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如月の揺籃

#サクラミラージュ

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#サクラミラージュ


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●ドジっ娘女給の『事件』
「ごめんなさい! ごめんなさいっ!」
 花の帝都の大通り、そのただ中に人だかりができていた。
 その中心で、少しばかり距離を取られるようにひとりぺこぺこと頭を下げる少女。
「君ねぇ、どうすれば普通に歩いていて転んだ挙げ句、人を巻き添えにしてテラス席にぶち込んだりできるんだね!?」
 少し離れた所からは、恰幅のよい紳士然とした格好の男性が、見るも無惨に崩れた屋外テラスのテーブルや椅子に埋もれながら腕を上げて怒鳴り散らしていた。
 少女は、女給であろうか。ハイカラな袴にエプロン姿も愛らしい、活発そうな印象を与える姿で、男の方へ心底申し訳なさそうにもう一度頭を下げた。
「本っ当に、ごめんなさ――あっ!!」
「きゃあっ!!」
「こ、こっちへ来るんじゃない!!」
 女給が思いっきり頭を下げたところで、勢い余って前にまろび出てしまい――距離を置いていたはずの群衆の中へと突撃してしまう。

 ――どうして、いつもこうなんだろう。
 ――私のドジのせいで、人に迷惑をかけてばかり。

 いっそ、何もしないでいた方がマシなんじゃないかって? そんなの、私が一番分かってる。
 じゃあ、何でわたしは。

 ――あの日確かに死んだはずなのに、今、こうしてここにいるんだろう?

●ドジっ娘女給の『執着』
 本体である懐中時計の文字盤に目を落としていたニコ・ベルクシュタイン(時計卿・f00324)は、猟兵たちの気配を察するとすぐ向き直って一礼をした。
「ご多忙の所、お集まり頂き感謝する。定刻通りにて、説明を始めさせて貰おう」
 ぱちんと時計の蓋を閉じて懐へとしまい、ニコはしゃーっと用意していた白いスクリーンを下へ引っ張って広げると、プロジェクターの電源を入れる。
 随分と古風なプレゼンをするのだな、という猟兵たちの視線も気にせず、ニコはかちりと手元の機械を操作して、サクラミラージュの大通りを投影した。

「帝都の大通りのただ中に、突如影朧が現れた。皆には、此れの対処をお願いしたい」
 おっ、戦闘か? そう手ぐすね引いた者もいただろう。ニコはスクリーンに影朧の姿を映しながら、言葉を続ける。
「影朧の名は『小日向・桜』、かつて旧名家に使えていた女給――だった」
 過去形。ということは、何か事情があるのか? 見た目はハイカラな愛らしい女給にしか見えないというのに。
「小日向嬢は一言で言えばとても、すごく『良い子』だった。女給としての心配りも申し分無い、立派なお嬢さんだったのだが。一つだけ、致命的な問題を抱えていてな」
 ニコが眼鏡の位置を少し直してから、映像を切り替える。

 割れたティーカップ、散乱する塵埃、無残に折れた花の枝――次々と映し出される惨状には、何ということか、終わりが見えない。あれ今何か、崩れたお屋敷が!?

「此れは全て、小日向嬢が意図せずに『やってしまった』ことだ。こういうのを――うむ、『ドジっ娘』と呼ぶそうだな?」
 いやいやいや、ドジのレベルが尋常じゃないですよ!? 天災級ですよ!?
 そんな猟兵たちの身震いに気付いているのかいないのか、ニコは猟兵たちがこの事件を引き受けてくれるものと信じて疑わずに話を進める。
「小日向嬢は、今や影朧となって帝都に現れた。本来ならば即座に斬り捨てるべき存在なのだが……どうも、事情があるようでな。それを今から説明しよう」

 帝都桜學府の目的は、あくまでも『影朧の救済』である。
 影朧だからと言って、問答無用で斬るということはない。
 そこに事情があるならば、当然聞く耳だって持つものだ。

「影朧となった小日向嬢は、どうやら『かつて迷惑を掛けてしまった主に、ドジを踏まずに給仕をして褒めて貰いたい』という執着のもとに舞い戻って来たようなのだ」
 だがな、というグリモア猟兵の言葉と共に映し出されたのは、大騒ぎの大通り。
 重度のドジっ娘体質がそうそう容易く改善されるはずもなく、むしろ影朧となってヤバイ級のユーベルコヲドとなってしまった。
「皆にはまず、大通りで図らずも帝都を騒がせてしまっている小日向嬢と戦って無力化させるまで追い込んで貰いたい。そうすれば、事件解決の糸口が見える」
 ニコは一度目を閉じ、そして開いて、猟兵たちに信頼の眼差しを向けた。

「小日向嬢のことも、帝都の人々の事も、何卒よろしくお願いする」

 虹色の星型のグリモアが回り、開かれる先は幻朧桜舞い散る大正の世。
 そこでは、影朧と呼ばれるオブリビオンに、癒しと赦しと転生がもたらされる――。


かやぬま
 心残りは執着となって、時に騒動を引き起こす。
 こんにちは、かやぬまです。
 不運なドジっ娘気質の女給さんに、お力添えをお願い致します。

●章構成
 第1章では『影朧との戦闘で、最終的には無力化を図って下さい。
 倒して即座に死ぬという訳ではありませんが、無害な存在となる代わりに、長くは保ちません。
 影朧こと小日向・桜は『果たせなかった執着』を果たすべく、帝都の大通りを歩き始めます。

 第2章では、そんな小日向嬢の姿を見て帝都の一般人がパニックに陥ります。
 人々からすれば影朧は影朧、仕方がないことです。猟兵の皆様にはこれを上手くなだめたり協力してもらったりをお願いします。
 小日向嬢を脅かさず、人々の日常生活も守りつつ、目的地へと同行しましょう。

 第3章では、小日向嬢の『執着』を果たす時です。
 詳細は幕間にてご案内致しますので、それまでお待ち下さい。

●プレイング受付期間
 MSページとツイッター、タグでご案内致します。
 合わせて、MSページの記載事項にもお目通しをお願いしております。

 それでは、皆様のプレイングを心よりお待ちしております!
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第1章 ボス戦 『小日向・桜』

POW   :    私のせいでこんな事になってごめんなさい
攻撃が命中した対象に【良い感じのところでドジる呪い】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【物事が上手くいかない心理的不安】による追加攻撃を与え続ける。
SPD   :    珈琲溢したらお皿も飛んでいきますよねごめんなさい
【躓いて溢した珈琲】が命中した対象に対し、高威力高命中の【ソーサー】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
WIZ   :    荷物も床も壊しちゃってごめんなさい
【重たい荷物】が命中した箇所を破壊する。敵が体勢を崩していれば、より致命的な箇所に命中する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠カスミ・アナスタシアです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●ドジっ娘女給の『復活』
 おぼろげに残る記憶が脳裏をちらつく。
 産まれてすぐに親を亡くして孤児院に。
 そんな自分を女給として雇い上げて下さったのが、名門如月家の当主様。
 何をやってもドジばかり、それでも根気良く耐えていて下さったけれど。
 さすがにお屋敷そのものを壊してしまっては、堪忍袋の緒も切れますね。
 そうしてお暇を言い渡されて、ええと――。

 なにが どうして こんなことに なったんだろう?

 分かることは、ただひとつ。
『私のせいでこんな事になって、ごめんなさい』
 せめて笑顔でいようと顔を上げる。
 ぽろぽろと、涙がこぼれて大通りに落ちた。

 でも どうしても わたしは おしごとをなしとげたい!
荒谷・つかさ
なるほど。
つまり。
筋肉の出番ね。
(どういう理屈だ)

【超★筋肉黙示録】発動しつつ接近
呪いだか何だか知らないけれど、無敵の筋肉の前には何もかも些事だと知りなs――ッッッ!?!?!?
(呪いで筋肉がこむらがえって悶絶)
くッ……中々じゃない、でもこの程度のことdン゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛!?!?!?
(以後、事あるごとに筋肉さんがこむらがえりを起こしビクンビクンするつかささん)
でも負けないわ、だって筋肉は最きょウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ン゛ン゛ン゛!?!?!?
(無敵の筋肉もドジ(?)の呪いには勝てなかったよ……)

(そんなこんなで満身創痍になりつつも、心だけは折れず不安は吹き飛ばし絶対に諦めずに戦います詳細お任せ)



●筋肉は裏切らないからこそ
 花の帝都は大騒ぎ、とはいえ年がら年中何かしらの事件は起きているように思えるけれど。今日はやることなすことことごとくが裏目に出る、歩く厄災のような娘の影朧に人々は翻弄されていた。
『ああ、お坊ちゃま……! お召し物を汚してしまってごめんなさい、今お着替えを』
「ひ……っ」
「う、うちの子に近付かないで頂戴っ!!」
 上品な身なりの男の子に土埃を浴びせてしまい、慌てて詫びる影朧――小日向・桜が近付こうとするのを、すごい剣幕で割って入り追い払おうとする和装の母親。
 この母子だけではない、今や大通りで桜を見る人々の目は、ただ冷たいものであった。
 怯え。怒り。蔑み。
 どんなに桜に悪気がないとしても、事実、行動が被害をもたらしている。
 そして何より、桜は影朧。これを恐れるなという方がどだい無理な話なのだ。
 なのに何故、群衆たちは一目散に逃げることなくこの場に留まっているのか?

 ――超弩級戦力さえ、来てくれたら。

 ただ、その一心であった。影朧あるところ、帝都桜學府あり。そして、超弩級戦力あり。
 好奇心が勝ったのだ――この影朧が成敗される痛快な現場を見たいという好奇心が。

「なるほど」
 ザッ、と地を踏みしめる頼もしい足音がした。
「つまり」
 人々が振り返れば、そこには待ち望んだ存在が立っていた。
「――筋肉の出番ね」
 小柄な体躯と侮るなかれ、荒谷・つかさ(逸鬼闘閃・f02032)はただならぬ闘気を纏いフロントリラックスポーズを取った。
(「どういう理屈だろう」)
(「で、でも強そうだぞ。流石は超弩級戦力」)
 ひそひそと囁かれる声にも構わず、つかさは明らかに動揺する桜へと視線を送る。
『あ……あなた、もしかして』
 震える少女の声でしかない、か細い桜の問いに答える代わりにつかさは一歩前へ出た。
「【超★筋肉黙示録(ハイパー・マッスル・アポカリプス)】、その眼に焼き付けなさい」
 ずん。
 ずん。
 ずん……!
「呪いだか何だか知らないけれど、無敵の筋肉の前には何もかも些事だと知りなさ――」
 良い感じだった。非常に良い感じだった。だが、それが裏目に出てしまった。
 咄嗟に己を庇うように桜が突き出した銀のトレイに、つかさの拳が触れた瞬間。

「~~~~~~~~~~ッッッ!?!?!?」

 突然、つかさがその場にもんどり打って倒れたではないか。脚を抱えるように身悶えている。
『あ、ああっ……私、また』
 トレイを抱きしめるように、心底申し訳なさげに桜がつかさを見て後ずさる。
 その瞳からはとても害意は感じられないのだが、だからこそ恐ろしい。
 恐るべき『良い感じのところでドジる呪い』によってこむら返りを起こしたつかさが、激痛をこらえながら脚を必死に伸ばしてつま先を引き、応急処置を試みる。
「くッ……中々じゃない、でもこの程度のことで」
『大丈夫ですかっ!? つま先を身体の方に引っ張ればいいんですね!?』
「ン゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛!?!?!?」
 余計なことを――!! 桜の心遣いがまたしての悲劇を呼んだ!! つかさの筋肉さんが、良い感じに仕上がっているが故に容赦なく呪いの餌食となっていく!!
 乙女にあるまじき声を上げてしまうのも無理はない、というか実際こむら返り起こしてみ? なり振り構ってられないからねマジで!! という状況である。
『あああああ、治るどころか悪化してしまう……ど、どうしたら……っ』
(「どうもしなくていいから、ホントに」)
 筋肉さんの異常な収縮による想像を絶する痛みの中、そんな台詞を吐きたくなる衝動に駆られるつかさ。だが――耐えた。
 自分は、桜を救済するためにここに来たのだ。そんな桜を否定するような言葉を投げつけに来たのではないのだから。

「大丈夫よ、負けないわ……だって筋肉は最きょウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ン゛ン゛ン゛!?!?!?」

 無敵の筋肉も、ドジの呪いとは絶望的に相性が悪かった。
 救いだったのは、つかさが満身創痍になりつつも最後まで心までは折れず、迫る不安は片っ端から吹き飛ばし、絶対に諦めなかったことである。
 その姿に、人々は謎の感動に拍手を送り。
 影朧の娘もまた、自分のドジを受け止めきってくれたことに謎の感動を抱いていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

シキ・ジルモント
コーヒーをこぼしても普通は皿まで飛んだりはしないだろう、どうしてそうなる…
慌てる事で状況が更に悪化しているようにも見えるな
まずは少し落ち着けないものか

とにかくユーベルコードを発動、カップやソーサーの飛ぶ軌道を察知したい
しかし察知できたとしても飛来物を完全に回避して周囲へ被害を広げてしまっても面倒だ
コーヒーくらいなら脱いだ上着を盾にして受け止め、ソーサーは叩き落として処理をして、周囲への飛び火を防ぎたい

銃は極力使わずに、体術やワイヤーを利用して取り押さえたり、話を聞いて落ち着かせる等の方法で無力化や制圧を狙う

やらなければならない事があるんだろう?
何をしたいのか話してくれたら、出来る限り協力しよう


ジャック・スペード


影朧が躓いたら奉仕の精神全開で駆け寄り
コーヒーカップをキャッチしよう
中身は兎も角、器が無事なら其れで良い
外套についた汚れは後で綺麗にするとして
……あんたは少し、落ち着くべきだな

俺もヒトに混じって暮らし始めた頃は
上手く力加減が出来ず
よく喫茶店のカップを割ったものだ
だから、影朧の気持ちは理解できる

理解できるが――
なんで皿まで飛んでくるんだ?

わざとじゃなくても出来るのか、こんな芸当
ソーサーは取り敢えず
腕に宿した暴食竜の顎で受け止め、食らわせるとしよう

余り手荒な真似はしたくないが
放って置くと彼女は再びドジをしそうなので
暴食竜の顎を届かせ無力化を図りたい
くれぐれも甘噛みで頼むぞ、ハインリヒ



●どうして(給仕猫)
 流石は超弩級戦力、一人来ただけで状況を一転させるとは。
 そんな謎の雰囲気に包まれた大通りで、しかし影朧の娘はなお健在であった。
『あの人、大丈夫でしょうか……とっても痛そうで』
 最後までこむら返りと戦い続けて後続の猟兵たちに後を託した女傑を思い、桜が視線を泳がせる。その手には、どこからともなく現れた淹れたての熱々なコーヒーがなみなみと注がれたコーヒーカップが……!

『あ……っ』

 ほーらよそ見してるからつまづいたー!! 桜の手を離れ宙を舞うコーヒーカップ!!
 人々が一斉に顔を覆う中、奉仕の精神を全開にして駆け寄るイケメンウォーマシンの姿があった――誰あろう、ジャック・スペード(J♠️・f16475)だ!!
『ああっ、ごめんなさ――』
 ばしゃん、と中身のコーヒーが盛大にジャックの外套にかかる。生身の人間ならばすぐに冷やさなければ火傷になっていただろうけれど、その点ウォーマシンならば安心――だろうか? 浸食腐食とかそういうの大丈夫です??
(「中身は兎も角、器が無事なら其れで良い」)
 ジャックさんがそうおっしゃるなら了解です、ということで無事コーヒーカップは割れることなく守られたのであった。
(「外套についた汚れは、後で綺麗にするとして」)
 そう、服の汚れは極論クリーニングで何とかなる。
 けれど、眼前の影朧はここで確実に対処してやらねばならない。
『ごめんなさい、お召し物を汚してしまって……』
 おろおろとするばかりの影朧の娘に、ジャックは金の瞳を瞬かせて返す。
「……あんたは少し、落ち着くべきだな」
 すいと無傷のコーヒーカップを掲げながら、穏やかな機械音声が響いた。

 そうしてくろがねの紳士が思いを馳せるのは、かつての自分自身。
(「俺も、ヒトに混じって暮らし始めた頃は上手く力加減が出来ず、よく喫茶店のカップを割ったものだ」)
 ――だから、影朧の気持ちは理解できる。

(「理解できるが――」)
『ご、ごめ、ごめんなさい……っ!!』
「「なんで皿まで飛んでくるんだ???」」
 ジャックの声に、もう一人の猟兵の声が重なった。後から転移を受けて駆けつけたシキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)である。

 咄嗟に狼の耳をピンと立てて発動させたユーベルコード【ワイルドセンス】の力で鋭敏になった五感と直感で、猛然と飛来するソーサーを叩き落としたのだ。
 影朧の手の内、というかもたらすやらかしの内容は事前に聞かされていたけれど、実際目の当たりにすると『どうして』という疑問に真っ先にとらわれてしまう。
(「コーヒーをこぼしても普通は皿まで飛んだりはしないだろう、どうしてそうなる……」)
 ジャックが指摘したように、シキの目にもはっきりと『慌てる事で状況が更に悪化している』ようにも見えた。
 まずは無力化しろ、というのは。一先ず落ち着かせろ、と同義なのかも知れない。
(「まずは少し、落ち着けないものか」)
 超常の効果で、カップやソーサーが次また飛来してきても軌道はだいたい察知できる。
 だが、それを完全に回避してしまっては――野次馬と化した人々に被害がでてしまう。
『お皿まで飛ばしてしまってごめんなさい、本当にごめんなさいっ』
 これ、お詫びに。そう言わんばかりに差し出された新手のコーヒー一式は本当にどこから出てくるんだろう? そして、どうして律儀につまづいて吹っ飛ばしてくるんだろう?
「ああ、全く――!」
 シキは咄嗟に肩に引っ掛けていた上着をバッと脱いで、人々を守る盾のようにしてコーヒーを受け止める。
 ジャックに続くイケメンムーブに、またしても人々が湧き立つ。いやいやお願いだから危なくないところに逃げてね? と言いたくなりそうな光景であった。

「わざとじゃなくても出来るのか、こんな芸当」
 再び飛来したソーサーは、ジャックが腕に宿した【暴食に狂いし機械竜(グロトネリーア・ハインリヒ)】の顎でガッチリキャッチ、そのまま食らわせてやる。
「余り手荒な真似はしたくないが――」
「同感だ、銃は極力封印する。無力化か、制圧を狙いたいところだ」
 紳士と銃士とが言葉を交わし、そして同時に動く。
(「放って置くと彼女は再びドジをしそうなのでな」)
 ジャックが暴食竜の顎を伸ばし影朧の娘へと迫らせれば、並走するようにシキが猛然と駆けて懲りもなく給仕をしようとする桜へと手を伸ばした。

「慌てるな、そんな状態で給仕をしてもまたしくじるだけだぞ」
『……っ』
 シキの手は、再びコーヒーカップを生み出す前に桜から銀のトレイを奪い取り。
「――くれぐれも甘噛みで頼むぞ、ハインリヒ」
 空いた手のうち片方を、適度に拘束する程度の力で暴食竜がかぷりと噛んだ。
『きゃ……!』
 思わず身を竦める桜に、シキが努めて怖がらせないようにと語りかけた。
「やらなければならない事があるんだろう?」
『……それ、は』
 何故か言いよどむ桜。
「何をしたいのか話してくれたら、出来る限り協力しよう」
 それでもシキは根気良く、力になろうと申し出る。
『私、こんな、ドジをしないで……』
 震える声で、影朧の娘はぽつぽつと呟く。

『……でも、こんな私じゃ、ダメですよね……』

 再び、ぽろぽろと涙をこぼす桜。
 ああ――二人の外套を汚したことなど、本当に気にしないでもいいのに。
 それが伝わるには、もう少しばかり時間が必要そうであった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ミカエル・アレクセイ

【激不味珈琲】
居る居るこう云うドジっ子
大したことねぇって
帰りにおでん買ってやるから働けクソガキ

躓いた女は後ろから抱きかかえた方が良い
ついでに鳩尾に一発入る
女の化粧が崩れなくて良いだろ
ついでに溢れた珈琲も浴びなくて済……

ドジっ子はフォローしてなんぼだろ
何怒ってるんだ双葉
しゃーねーだろドジっ子なんだから
この子はこれが魅力なんだよ
取り敢えず顔面の珈琲と血を拭け
ユーベルコードで盗んでやり返すから許してやれ

家を壊す?んなもん建て直しゃ良いだろ

うるせぇクソガキ
俺の家が俺の主だった奴に何回壊されたと思ってる…
慣れた、そして懐かしい

しかしまぁ、いくらドジっ子でも未来を破壊するのはいただけねぇからなぁ…


満月・双葉

【激不味珈琲】
師匠、前から思ってたんですが
女に対する懐広すぎやしませんか
女難の相とかありません?お祓いします?帰りましょう?寒いし
おでん……

師匠は浴びなくても僕が浴びましたよ
なんならソーサーも頂きましたよ
(額から流血ぷんすこアホ毛)
あーもー追撃は【野生の勘】で
何とか避けましょう
ドジっ子相手に理屈だ予備動作だは関係なさそうですし

ドジっ子許さぬマジで
まぁ傷は治せばそれで良いでしょうが…家とか壊すんでしょう…?
師匠はどんだけスケールの大きいドジっ子…主の方?!

まぁお嬢さん、大根でも食べて落ち着いてください
うるせえねじ込んでやるそんで【爆撃】だバカヤロウ…!


