのだろう。
そうしてその間近の地面へと、肉塊へと向けるようにして男の顔を押し付ける。少女の細腕によるものとは思えぬその力に男は抗う術もない。
「さて、お前に質問だ。私には肉塊にしか見えない『これ』は、お前の愛する者か?」
「あ……あ……」
 目を見開いて、あんぐりと口を開け、それでも男の喉からは意味のある言葉は出て来ない。家の中では子どもが火のついたように泣きわめく。
 地に落ちて朽ちた目玉はとうに濁って男の顔など映しもせぬが、男はそこに何を見出したのだろう。がくがくとその身を震わせながら、悲鳴じみた声で叫んだ。
「し、しか……しかたなかっ……」
「…仕方なく殺した?どうでもいいわ。つまらんし興味ない」
リーベはフンと小さく鼻を鳴らした。心底つまらぬ。この村でそこらを彷徨い歩くどの屍もがきっと同じ答えを返すだろう。
「お前は、まだ『これ』を愛してるか? それが重要だ」
 髪を掴んだ男の顔を一層にその肉塊に近づけてやりながら問いを重ねる。
「『これ』はお前が愛してたから殺したんだろ?」
 殺した。情け容赦ない言葉は男の胸を抉るが、否定も出来ぬ。
 もしもう少し男が目端の利く者であったなら、本当は憎むものこそを愛していると騙って殺めさせることさえ出来たやもしれぬ。かの領主の洞察力がいかほどか、けれど試す価値くらいはあったのではないか。
 けれど男は真っ先に、真に愛する者の名を告げた。
「ある意味愛の証明だ。羨ましいものだよ」
 リーベは、男の耳元に唇を寄せて囁いた。
「殺(あい)したのなら目を背けるな。忘れるな。殺(あい)された者もお前を忘れない」
 軽く押しやる様にして男の髪から手を離す。踵を返すついでに、地に落ちていたスコップを男の方へと蹴って寄越してやりながら、この悪霊は楽し気に吊り上げた唇で、とっておきの真理を男に教えてやるのだ。

「忘れなければそれは永遠の愛と言うものだ」
 
 泣き続ける子どもの声に、押し殺すような男の嗚咽が混じる。
リーベ・ディヒ
酷い村だ
屍の側で動く屍が泣いているぞ
滅ぼされる前から屍しかいないな
(住民達が集まってる場所、または子供のため妻を売った夫の家など人が多い場所に向かい)

おい、そこの屍
こっちに来い
(有無を言わさず髪を掴みその人物の愛する者の死体の前に引きずり出す)

さて、お前に質問だ
私には肉塊にしか見えない「これ」は、お前の愛する者か?

…仕方なく殺した?
どうでもいいわ
つまらんし興味ない

お前は、まだ「これ」を愛してるか?
それが重要だ

「これ」はお前が愛してたから殺したんだろ?
ある意味愛の証明だ
羨ましいものだよ

殺(あい)したのなら目を背けるな
忘れるな
殺(あい)された者もお前を忘れない

忘れなければそれは永遠の愛と言うものだ



 屍肉を争う野犬が吠えて、烏がばさばさと飛び去った。目の前を蝿どもの羽音がうるさく過ぎてゆく。湿度の高い風とともに纏わりつくのは、ひとの身体の腐る匂いだ。
 そんな陰鬱な情景を差し引いて、それにしたって酷い村だ、とリーベ・ディヒ(無貌の観察者・f28438)は目の前の光景を冷め切った金の瞳に映す。
 村を襲った悲劇からの時の経過に、この暑さに、腐汁を垂らし始めた屍やその部位が地面の随所に散らばり張り付く傍らで、これもまた酷く薄汚れた動く屍が泣いている。グリモアベースで聴いた話によれば、この後じきに吸血鬼がこの村を滅ぼしにやってくるのだと言うが、敵と言えなんとご苦労なことだろう。この場にはまるで滅ぼされる前から屍どもしかいないとリーベの目には見える。これらを守れだなどと言いつけられる猟兵もとんだ貧乏くじである。

 重いものでもぶつけただろうか。まるでぶち抜くようにして正面の壁の崩れている家の中から、酷く泣きじゃくる声がした。十になるかならぬかの女児が狂ったように泣きわめくのを、父親だろう、疲れた顔をした男があやしていた。
家の前に、腐った肉塊がある。そうとしか形容は難しい存在だ。どうやったらこうも乱雑に肉も臓器も咲かせて飛び散るだろう。裂ける様に、押し潰す様に、たとえばミートハンマーで叩き続けてみたならば人間というのはこうなるのだろうか。とまれ、纏う衣服の名残からこの肉は女であったかもしれない。人の背丈の大きさをしたその肉塊の片端に、これは後から被せたようなボロ布が血を吸いながら、石を置かれて留められ、赤茶けた髪をその下から僅かに覗かせていた。おそらくそこに、顔だった場所があるのだろう。
 傍らに投げ出されたスコップがある。きっと埋葬をしようとして、気力が足りずか手が回らずか、野晒にしつつせめてもの情けに顔を隠してやったに違いない。
 子どもの泣く声が耳に刺さる。
「おい、そこの屍」
 リーベは家の中へと強く呼ばわる。黒を纏った可憐な少女の様な見目からは想像もつかぬほど、深くよく響くバリトンだ。子どもがヒッと小さく声を上げ、驚きに一瞬泣き止んだ。父親の方はもはや違和さえ覚えぬか、目の下に隈を張り付けた虚ろな瞳をこちらへ向けたのみ。
「こっちに来い」
 男が大人しく従うのは吸血鬼に植え付けられた恐怖からか、もはや思考さえ放棄しているのか。素直に己の前へと至った男の髪をリーベが細い指で無造作に掴めば、子どもが甲高く悲鳴を上げた。
 肉塊を覆うボロ布を、押さえる石ごと爪先で蹴りあげて剥がしてやる。暴かれたのは肌の色など残さずに、歪に潰れて中身を露わにした腐肉だ。元が頭蓋らしい球体をしていたことさえ今は疑わしく、けれどもうどこかもわからぬ眼窩から零れたらしい目玉が潰れ損ねてひとつ地面に落ちているから、やはりこれが顔だったのだろう。
そうしてその間近の地面へと、肉塊へと向けるようにして男の顔を押し付ける。少女の細腕によるものとは思えぬその力に男は抗う術もない。
「さて、お前に質問だ。私には肉塊にしか見えない『これ』は、お前の愛する者か?」
「あ……あ……」
 目を見開いて、あんぐりと口を開け、それでも男の喉からは意味のある言葉は出て来ない。家の中では子どもが火のついたように泣きわめく。
 地に落ちて朽ちた目玉はとうに濁って男の顔など映しもせぬが、男はそこに何を見出したのだろう。がくがくとその身を震わせながら、悲鳴じみた声で叫んだ。
「し、しか……しかたなかっ……」
「…仕方なく殺した?どうでもいいわ。つまらんし興味ない」
リーベはフンと小さく鼻を鳴らした。心底つまらぬ。この村でそこらを彷徨い歩くどの屍もがきっと同じ答えを返すだろう。
「お前は、まだ『これ』を愛してるか? それが重要だ」
 髪を掴んだ男の顔を一層にその肉塊に近づけてやりながら問いを重ねる。
「『これ』はお前が愛してたから殺したんだろ?」
 殺した。情け容赦ない言葉は男の胸を抉るが、否定も出来ぬ。
 もしもう少し男が目端の利く者であったなら、本当は憎むものこそを愛していると騙って殺めさせることさえ出来たやもしれぬ。かの領主の洞察力がいかほどか、けれど試す価値くらいはあったのではないか。
 けれど男は真っ先に、真に愛する者の名を告げた。
「ある意味愛の証明だ。羨ましいものだよ」
 リーベは、男の耳元に唇を寄せて囁いた。
「殺(あい)したのなら目を背けるな。忘れるな。殺(あい)された者もお前を忘れない」
 軽く押しやる様にして男の髪から手を離す。踵を返すついでに、地に落ちていたスコップを男の方へと蹴って寄越してやりながら、この悪霊は楽し気に吊り上げた唇で、とっておきの真理を男に教えてやるのだ。

「忘れなければそれは永遠の愛と言うものだ」
 
 泣き続ける子どもの声に、押し殺すような男の嗚咽が混じる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

百舌鳥・寿々彦

目を覆いたくなるような光景
それなのになんでだろう
嫌悪感は湧かなかった

だって
僕らは「売って」しまった彼らと同じだから

自分が助かりたくて、沢山の命を犠牲にしたのだから

そんな僕が
かける言葉なんて無い
資格も無い

でも…生きたいって願ってしまった彼らを
そんな自分を許せない彼らを
僕は痛い程理解できるから

亡骸に手を伸ばす
ここでの作法はわからないけど
きっとそのままよりはマシだから
安らかに眠れるように
大地へ帰れるように

墓を掘り、彼らを埋めていく

ごめんね

自然と溢れた言葉は誰の為か、自分でもわからない

君たちは許さなくていい

許さないで
どうか、僕を許さないで

墓を掘る手に溢れた涙は誰の為か
僕にはそれもわからなかった



 転送された先の足元にもう、黒く腐った血だまりがある。浮かぶ肉片とそこに蠢く蛆どもに目を凝らさぬ様に、視線を先へ遣ったなら、路上にへばりつくようにして事切れている下顎を失くした死体の見開いた目と、目が合った。
 目を覆いたくなるような光景だと、百舌鳥・寿々彦(lost・f29624)は思う。
 それでいながら不思議と嫌悪感は湧かずにいた。それは寿々彦が姉を失くしたあの日見た、あの凄惨な血染めの部屋を知っているからであろうか。はたまた、自身が既に一度は生を終えた屍であればこそであろうか。当然、屍と一口に言え、この場に打ち捨てられた朽ちた屍たちと、死を経たことで血の気を失くした白い肌に、生前よりなお儚い美を纏う寿々彦の在り様は傍目に雲泥の差はあれど。
 ――否。と寿々彦は思索を結ぶ。己は「売って」しまった彼らと同じ側なのだ。自分が助かりたいばかりに、たくさんの命を犠牲にした。あの部屋を塗りつぶした赤を垂れ流したであろう邪神教団の者たちも、――最愛の姉さえも。
 ゆえに「売って」しまった彼らを嫌悪する権利もなければ、その犠牲の上に生きる身としては、いくらおぞましく朽ちていようとこの屍たちに眉を顰めることも出来ない。

 ふと、背後に視線がある。寿々彦が振り向けば、両の目から涙を零す村の娘がそこにいた。
「それ……私のお兄ちゃんだったの」
「……うん」
「怖かったの。何も考えられなかったの」
 生き残った村人は皆抜け殻のようで、傷を舐め合うことさえ出来ずに居たのだろうか。ようやく話せる相手を得たことに安堵してか、問わずとも娘は堰を切ったように話し始めた。
 彼女は兄を売ったという。早くに親を亡くして兄妹ふたり、周りの支えで生きてきた。恐慌の中、己でもどうして言ったかわからないのに、それは言葉になっていたのだ。「この人を殺して私を助けて」。
 兄は驚いた顔をしたのに、彼女を咎めることも無ければ、異を唱えることもせず、それで娘は誤りを知る。撤回しようと、いっそ共に死んでも構わないとさえ思うのに、叫ぼうとした目の前で吸血鬼の配下がまるで虫けらの様に兄を殺した。
「ちょっと前に喧嘩してたの。まだ謝れてないままなの」
 喉を詰まらせながら娘は話をそう結び、わっとその場に泣き崩れた。
寿々彦は、既に止まった心臓が強く締め付けられる心地がした。あれは決して喧嘩だ等と単純な言葉で表せるものではないが、最愛の姉・鈴子とは最後は没交渉だった。あまりにも献身的な愛を注ぎ続けてくれる鈴子が恐ろしく、寿々彦自身が避けてしまった為もある。
 怖かった。何も考えられなかった。それとて、あの赤く染まった部屋において、寿々彦が抱いた気持ちに他ならない。寿々彦の代わりにと生贄として進み出た鈴子は――何も言わずに、微笑んでさえ見せたのに。
 重なるピースの多さに胸はこんなにも痛むのに、まるで同じ罪を背負うがゆえに寿々彦はこの村娘にかけてやる言葉を持ち合わせない。傷の舐め合い等したところで前も向けずに惨めになるだけだ。
 ただ、同罪であるがゆえ、生きたいと願ってしまった彼女の気持ちも、実際生きてしまったからこそにそんな自分を許せずにいる自責も痛いほどに解る。解ってしまうがゆえに。
「埋葬を手伝ってくれる?」
 余計な感傷と私情を差し挟まぬよう短い言葉で告げながら、寿々彦は死体に手を伸ばす。言葉なく頷いて承諾をした娘の手も借りながら、誰かが放置して行ったらしい荷車に死体を載せて、彼女の案内で墓地へと向かう。

 墓地には先客たちが居た。辛うじて動ける村の男たちと、依頼を受けて駆け付けた猟兵たちが、墓を掘り、野ざらしにされていた死体を埋めている。
 場を仕切っていた男に尋ね、割当てられた一角を寿々彦は白い手に似合わぬ無骨なスコップを握り、掘り始めた。先の娘も黙ってそれに倣う。
 傍らの荷車に待たせた死体の、その今際はきっと壮絶なものだったろう。ゆえにこそ今はただ安らかに眠れるように、大地へ帰れるようにと願いを込めて、寿々彦は固い土を掘り進める。
「ごめんね」
 自然と溢れた寿々彦の言葉に、娘が顔を上げる。その謝罪が誰の為のものであったのか、寿々彦自身にもわからない。ただ一つ確かな事実として、寿々彦は誰かの許しを求めて等はいないのだ。多数の犠牲の上に生き、自責の念に苦しみながらも、けれど赦しの為にと命を投げ出す覚悟などなく。それで居て許せだ等と宣う程に厚かましくは逆立ちしたってなれぬのだ。
 ゆえに。
 君たちは許さなくていい……許さないで。
 どうか、僕を許さないで。
「……あ」
 君たちとは果たして誰を指しただろうか。墓を掘る手に溢れた涙は、誰の為のものであったか。
 真珠の様に零れる涙を拭うこともしないで、寿々彦は知らぬ誰かの弔いの為に土を掘る。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱酉・逢真
深山サンと/f22925
心情)アアいいなァ、素晴らしい。深山さんはどう思いなさるね? 俺はぜンぶ肯定するとも。死が怖くッて、だから大切な相手を売った。そンなのとうぜん、当たり前のこった。なァ定命? 生きようとするンは正しいことさ。いたずらにアリを踏み潰すよか、ずゥっと真摯じゃないかね。
行動)だからね、かわいい定命たちよ。かみさまが赦してやろう。後悔し死者を悼み己を憎み、それでも生きたいと願うこと。ぜンぶ赦そう。それでも納得がいかなきゃ思え。"神様が悪い"。悪いのはぜェんぶ、神様(*俺)のせいさ。ああ任せな、俺が"底"まで送るとも。怨憎未練を薪とお焚べ、次世はきっといいことだらけさ。


深山・鴇
逢真君と/f16930

抵抗する力もなく蹂躙されるしかないのなら、そうもなろうよ
自分が犠牲となって大切な人が助かるのなら、差し出しもするさ

君が肯定し赦すなら、彼らも浮かばれるし、救われるだろう
(なんたってかみさまの言葉だ、下手な人間が何か言うより効くだろう)
(ポケットから取り出した吸口が鴇色の煙草を吸って、深く息を吐くように煙を吐き出し)

うん、人の命には限りがあるからな
いたずらにアリを踏み潰してるのは――吸血鬼だが

さて、遺体をこのままにもしておけんだろう
この辺りの風習は知らないが、燃やして穢れを祓ってから埋めるべきかね?

