Alkaloidの花束を
●一服堂の黒幻
それは、キセルパイプを用いる刻みたばこの専門店。
ずらりと合法な範囲で集めたらしい品揃え。
相応に、店の外にまでふわりと微かに香るのが、特徴的だ。
噂に寄れば匂い袋等の若者向けの品揃えも存在する、――匂いに関する店"一服堂"。
ふと古い老舗の店主と、視線がぶつかる。
自然と目が合ったのだ、君を客だと認識したらしい。
何かを言いたげにした店主が、こっちだ、と顎を軽くシャクる。
売り物の並ぶ内部にて、手にした煙管から煙を燻らせて、一服。
営業中だろうがお構いなし。視線を此方に、店主は流してくるばかり。
展示見本をその身で示しているつもりなのだろう。
「どこかで話を聞いて来たんじゃろ?ふむ、此処だけの話なんじゃが……」
合法阿片の棚から、黒い花の絵が貼り付けられた木箱を見せてくる。
「最近じゃあ、こういうのが流行っておるようでなあ。お前さんも試しにどうじゃ?」
香り沸き立つ小袋が、ぎっしりと詰められていた。
成人用なら刻みたばこ化させたものまであるという。
試供品、という体裁にはどうにも見えない。売り切りたいという体裁でもない。
「こいつぁあくまで香りを楽しむモンじゃよ。まあ、場合によっては精神安定剤用に使う軍人もおるそうじゃが……」
中毒性は無いが、欠けた認識が在るものほどハマる。
そろそろ所持してるだけでも帝都の検閲に掛かるかもしれないからと、店主はバラ撒くことにしたようだ。
「軽い幻覚を視るんだそうじゃ。そう、中毒性はないが、毒性自体はあるんじゃよ」
小さく書かれた商品名:合法阿片"ベラドンナ"。
もっと小さく注意せよ、と走り書きのメモが箱には貼り付けられている。
規制を逃れるように付けれられた名称を――"アルカロイドの花束"という。
「短い夢(毒)に溺れる日が合ってもええじゃろ?」
手にしたな?返品は不可だぞ、良い夢を(通報するなよ)。
店主はそんなニンマリとした笑みを讃えて、君達を店から追い出した。
●ベラドンナの残紅
「……"合法阿片"の在庫処分をだな、手伝ッて欲しいッて奴がいるらしい」
フィッダ・ヨクセム(停ノ幼獣・f18408)がいうところでは、あくまで"商品を使う手助けが欲しい"という話らしい。
「香水の延長だと思ッて貰ッていいんじャねえかなあ、とは思う。効力の持続力はとても短くて、長くても半日程度にしかならんだろう」
未成年にも成人済みの者にも匂い袋を無償提供していて、成人済みで吸う者ならば、刻みたばこを提供する。
効力のほどは、"少しの間幻と共存する"程度しか、齎さない。
共通して、匂いを嗅ぐなどを行えるのは一度切り。
幻を誘う――華胥の夢。
「幻覚の作用として基本的にお前に"寄り添う存在"を視るそうだ。まあ……真実は、幻覚という特殊な状況化でしか存在できない影朧、らしいけど」
幻は、いつか遠く、過去に置き去りにしてしまった"心を寄せられる"、なにかとして現れる。猫や犬、恋人、家族、そんな身近な存在の影法師。
記憶という輪郭に思い出の感情や癖が乗った、ほとんどそれそのものなのに、本物ではないなにか。使用した者によっては、全く認識のない赤の他人である場合もあるという。
「"ただ安らかで、暖かく心地よい愛(毒)を"そんな言葉を推して売り出された商品らしくて、……使用者は"影法師"としたかッた事をする、というのが義務付けられている」
匂いと毒性の効果が影朧をその場に縛り付ける。
そこに存在する、と思わせる効果があるのだ。実際存在する。
故に縛り付けてしまったモノは、キチンと使用したモノが還らせなければ、ならない。
「通常ならば、帝都を脅かす影朧は即座に斬るのが掟なんだが……"合法阿片"を使用した事で目にしたそれは、使用したお前にしか見えない」
必然と効果が切れるまで影朧と少しの時間を共有しなければ、ならない。
「幻覚を起点に存在する"寄り添う存在"のしたいことは、誰かと一緒に居ること」
執着として持っているが、薬を使用するモノが居て始めて成立する。
帝都桜學府の目的、"影朧の救済"――その助けの一端ともなるのである。
「阿片の効果が効く間、ふらりと街でも歩いてくるといいんじャね?」
もしかしたら、帝都の風景さえ別の世界(の幻)として映るかもしれない。
例えどんな風景を見ていても"幻朧桜"が存在する限り、その風景は正しい。
"幻朧桜"が神秘的に、必要そうな風景と光景を猟兵に齎しているだけだ。
「タイミングがいいよな、丁度、"影送りの日"とか言う記念日らしいぜ?」
夜になると、灯火が満あふれた夜街で、様々な影絵が踊る。
討ったり還したり眠らせたり。影朧達の転生を願うが由来の祭りが、その夜には行われる。その頃辺りに、幻の効果はぷつりと切れてしまうことだろう。
「影は影のあるべき場所に、還さないとなァ?」
タテガミ
こんにちは、タテガミです。
幻の中で執着を果たせず留まる弱い影朧を、行くべき場所へ送ってあげよう。
雰囲気は、基本的に戦闘するシナリオではありません。
全章を通して、ほのぼのor優しい感じ、です。
●一章:ボス戦。
OP上段の雰囲気のあと、猟兵たちは匂い(毒)をキッカケに影朧と出会います。
どんな存在に出会ったかはプレイングにご記入を。
もし幻で見たのが"別の猟兵さん"である場合は存在感が朧気になり色々、曖昧な感じになります(内容の了承を取っているか、こちらからでは分からないので、感情を相互で結んでない場合採用できない場合があります)。
戦闘、というよりは、思い出に浸る章です。
特に幻で誰をみる、の指定がない人はも採用出来ないかも知れません。
犬猫、人間程度で構いませんので、どれかの指定だけは、お願いします。
※倒そう戦う場合でも、"どんな存在か"の記載は必要です。
※倒して即座に死ぬわけではありません(未練が在るので長くないけど三章まで生き残ります)。
●二章:日中の冒険。
基本的に、貴方に憑いた幻は、貴方にしか見えません(他の章も共通)。
誰かと共有したい場合は手を繋ぐ等なんらかの対策が必要です(他の章も共通)。
貴方は半ば、夢遊病者です。帝都の住民に、不審がられる場合があります。
幻に強い目的はないので、猟兵さんの思い描く風景や行きたい場所へ。買い物につれていく、桜並木を歩く、など。想像次第でどこへでも。
場合により、"幻朧桜"が神秘の力を貸してくれますので、別の世界の風景を歩く、という事も出来ます。帝都の中でもグリードオーシャンな海やアリスラビリンスみたいな風景を見れる、かも。あくまで幻覚の範囲の幻覚なので、どんな風景を見ていても視界の片隅に必ず"幻朧桜"は咲いています。
●三章:だんだん夜になっていく日常。
影とのお別れは祭りの時間に。満足した"寄り添う存在"は消え去ります。
匂いの終わり、お別れ、決別。願う、祈る。
"一服堂"へ戻り、店主に会いに行く、なども出来るかも知れません。
三章のみ呼ばれたときだけフィッダ(f18408)がお話相手を努めますが、全ての採用は出来ない場合があったり、人数が多くなった場合は、全体的に少し返却が遅くなってしまったりするかもしれないのでご検討を下さる方は、ご注意下さい。
第1章 ボス戦
『寄り添う存在』
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POW : あなたのとなりに
【寄り添い、癒したい】という願いを【あなた】に呼びかけ、「賛同人数÷願いの荒唐無稽さ」の度合いに応じた範囲で実現する。
SPD : あなたのそばに
【理解、愛情、許し、尊敬、信頼の思い】を降らせる事で、戦場全体が【自分が弱くあれる空間】と同じ環境に変化する。[自分が弱くあれる空間]に適応した者の行動成功率が上昇する。
WIZ : あなたはもう大丈夫
自身の【誓約。対象の意思で別れを告げられ消える事】を代償に、【対象自身の選択で心に強さを持ち、己】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【過去を振り切った強さ】で戦う。
イラスト:秋丸
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠宮落・ライア」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
環・斗冴
随分と面白いものがあるんだね
体験出来るものはしとかないと
うんうん、長生きってするものだよね
じゃぁ、僕はたばこで貰おうかな
僕は一体何を視せてもらえるのかな
へぇ…これは…
合法阿片…なかなかに素晴らしいね
君は…そうだ
5代目の当主、故郷だった国を守ってきた一族の
そして僕の5人目の主だ
しかも全盛期の姿かな?いやぁ、いつみても男前だね
どんな姿でもこうして会えるのは嬉しいな
君が亡くなって色んなことがあったよ
都合がいい幻でも、僕は君に話を聞いてほしいよ
●懐かしい"君"
――随分と面白いものがあるんだね。
一福堂で店主に環・斗冴(亡国の朱・f32668)はそう呟いた。
「なんだ、そういうのに馴染みがあるのか?」
――うん、まあね。そんなところだよ。
――体験出来るものは、しておかないとね。
――あ、選んでいいの?じゃぁ、僕はたばこで貰おうかな。
小袋ではなくたばこの合法阿片を選び、手にする。
成人しているなら問題ないな、と頷く店主。
ただし、斗冴の刻みたばこの扱い方がよく買いに来る客とやや異なることに気がつくまでが早かった。
「キセルパイプを持っとるんか?吸うんなら居るじゃろうから」
立て付けの悪い引き出しを引いて、古ぼけ気味の箱を提示する。
中から現れたのは、少し型が古い見た目のキセルパイプ。
店主はそれを差し出して、斗冴へと譲ってきた。
――でも流石にこれには必要な対価を払うべきでは?
「細かいことは気にせんでええんじゃよ。使い方は分かりそうかの?」
――原理としては、これの先に刻みたばこを仕込む感じなんだよね?
――うんうん、初めてのような気もするけど、分かるかな。
――ふふ、長生きってするものだよねえ。
店主は口元に指を当て、無償提供もまた内緒だぞ、と伝えてくる。使い方のレクチャーを簡単に受けて頷けば、店主はとても満足そうにしているのが分かった。
――内緒、ね。勿論だよ。
斗冴は、そう言い残して不思議な気分で店を出た。
「僕は一体何を魅せて貰えるのかな」
火を灯し、吹かして静かに一服。
不思議な匂いは"アルカロイドの花束"から発生した匂いではなかった。
「へえ……これは…………」
良くいえば、淡く甘酸っぱい花のような味わいを感じた、くらい。
ただ一度、この行為を行うだけで、その現象は始まるのだという。
煙を吐き出した後に見えたもの。それは――。
「合法阿片、なかなか……素晴らしいフレーバー、なんだね」
ゆらりと視界の隅に煙のように何かが像を結んで佇んでいる。
それは紛れもなく、知らない筈の白い白い影朧、なのだが。
段々と朧気な姿は別のそれに変わっていく。
『――』
呼びかけるような声が、斗冴には聞こえた気がした。
朧気な像は、次第に姿を明確化させていく。香る匂いに刺激されて、だんだんと記憶の欠片が強く結びついて、映り込む。
忘れもしないその姿。懐かしい、面影。
「君は……ああ、そうだ」
――五代目の当主。故国は既に無いけれど。
――故郷だった国を守ってきた一族、君が居た事を覚えている。
『――?』
「"覚えているか"って?僕の五人目の主で、しかもその姿は……うん、そうだ。全盛期の姿かな?」
桃色の瞳が確かに、主の姿を認めている。
此処に居る。間違いなく。
日中に視る夢のような幻覚だとしても、今は此処に居る。
「いやぁ、いつみても男前だねえ。どんな姿でもこうして会えるのは嬉しいな」
斗冴が讃美を贈ると主は照れるように鼻をこすった。
照れくさそうな仕草も、覚えがある。
――ああ、いつか見たとおり。変わらない。
「君が亡くなって、色んなことがあったよ」
瑞獣である彼にとって、仕えた一族との別れた後の話が、ある。
国だった場所から離れていった、その後の話が、ある。
「都合がいい幻でも暫く一緒に居られるんだよね。僕は君に、話を聞いてほしいよ」
寵姫の微笑みに、"主"は深く頷いてくれた。
――呪いのように締め付けられた気持ちがあるんだよ。
――今日は正直に"君"に告げてもいい、よね?
幻朧桜の花びらが、ふわああと舞い上がった。
あの日の時間の続きを、過ごせるこの瞬間を、祝福するように。
大成功
🔵🔵🔵
ノヴァ・フォルモント
…何か、厄介な物を掴まされた様な
過去に置き去りにしてしまったもの、か
記憶の淵のそれらは無数に在るけれど
さて、どうしたものかな
掌に閉じ込めていた
毒の花束の包を見つめる
…まあ、託されてしまった物は仕方がないか
ひと時だけの、夢ならば
香りをそうっと吸い込む
目の前の景色は変わらない
ただ
傍らに何かの気配を、視線を感じる
そうっと見遣れば
それと目が合った
同じ視線で見つめてくる
己に似た風貌で、然し宿る色は全くの別
流星の様な銀糸の髪、天色を映した星の瞳
忘れるはずもない、その姿
思わずその名が零れ落ちそうになる
だが声になる前に
目の前のそれは緩りと笑った
少年の様な、屈託ない笑顔で
嗚呼、まさか
"お前"が出てくるなんて―。
●"お前"の夢を
――……何か、厄介な物を掴まされた様な。
ノヴァ・フォルモント(待宵月・f32296)の手元に握られた小袋は、聞く限り曰く付きだ。手の内にそっと収められた、合法阿片"ベラドンナ"。
これは、後遺症を残すような強いものではない。
悲しみに溢れた溺れさせるものでも、ない。あくまで夢(毒)を誘い、扱うもの。
この阿片はあくまで幻覚剤だ、とも念を押された。
「毒に導かれて、過去に置き去りにしてしまったものを視ると聞いたなあ」
そこまで説明されて、危なくない薬品だと誰が思えるのだろう。
危険なものではないのだろうが、それにしても、とノヴァは苦笑を零した。
――さて、どうしたものかな。
螺旋に捻れた黒角を持つ竜族の青年の日常において、本音を表に出す事は少ない。
秘して語らぬ言葉、それから人生。どちらもが平等に多く存在した。
旅の吟遊詩人であるために、特定の誰かに向けて多くの過去を語っては来なかったのだ。吟ずる言葉に、自分の過去を強く介入させるものではないから、と。
――記憶の淵のそれらは、無数に在る。
懐かしい故郷のこと、故郷に住まう人々のこと。
家族の事、仲間たちのこと――。
――さあて、どれが顔を覗かせるだろう……?
少し考えを纏めている間に、誰か人の目に触れぬよう掌に隠していた小袋。
閉じ込めていたのも僅かな間だが、そおっと囲いを開いて、"毒の花束"の包をまじまじと見つめる。
見た目におかしな点はない。包のなかでカサリと乾いた音がするだけだ。
"アルカロイドの花束"は、使われるのを待っている。
「……まあ、託されてしまった物は仕方がないか」
諦めにも似た、気分がノヴァにはあった。
手にした以上、放棄してしまうには――興味という観点で、勿体ない。
「阿片というから少し身構えてしまったけれど――ひと時だけの、夢ならば」
小袋の匂いを、控えめに、そうっと吸い込む。
優しい香りだ、と思った。果実のような甘い匂いが鼻腔を撫でていく。
くらり、と視界が一瞬だけ回るような気がした。
いいや、実際毒を自分で盛ったのだから毒が悪さをしただけだろう。
「……目の前の景色は、変わっていないようだね」
帝都の風景も、幻朧桜がひらひら舞う様子も。
にぎやかな町並みになにか変化があるようには、ノヴァには思えなかった。
「――?」
ただ、傍らになにかの気配が生まれたような気がする。
ふわあ、と煙が生じたように。
今まで居なかったハズの場所に、気配が湧いた、ような。
ノヴァのことをじぃいと眺めてくる視線。
熱心な注力は、この毒が誘い出したものだろうか?
そうっと気配のする方を見遣れば、ノヴァはそれと目が合う。
目合って尚、変わらず同じ視線で見つめてくる"それ"。
ああ、何も言っては来ないが――。
ノヴァに良く似た風貌で、然し宿る色は全く別の、存在で。
夜空に浮かぶ月色の髪とは対象的に、流星の様な銀糸の髪がふわりと風に揺れていた。黄昏空に似た朱色の瞳にぶつかる視線は、天色を映した星の瞳――。
忘れるはずもない。
これがたとえ、夢(毒)なのだとしてもノヴァは覚えている。
「――」
思わずその名が零れ落ちそうになった。
だがその声は、言葉として成立することはなかった。
ぱくぱくと、声にならなかった声が代わりに溢れていなくなる。
なにしろ、目の前の"それ"は緩りと笑ってノヴァへ笑いかけてきたから。
息を飲む、とはこの事だ。
少年のような、屈託ない笑顔で笑われては。
――嗚呼、まさか。
――その、まさかだったなあ。
「"お前"が出てくるなんて――」
大成功
🔵🔵🔵
エグゼ・シナバーローズ
出会う者:サンディ(f03274)
(相互活性でなく公開フレンドです)
心傷ついて故郷から逃げて第2の故郷で生きていた12歳頃、そこに流れ着いた同い年の旅人
友達になりたくて声をかけ仲良くなったと信じていた
だが奴は領主を油断させるための囮に故郷を利用し、故郷は壊滅
猟兵に覚醒した俺だけが生き残った
…裏切り者
だけど憎み切れず、まだ心のどこかで友達だと信じてしまっている
そんな自分がもどかしい
なんでお前が出てくるんだよ
なんであのときと変わらぬ顔で笑うんだよ
知ってるんだ、お前は裏切り者で
……
なんで、許してもらうつもりはないって言うんだよ
そんなこと言われたら俺余計に…お前をまた信じたくなってしまう
ちくしょう!
●"幼馴染み"
小さな小袋の使い方。
"ただ、匂いをわずかに楽しむだけでいい"。
エグゼ・シナバーローズ(4色使いの転校生・f10628)は、店主の言葉は信じてもいいかな、と思った。疑うような箇所もなければ、言葉の通りなのだろう、となんとなく直感が告げたのである。
ほんの少し、"幻覚と一緒にいればいい"だけの話。
まあ、大丈夫だろ!と自信に溢れた表情で、ひとつ貰い受けたのだが――。
吸い込んだ合法阿片"ベラドンナ"の香りは、薔薇のような香りがした。
不思議なことに毒の香りとしては、上品なほうで、驚いた。
視界の隅に、ふわふわと何の姿が入り込んでくる。
あれが、"寄り添う存在"――影朧が、寄り添いやすい姿へと形を変えていく。
「……!!」
エグゼが意識した時、影朧は確かに見覚えのある姿へと変じていた。
どうみても"くそったれなアイツ"の姿で、そのものらしい表情で、"笑っている"。
――ああ、まーたあの表情だ!!
