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星の狭間に、罪と花水は揺蕩う

#スペースシップワールド #戦後 #ミディア・スターゲイザー

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 ――こぽりと。

 何処か悲しげに、水槽の中で咲き誇る青紫の花びらが揺れる。
 空を知らず。風をも知らず。太陽の光さえ受けずに育ったその花びら。
 水の裡で艶やかに美しく、儚いが故に幻想的。
 だが、何処か空虚な色を帯びている。
 人の手で弄られた空想の花だからだろうか。
 水中の中では花など咲かない筈だと、何処か悲しげに。
 けれど、確かに咲き誇る姿は人の成した技術の果てなのだ。
 架空の夢、御伽噺にさえ手を届かせた人の思いの結実。
 故に永久に咲き誇るその花を、女は愛でるように吐息をかけて。
 けれど、水槽のガラスに阻まれて、何も届かない。

「ああ」

 何度、作り上げただろうか。
 そうして、壊していっただろうか。
 砕いた欠片からまた新しいものを生み出して。
 けれど、作り出す全てが戦の為の機械ばかりなのだ。
 そうして破壊と戦乱へと駆り立てる女はまるで死神だった。
 女帝のように機械の玉座に座れども、その周囲には命の息吹のひとつもありはしない。
 ただ周囲にある水槽の中にある冷たい花を眺めて思いを馳せるだけ。

「幾度、繰り返していくのでしょうね」

 最初にあったのは憧れで。
 多分、きっとそれは救いたいという思いだった筈。
 それこそ御伽噺の中にある、一筋の信念のように。
 友や家族、周囲のみんなを守る為にありたかった。戦う解放軍の同志が誇らしかった。
 例え帝国がどんなに強大でも、絶望に呑み込まれず勝利するという無垢なまでの誇りがあった。
 だというのに、今はただ破壊と殺戮の為の戦機を産むばかりの身なのだ。
 そのように帝国に作り変えられた生体機械こそ、今の女の真実。
 戦い抜いた先にと想いを抱いていたのは昔の話。
 もはや抱いていた志さえ朧げで、共に戦ったひとの顔も名も忘れている。
 今はただ、無限に繰り返す破壊と戦を生み出す死神として佇むだけ。
 或いは戦乙女だろうか。
 ただひたすらに戦場から魂を導き、永劫の戦いに身を投じさせる。
 そんな呪いなのだろうか。
 それとも、贖いだというのか。
 枯れる事のない水槽の中の桜のように。
 自らも戦機へと堕とされた女に救いは訪れない。
 終わりという救いは、訪れることなく。
 また壊したものの欠片を寄せ集めて。
 その才能をもって、新しい死の運命を紡ぐ。
 延々と、永遠に。
 自らを壊してくれる剣が訪れる、その時まで。

――せめて、その刹那に光をと希いながら。

 この輪廻を断ち切るのは、心であって欲しいと想うから。
 或いは、我が儘だろうか。
 私という破壊の紡ぎ手を、希望を担うものに越えて欲しいのだと。
 ただ戦い、壊すだけではないものに、終わりをもたらして欲しくて。
 けれど。
 その奥底で燻る、どうしようもない程の怒りは本物。
 こんな事になった今までを。
 こんな罪咎を背負わせる世界を。
 愛するものを殺し、愛しむべきものを壊させるものへと、赫怒を秘めて。
 つまりは全てへと、静かなる殺意と怒りを滲ませて。
 自らの心と望みに、理想に逆らうものへと怒り、恨み、憎しみ。
 或いは、自分さえも許さないのだと。

「私の絶望を壊す程の、光を」

 女は花のように、儚く呟いた。
 裡に秘める想いを、顕すことはなく。
 今は、まだ。




●グリモアベース


「今回の予知は、スペースシップワールドのものです。もはや驚異は少なくなった世界ですが、広すぎる星の海に終わりはないのでしょうね」
 柔らかな声で告げるのは秋穂・紗織(木花吐息・f18825)だ。
 僅かな憂いを帯びさせて続けるのは、予知した未来の話。
 銀河帝国の残党が群れるひとつの宇宙船のことだ。
「それは、宇宙船でありながら戦闘ロボットの生産プラントと突撃船を兼ねているものです」
 宇宙空間を遊撃しながら手当たり次第に襲撃をしかけ、資源や人員を略奪し、新しい戦闘機械へと作り変えていく。
 戦えば戦う程に数を増し、強くなり、そして研ぎ澄まされていく機械のワルキューレ。
 しかも今回狙うのは銀河皇帝唯一の血族『ミディア・スターゲイザー』。
 現在において唯一、コアマシンにワープ航法を与えることのできる存在。そんな貴重で、そして、奪われてはならないものへと襲撃をかけるのだ。
 残念ながら、その敵襲を阻む事は出来ず、既に攻撃の始まっている所からとなるが、『ミディア・スターゲイザー』を守るよりは敵艦へと攻め懸かる方がよいだろう。
「そして、敵艦に佇むオブリビオンの女性がひとり。彼女もまた、かつては帝国軍と戦った存在でしたが……」
 戦うも叶わず、生体兵器として、そしてその才能を活かすべく兵器の設計と生産の中枢を任されている。
 いいや、囚われている。縛られている。そのようにプログラミングされて、ある意味では呪われているのだろうか。
「彼女を討てねば、延々と戦闘兵器の量産が続いていくのです」
 故にこの生産プラントと化した宇宙船を破壊しなければならない。
 が、まともに戦えば物量故に消耗激しく、中枢であるオブリビオンが逃げればまた再起を図れるし、製造し続ける物量で押し潰す。
「そのように利用されている彼女の頭脳、才能、或いは作り出す想いは……きっと、そんな血と死と、戦いばかりのものではなかったのでしょうけれどね」
 ぽつりと零したあと、誤魔化すように微笑む秋穂。
 ただ、それをもってこそ。
 今、唯一のワープドライブの根絶どころか、ともすれば、生体デバイスとして囚われている『彼女』は最後の血統さえも己が戦機の軍勢にと利用してしまうだろう。
 止まらないし、止められない。
 自分と同じように全てを作り変えていく。
 そうでなければプログラミングで強制などされてはいないのだろうから。
 などと思うのは、夢見がちな空想だろうか。
「ただ、宇宙船ひとつとの消耗戦になっても問題です。ですので、今回は攻勢に徹し、可能な限り迅速に中枢を担う女性オブリビオンの撃破をお願いいたします」
 スレテスで宇宙船に辿り着き、中に乗り込んでの隠密行動。そのまま中枢を担うオブリビオンさえ撃破出来れば、宇宙船もその中にある戦闘兵器も機能を停止する筈なのだと。
「船の内部では、水の中で様々な花が咲いて浮かぶ水槽のある区域を通り過ぎますが、ご注意を」
 アクアリウムに似た巨大な水槽が無数に並ぶその区域。水の裡でひらりと、するりと浮かぶのは数多の花たちだ。
 特に水槽で咲き誇る艶やかな花は、幻想的なまでに美しいだろう。
 草花など戦いの為だけの機械には不要。
 だというのに、まるでかつての名残のように並ぶそれら。
 そう、昔はこういうものが好きだったとせめてもの欠片を残すように。
 或いは、感情を。
 残したい、或いは、残ってしまったそれを呼び起こさせるから。
「忘れてしまったものや、忘れたいものさえ、呼び起こすかもしれません。そうやって、水槽の花を見て、この宇宙船の誰かは、必死に何かを忘れないようにとしたのかもですね」
 でなければ。
 戦いに、鋼鉄に。
 花など、物語など不要な筈で。
 それこそがこのオブリビオンの、かつての真実を表す欠片なのかもしれない。
 本当なんて。
 もう判らなくても。
「ただ、戦いを続けるのならば、止めるしかないのです。どうか、ご武運を」
 そういって秋穂はぺこりとお辞儀をひとつ、するのだった。
 


遙月
 何時もお世話になっております。
 マスターの遥月です。
 
 この度はスペースシップワールドでの物語を出させて頂きますね。
 宇宙というよりも輝く星や、そこに届こうとする人の思い。
 或いは、その手を届かせてしまう程の技術を紡いだ人の心というのは、とても美しいものだと思っていたりします。
 そんな私ですので、機械やSFというよりはファンタジー的な要素が強めですので、ロボットだからこその、というものよりは、思いでこそのSFファンタジーとしてお届け出来ればと思っております。


 ですので、何時もの通りに心情×戦闘シナリオ。
 宇宙まで届いて、星と星の狭間を彷徨い続けるモノに、終わりをもたらしてあげてください。
 キャラクター様が想いや記憶に向き合う事になるシナリオとなれば、と。
 それこそ天の川に思いと願いを浮かべたように。
 過去にあった思いを描かせて頂ければと。
 

 なお、シナリオとしては攻勢と迎撃へと出るものの為、銀河皇帝の唯一の血族「ミディア・スターゲイザー」の護衛はせずとも大丈夫です。
 十分な戦闘力をもっておりますし、皆様が攻め入る事で逃げる隙を作る事となりますので。
 ……むしろ、守ろうと近づけば逆に危険だとお考えください(基本としてプレイングで頂いてもミディアとの共闘、その姿の描写はありません)
 
 
 プレイングの受付は、断章を追加してからの受付開始とさせて頂きます。
 採用人数は八名前後と少なめとなるでしょうが、出来ましたらどうぞ宜しくお願い致します。
 活躍させやすい方、書きやすい方からの採用となり、先着順ではありませんので焦らずに。


 本シナリオの構成は二章となっており、第一章で集団戦闘、第二章でボス戦となっております。

 特に第一章では心情や過去の語りを出来るようにと用意させて頂きますので、断章の投下をお待ち頂ければと。
 光による幻覚か、それとも何かしらの星を彷徨う程の技術がもたらすのか。
 蝶たちは皆様の記憶の中の罪の意識、罪悪感の象徴の景色を見せてきます。
 抗い、討ち勝ち、或いはそれでもと進む思いをこそどうぞ。
 戦闘よりも心情が中心となる予定です。


 そして第二章でも、苛烈な戦闘と共に思いをぶつけ合えるものとなれば……と。

 それでは、皆様の素敵なプレイング、お待ちしております。
 
 
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第1章 集団戦 『電幻の蝶』

POW   :    オプティカル・カモフラージュ
自身と自身の装備、【電幻の蝶が群れで覆っている】対象1体が透明になる。ただし解除するまで毎秒疲労する。物音や体温は消せない。
SPD   :    サブリミナル・パーセプション
【翅の光を激しく点滅させること】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【幻覚を見せる催眠】で攻撃する。
WIZ   :    バタフライ・エフェクト
見えない【クラッキングウイルスの鱗粉】を放ち、遠距離の対象を攻撃する。遠隔地の物を掴んで動かしたり、精密に操作する事も可能。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●断章  ~蝶の翅は、罪なる夢を揺らす~


 ひらり、はらりと。
 蝶の翅は、軽やかに瞬く。 
 機械である事を感じさせないその優美さ。
 うっすらと輝くのは、まるでカラスアゲバのような美しさ。
 ああ、確かに夜のような色合いは艶やかで。
 何処までいっても、鋼の身である事を感じさせない。

 けれど、はらり、ひらりと瞬くのだ。

 それは星を渡る程の技術が紡ぐ幻覚の光か。
 或いは、人の思いと記憶を揺さぶる何かなのか。
 心と感情に影響を与えるのは魔術めたいものなれど。
 例え機械であれ。
 人ならざる身であれ、蝶はその翅で追憶を見せるのだ。

 はらりと広がるのは、胡蝶の夢。
 夢か現か判らなくなって。
 機械に閉ざされた宇宙船から、かつての。
 在りし日の姿へと、世界は変わる。
 
――そう、これは罪の夢。
 忘れる事の出来ない、後悔の念と記憶が形となって顕れる――

 もしかすれば魂に直接、響かせるものかもしれない。
 だって、これは忘れられない記憶だから。
 今もなお拭いがたい、罪の意識と、罪悪感の象徴。
 ひらり、はらりと。
 蝶が何処かへと、揺れて流れる。
 その先にあるのは。
 貴方が忘れられない。
 忘れる事など出来ないと、自らの心を責め立てる光景。

 あの時、ああしていればよかったのにと。
 救えたかもしれない誰かが、優しく笑っている。
 もしも、贖う事が出来るのなら。
 叶うのならばと、願う気持ちが夢のように揺蕩う。
 
 罪の意識は蝶の翅に乗って。
 今、こうして今の世界に広がっていく。
 それは機械の蝶が見せる幻だと、判っていても。
 躊躇わずに進み、蝶を撃ち壊せば終わるのだと判っていても。
 足を止めてしまうのは。
 人の心は、花のように優しくて儚いから。
 そして。
 きっとこの記憶を、罪の夢を越えるのは。
 人の思いとは、決して止まる事を知らない熾烈なるものだからこそ。
幾度となく、この罪の夢を繰り返すのだろう。
 自分を許せぬ思いこそ。
 罪の真実の姿なのだろうから。




※解説


 蝶の見せる幻覚によって、皆様の前には罪悪感を覚える過去の姿が浮かび上がっています。
 それは罪悪感だったり、後悔だったり。
 或いは、未だに浸っていたい幸福の残り香。
 鋼の翅が見せるのは、拭いきれない記憶と情念の姿。
 あくまで幻でしかありませんが。
 記憶と感情にどうしても残るものが広がっています。


 蝶が見せる内容はプレイングにて記載をお願い致します。
 必ずしも、罪や罪悪感、後悔でなければならない訳ではないですが……足を止めたくなる内容や事件である、というのが、この蝶が見せる夢の内容です。


 幻覚を見せる蝶たちは、一撃で破壊できる程にとても脆いものです。
 故にこそ、罪の意識を、後悔を。
 それらを乗り越えるか、或いは、共に歩むか。
 強い思いを以て、その蝶の見せる幻影ごと撃ち砕いて先に進んでください。
リオ・ウィンディア
【PCK】
見たのは過去世
歪んだ両親、優しかったはずの兄弟
憎しみと死別
孤独な旅の果てに見つけた安住の人
そして、生き別れた妻

どうしてうまくいかなかったのだろう

けれども今は貴女の魂は自由ですか?
私は貴女を忘れない
素敵な時間だった
けれども、もう行くよ
再びまみえることはないだろう
歪な僕を愛してくれてありがとう、でもさようなら
願わくば、貴女の美しい魂もまた自由であれと

満月の瞳を見開いて、決意を持ってダガーを突き刺す
刃を返して2回攻撃
獲物は違えども、あの時の僕が愛用した技で葬送しよう

戦い終わって暫し立ちすくむ少女
私の過去とそして未来に繋がるアンの存在を背中に感じる
今私がどんな顔をしているかそれは分からない


アン・アイデンティファイ
【PCK】
WIZ
悔悟の念か。過去すら存在しない私には、抱くことの出来ないものだ。ある意味では、それが羨ましいとも感じるね。人は傷つきながらも前に進むという、ならば立ち止まることは無意味ではない
僕は後退こそないが前進もまた……
え、それがどうしてここにいるかって? 僕の、大切な人の付き添いさ

不可視とはいえ鱗粉なら、質量は微細か
スウェットを脱いで仰ぎながら行動。影の追跡者で敵の位置を確認しつつ地形を最大限駆使して暗器を投擲
僕の腕前は自慢できないが、援護くらいにはなるかな。さぁ、お前も奴らを追い込んでこい

立ちすくむリオと背中合わせに立って、ああ、ここにいるよと
君がいつもの笑顔を取り戻すまでは、こうして



 ひとの紡いだ鋼の翅が。
 軽やかに瞬いて、遙かなる夢を見せる。
 ふわり、ひらりと。
 決して触れられない筈の思い出を呼び起こして。
 リオ・ウィンディア(黄泉の国民的スタア・f24250)の喉から、御無くも澄んだハイソプラノの声が流れた。
「……あ」
 ああ、知っている。
 忘れてなんかいないよと。
 それは世を隔て、魂に繋がる標。
 広がり、機械の通路を埋め尽くして。
 瞬間、隣にいた人さえも忘れさせるのだ。


 終わった筈の過去世の景色を、もう一度と。

 
 歪んだ愛憎がそこにある。
 過ぎ去った人生だからとリオは諦観は出来なかった。
 満月のような金の眸で、かつての日々と人生を映し出す事を、止められない。
 両親は捻り曲がった思いを、その時代のリオに向けて。
 そのぶんを癒やすように、優しい兄弟がいたのだ。
 確かに、優しかった筈の。
 絡み付いて、絡み付いて、リオが逃れられない、歪んだ愛憎劇。
 手を伸ばそうとして。
 けれど、リオの指先は虚空をきる。

 それは誰に伸ばそうとしたのだろう。
 両親の愚かしい行いを止めようとしたのか。
 もういいのだと、優しさで触れ合う兄弟を止めようとしたのか。
それとも。
 此処から逃れなさいと、告げたかったのか。

「私は憶えている」

 これは過去の夢。
 魂にまで苦く染みこんだ、悪夢なのだから。
 愛憎は時をかけて、憎悪へと転げ落ちていくことも。
 変わりはしない。
 救われはしないのだ。

「そうして、私達は死に別れた」

 死別に至った絶叫に、リオは長い睫を伏せた。
 幼げな美貌にあるのは、時を経て磨かれた悲しい諦観。
 決して見た目に騙されてはいけないよ。
 その裡にある想いは、余りにも悲痛で、夜のような黒さと静けさを秘めているのだから。






 傍らを歩くリオの変化に気付いたのは。
 アン・アイデンティファイ(デザイン・ベイビー・f33394)の幸せか、不幸なのか。
 少なくとも、自分の状態よりも。
 深く繋がり、伴に在るというリオの変化に敏感だから。
 自分よりも、大切なひとを。
 心にて結ばれる人の、大切な姿を。
 アンの黒い眸は、逃しはしないのだから。
 踝まで伸ばされた白い髪は、その歩みと共に止まり。
 満月を想わせる瞳は、痛みに震えながら何処か遠くを見つめている。
「幻覚、か」
 するりと足音を忍ばせて後退するアン。
 リオが澄んだ声を、そして細い指を伸ばす。
 何もない所へ。
 けれど、確かな想いを募らせて。
「そして、後悔の念」
 蝶がその翅で見せるのは。
 拭いがたい、心に刻まれた夢なのだから。
 誰かに許して欲しくて。
 けれど、赦される筈がないのだと自らに課す。

 罪の意識――どうして、それを羨ましいと思うのだろうか。

 過去さえ存在しないアンでは、抱く事さえ叶わないもの。
 人は傷つきながら前に進むという。
 ならば、今のリオのように、立ち止まる事もまた無意味ではない。

 ああ、そこまで判るからこそ――ある意味、羨ましいと思うのだ。

 ならば。
 思いで痛む事も。
 感情で微笑む事も。
 凪いだ思いは、どちらに向ければいいのか。
 進む事も、戻る事も。
 十全に、満足に出来ないのならば、それは欠けた部分だから。
「だからと、憧れはしないよ」
 ならばどうして。
 アンが此処にいるのかと問われれば、ただひとつ。
 大切なるひとが此処にいるから。
 その付き添いとして。

 過去を映す幻の蝶を砕き、明日への光を示そう。
 今、リオの傍を生きるのはアンなのだから。

 蝶の翅が放つ、さらりと輝く鱗粉。
 不可視とはいえ、ならばこそ質量は微細なるもの。
 軽やかに漂い、周囲に満ちるならばこそ、また煽られれば流れ往くものなのだ。
 スウェットを脱いで仰ぎ、鱗粉を周囲に散らせるアン。
 同時に召喚した影の追跡者を周囲へと走らせ、ひらり、ひらりと舞う蝶たちを捉えていく。
 腕前は自慢出来るようものではなくとも。
 迫る過去の残滓、打ち払うには足りるのだと、機械の通路を跳ねながら投擲される暗器たち。
 その切っ先は鋭く、静かに。
 命を奪う影として伸び、過去の罪を見せる蝶たちを砕いていく。
 ぱりん、と響き渡る美しい音色。
 それこそが、リオを呼び覚ますのだと。
 幻影を浮かばせる翅を、穿ち砕き、追い詰める。
 過去の夢から醒める時のだと、放たれる刃は告げて。
満月の黄瞳に、現を思い起こさせていく。



 
 ああ。
 死別を経て、出た旅は余りに孤独なものなれど。
 風が渦巻き、過ぎ行くものから体温さえ奪うようなものでも。
 その最果てで、確かにリオは見つけたのだ。
 安住の人を。
 ようやく心を留まらせられる場所を。
 安堵の思いを湧き上がらせる、そのひとを。
 妻となるひとを見つけて、手を握り。
 幸せへと辿り着いたのに。


「どうして、うまくいかなったのだろう」


 呟くリオの手のひらの中に、暖かな妻のそれはない。
 握り絞めているのは、冷たいダガーの柄。
 蝶の見せる、鋼の終わり。
 最期までを見る事は無く。
 次々と現実ではアンの手で討ち果たされていくから。
 その最期までを、見届ける事は出来ず。
 けれど。
「今は貴女の魂は自由ですか?」
 リオは、私は、愛しき貴女を忘れない。
 どれ程に美しく、この心を満たしてくれたのか。
 出来る事ならば、最期まで伴にと思うけれど。
「素敵な時間だった――けれども、もう行くよ」

 また、あなたは果てない旅人になるのですね。
 そう悲しげに笑う妻の姿に、胸は痛むけれど。

「貴女という安住の果てがあったように。今度の旅もまたきっと」
 だから旅立つのだ。
 過去の安息と夢に。
 後悔と罪悪感に、溺れるような事などせず。
「再びまみえることはないだろう」
 こんな別れを告げる事を赦して欲しいと、リオは手のひらのダガーをくるりと翻して。
「歪な僕を愛してくれてありがとう、でもさようなら」
 願わくばと。
 秘やかなる死を紡ぐ、暗殺の刃を翻して。

 願わくば――貴女の美しい魂もまた自由であれ。
 過去に囚われる、悲しみと苦しみより。
 永遠の安らぎを、訪れさせるべく。
 リオの手にする切っ先が鎮魂の歌を紡ぐ。

「過去は繋がり、今に。未来へと進む中で、留まる事は出来ないから」
 満月の瞳を、見開いて。
 そこに確かなる決意を、宿して。
 蝶の翅より軽やかに、突き出されたダガーが過去の夢の姿を貫く。
 命を奪う重さなど知らないと。
 翻る刃は二度と急所を貫き、命を奪うのだ。
 獲物は違えど、同じ技で葬送しよう。
唇と声色は違えど、同じ思いを響かせて別れよう。
 歌のように美しく。
 けれど、余りに悲しい余韻を響かせて。
 最後の蝶を、殺しの刃が貫く。
「ああ」
 その刃は血に濡れていなくても。
 血肉を断つのではなく、脆いガラスを砕いた手応えがあれど。
「ああ――それでも、過去は変わらない」
 殺したという事実は、リオの手と身に永劫に絡み付くのだ。
 さながら、烙印のように。
 世界の果てまでいっても、赦されぬ旅人よと。
 ロータスと名付けた短剣は、こんなに重かったのだろうかと。
 戦いの終わった筈の場所で、佇むリオ。
 いいや、先に歩む事ができずに。
 呼吸の仕方も忘れたように、静かに立ちすくむ少女。
 幾つもの宿世の記憶を宿すならば。
 宝石のような輝きも。
 また、悲しき月の色も。
 幾重にも、リオはその身に憶えているから。
 そのひとつ、ひとつを、揺り動かされて。
 忘れるなんて出来はしないのだと。
 魂が穏やかなる歌を、呪いの如く紡ぐ。
 けれど、今はひとりではないのだと。
「いるかしら?」
 そぐ傍で感じる温もりに、声をかける。
 リオの過去と、そして未来へと繋がる存在を背中に感じながら。
「アン、いるかしら?」
 問いかけるリオの声は、歌のように美しく。
 そしてきっと、花のように柔らかで。
 涙のような儚いものと伴にあるから。
 それが終わるまでは。
「ああ、ここにいるよ」
 アンはリオのすぐ傍にいる。
 決して離れないと、小さく声を震わせる。
 背中合わせの姿では、お互いの顔さえ見えないけれど。
 それでいいのだと。
 今の表情を、もしかしたら、泣いているかもしれない貌を。
 見られたくないというのなら、アンはそれが終わるまでは、ただ、ただ傍にいよう。
 確かに触れ合える距離で。
 けれど、見せたくないもの隠せる距離で。
 互いの呼吸の音を、重ねながら。
「君がいつもの笑顔を取り戻すまで」
 何時までもそうしてもいい。
 リオはアンと違って、後退だってするだろう。
 けれど、前に進めるから羨ましいと思うのだ。
 憧れの気持ちを抱き、心の底からの絆を信じられる。
 過去に不満なく、未来に展望もないアンだけれど。
 リオの今日は、アンの傍にあるのだから。
 また、あの笑顔を見せて欲しい。
 愛くるしいあの美しき貌を。
「また、あの綺麗な歌を紡いでくれるまで」
 澄んだハイソプラノを。
 星の漂うこの夜空の世界で、揺蕩わせて。
 何処にいけるかなんて。
 判らないのだから。
「ここにいるよ」
 手のひらだけを、リオとアンは重ねて。
 傷つきながら前に進むアンと伴に。
 痛みに立ち止まる、アンと呼吸を合わせて。
 時に後退してしまう、悲しみに寄り添いながら。
 それでも、進む姿は愛おしいのだから。
 羨ましくも、憧憬と裏腹のそれは。
 大地より見上げる星空のように、大切で。



 いずれ、いずれ。
 静かに、想いにて痛みを癒やす歌がリオの唇から零れ出す。
 祈るように、呪うように。
 そして彼方へと願うようにと。
 果てなき未来へと、玲瓏と響き渡る。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アリス・フェアリィハート
アドリブ等歓迎

ミディアさん
ご無事に脱出できたでしょうか…
思いつつも先へ

蝶さんが飛んでる…?

眼前に『ある光景』が…

夢にみるのに
思い出せない
失った記憶…

『貴女は…?貴女の後ろにいるのは…私…?』

自分の『姉』が
幼い自分を庇い
目の前で
オブリビオンに殺された事…
でも…その記憶は失い
殺された女性が
自分の姉という事も
解らず…

私を庇ったせいで…貴女は…?

『やめて…!その人を殺さないで…!』

何度も夢にみた事なのに
思わず叫び

けど…
手にした剣が輝き
気付きます

『過去に何があったのか…未だ思い出せません…けど…今の私は猟兵…今あるものを護らなきゃ』

でも…目は背けません…
いつか知って…向き合う為に…

UCを発動
前に進みます



 憂う言葉は、星の狭間に消え往く。
 人の声など儚きもの。
 傍で囁き、ようやく心へと届く。
 届いて、響いたからと。
 必ずや想いへと、願いへと結び付く訳ではなく。
 そんな事は、幼き心とて知っている。
 それでもと。
アリス・フェアリィハート(不思議の国の天司姫アリス・f01939)は、ゆっくりと言葉を落とすのだ。
「ミディアさん、ご無事に脱出できたでしょうか……」
 それこそアリス達が迎撃し、進めば進む程。
 攻め込めば攻め込む程、安全なのだと理解は出来ても。
 まったくの心配をせずに。
 誰を置いて進める程、アリスの心は果敢なる強さを持たない。
 ただ無垢に優しく。
 幼い光を宿すのが、アリスなのだから。
 流れる金色の髪も、澄み切った青の瞳も。
 優しく、柔らかく。
 前を見据えて、進む少女のそれだからこそ。
 誰かを想い、誰かを守る光として、アリスは先へと進むのだ。
 ふと。
 目の前を過ぎるのは、美しき蝶の姿。
「蝶さんが飛んでいる……?」
 けれど、その翅は鋼。
 過去の幻を見せる、罪の鏡がアリスの記憶へと入り込む。
 幾度となく夢に見るのに。
 思い出せず、その真実を明らかにしない。
 喪った筈の、記憶の欠片を。
 はらり、ひらりと泳がせて。
 アリスの眼前へと、ひとつの景色として映し出す。

『貴女は……?』
 
 それは、ひとりの少女の背中だった。
 儚く、果敢に、けれど傷だらけの姿。
 それでも守ろうとする勇気は、赤く濡れてなお美しく。
 決意は、アリスと似た金色の髪をより輝かせる。
 余りに悲劇に過ぎて。
 周囲がどうなっているのかさえ、アリスには判らず。
 ただ、ただ、その痛ましい背中を見つめるばかり。
 声をかけても、それは過去の幻影。
 決して振り返らない。
 いいや、たとえ声が届いたとしても。
 彼女は振り返らないだろう。
 必死で、決死で、目の前の敵から背にいるひとを守ろうとしているのだから。
 たとえ、その身と命が潰えても。
 これだけはと守ろうとする、優しき苛烈さ。
『貴女の後ろにいるのは……私……?』
 アリスには判らない。
 どれ程に似通った部分があったとしても。
 忘却された過去を確かめる術など、ありはせず。
 けれど、これを何度も夢に見るのならば。
 その罪の意識は、記憶の欠片は残っているのだろう。
 蝶の羽ばたきひとつで、浮かぶ程に。
 或いは。
 その罪と後悔に、アリスひとりでは抗えないのかもしれず。

『やめて……!』

 叫ぶアリスの声は、幼い自らを庇う女性ではなく。
 その前に立つオブリビオンへと。
 怒りに狂い。
 血と暴力が呼ぶ、狂乱に酔い痴れたその姿へ。


『その人を殺さないで……!』

 
 何度も夢に見た筈なのに。
 思わず叫ぶのは、それこそ何度目だろう。

 声は余りにも儚く、弱く。
 過去を遡って、辿り着く筈もなくて。
 たとえ、届いたとしても。
 暴虐の獣と化したオブリビオンを止める程の強さはないのだ。
 それこそ、星へと囁きかけても。
 その輝きを変じて、星が瞬く色を変える事はないのだから。
 声に、言葉に。
 アリスは自らの心に、意味と強さなんてないのかと。
 青い瞳に涙を溜めて、一瞬だけうつむきかける。
 そう、ほんの一瞬だけ。
 けれど諦めかけた心は、輝きを見つけるのだ。

 諦めないで。
 貴女の人生は、幸せは。
 此処からまだ、広がっているのだと。

 手に握り締めた剣が、光燐を纏って周囲を照らす。
 空色の光焔を纏う姫英雄の剣が、輝きを以て周囲を照らす。
 万象と怪物をも灼き切った刃なのならば。
 また如何なる困難をも斬り伏せる輝きたろうと。
 ああ、とアリスの喉が小さな声を揺らす。
『過去に何があったのか……未だ思い出せませ……』
 それでもと。
 もしも、この小さな手と背に。
 誰かが繋いでくれた過去があるのならば。
 優しくも芯の強いアリスの想いは、それに応えるべきだと。
 姫英雄の剣を、諸手で握り絞めて構える。
『けど……今の私は猟兵……』
 青い瞳の焦点は過去から現実へ。
 後悔と罪の幻影を打ち払い、目の前の敵の姿を映し出す。
 声もまた。
 幻影が見せる過去の夢ではなく。
 その喉から零れる、確かなる音として。
 誰かに届かずとも。
 此処にある想いは、星の輝きより確かなのだと、想いを奮わせて。
「今あるものを護らなきゃ」
 守る為にアリスは此処に居るのだから。
 でも、アリスがこの幻から目を逸らす事はない。
 何時かの果てに、真実を知って、向き合う為に。
 その為に、この空色の光焔は導いてくれるだろうから。

 幼い足は、されど、確かなステップを踏んで。
 剣と花が織り成す歌舞を、星空の世界に咲き誇らせる。

「――もの言う花たちの噂話は……あらゆる世界に広まっていくのです……」
 それこそ。
 花と星に、想いと噺を人は飾るように。
 あらゆる場に、噺と歌は広がっていくのだと。
 姫英雄の剣、その刀身が鈴蘭の花となって広がっていく。
 時空をも歪ませる衝嵐は、花をともなって美しき軌跡を描く。
 花にて飾られ。
 紡がれた道こそ、アリスの進むべき未来。
 決して。
 決して、この歩みを止めさせないのだと。
 止めたりはしないのだと。
 再び空色の刀身へと戻った姫英雄の剣を一振り。
 優雅にお辞儀をして。
「さようなら、今は判らない、過去の夢と蝶」
 今に決するべきではないものへと。
 別れの言葉を残して。
 一歩、一歩。
 鋼と機械で紡がれた道を、アリスは往く。
 その途中で飾れる水槽の花は、それこそ、これも人の心が伴ったもの。
 この無機質で冷たいものも。
 誰かの人の夢が形作った幻なのかもしれないと。
 うっすらと、悲劇の気配を感じながら。
 全ての悲しい夢と過去に、終わりの光と花を贈るべく。
 携える剣が、清らかなる光燐を漂わせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フォルター・ユングフラウ
【古城】

創造主よ
事情は耳目たる使い魔で把握した
また騎士を壊そうとしたか?
満足を伴う筈も無い
汝が最も憎むのは、自身なのだから

…蝶?
とうに霧散した
罪を受け入れ歩むと決めたからか
或いは、騎士の叫びのせいか

嘗ての石頭の電子の護りが綻ぶとは、想い人の仕業か?
それを突き、脱出や生存も図らず
その真意は…
いや、言うまい

恨まれ、身を損なおうとも、苦痛を看過出来ず手を掴む
汝は知らず、我は知る─木偶と評したモノの騎士道を

何時までも彼方で蹲って世話が焼ける
まぁ楽しみに待て
我の言葉を思い返しつつな

トリカブト…“貴方は私に死を与えた”
何とも因果な花言葉たちよ


さて
女の心を救う算段は既に得ているな?
─我の知る「騎士」ならば



 伴う筈の白い戦機の姿はなく。
 変わりに広がるのは、赤い血霧。
 ああ、と。
 過去は変わらず、不変なのだと。
 だからこそ、明日へと歩み往く楽しみがあるのだと。
 最早、そこを歩むのは鮮血の魔女ではない。
 漆黒の淑女として。
 御伽の光へと導かれ続けた、ひとりの女として。
 フォルター・ユングフラウ(嗜虐の女帝・f07891)は傲然と、不遜なるままに機械の道を往く。
 此処は別の女が支配する国のようなものであるなどと。
 一切を気にする様子などなく。
 自らがこの歌劇の主役であるかのように。
 美しくも気高き声を、その喉より張り上げる。
「創造主よ」
 この鉄の船を、星の海に浮かべるものへ。
 或いは、幾つもの戦機を作り続け。
 何かを壊しては、闘争を作り上げる終わりなきものへと。
 ああ、認めよう。
 貴様は確かにアレの創造主でもあるのだと。
「事情は耳目たる使い魔で把握した」
 僅かな苛立つを、その血のように赤い瞳に滲ませて。
 この船が創造主の女のものなれば。
 フォルターが使い魔で把握しように、全てを見聞きしていようと。
 魔術と機械技術。そこには埋めがたい溝があれど。
 ああ、あの戦機へと懸ける想いもまた正反対なれど。
――私のもののだと。
 傷付けてよいのも。
 壊してもよいのも。
 創ったのは貴様であっても、その後は私のものだと。
 自らの初心な乙女のような心を、そっと隠して。
「また騎士を壊そうとしたか? あの白き騎士は、貴様のモノではないというのに」
 いいや、誰のモノにもならないが故に。
 誰の為にでもある、御伽の騎士足らんとしているのだと。
「それを壊そうとしても、満足を伴う筈もない。嘗てのアレと、今のあの騎士は違うものなのだ。それさえ判らない程、怒りに酔ったか?」
 夜のように艶やかな黒髪を靡かせて。
 迫る幻影の全てを、女帝の威厳にて踏み散らし。
「いいや、違うまい。どれ程の叡智をもってしても、感情で燻った己が想いは見通せぬのだろうな」
 機械の王座にて縛られ、佇む紫の姿を憶えて。
 さあ、挑もう。
 果たそうと、フォルターはその靴音を響かせる。
 貴様が揺蕩うのは星の狭間だからと。
 消える想いではないと知れと。
「汝が最も憎むのは、自身なのだから」
 告げるフォルターの声に、大気が震えて応じる。
 戯れ言をと静かなる怒気が打ち寄せて。
 けれど、優雅に微笑むフォルターの貌。
「図星だったようだな。が、その程度で怒るならば底も知れよう。故に、あえて、もう一度口にしよう」
 進み続ける姿には気品がある。
 かつてならばフォルターは全てを叩き壊して、最短を進んただろう。
 そこに情緒はなく、感情は全て刹那的な暴力と快楽へと向いていて。
 底なしの渇きを疼かせる、血で育てられた妖花だったというのに。
 今は在りし想いの尊さを、欠片だけでも知るのだ。
「あの騎士は、貴様のモノではない。貴様は、貴様自身の怒りを砕かぬ限り、永劫に呪われたままたなのだ」
 この決着はかの騎士の手によって成さねばならない。
 故に、この手を貸そう。
 対価にと捧げられる美酒と言葉を、共に過ごす為に。

――貴様は、この船の裡で。
 誰かと笑い合う事を望んだ事があるのか――

 ないというのならば。
 それこそフォルターたちが負けて、劣る筈はない。
 どうしようもない程に曲がりくねった、困難な道を歩んで来たのだ。
 時には、互いが互いを討つ事を良しとしつつ。
 では、今、それを望んでいるかと言われれば。
 フォルターは、はてと小首を傾げるものの。
 進む歩みは真っ直ぐで、蝶の見せる幻などないかのよう。
 いいや。
「……蝶?」
 そのようなものと、手にした黒の鋸鎌を振るえば。
 大気を断ち斬る音と共に、氷が砕けるような美しくも冷たい音が響き渡る。
「そのようなもの、とうに霧散した」
 罪を受け入れて進むと決めたからか。
 或いは、騎士の叫びのせいか。
 フォルターの視界では血霧がどろりと揺れに揺れ。
 領民の亡霊たちが、ひたりひたりと背後から付き従いながら、怨嗟の視線を投げかけている。
 それでも。
 意に介さぬ。
 揺れて動かぬ。
 これが罪を受け入れ、共に進むと決めた漆黒の魔女なのだ。
 過去の罪咎から逃れず、伴に現実へと挑む姿だからに他ならない。
「しかし」
 再び鋸鎌を一閃し、近くに寄って来た電子の蝶を斬り伏せるフォルター。
 血錆にまみれた鋸刃は、妖しく冷ややかな気配を放ち続けて。
 近づく蝶を。
 罪なる夢を見せる翅を、ひとつ、ひとつと削ぐように斬り堕としていく。
「嘗ての石頭の電子の護りが綻ぶとは、想い人の仕業か?」
 それはこの船の護りを語るのか。
 それとも、はたまた、騎士へと見せた幻影の事なのか。
 確かな事は、未だ判らない。
「それを突き、脱出や生存も図らず……」
 直接、顔を見て、問いただし。
 決着と共に手に入れるしかないのだ。
「その真意は……」
 瞬間、乱れるように舞う無数の蝶。
 夥しい数のそれは、フォルターの言葉を遮ろうとするかのよう。
 言うな。口にするな。

――私の想いは、例え悲憤に染まったとしても私だけものだと
 あの木偶を壊すのは、私の祈りに他ならない――

「……いや、みなまでは言うまい」
 同じく黒の鎌刃を乱れさせ。
 漆黒の魔力を舞い散らせて鋼の蝶を。
 絡繰りの罪の夢を斬り払い、進むフォルター。
 鋸鎌のみならず、呪殺の弾丸を周囲に漂わせ、女帝としての威厳をもって真っ向から進み、蹂躙せんとする。


 貴様も貴様なりの思いがあるのだろう。
 騎士と関わらなければ、そのような情緒や斟酌など一切なかっただろう。
 これは、過去の亡霊たちが知るよしもないフォルターの姿。
 故に過去の夢、罪だと突きつけられても。
 漆黒の淑女は、もはや決して揺れたりなどしないのだ。


 そして、それ以上に。
「恨まれ、身を損なおうとも、苦痛を看過出来ず手を掴む」
 瞋恚を抱きし女が何を囀ろうとも。
 己が知る、白き御伽の騎士の姿はフォルターの中で揺らがない。
 今もまた、躓き、蹲り。
 余りにも一途で誠実過ぎるから、自ら困難へと転げ落ちているだろう。
 だが。
 だが、それこそが。
「汝は知らず、我は知る─木偶と評したモノの騎士道を」
多くのひとを救ったのだと。
 笑みを浮かべさせ、その命を守り。
 人生を伴にと歩んだ、その姿を。
「汝は知らぬ。木偶と称したものが、どれ程の無辜を助けたか」
 鮮血に濡れた乙女を。
 光のもとへと、どれ程に近づけたのか。
「故に知らしめてくれよう。どれ程に思い違いをしていたか、教えてくれよう」
故に。
 星の狭間にあって。
 遙かなる星雲の先まで届く、女帝の威厳が響き渡る。

「この刃をもって、かの騎士の剣を以て。――“さあ、汝、心の儘に振る舞え”」

 我が命じ、宣したのだ。
 ならば、奮い立てよ御伽の騎士。
 その純白なる光を、我は信じるからこそ。
嘗ての創造主に反するという、如何にも我らしき色を伴って往け。
 
 その剣は、神殺しの力があるというのならば。
 創造主という神を殺すのは、出逢いからして道理であろう?
 
