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闇冥くらやみ蝶の舞う

#カクリヨファンタズム #幽世蝶

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#カクリヨファンタズム
#幽世蝶


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●くらやみ
 右も左も前も後ろも、真っ暗くらやみ。
 つい先程までお天道さまが沈んでいくよと見ていたはずなのに、お天道さまはおろか、人も町も見えやしない。だからあたしは、ここは知らない場所だと思った。
「あんれあたし、いつぞやこんな場所に来ちまったのかしら」
 ぼんやり歩いちまったのかねぇ。
 ぺちんと触れた頭の皿が乾いてはいないから、長時間ぼんやりしていた訳ではないのだろう。あたしは僅かに吐息を溢し、辺りを見渡した。
 けれど見えるのは闇ばかり。なんにも見えてきやしない。
「それにしてもここは、どこなのだろう」
 ついつい言葉が溢れてしまうのは、思っている以上に不安なせいだろうか。あたしは一人、くらやみに言葉を投げ掛ける。
「おぉい、誰かいないかね」
 投げた言葉に返る声はない。
 いつまで経ってもその場に佇んでいる訳にも行かず、あたしは指さえ見えない真っくらやみを歩きだした。

 ひらり、ひらり、蝶が舞う。
 真っ暗な世界に、ぼんやりと浮かぶ淡いいのちの輝きを、ぽうと灯して。
 ひらり、ひらり、蝶が飛ぶ。

 そうしてそれすらも、はたりと消えてしまったのなら。
 あとに残るのは本当に本当の真っ暗闇。
 唐突にそれは、呆気ないほど簡単にこの世界には訪れる。

●尾鰭のいざない
「――突然だけど、世界が滅亡するよ」
 執事人形が、用意した燭台に火を落とすと、ぼう。柔らかな灯りが生まれた。
「暗闇は平気? 平気なら、世界の滅亡を食い止めてきてよ」
 珊瑚色の眸に赤い炎を揺らめかした雅楽代・真珠(水中花・f12752)は、そうと柔らかく花唇を開いた。
「幽世から『光』が失われたよ。お前たちは指さえ見えない真っ暗な世界を彷徨い、元凶となったオブリビオン――骸魂に飲み込まれた妖怪を倒してきてほしい」
 広がるのは、純黒。身体に絡みつくような、闇だ。
 そんな光のない世界に居ると、ひとは心の平衡を失い、幻覚を見てしまう。砂漠で幻のオアシスを見るように、暗闇の中にぼんやりと光るものを見つけたり、懐かしい人や会いたい人……心の安寧のために、望む幻覚が見えてしまう。
「住民の妖怪たちはそうした幻覚に捕らわれている間に、飛び交う骸魂によってオブリビオンと化しているよ」
 幻に釣られてふらふらと近寄っていくと、闇の中から突然攻撃が飛んでくることもあるため、十分に注意をしてほしい、と真珠は袖の下から忠告をした。
「それから、幽世蝶が飛んでいる」
 淡い光を放ち、蝶はひらひらと飛んでいく。
 まるで、こっちだよと告げるように。
 そして、危険から離そうとするように。
 何故蝶だけが光って見えるのか、と言うと。
「それはね、魂の輝きだ」
 穏やかで温かな光は、蝶自身と、蝶が動く度に撒かれる鱗粉のみが帯びている。
 それはきっと、幽世に残された、最後の光。
 幽世蝶の輝きすらも消えた時、幽世は本当に滅亡する。
「幽世蝶を追いかけて。それはお前たちを決して裏切らない」
 そうして滅亡に瀕した世界を救ってほしい。
 揺れる炎の前で微笑んだ幼子が、ふうと息を吐けば暗闇が室内を満たす。
 次いで暗闇に生まれた珊瑚色の煌きが、蓮を形取って。
「お前たちなら、出来るよね?」
 小さな声とともに、淡く輝く金魚がくうるりと泳ぐのだった。


壱花
 暗闇からごきげんよう。
 幽世デビューします、壱花です。

 グループでのご参加は【2名まで】。
 受付・締切・再送等、TwitterとMS頁、タグにお知らせが出ます。
 送信前に確認頂けますと幸いです。

●幽世蝶
 暗闇にひらひら舞う蝶々。
 あなたはそれを悪いものだと思いません。根拠もなく、『懐かしい』『良い存在』等の好感を持ちます。ですが、あなたはまだその存在が何なのか、1章では気が付きません。(2章、または3章で気付くことでしょう。)
 その蝶は、あなたの知る『死者の和御魂』を持つ幽世蝶です。

●第1章:集団戦
 光が失われ、自分の指さえ見えない真っ暗な幽世の世界を彷徨います。
 暗闇に目を凝らしながら歩いていると、ひらひらと舞う灯り――幽世蝶が見えてきます。それはあなたを誘うように飛んでいきます。蝶の色をご指定下さい。灯りは基本的に蝶の色になりますが、黒等暗色は光れないので、薄ぼんやりとした仄明かりとなります。(「蝶は黒だけど、纏う光は白」等のご指定OK)
 また、道中では『近付きたくなるような幻』を見ることでしょう。蝶はそれとは違う方向へと飛んでいきます。
 同行者が居る場合、手を離さないようにお気をつけて。声は聞こえますが、簡単にはぐれてしまいますよ。

【第1章のプレイング受付は、12/10(木)朝8:31~でお願いします】

●第2章:ボス戦
 幽世蝶の後を追いかけていくと、何れかの出来事が起こります。
『理想の世界で過ごせる』『記憶にある大事な人に会える』『死者に生前の姿で会える』の内、起きる現象はひとつだけ。此等はボスのUCに依るものなので、UCの属性で指定して下さい。
 シナリオの性質上、選んで頂いたUCを受けている状態での描写となります。

●第3章:日常『夜行』
 幽世蝶にいざなわれた人々は、また幽世蝶にいざなわれ、元の場所へと戻っていこうとします。
 世界に光が戻っていく、世界が明けていく僅かな時間だけ、幽世蝶に宿る魂はあなたの傍で生前の姿を取り、共に歩んでくれます。
 ほんの少しの時間ではありますが、どうか優しいひとときを。

 幽世蝶との縁が結ばれました。
 そこで別れても良し、そのまま共にあるのも良し。どうぞご自由に。

※3章日常なので、グリモア猟兵は名を呼ばれれば反応します。
 蝶を連れずに夜行に混ざっています。

 それでは、皆様の素敵なプレイングをお待ちしております。
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第1章 集団戦 『鴉威し』

POW   :    烏合
全身を【ぼんやりした銀色の光】で覆い、共に戦う仲間全員が敵から受けた【負傷】の合計に比例し、自身の攻撃回数を増加する。
SPD   :    三様
戦闘力が増加する【大弓を持つ狩人】、飛翔力が増加する【風車を大量に背負った姿】、驚かせ力が増加する【巨大な目玉】のいずれかに変身する。
WIZ   :    追捕
攻撃が命中した対象に【黒い泥のようなマーキング】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【自動追尾するエネルギー弾】による追加攻撃を与え続ける。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●ひらり、ひらり
 くらやみに、蝶が飛ぶ。
 その蝶は、初めて見る蝶かもしれない。
 それとも、よく知った蝶かもしれない。
「ねえ、待って」
 声を掛けても蝶は止まらず、ただただ、蝶は飛ぶ。
 ひらりひらり、ひらり。



『――こちらへおいで』

  ‥   ✦.  … ✦.      ‥✦.     …✦. ‥ 🦋
…   ‥✦.    …  ✦.    ✦.     …
ルチア・ラティス
深海よりももっと暗い
僅かな光も見えなくて
闇雲に進むと怪我をしてしまいそう

眞白の蝶々
よかった、あなたが案内してくれるのね

…フルートの音色。
悲しげで、美しい演奏
聴いたものを深海に誘う人魚のような
とても美しい音色
毛先が青く染った白髪
私と同じ色違いの瞳
黒の片翼
月を冠る双子の片割れ
セレネ、あなたなの?

あなたの演奏に合わせて歌うが好き
あなたに頭を撫でられるのが好き
大切なセレネ、あなたが好きよ。

…でも
旅に出たあなたが簡単に戻る訳ないもの
またね、セレネ




 光が失われた世界は、深海よりも尚暗い。
 光のヴェールが降り注ぎ、深く深くへ潜る度に暗く染まっていく海とは違う、闇のみに支配された世界を、ルチア・ラティス(片翼・f21956)は片翼を揺らして歩いていた。闇雲に歩めば、怪我をしてしまうかもしれない。懸念から、足取りは自然とゆっくりとしたものとなる。
 顔の前に翳しても見えない手指が本当にそこにあるのか不安になり、片方の手できゅうと握った――その時。ひらり、視界の端に、白が踊る。
「よかった、あなたが案内してくれるのね」
 暗闇に踊る眞白が、ひらり、ふわり、飛んでいく。
 そっと吐息を零してついて行こうと歩を進めようとしたルチアだったが――。
(……フルートの音色?)
 悲しげで美しく、細く響く笛の奏をルチアの耳が拾う。それは、聴いたものを深海に誘う人魚のようなとても美しい音色だった。
 この音を、ルチアは確かに知っている。
 悲しげなのに、愛しさを感じられる音。懐かしさを感じさせる音。
 思い浮かべるのは、優しい姉の姿。
 毛先が青く染まる白髪も、色の違う瞳も同じ姉。背中の黒翼と月を冠する姿だけが違う、双子の片割れ。
「――あなたなの?」
 もし、そうなら――。
 あなたの演奏に合わせて歌うのが好き。
 あなたに頭を撫でられるのが好き。
 大好きで大切なあなたの元へ、つま先が向きそうになる。
 けれど。でも、と。ルチアは己の意志で、その衝動を止めた。
(旅に出たあなたが簡単に戻る訳ないもの)
 大切なあなたが、決意を胸に出ていったことを知っている。
 ルチアは瞳を一度伏せ、そうして睫毛を持ち上げる。視界は瞳を閉ざしても開いても、黒のまま。闇の奥の音へと向かいそうな気持ちを抑え、ルチアは白蝶へと顔を向けて追いかける。
「またね、」
 暗闇に、そっと。
 愛しい片割れの名前を、静かに落として。

大成功 🔵​🔵​🔵​

白雪・美狐

新月の夜の闇が可愛く思える程暗いね。
本当に自分の指先すら見えやしない。
真っ直ぐ歩いているつもりだけど歩けているかどうか……。
そのうえ、何処からか攻撃がくるかもしれないとなるとなかなか厳しいね。

ん、君が幽世蝶?
白い光を纏ってるけど、色は黒いんだね……。

幽世蝶は優雅に飛んでいるように見えるのに、走っても追いつけない。

……今、何か、明かりがちらっと……。
わ、先を飛んでいた蝶が戻ってきて僕の周りを一回りする。
そして明かりが見えた方角とは別の方向へ飛んでいく。

そっちじゃない、と言いたげ……に思えるのは僕の考えすぎだろうか。
僕に出来ることは暗闇の中、白い光を纏う蝶を見失わないよう走ることだけだった。




 眼前で、ひらり。手を振ってみた白雪・美狐(雪狐・f12070)は、そっと吐息を零した。聞いてはいたけれど、本当に自分の指先すら見えやしない。新月の夜の闇が可愛く思えるほど暗く、足の裏に地面の感触が無ければ天も地もわからなくなっていた事だろう。
 新月の闇の中で瞳を閉じながら歩いているような感覚。ちゃんと真っ直ぐに歩いているつもりだけれど、平衡感覚が正しく作用しているのか解らない。五体満足の身を持つ美狐は、どれだけ視界に、光に助けられて生きてきたことを知った。
(何処からか攻撃がくるかもしれないとなるとなかなか厳しいね)
 そのうえ、気も抜けないときた。
 小さな小狐だったら、身を縮めて守りに徹し、一歩も歩けなかったかもしれない。
 両の足を交互に前へと出し続ければ、身体は進む。
 転んではいないから、前へ、ただ前へ。
 どれだけ進んだことだろう。ほんの少しかもしれないし、長い時間だったかもしれない。深い闇は時間の感覚さえ失わせた。
「ん」
 闇しか無い。そう思えた世界に、一片の白が踊った。
 それは唐突に現れ、ひらりと美狐の鼻先を飛んでいく。
「君が幽世蝶?」
 白かと思ったそれは、黒い翅を持つ蝶だった。纏う白い光を零しながら、ひらりひらりと飛んでいく。
「待って」
 見惚れて足を止めていては置いていかれる。微かな焦りを胸に駆け出すが、優雅に飛ぶ蝶には何故だか追いつけなかった。暗闇の中、距離感が上手くつかめずにいるのかもしれない。
「……今、何か、明かりがちらっと……」
 光が失われ、蝶しか光を持っていない。そう、聞いている。他に明かりや人の姿が見えたとしたら、それは幻だ。頭の隅では分かっている。分かってはいるけれど、闇の中に居続けると明かりが恋しくなってしまうのだ。
「わ」
 先を飛んでいたはずの蝶が、鼻先をくすぐって。
 美狐の周りを一周して、明かりが見えた方角とは別の方向へと飛んでいく。
『――そっちじゃない、こっちだよ』
 ひらり、ひらり。燐光を散らして飛ぶ蝶が、そう告げていると感じた。美狐は大きく頷くと、白い光を纏う蝶を追いかける。
 ふわふわと優雅に舞う光を見失ってしまわないよう、強く強く、地を蹴って。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セシル・エアハート
…青い光?
ああ、あの蝶…。
自分と同じ色のサファイアのような青い蝶が俺を呼んでる。

何だろう?この懐かしさ。
まるで家に帰った時の安心感みたいな。
どこか暖かさを感じる…。
…!?
後ろから敵の攻撃を第六感で素早く交わす。
危うく当たる所だったよ。
どんなに暗闇でも油断は禁物だね。
UCを発動し、 舞い散る色とりどりの花弁で闇に紛れている敵を蹴散らす。

どこ?あの蝶はどこに?
…あの蝶の光は、もしかして?
…だめだ。思い出せない。
分かってるのに、覚えてるのに…。
どうして思い出せないんだろう…?
ねえ、お願い。待って。
見覚えのある懐かしさ、そして大きな暖かさを持った存在。
貴方は一体、誰?




 ――ひらり。目が慣れることのない暗闇に、青が舞う。
 その青に気がついたセシル・エアハート(深海に輝く青の鉱石・f03236)は、惹かれるように自然とその青へと視線を向けた。
 暗闇の中に舞う蝶は、セシルの持つ色――ブルーサファイアの色にも似た彩。ともすれば闇に溶け込んでいきそうな翅だが、放つ光はそれよりも僅かに明るい。
 ひらり、ふわり。蝶が舞う。青い蝶が呼ぶように――いいや、確かに呼んでいるのだ、この蝶は。
 五感を澄ませても、嫌な気配はない。それよりも、もっと。何か違う――。
(何だろう? この懐かしさ)
 初めて見る蝶なのに、不思議な暖かさと懐かしさを感じた。
(まるで家に帰った時の安心感みたいな……)
 緩んでしまいそうになった心が、一度キュッと締め付けられる。セシルの家は、もう、無い。その気持ちは、亡くした過去にしかないものだ。
 だから、だろうか。一層、心が蝶に惹かれる。
 蝶だけを見つめて歩を進めたセシルの前で、警告するように蝶がぱたたと羽撃き、微かに身を揺らした。
 ヒュンッと風を切る気配。息を呑んで、セシルは半歩身を引く。髪が長かったら髪を切られていたであろう、そんな危うさを感じながらセシルは闇に目を凝らすも、目の前に手のひらを翳しても手指が見えない闇の中、敵の姿形は見えはしない。
「――美しく、咲き誇れ」
 敵意を向ける存在のみを指定して、色とりどりの薔薇の花弁を広げるが――矢張り薔薇も見えはしない。美しい薔薇を見えないことを少しだけ残念に思いながらも舞い散る花弁の半径を広げれば、何かを攻撃した気配。倒されたオブリビオンは骸魂から解き放たれ、元の妖怪へと戻るのだろうと、そっと息を吐いた。
「どこ?」
 息を呑んで、宙へと視線を彷徨わせる。
 先ほど見えた場所に見えなくて、不安が募る。
(……あの蝶の光は、もしかして?)
 似た色を、知っている気がする。
 あの懐かしさを、暖かさを、知っている気がする。
 分かっている、覚えている。
 けれど何故か、『それ』が出てこない。
「ねえ、お願い。待って」
 視界の端に青が揺れ、置き去りにされたこどもみたいに、セシルは追いかける。
 ――貴方は一体、誰?

大成功 🔵​🔵​🔵​

旭・まどか
♢♣

夜には慣れているけれど
こうも真っ暗闇だと立っているのかさえあやふやになるね

向かいたい場所は特に無いし
向かうべき場所も――わからない
それは此処に限っただけの話では無くて――、
下ろせない荷物は常に、歩むべき道を照らしてはくれない

まるでおいでと手招きするかの様に思える方へと爪先を向けたなら
鼻先にぶつかるは淡灰の幽世蝶

嗚呼――、お前が
事前に伝え聞いていた姿は“正しく”で
此方の意見などお構い無しに
着いて来いと言わんばかりに踵を返させるのも実に“お前”らしい

軌跡を染める赤子の名を持つ水色は
お前の足音を彩にして示しているかの様

ねぇ、待って
どうして置いていくの

僕を“こう”したのは、“お前”でしょう――?




 宵闇の空には慣れてはいるが、此処の暗闇は知らないものだった。
 空――自身の平衡感覚がまだ確かならば――を見上げても、愛し子の彩に星は映らず、宵闇の空も少しは明るかったのだと知った。
 顔の前に掌を翳してもそこに掌はおろか指先も見えはしないけれど、踵にぐっと力を入れたなら、足に馴染んだローファー越しに地面の感触を知ることが叶う。
 ちゃんと立って此処に居て、五体も満足。それさえ解れば十分だ。
 旭・まどか(MementoMori・f18469)は気ままに地面を蹴って歩き出す。
 向かいたい場所は特に無く、向かうべき場所も解らない。それは此処に限っただけの話では無く、ずっとずっと、ずっとだ。
 暗闇にひとり、夜道にひとり、宵闇にひとり。何処に居たって、何処でだって、変わらない。下ろせない荷物は常に、歩むべき道を照らしてはくれない。荷物が重くて足が重くとも、おいでと手招きされたように思えた方へただ進むだけ。その方角が正しいのかなんて、誰も教えてくれやしない。
 ひらり、と。何かが視界を掠めた。
 そう思った次の瞬間には鼻先にぶつかっていた淡灰の幽世蝶に、桃色月が開かれる。
「嗚呼――、お前が」
 吐息とともに言葉を零す頃には、ひらり。戯れるように蝶は身を翻して離れていく。
 懐かしさを覚える蝶に、もうひとつの『懐かしさ』を抱きながら、赤子の名を持つ水色の軌跡を辿るべく爪先を向けた。
 ――実に“お前”らしい。
 此方の意見などお構い無し。そのくせ着いて来てくれるでしょうと思い込んでいる。
 いいよ。追いかけてあげる。お前の足音を彩にして示しているかの様な軌跡を。
「ねぇ、待って。どうして置いていくの」
 僕を“こう”したのは、“お前”でしょう――?
 蝶はひらりひらりと飛ぶ。
 手を伸ばしても届かない場所を。
 早く、疾くと急かすように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
♢

ひらいて、とざして
幾度と眸を瞬かせても闇の先を捉うことは叶わない
なんと昏いことでしょう
夜闇には慣れているのだけれど、
纏いつくような黒の色に順応は出来ないよう

踵を鳴らしても音は散らばるばかり
右も左も、前も後ろも分からないわ
惑い彷徨うことは容易なのでしょう
まるで、果てのない夜を歩むかのよう

――嗚呼、
この、あたたかなひかりの彩は

そうと伸ばした指のさき
昏い夜割くような、あかい耀きを纏う真白
かくりよにて再会を遂げたいのち

ラン
――いいえ、今だけは、
『あなた』は何時、如何なる時にだって
わたしを、七結を導いてくださる

先を示す眞白きいのちを追うて
ひとつ、ふたつと靴音を鳴らしましょう
暗闇など、恐ろしくもないわ




 ひらいて、とざして。
 また、ひらいて。
 常ならば明暗を繰り返す視界が、幾度と眸を瞬かせても闇の先を捉うことは叶わない。まな裏を赫に染める太陽も、行く先を占う星辰の煌きも何ひとつそこにはなく、終わりの見えぬ、果てなき夜。
 幾らかの光があって、初めてひとの瞳は機能する。夜闇には慣れた身とて、純黒には順応出来るはずもなく。夜闇の世界も、あれで明るい場所だったのねと、蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)は暗闇にそうと吐息を零し、終わりの解らぬ夜を往く。
 平衡感覚すらおかしくなりそうな闇の中、踵を鳴らして歩を進めた。カツリコツリと鳴る硬い洋長靴の音が、足裏に地面があるのだと、確りと歩けているのだと教えてくれる。
 右や左も、前も後ろも解らぬ闇は、何処まで続いているのか。同じところをぐうるり回り続けているのか、それすら解らない。
 けれど、彷徨い続ければ。
 そう、彷徨い続ければ。
 あたたかなひかりが、ひらりと視界へ迷い込んでくる。
 ――嗚呼。
 知らず零れた吐息は、確信めいたもの。
 そうと伸ばした指の先に、重さを感じさせず戯れにひとやすみに訪れる眞白きいのち。昏い夜割くようなあかい耀きを纏う眞白は、七結の指先にひかりを落とした。
(ラン――)
 幽世にて再会を遂げたいのちの名を思い浮かべて「いいえ、今だけは」とかぶりを振るえば、小さな振動にも蝶はきまぐれにひらりと飛び上がる。
(『あなた』は何時、如何なる時にだってわたしを、七結を導いてくださる)
 やわらかなあかりが、先を示して飛んでいく。
 眞白きいのちを追って、先程よりも弾むような音で、踵を鳴らした。
 暗闇など、恐ろしくもないわ。
 あなたが先導してくれるのだもの。

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵雛花・十雉
【蛇十雉】
灯りひとつ見えない本当の闇
触れていないと逸れてしまいそう
そしたらオレたちも闇の一部になるのかもしれないね
だって闇の中じゃみんな同じなんだもの
いなくなっちゃ駄目だよ、なつめ

ひらひらと目の前に紺色の蝶が躍り出た
なんだか懐かしくて安心する光
…うん、行こう
足は自然と蝶を追いかける

けど、急に足を止めたのはその姿が見えたから
昔とちっとも変わらないね、お父さん
ずっと会いたかったんだ
待っても待っても化けて出て来てくれないから
オレが会いに行くしかないなって…
今、そっちに行くよ

ッ…!?
手に鋭い痛みが走る
何も見えなくなった闇の中でなつめの声が聞こえる
連れ戻してくれたんだ…ありがとう
もう大丈夫、大丈夫だから


唄夜舞・なつめ
【蛇十雉】

ときじ。
お前の手ェ貸せ
離れねーよーに掴んでてやる

ゆっくり周りに
気を張りながら進めば
ひら、ひら。と身体は白く、
周りに苺色を灯した
蝶々が飛んできた
…着いて来いって言ってんのか…?
ときじ、いくぞ

ふと、蝶と別方向に
見覚えのある姿が見えた
『 』……?
……違う。
こんな所にいるはずがない
いて……たまるか
あいつァ…こんな真っ暗闇で
笑えるほど強いヤツじゃない
…消えなァ

さァて、
蝶々を…って、ときじ!
どこ行くんだ!そっちじゃねェ!
そっちは……だめだ。
イヤな予感がする…!
おい!ときじ!
……あァ!もう!!
おめーのせいだからな!
ッ、目ェ覚ませッ!!!(掴んでいた手を強く噛む)

…ン。手、後で手当してやる
行くぞ




「いなくなっちゃ駄目だよ、なつめ」
 目の前に掌を翳しても指先が見えない闇の中、落ちた声は微かに震えていた。この闇の中で逸れてしまったら、きっともう会えない。それは光が戻ってくるまでの間だけの別離だろうけれど、この闇の中にひとりで放り出されるのは不安でしか無い。
 闇に飲まれる。闇の一部になる。闇の中では、皆同じ。光がなければ、色がない。色も個性も何もかも。他も個もバラバラになって、そうしてひとつ、同じになる。みんな同じで、みんな敵。
「ときじ。お前の手ェ貸せ」
 闇雲に伸ばした唄夜舞・なつめ(夏の忘霊・f28619)の手が宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)に触れ、それを掴んで腕の在り処を探った。手を繋ぐなんて柄ではないから、手首を探り当てるとそのままワッシと掴んで「いくぞ」と十雉を引っ張っていくことにした。
 闇の中、ふたり。掌と手首で分かち合う熱が、ひとりじゃないと教えてくれる。
 歩む足取りは、ゆっくり。闇の中から何かが飛び出してきても見ることすら叶わないから慎重に歩を進めていけば、そこへひらり。視界の端に、何かが揺れた。
 闇に溶け込みそうな紺色の翅に、ひとつ明るいくらいのひかり。
 雪のように白い翅に、瑞々しい苺を思わせる赤いひかり。
 ふたつのひかりにどこか懐かしさを覚え、知らずと足を止めて見入ってしまったふたりを、ひらひらと飛んでいった蝶が少し離れた中空に浮かんで待っている。
「……着いて来いって言ってんのか……?」
 そう、感じた。嫌な気配はしていない。それよりももっと別の何かを感じてる。
「ときじ、いくぞ」
「……うん、行こう」
 蝶を追うことに、不安はない。迷いもしない。追う事自体が当たり前な事でもあるかのように、足は自然と蝶を追いかけた。
 暗闇に浮かぶひかりを視界に収め、歩いていく。唯一の、見えるもの。
 そのはずだった。
 不意に、追いかける足を止めた。止めたのは何方が先だったかはわからないが、何方かから不満や燻しがる声が上がらなかったから同時なのだろう。
(昔とちっとも変わらないね、お父さん)
 居るはずがない人の姿を十雉は捉えていた。
 こんなところに居るはずがない。けれどずっと会いたかった。会いたくて会いたくて、待っても待っても化けて出てきてくれなかったひとが、そこにいる。
 ――お父さん。
 心のなかで呼びかけても、父は答えない。父にも十雉の姿が見えているだろうに、傍に寄って来てくれもしない。化けても出てきてくれなかったのに、こうして姿を見せても来てくれないなんて。本当に父らしい。
 会いに行くしかないかと思っては、躊躇った。だってそれは、恐ろしいことだ。死にたいのに、死にきれないでいる。
 だから。会いに来てくれたのなら。
「今、そっちに行くよ」
 闇の中に佇む父へと、十雉は一歩踏み出した。

