●
――帝都、某所。
(「もうあれから4ヵ月、ですか」)
決して枯れることの無い幻朧桜に囲まれた、何処か古ぼけた造りの屋敷のその奥で。
一人の男が嘗ての記憶に思いを馳せる様に、静かに写真を見つめながらほう、と溜息を一つ吐いて。
(「……そろそろ、動きだすものも現れるでしょうね」)
その男……竜胆と言う名の彼が胸中で独りごち、それから机の上に広げた書類と、一人の人物が写る写真を見直していた。
(「ともあれ、この事件は私達だけで解決出来る様な話でもありません。此処は、彼等にも協力を願いましょうか」)
そう、軽く頭を振って。
竜胆が手紙を一筆したためる。
そして……。
●
「成程。人体に害の出ない対影朧兵器なんてものを考案すれば、当然それに群がるスパイ達は出てくるよね」
グリモアベースの片隅で。
その手に一通の手紙を持ち、それに目を通した北条・優希斗(人間の妖剣士・f02283)が小さく呟き、そっと目を瞑る。
程なくして双眸を開けば、現れたのは蒼穹の瞳。
その瞳で集まった猟兵達を見回しながら、皆、と優希斗が静かに呼び掛けた。
「帝都桜學府の諜報部から皆に依頼が入ったよ。何でも幻朧戦線に協力している、あるスパイの足取りを掴んで、そのスパイ達を捕らえて欲しいと言う事らしい。無論、不足の事態でそのスパイの生死が確認できなくても構わないとも言っているけれど」
基本的に帝都に潜入している各国のスパイ達に対して、帝都は比較的鷹揚な態度をとっている。
また、国同士の思惑は影朧救済機関である帝都桜學府は本来、無関心なのだが……。
「ただ、対影朧救済の為に製作されている軍事機密を戦争に利用しようとする勢力に対してまでは、流石に平静ではいられないだろうね」
ともあれ、こんな話を表沙汰にする訳にもいかない。
対策は、秘密裏に行う必要があると言うことだ。
「実際、そんな兵器の情報が帝都桜學府から漏れて、しかもそれが幻朧戦線に利用される、なんてことになるのは避けるべき話だ。今まで保たれ続けてきた平和に皹が入るような事態だから、尚更看過できない。しかもこれは、帝都桜學府の人間だけでは少々手に負えなくなる危険を十分孕んだ案件でもある。と言うよりも、そうなるだろうことは、俺にも『視えた』しね」
だから幻朧戦線に兵器の横流しを画策するスパイを秘密裏に探しあてて、対処して欲しい、と言う話になる訳だ。
「今回狙われているのは、柊と言う帝都桜學府の研究者と、彼が研究している対影朧兵器についての情報だ。諜報部も手を貸してくれるだろうからまずは情報収集を行い、どんな相手がスパイなのかを確認し、そして……」
確保、乃至は……。
それ以上は口に出さず、優希斗が静かに皆、と呼び掛けた。
「放置しておけば大変なことになるであろう事は分かっている案件だ。是非とも皆の力を貸して欲しい。どうか皆、宜しく頼む」
その優希斗の言の葉と共に。
グリモアベース内に蒼穹の風が吹き……気が付けば、猟兵達は姿を消していた。
長野聖夜
――其が求めるは、力か、それとも救済か。
いつも大変お世話になっております。
長野聖夜です。
今回はサクラミラージュのシナリオをお送り致します。
このシナリオは、下記6シナリオと設定を若干共有していますが、新規の方もご参加頂いて全く問題ございません。歓迎致します。
1.あの桜の木の下で誓約を
URL:https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=14914
2.この、幻朧桜咲く『都忘れ』のその場所で
URL:https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=15730
3.その、桜の闇の中で
URL:https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=17026
4.情と知の、桜の木の下で
URL:https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=17027
5.愛と死の、桜の木の下で
URL:https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=24934
6.あの思い出の墓地の、その影で
URL:https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=29868
尚、第1章段階での登場NPCは基本的に下記となります。
竜胆:帝都桜學府諜報部の幹部(課長~部長)位の人間です。猟兵達には好意的です。
柊:帝都桜學府所属の研究員です。平和的な対影朧兵器について研究しておりますが、彼の研究には皮肉なことに軍需産業者が注目をしている様です。
プレイングによってスパイの正体が明かされる形式となっておりますので、御自由にプレイングをお掛け頂いて大丈夫ですが、スパイの性別が『女性』になる事が確定しておりますので、その点はご了承下さいませ。
プレイング受付期間及びリプレイ執筆期間は下記です。
プレイング受付期間:3月31日(水)8時30分以降~4月2日(金)13時頃迄。
リプレイ執筆期間:4月2日(金)14:00頃~4月3日(土)一杯迄。
――それでは、良き物語を。
第1章 日常
『夜桜の宴』
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POW : 花見に適した場所を確保する。
SPD : 周囲を散策しながら夜桜を楽しむ。
WIZ : 提灯の灯りを調整し、最も桜が美しく見える光量を模索する。
イラスト:雨月ユキ
👑5
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
※MSより追記※
スパイを探すための行動ですが、日常フラグメント通りの事を行う必要は必ずしもありません。
何卒、宜しくお願い申し上げます。
館野・敬輔
単独希望
アドリブ可
…なぜ、この世界に足が向いてしまうんだろうな
妹が見つからず、安らぎを得るには早いはずなのに
紫陽花の絶望と憎悪は…俺のそれよりはるか上
だがそれは、背負っていた命の多さそのものか
…憎悪で紫陽花を斬った俺に表に出る資格はない
今、出来ることと言えば
人気のない場所で幻朧桜に身を預けつつ
指定UCで竜胆と柊の周囲を探ることくらいか
(情報収集、世界知識、失せ物探し)
特に柊には監視がついていてもおかしくないだろう
…それだけ興味深い研究ということだが
停滞した世界を揺り動かすために戦乱を起こす
それが是か非かは俺には判断できない
だが、それが無辜の命を奪うのであれば
…負の連鎖を防ぐために止めるだけ
●
――その、幻朧桜咲き乱れるその場所の片隅で。
宵闇時に月明かりと提灯に照らし出され、幻想的な美しさを引き立てられるその幻朧桜の1本に、青年が身を預け、静かに双眸を瞑っている。
彼、館野・敬輔が瞑っていた双眸を開き、そっと幻朧桜を見上げた。
ヒラリ、ヒラリと散り際の光の様に舞い落ちてくる桜の花弁達を見て、徒然なる思考に身を委ねる。
(「何故俺は、この世界に足が向いてしまうんだろうな……?」)
未だ、妹は見つからず。
自らに安らぎが与えられるその時は、今、少しばかり早い筈なのに。
桜咲き乱れるその場所の奥に見えるのは古ぼけた洋館の様な、そんな屋敷。
(「あそこに竜胆と言う人物がいる、か……」)
今回の件が竜胆からの依頼でもある事は、重々承知している。
けれども敬輔は、竜胆に会おう、と言う気には如何してもなれなかった。
何故なら……。
(「紫陽花……竜胆という名のその男の同胞とも言うべきであった彼……」)
帝都桜學府の『将校』と言う、多くの人々の命を背負う立場であったが故に、自分より先に失われていった多くの命達の事を思い、故に自らよりも深き世界への絶望と憎悪を抱き、仲間達と共にその命を散らしていった『剣士』
(「……いや、或いは彼の絶望はさておき、あの憎悪自体……俺達に『憎悪』と思わせ、俺達に斬らせるための芝居だったのかも知れないが……」)
そんな、紫陽花を。
(「自らの憎悪を以て斬った俺に、表に出る資格はない、な」)
まるで回し車を駆け続けるハムスターの様に。
答えの出ない思考に身を委ねながら、敬輔は鞘に納めていた黒剣を抜剣する。
鈍い銀の輝きを発するその刃が、黄昏時の夜に溶け込んでいく様に漆黒の色へと変貌するのに小さく頷いた敬輔が、囁きかける様にその呪を紡いだ。
『俺の代わりに探し出してほしいものがある。……頼んだ』
その呟きに、応じる様に。
――分かったよ、お兄ちゃん。
――また後でね。
『彼女』達が囁きと共に、宵闇に咲く桜の風景の中に溶け込む影と化して、その場を駆け抜けていった。
(「あのお屋敷には、何人かの猟兵達が直接向かっているみたいだね」)
少女達の囁き声。
『彼女』の意識と同調し其方を見ると、成程、確かに何人かの猟兵達が屋敷の中へと入っていく姿が見える。
(「監視らしき相手は……?」)
中まで入る様に願い、屋敷の中を巡る。
竜胆の動きを監視していると思しき者は判然としなかったが、その中には見知った青年の姿があるのが見て取れた。
(「あれは、雅人か」)
猟兵達に会釈をし竜胆の元へと猟兵達を案内した雅人は、竜胆へと敬礼し、静かに屋敷を後にして。
ある所へと向かっていた。
其れ即ち、柊の居場所。
恐らく……。
(「雅人は柊の帝都桜學府側の監視兼、柊の護衛と言った所か……?」)
――と、その時。
柊の回りに集まる幾つかの好奇の視線を『少女』達の気配は感じた。
けれどもその視線は複数で、誰が『スパイ』なのかの特定は、離れたところからでは難しい。
(「人体に影響を与えない、対影朧兵器の研究か。軍需産業者や各国が興味を持つのは当然だろうな」)
何も幻朧戦線のみではない。
700年続く『帝都』による支配から脱しようと考える国があっても、それは不思議な話では無い。
その為の『道具』として幻朧戦線を利用しようとしている可能性は、当然ながら在るだろう。
(「停滞した世界を揺り動かすために起こす戦争、か」)
その戦争がもし起きれば、世界が激動の時代を迎えるのは間違いない。
最も……。
(「それが是か、非かなのかは、俺には判断できないがな」)
その先にある世界がどの様なものか――なんて、1猟兵に過ぎぬ自分には分からないから。
だが……。
(「その思想が無辜の命を奪うというのであれば……その負の連鎖を防ぐために、俺達は動くだけだ」)
彼等幻朧戦線にとっては、どちらの方が大切なのだろう。
『命』か。
それとも『革命』か。
答えを見出せぬままに敬輔は、『少女』達の魂に同調して、柊を見つめる。
桜を見上げ、物思いに耽っている様に思える猟兵達に近付く柊と、その柊を監視する複数の視線と。
そして、静かに柊を見つめている、雅人の姿を。
成功
🔵🔵🔴
白夜・紅閻
◇銀紗
花見に適した場所を確保する
UCで凱と瑠華を召喚し一緒に花見をしている
この二人はあの人等の忘れ形見のようなものだからな
少しでも…楽しんでくれればと思う
時折
カミサマと時折連絡を取りながら動物たちを使い情報収取を行う
カミサマは上空から、僕は地上からだ
人気のなさそうな場所や、如何にも怪しい雰囲気の奴や
夜桜を見てないさそうな奴らの近くに動物たちに見張らせ、見たこと聞いたことを動物達に伝えてもらう
吉柳・祥華
◇銀紗
SPD
普通に夜桜を楽しんでおるぞ
柊を見つけたのなら自然な形で近づき雑談でもしようかの
流石にここで柊を狙ってくることはないと思うのじゃが
竜胆?
嗚呼、名だけは聞いておるが…
実際に遭ったことが無いので対処のしようがないのじゃ
紹介されれば頭の隅っこにでも覚えておくのじゃ
その間に
賑わっているところに影は生まれる…
と言う訳で、遥か上空にサイキックキャバリアの『神凪』を待機させておいて、『神凪』を介して『識神』を放ち≪情報収取≫を行う
どんな些細な会話も聞き逃さぬように聞き耳を立てつつ上空を旋回してもらう
『識神』はドラゴン形状のBS-Fクリスタルビット
迷彩によって闇に紛れておるのじゃ
※アドリブ・連携可
神宮時・蒼
……桜、綺麗、ですね。…まさか、此の裏で、事件が、進行、しているとは、思い、ません、でした、けれども…。
……ともあれ、見つけ、られる、ならば、散策がてら、見つけて、みましょう、か
【SPD】
まずは情報収集しなくては
スパイについての情報を何も知らぬままは探せないので、関係者の方々にお話を伺いましょうか
ある程度情報を頂いたら、散策がてら索敵してみましょうか
(…そういえば、夜に、桜を、ちゃんと、観るのは、初めて、ですね)
周囲をよく観察してみれば、此の場にそぐわない表情や雰囲気の人がいるかもしれません
特に目的も無くふらりと周囲を歩きます
(……此のまま、桜の花びらと、共に、消えてしまえたら、楽、なのに―)
●
――ヒラリ、ヒラヒラ。
宵闇の中で咲き乱れる幻朧桜達を見て。
(「……桜、綺麗、ですね……」)
ほう、と息を吐きながら、神宮時・蒼は、そう思う。
その『綺麗』と言う思い、それが、自分の胸に暖かな熱を灯らせてくれる。
其れが『心』と呼ばれるものなのかどうかは、分からないのだけれども。
でも、この不思議な気持ちは最近よく、蒼の身について回るものだ。
(「……でも、まさか、此の裏で、事件が、進行しているとは、思い、ません、でした、けれども……」)
帝都桜學府で製作されていると言う対影朧兵器を狙うという事件が。
(「……ともあれ、見つけ、られる、ならば、散歩がてら、見つけて、みましょう、か」)
それが、『人』へと自ら歩み寄るつもりはない――そう考えていた蒼の行動に、重大な影響を与えていることに……蒼は、気がついていなかった。
●
(「……あの娘は……?)
フラフラと、誰かを探す様に。
挙動不審に辺りを見回しながら歩いている少女……蒼の姿を空から見つけた、𠮷柳・祥華が軽く小首を傾げつつ。
そのまま淡い虹の彩りを持つ彩天綾を風に靡かせつつ、祥華は周囲にいるであろう、『柊』の姿を探していた。
(「それにしても、見事な夜桜じゃな」)
この幻朧桜の枝から生み出した白桜も喜色を浮かべ、嘗ての自分達の同胞の美しさに、その目を輝かせている。
そんな白桜にたおやかな微笑を浮かべ、ふわり、ふわりと舞う祥華。
蒼は、目的の人物を探しながら、夜桜を散策がてら見つめていた。
茫洋とした赤と琥珀色のヘテロクロミアには、お上りさんの様な戸惑いと好奇の光が宿っている。
――と。
(「どうやら、いたようじゃのう」)
祥華が目的の人物『柊』を見つけ、蒼の傍へとふわりと天女の様に軽やかに舞い降りた。
●
「あ、あの……?」
怖ず怖ずと。
写真で情報を得ていた男を見つけ、蒼がそう呼びかけると。
男……柊は自分に呼びかけてきた蒼に気がつき、口元に柔和な微笑みを浮かべて今晩は、と優しく挨拶した。
「今晩の桜は、月の光に照らし出されて、とても綺麗だね」
「あっ……そ、そう、です、ね……」
柔らかい口調の儘に柊に言われ、蒼は自分の中の灯が揺れるのに気がつき、我が事ながら焦りを覚えて思わず柊から目を逸らしてしまう。
(「如何して……ボクは……?」)
任務とは言え、この人に、声を掛けたのだろう。
戸惑いからか目を泳がせる蒼。
と、その時。
「ホッホッホッホッホ……久しぶりでありんすのう、柊」
不意に、空中から鈴の鳴る様な声が、優雅な笑い声と共に降ってくる。
そのまま天女の如く音もなく蒼の隣に着地した祥華に、驚きと戸惑いを隠せぬ蒼に反して、柊は、目元を和らげて微笑んだ。
「お久しぶりですね、祥華さん。もう、あれから4ヶ月、ですか……」
微かに遠くを見る様に目を眇める柊に、そうじゃのう、と口元を衣の裾で覆ってカラコロ、と鈴の鳴る様な笑い声を立てる祥華。
「いや、神たる妾からすれば、ほんの瞬きにも過ぎぬ時間じゃが……おぬしの様な『人』にとっては、かなりの時間になるでありんすかね?」
冗談めかして告げる祥華に、いえいえ、と柊が微苦笑を零す。
「私達にとっても、この4ヶ月は長い様で、短い、あっという間に過ぎさって言った時間ですよ。ましてや……」
と、此処で。
束の間、目を閉じる柊。
その柊の言の葉と思いに隠れているであろう其れを『神』として感じ取った祥華もまた優雅に頷き、彼と共に祈りを捧げる。
状況が分からぬ蒼は目を瞬かせ、小首を横に傾げていたが、自分の胸の中から競り上がってくる何かに突き動かされるて、静かに赤と琥珀色の双眸を閉ざし、胸の前で両手を握りしめ、静寂な祈りを捧げていた。
――それは、束の間の紫陽花への哀悼の時間。
最初に束の間の哀悼の祈りを捧げるのを止め、目を開いたのは柊だった。
その瞳は無意識に祈りを捧げる蒼への感謝の光に溢れている。
「ありがとう。私の大切な人のために、祈りを捧げてくれて」
その柊の呼びかけに。
「……えっ……?」
怪訝そうに赤と琥珀色のヘテロクロミアを開き困惑も露わに首を傾げる蒼に、再びありがとう、と柔和な微笑を浮かべた後、そう言えば、と祥華を見やる柊。
「此方の子は初めてなのですが。祥華さん、この子も……?」
その柊の問いかけに。
「うむ、妾もこの者と会うのは初めてでありんすが、おぬしらの言う超弩級戦力の一人でありんすよ」
と、告げたところで。
不意に何かを思い出したかの様におお、そうじゃ、と、祥華が軽く掌の上で拳を叩いた。
「実はのう、柊。妾は今日、紅閻と共に、此処に花見に来ているのじゃ。ここで会えたのも何かの縁。折角じゃし、一緒に花見でもせぬか?」
その祥華の提案に。
「ああ、それは良いですね。もし私で宜しければ、是非」
頷く柊に鷹揚にうむ、と祥華が返した後、未だ状況の変化について行けずに瞬きを繰り返す蒼へと視線を移した。
「おぬしも、花見に来たのでありましょう? これも巡り合わせというものでありんす。妾達と一緒に花見をしませぬか?」
その、祥華の問いかけに。
蒼が戸惑いと困惑の表情を更に深める。
そんな蒼に祥華が微笑み。
蒼の背丈と同じ位までしゃがみ込み、その耳元でそっと囁いた。
「おぬしも、柊を守る為に来たのでありましょう? それならば妾達と共に来た方が、色々と都合も良いかと思いなんすよ?」
その祥華の囁きに。
「そう……ですね……」
何処かはっ、とした表情になった蒼が短く頷きそれから同行の意を示す。
(「ボクは……こんな、風に……」)
誰かと一緒に、お花見をするなんて、そんなこと、考えたこと、あった、で、しょうか?
そんな蒼の思いとは裏腹に。
蒼の足は、自然、祥華と柊に続いて、白夜・紅閻が取っているお花見場所へと自然と向いていたのであった。
●
――桜並木の、その一角で。
(「カミサマ……遅いな……」)
花見用にとシートを広げて、剴と瑠華を呼び出す様にそっと、指の色褪せてしまった指輪に触れながら、紅閻が一緒に花見をする約束をしていた祥華の事を思い出している。
色褪せてしまった指輪を紅閻が撫で、其れに反応する様に一体の月の聖霊と、銀の双翼を羽ばたかせる天使の外見を持った聖霊が呼び出された。
瑠華と、剴。
そう名付けられた2人の聖霊、それは……。
(「あの人等の忘れ形見の様なもの……だから、な」)
それは、失われて久しい、届きそうで届かない、霧の向こうにある『彼女』の記憶から来る言の葉、であろうか。
それとも――。
と、その時。
「おう、紅閻」
大地を歩く様にしながら、近付いてくる祥華と……。
「柊、か。むっ、その子は……?」
柊と、その隣で緊張しながらも上の空で、夜桜に目を奪われている、蒼の姿。
と、此処で。
――ちちちっ……。
小さな足音と共に、一匹の子リスが紅閻の足元に辿り着き、それからちょいちょい、と一方角を指差している。
紅閻が子リスの其れに釣られて其方を見れば、そこには見慣れた雅人の姿。
(「雅人……か」)
紅閻が軽く其方に向けて会釈をするが、雅人は微笑を綻ばせて軽く会釈を返す。
その懐から小さな白い影がひょこひょこと走り出し……。
「……この……子は……?」
見慣れぬ動物なのだろう。
蒼が驚いた様に目をパチクリさせながらその愛らしい白長の鼬を見つめると、祥華がふむ、と軽く頷いた。
「オコジョじゃな。して、紅閻、このオコジョは何と?」
その祥華の問いかけに。
紅閻が取り敢えず、と小さく返した。
「今は職務中だからまた時間がある時に会おう、との伝言を、雅人から受けた様だな」
「ふむ……雅人にも少し話を聞ければとは思ったのでありんすが……」
と、祥華が呟きながら、巫女型サイキックキャバリア、神凪を遙か上空へと飛ばし、それによって増幅された思考波で竜型の光学兵器反射型戦闘ドローン『識神』を起動させ、天からの目で情報収集を行なわせつつ、改めて柊と蒼へと視線を移す。
「……あの……えっと……」
蒼が困った様に瞬きを繰り返しつつ、目前で愛らしく小首を傾げるオコジョを見る。
その愛らしさにちょっと撫でてみたい、と思うと、紅閻が小さく呟いた。
「撫でて貰うのはこのオコジョも嫌いではないそうだ。そうしてやると良いだろう」
「……あっ……はい」
紅閻の促しに首肯して、恐る恐る、オコジョの喉元に触れる蒼。
ふかふかな毛皮を猫にするブラッシングの様に撫でてやると、オコジョが気持ちよさそうに目を眇めて首を伸ばした。
「フワフワ……です……」
はにかむ蒼の様子を、柊がまるで娘を見る親の様な優しい眼差しで見つめていた。
「やはり、この年頃の娘さんは、こう言った可愛いらしい動物に興味を持つんだね」
思わぬ柊の呼びかけに。
我に返って、何となく気恥ずかしそうに顔を赤らめつつ、蒼が頷き。
そんな蒼の様子を見て、カラコロ、と鈴の鳴る様な声で祥華が笑い、紅閻もまた、普段は見せない、微かに柔和な眼差しを見せる。
召喚した瑠華と剴が、まるで夫婦の様に寄り添い、静かに空を見上げて桜の花が舞うその姿を見つめるのを、目の端に捉えながら。
「……可愛い、子は、つい、ちょっと、モフモフ、したく、なります、から……」
辿々しく呟く蒼に、そうか、と穏やかな微笑を湛えて柊が頷く。
そこまでで、そう言えば、と柊がふと、何かを思い出した様に呟いた。
「君と会うのは初めてだったね。もし良かったら、名前を教えて貰っても良いかな? 超弩級戦力であることは、小加算の話と立ち居振る舞いから分かるけれども」
「……あっ。すみません……。ボクは、蒼、と、言います」
ポソポソと自らの名を名乗る蒼に、ありがとう、と首肯を返す柊。
「では、蒼さん。私も改めて名乗らせて貰うよ。私は柊と言う。見ての通り、研究者だ。まあ色々あって、監視は付けられているけれどね」
外套代わりに羽織っている白衣をちらりと見せてから苦笑を零しつつ告げる柊に、そうですか、と蒼が頷いた。
「……あの、柊様」
その、蒼の問いかけに。
「? どうかしたのかい?」
柊が軽く促す様な表情を浮かべると、蒼がその、と話を続ける。
「最近、柊様が、よく、お会い、している方は、おりますか?」
「最近、私が会っている人……かい?」
微かに怪訝そうな表情になって返事をする柊に、うむ、と祥華が頷いた。
「少し、気になる噂が入ってきているのでありんすよ」
「ああ……成程。だから、雅人君が私の所に来ていたのですか」
思わぬ柊の呟きに。
紅閻が意外そうな表情になって柊を見つめて、言の葉を紡いだ。
「……気付いていたのか」
「ええ。この頃、帝都桜學府の中でも噂を少し。雅人君も仕事が忙しいのに、ちょくちょく私の所に来ていましたので、もしかしたら、とは思っていましたから」
ひょこひょこと立ち去るオコジョの背を見送り、柊が微苦笑を零す。
賑やかな夜桜咲く、花見に絶好なこの場所で。
諜報員である雅人が目立つ様な姿で来ているのは、恐らく各国のスパイ達への牽制も兼ねているのであろうな、と祥華は思う。
「では……柊様は、自分が、狙われている、と……?」
その蒼の呟きに。
柊が寂しげな微笑を浮かべて、そうですね、と静かに首肯した。
「私、というよりは、私達の研究について、だとは思うけれどね。未だ実用化迄は程遠いけれども、あれが軍需産業関係者や、幻朧戦線に狙われている可能性は十分高い。兄……紫陽花が命を捨ててまで警告してくれた様に、ね」
「……紫陽花……様……?」
怪訝そうに首を傾げる蒼とは反対に。
紅閻と祥華が咄嗟に顔を見合わせ、特に紅閻が重苦しい息を一つ吐いた。
「じゃあ、紫陽花の本当の目的は、柊の研究している兵器を利用しようとしている輩がいる事への警告だったと、そう、柊は考える事にしたのか」
(「あの時、僕はのし掛かる絶望に押し潰され、あの様な愚行に走ったと思っていたのだが……」)
(「転生を否定し、黄泉がえりを肯定し、魂の進化を冒涜していた、紫陽花が、のぅ……」)
紅閻と祥華、其々の思考を脇に置いて。
蒼が、それでと話を続ける。
「柊様は、竜胆様、と言う方を、知って、いますか……?」
「ああ、知っているよ、蒼さん。彼は紫陽花……今は亡き、私の兄上の友人だからね。まあ、帝都桜學府に所属しているとは聞いているけれども詳しくは」
「ふむ……そうでありんすか」
(「となると竜胆に関しては、妾達が気にする必要はないでありんすな。元々、名だけ聞いている相手じゃしのう……」)
と、祥華が内心で結論づけた時。
迷彩によって闇に紛れている『識神』が捉えた言葉に気がつき、目を眇めた。
(「……近い内に、大花見祭……」)
(「では、その時に……」)
その呟きを聞き取って。
「……紅閻」
祥華が柊や蒼に聞こえぬ小声で紅閻に呼びかけると、紅閻が静かに頷き、獣奏器に封じられた静かな調べをサイキックエナジーで起動させ、小動物達を祥華が聞き止めた会話のあった方へと向かわせていく。
一方蒼は、竜胆と柊の関係、その中に出てきた『紫陽花』と言う名と、そこに籠められた深い哀惜の念を無意識に感じ取り、胸を締め付けられる様な痛みを覚えていた。
「……お兄様、の、ご友人、ですか……」
(「そんな、事が、あったの、ですね……」)
――ふわり、ふわ、ふわ。
微風が吹き、蒼の髪と美しい夜桜の花を浚っていく。
舞い散る花弁の儚さが、まるで紫陽花という名の人物と彼が喪われたことに対する柊の瑕疵を象徴するかの様で、それが、胸の中に灯る火にとても、響く。
ボクの中の、この胸の灯火が、消えてしまうのは、何時なのだろう。
いや、この様に痛むのなら、いっそ……。
「……此のまま、桜の花弁と、共に、消えてしまえたら、楽、なのに――」
ポツリ、と。
思わず口から零れ出た蒼の心の一端を聞くや否や。
不意に、柊が険しい表情を浮かべた。
「……蒼さん。その考え方は、良くないよ」
やや厳しい声音の柊の其れに。
弾かれる様に赤と琥珀色の双眸を、柊へと向ける蒼。
紅閻も蒼が何気なく呟いた其れに無意識に目を眇めて、柊の言葉に静かに同意の首肯を返している。
その手が、無意識に色褪せた指輪を撫でていた。
「君が何を抱え、何に悩んでいるのかを、私は知らない。けれども、君が消えてしまえば、君が失われた事に痛みを覚える人が必ずいる。消えて良いものなんて、何もないんだ。既に失われたものは、取り戻せないけれども」
――それは、嘗ての柊の罪。
――取り戻そうとして、取り戻せなかった、大切な……。
「柊。おぬし……」
柊の口から零れ落ちたそれに、祥華が思わず口元を緩ませ。
紅閻もまた、ふっ、と小さく息を一つ吐いた。
「蒼。君の話を聞いたら、あのオコジョの主……雅人もきっと、同じ事を言うだろうな」
その紅閻の言葉に同意する様に。
夜桜をうっとりとした表情で寄り添い見つめていた、瑠華と剴が其方を振り向き、まるでその通りだと言う様に、と静かに首肯している。
――特に、かの者達の片割れ……『月の聖霊』たる瑠華が、はっきりと、強く。
そんな柊達の言葉に気圧される様に。
蒼が思わず俯き加減になり、でも、と消え入りそうな程に儚い声で呟いている。
「ボクは、物、です、から……」
「物? どう見ても人にしか私には見えないが」
その蒼の呟きに、怪訝そうに首を傾げる柊に、祥華が、嗚呼、と小さく頷いた。
「成程。蒼。おぬしは、紅閻と同じ存在なのかぇ?」
その祥華の呟きに。
「ヤドリガミの同胞、か」
紅閻が納得した様に頷くのに茫洋とした赤と琥珀色の双眸を向け、蒼が首肯した。
その蒼の首肯に、紅閻が成程、と軽く同意し、だが、と言の葉を続ける。
「僕は、僕の主の一部だった。だから僕は主の記憶の一部を持っている。そしてその記憶は、僕と主の記憶そのもの……」
「……紅閻様?」
上手く飲み込めず瞬きを繰り返す蒼に、つまり、と紅閻が囁いた。
「僕達には、『思い』がある。そしてその思いを抱き続ける限り、僕達は『個』なんだ。僕は君の生まれや経験は知らない。だがそれでも、僕達の前に蒼という一人の『個』として現れた。そうして一緒に花見を楽しむと言う思い出を共有した。それこそが『個』として大事なことなのだと、僕は思う」
「……『個』。ボクが、『個』……?」
呆然と呟き、もう一度上空の桜の花を見つめる蒼。
祥華がそんな蒼の様子を見て優美に笑った。
「恐らく、おぬしにはまだ良く分からない話かも知れんのぅ。じゃが、その様に考える『個』も居る事を知っておけば、何時かおぬしの役に立つかも知れぬ、と妾は思うのう。少し、気に留めておくとよいのじゃ」
「……はい。分かり、ました……」
小さく頷く蒼に、祥華と紅閻、そして柊が頷く。
果たしてそうこうする間に、動物達が戻り、紅閻にある情報を伝えてきた。
(「帝都桜學府の学生服に身を包んだ学生と思しき女性達、か……」)
だとすれば柊と縁がある可能性も高く、今すぐ正体を突き止めるのは難しそうだ。
この時紅閻はそう思い、まだまだこれからのようでありんすな、と祥華もまた同意の意を示していた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
ウィリアム・バークリー
柊さん、無事に帝都桜學府に復帰出来たんですね。それはよかったです。
さて、いつものように叩き潰せば済むでなし。どこから手を付けましょうか?
存在が公然の秘密になってるようなスパイの人と接触。
そのような手筈は出来ますか、竜胆さん。
接触出来るならその人に会って、情報を仕入れようと思います。
影朧兵器の確保などと言うことをやらかせば、帝都も各国のスパイに対して鷹揚に構えていてはくれなくなるでしょうね。
あなたの耳にそんな話は届いていませんか?
