唯、ひたすらに乞い願う。
●ただ、ひたすらに乞い願う
あの方が、過去となってから、どれだけの時が過ぎたことだろう。
最初はただ悲しかった。
氷を纏う、あのひとの隣はいつも冷たかったけれども、抱き締めてくれるその腕は、いつも何故か温かかった。
それが、あのひとの心の温度だと知ったのは、新しい思い出が二度と積み重ねられなくなってから。
悲しかった。
あのひとが『美しく綺麗だ』と言ってくれた、私の大好きな折り紙を、彼が座っていた隣に置いて、それを目にする度に涙した。
いつしか涙は涸れたけれども。私はもう、この手で数多作り出してきた折り紙をやめてしまった。
たくさんの童が悲しんだ。それでも、私はもう折り鶴ひとつ、折ることはできなかった。
もう後は記憶も、生きている意義を見失った自分の存在も、ゆっくりと過去になるだけ。
がらんどうの心に、響くものは何も無い。
でも――その時、奇跡は起こったの。
目の前には、愛しく慕ったあのひとが。
冷たくも、温かい腕が私のことを抱き締めてくれた。
ああ、これでずっと一緒にいられるのですね。
私は、その時枯れた涙が尽きていなかったことを知った。
――頬を伝う涙は、彼と共になった瞬間に凍り付いてしまったけれども。
ああ。愛しい貴方。こんなにも心が満ちたのは、何百年ぶり。
私はまた、折り紙をはじめます。共にある、貴方の微笑んでくださる心に触れていたいから。
ああ、ああ。
『時よ、とまって。あなたは何よりもうつくしい』
●グリモアベースにて
「世界崩壊と、一人の女性の思慕……皆であれば、どちらを取ろうとするだろうか」
伏し目がちに、依頼で集まった猟兵達に一言、それを予知したレスティア・ヴァーユ(約束に瞑目する歌声・f16853)は言葉を置いた。
「……不適切だった。訂正しよう。
――カクリヨファンタズムが崩壊しようとしている。今回は、それを何よりも最優先に食い止めてほしい」
端的に結論を置いてから、予知をした猟兵は、事情を話し始めた。
一人の妖怪の女性が、想い人であった氷を操る骸魂に呑まれ、オブリビオン化したこと。
愛しさと充足から呟かれた【時よ止まれ、お前は美しい】――これが、カクリヨファンタズムの終わりを告げる呪言『滅びの言葉』であったこと。
実際にその言葉により、今まさにカクリヨファンタズムの世界は秩序バランスが崩れ、崩壊の危機が訪れようとしていること。
「崩壊の中心に、骸魂に呑まれたオブリビオンがいる。その女性の恋人である――骸魂を打ち砕いてほしい」
その場が僅かにざわめく。それは、つまり。
「……カクリヨファンタズムを救う為に。
皆の手で。再度、想い合う二人の思いを引き裂いてもらいたい」
その解とするように。より事実に即した結果を、目を伏せながらも端的に、予知をした猟兵が口にした。
「カクリヨファンタズムの崩壊は既に始まっている。
現在、崩壊と共に現れた無数の『無数の折り紙で作られた死蝶の群れ』が既に溢れるように生み出されているのが確認された。
一見では淡く光を放つ美しい蝶だが、鱗粉は吸い続ければ死ぬまで目を覚まさない眠りに落ちる。
この蝶が増え続ければ、カクリヨファンタズムから生者が消える。
……惨い依頼であることは重々承知しているつもりだ。だが、このままでは、骸魂に呑まれた妖怪も含め――誰の未来も無いままに総てが終わる。
どうか、よろしく頼む」
そう告げて予知をした猟兵は、重く静かにその場の一同に頭を下げた。
春待ち猫
こんにちは、春待ち猫と申します。
今回はカクリヨファンタズムのシリアスになります。どうか宜しくお願い致します。
この度の章構成は、以下の通りとなります。
●第1章:冒険
崩壊が始まりつつあるカクリヨファンタズムにて『折り紙で出来た仄かに光る蝶』が大量発生しています。きらきらとした鱗粉を撒いていますが、吸い過ぎると死ぬまで目覚めない猛毒となります。
原因となる骸魂はその中心にいる為、何かしらの対策を取ってこの場を進む必要があります。
●第2章:ボス戦
恋人であった氷を操る骸魂に呑み込まれ、オブリビオンとなった妖怪『『薄氷』の雪女』との戦闘となります。
骸魂を倒す必要がありますが『骸魂と妖怪との思い出や、その心に触れる行動を取る』場合にはプレイングボーナスが発生します。
●第3章:日常
盆踊りや屋台など、花火も楽しめる華やかなお祭りが行われます。第2章が成功すれば妖怪もお祭りのどこかにいますが、こちらは自由に堪能していただいて構いません。
(上記に伴いまして、第3章のPOW.SPD.WIZにつきましては、ゆるふわにて問題ございません)
※第1章は、公開と同時にプレイングの受付を開始致します。第2章、第3章につきましては、断章の投下後にタグとマスターページをご確認ください。
基本は、問題が発生しない限りは、システム上のプレイング受付不可までの予定でおります。
それでは、どうか宜しくお願い致します。皆様の素敵なプレイングを心よりお待ちしております。
第1章 冒険
『死蝶の回廊』
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POW : 息を止め、鱗粉を吸わないように駆け抜ける
SPD : 蝶のいない高所や脇道を探し、そちらを通る
WIZ : 蝶の嫌う匂いや色等を身に付け、蝶を避ける
👑7
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
メルメッテ・アインクラング
別離に、再会……胸が痛むお話ですが、この世の全てを巻き込まれるのは頂けませんね
キャバリアには乗らず、自らの足で参ります
綺麗な紙細工の蝶ですのに毒があるのでございますね
私は主様から生きろと命じられております。【落ち着き】、『休仕符』を発動。【オーラ防御】をし、幻想的な景色を敢えて楽しみつつステップを踏み、舞い踊る様に進みます
主様は『命は消えれば0になる、それ以上は何もない』と仰っておりました。いつかは等しく訪れる永遠の沈黙と休息。けれども、その先……生の終わりの彼方に、骸の海ではない、優しい”先”があるとしたら?
私はお二人に、どのような言葉を掛けられるでしょう。ぼんやりと考えながら歩みを続けます
●彼方の先に、もしも光があったなら
「別離に、再会……胸が痛むお話ですが、この世の全てを巻き込まれるのは頂けませんね」
グリモアベースにて語られた言葉を振り返り、メルメッテ・アインクラング(Erstelltes Herz・f29929)は、柔らかな鈴を転がす声音を、僅かにその意志と共に硬くした。
聞いたものは、切なく、そして悲しい話ではあった。しかし、その一組の存在によって滅ぼされようとしているカクリヨファンタズムにも、等しく命を紡ぐ妖怪たちが存在している。それら全てを巻き込むことは、決して看過できるものではないだろう。
ひとつ、それらの思いを一つの形にするように、静かに深く息を零して。ふと、感じた気配の元に、メルメッテは厳かに虚空へと恭しく頭を下げた。
「今回は、自らの足で参ります。
――行って参ります。主様」
メルメッテはその存在を感じ取る中空へ、その柔らかな声音をきちりと整えるようにその意志を伝えて。
そして、静かに転移先へと向かう為に歩き出した。
カクリヨファンタズムの転移先は、視界の開けた崖上だった。
正面は絶壁に近く。同時に、背面に広がる緩やかな下り斜面を振り返れば、少し離れた薄霧の中で、まるで都度仄かに光り輝く何かが、祝福にも似た虹色の粉を振りまいているのではないかと――そう錯覚させるような燦めきが飛び込んできた。
だが、そこにあったものは、月光以外の光源もおぼつかない宵闇に『折り紙で作られた蝶』が群生し、その翅から毒の鱗粉をはためかせているところだった。
「綺麗な紙細工の蝶ですのに毒があるのでございますね」
この中心に、骸魂に呑まれた妖怪がいる。ならば毒はあれども、進む以外の道はない。
しかし、メルメッテは己の命における有り様を、貴なる主より命じられていた――一言、『生きろ』と。
それはとても重く、同時に何よりも遵守すべき命であり。その為、己の身を危険に曝すことは、主の命に背くことになるのだと改めて感じ入る。
鱗粉の毒をばら撒く死蝶を前に、メルメッテは少しの間、己の思考を逡巡し。そして、対策として己にひとつの解を示した。
まずは、若干の緊張する心を自覚して、持ち歩いている仄かに甘い砂糖菓子のひとつを口にして。砂糖菓子は、穏やかで優しい甘さを刺激として脳に届けていく。そうして、メルメッテは緊張から『落ち着く』という思考情報の転換を伴うと、ユーベルコード【休仕符(パウゼ)】を発動させた。
同時に、メルメッテは己の腕にある、そっと澄んだ空の水色を写し取ったような腕輪型の防御装置の機能を、それに重ねて。
ゆったりと、とても自然な仕草で死蝶の群れの中へと足を踏み入れた。
美しい鱗粉と精巧に折られた蝶の群れを、目を細めて軽やかに歩く。ふわりとメルメッテの身体が揺れ、その足が心地の良いステップを踏み始めれば、最初、毒を防いでいた防御装置による恩恵は『非戦闘行為に没頭している間、生命維持すらも不要』となる【休仕符(パウゼ)】によるものへと切り替わっていった。
薄霧の幽玄を思わせる世界で、うっとりと蝶の群れと戯れるように進みながら、メルメッテはふと、その思考の先を遠くへ浮かべる。
(――主様は『命は消えれば0になる、それ以上は何もない』と仰っておりました)
それは、心のどこかでずっと引っ掛かっていたこと。おぼろげ故に浮かび上がった、泡沫のようなひとつの想い。
(主様はそれだけの0となる命を見てこられたのでしょう……きっとそこにあるものは、いつかは等しく訪れる永遠の沈黙と休息。
――けれども、その先……生の終わりの彼方に、骸の海ではない、優しい”先”があるとしたら?)
そう、今まさに、たとえるならば。
彼方、たとえ数百年先であろうとも、消えた命が0となったその先に――『愛しいと思える存在と再び出逢える』ような、胸に響く『温かな光』があったとしたならば――?
だとすれば、命の消えた先は、己の主が教えてくれた0ではないかも知れず。もしかしたら『幸福』とすら呼べるものかもしれなくて――。
(メルは……私は、お二人に、どのような言葉を掛けられるでしょう)
この先には、そのような想いを体現した存在がいるという。
――メルメッテは、今はまだ、その答えを見出すことのできないまま。
そっと緩やかに浮かぶままの思考を漂わせ。優しく柔らかな乳青色の瞳にうつつの世界を映しながら、その道行きの中、静かに歩みを進めていった。
成功
🔵🔵🔴
セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎
よぉしアレス
行き先は任せろ
だからお前は鱗粉を…根拠…?勘♡
アレスの横
剣に風の属性を纏わせて
衝撃波で鱗粉ごと吹き飛ばす
俺もなんもしねぇ訳にはいかねぇし
アレスが集中できる環境を整える
(正直、気持ちはわかる
鳥籠時代、故郷を守る目的ももちろんあったが
あの時もし、アレスと街を天秤にかけられたら
俺は、迷わず選んだだろう
例え…アレスがそれを望まなくても)
アレスはさ、もし…
いや、何でもねぇ
あー!俺もあとちょっとくらい役に立つとするかね
シンフォニック・キュアを歌い上げ
防ぎきれず少しずつ溜まっていった毒を治癒しよう
毒と一緒に、この感傷も消し去ってくれればいい
…マント、さっきまで着てたから
暖かいな
アレクシス・ミラ
【双星】
アドリブ◎
これは骸魂を早急に見つけ出した方がいいね
って、君が探すのかい?根拠は?
…やっぱり…
僕が探すから、君は鱗粉を頼んだよ
【暁穹の鷲】を呼び
セリオスが切り開いた所から鷲を飛ばし中心とそこへの道筋を探ろう
鱗粉は彼の風に任せ
僕は毒耐性で索敵に集中しないと
(…世界と、大切な人
どちらも救いたいと願うのは、抗おうとするのは
『理想』でしかないのかな
もし、故郷で戦っていたあの時
セリオスと街が天秤にかけられたとしても
…僕は、きっと諦められない
…最後まで)
(ハッ)あ、ああ。何だい?
…セリオス…?
あ、ちょっと待って
歌おうとする彼にオーラを纏わせたマントをかけ
オーラで彼を包む
君が、少しでも歌いやすいように
●揺らめく天秤のゆくえ
「これは……」
その光景を目にしたアレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)は言葉を無くした。
崖からくだり、緩やかだが傾斜のある坂道の霧先には、数え切れない死蝶が群れを成して飛び交っていた。
薄霧の中を、光を灯すように舞い、色とりどりの鱗粉を散らす蝶は美しいものではあったが、それ以上にこの数にはおぞましさが優先されるようにも思われた。
「骸魂を早急に見つけ出した方がいいね」
アレクシスの言葉に、セリオス・アリス(青宵の剣・f09573)も同意を示す。死蝶はかなりの勢いで、まるで煙が湧くように増加しているのが見て取れる。決して、時間が残っているような光景だとは思えなかった。
「よぉしアレス、行き先は任せろ!
だからお前は鱗粉を……」
さっそく、躊躇いなく視界の悪い死蝶の群れへ足を向けたセリオスに、驚いたようにアレクシスが目を見開く。
「――って、君が探すのかい? 根拠は?」
アレクシスが知る限り、セリオスがこのような状況で、対応出来るような『目』を所持しているのを見たことがない。
この場において、何か状況に対する情報を見つけた訳でも無さそうだ。だとすれば、
「根拠……? 勘♡」
にぱっと良い笑顔でセリオスが笑って答えた。
「……やっぱり……
僕が探すから、君は鱗粉を頼んだよ」
これが、いつも通りのやり取りだとも言える――アレクシスはそんな笑顔の親友に瞑目しながら、それでも躊躇うことなく、己の命に関わる役目をセリオスに任せ託した。
「ちぇっ、りょーかいっと」
己が道を率先して突き進めなかったのは残念だが、霧が出ている為に中心地が不明瞭であり、かつ今目にしているこの道が一本でない可能性もある。先に中心地を確認することは確実な手段だと言えた。
とはいえ、セリオス自身何もしないわけにもいかない。アレクシスの安全な探査の為に、親友が集中できる環境を整える――セリオスにとっても、自分の力を親友に貸せるということは、先陣を切る以上に心を満たす行為に他ならない。
手にするは、風の属性を纏わせ薄緑に輝く星の瞬き。それに刹那の空のきらめきを乗せ――増幅し放たれた衝撃波は、一瞬にして死蝶と鱗粉を巻き込み吹き飛ばした。
『この夜を越え、暁より来たれ――天翔る導きよ』
同時に、天に告げられたアレクシスの呼び掛けに、ユーベルコード【暁穹の鷲(アルタイル)】が応え、目の前に雄大な翼を広げた暁光を纏う鷲が姿を見せる。
アレクシスと五感を共有させた暁の鷲――アルタイルは、羽根を一打ちさせて中空に姿を消すと、セリオスが切り開いた道を飛翔し、追い掛けるようにその気配を消した。
感覚を共有したアルタイルが、森の中を飛翔し道を駆け抜ける。
今もいつ、死蝶が湧き立つかも分からない。霧の視界にわずかに残る、風に掻き消し切れなかった鱗粉が、アルタイルを通してアレクシスの思考を少しずつ鈍らせていった。
だが、それでも敵までの道筋を把握するまで、退くことは決して出来ない。
アレクシスは、己の毒に対する耐性は自覚している。
しばらくの間はもつだろう――ならば、一際に索敵に集中しなくては。
セリオスは、瞳を閉じ、受ける毒性に僅かに眉を顰める親友の姿を目に留めて、そこから視線を外すことが出来なかった。
己に出来るのはここまで――その僅かな無力感が、セリオスに微かな思考の揺れを生み出していく。
心に浮かぶのは、この先にいるであろう一人の妖怪のことだった。
(――正直、気持ちはわかる……わかるんだ)
心に波紋を広げるように、セリオスの心が波打った。
鳥籠という、歪んだ檻の中にいた永い刻――『お前が私を楽しませるうちは……、お前の住んでいた街を滅ぼさずにおいてやろう』――囁かれたその言葉は、セリオスを捕らえた白銀の足枷よりも何よりも、その心を鳥籠へと縛り付けた。
母は殺された。故郷を滅ぼされたくはなかった。故郷を守りたい、その思いは確かにあったが。
しかし――もし、もしもあの時、かけられたものが『アレクシス・ミラ』という存在と『己の故郷』であったなら。
(俺は、迷わず選んだだろう。
――例え……アレスがそれを望まなくても)
アルタイルが受ける全ての感覚を、確かに五感情報として受け止めつつ、アレクシスは探索を続けていく。
影響は少なく支障はない、まだ大丈夫――だが、そう言い聞かせる思考は少しずつ着実に強いアレクシスの心を揺るがせた。
(……世界と、大切な人。
どちらも救いたいと願うのは、抗おうとするのは。
――『理想』でしかないのかな……)
ふわりと、まるで柔らかい風が吹き抜けるように、アレクシスの心を何かが揺らす。
(もし、故郷で戦っていたあの時。
セリオスと街が天秤にかけられたとしても――。
……僕は、きっと諦められない……最後まで)
最後まで、諦めずに両方に手を伸ばす――それは、きっと生涯変わることはないであろうアレクシスという存在の気質そのものだった。
「……」
不意にうっすらと、アレクシスの朝空を切り取ったように澄んだ青の瞳が、開いたように感じられ――それを目にしたセリオスは、溢れる思いに堪え兼ねるように問い掛けた。
「アレスはさ、もし……」
聞こえたセリオスの言葉に、鱗粉により気付かぬ間に意識が霞んでいたアレクシスが我に返る。
「あ、ああ。何だい?」
「いや、何でもねぇ――悪りぃ……」
集中していただろうに、邪魔をしたかも知れないと、セリオスは口を噤んだ――先の瞬間まで。互いが、同じ命題について考えていた事を知らぬまま。
「あー! 俺もあとちょっとくらい役に立つとするかね!」
このままでは、やり切れない想いに押し潰されそうだった。セリオスは、両脚を僅かに広げると、その喉から惜しみない美しく響く高音の旋律を奏で始める。
ユーベルコード【シンフォニックキュア】――アレクシスの様子を見るに、やはり全ての死蝶の鱗粉を払い切れた訳ではなかったことが分かる。ならば、せめてアルタイルと五感を共有しているアレクシスにも、等しく受けているであろうその毒を中和する役には立つはずだ。
同時に――毒と一緒に……この感傷も消え去ってくれればいい――セリオスの心のどこかが、無意識の中で、祈るようにそう願っている自分がいた。
「あ、ちょっと待って」
歌声が聞こえる――アルタイルから意識を僅かに置いたアレクシスが、そっと歌を紡ぎ始めたセリオスに、己が身に着けていたマント・青星の祈りをそっと差し出し、その肩に優しく掛けた。
柔らかで心を安らがせてくれるような、青に揺らぐオーラがセリオスを包む。
アレクシスのその心遣いが、セリオスが少しでも歌いやすいように、はからわれたものである事は明白だった。
アレクシスは、すぐにアルタイルとの五感共有へと戻り、探査を続ける。
青星の祈りを纏うセリオスの身が、心が、先程と比べて明らかに軽くなったのを実感できる――『君が、少しでも歌いやすいように』アレクシスの、想い綴るその言葉が聞こえた気がした。
(……マント、さっきまで着てたから……暖かいな)
セリオスの心にわだかまる感傷は、歌と共に薄まりながらも、胸から消える事はない。
だが、それでも。
あの時、無かったこのぬくもりは。今――確かに、ここに存在している――
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
地籠・凌牙
【アドリブ連携歓迎】
ったく、こういうやるせねえ依頼がまた起きるとはな……
汚れ役やるしかねえなこりゃ。
……相手には悪いんだけど、流石に世界と個人の恋愛は天秤にかけるには釣り合わなさすぎるし。
相手が本当にそうしたいのかもわかんねえしな……
一応ある程度【毒耐性】があるっちゃあるんだがない奴が吸っちまったら大変だ。
【指定UC】で【範囲攻撃】、少しでも死蝶の数を減らしておくぜ。
燃やしておきゃ害は少しは減るだろ。
この事態を収集しねえ限りまた生まれてくるだろうが、応急処置しねえよりはマシだし……
ついでに【火炎耐性】があるのを利用して自分に火を纏わせて自衛もしとく。
あとはそのまま【ダッシュ】で突っ走るだけだ!
