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隔世の海に、蛍は舞う

#カクリヨファンタズム #お祭り2021 #夏休み #プレイング受付は30日08:31~1日23時頃まで

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#プレイング受付は30日08:31~1日23時頃まで


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――渚にてひらりと舞うは、小さな蛍たち。

 時刻は夜。打ち寄せる波の音は穏やかに。
 そして、小さな光たちとともに。
 全てを受け止める優しいカクリヨの世界で、ひらり、ふわりと優しい光たちが浜辺に漂う。
 儚くも綺麗で。
 繊細だけれど、思いに染み渡る。
 どうして海にと問い掛けるのは、このカクリヨの世界で問い掛けるのはあまりに無粋だろう。
 優しさだとか、思い入れだとか。
 心だとか、感情の欠片。
 そういうものが、世界を彩るものとなるのだから。
 海と浜辺を彩り、ふわりふわりと漂う蛍たちに意味なんてないのだろう。
 ただ美しく。
 そして、近くにひとがいれば、よりいっそう綺麗に瞬いて見せるのだ。
 まるで、ひとの心の色彩とともに輝くように。

 或いは、これは誰かの魂なのかもしれない。

 まぼろしの橋のように、誰かの形を作ることも。
 声を紡ぐこともできずとも、優しい光で触れようとしてくる。
 時に冷たくても、それはやはりひとの心のようで。


 ふわり、ゆらりと、漂うのはまさに海から魂の光が流れ着いたよう。
 決して、何かの幻影を見せる事はなくとも。
 ひとに触れれば、そのひとの持つ心と感情に合わせて、様々な光へと変じるのだ。
 ただ、ただ思い出と記憶を。
 情景をと飾るように。
 或いは、今を生きる人の道筋を祝福するように。
 背を押すかもしれない。
 この夏を経て、思い出と共に進むかもしれない。
 妖怪花火のような華やかさはないけれど。
 これもまたカクリヨの美しさ。夏の思い出として、夜の裡に蛍の光がゆらゆらと揺れる。
 そこに思いを寄せるは、ひとだから。
 感情を鮮やかに。
 世界の滅びと常にある、このカクリヨの儚さとともに。
 冷たく、或いは、暖かく。
 ひとつひとつが違う、無数の蛍の光たちが舞い踊る。
 その光は硝子のように繊細。
 近くにあるひとの心を映して美しさを織り成すのだ。
 


 さあ、この景色にあなたは何を思い、そして、感情を浮かべるのか。
 一夜の幻想的な海の輝きたちは、ただ無言で、静けさで、あなたたちを包み込む。
 ただ思いを、ここに揺らして。
 光をふわりと、星のように瞬かせる。


遙月
 何時もお世話になっております。
 MSの遥月です。

 今回は去年出せなかった夏休みシナリオを出させて頂きますね。
 綺麗な心情系シナリオ。
 海の浜辺にて舞い踊る無数の蛍たちと共に過ごす、不思議な一時をお過ごし下さい。
 みんなで騒ぐよりは、ゆったりと過ごして思いに浸るタイプのシナリオになります。

 選択肢にあるpow/spd/wizは無視して頂いて構いません。
 出来るかも、と思ったものをと楽しんで頂ければと。


 あとはご自由に。
 思い出に浸ったり。
 或いは、ご友人達と語らったり。
 大切なひとときとなれば幸いです。


 採用人数は全員といかず、少数となってしまうかもしれないのはご容赦くださいませ。
 落ち着いたものや心情系。テーマにあった書きやすいものから採用させて頂くと思います。
 受付開始は7/30日の08:31分より、8/1日の23字頃までと。
 スケジュールなどで折角のイベントなのに、採用数が限られてしまいそうなのは申し訳ありません。

 どうぞ宜しくお願い致しますね。
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第1章 日常 『猟兵達の夏休み2021』

POW   :    妖怪花火で空へGO!

SPD   :    妖怪花火の上で空中散歩

WIZ   :    静かに花火を楽しもう

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●断章  ~それは幻と雪のように~ 


 ああ、と。
 舞いゆく無数の蛍たちを眺め、声を震わせるはリゼ・フランメ(断罪の焔蝶・f27058)。
 ゆるりと紅玉のような眸を泳がせて。
 そこにある蛍たちの姿を穏やかに見つめるのだ。
「或いは、これは幻のようなものかもしれないわね。夏の一夜の、美しくて儚いばかりの」
 そっと傍らへと寄った指先を伸ばせば、蛍は一際に鮮やかに瞬いて見せる。
 純白のそれは、さながら。
「まるで夏の雪のよう。訪れる筈のない、けれど、優しい世界が見せる幻影ね」
 そう、まるで淡雪のように。
 綺麗に輝いて、けれど、そこでふわりと消え果ててしまう。
 元から雪だったというように。
 硝子めいた儚さと、繊細さで。
 溶けて、消えてしまう。
 触れれば最後、触れたひとの思いを色彩として夜に輝かせ、映して。
「――蝶や蛍はひとの魂だというけれど。この海にて舞うのは、こころばかりを此処に戻したのかしら」
 或いは、と指先が新しい蝶に触れれば、赤椿のように静かに光る蝶。
 真実は判らない。
 どうしようもなく不可思議なのが、このカクリヨという優しい世界だから。
「けれど、雪のように儚く消える。夏の幻よね」
 何を見ても、何を感じても。
 それはきっと、追憶と余韻。ただ、いまを生きるひとが憶える感傷だから。
「だから――こんなにも美しい」
 リゼの囁きはきっとひとつの応えで。
 蛍たちは、眺めて、傍により、触れるひとの心の色彩を映す鏡のようだから。
 ただ、夜にこころを揺らして瞬く。
 所詮は幻影。現実ではありはない。
 夢や幻想の類いでしかないのだから。
「だから――こんなにも、思いを募らせる」
 漣とともに、打ち寄せるこころの色に。
 今宵はただ、思いを浮かべよう。 
 或いは、ひとと重ねていこう。
 幾らでも、幾重でも。
 そうしたものだけは、真実に他ならないのだから。
 たとえこの蛍たちが、幻の光が、一夜で消えても。
 その裡にあったことは、消えたりしないのだから。
 
岩元・雫
【偃月】

蛍や蝶が死者の魂と云うならば
おれは斯う在るべきなんだろう
けれど、然うは成らなくて
今、斯うして、此処に在る
ねえまどか
まどかの『蛍』は、如何見えた?

折角ならさ
思い出、沢山作って行こうか
おれ達だけじゃない――皆一度きりの、此の夏を
目一杯に楽しもう
進むんでしょ、――此の、夏の先も

何度も赴く心算なら
一寸くらい、海に慣れた方が得だよ
泳ぎの練習相手くらい、任せて頂戴
幾ら爪が長くても、傷なんて附けないから
ほら、掴まって

教えたからには、うんと上達してよね
水の中のしゃぼん、贅沢な特等席だって、特別な夏に免じて用意してあげる
……見世物でも無いし、そも、おれだって遅いけど
あんたが望むなら其れ位、御易い御用だよ


百鳥・円
【偃月】

蝶は輪廻転生の象徴、でしょうか
蛍も、よく死者の魂に喩えられますよね
わたしは……そうですねえ、
たくさんの感情の欠片に感じますよ

ふふ、もちろん!
海よりも空の方が得意ではありますが
泳いでみたい気持ちも、強いんですよう

幾度も巡る夏であっても
今年の夏は、一度きりだから
次の夏も、その先も――って望めるように

どうぞ宜しくですよう、しずくせんせい
か細い指先へと手を伸ばして
ゆっくり、水の中へと進みましょう
……わあ。急に深くなるんですね

ちょっぴり上手になれたような
ふふふ。しずくせんせいのおかげですね?
生徒なまどかちゃんは小休憩ですん

ふわふわとやさしい泡に包まれながら
しずくくんの泳ぎ、見ていてもいいですか?



 夜の静けさの中で、ひらりと。
 光を帯びた蝶と蛍が揺れる。
 それは繊細な色を纏い、何処かへと往くものたち。
 さあ、では何処に辿り着けるのだろう。
 ひととき、ひとときと、その色彩を変える蛍たちは。
 輪廻転生の象徴なのだろうと、思わせ蝶たちは。
 どちらもひとの死者の魂に喩えられるもの。
 海もまた、あの世に通じるというのならば、此処は彼方と此方がとても危うく、けれど優しく触れ合っているのかもしれない。
 少なくとも、百鳥・円(華回帰・f10932)の感じる気配は穏やかなものだから。
 傍にある呼吸も柔らかく。
 たとえ戸惑いに揺れていても、静かなままだから。 
 ああ、だから口にしてみてと。
 円は青と赤の眸をゆるりと横へと流すのだ。
 そこには夜と共にある、宵色の存在。
「蛍や蝶が死者の魂と云うならば」
 眸は金色に輝く月のようで。
 甘やかなる雰囲気を、風に乗せるひとなざる人魚。
 岩元・雫(亡の月・f31282)がゆるゆると唇より声を零していた。
「おれは斯う在るべきなんだろう」
揺蕩いて、隠の海にて怪となった青年が思いを震わす。
 流れに流れて、輪廻を巡る。
 それが自然で、当然。
 さいわいへの路だというのなら、どうして此処に斯う在るのか。
 雫に触れた蛍は夜空のような艶やかな黒を生み出して。
 何処かへ。
 彼方なる世界へと、溶けてゆく。
 そこが往き果てる場所なのだと、知ったように。
「けれど、然うは成らなくて」
 静かなる夜凪を変えることなく。
 ゆらゆらと雫の声が、金の眸が流れていく。
「今、斯うして、此処に在る」
 それが、さいわいなのか。
意味があり、これから出会うものがあるのか。
 輪廻という正しき流れに逆らっているのか、雫にも判らない。
 ただ消え果てたいと思えないし、此処に在るというただそれが、時折、切ない程に愛おしいから。
 これも間違いではないのだと。
 雫の心に深く、静かに、脈打たせるのだ。
「ねえ、まどか」
 夢を見るような聲と、女性と見紛うほどに細やかな容姿で。
 尋ねる雫は、迷いを留めて。
「まどかの『蛍』は、如何見えた?」
 独りきりではないのだと、確かめるように、隣にいる円に尋ねるのだ。
 くすりと、可憐に微笑み。
 戯れと、夢の艶を唇に乗せて円は応える。
「わたしは……そうですねえ」
 魅力的なその眸で浜辺の夜景を眺めて。
 漂う蛍と蝶の光と色を、見つめた先で。
「たくさんの感情の欠片に感じますよ」
 さながら万華鏡。
 無数の感情が、光を受けてきらきらと輝いている。
 百に砕かれた心があれど。
 それがひとつの世界を紡いで、描くのならば。
 覗くものの感情の色、そのひとひらごとにその輪郭を変えるのだ。
 無数の思いとともに、蛍は舞い、円は微笑む。
 そんな円はまるで、この不可思議で綺麗な蛍たちのよう。
 眺めて、触れて。
 そうしたものの心をもって、輝かせる。
 すぅ、と心を吸い込むような円の双眸に、雫も淡く笑ってみせる。
「折角ならさ」
 雫は願うように少しだけ息を溜め込んで、続ける。
 ああ、叶うのならばと。
 夏の夜に思い描きたいのだと。
「思い出、沢山作って行こうか」
 この浜辺に佇む雫と円だけではないのだと。
 雫がするりと手を差し出して、円を誘うのは波打つ海へ。
「おれ達だけじゃない――皆一度きりの、此の夏を」
 みんな、光の下でそうしているように。
 いまは夜だけれど。
 それぞれの形と、旋律で。
「目一杯に楽しもう」
 そうして。
 輪廻というものには縛られず。
 ただ思いと心が巡るままに。
「進むんでしょ、――此の、夏の先も」
 けっして、誰かと何かに円と雫は縛られない。
 誰かがいったからと、それに従う必要はなくて。
 ずっと続く、季節の先と巡りの先で、笑っていよう。
「ふふ、もちろん!」
気付けば誘われ、海の中へ。
 それこそ人魚、海の怪と誘う雫の動きは滑らかで。
 ひんやりとした海水に腰まで触れて、ようやく円もまた気付くほど。
「海よりも空の方が得意ではありますが」
 けれど、構わない。
 自由に翼で風と共に飛び往くのもいいけれど。
 はしゃいぐように足を跳ねさせて。
 沈まないようにと、水音と楽しむのもいいのだから。
「泳いでみたい気持ちも、強いんですよう」
 それが今の円の気持ち。
 明日には変わってしまうかもしれないから、この瞬間を存分に味わいたい。
 決して色褪せない思い出として、心の瓶に詰め込めるように。
「幾度も巡る夏であっても、今年の夏は、一度きりだから」
 同じものはひとつとてないのだと。
 過ぎ行く全てが大事だからと、無数の蛍の舞う中で笑う円。
「次の夏も、その先も――って望めるように」
 私達には未来がある。
 明日があって、次があって、繋がって続いている。
 それは、きっと確かだから。
 その先に何があるか判らなくても。
 そうやって笑う円に、惑いは消されたように。
 ゆるやかに笑い、手をとって海を泳ぐ雫。
「何度も赴く心算なら」
 細やかな声は、届く距離に。
 つまり円にだけ届けばいいのだと。
「一寸くらい、海に慣れた方が得だよ」
 泳ぎの練習相手くらい、任せて頂戴と緩やかな声。
 そのまま手を取り、導くように海を泳ぐ雫。
 円が僅かに躊躇うように指先を触れさせず、握り締めないから。
 爪先へと、そっと優しく雫は触れる。
「幾ら爪が長くても、傷なんて附けないから」
 大丈夫だよと、重ねて宵色に笑って、金色の眸はゆらゆらと。
 優しく、穏やかなる夜の海のように。
「ほら、掴まって」
 そうされたのなら、断るなんて出来なくて。
 静かな海へと、手を伸ばすように。
「……どうぞ宜しくですよう、しずくせんせい」
 か細い指先へと手を伸ばして。
 互いに手のひらと手のひらを、そこにある温もりを握り締めて。
 ゆっくり、ゆっくりと水の中へと進んでいく。
 まるで海の裡での楽しみを、教わるように。
「……わあ。急に深くなるんですね」
 決して溺れないと判っているからこそ、自由に足を、そして翼を揺らして泳ぐ円の姿。
 それは信頼の証のひとつで。
 海の底へと消え去ることのない、色彩のひとつ。
 自由に、今しかないこの夏を楽しむように。
 遊び、揺れて。
 流れて、泳いで。
 何処までも気儘に、水と戯れてみせる円。
「ちょっぴり上手になれたような」
 くすくすと微笑む貌は、水と蛍で艶やかに照らされて。
「ふふふ。しずくせんせいのおかげですね?」
「まったく、あんたもあまり遊び過ぎないで欲しいよ」
 困ったように小首を傾げる雫。
 けれど、穏やかな声はそのままに。
「教えたからには、うんと上達してよね」
 いいえと、長い髪をふわりと水泡とともに舞い踊らせて。
 笑う円は、何処か悪戯をするように。
「生徒なまどかちゃんは小休憩ですん」
 そして、願いながら、強請るように。
 叶えてくれるって判っていると、甘い信頼を寄せて。
「ふわふわとやさしい泡に包まれながら……しずくくんの泳ぎ、見ていてもいいですか?」
 それはきっと、蛍の舞う夜の海よりきっと美しくて、綺麗で、心引き寄せるものだから。
 輪廻なんて知らない。
 ただ時と共に、その先へとふたりは今を巡るだけ。
 刹那的に、全てを楽しみながら。
「水の中のしゃぼん、贅沢な特等席だって」
 ふわり、ふわりと円を包み込む水中での大きな泡。
 呼吸も大丈夫。何もせずとも、泡が海から助けてくれる。
 ただ力を抜いて、笑ってみていてくれればいいのだと。
「特別な夏に免じて用意してあげる」
 ほんのすこし、親しみから油断をしたように、本心と表情を見せて。
 金色の眸で流し目をおくりながら、声を続ける雫。
「……見世物でも無いし、そも、おれだって遅いけど」
 早いか遅いか、じゃないんですよ。
 そんな風に笑う円がいるから、海の中で身を躍らせる雫。
 出来る限りの、今を。
 続けて、繋いで、次へと巡らせるために。
「あんたが望むなら其れ位、御易い御用だよ」
 これぐらいは簡単なのだと。
 するりと夜の海を泳いでみせる、雫のその姿。
 涼やかな水音を立てて人魚は、海と共に揺れる。
 泡をたて、波をかきわけ、時に深く潜って、またくるりと昇って。
 見るものを飽きさせず、惑わさせず。
 ただ美しい瞬間を、ひとりへと渡すように。
 結ばれた縁はくるりと廻る。
 不合理で、愚かなるものだとしても――ただ、続けていく為に。
 どうして斯う在るのかさえ、判らずとも。
 全ては海水とともに、置き去って行くのだ。
 思い出してくれるのなら。
 この海の波音は、何度だって聴かせてあげる。
 何度だって、記憶の中で鎖せばいい。
 だから、求める先は、巡る先は決めてしまってと。
 雫が微笑めば、円が笑う。
 それはさながら、何処か花の蜜めいた甘さと、密やかさをもって。

 見つめて、知るのは。
 ふたりと、月だけなのだと。

 海の上で、蛍に囲まれ、斯く在るのだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

夜鳥・藍
WIZ
海辺で螢は珍しい。昆虫としての蛍は淡水の水辺に居るものだし。
でもここはカクリヨだし先の戦争では亡くなった逢いたい人に逢える場所もあったと聞くわ。
私には亡くした身近な人はいないから縁遠い戦地ではあったけど。

私は影朧が転生した存在で、たった一つの感情が転生後もずっと残ってた。
やっと先日それもすうっと消え去って、過去の私の幻をもう見る事もない。
ううん、きっと私達は一つに融け合った。
しばらくはずっとそばに居た人がいなくなった感じがして少し寂しかったわね。
でもこれでやっと私は私の心で未来へと歩める。
他人の視線はやっぱりまだ苦手だけど、きっとそれもいつか解消されると思う。
ねえ、光は何を写してくれる?