情報の代価は、帝都がスパイを締め付けないこと。まあ、現状維持という以上のことはありませんが、目的の人物を放置して情勢が悪化すれば、各国のスパイの皆さんも一掃されますよ。
ネリッサ・ハーディ
【SIRD】の皆さんと共に行動
スパイの捕縛ですか。いわゆる、攻撃的カウンターインテリジェンスに該当しますね。先日相手をした影朧甲冑の様に、幻朧戦線側の手に渡ると厄介です。スパイの生死は不問の様ですが、生きたまま捕らえるのが望ましいですね。死体からは何も情報を聞き出せませんから。
とりあえず竜胆さんにアポを取って直接お話を伺います。主に今回のターゲットとなるスパイの経歴や目的、所在や行動等現在判っている事を聞き、他の猟兵に伝達。その後他の猟兵と合流して捜査に加わります。
それにこちらの世界のスパイマスターたる竜胆さんには、同じ諜報機関の一員として一度会って話をしてみたかったものですので。
アドリブ歓迎
灯璃・ファルシュピーゲル
【SIRD】一員で連携
事前:髪を黒染めしカラコンと現地の服で(変装)し
服・髪型は都度変更し(目立たない)よう印象操作
果てないイス取りゲームの先に
果たしてイス自体残るのか…考えない国の方が多いですかね
局長と連携し情報部が知りうる柊の女性関係、
研究所出入りの業者やよく立ち寄る店等を調べ
街に溶け込む様に秘密裡に調査・行確(情報収集・忍び足・追跡)し
妙な接触が多い人物は直ちに監視対象化し局長達に情報展開
対象に拠点がある場合は監視地点を近辺に設け
指定UCも随時使用し動き・人数・協力関係者を仲間と共に調査する
情報部の内部漏洩を念の為警戒し極力調査の動きを
彼らにも感知されないよう注意し進める
※アドリブ歓迎
藤崎・美雪
アドリブ連携大歓迎
「あの思い出の墓地の、その影で」3章で受け取った手紙でも
対影朧兵器を狙うスパイの存在に言及していたな
手紙と和菓子の手土産片手に
竜胆さんに話を聞きに行こう
※手紙の内容は全猟兵に知らせています
竜胆さんは帝都桜學府のお偉いさんゆえ
「礼儀作法」で礼を尽くすことが前提
当方の要請に応えて墓地にて支援いただけたことの礼と
紫陽花さんを止められなかった詫びを入れつつ
スパイについて帝都桜學府が掴んでいる情報を聞き出そう
…私よりうまく聞ける人がいるだろうがな
会話の最中で指定UC発動
影もふもふを幻朧桜や夜闇に紛れさせつつ
竜胆さんの監視をする輩がいないか、念のため捜索
発見次第そっと他猟兵にも伝えるよ
●
「柊さん。無事に、帝都桜學府に復帰できたんですね」
花見をしている数人の猟兵達と柊の姿を、古ぼけた屋敷の前で見届けて。
ウィリアム・バークリーの呟きに、そうだな、と藤崎・美雪が首肯を返す。
「しかし、柊さんが作っていると言う対影朧兵器を狙うスパイの存在、か……」
美雪の、独り言の様な呟きに。
「確かに、先日相手をした影朧甲冑の様な兵器が、幻朧戦線側の手に渡ると厄介ですね」
(「所謂、攻撃的カウンターインテリジェンスですか。出来ることなら、スパイを生け捕りにしたい所です。……死体からは何も情報を聞き出せませんし」)
と、内心で思いつつネリッサ・ハーディが事務的な口調で首肯するのに、同様に頷きながら、目立つ藍色の髪を黒く染め、黒いカラーコンタクトを嵌め込み、更に眼鏡を掛けて現地の人々に溶け込む様な服装へと変装した灯璃・ファルシュピーゲルが、その眼鏡の奥で光る瞳を微かに細めた。
「局長。幻朧戦線側に其れを渡そうとしているのは、恐らく『帝都』による700年に及ぶ平和を拒む各国の者達及び、その意を受けたスパイ達、ですよね。……その様な果てのないイス取りゲームの先に、果たしてイス自体が残るのか……」
戦争による、人々の進化。
其れを大望とする、幻朧戦線に協力する各国。
けれども、その各国の思惑と行動によって、この世界全体が火に包み込まれてしまった時。
この世界そのものが絶対に残ると、誰に断言することが出来ようか。
(「UDCアースでも、核の火がもし世界を飲み込めば、灼け尽くされたその後に残る物は何も無い可能性がありますのに……それとも……」)
「……そこまで考えない国の方が多い、と言う事なのでしょうかね?」
「そうですね、灯璃さん。或いは、此方の世界のスパイマスターである竜胆さんは、そこに思い至っているからこそ、今回の件のスパイの阻止を私達に依頼してきているのかも知れませんが……」
「まあ、確かに竜胆さんは、腹にそれなりに色々と抱えている相手ではあるが……流石に悪い人間では無い筈だがな……」
(「とは言え、4ヶ月前のあの戦いで私に送ってきた手紙の内容に、スパイの存在への言及、更に紫陽花さんについてまで言及している様な人でもあるか……」)
等と内心で美雪が冷汗を垂らしつつ、屋敷の様な諜報部の扉を開く。
そのまま中へと入ると、そこには……。
「皆さん、久しぶりだね」
と、人懐っこい微笑を浮かべた青年が丁寧に一礼。
その腰に退魔刀を佩いた彼の姿を見て、ウィリアムがお久しぶりです、と微笑んで会釈を返した。
「ぼく達の迎えですか、雅人さん。先ずは、柊さんの帝都桜學府への復帰、おめでとうございます。とても良かったと思います」
そのウィリアムの言の葉に、雅人が静かに微笑み頷きを一つ。
「ありがとう、ウィリアムさん。とは言え、あの事件の事もあるから、流石に無罪放免、と言う訳にはいかず、僕が監視役として付いてはいるのだけれども」
その雅人の、呟きに。
「……寧ろそれは、護衛なのではありませんか?」
ネリッサがそう問いかけると、頬を掻きながら参ったな、と雅人が小さく呟いた。
「流石はSIRD……Specialservice Information Research Departmentの局長さん、と言った所かな? いや……それとも、僕の事件を予知したグリモア猟兵からかい?」
「私達の組織についても、調査していらっしゃる様ですね」
灯璃がさりげなく水を向けると、以前、と雅人が微苦笑を零しつつ話を続けた。
「柊さんの事件の解決に尽力してくれた、超弩級戦力達の有志による異世界の情報局。聞き囓り程度ではあるけれど、多少はね」
「すっかり諜報員が板に付いてきているな、雅人さん。初めて会った頃の貴方からは想像もつかなかったが」
感嘆とも呆れとも思える溜息をつく美雪のそれに、いえ、と微苦笑を零して流し、そのまま此方へ、と案内を始める雅人。
「そう言えば雅人さん。以前来た諜報部とは此処は少し場所が違うが……」
案内を進める雅人に美雪がさりげなく問いかけると。
「これでも一応、諜報部だからね。幾つか支部……と言うかセーフティーハウスの様な物は僕達諜報部として持っているよ。一箇所に中枢を集中させる方が管理は楽だけれど、その分何かあった時のダメージが大きいからね。それに……」
「任務の内容によって、場所を変えるのは常套手段ですね。ましてや、前回の事件の様に身内からも造反者が出る様な不測の事態が起きる可能性も鑑みれば尚更ですか」
ネリッサのそれに、雅人が曖昧に誤魔化す様な笑みを浮かべて、前を向く。
程なくして、地下最奥部にある一室へと辿り着いた。
「それじゃあ、僕はこれから任務があるので、これで失礼するね」
その、雅人の挨拶に。
「ああ、はい。またお会いできる日を楽しみにしていますね」
ウィリアムが会釈をすると、小さく頷いた雅人が会釈を返し、そのまま足早に竜胆の居る部屋の前を後にする。
その後ろ姿をさりげなく見送りつつ美雪が軽く息を一つ吐いた。
(「雅人さんも大分忙しそうだな。それとも彼が柊さんの監視をしているのだろうか?」)
内心で、美雪がそんな事を考えている間に。
ネリッサが竜胆の部屋の前の扉をノックすると、中から女性の声が聞こえてきた。
「どうぞ」
呼びかけと同時にドアのノブが回る音が鳴り、そのまま開かれる。
ドアを開けた張本人……美雪は3度目の出会いとなる……竜胆の秘書と思しき女性が丁寧に一礼し、それから奥の席に着いている竜胆へと視線を送った。
竜胆は美雪達の姿を認めると、粛々と席を立ち、その場で深々とお辞儀を一つ。
「ようこそいらっしゃいました、猟兵の皆様。この度は、私共の依頼の解決へのご協力、誠にありがとうございます」
丁寧な竜胆の一礼に、ネリッサと灯璃、ウィリアムが軽く会釈をし、そして美雪が代表の様に深々と一礼した。
その手には前回の戦いで渡された手紙と、和菓子の詰め合わせが用意されている。
「此方こそ、紫陽花氏についての、これ程の機密をあの時お送り頂いたこと、また、かの事件の折に当方の要請に応え可及的速やかに支援の手を差し伸べて頂けたこと、深く感謝している。此方は、あの時の御礼と、紫陽花氏を止められなかった事への謝罪の印、と思って頂きたい」
そう告げて。
美雪が和菓子を竜胆に示すと、お気遣いありがとうございます、と竜胆が柔和に微笑み、控えていた秘書の女性が、美雪から差し出された菓子折を受け取り、奥へと消えていく。
それをちらりと灯璃が見送るのを目の端に捉えた竜胆が来客用のソファーを、ネリッサ達にどうぞ、と示した。
ネリッサと灯璃が反射的に敬礼を、ウィリアムが頷きを、そして美雪がカーテシーを行い、そのままゆったりとした作りのソファーに腰掛ける。
その反対側にゆっくりと竜胆が腰掛けた頃合いをまるで見計らったかの様に、先程の秘書が、美雪の謝罪の印たるお菓子と、人数分のコーヒー・紅茶……其々の好みに合わせた温かい飲み物を差し出すと、ウィリアムが微かに驚いた様な表情になった。
「ぼくには紅茶ですか。気が利いていますね」
「お世話になっております超弩級戦力の皆様の好み位は把握させて頂いておかなければ、と思いまして。これもまた、私なりの嗜みでございます」
何てことのないウィリアムと竜胆のやり取りの中に、自らの目前に置かれている飲物を見つめ、ネリッサが軽く息を一つ吐く。
(「私達の嗜好を、私がアポイントメントを取った段階で、様々な資料を通して調査しておりましたか……。大したものですね」)
灯璃もまた、出された飲物に口を付けてほう、と一つ息をつき、それから改めて、手元に持っていたトランクケースを開放。
その中から軍用PDAと、統合戦術無線機のセットを取り出し、端末を手早く操作し、情報を展開していく。
「柊。凡そ1年と半年程前に、娘を失いその後、影朧に協力する形で、娘である鈴蘭様の黄泉がえりの実験を行なうが、これは我々超弩級戦力によって阻止。鈴蘭は永遠の眠りにつき、その後、雅人さんと自らの娘と紫苑さんの墓参りの後、償いの為に再び帝都桜學府の研究員兼、一教員として監視付きで復帰。以前より務めていた研究室の室員である蘭さん、及び菊さんと共に一般人にも使うことの出来る害の無い対影朧兵器の製作に携わりながら、帝都桜學府學研究員及び、學徒兵の様な後進の育成に尽力を注いでいる……。尚、研究所に出入りしている業者は軍需産業関係の方々が中心で、後進の育成の事も有り、學徒兵や研究員達にも慕われている、と……」
そこまで告げたところで、ふう、と灯璃が一つ息を吐く。
竜胆が微苦笑を浮かべて、流石ですね、と小さく呟いた。
「その辺りの資料は私達からも提供させて頂くつもりでしたが。既に調査済、でございましたか。これでは私達の立つ瀬がございませんね」
「先に街の方で調査をさせて頂きました。あなた方を疑うつもりはございませんが、私達外部の人間にこの様な依頼をしてくると言う事は、先日の紫陽花さんの様に、獅子身中の虫が居る可能性もございましたので」
澄ました顔で身に付けていた眼鏡を軽く掛け直して呟く灯璃を、美雪が微かに咎める様な表情で見つめるが、竜胆は特に怒る様子を見せるでもなく、そうですね、と静かに頷いた。
「紫陽花の件に関しましては、弁明のしようがございません。只……彼のあの動きによって幻朧戦線に協力するスパイ達の一部を特定できたものですから。それと……」
そこまで告げたところで。
少し鋭い目付きになって、竜胆が話し続ける。
「この帝都桜學府内にも、帝都桜學府の在り方、この世界の在り方に疑問を抱く勢力があることの証左を得る事が皮肉にも出来てしまいました。前回の件の結果として、帝都及び、帝都桜學府内の不満分子にも、ある程度の牽制を掛ける事は出来た……図らずもそうなってしまったのもまた、事実ではございますがね」
(「その上で、その分だけ自分達の立場の強化にも繋げることが出来た、と……」)
溜息と共に、ネリッサが軽く頭を横に振る。
この中で行なわれている情報戦の意味はあまりにも重く、大きい。
この様な状況下で、『対影朧兵器』を狙うスパイを放置すれば、どうなるか。
難くない想像に溜息を漏らし、改めてこの任務の重要性を再認識したネリッサがそれで、と問いかけた。
「此度の件で、私達が掴んでいる情報は大体この様な所なのですが……竜胆さん達の側で現在掴んでいる今回のターゲットとなるスパイの経歴や目的、所在や行動等を教えて頂きたく、此方に伺わせて頂きました。実際竜胆さん達は何処まで其れを掴んでいるのです?」
その、ネリッサの問いかけに。
竜胆が傍に控える秘書に軽く目配せをすると、秘書が頷き再び奥に消えていく。
程なくして彼女が持ってきたのは、全部で4セット用意されていた書類だった。
「申し訳ございませんが、其方の情報は、本来であれば私達諜報部の機密となります。持ち帰りは許可できませんので、その点はご容赦の程を。他に協力して頂けている、超弩級戦力の皆様と共有して頂く事は構いませんが、それ以外の方々には極力漏洩せぬ様にして下さいませ」
竜胆のその言葉に、其れまでネリッサと灯璃、そして竜胆のやり取りを息を詰めて聞いていた美雪が小さく溜息を吐きながら静かに頷く。
「守秘義務、と言うものか。承知した」
「となると、流石にこの情報を担保に他の存在が公然の秘密になっている様なスパイの人々との交渉材料に使う訳にはいかない、と言う事ですか……」
ウィリアムが微かに残念そうに息を漏らすのに、そうですね、と微苦笑の儘に頷く竜胆。
「そもそも今回の対影朧兵器の件は、自分の鼻で嗅ぎつけた物にしか辿り着くことの出来ない帝都桜學府内の機密の一部なのです。まあ、その辺りの情報を鋭く嗅ぎつけてしまうのが、蛇の道は蛇と言う諺通り、柊の周りに現れる多くの方が軍需産業関係者及び、此度のスパイの様な者達であるのは皮肉としか言いようがございませんがね。まあ、この1点だけでも、この兵器の扱いが如何にデリケートなものとなっているのかが、お分かり頂けるかと存じ上げます」
「そう……ですね。逆に言えば、この情報を他のスパイに提供すれば、そのスパイが本国に報告して、各国が其れを求めて動き出す可能性すらありますか……」
難しい表情になって考えこむウィリアムに、そうです、と竜胆が頷くその間に。
ネリッサと灯璃が頭の中に情報を焼き付ける様に紙の書類に目を通しながら、その内容を軽く音読する。
「スパイのコードネームは、女郎花(オミナエシ)……本名は不明。亜米利加の敏腕エージェント……年齢は恐らく20歳前後……。対影朧兵器の情報取得による帝都の揺さぶり、可能であれば研究員である柊の誘拐、及び対影朧兵器の奪取……幻朧戦線に物資提供をすることによる、帝都の求心力の低下が最大の目的と思われる、ですか……。行動履歴は……不明?」
思わぬ一言を読み取り、微かに目を見張るネリッサに、竜胆が申し訳なさそうな表情になりながら、ええ、と小さく頷いた。
「不明、というよりは私達が迂闊に手を出すことの出来ない場所に、彼女……女郎花は潜伏しております。あれを私達の手で暴くのは後に残る瑕疵が大きすぎるのです」
「そこで、秘密裏に処理することが出来る私達に依頼を回した、と言う訳か」
美雪が疲れた様に頭を横に振るのに、竜胆がはい、と静かに首肯する。
「そして、この件に関しましては、『ある人物』も直接ではないですが巻き込まれている可能性が高いのです。その人物については、皆様に女郎花が誰かさえ見抜いて頂ければ、私共としてもお伝えすることの出来る情報となります」
「随分と警戒しているようですね。その『ある人物』の情報の漏洩に関しては」
灯璃がさりげなく水を向けると、苦虫を噛み潰した表情になりながら、はい、と竜胆が小さく首肯する。
「とは言え、我々諜報部は、超弩級戦力の皆様を最大限バックアップさせて頂く手配がございます。その為の一環として、遅くとも明日の夜には大規模な花見祭を開催させて頂く予定となっているのですよ」
「大規模な花見祭、ですか……。そこに人々が大勢集まればその隙をついて、柊さんを誘拐しようとする動きも出てくる、と言う算段ですね」
告げられた竜胆からのそれに、灯璃が思わず溜息をつく。
(「確かに帝都桜學府主催の大規模な花見祭に関する記事やチラシ、貼紙は見かけましたが……あれも、スパイを秘密裏に処理するための策の一つでしたか」)
と、此処まで考えたところで。
灯璃がふとある事に気がつき、竜胆に尋ねた。
「竜胆さん。もしやあなたは、柊さんを囮とするつもりですか? 私達超弩級戦力がその分、目を光らせてサポートするであろうことも考慮に入れて」
「はい、仰るとおりです。如何しても、諜報部だけでは動かせる人員に限りが出てしまいますので」
あっさりと肯定する竜胆に灯璃とネリッサが思わず、と言った様に顔を見合わせ。
美雪も目を白黒させ、ウィリアムが軽く目頭を押さえていた。
「帝都の人々が多く集う帝都桜學府主催の大花見祭ともなれば、一般的な帝都桜學府の學徒兵の動員も可能になり、その分、警備も厳重に出来ます。その為、女郎花の動きも制限される筈です。後は、超弩級戦力の皆様のご協力次第、となりますが……」
と、顔色一つ変えずに告げる竜胆の胆力に、ネリッサが承知しました、と小さく首肯した。
「其方の策は了解しました。それでしたら、他の猟兵達にも情報を回し、私達も警備態勢に協力させて頂きます。……お願いします、灯璃さん」
そのネリッサの的確な指示に。
「イエス、マム」
と、敬礼を一つして灯璃が頷き、JTRS-HMS:AN/PRC-188 LRP Radio搭載のネット通信機能を起動させて情報を今回の作戦に参加している猟兵達に伝達し始める様子を見て、美雪が、ふう、と溜息をついた。
「ならば私も警備の手伝いに回る方が良さそうだな……いや、先ずは……」
(「もふもふさん達、探しものをお願いしたい。頼んだよ」)
誰にも聞こえぬ程小さな声でそう呟き、全部で88体のもふもふとした小動物達の影を呼び出す美雪。
今回のモフモフは、猫さんや、ハムスターさん、リスさんと言った細やかなところにまで目の行く動物達。
その動物たちが一斉に散っていき、竜胆の動向を監視する影及び、盗聴器の様な怪しげな物が無いかどうかを確認し、そっと安堵の息を一つ吐く。
(「取り敢えずこの情報が漏れていないのであれば、作戦自体は上手く機能するだろう。しかし……大胆な手を打つものだな」)
と、美雪が考えるその間に。
ウィリアムが考え込む様な表情をしていたが、程なくして竜胆さん、と竜胆に呼びかけた。
「少しでもスパイ達の動きを抑制するために、もう一つだけ手を打っておきたいのですが、協力して頂けますか?」
「もう一つの手、ですか……。対影朧兵器の件を公開する以外の事でしたら、私に出来る限りのことはさせて頂きますが」
その竜胆の呟きに。
ウィリアムがでは、と答えた。
「あなた方が公然の秘密として既に押さえている別のスパイがいれば教えて貰えませんか? その対影朧兵器の件について、情報を持っていないかどうかの探りを入れてみたいのですが」
そのウィリアムの提案に。
微かに渋面を作りつつ、竜胆がでは、と1人のスパイの情報をウィリアムに渡す。
出身や経歴などを見る限り、どうやら彼もまた、亜米利加のスパイの様だ。
「彼が知らなければ恐らく亜米利加としてはまだ、形式上はその情報を手にしていない、と言う事になるでしょう。此処でもし彼が知っていると証言してしまえば、亜米利加は幻朧戦線との繋がりがある事が証明されますから。そして、それによって、帝都や各国から批難を受けることにもなる以上、迂闊な動きは行なわない筈です。情報漏洩の危険は、あまり犯したくないのですが……」
その竜胆の言葉に、ウィリアムが静かに首肯する。
「……分かりました。肝に銘じておきます」
ウィリアムの様子をちらりとネリッサが見やり、アイコンタクトで灯璃に何かを連絡するのに灯璃が頷くのを確認しながら、ネリッサが、
「他に何か今、出来る話はありますか?」
と問いかけると、竜胆が軽く頭を横に振った。
(「流石に、これ以上の情報は出てこない、か」)
と、内心で美雪が思い、ゆっくりと口を開く。
「竜胆さん。私達を信用し、全面的な支援をして頂けるとの約束、感謝する。ならば我々もあなたの信用に答えられる様、全力を尽くさせて頂こう。本日は、この辺りで失礼させて頂く」
そう告げる美雪に竜胆がありがとうございます、と深々と一礼した。
「どうか、お力添えの程を、宜しくお願い致します。超弩級戦力の皆様」
その竜胆の言葉を背に、ネリッサ達は、諜報部を後にした。
●
――諜報部を後にして。
「取り敢えず、裏取りは終了しました。どうやら、竜胆さんが教えてくれたスパイは今回の件について、情報を持っていない様ですね」
大花見会場内の各地点に、密かに監視地点を製作する灯璃の様子を見やりつつ。
一先ずの裏取りをすませたウィリアムの報告に、ネリッサが静かに首肯した。
「後はネットワークを構築しておけば良さそうですね。ご協力ありがとうございます、ウィリアムさん、美雪さん」
ネリッサの呼びかけに、美雪が何、と小さく呟いた。
「元々私は、竜胆さんと縁がある。この位のことはお安い御用だ」
「……監視塔の設置は完了しました。後は、当日勝負になりそうですね」
準備を完了させた灯璃の其れに、ネリッサが分かりました、と呟き、それから猟兵独自の通信網を製作し、其れで各自に情報を流し始める。
そのネリッサの様子を見ながら、美雪は思った。
(「竜胆さんがお茶を濁す、女郎花と間接的に関係している『ある人物』か。此は正直嫌な予感がするな……」)
その美雪の内心の呟きに、答えられる者は、誰もいなかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
朱雀門・瑠香
スパイを炙り出すのならその舞台を作ってしまいましょう!
というわけでうちの伝手とかをフルに使って桜學府主催(の名目)で花見を開催しちゃいましょう!
柊さんには囮になってもらってスパイ炙り出しに協力してもらって、竜胆さんたち諜報部の皆様には目立たない格好してもらって参加者として紛れ込んで柊さんの護衛をやってもらいましょう。
招く人は軍需産業関係者とか各国の駐在武官、後は柊さんに少しでも係る人たちを諜報部の皆さんに協力してもらって探し出してそういう人達も片っ端から招待しますか。
私も招待した人たちに挨拶回りしながら柊さんにつかず離れずを保って見失わないようにしながらスパイを待ち伏せましょう。
馬県・義透
四人で一人の複合型悪霊。生前は戦友。
第一『疾き者』唯一忍者
一人称:私 のほほん
まあねー、乗りかかった船というやつですよー。私と彼(第二『静かなる者』)が以前、関わったんですから。
さてー、まあ柊殿に会いに行きましょうか。
私としては初対面…でいいんですかねー。本当、『私たち』は複雑怪奇。
…元気かどうか、気になったんですよ。本当ですよ?彼(『静かなる者』)も気にしてましたのでー。
同時に、視線などがないか気にしましょう。私であるのは、『警戒されにくい』からですよー。
…スパイというのはね、忍者にとっては同じ穴の狢なんですよ。狢は狢同士、ね?
彩瑠・姫桜
柊さんに接触して[情報収集]するわ。
スパイが柊さんを狙っているのなら、すでに何らかの形で接触はしてるでしょうし。
なら、護衛も兼ねて柊さんに接触し、話をしてみたいわ。
研究者なら、それなりに外部の人との接触はありそうよね。
接触頻度が多い相手に絞り込むのも手なのかしら。
話を聞いた上で、今回会う人達がいるなら
気をつけておいてもよいかもしれないわね。
…スパイとして情報を得るということは、
それなりに柊さんの信用も得ているんでしょうね。
ともすると交友関係に水を差すことにもなって、心苦しい気もするけれど……。
柊さんにも相手の方にもできるだけ失礼のないように[礼儀作法]には気をつけて[心配り]もするわね。
亞東・霧亥
この学府の学生や教師に扮しているかもしれないが、一目瞭然とは流石にいかんな。
我々、超弩級戦力ともなれば、スパイも人相書きくらいは持っていそうだし、大っぴらに聞き込みをして警戒心を強められても困る。
【UC】
最近手に入れた力を使って立ち回る・・・いや、飛び回るかな。
身長約1.7cm。
辺りに舞い散る桜の花弁とほぼ同等の大きさになり、不自然な仕草やサインを送る人物に近付き、襟の内側に隠れたり髪の毛に忍んだりして、裏取りをする。
「うまく尻尾を掴めると良いが・・・。」
森宮・陽太
アドリブ連携大歓迎
帝都がスパヰ天国なのは百も承知なんだが
影朧救済のための軍事機密はさすがにスパヰの手に渡せねえ
それが幻朧戦線なら、奴らスパヰ甲冑とやらを持ってるはずだからなおさらだ
…まあ、幻朧戦線と決まったわけでもねえが
というわけで、俺は柊に話を聞きに行くぜ
紫陽花のことは…すまんかった
詫びを入れても足りねえが俺なりのけじめってやつだ
スパヰの存在を柊に知らせ
ここ数か月で新たに柊に接触を試みた輩がいないか聞き出すか
もし柊に同席者がいれば「目立たない」よう観察ないしは警戒
スパヰが長年潜伏していて柊の信頼を得ていれば、この場に同席していてもおかしくねえから、念のため
…なんで俺、こんなことを知っている?
天星・暁音
スパイねえ…出来れば生かして捕えたいとは思うけどもね
情報を探るのも必要だけど…柊さんの方を念のために見ておかないとかな
柊さんには悪いけど護衛として柊さんも兵器も両方見張らせて貰おうかな
事情を知らないなら説明は先にしとくべきかな
直ぐそばにいると怪しまれちゃいそうだからナノマシンを散布して…と…
何かあれば分解能力で敵の武器やら体やらを分解したり障壁展開して護ったりしてその間に駆けつけるかな
柊と狙わている対影朧兵器の周辺にUCのナノマシンを巻いて見張り異変があれば能力を駆使して護り直ぐに駆けつけられるようにしておきます
何方かを優先しなければならない状況なら柊を優先します
スキルUCアイテムご自由に
文月・統哉
前に菊さん蘭さんも
研究に関心を持つのは軍事産業関係者ばかりだって嘆いてたっけ
二人とも元気かな
竜胆さん柊さんと打ち合わせた後
柊研究室を訪ねる
捜査の段取りはスムーズに
コミュ力・演技・瞬間思考力で臨機応変に行動
読心術・視力・第六感も駆使して情報収集
メカニック・罠使い技能も有効活用
研究者、納入業者、清掃員、警備員等
研究所に違和感なく立ち入る者を中心に調査を進める
「そうそう、今日は柊さんにお土産持ってきたんだ。
対影朧兵器にも応用できるかなって」
打ち合わせ通り柊さんに渡すのは
UCで精巧に作った魔導蒸気エンジン
軍事転用出来そうな情報でスパヰを誘き出し
仕掛け罠で決定的な証拠とする
このスパヰ事件
真犯人は貴女だ!