自分の家族を喪って、ある組織の実験施設で実験体と成り心傷ついて故郷から逃げ出した記憶。
エグゼの出身地は本来、ダークセイヴァー。
しかしそれに触れる事は色々あって、避けていた。心傷ついて故郷から逃げたエグゼが、第二の故郷とも呼べる場所へ逃げ込んだのは十二歳の時。
素晴らしい人々が多かった、そう、エグゼは今でも想っている。
そこ地に流れ着いた、同じく十二歳だった旅人。それが、――"アイツ"。
――友達になりたくて、声を掛けたってーのに!
身の上話も、たくさん。たくさんだ。
確かにその時も、今のような笑顔を"アイツ"は浮かべていた。
気を許して、笑っていたのだと想っていたのに。
友だちになれたと、信じていたのに。
「……裏切り者」
――信じていたのに、裏切った!
"アイツ"は領主を油断させるためエグゼの故郷の囮として利用したのだ。
エグゼが大切に思っていた人たちも、"アイツ"の面倒を見ていた人たちも、理不尽な死の中に霞んで消えていった。身勝手な理由、身勝手なやり方で、オブリビオンに滅ぼされ、エグゼが幸せを感じていた拠り所は亡くなった。
――何年経っても許せる事じゃーねえ!
裏表の在る存在に対して警戒心が突き抜けたのは、間違いなく"アイツ"のせい。
結果として残った事実は――壊滅。
猟兵へと覚醒したエグゼだけが生き残り、あの笑顔を見たときは背中の翼がぞわああと逆立つような気分になった。
――本物見ても、許せないってー思うんだよ。
――いつもあの意地の悪い笑顔を魅せてくるから………!!
エグゼに憑いた夢のこれは、当然本人ではない。
――だけど、憎み切れずなんだよな……。
心のどこかでは、まだ友達だとも信じていたい気持ちが、存在する。
「なんで、此処でお前が出てくるんだよ……」
幸せを破壊した"アイツ"、幼馴染みの友人と、考えてしまう自分。
どこまでも、モヤモヤとして晴れない気持ちは、――もどかしい。
『エグゼが、お前が俺に来て欲しいって思ったからじゃないの?』
「なんであのときと変わらぬ顔で笑うんだよ」
『さあね』
柔和な表情と言葉が、余計にぐさりと胸に突き刺さるよう。
「知ってるんだ、お前は裏切り者で……」
『ああ、そんなこと。今更確認とってそれで満足?許してもらうつもりはないよ』
「なんでそういう風に言うんだよ、そんな事言われたら俺余計に…………」
――お前をまた、信じたくなっちまう……!!
目を閉じたなら、あの笑顔を見なくて済むのだろうか。
もしも此処で泣いたならば、"男"の姿は涙に溺れて見えなくなるだろうか。
いいや、毒が傍で夢を見せ続けている限りはどんなに瞳を擦ろうとも、笑う"男"の姿は消え去ったりは、しない。
――ちくしょう、……ちくしょう!
悪意のなさそうな顔で笑いやがって。
ああもう!お前はそういうやつだって、俺は判ってたってーのになあ!
大成功
🔵🔵🔵
鬼桐・相馬
逢いたい相手が居る訳じゃない
店主のことばにそれもいいかと受け取った小袋
現れたのは5、6歳位の瓜二つの双子
俺が過去いた研究施設
そこで研究体が身に着けていた白い服に白い肌、白い髪
かたく手を繋ぎこちらを見上げる勿忘草色の瞳
名前は思い出せない
手に鈴飾りのある方が女、何もないのが男だったか
あの場所には何でもいた
異形のモノ、彷徨っていたモノ、戻れないモノ
今なら解る
お前達がいつも手を繋ぎある日を境に消えた理由
その手、繋がっているんだろう
不思議な響きの聲、ふと現れふと消える姿
お前達はヒトの形をした何かだったんだろう
逃げたのか死んだのか、それとも
しゃがみ目線を合わせ言う
なあ、この世界は初めてだろ
散歩でもしないか
●"手繋ぎ鬼"
「それは……会いたい相手がいる奴が使うのか」
「まあ、そうじゃなあ。大体の使用者はそれが目的じゃと思う」
一服堂の店主が言うところでは、合法阿片ベラドンナ――幻覚剤を使わなければならないほど、参ったモノが手を出す事もあれば、甘い夢に浸りたいモノが手を出す事があるモノなのだという。
鬼桐・相馬(一角鬼・f23529)はわずかに頭を左右に振った。
「話を聞いて足を運んだが、逢いたい相手が居る訳じゃない……それでも、いいか」
「なあに、貰って貰えれば硬いことは構わんよ。一つでも多く、使用されたらそれでいいんじゃ」
口角を上げるように笑った店主は気前よく渡してきた。
よほど、処分先に困った小袋だったのだろう。
店を出て、少しふらりと適当に足を向ける。
今から使う"アルカロイドの花束"の、配布先が簡単に割られては困るだろうと、実証前に現場を離れただけだ。
控えめに、小袋からする匂いを深く吸い込む。
小袋の見た目からは想像できないほど上品な香水のような匂いがした。
毒草を用いた花束に、紛れ込む月下美人のような、香り。
「……」
"寄り添う存在"に導かれるように、その存在が現れるというのか。
ひた、ひた。
幼い裸足の足音が、帝都の町並みを無視して相馬の耳に届いた。
幻覚のモヤを引き連れて、明確な姿を表したのは――小さな小さな、子供だった。
年の頃は5か6か。気配がとても似通っている瓜二つの顔。
双子がぺたぺたと、歩み寄ってくる。
――あれは、俺が過去いた研究施設の……。
研究体が身につけていた白い服を着ている。
だぼっと、服に着られている双子。白い肌に白い髪。
――見覚えは、ある。
――しかし、名前は……。
固く固く双子は手を繋ぎ、控えめに"見えている"相馬へ縋るように見上げてくる。
瞳の色は――勿忘草色の瞳。
――思い出せない。
ちりり、と軽めの音がする。
――確か、手に鈴飾りの在る方が女。なにもないのが男だったか……。
記憶にある限り、この双子はいつも手を繋いでいた。手を離しているのも、遠くに行っているのもついぞ見た覚えがない。記憶に無いだけかもしれないが、それでも、"ふたつでひとつ"だったはずだと相馬の中で結びつく。
――あの場所には、なんでもいた。
――通常ではあり得ない異形のモノ。
――いつの間にか紛れ込み収容された彷徨っていたモノ。
化物と形容するだけでは留まらない。
――姿かたちが変質して戻れないモノまで、在ったはず。
「今なら解る。お前達がいつも手を繋ぎ、ある日を堺に消えた理由を」
『……ひえっ』
突然喋りだした相馬に驚いたように声を上げたのは男のほう。
「その手、繋がっているんだろう」
手と手を合わせてお互いを奮い立たせていた、という認識自体が間違いだった。
不思議な響きの聲を聞いた。今も、あのときも記憶の中に、覚えがある。
ふと現れて、いつのまにか消える姿。
「お前達はヒトの形をした何かだったんだろう」
もとは別々の個体ではあったかもしれない。研究体のソレとして、その体も在り方も。本来のヒトの生き方からは溢れてしまったのだろう。
「逃げたのか死んだのか、それとも……」
置き去りにした過去である双子が死んだかどうかを、相馬には知るすべがない。
アルカロイドの花束が見せる華胥の夢は、"死者かどうかは関係がない"からだ。
本人ではないが、幻覚が見せる影法師として、現れたのだ。
ただ、像を結んだことで"影の持ち主である本人が存在した"ことだけは影朧が証明している。
「ああそうか、……目線が高すぎるか」
身長差を考慮して、しゃがみこんでじいい、と視線を合わせる。
「なあ、この世界は初めてだろ。散歩でもしないか」
こわーい鬼に勧誘されると、双子は泣き出すどころかきょとんとした表情を魅せた。それから、控えめに。
『……うん』
返事が返ってくる。
暖かな雰囲気が帝都で舞っている。
桜の花びらが、まるで雪のように振ってくるのを双子はいつかの日々を見るように思いを馳せるのだ。
大成功
🔵🔵🔵
ルパート・ブラックスミス
小袋の封を解くと同時に、マントが無意識に青く燃える鉛の翼に変わる。
以前は朧げに翼を象る炎だったが…今は明確な形を模る。
オラトリオの翼。
彼女(宿敵『黒騎士の武具造りし黒魔術師ブラックスミス』)の青い翼。
この手で殺めたあの日以来、お前と同じ『翼』を広げるようになり。
それ以前に、鎧に宿るのはお前と同じ『声』と『炎』で。
こんなにもお前との繋がりはあるのに感情は空虚なまま。
記憶の無い魂はお前に因果を感じても、その死を悲しめない。
何故だ。何故俺はお前への想いを思い出せない。
もっと時間を重ねていれば、取り戻せるのか。
会いたい。話をしたい。確かめたいんだ。
いるんだろう。
……翼が腕の形となって自分を抱きしめる。
●"金の花"
――事象の発現は、匂いだという話だったか。
一つの処分を請け負った、ルパート・ブラックスミス(独り歩きする黒騎士の鎧・f10937)。手にした合法阿片の香りは、それそのものと全く結びつかない金の花のそれのような気がした。毒草の名を本名として掲げ、アルカロイドの花束――別名通りに、まさか花のような匂いがするなどと。不思議な事もあるものだ。
認識したわずかの情報から、ルパートの背で燃える青のマントが何かに反応するように、青く燃える鉛の翼へと変じていく。
"寄り添う存在"を幻視する毒が、何を視るかを聡く見定めたかのよう。
彼にとってその一連は、全くの無意識だった。
チリリ、と燃える音を立てるその様を、ルパートは僅かな時間で顔を反らす。
――以前は朧気に翼を象る炎だったが、今は鮮明でいて明確だ。
――これは、"オラトリオの翼"。
『それのなにかが、不満でも?』
ルパートと同じ声色が凛とした音を持って、語りかけてくる。女の声だ。
幻覚の中で視るという"寄り添う存在"。
そうだ、彼女はその存在として、此処に居るのはおかしいことではないだろう。
しかし、矛盾して、此処にあってはならないモノだとも思う。
"彼女"がルパートに"寄り添う存在"、だと……?
「どこかには……いるんだろう」
――既に滅したお前だが、もう一度会いたいと、願う。
――話をする機会があるというのなら。
――確かめたいんだ、不明瞭不明確な、その部分を。
白いモヤがより集まるように形を明確にしていくと、金の花を頭に戴いた"青の彼女"が現れた。明確に、その場にいると主張してくるのだ。
『いるといえば、いるのでしょう。そのように、弱気なモノ――だったでしょうか』
朧気な存在感で、然し全く同一の『炎』を繰る存在。
彼女の翼は、ルパートにしか映らぬ幻だとしても、此処に健在だ。それはオブリビオンとして現れた"黒騎士の武具造りし黒魔術師ブラックスミス"。
無意識な延長線、青く燃える鉛の大翼が、腕の形となってルパートを抱きしめている。真実を突き止めるのを躊躇する現れか。"とある魂"が視る幻覚にさえ、齟齬があるのか。突き止める術は、今のルパートには――ない。
ただし、彼女を殺めたあの日以来、変わった事は明確な事が、一点。
「……お前と同じ"翼"を広げるように、なったが」
噴出する様な形で翼を象るそれとは違い、比較的在り方は穏やかだ。
"本物の翼"を認知したから、となれば疑問の一つは晴れるものだが――。
『本当に、変化というのはそれだけでしょうか。疑問点、問題点。挙げる項目は、まだまだあるのでは?』
確かに、と思う点はまだ在る。
目に見えた点を、一つとして提示しただけでは、あった。
「鎧に宿るのはお前と同じ"声"と"炎"」
これだけならば、まだいい。まだ放置、保留としてもいいとさえ思える。
だが、これはまたとない機会。影法師だろうと、写し取られた影ならば。
あれは虚像ではない。実像によく在り方を寄せた、真実に迫った弱い影である。
「こんなにも……お前との繋がりはあるのに…………」
ごおん、と"黒騎士の鎧"の胸を叩くように示して、ルパートは静かに吼える。
「感情(ここ)は空虚なままだ……」
『……そう』
「記憶の無い魂はお前の因果を感じていても……掴むべき明確さが、足りない。死した筈のお前の、その死を悲しめない」
悲しめない。紡がれた言の葉に彼女の表情は淡く揺れた。
「……何故だ、何故だと思う。俺はお前への想いを思い出せない。例えばだ、もっと時間の重みを増やし、重ね続けていけば取り戻せるのか?」
名を知らぬが、ルパートが知らぬ存在ではない彼女。
彼女が自分に告げるのなら、その言葉は何であるか。
知りたい。興味がある。
『それは――』
その姿である理由を、成り立ちを、関係性を。
彼女が語り尽くさなければ、鎧は納得を示さない事かもしれない。
『数刻のみで、話せる話では無いことを勿論承知でのことと?』
「承知している」
暫く、共にあらねばならぬ。
話を聞いている時間しか、ない。桜の香りの強いサクラミラージュで、僅かな空間を縫って、金の花の香りが舞い踊る――。
大成功
🔵🔵🔵
樹神・桜雪
また物凄いものの在庫処分だね……。
大丈夫なのかな、どう思う?
相棒。あ、止めてもやるんだろうって顔に出てる。その通りだけど。
大丈夫だって。いざとなったら相棒が止めてくれるでしょ。
さて、ボクには誰が来るだろう。
幻でも会いたい人はいるけど、会えるのだろうか。ボクの親友。
会えたらどうしよう。何を話そう。
まだ全部思い出せたわけではないから、少し怖い。
少し思い出せた事……えっと、図書館で二人で本を読んでて、これ見たいねって話してて……。君が見に行こうよって笑って。
何を見たかったんだろう。思い出せないや。
※幻で会うモノは親友くん(真の姿の緑の髪の少年)です。
優しく穏やかな人物で、とても仲良しです。
●"ひだまり"
ふわふわ舞う桜の花びらが、優しい風に流されて飛んでくる。
そんな春の気配の訪れの中、とすとすっ、と相棒が、小袋を包み込んだ手を突く。
興味があるのか、それともおかしなものだといち早く伝える為に警戒しているのか。相棒のシマエナガが念入りにチェックしようとしているのを、樹神・桜雪(己を探すモノ・f01328)は頼もしさ半分、なんともいえない気分半分で見下ろした。
「また物凄いものの在庫処分に付き合う事になったよねえ……」
手にしている以上、後は桜雪の気分で成り行きを決めて良いのは確かなのだが。
「相棒?チェック終わった?ボクは半信半疑が強いけど、大丈夫なのかな。……ねえ、どう思う?」
パサッ、と機敏に翼を広げてバタバタ。動作で示す意思表明。
食べ物ではないと、それだけは明確に確認できたようである。
「……食べないよ?匂いを嗅ぐだけ、あ、大丈夫だって。いざとなったら相棒が止めて、くれるでしょ?」
キリッ、と勇ましい(当社比)顔をしてみせた相棒の頼もしさは、手元の小袋――アルカロイドの花束――――より信頼が置ける。
言葉にするとヤバそうな薬感の半端ない、合法阿片ベラドンナ、等と口が避けても表現しまい。
小耳に挟んだ話では、香るフレーバーさえ、ヒトによって違うらしい。
「さて、ボクには誰が来るだろう」
両手で囲んでいた小袋を、控えめに鼻の傍へ。
どことなく、甘い甘い砂糖のような匂いだ、と桜雪は思う。
例えるならアイスのような。吸い込むと冷たく感じる、不思議な甘い匂い。
――幻でも会いたい人はいるけど、ほんとに逢えるのだろうか?
――でも、会えたらどうしよう。何を話そう。
香った匂いを吸い込んで、今少しだけ、目を閉じたままで居た。
聞いた話が本当なら、このアルカロイドの花束は、その姿を目に映した先に出現するという。つまり、見た時点で幻覚が始まるはずなのだ。弱い影朧が"寄り添う存在"となって、そのモノのように過ごす時間を与えてくれる――。
――まだ全部思い出せたわけではないから、少し怖いんだ。
"君"が、目の前に居たら――。
『どうしたの、眠たいの?』
ふふふ、と笑いながら優しい声が耳を撫でる。
「え?」
『あ、起きてた。おはよう?』
話しかけられた声。気持ちの整理が着かないまま、目はそれを写し込んだ。
からかうように淡い緑の髪を揺らして、赤い瞳が覗き込んでいた。
緊張は拭えない。でも、あまりに、懐かしい声と表情だったから。当然のことのように、懐かしい声があまりにも自然にそう言うものだから。
「……おはよ、う?」
眠っていたわけではないけれど。
幻覚だとしても、そう話しかけられては、返事は自然とそうなった。
『今日はね、なんだか呼ばれた気がして。これでもすぐに迎えに来たんだよ』
――ボクの、少し思い出せた事。
それを君に聞いても、いいのだろうか。
「ええと、……"あの日"、ぶり?」
おどおどするような桜雪の調子に、"君"はふふふと控えめに笑った。
『そうかもしれないし、そんなことはないかもしれない』
仲良しの親友は、曖昧にこう応えてくれて。
懐かしい気分と一緒に、じわ、と、記憶の欠片が、囁く。
あの日、――図書館で二人で本を読んでいた記憶。
――これ、見たいね――――。
楽しい時間だった事を、覚えている。
丁度、読んでいた本。見ていたページ。
とんとん、と本のページを指で叩いて、此処を見て、と君に同意を求めてそう呟いた。"君"は今と同じように、優しく穏やかに笑って言ったのだ。
『――見に行こうよ?』
考えていた事を先に言われてしまった事よりも、揺れ動くのは別のこと。
――あの時、あの日。
――何を見たかったんだろう、ボクは。
――……思い、出せないや。
「此処からでも、見に行けるモノだったっけ?」
『どうかなあ』
当たり障りなく、君の調子に乗せられておく。
幻覚でも、幻でも――本当は同じ存在じゃなかったとしても。
君と今日を過ごしたなら。
炎の記憶の向こうに無くした過去(たからもの)。
その熱量(きおく)を、わずかばかりに拾わせて、――くれるだろうか。
大成功
🔵🔵🔵
ノヴァエラ・エルグ
楽しみなの、素敵な一日にするのよ
私に寄り添ってくれる存在は過去じゃなく、未来にいるの
過去は全て朱に沈んだのよ
だから、もうないの
例え何かが這い上がってきても、もう
そう、あなたはいつか出会う「好きになるひと」
あなたに顔がなくても、何もなくっても、何があったって
きっと私は好きになるの
だからどんな姿でもいいし、なくてもいいの
あなたがあなたなら、なんだっていい
今日はたくさん楽しみましょうね
もう何も入らないくらい、いっぱいに
だって、嬉しくさせないなんてあり得ないのよ
私は、「私が好きになるひと」を幸せにしたいの
幻でもあなたはひとりしかいないから
だから何も残らないくらいに、いっぱい詰め込んでいきましょう?