 夜の浜辺に、艶やかなる藍晶石の色彩が流れる。
 長い髪を潮風と共に遊ばせて。
 宙色の眸をゆったりと瞬かせる少女の姿。
 鉱石のように美しい髪と、瞳は人ならざるものの気配があるけれども。
 全てを抱き締めるのがこのカクリヨの世界だからか、決して不思議はない。
 むしろ、海に蛍という情景とあって、神秘的ですらあるその姿。
 誰の視線もない事に、小さな安堵の吐息をついて。
 ゆるゆると宙色の眸の視線を泳がせるは夜鳥・藍(宙の瞳・f32891)。
 唇が紡ぐのは、波に消えゆく細き声。
「海辺で螢は珍しい」
 誰にいって聞かせるでもなく。
 ただ心に浮かぶままに、言葉を紡いでいく。
「昆虫としての蛍は淡水の水辺に居るものだし」
 だからこそ、その物珍しさは。
 自分の常ならぬ髪と瞳の色と質に似るものではないだろうか。
 本来、あるべき世界と場所ではないから、どうしても目立ってしまう。
 奇異の視線は痛い程で。
 穏やかに解消されていったとしても、疵は心の底に残るのだから。
 ああ、でも。
 藍は思うのだ。
 これを奇異の眼差しで見つめないものがいることが、とても心地よいと。
 全てを受け入れてくれる、夜の裡で。
 きっと全てを抱き締める、海の傍で。
 くすりと笑い、舞う蛍の光を見つめる。
「でも、ここはカクリヨだし」
 先の戦争では亡くなった、それでもまだ逢いたいのだと願う人との再開を果たす場所とてあったのだ。
 優しい、優しい。
 思いと魂に触れる、まぼろしの橋。
 そんな不思議と奇跡を起こして。
 時折、滅びにも傾いてしまう儚いもの。
 ひとの思いにて、移ろいゆく世界。
 それがこのカクリヨなのならば、仕方ない。
 きっとここの住人たちならば藍の髪も眸も綺麗だねと。 
 ただそういって微笑んでくれる気がして。
「私には亡くしたひとはいないから」
 とても縁遠い戦地ではあったのだけれど。
 他にも思いや感情で揺れる場所はあったのだ。
 きっと、藍の心惹かれる場所がまだこの世界の何処かにはあるかもしれない。
 ふわりと、舞う蛍の淡い光に照らされて。
 儚い微笑みを浮かべてみせる藍の美しい貌。
 藍は影朧が転生した存在。
 数多を慰める幻朧桜がもたらした神秘と奇跡で、もう一度と生を受けたもの。
 藍はたったひとつの感情をもって転生したのだ。
 生前のそれは拭いがたく、また晴らすべき時を失っている。
 ましてや過去は変えられず、抱いて生きるものなのだから。
 ただ悲しく、切なく。
 或いは、苦しい吐息を零したけれど。
 それでも、やはり時と共に流れていった。
 やっと先日、すうっと消え去って、藍は過去の幻を見ることもなくなった。
 それは救いなのだろうか。
 あるいは祝福なのか。 
 判らないけれど、今を生きているということだけは確かで。
 一歩、一歩と。
 砂浜に刻んでいく、藍の足跡ともに。
 確かに迎えた想いの行く末。
「ううん、きっと私達はひとつに溶け合った」
 共に未来を歩み始めたのだ。
 これから変わる事が出来るのだと。
 転生しても抱き締めていた感情と共に、藍は歩を進める。
 占いでも決して判らない人生の先へ。
 或いはどんな吉兆が出ても、自らの心で変えていける筈の明日へと。
 これからも、ずっと。
 しばらくは、ずっと傍にいた人がいなくなって、少しの寂しささえ憶えていたけれど。
 それはほんの僅かな間だけ。
 今は穏やかに微笑んでいられる。
 ひとつに溶け合ったのなら、これからの幸せは、過去の自分への幸せにもなるのだ。
 だから、光ある方へと歩みたい。
 幸いなる兆しのある方へと、近寄りたい。
 何も可笑しいことではなく、ひととして当然の思いとして。
 これできっと、ようやく藍は自らの心で未来へと歩めるのだから。
 何かが混じることのない、思いを抱えて。
 気付けば、ふわり、ふわりと。
 漂う無数の蛍は、さながら星空のよう。
 夜の海辺で瞬きながら藍を飾る、星座たち。
 そこでふわりと一転してみせる藍の姿は、さながら星屑の海の女神たち。
 美しい髪が、まるで無数の流星のように流れて。
 宙色の眸は、蛍で彩られた静かな浜辺を映し出す。
 誰もいなくて。
 けれど、何処か優しい、カクリヨの海で。
「他人の視線はやっぱりまだ苦手だけど」
 それは仕方ないものだと、藍は緩やかに笑って。
 ほっそりとした指先で、地上の星屑たる蛍へと指を伸ばす。
「きっとそれもいつか解消されると思う」
 生きていれば、そのいつか、は必ず来るから。
 それを示すような、儚さと滅びと、優しさと美しさを秘める不思議なこのカクリヨの世界で。
「ねえ」
 亡くなったひとはいない藍。
 死別し、哀しみ、また逢いたいと願う存在はいない。
 ならば、この蛍はどんな思いの色を見せるのかと。
「光は何を写してくれる?」
 小さく触れた藍の指先を受けて。
 三日月のように白く光を、蛍は輝かせる。
 触れるほどに傍にいなければ、その裡に浮かばせるものを見せないほどの小ささで。
 藍のように、触れたものにだけ見せる光の奥にある、幻影めいたもの。
 ほんとうにそれがあったさえ、怪しいけれど。
 これからあるのならば、それは幸せのだろうと笑顔を浮かべる藍。


 永久の桜花が舞い散る、帝都の路にて。
 沢山の笑顔と共に、歩む藍がそこにいたのだ。
 視線のひとつ、ひとつで優しくて。
 もう怯えることのないものだと、安らかに笑う藍が。


 蛍の光は一瞬で途絶える。
それでも確かにあったのだと、藍は宙色の眸と胸に抱き締めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ガルレア・アーカーシャ
蛍―己に感傷が赦されるするならば
それは、隣を歩む友と―『それが殺した母上』―貴女のことを蛍に映す

何十年経とうと、幼き時分に貴女を殺した友の心の傷は消えず
しかし殺したのが私ならば、貴女は今際に幸福を湛えはしなかっただろう
憎きヴァンパイアの子である私は、友ほど貴女に愛されなかった

それは今や些事なれど
代わりにどうすれば
愛の代わりに『貴女のように、友の心に残り続けられるのか』を考える

付き合い長い友に信は置かれど
―そこに私が愛される理由など
きっと存在すらしてはいないのだ

故に
その心に残れたら―貴女と同じ想いで微笑を浮かべ消えられたなら
私は、せめてその友の心に残ることは赦されるだろうかと
蛍を目にして
ただ想う



 ふわりと浮かぶ、蛍はまるで心。
 不確かに揺れ動くのは感情の揺らぎのようで。
 哀しみに苦しみを切に覚え、それでも止まることはない。
 或いは、鼓動なのだろうか。
 あまりにも静かな、心臓のように続く淡い光たち。
 赦されるならばと。
 この心のような、繊細なるものにと自らの想いを預けたい。
 その瞬きの裡にと映して、ゆらゆらと、とめどなく。
 言葉もないまま、静寂と感傷に身を委ねてしまいたいのだ。
 定まることのない思いを、赤い眸に浮かべて。
 夜のように黒い長髪の奥、美しい貌に微かな憂いを浮かべるガルレア・アーカーシャ(目覚めを強要する旋律・f27042)。
 ひっそりと唇か溜息をついて。
 だから、もしも赦されるならばと。
 罪のように深くて苦く。
 けれど、絡み付く慕情は甘いままに。
 ガルレアはその鋭く静かな美貌で、蛍を眺める。
 ああ、と。
 蛍の光の奥底に、今も隣を歩む友と。
 喪われた、『それが殺した母』の姿を見つけ出して。
「母上、私は貴女のことを……」
 とても、羨ましいのだと。
 決して清いだけではない、羨望をもって眺めるのだる
 だって、死しても想われ続けるなんて愛を、その身に受けているのだから。
 ガルレアでは決して得られない、それを。
 幸福そうに微笑む、死んだ母の表情に、悲しい程の距離を感じて。
 再びガルレアは溜息を落とす。
 貴女のように。
 貴女のように、愛されたいのだと。
 何十年過ぎようとも、幼い時分に貴女を殺めた友の心の傷は癒えない。
 幾ら病の発作のせいだといったとしても。
 いまだに指先に絡む赤い幻影を、ふと思い出してしまうほど。
 自罰と自責の念は、或いはガルレアの母への愛の深さ故だろう。
 しかし、もしも殺めたのが子であるガルレアだったとしたら。
 まぼろしに浮かぶ、ガルレアの母の最期の姿は。
 今際に浮かべた笑みは、幸福の色を湛えはしなかっただろう。
 実の子であるガルレアだからこそ判るのだ。
 この黒い髪を撫でてくれた指先は、決して幸せに染まったものではななかったのだと。
 穏やかな微笑みを浮かべても、純然たる愛はそこにはなかったのだと。
――欲しいと願うものは、傍の友にと注がれていた。
 それも当然だ。
 聡く、聡明で、そして鋭いガルレアは幼い時分にもう気付いていた。
 自らは望まれた子ではないのだろうということに。
 憎きヴァンパイアの子であるガルレアは、その赤い眸故に。
 同じ艶やかな黒髪を持てども、母から心の底より愛されることはないのだと。
 それは血筋というどしうよもないもの。
 絡み合い、流れて混じり、そして身と命を縛る出生という因。
 血を分けたというのに。
 いいや、だからこそ。
 ガルレアは、友ほどに母より愛されたことはなかった。 
 ついぞの、一度も。
 最期のその時まで、与えられて当然の母の愛を味わうことなく。
 故に、より研ぎ澄まされた心は夜闇の色を浮かべて。
 ガルレアを囲む蛍たちもまた、その複雑な黒の光へと染まっていく。
浮かべて、映して。考えに浸るガルレア。
 愛されなかった。
 それは今や、些細なことなれど。
 代わりにどうすればいいのだろうと。
 求めるものは確かに見出せていているのに、手に入れる手段が浮かばないのだと。
 夜色の蛍の瞬きの裡で、ガルレアは佇んで。
 ああ、どうすれば。
 愛という不滅なるもの代わりに。
 愛の如く不変なるののとして、友の心に残り続けられるだろう。
 痕として刻めるのだろうか。

 そう、今も友より愛される存在――母、貴女のように。

 叶わぬ事だと笑わないでくれ。
 悲しそうに眉を潜めないでくれ。
 これは、ガルレアの切なる願いなのだから。
 たとえ星たちが地に落ちても、あの友の心の奥底にいて、伴にあり続ける。
 ただそれだけを、叶えたいとガルレアは祈るように考えるのだ。
 諦めてしまいなさいと、囁かないで欲しい。
 これだけは譲れぬ想いなのだ。
 付き合い長い友より、優しく確かな情と共に信頼はおかれども。
 確かなものとして、寄り添い続けて生きようとしてくれていても。
――そこには、ガルレアが愛される理由など、きっと存在していないのだから。
 愛して欲しいと。
 子供のように泣ければ変われるのだろうか。
 だが、子供の頃に泣くという術を母より学べなかったガルレアは。
 ただ痕として残ることに、思いを馳せる。
 ああ、友があれほどに律儀なものならば。
 正面から言葉と罪で突き刺せば、永遠に残れるだろうかと。
 或いは、その誠実さ故に、友は残すことなく生き抜くのだろうかとも。
 応えは出ぬままに、ガルレアは血のように赤い双眸を、ゆっくりと瞼で閉ざす。
 このような思考も。
 母に愛されざる、ヴァンパイアの因子なのだろうか。
 この血には、愛されざる所以が流れているのだろうか。
 いいや、きっと違う筈だと首をふるうガルレア。
 故に。
 その心に残れたのなら。
 末期の貴女と同じ思いで微笑みを浮かべ、消えられたのなら。
 ガルレアは愛のように不滅なるものとして、友の心に残ることは叶い、赦されるだろうか。
 愛されることの。
 心と伴にあれる存在だと、ヴァンパイアの血筋という罪咎から解き放たられることはできようか。
 血と、病と。
 異なる闇を、抱えるガルレアと友は。
 永遠に伴にあれるだろうか。
 愛を手に入れ、注がれるその代わりに。
 普通ならば叶う、願いの代わりに。
 せめて、せめてとガルレアは願った。
 再び見開いた深紅の眸は、静かに揺れ動く蛍を見つめて。
 ただ、想う。
 血のような哀しみの色で残りたくはなく。
 出来るのならば、幸福の色を湛えて友の心へ。
 なんと傲慢なのだろうと、笑みが漏れて。
 悲痛に揺れる声が、ガルレアの喉から零れた。

 ああ、愛でなくとも構わないから。
 代わりたるものとして、残りて伴にありたい。
 その胸の鼓動で、友の命の灯火と伴に私を生かし続けてくれ。

 その間は、幸福の音色をガルレアの名残たるものは奏でるからと。
 夜の静けさに、佇む。
 海と風の音に、心を揺らしながら。


 
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

月舘・冬夜
【宵焔】
浜辺に無数の灯り……これが蛍というものですか
この世界の生物となれば普通の蛍ではなさそうですね
倫太郎さん、近くで観察してみましょうか

隣で彼が触れた蝶が琥珀色に光るのを確認して
なるほど、触れた者の心を映しているのですね
その色は倫太郎さんらしい色合いです

ふと、好奇心から人差し指を飛んでいる蛍へと向ける
己の色は何色なのだろう、と

触れて灯る色は深い紫、そして奥深くに見える黒
恐らくは私自身と……得た力による闇の色、といった所でしょうか

倫太郎さん、この色は私らしいですか?
肉体を得て間もないもので、まだ自分というものには疎いのです

主は何色でしょうね
青か紫か、それとも両方か……いずれにしても喜びそうです


篝・倫太郎
【宵焔】
こりゃ、すげぇな……

浜辺を舞う幾つもの光
それは人の心を映すらしい
なら、隣で不思議そうに首を巡らせる
この子はどんな色を点すんだろう

あの人のはなんとなく、判るんだけど……

この場に居ない最愛を想いながら
そっと手を伸ばせば
指先に止まったのは白く淡く光る蝶
触れれば、ふわりと黄色のようなオレンジのような
琥珀の色に変化して

あぁ、うん――

この色なのはなんとなく、納得
夜、家から零れる団欒の灯りのようにも見えるそれ
帰る場所、帰るものを迎える場所
家、家族、そうしたものの象徴

冬夜?