逢真君の火で送れるかい?
ああ、葬送の火だというのに、君の火は美しいな



 村の外れに墓地がある。その更に外れに幾人かが墓を掘る。
 三日前まで墓地を囲っていたらしい柵は今取り外されて、死者の国は順調にその領土を広げつつあった。この墓地の住人が僅か三日でこうも増えると誰が予想をしたであろうか。急ごしらえの雑な墓標は、死体が腐臭を振りまき始めたこの今はもうそれさえも一人に一つ与えるという贅沢などは許されぬようだ。村の何人かの男たちが、新たに墓地となる一角に広く深い穴を掘っている。その場所に村から集めた死体や腐肉をいくらかまとめて葬るらしい。損傷の酷いものも多いからどれが誰だか解らぬ以上、ある意味合理的でさえある。
 疫病がその威を振るった地において、飽きるほどに見た光景だ。太い枝を雑に組み合わせただけの十字架のひとつに肘杖をつき、村人たちの労働を眺めながら、病毒の神たる朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)は紅い瞳に喜悦を滲ませた。
「アアいいなァ、素晴らしい。深山さんはどう思いなさるね?」
 たとえば、舞台――と言うほどですらない、それこそ道端の大道芸程度の気安い見世物への感想の様な気楽さで逢真は言うのだ。
「俺はぜンぶ肯定するとも。死が怖くッて、だから大切な相手を売った。そンなのとうぜん、当たり前のこった」
 荷車に死体を載せて曳いて行く壮年の男が、卑屈な目をしてこちらを盗み見るのを、逢真は気に留める風もない。
「抵抗する力もなく蹂躙されるしかないのなら、そうもなろうよ」
 逢真よりかは数歩退いた場に、この場に似つかわしくないほどに身なりの良い男が佇む。男、深山・鴇(黒花鳥・f22925)はメタルフレームの眼鏡を指先で押しあげつ、ただ客観的な事実として告げる。人間であるこの煙草屋の店主――という肩書を真に受けて良いとは思えぬほどに胡乱な空気を纏っているが――としては、逢真ほどには超越した視座は持たぬが、流石に彼も猟兵であり、伊達に修羅場を潜っても居ない。
「だが、自分が犠牲となって大切な人が助かるのなら、差し出しもするさ」
 迷いなど無く言い切る強さはこの村に生き残った者が到底持ち合わせぬものだ。穴を掘り進めているひとりの青年は鴇の言葉を耳にして、居た堪れぬように俯いていた。その様があんまり哀れっぽいものだから、逢真は戯れに言葉を投げてやることにする。
「なァ定命? 生きようとするンは正しいことさ」
 逢真が神らしい博愛と寛容さで肯定をしてやれば、
「うん、人の命には限りがあるからな」
 鴇は何の感傷もない事実だけを述べて同意する。
「いたずらにアリを踏み潰すよか、ずゥっと真摯じゃないかね」
「いたずらにアリを踏み潰してるのは――吸血鬼だが」
 そうして考えてやれば、踏み潰されるのを恐れたアリどもが安全な場所を争った末、敗れたものが踏み潰されて死んでしまったというだけの事象に過ぎぬ。逢真からしてみればアリとこの名もなき定命たちの間にさしたる差はなく、鴇にしたって、探偵業の依頼人から頼まれるのでもない限り、名も知らぬ彼らの罪だ何だをわざわざ引き出し咎めてやるほどに構ってやる暇もつもりもない。
「何が言いたいんだよ」
 なお消えぬ罪悪感と後ろめたさから、他の男たちは黙りこくっている中で、青年は消え入るような声のくせして苛立ちを滲ませながら問う。吹けば飛ぶような命のくせに偶にこうして生意気な顔を覗かせる定命たちを逢真は決して嫌いではなく、なお一層に笑みを深める。
「だからね、かわいい定命たちよ。かみさまが赦してやろう。後悔し死者を悼み己を憎み、それでも生きたいと願うこと。ぜンぶ赦そう」 
「君が肯定し赦すなら、彼らも浮かばれるし、救われるだろう」
 鴇は答えを待たぬ呟きをひとつ零して、ポケットから煙草を取り出した。吸口が鴇色をした黒い紙巻のそれを一本咥えて、火をつける。何と言っても逢真は神なのである。人の身である自分が何かを言うよりも、この迷える子羊たちに彼の言葉こそ意味をもつように思えたものだから、鴇は余計な言葉を重ねることはせず、深く煙を肺へと導き、ただゆっくりと吐き出した。死臭が重く漂う墓地に、甘いチョコレートの香の紫煙が靡く。
「神なんかに何がわかるんだよ。あんたに赦されたって――……!」
 先の青年が声を震わせる。くしゃくしゃに歪めた顔は今にも泣きだしそうだった。弱さゆえ、与えられた赦しさえ素直に受け取ることが出来ないこの弱き愛しき定命に神は深い慈悲で応えてやった。
「それでも納得がいかなきゃ思え。"神様が悪い"。悪いのはぜェんぶ、『神様(俺)』のせいさ」
 己を責めることはない、どうせお前さんたちは弱いものだ。あの時何が出来たか等と悔いる必要さえもなく、全てこの『神様(俺)』が恨まれてやる。
 まるで思考さえ放棄することを促す様な暴論でありながら、その矛先を己へと向けさせてやる懐の深さに。青年は暫し毒気を抜かれたように立ち尽くして、やがて手の甲で乱雑に目元を拭う。近くにいた壮年の男が、励ますように彼の背中を軽く叩いた。
 幾らか短くなった煙草を片手に、鴇の薄紅の瞳がその様を眺めていた。
 
「さて、遺体をこのままにもしておけんだろう」
 二人がこの場を眺め始めて暫くを経て、広い穴の中には随分と死体やその欠片が随分積み重なって来た。
「この辺りの風習は知らないが、燃やして穢れを祓ってから埋めるべきかね? 逢真君の火で送れるかい?」
 既に腐臭も腐汁も放つそれらをこのまま埋めてしまうのは、衛生的には望ましくないと断じて、鴇は傍らの神へと尋ねる。
「ああ任せな、俺が"底"まで送るとも。」
 頷いて、逢真が指先を向けてやれば、神葬の祭火(ネニアディ)は墓穴の中にごうと巻き上がる。燃料もなく、湿った屍だけがあるその場において、夕陽もかくやの鮮やかな橙はそれでも瞬く間に火柱となり燃え上がる。
「ああ、葬送の火だというのに、君の火は美しいな」
 鴇が思わず漏らす言葉は、穴の周りで見守る村の者たちの想いを代弁したやったかもしれない。あるいは、天へと火の粉を巻き上げるこの美しい炎は、その身を焼かれる者たちの魂さえ浄化してくれるやもしれぬ――等と、夢を見たものもあっただろう。それほどに神秘的なまでに炎は美しく、――けれど神は神でも病毒の神たる逢魔のこの火がその実、死者を燃やしてやるだけのそれであり、浄化等は成さぬことは、村人たちには言わぬが花だ。
「怨憎未練を薪とお焚べ、次世はきっといいことだらけさ」
 魅入られた様に炎を眺める者たちに逢真が謡う様に嘯いてやれば、壮年の男がぼんやりと呟く。
「……そうだといいんだがな」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒川・文子
嘆きますか。哀しみますか。
あなた方は立ち止まりますか。
彼らの代わりに自らの命を差し出すことが出来なかったのでしょう。

わたくしめはメイドです。
主人が命を捧げろと申したら喜んで命を差し出します。
あなた方はどうでしょうか。
愛する者のために命を差し出すことはできますか?
十分です。生きたかった。それだけで良いのです。今を生きなさい。
わたくしめはそう命じられております。

命を奪ったのですから褒められる事では御座いません。
他の世界であれば重い罪と罰を与えられます。
奪った命以上に生きてください。
それがメイドであるわたくしめから言えることです。
わたくしめは生きますが、あなたがたはここで立ち止まりますか?


丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎

_

彼らが生きたいと願うのは罪ではない
俺はそう信じている

その夥しい赤色に、記憶に焼き付いて離れない死の香りに
かつて護れなかった孤児院の弟妹や部下達の姿がフラッシュバックし
然し一つ深呼吸して自身を制御して
己の為すべきことをする

安息の祈りを込めて埋葬を
そして生き残った村人たちに歩み寄る
片膝をつき怪我はないかと問い
決して責めたりしない
彼らを『悪』だと思わない故
理不尽な敵と相対して
どれ程の恐怖だっただろうと胸が締め付けられ
そんな時に駆けつけられずすまないという思いと同時
そっと背に触れ
「──大丈夫」
もう二度とこんな惨劇を繰り返させたりしない
俺たちが必ず食い止める



 村の外れに広場があった。既に猟兵たちが多少手を入れているらしく、今でこそ残る死体は疎らでありながら、まるで血の雨でも降ったかの様に一面に血の跡がある。未だ弔われない死体と、既に運び出された死体から零れた臓腑や肉片が黒く点々と落ちていて、蠅や蛆など呼んでいた。
 きっと領主はこの場所に村人を集め、残酷な取引を持ち掛けたのだろうと、惨劇の名残が易く解らせる。その場に今、黒い外套を靡かせた長身の男が佇んだ。その目の前に、屍肉を啄む烏どもがある。男が一歩、歩みを向けてやったなら、まだ幾らも距離があると言うのに烏らは射竦められたかの様にして屍肉を投げ出し、空へと羽ばたき逃げて行く。それは靡く黒衣をひときわ大きな鴉の羽根と見紛うてか、はたまた鳥類の脳ですら男の魔王然とした風格に恐れをなしてか。
男の名前は、丸越・梓(零の魔王・f31127)。
この場を汚した夥しい赤色に、記憶に焼き付いて離れない死の香りに、梓は黒曜の瞳を伏せる。伏せたその先にさえ赤黒い血が乾いて尚も腐臭を立ち昇らせながら、地を染めているのだからやり切れない。
血の色は、匂いは、いつだって暗い記憶を連れて来る。脳裏にフラッシュバックするのはかつて梓が護れなかった者たちだ。孤児院において慕ってくれた、血を分けぬ弟妹たちがまずそうだ。それから、友でもあった部下達も……その中でひときわ忘れ得ぬ、仄かな切なさを伴って思い起こされる濃藍の瞳の彼さえも。
その最期を看取ったものも、看取ることさえ叶わなかったものもいる。いずれにしても残るのは護れなかったという事実のみ。ただ、せめてもの救いがあるとするならば、彼らは誰もこうまで無残な姿で、打ち棄てられて惨めに朽ちる姿を衆目に晒しはしなかったことやもしれぬ。
一つ、深呼吸をして己を律し、梓は感傷を振り払う。何も感傷に浸りに来た訳でなく、己の為すべきことが明確に目の前にある。この死体たちをこのままにしておく訳にはゆかぬから、死んだような眼をした村人から荷車を借り、墓地へと死体を運び出す。
墓穴を掘り、死体を底へ横たえて、優しく土を被せる。一連の作業を幾度繰り返したか。並べて立てた簡素な墓標に梓が安息の祈りを捧げている内に、覚束ない足取りで、ひとつの墓標に歩み寄る若い女があった。流れる涙を拭いもせずに襟元までも濡らした女は、梓の見る前で墓前へと蹲る様にして泣き崩れる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
 悲鳴にも近い声でただただ同じ言葉を繰り返す。
 女の左の薬指に指輪があった。鄙びたこの村によく馴染む、安っぽい真鍮の指輪に、硝子玉がひとつ煌めいている。おもちゃのようなそれは、それでも、婚約指輪であったのだろう。
「生きたいと願ったのは罪ではない」
 しゃくりあげる女の傍らに片膝をつき、梓は静かに言葉をかける。
「でも、でも、あたしがあの時言ったから……領主に彼を売ったから!!」
 幼馴染だった。ずっと互いに好きだった。決して楽ではない暮らしの中で、この指輪をくれてプロポーズをしてくれて、来月には結婚をする筈だった。支離滅裂に叫ぶ女の話を要約するとこうだった。なのに、なのに、あたしが彼を殺した。
「……すまない」
 胸が締め付けられる思いに、梓がようやく口にしたのはその一言だ。
 結果だけを見るならばこの女は確かに、婚約者の男を売ってしまったのだろう。けれど愛していたという事実もきっと嘘でない。
 いつまでも続くだろうと思い願った平穏な日常を突如破った暴虐と理不尽を目の前にして、力を持たぬこの存在はどれだけ恐ろしかっただろうか。もしその時に梓たち猟兵が駆けつけてやれたなら、こうして泣かせることもなかった。この女とて、ひと月後には幸せな花嫁として愛する人の傍らで微笑んで居たのかもしれない。
 そっと彼女の背に触れて、梓はその言葉を口にする。
「──大丈夫」
 それは梓にとっての無敵の呪文。
「大丈夫だ。もう二度とこんな悲劇は繰り返させたりしない。」
 その呪文は己への暗示でもあり枷である。
 だから、どうか己を責めないで。前を向いて生きて欲しい。そう告げた梓の胸に縋って、女は泣き続けた。

 同じ墓地の片隅で、黒川・文子(メイドの土産・f24138)は墓前に項垂れる人々を紅の左目で眺めていた。いくら掃除が得意なメイドとは言え、この手の掃除は流石に慣れぬ。それでも、仕事に手を抜かぬ気質がゆえにもう幾つめの墓を掘り死体を埋めてやっただろうか。最初は腑抜けたようにして遠巻きに眺めていた村人たちも、この地に縁もゆかりもないメイドが、その細腕で、腐乱した屍を運んでやる様を、固い土を掘る様を眺める内に思うところがあったのだろう。ひとり、またひとりと徐々に近づいて来ては、やがてスコップを手に埋葬を手伝いに来た。
 そうして集って来た者たちの故ある者の埋葬を一通り終え、今彼らは祈りを捧げている。墓標など薪や壊れた家からとった木材で、供える花とて道端の草花がせいぜいのこの急ごしらえの墓場でも、野晒しにしてやるよりはましだろう。一区切りがついたところで気が緩んでか、指を組んで祈る内に改めて喪失を思い起こしてか、今更泣き出す者たちも不思議と多くいた。
 ごめんね、ごめんね。すぐにそっちに行くからね。ひとりの少年が墓標に縋って嗚咽交じりに告げた言葉を、文子は聞き逃さなかった。
「嘆きますか。哀しみますか。あなた方は立ち止まりますか」
 文子は彼に、周りの村人たちに問う。泣いて泣いて、それは構わぬ。けれど悲しみに沈み自棄気味に全て投げ出すだけならば、こうして生き残ったくせをしてその先に未来などはない。
「彼らの代わりに自らの命を差し出すことが出来なかったのでしょう。わたくしめはメイドです。主人が命を捧げろと申したら喜んで命を差し出します」
 あなた方はどうでしょうか。
 静かに向けた問いの答えなど知れているのに、文子は敢えて重ねて問うてやるのだ。その答えへと目をそらさずに向かい合わせてやるために。
「愛する者のために命を差し出すことはできますか?」
 少年はただ首を横に振る。出来なかった。出来なかったから今こうして此処に生きている。
 遠く奉公に出てしまった両親の代わりにこの少年は幼い妹の世話をしていた。己亡き後に彼女を一人には出来ぬと己に言い訳をして彼女を売ってしまって――嗚呼、本当は、一緒に死ぬことも出来たのにと、今になって思うのだ。
「出来……なかった……死にたくなかった……ッ」
「十分です。生きたかった。それだけで良いのです。今を生きなさい。――わたくしめはそう命じられております。」
 少年が嗚咽交じりに己の生への執着を口にしたなら、周りでも心当たりしかない者たちが気まずげに顔を伏せたり、一層激しく泣き出したりと、様々な共感を見せていた。先よりも少しだけ和らげた声で文子は語る。
「無論、命を奪ったのですから褒められる事では御座いません。
奪った命以上に生きてください。それがメイドであるわたくしめから言えることです。」
 メイド。己で口にしておきながら、不思議な違和がある。命を奪い、奪った命以上に生きる――それは或いは敵も味方も数多死なせたスパイとしての文子の言葉ではなかったか。
 いずれにしても彼女の言葉は不思議と村人たちの心の裡に届いて、刻まれた。それは彼らが自覚をするとせざるとに関わらず、背負う命の重さを受け止めて確りと生きる姿をまさに文子自身に見出した為であっただろうか。
「わたくしめは生きますが、あなたがたはここで立ち止まりますか?」
「……生きるよ。妹の分も、ちゃんと生きるよ」
 ぐす、と洟をすすりながら、薄汚れた袖で目元を拭い。真っ赤に泣き腫らした目の少年は酷く無様な姿でありながらも、真っ直ぐに文子の目を見て、確かに答えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鬼桐・相馬
どんなかたちであっても縁ある者にとっては親、子、恋人、友人
獄卒たる身、凄惨な状況にはそれなりに耐性がある
埋葬できる状態のものはそう出来るようにし
形留めぬものは己の炎で燃やしあちらの世界へ送る
鴉に突かれたり野晒しのままは辛いだろうからな

生きたいと願うのは本能
選択の時に本能が理性を上回り、ヒトからケモノへ成り下がっていただけの話
だが絶望的な恐怖を前にしてヒトのままでいられる奴はそういない

大事な存在を引き換えにして此処にいる今、解っただろう
いのちは尊いもので
尊さゆえに理不尽に奪われるものだと

己に沁み込もうとする死の残穢を炎で焼いて思う
そんなに訴えなくても大丈夫だ
彼らがお前たちのことを忘れる筈がない


霧島・絶奈
◆心情
悼む権利は無くとも、生きる義務はあるのですよ

◆行動
『暗キ獣』を使用
軍勢達の手を借り死者を埋葬します

叶うならば死者の縁者にも立ち会って貰いたいものですね
…「そう」なる様、埋葬を進めつつ話をしてみましょう

ただ漫然と死を待つ、または自暴自棄の復讐で命を落とす…
其を望む事は犠牲に対しての侮辱であり裏切りです
引き金を引き、愛する者の屍の上に立ってしまった…
つまり命を背負ってしまった以上、その命の分だけ生きる義務があります
だから先ずは、犠牲者に安らかな眠りを与える事から始めましょう
「今」その権利が無くとも、いずれその権利を得る為にも…

埋葬が済んだら,なけなしの【優しさ】を込めて【祈り】を捧げましょう



 転送された刹那から軍靴が踏んだ爛れた腐肉は、誰のどの部位だっただろうか。
 折り目正しい軍服に身を包む男は鋭い金の瞳で足元のそれを見やった。常人ならば不快を露わにすべきところを、男の精悍なその顔が歪むこともなければ、眉ひとつ動かすこともない。ただ、己に宿した地獄より出ずる紺青の炎を操って、哀れな犠牲者の切れ端を燃やし、彼岸へ送ってやった。
 視界の中にあるだけで死体が五、六……果たしてこの村全体でどれだけの人間が死んだのだろう。更にそこここに誰かの腕や脚だったものが散らばっており、なお凄惨さを増していた。
野犬が落ちている誰かの腕のひとつを咥えて男の前を横切った。男が指を鳴らせば犬が咥えたその腕に青い炎が燃え上がる。ギャンと叫んで腕を落とした野犬が駆けて行く後で、紺青の炎は落ちた腕を消し炭にする。
 無表情に野犬を見送る、地獄の獄卒たるこの男――鬼桐・相馬(一角鬼・f23529)はその身の上ゆえに凄惨な状況にはそれなりの耐性がある。ゆえに冷静に今成すべきことを理解している。即ち、死体の埋葬と、既に形留めぬ残骸等は疫病を防ぐ意味も兼ね燃やして送ってやることだ。今のように野犬や烏なんかに荒らされるのはあまりに居た堪れないものがある。どんな形であっても縁ある者にとっては大切な親や子、恋人、友人であった者たちだ。どんな形でその幕引きをしたとして亡骸までも粗末にして良いことにはならぬ。
 崩れかけの廃墟じみた家の壁を背に、座ったままの死体がある。座った、というのはおかしいかもしれない。袈裟懸けに切断されたその死体は、断面から腐敗した臓腑を溢れさせながら、斜めに斬られた己の上体をその傍らに転がしていた。
 どう運んだものだろうかと相馬が思案した矢先、誰かが荷車を曳いて来てくれた。ちょうど良かったと礼を言おうとしたところで……感情の希薄な相馬でなければ叫んでいたやもしれぬ。荷車を曳く者もまた、亡者であった。