未来までドジっ子されたら困るんですよねぇ



●ドジっ子はフォローしてなんぼだろ(至言)
 一度つまづいてこぼしても、懲りずに繰り返すのはもはや運命づけられたものなのか。
 今再び、女給の影朧は銀のトレイの上にコーヒーカップを乗せて猟兵たちの前に立っていた。
「居る居るこう云うドジっ子、大したことねぇって」
『……!』
 ミカエル・アレクセイ(山猿・f21199)の言葉は、恐らく心からのものだったろう。そして、何気ない一言だったろう。けれど、その一言が桜をどれだけ安堵させたか、気付いただろうか。
(『私を、怒らない』)
 すうっと、身体から力が抜けたような気がした。
 正確に言えば、力みが取れたような気がした。
 そこへ、魔眼殺しの眼鏡越しに虹の瞳を細めた満月・双葉(時に紡がれた人喰星・f01681)が訝しげな声でミカエルへと問うた。
「師匠、前から思ってたんですが、女に対する懐広すぎやしませんか」
「そうかぁ?」
 あからさまに面倒げな声音で返すミカエルに、双葉はさらに続けた。
「女難の相とかありません? お祓いします? 何なら帰りましょう? 寒いし」
 アッこれ地味に帰りたいアピールしてる! まだ来たばっかでしょ!!
「……帰りにおでん買ってやるから働けクソガキ」
「おでん……」
 底冷えするこんな日には、おでんがとっても美味しいに違いない。
 まんまと乗せられた双葉は、何を買って帰ろうかと思いを馳せながら桜へと向き直る。
『お……おでんでしたら、二つ向こうの通り、っ……!!』

 話を聞いていた桜が、一歩前に踏み出したその時だった。
 案の定というか何というか、見事にけつまづいて、コーヒーカップが宙を舞う!

「お、っと」
『あ……っ』
 何という早業か、あっという間に桜の背後に回り込んだミカエルが、その身を後ろから半ば抱きすくめるようにしていた。
 だが、桜の様子がおかしい。くたりとしてすっかりミカエルに身を預けているのだ。
「躓いた女は後ろから抱きかかえた方が良い、ついでに鳩尾に一発入る」
 一撃入れて気絶させてた――!!
「女の化粧が崩れなくて良いだろ、ついでに溢れた珈琲も浴びなくて済……」
「師匠は浴びなくても、僕が浴びましたよ」
 ふと視線を向けた先には、真っ正面からコーヒーをぶちまけられて見るも無惨な姿となった双葉がいた。
「なんならソーサーも頂きましたよ」
「……」
 言われてみれば、双葉は額から流血をさせて、アホ毛をピンと立てながらぷんすこしている。それを全て確認した上で、師匠は弟子にこう言ってのけた。
「ドジっ子はフォローしてなんぼだろ、何怒ってるんだ双葉」
「これだけの目に遭って怒らない方がおかしくないですかね」
「しゃーねーだろ、ドジっ子なんだから。この子はこれが魅力なんだよ」
 このやり取りを、すぐにうっすら意識を取り戻しつつあった桜はぼんやりと聞いていた。
 ああ、やっぱり自分を受け入れてくれる人がいる。そう思うと、何だかしおれかけていた心が奮い立つようでもあった。
『ありがとう……ございます……っ』
 ミカエルの腕の中で、ぺこりとお辞儀をしたと思うや――。
「あーもー知ってましたよ!!! ソーサーですよね!!!」
 不運にも、飛来するソーサーに二度も襲われることとなった双葉は、今度こそその手は喰らうまいと、【山猿の弟子(ミーチャンノデシ)】なる超常で尋常ならざる域にまで研ぎ澄まされた野生の勘に任せて、ひょいとソーサーを躱した。
 ドジっ子相手に理屈だの予備動作だのは恐らく関係なかろうと踏んだ双葉の読みが当たった形であった。恐らく、下手に見切ろうとしたらかえって翻弄されていただろう。

 目覚めた桜を解放してやりながら、ミカエルは頭を掻きながら双葉に言う。
「取り敢えず顔面の珈琲と血を拭け、やり返すから許してやれ」
「……いや、同害報復はちょっと気まずいので、別にいいです」
 ドジっ子許すまじの精神こそ変わらないが、さすがに熱々の珈琲をぶちまけた上にソーサーを叩きつけるまで憎いかと言われると、そこまでではないというのが本音だった。
「まぁほら、傷は治せばそれで良いでしょうが……」
 チラ、とおろおろするばかりの影朧の少女を見て、双葉はコソコソと言う。
「家とか、壊すんでしょう……?」
 聞き届けたミカエルは、憮然とした表情で言い放った。

「家を壊す? んなもん建て直しゃ良いだろ」

 再び、桜が息を呑んだ。
 ――お前のドジもここまでとは思わなんだ、これは流石に我慢ならん!
 自分でも、何がどうしてそうなってお屋敷が壊れるに至ったかが分からない。
 分からないことは改善しようがないのに、叱責されて、切り捨てられた。
 わるいのはわたし? わたし!
 ああ、でも。あの時お館様がそうおっしゃって下さったなら、なんて。
 甘えてしまいそう。
 今度こそ、きちんとすれば、お許しいただけそう、なんて。

 物思いに耽る桜をよそに、ミカエルと双葉の応酬は続く。
「うるせぇぞクソガキ、俺の家が俺の主だった奴に何回壊されたと思ってる……」
「師匠もですか、どんだけスケールの大きいドジっ子……は!? 主の方!?」
 意外な事実が発覚して、思わず変な声を上げてしまう双葉。この調子だと漫画やアニメのように、一度壊れても次の回では何事もなかったかのように立て直されているノリのお屋敷だったのかも知れない。
「慣れた、そして懐かしい」
 ちょっと慣れてはいけないものに慣れちゃった人の目をして、ミカエルが遠くを見た。
 その隙に双葉が、いつもの大根布教に走る。
「まぁお嬢さん、大根でも食べて落ち着いてください」
『え、でもそれ……生ですよね? せめてぶり大根とかに料理して』
「うるせえねじ込んでやるぞ素材の味を産地直送お届けだバカヤロウ……!!」
『きゃあああ!?』

 ミカエルと双葉は、大根を食べさせられそうになって必死に抵抗した末に膝を突いた桜を慎重に観察しながら、こう呟いたという。
「しかしまぁ、いくらドジっ子でも未来を破壊するのはいただけねぇからなぁ……」
「ええ、未来までドジっ子されたら困るんですよねぇ」
 割と真面目に、お仕事に取り組む二人でありました。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

エスターテ・アレグレット

………?
いやいや、これ「ドジ」の範囲じゃねーだろ!?
―と、惨状に思わずツッコミをいれてしまった。
まあ…確かに悪いお嬢さんって感じはしないっすけど、このまま放っておいたら危ないのは確かか。

ヤル気まんまんのやつより、こういう無自覚な相手のほうが厄介だったりするんだよなあ。
あー、面倒だけど本気だすか…?

敵の攻撃(攻撃?)は【見切り】で回避。
速攻で片付けるためにサプリメント「ダ・カーポ」で自身を“調律”
UC【とても速く】で、相手のドジが発動する前に無力化を図る
「お嬢さんには悪いけど、本気ださせてもらうっすよ!」


ティオレンシア・シーディア


……えー…っと。…えー…?
コントじゃあるまいし、お屋敷崩壊させるっていったい何やらかしたのよぉ…
生前から無自覚なユーベルコヲド使いだったのかしらぁ…?本人がすごく良い子ってのもまたアレねぇ。
…なぁんか頭痛くなってきたわぁ…

とりあえず、下手に動かすとまた天災的な周辺被害引き起こしそうだし。なんとか封殺する方向で動きたいわねぇ。
動き出しを〇見切って●的殺で〇先制攻撃、遅延のルーン三種で〇捕縛しちゃいましょ。…別に傷つけたいわけじゃないし、一応ゴム弾で。

あなたが何かしようとすると、九分九厘周りが大変なことになるのよねぇ。悪いけど、すこぉし大人しくしててちょうだいな。



●ウッソだろお前と言わざるを得ない現実がそこにある
 謎の呪いで筋肉自慢がこむら返しの前に屈したり、際限なく湧いて出て来るコーヒーカップとソーサーに襲われた猟兵たちがどうにかこうにか対処したり。
 これら全ては確かに小日向・桜のユーベルコヲドなのだが、本人は意図して発動させている訳ではないというから恐ろしい。
 何もかも、桜が『良かれと思って』やろうとした結果なのだ。
 それが、たとえことごとく大惨事を巻き起こすこととなっても。

「……? …………??」
「……えー……っと。……えー……???」
 既に交戦した猟兵たちの様子を確認して、エスターテ・アレグレット(巻き込まれる男・f26406)とティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)は――困惑した。
 まあそりゃあねえ、困惑するしかないですよねえこんなの。
 確かに話には聞いていたとは言っても、実際目の当たりにするとヤバさが半端ない。
「いやいや、これ『ドジ』の範囲じゃねーだろ!?」
 エスターテの目が信じられないモノを見るそれになるのも無理はない。どうすればいい感じにノッている人を狙い撃ちするようにドジらせたり、一度たりともまともにコーヒーを給仕できず中身をぶちまけた挙げ句ソーサーまで飛ばせたり出来るのか。
(「――と、惨状に思わずツッコミをいれてしまった」)
 本来なら、自室にこもってのんびりしていたいエスターテなのだが、誠に遺憾ながら生来の巻き込まれ体質故か、今こうして大騒ぎな帝都の大通りで脅威のドジっ娘と対峙している。うーん、これは遺憾の意を表明していい案件。
 その隣ではティオレンシアが、頬に手を当ててふぅとひとつため息を吐いていた。
「コントじゃあるまいし、お屋敷崩壊させるっていったい何やらかしたのよぉ……」
 とろんとした甘い声で、しかし呆れた口調を隠さずにティオレンシアが率直な感想を告げる。いやもうまったく、本当にコントじゃないんだからという感じです。
(「生前から、無自覚なユーベルコヲド使いだったのかしらぁ……?」)
 割と真面目に、その可能性は否めない。事と次第では、埒外の存在として世界から肯定されて、超弩級戦力として活躍していたかも知れな……知れ、な……?
 努めてポジティブに物事を捉えてみようとしたものの、かえって頭痛がするものだから一旦置いておくこととして。
 ティオレンシアとエスターテは、だいたい同じことを考えていた。

「本人が『すごく良い子』ってのもまたアレねぇ」
「まあ……確かに『悪いお嬢さん』って感じは『しない』っすけど」

 このまま放っておいたら危ないのは確かっすよね、とどこか観念した様子で腕をぐるんと回すエスターテと、額のあたりにそっと手を当て頭痛がすると仕草で示すティオレンシア。
「……なぁんか、頭痛くなってきたわぁ……」
 言いつつ、銃士の女はもう片方の手をガンベルトへと伸ばす。その気配を知ってか知らずか、影朧の女給はおずおずと銀のトレイにコーヒーカップを乗せて口を開いた。
『あ、あの……超弩級戦力さん、ですよね? いつもご苦労様です、これ……』
(「「……っ」」)
 二人は、光の速さでこれから起こることを察した。一気に緊張が走る。
 ティオレンシアに続くように、エスターテも宝箱の形をしたピルケースを懐から取り出すと、中身のソフトカプセル状サプリメントを掌の上に転がす。
(「ヤル気まんまんのやつより、こういう無自覚な相手のほうが厄介だったりするんだよなあ」)
 きっと、誰もがそう思うに違いないし、エスターテに共感することだろう。
 悪気がない相手を正すことは、自覚して行為に走る手合いを扱うよりも大変だから。
「とりあえず」
 ティオレンシアが「オブシディアン」を握り、視線は桜へと向けたまま言う。
「下手に動かすとまた天災的な周辺被害引き起こしそうだし」
 その言葉に、同感だとエスターテも頷きながら一歩踏み込む。

「なんとか『封殺』する方向で動きたいわねぇ」
「あー……面倒だけど『本気』だすか……?」

 二人の言葉が重なり、同時に不可避の事態が起こった。
『きゃ……っ!』
 ――桜が、つまづいた。最早『知ってた』という感じだが、まーたやらかした。
 ソフトカプセルがエスターテの口内に放り込まれ、飲み下される。
 尋常ならざる速度で構えられたリボルバーの銃口が、コーヒーカップがその中身をぶちまける前に先手を打つ。
「なっ」
 撃ったんすか!? と言わんばかりに振り向いたエスターテに、ティオレンシアが小首を傾げた仕草で返す。
「……別に傷つけたいわけじゃないし、一応ゴム弾よぉ」
 コーヒーカップが割れても、誰にも被害が及ばない絶妙な位置で止める。
 そんな奇跡的な芸当――ユーベルコードでもなければ為し得ない。
 それこそが【的殺(インタースフェア)】、対の先の極致である!
『ああっ、ごめんなさい! うまく出来なくて……こ、今度こそっ』
「マジっすか!? わざわざ淹れ直してまで!?」
 初撃はティオレンシアが凌いでくれたから大丈夫かと思ったら、何と律儀にテイク2である。信じられないという顔をしながらも、一度身を屈めたエスターテの様子は、これまでとは明らかに違っていた。

「調律、完了――本気の速さ、行きますよ」
 ――ひゅんっ!!
『ええっ!?』
 要は、つまづく前に止めてしまえばいいのだ。
 それを可能にするのが、【とても速く(プレスト)】。
 己が譜面で踊る存在だとするのならば、その指示に従って――テンポアップ!
「お嬢さんには悪いけど、本気ださせてもらうっすよ!!」
 せっかくの気持ちではあるけれど、今は危険なコーヒーカップを銀のトレイごと弾く。
 思わずその方向を見た桜に対して、放たれたのは宙空に描かれた不思議な記号のような文字だった。
「ソーン、ニイド、イス――遅延のルーン三人衆よぉ、ちょぉっと捕縛させてもらうわねぇ?」
『う……っ!!』
 遅延は、良く言えば安定。
 ある意味、今の桜に最も効果的なルーンだったと言えよう。
 がくりとその場にくずおれる桜に、ティオレンシアがルーンを描いた「ゴールドシーン」のペン先を向ける。
「あなたが何かしようとすると、九分九厘周りが大変なことになるのよねぇ」
 うんうんと頷くエスターテの手には、銀のトレイが受け止められていた。
「悪いけど、すこぉし大人しくしててちょうだいな」
『……っ、で、でも……』

 あきらめきれない、こんなでも。
 あきらめたくない、こんなでも。

 身を震わせる影朧の姿に、これはもうひと押しが必要そうだと、エスターテとティオレンシアの二人は顔を見合わせて後続の猟兵に後を任せるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

栗花落・澪


きっと、気持ちが先走って冷静さを欠いちゃうんだろうね
焦りは新たな失敗を呼ぶから

一般人を巻き込まないよう意識しつつ
攻撃は極力回避できるよう翼での【空中戦】で
【催眠術】の効果を乗せた【歌唱】で撹乱
隙を見ては地に降り【破魔】を宿した★花園を生成
彼女を美しい花畑で囲い込むように

直接的な攻撃は避けてあげる
せめてもの慈悲だよ

【指定UC】で火炎の鳥を花園にぶつける事で
逃げ道を奪うと同時に破魔の乗った煙を立ち昇らせ
【高速詠唱】から放つ風魔法の【属性攻撃】で煙を操り【浄化】攻撃を

煙は目晦ましも兼ねて
叶うなら彼女に飛び寄り
指先でそっと涙を拭い

ごめんね
貴方のせいじゃないとは言えないけど
せめてその想いは、大切にして


御桜・八重


悪気は無いのに人に迷惑をかけちゃうことって、あるよね。
…他人事とは思えないかも。

ドジの現場に飛び込み、身を挺して犠牲者をかばう。
「よし、セーフ!」
桜ちゃんにニッコリ笑いかけて自己紹介。
「わたしは桜の巫女の八重!よろしくね♪」
重ねて被害に遭っても大丈夫!

ドジはきっと失敗を恐れて、緊張して力が入り過ぎるから。
失敗はわたしがフォローするから、思うようにやってみよう!

【花筏】を発動。オーラの傘を広げた髪飾りを飛ばし、
ドジの被害から人々を護る!
(零されたコーヒーや飛んでくるソーサーをブロック)

人を傷つけてしまったら後悔で影朧化が進むかもしれない。
桜ちゃんの想いを遂げさせるためにも、みんな護って見せる!



●大切なのは、その想い
(『今、私の前にいらっしゃるのは超弩級戦力の方々』)
 猟兵から返された銀のトレイをぎゅっと抱きしめ、小日向・桜はぶるりと震える。
(『私を、止めようとなさるのは、どうして』)
 裡から湧き出てくる衝動のような『奉仕』の精神。
 けれどそれがあまりにも騒動を引き起こしてしまうから、止めに入る猟兵たち。
 自分がしていることも、相手がしてくることも、何もかもが『普通じゃない』。
 ああ、これではまるで、私は――。

(「悪気は無いのに人に迷惑をかけちゃうことって、あるよね」)
 御桜・八重(桜巫女・f23090)は、ある意味慣れ親しんだ帝都の大騒ぎの前に立つ。
「……他人事とは、思えないかも」
 ほんの少しだけ、困ったような顔をして。
 八重は、懲りずにコーヒーカップをトレイに乗せて周囲を見回す桜を確認した。

『あの、もし……今度こそしっかりお渡しします、どうかお詫びにこれを』
「ひ、ひいぃぃぃぃっ!?」
 熱々のコーヒーが入ったカップを見た人々は、すぐさまそれがどうなるのかを察して後ずさる。それを追うように桜もまた一歩を踏み出し――ああ、来るぞ!
『お、お待ち下さい! 今度は、今度は大丈――』
 ああ、何と無情なことか。誰しもが予想した通りに桜はつまづいて、トレイの上のコーヒーカップはその中身をぶちまけて。

「……っ!? お、お嬢さん!!」
「大丈夫ですか、超弩級戦力さま!?」
 人々を庇うように飛び出した八重が、身をもって熱々のコーヒーをすべて受け止めた。
 何ということだろう、誰もがその身を案じるが。
「……よし、セーフ!!」
 八重ときたら、全くのノーダメージと言わんばかりにニッコリ笑うのだ。
 誰に笑いかけたか? それは当然、桜に向けてである。
『あ、ああ……』
「わたしは桜の巫女の八重! よろしくね♪」
『こ、小日向・桜です! よろしくお願いしますっ』
 全く敵意を見せない八重に、礼儀正しく深々とお辞儀をした桜からよりにもよってソーサーが飛び出したのはその時だった。

 ――ごつーん☆

 思いっきり八重の頭部にソーサーが炸裂した。顔を覆う人々。息を呑む桜。
 けれど八重は全然問題ないという顔で、割れた額から一筋血を流しながらも、気丈に笑ってみせた。

(「きっと、気持ちが先走って冷静さを欠いちゃうんだろうね」)
 栗花落・澪(泡沫の花・f03165)はそんな様子をその背の翼で舞いながら、一連の騒ぎを上空で観察していた。
(「焦りは、新たな失敗を呼ぶから」)
 既に複数の猟兵たちから指摘を受けた通り、本質はここに尽きるのだろう。
 なればこそ、何とか桜を落ち着かせなければならない――多少、荒っぽくなっても。
「ねえ、僕にもそのコーヒーを一杯お願いしていいかな?」
『っ、も……もちろんです!』
 ここで、桜は本来澪に『ならばまずは地上に降りてきて欲しい』と言うべきだった。
 そこに至る判断さえできず、素直に『空中にいる相手にすぐコーヒーを届けよう』などと考えてしまうから――きっと、いけないのだろう。
 澪は澪で、敢えて空中から声を掛けたのだ。自分目掛けて飛来するコーヒーやソーサーを避けても一般人に被害が及ばぬ場所として、空中はうってつけの場所だったから。
『ああっ、ごめんなさい!!』
 案の定無理をしてつまづく桜の動きを読んで、華麗な空中戦で回避する澪。
 くるりと一回転して体勢を整えると、すぅと息を吸って歌声を紡ぎ出す。

「~~~♪」
『う、た……? ……っ』

 美しい歌声に聞き惚れたが最後、意識がぼんやりとする感覚に襲われる。
 誰が気付いただろうか、天上の歌声に催眠の効果が仕込まれていたとは。
 ふらふらと、足元がいっそう怪しくなる桜を見て、八重が咄嗟に叫んだ。
「桜ちゃん!」
 手を伸ばす。
「ドジは失敗を恐れて、緊張して力が入り過ぎるから」
 おずおずと、伸ばされる手を――掴む。
「失敗はわたしがフォローするから、思うようにやってみよう!」

『思う、ように』

 桜の呟きを空中から確かに聞いた澪は、八重の意図を汲みつつも油断なく地上に舞い降りる。いつでも、次の一手を切れるように二人を、そして戦況を見守る。
「咲きほこれ――【花筏(ハナイカダ)】!」
『ああ、どうして、何度やっても私――!?』
 ただ、美味しいコーヒーを飲んでもらいたいだけなのに。喜んでもらいたいだけなのに。いつもいつも、大変なことになってしまうんだろう?
 ぶちまけられるコーヒーも、その後何故か追撃で飛んで行くソーサーも。
 けれどそれらは全部、八重が展開したたくさんのオーラの花傘によって止められる。
(「人を傷つけてしまったら、後悔で影朧化が進むかもしれない」)
 ――掴んだその手は離さない、絶対に。
(「桜ちゃんの想いを遂げさせるためにも、みんな護って見せる!!」)

 ばしゃん。がちゃん。ばしゃん。がちゃん。
 幾多の災難を桜の護りが防いでいても、いつかは限界が来る。
 どこかで、止めなくては。そのために、今自分はここに居る。
 そう決意して、澪は強い意思を込めた琥珀の瞳で戦場を見た。
「僕も咲き誇らせよう、そして生み出そう――美しい花園を!」
 凜とした声と共に、桜と八重を囲むように虹色の花畑がみるみるうちに生じる。
「直接的な攻撃は避けてあげる――せめてもの慈悲だよ」
「……!」
 覚悟はしていたけれど、今の桜には荒療治も必要なのかも知れない。
 誓い通り、その手は離さず――八重は、怯む桜の手を強く握った。
 炎が生じる。それはやがて変幻自在の鳥の姿を思わせる揺らぐ巨炎となり、澪の頭上でその翼を大きく広げた。
「鳥たちよ、どうかあの人を導いてあげて――【浄化と祝福(ピュリフィカシオン・エト・ベネディクション)】」
 かざした手を指さすように振り下ろせば、炎の鳥は花園へと体当たりをして、一気に火を放つ。生じた火輪が二人を包み、逃げ道を奪う。
 そうして澪は、燃える花園から立ち上る煙に乗った破魔の力を、影朧にだけ的確に狙い澄まして風に乗せて叩きつけた。

 ――煙を目くらましにして、風と共に澪が空を切って飛ぶ。
 八重に身を支えられながら、ぽろぽろと泣く桜の元へと。
「ごめんね」
 指先でそっと涙を拭いながら、澪が優しい声音で告げた。
「貴方のせいじゃないとは言えないけど、せめてその想いは大切にして」

 あきらめるには、まだ、早い。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

トリテレイア・ゼロナイン

生前の未練から誰彼構わず給仕や仕事をしようとして被害が…
こ、これはいけません!