●
――調査2日目。
(「そう言えば、前に菊さんも蘭さんも、研究に関心を持つのは軍需産業者ばかりだって嘆いていたっけな」)
昨日の夜、竜胆に会ってきたと言う仲間の猟兵達からの情報に苦笑を漏らしつつ、文月・統哉がそんなことをふと思う。
そんな統哉の考えを見透かしたかの様に。
「スパイねぇ……出来れば生かして捕らえたいとは思うけれどね」
状況を冷静に分析する様にその胸の星屑の光明を弄りつつ、天星・暁音がそう呟くのに、森宮・陽太がまあ、と軽く肩を竦め、それからふと、天を仰いだ。
「帝都がスパヰ天国なのは百も承知なんだけどよぉ。影朧救済のための軍事機密をスパヰの手に渡すわけには行かねぇよなぁ……」
その陽太の呟きに。
「だから、あれが今日の夜開催される予定になっているのですよ!」
いつもより気持ちテンション高目な空気を纏いながら。
朱雀門・瑠香が示したのは、帝都桜學府内に掲示されている一枚の帝都桜學府主催の大花見会。
その記事を読み、ざわめく生徒たちもいれば、夜も仕事か……と、何処か遠くを見る様な眼差しをする學徒兵の姿などもあり、帝都桜學府内全体の雰囲気が異様なざわめきに包まれている。
「それにしても、帝都桜學府主催の大花見会なんてねぇ……よくもまあ、そんな手が思いついたものだわ。と言うか、大丈夫なのかしら? スポンサーとか、何らかの後ろ盾がないと出来ない気もするのだけれど」
と、やや呆れた様に遠い目をする彩瑠・姫桜の呟きに、瑠香がそれはですね♪ と浮ついた様子で胸を張って見せた。
「朱雀門家が今回は全面的にサポートしているんですよ。事件の概要をグリモア猟兵から聞いてから伝手を頼って話を回したら、なんだか上手くいってしまいまして!」
瑠香の嬉しそうな呟きに。
「ああー、成程。所謂、利害の一致ってやつですねー」
のほほんとした笑顔を浮かべて、馬県・義透が瑠香にそう返事を返している。
「確かにこういう祭が開催されるのであれば、相手もそれに乗じて行動を起こす可能性は十分あるか」
と、亞東・霧亥が周囲の様子を注意深く伺う様に見つめながら呟くと、まあ、と統哉が口元に笑みを浮かべた。
「一先ず俺は、柊さんのところに行くつもりだけれど。皆はどうする?」
その、統哉の問いかけに。
「まあねー、乗り掛かった船というやつですしねー。私もお付き合いしますよー」
(「私と第二人格の『静かなる者』が以前、関わった方ですしねー」)
そう思いつつ、義透がそう答え。
「そうね……柊さんの様子も見ておきたいし、私も一緒に行くわ」
姫桜もまた、同様にそう頷き。
「まあ、俺も一緒に行かせて貰うぜ。……多分、俺達が頼まなきゃいけないこともあるしな」
陽太が僅かに神妙に俯き加減にそう答え。
「俺も一緒に行くよ。このまま黙ったままでいると、柊さんの為にもならないからね」
暁音が考え込む様な表情でそう返し。
「それじゃあ、私も一緒に……」
瑠香がそう言いかけた、正にその時。
「この大花見会は、瑠香、お前の家も関りがあったな」
そう、さりげなく霧亥が瑠香に問いかけると。
「あっ、はい、そうですが……それがどうかしましたか?」
「それならば、予め場所を見ておきたい。案内を頼めないだろうか?」
そう瑠香が首を傾げるのに、霧亥がそう告げると、瑠香が仕方ありませんね、と小さく呟き首を縦に振る。
(「どちらにせよ、此処での仕込みはすでに終わっています。後は、柊さんに囮の約束を取り付けるだけですが……」)
「話を聞いている限り、かなり大規模な花見になる様だ。となると、帝都桜學府からの要人等が来る可能性もあるだろう。その時、お前がやるべきことは……」
その霧亥の言葉に、軽く額に手を置いて溜息をつきつつ、そうですね、と瑠香が頷いた。
「分かりました。それでしたら、私が霧亥さんを今回の開催場所に案内しておきましょう」
「宜しく頼む」
諦めた様にそう答える瑠香に霧亥が頷き返し、帝都桜學府を去るのを見送った後。
統哉達は、柊の研究室へと足を運んで行った。
●
――トントン、トントン。
姫桜が、その扉をノックしたところで。
「はい、どうぞ」
研究室の奥から柊の声が聞こえ、それに頷き暁音達が研究室の中へと入っていく。
中には、柊と、他に幾人かの帝都桜學府学生と思しき男女がいて、彼女達は熱心に柊の話を聞いていた。
彼等に一斉に振り返られ、微かに身じろぎをする姫桜。
一方、統哉はニャハハッ、と笑い軽く柊に会釈を一つ。
「柊さん、久しぶり。もしかして、授業中だった?」
その、統哉の呼びかけに。
学生達が訝しげな目線を向けるが、柊はまるで分かっていたかの様に微笑み、いいえ、と軽く頭を横に振った。
「此は勉強熱心な学生達の勉強会だから、大丈夫だよ、統哉さん」
「そうか……定期的にこういう勉強会をしているんだ、柊さん」
初めて柊の所に対影朧兵器の研究に来たという名目でこの研究室に訪れた暁音がその時の事を思い出したか、懐かしそうに目を細めて問いかけると、柊が微笑んで首を縦に振る。
「それじゃあ、今日の勉強会は此処までにしようか。皆、今日の夜は帝都桜學府主催の大花見会だ。午後は休講だから、思い思いに楽しんでくると良い」
その柊の言葉に。
目を輝かせる者。
警備担当なのだろう、逆に渋面を作る者。
そして……。
(「……おや。この視線は……」)
ふと、生前、忍びの者であった頃によく感じたそれを微かに感じ取る、義透。
けれども、その底知れぬ視線の光は直ぐに掻き消える。
――丁度、学生達が退出したのとほぼ同時に。
(「これは、これは……あの学生達の中の誰かですかねー。それとも、それ以外に此処の外から見ている視線ですかねー」)
のほほんとした笑顔を口元に浮かべたままに、その気配を敢えてスルーする義透。
(「まあ、此処で捕まえたとしても其れが囮の可能性もありますからねー。ただ、今の視線は覚えさせて頂きましたよー。……同じ穴の狢同志として、ね?」)
と、義透が内心で呟くその間に。
「お久しぶりですね、皆さん」
と、気さくに呼びかけてくる柊に、そうね、と姫桜が頷き返す。
「帝都桜學府の仕事は相変わらず忙しい状況なのかしら?」
先程見かけた学生達を横目に見送りつつ姫桜がそう問いかけると、ええ、お陰様で、と柊が頷き返した。
一方、義透と同じく先程多くの視線の中に感じ取った一瞬の違和感を思いだし、それに対してある程度の見当を付けようと頭の片隅の冷静な部分で考え込みながら、気まずそうな表情を浮かべた陽太が、柊に向かって体を折って謝罪する。
「その……紫陽花の件は、すまなかったな」
もしかしたら、殺さずに済んだかも知れない。
影朧甲冑に乗っていた以上、もう、救えないことははっきりしていたけれども。
否……既に柊と雅人を襲いに来た直後が予知された段階で、全ては遅まきに失していたのだけれども。
それでも陽太は実の兄である紫陽花を、柊の目前で殺害した、と言う事実に対して詫びを入れずにはいられなかったのだ。
その陽太の思いを汲み取ったか。
微かに翳りを帯びさせた苦笑を浮かべて、いえ、と柊が軽く頭を横に振る。
「仕方在りませんよ。あれは、兄上が自分で選び、自分で決めた道です。その道を止められなかった責と罪があるのはあなた達では無い。私達です」
「そうかも知れないが……それでも、俺には俺のケジメって奴がある。理由はどうであれ、紫陽花を俺達が殺した事実は、決して消えない……消せない過去だ」
その陽太の呟きに。
暁音がそうだね、と言う様に双眸を瞑って静かに頷き、鋭く突き刺す様な痛みを発する共苦の痛みの刻まれた部分を静かに撫でた。
(「多分、この痛みは……」)
紫陽花を……実の兄を柊が失った事に対する悲哀の痛みであると同時に。
ケジメを付けたい……付けずには居られぬ陽太の胸中に掬う心の痛みでもあろう。
それが世界に共鳴し……暁音を貫く痛みと化して、暁音の体を貫いている。
しっかりと頭を下げる陽太の姿を見つめ。
困ったという様な表情を見せる柊が救いを求める様に見つめたのは……。
「ああ、あなたも来ていたのですか」
――義透。
義透は緩い微笑を浮かべたままに、えーとですねーと間延びした口調で答えた。
「一応、お久しぶりと言えば、お久しぶりなんですがねー。『私』として見ますと、恐らく初対面……ってことになるんですよねー、はい-」
「……?」
義透の言葉の意味を図りかねているのだろう。
頭に沢山の疑問符を浮かべて首を傾げる柊に、まあまあ、と義透が宥める様に両手を広げる。
「本当、複雑怪奇ですみませんねー、『私たち』はー」
「そ、そうですか……。やはり超弩級戦力には皆さん、其々全然違う種族と生まれを持っているのですね」
やや引き攣った笑みを浮かべながらの柊に、はいーと好々爺の風情をした笑顔を浮かべたままに義透が頷く。
そんな義透の様子に姫桜が軽くこめかみを解しながら、まあ、と小さく呟いた。
「頑張っている様なら、何よりだわ。其れで今日はちょっと聞きたいことがあって、柊さんに会いに来たのだけれども」
「私に聞きたいこと、かい? それは……」
姫桜の何気ない問いかけに、苦笑を浮かべて首を傾げる柊。
けれどもその表情に僅かではあるが釈然としない何かが感じられるのは、恐らく統哉の気のせいでは無いだろう。
(「まあ……当然だよね」)
その柊の様子を見ながら、内心で暁音が溜息を一つ。
先日諜報部に顔を出し、情報を共有してくれた猟兵達からの報告通りであれば、今日の大花見会自体が、柊を狙っているスパイを誘き寄せる為の大がかりな罠なのだとは知らされていないだろう。
或いは、その大花見会の影響で警備が薄くなるであろう、帝都桜學府に保管されている、研究途上の対影朧対策兵器に関する重要資料や資材を持ち出すかも知れない。
と、なれば……。
「柊さん。実は、貴方は今、人体に悪影響を及ぼさない、対影朧兵器の為に、恐らく何処かの国の、だと思うけれども……スパイに狙われているんだ」
そう暁音が事情を洗いざらい話すことも、やむを得ない事であっただろう。
その、暁音の言の葉に。
柊が口元に浮かべた微苦笑を消し、冷たく感じられる表情になって溜息を一つ。
「……狙われているのか。私のこの兵器と、この技術が」
「ああ、そうだ。アンタのその兵器とアンタ自身が、スパヰに狙われている。多分、紫陽花が所属していた幻朧戦線の奴等だとは思うけれどな」
陽太のさりげない追撃に。
柊が、一瞬呼吸が止まったかの様に顔色を蒼白にする。
「兄上が所属していた……と言われる、あの幻朧戦線に……?!」
「ああ、そうだ。アンタが作っている影朧救済のための軍事機密。そんな技術であれば、あいつら幻朧戦線は勿論、各国の奴等が、喉から手が出る程欲しがる様なものだ。当然だが、そんな物をスパヰの手になんて渡せねぇ」
そう言って顔を上げながら、キツく拳を握りしめる陽太。
その姿を統哉が軽く見上げつつ、柊さん、と統哉が聞く。
「竜胆さんの事は、知っているんだよな?」
「昨日も君達超弩級戦力の仲間に聞かれたけれど……ああ、知っているよ」
その柊の返答にそうだよな、と統哉が頷く。
「今日の夜の大花見会。これ、如何して開催されるか知っているかい?」
「? 確か名家と名高い、朱雀門家の好意で準備が進められていると聞いているが」
柊がそこまで告げたところで、統哉が実は、と小さく続けた。
「朱雀門家だけじゃない。今回の件、紫陽花さんの同僚だった、竜胆さんも一枚嚙んでいる。全ては、柊さんと柊さんの作り出した技術を守る為にね」
その統哉の応えに絶句する柊を見つめながら、姫桜が柊さん、と話しかけた。
「強制するつもりはないのだけれど。私達に会わなかったこの数ヶ月の間で、親しくなった方に女郎花(オミナエシ)さん、と言う方はいるかしら? 私達は、女郎花(オミナエシ)さんと言う人物が、柊さんと柊さんの対影朧兵器の技術を狙っているスパヰだと聞いているのだけれども」
(「どうしても、柊さんの交友関係に触れる様な、デリケートな話になってしまうのよね、こういう話って。交友関係に水を差す事になってしまうのは、とても……」)
その姫桜の心苦しさを、現す様に。
桜を象った玻璃鏡を埋め込んだ銀の腕輪……桜鏡の鏡面が波立つ様に泡立つ。
姫桜の感情に応じた反応を示す桜鏡の様子を反射的に見つめながらも、柊は軽く頭を横に振った。
「女郎花(オミナエシ)さんと言う人には、会ったことは無い……。 ……んっ? 女郎花(オミナエシ)……?」
と、此処で。
怪訝そうな表情を浮かべる柊の様子を見て、陽太が微かにその眉を動かした。
「何だ? 会ったことがあるのか? それとも……聞いた事でも有るのか?」
その、陽太の問いかけに。
柊が難しい表情をしたままに、いや……と小さく呻き、それから何処か気まずそうな表情を浮かべて、姫桜を見て直ぐに軽く頭を横に振る。
続けて統哉や暁音の姿を映し出し、益々気まずそうになる柊に、いよいよ訳が分からなくなり、思わず統哉が瞬きと共に首を傾げた。
「俺達と何か関係があるのか?」
その統哉の問いかけに。
束の間悩む様な表情を見せた柊だったが、程なくしてあることに思い当たったかのか、あ、と小さく呟いていた。
「いや、違うな。あれは確か、白蘭と名乗っていた筈だ……」
そう呟いたところで。
柊自身の中でも整理が付かないと言う表情で、軽く謝罪の言葉を陽太達に述べた。
「すまない。私が今確かに言えることは、女郎花(オミナエシ)さんと言う人は知らない、と言う事だけだ。何か引っ掛かりが無い訳ではないのだが……」
「まあー、そうでしょうねー。柊さんを狙うスパヰであれば、柊さんの前でその名前を出す筈もないでしょうからねー。少なくとも私だったら、そんなヘマはやらかしませんー」
柊の言い澱んだそれから何かを何となく察し、うんうん、と同意する様に頷く義透に、そうですね、と、何処か安堵する様に胸を撫で下ろして頷く柊を上目遣いに見やりながら。
暁音がでも、と話を続けた。
「柊さん。いずれにせよ、あなたと貴方の対影朧兵器の技術が狙われているのは事実だ。だから俺は、柊さんと柊さんの研究している兵器に、特殊な処理をさせて貰いたい。……構わないかな?」
そう問いかけながら星具シュテルシアを構える暁音に、分かった、と柊が頷く。
其れに軽く頷き返した暁音が、星具シュテルシアを杖形態にしたままに強く握りしめ、その杖の先端から、まるで夜空に浮かぶ星空の様に小さな輝きと瞬きを伴った、無数の魔導機械群体を生み出して、其れを対影朧兵器と柊の回りに散布していく。
暁音のお守りにも等しい其れを受け入れた柊の様子を見ながら、統哉が先の話を脳裏の片隅にピン留めしつつ、それで、と柊に改めて告げた。
「柊さんに囮になって貰うことも含めて、そのスパヰ……女郎花(オミナエシ)を捕らえるために、協力して欲しいことがあるんだ。手を貸して貰えないかな?」
何処か悪戯っぽい笑みを浮かべて、そう問いかける統哉のその言葉に。
柊が分かった、と静かに首肯をするのであった。
●
――その夜。
そこにあったのは、大きな喧噪。
数多の人々がこの美しく咲き誇る幻朧桜を見る為に、帝都桜學府主催の大花見会に訪れたから。
その喧噪の中で。
「さーて! 愈々始まりましたね!」
瑠香が大きな伸びを一つして、気合いを入れるがてら、張り切った声を上げる。
その張り切った声に瑠香に同行していた暁音が思わず微苦笑を浮かべていた。
そんな瑠香の張り切った声もまた、この喧噪の中に瞬く間に消えていく。
瑠香と共に柊から適度な距離を取りながら、空中に浮かべる星の船の目を借りて、上空からこの人々の群れを見下ろしながら、やれやれ、と軽く溜息をつく暁音。
一方……。
「す……凄い騒ぎね……まるで、お祭りみたい……!」
着慣れぬ和服を着せられて。
その喧噪の中に統哉と共に紛れ込む様にしている姫桜が緊張からか弾んだ、けれども少々甲高い声を上げるのに、同じく浴衣を来ている統哉が、何処からともなく取り出したクロネコのお面を身に付けながら、ニャハハ、と愉快そうに笑っていた。
「こうしていると、デートみたいだね♪ まあ、任務なんだけど」
「デ、デート?! ちょ、ちょっと統哉さん!」
思わず顔を赤らめて抗議する姫桜を、ニャハハ、と統哉が笑って受け流す。
「冗談、冗談♪ でも、そういうの抜きにしてもさ、こういう時ってちょっとワクワクしない?」
そう言って、パチリ、とウインクをする統哉に、姫桜が気恥ずかしくなったか、自慢の腰まで届く金髪を弄くりながら、咄嗟に統哉から目を逸らしつつ頷いた。
「ま、まあ、ワクワクしない訳じゃないけれど……。でも、多分、この中にいるのよね……柊さんを狙うスパヰが」
その姫桜の呟きに答える様に。
「ああ、その筈だ。最も、上手く尻尾を掴めるかどうかは分からないが……」
と、統哉の黒ニャンコ携帯のスピーカーから聞こえてくるのは、昼間に瑠香を伴い、この辺り一帯を散策し、ある程度場所を把握していた霧亥の声。
身長、凡そ1.7cm……桜の花弁とほぼ同等の大きさになり、上空を飛び回り、空から下の様子を伺っている霧亥が耳に付けている、ミクロサイズのイヤホンに、そうですねーと、相変わらずのほほんとした、義透の通信が割り込んだ。
「あの時感じた気配はあそこにいた学生からっぽい感じはしましたけれどねー。同じ姿で相手が現れてくれるとは限りませんしねー」
柊の周りで気配を殺す様に護衛に付いている義透の、その言葉に。
「スパヰがもし、ユーベルコヲド使いだったら……って話か」
周囲からは決して目立たない様に完全に気配を殺し、息を潜めて柊の居る桜並木の影に隠れた陽太が、義透のその言葉にそう頷き返す。
常人では決して行えない、気配を殺す隠密の法を、陽太は無自覚にやり遂げていた。
柊の周りに集まり、挨拶や酒を酌み交わす相手の様子を次から次へと流す様に見つめ、一点に視線を集中させず、不審に思われない程度に、周囲に目をちらつかせる。
無意識に行える自らのその動作に、陽太が内心で溜息を零した。
(「……何だって俺、こんな方法知っていやがるんだ?」)
自分でも此が行える理由が分からぬ儘に、夜桜を見上げる仕草を行ないながら、目端に必ず柊とその周囲に集まる人々を入れる陽太。
義透は陽太の反対側で、生前の忍者であった頃の自分……『疾き者』として培ってきた忍びの技術を使い、柊とその周りに集まる人々をさりげなく観察していた。
瑠香が諜報部に報告した手段で集まってきた軍需産業者や、或いは柊の旧友なのか、親しげに挨拶を交わしてくる人々に対して、卒の無い笑みを浮かべて対応を続ける柊の様子を見て、そっとその目尻を和らげる。
(「……少なくとも、元気にはなっている様ですねー。静かなる者……初めて柊さんにあった『彼』も気にしてましたけれどー」)
と、胸中で義透が頷いていた、正にその時。
その人々の群れの中から、先程感じた『視線』を感じる、義透と陽太。
2人同時に其方を見やれば、そこには現代で言う所の大学生位の男女の群れ。
「……いたみたいだぜ」
そう、陽太が何気なく耳にしたイヤホンに呼びかけると。
「了解した」
と、霧亥が小さく頷き、その男女の群れの中へと入り込む。
男女のその群れの中に特筆すべき雰囲気は見受けられなかったが……。
(「むっ。この匂い……白粉か?」)
やや他の女学生よりも強い白粉の匂いを敏感に感じ取り、霧亥の暗殺者として磨き上げられた直感が、彼女が周囲から僅かに、ほんの僅かに浮いていると囁いてきた。
その娘は、他の男女と何気ない会話に花開かせながら、極希に、何かを探る様な視線を、ちらり、ちらりと向けている。
(「此処は……確証が欲しいところだな」)
そう思い。
桜の花弁の様にさっ、とその娘の髪の毛の中に隠れる霧亥。
「……あの子が怪しいのか」
その霧亥の動きを星の船を通して具に観察していた暁音が小さく確認する様に独りごち、念のために、と帝都桜學府にある対影朧兵器に散布してきたナノマシンへと意識を向ける。
其方からは、何の気配も感じられない。
(「となると……狙いは完全に、柊さんに絞られている、と言う事か」)
そう胸中で暁音が独りごちる間にも……。
「やあ、今晩は。良い月夜ですね。朱雀門家現当主、瑠香殿」
「この度は私達を、この様な大きな花見会にお誘い頂き、誠にありがとうございました」
その手にグラスを抱えて瑠香に礼を述べる高級そうな衣服に身を包んだ男達に、微笑みを浮かべていえ、と瑠香が丁寧な会釈と世辞を述べ、それから社交界の如き会話に花開かせて彼等の事を引き付けつつ、目の端で柊を捕らえている。
……そして。
「動き出した」
それまで、姫桜と共に、帝都桜學府の學徒兵と歓談していた統哉の赤ニャンコ携帯に、霧亥からと、その様なメールが届いた。
と、此処で。
「じゃあ、その星蘭って言う貴女達の先輩は……」
「ええ、夜の帝都でも有名らしいわよ。とても芸事が上手くて、男子のあしらい方が凄く上手なんだって!」
さりげなくそう話す學徒兵の少女の其れに。
隣でその話を聞いていた少年學徒兵がそれで、と軽く頷いた。
「何でも、そこでは彼女は白蘭と呼ばれているらしいんだ。まあ、俺は夜の帝都に遊びに行く暇があったら、もっとやるべき事が沢山あるから確認したことはないんだけれどね」
と、告げるのに、姫桜が成程、と小さく頷いた。
(「となると、柊さんはこの噂話を知っていた可能性はあるわね」)
とは言え、この様な話を幾ら超弩級戦力とは言え、まだ未成年の自分達に柊が告げるのは抵抗があっただろう。
そこに柊の不器用な誠実さが見え隠れしている様に思えて、姫桜が微苦笑を思わず零した、正にその時。
霧亥の連絡を受けた統哉が、姫桜達と学生の輪を抜けて、足早に柊の方へと向かい、そして……。
「柊さん。ちょっと……」
と、柊にごにょごにょと耳元で囁きかけた。
その統哉の言葉に柊が驚いて一つ頷くと、柊は統哉と共に、そっと大花見会を抜け出すように足を動かす。
其れに釣られる様にして……。
霧亥が髪の毛に隠れている『彼女』……星蘭……否、女郎花(オミナエシ)と呼ばれるであろうスパヰがさりげなく学生達の輪を抜けて、統哉と柊の方へと息を潜めて向かい始め。
それを、陽太と義透が密かに追跡した。
●
――大花見会会場から少し離れた、その場所で。
「それで話というのはなんだい、統哉君」
水面に桜の花弁が舞い落ちた、人気の少ないその場所に。
招かれた柊がその瞳に好奇の光を称えて統哉に呼びかければ。
統哉がフッフッフ、と勿体ぶった笑い声を上げて、その懐から、それを取り出す。
それは……レプリカクラフトによって精巧に作り上げられた魔導蒸気エンジン。
「実は俺、あの時見せて貰った対影朧兵器を見て、もしかしたら此なら応用できるかもって思ったんだよ。これならきっと、誰にも迷惑が掛からない対影朧兵器を作り上げるのに転用できる!」
その偽、魔導蒸気エンジンを手渡す統哉に柊が、その両目に驚きと興奮の色を称えて、その偽の魔導蒸気エンジンを惚れ惚れとした表情で見つめていた。
「おお……これがあれば……!」
と、柊が呟いた、その刹那。
――ヒュン。
一陣の風が舞い、柊の手元にある其れを浚っていく。
風が止んで現れたのは、柊の手元から、その偽魔導蒸気エンジンを奪い取った、帝都桜學府の学生と思しき20過ぎの娘。
その娘が口元に鱶の笑みを浮かべて立ち去ろうとした、その瞬間。
「遂にその尻尾を掴んだぜ、女郎花(オミナエシ)! 真犯人……スパヰは、貴女だ!」
すかさず統哉がその指を突きつけ、その正体をはっきりと断言する。
スパヰ……女郎花(オミナエシ)はその言葉を聞いて、ちっ、と舌打ちを一つして、そのまま周囲の幻朧桜に身を隠す様にして、その場を駆け抜け素早く離脱。
その後ろを陽太と義透が他の猟兵達に連絡を入れ、素早い足取りで追っていき、程なくして陽太達は辿り着いた。
スパヰ『女郎花(オミナエシ)』……否、『白蘭太夫』の縄張りの、夜の帝都に。
成功
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第2章 冒険
『夜桜遊郭夢想譚』
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POW : 専門知識を売りに用心棒や料理番などの奉公人として潜入する。
SPD : 大盤振る舞いの羽振りの良さを披露して客として潜入する。
WIZ : 己の美しさ、礼儀、教養を武器に遊女として潜入する。
イラスト:菱伊
👑7
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
――帝都遊郭。
猥雑さと喧噪に包まれる宵闇の帝都のその一角には、花街と呼ばれる、高級官僚や、貴族、高級軍人達御用達の、花と音楽とおもてなしに彩られた場所がある。
傍には遊女達もいるその場所は、秘密裏に様々な重要な情報のやり取りが為されるそんな側面を持っていた。
その『花街』の一角に。
ここ数年の間に瞬く間に力を付け、『太夫』の称号を拝した娘が一人。
その娘こそ……スパヰ、『女郎花(オミナエシ)』
『女郎花(オミナエシ)』は花街の一角にある、とある高級茶屋に滑り込んだ。
その『女郎花(オミナエシ)』の姿を見て。
『女郎花(オミナエシ)』にその才能を見込まれ、最近になって芸事を鍛えられていたその胸に羽根を差した、一人の桜の精の少女が安堵の息を吐いている。
「……お帰り、『白蘭太夫』」
その少女の呼びかけに。
『女郎花(オミナエシ)』……『白蘭太夫』が雅な笑みを浮かべて小さく頷いた。
「只今でありんすよ、『紫蘭』。芸事の稽古は上手く進んでいるでありんすか?」
その『白蘭太夫』の呼びかけに。
「うん……そこそこ」
『紫蘭』がはにかんだ笑みを見せ、傍に置いてあった『琴』を取り寄せ爪弾いた。
音楽は、聞く者の心を解し、癒してくれる。
そしてそれは、影朧達の『転生』のための力にもなってくれる。
そう『白蘭太夫』に教えられた『紫蘭』は、その為の音楽を学ぶべく、この『花街』へと足を踏み入れ、芸妓としての訓練にいそしんでいた。
(「この娘が私の手元にいる限り、帝都桜學府は早々に手を出せない」)
その事実を、『白蘭太夫』は知っていた。
そして……いざとなれば『紫蘭』を人質に、自分が此処から逃げ出すことが出来る可能性がある事も。
(「さて……如何するでありんすか、超弩級戦力達」)
この帝都の闇の中で仄かに光り輝く花街の中で。
どの様にしてこの『白蘭太夫』を捕らえ、『紫蘭』を救うのか。
それとも……。
次の一手を考える様に思考を進めながら、『白蘭太夫』は『紫蘭』の奏でる琴の音に身を委ねる。
――それは、『白蘭太夫』の、束の間の、休息だった。
第2章のルールは下記となります。
1.『白蘭太夫』を捕まえるべく、猟兵達は夜の街の中に繰り出すことになります。
2.基本的にはスニーキングミッションとなりますが、18禁描写は致しません。
3.猟兵達は性質上、年齢を問わず好きな様にこの景色に溶け込むことが可能です。
4.但し、年齢20歳未満のPCの飲酒の描写は出来ません。
5.『白蘭太夫』の傍には、『白蘭太夫』から琴を習う『紫蘭』と言う名の桜の精がいます。
6.状況によっては、『白蘭太夫』は、『紫蘭』を人質に取ることを厭いません。
7.『紫蘭』を花街から連れ出したり『白蘭太夫』から引き剥がすことは可能です。
8.『紫蘭』の生死は問いませんが、彼女の結末は第3章の判定に影響します。
9.この章では『白蘭太夫』を殺害及び逮捕することは出来ません。
――それでは、夜の街での冒険を。
館野・敬輔
アドリブ可
1章に引き続き指定UCで様子見中
猟兵の動きが変わったことに気づき
スマホにいつの間にか届いていた情報から状況把握
…白蘭太夫とやらと、紫蘭を探すのが先決か
だがあの花街とやらの空気は…どうも俺は苦手
紫蘭に合わせる顔がないのも相変わらずだし
仕方ないから引き続き指定UCで少女たちに同調しつつ
「闇に紛れる、失せ物探し、世界知識」駆使して捜索
こちらのほうが紛れるにも好都合だろうしな
もし先んじて白蘭太夫と紫蘭の居場所を把握したら…どうしよう?
俺、この場に誰が来ているかわかってないぞ
統哉ならいるかもしれないな…いったん指定UC解除してスマホに情報を送っておくか
送ったらまた指定UC発動して監視は続けるが
●
――お兄ちゃん。
意識や感情を『彼女』達に同調している状態で。
『彼女』達の一人が呼びかけたのに、館野・敬輔が消えていた意識を取り戻し、思わず呟く。
「猟兵達が、新しい動きを見せた?」
と、不意に。
――ブルルルルルッ! ブルルルルルッ!
不意に、懐のサバイバル仕様スマートフォンのバイブレーションが鳴った。
おもわぬそれに、びくり、と肩を竦ませ、敬輔が肉体に意識を戻し懐のそれを取り出して見ると。
(「メール? 何時の間に……」)
差出人不明のそのメールに素早く目を通す敬輔。
その内容を読み取り、思わず渋面を作っていた。
(「……白蘭太夫とやらと、紫蘭を探す……か」)
と、此処で。
そこに書かれていた名前に思わず息を呑む。
「……紫蘭?! あの桜の精かっ……!?」
そうであるのならば、紫蘭を探すのは必携。
しかし、太夫である白蘭と紫蘭が入ったのは、夜の帝都とも言われる……。
「……遊郭。一応、その傍にある花街という所に逃げ込んだ様だが……」
夜の街、とされるだけの猥雑さと人々の雑踏。
遊郭と異なり『茶屋』ではその喧噪の中で密会なども行なわれているらしいが。
「……駄目だな。噂に聞く花街とやらの空気は……どうにも苦手だ」
(「それに、今の俺には、正直、紫蘭に合わせる顔もない……」)
それは紫蘭……否、紫苑の父、紫陽花を殺した罪故か。
それとも――。
「だから今、俺に出来ること、それは……」
――と。
両手で携えていた黒剣へと敬輔が再び意識を集中させ、黒剣の中に『在る』少女の『魂』達に同調する。
そのまま闇に紛れる影と化して散る少女達の魂と共に、探索の網を広げていった。
(「他の猟兵達ですら、見失った、そんな相手を、発見できるのか?」)
ともあれ、綿密にその跡を辿っていくと……。
――ふわり、と。
胸に羽根を差した肩まで伸ばした紫髪の、頭部に愛らしい桜の花の枝を生やした少女を見つけ、息を呑んだ。
――お兄ちゃん。
――あの子は……。
(「紫蘭……か?」)
そう思い。
彼女の後を追おうとするが、雑多な人の波に揉まれ、どの茶屋に入っていったかを追い切れない。
(「だが……」)
花街の中でも特に高級店舗の並ぶ地帯の方へと流れていったのは確かな様だ。
と、此処で。
「しまったな……俺、この場に誰が来ているかを知らないぞ……」
これ以上の追跡が困難なのであれば、誰か適当な猟兵に連絡を取る必要がある。
考えた敬輔は、仕方ない、と束の間意識を肉体へと戻し、スマートフォンに登録されているアドレスの一つを呼び出して。
「統哉ならいるかも知れないな……送っておくか」
独り言ちる様に呟き、メールを彼の携帯へと送信し。
引き続き夜の街の監視を続ける為、意識を『彼女』達に同調させたのだった。
成功
🔵🔵🔴
ウィリアム・バークリー
『女郎花』は花街に身を潜めていますか。なるほど、情報収集には便利な所です。
紫蘭さんがいるとなると、問答無用で制圧というのも難しいですね。
何とか引き離さないと。
ぼくは妓楼の小間使いをさせてもらいましょう。「礼儀作法」は心得ています。ご心配なく。
ご機嫌よう、紫蘭さん。練習熱心ですね。お茶をどうぞ。
紫蘭さんはどうして花街に? 管弦の道なら、宮内省の雅楽寮でもよかったんじゃありませんか?
紫蘭さんには、ぼくたちがここに至った経緯を全て打ち明け、『白蘭太夫』――女郎花のいないうちにこの場を離れてくれるようお願いします。
雅楽の師匠は責任持って見つけてきますから、今はここから離れてください。お願いします。
馬県・義透
女郎花、とはよく言ったもので。まあ、ベタな手段ではありますよ。
というわけで、女郎花…いえ、白蘭太夫の居場所、探りましょう。
で、場所がわかりましたらー。指定UCにて『静かなる者』を呼び出しまして。
すみません、変わりに店に客として入ってくださいなー。
私、忍びらしく天井裏とかから行きますのでー。『紫蘭』という女性を、助けるための手も多くあった方がいいのでー。
※
第二『静かなる者』冷静沈着な霊力使いの武士
わかりますよ。私とあなたが、一番性格も話し方も近しいことは。
…そう、『我ら』はまだ、二人になったところを見せたことがないですからね。
ですから、あなたとしての演技をしましょうか。相手を油断させるためにも。
ネリッサ・ハーディ
【SIRD】の皆さんと共に行動
女郎花を捕らえる為にも、まず彼女が潜伏している場所を特定する必要があります。
まずUCの夜鬼を放ち、花街の上空から女郎花もしくはその関係者と思しき人間の捜索を行います。同時に自身も地上から【情報収集】で【目立たない】様捜索し、その状況を逐一SIRDメンバーや他の猟兵に報告。潜伏先を特定したら、その建物内の出入口等脱出経路の割り出し及び建物への忍び込み、可能ならば竜胆さんに連絡し人員を回して貰い建物外部の逃走経路を封鎖して逃走を阻止。もし紫蘭さんを人質に取った場合、人質交渉で時間を稼ぎ隙を伺います。
諜報員の行動は、同じく諜報員である私には概ね予測できるというものです。
ミハイル・グレヴィッチ
SIRDの面々と共に行動
俺は元スペツナズの元傭兵だぜ?こういった潜入任務は不向きだと思うんだが…まぁいい、俸給分の働きはしてやる。それに遊女に囲まれてタダで飲み食いできるんだ。悪い話じゃねぇな。
客として潜入し酒飲んで酔漢(の振り)して遊女達に話を聞く。
最近評判の、えーと確か…白蘭太夫だっけか?一度会ってみてぇな。いやま、流石に太夫なんか相手にできる身分じゃねぇが、今花街で話題の人だろ?ちょいと一目拝んでみたくてな。どこに行けば会える?