「半数の人員でこの場所に穴を掘ってください。残りは、死体を集めてここに運んで来てくださいね」
 霧島・絶奈(暗き獣・f20096)は転送されてまず状況を把握してから、墓地へとその足を運び、己の軍勢へと告げた。絶奈の軍勢――ユーベルコード、『暗キ獣(ソラト)』にて喚ばうのは、疫病を纏う屍獣の群れと屍者の軍勢とであるが、敵を蹂躙することを要さぬ今は前者を還し、後者をこの地に居並ばせていた。絶奈の本質を象徴する様なこの権能は、その強大さゆえ、その力を揮う限り絶奈の寿命を代償とする。今や異端の神々の一柱たる絶奈にとって、寿命などという概念がどれほどの重さを持つか、神(絶奈)のみぞ知ることなれど。
 そうして絶奈自身は死体を集めに向かう屍者たちに付き添う様に、村を歩く。
「お手伝いを頂けませんか? あなた達自身が後悔をしない為に」
 死体が運ばれて行く様を所在なさげに見守る者たちに声をかけてやれば、首を縦に振る者もそうでない者もいる。頷かぬ者を決して深追いはせずに、絶奈が次の場へ足を運ぼうとした矢先、村の外れから怒声が響く。
「何で止めるんだよ!お前らの家族だってあいつらに殺されたじゃないか!!」
 何事かと見やれば二十歳そこらの青年が、男二人に羽交い絞めにされて喚き立てている。その手には、農作業にでも使うのであろう刃こぼれした鉈が握られている。幾人かの村人が、離れてそれを眺めていた。
「落ち着け、勝てるワケないだろ!死にに行く気か?」
「死んだって構うもんか。こんな、こんな気分で……この先、あいつの墓参りだって出来やしないのに……!」
「悼む権利は無くとも、生きる義務はあるのですよ」
 問答を続ける男たちへと割って入るのは、凛とした女の声である。男たちが振り向く先に、白いローブの様なドレスを身に纏う女神の姿があった。深く被ったフードに隠され、そのかんばせの全貌を拝することは能わねど、どうやら彼女が人ではないことは男たちにも理解が出来、ゆえに水を打ったかの様に静まり返る。
「自暴自棄の復讐で命を落とす…其を望む事は犠牲に対しての侮辱であり裏切りです」
 絶奈は静かに語り掛けながら、羽交い絞められた男へと歩み寄る。
「引き金を引き、愛する者の屍の上に立ってしまった…つまり命を背負ってしまった以上、その命の分だけ生きる義務があります」
「でも、でも、殺しちまったんだよ。この先一生こんな気分で生きろって言うのか?」
「だから先ずは、犠牲者に安らかな眠りを与える事から始めましょう。『今』悼む権利が無くとも、いずれその権利を得る為にも…」
 青年が手にした鉈へと絶奈が手を伸ばせば、拍子抜けするほど簡単に、男はそれを手放した。取り上げた鉈を絶奈は背後に従えた屍者の一人に渡してしまう。
 無力を自覚したらしい青年はぽつりと呟いた。
「……埋葬を手伝わせて貰えるか」

 埋葬が終わるのは思ったよりも早かった。
 最後に立てた墓標の前で一息をつきながら、相馬は墓地を見渡した。最初の内は、ごく一部の村人を除いては主に猟兵たちと屍者たちだけが埋葬を進めていたが、途中から村人たちが一人二人と手伝いを名乗り出るようになって来た。
 相馬の傍らの墓の前で、まんじりともせずに座り込んでいる男がいる。早くから埋葬をする者たちを指揮していた男であった。落ち着いているようでいて、こうして生き延びている以上、その内面が無傷であろうはずもない。
「誰を亡くした?」
「……母だよ。もうずっと寝込んでて……って言い訳にもならないが」
 相馬の言葉に自嘲的に男が返す。対照的に相馬はその声に抑揚もなく、整った顔に僅かの表情も浮かべずに言葉を継いだ。
「言い訳は理性だが、生きたいと願うのは本能。選択の時に本能が理性を上回り、ヒトからケモノへ成り下がっていただけの話」
 ケモノか、と男が嗤う。そうかもしれない、そうだろうとも。
「だが絶望的な恐怖を前にしてヒトのままでいられる奴はそういない。
大事な存在を引き換えにして此処にいる今、解っただろう。いのちは尊いもので、尊さゆえに理不尽に奪われるものだと」
「そう……だな。……ありがとうな」
 昏い笑みを消して男は頷いた。その肩が僅かに震えているのを見て、相馬は黙って踵を返してやった。

「終わったようですね」
 役目を終えた屍者の軍勢が消えて行くのと入れ替わる様にして、絶奈が墓地を訪れる。後ろに従えるようにして一人の青年を連れていた。絶奈が頷きを向けてやり、青年が愛した誰かの墓へと向かうのを相馬は金の瞳で見送った。
「さっきの屍の軍勢、あれはお前の使い魔だったのか」
「そのようなものです。お役に立ちましたか?」
「……ああ」
 それは良かったと微笑む女の顔色はやや優れない。あれだけの軍勢を動かすユーベルコードであれば、疲弊するのも無理もないものと思われた。
「私も少し、祈ります」
 白いドレスの裾が地につくのも構わずに絶奈は手近な墓前へと膝を屈めて、指を組む。そうすることがなけなしの優しさであると絶奈自身は思うのだ。なけなしと冠する程度の優しさで今日の献身が可能なものか、そんな事実は別にして。
 相馬は祈りを捧げる彼女を眺め、それから村人たちを眺める。その眼前に小さな炎が青く揺らいで、すぐ消えた。己に沁み込もうとする死の残穢を焼いて払ったものだった。
「そんなに訴えなくても大丈夫だ」
 亡き誰かへと相馬は告げてやる。無論答えはない代わりに、遠く近く、今を生きる誰かの嗚咽が響いていた。

「彼らがお前たちのことを忘れる筈がない」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『朱殷の隷属戦士』

POW   :    慟哭のフレイル
【闇の力と血が染付いたフレイル】が命中した対象に対し、高威力高命中の【血から滲み出る、心に直接響く犠牲者の慟哭】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
SPD   :    血濡れの盾刃
【表面に棘を備えた盾を前面に構えての突進】による素早い一撃を放つ。また、【盾以外の武器を捨てる】等で身軽になれば、更に加速する。
WIZ   :    裏切りの弾丸
【マスケット銃より放った魔を封じる銀の弾丸】が命中した対象を捕縛し、ユーベルコードを封じる。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。

イラスト:麻風

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●かつて抗ったひとびと

 猟兵たちは無事に犠牲者の埋葬を終え、村人たちは哀悼を捧げて、しかしめでたしには程遠い。夜が一層深まる頃に、鎧兜の擦れ合う金属の音を打ち鳴らし、決して望まれぬ客が来る。
 
 もしかするとこの村の先の惨状を見た猟兵の誰かが一度は思ったかもしれない。抗わぬからこうなったのだと。
 ――否、否。かつて彼らも抗ったのだ。
あれは確かに昔のことだ。そして一つの事実として、抗った者の末路が此処に在る。抗ったがゆえに闇の力と血に染まる鎧兜を新たなる「主」によって授けられ、その人格を破壊され、隷属を余儀なくされた戦士たちは今、蹂躙すべき命を求めて村へと襲い来る。
 
「あ……」
 心細げに家の窓から覗き見る誰かの口から声が零れた。幾らか年嵩の村人たちには、知った顔とてあるやもしれぬ。兜から覗く目元だけでもそうと知れるほどに。
 けれどそれが誰であれ今はもう、先の襲撃で領主と共に彼らの愛する者を肉塊へと変えた怨敵だ。
「あいつだわ!あいつがママを殺したの!!」
 闇を劈くようにして少女の悲痛な声が響いて、朱殷の隷属戦士たちが武器を構える。

【マスターコメント】
 勝手なプレイングボーナス:村人を守る
 村人は家の中へと逃げたりしていますが、オブリビオンがフレイルでぶち抜ける程度の建物ですので安全圏とも言い難く。もしかしたら、外に出て来てしまった人もいるかもしれません。
 敵は猟兵がいる限りは猟兵に目を向けて来ますので、村人への言及がなくても特にマイナスはありません。
 フレーバー程度にお楽しみください。
ジュジュ・ブランロジエ
アドリブ歓迎

これ以上の悲劇は絶対に食い止める!
村人達には手出しさせないよ!

猫人形のマーチ発動
子猫ちゃん達、30番までは私の援護をよろしくね
各個撃破でいこう
残りの子は村人達を守って
怪我をした子は元気な子と交代ね
よし、いくよ!

光属性付与した衝撃波(メボンゴから出る)+範囲攻撃
『メボンゴ達が闇から解放してあげる!』
元の人格はなくても、これ以上人を殺させないよう早く解放してあげないとね
本当に悪趣味な領主!
『罪を償ってもらおうね!』

足の踏み込みや腕の動き等攻撃への予備動作を見切ったり第六感で攻撃を察してオーラ防御+範囲攻撃で自分や周囲の仲間を守る
させないよ!

余裕あれば鎧の隙間や銃口にナイフ投擲で行動阻害


黒川・文子


敵襲ですか。わたくしめの出番です。
いいえ。戦う前に成さねばならない事が御座います。
もっと愉快な仲間達を呼び出しましょう。
村人たちの安全を確保するのです。
トンネルを掘り、彼らを安全な場所まで逃がす
または隠す事も可能です。お任せいたします。

わたくしめは目の前の敵をなぎ倒します。
九つの頭を持つ怪物を斬った刀。アマタ。
行きましょう。この地に平穏を齎すのです。
メイドとしての勤めを全う致しましょう。
わたくしめはメイド。本日はメイドなのです。

妹の分も生きると仰った少年に、無様な姿は見せられないでしょう。
敵の腕を狙います。お行儀が悪いですよ。
わたくしめが手本を見せましょう。


リーベ・ディヒ
私は人間が好きだ

勇者、軍人、職人、復讐者、悪党、娼婦等々…
其々の強さ、弱さ、美しさ、醜さがある
素晴らしいな
それと、この村の者達のように己の罪と向き合った「罪人」
あいつらは他の猟兵達のお陰で屍から人間になった
ああいう者達こそ己を変革する可能性が期待できる
(先程の親子の家の方角を見ながら)

だから…
お前らより何もない癖に自分が上等な存在だと勘違いしてるお前らの主のような奴らが私は嫌いだ

さっさと片付けるぞ
(сумеркиに搭乗…寧ろ同化)
UCを発動、奴らを闇(わたし)の中に引きずり込む
抗う奴は踏みつけたり呪殺弾をクイックドロウで撃ち抜く

また会おう勇者達よ
先に奴を送り、いずれ私も地獄(そちら)に向かおう


霧島・絶奈


◆心情
抗った者に蹂躙させる…
実に効率的支配です
唾棄すべき程に

◆行動
『獣ノ爪牙』にて軍勢達を召喚
【集団戦術】を駆使した【範囲攻撃】で敵集団を蹂躙

私は軍勢に紛れ【目立たない】様に行動
村人を避難させつつ【罠使い】の技を活かし「魔法で敵を識別するサーメート」で防衛網を構築
燃焼範囲の狭さ故に、村人を巻き込む心配はありません

設置を進めつつ、私自身も【範囲攻撃】する【マヒ攻撃】の【衝撃波】で【二回攻撃】

負傷は【オーラ防御】で軽減し【生命力吸収】で回復

…見知った顔ですか
今は怨敵と成り果てて居ても、彼らもまた被害者でしょう
故に、埋葬位はしても良いかもしれませんね
真に怨むべきは、彼等ではなく其の主なのですから…


鬼桐・相馬

●POW
他の猟兵が交戦中にその場所からは直接見えない勝手口や窓を使い村人を連れ出す
村ならば集会所や教会があるだろう
守るならば一か所に、皆と居る方が生への執着も湧く
護身用に農具辺りを持たせたい

UCを発動し告げる
先の襲撃で逝った奴らを憶えていたいなら抗え、抗って生きろ
お前達が今感じる加護は冥府の加護
此処で果てた故人達の力
一度なら攻撃を防げる

その後屋外へ
門番たる俺が此処を通すと思うか
[怪力]で≪冥府の槍≫を振るい[範囲攻撃]
敵の攻撃を[見切り、武器受け後にカウンター]を入れていきたい

慟哭は[狂気・呪詛耐性]を意識し受け止める
誰かの為抗うことを決めたその勇気に敬意を
――そろそろ在るべき場所に還る時だ



 誰かの骨髄を脳漿を血をこれでもかと吸ったフレイルに、身を守るよりも串刺しにする為の棘を植えた盾、息をするより易くその引き金を引かれ続けたマスケット銃。闇と血の染み付く得物を手に手にぶら下げて、かつての勇者たちはやって来た。今はただ吸血鬼の傀儡、朱殷の隷属戦士として、三日前の悪夢から未だ醒めやらぬ村を再び地獄へ突き落とし、今度こそついに根絶やしにする為に。
 そうして村はこの夜完全に滅びてしまう筈だった。彼らの主が描いた本来の筋書き通りであったなら。力も持たぬ男どもがせいぜい貧相な農具を武器に足掻いては、女子どもが泣き惑う、そこにあるのはそんな地獄の筈なのに。
 自我を失くした戦士達にあってすら、その光景は衝撃を禁じ得まい。
 村の入口で戦士たちを出迎えたのは、屍者とはいえど統率された軍勢が白銀に煌めく穂先を揃えた槍襖。その奥で、虚ろなる瞳の様な黒い大砲の口が並んで、こちらに睨みを利かせている。
「かつて抗った者に蹂躙させる……実に効率的です。唾棄すべき程に」
 一糸乱れぬ統制で軍勢を率いる異端の神、霧島・絶奈(暗き獣・f20096)は戦士たちへ僅かばかりの憐れみを込めて呟いた。傍らを疫病を纏う屍獣たちが駆け回り、主からの餌の許しを待つように涎を垂らして尾を振った。
「そうですね」
 絶奈は頷いて、微笑みと共に白き手指を敵へと差し向ける。
「共に愉しみましょう、この『逢瀬』を」
 斯くして火蓋は切って落とされた。
 主の合図に応える様に、轟音を響かせて無数の砲口が一斉に火を噴いて、槍衾は敵へと迫る。槍に追い立てられ貫かれ、爆発に吹き飛ばされて、元より統率など持たぬ敵の足並みが総崩れる。絶奈はそれを見届けて、ひそりと先陣から退いた。目立たぬ様に己の喚んだ軍勢に紛れつつ、村の中へと戻ってゆく。屍者の軍勢が敵を足止めさせる内に、残る村人を避難させ、防衛網を築かねばならぬ。

 村の中へと駆け去る女と入れ替わる様にして合戦さながらの村の外れへと姿を現したのはこの闇夜に金の瞳を爛々と光らせた美少女だ。纏うドレスの名を、闇渡り。今宵渡るこの村の闇は未だ深く、存分に楽しめそうだった。
「私は人間が好きだ」
 鬩ぎ合う屍者の軍勢と隷属戦士たちの一群を眺めやりながら、リーベ・ディヒ(無貌の観察者・f28438)は一定の満足と共に頷いた。独白は相変わらず可憐な見目に似合わぬよく通るバリトンだ。
「勇者、軍人、職人、復讐者、悪党、娼婦等々……其々の強さ、弱さ、美しさ、醜さがある」
 素晴らしい、とリーベは思う。そして、何よりも好むものが、もう一つ。
「この村の者達のように己の罪と向き合った『罪人』」
 振り向けば猟兵たちが村人を誘導し、逃している。生きる為に愛する者を売っておきながら、屍の様に泣き崩れ、日々を放棄したかの様な有様だった彼らは今や猟兵達のお陰で心を取り戻し、屍から人間に戻ったと見える。
「ああいう者達こそ己を変革する可能性が期待できる」
 先程の親子の家の方を見やる。
 家の前で泣き崩れた親子の姿も、そこに打ち捨てられていた朽ちた死体も既にない。理不尽な横暴にさえ思われるリーベの仕打ちにあの時親子は泣いた。別にリーベが教えた愛の意味に感極まってというばかりでもあるまい、それくらいはこの悪霊にも解る。けれど泣いて泣いて、彼らはそれでも最後にその手にスコップを取った。
 リーベが訪れる前の彼らであれば、今も崩れた家の中で震えるばかりだったやもしれぬ。けれど、今は違うと確信が持てる。彼らもきっと罪を背負って、その上で生き延びる為の最善を尽くしているだろう。
 人間は、変わるのだ。それは此度の悲劇の様に、築いたものが易く崩れ去る様な悪しき変化とてある。けれどそこから地を這いながらでも、新たなる絆を、人の営みを紡いで行こうと立ち上がる、そうした変化は愛おしい。
「だから…お前らより何もない癖に自分が上等な存在だと勘違いしてるお前らの主のような奴らが私は嫌いだ」
 あの戦陣をどう抜けたのか、何人かの隷属戦士たちが今リーベの前ににじりよる。
 ……さっさと片付けてしまおう。
 リーベが腕を振るうのを合図に、重く質量を持つ闇が集束するようだった。闇はリーベの肢体を包み込む様にして集い、育ち、そうしてсумерки……黄昏の名を持つ漆黒のオブリビオンマシンは此処に降臨した。搭乗すると言うよりはその身をマシンの胸元に半ば埋め込む様に同化して、リーベは己の体の一つたるこのマシンを文字通り己の手足の様にして操る。眼下の戦士たちをリーベが見下ろせば、マシンも同じ色の瞳で射抜いた。
 とは言え一人ずつ倒して行くのも面倒だ。リーベの瞳がひときわ光るのは、ユーベルコード【天井知らず(フォールダウン)】の発動の証。近くの無機物など民家や立木がせいぜいだが、借りるぞ、と内心に告げれば、それらが溶ける様にして実体持つ闇へと変じる。闇は無数の触手の形をしていた。
 触手は戦士たちを捕まえてその闇の中へと引きずり込んで行く。抗うように振るわれるフレイルも盾も何の意味があっただろうか。抵抗は無意味であって、武器諸共に彼らはまるで溺れるように闇の中へと飲み込まれて行く。それでも尚往生際悪く逃げ回ろうとする者は、リーベが纏うマシンの脚が容赦なく踏み付ける。残骸は触手が攫い、結局闇が呑む。
 誰ひとり、この闇(リーベ)からは逃れられない。
「また会おう勇者達よ。先に奴を送り、いずれ私も地獄(そちら)に向かおう」
 かつては愛しき人間であった戦士たちに、リーベは復讐と再開の誓いをせめてもの餞として贈る。リーベ自身もまた罪人であり、己の罪を自覚すればこそ、約束の地はその場所に他ならぬ。