センサーでの情報収集した状況から瞬間思考力で適切な対処を素早く見切り脚部スラスターの推力移動で急行
影朧のドジに巻き込まれそうな市民を被害からかばい

躯体制御系の数値に異常発生…?
まさかUC

(ギャグ描写で済むかもだけど)
制御不能ウォーマシン等暴走重機のようなもの
騎士として、いえ、機械種族の矜持に賭けて失敗は許されません…!

UCも加え限界突破自己ハッキングで体幹制御修正
何か不自然な体勢でドジをリカバーし影朧に接近

先ずは…落ち着きましょう!

優しい怪力で頭を小突き静止
ハンカチ取り出し

泣いていては、務まる仕事も務まりませんよ


氏家・禄郎
落ち着くんだ

まあ、待ちたまえお嬢さん
君はまず思い出すことがあるだろう?
大丈夫、深呼吸して、ゆっくりと……ぐぁっ!?

(珈琲とソーサーを喰らう)

……
…………

とりあえず、おちつこう
ここはね、まず君の仕事場でなくて外だ
外なら外でやることがある……って、ここでその流れー!?

いや、ダメだ
これは本気を出して制圧しよう
そんなわけで『嗜み』
悪いがおとなしくしてもらうよ

さて、珈琲は後でいただくとして
君はこれからどこにいくんだい?
私の仕事は、君をそこに案内することだ
大丈夫……暴れなければ痛くしない

誰だって、無し遂げたいことはあるだろう?



●スゴイヤバイ級の相手だったぜ
(「生前の未練から誰彼構わず給仕や仕事をしようとして被害が……」)
 超弩級戦力たちの登場によって、盛り上がったり悲鳴が上がったりの大通り。
 トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)は、そんな現場へと急行する真っ最中であった。
(「……こ、これはいけません!」)
 本当にその通りであった。割とマジで一刻も早く何とかしないとヤバかった。
 それを肌で……あれ、センサーとかそっち系かな? そんな感じで察知しながら、トリテレイアは移動と同時にセンサーを起動させて情報収集も怠らない。
 状況を把握して、得意とする瞬間思考で適切な対処をあらかじめ想定しておくのだ。
 人だかりが見えている、その現場ではきっと無辜の民が巻き込まれようとしているに違いない。ああ、一刻も早く救わねば! 唸る脚部スラスター、加速する機体!

「ドジをして一般市民の方々を巻き込んでしまう影朧はいらっしゃいませんか――!?」

 ずざざざー! 猛然と人だかりを掻い潜って、トリテレイアが華麗に参上!
 そんな機械騎士が目にしたものは――外套をコーヒーでしとどに濡らし、ソーサーがぶつかったのか眼鏡にヒビが入った、見るも無惨な氏家・禄郎(探偵屋・f22632)の姿だった。
「……氏家様」
「……やあ、中々に手強い相手なようだ」
 あちゃー、と言わんばかりに片手で目元を覆ったトリテレイアに、ズレた眼鏡をかけ直しながら禄郎が辛うじて笑いながら返す。
 眼前には、ああまたやってしまいましたと打ち震える女給の影朧。
 そう、この殿方は私に「落ち着くんだ」と優しい声音で言ってくれて。

 ――まあ、待ちたまえお嬢さん。君はまず思い出すことがあるだろう?
 ――大丈夫、深呼吸して。

 すう、はあ。
 そういえば、何度も『落ち着いて』と言われたような気がします。
 だから、今度こそ上手く行くような気がして――用意してしまったのです。
 あっつあつの、コーヒーを……!

「……頭では分かっていても、どうにもならないという状態ですか」
「……うん、そのようだ」
 吹っ飛んだハンチング帽を拾い上げ、被り直して禄郎がトリテレイアに応えた。
「…………」
「…………」
 二人の間に、沈黙が流れた。うーんこれ想像以上にヤバい相手じゃない?
 もしくは、「次は君が行きたまえよ」「いやいや氏家様こそ諦めずにもう一度」などという無言の牽制があったのかも知れない。大人ってコワイ!
『……あ、あの』
「「……っ」」
 おずおずと、影朧の女給が声を掛けてきた。
 視線は……トリテレイアの方を向いていた。
『そちらの騎士様は、すごくお強そうで……』
「い、いや、私は決して小日向様を害そうという訳では」
 可憐な瞳を向けられた、ただそれだけで嫌な予感がした。
「とりあえず、おちつこう」
 取りなすように、禄郎が桜へと努めて穏やかに語りかける。
「ここはね、まず君の仕事場でなくて、外だ」
『はい……』
 そんなやり取りをハラハラと見守るトリテレイアは、禄郎が上手いこと丸く収めてくれることを心底願っていた。
「そう、外なら外でやることがある」
『……はいっ、騎士様を帝都観光にご案内することですねっ』
「……えっ???」
「……って、ここでその流れー!?」
 おもむろに手を取られたトリテレイアの挙動が、いきなり怪しくなった。この展開は流石の禄郎も想定しておらず、思わず変な声を上げてしまった。

(「躯体制御系の数値に、異常発生……? まさか、これが」)
 仲間の危機に颯爽と登場する機械騎士、こんな良い感じのシチュエーションなどそうそうない。なればこそ、桜が持つ『呪い』の格好の餌食ともなるのだ。
 それにしても、手を取られただけで『攻撃が命中した』とみなされるとは恐ろしい。

(「思考を。考えるのです、トリテレイア・ゼロナイン」)
 そう、このまま呪いに突き動かされては、さながら己は制御不能ウォーマシン――すなわち、暴走重機よろしく無様を晒すどころか、人々に自分こそが害をなしてしまいかねない。
 そんな、そんなことは。
(「騎士として……いえ、機械種族の矜持に賭けて失敗は許されません……!!」)
 考える。打破する術を。事前に収集した情報も元に、算出を試みる。
 ――良い感じであればあるほどドジを踏む仕様にされてしまうなら?
「これが……私の、騎士道です……っ!!」
 思うように動かなくなっていく、回路が途切れていく、そんな感覚に抗うように。

 願え。希え。
 ――【機械人形は守護騎士たらんと希う(オース・オブ・マシンナイツ)】!

 果たしてトリテレイアは自身の限界を超え、己をハッキングするという荒技で、無理矢理体幹制御修正に成功する。
 見るからに不自然な体勢ではあったけれど、致命的なドジをやらかす前に立ち直ることができたのだ。
『き、騎士様……っ! ご無事で……!?』
「ええ、小日向様。先ずは……」
 絶妙に力加減をした人差し指で、桜の頭を小突くトリテレイア。
「落ち着きましょう!」
『きゃ……!』
 数歩よろめいた桜の身体を、禄郎が受け止める。
(「これは、ダメだ。一度本気を出して制圧しなければ、キリがない」)
 失礼、と小声で告げつつ、細腕を背中に回して力を込める。
『痛……ッ』
「悪いが、おとなしくしてもらうよ」
 顔をしかめる娘に心が痛まなくもなかったが、これも仕事のうちというもの。
【嗜み(ジュージュツ)】で完全に動きを封じた上で、禄郎は背後から桜へと問い掛ける。

「さて、珈琲は後でいただくとして……君はこれからどこにいくんだい?」
 腕の中の娘は、抵抗せずにぽつりと呟いた。
『……お屋敷へ、行きます』
 それは恐らく、かつて桜が仕えていた主が住んでいた場所のことだろう。
 予知では、一度崩れたようなビジョンも見えたのだが――?
「私の仕事は、君をそこに案内することだ。大丈夫……暴れなければこれ以上痛くしない」
『……う、うぅ……』
 桜が、再び大粒の涙をこぼす。
 分かってはいたのだ。今のままではダメなのだと。
 けれども、どうしようもなくて。どうしたらいいのか分からなくて。

 ――落ち着いて。

 一度、大きく息を吸った。
 その時、目元を優しく拭われる感覚を覚えた。
『き、騎士様』
「泣いていては、務まる仕事も務まりませんよ」
 危うく暴走させられそうになったことも意に介さず、娘の涙を綺麗なハンカチで拭うトリテレイア。
 それに対して、桜が何かよろしくない反応を返すことは――なかった。
「誰だって、成し遂げたいことはあるだろう?」
 腕を解放し、帽子を脱いでひとつ詫びて、禄郎がそっと手を差し伸べる。

 その手は、猟兵すべての手でもあった。
 ――さあ、君の願いを、叶えに行こう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『はかない影朧、町を歩く』

POW   :    何か事件があった場合は、壁になって影朧を守る

SPD   :    先回りして町の人々に協力を要請するなど、移動が円滑に行えるように工夫する

WIZ   :    影朧と楽しい会話をするなどして、影朧に生きる希望を持ち続けさせる

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●傷だらけのパレヱド
 小日向・桜という名の影朧は、超弩級戦力との交戦の結果、その力を失った。
 今や無害な存在と化した桜の願いはただ一つ。

 ――今度こそ、しっかり給仕を果たして、ご主人様にお褒めいただきたい。

 呪いそのものだったドジっ娘体質も最早消えた。
 ならば今度こそ、その願いは果たされるやも知れない。
 けれど、桜が影朧であるという事実は消えない。

「き、来たぞ! あいつだ!!」
「また何をしでかすか分かったもんじゃないわ……!」
「見た目に騙されるなよ、あの娘は――」

 ――帝都を脅かす『影朧』なのだから!

 人々の心は、底知れぬ脅威に弱い。それは無理からぬことだろう。
 大通りでの桜の所業は広く知れ渡り、道中心ない言動を浴びせられることもあるだろう。
 それでも、桜は目指す。今なお忘れじの、お屋敷があった場所へと。
 それは、いわゆる高級住宅街と呼ばれる、大通りを抜けた先の場所。
 猟兵たちの先導があれば、桜は大人しくついて行く。だが、道中住民からの悪意に晒されたり、生きる希望を失ったりした場合は――夢を叶える前に、消滅してしまう。

 どのように桜を支援し、目的地まで送り届けるかは各人に任された。
 ひとまずは、複雑な胸中の人々が遠巻きに見つめる大通りを、桜を連れて抜けよう。
 無事に目的地にたどり着いたその先に、願いを叶える時がやってくるのだから――。
栗花落・澪


誘導は他に任せ
僕は先回りして人々の説得を
聞いてもらえる雰囲気じゃないなら
少しだけ【催眠】を乗せた【指定UC】で静めてから

怖い気持ちはわかるけど
僕達を信じて任せてほしい

失敗経験の無い完璧な人がこの中にいる?
うっかり物を壊した事は?
誰かに迷惑をかけた事は?

じゃあ、誰かに迷惑をかけたくて、好き好んで失敗した人は?
いないよね
悪意を持って意図的にやるような悪人でもない限り

あの子も同じだよ
皆よりちょっとせっかちで…運が無いだけ
それでも心配なら僕が貴方達の盾になるから

許せないなら背を向けて見て見ぬふりを
少しでも信じてくれるなら…どうか応援してあげて
あの子が最後に、誰かの役に立てるように
夢を叶えられるように



●汝らの中にその資格持つ者は居るか
 栗花落・澪は、影朧の女給こと小日向・桜の誘導を味方の猟兵たちに任せると、一人先んじて大通りの人だかりにその身を晒した。

「ちょ、超弩級戦力様! あの影朧はどうなりましたか!?」
「ああ、早くやっつけて下さいまし! わたくし、恐ろしくて恐ろしくて……」
「いたぞ――な、何故あいつを匿うような真似をするんです!」

(「……」)
 澪は、一瞬目眩がするような感覚に襲われた。
 嫌な記憶が過りそうになるのを、首を振って払う。
 救うのだ、己こそが。傷ついた影朧の心を――その一心で、澪は息を吸って、歌声を紡ぎ出した。
 天上の歌声は、対価も払わずに聴けることをこそ誉れに思うべきだろう。なればこそ、澪が歌声にほんのりと催眠の効果を乗せたとしても、許されてしかるべきなのだ。
 その名を【sanctae orationis(サンクトゥ・オラティオニス)】、敵も味方も関係ない――すべての人々の幸せを願い、祈りを込めた暖かな歌声。
 それは当初すごい剣幕で影朧への怒りや憎しみを叫んでいた人々を、徐々に鎮めていく。

「怖い気持ちはわかるけど」
 澪が歌声の代わりに、優しい声音で語り掛ける。
「僕達を信じて、任せてほしい」

 ざわめく人々。顔を見合わせ、それでもという渋い表情を見せる。
 それを見た澪は、敢えて語気を強めて問うた。
「失敗経験の無い、完璧な人がこの中にいる?」
「……っ!」
 人々が、いっせいに顔色を青くしたように思えた。
「うっかり物を壊した事は?」
 一歩、また一歩。言葉と共に、翼を揺らして凜と人々に歩み寄る澪。
「誰かに迷惑をかけた事は?」
「それ、は……」
 澪は、ただ愛らしいだけの存在などではない。
 誰よりも、己の意思を貫くための強さを持っている。
 それを、今こそ振るう時なのだ。

「じゃあ、誰かに迷惑をかけたくて、好き好んで失敗した人は? ――いないよね」

 それこそが、答えであった。
 心の弱さ故に攻撃的になってしまう人々の胸中も理解はできる。
 だが、それを盾に『間違ったこと』を許容することは、澪の正しい心が見逃さない。
 金蓮花を揺らして、少しだけ桜の方を見て、澪は言葉を紡いだ。
「あの子も同じだよ、皆よりちょっとせっかちで……運が無いだけ」
 人々の間に、困惑の様子が走る。
「それでも心配なら……僕が、貴方達の盾になるから」
「そんな……!」
 迷う人々がなお多い様子を見た澪が、無理はしなくてもいいと言わんばかりに提案をした。首を少しだけ傾げながら語りかける姿は、誰もが魅了されてしまう。

「許せないなら、背を向けて見て見ぬふりを」
 許せとは言わない、ならばそれなりの振る舞いを。
「少しでも信じてくれるなら……どうか、応援してあげて」
 許してくれるというのなら、儚い背中を押してあげてはくれまいか。
 お願いします、と。澪はぺこりと頭を下げた。
「あの子が最後に、誰かの役に立てるように、夢を叶えられるように」

 人々の反応はそれぞれだった。それはやむを得まい。
 けれど一様に――あからさまな敵意は、すっかりなりを潜めていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ソフィア・シュミット
まず人の目のないところに行き用意したお守りを渡します
渡してからUC【エレメンタルファンタジア】で【迷彩】を【高速詠唱】で
一般人の皆さんから桜さんと認識できないように
「きっと大丈夫ですよ」とおまじないをかけたように見せましょう
手に収まる大きさのものって結構心の拠り所になったり【慰め】になったりしますよね
心の持ち用って大切ですし偽薬は時として良い動きをするのです
そうは言っても声は聞こえますから桜さんを一人にしないように【団体行動】、目的地と主様の話をし意識を外の会話に向かないように
カウンセリングの手法で相槌をうったり軽い軌道修正をいれ前向きになれるように心がけます
自信を取り戻すよう願って止みません



●君に祝福のあらんことを
 色めきだつ大通りの人々を鎮める一方で、桜のフォローに回る猟兵も多くあり。
 ソフィア・シュミット(邁進を志す・f10279)もその一人で、各々準備をする他の猟兵たちの陰に隠れるよう、そっと桜へと何かを手渡した。
「これ……お守り、ですか?」
 震える両手で、大切に包み込むように受け取ったそれは、鈴がついたお守りだった。
「はい、持っていて下さい――きっと、あなたを守りますから」
 見るからに弱々しい桜の手を、ソフィアは己の手でそっと包み込みながら言う。
 そうして、そのまま目を閉じて祈るように。
 精霊たちへと呼び掛ける【エレメンタル・ファンタジア】で生じさせたのは――。

「わ、これって……」
「陽炎、です。これで、桜さんのことはしばらく誰も認識できません」

 光の精霊に、少しばかり頑張ってもらった。大通りの路地から立ち上る揺らめきは、巧みに桜の姿を衆目から隠して見せる。
 制御が困難とされる精霊術式を、攻撃ではなく防衛に、しかもあっという間の詠唱で完成させるとは。ソフィアの術士としての技量の強さが覗える一幕であった。
「行きましょう、きっと大丈夫ですよ」
 震える手を取って、ソフィアはそっと桜を大通りへと導く。
 渡したお守りも、施した目くらましも、まるでおまじないのように桜を守る。
「……、はい……」
 きゅっ、と。渡されたお守りを握り込み、桜はソフィアの導きに応じるように自ら一歩を踏み出した。
(「手に収まる大きさのものって、結構心の拠り所になったり、慰めになったりしますよね」)
 それがたとえ気休めでもいい、心さえ折れずにしゃんとしれくれれば。
 今はそれこそが一番大事なのだからと、ソフィアもまた歩み出した。

 大通りを一人行く――ように見えるソフィアがあまりにも堂々としているものだから、人々はその可憐な姿に目を奪われこそすれ、悪い言葉を投げかけるなんて思いもしない。
 最初はおっかなびっくりついてきていた桜も、数度お守りを握りしめる仕草で次第にしっかりした足取りになってきていた。
(「心の持ち用って大切ですし、偽薬は時として良い動きをするのです」)
 確かな手応えを感じながら、しかしソフィアは時折びくんと肩を震わせる桜に気付く。

「なあ、影朧はもう消えたのか?」
「通してやれって言われてもなあ」
「いるだけで騒ぎを起こすのだし」

 人々の恐れは、そう簡単には消えてくれない。
 そんな思いが声となり、桜に届いてしまうことも織り込み済みであった。
 なればこそ、ソフィアはそっと桜の手を離さずに寄り添って歩いていたのだから。
「これから桜さんが向かわれる場所は、どんな所なんですか?」
 敢えて声を掛けるのは、意識を己に向けさせるため。外野の罵声から守るため。
 それに気付いたか否か、桜は陽炎で守られた状態のまま、ソフィアに返す。
「……お屋形様のお住まいがあった場所、は……もう、何もないかも、知れません」
 私が、壊してしまった後、どうなったか分からないから。
 消えてしまいそうな声でそう呟く桜に、ソフィアは微笑んでさらに問うた。
「建物は、建て直せば良いですから。今も、ご主人様がお待ちかも知れませんよ?」
 そう、何やかやで壊れた屋敷を再建し、今も壮健に暮らしているかも知れない。
 桜とて、それをこそ願って、屋敷があった場所へと向かっているのではないか?
 ソフィアは意図して話題の軌道修正をしたり、相槌で肯定を示したりする。それは的確なカウンセリングに他ならず、傷ついた桜の心を確実に癒やしていった。

「……あの、私」
 大通りのただ中で、桜がふとその歩みを止めた。
「桜さん?」
 その様子に、ソフィアが怪訝な声で問うて――今は自分だけがうかがい知れるその顔色を見て、笑った。
「ここから、堂々と進んでみようと思います」
 自然と、二人の手は離れていた。
 もらったお守りは、大事に握ったまま。
「もうちょっとだけ、皆さんのお力をお借りしますけれど――」
 行こうと決めたのだ、自らの脚で。自らの意思で。
 桜が少しでも前向きになれるようにと心掛けた、ソフィアの努力が結実した。

「桜さんが、少しでも自信を取り戻してくれれば、何よりです」
 超常を解けば、人前にその姿を晒す桜。
 その道行きに幸いあれと、ソフィアは願って止まないのだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント

桜の目的地に続く通りに先回りする
彼女を警戒する者たちの恐怖心を対話を通し和らげたい
まず桜を警戒する理由を聞き出す
桜が近くにいない今なら、本音を吐き出させガス抜きをしても問題はないだろうからな

その上で、桜に危険がないことを説明する
彼女は影朧だが、人に害を与える力はもう残っていない
どこにでもいる女給と同じだ

それに先の騒動を知っているなら、超弩級戦力が桜を抑え込んだことも知っている筈だ
俺たちがついている限り彼女は人を傷付けないと断言する
納得してくれたなら、桜を警戒する他の者たちにも、桜に危険はない事と超弩級戦力が対応する事を伝えてもらいたい
桜の所業が知れ渡ったように、この話も広く伝わる事を期待する


トリテレイア・ゼロナイン


(影朧の護衛には幾度か経験あれど悪評の影響で此度が最難関となりましたね…)

帝都の地図(世界知識)から屋敷まで人通り少なき移動ルート(地形の利用、かばう等の護衛知識で)算出
要人護衛機としては当然のこと
後はUCで音声、身振りを調整

(人の恐怖とは無理解より生じる物、其処へ美談を入れれば…)

先の行動は影朧の我が身に混乱きたした前後不覚によるもの
ですがこの女性は生前の主人への忠義果たしたい一心で、残り少なき時間を削り漸く正気を取り戻されたのです
どうかこの想い、汲んで頂けますか