指先の蝶を眺めてた視線を隣に向ければ
その指先の色に小さく笑んで

冬夜らしい色だと思うよ

確かに喜びそうだ……あの人は
笑ってそう同意して



 甘い水に誘われるかわりに。
 無数の蛍はひとの心に誘われて、浜辺にふわりと漂う。
 幾つもの瞬きとなって夜を彩り。
 潮風に揺られて、海の一夜を美しい情景にと。
「こりゃ、すげぇな……」
 思わず感嘆の息を漏らすのも仕方ないこと。
 琥珀色の眸で蛍たちの漂う海を眺めて、篝・倫太郎(災禍狩り・f07291)は大きく息を吸い込む。 
 ああ、やはり海の香り。
 決して甘いものではなく、夜にと吸い込めば懐かしさを感じる。
 きっと、記憶に残るものとして。
 心とともにある、不思議な蛍として。
「浜辺に無数の灯り……これが蛍というものですか」
 物静かに呟くのは月舘・冬夜(護り刀・f29889)。
 この世界の生物というのならば、普通の蛍ではないのだろう。
 確かに蛍は淡水に棲むもので、塩の混じるこの海などただ辛いだけの筈。
 それでも、どうして此処に漂うのか。
 このカクリヨの世界の不思議と美しさに、意味はなく。
 問い掛けても、誰も応えなんて知らないのだ。
 だからこそ冬夜は一歩と浜辺に足跡を刻む。
「倫太郎さん、近くで観察してみましょうか」
 近くで眺めて、触れて。
 それでようやく意味を知れるのが、この世界の者達なのだから。
「ああ、構わないぜ」
 そうやって浜辺を舞う幾つものの光たちへと、ゆっくりと近寄るふたり。
 蛍たちも決して逃げて離れることはなく、むしろ緩やかに近づいてくるのだ。
 この光は、ひとの心を映すのだという。
ならばと、倫太郎が眺めるのは隣で不思議そうに首を巡らせる冬夜の心は、どんな色を点すのだろう。
 美しく磨かれた銀色か。
 或いは、優美な竜胆の青紫か。
 表情の乏しい冬夜だからこそ、その心の色をと倫太郎は知りたくなって。
「あの人のはなんとなく、判るんだけど……」
 ここにはいない、唯一にして最愛のひとを想いながら、そっと指先を伸ばす。
 誰かの心を知りたければ、まず自分の想いを告げること。
 それが誠実さであり、家族に向ける真摯な姿勢ことだから。
 自分を教えて、向き合うように倫太郎は白く淡く輝く蝶へと触れる。
 繊細なる翅は、ぴくりと触れたその指先の温度で移ろうように、ふわり、ふわりと。
 黄色のような、オレンジのような。
 太陽の光を目いっぱいに溜め込んだ、琥珀の色合いへと変わっていく。
 それは優しい、陽だまりの色彩。
 夜の中でひらり、ひらりと揺れるその姿は、ともすれば灯火のようでもあり。
「あぁ、うん――」
 納得なのだと、倫太郎は眸の色に似た蝶の光に頷く。
 太陽でもあり、灯火のようでもあるそれから感じるのは優しさと、柔らかい温もりばかり。
 夜、家の中から零れる団欒の灯りにも見えて。
 ひらり、ひらりと宙を泳ぐは、まるで迎え入れるよう。
 まるで帰る場所、帰るものを迎える場所のように優しく。
 家、家族。そうしたものの象徴のように、揺るやかに夜に舞う。
 倫太郎が、誰かを迎え入れるものだというように。
 誰かを抱き締め、おかえりと笑うのが倫太郎の心だといように。

――あの人にも、そう映っていて欲しいけれど。
 
 僅かに微笑み、羽ばたく蝶に見取れる倫太郎。
 けれど、傍らにいるひとの機微に気付くからこそ、この優しい色を浮かべるのだ。
「冬夜?」
 指先に繊細なる蝶を乗せて眺めていた視線を、緩やかに隣へと向ければ、そこにいる冬夜もまた、倫太郎に倣うように蝶を指にとめようとしていた。
 ふと、湧き上がったのは好奇心。
 冬夜の静かな表情が代わる事はないものの。
 人差し指を向け、己は何色なのだろうと眸をゆっくりと細める。
 どんな色彩を表し、世界に映すのか。
 気になって、気になって、冬夜の手は伸びていく。
 応じるように、はらりと。
 差しのばされた冬夜の指にとまる、小さな蝶。
 その翅に灯る光は深い、深い紫。
 気品すら感じるその色彩は美しく。
 けれど、その奥底に微かに見えるのは黒い色。
 恐らくは、冬夜自身の持つ紫の色と。
「……得た力による、闇の色でしょうか」
 それでもやはり上品さを感じさせる濃紫。
 闇の黒さも、それを引き立てる艶やかさがあるのだ。
 決して暗いのではなく、静かに佇む色合いを心から映す冬夜。
「倫太郎さん、この色は私らしいですか?」
 ヤドリガミとして肉体を得て間もない冬夜。
 自分らしいかどうか、という対象の比較もひとりでは上手くは出来ない。
 とても自分に疎く。
 どうしようもなく、まだ幼さがあるのだ。
 刀として本体があるのだからと、斬ることは知っていても。
 これから冬夜は切り裂くこと以外を教えられ、覚えていくのだろう。
 ひととして心と思いを繋いで結んでいくことを。
 手のひらを握りあうように、思いで通じ合っていくことを。
 だからこそ倫太郎が傍にいるのだ。
 家族として、ひとつ、ひとつを寄り添って教えるように。
 自分というものを見つめて、見つける難しさを、助けるように。
 冬夜の指先に止まった深紫の蝶の光へと、倫太郎は小さく、優しく微笑んでみせる。
「冬夜らしい色だと思うよ」
「そうですか。……そう、ですか」
 ただ肯定されたということに、冬夜は暖かな喜びを覚えて。
たったこれだけで心とは動くものなのだと、嬉しさで濡れた小さく息を零す。
 家族とは、こんなに大切なものなのかと。
 未だ自分自身に疎くとも、傍らに生きる家族たちの温もりを憶えて、抱き締めて。
「主は何色でしょうね」
 釣られて、他のひとのことも考えてしまう。
自分だけの喜びよりも、ひとと共有する楽しさがあるから。
 それこそを夏の記憶として、心に記したいのだから。
 瞬くは蝶と蛍。
 淡く、小さく、けれど確かに夜を彩り、情景を織り成すその姿。
 ここにもしも。
 いないひとがいれば、どんな小さな輝きを見せてくれただろう。
 そんな嬉しくて楽しいもしもが繋がって、重なって。
 明日への希望へと紡がれていくのだろうと、冬夜は思って。
「青か紫か、それとも両方か……」
 清く、真面目で、一途なるひとの色。
 確かに青のような気もする。
 凜とした佇まいは、清々しいまでに美しい青。
 でも、物静かな言動は夜天のような藍色の気もして。
 惑うし、迷うし。
 決まらない考えが、とても楽しい。
 親しい家族だったら、どんな風に心を映して、笑うのだろうと。
 ああ、でも紫かもしれない。
 静かな気品というのならば、藍よりもその色が近い、護る為にある烈士のようなひと。
「……いずれにしても喜びそうです」
 それでも日常に笑うひとでもあるから。
 家族として、喜び笑う姿を思い描く冬夜と。
「確かに喜びそうだ……あの人は」
 最愛のひととして、その笑顔を思いて胸に浮かばせる倫太郎も同意する。
 こんな美しい情景の中で、何を語るのだろう。
 卑怯な言葉をするりと紡ぐあの人は、いったいと。
 ああ、手に負えないから。
 勝負で優劣を決めようと思えないから。
 倫太郎は帰る場所としての琥珀色の、団欒の色彩と光を周囲に舞い踊らせる。
 おかえりと、笑顔で迎えられる存在であり続けるために。
 そうして護りたいと願う気持ちは当然で。
 至る可能性など、すべて払ってみせるのだと。
 生きている限り。
 そして命尽きたとしても。
伴に生きた記憶が、団欒の灯火となった帰る家を作ってくれる。
 暖めてくれると、信じながら。
 そう思えば、どうしてだろう。
 ただの金属である筈の指輪が、とても温かな気配を放っている気がいるのは。
 錯覚だというには簡単で。
 だからこそ倫太郎はこれが真実のものだと信じたいのだ。
 心の通じている、証なのだと。
「喜び続けて、ずっと笑っていて欲しいよ」
 倫太郎は静かに口にして笑みを浮かべる。
 家族として、伴に迎えていこう。
 この夏も、そのあとに来る秋も。
 肌寒い冬に震えながら、そのあとの春の花を見よう。
 けれど今は。
 今は倫太郎と冬夜は、ふたりで心を映して輝く蝶を眺めていく。
 この優しい情景を、家族達に伝えよう。
 そして、来年の夏は見に来よう。
 或いは、もっと美しくて大切なものを探しにと。
 巡りて、巡る季節と時の流れを愛しく思うために。
 流れて過ぎ、消え逝くものばかりではないのだと。
 家族の温かさで、示すためにも。
 優しく、不思議で、綺麗なカクリヨの夏の一夜。
 輝かしい心の色彩とともに、ふわり、するりと揺れて、踊る。 
 
 それはさながら。
 還るべき場所を探す、夢の旅路のように。
 辿り着くべき場所は、きっと近くにある。
 
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アネット・レインフォール
▼静
リゼが案内人とは珍しい
祭で奮闘したようだしおめでとうを
良く似合っていた、が…少し手を借りたい

…彼らの偉業を伝える事が凡才の役目だ

ギルドや図書館…然るべき所に在って
いつの日か子孫や続く者達に届けばそれでいい

死して尚戦い続けた勇者達がいた事を―

▼動
邂逅した群竜大陸の勇者・義勇軍から聞いた話、
名、武器、性格、技の冴え、倒した敵…
全てを書物として纏めてる事を共有

報告書なら兎も角、俺には文才が無いらしい(苦笑

一番の問題は量だな
子細を話して纏めて貰う方が早いかもしれない

休憩時は茶でも淹れよう
巻末には協力者として全員の名を入れたいな
書籍名は考えていなかったが…何かあるだろうか?

PC・書名・採用等は自由に



 夜の浜辺は波の音を繰り返す。
 静かなその裡に、無数の蛍が淡い光を揺らす。
 とても綺麗で、神秘的で、不思議なカクリヨの海。
 海に蛍なんてどうして、と問い掛けても。
 きっと応えはないのだろう。
 ただ、ただ優しい景色を浮かべるのが、この世界。
 夏の一夜の幻のように、揺れるだけだ。
 だからこそ、そこに立つ姿にアネット・レインフォール(剣の異邦人・f01254)は言葉を紡ぐ。
「リゼが案内人とは珍しい」
 戦場に立っている方がらしいとも言えるリゼ。
 だが、夏の祭典の為に着飾った姿は確かに美しくて。
「祭で奮闘したようだし、おめでとう」
 口にするアネットにくすりと笑ってみせるリゼ。
「珍しいことなら、この海に漂う蛍より珍しいことはないわ。そして、祭で起きた記憶も、続けてこの浜辺にね」
 ひとの心に触れて、繋げていく。
 そういう意味ではリゼには祭から今に至るまで同じなのだろう。
「良く似合っていた、が……少し手を借りたい」
 何かしらと問い掛けるリゼに、アネットはゆっくりと口にする。
 黒い瞳は高く、遠い空の月を見上げる。
 世界を通して、別の場所へ。
 遥かな昔、空の大陸で戦った勇者たちをアネットに思い浮かべさせて。
「……彼らの」
 帝竜と相打った、果敢にして義を掲げた彼ら。
 きっと勇者という名に相応しい彼らに。
「彼らの、偉業を伝える事が凡才の役目だ」
 今はまだ彼らと、名前を言うことさえできない。
 ひとり、ひとりに名前があった筈なのに、それさえ忘れ去られてしまったのだから。
 だから、彼らの名前をしっかりと呼んで、褒め讃えたいのだ。
 貴方たちがいたから、今があるのだと。
 世界を助けてくれて有難うと。
 そして、受け継がせてくれたことに感謝を。
 必ずや貴方たちの愛した世界を曇らせはしないのだと。
 彼らではなく、貴方たちではなく。
 ひとり、ひとりの名前を呼んで、告げたくて。
 同時に名前と記録、その偉業の物語が確かなものとしてあって欲しいのだ。
「ギルドや図書館……然るべき所に在って」
 無為ではなく。
 思いと勇気は報われるのだと、世界に在って欲しい。
 きっと貴方達はそれさえ望まないのだろうけれど。
「いつの日か子孫や続く者達に届けばそれでいい」
 義と青い旗を掲げて戦った、彼ら彼女らの物語。
 それが誰かの幼き心に勇気と信念の火を灯すだろうから。
 忘れず、伝えて、繋げていきたいとアネットは思うのだ。
「そう、残したいと思う。知った身として、このままには出来ないんだ――死して尚戦い続けた勇者達がいた事を」
 物静かに、けれど確かな決意を秘めたアネットの声色。
 揺れることなく届くその心に、リゼは瞼を閉じる。
「とても真摯ね。そして、探し続けるのは、余りにも大変な」
「それでも、やる価値はあるだろう。本として残すだけの輝きもだ」
 そうねと頷くリゼに、アネットは自らの集めた話と情報を纏めた書物を渡す。
 印されているのは群竜大陸で邂逅した勇者に、義勇軍から聞いた話。
 名前に、武器。
 どんな性格をしていたのか。
 振るった技の冴え、倒したと誇らしげに語った敵との死闘。
 ああ、確かに。
 もしもこうやって確かなものとして、アネットは自分や友のことを残せたら。
 どんなに幸福な結末だといえるだろうか。
 ただ、輝かしい勇気の物語を、生きた道筋として残せたのなら。
 後を生きる者達への導として心の中に、ともにあれたのなら。
 武勇と伝承の中に生きる志は消えず、絶えず、命を越えて伴に戦場を越えていくのだ。
 魂とともに肉体を飛び越えて、いずれ辿り着く理想まで。
 アネットの磨かれた技も、またそうして継承されていったものを、己が心と想いで研ぎ澄ましたものなのだから。
 ああ、それだけの思いはあるというのに。
「ただ報告書なら兎も角、俺には文才がないらしい」
 アネットは、果敢なる勇者たちの物語を紡ぐには力が足りないのだと苦笑する。
 だからリゼの力を貸して欲しいのだとも。
 一番の問題である量は子細を話して纏め合うのがいいだろうとは思いながら。
 ひとつ、ひとつを確認しながら。
 たったひとつも取り零さないように。
「……仕方ないわね」
 緩やかに微笑むリゼが書物に目を通していく。
「けれど、一夜や一日で終わる内容と量ではないわよ」
「大丈夫さ。心得ている。そんなに薄い物語ではないのだということも」
 そう語らい。
 笑うアネットとリゼの姿。
 蛍に囲まれ、昔、昔の物語をなぞっていく。
 もう一度、世界にその姿をとって欲しくて、言葉で彩られ。
 そして、蛍たちが彼らの物語を読んで語るアネットとリゼの心の色彩を映して瞬く。
 それがふたつの色合いではなく、無数の彩となるのは、きっと忘れ去られた勇者たちの物語にふたりの心が染まっているから。
 ああ、きっと彼らの心はこんな色合いだったのだろうかと、アネットは目を細めて。
「巻末には協力者として全員の名を入れたいな」
 アネットは夜の海の向こうを見つめながら、ゆっくりと口にする。
 まずは願うことを、祈るように言葉にすることから。
 そこから始まるのだから。
「書籍名は考えていなかったが……何かあるだろうか?」 
 しばし考えたリゼが小首を傾げて、ゆっくりと紡いだ。


「なら、御旗に集いし果てぬ友、はどうかしら」


 ああ、と。
 アネットと勇者たちは、時を超えて。
 或いは、この本を読んだものともまた、勇者達は友になるのだと。
 優しい吐息をアネットはついた。
 それは幸いの結末へと至る、物語の兆し。



 

大成功 🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン
●古城

この剣はあの方の英知
本人ではありません
独力での勝機や、私欲で戦に用いれば容赦なく牙を剥きます
ですが、ただ人をもてなす用途であれば…


素粒子干渉
操作
組み換え
歩む海面を鏡面の床に
我が身を人の身長に

蛍を供とする海の舞台
私と踊って頂けますか?

実は今、心底安堵しています
…恐れていたのです
あの方の私への憎悪が、貴女に向くことが
貴女が喪われることが


得心する
私はこの御方が“欲しい”のだ
この想い
口から零せばこの方の“騎士”でいられない
だから

褒美を賜りたいのです
貴女の黒薔薇を、頂けますか


嗚呼、気付いて/気付かないで…


!?
いえ、その…!?