「始まったみたいだね」
 村の入り口で鬨の声と砲声が響くのを、ジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)は緊張した面差しで聞いて、片腕に白兎頭のフランス人形であるメボンゴを抱きしめながら、もう片手にナイフを握りしめる。
「そのようですね。わたくしめたちの出番です」
 黒川・文子(メイドの土産・f24138)が愛刀・九を手に同意をすれば、やや離れた場で教会の壁に背を預けている鬼桐・相馬(一角鬼・f23529)が上げた視線のみで応えて、傍に立てかけていた冥府の槍をとる。

 オブリビオンがこの村を襲うことは予知にて知れていた。
 ゆえに猟兵たちは何も死者の埋葬にかまけて感傷にばかり浸っていたわけでは無論ない。夜の深まる前、愛した者にようやくまともに哀悼を捧げ、償えずとも何かしらの折り合いをつけた村人たちに彼らは教えてやったのだ。じきに領主の軍勢がふたたび村を訪れる。愛した者を失うことで長らえた命さえも摘み取りにやって来る。
 それを聞いた村人たちは皆一様に顔色を失くす。確かにあの日彼らは生き延びたいと願ってしまい、愛する者を売ってしまった。そうしてそれを悔いて嘆いて、それで許されるとは思わぬまでも、いっそあの時死んでしまえば良かったとさえと思える時をこの三日間過ごしたのだ。そうして、失わせてしまった命の分までも罪を背負って生きようとようやく心に決めたこの今になり、その命さえ今また脅かされようとする事実の残酷さと来たら。
「先の襲撃で逝った奴らを憶えていたいなら抗え、抗って生きろ」
 恐れ慄く村人たちに、何の感傷も抑揚もなく告げたのは相馬であった。
「何の為に生き延びた。それが一時の本能によるものであれ、おまえたちは生きたいと一度はそう願ったのだろう。それで、愛する者と引き換えに生きている。もしここへ来て翻すと言うのなら……」
「心配しなさんな。……俺は、抗うよ」
 相馬を遮るようにして応えたのは、老いた母を失くしたというあの壮年の男であった。あの時埋葬を仕切っていた通り、多少人望もあるのだろうか、彼の言葉に幾人かがハッとしたように顔を向けている。
「抗う。抗いたいと思うよ。ただ、それで徒花咲かせて死んで、それで良いのかもわからないんだよ」
「案ずるな」
 相馬が手にした槍の穂先に、青い焔が灯り、渦巻く。と、同時に一陣の風が吹き抜けた。刹那の感覚の変化を、村人たちはどう形容すれば良いのだろうか。彼らはおそるおそるというていで己の手を眺め、顔に触れ、かつてない力が満ちる感覚と不思議な安堵に戸惑っていた。
「お前達が今感じる加護は冥府の加護、すなわち此処で果てた故人達の力。……一度なら攻撃を防げる」
 それをどのように使えとは決して相馬は口にせず、また、尋ねさせる間も与えずに村人たちに背を向ける。
「生きろ。俺から言うことはそれだけだ」
「ええ。そして間違いなく生き延びる為には、皆様の安全を確保しなくてはばなりません」
 きびきびとした物言いで、立ち去る彼の言葉を継ぐのは文子であった。二十余歳、この村の女であれば子どもの二人三人を育てて家庭を守る者しかおらぬような年頃だ。この年若さで、女の身で、有無を言わせぬこの気迫は果たして何であろうか。それが潜った修羅場から来るものであるなどと、僅か前まで平穏に生きた村人にはおよそ思いも及ばぬものなれど、唯、無償に抗えぬ。それだけは本能で分かるのだ。
「教会から繋がる地下に、シェルターを掘らせました」
 仕事を終えて戻って来たユーベルコードの小人たちを指し示しながら、文子は村人たちに告げる。
「動ける方は、応えてくださる方はそこに避難をしてください。私たちは地上で敵を防ぎます」
『護衛もつけるから安心してね!』
「うん!私の子猫ちゃんたちの皆を守るから絶対に大丈夫!」
 メボンゴと、ジュジュも太鼓判を押す。彼女の後ろに居並んだ、幾らか砂埃に汚れた鼓笛隊の姿をした猫人形たちが、ニャーっと同意の声を上げた。彼らもまた文子の喚んだ小人たちと共に教会の地下を掘った功労者である。
 心細げにこの数刻ジュジュの傍らで袖を掴んで離さないでいた子どもが、笑わぬまでも頬を緩めたように見え、ジュジュは子どもに笑顔を向ける。
「子猫ちゃんたちと良い子にしててね。後でメボンゴと迎えに行ってあげる!」
「うん、メボ……ンゴっていうんだね、それ。」
『メボンゴは『それ』じゃなくてレディだよ!』
 あぁ、そういえば、先刻までと異なってメボンゴが今は喋ってくれている。その事実にジュジュは幾らかの安堵を得て、子どもと兎頭の人形の掛け合いを見守った。
 そうして、その様を眺めるうちに意を決した様にして、文子の元へ歩み寄る小さな影がある。
「……メイドさん」
 泣き出しそうな声で呼ばうのは妹を亡くしたあの少年だ。素直な性分なのだろう。彼にとっての文子はあくまで「メイドさん」なのだ。彼女がそう名乗った通りに。
「死なないでね」
 己で口にした言葉の不吉さに涙ぐむ少年の頭に、文子は片手をおいて微笑む。
「大丈夫ですよ。わたくしめは優秀なメイドですから、死にません」

 そうして呼び掛けに応えた村人たちを地下へと避難させる内に、想定よりも早く領主の配下は村を訪れた。幸いにして村の入口でそれらを押しとどめていてくれる猟兵たちがいるらしく、時間は何とか稼げている。
 しかし、思いのほかに敵が多い。かつてのこの村の勇者たちのみならず、他の村で、町で、領主に抗う者たちはさぞかし多かったことだろう。その彼ら全てを手勢へと変え、この小さな村へと差し向けているのであれば領主は本気で鼠一匹残さずに村を滅ぼすつもりに違いない。村の入口とは言うものの、この地は別に城塞都市でもない。村を囲う柵とてないに等しく、数が拮抗して戦線が伸び切れば、敵はどこからでも村に討ち入る。必然、討ち漏らしは防ぎ切れない。そうして今は村の中へと隷属戦士たちが姿を現しつつあった。
 故にここからは、彼女たちの出番だ。
『メボンゴ達が闇から解放してあげる!』
 フレイルを振り回して襲い来る戦士を、盾を掲げて真っ直ぐに向かってくる戦士たちを、メボンゴが放つ眩い衝撃波が吹き飛ばす。体勢を崩した彼らに襲い掛かるのは居合の様に踏み込みながら抜刀し、斬ってかかる文子の愛刀・九の凶刃だ。
「お行儀が悪いですよ。――わたくしめが手本を見せましょう」
村人たちに、あの少年に名乗った通りに、今日の文子はメイドである。今日は、間違いなくそうなのだ。しかしスパイであった期間は長く、その間に身に染みついた癖のようなものは昨日今日で抜けるはずもない。文子の心など置き去りにして、その切っ先は過たず鎧の隙間を狙い、関節を貫き、腱を断ち、酷く的確に人体の機能を奪って行く。嗚呼、――これが、ただのメイドの動きだと言うのだろうか?
 心の揺らぎがほんの刹那の隙を招いた。痛いほどの殺気に顔を上げたなら、戦士の視線と一体化したマスケット銃の銃口が己の眉間を捉えている。
「させないよ!」
 響くのは銃声ならぬ少女の声で、閃いたのは銃口からの炎ではなく横からの銀の閃光が二つ、三つ。ジュジュが投げたナイフであった。初撃が戦士の手にした銃を弾き飛ばして、二撃目がその利き腕の肘を貫く。三撃目、頸の付け根の鎧の隙間を閃光が射ると同時に、鼓笛隊の装いをした子猫人形たちが飛び掛かり、隷属戦士を抑え込む。刹那、光り輝くのはメボンゴが再度放った衝撃波だ。
『罪を償ってもらおうね!』
 今日はあまり喋らなかったからであろうか。その声はいつもより少しだけ、凛としている。
 文子は目を瞬きながら、倒した敵の向こうになお迫る影たちに刃を構え直しながら小さく微笑んだ。
「借りが出来てしまいました。今夜の内にお返ししましょう」

 猟兵たちが獅子奮迅の活躍を見せているというのに、刃を逃れて村に入り込む隷属戦士が徐々に増えている。領主とやらは一体どれだけ各地の勇者を堕としたのだろう。相馬は教会の扉を背にして、己へと距離を詰めてくる無数の隷属戦士たちを眺めていた。この獄卒が守る扉の先に村人たちがいると、傀儡どもにも解るのだろう。
「門番たる俺が此処を通すと思うか」
 槍を手に相馬が地を踏みしめた、刹那。相馬の間合いの外で戦士が爆ぜて、燃え上がる。けれど仲間が火だるまになるその様を見て逃げるではなく、戦闘開始とばかりに襲い掛かってくるのだから、他の戦士たちもなかなかに狂っている。その彼らとて駆けて来る内に運の悪い者から、彼らを狙ったような小爆発に巻き込まれてゆく。
「要らなさそうですが、助太刀しますよ」
 冥府の槍を振るう相馬の傍らを駆け抜けた涼やかな声は、相馬には聞き覚えのあるものだ。それは罪の名を冠する黒剣を手にした絶奈であった。先の爆発は彼女が配備したサーメートによるものであると彼が知るのは後の話だ。
「助かる」
 なにぶん数が多いのだ。尚且つ相馬はこの扉から遠くは離れられないと来た。紺青の炎を纏う黒槍で敵を貫き、燃やしてやりながら、相馬は短く礼を言う。とは言え易く倒せる敵だ。着実に数を減らしさえすれば――
「今だ!仇を討つんだ!!」
 相馬が背中に庇った両開きの扉が開け放たれたのは突然だ。先の壮年の男を筆頭にして、村の男たちが5人、6人、農具なんかを手にしてそこに居る。
「お前ら――」
 蹂躙する者のさがとして、隷属戦士たちは弱き者たちに酷く目敏い。相馬よりもその背後に現れた弱きものたちに標的を移すや、フレイルをマスケット銃に持ち替えて、その銃口が火を噴いた。一発目の銃弾は相馬が与えた護りに弾かれて、けれど二発目は――
「させませんよ」
 絶奈が展開したオーラによる防護陣が村人を護り、敵が虚をつかれる間に相馬は愛槍を手に敵の懐に飛び込んだ。隷属戦士達の身体を黒槍が――そしてその後を追う様に振り下ろされた、無数の農具が貫いた。彼らが再度危険に晒される前に、相馬は遮二無二、手近な敵の全て叩き伏せてから。
「……何だって急にこんな無謀なことを」
 呆れたように問うてやる。
「一度は故人が護ってくれると言っただろう。二度目はあんた達が護ってくれるか、それとも」
 運が尽きるか、賭けたんだよ。投げやりなようで不思議と自棄とは感じさせない口ぶりで壮年の男は肩を竦めた。頷きながら他の誰も膝が笑っている。その強がりと覚悟を察して、相馬は返事は頷くのみにとどめた。

「……お知り合いですか?」
 仰向けに倒れたままの隷属戦士の内の一人を見下ろして身動きもしない一人の男へと、絶奈は声をかけてやる。
「あぁ、まぁ……」
 返事は歯切れが悪く、男の手には得物がない。嗚呼、この隷属戦士の身体に打ち立てられた農具は、きっと……
「埋葬しましょうか、」
 絶奈の問に男がハッとしたように顔を上げ、けれど答えを紡ぐ前に、隷属戦士の身体はさらさらと崩れるように風に攫われて行った。
「嗚、呼……はは。なんかこんなことばっかだなぁ」
 力なく男が笑う。絶奈は笑わない。ただ、静かに男へと告げてやる。
「そうですね。……ですが、真に怨むべき敵は私たちが斃します」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

朱酉・逢真
深山さんと/f22925
心情)抗わなンから、声を上げぬから…ハ! ンなモン強者の道理よ、鬼が人間に非力というに等しい。弱者にゃア弱者の道理がある。だから俺という神がいるのさ。こぼれ落ちたものすべてを赦(*あい)し慈しむためにな。ヒトよ、弱きヒトよ。隠れておいで。自分の命だけを守るがいい。まずは自分を愛すがいいよ。外に手のばすはその後さ。
行動)〈獣・虫・鳥〉…眷属どもよ、わらわらと湧け。民衆に向かう小僧らの気を引き、深山サンの代わりに打ち据えられな。存分におやり、深山の兄さん。大丈夫。こんなに夜が暗いンだ、なにもかもうまくいくものさ。
(UCの効果を味方全員に適用・日照時間ゼロなので効果最大)


深山・鴇
逢真君と/f16930

ああ、あれは魂まで隷属させられているな
こうなってしまえば、還すより他に方法はなかろうよ

俺は斬るしか能がないんでね、彼らの目を惹き付けてどうにかするが
逢真君はどうする? ああ、そりゃあ君らしいな!
(返答を聞いて敵に向かって駆け出し)
重心は低め、美濃を抜いて敵の前に出る
鎧が邪魔くさいが、その隙間や喉を突けば何とかなるだろ
相手の攻撃は基本避ける、避け切れぬものは受けるが――
その慟哭で立ち止まることも刃の切れ味が鈍ることもない
「おうとも、君の期待に応えてみせよう」
その呪われた鎧ごと斬り伏せてみせるとも
(UC使用、逢真君のサポート効果も含めて、倒せる限り倒し尽くす)