●"あなた"
手元にはふかふかとする匂いを閉じ込めた秘密の袋。
――これにはきっと、"明るいもの"が入っているのね。
青い星読みの瞳を輝かせ、ノヴァエラ・エルグ(supernova・f31833)が胸に抱いたのは、そんな理想。
合法阿片ベラドンナ?精神安定剤や幻覚剤に属する毒の匂いを放つもの?
それは対した問題ではないのだ。星屑が溢れるように些細なこと。
これは――夢を見る為の、架け橋。
「だから、楽しみなの。素敵な一日にするのよ」
きらきらと、明るい気持ちは夢見る想い。
香る匂いは晴れ渡る空の匂いにふさわしく、決して呼吸を妨げるものでない。
詳しく語るのならば、太陽光を存分に吸収したふわふわな動物の毛並みのよう。
春の日差しのように、優しい香り(毒)だ。
――私に寄り添ってくれる存在は、過去じゃなく。
「未来にこそ、いると思うの」
傷つき虐げられた記憶のある過去から、生まれるのが影朧。本来のオブリビオンとしてならば、ノヴァエラの想像は否定されるものだったかもしれない。
――私の過去は、全て朱に沈んだのよ。
血の枷は世界との繋がり。
ただそこにあるべき運命に身を任せるだけ。
――だから、もうないの。
――例え何かが這い上がってきても、もう。
ノヴァエラを引き止める楔となるモノは、どこにもいないのだ。
「そう、だから……」
アルカロイドの花束を抱きしめるように、匂いを吸い込んで。
白い白いモヤが瞳の隅で形作って現れようとしているのを、見つけて微笑んだ。
それは幻覚の中に留まる誰かの"過去"。弱い影朧が、寄り添える存在が見せるべき形を朧気にだが、ノヴァエラに示してくる。"寄り添える形"を探すように、癒やしたいという願いを受けて人の姿を形作った。
気配だけで想像するなら――。
今目の前にいるのは、きっと困ったような雰囲気の短い氷空色の髪が輝く男性だ。
「あなたが……いつか出会う"好きになるひと"なの?」
少ーし高い背。
ノヴァエラが見上げなければ、貴方の全てを見ることが出来ないけれど。
覗き込んでくるように、優しい声が耳元で跳ねるよう。
『……どう、かな』
"なにか"を映したそれは、照れくさそうに言葉を返してくれた。
寄り添える姿かどうか、不思議なことにソレを気にしているらしい。
――あなたの顔は、はっきりとはみてとれないのね。
「何もなくっても、何があったってきっと私は好きになるの」
――"好きになるひと"は、そう。私よりも背の高い。
『ありがとう、優しい"君"。今の朧気な俺を?え、いや、そんな、恥ずかしいよ……』
今日という日を、"好きになるひと"とふたりきりで過ごせる。でもこの様な形で、君はいいのかい?自信なさげな気配へ、ノヴァエラははにかむように笑う。
「どんな姿でもいいし、なくてもいいの。あなたがあなたなら、なんだっていい」
どんなモノでも、"あなた"だから。
「今日はたくさん楽しみましょうね?心の内がなにもないだなんていわないで。もう何も入らないくらい、いっぱいにしましょう?」
華胥の夢を一緒に見るあなたと。
私が此処に、居るから。
「だって……そう、嬉しくさせないなんて、あり得ないのよ」
『それは自信?ええと、どうして……?』
「私は」
ふふふ、と微笑むノヴァエラ。
星々のような煌めきが、その表情に溢れる。
「"私が好きになるひと"を幸せにしたいの。あなたは、私の"好きになるひと"だもの、幻でも……あなたはひとりしかいないから」
幸せだ、と思う感情を、ぎゅっと抱きしめる事ができるでしょう?
「だから、何も残らないくらい、いっぱいに詰め込んでいきましょう?」
煌めくスーパーノヴァを、起こしましょう?
大成功
🔵🔵🔵
都筑・やよい
未成年だけど、お手伝いしてもいいよね。
すうっと吸い込み、目を閉じて
そして目を開けると見えるのはおばあちゃんの姿
神社でずっと神楽歌を教えてくれて
ときに厳しく、ときに優しく
私を指導してくれたおばあちゃん
おばあちゃんは春が好きだった
桜が好きだった
ねえ、おばあちゃん、桜だよ、春だよ
春を前にして逝ってしまったおばあちゃんに見せるのは幻朧桜
私の世界よりももっと一面に咲く桜
もっと色々教えてほしかったよ、おばあちゃん
「神様」に教えられてたから死期は知っていたけれど
どうしたって悲しみは残る
桜を見上げるおばあちゃんを見て、涙を拭うんだ
アドリブ歓迎です
●"思い出の中の"
――未成年だけど、お手伝いしてもいいよね。
店主は頷いていたから、きっと大丈夫。都筑・やよい(祈りの彼方・f31984)は合法阿片が詰め込まれた小袋の匂いをすうっと、吸い込む。
目を閉じて、一回きりの匂いに意識を向けるとアルカロイドの花束の匂いは、気持ちをリラックスさせる香りがした。緊張が解れるような、馴染みのあるモノのように思えたのだ――毒物とは到底思えない果実のような、匂い。
新鮮な林檎をさくりと刻んだくらい、澄んだ匂いが――。
夢のような香りの毒を含んで目を開けた時、見えた姿に視界が余計に潤んでしまった。幻覚のモヤがふわふわと、"寄り添う存在"の姿にじわじわと像を結ぶことで、それが誰か理解した。誰が寄り添ってくれたのかが、判ったのだ。
「おばあちゃん!」
『ふふふ』
やよいにとって大事な人の姿があったのだ。
いつも呼んでいたように呼びかけると、ニコリと微笑む"寄り添う存在"。
――神社でずっと神楽歌を教えてくれたおばあちゃんだ……。
おばあちゃんの指導方法は"ときに厳しく、ときに優しく"だった事を覚えている。
飴と鞭がきっちり別れていたのを、忘れるほど記憶は鮮明なままだ。UDCアースの実家の神社で、何度も何度も、の二つの顔を見ていた思い出がふと、ふと蘇る。
「ねえ、おばあちゃん、桜だよ……春だよ」
『そうだねえ。綺麗な桜がひらひら、綺麗だねえ』
幻朧桜の花びらが、どこからともなく降りてくる。
風になびいて飛んできた花びらが、手元に肩にひらひらと。
おばあちゃんはそれを見て、愛おしそうに微笑んだ。
どこをみても幻朧桜が生えているものだから、どこを歩いても桜並木。
満開の桜が、枝を揺らして、"ひらひら"と花びらを振い落しているような幻覚にも、陥るよう。
――おばあちゃんは、春が好きだったんだよね。
不思議な花びらは、神秘的に燃えるように消えた。
普通の桜とは少し異なる一年中咲き誇る桜は、その花びらで生活環境を侵さない。
雪の粒も、雨粒とも違う。
命の光――ホタルのような輝きを灯して、薄く桃色に輝くのだ。消え去った後は、再び"幻朧桜"に転生するように咲き誇り、誰かの元へ風まかせに飛んでいく。
――桜が、好きだった。
――なのに、おばあちゃんは春を前にして逝ってしまったから……。
一緒に過ごした最後の年、誇らしく咲く桜を、やよいはおばあちゃんへ見せる事が叶わなかった。四季折々の表情を見せるUDCアースでは、天変地異が起こっても満開の桜は――決まった時期にしか、見せる事ができないから。
しかし、今この場所はサクラミラージュ。
春夏秋冬の四季の中でも一年中桜の咲き誇る、浪漫と優しさの溢れる帝都である。
――此処は、私の世界よりもっと一面に桜が咲いているよ。
「……もっと、色々教えて欲しかったよ、おばあちゃん…………」
『もっと?やよいは、色々物覚えが良かった方だから私が教えられたことは今に活かせているのではないかい?』
――"神様"が教えてくれていたから。
――四季が巡る前に訪れるおばあちゃんの死期を、知っていたけれど。
「……だって」
――どうしたって悲しみは残るから……。
涙ぐむ声に、おばあちゃんはずっと微笑みで返してくれた。
――でも、桜を、みせてあげたかったんだ!
桜を見上げる横顔を見て涙を拭うと、自然と笑みが顔を覗かせた。冬の終わりに別れた笑顔と"新しい春"で笑い逢えるなんて、心まで暖まるようではないか。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 冒険
『はかない影朧、町を歩く』
|
POW : 何か事件があった場合は、壁になって影朧を守る
SPD : 先回りして町の人々に協力を要請するなど、移動が円滑に行えるように工夫する
WIZ : 影朧と楽しい会話をするなどして、影朧に生きる希望を持ち続けさせる
|
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●ベラドンナの口吻
まだ空に上る太陽は真上を通り過ぎた頃。
アルカロイドの花束を受け取った"幻"を引き連れて、さあ、何処へ行こう。
君が歩けば、影法師も付かず離れず付いてくる――憑いてくるのだ。
幻と話にひたすら耽ることも、君一人の料金を払って有料施設へ赴くことも出来るだろう。
"幻朧桜"の神秘性に願って、記憶の中の風景を、見せてもらうのもいいかもしれない。君の知る"影法師"として佇むモノの根底は"弱い影朧"であるから、癒やそうとする力として神秘の力を貸してくれる。
もしも君が願うなら、君にしか見えない影にも同じ風景が見えるはずだ。
どこにでもある"幻朧桜"でも、気軽に頼んでみるといい。例え"幻朧桜"がその風景をよく知らなくとも、不思議な力でなんとかしてくれる、はずだから。
もしも君が――アルカロイドの花束を手にしていない、"幻覚を見ていない者"ならば。影朧を見かけない、穏やかな春の日を過ごしてもいいかもしれない。
戦いと関係のない日を過ごすなら、何処へ行こう――?
例え見えない誰かと話す帝都の人を見たり、独り言を話す猟兵を見かけたりしたとしても影朧救済機関"帝都桜學府"へ連絡しては、いけない。
夢見る誰かの夢の終わりは――今日の終わりと、既に定まっている、ことだから。
エグゼ・シナバーローズ
そーだ、これは幻だ
なら友達のサンディという幻に溺れてしまっていいんじゃないか
半日程度の醒める夢なら…
なー、花見に行かないか
お前どうせ花とか興味ないだろ?良さを教えてやる
そうでもないよって
そう言うのは、アイツに変わっていてほしいという俺の願望のせいかもな
桜並木の下を歩く
偉そーなこと言ったけど俺もこの世界に詳しいわけじゃねー
海みたいな桜に圧倒される
アイツはゆったり桜を見渡しているな
どーだ、すげーだろ!と言えばそうだねと笑う
実際に再会した時の笑顔とは違う、友達だと信じていた時のいつもの笑顔
お前に貰ったお守りまだ持ってるんだぜ
アイツは少し困った笑顔でそっかと呟く
俺、やっぱりお前のことは…友だと思いたい
●May i call you?
行き交う帝都の人々はそれぞれの目的へ向けて足を向けていく。
それもそうだ、誰も彼もが普段どおりの日常を過ごしているからだ。この帝都では、これがよくあるいつもの風景。
視界の隅で笑う男の影法師は、他の誰の目にも留まらない。当たり前の風景を過ごすように、幻をすり抜けていくように、人々は影を無視して通り過ぎていく。
――……そーだ、これは幻だ。
自分だけが非日常を見ていると理解をしたエグゼ・シナバーローズはコレは通常ではありえないことだ、とも懐う。
――ならば、"友達のサンディ"という幻を前にして。
――ただ、溺れてしまっていてもいいんじゃないか。
態度も言動も。覚えのある言い方、言い回し。幻覚の中でしか存在していない影朧だからこそ、"彼"から此方への手出しなども出来やしないのだ。
――半日程度の、醒める、夢なら――――。
握り込む拳にも少々の力が籠もる。願ってもいいだろうか。
この影に、細やかな願いを、頼んでもいいだろうか。
些かの不安はあるが。この"彼"ならば、なんと言うだろう。
「なー、花見に行かないか」
季節柄、桜がある場所で桜を見るのは当然だろう。
強気に笑いかけてやれば、"彼"は眉根を下げて。
『こんなに何処にでも咲いているのに?』
「そりゃーそうだけど。風情がないなあ……お前、どうせ花とか興味ないんだろ?」
――桜の良いところを、教えてやるぜ?
――そりゃーもう嫌というほどなあ!
そんな勝ち気なエグゼに、控えめな声が届く。
『別に……そうでもないよ、エグゼ』
――驚いた。そんな事を言い出すなんて。
『ほら、行くなら行こうよ。俺にどの桜を説明したいんだって?』
――意地悪い笑顔も嘘のようだ。
――でも、アイツがそういうのは……。
現実で、あり得ることだろうか。どうだろう。今はそちらは桜の花吹雪の向こうに置き去りにしていてもいいだろうか。
――これはもしかしなくても。
――アイツに変わってほしいと願う、俺の願望のせいかな。
先を歩いて行こうとするあの"彼"が、エグゼをキチンと待っている。
それだけのことが、なんだか――嬉しくなる。
「並木道はこの通りだって先に聞いたんだ!どーだ、豪華だろ!」
道の左右、平等に並ぶ沢山の桜たち。ふっくらと、暖かな蕾と花。
風が吹く度に花びらが舞う、それのなかを二人でのんびりと、歩く。殺伐とした邂逅とは打って変わって、穏やか過ぎて、本当に夢のような時間が流れていく。
「……とはいえだ、偉そーなこと言ったけど、俺もこの世界に詳しいわけじゃねー」
『だろうね。俺もそんなには知らないけど……エグゼよりは先に、足を運んだことはあるかな』
あの時見た樹は凄かった、という"彼"の言葉はすぅと耳を素通りしてしまった。
桃色の、空を覆う海のような光景に圧倒されていたからだ。
神秘的で優しい色の、優しい空の色。
『まあのんびり見てたいんだろうし、俺も少し向こうで楽しんで来ようかな』
気がついた時。ふらり、といつの間にかエグゼからやや離れて桜を見渡している"彼"。物珍しそうに、上を見上げてはきょろきょろと視線が忙しない。
――アイツも、ゆったりと桜を見ているようだなあ。
たたっ、とその背中に駆け寄って、無防備な背中をバシッと叩く。
「どーだ、すげーだろ!」
『……そうだね。でもこの風景を作り出したのは、エグゼじゃないでしょ』
あーいえばそういう。
笑い合う笑顔は、邂逅したとき向けあった表情とは全く違ったはずだ。
特にエグゼのそれは、痛ましい気持ちを全面に押し出した表情ではなく。
友達だと――信じていたときの、キラキラとした"いつもの表情"だ。
「なああれ、覚えてる?」
『あれ?』
「お前に貰った、お守り!まーだ持ってるんだぜ?」
エグゼが言うのは羽根を模した工芸品の話。
"彼"はそれを覚えているようで、わずかに視線をそらした。
『そっか』
少し困った表情を浮かべた笑顔から読み取れる真偽を測るには、"本物"と比べなくてはならない。でも、比べるのは夢から醒めた後が良いはずだ。
「俺、……やっぱりお前のことは、…………友だと思いたいんだよ」
手放せなかったお守りを過去で渡してきた"本物"と、"彼"は違う。
だから――。
『夢の中の俺くらいは、"そう"でもいいんじゃない?』
そうやって、――何も起こらなかったときの停まった世界を映したように。
"彼"はエグゼに屈託なく笑って返してくるだろう。
大成功
🔵🔵🔵
ノヴァ・フォルモント
ひと時の夢から生まれたお前は
変わらず無垢に笑い掛けてくる
…
長い溜息、ひとつ
これから夜までどう過ごそうか
宙をぼんやりと眺めていると
ふいに腕を掴まれる様な感覚
振り向けば星の瞳が心配そうに此方を覗き込んでくる
そして遠くの空に指を指す
物言わずとも分かる、お前が何を伝えたいのか
…―それじゃあ、行こうか。
気付けば空は夕暮れ色に
それとも幻朧桜が見せている幻だろうか
そうして辿り着いた小高い丘からは
暮れる空模様がよく見える
一面が朱に染まる、黄昏時だ
…そうだった
幼い頃から何時も二人
こうして暮れる空を眺めたな
変わらずにずっと、供に居るものだと思っていた
僅かな夕暮れの時が終わり
空を宵闇が覆い尽くす
…星空が、降りてくる
●"あの日の朧月夜"
――ひと時の夢から生まれた、お前。
本物であるはずがない。この場所には一人で訪れたから、当然のこと。
不意に目を逸して思考に意識を向ければ、その姿は見えなくなった。
瞳に映す幻影であるからこそ、閉ざしてしまえば見えない。
脳裏に焼き付いた、"思い出"の中にもいるから消え去ったりはしないけれど。
判っていながらもノヴァ・フォルモントは思考から手を離し、チラチラと視線を送ってしまう。瞳に存在を映してしまう。
――ああ、変わらず無垢に笑い掛けてくる。
ほころぶ花のように笑うのだ。目が合うだけで。
その少年のような笑みで、ノヴァが何を望むものかと待っているのだろう。
話に聞いた通りなら"毒"が効いている間。
ないし、夢を見ている間、幻は一緒に居られるのを望んでいると。これはノヴァが見ている夢でありながら、寄り添う存在の姿を映した"影朧の望む夢"でもある。
不思議な毒の特徴だ。少しだけ飲み込むように、振る舞わなくては。
「――……」
熱心に見られていては、長い長い溜息の一つもでるというもの。
待っているなら、一言何処へ行きたいと、伝えてくれても良いものだが。
「うん、……これから夜までどう過ごそうか」
まだ日は高い。時間の過ごし方は色々だが、何を行うのが良いだろう。
どこへ視線を移しても、ひらひらと舞う桃色が風に乗って飛んでいく。
宙をぼんやり眺めていると、不意に腕を掴まれる感覚。
どれくらいの時間を、思考の中に逃していたか――体感ならば数分程度。
しかし、夢の中の幻はそうとは思っていなかったようだ。
掴まれた方へと振り向けば、星の瞳が心配そうに此方を覗き混んでくる。
『――』
それから、すぅうと指差すのは此処ではない少し遠くの空。
――物言わずとも分かる。
――お前が、なにを伝えたいのか。
「ん――……それじゃあ、行こうか」
ノヴァが歩き出そうと一歩目を踏み出した時。
かつん、と音が聞こえた気がした。
ざわざわと木々が揺れる様な音と、突然の突風で二人して目を閉じて目を次に開けたときには――。
「あ――……」
気づけば晴れ渡る昼の空は、夕暮れ色に染まっていた。
神秘の幻朧桜が大群で起こした奇跡の御業だろうか。
幻になど、見えないほどの臨場感だ。
――これも、幻覚の一種として引き起こされているのかな。
そうだとしたら、アルカロイドの花束は、随分と共感性に長けるのだろう。
毒が夢(毒)を彩ることで、夢の在り方を広げている。歩みを進める度に、その風景が色を暗がりに深めていくのがどうしても分かるのだ。
指差していた方へ見てた小高い丘に到着するころには、最適の光景が見えるはず。
「ほら、きっと此処からが一番近い」
立派な建物ばかりの帝都から少し距離を取れば、暮れる空模様がよく見えた。
視界を邪魔するものはない。ただ、一面が青ではなく朱に染まっている。
"黄昏時"だ。
――……そう、だった。
体感では夕刻。もしかしたらこの光景は、現実かも知れない。
だが現実ではない可能性もある。ノヴァはある一つの可能性にたどり着く。
――幼い頃から何時も二人で、眺めていた空。
――こうして、暮れる空を、ずっと。
これは"あの頃の"何時も見ていた空"そのものだ。
帝都の空ではなく。おそらくは馴染み深い――故郷の。
――だからこそ、懐かしいと想ってしまうのか?