(道中、影朧に)
小日向様
お屋敷での最後のお仕事と出来事を覚えておりますか?
それが、貴女の『心残り』の核であるかもしれません



●その恐れは何処から来るのか
 遂に人々の前にその姿を晒した桜に、人々が再び動揺の色を見せた。
 既に窘められた後とはいえ、やはり人間は――恐怖に、弱い。
(「影朧の護衛には幾度か経験あれど」)
 トリテレイア・ゼロナインは歴戦の猟兵にして、踏んだ場数も数知れず。
 けれど、これは。
(「悪評の影響で、此度が最難関となりましたね……」)
 内心で、お世辞にも明るいとは言えない道行きに思考を止めてしまいそうになるも、当然そうは行かじと、記憶領域内に保存されていた帝都の地図を他の猟兵とも共有できるように宙空に投影した。
「この地図で、桜の目的地に続く通りに先回りできないだろうか」
 それを覗き込んだシキ・ジルモントが提案すれば、トリテレイアはひとつ頷く。
「ええ、シキ様。この地図で、屋敷まで人通り少なき移動ルートを算出すれば」
 どうしても、この人だかり集う大通りは避けて通れないようだが、ここさえ抜けてしまえば閑静な高級住宅街という地形であるようだった。
 この大通りに関しては、身を挺して桜をかばうより他にあるまいと決意を固めつつ、トリテレイアはすいと無骨な指先で大通りの先を示した。
「分かった、ならば――彼女を警戒する者たちの恐怖心を、対話を通し和らげたい」
「奇遇ですね、私も同じことを考えておりました」
 機械騎士が瞳のような光を明滅させれば、人狼の銃士はいちど目をぱちくりさせた後。
「……流石だな、頼もしい」
「要人護衛機としては、当然のこと」
 シキの言葉に応えると共に、トリテレイアは自らを『調律』し始める。
 音声は広く万人向けに、聞き心地が良いように。甲冑は儀礼用に、敢えて無駄とも思えるような装飾を生じさせ。それはさながら、装いを変える舞台役者。

(「人の恐怖は、無理解より生じる物。其処へ『美談』を入れれば……」)

 打算などと言うなかれ、言葉を正しく伝えるには、話者の姿勢こそが重要なのだから。

 石つぶてなど投げられてはたまったものではないと、シキは桜をトリテレイアに任せて大通りの中ほどに立ちはだかる。
 ずざ、と靴底を擦らせてから周囲を見渡せば――誰も彼もが、同じ目をしていた。
(「警戒、している」)
 それはきっと本能に近いものだろう、そう思えば理解は出来なくもない。
 だが、それも行き過ぎては好転する事態も悪化する一方だ。それを、人々に正しく理解してもらわなければならない。
(「まずは、そうだな」)
 何から切り出したものか、言葉を考えたシキは、程なくしてよく通る凜とした声で人々に向けて問い掛けた。

「――何故、桜を警戒する?」

 ざわ、と。人々の間にざわめきが走った。
 何故、って? それは――それ、は。
「当然ではないか、と言いたげな顔だな」
 シキは敢えて煽るような言葉を選ぶ。
(「桜が近くにいない今なら、本音を吐き出させガス抜きをしても問題はないだろうからな」)
 そんな、確たる思惑を抱いて。かくして人々は、一人また一人と言葉を漏らす。

「あ……ああ、そうさ! あいつは影朧だぞ!?」
「あんたたちこそ、どうしてあいつの肩を持つんだ!」
「あの娘が、どれだけの被害を出したと思って――」

 シキは目を細めて、それら全ての声を余すことなく聞いた。
 どれもこれも、理解は出来る。仕方のないことだとも思う。
 だが、それを知った上でなお、シキの意思は揺るがなかった。
「彼女は影朧だが、人に害を与える力はもう残っていない」
 人々が、顔を見合わせる。にわかには信じられないといった様子だった。
 だが――事実なのだ。粛々と、伝えなければならない。
「今の桜は、どこにでもいる女給と同じだ」
 今一度人々の顔を見回して、シキは人々にどうか冷静に考えて欲しいという願いを込めて、事実を告げる。
「それに先の騒動を知っているなら、超弩級戦力が桜を抑え込んだことも知っている筈だ」
 そう、人々は目の当たりにしたはずなのだ。猟兵たちが桜の『呪い』を上回り、打ち消して、完全に無力化させた――その、一部始終を!
「超弩級戦力さま、それは……そうですけど」
 不安が拭えぬものもいる、それは仕方がない。
 ならば、約束をしようではないか。

「俺たちがついている限り、彼女は人を傷付けないと――断言する」

 意見を異にするものどもに囲まれ、この堂々たる説得たるや。
 並の肝っ玉では到底叶わない。猟兵なればこそ――いや、シキなればこそ。
 凜と立つ人狼の姿に、人々は徐々に己の中で折り合いをつけていく。
「……もうひとつ頼みがあるのだが、良いだろうか」
 シキが人々に呼び掛けたのは――恐怖ではなく、正しい情報の伝播。
「納得してくれたなら、いまだ桜を警戒する他の者たちにも、桜に危険はない事と」
 桜の所業が知れ渡ったように、この話も広く伝わることを期待して。
「そして、超弩級戦力が対応する事を、伝えてもらいたいのだ」

 先の道行きはシキが上手くやってくれているはずである。
 ならば、この場は己が上手くやるべきであろう。
 トリテレイアは仰々しく、桜をかばうように立ち、人々へ恭しく一礼した。
「先の行動は、影朧の我が身に混乱きたした前後不覚によるもの」
「……っ」
 今やその脅威を失った桜ではあるが、それでも申し訳なさに口元を押さえる。
 人々も、険しい視線を向けるばかり。けれど、話はこれからだった。
「ですが、この女性は生前の主人への忠義果たしたい一心で、残り少なき時間を削り、漸く正気を取り戻されたのです……!」
 トリテレイアの声音に、ほんのりと情感が盛られたような気がした。胸部に当てていた手を広げる仕草も相まって、何だか人々は話術に引き込まれるような心地を覚える。
(「事実を述べているに過ぎないのですが、脚色ひとつでこうも変わるのですね」)
 そんなことを思いながら、トリテレイアはとどめを刺しに行った。

「ああ、どうか――この想い、汲んで頂けますか?」

 わっ、と。人々の間から今まで感じられなかった共感の声が上がった。
「そ、そんなに追い詰められていたなんて……」
「超弩級戦力さまが一緒なら大丈夫なんでしょう? ならお行きなさいな」
「しっかりお役目を果たして来いよ!」
 トリテレイアが『計画通り』なんていう顔をしていたかどうかはさて置き、桜の道行きはこれで相当風通しが良くなったに違いない。
 機械騎士にぺこりとお辞儀をすると、影朧の女給は再び歩き出そうとする。
 お送りします、そう告げて護衛騎士――トリテレイアは共に行く。

「小日向様」
「はい、何でしょう? 騎士様」
 それでも時折飛んで来る臆病者の石つぶてを造作なく払いのけつつ、言葉を交わす。
「お屋敷での最後の心残りと、出来事を覚えておりますか?」
「……、ええと」
 少し肩を竦めて、桜は呟いた。
「大きなお荷物が届いたんです、それをお運びしようと思って……その中には美味しい茶葉も入っていると聞いたものですから、一刻も早く荷を解きたかったんです」

 ああ、きっと。その大きな荷物を落としたか何かをして、不幸が連鎖して、結果的にお屋敷が壊れたのだろう。
「お屋敷が壊れてしまって、わたし……わたし、そこから本当に、覚えてなくて」
 瓦礫が後頭部にぶつかって、最終的に己が致命の被害を負ったなど。
 それは、理解しようにも出来ないというものだろう。
 トリテレイアは、何ということでしょうと言いそうになるのをグッと堪えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

氏家・禄郎
やれやれ、人が多い
大通りなら仕方がないか
ふむ……こういう時は「たまたまおいてあった」自転車を拝借して、桜君の傍に近寄ろう

「歩くのは疲れるだろう、よかったら乗っていったらどうだい」

まあ、二人乗りはそんなにうまくないけど
これなら、周囲から讒言も届かずに風のように勧めるだろう
ちなみにブレーキとかは壊れているんだよな

うん『事故』るね

まあ、いいじゃないか猟兵が転んだって
誰だって、ドジを踏み、その場に転ぶものさ
立ち上がる足があるならまた立てるものさ

そうだろう、桜君?
君も影朧とはいえ、二本の足と意志を持っているなら、もうちょっと歩けるはずだ、付き合うよ

ああ、名乗ってなかったね
「氏家・禄郎、探偵屋だ」



●上手い話はそうそうないけれど
「やれやれ、人が多い」
 そもそも影朧が恐ろしいならば逃げてしまえば良いものを、野次馬根性とは厄介だ。
 氏家・禄郎は大人なのでそれを口にすることはないが、嘆息はしてしまう。
「まあ、そもそもここは大通り。仕方がないか」
 人が集まった、というよりは、人通りが多いところで騒ぎを起こしてしまったというのが正しいのだとすれば、ここは早々に立ち去るのが筋であろうか。
「……ふむ」
 禄郎は、いつの間にか自転車を押していた。ダルマ自転車ではない、二人乗りができるハイカラモデルである。
「こういう時は、こんな風にたまたま置いてあった自転車を拝借して……」
 借りるだけだから、あとで返すから。そんな論法である。ひょいと軽やかに自転車にまたがると、人だかりの合間を器用に縫って大通りの中心に進み出た。
「……っ」
 大通りを、見守られているのか好奇の目に晒されているのか、はたまた敵意を向けられているのか――恐らくは、その全てがない交ぜになった人々の視線を浴びながら進む女給の姿。
 それを認めた禄郎は、すいと自転車で桜のそばに近付いて声を掛けた。

「歩くのは疲れるだろう、よかったら乗っていったらどうだい」
『え、え、よろしいのですか……?』

 桜からしてみれば、殿方と自転車の二人乗りだなんて、それこそ恋人同士でもないと許されない浪漫あふれるシチュエーションなのではと頬に手を当て赤面してしまう。
 禄郎はと言えば、その反応がなるほどねえという感じでとても初々しく、そして可愛らしくも思えてついニヤニヤしてしまう。
「まあ、二人乗りはそんなにうまくないけど」
 前もって断りを入れつつ、それでも良ければと改めて席を勧める。
 おずおずと、桜が横座りで後部の荷台部分に腰掛けたのを確認すると、禄郎は自転車のペダルを強く踏み込んで、大通りを走り出した。

『お、思ったより速いんですね!』
「そうだね、だからしっかりつかまっているんだよ」
 禄郎が漕ぐ自転車のスピードは実際相当に速かった。敢えてスピードを出したから。
(「これなら、周囲から讒言も届かずに、風のように進めるだろう」)
 先行した猟兵たちがどれだけ言葉を尽くして説得をしてくれたとしても、全ての人を納得させられるとは限らない。
 群集心理というもので、ひとたび桜を許す向きに傾けばこちらのものだろうけれど、それでも対立する意見がゼロになる訳ではない。
 事実、『何か』聞こえた気がした。
 思いきり自転車を漕いでいるから、全然聞こえないから、ノーダメージだけれど。

 速く。速く。もっと速く。
 目的地にまで送り届けてやったっていい。
 余計なことは届かせずに、このまま駆け抜けて――。

(「……マズいな」)
 己の行為に、後悔はない。
 ただ、同乗者に怪我をさせることだけは避けたかった。
 何の瑕疵もない自転車が、適当に放置されている訳がなかったのだと思い知る。
(「ギアもブレーキも、全然駄目じゃないか」)
 制御が効かぬほどに加速した自転車は、群衆のただ中に突っ込んでしまう前にスライディングさせて止めるしかない。
 敢えて、転倒する。咄嗟に身を捻って、桜を高々と放り上げて。
『きゃあ……!?』
 自転車が大通りをすごい勢いで滑っていくのを視界の端に収めつつ、禄郎は地面へと叩きつけられる。受け身は取ったが、痛いものは痛い。
 けれどもすぐに、己の真上に落下してくる女給はしっかりと受け止めた。

「……うん、『事故』るね」
『あああわわわ、大丈夫ですかー!?』
 禄郎の上にほとんど腰掛けるような格好になった桜が、あわあわと退こうとするが、焦ってしまってかえって動けない。そういう所は変わらないんだな、などと思う。
「まあ、いいじゃないか猟兵が転んだって」
 実際、大した痛みではないと禄郎は笑った。そばに落ちたハンチング帽をたぐり寄せる。
「誰だって、ドジを踏み、その場に転ぶものさ」
 帽子を己の顔に被せたのは、スカートの中を見ないようにするためか。
「腰から順に、焦らずゆっくりと立ち上がってごらん」
『えっと……あ! た、立てました!』
 アドバイス通りにした桜が、ついに立ち上がることに成功したのを確認した禄郎もよいしょと腰を上げた。

「そう、立ち上がる足があるなら、また立てるものさ」
『……!』

 自転車に乗っていたから分からなかったけれど、この猟兵の男は随分と背が高かった。
 思わず見上げてしまう桜に、禄郎はずれた丸眼鏡を直しながら語り掛ける。
「そうだろう、桜君?」
 こくりと頷く女給の小さな背を、ほんの少しの力で軽く押しやる。
「君も影朧とはいえ、二本の足と意志を持っているなら、もうちょっと歩けるはずだ」
 付き合うよ、と。
 笑った男に、女給が名乗り、そして問うた。

「あ、あの……私、小日向・桜って言います」
 超弩級戦力たちは、自分の名を知っていたようだけれど、自分からは名乗っていなかったから。
 意図を察した禄郎は、帽子を脱いで一礼した。
「氏家・禄郎――『探偵屋』だ」
 共に歩くひとの名を、互いに知って、幻朧桜の中を、堂々と往こう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

満月・双葉

【劇不味珈琲】
まぁ、気にしてもどうにもならない部分ではありますから

この無自覚タラシ!
桜さん、そいつプー太郎ですからね
ぶつぶつ言いつつプンプンアホ毛
あまりの自然なスキンシップにあんぐりしていると観衆からの投石などあればよけ損ねたりするかもしれない
僕も師匠が関わっている女だと思うんですがねぇ?
桜さんへの自然なスキンシップにジト目

師匠、真の姿にならずに神罰なんか使えましたっけ…?
帰ってきた言葉になぁんだと思いつつ
呪いだ何だってのも、そういう一面もあるのでしょうね
だから桜さん、大丈夫って思えば大丈夫になったりしますよ?
僕たちが居ますから安心してくださいね
落ち込みが見えたらば空気を和ますのも忘れずに


ミカエル・アレクセイ

【劇不味珈琲】
自分の理解の及ばないものを忌避し排斥する
それは人間の常であり防衛本能でもある
仕方のない話だ

まぁ安心しろ関わった女は守ってやる
その為に来たからな
桜を【鼓舞】しつつ肩を抱いて羽織っている着物の陰に隠すなどする
黙れクソガキ働け何見てんだ
そろそろアホ毛抜け
お前が見るのはま・わ・り、だ

暴言を吐いたり物を投げてくる不届き物が居たら睨みを利かせておく
威圧するのは慣れているんでな
弱ったと思った途端それか?
何処までも身勝手だな
お前らの大好きな神様からの呪いをかけてやろうか?

俺にそんなこと出来るかよ
雰囲気たっぷりに言っておけば箪笥の角に小指ぶつけて勝手にそう判断するだろ
空気を和ますのも忘れずに



●だいたいこの言葉に全てが集約される
 ――ミカエル・アレクセイ曰く。
「自分の理解の及ばないものを忌避し排斥する、それは人間の常であり防衛本能でもある――仕方のない話だ」
 猟兵たちの尽力によってこれでもだいぶ雰囲気は和らいできたのだが、完全に桜を温かく迎えるような雰囲気に変えられたかと言えば、それは厳しい。
 見守る視線ももちろん増えた。だが、少しでもおかしな様子を見せたら即座に糾弾してやろうと睨めつける視線も残っている。
 それから桜をかばい立てるように、満月・双葉も師の後ろからやって来て、桜のそばに立つ。
「まぁ、気にしてもどうにもならない部分ではありますから」
『……は、はい……』
 構っていてはキリがない、疲れてしまうだけだからと。
 ミカエルと双葉は再び怖じ気づきそうになっていた桜の左右に立った。

「まぁ安心しろ、関わった女は守ってやる。その為に来たからな」
「出た、この無自覚タラシ!」
 桜の肩を抱き、ばさぁと羽織っていた着物でその儚い姿を隠そうとすれば、その性根を良く知る弟子からの非難の声が飛んだ。
「桜さん、騙されちゃいけませんよ! そいつプー太郎ですからね!」
『プー太郎、ですか……?』
 アホ毛を唸らせ警告を発する双葉が言う『プー太郎』の意味が分からず小首を傾げる桜を、気にするなとばかりにより一層抱き寄せてミカエルが反撃する。
「黙れクソガキ働け何見てんだ、そろそろアホ毛抜け」
「抜……っ!?」
 あまりにも自然なスキンシップと、加えての暴言に思わず口をあんぐりさせてしまう双葉。そう、油断していた訳ではないのだ。こんな状況だったから、気付けなかったのだ。
「あ痛っ!」
 こつーん。大した痛みではなかったが、不意を突かれたものだから思わず声が出た。
 石つぶてを投げつけられたのだと理解した双葉がとっさに周囲を見渡せば、人々は一様に顔を見合わせるばかり。誰でもあり、誰でもない。つまりはそういうことだろう。
「……お前が見るのは、ま・わ・り・だ」
「……僕も師匠が関わってる女だと思うんですがねぇ?」
 仮にも護衛なのだから警戒を怠っていれば当然、と言わんばかりのミカエルに、双葉はジト目で言い返した。

 暴言を吐いたり、物を投げてくる不届き者がいるだろうことは予想できた。
 これだけの群衆に紛れれば、自分の仕業と分からぬように卑怯な言動に走る者もあろうと、伊達に長く生きていないミカエルには手に取るように理解できた。
 それ自体を責めようとは思わない――前述の通り、織り込み済みであるから。
 その代わり、相応の対処はしようと決めていた。これでも神様だから、慣れたもの。

「弱ったと思った途端それか? 何処までも身勝手だな」
「「「……っ!!」」」

 着物を翼のようにして、内側に桜を隠したまま、ミカエルは眼光鋭く言い放つ。
 人々は一瞬にして気圧され、息を呑み、そして萎縮する。
「何なら、お前らの大好きな神様からの呪いをかけてやろうか?」
 低い声音で言ってやる。ざわめきはあっという間に鎮まり、影朧と猟兵たちの道行きをただ見守る姿勢へと変わった。
「師匠、真の姿にならずに神罰なんか使えましたっけ……?」
 アホ毛をぴこぴこ、怪訝な表情で問う双葉に、ミカエルは面白くなさそうな顔で返す。
「俺にそんなこと出来るかよ」
 それを聞いた桜が、双葉と同じ不思議そうな顔で青年を見上げた。
 桜の視線に気付いたミカエルは、精一杯空気を和ませようと瞳を閉じ、薄く笑った。
「あんな風に雰囲気たっぷりに言っておけば、箪笥の角に小指ぶつけて勝手にそう判断するだろ」
 己に後ろめたいところがあれば、その実まったく関係ないことでも、非があるがためかと――『罰が当たった』と思い込むだろう、と。
 なぁんだ、と思いつつ。双葉はそれもそうかと珍しく師の言葉を受け止める。
(「呪いだ何だってのも、そういう一面もあるのでしょうね」)

 言葉の呪いに、心当たりがない訳ではない。
 今際の際に『生きろ』と言われた――あれは『願い』であったろうけれど。
 もしかしたら、自分にとっては『呪い』なのかも知れない。

(「気の、持ちよう」)
 双葉は誰にも気付かれないほどに少しだけ笑って、桜へと語り掛けた。
「ですです、だから桜さん、大丈夫って思えば大丈夫になったりしますよ?」
『大丈夫、ですか……』
 今までの自分はどうだっただろうと、桜は思う。
 またドジを踏まないかと不安がり、実際ドジを踏めば何とかしなければと焦り、どんどん泥沼へとはまっていってしまっていたような気がしてならない。
 前を見る。
 猟兵たちが切り開いてくれた、お屋敷への道のりがそこにある。
「僕たちが居ますから、安心してくださいね」
 励ましてくれる、双葉の言葉が頼もしい。
『……はい!』

 ――大丈夫。きっと、上手く行く。

 大通りを、影朧の女給は着実に進んでいった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

荒谷・ひかる


(全身こむらがえって痙攣してる姉を思い出しつつ)
姉さん……無茶をして……
仕方ありませんね、姉さんの意思は私が継ぎます。
ですから、どうか安らかに休んでいてください……
(※死んでません、本当に休んでるだけです)

【精霊さんのくつろぎ空間】を発動
桜さんは勿論、群衆をも巻き込んでリラックスさせ、落ち着いて判断及び行動できるように精神状態を整える
(群衆の対応そのものは他の人に任せる)

わたしは桜さんと手を繋ぎ、目的地へと向かう
道すがら彼女から話を聞き、気持ちに寄り添い「鼓舞」する

ちゃんとできるか、不安ですか?
……そうですよね。
でも、大丈夫。
今度は、わたし達がついてますから。
きっと、上手く行きますよっ!


御桜・八重


いつの世でも口さがない人たちはいるって、
わかっていても傷つくよね。
桜ちゃん、何とかしなくちゃ…!