●誰かが、手を掛けなくては
今のグリモアベースにおいて。この状況を嬉々として、心より楽しめる人間は稀であろうと、地籠・凌牙(黒き竜の報讐者・f26317)は静かに、どうしても暗色に滲む心に思いを馳せていた。
(――ったく、こういうやるせねえ依頼がまた起きるとはな……)
敵となるオブリビオンを倒す。それだけならば、猟兵として幾度となく、数も忘れるほどに行ってきたものだ。
しかし、それが今回は数百年越しの恋慕と逢瀬の歓びを砕く事になるのだと――むしろ、それを砕いてきて欲しいと。その内容に、凌牙の心は沈む重みを隠しきれなかった。
だが、それでも。
「……汚れ役やるしかねえなこりゃ」
凌牙の心の隅に浮かんでいた哀愁が、心に形となり、そして言葉となって口から零れた。
これから対峙する相手には悪いが、流石に他にも生きる存在のある一つの世界と、一組の男女の恋愛、天秤に掛けるまでもなく釣り合うものではないだろう。
そして、
(相手が、本当にそうしたいのかもわかんねえしな……)
骸魂に呑まれた妖怪の心は、実際に会ってみなければ分からない。
「あれか――」
転移先にて、山道へ続く霧の中を、不思議な光と共に舞う蝶が群生している。それが、話に聞いていた『死蝶』であると、すぐに凌牙は理解した。
鱗粉は吸い込み続ければ致死の睡眠毒となる。しかし、まずはここを何としても抜けなければ、世界が一つ滅ぶことを、ただ見ているだけになるだろう。
「俺は一応、ある程度の毒に対する耐性が、あるっちゃあるんだが……、いや、ない奴が吸っちまったら大変だ」
自分には存在として生まれ持った性質《穢れを喰らう黒き竜性(ファウルネシヴォア・ネグロドラゴン)》によって、ある程度までの毒に対する耐性がある事を自覚している。しかし、全ての猟兵がそうだとは限らない。
自分一人が潜り抜けるよりは、可能であれば他の猟兵達への道行きにも負担を減らせれば――少しの思案の後、凌牙は力強く頷いた。
「よし、燃すか! 少しでも死蝶の数が減れば害も少なくなるだろ」
そうと決めてしまえば即実行。
凌牙は、自分の掌に軽く己の拳をぶつけて気合いを入れる。そのまま腕を覆う黒鱗の一枚を引き剥がし、噴き上がった炎の発露――ユーベルコード【煉獄の黒き逆鱗(インフェルノ・ドラゴネスアウトレイジ)】を発動させた。
そして、ぎりぎりまで死蝶に近づき、炎猛る拳と腕を蝶の群れに突き入れると、大きく真横に振り払う。
帯のように横に伸びた炎が、容赦なく蝶の群れに襲い掛かった。炎は折り紙で出来た蝶から蝶へ、瞬く間に次々と燃え広がっていった。翅を、または胴から全身を燃やされた蝶は、ただの灰となって次々と地面に落ち、または風に流れて消えていく。
最終的には、三分の一程度の死蝶が、あっという間にこの場から姿を消した。
「よしっ。この事態を収集しねえ限りまた生まれてくるだろうが、応急処置しねえよりはマシだし……そうだ」
凌牙の着用している衣服と靴、そして鱗にも炎に対しての耐性があることが分かっている。死蝶の怖ろしさは、本体ではなくまき散らす鱗粉にあるのだ。これを利用しない手はない。
「――燃えろ、俺の身体!」
【煉獄の黒き逆鱗(インフェルノ・ドラゴネスアウトレイジ)】の炎を、凌牙は躊躇いなく己の身に纏う。任意で消せる炎でもある以上、これは死蝶に対する最大級の攻勢防御と言えるだろう。
「行くぜ!!」
後は、己の炎が続く限り、全力で死蝶の群れの中を走り抜けるのみ。
纏える限りの炎に身を包み、凌牙は硬いブーツの底を一度激しく鳴らすと、残りの死蝶の群れの中、奔る炎の残滓で蝶を焼べ残しながら、その場を一気に駆け抜けた。
大成功
🔵🔵🔵
曙・聖
死ぬまで目覚めない猛毒、ですか
少しだけ、その甘美な夢に身を委ねてみたくもなるような
降り注ぐ鱗粉や光舞う蝶達は「氷」の「風」で、遠ざけます
蝶達をあまり傷つけないように
【毒耐性】と【オーラ防御】で、多少は触れてしまっても問題無いように
【第六感】を働かせて、感じるまま中心に
蝶の中心の彼女のように、生きる意義を決めるのが他でもない自分自身だと云うのなら
民を護る使命のある曙家にとって病弱な僕は不適格で、不必要で
もしこの毒に身を任せたのなら、君は……怒るかな
そもそも、気にしないかも知れませんね
世界よりも唯一を選んだ妖怪の女性
少しばかり羨ましく思いますよ
死への【覚悟】は有りますが、唯一への覚悟は
僕には……
●唯一たるには、哀しいまでに己は遠く
死蝶の仄かな輝きが、まるで死の道標を指し示すようにたゆたっている。その度に舞い散る鱗粉による虹色のきらめきが、霧を交えて彩雲や虹のように漂う光景を、曙・聖(言ノ葉綴り・f02659)は眺めるように見つめていた。
先程、他の猟兵により一気に減った死蝶は、再び同じだけの数を取り戻していた。この鱗粉は、吸い過ぎると死ぬまで目覚めない猛毒となるのだという。
――それは、まるで心を夢に誘う妖精の姿のようにも見えて。
(死ぬまで目覚めない猛毒、ですか。
……少しだけ、その甘美な夢に身を委ねてみたくもなるような)
死ぬまで目覚めない猛毒は、聖にとっては『痛みもないままに、確実に死まで案内してくれる安らかな世界』……それはきっと、この世で何よりも優しい誘惑。
しかしその胸の内は、他の猟兵にはあまり聞かれて喜ばれる内容でもないことは重々理解をしていたから。聖はそれを一旦静かに琥珀の瞳の内に秘め置くことにした。
――この死蝶達の中心に、愛し人と共にオブリビオンと化した妖怪の女性がいる。
どのような存在か。聖は予知で聞いたその内容を静かに思い出していた。
骸魂と化した恋人と共にあり、再びその愛しさと共に折り紙を折っている。こうして、世界を滅ぼすことも厭わない死蝶を、愛を綴るように折っている。
「……」
想いを馳せる。
彼女は、数百年の虚無ののち。
骸魂であれども、恋人との再会によって『恋人と共に在る』という、己の生きる意義を決めた。それは、聖にとっても想像に難くはなかった。
それが今どのような悲劇を招いているとしても『それでも、彼女は決めたのだ』と。
「生きる意義を決めるのが、他でもない自分自身だと云うのなら……」
聖はその呟きを最後まで口に出来なかった。今まで数え切れないほどに、胸に何度も思い起こされる哀しみが邪魔をした。
無意識に、遡るように己の境遇を振り返る――責務と伝統のある家の長男でありながら、病弱が故に何一つ、その役目を果たせないままに生きている自分。優秀な弟たちに囲まれ、その比較にいつも胸を押し潰されてきた自分。
(民を護る使命のある曙家にとって病弱な僕は不適格で、不必要で)
――自分がいなければ、きっと周囲はもっと平穏な形で、安寧を得られたことだろう――
胸が、きしりと痛み。また一つ音を立てて歪むのを、聖は凪いだ心と共に自覚した。
「もしこの毒に身を任せたのなら、君は……怒るかな」
深い哀しみの中で。いつも写真と共に自分を照らしてくれる、まるで暖かく眩しく差し込む陽光のような存在に想いを馳せる。
(いえ――そもそも、気にしないかも知れませんね)
しかし、聖はそっと……そして、あまりにもあっさりと、その感傷を絵空事のように片付けた。
――あと二ヶ月と経たずに、また春が来るというのに。
もし今、聖が世界から居なくなれば。去年、共に花冠を作った存在が『向かいに座っていた相手は、もうこの世にはいないのだ』と感じ受けるであろう、深い空虚と悲しみの重みを――未だ、聖の心は感じ取ることが適わない。
「――あまり長居もできませんね。
あまり蝶達は傷付けないように……」
聖がそっと囁くように精霊・白華を喚び出し、ユーベルコード【エレメンタル・ファンタジア】を発動させた。
白華の力を借り、暴走のしやすい能力を巧みに繰りながら、本当に僅か微細な氷の混じる風を生み出すと、それにより死蝶の群生と鱗粉を押し退けながら、進むべき道を作り出す。
そして、己の直感を信じ、更に安全なルートを作り出しながら、その鱗粉を浴びないように身を守りつつ潜り抜けることにした。
虹のアーチを潜り抜けるような、実在しない幻想と錯覚しそうな道を歩みながら、聖は静かにこの道行きの先を思い馳せる。
この先は、『世界よりも唯一を選んだ』ひとりの女性の領域。
「……少しばかり羨ましく思いますよ」
周囲に誰も存在しない、誰にも聞かれることのない道の中、ふと聖の心の声が小さく零れた。
――強い思いを秘めた瞳が。このとき今は、聖の身を守る短刀・久遠咲ク華へと向けられる。
「死への覚悟は有りますが――『唯一』への覚悟は」
心に注がれる、柔らかな花の芽吹く春のひだまりを、ただ、想う。
「僕には……」
しかし、そこから先。琥珀の瞳を伏せた聖の言葉は……深い心の重みによって、続けることも侭ならなかった。
成功
🔵🔵🔴
リュアン・シア
……別に、たった一人の思慕が、世界崩壊より優先されたってそれはそれでいいんじゃないかしら。
但しそれは、その女性が自らそう為し得たなら、ね。まわりがそれに荷担するかどうかはまた別の話。彼女の思慕は彼女のものであって、その他大勢の幸福とは関係がないから。
だから、私達に打ち克てないようなら、世界を滅ぼしかねない深い愛情も、それまでなのよ。理解なさい。同時に私も理解するわ。誰かを愛したが故の愚かさと、美しさと――哀しさを。
毒を孕むものは美しいと言うけれど、死蝶も同じね。
【執着解放】による衝撃波の放射で鱗粉を吹き飛ばし遠ざけ、蝶を裂くことで数を減らしながら、高速で目的の場所へ向かうわ。
●紡がずにはいられない愛へと向ける詠嘆曲
薄絹を思わせる霧が、山道へと到る道を覆うように浮かび隠している。リュアン・シア(哀情の代執行者・f24683)が見つめる光景の中には、精巧な折り紙で折られた、仄かに光る無数の蝶が舞い飛んでいた。
その翅を動かす度に舞い落ちる、死へと誘う鱗粉は虹色の遊色であったり、時には金粉を散らしたような黄金色であったりと、見る者を誘惑するように漂いたゆたっている。
「毒を孕むものは美しいと言うけれど、死蝶も同じね」
しんと空気が静まるような声音を以て、リュアンは小さく呟いた。
この道の先には、こうして漂う死を撒く蝶を、愛しい心を積み上げるように折った存在が――骸魂と化した恋人と添う一人の妖怪がいる。
美しく舞うこの蝶には、ただその想い人への思慕を重ねて、恋慕に寄り添う想いが込められているのだということを、うっすらとリュアンはその心に感じ取った。
「……別に、たった一人の思慕が、世界崩壊より優先されたってそれはそれでいいんじゃないかしら」
そっと置かれた言葉は、依頼の願いとは異なる意志。だが、それは純粋な、あまりにも明澄な彼女の思い。
――但し、その言葉の先を彼女は紡ぐ。
「それは、その女性が自らそう為し得たなら、ね」
彼女の願いは彼女のものだ。彼女の想いも、また彼女だけのものであろう。故に――周囲が、それに手を貸し、または見逃すかは別問題だ。
彼女の思慕は彼女のもの。それが、どれほど闇のように安らぎをもたらし、世界に一つしかないほどに愛しいものであろうとも――『その他大勢の幸福とは、一切関係がない』。
「だから、」
リュアンの手の中に光が浮かぶ。猟兵としての力が美しい結晶体となって、その意志を形取る。
そして、その手の中に浮かぶは一振り、白菊の花咲くように美しい白銀の刀身をもつ刀。
「私達に打ち克てないようなら、世界を滅ぼしかねない深い愛情も、それまでなのよ」
言葉以外、一切響かぬ無音の世界で刀を構える。
「……理解なさい。同時に私も理解するわ。
誰かを愛したが故の愚かさと、美しさと――哀しさを」
心向けざるを得ないほどに――胸に滲むこの哀憐は、はたして相手に届くだろうか。
これから己は、その悲壮なまでに一途な恋慕を砕き、そして見届ける結末に寄り添うのだと――リュアンはその心を以て、手にした一刀・憐花切を無数の死蝶が舞う霧へと向けて振り払った。
放たれた衝撃波と共に乗せられたユーベルコードは【執着解放(シュウジャクカイホウ)】――心身を断つその一撃は、直撃を受けて切り裂かれた死蝶はもちろん、衝撃波のあおりを受けただけの蝶も、己に宿った思いを切り裂かれ外観に傷一つ付いていないのに、はらはらと風にゆらめく紙となって落ちていく。
リュアンは、衝撃波と共に切り裂かれ、明瞭な宵闇色の口を開けた霧の中へと、ユーベルコードの力を借りて瞬時にその身を躍らせ駆け出した。
目にも留まらぬ速度、阻む死蝶を立て続けに裂き、その鱗粉を斬撃の衝撃で弾いて進んでいく。
足は止めない。
その先には、尊い憐憫にも似た、ただひたすらに哀しい愛を紡ぎ続ける存在がいるのだと思えば。
成功
🔵🔵🔴
灰神楽・綾
【不死蝶】ア○
この世界で、再会した二人を引き離すお仕事
もう数回目だけど…正直心は痛むよね
客観的に見れば世界を救ったヒーローでも
当人たちから見れば俺たちは極悪人なのかなって
一人でいた頃の俺なら
彼女の気持ちをあまり理解出来なかっただろう
でも今の俺なら…同じ選択を取るかもしれない
へぇ、美しい蝶々だね
少しくらいならいいよねと指にとまらせてみたり
ずっと見とれていたいけどそうもいかない
UC発動し、紅い蝶の群れを自分たちの周囲に飛ばす
蝶と蝶の共演、なかなか綺麗でしょ
でも、紅い蝶と戯れた折り紙の蝶はいずれ動きを止めるだろう
彼女たちの思い出の折り紙を攻撃するのは気が引けるけど…
大丈夫、あるべき姿に戻すだけだから
乱獅子・梓
【不死蝶/2人】ア○
…確かにそうかもしれないな
世界は救えても、果たして当人たちの心は
本当に救えたのかといつも自問自答する
それでも、俺は思うんだ
時は止まらないからこそ、より美しく感じるのだと
おい、あんまりそいつに触るんじゃないぞ
相変わらず命知らずな行動を取る綾にヒヤヒヤしつつ
綾に蝶自体の対処はしてもらったが
既に撒かれた鱗粉もどうにかしないとな
使い魔の颯を呼び出す
颯の羽ばたきによって風を起こし
鱗粉を飛ばしてもらいながら先に進む
更に少しでも効率良く妖怪の居場所を探る為
そこら辺の適当な石ころを拾い上げUC発動
ドラゴンへと変化させ聞き込み
この蝶たちはどの方角からやってきたのか分かるか?等
●止まらぬからこそ、世界は尚も美しい
カクリヨファンタズムは――『幽世』の名を宿しているから故か。それとも、この場を元に、後からその名が生まれたのではないかと思われるほど、あまりにも不安定な存在だった。
この世界は、たった一人の存在が為だけに、容易く滅びの道を辿ろうとする。
ここは――ひとりが呟くたったひとつの言の葉で、終焉の刻を迎える事を一切躊躇わない世界――
「この世界で、再会した二人を引き離すお仕事――もう数回目だけど……正直心は痛むよね」
グリモアベースで依頼内容を聞いたときに、灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)は思わずにはいられなかった。『……まただ』と。
カクリヨファンタズムには、その一言で、世界を滅ぼす呪言がある。だが、この世界に住む気性の明るい妖怪達は、まずそのような希有な言葉を発することがない。
しかし、オブリビオンによってその糸が切れた時。もう世界は、既にいとも簡単に滅び掛けているものとして、猟兵達の耳に飛び込んでくる。
このような事例に、数度、綾は立ち会って来た。その都度、骸魂を砕き、妖怪を助け、世界を救ってきた。
最終的には、出された帰結にこちらを罵る妖怪は殆どいなかった。けれども――。
「客観的に見れば世界を救ったヒーローでも……当人たちから見れば俺たちは極悪人なのかなって」
今、目の前に舞い漂う折り紙でできた死蝶達が、こちらに来るのを遮るように道を塞いでいる。
拒絶。それを肌で感じ取りながら、綾は遠くへ奏でるように呟いた。
「……確かに、そうかもしれないな」
その言葉に、綾の傍に在る、乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)も静かに言葉を置き残す。