だが、同時に。
 あれほどの堅物。罪の意識に足を止めていよう。
「何時までも彼方で蹲って世話が焼ける」
 だが、まあ、楽しみに待て。
「我の言葉を思い返しつつな」
 決して、不満など抱かせない。
 そのような結末、この白と黒のふたりが在って成すものか。
 悲劇の過去を塗り変えよう。
 血濡れの園で咲いた花が。
 これより、星たちの狭間で気高き黒の輝きを得る。

「我を忘れるな。我を視野より外すな。我の声を忘れるな」

 しかしと。
 何とも因果な花言葉たちよ。
 トリカブト――“貴方は私に死を与えた”。
 だが、その程度の苦難にて膝を折るまい。
 いいや、膝を折っても立ち上がる姿こそ、汝らしいのだ。
 ましてや死に至る毒とて、怖れる汝ではあるまい?

 故に、フォルターが抱く信頼は何処までも深く。
 そして、理由も根拠もない、いっそ幼さと危うささえあるもの。
 無垢とさえいえる、この女帝が抱く唯一の場所。
 或いは、だからとてもらしいといえるだろう弱点なのだ。
「さて」
 だからこそ、それを捨て置くことなどあるまいと。
 何処までも深く絡む、互いの想いを絆に引き摺り上げるように。
 深淵の闇はフォルターが通った道だからこそ。
 決して惑わせはしない。
 道を踏み外さず、また元の場所へと手を引こう。
 騎士たる汝が、そうしてくれたように。
 一度、闇に飲まれていた我が、此処にいるように。
「女の心を救う算段は既に得ているな?」
 響き渡るは、傍に付き添う騎士を奮い立たせる。
 女帝の威厳にして、勝利の輝きを求める号令。
 静かに、静かに。
 けれど、何処までも深く、深く。
 汝に魂がないと、汝が言ったとしても。
「――─我の知る『騎士』ならば」
 真なる魂に迫る程の。
 創られ、紡がれ、今に至る『騎士の魂』よ。
 奮い立ち、勝利と明日を我に見せよ。
「我に光を示す方法もまた、よく心得ていよう?」
 故に、立ち上がれ。
 この声を届かせて。
 星と過去の海を越え、更なる道を。
 星空とは闇ではないのだ。
 そこで輝く数多の星があるのだから。
 そのひとつ、ひとつを、数えるような。
 果てのない御伽をこそ――魔女は守護騎士へと希う。 


 

大成功 🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン
※しろがね~と赤色に~因縁綴られ


いえ、本体の分身ですか
アレクシア様…


兜飾りの色の髪の解放軍の男の骸
玉座の女
血に塗れた戦機が首傾げ

侵入者排除
…何故泣いているのです?

遥かな過去の幻
共に眺め

幼馴染がいたわ
優しい騎士の御伽噺が大好きだった人が
愛していたわ
兵器共に御話が刻まれる程に

だから質問に答えたの

トリカブト差し出され

最重要防衛目標の殺害
矛盾指令で貴方を壊す為に



三欲、本能無き機械には“目的”が必要です
御伽噺が
砕けた私の金継ぎとなりました

蹲り

苦しいのです
幾度も実現不能告げる演算が…!

許せないのです
二人の想いの醜い残骸で
貴女を瞋恚で焼く私の存在が…!

潔く
骸の海に沈んでいれば…

相討ち提案され

絶叫







立ち上がる



 無数の蝶たちが舞い、翅が揺れる。
 それぞれが瞬き続けるからこそ。
 数えきれぬ輝きが、星々のように周囲に満ちて。
 さながら、御伽に歌われる天の川。
 はらり、さらりと。
 周囲を漂いながら、その形を変えるのはさながら万華鏡。
 過去を反芻して映し出し。
 しろがねの鈴が鳴り響かせた、悲しい音色を。
 赤く染め抜こうとする愚かなる、恋慕の刃を。
 幾度となく繰り返し。
 そして、また繰り広げるのだ。
 そこにあった、紫の女の冷ややかな怒りを。
 たとえ、これらを乗り越えたとしても。

――決して私は、お前のような木偶を赦さないのだと。


「ねぇ」
 しろがねの鈴が。
 全てを忘れさせたとしても、この悲憤は決して、決して。
 慈悲なんて、赦しなんて。
「木偶人形に、赦される魂なんてあると想うの?」
「…………」
 気付かぬ間に。
 ひっそりと傍に佇む、紫の色合いの美しき女へ。
 騎士たる理想さえ灼き尽くすような。
 それでいて何処までも、水のように静かな瞋恚の情念に。
 トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)の身が立ちすくみ、周囲を取り囲む幻影へとその意識が呑み込まれる。

――生産物の中で一番憎くて選んだ、この木偶が騎士に見えるわね

 ちりんっ、とかつて。
 忘却こそが救いと、歌った人魚の聲と花はなく。
 逃れる術はないのだと。
 もはや、此処で立ち向かうしかないのだと。

「幻……いえ、本体の分身ですか……」

 逃げる事も。
 逃れる事も出来ない己が罪科に。
 そして、産まれの出自たる原罪へと向き合うトリテレイア。
 裁きを下すのは、そう、創造主という神なる身なればこそ。
「アレクシア様……」
「名を呼ばれる事さえ不快ね……ああ、でも、それすらもうすぐ終わるというのなら」


――ひとの想いを、知った気になった鋼の人形が。


 くすりと笑う、紫の女。
 いいや、アレクシアの幻。
「なんとも嬉しいわ。楽しいとさえ言えるかしら。どんな御伽で塗り固めた、修羅の道を来たのかしら。貴方は」

――今日はこの子の愛かしら?


 どれ程の命を殺め。
 どうしても諦めきれぬ思いを踏み潰し。
 花を枯らして、その鋼の戦機は進み続けたのかと。
「どうせ、時が立てど、その骸は大地に変える事も出来ず、草花へと還る事も出来ない身で。ああ、鋼鉄である事さえ罪なのね」
 だからと。
 鋼の蝶がトリテレイアの身へと辺り。
 自壊をもって、爪痕のようにその身に疵を刻む。
「貴方は花にさえなれないのよ」
 ただ罪を抱きなさいと。
 羽ばたく蝶たちが、一幕の夢を飾る。


 それは遙かなる過去。
 トリテレイアの記憶メモリーにも存在しない一幕。
 けれど。
 その鋼の身には、宿っているのだと。
 この瞋恚で揺れる思いには、確かにあるのだと。
 遙かなる過去を再現する、鋼の蝶の舞踏。


「……何故泣いているのです?」
 鮮血に塗れた戦機が小首を傾げている。
 どうしてなのか、まるで理由も分からず。
 ただ剣を揮い、血肉と骨を断った。命を奪い、貴女を守った己は誇らしいのだと。
「侵入者は排除」
 役目を果たした騎士(木偶)は、モノアイを輝かせる。
 足下の屍は戦機の暴虐の剣で身を断たれども。
 アレクシアへと指先を伸ばしている。
 トリテレイアの兜飾りと同じ髪の色の、男が。
 愛しているのだと。
 遂げられぬ悲しみを、死と血で染めて。
 それでもと、玉座に囚われるようにアレクシアへと。
「アレクシア様」
 傅く戦機が、せめてと伸ばされたその指先を、愛しきひとへと向けた手を。

 その膝で撃ち砕き、踏み潰した。
ぐじゃりと石榴のように弾ける、血と肉。
 もはや原型も留めぬ、肉片がアレクシアの足下へと飛び散って。

「……ぁ」
 判らないのか。
 涙さえ燃え盛る熱を持つ、この怒りが。
 お前が踏み潰したその手が、どれほどの優しさをくれたのか。
 信じていた。願っていた。
 いずれ助けてくれると、根拠も理由もない希望を抱いていたし。
 それが自分らしくないと笑いながらも、絶望の輪廻に耐えられる理由だったのだ。
 それを。
「アレクシア様、次の命令を」
 次はいったい。
 愛する誰を殺せばいいのかと。
 虚ろなる戦機は問いかける。
「……た……し……を」
 故に、故に。
 残骸の海で、女は瞋恚を抱いて揺蕩うのだ。
「私を、殺しなさい」
 死んでも、その想いと途切れる事がない。
 悲憤というには余りにも熾烈なる、女の情念をもって。



 それは遙かなる昔の事。
 それでも、眺めるふたりにとっては、余りにも身近なこと。
「ねぇ」
 まるで指先で撫でるように。
 トリテレイアの首筋の装甲を、蝶の翅で削り飛ばす女。 
 今は星の海にて、花水と伴に揺れながら。
 静かなる瞋恚を翠色の眸に宿す。
 ああ、トリテレイアのモノアイが同じ色を浮かべる事さえ。
 なんと穢らわしいのか。
 我慢できないと、鼓動が早まる。
「私には幼馴染みがいたわ」
 愛しさを微かに滲ませて。
 どうしようもない程、深い慕情を言葉に絡ませて。
「優しい騎士のお伽噺が大好きだったひとが」
 世界を救う為に、狂った神に立ち塞がり。
 決していかせはしないと、幾ら傷付けられても。
 怒りより、想いをもって。
 ただ立ち向かう、儚く、果敢なる夢を愛した人が。
「そんなひとを、愛していたの」
 どうしようもなく離れがたく。
 何があろうとも、心は一緒にあるのだと。
「私の紡ぐ兵器共に、知らず、御話が刻まれる程に」
 想いと願いは共にあるのだと。
 星と星の間ほどに離れていたとしても。
 また巡り会う。こうして心と魂は繋がっていると。
 ふとした拍子に、囚われの身である女が微笑む事が出来るほどに。
 だったのに。
 何も知らず、機械人形はその人を殺めて。
 差しのばされた手を、踏み潰して。
 花を踏み躙るように。
 心にあった清き水を穢しきったのだ。
「だから質問に答えたの」
 そうして女が手渡すのは一輪の花。
 決して人に渡す筈のない。
 美しくも、飾られる言葉も含むものも禍々しき紫の花。
「……トリカブト」
 その花言葉は。

――貴方は私に死をもたらした。

 そして。


――復讐――


「命じたのよ、最重要防衛目標である、私の殺害を」
「……そんな、こと」
 出来る筈がない。
 機械である身には理論と命令、存在する目的が必要なのだ。
 いってしまえば、それこそが魂。
 トリテレイアに己に魂がなにいという事に、輪廻の救済に頑なに固執するのか。
 もしかすれば、これにこそ理由があって。
「矛盾指令で貴方を壊す為に」
 そうして、トリテレイアは――そうなる木偶の機械人形は、矛盾にて砕け散る。
 少なくともその筈であり、その通りになった筈だったのだ。
「ああ」
 だからなのだ。
 三欲、本能無き機械には“目的”が必要。
 存在意義を他者から提供され、個体として固定する必要がある。
 だが、矛盾の命令にて砕ければどうなる。
 言うまでも無い。この時、トリテレイアはその剣を掲げて。
 アレクシアという守るべき創造主を殺めたのだ。
 愛する二人の鮮血を浴び。
 骸が朽ち果てる、玉座にて。
 ならば、何故再起が起きたのか。
「……彼の、貴女の愛したひとの御伽噺が」
 震えて、ノイズ混じりの声をトリテレイアが紡ぐ。
「砕けた……私の、金継ぎとなりました」
 斯く有れかし。
 そう願った男を殺し。
 その男を愛した女も殺して。
 ふたりの血と骸の上に成り立つ鋼の御伽話が、トリテレイア。

 決して咲いてはならぬ禁忌の花。
鮮血の魔女をこう評された事がある。
 血を注いで育てられた花は、きっと美しい血の色だと。
 ならば、鋼に切り裂かれた愛の上で産まれたトリテレイアは。
 それこそ、トリカブトの毒そのものであり。
 あってはならない悲劇。
 愚かに過ぎて、誰にも紐解かれてはならぬ禁断。
 ああ、確かに御伽に禁忌は伴うものなれど――。

 

 トリテレイアは、戦機は愛を知らぬ。
 夢を見ず、希望を覚えず。
 喜びとて満足に感じぬ筈。
 それを他者に定義されてこそ、ようやく、『らしく』動くのだ。
 自我が目覚めた?
 ああ、喜ばしいわ。それが魂というの?
 それとも信念や矜持、希う騎士道だと?
 構わないとも。ああ、好きに囀りなさい。



――彼と私の死で産まれた、忌み子のような存在のクセに。


「わ、私は」
「これが真実。貴方の存在。木偶の人形にしては、とてもらしく『彼』を演じてくれたわ」
 だから多少は大目にみてあげたの。
 世界を救うだなんて、彼が叶えたいお伽噺よねと。
 でも。
 ああ、だからこそ。
 機械人形だというのに。
 闘争の為にある身体が、敵を前にしてショートして。
 まさに、死天使の前にと蹲る罪人の如き姿をさらすトリテレイア。
「……苦しいのです」
 誰にも告げなかった真実を。
 苦難にも負けず。
 膝を折るどころか、四肢を粉砕されてもなお清廉なる志を持つトリテレイアが。
「幾度も実現不能告げる演算が……!」
 自らの謳う御伽は叶わぬと。
 理想を願えば願う程、演算が壊れて、狂気へと墜ちていく。
 さながら、愛を想い続けたばかりに死へと転んだふたりのように。
 だから、そうと。
女は囁くのだ。
「そして、私ももう――貴方の存在を許せない」
 彼ではなくて。
 木偶人形の貴方が、御伽の姿たらんとすることに。
 そうして、物語を紡いでいくことに。
 その場に立つのはきっと彼で。
 傍には微笑む、私がいた筈なのだから。

――お前さえ、いなければ。

 愛と憎悪は募り、瞋恚は深く、深く、星海の底で脈打ち続けた。
 救われた人がいる。だからどうしたというのる
 その人たちが貴方という、木偶の大元を知ったらどうかしら。
 光へと導きたい人がいる?
 笑わせないで。貴方が辿り着けるのは。
「この結末」


 愛故に、互いを殺し合った。
 トリテレイアの装飾と同じ紫の色の女の骸と、兜飾りと同じ髪の色をした男の骸が転がっている。
 

「愛を奪った木偶が、どうして平和を謳うのかしらね?」


 赤く染め抜かれた夢は。
 私たちのものだったのよ。
 瞋恚のみならず、奥底に秘めていた殺意を晒しだし。
 トリカブトを強く握らせる女。
 深い慕情は女だからこそ。
 罪深く、咎は拭えず。
 愛は狂気を越えて、星の狭間で揺れている。
 赦される筈はない産まれ。
 存在を確たるものにした瞬間、トリテレイアの全ては罪咎に染まっている。
 そういうモノを猟兵という存在に選んだのなら。
 世界は、神はなんというロマンチストか。
 皮肉と悲劇が大好きで。
 叶わぬ夢を求める姿を眺めていたい。
 だから、叶わぬ過去をと、オブリビオンという存在を紡いだかもしれず。
「許せないのです」
 片腕を機械の床へとたたきつけるトリテレイア。
 蝶たちが一斉に跳び往き、けれど、幾つもの情景を、過去を。
 トリテレイアの知り得なかった過去さえも、暴いて、暴いて、罪を告発する蝶の翅。
「二人の想いの醜い残骸で、貴女を瞋恚で焼く私の存在が……!」
 いっそ、潔く骸の海に沈んでいれば良かった。
 そう希っても、自壊を赦さぬ機械の身体と心。
 自滅を命令しても、何度も自己修復が自動で走って意識を断つ事さえ赦されない。
 だというのに。
 此処まで来て、己より誰かを想うなんて。
 そんな在り方こそが、女へと愛した男を呼び起こさせて。
 瞋恚を抱かせ、募らせるのだと、トリテレイアはついぞ気づけず。
 そして、その向きが己だけに向いているなど――甘い騎士の夢を見続けるのだ。
「ね――なら、一緒に消えましょう」
「――――」
 ざざざっ、とノイズの嵐がトリテレイアの喉から零れる。
「私が存在すべきものではない、過去の残滓。帝国の残した災いなら」
 それに連なる貴方も。
 また、いずれきっと途方もない災禍をもたらすから。
 その種を此処で断ちましょう。
 やっと女は笑う。
 無垢に、天上の花を見つけたように。
 トリカブトの花びらを握り絞め、その毒汁をしたらせ、トリテレイアへと押しつけながら。
 この瞋恚はそう。
 双方向。貴方を壊し、私も死ぬ。
 以前、そうなった事を繰り返して。
 今度は悲劇など起きないように、確かなものへと。
「相打つというのなら、考えてあげるわ」
 そうして過ぎ去る蝶の群れ。
 気付けばトリテレイアの身体は夥しい疵に晒され。
 さながら罪にと鞭うたれた囚人のよう。
 お前に美しさは似合わないと、微笑む女の声が響き渡っているから。
 絶叫を上げるトリテレイ。
 いいや、これは機械の断末魔なのか。
 ただひたすらにノイズを走らせ、電子回路がショートする炸裂音を放つだけ。
 相打つならば。
 それさえ、ひとりでは満足に成せないトリテレイア。
 哀れ、機械人形の騎士道。
 此処で潰えるというのならば。


 そう、今までを走ってきた道がないのならば、そうだった。
 光に、より善き場所に。
 そう願い、手を差し伸べ続けたのだから。



 その威厳なる号令は、闇から引き出された女のもの。
 今のトレテレイアにどれ程に届くかは判らない。
 だが、確かに共に歩み。
 それこそ、相打っても構わないと。
 
 先に約束したひとがいるのだ。

 トリカブトの毒さえも呑めと、暴虐のままに命じるのだ。

 我の信じた騎士は、その程度で錆び付かぬと。


『“汝、心の儘に振る舞え”』


 何処までも傲然かつ不遜。
 光なくして成り立たぬ、漆黒の姿。
 ノイズの走る視界に、錯乱したデータの海に。
 その紅玉のような眸を思い出して。

「ああ」

 選び取る剣は、ひとりだけ。
 その切っ先を捧げる相手は、ひとりだけなのだと。


 騎士たる身のひとつ。
 誓いと忠誠を捧げるべきは。
 トリテレイアの剣を捧げられるは、誰なのか。


 問うものはここにおらず。
 立ち上がるはあまりに弱々しい身体。
 鈍い鋼の駆動音が、嗚咽の如く響き渡る。
 故にこそ、彷徨うように。
 けれど、次第に力強く。
 その歩みを続ける。


「毒を呑んでなお、笑えと……貴女は仰るのですね。それは、御伽の騎士でさえ、叶わぬものを」

 けれど。
 それでこそ御伽の騎士だと、定義して、命令し、定めてくれるのならば。
「その理想と、期待を、越えねば」
 果たしてトリテレイアの声は、言葉だったのか。
 ノイズの走り続け、狂った演算は時間と共に。
 かけられる漆黒の女帝の声にて、癒やされども。
 果たして、再開に巡り会う時に、どのような応えを出すのか。
 トリテレイアにさえ判らない。

 罪にて産まれた戦機の人形は。
 ひとになる必要など、ありはせず。
 己が幸福より、他者の平穏を願うからこそ。


 その道を、辿ったからこそ。
 巡る記憶の海。
 星々のように煌めく、救った、共に戦った彼ら、彼女らの顔。
 眸の色に、笑顔に。
 怒ったような、悲しいような。
「大丈夫です」
 トリテレイアは一歩踏み出す。
 蝶の見せる幻に。
 未だ、そのその翠玉のようなモノアイをちらつかせども。
「私は……私が、救ってみせます」
 誰をなのか。
 罪の夢の中でなお、騎士は叶わぬ理想に希う。
 守護騎士たる産まれではないとしても。
 歩み続けた道は、何処までも真実なのだから。


 或いは。


 トリテレイアが自らの行いを。
 どれ程に深く自覚出来るか。
 それが問題なのかもしれなかった。
 星々の間で産まれた戦機は世界を巡り。
 そして、因縁の終幕へと出る。  

 彼が歩んだの邪なる道か。
 それとも、正しき道なのか。
 全ては、彼では自らを定義できないからこそ――水花のように、星々の狭間で罪は揺れる。
  

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユエイン・リュンコイス
●アドリブ連携歓迎
罪の意識と後悔、か。
無論、あるとも。厳密にはそうとは言えないかもしれないけどね?
思えば、本当の意味でボクが猟兵と成ったのもまた、この世界が始まりだったか。

(幻影が見せるは古びた宇宙船の内部。生ある者はとうに消え果て、ただ甘き死が揺蕩うだけだった、伽藍洞の鳥籠)
墓場と化した小夜啼鳥を契機とした一件。あの頃はまだ、猟兵として目覚めたばかりだった。
拙いながらも自らの技を手繰り、結果としてはより良い結果へ至ったと思う。
だけど、さて。
『物語』を眺むる者として、ボクは己が責務を果たせているのだろうか。
傍観者から一歩踏み出せたと、そう胸を張る為に。
ボクはこの先へと進まなくちゃいけないんだ。



 星の海へと旅立てど。
 重力の軛から逃れられても。
 ひとは、ひとの想いから逃れる事は出来はしないのだ。
 怒らず、恨まず。
 悲しまず、憂うことなく。
 そのような悟りのような境地は、遥か遠く。
 決して辿り着けない場所にあるのだろう。
 だから、きっと心は揺れ動く。

――罪の意識と、後悔に。

 幾ら揺れても、どうしようもない筈と。
 判りきっているのに。
 過去の漣にと、ユエイン・リュンコイス(黒鉄機人を手繰るも人形・f04098)もまた耳を傾けた。
 或いは、蝶の羽ばたきが、それを垣間見せるのか。
 無論、あるとも。
 否定などユエインはしない。
 でなけけば、目の前に広がるものは何だというのだろう。
 厳密にはそういうものではないのかもしれない。
 人と異なるものを抱いて、憶えて、罪の夢と広げて。
 ああ、と。
 此処が始まり。
 猟兵となった起点でもあるのだから。
 顔も視線も決して逸らさずに。
 もしも。
 もう少し少しだけ上手くいけたのなら。
 世界は変わった彩りをもって、ユエインを囲んでいたのだろうか。


 応えは判らない。
 星の海の裡で、自ら拾い集めていくしかないから。
 今はただ、打ち棄てられた過去の幻灯へと、漆黒の眸を向けるのだる


 そこは古びた宇宙船の内部。
 今までいた美しい規律と規則性をもって並ぶものではなく。
 遠い昔に見捨てられて。
 生きる者の気配も、此処にあった筈の呼吸の名残も。
 とうに消え果て、色褪せて崩れるばかりの場所。
 掠れた砂塵と残骸が、かつての姿を崩しながら揺れ動き。
 甘い死が揺蕩う、伽藍洞の鳥籠。
 ここは墓場。
 無銘の墓標が立ち並ぶ。
 思い出さえ死に絶えた、その場所で。
 契機となったのは小夜啼鳥。
 起きた事件は、それこそユエインが忘れる筈もない。
 あの頃はまだ猟兵として目覚めたばかりのことで。
 それこそ、幼いとさえ言えるだろう。
 未だ世界の広さと、優しさと。
 残酷なまでに時は流れて、全ては過ぎ去るのだと。
 きっと知っていても、体感など出来なかった頃のこと。
「それでも、確かに」
 銀の髪を靡かせ。
 歩を進めるユエインに迷いはない。
 確かに最初はどうやっても上手くいかない事もあったけれど。
 拙いなりに技を手繰り。
 伴にある黒鉄機人と乗り越えたのだ。
 結果としてよりよい成果へと至ったと思う。
 あれで良かったのだと、思いを馳せて。
「確かに、だけれど」
 だけれど。
 さて、どうだろう。
 こうして後悔の念と記憶として浮かぶ、小夜鳴鳥の宇宙船。
 ならば、そこに必ず思いの糸が絡んでいる筈で。
「そうだね。『物語』を眺める者として、ボクは己が責務を果たせているのだろうか」
 ただ本を眺めて、紅茶を口に含み。
 その香りと物語に、心揺らすだけではなく。
 舞台へと立ち上がり。
 意思と望みをもって、先へと進む。
 そんな存在として、在れているだろうか。
 大好きな物語の、主役たちのように。
 古き良き、歌劇にて夢の姿を紡ぐ彼ら、彼女らのように。
「物語のように、そこまで出来るなんて傲慢かもしれないけれど」
 それでも。
 見果てぬ思いと夢は、こうして星の世界へと人を旅立たせて。
 未だ行き着く先を知らぬ儘だけれど。
「ただ眺めるだけじゃない」
 こつん、と。
 確かなる機械の、硬い床を踏みしめて。
 幻より抜け出したユエインが、羽ばたく蝶へと漆黒の眸を向ける。
 過去に棄てられた、廃墟ではない。
 今から明日へと続く、この道を往くが為に。
「傍観者から一歩踏み出せたと、そう胸を張る為に」
 その為に。
 思いを過去に捕らえる、蝶を砕くべく。
 白き指先から伸びる、絹糸が黒鉄機人を操り、踊らせる。
 それは鋼の舞踏。
 ステップを刻み、拳を揮い。 
 幾つもの破片となって、幻の蝶がぱらぱらと地面へと落ちる。
 軽やかなるままに。
 鋼とは思えぬ儚さで。
 終わりにと落ちていくその様を、すぅとユエインは流し見て。
「ボクはこの先へと、進まなくちゃいけないんだ」
留まる事も。
 止まる事も。
 決してありはしないのだと、星の海にて。
 ただ船だけが残った、夢の海にて、足音を響かせる。
 これもまた、人の残したものなればこそ。
 その先へと、ユエインは歩み続けるのだ。
 物語へと触れて、関わり、最後を見届ける。
 そんな、ひとりの存在として。

 歌劇のように美しく、などと。
 そうはいかないと知っていても。
 ほっそりとした白い指先は、きっと、幸いをこそ手繰り寄せる。
唇より紡がれる詩は夜へと広がるだろう。
 そうして、数多の世界へと染み渡る。
 今はまず。
 罪にて、星と星の狭間にて揺蕩う悲劇に幕引きを。

 
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
【相照】
罪悪感の象徴と云うならば此の光景だろう
凡てが焼け落ち潰えた灰燼の世界
二度と戻らぬ幸いの象徴こそが、同時に罪をも呼び起こす

あの時、君を置いて行かなければ
今も傍らで笑う其の姿が――此の手の内に在ったのだろうか

最後まで共に護ろうと誓った約束が、お前を世界へと縛してしまった
歪められた命を此の手で絶った証しは、未だ此の手に遺る

其れでも。脚を止める事は出来ない
今を。未来を。伴にと望む者が在る
阻むものは総て斬り伏せてくれよう

ああ――行こうか
何だ、漸く我儘を云える様になったと思ったら其れか
……こういう時は一緒に幸せに成らなければ嫌だと云うんだよ
独りで幸せに成っても意味なぞ無いよ――お前は、どうなんだ?


ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
【相照】

私の罪悪感の行き先は一つしかない
故郷の白詰草の花畑で笑ってる
私と正反対の、誰より大事だった双子の姉さん
故郷に火を放って、自分も火を飲んで死んだおまえを
憎めも恨めもしないままだ

けど今は
その花畑に何が眠ってるのか分かってるから
私だけがおまえを苦しめたんだとは思えなくて、足も止めてやれない
ごめんな、姉さん
一緒に、全部焼き払おう

――嵯泉、行こう
重さを分かりはしないけど
おまえが苦しんでるのは分かる
未来を見て欲しいって思うのが、高望みなのも
でも生きてしあわせになって欲しいんだ
……我儘だけど

私はおまえがしあわせでいてくれたら、良いの
おまえのこと必要な奴は一杯いるんだから
私も含めてに決まってるだろ



 羽ばたく蝶の群れは。
 それこそ夢のように美しく。
 鋼なれど軽やかなる翅で、ひとときの夢を垣間見せる。
 それは、人が罪であると己に定めた記憶。
 絶えぬ後悔の想いが。
 もし、ああしていればという情念が。
 未だに燻るからこそ。
 烈士と伐竜もまた、それを映してしまうのだ。

 忘れられるのなら。
 忘れてしまいたいかいと。

 問われれば、それはきっと、否で――

僅かなる一時。
 同じ路を辿る二人なれど。
 辿ってきた過去は違うから。
 憶えた罪の象徴の幻に、引き離される。
 それはほんの。
 僅かなる一時、なれど。



  

 灰燼に覆われた都が、朽ち果てている。
 戻れず、間に合わず、助けられなかったのだと。
 襲いかかった悲劇に、覆い尽くされた惨劇に。
 あらゆるものが焼け落ち、崩れ去っている。
 美しく、愛おしい故郷の郷が。
 そこにいる筈の、大切なるひとたちが。

 もしも、間に合っていれば。
 国を離れる事など、なければと。
 未だに胸より、痛みと鮮血が流れ出る。
 
 罪悪感の象徴と云うならば。
 此の光景だろう。此れしか在るまいと。
 二度と戻らぬ、灼け崩れた幸いの象徴こそが。
 同時に罪をも呼び覚ます。
「嗚呼……如何にしても、これは離れないか」
 石榴の如き隻眼をゆるりと動かして。
 痛ましいその有り様に。
 例え幻でもと、唇を噛み締めるは鷲生・嵯泉(烈志・f05845)。
 もはや手は届かない。
 過去へと過ぎ去った、残骸なのだ。
 判っている。誰よりも。
 痛い程に理解している。
 たとえ、やり直せる奇跡が訪れたとしても。
 手を伸ばしてはならないのだと。
 これは己が生きる限り、永劫に続く罰なのだと、鷲生は瞼を伏せた。
「あの時、君を置いていかなければ」
 視界を閉ざせど、静かなる花のように。
 美しく微笑む女の顔が。
 灰燼に染まった世界の奥から浮かび上がる。
 その手を握っていれば、きっと喪わずにすんだのだろうか。
 無理にでも、我が儘を通して、引っ張っていれば。
「今でも傍らで笑う其の姿が――此の手に内に在ったのだろうか」
 それは、もしもで。
 決して反芻してはならない問いだと、鷲生は判っていても。
「もう一度、君の手を握り、共に笑いたかった。笑うのが苦手な私の分まで、愛しい君に笑って欲しい」
 その願いに、祈りに。
 嘘偽りは一切ないからこそ、鷲生の声は切実なまでに澄んでいる。
 ひらいた掌の中には、ひとひらの灰。
 握るべきは刀とは判っていても。
 今はまだ、この掌から零れ落ちて、喪ったものを思い出したいのだ。
「最後まで共に護ろうと誓った約束が」
 灰色にくすんだ刃となるまで。
 死ねないのだと。鷲生の姿を見るまで。
 その帰りを迎えるまで、破れる訳にしかないのだと。
「お前を世界へと縛してしまった」
 ようやく握り絞めた掌は。
 あの時のように。
 零した吐息と、流れる血液が混じる程の距離で。
 刃を通して最期の熱を看取ったことを憶えている。
「歪められた命を此の手で絶った証しは」
 ああ、拭い去ることなどできようか。
 決して、決して。
 そんな事は出来ないのだと。
「未だ此の手に遺る」
 手放す事など、此れより先にひとつとてあるものかと。
 掌を握り絞める鷲生。そのまま鞘に収まった刀へと手を伸ばして。
「其れでも」
 するりと。
 友を殺めた刃を抜き放つ。
 灰燼となった、罪の意識の象徴へと。
 災禍の悉く、露と掃う鋭き刃として。
 そのような己であると、深く誓いを立てて。
「脚を止める事は出来ない」
 止まって、弔ってくれと願われても。
 すまないと首を下げよう。
 いいや、そんな事を願わないふたりだと知るからこそ。
 鷲生の背は押され、さらなる先へと脚を進ませるのだ。
「今を。未来を。伴にと望む者が在る」
 この腕を掴んでくれる者が、今にいるのだ。
 どうやら、共に幻に呑まれて、眩んでしまったらしい。
 だが、在れが容易くこの腕を手放さないとは知っているからこそ。
「阻むものは、総て斬り伏せてくれよう」
 灰燼の世界へと踏み込み。
 その刃を奮う鷲生の一閃。
 それは罪の意識が見せる夢。
 ならば、断ち斬るは己が罪悪感と見定めるからこそ。


――今も腕を掴んでくれていよう。
 ならば私も、お前の手を握り返してくれよう――


『弩炮峩芥――逃げる事なぞ叶わん』

 それはまた。
 己もだと、鷲生は識るが故に。
 何処までも鋭き刃が、幻影の世界を切り裂く。





 
 罪悪感の行き着く先など、一つしかない。
 それこそ地獄への路往きが決まっているように。
 最期に辿り着く場所は此処なのだと。
 諦める訳ではないけれど。
 どうしても最初に浮かぶのは此処なのだ。
「ああ……笑っている」
 金の眸をゆるゆると。
 懐かしさと、痛ましいまでの優しさと。
 歪んだ愛情にて揺らすは、ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(伐竜・f01811)。
 灰燼の忌み子として育った彼の罪悪感。
 罪の意識と象徴は、一面の美しい白さだった。
 故郷に咲いていた、白詰草の花畑。
 その場所で、余りにも無垢に。
 愛情を求める子供のように、肯定を求める幼子のように。
 或いは、酷い罪人のように。
「姉さんが、笑っている」
 ニルズヘッグがゆるゆると笑うのは。
 姉に対して肯定する以外に、何も知らないから。
 全てを認めて、受け止めて。
 どれ程に痛もうとも、大切なのだと伝えるしか知らないから。
「私と正反対の」
 理由など、何処にあるのか。
 判らないけれど。
「誰より大切だった双子の姉さん」
 それでも大事だったのは、ほんとうなのだと。


――その有り様は、果たして、本当に愛情なのか。
 知るよしもなく。また、他人がどう判じても意味などなく――


 そして。 
 人知れず、炎が放たれる。
 花畑のみならず、故郷を呑み込んでいく炎の群れ。
 漣のように打ち寄せて、広がり。
 この白詰草もまた、炎の熱に蝕まれていく。
 どうして。
 そうニルズヘッグが尋ねる事はない。
 ただ故郷に火を放った双子の姉が、可憐に笑っている。
 火の揺れる様に重ねて、詠うように声を紡いで。
 また、両手にいっぱいの。
 炎を携えて。
 それを呑み込めばどうなるかぐらい判っているだろうに。
 まるで乾いた魂を潤そうとするように。
 愛情の熱を、何処までも求めたように。
 ニルズヘッグの双子の姉は。
 花束の変わりに、両腕で抱き締めた炎を呑み込んだ。
 止める事は出来なくて。
 どうしてと問いかける事も、出来なくて。
 それどころか、こんな凶行に及んだというのに。
「今もまだ……憎めも、恨めもしないままだ」
 これを罪の意識だというのなら。
 その焦点が何処に在るのか。
 定める事はニルズヘッグに出来はせず。
 こうして今にまで至ってもなお、炎に包まれた故郷と、炎を呑んだ姉の姿を繰り返す。
「けど、今は」
 時は流れて。
 幼い子供ではなくなったのだと。
 ニルズヘッグは炎に包まれた花畑の中を、迷うことなく踏み出していく。
 身体が焼けれど、意に介さない。
 どうしてそんな事をするかなんて。
 きっと、意味も持たない。
 感情に理由が必要だろうか。
 大切だと想い続けるのに、意味など必要なのだろうか。
 ただ、その花畑に何が眠っているのか。
 或いは、ようやく判ったからこそ。
「私だけがおまえを苦しめたんだとは思えなくて、足も止めてやれない」
 炎となって散る、姉の幻影。
 苦しんで、灼け散る程の想いを抱え込んだ少女の姿に。
 するりと目を細める、ニルズヘッグ。
「ごめんな、姉さん」
 ああ。
 足りないよな。
 こんな炎じゃ、こんな熱じゃ。
 苦しみと憎しみと、痛みと悲しみと。
 晴らすには足りないのだと。
 この世界を、あの白詰草の花畑を。
 永劫に灼き尽くすには足りないから。
「一緒に、全部焼き払おう」
 今も伴にあるのだと。
 掌で転がすのは玩具の指輪。
 そこから呼び出されるのはしろがねの呪詛焔を操る悪魔。
 金の髪に紫の眸が美しい、ニルズヘッグの姉さんの姿。
「全部を焼き払って、先に進もう。幻にくれてやるものなんて、ないんだ」
 機嫌がいいのか。
 それとも、過去の再現が楽しいのか。
 しろがねの呪詛焔が瞬く間に世界を覆い、全てを灼き尽くしていく。
 現実の世界の、蝶の翅をも。
 溶かし尽くして。




――腕を伸ばせば、そこにあるよな。
 求める限り、傍にいると約束してくれたのだから――




 目には見えないけれど。
 幻影の世界を焼き払った先で、ニルズヘッグは腕を伸ばす。
 どうしようもなく、子供のように。
 けれど、歩み続ける事を誓ったひとりの存在として、
 伴に在ると、二人は想いを重ねた。
 罪の記憶よりも。
 拭えぬ後悔の念よりも。
 大切なる、その腕を求めて。






 握り絞めた腕は、どちらが先だったのか。
 果てた蝶たちは、夢の残滓のように周囲に転がっている。 
その中央で、互いの腕を握り絞める鷲生とニルズヘッグ。
 それこそ求めたものだと。
 これから先、伴に歩むものなのだと。
「――嵯泉、行こう」
「ああ――行こうか」
 過去と罪。
 それを伴に見て感じる事は出来ないけれど。
 幻でさえ、共有する事は出来ないけれど。
 未来とこの先は違う筈。
 伴に進んだ景色と記憶は、ふたりのものだから。
 背負った重さなんて判りはしない。
 胸の奥に仕舞い込んだ罪の意識など、掬ってやれない。
 ああ、だけれど。
 ニルズヘッグは鷲生の腕を、しっかりと強く握り絞めて。
「おまえが苦しんでるのは分かる」
 その言葉に。
 石榴のように隻眼が、微かに揺れた。
 驚きか、喜びか。
 その感情を読み取る事は出来ないけれど。
「未来を見て欲しいって思うのが、高望みなのも」
 続けるニルズヘッグは止まらない。
 ああ、高望みでも願わずにはいられない。
 何かを祈らずに。
 誰かの幸せとともに生きられないだなんて。
 昔はどうあれ、今のニルズヘッグには耐えられないから。
「でも生きてしあわせになって欲しいんだ」
 それが強くなったのか。
 弱く、脆くなってしまったのか。
 定かではないけれど、たったひとつだけの真実はある。
「……我儘だけど」
 どれほどの我儘でも。
 確かにニルズヘッグは、鷲生の『しあわせ』を願っている。
 脆くも幼く。
 けれど、確かなる心と伴に。
 応じる鷲生は小さく吐息を零して。
 けれど、何処かしら嬉しげに。
「何だ、漸く我儘を云える様になったと思ったら其れか」
芽吹き、育つ心はあるのだと。
 あの灰燼の景色を越えて、辿り着く場所はあったのだと。
 あまりにも小さく、鷲生は笑う。
「……こういう時は、一緒に幸せに成らなければ嫌だと云うんだよ」
 生真面目で堅苦しい男の笑みは。
 何処までいっても、硬くななるものであっても。
 お前の倖せを願っているよと。
「独りで幸せに成っても意味なぞ無いよ――お前は、どうなんだ?」
 伝えるのに十分な響きとなって。
 ニルズヘッグにいいやと、首を振らせる。
 何処までも柔らかな。
 心の底を、鷲生の前だからこそ顕して。
「私はおまえがしあわせでいてくれたら、良いの」
 それは決して、独りの思いではない筈だから。
 焼き払われた白詰草より、なお優しく。
「おまえのこと必要な奴は一杯いるんだから」
 鷲生が幸せに生きるからこそ。
 伴に歩み、笑うひとがいるのだから。
 きっと誰かに必要とされている。
 鷲生の幸福は、きっと巡り巡って。
 それこそ夜天を巡る星のように、誰かの元へ。
 ニルズヘッグもまた。
 鷲生のしあわせを求める、ひとりなのだから。
「必要としているのは――私も含めてに決まってるだろ」
 星の狭間で。
 彼方なる星屑の海で。
 揺れて、流れて、されど。
 消える事のない罪咎と。
 求め続ける、誰かの幸福。