 最初村の外れで始まった戦いの音は今、徐々に村の中へと迫りつつある。
 紫煙を燻らせながら、深山・鴇(黒花鳥・f22925)は金属の音に振り向いた。血濡れた鎧を纏った戦士達が得物を手にこちらへ向かい来る。その足取りはどこか覚束なく、兜の間から覗く瞳にも既に知性の光はない。
「ああ、あれは魂まで隷属させられているな。こうなってしまえば、還すより他に方法はなかろうよ」
 短くなった煙草を民家の壁で揉み消し、吸い殻を携帯灰皿へと仕舞う。憐れむ気持ちがないと言えば嘘になる。だがしかし、死して尚吸血鬼の支配下で酷使され、かつての朋輩を虐げる様な在り方よりは、いっそ骸の海に還してやった方がまだ幾らかはましに思えた。
 逃げなかったか、逃げ損ねたか、近くにはまだ何人かの村人の姿があった。おおよそ、心を閉ざして猟兵たちの呼びかけに応えることなく、埋葬も避難もせずに家に閉じこもって居た者たちだ。それらがいざ脅威が近づけば怖くなって出て来たと言ったところだろう。その身勝手さや弱ささえ、朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)は決して咎めてやることはしない。
「ヒトよ、弱きヒトよ。隠れておいで」
 呼びかけてやる声は赤子でもあやすかのようにどこまでも優しい。当然なのだ。赤子同然の無力な存在に何の期待をする筈もない。
「自分の命だけを守るがいい。まずは自分を愛すがいいよ。外に手のばすはその後さ」
 少し先に、他の猟兵たちが村人を避難させている教会がある。逢真はそちらを手で示してやりながら、微笑んだ。
 この村の惨状を、抗わぬからこうなったと言う者とて居ると聞いたが、逢真に言わせれば笑止である。それは抗えば現状を覆せるだけの力を持った強者の道理だ。この今も逢真が導いてやるまでただただ狼狽えるばかりのこの非力なヒトたる存在には、別の、弱者としての道理がある。弱肉強食のこの世においてこぼれ落ちて行くそうした弱き全てを赦(あい)し慈しむための神、それこそが逢真であればこそ、逢真は彼らを否定しない。
 取り残されていた村人たちが教会へと逃げるのを隷属戦士たちが目に留めた。鈍かった足取りが、逃げる獲物を追うものへと切り変わる。
「俺は斬るしか能がないんでね、彼らの目を惹き付けてどうにかするが、逢真君はどうする?」
 赤い鞘に納められた愛刀の『美濃』を手に鴇が尋ねれば、ん、と逢真が頷いて。
「…眷属どもよ、わらわらと湧け」
 神が呼ばえば、その傍らで夜闇が揺らぐ。異界へと繋がる時空の歪みから滲み出る様に顕現するのは、無数の獣や鳥や虫の群れ。毒や病を媒介する、逢真の可愛い使い魔たちだ。
「民衆に向かう小僧らの気を引き、深山サンの代わりに打ち据えられな」
「ああ、そりゃあ君らしいな!」
 鴇は逢真の返答に笑みを返して、駆け出しながら『美濃』の鞘を払う。豪奢な羽織りの裾を靡かせ、敵に向かって駆ける鴇を遭真の鳥が、獣が、虫たちが追いかけ、並ぶ。振り回すようにして横薙ぎに振るわれたフレイルを、身を屈めて躱し、そのまま低い位置から斬り上げる。鎧に阻まれる僅かの手応えさえもなく、まるでその隙間を縫うように、『美濃』は戦士の武器を持つ手を斬り飛ばした。痛みに哭いたわけでもあるまい、けれど腕を失くした戦士は地の底から湧き上がる様な慟哭を放つ。それは一人の声ではない。かつて彼らが殺めて来た犠牲者の――この村の死者たちの嘆きさえ伴って、直接鴇の心に響く。だがしかし、鴇は立ち止まることもなければ、その刃が鈍ることもない。叫び続ける戦士の喉を、鎧通しと紛う鮮やかさで『美濃』の切っ先が貫いて、黙らせた。その抜き差しに、金属の触れ合う音さえしなかった。
 死角から別の戦士が棘を備えた盾を叩きつけんとするのを、躍り出た黒い獣がその身を貫かせて妨げた。響く銃声に、鴇の傍らで翼を広げた鳥がその羽根を散らして弾を受ける。
「存分におやり、深山の兄さん」
 笑みを孕んだ逢真の声を背中に受けて、嗚呼、と何かの合点が行った。
「大丈夫。こんなに夜が暗いンだ、なにもかもうまくいくものさ」
 この神の用いた異能は【夜遊の霊護(ジュト・ボデシュ)】。夜が長ければ長いほど、その恩寵を受けし者の行動の成功を助くもの。日の射さぬこの夜の世界においてその威はもはや天井を知らぬ。
「おうとも、君の期待に応えてみせよう」
 戦士が突き出して来た刃持つ盾を鴇は蹴り上げながら宣言する。その言葉に違わずに、守りを跳ね除けられてがら空きになった戦士の胴をその呪われた鎧ごと、真横に『美濃』の刃が撫で斬りにした。背後から逢真がゆるりと拍手を贈る。
 理性無きがゆえに退くことも知らずに未だ挑み来る戦士たちを、鴇は見据えて刀を構える。今宵、『美濃』のうつくしい乱れ刃が乾く暇はないらしい。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ウルル・マーナガルム

見知った顔ってまさか……
『大変結構な趣味をお持ちのようです』

ドローンを飛ばして村全体の戦況を把握
手薄そうな所を優先的に支援するよ
ハティはホログラムを起動
敵陣を走り回るボクの映像を纏って撹乱をよろしく
ハティの速度を捉えようと思ったら
武器を捨てて身軽になる必要があるんじゃない?
ボク自身はジャケットの迷彩も使って隠れて
消音器をつけた銃で狙撃
念のため何発か撃つごとに移動しつつ
敵の背後を狙うよ
一応、落とされたマスケット銃も
発火機構を壊して無力化しとくね

これは弔銃だよ
ボクはキミ達を憐れむ
そして、キミ達を道具にする奴を
ボクは許さない、絶対に!
『斉射三回敬礼(弔銃発射の意)、用意。構え……撃て!』



「あんたが……どうして……」
 血の跡の残る路上に座り込んだ老婆の姿がある。民家へ逃げ込もうとして腰でも抜かしてしまっただろうか。怯えた瞳で見上げる先には、一人の隷属戦士の姿。それが誰であるかを解ってしまった老婆とは対照的に、戦士の瞳にはこの老婆などこれから刃の錆となる獲物としてしか映るまい。逃げることも儘ならぬ老婆へと、戦士が無数の刃を生やした盾を振り上げて、――瞬間、小気味よい金属音ひとつ。戦士の兜のこめかみに風穴が開き、どす黒い血が溢れた。振り上げた盾を下ろすことも出来ぬまま、横ざまに倒れ込む。
「怪我はない?」
 気遣うその声は思いのほかに近くから降って、老婆を驚かす。ウルル・マーナガルム(グリムハンター・f33219)は消音器をつけた銃を携えて、老婆のすぐ傍らに居た。その場から不意に現れたと言う方が馴染むほど今の今まで気配すらないのは、光学迷彩もかくやと言うジャケットの特殊塗装の効果と、何より前哨狙撃兵としてのウルルの技量の高さゆえにか。老婆が気づかなかったのは無理もない。
「あぁ、ありがとう…」
 未だ驚き戸惑う老婆へとウルルは手を貸して立たせてやってから、手近な家へと避難するのを見届けた。けれどその間、幾度か振り向いた老婆の視線が倒れた戦士に向いて居たのを気付かぬわけには行かなかった。
「ねえ、この戦士って、まさか……」
『領主は大変結構な趣味をお持ちのようです』
 徐々に崩れ消え、骸の海に還る隷属戦士の死体を見下ろしてハティは機械でありながらだらりとその尾を下げている。
「……でも、このままには出来ないもんね」
 ウルルの目元を覆う透明なゴーグル『S.K.O.R.』には、上空に飛ばしたドローンからの映像が今も転送されている。村のあちこちで猟兵たちは順調に隷属戦士たちを退けている。その中において、今いる場所から少し北――教会の裏手へと繋がる墓地に幾人かの隷属戦士の姿があった。
「行くよ、ハティ」
 『S.K.O.R.』の映像はハティにも共有されている。ゆえに指示はその一言で十分だった。
『ホログラム、起動します』
 ウルルと並んで駆けながら、ハティのその姿がウルルへと変わる。実際はハティが自身に纏うように投影したホログラムだが、遠目にはウルルが二人いるようにも見える程度の高精度だ。
「気を付けてね」
 二人並んだ片割れが――ウルル本人が、景色に溶けるようにして姿を消した。ウルルを映すハティは敵陣に駆け込んで、隷属戦士たちの間を駆け抜ける。鎧を纏い重い盾やフレイルを携えた戦士たちの身がただでさえ俊敏なこの四脚機動に追いつける筈もなく、ハティの意図するままに振り回されて攪乱されて行く。やがて埒が明かないと気づいてかマスケット銃を構える者が現れて、けれど、撃たれたのは彼の方だ。気配を殺し、姿を隠し、銃声さえも消したウルルのマースクマンライフル『アンサング』は背後から的確にその後頭部から眉間へと弾丸を抜けさせた。周囲の戦士達が異変に気付く前に、一人二人、姿なき射手の魔弾が射貫く。そうして彼らが崩れ落ちる前に、ウルルはその場を後にして、別の場で敵の背後を取ってライフルの照準を合わせる。戦士たちとて銃の使い手だ。銃を駆使する敵がこの場に居ることは理解している。けれど理解していることと、対処出来ることは違うのだ。反撃も儘ならぬままに順調にその数を減らして行く。
「これは弔銃だよ。ボクはキミ達を憐れむ」
 ウルルはスコープの向こうの誰かへ告げる。
「そして、キミ達を道具にする奴をボクは許さない、絶対に!」
 誓いを立てると共に今、その引き金を引く前に、己の位置が知れることさえ構わず高らかに叫ぶのだ。
「斉射三回敬礼、用意。構え……撃て!」
 厳かに三度響いた弔銃は確かに標的を貫いた。
 夜気を震わせたその銃声の余韻の収まる頃にはウルルとハティの他にこの場に動くものはない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎

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理不尽だ
叫ぶ子どもが、その子の母親が
そして眼前の騎士たちが
一体何をした
何をしてこのような目に遭わなくてはならぬのだ

村人を背に庇う
髪先一つ触れさせはしない
そして同時に
向けられた戦士らのフレイルを受け止める
刃で弾くことはしない
彼らの心を
犠牲者らの慟哭を受け止める
そうでなければ彼らが報われないと思ったから
俺はどれだけ傷ついたとて構いはしない
膝をつくことは決して己に許さないけれど
全部、全部受け止めて
穏やかに瞳細める

刃は向けない
代わりにこの手を
犠牲者と戦士らへ誠実に向き合い
敬意を忘れず
彼らが苦しんだのなら
もう苦しまぬよう
願うは安息
「──おやすみ」
彼らを労り
そっと触れる



「あいつがママを殺したの!」
 村を闊歩する朱殷の隷属戦士のうちの一人を指差して、少女が劈くように叫んだ。まるで堪え切れぬというように、身を隠していた廃墟じみた家屋の影からその身を踊らせて。無論全くの無策ではない。彼女の主張には相手があった。
 少女の前に、闇夜にあってなお濃く沈む黒を纏った男がある。無数の敵を前にして一切動じることもない彼がどうやら力ある猟兵であると、一目見ただけにも関わらず、幼いながらに少女は理解したらしい。
 「あいつを殺して」。言外にこめられた子どもらしからぬ哀願に、丸越・梓(零の魔王・f31127)はただ僅かに振り向いて、悲しみを湛えた瞳で少女を見つめた。小さくその身を震わせながら、その瞳孔を見開いて、少女は憎しみに燃える目をして隷属戦士を睨め付ける。ほんの十余歳の子どもが、子どもらしく無垢にあることを何故この世界は許さぬだろう。
 鎧兜どもがいやに騒いだ。
 少女の言葉の意味など理解せずとも、ただそこに声を上げて鳴く獲物がいるのだ。戦士たちが少女を標的として捉えるのを梓は肌で感じて向き直り、彼女をそのまま背に庇う。

 理不尽だ、と梓は思う。
 涙ぐみながら叫ぶこの子どもが、殺されたと言う母親が一体何をしたと言うのだろうか。一方的に蹂躙されるしかなかった弱き彼らは、人を傷つける術さえも持たず慎ましく生きていたのに違いない。そしてかつて領主に抗ったという眼前の戦士たちも。その生前がどのようなものであったか等は解らぬが、死後操られ同郷の朋輩を手にかけて、その子に人殺しだなどと罵られねばならぬとはよもや夢にも思うまい。
「髪先一つ触れさせはしない」
 梓は戦士たちに告ぐ。
 応えるように、挑むように振り下ろされた血濡れのフレイルが、横合いから叩きつけられた盾刃が、間合いを保ってその引き金を引かれたマスケット銃が吐き出す弾が、黒き魔王の身を狙う。
 彼が佩くあの妖刀はいつその刀身を晒すだろうか。きっとフレイルの鎖など易く断ち切り、迫る弾丸を斬り伏せて、盾なんて撫で斬りにしてくれてーー易く断たれたのはそんな少女の夢想のほうだ。弾丸は梓の左肩を抜けて、盾刃はその右の半身を貫いて、端正な顔を狙ったフレイルはーー受け止めた彼の左手を、鉄球が纏う棘で深く貫きながら、なお一層に血に濡れた。
 少女が絶叫する。隷属戦士が慟哭を放つ。心を打ち据えるように犠牲者らの慟哭が重なった。呻き声のひとつも上げずに沈黙を保つのは梓ばかり。
 己はどれだけ傷ついたとて構いはしないと梓は誓う。仕事柄正装として纏う暗色のスーツの下に生傷と包帯がない日など、最後はいつのことだったろう。肩を撃たれ、手のひらを貫かれ、半身を刃に貫かれたまま、それでも梓は穏やかに瞳を細めた。
 隷属戦士と犠牲者たちの慟哭は未だ終わらぬ。許さない、赦さない。この命奪いし者たちも、今眼前に立つお前らも。この憎しみを知らずに生きる者たちも、この世の何もかも。誰もかも。
 慟哭も、爆ぜるような激しさで紡がれる呪詛も、全てを受け止めてやろう。梓はその唇の端に血を滲ませながらも微笑んだ。もう十分だ。十分にお前たちは頑張った。
「もう、眠ると良い」
 さながら親が子を撫で慈しむようにそうっと伸ばすその右手にはあまりに敵意がないものだから、梓の正面でフレイルを手にした戦士は避けることさえ思いもよらずいた。差し出されたその手があまりに優しく見えたから、盾持つ戦士は我知らずそれを手放す。片手に銃を持ちながら距離さえおけず抗いもせぬ別の戦士は、血を流しながら微笑む男の姿に何を見出していたろうか。
 がしゃりがしゃりと鎧が崩れる。一つ、二つ。梓は決して立ち止まらない。がしゃり。三つ。四つ。
 「君影(キミカゲ)」。それは肉体を傷つけることなしに、オブリビオンがオブリビオンたる根源だけを断つ異能。
 梓は刃を振るわない。銃を向けない。ただ、慈しみ深く触れるだけだ。それは、血と闇に囚われた戦士たちにとっては、解放であり救済だ。
「──おやすみ」
 骸の海に還る戦士たちを見下ろす魔王は己だけの血に濡れていた。その後ろから、労るように、少女がそっとその袖にしがみつく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

百舌鳥・寿々彦


闘った君達はとても強い
力ではなくその心が
圧倒的に踏み躙られる力を前にして尚、刃向かえる心の強さ
僕には、そんなもの無かったから

だから、受け止めよう
君達の強さ

だから護ろう
君達が本当に護りたかったものを

僕は死なない
それが僕の罪
だけど、それが僕の武器
腕の1本でも2本でも持って行きなよ

でも、村人には手出しはさせない
もう君達の心も尊厳も踏み躙らせはしない

君達に刃を向ける資格なんて僕には無いけど
それでも終わらせなきゃ
終わらせてあげなきゃ

都知久母に力を込める
あの部屋に遺された僕と彼女を結ぶ唯一の刀
「その怨み、忘れることなかれ」
君達の怨みは憎しみは僕が引き受けるから
もう君達は終わっていいんだよ
おやすみ



 朱殷の隷属戦士たちは呆気なく猟兵に討ち滅ぼされて行く。猟兵の、人類の側にして見れば喜ばしいことの筈なのに、百舌鳥・寿々彦(lost・f29624)の灰の瞳はその光景に別の何かを見出していた。
 血塗れで慟哭し続ける戦士たちの姿はそのままに、彼らを相手取るのは真摯な猟兵たちでなく……一体何が可笑しいか、愛銃の引き金を引きながら高笑いする女領主だ。――そんな見も知らぬ光景さえもつい思い描いてしまうほど、今眼前で繰り広げられる戦闘はきっと、彼らが未だ生きて在り、抗った時の光景の焼き直しめいているのに違いない。
 往時の彼らのことを、強い、と、寿々彦は思うのだ。
 決して敵わぬと知りながら、圧倒的な力の差がある相手に刃を向けるその心は、生前の寿々彦が最期まで持てなかったものだった。それなのに己の手では抗うことさえせぬ程に心弱かった寿々彦が死してこうして力を得、果敢に抗った筈の戦士たちがなにひとつ報われることもなく領主の傀儡に成り下がっているというのは一体どんな皮肉だろうか。そうして寿々彦は今も苦悩し続ける傍らで、戦士たちは苦悩する自我さえも持たぬという事実も。
 だからこそ、とも、寿々彦は思う。猟兵たる己へと明確な害意を持って向かい来る隷属戦士たちへ向き合ってやりながら、恐怖もなければ敵意もない。ただ、その強さを受け止めてやりたいと願った。そうして過日抗った彼らが本当に護ろうとしたものを己が代わりに護ってやろう。どこまでも報われぬままに骸の海へと還るしかない彼らへと、それはせめてもの餞として。
 唐突に、戦士の盾に備えた刃がまるで斬りつける様にして逆袈裟の軌跡を描く。寿々彦の白い顔は、薄い上体は、僅かにのけぞるようにしてその切っ先をかわしながらも、彼は刃の軌道の上にあった己の左手を敢えて引くことはしなかった。易く断たれた細い手首が宙を舞い地に落ちるより前に、斜めに斬られた前腕から溢れた血潮が地面を濡らす。
「僕は死なない」
 まるで小手調べのような初撃に対して挑むように声に出して告げてやる、それは寿々彦の罪である。そうして、同時に武器でもあった。
「腕の1本でも2本でも持って行きなよ」
 そんなもの所詮安い犠牲だ。たとえ四肢を切り刻まれたところでこの身はどうせ死ねぬから。
「……でも、村人たちには手出しをさせない。それに、君達の心も尊厳ももう踏み躙らせはしないから」
 寿々彦は残る右手で愛刀の『都知久母』を抜き放つ。それは今となっては彼と最愛の姉である鈴子とを結ぶ唯一の絆であった。元来、退魔刀と称されるその刃は今は清らかな白銀の光を宿してみせながらーーあの日、寿々彦があの血染めの赤い部屋で拾ったこの刀は、出会った時から既に血塗られていた。
 そして今。乾く刃は戦士たちへと振るわれる度やはり清らに煌めくくせに、まるで足りぬという様に貪欲にその返り血を吸う。翳された腕を、逃れ損ねた頸を胴を薙ぎ、その刀身をぬらりと光る返り血で潤して、やっと『都知久母』は在るべき姿に戻ったようにさえ映る。
「その怨み、忘れることなかれ」
 諭すような寿々彦の言葉は立派な詠唱であり、ユーベルコード【我がせこが来べき宵なり(ワガセコガクベキヨイナリ)】のトリガーだ。その異能の真髄は意趣返し。『都知久母』の血濡れた刃は戦士たちの慟哭さえも呑み込んで、同じ温度でそれを放った。まるで射抜かれたかのように俄かに動きを止めた彼らは今、どんな思いで己らの慟哭を耳にしているだろう。
「君達の怨みは憎しみは僕が引き受けるからーー……」
 かつてその身を無理矢理に闇へと堕とした領主への怨みも、もしかしたら、この今その身を救えずに斬って捨てるしかない寿々彦自身へと向けた怨みさえ。全て、全て引き受けてあげるから。
 ーーもう君達は終わって良いんだよ。
 喉まで上がった言葉は取りようによっては少し残酷だから、寿々彦は真っ直ぐ刀を振り下ろしながら、違う言葉を敢えて選んだ。