――このような事例に出会う度。骸魂を潰し世界を救っては、その中に引き裂いた当人たちの心は入っていたのかと――『彼らの想いは、本当に救えたのか』と、いつも自問自答を繰り返してきたのであったから。
綾はその梓の声を聞きながら、ふと己の心に思いを寄せる。
(一人でいた頃の俺なら――きっと、彼女の気持ちをあまり理解出来なかっただろう)
過去の綾に一際大事なものはなく、執着するようなものもなく。そのような自分が瞳に映す相手の姿は、きっと滑稽とすら思わないほどに、心に響きもしなかったに違いない。でも――。
(でも、今の俺なら……同じ選択を取るかもしれない)
……今は、少し、違う。梓の心の中には、今その想いに値する『存在の形』がここに、確かに胸に存在している。
「時間よ、止まれ――か」
同時に、梓も嘯くように呪言の端を口にしてみる。
確かに美しい至高の言葉――だがそれでも、尚も自分は思うのだ。
時は――決して止まらないからこそ。その存在が、より美しく感じ取れるのだと。
霧と様々に色を移り変える鱗粉の海における境界線。その中から、一匹の蝶が誘われるように綾の元へと姿を見せた。
「へぇ、美しい蝶々だね」
折り紙で出来た蝶。だが、それは子供が戯れで折るようなものではなく、細やかな折り目によりまさに生き物として形取らせた、とても繊細なものだった。
それは綾の身の回りをちらちらと、一匹ならばあまりに儚く消える鱗粉と共に、淡く漂うように浮遊する。
「うん、少しくらいならいいよね」
その様子に綾が微笑む。そっと指を差し出せば、蝶はその長く美しい指先にゆるりと止まった。
「おい、あんまりそいつに触るんじゃないぞ」
鱗粉を大量に吸えば死に到ると聞いている。大量で無ければ良いのだろうが、どう耳にしてもそれは猛毒以外の何物でもない。
日常と変わらず、己の命を視野に入れていない事をする綾に、梓は心臓が一気に冷えそうになる。
「――だめだって。ずっと見とれていたいのに。
けど、そうもいかないよね」
咎められた綾は、少し残念そうに微かに指先を動かすと、蝶を群れの中に返すように飛び立たせる。そして、ゆっくりと漂う薄霧と鱗粉の海を前に、一度静かに赤のグラス越しにある瞳を閉じた。
ふわりと、綾と梓の周囲を無数の紅い蝶の群れが現れた。ユーベルコード【バタフライ・ブロッサム】によって生み出された、血のようにも、花のようにも映る、柔らかで優しい紅色蝶の集まりが、死蝶の群れの中に溶け込んでいくように共に舞い飛び始める。
「蝶と蝶の共演、なかなか綺麗でしょ」
その光景に、満足そうに綾は微笑む。
しかし――ほんの少しの時間を置いて。死蝶はふらふらとあてなく迷うように飛翔した後、まるで先程まで動いていたことが錯覚であったかのように、ただの折り紙細工として空気の抵抗に逆らうことなく、左右に揺れては地に落ち始めた。
これらの蝶は、今から向かう先にいる存在の思い出の形ではあったけれども。それでも、綾の喚び出した紅の蝶は、折り紙の死蝶に一切の乱れを与えることなく、その存在を無力化させていく。
『――おやすみ』
綾の胸に抱かれる微かな哀しみ。それでも、この折り紙の蝶は本来、人を害する為にあったものではなかったはずだから。
……大丈夫、これらをあるべき姿に戻すだけだから。
その想いに応じるように、死蝶は次々を飛ぶ力を失っていった。
「さてと、次は俺の番だな」
綾のユーベルコードにより、死蝶が視界の範囲から静かに沈む。だが、既に視界も良いとは言えない霧の中に撒かれた鱗粉は、対処しなければ先には進めない。
「――颯」
梓の一声に応え、艶やかな毛色をした一体のカラス・闇烏【颯(ハヤテ)】が現れる。
「これ、頼んでもいいか?」
伝える言葉はこれで十分――梓の肩の上に乗ってこちらを見ていた颯は、梓の肩から飛び立つと、その闇色の羽ばたきによって霧ごと鱗粉を遠くへと吹き飛ばしていく。
障害は、一時的にとはいえ完全に無力化された。颯の風によりはっきりと開けていく道を、そのまま二人は進むことにした。
梓の夢見鳥が暗がりの道を照らしていく。ここは迷い道ではなさそうだが、もしオブリビオンのいる場所が『見えない獣道の先である』などの可能性を警戒し、一旦、二人は歩みを止めた。
「さて、どうしたものか」
道を進むならば、急ぎつつも効率のよい方がいい。梓はふと目に入った、掌に乗る程度の大きさをした石を拾い上げる。
『――其よ、賢き知恵持つ竜と成れ』
梓のユーベルコード【万物竜転(サムシングドラゴン)】が、掌の石を一頭の子竜へと変える。第一声をキュイと鳴いた竜に、梓は慣れた様子で人の言葉で問い掛けた。
「さっきまでここにいた蝶たちが、どの方角からやって来たのか分かるか?」
『知ってるよー。あっちー!』
人語で答えた小竜が舌っ足らずな口調で、進むべき道を指し示す。
「他にも何か不思議なこととかあったりしないか? ヘンな匂いがしたとか、音がしたとか」
『あのね、あのね。蝶さんね、あっちからだけじゃなくてね。
ここの地面からもぶわぁって。ここの地面からも、急にぶわって来たの。だから、僕びっくりしちゃったんだ』
「――!?」
敵がいる方向からだけではない。突如地面から死蝶が現れたとするならば。それは、この世界の何処でもこの現象が起こり得るということ。
カクリヨファンタズムが、この滅びに影響され、それを受け入れようとしている合図に他ならない。
「……急がないとね」
「ああ――走るぞ!」
その危機に気付いた綾と梓は、一度、互いに顔を見合わせると、小竜を元の石に戻して一気にその場から駆け出した。
大成功
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第2章 ボス戦
『『薄氷』の雪女』
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POW : 吹雪
【吹雪】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD : 薄氷の折り鶴
【指先】から【薄氷の折り鶴】を放ち、【それに触れたものを凍結させること】により対象の動きを一時的に封じる。
WIZ : 氷の世界
【雪】を降らせる事で、戦場全体が【吐息も凍りつく極寒の地】と同じ環境に変化する。[吐息も凍りつく極寒の地]に適応した者の行動成功率が上昇する。
イラスト:祥乃雲
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「御狐・稲見之守」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
危険な、猟兵が。私達の存在を裂きに近づいてくる。
貴方が静かに、そう心の中に語り掛けてきた。
ですが、なんとなく、私もなんとなくだけれども分かってはいたのです。
――貴方が、ここにいてはならないこと。それだけは。
だから、私は『この至福の時が止まればいいのに』と願った。
けれど、貴方は『再び、この傍らにいられるならば、世界は壊れていい』と、そう願う。
冷気を纏う一人の妖怪は、静かに猟兵の方へと向き直った。
「悲しいわ……それでも、もう離れたくはないの。
――世界を壊したいわけではない。
でも、また、このひとにお別れを言わなければならない事は、私にとって――世界が壊れることより、ずっと怖いの。
また、お別れをしなければならないのなら。私がまた置いて行かれてしまうのなら。
もう、こんな世界なんて、いらない。
そっとしておいて――私は、この方の傍に在り続けていたいだけなの」
流れた涙が、凍りついては風に流れる。
このオブリビオンとなった存在に、どれだけの言葉が届くのだろう。
目の前の存在を包む骸魂は、今にして尚、彼女への純然たる想いを薄氷と共に包み込む。
その心に、届く力はあるだろうか。
オブリビンの周囲を、様々な型に折り綴られた薄氷の折り鶴が舞う――。
戦闘の火蓋は、静かに切って落とされた。
メルメッテ・アインクラング
私には、皆様には、世界が必要でございます
【オーラ防御】をして声を掛けましょう
「生者を巻き込まず、今少しだけ離れ
終わりの彼方の世で今度こそ永遠を共にするとの約束をお二人で交わし、信じてみるのはいかがですか
折紙の貴女様。いつか貴女様にも終わりが参ります
それまで、生の世でしか得られない心の温もり……暖かな思い出を、先で待つ方へのお土産話を用意するつもりで沢山作るのはいかがでしょう
氷れる貴方様も、想い人との待ち合わせの時間などすぐ過ぎるかと」
己で考え出したその答えを私も信じながら。「参ります」『殉心戯劇』
身に纏わせた焦熱で吹雪を越え。銃でサイキックエナジーを【限界突破】させ撃ちます
凍えた時を溶かす様に
地籠・凌牙
【アドリブ連携歓迎】
行動は急所狙いだけ【見切り】と【第六感】で回避して【指定UC】を使う。
【激痛耐性】と【継戦能力】で、ボロボロになっても彼女の感情を真正面から受け止め続ける。
……許せとは言わねえ。許してもらえるとは思っちゃいねえ。
こういう終わりをあんたが、あんた"たち”が迎えるのが嫌だから、止めにきた。
死蝶を見たよ。あの折り紙、あんたが折った奴だろ?
子供たちが喜びそうな奴だと思った。
――でもな、悲しんだのは折り紙が見れないからじゃねえ。
あんたがずっと泣いて塞ぎ込んでるのが辛かったからだよ。
みんなあんたのことが大好きだったんだ……!
だからこそ、俺はあんたを止める!例え生命に替えてもだ!!!
●心に決めた、想いをこの手に
『薄氷』の雪女を前にして、その言葉を耳にして。それでも、決して集まった猟兵達がこの場を譲ることは無い。
猟兵皆が、オブリビオンと化して望まずも『世界を滅ぼすことを改めて是とした』一人の存在に、伝えたい事がある、この身を以てしても訴えなければならない事がある。
――依頼を受けたその時より、猟兵達に退く気は端から存在などしていないのだ。
その意を決した姿を前に――『そっとしておいて』そう告げた『薄氷』の雪女の瞳孔が僅かに細まった。
「……世界が滅んでも……私は――もうこの方の傍を離れたくはない!!」
こちらの意図を解し、雪女が掲げた想いと共に叫んだ己の周囲を、激しい雪嵐が取り巻いた。そして、雪女が腕を高く翳した先を、一瞬にして激しい吹雪が覆い尽くす。
そのまま受ければ、雪風に呑まれて呼吸も儘ならなくなるだろう。近くにいたメルメッテ・アインクラング(Erstelltes Herz・f29929)は、咄嗟に腕の防御装置より透明なサイキックバリアを張り。地籠・凌牙(黒き竜の報讐者・f26317)は、瞬時の判断でその場からスライディングと共に転がるように距離を取り、即座に態勢を立て直す。
「行って――!」
雪女の掛け声が、激しい吹雪の中で尚も響き渡る。その声と共に、ここに来るまでとはまた違う、同じ繊細さを兼ね備えながらも、全身に薄氷を纏わせた折り紙の蝶が、距離を取った凌牙を追い掛け迫り。その周囲を鋭い氷刃の羽根と共に駆け抜け、その場の空気ごと切り裂いた。
「――ッ!」
顔面を庇うように防ぐ腕から、全身へと到り受ける激しい痛み。それを、凌牙は声を上げる事なく耐え抜きながら、鋭い眼光で相手を睨み付けるように力強く見返して、その深緑の瞳に映し出す。
「これを……許せとは言わねえ。許してもらえるとは思っちゃいねえ――だがな!」
雪女から離れた距離。凌牙は先の痛みをものともせずに、躊躇いなくその身を詰め寄せる。
そして凌牙は、反射的な吹雪の第二波に、臆する事も怯む事もなく。今度は最初から避ける事もせずに、敵対する雪女の眼前へと身を躍らせた。
同時に、凌牙の腕へと《穢れを喰らう黒き竜性(ファウルネシヴォア・ネグロドラゴン)》――人に存在する不幸や呪いなどの『穢れ』を無差別に喰らい尽くす概念の形が、人には見えない深い闇として浮かび上がる。
「うおぉッ!!」
それを伴う凌牙の雄叫びに、雪女が――正確には、その身を呑み込んだ骸魂が、己を庇うように氷壁を展開した。凌牙はその存在を見越したように、生み出された氷の壁に、闇を纏わせた己の拳を力一杯に叩き付ける。
瞬間、鏡のように光る氷に罅が入るように見えた。しかし、その氷は割れることなく。それは骸魂――今存在するオブリビオンの正体とも言える『穢れ』の一部として、凌牙の腕に宿ったユーベルコード【【喰穢】希望を齎す黒き竜手(ファウルネシヴォア・サルヴァシオン)】から湧き立った闇により、呑み込まれるように貪り喰われた。
「キャアァ!」
雪女には、痛みもなく一切の怪我を負ってもいない。だが、今や世界を滅ぼす呪いの概念『骸魂』と同化している以上、その精神は決して無傷では済まなかったのであろう。
失われた己の一部への喪失感に、鋭い悲鳴が響き渡った。
「――これを、許してもらえるなんて思っちゃいない。
だがよ、凍るように世界が終わって、何もなくなって、今受けるような喪失感すら『はいそうですか』で終わらせられるような――そういう終わりをあんたが……あんた"たち”が迎えるのが嫌だから、俺はここまで止めにきた」
(――私には……皆様には、世界が必要でございます)
世界が終わる――響く凌牙の声を受け、メルメッテが胸中にて、心を決めるように小さく呟く。
蝶の舞う夢幻の中で、見出せなかった答えに解を。
メルメッテは決意と共に、思う心を言葉に乗せ。攻撃の手を止めた雪女と、骸魂の二人へ向けて、一度己が身を包むサイキックバリアのエネルギーを解き、静かにその想いを切に伝えるように語り始めた。
「想い、想われる貴方様方。
生者を巻き込まず、今少しだけ離れ。終わりの彼方の世で今度こそ永遠を共にするとの約束をお二人で交わし、信じてみるのはいかがですか」
そっと優しい心を伴い、メルメッテは二人へ向けて言葉を告げる。
――メルメッテは、この世界が失われる事を許容出来ない。もしも……今向き合うこの存在が、この世界の『0の先にある光』なのだとしたら、尚更にして――無心に想いを、心をつめるように伝えられるメルメッテの言葉に、雪女を取り巻く冷気が確かに揺れる。
「折紙の貴女様。いつか貴女様にも終わりが参ります。
それまで、生の世でしか得られない心の温もり……暖かな思い出を、先で待つ方へのお土産話を用意するつもりで沢山作るのはいかがでしょう」
ずっと、ふわりとしたままに思い漂っていた心を、今ひとつひとつ確かな形にしながら、メルメッテは柔らかな言の葉として訴えていく。
「氷れる貴方様も、想い人との待ち合わせの時間などすぐ過ぎるかと」
骸魂の声は聞こえない。だが、その変化を心に『聞いている』であろう雪女が瞳を伏せるのを確かに目にした。
この思いの形を、今目の前にいる雪女と骸魂へ。そして、同時にメルメッテは、己の心にも強く静かに語り掛けた。
これが、己の考え抜いた解である、と――。
「ここに来るまでに飛んでた死蝶も、この折り紙も、さ。あんたが折った奴だろ?」
そっと、凌牙が地に落ちた折り紙の蝶を手に取った。既に薄氷を纏っていない柔らかな和紙で出来た折り紙は、目にして愛おしさすら感じる程に、そのぬくもりが見え隠れしていた。
「子供たちが喜びそうな奴だと思ったよ……でもな。それがなくなって子供達が悲しんだのは、この折り紙が見れないからじゃねえ。
あんたがずっと――泣いて塞ぎ込んでるのが辛かったからだよ」
「――」
雪女の目が驚いたように大きく開かれる。そのような思いを、考えたこともなかったというように。
凌牙にとっては、それは既に失われた遠い過去。
孤児院で子供達と在った凌牙には、話を聞いたときから、その想いが痛い程に伝わった。そして、この折り紙を見て確信をしたのだ。
もし慕っている存在が、このように嘆き塞いでいたら。
永い間、己の時まで凍らせてまで、慰めることも侭ならず、ずっと悲しんでいたとしたら。
「つらくて、悲しいに決まってる。
それだけ、子供達はみんなあんたのことが大好きだったんだ……!