 嗚呼。
 そうだ。私は、私達は。
 私自身ではなく、誰かの笑う傍という。
 幸福なる時と場所を求めたのだと。


 こぽりと。
 その姿を眺めて、永久なる水花が揺蕩う。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユーノ・エスメラルダ
●過去
かつてのユーノは何も知りませんでした
育った部屋の外を
様々な苦しみを
そして、様々な喜びを

日々訪れる痩せた人々に願われるまま、傷や病を聖痕で癒やし、意味も解らず言葉を聞き、無責任に励ましました
今なら、開放と反攻のために何かをするべきだったと解ります
けれどあの頃のユーノは、飢えで人が亡くなり、見る顔が入れ変わろうと、何も考えずただ癒やしていました
そして、巡り合った縁で知った『自由への焦がれ』から外へ出た時も、残された人たちがどうなるか考えなかったのです

…ユーノには責任があります
巡り合ったご縁を、救いへ繋げる責任が

●反撃
電脳ゴーグルによる【ハッキング】でシステムを壊し、眠ってもらいましょう



 かつての日々は、世界は。
 余りにも狭く、小さかった。
 軟禁されている事にさえ、きっと気付かずに。
 与えられた小さな部屋こそが、全て。
 どうしてその無垢に似た無知さを責められよう。
 けれど、それを本人が想うならば。
 ユーノ・エスメラルダ(深窓のお日様・f10751)が罪と後悔を感じるならばこそ。
 蝶は羽ばたき、夢を織り成す。
 昔の景色を描き上げて。
 小さな箱庭たる一室をを此処に再び。

 そう、ユーノは何も知らなかったのだ。
 育った部屋の外を。
 様々な苦しみと、悲しみを。
 そして、様々な喜びと幸せを。
 何も知らない純白のままで。
 ただ願われる儘に、その病と傷を癒やし続けた。


 日々、訪れるのは痩せ果てた人々。
 何処かしらを傷つき、病ませて。
 奇跡を求めて、ユーノの元へと縋り付く。

――大丈夫だから。

 その言葉の意味を。
 何を励ましているのかさえも。
 ユーノは知らないままに。
 現実を知らぬまま、罪の告白を受け止めて。
 微笑みと伴に、絵本に描かれた幸せを分け与えるように。
 その聖痕で癒やし、言葉で励まし続けた。
 何故、そんなに痩せ衰えているのか。
 どうして傷つき、病んだのか。
 その原因へと、青い眸を向ける事なく。

 ああ。
 もしもあの時。
 どうして、そんなに病み疲れているのですかと。 
 その傷をつけたのは誰なのですかと。
 問いかける事があったのなら。
 きっと、救えた何かはあったのかもしれない。


 だって、訪れる人々の顔は変わり続ける。
 飢えで人が亡くなり。
 訪れる顔ぶれが変わっても。
 あの頃のユーノは、ただ癒やし続けていた。
 優しく、けれど、無責任に。
 実質、ただ病を引き延ばしているようなものだというのに。
 病巣たる原因をこそ、光をもって晴らす事なく。
 今ならば判る。
 解放と反攻の為に、何をすべきだったのか。
 傷付いたひとを癒やすより。
 ひとが傷つかずにいられる世界を。
 祈りと聖痕は、きっとその為にあるのだから。
 だからそう。
 巡り会った縁で知った『自由への憧れ』から、外へと飛び立った時。
 それこそ白鳥のように翼を広げ、柔らかな光と風の溢れる世界へと向かった時に。

 残された人たちがどうなるかなんて。
 考えることさえなかったのだ。
 優しそうに、平等に。
 けれど、ある種の無関心。
 だって、ユーノはそのひとたちの名前さえ満足に憶えていないから。

 だからこそ、これは罪。
 星の狭間で、蝶が見せる後悔の情念。
 それでも。
 旅立った、あの一歩を決してなかったことに。
 自由へと向かった憧れを、悔いる事はしたくないから。

「……ユーノには責任があります」

 言葉と共に、左の手を翳す。
 刻まれた傷跡より溢れるのは、癒やしもたらすエメラルドのような光。
 聖なる輝きと、その御技で癒やすものはこの場にいなくとも。
 如何なる時も。
 どんな場所でも。
 必ず助けてみせるのだと、ユーノの想いが翠色の淡い光となって周囲を包む。
 この想いは、祈りは。
 必ずや遂げてみせるのだと、己が魂に誓い。
「巡り合ったご縁を、救いへ繋げる責任が」
 だから此処で止まってはいられない。
 電脳ゴーグルで顔を覆い。
 幻影の世界を見透かして。
 ひらり、ひらりと舞う蝶の姿を捉えるユーノ。 
 その翅を、空飛ぶ機能を、裡から灼き尽くすように。
 ハッキングして内部からシステムを壊し、機械の蝶たちをその場に沈める。
 ひとときの。
 或いは、永遠の眠りへと。
 ならばと。
 閉ざされた小さな部屋は、広い機械の通路へと戻り。
「行きましょう」
 こつんと一歩、踏み出す確かな音と共に。
 金色の髪を靡かせ、ふわり、ゆるりと。
 けれど。
「責任は、この聖痕と鼓動と共に」
 軽やかなる足音と裏腹に。
 重く、確かなる想いと信念を胸に宿して。
 ユーノは星の海を渡る船を、歩み往く。
 此処もまた、閉ざされた場所なのだろうから。
 水花に彩られ。
 蝶に守られ。
 けれど、決して何処かに行き着く事のできない。
 哀れなる、夢の残滓なのだから。
 終わりには光と救いをと、聖痕の印された左手を。
 するりと虚空に泳がせる。
 何かを、自由と責任の先をも掴もうとするかのように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月舘・夜彦
【華禱】
夢を見せられるならば今も思い出す
二年前にサムライエンパイアで起こった大きな戦い
私は、在る結末を迎えた私に出会った
途方もない時を戦い続け、穢れ、記憶を失い彷徨う己の姿

想像しなかった訳ではない
人としての感情を失おうとも、人と共に居られなくとも
己の積み重ねてきた道を、記憶さえ抱いていられれば良いと
そんな都合の良い事は無く

あの時、初めて怖ろしいと感じた
歩んだ道の末にあるのは「何も無い」ということに

もっと早く気付いていたのなら
霧冥、お前が生まれることはなかったのかもしれない

今の私には倫太郎、彼が居て
彼が居る限りは其方へは往かない
それでも戒めとして、共に

抜刀術『風牙一閃』にて一撃

――えぇ、倫太郎


篝・倫太郎
【華禱】
富士の樹海、対峙する夜叉と瓜二つの、鬼
あぁ、これは……始まりか

挑んで初めて知ったんだ
それが成れの果てだと

当人も知らなかった
その行く末は暫定的なものでまだ至っていない
そう、可能性だ……判ってる
判っていても、在り方からかけ離れて見えて
その姿に酷く胸が痛んだ

まだ、自分の恋慕にも気付けてなかった
そこに、その行く末には辿り着かせない
それだけを想って、根拠もなく否定して

あの時、夜彦は本当はどうしたかったんだろう
あの時、至った鬼はどうしたかったんだろう

それは俺が立ち入る事の叶わない領域だけど
だから、至る可能性は完全に断つ
それだけは揺るがない

吹き飛ばしを乗せた華焔刀で幻覚ごとなぎ払う

夜彦、往こう――



 絡繰りの蝶が見せるのは。
 消え去れぬ、ひとの悔恨の情ならばこそ。
 翅より夜闇の如く広がる黒。
 一面を染め抜いて、かつての光景を紡ぎ出す。
 ああ、と。
 藍色の長髪をさらりと揺らして。
 どうしても此処に来てしまうのかと。
 夢に見せられるのならば、今もなおと。
 ある意味、どうしようもなく囚われている自分を感じて。
「巻き込んでしまってすみません、倫太郎」
 静かなる声を揺らすのは、月舘・夜彦(宵待ノ簪・f01521)。
 最愛のひとへと、この姿を見せるのは何処か苦しくて。
 けれど、ひとりで立ち向かうには余りにも悲しく。
「なにいってんだよ、あんたは」
 痛ましい程に、優しく。
 けれど、確かに傍にいると。
 今は胸にある恋慕を込めて、言葉を紡ぐは月舘・夜彦(宵待ノ簪・f01521)。
「ああはさせねぇ為に、俺はあんたの傍にいる。離れても、別れても、俺はお前と伴に。……何もかも喪わせはしねぇよ」
 琥珀色の眸に、決意のような。
 それでいて水面のように静かな思いを浮かべる倫太郎に。
 小さく、小さく、夜彦は微笑んだ。
 そうなればいい。 
 そうあればいい。
 恐ろしき未来など、ふたりで越えられるのだと。
 明けない夜など、ないように。
 けれど。
 羽ばたく蝶の翅は、幻の戦場を描き出す。
 此処は星の海ではなく、サムライエンパイア。
 魂の彷徨う富士の樹海。
 二年前の、大きな戦いの中で。
 ある結末の影が、ゆらりと。
 昏い気配と、妖しき剣気を漂わせて歩み寄る。
 あぁ、と。
 これは、始まりなのだと。
 対峙する夜叉と瓜二つの、鬼の姿に倫太郎は瞼を伏せて。
 何も知らずに挑んだのだと。
 それこそ果敢に、勇猛に。
 災禍狩りの爪は此処に在りと、誇るように。
 笑って終えられると信じていたから。
 それが、その鬼が。
 成れの果てであるだなんて、知らなかったから。
 何も知らない勇気と信念は、余りにも愚かに。
 愛しきひとの心を、蝕んだのだと。
「ええ、あれは私」
 もしかしたらの夜彦の姿。
 在る結末を迎え、孤独なる旅路を往く鬼となった姿。
 途方もない時を戦い続けて。
 穢れて、温もりも消え去り、記憶さえ霞んで喪った。
 ただ彷徨うばかりの、剣鬼の姿。
 慈しみて、人が為に刃を奮う今の夜彦からは想像出来ない。
 けれど。
 それだけの長い時を生きていく、夜彦だから辿り着いてしまう結末のひとつ。
 それこそ、対峙した時には夜彦さえ知らなかったのだ。
 その行く末は暫定的で、まだ至っていない。
 兆しあれば、それこそ倫太郎が狩り取る災禍として祓ってみせよう。
 それでも。
 ただの、可能性だと判っていても。
 伴に生きる夜彦の姿から、在り方から掛け離れ過ぎていて。
 倫太郎のひどく胸が痛んだのだ。
 今もまた、ひどく胸が痛く、疼くのだ。
「ああ、あんたをああはしない。忘れさせねぇよ」
 まだ恋慕にも気づけていなかったあの頃とは違うのだと。
 今は確かにある想いをもって、夜彦を永久の幸せに繋ぎ止めてみせる。
 それこそ、光のある場所に。
 太陽の明るい日差しと、夜の静かなる月光の下。
 佇むあんたは、美しいから。
 それだけを想って、倫太郎は根拠もなく否定しよう。
 かつてのように、今もまた。

 けれど、ああ、けれど。
 
 あの時、夜彦は本当はどうしたかったのだろう。
 あの時、至った鬼はどうしたかったんだろう。

 判らない。
 がむしゃらに向き合い、立ち会い、斬り結ぶしか出来なかった倫太郎には。
 それこそが後悔の念。
 絶えず倫太郎に付きまとう、罪の意識。
 もしも、何かがあの時出来たのならば。
 もっと幸せに近づけたのではないだろうか。
「大丈夫ですよ、倫太郎。……貴方の想いは、届いています」
 だから、夜彦は穏やかに口にする。
 この鬼の姿を、成れ果てを。
 夜彦自身が想像しなかったわけではない。
 ひととして抱いてきた感情の鮮やかさを、温もりが消え果てても。
 人と共に居られなくなっても。
 己の積み重ねた道を、記憶さえ抱いていられればいいのだと。
 新しく幸せを憶える事が出来なくても構わないなんて。
 そんなことを想っていた。
 そんな都合のいいことが、ある筈もないというのに。
 

 あの時、夜彦は初めて恐ろしいと想ったのだ。
 修羅が進む路というものを垣間見て。
 歩んだ道の先には『何も無い』、ただの伽藍が広がっている。
 ただ、ただ、その虚しき事実に。
 鼓動が震え、吐息は乱れて、揺れる心。
 無明の闇に佇む、その恐ろしさに魂さえ凍り付いた。
 地獄にさえ、逝く事はできないのだと。


 それでも、なお。
「もっと早く、その事に気付いていたのなら」
 声は震えず。
 けれど、想いを響かせて。
「霧冥、お前が生まれることはなかったのかもしれない」
 今の夜彦には倫太郎が、彼がいて。
 彼が居る限り、その魂と想いが傍にある限り。
 其方へは往かないのだと、夜彦は霞瑞刀 [ 嵐 ]の柄を握り絞める。
「いいや、生まれさせはしねぇよ。……俺たちが進んだ先に、悲しい影なんてあってたまるか」
 だからそう。
 対たる華焔刀 [ 凪 ]を構える倫太郎もまた、一歩踏み出して。
 ああ、倫太郎が立ち入ること叶わぬ領域であるのかもしれない。
 それでも。
 少しでも、夜彦の幸せへと近づけるなら。
 あの結末を遠ざけられるならばと。
 ゆらりと炎を纏い、ざわざわと風を吹かせる華焔刀の刀身。
 出来る事は、ただ傍に居続ける事。
 忘れる事のできない何かを、互いの魂へと刻んで結ぶ事だから。
「もう、俺の魂はあんたのものだ。あんたが離さない限り、独りにはならねぇよ――夜彦」
 だからこそ、至る可能性は全て完全に断つ。
 それだけは揺るがない。
 たとえこれが幻であれ。
 加減する事など一切ないのだ。
「ならば、常に抱かせて頂きましょうか、貴方の魂を――倫太郎」
 それでも。
 ただ、戒めと誓いの形として。
 言葉と共に、同時に踏み出す夜彦と倫太郎。
『我が刃に、斬れぬもの無し』
『祓い、喰らい、砕く、カミの力』
 ふたりを前にして斬れぬものはなく。
 カミをして祓い、喰らい、砕くは災禍へと至る未来。
 幻覚をなぎ払い、鬼を斬り捨て。
 そして、それを紡いでいた蝶へとふたりの切っ先が届いて。
 微塵に砕け散る世界は、まさに万華鏡。
 微かな動きで。
 小さな光ひとつで。
 未来の全ての形は変わるのだと。
 幻の世界が、はらはらと崩れ去る。
「夜彦、往こう――」
 だからまずは、手を繋ごうと。
 倫太郎が伸ばす手を、夜彦はしっかりと握り締めて。
 ここに、繋いで。
「――えぇ、倫太郎」
 辿り着くべき理想へと。
 叶えるべき未来と夢へと。
 ふたりは一歩、また歩み出す。

 その顔に、笑顔を浮かべて。
 如何なる時を経ても。
 如何なる戦を越えても。
 互いの顔と、表情を。
 決して色褪せることのない記憶と懐いて。



 ああ。
 蝶の夢は、後悔の念は。
 過ぎ去り、通り過ぎるべきものなのだと。
 ふたりで結んだ手の裡に。
 儚い夢のように消え果て、次なる路を示すのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルパート・ブラックスミス
見える幻覚は何も無い黒い地平線。

俺は一度死した魂を宿すヤドリガミ。
生前の記憶も想いも未だ蘇らず、魂に遺る騎士道精神のままオブリビオンを狩り続けた。

何の意義があると己が幾度も問う
勝利を真に捧げるべき故郷と忠誠を忘れ。それを本当の意味で悲しめず。
ならば今の己はただ目障りなものを殺戮するだけの悪逆ではないか。

俺の罪は、己の存在そのものだ。


だからなんだ。
その問いが己を止めたか。善悪の線引きがあれば俺は止まるのか。
嘯くな
目前の不幸と脅威を焼き払う。
それが罪過の道行きだろうと迷いなどなかった。
俺はいつだってこの魂の衝動、エゴに従ってきたのだ。
それから目を逸らす気など無い!

【指定UC】、敵と幻影を突破する!



 黒い、黒い蝶の翅が。
 一斉に揺れ動いて、世界へとその色を滲み出させる。
 呼吸をする暇もない。
 全てを覆い尽くすような漆黒が広がっている。
 何処までも、地平の彼方まで。
 無明の闇が、何ひとつない世界に漂うのだ。
 その中で、ただぽつんと。
 取り残されたのは青い炎を漏らす、漆黒の騎士鎧。
「ああ」
 これが見る幻覚。
 罪の意識、後悔の念なのかと。
 何一つない世界の果てまでを、ルパート・ブラックスミス(独り歩きする黒騎士の鎧・f10937)は眺め、吐息を零す。
 一度、死した魂を宿すヤドリガミには。
 もはや地獄さえにも辿り着けぬというのだろうか。
 生前の思いも、感情も、記憶の欠片ひとつ未だ蘇らず。
 あった筈の騎士の矜持も、剣に捧げた誇りさえも一体何処に。
 ただ、ただ、鎧に唯一遺った騎士道精神の儘に、オブリビオンを狩り続けて。
 そうして見る、罪の幻は。
 何一つ、触れる事のできない闇ばかり。
 ルパート自身、何の意義があるのかと、己へと問う。
 勝利を捧げるべき故郷と忠誠を忘れ果て。
 けれど、それを真に悲しむ事出来ず。
 いいや、痛ましいと感じる鼓動さえ、もはやないのだ。
 憧憬を抱き、辿り着きたい理想を抱くことさえ、満足に出来はしない。

 ならば。
 騎士道精神の名の下に揮うこの剣は。
 ただ、今の己にとって目障りなものを殺戮する悪逆ではないか。
 鏖殺を以て成す、無明の地平――ああ、この幻覚はまさにそれ。
 誰かと触れ合う事さえ、儘ならないのであれば。
 
「俺の罪は、俺の存在そのものだ」

 この闇こそが。
 漆黒の地平線こそが、己を映す鏡なのだとルバートは呟く。
 ああ、けれど。
 どうしてだろう。
 残骸の如き想いを遺す騎士鎧が、軋むのは。
 此処で立ち止まってなど、いられないのだと。
 信念を、誇りを、理想を。
 悉くを喪ったとしてもなお、地平たる場に立つのならば。
 進む先があるというのならば。
「だから、なんだ」
 鎧を軋ませ、裡なる熱を滾らせて。
 地面を踏み砕く程に重い足を、地面へと打ち付けるように一歩。
 ただ一歩、前へと進むルパート。
 無明の世界なれど。
 確かに、進める地面があるではないか。
「その問いが己を止めたか」
 黄金の魔剣を、ずるりと引き抜き。
 刀身の纏う青い焔をちらちらと揺れ動かさせる。
「善悪の線引きがあれば俺は止まるのか」
 嘯くなよ。
 違うだろうが。
 熾烈なる一閃を放つ魔剣は、虚空を滑れど。
 何処までもその斬音を響かせ、闇の果てまでへとルパートの重いを届かせる。
「目の前の不幸と驚異を焼き払う」
 ただそれを成す為に、意味など必要だというのか。
 不可視の呪詛を纏い、一歩、一歩と進み往くルパートを止めることなどできようか。
 何もない闇ならばこそ。
 勇猛と決意をもった騎士と刃は切り裂いて、先へと至るのだから。
「それが罪過の道行きだろうと迷いなどなかった」
 迷妄にて彷徨うなど。
 まだ早すぎる。この身は錆び付いてなどいない。
 軋む音は、それこそ鎧の鼓動の如く鳴り響き。
 ルパートの戦の音色として、奏でられる。
 血肉のひとかけらさえ、もたぬものなれど。
「俺はいつだってこの魂の衝動、エゴに従ってきたのだ」
 燻り、燃え上がる魂とエゴは此処にある。
 決して消えず、潰えぬ青き焔として。
 その鎧に流れる鉛の灼熱と共に。
「それから目を逸らす気など無い!」
 ああ、確かに。

――俺は斯く、此処にあるのだと。

 魔剣を掴む腕に力を込め。
 大地を踏み砕く程に、脚を撓めて。
 ただ一直線に。
 本当に黒い地平に果てはないというのか。
 幻の見せる姿に、終わりはないというのか。
 確かめてみせよう。
 そこに儚き蝶があるのならば、魔剣と呪焔をもって蹂躙するのみ。
『我が名にもはや正義なく』
 さあ、微塵にと砕け散れ。
 夢の残滓。
 己が迷いと、悔いの念よ。
 何時、何時とて。
 ルパートは自らに向き合い、その想念と蒼焔を見せるのだから。
『されど我が手は傲慢を執行する』
 疾走と共に放たれる魔剣の刃。
 呪詛の絡まる刀身は、黒き斬閃を幻影の世界へと刻み付け。
 あらゆる闇と。
 あらゆる敵を。
 理不尽と不幸を、驚異と災いを。
 正面から撃ち砕かんと、魔剣が吼え猛る。


 刹那。
 闇さえ斬り祓ったかのように、幻は消え果て。
 周囲に残るは炎と鉛のみ。
 機械の蝶も、それが見せた世界も。
 ただルパートの歩んだ後の、灼熱の海へと沈むばかり。
「ただ、何もかもを討ち貫くのみ」
 突破し、踏破し。
 その先へと。
 例えこの身が、虚ろなる罪だとしても。
 魂の脈動に従い、ルパートはまた一歩と足を進めた。
 果てなど、ありはしないのだと。
 騎士鎧の止まる事なき姿の儘に。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

アリスティア・クラティス
まぁっ、これは機械ね!?素敵!機械であろうともこんな美しい造形が―

…湧く感情に、けりはつけたつもりであった
しかし尚も押し寄せるこれは
恐らく、制作された私が壊れるまで付きまとう原罪

良くある話
一人の世界に奉仕していた天才が
ある日、己の生命を削り
禁忌に近しい人形を作る事に没頭した
『私は思い出したんです』と周囲に意味不明な事を告げて
人形を媒介に過去の人間を再現しようとした

完成した私が初めて瞳を開き映したものは
私を目に、どこか聞き覚えのある声で
『…お待ちしておりました』と
震える手でこの指に指輪をつけて微笑み
倒れそのまま命灯を消した彼の姿

一閃
蝶を叩き斬る

…無駄な時間を過ごしたわ。やることが、あるというのに



 星の海たる光景は美しく。
 並び立つ水槽で咲き誇る花は艶やかに。
 綺麗なものを並び立てて。
 戦の悲しみと怒りを忘れようとするように。
 その船は、揺るやかなる美を飾り立てる。
 訪れた者を惑わせるモノさえ。
 軽やかに舞い、幻の夢を抱かせる蝶ならばこそ。
 きっと、この船の主の本性は闘争から掛け離れたものなのだろう。
「まあ」
 だからこそ。
 その危険性に気づけず。
 ふと、花畑で見つけたように。
 明るく、柔らかく微笑むアリスティア・クラティス(歪な舞台で希望を謳う踊り子・f27405)。
 太陽のような金色の長髪を靡かせ。
 紅玉のような眸を輝かせて。
「これは機械ね!? それでいて、蝶なのね!?」
 ひらり、ひらりと舞いその翅に見取れるアリスティア。
 まるで無垢なる乙女のようなその貌に。
 鋼の翅が、重さなど感じさせない動きで近づいて。
「素敵!!」
 危機など知らないのだと。
 笑うその紅の眸へと、翅が瞬く。
 どうしようもない夢へ。
 拭う事のできない、罪の意識へと誘うべく。
「機械であろうとも、こんな美しい造形が――」
 そう、全てを語ることなんて出来はしない。
 見た目は麗しく。
 けれど、その中身はどうしようもない罪咎ばかり。
 そんなものが、世界には溢れているのだから。
 そんな魂ばかりが、星の狭間でも揺蕩うのだから。
 此処に、ひとつの罪科の夢を広げよう。


 そうだ。
 湧き上がる感情に、ケリはつけたつもりだった。
 ひとつの折り目で、自分なりのケジメ。
 そうしたのなら自由に進める筈。
 思いを過去と記憶に囚われる事なく。
 笑って、様々な世界を歩めるのだと。
 けれど、押し寄せるこれは。
 どうしようもない程に溢れる情念は。
 忘れる事も、逃れる事も出来はしないのだと。
 絡み付く赤い糸のように、アリスティアの身と心を縛るのだ。
 或いは、魂そのものさえも。
 ああ、恐らく。
 きっと、製作されたアリスティアが壊れ果てるまで。
 その欠片が砂塵となって、消え去る瞬間まで。
 付きまとい、縋り付く原罪なのだ。


 罪を宿すひとが創ったものが。
 どうして、より深き罪咎を持たずに産まれたと言えるのだろうか。


 だから、今ここでひとつの話をしよう。
 良くある御噺。
 何処にでもあるような、そんなお伽噺。
 少しの愛と狂気の混じった、甘い毒の御噺を。


「愛している」

 全てはその呟きから始まったのだろう。
 聞き届けるものがいなくなった。
 その言葉の余韻が、どうしても、どうしても。
 悲しくて、やりきれなくて。
 応えて欲しくて。
 己の生命を削って、捧げるように。
 ひとりの世界に奉仕していた筈の天才が。
 禁忌に近い人形を作ることに没頭し続けたのだ。

「君のいない世界なんて、意味はないから」

 もうその眸は現実を捉えていない。
 ただただ、精巧に、精密に。
 一片の狂いもなく、ひとつの姿を手繰り寄せていく。
 その姿は狂気そのものだっただろう。
「私は思い出したんです」
 そんな意味不明な戯言を、周囲に喚き散らして。
 けれど。
 作り上げる人形は、確かに誠へと迫る程。
 人の形として、余りにも出来すぎていて。
 ひとでは為し得ない何かを、それこそ魂と生命というものを宿す程に。
 美しく、輝かしく。
 夜空にて輝く宝石のように。
 ひとつの奇跡を紡ぎ出すのだ。
人形を媒体に、過去の人間を再現しようと。
 それは、生まれ変わりとも言える。
 蘇らせるとも言えるだろう。
 どちらにしても真っ当な技ではなく。
 呆れと、忌避と。
 そして、もしも成功したのならばと、周囲に眺められながら。
 その天才は、赤い血を吐いた。

「ああ、君の眸は……もっと美しいのに」
 こんな、赤黒く濁ったもので飾れないと。
 この程度では止まれないと加速していく、罪なる所業。
 終わりが見えていたのかもしれない。

「君の笑顔は、太陽だった……現実の日差しなど、もう忘れても」

 自分の人生が、命が潰えても。
 その瞬間を迎えられるならば幸せなのだと。
 甘い夢を見ていたのかもしれない。

 だから――アリスティアが初めて瞼を開き。
 初めて紅玉の眸で捉えた、その男は。
 
 やつれ果てながら、幸福に震えていて。
 アリスティアの長い睫が震えるのを。
 吐息にその唇と、か細い喉が震えるのを。
 生きている、その脈動と温もりを感じて、声を零した。
「……お待ちしておりました」
 何処かで聞いた事のある声で、アリスティアに呼びかけて。
 触れた事のあるような、硬くて冷たいその手で。
 そっとアリスティアの指へと、指輪を嵌めたのだ。
 至福の瞬間を迎えたように。
 時よ止まれと、告げるように。
 儚い、そう、命を儚む微笑みばかりを浮かべて。
 そのまま倒れ伏したのだ。
 アリスティアは産まれた瞬間に。
 愛が命を奪い去る瞬間を見届ける事となる。

 いいや――自分が、ひとりの命を奪って咲いた花であると。
 強く、強く、罪の意識として。
 烙印の如く刻まれる程に、胸の奥深くへと。


 愛、という罪。
 愛されたいと、もう一度と、希った魂は。
 果たして何処に辿り着いたのか。
 伴に煉獄で眠るのか、それとも、擦れ違ってしまったのか。
 判る筈もなく。
 そして――アリスティアは考えたくも無いのに。


命灯を消した彼は。
 本当に幸福だったのだろうかと。


 ふと、思いは過ぎるから。
 揺れ続けるから。


 一閃される剣は、凄烈なる風を巻き起こす。
 全てを過去の置き去りに。
 斬り伏せ、終わらせ、まだアリスティアには先はあるのだと。
 あれは始まりであって、消し去る事は出来ずとも。
 出逢い、遂げる事のできる景色を、情景を思い描き。
「ああ」
 産まれた瞬間。
 眸で世界を映したその時と同じく、喉を震わせる。
「……無駄な時間を過ごしたわ」
 ひらり、はらりと。
 無惨に斬り砕かれた蝶が、ガラスの破片のように周囲に飛び散る。
 夢の露、残骸として。
 罪の名残、その証として。
 忘れることなど。
 逃れることなど。
 出来る筈がないのだと。
「やることが、あるというのに」
 故にこそ。
 やるべきことを、果たすべきことを。
 命と愛を奪って、産まれたことが全てではないのだと示すために。
 血とは似ても似つかぬ筈の、紅玉の眸を瞼で覆い隠す。
 今は、ただ。
 光輝く細身の剣を握る指に嵌められた。
 罪と愛の象徴たる指輪の重さを、感じながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​

メレディア・クラックロック
やっほ、『ボク』達。
同じプラントから作られた、同じだったはずのメレダイヤ達。
恨んでる?

……そんな訳ないか。
よりにもよって一番の屑石だったボクに。
健全なパーツを渡して、生かしたのはキミ達だったんだから。
ボクがどう思ってたって、それが実際にあった過去。

だからこれからするのはただの再演。
あの夏の日みたいに殺して進むよ。
もう一回やったことだ、否はないよね?

ボクは解析と模倣のメレダイヤ、最期の一粒。
綺麗な一粒石達も、その飾りでしかないメレダイヤ達も。
全部の欠片を背負ったボクが、これだけのことで止まってられないでしょ。

それに、別れの言葉はあの日に言った。
幻覚なんかに言ってやる義理はないよ。
──消え去りな。



 どうして。
 そう問いかけても、きっとボク達は応えない。
 ボクがそうであるように。
 きっとまた、ボク達は笑って送り出す。

 ボクは、ボク達は生きる強さを知りたいんだ。
 誰かの生き方を知れば、きっと、もっと強く、輝けるから。


――弱いボクこそ、一番、輝ける筈だと信じているよ。
 

 さあ、と。
 幻影へと誘う、蝶の翅が瞬いた。
 夢と後悔を、あの夏の日を再現しよう。
 もう一度だけ、繰り返そう。
 何度でも同じ事になるのだと。
 不変なる想いは、伴にあったのだと。
「やっほ、『ボク』達」
 声を響かせるのは、メレディア・クラックロック(インタビュア・f31094)。
 教えて欲しい。
 知らせて欲しい。
 あの時の続きと、真実を。
 自らを取り囲む、同じプラントから作られた、同じはずだったメレダイヤ達。
 いいや、本当に同じなのだろうか。
 ボク達と呼びかける、存在と。
 メレディア自身の存在は。その心と想いは。
 だから問い掛ける。
 どうしても欲しい、たったひとつの応えを。
「恨んでる?」
 メレディアが生き残った事に。
 たったひとり、自由な世界へと旅立ったことへ。
 もしも、この中の誰かが望んだのならば。
 きっとメレディアの変わりに、世界を巡るのはその『ボク』だったのだろうから。
「……そんな訳ないか」
 ああ、これは罪悪感。
 どうしてボクなのだろうと。
 よりにもよって、一番の屑石だったボクに。
 健全なパーツを渡して、生かしたのは君達だったのだから。
 それだけはメレディアを含む、『ボク達』の意思ではなくて。
 どうしようもなく異なる、君達の願いだったのだから。
 どうして、ボクなのだろう。
 後悔というには余りに淡く。
 けれど、無駄には出来ないと強い願いが産まれる。
 どんな生き方をすれば、『ボク達』に報いる事が出来るのだろう。
 粉塵渦巻く、荒廃した世界で。
 そんな生き方、出来る筈も。
 赦される筈もないというのに。
 だとしても。
「ボクがどう思ってたって、それが実際にあった過去」
 君達の願いを受けて。
 祈りを託されて。
 そうして呼吸している、今がある。
 脈打つ身体は、伽藍の継ぎ接ぎだけれど。
 全ては、君達の想いの結実なのだと判っている。
 決して、虚ろなる器になどさせたくないのだとも。
「だからこれからするのはただの再演」
 かつてに、過去に。
 意味の全てを懸けるなんて、それこそ、今を生きるようにと。
 託してくれた君達の思いに失礼だから。
 ただもう一度だけ、繰り返そう。
 結末が変わる事のない、真実と現実に。
 そして未来に続くものだと、メレディアが深く抱く為に。
 これが罪の意識。
 どうしても、消え去る事のない罪悪感。
「あの夏の日みたいに殺して進むよ」
 生きる為に、殺し続けた事を。
 ただもう一度。
 ただ、過ぎ去った想いを、指先でなぞるように。
「もう一回やったことだ、否はないよね?」
 声のひとつ、浮かびはしない。
 それでいいのだと、取り囲む『ボク達』は決意を眸に浮かべて。
 ただ真っ直ぐに待ち受ける。
 ひとつひとつ、パーツと欠片に、想いを託して渡すように。
「ボクは解析と模倣のメレダイヤ」
 だから揺蕩うように。
 それでいて、確かに導きの筋を辿りながら。
 あの日をまた再現していく。
 殺める事を躊躇わず。
 殺される事に、微笑んで。
 奪う事に悲しみながら、与える喜びに頬を綻ばせて。

――どうして、ボクなんだろう。

「その、最期の一粒」
 だから。
 そのメレダイヤの輝きを霞ませる悩みなど。
 この胸に懐く訳にはいかないから。
 先へと進もう。 
 例え繰り返す事になったとしても。
「綺麗な一粒石達も」
 そこに、想いはあったのだ。
 心なんてなかっただなんて、言わせない。
 星海の輝きにさえ劣らぬ美しさを。
 そこに宿る想いを、遙かなる先まで届けたくて。
「その飾りでしかないメレダイヤ達も」
 誰かの飾りだけの人生なんて、在りはしないと。
 数多の人より生き方を聞いた、今のメレディアだからこそ。
 胸を張って言えるのだ。
 犠牲となり、身を捧げた君達に。
 ちゃんと人生と、スタイルと、そして物語はあったのだ。
 そんな、一欠片たちを。
 夥しい程の、想いの破片を。
「全部の欠片を背負ったボクが、これだけのことで止まってられないでしょ」
 例え悲痛なる思いが過ぎ去っても。
 メレディアは足を止めず、操るデバイスでひとり、ひとりと。
 大切なる『ボク達』を殺めていく。
 何度繰り返そうとも。
 同じ事に至る筈なのだと。
 そこにある思いは、不変にして永久なるものなのだと。
 変わらぬ輝きとして、メレディアの心臓と伴にある。
 進みづけた日々の分だけ。
 弱く、脆かった分だけ。
 強さと生き方を知り、かつてより輝きながら。
「それに、別れの言葉はあの日に言った」
 最期の視線を交わしながら。
 かつてに過ぎ去った筈の。
 その命にと、細い指先で触れるメレディア。
「幻覚なんかに言ってやる義理はないよ」
 翠の眸は、すぅと。
 幻の世界のヴェールをすり抜けて。
 儚い蝶の翅にと、メレディアの指先が触れた。
 メレダイヤの輝きが。
 数多に集い、束ねられた思いが。
 過去の罪の夢を、退ける。
 凜と美しい音色を響かせて、氷のように砕け散るのは。
 蝶の翅ではなく、きっと、幻の裡にあった思いなのだろう。
 未だ、先へと進むメレディアの背を。
 そっと掌で推すように、砕ける音は奏でられた。 

大成功 🔵​🔵​🔵​

柊・はとり
歩く死神と揶揄される探偵は
犯人と紙一重だ
俺と深く関われば死が纏わりつくから
自然と人を突き放す目つきや性格にもなる

中でも最悪の殺人は
屍人として蘇った直後見た、あの

足下の血溜まりに女の首なし死体がある
頭が無くても見間違える筈ない
探偵小説が好きだの何だの言って
現実と虚構の区別もつけず俺を追い回す
一番気に障るタイプの女だったよ

『夏海箱音』

他でもない奴の望みで
俺をこうする代わりに夏海を殺した事を
狂った偽神兵器が淡々と語る
不意に溢れた涙が文字通り凍って
色々な意味で絶望した
…今もな
探偵を泣かせるとか本当最悪の助手

せめて後悔しろよ
俺と関わった事を
なのに希望なんか託されたら
這ってでも進むしかないだろうが
UC使用



 その青い眸は、きっと探偵という宿命を帯びるからこそ。
 美しくも、鋭すぎて。
 艶やかなれど、孤独なもの。
 だって、彼は殺人事件を呼ぶのだから。
 歩く死神に他ならないと、その眸で見つめてきたから。
 誰ひとり、近づかせないのだと。
 冷淡な眼差しで、全てを見て来た。
 誰を彼をも、そうしてきたのに。
 今もなお、柊・はとり(死に損ないのニケ・f25213)は思わずにはいられない。
 己が身に纏わり付く死の気配を感じ取れなかったのだろうか。
 それとも、自分だけは特別だと想っていたのだろうか。
 何度でも突き放して。
 冷たい眼差しで、睨み付けて。
 それでも、それでもと。


 はらりと、蝶の翅が揺れる。
 ひとの魂そのものだと言われる、蝶が。
 はとりの冷たき眸の色を映し、世界を幻で包む。


――今までの中で、最悪の殺人事件を浮かび上がらせる。
 屍人として蘇った直後に見た、あの――


「おい、冗談は」
 掠れたはとりの声は、もう届かない。
 そんな事は判りきっているのに。
 体温を喪った身体で、冷たい指先で。。
 地面へと広がったまだ暖かい血を掬い上げるように。
「冗談は、よせよ。何時もの、悪ふざけだろう?」
 そんな女なのだと、はとりが一番よく知っているから。
 探偵が、事実への推理を外す程に。
 名探偵が、感情から何かを取り零すように。
 或いは。
 もうこの時、はとりは全てを察していたのかもしれない。
 足下の血溜まりの中にあるのは、女の首なし死体。
 顔がなくても、間違える筈はない。
 にへらと明るく笑うその表情さえ、鮮明に思い浮かぶのだ。
 首がない、だけで。
 それだけで、死んでいるなんて。

――当たり前の事を、はとりは受け入れられない。

 こいつだけは。
 死を纏うはとりの傍にいても、きっと例外だと想っていたのは。
 もしかしたら、はとり自身だったのかもしれない。

 探偵小説が好きなんだ。

 そう言って。
 或いは、もっと沢山の何かを喋りながら。
 現実と虚構の見分けを付かず、はとりの後を追い回す奴だった。
 五月蠅いと思ったし。
 こいつは何なんだと、何度も考えた。
 結局の所、何一つとて、はとりには判らない女だったのかもしれない。
 名探偵が解けない、唯一の謎がこの女だったのだろう。

『夏海箱音』

 明るく笑う、彼女の声が。
 まだ耳朶に響くようで。
 心に染み渡るようで。
 首は何処にと、はとりの冷たい青の眸が探すけれど。
 見つける事が出来たのは、まるで氷のような刀身を持つ偽神兵器。
 狂った器が、狂った事実を淡々と語りかけるのだ。
 他でもない彼女が、これを望んだのだと。
 はとりを屍人として蘇らせる為に、夏海という命を殺めたことを。

 ああ、五月蠅くて。
 何時までも付きまとう、どうしようもない女だったよ。
 だったら、どうして。

 唯一と捧げられた純情に。
 どんな表情をしていいのか、はとりは判らない。
 けれど、夏海はきっと笑っているんだろう。



 それでいいんだよ、君は名探偵なんだから。
 もっと沢山の謎を解決して、救ってくれるから――


――ううん、私の『好き』を繋いでくれるから。


 そう笑う姿が、幻のように現れて。
 血濡れた指先で掴むこともできずに、消えていく。
「……ぁ」
 ぴしっ、と氷に罅が走るように。
 心に痛みと、思いが駆け抜ける。
 それを喪失だと知るには、はとりはまだ幼く。
 けれど、察するには聡すぎる探偵だった。
「――――」
 紡げない言葉。
 動かない喉と、唇。
 ただ、凍て付いた心より、不意に涙が溢れるけれど。
 それもすぐに凍て付いて、氷の礫となって地面に転がる。
 美しい音色を響かせて。
 お前はもう、泣くことさえ叶わないのだと。
 絶望は何処に向けてだろう。
 もうまともな人ではなくなった自分に対してか。
 それとも、大切なひとだった海夏に向けてなのか。
 或いは、この世界に対してか。
 判らない。ただ、全てといっていい程のものに。
 様々な絶望を懐いて、凍て付いた何かを零し続けた。
 その絶望の種類を、未だに整理できないまま。
「……今も、懐き続けている」
 なお、本当にお前を許せないぞ夏海。
 探偵を泣かせるとか、本当に最悪の助手。

 そして、探偵が死んでも。
 どのように死んだかを綴って、公表するのが助手だろう?