 蝶のひかりを追いかけていた視界の端に、ふと誰かが見えた。蝶以外に見えたものが気になってつい視線を向ければ、それは見覚えのある姿をしていた。
 思わず名を口にしかけ、開いた唇は言葉をなさずに閉じる。
 違う、こんな所にいるはずがない。
(いて……たまるか)
 なつめの知るその人が、こんな闇しか無い場所に佇んでいるはずがなかった。自分の指さえ、傍らの十雉でさえ見えない場所で、見えるはずがなかった。こんな真っ暗闇で笑えるほど強いヤツでもない。
 全部違う。ただ誂えただけみたいな、間違いばかり。
 けれどそれが、なつめが望んだものなのだ。
「……消えなァ」
 気付いて湧き上がる不快感。奥歯をギリと噛み締め事実を飲み込んだ。
 眸をぎゅうと閉ざしてから顔を上げれば、その姿は既にそこになく――微かな安堵を抱いたのも束の間、手首を掴んでいた十雉が離れていこうとする。
「ときじ! どこ行くんだ!」
 そっちじゃないと声を荒げても、彼は聞こえていない様子。手首が掴まれていても構うこと無く歩んでいこうとする。そっちはダメだと、なつめにだって解るのに。
「おい! ときじ!」
 掴んだ手を離す訳にはいかず、なつめも十雉についていく形になる。
 ひらひらと舞う蝶と十雉の向かう虚空を、なつめの顔は幾度も彷徨って。
「……あァ! もう!! おめーのせいだからな!」
 握る手に力を込め、引き寄せて。
「ッ、目ェ覚ませッ!!!」
 ガブリと強くその手を噛んでやった。鋭い歯はプツリとした感触を伴って肌を食い破り、温かなものが溢れて濡らす。
「……なつ、め?」
 夢から醒めたばかりのような声が零れて、十雉の足が止まった。
 少しずつ近付いていた父の姿が、見えない。手首に熱、手には痛みを感じ、ハ、と身近な呼吸とともに、十雉は状況を理解した。
「俺以外いねェよ、ばかときじ。……手、後で手当してやる」
「……ありがとう」
 行くぞと再度手を引かれる。
 この熱についていけば、もう大丈夫。大丈夫だから。
 闇の中、ふたりはふたつのひかりを追った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織


聞いてはいたけれど、本当に真っ暗なのね…さて、どちらに行ったものか…
先の見えない闇はいくら進んでも変わらない
手を伸ばしても何にも触れられない
独り言とともに溜息をついていると、すぐ隣をひらりと蝶が飛んでゆく
突然の光に驚いて、ぴゃっと尻尾の毛が逆立つ

案内、してくれるの?
ひらりふわり、藍色の蝶が傍を舞う
月光のような白い光を宿す蝶に思わず話しかけていた

ふふ、私は此処にいますよ
蝶は時折、付いてきているか確認するようにその場でくるりとまわる

……あの桜…
その直後に見えた糸桜の大木
そちらへ進もうとすれば蝶が阻むように舞って

こっちではない、のね…
後ろ髪引かれつつも踵を返し、また蝶を追う
そっと桜を振り返りながら




「聞いてはいたけれど……」
 本当に真っ暗なのね。
 ついと顎先を動かしてぬばたまから白い首を晒しても、見留める者も居ないだろう。顔の前に持ってきた己が指先さえ見えないのだ、視線を遣れども何も見えてくるものはない。
 さてどうしたものかと考えるも、ここで足を休めている訳にも行かず、橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)は暗闇に歩を進める。何かに思いっきりぶつかっては危ういから、手を伸ばし――潜むオブリビオンに触れることも考えて、向けるのは薙刀の矛先に変更した。
 光の一欠片もない闇は、方向も、時間間隔も失わせる。もう随分と歩いたような気はするけれど、もしかしたらほんの数分なのかもしれない。精神の疲れを自覚して、はあとため息を零せば――ひらり。唐突に視界に乱入してきた月光のような白い光に、千織の尾はぶわわと総毛立った。冬毛を一気に逆立たせもこもこにさせながら、胸に手を当て一呼吸。
 ふわりと舞うそれは、美しい藍色の翅の蝶であった。
 幽霊見たり、枯尾花。胸をなでおろしながらそうと吐息を零して蝶を見れば、ひらりふわりとやわらかく飛んで千織を待っているかのよう。
「案内、してくれるの?」
 ひらり、蝶が先導する。
「ふふ、私は此処にいますよ」
 暗闇に浮かぶ光を追いかけ歩を進めれば、蝶は時折、付いてきているか確認するようにその場でくるりと回る。その人のように案じる様に、千織の唇は自然と弧を描いて。
 暗闇に、蝶とふたり。さて、どこへ連れて行ってくれるのだろう。
 なんて思っていたら、視界に映る薄紅色。大きく枝を広げた、糸桜。
「…………あの桜……」
 暗闇に見えた薄紅に、ふらり。爪先が自然と桜へと向けられた。
「――あ」
 ぱたぱたぱたぱたぱた。
 眼前に飛び込んできた白光が邪魔をして、千織の意識が己に向いたと解ると桜とは違う方向へと飛んでいく。
「こっちではない、のね……」
 置いていかれないように、蝶を心配させないように、千織は蝶を追いかける。
 けれどあの桜が、どうしても頭から離れない。
 見るだけならばとそっと振り返れば、桜は既に消えていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

汪・皓湛


友である神剣は見えないが掴んでいる感覚だけは確りと
そこに居るか?
問うて返った“居る”の一言は灯りのよう

何も見えないのは不便だが、お前の色と思うと恐ろしくないな

だが此方でいいのか、と進む中
ふいに現れたのは羽模様と光に青色灯す黒蝶
空のように爽やかな色になぜか私も万禍も惹かれて
楽しげに舞っては此方を待つ蝶の後を追う

けれど現れた邸宅が足を止めさせた
勇ましい鍛錬や談笑の声
嗚呼
あれは、呪いに命を灼き尽くされた――

“違う”

目の前で幾度も羽ばたく蝶に言われた気がして、我に返る
…そうだ
彼らが死んで、血と骸溢れる中で私と万禍は出逢った

止まっていた足を動かす
現れる闇は黒桜で裂いて、青き黒蝶に導かれるままに、前へ




 何ひとつ『光』のない闇は、深淵を思わせた。蜘蛛の糸でも垂れてこなければ抜け出せないような、絶望に近い。光がないだけでこうも世界は違うのかと、感嘆すら覚えながら、汪・皓湛(花游・f28072)は手の内の神剣――万の禍を斬り祓う剣『万禍』を握りしめた。
 柄を掴んでいる感覚だけは、その手に確とある。然れど眼前に翳しても見えぬものだから、本当に在るのかと疑念が生じた。
「そこに居るか?」
『“居る”』
 闇へと言葉を投げれば、即座に返る聲があった。耳に馴染んだその聲は、闇に灯るあかりのように心を照らしてくれた。
「何も見えないのは不便だが、お前の色と思うと恐ろしくないな」
 闇の黒は、友の色。
 しかし、恐れはないが、不安はある。道が全くわからないのだ。真っ直ぐに進んでいるつもりだが、もしかしたら少しずつ斜めに歩いているかも知れない。後ろを振り返っても闇しかないため、来た道すら解らない。
(もしやこれは、迷子と言うものではないだろうか)
 UDCアース辺りで迷子センターにお呼び出しされる或れだ。よもや、この歳で? けれどお呼び出しをする筆頭になりそうな万禍は確りと手の内にあるし、何も見えないのがいけないのであって、皓湛は何ひとつ悪くはない。ないはずだ。
 ふいにひらり、青空を抱いた美しい蝶が舞った。爽やかな空を纏う黒蝶は優美に視界の端から端へと飛んでいく。思わず見惚れて立ち竦んだ皓湛は、万禍に促されることとなった。――万禍も惹かれていたというのに。
 重さを感じさせぬ優美なひかりを追う足が、再び止まる。
 『視える』、『聞こえる』。懐かしい邸宅に、勇ましい鍛錬や談笑の声だ。
「嗚呼」
 あれは、呪いに命を灼き尽くされた――『“違う”』
 思考を妨げるように、幻影との間に割り込んできた蝶にそう言われた気がした。
(……そうだ。彼らが死んで、血と骸溢れる中で私と万禍は出逢った)
 ふわりと蝶が離れていくことを万禍が報せてくれる。黒桜で不埒な闇を裂き、闇に縫い付けられそうになっていた足を動かして、闇の中を進み往く。
 青き黒蝶に導かれるままに、前へ、前へと。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
アドリブOK
右手に胡、左手に黒鵺の二刀流
蝶は青、光は青白い

真っ暗、でも少し懐かしい。棺桶の中を思い出すからかな。
そして視界端に見えた光に初めて身体を得た時の事を思い出す。
棺桶の中だったはずなのに、いつの間にか真っ暗な社で身体を得ていた事にも気が付かなくて。
社の主に蹴りだされて初めて分かったんだっけ。
月明かりに照らされた境内と彼岸花が印象的で。あれが俺が俺として最初に見た景色だった。

戦闘になったらマヒ攻撃を乗せた暗殺のUC菊花で攻撃。代償は寿命。
敵の攻撃は第六感で感知、見切りで回避。
回避しきれないものは本体で武器受けで受け流し、カウンターを叩き込む。
それでも喰らうものは激痛耐性で耐える。




 どこまでも暗く、どこまでも深い。
 果て無く続いていそうな闇の中は、常人ならば不安を抱くものなのだろう。
 けれどそれを少し懐かしく思いながら、黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)はひとり、暗闇を歩いていた。
(棺桶の中を思い出すからかな)
 遠くを見ようと視線を向けるが、闇はどこまでいっても闇だ。それでも遠くへと視線を向けながらも思うのは、瑞樹が目覚めた『あの日』のこと。ふいにちらりと視界の端で揺れた光に、ひとしお思いが引きずられた。
 左手に握るナイフ――瑞樹の本体たる『黒鵺』をぎゅうと握りしめる。
 瑞樹は主の眠る棺に、主と共に埋葬された。心地よい闇に抱かれ、物として終えていくはずであった。それなのに瑞樹は気付けば真っ暗な社で身体を得ていて、傍らに主が居ないことも、ひとの身体を得ていることも、社の主に蹴りだされるまで気付きもしなかったのだ。遠い異国の地に居た瑞樹が、身体を得る日が来るとは思ってもいなかったのだから、当たり前だ。
 初めての身体、初めての手足、初めての視界。
 全てが初めてで染まる思考に、あの光景が心を貫いた。
(あの時の光みたいだ)
 神社の境内を照らす月明かり。青白い光が空から降り注ぎ、境内の赤い花――今なら彼岸花と知る花を美しく照らしていた。
 物思いに耽りながら青白い光を纏いながら飛ぶ青蝶へと視線を向けていれば、闇の中で蠢く気配に気がついて、左手の黒鵺を一閃。
 軽い。
 見えねば見切れはしないから、神経を研ぎ澄ましながら受けの姿勢で攻撃を誘い、黒鵺で受け『胡』を振るう。確かな手応えに、寿命が縮むことも厭わず連続で斬りつけ止めを刺したなら、後は振り返らずに。
 ひらりひらり、と。月光ヴェールのように優美に舞う蝶だけを見上げ、追いかけた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
🌸🐣

果てが無い闇に
唯一の菫の温もりは逸れぬように
存在を確かめるみたいにぎゅうと握って
そうだね、今は菫はモノだったときと違うから
…怖くはない?

ひらり舞う見つけた蝶はきみの
すみれ色のひかり
きみの色と同じなのに、何処か違う

――、はは、うえ?
淡い光の中にぼんやりと重なる姿は
桜色を帯びた紅蝶と傍らに佇む朧なるひと
噫、確かに、貴女のひかりに似ていると
優しく手招いているように見えた
其れに手を伸ばす
けれど
ちがう、と導くきみのこえ、
手を引いてくれるのは、

そうだな、「今」の俺が見えてる
ひかりは違うんだ
見えなくとも、見えるもの

先征く2つの輝く蝶を追いかけ
今度こそ歩みを進めて
闇を、抜け出すのみ


君影・菫
🌸🐣

ちぃと手を繋いで
子は親の手絶対離したりせんよ
真っ暗
はら、ほんまにほんまに真っ暗やんね
…怖ないよ
だってキミが手ぇ繋いでてくれるもの
うちのいっとう安心する手が

ひらり舞う蝶の色はすみれ色
淡い、ひかり
…なんやろ、懐かしいような
ちぃの桜を帯びた紅蝶は
綺麗やのに不思議な気持ち

途中足を止めてしまいそうになったのは
いつかの持ち主、キミの――君の姿を見つけたから
手招きには首を振る
君とうちはもう、交わらんから
想い出のまま

ちぃの握った手に力を込めて――ちがうよ、て
見えへんけど、そっちやないよって
うちらの先ゆく蝶をみる
こっちと手を引くのか、引かれたのか

逸れんように、今はただ
ふたつの光、蝶を追いかけて
闇を抜けよ




 陽の光の下で暗闇を覗いても、奥がない。否、どこまで続くのか、解らない。けれどそこには終着点があり、終わりが確かにある。けれどここは――。
 果てがしれない闇の中、唯一感じられる温もりを確かめるように、宵鍔・千鶴(nyx・f00683)は繋いだ手にぎゅうと力を篭めてみた。すぐになぁにとやさしく零される声に、君影・菫(ゆびさき・f14101)の存在を感じて安堵する。この温もりは、本物だ。
「はら、ほんまにほんまに真っ暗やんね」
「そうだね」
 絶対に離しはしないよと、応えるように繋いだ手を同じ強さで握り返しながら口にする。吐いた言葉さえ、解けて一部となってしまいそうな闇に、ほうとため息さえ零れた。
「今は菫はモノだったときと違うから……怖くはない?」
「……怖ないよ。だってキミが手ぇ繋いでてくれるもの」
 うちのいっとう安心する手。
 合わせた掌から伝わる温もりが、やさしく体温を分け合う。人となって日の浅い菫は、物から人へ変わったことで感じることはとても増えた。恐怖に、厭なこと。けれどそれ以上に、愉しさや喜び、分け合う熱や温かな気持ちを多く知れた。一等安心する手だ。この手に触れられていれば、怖いものなどありはしない。
「あ、」
 闇の中を歩む菫の視界に、ひらりと舞うように蝶が迷い込む。淡いすみれのひかりを、遊女の薄衣のように纏い、揺らして、ひらり、ふわり。
 同じすみれ色なのに、菫の瞳の色とは何処か違う。
 どう違うのだろうかと言葉を探す千鶴の傍らで、菫は懐かしいような気持ちを抱いていた。初めて見る蝶なのに、何故だろうか。
 答えに行き着く前に、桜を帯びた紅が視界の端で揺れた。自然と視線はそちらへ向かい――しかしそこには、淡い光の中にぼんやりと重なる姿があった。
「――、はは、うえ?」
 息を呑んだ。そして、零れた。
 信じられない、信じがたい。
(噫、確かに、貴女のひかりに似ていると)
 確かにそうは思ったけれど。
 朧なひとが、優しく手招く。柔らかな手付きは穏やかに、愛しささえ篭もって。
 菫もまた、『君』の姿を見ていた。不思議な気持ちを抱いた正体を、枯尾花を暴いたような、不思議な心地に浸される。
 柔らかな手付き、優しい顔。
 けれど、違う。君はもう、過去のひと。
(君とうちはもう、交わらんから)
 想い出は、想い出のまま。美しく胸に抱いてあればいい。
「ちぃ、ちがうよ」
 もし同じものを見ているのだとしたら、千鶴も手招かれているのだろう。手を伸ばして、その人を求めているのだろう。手を伸ばして一歩前へ出ようとした千鶴の気配を掌越しに感じて、菫は握った手に力を篭めた。
 ちがうよ、ちぃ。見えへんけど、そっちやないよ。
 引き止めて、手を引いて。そうしてゆっくりと、ふたりを待っているかのように留まる蝶へ向かって歩みだす。
 心が迷った時はお互いに導き合えばいい。ふたりはひとりじゃなく、互いに導き会えるひかりなのだから。見えなくとも、見える。ひかりはいつも傍らにある。
「行こか」
「そうだな」
 蝶を追いかけふたりは歩む。
 同じ速度で、同じふたつのひかりを見て。
 闇を抜けるために。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

杼糸・絡新婦
蝶の色は牡丹色

暗闇の中をのんびり歩いています。
念の為周囲に錬成カミヤドリを展開。
攻撃の動きがあれば防御に使います。

蜘蛛の巣の周りを飛ぶ蝶とはのんきと言うべきかなあ、
まあ、ひっかけはせえへんし、
こんな暗い中、どこに連れて行ってくれるんや。

『近付きたくなるような幻』
には【第六感】でできるだけ近づかない。
おや、蝶は向こうへ行くか、
ならあれも蜘蛛の巣みたいなもんかいな。
・・・真っ暗闇のわからん場所では
知ったものより知らぬ蝶をかな。




 暗闇の中でも、杼糸・絡新婦(繰るモノ・f01494)は常と変わらぬ足取りで、のんびりと歩を進める。ここが明るい陽の下だったのなら、庭園の散策を楽しむような、そんな気楽な足取りだ。
 闇を恐れること無く、けれども警戒は十全に。闇の中では見えはしないけれど、絡新婦の周囲には、彼の本体たる鋼糸『絡新婦』が展開されている。いわば此処は、彼の巣の中。女郎蜘蛛の、巣の中だ。
 つんと鋼糸が張り詰めたならば、意識を沿わせて視界に入らぬ敵を縛り上げ、滅してしまう。そこに心も慈悲も掛けはしない。この暗闇にそんなものを持ち合わせては、足をすくわれるのは絡新婦だからだ。
 そんな『蜘蛛の巣』の中を、ひいらりと飛ぶ、牡丹色。
「蜘蛛の巣の周りを飛ぶ蝶とはのんきと言うべきかなあ」
 毒気も抜かれる優雅さに、思わず声が零れ、袖の下でくすりと笑む。
 相手が解りやすく光ってくれているのだ。引っ掛けるなんて、そんな粗相はしないと、絡新婦は蝶を追いかけた。こんな暗い中、どこに連れて行ってくれるんや。楽しみやなぁ、と。
「あら、あれは」
 蝶を追う絡新婦の視界に、ちらりと何かが映り込む。蝶以外の光が既に失われた世界に、見えるはずのないものだ。好奇心は爪先を向けたくなる。けれど第六感は駄目だと告げている。
「おや、蝶は向こうへ行くか。ならあれも蜘蛛の巣みたいなもんかいな」
 ひらりと蝶が誘うように舞うから、絡新婦は『何か』から視線を外して蝶を追う。
 闇に飲まれてしまわぬように、知ったものより知らぬ蝶。
 はいはい、そない急かさんと待っとって。すぐ行きますよって。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ

暗い冥い闇を歩く
とけてしまいそうな静寂だね、カグラ
傍らの人形は何故か私の手を握り先導する
カグラ?
噫、逸れないようにかな
有難う

幼子が迷子にならないように手を引く親のような…そんな感じだ
何だか少し照れくさい

闇の中に桜が咲いた
カグラが指さす先に桜色の蝶が飛んでいる

何時だって私を彩り導く特別ないろ

『 』
ふと名を呼ばれた気がして振り向けばそこには
桜の、社
桜が舞う
私の社に似ているけれど、違う
けれど懐かしい、美しい社
縁側に座って月夜には和歌を詠む――『君』と
…私ではない『私』の記憶の欠片

痛い!
カグラに思い切り足を踏まれた
余所見をしていたから怒った?
カグラは荒々しいな…

気を取り直して懐かしい彩を追う




 果てが無さそうな暗い冥い闇を往く。伴をするのは物言わぬ人形――『カグラ』。カグラに恭しく手を取られ、朱赫七・カムイ(約彩ノ赫・f30062)は静かに歩を進めていた。
「とけてしまいそうな静寂だね、カグラ」
 桜に霞んでしまいそうなほどに、柔らかな声。まるで常と変わらぬ場所にいるかのように口にするけれど、カムイの瞳に映るのは闇ばかりだ。傍らのカグラさえ映りはしない。
「先刻から気になっていたのだけれど……噫、逸れないようにかな」
 手に触れる、硬質な人形の手。実はのんびりとではなく、ほんの少しだけどうしてだろうと悩みながら歩いていたのだが、先導するように動いたカグラの歩みに自分で答えを見つけた。
 有難うと口にした言葉と同時にはにかんでしまうのは、迷子にならないように親に手を引かれる幼子のようで少し照れくさかったから。けれど此処では誰かに見留められることはないし、見留められたとしてもカグラが望んで手を引いてくれているのだ。好意に甘える雛のように、カムイは大人しく手を引かれてついていく。
 蝶はどこかなと口にしようとした、その時。
 ふいに視界に――暗闇が広がるばかりの空間に、桜が咲いた。顔に翳した己の手指さえ見えない空間に、ひらり、と。桜色の翅の、美しい蝶が飛んでいったのだ。
 ――桜。それはいつだって、カムイを彩り導く特別な色。明るい春の、懐かしい色。君が纏う約束の色。
 足を止めたカムイの手を、カグラが引く。蝶が向かう方へと身体を向けて、そうして一歩、前へと足を踏み出した。
『    』
 けれど、誰かに名を呼ばれたような気がして。
 振り返ればそこには、桜舞う、社。
 カムイの社に似ているようでいて、どこか違う。けれども美しくて、懐かしいと思わず胸が締め付けられるような、そんな社があった。
(――噫、これは)
 縁側に座って月夜には和歌を詠む――『君』と……私ではない『私』の記憶の欠片。
 そこに『カムイ』はいないのに、そこへ行きたくなる。
 身体を反転させ、心の赴くままに――
「痛い!」
 思わず悲鳴が出てしまうくらいギュウッと、強く手を掴まれた。正直、涙もちょっと出た。カグラの手から指先が離れそうになったところを、咄嗟に人形が掴んで引き止めてくれたのだが、「カグラは荒々しいな……」とカムイは眉を下げる。もしかして、余所見をしていたから怒った?
 肩と眉を下げて、ついでに嘆息もして、顔を上げればそこに社はない。
「噫、わかっているよ、カグラ」
 カグラに手を引かれ、懐かしい彩を追った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵


蕩けてしまいそうな闇だこと
私は今、何処を歩いているのかしら

闇の中を惑うのは慣れたものかと思っていたけれど
こうしていると、孤独なものね
あら
あの主張の強い光は……蝶?
眩い程の白から
燃ゆるような朱へ色づく――噫、暁の彩
強く眩い光に笑みが零れる
……昔に愛した鬼姫を思い出したから
これをいうとね
神は寛容だけれど、人魚は風船みたいに膨れて拗ねてしまうから言えぬのよ

まぁ、まさかね
ころころ笑みながらついて歩む
あら、出口かしら?
柔らかな桜色
春の香り―私の居場所である館のような―

やっと、と其方へ向かおうとすれば蝶がビシバシ叩くように戯れてくる
この!駄龍!なんて声が聞こえそうなくらいに
な、なによう…!

もう、待って!




 ――蕩けてしまいそうな闇だこと。
 光が失われた世界は、闇に蕩けた果無しの夜。夜こそ明るい遊郭とは大違い。
 迷い彷徨っているのはあの頃とも変わらないけれど、心の裡は歴として違う。それにしても見えないというものは厄介だと、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)はため息を零し、ひとり闇の中を彷徨った。
 何処にいるのか。何処へ向かえばいいのか。眼前に掌を翳しても指さえ見えない闇では解らない。
(闇の中を惑うのは慣れたものかと思っていたけれど、こうしていると、孤独なものね)
 それはきっと、傍らに誰かがいることに慣れたせいだ。側にいるのがいつの間にか当たり前になって、こうしてひとりになるとその存在が浮き立ってしまう。暗闇だから、なおさらそう感じてしまうのだろう。
「あら」
 もう黒は見飽きたと言いたくなってきた頃に、視界の端にひらりと――いや、主張の強い光が入り込む。あれは蝶? 蝶なのよね?
 暗闇に慣れた瞳にその光は眩く映り、瞳を凝らして見れば、その目もあやな白が燃ゆるような朱へ色づく色だと知る。
(――噫、暁の彩)
 その彩に、思い駆られるひとが居た。
 ――昔に愛した鬼姫。強く眩く、櫻宵の胸に残るひと。
 彼女のことを口にすれば、神は寛容だが、愛しい人魚は魚虎になってしまう。言えぬのよねと思う櫻宵の唇は、思い出の彼女と、現在側にいてくれるふたりを思い浮かべ、自然と笑みを形取っていた。
「まぁ、まさかね」
 物寂しさから一転、楽しい気持ちでころころ笑みながら蝶の後について進めば、やわらかな桜色の光が見えてくる。それは迷路や長いトンネルの出口のように穏やかに光り、そこから春の香りが漂ってくる。櫻宵の居場所――帰る場所である館のような、暖かくて優しく、何処か恋しくなるような香りが――。
「やっと出口なのね」
 誘われるように爪先を向ける。
 ああもう、光が恋しい。逸る気持ちで足を動かせば、ひらりと眼前に飛び込む蝶。ぱたぱたどころかビシバシと擬音がつきそうなくらいに櫻宵の顔へと戯れてくる。
 『この! 駄龍!』なんて聞こえそうな羽撃きっぷりに「なによう!」とは思うけれど、それよりももっと、櫻宵には気になる事があった。
「ちょ、ちょっとあなた! 大切な翅でしょう、大事になさいな!」
 髪が女の命ならば、翅は蝶の命でしょう? そんなに打ち付けたら、あなたの綺麗な翅が台無しでしょう?
 櫻宵の言葉が通じたのかどうかは解らないが、客あしらいの上手い遊女みたいに、蝶はひらりと気ままに飛んでいく。
「もう、待って!」
 翻される振り袖のような光の軌跡を、櫻宵は慌てて追いかけた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴島・類
夜目はそこそこに効く方ですが、
今回の闇の色はそう言う問題でもないですね。

来た道も、飲み込まれていくような漆黒
うーん…無駄かもだが、一応攻撃受けたらその方向に斬り返せるよう
取り敢えず第六感を澄ませ、目も凝らし歩き続けよう

何処まで行ったか感覚もおぼろげになった頃
遠くに見えるのは、陽の光がさし大樹の木漏れ日揺れる
何か、とても心地いい、安堵する景色、あれは…?