――だからこそ、俺はあんたを止める! たとえ、この生命に替えてもだ!!!」
凌牙が、腕から全身に到るまで、黒の闇を噴き上がらせ吼え猛る。
目には見えず、しかし確かに存在するその勢いに圧されるように。咄嗟に攻撃態勢に入った雪女から吹雪と共に生み出された氷は、凌牙の拳に打たれ、再びその闇へと消えていく。
「――参ります」
同時に――メルメッテは、己の出した答えを何よりも強く信じ、願う。
正面に待ち受ける吹雪を前に、メルメッテは軽く扱えながらも少し手に余る大きさの思念銃を、敢えて強くその両手を用いて構え、凛と雪女達へと狙いを定めた。
ここに、凍えた時を溶かすだけの想いを。信じるものを、更に願い信じる強さを以て――
瞬間、メルメッテを中心に、目の前に迫る吹雪が一瞬にして水蒸気となって消失した。それは、あっという間に吹雪と雪女との間にある境界の全てを掻き消していく。
ユーベルコード【殉心戯劇(ザ・ポイント・オブ・ノー・リターン)】――『それは、何かを信じ切る鼓動のように熱い、全てを超える想いと共に』――メルメッテは己が身に、その想いに比例するだけの高熱を更に纏って。
構えた思念銃を、確実にターゲットへと狙い澄まし、この身以上に湧き立つ渾身の力を籠めて撃ち放つ――雪女の纏う、その氷が溶ける事を、心より信じながら。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
灰神楽・綾
【不死蝶】ア○
彼女にとって大切の人のいない世界は
「無いも同然」だったのだろう
でも本当にこの世界にはもう何の価値も無いのかな
この世界で積み上げてきた彼との思い出、彼の生きた証は
数百年経った今でも君の中に確かに存在しているだろう
だから俺は
君たちが出会った、愛し合ったこの世界を守るよ
君たちの願いを叶えてあげることは出来ない
だから最後に…彼に、彼女に、たくさんの言葉をかけてあげて
またこの先何百年も悲しまなくて済むように
悲しませずに済むように
お別れを言うのは辛いけれど
お別れも言えないままの方がもっと辛いから
UCの蝶たちを放ち、折り鶴の攻撃を肩代わりさせる
攻撃は梓に託す
薄氷の折り鶴――美しく綺麗だね
乱獅子・梓
【不死蝶】ア○
数百年もの間、ただ恋人を想い続けていたという妖怪
百年も生きられるか分からない人間の俺には
その心中は計り知れない
正直、生半可な言葉をかけるのはおこがましいとすら思う
だが、それでも引き下がるわけにはいかない
きっと彼女にとって、時が止まっていたのは
むしろこの数百年の方だったのだろう
数百年の時を経て二人が再会出来たのは
世界を滅ぼす為じゃない
凍てつき止まっていた彼女の時計の針を未来へと進ませる為…
そうであると、俺は思いたい
折り鶴の対処を綾に任せ
UC発動し、零の咆哮を響かせる
せめて眠るように逝かせる為に
…ふたつの存在がひとつになったオブリビオン
彼女たちは同じ夢を見るのだろうか、それとも
●そこに出逢った世界の価値を
猟兵達の攻撃を受け『薄氷』の雪女から悲鳴と共に、その身を包む冷気が水蒸気となって消えていく。
「でも、それでも……この方を、消すわけにはいかないの――!」
そこから僅かにふらつきながらも、態勢を立て直した雪女の姿を、叫びを。乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)はその身を以て聞いていた。
数百年――ただ一人を想い。相手が形を留めてすらいない骸魂となっても尚、それを愛し続ける存在が目の前にいる。
(百年も生きられるか分からない人間の俺には――)
あまりにも、その心中は計り知れない。今しているように思えている理解すらも、きっと彼女の前では覚束ない塵芥にも等しいものであろうと思う。
先に受けた衝撃と破れた服を、表層を埋めるように氷が覆うのが目に映る。
――それは、簡単に斃れてくれるものではないだろう。雪女を目に、梓は改めて実感せざるを得なかった。
雪女の、泣きそうな様子で睨み付ける敵対の眼差しと、梓の視線が正面から交叉する。
感じ入るは、その痛ましさ。だが、きっと。この自分の感情すらも不遜でおこがましいものとなるであろう。言葉に乗せ、口にしたところで――それは、彼女に届くとは到底思えないほどに。
(だが――それでも引き下がるわけにはいかない)
雪女の手指回りに氷の結晶が奔る。こちらへの臨戦態勢の気配を感じて、梓も正面からその眼差しと対峙するように身構えた。
――彼と呼ぶ、その存在が消えた数百年。
きっと彼女にとっては、時間が止まっていたのはむしろこの世界の刻の方であった事だろう。
愛し人に逢えた、ようやくまた己の刻が動き出したのを、彼女は感じたに違いない。彼女は、この世界に迫る滅びを感じ、それを認め受け入れられる迄の時間を、心に恐怖を感じても、想い人であった骸魂と、共に過ごすと決めたのだと理解する。
しかし、梓はそれを静かに、心の中の否定へと置いた。
だが――その、数百年の時を経て二人が再会出来たのは。
決して、世界を滅ぼす為じゃないはずだ――。
「――零」
己の想いと共に一声、梓は連れ添う氷竜【零(レイ)】を呼ぶ。
(それは、世界を滅ぼす為ではない。
それは、凍てつき止まっていた彼女の時計の針を未来へと進ませる為……。
そうであると、俺は思いたい――)
黒いグラスが遮り、静かに相手へ構える梓の瞳から何かを悟る事は叶わない。だが、その心が何を思い語っているのか、灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)は、それを容易くこの胸に感じ取っていた。
その切なる想いに添うように。綾の心にもうっすらと、そして段々と明瞭になる思考が浮き上がるように滲んでいく。
(彼女にとって大切の人のいない世界は『無いも同然』だったのだろう)
だから――離れたくない、その思いの根源が恐怖であろうとも。貫きたい思いがあるのならば、世界一つ消しても構わないという思いに偽りはない。
共に在る為ならば、世界をひとつ滅ぼしても、いい。
綾にも、その気持ちは今ならば分かる気がする。
でも――。
「でも本当に、この世界にはもう何の価値も無いのかな」
綾の呟いた言葉は、静かにその場に響き渡った。
しんとした、音のないこの場に、綾の声だけが伝わっていく。一言置いたら、それは『伝えなければならない言葉』だと確信して、綾はそのまま言葉を紡ぎ続ける。
「この世界で積み上げてきた彼との思い出、彼の生きた証は。
――数百年経った今でも……君の中に確かに存在しているだろう?」
雪女は先程から言葉を発することはない。しかしその想いが届いているかのように、僅かに揺らぐその瞳は、沈黙に肯定を映し出す。
「だから俺は、
君たちが出会った、愛し合ったこの世界を守るよ」
己の瞳に、赤のグラス越しでは、一見には決して認識されない哀しみを寄せて。
綾の宣告と共に――血の嵐と錯覚させる程にまで鮮やかな、蝶の群れが一斉にその周囲に噴き上がる。
「君たちの願いを叶えてあげることは出来ない。
だから最後に……彼に、彼女に、たくさんの言葉をかけてあげて」
「――!」
それを聞いた雪女の瞳が、悲痛な面持ちで『敵対者』である綾を、軋む音が聞こえるのではないかと思われる程に睨み付けた。
綾自身、その言葉がどれほど残酷かという自覚はあった。
それが、相手への『確実な骸魂の存在消滅』となる事も、重々に承知していた。それでも――。
「またこの先何百年も悲しまなくて済むように……悲しませずに済むように。
お別れを言うのは辛いけれど、
お別れも言えないままの方がもっと辛いから」
今回は……それを事実として成す為に、猟兵達はここに来た。
悲しい事実として、しかしそれだけは絶対に変わらないものであるならば。
せめて、その時間くらいはこちらで用意すべきだと。
この悲しい現実の為に、彼女達が存在してきたこの世界を守る為に。
それは猟兵に出来る最後の――慈悲。
「放って置いて――もう、放っておいて!!」
それに気付いた雪女が、泣き叫ぶような声を上げ。そして、差し向けられた指先より、青い涙のように澄み渡る無数の薄氷を纏う折り鶴が、綾と梓の元へと嵐のように飛来する。
それと対するように巻き起こる紅の蝶――綾のユーベルコード【バタフライ・ブロッサム】は、折り鶴の群れ全てを、圧倒的な数差をもって、迎え入れるように呑み込んだ。
目に見える視界の殆どが紅一色――沸き起こる圧倒的な数の差に、折り鶴達は見る間に地面に落ちていく。
「……薄氷の折り鶴――美しく綺麗だね」
ただ散りゆく折り鶴は、確実な彼女達への想いを裂く為の時間を表しているようで。
綾の胸に……ただ深い哀憐が去来する。
胸に迫る、雪女の想いを包む薄氷の折り鶴を、それでも綾のユーベルコードは、止める事なく無力化していく。
その滲む血のように伝わる胸の痛みに――ただ、哀しみだけが、綾の瞳へとほんの僅かに寄せられて。
しかし、それは誰に気付かれる事もないままに。雪降るような静寂の中へと、溶け込むように消え入った。
紅の蝶が舞い飛ぶ中、蒼の折り鶴は、次々と零れ落ちるようにその群れを崩していく。
戦闘による優位の時間。それまでの時を得た梓が、一度伏せ閉じた瞳を開き、雪女の姿を捉え、ユーベルコード【葬送龍歌(クリスタルレクイエム)】を発動させる。
『歌え――氷晶の歌姫よ』
竜騎士として存在する梓の言葉に呼応するように、地に降りていた氷竜【零(レイ)】が、その薄蒼の躯を大きく広げた羽根と共に、麗しい成竜へと姿を変え、その口を大きく開いた。
そして響き渡るのは、日常とはあまりに違う――まるで冷たい水のように透き通り、同時に氷を鳴らして奏でたかのような歌の咆哮――響き渡った歌は、一時の優しすぎるほどの催眠効果を伴って、一瞬で雪女を呑み込んだ。
それを受け、雪女が力なく膝をつく。
催眠効果は、恐らくほんの一時的なものであるだろう。
だが、それでも、一時の夢だけでも。二つの存在が重なったオブリビオンが、せめて同じ夢を見られればと、微かに願い――しかし、相手の頬から伝い流れた涙で、梓はそれが叶わなかった事を知る。
「ああ……ああ、どうして。
私達は――私達は、一緒ではなかったのですか……」
その場には。
伴えず、相容れる事もない。その事実を突き付けられた、歪なオブリビオンの嘆きが、小さく泣き崩れるように木霊した――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リュアン・シア
あなたの蝶に導かれてここまで来たわ。
それにしても……愛を知る人というのは、もう少し強いものではないのかしら。力ではなく心の話よ。
ねえ、彼に置いて行かれるのは厭だとあなたは言うのかもしれないけれど、自分が怖いからといって、彼をこの世界に引き留めて、大罪人にしてしまっていいの?
あなたが彼を大切に想うのなら、あなたこそが、彼を彼のまま、本来の居場所へ還してあげなくてはいけないのじゃない?
どれだけ願っても時は止まらないし、戻らない。分かっているのでしょう。
【執着解放】――薄氷の折り鶴を散らし、永遠に安らぐことのない冷たい場所から、あなたを、彼を、解放してあげるわ。
骸魂を断つ斬撃は供養の一刀と知って。
●柔らかな光の日々は、もう届かない過去の残影
そこには、失望があった。
あまりにも無惨な心が、この場にひとつ置かれている。
愛し人の骸魂と共にあり、ひとつのオブリビオンとなった『薄氷』の雪女が、膝をつき茫洋とした気配で俯いている。
その妖怪は先の猟兵が与えた光景を受け、一つの真実を知った。
『私と貴方は、同じものとなったのではなかったのですか?』
――骸魂と妖怪が見たものは、本当に哀しいまでに別のものだった。妖怪は世界が消えても共にあれる永遠を夢見て――骸魂は、ただ妖怪と共に世界が終わり、自分達を含め、総てが消える姿を見ていた。
小さいようで、あまりにも大きな違い。骸魂の中に妖怪の求めた『永遠』は、存在すらしていなかったのだ。
ほろほろと、零れる涙が、それでも地に落ちる前に凍りついては砕けていく――
リュアン・シア(哀情の代執行者・f24683)は、今までの様子を、力なく散乱し始めた動かない折り紙と共に眺めていた。
「あなたの蝶に――導かれてここまで来たわ」
「……私の蝶……」
雪女が、朦朧とした様子から、その唇で耳にした言葉を形取る。
それは、過去に褒めてくれた想い人への愛情を余す所なく注ぎ込んだ、繊細で優美な――そして、今となっては何よりも哀憐漂う蝶の折り紙。
胸を打つ悲しみに、雪女がまたひとつ涙を落とす。
(それにしても……)
リュアンは、そのさまに浮かぶ、あまりにも憐憫たる姿に心を置かずにはいられなかった。
「――愛を知る人というのは、もう少し強いものではないのかしら」
「……?」
雪女が、微か。不思議そうにリュアンを見やる。
先――確かにリュアンは、この存在の思いの丈を耳にしていた。
彼女の言葉は、世界を滅ぼすまでの結末を是とした。その為に、躊躇いなく揮われる力を見てきた。
だが――それ以上に思わずにはいられなかった事がある。
誰も紡がないかも知れない。その言葉を、リュアンは静かに告げ始めた。
「力ではなく心の話よ」
冷静に、同時にあまりにも憐れなものを目にする眼差しで、リュアンは一体のオブリビオンに目を向ける。
「ねえ、彼に置いて行かれるのは厭だとあなたは言うのかもしれないけれど――自分が怖いからといって、彼をこの世界に引き留めて、大罪人にしてしまっていいの?
」
「――」
そう、世界を滅ぼすのは、今震えるように立った世界に存在を認められている妖怪本人ではない。
それは、今、彼女と共にあり。彼女が、引き留めるようにその想いを手放せない『骸魂』の方なのだから。
「……あなたが彼を大切に想うのなら、あなたこそが、彼を彼のまま、本来の居場所へ還してあげなくてはいけないのじゃない?」
そして、愛すべき彼が――骸魂が『本来、決して在ってはならないもの』だと、共に在る妖怪は知っている。
「……でも、それでも、私達は――!」
妖怪の嘆きを、押し留めるようにリュアンは続けた。
妖怪への憐憫の情も。この心に受ける悲しみも哀情も、今確かにここにある。
しかし、なればこそ伝えなければならない――誰も言う様子のない言葉は、恐らく自分の身が口にする事になるだろう。
それは今、リュアンの――リュアンと過去の主人格が、見つめてきた心をなぞり。
思ったのだ。ここに哀しみを纏う妖怪が、指し示すべき『愛の形は、今、このひとつであるべきだ』と――。
「――どれだけ願っても時は止まらないし、戻らない。分かっているのでしょう」
それは彼女達が受けた、時の仕打ちと全く同じものだった――だからこそ、伝えなければならない。
『奪われた祈りや、幸せな願いに伸ばしたその手は――もう二度と、過去に届くことはない』のだと――。
「……――ああああああぁあ!!」
雪女の心が、リュアンに指し示されたあまりにもつらい真実に、激情と共に荒振り揺れる。
一瞬にして周囲が冷気に凍りついた。こちらに指し示された雪女の指先から、薄氷の折り鶴が、こちらを黙らせ凍結させようと襲い来る。
瞬間。突如湧き立つ衝撃波と共に、その無数の折り鶴が氷もろとも切り裂かれて地に舞い落ちた。
ユーベルコード【執着解放(シュウジャクカイホウ)】――凛と咲く花の如く引かれた憐花切の一閃が、迫る折り鶴を更に裂き、リュアンが纏う風と共に瞬時に雪女への距離を縮める。
「――永遠に安らぐことのない冷たい場所から、あなたを、彼を、解放してあげるわ」
今のリュアンは、その為にある一筋の刀――彼女の振るうその一撃は、過去へと手向ける供養の一刀。
白く咲く菊一輪の花びらのように。ひとひらの妖怪に走った斬撃は、魂深くその骸魂を斬り裂いた。
大成功
🔵🔵🔵
曙・聖
私は……
貴女方のようにも成れず、更に部外者である手前、何も言えませんが……
貴女は恋人の何処に惹かれたのでしょうか
恋人の何処が、好きでしたか?
それはこうなった今も、変わっていませんか
【高速詠唱】で事前準備を
【属性攻撃】である[炎]の[津波]の【全力魔法】を放ちます
多少の負傷は厭いません
雪女の攻撃には【オーラ防御】で対応ですね
それにしても、私と妖怪の彼女では少し考え方が違うのでしょうか
置いていくも、傍に居るも……全ては私たち次第であるというのに
相手は唯、私たちの決心に着いていくしかないのですよ
私は……彼女の気持ちも想いも全て、見ない振りをしてきました
今更赦して貰えるとは思ってもいませんが
●春風の君へ
悲しいまでの事実と共に、鋭い一閃を受けた『薄氷』の雪女が、大きくその場から後方へと跳ね退いた。
胸に到った深い傷を、まるでその心までをも凍らすように。生み出された氷が、冷気と共に傷口を覆っていくさまを、曙・聖(言ノ葉綴り・f02659)はただ見つめていた。
「うるさい……うるさいうるさいうるさい!!」
魂から響く、叫びが聞こえる。
乱れに乱れた髪と、怒りにぎらつく瞳を目にしながら。聖はその在りようへ、内心にほんの僅かな困惑すら感じながら、静かに彼女に語り掛けた。
「私は……
貴女方のようにも成れず、更に部外者である手前、何も言えませんが……」
聖は、もはや鬼女にも近しい姿となった雪女に向けて問い掛ける。
「貴女は、恋人の何処に惹かれたのでしょうか」
この相手は――今、恋人に惹かれたその輝きを、その姿で語る事は出来るのだろうか。
雪女は、答えない。
「恋人の何処が、好きでしたか?」
この相手には――純粋に、今ここで愛し人を語るだけの想いが残っているのだろうか。
雪女は、そこに苦渋の表情を伴って、ただ無言の沈黙を落とす。
「それは――こうなった今も、変わっていませんか」
――己に、そのような形相をさせる相手を『本当に愛している』と――心から、彼女は言えるのだろうか。
……綴られた聖の言葉に、雪女が唇を噛みしめた。
言外に、その悲しみを映し出すように。それが、今流す彼女の涙であるかのように。
しんしんと、その場に美しくも儚い雪結晶が舞い降りる。
身を刺すような冷気と共に、周囲の気温が異常なまでに下がり始める。大きな結晶を伴った雪は、見る間にその地へと降り積もり、肺まで凍るかのように冷たく漂っては、どこまでも消える事はない。
この現象は、そのままでは猟兵の身すらも追い詰めるようになるだろう――それが彼女の攻撃手段の一手と気付き、聖は即座に己を守る霊壁を展開し、その場を打開すべく精霊【白華】を喚び起こす。
聖の意に添い、紡がれ始めた白華の詠唱。人外故に、その響きは美しくも仔細を聞き取ることも叶わぬ早さで世界に響き、契約した聖にその力を灯していく。
(それにしても――)
力に意識を向け、それでも足りぬ束の間の時間の中で、ふと聖の思考は仄かに逸れた。
(私と妖怪の彼女では、少し考え方が違うのでしょうか――)
置いていかれたくないと、聖はそう告げた彼女の涙を思い出す。
悲しい光景だと、思った。だが――。
(置いていくも、傍に居るも……全ては私たち次第であるというのに。
……相手は唯『私たちの決心に着いていくしかない』のですよ)
思う――少なくとも、聖にとってはそうだった。
己が生きゆく中で、いつも自分の存在は『図らず、そして望まずとも、己の周囲を振り回さざるを得なかった』聖にとって。
決断というものは、相手にもそうであるのと同様に――常に、自分と共にあり続けるのだと。
相手もそうである事を疑わない――その僅かかなしい傲慢とも取れるような言葉は、それでも聖の胸に於いては事実であり、故に。
きっと――あの雪女の涙は、今の自分には決して流せないものだと思ったのだ。
雪が降る。
そして、嘆きのような結晶が降り散る中を、雪女が纏う骸魂が、聖に向けて一斉に弾丸を思わせる無数の氷片を撃ち放つ。
それを目に、己の霊壁を強化しつつ。聖の心に添い詠唱を続けていた白華のせせらぎのような声が止まり――。
聖から全てを呑み込むように放たれたのは、直線上に穿つ激しく燃え盛る炎の津波。
詠唱時間に応じ、自然現象の猛威をこの場に形成すユーベルコード【エレメンタル・ブラスター(エレメンタル・ブラスター)】――轟音が、赫々とした炎が、雪原と化した周囲ごと雪女を取り込み、その姿を掻き消した。
(そう、私は……彼女の気持ちも想いも全て、見ない振りをしてきました)
あの雪女の涙の代わりに、彼方を思う己の心に雪が降る。
――その瞬間を狙い澄ましたかのように、尚も炎の津波を抜けた鋭い氷片が、聖の頬をかすめ傷つける。
(今更。
赦して貰えるとは思ってもいませんが――)
それは、彼女の好意だと分かっていたのに。ずっとひとり、見ない振りをしてきた。
己の何かを責めるように、痛みと共に生まれ流れた一筋の血が、頬を涙のように滴り伝う。
――それでも。この胸に浮かんだ彼女の姿は、なおも優しい春風のように。
唯、温かな微笑みと共に、己の心に寄り添うものだから。
その痛みを、雪女のあの涙を。
聖は、少しだけ……羨ましいと思わずにはいられなかった。
大成功
🔵🔵🔵
アレクシス・ミラ
【双星】
アドリブ◎
もう一度逢いたいと願っていた
そして、逢えた
彼女達にとってはただそれだけだったはずなんだ
―ああ
僕が切り開くよ、セリオス
吹雪からかばうように彼の前に出て
盾から『閃壁』を展開し受け止め
剣に宿した【理想の騎士】の光で吹雪を叩き斬る!