…暫し、お待ち願えますか
相応しき姿と覚悟を携え、お迎えすることを誓います


フォルター・ユングフラウ
【古城】

進歩しすぎた科学は魔術と同等、言い得て妙よな
その剣が整えた舞台、堪能させてもらおう

汝の為にあつらえたこの服の返礼がしたいとは、相も変わらず律儀な“男”だ
ふふっ、我がそう簡単に斃れると思ってか?
そもそも、我を止めるのは自身だと宣ったのはどこの誰であったか…その者以外には血の一滴もくれてやるものか
それに、憎悪を向けられる事など慣れている
鉄面皮でなければ統治者など務まらぬのだ

…ふむ、何を言うかと思えば
我が“永遠の愛”を得たいとな?
くくっ、はははっ!
いやなに、我はとうに汝を一人の男として捉えていた
堅物が漸く口にしたかと、微笑ましく思ってな
黒薔薇の棘にも臆さぬならば─“私”を、その手に摘むと良い



 蛍の舞う夜の浜辺。
 誰かの為の騎士は、その剣を見せる。
 忠誠と信じたい、一途な想いをそこに乗せて。
 誰かが為ではく、今宵だけはと独りの為に。
 純白の装甲を、月と蛍の灯りで淡く照らされながら。
 捧げるように持つは、電脳禁忌剣アレクシア。
 今はその担い手となり、夢を紡ぐきトリテレイア・ゼロナイン(「誰かの為」の機械騎士・f04141)だからこそ。
「この剣はあの方の英知」
 決して過つ訳にはいかないのだと。
 戦機と思えぬ繊細な手付きで握り締めながら。
「本人ではありません」
 語るトリテレイアは、確かな声色で続けていく。
 重さを、強さを、危うさを感じ取りながらも、託されたのだと。
「独力での勝機や、私欲で戦に用いれば容赦なく牙を剥きます」
 それはまさに夢。
 ひとの幸せを叶えるも、無惨にその心身を引き裂くのも。
 夢という儚い願いを叶える為にあり、悲劇の象徴でもある悪夢でもあるものなのだと。
 けれど、少しだけ私用に使わせて欲しい。
 ただひとりをもてなす為に。
 美しい世界を、より美しく自らの手で。
 傲慢な欲と言われるかもしれないけれど。
「それでも、今宵は、フォルター様をもてなす舞台を紡ぐ為だけにあれば」
 それでよいのだと、トリテレイアは意識を傾ける。
 素粒子にまで干渉し、操作して組み替えるはまさに人智ならざる所業。
 ひとつの世界を作るという奇跡の御技に他ならない。
 何処までも、ひとりの女が作り上げた英知による技術とは思えぬ、星渡る世界の術理。
 青紫の輝きが周囲に瞬けば、歩む海面は鏡の如き銀の床に。
 まるで、絢爛優雅たる舞踏会の会場の如く。
 そして舞い踊る蛍は、幻想の有り様を飾って。
「さあ、お待たせしました。フォルター様」
 トリテレイアは己が身体をひとの身長へと縮めて。
 緩やかに、待ち人たる女性へと手を差し伸べるのだ。
「蛍を供とする海の舞台」
 貴女だけの、舞踏会の場所。
 他には誰もおらず、誰にも踏み込ませないと戦機の騎士として誓い。
「私と踊って頂けますか?」
 誰かではなく、フォルターの為にこの身はあると捧げるトリテレイア。
 なんとも率直で真っ直ぐに。
 それでいて、詭弁のみらず我が儘を言うようになったものだと。
 少し驚いたように、紅玉のような眸が揺れて。
 嘆息を零した後、気品と共に笑うはフォルター・ユングフラウ(嗜虐の女帝・f07891)。
 その微笑み浮かぶ貌にさえ、威厳を感じさせるのは産まれのせいか。
 けれど、血の匂いはもはやせず。
 或いはこの夏の一夜では露のように消えて。
「進歩しすぎた科学は魔術と同等、言い得て妙よな」
 ゆっくりと言葉にしつつ、鏡面の床となった足場へと一歩踏み出す。
 淑女を待つ騎士の手など、待たせるだけ待たせておけばいい。
 焦らし、揺らし、駆け引きにと時間を使うことこそ女の魅力。
 いいや、フォルターはトリテレイアを己が為だけに待たせるということに、楽しさを覚えているのも確かだけれど。
この真面目な騎士が、自分のためだけに場と時間を作ってくれているということに、嬉しさが溢れるのも隠せないのだけれど。
 この技術が魔法のように彩る世界で。
 ようやくフォルターは、差し出されたトリテレイアの手を握り締める。
「その剣が整えた舞台、堪能させてもらおう」
 吐息をゆるやかな零して。
 そのままの旋律でワルツを刻むふたり。
 蛍たちの淡いを伴いながら、足先で鏡の床に映った月の輪郭をなぞる。
 幾重にも、幾度にも。
 終わりなんてないのだと、繰り返すばかりのその時を。
「汝の為にあつらえたこの服の返礼がしたいとは、相も変わらず律儀な“男”だ」
 ああ、なんとも真っ直ぐにすぎるその性根。
 永劫変わることはないのだろうと思うと、自然とフォルターに笑みが子零れる。
 それでいい。
 それがいいのだと、安らかな気持ちが溢れ続けるから。
 ああ、それでこそ私の知る騎士、トリテイレアという男だと。
「いえ、それだけではないのです」
 呼吸も、鼓動も出来ない身で。
 くるりとターンを見せるトリテレイア。腕に伴ったフォルターが穏やかな表情を見せることに、切ない痛みを覚えながら。
 ああ。何処で、どうして、こんなものを感じているのか。
 機械の身体に、そんな機能はない筈なのに。
「実は今、心底安堵しています」
 ひとつの告白を、トリテイレアは零すのだ。
「……恐れていたのです」
 ぽつり、ぽつりと。
 舞踏のリズムに乗せて、トリテレイアは言葉を揺らす。
 それこそが如何なる戦場でも騎士として清冽に、正しく真っ直ぐに歩んだ男の真実だと。
「あの方の私への憎悪が、貴女に向くことが」
 腕に抱き締めるフォルターが、消えてしまうことが。
 その悪戯というには過ぎる嗜虐で、トリテレイアの心身が削れることさえ、今は安堵と嬉しさがあるから。
 その爪痕が、フォルターの生きた証だとしっかりと感じられるから。
「貴女が喪われることが」
 余りにも怖かった。
 残された爪痕を思いながら、過去の記録で眺め続けるしかできなくなることが。
 もう一度触れたい。
 もう一度、その傲慢で不遜な声を聞きたい。
 威厳をもって、私を困らせて欲しいのだと。
 いいや、トリテレイアは自分だけを困らせて欲しいのだと、思ったのだ。

 そうして奔走している間、フォルターの赤い双眸はトリテレアだけを見つめて、笑ってくれるから。
 その時だけは、トリテレアはフォルターを独り占めにできる。


――この想いをなんと呼ぶのだろう。

 
 まったく、と黒き淑女は笑う。
 何も苦悩を知らぬまま、穢れなき乙女のように。
 ひとの心を映す蛍も確かに、優しい色ばかりを称えていて。
「ふふっ、我がそう簡単に斃れると思ってか?」
 そんな理不尽ありはしないと、フォルターは笑って否定する。
 いいや、理不尽なのが私だと。
 永遠にお前を苦しめ、悩ませ、駆け回らせてやろうと。
「そもそも、我を止めるのは自身だと宣ったのはどこの誰であったか……」
 始まりのような、誓いをフォルターは思い出しながら。
 眸と言葉をゆるゆると揺らす。
「その者以外には血の一滴もくれてやるものか」
 踊るように柔らかであっても。
 決して、それは違えぬ約束であるのだと感じさせる、芯の強さで。
 或いはフォルターが誓う、新たなひとつなのだと。
 それが夢想のようなものでも、確かな女からの約束なのだ。
 現実も条理もねじ伏せる、かの創造主の業と英知の作ったこの世界のように。
 想いは募り、何かへと変わっていく。
「それに、憎悪を向けられる事など慣れている」
 誰かから、幸せを届けて貰えれば。
 小さく微笑むひとときさえあれば、フォルターはそれでいい。
「鉄面皮でなければ統治者など務まらぬのだ」
 そして、そのひとときを何時もくれるトリテレイア。
 その胸へと指を這わせて。
 爪で傷つけ、削るような何時のそれはせず、優しく胸をなぞる。
 そこにひとの身ならば、心臓がある場所をと。
「なあ、汝は何を思い、憂いている。過ぎた恐怖を語る程、愚かな男ではないのだと、私は知っているぞ?」
 だからさあ、本音の奥底。
 真実の芯たるモノを晒してみせよと、漆黒の淑女は語るのだ。 
 ああ、と。
 その仕草に、笑みにとトリテレイアはするりと得心する。
 形に嵌まり、しっかりと強固で確かなものへと変わった慕情。

――私はこの御方が“欲しい”のだ

 これは切なる恋慕。
 募っていくのは、一瞬ごとに。
 溢れて、溢れて、いずれ声として響かせるだろう。
 けれどこの想い。
 口にすれば、この方の“騎士”でいられない。
 自らが理想とする“騎士”たる姿を、愛しいひとに見せ続けたいから。
 男ならばと、もっとも強く、正しき姿を見て欲しいから。
 それがカッコつけだとしても。
 愛情と理想。
 その二律背反で、懊悩に苦しむことになれど。
「褒美を賜りたいのです」
 だから。
 嗚呼、気付かないで。
 いいや、気付いて欲しい。
 揺れに揺れて、軋む気持ち。
 それを届いたフォルターが汲み取ってくれるかどうか。
 光へと連れ出された淑女が、ひとの心を見つけるかどうかに、託すのだ。
「貴女の黒薔薇を、頂けますか」
もはや染まらぬ、たった一輪を。
 求める戦機はロマンチスト。
 月でさえ、緩やかに笑ってしまう。
そんな物言い、フォルターからすればあまりにも容易すぎて。
 ひたりと踊るのをとめて、小首を傾げるのだ。
 さらりと、黒薔薇のように艶やかな長髪を流させて。
「……ふむ、何を言うかと思えば」
じっと見つめるフォルターの深紅の眸は、トリテレイアの意思の確かさを探り。
 ああ、間違いではないのだと、唇より紡ぐ。
「我が“永遠の愛”を得たいとな?」
 そして、間をおかずに笑ってしまう。
 もう少しだけ、焦らしておきたくとも無理なのだ。
 美しき乙女のように。
 可憐なる花のように。
「くくっ、はははっ!」
 ただ、ただ欲しいからと手に入る花ではないのだと笑うフォルター。
 薔薇といったのは汝だぞと。
「いやなに、我はとうに汝を一人の男として捉えていた」
 何度も、何度も“男”と口にした筈。
 トリテレイアが騎士でなくとも構わない。
 私だけの前であるのならば、むしろ一人の男としていてくれと。
 純情に似た恋慕をフォルターもまた、トリテレイアに寄せるのだ。
「堅物が漸く口にしたかと、微笑ましく思ってな」
 さながら、打ち寄せる波のように自然に、身を重ねて。
 美しく、気高く、そして愛しき声を寄せる。
「黒薔薇の棘にも臆さぬならば――“私”を、その手に摘むと良い」
 薔薇とはその棘を持つから純潔と純愛なのだ。
 棘のもたらす痛みに、傷に、怖れるものに掴めぬ愛はないのだと。
 ましてや何者にも染まらず、変わらぬ永遠の愛を求めるならば。
 怖れる男では触れられぬと思えと、漆黒の淑女は手を差し伸べて。
「!?」
 驚愕に震える、トリテレイア。
 だが、そこには嬉しさがあるからこそ。
「いえ、その……!?」
 声色を震われるトリテレイア。
 それでも、繋げなければ、臆した男になるのだと、決意を込めて。
「……暫し、お待ち願えますか」
 小さく、約束の言葉を向けて。
 伸ばされたフォルターの手を握り締める。
 棘など怖れるものではなく、傷つきながら貴女を愛するのだと。
 それを永劫の契りとする為に。
「相応しき姿と覚悟を携え、お迎えすることを誓います」
 もうひとつ、魔法のようなものを携えて。
 再度、乙女を姫として迎えるのだと、フォルターに告げるトリテレイア。
「ああ、その時を楽しみにしていよう。が、我は我慢など弱いからな。焦らすなよ」
 その瞬間が待ち遠しいのだと、フォルターも告げて。
 ステップを再び重ねる。
 ワルツの旋律に乗って鏡の床に浮かんだ月の輪郭をふたりの足でなぞり、その先へと歩むように。
 いずれ来る瞬間を思いながら、黒薔薇と白騎士として揺れ動く。
 蛍が、全てを映すように瞬いて。
 一夜の夢の続きを求めるように、優しい光を零した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

柊・はとり
これが死者の魂だというなら
俺には若干グロテスクに映る
事件が俺を呼ぶのか
俺が事件を呼ぶのか
取り零した命は両手の指より遥かに多く

全てを救えるとは思っちゃいない
恨まれて当然のクズも居たが
誰も彼も忘れられない
何故俺にこんな運命を背負わせたのか
曾爺さんの幻に八つ当たりした事もあった
今は幾分気持ちの整理がついたが
偶に祈る事さえ許されないような気になる

ふと呟きを聞き
リゼ…あんたは
雪は儚いものと思うんだな
俺は冷たく閉ざすものと思って
綺麗だと考えた事はなかった

俺の眼
氷みたいで変な色だろ
曾爺さんが名探偵でさ
隔世遺伝なんだぜこれ
初対面なのに謎な話して悪い

大祓骸魂は…来てんのかな
俺が想い出せば来れるなら
せめて奴だけは



 夜に波打つ海岸に、漂う無数の蛍たち。
 美しくも優しく。
 そして、緩やかに舞うように漂う淡い光。
 静かなる空間に満ちる、不思議な情景。
 それを冷たく、鋭い青の眸で見つめるのは柊・はとり(死に損ないのニケ・f25213)。
 決して思い出に浸るようではなく。
 ただ淡々と、冷ややかなまでに現実を見つめて。
「これが、これらが死者の魂だというのなら」
 無数の光たちを。
 数え切れない程の死者に溢れた海岸なのだと、はとりは思うから。
「俺には若干グロテスクに映る」
 こんなにも沢山の死人で溢れる浜辺なのだと。
 いいや、それははとりの思う基準のひとつなのだ。
 どうしても、救えなかった殺人事件の被害者たちの魂のように思えてならない。
 無念だっただろう。
 まだ明日と希望だってあっただろう。
 だから打ち寄せて、揺蕩うその魂の光は憐れでさえある。
 事件がはとりを呼ぶのか。
 それとも、はとりが事件を呼ぶのか。
 まるで鶏が先か、卵が先かというような。
 だというのに、あまりにも悲惨な宿業に濡れたその問いに応えられる者はいない。
 ただはとりが取り零してしまった命は余りにも多く。
 両手の指などでは数え切れいほど、遥かに多い。
 それこそ、両の掌で浜辺の砂を掬い、その指の隙間からさらさらと零れたように。
 ああ、と冷たく吐息を零すほど。
 ここに打ち寄せた蛍たちは、きっと救えなかった被害者たちの命なのだ。
 どんなに綺麗だとしても。
 もう還らない死者だということを痛感して、はとりはグロテクスなのだと口にしてしまう。 
 どうしようもない自責の念で。
 自罰に至ることも、何かで払拭する事もできない。
 冷ややかでも真っ直ぐなその視線で、淡い死者の光を受け止めながら。
「全てを救えるとは思っちゃいない」
 ああ、そこまで傲慢になんてなれない。
 だが、救えるのならばと求めて願うのが探偵というもの。
「恨まれて当然のクズも居たが」
 それでも命は命。
 クズのような輩が、誰かを助けたり、幸せを運ぶかもしれず。
 その者が生きて抱き締め、味わう幸福だってあった筈なのだ。
 殺人にて喪われていい命なんて、ある筈もなくて。
「誰も彼も忘れられない」
 冷たく口にするはとりの声色に滲むのは、自らを責め立てる思い。
 もう少し上手く立ち回れたのなら違ったのだろうか。
 或いは変われたのだろうか。
 そういうもしかしたらを想い浮かべては、青い眸に揺らすのだ。
 何故、はとりはこんな運命を背負わされたのか。
 血筋という所以と因子なのかと。
 曾祖父の幻に八つ当たりしたこととてある。
 どうして、自分がこんな罪と殺めらる命ばかりの世界で生きて、呼吸し、犯人を見つけ出すのか。
 ああ、そうだ。
 クズというのなら殺人犯もだけれど。
 その中でもどうしようもない、思いがあって。
 責め立てる事もできず、はとりは青い眸の裡に映し、心へと秘め込んでいく。
 どうして、そんな愚かな真似をと、問い掛けることさえ出来ずに。
 今となっては、ようやく幾分かの気持ちの整理も出来たけれど。
 はとりは時折、思いが蘇るように。
 祈る事も、呼吸する事も許されない気持ちが浮かび上がる。
 ああ、誰も近づくなよと、青い眸をより鋭く研ぎ澄まして。
 誰も死ぬなよ、殺すなよ。
 それでも近づくというのなら、誰かが死ぬ前に解決してやると。
 はとりはそうして、息をする理由にするのだ。