「一番星、見ぃつけた♪」
こんな時は元気の出る歌だよ!
国民的人気アニメ、『魔法巫女少女 ごきげんしずちゃん!』の
EDテーマ『一番星に届くまで』。こいつはいいゾ!
桜ちゃんも知ってたら一緒に歌ってみない?
…多分に調子っぱずれなのは気にしない方向で。<音痴

『一番星 見つけた
 わたしの夢 見つけた

 星に祈れば 願いは叶う
 待ってられない そんなこと

 胸から溢れる このワクワクが
 止められない 止まらない

 走って 跳んで 手を伸ばす
 わたしだけの一番星に
 いつかこの手が届くまで』

叶えたい夢は、すぐそこだよ。



●誰も君をひとりにはさせない
 ユーベルコヲドの域にまで昇華された――されてしまったドジは、鍛え上げられた無敵の筋肉さえ屈服させた。
 そう、今ここに立つのは屈服した姉の代わりに務めを果たさんと舞い降りた乙女――荒谷・ひかる(精霊寵姫・f07833)である!
「姉さん……無茶をして……」
 ひかるは、安全なところで介抱されているであろう姉に思いを馳せる。
 今も恐らくはふくらはぎどころか全身こむらがえって痙攣している姉。
「仕方ありませんね、姉さんの遺志は私が継ぎます」
 そう言って、グッと拳を握りしめ、ひかるは桜のもとへと駆け寄った。
 ――ん? 待って、変換が!?
「ですから、どうか安らかに休んでいてください……!」
(「死んでませんー! 本当に休んでるだけですー!」)
 どこから切実な念が飛んできたような気がしたけれど、お構いなしであった。

 ほぼ同じタイミングで、御桜・八重も桜のもとへと向かっていた。
(「いつの世でも口さがない人たちはいるって、わかっていても傷つくよね」)
 現実は、厳しい。物語の世界ではめでたしめでたしで終わるような状況でも、実際に生きている世界に目を向ければ――それはあまりにも、残酷で、過酷。
(「桜ちゃん、何とかしなくちゃ……!」)
 だからこそ、自分がいる。
 理想を知り、願いを叶える力を持つ、自分たちこそが力にならず何とする。
 桜の乙女は、その名に恥じぬ決意と共に、大通りを駆けていく。

『……だいじょう、ぶ』
 影朧の女給は、教えられた言葉を胸に大通りを進む。
 幻朧桜が舞い散る中、己に向けられた視線は複雑だ。
 超弩級戦力が揃いも揃って見届けろというものだから、人々もそうしようという気勢に傾きつつはあるが――それでも、時折刺さるような視線を感じるし、胸に突き刺さるような言葉が聞こえてもくる。

 大丈夫。私は、大丈夫――だいじょう、ぶ。

 一歩、また一歩。
 己の足で、確かに目指すお屋敷へと進んでいく、けれど。
(『目眩が、する』)
 ずしり、と。桜は己の身体が重くなっていくのを感じた。
 あまりにも複雑に絡み合った人間の剥き身の感情に晒されて、平気でいろという方がどだい無理な話なのだ。
 身体だけではない、心までもが暗雲に飲まれていくような感覚に襲われた時だった。

「リラックス、リラックス♪」

 軽やかな声と共に、心地良い風が爽やかな香りと共に吹き抜けていった。
『……えっ?』
 弾かれるように顔を上げた桜は、文字通り目の前がすうっと開けていくような解放感に包まれる。
 風は桜だけに留まらず、大通りの人々の間をも余すことなく吹き抜けていき、同じような心身への癒しをもたらしていった。
 何が起こったのだろうと辺りを見回す桜の手を、たんっと舞い降りたひかるが取る。
「落ち着きましたか?」
 木の精霊さんと風の精霊さんがもたらした【精霊さんのくつろぎ空間(エレメンタル・リラクゼーション)】の効果は抜群、ひかるの問いにすっかり晴れやかな心地になった桜が、ひかるの手の温もりに微笑みながらひとつ頷く。
 確かな手応えを感じて、ひかるはそのまま桜の手をきゅっと握った。
 共に行こうと、並んで大通りの先を見る。
 左右に集まった人々の気配もまた、驚くほど穏やかなものとなっていた。

「一番星、見ぃつけた♪」

 反対側に、爽やかなそよ風に乗って八重もまた追いついた。
『皆さん、ごめんなさい……わたし、助けてもらってばかりで』
 伝わる優しさが、手の温もりが、自分には過ぎたもののようにさえ思えて。
 思わず謝ってしまう桜の顔を、八重は髪飾りを揺らして覗き込む。
「いい、桜ちゃん? こんな時は、元気の出る歌だよ!」
『う、た』
 お仕事中に鼻歌を歌う程度ならば分かるけれど、声を出して歌うなんて――。
「国民的人気アニメ『魔法巫女少女 ごきげん! シズちゃん』の第二期エンディングテーマ、『一番星に届くまで』。こいつはいいゾ!」
 人差し指を立てて曲名を告げた八重に、桜が大きな瞳を見開いて返す。
『いちばんぼし、みつけた……っていう』
「そう、それ! 桜ちゃんも知ってたら一緒に歌ってみない?」
『はい、懐かしいです……お嬢様が大変お好きで、私もよく一緒に見ていました』
 なら、決まり。そう言いたげに、反対側の手を、八重が握った。
(「……多分、調子っぱずれなのは気にしない方向でオネガイシマス」)
 内心、八重はガチガチに緊張しながらそう思った。ぶっちゃけた話、音痴なのは自覚している。けれど今は、きっと楽しく歌えればそれでいいのだから。
 そんな二人のやり取りを、ひかるは微笑ましく見守っていた。

 ♪一番星 見つけた
 ♪わたしの夢 見つけた

 国民的人気アニメのエンディングテーマを知る者は、人々の中にもたくさんいた。
 解きほぐされた心に沁み入るような歌声は、つられて口ずさむ者たちを生んだ。

 ♪星に祈れば 願いは叶う
 ♪待ってられない そんなこと

 ♪胸から溢れる このワクワクが
 ♪止められない 止まらない

 歌声は徐々に大きくなり、やがては大合唱へと。
 今や、大通りは歌声に包まれて、桜の背中を押すばかり。

 ♪走って 跳んで 手を伸ばす
 ♪わたしだけの一番星に
 ♪いつかこの手が届くまで

「……素敵な歌詞ですね」
 シズちゃん未履修のひかるは聞き手に回っていたけれど、そう率直な感想を述べる。
「ちゃんとできるか、不安ですか?」
 敢えて問うのは、その心に寄り添いたいから。応援してあげたいから。
『……まだ、少し』
 完全に不安を拭い去るのは難しいだろう、弱々しい笑みを浮かべる桜。
 そうですよね、とひかるは握った手を一度揺らして、言葉を紡いだ。
「でも、大丈夫。今度は、わたし達がついてますから」

 ――みんなが、いる。

 今までにも何度となく、そう励まされた。
 思い出して、目頭が熱くなる思いがした。
「叶えたい夢は、すぐそこだよ」
「きっと、上手く行きますよっ!」
 握りしめた両手が、どうしようもなく温かい。
 拭えずにこぼした涙は、決して嘆き悲しんでのものではなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エスターテ・アレグレット

ま、あれだけ大暴れ(?)したわけですし、そもそも影朧って時点で奇異の目にさらされるのは当然っつーか?
……あー、僕あんまし人を励ましたりとかむいてないんすよねぇ……。
「っつーわけで、フレッドくんよろしくっす!」
むんず、とペンギンのぬいぐるみを掴んで取り出す。

コミュ力があって独特な口調で喋るフレッドくんに、桜くんのこと励ましてもらって、かつ桜くんに悪意をぶつける輩にはその口調で牽制してもらう作戦。
そうすれば、僕は楽ができr…もとい、桜くんの護衛に専念できるってもんすよ。

(桜くんに)
まー、僕みたいにとは言いませんけど、物事はこんくらい気楽に考えてたほうがいいっすよ?


ジャック・スペード


敵意や悪意への対処は得意じゃない
ので、影朧の側を歩いて話し相手を

とはいえ……
俺だけじゃ間が持たないかも知れないな
キティーズを召喚して
賑やかに街中を歩いて行こう

薇仕掛けの彼らは人懐っこいので
桜にも物怖じせず戯れつくだろう
彼等があんたの良い友になれると良いが

それでも視線が気になるときは
キティーズのうち何体かを
見物人の元へと向かわせよう
少し構って貰って来ると良い

ーーああ、そういえば俺も昔
仕えていた国から、棄てられたんだ
帝も国も既に滅びてしまったので
再び奉公することは叶わないが

桜には、こうしてチャンスが訪れた
せめて悲願を果たせるよう
目的の地まであんたを護ろう
昔の主人に今度こそ、認めて貰えるといいな



●不器用なメンズなりのやり方がここにある
 猟兵たちの尽力は、ついに人々の心をほぐすことにほぼ成功した。
 あとは、最後まで油断なく桜をお屋敷まで送り届けるのみである。
(「ま、あれだけ大暴れ(?)したわけですし、そもそも影朧って時点で奇異の目にさらされるのは当然っつーか?」)
 ――なんて思っていたエスターテ・アレグレットだったけれど、今となってはもう桜に対して悪意をぶつけるような輩のことは心配なさそうだと知って、くしゃりと頭を掻く。
 視線を隣に向ければ、佇むジャック・スペードの巨躯があった。
(「敵意や悪意への対処は得意じゃない――ので、この状況は助かったと正直に思う」)
 顔を見合わせれば、どこかぎこちない笑顔で明後日の方向を見るエスターテが。
「……あー、僕あんまし人を励ましたりとか、むいてないんすよねぇ……」
 対するジャックもまた、おもむろにその場にしゃがみ込むと、地面に手を差し伸べた。
「俺も、……俺だけじゃ間が持たないかも知れないのでな」

 ――ぽん! ぽん、ぽん! ぽんっ!

 ジャックの掌から不思議と飛び出して来る、ぜんまい仕掛けの愛らしいトランプ兵が、いち、にい……うーん具体的に言うと八十七体!
 ぴょんこぴょんこと飛び跳ねながら、先立って桜の足元へとわいわい集まっていく。
「薇仕掛けの彼らは見ての通り人懐っこいので、桜にも物怖じせず戯れつくだろう」
 見ての通りであった。不思議なトランプ兵たちに囲まれた桜は、あらあらまあまあと周囲を見回して笑顔をほころばせた。
 それを見たエスターテは、なるほどといった顔で自らも鞄に手を突っ込んで――。
「っつーわけで、フレッドくんよろしくっす!!」
 こちらも助っ人召喚である、むんずと掴まれて飛び出したのはペンギンのぬいぐるみ『フレッドくん』であった。
 エスターテのお供らしく海賊帽を被った愛らしいペンギンぐるみのフレッドくんは、外界に解き放たれるや否や、そのくちばしをぱかりと開く。

「ふとんがだっふんだ! 呼ばれて飛び出てフレッドくんやで!」
「寒い駄洒落はいいから! あの桜くんを励まして欲しいんですってば!!」

 コミュ力にあふれ独特な口調で喋るフレッドくんに託すことにしたエスターテは、一抹の不安を覚えながらもジャックに続いて桜のもとへと向かったのだった。

 わいわいきゃっきゃと、ネジ巻きキティーズの行進は順調。
『この子たちも、皆さんのお力で生まれたものなんですね』
 微笑ましいものを見る穏やかな瞳で桜がそう問えば、ジャックは頷く。
「こうして賑やかに街中を歩くのも悪くないと思ってな」
 ――彼等が、あんたの良い友になれると良いが。
 ぴょいぴょいと飛び跳ねるキティーズのうち一体を掌で受け止めて、桜はそれを答えとしてみせた。持ち上げて目線を合わせれば、その愛らしさにまた笑みが漏れる。
「いや~、みんなでにぎやかに歩くの楽しいなぁ。どうや桜ちゃん、具合悪いとことかあらへんか?」
 こ、これは……! どことなく柔らかくて人当たりのいい口調……! そしてさり気ない気遣いができる前評判通りの圧倒的コミュ力……!
(「ふっふっふ、そうでしょうそうでしょう。フレッドくんに任せておけば僕は楽ができ……もとい、桜くんの護衛に専念できるってもんすよ」)
 フレッドくんを掲げながら、さり気なく本音を漏らしそうになるエスターテ。無論、宣言通り護衛の仕事は抜かりない。
 万が一、この期に及んでまだごちゃごちゃ言ったりやったりする輩がいるならば――。
(「その時は、フレッドくんに口撃してもらうっすよ!」)
 結局フレッドくん任せかーい!!
『ペンギンさんも、ありがとうございます。おかげさまで、大丈夫です』
 トランプ兵を掌に乗せたまま、桜は微笑んで返す。驚くほど、穏やかな顔をしていた。
 キティーズは桜に構ってもらうだけでは飽き足らず、周囲の人々のそばに寄ってキャッキャし始めた。あら可愛い、と温かく迎え入れられる様子に内心ジャックは安堵する。

 何やかやで、ついに大通りも終点が見えてきた。少し細まった路地に入ってしばらく行けば、桜が目指すお屋敷の住所にたどり着く。
「――ああ、そういえば」
 ふと、ジャックが天を仰いで呟いた。
「俺も昔、仕えていた国から、棄てられたんだ」
『……っ』
 あまりにも淡々と言うものだから、かえって突き刺さるようで。
 主に切り捨てられた影朧の女給は、弾かれたように顔を上げた。
「帝も国も既に滅びてしまったので、再び奉公することは叶わないが」
 けれども、そう述懐するくろがねの紳士は、しっかりと己を持って立っている。
 その強さは、どこから来るんだろう――そう、桜が思った時だった。
「あんたには、こうしてチャンスが訪れた」
『チャンス……』
 そう、歪な形ではあるけれども、桜は今ひとたび主へ仕える契機を得た。
 ならばせめて、その悲願を果たせるよう。
 ――目的の地まで、あんたを護ろう。
「昔の主人に今度こそ、認めて貰えるといいな」
『……は、はい!』
 心なしか頬を紅潮させて、桜が返事をする。
「ええ返事や、応援してるで!」
 お手々をたしたしさせて声援を送るフレッドくんを掲げつつ、エスターテも緩く笑う。
「まー、僕みたいにとは言いませんけど」
 のらりくらりと生きてきた、ような気がする。
 言わねば分からぬ障害を抱えてもいるといえばいる。
 けれど、人生は割とどうにかなるものだと、エスターテは知っているから。

「物事は、こんくらい気楽に考えてたほうがいいっすよ?」

 大丈夫。なんとか、なる。
 大通りを抜ければ、いよいよお屋敷は目前なのだから。
 あとひと息、この賑やかなパレヱドの終点まで歩こう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ティオレンシア・シーディア


…いや、うん。影朧がどーとか以前に、さっきまでの破滅的なアレコレ見てればこの反応は至極当然なのよねぇ…
(あたしも何も知らなかったら多分似たよーな反応するし)
あたし慰めるとかそーゆーの正直苦手なんだけど…どーしたもんかしらねぇ…

えー、と。あの無茶苦茶なドジ体質は消え…消え、た?消えた…ハズ、よねぇ?正直さっきの目の当たりにした後だと半信半疑というか三信七疑くらいなんだけど。
なら…予行演習でもしてみる?コーヒー淹れるのはともかく、運ぶくらいなら練習できるでしょ。
あとは…ソーン(慎重)にイサ(安定)、も一つギューフ(精神の充足)。
呪い以外でトチったら、さすがに多分もう本気で立ち直れないものねぇ…



●最後の試練、そして祝福
 結論から言おう。
 小日向・桜は、無事に群衆ひしめく大通りを抜けることに成功した。
 ならば、他に猟兵たちがなすべきことは?
 ――まだ、あるとも。

『……』
「……」

 ティオレンシア・シーディアは、桜を前にして内心で唸っていた。
(「……いや、うん。影朧とかどーとか以前に、さっきまでの破滅的なアレコレ見てれば、ああ反応されても至極当然なのよねぇ……」)
 ――あたしも何も知らなかったら、多分似たよーな反応するし。
 なんて、ぶっちゃけた感想まで抱いてみたり。
 さてはて、この娘を本当にこのままお屋敷まで行かせても良いのだろうか?
『あ、あの……』
(「あたし慰めるとかそーゆーの正直苦手なんだけど……」)
 大丈夫です、こうして来て下さっただけで十分です。
「どーしたもんかしらねぇ……」
 蕩けるような甘い声に、桜が一瞬驚いたようにも見えた。

 取り敢えず沈黙を続けていても始まらない、ティオレンシアは問い掛けてみた。
「えー、と。あの無茶苦茶なドジ体質は消え……」
『……』
 ここで桜が元気良く『はい、きれいさっぱり消えました!』と断言できたなら良かったのだが、当の本人が今ひとつそう言い切れないので、ティオレンシアも変な汗をかく。
「消え、た? 消えた……ハズ、よねぇ?」
『……た、多分……はい……』
 漫画のように左右に素早く身体を揺らして、桜の身体を舐めるように見る。勿論、見た目では何とも言えないので、桜も申し訳なさそうに小声で答えるより他になく。
 うーーーーむ、と。ティオレンシアは顎に手を当て思案する。

(「正直、さっきの目の当たりにした後だと、半信半疑というか三信七疑くらいなんだけど」)

 相当に疑われていた――!!
 そんな気配を感じ取った桜は、スカートの裾をきゅっと握って俯いてしまう。
 けれども決して、ティオレンシアは桜の行く手を阻むために来た訳ではない。
 むしろその逆、背中を押してやるために来たのだ。
「なら……予行演習でもしてみる?」
『えっ……』
 バーテンダーの女の手には、いつの間にか水筒が。
 中身は温かいコーヒー、それを蓋代わりのコップに注ぐ。
「コーヒー淹れるのはともかく、運ぶくらいなら練習できるでしょ」
 はい、とコップを差し出すティオレンシアから、それを受け取るのを一瞬躊躇する桜。
 けれども意を決したように、コップを手にして、お屋敷の方を向いた。
「あとは……」

 慎重に――thorn。
 安定を――is。
 そして精神の充足を――geofu。

 刻むルーンは、女給への餞として確かに力を与える。
 事実、桜は確かな足取りで、コーヒーをこぼすことなく進んでいる。
 ティオレンシアは安堵すると同時に、当然の結果だとも思う。だって――。
(「呪い以外でトチったら、さすがに多分もう本気で立ち直れないものねぇ……」)
 まったくもってその通りであった。幾多の猟兵たちの支えがあって、小日向・桜はその本懐を遂げようとしている。
 そうでなかったら――多分、きっと、どうしようもなく駄目だっただろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『彩る泡の傍らに』

POW   :    甘味も頼む

SPD   :    軽食も頼む

WIZ   :    今日のお勧めも頼む

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●その名は『如月の揺籃』
 レトロな雰囲気を漂わせるお屋敷は、桜の記憶通り、確かにそこにあった。
 一度は壊してしまったけれど、ああ――建て直されたのだと、そう信じた。

『……あ、れ』

 何やら、雰囲気がおかしい。
 おかしいというか、自分の知る『それ』ではない。
 人が日常を過ごす場所ではなく、人を迎え入れてもてなす場所の気配がした。

「ようこそいらっしゃいました、小日向・桜さん」
 状況を理解できずに周囲を見回すばかりの女給に、穏やかな声が掛けられる。
 見れば、壮年のギャルソンエプロン姿の男性が微笑みを湛えて、開かれた門扉の前に立っていた。そう、何故お屋敷の門扉が、常に開かれているのか?
「ここは、旧如月邸。現在は、カフェー『如月の揺籃』として運営されております」
『カフェー……に? そ、それでは、お屋形様は……っ』
 男性は一度目を閉じ、そして開いて桜を見据えて、告げた。

「貴女がお仕えした当主は、先々代にあたります。如月家が名家と呼ばれていたのも昔の話、今は人よりほんの少しばかり財を残されただけの存在です」

 桜が落命して過去の存在となり、そして骸の海から傷ついた影朧としてよみがえるまで、どれだけの時間が流れただろう。
 お屋敷は建て直せるが、人の命は戻らない。時の流れに抗えず老いて人は世を去り代を変えて、それでもなお桜の思い出の地は残されていたのだ。
『そん、な。では……私、は』
「如月家に、代々伝えられてきた言葉があります」

 ――いつか、小日向・桜という女給が戻ってくることがあれば。
 ――どうか、温かく迎えてやっておくれ。

 桜は瞠目する。それがもし、遂に最期まできちんとお仕えすることが出来なかった、自分を見放したと思っていた主の遺言なのだとしたら。
 何と、何ということだろう。
「さあ、桜さん」
 男性は――現如月家当主にしてカフェーのオーナーは、お屋敷を改装した店内へと女給を迎え入れる。
「如月家一同、今こそ約束を果たす時。どうぞ、存分に腕を振るって下さい」
 女給は、一歩を踏み出す。自分こそ、本懐を果たす時だと。

●ご案内
 カフェー『如月の揺籃』は、由緒正しき大正世界のお屋敷の雰囲気をそのまま残したまま、コーヒーや紅茶にデザート、軽食をお供に穏やかなひと時が楽しめます。
 けれど一番の名物は『クリームソーダ』。売れ筋代表はメロンやスミレ、イチゴですが、リクエストをすれば皆様好みの色と味で提供してもらえます。お任せも歓迎です。
 小日向嬢は、皆様のおかげでもうドジを踏むことはありません。安心して給仕を任せて、お好きなように『如月の揺籃』でのひと時を過ごして下さい。
 声を掛ければ、小日向嬢が反応します。お気軽に声を掛けてあげて下さい。
(グリモア猟兵のニコは、最後まで転移に専念しますので登場しません)

 女給としての仕事を全うしたいという小日向嬢の願いを、どうか果たさせてあげて下さい。最後の大舞台、よろしくお願い致します。
栗花落・澪
◎/連携歓迎

ここはやっぱり紅茶にケーキ…いやでもなぁ…

むむむと悩みつつ
ん、よし決めた
クリームソーダで、アップルフレーバーって出来ます?
僕林檎が1番好きなんだよね

待ち時間は相席がいれば雑談を
いなければ働いてる小日向さんの様子を眺めてようかな

小日向さん
ふふ、よかったね
今の小日向さん、すっごく輝いてるよ
僕は栗花落澪
気軽に澪って呼んでくれて構わないから

これ、お守り代わりに一つあげるよ
★Candy popから飴を一粒
お仕事中は食べれないかもだけど
適度な甘いものは集中にも息抜きにもいいから

んー、美味しい♪
爽やかな炭酸と林檎の甘みが飲みやすくていい感じ
雰囲気もお洒落で気に入っちゃったかも

…本当に、良かった


氏家・禄郎

コーラなどにバニラのフレーバーを足したものと思っていたら、帝都ではアイスが乗ったメロンソーダだってことを忘れていたよ。

クリームソーダにささったストローを行儀悪くぶくぶく吹いた後、推理といこう

そもそも桜君は影朧になる前から弩級のドジとはいえ屋敷が崩壊するのは普通じゃない
おそらくは彼女がユーベルコヲドを無意識に使っていたのだろう
知らないがゆえに使いこなせなかった