…君達の気持ちは、痛いほど分かる
離れたくない想いも否定はしない
(―これは、守りたいものを守るための戦いなんだ)
だから…僕もその想いに届かせる…!
その想いが、願いが、呪いへと変わってしまわないようにと
UCと浄化を込めた光をセリオスの炎に合わせ
彼の言葉も届かせるように放つ
僕は祈る
…願う
君達ふたりがもう一度巡り逢えることを
…今度は、その手を離さずにいられることを
セリオス・アリス
【双星】
アドリブ◎
こんだけ物理で拒否られると
声も剣も届かねぇよなぁ
けどそれは一人だったらの話だ
アレスって、一言低く呼び掛けて
歌で身体強化する
俺はまっすぐ伝わるように
アレスが切り開いてくれる道を全力の炎で往くだけだ!
ダッシュで敵への距離をつめ
剣を向けつつ言葉を投げる
気持ちは、わかる
その思いを否定することは俺にはできねぇ
する気は、ねぇ
“だから”俺はそれを止めてやる!
壊して、共に朽ちた時
何もなくなった周りを見て
後悔する事がないように
ソイツを思う、真っ直ぐな気持ちでいられるように
貫けよ、その思い
ちゃんと止めてやるから…!
【蒼ノ星鳥】
思いと闘気をぶつける!
鳥に混じるアレスの光
ああ、その願いが叶えばいい
●星に願いを
もう一度逢いたいと願っていた。
そして、逢えた。
彼女達にとってはただ――それだけだったはずなんだ。
アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)は、閉じていた蒼空の眼差しを静かに上げた。
目の前にあるものは、猟兵の攻撃を躱しきれずに、服のあちこちに炎で焼け焦げた痕を残し纏った『薄氷』の雪女の姿。
簡単で、純粋で、ただただ切実な願いが、想いが――どうしてこのような道を辿るのか。
悲しみすらも浮かぶ思いで、アレクシスはその姿をただ見つめることしか出来ないでいた。
――あまりにも、似ていた。似過ぎていた。
それは、もしかしたら『これが――過去に切に願っていた自分の想いが、報われなかった未来の末路』であったのかも知れないと。そう思わずにはいられないほどに、あまりにも酷似していたのだ。
「――……」
既に、数多の傷を受けた雪女は、猟兵達に向けて己への心の理解を求めようとしなかった。
骸魂の存在が、どれほどにこの世界にあってはならないものなのかは、彼女にも分かっていたであろう。それでも、止まらず溢れ出るその悲しみは、いつしか骸魂にほぼ己の身体の支配権を譲り渡す形となって、今ここに立ち現れている――それを猟兵達はこの常に叩き付けるように吹き付け始めた吹雪から感じずにはいられなかった。
同時に――それが、追い詰められた彼女の意思の結果であったことも。
骸魂に言葉はなく、雪女の存在を通して躊躇いなく己の領域である吹雪へと巻き込む相手を探し。その対象を近くにいたアレクシスとセリオス・アリス(青宵の剣・f09573)へと定め向ける。
ほんの数歩、雪女がこちらに歩みを向ける。
次の瞬間、その中心から悲しみを謳う雪嵐が、一瞬で二人を呑み込み豪雪と共に吹き荒れた。
「――こんだけ物理で拒否られると、声も剣も届かねぇよなぁ」
息をするのも躊躇われる吹雪――それはセリオスとアレクシス、二人の間で辛うじて届く声。
それでも――二人の間に、まだ互いの声は届くのだ。
「アレス」
低く、それでも凛と響いたセリオスの声。それを聞いたアレクシスは、ゆっくりと伏せていた己の瞳を、鋭く正面へと覚悟と共に嵐の中へと射抜かせた。
「――ああ。
僕が切り開くよ、セリオス」
呼び掛け一つ。それだけでも、今、この意志は届く。
――『それは、幸福なことなのかも知れない』と、アレクシスは骸魂に身を預けた雪女の姿に思う。
だが、だからこそ思うのだ。
ここで、この心を砕くことは決してあってはならないと。
自分達は――この道を、二人で進むことを決めたのだから、と。
アレクシスが、セリオスの前にその身を盾とするように、雪女達へと立ちはだかる。
無言の想いは、親友を庇うように燐光を雪に散らす白銀の盾・閃盾自在『蒼天』より、雪よりも白く輝く光の壁『閃壁』を羽根のように広げていく。前方に光を掲げるアレクシスの背後にだけ、雪の届かぬ空間が生み出される。
背後で、親友の朗々たる歌声が響き渡った。
それは力強く、己の想いを願い乞う歌――セリオスが自己強化に歌い掲げた歌の一節を耳にして、アレクシスはその瞳を己の覚醒を促すように見開いた。
(……君達の気持ちは、痛いほど分かる。
離れたくない想いも否定はしない。それでも――)
『降り積もる雪の中にも、身に凍てつく氷に足を取られても――この世界には、光があること。救いがあることを、どうか教えて』
アレクシスには確かに、親友のこの歌を、その願いを聞いたから。
(――これは、守りたいものを守るための戦いなんだ――!)
「だから……僕もその想いに届かせる……!」
親友の託された心を、願いを形にして――アレクシスのユーベルコード【理想の騎士(ミオ・ルーチェ)】が、真上に翳された双星暁光『赤星』の輝きを一際眩しく照らし出す。
そして――振り降ろされた赤星による激しい光の衝撃波は、吹き荒れる吹雪を轟音と共に叩き伏せ、背後の親友へ想いと共に、確かにその道筋を指し示した。
同時にセリオスが、踵を地面に叩き付けたエールスーリエより、道行き全ての氷雪を溶かす蒼炎を纏って走り出す。
――自分は、ただ相手にその想いが伝わるように、親友の手で切り開かれた道を征くのみ――
セリオスが鞘から引き抜かれた双星宵闇『青星』を手に駆ける。
その声は叩きつけ訴え掛けるかのように、雪女と骸魂へと向けられた。
「気持ちは、わかる。
その思いを否定することは俺にはできねぇ――する気は、ねぇ。
“だから”俺はそれを止めてやる!
壊して、共に朽ちた時……何もなくなった周りを見て、後悔する事がないように!!」
セリオスは相手の間合いの内に駆け込む瞬間、その狭間において、確かに雪女と『もう一人』の存在を見た――。
「ソイツを思う、真っ直ぐな気持ちでいられるように――」
全力で駆けた速度を乗せたまま、セリオスが片足で地面を力強く踏み込み身を翻し――勢いと共に手にした純白の刃に、勢いを伴う青く燃え盛る星の光を瞬かせる。
雪女が、骸魂が、どちらの意志とも取れる瞳で、互いの存在を守るように氷の壁を張り巡らせた。同時に現れた鋭い無数の氷柱が、一斉にセリオスへと向けられる。
「貫けよ、その思い――ちゃんと止めてやるから……!!」
それに怯むことなく、唯一筋の願いを込めて。
セリオスは、ユーベルコード【蒼ノ星鳥(アステル・テイル)】を溢れんばかりの力と共に解き放つ。
噴き上がる赫よりも熱い蒼炎の星が、不死鳥の姿を纏い現れ、羽搏きと共に氷柱を呑み込み、互いを護ろうと願った氷壁までをも溶かし切る。
最後の願いまでもが目の前で溶かされた絶望に、雪女と、そして『もう一人』の声なき叫びが響いた刹那。
先の吹雪を打ち砕いた目が眩みそうなまでの太陽の輝きが――【理想の騎士(ミオ・ルーチェ)】の光が、迫る蒼の不死鳥の色を眩い金色へと変えた。
「――!」
雪女の瞳が、セリオスの先にあるアレクシスの姿を映し出す。
敵の願いが……彼の祈りが、その耳に確かに聞こえた。
――その想いが、願いが。
どうか、呪いへと変わってしまわないように――
唯祈る、その哀しみと切なる心を感じ、雪女達は動揺と共にその動きを止める。
響く心に、その想いを感じ取ったセリオスが、小さく呟く。
ああ、どうかその願いが叶えばいい――と。
「届け――ッ!!」
そして。
セリオスの絶叫と共に、輝き激しく燃える星の炎が雪女達を包み込む。
――『二人』は、最後に。
確かに、伝えられた願いを聞いた。
君達ふたりがもう一度巡り逢えることを。
……今度は、その手を離さずにいられるように――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 日常
『納涼、カクリヨ風鈴祭り』
|
POW : 謡えや踊れ。盆踊りの輪に加わる
SPD : 射的、型抜き、金魚すくいで競争
WIZ : 風鈴、提灯、かき氷。準備万端で花火を待つ
|
種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
地籠・凌牙
【黒竜と白猫】アドリブ歓迎
さて、エインセルが喜ぶから祭りに連れてきたワケなんだが……ん?
どうしたちびっこたち、そんな花束持っ……これ全部折り紙か!?
めちゃくちゃ上手いじゃん……そっか、元気になって欲しいから頑張って作ったんだな。
一緒に祭りに行きたかった人がいるんだな。
んー、他にも折り紙で作った奴ってあるか?ちょっと祭りの運営に頼んでみたいことがあってな。
ちゅーワケで特別許可をもらって小さい折り紙展開催!
折り紙の花束に千羽鶴に、他にも子供が作ったとは思えない出来栄えのばかりだ。
元気になって欲しくって頑張って作ったんだもんな。
きっときてくれるさ。頑張って呼びに行ったし、うちの猫がついてるからな。
エインセル・ティアシュピス
【黒竜と白猫】アドリブ歓迎
わーいおまつりだー!りょーが、つれてきてくれてありがとー!
にゃーん、たのしそー……あれ?
ねーねーりょーが、おまつりのそとにようかいさんたちがいっぱいあつまってるよ。どうしたのかにゃ?
えっ、おりがみでおはなつくったの!?すごーい!
にゃーん、わたしたいおねえさんがいるけどきてくれるかわからないんだ。
でもでも、おはなしはきっときいてくれるよう。ぼくもいっしょにいくから、おねーさんをよびにいこーよ!
(件の妖怪のところへ)
にゃーん、おねえさんこんばんは!あのね、いっしょにおまつりきてほしいの!
みんながね、いっしょーけんめーつくったのをみてほしいんだって!
おねがいにゃーん!
●在りし日と、祝福の折り紙
「わーいおまつりだー! りょーが、つれてきてくれてありがとー!」
今、目に映る光景がとても楽しい――エインセル・ティアシュピス(生命育む白羽の猫・f29333)は、目をきらきらさせながら、その瞳いっぱいに祭の光景を映し出していた。
あちこちで涼しげな風鈴と、ぽんぽんと花火の鳴る音がする。
すっかり暗くなった村に、祭が行われようとしている。村自体は広くもないが、櫓は大きく周囲の村からも妖怪が来ているのか、祭の規模はかなり大きくなりそうだ。
そんな祭を見るだけでも全力で楽しんでいる、今は人の姿をしている白猫のエインセルを連れ立った地籠・凌牙(黒き竜の報讐者・f26317)は、せっかくだからもっと祭を堪能してもらうべく、大きく辺りを見渡した。
「にゃーん、たのしそー!」
「そうだな、どこか行きたい所とかあるか? エインセル」
「んーっとね――……あれ?」
声を掛けた先、エインセルが不思議そうな声と共に小首を傾げる。
凌牙もつられるようにそちらへと目を向ければ、そこには会場のすみっこで何人もの妖怪の子供達が集まっては、大きな一つの机に向かって、何かを一所懸命に作っているところだった。
近づいて見れば、どうやら子供達は幾つもの花を花束にして纏めているようだった。しかし、それは祭にしてはほんの少し違和感のある光景で――凌牙は子供達を驚かせないようにそっと近づいて話し掛けた。
「どうしたちびっこたち、そんな花束持っ……え、これ全部折り紙か!?」
「えっ、おりがみでおはなつくったの!? すごーい!」
机を覗いて、二人は初めて、大小様々な紙があちこちに広がるその花束が、全て、色とりどりの折り紙で作られている事に気が付いた。
「だろだろ、すごいだろー!!」
「がんばってるの! じしんさくだよ!!」
その声に気付いた子供達が、それをもっと見てほしいとばかりに、二人に場所を広げてくれる。
見せてもらえば、きっと余程頑張ったのであろう。そこには花だけではない、月や星のような本当に初歩的な形のものから、精巧な動物や立体細工に到るまで。子供達の手による、折り紙で作られた様々な物が置かれていた。
「めちゃくちゃ上手いじゃん」
凌牙から思わず感嘆の声が上がる。
机の上には花束だけでなく、羽根を広げていない無数の折り鶴なども置かれていた。
「折り紙のおねえちゃんがね、最近もっと元気がないからね、元気になってほしいなって思って、元気になってお祭り来てくれたらいいなって思って折ったの!」
「折り紙の――……そっか、元気になって欲しいから頑張って作ったんだな。
そうだよな、こんなに楽しい祭なら一緒に行きたいよな……」
それが、誰のことか。凌牙はすぐに理解に到った。
あの戦闘の後。既に、雪女であった妖怪は、その存在を切り離された。確かに、カクリヨファンタズムは平和になった。だが、彼女らの想いは、最後まで世界と両立することはなかったのだ。
分かっていた結末ではあった――それを成したのは、他でもない自分達なのだから。
「にゃーん、わたしたいおねえさんがいるけどきてくれるかわからないんだってー」
他の子供から話を聞いていたエインセルからも、凌牙に事情が伝わってくる。
「一緒にお祭り行きたいから、元気出してもらいたかったんだけど……お姉ちゃん、ちょっと前から村の端で、ずっと一人で何も話してもくれなくて」
「でもでも、おはなしはきっときいてくれるよう。
ぼくもいっしょにいくから、みんなでおねーさんをよびにいこーよ!」
エインセルが、一所懸命、子供達に声を掛ける。
だが、きっと何度も試してきたのだろう。子供達は諦め気味に呟いた。
「でも、僕たちが行っても、本当に口も聞いてくれないから……」
「ならぼくたち『せっとく』してくるよー!」
エインセルが、凌牙の手を取る。一所懸命さが伝わるその手に、凌牙も自ら同意するするように頷いた。
子供達で駄目なら自分達が行くしかない。――聞こえてくるのは泣き声かも知れない。自分が行けば、飛んでくるのは罵倒かも知れない。それでも、凌牙はその選択を躊躇わなかった。
「たくさんするから、きっと聞いてくれるから、待っててねえ!」
「おねがい、お願い。おねえちゃんに、見てほしいから……」
子供達の願いを背負って、二人は話に聞いた一人の妖怪の元へと歩き出した。
「にゃーん、おねえさんこんばんは!
あのね、いっしょにおまつりきてほしいの!」
エインセルの無邪気な声が響いた。村を囲む山並みが見渡せる広い崖――それは、とても物寂しいところだった。そこにひとり佇んでいた折り紙の妖怪は、エインセルの不思議な気配に振り返り、その目に共にいた凌牙の姿を映し出す。
すぐにその目は逸らされた――だが、凌牙が伴ったことで、薄らとその意図は理解したのだろう。
長い沈黙の後に、妖怪は視線を遠くに戻して呟いた。『でも、私には』と。
「あのね、おねーさん!