踏み出そうとして、よぎる
ひらりひらりと一点、あかいゆらめき
おっと、衝突しそうになって…つんのめる

君は?そうか
聞いていた、この夜を舞う幽世蝶君か

何方を信じるも、考えるまでもなく
離れていくその赤を、追わないといけない気がして

手招いているのかい?
待って




 いくら夜目が効こうとも、そこに『光』が無くては何も見えはしない。光があって初めて人の目は何かを見ることが叶うのだ。
 そうとは知っていたものの、実際に漆黒に身を置いて、改めて冴島・類(公孫樹・f13398)はなるほどと得心がいったような顔で頷いた。右も左も、前も後ろも、闇。まるで飲み込まれていっているような、それとも既に飲み込まれた後なのかとすら思えるような漆黒。そんな闇の中を、警戒を怠らず、いつでも『枯れ尾花』を抜けるようにと手を掛けて歩いていく。
 どれだけ歩いたことだろうか。時間感覚も方向感覚もいとも容易く失われる闇の中に、何かやわらかなものがぽうと光のようなものが見えるようになった。闇に慣れてしまっている瞳にその光は優しく、目を細めれば次第に形がはっきりと見えていく。
 遠くに見えるそれは、陽の光がさし大樹の木漏れ日が揺れる温かな景色。心に春風が吹いたような暖かさと心地よさを覚え、安堵する景色だ。
「あれは……?」
 警戒を、していたはずだった。先に話も聞いていた。
 けれど懐かしくて――恋しくて。自然と一歩、心の衝動のままに前へ出ようと足が動こうとした。
 ――ひらりよぎる、あか。
 秋の木漏れ日の下をひらりと舞う紅葉のように、ひらりひらりと一点のあかいゆらめき。やわらかな動きなのにそれは、視界の端からあっという間に眼前へ。
「おっと」
 鼻先を掠めていく蝶に衝突しそうになり、つんのめりながらも回避して。
 ひとここちつくこともなく、すぐに視線はその彩を追った。
「君は?」
 ぽろりと問う声が零れたけれど、答えは既に胸の内にある。事前に聞いていた、この夜を舞う幽世蝶だ。
 ひらりと優雅に舞うあかい蝶は、飛んでいく。穏やかな景色が見える方とは逆の、暗い昏い闇の中へと、ひらりふわり。そちらに甘い蜜の花でもあるかのように。
「待って」
 兵児帯みたいな翅を揺らす様は手招いているように見え、類は迷うこと無く蝶を追いかけ地を蹴った。穏やかな景色も気にはなるが、あの蝶を追いかけないといけない気がする。それに、置いていかれるのは、好きではないから。
 暗闇の中、幼子か猫のように、ひらひら舞うあかい君を追いかける。
 ねえあかい幽世蝶君、君はどこへいくの?

大成功 🔵​🔵​🔵​

戎崎・蒼
宮前・紅(f04970)と
青い蝶が舞っているのをぼんやりと眺める
暗がりの中で頼れるのはどうやらこの蝶だけらしい

近付きたくなるような幻
それは本当の家族が居なかった僕にとって羨みたくなるような、そんな風景
優しい母に、厳しいが実直な父、それと暖かい家
僕にはそのどれもが無かった
母はいないし、父親変わりの人はいたけれど優しさとは程遠い
家なんて以ての外……咎人殺しには必要ない、だなんてその人は言っていたな

羨ましい
けれど惨めだ
そんな気持ちになって、はぐれない様にと掴んだ紅の腕に力を入れてしまう
咎められてはっとなるかもしれないが、紅も声を掛けられる状態なのか分からない

……夢のまにまに生きれればいいのにね


宮前・紅
戎崎・蒼(f04968)と行動

ブローチの色と同じ深紅の蝶
この蝶を追っていけば良いのか
うん、嫌な感じはしない

あ──
俺が見たのはごく普通の家族の日常風景
殴られたり蹴られたり怒鳴られたり、鬱屈した日々を過ごすような俺の日常とは真逆の家族に羨望が向いてしまう
近付きたい、あの中に入りたい、と蒼くんを気にせずふらふら行こうとする

え?………蒼くん?
逸れないように、か

成程、虚しいだけだ
俺も蒼くんも似たようなモノを見たんじゃない?
俺たちは似て非なる者同士だからね

きっと傷付いた顔をしてる
それは双方同じだ

でも、行かなくちゃ
蒼くんを引っ張るように歩みを進めていくよ

あーあ、このまま
熱に浮かされたままだったらいいのに




 顔の前に手を翳しても指先すら見えない闇の中は傍らに居るであろう存在にも気付けなくて、唐突に腕を取られた宮前・紅(三姉妹の人形と罪人・f04970)は大きく肩を震わせた。
(逸れないように、か)
 腕を掴んだ戎崎・蒼(暗愚の戦場兵器・f04968)の意図を汲んで手を繋げば、ひらりと黒ばかりの視界に色が踊る。
 紅のブローチと同じ真紅の蝶と、青い蝶。二頭の蝶は仲良く闇の中を飛んでいく。
「うん、嫌な感じはしない。ついて行こう、蒼くん」
 幽世蝶以外の光が既に失われた世界では、蝶の光だけが頼りだ。ぼんやりと眺めて見送りかけた蒼の手を紅が引き、ふたりはふたつの光を追いかけた。
 蝶を追いかけていた蒼が足を止めた。何か異変があったのだろうかと紅も足を止め、視線を巡らせる、と――。
「あ――」
 蝶の光を視界から外したその先に、『ごく普通の家族の日常風景』が見えた。
 何処かの家の、食卓。家族が揃って食卓を囲み、楽しげに笑顔で会話をしている。威厳がありそうな父親は穏やかに身体を揺らして笑い、優しげな母親は温かな湯気を昇らせた美味しそうな料理を食卓に運びながら微笑み、椅子で足を振りながら子どもが楽しげに話している。子どもがする話を、両親が見守りながら愛おしげに聞いてくれているのだ。
 紅の『日常』とは違う、普通の家族の日常。殴られたり蹴られたり怒鳴られたり、鬱屈した日々なんて過ごさない、真逆の理想的な家族の姿だった。
 蒼もまた、紅と似た景色を見ていた。母もなく、父親変わりの人は『咎人殺しには必要ない』と言われて優しさとは程遠い生活を送ってきたせいだ。
(……羨ましい)
 素直にそう、思う。けれど同時に、そう思った自分がとても惨めに思うい、紅の状態には気付かずに、せめて紅だけは側にいてほしいと繋いだ手に力を篭めた。
「え? ……蒼くん?」
 近づきたい、あの中に入りたいと、ふらりと歩を進めようとしていた紅はハッと夢から醒めたような顔をして振り返る。きっとここに彼の顔があるだろう場所へ視線を送っても蒼の顔は見えはしないけれど、きっと互いに傷付いた顔をしているのだろうと思った。それを見られなくてよかったと思うべきか、見えなくてよかったと思うべきか、わからない。ふたりは似たもの同士なのだ。似た痛みを、寂しさを知っている。それが欲しくてたまらなくても手に入らないことも、知っている。
 少しだけ気まずい視線を闇に彷徨わせれば、寂しい想いを抱くふたりを蝶たちは離れたところで待っていてくれる。はたはたと揺れる光が、こっちだよと告げている。
「蒼くん、行こう」
 それでも此処に留まって居るわけにはいかないから、紅は蒼を引っ張るように闇へと歩を進めた。
 ――あーあ、このまま、熱に浮かされたままだったらいいのに。
 ――……夢のまにまに生きれればいいのにね。
 青と赤、ふたつの光を追いかけた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

霞末・遵
【幽蜻蛉】
暗いのは平気だけど敵が突然飛び出してくるのはちょっとなあ
明るさの足りない白い蝶しか光源もないし
はぐれないでね惟継さん。この暗さじゃ離れたら会えないかも
あっなにあれ面白そうちょっと見てくる

ごめんってもう離れないって
幻だろうと現実だろうと気になるでしょ。気になったら近くで見たいじゃん?
知らない蝶は飛んでるけどおじさんも蝶出せるし……
もっと明るいのもっといっぱい出せるし……
わかったよ大人しくついていくよ

でも見えない敵ってのは厄介だな
幻蝶の群れを適当に飛び回らせて何かに当たったら爆発してもらおう
場所の当たりがついたら惟継さんがなんとかしてくれるでしょ
もし他の猟兵だったら不幸な事故ってことで


鈴久名・惟継
【幽蜻蛉】
夜目が利かんのは困ったものだな
俺の蝶は濃い青か、光はそれよりも少し明るい……なかなかに美しい
この光だけでは厳しいが不意打ちには気を付けねば
はぐれそうならば俺の尾を掴むなり、背に乗るなりして
……言ってる傍からこれだ

今度離れようものなら、体に尾を巻き付かせてしまおうか
近くで見たいのなら構わぬ、観察もするなとは言わぬ
遵殿がはぐれてしまうのだけは勘弁だ、いいな?
うむ、それで宜しい

敵の気配さえ感じ取れれば、やることは一つ
まぁ感じなくとも攻撃を仕掛けられたのなら敵だ
周辺に雷をドンと落としてしまえば良い
天候を操作し、天罰の鳴神にて雷を呼び出す

……仲間かもしれぬが暗闇ということで、どうか一つ御勘弁を




 暗闇に、蝶が舞う。
 ふわふわと舞うのは、白蝶と濃い青蝶。
 翅の色よりも僅かに明るい光を纏いながら、ひらひら優美に舞う蝶は美しい。新月だと思っていた夜に見つけた三日月のように、暗闇の中で輝いて見えた。
 けれども、その光で何かが見える訳ではない。指先に蝶が止まれば、指先がやっと見える程度だ。
 この状態で敵に遭遇したら危険であろうと、ひたひた迫るような闇を肌が感じ取っていた。
「はぐれないでね惟継さん。この暗さじゃ離れたら会えないかも」
「はぐれそうならば俺の尾を掴むなり、背に乗るなりして――」
 なんて言っている隙に「あっなにあれ面白そうちょっと見てくる」と早速何か幻を見つけて霞末・遵(二分と半分・f28427)は離れようとし、反射的に声がした方へと鈴久名・惟継(天ノ雨竜・f27933)が手を伸ばせば、幸運にも首根っこを掴むことが叶い、大事には至らなかった。締まった襟に、ぐえっと蛙が潰れたような声が聞こえたような気もしたが、自業自得だろう。
「今度離れようものなら、体に尾を巻き付かせてしまおうか」
「ごめんってもう離れないって」
 落ちた沈黙に、遵はごめんごめんと繰り返す。触られることが苦手な遵は、身体に尾を巻きつけられるだなんて、可能ならばごめんこうむりたい事だ。
「でもさ幻だろうと現実だろうと気になるでしょ。気になったら近くで見たいじゃん?」
「近くで見たいのなら構わぬ、観察もするなとは言わぬ」
 蝶は遵も出せるから珍しくはない。けれど不思議な何かが見えたらそれが気になってしまうのが遵だ。
 しかし、好奇心は猫をも殺すというではないか。
 惟継は腹に響く声で、注意を重ねた。
「遵殿がはぐれてしまうのだけは勘弁だ、いいな?」
「わかったよ大人しくついていくよ」
「うむ、それで宜しい」
 鷹揚に頷く気配に、遵は暗闇でにっこり笑う。惟継の満足気な声は、耳に楽しい。
 暗闇の中でもふわふわほわほわと柔らかな気配を纏いながら歩をいくらか進めたところで。
「あ、そうだ」
 思いついて立ち止まった遵は『幻蝶』を喚び出し、辺りへ適当に放った。
「何かに当たったら爆発してもらうから、後は惟継さんお願いね」
「ふむ」
 敵の気配を感じ取れても取れなくとも、やることはひとつ。敵を見つけても、やることは変わらない。
 指先を天へと向けた惟継が雲を喚ぶ。その間に響いた小さな破裂音へと意識を集中させれば、
「わっ」
「すまん、外した」
 ドンと落とした雷のひとつが、遵の幻蝶のひとつを貫いた。普段なら稲光とともに落ちる雷だが、既に幽世蝶以外の光が失われた世界。雷の威力も低いのだろう。いつもよりも小さな音が、暗闇の空気を震わせ、焼いた。
 眼前に掌を翳しても指先すら見えない闇の中では、距離感も方向感覚も失われる。けれどいくつも雷を落とせば、いつかは敵を貫くことだろう。
「まあ不幸な事故ってことで」
 喚び出した幻蝶が消えても、遵自身は痛くも痒くもない。数撃ちゃ当たるでしょと、闇の中でも明るく笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セプリオギナ・ユーラス
──暗闇を、恐れることはない
もとより漆黒の身体を持って生まれた身なれば

うす蒼く、透き通った蝶が飛ぶ
(どこかで見た色だ)
「おまえは……」

蝶を追おうとして、しかし見えてくるのは、足元に
ごろごろと、ごみのように転がる

・・・・・・・・・・・・・・・
生死の判別できないひとのからだにみえるもの

(否。否だ。)
これはきっと幻覚だ。事前に聞いた通りの現象
「なら……」
この先に、“敵”がいる
“過去”に囚われたものがいる

囚われたものならば“すくい”、
過去が我が物顔で“今”を徘徊するのならば、“ころさ”なければ。

過去は変えられない、救えない。故に──
「鏖殺だ」
いつも通りに刃物を構える。
ただ淡々とそれらを刈り取るために。




 ひたひたと満たされたような純黒。――闇。
 セプリオギナ・ユーラス(賽は投げられた・f25430)にとってそれは、恐れるものではない。漆黒の身体を持って生まれたセプリオギナからそれは、その他大勢の『ひと』よりも隣人に近いものだ。
 僅かな鑑賞も抱かず白衣を翻し闇を往けば、視界に闇とは違う彩が映り込む。
 ひいらりと花弁が舞うようなやわらかさで飛ぶ、うす蒼く、透き通った蝶。常ならば蝶になど意識を向けもしなかったことだろう。けれど何故だが、視線が引き寄せられた。
(どこかで見た色だ)
 それがどこなのか、思い出せない。
「おまえは……」
 どこかで会ったことがあっただろうか。
 セプリオギナが口を開く間にも、蝶は誘うようにひらりと飛んでいく。次のページへの導き手のような蝶を追いかけようと、爪先を向け――違和を覚えた。
 蝶以外は見えないはずなのに、何かが足元に見えた。
 ごろごろと塵芥のように転がる――〈生死の判別できないひとのからだ〉。
 ぞくり、と。背を何かが駆け上る。近寄りたいもの、求めるもの。背を駆け登る情動を、押し殺す。
(否。否だ)
 これは幻覚だ。幽世蝶の光以外が失われた世界で、その目に映る像はありはしない。
「なら……」
 この先に、敵がいる。過去に囚われた、妖怪だったものがいる。
(囚われたものならば“すくい”、過去が我が物顔で“今”を徘徊するのならば、“ころさ”なければ)
 しかし、過去は変えられない、救えない。
「鏖殺だ」
 それが医者として、殺人者として、セプリオギナがなす事だ。
 いつも通りに刃物を構え、闇に潜むオブリビオンたちを淡々と刈り取った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

天音・亮
指先すら見えない暗闇
太陽の無い世界ですらもう少し明るかったように思う
ぐるり見回せば方向感覚も分からなくなりそうで
下手に身動きすら取れなくて

さてどうしよう…

幽世蝶が飛んでいるって言っていたけど
一体どこに…
なんて考えていると
あたたかな何かが指先に触れたような気がした

見下ろせば
真っ暗闇に灯る秋の陽射しのようなお日様色の蝶がひらり
自分の幽世蝶は出していないから
きっとこの蝶が

きみが私を案内してくれるんだね

どうしてだろう
どこか懐かしくて切なくて羽搏く秋灯りから目が離せない
道の途中で私が幻に気を取られる度
手を引く様に指先をふわり回って、また先へ
知っている気がするなんて
この感覚はなんだろう

(ねえ、きみは──)




 掌を眼前へ翳し、はあと息を吐けば、掌に伝わる熱。そこに確かにある掌は、目を凝らして見詰めようとしても視認できずにいた。太陽の無い世界の方が明るい――そう感じるのは、あの夜と闇のヴェールに覆われた世界にも、隠された太陽が存在し、光が存在するからだろう。けれど此処には、『光そのもの』が存在しない。ただひとつ、幽世蝶を除いて。
 日々当たり前に視界で得ている情報が無いというのは、実に厄介だ。少しでも身体の向きを変えたなら、きっと完璧な元の方角は解らない。暗闇で迷子になってしまったら、同じ場所には戻ってこれないのではなかろうか。
(さて、どうしよう……)
 暗闇で迷子だなんて、洒落にならない。そうならないように、導いてくれる存在の話を聞いている。視界をひらりと舞う光――そう、幽世蝶だ。って、え、待って。今、お日様みたいな光が。
 慌てて左右にきょろきょろと頭を動かして。
 けれど見つからない明かりに、がくりと肩が落ちる。もしかして幻ー? なんて。そう思った時に、あたたかな何かが指先をくすぐった。
 今しがた見つけた、秋の陽射しのようなお日様色。
 幻ではない実体の蝶が、確かにひらりと飛んで、天音・亮(手をのばそう・f26138)の指の付け根に、指輪みたいに留まった。
 亮の蝶とは違う色の、知らない蝶。
「きみが私を案内してくれるんだね」
 よろしくねと囁きながら見つめれば……どうしてだろう。どこか懐かしくて、切なくて。指から羽ばたいて行っても、秋灯りから目が離せない。自然と足は惹かれるように、一歩一歩と前へと進んでいく。
 道中で亮が幻に気を取られる度、蝶がふわりと戻ってくる。
 優しく、懐かしい感覚。
 初めてのはずなのに、知っているようなきもち。
(ねえ、きみは――)
 亮の手を引くように指先をふわり、回って。
 おいでと愛し子に告げるように、蝶は導き暗闇を飛ぶ。
 ひらり、ふわり。

大成功 🔵​🔵​🔵​

緋翠・華乃音
音海・心結(f04636)の手を繋ぐ

※心結のことをお嬢様と呼ぶ。――戯れの主従関係。

暗闇そのものを必要以上に怖がる必要は無いよ。
……本当に恐れるべきは、暗闇に身を潜める者だから。

お嬢様の手は暖かいな。
俺の冷たい手が溶けてしまいそうだ。

在るべき場所へ魂を還すのが蝶の役目。
その有り様はかつての――いや、今の俺と同じ。

それで良いと思っていた。
せめて俺だけでも、失われたものを覚えていられるのなら。
それを彼らの救いだと思っていた。

『ねぇ、蝶が魂を運ぶのなら、その蝶の魂は誰が運んでくれるの?』

それは――。
答えられなかった。

……。

――往こうか、お嬢様。
大切な人に置いていかれるのは、とても辛いことだから。


音海・心結
♢華乃音(f03169)と

真っ暗闇が怖くないといったら嘘になります
それでも、ナイトがいてくれるなら
握った掌は離さずにゆくのです

いつもと同じ低体温の掌が心地よい
こんなに温かい気持ちになるのはなんなのでしょうか?
心の中で問うても、答えは返ってこないのは分かっています

ちなみにちょうちょは好きですよ
ナイトがいつも連れているので

みゆをちょうちょに表すなら、やはり金色でしょうか? 
淡くも眩い色をしたちょうちょ
親近感を覚えちゃいますねっ
近づきたくなるような幻はやはりお友達ですね
ナイトと共通のお友達
でも、ここに友達がいないことは分かっています

終わりがいつか来るように
暗闇から解放される瞬間がきます
ゆきましょう




 眼前に広がる闇に飲み込まれてしまいそうで。
 短く息を飲み込んだ音海・心結(瞳に移るは・f04636)の気配は、握った掌越しに緋翠・華乃音(終奏の蝶・f03169)へと伝わった。
「暗闇そのものを必要以上に怖がる必要は無いよ」
 真に恐れるべきものは違うものだと暗に告げながら握る掌に力を込めれば、同じ力の強さで握り返される。暗闇が怖くないと言えば嘘になる。
「うん、大丈夫です」
 それでも、ナイトが――あなたがいてくれるなら。
 こどものお遊びみたいな、戯れの主従関係。
 けれどそこに紡がれた絆は、『本物』だから。
(お嬢様の手は暖かいな。俺の冷たい手が溶けてしまいそうだ)
 低体温のナイトには、お嬢様の手が温かい。それは同時に、お嬢様にとっては、ナイトの手は冷たいということだ。
 けれど心結は、それを不快だと思ったことなんて一度もない。いつも、心地よいとさえ思う。そうして手を繋ぎ続け、高い体温と低い体温が混ざり合い、同じ温度になったと感じる時も好きだった。
(こんなに温かい気持ちになるのはなんなのでしょうか?)
 返る言葉があるはずの無い胸内の問いが、浮かんでは泡沫のように消えていく。ちらりといつも彼の顔がある位置を見上げても、顔に翳した掌も見えない闇だ。彼がどんな表情をしているのかすら、わからない。
 互いの熱を感じながら、ふたりは暗闇の中を静かに歩いていく。
(みゆをちょうちょに表すなら、やはり金色でしょうか?)
 蝶は、ナイトがいつも連れている。ひらひら舞う蝶と在るナイトの姿も、好きだ。
 思い浮かべた姿に自然と口の端を上げ、そうしてきょろりと視線を動かした先に。
「あ」
 ひらりと舞った淡くも眩い色に、心結の花唇から小さな声がひとつ、ころんと転がり落ちた。
 親近感を覚える色に嬉しさを覚えながら、蝶を追いかけようとつま先を向けようとするが――つん、腕が真っ直ぐに伸びた。引かれた訳ではない。ただ、華乃音が何かを見つけ、足を止めたのだ。
(……ナイト?)
 どうしたのだろう。
 蝶とは反対の方向へと視線を向ければ、そこには心結と華乃音の共通の友達の姿があった。先程までは何もない闇ばかりが広がっていたのに、明るい光の下、共通の友達たちが楽しげに過ごしていた。
(でも、あれは)
 みゆのお友達は、ここにはいません。
 幻が見えているのだ。明るい光も、友達も、全部幻。
 だから、そっと。心結は華乃音の手を引いた。

 ひらり、蝶が飛んだ。
 けれどそれを、華乃音は『良いもの』だとは思わなかった。幻の蝶なのか、本物の蝶なのか。見極めるべく華乃音は暗闇に目を凝らした。
 在るべき場所へ魂を還すのが蝶の役目で、それがかつての――。
(いや、今の俺と同じ)
 それで良いと思っていた。役目を全うして、そうして華乃音だけでも、失われたものを覚えていられるのなら。それを彼等の救いだと、そう思っていた。
 ひらり、ひらり、蝶が舞う。
『ねぇ、蝶が魂を運ぶのなら、その蝶の魂は誰が運んでくれるの?』
(それは――)
 耳が拾った問い。すぐに答えを返そうと、頭の中の引き出しをひっくり返して言葉を探す。息を呑んで瞠目し、答えを探したけれど、見つからない、出てこない。
 答えられなかった。
 答えなんてないのかもしれない。
 何故ならまだ、その解に辿り着けていないのだから。
「……」
 開きかけた唇が震えない内に閉ざせば、つんと手を引かれる感触がして。
 そっと視線を彼女の頭の位置に降ろしても、その表情は見えない。
 見えなくて――見られなくて、よかった。
「みゆのナイト、ゆきましょう」
「――往こうか、お嬢様」
 重く世界を閉ざす暗闇にもいつか終わりが来る。
 明けない夜はないのだとお嬢様がナイトの手を引いて。
 ナイトは大切な人に置いていかれないようにと、その温かな手に静かに従った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

佐々・夕辺
有頂【f22060】と

暗闇が怖くて、相手の手を探した
見付ければすぐにぎゅっと握って、はぐれないように
暖かい? …其れはきっと、貴方の手が冷たいんだわ

ふと、二羽の白い蝶が光を抱いて羽ばたいていくのが見えた
わ、本当に光ってる
でも……あの二羽、羽がボロボロだわ

周囲を見回すと、懐かしい風景を見た
村の子どもとめんこであそんだ、黄昏時の思い出
「かんなぎもおいでよ!」
――駄目よ、駄目
――私はそっちに行けないの
私は隣にいる人が心配で、その幻を振り払う
有頂、何処にも行っちゃ駄目よ

道中の邪魔者は衝撃波で跳ねのけて
蝶を追う
繋いだ手は離さないよう
貴方がいなければ、私も何処にも行けないから
二人で一緒に


日東寺・有頂
夕辺(f00514)と

分厚い闇の中
確かな温度にハッとして握る
なんやお前の指先 温かやなかか
俺より冷めた肌が、沁みるようにあたたかい
脱力した声がぼんやり浮かんで
夕辺に手を引かれて歩き出す
お前を導く光があるなら、共に
これ迄そうしてきたように 暗黒を掻いて進もう