「おやすみ」

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『吸血猟姫ディアナ』

POW   :    インビジブルハッピー
【銃口】を向けた対象に、【見えない弾丸】でダメージを与える。命中率が高い。
SPD   :    バレットパーティー
【血から無数の猟銃を生み弾丸】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
WIZ   :    ドレスフォーハンティング
全身を【これまでに狩った獲物の血】で覆い、自身が敵から受けた【負傷】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。

イラスト:蛭野摩耶

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ナイ・ノイナイです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


「なぁんだ、あいつら全員やられちゃったの? アッハ!アンタたちも残酷だねぇ」

 朱殷の隷属戦士たちが討ち果たされた頃、折を見たかのように夜闇から現れた女は、この場の空気にそぐわぬほどに底抜けに朗らかに笑って言った。
 埃じみた村の通りに不似合いなぴかぴかの乗馬靴。狩った獲物を誇るかの様な獣の襟巻き。毛皮のマントを揺らした肩に猟銃を担ぎ上げながら、女は口元にその鋭い牙を覗かせて笑うのに、紅い瞳では油断なく猟兵たちを睥睨している。彼女こそ、この村の領主にして全ての元凶ーー吸血猟姫ディアナ。
「まぁ良いか……私の分の獲物が多く残ってるのは悪い話でもないし」
 楽しげに口の端を吊り上げながら、流れる様な所作で猟姫が銃口を向ける先には、猟兵の袖にしがみつく一人の少女の顔がある。

【マスターコメント】
猟姫は狩り易いものから狙います。
村人は概ね逃げていますが、もし気を配って頂くとその辺に居るかもしれません。前章同様演出的な感じで…。
前章での負傷は、猟兵様の特性や治療速度に合わせて、もう治しても引き摺って頂いても構いません。
リオ・ウィンディア
領主と獲物・・・ってわけね、とてもシンプルでわかりやすいわ

狩られる前に狩る、それが戦いの基本よ!
鬼気を纏いダガーを握りしめる
村人はなるべく擁護、弾丸を早技の刃で弾き返す

勘違いしないで
絶対に守らなきゃいけないと思っているわけじゃないの
ただ目の前で死なれると後味が悪いだけよ
こんな喪服姿の私だけれども、目の前で弔うのは面倒なのよね

第六感で攻撃を交わしつつ、ディアナに肉薄する
相性は悪いかもしれないけれども、私はこれ(ダガー)で行くよ
2回攻撃で斬撃を刻みつつ、覆われた血は水や風で洗い流すように攻撃する
負傷度が増して強化されるなら、こっちだって!
UC発動でさらに威力強化の2回攻撃
「あんたは絶対逃さない!」



 血腥く湿った夜気を揺るがして、銃声は憎らしいほど小気味良く響く。
 刃がそれを受けて弾いた硬質な金属音も、また然り。悪意に塗れた猟姫の凶弾が不可視なら、横合いからそれを跳ね除けた猟兵の刃もまた、その速さにおいて不可視に等しいものだった。
「あァ……?」
「領主と獲物……ってわけね、とてもシンプルでわかりやすいわ」
 鈴を振るような声に猟姫が眉を顰めて振り向けば、視線の先でちょうど黒い爪先が軽やかに地を踏むところだ。一拍遅れて、温い夜風に靡かせた白絹の髪が、羽を畳む様にしてふぁさりと下りる。
 蓮の名を冠するダガーを片手にリオ・ウィンディア(黄泉の国民的スタア・f24250)は猟姫に流し目をくれてやる。年端もゆかぬこの少女、見目は可憐でありながら、その視線に射抜かれた猟姫が背中に感じた冷たさは何であろうか。
「目の前で死なれると流石に後味が悪いのよ」
「お嬢ちゃん、そう言いながら喪服だなんてずいぶん準備が良いじゃない?」
 安い挑発に乗ってやることもないと言わんばかりに、リオは女の揶揄を黙殺した。ただ、目の前のこの女にも、難を逃れた知らぬ誰かにも、勘違いしないで欲しい、とは思うのだ。
「目の前で弔うのは面倒なのよ」
 これはただ、それだけの理由でして居ることだ。骨になる程時を経てから己と巡り会うならばまた別の感情を向けてやらぬでもないが、命を絶たれたばかりの亡骸を前にするというのは手間なのだ。その傍らで泣き喚く者たちの世話と共にーーそう、とても。
 この村に転送されてから、リオは悲嘆に暮れる村人たちを音楽の力で慰めようと尽力した。愛する者を死なせてしまった彼らはいかな言葉にも心を閉ざしていたものだから、まずは携えた撥弦式の魔楽器で歌持たぬ旋律を奏でてやる。音色に落涙出来る程度に落ち着いてから、漸くそこに歌を乗せて語りかけてやる。
 けれど、いかに妙なる歌声にいかに心を込めたとて、それが暗闇を照らす一条の光にはなれど夜は明けぬ。再び歩み出せるか否かは彼ら次第。
 だからリオは告げてやったのだ。その呪詛を引き受けてやるーーと。
 ゆえにこの冥界の歌姫は今、楽器を刃に持ち替えてここに立つ。振り上げる刃に彼らの呪詛を纏わせて。
「おっと……ッ」
 所詮は子どもと油断をしてか、猟姫はダガーがその身に届くことを易く許した。肩口から飛び散る己の血を目にしてなお笑みを深めて、
「銃相手に刃物だなんて健気だねえ」
 銃を乱れ射ちながら後ろに跳んで距離をおきながら、ドレスの様に纏うのはこれまでの犠牲者たちの血だ。
 まるで突然に銃の口径でも変わったかの様に銃弾の威力も速度も増しているのを、かわし損ねてリオの左腕を掠めた弾丸が物語る。
間合いを詰め直そうとしてまだまるで届かぬというのに、この距離でさえ弾が避け難い。焦る心で僅かばかりに単調になった回避を見切られて、避けたその先に銃口が待つ。猟姫が紅い唇に裂ける様な笑みを浮かべて引き鉄を引いてーーその凶弾を柔らかく防いだのは繭の様にリオを包んで閉じた一対の翼であった。硝煙を祓う様にして白い翼が開けばそこにあるリオの姿もまた眩いばかりの白き衣を纏っている。
 その場で無造作に振り抜いたダガーはその精霊の加護により、刀身より水を迸らせ風を呼ぶ。猟姫が纏った血を清らかなる水が洗い、風が流し薄めて、その刃先が届く筈もないとたかを括っていた猟姫の笑みを消す。吹く風はリオにとって加護であり追い風だ。翼を一度羽ばたかせたなら、血の守りの手薄になった猟姫の間合いの内へ飛翔して、すれ違いざまに裂く様に二度、刃を振るう。
「喪服から着替えてあげたわ。準備が良いでしょ?」
 弔うことも悼むことも露ほども要らぬこの女の前で、黒い衣など勿体無い。その白い衣に存分に猟姫の返り血を浴びながら、先の言葉に今更答えてやった。
「おのれ……ッ」
 傷を押さえながら、体勢を立て直そうと猟姫が己から離れる様を、満月の瞳が冷ややかに映す。
「あんたは絶対逃がさない」
 何を、と繕おうとした猟姫の笑みが引き攣った。
 リオのものだけではない、突き刺す様な無数の殺気が物語る。

 今宵の獲物は誰なのか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジュジュ・ブランロジエ

真の姿を解放
衣装変化

人の命も心もお前の玩具じゃない!
村人達のこれからの為に、お前は今ここで討つ
覚悟して!

と挑発しつつも最優先は村人の命
猫人形を少人数に分け付近の村人を守りつつ避難させる
18体を手元に残し、うち10体は傍らの子の守りに専念
この子も遠くに逃してあげたいけど離れたら狙われそうだし怯えてるから走れないかも

絶対に守るから安心して
私達強いんだよ
『メボンゴ達の後ろにいてね』
常に庇う様位置取り

予備動作を見切ったり第六感で攻撃を察知
早業で風属性付与したオーラ防御+範囲攻撃で広範囲に展開

積極的に攻撃するのは8体の猫人形
私は守り優先だけど機を見て風属性付与し威力増した衝撃波(メボンゴから出る)を


霧島・絶奈


◆心情
狩人が獣に狩られる…実によくある話です

…貴女にとって最後の狩りです
存分に愉しむと良いでしょう

◆行動
<真の姿を開放>し『666』を使用

一部の<私>は逃げ遅れた村人を護衛しつつ避難誘導
村人に銃口を向けられない様に注意しておきましょう

其れと同時に別の<私達>が【目立たない】様に行動
【罠使い】の技を活かして「魔法で敵を識別するサーメート」を複数設置
「狩り易いもの」から狙うという性質を利用しない手はありません

更に【空中浮遊】も活用し<私達>全員で射線を調整
【集団戦術】を駆使し其々が【範囲攻撃】する【マヒ攻撃】の【衝撃波】で【二回攻撃】

負傷は【各種耐性】と【オーラ防御】で軽減し【生命力吸収】で回復



「なるほどねぇ、数が多いから強気なわけだ」
 猟姫は己の頬を汚した血を乱雑に拭い、後ずさりながらも爪先は確かに此方を向けて地を踏んで体勢を立て直す。憐れむようにその眉を下げれば下げるほど、笑みを浮かべた唇との対比は益々侮蔑がましく、無論猟姫自身とてそれを知らずにしている訳もない。
 今、対峙する猟兵は二人。猟姫は知らぬことだが、いずれも常とは姿を変えて真の姿を解放していた。
「人の命も心もお前の玩具じゃない!」
 一人は。震える声に、若草色のスカートの裾をきつく握りしめた片の拳に、怒りを隠しもせずに叫んだ人形使いの少女。ジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)はその姿を大きく変えることもなく、瞳や髪の色さえ同じ常の可憐な少女のままである。白を基調とした装いさえも変えることなく、ただ、その差し色は瞳の色をーー己の心を映した様な若葉色。装い、演ずることはしても己を偽ることのないジュジュは、真の姿というものは日頃の姿そのものであり、ゆえに大きくかけ離れることはないのだろう。
 傍らで子どもがジュジュの袖を引く。どれだけ言い聞かせてもついて来てしまったこの子をジュジュは守らねばならぬし、他にもまだ危険に晒されそうな村人が居るとするなら、誰一人傷つけさせる訳に行かない。ジュジュの心を汲んだ様に、ユーベルコードで召喚していた鼓笛隊姿の猫人形たちが散開する。
「村の人たちの未来の為に、お前は今ここで討つ!」
「うーん、お荷物抱えながらよく吠えたって褒めてあげるべきかしら?」
 ジュジュの挑発に挑発で返す余裕をまだ残す猟姫は迷わず銃口をジュジュの傍らの子供どもに向ける、が、その銃口が定まる前に横合いからの殴りつける様な衝撃波が彼女を襲う。思わずよろめいた先で反対側から、更に体勢を立て直すことは勿論、崩すことさえ許さぬ様に立て続けに、麻痺を齎す異能をのせた衝撃波が重なった。
「何……だッ、アンタ、たちは……!」
 風に遊ばれる木の葉の様にその身を翻弄される猟姫へと、四方八方で、影が嗤った。
 猟姫が対峙した二人の内のもう一人の猟兵はーー否、もう一人、の筈だった。今ここにある無数の影は、果たして何人居るのであろう。
「狩人が獣に狩られる……実によくある話です」
 影の一人が、どこか彼方から響くような声で告げる。無数の異端の神々の群れとしてその身を顕現させた今の彼女に常の白い美貌はないが、それはたしかに霧島・絶奈(暗き獣・f20096)の声だった。今そこにあるのは、あらゆる光を飲み込む様な影の姿でありながら、まるでノイズがかったように赤に緑に輝いた光の粒子を身に纏う病と獣の神である。
「貴女にとって最期の狩りです」
「存分に愉しむと良いでしょう」
 絶奈たちが楽しげに語りかけながら、ふわりとその身を宙に浮かせて猟姫への距離を詰めて行く。空寒いものを覚えた猟姫は逃げる様に駆け出した。
「あの黒いのは味方なの?」
 猟姫の背中を見つめながらジュジュの傍らの子どもがおそるおそる尋ねる。
「うん!とっても強い人だよ」 
『メボンゴ達も強いんだよ!』
「絶対に守るから安心してね」
 白兎頭の人形、メボンゴとの掛け合いは和気藹々と披露しながらも敵を視界から逃さぬ様に睨み据え、ジュジュは子供を背に庇う位置に立つ。手元に残した猫人形たちが護衛の様に周りをずらりと取り囲む。
「皆、お願い!」
 声を掛けるのは猟姫が逃げる先へと配備されていた猫人形たちだ。ジュジュの声に応える様にあちらの一匹がシンバルを鳴らし、それを合図に周囲の猫人形たちが一斉に猟姫へと飛びかかる。
「あぁ、クソ、邪魔くさいなぁ!」
 異端の神々に追い立てられる様に逃げて来たら今度は猫の群。疎ましそうに吐き捨てながら、衝撃波で足を取ろうとして来たり、足元に纏わりついては楽器で殴りつけてくるそれらを銃把で殴りつけ、磨いたブーツで蹴りつけながら、けれど猟姫はふと思う。これらが此処に配備されていて、必死で戦おうとしている。それが意味していることは……
「アッハ!見つけた!」
 少し先、崩れた塀のそばに怯えた村娘がいる。傍らの猫人形に促される様に辛うじて塀の影に隠れてしまって、猟姫の射線から消えた。ならばと塀の横から回り込もうとした刹那、猟姫の身体は一瞬にして炎に包まれる。
「ぎやああああああああ!!!」
「罠を使った狩りはして来なかったんですか?」
 火だるまになった猟姫に、空中から見下ろす絶奈が問うても返るは絶叫ばかり。
 タネを明かせば、そこに仕掛けられていたのは敵味方を区別する絶奈のサーメートである。弱い者から狙う猟姫の習性を逆手に取って、村人を囮に絶奈が張った罠だ。当然、此処へ至る動線も計算ずくで追いたてて来た。
 燃え上がる獣の毛皮を脱ぎ捨てて、炎を消そうと無我夢中で駆けた猟姫は気づかない。未だ幼い視線を遮ってやる様に子どもを己の後ろに立たせて、片腕にメボンゴを抱いたジュジュが、炎に焼かれる女を冷ややかに見つめていることに。
 彼女を知る人たちは信じられまい。くるくると愛らしくよく表情を変えるその大きな翠の瞳にも、こうまでも冷たい殺意が宿ることなど。
「まだ死なせない」
『でも逃がさないよ!』
 ジュジュの腕の中でメボンゴの瞳に赤い光が宿る。魔力を貯める様に振り上げたその小さな腕を燃える獲物を指して振り下ろせば、弾ける様に放たれた、暴風を伴う衝撃波が猟姫を大きく吹き飛ばした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱酉・逢真
深山サンと/f22925
心情)へェ…そりゃまた欲望に忠実で好ましいこった。〈過去〉でなきゃ好きにしてくれてよかったが…マ・そンなら深山サンよか俺のが狩りやすかろう、宿を壊すか。
…フ、"残機"は無限だってェのに。いいよォ、ヒトの頼みだ。宿も守る方向で動こう。
行動)サテ兄さんが気を引いてくれるという。そンなら助けに徹しよう。主役ではなし端役でもなし、舞台装置として働くまでさ。来たれホワイトライダー、王冠司る白馬よ。いななけ、容易にして唯一の命令を届けろ。
"撃つな"
従おうと背こうとおンなじさ。深山さんならこれで十ゥ分。ほかを狙う弾丸は…重酸毒の結界でも張るか。見えずとも触れりゃ溶け落ちるように。


深山・鴇
アレがここの支配者か、成程ねぇ
(俺とは趣味の合わん女だな、と面白くはないが笑って)
アレで仕舞いだが、逢真君よ。アレはどうも弱いモノが好きらしいぜ
見ればわかる、弱者を甚振るのが好きな目だ
最後に残った強いモノを蹂躙するのが好きな目だ
さて、俺はさっきと変わらず斬るしかできんが……駄目だぞ? 駄目だからな?(ジト目で見る)
知らんところでは仕方がないが、俺の前ではやめといてくれよ
(溜息を落としつつ、前に出る)
敵の意識はこっちに向いたな? 逢真君、後ろは任せたぜ

お前の相手は俺だよ
(馬の嘶きを背にダッシュで距離を詰め、先制攻撃を仕掛ける、銃撃は背後に村人や逢真君がいれば刀で弾くか斬る)