みんながね、おりがみいっしょーけんめーつくったのをみてほしいんだって!」
エインセルの『折り紙』という言葉に、妖怪が思わず俯いていた顔を上げる。
そのエインセルの言葉は、まるでその場に、ふわりと魔法のような温かみを添えて広がった。
「『ほんとうに、いっぱいいっぱいつくったから! いっしょーけんめーつくったからみてほしいってー!』」
エインセルの、無自覚で、無邪気で、無心のユーベルコード【存在寿ぐ祝福の言霊(ソステニトーレ・ファイエルン)】が、子供達を応援する言葉に寄り添うように、目の前の妖怪の心に優しく届く。
重苦しく、世界の悲しみをひとり静かに背負っていた女性は。それにふわりと、ほんの少しだけ表情を明るくする――。
「おねがいにゃーん!」
エインセルが泣きそうなくらいに、必死さと切実に思う心を伴い、訴える。
「……。時間を、頂戴……」
しかし、妖怪はそれ以降、言葉を発することはなかった――。
来た道を、引き返す。
それは、きっと来てくれると。そうと根拠も無しに断言するには、ほんの少し自信のない帰り道――しかし、それでも尚、彼女が来てくれる事を信じる為に――凌牙は己の不安を振り払うように、思いついた事を実行に移す決意をした。
「――よし! 後は準備だな!」
「んー、なにするのー?」
「まあ見てろって」
そして村に戻って、さらに花束や飾りの増えた机の子供達に、凌牙は相談するように話し掛ける。
「んー、あのさこれ。他にも折り紙で作った奴とかってあるか? 数は多ければ、多いほどいいんだが……。
ああ――ちょっと祭りの運営に頼んでみたいことがあってな」
『ああ、それなら喜んで! 折り紙のじょーちゃん、ずっと落ち込んでたからな。
やすいやすい! 好きに使ってくれ!』
凌牙の提案は、ものの十秒と経たない内に、あまりにもあっという間に可決された。
「――ちゅーワケで。
特別許可をもらって小さい折り紙展開催!」
この祭を取り仕切っている頭に快諾をもらい、凌牙がお祭り会場の一角を、小さいなりのインパクトでドンと占拠して作ったものは――子供達が、ずっと折り続けていた、様々な折り紙の展示場だった。
それは、簡易な机を幾つも並べて、布を引いてそこに折ったものを置いただけ、というシンプルなものであるけれども。展示物は、折り紙の花束に千羽鶴に、他にも集めるだけ集めた子供達の力作揃い。実際にそれは、本当に子供が作ったとは思えない繊細さを伴う出来映えであり――心の込め方は、まるで凌牙の見覚えがある『誰か』が折っていたような折り紙を彷彿とさせる温かさを伴っていた。
そのような祭の一環として始まったそれは、お客さんも集まり、一気に柔らかな笑顔で満ち始めた。
「わ、人たくさん!」
「好きなやつに元気になって欲しくって、頑張って作ったんだもんな」
凌牙の言葉に子供達は照れ笑いを浮かべる。
「えへへ……。でも、来てくれるかな……?」
「どうかな……本当に、来てくれる?」
ぽつり、と。誰からともなく呟かれた子供の言葉は、簡単に心に影を落としてしまう。けれども、凌牙は自信たっぷりに言ってみせた。
「大丈夫だ! きっと来てくれるさ。
これだけ頑張ったんだ。呼びにも行ったし、うちの猫がついてるからな」
そう、子供達はこれだけの努力を重ねた。
そして、一緒に来たエインセルは『何よりも幸せを運ぶ猫』なのだから。
――きっと来る。凌牙がようやく、その確信を持てた瞬間。
祭の喧噪の遠くに、ふと人影が見えた。
近づいてくる。白い衣の女性の姿――それは少し歩くと、こちらの展示場がはっきりと見える所で、ふと足を止めた。
「あ、おねーちゃん!!」
それは、何をしているのかと――妖怪は、こちらをじっと見つめ、その場で何が行われているかを理解して。泣きそうに崩した眦を袖で押さえると……またゆっくり歩き始める。その、子供達の元へ。
子供達が、折り紙の妖怪を取り囲む。
妖怪は、己がずっと忘れていた言葉を取り戻すように。そっと子供達へと想いを伝えた。
「ごめんね……ええ。とても、素敵――」
もう、決して凍ることのない涙が、ぽつりと落ちた。
「おねーちゃん、どうして泣いてるの? どこか痛いの?」
「――ううん、何でもないわ、何でもないの。
ただ、とても嬉しくて――」
顔を押さえて、そしてしばしの無言を置いて――折り紙の妖怪は、顔を上げてゆっくり子供達に微笑んだ。
「ゆっくり……見て回っても、いいかしら?」
「「うん!」」
そうして折り紙の妖怪が、凌牙とエインセルの傍らを通り過ぎた。
すれ違いざま、妖怪はこちらに目も顔を合わせようとはしなかったけれども。
ただ、二人に一言――『ありがとう』と。
伝えられたその言葉だけは、小さいけれども確かに二人の元へ届いた。
折り紙の妖怪は、そのまま子供達と一緒に、展示場所へと向かってその姿を消した。
「きてくれてよかったねー!」
「……そうだな」
万感――そして、目に映る幸せそうな光景に、凌牙は在りし日の過去を見て。
ふ、と。僅かに揺れた自分の瞳をゆっくり閉じた。
「りょーが?」
「――エインセル、俺達も見て回るか!」
「うん!!」
いつも通りに、凌牙が笑う。それを見たエインセルが祝福の太陽のような笑顔を見せた。
そうして、二人は賑やかな祭の喧噪の中へと混ざるように、自分達も楽しそうな雰囲気を心に伴い、その歩みを進めていった。
――悲しみは、消えないけれども。
今の自分ならば、自分達ならば。それを守ることができるのだと……凌牙は、その心に強く、想い誓って。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
メルメッテ・アインクラング
私は、棒付きのべっこう飴を1つ頂きます。並んだ飴の様々な形や色に惹かれたのですが……迷いますね
では、こちらを(※MSさんにお任せします)
飴を食べながら胸の内で渦巻いていたのは、先程の思考と、その答えについて。私は、自分で考え、導き出した「彼方の先」という答えを信じました。主様の『0になる』という教えがあったにも関わらず、です
主様とは異なる考え方や思いを持つ事……それは、主様に対する背信行為に当たるのでしょうか?
突然空で大きな音が聞こえ、恐る恐る顔を上げると「あ……」
花火。観賞用に特化した火薬とは存じておりましたが、これが本物なのですね
主様ならどう感じられるのでしょう
私は……「綺麗」だと感じます
●心(ハート)
夜空の元に、メルメッテ・アインクラング(Erstelltes Herz・f29929)は、賑やかな屋台の並びをゆっくりと歩きながら。ふと目についた、棒に付いて並べられていたべっこう飴の屋台の前で、興味を惹かれるように歩みを止めた。
「こちらは……迷いますね」
並んでいる飴は、茶色や透明、青色など様々な色合いで人こちらの目を惹く。同時に、その形は犬や猫、鳥の形をしたものから、簡易な記号を模したものまで、本当に無数のバリエーションに富んでいた。
その光景に少し悩み迷っていたメルメッテへと、妖怪の店主が現れて、表情を輝かせながら大声で話し掛けてくる。
「嬢ちゃん! 迷ってるなら、これとかどうだい!?」
そこに出されたものは、メルメッテの髪色を彷彿とさせる、柔らかく可愛いらしいピンク色をした猫の形のべっこう飴。
「では、そちらに――」
せっかくいただいたお勧めを見て、その可愛らしさに、メルメッテはまるでミルクに浮かべた薄青の砂糖菓子のような、柔らかな色合いの瞳を細めた。
そして、それにしようかと決めた先――ふと、メルメッテは伸ばし掛けた手を止めた。
視界に入ったものは、猫よりもほんのり紅色が濃い、シンプルな『ハート』の形のべっこう飴。
――聞いた事があった。
確か。ハートは、心臓の……人の『心』の形を模した、記号なのだと。
「あ……申し訳ございません。もし宜しければ、こちらを」
ふわりと、脳裏を巡った思考。
気が付けば、メルメッテの手は、猫の代わりにそっとハートの形をしたべっこう飴を示していた。
屋台で売られていたべっこう飴は、メルメッテがほんの一口軽く舐めれば、自分の持つ砂糖菓子よりも、ほんの少しだけ雑味まじりで。しかし、それがまた特徴的にも思える味がとても新鮮に思えるものだった。
「……」
屋台から少し離れたところで、ほんの一息。
メルメッテは、そこで気付けば、ふと。否、きっと心のどこかではずっと思い詰めていたのであろう――己の心に、乱れるように浮かんでいる思考に、静かに思いを重ねていた。
それは、先の戦いで――選び取った自分の想いについて。
(私は――自分で考え、導き出した『彼方の先』という答えを信じました)
メルメッテの胸に、あの時の想いが蘇る。それはとても強く、切に一途で純心な強固な想い。
しかし、それは――。
(……主様の『0になる』という教えがあったにも関わらず、です)
主は、それについて語ったとき――いつもの口調よりも心なし強く、そしてとても冷たく響く言葉をメルメッテに伝えた。
『命は消えれば0になる、それ以上は何もない』のだと。
それでも。メルメッテはあの瞬間、確かに己の解として『彼方の先』を信じた。
自分の想いを、その形へと一心にかたむけて。そこに己の鼓動と、確かな熱を共にしながら。
「――主様とは異なる考え方や思いを持つ事……それは、主様に対する背信行為に当たるのでしょうか?」
メルメッテにとって、己を救ってくれた主は絶対だ。だが、もし自分がこのような事を考えてしまったことが知れれば、主は自分に失望するかも知れない。
しかし――それでも、あの時の。
先の戦闘で構えた銃と共に願った、胸の高鳴りは、熱い心は。確かに自分の――
瞬間。
空に突如、火薬の爆発音が響いた。
「――っ!」
全身に驚きと緊張が走る。それはメルメッテにとって、主の強い叱咤を受けた時のように。まるで全身を叩き付けられたかのような、深く激しい衝撃だった。
メルメッテは、その怖さに思わず己の身を硬直させる。
それから――しばしの静けさの後。
聞こえてくるのは、空から降り落ちてくる、軽やかに何かが弾けていく音。
何も起こらない……メルメッテは、緊張に強張った目をゆっくりと開けて、音のした空に目を向けた。
「あ……」
そこには、華やかな色とりどりの花火が、美しく夜空を彩り咲いているところだった。
メルメッテにとって、確かに花火は存在こそは知っていたものの、実際にこうして本物を見るのは初めてだった。
「観賞用に特化した火薬とは存じておりましたが、これが本物なのですね」
メルメッテの瞳に映る花火は、先程震えた大きなものから小さなものまで、漆黒の夜空に様々な色を添えていく。
(これを……主様ならどう感じられるのでしょう……)
主は、これをただの観賞用の火薬に過ぎないと言うだろうか。
実用性も何も無いと、それは無意味だと言うだろうか。
(ですが、私は……)
このようなことを思ったら、主はメルメッテを嫌うかも知れない。
主と違う事を思えば、やはり失望されるかもしれない。
それでも。
(これを「綺麗」だと――感じます)
そう……思わずには、いられなかった。
この花火は、ただの視覚情報だけではない。
今、心に響いているこの鼓動が、己の想いを主張するように『綺麗』だと――何度もメルメッテの胸を叩いては激しく訴えてくるのだから。
一度瞳を閉じて耳を澄ませば、この心に響き続ける胸の高鳴りを、改めてじんと感じ取る。
そして、メルメッテはゆっくりと――目を見開いた先にある澄んだ夜空と、初めて目にしたこの花火を、ずっと己の乳青色の瞳に焼きつけるように映し続けた。
そう、この時だけは――。
今、己に響いている心臓の鼓動と。
無意識の内に、微かに感じ取った『自分』という存在へ……そっと静かに。ただ、無心に寄り添い続けるかのように。
大成功
🔵🔵🔵
リュアン・シア
お祭り、か。
世界は壊れずに済んだけど、何ていうか……お目出度い気分でもないのよね。
結果として、こういう未来になったというだけ。彼らの望みが叶わなかったからと言って、その時確かにそこにあった想いを否定するものでもないし。逆に、世界が残ったからと言って、この先この世界が確かに幸せを選んで進んでいけるとも限らない。
結局――今を生きる人次第。
硝子の風鈴、綺麗ね。風が吹くと、氷がぶつかる時のような、透明な音がする。
あら、千代紙も売っているの? そう……じゃあ、鶴でも折ってみようかしら。悪いけど、それしか折れないのよ。
赤、緑、桃、金、銀……色とりどりの折り鶴。ねえ、少しはあなたの明日の、彩りになるかしら。
●ただ、あなたに寄り添う夜想曲
ぽーんぽーんと、小さな花火の音がする。
夜に咲く、様々な色合いに散る花火が空へと浮かび。まれに大輪の音がリュアン・シア(哀情の代執行者・f24683)の耳を心地良く打っていく。
「お祭り、か」
リュアンはそっと、空気の中に言葉を落とす。
傍らを、妖怪の子供達が元気に駆けていった。
祭の花火に、空を見上げて妖怪達の喜ぶ笑顔が目に映る。
リュアンの呟きは、そんな喧噪に呑まれて、儚さをまじえて消え去った。
「世界は壊れずに済んだけど、何ていうか……お目出度い気分でもないのよね」
――確かに猟兵達は世界を守った。滅びの道を免れ、このカクリヨファンタズムを救った事を、猟兵達は知っている。
しかし、この景色も、あの景色も。リュアンの目には、少しモノクロームに霞んで見えた。
「これは……結果として、こういう未来になったというだけ」
そう、この礎には、叶わなかった二人の願いが眠っている。リュアンはそれが叶わぬ未来を選び取ったけれども。
それは『あの時、確かに存在していたもの』を、想いを、決して否定するものではない。
同時に、様々な妖怪達が笑顔で、今嬉しそうに笑い合うこの世界でも。
「世界が残ったからと言って、この先この世界が確かに幸せを選んで進んでいけるとも限らない」
結局――今を生きる人次第。
リュアンの心に、まるで羽が落ちるように差したその言葉。
それに対して、リュアンが思いを重ねる前に――まるで、心全てを肯定するように、遠くに響く微かな風鈴の音がした。
「――?」
今、気が付いた。もしかしたら、それはずっと鳴っていた音かも知れない。
目を上げれば、そこにはあちこちに様々な形で、美しい音色を鳴らす風鈴が飾られていた。
外身は、硝子であったり薄い金属であったり。
それらは一度、リュアンの前で大きな風が吹いた瞬間に、溢れるように豊かな色を奏でては、あっという間に、全てが一時の幻であったかのような一時の無音を作り出す。
「――」
僅かな驚きに言葉を無くす。
そして、再び。風鈴達はささやかな風を受けて、また気付く人にしか気付けない、ささやかな音色を鳴らし始めた。
その光景に、リュアンは微かに心を揺らしながら。その偶然、一番近くで目にしたものは、繊細なタッチで描かれた白菊の絵柄が入った硝子の風鈴だった。
「――綺麗ね」
触るわけでもなく。ただリュアンが何とはなしに、微かに細い指を伸ばした先。
一筋の柔らかな風が吹いた。白菊の風鈴が鳴らした音は、細い氷を優しく打ち合わせたように細く、どこまでも透き通るようにその場に響いては、まるで星の尾を引くように消えていった。
それからのリュアンは、まるで風鈴の音色に誘われるように。あてはなくとも、その澄んだ音に促されるように祭の喧噪を歩き始めた。
辿り着いた先――目にした光景は、奇しくも先に来ていた猟兵の思案により行われていた、折り紙の展示会。
側に置かれた机には子供達が集まっていて、見れば様々な紙で熱心に折り紙細工を作っているところだった。
机には子供達用に紙がたくさん置かれているが、傍らでは販売ではあるけれども、その分高級感のある大人向けの千代紙も扱っているのが目に入る。
「あら、千代紙も売っているの?」
販売している妖怪にリュアンが問い掛ければ、明るく活力あふれる声が返ってきた。
「へい、折り紙の似合いそうな綺麗な姉ちゃん、ひとつどうだい?」
「そう……じゃあ、鶴でも折ってみようかしら」
そうして、リュアンは十二枚がセットになった全て色の違う千代紙をひとつ購入することにした。
「おや、折り鶴かい?」
千代紙を手渡しながら、その言葉を受けて少し意外そうに店主が訪ねる。
「悪いけど、それしか折れないのよ」
リュアンがそう伝えると、少し盛況で混み合っているから、と。店主の妖怪は予備の新しい机を出してくれた。
「椅子はないけど、もしよければ少し折って行きなよ。姉ちゃんの折り鶴も見てみたいもんだ」
それなら、と――リュアンはそこで、試しに何枚かの千代紙で鶴を折る事にした。
折り鶴を――ここにきてから、ずっと、胸に、心に響いていた想いを込めて。
赤と緑、桃色に金と銀……色とりどりの折り鶴を交えて。ひとつずつ、机に並べながら、思い馳せるようにじっと見つめる。
(ねえ、これは……少しはあなたの明日の、彩りになるかしら)
殆ど変わりを見せない表情。だが角度によっては、見る人によっては、
リュアンの横顔は、僅かにその瞳を細めているようにも見えたかも知れない。
リュアンは静かに、夜空を仰ぐ。
想いを込めて――リュアンは、ただそこにある、愛すべき、いとおしい哀しみに寄り添う存在だから――。
「これは……?」
「おお、折り紙の姉ちゃん! 元気になったかい」
一人の女性の妖怪が、誰もいない机に並べられた千代紙の鶴に目を留める。
「さっき、見知らぬ姉ちゃんが折ってったんだよ。綺麗だろ?」
「……そうね」
折り紙をずっと作ってきた一人の妖怪は、その折り鶴を面差し柔らかく微笑み見つめた。
見知らぬ、と店主の妖怪は口にした。
ならば――これを折った存在は、恐らくはきっと『あの時の中にいて』。
それでもやはり……最後まで。その存在は、心やさしい人であったに違いない、と。
折り紙の妖怪が目にしたものは、そう切に。温かく心に触れてくる、とても優しい折り鶴だった。
大成功
🔵🔵🔵
曙・聖
【華纏】
……私には、永劫手に届きそうにありませんが
どうか、次があるのならば
二人が幸せになれることを、祈って
勢いのままに呼び出してしまいましたが……さて、どうしましょうか
……そもそも、まさか来て下さるとは
そうですね。偶にはゆっくり過ごすのも、悪くないかもしれませんね
気付けば、あの日庭先でボロボロだった彼女も、もう成人ですか
少し早いですが、おめでとうございます、と
初転移先が鴉の群れというのも…
貴女を送ったグリモア猟兵も、予想出来なかったでしょうね…
お祝いの言葉以外に、ニアは何を望んでいるのでしょうかね
……いえ、何となくは理解できるのですが
……今、この場で、ですか?
かといって、消毒液の仕打ちも……
ハーモニア・ミルクティー
【華纏】
永遠と刹那、ね?
1回のキスがずっと続くか、100回のキスが待っているかの違いかしら
わたしは今を楽しみたいから、永遠に憧れはしないのだけど
急に呼び出すなんて、何があったかと思ったわ
そんなことがあったのね?
聖の為なら、何処へだって行くわよ!(即答)
でもノープランって……
それなら、花火をのんびり見ない?