不意に俺の目前 俺の切望した人が現れる
何もかもおぼろげばってん
優しい顔が優しい声で優しい部屋に在った
在って欲しかった 
そう在ってくれたから 俺はあなたを無くしたんだって、思うてたんさ
母さん

知らず呼びかけて、闇からの攻撃手を封じれば
また覚める
夕辺に手ば引かれ 確かな足取りで
行こう この先どんな運命に相対しようと
お前はいつだって、俺と在る光




 暗闇は暗く、重い。
 暗闇は、厭だ。怖い。
 ともすれば飲まれてしまいそうで、佐々・夕辺(凍梅・f00514)は闇の中で繊手を動かして、縋る熱を探した。闇にぼんやりと浮かぶはずの白い肌は視界に入らず、それが一層不安を掻き立てる。
 早く早く。そう願って伸ばした指先が、とんと何かに触れた。
 慌てて夕辺が握りしめたのが先か、日東寺・有頂(手放し・f22060)が触れた熱にハッとして握ったのが先か、どちらが早かったのかは解らない。けれどきっと、両方だ。
「なんやお前の指先 温かやなかか」
「暖かい? ……其れはきっと、貴方の手が冷たいんだわ」
 冷めた肌に熱が移って、やわらかく沁みるような安堵が生まれる。脱力した声に夕辺の気も緩んだことを知り、有頂はそのまま手を引かれて歩み出す。
 夕辺は、有頂の光だ。共に在る、光。夕辺を導く光があるのなら、彼女が導かれるままに共に有頂は歩く。例え有頂が懐かしいと思う蝶に会えたとしても、彼女を導く光と別方向へと行くのなら、迷うこと無く彼女と共に。
「わ、本当に光ってる」
 二頭の美しい白蝶が、ひらりと飛んでいく。
 子どもみたいな嬉しげな声に、有頂は声が聞こえた方へと瞳を和らげながら視線を向け――動きを止めた。
 瞠目する。呼吸が止まる。切望した人が、居る。
 ほんの少し前まで愛しい姿も見えない程の暗闇に居たのに、優しい顔が優しい声で優しい部屋に在った。何もかもおぼろげなのに、優しい幻が見えた。
 ああ、これは。
 幻だ。解っている。
 そう在ってほしかった、有頂の心が生んだ幻だ。
(そう在ってくれたから、俺はあなたを無くしたんだって、思うてたんさ)
 自然と開いた唇が、言葉を落とした。
「――母さん」
 おぼろげなひとが、優しげに微笑んで――。

 白蝶を追おうと一歩踏み出して。けれども傍らの彼が足を止めたから、不思議に思った夕辺は有頂を暗闇に探した。手に触れる熱から、大体この辺りにいつもなら顔が……と視線を向けたそこには、懐かしい風景が広がっていた。
 幼い時を過ごした村の景色。燃える橙が山向に沈み、空を飛ぶ黒い鳥の影。
『かんなぎもおいでよ!』
 村の子が、めんこで遊ぼうよと誘ってくれた。小さな子どもの夕辺だったら、迷わず駆けて行ったことだろう。
 けれど、行けない。私はそっちに行けないの。
 繋いだままの掌には、変わらない熱を感じている。隣には、ちゃんと有頂がいる。彼も何かを見ているのかと思えば途端に心配になって、その目を覆ってしまいたくなった。
 空気が揺れて、耳朶に有頂の声が届いた。
 精霊の囁きを蹴り上げて、幻ごとその向こうで彷徨っているのであろうオブリビオンを跳ね除ける。
「有頂、何処にも行っちゃ駄目よ」
 ぎゅうと強く繋いだ手を握れば、同じだけの力が返ってくる。
「あっ、いけない。有頂、蝶がもうあんなところへ行っているわ」
 追いかけましょう!
 夕辺が力強く有頂の手を引けば、有頂の足取りも確かなものに。
 繋いだ手は、離さない。
 この先どんな運命に相対しようとも、どんな苦難が襲いかかろうとも。
 貴方がいなければ何処にも行けないと夕辺が思うように、有頂もまた同じことを思っている。
 貴方とふたり、同じ気持ちを抱いて。
 闇の中、前へ――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

檪・朱希
♢♡
名もなき蝶【???】は、白い蝶におひさま色の光を纏う幽世蝶。

先にタロットカードを通じて、UC発動。
白い蝶だ……とても、暖かい光だな。
私は初めて見たけど、雪と燿は見えていたんだよね?
『あぁ。害もないし、様子を見ていた』
『何だか、懐かしい感じするんだよな……』
案内してくれるみたいだから、信じてついて行こう。
私に似た女の子……昔の私の幻が助けを求めてくる。
思わず助けたくなるけど……ごめん。私は、先に進まないと。

暗闇では、音が一番頼りになる。音を拾いやすい私の力を利用する。
「聞き耳」を立てて敵の位置を「情報収集」。
わざと攻撃に当たって、雪と燿で敵を誘導。追尾するエネルギー弾を敵に当てて撃破を。




 タロットカードをしっかりと手にして暗闇へと送られた檪・朱希(旋律の歌い手・f23468)は、幽世蝶以外の光が既に無いカクリヨに到着し次第《祈り守りし二つの鎖-雪と燿-(イノリマモリシフタツノクサリ・セツトヨウ)》を発動させ、『雪』と『燿』、頼もしいふたりの霊を喚び出した。
 朱希からふたりの姿は見えないが、ふたりの存在が、声が、この暗闇で聞こえると言うのはとても心強い。
 何も見えない暗闇の中では、音が一番の頼りだ。音を拾いやすい朱希は聞こえすぎる音に悩むことも多い。けれど今はその特性を存分に活かせる機会だ。『光』と言う視界の情報がないため、両耳に手を当てて集中すれば、いつも以上に発揮することができた。
 衣擦れのような微かな音を、研ぎ澄ました聴覚が拾う。
(ひとつ、ふたつ……あっち、それからその奥にも)
 位置を知りながらもわざと敵への攻撃に身を晒して雪と燿で敵を誘導、追尾するエネルギー弾を当てていく。然程強くもないオブリビオンはあっさりと破れ、何かが倒れるような音を朱希の耳は拾った。きっと骸魂に取り込まれた妖怪たちだろう。僅かに胸を撫で下ろし、朱希は周辺の妖怪たちを救っていった。
 周囲の音を確かめて、一息つく。
 周りに脅威は――取り込まれてしまった妖怪は居ないことを確かめると、朱希は移動を始める。そこへ、ひらり。お日様色の光が朱希の視界へと踊り込んできた。
「白い蝶だ……」
 太陽の光が恋しくなるような暖かな光を纏い飛ぶ、白い翅。ひらりと眼前を通り過ぎるのを見つめながら、朱希は傍らのふたりへと声を掛ける。
「雪と燿は見えていたんだよね?」
『あぁ。害もないし、様子を見ていた』
『何だか、懐かしい感じするんだよな……』
「この子、どこにいくのかな」
 ゆっくりとはたはた飛ぶさまは、まるで案内をしてくれるようで。ふたりも悪いものだとは思っていないようだから、朱希は蝶についていこうと爪先を向けた。
 視界の端に別のものが見えて、咄嗟に振り返る。
 どうしたのと声を掛けてくる雪と燿には見えていないのだろうそれは、朱希に似た――いいや、あれは『朱希』だ。幼い日の朱希が、助けを求めている。
(……ごめん。私は、先に進まないと)
 助けたい気持ちを堪え、なんでもないとふたりに告げて踵を返した。
 思いを断ち切るように、蝶だけを見つめて。

大成功 🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子
♢♡

黄金の蝶?
変なの
そんな蝶あるわけないのに
お前は何処に行くの?
ねぇ、

いつも前向きで微笑みが絶えなかったお母さん
いつも元気で大きい声でよく褒めてくれたお父さん
――そうだ、帰らなきゃ
ずっと帰りたかったの
お母さんとお父さんが心配してるから
自分のお家に


目の前でちかちか光る蝶が眩しい…
ちょっとお前、邪魔ですって

蝶の鱗粉で揺らぐ視界
両親の姿は霞み、薄らいだ

あ、そうだ
此処はカクリヨ
私の帰る家じゃない

どなたか知りませんがひと時だけでも
優しい夢を有難う
前を向かなきゃ
歩いて行かなきゃ

ねえお前、エスコートしてくださる?
上機嫌に飛ぶのね
可愛らしいお前
お前の様な姿をどこかで見た事ありますよ
一体何処だったかしら




 暗闇にひらり舞った金色に、琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)は思わず足を止めた。
「黄金の蝶?」
 UDCアースでもアリスラビリンスでも、そんな蝶は見た事が無い。お伽噺でならあるかもしれないけれど、琴子はこうして地に足をつけて現実に居る。在る訳がない存在を不思議に思い、琴子は小さく首を傾げていた。
 そんな琴子の心の内など気にせぬ蝶は、ひらり。優雅に翅を動かして、暗闇を飛んでいく。
 きらきら輝く金の粉は、永遠の少年が連れた妖精の鱗粉のよう。
 ビターチョコレートの世界を彩るようにも思え、琴子は少し楽しい気持ちを胸に蝶を追おうとした。
「お前は何処に行くの?」
 蝶は気ままに、ひいらりふわり。
「ねぇ、」
 視界の端に、何かが見えた。視線を動かす顔の動きはいつもと一緒のはずなのに、何故だかゆっくりと情報が頭に入ってくる。
 家が、見えた。
 私のお家。
 いつも前向きで微笑みが絶えなかったお母さん。
 いつも元気で大きい声でよく褒めてくれたお父さん。
 ふたりが待っていてくれるお家。あの扉を開けたら、お父さんとお母さんが暖かく迎えてくれる。おかえりって言葉をくれて、今日の出来事を聞いてくれたりしながら一緒にご飯を食べるんだ。
(――そうだ、帰らなきゃ)
 ずっと帰りたかったのに、なんでこんな昏い所にいるのだろう。
 ずっと帰ってこない私を、お母さんとお父さんはきっととても心配している。ごめんね、心配掛けて。今、帰るね。
 ちかちか、ちか。
 眼前に蝶が飛んできて、暗闇に慣れた目に眩しい。
「ちょっとお前、邪魔ですって」
 家に帰らないといけないのに。
 蝶の鱗粉で揺らぐ視界の中、優しい幻は霞み、薄らぎ消えていく。ふらりと蝶が琴子の眼前から離れる頃には、ただ闇だけが広がっていた。
 優しい夢を見ていた心地がした。此処はカクリヨ。琴子が帰る家はない。
「ひと時だけでも優しい夢を有難う」
 それは琴子自身が生んだ幻だったけれど、暗闇に閉ざされなければ観ることはかなわなかったものだ。
「ねえお前、エスコートしてくださる?」
 夢から醒めたのなら、前を向いて歩かなくては。けれど何処へ行けばいいのか解らないから、上機嫌に飛ぶ可愛らしい蝶へと声を掛け、その後を追う。
「可愛らしいお前。お前の様な姿をどこかで見た事ありますよ」
 一体何処だったかしら。
 幻想的な蝶が、ひらりふわり。
 少女の足は、前へ前へ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ

冥闇をゆくのには、慣れているよ。
…物理的には限界がありますけどね?

明けぬ無間の夜と闇。
瞳を閉じれば今も在る。
何と思う事も無く来て、往き続ける――筈だった。
ひかりを、知らなかったなら。

そう。
くらやみは、
いずれ還るべきところ。

まぁここの場合?
奇襲も落とし穴も無いのなら、真っ暗なのはもうそういうものだと受け入れて、幽世蝶を探すだけ。
育った場所、馬鹿言い合った仲間。
平穏に満ちた三月限りの子供時代。
信頼、思慕…寄せてくれた人もあったけど。
全て…失くしたもの。

行かないよ。
過去はいつだって置いてきた。
帰りたい現在の為に、僕は迷わず蝶を追う。

真白の蝶。
少し意外…と思うのは変ですかね?
合理的ではあります、が…




 眼前に広がる闇は、吸血鬼共が跋扈する世界よりも尚昏い。冥闇を往くのには慣れているクロト・ラトキエ(TTX・f00472)と言えど、物理的な、人体の限界はどうしようもない。人の目は光が無くては機能しないのだ。
 クロトにとって、くらやみとはいずれ還るべきところだ。明けぬ無間の夜と闇は、瞳を閉じれば今も在る。何と思う事も無く来て、往き続ける――筈だった。ひかりを、知らなかったなら。
 けれど、とクロトは考える。
(まぁここの場合?)
 奇襲も落とし穴も無いのなら、真っ暗なのはもうそういうものだと受け入れて、受けた依頼を果たすのみだ。
「――っと」
 なんて思った瞬間に、がくりと身体が揺れた。
 そう、ただ光が失われただけで異空間でもなんでも無い。幽世の世界だ。つい先刻までは妖怪たちが普通に暮らしていた場所なため段差だってあるし、骸魂に飲み込まれた妖怪たちはオブリビオンとなって彷徨いているため奇襲だってありえる。
 ならばそれこそ、常通りにあればいい。馴染んだ闇の中と同じ行動を取ればいい。
 得手とする鋼糸のように神経を張り巡らせ闇を往けば、闇の中にぼんやりと何かが見えてくる。
 育った場所、馬鹿言い合った仲間。
 平穏に満ちた三月限りの子供時代。
 信頼、絆、思慕……を寄せてくれた人の姿もそこにはあった。
 仲間と呼べる相手だった誰かが、おいでと呼んでくれている。
「行かないよ」
 全て、掌から零れ落ち、失くしたものだ。
 そこへ帰りたいとは思わない。帰りたい場所はもう、別に在る。
 幻との間を分かつように、ひいらりと蝶が飛んでいく。真白の光を放つ、美しい蝶だ。
(少し意外……と思うのは変ですかね?)
 明るい光という点では合理的ではあります、が……。
 クロトは過去を置き去りにして、迷わず蝶を追う。
 ただ光る蝶だけを視界に収め、彼が闇を振り返ることはついぞなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ウィルフレッド・ラグナイト
※普段は丁寧な口調ですが、今回は素の口調で

真っ暗な世界の中で白い幽世蝶を見かける
不思議と懐かしさを感じ、その蝶の後を追う

道中で過去――オブリビオンに殺される前の両親、姉、村の人々の姿を見かけて立ち止まりそうになるが、白い蝶に呼ばれているような気がして、そちらを追う事を優先

蝶を見ながら
「なんだか懐かしい。あの幻すら遠く感じて……傍にいるだけで心が温まるような」
そんな存在を覚えている
「いや、まさか……そんなはずはない、か」

敵が現れた場合には『絶望の福音』を用いて相手がどの姿に変じ、攻撃を仕掛けてくるのかを予測し攻撃
攻撃を避けきれないなら【武器受け】や当たってしまった時には【激痛耐性】で耐える




 何処までも広がる、果て無しの闇。顔の前に翳した指すら見えぬ真っ暗な世界の中に、ひとつの『色』を見つけた。
 それは白。白く淡い光を放つ、白い翅持つ幽世蝶だった。
 驚きよりも何よりも、胸に満ちるのは懐かしさ。何処かで見たのだろうかと考えてみるも、白い幽世蝶と親しくした記憶なぞ無い。ひらひらと舞い散る花弁のようなやわらかな動きで飛ぶ蝶の後を、ウィルフレッド・ラグナイト(希望の西風と共に・f17025)はついていく。
 道中は《絶望の福音》を用い、警戒を怠らない。未来が見えるわけではない――見えたとしてもこの暗闇では何も見えないのだ――が、何となくまるで10秒先の未来を見てきたかのように察して回避が行えるその技は、こういった暗闇では便利だ。ふと察して見えない攻撃を避け、そのついでにいつでも攻撃できるようにと手にしていた剣で攻撃を仕掛けることが叶い、暗闇の中で何かが倒れる気配に骸魂から妖怪が開放された事を知った。
 ――ふう。短く息を吐く。何も見えない暗闇というものは、つい気を張ってしまう。攻撃はいつ来るか解らず、先が見えぬせいでどこまで蝶を終えばよいのかも解らない。
 胸に顔を上げたウィルフレッドの視界に、知っている人たちの姿が映り込む。両親、姉、村の人々――オブリビオンに殺されたはずの彼等が、生前の姿で日常を送っている。
 足が、止まりかける。けれど進まねばならない。この世界を救うために、足を止めてはいられない。父母に、姉。それから村の人々に心のなかで詫び、ウィルフレッドは自身を呼ぶように飛ぶ蝶を追いかけた。
 蝶はふわふわと誘うように暗闇を飛び、ウィルフレッドはその光だけを見つめて進む。
「なんだか懐かしい。あの幻すら遠く感じて……傍にいるだけで心が温まるような」
 そんな存在に、心当たりがある。
(いや、まさか……そんなはずはない、か)
 眼裏に浮かぶ姿をかぶりを振るって振り払い、ウィルフレッドは蝶を追いかけた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロム・エルフェルト
♡♢
幽世蝶の色:蒼

……真っ暗
何も視えない
夜目も、利かない

深淵の闇に独りぼっち
縋るように、腰の辺りを探れば
「憑紅摸」の鍔の冷たい感触

……引きな返しそ 武士の道、ね
刀の重みを拠り所に
狐耳澄まして周囲警戒しつつ進む

ぼさぼさ髪に着流し、腰に差した風車
あの後ろ姿は
ぶっきらぼうだけど、優しい兄弟子
少ないおやつを分け合った思い出が甦る
あに様、あに様
生きていたの?
駆け寄ろうとし
ついと横切る幽世蝶に足が止まる

――嗚呼、そう
お師様の……オブリビオンの放った刺突で
顔を穿たれた彼が生きている道理は無い
振返る彼の貌は洞
ほら、ね

聴こえる
攻撃の微かな風切り音に拍合わせ、UCで迎撃
癖覚えれば、喩え視えずとも
――全ては、手の内




 そうと吐き出した息さえ飲まれてしまいそうな、深淵の闇に独りぼっち。
(……真っ暗、何も視えない)
 光が無ければ、視ることは叶わない。普段は夜目が利こうとも、絶対の闇の前ではひとはみな等しく無力だ。他から切り離され、独りとなる。
 縋るように腰の辺りを探れば、チャ、と響く鉄の音。指先に触れた『憑紅摸』の鍔の冷たい感触に、クロム・エルフェルト(縮地灼閃の剣狐・f09031)はホッと安堵の吐息を零した。
「……引きな返しそ武士の道、ね」
 刀の重みを拠り所に、狐耳をピンと立てて澄まして周囲警戒し、いつでも抜刀出来るように刀に手を掛けて闇を往く。
 闇に在っては方向感覚な無いようなものだし、時間の感覚も怪しい。一体どれだけ歩いたのだろうかと刀の柄を撫でた頃、それは唐突に現れた。
 ぼさぼさ髪に着流し、腰に差した風車。クロムに背を向け、前を往く男性が居た。その後ろ姿を、クロムは知っている。
 ぶっきらぼうだけど、優しいひとだった。少ないおやつをふたりで分け合って、割り切れない時はお前が食べるといいと勧めてくれた――兄弟子。
「――あに様」
 声を掛けるが、男は振り返らない。
 聞こえなかったのだろうか。
「あに様、あに様。生きていたの?」
 先程より少し大きく声を出し駆け寄ろうとすれば、前を往く男が振り返ろうとする動作をした。
 そこを――兄弟子の顔を隠すように、ついと幽世蝶が横切っていく。
 ひらりと飛んだ蝶の蒼さの向こうにあった彼の貌は洞。
 ――嗚呼、そう。あに様は、お師様の……オブリビオンの放った刺突で顔を穿たれたのだった。その彼が生きている道理は無い。
 彼はもう居ないのだ。居るはずがない。そう強く認めれば兄弟子の姿は消え、闇だけが残った。
(――聴こえる)
 その闇の向こうから、攻撃の微かな風切り音。
 ぴくりと跳ねた狐耳が拾った音を頼りに踏み込み、相手の懐に飛び込む頃には憑紅摸は鞘の外。癖覚える必要もなく、然程強くはないオブリビオンは切り伏せられた。
(追わないと……)
 骸魂から開放された妖怪が倒れる音を聞きながら納刀すると、ひらひら揺れる蒼を追いかけ着物を揺らした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【月光】

何も見えない
暗闇は別に怖くない、でも
ゆぇパパ、いる?
どうか手を離さないで

青い花弁を二人の間に漂わせ
近づくものは撃ち落とす

ふわり蝶がやってくる
羽は明るい水色
ポピーの様な温かな橙色の光
ふしぎ
知らないのに
よく知ってる

パパの蝶さんは?
わあ……黒くてキレイなコ
ええ傍に居るわ
二匹の蝶に導かれて歩む

パパの前に
同じ位の女の子
……ルーシーよりずっと明るい、ステキな笑顔
ぎゅうと手を握る

その先に浮かぶ
常の紳士服に
白いドレスグローブ
プレゼント箱を持った……おとうさま!
パパ見て彼方に――

ゆぇパパの声に
近づこうとしていた足が止まる
パパが此処にいるのに
あの方が居る訳がない

蝶がおいでと言っている
……パパ、行きましょう


朧・ユェー
【月光】

真っ暗な闇、深い深いどこか心地よい
えぇ、ここにいますよ
手を握って君に知らせる

嘘喰
嘘か真か嘘ならば喰らい尽くす

ひらり舞う蝶が二匹
一匹は美しい水色と温かい光の子
これはルーシーちゃん導いてる
僕は…真っ黒な蝶。しかし光は淡く白い。
ルーシーちゃん逸れないようにね
導かれて一緒に歩く

黒髪の少女
傍らの子と同い年くらいの屈託のない顔で笑う明るい子

握る小さな手に違う子だとわかる
この子はもう…
ごめんねと首を振る
おとうさま?それはルーシーちゃんの父親だろう
ルーシーちゃん、パパはここだよ
足を止めた、この子も気づいたのだろうか

蝶は再び誘うように舞う
えぇ、行きましょう。ルーシーちゃん。




「ゆぇパパ、いる?」
「えぇ、ここにいますよ」
 何かがルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)の肩に触れた。それは優しく、慣れた心地の安堵する柔らかさを帯びていた。触れた何かはきっとパパの大きな手。ルーシーの大好きなゆぇパパの手だ。肩から腕を伝って手を探って、ほら、パパの手。ルーシーの側にいてくれる優しい手が、包み込んでくれた。
 暗闇は、怖くない。けれどパパと――朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)と離れてしまうのは怖くて、どうか離さないでとルーシーはその手を握りしめる。ユェーもまた、解っていると知らせるように同じ強さで握り返した。
 どこか心地よく感じる真っ暗な闇の中を、ユェーはルーシーとともに往く。ルーシーが周囲に舞わせた釣鐘水仙の花びらの美しさを目にできないことだけを少しだけ残念に思いながら歩めば。
 ひらり、ふわり。どこからか光る不思議な蝶がやってきた。
 光は、ふたつ。
 ひとつは明るい水色の翅に、ポピーのような温かな橙の光。
 ひとつは闇と同じ黒の翅に、包むような淡い白の光。
 ――知らないのに、よく知ってる。
 ルーシーが不思議に思いながら水色の蝶を見上げていれば、綺麗だねとやさしい声が耳をくすぐった。
「パパの蝶さんも、黒くてキレイなコ」
 何故だか自然と、何方が自分を導いてくれる蝶なのかが解る。それが不思議で、けれどそれが『当たり前』なのだと思えた。
 蝶はふたりの気持ちを知ってか知らずか、ひらりふわりと飛んでいく。
「ルーシーちゃん逸れないようにね」
「ええ傍に居るわ」
 ルーシーとユェーはふたつの光に導かれ、共に暗闇を往く。
 闇を往くと、何かが見えてくる。歩みを止めたユェーに合わせてルーシーも歩を止めるが、眼前には闇が広がるばかりで何もない。きっと彼には何かが見えたのだろうと察し、ルーシーはユェーの手をぎゅうと握った。
 ユェーの前には、黒髪の少女が居た。先程まで闇しかなかったところに突然現れた少女は、傍らの子と同い年くらいの屈託のない顔で笑う明るい子だ。その姿に、思わず足を止めてしまった。
 ぎゅうと手が握られる。きっと傍らの少女が案じている。
(この子はもう……)
 理解して、首を振る。傍らの少女でさえ見えない闇に、生者を見るはずがないのだ。――ごめんね。首を振って、別れを告げた。
「パパ見て彼方に――」
 傍らの少女の弾む声。駆け出そうと身体が前へ傾き、ユェーの手が引っ張られる。
「ルーシーちゃん、パパはここだよ」
 その手をぎゅうと握りしめ、決して離さずに静かに告げれば、少女の身体はそれ以上前へは行かない。ピタリと小さな身体は動きを止め、けれど震える掌が少女の動揺を伝えてくる。
(……おとうさま)
 少女の視線の先に居る黒いフロックコートに白いドレスグローブの男性は、依然プレゼント箱を手にルーシーが来るのを待っているかのように佇んでいる。
(ううん。パパが此処にいるのに、あの方が居る訳がない)
 視界の端で揺れる光が、足を止めたふたりを待ってくれている。おいでと行ってくれている。……行かなくちゃ。
「……パパ、行きましょう」
「えぇ、行きましょう。ルーシーちゃん」
 さよならは告げず、ふたりは再び蝶を追いかけた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

オズ・ケストナー

まっくらだ
シュネーの姿も見えない
あるはずの重みもわからなくなって
シュネー
返事が来ないとわかって声をかける

黒い蝶
光は青白く
それでもあたたかく感じて

どこにいくの?
ついていく
ふしぎ
ちょうちょはしゃべっていないのに
おいでって言われてるみたい

きれいなバラの咲く庭
なつかしいわたしたちのおうち
咲き誇るバラの中にたった一輪の、

あおいバラだ
たしか、前はなかった
シュネーとわたしにおくられた花を見つけたら
駆け寄りそうになって

ちょうちょさん
横切るように別方向へ行く光を目で追いかけ
足が止まる

おとうさんのバラと光を交互に見て
そっと帽子のバラへと手を伸ばし確認
――うん
ある、ここにあるよ
だいじょうぶ

まって、ちょうちょさんっ




 ――まっくらだ。
 小さく零した声は闇に飲まれるように消えた。
 右にも左にも道は見えなくて、腕を見下ろしても『シュネー』が見えない。確かめるようにギュッと抱きしめれば確かにその感触はあるけれど、そう思いたいだけで錯覚なのかもしれない。
「シュネー」
 返事がないことを知りながら、いるよね? と声をかける。返事はやはり無い。――もし聞こえていたら、それはそれで幻聴ではあるのだが、吃驚しながらも嬉しくなってしまっていたかも知れない。
 シュネーの声が聞けるチャンスだったかなぁ、なんて。ふふっと小さく笑って、オズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)は闇の中を歩いていく。返事はないけど、きっとシュネーは今日も良い子にいっしょに居てくれる。そう、信じて。
「ちょうちょさん」
 ひいらりと、青白い光を纏った黒蝶が顔のすぐ側を通り過ぎた。
 青白い光なのに不思議と冷たくなくて、それよりももっと暖かい、お日様のひだまりみたいな気配がして、オズは「どこにいくの?」とついていく。おいでって優しく声を掛けてくれる、誰かみたいだったから。
 蝶を追いかけていくと、綺麗な薔薇が見えてきた。薔薇に、一軒のお家。見覚えのあるそれは、懐かしいオズたちのお家だ。お父さんが居て、シュネーが居て、みんなが居る。大好きなお家。
「あおいバラだ」
 咲き誇る薔薇たちの中に、たった一輪だけ違う色があることにオズは気がついた。オズには庭に青い薔薇が咲いていた記憶はない。けれど青い薔薇は、シュネーとオズへお父さんがくれた花だ。
 もっと近くで見たくて、もしお家の中にお父さんがいるならあげたくて、オズは思わず薔薇が見える方へと駆け寄りそうになる。
 しかし。
「ちょうちょさん」
 青白い光を纏う黒蝶はふわふわと別方向へと飛んでいき、オズは迷い、足が止まった。薔薇を見て、蝶を見る。悩んでいる内に蝶は離れていってしまうだろう。
 バラのそばに行きたい。でもちょうちょさんはべつのところへいってしまう。はぐれないようにおいかけなくちゃ。……でも、おとうさんのバラ。
 ――おとうさんのバラ!
 そっと頭上へ手を伸ばせば、帽子と花弁に触れる感触がした。
(――うん。ある、ここにあるよ)
 だいじょうぶ。おとうさんのバラは、ずっとわたしとシュネーのそばにあるよ。
「まって、ちょうちょさんっ」
 子猫のように跳ねて、蝶を追いかける。それでもやはり名残惜しくて、そっと振り返れば――そこにはもう、闇だけが広がっていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ

ヨル
逸れないようにしっかり掴まっていて

真っ暗な闇を游ぐ
暗くて、冷たい水底のような
それでいて懐かしい、僕の故郷の黒曜のような
冷たくてあたたかな黒

今の僕は、白なのか
それとも黒に染まっているのか
わからないけれど怖くはないよ
闇にも紛れぬ黒曜の蝶々達が僕を守り導いていてくれるから

カナン、フララ

何時だって見守っていてくれる二つの蝶々達
穏やかで優しい愛を感じる
暗くて姿はよく見えないけど
黒蝶が纏う仄かな金と翠の灯りを追う

幻を見る
大好きな櫻の君が招いている
美味しいご飯だって沢山ある
あたたかな僕の居場所――
これは幻
僕の櫻はもっと可愛いんもんね!