『――』
変わらずの笑顔も、今もいつも見ている気さえしてしまう。
――ずっと、供に居られるものだと思っていた。
短く僅かな夕暮れ時が終わり、広い空が宵闇で覆われていく。
覆い尽くすまでの時間も瞬く間。
「……ほら。あの時と同じ」
――……星空が、降りてくるよ。
また二人で、この空を確かに見たいと心の何処かでは望んでいたから。
不思議な感情が、星の輝のように生まれて。万華鏡のような空から、白銀が尾引いて降りてくる。一つ二つではない。もっと、沢山の輝きが。
星々の輝きを映しては淡く輝く流星のように、風景が胸の奥に染み渡っていく。
この景色があるならば、零れ落ちる歌声と、小さな竪琴で奏でる音色は。
普段よりも夜を駆けて、星々の間を縫って月の光のように輝くだろう。
大成功
🔵🔵🔵
都筑・やよい
迷ったけど、おばあちゃんと手を繋いで
サクラミラージュの桜を見て歩こうかなって
桜の好きだったおばあちゃんにできる孝行かなって思ったの
私たちの世界の桜とはやっぱり違うね
でもこんなに桜があるのもすごいし、綺麗だね
おばあちゃんも圧巻でしょう?
なんて問えば
「風流の欠片もないね」なんて返ってきて
素直じゃないんだから
私もよくおばあちゃんに反発した
神楽歌も好きだけど流行歌も歌いたくて
そのときもおばあちゃんは「風流の欠片もないね」って言ったっけ
心配する街の人には【コミュ力】で
「桜に感心してるだけです」ってフォローして
おばあちゃんが「それでも綺麗だ」って呟いた
その声に私はやっぱり泣いてから笑うんだ
アドリブ歓迎
●あの日々の続き
ふわふわと、穏やかな時間を過ごすのも悪くない。
そよ風がふわりと髪を撫でていくので、それを感じていても良いかと思った。
――うん、でも……。
迷いながら、都筑・やよいは行動に移すことにする。
大胆に、おばあちゃんの手を捕まえて。しっかりと繋いで。
『おやおや……』
「サクラミラージュの桜を見て歩こうかと思って」
やよいが居る所に影法師、幻としているからか、やよいが動くならば影は釣られて付いてくる。
繋ぐ必要はなかったかもしれない。
でも帝都の通りは想像以上に忙しなく、大好きなおばあちゃんと不意にはぐれてしまっては非常に困るから。楽しい時間を、嬉しい時間を一緒に共有したくて、その手を捕まえることにしたのだ。
「桜の好きだったおばあちゃんにできる孝行かなって思ったの」
にっこりと笑いかければ、おばあちゃんもまた、ふふふと笑ってくれた。
"孝行"と慕われて、嬉しくない親族はいないから。
『そうかい?じゃあ、私を頼むねえ』
行きたいところへ連れてって、と笑うから、歩調を合わせてゆったりと歩いてく。
「私たちの世界の桜とは、やっぱり何処かが違うね」
『ぼお、と光っているようにも見えるねぇ』
神秘の桜、幻朧桜は一年中花を咲かせているという。
路上に落ちた花びらが、燃えるように消えたり。光るように消えたり。
不思議な現象を、帝都の人々は当たり前のように捕らえているようだが、やよい達は違う。UDCアースでは桜の花びらは風にさらわれて、いつか何処かでなくなるモノと、思っていたから。
「でも少し違うだけだもの。こんなに桜が溢れてるのも凄いし、うん――綺麗だね。おばあちゃんも圧巻だと思うよね?」
気持ちを共有したくて、やよいが桜の花びらを空いた手で捕まえて。
捕まえた花びらが消え去らないのをおばあちゃんに伝えると、ふふふ、と忍び笑いを漏らして。
『ここまで存在感が大きいと風流の欠片もないねえ』
近場の並木道も、二人より離れた場所に点在する木々も。
帝都の街並みの間、細道を入った道の向こうに見える木々も、全て幻朧桜。
どこをみても存在するのだ、特別感がないよ、と鞭な言葉が返ってきた。
「もう、素直じゃないんだから」
――それでも"桜"は、好きでしょう?
桜吹雪を浴びるようにしていたおばあちゃんが、飴な態度をみせたのは。風流の欠片もない花びらの群を、たくさん髪や体に貼り付けていた辺りでお見通し。
嫌だったら即座に払い除けていた筈だ。
生きていた頃だって、浴びるような桜の雨をこんなに身に受けた事は無いだろう。
――私もよくおばあちゃんに反発したなあ。
思い出すのは、神楽歌の練習風景。
嫌いではなかったのだ。でも、その日はちょっと気分じゃなくて。
流行歌も歌いたくて、歌っているところをおばあちゃんに見つかってしまって。
――『風流の欠片もないね』って言われたんだっけ。
――そんなことないよ、って言ったけれど。
――おばあちゃんは練習に集中するように、って厳しい事を言ってたもの。
「ふふふ」
『どうかしたかい?』
「ちょっと思い出し笑いだよ」
――笑っていないと、不意に泣いてしまいそうだから。
「お嬢さん、どうかしたのかい?」
帝都の街で声を掛けてきたのは、"帝都桜學府"に所属する誰かだろう。
独り言を呟いて、桜を見て泣き笑いを浮かべようとした表情を見て取られて、不審に思われたらしい。
「少し遠くから来て……こんなにたくさんのサクラが見れて、嬉しくて。感心してるだけですよ」
感動したのだ、と気さくに返事を貰えば"帝都桜學府"の誰かは帽子を正して。
「そうかい?幻朧桜はこころを揺さぶることがあるからねえ」
問題がないならいいのだが、とすぐにふらっと去っていった。
『ほんとうに、あたたかな桜が綺麗だねえ』
目を細めて眺めるおばあちゃん。
ひっそりと小さな声で呟かれた声を、やよいはちゃんと聞き取っていた。
『風流の欠片もないが……それでも、綺麗だ』
桃色の海に人を埋もれさせて尚、心を揺さぶる桜だからこそ。
可憐な様は、ひとしおだ。
――……あっ。
ゆら、と視界が潤んだのを慌てて押さえて左右をぐぐっと簡単に拭って誤魔化した。泣いていると、おばあちゃんに気付かれてはいけない。
――私はやっぱり泣いてから、笑うんだ。
桜が目に向かって飛んできたの、とやよいは誤魔化して――笑い顔でもう少し、おばあちゃんと一緒の時間を過ごすのだ。
暖かな春の日差しの中で、またとない幻との夢のような時間を。
大成功
🔵🔵🔵
環・斗冴
ふふ、幻覚だってわかっていても嬉しくて思わず笑っちゃうな!
都合がいい夢みたいな出来事。それでも僕は…
行きたい所…色々迷ったんだけどこのままサクラミラージュで花見をしようかな。故郷に、とも思ったけど寂しくなっちゃうからね。
よし!場所が決まれば善は急げ!君はここが初めてだろ?さぁ、手を出して!連れてってあげる!桜が綺麗に見える場所があるんだ。
君がいなくなってから、色んなことがあったよ。たくさん大変なこともあったけど、たくさん幸せもあった。
でも、そんな国も一族も、もう今はないんだ…。あぁ…やだな。言葉がみつからない。ごめんなさい、ごめんなさい。君たちを守ってあげられなくて…!
●"主"
「ふふっ」
例え"彼"を見えているのがこの世でたったひとりだけだったとしても。
"彼"のことをずっと覚えていたから。
今この瞬間が夢や幻のソレだと判っていても環・斗冴は嬉しく思う。思わず気分が溢れて笑い出すのも、これはどうしようもないことなのだ。
――都合がいい夢みたいな出来事。
――それでもね、僕は……。
「行きたい所……思いつく?」
訪ねて見たい好奇心がふつふつと湧き上がってくる。
でも、流石にこれは意地悪が過ぎるだろうか。
応えなくて大丈夫、と"彼"が何か言おうとしたのを遮って。
「色々僕も迷ったのだけれどね、このままサクラミラージュで花見をしようよ」
――君と僕が揃ったのだもの。
――故郷、特に夢に夢を重ねさせて貰って、在りし日の故郷を、とも思ったよ。
――でも、それはリアル(現実)ではない本当の夢だからね。
――僕が……寂しくなっちゃうから、此処で大丈夫なんだ。
「よし!目的地が決まったら善は急げ!君はここが初めてだろ?」
しゅばっ、と機敏に差し出す手に"彼"は驚くような顔をした。
「さぁさぁ手を出して!」
勢いに負けて手を出した君の手を、ぐっ、と掴んで引き寄せる。
――ああ……幻でも此処に今、"君"は居るんだね。
さぁあああと流れてくる桜の雨も、出会いと喜びを祝福しているようだ。
サクラミラージュの帝都流の、桜側の持て成しかもしれない。
何処にでもあってどこにでも咲き誇る幻朧桜の神秘性は弱い影朧の気持ちに寄り添う場合も、あるという。
――もしかして、君の考えを桜が汲んでくれてる?
――ちゃんと喜んでくれてるんだ?
――……そうだったらいいな。そうであって、くれるといいな。
「連れてってあげる!」
『――?』
「桜が綺麗に見える場所があるんだ――諦めて、攫われてくれる?」
瑞獣であり、寵姫である斗冴が誘うのだ。
斗冴に憑いた幻に、これでもかと頼むのだ。
『――』
観念したように見えて、実際は同意で返してくれる"彼"の手を引いて。
パタパタと帝都の街並みを駆けていく。
街に暮らす者たちに、どんな目線を向けられたとしても斗冴は特に構わなかった。
今はとても明るく楽しい――心躍る夢の中に溺れているから。
垂れるように咲く桜の下に二人で入り込み、上を見上げるば間近に満面の花を眺めて顔を隠す。
さわさわと、風で花が揺れる。桃色のカーテンは、誰にでも優しい。
――君から僕の姿はきっと見えて、居るんだろうな。
「僕を探してる?ふふふ、此処だよ。ほら、綺麗だよね?目線の高さくらいでうんと近いし、手にとるように見えるんだもの」
たくさん喋りかけて、君が頷くように喜んでくれるから。
もし涙ぐんだとしても、僕が君の顔を見えないと、思ったんだ。
「あのね、……君がいなくなってから、本当に色んなことがあったよ」
『――』
「"どんな?"うーん、そうだなあ、たくさんたくさん大変なことが遭って。それから、同じくらいの幸せもあったよ」
僕がそれを見ていたんだから、生き字引だよ?
『――』
「"僕が今幸せか?"君も少し意地悪なことをいうんだから……」
――今この瞬間、どこまでも幸せなんだよ?
でも、そうだなあ。君に嘘を憑いてはいけないよね。
「隠し事はしないよ。そんな国も、一族も、今はね、もう無いんだ」
故国は既に崩壊の道を歩み、今は遠く。
君はそれを聞いて。頷いて。それから。
『そうか』
はっきりと聞こえる声で、そういった。凛とした声で、落胆の色もない。
認めるべき現実で、しっかりと受け止めたという声だった。
「……あぁ、君はやはりそうなんだ。ああぁ、ああ」
『……どうした?』
「……やだな、言葉が見つからないよ」
話すべきなのは、君が斃れた後のこと。後のこと、だから。
僕は伝えなくちゃいけないのにと気持ちは逸る。でも先に、言わなきゃ行けない言葉がたくさんあるのに。
「ごめんなさい、ごめんなさい……君たちを守ってあげられなくて…………!」
瑞獣だけ生き残る。これが、斗冴の、故国が不幸だと思う一点。
ただ、どうしても――胸が苦しくて。
『お前が、悪いわけじゃないだろう』
泣き崩れるようにする斗冴を、"君"はそうやって、在りし日と同じように。
優しい声と、肩を叩いてくるように包み込んでなだめてくるんだ。
――君は、そういう人だったね――――。
君にとっての国は、国そのものでもあったけれど。
――僕も含めて、国だと君は、言うんだろう?
故国は確かに亡くなったけれど。
僕が生きている限り亡くなった国は"此処にある"と。
大成功
🔵🔵🔵
樹神・桜雪
※アドリブはご自由に。
せっかく会えたのだしどこか行こうよ。
本当なら思い出の場所へと言いたいけれど、霞を掴むように朧気だから普通に町中を歩いて回る。
幻の親友とたぶん傍にいる相棒とレトロな喫茶店でクリームソーダを頼んだり、たわいもない話をしてみたり。
新しい服を見てみるのも良いかもしれない。
どんな服が似合うかな。君が選んでよ。
そうして最後に町外れの大きくて立派な幻朧桜のところへ。
……やっと思い出した。あの時二人で行きたいね、と話していたのはこんな大きな桜の木だ。
立派ですごく儚くて綺麗だからいつか見に行きたいって話してたね。
あはは。どうしよう。ボクの願いも叶っちゃった。
●"白い翼"
幻の親友と。普段より幾分か大人しくしている相棒と。
樹神・桜雪とで、レトロな喫茶店で一つのテーブルを囲む。
必要な席は、実質三つ。だから、まあるい机のテラス席を選んだ。
小さな一羽の座らない人間大の椅子と、椅子は引いてあるのに空席の椅子と。
人影だけはたった一人の、昼下がり。あとで飲めばいいやとクリームソーダを合計二つ分注文して、ほのぼのとした時間を楽しむ。
『サクラ日和だね、どこでも』
ひらりとコップの中に落ちてきて。
水面に浮かんだ花びらを"君"は目を細めて眺めている。
「春だからねぇ」
他愛も無い話をしながら、こくこくとクリームソーダを呑んでいる桜雪。
たくさんうかんだこおりつめたくて、さわやかなあじがここちいい。
流石ソーダ、しゅわしゅわだ。
――咲いているが常だから、春じゃなくてもこの光景は見れたりするけれど。
此処で話に水を差すのは野暮というものだ。
「……ねえ?せっかく逢えたのだしほかにもどこか行こうよ」
桜雪が誘えば当然、という雰囲気を出した"君"。
『行きたい処は、決まってるの?』
行きたいところを教えてよ、と一歩下がって訪ねてくるのを、なんだか微笑ましいものでも聞いているようで、桜雪はフフ、と控えめな笑みを零す。
「うーん、絶対行きたい、ってところはないんだけど……」
――本当なら思い出の場所、とか言いたいんだけどさ。
――ボクの思い出の場所って……どこにあるんだろうね。
サクラミラージュには何度も足を運んだ事があるけれど桜雪の記憶の在り処が"君"と行きたいところかといわれるとなんとなく違う気がする。
――霞を掴むような朧気さだもの。
――"君"と過ごせる間に(記憶の)欠片を拾えるか怪しいし……。
「じゅり?」
肩口に止まったり、頭の上に止まったり忙しない相棒が桜雪に話しかけてくる。
思考停止時間が長すぎて、どうやらアルカロイドの花束の(毒の)効果かどうか、気にしているらしい。
「相棒大丈夫だよ、このあと行くなら何処がいいかなぁって考えてて……」
ふと、シマエナガのまあるい瞳と視線がぶつかって。
なにか、と首を傾げた相棒が再び鳴き始める前に桜雪が問いかける。
「ところで……相棒は、"視えてるの"?」
「ジュリリ!」
使った当人しか見えない幻、と聞いていた。アルカロイドを使ったのは桜雪だけだから、今独り言を存分に話しているハズなのだが……。
『見えてなかったら、もっとたくさん存在感をアピールしてるんじゃない?』
"君"は当然、その子は見えているでしょう、と応えてきた。
桜雪から離れたら見えないが、桜雪とくっついている限り見えているのではないか、と他人事のように推理まで披露してくる。
「……そっか。そうかも」
いい感じに丸め込まれるのも、なんだか何度も"君"としてきたやりとりのようで。
不思議と楽しい気分になってくる。
「じゃあ行こう、とりあえず、目的無しでふらふらとね」
『そうだね。あ、でも……ちゃんと飲み終わってからね?』
相棒が啄むように楽しんでいたけれど、"幻の親友"にいわれてしまったら。
コップを空にしてからじゃないとね、と一気にあおって店をあとにする。桜雪から離れていたから幻が見えていないはずの相棒からは、不思議なことに――特に苦情の囀りなどは、なかった。
「ね、ボクが他の服を着るとしたら……どういうのが似合うと思う?」
戯れに訪ねると"君"はつう、と帝都の服屋の店先を指差す。
『あーいうのじゃない?』
――ひらひらしてるレースな布が見えるのだけど?
「どんな服が似合うかな、少し寄り道しよう?君が選んでよ」
『いいよ?』
"君"は幻だから、商品には触れないようで。
だからこそ指差してコーディネートを依頼する。
『もこもこ。ふわふわ。あと、ひらひら』
和装の桜雪にも、この帝都のロングコヲトや異国な様相は似合うと思うと"君"は言った。だぼっとした服とかも似合うだろうに、とくすくす笑う声がして。
「……」
あれこれと試して、親友が最後にそれを付けて、と言ったモノ。
羽根だけで構成された桜雪の身の丈ほどに長い、羽毛のマフラー(白)。服装、ではなくアクセサリー。しかし、"君"は気に入った様子で沢山頷いていた。
――それは、自画自賛、ってやつかな……?