当然聞き出せた情報はウチの局長に連絡、その後は太夫、いや女郎花ご対面だな。
当然、任務に支障はない。この程度は飲んだうちに入らねぇよ。ロシア人なめんな。
アドリブ歓迎
森宮・陽太
アドリブ連携大歓迎
もし変装する猟兵がいたら
俺も「変装」するのに手を貸すぜ
…今回必要なのは隠密
なら…やるしかねえか
白蘭太夫…女郎花が俺らと帝都桜學府の「敵」であることは確かだからな
「敵」と意識的に口にし、無感情無表情の暗殺者モードに
全猟兵との連絡手段を確保し行動開始
指定UC発動し未来視を可能にした上で
「闇に紛れる」ように人目を避けながら「忍び足」で移動
時折「聞き耳」立て琴の音を探す
琴の音が強い建物および部屋を特定したら
「地形の利用、怪力」で壁をよじ登り建物に潜入
白蘭太夫と紫蘭を発見次第様子を観察
紫蘭が離れ次第白蘭太夫の前に姿を晒し
「催眠術、言いくるめ」で味方と誤認させる
女郎花、目的はなんだ?
亞東・霧亥
【SIRD】
女郎花の潜伏先は、情報収集を終えたネリッサ局長に聞く。
【UC】
俺は引き続き小さい姿で潜伏先を飛び回り、逃走経路を把握。
『ロープワーク』と『罠使い』の技術を駆使し、急ぎ『早業』で様々なワイヤートラップを設置。
足先を引っ掛ける、踏むと足元を掬われる、トラップを跳んで回避すると頭が引っ掛かる、幾重にも編み込まれて壁が出来ているetc.
とにかく嫌らしい罠を張り巡らし、『逃亡阻止』と『時間稼ぎ』に尽力する。
藤崎・美雪
アドリブ連携大歓迎
スニーキングミッションか!
まずい…私の超絶苦手分野だ
ひとまず花街への潜入前に
竜胆さんに再度接触し追加情報をもらおう
女郎花が誰かは突き止めた
だが、なぜか紫蘭さんらしき人が一緒にいるようだが?
紫蘭さんが白蘭太夫と共にいる理由をご存じなら教えてもらおう
もし聞き出せたら全猟兵に情報共有するぞ
その上で私も化粧で素顔を隠し芸妓見習いに変装
白蘭太夫とやらの茶屋は道中の聞き込みや指定UC駆使で積極的に探し
芸妓見習いとして入門したいと真正面から尋ねるぞ
まあ、実際習うのだがな
紫蘭さんはいつでも庇えるようにしておく
万が一私が猟兵とバレても問題はない
他の猟兵から一時でも警戒を逸らせればそれで十分さ
天星・暁音
目標が分かっていれば追跡は容易だね
一般人を人質にするかもだし…泳がせておくとして…
彼女が人質取るなら容赦しないとして得た情報は念の為に記録っと…
…紫蘭さんかあ…これは皆に共有だね…
スパイ側に増援や救援ないかも念の為に警戒しないとだから…船からも遊郭全体を見張ろうか
異変があれば直ぐに皆に知らせられるように…
引き続きUCで白蘭太夫を追跡し見張り
一般人の多い場所なので監視に留めつつ誰かに手を出しそうなら障壁で妨害、逃げたり人質に手を出すなら手足一、二本もぎ取るなり適時、分解や障壁を使用
紫蘭さんの事は分かり次第、猟兵側に共有します
何方かを選ぶなら人質を護る方を優先
アドリブ歓迎
スキルUCアイテムご自由に
灯璃・ファルシュピーゲル
【SIRD】一員で連携
竜胆に協力願い
米国と友好関係かつ技術的ライバル国の諜報部が
紫蘭の獲得工作に動いていそうな噂を米国筋に流して貰う
その後局長と連携し店を特定次第
会社役員風の男性客を装い潜入(変装・催眠術)
礼儀を欠かない程度に大金を使い太夫に相手して貰えるよう店側を誘導
頃合いを見て紫蘭さんにお近づきになりたがってる様に太夫に見せつつ
態と諜報員である事・幻朧テロに関わってる事を把握している事を匂わせ
圧力を掛け仲間や自身が彼女を連れて行くのを邪魔せず協力願えるよう誘導を狙う
紫蘭には琴の演奏依頼をしたいと連れ出し安全圏へ
指定UCで周囲確認しつつ護送し事情説明後
局長達と一緒に包囲態勢につく
アドリブ歓迎
神宮時・蒼
……なんか、煌びやかな、場所、ですね
…もっと、隠れて、いると、思って、いました、が…
とは言え、潜入、ですか
いまいち理解は出来ていませんが、此処がそういう、大人の遊び場なのは、はい
…ボクみたいなのが、潜入、出来ます、でしょうか…
簡単ではありますが、【料理】や【掃除】は出来ます、と伝えましょう
駄目ならば、多少の【医術】や【薬品調合】の心得がある事を
こういった場所では、医術の助けもいくらか必要になる場面もあるでしょうから
いざとなれば、ゆ、ゆうじょ?でも。【楽器演奏】少し、出来ます
可能であれば、紫蘭様を連れ出せれば、いいのですが
街から連れ出すのは怪しまれそうなので、何処か安全な場所はあるでしょうか
文月・統哉
紫蘭、雅人…
これもまた宿命なのか
偽魔導蒸気エンジンの仕掛け罠が機能してるならGPSで所在把握
敬輔からも情報受け取り
雅人含め仲間と情報交換
連携出来るよう打ち合わせしておく
俺は得意の変装と演技で従業員として潜入
紫蘭と接触し
雅人から大事な話があるからと
こっそり抜け出すよう手引きする
紫蘭を安全な場所へ連れ出したら
雅人と共に真実告げる
白蘭はスパヰだ
直ぐには信じ難いだろうし
理解しても動揺は大きいだろう
だからこそ雅人に支えて貰いたい
紫蘭にも話を聞き
白蘭がスパヰとなった背景探る
止む無き理由に苦しんでるなら尚の事
捕まえる事で俺は白蘭を救いたい
二人の力を貸して欲しい
音楽は聞く者の心を解し癒してくれる
俺もそう思うよ
朱雀門・瑠香
それじゃ、見習い芸妓にでも変装して潜り込むとしましょうか。
髪を黒く染めて眼もカラーコンタクト入れて黒にして、化粧も念入りにしてぱっと見、別人になるまでやっちゃいましょう。
紫蘭さん連れ出したいけど、直接部屋に乗り込むのはいくら何でも怪しまれるし。とはいえ決して一人で外出しないわけじゃないだろうから、太夫に見つからないように隠れながら見張って、紫蘭さんが一人になったところを接触してこれまでの事情話して一旦花街から出てもらいましょう。
太夫の追跡があったら懐に忍ばせておいた煙幕弾炸裂させて視界を塞ぎ時間稼ぎ紫蘭さんの手を取って逃げる。
その際は私が太夫と紫蘭さんの間に位置して狙われないようにする。
吉柳・祥華
・銀紗
・真の姿は不可
WIZ
ミーティアコスメによって妾は変装しておるぞ
寵姫の能力を以てしてパフォーマンスで可能じゃろう
その間に紫蘭とも仲良くなっておきたいのぅ
あえて悪目立ちでもして白蘭太夫に目を付けれるのもよいかのう
その間に、他の猟兵たちが準備を進めておるじゃろ
万が一、紫蘭が巻き込まれでもしたら
体でも張って白蘭から紫蘭を引きはがし
その流れで、妾自身が死ぬ(フリ)でもしようかのう
わっちは『鵺ゑ』と申しんす
行き倒れのところ助けられてのでささんす
紫蘭の演奏を聴き、なんと素晴らしいのでござんしょう
アドリブ・連携可
白夜・紅閻
◇銀紗
SPD
何度か通い、白蘭を指名していたが
途中で新しい遊女『夜ゑ』の事を知り指名して
※あえて白蘭の興味をカミサマに向かせられればと
どうやら向こうはこちらの事を調査済みらしいので
まあ、詳しいことはまでは多分知らんだろが
まさか…あの紫蘭なのか?
(なんでまた、こんな危険を…。あえて誘いに乗ったのか…それとも偶然か?)
(可能なら紫蘭に話を聞きたいが…難しそうか?)
そうえいば白蘭太夫よ
お気に入りの芸子がいると聞いたがどこで拾ってきたんだ?
アドリブ・連携はご自由に
●
「帝都桜學府諜報部、応答願います。此方、Specialservice Information Research Department/コードネーム、 Jagd hund der bundです」
JTRS-HMS:AN/PRC-188 LRP Radioの、統合戦術無線機を利用して。
灯璃・ファルシュピーゲルが竜胆に通信する。
程なくして竜胆からの応えの声が、無線機を通して聞こえてきた。
「此方、帝都桜學府諜報部、竜胆です。如何致しましたか、超弩級戦力の皆様」
「『女郎花』の居場所を特定しました。そこでとある偽情報を、米国と友好関係且つ、技術的ライバル国に流して頂くことを要請します」
その灯璃の問いかけに。
束の間の沈黙の後、囁き声で竜胆が返してきた。
「どの様な情報でしょうか?」
「彼等が、紫蘭さんの獲得工作に動いていると言う噂を米国筋に。他の方々から聞いた話によると、紫蘭さんは貴方方にとっても重要な鍵、との事。そこで、彼女の安全は最優先事項と判断しました」
すらすらと口上を並べ立てる灯璃のそれに。
「って、ちょっと待て、灯璃さん!」
藤崎・美雪が鋼鉄製ハリセンを取り出さんばかりの勢いで灯璃に突っ込む。
美雪の思わぬ突っ込みに、ぱちくりと瞬きしながら小首を傾げる灯璃。
「どうしましたか、美雪さん?」
「いや、今、竜胆さんとホットラインをつないでいるのか貴女は!? いつの間に!?」
美雪の突っ込みに、さもあらん、と言う様に首肯する灯璃。
「お会いした時にホットラインを開通して頂いただけです。可及的速やかに援護要請を出来る様に、と」
冷静に答える灯璃に、そ、そうか、と何やら遠くを見つめる様な眼差しで空中を見上げる美雪。
森宮・陽太が軽く頬を搔き、あ~……と無意味な言葉を繰り返しつつ、翡翠色の両目を軽く細めた。
(「竜胆に関しては、灯璃達に任せた方が楽だよな……。そうすると、俺は……」)
その、陽太の考えを読み取ったかの様に。
「猟兵間連絡網の構築が急務でしょうね。既に其方の方……統哉さんはそのネットワークを個別に用意している様ですが」
ネリッサ・ハーディがその手を大地につけて凝視しながらさりげなく水を向けると、陽太がだな、と首肯した。
陽太の細められた両目には、恐らく、メールを受け取ったのであろう。
難しい表情で何かを考える様に左目を瞑り、黒にゃんこ携帯の画面を見つめる、文月・統哉の姿があった。
(「紫蘭がこの花街にいる、か……」)
何時の間にか消えている、仕掛け罠のGPS機能と、彼……敬輔から送られてきたメールの情報を確認しつつ、統哉は思う。
「これもまた、宿命、なのかな」
その統哉の呟きに。
「……宿命……ですか……?」
何を映しているのか判然としない赤と琥珀色の双眸に純真な疑問の光を称えた、神宮時・蒼が小首を傾げて統哉を見上げた。
そんな蒼に、ごめん、と小さく断りを入れてから、ある相手へと黒にゃんこ携帯からメールを送り始める統哉。
統哉の様子に瞬きをしてから、蒼が改めて花街を見て、夜の街の名に相応しいライトアップに、双眸を庇う様に腕を上げる。
「……なんか、煌びやかな、場所、ですね。……スパヰ、ですから、もっと、隠れて、いると、思って、いました、が……」
「いえいえー。こういう場所を隠れ蓑に使うのは、スパヰにとってベタな手段ではありますよー」
眩しそうに目を細めて呟く蒼に、のほほんとした好々爺の笑みを浮かべた、馬県・義透が、軽く手団扇で着物の中に風を入れながらそう答え。
「確かに花街は身を潜めるには勿論、情報収集にも便利な所ですね。木を隠すには森の中、と言う諺もありますし」
と、ウィリアム・バークリーが補足するのに、蒼が、……そう、ですか……。と納得した様に頷き返すと。
「……来たか」
亞東・霧亥がその背にふっ、と気配を感じ取り、小さくそう呟いた。
霧亥の後ろにいたのは……。
「よぉ、局長。元スペツナズ隊の元傭兵の俺に、わざわざ援軍要請だって?」
そう呟いて。
サングラスを調整しつつ現れたミハイル・グレヴィッチに、陽太と猟兵用通信網の構築を行っていたネリッサが振り返って頷く。
「はい。今回の件、大掛かりな行動となりそうでしたので。手は多い方が良い、と思っておりました」
「俺は基本荒事専門で、こういった潜入任務は不向きの筈なんだがなぁ……。まあ、俸給分の働きはしてやるよ」
それに、とサングラスの奥の茶色の眼光を光らせて口元を緩めるミハイル。
「美人さんに囲まれてタダで飲み食いできるってんだから、まあ、悪い話じゃねぇしな」
「……え……と……」
そんなミハイルの呟きに。
不慣れなのであろう、困惑した様に赤と琥珀色の双眸を瞬きさせる蒼の様子に白夜・紅閻が蒼、と小さく彼女に呼び掛けた。
「流石に君位だと、こういう場所は知らないか」
「あっ……。此処が、その、ミハイル様の、様な、そういう、大人の遊び場なのは、はい、聞いた、ことが、あります、が……」
気恥しそうに顔を赤らめ俯き加減になる蒼にそうか、と紅閻が頷き返す。
そんな蒼と紅閻のやり取りを見つめながら。
「まあ、目標が分かっていれば、追跡は容易だよね。一般人を人質にする可能性はあるから……居場所が確定するまで泳がせておいて……」
と、まるで天使の様な笑顔を浮かべてさらりと事も無げにそう告げる天星・暁音の様子に、朱雀門・瑠香の笑みが微かに引き攣る。
「あ、あの、一般人を人質にされるわけには行かないのは同感ですが、そう言う事をさらりと言いますか、暁音さん……」
「そりゃあね。どんな可能性も想定に入れておくのは当然だよね」
10歳に満たない暁音の天使の笑顔の中に含まれている奇妙な威圧感を感じ、瑠香が微かに気圧された様に後退る。
美雪が暁音と瑠香のやり取りに悟りを開いた菩薩の様な顔で空を見上げつつ、灯璃から借り受けた無線機に竜胆さん、と呼びかけた。
「先輩からの情報なのだが。どうやら、紫蘭さんらしき人が一緒にいる様なのだが? 紫蘭さんが女郎花……否、白蘭太夫と共にいる理由をご存じないか?」
その美雪の問いかけに。
やはり短い沈黙を保っていたが、程なくして竜胆の咳払いが無線機の向こうから聞こえてきた。
「『白蘭太夫』の所に紫蘭さんが保護されていた事は事実です。美雪さん、貴女はご存知だと思いますが、紫蘭さんは、雅人個人とはさておき、『帝都桜學府』との関係は悪い。ですが、紫蘭さんは我々としても重要な桜の精なので、雅人を使ってある程度その動きは補足しておりました。しかし、そこにいた事迄は雅人も含めた我々諜報部には伝わってきておりません。つまり……」
その竜胆の呟きに。
「……あなた達に紫蘭さんが此処にいるという情報を入れさせない様に、誰かが白蘭太夫に協力していた可能性すらあると?」
思わず眉根を潜めて美雪が確認の意も込めて問いかけると遺憾ながら……と竜胆が静かに無線機越しに溜息を一つ漏らした。
「帝都桜學府、と言っても一枚岩ではありません。更に言えば我々諜報部は、内偵役も兼ねております。それを目障りに思う一派が動く可能性は十分あるでしょう」
「分かった。つまり下手をしたら、女郎花……いや、『白蘭太夫』にさらなる協力者がいる可能性が高い、と言う事だな?」
(「しかし、この手練手管は……」)
内心で考えを張り巡らしながらの美雪の確認に、はい、と沈痛な声で竜胆が頷く。
「先程、統哉さんからの連絡で、雅人を其方に向かわせております。その間に……」
「分かった。それなら私達が『白蘭太夫』と紫蘭さんの場所を特定させておこう」
竜胆のそれを受け取り頷く美雪に、よろしくお願いいたします、と謝意の籠められた返事をし、無線機を切る竜胆。
美雪が重苦しい溜息を吐きつつ頭を横に振るのに暁音が美雪さん、と尋ねた。
「やっぱり、『白蘭太夫』側に増援や救援が入ってくる可能性があるんだね?」
「ああ、その様だ、暁音さん。全く……次から次へと、厄介事ばかりだな……」
諦めた様に天を仰ぐ美雪に微苦笑を零してから、暁音が軽く目を閉じる。
空中に浮かぶ『星の船』の目で遊郭全体を見る限り、まだそれらしき目立った動きは見えてこない。
美雪達の話を左から右に流しながら、紅閻が鋭く目を細めた。
(「カミサマは、芸妓、いや、遊女として無事に侵入できたのだろうか……? 確か、『鵺ゑ』と名乗っている筈だが……」)
――と。
昨日から姿を消している吉柳・祥華の事を思い出し、微かに溜息を一つ漏らした。
●
『偉大なる思念の主の下僕よ、我が召喚に答えよ』
ミハイルから視線を外し。
大地に付けていた手をゆっくりと持ち上げながら告げるネリッサ。
ネリッサのその言の葉に応じる様に、ふわり、と空中に漆黒の魔法陣が生み落とされ、そこから生まれた夜鬼が、上空へと飛び立っていく。
飛び立った夜鬼を見送る間に、さあ、とネリッサが小さく呟いた。
「SIRD……Specialservice Information Research Department&Yaegers.ミッション開始です」
『Yes、マム!』
ネリッサの呟きに応じる様に灯璃、ミハイル、霧亥が其々に敬礼し、分散して花街に潜入。
と、そこで。
「相変わらずの統率だった動きだな、SIRDは……。まあ、良い『白蘭太夫』……『女郎花』は俺等と帝都桜學府の『敵』なのは確かだからな」
秩序だった動きを見て感嘆しながら陽太がそう呟くや否や、その表情から一切の感情・表情が消えていった。
同時にその背に憑依する様に現れるは、髭を豊かに蓄えた過去と未来の知恵を司る老人の姿をした大悪魔、ヴァサゴ。
未来を予測するその知識を借用して未来視を行ないつつ花街の中へと消えていく陽太を追う様に、ミハイル達もまた、花街の高級店舗街へと足を踏み入れる。
灯璃が陽太の手も借りて、手早く会社役員風の男装とメイクアップを行い、ミハイルの後に続いて、その高級店舗の内の一件の茶屋に入っていき。
「客だ。ちょっと遊ばせて欲しいんだが」
と、ミハイルがそう聞くと。
「畏まりました。それでは、どうぞ此方へ」
番頭が品の良い会社員の様な灯璃の姿もある故だろう、羽振りが良さそうだ、と判断したか、ミハイル達を奥の座敷へと案内した。
そのまま奥座敷に通され、自分達の大まかな予算を告げると、然もあらんという様に頷く番頭。
そして……。
「ご指名は?」
「取り敢えず適当に腕の良い奴を頼むぜ。ついでに気の利く遊女を何人か」
と、自分達の予算で賄えそうな遊女と芸妓を軽くミハイルが指名し、其れに番頭が畏まりました、と頷き直ぐに酒宴の用意を調える。
程なくして何人かの遊女達が姿を現し、ある者は音楽を奏で、ある者はミハイルに酒を勧めた。
鷹揚に頷くミハイルが盃を突き出し酒を注いで貰い、無頓着にがぶりと干す。
同行した灯璃も酒を程々に注いで貰い、適度に高級料理を注文しつつ、様子を見ていた。
(「局長は今、如何しているのでしょうか?」)
微かな懸念と共に座敷の向こうに見える夜景に灯璃が目を飛ばしていると。
「お客様。どうかしましたかぇ?」
遊女の1人に怪訝そうに問われ、慌てて其方へと意識を戻し、いえ、と緊張している様に肩を強張らせて、ふるふると首を横に振る灯璃。
ミハイルが初心な空気を醸し出す灯璃を見て、ガハハッ、と豪快に笑った。
「こいつは俺の上司なんだがよ。遊びに興味はあるが、こういう場所に来たことがねぇんだ。精々楽しませてやってくれよ」
2杯目の酒を注いで貰って豪快に飲みながらのミハイルに、遊女が一礼し、灯璃へとお酌をしつつちらりと色目を使う。
こういう事に不慣れな上役としてたじろぐ演技をする灯璃を横目に捕らえて笑いながら、ミハイルが3杯目を注いだ遊女に聞いた。
「そういやぁ、最近この辺に評判の、えーと確か……白蘭太夫だっけか? そんな太夫が居るって聞いたことがあるんだが、何か知らねぇか?」
「あら……あの、白蘭太夫でありんすか? お前様の様な方が?」
そのまま並々と酒を注いでくる遊女に軽く肩を竦めるミハイル。
「いやぁ、そりゃ俺が相手に出来る様な身分じゃねぇ事は分かっているけれどよ。帝都の夜の街で噂になる位だぜ? ちょいと一目位は拝んでみたいじゃん?」
酔漢の如く騒がしく告げるミハイルにそうでありんすなぁ、と遊女が呟く。
その瞳の中に媚びる様な、含む様な光を見て取り、ミハイルが分かってるとばかりにチップを握らせると……。
些かわざとらしくそうでありんすねぇ、と遊女が優雅な笑い声を立てた。
「白蘭太夫は気ままでありんすが、とても美人で気立てが良いともっぱらでありんすからねぇ。まあ、おめぇ様みたいな人でもお会い位はしたくなるでありんすよなぁ」
そう言って。
白蘭太夫がいる最高級茶屋の場所を、別の遊女に戸惑う様子を見せつつ相手をしている灯璃が、無線でネリッサ達に流すのだった。
●
「……灯璃さん、ミハイルさん、ありがとうございます」
そう小さく御礼の言の葉を呟きながら。
周囲の人々の雑踏にスーツ姿で溶け込む様に流され歩きつつ、周囲への索敵を怠らぬままに、ネリッサが誰にも聞こえない声で小さく呟く。
それから上空の夜鬼の目を借りて、灯璃とミハイルが得た情報と統哉から回された情報の裏付けを取るべくその高級茶屋を見下ろした。
すると……。
薄らとした月明かりに照らされる様に、紫髪の少女らしき後ろ姿が透けて見えた。
(「と言う事は……当たり、と言う訳ですね」)
その娘、紫蘭についての情報は、既に暁音や統哉から聞き及んでいる。
統哉が雅人の援軍を寄越すよう竜胆に要請したのも其れが理由なのも既知な話だ。
(「さて、一先ず場所の特定は完了しました。中にいる女郎花及び、紫蘭さんの救出は、霧亥さん、それから他の皆さんにお任せしますよ」)
ネリッサが素早く通信網で。
灯璃とミハイルにその場からの離脱を支持し。
更に、ウィリアム達に紫蘭の確保を、年長組に紫蘭と白蘭太夫を引き離す事を依頼し、竜胆に増員要請を行なう連絡を取った。
●
「局長、連絡ありがとうございましたー。さて……如何しましょうかね-」
ネリッサからの連絡を受けて。
義透がのほほんとした笑顔の儘に考え込むその間に、霧亥は俺は、と小さく呟く。
「白蘭太夫の潜伏先を飛び回って、逃走経路を把握しておこう。其方は……」
「ああ、霧亥さん分かっていますよー。これでも私も『忍びの者』ですからねー。……とは言え、若い子達だけで小間使いとして雇って欲しいと行かせても大丈夫なものでしょうかね-」
猟兵である以上、疑われると言う事は先ず無いだろう。
竜胆達の支援もあれば、何とでもならない理由はない。
が……微かな心配を孕むのも、また道理と言えば道理であろう。
(「まあ……裏から手引きしてくれる様な方はいそうなものですねー。取り敢えず……」)
「すみませんが、私の変わりに店に客として入って下さいな-」
――と。
義透がそう呟くや否や、その言の葉に応じたもう1人……と言うよりは4人格の1人が頷き返す。
「ええ……分かりますよ」
そう告げながら、姿を現したのは。
義透……『疾き者』と性質のよく似た第二人格『静かなる者』
「私とあなたが、一番性格も話し方も近しいですからね」
(「そう……『我等』は」)
まだ、2人になった所を、白蘭太夫に見せたことはない。
「ですから、あなたとしての演義をして見せましょう。『白蘭太夫』を油断させるためにもね」
「宜しくお願いしますねー。私は、忍びらしく天井裏とかから行きますのでー」
その義透『疾き者』の呼びかけに。
『静かなる者』が頷き、紅閻と共に、茶屋へと向かって行くのを見送り、義透は、霧亥と共に、其々の行動を開始した。
●
「……あの、美雪様」
ネリッサ達から伝えられた情報を基に。
高級茶屋の方へと向かっていた蒼が、赤と琥珀色の双眸に不安げな光を孕んで美雪を見つめる。
美雪がそんな蒼の様子を見て、おや、と意外そうな表情になりつつ首を傾げた。
「どうした、蒼さん。私の顔に何か付いているか?」
表向き泰然としている様に見えて、内心ではガチガチに緊張している美雪。
(「そもそも、スニーキングミッションなんて、私の超絶苦手分野……!」)
それでも幼い少女(にしかぱっと見は見えないヤドリガミ)にそんな風に見つめられては、流石に答えぬ訳にもいかぬ。
そんな美雪の懊悩とは裏腹に。
蒼が双眸をそっと俯かせ、その……と頼りなさげに呟いた。
「……ボクみたい、なのが、潜入、出来ます、でしょうか……?」
(「やってみなければ分からんがな!」)
と、思わず突っ込みを心の中で入れて居るであろう美雪を見て、暁音がニコニコと微笑んでいた。
心なし、共苦の痛みが鋼鉄製ハリセンに叩かれた時の様な謎の痛みを暁音に伝えていたけれども。
「まあ、大丈夫なんじゃないかな。俺は外で監視に徹するつもりだけれど、俺達は猟兵だしね」
「……です、が……」
暁音の励ましにそれでも俯き加減の儘の蒼。
それならば、とキラキラと目を輝かせた瑠香が、取り敢えずその辺りに潜んで居るであろう陽太に連絡を取りつつ言う。
「私と一緒に変装しましょう! 陽太さんの力も借りて!」
「……ふぇ? 変……装……?」
目立つ赤色の髪を黒染めにして。
その瞳に黒いカラーコンタクトを入れて。
ついでにバッチリ化粧も決めて、最早別人にしか思えない程のメイクアップを施した瑠香のそれに、蒼がパチクリと瞬きする。
「……何の用だ、瑠香」
呼び出された陽太が無感動な声で瑠香に問いかけるが、気にせず瑠香は陽太さん! とビシッ、と蒼を指差していた。
「蒼さん、潜入出来るか心配なんですって! そこで私と一緒に蒼さんを変装させちゃうお手伝いをお願いします!」
「……了解だ」
瑠香のその提案に、淡々と頷いた陽太が無表情に蒼を見下ろす。
目を輝かせる瑠香と無表情な陽太に見つめられ、何やら嫌な予感に押されたかジリジリと蒼がちょっとだけ後ずさった。
「……ボクも、変、装……?」
「まあ、そうだな。こういう時の常套手段だ。私としても反対はしないから、今回は蒼さん、諦めた方が良い」
こう言う時の瑠香や陽太を止めるのはちょっと骨。
また、変装すれば白蘭太夫に正体を見破られる可能性が下がる以上、手を打っておく事は悪いことでは無い。
「あっ、ぼくの方は大丈夫です、元々、妓楼の小間使いとして雇って貰う予定ですし、後、礼儀作法も心得ておりますので」
さらりと自分に変装の被害が拡大するのを避けるウィリアムに瑠香が少々残念そうにするが、それでもやっぱり、と頷きを一つ。
「蒼さんも女の子ですからね。おめかしは大事ですよ」
「お、女の子は、おめかし、が、大事、ですか……。あっ、でも、ボクは、只の、物、ですから……」
と、蒼がポソポソと告げると、瑠香がいいえ! と頭を横に振る。
「今の蒼さんは、女の子です! 任務ですから変装しましょう!」
「……えっ、あ、ま、待って……」
と、蒼が押しとどめるよりも先に。
あれよ、あれよと言う間にお化粧や髪を整えて変装させていく陽太と瑠香にされるが儘にされてしまう蒼。
(「……本当に、不思議、ですね……」)
誰かに寄り添うつもりなんて、無かったのに。
どうして瑠香達のそれに、自分の胸の内の暖かな灯火が、酷く温められる様な、そんな感触を、ボクは、感じて、しまうの、だろう。
(「……ボクは、ボクの、中の、この、灯火の……」)
答えを、何時か知りたい、と瑠香達の手で変装させられた蒼の脳裏に、ちらりとそんな思いが掠めていった。
●
――『白蘭太夫』の在駐する、超高級茶店。
「ふ~む、芸妓見習いとしてねぇ……」
「そ、そうだ。これでも歌の心得はあるのだが……如何せん楽器に関する教養が無いので、是非ともご指南頂きたいと……」
必死にそう言い募る美雪と。
「あ、あの……ボクは……簡単では、あります、が、掃除や、料理、なら……」
何だか潤んでいる様にも見える双眸で、茶店主を見つめる蒼。
「ぼくも、芸妓の皆様の身辺のお世話くらいであれば、お役に立たせて頂けるかと存じ上げます」
と、ウィリアムもまた、懇切丁寧にお願いをすると。
「入れて差し上げても宜しいのではないんしか? わっちもそうでござんしたし」
――と。
茶屋の一角から、静々とした足取りで姿を現した祥華が呼びかける。
(「あれは、確か……」)
と、ウィリアムが内心でそう思うその間に。
「新米の『鵺ゑ』さんが、この子達の面倒を見れるのかい?」
と、主が問いかけるのに。
「必ず見るでござんしよぉ。『縁』姉様や、行き倒れだったわっちを拾って頂いた『菖蒲』姉様、後、統哉さんや雅人さん等からもお力添え頂けるでありんすし」
そう返す祥華に、仕方ないねぇ、と主が溜息と共に頷き、美雪達を中に入れる。
そうして、美雪達が茶店に潜入しているその間に。
「御免。此処に、『鵺ゑ』という新しい遊女が入ったと噂を聞いたが……」
と、祥華を指名する紅閻の声が店内に響き、其方に向かって別の女中が紅閻達を招待するべく、『鵺ゑ』こと、祥華に参内する様に、と指示を出す。
優雅に。
「畏まりましたでありんす」
と、祥華が粛々と紅閻達の方に向かって行く声を聞く間に、溜息をつきながら、早く入りな、と言わんばかりに顎を店内へと向ける店主。
美雪が代表として礼を述べたその後は。
蒼は炊事場、ウィリアムは小間使いとして、美雪と瑠香は芸妓見習いとして妓楼に向かう事になり。
その途上、瑠香と美雪は思わず顔を見合わせていた。
「先程のあれは……祥華さん、ですよね? 何故、彼女が……?」
「それもそうだが……統哉さんと雅人さんとあっさりと言っていたぞ、祥華さんは。2人は何時の間にこの中に侵入していたんだ……?」
と言うか、どうやって?