そのまま、仄かな金と翠の光を追う
ねぇ僕を何処に連れていってくれるの?




 瞳に映るものは黒――その先に見える仄かな金と翠。それだけた。
 残された唯一の彩を纏う二頭の黒蝶が指先に止まってくれねば指先さえも見えぬ、真っ暗な闇をリル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)は游いでいく。
 暗くて、冷たい水底のような。それでいて、懐かしい故郷の黒曜なような。冷たくてあたたかな黒は湖の底よりも昏く、深海魚にでもなった気分だ。
 浮かんだ考えに小さく笑えば、リルの服にしがみついている『ヨル』が「キュ?」と鳴く。
「なんでもないよ。それよりヨル、逸れないようにしっかり掴まっていて」
「キュ!」
 良い子のお返事とともに片翼を上げ、アッと思ったのだろう、慌ててリルの服を掴み直す。リルがチラリと視線を送ってもヨルの姿は見えないが、服や尾にしがみついていてくれればヨルの存在を感じられる。小さな相棒の存在を心強く思いながら、リルは闇を游いでいった。
(今の僕は、白なのか。それとも黒に染まっているのか)
 自身の姿の確認は出来ない。けれど解らないということは、『どちらであってもいい』。黒だと思えば黒だし、白だと思えば白だ。自分にも誰にも見えないのなら、己が思う色が全てだろう。
 愛おしさを篭めて、前を往く蝶を見る。昏くて姿はよく見えないけれど、二頭からは穏やかで優しい愛を感じる。普段からも時折そう思える事があったけれど、ここに来て一層そう感じるのは、暗闇の中で導いてくれる姿が頼もしいからだろうか。
 甘えたくなるような、頼りたくなるような、ずっと側に居たいと、そう――。
(――あ)
 思い描いた形が像を作る前に、もうひとりの姿が思い浮かんで。
 けれどその姿は想像だけに収まらず、闇の中にあった。
 愛しい君が、振り返り微笑んでいる。リル、と名前を唇が刻んで、招いている。身を翻した彼が向かう場所は、きっと食卓だ。『今日もたくさん作っちゃったの』と微笑んで、作りたての温かなご飯を一緒に食べてくれるのだろう。
 君はいつだって、僕にあたたかな居場所をくれるんだ。
『リル、どうしたの?』
 ついてこないリルを振り返り、首を傾げる。さらりと揺れる髪も、困り眉も、リルのよく知ったもの。
 けれど彼は此処には居ないことをリルはよく知っている。
「僕の櫻はもっと可愛いんもんね!」
 ツンと顔を背け、少しだけ速度を落として待っていてくれた仄かな金と翠の光を追う。
 ねぇ、カナン、フララ。僕を何処に連れていってくれるの?

大成功 🔵​🔵​🔵​

エンティ・シェア
何にも、見えないね
暗闇は、慣れっこだけど
何かあったらいけないから、いつでも橘を舞わせられる気構えはしておこうか
気配くらいは気取れるだろう
なにせこちらは、三人がかりなんだから

…白い蝶々
可愛いね。とても綺麗だ
誘ってくれるなら、素直に従うよ
ねぇ、どこに連れて行ってくれるのかな
私はね、白い色は好きなんだ
それに、どうしてだろうね。君の白は、なんだかとても…懐かしい

……あれ
呼ばれている、のかな
私の、可愛いぬいぐるみたち
また、攫われてしまったのかい?
……違うね
君達は、私を手招いたりはしない
君達は、私を求めたりはしない
そうだろう?
――はは、そうだろう、そうだろうとも
ありがとう。心置きなく、懐かしい白を追えるよ




 闇にひいらり、花弁を舞わせる。
 常ならば白く世界を染め上げる橘の花弁は見えなくて、少しだけ残念に思いながらもエンティ・シェア(欠片・f00526)は花の舞を収め、いつでも舞わせられる気構えだけを胸に闇を歩いていく。
 先程は闇に見れなかった白が、ひいらりと誘うように横切った。
 花弁ではない、白い蝶だ。
 誰にも見つけられていないよう雪のような綺麗な白を翅に宿し、小さな身体でひらひらと飛ぶ蝶はとても美しい。
「ねぇ、どこに連れて行ってくれるのかな」
 誘うようにひらりと飛んでいるように思え、蝶と戯れる幼子のようにエンティはついていく。君についていけばどこに行けるのだろう、なんて楽しい考えは闇の中でも尽きてしまうことはない。
 闇の中をひらひらふわりと舞う白を視る。エンティの好きな色だ。けれど、それだけじゃない。その白はなんだかとても懐かしいように思えて、エンティは不思議だねと微笑を浮かべた。
「……あれ」
 蝶を追いかけていると、視界の端に何かが見えた。
 それはよく知っている、エンティの可愛いぬいぐるみたちだ。可愛いうさぎとくまのぬいぐるみが、少し離れた場所で手を振っている。どうやらエンティを呼んでいるようだ。
「また、攫われてしまったのかい?」
 桜にも攫われたよね。君たちちょっとガードが緩いのでは?
 なんて首を傾げたが、同時に違和感を覚えた。
 君達は、私を手招いたりはしない。
 君達は、私を求めたりはしない。
「そうだろう?」
 ひとりでありながら、誰かに問いかけるように闇へと言葉を零せば、
『変な妄想はやめてください』
『想像するだけでも気持ち悪い』
「――はは、そうだろう、そうだろうとも」
 闇に響かず胸の内にだけ返る声に機嫌によく笑って。
 エンティは心置きなく、懐かしい白を追いかけた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花嶌・禰々子
ルーファス(f06629)と

君こそはぐれちゃ駄目よ
彼と手を重ね、続いて聞こえた声に頬を膨らませて

恥ずかしくなんてないわ
何なら腕くらい組んでもいいもの!
声しか聞こえないから腕に掴まる
そうでもしないと闇に連れて行かれそうだから

気を付けるのは君も!
でもルーファスはあたしが守ってあげる
もっと頼りにして良――え?
蝶子ちゃんが飛んでる?

ううん、違う
似ているけれど違う幽世蝶だわ
緋色に光る翅が揺らめく様は炎みたい

おいでって呼ばれている
禰々子、と呼ぶ女の人の声がすごく懐かしい
学校が見えて、ああ、入学式だ。あの日、『私』は――

はっ
いけない、今のあたしはルーファスと居るんだもの
もうちょっとだけ、ぎゅっと掴まらせてね


ルーファス・グレンヴィル
禰々子(f28231)と

ほら、はぐれるなよ
禰々子へと手を差し出した

繋ぐのが恥ずかしいなら
マントの裾でも握るか?
なんて揶揄して口角が上がる
腕から伝わる温もりを
確かめつつ暗闇を進んだ

これだけ暗いと転びそうか
禰々子も気を付けろよ
え? お前が? オレを守るって?
楽しげに笑って視線を移せば
彼女の隣に揺蕩う紅い光が、居た

…──コイツ、は、蝶子とは別か?

禰々子の返答を聞きながら
視線は彼女の先、映る幻覚へ
黒炎の竜の背に乗って戦うオレは
愉しそうで、幸せそうで、足が揺らぐ

強くなる手の力に我に返った
顔も見えない程の暗闇
けれど、禰々子は此処に居る
双眸を細めて安堵したように笑み

ああ、そうしてろよ
ちゃんと前に進もうか




「ほら、はぐれるなよ」
 そう言って差し出された手は、闇に沈んで見えない。
「君こそはぐれちゃ駄目よ」
 全く君は、なんて嘆息を零した花嶌・禰々子(正義の導き手・f28231)はルーファス・グレンヴィル(常夜・f06629)の声がした闇の中へと手を伸ばし、触れた服、それから腕へと手を伝わせて手を取った。
「繋ぐのが恥ずかしいならマントの裾でも握るか?」
 揶揄する言葉が斜め上から降るのを耳にすれば、ぷくりと頬を膨らませる。こんな事がと誂われると、そんな事ないとムキになってしまうお年頃なのだ。
「恥ずかしくなんてないわ。何なら腕くらい組んでもいいもの!」
 そう言ってぎゅうと抱き着けば、腕に伝わる確かな熱にルーファスは口角を上げる。彼の表情を視認できない禰々子はふふんと満足気に笑い――そうしてそっと、知られぬように息を零した。こうしていれば、彼が闇に連れ去られることはない。
「転ばないように気を付けろよ」
「気を付けるのは君も!」
 互いの熱を感じながら闇を往けば、注意とも誂いとも知れぬルーファスの言。それに即座に食って掛かるように返した禰々子は、でもまあとくふりと笑う。
「でもルーファスはあたしが守ってあげる」
「え? お前が? オレを守るって?」
 笑う気配に禰々子の眉が子猫のように跳ねる。純黒に染まる世界でその反応は見えはしないけれど、いつもの癖でルーファスは視線を傍らへと向けた。
 そこへひらり、紅い光が揺蕩って。
「もっと頼りにして良――」
「……──コイツ、は、蝶子とは別か?」
「え? 蝶子ちゃんが飛んでる?」
 禰々子の視界には居ない。どこ? と視線を彷徨わせれば、腕を添わせているルーファスとは反対側に炎のような緋色を見つけた。
「ううん、違う。似ているけれど違う幽世蝶だわ」
「そうか――」
 禰々子の返答に応える声は、闇に掠れ消ゆ。視線は彼女の頭の上を通り過ぎ、闇に――否、見えるはずのない姿へと固定された。
 闇の中、黒炎の竜が飛び立つ。その背にはひとりの男。愉しげに力を振るい、存分に戦う。焦土と化す地の、焦げ臭さと烟る血。
 愉しそうで、幸せそうで――知らず、血が騒いだ。
 あの場所に行きたい。あの場所に在りたい。彼処こそがオレの生きる場所だ。
 足が、揺らぐ。ゆうらり揺らいで夢彼方。夢幻へと、さあ、一歩。

 緋色に光る翅が揺らめく様は、穏やかな炎みたい。
 禰々子のよく知る『蝶子』とは違う知らない蝶なのに、焚き火を見ている時みたいな穏やかな心地となった。
 その蝶が、呼んでいる。そう、感じた。おいでって――。
『おいで、禰々子』
 懐かしい女の人の声がした。おいでって――『私』を呼んでいる。
 唐突に闇の中に桜が舞い、頬を優しく撫でた。
 春の香りに満たされた校門、笑い声、ああ、入学式だ。新しいものと期待に満たされた空気が、胸を温かく満たしていく。
(あの日、『私』は――)
 春へと向かおうとして、触れていた熱を思い出す。
 誰の腕だっけ? そうだ、ルーファスだ。今のあたしはルーファスと居るんだもの。ここはあの、春の日じゃない。
 ほんの少し離れた身体を戻してぎゅっと掴まれば、彼の身体が大きく揺れた。
 禰々子に掴まり直されて我に返ったルーファスは、浮かせかけていた足そのまま下ろす。ここは、戦場じゃない。顔も見えない程の暗闇だが、傍らには禰々子が居る。此処に居ると、彼女の熱が伝えてくれている。
 双眸を細めての笑みも、闇は隠してくれる。誂った手前、安堵している姿を見せるなんて癪だから、丁度よかった。
 そんなふたりの前へ、ふわりと蝶が誘うように戻ってきて。
 ひいらりひらり、闇へといざない飛んでいく。
「追うか」
「そうね、呼んでいるみたいだもの」
 腕を組んだまま、ふたりは緋色の光を追いかけた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『彷徨う白猫『あられ』』

POW   :    ずっといっしょに
【理想の世界に対象を閉じ込める肉球】が命中した対象にルールを宣告し、破ったらダメージを与える。簡単に守れるルールほど威力が高い。
SPD   :    あなたのいのちをちょうだい
対象への質問と共に、【対象の記憶】から【大事な人】を召喚する。満足な答えを得るまで、大事な人は対象を【命を奪い魂を誰かに与えられるようになるま】で攻撃する。
WIZ   :    このいのちをあげる
【死者を生前の姿で蘇生できる魂】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全対象を眠らせる。また、睡眠中の対象は負傷が回復する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠香神乃・饗です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●にぃ
 にぃあ、にゃあ、みぃ。
 ねぇ、ごしゅじんさま。
 どうしたの? おそとへいこうよ。
 ごしゅじんさま、どうしておきないの?
 あさになったらおきるかな。

 ねぇ、おきて。ごしゅじんさま。
 あさだよ、おきて。おきて、ねえ。

 ねえ。
 ……ねえ、どうしておきないの?

 ごしゅじんさまがおきてくれないあさなんて、もうこなくていい。
 ごしゅじんさまはわたしのひかり。
 わたしのひかりはないのに、どうしてせかいにひかりがみちているの?

●にゃあ
 暗闇で、猫が鳴いた。
 主の命を知らぬ内に喰らった化け猫は、主の亡骸の傍で泣き続けていた。主の亡骸が無くなって、その後もずっと主を探している。幾度も朝が来て、その度主を探して、探して、探した。
 いつかまた主に会えると信じて彷徨って。
 そうして化猫――『あられ』は、いつの間にか骸魂に飲み込まれた。

 オブリビオンと化した白猫は主を喰らったように光を喰らい、世界に闇を齎した。
 白猫を導く蝶は無く、闇の中をひとり彷徨う。
(ごしゅじんさまは、きてくれない)
 ひらひらと舞う光る蝶々。あの光も無くなったら、この世界は終わりだ。
 もうすぐ全てが終わるのに、邪魔をする人たちが居る。
(どうしてじゃまをするの?)
 白猫は音もなく、気取られることもなく、闇の中から蝶を追うあなたを見つめていた。そして――。

 ずっといしょにいようよ。
 ずっといっしょにいたいよ。
 おわりのときまで、いっしょにいよう?
 にゃあ、にぃ、にゃーお。

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⚠ MSより ⚠
 元凶となっているオブリビオンからUCを受けている状態での描写となります。
 猫又から骸魂が抜けるまで世界は暗いままです。(SPD以外は風景ご自由に。打ち破ると暗闇です。)
 あらがわず、誰かが元凶を排除するまで浸っていることも可能です。
 幽世蝶は変わらずあなたの傍で、あなたを見守っていることでしょう。

・POW『理想の世界で過ごせる』
 理想の世界に閉じ込められている状態からの描写となります。
 「そこにいる」ことがルールです。

・SPD『記憶にある大事な人に会える』
 闇の中にあなたの大事な人が現れます。
 会えますが、あなたの望む言葉はくれません。

・WIZ『死者に生前の姿で会える』
 死者に生前の姿で会っている状態から始まります。しかし、そこは夢の中です。
 あなたの生身の体は眠りについており、蘇生された死者が膝枕してくれていたり、側にいてくれています。あなたが目覚めると消えてしまいます。
 また、蝶に宿っている魂を抜き取ることは出来ないので、蝶に宿る魂を選択することは出来ません。

●プレイング受付
 再送前提となります。クリスマス年末年始があるため、再送日は新年となります。
 一度流れますので、再送期間にプレイング内容を変更せずに再送してください。その際、ペア参加の方は時間を合わせなくても大丈夫です。失効日だけは合わせておいて下さい。

・受付
 【12/22(火)朝8:31~ 12/25(金)23:59まで】です。

・再送
 【1/4(月)朝8:31~ 1/6(水)23:59まで】です。

(日にちが開いてすみません。受付期間後、タグにも再送期間表示されます。)
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セプリオギナ・ユーラス
男には特別大事な相手というものがいない。
彼にとっては誰のいのちも平等などではなく、彼はそれゆえに目の前の全てのいのちを等しく救おうとする愚者である。

故に、幻の中に見たのはこれまで救えずにきた数多のひとびとであった。すべての救いを求める手、視線、声。どれもが等しく大事なものだった。……だが浴びるのは何故、と問いかける声。責めたてる言葉。

……ああ、だがその中にひとつだけ。光るそれは、別だ。
(……そうだ、おれは、おまえを)
かつて、はじめて誰かを(救おうと〈そのために)ころ〉した。

それを。うす蒼いろの、水晶のからだをしたおまえは、勝手におれを赦した。
あの時のおれにない覚悟がおまえにはあった。今なら──




 闇の中、再び何かが浮かび上がる。
 先程見た幻に似て、異なるものだ。
 それは、これまで救えずにきた数多のひとびとであった。
 特別大事な相手と言うものがいない男にとって、誰のいのちも平等などではなく、セプリオギナはそれゆえに目の前の全てのいのちを等しく救おうとする愚者であった。すべての救いを求める手、視線、声。どれもがセプリオギナにとって等しく大事なものであり、その手を取り救うことこそがセプリオギナの使命であった。
 先程の幻とてそうだ。生きているか判断が出来ないのならば、駆け寄り選別し、救える者を救う。救いたいからこそ、幻を見た。
 しかし、今目の前にあるものは、違う。
『何故……?』
『どうして救ってくれないの』
『苦しい……』
『もう、だめだ……殺してくれ』
『俺を一番に救ってくれ。なあ、頼むよ』
 救えずにきた人々が、苦しみ喘ぐ。彼等はどうあっても救われない。救えはしない。過去の、既に取り零したいのちだからだ。
 けれどその中にひとつだけ――見つけてしまったのだ。
(……そうだ、おれは、おまえを)
『何でそいつを救う!?』
『俺を救え! 俺を助けてくれよ!』
 そうだ。おれは、かつて、はじめて誰かを(救おうと〈そのために)ころ〉した。
(それを、薄蒼色の水晶のからだをした『おまえ』は、勝手におれを赦した)
 医者で、人殺しのセプリオギナは、赦された。
(あの時のおれにない覚悟がおまえにはあった)
 今なら――どうなのだろうか。
 今なら、と胸の内で幾度も繰り返し、セプリオギナはかつて救えなかったいのちたちの叫びを聞いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

旭・まどか


瞼を開いた先
映る世界は静かな森の中

人里から離れ
数少ない“かぞく”だけで形成されるコミュニティー

――嗚呼、“これ”が
お前の愛した場所なんだね

噂に聞いていた
夢の中で薄ぼんやりと観ていた景色が、此処に

『   』

誰かが君を呼ぶ

大きな声で応じ其方へと駆けて行く背中は
僕の知らない小さな頃の君

僕の真横をすり抜け
笑顔でその腕の中に飛び込む姿

嗚呼、そう
僕は“此処”には“居無い”んだ
最初から存在などしていない
元通りのただしいかたち

如何して壊れてしまったの?
一体だれが壊したの?

余計なものなんて要らない
これ以上なんて誰も望んでいなかったのに

極々ありふれたちいさなちいさなしあわせを
如何して護らせてくれなかったの――?




 ぱちりと瞬いたその一瞬で、暗闇から静かな森へと、眸に映っていた世界は姿を変えた。
 視界を僅かにずらせば、何処かと云う疑問はたなどころを返すように払拭される。
(――嗚呼、“これ”がお前の愛した場所なんだね)
 生い茂る豊かな木々に隠されるように、ひそりと人里から離れて。数少ない“かぞく”だけで形成されるコミュニティー。話に聞き、夢の中で薄ぼんやりと観ていた景色が其処にあった。
 視線が自然と彷徨い、無意識の内に“お前”を探す。
 きっとこの、何処かに――。
『   』
 誰かが、君の名を呼んだ。
 応じる大きな声が思っていたよりも近く――傍らから響き、視線を下ろせば――。
 君が、居た。
 同じ視線で探しても居ないわけだ。まどかが知る姿よりも、随分と小さい。
 まどかが視界に入っていないのか、真横をすり抜け、君は駆けていく。
 跳ねるような元気な足取りに、太陽のような眩しい笑顔。
 君の名を呼んだひとの腕に、そこが居場所だと信じきった顔で飛び込んだ。
 苦しいものは知らない。
 悲しいものも知らない。
 穏やかで優しく明るい、陽だまりがそこにあった。
 ただ其処に、まどかは“居無い”。
 意識も笑顔も向けられず、手招かれることなど以ての外。
(嗚呼、そう)
 最初から存在などしていない、元通りのただしいかたちなのだと理解して。
 幸せそうな君を、ただ、見る。
 それなのに。
(如何して壊れてしまったの? 一体だれが壊したの?)
 この幸せがなくなることを知っている。
 余計なものなんて必要なくて、極々ありふれたことを幸せだと思えるいつもの日々。ただそれだけを彼等は望んでいたのに――如何して?
 如何して護らせてくれなかったの――?

大成功 🔵​🔵​🔵​

檪・朱希
WIZ
あの人は……!
私の故郷の村の近く、その研究施設で研究員をしていた人。
私の……お父さん代わりだった人。
もう、死んでいることも分かってるのだけど……それでも、駆け寄りたくなる。
ずっと、謝りたかった。謝る必要は無いのだろうけれど……
ハサミで、あなたが首を斬られて殺された、あの時が離れなかったんだ。
ごめんなさい……お父さん。
『生きるんだ。どうか、幸せに』

最後に聞こえた『音』……涙が溢れる。
ありがとう、お父さん。

目覚めると、案内してくれていたおひさま色の幽世蝶がいて、雪と燿が心配してくれた。
私には、大切な仲間達、大切な思い出がある。悲しくて、苦しいことがあっても。
あなたには、無いのかな?




「あの人は……!」
 先程まで闇の中を彷徨っていたことも忘れ、朱希は驚き口を開いた。
 故郷の村近くの研究施設で研究員をしていた、朱希の父親代わりの人――お父さんがそこに居た。
 駆け寄ろうとする朱希だが、胸の内には冷静な朱希もいた。
 お父さんはもう、死んでいる。ハサミで首を切られて殺された記憶が、いつまでも生々しさを湛えたまま消えない。何度だって思い出し、その都度後悔し、そして謝りたかった。
 謝ったって、死んでしまったお父さんには届かない。
 お父さんは生き返ったりはしない。
 ――解ってる。
「ごめんなさい……お父さん」
 それでも謝りたくて、言葉が零れた。
『生きるんだ。どうか、幸せに』
 最後に聞こえた『音』。
 ああ、そうだ。お父さんは最後に確かに――。

 ひらりと舞う、おひさま色の光が見えた。
「夢……?」
 頬を伝う涙に手を伸ばし、ぼんやりと口にする。
 暗闇に沈んでいる世界に父の姿はない。
 ――けれど、確かにそこに『居た』のだと、そう思った。
 父の声が、『音』が、今も耳の奥にある。
 忘れない、忘れないよ。ありがとう、お父さん。
「心配、掛けちゃったね……」
 心配してくれている雪と燿へ声を掛け、そのまま先程から離れた場所に見える白へと視線を向ける。
 暗闇に、ぽつんと落としたような白、の猫。
「私には、大切な仲間達、大切な思い出がある。あなたには、無いのかな?」
 白猫は、悲しそうな、羨ましそうな顔で、朱希で見つめて。
 尾を翻し、闇へと消えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
アドリブOK
右手に胡、左手に黒鵺の二刀流

暗闇。少しほんのり湿った土のにおいを感じる。
かなり狭く、手探りで棺桶の中だというのを知る。
主と一緒だった時と違って一人きりとはいえ今の身体には少し窮屈。

現状がわかって少し安堵して目を閉じる。
さてどうする?と考える前に。
このまま眠ってしまった方が楽なのかもしれない。ふとそういう考えが浮かんでしまう。
生きる限り受け継いだ信念があり、信念がある限り猟兵として戦う毎日を選んできた。
猟兵以外の生き方がわからなかった、浮かばなかった。
疲れていた。戦う事にじゃない、生きる事に。
なら今だけでも眠ってしまっていいんじゃないか?
少しだけ生きる事を放棄しても許されるだろうか?