――ああ、屍人は呼吸も鼓動もしないだろうって。
 それは確かで、それでも抱く思いは永遠なのだろうさ――

 魂の絶叫のように、繰り返すはとりの思い。
 そうして、眸は冷艶なる色合いへと変わっていくのだ。
 誰も触れられず、共感できず。
 だから引きつけてやまぬ、その色彩へと。
 けれど。 
 ふと浜辺に流れる呟きが。
 鮮やかな赤い髪が、夜風に靡いて見えた。
「リゼ……あんたは」
 はとりが声をかければ、緩やかに小首を傾げるリゼ。
 どうしてなのか判らずとも。
 不思議と距離が開くから、その隙間にと言葉の流れるふたりの声。
「雪は儚いものと思うんだな」
 それこそ、はとりには違うものに感じられるから。
 どうしても、冷たくて悲しいものだと。
「俺は冷たく閉ざすものと思って、綺麗だと考えた事はなかった」
 白々しい、願い叶わぬ現実のように。
 未来を閉ざし、その雪の色に全てを埋もれさせるものなのだと。
 応じるリゼは、何処か詩のように軽やかな口調で。
「それは、居る場所のせいじゃないかしら。春から見れば、雪は儚いわ。でも、冬の場所から見たら……世界を覆い、閉ざしてしまうものかもしれないわね」
 今に降り注ぎ未来を閉ざす、冬の雪と。
 過去を思わせながら溶ける、春の雪。
 厳しき今か、麗しき夢か。
 焦点と、立ち位置で全ては変わるから。
「あなたは、吹雪の乱れて閉ざされる今と現実を、それでもと進むひとなのね」
 それでも、救いたい命があるから。
 吹雪の雪のように、沢山の零してしまった命がはとりの身と心を凍て付かせ、埋もれさせようとしても。
 閉ざさたと、しても。
 まだ、はとりは諦めたくはないのだ。
 吐息は短く。
 けれど、そのまま思いを吐露するように続けるはとり。
「俺の眼、氷みたいで変な色だろ」
 美しくも、確かにひととは異なるはとりの眸。
 冷たい青は確かに氷のよう。
「曾爺さんが名探偵でさ」
 綺麗なのに、触れられないと思わせるそれに。
「隔世遺伝なんだぜ、これ」
 やるせない気持ちを滲ませて、はとりは口にする。
 どうして、俺なのだろうと。
 背負わされた理由は、何なのだろう。
「……確かではなくとも、血の繋がりの証ね」
 それが罪の流れのようなものだとしても。
 過去より連なるものは断ち切れないのだと、リゼが瞼を閉じて語る。
 今から変わる事は出来たとしても。
 既にあるものを、あったことを、変えたりなくしたりできないからる
 それが出来たら――この無数の死者の光を減らして。
 幸せなひとの笑顔に返られる筈だから。
「……初対面なのに、謎な話して悪い」
「いいえ、構わないわ。ただ、その冷たい青が隔世遺伝だとしても、艶やかな様は、きっとあなたのものだけ。氷の月があれば、そんな色でしょう」
 きっと月のように、思いを馳せ。
 そして沢山の人生と感情をみてきたはとりだからこそ。
「瞬けば、玲瓏な余韻を残しそう……音として耳に伝わず、見るひとの心に直接。それは、それだけは曾祖父のものと、異なるのでしょう?」
「……その言い回しは劇か何かか。いいや、嫌いじゃねぇけど」
 劇もまた殺人が巡るから。
 好きでもないけれどな、とはとりは呟いて。
「そういう言い回しばかりの劇なら、救われる命と心もきっとあるんだろうな」
 小さく、小さく付け加えた。
 漣ばかりが響き渡る、夜の浜辺。
 蛍がちらり、ふわりと漂っていくその場所で。
「大祓骸魂は……来てんのかな」
 抱き締めて欲しいのだと。
 こんな冷たい身体でも、そんな事をいった少女をはとりは想い浮かべて。
 愛して欲しい。
 ただそれだけの、今は骸の海に眠っている筈の少女へと。
「俺が想い出せば来れるなら」
 もうその心臓は虚ろではなく。
 はとりに刺されてあげないと、笑いそうだけれど。
 名探偵を、殺人犯なんかには出来ないでしょうと。
 一途で愚かな愛を、知るその貌で囁くのだろうけれど。
「せめて奴だけは」
 緩やかに指先を蛍へと伸ばせば。
 冷たい青色にと変わる、淡い光。
 けれど、それは僅かにはとりのそれと違って。
 溶けた水雫のように、緩やかに濡れた色合いをしていた。
 はとりがもう流せない、涙のように。
 或いは愛ばかりを知る少女、大祓骸魂の涙として。
しばらく静かに周囲を漂い。 
 そうして、カクリヨの海へと涙色の蛍は還っていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
――姉さん、海は好き?
今日くらいは出ておいでよ

私たちの故郷は山に囲まれてたから
海なんか見たことなかったな
だからかな、初めて見たときには驚いたっけ
こんなに綺麗なもんじゃなかったし、冬だったけど
誰もいない浜辺と波の音、姉さんも喜んでたな

気になるんなら触ってみなよ
姉さんが近くにいるんなら、真っ白になるかもしれないよ
姉さんには白が似合うから
……私?そうだなあ
「もう少し頑張ってみる」って、この淡い色の奴かもよ

流石に煙草はやめとくよ
私みたいなのにまで寄ってきてくれるような奴らなんだ
悪いことがあったら可哀想だし、嫌だから
……あんまり長居するのも申し訳ない気がするけど
もう少しだけ、波の音を聞いて帰ろうか



 灰燼の忌み子は、無数の蛍たちに照らされて。
 その淡い光の中で臆病な子供の貌を見せる。
 他の誰かに見せる事の無い、あの時から変わらない表情で。
 ああ、声ばかりは育ってしまったけれど。
 思いは変わることはないのだと、穏やかに告げるのだ。
「――姉さん、海は好き?」
 玩具の指輪を掌で玩びながら、浜辺の風に言葉を揺らすのはニルズヘッグ・ニヴルヘイム(伐竜・f01811)。
 此れほどに死したものの心が溢れるというのなら。
 きっと大丈夫なのだと、姉の全てを認めて肯定するニルズヘッグは続ける。
「今日くらいは出ておいでよ」
 ゆらりと、朧気な身体を夜闇に踊らせる少女の姿。
 金の髪はふわりと靡き、遠い海の果てを眺めようとする紫の眸は美しい。
 ひとと何処か違っているように思えるのは、その白い翼と尾のせいなのか。
 それとも、その貌に浮かぶ思いのせいなのか。
 彼女はニルズヘッグの姉で、そして、どうしようもない悪魔。
 火を呑む最期を遂げた魂が、海で舞う不思議な蛍たちを眺めていく。
 けれど、光る蛍と海の情景が気に入ったのか。
 喉を鳴らす猫のように背伸びをして、操るしろがねの呪詛炎も沈めて、秘めて。
 ただ美しい夜の浜辺を眺めていく。
「私たちの故郷は山に囲まれていたから」
 そのすぐ傍で優しく、柔らかな笑みを浮かべるニルズヘッグ。
 振り返る過去は美しいものなのか。
 それとも目を覆いたくなるほどの悲劇を内包しているのか。
 或いは、その両方なのだと蜜事のようにそっそりと、過去は心の底で揺れるばかり。
「海なんか見たことなかったな」
 まるで蛍たちの光のように、何処までも静かに。
 ニルズヘッグの感情の揺れる様は、誰かを気遣うように音もなく。
 機嫌がよさそうに笑い、浜辺で踊るように走る姉に視線を寄せるばかり。
「だからかな。初めて見た時には驚いたっけ」
 そうだね、と唇で形を作るニルズヘッグも砂浜から波の打ち寄せる際へと歩み寄る。
 遠い記憶を手繰り寄せて、過ぎ去ったものを垣間見るように。
 無数に揺れる蛍たちは、きっと全てを淡く、優しく、照らしてくれるから。
「こんなに綺麗なもんじゃなかったし、冬だったけど」
 カクリヨの海は確かに美しい。
 誰かに蝕まれたこともなければ。
 ただ全てを受け入れる、優しい世界なのだから。
 その危うさは、滅びも受け入れるというものだけれど。
「誰もいない浜辺と波の音、姉さんも喜んでたな」
 だからこそ、ニルズヘッグの姉さんもまた、この浜辺をとても気に入るのだ。
 誰もいないのはかつてと同じ。
 海に触れて、その冷たさに喜べるのは今が夏だからこそ。


――ああ、姉さんは楽しそうだ
 なら、それでいいのかな――


 それだけでいいのだと。
 何かが胸の奥に染み渡るように、ニルズヘッグは表情を綻ばせる。
 後悔と罪悪感はあっても。
 この姉さんを決して見捨てないのだと。
 喜ぶ姿とともにあるのだと、心に刻むように。
 今はそれで、いいのだと。
 この夏の夜に見る夢は故郷の山から遠く離れた、優しい海。
 ふたりで微睡むように、その情景に浸っていこう。
 舞う蛍は、ゆらゆらと姉さんの周囲を漂う。
 悪魔だからなんて、関係ないのだと。
 カクリヨの危うい優しさのままに、舞い踊る蛍たち。
「気になるんなら触ってみなよ」
 少し思案する仕草を見せた姉さんに、ゆっくりと声をかけるニルズヘッグ。
 何も心配はいらないのだと。
 何も怖がる必要なんて、ないのだと。
 この場所は、私は、姉さんの味方なのだと心と身体の全てで示しながら。
「姉さんが近くにいるんなら、真っ白になるかもしれないよ」
 そう言われて、そっと細い手を差しのばす姉さん。
 触れた蛍は、雪よりなお白い色彩に瞬いてみせた。
 それは純白のひとこと。
 溜息が零れるほどに、切ない白さ。
 どうしてか、透き通る涙の色を思い出させるような真白き光に。
「姉さんには白が似合うから」
 それでいい筈だと。
 白い光を瞬かせる蛍たちが、姉を囲んでふわふわと空を踊る。
 風に揺れて、けれど離れる事はなく。
 慰め、なだめ。そして、子供たちが遊んで戯れるように。
 声のひとつない、静寂のなかで。
 それでも幼く楽しげな笑い声が、確かにニルズヘッグには聞こえていた。
 そして姉さんの紫の瞳が、ニルズヘッグの姿を捉え。
 蛍たちが舞う空間へ、手招くのだ。
「……私? そうだなあ」
 さらりと砂浜を踏みしめて。
 辿り着いた場所。
 姉さんが笑っているその場所に、どうしてか最後の一歩をニルズヘッグは踏み出せずに。
 それでは蛍にも触れなくとも。
 ああ、これが。
 このどうしようもない距離が、私たちの今の距離なのだと、胸に懐かせられる。
 生きるものと、死んだもの。
 その境界が、ここにあった。
 それでもと。
 そうだね、姉さんと小さく笑うニルズヘッグ。
「『もう少し頑張ってみる』って、この淡い色の奴かもよ」
 もう少しだけ、こちら側で頑張ってみるのだと。
 白に染まりきらず、淡い色合いを湛える蛍を眺めるニルズヘッグ。
 もう少しだけ泣きそうに成りながら。
 腕を握ってくれる、傍なるひとと共に。
 もう、少しだけ。
「流石に煙草はやめとくよ」
 元より怨嗟と情念。名残たるものを編むのがニルズヘッグ。
 それでも近寄る蛍は無防備で。
 自分のような呪いを、移したくないのだと。
「私みたいなのにまで寄ってきてくれるような奴らなんだ」
 悪いことがあったら可哀想だし。
 もしも海に、元いた場所へと還れなくなったら余りにも悲しすぎる。
 そうあるかもと、思うニルズヘッグの心も、また傷つきやすくて、悲しい心なのかもしれないけれど。
 カクリヨの美しい海に、哀しみの淀みはいらないのだと、素直な気持ちで思うのだ。
 愛しくも死別した、思い人を見せるまぼろしの橋は遠く。
 けれど確かに通って、残された思いを果たしたのだから。
「……あんまり長居するのも申し訳ない気がするけど」
 それでもあまりにも穏やかだから。
 砂浜へと座り込んで、夜と海と蛍を、遊ぶ姉さん眺めるニルズヘッグ。
「もう少しだけ、波の音を聞いて帰ろうか」
 打ち寄せる波は変わらず、ゆったりとした旋律を奏でている。
 それこそ、悪夢を払うように。
 眠りなさいと子供を導く、子守歌のように。
 夜のしじまに、空にと、流れてゆく。

――そうだね、姉さん

 幾度となく繰り返したその言葉を。
 漣にあわせて、ニルズヘッグの唇は形作る。
今も、なお。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月白・雪音
…ヒトの感情、記憶、思い出を光にて彩る蛍。
過ぎ去りし時の具現たる幽世の象徴とも言えましょう。


この騒がしい夏の記憶も、何れは思い出と変わり行くのでしょう。
そして、これまでの、これからの戦の積み重ねも。私自身も。
未来には骸の海に沈む過去となるのでしょうね。

されど、何れ消えるとしても。
この先の戦の中でふと思い返す記憶が、
或いは過去の残滓の脅威を払った世界に生まれた命が振り返る歴史が。
戦ではなく、このような穏やかな時間であるのなら。
それが許される世界なら、どれほど喜ばしい事か。