等という大量の疑問符を浮かべつつ、先程祥華が名を上げていた『縁』、及び『菖蒲』と呼ばれていた芸妓達の所へと案内される、美雪と瑠香。
『縁』も『菖蒲』も穏やかな表情で美雪と瑠香を其々に見つめ、それから酷く礼儀正しい作法で一礼してきた。
「よくいらっしゃいましたね、超弩級戦力の皆様」
と、花魁言葉を重ねること無く流暢に語る『縁』に美雪がおや? と怪訝そうな表情を浮かべる。
「ふふっ……噂の朱雀門家当主様が、この様な所で芸妓の真似事などしても宜しいのかしら?」
菖蒲と呼ばれる芸妓がからかう様な口調でそう告げるのに瑠香がむっ? と思わず眉を顰めつつ、貴女達は、と問いかけた。
「私達のことを知っているのですか?」
その、瑠香の質問に。
「はい。あの娘の件で奇妙な噂が流れて参りましたので。さりげなく監視させて頂いております」
と、縁が口元に含む様な笑みを浮かべて呟くのに、瑠香が溜息を1つ吐いた。
「……もしや……」
「おっと、これ以上の話しは野暮というものです。此方にも事情がございますので」
と妖艶に笑む縁に、瑠香が溜息をつきながら分かりました、と頷いている。
「例え、流れてきたあの話が噂話でも。私達としては裏を取らねばなりませんしね」
然もあらん、と言う様に頷く菖蒲に、美雪が益々目を細めた。
(「……諜報部の人間なのか? それとも他国のスパヰか。いや、深く考えたら負けな気がするな、これは……」)
と、遠くを見る眼差しになる美雪に含み笑いを零して一先ず、と菖蒲が呟いた。
「噂の紫蘭さんは未だ『白蘭太夫』に芸事を教わっているところですよ。まだ『白蘭太夫』を指名出来るだけのお金と伝手を持つ方は今晩は来ていない様ですので」
「そ、そうか……情報、感謝する。只、其れとは別に私は素直に『白蘭太夫』に芸妓としての技術を教わりたいのだが……」
と、美雪が呟くと。
菖蒲が意味ありげに微笑み傍に置かれていた三味線へと手を伸ばし、其れを美雪に差し出した。
「でも先ずは、私と三味線の稽古と参りましょうか。未来の芸妓希望者様?」
と、告げる菖蒲の其れに。
「……了解した」
肩を項垂れて美雪が頷き、危うい手付きで三味線をその場で弾き始め。
瑠香は、縁に連れられて、別の部屋へと通される事になった。
●
(「取り敢えず、無事に潜入は完了したみたいだね」)
『白蘭太夫』の居る茶店に何とか入り込んでいった美雪達からの情報を聞きながら。
星の船による天からの目を利用して、暁音が遊郭全体を監視しつつ、奇妙な動きをしている者がいないかどうかを確認する。
(「俺の役割は、SIRDの皆と合流して、『白蘭太夫』が逃げられない状況を作ることかな」)
と、心の中で呟きつつ。
星具シュテルシアから、星屑の様な特殊なクレイン魔導機械群体を展開し、この地全体に網状に展開していく暁音。
無限にも等しいナノマシン群が広がっていき、様々な情報を掻き集めてくるのを確認しながら、さて、と暁音が小さく呟いた。
「灯璃さんはミハイルさんと一緒に無事に最初の店を抜け出して、そのまま『白蘭太夫』の所に行くのか。となると義透さんや紅閻さんと合流するんだろうな。で、その紅閻さんには『鵺ゑ』こと、祥華さんが一緒に居るよ、と。出来ることなら、どうにかして紫蘭さんを連れ出した上で、『白蘭太夫』を封じ込めておきたいところだね」
ただ、問題になりそうなのは、紫蘭の傍を白蘭太夫が離れる様子を今の所は見せていない、と言うところだろう。
紫蘭に接触できるか否かは霧亥や陽太、そして恐らく諜報部の伝手を利用したのであろう、統哉と雅人や『縁』と共にいる瑠香次第であろう。
そう結論づけ、監視を続けるべく暁音がナノマシン達との同調に集中する。
その胸の星屑の光明が、暁音の祈りに答える様に月光を吸収して淡く輝いた。
●
――妓楼にて。
天井裏から忍び込んでいた『疾く者』義透と、未来視を駆使して潜入した陽太が耳を澄ませる。
すると、妓楼の最上階から粛々と聞こえる琴の音が陽太と義透の耳に入ってきた。
(「ああー。これはどうやらこの真下にいる様ですねー」)
と、義透が内心で思うその間に。
階下で喧噪と楽器の音色、恐らく弾き慣れぬ故であろう、明らかに音程が微妙に狂った三味線の音色が陽太の耳に入ってくる。
それに胸の内で漫然とした思いを抱きつつ、壁をよじ登り、先程暁音が見つけた窓の隣の壁に張り付く様にして、琴の音色に耳を貸す陽太。
と、丁度その時。
「失礼致します、『白蘭太夫』。紫蘭お姉さん。お茶をお持ちさせて頂きました」
ふと、障子が開く音と共に、ウィリアムの声が、陽太の耳に入ってきた。
そのウィリアムの後ろに居る相手を見て……。
「……あっ」
思わず、と言った様に。
それまで琴を爪弾いていた紫蘭の音が止まり。
その音色を煙管から煙を燻らせて聞いていた『白蘭太夫』が、火にくべてあった薬缶を煙管で叩く。
カンッ、と言う鋭い音が辺り一帯に響き渡った。
「……おやおや、正義のヒーロー気取りでやってきたでありんすか? 超弩級戦力の皆さん。それに、諜報部の犬も一匹、迷い込んでくるとは思いなんでした」
「ご機嫌よう、紫蘭さん。それから『女郎花』さん。一先ず役者は揃った、という感じでしょうか?」
そう呟くウィリアムに、クスッ、とぞっ、とする様な笑みを浮かべて、妖艶に目を細める『白蘭太夫』。
その次の瞬間の光景を、ヴァサゴの権能を借りて読み取った陽太は気がつき、咄嗟に無線に向けて言葉を叩き付けた。
「……ウィリアム、統哉、雅人。ソイツの目を見るな」
――と。
陽太の咄嗟の呟きを聞いたウィリアムと統哉と雅人が、『白蘭太夫』から目を逸らすと、おやおや、と『白蘭太夫』は妖艶な微笑を浮かべていた。
「知らなければ、気付くことも出来る筈が無いでありんすのに。無粋な来訪者の身で、良く気がついたでありんすなぁ」
その、『白蘭太夫』の呼びかけに。
(「面倒な相手だな」)
無表情無関心でありながらも、陽太の心は本当の問題に気がつき、その次の解を求めて思考を彷徨わせる。
陽太がヴァサゴの権能で視た未来……。
それは『白蘭太夫』から放たれる目の光によって、雅人達が籠絡され、この場で乱闘騒ぎを起こしてしまう可能性だった。
「連絡が咄嗟にあったので助かりましたが、『白蘭太夫』、貴女はまさか……」
ウィリアムの呟きに、さて、と煙管をくゆらせて『白蘭太夫』が優雅に微笑んだ。
「どうでありんすかねぇ。そう思うのであれば、その身で実際に確かめてみた方が良いのではありんすか?」
「いや、今ので何となく状況は読めたが……」
そう呟いたのは、左目を瞑ったまま、ずっと自らの思考に身を委ねつつ、雅人と共にこの地に潜り込んだ統哉。
(「先程の視線に感じた嫌な予感。あれは恐らく、ユーベルコヲド」)
最近になって見つかった新しい世界で発見されたユーベルコヲド。
恐らく其れこそが、『白蘭太夫』である彼女が使う特技の1つ。
「じゃあ、紫蘭が此処に居るのは……」
統哉に説明を受けていた雅人が呆然と呟くその間に。
「『白蘭太夫』、ご指名でありんすよ~!」
階下から、そんな声が聞こえてきた。
その声にすっくと優雅な足取りで立ち上がり、『白蘭太夫』が悠々と下へ降りていこうとする。
咄嗟にウィリアムがその瞬間を狙って『白蘭太夫』を確保しようとするが。
「今、妾を確保することは、ぬしらには出来ぬでありんすよ? 此処まで妾がぬしらを誘き寄せたのにも、それなりの策があってこそでありんすからね」
歪な微笑を浮かべて。
ちらりと紫蘭を見つめる『白蘭太夫』の様子を見て、統哉が片目を瞑ったまま、そうだな、と静かに首肯した。
(「此方の弁慶の泣き所は、既に分かっている訳だからな」)
もし、陽太の言葉と統哉の推測が正しければ。
この状況であれば『白蘭太夫』は確実に紫蘭を人質に取ることが出来る。
純粋に彼女を慕っているからこそ、雅人と『白蘭太夫』の間に流れる緊迫した空気に紫蘭が動揺しているのが、はっきりと分かるから。
「其れが分かっているのに、お客が来たからとこの場を離れる、と言うのですか?」
怪訝そうな表情で問いかけるウィリアムに、そうでありんすよ、とさも当然の様に頷く『白蘭太夫』
「生憎でありんすが、ぬしらにはぬしらの役割があるのと同じ様に妾には妾の仕事があるのでありんすよ。今、妾を捕らえたら、果たしてどちらを紫蘭やこの茶屋の人々は『悪』とみなすでありんすかね?」
「確かに、今の状況で僕達があなたを囚えれば、それは……」
雅人の呟きに。
そう言うことでありんすので、と口元に歪んだ微笑みを浮かべて、部屋を辞する白蘭太夫。
あまりにも正々堂々とした在り方に付け入る隙を見いだせず、義透も其れを見送った。
その白蘭太夫の髪に密かに潜り込む様に。
何時でも罠を設置できるよう一寸法師の半分にも満たない大きさの霧亥が入り込み、『白蘭太夫』である彼女の様子を見るべく共に動き出す。
そのまま悠々と下に降りていく彼女を統哉は見送って、戸惑いを隠せぬ儘の紫蘭の方を見つめていた。
「雅人……統哉……如何して? 如何して、あの人を……私の恩人、『白蘭太夫』を追っているの……?」
呆然とした、紫蘭のその呟きに。
片目を瞑ったまま統哉が雅人を促し、雅人が紫蘭、と囁きかける。
「僕達は、如何しても君に話さなきゃいけないことがあるんだ」
――と。
●
(「ウィリアムさんが真正面から入るのは、流石に予想していませんでしたね」)
『縁』に連れられて、紫蘭と白蘭太夫の近くの部屋に身を隠し。
チャンスを伺っていた瑠香が、内心でそう思う。
(「でも、隙を狙って連れ出すというわけにも、此では中々行きませんか。紫蘭さんは、白蘭太夫を純粋に慕っている様ですからね」)
さて、如何するか、と瑠香が考えるその間に。
白蘭太夫が悠々と階下へと降りていくのに気がついて、瑠香が内心で思わず呻く。
「わざと紫蘭さんの傍を離れましたか。チャンスと言えばチャンスですね……」
と、言う事で。
取り敢えず、縁を気絶させて、一旦統哉達と合流する瑠香であった。
●
――時は少し遡り。
「ふむ……もう一杯どうでありんすかぁ、お客様」
『鵺ゑ』……祥華が紅閻に徳利を向けると、紅閻がうむ、と鷹揚に頷き、祥華に酒を注いで貰う。
他の遊女達も、紅閻と一緒に入場してきた義透に酒を勧め、義透……『静かなる者』もお願いします、と頷き遊女達に酒を注いで貰い、暫し其れを仰いでいた。
と、此処で。
「遅参してしまいました、申し訳ございません、義透さん、紅閻さん」
そう告げて。
会社役員風の男装の灯璃と千鳥足で酔漢を装ったミハイルが姿を現したのに、『静かなる者』が親しげに手を振った。
「此方ですよー」
「おう、遅くなっちまったな、わりぃ、わりぃ」
『静かなる者』の呼びかけに、ミハイルが軽く会釈を交わして卓を囲む様にどっかと胡座をかいて座り。
灯璃はこの辺りの空気に馴染まない上役の様に落ち着いて正座で紅閻の向かいに座り、『鵺ゑ』に酒の追加を依頼する。
そうして夜が更けるまで相当の量の酒と豪勢な食事を頼み、かなりの大金を落としながら頃合いを見計らったかの様に。
「おや、お客様方。何やら物足りないご様子でありんすが、如何がざんしょ?」
と、『鵺ゑ』……祥華が灯璃に水を向けると、それまで祥華に酒を注いで貰っていた紅閻が、うむ、と鷹揚に頷いた。
「実はな『鵺ゑ』、最近になってお前を指名する様になったが、僕は、その前までは、ある芸妓を指名していたのだ。金の問題で中々出会えなかったが」
「ほほぅ……そうでありんしたか……。それで、どちらの方をおぬし様はご指名していらしたんどすぇ?」
と、祥華がさりげなく尋ねると。
紅閻がうむ、と鷹揚に頷き注がれた日本酒を傾け一口舐める様に飲み。
「あの『白蘭太夫』だ。とは言え、中々指名を受けては貰えなかったが。だが……」
――と。
紅閻が世慣れぬけれども、金を落とす上役の様に振る舞う灯璃と、その護衛の様に酒を水の様に飲むミハイルを見つめうむ、と頷いている。
「見ての通り、其方の身なりの良い男は、僕の重要な取引先でね。今日は態々此方にお越し頂いた手前、是非とも一度『白蘭太夫』の琴を聞いて貰いたいと」
「ほほぅ……。そうでありんすか……」
と、祥華が言った所で。
ぐい、と口元を軽く腕で拭ったミハイルがそりゃいいねぇ、と紅閻に同調した。
「俺も一度是非とも直接会ってみたいと思っていたものよ。いやぁ、俺みたいな奴にゃ、高嶺の花だってのは分かっているんだが。この人ならば、十分釣り合うんじゃぁねぇかと思ってねぇ」
と、ミハイルがさりげなく灯璃を立てたところで。
「ご指名でございますか?」
揉み手をしながら、茶屋主が祥華の背後から姿を現し、そう灯璃に問いかけると。
「そうですね。『太夫』と言えば、芸妓としての最高位と聞いた事があります。滅多に訪れることのない機会ですから、是非ともその芸を見せて貰いたく思いますね。勿論、金に糸目は付けません」
と、懐から大量の札束の収まった高級で品の良い黒革の財布を取り出す灯璃を見て、畏まりましたと茶屋主が一礼し……。
「『白蘭太夫』、ご指名でありんすよ~!」
そう、妓楼の方へと呼びかけると。
――シャナリ、シャナリ。
「……足音……です、か……?」
お手伝い、と言うことで酒宴のための料理と配膳の手伝いをしていた蒼が、足音を聞いて何気なく其方を見やろうとすれば。
「ほら、新米! ぼんやりしてないで、さっさと此をお運び!」
料理人にそうせっつかれ、びくり、と反射的に肩を竦めながら蒼がえっちらおっちらと料理運びに意識を戻す。
猥雑とした風景。
賑やかな喧噪の中に厨房の手伝いとして入った蒼が膳を運んでいったその席は、先程『鵺ゑ』と名乗っていた祥華に酒を注がれている紅閻や、義透達の居る場所だ。
(「……紅閻様に、祥華様……?」)
瞬きしつつ膳を下げ、新しい料理を置いたそこでは、灯璃が眼鏡を軽く掛け直し、ミハイルが愉快そうに口元に笑みを綻ばせている。
その期待に応える様に。
優雅な足取りで、小間使いの女に琴を持たせた『白蘭太夫』が姿を現した。
彼女こそ、義透……『疾き者』があの時確認した、『白蘭太夫』。
無論、『静かなる者』たるこの義透も、『疾き者』と一緒に彼女を見ていた相手。
(「現れましたか」)
義透が遊女の1人に注がれた酒に口を付けるその間に。
雅な衣装に身を包んだ『白蘭太夫』が粛々とその場に座り、その前に恭しく小間使いの女が『琴』を置く。
其れに微笑んで頷き、『白蘭太夫』が2、3音、試しに弾いた後、改めて琴を爪弾き始めた。
美しく力強い和の旋律が、座一帯を満たしていく。
それは、彼女がスパヰとして此処に潜り込んでいることを一瞬忘れてしまう程に洗練された、芸術の域に達している天上の調べ。
聞く者の心を蕩かせ、ほう、と思わず吐息を付いてしまいそうなその音色に、灯璃やミハイルもまた、我を忘れて聞き惚れる。
最後の一音まで弾ききり、余韻と共に粛々と一礼する洗練された『白蘭太夫』のそれに、場全体が一時支配されていた。
「ご指名頂き誠にありがとうございました。わっし、『白蘭太夫』、此度は皆様のこと、心よりおもてなし差し上げとうございます」
そう宣い。
次のお酒を持ってきていたが、琴の音の美しさに動けずにいた蒼に視線を向け、蒼が慌てて、徳利を『白蘭太夫』に差し出すと。
「ありがとうごぜぇます」
丁寧に礼を述べ。
指名した灯璃、続いてミハイル、紅閻、義透と順々に完璧な所作で酌をする『白蘭太夫』
(「この洗練された手練手管……。成程。此で多くの要人達を骨抜きにして、多くの情報を引き出していましたか」)
酒を注がれて、惚けていた頭を覚醒させた灯璃が注意深く、『白蘭太夫』を見つめると、『白蘭太夫』は妖艶な微笑でそれに返した。
●
――白蘭太夫がいなくなり。
なんとも言えない気まずい空気が漂う中を断ち切る様に、紫蘭に話しかけたのはウィリアム。
「如何して、紫蘭さんが花街に?」
そのウィリアムの呼びかけに。
「……旅の途中で、『白蘭太夫』に助けられたの」
紫蘭も統哉や雅人とは目を合わせず、畳に置いた『琴』を愛おしそうに見つめながら返事を返した。
「ですが、管弦の道でしたら、宮内省の雅楽寮でもよかったのではありませんか?」
続けたウィリアムの問いかけに。
漸くそっとウィリアムの方へと顔を上げ、ふるふると首を横に振る紫蘭。
「それは出来ない。元々私は、帝都桜學府に捨てられそうになったから。色んな世界を見るのに、そこに入るのは狭すぎるよ」
「……そう、でしたね。すみません、失言でした」
まだ、転生したての紫蘭についての事件を思いだし、ウィリアムが軽く頭を振る。
それが帝都桜學府として、より多くの人々を守るのに最善だったとは言え、彼女を見捨てる様にあのスケート場が隔離されたのは動かしようのない事実。
(「それでも、雅人さんとの付き合いはしている……。多分、あくまでも個人的な付き合い、と言う事なのでしょうね」)
そう思いながら。
さて、どうやって彼女に話を持ちかけるか、とウィリアムが思案を巡らす間に、紫蘭、と統哉が片目を瞑ったまま問いかけた。
「これから俺達が言う事を、きちんと聞いて欲しい。白蘭太夫に関する、とても……とても大事な話だ」
やや厳しい声音で呟く統哉の其れに。
「……あの人に関する?」
気まずげに雅人と統哉から目を逸らしつつ首を傾げる紫蘭に、そうだ、と統哉が首肯し雅人を促す。
促された雅人が静かに頷き、紫蘭、と呼びかけた。
「紫蘭。あの人は幻朧戦線、と呼ばれるこの世界の平和を破壊しようとするテロ組織の一員……スパヰなんだ」
その雅人の沈痛な呟きに。
ひゅっ、と息を呑み、反射的にその胸に差された羽根を押さえる紫蘭。
「でも……あの人の傍に居ると、凄く安心できる。私には家族も居ない。雅人の言う昔の記憶も無い。でも……それでも、あの人の傍には安心感がある。それだけは、確かなの」
「紫蘭、それは……」
――洗脳されているんだ。
そう言おうと思った統哉だったが、それ以上の言葉は出なかった。
確かに『白蘭太夫』があのユーベルコヲドの使い手であるならばあり得る話かも知れない。
先程、陽太が警告してくれたあの時の悪寒には確かにそう思わせるだけの眼力があったが……今の紫蘭が其れに犯されている様には見えない。
その理由は……?
片目を瞑り、答えを探す様に開いている片目を彷徨わせながら、統哉が続ける。
「確かに、今の紫蘭には直ぐには信じ難いだろうな。白蘭がスパヰで、この世界の平和を脅かす脅威だ、なんて俺達が言ったとしても」
それが、如何に真実であると告げたとしても。
其れを紫蘭に証明する証拠の類いは、何処にもないのだから。
と、此処で。
「紫蘭さん、1つ聞きますが。柊さんのことは覚えていますか?」
そうウィリアムが問いかけると、紫蘭が今度はウィリアムへと視線を向けて微かに首を縦に振った。
「柊……。あの鈴蘭の、お父さん……?」
「はい、そうです。元々ぼく達が此処に来たのは、あの時、貴女の手で転生させた鈴蘭さんのお父さんである柊さんと、柊さんの研究が、白蘭太夫……女郎花と言うスパヰによって、窮地に立たされる、と言う話を聞いたからです。それでぼく達は、女郎花と言うスパヰの正体を掴み、女郎花……白蘭太夫を捕らえるために、この場所に辿り着きました」
ウィリアムが伝えた言の葉に。
嘘……と言わんばかりに紫蘭が軽く頭を横に振る。
「そんなの……幾ら皆の言う事でも、直ぐには、信じられないよ……。白蘭太夫は、私に優しくしてくれた。音楽の素晴らしさを私に教えてくれた、大切な恩人だもの」
「……そうだな。確かに、只信じて欲しい、と言っても信じて貰えない事は、俺達にも良く分かっている」
ふるふると頭を横に振る紫蘭に、小さく息を吐く統哉。
――気まずい沈黙が、辺り一帯を訪れる。
(「鈴蘭さんというのは私は知りませんがー。これは、中々難しい状況ですねー」)
最悪力尽くで彼女を此処から連れ出す可能性も考慮に入れながら、天井裏に隠れる義透……『疾き者』がふと思う。
そんな、時。
まるで縋る様な視線を紫蘭が向けたのは、統哉の隣で彼女を見つめていた、雅人。
「雅人、今の話は……」
「全部、本当の事だよ。柊さん……紫蘭とも無関係ではないあの人と、あの人の実験が白蘭太夫に狙われたのは、真実だ」
いっそ残酷なほどに優しくきっぱりと。
雅人が快刀乱麻の如く告げるのによろめく様に仰け反る紫蘭。
「紫蘭さん!」
慌てた様に飛び込み、そのまま頽れそうになる紫蘭を瑠香が支える。
雅人もその手を伸ばさんと、紫蘭の方へと駆けよって、そのままそっと彼女の背中に手を回した。
「君にこの真実を伝えるのは、とても辛いことなのは僕にも良く分かっている。でも伝えなければ、僕は君を守れないから……」
「雅人……」
落ち着く様に優しく自分の背を擦る雅人を、瞳を潤ませ見つめる紫蘭。
その逢瀬の様子をじっ、と見て取りつつ、紫蘭、と統哉が呼びかけた。
「白蘭について、何か知っているか? 彼女が、スパヰになった理由を……」
――と、此処で。
(「……?」)
不意に、統哉の脳裏に何かが引っ掛かった。
何故、白蘭がスパヰになったのか?
何故、白蘭は、紫蘭と帝都桜學府の関係を知っていたのか。
其れは色褪せることのない疑問として統哉の中に根付き、統哉は開いていた片目も閉ざし、思考を進める。
(「……さて、如何するか」)
統哉が双眸を閉ざす姿を見た陽太が、心の裡で思考を纏め始めた。
階下から美しい……あまりにも美し過ぎる、琴の旋律が響き渡る。
聞く者の心を蕩かしてしまいそうに美しいその調べの主こそ、『白蘭太夫』なのだと直ぐに分かった。
(「太夫の称号は、やはり伊達ではない、か」)
ヴァサゴの権能で、紫蘭達の未来を見つめる陽太。
此処から先、紫蘭を統哉達が如何するのかは大体予測が付いている。
また、彼女を連れ出そうとすることで用心棒達が襲ってくる未来も見えたが、それは瑠香の機転と義透や霧亥が仕掛けていったワイヤートラップで捌き切れるだろう。
(「ならば、俺に出来ることは……」)
僅か数秒で、其れを纏めて。
壁に張り付いていた陽太が、まるで蜘蛛の様に鮮やかな手付きでクライミングを行ない階下へと下りていく。
灯璃達が、今、『白蘭太夫』と対峙しているその場所へ。
ネリッサが応援を要請した諜報部の部隊による建物が包囲し始める音と。
暁音の星の船が空中で浮遊し、この街一帯を見張るその駆動音が、何処か虚ろに、この場に響いた。
●
――座敷部屋。
何処か緊迫した空気に包まれるその中で。
先ず口を開いたのは、紅閻。
「そう言えば、白蘭太夫よ」
その、紅閻の呼びかけに。
「なんでありんすか?」
口元の妖艶な笑みを絶やさぬ儘に白蘭太夫が問いかけると、お前は、と紅閻が得々と尋ねた。
「何でもお気に入りの芸妓がいるそうだな」
「ああ……やはり、ご存知でありんしたか」
特に驚いた風でもなく。
あっさりと頷く白蘭太夫のそれに、微かにたじろぎ、無意識に指に嵌めた色褪せた指輪を撫でながら、それで、と紅閻が問い続ける。
「何処で拾ってきた? お前がそんな芸妓見習いを拾ってくるとは思わなんだが」
「とんでもない。わっちは只、彷徨える子犬を拾ってあげただけでありんすよ?」
紅閻の、その問いかけに。
さも当然、と言う様に白蘭太夫がそう答えるのに、紅閻が反射的に目を細める。
その一瞬の間に。
白蘭太夫の髪の毛の中に隠れていた霧亥が気付かれぬ様に飛び出して、そのまま此処からの白蘭太夫の逃走経路を探っていた。
(「しかし、ユーベルコヲドを使う怖れがある、か……そうなると、幾らでも抜け道を作られる可能性があるな」)
先程陽太から入った通信の内容を思いだし、綿密に罠を張り巡らしていく霧亥。
何処まで役に立つのかは分からないが、何もしないよりはマシだと信じながら。
着々と白蘭太夫の逃げ道を霧亥が防いでいく中でも、白蘭太夫は余裕の笑み。
紅閻と白蘭太夫のやり取りを聞きながら、では、と灯璃が問いかけた。
「私も、一度その方にお会いしてみたいものですね。白蘭太夫。貴女の様な特別な方が興味を持ち、助けたという芸妓見習いというのには興味があります」
と、灯璃がやや圧を籠めて問いかけると。
カラコロと雅だが、何処か嘲弄を交えた笑い声を、白蘭太夫は上げていた。
「まあ、もうじきいなくなるでありんすよ。既に虜となった男の元に、あの子は今頃いるでありんすからなぁ」
そう言って、ひょい、と肩を竦めてカラコロと再び笑う白蘭太夫。
けれどもそこに微かな寂しさの様なものを感じたのは、果たして灯璃の気のせいであろうか。
(「これではまるで、私達を誘っているかの様ですね」)
内心の灯璃の呟きに、そうですね、と軽く目線で同意する義透――『静かなる者』
けれども此処で話を止めるわけにも行かず、灯璃が再び口を開いた。
「早々。大切な話を忘れていました。実は私達は、貴女については、色々な噂をかねがね聞いているのです。ある方々からですがね」
暗に灯璃が何かを匂わせる発言をすると、愈々愉快そうに『白蘭太夫』が笑った。
「ホッホッホッホッホ……。納得の行くお話しでありんすね。それはそれはようおこしなさった話でありんすなぁ。わっしとしては、ある上客がいなくなり、少々寂しい話になっておりんすが」
その、思わぬ白蘭太夫の言の葉に。
「……ある、上客……です、か……?」
膳を下げようとしながら、そこから聞き逃してはいけない何かがあるのでは、と感じ、じっ、とその場で立っていた蒼が、誰に共無く言の葉を漏らした。
その蒼の呟きを呼び水としたかの様に。
「その上客……わっしの最愛の人にして、最大の敵であった……自ら礎となった男がおりなんしてな? 数ヶ月前に、ある超弩級戦力達に、多くの将兵と共に抹殺されてしまいましてんな? あの方が果たせなかったそれを、わっしが引き継ごうと色々と画策したのでありんすが……どうやら、あの男に先手を打たれてしまった様でありんすね」
「……そうか。それがお前の目的、スパヰである理由か」
と、此処で。
まるで憑かれた様に飛び出した言葉をゆっくりと味わう様に聞いた陽太が、そっと窓の方から姿を現す。
その懐から取り出した白のマスケラが、そんな陽太の言の葉に応じる様に怪しげな白い光を放っていた。
その白のマスケラを被り、冷たい表情の儘に躙り寄る陽太の様子を見て。
「少し話が過ぎましたでありんすねぇ……」
と、自らすっくと立ち上がり。
霧亥が張り巡らした罠を潜り抜ける様に、バッ、と陽太の侵入してきた窓に向かって突進する白蘭太夫。
(「其方にも罠は仕掛けさせて貰っている。これならば……!」)
と、霧亥の内心の声に反応する様に。
突如として白蘭太夫の行く手を遮る様に幾重にも編み込まれた壁が出現する。
その構造を一瞬で看破したか、まるで壁走りをするかの様にタタタタタッ……とその場を駆け抜けていく白蘭太夫の様子に、野郎、とミハイルが立ち上がり、彼女を捕らえる様に飛び出した。
「今度は逃がさねぇぜ、女郎花」
かなりの量の日本酒を飲んでいるにも関わらず、まるでふらつきを感じさせない足取りでその後ろから白蘭太夫を追う、ミハイル。
そして、前方に陽太が立ち塞がり、彼女を白いマスケラから発した光で催眠状態に陥れようとするが、ヴァサゴの権能が、主である陽太に咄嗟に次の未来を見せ、陽太に鋭い警告を発した。
「くっ……そうだな」
やむを得ず反射的に体を横に反らす陽太の脇を、まるで女豹の如き動きで駆け抜けていく白蘭太夫。
「ふむ……どうせならそのままわっしの催眠に陥ってくれれば良かったでありんすけれどな。流石にその動きは読まれんしたか」
然程残念そうでもない口調で呟きながら、陽太が飛び込んできた窓から外へと飛び出す白蘭太夫。
だが、そこには……。
――カチャリ。
「残念ですね。これでもあなたと同じ諜報員である以上、あなたの動きは読めています」
自らの愛銃……G19C Gen.4の銃口を、白蘭太夫に突きつけるネリッサ。
突きつけられた銃口を見つめる彼女の視線を見ぬ様、注意深く目を逸らしつつ、銃口の照準を狂わせることなく突きつけ続ける。
「此処までです、白蘭太夫……いいえ、スパヰ女郎花。大人しくお縄を頂戴して下さい。全てが不問とはならないでしょうが、それだけで情状酌量の余地を作れる様、私達超弩級戦力が諜報部に掛け合いましょう」
淡々とそう告げるネリッサの其れに。
クツクツと軽く肩を震わせ、白蘭太夫は笑った。
――笑って、みせた。
●
――同時刻、妓楼一室。
「じゃあ、何故、スパヰになったのかの事情迄は、紫蘭にも分からないか……」
双眸を瞑り、考え込む統哉の姿を気遣わしげに目の端で捕らえつつ。
漸く少し落ち着いた紫蘭に雅人がそう問いかけると、微かに項垂れる様な表情になって御免なさい、と紫蘭が首肯した。
「別に『白蘭太夫』がどうしてスパヰになっていたとしても、紫蘭さんには無縁の話です。ともあれ、『白蘭太夫』が自分から此処を出て行って紫蘭さんの身柄をフリーにしている今の内に、この場から離れた方が良いかと思いますが……」
「そうですね。其れは私も同感です。多分、未だ戦いは終わりません。でも、次に起こるであろう戦いのためにも、紫蘭さんには先ず此処を離れて頂いた方が……」
ウィリアムの呟きに、瑠香もまた、其れに同意する。
ウィリアムと瑠香の言葉を統哉の理性は是としていたが、けれども、その中にある感情では煮え切らない何かを感じていた。
(「統哉殿は、何を考えているのでしょうね-。分かりませんねー」)
瑠香とウィリアムの其れに全面的に同意しつつも、やはり引っ掛かりに対する応えを見いだせぬままの統哉の様子を天井裏から見つめた義透が怪訝そうに首を傾げる。
その間にも、統哉は無数の思考の羅列を徒然無く進め続けていた。
(「……くっ。如何しても違和感が拭いきれない……」)
自らの思考のもつれに気がつく統哉。
今のままでは情報が足りない以上、これ以上の思考をしても進まないとやむを得ず判断し、一度双眸を開いて、紫蘭と雅人に目を向ける。
「紫蘭。雅人。1つだけ、頼みがある」
「……頼み?」
キョトンとした、紫蘭の呟きに。
統哉が、ああ、と頷きそれは……と静かに話を続けた。
「俺は、少なくとも白蘭が何らかの理由でスパヰになったと思っている。恐らくは、紫蘭と雅人、君達にも関わりのある事だ。だから彼女を捕まえるために、力を貸して欲しいんだ」
「力を貸して欲しい? それは……?」
と、雅人が問いかけたところで。
統哉が小さく深呼吸を行ない、それは、とそっと囁いた。
「彼女を捕まえるために、2人にはもう一度、白蘭太夫と向き合って欲しいんだ。音楽は、聞く者の心を解し、癒してくれる。それは、本当のことだと俺も思う」
――だから、こそ。
「……私の琴を、聞かせてあげて欲しいと言う事?」
その紫蘭の呟きに。
統哉がそうだ、とハッキリと首肯した。
「まっ、待って下さい統哉さん! それは紫蘭さんを余計な危険に晒すことになりますよ!? 其れは流石に……!」
と、瑠香が統哉に食ってかかる。
ウィリアムも同様なのだろう。
特別に口に出しはしないが、それは、と咎める様な視線を統哉に向けていた。
だが、統哉は諦めない。
否……諦められないのだ。
だって……。
「俺はあの時、紫陽花さんに約束したから。人は必ずいつか必ず救われると。その為の可能性を、最後まで俺は願いと祈りを抱き……そしてあの人を見送った」
同時に其れは、統哉の誓いだ。
どんな人であれ、必ず人であれば救うという、死した紫陽花への統哉の誓い。
「だから、彼女を救える可能性があるのなら、俺は……」
と、統哉が告げたところで。
――ドタドタドタドタドタッ!