 瑞樹はいつの間にか、何処か狭い所に居ることに気がついた。
 闇の中を歩いていたはずなのに、何故か横たわっている。そして、何処か懐かしく感じるにおいがした。
(これは……少しほんのり湿った土のにおいか)
 狭い暗闇、土のにおい、横たわる体。
 そこまで考え、思いあたるものはひとつしかない。主がそうしていた傍らに、かつての瑞樹は居たのだ。けれど思い込んで仕舞うのはいけないと手で探って。そうして確信を強める。
 ――棺桶だ。
 主と一緒に入れられた時は気にはしなかったが、ひとの身を得ていると些か窮屈だ。けれど、息苦しさがあるわけでも、迫る危険があるわけでもない。小さく吐息を零して瑞樹は目を閉じた。
 閉じても開いても、広がるのは闇だ。
(……このまま眠ってしまった方が楽なのかもしれない)
 常ならば「さてどうする?」と考えただろうに、浮かんだ思考はそんなことだった。せっかく棺桶に返ったのだ。思考を止めてはいいのではないか、と。
 生きる限り受け継いだ信念があり、信念がある限り猟兵として戦う毎日を選んできた。猟兵以外の生き方がわからなかった、浮かばなかった。主もなく、主と居た場所でもなく、ひとりぼっちの瑞樹にはそれしかなかったのだから。
 疲れていた。戦う事にじゃない、生きる事に。
(なら今だけでも眠ってしまっていいんじゃないか?)
 物であった時は、生きようなんて思わなくても良かった。余計なことを考えずともそこに『在れ』た。主の傍らで、ずっと眠っているはずだったのだ。
 だから、思ってしまうのだ。
 ――少しだけ、生きる事を放棄しても許されるだろうか?

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴島・類


蝶を追って、追って
まだ光は見えないけど、恐れはない
あかい君は、僕を害さないと解る

そのまま先へと進もうとするのに
闇からするりと現れる、今度は…
白い肌に艶やかな黒髪の、気の強そうな眼差しのひと

一瞬蝶々とそれに向け交互に視線が動く
どうしようもない違和感
傷つけたくなどない姿なのに、その白い腕が伸びてくることが
そんなはずない、ないんだ

爪が届くより前に、背にある相棒を喚ぶ
来い、瓜江
薙ぎ払うために

こんな風に見せられなくても、忘れないよ

君と手を繋ぐことは昔も
ひとがたを持った今の、幻の中ですら
きっと、一度もないだろうけど

もういない影を追い、立ち止まったら
背を叩かれる
そういう人だったってことぐらいは
知ってるんだ




 暗闇を歩く。少し前を往く、ひらりと舞うあかを追って。
 追って追って、追いかけ続けているけれど、まだ蝶以外の光は見えない。
 しかし、恐れはない。眼前を往くあかい蝶が、自身へ害をなさない存在であることが解るからだ。ひらひらと飛ぶあかからは、悪意なんて感じられない。きっと善意しかないのだろう。初めて会うのに、無条件で何故か信じられることが不思議ではあったけれど。
(――でも)
 悪い気はしなかった。
 あかを追う。あかだけを。
 その最中、唐突に。するりと、闇が蠢いた。
 闇の中から、白い肌に艷やかな黒髪の、気の強そうな眼差しのひとが現れた。
 蝶とそのひとへと交互に視線を動かす。蝶を追うべきだと理性が言う。けれどこころが、そのひとを見ようとする。爪先から電流が走ったようだった。体と理性とこころが別々に動いていた。
 どうしようもない違和感を感じながらも、視線が逸らせない。背を向けられない。
(そんなはずない、ないんだ)
 白い腕が伸ばされるのを、やけにゆっくりと目に捉えて。
 ――傷つけたくなどないのに。
「来い、瓜江」
 爪が届くより前に背にある相棒を喚べば、『瓜江』が即座に反応する。
 瓜江の腕が薙ぎ払い、間に瓜江を挟んで距離を取る。
 会いたくなかったと言えば、嘘になる。けれど、逢いたくなかった。
 君はもう居ないひとだ。君と手を繋ぐことは昔も、ひとの身を得た今の、幻の中ですら一度もない。
 白い手を見つめる類の表情を見える者は居ない。
「――瓜江」
 相棒の名を呼ぶ。瓜江が動く。
 もういない影を追ってはいけない。それでも立ち止まったら、きっと背を叩いてくれる。そういう人だったってことぐらいは、知っている。知っているんだ。
 ――こんな風に見せられなくても、忘れないよ。
 白い影を、瓜江が薙ぎ払った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロム・エルフェルト
ん……ここは?
親しげに私の名を呼ぶ懐かしい顔ぶれ
妖狐の、隠れ郷

目に入る情景のみならず
森の匂い、炊事の煙の匂い
五感全てに訴えかけられ
押し隠していた郷愁を呼び覚まされ
思わず泣きそうになり顔を伏せる

優しい顔のお師様に「良く帰った」と迎えられ
手を引かれるまま郷を歩く
懐かしい
耳を澄ませば妖術を織る声
郷の平穏を祈祷する社の祝詞の声
刀を鍛える鎚の音

――鎚の音?

そうだ
妖術至上主義の郷に、刀鍛冶は居なかった
そうだ
あの音は妖狐の郷の音じゃない
刀鍛冶の里
永海の里が奏でる、鐵達の唄声だ

理想の世界に沈みかけた己に活を入れる
燃やせ、憑紅摸
刀に焔纏わせ、「理想(まやかし)の世界」を斬り捨てる
……お師様。最後、頷いてた……な




 温かな、香りがした。
 懐かしい森の木々の香りに、炊事の煙の匂い。思わず鼻がすんと動いて、そうして辺りを見渡せば、そこは――。
「ん……ここは?」
 ぱちりと瞬いたそこは、近くに緑を感じる、妖狐の――隠れ郷。
『おーい』
『クロム、お師様が待っているぞ』
 郷の入り口で、懐かしい顔ぶれが大きく手を振って呼んでいる。森で遊んだ子供等が、高い笑い声を上げながらクロムの横を駆けていく。
 視覚も、聴覚も、臭覚も――五感全部が広がっていくような心地がした。
 胸に広がる、郷愁。稀に思い出してはぐっと抑えてきていたそれが、抑えられない。温かな気持ちが、悲しさが、愛おしさが、広がっていく心地にクロムはぐっと唇を噛んで顔を伏せ、涙をこらえた。
『おーい』
 再度手を振られ、クロムは顔を上げて駆ける。お師様を待たせてはいけない。
 ――それよりも、『逢いたい』という気持ちでいっぱいだった。
「ただいま帰りました」
『良く帰った』
 顔を見上げれば、優しい笑みが帰ってくる。
 おいでと手を引かれて歩けば、耳が拾うのは懐かしい郷の音。
 耳を澄ませば妖術を織る声。
 郷の平穏を祈祷する社の祝詞の声。
 刀を鍛える鎚の音。
(――槌の音?)
 違和感を覚えた。
 そうだ。妖術至上主義の郷に、刀鍛冶は居なかった。
 そうだ。あの音は妖狐の郷の音じゃない。
 ――刀鍛冶の里。
(永海の里が奏でる、鐵達の唄声だ)
 クロムの中で、ふたつの郷里が合わさっていた。
 ずっといれたらいいのにと思うほど、ここが『違う』のだと解ってしまう。
(此処には居られない)
 理想の世界に沈むわけにはいかない。
「燃やせ、『憑紅摸』」
 師匠の手を離し、刀に手を掛ける。鞘から放つと同時に刀身は炎を纏い、『理想(まやかし)の世界』を斬り捨てた。
 炎に割かれ、世界が消えていく。
 最後にクロムの瞳に映った師匠は、優しい顔で頷いていた。
 それで良いのだと云うように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子


肩まで届いた柔らかな金色の髪
お揃いの緑の目
緩やかなシャツとストール
いつも笑顔の、王子様

何時振りでしょう
私、大きくなりました
貴方の様に王子様になれておりますか
ねえ

貴方はただ笑っているだけ
何も応えない

どうして何も言ってくれないの
どうして貴方の傍には、お姫様がいないの?
いつも肩に、一緒にいたお姫様は?
貴方の傍にいたのに
いつも一緒だったじゃない

貴方の肩を通り過ぎた黄金の蝶
ああ
貴女だったの、蝶の中にいたのは

あの人、うっかり者だから迷い込んだのかもしれませんね

お姫様の大好きなもので包んでも貴方は呆然としているだけ
そんなところも貴方らしい

いつか一緒に笑い合える時に
私が向かいますから
待ってて下さい




「貴方は……」
 闇の中に見えたその人の背に、琴子は薄く唇を開いた。その声で気付いたのだろう。その人が振り返る。
 肩まで届く柔らかな金の髪が動きに合わせて揺れ、琴子とお揃いの緑の瞳が琴子へと向けられる。琴子を視認して、そうしてふわり、穏やかに微笑む貴方は――琴子の憧れの王子様だ。
「私、大きくなりました」
 それは、貴方と会えていない年月を示すもの。人としてはまだまだ小さな手足に体だけれど、貴方と会った頃よりもずぅっと伸びた。頭の高さだって、随分と高くなったでしょう?
「貴方の様に王子様になれておりますか」
 王子様は姿だけではなくて、心と行動が伴うものだということを、常の琴子ならば知っている。けれど気が逸り、ただ姿しか見せていないのに、ねえと答えを求めてしまう。
「どうして何も言ってくれないの」
 返らぬ答えに焦れて。
「どうして貴方の傍には、お姫様がいないの? いつも肩に、一緒にいたお姫様は? 貴方の傍にいたのに。いつも一緒だったじゃない」
 責めるような口ぶりになってしまった事に気がついて、唇を閉ざした。
 せっかく会えたのに気まずくて、視線を僅かに逸らそうとしたその時――ふわりと舞う、黄金の蝶。王子様の肩を、まるでいつもの定位置だと示すように通り過ぎて。
 ――ああ、貴女だったの。
「あの人、うっかり者だから迷い込んだのかもしれませんね」
 蝶の中のお姫様に語りかけながら、リボンや布に糸――お姫様の大好きなもので包んでも、王子様は不思議そうに呆然としているだけ。そんなところも貴方らしいとは思うけれど、本当はこれまでの話をして笑い合いたかった。
 本物の貴方じゃないと、全然足りない。
「いつか一緒に笑い合える時に、私が向かいます」
 だから、待っていて下さい。
 琴子は微笑んで、憧れのひとの幻に今一時のさよならを告げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ウィルフレッド・ラグナイト
【WIZ】

目の前にいるのは父に母
暗闇の中で見た幻よりも現実味がある
2人の目に今の僕はどんな風に映っているのだろうか
幼い僕は無力で貴方たちに守られるだけで助けられなかったから

でも、もう一人、大切な人がいないことに気づく

白い蝶が手に触れる
その光に、暖かさに、蝶の正体を確信する
「姉さん……」

エリシア
それが姉の名前
オブリビオンから僕を庇い、腕の中で命を落とした

「……傍にいてくれたんだ」
自然と涙が零れ落ちる
目を覚ますにはそれだけで十分だ

消えていく父と母の姿を見守りながら蝶に手を伸ばす
「あの日、守られて……今も守ってくれたんだね」
それ以上の言葉が出ない
蝶の光、暖かさを感じながら静かに泣くしかできない




 ふと気がつけば、ウィルフレッドの目の前には父と母の姿があった。
 最後に会った、生前のままの姿の、父と母が優しい顔を向けてくれている。先刻暗闇の中で見た幻よりも現実味があった。
『ウィルフレッド』
 優しい顔で、父が呼ぶ。
『大きく……なったわね』
 微笑んだ母の瞳の端に光るものがある。涙だ。
 ふたりが心から喜んでくれていることが解る。幼い僕は無力で、貴方たちに守られるだけで助けられなかったのに、会えたことを、成長した姿を見れたことを、ふたりは喜んでくれていた。
 でも、もうひとり、大切な人が居ない。
 両親は気付いていないのだろうか――ふたりを見て、気が付く。とても穏やかな顔だ。そしてふたりは、僕と――白い蝶を見ていた。
 ふわりと優しく、白い蝶が手に触れる。暖かくて優しい光。ああ、この蝶は。
「姉さん……」
 家族は全員、揃っていたのだ。
 姉さん――エリシア。オブリビオンから僕を庇い、腕の中で命を落とした姉は、さっきからずっと僕を見守ってくれていた。
「……傍にいてくれたんだ」
 愛しくて、悲しくて。嬉しくて、沢山の感情で胸がいっぱいだった。
 頬を伝う熱に瞳を開け、夢を見ていたことに気が付く。
 けれど、夢から醒めても変わらない。父と母が居て、姉さんが居る。
 消えていく父と母に何か言いたかったけれど、言葉にならなくて。ただ眉を寄せる僕をふたりは優しく見つめていた。
「あの日、守られて……今も守ってくれたんだね」
 姉さん。
 それ以上の言葉が出てこない。胸を抑えて顔を伏せれば、嗚咽が零れてしまいそうなほどに唇がわなないて。
 静かに泣くウィルフレッドの頭に蝶が止まって。
 優しく頭を撫でるように、そっと翅を休めていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セシル・エアハート
【WIZ】

暖かい。
何て気持ちの良い天気なんだろう。
陽だまりの庭の側にある大きな木の下。
幼い頃からここはお昼寝をするのに最適な場所だった。

誰かが俺の頭を撫でてくれている。
ああ…この優しい手つき、覚えてる。
執事のフィランダー。
穏やかで誠実で、家族からも他の使用人達からの信頼も篤かった。

どうしたのフィランダー…?
ひょっとしておやつの時間?
わあ、今日は何が出るんだろう?
待ってて 。もう少ししたら起きるから…。

…!!…夢だったのか。
これが現実だったらどんなに喜んだか。
ねえ、フィランダー。
幻でもいいから、貴方に生きて欲しかった。
元凶の猫又をUCで散らした後、静かに涙を流した。




 チチチチチ。小鳥が鳴いた。
 柔らかな風が吹いて木の葉を揺らせば、セシルの藍色の瞳に光が落ちる。葉の隙間からの、眩しい太陽の光だ。
 ――何て気持ちの良い天気なんだろう。
 陽だまりの庭の側にある大きな木の下。幼い頃からここはお昼寝をするのに最適な場所だった。心地の良い風が吹き、太陽の光で暖かい。鳥が子守唄を歌い、木々もサラサラと伴奏を添えてくれる。
 眩しさに開いた瞳が、ウトウトと眠りに誘われるようにまた閉じていく。
 それは、頭に触れる優しい手のせいでもあった。優しい手が、柔らかく頭を撫でてくれる。危険など何処にも無いと、絶対の加護を誓う手だ。
(ああ……フィランダーだ)
 執事のフィランダー。穏やかで誠実で、家族からも他の使用人達からの信頼も篤く、勿論セシルも信を置く自慢の執事だ。
 けれど彼が来ていると言うことは――。
「どうしたのフィランダー……?」
 ひょっとしておやつの時間?
 瞼をこするも瞼が重たくて、うぅんと唸る。
 そんなセシルに、優しい笑みまじりの声が肯定を示してくれる。
 心がピョンと跳ねた。今日のおやつが気になって、起きなくちゃ! とは思うのだけれど……どうにも瞼が重い。
「待ってて、もう少ししたら……」

 突如覚醒し、がばり、と体を起こす。
「……夢だったのか」
 本当に誰かに撫でられていたような感覚があるものの、きっとそう思っているだけなのだろうとセシルはため息を零す。これが現実だったら、どんなに嬉しかっただろう。
 セシルは気付かぬうちに、セシルの背後で執事が一礼して消えていく。
「ねえ、フィランダー。幻でもいいから、貴方に生きて欲しかった」
 武器を薔薇の花嵐へと変えながら、セシルは静かに涙を流していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

霞末・遵
【幽蜻蛉】POW
あれだけ言ってたのに惟継さんがはぐれちゃった
いけないんだあ

にしてもここは
見覚えがあるどころかありすぎるんだけど
昔……ってほど昔じゃないけど住んでた場所にそっくりだ
ちょっとした職人通りでね。ここに来れば何かしら解決するものさ
お隣は電気機械。お向かいは服屋。反対隣りは人体専門
私はからくり屋だよ。木工細工もちょっと齧ってたかな
ジャンルはごちゃっとしてるけど仲は良くてね
ちょうちょ聞いてる?
聞かないか。ちょうちょだもん

たまには帰ってみてもいいかもしれないな
みんな元気にしてるでしょ。殺したって死なないような連中だ
この中で死んだのは私だけさ。なあちょうちょ
さっきから美味しそうだね
食べていい?


鈴久名・惟継
【幽蜻蛉】POW
遵殿が居ないな
全く……尾を掴むなり背に乗れと言ったのに困ったものだな
また何かに興味を持ってしまったのだろうか

しかし……なんだ、此処は
いや覚えがある、随分古い記憶だが……此の世界で生活する前、地球か?

幽世蝶とやらが見せているのか?
いや、それこそ今回の元凶となる猫の仕業か

人と妖怪、竜神が共に生きていた時代
人が妖怪を覚えており俺達を信仰していた頃
人と様々な種族が笑い合う、街の様子

今生きている世界を悪いとは思っていない
猟兵達と繋がりを得てからは特に
それでも、あの頃には勝てぬ

戦いを共にする仲間も居た、力の源である人の信仰もあった
一族は今や俺と甥のみ

何も思わぬ訳ではない
……今は暫し、此処で




 ――遵殿が居ないな。また何かに興味を持ってしまったのだろうか。
 ――惟継さんがはぐれちゃった。いけないんだあ。
 ふと気付けばお互いが居ない事に気が付いた。惟継と遵のふたりは、相手が見えない別の場所で、相手が逸れたと仲良くも同じタイミングで思ったのだった。迷子になった者は自身が迷子だとは思わない。相手が迷子になってしまったのだ。はぐれちゃうなんて、困った人だ!
「全く……尾を掴むなり背に乗れと言ったのに困ったものだな」
 矢張り次に視界に入ったら問答無用でそうすべきだろうか。
 顎に指を掛け、眉間の皺を深くした惟継はふむと頷きそう決めて、改めて周囲を見渡してみた。
 先程まで暗闇にいたはずなのに、気付けば見知らぬ――いや、覚えのある場所に居た。それも、片隅に追いやられたような古い記憶だ。
 幽世蝶が見せているのだろうかと首をかしげるも、蝶がそんな事をできるとは聞いたことがない。ならば、考えられるのはひとつしか無い。
(――猫の仕業か)
 離れ離れになる直前に聞こえた鳴き声を思い出し、得心が言った顔で頷いて、惟継は改めて辺りを見渡した。
 人と妖怪、竜神が共に生きていた時代。
 人が妖怪を覚えており俺達を信仰していた頃。
 人と様々な種族が笑い合う、街の様子。
 何とも懐かしく、佳いと思える風景だ。佳い世界であった。
(矢張り、あの頃には勝てぬ)
 今生きている世界を悪しく思っている訳ではない。特に最近の、猟兵達と繋がりを得てからは特にだ。けれど、それに勝ると思えてしまうのは、思い出の中で美化されてしまうせいだろうか。
 戦いを共にする仲間も居た、力の源である人の信仰もあった。古き佳き時代であった。
(しかし、一族は今や俺と甥のみ)
 時の流れとともに古きは喪われる。
 神の一柱とて、人の信仰が失せれば喪う。それが自然の摂理だ。
 ――解っている。
 けれど今暫くはこのままで。この景色を見ていたいと思った。

 遵もまた、見覚えのある景色に身を置いていた。
 昔――と言ってもそれほど昔ではない昔だが――に住んでいた場所にそっくりだ。
(まあ惟継さんはそのうち見つかるでしょ)
 せっかく懐かしいところに来たのだからと、遵はぶうらり歩き出す。
 ここはちょっとした職人通り。何かしら解決したいものを抱えて人は来る。そうしてちょいと世話になれば、解決してホクホクと帰っていくのだ。
 そんな通りに連ねる遵は、木工細工もちょびっとだけ齧ったからくり屋。右隣は電気機械で、左隣は人体専門。お向かいは服屋とまあジャンルはごちゃまぜだが、ごちゃまぜだからと云うのもあるのかもしれないが、皆仲が良かった。
 遵にとって、とても居心地の良いばしょだったのだ。
「ちょうちょ聞いてる?」
 なんて蝶々におしえてあげたのに、蝶はひらひらと飛ぶばかり。
「聞かないか。ちょうちょだもん」
 聞いていても、答えられないだけなのかも? そもそも蝶々って何語を話すの? あれれと考えて、遵は愉しげにほわほわ笑った。
 懐かしい景色に出会えるのは、なんだか少し楽しい。
 だからかな、たまには帰ってみようかな、なんて気もしてくる。
 あの通りに住んでいる皆はきっと元気にしている。だって殺したって死なないような連中だ。変わらず毎日過ごしていることだろう。
(――死んだのは私だけさ)
 くふっと笑みが落ちた。
 私に会ったら、みんなどんな顔をするのだろう。
「なあちょうちょ。さっきから美味しそうだね。食べていい?」
 赤茶の瞳が悪戯猫のような三日月をかたちどる。
 零された悪辣を、蝶はひらり、躱して飛んでいった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

白雪・美狐
きらきらと金色に輝く髪に瞳。
ピンと立った狐耳にふさふさの尻尾をもつ少女が僕を見ていた。
なぜか確信をもって僕は言葉を口にする。……お母さん?
『いかにも、私はあなたの母にあたる狐。……本来なら覚えてないでしょう。夢の力が私を母だと認識させたのね』
夢?
『そう、ここは夢の中。使命を果たすか、それともここで、この母に甘えていく?それでもいいのよ』
もう、からかわないでよ。僕は、行かなくちゃ。でも夢って覚めろーって思っても覚めないんだよね……。
『大丈夫、あなたには力がある。妖狐たるわたしに由来する力が。』
『「燃えろ、夢まぼろし」』
最後にお母さんの口元が動いた。あえてよかっ、

気づけば暗闇の中で。
……僕もだよ。




「あれ……?」
 ふと気が付けば、美狐は和風の建物の中に居た。
 その建物の中には、美狐ともうひとり。キラキラと金色に輝く美しい髪と瞳を持った少女の姿。その少女はピンと狐耳を立て、ふさふさの尾をはたりと柔らかく動かして、じっと美狐を見つめてきていた。
 誰だろう。そう思ったのは、ほんの僅かな刻。
 すぐに確信を持って、言葉が口からこぼれ落ちた。
「……お母さん?」
 美狐は母を知らない。知らないのに、その人がそうであると、己の血が告げている。何とも不思議な感覚だ。
『いかにも、私はあなたの母にあたる狐。……本来なら覚えてないでしょう。夢の力が私を母だと認識させたのね』
 夢? 美狐はぱちぱちと母とは違う彩の瞳を瞬かせた。
『そう、ここは夢の中。使命を果たすか、それともここで、この母に甘えていく? それでもいいのよ』
 くすりと母が笑い、鈴音を転がす。それもいいなと思わないでもないけれど、美狐にはやらなくてはならないことがある。
「もう、からかわないでよ。僕は、行かなくちゃ。でも夢って覚めろーって思っても覚めないんだよね……」
『大丈夫、あなたには力がある。妖狐たるわたしに由来する力が』
 甘えることよりも使命を選んだ美狐を見つめる母たる少女の瞳は優しい。子の成長を喜んでいるような表情のまま、さあと少女は促した。
 動きが、重なる。
『「燃えろ、夢まぼろし」』
 声が、重なる。
 凛と声が響いて、炎が舞った。
 夢の世界があかに包まれ燃えていく。
(お母さん……)
 最後に瞳に焼き付けようと見れば、微笑んだままの母の唇が口許が動いて――。

 ――会えてよかっ、

 あかが無くなり、闇にひとり。
「……僕もだよ」
 目覚めた暗闇の中、小さく声を零すのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ

己の往くこの道の先に、夜明けは無い。
…解ってたよ。
識ってたろ?
――カイ。
俺を拾い上げ、育て上げ…
自分を殺させた、男。

出遭うのが闇の中ってのは何とも似合いで。
そもアンタ、俺が欲しがりそうな言葉言った事あったっけ?
他人に如何だったかは知らんけど。
それでも。
アンタが『大切な人』とやらだってんなら、何か意味はあるのかもね。

喩えば、
オブリビオンの見せる、
確かに大切“だった“奴を、
もう一度殺させる、とか。

己の道も、
ひかりなんてない。
あさなんてこない。
無間の夜と闇
…だったよ。

鋼糸を振るう。
嘗てより力を得たUCを以て。

おわりのときまで…
おわりのさきまでとのぞむ、
ひかり。
失くしたら…そうだね。
僕も、きっと――




 闇の中を何処まで歩いても、闇ばかり。それはまるで、己の往く末を暗示しているように思え、解っていたよとクロトは闇に心の裡を吐露した。
 己の往くこの道の先に、夜明けは無い。
 そんなこと、もう随分前から識っている。解っている。だからこそ光を求めたのだ。『俺』がそうなることも、きっと『アンタ』は識っていた。
「――カイ」
 そうだろう?
 クロトを拾い、育て上げ――そして、最期は自分を殺させた男。その男が、今、目の前に居た。
「出遭うのが闇の中ってのは……」
 アンタに似合いだと揶揄しても、返事はない。
 そもそもこの男が、クロトが欲しがりそうな言葉を口にした記憶もない。他者にはどうだったかは知らないが、この男はクロトに対してはそうだった。
 殺して、それで関係は絶たれた筈だ。それなのにどうしてこの男が今こうして目の前に現れるのか――クロトの眉間に薄らと皺が刻まれた。
(アンタが『大切な人』とやらだってんなら――)
 いや、『大切』だなどと考えたくもない。しかし、本心は――心の深いところでは、知らずにそう思っているのかも知れない。
 そして、それには意味が。
(喩えば、オブリビオンの見せる、確かに大切“だった“奴を、もう一度殺させる、とか)
 皮肉めいた考えに、唇が歪む。
「――カイ」
 再度、名を口にする。アンタが死んで――アンタを殺して、もう二度と口にする日が来るとは思いもしなかった名だ。
「『僕』の道、もね」
 ひかりなんてない。あさなんてこない。無間の夜と闇……だったよ。そう、思っていたよ。
 告げて、鋼糸を振るう。カイが知る最期の嘗てよりも、一段と磨かれた技巧を以てして。
 おわりのときまで……おわりのさきまでとのぞむ、ひかり。
 光を、識ってしまった。識らなかった『俺』はもう居なくて。
 失くしたら、僕も、きっと――。
 鋼糸に掛けた指をクイと引き、ふたたび、クロトはカイをころしたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

日東寺・有頂
夕辺(f00514)と
SPD

あんたの後ろ 俺は座っとる
そばに寄りとうてね 
ばってん、呼ばれるまでまっとかんと
邪魔したらいかん

あんたはケータイに夢中
メールば打って 思い出したように俺を見て
うーくんは大人しゅうて良か子やねえ
夜んお仕事無え日は死んだようにわろうてる

お母さん頑張らんと そいが口癖で
なんの為に頑張っとんのか、俺が知る事は無かったけど
ファイト!って返したなあ
一緒に拳あげてくれるん嬉しかった

あの日の玄関と同じように
帰ってくる?って聴いた
あんたは微笑んで やっぱり何も言わんかった

頑張ってるかい? 頑張っていて
俺も生きるよ
あの人が、待っていてくれるから
白い蝶に照らされて振り返った
ただいま 夕辺


佐々・夕辺
有頂【f22060】と

「かんなぎちゃん」
「かんなぎ!」

気付けば繋いでいた手は離れ、
村の皆が私を見ていた
その眼差しは優しくて
…どうして? 一人だけ生き延びた私を、憎んでいないの?