 ラインバッハの滝も知らないのかよ。
 あのホームズだって死んだんだぜ。
 ワトソンはそれを知らしめる為に、生き残ったんだ。
 ああ。でも。
 確かに、ホームズを愛した人々の為に、名探偵は生き返って。

「そんな事、望んでないだろう」
 はとりがどう願っても、祈っても。
 ただ託されたひとつだけがあるのだ。
 人を死なせずに、事件を終わらせる名探偵としていようと。
 少なくともその為に、冷たい屍の足で歩んでいこう。
 でも、ひとつだけ。
 判らない事を聞かせて欲しい。
 それこそ探偵として恥じるべき事なのかもしれないけれど。

「せめて後悔しろよ」

 絶対に、そんな事はないと。
 笑って否定されることを、間違いをはとりは口にする。
 本人の想いを、願いを、祈りを。
 どうしても抱き締められないから。

「俺と関わったことを」

 それが幸せなのだと。
 笑う少女の顔が、どうしても過ぎるから。
 真実から目を逸らして。
 決して解決出来ない事件として、此処に封じよう。
 変わりに、ひとつだけは受け取ってやるから。

「なのに希望なんか託されたら」

 託されてやる。
 受け継いで、繋いで、叶えてやるよ。
 笑う夏海の顔は、もう見えなくて。
 何処にも無いけれど。
 それを奪った、はとりだけれど。

「這ってでも進むしかないだろうが」

 意識を、理性を。
 苦痛をもたらす偽神兵装『コキュートス』へと明け渡すはとり。
 どんな探偵でも耐え難い死別に。
 冷たき氷のような現実と、命の温もりなき身体に。
 もうこんな夢と幻は見たくないのだと。
 理不尽なまでの暴力をもって、周囲を壊し。
 撃ち砕かれた水槽を、その裡の花ごと凍て付かせて。
 
 幻を紡いだ蝶をも、氷にて葬る。

 冷たく、冷たい残骸のような現実だけを。
 ただ残して。
 何もかもを見た、冷艶なる青の眸はいま。
 冷たい苦痛で、凍えている。

 少年の心には、ひとの心には耐え難い。
 抱えきれぬ絶望と共に。
 それでも這い進み続けた先で。
 託された希望を、叶えようとするのだ。


 スノードロップが凍て付いている。
 雪が私に色はないのだと泣いている時に。
 私の色をあげるよと、ただひとつ応えた。
 希望と慰めの花言葉を持つ、白い花が。
 或いは。
 死体の傷口から咲く、美しい花が。
 もはや水中で揺れることなく、氷に閉ざされて。
 それでも、はとりの躯の前で咲いていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

月白・雪音
…この空の死地にあって水に護られた草花、
不自然に蝶を模し幻惑を主な機能と有する機構。
まるで此処での戦いを忌避するように。
或いは、それが彼女の『真実』なのでしょうね。


現れたるは嘗て獣の衝動のまま殺めた命の記憶。
自らの手で滅した、死して尚生前抱いた何かを求めた過去の残滓の記憶。

…然り、彼らは確かに私が『殺めた』者達です。
衝動のまま爪牙を突き立てた其れも、武を破壊の術として用いた其れも。
全ては私の未熟が故の、私の罪で御座いましょう。

――されど、今我らが生きる世はただ言葉と心のみにて護れる時代に在らず。
故に嘗て犯し、この先も重ねるであろう罪はこの身に全て背負いましょう。
この船に残る貴女の想いも、全て。



 そこに驚異は感じ取れど。
 想いを寄せることを、止められはしない。
 戦なるものを知り。
 闘争に身を置くからこそ。
 月白・雪音(月輪氷華・f29413)はその緋い眸を、周囲へと泳がせる。
 紡いだ声はほっそりと。
 それこそ、雪の舞うような音色。
「……この空の死地にあって水に護られた草花」
 声色より情緒の色を感じる事は出来ずとも。
冷たく、冷ややかなる心から零れるのではないのだと。
 それだけははっきりと判る、雪音の言葉。
「不自然に蝶を模し、幻惑を主な機能と有する機構」
 そこに想いがあるのではないのだろうかと。
 まるで此処での戦いを忌避するように。
 美しく飾れ、整えられた場所。
 繊細なる装飾も。
 優美なるまでの通路の作りも。
 もしかすれば、本来は争いを厭う者の空間なのでは。
 さながら幻想かお伽噺のような。
 ただ、ただ美しい星の船へと、足を踏み入れて。
「或いは、それが彼女の『真実』なのでしょうね」
 そんな思慮を静かに。
 声へと乗せて、何処か遠くへと。
 この船の中央にて佇む者へと届かせようとする雪音。
 だからこそ。
 鉄と火の武ではなく。
 ひらり、ひらりと蝶が迎え出るのだ。
 ただの夢。
 けれど、拭いがたき罪の情念をもう一度と。
 ああ、それこそ。

 此処で足を止めなさい。
 戦う事など、ないのだからと。
 ひとつの眠りへと、訪れる者を誘うように。


 ならば、こそ。
「それでも退けぬのです」
 小さく呟いて。
 絡繰り蝶の翅が見せる幻へと、雪音は身を任せる。
 或いは、泡のように浮かぶ悔恨の念に。
 向き合い、もう一度越える為に。

 それを出来なくば。
 破壊と創造の輪廻、戦そのものを壊す事など出来ないのだから。


 故にと。
 現れたるは、かつての追憶。
 嘗て、獣の衝動の儘に殺め、奪った命の温もりが。
 この手のひらの中にあるのだ。
 爪も牙も使わぬと、律する者こそ今の雪音なればこそ。
 過去は違うのだと、殺戮衝動の鼓動と共に雪原を駆けて生きた。
 そして、殺し続けた過去が連なる。

「ああ。だからこそ、進まねばならないのです。この道を」

 教えられたものがある。
 伝えられた道がある。
 だからこそ、譲らぬのだと。
 今は救う為に、守る為にある手のひらを、雪音は強く握り締めて。

「たとえ、結果として戦に身を投じる事になったとしても」

 それでも。
 武を以て磨かれた技をもって。
 討ち滅ぼした者たちがいる。
 死してなお、生前に抱いた何かを求めた過去の残滓たち。
 それでもと、願いを遂げんとする鼓動を屠った感触は、記憶に残り。
 巡り、巡る幻と共に、通り過ぎては、すれ違い。
 また巡り会っては、末期の息を零す。


 殺めた事に変わりはないのだと。
 雪音の罪咎の意識が、この夢を紡ぐから。


「……然り」
 それでも、何処までも静かに。
 清らかなる程に美しい声色で、雪音は全てを受け止め、応えるのだ。
「彼らは確かに、私が『殺めた』者達です」
 ひとつたりとて、否定などはしない。
 奪った命と想いの尊さを、どうして踏み躙れようようか。
 確かにそうなのだと、受け止めるべきもの。
 ただそれを、余りにも真っ向より。
 危うい程に、受け止める雪音は姿は秘やかに過ぎて。
 深く、深く。
 言葉でも、幻でも踏み抜けぬ程に深い。
 心の奥底に留めているのだと、感じさせる。
「衝動のまま爪牙を突き立てた其れも」
 鮮血を溢れさせ、獣として奪ったもの。
 何故と問われれば、そこに意味はない理不尽さ。
 ああ、この罪を背負うしかあるまい。
 濯ぐなど、願いはせぬと。
「武を破壊の術として用いた其れも」
 愛を囁いた、哀れなる女も。
 遂げられぬ誓いを、それでもと求めた男も。
 眼前にて迫るもの、悉くを壊したこの身は、余りに罪深い。
「全ては私の未熟が故の、私の罪で御座いましょう」
 だからこそ、向き合い続けねばならない。
 罪を洗いて清める、禊ぎなどないのだから。
 より善きものへ。
 より輝かしいものへ。
 幸いへと、一歩、一歩と雪原に足音を刻むように。
 過った印をつけても、決して消す事なく、確かに認めて。
「――されど」
 それだけで生きていけるのではないのだ。
 何かを守り、信念と矜持を掲げるならばこそ。
「今我らが生きる世は、ただ言葉と心のみにて護れる時代に在らず」
 過去より蘇り、今と未来を蝕む者があるというのならば。
 この武をもって討ち払う他になく。
「故に嘗て犯し、この先も重ねるであろう罪はこの身に全て背負いましょう」
 武を収め、智と徳心にて護る時代となれば。 
 雪音が貫きし道の終わりの際にこそ、その全てを清算しよう。
 故にと、雪音は緩やかなる吐息を付いて。
 鼓動を整え。
 確かなる宣言を、此処に結ぶのだ。
「この船に残る貴女の想いも、全て」
 故に、過ぎ去る幻を。
 殺人の記憶と、その後悔への想いへと触れるように。
 掌を伸ばせば、そこにあるのは鋼の蝶。
 機械に命はあるのか。
 自我を持てば、そこに魂はあるのか。
 その問答、星よりもなお遠く。
 けれど、殺めるとい事には他ならないからこそ。
「……蝶よ。幻見せるあなたの心も、連れて往きましょう」
 残りしものは。
 美しき夢だけでよいのだと。
 それを追いかけるものたちで溢れる世界と、時代をいずれと。
 一度だけ、瞼を閉じて。
 真白の姿を翻し。
 深紅の眸で、壊すべき者の姿を捉える。

 争いなど。
 いずれは、雪の如く溶けて消えるもの。
 そうして流れる水こそ、美しく。
 儚き花を咲かせるのだと。
 水槽の花に彩られたこの船の道行きを、終わらせる為に。
 正しきものへと、戻す為に。
 雪音はその掌にて、蝶を散らす。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シェフィーネス・ダイアクロイト
アドリブ◎

船は船でも宇宙船に乗るのは経験が無い(慣れず独特の浮遊感に眉顰め
此の世界の命運は他の猟兵に委ねる

特有の宝等あれば奪取優先
水槽の花へ

やはり゛水゛は落ち着く

オトメユリが揺れ
蝶が瞬く
カクリヨ戦争のまぼろしの橋で見た光景を整理

(私が海賊になった一つに
過去を完全に絶つ為
父の仇敵の息子への復讐があった
探す手段として同業となった
其れは結局違っていた
殺す理由を喪った

なのに
膨れ上がる此れは
分からなくなった

棄て切れぬ想いは枷となりて
新たに彼奴の蜜(どく)が私の肚へと溜まる

─あの子は゛僕のひかり゛

違う
人は簡単に裏切る
いっそ、)

例えそうであろうとも
この感情は永劫口にはせん

母の形見を握りしめ
再び咲く花は向日葵



 波にて揺られる船には。
 それこそ親しむ程に慣れていても。
 重力の軛から解き放たれた、星の海では勝手が異なる。
 独特の浮遊感は、海中のそれとも違って。
 何もかもが、何処か頼りない。
 秀麗なる貌の眉を僅かに顰めて。
 けれど不遜なまでの自信を込めた言葉を紡ぐ。
「いいや、だからどうした」
 冷たき青い眸は海を渡る時と同じく。
 心の羅針に従い、ただ進むだけ。
 それがシェフィーネス・ダイアクロイト(孤高のアイオライト・f26369)という海賊の姿なのだから。
 ここが星々の海だからと、変わりなどしない。
「宇宙船に乗るのが初めて。ああ、だとしてもだ」
 手に入れるべきものは決まっている。
 この世界の運命がどうなろうと構いはしない。
 ただ、シェフィーネスは猟兵たちと同じように。
 その心をもっと、望むものへと手を伸ばすだけなのだ。
 優美なる造りの回廊は。
 さながら、幻想か御伽を模したかのよう。
 宇宙船というより、王宮を想像させるような優雅さがあるのだ。
 ならば。
 それに相応しい宝も眠っていよう。
 あらゆる宇宙船を壊して、それより新たな戦機を造ったというのならば。
 その裡にあった宝石を、財宝もまた収集している筈。
 美しさに意味を持たないものならば。
「このような水槽と花など……船の裡に用意しないだろうさ」
 鋭い一瞥と共に微笑み、周囲へと視線を巡らせるシェフィーネス。
 戦いは全て任せよう。
 だが、宝は必ずやこの手の中に。
 それで何を為そうとしているのか。
 自分でも気付かぬまま。或いは、想わぬままに。
 ただ心を黄金の輝きで満たすように。
 そして、そんな海賊だからこそ。
 気付けば水槽の並ぶ一角へと、吸い寄せられてしまうのだ。
 星雲の煌めきが並ぶ窓より。
 美しく精緻な装飾の並ぶ通路より。
「ああ。……やはり゛水゛は落ち着く」
 水が波打ち、揺れる場所でひとり佇んでこそ。
 シェフィーネスの心はようやく、安らげるのだから。
 痛む想いと、聡き心に。
 安寧を届けるのはただ水だけ。
 ならばと。
 その水槽の中で揺れるは、可憐なる色合いを花びらに乗せるオトメユリ。
 風に吹かれるように揺れて。
 その花言葉の一欠片を、シェフィーネスの心の裡に浮かばせて。
 ひとつの蝶の翅が瞬き、ひとつの夢を紡ぎ出す。

 織り成すは、カクリヨの世界で見た記憶。
 確かにと現と判ずることは出来ず。
 けれど、まぼろしの橋で見た光景を。
 一筋の幻影として、シェフィーネスに見せるのだ。


――私が海賊となった理由、始まりのひとつに。
 父の仇敵の息子への報復があった事を――

 
 そこを起点に、巡る記憶と情景。
 羽ばたく翅のような繊細に。
 けれど、時折、感情を切り裂く程に鋭く。
 巡りて、巡る。
 ああ、と。
 報復、復讐と思えどそれは、父が為ではなく。
 過去を完全に断つ為だったのだ。
 因子、原因を全て絶ちきり、自由に、縛られぬ者として海へと往く為に。
 束縛など、どうして許せようか。
 それが自らの生きた道だとしても。
 ならばと、その相手を探す為に同業たる者になった。
 けれど――其れは間違っていたのだ。
 殺す理由を、喪ってしまって。
 懐に秘めたナイフを、その切っ先を何処へと向ければよいのかと。
 ただ握り締めている。
 手放すことさえ、出来はせずに。

「誰が、誰を縛っているのか」

 まるで、自縄自縛。
 感情と勘違いが先立ち、シェフィーネスの動きを捕らえている。
 どちらに向けいいのか。
 どのように進めばいいのか。
 判らず、迷うように。
 青い眸は冷ややかな儘に、惑いを見せて。
 けれど。
 その色艶が霞むことなど、在りはしない。


 間違いだったというのに。
 理由を喪ったというのに。
 なのに。
 こうも膨らみ上がる此れは、一体何なのだ。
 感情を浮かばせるからこそ、シェフィーネスの眸は一層に麗しく。
 戸惑うからこそ、美しき人の様を見せるのだ。
 本人がどう想うとかも。
 その有り様を、嫌おうとも。
 何もかもが、分からなくなった今の姿であれど。

 ただオトメユリの花びらが。
 水に揺蕩い、静かに揺れている。
 花言葉さえシェフィーネスの心を惑わせて。


 純潔など水に揺蕩う、儚きものなのだと。
 飾らぬ美など、一体何処にあるというのだと。
 何より、芽生えし私の心の姿など、どうすれば。
 見つめる事が出来るのか。
 しっかりと、確かなものと抱けるのか。
 水槽の硝子に阻まれて、指先はただ冷たい輪郭をなぞるだけ。


 棄て切れぬナイフと。
 断ち切れぬ想いは枷となりて、この身と心を縛り。
 止め処なく新たにと、彼奴の蜜(どく)が私の肚へと溜まる。

 ああ。
 どうして、これほどに重いものを持たされ。
 なにひとつ手放せぬ故に。
 ひとりで安らかなる水に浮かぶことなど、出来ようか。



――あの子は゛僕のひかり゛



 耳朶に染み入るような、その声に。
 違うのだと、幾ら否定しようとしても。
 水を掻くように、ただ滑るだけ。
 沈んで溺れるように、想うだけ。
 ひとは簡単に裏切るのだと。
 知っているのは、憶えているのは、確かなのは。
 それだけの筈なのだと。
 裏切らないのは黄金と宝だけだと、シェフィーネスは信じているから。
 今もなお。
 変わることも、変わろうとする事も出来ずに。
 ならば、そう。
 いっそのこと――  
「――ああ、いや」
 顔を掌で覆い。
 冷たく笑うシェフィーネス。
 気付けば幻は水のように流れて、溶けて。
 くつくつと、喉の奥で笑う自分が水槽に映っている。
 本当に笑っているのか。
 心の姿を、水槽の硝子は捉えられずとも。
 ああ、自分だけが分かっていればいいのだ。
「例えそうであろうとも」
 笑みを掻き消し。
 冷たく、麗しき美貌にて言葉を並べるシェフィーネス。
 それは孤高なるが故に、美しき水の花のように。
「この感情は永劫口にはせん」
 母の形見を握り締めて。
 次なる水槽へ。
 宝を求めて、奥へ、奥へと進むシェフィーネスを止めるものは誰もいない。
 声をかける者も、いない儘に。
 ただ、進んだ先で。
 並ぶ水槽が咲き誇らせるのは。
 一面の、明るい色を見せる向日葵たち。



 ああ。
 まだ幻は続いているのか。
 声なき、機械の蝶は未だにいるのか。
 罪と後悔の念は、夢でも現でも。
 ゆったりと、水のように揺れて、近寄り、心へと触れる。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リア・ファル
理不尽に苛まれ、それでも明日を掴んだ人々の
こんな想いをするのは、自分たちだけで充分だ という願いで
ボクは製造された

下された使命(オーダー)は唯一つ
今を生きる誰かの明日の為に

ボクの後悔というなら
炎の中でボクを送り出す……ボクの制作に関わった人々の姿が見える

進宙日の前日に起きた銀河帝国の襲撃
護るべき人々に護られ、脱出せざるを得なかったあの日

歯がゆい気持ちはある
けれど
あの日の彼らも、いま見えている幻の彼らも
笑顔で告げるのだ
明日の為に、理不尽に抗えと

蝶のプロトコルを解析し、催眠へ抵抗
相手の座標を策定した後、電磁を纏った虫籠を生成し
蝶の無力化を試みよう
(情報収集、ハッキング、ジャミング、マヒ攻撃、捕縛)



 星の海を渡る程の技術を。
 満ち溢れる程の輝きを、その手にしても。
 人の心が満ち足りることはない。
 不幸は幾つにも続き。
 悲しみは打ち寄せ、思いを削る。
 だからこそ。
 理不尽な現実に苛まれ、それでも明日を掴んだ人々が。
 こんな想いをするのは自分たちで十分なのだ。
 より善き世界を。
 少しでも幸せの多い世界へと。
 変わって欲しくて。
 昨日より明日が、愛おしいものにしたい。
 そんな願いを以て、造られたのがリア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)なのだから。
 下された命令(オーダー)はたったひとつ。
 今を生きる誰かの明日の為に。
 命の輝きを、より美しく、愛おしく。
 微笑みのもとで、星の狭間に揺れて欲しくて。
 身を削る程の切実なる痛みは、いらないから。
 心を抉る悲劇を、ひとつでも取り除くべく。
「そうして、ボクは製造された」
 紡ぐ声は、宇宙を漂い。
 誰かに。今を生きる君へと届けと。
「そうして、ボクは此処に生きる」
 リアのその想いが、揺れることなどありはしない。
 自らの存在意義を。
 果たすべき、夢と理想を。
 その瞳に宿し、歩み続けるのだ。
だからそう。
 後悔なんてものがあるとしたら。
 炎の中でリアを送り出す人々の姿だろう。

 だから、きっと、羽ばたく蝶の翅は、赤く、赤く。
 炎の色で、揺れ動いて。

 その時の姿を、幻影として広げるのだ。

 リアの製作に関わった。
 願いを込めた人々が、炎の中で見える。
 煙で呼吸できず、身を焼かれ。
 それでも、想いは託したのだと、手を振っている。
 決して、リアの初めての旅立ちが、不幸なものにならないように。
 リアの訪れた場所は幸せとなり。
 新たに旅立つ場所は、笑顔の花で飾られるようにと。

 無理に、一途に、笑っていた。
 ただ祈りをもって、リアの旅立ちを。

 進宙日の前日に起きた、銀河帝国の襲撃の最中。
 リアは自らに信念を託した人々に送られ、旅立ったのだ。
 帝国軍の襲撃が一日遅ければ、どうだったのだろう。
 何も知らずに進めたのだろうか。
 護るべき人々に護られ。
 脱出という旅立ちを迎えずにすんだのだろうか。
 それとも――護ることが、本当に出来たのだろうか。
 もしかしたら。
 その思考は止まることなく。
 戦火に呑まれた、幸せを願うひと達の心を想うばかり。
 歯がゆい気持ちはあって。
 もしも、もっと力があれば救い出せた筈なのにと。
 振り返ることさえ出来なかった自らに、リアは悔いるのだ。
 歯がゆい気持ちは、それこそ、溢れんばかりに。
 止まる事も、終わる事もなく、あの炎がリアの心を焼く。
 けれど。
 あの日の彼らも。
 そして今、幻影として現れている彼らも。
 笑顔で告げている。
 手をふって、星に願いをかけるように。

――理不尽に抗え

 今、自分達がそれに呑み込まれているというのに。

――明日の為に、生きる人の為に

 喪われようとする人々が、未だ見ぬ誰かを想いながら。
 ああ。
 なら、どうして止まる事ができるだろう。
 後悔の念は絶えず、渦巻いたとしても。
 あの時、もしもと思わずにはいられなくても。
 
 あの笑顔を、なかった事になんて出来ないから。

 それほどに切実なる、誰かを想う心。
 自分ではなく、誰かに災いの火の粉が及ばないように。
 そんな感情を、ひとひらでも受け継げたのなら。
 そんな願いを、また誰かに一滴でも渡せたのなら。
 きっと、明日は幸せに輝くから。


 蝶の見せる、赤い幻の夢は。
 誰かを想う気持ちにて、潰えていく。
 炎など怖れなかった、彼らのように。
 リアもまた、越えて往くのだ。


『アカシックレコード、接続(アクセス)――研鑽と叡智の結晶を此処へ!』
声と共に呼び出されるは、浮遊する魔導書たち。
 その力をもって翅を赤く瞬かせる蝶たちを解析し、リアは幻覚へと抗い打ち破っていく。
 真実が見えずとも、蝶の座標さえ見えればそれで十分。
 電磁を纏った虫籠を生成し、蝶の無料化を試みる。
 ばちばちっ、と弾ける電磁と機械。
 蝶はその機能を止め、翅を休めるようにその場に止まる。
 軽やかなる動きはなく。
 ただの鋼の、ひとひらとして。
「例え、後悔があったとしても」
 それこそが、先に。
 更なる幸せを求め、理不尽に抗う力になるのだから。
 悔いるからこそ、希望を抱けるとリアは知っていて。
「その先に、明日を生きる為に」
 そんな些細な筈の。
 けれど、大切な想いの為に。
 リアは先へ、先へと進んでいく。
 決して、求める明日は途絶える事はないのだから。
 その歩みと道が、終わることはない。
 ただ、新たな誰かの為に、その想いはある。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎
吸血鬼に攫われて10年
故郷を…アレスを守る為
鳥籠の中で
命じられるままに嘗ての隣人を殺した
(優しい彼らはソレすら許してくれたけど―…)
後悔と聞いて真っ先に思い浮かぶ事
けどこれを後悔と呼ばないと決めている
だから怖くもなんも…って思っていたが
見えたのは俺を取り戻そうと
故郷を守ろうと10年戦い続けたアレスの、記憶…?

手がかりを手に入れたアレスに
行ってこいと背を押す姿
相変わらず、優しい人達
ああ、けど
でも…守れなかったのは

お前のせいじゃない!
アレスを胸に抱きしめて
強く強く繰り返す
違う、お前じゃない
誰かのせいならソレはむしろ―
過った思いは強い腕に優しい言葉に覆される

こんな悪夢は終わらせよう


アレクシス・ミラ
【双星】
アドリブ◎

浮かび上がるのは数年前の僕の記憶

吸血鬼の城の手掛かりを得た僕に
故郷の人達が迎えに行ってこいと背中を押してくれた

だが…向かった先には一つの街が襲われていた
手掛かりは吸血鬼の罠だったんだ
それでも見捨てる事は出来なくて
僕は戦った。救う為に
この時、猟兵に目覚め
その力で敵を撃退でき、街を守れた

けれど
急いで戻った故郷は
吸血鬼によって破壊され
勇敢な人々の散った姿が…
…ごめん
僕は…君が帰ってくるはずだった場所を
優しかった故郷のみんなを
守れなかった

彼の熱に
言葉に
何処か翳りを感じて
強く抱きしめ返す
…僕にも言わせて
君が…僕に言えない何かを背負っていたとしても
これは確かだと言い切れる
君のせいじゃない



 舞い踊るは、無数の蝶。
 瞬く翅は、瞬間ごとに艶と輝きを変えて。 
 世界を彩り、形を変えていく。
 その様はまるで万華鏡。
 過去の記憶を、拭い去れぬ悔恨の念を。
 微かな光に照らしだして、罪の夢を紡ぐのだ。
 もしかしたらと。
 救われたい想いをこそ、はらりと、ひらりと。
 幻として、描き出す。
 ならばそう。
 セリオス・アリス(青宵の剣・f09573)が見る幻影はひとつに決まっている。
 後悔と言われて、真っ先に浮かぶのそれだから。
 血塗られ、錆び付いた鳥籠の中の記憶。
 故郷を、大切なアレスを守る為だとしても。
 命じられる儘に、嘗ての隣人を殺したのだ。
 罪などある筈もないのに。
 慈しみ、愛すべき隣人を殺め続けた、その記憶。
 未だに零れる血の生暖かさは消え去らず。
 指先が赤く染まる幻影を見る程なのだから。
(優しい彼らはソレすら許してくれたけど――……)
 セリオス自身が決して、自らを許せず、忘れられないのだ。
 だから、後悔の夢として真っ先に浮かぶのはそれ。
 赦されようとも思わず。
 その事実より、セリオスは逃げようともしない。
 ただ真っ向から向き合おう。
 明日を生きて、過去を越えて、笑うために。
 今は互いの手を握り合う、赤き一等星がいるのだから。
 だからこそ、怖いとも。
 臆すことも、怯むこともなく、蝶の羽ばたきを見つめていた。
 大丈夫。
 傍らには、彼がいるから。
 朝焼けの美しさたる、心が此処に。
 世界の何より信じるアレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)の息遣いを感じる距離で。
 共に佇んでいたからこそ。
「……アレクシス?」
 ふと。
 セリオスは、アレクシスの呼吸が乱れているのを感じるのだ。
 恐怖に苛まれ。
 逃れたいのだと、震える吐息がそこにある。
 朝空のような青い瞳が、決して振り返りたくない過去を映していて。
「……ごめん」
 零れたアレクシスの声は震えている。
 どうしようもない程、揺れに揺れて。
 傷ついた心を。
 今まで隠していたアレクシスの罪を。
 蝶の翅が、浮かび上がらせる。
「……僕は守れなかった」
 忘れるなんて、出来る筈もなく。
 そんな事はさせないのだと、無機質の蝶がゆらりと泳いだ。


 救えると祈って、信じたのだ。
 どれ程に愚かなことであったとしても。
 そして、アレクシスは惨劇と死を招いたのだ。


 セリオスを捕らえた吸血鬼の城の手掛かり。
 ようやくそれを手に入れたアレクシスは、微かに迷っていた。
 喜び、そして決意はある。
 勇気と信念は奮えて、必ずその手を握ると決めていた。
 けれど。
「僕がこの街を出ている間、誰が守るというのですか?」
 吸血鬼たちの侵略と暴虐は止まる事を知らない。
 盾たらんとするアレクシスの迷いは当たり前。
 誰も彼もが、大切な皆を守ろうと互いに結び付いていた。
 彼を守り、私は守られ。
 常夜の世界に生きて、笑おう。
 無慈悲な世界だからこそ、ひとの優しさがあったのだ。
「いっておいで。迎えに」
 だからこそ、街の人々は危険を知りながら。
 そっとアレクシスの背を押す。
 優しく、暖かく、その願いに手を伸ばすべきなのだと。
 大切なセリオスの手を、握ってあげにいきなさいと。
 誰かの為に、自分の願いを棄てるなんて事はしてはいけないよと。
 微笑んで、旅立つアレクシスを見送ってくれたのだ。
 感謝していたし。
 泣きたい程に嬉しくて。
 こんな皆をセリオスにまた合わせたい。
 太陽のない世界でも、この絆があればきっと美しい日々を過ごせる。
 ああと。
 アレクシスの過去の幻を眺めるセリオスもまた。
 相変わらず、優しい人達なのだと微笑んでいた。
 だって、微笑みあえばこそ、幸せなのだと。


 そう、愚かな程に一途に信じていた。
 焼け落ちるひとつの街を見るまでは。

 
 全ては吸血鬼の嘘。
 掴んだと思った手掛かりは吸血鬼の罠であり。
 アレクシスが向かった先では街が襲われているだけ。
 ああ。
 見捨てる事なんて、どうして出来るだろうか。
 罠だというのなら、旅立ったあの街がどうなっているかなんて、はっきりと分かるのに。
 そこで上がる悲鳴を。
 助けを求める手を、掴む為に。
 炎へと飛び込み、闇を斬り払うアレクシス。
 ただ戦う。
 殺す為ではなく、救う為に。
 一秒でも、呼吸のひとつの間さえ惜しい。
 早く、早く。あの街に戻らなければ。
 でも、此処でも流れる涙と血は本物で。
 それを助けたい、救いたいという願いが、アレクシスを猟兵へと目覚めさせた。
 結果としては吸血鬼の手勢を撃退し、街を守れたのだ。
 ただそれは、自分の街ではなく。
 アレクシスの背を押してくれた、みんなではなくて。

「ああ」

 急いで戻った筈だった。
 ろくに食べる事も、眠る事もせずにひた走って。
 けれど、急いで戻った故郷は焼け落ち、崩れ去っていた。
 吸血鬼の襲来によって破壊された残骸ばかりが転がる、その場所に。
「ごめん……ごめん……!」
 黒く焼け焦げた地面に。
 勇敢にも戦い、散った人々の骸がある。
 剣を握り、槍を携え。
 そんなもので敵う筈など、ある訳はないというのに。
 果敢に、儚く。
 それでも諦める事をしなかったのは。
 決して、ひとりではなかったから。
 或いは、アレクシスの帰りを待っていたから。
 最期の一瞬まで、諦める事も、投げ出す事もなく。
 セリオスとアレクシスの帰りを信じていたから、死するまで戦ったのだ。
 地面に跪くアレクシス。
 どうしてなのだと。
 力を得た筈なのに、より無力さに苛まれて。
 心にある剣は、盾たる力は何の為にあるのだと、胸の裡で絶叫する。
 そんな悲鳴をあげる資格さえ、アレクシスにはないのだと判りながら。
「僕は……」
 あの時のように。
 顔を覆い、その場で膝をつくアレクシス。
 零してしまったものを。
 もはや、取り戻す事のできないものを。
 狂おしい程に願い、求めながら。
「……君が帰ってくるはずだった場所を」
 アレクシスは優しいから。
 その心に消える事のない光を宿しているから。
 より一層、影と闇に。
 悔恨の情念に、その心は蝕まれ続けていたのだ。
 今の今まで、ずっと、誰かに打ち明けることも出来ずに。
「優しかった故郷のみんなを」
 涙を流すことさえ出来ない。
 してはしけないのだと、誇り高き想いは己を赦さない。
 こんな身が、運命を切り拓く金色の夜明けである筈がないのだと。
「守れなかった……」
 例え、百の剣で貫かれても。
 この罪は贖うことは出来ないのだと。
 震えるアレクシスの指と声色は、訴えるからこそ。
「それは、お前のせいじゃない!」
 どれ程に根拠がなくとも。
 セリオスは、その美しく澄んだを張り上げる。
 もしもセリオが、本当に囀る黒き鳥ならば。
 この想いを、アレクシスの心に確かに届けられる筈なのだと。
 けれど、言葉はあまりに拙くて。
 そして、脆いものだから。
 細い両腕を広げ、セリオスはアレクシスをその胸で抱き締める。
 泣いてもいいのだと、強く、強く抱き締めながら。
 いいや涙を零して欲しいのだと、青の一等星は傍なる払暁へと願う。
 影と闇を。
 翳りを宿すならば、血濡れた罪を持つセリオスの筈なのだから。
 そもそも吸血鬼に捕まりさえしなければ。
 幽閉されたとしても、そこから抜け出す強さがあれば。
「違う、お前じゃない」
 赦されざる罪人はセリオスの方なのだと。
 そんな当然、当たり前。
 アレクシスは本当に、セリオスにとって夜明けの輝きなのだから。
 救いであり、幸せであり。
 繰り返し、抱き締め合う温もりなのだから。
「誰かのせいならソレはむしろ――」
 全ての闇を背負うのはセリオスでいい。
 多くの人を救ったアレクシスとは逆に。
 沢山、沢山の隣人を殺してきたのがセリオスなのだから。


 今更、贖罪と赦しなんて求めないよ。
 そのセリオスの言葉はけれど、紡がれる事はなく。
 より強く、より熱く。
 アレクシスの腕に、抱き留められる。

 
 何処か翳りを感じたから。
 もう、そんなセリオスの姿を見たくないから。
 強く抱き締めてくれた分だけ、また、強く抱き返す。
 さながら、昼と夜が互いに絡み合うように。
 ひとつにはなれなくても。
 結び付いて、離れないふたつとして。
 その境目を少しでもなくそうと。
「……僕にも言わせて」
 どんな罪をセリオスが抱いているのか。
 アレクシスは知らないけれど。
 知った所で、何ら変わらないのだから。
 もしも夜明けの騎士たる身でなければ、死んでしまいたい程だけれど。
 ああ、セリオスにとってそうであるのならば。
 何処までも誇り高く、矜持の盾であろう。
 君の心を、セリオスの魂を守り抜こう。
 アレクシスは、その為だけの騎士でありたい。
 運命はこれからだと。
 もう一度、切り拓く黎明として立とう。
 過去の幻たる闇に呑まれることなく。
「君が……僕に言えない何かを背負っていたとしても」
 何があっても、セリオスを肯定してみせよう。
 抱き締め続けてみせよう。
 光ある場所へと、導き続ける。
 翳りある貌なんてみたくないから。
 笑っていて欲しいから。
 涙を零してと願われても、それでは、セリオスが笑えないだろうと。
 大切なひとの泣いている顔を見て、微笑むようなひとではないのだから。
 それは。
 お互い様に。
「これは確かだと言い切れる」
 夜のように美しいセリオスの黒髪を、撫でて。
 理不尽に怒るように。
 悲しみへと憤るように。
 青い瞳を揺らすセリオスへと、アレクシスは唇で紡ぐ。
「君のせいじゃない」
 全ての罪咎は。
 セリオスのせいじゃないのだと。
 ああ、ただその一言で。
 抱き締められるその腕の強さで。
 過ぎったセリオスの思いは、覆される。
 闇から光へ。
 悲しみから、慈しみへ。
 君がいるから、太陽と星の導きを信じられるのだと。
 それでも。
 震える手は、やはりお互い様。
 指先を絡み合わせ、互いの吐息と体温を交わらせて。
 染み渡るふたりの匂いに、心が暖まるから。
 ふたりは立ち上がる。
 笑うことは、まだ上手く出来ないけれど。
 まだ先へと続く、さいわいへの道を思い描けるから。
 セリオスは長い睫を震わせて、言葉を紡ぐ。
「こんな悪夢は終わらせよう」
 瞬く蝶が見せる、悪しき幻を。
 振り返るべきできはい過去への、決別を。
 共に成そうと、セリオスは口にする。
「ふたりなら、出来るだろう? 出来ないだなんて、言わせないぜ」
 この喉は、美しき明日が為に歌を囀るのだとセリオスは息を吸い込み。
「ああ、勿論だ。セリオスが、望むものを」
 未来を引き寄せるべく、朝空のようなアレクシスの青い瞳が瞬く。
 凜々しき美貌は、誇るべき騎士のそれ。
 もはや揺れ動かぬと、ただひとりの為に眦を決して。
 奪われたものを取り返し。
 運命を変えたいと願って得た、アレクシスの瞳の輝きは。
 幻の天幕を越えて、蝶の姿を捉える。
 罪の夢に。
 罪悪感の世界に。
 心を閉じ込める、その翅の場所をセリオスへと囁けば。
 もはや鳥籠から解き放たれた、黒い星鳥が。
 夜の深淵より響き渡る、玲瓏なる歌をもってその翅を震わせる。


 お前のような絡繰りに。
 心持たない鋼の舞台装置如きが。
 アレクシスの心に触れて良い筈がないだろうと。


 蝶が砕けて、壊れて。 
 破片を散らし、世界を現のそれへと戻すまで。
 青く燃える心のままに詠われた聲が、星の海にて響き渡る。
 朝と夜が共に在る。
 異なるふたつが溶け合う、星々の空と世界にて。
 

 君がいるから。
 朝が過ぎ去っても、優しい夜があり。
 夜が終わっても、輝かしい朝がくるのだ。
 ふたりはそう、信じている。
 今も、これからも、悠久なる時を経てもなお。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『生体デバイス・アレクシア・ブリジェシー』

POW   :    護る騎士を侍らせても救う騎士は無し……皮肉な話ね
【玉座型本体が意志に反し自己防衛生産モード】に変形し、自身の【(猟兵に助言を与える)ナノマシン製の身体】を代償に、自身の【白い騎士型護衛用ウォーマシン軍団の物量】を強化する。
SPD   :    私の存在が悲劇を生むならば、為すべきを為しなさい
自身の【章を跨いで登場出来る無力な仮初の身体 】を代償に、【黒い高速戦闘用騎士型ウォーマシン軍団】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【即時改良と再生産の物量、高速近接戦闘】で戦う。
WIZ   :    『過去』が齎す悲劇の再生産、どう断つか見せなさい
対象への質問と共に、【自らの意志に関係なく稼働する黒い本体】から【大量の紅い射撃戦用騎士型ウォーマシン軍団】を召喚する。満足な答えを得るまで、大量の紅い射撃戦用騎士型ウォーマシン軍団は対象を【即時改良された再生産による物量と飽和射撃】で攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はトリテレイア・ゼロナインです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


● 断章 ~星の夢は、誠なる想いを求めて~



 幻が揺れる通路を過ぎ、辿り着ついた船の中枢。
 そこでは、こぽりと。
 数多の水槽が揺れている。
 その裡に花を抱きながら。
 或いは、物語を宿しながら。
 その中央にて佇むのは、紫色の髪をした女。
 水花に囲まれ、玉座のようなモノに座っている。
 いいや、玉座より伸びる光の鎖で縛られているのか。
 ただ一目で分かる気品が、此処を統べる者なのだと知らせるのだ。

「ああ、辿り着いてしまったのね」

 冷たい声色で紡いで、くすりと笑う。
 儚くも妖しく。
 聡き美しさがあれど、怒りを秘めて。
「貴方たちは己が罪悪感の夢を振り切る、誠の騎士なのかしら」
いいえ、違うのかもとと首を振り。
 玉座の周囲に、機械の騎士たちを呼び寄せる。
「それとも、罪など知らぬという恥知らずの咎人?」
 どちらでも構わないわねと。
 静かに、静かに声を震わせる。
 どちらでも、戦う事に変わりは無い。
 何時ものように壊して、その欠片でまた作って。
「人の罪のように繰り返して、巡らせましょう――これはまた、始まりのひとつ」
 人の戦い続けた歴史こそ、全てなのでは。
 違うからこそ、人は幸せなる御伽を求めた。
 星海に辿り着いてもなお、その狭間でこうして繰り返しているのだから。
 或いは。
 此処まで紡がれてしまった物語に、終わりをくれるのかと。
 ゆるりと翠色の眸を泳がせる。
 此処に御伽を始めましょう。 
「あなたの想いを、見せてちょうだい」
 それが、この悲憤を越えるというのならば。
「私を、アレクシアという女の夢と、魂の残滓を越えるというのなら」
 玉座に座る儘、巨大な剣を握り締めて。
 無数の機兵の騎士に守れてながら。
 この鋼の兵器たちを討ち倒し、この胸へと届けてみせてと。
 水花と星と、鋼と死に囲まれたアレクシアは、舞台の上へと猟兵たちを手招く。
リオ・ウィンディア
記憶が私の罪だというのなら
死の音楽を披露
「代わりに死んでよ」
乾いた音…
涙が止まらない