と、階段を激しく駆け上がってくる足音が聞こえてきた。
その足音を聞いた義透が、天井裏から姿を現しひとまずはーと、統哉達を執り成す様に声を上げた。
「その話は此処までですー。どうやら階下から用心棒も上がってきている様ですから、先ずは此処を脱出しましょう-」
その義透の、言の葉に。
この場で異議を申し立てる者は、誰も居なかった。
●
刹那に行なわれた女郎花と、ネリッサ達の遁走劇。
突然始まった遁走劇に、思わず目を丸くしていた蒼の耳に、階上に向かって慌ただしく階段を複数の足音が駆け上がっていく音が入ってくる。
(「……上には、確か……統哉様、達が……」)
その事に思い至り。
女郎花の方はネリッサ達に任せ、蒼は飛び出す様に階上へと駆け上がっていく人々の足音を追う様にその場を後にし。
その後ろには。
「……蒼。妾も行くでありんすよ」
それまで『鵺ゑ』と言う遊女の振りをしていた祥華が遊女の衣を脱ぎ捨て、彩天綾を羽織り、蒼へと呼びかけた。
「……紅閻様、は……?」
「あやつは、白蘭太夫を捕らえるための協力するであろう。いまは上の、紫蘭達の方が心配じゃ」
蒼のその呼びかけに。
素早くそう返す祥華に頷き、蒼と祥華は先程、白蘭太夫が降りてきた階段を一気に駆け上がる。
と、その時。
――カッ!
爆発音と共に、突如煙幕が、蒼達が追った男達の前で焚かれ始めた。
風の方向故か、此方に向かっても飛んでくる煙をまともに吸い込み、蒼と祥華が思わず煙に巻かれて咳き込み、ポロポロと瞳から涙を流している。
「なっ、何だ、火事なのかっ!?」
その煙が部屋の中に入ってきたからだろう。
煙を吸ってしまったらしく、蒼達と同じく涙を零しつつ美雪が三味線を抱えたまま飛び出して来た。
一方、現れた用心棒達に煙幕弾を炸裂させた瑠香は、衣服の衣で煙幕を吸わぬよう押さえながら、統哉達と共に、紫蘭を守る様に陣形を組み、其方の階段に向かって急いでいた。
「おおう、紫蘭。どうやら無事でありんすのう……ゴホッ、ゴホッ」
煙幕弾に咳き込みながら、煙の向こうから瑠香達と共に現れた紫蘭の姿を認め、安堵の溜息を漏らす祥華。
目に涙を溜めながら、初めて紫蘭を見る蒼が、あの方が……? と小さく呟き、軽く小首を傾げていた。
「祥華様。あの方が……紫蘭様、なのですか」
その蒼の呟きに。
「ええ、そうなんです、蒼さん」
瑠香の放った煙を抜けて合流してきたウィリアムが頷き、雅人と紫蘭を連れて煙幕の向こうから飛び出してくる。
尚、煙幕を張られた屈強な男達は、対『白蘭太夫』用に霧亥が用意した踏むと足下を救われるワイヤートラップや、足先を引っ掛けられる様な様々な罠に見事に嵌まり、紫蘭達を追うどころではなくなっていた。
と、此処で。
「あの……紫蘭様……今から、この、街を……」
と、蒼が告げたその瞬間。
不意に、暁音から緊急通信が入った。
「皆。どうやら紫蘭さんを外に逃がす時間は無くなりそうだよ」
その、暁音の言葉と共に。
轟沈していく何かの音に合わせて、巨大な機械的な何かが落ちる音が、辺り一帯に響き渡った。
●
――時は僅かに遡り。
統哉達が紫蘭を、ネリッサ達が白蘭太夫を確保しているその間も、警戒を続けていた暁音は、星の船である一隻の飛行船を捕らえていた。
「あの飛行船……真っ直ぐ、此方に向かってきている……?」
と、此処で。
ズキリ、と鋭く刺し貫かれる様な痛みが不意に、共苦の痛みを通じて襲ってくる。
そして、その痛みは……。
(「これは誰かの憎しみ、悲しみの痛みか。でも……誰の……?」)
と、共苦の痛みが伝えてくる痛みに息を漏らしながら。
嫌な予感を覚えた暁音が星の船へと自らを転送し、星の船による飛行船の砲撃を行なう。
無論、人災が起きぬよう、配慮した場所へと墜落するよう、暁音はその飛行船を撃ち落とした。
だが、飛行船がそのまま墜落していこうとした直前。
そのコンテナから白い光が1つ、地面へと落ちていった。
――そう。ネリッサが銃口を突きつける、『白蘭太夫』の、その傍に。
咄嗟に星の船で其れを迎撃しようとする暁音だったが、周囲には自分達猟兵と『白蘭太夫』だけでなく、帝都桜學府の諜報員達もいる。
その全てがユーベルコヲド使いと言う訳ではないだろう。
(「くっ……となると、落ちていくあれはきっと……」)
その暁音の胸に降りる嫌な予感に感応する様に。
針で心臓を貫く様な鋭い刺し傷が、共苦の痛みを通じて暁音を襲った。
――まるで、『白蘭太夫』との最後の戦いを、予期しているかの様に。
成功
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第3章 ボス戦
『スパヰ甲冑』
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POW : モヲド・零零弐
【マントを翻して高速飛翔形態】に変身し、レベル×100km/hで飛翔しながら、戦場の敵全てに弱い【目からのビーム】を放ち続ける。
SPD : 影朧機関砲
レベル分の1秒で【両腕に装着された機関砲】を発射できる。
WIZ : スパヰ迷彩
自身と自身の装備、【搭乗している】対象1体が透明になる。ただし解除するまで毎秒疲労する。物音や体温は消せない。
イラスト:8mix
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
――ガシャンッ!
鈍い金属音と共に、周囲に濛々と広がっていく煙。
超弩級戦力と、白蘭太夫の間に割り込む様に落ちてきた『其れ』がけたたましい音と共に大量の蒸気を吐き出している。
その蒸気を目眩ましにして。
落ちてきたスパヰ甲冑のコクピットに、白蘭太夫が滑り込む様に飛び込んだ。
そのまま計器を手早く確認し、手慣れた動きでスパヰ甲冑を起動。
同時にそのスパヰ甲冑の双眸が、他のスパヰ甲冑とは異なる光を発する。
放出されたのは、閃光の様な光。
その光をまともに受けた諜報員達が、まるで吸い寄せられる様に『白蘭太夫』の周囲に集い、彼女とスパヰ甲冑を守る肉壁の様に立ちはだかった。
自らの専用機が発揮した機能の結果に満足げな笑みを浮かべ、さて、とスピーカーをONにする『白蘭太夫』……否、『女郎花』
猟兵達と雅人に連れられた紫蘭が、目前のスパヰ甲冑と其れに搭乗する恩人の姿を見て、茫然自失となっていた。
「白蘭太夫……」
『ああ、紫蘭。やはりおぬしは、『彼』を選んでしまったでありんすか。これもまた、宿命、ということでありなんすかねぇ……』
優雅に、けれども僅かな寂しさを孕んだ口調で。
淡々と紡がれる『女郎花』のその言の葉は、スパヰと言うより、まるで1人の『女』の様。
「どう言う……こと……?」
訳が分からない、と言う様子で呟く紫蘭に、『白蘭太夫』は何、と首を横に振る。
『只の戯れでありんすよ。まあ、禊という方が正しいかも知れないでありんすが……全ては些事でありんすなぁ』
――漸く、この時が来たのだ。
『彼』を殺した者達との戦いの、その時が。
そんな事を思いながら。
さて、と、自らの視線に魅入られ、自らの盾として立ちはだかる諜報員達を見て、カラコロと『女郎花』は笑う。
「この者達は、帝都桜學府の諜報員でありんすが、同時に只の一般人。わっちの力を拡散するこのスパヰ甲冑の前に、ひれ伏させるのは赤子も同然」
同時にそれは……。
高級茶店街の一角から悲鳴が上がる。
猟兵達が咄嗟に其方を見れば、そこにはこの花街での一夜を楽しむべくやってきていた人々。
その人々に向けて、右腕の機関銃の銃口を突きつける『女郎花』
「この場でわっちを見逃してくれるのであれば、これ以上の被害が出ない様、わっちも最大の努力をするでありんすが。わっちを見逃さないのであれば、哀れな諜報員や無辜なる人々……そして、会合の為に訪れた要人達の命は保証できぬでありんすな」
カラコロと、愉快そうな嘲笑をあげ。
そう告げる『女郎花』のそれに、雅人が思わずその腰の退魔刀を握りしめ、紫蘭が悲鳴を飲み込みつつ、顔面を蒼白にする。
「『白蘭太夫』……」
その紫蘭の悲痛の声を聞き流す様にして。
いっそ愉快げな表情を浮かべてスパヰ甲冑に搭乗した『女郎花』がさて……と舐める様な口ぶりで問いかけた。
「如何するでありんすか?」
――ある程度の被害を覚悟で、『女郎花』を囚える或いは殺害するか。
――『女郎花』をこの場で取り逃がすのか。
――それとも……。
数多の選択肢を突きつけられた、其れに。
超弩級戦力達が出した、その答えは……。
*第2章の判定の結果、第3章の状況は下記のルールで始まります。
1.このスパヰ甲冑は『白蘭太夫』向けに調整された特殊なスパヰ甲冑です。
その為、戦闘中のWIZユーベルコヲドが、スパヰ迷彩から下記に変更となります。
*ユーベルコヲド『女郎花の魅惑』
【魅惑の視線】が命中した生命体・無機物・自然現象は、レベル秒間、無意識に友好的な行動を行う(抵抗は可能)。
2.『白蘭太夫』は技能として最低でも『誘惑』、『催眠術』、『範囲攻撃』を取得しています。
これはスパヰ甲冑が使用する技能の一部として適用されます。
3.包囲に皆さんに手を貸していた諜報員達の一部が上記ユーベルコヲドによって、現在、スパヰ甲冑と猟兵の間にいます。彼等の生死は問いません。
4.花街の中での戦いとなりますので、事情を知らない人々がいます。彼等は自分達の手で自分達を護ることが出来ません。但し、避難などは比較的速やかに行なわせる事が可能です。
5.流れ弾が一般人に行く可能性はあります。
6.雅人・紫蘭についての扱いは下記となります。
A.雅人。
1.猟兵の指示には従いますが、紫蘭を守る事を優先します。
2.雅人は事情を知らされているので、『魅惑の視線』には抵抗します。
3.人々を避難させる協力はしてくれます。
4.活性化されているユーベルコヲドは『剣刃一閃』です。『強制改心刀』も使用出来ますが、一般人を守るのに不向きなユーベルコヲドなので、余程の事が無い限り使用しません。
5.雅人はこの戦場から撤退することはありません。
6.雅人はある程度の自衛能力を持っているので、死亡する可能性は低いです。
B.紫蘭
1.猟兵達を信じていますが、女郎花を信じてもいるので指示を聞いて貰えるかどうかはプレイング次第となります。
2.女郎花への思いがありますので、『魅惑の視線』への抵抗は難しいです。
3.ユーベルコヲドは、『桜の癒し』or『桜花の舞(鈴蘭の嵐相当UC)』が使用可能ですが、現時点では使えません(プレイング次第で使う可能性がありますが、『桜花の舞』だけです。『桜の癒し』は基本的に使いません)
4.この戦場から撤退する事はありません。
5.紫蘭の生死は問いません。
――それでは、良き結末を。
ウィリアム・バークリー
女郎花、あなたを逃がすつもりはありません。そして、誰一人犠牲にすることも認めません!
あなたは手を出してはいけないところに手を出した。見過ごすわけにはいかないんですよ!
Active Ice Wall、展開! 「全力魔法」「範囲攻撃」氷の「属性攻撃」「オーラ防御」「盾受け」で氷塊の壁を築き、戦場一帯を花街から隔離します。
後方から戦場全体を見渡し、氷塊が砕かれたらすぐに追加して補充します。
紫蘭さん、現実を見てください。あれが、あなたが師と仰いだ『白蘭太夫』の正体です。
手を貸してほしいとは言いません。ただ、ぼくらの戦いを見守っていてください。
雅人さん、紫蘭さんのことをお願いします。
そろそろ幕引きです。
吉柳・祥華
・銀紗
心情
ふむ、困ったのう…
我と共に行動しておった諜報員達だけでも確保したいのう
一般人は恐らく…彼らが動くと思うのしのぉ…
紫蘭も一緒にいるであろう者たちに任せるのじゃ
戦闘
『神凪』をスパヰ甲冑と諜報員の頭上にでも召喚し『識神』も放つ
我は全体が見渡せる空か屋根におるぞ
次に
『神凪』を遠隔操作でスパヰ甲冑の牽制にあて
『識神』はレーザー射撃・一斉発射・援護射撃などで継続ダメージ等
その隙に我は
功夫・軽業・残像・怪力等を使い
また『白虎』の封印を解き諜報員達を救出活動じゃな
救出活動が終えれば
UCはそのまま継続させて我は高みからの神罰
『青龍』の封印と解きブレス攻撃
『朱雀』の封印を解き威嚇射撃等
アドリブ・連携可
白夜・紅閻
・銀紗
・真の姿解放
行動
白蘭を追っていたが甲冑に乗り込んだところでカミサマと合流
潜入を手伝った諜報員達を救出する手伝いし終えたら雅人の所へ行く
戦闘
雅人!無事か!?
…紫蘭?あんたも居たのか
篁臥は地上から
白梟は上空からのサポート
雅人は紫蘭を守るだろうから
雅人を護衛することによって負担をだな
スパヰ甲冑にUCを放つ
答えは「影」だが、果たして気づくかな?
オーラ防御で防ぐが
ダメージを喰らったのなら
イザークでスパヰ甲冑を捕食し生命吸収
※かばう優先順位…雅人>紫蘭
イザークで重量攻撃・部位破壊・爆撃
レーヴァテインは力溜め・武器受け・カウンター・鎧無視攻撃・貫通攻撃・串刺し
2回攻撃・乱れ撃ち・斬撃波
アドリブ・連携可
朱雀門・瑠香
う~ん、まずは周りの民衆を避難させないとだめですね。うちの名前を出してでも皆に避難してもらいましょうか(コミュ力、威厳、礼儀作法)
後は敵の攻撃が民衆に向かないように直接武器を壊しちゃいましょう。
相手の催眠術に抵抗しながら諜報員はなるべく迂回、邪魔なら殴って気絶させてやり過ごし
周囲の建物利用して相手の動きを見切って飛ぶ前にマント諸共機関砲を切り捨てます!できるならそのままコックピットも切り裂いて中の太夫を引き釣り出します。舌かまれたりして自害されるとまずいですからそれは阻止しますけど
天星・暁音
星の船、緊急降下、低空飛行へ
後で直すから被害は気にしない!
他猟兵と協力し花街の人達、諜報員を避難誘導し、船へ収容、出入口以外に格納庫を開放、避難民を人形魔導機も使い格納庫側からも収容します
収容後はスタッフ達が展望公園、人工海洋施設等の広く重要施設から離れた場所へ誘導
エレクトラに収容した人達の中に誘導に従わない不審者がいないか見張らせます
いたら捕縛
収容後は浮上、避難民保護にシールドと船内の重力制御を最優先
スパヰ甲冑の迎撃に武装を展開
船の甲板辺りに陣取り上空遠距離から回復行動、但し避難民の保護を優先
視線対策
コンツェルトで視線を遮る様に板等を作り支援
可能なら戦闘後UC輝く星で街の修復も行います
亞東・霧亥
【SIRD】真の姿になる。
二分の一を解除して元の姿に戻る。
『ロープワーク』で建物から建物へ『目立たない』ように飛び移り、女郎花のほぼ真上まで移動する。
・機関銃を破壊
【UC】
一瞬で練り上げた『功夫』と『怪力』。
真上から、一般人に向ける機関銃の銃口に目掛けて飛び降り、機関銃の『部位破壊』を試みる。
・女郎花を挑発
あの男を紫陽花の事だと解釈し『挑発』する。
「青臭い理想を振りかざして大立ち回りをした挙げ句、無惨にも我らに敗れた男。此処に居らぬが其の証、あれは見かけ倒しだった。お前も早々に忘れてしまえば良かったものを。憐れだな。」
これで俺の『挑発』に乗ったなら、『功夫』と『怪力』を駆使して戦う。
ネリッサ・ハーディ
SIRDメンバーと共に行動
目標は女郎花の生存状態での拘束及び盾にされている人々を無傷で確保する事。これはSIRD局長の正式な命令として受け取って貰って構いません。
竜胆さんに緊急連絡、状況報告と近隣住民の避難及び付近にいる帝都桜學府諜報員の退避を要請。特に女郎花に迂闊に近づくと危険な事を伝える。これ以上盾を増やされると厄介ですし、帝都桜學府諜報部との余計な軋轢は避けたいですしね。
UCの炎の精を幾つかの集合体にし盾にされている人々の隙間を縫う様にして抜けさせ甲冑の脚部を集中攻撃し逃走を阻害。
また甲冑頭部に炎の精を纏わり付かせ催眠攻撃を妨害。
かなりアクロバティックな攻撃手段ですが…不可能では無い筈。
馬県・義透
疾「向いてるの、彼ですよね」
静「そうですね…託しましょうか」
※
第四『不動なる者』盾&まとめ役の武士
一人称:わし 質実剛健
武器:黒曜山(剣形態)
ふむ、わしはSIRDメンバーとも初対面になるな。
出てきにくいのよ、わしは。
紫蘭殿に。ここで死んではいかんぞ。
それは雅人殿だけでなく、白蘭太夫も傷つけるからの。
黒曜山には、念のために視線遮断結界を施しておこう。
脚部破壊を目指そう。指定UCは、未来にある『それ(甲冑)』を攻撃する。未来の位置は、黒曜山でわかるしの。
わしに誘惑?わしは亡き妻の方がよいが?『我ら』には効かぬよ。
一人だけ独身じゃが、あやつ(疾き者)は忍での…。
催眠は、内部三人が覚ましてくれよう。
灯璃・ファルシュピーゲル
【SIRD】一員で連携
先ずは即時に指定UCで吸入麻酔ガス入りの回転式擲弾発射機を作成
(先制攻撃・だまし討ち)で敵の虚を突き攻撃と見せかけて
肉盾化した一般諜報員に斉射しガスで気絶させ無力化。
更にUC:ワイルドイエーガを使用し制圧した諜報員を人狼兵化させ、
一目散に敵スパイの催眠光線を見ないよう全力っ撤退させ保護。
一部は民間人保護に当たらせ、一緒に連れて敵の射界外への
撤退を指示します
同時に(スナイパー・鎧砕き)で機銃の砲身・給弾部を精密狙撃し
無力化を狙い撤退と仲間の攻撃を支援する。
魅惑の視線に対しては(呪詛・狂気耐性)で抵抗しつつ
指定UCで蛍光塗料弾を作成、敵に投射し迷彩の無効化を狙う
アドリブ歓迎
ミハイル・グレヴィッチ
SIRDの面々と共に行動
周囲の人間は無傷で、尚且つ女郎花は生け捕りにしろだぁ?
ったく、毎度のコトながらボスのオーダーのキツさには泣かされるぜ。
女郎花を狙撃すべく、付近の建物の屋根に上がって気づかれない様に最適な狙撃ポイントを探し出して占位。SV-98Mのバイポッドを立てて伏射姿勢でスパヰ甲冑の脚部を慎重に狙ってUC発動。
(スコープ越しに目標捉えつつ)…畜生、こりゃ針の穴に糸を通す、なんてレベルじゃねぇな。取り巻きの盾が邪魔すぎる。最善は尽くすが…ええい、悪いが手足の1本位は覚悟してくれ。
もし可能だったら頭部を狙撃して催眠攻撃を使用不可にする。
…感情で動いちまったら、スパイ失格だぜ?
アドリブ歓迎
真宮・響
【真宮家】で参加(他の猟兵との連携科)
転送した先で何か騒がしいと思ったら」・・・何か飛んでるね。一般人を避難させないと。
一般人の避難の先導と護衛を兼ねて真紅の騎士団を発動。【歌唱】【存在感】でアタシ達家族を見失わないようにしっかり避難誘導する。飛んでくる攻撃は【残像】【オーラ防御】【見切り】で凌ぐ。
敵が避難誘導の住民を狙うなら、【戦闘知識】で敵の攻撃の起動を把握しながら【槍投げ】【串刺し】【気絶攻撃】【重量攻撃】【気合い】【貫通攻撃】で全力で槍を投げて牽制。いざとなれば【怪力】を込めた【衝撃破】で吹き飛ばすか。
何もしらない人たちを巻き込む訳にはいかないからねえ。戦闘の方は任せたよ!!
真宮・奏
【真宮家】で参加(他猟兵との連携可)
急いで駆け付けましたが・・・何か物騒な音がしますね。こんな騒動に無辜の人々を巻き込む訳にはいかないでしょう。避難させないと。
敵は飛んで攻撃をばら撒いてくるようですのでトリニティエンハンスで防御力を上げ、【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【拠点防御】【ジャストガード】でしっかり避難誘導中の方を護衛します。いざとなれば【かばう】で守りましょう。正直攻撃の余裕はないかと思いますが、あくまでも敵が避難誘導中の方達を狙うならば、【衝撃波】【二回攻撃】で牽制する事も視野に入れます。
住民の方達の避難はお任せを。こちらは死守しますので事態の解決は任せましたよ。
神城・瞬
【真宮家】で参加(他猟兵との連携可)
転送されてきた先で騒ぎが起こっているようで。この華やかな場所に似合わない戦闘音も。この戦闘に住民の皆さんを巻き込む訳にはいかないでしょう。
避難誘導しながら敵の牽制を。【オーラ防御】で身を護りながら月光の狩人と共に【誘導弾】【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】【目潰し】【鎧砕き】【部位破壊】で攻撃を。敵があくまで避難誘導中の方達を狙うなら、【衝撃波】【武器落とし】【吹き飛ばし】【気絶攻撃】で物理的に敵を住民の方達から引き離しましょう。
こんな騒動に一般人の方達の犠牲は出したくない。しっかり安全な所に避難して頂きますので、戦闘の決着はお任せします。
彩瑠・姫桜
>戦闘
一般人の避難誘導と、
紫蘭さん・雅人さんの守りをメインに動くわ
真の姿(外見変わらず)で、UC発動
流れ弾を[かばう、武器受け]で防御
必要なら[串刺し]で攻撃
守りの優先順は、一般人>紫蘭さん>雅人さんで
紫蘭さんは、雅人さんが護ってくれると思ってるけど
万一の時はカバーできるようにするわ
>女郎花
私は、女郎花さんを逃してもいいんじゃないかとも思ってしまう
柊さんの立場を思うと苦しいところだけど
一般人や要人の命を優先したいし
紫蘭さんの気持ちの整理ができる時間も欲しいとも思うから
でも総意はきっと囚えるか殺害よね
だから邪魔はせず、防御と必要最小限の攻撃に徹するわ
この場の周囲の被害もできる限りおさえたいからね
館野・敬輔
【POW】
アドリブ連携大歓迎
状況把握後監視を解いて花街に急行
「地形の利用、闇に紛れる、ダッシュ」で気配を消しながら建物や人々の陰に隠れ移動
スパヰ甲冑に対し不意討ち
他猟兵に気を取られている間にスパヰ甲冑の背後に接近
諜報員らが残っていたら黒剣の柄で殴り「気絶攻撃」し排除
「早業、2回攻撃、怪力、鎧砕き」+指定UCでスパヰ甲冑を部位破壊
両腕の機関砲破壊が最優先だが可能ならマントも
反撃は「見切り、オーラ防御」で最小限の被害に
視線は魅入られぬ「覚悟」で抵抗
女郎花
貴様の動機は俺らへの復讐心か
その甲冑も影朧兵器だろう
なら、俺は復讐心ごと叩き潰すだけ
選べ
スパイとして散るか
紫陽花を慕うひとりの女として果てるか
神宮時・蒼
…ボクは、彼らを、よく、知りません
…けれど、誰にも、悲しんで、欲しくない、と、そう、思う
…最善の道を、ボクは、今度こそ、選べる、の、でしょうか…
…誰も、傷付かない、最善は…
ともかく、【魔力溜め】で強化した【結界術】を【範囲攻撃】の応用で周囲の人へ
誰も傷付かぬよう、悲しまぬように
今回は、裏方に徹しましょう
相手の攻撃には全力で抵抗
魅惑を受ける程、ボクは貴女の事を、よく、知りません、ので…
飛んでくる弾丸は【呪殺弾】または【弾幕】で相殺します
怪我を負った人がいれば、UCで回復し、避難を促しましょう
これが、ボクに出来る精一杯
やはり、ただの物には、荷が重かったのでしょうか…
…本当、無力、ですね…
藤崎・美雪
【WIZ】
アドリブ連携大歓迎
女郎花…白蘭太夫の心境は複雑なのだろう
亜米利加のスパイ、幻朧戦線のスパヰ(多分)
紫陽花さんを慕う女性、紫蘭さんの導き手
さて、女郎花は何れの立場を選ぶつもりかな?
女郎花無力化捕縛狙いだが
まずは諜報員の無力化を狙う
「優しさ、祈り、時間稼ぎ」+指定UCでもふもふ羊大量召喚
スパヰ甲冑と諜報員らに殺到させ眠らせる
その後はグリモア・ムジカに【シンフォニック・キュア】を「楽器演奏」させ回復させつつ
紫蘭さんを視線から守るよう「拠点防御」
視線は…気合で抵抗
紫蘭さんが雅人さんを慕うのも
『白蘭太夫』を慕うのも
どちらも本心
…素直になっていいと思うが
女郎花
貴方が紫陽花さんに惹かれた理由は?