ご主人も、周囲の体面と頭を冷やす意味で一度、暇を出してほとぼりが冷めたころに呼び戻すつもりだったんだろうね
遅かったけれど……今、ようやく終わったというところだ

という感じで顛末を考えてるけど、君はどうかな?
(他の猟兵にも話を振ってみる)



●林檎とメロンと推理と飴玉
 一見すればいつも通り舞い散る幻朧桜が見えるものだから錯覚しそうになるけれど、冬のサクラミラージュは当然、寒い。
 故に素敵なお庭のテラス席も此度はお預け、超弩級戦力たちは玄関を入ると階段広間を抜けて、応接間へと通される。
 丸テーブルを囲むように、座り心地の良さそうなチェアーが四脚。その組み合わせが三つ、こぢんまりとした内装であった。
 高級住宅街に佇む隠れ家カフェーとして知る人ぞ知る名店になった旧如月邸――今は『如月の揺籃』と呼ばれるそこは、暖炉の火も暖かく客人を迎えてくれる。

「ここはやっぱり紅茶にケーキ……いや、でもなぁ……」
 お品書きと難しい顔でにらめっこする栗花落・澪のテーブルに、桜とは別の女給がやってきた。まだ注文が決まっていないのに、どうしたことだろうか。
「お客様、恐れ入ります……相席をお願いしてもよろしいでしょうか?」
 見れば、他の席は団体様で埋まっており。聞けば、別のおひとりさま猟兵が来店したので、同業のよしみということでと澪に打診をしたのだった。
「もちろんです、どうぞ!」
 それに澪が花の笑顔で応じれば、女給はぺこりと一礼して立ち去って、やがて階段広間から一人の男性を案内してきた。
「……あ」
「どうも、お言葉に甘えてご一緒させてもらうよ」
 ステンコートとハンチング帽を脱いで挨拶をしてみせる男は氏家・禄郎。澪とは向かい合う席を引かれ慣れた所作で腰掛けながら、自らもお品書きを手に取った。
「えっと、はじめまし……て?」
「そうだね、私は氏家・禄郎。『探偵屋』というやつでね」
 こうして面と向かって話をするのは初めてのはず、ならばと礼儀として挨拶を交わす二人。まずは男が名乗り、少年――そう、少年が返す。
「僕は澪、栗花落・澪……です」
 見るからに年長の禄郎に丁寧な口調で名乗りながら、澪は再び思案する。
 こんな瀟洒なカフェーならば、香り高い紅茶と美味しいケーキを堪能したい。
 けれど『名物』があると聞かされては、どうしてもそちらに気を取られてしまう。
「成程、コーラなどにバニラのフレーバーを足したものと思っていたら」
 一方、向かいの席では禄郎が頬杖をつきながらお品書きをめくりつつ、何やら一人納得したように呟いていた。
「帝都では、アイスが乗ったメロンソーダだってことを忘れていたよ」
 そう、禄郎は英国ハーフの帰国子女。『あちら』でそれなりの時を過ごしたこともあり、こうした言葉の定義の違いを体感することも少なからずあるのだろう――今のように。
「やっぱり、クリームソーダにすべきですよね? せっかく名物だって言われてるんですし!」
 むむむと考えに考えた末、遂に行き詰まってしまった澪が、しかし禄郎の声に弾かれたように身を乗り出してそう問い掛けた。
 アイスが乗ったメロンソーダ、という具体的なワードが澪の背中を押したのだ。
 ああ、魅惑のクリームソーダ! しかも好きなフレーバーが選べるだなんて!
「……迷いは、晴れたかい?」
 頬杖をついた男は食えない笑みを浮かべ、己はもう決めたとばかりにお品書きを開いたまま、澪を見た。
「はい、せっかくですから!」

 すみませーん! と元気良く澪が手を挙げれば、姿を見せたのは――桜だった。
 転んだり何かを壊したり、そういった様子を一切見せずテーブルまでやって来たのを安堵の表情で迎えながら、二人は注文を伝える。
『お待たせしました! お決まりですか?』
「うん、えっと……クリームソーダで、アップルフレーバーって出来ます?」
 果物の中では林檎が一番好きなんだ、と。弾む声で問う澪に、桜は少しだけ『えっと』という顔になるも、すぐににっこり笑って答えた。
『はい、大丈夫です! 優しい黄金色に、バニラアイスとさくらんぼが良く似合います』
 商品の案内もすらすら、何と頼もしいことか。
「やったあ、じゃあ僕はそれで! 氏家さんは……」
「私は、定番のものでお願いしよう」
 折角だからね、と禄郎が指さしたのは由緒正しきメロンソーダ。
 桜はメモを取ると、少々お待ち下さいと元気良くお辞儀をして去って行く。
「林檎ねえ、良いオーダーだ。成人したら、是非サイダー……シードルと言った方が通りが良いかな? そちらも飲んでみるといい」
「シードル、ですか?」
 端的に言えば、林檎の発泡酒。アルコール度数も低く、入門にはうってつけ。
 いつの日かきっと、眼前の少年も気に入ってくれるだろうと。

 やがて桜が、それはもう堂々たる足取りで、銀のトレイに二つのクリームソーダを乗せて澪と禄郎の元へと再びやって来た。
『お……お待たせ致しましたっ!』
 若干緊張した様子こそ抜けないが、それでも持ち前の元気の良さはピカイチ。そうっと二人の前にそれぞれ注文の品を置き、思わずふうと息を吐く。
「ありがとう、桜君」
「すっごく美味しそう! ありがとう、小日向さん」
 翠と黄金、二つのサイダーの上には、こんもり大きなバニラアイスとさくらんぼ。
 労いの言葉に照れ笑いを浮かべる桜に、澪は少しだけならと話し掛ける。
「小日向さん」
『は、はいっ!』
「ふふ、よかったね――今の小日向さん、すっごく輝いてるよ」
 そう言って笑う澪の笑顔もまた晴れ晴れしい、心から桜を祝福するが故に。
「僕は栗花落・澪。気軽に澪って呼んでくれて構わないから」
『そ、そんな! 下のお名前をだなんて、恐れ多くって……』
 何しろ桜は猟兵たちに驚くほど世話になった身、はい分かりましたで気軽に呼ぶのは、少しばかり躊躇われるのも無理はない。
「桜君、折角の好意だ。遠慮することはないよ」
『氏家様まで!』
 先に自己紹介を済ませていた二人のやり取りをにこにこと眺めながら、澪は可愛らしい小瓶から虹色の包装紙にくるまれた飴玉を取り出し、桜へと差し出す。
「これ、お守り代わりに一つあげるよ」
『あ、飴玉ですか……?』
「そう、チップだと思って受け取って欲しいな」
 澪はそれらしい言葉を添えて、桜から抵抗を拭いつつ、言い添える。
「お仕事中は食べられないかもだけど、適度な甘いものは集中にも息抜きにもいいから」

 ――もしも、調子が崩れそうな時。
 ――きっと、桜を守ってくれる飴。

『はい……ありがとう、ございます……!』
 心遣いを嬉しく思いながら、恐る恐る飴玉を受け取り、大事そうに胸元でぎゅっとする桜。そうして、深々とお辞儀をした。
『どうぞ、ごゆっくりお楽しみ下さいませ!』

 クリームソーダに刺さったストローをくわえて、お行儀悪く泡をぶくぶく吹く禄郎。
 それを全く意にも介さず、念願の林檎フロートを一口、幸せそうな顔の澪。
「んー、美味しい♪」
 爽やかな炭酸と、林檎の甘みが飲みやすくてたまらない。イイ感じである。
「……で、氏家さん?」
「ああ、『推理』といこう」
 ずず、と。一度は吹いた泡を今度は吸って、禄郎は本題に入った。
「そもそも桜君は影朧になる前から弩級のドジとはいえ、屋敷が崩壊するのは普通じゃない」
 うんうん、と頷く澪。確かに、屋敷一つ破壊してしまうというのは尋常ではない。
「おそらくは、彼女が『ユーベルコヲドを無意識に使っていた』のだろう」
 澪がクリームソーダを啜るのを止め、顔を上げた。
「……知らなかったから?」
「そう、使いこなせなかった」
 入れ替わるように、禄郎がメロンソーダを吸い上げる。少しばかり下がる水位に合わせ、沈んでいくバニラアイス。
「ご主人も、周囲の体面と頭を冷やす意味で、一度暇を出して……ほとぼりが冷めたころに呼び戻すつもりだったんだろうね」
 そこで二人は、別のテーブルで客とやり取りをする桜の姿を遠目に見た。
 やることなすことことごとくしくじる女給の姿は、もうどこにもなかった。

「遅かったけれど……今、ようやく終わったというところだ」
 君はどう思う? と言外に問われた気がして、澪は禄郎を見る。
「……本当に、良かった」

 真相は、誰も知らない。
 禄郎が語ったのは、あくまでも探偵屋なりの推理に過ぎず。
 答え合わせをしようにも、事件の当事者たちは既に過去のもの。
 けれども二人は思うのだ、桜が幸せな結末であれば――それで、構わないと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント

コーヒーを飲みながら桜の様子を観察する
失敗をするようならフォローをと思っていたが心配は無用だな
最初に見た時とは別人のようだ、手は出さず見守るにとどめておく

そういえば、名物はクリームソーダだったな
甘い物は嫌いじゃない、追加でオーダーしてみるか
味と色は任せる
バランスを崩しやすい背が高い器でも、今の桜ならしっかり運んでくれるだろうと信じて

桜には邪魔をしない程度に話しかける
この店の料理や飲み物が美味いだとか、雑談で桜の緊張もほぐれるかもしれない
…と、こちらの仕事の為にもなるだろうが
ここが良い店である事も桜の頑張りへの感謝も世辞などではなく、偽りない本心だ

おかげで良い時間を過ごさせてもらった
ありがとう



●空色のありがとうと、さようならを
『あの、本当に……お世話になりましたっ』
 シキ・ジルモントがオーダーしたコーヒーを給仕するという大仕事を、つつがなく終えて見せた桜が深々とお辞儀をしながらそう感謝の言葉を口にした。
 ああ、最初に見た時とはまるで別人のようだと。シキは立派に女給としての仕事をこなすようになった桜を見てしみじみ思う。
「気にしないでいい、俺は引き受けた仕事をしたまでだ」
 素っ気ない風な言葉も、柔らかな笑みと共に紡がれれば温かく染み渡るよう。
 すっかり笑顔になった桜は、再び一礼してぱたぱたと下がっていった。

 ――やらなければならない事があるんだろう?

 問うた己を思い出す。あの時は確かに、コーヒーを淹れれば片っ端からぶちまけて、挙げ句何故かソーサーまで飛ばしてくる有様だったけれど。
 今こうして、活き活きと本懐を遂げている桜の様子を、無事に運ばれてきたコーヒーカップを手にしながら見守っていると、大通りで大衆相手に立ち回った甲斐があったと思い知る。
(「信じてはいたが、ここまで上手くいくとはな」)
 他の席へも注文の品を運び、客と談笑する余裕さえ見せる桜。
 万が一失敗をするようならばフォローを、とも思っていたが、どうやらその心配は無用らしい。
 安堵のため息ひとつ、カップを口に付けて中身を一口啜って、シキは目を開いた。
「……美味い」

 伊達に立地だけで売っている訳ではないということか、出される品まで一級品ということが分かった『如月の揺籃』のコーヒーは、あっという間に飲み終えられた。
(「何だこれは……爽やかな酸味と苦味が絶妙に絡み合って、気がつけば飲み終わってしまっていたぞ……」)
 多分にこれは、パンケーキなどと一緒に飲んでも相性が良さそうだ。
 単独で飲んでも勿論美味しいし、口当たりがあまりにも良いものだから、このようにあっという間に飲み終えてしまうけれど。
 想像以上にコーヒーを瞬殺してしまったものだから、シキは何か追加でオーダーをと考え、念のため下げずに置いておいてもらったお品書きを開く。
「そういえば、名物はクリームソーダだったな」
 何というか、最初の注文をコーヒーにしたのは好みもあるし、何となく初対面の時のリベンジもほんのりあったけれど、シキはこう見えて甘いものは嫌いではなかったから。
『はい、ただいま参ります!』
 すいと手を挙げたのを即座に桜が確認して、すぐにシキの元にやってきた。
「追加でクリームソーダを頼めるか? 味と色は……任せる」
 お任せ、の言葉に桜が一瞬目をまあるくして――。
『かしこまりました、では……楽しみにしていて下さい!』
 ああ、やはり――この娘には、笑顔が似合う。
 今の桜なら、クリームソーダの器のようなバランスを崩しやすい背が高い器でも、しっかりと運んでくれるだろうと、全幅の信頼を寄せるシキであった。

 空になったカップは下げられ、お冷やのお代わりで間を持たせる。
 からん、と氷を鳴らしながら、果たしてどのようなクリームソーダがやって来るのかとほんのり楽しみに待ちわびていたら――確かな足取りで、桜が『それ』を運んできた。
『お待たせしました、えっと……ブルーキュラソーっていいます』
 トレイからふるふるとテーブルへ移されたクリームソーダの色は、濃い青というよりは透き通る爽やかな空色をしていた。
「……こんな色のクリームソーダもあるのか」
『はい、猟兵様の……瞳のお色が、とても印象的でしたので』
 シキの、色素の薄い青の瞳。
 混乱してただ騒ぎを起こすばかりだった己を、落ち着けとたしなめてくれた瞳。
 桜は、それを強く覚えていたのだ。
「……ありがとう、早速飲んでも?」
『もちろんです、お味も是非!』
 見た目は青いが、あまり食べ物で青から連想される味というものが思いつかない。
 ――だから今ここで確かめて、そして桜に感想を伝えたいと。

「……」
『……(ごくり)』

 ちゅう、と吸い上げられる空の青。口内には、瓶詰めのラムネのような懐かしい味が広がった。
「……美味いな」
『ありがとうございます、良かった……!』
 実際にクリームソーダを作ったのは店主の男性で、桜はシキのイメージを全力で伝えただけなのだが、それでも気に入ってもらえたならば嬉しいものだ。
「最初に頼んだコーヒーも、本当に美味しかった。あっという間に飲み終えてしまってな、何か食事と一緒に頼めば良かったかと思ってしまう位だ」
 この程度なら邪魔にはなるまいと加減を見極めつつ、桜に話し掛けるシキ。
『えへへ、わかります! 私もお給仕に入る前にお勉強で飲ませてもらったんです、あっという間でした!』
 サンドイッチやパンケーキと一緒に頼まれる方が多いそうですよ、なんて。
 嬉しそうに話す桜は、もうすっかり緊張もほぐれた立派な女給だった。

 ――この時間が、ずっと続けば良かろうが。
 ――望みを果たし終えたその先に待つのは。

(「……こちらの『仕事』の為にもなるだろうが」)
 忘れてはいない、いないが。
 このひと時はシキにとって、間違いなく。
(「ここが良い店である事も、桜の頑張りへの感謝も」)
 自分のためにと頼んでくれたクリームソーダの一口一口が、染みいるようで。
 名残惜しくも最後の一口を飲み終えて、その懐かしい甘さを噛みしめながら席を立つ。

「おかげで、良い時間を過ごさせてもらった――ありがとう」
 これは、お世辞などではなく、シキの偽りない本心。
 それが伝わったからこそ、桜はほんの少しだけ泣き笑いのような顔で、見送ったのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

満月・双葉

【激不味珈琲】
クリームソーダ…オレンジジュースで出来ますかねぇ…?
名物だって言われてんですから師匠も飲んだら如何ですか
珈琲以外飲んだら死ぬ病にでもかかっているんですか???
あまりにも女扱いされないので普段以上に口も悪くなる
なんだ胸がないからなのかそうなのか…!
いや別にそう見られたい訳では無いですがこう、落差が酷い…!
(荒ぶるアホ毛)
思春期の女ですよ!シシュンキ!

桜さんが近くに来れば仕事の邪魔をしない程度に
たとえ結果が如何であれ、頑張る姿が素敵だと思いますよ
存分に楽しんでくださいね?


ミカエル・アレクセイ

【激不味珈琲】
頑張る女は綺麗だな…?
クソガキ、お前は……
(褒めそうになってそっと目をそらす
弟子を甘やかしては……際限がなくなるから……)
……足りんな
珈琲を頼めば弟子が文句を言っているのでコーヒーフロート的な物があるか聞く
喧しいなクソガキ、そんな病あるかよ
…ぁぁ、反抗期か…いつもと変わらなくないか?
(ガキに翻弄されるほどやわでは…)


まぁ、家ぶっこわしても建て直してやるから安心して満足の行くまで働け
そうして次はそうだな…またドジっ子にでも生まれ変わってこい
それもお前の魅力だと俺は思ってるから



●ありのままの君で、いつかまた
 満月・双葉は、お品書きをざっと見て――それから桜にダメ元でと思いながら尋ねた。
「クリームソーダ……オレンジジュースで出来ますかねぇ……?」
 呼ばれてやって来た桜は、それを聞いて少し考え込む。ああやはりダメかと、双葉が諦めてお品書きの中から大人しく選ぼうと思った時、返事が聞こえた。
『えっと、オレンジソーダで作れるのと、濃いめのオレンジジュースにソフトクリームを乗せるのも出来たはずです!』
「ははぁ、二通りあったから答えに時間がかかったのか」
 双葉の右斜め側にあたる席に座ったミカエル・アレクセイが成程と頷きながら、
「俺は珈琲で」
 お品書きも見ずにそう先立って注文をすれば、双葉がジト目を向けてきた。
「ええ……せっかく名物だって言われてんですから、師匠も飲んだら如何ですか?」
『え、あの、いいんですっ! 本当にお好きなものをお楽しみ頂いてこそですから』
 双葉なりの気遣いはとても嬉しいけれど、それでも好みを曲げてまでというのは桜としても本意ではないからあわあわしてしまう。
 けれど文句を言われたミカエルとしても、まあ確かにそれはそうだという気になったのか、お品書きは敢えて見ずに桜へと直接問うた。
「コーヒーフロート的なものは?」
『はい、ソーダではない方のオレンジジュースと同じ、ソフトクリームを上に乗せる形式でよろしければ……!』
 ミカエルの信頼に見事応える形で、桜はその要望にすらすらと答えてみせた。
「じゃあそれで頼む。クソガキ、結局お前はどうする」
「むぎゃー! ソフトクリームが乗った方でお願いします!」
 手を伸ばせばすぐ届く席なものだから、すぐとっ掴みあいになりそうな二人をくすくす笑いながら少しだけ見守って、桜はオーダーを取り終え下がっていった。

 ドジひとつ踏むことなくぱたぱたと忙しなく走り回る桜を見守る二人。
「頑張る女は綺麗だな……?」
 語尾のアクセントが意味深だったのは気のせいだろうか、横目で見てくるミカエルの視線はどことなく双葉にざくざく突き刺さる。
「まったく、師匠は珈琲以外飲んだら死ぬ病にでもかかっているんですか???」
「喧しいなクソガキ、そんな病あるかよ」
 視線のお返しというのも何だが、ここまであんまりにも女扱いされないと、つい口も悪くなってしまうというもの。
 けれどあそこで双葉が進言しなかったら、せっかくの名物を堪能せずに終わってしまうところだったと思えば、まあよしとしよう。ミカエルとしては、そんな心地であった。
「今の桜さんは確かに最初とは見違えるほど活き活きしてますけど……」
 僕だって今回、相当頑張ったと思うんですけどねえ?
 言外にそう伝えてくるのは、荒ぶるアホ毛からも明らか。
 眼鏡越しに圧を掛けてくる眼差しに、ミカエルはつい口を開き――。

「クソガキ、お前は」
「……お前は?」

 ――ごくり。緊張が走る。
 褒める言葉を発しそうになる口が開いて、そこでミカエルは我に返り――そう、返ってしまい、そっと目を逸らした。
「……足りんな」
「何がですか! 胸がですか!」
「誰もそこには触れてねえ」
「胸か……胸がないからなのか、そうなのか……!」
「そこじゃねえっつってんだろ!!」
 弟子を甘やかしては、際限がなくなるから。
 そんな自制心で言葉を堪えたミカエルだったけれど、双葉からすれば認められないという事実は変わらない。
 がくりとうなだれて、握りしめた両の拳はテーブルの上で震え、何だか他のテーブルのお客様に誤解を与えかねない発言を始めてしまう双葉をミカエルが慌てて制する。
「……いや、別にそう見られたい訳では無いですが、こう……扱いの落差が酷い……!」
 べっちんべっちんと、ミカエルの腕を荒ぶるアホ毛が打つ。
「……ぁぁ、反抗期か……って、いつもと変わらなくないか?」
「思春期の女ですよ!! シ・シュ・ン・キ!!」
 ほーん、と。わざと無関心を装いミカエルは階段広間の方を見遣った。
(「ガキに翻弄されるほどやわでは……やわでは……」)
 ない、はず。油断すれば情が湧きそうになるものだから気が抜けない。
 ――さあ、そろそろ注文の品がやって来る頃だ。

『お待たせ致しました、オレンジフロートとコーヒーフロートでございます!』
 背の高い器を二つ乗せてもなお、悠々と運んでこられるまでに至った。
 二人は思わず顔を見合わせて、そして自然と同時に拍手をしていた。
 フロートの見映えが素晴らしいのも勿論、ここまでの桜の手腕に対しても。
『わ、恐れ入ります……! とっても美味しいので、お楽しみ下さいね』
 照れ笑いを浮かべながら、桜が銀のトレイをきゅっと抱える。
「桜さん」
 双葉が、周囲の様子を見て、大丈夫そうだと判断して桜に声を掛けた。
「たとえ結果が如何であれ、僕は桜さんが頑張る姿が素敵だと思いますよ」
 ――元々の願いは、当時の主そのものへと向けられたものだったろう。
 けれど、その主が望んだことを果たせるのならば、桜にとっても僥倖であろうと。
『……ありがとう、ございます。私は、本当に幸せ者です』
 帰る場所を、ずっと用意しておいてくれただなんて。
 双葉が言う通り、桜が本懐を果たすその姿こそが――そう、師が言う通り、美しい。
「まぁ、家ぶっこわしても建て直してやるから安心して満足の行くまで働け」
「師匠! 桜さんはもう屋敷を壊したりしませんよ!」
『た、多分……多分……ふえぇ』
 軽率に屋敷一つ建て直してやると言えちゃうのが神様クオリティ。ジョークとしてはハイレベルすぎて、ちょっと人類には早すぎた感があった。
「そうして次は、そうだな……またドジっ娘にでも生まれ変わってこい」
『ふえ……えっ!?』
 予想外の言葉に、変な声が出た。桜は当然驚く――また『あれ』で!?
「それもお前の『魅力』だと、俺は思ってるから」
『……、……本当に、ありがとうございます』

 ユーベルコヲドを制御できずじまいだったけれど、それさえ克服すればきっと程良いドジっ娘の出来上がりに違いない。
 それはそれで、きっと何やかやで皆から愛される娘になるに違いない。
 泣き笑いになる桜を励ますように、双葉が穏やかな笑みで背中を押した。

「存分に、楽しんで下さいね?」
『はいっ……!』

 なお、二人ともフロートはほぼ同時に、あっという間に飲み終えてしまったそうな。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エスターテ・アレグレット

桜くんのためにこんな場所を遺すなんて、いい主さんだったんすね。
ってか、ひとりの女給のためにここまでするなんて、桜くんって主さんに相当大事にされてたんじゃ?