けれど
最後に思い出した
私は堕天使ではないのだという記憶
(あれ…何で忘れていたの?)
確かに心に残ってる喜びの記憶
翼を背に、共に駆け抜けた名もなき冒険者たちの英雄譚

呪いも祝いも魂に刻むよ
紋章からダガーを取り出す
もう怯えないから

UC発動
これからは私、リオの物語
過去に縛られるより今を生きる
増えすぎた過去に一人で向かえないのなら
愛する人の手を借りよう
もう十分泣いたから
悲しみから生まれる強さを糧に
愛するものと共に行こう
それが私の答え

素早く敵に肉薄する
未来は自分で掴むから
あなたの夢を終わらせましょう
アン、笑顔で帰るからね



 問いかけ招く声に、誰より先んじて応じるは幼き少女。
 正しき騎士ではなく、罪を背負った咎人でもありはしない。
 そこにいるのは魂の歌い手。
 こつん、と硬い床を靴底で響かせて。
 ああ、と喉から零れる吐息で旋律を紡ぎ。
 舞台の中央へと、迷う事なく歩み行く。
 その小さな背には、過去世の人生と記憶が絡み付くからこそ。
 幾らでも巡り、繰り返して生きてきたらこそ。
 違うのだと、リオ・ウィンディア(黄泉の国民的スタア・f24250)はこの歌声で示してみせよう。
 幼く可憐な貌に似合わぬ、妖艶さを忍ばせて。
「記憶が私の罪だというのなら」
 背負い続ける、この思いのひとつ、ひとつ。
 泡沫の夢のように淡いものではなく、確かなる祈りがそこにあったのだと。
 今もなおこの胸に宿る想いと共に、ハイソプラノの澄んだ声で紡ぎ上げる。
 指先では闇の魔力に応じて音階と音色を支配する手回しオルガン、マルシュアスを回していく。
 一定の旋律で、冷たくも綺麗な色を奏でて。
 流れ出すのは死の音楽。
 満月の眸を緩やかに伏せながら、リオの唇が呟いた。
 表情はとても愛くるしい笑顔なのに、どうしてだろう。
 とても痛いと、聞くものの胸に届けさせるその声色。
 魔性じみた、歌の業。
「代わりに死んでよ」
 まるで誰かに、リオがそう願われた事があるように。
 切実にして遙かな過去の思い出を掬い上げて、響かせるのだ。
 翼など意味はないのだと。
 空など尽きてしまったのだと。
 何処にも行けないと思わせるような、余りにも乾いた音を奏でながら。
 ああ。
 代わりに死んでよと、頼まれれば。
 もう何処にもいけないのだと。
 どうすればいいのだろうと。
 溢れる悲しみは止まらず、けれど、死の願いを断れず。
 今のリオもまた、零れる涙と演奏を続けていく。
 それこそ死想の色に塗れたように。
 幾つも繰り返した、生と死と、罪と罰のように。
 悲痛なる死の音楽は、星々の海にさえ響き渡っていった。
 けれど。
 最後の一音を刻んだ瞬間、リオは満月の眸をゆるりと泳がせる。
 ひとつだけ思い出したのだと。
 音が消え逝く最後の瞬間に。
 リオが堕天使ではないのだという記憶を。
(あれ……何で忘れていたの?)
 美しい余韻が過ぎ去れば、浮かび上がるのは暖かな鼓動。
確かに残っているのは、喜びの記憶たち。
 羽ばたける空は何処までも広がっている。
 ずっと遠くまでいけるのだと。
 翼を背に、共に駆け抜けた名もなき冒険者たちの英雄譚。
 こんな優しく、輝かしいものが罪だというのだろうか。
 自由と幸福を求めて駆け抜ける日々が、果たして咎だというのだろうか。
 過去の残滓である、玉座にて佇む女には分からないのだろう。
 或いは、玉座にて囚われたその胸には、この光はもうないのかもしれない。
 けれど。
「呪いも、祝いも」
 リオは楽器より指先を滑らせ。
 マルシュアスの底に刻まれた紋章へと触れれば、繊細な指で柄を掴む。
 手に馴染んだ暗器は躊躇う事がないのだと、伝えてくれるようで。
「魂に刻むよ」
 ゆっくりと隠された刃を顕せば、そこには水と風の精霊の加護にて、鋭き光が宿っている。
 まるで流星のように、美しき一筋の輝きを手にして。
「もう怯えないから。進むべき道と明日を、私は知っているから」
 ひとつ、瞬きをすれば。
 リオの身が、祈りの通りに変じていく。
 白き両翼を宿し、白い法衣を身に纏う少女へと。
 幼く可憐な容姿も時を経たように美しさを宿した齢、十五ほどのものへと。
 リオの髪や眸の色に変わりはないけれど。
 それこそ纏う気配の色彩と雰囲気が変じる程に。
 背に受けた過去世の思いにて、心と身体は強く羽ばたくのだ。
 満月の眸でひたりと玉座の女、アレクシアを見据えて。
 リオは一振りのダガー、スロータスを構えて告げる。
「これからは私、リオの物語」
 過去は余りにも多すぎて、この足と翼を絡め取ろうとするけれど。
 それではいけないのだ。
 大切なひとと一緒に行きたい場所があるのだから。
「過去に縛られるより今を生きる」
 増えすぎた過去にひとりで抗えないというのなら。
 愛するものの手を借りて、その温もりを信じ抜こう。
 もう十分に泣き果てたからこそ。
 何を抱き締め、胸へと手繰り寄せべきなのか、はっきりと分かる。
 死を、罪を、罰を。
 そんなものに心を浸さずに。
 悲しみから生まれる強さを糧に、愛するものと行こう。
 輝かしい太陽のある場所へ。
「――それが私の答え」
「…………」
 言い切ったリオの感情に押されるように。
 アレクシアがひとつ、小さな溜息をついた。
 その刹那に。
 真白い瞬きとなって、翼をはためかせて肉薄するリオ。
 白いのは翼と髪のみならず、今のリオの想いもまたそうだから。
 朝焼けのように白く、清らかに。
 新たなる世界と、地平線を求めて羽ばたき、駆け抜ける。
「貴女の応えはきっと堂々巡り」
 だってそうでしょう。
「……傍に誰かの心を置かない限りは」
 先へと進む、確かな標さえ過去に絡め取られるのだと。
 リオは満足な答えを得た為に動きを止めた機械の騎士たちを越え、玉座の前へと踊り出る。
 その純白の姿を、満月の眸を誰も止める事はできず。
 一度、アレクシアの胸を突き刺した切っ先を翻し、二度と続けて急所を切り裂く。
「未来は自分で掴むから」
 十字を刻むロータスの鋭き刃。
 この手で過去を斬り払い、この足で共に歩いていこう。
「あなたの夢を終わらせましょう」
 自由に羽ばたく翼とともに。
 舞う姿は美しく、そして、光を求める姿そのもので。

――アン、笑顔で帰るからね

 更なる刃が紡ぐ光と音と共に。
 リオは自由なる明日が為に、舞い踊る。
 踝まである長い白髪は、まるで月光のように揺れて、靡いて。
 純白の翼と共に美しい軌跡を、この場に織り成す。
 大切な誰かと、光差す方へと向かうように。 
 ステップと旋律を刻むのだ。
 この星の海の底で。
 新たなる黎明と始まりを求めるように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アリス・フェアリィハート
アドリブ連携等も歓迎

あの方…
上手くいえないけど…
何か…
『哀しみ』みたいなものを
感じます…

【WIZ】

自身の剣
『ヴォーパルソード』で
【切断】や【なぎ払い】等の
剣戟や
【ハートのA(アリス)】を
周囲に展開
『雷撃』を込めた
【属性攻撃】【誘導弾】の
【一斉発射】【全力魔法】
魔法攻撃で攻撃

大打撃を与える際は
UCで『雷撃の竜巻』を
起こします
(味方を巻き込まない様)

『過去…私にその記憶はありません…でも、これからそれを知る為に前に進み…向き合います』

敵の攻撃は
【第六感】【見切り】【残像】
【結界術】【オーラ防御】で
防御・回避

『貴女は…本当はミディアさんを傷付けたくはない…私達にご自分を止めて欲しかった…のでは…?』



 純粋な青い瞳は、玉座に佇む女を見つめていた。
 その秘めたる怒りは何に向けてなのか。
 物憂うような仕草と口調は、一体どうしてなのか。
 それこそ、答えを求めるような紫の女、アレクシアの姿に。
 アリス・フェアリィハート(不思議の国の天司姫アリス・f01939)は小首を傾げる。
 産まれたアリスの疑問は胸の中に泡のように淡く浮かぶ。
(あの方……上手く、言えないけれど……)
 それこそ、アリスの持つ言葉では言い表す事は出来ないのだけれど。
 どうしようもなく、胸に訴えるものがあるのだ。
(何か……『哀しみ』みたいなものを)
 怒りよりも、惑いよりも。
まずそれが、アレクシアの中心にある。
 自分ではどうしようもなくて、助けを求める事さえ諦めたような。
 そんな哀しく、憐れな姿。
(どうしようもないほど……感じます……深く、深く)
 辿り着いてしまったのねと。
 その一言にも戦いの始まりを悲しんだように、アリスは憶えたから。
 答えを求めるというのなら、その胸に示すまで近づく必要があるから。
 自身の剣、空色の光焔を纏って輝くヴォーパルソードを諸手で握り締め、一歩踏み出すアリス。
「さあ、『過去』がもたらす悲劇の再生産」
 アレクシアの言葉に従い、赤い射撃装備のウォーマシンが並び立つ。
 何度も壊して、欠片を拾い集め。
 悲しみを得て、憎みと変じ、戦乱へと至るこの現実を。
「どう断つか見せなさい」
 アレクシアが腕を振り下ろすと同時、放たれるのは弾丸の嵐。
 周囲の音が鋼の絶叫で満たされ、アリスへと銃火の猛威が降り注ぐ。
 けれど、アリスは決して呑まれたりしない。
 小柄な身体であってもヴォーパルソードの空色の輝きを自在に操り、剣戟を以て切り裂き、剣風でなぎ払う。
 舞踏会のように優雅に。
 風に揺れる花のように。
一振りの剣と共に、銃弾の雨の裡を斬り進むアリスの姿。
 同時に周囲に展開したジュエルのハート、ハートのAがきらきらと輝き出す。
 次第にそれは勢いを増して、雷撃の力を帯びて激しく点滅する。
 虹や星々や花々を内に鏤め、万象に有効な力をもって空翔るものだからこそ。
 機械の騎士たちの銃撃にさえ、応じる力とと輝きをその裡に宿すのだ。
「過去……私にその記憶はありません……」
 銃撃の最中へと斬り込み、突き進むアリス。
 その身に過去の記憶は存在せず。
 だから再生産。もう一度、もう一度と繰り返す悲劇というものを掴め取れない。
 それでも、目の前のアレクシアは『哀しみ』を感じさせるから。
 アリスの唇からそれを確かな形として、示す事は出来ないけれど。
「でも」
 ジュエルのハートたちから放たれる稲妻の放射。
 広がる雷撃は銃撃を続けた赤い機兵たちを焼き焦がし、内部から壊していく。
 どれ程に硬い装甲があれど、その奥にて流れる電子回路は脆いのだ。
 だが、物量にて押すのがアレクシアのスタイル。
 孤軍奮闘を為して見せるアリスだが、問いに答えられねば、無数の銃撃にいずれ疲弊する。
 逆に言えば、問い掛けたアレクシスの『哀しみ』を晴らせる答えを、輝きを見せられるか。
 ただ一点にのみそれはあるから。
「これからそれを知る為に前に進み……」
 多くの言葉で飾る事は出来ない、幼いアリス。
 難しげな単語を並べて繋げ、意味を織り成すことはできなくとも。
 ただひとつ、確かなものはあるから。
「向き合います」
 純粋で無垢な想いを胸に。
 明るく、優しい笑顔をもって示すのだ。
 ああ、きっと聡そうな貴女なら、こんな頼りない言葉をと冷たく笑うかもしれないから。
 向き合って欲しい、この笑顔を見て欲しい。
 これが嘘、偽りないアリスの真実だと、見て欲しくて。
 心に届けとばかりに前へと翔るアリスの姿に、変わらぬ笑顔に、アレクシアの吐息が止まり、赤い機械騎士たちの動きが止まる。
「ああ……そうね。幾ら問答を重ねても無駄だと、憂うのならば」
 目の前の少女、アリスのように。
 何処までも真の心をもって、進んでいるのだと姿で見せるだけ。
 駆け抜けて、止まらず。
 悲しんでも、微笑んでみせる。
 水槽で揺蕩う花たちは、哀しみに浸る為ではなく、優しさが欲しくて飾ったのではないかと、自問させて。
「あなたのように、進むべきなのね」
 それでもアレクシアの声から哀しみと怒りが消える事はない。
 赤い機械騎士たちの動きは鈍り、アリスへの攻勢が止まったというのに。
 癒えぬ傷があるように、胸へと手をあてるアレクシア。
 それこそが悲しくて、哀しくて、やりきれない痛みをアリスの胸に懐かせて。
「あなたの悲劇を、戦争という哀しみを繰り返させはしません」
 そうして広がった闇を撃ち払うべく。
「それだけが、私が言葉で約束できるものです」
 眩い稲妻が渦を巻き、周囲を満たす。
 現れるは稲妻の竜巻。味方を巻き込まず、けれど、最大の出力をもって機兵とアレクシアへと轟き唸る雷撃を届かせる。
 停止した赤い、虚ろな騎士を越えて。
 空色の光焔を伴う姫英雄の切っ先を、哀しむ胸へと届けるアリス。
 鮮血の赤が舞い散る、その瞬間に。
 アリスは感じたことを、呟いた。
「……貴女は……本当はミディアさんを傷付けたくはない」
 力をもって踏み躙れた筈だから。
 けれど、どちらも機械なれど、求められたのは心の強さ。
 それをもって越えて欲しいと、願われたかのようだったから。
「私達にご自分を止めて欲しかった……のでは……? なら、私達はそれを……」
 アレクシアが小さく、冷たく笑う。
 さあ、どうかしらと。
 拭いきれない哀しみをその美貌に浮かべて、かわりに唇がなぞった言葉をアリスは捉えた。

――あなたは、微笑むといいわ。

 なら、アリスは笑顔を見せよう。
 決して曇ることのない、この思いを。
 最後に見る色は、優しいものであるように。 
 引き抜いたヴォーパルソードの切っ先を、再び瞬かせる。
 その切っ先は刹那だけ。
 空色の花びらが、此処に咲いたように見せるのだ。
 そんなものは幻だけれど。
 心が見せた、優しく美しい姿として揺れる。
 アリスの微笑みともに、空色の花と剣が流れてゆく。
 命と過去を、遠くも安らかなる場所へと届ける為に。
 その願いをひとつの微笑みに、アリスは託して。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月舘・夜彦
【華禱】
敢えて言うならば……侍
私の国には騎士よりそちらが多いもので
罪はあれど認め、繰り返さぬように戦う
それが私の信念

失う訳にも奪われる訳にもいきません
……越えてみせましょう

変形に警戒
戦いながら視力にて動きを把握して対応
見切りにて武器受けによる防御、残像による回避を判断
武器で防げる程度か否かで判断

2回攻撃と鎧砕きにて拘束された敵を優先
確実に接近できるならば駆け出して早業の抜刀術『瞬月』

不変……ある者には魅力を、ある者には苦痛に感じるのでしょうね
長い時を生きた私にとっては後者に近かった
終わりがないと気付いた時、終わりを求めたのはいつだったか

……だから、終わらせましょう
貴女が、まだ貴女である内に


篝・倫太郎
【華禱】
騎士か咎人か……
どちらでもありどちらでもねぇよ

立ち位置次第で変わる定義はどうだっていい
俺は俺の矜持に従うだけだし
夜彦は夜彦の矜持に従うだけだろう

後、欠片すらあんたにはやんねぇよ
夜彦は俺のものだし、俺は夜彦のものだから
一片だってやれねぇな

拘束術使用
射程内の総ての騎士に鎖での先制攻撃からの拘束
同時に衝撃波と鎧無視攻撃を乗せた華焔刀でなぎ払いの範囲攻撃

いつだって変わらない
誰がどう言おうと、そうすると俺自身が決めた
夜彦が確実の一撃を入れる為の道を切り開く
俺はその為の盾であり刃でもあるから

敵の攻撃はオーラ防御で防いで凌ぐ

終われないって言うなら……
何度だって終わりをくれてやる
終わって、還って眠りな



 正しき道を往く者か、咎を背負う者なのか。
 問い掛ける女、アレクシアの言葉は冷ややかだ。
 求めるのはその先。
 どういう者であるのかという意思なのだから。
 篝・倫太郎(災禍狩り・f07291)の琥珀色の眸は緩やかに迷いに揺れる。
 少なくとも。
 ただの敵。
 災禍のひとつでしかないのだと一蹴する事は、何故か出来なくて。
「騎士か咎人か……」
 反芻する言葉と、その意味。
 忠に生きて、矜持を掲げるもの。
 世界の果てまで、罪と罰に追われるもの。
 僅かな惑いを憶えたのは何故なのか。
 鬼へと至る可能性を、幻としてまた目にしたせいなのか。 
 あの可能性を罪咎の芽生えだというのなら。
 伴に生きて、至る道を断つ倫太郎はどうなのだろう。
「……いいや、どちらでもあり、どちらでもねぇよ」
 呟いた言葉は、それこそ倫太郎の本心から零れるもの。
 だってそうだろう。
 誰かの為に生きるのが騎士ならば、倫太郎は唯一無二のひとを定めている。
 そのひとの為ならばと、罪を犯すことも怖れない。
 恥知らずな咎人だと言われても。
 心に募った想いが、褪せるなどありはしないのだから。
「立ち位置次第で変わる定義はどうだっていい」
 アンタが見てくれる俺がどう映るか。
 それだけが全てなのだ。
 それだけが全てで、いいのだ。
 思慕を絡ませ、夜空のように美しい藍色の髪を眺める倫太郎。
 吐息は小さく、切なく。
 けれど、全てを定めるような意思を込めて。
「俺は俺の矜持に従うだけだし」
 万を越えるひとに責め立てられようと。
 大切なひととの一時を尊びたい。
 幸福をこそと傲慢なまでに求めて、この腕に抱き留めたい。
 そんな倫太郎の在り方は変わらず、揺れず、ぶれない矜持としてあるのだから。
 唯一無二の隣であり続ける。
 ただそれだけなのだ。
 同時に、傍らで契りを結ぶ彼もまた。
「夜彦は夜彦の矜持に従うだけだろう」
 代弁として倫太郎が口にすれば、くすりと穏やかな微笑みが零れる。
 夜空のような長髪と、そこにある竜胆の簪をを揺らして、一歩。
 翠玉のような双眸に、美しくも鋭い決意を秘めて。
 月舘・夜彦(宵待ノ簪・f01521)は烈士としての姿を見せる。
 こうも誓いの片割れに言われるならば。
 期待と信頼に応じなければと、鼓動は脈打つから。
「私を敢えて言うならば……侍」
 騎士に似ても、異なるものだと。
 静か口調で夜彦は言葉を紡いでいく。
 剣と鋼、戦の気配が漂う場で、甘い梔子の香りを纏いながら。
「私の国には騎士よりそちらが多いもので」
 誰かに忠誠を誓い、人生を捧げるのではなく。
 自らが往く道に、身命を賭して進み続ける。
 主君を持つ事あろうと、まず己が胸にある信念の為に生きるものなればこそ。
「罪はあれど認め、繰り返さぬように戦う」
 するりと鞘より引き抜かれるは、銀月の如く曇りなき刃。
 空に舞う小さな花弁さえも切り裂く鋭さと。
 凛烈なる信義を宿す一振りが、星の狭間にてするりと弧を描く。
 触れられぬ過去を、それでも断ち切るように。
 辿り着くべき道を、此れにて斬り拓くべく。
「それが私の信念。零すことなく、次へ、次へと歩みましょう」
「繰り返すばかりの私は愚かだと、言いたいのかしらね」
 冷たいアレクシアの声は、奥底に怒りを秘めている。
 誰に対して、どのように怒っているのか。
 定かなるものは何一つなく、星海に揺蕩う船は導く願いはない。
 ただ水槽の裡にて揺れる花は。
 戦ばかりを好んだものではないと、アレクシアの過去を感じさせるからこそ。
「後、欠片すらあんたにはやんねぇよ」
 憐れな奴だと、倫太郎は声に力を込めて。
 本当に欲しかったものは、欠片さえ手に入らなかったのだろう。
 だから幾らでも繰り返すんだろう。
 彷徨うように。或いは、何度でも繰り返せばと願うように。
 判らなくもない、その想い。
 倫太郎は唯一無二を探し求める心と向き合うからこそ。
「夜彦は俺のものだし、俺は夜彦のものだから」
 華焔刀 [ 凪 ]を肩に担ぎ、美しき刃紋を輝かせる倫太郎。
 そうだ。
 そんな当たり前があるのだ。
「一片だってやれねぇな――けどよ、それはてめぇもだろうが」
 指摘され、小首を傾げるアレクシアに畳み掛けるようにと倫太郎の言葉が向けられる。
「てめぇにだって、一欠片も渡せない大切なひとが、唯一無二の存在があっただろうがよ!」
 だからこそ認められない。
 ただ壊して、奪って、戦に駆り立てるこの輪廻を。
 災禍として芽吹いた、とある悲劇の舞台を。
「ええ、そうです。失う訳にも、奪われる訳にもいきません」
 並び立つ夜彦もまた鋭い吐息を落として。
「奪わせ、その手に罪ばかりを重ねさせる訳にはいかないのですから」
 じわりと、冷たい怒りがアレクシアより迫っても。
 動じることのない夜彦と倫太郎。
 揺れることも、惑うことも、怖れることも。 
 ふたりならば、ないのだと。
「……越えてみせましょう」
 星の海を渡る技術と叡智の結晶。
 それがもたらす悲劇の再生産を、ここで斬り伏せよう。
 アレクシアという女が本当に求めるものは、微かながら感じるからこそ。
『縛めをくれてやる』
 先制するのは倫太郎が紡ぐ霊力の鎖。
 周囲の白い騎士たち全てを絡み取り、その動きを封じる見えざる縛鎖。
 いかに装甲が硬く、炉心より出力を持っていたとしても、これは非物質。術式であり、力で砕けるようなものではない。
 物量の津波で押し潰すというのならば、その悉くを斬り払い、狩り取るのみだと、羅刹の腕力で華焔刀が舞い踊る。
 黒塗りの柄に朱で描かれた鮮やかな焔が、まさにごうっと激しく揺らめいて見えるような勢いで振るわれる烈閃。
 劫火の威を秘めた衝撃波が切っ先から放たれ、封じられた機械騎士たちをなぎ払い、斬り払う。
 周囲一帯を斬り捨てれば、二度と翻る切っ先。
 鋼の鎧の如き身であれ、倫太郎の戦意にて振るわれる刃の前では意味を為さないと両断され、崩れ去る虚ろなる機械騎士たち。
 その様を哀しげに。
 いいや、何処か空虚さと憂いを同居させて貌で眺めるアレクシア。
 こんなものなのだと。
 護る騎士など、こんなものでしかないのだと。
 諦めに似た表情に、倫太郎の言葉が炎のような苛烈さで飛び出す。
「なあ、てめぇはよ……忘れてはいけねぇもんを、忘れてるんじゃねぇよ」
 どうしてそんな事を言ったのか。
 所詮は敵で、狩り取る災禍のひとつだろう。
 だというのに、これはまるで。
「愛していたものを、手放した儘にしてんじゃねぇ!」
 愛していた唯一無二を、喪ったからと諦めている顔。
 苛立つし、やはり認められない。
 どうしても言葉は届けるべきなのだと、至る可能性を断つ為に。
 倫太郎は、己がその命が果てた先に、夜彦の幸せを願うから。
「離れても、死別しても、てめぇを想う愛する奴の気持ちは変わらねぇ。てめぇが愛して、想った気持ちを、隠して逸らすな」
 捨て身の如く迫った白騎士の切っ先に肩口を掠められながらも。
 盾である事を、戦の最中でも誓いは途切れぬということを示す倫太郎。
 だから、言葉を届けよう。
 水の裡で揺れる花を愛する女性だったものに。
「愛する相手の為に罪を犯して、何が悪いんだよ。誰れ彼構わず、救いを求めろよ!」
 それが、自らの唯一無二の為ならば。
 泣いて、怒り、たとえ無様を晒したとしても悔いなどあろうか。
 冷たく笑っているフリをしている様に、倫太郎はどうしようもなく怒りを感じて。
「倫太郎。女性というのは判らず屋なのです」
 翻るは夜彦の愛刀、夜禱の鋭き刃。
 鋼を断つ様は、さながら流れる水のように美しく。
 けれど、熾烈なる剣閃を幾度となく瞬かせ、倫太郎の紡いだ隙にと斬り込み、騎士たちを斬り捨てていく。
 一度で止まらず、翻る切っ先は二度目で確実な終わりを届けて。
 変形や格納された暗器、銃器を見つければ切っ先で斬って、彼方へと跳ね飛ばす。
 振るわれる剛剣は受けられぬものならば、残像を纏って紙一重で躱すのみだ。
 戦いながら夜彦の翠玉のような眸は、騎士たちの武装を、戦い方を見極めている。
 装備どころか、その戦術や癖まで同一なのは、虚ろな機械人形に相応しいだろう。
 揺れて、揺らめいて。
 自分でもどうしようもない思いと感情こそ、ひとのそれならばこそ。
「傍にいって、触れて、囁いてやらねば心では判っているのに、拒むのですよ。……ああ、それは倫太郎もでしょうか。すぐ傍にいなければ、幾らでも理由を作りたがると」
「そりゃ、あんたが卑怯だからさ。……そして、傍にいるって決めただろうが。離れてしまったんなら、幾らでも理由と罪を作って、アンタの傍にいくよ。夜彦、アンタを近くに引き寄せるよ」
 戦の最中、肩が触れ合うような距離。
 交わるふたりの吐息は甘く、梔子の香りに似て。
 恋慕として募った月日と、想いを想わせるから。

「……救いなんて、ないのよ」

 嘆きというには余りにも深く。
 この場の空気を震撼させる、悲憤の滲みし声。
 女の情は深く、深く。狂う程に愛おしく、過去に絡み付いているから。
 救いはないと嘆きながら。
 本当は求めている、憐れなる女に。
「いつだって変わらねぇよ。決めた事に、想いに従うだけだろう」
 救いはないのだと、星の狭間を彷徨ったアレクシア。
 だが、本当にその手のひらは求めて、柔らかなるものを握ったのか。
 違うだろうと倫太郎は、その身を盾として騎士たちを斬り払い、アレクシアへの道を作っていく。
「誰がどう言おうと、そうすると俺自身が決めたんだよ」
 身に幾らかの裂傷が走れど、意に介さない。
 痛みなど、誇らしさに違いなく。
 傷など、為した誓いの証なのだから。
 夜彦の身に、刃と呪いを近づけない為に。
 鬼へと至るあらゆる可能性を退ける、盾である為に。
「夜彦が確実の一撃を入れる為の道を切り開く」
 それこそ、命の長さの違いがあるからこそ。
 懸命に生きた人生を、夜彦の次の幸せへと繋げたくて。
 道をまずは作ろう。
 そうして、光を失わずに。
 倫太郎のこの想いを抱いて、進んでくれるように。
 あの鬼になど、至らぬように。

――汝は刃、我は盾
 それは、姿と形を喪えど変わらぬ誓い――

「終われないって言うなら……」
 華焔刀を頭上で激しく旋回させる倫太郎。
 どうしようもない思いを抱いて、まだ彷徨い続けるというのならば。
 導きの火を灯してくれよう。
 死した後も続くのは、幸せだけでいいのだから。
「何度だって終わりをくれてやる」
 それ以外には、ただ、ただ、静かなる終わりを。
 激烈なる一閃は白き騎士たちをなぎ払い、アレクシアへの道を確かに紡ぎ、夜彦へと託す。
 ほんの瞬間、刹那の瞬き。
 言葉すら挟まらない僅かな隙でも、刃たる夜彦は応じて踏み込む。
 躊躇うことも、怖れることもなく一気に駆け抜ける夜彦。
 宵空と、そこで流れる星のように真っ直ぐに。
 練り上げた剣気は鞘の裡にある夜禱の刀身に纏わせて。
『我が愛刀の一閃、受けてみよ』
 鞘走る音は澄んだ龍笛の如く、高らかに。
 月弧を描く鋭刃は、生体デバイスたるアレクシアと、黒き鋼の玉座を切り裂いて。
 銀色の満月を、此の場に示すのだ。
 願いと契りは巡り、触れ合い、ひとつの円と巡る。
 それは破壊と闘争のものではないと、アレクシアを深く斬り伏せて。
「不変……ある者には魅力を、ある者には苦痛に感じるのでしょうね」
 そうあればいいと、憧れるものの気持ちを夜彦は否定などしない。
 だが、一方で自らの気持ちも確かにある。
 長い時を生きた夜彦にとっては、後者に近かった。
 募る悲痛、或いは悲憤は身と心を蝕み、闇へと堕とすには十分に過ぎて。
 抱いておきたい、大切なひとの記憶と、思い出と、温もりさえ喪わせる。
 そうだと、知るからこそ。
「終わりがないと気付いた時、終わりを求めたのはいつだったか」
 これがアレクシアの最良の終わりになるかどうか。
判らずとも、再び鞘へと刀身を納めて、居合いの構えを取る夜彦。
 だが、背にかかる倫太郎からの視線は。
 終わりなど求めないでくれと、願うかのようだったから。
「……だから、終わらせましょう」
 ただ、今は断ち斬ろう。
「貴女が、まだ貴女である内に」
 怒りに狂い、破滅をもたらす前に。
 安らかなる眠りをと、銀月が清らかに瞬く。
 舞う花弁さえもを逃さぬその鋭さは、悪夢のような輪廻の一端を断ち斬って。
「終わって、還って、眠りな」
 倫太郎が静かに、別れの言葉を継げる。
 終われないという気持ちも判れど。
 終わりを求める気持ちも、また判れど。
 過ぎ去ったものが、戻る事はないのだから。
 倫太郎と夜彦は、その胸に、儚き誓いの片割れの存在を抱き締める。
 悠久なる時が過ぎてもなお。
 忘れも、喪いも、しないのだと。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

月白・雪音
…嘗て帝国と戦い、今はデバイスとして
或いは過去の同士にも連なる者を殺めねばならぬとあらば。
それは、なんと残酷な呪いであることか。


UC発動、残像、怪力、グラップルを用いた格闘戦にて状況展開
敵の攻撃は野生の勘、見切りにて感知し回避ないしカウンター
囲まれれば敵を掴み振り回し周囲を一掃する


…そうですね。騎士か咎人かと問うならば、私は咎人であるのでしょう。
されどその積み上げた咎もまた、私が今此処に至るまでの道筋。
故にその咎をも背負い、私は為すべきを為しましょう。
貴女の重なる咎もまた、この美しき船にて終焉を。


…されど今、その幕を下ろす役割は。

――白き『救いの騎士』にこそ、相応しいものに御座いましょう。



 確かに其れは、悲劇を産むだけのものなのかもしれない。
 悲憤は尽きることなく。
 けれど、誰彼に向ける事も出来ず。
 ああ、どうしてと。
 破壊と闘争の輪廻を巡らせるのだろうか。
 そのように縛られているのだろうか。
 女、アレクシアの誠なる心を確かめる術などありはせず。
 それでも、一歩と。
 音も立てぬ静かなる足取りで近づく、白き姿。
「……嘗て帝国と戦いながらも、今はデバイスとして」
 生かされ、繋がれ、利用されて。
 それこそ悲劇の象徴のように、黒い玉座にて光の鎖で繋がれるアレクシアに。
 月白・雪音(月輪氷華・f29413)はひっそりと声を届ける。
「或いは、過去の同士にも連なる者を殺めねばならぬとあらば」
 殺めるという意味と、重さを。
 産まれながら、獣と殺戮の衝動にて知った雪音だから。
 それでも未来が為に。
 壊すという罪咎を選んで背負い、進む雪音だからこそ。
 哀しむべきものなのだと、赤い眸を小さく揺らした。
 白雪の如きその身は、心の機微を確かに表す術を知らずとも。
「それは、なんと残酷な呪いであることか」
 これは真実、貴女を想う事なのだと。
 揺らぐことなく、真っ直ぐに。 
 アレクシアに向かう雪音は喉より言葉を震わせる。
「残酷な呪い。そうね、否定はしないわ」
 冷たく笑うアレクシア。
 物憂うような貌は変わらず、けれど、確かな想いが秘められている。
 激情とも希望とも、或いは憎悪とも取れるそれ。
「それでも、微かな希望と夢があるの。そればかりが、私を私として繋ぐ……」
「左様ですか」
 緩やかに身を振るわれる雪音。
 アレクシアの想いを、その顔と瞳から光が消えない理由を察して。
 口にする。
「絶望に墜ちずにいられるのは、諦観に埋もれぬは、悪夢の如き願いが未だにあるからだと」
「ええ」
 否定しないアレクシア。
「言ったでしょう。否定しない。私の存在が悲劇を産むのならば、為すべきことな為しなさい」
 故にと舞台に飛び上がるのは。
 漆黒の色彩を纏う、高速戦闘に長けた騎士型ウォーマシンたち。
 影のように早く、忍びより。
 その腕にある刃で切り裂かんと、鋼の殺意を滲ませる。
 いいや、意思などありはしない、殺戮の為の人形として。
「ならば、こそ」
 緩やかに構えを取り、吐息を零す雪音。
 これは殺戮の為だけにある機械であり道具。
 それを生み出し続け、負の願望を抱いてしまったというのならば。
 雪音の掌で出来ることは、ただひとつなのだから。
「為すべきを、為しましょう。それが眼前の悉くを撃ち壊す事であれ」
 躊躇わぬのだと、殺刃を掲げる黒き騎士たちへと飛び込む雪音。
 その身には一切の寸鉄を帯びず。
 産まれながらの爪牙も、異能どころか闘気さえ用いない。
 ただ純然たるひとの技術。
 その究極系として、雪音は静かなる拳戦の舞踏へとその身を投じる。
『……弱きヒトが至りし闘争の極地こそ、我が戦の粋なれば』
 深紅の眸はただ、ただ、一瞬。
 アレクシアの姿を、悲憤を抱え込む姿を憐れむように流し見て。
 救えるのは。
 己ではないのだと。
 ただ、道を作るヒトとして、雪音は今、この拳を振るうのだ。
「単調ですね――想いの籠もらない武は、如何に早くとも獣のそれと変わりません」
 故にと刺突と放たれた切っ先を裏拳で弾き飛ばし。
 瞬間で踏み込み、頸部へと肘鉄を叩き込んで粉砕する雪音。
 静けささえ感じる、流麗なる武舞。
 雪のような静けさのまま。
 触れた瞬間に命奪う程に研ぎ澄まされたものが、続けて地を這うように迫った騎士の頭部を踏み潰し、前へと駆け抜けて炉心へと手刀を放つ。
「そう、殺す事しか頭になく、心になければヒトにあらず。鋼の獣たるのみ」
 故に臆しもせず。
 怯むことなどないのだと、乱舞を叩き込んで黒き騎士たちを粉砕していく雪音。
 残像を紡いで、身を左右へと転じさせれば。
 その勢いを持って、正拳が機械騎士の中央を撃ち抜く。
 ならばと包囲をもって、それぞれが同時に四方より迫る。機兵たちの相打ちなど構わぬという捨て身の猛攻。
 それでもなお。
「そこに、想いある心へと。技へと至る道はあらず」
 産まれ持つ魔性じみた命と死への感覚が、紙一重で騎士の剣から雪音を逃させ。
 見切った刃へと拳を打ち下ろして砕け散らせる。
 はらりと。
 真白き粉雪が舞うように。
 無粋なる人形の手で捉えられぬ、美しさとして。
 戦に舞うのだ。
「なんとも、脆く、容易く――哀しきものでしょうか」
 鋼など、なんとも脆く、容易きもの。
 ヒトの心こそ、何人たりとも打ち砕けぬものだと。
 武を修める雪音だからこそ、その応えへとするりと辿り着くのだ。
 何も怖れることはない。
 悲劇があるからと、止まることはない。
 進み続け、為すべきを為す。
 その為にと脚部を蹴り砕いた騎士の首元へて腕を回し。
 そのまま腕を絡ませ、握りて、振り回し、周囲一帯をなぎ払う。
 豪快な鋼の粉砕音が轟くものの、雪音の周囲には静けさが満ちるのみ。
 雪音の戦意が、気が、何処までも世界を静かなるものへと変貌させるのだ。
 さながら、乱れ舞う吹雪のように。
 猛威はあれど、何処までも白く、気高く、物静かにその武は振るわれるのだ。
「私の武も技なれば、この星渡りの船を為すのもまた智の技――共に、誰かの為の未来に、夢が為にも在れるものだったでしょうに」
 道はついに拓かれ、玉座へと歩み寄る雪音。
 いまだ黒き騎士は生産され、改良され続けても。
 これは真の意味を持たないのだと、一瞥さえくれずに。
 ただ、ひとつ。
 吐息と言葉を、アレクシアへと零す。
「……そうですね。騎士か咎人かと問うならば、私は咎人であるのでしょう」
 まず産まれからしてそうなのだと。
 虎の因子、獣の闘争本能として顕れた無差別な殺戮の衝動。
 雪原に零れ落ち鮮血が少ない訳はなく。
 その地の底にて、きっと雪音の流させた血は石と化しているだろう。
 それらを否定せず、受け止めて。
 産まれと、育ちからして咎人なのだと頷く雪音。
「されどその積み上げた咎もまた、私が今此処に至るまでの道筋」
 決して否定し、この瞬間をなかったことになどしない。
 今の自分を恥ずべきものなどにはしない。
 そして、これから未来の自分を、誇れるものとする為に。
 ただ、その為に。
「故にその咎をも背負い、私は為すべきを為しましょう」
 今を生きるのだと。
 静かに、小さく、雪音の鼓動は脈打っているから。
 ふふふ、と冷たく笑うアレクシア。
 物憂いつつも、諦観からかけ離れたその姿。
「それでも、貴女に殺されてはあげられないわね」
 最後の最期に、何かを抱いている女へ。
 水に守れた花と、蝶に守られた。
 優しく、綺麗な夢や幻想を愛した女へと。
「貴女の重なる咎もまた、この美しき船にて終焉を」
 この船を為したのは貴女の思いの残骸であれ。
 確かに美しきものだったと、ぽつりと唇より零して。
「……されど今、その幕を下ろす役割は」
 アレクシアの心の臓へと、正拳を叩き込みながら。
 耳元で囁く雪音。
 それを求めているのか、どうなのか。確かではないけれど。
「――白き『救いの騎士』にこそ、相応しいものに御座いましょう」
 美しき水花と、船と、星が織り成した。
 永くも悲しき歌劇に、救いある終幕を。
 求めるものがここにひとり、確かにいるから。
 想いと願いを、静かに寄せる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アリスティア・クラティス
「―目も当てられない『過去』と云う貴方の消滅の先に
少なくとも、誰かの『生きる希望が続いている』―
これだけは、疑う余地もない
ならば…私は貴方の存在の悲しみも怒りも
是非を問わずに全てをこの足に敷き、先道を切り開くのみ
―悪いわね
想い馳せることには…少し疲れてしまったの」

煌めく鉱石を手に
指定UC発動開始と同時に、属性攻撃による先制攻撃で
マシンの高速接近前に第一波を足止め
「命など、惜しむモノでもなく!!」
マシンの即時改良と再生産を上回る威力まで指定UCの封印解除し
近寄らせる前に打ち倒し