「どうして憎むの?」
「あれは運命だったんだよ」
「死した事にも、生きた事にも意味がある」
「かんなぎが生きている事には、意味があるんだよ」

涙が溢れる
私が生きた事に意味があるなら
其れはきっと、貴方たちの存在を忘れない事だ

紹介したい人がいるんだ、と
見回せど其処にはおらず
――有頂は何処?
現実を口にした瞬間、夢は弾け飛んだ

蝶が羽ばたく方へ走る
白い蝶に照らされた有頂を見て、息を呑んだ
恐る恐る手を握る
……おかえりなさい




 カチカチカチ、カチ、カチカチカチ。
 綺麗に整えられた長い爪が、小さな機械に当たる。個人的なものか『仕事用』のものかは知らないが、女は熱心に手の内の携帯端末を弄っていた。
 有頂はそんな女の――母の後ろに座って待っていた。邪魔をしてはいけないから、声は掛けない。呼ばれるまで寄り添って待っていなくてはいけない。
 カチカチ、カチ、カチ。
(――あ)
 音が止まるのを察して、有頂は顔を上げた。
 ちょうど母が振り返り、瞳の中に見上げる有頂が映った。
『うーくんは大人しゅうて良か子やねえ』
 有頂の事を思い出したように見た母は、死んだような、疲れた笑みを浮かべている。夜の仕事が無い日はいつもそうだ。疲れた顔で笑って、『お母さん頑張らんと』が口癖。
(何のために頑張っとんのか、俺が知る事は無かったけど……ファイト! って返したなあ)
「ファイト!」
『ん!』
 有頂が拳を上げれば、母も笑って同じように拳をあげてくれる。それがとても嬉しかった。……頑張らんでもええよ、なんて。あの時はそんな言葉出もしなかった。
 ――母がいる。また、目の前に。
「帰ってくる?」
 あの日の玄関と同じように尋ねた。けれどやっぱり母はただ微笑むだけで何も言わない。『当たり前』も『さよなら』も、なんにも。ただ微笑っていた。
「頑張ってるかい? 頑張っていて」
 母はただ微笑んでいる。ちゃんと届いているのかもわからない。
 けれど。
「俺も生きるよ」
 それだけは伝える。
 だってこの世界には、あの人が待っていてくれるから。

 ――かんなぎちゃん。
 ――かんなぎ!
 懐かしい声が聞こえた。愛おしくて、涙が出そうなくらい懐かしい声。
 どうしたの? そう言いたげに、村の皆が私を見ている。顔に、声に、宿るのは心配の色だ。
 どうしてだろう。どうして、そんなに皆は優しいの?
「……どうして? 一人だけ生き延びた私を、憎んでいないの?」
 憎んでくれていいのに、恨んでくれていいのに。ねえ、どうして。
『どうして憎むの?』
『あれは運命だったんだよ』
『死した事にも、生きた事にも意味がある』
『かんなぎが生きている事には、意味があるんだよ』
 優しい声が幾重にも重なる。
 ――かんなぎは、生きていていいんだよ。
『どうして泣いているの、かんなぎ』
『どこか苦しいの?』
 胸が、苦しい。胸が、いっぱいだ。
 愛しくて、嬉しくて、もう会えないことが悲しい。
(私が生きた事に意味があるなら、其れはきっと、貴方たちの存在を忘れない事だ)
 何でも無いと首を振って、指先で涙を拭う。
「あのね、皆に」
 紹介したい人がいるんだ、と続けるはずだった。
 傍らを見る。あの人が居ない。
 手を見る。繋いでいない。
「――有頂は何処?」
 彼の名を――夕辺が在るべき寄辺の名を口にした途端、夢が弾け飛ぶ。急速に色が失われ、優しい笑顔が遠ざかる。
『かんなぎ、幸せになって』
 目覚めた夕辺の背を、トンと押された。消えていく姿を見たくなくて、振り返らない。ひとりでなんて到底無理だと思った暗闇を、夕辺は駆ける。蝶が往くべき場所を教えてくれている。追いかけて、走って、走って――。
 ――居た。
「有頂!」
 白い蝶が、青年の頭部を少しだけ照らしていた。夕辺の声に振り返ったようだが、表情は見えない。
 けれど、夕辺には解る。彼がどんな表情をしているか。ずっとずっと、見てきていたから。
「ただいま、夕辺」
「……おかえりなさい」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エンティ・シェア
現れるのは、白い髪に白い纏の羅刹の青年
清廉潔白な、しろのきみ
――巫女殿
私の、可愛い半身

巫女殿、ごめんよ
私はもう、君の代わりにはなれない
君の真似は、もうできない
だって、ほら。姿が変わってしまった
似ても似つかない姿じゃ、真似たって意味がない
何より、私は生まれ変わったんだ。名前も貰ったよ
どうか許しておくれ
私は、もっと生きたくなってしまったんだ
君にも、誰にも、この命をあげることはできない

攻撃をしてくれてもいいよ
ちゃんと避ける。避けるだけだけど
私から君に、手出しなんて出来ない
けれどもし、君が本気で私を追い詰めるなら
会わせてあげる。本物に
あの子は、優しいんだ
誰かの命を奪うなんて、出来やしないんだよ、紛い物




 闇に揺らめく目もあやな白は、いっそ鮮やかなほどに清廉さを湛えていた。
「――巫女殿」
 エンティの口から思わず零れた呼称は、眼前の白へと宛てたもの。
 白い髪に、白い纏。白に映える黒曜の角を持つ羅刹――『私』の、可愛い半身。
 巫女殿――羅刹の青年は、何かを口にすること無く、ただジッとエンティを見つめている。その懐かしいとも思える姿を呆けたように見つめていたエンティだったが、そっと息を吸えば、ごめんよと謝罪の言葉が紡がれた。
 もう、君の代わりにはなれない。
 君の真似は、もうできない。
「だって、ほら」
 衣を揺らし、腕を広げるようにして、君とはこんなにも違うのだと姿を見せる。白も宿さず、黒も宿さず、青年とは似ても似つかない姿でただ真似をしては、それこそ道化じみている。
 何より以前と異なるのは、心の有り様だろう。
「名前を、貰ったよ」
 生まれ変わったのだと、新しい名も得たのだと、それが自分にとってとても喜ばしいことだったのだと、エンティは青年へ告げる。これは青年への裏切りなのだろうかと、心の隅が軋むような気もする。どうか許しておくれと口にしながらも、エンティは真っ直ぐに青年を見据えた。
「私は、もっと生きたくなってしまったんだ」
 誰にもこの命をあげたくないと思えるほどに、自分自身の生を、新しい名の生を、生きたくなった。
 ――だから、ごめんね。
 月のように緩く微笑んだエンティに、青年が手を伸ばす。
(ああ、やっぱり違う。紛い物だ)
 知っていた。けれど、もしかしてが、そうだといいなが、拭いきれずにいた。
「あの子は、優しいんだ」
 伸ばされる手を避けて、愛おしげに目を細める。
「誰かの命を奪うなんて、出来やしないんだよ、紛い物」
 例え裏切られたとして、怒りに満たされたとして、青年は絶対にそうしない。そしてエンティもまた、青年を害することなど出来やしない。
 青年の姿が消えるまで、闇の中ふたり、決して触れないダンスを。

大成功 🔵​🔵​🔵​

汪・皓湛


気付けば闇の中で見聞きした邸宅の中
邸宅と緑豊かな庭は在りし日の侭
向かいに座る梁夫人も、あの頃の

『阿辰、どうかして?』

皆の声が心地良いと思ったのです

母上、と茶器を手に笑いかければ夫人も笑む
彼女にとって私は死より戻った愛息子
仙術が使えず記憶も無いのは死を経た為
真実を知るのは御子息のふりをと頼んできた梁家の方々と
宿敵から身を隠せるからと了承した私だけ

故に夫人は似た顔の私を御子息だと信じて
壊れかけた心と梁家を立て直して
そして
もう失うまいと自らの命を使って呪いから私を守り
灼かれながらも笑って、死んだ

夢の中だとしても夫人の笑顔を曇らせたくはない
けれど
行かなくては

ひとりにしないと誓い合った友が居るのです




 緑の気配を含んだ柔らか風が頬を撫で、髪を揺らした。さらさらと囁くように木の葉が鳴って、それよりも遠くに勇ましい鍛錬の声が幽かに聴こえてくる。視界に映る緑も、音も、眼の前の人物も、どれも懐かしさに溢れていた。
『阿辰、どうかして?』
 緑溢るる庭で陶磁器の卓に着き、ぼんやりと向かいに座る自身を眺めていた皓湛へ、梁夫人が気遣わしげに声を掛けた。――阿辰。その名は、梁夫人の亡くした愛息子のものだ。愛した命が喪われた事に耐えきれぬ心が、似た顔の皓湛を息子と誤認させている。仙術が使えなくとも、記憶が無くとも、死路へ一歩踏み入れた所為だと夫人は疑念を抱かずに、愛しい息子と過ごす日々を慈しみながら梁家を立て直していた。真実を知るのは、阿辰の振りをしてほしいと頼んできた梁家の者たちと、宿敵から身を隠せるからと了承した皓湛だけ。
 その声に眸を伏せ、再度梁夫人を視界に収めると、皓湛は何事もなかったかのように薄く微笑んで口を開く。
「皆の声が心地良いと思ったのです」
 母上、と茶器を手に笑いかければ、そうねと同意を示して夫人も笑む。
 愛らしく小鳥が歌い、木の葉を風が揺らす、穏やかな風景。
 けれどこの風景は、既に喪われたものだ。
(これは――)
 夢だ。そう、解っている。
 優しくしてくれた彼女は、もう二度と息子を失うまいと自らの命を使って呪いから皓湛を守り、灼かれながら死んだ。最後まで笑みを絶やさず、皓湛を――阿辰を想って。
 いつまでも浸っていたいと思える夢だ。この時が続いていたのなら、どれほど良かったことだろう。彼女の笑みを曇らせたくはない……が、ここに居続ける訳にはいかないことを皓湛はよく理解していた。
「母上、私はそろそろ御暇します」
『あら、もう?』
 茶器を置いて頭を下げ、席を立った皓湛に、何か予定がありましたかと梁夫人が首を傾げる。
「ひとりにしないと誓い合った友が居るのです」
 だから行かなくてはと告げれば、梁夫人はそうと口にして茶器を置いて。
『気をつけていってらして』
 子を見送る、母の笑みを浮かべていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ


あ、猫
可愛いな
けれど寂しそうだ

夢だ
すぐにわかった

桜の香りがする
噫―懐かしい
私ではない私の記憶の中の光景

―お前も眠るんだな
当たり前の事を面白そうに口にする桜龍神
『私』の大切な親友の姿
膝枕をしてくれている?!
驚いて…頬が熱くなって
余りの恐れ多さに身を起こそうとすれば、やんわり押し戻される
―たまにはいいだろう
…なんて、私の気もしらないで

暖かい、春の体温を感じる
傍にある、愛しさと幸福を――

つめたい、かたい
桜が吹雪いて夢からさめる

私の覗き込む人形の姿
カグラ、
傍の人形に手を伸ばす
膝枕をしてくれていた?

夢を見たよカグラ――イザナ
久しぶりに君の夢を見た

呆れている?

わかっているよ
私は、カムイだ
私は私の路をいく




 ――にぁん。
 猫の鳴き声が聞こえたような気がして、足を止めて暗闇を見た。広がるのは闇ばかりで、猫の姿はどこにも見当たらない。しかしながら、確かにこの闇の中のどこかに猫はいるのだろう。再度なぁんと響いた鳴き声に、カムイは寂しそうだと優しげな顔に愁眉を寄せた。
 トコトコ遠くから歩いてくる猫の足音が聞こえて、白いクリームパンのような足がほんの少しだけ見えて。
(あ、可愛い)
 そうして――桜が、舞った。
 柔らかな風が吹き、優しい桜の香りを運んでくる。朱色の髪を抑えたカムイは懐かしさを胸に、その景色を穏やかな瞳のまま、ただ見つめる。
 これは夢だ、と。すぐに解る懐かしい風景は、カムイではない神の記憶の光景。
『お前も眠るんだな』
 当たり前の事を、『私』の親友たる桜龍神が面白そうに口にする。
 いつの間にか視界が反転し、寝かされ――膝枕をしてくれている?!
 驚きに頬を朱に染めながら、余りの恐れ多さに跳ねんばかりに身を起こそうとすれば、鎖骨に柔らかに手が触れ、やんわりと押し戻される。
『たまにはいいだろう』
 でもと言い募ろうとするカムイの瞼の上に、熱が乗る。
 君の手だ。
 暖かな春を思い起こさせる優しい体温が、眠りの続きを促してくる。愛しくて、幸福で――噫、目が覚めても君が傍に居てくれたら、どんなに幸せだろうか。
 春の温度に、とろり蕩けて。
 桜吹雪がザアと君の鼓動を攫っていく。
 春の気配が遠のいて、冷たさと硬さに目を開けば、光が戻り始めたのだろう彼誰時に影が落ちた。
「夢を見たよカグラ――イザナ。久しぶりに君の夢を見た」
 顔にかかる影は、きっとカグラのものだ。膝枕をして覗き込んでいるであろう人形へと手を伸ばす。
「わかっているよ。私は、カムイだ」
 自分の路を歩むことを、君が望んでいることも知っている。
 人形の頬を撫で、淡く微笑んで。
「噫、でも……もう少しこのままでいてもいいかな。折角の君の膝枕だ」
 なんて堪能しようとしたら、人形は無情にも立ち上がり、カムイは彼の膝から転げ落ちた。
 ひどいよ、カグラ! ぶすくれながらも口にすれば、明けゆく世界に人形の手が差し伸べられ、その手に手を重ねて立ち上がる。
 己の路を、往くために。

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
ーーーー…
呟いたあの子の名前
藍の瞳と銀髪に一筋の紅を持つ銀狼の子
ただ、少し違うのは
私の最期の記憶にある姿ではなく
少し年月を経た、大人の姿であること


ねぇ、貴女は…

…幸せに、なれたのよね?


狡い問いかけだと思う
答えは無いと分かっていて聞くのだから

それでも

それが貴女に一番聞きたいこと
そうであって欲しいと願ってきたこと

貴女を残し、崩れ落ちて逝った私に囚われず
貴女は貴女の命を生きて欲しい
願わくば、幸せであって欲しい…と


私ね
今生(ここ)でも素敵な人達に出会えたの
貴女と同じくらい、失いたくないと想えた大切な大切な人達

まだ、怖いけれど…ほんの少しだけ力を貸して?
少しだけ、前を向いてゆくために
彼らの傍にゆくために




 闇の中、懐かしい姿が浮かびあがった。
 藍の瞳に銀の髪。銀に一筋の紅が鮮やかな、銀狼の子だ。
 千織の、最期の記憶にある姿のまま、じっとこちらを見上げていた。
「    」
 思わず呟いたあの子の名。
 少女は千織を見上げたまま、なぁにと言いたげに首を傾げる。その仕草がまた記憶のままで、千織の胸に熱いものがこみあげてくる。
「ねぇ、貴女は……」
 口に仕掛けて、唇を一度閉ざした。
 聞きたくて堪らなかった問いを、今、口にしようとしている。答えは無いと解っていて尋ねる、狡い問い掛け。
 唇が、震える。
 狡い問い掛けだと解っていて、それでも聞きたかった。教えてほしかった。そうであって欲しいと願ってきていたことだから。
「……幸せに、なれたのよね?」
 貴女を残し、崩れ落ちて逝った私に囚われず、貴女は貴女の命を生きて欲しい。願わくば、幸せであって欲しい。
 ずっとずっと、願っていた。
 ずっとずっと、貴女の事を想っていた。
 想いを口にして、視界が滲む。指先で溢れたばかりの熱い雫を払いながら、答えを返さない少女へと千織は柔らかに微笑んだ。
 他にも、伝えたいことがあるから。
「私ね、今生(ここ)でも素敵な人達に出会えたの」
 それは、眼前の少女と同じくらい、失いたくないと想えた大切な大切な人達。
 瞳を閉じれば、彼等が向けてくれる笑みが浮かぶ。
「まだ、怖いけれど……ほんの少しだけ力を貸して?」
 少しだけ、前を向いてゆくために。
 優しい彼等の傍に、ゆくために。

大成功 🔵​🔵​🔵​

天音・亮
♢SPD

暗闇の中から次第にはっきりしてくる輪郭は兄その人で
(…ああ、やっぱり)

ここでも声は、聴けないんだね
記憶にはちゃんと残ってるとは言っても
やっぱりきみの口から紡がれる音が聴きたいよ
ねえお兄ちゃん
私を恨んでる?それとも怒ってる?
どうして許してくれたの
なんで今でも笑いかけてくれるの

お兄ちゃんがそんな事言わないのは
よく分かってるつもりなのに…
やっぱりたまに怖くなっちゃうよ
ねえ、私は本当に…お兄ちゃんのヒーローになれるのかな

答えないきみの微笑みに返した笑顔
震える唇をきゅっと噤んで
ちゃんと、咲(わら)うよ

少しだけ零れた弱音はこの暗闇に置いていくね
待ってて
ちゃんと、──ヒーローになってみせるから




(あれは……)
 暗闇に、何かが見えた。
 目を凝らして見つめれば、次第にはっきりとしてくる輪郭は、亮のよく知る人だった。優しげな眼差しを亮に向け、親しげに微笑みかけてくれている――、
「……お兄ちゃん」
 やっぱり、と。そう、思った。
 闇の中に見えるのだろうと、そう思ってはいた。心構えは、出来ているようで、出来ていない。見えるかなと思っていたはずなのに、実際に見えると色々と吹き飛んでしまった。
 お兄ちゃんは何も言ってくれない。私の声、聞こえているはずなのに。ただ微笑んでいるだけで、私の名前を呼んでくれさえしない。
「……ねえお兄ちゃん。私を恨んでる? それとも怒ってる?」
 どうして何も言ってくれないの。
 どうして責めてくれないの。
 ……どうして許してくれたの。
 ねえ、お兄ちゃん。なんで今でも笑いかけてくれるの。
 どうしてとなんでで胸がいっぱいで、苦しいよ。
 教えてよ、お兄ちゃん。
(ここでも声は、聴けないんだね)
 兄そんな事言わないのはよく解っているつもりなのに、それでもたまに怖くなる。本当は、本当は。許してくれていないんじゃないかとか、悪い方に色々と考えてしまう。記憶に残っているはずの声も、少しずつ掠れて兄の言葉を捏造する。悪夢を見れば、それが真実なのかと思い悩む。
 だからね、きみの口から紡がれる音が聴きたいよ。
「ねえ、私は本当に……お兄ちゃんのヒーローになれるのかな」
 答えは、やっぱりない。
 優しげな微笑みに、笑みを返す。震える唇をきゅっと噤んで、ちゃんと咲うよ。だって私は、お兄ちゃんのヒーローになるのだから。
 少しだけ零れた弱音は、暗闇に置いて。
「待ってて、お兄ちゃん。ちゃんと、──ヒーローになってみせるから」
 亮は振り返らず、暗闇を駆けていく。
 いつもの跳ねるような足取りを意識して。
 兄のヒーローになるために。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ


ね、猫の声がする…

黒に飲まれてしまいそうな闇が明ける
―阿鼻叫喚の喝采を!
嗚呼
ここはいつかのグランギニョール
僕の大事な人が前にたつ
……とうさん?

瞬きは一瞬
黒のヴェールが揺れて、エメラルドの瞳が僕をとらえる
《エスメラルダ》―かあさん
舞台に居ないはずの黒い人魚

かあさん!かあさんは、僕のせいでしんでしまったの?
僕を庇ったから。殺されて……

かあさんは言葉を話せない
ただ、微笑んでいる

あいつがかあさんを殺したんだ
僕は許さない
僕が仇を―

かあさんは哀しそうに微笑むだけ
是とも否とも言わない

わかったよ
見つけるよ
僕の本当に、選ぶべき路を

光を歌い、闇を撃つ
然れどひろがるのは、深い闇の海
傍らの蝶に笑む
暗くたって
迷わない




 ――……なぁ、にぃ……なぁん。
 どこからか響いた鳴き声にリルは大きくビクッと震え、ピルルと耳鰭を動かした。暗闇から襲われたら、大きな尾鰭は格好の的だろう。慌ててぎゅうっと尾鰭を抱え込んだその時。
 ―――阿鼻叫喚の喝采を!
 闇の中から声が響いた。正しくはリルの幻聴なのだが、ここはいつかのグランギニョールだとリルに思い込ませた。
「……とうさん?」
 暗闇の中に現れる、黒い影。
 グランギニョールに黒い人と考えれば、思い浮かぶのは父の姿だ。
 けれど。
「――かあ、さん」
 一瞬の瞬きのうちに影は黒インクのようにゆうらり揺らめいて――それがヴェールの揺らめきだと識った時、まっすぐと向けられるエメラルドの瞳と出会った。
 舞台に居ないはずの黒い人魚――《エスメラルダ》。僕の、かあさん。
 かあさんだ、かあさんがいる。
 それだけで、気が逸る。
 聞きたいことはたくさんある。言いたいことも沢山ある。触れたいとも望む。触れて欲しいとも願う。
「かあさん! かあさんは、僕のせいでしんでしまったの?」
 そうして、許して欲しいとも、希う。
 かあさんが殺されてしまったのは、稚魚の僕をかばったせい、だから。
 かあさんは何も言わず、微笑んでいる。暗闇の中に溶け込むようにヴェールを揺らめかせながら、ただ優しげに僕を見ている。
「あいつが! あいつがかあさんを殺したんだよね!?」
 眉が下げられる。是とも否とも言わないけれど、きっとそうなんだ。
「僕はあいつを許さない。僕が必ず仇を――」

 ――るるりるらら、ららりるらら……。

 黒い人魚が唇を開いた。子守唄のようにも聴こえる歌をリルの心を鎮めるように謳うけれど、この姿はUCによるまやかしで、命を奪うために紡がれるものだ。
 しかし、記憶の母はそれ以上の意味を歌に篭めてくれている。
(――わかったよ、かあさん)
 諭されている、と思った。
 だから、謳う。母の声に合わせ、光あれと高らかに。
 ふたりの声が重なったその時――母の姿は消えていた。
「僕の本当に選ぶべき路を、見付けるね」
 だから見ていて。暗くたって迷わないから。
 傍らの蝶に笑みを向け、リルは闇の海を游いでいく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
♢

あなたの導きの果て
そこには如何なる景色が待つのかしら
あかい耀きを溢す蝶を追うて往きましょう

塗り潰す闇に溶け込んだ白猫
嗚呼、あいらしいこと
あなたは迷子なのかしら

その鳴き声は哀愁を呼び覚ますかのよう
ほんの一瞬、息をやめてしまう

揺らぐ白色のサクラを憶えている
わたしはどんな貌をしているのかしら
ねえ、かあさま

ええ。理解っているわ
眼前の姿がまやかしであると云うこと
ほんとうのあなたは、この世界にはいない
今は、……会いには往けないけれど
何時の日にか。屹度、

まぼろしには、さようならを
彷徨う白猫のあなた
この場所で、あなたと共には居られない

あなたを待つひとが居るのではないかしら?