 その身が吹き飛ばされる程の派手な衝撃波で猟姫は転がるように地面に投げ出された。その身を屈辱的な迄に地に擦り付けた代わりに、地獄の様な炎は消えていた。
「ゲホッ……あぁ、忌々しい猟兵どもめ……」
 煤けた外套に砂埃まで被り、猟姫は心底憎々しげに毒づきながら身を起こす。
 チョコレートの香の紫煙を越して、少し離れてそんな猟姫を観察する者がある。
「アレがここの支配者か、成程ねぇ」
 まぁ今でこそ相当に他の猟兵に痛めつけられているものの、それでもその目は死んで居ない。戦場に走らせた視線は、戦地に身を置く者のそれというよりは、何処までも獲物を探す狩人のそれなのだ。だから、彼女の赤い瞳が、流す様に向けてやった深山・鴇(黒花鳥・f22925)の桜色の瞳と確かに一瞬ぶつかり合っておきながら、それよりも手近にある村人の姿へと易く流れたことについて、さしたる不思議もないように鴇には思われた。
 俺とは趣味の合わん女だな、と何が面白い訳でなく、鴇はただ皮相な笑みを浮かべてやる。見ればわかる。これまでにああした手合は腐る程に見て来たのだ。弱者を甚振るのが好きな目だ。ただのひとつも逃さぬ為に弱いモノから狩り尽くし、最後に残った、残しておいたとっておきの強いモノを蹂躙するのが好きな目だ。鴇自身はそれを好きや嫌いで断ずることもなく、ただ、そうした存在として捉え、対策を考えるだけだ。
 二度、三度、銃声が響く。
「アレで仕舞いだが、逢真君よ。アレはどうも弱いモノが好きらしいぜ」
 振り向く先は朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)。死体を片付けて尚も死臭が漂うこの村で、疫病を司る神は闇に溶ける様にそこに居た。
「へェ……そりゃまた欲望に忠実で好ましいこった。〈過去〉でなきゃ好きにしてくれてよかったが……」
 ゆるりと首を巡らせて、逢真がかのオブリビオンを眺めやる。今を生きる人の子らがすることであれば、いかな悪虐も可愛らしいと赦してやるこの神も、相手が骸の海に沈んだ〈過去〉であるならば話は別だ。とうに役目を終えた存在が現在を健気に生きる愛すべき存在たちを損なうこと等は赦されぬ。――それはこの神の仕事を無暗に増やす行為であり、不敬に他ならぬがゆえに。
 ――銃声。
 二人の眺める先で、獲物へと引き金を引く猟姫の姿があった。腰を抜かしたまま戸惑い顔で彼女を見上げる村人へとその銃口を向けながら、焦りを滲ませるのは猟姫の方だ。撃てども撃てどもその不可視の銃弾は溶ける様にして霧散する。銃弾が不可視なら意趣返しの様に護りも不可視。逢真が戯れに張り巡らせた重酸毒の結界は、村人を護って確かにそこにある。
「さて、俺はさっきと変わらず斬るしかできんが……」
「マ、そンなら深山サンよか俺のが狩りやすかろう、宿を壊すか」
 愛刀の柄に手を掛ける鴇へと逢真は気負わずひとつの提案をする。宿、即ちこの神が今この場所に現界する朱酉・逢真としての器。幾らでも易く取替の利くそれを犠牲とすることで敵を仕留めるユーベルコードを逢真は携えている。
「……駄目だぞ? 駄目だからな?」
 じとりとした目で鴇が牽制する。常の飄々とした趣は何処へやら、どこか真剣な面差しは逢真には逆に笑みを齎す。
「…フ、"残機"は無限だってェのに」
「知らんところでは仕方がないが、俺の前ではやめといてくれよ」
 幾ら限りなく替えが利くのだと聞かされたところで、それを頭で理解はすれど、この神の躯が目の前で亡骸となるあの異能は、あくまでヒトの感覚と彼への一定の感情を持つ鴇にしてみれば正直寝覚めが宜しくない。無論神たるこの存在を己が縛ること等出来ぬから、あくまで己の目の届く場所ではと条件を付けて乞うてみれば、返るのはやはり緩い笑みだった
「いいよォ、ヒトの頼みだ。宿も守る方向で動こう」
 この神はこの神で、あるのかないのか伺い知れぬ私情をそこに差し挟むようなこともない。鴇という固有名詞をその形の良い唇に上らせることもなく語るには、ヒト、の頼みならば断わらぬという、それだけだ。
 鴇は溜息を落としつつ、愛刀を片手に前に出る。不敵な笑みを浮かべた神は引き続き背中を預ける相手として申し分ない。駆け出す足音と殺気とに、猟姫の注意は「何故か」撃つことの能わぬ村人よりも鴇へと向いた。
「お前の相手は俺だよ」
 而して向けられた背中を逢真は見送る。主役を鴇へと委ねれば、けれども無論、己は端役と言う様な役柄でもない。神はもっと広くを司るものなのだ――たとえば、舞台装置の様に、この場すべてのきまりを定めて支配してしまう。
「よォくお聞き」
 声に招かれる様にして、昏き神の傍らに白い光の粒子が漂った。徐々に煌めきを増すそれが集まり、形を作り、果てに、流れる様なその造形に定かな質量を得てそこに顕現するのは王冠を司る白馬であった。しなやかな筋肉に包まれた前肢を蹄を高く上げ、闇を裂く様に高らかに嘶く。猟姫がその声に振り向けば、条件は全て整った。振り向いた彼女を白馬の視線が射貫く。もう、逃れる術もない。
「"撃つな"」
「――は……?」
 逢真が静かに告げたそれは、あまりにも容易な、唯一の命令だ。
 その意味を、この舞台の掟を理解する間さえなく、己へと刀を構えて迫る鴇へと猟姫が向けていた銃口はただの反射の様に火を噴いて――けれど、引き金を引いた刹那に、殴りつける様な荒々しさで彼女を襲った痛みが狙いを大きく狂わせたから、弾はあらぬ方向へと放たれた。そも、その狙いが狂わなかったとて、鴇の刃が弾いて終いにしたのだろうけれど。それでも、要らぬ弾を斬るひと手間を省いた白刃は直ちに猟姫を狙うことが叶う。己の首を狙う刀を避けて、後ずさる様に逃れた猟姫の、咄嗟に身を庇う様に伸べる左手を刃が抜けて、断たれた指がばらりと弾け飛ぶ。
「この……ッ」
 応報すべく右手に握る猟銃の口は即座に鴇の端正な顔を捉えるのに、白馬の司る掟による先の痛みの記憶はトラウマの様に猟姫にその引き金を引かせない。鴇の背後で今きっと、かの神は嗤っているだろう。
 今や弾を放てぬ銃身は、振り下ろされる刃をただ受け止めて火花を散らすのがせいぜいだ。一度そうして拮抗すれば無事の片手のみの腕力でこの剣士に勝れるはずもなく、不利を自覚した猟姫は己の指の散らばったその足元を蹴り上げて土埃を巻き上げて、そうして稼いだ僅かな隙に躊躇いもなく踵を返す。鴇が追わぬのは実際は不意を突かれた訳でもない。探偵の涼やかな瞳は彼女が逃げるその先に別な猟兵の姿を認めていたというだけのことである。――己よりも遥かに怒りに満ちた者の姿を。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ウルル・マーナガルム

『弱い者、弱った者を狙うのは確かに定石です。しかし……』
獲物に敬意を払わない、狩場に感謝もしない狩人なんて三流以下だよ
ホントは強い人に当たっても勝てる自信が無いから
弱い者いじめばっかりしてたんでしょ

銃口の向きと視線から弾道を予測して
猟姫の撃った弾を撃ち落とすように
狙撃を合わせるよ
広範囲に弾をバラ撒かれたら
自分の銃弾を壁とかに当てて何度も跳ねさせて
射線を曲げた跳弾を
バリアみたいに使ってカバーする

ボク自身は一歩も動かず
トリガーを引くだけ
持久戦に持ち込めば
きっと先に音を上げるのは
我慢とかした事もなさそうな猟姫の方だ
『教育して差し上げましょう、ウルル』
これが狙撃手の戦いだよ
タメになったね、三流さん!



 チェスや将棋と言った遊戯でさえもそうである様に、そこに人の思惑と勝敗がある限り戦いには定石と言うものがある。相手が嫌がることをしてやれば良いのだ。例えば弱い者を狙うこと等まさにそのひとつだ。それも一撃で仕留めはせずに、ひとたび手負いにしておけば彼らを見捨てられぬ仲間が救護に来たところで良い足手纏いとなってくれるだろう。助けに来た者の中に衛生兵の姿などあれば尚良い。彼らを守ろうとする者諸共恰好の的となる。ゆえに。
『弱い者、弱った者を狙うのは確かに定石です。しかし……』
「戦争ならね」
 傍らの相棒・ハティと言葉を交わしながら、ウルル・マーナガルム(グリムハンター・f33219)の姿は猟姫の逃げようとした先で、その場の景色から不意に溶け出す様にして現れた。迷彩の効果に僅かに目を瞠るも、それが小柄で華奢な少女と見てか猟姫は愚かにもそこから更に逃げる判断はしなかった。ただ、咄嗟に右手に構えた猟銃で彼女を撃とうとしておきながら、その銃弾をウルルが放った弾丸にさも当然の様に撃ち落とされてみれば、その判断が誤りだったと気づきもしただろう。
「獲物に敬意を払わない、狩場に感謝もしない狩人なんて三流以下だよ」
「吠えるじゃないか」
 腕は確からしいと踏んで、今は油断なく彼女の一挙一動に目を光らせていながらも、猟姫は掠れた声で笑った。
「もし、敬意も感謝も持った上で楽しんでるって言ったらどうする」
「嘘だね。ホントは強い人に当たっても勝てる自信が無いから弱い者いじめばっかりしてたんでしょ」
「へぇ……それなら試してごらんよ」
 指をなくした断面から血を垂れ流す左手を猟姫は無造作に振った。猟姫の前方、扇を描く様にして振り撒かれた血飛沫はぐにゃりと空間を歪めながら、宙空にて無数の猟銃へとその姿を変えてゆく。射手さえ要らぬその銃口は、射線の全てはウルルを捉えているのだろう。
 その中にあって表情ひとつ変えぬままウルルが構えたマークスマンライフル『アンサング』は数度銃声も高らかにありもせぬ方向へとその銃弾をばら撒いた。己を捉えぬ銃口に注意を払うこともせず、自棄になったかと嘲笑う猟姫が指を鳴らすと同時に無数の猟銃が掃射するかの様に一斉に火を噴いた。
 響くのは無数の金属音。ウルルは一歩もその場を動かず、けれどその身に猟姫の凶弾はどれ一つとして届かない。まるで彼女を護る見えないバリアでもあるかの様に、全てが弾き落とされてゆく。
「これが狙撃手の戦いだよ」
 跳弾狙撃(リコシェアーツ)と言う言葉を猟姫は知らぬだろう。ウルルが無為にばら撒いたと見せかけた先の弾丸は、その実、微細な角度さえ計算の上で辺りの壁に、石にぶつけて跳ねさせて自在に射線を曲げた上で彼女の周囲を飛び交っている。ウルルが属する武装偵察部隊においてこの狙撃術は誰もが心得として身につけている。だがしかしウルルのそれは伝説と呼ばれた祖父の直伝であり、精度において段違いだ。
「アッハ!奇術みたい。それはどれだけ持続するんだろう?」
 負け惜しみか負けず嫌いか、はたまた両方でもあろう。猟姫がさながら架空の射手たちを指揮でもする様に、血を流す手を振り下ろせば、再度猟銃たちは斉射する。その銃口の向きから、位置から、ウルルが装着した大型ゴーグル『S.K.O.R』は既に射線も予測弾道も分析済だ。ウルルはただ冷静に『アンサング』のトリガーを引き続け、跳弾狙撃の弾幕で身を護る。
『良い機会です。教育して差し上げましょう、ウルル』
 その目に相当するカメラから得た動画による解析をウルルへと送りながら、ハティが告げる。別段手出しをしないのは、既に結果を知っているからだ。この後暫し膠着状態とも見えた二人の射手の撃ち合いはやがて――
「ぐ……ッあ……!」
 未だ骸の海へと還らない猟姫の躰を四方から跳ねた数発の弾丸が抜けて、幕引きとなる。
 血を流し、よろめきながら、猟銃を支えとして辛うじて踏み止まった猟姫の姿を映してゴーグル越しに紫の瞳が僅かに幅を狭めた。
「タメになったね、三流さん!」

大成功 🔵​🔵​🔵​

百舌鳥・寿々彦

村人を守りながら攻撃
攻撃が村人へ向かいそうな場合は身を挺して守る

悪趣味な化け物
生きる価値もない
そう、お前も僕も
誰かを踏み躙って生きるなんて存在してはいけないんだ

だから
消えろ
化け物

「喰らえよ」
限界突破を使い、女に先の戦いで千切れた腕を投げつける

窮鼠猫を噛むって知ってる?
お前が蹂躙した人間が、歪められた人間が奪った腕だ

女の攻撃を受けても引かない
まだ、動けるなら
僕はもう逃げないと決めたから

腕はもう一本ある
足りないならそれだって犠牲にしてやる

焼け焦げろ
二度と生き返らないぐらい
灰の一欠片も残さない

奪ったものは帰らない
お前の命をもってしてもお前が犯した罪には程足りない
だけど、絶対に生かしておけない



 地面に打ち捨てられた獣の毛皮があった。狼の、狐の頭部を備えたそれは先刻まで襟巻きとして猟姫の頸を飾っていたものだ。猟兵の罠により炎に包まれた折に、何よりよく燃えるそれを嫌って猟姫が投げ出したものだった。投げ出して、炎から逃れんとした際に踏み付けさえしたのだろう、狐の頭は泥にまみれてひしゃげていた。
 獣の骸の成れの果てに、百舌鳥・寿々彦(lost・f29624)は、戦いの始まる前に見た誰かの死体を重ねていた。ほんの戯れに狩られた、命たち。そして元凶はと言えば。
「悪趣味な化け物」
 今、肩で息をしながら満身創痍で目の前にあるこの地の女領主へと、寿々彦は持てる限りの憎悪を込めて吐き捨てる。上質だった燕尾服を焼き焦がして、斬られ、穿たれ、その無数の傷の全てからどす黒い血を垂れ流しながらも、猟姫はまだ寿々彦の言葉にその血染めの唇の端をぐいと吊り上げて笑って見せた。
「そういうアンタもヒトじゃないだろ?」
「そう。そして生きる価値もないよ、お前も僕も」
 人を踏み躙って生きる存在だなどと、元来存在してはならぬものだ。己の存在が数多の犠牲の上にあればこそ寿々彦はそう思う。同族嫌悪と言われるならば否定は出来ぬ。だが、同族ゆえに己にも等しく価値がないと理解している。
「そう? お生憎、坊やと心中する趣味はないから死ぬならひとりで死んでくれない?」
 嘲笑と共に放たれた不可視の弾丸は、易く寿々彦の腹を、胸を貫いた。それは猟姫さえ拍子抜けする程易々と。緩やかな歩みで猟姫への間合いを詰めながら、寿々彦は避けも防ぎもしないのだから。不死を得た身は生身同様に血は流すのに、その歩みを止めることはない。
「アハハ!やっぱりアンタも化け物なんだね」
「……窮鼠猫を噛むって知ってる?」
 同族の揶揄に答えてやることはせず、寿々彦はごろりと「それ」を放って寄越す。
 猟姫の足元に転がったのは白い左手だ。ぎょっとした様に見つめた猟姫の表情は、それを投げた少年自身がその左手を欠いて、血を流していることに気付いて尚色を失した。
「お前が蹂躙した人間が、歪められた人間が奪った腕だ」
 寿々彦が語る声は静かであるのに、薄ら寒さが猟姫の背を駆け上る。目の前の儚げな少年の何処にそんな気迫が宿るのだろうか。覚悟だ等という言葉で片付けるには生温い、居直った凄みさえ感じさせるこの様は。
 ――猟姫は知らず、知る由もない。寿々彦が朱殷の隷属戦士達に立てた誓いなど。彼らの恨みを引き受け、真にこの場に連れて来たことなど。
 もう逃げない。寿々彦はそう決めた。犠牲の上に此処にある身が許されること等は永遠に無かろうと、せめてこの身が果てる迄、償い続けると決めていた。そうでなければ犠牲となった者たちの死が無駄になる。その上で安穏としていられる程には寿々彦は強くも鈍くもなれぬのだ。
「喰らえよ」
 猟姫の足元に転がる左手が、僅か動いた、様な気がした。定かではない。まるで爆ぜる様に放たれた膨大な電流が眩しくて、見ること等能わぬのだから。
「あ゛ああああぁああああ!!!!」
 身体を内から焼く様なその責め苦に猟姫が濁った悲鳴を上げる。ちかちかと視界が点滅するかのようで、まともな思考も出来ぬ中、鼓膜を叩く自らのその声に重なる様に、猟姫は隷属戦士達の慟哭を、呪詛を聴いていた。
「焼け焦げろ」
 だから、寿々彦が『都知久母』を手に紡ぐ彼自身の呪詛は猟姫の耳には届かなかったかもしれない。
「お前は絶対に生かしておかない」
 刃を通じて己の身をも電流が巡ることさえ厭わずに、頭を抱えてのたうつ猟姫の腹へとその白刃を突き立てて、深く、鍔に至るまでも埋めてやる。心中は嫌だと宣った癖をして道連れと言わんばかりにしがみつく猟姫の腕を払い、電流で張り付く様に痙攣をする己の右の手を無理やりに引き剥がす様にして刃を抜けば、支えを失くした猟姫の身体が崩れ落ちる。失血に朦朧とする意識の中で、寿々彦もまた、己の頬に冷たい地面が触れる感覚を覚えていた。
 やがて、猛り狂った電流が抜けたのは血涙の様な血に濡れた女の右の目元からだった。裂く様な激しさで去った高圧の電流はその去り際に周囲の肌を醜く焼け爛れさせていた。その様を知ってか知らずか、猟姫は這いずりながら凄絶に尚嗤う。
「ははッ……化け物め、狂ってる……」