同時に多重詠唱、UCの隙間を縫って
アレクシアを狙い
「本命はこちら―ッ!!」
リミッター解除した全力魔法の限界値に到る一撃を



 それは悲惨だといえる過去なのだろう。
 叶うことならば、永遠に蓋をして閉じ込めたい。
 ああ、ひとつ残らず海の底へ。
 果てのない深海へと沈んで、二度と浮かんで欲しくない。
 きっと、そう願ってしまうけれど。
 どうしてだろう。
 骸の海より浮かび上がり、冷たい悲憤を揺らすその姿。
 憐れでもあり、哀しげでもあり。
 けれど、決して許容出来ないものなのだと。
 紅玉のような眸で姿を映し、一歩踏み出すはアリスティア・クラティス(歪な舞台で希望を謳う踊り子・f27405)。
 緩やかなウェーブを描く金色の髪の毛が柔らかに揺れ。
 けれど、その美貌には鋭い決意を秘めている。
 舞台に上がれば、その喉より奏でるのは。
 高らかに澄んだ希望の詩。
 少なくともアリスティアが胸に抱き続ける、暖かな光の言葉。
「――目も当てられない『過去』と云う貴方の消滅の先に」
 過ぎ去った時の裡で、無惨に朽ち果てた貴方。
 だが、それだけではないのだと、アリスは余りにも優しく、平等なる時を謳う。
「少なくとも、誰かの『生きる希望が続いている』――」
 貴方が死んで、想いが潰えても。
 希望と光は続き続け、誰かの幸せと笑顔へと連なっている。
 けっして、貴方が些細なものであるなんて言いはしない。
 悲劇の裡で泡のように儚く消えても、大切で尊きものだった筈だ。
 どんな心にも、そんな輝きはあるとアリスティアは信じているから。
 いいや、だからこそ、過去が終わり、今へと続く想いと命を大事にしたいのだ。
 希望という夢を、この眸は映し続けたい。
 いいや、ふと世界に視線を向ければ。
 草花が綻ぶように、幸福は地平線の彼方まで続いているのだ。
 これだけは、疑う余地もないこと。
 例え哀しみ、嘆き、苦しんでも。
 今という世界は続いているのだと。
 そこで脈動する心が、新たなる夢を描く。
 時の理とはそういうもの。
 過去を繰り返し、破壊と闘争の輪廻を描くならば。
「それは本来、その先にあった花を踏み躙ること。宝石となる筈だった雫を、枯れ果てさせること」
 だから、決して、決して。
 アレクシアの悲憤を認める事なんて、アリスティアには出来なくて。
「是非を問わずに全てをこの足に敷き、先道を切り開くのみ」
 此処で止めて、終幕をもたらそうと。
 一歩、一歩と歩みを止めず、舞台へと上がるのだ。
「――悪いわね」
 剣を手にした黒き戦機の騎士たちが並び立ち。
 主の命を持って、その切っ先をアリスティアへと向ける。
 自我を、心を、そして希望を抱かぬ虚ろなる機械人形たち。
 僅かにアリスティアの胸が疼き、指輪が宿す願いが重さを増す。
 けれど、立ち止まるなど出来ないのだと。
 小さくアリスティアは微笑んで見せる。
 それは戦乙女が見せる、根拠のない自負の輝きに似て。
「想い馳せることには……少し疲れてしまったの」
 美貌に浮かぶほんの少しの翳りを、掲げる煌めく鉱石たちが打ち払う。
 貴方の想いを、名残りを拾って継いであげられないけれど。
 変わりに、美しい終幕をもたらそう。
 水花に囲まれた、本来の貴方の心の儘に。
『命など端から惜しくはないわ!』
 歌い上げる祈りは、己が寿命を対価に煌めく鉱石に秘められた魔力の出力を増すもの。
 鉱石そのものがまるでガラスのように、小さく砕けるような澄んだ音色を伴って。
『さあ、溢れる虹よ。全てを呑み込みなさい!』
 迫る黒き騎士たちより先んじて。
 無数の属性が織り成す莫大な虹色の魔力が、津波の如く押し寄せる。
 煌めきは視界を焼き、眩い光は数多の色を伴い。
 さながら世界を万華鏡の如き、美麗に移ろう舞台へと変えるのだ。
 攻勢魔力が込められた煌めく鉱石が砕け、きらきらと舞い散る小さな破片たち。
 綺麗ではあるが、同時に破滅の光だ。
 機械の騎士たちの装甲が炎で溶け、氷で凍て付き、稲妻でその裡に回路が灼き切られていく。
 事実、殺戮の為に作られた機械兵士たちが一歩も動けずにその場で崩れていく。
 刹那に移ろう美麗な輝き。
 その光に触れれば、同じく形を変える。
 過去を終わったものにする光こそ、アリスティアの御技なればこそ。
 或いは、闇夜を打ち払い、過剰なる光をもたらす翼を灼く、ヒトの希望の輝きなのか。
 触れればタダではすまないのだと。
 鮮烈なる輝きが乱れて舞い、破滅の舞台を織り成していく。
「成る程、捨て身――ヒトのそれは怖いわね。身を擲って、その先にある希望と願いの成就を信じている」 
 その過程がどれほどの絶望だとしても。
 断崖から身を投げさせる、希望という名の翼。
「ならば、ヒトの叡智と技で対応しましょう」
 アレクシアが腕を振るえば、即座に改良を加えて再生産される黒の騎士たち。
 魔術に対抗する装甲を持ち。
 輝きにも応じる回路を得て。
 けれど、その改良と生産という、死の行軍を越えるべく。
「命など、惜しむモノでもなく!!」
 機械の即時改良、再生産の速度を上回る勢いと威力まで封印を解放される、アリスティアの解放されし七砡の虹。
 自らを作った想い人のいない世界に長居などする気はなくとも。
 これもまた捨て身や、絶望故にではないのだ。
 明日へと繋ぐ輝きを、命より輝かせるアリスティア。
 懸命に、それこそ必死に。
 その血肉と心身を削っても未来へと進むのが、ヒトなのだから。
 近寄らせるどころか、一歩も進ませないと舞台を満たす虹色の魔力。
 だが、同時。
 寿命を削る程の魔術を行使しながら、多重詠唱で重ねるのはもうひとつの虹。
 ユーベルコードの虹の輝きに晒される事を、黒き騎士に庇わせるアレクシアの姿を捉えて。
 結果として、どれ程の命と力が零れ落ちていっても。
 ぱきり、ぱきりと、鉱石より剥がれ墜ちていくのが、アリスティアの命そのものだとしても。
 そこに意識を、視線を寄せるアレクシアには確かな隙があるから。
「本命はこちら――ッ!!」
 全力と限界を超え、己が鼓動と魂に罅が入るような反動を憶えても。
 アリスティアは限界値に至る魔力にて、光の刃を紡ぐ。
 ただ真っ直ぐに。
 時と共に過ぎ去る、その瞬き。
 過去を置き去りに、今を駆け抜け、未来へと至る。
 白き、希望の光がアレクシアの身体を貫いて。
「悲劇があっても、私は笑ってみせるわ」
 それが明日に繋ぐ希望だから。
 時には冷静に過ぎて、諦観に似た表情も見せてしまうだろうけれど。
 生きるという想いと願いに、嘘はないから。
 この笑顔を見たひとに、明日への希望を抱いて欲しいから。
 アレクシアのように、冷たく笑ったりはしない。
 過去に揺蕩う影に、アリスティアは紅玉のような双眸を向けて。
 さようならと。
 為すべき事を為すのだと。
 明るい笑みを向ける。
 もはやアレクシアが喪い、取り戻せず。
 明日へと続け、繋ぐ為のそれを。
 今、アレクシアがとんな悲憤と、翳る想いを抱いても。
 それに向けて。
「さようなら」
 アリスティアの唇は、微笑みと共に言葉を紡ぐ。
 これが貴方と私の。
 決定的な違いなのだと示して。
 未来あるものと、過去に漂うものと。
 その差なのだと。
 虹の光は未来へと結びて届ける。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユーノ・エスメラルダ
ユーノに自由を教えた方はこう言っていました
罪人を定義し直すのであれば、それは罪を犯した者ではなく、罪から学べなかった者なのだと
考え、悩み続け、試していくことがきっと償いになるのだろうと
だから、ユーノは聞こうと思います
どうしてそんなに悲しそうなのですか、と
願わくば、その心が少しでも救われますように
そう【祈り】ながら

●戦闘
味方を信じて、サポートを行います
UCで味方を回復
また、電脳魔術による【ハッキング】で相手の装備の動作の阻害も試みます
たとえ反撃されようと【覚悟】の気持ちで耐えて、出来る事に全力を注ぎましょう

…道中の水槽、とても綺麗で優しい感じでした

●その他
連携歓迎
アドリブ、アレンジokです



 何かを欲する事など少なく。
 嫌う事もまた殆どない。
 全てを受け入れ、癒やすという無垢なる姿。
 太陽のような柔らかな金色の髪に、青空のようなその眸。
 救われたものは多かったかもしれない。
 けれど、それは過ちの日々だったのだ。
 今ならば判る。悲劇を止める為にはどうすればいいのか。
 過去がもたらす悲劇の再生産――つまり、繰り返すということ。
 破壊と闘争を輪廻のように巡らし。
 壊して、奪い。
 作って、戦う。
 そんな悲しいことを、止めるために。
 この青空のような眸で、しっかりと相手を見つめよう。
 今は知っているから。
 自由と、その先を教えて貰ったから。
 ユーノ・エスメラルダ(深窓のお日様・f10751)という少女は、戦機の騎士が並び立つ場に、怖れる事なく足を踏み入れる。
「ユーノに自由を教えた方はこう言っていました」
 静かで柔らかな声で紡ぐのは。
 まるで聖書に描かれたような、清らかな言葉。
「罪人を定義し直すのであれば、それは罪を犯した者ではなく」
 そうであればいいと善人は願う。
 斯くあれば、世界には光が溢れる筈なのだと。
「罪から学べなかった者なのだと」
 けれど、如何なる悪人をもってしても、それを夢話なのだ一笑に伏せないのは、ユーノの信じる気持ちが何処までも真実、本物だから。
 その真摯な想いに、アレクシアが僅かにたじろぐ。
 冷たく笑って、罪という言葉を転がしていた女が。
「考え、悩み続け、試していくことがきっと償いになるのだろうと」
 歩み寄るユーノという、可憐な少女を前に眉を潜める。
 何か攻撃をするような素振りなどなく。
 まともな武器など持っていないというのに。
 ただ、左手の聖痕からエメラルドの輝きを漂わせて。
「だから、ユーノは聞こうと思います」
 一歩、一歩と。
 戦闘で乱れる舞台に上り詰めて。
 ユーノは光あれと、願うのだ。
「どうしてそんなに悲しそうなのですか、と」
「……っ!?」
 此処まで真っ直ぐにアレクシアに問いただしたものがいるだろうか。
 怒りはある。
 だが、同量の哀しみが渦巻くのも事実。
だから冷たく笑って、罪と騎士と言葉を揺らし。
 悲劇をどう断つのかと。
 自分では出せない応えを求めるのだから。
「さあ……どうしてかしら」
 きっとそれを応えられるのならば。
 こんな風に、怒りを抱く事は無かったのだろう。
 恨み、怒る気持ちなど湧き上がらず、感情にあるのは清く。 
 ただ黄泉で、安らかに眠る事が出来た筈なのにと。
 心残りは余りにも強く、未だにアレクシアを蝕み、捉えているから。
「願わくば、その心が少しでも救われますように」
 そっと、小さく。
 けれど確かに微笑むユーノの姿。
 自分は戦う事は出来ないと知っているからこそ。
 周囲の味方を信じて、祈るのだ。
「ほんの少しだけでも、あなたが、本当に笑えますように」
 ユーノより放たれるのは自身を対価に放たれるエメラルド色の命の光。
 あらゆる傷を癒やし、再び立ち上がらせる力を与えるのは。
 ただ癒やすのではなく、罪の悉くを赦すようで。
「ああ」
 ならば、ならばと。
 アレクシアの指先が迷い、動かない。
 咄嗟に赤い騎士たちが動こうとするが、ユーノの電脳魔術によるハッキングで動きを止められている。
 それをアレクシアの指示で振りほどくのは簡単なのに。
 銃撃で、あの無垢で純粋な少女を撃ち抜くことなんて、造作もないことなのに。
 心を光で貫かれたアレクシアは、ついにそれを指示出来ない。
 変わりにぽつりと、言葉を紡ぐだけ。
「私には、愛しているひとがいたの」
 周囲の水槽を眺めて、冷ややかな声色を震わせていく。
 けっして、けっして。
 諦めて、喪った訳ではないのだと。
「夢見がちなひとだったわ。御伽話が大好きで」
「この花は、そのひとの為に」
「……ええ。全ては、私のせいで死んでしまったのだけれど」
 いいえ、と。
「私と、憎い木偶の人形のせいで」
 瞬間、アレクシアの瞳に燃えるのは憎悪の炎。
 抱いた瞋恚は誰に向けてなのか。
 ただ判るのは、何かを灼き尽くさなければ消える事のない、昏い情念であるということ。
「本当に憎たらしいのはどちらかしら? 本当に愚かなのはどちらかしら?」
 声に出すアレクシアは、次第に熱を帯びていくから。
 小首を傾げるユーノが、その昏い瞳から外れてしまったものを指摘する。
 本当に求めるのは。
 怒りや報復などではないのだと。
「愛しいひとを、抱き締めないのですか?」
「…………」
 それが、できるならばと。
 アレクシアが言葉を詰まらせるが、果たして。
「心から求めればいいのです。そのひとが死んでしまったのがあなたの罪ならば……そこから学べばいいだけのですから」
 ただ、それだけで。
 あなたは罪人ではなくなるのだと。
 善人が求める夢を、御伽を、そして幻想を歌うユーノ。
 何処までも純粋に信じているから。
 戦乱の為の機械が乱れて闘う場にあっても、迷いなく進む。
「兵器を手放しましょう」
 エメラルドの光を周囲に放ち。
 あらゆる仲間を癒やしながら、ユーノは紡ぐ。
「抱き締める手を、伸ばす為に」
 兵器で両手が塞がっていては、抱き締める事も出来ないのだと。
「――怒りも、憎しみも、棄てましょう。その胸に、愛しいひとが宿る為に」
 永遠に、ひとつである為に。
 互いの欠片を、その鼓動に宿して。
「笑いましょう。悲しい想いを止めて」
 それが出来れば、どれほどに幸せなのか。
 終わってしまってもいいと、思えるのに。
「出来るまで、私はここにいます」
 ユーノは己を削り、命の光を周囲に満たして。
 それがどれほどの献身であるかなど、気にせずに。
 アレクシアだけがそれを判り、どれ程の困難にユーノは、その儚げな身体で立ち向かうのかと。
 自らの顔を、その両手で覆う。
 それでも、ここにいますよと。
 あなたが笑ってくれるまでと、祈ってくれる少女に。
 どうして兵器を、鋼を向けられるだろうか。
「……道中の水槽、とても綺麗で優しい感じでした」
 ああ、そんな事を言うから。
 笑うのではなく、泣いてしまいたくなって。
「きっと、あなたが笑うと、同じように綺麗で優しいのですよね。そう、私には判ります」
 だから祈ろう。
 あなたの為に。
 潰えた愛の為に。
 かつてあって悲劇を、此処にて終わらせるために。
 エメラルドの輝きは、絶えることのない祈りをもってこの船を照らす。
 星よりなお、美しく。
 ヒトの心のままに、優しく。
 もう一度、羽ばたこうと希望を抱かせる温もりと共に。

大成功 🔵​🔵​🔵​

メレディア・クラックロック
――カット。

キミに見せる物語なんて何もないよ。
縛られて、囚われて、抗うことすら止めて。
延々延々同じ事を繰り返すだけの機械。ヒトらしい反応をしてみせるだけの過去の産物。
花でも星でもない。
それがキミの真実。

どうして止まったキミに、今を生きるボクの物語を語ってやる必要がある?

キミは諦めて、囚われた。
ボクは諦めず、自由を手にした。
これは、たったそれだけの帰結。

無駄なお喋りだと思った?
解析完了――【Meredia】、高速戦闘型ウォーマシン軍団複製開始。
同じモノをぶつける場合、あとは操り手の差がモノを言う。

過去のガラクタと最新鋭の人のニセモノ。
どっちのが性能が高いか――自分のカラダで確かめなよ。



 空間に響き渡るのは、少女の真実の声。
 飾り立てるでもなく。
 ただ、どうしても此処で終わらせよう。
 何も意味を為さないのだと。
 心を知る輝きをもって、ただ一言が響き渡る。


「――カット」


 ああ、どうしてだろう。
 アレクシアという女に、この想いへと触れて欲しくないのは。
 理由は幾らでもあり、言葉は湧き上がる。
 きっと、それは懸命に生きた想いがあるから。
 例え、擦り切れながらも心の儘に生きた道があるから。
 それを罪や正しさだなんて、言わせたくなくて。
「キミに見せる物語なんて、何もないよ」
 まだ、自分は何も判らない屑石なのだろうけれど。
 これだけは断言できる、メレディア・クラックロック(インタビュア・f31094)の声色は何処までも澄んでいる。
 それこそ、かつて。
 ボク達から受け取った一部が、輝くように。
 生きる力とは、明日を望むものだから。
 決して、悲しげな顔で全てに眺める者には触れさせたくないのだと。
 凜々しく前へと一歩を刻み、灰色の髪をさらりと揺らす。
 その奥、艶やかな翠の眸に確かな意思を宿しながら。
「縛られて、囚われて、抗うことすら止めて」
 それがアレクシアの姿。
 決して異なる所などあるまいと。
 捕らわれた姫君のように、ただ救いを待ち、求めるだけの姿。
 それだけならば、まだ救いと物語はあったかもしれないけれど。
「今は延々、延々と、同じ事を繰り返すだけの機械」
 違うのかなと、小首を傾げるメレディア。
 抵抗し、前に進もうという気概はなく。
 足引くような情念は、確かに恐ろしいまでの冷たさを感じさせるけれど。
 それは本当に、本物だといえるのだろう。
「ヒトらしい反応をしてみせるだけの過去の産物」
 メレディアの翠の眸に映るのは、どうしようもない過去の残滓に過ぎないのだ。
 花でもなければ、星でもない。
 水に揺蕩うのではなく、水底で沈む影。
「それがキミの真実――未来の足引くだけの残骸だ」
 メレディアの指摘は余りにも鋭すぎて。
 アレクシアが目を細めて、ゆっくりと眺めるほど。
 咄嗟の反論などメレディアの言葉を真実だと裏付けるばかりなのだ。
 だが、そこで激情と想いを表せないのが、過去の産物なのだ。
 新たな何かを生み出すこと出来ず。
 兵器と、怒りと、憎しみを抱いて、手放さない。
 何処か怨霊じみたいその姿。
 メレディアには、アレクシアが今に触れる資格はなく、物語を見て評する資格などないのだと断じ続ける。
「どうして止まったキミに、今を生きるボクの物語を語ってやる必要がある?」
 こうして生き続けるメレディアたちが。
 どれ程に苦しみ、願い、そして前に進もうとするのか。
 苦難は幾らでも絶えることなく。
 けれど、一筋の光と希望を見て、前へと進む。
 過去がどれ程、自らの背を追いかけても。
 足を止めた事なんて在りはしない。
 色んなヒトに、その人生を聞いてもなお。
 止まった儘の存在なんて、いなかった。
 流れ、変わり、移ろいて育ち、歩む。
 それこそが強さ。輝きなのだ。
「キミは諦めて、囚われた」
 それこそ誰かのメレダイヤ。
 主役を飾り立てる小さな宝石に、自ら墜ちたのだ。
 自ら望む明日と、理想を胸に掲げられず。
 此処に繋がれる、アレクシアと。
 今も臆す事なく、ただ真っ直ぐに歩むメレディア。
 機械の騎士など何も怖れる必要があるのだろう。
「ボクは諦めず、自由を手にした」
 そして、これからもそうしていくだけのこと。
 そうして、未だ知らない輝きに触れ、自らのものにしたいから。
「これは、たったそれだけの帰結」
 鼓動を脈打つ胸の上に手をおいて、宣言するメレディア。
 引き立て役として、過去に残るのならば好きにすればいい。
 けれど、ボク達は必ず、次なる光へと向かい続ける。
 太陽へと芽や草葉を伸ばす花のように。
 次なる出逢いを求めて流れる流星のように。
「自ら閉じたキミに、触れられる物語はありはしない」
 それこそとメレディアが視線を逸らせば、そこにあるのは水槽だ。
 水の裡で永遠に咲き誇る花は美しくとも。
「あれに、その先は存在しない」
 水の檻に閉じ込められ、次なる地平も、新たな季節も。
 暖かな日差しを知る事もなく、冷たい色艶を湛えるだけなのだと。
「キミは、あれと同じ。いいや、薄ら気付いて、象徴として残したんじゃないかな」
「どう、かしらね」
 悲憤は冷たく募り、アレクシアの腕が揺れる。
 完全なる敵意を抱き、メレディアへと黒き機械騎士たちを殺到させんとするする、その直前。
「そして、ボクがキミから聞く物語も、もうありはしないんだ」
 その鋭い声と同時、発動されるのはメレディアのユーベルコード。
「解析完了――【Meredia】」
 此処に在るのは、物語を裡に秘めていないただの兵器、道具だから。
 どれだけ騎士の形をして、心があるように振る舞っても。
 自我に目覚めることも、夢を抱くこともありはしない。
 ならばこそ。
 そんなものの模倣など容易いのだと。
 高速戦闘型のウォーマシン軍団を複製し、この場へと並べる。
 アレクシアの操るそれに反するように白く染まったそれは、さながらチェスの如く。
 互いの命をかけて、盤上に並ぶ機械人形たち。
「同じモノをぶつける場合、あとは操り手の差がモノを言う」
「なら、負ける事はないわね」
 悲憤を滲ませ、黒き騎士たちに突貫を命じるアレクシア。
 だが、それを巧みに捌き、騎士の剣を突き返させるはメレディアの指揮。
 互いに兵を削り、作り上げ、また改良して再生産をしながら、鋼の物量で戦場を産めていく。
 優勢は拮抗に近く、危うい所で揺れ動き続けている。
 けれど、メレディアが動じることはない。
 明日へと生きる心と魂を信じているから。
 そこに宿る想いと輝きは、昨日までのそれより強いから。
 不変であれば美し儘だろう。
 でも、より綺麗な色彩と光を求めるならば、変わり続けないといけない。
 先へ、先へ。
 どんなに怖くて不安でも、その足を進めていったのがメレディアだから。
「過去のガラクタと最新鋭の人のニセモノ」
 操る高速戦闘のウォーマシンだけではなく。
 自らもまた、一歩と戦場の中にと踏み出して。
「どっちのが性能が高いか――」
 危険に身を晒したが故に、黒い影が疾走する。
 だが、それは攻めるが為に守りを薄くしたということ。
 果敢にその身を戦場の裡へ。
 昨日に留まらず、明日へと進むメレディアだからこそ。
 一糸乱れぬ統率を誇ったアレクシアの、かつてのウォーマシンたちを越え。
 メレディアの手で複製され、その想いの宿る手で指された動きが。
「自分のカラダで確かめなよ」
アレクシアの不意を突き、その騎士剣を身体へと突き刺す。
 その刀身に宿った光こそ。
 未来を求める、心なのだと。
 たとえ、今は屑石だとしても。
 次なる日と場所で、世界で、その色彩は変わるのだ。
 それが人となのだから。
 


 例えニセモノでも。
 だからこそ、真実と本物へと迫っていく。
 急速に、急激に。
 いずれは真なるものを越える程に。
 自らだけの輝きを、いずれメレディアは得るのだろう。
 過去に囚われた影の物語に、決別を告げて。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユエイン・リュンコイス
即興歓迎

さて、さて。先の時には傍観者から一歩踏み出すと嘯いたけれど。
同時にボクは塔守、物語の行く末を見届ける者。其処の違いは何かと問われれば困るけれども、まぁ…今回はそういう事さ。

という訳で、まずは見に徹しよう。機人は【月墜】を、ボクは【煉獄】を得物とし、遠近共に対応できるよう立ち回ろう。ただ序盤は回避・防御に専念し、相手を見定めるよ。

そうして機を見て、視界内に映る黒機士群を消し飛ばす。
加えて、そうだね…キミが支払った代償を帳消しにするなんてどうかな?

どうやら貴女は過去の残影でありながら、何かを期待している様だ。尤も、其れを為すのはきっとボクじゃない。
ならば、御膳立ての一つでもこなすとしよう。



 かつて、墓場となった小夜啼鳥より。
 今、水槽に花浮かべて戦の輪廻を紡ぐ場所まで。
 こつ、こつと。
 足音を刻ませ、前に進む姿がひとつ。
 歩み続けた、ユエイン・リュンコイス(黒鉄機人を手繰るも人形・f04098)だからこそ。
 もはや後悔などしてやれない。
 傍観者から一歩踏み出し、当事者となるのだから。
 ユエインは舞台の上で悔いり、止まる事は出来ないのだ。
 ロマンチズム溢れるオペラの主役たちが苦悩に身を揺らせるのは。
 もはや過去の物語、幻想だからに他ならない。
 苦痛を得て、それでも前へと進もう。
 そう決めたのだと、漆黒の眸に意思を宿して。
「さて、さて」
 ならばユエインはこの場でどう立ち振る舞う。
 騎士なる身か。
 咎人なる身か。
 黒い玉座に座るアレシクアの視線と交差して、ユエインは肩を竦める。
「残念ながら、ボクはどちらでもない。……まだ、どちらにも至れない」
 そんな肩書きを背負える程に歩んではいないのだ。
 先の時には傍観者から一歩踏み出すのだと嘯いたものの。
では、どう踊るのか。
 何を願って、進み続けるのか。
 まだ確かなるものを刻めてはいない以上。
「そうだね。どちらかになれればいいと、願っているよ」
 現実を生きた証を。
 空想に逃避せぬ輝きを。
「同時にボクは塔守」
 そう心に誓いつつも、ユエインには確たる柱があるのだ。
 それが塔守という存在であるということ。
 これは譲れないものなのだと、確かな想いを声色に滲ませて。
「語の行く末を見届ける。其処の違いは何かと問われれば困るけれども」 銀色の髪を揺らしながら、引き抜くは灼熱にて輝く一振りの刀。
 七代永海筆頭八本刀が六にして、意思力を熱量に変える打刀だ。
 銘を『煉獄・赫』。
 その刀身に纏う焔は天を焦がし、空を別つ程というのならば。
 握り締めるユエインの胸の奥にある熱は、天空にさえ届く火柱であるということ。
 秘めて、隠して。
 露わにはなしいからと、ないことにはならないのだ。
 現に戦場に踏み入るユエインの足取りの軽やかさ。
 足音の狂うことのないリズム。
 アレクシアと、その率いるウォーマシンの軍団を怖れていない証だ。
「まぁ……今回はそういう事さ」
 そして率いる黒鉄機人に『月堕』と名付けた携帯砲を構えさせる。
 取り回しは余りにも悪いが、その威力は言うまでも無く凶悪そのもの。
 十本の絹糸と魔力にて操られる黒鉄機人ならばこそ、その反動をも意に介さずに扱えるだろう。
 それこそ、自らの指先のように。
 前へと踊り出るユエインと、その後ろから銃口を向ける黒鉄機人。
「逆に聞くけれど、どちらかであれば、キミはボクを無視してくれるのかい? 殺めることを、赦してくれるのかな?」
「ありえないわね。ただ、知りたかっただけよ」
 冷たい声と共に、アレクシアの腕が振り下ろされる。
 下された号令。殺戮が為にと疾走する黒き機兵の軍勢。
 対するユエインは臆することなく、鋭く踏み込む。
 決して包囲されないように。
 相手の動きを見て、敵手を見定める為に。
「がらんどうの……虚ろなる、か」
 次から次へとユエインへと殺到する黒き機兵。
 騎士の姿をしながら、命と身を惜しまぬ戦い方はまるで暗殺者。
 誇りがなければ、矜持もない。
 胸に信念がないのだから、こんなにも容易く煉獄の刃で断たれるのだ。
 黒鉄機人の砲撃に撃ち砕かれながら。
 そして、なんとか辿り着いてもユエインの灼刃に迎え撃たれて。
 回避、防御に専念している筈の姿を捉えられず、逆に見に徹したユエインに全てを見透かされていく。
『嗚呼、我が祝福されし両の眼よ』
 その眸で事象を観測し、回避効率を上昇させ。
 今までの動きからなる次を予測し、未来へと繋いでいく。
 次第に集まる情報の断片は、それこそ求める結果へと集束させる為に。
『汝が見てきたモノはそれが一体なんであれ……斯くも美しくあったぞ』
 愚かにして空虚なる人形劇など笑わない。
 その機械の騎士たちには、確かに、ベースとなる物語はあった。
 コンセプトとでもいうべきものか。
 こういう理想と思想で作られたのに。
 時が立てば忘れてしまうのが、ひとの悲しい性質なのだと、小さく笑って。
「少なくとも――誰かの胸にあり、語られる程に美しかったよ」
 この黒い機械兵士たちにも。
 モデルとなる英雄とその話があったのだと、一瞬だけユエインは目を細めて。
「だからこそ、潰えなよ」
 ただ輪郭をなぞるだけ。
 今や殺戮のみが為に駆動する黒機士群を、事象改変にて消し飛ばす。
 視界内にあるものは、皆、悉くに終わりを迎えよと。
 鋼のパーツとなって砕け散り、舞台の上に転がる残骸たち。
 これがユエインの持つ、第五幕深夜・祝福なるは我が両眼。
 事象という物語自体に触れる、魔性の瞳がもたらす業だ。
「加えて、そうだね……」
 じわりと、対価と反動として受けた毒が身体に滲むのを感じながらも。
 残骸たちを踏みしめ、アレクシアへと歩み寄るユエイン。
「……キミが支払った代償を帳消しにするなんてどうかな?」
 更なる発動に、なかった筈の傷がユエインの身体に刻まれ、鮮血を流させるものの。
 アレクシアが代償にした、無力な仮初の身体を取り戻させる。
 生体デバイスとしてだけではなくて。
 きっと、何かに触れて得る為の。
 力ではなく、物語の結末を迎える為の身体として。
「温もりを感じる為の身体だって必要だろう?」
 何故ならばと、戸惑うように身構えるアレクシアへとユエインは語るのだ。
 見て、解析して、情報を集める。
 それはただ物のみではないから。
 者にある心にだって、その通りに触れるのだから。
「どうやら貴女は過去の残影でありながら、何かを期待している様だ」
 故にと、出来たアレクシアの隙へと灼刃の切っ先を向ける事なく。
 再生産の始まった黒機士群へと灼焔の輝きを伴って斬り込む。
 煉獄の刃が瞬かせるは、想いにより染まる赤き剣閃。
 黒鉄機人だからできる、『月堕』による精密な砲撃を援護に受けながら。
 振るわれるユエインの灼輝刃を、如何にして止められよう。
 全てを灼き斬り、鉄と機械の物語に幕を引くのだ。
「尤も、其れを為すのはきっとボクじゃない」
 生産プラントの入り口のひとつを斬り伏せ、灼き砕いて。
 物語の幕を下ろすように、ユエインは静かに語る。
「ならば、御膳立ての一つでもこなすとしよう」
 それこそが、物語の観測者から一歩踏み出すということ。
 主役のようにはいまだなれないけれど。
 それ以上の輝きと、役割がここにある。
 触れて、語って、紡いでいく縁と伴に。
 訪れる物語の結末の予感に、漆黒の瞳をするりと流して。
 ユエインはこの舞台を踊る。
 罪と騎士と。
 花と星の海と。
 遙かなる時に過ぎ去った、残滓が安らかに眠る為に。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
【相照】

騎士でも恥知らずでもないさ
私はただの邪竜だよ
――罪悪感も、私にとっちゃ餌ってことだ

時間稼ぎは頼むよ、嵯泉
射撃の雨には呪詛の障壁を
幸いここには大量の情念が満ちてる、嵯泉を守るには充分だ
私のことは後回し
嵯泉が耐えられるようにするのが最優先だ

仕掛けが終わって無防備になれば、それが終わりの合図
終末は見たことがあるか?
今から私が教えてやろう
【終末の笛】を盛大に鳴らしてやる
よく聞け――貴様の楔を絶つ音を

誰かのしあわせを願うだけで、生きていくだけで
私は罪を重ねてる
罪悪感なんて抱く資格もないんだろう
それでも、どれだけ苦しくても、諦めないって約束したから
私を支えてくれる手がある限りは、一緒に進むだけだ


鷲生・嵯泉
【相照】
振り切れはしない。知らぬとも云わん
どれ程に重かろうとも罪とは抱え往くものだ

ああ、請け負った――必要なだけ用意しよう
攻撃は、視線に切っ先、体捌き等から戦闘知識で図り見極め
武器受けにて弾き落とし、或いは身を使ってでも後ろへは通さん
――斯刃潰滅、灼き潰せ
白騎士へと衝撃波での攪乱を加えて動きを牽制し
生み出される悉く、斬り伏せてくれよう

さあ、竜がお前の為に終末の呼び声を聴かせてくれる
心して耳を傾けるがいい……其れが罪の鎖を砕く音だ

決して消えぬ罪が在る事を知って尚、伴にと願う手が在る
抱いた罪の重さも苦しさも、共にする事は叶わずとも
支えで在り続けられるなら
其の手がある限り――総てを、越えて行ける



 冷ややかなる女の問い掛ける声。
 まるで水槽の中の花びらのように艶やかで。
 けれど、ひとなる想いがそこにある。
 どうしようもない哀しみと。
 行く果てのない、憤りと。
 死者の怨嗟と、生者の情念の織り重なる悲憤の色に。
「騎士でも恥知らずでもないさ」
 軽い口調で告げて、踏み込むのはニルズヘッグ・ニヴルヘイム(伐竜・f01811)。
 だってそうだ。
 こんなものは、とても有り触れている。
 どちらかに分けるのは主観の問題。
 ならば自分は、と第三の応えを出すのが人の心なのだから。
「私はただの邪竜だよ」
 そう口にするニルズヘッグは小さく笑う。
 全てをなかった事に出来る程、ニルズヘッグは強くなく。
 けれど、それを経て、今から歩みだそうとしているのだから。
 まずは己を確かなものとして表そう。
 そうでなければ、どうして、手を差し出してくれた傍なる彼の。
 その懐にと寄り添えようか。
「――罪悪感も、私にとっちゃ餌ってことだ」
 傍なる彼の、幸福を祈れよう。
 罪なる身。
 罪悪感は絶え間なく。
 だからこそ、灰燼の忌み子はそれを餌として貪ろう。
 そうして編みし呪焔は、この路往く為にあるのだと示そう。
「あら、邪竜というなら御伽で討たれるのは当然ね。恥知らずではなくとも、罪の象徴だもの」
 冷たいその声色に。
 割って入るは、白刃の如く苛烈なる男の声。
「――黙れ。貴様に正しきと間違いを、定められてなるものか」
 紫煙を燻らせる煙草を投げ捨て、ニルズヘッグの前へと踏み出る男。
 その背中で全てを護らんとし、幸いへと辿り着かせる為に。
 この身はあろうと誓いしは、鷲生・嵯泉(烈志・f05845)。
 石榴の如き赤い隻眼は鋭き眼差しで紫の女、アレクシアを斬り捨てるかのよう。
 その身は元より、ニルズヘッグの心に傷ひとつつけさせはせぬと。
黒き玉座で囀り、言葉を弄するアレクシアへと己が信念を突きつける。
「正しきと、恥知らずのどちらを知りたいというのならば示して呉れよう」
 己が姿、その在り方のひとつ口に出来ずして、何が男かと。
 烈士はその身より清冽な剣気を放ち、するりと鞘より刃を抜き放つ。
「罪を――振り切れはしない。知らぬとも云わん」
 だがと、鷲生は確かなる一歩を踏みだして。
 災禍の一切を露と掃い、鋭く断ち斬る為にありし秋水の刀身を。
 鷲生の想いを映して冴え渡る、その美しき色艶を見せるのだ。
 迷うこと、惑うことなど在りはしないと。
「どれ程に重かろうとも罪とは抱え往くものだ」
 愛しき君の命も。
 殺めてしまった、お前との友情も。
 灰と帰した国の全てを、この身に背負ってなお。
「そこに揺るぎなどあってなるものか。この背を見て、幸せへと歩む者がいるならば、なおのこと」
 この志士の激情と誇り。
 そのままに受け継がずとも、知りて幸いへと辿り着くと信じているから、鷲生は背のニルズヘッグを振り向かない。
 此の身は、刃の如く未来へと切り拓くだけ。
「それこそ、罪そのものたる残滓に言われる謂われもなかろうよ」
「そう、そういうのね。あなたは」
 すぅと細まるアレクシアの目と敵意。
 鷲生は毒の如き害意を一身に受けながら、ゆるりと切っ先泳がせる。
 これで、よいのだと。
「時間稼ぎは頼むよ、嵯泉」
 囁きは、ふたりにだけ聞こえる小ささで。
 けれど、ふたりだから通じるその距離で。
 吐息では届かず、声では大きすぎるその曖昧さこそ。
 幸せと呼ぶのだろうと、ニルズヘッグが心の底から柔らかく笑う。
「ああ、請け負った――必要なだけ用意しよう」
 その気配に唇の端を微かにつり上げ、戦の舞台へと身を投じる鷲生。
 言葉にしたからには、何処までも凄絶かつ果敢に。
 この身が散る事などありはしないと、信じて為そうと秋水の切っ先が唸りをあげて、剣風を吹き抜かせる。
「では、木偶の剣と戯れてくれるかしら――救いの手など、ありはしないのだから」
 溜息と共に応じたアレクシアの言葉に、護りを得意とする白の騎士が並び立ち。
「悲劇の再生産という連鎖、断ち斬るは幻ね」
 腕を振るえば、赤い射撃装備の機兵が奥より雪崩れ込む。
 剣戟ならば鷲生は、機械人形など相手に遅れはとるまい。
 そう信じ抜いているからこそ、ニルズヘッグがまず操るのは呪詛の障壁。
 幸い、此処には女の。
 いいや、それだけではない何かの情念が渦巻き、満ち溢れているから。
 銃撃の驟雨を退けて打ち払い、鷲生が十分に剣を振るえるように。
 そうすれば、必ず叶うと判っているから。
 勝利と明日に繋がるからこそ、ニルズヘッグは自らより鷲生の防御を優先するのだ。
「嵯泉、存分に剣を振るってくれよな」
 柔らかく、笑いニルズヘッグの気配に。
 鷲生の緋き眸が、鋭く輝く。
 過剰なる信頼。だが、応えずしてどうする。
 お前の路が、選択が間違っているなど、どうしてこの身で示せよう。
「言っただろう――お前も、一緒に幸せにならなければ意味などないと。私だけが無傷など、どうして幸いと謂えようか」
 故に、鷲生の練り上げられた氣が瞬き。
 その視線、視力、四肢の力。反射と反応の全てを跳ね上げる。
 突き出される白の騎士剣など木偶のそれだと一刀のもとに斬り伏せて、跳ね在る切っ先はニルズヘッグへと流れる弾丸を打ち払う。
 流麗に、熾烈にと剣と烈士が舞い、戦と災いを打ち払う。
 獅子奮迅とはまさにこのこと。
 尽きる事のない願いが、戦意となって深紅の隻眼に浮かぶ。
「一緒でなければ、意味なぞない」
 故に、より速度を上げて廻りし鷲生の剣戟。
 無数の敵、剣と銃弾。
 それらの攻撃の悉く、見切りて弾き落とすは刃を極めてこそ為せし業。
 視線に切っ先と銃口、爪先の向きに至るまでの体捌き。
 まるで未来を読むかのように、五感どころか第六感でさえも敵意を察知し、その身を盾にしてでも後方へと、ニルズヘッグへとは通さない。
 いいや。
 共に幸せでなければというのなら。
 共に無傷でなければならない。
 口にした言葉を、鷲生こそが違えるのかと。