…我々が今生きる時間も、やがては幽世に並ぶこととなりましょう。
その時は、またこのように。
優しく彩って頂ければ、嬉しく思います。



 それは雪のように淡く、繊細で。
 けれども月の如く消えることのないもの。
 数多の心のように、揺れに揺れるその蛍たちの光。
 波打つ夜の海辺を漂うのならば。
 それはまるで、過去の情景を飾るかのよう。
 過ぎ去ってしまったひとの心の美しさを、今、一度だけ。
 夢のように見させて欲しいのだと。
 そう願うのはひとだけではなく、蛍たちもなのかもしれない。
「…ヒトの感情、記憶、思い出を光にて彩る蛍」
 真っ直ぐに赤い眸でその姿を捉えて。
 緩やかな声色で、唇より思いを紡ぐは月白・雪音(月輪氷華・f29413)。
 雪と見紛うようなその真白き姿は、夜の裡でより映えて。
 凜と佇む姿勢より、澄んだ月のように美しく見える。
 りんっ、と軽やかな鈴の音を伴い。
 一歩、一歩と蛍たちが戯れるように漂う場所へと近づく雪音。
「過ぎ去りし時の具現たる、幽世の象徴とも言えましょう」
 忘れていない。
 決して、忘れないよ。
 優しくも切ない、幽世の約束のように瞬いてみせる。
 全てを受け入れるが故に、滅びの危うさも抱える美しさとして。
 ああ、でもその情念はなんと、ひとらしいのだろう。
 雪音は口にせずとも思うのだ。
 自らが抱える思い故に、破滅に向かえども。 
 その想いを棄てられぬのは、なんとひとらしい心なのか。
 だからこそ、蛍たちは今を生きるひとの心を映そうとするのだろうか。
 まるで、儚い心こそが全てのような。
 なんと綺麗で危うい、夢のような世界なのか。
「この騒がしい夏の記憶も、何れは思い出と変わり行くのでしょう」
 それこそ振り返る景色として。
 夢の欠片として、胸の中に収めて歩き続けるのだろう。
「そして、これまでの、これからの戦の積み重ねも。……私自身も」
 ゆっくり、ゆっくりと。
 想いを吐露していく、雪音の姿。
 移ろいて、過ぎ去るものを知る、その赤い眸が微かに揺れて。
「未来には骸の海に沈む過去となるのでしょうね」
 雪音もまた、海の雫へと消え逝くのだと心得て。
 儚き移ろいを。
 それを彩る蛍たちへと。
 幽世の危うい優しさに、瞬きをひとつ。
 ああ、いずれはあなたのようになるのでしょう。
 その時、悔いを残さぬように。
 潔くなどなれずとも、未練など一欠片もないように、生きて、戦い抜いてみせよう。
 誰に誇るでもなく、雪音の鼓動はこうしてあり。
 世界を渡っていったのだと、いずれ、微笑む術を知った時に。
 この白き貌に憂いと曇りなく、想いを浮かべる為に。
「されど」
 もしも、と雪音の心に浮かぶ、柔らかな泡沫。
 それは夢のようで、祈りのようで。
 こうあればいいのにと、感情の琴線を震わせるのだ。
 幽世の風と出会えば、このように鳴り出ずるものなのだと。
「されど、何れ消えるとしても」
 見渡せば、限りなく穏やかな夜。
 蛍が舞い踊り、ふわりと灯りを漂わせ。
 遥かな地平線の向こうまで、海は緩やかな旋律で波打つ。
 それこそ、唄うかのように。
「この先の戦の中でふと思い返す記憶が」
 ならば倣おうと、雪音もまた詠うように。
 心から零れた音色を、言葉にして紡いでいくのだ。
「或いは過去の残滓の脅威を払った世界に生まれた命が振り返る歴史が」
 この夜の情景を眺めて。
小さな思いの数々を、見つけ出して。
 これはひとりで織り成したものではなく。
 沢山の心が寄り添い、紡いだ世界の色彩なのだと。
「戦ではなく、このような穏やかな時間であるのなら」
 血は流れず、涙は零れず。
 直向きな切実さで進むような路はなく。
 ただ優しく、穏やかな風ばかりが吹き抜けていく。
 ひととき、ひとときと、移ろい変わりながら。
「それが許される世界なら、どれほど喜ばしい事か」
 心こそが尊く、もっとも大切であるという幽世のように。
 その感情の鮮やかさと、強さの響きで全てが変われるというのなら。
 ああ、こうなれるならば、きっと幸い。
 その結末へと辿り着く為に、雪音は鼓動と吐息の全てを懸けてみよう。 細い指先を握り締め、作った拳は。
 それによる戦は、このような世界へと至る為に。
「いずれ、命たちは互いの思いばかりを浮かべられるように」
 この蛍たちのように。
 こころばかりを映して、瞬いて欲しいから。
「このような壊す術など無為と雪のように、消え去れるように」
 どれ程に修練を積んで、磨き上げた武の技であっても。
 ああ、雪音は願う。 
 武が意味を成さない、そんな時と場所を。
 叶うならば、そこへと訪れたくて、迎え入れられたくて。
 ただ今は出来ることをと、息を吸い、前を向くのだ。
 そのような夢想を、叶えていく為に。
 戦うという矛盾は抱えたとしても、構わない。
 雪音がひとりで辿りつける場所では、ないのだから。
「……我々が今生きる時間も、やがては幽世に並ぶこととなりましょう」
過ぎ去りし思いばかりが泡のように浮かび。
 蛍によって、淡い光となって舞い踊る。
 或いは、もっと繊細なものか。
 花のように柔らかなものなのか。
 それは判らないけれど。
 今はただ、互いに触れられず、蛍の光だけが届く場所から。
「その時は、またこのように」
 一礼をしてみせる雪音。
 いずれは触れて、心を色彩として映して貰おう。
 けれど、それは今ではなくてよくて。
 明日があると、雪音は信じるからこの時でなくとよいのだと。
「優しく彩って頂ければ、嬉しく思います」
 巡り、巡りて、この奇跡のような蛍との会合も。
 また必ずやあるのだと、雪音は未来を見ているから。
 それを手繰り寄せるのだと、ほっそりとした指先を月へと伸ばして。
「――今は、何処にも届かぬ手であれども」
 心に浮かぶ感情を、情緒を表すことの知らぬ貌でも。
 いずれ、いずれ。
 優しき色をもって、蛍り光に映されるように。
今はただ、物静かな思いと祈りをもって、雪音は瞼を閉じた。
 波打ち、繰り返す海の音。
 漂う蛍の気配。
 なんて静かで優しい夢のような、夜なのだろうか。
 また訪れるのだと雪音は心に決める。
 その想いを譲り、膝を折ることなど、決してなく。
 幸いの結末のひとつとして。
 幽世の儚くも優しき美を、心に留めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
ひとの魂が蝶に、或いは蛍に姿を変え戻る、か
同じ様な謂れが此の地にも在る辺り
隔たれたとはいえ遠く繋がりのある事を感じるものだな

寄せる波の静かな音に浚われる様に、想いは裡へと沈みゆく
周囲を漂う様に巡る、蛍の齎す仄かな灯り
揺れる軌跡は嘗て此の手の内に在った輝きにも似て
柔らかな笑みと其の声が呼び起こされて――

胸の深奥に座した愛おしい面影は、今も変わらず其処に在る
決して其の名を呼べない「君」へと、語りかける声を音にはしない
――大丈夫だよ。君との約束を違えたりするものか
幸せを願ってくれるものもある――嘗て君が、そうしてくれた様に
だからもう脚を止める事は無い
君の願いと――此の身を繋ぐ、新たな約束を果たす為に



夜の浜辺にて漂うのは波と蛍。
 数えることができないほどに、周囲を覆う淡い光たち。
 音もなく、ただふわりと。
 或いは漣に送られ、海から砂浜へと。
 その頼りない動きが、誰かの指先に似ていると思うのは気のせいだろうか。
 甘える事を、我が儘を上手くできない幼子のような。
 或いは、全てを信じて任せてくれる誰かのような。
 まるでひとの想いと心のように。
 決して確かなるものではないのだと、石榴のように赤い隻眼はその様を見つめる。
 嗚呼、と。
 思い出すのはかつてあった故郷。
 今はなき、国の鮮やかなる四季の姿。
 忘れられぬ思い出とともに鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は瞼を閉じた。
「ひとの魂が蝶に、或いは蛍に姿を変え戻る、か」
 物静かに紡ぐ言葉は、どうしても感傷的な響きを含んでしまう。
 仕方ないだろう。
 痛みを知らずに生きてきたのではない。
 耐えられぬ激痛を抱えて、生きているのだから。
 それでも足を止めないと誓ったからこそ、振り返ればそこにある優しい夢幻。
「同じ様な謂れが此の地にある辺り」
 すぅと吸い込む空気は、潮の香りを含んでいる。
 果てのない海と、果てのない世界を想わせるそれに。
 鷲生は微かな声を漏らした。
「隔たれたとはいえ遠く繋がりのある事を感じるものだな」
 そう、世界は繋がっているのだ。
 誰かの為にと戦った世界が、また別の誰かの幸せに。
 或いは、隔たれた別の世界にも思いが届いて、何かへと変じるように。
 過去は終わったものなれど、今を生き続けるならば全てに意味ありし。
 ましてや、カクリヨは訪れたもの全てを受け止める優しい世界。
 どんな思いをも受け止めて。
 この夏の一夜に表すのだ。
 それは滅びと隣り合わせの危うさでもあるけれど。
「懐かしいと、そう振り返らせる場所……か」
 そう呟いて鷲生は瞼を瞑ったまま、穏やかなる時を過ごす。
 ふと気付けば、寄せる波の音に意識と感情を攫われて。
 想いは裡へ、裡へと、深き場所へと沈んでいきながら。
 辿り着くのは、深海の底だろうか。 
 それともかつてと今を結び、現と黄泉を繋ぐ場所だろうか。
 吐息と鼓動はあまりにも緩やかに、そして切なく鷲生の胸を巡る。
 周囲を漂う様に巡る蛍の齎す仄かな灯り。
 揺れる軌跡は余りにも淡く、そして優しいから、嘗ては鷲生の手に内に確かにあったもの輝きを思い出させる。
 嗚呼、似ているのだ。
 優艶ともいえるような、その光は柔らかな女の笑みに酷似していて。
 鼓動は疼き、指先を蛍たちへと差し伸ばしたくなるのだ。
 してはならないのだと、鷲生は判っていても。
 喪ったからと、全てを洗い流せる程に薄い思いではないのだから。
 今でも『君』を思っているよ。
 だから、もう一度だけと深い場所へと沈む鷲生の心。
 何処まで、何処までも。
 カクリヨの優しい奇跡に触れるほどに。


――聞こえるのは『君』の笑う声。
 楽しげに、優しく。そして物静かに見つめるその眼差しも――


鷲生の胸の最奥では今でも、二度と触れられない『君』の面影が座す。
 花のように凜と静かに佇む、その美貌。
 今も変わらず此処にあるのだと。
 確かに伴に生きていますと、鷲生に微笑んでいる。
 決して、決して。
 最早、其の名を呼べはしなくとも、『君』へと語りかける。
 語りかける声の音を、ひとつも持たずとも。
 心だけは届けようと、鷲生は無音で伝える。

――大丈夫だよ。君との約束を違えたりするものか。

 伝わるのだと、信じているから。
 だからこそ「君」の面影は鷲生へときゅっと目を細めるのだ。


 当たり前です。そんな貴方だから、私は約束を交わしたのですから。
 これから先も案じることなく、路を歩んでください。
 その先に、きっと……。

 嗚呼、有難うと頷く鷲生。
 出来ればその腕を取り、細い身体を抱き締めたいけれど。
 叶わぬ夢を、叶えては成らぬ願いだと知るのだ。
 ここはカクリヨ。或いは、叶ってしまうかもしれない優しく、危うい世界。
 変わりにこの世界の滅びと引き換えに、最愛を取り戻す。
 そんな事とて、浮かぶのだから。
 でも、ここがカクリヨではなくても鷲生の進みは変わらない。
 今も傍で幸せを願ってくれるものがあるのだ。
――嘗て『君』が、そうしてくれた様に。
 今も幸福をと、願われている鷲生の人生。
 だというのに、さらに過去をどうこうしようと傲慢な望みは抱かない。
 先へと進み、明日を生きる者としての責務を果たすだけ。
 叶えたい願いを、違える事なく懐いて路を往くだけ。

――そんな貴方だから。

 女は、美しく気高い花のように。
 凜としつつ甘く薫るように笑うのだ。
 言葉となる音はなく。
 ただ気配と表情だけで、全てが交差する場所。
 けれど、何時までも浸ってはいられないのだ。
 時は流れて過ぎ行き、今は移ろい変わりゆく。
 そこに伴に生きるものがいるから。
 もういかないと。
 そう頷いた鷲生に、『君』の面影もゆっくりと送り出す。
 幸せを願ってくれるものがいるから。
 だから、もう脚を止めることなど出来ない。
 そうだ。『君』や彼に、そんな無様な背を見せれないから。
 こういう男であって欲しいと、切に願われていることを知っているから。
 そう、『君』の願いと――此の身を繋ぐ、新たな約束を果たす為に。
 取り零してしまったものを嘆かない。
 苦痛に染まった顔で、朝日を見つめない。
 笑っていこう。
 そうしなければ、不安に思うものがいて、『君』もまた憂うだろうから。
 一時期は心配をかけただろう。
 けれど、もう往くよ。
 二度と、謝ることなどないように。
 誇れる男として、この身と心臓を動かそう。
 だから、『君』はここでずっと笑っていてくれ。
 気付けば、するりと。
 蛍が鷲生の胸に止まり、赤き芍薬のような色を称えている。
 それは誠実を意味する言葉を持つ花の色。
 ああ、今はその季節ではないというのに。
 思ってくれるのかと、ほんの一時だけ、鷲生は蛍に囲まれて佇む。
 踵を返して、また路へと戻るのは。
 その心にある痛みを確かに感じて、絆と約束として抱き締めたあとに。
 新たなる約束の為に。
 何を喪おうと、幸いあれ。
 月と蛍の灯りを弾いて、金の雫を零す鷲生の髪がふわりと流れて。
 砂浜に足跡を刻み、また往くべき路へと帰っていく。
 留まることなんて、もうあれはしない。
 これだけの想いと、伴にあれるのならば。

大成功 🔵​🔵​🔵​

栗花落・澪
【狼兎】
蛍は、魂
僕の光が誰かの心に寄り添えていればと
夏になるたび祈るのが自分だけの儀式だったけれど
今日は紫崎君も一緒に

恋人とだと少し緊張もするけどね…!

うん、もう大丈夫
ごめんね、付き合ってもらっちゃって

美しく舞う蛍にそっと手を伸ばし
例え触れられなくとも

綺麗だね、蛍

言葉は少なくとも、寄り添いながら

紫崎君の魂は、きっとこの蛍達に負けないくらい輝いてるね
強くて、真っ直ぐで
それでいて優しさもちゃんと知ってる人だから
えー、折角素直になってあげたんだから照れなくてもいいのに

僕も…輝けてるのかな
弱くても、小さくても構わないから

だとしたらきっと、紫崎君や皆のお陰だね
護りたいな
僕だけの光
この輝き達も
ずっとずっと


紫崎・宗田
【狼兎】
祈りを捧げる澪の少し後ろで見守り

終わったのか?
いや、構わねぇよ
大事な事だろう

敵味方の概念にも囚われず全てを救いたいという願い
小さな体に抱えるにはあまりにも多すぎないかと心配になる事もある
口には出さないが…今のように無数の蛍を見れば余計に
それを、魂と例えるのなら