『シマエナガ君とお揃いみたいでとても良いと思うよ?』
もこもこ部分で顔が少し隠れて、垂れ下がる部分を考えれば白い翼が在るように見えるかもしれない。
「お揃い。……うん、ちょっと買って来ようかな」
『似合うと思うよ。とっても、ね』
購入後ひらひらと揺れるマフラーに早速乗り込んでくる相棒。
向かう先は町外れ。あの方向には帝都図書館があったはず。その傍には――。
「見てよ、立派な幻朧桜だよね」
目的は特になかったけれど二人と一羽で見上げて、さわさわと枝を揺らす光景を眺めていたら何かがカチリとハマるような気がした。
「――……やっと思い出した」
『ん?』
「あの時、二人で行きたいね、って話していたのはこんな大きな桜の木だ……」
あの時見ていた本のページ。
その抜け落ちた記憶の色が、山盛りの桃色で覆われる。
――そうだよ、大きな桜の樹だった。
――見上げる程大きな、幻想的な……。
「立派ですごく儚くて、それでいて綺麗だからいつか見に行きたいって話してたね」
『うん。それでどうかな?本のページの光景と、同じではないかも知れないけれど……』
「あはは、どうしよう。"アルカロイド"はすごいね――ボクの願いが幾つも叶っちゃってるよ!」
"いつか"と夢見た白紙のページ(記憶)。
叶わなかった思い出が一つ、二つと書き込まれていく。
ふわふわ、ひらひら、桜色に彩られた花束(たからもの)。
大成功
🔵🔵🔵
ノヴァエラ・エルグ
どこに行って何をしましょうか
なんて迷っている時間ももったいないの
だって楽しい時間はすぐに過ぎてしまうのよ
そうね、街に行きましょう
きっと素敵な物がたくさんあって楽しいのよ
外の世界は知らないものばかりだから、あなたにたくさん聞いてしまうかもしれないの
あら。このお菓子、とてもおいしいの
折角だもの、あなたにもおいしい気持ちになってほしいの
これはね、ふんわりしていて、甘い香りがして、甘いのよ
…うまく伝えられないの、残念ね
あなたには桜が似合うのね
この髪飾りなんて素敵よ
私に似合うものもあるといいのだけど
そうね、あなたも探してくれると嬉しいの
…見付からなくてもいいのよ
私のことを考えてほしいだけなの
●"角砂糖"
――どこへ行って何をしましょうか。
ノヴァエラ・エルグが考えようと行動を止めたのは、ほんの数分だけ。
迷いなく"好きになるひと"の手を捕まえて、軽く先導するように引く。
「迷ってる時間ももったいないの。行きましょう?」
『それは、どうして?』
「ふふ、だって楽しい時間はあっという間にすぐ過ぎてしまうのだもの」
星の煌めきのように、通り過ぎてしまうのが夢だから。
「そうね、街に行きましょう」
此処は少し人通りが少ないからとノヴァエラが微笑むと"彼"も釣られて微笑んだ雰囲気で応えてくる。
――見えなくても色んな人に自慢している気分でいても、いいかしら。
帝都の街並みは人と輝きに溢れてるもう少しにぎやかな場所。
"彼"の手を引いて、こちらへと招く。
「きっと、素敵な物がたくさんあって楽しいのよ?」
『君はこの街に詳しいのかい?』
"彼"の問いかけには、はにかむようにノヴァエラは首を横に振って返答する。
「外の世界は知らないものばかりだから、……あなたにたくさん聞いてしまうかもしれないの」
星見の郷へ堕ちた黒雷、生まれはとても遠い場所だから。
――此処のことは、あまり多くを知らないの。
困ったような表情だと思ったのか"彼"は、くつくつと笑って。
『そうか。……はは、君は可愛い人だね』
とくん、と鼓動が跳ねるようなことをさり気なく言いながら。
『じゃあ、俺が"寄り添える"場所へ逆に案内するよ。"君"よりも、此処にはきっと、詳しいからね』
幻覚の中の"影朧"としての顔(正しい側面)を砂糖の粒ほどに覗かせて。
しかし君が望むなら。それもいいよ、と"彼"は頼られることを喜んだ。
幻の"彼"に手を引かれ、人混みの多い大きな通りに足を運ぶ。
夜に祭りが始まるからか、準備をする人の数がかなり多い。
『このあたりはね、お菓子に拘りがあるカフェーが多いんだ』
ふわりと桜にまぎれて漂うのは、砂糖菓子の甘い香り。
美味しかったら買って行って、と試食用のお菓子の袋を渡すパーラーメイドが何人も居たりして。
ノヴァエラの手元には、お菓子の小袋が複数集まった。
口にしないのでは、作った方々に申し訳ないから――と、ぎゅ、と閉じられた紐を解いて中身を取り出す。
白や黒、こんがりといい匂いがするクッキーだ。
さく、と音がしたと思えば蕩けるように、消えていく。
「あら。このお菓子、とても美味しいの」
『どんな味?良ければ、聞かせてくれないかい?』
「ええとそうね。せっかくだもの、あなたにも美味しい気持ちになってほしいのよ」
うーんと、と言葉を探る。
おひとつどうぞ、と口にひょいと渡せれば、同じ気持ちを共有できるのだけれど。
それは少し、ままならない。
"彼"はここにはいるが"此処には決して"いないから。
『おいしい気持ちには、なっているよ。でも、……"君"の感想が聞きたくてね』
照れて笑う"彼"の強がりこそ、可愛らしくも思うもの。
「ふふ。これはね、ふんわりしていて、しっとりもしているの。不思議な食感が、面白いお菓子だと思うのよ。甘い香りが優しくて、とってもとっても甘いのよ?」
思わず笑顔が溢れるくらい。
ノヴァエラの言葉が伝わっただろうか?どうだろう、自信がない。
「……うまく伝えられないの」
『そんなことはないよ、"君"。"君"には見えるかい、ほら、"幻朧桜"が見せる幻が"君の言いたいこと"を俺に伝えてくれてるよ』
周囲を眺めて見て、と"彼"はいう。
ノヴァエラの言いたいことを、幻視させているというのだが……それは"幻朧桜"が甘いという光景を小粒の角砂糖の多さで現していた。
とてもおかしく、確かに甘いと分かるが不思議な光景だった。
どこもかしこも、ひとつまみの角砂糖で山を作っている。
甘くて、甘くて、甘いという事を"彼"の魂だって理解できるだろう。
「此処まで表現に応じて貰うとは思っていなかったの……」
『だろうね。"君"の伝えたい、を汲んでくれたんだと思うよ』
ひらひらと、桜の花弁が"彼"の頭に落ちてきて、止まる。
神秘の桜の花びらだ、透けて通り抜けること無く、"彼"の頭にとどまった。
「……あなたには桜が似合うのね。その髪飾りなんて、とくに素敵よ」
――私に似合うものも、あるといいのだけど。
『そうかい?ありがとう。お返しに、"君"に似合うモノを一緒に探そう?』
「そうね、あなたも探してくれると嬉しいの」
――もう少し、一緒に居られる時間を楽しんでほしいの。
『"君"の深い星海のように揺れる髪にも、桜は似合うと思うんだ』
――……見つからなくても、いいのよ。
『……でも、そうだな。"君"なら、桜の耳飾りか簪が似合いそうな気もするよ。ああでも、耳飾りなら俺と片方ずつ……んん、いや。まず"君"に聞かなきゃいけないな。俺に、選ばせてくれるかい?』
――ずっとずっと。私のことを、考えてほしいだけなの。
大成功
🔵🔵🔵
ルパート・ブラックスミス
彼女の腕になった翼が俺の鋼の腕に絡む。
他愛ない言葉を交わしながら歩く風景は現実と同じ桜並木通り。
仮初の身体?今日はいらない。お前と歩くならこの姿こそが正しいだろう。
風吹いて桜吹雪。その中でもお前の花は鈍く輝くな。
金色の花。金属になってしまった花。
武具を作る為に禁術を使い続けた代償。
己の肉体すら蝕まれても、お前は力を与え続けた。
そうだ、他の猟兵から聞いたんだ。俺の大剣は、鎧と違いお前が一から作ったと語ってたそうだな。結局、未だ折れずに存分に振るえている。
ラジオ放送だろうか。
どこかから流れてくる歌を二人で口ずさむ。
『声』はまるで同じ、異口同"音"。
お前は国の事を…俺の知らない事を、話さないのだな。
●"本質が同じ"
彼女の髪と同じ青の翼が、腕のように形を変えて。
鋼の腕に、ふわりと優しく絡んでくる。
まるで大事なものに、そおっと触れるよう。
しかし、本物の手で触れてこないのは、なにか想いがあるからか。
『このまま立ち話に興ずるつもりなのでしょうか?』
ルパート・ブラックスミスへ尋ねる彼女、幻の"黒騎士の武具造りし黒魔術師ブラックスミス"は一定の距離を保ったまま。
彼女は淡く微笑む。
そして告げるのだ。騎士よ、――そのまま立ち尽くすだけでいいのかと。
「選択肢としては、有りと思うが……」
"寄り添う存在"だ、危害を加えてくる事はできない。
否、彼女が"寄り添う"というのなら、攻撃的意志を向けてくる事自体があり得ない。だから、この行動は――ただ、"女"として"男"に尋ねているのだろう。
何処にでも行けるはずなのに。何処にも行かない縛られしモノなのか、と。
「……いや、無しだ。そちらの通りへ足を向けよう」
――仮初の身体で歩みを合わせる事もこの場の行動としては有りなのだろう。
――だが。今日は、いらない。
鎧のままで在るべきだとルパートの直感は囁いていたのだ。
――お前と歩くならば、この姿こそ、正しいのだと。
踏みしめる地を踏む鋼に、彼女は付かず離れず歩みを合わせる。
漆黒の全身鎧を背後に並べていたあの時のダークセイヴァーで見た光景とは少し異なっている。彼女の前を"鎧"が歩いているのだから。
『その方が宜しいでしょうね』
他愛のない言葉を交わすこと、二度三度。
本当にこの世に無い存在なのだろうかと、疑いたくもなる。跡形もなく燃えて無くなったハズの彼女と、この様な平和な幻覚を見ているなどと――。
「おお花咲く様相を見るにこれは満開だ。ふむ、見事……」
『いえ、正確には七分くらい……』
桜並木の通りを、ゆったりと歩き、春の訪れをわずかに感じた。
青の髪を靡かせる緩やかな風が吹けば、揺れる桜の花と蕾。
花びらが攫われて、巻き起こされるのは優しい花吹雪。
わずかに小柄な彼女の頭で花開く金色の花は――時を停止したように、微動だにしない。ただ、鈍く輝く花は凛と存在感を主張する。
「……!その花は」
『ああ、咲いているように見えないと。気付かなくていい事を気が付きますね』
触れてみるように翼の腕が伸ばされて、ルパートの手はそれに触れた。
――生花では、ない。
手触りの総評。それは金属化している、花だった。
『武具を作る為、必要なことでした』
黒魔術や錬金術――秘された禁術。
それらの行使の過程にあったのは生命力という犠牲だ。
創り出した結果の内に溶け消えた誰かというモノはあり。決して軽い成り立ちをしていない。結果として、質の高い呪いの武具はそれらの上に存在した。
命の上にそれは在り、有るが故に。
『後悔など、在るはずもない』
全てが使われて鋼のような硬さを得た、終わった花だ。
「……己の肉体すら蝕まれても、お前は力を与え続けたのか」
『創るとはそういうことです』
「他の猟兵から聞いた。俺の使う大剣は、鎧とは違い前が一から作ったと語っていたのだと」
扱う術の総ての粋を与えられた、ブラックスミスが鍛えし剣。
存在も、在り方も。彼女が創り出した"大剣"であると理解すれば、成程。頷ける部分も無くはない。触れた生命力を吸収し、青炎と流動鉛に変換し繰る魔剣。妙に鎧の内で生成される鉛とも相性が良いのは、それもまた"呪いの武具"である証。
『傑作は語るものです。名声、それから繁栄のために。……使う、と。その後は?』
「結局、未だ折れずに存分に振るえている」
『騎士道があるのなら、"唯一"の武器を折らずに突き進む事を勧めましょう。折っていい事はないのです……まあ、簡単に折れるようにも創ってはいないのですが』
それを正しい形に直せるモノが今や存在しないのですから。
大事に為さると良いでしょう。貴方が扱う限り、それは折れるという概念から程遠いでしょうが。
――♪。
何処からともなくやや音飛びしているラジオの音が聞こえてきた。
流れているモノは、どこか聞き覚えのある気もする、歌だ。
「――」
『――』
"同じ声"が同じメロディを口ずさむ。
異口同"音"。少しのズレもない、サラウンドな音が耳を撫でる。
ああ、では彼女はこの歌を知っているのだ。
彼女と同じ声色を、此処で疑問として叩きつけるべきだろか。
「……」
帝都に稀に流れる世界統一を成すために作られたという軍歌。相当に古く、曲は錆付き今や"不死の帝"のみがその有り様を知っているという風の噂があるほどだ。
"不死の帝"が気に入っているから、時折この曲が流されているのだと。
『私の"声"が、私の翼に違和感があるというのなら、その鎧(胸)の中が空(カラ)ということはないでしょう?』
ブラックスミスの技術を使い、彼女の特徴(炎と声)を身に有する。
『十分にヒントは差し上げました。私を識るということは、貴方(うちがわ)を識る事』
カッ、と靴音を高らかに鳴らして彼女はルパートの一歩前へ踏み出して、振り返るように言う。
『……"悲しめない"のは、別れだと想っていないからでは?』
ふふふふ、微笑む彼女は討たれた事を気にした口調で語らない。
「それにしてもお前は」
――国の事を含めて……俺の知らない事を、話さないのだな。
真相は語らない。仄めかすだけの、彼女。
正解の鍵を握るのは、死者でも幻でもなく――騎士の誇りを胸に抱くものでなければならないのだ。
それこそが、――"ブラックスミス"たる証明。
大成功
🔵🔵🔵
鬼桐・相馬
【焼き鳥】2名
取り合えずこの桜並木でも歩こうか
そう思った視界の先に映る白い翼と月下美人
妙な動きで近寄ってくるのでさっさと名を呼ぼう
双子の姿を共有する為繋いだ手
おい、その緩みきった顔見られているからな
移動遊園地では彼らが楽しむ様子を見守るよ
実際はハルアひとりが遊具に乗っているのだとしても
俺には彼女にしがみつく双子が映る筈だ
渋々乗り込んだ回転木馬では馬車から双子に軽く手をあげて返そう
迫る刻限、帰り始める人々
握る柔らかな手の温もりに思うのは
力を制御する代償に幾多のモノを失いつつあるこの身体
俺もいつかこの双子のように突然――
ハルアの言葉に我に返る
そうだ、彼らは俺の記憶の欠片
最後を見届けるのは俺の役目だ
ハルア・ガーラント
【焼き鳥】
和スイーツを買いに立ち寄ったこの世界
見かけたその姿に鼓動が跳ねる
こっそり忍び寄るも見つかってしまって
経緯を聞いたら即座に頷き同意
「合法」に手も繋げちゃう
双子には笑顔で挨拶
初めまして、わたしもお仲間に入れて貰っても?
桜並木を少し歩いた先に移動遊園地が来ていたのを思い出し相馬に提案
彼らが興味を持った遊具に乗ります
しっかりつかまっていてくださいね?
回転木馬なら相馬も一緒できないかな
あなたと手を繋いでいないと見えないから
そう説得し馬車に乗り込みます
楽しい時間はあっという間
近づく別れの予感に相馬の手を強く握ります
夕暮れって感傷的になってしまう
作るのは精一杯の自然な笑顔
この後のお祭りも楽しみだね
●"面白い光景"
季節外れの栗を扱った和スイーツや、カフェーお勧めの限定品。
あとは見栄えを重視した"幻朧桜"の桜漬けの小瓶を少々既に購入済みだ。
――桜茶とかいい香りですし。
――時々なら一人のときに楽しんでもいいですよね!
なんて、ハルア・ガーラント(宵啼鳥・f23517)は純粋に買い物を楽しんでいた。
試しにどうぞと桜茶を実演で試させて貰ったので、どんな感じになるかは確認済み。お湯の中で七分咲きだった蕾がふわ、と開いていく様子がとても綺麗なのだ。
――見た目良し、花丸です!
頬が緩み過ぎるのをぺちぺちと叩いて自制自制っと。翼より後ろ、桜並木でよく知る黒い人影が通った気がして、ぱたぱたと木々に隠れつつ後を付ける。
――こっそりと忍び寄って確かめれば、相馬かどうか分かるはず。
大きな翼が木から飛び出しているが、そう簡単には気付かれまい……。
鬼桐・相馬はとりあえず、桜並木を双子を連れて歩いていた。
そう、とりあえずだ。明確な目的は、とくになかった。
しかし――。
「ハルア」
視界の先、見覚えのある翼とふわりと輝く月下美人が別人ということはないと決めつけて名を呼ぶ。
「ひゃぃ!?」
バレていると思ってなかったハルアから軽い悲鳴があがったことで、相馬は当然本人だと確信した。
――な、なんでバレ……。
足取りが少し浮つくのだが、呼ばれたからには近寄っていく。
ハルアの鼓動が存分に跳ねるのは、驚きの余りか。本当に相馬だったことが嬉しかったのか。それはどうか、ハルア本人に聞いて欲しい。
「手」
「……え?」
相馬の此処までの経緯を語る内容は、実に端的。
"とりあえず手を出せ、話はそれからだ"。
差し出された手に、おもわずハルアの思考がピタリと停止する。
"合法"に手をつなげるチャンス、到来。
話は見えないけれど、即座にその手を取る。
手を繋ぐと、すぐに分かった。
相馬の傍で二つの影がふわあ、と像を結んで現れたから。
確認に手を話すと、煙のように霞んで消えてしまう。でも繋ぐと、見える。
説明するには難しい不思議な状態に、相馬はあるらしい。双子が二人ともおどおど、と相馬の影に隠れようとするのを見てはすぐに頬が緩んでしまう。
――か、可愛らしい……!
笑顔で挨拶しなくちゃ、とふるふる空いた手を揺らして。
「初めまして、わたしもお仲間に入れて貰っても?」
『……』
双子が見上げてくる。なかまにいれてあげてもいーの、と。
「おい、その緩みきった顔は現実に見られてるんだからな」
幻覚の中の双子にも、双子が見えない通りを歩く通行人たちにも。
ハルアにはそれが、判っただろうか?