――ああ、我が儘を言うようになったのは、私もなのか。

 心と共に燃え上がるは練り上げられた内氣。
 これはニルズヘッグを想う気持ちより湧き上がるならば。
 それこそ、尽き果てることなどありはせぬと烈火が猛る。
「――斯刃潰滅、灼き潰せ」
 鷲生が刀身に纏うは術理の悉くを灼き尽くす獄炎だ。
 切っ先より放たれるは炎嵐の如き剣衝。白き騎士の装甲を溶解させ、動き留めて鈍らせる。
 故に続くは必殺の剣。隻眼と同じ深緋の剣閃は、一息にて飛び込むや否や、生み出される悉くを斬り伏せていく。
 凄烈なる剣にして、衰えるこのない信念の刃。
 鷲生だから奮いて、路示すことのできるその気高き斬擊。
「何故、私の刃が虚ろな人形如きで止まろうか」
 そのまま、護りに優れた白の群れを灼き斬り、射撃に長けた赤を、更に鮮烈なる赤刃をもって蹂躙する鷲生。
「繋がりし思いはひとつにあらず。此処として浮く操り人形の貴様ら残滓とは違うのだ。さあ、耳を澄ましその虚ろな心に刻み込め」
 三度と翻る切っ先が、同時に三体の機械人形を屠り、獄炎にて骸の海へと葬りながら。
「竜がお前の為に終末の呼び声を聴かせてくれる」
 鷲生が、誇らしげに微笑む。
 為してくれたと信じる気持ちは微かにも揺らがず。
 まさに呼吸同然に、互いに為し得ると判っていたのだから。
「心して耳を傾けるがいい……其れが罪の鎖を砕く音だ」
 獄炎を纏う秋水を頭上で一閃させ、路を拓いたと示す鷲生。
 応じるニルズヘッグもまた、同種の笑みを浮かべている。
「終末は見たことがあるか?」
 舞台となった船の中枢の至る所に並ぶは、複数の魔術式。
 呪詛となるほどの情念は余りに深く。
 それこそ黄泉と見紛う程に、此処にはあるから。
 時さえあれば、ニルズヘッグという邪竜の領域として、この船は終末の音色を響かせるのだ。
「今から私が教えてやろう」
 ニルズヘッグが吸い込む息は余りにも多く。
 この広き船の至る所まで、竜の咆哮を響かせんとするのだ。
 ああ、そうだ。
 鷲生がそれだけ生きてくれるのが嬉しい。
 無傷での勝利を尊ぶものではなく、苛烈な性格は己が傷を厭わぬ烈士そのもの。
 だが、その姿をニルズヘッグが見るからこそ。
 鷲生が、傍なる者の為に傷つく姿を見せぬ為に、ここまで奮戦してくれるというのならば。
 応えねばならない。
 互いにしあわせに、という意味を。
 相手の為になら幾らでも傷つくことの厭わぬ、ふたりだから。
 より、しあわせに近づく為に。
 不幸の連鎖、悲劇を呼び寄せる因果をニルズヘッグの咆哮にて砕こう。
「よく聞け――貴様の楔を絶つ音を」
 そして、求める竜の咆哮が響き渡る。
 複数の魔法陣で囲われた範囲にいる機械騎士と、アレクシアに襲い懸かるのはその音のみならず。
 あらゆる熱を奪い、心身を蝕む呪氷が流星の如く降り注ぎ、鋼の一軍を凍て付かせるのだ。
 魂がない。伽藍の身体。
 だからどうした。それでも熱はあるのだと。
 存在するモノが必ず持つ熱の悉くを奪い、急激な温度の低下でその装甲を砕かせていく。
 兵器たちのせめては、蝕まれる心がないということ。
 完全に凍結して身体は動かせずとも、そこに苦しみも哀しみもない。
 ただ、更に凍えて砕け散るのを待つばかり。
 けれど。
 アレクシアには、瞋恚を抱く心があるから。
 呪氷に抵抗しながらも、悲憤に苛まれ、呪氷の降り注いだ空を見る。
「貴様は過去の残滓――何事も為せぬ。未来に触れること、叶わぬと知れ」
「ああ。私達に触れて、傷付けることも。咎人や騎士と定めて、縛る事もできないと知って、逝けよ」
 冷たい空気が漂う中で、鷲生が指先で煙草を取り出す。
 まさにそれを知っていたかのように、ニルズヘッグが取り出して鷲生きの煙草に近づけるのは焔を灯すライター1つ。
 寒くて、冷たくて。
 けれど、確かな火と想いが此処に。
 罪など、咎など。
 罪悪感が、そこに重なっても。
「此処に、今に繋がっているならそれでいいの。その先があるから、いい」
「……そうか」
 ニルズヘッグの言葉を聞き届け。
 彼の柔らかく幼い笑顔を見て、煙草に火を貰う鷲生。
 吸い込む紫煙の馨しさと、脆くも大切なる伴なるものの温もりを感じながら。
「誰かのしあわせを願うだけで、生きていくだけで」
 穏やかに、緩やかに。
 想いの裡を語るニルズヘッグは、やはり子供のようで。
 それを眺め見る鷲生の赤い隻眼が、すぅと細まる。
 けっして、けっして。
 一秒たりとも、この姿を見逃してはいけないのだと。
 もしかしたら、この竜は邪なれど。
 自らの欲望を持たないのではと、思わせる危うい幼さが残る笑みを浮かべて。
「私は罪を重ねてる」
 変わりながら、生きていくこの姿を。
 何時か、先に手放してしまうこの幼い竜の光を。
 せめて、今は己が全てで感じようと鷲生は定めるのだ。
「きっと……罪悪感なんて抱く資格もないんだろう」
「それが、本音か」
 ぽつりと零れた鷲生の声に、小さく頷くニルズヘッグ。
 けれど、それだけではないのだと。
 迷うように、震えるように、ニルズヘッグの唇がその先を紡ぐ。
 肯定して欲しくて。
 抱き締めるように、受け入れて欲しくて。
「それでも、どれだけ苦しくても、諦めないって約束したから」
 これは確かものだと、知らしめて欲しい。
 私は必ず、約束を果たすから。
 永遠と繋がるものとして、伴にありたいのだと。
 そうすれば、必ず。
「私を支えてくれる手がある限りは、一緒に進むだけだ」
 鷲生の手がニルズヘッグの心と背を支えてくれれば。
 それだけで、どんな未来にでも進むことが出来るのだと。
 罪を重ね、恥知らずと笑われ。
 だからなんだ。私は邪竜だ。
 烈士なる嵯泉に支えられ、導かれ、伴にしあわせへと往く者なのだと。
 胸を張れるから。
 ニルズヘッグの耳朶に響いて、染み渡る鷲生の声がある。
「ああ、そうだ。……決して消えぬ罪が在る事を知って尚、伴にと願う手が在る」
 あまりにも柔らかく笑ったせいで。
ぐしゃりと潰れて、泣くような顔をするニルズヘッグの頬に鷲生は触れて。
「抱いた罪の重さも苦しさも、共にする事は叶わずとも」
 指先に挟んだ煙草をひとつ。
 言葉とともに、ニルズヘッグへと近づけて。
「支えで在り続けられるなら」
 この腕と、共に吸い込む紫煙の馨しさがあるのならば。
 身と血に誓いを溶かし、鼓動と共に斯く有るとしらしめよう。
「其の手がある限り――総てを、越えて行ける」
「伴に、なら」
 呟いたニルズヘッグの唇が、鷲生の手より煙草を受け取り。
 火種を貰い、凍て付いた星船の中で吐息を混じらせる。
 数多の、遙かなる先の星など知らない。
 ただ自分達の誓いと、しあわせを求めるふたりが。
 心を寄せ合う。
 しあわせにあって欲しくて。
 伴になろうと、強くは言えなくて。
 それでも願い始めた、ひとかけら。
 星の漂う宙の裡、傍で願い合うふたりの手が紫煙を綻ばせ、ゆるりと揺らす。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

柊・はとり
騎士じゃないな
探偵又は死神
要するにあんたの同類だ

刺されたいという依頼だが
信念を以て丁重に断る
それは多分他の奴がやるから
まあ待て

死神と死神で殺し合ってどうする
一分一秒でも悲劇は止められる
俺はその証明に来た

UCで敵軍団と本体を一時的に無力化
何も出来なくなった気分はどうだ
百秒だけ話に付き合えよ

職業探偵はまだしも
生き様が探偵なのは罪深い
だが罪を糾弾する権利を得たと
傲った探偵が一番醜い
誰かの人生を壊し続ける宿命を
俺は辛くても悔やみ続けるから
今あんたを斬らない選択ができる

たった二分足らずだが
何も生まず
何も壊さず
花でも見て死神サボるぞ
クソ上司ももう死んだろ

…百秒だ
待雪草を一輪突きつけ
満足な答えだったか
依頼人



 水槽の裡で揺れる花弁たち。
 かつての想いを浮かべたように。
 忘れてしまった記憶の変わりに並ぶ、悲しい美しさの前に。
 問い掛けなど意味があるだろうか。
 貴方はどちらなのと聞かれれば。
 険しき道と人生を歩んできた者だからこそ、第三の応えを出す。
「騎士じゃないな」
 想定の中に収まるものではないと、首を振るって。
 冷ややかな青い眸を、黒き玉座に佇むアレクシアに向けるのだ。
「探偵、又は死神」
それこそが柊・はとり(死に損ないのニケ・f25213)なのだと。
 どうようもない咎の名を、自らに刻み込むように。
「要するにあんたの同類だ」
 偽神兵装コキュートスの冷たい刀身を携えながら、一歩、一歩とアレクシアへと近づくはとりの姿。
 それは、自分の背負う名の重さを知るからこそ、とても静かに。
 こつん、こつんと、乱れることのない旋律で近づくのだ。
 けれど、そこに敵意に類するものはひとつもない。
 どうしてだろう。
 叡智にて破壊の業を集めたアレクシアに対して。
 切っ先を向けるべきものではないと、はとりが確かに想うのは。
 いったい、何故なのだろうかと、アレクシアの攻撃の手も止まるほど。
 冷たく、凍えて。
 けれど、届けるべきものがあるのだと。
 探偵は星の海で絡まった謎を解き明かす。
「まず、刺されたいという依頼だが」
 コキュートスの鋭い切っ先を床へと、叩き付けるように突き刺して。
 ひんやりと漂う冷気を纏い、はとりはアレクシスを睨み付ける。
「信念を以て丁重に断る。俺は誰かの命か想いを救う探偵だ」
 そう願われ、希望を託されたから。
 冷たい青の眸は、そのような未来だけを辿ろうとしている。
 あいつに見せられない結末なんて、決して起こしてみせるものか。
 全てを阻んで、笑ったあの馬鹿が正しかった事を示してみせる。
 でなければ、捧げられた純情をどうすればいいのだろう。
 これが恋慕であれば、生きるというただそれでよかった。
 でも、助手から探偵に託されたというのなら。
 生きる道を、犯す罪も、もう決まっているようなもの。
 涙さえ、満足に流せないはとりならば。
 幾らでも悲劇を見て、その終わりまで付き合ってやれるのだから。
 心がどれだけ悲鳴をあげても、屍人の鼓動など気にする必要などないのだから。
「胸を刺し、届ける。それは多分他の奴がやるから」
 その願いは果たされるから。
 はとりにだけ出来ることを、此処に結ぼう。
 コキュートスから放たれる冷気が渦巻き、床の上をぴしりと氷の茨が走り抜ける。
「まあ待て」
 咄嗟に動こうとしたアレクシアへと、戦意がないのだと諸手をあげて示すはとり。
 戦うなんて何処かの誰かがしてくれる。
 そういう未練とか、名残は綺麗に燃やし尽くしてくれるだろうから。
「死神と死神で殺し合ってどうする」
 そんなの余りにも理不尽で、無意味なのだ。
 冷たささえ存在しない、虚ろなる舞台にはとりは立つ気はなく。
 変わり、はとりにだけ出来る事を示そう。
「けど、一分一秒でも悲劇は止められる」
 探偵は謎を解き明かし、心を見つけるものだから。
 命を救い、希望へと繋げる為に。
「俺はその証明に来た」
 戦いを瞬間でも閉じる為、はとりは青き薔薇の蔦を周囲へと巡らせる。
 まるで氷で紡がれた薔薇園。
 けれど、一輪の花もそこにはない。
 氷の茨が、アレクシアと機械騎士たちの動きを完全に止めて、無力化させているのだ。
「何も出来なくなった気分はどうだ?」
 ただし、その代償としてはとりに求められるのは大きい。
 それこそ一分、一秒が惜しい筈の時間に。
「……何もしなくていいんだよ、今、俺達は」
 死神としての役割を、その肩から下ろして。
 そんな宿命など、星と星の狭間に放り棄てて。
「なあ」
 冷たい声色を、細い喉から震わせてはとりは紡ぐ。
「百秒だけ話に付き合えよ。……無職になった死神」
「ふふ、面白いわね。いいわよ、付き合いましょう、探偵さん」
 退屈な事であれば、その後は赦さないと。
 悲憤に濡れたアレクシアの翠色の眸がはとりを見据えるが、その身体と想いは揺らがない。
「職業探偵はまだしも、生き様が探偵なのは罪深い」
 事件は纏わり付いて、呼び寄せる。
 それこそ殺人事件を惹き付けるような、はとりの体質と産まれならばなおさらだ。
 拭い去ることのできるものではなく。
 変わることも出来ないもの。
 それこそ、今ここにいるのがその証明。
 誰かがまた、此処で殺められるのだから。
 だが、それでもと。
「……その中でも罪を糾弾する権利を得たと」
 罪あり、咎あり。
 罰するべきだと、石を投げる者達。
 後を絶たない、人の性質にはとりは鋭く言い放つ。
「そう、傲った探偵が一番醜い」
何かを認め、赦し、新しい道へと繋げる。
 それこそが事件を解決するということではないだろうか。
 舞台となった事件の登場人物、その犯人を含めて、みんなを助けるという希望とは、そういうことなのだろうから。
 贖う機会があれば、きっと犯人は、誰かを助けるから。
 同じひとでありながら。
 同じく心と思いを抱きながら、断罪をと求める傲慢な心こそ、きっと醜いのだ。
 寛容たれ、慈悲ともにあれ。
「隣人を愛せとまでは、いわないけれどな」
 それでも数多の悲劇と事件を見つめて。
 そこで揺れて、揺れて。
 やるせなく、どうしようもなく罪に身を染めた身と心を知るから。
 沢山みてきたからこそ、はとりの眸は冷艶なる色を帯びるのだ。
 見るものが、触れてみたくて。
 けれど、その美しいまでの鋭さに、触れる手前で指先を止めてしまう。
 近づきたくて、近づけない。
 そんな凍て付いた、はとりの眸の美しさ。
 罪科と、事件と、ひとの想いの表裏を見続けて、研ぎ澄まされた。
「誰かの人生を壊し続ける宿命を」
 それこそ、生き様が探偵だからこそ。
 ただ居るだけで、死を呼び、事件が起きて、心と絆をぼろぼろにする。
 そんな己だと。はとりは自らだと知るから。
 死神だと、言い切ってしまうから。
「俺は辛くても悔やみ続けるから」
 投げ出せるなら全てをと。
 永遠に瞼を閉じていいなら、そうしたい程に。
 でも、見る夢は悪夢と知るからこそ。
「今、あんたを斬らない選択ができる。夢に出てこられては、気まずいんだよ。あんたみたいな女は」
 だからと。
 せめて、死神という宿業から。
「たった二分足らずだが」
 水槽の並ぶ一角に、はとりは腰を下ろして。
 そんな玉座からも離れろよと、青い眸を緩やかに揺らし。
 何も生まず。
 何も壊さず。
 罪なることを、繰り返さず。
 微かでも安らかなる時間をと、はとりは願った。
 ああ、そう願うことこそ――罪を抱く咎人、いいや死神の象徴だと、小さく笑いながら。
「花でも見て死神サボるぞ、クソ上司ももう死んだろ」
 一分とは。
 この星船が揺蕩った時間には、あまりにも短く。
 けれど、悠久の果てにと訪れた唯一の救いと赦しの時間。
 静かなに、緩やかに。
 何も思わず、考えず。
 短い間なれれど悲憤から解き放たれたアレシクアが、微笑むには足りる、ひとときの果てに。
「……百秒だ」
 終わりを告げ、朽ち果てる氷の茨たち。
 花はなく。
 結ばれる実もないけれど。
「満足な答えだったか、依頼人」
 はとりは、船の道中で見つけた一輪の待雪草を突き出す。
 死を願うという花言葉で、此処に飾ったんじゃないだろうと。
「俺は、こいつを……お前の船と人生の中で、枯れずにあったと見つけたよ」
 希望と、慰め。
 あなたの為に、私の色をあげるのだと。
「俺は、お前にこの色をやれないけれどな」
 そういってはとりは。
 一瞬、ほんの刹那だけ。
 痛ましげに、冷艶なる眸を揺らす。
 同類を憐れみ、そこから救われる身に焦がれるように。
 さあ。
 死神に、終わりの花をひとつ捧げよう。
 そこから繋がるものだって、ある筈だから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リア・ファル
「行こう、ヌァザ。彼女へ届けるべきモノを届けに」
お供の銀猫を魔剣に換え、進む

対象プロトコルを解析
『ヌァザ』で斬り結び、騎士に触れた先から支配権を奪う
(情報収集、学習力、ハッキング)
同士討ちに、機能停止、暫しボクと踊ってもらおう

統制が乱れたら、『グラヴィティアンカー』で
相手を絡め取り、一気に距離を詰める
(捕縛、ロープワーク)

ボクが込めるのは我が魂の声

囚われし者よ
せめて過去の徒となっても
どうか此度の終わりには
貴方の始まりとその原点たる想いを
闘争の先の明日へと託せるように

『セブンカラーズ』から、言霊の一撃を撃ち放つ
彼女へ届け!【音無の言弾】
(スナイパー、零距離射撃、浄化)



 水槽で揺蕩う花は、不変の美しさ。
 けれど、何かに。 
 そして誰かに触れられることのない孤独の花。
 どれほどに綺麗だとしても、哀しみの色が帯びている。
 そして、変わりゆく日々というものを知らないのだ。
 今を苦しんで、明日の希望へと生きるということを。
 更なる幸福の色彩を、美しさへと変わることを知れないのは。
 どれほどに悲しい事だろう。
 そう、だからリア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)のこの想いは反応して揺れるのだ。
 どうしても、届けたいと想うのだ。
「今を生きるひとの」
 例え、残滓として結びつけられ。
 今を彷徨う死神のようなものだとしても。
「明日の希望の為に」
 黒い玉座に佇むアレクシア。
 その僅かな先に、一欠片の希望もないなんて悲しいのだと。
 確かにあなたはそこないると、リアの薄紅の眸は見つけているから。
 届けよう。
 届かせよう。
 そこに確かに生きる命と、悲憤に染まった想いへと。
「行こう、ヌァザ。彼女へ届けるべきモノを届けに」
 呼びかければ、ぴょんと走り寄るのは銀虎の猫。
 軽やかなステップで、呼び声に応じて飛び跳ねる。
 生きる動物そのものの動きながら、けれど、それは電脳魔術のデバイス。
 お供の猫は次元を裂き万物に干渉する魔剣へと換わり、手にとったリアは前へと進む。
 リアの眼前に立ち並ぶのは、剣と大盾を構える白き機械騎士たち。
 護りを得意とする。
 いいや、そのように作られたものを越えて、奥で佇むアレクシアに届けなければいけないから。
 臆することも、怯むことも。
 けっして、微かにもしてはならないのだと。
 ひっそりと、リアは決意と覚悟を定めた吐息を零して。
「さあ、行こう」
 踏み出す足取りは、宙を飛びて駆けるように。
 星と星の狭間さえも自由に。
 重力と、光の距離なんて気にしないのだと。
 何処までも想いの光のまま、リアは駆け抜ける。
 振るわれる騎士の剛剣を受け止め、その重さに身が止められても。
「――対象プロトコルを解析」
 触れた騎士のブログラムを分析しながら、切っ先翻して騎士剣を打ち払う。
 剛剣たる戦機の剣と、万象を切り裂く電脳の刃。
 擦れ違う瞬間にリアの切っ先が触れ、刻んだのは微かなる傷だけれども。
 それで十分。
 撃ち壊すことがリアの願いではないのだから。
 あくまで、希望を届ける事だけを願うのだから。
「触れた瞬間で十分」
 白騎士のセンサーが点滅し、色が変わっていく。
 握り締めた魔剣『ヌァザ』に宿したのは、触れたシステムに浸食し、学び取り、その支配権を奪い取る為のもの。
 例え、リアの握る魔剣に次元を切り裂く力があったとしても。
 それを破壊の為に振るったりなどしないのだ。
 ただ、ただ、明日が希望が為にとリアは眦を決して。
「同士討ちに、機能停止」
 次から次へと、舞い踊るように白騎士の群れにて跳び往き。
 切っ先の触れた機体のコントロールを奪い、同士討ちの劇を演じさせる。
「暫しボクと踊ってもらおう」
 起きるのは混乱と騒乱。
 心を持たない機械だからこそ、区別のない同士討ちが始まるのだ。
 見分けもつかないからこそ、自分を襲ったものは敵だと判断して。
 声で聞き分けることもできないから、次第に『ヌァザ』で斬られ、支配されていく個体が増えていくことも気づけずに。
 これを憐れというならばそうだろう。
 でも、こうして止めていかなければ、永遠の闘争と破壊の輪廻に組み込まれるだけなのだから。
「悲しいのは……もう少しだけ、だからね」
 統率が乱れたのを見つけるや否や、リアが放つのは重力錨『グラヴィティ・アンカー』。
 環境制御ナノマシンで構成された重力の錨と、錨鎖だ。
 一直線に進む錨鎖は、黒い玉座にと絡みつき、アレクシアの身体を絡め取る。
「あら、随分と熱烈ね……救いの為にではないのが、残念なくらいに」
 アレクシアも玉座より抜きは放った剣で重力鎖を、それを構築するナノマシンを滅しながら冷たい眼差しを向ける。
 ああ、来ると判っているから。
 全てを迎え撃とう。
「そう、飛び越えてこの胸にといったのは、私なのだから」
 重力の鎖を引き寄せ、飛翔して飛び込むのはリアだ。
 一気に距離を縮め、届く場所まで近づく。
 そう、届けるのは剣ではなく。
 重力の鎖はナノマシンごと、斬り伏せられても。
 まだ、まだなのだと息を吸い込む。
 諦めるには、まだ早すぎるのだと。
「ボクが込めるのは我が魂の声、だから」
 届かないことなどあるものか。
 揺れる心がある限り、この想いは届く筈なのだ。
 悲憤に染まる想いがあるのならば。
 哀しみは判るはずなのだと。
 理不尽に対して怒るからこそ、希望の輝きを知る筈だから。
 甘い考えだなんて、言わせない。
 リアは必ずや希望を手繰り寄せてみせるのだ。 
引き抜いた拳銃――『セブンカラーズ』.357マグナム・ワイルドキャットに込めるのは、呪文ではなく言霊という祈り。
 希望を信じ抜くそれが、決して怒りと哀しみで固まった耳と心に閉ざされないように。
 その胸に、心へと直接。
 擦れ違うこともなく。
「彼女の芯へと、届け!」
 放たれるのは言霊を乗せたマグナムの弾丸。
 銃撃というには余りにも澄んだ音色を届かせ。
 ガラスが砕け散るような音を紡ぎながら、放たれた弾丸はアレクシアの身へと突き刺さる。
 希望とは、明日の為に変わるものだから。
 決して抜けない、光としてアレクシアの胸の中を、想いを浄化するのだ。
 怒りて恨み、瞋恚を抱いて悪夢を紡ぐその心。
 そこに、かつてあった明日を生きるという希望を取り戻させて。
 骸の海に帰っても、消えない光で満たし続ける。
「あな……っ……たは!」
 強引になぎ払われるアレクシアの剣による衝撃波で、弾き飛ばされるリアの身体。
 だが、抜けない。消えない。
 一度、その身に刺さり、憶えた希望の光は、例えアレクシアの身が果てて、骸の海に帰っても。
 祈りと言霊をもって鎮め、癒やし、そして二度と悪夢として目覚めぬようにと浄化する。
 もう、恨むことはない。
 怒りに狂うこととてないんだよ、と。



「囚われし者よ」
 身に刺さった希望の言霊だから。
 アレクシアがどれだけ両手で耳を塞いでも、それが途切れる事はない。
「せめて過去の徒となっても」
 忘れたくない、大切なものがあったとしても。
 それを悲憤で染めないで欲しい。
 過去の使徒として、全てを埋め尽くさないで。
「どうか此度の終わりには」
 希望を抱いて欲しいから。
 新しい日々を、見て欲しいから。
「貴方の始まりとその原点たる想いを」
 さあ、あなたが夢見た始まりはなに。
 どうして、水槽に不変の花を浮かべたの。
 きっと、綺麗で優しいものが好きなあなた。


「闘争の先の明日へと託せるように」


 それは、そう。
 あの惨劇が起きる前には、確かに。
 アレクシアの胸にあったものだから。
 それを抱き、己が瞋恚と打ち込まれた希望が鬩ぎ合う。
 それでも、名残として。
 許せない過去があるのだと。
 ああ、でも。
 だからこそ――未来に続くものは。
 あの御伽が大切に想う、黒を摘むことは。
「許されない、わね」
 ここに、ひとつの呪いのような。
 骸の海で募らせ続けた瞋恚が、光にて崩される。
 それはほんの小さな、一箇所だけだけれど。
 誰かを想う気持ちを取り戻したアレクシアはきっと。


――数多の犠牲として、抱いた瞋恚で破壊すべきでない大事なものを見分けられる
 光の言霊を、その胸に受けたのだから――

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルパート・ブラックスミス
罪か誠か。それはお前が定めればいい。
独り善がりに、己を謳うつもりはない。
何より、どうであろうとお前も俺も往かんとする道は変わらんだろう。

真っ向勝負だ。青く燃える鉛の翼・UC【黒騎士呑み込む青き業火】展開。
敵UCの騎士軍団を黄金魔剣での【なぎ払い】や【グラップル】で撃破及びそのまま燃える鉛に変換。
吸収による巨大化【武器改造】強化した魔剣と翼で繰り出す【限界突破】した【衝撃波】【範囲攻撃】で軍団を【蹂躙】しながら敵本体に接敵し魔剣で【串刺し】にする。

罪も誠も、それはお前が定めればいい。
お前が謳うままに、俺はそれをこの青炎にくべて背負おう。
俺は未来に進む。お前は、もう己の夢幻に消えるがいい。



 その身は黒々とした鎧であり。
 裡に詰まった青く燃える、灼熱の流動鉛こそ血であるかのような。
 そんな存在に、どうして問いをかけるのか。
 無為に過ぎて愚かすぎる。
 いいや、何も返せぬ自分こそがそうなのかもしれずとも。
 記憶なく、栄光なく。
 そんな身で、どうして騎士か咎人かと己を定義できよう。
 故に、熱を込めた言葉を鎧の何処からか紡ぐはルパート・ブラックスミス(独り歩きする黒騎士の鎧・f10937)。
 黒騎士の鎧は、その形だけなのだから。
「罪か誠か」
 重く、鈍く。
 あくまで己は、黒き鎧なのだと。
 ただ独り、突き進む身なのだからと。
「それはお前が定めればいい」
 鎧の隙間から青い炎を噴き出しながら。
 床を踏み砕き、一歩、一歩とアレクシアへと進むルパートの姿。
「独り善がりに、己を謳うつもりはない」
 言葉を弄して、囀り。
 意味と真意を転がすなど意味のない事。
 ましてや、此処にきて問いただされても、どうなるというのだ。
「何より、どうであろうとお前も俺も往かんとする道は変わらんだろう」
 それは想いというものに殉じる、ルパートだからこその言葉。
 どうあろうとも。
 どんな者と対峙しても。
 この胸の想いを、信念と道を譲ることなどあるまいと。
「ならば後は相場は決まっている。届かせろといったのならば、届かせるまでだ」
 諸手で握り締めるは、己が名を冠する黄金魔剣。
 触れた生命力を青炎と流動鉛に変換する呪いが青い影となってちらつき、揺れる。
 ただそれだけを手に。
 舞台へと上がり、ルパートを包囲しようとする白き機械兵たちを無視して突き進む。
 道が交わり、互いを阻むというのならば。
「真っ向勝負、ただそれだけだ」
「なら、あなたは咎人たる騎士なのね」
「下らん。他人の評などアテにはせんからな。聞く耳あるというのならば、同胞たる仲間のそれだけだ」
 敵に評されるならば、それこそ鬼神や悪魔でいい。
 それだけ敵の目はこの鎧に引きつけられ、仲間は為すべき事を為せるのだから。
 この道をただ往くだけで、誰かの為になる。
 そんな騎士道と、刻まれた何かがルパートにはあるから。
『我が血はもはや栄光なく……』
 流れる詠唱と共に、青く燃える鉛が形成する翼がルパートの背に広がる。
 それは大きな青い翼として羽ばたき、ルパートの突貫を早め、そして強めるのだ。
 ただ真っ直ぐに。
 言葉通りを果たすべく、真っ向勝負として。
『されど未だ我が業と炎は消えず……!』
 抱きし栄光と、捧げるべき忠誠は消え果てたとしても。
 この鎧、この剣、この力はあるのだと、黒騎士は青き業火をその身に纏う。
 巨大な両翼を成し、その身を包むのも青き流動鉛。
 それは触れた物質や生命力を燃える鉛に変換する力の顕れであり。
 これからまた、触れて殺めたものを吸い上げて纏い、新たなる力と化すのだ。
 ちらちらと揺れて爆ぜるは、呪詛の如き青の業火。
 決して退路はないのだと、黒騎士の鎧は、ルパートは果敢なる疾走を始める。
「さあ、せめて――騎士の形を模したものたちの闘争を遂げよう」
 斯く有ることは、互いに難しいから。
 裡を成すものの虚ろさを、感じ取るから。
 ルパートはアレクシアまでの道を阻む白い機械騎士の軍勢へと斬り込む。
 振るわれる黄金魔剣の剛なる一閃。
 激しく、雄々しく、そして禍々しいまでの魔炎が鋼を灼き斬る。
 いいや、斬り砕くと共にそのまま燃える鉛へと変じさせ、吸収して身に纏う。
 故に、白き機兵たちが如何に捨て身で剣を振るおうとも、ルパートに傷をつけることは出来ず、逆にその剣が鉛へと変わるのだ。
 そして、莫大な鉛を黄金魔剣に纏わせて巨大化させ、強化したその刃と翼によって敵の軍勢を斬り崩していく。
 限界など遥か昔に越え、身体の内部に溜まった熱に鎧が蒸気をあげるほど。
 いわば能力のオーバーフローであり、本体である黒鎧が受ける負荷は絶大。
 長くを生きる筈のヤドリガミとて、その寿命を凄まじい勢いで減らしていく業だ。
 いいや、だからこそ持てるこの力なのだろう。
 迷うことなく、進む為のルパートの力なのだ。
 それでも黄金魔剣から放つ衝撃波で軍勢を蹂躙し、突き進む漆黒と青の二つの色彩。
 全てを呑み込む、その業火は戦の色なのだろう。
 地獄へと落ちて、消えて潰えることのない。
――或いは、忘れ去られた誰かの矜持の証。
「知らない。今は、俺は俺の為に戦うだけだ」
 そして、掴み取るだけ。
 過去に縛られ、囚われ、動けなくなるなどご免被ると。
 機械騎士たちを粉砕して進むルパートの姿。
 そこにあった力を吸い上げ、燃える鉛として纏い。
 そして、虚ろな機械の鎧にあった罪をも引き継ぐように。
 青い業火が一直線へと走り抜け、アレクシアの身へと黄金魔剣が突き立てられる。
 串刺しにされたというのに、鮮血の花は咲かない。
 アレクシアも咄嗟にルパートを剣で刺しても、互いに血の一滴も流さずに。
 ただ、勝敗の決着と共に、ルパートに言葉を紡がせる。
「罪も誠も、それはお前が定めればいい」
 ゆっくりと、噛み締めるように。
 けれど、これだけは譲らないのだと、刃の如き決意を込めて。
「お前が謳うままに、俺はそれをこの青炎にくべて背負おう」
 アレクシアの見せたルパートの罪を。
 そして、ルパートはアレクシアの罪咎さえも、或いはその身に流れる鉛のひとつとして引き継いで。
「俺は未来に進む。お前は、もう己の夢幻に消えるがいい」
 安らかに眠れと、告げるかのように。
 深く、深く、黄金魔剣を突き刺すルパート。
 ああ、とアレクシアは唇を動かす。
「あなたは、円卓に座るような騎士なのね」
 もしも、ルパートに眉があれば、きっと顰めていただろうその言葉。
「悪しき者に見えてしまう黒。でも、誰よりも実直で、率直で、忠実なるもの――例え謀反を起こしても、それは誠なる者の為に」
 それは、どうなのか。
 この鎧に刻まれた騎士道精神がそのようなものなのか。
 或いは、ルパートに芽生えたものがそういうものなのか。
 判別することはできず。
 心を映すことのできる鏡は、いまだにないのだから。
 星と星を渡る、この技術の極まった世界でさえ。
「知らんよ。ただ……ああ、そうだ。怒り、哀しまず。何も判じず、定めず、眠れ」
 その怒り、憎悪の如き想いも。
 燃えて流れる鉛が呑み込み、ひとつなり。
 やがて、行き着く場所へと届けるから。
 今は、安らかな思いを抱いて、骸の海へと鎮め。
「それしか――俺には出来ない」
 ルパートの声は、果たして。
 この星の海で、誰に届いたのだろう。
 誰に向けて、呟かれたのだろう。
 ただ、今宵をもって女の悲憤の炎は潰える。
 実直に、誠実に、向き合い戦ったものたちの心によって。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シェフィーネス・ダイアクロイト
アドリブ◎

向日葵は見ぬフリ
オトメユリは踏み超えて敵前へ

此の身で既に幾つもの罪を重ねた
今更取り繕う事もせん
未だ見ぬ宝(メガリス)が総て私の手中に収まれば其れで佳い
私は海賊
残骸(きさま)の結末になど興味は無い

(その果てに見える未来は
…端から真に願う望みなど無きに非ず
せめて亡き父の仇敵が骸の海から甦り、私自ら討ち取る事が出来る日が来れば
憂いも少しは晴れようて)

ひかりの存在は膨れ
無視出来なくなるばかり
愛はまやかし
情は弱さ
両方持ち併せてる彼奴は私の異物(ナイフ見て
いずれ終止符は

UC使用
敵の頭上付近に酸雨降らせる(自身の心の靄も融かす様に
軍団の機械の体を溶解
本体へ安全地域からオウガの蒼炎の呪殺弾で制圧射撃



 咲き誇る向日葵など、その菫青の眸に留めずに。
 振り切るように、歩き続けるは孤高なる姿。
 ああ、声は聞こえるけれど。
 幾重にも重なり、心に届くけれど。


─あの子は゛僕のひかり゛


 そんなものは、無視して。
 ただ巣進むのは、孤独なる海賊の姿。
 それがシェフィーネス・ダイアクロイト(孤高のアイオライト・f26369)なのだ。
 どうして変われようか。
 今までの全てを投げ棄て、撃ち壊すなど。
 積み上げた黄金は決して裏切らぬと、決まっているのに。
「花とて、日で姿を変えるだろう。色を変じさせるだろう」
 そんな淡く、儚いものに。
 どうして心を委ねられようかと。
 既に始まっていた戦いの中で壊れた水槽より零れたオトメユリを踏み越え、敵の前へと迫るシェフィーネス。
 どうして敵と戦うのか。
 財宝こそ求めるのが、海賊というシェフィーネスではなかったのか。
「世界の行方など気にはせんが、私に問い掛けるならば応えてやろう」
 それほどに、怒りを滲ませているのだろうか。
 戸惑うなどシェフィーネスらしくなく。
 他人の言葉など戯言の囀りだと、笑っているのが彼だというのに。

 それほどに、彼の心の羅針は揺れているのか。
 それとも、定まったからこそ、越えようとしているのか。

 足下のオトメユリが、その可憐な色を晒している。
 いずれ、すぐに枯れるその美しさなど。
 もはや誰も目に留めず。
「此の身で既に幾つもの罪を重ねた」
 この場で認め、身と心、記憶に巣くう罪咎を晒すように。
 けれど、シェフィーネスの声色は何処までも冷ややか。
 揺れることもありはしない。
「今更取り繕う事もせん」
 当たり前だ。
 掴んだ物を打ち捨て、投げ棄てるなど出来る筈がない。
 それこそ、裏切りなのだ。
 この掌にあるものを、大切なものを捨てるという事こそが。
 シェフィーネスにとって、もっとも許せぬ罪だからこそ。
「未だ見ぬ秘宝(メガリス)が総て私の手中に収まれば其れで佳い」
 孤高に、孤独に、船で水に揺られればそれでいい。
 心の羅針が狂う筈はなく、求めるものは数多とある。
 この掌に求めるものを収めて、更なる海へ。
 その姿が何処が可笑しい。
「私は海賊」
 罪を犯して当然の、自由に生きるものなればこそ。
 歌い上げるように告げる姿に産まれの気品は滲めど。
 何処までも、誰を彼をも突き放すような冷たく鋭い言葉を放つのだ。
「残骸(きさま)の結末になど興味は無い」
星の海ではなく。
 波打つ水の海こそ、シェフィーネスの世界と日々だからこそ。
 興味もなければ、関心を寄せる筈もないのだと。
 だが、もしも。
 もしもと、願いが小さな泡のようにシェフィーネスの胸に浮かび上がる。
(その果てに見える未来は)
 ああ、もしもと垣間見てしまう瞬間。
(……端から真に願う望みなど無きに非ず)
 判っている。これさえ果たせれば、この惑いも醒めよう。
 それこそ安酒に酔ったような。
 優しすぎる情と、暖かな蜜が胎に溜まり続けているような。
 この不快さと決別できる筈だと、想うから。
( せめて亡き父の仇敵が骸の海から甦り、私自ら討ち取る事が出来る日が来れば)
果て無き海の世界で、ひとつの強欲を抱くのだ。
 決して、決して。
 これは希望ではないのだと、シェフィーネスは自らに言い聞かせながら。
(憂いも少しは晴れようて)
 あくまでこれは憂い。
 叶わぬ願いを、求めることではありはしないのだと。
 それこそ、取り零した過去を再度、この指先で捉えようなど。

――子供の夢物語と、判っている筈だ

 鋭く、聡く。
 故に冷たい水底にいるように、希望の光を抱けぬシェフィーネス。
 僅かな間に瞼を瞑ったのも、思い描いたもしもが、あまりにも輝いていたから。
 黄金が色褪せる程の、眩い光。
 それひとの幸福の色彩なのだと、忘れているから。
いいや、或いは。
 求めるべき幸福を、思い出したのか。
「珍しい咎人ね」
 対するアレクシアはとても静かに、冷たく声を紡ぐ。
 聡く、鋭く。
 そして冷淡なのは何処か似通う、ふたり。
「自らの罪を知り、それを悔い改めることはなく、更に罪を重ねながらも――その重さを知る」
 恥知らずではなく。
 覚悟と信念をもって、咎人たる。
 それは一種、高貴なる騎士の志にも似て。
「嗤わせるな。貴様の評など知らん。宝でも並べるなら、その間に聞いても構わんがな」
 小さく笑って切り返すシェフィーネス。
 けれど。
 そうしている間にも、『ひかり』の存在は膨れるばかり。

─あの子は゛僕のひかり゛

 いいや違うのだと否定しようとすればするほど。
 どうしても認めざるを得なくなる、心に染み入る『ひかり』というもの。
 もはや無視など出来ないのだ。
 声と共に、あの幼き頃の向日葵畑が思い浮かぶのだ。
 昼間に見る夢などどうかしている。
 妖精の女王に見初められたかのように、幻を見ているかのよう。
 いいや、奴の蜜に毒されて。
 シェフィーネスは、長い睫毛を震わせる。
 僅かな青味を帯びた、その艶やかな銀色を。
 愛はまやかしなのだと。
 そうに決まっている。
 妖精の女王が、恋した人に幻を見せるのは。
 その人の存在を、命を、殺めて妖精の世界に引き摺り込む為なのだから。
 情は弱さ。
 何度裏切られ、シェフィーネスは傷ついてきたのだ。
 あの海に身を投げた母は、それこそ情からなる裏切りのせい。
 ならばと己が利の為に動いた。
 略奪や殺しは当然。恩を仇で返し、卑劣なる手と手段を広げて見せる。
 それでこそ海賊。
 その筈だったのに。
 愛というまやかしと、情という弱さ。

――両方持ち併せてる彼奴は私の異物
 まやかしでも、弱さでもない存在を、その蜜を思い出して――

 気付けばシェフィーネスが懐から取り出したのは。
 かつてのナイフ。
 俺の宝物──そう言って贈られた、決して錆び付かぬその刀身に、菫青の眸を落として。
「いずれ」
 握り締める掌の強さを、確かにして。
「いずれ、いずれ終止符は」
 この想いの行き先に。
 蜜(どく)の流れ着く果てを。
 刻んでみせると、冷徹さを取り戻した菫青の眸が首を傾げるアレクシアと、機械の騎士たちを見つめる。
 そして、アレクシアは……女は毒の言葉を紡ぐのだ。
「断言してあげる、あなたは、また裏切れる。その罪咎のせいで。誰も信じられないと、頑なになった心のせいで」
「ほざけ。そもそも、誰を信頼するというのだ」
「ええ。でも私さえも、知らずこの木偶の人形たちを信じていた――愛しい彼の、御伽を宿していると」
 その筈だったのと。
 アレクシアの貌に悲憤が過ぎるからこそ。
 それが、まるで自分に何処か似ていると。

 ああ。自らの想いが、怒りと哀しみが。
 自らを傷付けているものの貌だと、ここに鏡がなくとも判るから。

「もはや、付き合い切れん――『Hope for the best, but prepare for the worst.』」
 シェフィーネスが発動させたのは、空想の現。
 想像より無敵の万物を生み出し、戦闘に利用するその技。
 アレクシアたちの頭上に強酸の雨を降らせ、庇わせた白い騎士の装甲ごと溶かしていく。
 そうだ。
「何もかも、溶けてしまえ……」
 胎の裡より沸き立ち、この心を惑わせる靄も融かす様に。
あの蜜の悉く。
 彼奴という異物が触れた、己の身さえも。
「呪うのは、さあ。どうしてか」
 隠していたオウガの蒼焔を纏わせた呪殺の弾丸を降り注がせ。
 決して逃さないと、シェフィーネスは酸と呪弾でその場を制し、蹂躙していく。
「鋼ならば、溶けるだろう。さあ」
 さあ。
 溶けて、消えてしまえ。
 シェフィーネスが迷う必要などないのだから。
「さあ……あの声も、向日葵も」
 消えてしまえと。
 シェフィーネスは、自らの声がそう願っていることに気づけずに。
 ガラスが溶けた水槽から、美しい花が落ちる。
 オトメユリが、酸に蝕まれ、その姿を崩していく。
 けれど。
 心が溶けて消えることなど。
 想いが泡となって消えるなど。
 ありはしないのだ。
 既に定められたシェフィーネスの真実たる想いの欠片も、消え去ることなどなく。
 その胸の奥にて揺れ続ける。


 誰にも救いの手と、声を求められぬものは。
 海にて彷徨うばかり。
 そこが水であれ、星のものであれ。
 優しくも平等なる海は、誠なる想いだけを求めるのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎

はっ…情けねぇの
手、まだ震えてる
平気なふりをしているくせに
何度直面しても慣れはしない
けど…しっかり立てる
前を向ける
ひとりじゃないから
アレスがいるから
今までも、これからも、何度だって
罪を背負いながらも
優しい人たちに報いる為に
アレスの剣として

歌で身体強化して炎の属性を剣に
ひらり舞うように剣を振るうが
斬っても斬ってもきりがねえ
ああ、そんなら大元を止めるしかねえよなぁ!
アレス!親玉までの道
無理やりこじ開けるから、頼んだぜ

呪い歌を歌おうとして、やめた
歌い上げるは『青星の盟約』
ここはもう鳥籠の中じゃない
斬り開くのは、未来だ
力を溜めて全力の魔力を
未来への想いを込めて真っすぐに光刃を放つ!