文月・統哉
紫蘭に琴の演奏頼む
想い込めた君の音楽を
雅人に紫蘭護衛頼み
俺は前へ
応戦し投降説得
誰も白蘭も死なせない為に
逃げるだけなら戻る必要無かった
紫蘭が心配だったんだね
嘗て桜學府に見捨てられた紫蘭
でも貴女は紫陽花さんの後悔も知っている
誰の事も見捨てたかった訳じゃない
だから彼は影朧甲冑の道を選んだ
でも幻朧戦線のやり方じゃ
悲しみを繰り返すばかり
これ以上愛する者が苦しむ事を
彼が願う筈もないのに
他にも方法はある筈だ
俺は小も大も護りたい
欲張りだよね
それでも
少しずつでも世界を変えていけるなら
諦めず積み重ねたい
貴女にも選んで欲しいんだ
紫蘭と共に生きる未来を
音楽は聞く者の心を解し癒してくれる
そう教えてくれたのは貴女だよ白蘭
森宮・陽太
【SPD】
アドリブ連携大歓迎
暗殺者モード、指定UC使用は2章から継続
女郎花
お前もスパヰであるなら
何時でも命を散らす覚悟はしているはず
同業者としてお前を殺す
女郎花殺害目的
真の姿解放
ヴァサゴの権能で未来視継続しつつ
「闇に紛れる、忍び足、ジャンプ」で諜報員を排除しつつ死角を取るよう移動
「視力、世界知識」でスパヰ甲冑の急所を見極め
「ランスチャージ、暗殺、串刺し」で女郎花ごと一気に貫く
機関砲は未来視と銃口の動きを「見切り」回避
視線は俺自身を暗殺者に仕立てる「催眠術」が頑なに抵抗
…無面目の暗殺者たれ
戦闘後マスケラを外すも無感情のまま
女郎花生存なら捕縛しナイフ突き付け
隙あらば止めを(他猟兵による阻止OK)
●
――悲鳴と、パニックに満ちたこの花街の中で。
冷たい無表情を抱いた1人の男の顔に白いマスケラが現れる。
彼……森宮・陽太の無感情なその視線は、スパヰ甲冑へと今にも搭乗しようとしている女郎花へと向けられていた。
(「……女郎花」)
何処か自分の心の奥底から沸き上がる様な昏い声。
「……お前も、スパヰであるなら、何時でも命を散らす覚悟はしている筈」
その密やかな声が、耳元に届いた者。
それは……。
●
――同時刻。
騒ぎ……人々の悲鳴を、自らの呼び出していた『影』達によって聞きつけて。
(「花街の状況が変化したか」)
館野・敬輔がその気配を感じ取り、『少女』達との共有を断ち、自らの身体へと意識を戻し、黒剣を素早く鞘に納め軽く赤と青の双眸を鋭く細め。
そのまま幻朧桜の木から身を翻す様にして飛び出した時。
流れ弾であろう数発の銃弾が、花街から逃げてくる人々の背後に迫っていた。
「ちっ……!」
舌打ちしつつ、彼等の背後と銃弾の間に立ち、黒剣を横薙ぎに一閃する敬輔。
機関砲から吐き出された流れ弾と言えど、全ての人々を護りきることが出来ない。
そう、敬輔が判断した、正にその時だった。
蒼穹の風と共にその瞳を真紅に染め上げた腰まで届く程長い金髪を風に靡かせた彩瑠・姫桜が姿を現し。
血涙を零しながら、漆黒のschwarzと、白きWeißの二槍を風車の様に回してその無数の銃弾を叩き落としたのは。
「……姫桜か。お前は花街には行かなかったのか?」
「ちょっ……い、行かないわよ、ああいう場所には! その……色々あるし」
冷静に問いかける敬輔に姫桜が何やら頬を赤らめ軽い抗議をするが、敬輔は無視。
ただ、前方から何時降り注ぐか分からない無数の銃弾に人々が犠牲になる可能性を考え、僅かに顔を顰めた時。
姫桜の後ろで再び吹き荒れる、蒼穹の風。
(「……この風は……」)
と、敬輔が内心で呟いた、正にその時。
「やれやれ、転送先が何やら騒がしいと思ったら……厄介なことになっているみたいだね」
と、ブレイズブルーを背負う様に構えながら、真宮・響がそう呟き。
「成程。その為に私達を呼びに来たんですね、姫桜さんは」
続けて、翡翠の光を纏った風の妖精の名を冠する長剣と、精霊達の力が籠ったエレメンタル・シールドを構えた真宮・奏が。
そして……。
「敬輔さん。あなたと一般人達の背は僕達が……」
と告げながら六花の杖に魔力を籠め、一族にのみ伝わる月読みの紋章の結界を描き出した神城・瞬の呼びかけに、敬輔が静かに首肯して。
「分かった。其方は任せる」
そう告げて。
姿を搔き消す様に宵闇に紛れ込む敬輔を、心配を孕んだ紅の瞳で見送る瞬。
「瞬兄さん……」
その瞬の様子を見て、瞬の想いを感じ取った奏が労る様に瞬の名を呼ぶと。
「大丈夫ですよ、奏。僕は、敬輔さんを信じていますから」
そう優しく淡い微笑みを浮かべて告げる瞬に、そうですね、と奏が口元に笑みを浮かべる。
その瞬と奏のやり取りを耳にしながら。
銀の腕輪に嵌められた、玻璃鏡の鏡面のざわつきを抑える様に。
唇を噛み締めて血を滴らせるヴァンパイア形態の姫桜に、響が姫桜、と気遣う様に呼びかける。
「何か気になっていることでもあるのかい?」
その、響の思わぬ呼びかけに。
何処かはっ、とした表情になった姫桜が響の方を振り向き、束の間自らの金髪を弄くっていたが、程なくして俯き加減に溜息をつく。
「……響さんになら、少しだけ話しても良いかしら?」
「アタシで良ければ、構いやしないよ。如何したんだい?」
上目遣いに不安げに呟く姫桜に響がトン、と自らの胸を叩く。
それに頷き、姫桜が私は……と独白の様にポツポツと言葉を漏らし始めた。
「正直に言えば、今回、彼女……女郎花さんを逃がしても良いんじゃないかしら? と思ってしまうの……」
「ほう。そりゃまた、如何してだい?」
その姫桜の思わぬ告白に、微かに眉を上げつつ、軽く首を傾げ手続きを促す響。
「柊さんや竜胆さんの立場を思うと、苦しい事は分かっているわ。柊さんは更なる危機に脅かされるし、竜胆さんも後の対応に追われてしまい、帝都桜學府内が混乱する可能性もある。でも……」
「でも?」
姫桜の相槌を打ちつつ先を促す響にだって、と姫桜が言の葉を紡ぐ。
「此処で女郎花さんを逃がせば、一般人や要人の命は守られるのであれば、其方を優先したいし。何よりも、紫蘭さんの気持ちの整理を付けることが出来る時間も欲しいと、私は思うから……」
「成程ね。確かにこの騒ぎの元凶を見逃せば、これ以上の被害が起きる可能性は少ないよ。特に女郎花の行動の動機からしても、そうだろうね」
私人としての私怨と公憤は別のもの。
誰だって、命は惜しい。
ましてや其れが、スパヰであるのなら、尚更の話かも知れない。
「でもね、姫桜。本当は……分かっているんだろう?」
まるで、姫桜の胸中を読み取ったかの様な響の呼びかけに。
姫桜が真紅に染まった瞳孔を大きく広げ、程なくして静かに首を縦に振る。
「ええ……響さん達も含めて、総意は女郎花さんの確保若しくは……」
――殺害。
その言葉を飲み込んだ姫桜の胸中を現す様に。
激しく波打つ玻璃鏡の鏡面を見つめて、響は、そうだろうね、と静かに首肯した。
「正直に言えば、アタシ達は女郎花を捕らえるか殺すのか、については何も言わない。それは、先にこの戦場に来ていた美雪達次第だと思っている。だからアタシは……アタシ達は、アタシ達に出来る最善をやれば良い。その手助けのために……」
その響の言の葉を引き取る様に。
「私達は、此処に来ているんです、姫桜さん」
姫桜に年の近い奏がそう言うと、姫桜がそうね、と静かに頷く。
「私達は、私達のやれることをやれば良い。そう割り切れれば良いのだけれどね」
やや自嘲気味な、姫桜の其れに。
「僕達人の心は、0か1かで測れる様なものではありませんよ、姫桜さん」
瞬が静かに労る様に、そう告げる。
瞬の、その言の葉に押される様に。
姫桜が、そうね、と微苦笑を零した。
「御免なさい、変なこと言って。兎に角私達は、この場の被害を出来る限り抑えるために、全力を尽くせば良いのよね」
「ああ、そうだよ。難しく考えることじゃない。悩むことは必要な事だけれども……それで目的を果たせなかったら本末転倒だからね。目的を見据えていれば迷ってもいつかはゴールに付けるものだよ、姫桜」
それは正しく、子を諭す母親の様に。
厳しくも優しくそう答える響のそれにありがとう、と姫桜が答えて。
宵闇に包まれた阿鼻叫喚の戦場……花街の高級茶店街へと踏み入れた。
●
――花街、超高級茶店前。
(「……ほう。あの子等が動くでありんすか」)
靡く様な風の中に混じった微かな匂いを敏感に感じ取り、吉柳・祥華が口元に雅な笑みを浮かべている。
ひらり、ひらり、と彩天綾を翻しながら、何処か口数少なく考え込む表情を浮かべる神宮時・蒼を目の端に捉えつつ、外に飛び出すと。
「カミサマと、蒼か」
それは、漆黒と白銀の短髪の青年。
――否。
その背に優美な一対の、艶やかさを感じさせる血のこびり付いた銀翼を広げ。
全身に白一色の戦装束を纏った銀髪の天使、白夜・紅閻の確認だった。
羽織っていた漆黒の外套……篁臥は黒き狼の如き獣へと変じて低く唸り。
何処からともなく姿を現した大型インコはその翼を広げ、美しく優美な白く巨大な怪鳥となって鋭い嘶きを戦場に投げつけている。
「紅閻か。しかし……これは少々厄介な事になったのう……」
衣の裾で口元を覆い、優美な微苦笑を零す祥華に、其れは、と紅閻が頷き返す。
「正直其れは同感だ。だが、先ずは此処への潜入を手伝ってくれた、彼等諜報員達の救助の手伝いが先だろう」
その紅閻の問いかけに、祥華が頷くその姿を見つめながら。
赤と琥珀色の双眸に、諦念とも、悲しみとも思える光を称えた蒼が、その胸の前で両手を組んでいる。
「……ボクは、何も、できま、せん、でした……。ボクは、本当、何て……」
――無力。
と、蒼が言い切るよりも、一足先に。
「未だ、何も終わった訳じゃないよ」
――と。
蒼と祥華と共に姿を現した紫蘭を守る様に寄り添う雅人が呟いている。
思わぬ人物の呼びかけに、ふぇっ? と蒼が目を瞬かせた。
「……えっ……えと……」
「雅人! 無事だったか!」
戸惑う蒼とは対照的に、紅閻が安堵と共に呼びかけると雅人がありがとう、と静かに頷く。
その後ろに佇み、スパヰ甲冑に乗り込んだ女郎花……否、白蘭太夫の事を。
「白蘭太夫……」
見つめて悲痛の念に耐えかねて呟く紫蘭を支える様に、そっとその肩を叩く雅人。
「……紫蘭? あんたも居たんだな」
「そうでありんすよ、紅閻。妾は知っていたでありんすが」
目を見開く紅閻と対照的に、カラコロ、と鈴の鳴る様な声で笑う祥華。
紫蘭はこれ以上会話に時を費やさず、只、顔を青ざめさせて、白蘭太夫を見つめるのみ。
「……紫蘭様……?」
きゅっ、と自らの、人であれば心臓のある左胸を押さえる蒼。
其処に灯る灯が、締め付けられる様に痛い。
けれども……。
(「……ボクは、紫蘭様、達を、よく、知りません」)
その事実自体に、酷くざわつく胸の痛みを覚える蒼の姿を気に留めたか。
「確かに蒼さんは、雅人さんや、紫蘭さん達の事を知らないだろう」
と、変装していた芸妓衣装を外し、三味線を捨ててグリモア・ムジカに譜面を展開させた、藤崎・美雪が呼びかける。
その紫の瞳に感じ入る物がある様な光を称えて、粛々と。
「だが、蒼さん。何も分からぬ、と嘆くあなたと同様に、この事件を起こした女郎花……白蘭太夫の心境も、複雑なものを孕んでいるだろうと私は思う。ならば、私達が今、出来ることは……」
「……美雪様」
軽くウインクをしながらの美雪の其れに、蒼が完全に、と迄は行かないが、虚無の中に、微かな朱の差した表情をして静かに頷いて。
それから、……雅人様、紫蘭様、と静かに呼びかけた。
その蒼の呼びかけに。
紫蘭を庇う様にしながらその黒い双眸で蒼を静かに見つめる雅人に、ボクは、と蒼が淡々と言の葉を紡ぐ。
――人の心に、踏みこもう、なんて……。
「……美雪様と、違って、ボクは、あなた達の、事を、よく、知りません」
けれども。
「……誰にも、悲しんで、欲しくない、と、そう、思う、のです……」
ああ、ボクには。
選ぶことが、出来るの、だろうか?
「……最善の、道を、ボクは、今度こそ、選べる、の、でしょうか……?」
誰も傷つかない、そんな……。
と、その時。
「選び取りたいなら、そうすれば良いんだ」
そう告げて。
何時の間にかちょっと目付きの悪いクロネコの着ぐるみを全身に纏った文月・統哉が姿を現す。
「そうですね。そう言う世界が本当に出来るかどうかは分かりませんが、蒼さんがそんな世界を願うなら、私達の手で作ってやればいいんです!」
朱雀門・瑠香も又、そう言って溌剌な笑顔を向ける。
「自信があろうが、無かろうが、ただ私達は私達なりの最善を尽くす。それが私達の戦いなんですから!」
告げる瑠香の、その言の葉に。
若いって良いですねー、とのほほんとした笑顔を浮かべる馬県・義透。
のらりくらりと統哉達と共に姿を現した義透が、取り敢えずー、と白蘭太夫の搭乗するスパヰ甲冑を見つめている。
「SIRDの局長さん達も既に配置についていますしねー。ここは、彼に任せましょうかー」
と義透という名の、『疾き者』の呟きに、既にその体を戻していた『静かなる者』が胸中で首肯を返していた。
(「そうですね……託しましょうか」)
(「良いじゃろう。では、配置につき次第、『わし』が前に出よう」)
そう応えを返すその男――『不動なる者』の呼びかけに。
頼みましたよー、とのほほんと義透……『疾き者』が答えるその間に。
「雅人、紫蘭の事は任せたぜ。それと、紫蘭。頼む。彼女に……白蘭太夫に、君の琴を演奏してくれ。想いを籠めた、君の音楽を」
統哉のその呼びかけに。
まだ躊躇いが残るのか、紫蘭が瞬きを繰り返すのを一瞥して。
「信じているぜ、雅人、紫蘭!」
そう言い残し。
統哉が、義透、蒼、祥華、紅閻と共に、ネリッサ・ハーディが銃口突きつける、スパヰ甲冑の元へと駆けていく。
『白蘭太夫』を『救う』為に。
●
愛銃、G19C Gen.4の銃口と、『白蘭太夫』の間に割り込んできた帝都桜學府諜報部から援軍に来ていた諜報員達。
その諜報員達が、『白蘭太夫』とネリッサの間に割り込んでいるのを見つめて、ネリッサが微かに苦渋の表情を浮かべる。
けれども頭では、今の状況を如何するのかについて、冷徹な計算を続けていた。
(「目標は、女郎花の生存状態での拘束及び盾にされている人々の無傷での確保。これは必須事項です」)
そう、心の中で呟いて。
先程の戦いの中で陽太と共に構築した、SIRD……Specialservice Information Research Department&Yaegers.用の通信網に向けて、胸中に宿した完璧な成功を目指したそれを、改めて口にする。
「SIRD……Specialservice Information Research Department&Yaegers.此は、SIRD各員には、SIRD局長、ネリッサ・ハーディからの正式な命令、そして猟兵の皆さんには、SIRD及び、帝都桜學府諜報部からの正式な依頼と受け取って頂いて構いません。目標、『女郎花』の生存状態での確保をお願いします。その上で、拘束及び盾にされている人々の無傷での保護をお願いします。どうか皆さん、お力添えの程を」
そのネリッサの呟きに。
「ああっ!? 周囲の人間は無傷で、尚且つ女郎花は生け捕りにしろだぁ? ったく、毎度のことながらボスのオーダーのキツさには泣かされるぜ」
とミハイル・グレヴィッチが、軽く頭を振って、酒精を軽く追い出すその間に。
「Yes、マム」
灯璃・ファルシュピーゲルが同じく軽く頭を横に振って、変装を解きながら、通信機越しにそう答える。
そのネリッサの言の葉を聞いて。
『随分と、わっしも舐められているものでありんすなぁ?』
睨める様にカラコロ、と優美な笑い声を上げて問いかける『白蘭太夫』にネリッサがそうかも知れませんね、と灯璃から貰った情報を使って竜胆へと緊急連絡を送る。
その内容は、近況の簡潔な報告と、近隣住民の避難及び、近隣の帝都桜學府諜報部員への退避要請。
程なくして了解の連絡が届くのを目の端で確認、愛銃を『白蘭太夫』に突きつけた儘、そうかも知れません、と答えた。
「ですが、これは私達に課せられた任務です。そうでなければ、あなたを確保することもままなりません」
『少なくとも、見逃してくれるつもりは無い、と言う訳でありんすね』
散文的なネリッサの解に、優雅に笑って返す白蘭太夫に向けて。
「ええ、当然ですよ、女郎花。勿論、あなたも含めて誰1人犠牲にすることもぼく達は絶対に認めません! あなたは許されざる罪を犯した! 手を出してはいけない所に手を出した! ならば、ぼく達はあなたに罪を償わせるためにも、見過ごすわけには行かないんですよ!」
その右手で魔法陣を青と桜色と白色の混ざり合った魔法陣を描き出しながら、ウィリアム・バークリーが鋭い雄叫びを上げ。
そのまま、紫蘭さん! と未だ何も言えずにいる紫蘭へと呼びかけた。
「厳しい言い方かも知れませんが、今は現実を見て下さい。あれが、貴女が師と仰いだ『白蘭太夫』の正体なんです」
そのウィリアムの言の葉に。
軽く頭を横に振り、惑う紫蘭へとウィリアムは軽く頭を横に振る。
(「とは言え……この短時間で、心の整理がそう簡単に出来る筈がありませんよね」)
ならば……。
描き出した魔法陣の明滅を確認しながら、紫蘭さん、と今度は少し柔らかくウィリアムが問いかける。
「今の貴女に、手を貸して欲しいとは言いません。ただ、僕らの戦いを見守っていて下さい。ぼく達が、彼女に出す、その答えを……!」
その言葉と共に。
空中に描き出された無数の魔法陣の明滅がより一層の勢いを増し、その内の幾つかからは、既に螺旋階段状に連なった氷塊の塔が組み上げられている。
その氷塊の塔をミハイルが上るその光景を……。
「星の船、緊急降下! 船員、スタッフの皆も全力を尽くせ!」
自らに刻まれた、共苦の痛みから発する鋭く針の様に突き刺さる痛みを覚えつつ。
星の船の目を借りてミハイルの行動を『視た』天星・暁音が、鋭い号令を、『星の船』へと命じていた。
(「……人々を守り抜かなければ、この戦いは何の意味も無い」)
極秘裏に始末する筈の、この事件。
事件そのものの隠蔽は竜胆達諜報部であれば不可能では無さそうだが、此処で人々に被害が出れば、其れはより多くの悲劇の連鎖の発端となる。
(「だから、今は守る。彼等を俺達の手で、守り抜く」)
その暁音の胸中に答える様に。
白蘭太夫のスパヰ甲冑の上空に向かって、ウィリアムの氷塊と、多くの屋根を伝って飛び回る、その胸に懐中時計が埋め込まれ、瞳から紫の光を発した1人の男の影。
亞東・霧亥……夢幻の剣誓の異名を持つ彼は、白蘭太夫の言の葉にあった、『あの方』と言う呟きを思い出していた。
(「あれはやはり、紫陽花のことなのか」)
真っ向から自分の前に立ちはだかり、最後まで自らの大義を貫かん事を望んだ男。
もし、出会えた時と場所が違えば、共に酒を酌み交わし、言の葉を交わしたかった今は亡き、帝都桜學府の元将校。
(「本当であれば、紫陽花は……」)
――否、此は闘争だ。
感傷を切り捨て、『白蘭太夫』の上空へと霧亥が向かう、その間に。
『ならば、わっしは、わっしなりにケジメを付けさせて頂くでありんすよ』
そう告げて。
両腕に取り付けられた機関銃の銃口を回転させ、その背のマントを風に靡かせた。
●
そのスパヰ甲冑の様子を見て、ネリッサからの依頼を受けて。
(「ああ……そうか。此は元々、そう言う『任務』か」)
――全てを救い、そして女郎花を『捕獲』する。
其れが、この戦いで本当に行なわれるべき『任務』なのだと陽太は思う。
(「だが、今の俺は……」)
只、任務に生きるためだけの『無面目の暗殺者』では……。
その刹那。
「ぐっ……」
焼け付く様な何かを覚え、陽太が思わず小さな呻き声を上げた。
それは契約し、自らの身に憑依している『ヴァサゴ』からの明確な拒絶反応。
(「ヴァサゴ……?」)
契約者である陽太の其れに、ヴァサゴがその意思を陽太へと叩き付ける。
我、かの女の心を読み通す者なり。かの女の本質は、汝の定義する『スパヰ』の覚悟とは異なるもの也。故に我、今の汝との契約に従う事、非ず。
(「……くっ」)
そのヴァサゴの拒絶反応に。
未来を視る『ヴァサゴ』の権能が失われ、陽太の力が大きく減殺されていく。
それこそ暗殺どころか、戦うことさえ、覚束なくなりそうな程に。
(「やむを得ぬ、か」)
「……任務を優先。目標を『捕縛』するべく行動開始」
ヴァサゴの権能を借りるべく思考を切り替え、低く呟く陽太の表情には、何の感情も浮かんでいなかった。
●
「行きます……っ! Active Ice Wall!」
ウィリアムの鋭い叫び。
叫びと共に、未だ明滅を繰り返していた魔法陣達から、戦場全体をすっぽりと覆い尽くす様な無限にも等しい無数の氷塊が出現する。
『白蘭太夫』はそんな無数の氷塊達をものともしない様に、両腕の機関銃を掃射。
無数の弾丸が、肉壁でもある諜報員達、及び後方の一般市民達を殺す凶弾と化すが。
其れに抗して蒼が限りある短き時の中で懸命に咲く金木犀の名を抱いた杖を構え、その先端に、ぽぅ、ぽぅ、と灯の光を灯した。
「……今、ボクに、出来る、事……」
呟いた蒼が解き放つは、彼岸の如く悲しく、美しき無数の幽世蝶の群れ。
ひらひらと舞う幽世蝶の群れが降り注がせる鱗粉が混ざり合い緋の憂いを現す結界と化してその無数の銃撃を受け止め、諜報員達の肉壁への被害を留め。
「紫蘭!」
と、蒼の結界符を貫通した銃弾から唖然とした儘の紫蘭を守る様に退魔刀を抜刀、一閃して銃弾を叩き落とす雅人を援護する様に。
「篁臥。白梟」
紅閻が鋭く命じる其れに黒き獣篁臥が咆哮と共に、雅人の撃ち漏らした弾丸をその前足の爪で叩き斬り。
更に上空から白梟の吐き出した白炎のブレスが、残弾を焼き尽くす。
流れ弾が数十発後方の人々に向かって行くのが見えたが、それは瞬がブレイズブルーを車輪の如く回転させて叩き落とし。
奏がエレメンタル・シールドを真っ直ぐに叩き付けて受け止め。
瞬が空中に描き出した月読の紋章が絡め取る様にそれらを巻き取り。
そして真紅の瞳から血の涙を流しながら、瞬達より先行する『ヴァンパイア』化した姫桜の二槍の風車が余す事無く叩き落としている。
流れる様な一連の連携に、ホッホッホ……と『白蘭太夫』が優雅に微笑んだ。
「先程までの威勢は如何したでありんすか? 本当に全ての者達の命が惜しいと見えるのでありんすね。ならば……」
呟きと同時に、スパヰ甲冑の瞳に怪しい輝きを伴わせる『白蘭太夫』
と、そこで。
「この氷塊の塊、相変わらず便利じゃん?」
ミハイルがウィリアムの作り出した氷塊の塔をよじ登り、その氷塊の影に隠れる様にして狙撃ポイントの確保を完了し。
ロシア製ボルトアクションスナイパーライフル、SV-98Mのバイポッドを立て、伏射姿勢になってスコープから戦場を覗いて。
畜生、と思わず舌打ち一つ。
「こりゃ、針の穴に糸を通す、なんてレベルじゃねぇぞ。取り巻きの盾が邪魔すぎるぜ。最善は尽くすが……」
そのミハイルの付いた悪態を、JTRS-HMS:AN/PRC-188 LRP Radioの無線通信機で灯璃が受け取るや否や。
スパヰ甲冑の『魅惑の視線』から目を逸らしつつ、小さくその呪を紡ぎ始めた。
『……Was nicht ist, kann noch werden.』
呟きと共に灯璃の手元に生まれ落ちたのは、回転式擲弾発射機。
擲弾発射機の銃口を諜報員達に突きつける灯璃を見て、おやおや、と『白蘭太夫』が今度は嘲笑を上げる。
『わっしごと、纏めて吹き飛ばすつもりでありんすか。先程の威勢は何処に行ったのでありんすかなぁ。こうもあっさり掌を返すとは、流石は血も涙もない超弩級戦力達でありんすねぇ』
と言う、白蘭太夫の其れを気にも留めずに。
(「既に局長より指令は下されているのです。ならば私は、SIRD所属の諜報員として、局長のミッションを受諾するのみ」)
と、心の裡で呟くと共に、回転式擲弾発射機の引金を引く灯璃。
其れと同時に放たれたのは、全てを吹き飛ばす様に炸裂する擲弾ではなく。
スプレーから噴射される様な、麻酔ガス。
掃射された麻酔ガスをまともに吸引した諜報員達が、次々に頽れる様にその場へと倒れるその瞬間。
『そう来たでありんすか。ならば纏めて撃ち抜く……』
「……カミサマ」
篁臥を焚き付け突進させ、それ以上の言葉を断ち切る紅閻の呼びかけに。
「分かっておるよ、紅閻。此処は妾の役割でありんすなぁ。『神凪』、『識神』」
ふわり、ふわり、と何時の間にか。
戦場全体を見渡せる空で、彩天綾を風に靡かせ浮遊する祥華が呟きと共に、濡れる様な銀髪から、漆黒に染まりきったその髪をさらりと軽く梳いた。
(「識別ナンバー『零式:結羽那岐』承認せよ」)
その脳波によるコントロールと共に。
巫女姿のサイキックキャバリア、神凪がその手の薙刀を振るい、識神がその目から光線を撃ち出し紅閻の篁臥を援護するその間に。
一気に地上に滑空した祥華が、四聖獣が一柱、『白虎』の封印を解き、倒れた諜報員達を拾い上げられるだけ、拾い上げ。
「……此処までやれば、後は大丈夫でありんすな?」
と、意味ありげに笑う祥華のそれに。
『Achtung!《傾注!》……Widme ein Gebrüll!《咆哮を捧げ!》』
頷いて灯璃が叫び、パチン、とその指を鳴らすや否や。
祥華の白虎を以てしても回収しきれなかった気絶者達を、現用歩兵装備の完全武装人狼兵へと変身させて……。
「Zurück aus! 《後退せよ!》」
と号令を掛ける。
その号令に応じた人狼兵と化した諜報員達が灯璃達へと背を向け、ジリジリ後退。
『しまった……! これは、報告にあったユーベルコヲドでありんすか……!』
自らの迂闊さに舌打ちと怨嗟の声を上げながら、女郎花が肉薄、機関銃を連射しようとしたその直前。
「へっ……漸く目の前がスッキリしやがったぜ」
すかさずミハイルがSV-98Mの引金を引き。
――ズッドォォォォン!