…そうだな

返事は短く
澪の隣に並び手を取りながら

あ?俺の魂?
……お前に褒められるとむず痒いな
普段から素直ならいいんだがな

澪が少し寂しそうな表情を見せたら黙って聞き

…確かに、俺とは違うが
お前は充分輝いてると思うぞ

今はまだ危うく揺らぐ儚い輝きだとしても
隣を歩くと覚悟を決めてくれた小さな恋人を
その魂を、必ず護ると
澪の薬指に嵌めた証に誓って



 数え切れない程の蛍が、神秘的な淡い光を瞬かせる。
 夜の浜辺という、ありえない場所としても。
 カクリヨの夏は、夢のようなことを現実に結ぶのだから。
 誰かが祈れば、きっとそうなる。
 思いを映し、移ろう世界なればこそ。
 危ういほどに優しく、綺麗な場所だから。
 だから、その姿もより美しく見えてしまうのだろう。
 沢山の蛍を纏って、砂浜で祈りを捧げる栗花落・澪(泡沫の花・f03165)はいっそ幻想的なほど。
 祈る心は尽きないのだと、女神のように。
 或いは、月光に尽くす信者のように。
 何処までも深く、深く、祈り続けている。
「蛍は、魂」
 ならば漂うこの魂たちは、輪廻に還れずにいれるのだろうか。
 澪はそっと憂うように思う。
 還るべき場所と、辿り着くべき幸福の場所はある筈。
 何かに縛られるのは、きっと幸福ではないのだろうから。
 自らの光がそっと、誰かの心に寄り添えていれば。
 蛍たちのように、淡く優しくも。
 その蛍たちにも、報われる未来を願って。
 光と幸いへの道筋へと、澪は思いを馳せるのだ。
 夏になる度に繰り返してきた、自分だけの儀式。
 そこに蛍と、何より大切なひとりを伴い、一緒に。
 もう独りではないよ。
 寂しくなんてないんだよ。
 何かに、誰かに、澪はこの胸の温かな気持ちを届けようと。
気付けば蛍たちも、温かな赤橙の色に染まっている。
これが澪の心の色なのだろう。
髪に飾られた花、金連花にも似たその色合い。
 やはり、美しいと思うのがひとの心というものだから。
 眺めていた青年は吐息をついて、緩やかに声を向ける。
「終わったのか?」
 茶色の髪を海風に揺らして問い掛けるは、紫崎・宗田(孤高の獣・f03527)。
 不器用な口調だけれど、その奥から滲む優しさは本物。
 紫崎は心の底から澪を心配している。
 澪はそれがすこしだけ嬉しくて。
「うん、もう大丈夫」
 うっすらと微笑み、組んでいた両の掌を解く澪。
 どれだけの間、祈っていたのだろう。
 とても長かったかもしれない。
 ふたりというのは初めてで、時間の扱いも判らなくて。
「ごめんね、付き合ってもらっちゃって」
つい謝ってしまう澪。
 ゆっくりと立ち上がり、ふたりの距離にと並ぶ澪を迎えるのは、紫崎の優しい言葉。
「いや、構わねぇよ。大事な事だろう」
 それにと続ける紫崎。
 黒い瞳をするりと泳がせて。
「それに、ごめんって謝るんじゃなくて、ありがとう、と感謝された方が嬉しいぜ。頼られているって気がしてな」
「ははは、有難う。そうだね」
 明るく、無垢に笑って月を眺める澪。
 ほんの少し、頬ほ赤らめて、唇で小さな声を紡ぐ。
「恋人とだと少し緊張もして、難しいね……!」
 今度はそのストレートな言葉に、紫崎が声を詰まらせる。
 無邪気で一途な想いは、時に向けられた相手に深く刺さる。
 それが痛みを呼ぶのか、幸せを湧き上がらせるのか。
 今はどちらなのかと、語る必要などはないだろう。
 澪はそっと、細い腕を蛍たちへと伸ばしていく。
 美しく舞うその姿。
 例え触れられなくても構わないから。
 それでも腕を伸ばしたという事実を、記憶を、この胸に抱きたくて。
 紫崎とともに並んで、蛍に触れようとしたこの一夜を思い出として。
「綺麗だね、蛍」
「……あぁ」
 返事は短く、言葉は少なくともふたりは確かに寄り添いながら。
 蛍たちを眺め、海の波音に耳を澄ましていく。
 遠く、遠く。
 或いは、思いの深くへと潜っていく。
 そう、本当はすこしだけ紫崎は澪が心配なのだ。
 敵、味方の概念にも囚われず、全てを救いたいという願い。
 それは身を賭してもという儚く、果敢なる、優しき火の祈りだろう。
 現実はそうはいかない。
 思いは身を蝕み、敵は相容れないからこそ敵なのだと冷たい敵意を向ける。
 そこで揺れる澪という小さな火は大丈夫なのだろうか。
 小さなその身体に抱えるにはあまりにも多すぎないだろうか。
 紫崎が澪のことを心配になるのも無理はなく、過ぎた思いはどんなものであれ、その持ち主の心を焼くのだ。
 口には出さないけれど。
 今のような無数の蛍を見ていると、余計に。
 傍で優しく微笑む澪の貌を見ていると、どうしようもななく。
 たとも儚く、けれど、熾烈なる炎。
 ああ、それを澪の魂と例えるのならば。
 決して消えさたりはしないのだと、言葉にはせず、紫崎は胸の奥で誓いを結ぶ。
「……そうだな、澪の言う通り。綺麗な蛍だ」
 澪もまた綺麗といいかけて。
 言えないからこそ、変わりに静かに澪の手を握る紫崎。
 言葉で伝えられないから、触れて、触って。
 確かに握って、笑うのだ。
 それでこそ、伝えられるものはあるはずなのだと。
「紫崎君の魂は、きっとこの蛍達に負けないくらい輝いてるね」
「あ? 俺の魂?」
僅かに困惑する紫崎の気配。
それを知ってか知らずか、澪は明るい声で紡いでいく。
 大好きなひとの、大好きな場所をひとつ、ひとつとあげていくように。
「強くて、真っ直ぐで」
 恋人への愛おしさを、決して忘れないのだと。
 言葉にして、ここが好きだと伝えるべきなのだから。
 言葉で伝えられるものは、決して惜しむことなく、愛情で包んで届けよう。
 たったそれだけ笑ってくれるという幸せがあるのだから。
「それでいて優しさもちゃんと知ってる人だから」
 夜の景色を、少しだけ明るくみせる澪の声色に。
 紫崎は肩を竦め、誤魔化すように口にする。
「……お前に褒められるとむず痒いな」
 どうしてもそのむず痒さを堪えきれず、頬を指でかきながら。
 強くて、真っ直ぐなのはどちらだろう。
 ああ、だから紫崎はしっかりと立たなければいけないのだと。
 澪が寄り添い、体重と心を預けた時に、しっかりと立てていれるように。
 今は、その時ではなくとも。
「えー、折角素直になってあげたんだから照れなくてもいいのに」
 無邪気な声は、そんな時が来ることを予感しているのか。
 それとも、ただ今をただ楽しんでいるだけなのか。
 信頼によって滲み出す甘さは、澪をより柔らかく可憐に見せる。
 まるで花のように。
 心に寄り添おうとする、柔らかな色合いで。
「普段から素直ならいいんだがな」
 だから紫崎が返したその言葉は精一杯なのだ。
 何時も素直だというのなら、それは澪ではない気がするし。
 時折見せるからこそ、それがとても愛おしく思えるのは確かなのだ。
 ああ、この気持ちをなんというのだろう。
 言葉を探すように紫崎が視線を泳がせれば、ふと、澪が寂しげに笑っていた。
「僕も……輝けてるのかな」
 それは、澪の心から零れる本音。
 本当に信じ抜いて、出来ていると胸を張れない弱くて繊細なる心。
 どれだけの祈りを抱えても。
 それが出来るのかと、戸惑い、揺れるのは当たり前だから。
「弱くても、小さくても構わないから」
 願ったようにあれるだろうか。
 輝いて、誰かに寄り添い、その心と魂を照らせているだろうか。
 幸いへの道筋を、この金連花の色で彩れているのか。
 判らないから、どうしても応えが欲しくて。
 最後まで黙ってきいてくれる、紫崎の存在が嬉しくて。
「……確かに、俺とは違うが」
 ぽつりと流れた紫崎の声にびくりと震えるが。
 握り締められた掌の暖かさと、その強さに、澪は安堵の吐息を零すのだ。
「お前は充分輝いてると思うぞ」
 ならと。
 ゆるやると澪は琥珀色の眸を揺らすのだ。
 それなら、きっと」
「だとしたらきっと、紫崎君や皆のお陰だね」
 自分ひとりでは、ここまでこれなくて。
 きっと輝けなかったし、危ういままだったと微笑む澪。
 こうやって安心して笑うことさえ、できなかったかもしれない。
 全ての願いと祈りを届けて、叶えるなんてまだ無理だけれど。
「護りたいな、僕だけの光」
 何時かは必ず、叶えて見せるのだと澪は小さく呟く。
 決して譲らないし、諦めない夢の姿を思い浮かべて。
 それは決して、ひとりきりでは届かないものだけれど、みんなと、紫崎がいるのならばと。
 澪の心を映して、赤橙に染まって光る蛍たちを眸に映して。
「この輝き達も、ずっとずっと」
 なら護ってみせよう。
 言葉にせずとも、紫崎もまた瞼を閉じて誓うのだ。
今はまだ危うく揺らぐ、儚い輝きだとしても。
 蛍より儚きものだとしても、一夜で途絶えるものではないからこそ。
 隣を歩くと覚悟を決めてくれた小さな恋人である澪を。
 その魂の輝きを、果敢なる炎の祈りを。
 舞い散る花びらのように優しい心を、必ずや護ると。
 澪の薬指に嵌めた証に誓って。
 結んだ掌は、そこにある確かな証をふたりに示していた。

 蛍が舞う。
 いずれ辿り着く未来への軌跡を。
 ふわり、ふわりと漂い、描くように。
 寄り添い合い、絡まり合うふたりの道筋を示すように。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ディフ・クライン
友のナターシャ(f03983)と

今年の水着を着て
夜の海は静かで好きだ
波の音に身を浸して居たくなる

海に舞う蛍が珍しく
ついと指伸ばせば戯れる光
そうだね
前も夜の海を共に歩いた
あの時も夜光虫の青と星が綺麗だったね

蛍に触れても何も変わらぬ彩に
心無き人形の身だ、仕方ないねと静かに瞼伏せ笑んで

貴女も触れてみて、ナターシャ
貴女の心はどんな彩を映してくれる?
灯る幾つもの彩に目を細め
ああ、その幾つもの色こそ人の心だね
艶やかで眩しくて綺麗な光だ

どうかヒトの救済を願う貴女の行く先が祝福されますように
貴女はこの情景に、何を想う?

オレの幸せと変化、か
ありがとう、ナターシャ
…祈りは自由、なんだろう?
彼女の問いに静かに笑んだ


ナターシャ・フォーサイス
ディフさん(f05200)と共に

今年の水着を着て、浜辺を往きましょう。
穏やかな波音、穏やかな時間。
心も自然と落ち着くものですが…
少しばかり高揚するのは、ディフさんといるからでしょうか。

あの時は夜光虫と星空でしたが、今は蛍なのですね。
闇に灯る優しい光は、いつ見ても美しいもの。
ディフさんが触れても変わらぬそれに、寂しさを感じるのは気のせいではないのでしょう。

私が触れれば、それは種々の光と変わるでしょう。
私とエリー、ふたつの心のように。
今まで楽園へと送った、数多の魂のように。

…私は皆の救済を願う身。
ですが、ですが。
ヒトとして、貴方の幸せも…
貴方に穏やかな変化が訪れることを、祈ってもいいでしょうか。



 沢山の蛍が漂う夜の浜辺に。
 寄り添う白と黒の姿が、歩き続ける。
 優しく不思議なカクリヨの夏を、忘れない為に。
 新しい水着で、緩やかなリズムで歩き続けるふたり。
 この夏も忘れない為に。
 友として歩み続ける日々として、鮮やかに記憶する為に。
 黒で統一されたディフ・クライン(雪月夜・f05200)は気品を感じさせる姿で、砂浜に一歩、一歩と足跡を刻む。
 静けさを好むディフだからこそ。
 その貌に浮かぶのは、穏やかなる笑み。
 繰り返される漣の音に耳を傾け、その旋律に吐息を重ねる。
 夜の海は静かで好きなのだと。
 波の音に身を浸して居たくなる。
 出来るのならば、叶うのならばずっと。
 夏の喧騒を忘れて、涼やかに歩める夜は心地よいのだとディフの唇は小さく弧を描いて。
 珍しく、表情を綻ばせてみせる。
感情を知らないからと、感情を求めない訳でもないのだから。
 そう、隣で息づく少女のそれもまたと。
 穏やかな波音と、穏やかな時間。
 そこに白く、清らかな女神のような美しさと艶やかさをもったナターシャ・フォーサイス(楽園への導き手・f03983)はディフとともに歩むのだ。
 浜辺に延々と続く、崩れることなく。
 離れることも、近づくこともないふたりの足跡が続いている。
 それはディフもナターシャも心が落ち着いているから。
 けれど、何故だろう。
 ナターシャが少しだけ高揚してしまうのは、ディフの美しい青の眸が傍にあるからか。
 その長い睫の動きのひとつ、ひとつが見えてしまうからか。
 応えはひっそりと胸に秘めて。
「あの時は夜光虫と星空でしたが、今は蛍なのですね」
 唇より声を紡ぐナターシャ。
 ふたりの過去を思い、記憶を振り返る。
 美しい夜の情景は、か細い光と共に。
 だからこそ心惹かれたようにディフはつい、と指を伸ばす。
 指先では戯れ、遊び、舞い踊るような蛍の光。
 美しさに小さく息を零して。 
「そうだね」
 去年もそうだった。
 装いは違い、場所も異なるものだけれど。
「前も夜の海を共に歩いた」
 覚えている、大切な記憶を思い浮かべるディフ。
 僅かに傾げた首は、いっとう綺麗なものを思い出そうとするようで。
 続いた言葉は、変わらないふたりの思い出。
「あの時も夜光虫の青と星が綺麗だったね」
「ええ、闇に灯る優しい光は、いつ見ても美しいもの」
 それは星と月のように。
 あるいは、人が胸に懐く心や希望のように。
 優しく、淡く、繊細なる光がゆらりと揺れて、ふたりを彩り飾る。
 ひとの心を映す不思議なカクリヨの蛍。
 けれど、デュフが触れてもなお、その彩は変化しない。
「心無き人形の身だ」
 仕方ないねと静かに瞼を伏せ、変わりに安心させるように微笑むディフ。
 けれど、ナターシャは寂しげに小首を傾げるだけ。
 変わらないのは仕方ないと思っても。
 どうしても、心の奥底で物寂しく、悲しいものだと思ってしまうのだ。
 とくんと切なく、鼓動が疼くのだ。
 だからこそ、ディフの言葉にナターシャは従うばかり。
「貴女も触れてみて、ナターシャ」
 ゆるりと指先を伸ばして、蛍へと向けるナターシャ。
 いっその事、変わらぬままでもいいのかもしれないと思いつつも。
 感情を、心を知るナターシャは必ず蛍の色彩を変える。
 ディフと、違って。
 異なるから、こそ。
「貴女の心はどんな彩を映してくれる?」
 望まれたそれを叶えたくて、ナターシャが蛍に触れれば。
 それは種々の光へと変じ、移ろっていく。
 さながら、ナターシャの纏う真珠の艶のように。
 或いは、その身に宿した過去の残滓と、今の己というふたつの心を示すように。
 そして今まで楽園へと送った数多の魂のように。
 幾つもの、規則性さえないのに。
 けれど綺麗に移ろいながら灯る光の彩に、ディフは目を細めて、物静かな声色を揺らす。
「ああ、その幾つもの色こそ人の心だね」
 それを知りたいのだと、ディフも指を伸ばしながら。
「艶やかで、眩しくて、綺麗な光だ」
 求めるように呟いて、夜の静寂にとディフの祈るような声を響かせる。
「どうかヒトの救済を願う貴女の行く先が祝福されますように」
 指は重なれど、応援する心は何時とて貴女の道とともに。
 貴女の心の望む理想と楽園を祝福し、祈っているのだと。
 ゆるりと青い眸を流して、ナターシャを見つめるディフは続けた。
「貴女はこの情景に、何を想う?」
 心なく、心を求める人形は。
 楽園を目指す使徒に、感情を求めて問うのだ。
 だからこそ。
「……私は皆の救済を願う身」
 けれどと、胸に爪を立て。
 それでも願わずにはいられないと、首を振るうナターシャ。
「ですが、ですが。今は、今だけは……ヒトとして、貴方の幸せも……」
 自ら役目より、己が旅路より。
 まだ続く光の先として。
 ディフの青い眸の奥へと、清らかな乙女の願いを乗せてナターシャは視線を送る。
 揺れに揺れ。
 言葉にしてよいのかと、ナターシャの藍色の眸は惑うけれど。
 気持ちと感情に、嘘はつけないから。
 始まりは嘘だとしても、今に息づく心は本物だから。
 これはディフの知らない、ものだから。
 美しい真珠と、白の髪飾りが結われた水着に彩られたナターシャは、ほっそりとしたその身体を震わせて。
 切実なる声を、祈りのようにディフへと届ける。
 たとえ、許されなくても。
 この願いはと。
「貴方に穏やかな変化が訪れることを、祈ってもいいでしょうか」
 届いて欲しいのだと、切なる声を届かせる。
 距離など離れていない筈なのに。
 もっと長く、傍にいられるように。
 その変化を、ナターシャの眸で見ていたくて。
 白く清らかで、細やかながら柔らかい乙女の身体を、想いの余韻としてナターシャは震わせるのだ。
 それこそ。
 ナターシャも自然なるひとの身体ではないからこそ。
 それでもひとの心を宿しているからこそ、ディフもきっと叶う筈なのだと。
「オレの幸せと変化、か」
 噛み締めるように呟くディフ。
 籠の鳥だった頃は、決して望まれなかったことに。
 少しだけ揺れるディフの表情。けれど、すぐに言葉を返すのだ。
 彩を集めたくて。 
 触れても冷たいばかりの、この肌に温もりが欲しくて。
 人の傍で、祈りと願いを胸に秘めて生きたいから。
 決して消しさりたくない、心の欠片とともに。
「ありがとう、ナターシャ」
 そのナターシャの想いが叶えば幸いなのだと、瞼を閉じた。
 波風に揺れる長く、繊細な睫毛。
 こんなことを使徒が祈っていいのかと。
 戸惑う気配もまた感じるから。
「………祈りは自由、なんだろう?」
 そうやってディフは、ナターシャの問いに静かに応えた。
 心と彩を集めるディフの応えに、嘘偽りの欠片はなく。
 祈ることは、想うことは自由なのだから。
 ましてや、ここはカクリヨという優しい世界。
 願いは叶い、遂げられぬ夢とて現に成す。
 想いが世界を織り成し、移ろいゆくのがこの世界なのだ。
 儚く、脆く、淡くて繊細なる心と想いが、カクリヨの姿を決めていく。
 さながら、あの蛍たちのように。
 心の彩を、祈りと希望にて形を紡ぐ。
 だからこそ、とても危うい場所。
 例え滅びを伴う夢であっても、想いがあればそれは叶ってしまうのだから。
 ならば、ディフのこれから抱く心と感情はどのようなものだろうか。
 胸から吊す深層――ベニトアイト鉱石のループ・タイ。それの映す深い蒼か、海なる色か。
 貴女の願いか、人形の見る夢か。
 これから先は判らなくて。
 心より自然と微笑むのは、とても遠くて。
 胸の奥。或いは身体の何処かで、人形のコアたる雪月夜の籠が、消え去れぬ誰かの悲願と伴に揺れている。
 それが、幸せを迎えていいのか。
幸福なる結末へと辿り着くには、どの道と彩なる光を集めていけばいいのか。
 献身と純情をもって、笑うナターシャは傍にいれども。
 ただそれだけでは足りないのだろう。
 辿り着く為にもと。
 自らも求めるように、ディフは再び種々にと彩と瞬きを変える蛍へと、細い指先を這わせる。
 真珠の艶のように、虹を想わせるそれは星や鉱石では叶わぬ色合い。
 ナターシャという少女の心だから、為せる色。
 けれど、いずれ、いずれと辿り着ける場所なのだと、ディフは青い眸を揺らした。
 理由も根拠もないけれど。
 きっとと、信じる何かがあるから。
 流れる風と、打ち寄せる波が。
 延々と物静かな気配を紡ぎ、続いている。
 ふたりの足跡もまた。
 砂浜にならび、続いていく。
 この夏の夜は心を映す蛍の瞬きを伴いながら。
 明日という光と彩へと、結ばれていくのだ。

 
 




 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アリエ・イヴ
【契】アドリブ◎
今年の水着

俺の海とは別の海
それでも海は海だった
俺に幸運を運んでくれる

よぉ、シェフィー
そう思ってたのに逃げなかったなんて
お前も俺に会いたかった?
じゃれつくように言葉を投げ
冷たい態度を気にも留めず

シェフィーの問いに
珍しくぎゅっと眉を寄せ
お前…まだかかるってわかって聞いてるだろ、それ
いいやよくない
全然よくない

こっちの言葉への返しは簡単
馬鹿だなシェフィー
元より俺にとって、最初からお前はただのシェフィーだ
そんな理由じゃ受け取らねえ

仇云々じゃねえんなら
直接俺を見ろよ
お前が俺のモノになるまで
俺はお前の往く先に立ち続けるぞ

引かれた線を飛び越えて
手を伸ばして捕まえる
…やっぱこれも愛じゃねえのか?