「小さな子連れなのは驚きました。そうそう、この先に移動遊園地が来てるんですよ?」
買い物をするついでに、並木道の先に展開されていた様子を見たとハルアが告げれば双子が相馬のズボンをくいくいと引いてくる。
「……じゃあ、いくか」
散歩だ、散歩。
鬼と、幻の忌み子かもしれない双子と、大きな翼が連れ立って。
桜の花びらがひらひら舞い落ちる移動遊園地につくなり、わぁあと嬉しそうな聲。
「乗りたそうだな、ハルア。あれに乗ってこい」
「はい?」
「乗ってこい。この双子は幻だから、誰かがやらないと楽しめない」
白の双子の目線で、どれに乗りたいのかを訪ねて。
『おうまさん!』
男の子が指差す先に見えたのは、回転木馬。
『おうまさん!』
女の子が指差す先も回転木馬。手の繋がった双子はどちらの意見もピタリと一致して、あれにのりたいのだと主張する。
「……だって?なんだか成り行き見守る気満々なところに朗報です」
「……」
「相馬も一緒できないかな」
「理由を端的に述べよ」
「あなたと手を繋いでないと、この子達が見えないから」
有無を言わさない笑顔で、にっこり。
双子たちも、ねー!と声を揃えて相馬を勧誘してくる。
――ああ、逃げ道がない。
「面白いモノが見れそうだと思ったのに」
――いや、不意打ちで手を離せば面白いものはいつでも見れるのか。
相馬の承諾までの返事は意外とスムーズで。
悪い考えが過ぎっている事などつゆ知らず、遊具を管理する人物に声をかけるまでのハルアの迅速さは、相馬の目も見張るほど。
「いやあ、馬車。いいですよね!」
ハルアが乗り込む先は馬車。
相馬も同行、果たしてその光景は純粋なる帝都民にはどう見えるだろう。
「しっかりつかまっていてくださいねー?」
双子たちは木馬の方へ。乗り込む前に幻を知らん顔して抱き上げて、騎乗させているのだから二人の行動は迅速だ。
二人でおうまさんはひとつずつ。
繋がった手を伸ばして丁度隣り合う小さめの回転木馬だから出来ること。
大きな木馬の背中に小さな子供がふたり。それから馬車に大人が二人。
ハルアが言うには、他に同乗する客が居ないから、一定時間の貸し切り状態になってしまった、という。完全にいい具合に嵌められた、と思う相馬であった。
『あー!』
完全に手放しで此方に手を振ろうとした双子たちが、不意に落馬する。双子の合図に手を上げて応えてやろうと思った相馬の反応はやや遅れたが、慌てて相馬から手を離し、受け止めるハルアがいたから難を逃れた。
――おお、しがみついてる……。
想像通りの面白い光景が始まった。
幻覚にしがみつかれたハルアには見えなくて、相馬には見える不思議な光景。
落ちるのを怖がってか幻の双子がしがみついて、年相応に笑っていた。
それも楽しいアトラクション、と思ったのかも知れない。
「……此処に居ます?」
双子が見えなくなって確認できないことを相馬に尋ねれば返答は短く。
「いる」
と返ってきた。どんな状態で、どうなってるかをいわない辺りがこの鬼もなかなか春の陽気に当てられている。
徐々に、少しずつ。疎らになっていく人影。
この移動遊園地を利用できる時間もあと僅かな日の傾き。
「それにしても、時間が進むのはあっという間……」
相馬の手を捕まえて、ちゃんと双子がいることに一安心。
強く握られた柔らかな手とその温もりに、ふと考えが別の方向に傾く相馬。
――力を制御する代償に、幾多のモノを失いつつあるこの身体。
――失い続けたあと、何がどうなると、考えたことがないではないが。
――俺もいつか、この双子のように突然――――。
さっきのアレは緊急事態だったけれど、今度は慌てて振りほどかないように、強く握って、温かい手を合法的に繋ぎ直す。
「聞いた話では、もうすぐこの子達はいなくなってしまうんですよね……?」
感傷的な気分を誤魔化すように、強く握っていたけれど。
相馬はきっとその程度では動じないから、ハルアがするのは精一杯な自然な笑顔。
「この後、お祭りがあるって?ふふふ、楽しみだね」
――ああ、……そうか。
沈み込んでいく思考をすくい上げられた気分を、表に出さず相馬は相棒に悟られないように告げるのだ。
「そうだ、彼らは俺の記憶の欠片だから……最後を見届けるのは、俺の役目だ」
かくれんぼするように消えていくかもしれない双子を。
今度こそちゃんと"見て"、見届けなければ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 日常
『夜半の夜話、影送り』
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POW : 望んだ儘にあれも此れも、存分に祭りを遊び尽くそう
SPD : 足の向く儘、賑わいを遠目に眺む夜半の逍遥
WIZ : 影絵を辿り、揺らぐ影達に想いを馳せる
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●夢の終わりの"影"送り
徐々に夜の帳が降りてくる。
辺りの明るさは、昼から夕、そうして静かでにぎやかな、夜の色へ近づいていく。
帝都の街並みに、ぽつぽつと無地の提灯の弱めな輝きが灯されて。
ふわあと優しい明るさが、ひとつ、ひとつと夜の闇を照らし出す
"幻朧桜"は今度は夜桜としての姿を見せつけ始める。どこにでも咲き誇る桜の木全体をぼんやりとした青白い輝きで包み込み、幻想的な色を強めて、淡く、輝く。
今日は記念日、影送りの日。
空に浮かぶ月明かりと。青白い桜の神秘的な輝きと。提灯の輝き。
帝都は神秘的な輝きだけが満ち溢れている。
これらの輝きに照らされ続けていると、影朧はじわじわと思い出す、という。
自身は此処に――"留まり続けてはならない身"なのだと。
そのうち輪郭を薄れさせて、帝都に満ちる儚い影へと"影朧"は同化して影そのものとして輝くように消えていくらしい。
朧気な明かりの影に、カゲを映して見送るお祭り。
この祭りの影送りは、夜の灯りに連動する。
自分が映した"カゲ"は、灯りを吹き消すことで、消すのが習わし。
参加者は誰もが一つ、自前か、無償で配られた提灯に連れられたカゲを映して時間を共有して楽しむのだという。
夜の帝都には、色んなところで飲み物や食べ物を出店している出張カフェーの姿も有る。別れるのはすぐでなくてもいいのだ。
幻を、今度は君が呼び止めてやればいい。
吹き消すまでは、彼らはきっと、此処に留まるから。
君が正気に戻るまでは、夢はきっと、続いている。
しかし、猟兵が見ていた幻覚からも醒める時間もまた、近づいているのも事実。
嗅いだ匂いが霞み、幻覚が薄れて、幻の姿が見えづらくなる。
アルカロイドの花束を楽しむ時間もそろそろ終わり。
幻を、――夜の空に還す時間だ。
都筑・やよい
提灯をひとつ、手に持って
「おばあちゃん」とお祭りをベンチに座って眺める
お祭りの雰囲気は実家の神社と変わらない
桜と言えばお祭りなのかな、なんておばあちゃんと話して
お別れのときが近づいているから言葉が少なくなって
おばあちゃんが「そろそろ行くかのう」って立ち上がる
まだ宵の口、行っちゃうのは早いよ
引き留めようとしたら、涙でおばあちゃんが滲んで
引き留めたら駄目だ、泣いちゃう
今日一日で、沢山のことを思い出した
おばあちゃんのこと、歌のこと、桜のこと
だから、ありがとうって見送らなくちゃ
笑顔で「ありがとう、またね」って
おばあちゃんも笑ってくれた
提灯をふぅっと消す
素敵な夢をありがとう
アドリブ歓迎です
●映った影に"ありがとう"
ゆらりと朧気にゆれると提灯の明かり。
ずうっと傍に有る気がするフレッシュな果実の澄んだ匂いが、徐々に霞んできたような気もする。
リラックスさせる香り(毒)に包まれて、都筑・やよいは夢を見ているから。
「おばあちゃん」
寄り添う影に声を掛けて、不思議なお祭りを丁度空いていた二人掛けのベンチに座って眺めることにした。
がやがやと、歩いていく人の数は賑わいの証。参加者の手に揺れる提灯と、淡く揺らめく影が目に見えて踊っていることはきっと幻覚ではない。
別れ際の影朧が、離れる前にああして一緒の時間を過ごしているのだろう。
火が消えて――居なくなってしまうまでは。
――ああ、お祭りの雰囲気は実家の雰囲気と変わらないなあ。
――人が居て、活気があって。賑やかで。
食べ物を買う母と子の二人が提灯を一つ持っているのを見つけて。
其処へ映り込む影は、"お父さん"――今は傍に居ない旅立ってしまった身内なのだとわかった。
その様な雰囲気が、色んな場所にある。
関係者だったり、知らない誰かが一期一会に過ごしていたり。
どうやらお祭り気分なのは影朧の方も同じようだけれど。
「満開の桜といえば、お祭りなのかなぁ?」
『そうだねえ、彩りにも華を添えてくれるからねぇ』
「でも……あ、此処だと桜はいつでも見れてしまうんだっけ」
『ふふふ、ならこの桜を見てお祭りがあるのは風物詩とはいえないねえ』
なんて話ながら、記念日があるからお祭りがあるんだよ、とやよいは笑って返したものだ。
地域置きに地元独自のお祭りがあるのと同じ。
帝都全体が"影送りの日"行っているわけではないだろう。
迷える影朧が、安らかに眠れるようにと桜が常に呼んでいるのだとしても。
"やり残し"を抱えた魂が簡単に眠りを選ぶ事は多くない。
死後、転生の道を容易く受け入れてくれないもまた、この世界の在り方だから。
不安定なオブリビオンとなって――"過去"なのに"今"を欲して手を伸ばして、しまうから。
色んな人の話し声。客観的に聞いていたやよいとおばあちゃんの間に、会話の言葉が徐々に少なくなっていく。
幻のはずのおばあちゃんの横顔に、寂しげな表情を見た気がして。
「……さてね、そろそろ行くかのう」
――ああ、ほら。やっぱり。
おばあちゃんが座っていた腰を上げて、立ち上がりすぅうと見上げる。
ゆさゆさと、夜桜が花びらを落としながら揺れていた。
「まだ宵の口、行っちゃうのは早いよ……っ」
引き留めようとしたら、視界が大粒の水滴で見る見るゆらゆらと揺れて。
涙で滲んで見えているんだと気がついて、すぐに慌てて目をこする。
――引き止めたら駄目だ、泣いちゃう――――。
溢れてくる涙が止められない。このままではわんわん泣いてしまう。
「今日一日で、沢山のことを思い出したよ。おばあちゃんのこと歌のこと、思い出の桜のこと……」
『もう少し居たいけれど、"見えなくなって"しまったら挨拶ができないだろう?』
「うん……だから、おばあちゃん。来てくれて、"ありがとう"…………!」
両目の大粒を拭って、満面の笑顔で告げるのだ。
お見送りの言葉を、明るく。元気に――歌うように。
『ありがとう、――またね』
やよいの笑顔のお返しに、おばあちゃんも笑顔を見せて笑ってくれた。
輝く蒼い色に輝く像が朧気になって、やよいの視界の隅で――ああ、待っている。
影として、姿を映しているのを。夢から目醒めるその瞬間を。
旅立ちを見送るように、やよいは提灯の明かりを、ふぅっと消す。
「素敵な夢を、ありがとうね……」
消えた明かりに連れられて。
アルカロイドの花束の光り輝く色は、すぅうと夜に溶けて消えていった。
風が頭を撫でるように吹き抜けていく。
まるでおばあちゃんが、最後に頭を撫でていったような気さえ、したものだ。
安堵と裏返しの寂しさが目に水滴の形で溢れてくる。
影送りの見送りを終えたから――涙を隠す必要は、もうないだろう。
大成功
🔵🔵🔵
エグゼ・シナバーローズ
提灯を受け取り、どこか落ち着かない様子の『サンディ』に
「なー、この祭も回ろーぜ」
と誘う
提灯を受け取るときに祭の意味を聞いた
アイツが落ち着かないのはそれが関係あるんだろう
でももう少し、もう少しだけ――
目的地はない
屋台の間をぷらぷら歩く
幻のアイツは食えねーだろうから、俺だけ食う気にもならねーんだ
月が綺麗だ
夜桜も綺麗だ
「綺麗だよな」
思ったままを呟いてアイツ、いや優しい幻の根本に語る
「お前と居られて楽しかった。幸せな夢をサンキュな
お前は夢の中の自分くらいは友でいいと言ったけど――
現実のサンディともいつか向き合ってみるぜ。お前には勇気も貰っちまったな」
もう一度礼を言ってから
名残惜しさを振り切って、別れを
●"いつか"
「ああ、お祭りに参加する方ですか?」
「ん?」
エグゼ・シナバーローズは祭りの運営に協力している影朧救済機関に所属する男性に声を掛けられた。
「誰か……見えない"誰か"といるように見えたので」
思わず図星、という顔をしたエグゼに男性はふふふ、と笑って無償の提灯を渡してくる。
今灯りを付けますからね、とふわ、と灯された優しい明かり。
「たまに、当人にしか見えない影朧もいらっしゃいますから」
統一性がないのが困った方々ですよね、と苦笑を零したかと思えば軽く被っていた帽子を正して。
将校マントを揺らして、男性はすぐに去っていった。まだ提灯を持っていない誰かへ、明かりを提供するのが彼の今夜の任務なのだろう。
「良き夜でありますように」
エグゼの耳に残ったのは、その言葉だ。
"良き夜"。その意味とは――チラリ、と目の隅にずっといる"彼"に目が行く。
そわそわと、落ち着かない様子の"彼"が見ているのは今しがた貰った提灯ではなく――空いっぱいに花を広げている幻朧桜の群。
ぼお、と幻想的な青白い輝きを瞳に映してからは、何かをエグゼに言いかけるのを数度目撃している。いいたげにするわりに、何も言わない"彼"の横で小ぶりの提灯をゆらゆら揺らしてみると、内側の明かりに連れられて淡い影がふるりと揺れた。
「なー。この祭も回ろーぜ」
誘ってみると、返事は言葉でなく一つの大きい頷きで。
「提灯貰ってる間にどこか見てたよな?なにか面白そうなのあったか?」
『夜のサクラも綺麗だなあとは思ってたかな』
「ふーん屋台とかに興味ねーってか」
提灯を受け取るときに、エグゼと"彼"はそれぞれ少し離れた場所に居た。
祭の意味をしっかりと聞いたのは、丁度その時。
――アイツが落ち着かない様子なのは、それが関係あるんだろう。
――でももう少し――――。
――もう少しだけ――――。
「じゃあ、適当に行こーぜ?右回りで」
『ええ?左側からいこうよ』
仕方ねえな、とエグゼが"彼"の意見を聞き入れてふらふらと歩き出した。
提灯を片手にゆらゆら。ふらふら。
人混みの中を、揺れる明かりと影を引き連れて、ただ二人で歩いた。
――目的地は、ない。
――屋台で売ってるモノの話を時々挟んで。それだけ。
――他愛ない事を、ぽつぽつと。
それでも楽しい気持ちになるものだから、お祭りという企画自体に温かい気持ちが籠もっている。
きっとこれも、影朧を慰めるような効果を齎しているんだろう。
『エグゼ、あの屋台のとか美味しそうだよ。買ったら?』
「いや、……あれはいーわ。ちょっと油こってりしすぎてるって!」
――これは俺の細やかな嘘。
――幻のアイツは食えねーだろうし……。
――俺だけ食う気にもならねーから!
強いていえば、既に胸が一杯で。食欲が湧かないというのは本当だ。
お祭りで沢山並ぶ屋台でよく見る油モノは、ちょっと胃もたれさえ齎しそうな気がしたのだ。夜桜の向こう、輝かんばかりの綺麗な月が覗いていた。
さらさらと夜桜を揺らしているのは――真実、ただの風なのか?
意を汲んだ"幻朧桜"の粋な計らいかもしれない。
「なあ、ずっと思ってたんだけど……綺麗だよな」
暗い空で、青白く輝く桃色の花びらが舞い踊る様はそれだけでも気分を落ち着ける。エグゼが話しかけるのは"彼"……ではない。
寄り添う存在として、幻を映していた影朧へだ。
『うん。時間の続く限り見ていたくなるね』
「お前と居られて楽しかったぜ?――幸せな夢を、サンキュな」
『……エグゼ、それほんとに"夢"に言っていい言葉なの?』
"幻"が"彼"の顔をして話しかけてくる。
「お前は夢の中の自分くらいは"友"でいいと言ったけど――夢は、夢なんだ。でもそーだな、少し背中押された気分っつーか」
『そう?"俺"は今夜より遠くの時間まで行けないから――その方が良いと思うかな』
「現実のサンディともいつか向き合ってみるぜ。お前には勇気まで貰っちまったな」
『泣いて喚いて、とにかく"俺相手"に言いたいことは叫ぶんだよ?』
"俺相手"に何度も負かされてちゃあ、"夢(りそう)"にまでいけないよ。
「……検討しとく」
"幻"はやれやれ、という表情でその言葉を受け取った。
エグゼは名残惜しさに提灯の明かりを消すのを躊躇うが、それも少しの間だ。
「ほんと、――サンキュな」
もう一度の礼を告げて、夢の終わりを軽く吹き消した。
提灯から明かりが消えて、幻が影に紛れるように青白い輝きを放ってふわあと霧散して消え去った。微かに嫌味っぽくない笑顔を見た気がしたがそれもふわあと消えたのだ、確かめる術は、もうない。毒(幻覚)を引き連れた不思議な半日が、――静かに祭りの輝きの向こう側に溶けていったのだから。
大成功
🔵🔵🔵
樹神・桜雪
もう時間……早いなあ。
夜は夜ですごく綺麗だよね。
提灯も貰ったからもう少しだけ歩こう。
お持ち帰りの珈琲も買ったし、もう少しだけ。
次に会う時はキミの名前を思い出せてるといいな。
行きたかった場所やキミの事も思い出せてるんだもん。いつかは思い出すよ。
……うん、幻でも会えて嬉しかった。ありがとう。
夢の時間はそろそろおしまい、でしょ?