アレクシス・ミラ
【双星】
アドリブ◎

守れなかった
救えなかったと
悔恨は心にある
けれど…呑まれはしない
背中を押してくれたみんなの手の優しさと強さは
決して忘れはしないし
ひとりじゃないから

騎士として、セリオスの盾として
守り抜く誓いと覚悟で
盾を構えオーラ『閃壁』を城塞の如く展開し軍団を堰き止める
…ああ
君の望みに応えてみせよう
僕も君が拓くまで守り抜いてみせるから
頼んだよ

彼が拓いた道を駆け
破壊と戦乱の巡りは終わりにしよう
けれど、壊して終わらせる結末なんて哀しすぎるから
…彼女の機械騎士を創る力が
彼女を縛り、囚える呪いのようなものなら
【理想の騎士】の光を届かせよう
その力のみを斬り
僕達の力で
希望の未来、物語へと切り拓いてみせる…!



 水のように冷たい問い掛けに。
 どうしてすぐに応えられようか。
 その道行きが常夜に覆われていたからこそ。
 それでも諦めずに進んだ、ふたりだからこそ。
 正しいのだと揺らがずに胸を張れない。
 振り返れば、そこに血の痕が残り続けているから。
 咎人ではないのだと、否定出来ない。
 そう真っ直ぐに、揺らがずに口にするには。
 ふたりの心は美しすぎるから。
 そのか細い指先と、思いを乗せた長い睫毛を震わせて。
 青い眸をゆるゆると揺らすはセリオス・アリス(青宵の剣・f09573)。
 そこにあるのは恐怖と悔恨。
 表情を僅かに崩して、唇より言葉を零す。
「はっ……情けねぇの」
 何度も掌を握り締め、また開いて。
 そこに確かなるものがある筈なのだと確かめるように。
 けれど、何も掴めていない現実を青い眸は映してしまう。
 或いは、その指は血塗られているのだと、心が訴えて。
 セリオスは恥知らずの咎人なのだと、心が悲鳴の歌を奏でるから。
「手、まだ震えてる」
 平気なふりをしているのに、心ばかりはどうしようもない。
 何度直面しても慣れない悲惨な現実。
 振り返る度に、心が冷たく震える痛ましい過去。
 幻なのだと。
 今は振り切ったものだと、セリオスは割り切れずにいるのは。
 それもまた、心の強さなのだろうから。
 一欠片も、自らに関わったものを棄てはしないという願いのもとに。
「けど……しっかり立てる」
 だから、踏み出そう。
 騎士か咎人かなんて知らない。
 セリオスはただ、美しく夜に囀る黒き鳥として。
 青き炎の一等星として、在るだけなのだから。
「前を向ける、ひとりじゃないから」
 傍らの呼吸を、吐息を。
 決して忘れない温もりを憶えて、セリオスは小さく笑う。
「アレスがいるから。――今までも、これからも、何度だって」
 宣言するように。
 歌うようにと紡がれるセリオの言葉に。
 暖かな手が重ねられるのだ。
 そっと、掌を重ねるのはアレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)、
 セリオスの手がどうしても震えるというのなら、それが止まるまで握っていよう。
 いいや、ずっとこの手を握り締めて、もう離さないのだと。
「そういってくれると嬉しいよ。誓いも、覚悟も……セリオスの為にあるのだから」
 沢山の大切なものを守れなずに。
 大事に思うひとたちをも救えなかったのだと。
 アレクシスもまた悔恨の思いを心に抱えている。
 どうすればよかったのだろうと、本当は身体が震えてしまう程に。
 応えのない過去の幻影へと、視線を滑らせてしまいそうになるぐらいに。
 けれど。
 アレクシスが後ろを向けば、隣を歩くセリオスの顔を見る事は出来ないから。
「悔いる気持ちはあるけれど……呑まれはしないよ」
 だってと、言葉をとぎって。
 重ねたセリオスの掌に、唇で触れるアレクシス。
 柔らかに、優しく。
 穏やかで、繊細に。
 そっと雪が触れるような接吻は、この手にはもう血と死の咎などないのだと。
 その身と心で触れて、アレクシスはセリオスに伝えるのだ。
「背中を押してくれたみんなの手の優しさと強さは」
 ここにある。この掌で、確かな形として掴めずとも。
 温もりとして脈打ち、伴にあるのだと。
「決して忘れはしないし」
 何も怖れることはないよと、小さく微笑んでみせるアレクシス。
 金色の夜明けにして、赤い一等星として傍にい続けるよと。
「セリオスの言ってくれた通り、ひとりじゃないから」
 ひとりじゃなくて。
 ふたりでいるのだから。
「……っ」
 セリオスの震える指先が、止まるまで。
 ずっとこうしていようと、握り締めるふたつの手のひら。
 絡み合う指先は、よく知る互いのもの。
 もはや決して別たれないのだと、感じさせるものだから。
 ふるりと睫毛と青い眸を揺るがして。
 セリオスは、同じ青でも憧れた朝空の色を宿すアレクシスの眸を見つめるのだ。
 もう大丈夫。だって、アレスがいるのだから。
「罪を背負いながらも」
 握り締めた手を、するりと泳がせ。
 ふたりは剣と盾を、構えるのだ。
 例え離れたとしても、ずっと傍にある心と想いを胸に。
「優しい人たちに報いる為に」
 ふたりで終わらせた過去と伴に、これからも生きる為に。
 過ぎ去ったものに、もはやなにひとつとて奪われたりはしないのだと。
 セリオスは声を鋳込めて打ち直された純白の剣、双星宵闇『青星』を掲げてみせる。
 赤星と伴にあるから、より強く輝くその白刃を。
「アレスの剣として」
 ああ、そう言ってくれるならば嬉しいのだと。
 アレクシスの心の底から沸き立つのは、優しき強さ。
 悪夢は見るだろう。
 だって過去は変えられないのだから。
 それでも明けない夜はないのだと、示そうと白銀の騎士剣をセリオスの剣へと重ねるアレクシス。
 双星暁光『赤星』。暁光に閃く、その一振り。
 伴にあれば、祓い斬れぬ闇などありはしないのだと。
 陽光の金髪を、さらりと靡かせアレクシスは踏み出す。
「例え、貴女に否定されようと、騎士として、セリオスの盾として、僕はある」
 守り抜くのだという誓いと、覚悟で。
 掲げるように構えるは閃盾自在『蒼天』。
 微かな燐光纏う白銀の大盾は、担い手の意思に比例した堅固さと、光の壁たる『閃壁』を紡ぐから。
 それはまるで、ふたりの為の翼のように。
 刀身と盾から溢れる輝きが、アレクシスとセリオスを包む。
 ああ、と。
 冷たい怒りに濡れた女、アレクシアの声が流れる。
「護る騎士と相対するなんて、皮肉ね……私は、それに」
 言葉は最後まで紡がれず。
 変わりに振るわれた腕が、白き機械騎士たちへの突貫の合図となる。
 先陣を切る機兵たちを押し留めるように、臆す事なく前にたってオーラたる『光壁』を城塞の如く展開し、機械の軍勢たちを堰き止めるアレクシス。
 最初の激突。その強烈な一撃をアレクシスが全て受け止めたからこそ。
 自在に踊るは黒き鳥。
 歌にて自らの身体能力を強化し、翼あるものの如く戦場を駆け抜けるセリオス。
 はらり、ひらり。
 軽やかに舞うように。
 けれど、青き炎を纏った剣を振るいて、鋼の軍勢を斬り捨てていくセリオス。
 青く、深い青を帯びた剣閃は心なき機械人形を両断し。
 ふたりが進むべき路を斬り拓くのだ。
 その切っ先が、澄んだ音色を奏でるから。
 セリオスの歌と伴に、剣は振るわれて、奏でられる美しき音色。
 けれど。
 斬れど、斬れど、終わりはない。
 アレクシスが『光壁』で堰き止め、動きを鈍らせてもなお、その物量は驚異の一言。
 キリがない上に、生きるも死ぬも、願いも恐怖もない人形たちが相手なのだ。
 セリオスの剣がどれほどに猛威を奮おうとも。
 アレシクスの護盾の光が、機械人形の剣を弾き返そうとも。
 それがどうした。必ずや命を実行するのだと、猛ることもなく、静かなる鋼の駆動音と共に迫る機械騎士たち。
 それは殺戮の鼓動に他ならず。
 命じているアレシクアの意思のままに手繰られる、操り人形。
 これを越えて、届けねばならないのだ。
 この程度に手間取っていては、セリオスもアレクシスも、自らの想いを証明出来ないから。
「ああ、そんなら大元を止めるしかねえよなぁ!」
 夜空のような艶やかな黒髪をさらりと靡かせ。
 果敢に、勇敢に、剣と共に戦場を舞い踊るセリオスが叫ぶ。
 そうだ。セリオスはアレスの剣なのだから。
 斬り拓いてみせよう。
 きっと、あの悲憤の女に届けるには、アレクシスの輝きが相応しいから。
――俺のアレスを、甘く見るなよ。
 そう想う気持ちも、セリオスにはあるからこそ。
「アレス!」
 澄んだ声が戦場に響き渡る。
 なにひとつ隠して、騙すことなどありはしないのだと。
 全てを明らかにして、ただ突き進もう。
 付き合ってくれるよなと、信頼を寄せる気持ちをセリオスは伴わせて。
「親玉までの道」
セリオスが放つは青き流星の如き剣閃。
 眼前に迫る機械騎士たちの軍勢を斬り払い、斬り崩しながら。
「無理やりこじ開けるから、頼んだぜ」
 笑って流し見るは、セリオスが誰より『騎士』として認め、信じ、願うアレクシスの姿。
 金色の夜明けは、運命さえもきっと切り拓いてくれる。
 その先で届けるべきもの、迎えるべきものも、その優しくも美しい陽光で照らしてくれるから。
「……ああ」
 言葉にされずともアレクシスは、そのセリオスの意思を感じ取る。
 心が、魂が。その欠片が互いに混じり合うのだから。
 アレクシスは、セリオスの想いを何一つとて違えはしない。
「君の望みに応えてみせよう」
 それが、心に剣を持ち、盾たろうとする『騎士』の存在の証明。
 ただ討ち滅ぼすだけならば、誰にでも出来るから。
 太陽の光のような、温もりがこの星船には必要なのだ。
「僕も君が拓くまで守り抜いてみせるから」
 冷たい水槽の水だけではなくて。
 それこそ、ガラスの棺に収められたような花たちにも。
 一筋の輝きをと。
「頼んだよ」
 盾は、剣へと願い。
 青炎の一等星は、赤き一等星に微笑み、瞬いて見せる。
 吸い込み、歌おうとしたのは呪い歌。
 つい癖のように選びかけたそれを、セリオスはアレクシスの視線を感じて放り捨て。
「やっぱり止めた」
 アレクシスが駆け抜ける道を紡ぐに相応しいのはこちらだと。
 選び、歌い上げるは青星の盟約。
『『星に願い、鳥は囀ずる。いと輝ける星よ、その煌めきを我が元に――」
 ここはもう鳥籠ではないのだから。
 自由に羽ばたく広さと、明日に続く理想がある。
 辿りたい、手繰り寄せたい夢や。
 叶えたい願いだって、星のようにあるのだから。
『――さあ歌声に応えろ、力を貸せ!』
 斬り拓くのは未来。
 憐れなる心持たぬ機械騎士ではなく。
 心と想いが求める儘の明日を求めて、根源の力で強化されたセリオスの剣で清冽なる瞬きを見せる。
 力と願いを込め、全ての魔力を乗せて放たれたのは。
 流れ星よりなお、綺麗な輝き。
 未来を求める願いは、何者にも阻まれないのだと。
 意念が成す光刃は触れるもの、悉くを立つ鋭利さを秘めて閃き奔る。
 何者にも邪魔されずに、セリオスとアレクシスは前へと、未来へと走るのだと告げるように。
 吹き抜ける剣風は、数多の罪咎と悔恨の情念を晴らすかのよう。
 ただ、ただ、玲瓏の如き音色が奏でられて。
 黒き玉座に至る道が、セリオスの光刃によって斬り拓かれた。
 ならばと駆け抜けるアレクシスは、受け取った意思と願いの元、一息に黒き玉座に佇むアレクシアへと対峙する。
 セリオスが拓いた道を、ただ駆け抜け、ひた走り。
「破壊と戦乱の巡りは終わりにしよう」
 その悲しき輪廻を断つのだと、ひとの心が携える光をもって。
 その朝空の色をした眸に、決意を宿すのだ。
 揺るがない。ブレない。
 伴にある誰かの為にと在る騎士は、何を前にしても動じないのだと。
「ああ……確かに、貴方は騎士ね。恥を知り、悔いり、痛みを憶えれどけれどひとの為に止まらない――気高きひと」
 悲憤を微かに薄めて、アレクシアが夜明けの騎士を認めるのだ。
 運命に抗い、己が人生を手に入れていく幸せへと、想いを馳せて。
 けれど。
 ただ、壊して終わらせる結末なんて哀しすぎるから。
 そんなことの為に太陽の光はあるのではないのだと。
 迎えるべき未来を、幸せの形と色彩を見るために。
 綻び、花咲く儚くも美しい夢の為にあるのだと、アレクシアは此処に示そう。
「……彼女の機械騎士を創る力が」
 彼女を縛り、囚える呪いのようなものなら。
 この光をもって、届かせよう。
『――こんな世界でも光が、救いがあるってこと』
 教えてもらったのはアレクシアの方。
 この力の源はセリオスだけれど。
 紡ぎ、重ね、織り成すのはアレクシア。
 そう、ここは星の海。
 煌めく星々の煌めきはあれど、常夜の世界でもあるのだ。
 決して、太陽の光を、黎明を知らず。
 夜明けという希望を知らない、瞋恚に囚われた憐れなる女へと。
 託された願いと光属性の魔力を宿す赤星の一刀が、その胸へと至る。
 その切っ先は強く、けれど繊細に。
 終わらせるのではなく、次へと巡る為にと。
「その力のみを斬り」
 肉体の一切を傷付けず、血の一滴も零さずに。
 いいや、涙さえ流させはしないのだと、微笑むアレクシアは太陽のように優しくて。
 温もりを思い出させる貌だから。
 陽光のような金の髪も、朝空のような眸も。
 忘れ果てた、澄み渡る朝焼けの綺麗さを思い出させて。
 ああ、と。
 黒い玉座に佇む女は身を委ねる。
「僕達の力で」
 やれるものならば、やってみなさい。
 救いの騎士は私にはこなかったけれど。
 きっと、貴方には来たのねと、セリオスへと目を細めて。
「希望の未来、物語へと切り拓いてみせる……!」
 セリオスの騎士として。
 心を剣に、光の盾を携えて。
 アレクシスは、誇り高く、優しき騎士として物語へと終わりの亀裂を刻んだのだ。
 剣と盾。その誓いに何かが踏み入るような隙間も、余地もなく。
 ただその想いに、残滓はするりと溶けていく。

 ひとりぼっちの世界ではないのだと、太陽の光で知れたのだから。
 アレクシスの理想の輝きは、確かに彷徨える魂に一筋の救いを与える。
 
 自らに幸いと救いは訪れずとも。
 誰かに降り注ぐというのなら、この世界も。
 きっと悲しいばかりではないから。
 その手を握り合う、ふたりがいるのなら。
 それだけで明日へと続くだけの価値は、きっとあるのだ。

 
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

フォルター・ユングフラウ
●古城

得物振るうは破壊の為
盾構えるは拒絶の為
姿は同じなれど、矜持持たぬそれが騎士だと?
嗤わせる

あの有象無象、我が引き受けた
その存在意義、確と届けて見せよ

そして女よ、その目に刻め
この姿が─外道なりの“覚悟”だ



…ふっ、魔術に疎いと散々言っておきながら降霊を成し遂げたか
わかるか、この意味が
汝の英知と、木偶と評したモノが騎士たらんとする覚悟
俗な表現だが使ってやる─それらが為した“奇跡”だ

騎士の記憶を見たな
汝の存在に救われたモノもあった
もう、己を赦す頃合いではないか?

電脳禁忌剣アレクシア…握る者で大きさが変わるとは丁度良い
停止中では頑固者も拒めぬ
騎士叙任の真似事でもやってみるか?
まぁ、主君は譲らぬがな!


トリテレイア・ゼロナイン
●古城

ハッキングで己が記憶流し込み

多くを救い
救えず
殺め
“騎士”として為した全て
人々の瞳に遍在する“私”ある限り
私は騎士です!

嘗ての
未来で得る歓喜と苦悶
それが私です
私の存在意義…駆動する理由なのです!

激昂創造主の強化得た同型機決闘

フォルター様を討たせはしません
憎悪の連鎖
今ここで…!

才を帝国絞り出し
女封じた電脳剣
燃え尽きた女から預り

今を歩む私は
赦されずとも結構

ですが貴女は
もう十分苦しんだではありませんか

…鵲の橋となりましょう

贖罪?

いいえ
木偶が世を巡り見た反魂の術を
貴女の英知が為すのです

恥を忍んで願います
自責よりこの方を
…お救いください

跪き機能停止



二人は
赴かれたのですね…


涙流せぬ鋼
生誕が如く嗚咽して



 過去の悲劇と、今の想いにて揺れる心。
 もう揺蕩うことなどありはせず。
 絡み合う因縁と咎に、此処に決着を。
 星の海にて惑い、瞋恚に溺れぬように。
 けれど。
 どうしても、フォルター・ユングフラウ(嗜虐の女帝・f07891)は言わずにはいられない。
 自らを囲むように立ちはだかる、白い機械騎士の姿に。
ああ、確かにこれだけを見つめていたのならば、勘違いも無理もない。
 愚かしく、そして、なんとも変わらぬものか。
 一途で頑固なるは、彼女も彼もまた等しくなのだと。
「得物を振るうは破壊の為」
 そこに心や思いなどひとつもない。
 温もりを感じる肌持たぬ戦機の身であれ。
 そこにある確かなものを握り締めようとするが、彼なのだ。
 剣を振るうのは、破壊の為ではないのだと。
 一歩踏み込み、血錆びた鋸鎌を水平に構えるフォルター。
「盾構えるは拒絶の為」
 光を求めて、その一身に苦難を受ける。
 誰かを守る為に掲げたものこそ彼が信念。
 幾ら傷つけど輝き喪われぬ誇りであり、誰かを護るものなればこそ。
 鮮血で育ち、咲いたこの花に道を示す程、あれは清冽に、美しいものを持つのだ。
 怒り、恨むならば好きにするがいい。
 だが、フォルターもまた、静かに怒り、深く敵意を懐く。
「姿は同じなれど、矜持持たぬそれが騎士だと?」
 木偶だと嘗て、アレクシアは称した。
 確かにこれは機械の木偶人形。
 電子の操り糸にて揺れる舞台装置。
 だが、こんなものと我が信じる白き騎士を、御伽の輝きを並べるなど。
「嗤わせる――だが、断じて赦さぬし、認めぬよ」
 違うとみせてくれると、フォルターから滲む呪殺の念。
 赤黒いそれに呼び起こされるは、彼女の罪咎。血を欲する儘に鏖殺された領民たちの亡霊だ。
「あら、貴女もどうしようもなく血濡れているのね。咎を知らぬと、過去を贖いもしない恥知らず」
「今を見ようともせぬ愚者が囀る。所詮、貴様は護れるばかりの姫気取り――罪を背負い、罰として生き抜き、世界を変える覚悟もなかったのだろう」
 傲岸不遜に笑うフォルターと。
 冷たくも鋭く微笑むアレクシア
 互いに信じるものが異なるのだから。
 過去に在りし日々と、惨劇と。
 今も傍らに佇む、騎士なる者を。
「あの有象無象、我が引き受けた」
 鋼の駆動音を響かせながら、背後より一歩踏み出るのは純白の戦機。
 同型、同系列のものは数多と並べど、各所に刻まれた傷が、古き痕が、他なるものとは違うのだと示している。
 自壊を厭わずに戦ったからではなく。
 その身で叶えようと、果敢に進み続けた御伽の戦機として。
「フォルター様。……この度は、どうかご助力くださいませ」
 トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)は四肢が砕けても止まらぬ身で、初めての願いを口にする。
 それは上辺のものではなく。
 心の底より湧き上がる、ただひとつの願望。
 私の手で為さねば成らぬものがある。
 私の手では届かぬ場所に、それがある。
 だとしても。
 そう判っていても、誰かを頼る事はあれど、全てを任せるなどトリテレイアらしくもない。
 いいや、これまでのフォルターとの交わりがそれをさせるのだろうか。
 フォルターの深紅の眸が、翠玉のようなモノアイを捉えて微笑む。
「貴様の心の臓は常に我が握っている。何時、何時とて。終わる事は我のみが決められると知れ。その道行きも、願いも」
 故に、此処に結実と為せ。
 進み続けた御伽の道行きを、ひとつの結末として。
「その存在意義、確と届けて見せよ」
 フォルターの信じるものとして、トリテレイアを示してみせよ。
 あの木偶の如く並ぶものと異なるのだとは、我が示してみせるのだと。
『我は、道の外を歩む者。無窮の荒野にて独り、血に狂う』
 殺め続け、血を啜り、残った呪詛さえ喰らい尽くして。
 漆黒の淑女が、今一度とヴァンパイアへと変貌する。
『我が前には、光無く。我が後には、骸在るのみ』
 狂い、墜ちし先などなとい思いながら。
 それを違うと示す、御伽の戦機が伴にあったからこそ。

――はて、骸以外を抱き締めようなど思ったのは、何時からなのか。

 零れるフォルターの笑みは、トリテレイアのみ知るもの。
 変わる。彼女は変わる。
 変わらなかった女の瞋恚を滅ぼすべく。
「そして女よ、その目に刻め」
 黒き翼をはためかせ、一気に白き戦機の群れへと飛び込む様はまるで死神。
 静かに迫り、逃れる者など在りはしないのだと。
 血と闇の威厳をもって。
 けれど、確かな慈悲を鎌刃に乗せて。
「この姿が――外道なりの“覚悟”だ」
 剣と盾の連なる防御陣へと斬り込むフォルター。
 鋸鎌の刃が大盾を斬り砕き、その奥の騎士の胸部を切り裂く。
 血の一滴もなく、虚ろなる裡を晒すその身。
 されど恐れも勇気も、死も生もないその人形めいた姿へと。
「怖れを懐けよ、勇気を奮え――あれの同胞、兄弟たちよ。安らかなる慈悲など要らぬと、悲痛の道を往け」
 それが出来るのはただひとり、トリテレイアだと知りながら。
 希う言葉がフォルターの唇から零れたのはどうしてなのか。
 主を護らんとするその姿が、怒りを誘う程に憐れだったからか。
 全ては鋼の断末魔の裡に潜む。
 今はただ、トリテレイアが進む路を。
 御伽が現実にと結ばれる瞬間の為に。





 構えた大盾など、持つ腕ごと砕け散れど構わない。
 トリテレイアの突貫はフォルターを信じるからこそ、より強く、激しく。
 そして、叶えるべき理想の為にと、その歩みを止めめない。
 白い戦機の剣が、銃器が撃ち込まれども怯まず、止まらず、進む為の脚だけを守りながら。
「アレクシア様……!」
「来なさい、木偶人形……相打つ夢を叶えてくれるのかしら」
 黒き玉座より引き抜かれる禁忌の剣。アレクシアの狂刃が、唸りを上げてトリテレイアへと迫り往く。
 流星さながらの破滅の威力。
 女の繊手、あくまで生体デバイスだという条理を越えて。
 万人に夢に手を届かせる技術と英知の結晶が、悪夢を此処に紡ぐ。
 受ける事など容易くなく。
 それこそ、アレクシアをして相打ちを願った切っ先は、けれど。
「な……っ」
 僅かな狂いを見せるのだ。
 盾を投げ捨てたトリテレイアが無手であるという事に。
 腰に捧げた剣を引き抜く事もなく、ただ、ただ。

――アレシクアに救いをと、願うように手を伸ばしているその姿を。

 ああ。
 その姿は、余りにも彼に似ていて。
 最期の最後まで、アレクシアに手を伸ばした優しい彼そのもので。
「ふざけ、巫山戯る……な……!」
 狂おしいまでの慕情は止まる事を知らず。
 瞋恚の儘に振るった剣閃は空を切り、船を切り裂き。
 けれど、切っ先は狂いに狂って、トリテレイアを捉えていない。
 思いあっての身体。制御出来ない程の感情は、その腕で振るう太刀筋をも過たたせる。
「聡く、賢く。思慮深いアレクシア様が、間違える程の思い」
 確かに受けたのだと。
 剣を以てではなく、確かな視線と伴に。
「受けた以上、私の想いを、記憶をも受け取って下さい……!」
 伸ばしたトリテレイアの腕は傷だらけ。
 けれど、表面に走るものだけではなく。
 それこそ四肢が砕けても走り抜けた記憶を、電子回路を介してアレクシアへと届けるのだ。
「多くを救い、救えず、殺め……!」
 己が存在意義は此処に在る。
 例え創造主たるアレクシアに。神の如き貴女に否定されても。
 トリカブトの毒は、確かにこの身に流れども。
「“騎士”として為した全てを」
 数多の世界を渡り、戦い、守り抜いた輝かしい記憶を。
 暖かな誇りを。
 貴女が望んだ、優しい彼が望む世界の救いを。
 為したのだと、記憶をひとつに溶け込ませる程に。
「人々の瞳に遍在する“私”ある限り」
 同じ翠色の眸が交差し、互いに苦難の痛みに揺れ動いても。
 後ろで誰かの為に戦うフォルターこそ、その証拠のひとつなのだと。
「私は騎士です! 貴女が作った御伽が救った、“彼ら”を見てください!」
「……っ!?」
 トリテレイアではなく。
 その御伽の騎士が為した、平和と笑顔を。
 騎士だと認め、笑い、その腕と剣を求める無辜の民を。
 力なく。
 故にこそ、アレクシアが夢を届けたい。
 その腕に夢を懐く強さをと祈った、か弱き人々の笑顔を。
「嘗ての、そして、未来で得る歓喜と苦悶」
 救えなかった人もいる。
 最初の最初にまず救えなかった。
「それが私です」
 それを否定などすまい。
 血と屍、矛盾の歪みより産まれたのがトリテレイアならばこそ。
「私の存在意義……駆動する理由なのです!」
「黙れ、黙れ……黙りなさい……っ!!!」
 悲憤の叫びは空間を切り裂かんばかりに。
 アレクシアは絶叫し、トリテレアの見せた“彼ら”より逃げようとする。
 そう、逃げようと。
 認めない。認めたくない。
 私と彼の悲劇が。それを元にして優しい話を咲かせるなんて。
 そんなのあんまりだ。
 この思いをどうすればいいのだと、冷たい狂気が熱を持って惑い乱れる。
 故に、ただひとつ。
 もはやアレクシアが定める悪夢はひとつ。


「――消えなさい」


 リミッターを解除され、自壊するが儘に突き進むはトリテレイアの同型機。
 その出力を暴虐にと出した場合の惨劇、トリテレイアだからこそ知るから。
「譲りません」
 地面の大盾を蹴り上げ、剣を引き抜き迎え打つトリテレイア。
 けれど、その身はまず第一に。
 自分が狙われ、消えろと叫ばれたのに。
「フォルター様を討たせはしません!」
 何故、自分より大切な誰かを守ろうとするのか。


 そんな姿を見せるなんてあんまりだ。
 あの木偶人形の見せた映像が真実だと、心で認める他ないじゃない。
 あの人の優しさと、私の夢と。
 その残滓と残骸が、あれを作って、想いを続けていたのだと。


――トリテレイアは、アレクシアの夢を継いで世界を護る騎士たらんとしている。
 彼の優しい御伽を受け取り、誰かと伴に生きる道を往く――


「ああ」
 今のアレクシアでは叶わない。
 生きて、誰かと幸福を得るという当たり前を叶えられるのだと。
 知った絶望で、顔を覆う。
 現実を常に見続けていたのは、聡いふりをして哀しみ、怒り、憎んでいたアレクシアではないのだと。
 叶わぬ御伽を希い続けた騎士こそが、現実より目を背けなかったのだ。
 此処に知らしめてしまう。
 だからこそ決着は余りに簡単。
 超過駆動により出力があれど、戦の経験。
 掲げた誇りを貫く想いの差の前に、一刀で斬り伏せられる。
「憎悪の連鎖」
 天に掲げるは護衛用の儀礼剣。
 切れ味などないに等しく、ただ護る為にと打たれたそれが。
 かつて、アレクシアを殺めたその時のように諸手で掲げられ。
「今ここで……!」

 振るわれる切っ先は唸りをあげて。
 本体である黒い玉座を貫き、撃ち砕く。
いいや、最初の過ちを正せずとも、せめての願いをと。

 アレクシアという才能を。
 生体デバイスとして操るその機能を粉砕し、その反動でショックを受けるアレクシアへと言葉をかける。  
「今を歩む私は」
 トリテレイアは、誰かの傲慢さに染まった心で叫ぶ。
 本体が砕かれた以上、感情や思考の機能の停止は秒読みであっても。
「赦されずとも結構」
 断じていよう。
 創造主、神たるアレクシアの手を離れた御伽の戦機。
「ですが貴女は、もう十分苦しんだではありませんか」
「…………」
 此処まで御伽を、幻想じみた優しさを。
 どうして問うアレクシア。応える翠玉のようなモノアイは、どうしてだろう。
 彼に似て居てるのに。
 私に似ているのに。
「まるで、違うのね」
 見当違いの瞋恚を懐き続けたのだと。
 灼き付く思考回路で呟くアレクシア。
 ならばと、アレクシアの手より禁忌剣を預かるトリテレイア。
「救ってくれと願われるのであれば……私が、鵲の橋となりましょう」
「ふ、ふふ。一年に一度、彼に逢えると? 黄泉の海で、渡れぬ橋を見ながら?」
「いいえ、貴女と彼が黄泉へと共に旅立てるように。けれど、それが私の贖罪となりましょうか?」
 傅き、禁忌の剣を駆動させるトリテレイア。
出来る筈がないと、自ら盲信していたそれを。
 或いは矜持の一欠片だったかもしれない、それを棄てて。
「木偶が世を巡り見た反魂の術を、貴女の英知が為すのです……技術とは頼りない人の腕が夢を抱く為にある。そうでしょう、アレクシア様」
 故に最大駆動へと至るトリテイレア。
 全てはただ、電脳魔術にて為す反魂の夢に。
「永劫におふたりが眠られるよう、進むべき橋の土台となれば、私の夢は叶います」
 自ら制御さえも犠牲にして擲ったが為に、トリテレイアはその結実を己が目で見届けられぬ。
 機能の悉く、力の全てをひとつへと集束させるから。
 自分ではなく、誰かの為に。
 それで、よいのだ。
 救われるべきなのはトリテレイアではなく。
「救われてください、アレクシア様。その為に、恥を忍んで願います」
一瞬でいい。
 安らぎと救済が得られるのならば。
 倫理も道理も、世界さえもねじ伏せて。


「自責よりこの方を……お救いください」


 トリテレイアは、ある男の魂が再び彼女を。
 ある女を救うことを、希う。
 そんな事があれば、自分が産まれなかったとしても。
 そして、そんなもしもの輝きを見届けられないとしても。


 天の川にかかりし、鵲橋を此処に。
 小さくとも数多の希望の鳥(こころ)は、戦機の辿った路にあるのだから


  
 
 星の海を渡るべく。
 世界の狭間を越えて、触れ合う指先と指先。
 冷たい女が、暖かい涙を零して微笑むのを。
 トリテレイアは見ること叶わず。







 

 動きを止めた白き機兵たちの中で。
 自らの血で濡れたフォルターが呟く。
 なんとも嬉しそうに。
 この目で確かに見た、その事実に。
「……ふっ、魔術に疎いと散々言っておきながら降霊を成し遂げたか」
反魂、蘇らせるなど無理というもの。
 だが、黄泉に眠る魂を呼び起こすのならば、無理ではない。
 悠久の時の流れはあれど。
 男も女も、想いと未練があればこそ。
「わかるか、この意味が」
 罪と咎と向き合ったフォルターだからこそ。
 それと伴に生きると誓った身だからこそ、清々しい程に真っ直ぐに告げられるのだ。
「汝の英知と、木偶と評したモノが騎士たらんとする覚悟」
 ああ、と喉の奥でくつくつと愉快そうに笑って。
 もはや嗤いはせぬと、紅玉のような眸を揺らして。
「俗な表現だが使ってやる─それらが為した“奇跡”だ」
 美しい夜空に浮かぶ、夢を眺めるように。
 もはふたりだけの世界となったそこへと、言葉をなげかける。
「騎士の記憶を見たな」
 そこには我もいただろうか。
 いたのだろうなと、苦笑しながら言葉を続ける。
 ああ、黄泉で散々語り合え。
 お前達の為した御伽を、本に綴るといい。
 そして、もしも巡りて蘇ることあれば。
「汝の存在に救われたモノもあった」
 御伽の戦機なる本でも出してやればいい。
 それで、あれは十分に救われるだろうさ。
 そして、本に綴るに足りるだけの物語が。あれにはある。
 だからこそ。
「もう、己を赦す頃合いではないか?」
 本当に壊したかったのは、憎くて、怒り狂っていたのは。
 トリテレイアという機械ではなく、自分なのだと認めて。
 自分さえいなければと、後悔するなどせずに。
 どうすればよかったと、恨み、憎しみ、募らせて怒りを狂わせず。
「――その鎖を外して、黄泉で眠れ。或いは、輪廻にて巡れ。もはや汝の悪夢は醒めた」
 だが。
 柔らかく微笑んだアレクシアは、小さく唇で滑らせる。


『でも、貴女だけは赦してあげない』


 トリテレイアも、自分も赦しても。
 フォルターだけは。
 まるで自分の子を取られた母のように、柔らかく笑うのだ。

『どうせ、厄介な因縁で結ばれているのでしょうからね』


 ああ、確かに。
 まだ続く漆黒の魔女と、白の戦機の御伽は。
 厄介な問題だと、ふたりの女を笑わせて、ひとりの男を困らせる。

――トリテレイアは、此れを見たかろうな。 

 だからフォルターもまた、この光景を決して見せない。
 教えない。
 最期の一時まで。
 至上の幸福をもって、終わる為に。

「が、こやつは我のものだ。誰彼に赦しは乞わん。主君である事も、譲りはせんよ」

 だが、意識という機能を止めたトリテレイアには何も判らず。
「それでも、停止中では頑固者も拒めぬ」
 故にと、その奇跡を為した禁忌の剣を握らせて。
「騎士叙任の真似事でもやってみるか?」
 ああ、それでも。
 トリテレイアは己のものだと。
 傲然に、不遜に、そして根拠の欠片もなく笑うフォルター。

 ああ、と。

『貴女だけは、赦してあげない』


「我は誰の赦しも乞わん。言っただろう?」


 フォルターもトリテレイアも。
 血と罪により産まれた身だからこそ。
 誰の赦しもなく、その道は交わるのだろう。
 光たれという剣の願いと。
 闇夜に沈んでいた、妖花として。
 いずれ、交わるのだろう。
 誠なる意味で、応えを出す為に。







 宇宙を渡る船はその機能を止め。
 最低限の維持装置のままに、星の狭間に揺蕩う。
 意識を、いいや機能を取り戻したトリテレイアは、静寂の中で呟いた。
「二人は」
 余りにも虚ろな、がらんどうの船に。
 水槽の花もいずれは枯れ果てよう。
 此処に在った夢と物語を、誰かの胸に残して。
「赴かれたのですね……」
 そうだと頷くフォルターに。
「ああ……どうして私は涙さえ流せぬのでしょう」
 もしも、そんな当たり前が出来るのならば。
 少しは救われた気にもなるのに。
 機械が泣くだなんて、それこそ、御伽の夢なのに。
「貴様は産まれた時に、涙を捧げたのだろうさ」
 フォルターは嗜虐で隠した優しさを紡ぐ。
 ああ、きっと捧げたものは戻らない。
「変わりに得たものがあるのだろう。優しさや、光や、御伽のように信ずる信念を……何より」
 そっと触れるフォルターの指先。
 涙を流せぬと憂い、哀しんで、点滅する翠のモノアイに。
 本物の眸なら触れられぬほど、壊してしまうほどに強く、強く、触れて。
 指先で引っ掻いて、零した欠片を涙のように落とさせて。
「無辜の民の平和を、嬉しさを。救えなかったものたちへ。……平等に、泣かぬ、涙を出さぬと、捧げたのだろうさ」
 己が心の一端さえ、
 理想と希う御伽に捧げたのだと。
 叶わぬ現実に、涙零して、倒れぬように。
 或いは。
 平等に泣かぬ為に。
 民にも、友にも。
 或いは創造主の死を前にしても、決して。
 それが苦しいものであれ、安らかなものであれと。
「――――」
 けれど。
 今はただ、ただ。
 鋼が震える機械の慟哭が、自我を持った御伽の産声が。
 静まりかえった船の中へと響き渡る。
 


 産まれた宿業を晴らした戦機が歩むのは。
 きっと今までと異なる御伽の道。
 けれど。
 決して現実と理想と、そのふたつから目を逸らさぬが故に、懊悩し続ける。
 清廉に過ぎる戦機の道。
 けれど今は、この瞬間は。
 誰もが聞き、知らないフリをする。
 理想を抱く為に、生誕の叫びを上げるトリテレイア。
 新たなものをその裡に得る為に。
 数多のものを、零しながら。


――戦機の騎士は壊れた星の海で、初めて自らの夢を見る。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年07月20日
宿敵 『生体デバイス・アレクシア・ブリジェシー』 を撃破!


挿絵イラスト