凄まじい銃声音と共に、スパヰ甲冑の右足を狙撃。
轟音と共に死角から放たれた銃弾に直感的に気がつき、その攻撃をスパヰ甲冑の装甲の難いところで受け止める『白蘭太夫』だったが……。
「おぬしの動き、既にわしには見えておる」
『黒曜山』……未来写す漆黒の刀による不可視の斬撃が、ミハイルの狙撃をギリギリで受け止めた右脚部を切断する。
右脚部の切断に姿勢を崩され、体を傾けたままに機関銃を掃射する『白蘭太夫』
けれどもその銃撃は……。
「やらせないわよ!」
真紅の瞳から血涙をこぼし続ける姫桜の二槍が叩き落とした。
その背後では……。
『ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲッ!』
と、雄叫びを上げる103体の胸に【1】と刻み込まれた剣や槍で武装した真紅の鎧の騎士の集団と……。
「良いかい、アンタ達! あの船の方に向かって駆けていくんだよ!」
その陣頭で指揮を執り、怒号を上げる響に。
「此方です。今なら此処から逃げられます! 私達が皆さんをお守りしますから、落ち着いて避難して下さい!」
と、パニックになる人々を、大声を上げて鎮静させて避難を進める奏。
「ニャハハッ、姫桜! 合流できたんだね!」
騒がしい背後の状況に気がつき快活とした笑みを浮かべる統哉のその言の葉に。
血涙を零しながら大花見会の統哉の冗談を思い出し、微かに頬を赤らめた姫桜が頷きつつ、でも、と軽く頭を横に振った。
「響さん達が協力してくれているけれど、未だ避難は終わっていないわ。上役に、この戦いで取れたデータを献上しなければならないとか言う人もいて……」
姫桜の、その言の葉に。
「ならば其方は私がお任せされましょう!」
瑠香が胸を叩いてそう請け負い素早く後方へと離脱、奏達の避難の援護に回る。
低空飛行させている星の船から戦況を見つめる暁音が、その間にも人狼兵化した諜報員達や、竜胆の通達を受けた諜報員達、及び一般人を逃がす最適なルートを算出。
そのまま其方への避難を上空から呼びかけ、更に彼等を避難させるべく星の船のスタッフ達による避難幇助を行なっていた。
(「相変わらず見事な手並みだな、SIRDの皆さんは」)
子守歌の譜面をグリモア・ムジカに展開し、前奏を奏でさせながら。
姿勢制御の為にであろう、マントの裏に潜ませているバーニアを吹かせて態勢を立て直そうとするスパヰ甲冑の様子を見つつ、ほう、と美雪が溜息を一つ。
「白蘭太夫……。如何して……如何して、こんな事……?」
片足を奪われても尚、戦闘態勢を崩さぬスパヰ甲冑と其れに搭乗する白蘭太夫を思い、呻く紫蘭のその声を聞き。
「紫蘭さん。あなたはどう思う? 彼女を……『白蘭太夫』を慕う心を持ち続けられるのか?」
と、さりげなく美雪が水を向けると。
「分からない……分からない、の……」
地面に置いた琴へと、鬱々とした表情を浮かべて視線を向ける紫蘭の様子に、そうか、と美雪が静かに頷いた。
(「これでは、統哉さんの言う、想いを籠めて、琴を爪弾くことなど出来そうに無いな」)
「直ぐに分からないのであれば、未だ分からないままで良い」
そう告げて。
前奏が終わった子守歌を口遊み始め、大量のもふもふした羊の大軍を呼び出しながら、美雪は心の中で呻く。
未だ、『白蘭太夫』とスパヰ甲冑との戦いは、始まったばかりだ。
――と、その時。
「ああ、美雪殿。1つ、わしから頼みたいことがあるのだ」
不意に、義透にそう呼びかけられ、美雪が驚いて肩を竦めると。
義透が意味ありげに笑い、隠密している陽太へと、探る様な視線を向けていた。
●
『片足をやられたでありんすか。ともあれ、この程度でわっしが諦めるとは思わないで欲しいでありんすな』
からかう様に、冗談めかした様に。
そう告げる『白蘭太夫』の上空に遂に霧亥が到達し。
「……ふっ」
雷光の如き紫の光を瞳から線として曳きながら『白蘭太夫』を鼻で笑う。
上空からのその嘲笑に。
『……何がおかしいでありんすか?』
微かな苛立ちの籠った声と共に、マントの裏のバーニアを起動させて、上空の霧亥へと肉薄しながら、左腕の機関銃を突きつける『白蘭太夫』
『白蘭太夫』のその呼びかけに、霧亥は、なに、と鼻を鳴らした。
「お前は、あの方、紫陽花……あの、青臭い理想を振りかざして大立ち回りをした挙げ句、無惨にも我らに敗れた男に縁在る者か。所詮は見かけ倒しに過ぎぬあの男の事を、お前は未だに覚えているのか。あの様な男の事など早々に忘れてしまえば良かったものを。憐れな女だ、と思っただけだ」
その霧亥の嘲笑に。
『貴様……っ!』
明らかな怒気と怨嗟の籠った叫びを上げて。
憤りの儘に両腕の機関銃を空中の霧亥と祥華、暁音の船に向けて乱射しながら、『白蘭太夫』が超高速で肉薄してくる。
『白蘭太夫』のそれに霧亥がやはりかと胸中で呟き、腰を落として息を整え、功夫の構えを取って。
フック付きワイヤー内蔵ガントレットから射出したロープで、ウィリアムの氷塊を絡め取り、仮初めの空中での足がかりとし。
振り子時計の要領で出鱈目に撃ち出された無数の銃弾を右に左に泳いで躱し、功夫による掌底の一撃を放った。
その一撃が、ミシリ、と左腕の機関銃を軋ませる嫌な音をあげさせた、その直後。
『これ以上、自由にはやらせませぬ』
――カッ、と。
頭部の目からビームを放出、霧亥を撃ち抜かんとする『白蘭太夫』
と、そこで。
「やらせない!」
クロネコ刺繍入りのオーラ防御を展開しながらちょっと目付きの悪いクロネコ着ぐるみを纏った統哉が、『宵』を持って、その攻撃を受け止める。
結界を突き破って貫通した一撃が、統哉の体を熱線で焼き切ろうとするが……。
『……其れは、音も無く、融け行く、氷晶の、ヒトカケラ。……傷を、癒し、包む、慈しみの、雫。……癒せ、我が身捧げん』
――キラリ、と。
大地で赤と琥珀色の双眸を輝かせ、願いと祈りの籠められた呟きと共に、生み出された緋の憂いを象徴する幽世蝶……天へ祈る幽霊花から零れ落ちた赤と琥珀色の鱗粉が、傷ついた統哉の体を瞬く間に癒していく。
(「これも……ボクに、出来る、事……?」)
と、茫洋とした何者も映さぬ瞳で統哉を見つめる蒼の其れと、ほぼ同時に。
「……断ち切る!」
漆黒の影が、蒼と白蘭太夫の死角から飛び出し、左腕の機関銃を破壊した。
『な……これは一体、何でありんすか……?!』
思わぬ奇襲に、動揺の声を上げる『白蘭太夫』
漆黒の影……敬輔は、ウィリアムの氷塊に着地して、黒剣を『白蘭太夫』に突きつけていた。
「女郎花。貴様の動機が私怨……俺等への復讐心だというのなら。俺は只、その復讐心事、貴様を叩き潰すだけだ」
その敬輔の呟きに返す様に。
その目から閃光の如き眩い光を発され、暗殺の瞬間を狙っていた陽太の体を鋭い感覚が突き抜けていく。
(「……目標を暗殺……否、護衛……否……」)
『捕縛』と言いくるめてヴァサゴに力を貸させるつもりだったが。
先の暗殺の意思を明確に拒絶したヴァサゴとの不和もあり、未来視が上手く行かぬままに濃紺のアリスランスを伸長させ、ウィリアムの氷塊の一部を砕く陽太。
それは真の姿と化し、自らを『無感情無表情な暗殺者』と本来であれば定義している陽太が普段の力を発揮できれば、あり得べからず失態。
氷塊が砕かれたのに気がついた敬輔がやむを得ず、崩れ落ちる氷塊を滑る様に落ちていくその間に。
霧亥を撃ち倒そうとしていた右腕の機関銃の砲口を地面へと向け、銃弾の雨を降り注がせようとする『女郎花』
だが……。
「白梟」
紅閻がシルクハットの様な帽子を被ったレーヴァテインと、ハロウィンの魔女を思わせる帽子のフォースイーター=イザークを呼び出しつつそう命じる。
その紅閻の呼びかけに応じる様に、白い巨大な怪鳥が嘶きと共に白炎のブレスを口から吐き出し、スパヰ甲冑の装甲を熱した。
『……うぬっ!? まだやるでありんすか!?』
思わぬ『女郎花』の言の葉を聞き流しながら。
紅閻がゆっくりと手を挙げ、口元に微笑を綻ばせて。
「君は敵、僕は猟兵。さて……『俺』は、誰だ?」
と、問いかけると、ほぼ同時に。
隣のフォースイーター=イザークがけたたましい笑い声を上げると共に影を伸長させ、スパヰ甲冑を締め上げていった。
『何……何を言っているでありんすか……?!』
訳が分からぬ、と言う様に空中で『影』に絡め取られて身動きが取れずに動揺の声を上げる『白蘭太夫』
(「答えは『影』だが……」)
「質問をしているのは、『俺』だ。さあ、答えられるか、女郎花?」
と、問いかける紅閻の其れに応じる様に。
影が右腕の銃口を捻じ曲げそうにしているその様子を、スコープ越しに見つめていたミハイルが笑い。
「OK、OK、狙い通りじゃん。……Начинается последующая стрельба(追撃射撃開始)!」
会心の笑みを浮かべた儘に、ミハイルが再びSV-98Mの引金を引く。
螺旋の回転と共に放たれた2撃目が、その左足を死角から撃ち抜いた。
すかさず空中を舞う様に優雅に泳ぐ祥華が、四大聖獣が2柱、その黒髪を彩る珠鈴の龍の髪飾りの『青龍』と、金朱の羽根の耳飾りの『朱雀』を同時に解放。
咆哮と共に、青き水を思わせるブレスを『青龍』が、紅閻の白梟共々、『白蘭太夫』に吹き付けてその全身を水膨れの様に弱体化させ。
其処に不死鳥の如く羽を広げた『朱雀』の炎を纏った鉤爪が、スパヰ甲冑の体を切り刻む。
『くっ……わっし用にカスタマイズされた機体がこれ程までにあっさりと……?!』
累積したダメージで瞬く間にイエローゾーンに入る自らのスパヰ甲冑に動揺する『女郎花』に向けて。
「そうですね。あなたは、私達を本気にさせました」
ネリッサが冷静な表情でそう呟くと同時に、バッ、と左手を上げていた。
『フォーマルハウトに住みし荒れ狂う火炎の王よ……』
そのネリッサの呼びかけに応じる様に。
突き上げたネリッサの左手の周囲に浮かび上がるは、92体の紅蓮の炎の精。
『その使いたる炎の精を我に与えよ。……行きなさい』
そのネリッサの鋭い命令に応じる様に。
荒れ狂う火炎の王より遣わされし炎の精達を数十体事の集合体へと作り替え。
そのまま空中へと飛び出したスパヰ甲冑に向けて、炎の精達を叩き付ける。
その炎の精達が、祥華や霧亥、統哉や、白梟、青龍、朱雀達の間を擦り抜け、甲冑の左脚部と甲冑頭部に纏わり付き獄炎の炎で焼き払った。
『耐熱装甲板が既に限界……?! くっ……此は流石に厳しいでありんすね……!』
頭部を灼かれながらも尚、完全に焼き切られることなくその目からビームを放つスパヰ甲冑。
『白蘭太夫』の能力を模して特殊な処理を施されたスパヰ甲冑であるが故であろう。
その頭部は、通常のものより、遙かに堅牢に作り上げられていた。
熱線と共に放たれた光線が、眼下の光景……暁音の星の船に収容されて居る人々に向かって、出鱈目に降り注ぐ。
――けれども。
「奏や母さん、敬輔さんに任せろ、と言った手前、この様な所で無様な様を見せるわけには行きません……!」
誓いの様な、その言の葉と共に。
透き通った水晶の如き六花の杖を、瞬が振り翳す。
その肩に止まる相棒、朔がその杖の動きに則って空中を飛び鋭い嘶きを上げて、胸に【1】と刻み込まれた103体の狩猟用の鷹と共に、天雷の如く降り注ぐビームと真正面から衝突した。
その一撃が、朔を除く103体の鷹の半分近くを一瞬にして蒸発させるが、残された鷹達が胸に【10】と刻まれた巨大な鷹となり、我先にとスパヰ甲冑の頭部を啄む。
「……こんな騒動に一般人の方達の犠牲を、僕達は出したくありません。貴女の気持ちは僕達が受け止めますので、これ以上あなたの好きにさせはしません……!」
その瞬の誓いを聞き取ったかの様に。
星の船に収容した人々を安全地帯に逃がし、後事をスタッフに託した暁音が、星の船の甲板に立ち。
「星の船、武装展開。一斉掃射……てぇーっ!」
自らは星具シュテルシアを両手で握りしめて周囲に不可思議な星のルーン文字を展開、祈りと共に神聖なる癒しの月光を、祥華達に注ぎながら。
星の船に装備したエトワール&ノワールや、元々搭載されている大砲等による銃撃と砲撃の一斉攻撃を叩き込んだ。
叩き込まれた一斉掃射が両腕の機関銃を撃ち抜かれ、その片足を切り落とされたスパヰ甲冑を容赦なく撃ち抜き、スパヰ甲冑に痛烈な打撃を与えて落下させていく。
『くっ……! バランサーまで狂わされているでありんすか……! だが、この程度で倒されるわけには行かんのでありんす……!』
何とかコンソールに食い付いて辛うじて姿勢制御を行なう『白蘭太夫』
外面装甲がズタズタになったこの状態のスパヰ甲冑を何とか着地させてスパヰ甲冑の両目から光を迸らせた時。
「逃がしませんよ!」
姫桜の依頼に応じて、有力者や其れに媚びる者達に、自らの家の名と幾つかの約束を取り交わさせて漸く避難を完了させた瑠香が建物の影から飛び出して。
そのまま物干竿・村正を抜刀し、神速とも言うべき刺突を繰り出す。
繰り出された神速の一撃は、灼き払われた装甲に突き刺さり、そして……。
「参ります。……終の舞・散桜!」
それから76連続の斬撃と化して、スパヰ甲冑をズタズタに切り裂いた。
『……! こんな所でやられるのでありんすか……!』
そう思い、スパヰ甲冑から咄嗟に離脱を図ろうとする『女郎花』
(「……そこだ」)
と、陽太が『女郎花』を貫くべく肉薄した、その刹那。
――めぇ~、めぇ~、めぇ~……。
もふもふした羊の大群が姿を現し、『女郎花』と陽太を纏めて踏み躙っていく。
「……何故……俺も……」
そのまま深い眠りへと誘われていく陽太の事を、義透……『不動なる者』が底冷えする様な輝きを伴う瞳で見つめていた。
「これでも、わしにも未来の片鱗が見えるのでな。おぬしには暫く眠って貰った方がいいと、美雪殿に伝えたのだよ」
『黒曜剣』に映し出されたその光景を思い返しながら。
義透がそう告げるのに、美雪が陽太さん、と軽く溜息を一つ。
「アンフェアなやり方ではあるが、より多くの人々の努力と願いを無下にする様な事を、その様な罪をこれ以上陽太さん、私はあなたに背負わせるつもりは無い。だから、今は眠ってくれ。これもまた私が……私達が選んだ1つの『道』だ」
その美雪の、言の葉に。
「……皆が選んだ、1つの『道』……」
――ポツリ、と。
唖然としたままにその結末を見届けた紫蘭が誰に共無く小さくそう呟いていた。
●
――ポロン、ポロポロ……。
(「この音色……」)
――それは、酷く迷いのある音色。
――何かに思い悩み、出口のない迷路に迷い込んでしまった様な、そんな音色。
(「ダメでありんすよ……その音色では……」)
――その音色では、届かない。
心の奥底に染みついた絶望を。
影朧達の心に住み付いた、妄執を。
其処にある深き痛みと悲しみを。
癒し、転生を促す美しき『音』を奏でることなんて、出来はしない。
(「ああ……そうでありんすか。わっしは……」)
――わっしが、『紫蘭』に見ていたものは……。
●
『まだ……まだでありんすよ……!』
もふもふ羊さん達に踏み躙られ。
激しく襲い来る睡魔を押しのける様にしながら、傷だらけのスパヰ甲冑に灯を入れて、片足で立ち上がらせる、『白蘭太夫』
あれだけの斬撃を受け、姿勢制御も儘ならぬ状態にも関わらず、尚も立ち上がり戦いを望むその姿は正しく……。
(「鬼神の如き、と言った所だな」)
自らのもふもふ羊さん達からの睡魔を何とか払い除け、逃げることを止め、戦うことを選んだ『白蘭太夫』のその姿に、美雪が思わず軽く目を細めた。
(「……あなたは、どの立場を選ぶつもりなのだ、『女郎花』よ」)
――亜米利加のスパイ。
――幻朧戦線のスパヰ。
――紫陽花を慕う1人の『女』
――そして……紫蘭の導き手。
(「……本当の『あなた』の顔は、何処にある?」)
分からない儘に美雪が子守歌を歌うのを止め、グリモア・ムジカに『シンフォニック・キュア』を楽器演奏させ始める。
けれども、その思考は、千々にもつれていた。
その隙を見逃さず『白蘭太夫』のスパヰ甲冑の瞳から再び発される怪しげな視線。
その視線は、今度は義透を撃ち抜き、義透を籠絡させようとするが……。
「生憎じゃが、わしには亡き妻の方がよいな。その誘惑は、『我等』には効かぬよ」
「……義透さん? あなたは今……」
未だ動きを止めぬスパヰ甲冑を止めるべく、G19C Gen.4でネリッサがスパヰ甲冑を撃ち抜きながら義透に問いかけると、義透……『不動なる者』はいやいや、と軽く頭を振った。
「そう言えば、わしは貴殿等SIRDメンバーとも初対面か。わしは『不動なる者』。まあ、普段は出てきにくい、『我等』のとりまとめ役と言った所よ」
「とりまとめ役、ですか」
ネリッサの呟きに、まあまあ、と執り成す様に左手を挙げて制しつつ、陽太を美雪が眠らせた時の紫蘭の息を呑む姿を認めた義透が、紫蘭殿、と呼びかける。
「雅人殿や紅閻殿、姫桜殿……おぬしを思ってくれる多くの者達が此処には集っていることを承知の上で、敢えて言うが。紫蘭殿。お主は此処では死んでは行かんぞ。其れは雅人殿だけではなく、今も尚わし達に立ち向かってくる白蘭太夫をも傷つけることになるからの」
その、義透の言の葉に。
「……死ぬな……」
紫蘭が其れをそっと胸にしまい込む様に呟くのを見つめつつ、美雪がそうだな、と軽く口元を綻ばせた。
「紫蘭さんが雅人さんを慕うのも、『白蘭太夫』を慕うのも、どちらも本心である筈だ。ならばその想いを素直に伝えてやるべきでは無いかな、紫蘭さん」
その美雪の呼びかけに。
「美雪……」
何かを思う様に胸の前で握りしめていた拳を更に力強く握りしめる紫蘭。
そんな紫蘭の目前で。
『わっしは、まだやられるわけには行かないでありんすよ……!』
低い呻きと共に目前の瑠香に向けて頭部の眼光からビームを解き放つスパヰ甲冑。
その対象には、今その場で昏睡してしまっている陽太も無論入るが……。
「……やらせ……ません……」
その言の葉と、共に。
蒼が祈り、雨に薫る金木犀の先端から、緋の憂いを司る幽世蝶……天へ祈る幽霊花を解放する。
幽世蝶の羽ばたきによって生み出された結界術が、目からのビームから陽太を守る様に解き放たれ、そのビームを受け流した、その瞬間。
「……感情で動いちまったら、スパヰ失格だぜ? まあ、俺達に取っちゃボスのキツいオーダーを達成するためにも、その方が好都合だったけれどよ?」
と、茶化す様な口調で呟きながら、弾装を装填し直した『SV-98M』のスコープを覗いて狙いを定め、3回目の発砲を行なうミハイル。
3発目の弾丸は、まだ辛うじて動いている左脚部を綺麗に撃ち抜き、姿勢を崩しながらも辛うじて立っていたスパヰ甲冑を完全に地に伏せさせていた。
それでも尚、魅惑の視線を叩き付けてくるスパヰ甲冑の其れに、ともすれば友好的に成ってしまいそうなその心を意志の力で抑え込みながら、灯璃が構えたHk477K-SOPMOD3"Schutzhund"の引金を引いて、膝関節部を完全に撃ち抜きその場で無様に転倒させる。
転倒の勢いでその目から放たれたビームが、紫蘭を守る雅人に偶然にも当たろうとするが……。
「雅人をお前に殺させはしない」
紅閻が双翼を翻して雅人の前に立って白きオーラの結界を張り巡らしてその攻撃を受け止めながら、其れまでじっと力を溜めていたレーヴァテインを解放する。
フォースイーター=イザークの影に絡め取られたスパヰ甲冑の生命力を喰らってやろうと、巨大な口を開いて襲うレーヴァテイン。
そのカボチャの様な顔に生えた鋭い牙が、既に熱で融解していたスパヰ甲冑に喰らいつき、そのエネルギーの源を喰らい、飲み干していく。
『まだ……まだでありんす……!』
それでも尚、妄執に取り憑かれた様に戦おうとするスパヰ甲冑の上空から霧亥が踵落としを頭部に叩き付け、続けて篁臥がその身を切り裂いていく。
(「なんで……如何して……」)
「白蘭太夫は……あんなにまでして……」
――皆と、戦うの?
その、紫蘭の胸中の呟きに。
「……ボクは、物、でしか、ない、です。だから、紫蘭様、達の、事、分かり、ません……」
拙く、自分の無力さに打ちひしがれる様な、そんな口調で。
訥々と語る蒼の茫洋とした赤と琥珀色の双眸に輝く光を見て、紫蘭がえっ? と小さく声を上げる。
「……でも、こうして、凄く、一所懸命、戦う、事が、出来る、人は、沢山、見て、来ています」
ボクには、『心』と言うものの、答えが、未だ、見つかって、いない、けれど。
でも……この胸の、灯火は……。
「……痛い。痛い、です。皆が、傷つく、のを、見て、いると、ボクの、この胸の、灯火が、締め付けられる、様に……」
人であれば、こういう時、目尻に何かが、浮かんでくるものなのだろうか。
話には、聞いた、ことが、あっても、それ以上は、分から、なくて……。
――と、その時。
「白蘭太夫。これ以上の戦いは無意味だ。どうか、俺達に投降してくれないか? あなたのために。俺達のために。そして……何よりも、紫蘭のために」
そう、統哉が囁いた。
『わっしに投降……? 何を言っているのでありんすか、超弩級戦力達……!』
明らかな怒気を孕んだ『白蘭太夫』のその言葉と視線を真正面から受け止めながら、統哉はだって、と小さく告げる。
「ただ俺達から逃げるだけなら、此処に戻ってくる必要なんて無かったんだ。それなのにあなたは『女郎花』としてではなく、『白蘭太夫』として此処に戻ってきた。それが如何してなのか……あなたが、気がつけない筈がない。あなたは……」
『わっしの心に踏み込もうなど……100年早いでありんすよ、小僧!』
その叫びと共に。
統哉に向けて既に朽ちかけたスパヰ甲冑の頭部からビームを放つ、『白蘭太夫』
その『白蘭太夫』のビームに撃ち抜かれた統哉。
けれども狙われたのは、右の胸。
肺を破られ喀血する統哉に向けて、暁音が星光の癒しの光を、蒼が、幽世蝶から自らの一部とも言うべき、赤と琥珀色の鱗粉を降り注がせ、統哉の傷を瞬く間に塞ぐ。
(「……ボク、は……」)
自らの行動に惑う蒼に、ありがとう、と軽く会釈をしてから統哉が紡いだ。
――決定的な、その言の葉を。
「あなたは紫蘭が心配だった。嘗て帝都桜學府に見捨てられた紫蘭の事が。その時の紫陽花さんの後悔を知るあなただからこそ、戻る、という選択を選べたんだ」
その統哉の思わぬ一撃に。
『――っ!』
コクピットの中で仰け反る様に大きく体を弓なりに撓らせる『白蘭太夫』
「紫陽花さんはあの時、誰のことも見捨てたかった訳じゃない。だから、彼は影朧甲冑の道を選んだ。そう……幻朧戦線に身を投じるその道を」
でも、彼等のやり方では。
「憎しみと悲しみの連鎖は続く。紫陽花さんがこれ以上、愛する者が苦しむ事を、願っている筈なんてないのに」
『……違う……あの方は……紫陽花様は、その様な方ではないでありんす……! あの方は、わっしが只、お慕い、申し上げていた……! あの方の忘れ形見を……!』
明らかな、動揺の混ざり合ったその声音。
その言の葉を耳に留め、そうか、と美雪が目を開いて静かに告げる。
「それが統哉さんの言う、貴女が『この地』に執着した本当の理由か。つまりあなたは、スパヰとしてではない。1人の紫陽花さんを慕っていた女性として、紫蘭さんを保護していたのだな」
その口調に綯い交ぜになっているのは、密やかな『納得』の念。
霧亥が功夫の掌底をスパヰ甲冑に叩き付け、その崩壊を進めながらやはりか、と溜息をそっと漏らす。
(「あの男は殺すしかなかった。だが……本当は、殺すには少し惜しい男でもあった」)
――もし。
一度でも酒を酌み交わすことが出来ていれば、或いは――。
それは、『闘争』の中での挑発とは裏腹に、とでも言うべき霧亥の想い。
それを心の何処かで分かっていたからこそ、或いはあの様な挑発へと出たのかも知れないが――。
「でもそれならば、こんな手段に頼らなくても、他にも方法が在る筈なんだ。小も大も護り、救う為のその方法が、俺達には……」
その統哉の韜晦に。
「……っ!」
蒼が、赤と琥珀色の瞳孔を、大きく細く見開いている。
(「ボクには、何も、出来ない……」)
だってそれが……『物』であるが故の限界だと、思っていたから。
目前の統哉……『人間』の言の葉に。
自分の中の何かが激しく揺り動かされるのを感じながら、蒼が統哉の言葉に耳を傾けようとした、その時だった。
――ポロン。ポロポロ……。
と、拙い琴の音色が、戦場に響き渡ったのは。
(「ほほぅ、この音色は……」)
雅な笑みを口元に浮かべて。
カラコロと鈴の鳴る様な笑声を上げながら、祥華がその拙き琴の音色を耳にする。
瞬や響によって、人々の避難は完了している。
星の船の上の甲板に立つ暁音もまた、その拙く、迷いのある琴の音色を聞いて、共苦の痛みが先の騒ぎの直前に起きた、あの、突き刺す様な痛みに揺らぎが生じそうな、そんな音色だ、と感じ取っていた。
――故に、であろうか。
辛うじて頭部のみを動かすことの出来るスパヰ甲冑がゆっくりと動き、其方……紫蘭へと触れるだけで蕩けてしまいそうな、甘い視線を向けていたのは。
その視線から発される閃光の如き、妖艶な輝き。
けれどもそれには雅人が……そしてヴァンパイア化している姫桜が立ち塞がり、その視線を妨害している。
姫桜の玻璃鏡の嵌め込まれた銀製の腕輪……『桜鏡』の玻璃鏡の鏡面が震える様な何かを感じ取ったか……淡い水面の揺らぎを生じさせた。
(「……私は、もし其れで済むのであれば、彼女を逃がす可能性も考えていた」)
響達にもそれは、話したことが。
結果としてそれが一般人の犠牲が少なくなる最善で在ると言うのならば、尚の事。
――でも。
(「やっぱり皆は、そうじゃ無かったのよね。目的や理由は別々にあれど、あの人を……『白蘭太夫』を捕らえたかった」)
けれども……いや、だからこそ。
「紫蘭さん……」
この音色は、正しく紫蘭の心の揺らぎだ。
不安定な揺らぎを持つ其れが……整理する時間を与えられずに奏でられる其れが。
果たして、この揺らぎが『白蘭太夫』の心に届くのか?
その懸念が、姫桜の脳裏を過ぎったその時。
『フフッ……フフフフフッ……音に動揺がはっきりと見えるでありんすよ、紫蘭』
甘く囁きかける様なスパヰ甲冑の中から聞こえてくる『白蘭太夫』のその呼びかけに。紫蘭の爪弾く琴の音が、大きく乱れる。
それは、紫蘭の心の現れ。
――未だ、自らの手で鎮めることの出来ない、その胸中の複雑さの――。
「でもね。そんな、迷い、悩み、苦しみ、嘆く俺達でも、少しずつでも、世界をきっと変えていけるんだ」
その震える紫蘭の心の迷いを描き出した琴の音に乗せて。
そう、統哉が口にした時。
「――選べ、女郎花。スパヰとして散るか。それとも――紫陽花を慕う、1人の女として、果てるのか」
スパヰ甲冑の背部に、赤黒く光り輝く黒剣を突き立てながら。
淡々と問いかける敬輔に、『白蘭太夫』はおや? とクツクツと愉快そうに笑う。
「わっしは此処で果てるつもりはありなんしよ。おぬしは、もう1つの選択肢を忘れているでありんすな?」
「……忘れている? この状況で今更逃げられると思っているのか?」
殺気すらも交えた敬輔の呼びかけに。
いいえ、とスパヰ甲冑が首を横に振り、既にほぼ残骸と化しているその甲冑のコクピットが開かれ、『白蘭太夫』が降伏を宣言しようとした、その瞬間。
「……無面目の、暗殺者足れ」
そう呟いて。
深い眠りについていた陽太が目を開き、『女郎花』の胸にリッパーナイフを――。
――パキンッ。
伸ばそうとした矢先に、ミハイルの4発目の銃弾が、陽太の右手のリッパーナイフを弾き飛ばした。
SV-98Mの銃口から白煙が濛々と上がるのを見つめながら、僅かに冷汗を垂らしたミハイルが、口元に皮肉げな笑みを浮かべる。
「わりぃな、陽太。此も給料分の仕事なんでね。情にほだされるスパヰの命なんぞ、正直どうなろうが構わんが……『女郎花』を確保し、誰1人として死なせるなってのが……ウチのボスのオーダーなんだよ」
ぼやきながら、懐から取り出した煙草を噛み締め、器用にライトで煙草の火を点けながら、サングラスを掛け直して夜空を見上げると。
「仕方ないでありんすね。わっしは、投降するでありんす。いきなり殺されたり、手酷く扱われぬ様、保証はして頂きたいところでありんすが」
そう宣い、スパヰ甲冑から出てきて降伏の意を示す『女郎花』から視線を逸らす様にしながら、ネリッサが分かりました、と請け負った。
「そこは私達からも彼等にお伝えしておきましょう。但し、これから迂闊な動きをすれば、あなたがどうなるかは、もう十分分かっていますね?」
「ああ……わかっているでありんすよ。この状況下で遍くおぬしらを魅了したところで、逃げられる気もしないでありんすからね」
何処か疲れた様に息を吐く『白蘭太夫』が、雅人と紅閻の背に隠されている様に見える紫蘭へと、酷く優しい眼差しを向けていた。
「……其れにあの様な不肖の弟子を放置して、死ぬのはわっしにとっても恥。ならばその恥を雪ぐその時までは、わっしも生きねばならぬということでありんでしょう」
「成程。愛した男の娘の転生体を手元に置く間に、利用もしていたが、愛着も湧いたって所な訳だ」
避難を終えて。
軽く肩を竦めて溜息を漏らす響に、そう言うことですね、母さんと奏が頷いた。
「また何時か、紫蘭さんにあの『白蘭太夫』さんですか? あの人が琴を教えることが出来る日が来れば良いのですが……」
「……そうですね、奏。僕もそんな未来が、何時か叶えられる事を願います」
瞬が静かにそう頷き、そのまま奏と響……真宮家の『家族』と共に、『白蘭太夫』と『紫蘭』の姿を僅かに重ねて見つめている。
(「痛みが引いていく、か」)
眼下で起きた、その光景を見つめながら。
暁音が軽く頭を横に振って、心の裡でそう呟くのに合わせる様に、『共苦の痛み』の刺し貫く様な痛みが引き……変わりに、桜吹雪の様に儚く、甘く、時に切なさを伴う痛みがジワジワと体に広がって来る。
「罪を償う覚悟が出来ている、と言う事で良いんですよね、女郎花……いえ、白蘭太夫、でしょうか?」
決着を見届けたウィリアムが静かな口調でそう問いかけると、スパヰ甲冑から姿を現し、瑠香に拘束された『白蘭太夫』がそうでありんす、と頷き、軽く小首を傾げていた。
「しかし、分からないでありんすな。何故、わっしをこの様に投降させられると、おぬしらは踏むことが出来たでありんすか? わっしがこうも大人しく……」
その、『白蘭太夫』の問いかけに。
「『音楽は、聞く者の心を解し、癒してくれる』そう紫蘭に教えてくれたのは、貴女だからだよ、『白蘭』」
そう統哉が答えるや否や。
今度こそ心底愉快そうに、カラコロと『白蘭太夫』……否、『白蘭』は微笑んだ。
●
「……これが、皆さんの、望み、勝ち取った、『道』……『結末』、なの、ですか……?」
瑠香やネリッサ達に連行される様にして。
この花街を後にする『白蘭太夫』の後ろ姿を見つめながら。
蒼が、茫洋とした、赤と琥珀色の双眸を大きく見開き、その中に何とも言えぬ光を称えた眼差しでじっと『白蘭太夫』の背を見つめている。
(「ボクは、貴女の事を、よく、知りません……」)
だから、何も、出来なかった。
出来ることは、こうしてこの戦いで出た怪我人の為に、儚き憂愁の美を思わせる自らの幽世蝶を解き放ち、自らの命を以てその傷を癒す、ただ、それだけ。
と、此処で。
「大分派手な戦いになっちゃったね」
星の船の甲板の上で。
カツン、と星具シュテルシアをついて蒼の隣に転移した暁音に見上げられながら掛けられた言の葉に、蒼が思わず肩を竦ませた。
「……あっ……あの……?」
パチクリと瞬きを続ける蒼のその様子に。
「取り敢えず、先ずはこの街を修繕しないとダメだね」
微苦笑を口元に浮かべて暁音が頷き、それから蒼と蒼の雨に薫る金木犀を見て、良かったら、と自らの杖形態の星具シュテルシアを指差した。
「君もバックアップに慣れているんだよね。そうしたら、俺の手伝いもして貰って良いかな?」
「……あなたの、お手伝い、ですか……?」
囁く様に首を傾げる蒼の言の葉に。
うん、と暁音が頷き、蒼の雨に薫る金木犀を重ねて欲しいと願う。
願い通りに、雨に薫る金木犀を星具シュテルシアに重ねた蒼に頷いて。
暁音が、朗々とその呪を紡いだ。
『降り注げ金色(こんじき)の雨、大いなる慈悲をもちて慈雨となれ、蝕まれし大地に祝福を、命の息吹を齎せ、走れ魔法陣、輝け、星命の灯……』
その暁音の呪を耳にした蒼が、思わず赤と琥珀色の目を見開き、そして……。
『……其れは、音も無く、融け行く、氷晶の、ヒトカケラ。……傷を、癒し、包む、慈しみの、雫。……癒せ、我が身捧げん』
と、三度目の自らのユーベルコードを発動させた。
暁音が紡いだその術が空中に生み出したのは、星々の煌めきの如き光纏いし、星を蝕む呪への浄化の力宿りし、自然の再生と植物の成長を促進する星粒の雨。
一方で蒼が呼び出したのは赤と琥珀色のブローチ……『祝』の願いを基に生み落とされた、自らの本体の欠片を鱗粉として放出する儚き癒しの蝶。
蝶の鱗粉と星粒の雨が混ざり合い、シトシトと大地に降り注ぎ、銃痕や建築物の傷痕を癒していくその様を見て、蒼が目を白黒させていたが。
「……あっ……」
疲労が限界に達したのか、へなへなと頽れる様に脱力してその場に座り込む蒼。
同様に疲労からであろう、その目の下にクマを作った暁音がありがとう、と改めて礼を述べる。
「力を貸してくれて助かったよ。まあ、流石に完全に、とまでは行かないけれども。直せるところは、きちんと直しておかないと行けないからね」
「……そっ、そうです、ね……」
暁音の其れに取り敢えず首を縦に振る蒼の様子をちらりと見やり、微苦笑を零した美雪が、瑠香とネリッサ達と共に自分達の傍を離れていく『白蘭太夫』の背に、『白蘭さん!』と呼びかけた。
思わぬその呼びかけに、此方を振り向いた白蘭太夫……否、白蘭に。
美雪が微かに口元に微苦笑を浮かべてあなたが、と呼びかけた。
「貴女が紫陽花さんに惹かれた理由は何だったのだ? もし良ければ教えて欲しい!」
その、美雪の呼びかけに。
顔を赤らめつつ唇を微かに動かし其れに答えて、帝都桜學府の方へと灯璃達と共に歩き始める白蘭。
そのまま立ち去る白蘭を見送った後、紅閻が真の姿を解除して、同じく白蘭を見送った紫蘭へと視線を送る。
紫蘭はネリッサ達の影に隠れた、雅人の姿を探している風に、紅閻には見える。
「……紫蘭。君はまた、雅人に会いたいか?」
その、紅閻の問いかけに。
紫蘭が驚愕の表情を浮かべて紅閻を見つめたが……やがて頬を朱に染めて、うん、と小さく頷いた。
「今度は、もっと上手に、琴を聞かせたい……」
「そうでありんすか。それなら、もっと腕を磨く必要があるでありんすな」
その紫蘭の返答に。
口元を衣の裾で覆った祥華が優美に笑うのに、益々頬を朱に染めて、顔を埋める様に小さくなっていく紫蘭。
――かくて、『白蘭太夫』を追いし物語は終局した。
また何時か、出会えるかもしれぬという希望と共に。
大成功
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