誰もいないところまで歩いていって残り少ない時間を使ってキミの姿をしっかり覚える。また忘れちゃわないようにしないと。
名残惜しくて、なかなか提灯の灯りを消せないや。困ったね。
相棒、一日つきあってくれてありがとう。うん、大丈夫。
大丈夫だよ。マフラー大事にしなくちゃね。
●"キミの名前は――"
空を見上げると、既に夕闇が暗い色に染まって行くのが見えて。
幻朧桜がふわああ、と輝く様を間近で見た。
蛍のような光のようにも思えて、相棒が突きに行こうとするが小さな嘴が輝きの正体を啄めることはなかった。キラキラと見えるそれは、オーラのようなものだから触りたくとも触れず、ただ見えるだけ。
「もう時間……早いなあ」
樹神・桜雪も、今日という日の時間が進む速度に今吸った息をゆっくり吐いて逃がすのさえ、早く感じた。
きっとそれは錯覚。あっという間なのだ、いつも、どんな日でも。今という時間は。体感での感じ方が、時間そのものを大切に思うからこそ早く過ぎていってしまうだけなのだろう。
『時間は待っていてくれないからねえ』
"君"も名残惜しそうにする視線の先は、桜雪が流れるように渡された参加者の証。
上と下が黒で、白くてまあるい提灯。
偶然と思いたいが、点々と墨で色を付けたらまるでシマエナガのよう。
「……あれ?相棒?」
桜雪が不思議な縁の巡り合わせを感じている間に、ちちちちとなにか言いながら提灯の周りと飛び回り――。
つん、つんと当たり前のように二箇所に小さな穴を開けた。
オマケにつつんともう一箇所。三箇所に開けた穴はそれぞれ、目と、嘴。自分の顔をわかっているような計画的犯行に、"君"はふふふとお腹を抱えて笑い出した。
「主張が激しいなあ、ボクも"そう"見えたけどさあ」
小さな穴が空いた程度でナニカ風体が崩れるわけでもない。
「ねえ、もう少しだけ歩こう?」
即席シマエナガ風提灯をゆら、ゆらと揺らしながらお祭りの夜を二人と一羽が歩く。途中でお持ち帰りの珈琲も購入して、手荷物が多くなってしまったけれど。
出店を運営していた出張カフェーのパーラーメイドが購入時に言ったのだ。
「あの、首から下げさせて貰っても宜しいですか?」
最近本店で入荷したという風呂敷包み式ボトルホルダーをひとつサァビスで付けると。長い赤の組紐で括ることで携帯性と利便性を上げてくれた。
「袖に忍ばせるにもおしゃれだと思いますが、お祭りを歩かれるなら"手"は開いていないとですよね!」
パーラーメイドさんは明るい人柄で、ボトルホルダーを"君"も欲しそうな顔をしたのが印象的だった。
寂しそうで、でも、受け取れないのをわかっている諦めた悔しそうな顔で。
「欲しかった?ごめんね?」
『ううん。手荷物は、持って貰うしかないからねえ。仕方がないよ』
"君"と歩くもう少し。ゆらゆら提灯のカゲの揺れ方に、"君"が時々気を取られているのを桜雪は見逃さない。
「あのね」
『うん』
「次に逢う時はキミの名前を思い出せてるといいなって、思うんだ」
――親友である"君"。
「行きたかった場所もキミの事も、"君"が寄り添ってくれたから思い出せたけど……ほら、キミの名前は……」
『名前?今此処で言っちゃおうかな、――』
「ダメ。いつかはちゃんと思い出すから、待ってて」
――例え幻覚である"幻"でも"親友"を映した、本物のような"キミ"。
桜雪がちょっとだけ背伸びをして。
口に手を当てるように頼んだら、降参したように分かったと引き下がった"君"。
「……うん、幻でも会えて嬉しかったよ、ありがとう」
『突然だねえ』
「だって……夢の時間はそろそろおしまい、でしょ?」
『ああ、そっか。何処を見てたか気がついてたんだね?』
お見通しだよ、って呟くと"君"は少し切なそうにわはにかんだ。
「此処は少し明るすぎるから……人通りの少ない所まで付き合ってよ」
『いいよ。言いながら、小路に曲がっているのを気づいてないわけでもないけどね』
祭の賑やかさから少し外れて。
喧騒を遠くに聞きながら、わさわさと揺れる幻朧桜が夜桜の枝を揺らしていた。
ひらひらと青白く輝いている花びらが、"君"に触れようとして――通り抜けて落ちていく。何度も目を擦ったら、幻の君が消えて居なくなってしまう気がした桜雪はまじまじと、じっくりと"君"を見つめる。
「残り少ない時間を使って、キミの姿をしっかり覚えておきたくてね」
『どうぞ?余す所無く存分に確認して』
"君"はそう言いながら桜雪の行動をじぃいと眺めていた。
まるで懐かしいヒトを見るように、手を伸ばそうとしたらしい手が一瞬上がって、すぐ元の場所に戻る。
「また忘れちゃわないようにするから、もうちょっとだけ待ってて」
――そう簡単には忘れないとは、思うんだけどね。
――でもまた、"遠く"へ行っちゃうからねえ……。
名残惜しくて、灯った明かりを消せなくて。じっくり見て、満足はしているけれど共有している時間をもう少し、と望んでしまう。
「……消せないや、困ったね」
『困ったねえ。でも、――忘れないでよ。"それ"』
買い物袋を指差した"君"は、にっこりと満足そうに笑った。
『"寄り添う存在"が映した"幻の親友"かも知れないけれど……それを選んだのは誰だったのか、ってね』
「忘れないよ。相棒ともお揃いだって言ってくれたじゃない」
優しく、それから、穏やかな空気がどことなくすぐったい。
"君"といた日々はいつもそうだったような気がする。
「じゃあ……またね。改めて言うよ、――ありがとう」
提灯の明かりをふぅ、と消すと"君"は青白い輝きに包まれて、ふわああと鳥の羽のように霧散して消えていった。微かに"じゃあね"と耳を撫でていく音を拾って――桜雪は夢から現実へと立ち戻る。
「あのね、………相棒。一日付き合ってくれてありがとう。うん――大丈夫」
頬に頭をぐい、と押し付けてくる相棒。
早くお祭りの続きに戻ろうと催促してきたかと思えば、ばたばたと、羽を広げておそろいを付けるようにアピールまでしてくる騒がしさ。
"君"といた時間おとなしかったのは偶然だったのだろうか――。
「大丈夫だよ、今付けるから」
――マフラー、大事にしなくちゃね。
手早くマフラーを装着して祭りの中へ戻っていく桜雪の背中でふわ、ふわと白の翼が揺れていた。
大成功
🔵🔵🔵
ノヴァ・フォルモント
あの頃と同じ様な
星が瞬く夜空をふたり静かに眺めていた
影送りの日
提灯を持って影を見送るお祭りだと聴いた
自分の持つ灯りでもそれが出来るだろうか
自身の魔力で淡い光が灯る
月明かりのランタンをそっと掲げる
気付けばもう…夢の終わる時間だ
懐かしい感覚も景色も
覚め難い夢だけれど
分かっている
これは君が見せてくれた幻だから
本物のお前の記憶は自身の中に変わらず有り続けている
それが僅かに垣間見えただけ
今日一日、ありがとう
この気持ちは君に、影朧へと向けた言葉
手にした灯りに意識を向ければ
淡く輝く光は消え去って
最期に、本物のお前も好きだった曲を聴いてくれないか
それに俺自身も弾きたい気分なんだ
…おやすみなさい、どうか良い夢を
●優しい雨
ずっと。ずっと。
ほわりと優しい月明かりの下のある人影。
降り注ぐたくさんの輝きを見つめていた二人の人物の姿がある。
しかし、正しくは一人の猟兵と、猟兵がふわりと夢見る"寄り添う存在"だ。
ほかのだれもいなければ、それはいるもいないも、同じこと――。
ノヴァ・フォルモントは夜の帳が落ちてきてからも、星が瞬く見晴らしのいい場所でふたりで静かに眺めていた。
二人で、一緒に。
見上げる空は蒼くどんどんと深くして、儚い昏い色が侵食するように広がっていて。帝都の街並みの明るさから比べれば、夜闇の色が周囲にも広がっている。作り出された明かりが少ないために、沢山の空から降り注ぐ輝きが、よく見えるのだ。
輝かしい白を引き連れて、流れて――消えて。また天空よりも遠い先から、力強い落下と煌めきで空を裂く流れを星々は繰り返す。
「今日は影送りの日……提灯を持って、影を送るお祭りだと聴いた」
『――』
灯りを灯さずに置いておくだけにしていた"月燈"の姿を、"星の瞳"は示し、気にしているようだ。
旅をしていると灯りを使わない夜も、当然あった。
獣の夜襲に備えて遣うときもあるが、眠りに就くまで灯すだけの日もある。
こうして輝きにあふれているものだから、月影を重ねているのも悪くない気がしたのだが。
――ああ、逆なのか。
――送り火のように、闇夜の中で灯して欲しいのか。
ノヴァはひとつ、頷いて。
自分の持つ灯りをすぅうと空にかざすように掲げる。
少し魔力を込めてやれば、空に有る月とを映すような青白く淡い色がふわあと周囲に広がった。
灯る月明かりのランタンの輝きは、提灯とは比べ物にならないほど、周囲を照らし影には少し強いものかもしれない。
だが、そんなランタンが心做しか普段より朧気な色を灯して揺らめいた。
「……?」
込めた魔力の量とは少し違う。
何かに共鳴するような、輝き方だとノヴァは気がつく。
――月明かりが共鳴する、優しい輝き……?
ひゅぅう。
耳に音が届いた。
ノヴァにはそれが、不思議なことに"歌"のようなそれに聞こえた。
「……誰か、いる?」
周囲を見渡しても、やはり"星の瞳"以外に誰かがいる気配はない。
『――』
すると何処からともなく、風に飛ばされてきた夜桜の花びらがふわふわと漂ってきたのを"星の瞳"が見つけたのだ。
神秘的な青白さを仄かに宿した桃色の花弁が、優しい時間を運んでくる。
街中から随分と離れているはずなのだが――。
近場に"幻朧桜"の姿が見て取れないだけで、影朧あるところに寄り添おうとする桜があるのだろう。
「ああ、……気がつけばもう、夢が終わる時間なのか」
夜に夢から醒めるという話を確かに聴いていた。幻覚の中に閉じ込めれられた白昼夢を今の今まで、吸い込んだ花の匂い(アルカロイド)の分だけ見ていたはずだから。
――懐かしい感覚も。景色も。
――こんなに広がっていて、終わりがもう傍にあるだなんて。
「覚め難い夢だけれど」
『――』
「分かっている」
夢から醒める時間を、伸ばすことは――出来ない。
一時的なモノだから、仮に同じ夢に浸れても同じ夜が来ないように。
同じ"星の瞳"が訪れるとは、限らない。
「これは、今日の君が見せてくれた"幻"だから」
広がる空が、"本物"ではない可能性は高いのだ。
あの日の、あの時の夜空――これもまた"幻"だとノヴァとて、気がついている。
――本物のお前の記憶は。
――この胸の中、自身の中に変わらず在り続けている。
胸に抱く記憶(おもいで)。
「それが、――垣間見えていただけ、だろう」
『――……』
「今日一日に、感謝するのは此方もだ。ありがとう」
この気持ちは姿を映した"君(影朧)"へ贈る。
掲げていた灯りに、意識を向ければ光量を徐々に落としていく。
そんな必要はないのだが、手元に近づけてふぅ、と息を軽く吹きかけて。
まるで提灯のような扱いをして淡く輝く光を消し去る。
「還る前に――最期に、"本物のお前"も好きだった曲を聴いてくれないか」
ランタンの代わりに、ふわああと青白い光に包まれながらも"星の瞳"は頷いた。
ノヴァが夢を望むなら、寄り添おうとする存在が、頷いた。
「俺自身も、弾きたい気分なんだ」
――消えゆくお前は、最期まで聴いてはいけないかもしれないが……。
小さな竪琴を手にとって、柔らかな音色を爪弾く。
――何度も歌い、育ててきた歌だ。
――きっと、安らかな眠りを。旅の終わりを送るだろう。
歌い始めたノヴァの歌にあわせて、醒めていく空の夢が"現実"に置き換わる。
空から降るのは、紛れもない小雨に似た星の雫の到来だ。
星の雨が、影朧に当たって弾けて流れるように消え去っていく。
落ちてくる雫の音、ノヴァの歌声。
夢見を誘う要素が、寄り添う存在の還るべき場所へ贈る導とならんことを。
――……おやすみなさい、どうかよい夢を――――。
星影の軌道に紛れ込んだ幻覚である幻は――星の輝きのように、燃え尽きたのか。
歌を終える頃には、――いつの間にか消え去っていた。
大成功
🔵🔵🔵
環・斗冴
んん、落ち着いたらなんだか恥ずかしくなってきたなぁ…!でも、伝えたい事が言えて満足。
それにしても、今日は夢みたいな日だったな。今までにないぐらいの贅沢かも。心の何処かで終わらないでほしいと思ってしまうほどに。
街で貰った提灯を持って桜が一番綺麗な場所に。君を見送るなら、最高の場所じゃなきゃ。
ばいばい、主。僕は今日も明日も、ずっと生きていくよ。君たちの想いと一緒に。
お別れができたらそっと灯りを消そう。
そうだ、最後にあそこに行こう。一服堂へ。せっかくキセルパイプを貰ったんだ。そこで一服、させてもらおうかな。
●繁栄の香り
――んん、落ち着いたらなんだか恥ずかしくなってきた……!
環・斗冴はパタパタと顔を手で仰いだ。
少し体温が上がってしまって、深呼吸を繰り返すが落ち着かない。
"彼"もこちらをみて、笑っているからよお系に恥ずかしさが増す。
――でも、だって。
――仕方がないじゃないか!
――でもね、……伝えたいことが言えて。
「もう分かっていると思うけれど、僕はね、満足しているんだよ」
『――』
分かっている、そんなふうに頷かれては気恥ずかしさも少しずつ落ち着いてくる。
「……それにしても、今日は本当に夢みたいな日だったな」
『一緒に居たときと比べて?』
「うん、君たちといた時くらい贅沢した気分だね」
二十何年も抱えてきた気持ちが、揺れていた心が。
澄み渡る、くらいには。贅沢な気持ちを、手にしたような気がした。
心の何処かでは夢がこのまま続けばいいのに、と願うほどに名残惜しい。
終わらないで欲しいと思ってしまうほどだ。
「これの灯りが一番映えるのはどこだろうね……」
街で貰った提灯を、揺らしながら"彼"と歩く。
貰った灯りがぼんやりとゆれて、揺れる影がついてくる。
"彼"がそればかりを見ているのを、斗冴は気にしていて。お別れする場所と明確にするのは少し気が引けたけれど、桜が一番綺麗な場所を探すのだ。
帝都のおいて、幻朧桜はどれも見事に咲き誇っていた。
夜桜の様相も勿論だが、青白く輝く淡い光もなかなか見応えがある。
枝垂れた桜もあれば、花弁の数が多い不思議な桜まであった。
多種多少に咲く誇る桜の下に、祭で訪れた人たちが訪れているのだ。
どこの桜の下も、周辺も人混みで溢れている。
――どれが、一番……。
斗冴が祭で賑わうなかで、帝都でもっとも目を引く桜を探した。
『あちらだ』
"彼"が声を掛けてきて、視線の先を追いかけると――。
ひと回りともふた周りも幹が太い、立派な樹が大きく枝を伸ばしていた。
見上げても樹の全長が見渡せないほど、巨大な幻朧桜は存在感を出している。
「よく……わかったね。君を見送るなら、最高の場所をと思ったんだ」
『分かるとも』
「そうだよね、君ともう少し居たいとも願ってしまうけれど」
――これは夢でしかなくて。
――君は遠くへ行ってしまっていて。
――"ほんとうのきみでもないから"……。
「今度はちゃんと、言うからね。――ばいばい、主」
『――』
"彼"は静かに聞いている。
斗冴の言葉を遮らず、心地よい音楽にでも聞き入るように、目を閉じて。
「僕は今日も明日も、ずっと生きていくよ。君たちの想いと一緒にね」
『未来永劫、繁栄する国も一族もない』
ずっとずっと続いていくということは、本来あり得ないだろうと語る"彼"。
『夢から目醒め事は――必然なんだ』
いつかを夢見るのもたまにはいい。
しかし、夢から醒めて、"今を"見つめる事を忘れてはならない。
「そうだね、だから……また夢の中で逢えたらいいな、とは望ませてね」
『それでいい。覚えている限り、"思い出まで死に至る"ことはないのだから』
別れの言葉をそれでいいきったと満足げな雰囲気を出す"彼"。
斗冴はその意図を汲んで、提灯越しに"彼"じっと眺めながら。
そっ、と灯りを消して見送った。
偉大なる"君"が、霞となって消えていくのは――どうしてだろう。
不思議で、それこそ。夢幻のような、出来事だった。
「……夢の終わり、か。効果が切れてしまったんだよね」
アルカロイドの花束を、君(を見る為)に渡して(使い終わって)しまったから。
手元に残ったのは、この日のはじめに渡されたキセルパイプだけとなった。
斗冴の祭参加は此処でおしまい。
「そうだ、最後にあそこに行こう」
一服堂の店主に、今の気持ちに相応しい香を教えてもらって――。
――今日の日を静かに思い起こしながら、一服させて貰うのも良いだろうからね。
大成功
🔵🔵🔵
ルパート・ブラックスミス
俺はルパートを名乗り、だが宿る『声』は彼女のもの。
現れたお前は俺が知らない知識を語り、彼女が知らない歌を口ずさみ。矛盾を感じる魂にその翼腕で寄り添った。
…彼女の翼はそんなことはできない。
影朧。『彼女』を求めた俺にお前が見せたのは…『俺』自身だ。
矛盾など無かった。
俺は二人の魂を合わせて創られたヤドリガミ。
ルパートであり、彼女であり。どちらでもない。
この魂にあったのは想い出ではなく、因果だけだ。
別れになどなる筈もない。
彼女は伴侶である以上に、創造主である以上に…己自身なのだから。
幻の終わりを感じる
良い夢心地だった。お前はもう次の生へ逝け。
俺は、二人の因果宿るこの鎧(いのち)で、独り歩きを続けよう。
●"魂の色は――"
夜の闇がおちて尚、賑やかな帝都の街並み。
夜桜がふわりと吹雪き、暖かな気配がそこら中に満ちている。
参加者ならばといつのまにか渡されていた提灯の色は黄色と青の色合いだった。
誰かが染めた色であることは、明白だ。
癒やしに歩く桜の精も数多く、要望に答えそこら中に配置されているらしい。
鎧が彼彼女らの傍を流れるように通り抜け、通り過ぎて。
悩むような気配を出していたのに気がついていたのは、寄り添う存在として傍に付きそう"金の花"を咲かせた女ただ独り。
「……」
影を連れて歩くなか、不意に聞こえたラジオの声に乗せた同じ声、同じ"歌"――。
重なった声にルパート・ブラックスミスが感じたものは、既視感に似ている。
あれから少し時間が立ったのだが、いまだにその既視感の正体を探っていた。
それは、違和感という話ではない。
――俺は"ルパート"を名乗る。
――だが、宿る"声"は彼女のものだ。
ツンとした、態度を崩さない"黒騎士の武具造りし黒魔術師ブラックスミス"に感じるものがあるとしたら。
「現れたお前は俺が知らない知識を語る」
『……』
「"彼女(ほんもの)"が識るはずもない歌を口ずさんだ」
矛盾を感じるその魂は、翼腕にて寄り添うようにしてきた。
違和感があったとしたら、その一点。
「……彼女の翼は飛翔に使う事があったとしても、そんな事は出来ない」
正真正銘、オラトリオの翼であったからこそ。
そのように、腕の延長として扱う事等ありえないとルパートは問い質しに掛かる。
「影朧、"彼女"を求めた俺に、お前が見せたのは――」
"俺"自身だろう?