疲れているでしょう?
ねえ、わたしもこの春で立派なレディになるのよ?
もう、鴉に襲われて泣いていた少女じゃないわ
今でも苦手だけど、それでも鴉には負けないもの!
だから、ね?
最初に言ったじゃない、永遠と刹那の違い
その勇気があなたに無いのなら――とりあえず、消毒液を頬の傷にたっぷり刷り込んで良いかしら
●『唯一』を示す勇気と覚悟
屋台の並ぶ道からも、櫓の賑やかな中心部からもほんの少し離れた広場にて。
風鈴の音色が響く中、曙・聖(言ノ葉綴り・f02659)は静かに空気を鳴らすその音色と、僅かにずれた喧噪に耳を傾け、自分が見てきたものを振り返る。
(……私には、永劫手に届きそうにありませんが。
どうか、次があるのならば――二人が幸せになれることを、祈って)
心に抱いたその結末を思い、ふと。胸が、静かに音を立てた。
しくりと、きしりと。心が、少しずつ大きく胸に望まぬ響きを残す。
依頼の間から今までずっと、妖怪の存在を思えば思うほど、先程からずっと聖の心に軋むような音を響かせていく。
それは、あの時。あの妖怪に届かないと思っていた想いの一部。少なくとも、己に理解はし得ないと思っていた……彼女の孤独と淋しさ、それと同質の想い――。
聖が、この想いが同じものであるという認識に、己の手を伸ばす事はなかったが。
この自分の感情の正体を文字で象る前に、聖はただ無心にそれを行動に移していた。
同じ――今胸を軋ませるその心を、温かく照らしてくれた存在が自分にもいることを、無意識に確認するように。
聖は……唯、その笑う顔が見たいと思って。
「永遠と刹那、ね?」
突然問い掛けられた質問に、ハーモニア・ミルクティー(太陽に向かって・f12114)は、あまり驚くことも無く思案した。
いつものことだ、作家仲間(ハーモニアにとってはずっと前から違う位置づけなのだが)としては度々起こる、日常茶飯事の問題提起。
『永遠と刹那の違いは何でしょうか?』――聖の言葉に、まずはハーモニアが目にしてびっくりした、その柔和な面差しに残った傷について触れるよりも先に、その問答の答えを探す。
「そうね――。
『1回のキスがずっと続くか、100回のキスが待っているかの違い』かしら。
わたしは今を楽しみたいから、永遠に憧れはしないのだけど」
己の答えに、その答えと同じくらいに夢を誘う、夜でも燦めく羽根の輝きと共にハーモニアがくるりと回ってみせた。
――いつもならば、日常的なその返戻として、ここで聖の答を聞くところだが、心の機微に聡いハーモニアは、いつもと少し異なる相手の様子にすぐに気付いた。
きっと、この答えは。聖の中でも、定めあぐねているものなのだろう、と。
「……そもそも、まさか来て下さるとは」
――案の定、彼は作家らしくもなくその答えに言葉も置かずに、ハーモニアを見つめてそう言った。
「聖の為なら、何処へだって行くわよ!」
即答するその声は、違えようもなく恋する乙女のものであり――ゆえに、ハーモニアにとって、彼に気を止めてもらえるのは悪い事ではない。
だが、このような。今となっては、もはや死語扱いされるかも知れないくらいに、チープで直球な恋心を乗せた言葉すら、相手に受け止めてはもらえないという事実は、昔からあまりにもせちがらすぎるものだった。
もしかしたら、未だに気付いてすらもらえていないのか、という悲しみすらある。
付き合いが長いから――しかし、それで諦めるには、己の恋する心には、まだまだ灯りがともっているのだ。
――心配だってある。例えば、今相手が付けている、その傷とか、傷とか、傷とか。
「急に呼び出すなんて、何があったかと思ったわ」
「……ええ」
ハーモニアの言葉に、聖は静かに、訥々と語り始めた。
それは、氷と折り紙で綴られた、恋と愛の物語。哀しいまでの想いを重ね、それでも尚、結果として、世界の代わりに深く裂かれた想いの話。
聖は言った。
『自分には、理解は及ばず。それでも次があるのならば、ただ、その幸せを願わずにはいられなかった』――と。
その言葉に、ハーモニアは理解した。
聖が自分だけが受けた依頼について語ることは、小説の題材になりそうなもの以外は少なくて。それにしては、このあまりに分析の偏った、小説には少し不向きな内容は――きっと、純粋に。聖の心に、とても深く響いた出来事だったのだろう、と。
「そんなことがあったのね?」
「ええ」
そこで、互いの言葉は止まった。
ハーモニアは今まで『きっと、平和になったこの世界で、聖は何か自分にとても見せたいものでもあったのかも知れない』と思っていた。
だが、聖からはそれ以上の言葉が出てくることはない。
「……もしかして、レディを急に呼び出しておいて、ノープラン……?」
咎める意図は殆ど無いけれども、少し事実の確認をしたくてハーモニアは聖に尋ねる。
「……すみません。何も考えていなくて」
聖は素直に困ったようにハーモニアへと笑い掛けた。
逆に、それが。ハーモニアには珍しかった。
今までの聖の誘いには、何かしら必ず、そこに目的があったものだから。
ハーモニアは、聖の横顔をそっと窺う。
……血が止まっただけの、頬の傷が目に入った。血は綺麗に拭かれていたけれども、まだそれだけの時間しか経っていないのだと知った。
――まだ、それだけの時間しか経っていないのに。目的もないのに。ただ、呼び出されたのだとしたのなら。
『自分を呼び出した、その事自体に、聖には大切な意味があったのかも知れない』と――思い浮かんだ可能性を、ふるふるとハーモニアは首を大きく振って否定した。
聖のことは、相手に好きを隠さない程に大好きで。でも、今思い浮かんだそれは、今ある『あふれんばかりの、たくさんの好き』の度合いを超えて。ほんの少しだけ、自分がうぬぼれてしまったのではないかと思ってしまって――
しかし、それについて、聖に確認など出来ようはずもなく。ハーモニアは表情に笑顔を作ると、話題を変えるように、聖の周囲をふわりと囲むように宙を飛んだ。
「それなら、花火をのんびり見ない?
疲れているでしょう?」
少し慌てて、誤魔化して、さっきのことは自分でも忘れるように。
笑って花火を見る提案をしたハーモニアに、聖は本当に気付いていない仕草で微笑んだ。
「そうですね。偶にはゆっくり過ごすのも、悪くないかもしれませんね」
その笑顔を見て、やはり聖はずっと疲れていたのだと、ハーモニアは理解した。
夜空に、細やかでまるでハーモニアの飛ぶ軌跡のように、きらきらとした花火が上がっている。
二人は間隔を置いて並べられた、和風の長椅子の一つに腰掛けて、しばらく静かに空を仰いでいた。
軽やかな音を立てて、上がる花火は自然とハーモニアの心を沸き立たせてくれる。忘れたい先のことは全部流して、ハーモニアはニコニコと笑顔で聖に語り掛けた。
「ねえ、わたしもこの春で立派なレディになるのよ?」
意気揚々と語り出したハーモニアの言葉に、聖は少し記憶を辿るように意識を逡巡させてから。ああ、と納得したように声をこぼした。
「成人ですか、もうそんなになるのですね」
きちんと自分の意図を当ててきた聖に、ハーモニアはえへんと自慢げに胸を張る。
「あと二ヶ月……少し早いですが、おめでとうございます」
ハーモニアの、にこにことした目が嬉しそうに細まった。相手に合わせ、中空に視線を揃えていた聖も、それを目にして、まるで太陽のような笑顔に眩しそうに微笑んだ。
依頼中、ずっと軋んでいた己の心が、その柔らかな想いと共に癒やされていくような気がした――目にするそれは、夜なのにとても柔らかく、本当に温かな、光。
「しかし――」
心と共に、聖の少し滑らかになった口が、ついしみじみと告げる。
「気付けば、あの日庭先でカラスに襲われてボロボロだったニアも、もう成人ですか」
「あれはー!!」
ハーモニアが訴えるようにぶんぶんと小さな拳を振る――聖は、彼女にとっての恩人でもある。それは、初めて猟兵の依頼を受けて、意気込んで転移した時のこと……ハーモニアが向かった先は、ほぼ自分と同じかちょっとそれより一回り大きい、カラスの群れのど真ん中だったのだ。
まだビーストマスターとしての友人すらもいない時期――聖がそれを見つけるまで。服も髪もボロボロで顔は涙でくちゃくちゃという、それはもう乙女の尊厳にもかかわるような、言葉にできない大惨事だったのである。
「あれは……貴女を送ったグリモア猟兵も、予想出来なかったでしょうね……」
「でも! もう、鴉に襲われて泣いていた少女じゃないわ。今でも苦手だけど、それでも鴉には負けないもの!」
初めての出会いを思い起こすようにしみじみとする聖に、ハーモニアがあふれんばかりの力説をする。
ふ、と。元気に目を見開いていたハーモニアが、その夜でも綺麗に映えるライラックの瞳を細めて、じっと顔の正面に降りて聖を見つめた。
『そうこれを、これを言わなければ』という面差しで。
「だから、ね?
最初に言ったじゃない、『永遠と刹那の違い』」
ハーモニアはそれだけ言って、後はずっと無言で聖に語り掛けてくる。
『1回のキスがずっと続くか、100回のキスが待っているかの違い』――その想いを添えて、じっと聖のことを見つめる眼差し。
『今を楽しみたいから、永遠に憧れはしないのだけど』そう言った彼女の、鮮やかな瞳が聖に語り掛けている――。
(お祝いの言葉以外に、ニアは何を望んでいるのでしょうかね。
……いえ、何となくは理解できるのですが)
――そう、もう聖にも分かっている。むしろ、今回の依頼で、改めて実感したものだ。
本当は……もう『何となく』ではない。
同時にハーモニアも、先程忘れようとしていたことを、きちんと全て己の胸の内に取り戻す。
――そう、立派なレディになるのだから。もう『相手のどんなことだって』受け止められるのだから。
だから、浮かんだ自分の想いが『うぬぼれか、そうじゃないかなんて、関係なんかない』のだと――。
その想い、そこまでの覚悟を瞳に秘めて。
今を楽しみたいから、永遠には憧れない――そう告げた乙女の願いは『たったひとつ』以外に存在しない。
「ね?」
「……今、この場で、ですか?」
「その勇気があなたに無いのなら――とりあえず、消毒液を頬の傷にたっぷりすり込んで良いかしら」
今すぐ、というのはあまりに情緒がないのでは――? 聖は思わず浮かんだ言葉を呑み込んだ。
分かっている。本当のところ、ここまで退路がないのならば、情緒がないのは自分の方だ。冗談でもこんな事を言っては、傷にすり込まれるのは消毒液どころか辛子かも知れない。
(かといって、本当に消毒液の仕打ちも……)
無意識に逸らしかけた瞳に、日差しの妖精の眼差しが語り掛けてくる。
――こちらは、その覚悟を全部、全部、決めているのだから。
その花の瞳が……聖にそう言ったから。
「――――――」
聖は、小さなため息の後、その場にそっと言葉を紡ぐ。
琥珀の瞳を閉じたその声は、一度ひときわ響いた花火の音に掻き消えるほど、あまりにも小さくて。端からはその内容の一切を聞き取ることはかなわない。
しかし、伝えられた言の葉は。
聖の今の想いの丈を、確かに相手の許へと響き届けたものだった――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
セリオス・アリス
【双星】
アドリブ◎
花お任せ
この場所を守れてよかったって気持ちはある
だけど…それだけじゃねぇのはアレスも一緒なんだろうな
いや…馴れてる俺よりもずっと感じてるのかも
並んで何となく歩いてただけだったけど
なぁアレス、花、買わねぇ?
選んだのは白い花
アレスにならって紙も買って
あとは…
ああ、綿飴も雪みたいだよなぁ
それも買ったら花火のよく見える所まで
アレスみたいにきっちりとは折れないけど
思いを込めて丁寧に
花を添えたら
花火に向かって飛ばそう
ふたりがこの先に進めるように
どうか、また会えるように
寂しげなアレスの口許にずいっと綿飴を押し出す
ほら口開けろ
…うまいか?
(少しでも気持ちが和らいだなら)
そうか、ならよかったよ
アレクシス・ミラ
【双星】
ア◎
…この地を守れた
最後、僕達の祈りは…願いは、二人の元に届いたと思う
それでも…二人の事を考えずにはいられなくて
並んで歩いていると
花の屋台に目が止まった
…僕も同じ事を考えていた
選んだのは山荷葉の花
少しやりたい事があるんだと綺麗な紙も一緒に買う
水属性で花を透明にし
紙に添えると
想いを込め、紙飛行機を折る
花火が咲く空に届けとセリオスと一緒に飛ばそう
どうか、二人がもう一度逢えるように
…何処かで、見ているだろうか
紙飛行機を見送っていると
…セリオス?
(心配された、かな)
言われた通り綿飴を口へ
不器用な優しさも甘さと一緒に溶けてくようで
…少し目元が熱くなるのを
誤魔化すように彼に触れる
…うん
―ありがとう
●花と紙飛行機の祈り
燦めく星が美しい夜空に浮かぶ。心を軽やかにするような明るい音と共に花火が上がる。
視界を正面に向ければ、暖色明るい櫓を中心にして、カクリヨファンタズムに伝わる踊りを楽しそうに踊る妖怪達の姿が見られた。
アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)は、屋台が並ぶ区画の近くから、その光景をじっと見つめていた。
幸せそうな妖怪達を目にして、染み渡るように伝わるのは、この地を、ここに住まう人たちの幸せや笑顔を守り切れたという心からの安堵。
それは――昔に叶わなかった幸福の形を、ひとつ自身で護れた事への、ほんの少しの切ない充足――。
「……」
しかし、アレクシスの胸には、今それだけではない思いが迫り、強く静かにその心を圧していく。
(最後、僕達の祈り……願いは、二人の元に届いたと思う)
今あるこの世界の平和は、互いの想いを引き裂かれた、とある二人の心を礎にして成り立っている。
……その想いは、アレクシスと同じものだった。それは、過去に自分が抱き、相手を捜し求めていた時のものと何も変わりはしなかった。
アレクシスの心に、痛みと共にぽつりと。悲しみで出来た泡のようにその思いが次々に浮かび上がっては消えるを繰り返す。
だから……考えずには、いられなかった。どこまでも、深く。心が海底に沈みそうな錯覚すら伴って。
その様子を、セリオス・アリス(青宵の剣・f09573)は、静かに目に留め見つめていた。
(この場所を守れてよかったって気持ちはある。
だけど……それだけじゃねぇのはアレスも一緒なんだろうな)
隣で沈黙を落として長い、アレクシスの様子を邪魔しないように窺いながら、そっと心の中で口にする。
(いや……馴れてる俺よりもずっと感じてるのかも)
セリオスは振り返る。自分は、鳥籠の雌伏の中で、報われない想いを、たくさんその宵闇の瞳に映してきた。自分自身がその想いに最後の手を下した事もある。
己の心が、その痛みを苦しみを悲しみを、全て忘れ去った訳ではなく、それを忘れる事がないからこそ思うのだ。
己の心に無欠無限の希望を灯すには、やはりこの瞳は、あまりにも多くの絶望を映し続けてしまっていたのだと。
言葉なく、どちらからともなく祭の喧噪の中を並んで歩く。
その時。ふわりと、不意に漂う雰囲気が変わった気がして、二人が同時に歩みを止めた。
無意識に目を向けたその先には、たくさんの彩りで染められた花を売る屋台があった。
足を止めたのは、恐らく香りの故だろうと、咲き誇る花を見ながらセリオスが納得したようにそちらを見やる。
「なあ! 買っていかないかい!? 色々な花、珍しい花とかあるよ!」
屋台の店番をしている妖怪が、足を止めた二人へ声を掛けてきた。
「なぁアレス、花、買わねぇ?」
――それは、端から見ればあまりに唐突のようにも聞こえる内容で。しかし、セリオスはそれを当然のようにアレクシスに提案する。
「……僕も同じ事を考えていた」
それに、ずっと心のどこかで思い詰めていた様子のアレクシスが、一切の疑問もなく同意を示した。
そう、このずっと心に染みるような痛みは、それに対する二人の思いは、一つも違える事なく同じものであったから。
しばし、店主のお勧めを聞きながら、二人は花売りをしている屋台を見て回る。
様々な色をした花々に囲まれながら、アレクシスは一つの花の前で足を止めた。
「これを、一輪もらえませんか」
「あいよ、お目が高いね、山荷葉の花なんて!