さて、僕も桜くんに給仕してもらおうかな。
えーっと、とりあえずクリームソーダ。
味とかはお任せするっす(どうせわからないし)
あと、軽食もお願いします。嫌いなものとか特にないし、僕たくさん食べますよ。

一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなったな。よかったよかった。
桜くんの給仕も申し分ないし。
クリームソーダとかの味……はやっぱりわかんないんですけど、僕のために選んでくれたのは嬉しいです。

ありがとうございます。



●みたされるもの
 何やかやで、ここまでの一部始終を見届けた。
 己は味覚をほぼ持たぬ身、なれどここまで来たなら最後まで。
 エスターテ・アレグレットは、座り心地の良い椅子に身を沈めながらぐるりと店内――お屋敷の応接室にあたる空間を見渡した。
(「桜くんのためにこんな場所を遺すなんて、いい主さんだったんすね」)
 如月家が裕福な家のままであったとしても、そうでなかったとしても。
 桜が慕った『お屋形様』は、確かに彼女のために居場所を用意しておいたのだ。
 ――ああ、それにしても、生まれ育った世界が異なる身でも一目で分かる『品の良さ』たるや。この空間は、間違いなく洗練されている。
 このような場所を桜のために用意しておくとは――そう、エスターテは思う。
(「ってか、ひとりの女給のためにここまでするなんて」)
 そこでふと、桜と目が合った。にっこり笑って、つまずくこともなく向かってくる。
(「桜くんって、主さんに相当大事にされてたんじゃ?」)
 悔恨か、憐憫か、それとも――遺言にどのような意図があったかは今や誰も知らず。
 けれど、桜は今、とても幸せそうな顔をしていた。

「さて、僕も桜くんに給仕してもらおうかな」
 エスターテが期待の眼差しを向けて見せれば、ぴゃっと緊張した面持ちで桜がメモを構える。
『よ、喜んで、ですっ! 何なりとお申し付け下さい!』
 さすがは元々元気が取り柄と言われた娘だけあって、致命的なドジさえ解消されれば本当に良い娘であった。
 ならばとエスターテはお品書きの開いたページを指し示す。
「えーっと、とりあえずクリームソーダ。味とかはお任せするっす」
 ――どうせ、味、わからないし。
 とは流石に言えなくて、桜を信頼するていにする。実際、信頼もあったけれど。
『お任せですね、かしこまりました! 楽しみにしていて下さいね』
 メモを取りながら、一度エスターテの姿を眼に焼き付けるように見て桜が言う。
 ともすれば踵を返して引っ込んでしまいそうな勢いの桜を引き留めるように、エスターテはオーダーを続ける。
「あと、軽食もお願いします」
『あっ、かしこまりました!』
 こっちも任せていいっすか? と言うエスターテに、目を丸くする桜。
『お食事もですか? えっと……どれくらい召し上がるか、とか』
 加減を図るべく桜が問えば、エスターテは不敵な笑みでこう返した。
「嫌いなものとか特にないし、僕、たくさん食べますよ」
『……はい、たくさんですね』
 承った――そんな顔で、桜は今度こそぺこりとお辞儀をして下がっていった。

 先に運ばれてきたのは、軽食の方だった。小さなガラスボウルに入ったサラダと、見た感じ量が大盛りのナポリタン。
『お待たせ致しました、ランチセットのナポリタン特盛りとミニサラダです!』
「お、おう……大盛り超えて特盛にしてくれたんすか」
 ごとり、と相当な重量を感じさせる音と共に、エスターテの前に銀皿が置かれる。
 事件解決前の桜であれば、間違いなくナポリタンを頭からぶっ被せてきただろう。
(「一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなったな」)
 本当に、解決した。それを己の肌で感じた気がして、内心で安堵するエスターテ。
『ミニサラダのドレッシングは、当店自慢のオニオンドレッシングです!』
 それを味わえないのは申し訳ないけれど、こうして嬉しそうに給仕をしてくれる様子こそが何よりのご馳走な気がする。
(「――よかった、よかった」)
 桜の申し分のない給仕により、準備は整った。いざ、ナポリタンとサラダである。
 腹が膨れていくのが良く分かる。そして何だか、身体の内側から温まる心地がする。
 いくら味覚がないからとて、食事をせねば飢餓と栄養不足を起こしてしまうから、エスターテは食べる。この状況を、割と気にしていないのがきっと、彼の強み。

 特盛りというだけあって、結構こんもりと盛られていたはずのナポリタンは――しかし大食いのエスターテの前にそう時間もかからず陥落した。
 ミニサラダは結構本気でいつ平らげたか覚えていない。多分一口で食べた。
 別の女給に空いた皿を片付けてもらいながら、エスターテはひと息吐く。
 どうしようかな、サンドイッチでも追加で頼もうかな――などと考えている所に、桜がクリームソーダを運んできた。
『お任せされましたクリームソーダです、どうぞ!』
「……わ」
 エスターテの目の前に置かれたのは、青と紫がグラデーションを描くソーダ。
 深い紫が底にあり、徐々に薄くなり、やがて水面近くで海の青を思わせる色になる。
「これ、僕に?」
『はい、青と紫と迷ったので……そしたら、両方使えるとのことでした』
 ちょんと乗せられた赤いさくらんぼも良いアクセントになっており、UDCアースあたりで言わせれば「めちゃくちゃ映える」という見た目であろうか。
 紫の瞳持つ海賊らしい、と言えばそうなのだろう。
(「クリームソーダとかの味……は、やっぱりわかんないですけど」)
 ちう、と一口啜っても、やっぱり液体が流れ込んでくる感覚だけ。
 けれど、心は満たされる。

 ――僕のために選んでくれたのは、嬉しいです。

「桜さん」
 はらはらと様子を見守っていた桜へと、エスターテは向き直った。
「……ありがとうございます」
『……はいっ!』

 それはまるで、夜が明けるような――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

荒谷・ひかる

八重ちゃん(f23090)とお茶会ですっ!

桜さんが無念を遺したであろうことも、影朧として蘇るであろうことも。
当時のご主人はきちんと理解されてた。
その上で「受け入れる」ことを、世代を超えて受け継いできたなんて。
とてもすごくて、素敵です!

二人でお喋りしながら桜さんを見守り。
時々ヒヤッとすることもあるけれど、ちゃんとリカバリできてて感動!
みんなで頑張った甲斐がありました!

わたしもクリームソーダで……抹茶味、気になります。
むむ、これはオトナの味わい……美味しいです!

八重ちゃんの家族やわたしの姉さんの話で盛り上がりつつ、唐突に。
そういえば、通くんとは最近どうなの?
と、恋愛の先輩として斬り込んでみたり!


御桜・八重

ひかるちゃん(f07833)とお茶会だよ!

「如月家の人たち、ちゃーんとわかってたんだね」
桜ちゃんの気持ちはちゃんと伝わっていた。
なんだか嬉しいなあ!

「あ、来たよ!」
桜ちゃんがわたしたちの席にやってくる。
以前とは違って笑顔で堂々…と?足元ーっ!

ふらついてもお盆を死守した桜ちゃん。
呼吸も忘れてそれを見つめるわたしたち。
お互い顔を見合わせて吹き出して。
ああ、もう大丈夫だね!

わたしは名物のクリームソーダ!桜色もあるんだね♪
ひかるちゃんのも美味しそうだね~

お姉さん大丈夫?とか、うちのお母さんはねえ、
などとひとしきり家族の話をしてると、
唐突な斬り込みにぶほぉっ!
えーとえーとと指を絡めてゴニョゴニョ…



●年頃の乙女二人が語らえば
 元が洒落たお屋敷の応接室だったとあって、店内はとても居心地が良い。
 荒谷・ひかると御桜・八重は向かい合って座ると、しばし調度品などをぐるりと見回した後、互いに顔を見合わせてふふと笑った。
「如月家の人たち、ちゃーんとわかってたんだね」
 桜の元々のそれとは少しばかり異なる形とはなったけれど、願いは確かに叶えられた。
 それはひとえに『お屋形様』が遺した遺言を、ないがしろにせず守り続けてきたから。
 八重はお品書きを手に取りながら、弾む声でひかるにそう話し掛ける。
「桜ちゃんの気持ちは、ちゃんと伝わっていた――なんだか、嬉しいなあ!」
 ひかるもまたページをめくりながら、優しい笑みで返す。
「桜さんが無念を遺したであろうことも、影朧として蘇るであろうことも」
 ――当時のご主人は、きちんと理解されてた。
 それは、この幻朧桜舞う世界に生きるものならではの感性ともいえよう。
 なればこそ、この結末さえも、ある程度は予想できたのだろう。
「その上で『受け入れる』ことを、世代を超えて受け継いできたなんて」
 上流階級の暮らしを続けていたとしたら、それはそれで本来の女給として。
 その身分を手放すことになったとしても、今のように別の形で迎えられた。
 ああ、それは、なんて。
「――とてもすごく、素敵です!」
 空回りだとしても、それでも頑張り続けた娘への、最高の報いと言えよう。

「あ、来たよ!」
 八重が一足先に、お冷やを二つ銀のトレイに乗せてやって来る桜を見つける。
 その声にひかるも同じ方を見て――そして、二人揃って拳を握った。
 今までとはうって変わっての笑顔で、堂々とお冷やを運んでくる桜。
 そう、そのまま――何事もなくこのテーブルまで、そのお冷やを運んで!
 ハラハラドキドキ、見守る二人の前で、桜が何もないところで突然つまずいたようにその姿勢を崩す!
(「「……っ!!」」)
 ひかると八重は、二人揃って口元に手を当てた。もう、息をするのも忘れている。
 ああ――ダメか。そう諦めかけた時、眼前で奇跡は起こった。
『……っと!』
 反対側の足をとっさに前へと踏み出して、姿勢の制御を図る桜。上半身はトレイを決して傾けぬようにと手に、腕に、力を込めて。
 ――リカバリーに成功した桜は、てへへと苦笑いを浮かべながら、二人を見た。
「……」
「……ぷっ」
 見られた側の二人は、互いに顔を見合わせて――思わず、吹き出してしまう。
「ああ、もう大丈夫だね!」
「はい、みんなで頑張った甲斐がありました!」
 安堵する八重とひかるの元に、今度こそ桜がお冷やを届けにやって来た。
『お待たせ致しました……皆様が、落ち着けば大丈夫って、教えてくれたおかげです』
 ことん、とお冷やを置きながら、桜は心底幸せそうな笑顔でそう言った。

 オーダーは二人とも迷わずクリームソーダを選ぶ。フレーバーはどうしよう?
「わたしは名物のクリームソーダ! 桜色もあるんだね♪」
 ひかるちゃんは? と問う八重に、ひかるはむむと唸りながらお品書きを見る。
「わたしもクリームソーダで……抹茶味、気になります」
 そんな二人の様子をにこにこと見守りながら、桜はメモを取っていく。
『抹茶のクリームソーダ、味わい深いですよ? 是非、お楽しみ下さいね!』
 そう言い残して、桜は早速オーダーを伝えるべく奥へと下がっていく。
 その姿はもうすっかり一人前の女給だ、もはや何の心配もいらないだろう。
 ――ほら、桜と抹茶のクリームソーダという、お冷やどころの騒ぎじゃない難易度の品物をトレイに乗せて、それでも悠々とテーブルに運んでくる桜の姿が。
『お待たせ致しました! えっと……桜はこちらでよろしいでしょうか』
 そう言いながら、それなりの重さがあろうクリームソーダの器を片手で八重の前に置いてみせる桜。
 八重はその手際の良さや、供された桜色のクリームソーダの可愛らしさなど、色々なことに重ねてほわあと声を上げてしまう。
 ひかるの前には、緑のグラデーションが美しい抹茶のクリームソーダがことり。
「わ、ありがとうございます! とっても美味しそう」
『とんでもないです、ごゆっくりお過ごし下さいね』
 ニコニコと笑顔のままで、桜は一礼してまた別の席へと向かっていった。

 桜色のソーダは、甘さの中にほんのりと酸味を秘めた奥深い味わい。
 ちうと一口吸い上げるや否や、口いっぱいに広がる美味しさに八重は目を見開く。
「すっごく、おいしい! ひかるちゃんのも美味しそうだね~」
 けれど自分が選ばなかったものにもとっても興味を惹かれちゃうのもまた事実。
 ひかるの抹茶ソーダは、果たしていかなる感動をもたらしてくれるのか?
「……むむ、これはオトナの味わい……」
 ごくりと向かいで息を呑む八重に、ひかるはにぱっと笑ってみせた。
「美味しい、です!」
 ちょっとほろ苦く、けれど甘みもあり、これは確かに――味わい深い。
 美味しいからとぐいぐい飲んでいては、あっという間になくなってしまいそうで。せっかくだから、おしゃべりを楽しみながら飲みたいな、なんて。
 八重はずっと頭の片隅で気になっていたことを、ひかるに聞いてみた。
「ねえねえ、お姉さんだけど……あれから、大丈夫?」
「……姉さんは……」
 問われたひかるは、口元に手を当てて顔を背ける小芝居をキメてから、すぐに笑顔で事実を伝えた。
「もう、全っ然大丈夫ですっ! 何か、更なる高みを目指してもっと修行するとか言ってますけど」
「ぶ、無事なら良かったよぉ……」
 ちうーとソーダを吸いながら、八重が心底安心した声を出す。やっぱり筋肉ってすごいという顔をしながら、ふと思い出したように口を開く。
「そうそう、うちのお母さんはねえ」
「えっ!? 八重ちゃんのお母さんも筋肉の使徒……!?」
「ちっがーーーう!!! いやごめん、話の流れ的にそう感じちゃうよね!?」
 八重の家族の、他愛もない話。出だしがアレだったせいかひかるに勘違いをされてしまいかけたけれど、何のことはない、優しくも強い母の話。
 ひとしきり会話に花が咲いたところで、ふとひかるの目が鋭く光った。
「八重ちゃん」
「な、何ひかるちゃん、改まって」
 じっと己を見据えてくるひかるの突然の気配の変化に、気圧されてしまう八重。
 本当にどうしたんだろうと思っていたら、とんでもない台詞が飛んできた。

「そういえば、通くんとは最近どうなの?」
「ぶふぉお!!?」

 あらあら、花の乙女がクリームソーダを気管に入れてしまって盛大にむせるとは!
 げほごほと必死に咳き込んでリカバリーを図る八重を、ニコニコと見守るひかる。
(「恋愛の先輩として、ここは斬り込まないと、ですね!」)
「えーと、えーと……」
 八重はといえば、指と指を絡めてしどろもどろ、何かを言おうとしてゴニョゴニョ。
 そりゃあ、クリスマスも初詣も一緒に過ごした間柄といえば、確かに世間一般では相当に親密な仲と言えるだろうけれど。
 どう、と改めて問われると、とっても難しい。
 文豪先生ではないけれど、この感情に何と名前をつけて良いのか、八重自身迷うのだ。
「うふふ、意地悪してごめんなさい。でも――素敵ですよ、誰かを好きになるって」

 それは、色恋沙汰には限らない。
 主従関係、親子関係、友情――世界はたくさんの『好き』で出来ている。
 良き縁は、幸せな未来を紡ぐ。お屋形様と桜が、時を超えて願いを叶えたように。
 すべてのひとに、しあわせを。
 甘味がその背を、後押ししてくれますように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

火狸・さつま

ジャックさんf16475と

クリームソーダ!
オレンジ好きだけど、しゅわしゅわなら…
うーんうーん悩みに悩んで
俺、ぶどうにする!
あとねあとね、ホットケーキ!

おててあわせ
いただき、ます!!
ジャックさんの方をちらっ
ずと、気になてた…どうするのかなって
Σきゅヤっ?!
しっぽぼふり!思わず狐鳴きして二度見
(そう開く、の?!
きゅ…な、なんでもない、よ…
誤魔化そうとしつつ思わずじーっと凝視
動くのをわくわく期待
けれど開閉すれば尻尾ぶわり膨らませ
なれてきちゃうと今度は指突っ込もうとしたり
ほとけき、たべる?たべる?
一口大フォークに刺しわくわく
開いた瞬間にズボ!

美味し楽しかた!
ありがと!
お嬢さんも、給仕、完璧だた、よ!


ジャック・スペード

さつま(f03797)と

俺もクリームソーダを頼もうか
コーラが有ればそれで
無ければ珈琲フレーバーを

ああ、いただきマス
自動ドアのようにマスク開き
素顔を晒せば舌鼓、美味しいな
……ところで
狐の鳴き声が聞こえた気がする
どうしたんだ、さつま

期待が籠った視線の意図を察せば
マスクを何度か開閉させて遊ぶ
膨らむ尻尾が面白い……ん?
何故か不意に指を突っ込まれた
狐にも動くものを追い掛ける習性が有るのだろうか
指、挟まないよう気をつけてくれ

ホットケーキ、俺にくれるのか?
……食べる
次はフォークが突っ込まれるんだろうな
一旦閉じたマスクを開けて
序でに口も開けておこう

そうだ、接客を有難う、桜
あんたは泣き顔より笑顔が似合うな



●無垢なるひと時を、あなたと
 二月の寒空であろうと、幻朧桜は舞い踊る。
 そこに、まるで何かを祝福するかのごとく、色待宵草の花が宙に咲き誇った。
 文字通り花道を行くのはジャック・スペードと、共にやって来た火狸・さつま(タヌキツネ・f03797)。
 お屋敷へと続く道を進み、玄関の前に立てば内側から女給が立派な扉を開く。
 迎え入れられるままに後をついて行く。赤い絨毯が敷かれた階段のある広間を通り過ぎて、行き着いた先は応接室――だった、今はカフェーの店内。
 幼児が小さな椅子を用意してもらうのとは逆に、ジャックの巨躯でも収まるようにと一回り大きな椅子がボーイによって用意され、二人は無事にゆったりと席についた。
「クリームソーダ! 名物なの? じゃあそれにするっ」
 さつまが狐耳をぴこぴこ、お品書きをうきうきと眺めながら、ソーダの種類に迷う。
「オレンジ好きだけど、しゅわしゅわなら……」
 そう、オレンジジュースをソーダにすることも出来るのだが、せっかくならもっと、こう……。
 お品書きに並ぶ、色とりどりのクリームソーダに視線を走らせることしばし。
 うーんうーんと悩みに悩んだ末、さつまは遂に決めたとばかりに顔を上げた。
「俺、ぶどうにする!」
「……ぶどうか、確かに惹かれる色合いをしているな」
 正方形のテーブルから見て、さつまの左手側に座ったジャックもまたお品書きに目を通しつつ、載せられた写真にほうと息を吐く。
「ジャックさん、どするの?」
「俺も、クリームソーダを頼もうか。コーラが有るから、それで行こうと思う」
 ちら、と二人が同時に視線を送った先には――桜の姿があった。
 一度頷いてから、メモを片手に何の問題も起こさずやってくる。
 それに安堵するジャックと、話だけは事前に聞いていたさつま。
『お決まりですか? ……あっ、お友達さんとご一緒なんですね!』
 うれしいです、と。桜がぺこりとお辞儀をする。そうして二人のクリームソーダを確かにメモに記して、以上でよろしいですか? と問えば。
「あとねあとね、ホットケーキ!」
 さつまが満面の笑顔で注文をした。お品書きで見る限り、外はカリッと中はフワッとした、四角いバターが乗った由緒正しき『ホットケーキ』に違いない。
 今から楽しみで、背中と椅子との間に挟まった尻尾が揺れそうになる。
『ホットケーキもですね、かしこまりましたっ!』
 ちょっとだけお時間を頂戴しますね、とだけ念を押されたけれど構うまい。
 クリームソーダを堪能しながら、いくらでも待とう。

 さて、こうして二人でいざクリームソーダと洒落込んだは良いけれど。
 実はさつまには、ちょっぴり――いや、かなり、ずっと、気になっていたことがある。
 それが『今』、明かされようとしていたものだから、ドキドキでソワソワで。
『お待たせ致しました、クリームソーダ……ぶどうとコーラでございます!』
「ありがとう、丁寧に運んでくれて恐れ入る」
 そこそこの重さがあるだろうに、少しもこぼすことなく運んできてくれた桜に感謝の言葉を述べるジャックに、ちょっと苦笑いで返す桜。
『……本当に、いっぱいお世話になって。こちらこそ、感謝しています』
 銀のトレイをきゅっと抱きしめ、桜は深々と一礼した。
『ホットケーキ、もう少しお待ち下さいね!』
 そうして、また下がっていく。
 ならば、楽しみに待たせてもらおうではないか。
 ぱん! とお手々を合わせて――。

「いただき、ます!!」
「ああ、いただきマス」

 ストローを咥えて赤紫が美しいぶどうソーダをちうと吸いながら、ちらと見るのはジャックの方。
(「ずと、気になてた……『どうする』のかな、って」)
 くろがねの紳士は、果たしてどのように飲食をするのか――!?