大成功 🔵​🔵​🔵​

鬼桐・相馬

●POW

お前も俺も狩る対象が違うだけの「狩る者」
残酷、大いに結構
慈悲に溢れた狩りなど存在するのか

周囲に村人がいないか[聞き耳]を立て[視力]で探る
槍の炎を有効に使い敵に接近戦を挑み、村人の気配や動きを炎の揺らめきと熱で隠したい
近しい者の死と向き合い
恐怖に震えそれでも抗った彼らを狩らせるつもりはない

不可視の銃弾は銃口の向きを[戦闘知識]で把握
直撃部位を[結界術]の障壁で厚く覆い受けて止める
欠損部位は炎で補えばいい
UCで[焼却]を狙おう

いのちは弄ぶものじゃない
何倍にもなって返って来る――こんな風に

死者は生き返らない
だが心に生かし続けることはできる
村人達には彼らが愛したこの場所で生き続けて欲しいよ



 指のない手で爛れた目元を押さえながら、猟姫は獲物の姿を探す。
 もう戯れに殺す余裕などはない。ただ切実に、手頃に糧となり得る弱い命が必要だった。獲物を見つけて、吸血なり生命力吸収なりで僅かでも傷を癒さねばこのまま猟兵たちに苦戦を強いられるのは火を見るよりも明らかだ。
 ふらつくブーツが大きな影を踏む。猟姫が無事な左目で見上げれば、そこに在るのは教会だった。そういえば、三日ほど前に残しておいた数よりも、今宵目につく村人の数は体感として随分少ない。先に隷属戦士達を送り込んだとは言え、彼らは猟兵に討たれたらしい。であれば、村人は何処に居るのか。村で一番堅牢な建物を前に、猟姫は己の血に濡れたその唇を歪める。
 扉へと伸ばす手を阻むのは苛烈に燃え上がる紺青の炎であった。決して扉を燃やすでなく、今はまだ猟姫の手そのものを焼くでなく、ただ牽制をする様に彼女が向けた悪意を火種としてそれは轟轟と燃え盛る。
 教会の扉を彩る粗末ながらも宗教じみた彫刻を紺青の炎が揺らいで照らし出したなら、こんな鄙びた教会の扉のくせに、まるで地獄の門のよう。
 ーー事実、今宵この場には地獄より来た門番が居る。
「此処は誰ひとり遠さない」
 猟姫の後ろからかかる声がある。猟姫の瞳に映るのは、穂先に紺青の炎を纏う黒槍を携えた鬼桐・相馬(一角鬼・f23529)の姿であった。
「あぁ……それであいつらを皆殺しにしたんだ? アンタたちも残酷なことするよね」
「残酷、大いに結構。俺もお前も対象が違うだけの『狩る者』だ」
「なんだ、あいつらが元々何だか知ってるの?」
 答えは無言の頷きひとつ。猟姫の挑発は相馬の表情に漣のひとつ齎すことはない。
「じゃあなんで――」
 それらを殺しておきながら、今更狩られる者などに肩入れするのだろうか。問うのさえ苛立たしいと言わんばかりに、猟姫は言葉の先を銃声で継いだ。
「なんで、か」
 その身に届いた筈の銃弾は、弾道を予想して張られた狭くも厚い結界に阻まれてその身を抉るに至らない。
 この夜においてなお暗く沈む教会の窓に、此方を窺う幾つもの視線があることを相馬は知っている。恐怖に慄きながら先の戦いへと駆け付けた彼らは、猟兵達が掘った安全な地下へと逃れることを辞し、息を殺して、今この戦いを見守って居る。仇討ちを願い出る者もある中で、今度ばかりは守り切れる保証もないからと、半ば泣きつく様な彼らを説得したのは他ならぬ相馬であった。
 今目の前にあるこの元凶にこそその怒りと刃を届かせることは叶わねど、近しい者の死と向き合い、恐怖に震えながらそれでも彼らは先の戦いに於いて確かに抗ってみせたのだ。その彼らを、相馬の槍の届く範囲で、狩らせるつもり等毛頭ない。青い炎の守る扉を門として、此方が過去で地獄であればあちらは未来で希望でもあり、骸の海に沈むべき過去がその門を潜る事などはこの獄卒が許さない。
「門番は門を侵す者を狩るものだ」
 青炎を纏う槍の穂先を向けて相馬が駆け出す。その足を止めるべく猟姫が射撃を重ねれば、相馬は降り注ぐ無数の不可視の弾丸をかわし、槍で払い、――けれどそれらは途中でやめた。その身を銃弾が穿つのさえも気にも留めずに己に迫るこの獄卒を、撃ち易い良い的だ等と猟姫がほくそ笑んだのは刹那のことで、すぐにその笑みは凍りつく。弾が穿った傷口は血を流す代わりに地獄の炎を迸らせて、猟姫のその身を脅かす。炎の先が舐めただけで、まるで揮発性の高い液体でも浴びていたかの様に易々と燃え移る。悪意に塗れたこの存在は紺青の炎の良い火種となって、あまりにもよく燃えるのだ。
 劈く様な悲鳴は燃え盛る炎と、その身を刺し貫いた黒槍のどちらが齎したものだろう。炎に巻かれた猟姫は顔を庇う様に腕で覆って、縺れる脚で相馬から距離を取る。最初から逃れる場所等何処にもないと言うのに。
「ーー……。」
 ふと、相馬は教会の暗い窓を見やる。彼らの視線が今、己を見詰めていることに不思議と確信が持てた。誰かと、視線が合っている。
 今、仇を打ったとして、死者が生き返ることはない。だが彼らが生きて願う限りはその心の裡に生かし続けることは叶うから。
 ーー亡き彼らが愛したこの場所で、どうか生き続けて欲しい。願いを込めて、相馬は彼らへ黙礼代わりの頷きをひとつ、暗がりへと向けてやる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎

_
傍らの少女を背で庇う

絶対に傷付けさせない
──絶対に、護る

少女や村人を最優先に庇いながら応戦
どれだけの攻撃を受けても決して屈さぬ
先程の戦闘で負った傷は何一つ癒えていない
動けば動くほど広がり、どくどくと血が流れていく
元来痛覚が鋭敏であることもあり、激痛が止むことはないが
表に欠片たりとも出すことなく
少女には微笑ってさえみせて
この子の衣装を俺の血で汚さないよう配慮しつつ

満身創痍となっても尚ディアナの前に立ち塞がる
相手には相手の正義があれども
それを行使させるわけにはいかない
戦場と言えども相手は女性
顔や身体に傷は付けず
断ち斬るはその根源
願うは穏やかな眠りを



「血が、血が、止まらない」
 少女が手にした薄汚れたハンカチは赤く濡れて元の色さえわからない。そんな薄い小さな布切れでこれ以上血を拭えるはずも無いというのに、他に手当の術も持たぬからせめて何かをしたいのだろう。不器用に押さえつけられ拭われる傷は余計にじくじくと痛みを持つだけだったけれども、丸越・梓(零の魔王・f31127)はこの半泣きの少女の気の済むようにさせてやった。人間は何も出来ぬのが一番つらいこともあると、梓はよくよく理解をしている。
「……ありがとう。だいぶ楽になったよ。服が汚れるから構わなくて良い」
「でも酷い怪我だよ」
 その目にみるみる涙が溢れて、今にもこぼれ落ちそうだ。数日前に目の前で愛する人を失ったばかりの彼女を今また泣かせる訳には行かぬから、梓は少女へと微笑んでやる。
「大丈夫。元々痛みをあまり感じない方なんだ」
「そうなの? 嗚呼、だからーー……」
 あんな戦い方も出来るものかと、少女は俄に納得が行ったようだった。
 あまりに優しい、真っ赤な嘘だ。五感が常人よりも優れていることの代償という訳でもないのだろうが、梓は寧ろ常人よりもずっと痛覚も鋭敏だ。
「でも、どうしてあんな戦い方するの?」
「あぁ、あれは……」
 朱殷の隷属戦士たちとて元は人間だったから……とは、彼らに母を殺されたこの少女の前では言ってやるまい。
「君にもいつか解るようになるかもしれない」
 願わくば、そうなれば良い。けれど感慨に浸る間もなく、梓が少女の腕を引いて己の後ろへと導いたのと、銃声がほぼ同時。梓の手にした「桜」が流れる様にその抜き身で自身に迫る弾を斬る。
「邪魔しないでくれないかな」
 ゆらり、闇から現れた猟姫の姿は少女が思わず息を飲むほどに凄絶だった。
 人間ならばとうに立ち歩くことさえ儘ならぬ深手を数多負うのは無論、爛れた片の目元を隠す余裕さえもないらしい。それでいて蹂躙する立場から引きずり降ろされたた今も、貼り付けた様な笑みは変わらず驕慢だ。
「そのガキを寄越しな」
「断る」
 ひとたび拒絶を受けたならそれ以上言葉を交わすつもりとてないのだろう。笑みを消しはせず、けれども猟姫はもう言葉を重ねることはない。ぶわりと足元から湧き立つ様にその身を覆うのはこれまで殺めて来たもの達の血液だ。真っ赤な狩のドレスは、今、極限までその生命力を削られた猟姫をあまりにも強化する。
 対峙するこの黒い男とて満身創痍で、傍らに足手まといな子どもさえ連れているというのに満を持しての臨戦は慧眼であるというべきか、はたまたそうまで余裕がないか。威力を増して放たれる凶弾を梓は愛刀で受け流し、あるいは斬って、身を守る。そうしてその背に少女を庇う位置取りで、猟姫との間合いを詰める。
「なんでこう、アンタたちは……」
 舌打ちしながら猟姫が弾幕を増す。 
 まだ随分な距離があるところで、ふと踏み込んだ彼の姿を、まるで消えたかの様に猟姫は視界から見失う。瞬きの後には既に半歩先という間近にあってーー
 斬られる、と思わず身構えた猟姫の思考と裏腹に、痛みも衝撃も訪れることはない。猟銃を持つ腕をそっと掴む手があるだけだ。
「……もう眠るといい」
 君影(キミカゲ)。隷属戦士たちをも穏やかに眠りにつかせたこの異能であれば、その身をこれ以上傷つけることもなく眠りを与えてやることが叶う。
「やめろ、この……ッ」
 掴まれた腕を振り払おうと猟姫が暴れれば、梓を捉えぬ銃口はでたらめに彼方に火を噴いた。もう片方の手で殴りつけ、足で蹴り上げ、それでもなお離さぬと見て噛み付こうとした猟姫の額を手で押さえて制止しながら、梓は静かに告げる。
「……女性に手をあげたくない」
「アッハ!猟兵にしておくのが惜しい男だね」
 腕と額とをおさえられたまま、跳ねる様に両脚で彼の胴へと蹴りを放つと共に、後ろへと倒れ込む様にして猟姫は無理やりその手を振り払う。無様な受身を取って立ち上がりながら、ふ、と零した笑みに驕慢さが消えている。オブリビオンたる根源を傷つけられた今、その思考にはやはり変化もあるのだろうか。
「そういう慈悲はもう少し救えるやつに掛けるが良いよ」
 露悪的に嘯きながら放つ銃弾は追って来るなと告げる様に、梓の足元の地面を抉る。
 その後の僅かな命において、猟姫はこの選択を果たして後悔したであろうか。
 もう普通には走れないから、鮮烈な血のドレスを纏い直して駆けて行く。駆けるその先に、地獄が口を開けて待つのを知ってか知らずか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リーベ・ディヒ


お前は「魔弾の射手」の結末を知ってるか?

まずは呪殺弾の弾幕で遊ぼうか

ふふ…格下相手だと楽しそうだな
人間達の愛を弄ぶのは楽しかったか?
次は私が遊ぶ番だ

(銃撃をわざと受けると、体を引き裂いて金眼の闇の化物達が現れ、念動力で猟姫を縛り、銃を怪力で解体、手足を怪力で引き千切り捕食、化物達が猟姫に群がり全身に噛みついて猟姫の血を獲物の血ごと吸血・生命力吸収、頭を踏んで地面に顔を押し付ける)

(頭を踏む化物が幼女姿に変化)
どうした小娘
まだ手足が千切れただけだろ?
楽しませろよ豚

私が「何」か?
私は、お前にとっての理不尽(ザミエル)さ

さあ、皆が地獄でお待ちかねだぞ、クソガキ♥️
(猟姫を化物達の口内に放り投げる)



 猟姫は駆けて居た。その異能によって、傷だらけの身を覆い隠すようにして、犠牲者達の血を装うドレスを纏い、その強化を得てようやく走ることが叶っている。
 獲物を殺せば殺すほどその血の守りを濃くする異能が、同時に猟姫がその身を削れば削るほど力を与えて寄越すのは一体どういう皮肉だろう。未だ考えたこともないそんな思索さえ浮かぶのは先の猟兵のユーベルコードの名残だろうか。やがて息が切れて立ち止まる猟姫を見詰める双眸がある。
 未だ彼方にありながら、月もないこの闇夜にあって爛々と光る金の瞳だ。猟姫から見れば見下ろすほどの低い位置にありながら、それはどうしてだか、姿通りの幼女のものではないとだけ解る。ヒトのものでさえ、ないだろう。
「お前は「魔弾の射手」の結末を知ってるか?」
 猟姫の直感を裏付けるかの様に、幼女ーーリーベ・ディヒ(無貌の観察者・f28438)は壮年の男の声で問うた。
「……いや、知らない」
 UDCアースあたりの世界のそのオペラは、どうやらこの世界にはないらしい。仕方なくリーベは言葉を添えてやる。
「悪魔ーーザミエルと契約をして魔弾を得た男が、生贄なんかを差し出しながらも結局願いは聞き入れられずに命を落とすだけの話さ」
 更に言うなら当初の契約の刻限の間際に男は身代わりとして復讐したい相手を差し出した。差し出された相手とて恩恵は受けておきながら、罰を受けたのは当初悪魔と契約をした男の方だけなのである。
 そんな話を、呪殺弾の弾幕を張りながらリーベは猟姫に教えてやった。猟銃で必死に応戦をする彼女がどれだけ耳にしたかは解らぬが、今宵のリーベは別に機嫌が悪くないのだ。
「ふふ……格下相手だと楽しそうだと聞いたのに。人間達の愛を弄ぶのは楽しかったか?」
「楽しかったって言ったらどうなの?」
「次は私が遊ぶ番だ」
 猟姫の放つ弾丸がリーベの胸を貫いて……否。よく見ている者があったなら、それは敢えて受けに行ったと解ったかもしれない。弾丸が穿つ傷口から血は溢れずに、代わりに覗くのは鋭い鉤爪を持つ黒き魔物の手であった。リーベのか細い身体のどこに収まって居たのか、その身を内から引き裂く様にして現れたのは、金色の眼をした闇の化物たちである。想像だにせぬ展開に立ち尽くす猟姫を金眼が射竦める。逃げ出そうとした足が念動力で縛られて、恐怖からひたすら乱射した銃が化物の手によって飴細工の様にひしゃげて、折れる。武器を失くした猟姫へと化物たちが殺到した。青ざめた肌へと突き立てた牙は異能によって纏ったかつての獲物の血液ごとその血と命を吸い上げて、未だ足りぬとでも言うようにその肉へと齧りつく。猟姫が上げた金切り声が途中からくぐもったのは、化物のひとつが彼女の頭を踏みつけて地面に顔を押し付けた為であろうか。そうする間にも四肢の骨が砕ける音が響いて、声にならない悲鳴があがる。
 猟姫の頭を踏みつけて立つ闇の化物が、黒髪に金眼をした幼女の姿を象った。撃たれる前のリーベの姿だ。
「どうした小娘。まだ手足が千切れただけだろ?……楽しませろよ豚」
 愉しげな声を振らせながら少しだけ足を上げてやったなら、地面に頬を擦り付けながらも、辛うじて顔の向きを変えた猟姫の血走った瞳がリーベを睨み上げる。
「な……ンなんだよアンタは……」
「私が「何」か? 私は、お前にとっての理不尽(ザミエル)さ」
「……クッ……ハハハハハハハハ!」
 回答に僅か目を瞬いた後、発作でも起こした様に猟姫が笑う。嗤う。
 彼女の四肢の内でまともに残るはもはや右手ばかりで、武器もない。戦局ここに至りては、そうして笑ってやることが唯一の抵抗だったのやもしれぬ。
「お生憎。私はただの弱肉強食を理不尽だなんて思うほどお花畑な頭はしてないね 」
「ほう、随分と殊勝なことだ。ではこの後の展開は解るだろう?」
 そうだ、解って居ればこそだ。
「さあ、皆が地獄でお待ちかねだぞ、クソガキ♡」
 リーベが幼女のものとは思えぬ怪力で、もう随分と軽くなった猟姫の身体を化物の口の中へと放り投げてやる。
「アンタのことも待っててやるよ」
 後ろ向きに化物の口内へとその身を投げ込まれながらもリーベを確りと見据え、笑みを浮かべて猟姫は告げた。弧を描く紅い唇の印象だけを鮮烈に残して。
 大人の肘先ほどもありそうな牙が並んだ口を化物が勢いよく閉じれば、最後に猟姫が伸ばしていた右手だけがその口の外に残って切れ飛んで、リーベの足元に転がった。
「結構だ」
 未練がましく己へと指先を伸ばしたその手を化物の方へと蹴って寄越してやってからリーベは村を後にする。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年08月29日


挿絵イラスト