水に触れると本当に花が綺麗になるよ!」
その言葉を不思議そうに聞いていたセリオスに、アレクシスは己で気付いていないのであろう――その瞳に無意識に、普段には無いほんの少しの消えない憂いを残したままに、こちらに向かって微笑んだ。
「少し、やりたい事があるんだ」
セリオスにそう告げて、アレクシスは少し離れた所に置かれていた飾り紙の所から、大きすぎない程度の正方形の紙を選び始める。
それを聞いたセリオスも、同様に選ぶ一輪の花を何にすべきか思案する。
そこにふと、目に入ったものは、雪中に咲くのがとても似合うであろう、小さくも凛とした佇まいのスノードロップ――。
「これ、いいな」
「あいよ、待雪草だね。この花も今日もらってきたばかりなんだよ、お勧めだよ!」
セリオスも早速それを購入すると、アレクシスに倣って、既に彼が選んでいたものと同じ、半透明に透き通った水色と白が静かな雰囲気で合わせられた一枚の紙を手に入れた。
その色は、思いを馳せれば少しかなしくもなるけれども、多分――今は、どちらも切り離したくはない色だった。
「あとは……」
セリオスが花の屋台から少し離れて辺りを見渡す。ふと見えたものは、屋台にたくさんぶら下げられている綿飴の袋だった。
「綿飴――ああ、綿飴も雪みたいだよなぁ」
――そう、これらは全て、全ての心を追想する為のもの。
この悲しみも、哀愁も、わだかまる切なさも。全てを、昇華させる為のもの。
その一部となる綿飴を買って、セリオスが綿飴を売っていた妖怪へと話し掛ける。
「なあ、ここから一番見通しよくて花火が良く見える所ってどこかあるか?」
「それなら、少し遠いけど高台があるよ。あそこなら見晴らしが良くて、休憩用の椅子もあるし、花火を見るなら丁度いいんじゃないかね?」
そうして――花火は上がっているが、子供が遊ぶには少し夜も更けてきた時間。
辿り着いた高台は誰もおらず、ほぼ二人の貸し切り状態だった。
置かれている、少し古ぼけた椅子と机に腰掛けて、早速二人は準備に入る。
アレクシスが、購入した山荷葉の花に指に触れ、僅か属性攻撃の派生としてほんのり水の属性を籠めると、その白かった花びらは見る間にひんやりとした水とも、氷にも似た透明度を思わせる透き通ったものへと変化した。
それだけでもセリオスには目新しいものではあったが、今日は少し二人の間に、言葉は少ないものだった。アレクシスがずっと沈黙しているから――セリオスも話し掛けるのを躊躇わざるを得なくて。
そして、アレクシスとセリオスは、机に広げた飾り紙を手に紙飛行機を折り始めた。
アレクシスは細やか、かつきちりと器用に折り進めていくが、セリオスにはこういった作業は難しく。実際には、紙の端と端を綺麗に合わせる事も難しいが、せめて自分に可能な最大限の思いを込めて丁寧に紙を折っていく。
そして、そっと折られた紙飛行機に、それぞれが己の花を添えると――辺りを輝きで煌々と照らしている花火咲く空へ向けて。二人は一緒に、それぞれの願いを込めた紙飛行機を宙へと飛ばした。
高台から飛ばされた紙飛行機は、花火の色に染められながらゆっくりと空の彼方に消えていく。
アレクシスは去りゆく紙飛行機に祈りを乗せて『希望』を願う。
――どうか、二人がもう一度逢えるように、と。
セリオスが、紙飛行機に『未来』を願う。
――ふたりがこの先に進めるように。
どうか、また会えるように――と。
……この光景も、どこかで彼女は見ているだろうか。自分達のこの想いは、届くだろうか。
アレクシスは『届いて欲しい』と……無意識の祈りと共に、目を閉じた。
「……」
それは、とても長い沈黙だった。けれどもセリオスにとっても、その感傷は全てにおいて必要な時間なのだと理解が出来る。
アレクシスの瞼が揺れ、透き通る蒼の瞳がゆっくり開かれたのをセリオスは目にするが、その紙飛行機を見送る眼差しは、まるで一つの想いと離れなければならない想いを寄せて、とても寂しげなものに見えた。
けれども、アレクシスがそのような瞳をしていると、こちらまで胸が切なくなってしまうから。
「アレス」
セリオスはふとその存在を思い出したように。そっとおもむろに自分の買って来ていた袋を開けて、まだふわふわの雪を集めたような綿飴を取り出すと、アレクシスの口近くへ、ずずいっと押し出すように差し出した。
「……え――?」
「ほら口開けろ」
アレクシスに対するセリオスの行動はあまりにも唐突で。驚きに瞬きをする合間にも綿飴が口の側へと迫って来る。
(これは――心配された、かな)
悲しみに、浸りすぎていたかも知れない。セリオスに――今ここにいる親友に心配を掛けるつもりなんて、これっぽっちもなかったのに。
内心にほんのり慌てて、差し出された綿飴にゆっくり唇を寄せて一口。
「……うまいか?」
アレクシスの口の中に広がる甘さは――まるで彼の、あまりにも不器用だけれども確かにそこにある優しさを。その甘さと一緒に伝えては、ふうわりと溶けて、まるで心にまで広がっていくようだった。
「ああ……うん」
味だけではなく、その心が、自分に幸せを運んでくれる――。
珍しく、聞き取れる程の小さな声。それでも、アレクシスの瞳が柔らかな眼差しと共に、ほんの少し細まるのを目にして――セリオスの心も、ほんの少し安堵したように温まる。
「そうか、ならよかったよ」
(少しでも、その気持ちが和らいだなら)
――本当によかった。
(……だめだな……こんな――優しさをくれる相手を、ずっと置いてきぼりにしていた)
今回の依頼において、アレクシスは自分の事にいっぱいで、殆ど親友の元に意識を置いていなかったのではないかとすら思う。心に、申し訳なさが滲むと同時に、アレクシスは不意に、自分の目元がじわりと熱くなるのを自覚する。
自分にはここに、心に寄り添ってくれる親友がいる。それは、きっと――奇跡に等しい事なのだと。
今回は、何よりもそれを切に思い感じることができたから。
その目頭の熱さを誤魔化すように。アレクシスは、こちらの心にそっと寄り添い支え立ってくれているセリオスに手を伸ばし、目を細めその頬へと触れると、満ち溢れそうな想いで、親友に心を伝えた。
「……うん。
――ありがとう」
セリオスは、目に映る、翳りが消えた深く濃い朝色の瞳を見て……やっぱりこの色は好きだなと、改めて胸に染み入るように感じ取った。
――自分の頬に触れた手は、こちらよりもずっとたくましくて温かい。
その温かさをもう少しだけ確認したくて、セリオスはアレクシスの手に、そっと自分の指先を触れさせて。
僅か、その瞳を凪に風吹く僅かな水面のように揺らした親友に、セリオスはそっとそれら全てを包み込むように、柔らかく微笑んだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
灰神楽・綾
【不死蝶】ア○
苺味のかき氷を食べながら祭りの賑わいの中を歩く
この粗めと氷と真っピンクなシロップが
まさにお祭りのかき氷、って感じでいいよねぇ
踊ったり、何かを食べたり…人々の満面の笑顔を見ていると
「世界は」救えたんだねぇと思う
これで良かったんだ、とは思うけれど
あの妖怪にも会いに行きたいな
彼女は少しでも前向きになれたのか
まだ塞ぎ込んでいるのか…どちらにせよ
骸魂を倒してはい終わり、じゃなくて
彼女を見送るまでが務めだと思うから
まぁ俺が気になるだけなんだけどね
もし彼女に会えて話せたら
下手に慰めたり言い訳はしたりせず
彼女の気持ちをしっかり受け止めよう
もし笑顔を見せてくれるなら
こちらも笑顔で手を振り見送ろう
乱獅子・梓
【不死蝶】ア○
レモン味のかき氷を食べながら綾の隣を歩く
かき氷の前には林檎飴、たこ焼き、焼きそばなど
あれこれ綾に買わされたわけだが…
こいつ、俺に奢ってもらうとなると
途端に大食いになるよな…?と訝しみつつ
まぁ焔と零も色んなものが食えて喜んでいるしいいか
せがむ二匹にかき氷を食わせてやれば
頭にキーンと来たのか悶える姿も可愛らしい
ああ、彼女か…
「当人たちの心は救えたのか」という問いは
結局今回も分からなかった
正直、俺としてはそっとしておいた方が
良いんじゃないかと思ったが…
何か罵倒の言葉を浴びせられてしまうのではと
怖がっているだけなのかもしれないな
綾が会いに行きたいというのなら
最後まで付き合うのが俺の務めだ
●全ては、時を進めた貴女の為に
屋台が並ぶ温かな道を歩く。かすかに鼻をくすぐらせる空気に目を向ければ、焼き物を扱う屋台から、ソースの焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。同時にこの視界に映っている、あちこちに飾られた提灯の光によって添えられた、柔らかなのに眩しい色合いが、この場を歩く人々の気持ちまでも、穏やかに明るくさせているのが伝わってくる――そんな祭の一角にて。
「この粗めと氷と真っピンクなシロップが、まさにお祭りのかき氷、って感じでいいよねぇ」
片手に美味しそうな苺味のかき氷、もう片手にはそれを掬うスプーンを持って。灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)は辺りを見渡しながら、祭の雰囲気を堪能するように瞳を細めた。
シロップの掛かった部分を、スプーンで掬って口に運ぶ。
口の中が、本当に苺の香りとシロップの甘さの暴力で、一瞬にして埋め尽くされてしまうが、その辺りも余計に祭で売られているかき氷らしく、それが綾には一層美味しく感じられた。
隣では同じく、こちらはレモンのかき氷を持った乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)が歩いているのだが――。
「あ、このお好み焼きも美味しそうだね」
「おい、ちょっと荷物整理させろ! もう、持ちきれん!!」
お好み焼きと聞いてとっさに梓が訴える。見れば、レモンかき氷を持っている両腕には、今まで買った屋台定番の食べ物が入った袋を掛けて、いっぱいになっているところだった。
――今日は、梓の奢りで。そうなし崩し的に決まって以降、綾は美味しそうな屋台の食べ物――林檎飴、たこ焼き、焼きそば等々。日常ではあまり食に興味のなさそうな綾が、何とはなしに心惹かれたものへと、次々に食指を伸ばし始めたのである。
歩きながら食べられる林檎飴、べっこう飴、綿菓子、チョコバナナは制覇した。現状では、歩きながらでは食べづらいものがパックに入って、いくつもの袋の中に収まっている状態である。
かき氷はこの場で食べなければ溶けてしまうが、ただでさえこの状態では梓にとっては食べづらいことこの上ない。かと言って、幽世蝶の如くふわふわしている綾に荷物を持たせる気にもなれず。自分から荷物持ちも買って出たものの、流石に一度でいいから、これらの荷物を整理したい――。
むしろ整理しなければ、かき氷が食べきれずに、全て水で薄めたシロップになってしまう。
「そうだね、そうしようか」
そんな悲劇を知ってか知らずか、綾が笑顔で同意しながら、いつの間にか購入を完了していたお好み焼きの袋を手に頷いた。
それも、梓は綾から至って自然に受け取りながら――目についた、屋台と屋台の間にあった長椅子を見つけて、そこをしばらくの拠点とする事にした。
「綾、この辺りは全部帰ってから食うんだろう?」
「うん」
両腕にぶら下げていた袋の中身が崩れていないか確認しながら、ようやく梓は一息ついた様子で一度軽く伸びをした。
(まったく……)
降ろした袋の数は、成人男子が持っても中々の数だ。梓は改めて、立ったままに袋を整理しつつ、再びかき氷を隣で美味しそうに食べている綾を見ながら考える。
(こいつ、俺に奢ってもらうとなると、途端に大食いになるよな……?)
日常ではあまり食も太くはないくせに、梓の奢りという時に限っては、綾は楽しそうに盛大に物を買っては嬉しそうに食べ始めるのだ。痛いものではないが、思わず自分の財布への虐待行為なのではという可能性すら疑ったりもした。だが、その辺りについては、梓も不思議と悪い気はしなかった。
――梓が、恐らくはそこにあるのであろう、綾から向けられている安心や信頼を、己の心の形にして感じ取る前に――ふと『ガウ』という聞き慣れた声を耳にした。
下を見れば、梓の連れている仔竜達がたこ焼きの覗く袋を見ながら、チラチラとこちらの様子を窺っている。
まあたこ焼きくらいならいいだろう、と。梓が袋から出したたこ焼きを開けると、仔竜達――焔と零が一緒にいそいそと食べ始めた。
焔の幸せそうに「キュー」と鳴く声が響く。
(まぁ、焔と零も色んなものが食えて喜んでいるしいいか)
しかし、すぐに――「キュー!」「ガウ!」と――声が響く。
それは、一足早く偶数個のたこ焼きを食べ終えた焔が、残っていた零のたこ焼きを食べ始め、自分の分が消えた零の怒りを示す声。
「こら、仲良く食え!!」
――そうして、ようやく梓も人心地をついて。さっそく綾の隣に座って自分のかき氷を食べ始める。
丁度、見通しの良い場所だったのか、目の前には櫓と共に踊りを楽しむ人たちが見渡せた。
祭の風情を感じながらかき氷を食べる梓の両肩に、焔と零がよじよじと登り、かき氷に近づこうとしているのが感じ取れる。
「何、かき氷も食うのか?」
梓は、目で『食べる』と好奇心と併せて訴えるニ匹に、さっそくスプーンでかき氷を掬って食べさせてみる。
すると、焔と零はそれをぱくりと一口にした後、頭に響く初めての冷たさに、それぞれが梓の肩に小さな両手でしがみ付いて、キーンとする刺激を耐えるべくじたばたし始めた。
「――ああ、やっぱりそうなるのか」
ちょっと感心した様子で、ニ匹の仔竜を見やり声を掛けている梓を微笑み見ながら――綾は、今まで歩いてきたこの祭の様子を改めて思い返しつつ、じっと辺りを見渡した。
カクリヨファンタズム伝統らしい舞いを披露している妖怪達がいる。また、屋台で何かを食べたり話したりしている妖怪もいる。
皆、例外なく嬉しそうな、満面の笑顔をして――。
「こういうのを見ていると、」
ポツリと零した言葉に、梓が綾の方に目を向ける。
「『世界は』救えたんだねぇ」
――そう『世界は』。
「これで良かったんだ、とは思うけれど」
静かに、綾の心は告げていた――『思うけれど』と。
「梓、
あの妖怪にも、会いに行きたいな」
綾から呼び掛けられた言葉は、柔らかであったけれども。そこには、綾の確かな意志が浮かんでいた。
「――ああ、彼女か……」
梓は思案する。何度も、このような事案を目の当たりにして、原因となる二人を引き裂き。この脆い世界を救う都度に、思い浮かんだ『当人たちの心は救えたのか』という問いは、結局今回も分からずじまいで。
(……そっとしておいた方が、)
そう胸に浮かべ、梓が思い浮かぶままの言葉を口にしかけた時。綾はそれを遮るかのように、まるで分かっていて掬い上げるかのように梓に告げた。
「彼女は少しでも前向きになれたのか、まだ塞ぎ込んでいるのか……どちらにせよ。
――骸魂を倒してはい終わり、じゃなくて。
彼女を見送るまでが務めだと思うから」
綾の芯の通った言葉が、祭の喧噪の中にしんと響いた。
それを胸に、梓は自分の心に思い至らしめるように言葉を落とす。
(……俺は、何か罵倒の言葉を浴びせられてしまうのではと……怖がっているだけなのかもしれないな――)
「――まぁ俺が気になるだけなんだけどね」
そこまで言って綾がへらりと笑って見せた。だが、分かっている。ここで梓が拒否すれば、綾は一人でも彼女に会いに行くだろう。
――綾が会いに行きたいというのなら、
最後まで付き合うのが俺の務めだろう――。
「――よし、誰か彼女の居場所を知っている妖怪がいないか探してみるか」
梓の許諾を受けて――綾が、その相手の気持ちを察したように、ほんの少しだけ申し訳なさそうに微笑んだ。
薄暗い雑木林を歩き、祭も終わろうとしている夜の闇を抜け。
辿り着いた、寂しく拓けた崖の上は、奇しくも最初に猟兵達が辿り着いた場所――そこには、既にその身に氷を纏う機会を生涯なくした、妖怪の女性の姿がひとつ。
「………………」
己の背後に立った綾と梓の気配に気付いた様子で、折り紙の妖怪の気配が僅かに揺れる。
だが――妖怪は崖から眼下に大きく広がる森と、ここから少し離れた小さな村の光景を眺めるまま、何も口を開こうとはしなかった。
「……」
梓は、掛ける言葉なく沈黙する。
罵られる雰囲気ではなかったが――むしろ、そこには穏やかさすら錯覚しそうなほどの静かな空気が漂っていたが。
それでも、梓の心が己の言葉を圧して放さない。
――もしも、彼女が悲しみに浸り続けていたら。
彼女だけではない、彼女から引き裂かれた骸魂は――その想いから救えたのかなど、やはり誰にも分かる事ではないのだから、と。
しかし、綾は先に、その長い沈黙に寄り添うように、そっと彼女に話し掛けた。
「……ここには、何か思い出がある所なのかな?」
――下手に慰めても、言い訳をしても。むしろ、すればするほど、こちらの覚悟は揺らいで見えてしまうものだと知っていた。
『自分の想い人を殺した決意はその程度の物だったのか』と――そう思われてしまうことは、今まで幾度も、他者と『命』という存在のやり取りをしてきた綾には分かっていたから。それは、彼女に向ける最大級の侮辱であろうと思われたから――。
故に、綾はただ問い掛ける。今、ここで彼女の見ていた光景を。思い出を。
綾の言葉に、先程とは異なる、さざ波のように揺れ始めた沈黙の空気。
それでも待ち続けることしばし、折り紙の妖怪は静かに語り始めた。
「ここは、私とあの方との思い出の場所だった。
……この崖にも、美しい草花が咲いていたけれども――あの方が骸魂として現れた時に、冷気で全て枯れて粉々に砕けてしまった」
静かに、声を掛けた綾へと、折り紙の妖怪はその背を向けたままに語り続ける。
花火で存在感を隠していた満月が、そっと雲に隠れて翳りができた。
「もう、あの時来た、あなたたちを恨んではいないの。
……あなたたちが、教えてくれたのだから――彼と私がもう、一緒にはいられないことを。
同じものを、未来を見られない存在であったことを」
ゆっくりと、綾と梓を振り返り。妖怪の女性は告げる。
「だから、これで良かった。これで、良かったの」
閉じられた彼女の瞳に涙はなく。その口許は、儚くも淡い笑みが、彼女が遭遇した猟兵達へ――そして、今目の前にいる綾と梓へと向けられていた。
「……長く、止まってしまっていた時間だったから。
これから……進めるのは、大変だけれども」
その言葉を最後に。
折り紙の妖怪が、ゆっくりと歩き始め、二人の脇を通り過ぎる。
その際に――これが本来の彼女のものなのであろう、おだやかで柔和な笑みをひとつ浮かべて。
綾がその後ろ姿に、静かに見送るように手を振った。
花火の音が消えて久しく。村の灯りもいつしか消えようとしている。祭が終わったのだろう、残されたのはただ静けさと更けた夜の時間。
梓は、綾の隣でただ、去りゆく妖怪の姿をじっと見ていた。
言葉は掛けられず……それでも彼女は『これで良かった』と静かに微笑み口にした。
そこには、虚勢も偽りも全く感じられなかったが、
(とはいえ……。
流石に『もう一人』の意志ばかりは、分かるものでもな……――?)
そのとき――梓は、ひとつの不可思議な光景を目にしていた。
隠れていた満月が、雲の狭間より姿を現して。
この思い出の場所を離れる、折り紙の妖怪に差した月光の一柱が、まるで氷を思わせる程に美しい透明さを重ねて――ほんの一時。彼女を明るく包み込むように照らし出しては、再び闇色の雲間へと姿を消した、その情景を。
それはまるで、思い出から未来を進むことを決めた、彼女に向けて。
誰かが、そっと……優しくも、柔らかな別れを告げに来ていたかのように。
大成功
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