 ――うぃ、ん。

 それはまるで自動ドアのように、顔面を覆っていたマスクが左右に開き。
 晒された素顔でクリームソーダに刺さっていたストローをさつまと同じように咥えて、ごく普通に吸い上げて、飲んだ。
「きゅヤっ!!?」
 ぶわわっ!! ただでさえ豊かな尻尾が目一杯ぼふりとなって、思わず狐鳴きを上げながら、さつまはもう一度ジャックを見た。あまりのことに、二度見してしまった。
 ――何度見ても、ジャックは普通にストローでコーラを飲んでいる。
(「そう開く、の!? あと、普通に飲むの!?」)
 衝撃に打ち震えていると、ジャックが怪訝そうな声を掛けてきた。
「……ところで、狐の鳴き声が聞こえた気がする」
 どうしたんだ、とさつまに問えば、我に返ったさつまは両手をぶんぶんと振る。
「きゅ……な、なんでもない、よ……」

 じーーーーーーーーーーーーーーーっ。

 身振り手振りと言葉で誤魔化そうとしても、じーっと凝視してしまうのを止められない。
 それをしばし見つめ返せば、ジャックもその意図を察して、一度目を瞬かせた。
(「うぃーん」)
「きゅっ!」
(「がしゃん」)
「きゅ!?」
(「うぃーん、がしゃん」)
(「あわわわわわわ!!」)
 半ば面白がってマスクを連続して開閉させるジャックの様子に、さつまの尻尾のぶわわ度合いは最高潮に高まっていく。
 これは……これは、リズミカルに開閉を繰り返すこのマスク、次に開いたタイミングを狙えば……!?
「えい!」
「むがっ」
 絶妙なタイミングで、マスクが開いたところにさつまの指が突っ込まれた。ナイス動体視力である。
 さつまが満足げに指を抜くと、ジャックもマスクの開閉をひと段落させる。
「狐にも、動くものを追い掛ける習性が有るのだろうか」
 ネコチャンなら分かるけれど、狐はどうだったろう?
「……指、挟まないよう気をつけてくれ」
「はぁい」
 まかり間違って切断沙汰にでもなったら大変だから、そう気遣えばふんにゃりとした返事が返ってきた。

『大変お待たせ致しました、ホットケーキです!』
「ほわあああ! おいしそ!」
 二人の間に置かれたホットケーキはこんがりきつね色、二段重ねの焼きたてほやほや。
 さつまの予想通り――いや、予想以上のいい香りに、ナイフを入れる前からニコニコ。
 バターを伸ばしてシロップをかけて、まずは四等分。
 それからさらに一口大に切って、さつまはジャックを見た。
「ほとけき、たべる? たべる?」
 見られたジャックは少し金の瞳を明滅させてみせて、それから応える。
「……食べる」
 ああ、次はフォークが突っ込まれるんだろうな。
 そう予見が出来たから、一旦閉じたマスクを開けて、ついでに口も――。

 ――ずぼ!!

「……っ」
 開いた瞬間に、めっちゃ勢いよくホットケーキが突っ込まれた。
 これが生身の人間だったらむせていたに違いない――いや、これはジャックさんでもむせる。必死に堪えているだけで。
 さつまは満足げにフォークだけを引き抜くと、自分もホットケーキを堪能する。
 時折ぶどうのクリームソーダを口にすれば、甘酸っぱさがホットケーキの甘さを程御良く中和してくれてとても相性が良い。
 そんなこんなで、あっという間に二枚のホットケーキを平らげてしまったのだ。

 空になった器を下げに来た桜に、さつまとジャックは口々に礼を述べる。
「美味し楽しかた! ありがと!」
 狐耳をぴこぴこ、さつまの言葉は嘘偽りなく実直に桜へと届く。
「お嬢さんも、給仕、完璧だた、よ!」
『そ、そんな……完璧だなんて』
 頬に手を当てて赤面する桜に、ジャックもまた笑顔を見せた。
「――そうだ、接客を有難う、桜」
『今度は……お召し物を汚さずに、できました』
 あの時のことも、今なら笑って話せる。桜は、そこまで立ち直っていた。

「あんたは――泣き顔より、笑顔が似合うな」
 心からの、言葉だった。
『……本当に、ありがとうございます……!』
 心からの、お礼だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン


(頭部格納銃器のユニット外し、『穴』の奥にある簡易食事機能使用
後付けの安物なので味覚感度も「それなり」
主目的は食事介したコミュ用
人用カップを器用に『口』に運び)

(現状と遺言の解釈は…彼女自身の問題で
御伽の騎士ならざる身として出来る事は、給仕のお相手と…会話を通じたこの方の『鏡』でしょうか)

『転生』や魂とは縁無き身故でしょうか
私は時折、影朧の方にお尋ねすることがあるのです

『記憶の連続性の保証無き転生を、何故望むのか』…と

(恐らく、人の役に立つことを喜びとするこの方の理由は…)

小日向様の答えが…『魂』と呼ばれるものなのかもしれませんね

お気に留めておけば、善き転生となる
…そんな『気』がいたします



●辿る末路と、その先に
 戦機の客人が続いたということで、『如月の揺籃』の客席は通常より大きな椅子をそのままに、一人静かにやって来たトリテレイア・ゼロナインを歓迎する。
 収まりの良い椅子に腰掛けたトリテレイアが立派なお屋敷の面影を残す店内を見回わせば、今や立派にお勤めを果たす桜の姿が視界にすぐ飛び込んできた。
 そんな桜を呼んで注文をする前の『準備』として、トリテレイアはそっと頭部格納銃器のユニットを外すと、『穴』の奥にある簡易食事機能の使用準備を整える。
(「後付けの安物なので、味覚感度も『それなり』ですが」)
 こういうのは、まず形から入るのが肝要なのだと機械仕掛けの騎士は識っていた。
 食事というのは、ただ生きるために必要な行為に留まらない。それを介したコミュニケーションをも可能としてくれる。
 だからこうして『人のように』『喫茶店でコーヒーを嗜む』ことで、給仕を勤める桜とより自然な交流を深めようと、トリテレイアはやって来たのだ。

「――小日向様」
 軽く腕を挙げれば、桜はすぐにトリテレイアの席へと。
『騎士様! 来て下さったのですね、ありがとうございますっ』
 ままならなかった己を、落ち着けば大丈夫と身を以て教えてくれた機械騎士の姿を認めて、ぱああと喜びをあらわにする桜。
「お勧めはクリームソーダとは伺っておりましたが、此度は恐縮ですが珈琲を一杯」
『いえ、置きになさらずです! お好きなものをお楽しみ下さい!』
 どうやら一言で珈琲と言っても種類が色々あるらしく、ライトな味わいからしっかり深煎りまで一通り説明され、いかがですかと問われてトリテレイアはむむむと唸る。
(「どれにしてもあまり違いが分からない、などと言っては無粋というもの」)
 ならばと意を決して、桜を見据えて注文をした――深煎り珈琲を。
『はい、かしこまりました! 少々お待ち下さいね』
 下がっていく桜を見送りながら、トリテレイアはしっかりとした作りの椅子に背を預けた。さすがは戦機向けに作られた椅子とあって、とても収まりが良い。

(「現状と遺言の解釈は……彼女自身の問題で」)
 桜にとっての『お屋形様』が、どのような思惑でかの遺言を遺したかは、最早誰も正しくそれを知ることはできない。
 ならばそれは、遺言を受け取った桜自身がどう受け止めるかに託されたも同然であり。
 あの時拭った涙は既に乾ききり、今や立派に本懐を果たしている姿を見るに、それはもう心配することはないのだろう。
(「御伽の騎士ならざる身として出来る事は、給仕のお相手と……」)
 そのための、本来ならば不要とも言える簡易食事装置。食事というコミュニケーションを図るためのツール。そしてそれは、非常に有効にその力を発揮している。
 桜が銀のトレイに洒落たコーヒーカップを乗せてこちらへ向かって来るのが見えた。
(「会話を通じた、この方の『鏡』でしょうか」)
 果たしてコーヒーカップはその中身をぶちまけられることなく、無事届けられた。

 人が用いるサイズのカップは、若干ミニチュアめいていて。さながら身体が大きくなった少女の物語を想起させるも、器用に『口』へと運んでみせた。
 その様子を見守っていた桜は、トレイを小脇に抱えて小さく拍手を送ってくる。
(「……この身でも分かる、深い味わい。これは、相当のコクがありますね……?」)
 もしかしたら自分は中々に通好みのチョイスをしたのではなかろうか? そんなことを思いつつ、トリテレイアは桜の方を見て声を掛けた。
「小日向様――『転生』や魂とは縁無き身故でしょうか、私は時折、影朧の方にお尋ねすることがあるのです」
『……はい』
 影朧。そう、どんなに『今』が幸せでも、己が『そう』である事実は消えない。
 この満たされた時間が終わる時こそが、今の自分そのものの終わりでもあった。
 知っている。分かっている。なればこそ、問おうではないか。

「『記憶の連続性の保証無き転生を、何故望むのか』……と」

 胸元できゅっと手を握るのは、癖なのだろうか。桜は、しばし沈黙する。
 それを黙って見守りながら、トリテレイアはある程度の予測を立てる。
(「恐らく、人の役に立つことを喜びとするこの方の理由は……」)
『私、は』
 おずおずと、桜が口を開く。騎士は軽く頷いて、優しく言葉を促した。
『もしもまた、この世界に在るべきかたちで生きる機会をいただけたなら――』
 それはきっと、花のような笑顔と呼ぶのだろう。そう、騎士は思った。

『その時も、こんな風に、自分のお仕事で誰かを笑顔にしたいと思います』

 しっかりとした味のコーヒーを、また一口啜る。やはり、美味だと感じた。
「小日向様の答えが……『魂』と呼ばれるものなのかもしれませんね」
 記憶は残らなくても、本質たる魂は受け継がれるのかも知れない。
 ならば『転生』に、来世に懸ける心情というものも、理解できる。
 桜の答えに満足を得たトリテレイアは、優しい声音で告げた。
「それを、お気に留めておけば善き『転生』となる……そんな『気』がいたします」

 ――どうかあと僅かなれど、残された時を有意義に。
 ――そして次の生でも、その優しいお心を忘れずに。

大成功 🔵​🔵​🔵​

木常野・都月


名物はクリームソーダー、か。
そしたら、クリームソーダーとサンドイッチをお願いします。

小日向さんは…いた。
確かあの人だ。

小日向さん。
俺は、今までの経緯をそっと見ていた。

正直、無理だろうって、俺は思っていた。
こんなにドジをするんだ、役に立つなんて無理だろうって。

でも貴女は頑張ってここに辿り着いた。
自分がやりたい事の為に、影朧で大変だったのに、一生懸命頑張って、ここに辿り着いた。
そしてやりたかった事を、夢をかなえたんだなって。

その……上手く言えないけど、俺、凄いなって思った。

俺は、まだ夢が無くて、よくわからないけど、夢をかなえるって、凄い。
本当に凄い。

夢を、教えてくれて、ありがとうございました!


ティオレンシア・シーディア


…あー、そっかぁ…考えてみればそうよねぇ。影朧になるまでの時間ってかなりばらつきあるものねぇ…
そこらへんきれーに抜けてたわぁ…

へぇ、クリームソーダが名物なのねぇ。あたしあんまり炭酸飲む習慣はないけれど…折角だし、お願いしようかしらねぇ。
味は…メロンはよく見るけれどスミレって珍しい気がするし、それにしようかしらぁ?
あとはお勧めの甘味とかあったら頂きたいわねぇ。

ねえ、桜ちゃん。
あなたの「望んだ人」はもうだいぶ前に居なくなってしまっていたようだけれど。
「望んだ処」に還ってきて、きっちり本懐を果たせて。
…どう?心残りとか未練、少しは晴れたかしらぁ?
手助けになれてたなら、あたしとしては重畳なんだけど。



●かくして念いは遂げられて
 日が傾き、夕暮れが迫る。カフェー『如月の揺籃』も、営業時間の終了が近付いていた。
 最後の客人となったティオレンシア・シーディアと木常野・都月(妖狐の精霊術士・f21384)は、こぢんまりとした店内故に相席となり、向かい合って座っていた。
「……あー、そっかぁ……考えてみればそうよねぇ」
「えっと……何があったんですか?」
 頬杖をつき、指先でトントンとテーブルを叩きながら呟くティオレンシアに、滑り込みで駆けつけた都月が純粋な疑問をぶつける。
「ん、『影朧になるまでの時間って、かなりばらつきある』なんていう話よぉ」
 骸の海から出でしものが『いつ過去に葬られたか』だなんて、そこまで考えて相手どることなど滅多にないものだから、それは仕方がないというもの。
 都月もきょとんとするばかり、けれどティオレンシアは事件の一部始終を見届けた身として、そこらへん綺麗に抜けていたとため息をついてしまうのだ。

 如月家の『お屋形様』が、『いつ』の桜に向けて遺言を残したのかは分からない。
 逆に、分からないからこそ『いつか』に託したのかも知れない。
 サクラミラージュという世界に生きるものにとって影朧は、猟兵にとってのオブリビオンとは若干捉え方が異なる存在であるがゆえに。

「あの、注文しませんか」
 都月が、狐耳をぴこりとさせてティオレンシアに提案した。
「俺、この緑のしゅわしゅ……クリームソーダと、サンドイッチにします」
 にこりと笑いかける都月に、考え込んでいたアレソレが一気に吹っ飛ぶ心地がしたティオレンシアもまた、お品書きに目を通す。
「へぇ、クリームソーダが名物なのねぇ」
「そうなんです、外の看板にも美味しそうな絵が描いてあって……俺、絶対頼もうって」
 眼前の青年がウキウキ語るのを見て、女もつられて口角を上げる。
「あたし、あんまり炭酸飲む習慣はないけれど……折角だし」
 お願いしようかしらねぇ、と。慣れた所作で入口の方へと軽く手を挙げ合図を送った。
(「小日向さんは……いた。確か、あの人だ」)
 都月は、自分たちのテーブルに向かって立派な立ち居振る舞いでやってくる女給の姿を認め、それが『小日向・桜』であると確信した。
『お待たせ致しました! ご注文、お決まりですか?』
「ん、こっちの彼はメロンのクリームソーダにサンドイッチ。あたしは……」
 ティオレンシアのオーダーを受けて、スラスラとメモにペンを走らせる姿は噂に聞いていた『何をやってもドジばかり』という様子からは驚くほどかけ離れていた。
「味は……メロンはよく見るし彼と被るし、このスミレって珍しい気がするし」
『はい、スミレはなかなかお出ししているお店がないそうで、とっても人気です!』
 人気という言葉には誰しも弱い――と、思われる。ぐらりと揺れた様子はおくびにも出さず、糸目の美女はクールにスミレのクリームソーダを頼む。
「あとは、お勧めの甘味とかあったら頂きたいわねぇ」
『お勧め……まだ、皆様が誰も召し上がってないものがありますよ』
 ふふ、と笑って。桜は、取って置きをお出ししますと下がっていった。

 注文の品がやって来るまで、都月とティオレンシアはしばし無言でお冷やを飲んでいた。
「……」
「……あ、あの」
 バーテンダーは、基本的には聞き手の側だ。だから、相手が切り出すのを待っていた。
 都月は、何度もソワソワと桜が下がっていった方を見ていた。余程気になるのだろうに、これまで姿を見せなかったのは何故か――当然、理由あってのことだろうけれど。
「小日向さんが次にここに来たら、俺……話をしてみたくて」
「あら、いいじゃない。あたしも少しだけ、聞いてみたいことがあるもの」
 それはとても他愛ないことで、けれども眼前の狐の青年には一大事のようで。
「――時間は有限よぉ、お互い悔いのないようにしましょう?」
 からん、と。お冷やの氷が音を立てた。

 やがて桜が緑と薄紫、ふたつのクリームソーダを運んできた。
 何かにけつまずくなどといった様子を微塵も見せず、安定した給仕っぷりであった。
『お待たせ致しました! メロンとスミレのクリームソーダです』
 都月の前にはメロンを、ティオレンシアの前にはスミレを。揺らすことなく置いて、軽食とデザートもすぐお持ちしますと一度下がっていく。
「わ、すごい……こう、こう言うの、ゼイタクっていうか……」
「そうねぇ、思ったよりボリュームあるじゃない」
 刺さったストローを少し動かしただけで、溢れてしまいそうなソーダやアイス。
 これは確かに屋敷の雰囲気も相まって、とても贅沢な心地にさせてくれる。
『すみません、一度に運びきれなくて! サンドイッチと……プリンですっ』
 サンドイッチは由緒正しきミックスサンド、一口大にカットされたものが綺麗に並べられていた。
 そして『取って置き』の正体は――カラメルの色も美しい、いわゆる『固めの』プリンであった。生クリームが軽く絞られ、ちょんと乗せられたさくらんぼが愛らしい。
「桜ちゃん、いいチョイスじゃない。ありがと、頂くわぁ」
『えへへ、とんでもないです! 見た目も……その、かわいいですよね』
 褒められて嬉しいのが丸わかりといった様子で、桜が頬を染めて笑顔になる。
(「……」)
 都月は、言おう言おうと思っていた言葉を――今は、飲み込んだ。
 告げたらば、その時こそが『小日向・桜』の終幕だと、本能で察したから。
「ありがとうございます、小日向さん。俺も、いただきます」
 今は、見事な給仕をしてくれた桜に報いるため、食事を思いっきり味わおう。
 ちう、と吸い上げたメロンソーダは、とてもとても甘く口内を満たしてくれた。

 固めのプリンが想像を絶する美味しさで、これを気軽に食べられるお店が身近にないものかと頭を抱えるティオレンシアに、スミレの綺麗な薄紫のクリームソーダはよく似合っていた。
「これ、炭酸の刺激にいい感じの甘さが合うのよぉ。バニラアイスも美味しいし、さすが名物っていうだけあるわぁ」
 そんなことを言いながら、ティオレンシアは終始ご機嫌で器を空にする。
 都月も最後のサンドイッチを食べ終えて、ふぅとひと息吐く。

 ――時間だ。

 互いに顔を見合わせ、空いた器を下げに来た桜へと、席を立ち二人で向き直る。
『え、あの……?』
 先に口を開いたのは、都月だった。
「小日向さん。俺は、今までの経緯をそっと見ていた」
『……っ』
 桜が、小さく息を呑む音が聞こえた。
「正直、無理だろうって、俺は思っていた」
 ――無理だから、殺そうとさえ思っていた。
「こんなにドジをするんだ、役に立つなんて無理だろうって」
『……それは、当然です』
 俯く桜に、都月は続ける。本当に伝えたいことは、これからだと。
「でも貴女は、頑張ってここに辿り着いた」
 びくん、と。桜の肩が跳ねた。そう、自分の足で、確かにここに来たんだ。
「自分がやりたい事の為に、影朧で大変だったのに、一生懸命頑張って、ここに辿り着いた」
 ――そして、やりたかった事を。『夢』を、かなえたんだなって。
『それ、は……ひとえに、超弩級戦力の皆様のおかげで』
 支えがなければ、自分一人では、到底辿り着けなかった。
 けれども、他ならぬ桜の意志が途中で折れていたら、どんなに周りが頑張っても――。

「その……上手く言えないけど、俺、凄いなって思った」

 ぐ! と、無意識に拳を握りながら、都月は真っ直ぐに桜を見て言葉を紡ぐ。
「俺は、まだ夢が無くて、よくわからないけど、夢をかなえるって、凄い」
『……』
「本当に、凄い」
 こんなに褒められて、どう返したらいいんだろう?
 かああと赤面してしまうのが分かる、ああ――影朧でもこんな風になるんだ、なんて。
 狐耳の青年は、ぺこりと頭を下げた。
「夢を、教えてくれて――ありがとうございました!」
 胸が、温かい。こんなにも幸せな心地になるなんて、夢のよう。
「――ねえ、桜ちゃん」
 今度は、蕩けるように甘い声が聞こえた。ティオレンシアだった。
「あなたの『望んだ人』はもうだいぶ前に居なくなってしまっていたようだけれど」
『……はい、私が『来る』のが、遅くなってしまったばかりに』
 言葉とは裏腹に、満たされた笑顔で返す桜。
「『望んだ処』に還ってきて、きっちり本懐を果たせて」
 お屋敷はカフェーになっていたけれど、自分の居場所として残されていた。
 ドジを踏むことなく望まれた以上の成果で喜んでもらえて、それはまさに望んだ姿。

「……どう? 心残りとか未練、少しは晴れたかしらぁ?」
 少しでも手助けになれてたなら、あたしとしては重畳なんだけど――と。
『少しだなんて、そんな』
 愛らしい女給は、結った髪を揺らしてとびきりの笑顔で答えた。
『私、もう何も思い残すこと、ありません』
 次の生があるかどうかは分からない。次の生が誰であるかどうかも分からない。
 けれど、今は――傷つき今にも消えてしまいそうだった哀れな影朧は、猟兵たちの尽力で、こうして確かに救われたのだ。

 きらきらと、桜の身体が光り出す。
 窓から差し込む夕日に溶け込んでいくように、その姿が徐々に消えていく。

『皆様にお伝え下さい――私の方こそ、ありがとうございましたって!』

 女給――小日向・桜は深々と頭を下げて、その本懐を遂げたことを示すように、在るべき場所へと還っていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年02月01日


挿絵イラスト