シェフィーネス・ダイアクロイト
【契】今年の水着

スペワ依頼で感情を無理に整理
変化の切欠の幽世戦争
この地に赴くか迷うも波音と蛍に惹かれ一人岩辺で

…貴様なら
現れると思った

表情変えず淡々
諦観気味

(二人で逢うのはあの件(彼の旅団スレ)以来
棄てきれない柵(かこ)
溜まる蜜(どく)
ならば
此れ以上を望まん
停滞を選ぶ
抱えた想いは生涯隠し通す)

アリエ・イヴ
貴様に訊きたい(本当は掘り起こす気は無く
以前、問うた答えは出たか
解らないなら其れで佳い(いっそ永遠に知らぬ儘で

いずれ知るだろう
云っておく
貴様は私の仇の息子では無かった
…私の往く先を邪魔しなければ
もう手出しせん
此れは
不必要だ(彼へナイフ渡す

遠回しにこの関係に一線引く
顔見れず

(其の愛は
私とは違う)



 蛍はさながら、星のように。
 数え切れない光が瞬き、見るものの心とともに揺れる。
 漂う姿に音はなく。
 ただ繰り返される漣が、優しく穏やかに響くだけ。
 そんな静かな浜辺だというのに。
 冷たく、美しい眸を宙へと向けるはシェフィーネス・ダイアクロイト(孤高のアイオライト・f26369)。
 ああ、星屑たちの海で見つけたあの花は何を映すというのだろう。
 未だ脳裏に浮かぶのは水槽で揺蕩う、オトメユリの姿。
 己が心より逃れられないのだと、何度も幻のように、すぅとシェフィーネスの視界へと忍び寄る。
 そして、瞼を閉じてもそこにあるのは向日葵畑たち。
 ああ、と。
 逃れることは出来ないのだと。
 決意を秘めて、菫青の眸を向けるシェフィーネス。
 軽やかながら気品さえ感じさせる水着姿は、ある意味でこの場に相応しいのだろう。
 常とは違う装いで。
 一つの夏の夜の記憶と、刻んで遂げるべく。
 この姿でこそ、乗り越えられるのだと。
 愛しきひとの幻影みせるまぼろしの橋の消えたカクリヨの海を眺めていく。
 本音を言えば。
 シェフィーネスはこの場に赴くかどうかも迷っていたのだ。
 それでも迷う心は波音と、揺れる蛍の光に惹かれて此処へ。
 確かな決着と行き着く先を求めて、船が導かれるように。
 今はひとり、岩辺に腰掛け、蛍と海と、星と夜空を見つめていく。
 そんな静かで、密やかな場所に。
 あまりにも美しい足音を響かせ、静寂を破って男が現れる。
 誰も彼もの目を引きつけ、その存在感で魅了するものが。
 貴族のような美しさと、海賊のような奔放さを合わせ持つ、白と青の水着姿のアリエ・イヴ(Le miel est sucré・f26383)が、榛色の眸を煌めかせて。
 此処はアリエの海ではないけれど。
 それでも海は海なのだ。
 必ずや幸運を運んできたくれるのだと、無邪気なまでの傲慢な笑みを浮かべるアリエ。
 それを見て、冷たく、苦く、けれど切なさを滲ませて菫青の眸を揺らすシェフィーネス。
「……貴様なら」
 表情は変わらず、淡々としていても。
 何かを堪えるようなシェフィーネスの美しい貌。
「現れると思った」
 諦観の色に濡れたそれは、僅かに曇るようだから。
 アリエは誘うように、優雅な笑みを浮かべてみせる。
 そんな顔じゃツマラナイだろうと。
 俺とお前が出逢うなら、そんな力ない笑みは止めてくれよと。
 愛(みつ)が溢れるような、アリエの笑顔と声。
「よぉ、シェフィー」
 ふたりで逢うのはあの件より以来、初めて。
 それでも、変らぬアリエの表情と、何処か変ったシェフィーネスの貌。
 棄て切れぬ過去は柵となりて、自由に動くことを許さず。
 溜まるばかりの蜜(どく)は臓腑や心を灼いて溶かすばかり。
 ならばと。
 シェフィーネスは此れ以上は望まない。
 停滞を選び、海底に真実を投げて隠すように。
 抱えた想いは生涯隠し通すのだと、最後の覚悟を決めるように。
 けれど、何処までもアリエは自由な海賊だった。
 全てを巻き込み、抱き締め、愛を投げかける。
 返答は待たず、次から次へと注がれる蜜。
「なあ、シェフィー。俺が現れると、そう思ってたのに逃げなかったなんて」
 緩やかに近づきながら。
 逃げないシェフィーネスへと、甘く囁くのだ。
 蛍さえ、聞き取れないような密やかな声色で。
「お前も俺に会いたかった?」
「……っ」
 表情も、雰囲気も冷たく変わらないシェフィーネス。
 だがそれでも構わないのだと、アリエはじゃれつくように言葉を投げかけ、その態度に気をも留めない。
 いいや、ツマラナイその顔を、自らの蜜で変えてみせるのだと、自信を輝かせるばかりで。
 ああ、逃げられないのだと。
 シェフィーネスに短く、鋭い吐息を零させた。
「アリエ・イヴ」
 呼びかける声は、ナイフのように鋭くて。
 シェフィーネスに渡されたあの宝物のように、とても思い。
「貴様に訊きたい」
 決して錆び付くことのないのは、その感情こそなのか。
 或いは、幾ら隠しても記憶だけは泡のように浮かび上がり続けるということなのか。
 本当は掘り起こす気はなくとも。
 問い掛けざるをえない、シェフィーネス。
「以前、問うた答えは出たか」
 表情を変えないのがとても苦しく、辛く。
 出来るのならば怒りたいような、叫びたいような。
 或いは、もっと苦くて、冷たいものを零したいような。
 いいや、それはありえないとシェフィーネスは首をふるって、青味を帯びた銀の髪を靡かせた。
「いや、解らないなら其れで佳い」
 そう、いっそ永遠に知らぬ儘で。
 永遠に海底に沈む謎となってくれればと。
 或いは、ただの夏の海ならばそれも叶ったかもしれない。
 だが、ここはカクリヨ。
 全てを受け入れ、思いにて移ろい世界。
 時として、ひとりの思いで滅びに向かう程に危うい優しい場所。
 だからこそ嘘には余りにも敏感で、真実の思いを求めて蛍が青く染まって揺れ動く。
 そして、その向こうで赤銅色の髪を揺らして首を振るい。
 榛色の眸を瞬かせるアリエ。
「いいや、よくない」
 珍しくきゅっと眉を寄せる。
 まずは受け取って欲しい。
 それから全てを決めていこう。
 最後に投げ棄てられてもアリエは海賊だ。笑って受け止める。
 それでも、まず始まりを否定されるのだけは認めない。
 判らないならば、永遠に判らぬままに海に沈めるなど、アリエの送る愛ではないのだから。
「それは、全然よくない」
 傲然と、そして不満げに告げるアリエ。
 注いだ蜜(あい)にどういう反応を見せてくれるのか。
 アリエの求めるものは、そういうことだから。
 それでも、シェフィーネスは淡々と続けるのだ。
 どうしても離れて、別れたいのだと。
 そうでなければ鼓動が引き裂けそうなのだという本音を隠したままに。
 冷たい貌で、淡々と。
 シェフィーネスは何処までも本音と真実を、自らの心を隠したままに。
「いずれ知るだろう」
 それだけは必ずやと。
 間違いのない真実の欠片を、アリエに晒すのだ。
「云っておく。貴様は私の仇の息子では無かった」
だから関係などない。
 絡み付く縁と感情などある筈がないのだと。
 もうこれで終わりで、別れなのだとシェフィーネスは声色に込めて、夜に静かに染み渡らせる。
 ふたりはそもそも。
 出逢うべきですら、なかったというように。
「……私の往く先を邪魔しなければ、もう手出しせん」
 それは海という広い場所で。
 数多にある世界でも、もはや触れる事はないのだと示すように。
 シェフィーネスとアリエの船は、何処へと彷徨い、別れて果てるのだ。
 いいや、そうシェフィーネスは願っているから。
「此れは、不必要だ――もう」
 かつては、違ったとしてもと。
 決して錆び付かないナイフを、俺の宝物と渡された過去ごと。
 突き出して返すようにシェフィーネスは『eilla』をアリエへと差し出す。
 そう、注がれた蜜も同時に返すように。
 これは不要。ああ、心を灼くようなものなど、毒に他あるまい。
 私は独りでよいのだと、孤高なる菫青の眸は信じているから。
 けれど、シェフィーネスは何故かアリエの顔を見ることはできず。
 いいや、見つめることのできない思いと真実を、深い海の底へと沈めようとしているのだ。
 一線を引くのだと遠回しに告げて。
 距離をおくように腕だけを伸ばすシェフィーネス。
 だが、それではダメだと、アリエの榛色の眸が真っ直ぐに見つめる。
 こちらの返しの言葉は簡単だと、軽やかなアリエの言葉がシェフィーネスの耳朶をうつ。 
「馬鹿だなシェフィー」
 ようやく、らしく笑うアリエ。
 傲慢かつ純粋無垢な子供のように。
 自由と愛を謳う海賊として。
 ああ、それがどうしてもシェフィーネスの心を揺らしてしまうのだ。
「元より俺にとって、最初からお前はただのシェフィーだ」
 だからこそ、後から勝手に付けた理由と屁理屈と感情で染まった宝物なんて。
「そんな理由じゃ受け取らねえ」
 嘘と鍍金で固めて、真実を錆び付つかせて隠したナイフなんて、受け取れない。
 渡したのはこれじゃないのだから。
 かつてナイフの裡に想いを込めて、アリエはシェフィーネスに贈ったのだ。
 その想いを曇らせ、曲げさせては悲しすぎて。
 せめて、真実のひとかけらをくれよと。
 シェフィーネス本人の、心のひとかけらが欲しいのだと。
ナイフを握るシェフィーネスの手を上から握り、しっかりとナイフを掴ませる。
 これが絆で、始まりで。
 そうして巡り往く、これからの証なのだと。
「仇云々じゃねえんなら、直接俺を見ろよ」
 そんな仇だのどうだのという上書きされたものではなく。
 アリエを確かに、正面から見つめて欲しい。
 何を感じ、覚えたのか、応えて欲しいから。
 そこでようやく、敵意や悪意を返されても仕方ないけれど。
――こんな半端な終わり方は、認められねぇよ。
 きっと、互いに永遠に忘れられない棘となって、胸と心を苛むから。
 それこそ鎖のように、ふたりを縛るものとなるから。
 アリエはそんなもの、認めない。
「お前が俺のモノになるまで」
 何も飾らないアリエの言葉。
 情熱的に、真っ直ぐにに相手を求めて。
 決して手放さない、輝きとなる声。
「俺はお前の往く先に立ち続けるぞ」
 シェフィーネスが手に入るまで。
 その心という秘宝が手に入るまで、アリエはシェフィーネスの海を辿り、巡り、そしてまた出逢う。
 奇跡的な出会いを、海の女神から授けられた幸運で叶えながら。
 嘘偽りのシェフィーネスの虚飾を剥ぎ取り、真実の欠片を手に入れるまで。
「何度でも、今みたいなツマラナイお前じゃなくて、本当のシェフィーの心が手に入るまで……」
 ナイフを手放させない為にアリエの掴んだシェフィーネスの掌は震えていて。
 投げ棄てるべきなのか。
 それとも掴むべきなのか、その心の羅針は迷っている。
 いいや、真実は決まっているから。
 それを隠し続けきれないように、震えるのだ。
「お前の姿を、声を探しづけるぜ?」

 執念深いのは知っているだろう。
 シェフィーネスに付き合えるぐらいの、思いの深さなんだ。
 俺なら、アリエ・イヴならば、シェフィーを満たしてみせる。
 だから、真っ直ぐに見つめて、受け取って欲しい。

「……っ」
 それでも逃げようとするシェフィーネス。
 何処までも孤高にあろうとした菫青の眸が揺れに揺れて。
 蜜に侵され、涙を零す。
 ナイフは掴んだまま、アリエの腕を振り解き、逃れようとするけれど。
 それは真実とは異なるからこそ、動きは鈍く。
 何も気にせず、思うが儘に振る舞うアリエに捉えられてしまうのだ。
 引かれた線など意に介さず、一息で飛び越えて。
 振りほどかれた手を、再び繋ぐ。
 次は解かせないのだと、強く指を絡めて。
「なあ……逃げようとして、逃げられない」
 そうして、シェフィーネスの手を自らに近づけさせ。
 拒もうとして、拒めないその手へと唇を寄せるアリエ。
「追いかけて、どうしても、追い付いて巡り会う」
 蛍と波音に誘われて、この場にシェフィーネスが現れたのも、そういうことだと。
 そっと言葉を、蜜のように甘く、密やかに呟いて。
「……やっぱこれも愛じゃねえのか?」
シェフィーネスの手首へと、柔らかな唇を触れさせるアリエ。
 接吻というには熱く、甘いそれ。
 蜜と詠われ、毒と呼ばれた、情熱から零れるもの。
 シェフィーネスの手首の敏感な肌に、微かについた唾液もまた蜜を思わせるから。
 肌が震え、シェフィーネスが小さく吐息を零した。

(違う)

 それでも否定しようと。
 菫青の眸から、真実の変わりに。
 切なくも熱く。
 嬉しくも、悲しい雫を零しながら。
 ああ、もしも本当の事を言えたのなら。
 涙を零すことなんて、ありはしないのに。

(其の愛は、私とは違う)


 アリエの榛色の鋭い眸と見つめ合う、シェフィーネスの菫青の揺れる眸。
 けれどアリエの蜜に絡み付かれたように、もうシェフィーネスは動けず、逃げ出せず。
 再びのアリエの接吻に、心にかけた嘘のヴェールを剥ぎ取られていくのを感じた。
 涙は哀しみだけではなく。
 別の何かも含むから、熱く零れるのだ。
 そっと、蛍たちが寄り添うように。
 ふたりを隠すように、無数の淡い光で包み込み、覆い隠す。
 真実は、ふたりだけが知ればいいのだと。
 優しいカクリヨの海と宙が風を流す。



 この日は契機であり。
 或いは、変わりゆく為に打ち込まれた楔ともなるのだろう。
 強情と欺瞞。
 そして迷い、嘘、戸惑いにくすんだ菫青石の羅針を、また美しき導とする為に。 
 黄金の蜜を湛えた杯が、砂浜に落ちて転がる。
 乾いた砂と心を、その甘い蜜で濡らしながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年08月03日


挿絵イラスト