『流石。そう言葉を贈らせて頂きましょう』
同じ声で、彼女の姿で"違う者"は白状をこぼす。同じように振る舞って、でもどこか違うと思ったのは……そういうことだったのだ。
――翼腕として、寄り添ってこれたのは。
――"俺"がその術を持っているから。
ユーベルコード:青炎模る濁竜の翼腕。
かの暴竜であり帝竜であったあの暴虐の力を再現する術として会得したそれを、"過去"であるはずの彼女が、知っているはずはないのだ。
――矛盾など、なかった。
――目の前に居るのは、二人の魂を併せ持つ幻。
しかし、そうであるならば。
目の前で見た"彼女"とも同じ声であったのは――。
――二人の魂を合わせて作られたヤドリガミが、俺ということか。
「ルパートであり、"彼女であり。俺はどちらでもない」
――この魂にあったのは想い出ではなく、浮彫になった因果だけだ。
『結果とは。案外つまらないモノですよ』
「……であるならば、別れになどなるはずもない」
内側に無いのではない。
内側に"有る"から別れにならない。
――彼女は伴侶である以上に、創造主である以上に――――。
――"ブラックスミス"を名乗る己自身なのだから。
『でも、そうですね。挙げるならば、夢から醒めることは有るでしょう』
ふわ、と輝くその身は幻覚の終わりを告げていた。
青の翼も、彼女自体の像も。
薄くぼんやりとした輝きに包まれて、この場を去ろうとしてる。
「醒めても共にあるのだろう?では今見ていたものさえ"現実"だ。だが――いい夢心地だったとは、言っておく」
アルカロイドの花束を、贈ろう。
出会いと別れ、夢と現実の境目に。
「お前はもう次の生へ逝け」
持たされていた提灯に青の翼で風を送ることで、幻を消し――鎧は一人で、自身の道を歩いていく。
桜並木の中を抜け、気ままに歩く鎧に夜桜がひらりひらりと、落ちてきて。
「俺は、二人の因果宿るこの鎧(いのち)で、どこまでも独り歩き続けよう」
二つの重み(たましい)を引き連れた鎧を、まるで祝福するようだった。
大成功
🔵🔵🔵
鬼桐・相馬
【焼き鳥】2名
ふたりでひとつ提灯を受け取ろう
手が全て塞がってしまうのもな
ハルア、口開いてるぞ
半開きになった翼も軽く叩き閉じるよう促そう
双子のしたいように帝都を歩くよ
研究施設はそこそこ自由のある待遇だったが
やはり自分の意志で壁のない世界を歩くのは新鮮だったんじゃないか
氷や雪に閉ざされてもいないし寒くもないしな
双子が立ち止まった場所で提灯を吹き消そうか
消えゆく双子に再び目線を合わせ屈んで言おう
ありがとうな
俺の一度は消えた記憶の中で生きていてくれて
足を止め過去に浸るのもそう悪くはないのだと気付かせてくれて
淡い光とハルアの歌が心地良い
俺はうまく笑えていただろうか
後で一服堂の店主に礼を言いに行くよ
ハルア・ガーラント
【焼き鳥】
遊具に乗って騒いだり、歩き続けたから疲れていないかな
影朧だから疲労はないのかしら
思わずじっと双子を見つめてしまいそう
広がる幻想的な光景に見入ってしまう
提灯を持つ人々の表情が優しいです、どこか寂しい表情を浮かべた人も
みんなそれぞれの想いを抱えて生きているんだなあ
……え、口?
慌てて閉じますが指摘されて顔が熱い
お別れは双子が満足して立ち止まるその場所で
双子ちゃん、また何処かで逢いましょうね
双子の繋がった手をそっと両手で包み言います
そして――影朧(あなた)も、いつか何処かで
消えゆく彼ら
長い旅路になるかもしれないから
口遊める単純で、でも心に残る旋律の歌を[慰めと祈り]を込め[歌唱]します
●影鬼
――手を繋いで、それから――――。
――遊具に乗って騒いだり、だなんて!
きゃあと嬉しくなってしまったり、ふふふ、と笑う表情豊かなハルア・ガーラントは、先程までの鮮明な現象に頬を綻ばせる。
今も実は手を繋いだままだからこそ、継続している不思議な光景。ハルアと片手を独占されている鬼桐・相馬の姿は客観的にもそれなりに雰囲気がよく見えた。
「影朧だから、疲労はないのかしら」
思わずじぃいと行く先々に視線が向くハルアに見守られている幻は。
右に左にゆらゆらふわふわ。目的無く歩く姿は言葉の通り、朧気だ。昼とは違う夜の風景、それからたくさんの人々がそれぞれ手にした優しい色に輝く灯籠。
物珍しさに興味が勝って、駆けて騒いではしゃいでいる小さな双子が、それなーにと顔を覗かせるが幻に足を止めて、声を返す者はいない。
「それを、一つ貰おう」
「一つでいいのですか?」
提灯はひとりひとつ貰っていいのに二人で居て、ひとつでいいのですかと聞き返された相馬。その返答には手を繋いだ手を持ち上げて見せ、それから空いた方をひらつかせる。
「ひとつでいい。どうせ同じものを同じように視ている」
「……成程、そういう形もあるでしょうね。ではどうぞ」
相馬が空いた片手に提灯を受け取った。
デートの一幕だから、この方々はきっと影朧を視ていないのだ。
先を先導するように、照らしてやるんだな?ハハ。
きっと見えているのはお互いだけなのね。ふふふふふ。
影朧救済機関の男女が数人。
そんな微笑ましげな気配を見せたのを相馬は見逃さない。
「祭は祭、楽しんで(カゲを)送るに越したことはない」
灯りを配り歩く帝都の運営側の男女へと会釈をして、踵を返すように手を引くのは双子が何処かへ行きたそうにしているのが見えたから。
どこから?それは猟兵二人の足元で。各々の手で手招くようにするものだから、ハルアには一連の会話は聞こえていたかどうか――。
ぽつ、ぽつと灯る灯り。場所によっては提灯から燈籠まで。
色んな色でカゲを送る日を彩って、灯りの分だけ大きくなる影絵を作って。
見えている分より些か多い話し声、囁き声が、笑い声が。
現在を生きる人々のものか、不安定なカゲになった誰かのものか――夢か現か幻か、境目を曖昧にしていく。
――広がる幻想的な光景は、本当に現実……?
この夜の優しい青白い色は、月明かりや幻朧桜が由来。
それがまるで誰かさんの炎の色にも似ている気がした。
――提灯を持つ人々の表情が、どの顔も優しくて。
誰かと共有する喜びが見え隠れしていて。
静かではない、賑やかな帝都の街中で"いつもあった筈の日常"を過ごしているのだとハルアにふわりと理解させる。
――でも、どこか寂しそうな表情も……。
別れた理由、居なくなった理由は人それぞれ。
病気だったりもっと凄惨なことだったり。だからこそ今の帝都には色んな想いが溢れていて、想いの色だけ優しい色が灯っているのだ。
――みんなそれぞれ想いを抱えて生きているんだなぁ。
「ハルア、口開いてるぞ」
「……え?口?」
不意に相馬に指摘を食らって、慌てて意識した口は確かに空いていた。
――見入ってしまいすぎて、……思っていたことまで顔に出ていたかしら!?
慌てて閉じたけれど、少し遅い。だってもう見られた後だ。
「あと半開きになった翼も」
顔を背けるようにした相棒の、翼を軽く叩いて閉じるように知らせる。
――あああああ……!!
一気に顔の温度が上がる。前も後ろも見られ放題だった。
『どうしたのー』
『まっかっかー』
双子にまでいいように言われてしまって。
説明に声をこぼすがうまく言葉にならずじまい。
「ちょ、ちょっと提灯の温度にびっくりしてしまって……」
持っていないのにどこに驚く要素があったのか。相馬に更に言葉で追撃されるかと思ったが、双子に対してゆらゆらと朧気な明かりを見せるだけに留めてくれた。
「どこか、行きたい所でもみつけたか」
あっちこっちに行ってみたいと裸足の双子がいうので。
灯りと持って、二人で双子のしたいように自由気ままに付き合って帝都を歩く。
二人は当然のような態度でこそいて、そこに特に思うことはなかった。
夜桜が綺麗に咲いているのを、ハルアと一度手を離し間近で双子に見せてやったりして。その間ハルアが双子をみえないと、服を控えめに引っ張ってきたので少し意地悪したりした。
――研究施設はそこそこ自由のある待遇だったが。
キャッキャと楽しそうにする双子は、今は自由の顔を見せている。
ぺたぺた、ぱたぱた。お互いの連れに合わせて元気に走り回って。
それから相馬とハルアの元に戻ってくる。
――やはり、自分の意志で壁のない世界を歩くのは新鮮だったんじゃないか。
『一緒に見ようよ。こっちだよ』
年相応そうに見える振る舞いを見せているその足も、ここまで整備が行き届いている帝都なら怪我をする要素すらない。
――氷や雪に閉ざされていないし、寒くもないしな。
――サクラミラージュで過ごす春の日。
――想像以上に、想像できいない世界か……。
暫く祭の屋台や、帝都の街並みを眺めて歩いて。
ぴたり、と双子が足を止めたので二人も倣って足を止めた。
「もういいのか」
『もういいよ』
『うん……もう、いいよ』
息を切らすほど走り回って、見て回って。
色々に寄り添って、満足したよと双子は言うのだ。
相馬と手を離すと見えなくなってしまうから、予め双子の繋がった手にハルアは手を伸ばして。それから、両手で包み込んで言うのだ。
「双子ちゃん、また何処かで逢いましょうね」
見えないけれど、此処にいるはずの双子ちゃんへ届きますように。
「そして、――姿を映した影朧(あなた)も、いつか何処かで」
立ち止まった彼らが思い残す事はもうないようだからと夢から覚める時間を相馬が決める。提灯を吹き消して、影にいくべき場所を教えてやるのだ。
双子は揃って青白い輝きに姿を変えて徐々に見えなくなっていく。
見えないままにしておくのはあんまりだから、相馬はハルアの手を捕まえて。
ぼやあと二人の姿が見えるうち相馬は双子の視線に合わせて屈んで告げる。
「ありがとうな」
――俺の一度は消えた記憶の中に生きていてくれて。
――足を止める、か。
――過去に浸るのもそう悪くないのだと気づかせて、ありがとう。
「……!」
淡い光は揺れるように、相馬の想いに答えるようにすこおし強く輝いた。
ぺたぺたと歩いていた音が聞こえてくるような。
ちりんと控えめな鈴音が微かに聞こえてくるような。
幻覚が遠ざかる。
「消えゆく彼らの旅が長くなるかも知れないから、――♪」
声は届くかしら。歌の意味がわかるかしら。
そんな思いを祈りを込めながら、童謡のように単純な。
口遊める旋律を紡いで影を送る。
此処に居た、"双子ではないモノ(かげろう)"へ慰めと希望が届きますように。
相馬は淡い輝きが消えるまで、じぃ、と見ていた。
ハルアは歌唱しながらその横顔を見ていた。
――あ、相馬、笑ってる。
笑っているかどうかを本人が気にかけている事はつゆ知らず。
お互いの意識が届かないときほど、お互いをよく見ている二人であった。
「……なあ、この後一服堂に寄ろうと思うんだが」
「え、あ。行きます!行きましょう!」
半日ほどの付き合いだったが、今の気持ちを花束にして礼を――言わなくては。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ノヴァエラ・エルグ
もちろんよ、とっても嬉しいのよ
あなたがくれたものは、全部全部大事な宝物になるの
だってあなたは、……
いいえ、なんでもないの
まだまだ見ていないものがたくさんあるのよ、止まってなんていられないの
折角だもの、あなたの好きなものをたくさん教えてほしいの
急いでなんていないのよ、浮き上がるような気持ちなの
…でも、あなたがゆっくりしたいならそれでもいいのよ?
未来で会う「あなた」はあなたじゃないって分かっていたのよ
なのに、あなたの手を離すのは私なのに、淋しいなんて
でもどうか迷わないでほしいの
だから笑って送るのよ
楽しそうな私だけ憶えていて
ねぇ、あなた。あなたも楽しかった?
名前も分からない、どこにもいない、あなた
●nameless.
幻覚は問うのだ。ゆるりと暗くなる帝都の空の下で。
月明かりによく似ていて、幻朧桜と瓜二つな青白い輝きを笑顔に留めて、ゆらりと存在という像を揺らしながらノヴァエラ・エルグを見つめて。
"君"しか見ていないと、返事を待つ存在として、ただ寄り添って。
「もちろんよ、とっても嬉しいのよ」
ノヴァエラ・は"彼"の提案に同意で返した。
「あなたがくれたものは、全部全部大事な宝物になるの」
『それは言いすぎだよ、"君"』
「だってあなたは、……」
言葉も、一緒に見た景色も、全部が宝物。
ノヴァエラの言葉が途切れたのを、"彼"は首を傾げて反応する。
『だって"俺"は?』
「いいえ、なんでもないの。ほら、まだまだ見ていないものがたくさんあるのよ、止まってなんていられないの」
お祭をしているのなら、その先へ。
普段とは違う風貌であるはずの夜の帝都を"彼"に連れられて歩くのだ。
『時間は有限だからねぇ、困ったことにのんびりとしてはいられない。しかし"君"にそれを持たせてしまって、申し訳ないね……』
ノヴァエラの手元にあるのは、ひとつの提灯だ。はたから見れば独り言を話しているノヴァエラの元にも、無償の灯りが手渡されていた。
「大丈夫なのよ、あなたが持っていて欲しいと望んでいるようだったから」
『……ありがとう』
提灯を宝物のように大事に扱っているノヴァエラに"彼"が言えたのはそれだけだ。
道を示す、灯だからこそ――影は"君"に付いてくる。
「折角だもの、あなたの好きなものをたくさん教えてほしいの」
『俺の?』
「そう。なんでもいいのよ?言える数だけ、教えてほしいの」
ふふふ、とノヴァエラは微笑む。
『なんでもかあ……そうだなあ、俺は星と夜と空が好きだよ。それから、――"君"の瞳の色も』
――まるで、まるで。浮き上がるような気持ちなの。
「急いでなんていないのよ?……でもあなたがゆっくりしたいなら、それでもいいのよ?」
『ゆっくり腰を落ち着けて、提灯の燈火を見つめながら俺の話が聞きたい?』
――あなたが留まりたいと願うなら、もう少し付き合えるのよ。
ノヴァエラの問いかけを、問いかけで返してくる"彼"。
寄り添う存在として、確かな同意が欲しいのだ。
『……あ、待って"君"。あの屋台が、見えるかい?』
好きなものの話の途中、"彼"が指差した先にあったのは。
お祭りの屋台ではなく、普通の帝都の街の中で営業している宝石店だった。
「どうかしたのかしら」
『あれだ。あれが君に、よく似合うと思うんだ』
"彼"が気にしたそれがノヴァエラは気になって。
ふらりと店先に並ぶアクセサリーに顔を近づける。
「……白と金で意匠された流れ星のイヤーカフス?」
『一緒に付けられないのが悔しいけれどね。"君"は星のようなひとだと思えたから』
もし後で購入を考えてくれるのなら、どうか大事にして欲しい。
"彼"はそう言って、満足気にする。
「本当に見つけてくれるのね、あなたは……」
――まるでそう、夢みたい。
『"君"に寄り添いたかったからね。これから逢うかもしれない"好きになるひと"と良い思い出になるんじゃないかな』
自分と揃いではなく、いつかの誰かへ。
半日付き合ってくれた影朧からの、"君"へ贈る言葉の贈り物。
「未来で逢う"あなた"は、今此処にいるあなたではないって、分かっていたのよ」
きっと、"彼"がお別れまでに叶えたいことは。
ノヴァエラに贈り物を選ぶこと。
――なのに、あなたの手を話すのは私なのに。
――淋しいなんて。
手元の灯りを吹き消すだけ。
それが幻覚から醒める、影を送るお祭りとしてやるべきこと。
『……勿論、そうだと思っていたよ"君"。でも、そうだなあ。俺のような"誰か"であったら、いいなあ』
――どうか迷わないでほしいの。
――もっと留まりたいとか。
――これからもずっと、だとか。
『今日の向こう側で、"君"が幸せに笑っていたらいいと思っているよ』
――あら、あなたのお願いは。
――私に笑っていてほしい、なのね?
「ふふふ。そうね、私は今も――笑っているの」
――だから明日も明後日ももっと向こう側でも幸せよ。
伝わるといいと願いながら、ふぅっ、と提灯の灯りを吹き消す。周囲が少し暗くなる。代わりに"彼"も輝きを引き連れて暗い色の向こうに消えていく。
――楽しそうな私だけ、憶えていて。
「ねえ、あなた。あなたも楽しかった?」
『……――』
もう声を聞き取れない。幻覚から醒めていく。
姿と形も声も音も、消えていくあなたから失われて。
物言わぬ影と一つになっていった。
「名前も分からない、どこにもいない――あなた」
彼が何を呟いて何を返答したかは、ノヴァエラの想像の中に。
幻が消え去った跡は、――星が降り注いだような輝きを僅かに、残して。
●猟兵の体験話を聞いたある文豪の手記
合法阿片ベラドンナ?精神安定剤?幻覚剤?
香りを楽しみ、幻覚を見る――。
そうですか、成程。
おれも少しはキセルパイプを使う事があるので、タバコ感覚で合法阿片に手を出す事もまあなくはないのですが此処だけの話、生憎……聞いたことがないですね。
その名称の商品が、帝都の流通に載っているとも聞きません。
きみたちは、一体何処でそれを手に入れたのでしょう。
始まり古ぼけた老舗、"一服堂"。
不思議な匂いのする店に、店主が居た、と。
困ったな、本当に何を話しているのか――。
ほかになにか、覚えている言葉はないですか。
"アルカロイド"……?
もしや――アルカロイドの花束、ですか?
ああ、此処暫く聞かない響きで少し驚きましたが。
……その名称ならば聞き覚えがありますね。
それは"怪奇人間:アルカロイドの花束"ですよ。囁かれる怪奇の一つです。
実物を見たことはありませんが、おれは聞いたことがあります。
――昔、ある所に身内に先立たれたタバコ屋があったそうです。
身寄りもなく話し相手もなく。
店主が持っていたのは売れ残った大量のタバコと、未使用のキセルパイプだけ。経営も厳しくて苦しくて、"幻朧桜"に縋ったときに一つの案を思い浮かべたのだとか。
『"幻朧桜"から合法阿片を生み出せないか』
躍起になって取り組んで、異形に変貌してようやく、合法阿片ベラドンナが生み出されたのでしょう。
どのような製造で、幻覚作用が齎されるのかは判明していないのですが……。
あの神秘の桜が関わっていたら、それくらい出来るかも知れません。
老舗と店主、小袋(アルカロイド)を三点集めて一つの怪異と称するのです。老舗は望まれたときに存在し、望まれたときに夢(毒)を差し出してくるらしいですよ。
きみたちがみたという幻覚の中の寄り添う存在は。
きっと……店主がもう一度逢いたいと願っていた誰かの欠片、なのでしょうね。
怪奇人間というのはおしなべて短命ですから……その店主もまた、影朧だったのではないでしょうか。
"アルカロイドの花束"は自分の叶わない夢ではなく――誰かの夢(幻)を見てみたいと、あえて影送りの日に手を伸ばして来たのでしょう。
昼に見て、夜に目醒める不思議な夢を――優しいひと時の一服を齎したくて。
執着として寄り添おうとしたと聞いたところからの推測なので異なるかもしれませんが……きみ達は、"寄り添う存在"以外もおそらく癒やして救った、というのがおれの推測です。
帝都に存在しない薬物を、花束に纏めて。
きみたちは幻に贈り、幻と店主は"寄り添う存在"として受け取った。
見返りは"きみたちに夢を贈ること"。
まるで、夢のような話ですよね。
通報するなと言われたと?
それはそうでしょう、――存在しないとバレてしまったら。
楽しい夢が醒めてしまうではありませんか。
もしかすると次に足を運んだときはその店は無いかもしれませんが――。
同じ夜が何度も訪れないのもまた、"夢"、というものですよね。
大成功
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