かえりましょう
わたしも、あなたも




 とざして、ひらいて。
 あかい耀きを溢す眞白がひらり。
 このあかの導きの果てに、如何なる景色が待つのかしらと、七結は蝶の跡を追いかける。足取りは、軽く。花に翅を休める蝶のよう。
『――みぃ』
 羽織った着物をひらりと蝶のように翻して進む最中、か細い鳴き声に振り返る。
 そこにはただ闇が広がるばかりで、何も見えはしない。――けれど、居るのだろう。あいらしいその声を、確かに七結は耳にしたのだから。
「迷子なのかしら」
『にぁん……』
 響く声は、悲しげに。
 もしその猫が、七結が親しくしている猫たちだったらと、あの子たちが迷子になってしまっているのではと、思えてしまうような声。帰りたい場所に帰れず、逢いたい人に逢えない時、こういう鳴き方をするのではないか、と。胸をひたひたと浸すかのような哀愁に、ほんの一瞬だけ、七結は息を止めた。
 ほんの、一瞬。その先に。
 瞬いた瞳の先に、懐かしい人が現れた。
 紫の瞳は縫い留められ、脳裏に揺らぐ白のサクラが咲いた。吹雪のように花弁が散って、吹き荒れて。サクラに攫われ、ひとまたたき。時を、忘れた。
(わたしはどんな貌をしているのかしら)
 ――ねえ、かあさま。
 まやかしであると云うことは解っている。本当のその人は、この世界には居ないのだから。
(――さようなら、かあさま)
 今はまだ会いに往けなくて。
 けれど、何時の日にか。屹度……。
 眸を閉ざせば、眼裏に白いサクラが吹雪いた。
『……みぃ』
 猫の、か細い声がする。彷徨い疲れた声だ。
「ねえ、あなた。あなたを待つひとが居るのではないかしら?」
 母の幻が消えた闇へと声を掛ければ、また『みぃ』と短く返る。
 否定とも肯定とも取れる鳴き声に、七結はかえりましょうと声を掛けた。
 此処は、わたしたちの居るべき場所ではないわ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

オズ・ケストナー

色とりどりの花咲く野原

きれいだねえ、シュネーっ
くるくる踊りながら現れた扉を開く

次はおもちゃの世界
汽車に乗って
次はお菓子の国
次々扉開いて

ぜんぶたのしいっ
でも

一周して野原へ
みんながいないね
たくさんたのしいものがあるのに

青いバラ見て思い出す
ちょうちょさんもいない

そうだ、あられ
あられのところにもどらなきゃ

うん
もっといっしょにいたかったよね

ひとはずっとは生きていられない
わたしのおとうさんも、…

わたしね、おとうさんのところにいけたら
こんなことがあったよって伝えるんだ
たくさん

あられのごしゅじんさまにもおはなししようよ
いつか

えがおではなせること、たくさんしよう
光がなくちゃ、えがおも見えないよ

魔鍵で生命力吸収




 柔らかな風が吹いて、花弁が舞った。大きく息を吸えば、甘く薫る花の香り。胸いっぱいに吸い込めば、オズは嬉しくて笑顔になった。
「きれいだねえ、シュネーっ」
 シュネーの両手を取って、色とりどりの花咲く野原をくるくるくるり。回る度に花が舞って、楽しくて嬉しい。一緒に回るシュネーもとても嬉しそうだ。
 くるくる踊っていると、扉が現れる。オズはそれを不思議に思うこと無く開いてくぐっていった。
 扉をくぐれば、おもちゃの世界。汽車に乗って、積み木の駅にまた扉。
 次はお菓子の国。その次は雲の国。ケーキの国、水中の国、絵本の国。
 どの国も楽しくて、次々と扉を開いていけば、元の野原へ戻ってくる。
「あれ……?」
 どこもとても楽しかったのに、何かが引っかかった。
 お花は咲いて、きれい。うれしい、たのしい。けど、何か、足りない。
「そっか」
 みんながいないんだ。
 楽しいものは沢山あるのに、綺麗なものも沢山あるのに、此処にはオズとシュネーだけ。一緒に楽しんでくれる人も喜んでくれる人も居ない。ふたりぼっちだ。
「――あ、ちょうちょさんもいない」
 青い薔薇を見つけて匂いをかいで、アッと思い出した。
 そうだ、ちょうちょさんをおいかけていたんだ。それから白い猫を見つけて――。
「あられのところにもどらなきゃ」
 それはここのルールを破ること。痛みをともなうことだ。
 それでも構わない。オズは帰ること願った。
「あられ」
 花の咲く野原からくらやみへと移れば、黒の中から何かが近寄ってくる気配。
『にぃ』
「うん、もっといっしょにいたかったよね」
 オズには、あられの気持ちがわかる。ひとはずっと生きていられなくて、一緒にいることは叶わない。人形は、化生は、置いていかれてしまう。
「わたしね、おとうさんのところにいけたら、こんなことがあったよって伝えるんだ」
 きっとおとうさんは、やさしくあたまをなでてきいてくれるよ。
 あられのごしゅじんさまだって、そうでしょう?
 あられもご主人さまと、笑顔で沢山話をしようよ。だから笑顔で話せることを沢山しなくちゃ。
「光がなくちゃ、えがおも見えないよ」
『にぁーお』
 あられがなく。ポロポロと涙を零す白猫に、オズはそっと魔鍵を翳した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【月光】

パパと手を繋いで
蝶々を追っていたのに
ここは?

書斎机がある部屋で
おとうさまが笑いわたしを抱きしめる
胸のブルーベルの花が香って

うそよ
あなたは最期のワガママを言う時にしか
抱きしめてくれなかったでしょ

目覚める間際
夢か現か
糊の聞いた手袋の手が頭を撫ぜる感触
ぽろ、とこぼれたのは目覚めのせい

蝶さん
おはよう

パパ
来て下さったの
ありがとう

わたしは上手く笑えてる?
声は震えて無いかな
暗闇でよかった

頭の温みと重みに安堵して
…ふふ
筒抜けね

ねこさん此方へ
ハグしてあげる
あなたの会いたい人はね
また会う為にお休みをしているの
あなたも寝るのを待ってるんだよ

世界が終わったら
本当に会えないよ
だからもう、お休み

ほら、青花が咲いて


朧・ユェー
【月光】

蝶に導かれ
彼女の手を離さずゆっくりと進む

誰?だろうか…
嗚呼、泣いてる子が居る
誰かわからない。手を差し伸べようと
泣く?そうだ、あの子はルーシーちゃんは泣いていないだろうか?
一人であの子は…
目を覚ましあの子を探す
泣きそうな子、でも僕に心配しないように我慢している

頑張ったですねと言葉では無く
彼女の頭をそっと撫でる

猫の鳴き声?
可哀想にきっと誰かと逢えず
ずっと逢いたかったのでしょうか?
傀儡
君のご主人様はここに居ます。だからそんなに泣かないで




 昏い廊下に、足音が落ちる。壁に掛けられた照明には光が灯っておらず、見知った廊下でも少しだけ不安が心へ押し寄せてくる。
 しかしそこに、光が伸びている。光の灯された部屋の扉が薄く開かれているのだ。
 あの部屋は――。
(おとうさまのお部屋!)
 パッと顔を上げたルーシーは扉へ手を伸ばし、そっと覗き込む。書斎机に向かっていた父がすぐにルーシーに気付いて立ち上がり、優しく笑みを向けてくれた。
 招かれるままに近付けば、大きな手が伸ばされて。
 ルーシーを抱きしめるその胸からはブルーベルの花の香。
 うっとりとルーシーは瞳を閉ざし――。
(うそよ)
 もうひとりのルーシーが、心の中で目覚めて告げる。
(おとうさまは最期のワガママを言う時にしか抱きしめてくれなかったでしょ)
 だからこれは夢よ。
 起きて、パパがきっと探してくれている。
「――蝶さん、おはよう」
 夢か幻か、糊の聞いた手袋の手が頭を撫ぜる感触が肌に残っている。
 ぽろと涙が溢れたのは、きっと目覚めのせい。

 闇の中、誰かの泣き声が聞こえた。
「誰、だろうか……」
 あぁぁんと高く遠く響くのは、子供の声だ。泣いている子供を放っておけなくて、引き寄せられるように足を向ければ、小さな子供がしゃがみこんで泣いていた。誰かは解らないが、泣いている子供がいれば手を差し伸べようとするのがユェーだ。
「君……」
 大丈夫? と声を掛けようとして、ハッと息を呑む。
(――泣く? そうだ、あの子はルーシーちゃんは泣いていないだろうか?)
 蝶の光を追い、ルーシーとともに闇の中をゆっくりと進んでいたはず、だった。手を離さないようにと、その熱を確かに感じていたはず、だった。けれど、その熱がいつの間にか無いことに、今やっと気がついた。ほんの僅かな間でも彼女が居ないことに気付かなかった自身に苛立ちと、焦りめいたものを覚えたけれど、今は彼女を探すことが先決だ。
(一人であの子は……)
 目覚めた闇の中、ひらりと舞う蝶が見える。ひらひらと舞って光を振りまき、ここだよと告げているように見えた。
 あの子はきっとあそこだと手を伸ばして進めば、トンと指先が触れて。
「パパ? 来てくださったの」
 地に膝を付き、形を確認するように撫でて抱きしめれば、少女の手が伸ばされユェーの服の裾を掴む。その手が震えているのは、泣くのを我慢しているせいだろう。それなのに、ユェーを心配させないようにと我慢している。強く抱きしめて、頑張りましたねと思いを込めて彼女の頭を優しく撫でれば、うんと小さな頷きが返って。
(……ふふ、筒抜けね)
 瞳からぽろりとこぼれてしまっていた涙は、暗闇が隠してくれているけれど、我慢していることを知られてしまった。恥ずかしいけれど、それは彼がルーシーのことをいつも思ってくれている証拠でもある。彼の肩に頭を預け、触れてくれる掌の暖かさを受け入れた。
 ――にぃあ。
 闇に響く、猫の声。
 それはとても悲しげに、誰かを探す声だ。
「誰かを探しているのですか?」
『……みぃぁお』
 闇に声を投げかければ鳴き声が返り、ユェーはルーシーを離し、立ち上がる。
「君のご主人様はここに居ます。だからそんなに泣かないで」
 そう言って呼び出したドッペルゲンガー。それは、自分自身の姿を見る幻覚の一種、または誰かの知人の姿を取るものだが――そのための条件がいくつかある。縁深き場所でなくては、あずきのご主人さまにはなりえないのだ。そして暗闇の中ではその姿も見えず、ただ違うとあずきが首を振ったのか、闇の中に鈴の音が響いた。
「ねこさん」
 鈴の音が聞こえた方へ、ルーシーが声を掛ける。
「此方へ。ハグしてあげる」
『みぃあ』
「あなたの会いたい人はね、また会う為にお休みをしているの。あなたも寝るのを待ってるんだよ」
 少しの静寂を挟み、闇の中にトコトコと小さな足音と鈴の音が響く。ルーシーが手を伸ばせば、その手にそっと柔らかくて暖かな、動物の身体が触れた。
「世界が終わったら本当に会えないよ」
 だからもう、おやすみ。
 抱き上げて、花弁を舞わす。暖かな熱が腕の中で消えて、世界に僅かに色が戻ってくる。彼誰時の暗闇の中、ふたりが最初に目にした色は、闇に溶け込みそうな青だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵雛花・十雉
【蛇十雉】
闇の中にいた筈なのに
気が付けば全く別の光景が広がっていた
雪解けの頃、自然に囲まれた田舎町
十五の頃にひとり飛び出して、そして二度と戻らないと決めた
サクラミラージュのオレの故郷

そうだ、あの坂を登ったら家があって
帰りを待っててくれる家族もいた
懐かしいね…なんて、自然と幽世蝶に話しかけてしまったのはどうしてだろう

お母さん、元気にしてるかな
弟や妹たちは喧嘩してないかな
みんな、今日も仲良く笑ってるかな

今のオレには、まだこの坂を登る勇気はないけれど
もう少しだけこの『里帰り』に浸っていたい

なつめ、大丈夫かな
闇の中で噛まれた傷がちくりと痛んだ
はやく迎えにきて


唄夜舞・なつめ
【蛇十雉】
目を覚ますと両親に
膝枕をされていた
ずっと優しかったのに
突然こどもの俺を
何日も置いていって
やっと帰ってきたと思ったら
俺を殺そうとして
俺が殺した…両親

けれどわかる
この2人はあの頃の優しいふたりだ
なぁ、なんであの時置いてったん?
おれ、悪い子やったん?
なんで…殺そうとしたん?
答えはない。
ただ、微笑み俺を撫でる
きっと夢なんだろう
わかってる
けれどもう少し
あとすこし
このまま

なぁ、父さん、母さん
おれ、本当に守りたい奴が
出来たんだ

………行っていいかな
ありがとう
今度は俺が死ねた時、会おう
やくそく、な

ときじ今行く。

…みつけた。俺のーーーー




 桜が、舞う。一年中咲き乱れる、幻朧桜だ。
 坂道の端を流れる用水路の水嵩が増しているのは、雪解け水のせいだろう。いつもよりも澄んだ水が、ドドドと音を立てて流れていた。
 田んぼは閑散として、春の訪れを待っている。高い空を、ピーヒョロロと飛ぶ鳥はトンビだろう。雪が溶けて人々が外に出るようになると、食料を掻っ攫いに出て来るのだ。
(オレもよく、おやつを奪われて泣いたっけ)
 どこもかしこも、視界に映るもの全てが懐かしい。十雉が二度と戻らないと決めて十五の頃に飛び出し、桜ミラージュの田舎町。
 この坂を登ったその先に、十雉の家がある。母と弟妹が待ってくれている、我が家だ。
「懐かしいね……」
 幽世蝶に話しかけても、ひいらりと飛んでいくばかり。動きを視線で追い、何故自然と話しかけたのだろうと少しだけ思う。いつも話しかけていたから、と思ってしまうのは、蝶から感じる懐かしい気配と、懐かしいこの風景のせいだろうか。
「お母さん、元気にしてるかな」
 弟や妹たちは喧嘩してないかな。
 みんな、今日も仲良く笑ってるかな。
 瞼を閉ざせば、懐かしい日々を思い浮かべられる。
 けれど、戻らないと決めた家だ。十雉に坂を登り切る勇気は、ない。
 それでも、それでもだ。
 坂の先を思い描くことは赦されるだろう。
 近くで、思い描くだけの『里帰り』。
 母は、弟妹は、どうしているだろうか。
(それに、なつめは――)
 大丈夫かなと思った時、チクリと噛まれた傷が痛んだ。
 そこに存在を刻みつけられたようで、眉が下がる。
「――はやく迎えに来て」
 ここは、寒いよ――。
 かじかむ手を暖めるように、残された痕へとそっと吐息を落とした。

 優しい熱が、額を撫でた。不思議に思って目を開けば、母が「あ、起きた」と愛おしげに微笑んで、傍らに居る父へと笑顔を向ける。温かく、優しい母の膝。その膝に頭を預け、なつめはふたりを見上げていた。
 いつも幸せな家族だった。ずっと優しかった、両親。
 それなのに突然、ふたりの子供であるなつめを置いて出ていって、何日も経ってからやっと戻ってきたと思ったら殺そうとした両親。
(俺が殺した……両親)
 けれど今目の前で微笑むふたりは、幸せな家族だった頃のふたりだ。
「なぁ、なんであの時置いてったん?」
 幸せそうなふたりは、きょとんと不思議そうになつめの顔を見る。
「おれ、悪い子やったん? なんで……殺そうとしたん?」
『どうしたんだ、なつめ』
『きっと悪い夢を見たのね』
 母さんの優しい掌が、おれの額を撫でる。
 父さんの大きな掌が、おれの頬をくすぐる。
 ――きっと夢だ。しあわせな、夢。
 解っている。けれどもう少し、あとほんの少し。
 こうしてこのまま、暖かさに包まれていてもいいかな。
 甘える猫のように目を閉じて、このまま――閉ざした眼裏に、不安げな顔が浮かんだ。不安そうな困り眉。だから目が離せない。
「なぁ、父さん、母さん。おれ、本当に守りたい奴が出来たんだ」
 あら、と母さんが驚いた顔をして、嬉しそうに父さんと顔を見合わせる。
「……行っていいかな」
『当たり前じゃないか』
『守ってあげなさい。手を離したらだめよ』
「……ありがとう」
 此処で別れたら、きっと今度会えるのはなつめが死んだ時だ。
 その時にまた会おうと口にすれば、父の大きな手が頭に置かれた。
『長生きしなさい』
『それが私達への孝行よ』
 両親に見送られて目を覚ましたなつめは、闇の中を駆ける。
 ――ときじ、今行く。
 きっとあいつは一人きりで震えている。俺のことを待っている。見つけて捕まえてやらないといけないんだ。
 誰かが元凶を排除したのだろう。世界にほんの少し薄っすらと色がつく。まだまだ彼誰時だ。けれど、近付けば人の影が解る程度には見えてきて。
「ときじ!」
 ぼんやりとしたまま、微動だにしない影へと手を伸ばした。
 ……みつけた。俺の――――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルーファス・グレンヴィル
禰々子(f28231)と

──此処は、何処だ

気付けば炎の中に居た
彼方此方から聞こえる鬨の声
武器が重なり、鳴るのは金属音

嗚呼、気分が高まる、

自然と上がる口角
紅蓮の瞳が揺らめく
腰の得物へ手を伸ばせば

ひらり、ひらり、

前を横切った一匹の蝶々
ハッと我に返れば
隣の黒竜を見て安堵の息をひとつ

引き抜いた得物を構えて
振り回し力を溜めれば
容赦なく世界を切り裂いた

さあ、帰ろうか、
禰々子が待っている

悪友へと声を掛ければ
一足先に暗闇の中へ還る
共に来た彼女の姿はまだ、ない
やがて晴れて行く世界で君を見付け
今度こそ、確りと手を差し伸べた

──おかえり、禰々子

返ってきた言葉に
ふ、と双眸細めて微笑う

──ああ、ただいま


花嶌・禰々子
ルーファス(f06629)と

気付けば彼はいなくて
傍には学校のお友達がいた
あの頃、友達はいなかったのに

皆が笑い掛けてくれる
一緒に遊ぼう、帰ろう、公園に寄っていこう
野良猫におやつをあげて抱っこして
可愛いね、楽しいねと笑いあって
夕暮れになれば両親の待つ家へ
そんな日常が流れる世界

あたしは『私』で
妖怪ではない普通の女の子
ありえたかもしれない
『私』が死ななかった未来、或いは過去

家に続く十字路で立ち止まる
これが理想?
……ううん、有り得ない
『あたし』はあの家には戻れない
全部壊れて覚えていないけど
多分、おかあさんだったひと
ごめんね

振り向かず、今に歩いていくわ

――ただいま!
それから君も
おかえりなさい、ルーファス!




 ――此処は、何処だ。
 炎が空気を焼き、肌をチリリと焦がす。風が吹いて、炎を巻き上げる。大気を焦がす臭いの中に鬨の声が混ざり、彼方此方から聞こえる硬い音は――武器が重なる金属音。ルーファスの血が踊る、戦闘の、戦場の音だ。
 気分の昂ぶりに、自然と口角が上がり、瞳は紅蓮に揺らめく。鞘を払おうと腰の得物へ手を伸ばせば。
 ひらり、ひらり、蝶が舞う。
 眼前を横切った蝶に視線を奪われ――そうしてハッと我に返り、直前までの事を思い出した。
 傍らを見れば、直前まで傍に居たはずの禰々子の姿はない。
 然れど悪友たる黒竜の姿があり、ルーファスは安堵の息を吐く。
 ひと暴れするには、十分だ。
 鞘を払い、一度肩に担ぎ、勢いを付けて大きく振り回す。
「さあ、帰ろうか」
 グルと喉を慣らす悪友へと声を掛け、最後にぐるんと大きく振り回したら、一歩前へと踏み出した足へ重心を載せ、力を溜めた鉄塊剣で容赦なく世界を切り裂いた――!
 さあ、帰ろう。禰々子が待っている、あの場所へ。
 きっとまだ禰々子は還ってきてはいないだろうから、一足先に帰って、そうして彼女を迎えてやろう。

 キーンコーンカーンコーン。
 鐘が鳴った。終業のベルだ。教室で等間隔に並ぶ席に座って黒板へ顔を向けていた生徒たちが立ち上がり、教室から出ていったり親しい友人の元へと向かう子たち。
『禰々子ちゃん、一緒に帰ろう?』
『今日はどうしようか、そのまま帰る?』
『えー、今日は公園に寄っていこうよ』
 鞄を手にした子たちが笑って、行こうと禰々子の手を取った。
(夢みたい……あれ、どうして夢だなんて)
 雲の上を歩くような足取りで、禰々子は友達と歩く。公園に寄って、野良猫におやつをあげて抱っこして。明るい笑い声を上げる少女たちに混ざって、可愛いね、楽しいねと笑い合う。
『もう帰らなくちゃ』
『うん、また明日ね』
 太陽が沈みだしたら、さよならの時間。友達と手を振って別れ、両親の待つ家へと向かう。
 そんな、ありふれた日常。
 そのはずなのに。
 夢みたい――ううん、違う。これは、現実じゃない。
 あたしじゃない『私』には、友達は居なかった。けれど妖怪ではない普通の女の子だった。これは、ありえたかもしれない、『私』が死ななかった未来、或いは過去だ。
 家に続く十字路で足を止めた禰々子は、自身の足をじっと見る。
「これが理想?」
 自分に問いかける。こういう日常を送りたいのか、と。
(……ううん、あり得ない)
 すぐに頭を振って、否定する。
 このまま進んでも、あそこは『あたし』の居場所じゃない。全部壊れて覚えていないけど……多分、おかあさんだったひとが『私』の帰りを待っている、家。
 ――ごめんね。あたしはそこへ行けない。此処にはいられない。
 家へと続く道に背を向けて歩いていく。振り返らずに、今に向かって。

 誰かがあられを救ったのだろう。世界に光が戻り始め、薄らと色が戻ってくる。
 夜明け前の彼誰時よりも、まだ暗い。
 けれどひとの形は解るようになり、その中を、誰かの影が近付いてくる。
 その影へ、ルーファスは迷わず手を差し伸べる。知った高さに、知った輪郭。彼が待っていた少女に違いない。
「──おかえり、禰々子」
「――ただいま!」
 元気に告げた禰々子は瞳を明るく笑い、それから君もと口にする。
 差し伸べられた手を両手でギュッと握って、戻ってきたこと確りと伝えて。
「おかえりなさい、ルーファス!」
「──ああ、ただいま」
 おかえりとただいまに、ルーファスは柔らかく双眸を細めて微笑んで。
 明けゆく世界に、ひらり、蝶が舞っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『夜行』

POW   :    力いっぱい先頭で楽しむ

SPD   :    賑やかな中ほどで楽しむ

WIZ   :    最後尾でゆるゆると楽しむ

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●彼誰時
 元凶になっていたあずきの魂は骸魂から開放されると、薄ぼんやりとした光が幽世の世界に現れる。
 薄ぼんやりとした明るみは次第に面積を広げ、世界中に広がっていく。
 夜が明けるように、ゆっくりと。
 けれど確実に、朝は来るのだと知らしめるように。
 ゆっくりと、光を取り戻していく世界は色付いて。

 ひいらりと、鼻先を蝶が飛んだ。
 悲しくて悲しくてもう何にもしたくないけれど、腕の中が温かくて心地よくて、あられは鼻先をくすぐる柔らかさに目を開けた。
 ――あ。
 懐かしさを覚える蝶に跳ね起きて、優しい腕からぴょんと飛び降りる。

 ごしゅじんさまだ。
 まって、まって。ごしゅじんさま。
 わたしはここ、あられはここだよ。
 ねえ、きてくれたの? まっていてくれたの?
 うれしいなあ、とってもうれしい!

 ぴょんぴょんと跳ねるように駆けた白猫は楽しげにみゃんみゃん鳴いて、蝶を追いかけ光の中へと消えていった。
 ――消える一寸前、誰かの手に抱き上げられたようにも見えた。

●夜行
 骸魂に囚われていた妖怪たちが、首を傾げながら起き上がる。
 どうしてここにいるんだ? なにしていたんだっけ。そう言えば、蝶が見えて――。
 頭を振りながら辺りを見渡せば蝶が居て、ああそうだこの蝶だと妖怪たちはひらりと飛ぶ蝶をゆっくりと追いかけていく。妙に懐かしく見えるその蝶が、住処へと連れて行ってくれるような気もして。
 蝶と共に歩みだした人々がひとつふたつと連なって、列となる。
 そうして列になって歩いていたら、気付けば傍らに居たのは蝶では無くて――。
「ああ、お前さん」
「久しいね。もしかしてずっと傍に居てくれたのかい?」
「また会えるだなんて思いもしなかったよ」
 懐かしい顔ぶれに、妖怪たちの瞳が光るのだった。

 君たちを、蝶が招く。
 ひらりと飛んで。
 いつしか手を取って。
 明けゆく世界のブルーモーメント。
 ほんの僅かな刻ではあるけれど、懐かしい人との語らいを。

======================
⚠ MSより ⚠
 二章でWIZを選択した方は、そこに出てきた人以外の人をご指定ください。
 蝶に宿る魂が姿を見せますが、変わらずひらひら飛ぶ蝶のままをご指定くださっても大丈夫です。

●プレイング受付
 再送が確実に起きると思いますので、日付指定しての再送前提となります。
 一度流れますので、再送期間にプレイング内容を変更せずに再送してください。その際、ペア参加の方は時間を合わせなくても大丈夫です。失効日だけは合わせておいて下さい。

・受付
 【1/8(金)朝8:31~ 1/11(火)23:59まで】です。

・再送
 【1/16(土)朝8:31~ 1/18(月)23:59まで】です。

お手数お掛けしますがよろしくお願いいたします。
======================
                                🦋
(※受付【1/8(金)朝8:31~ 1/11(月)23:59まで】、です!)
白雪・美狐
ああ、やっぱり……君だったんだ。
予感はしていたよ、でもこうやって……会えるとは思わなかった。

黒い蝶なのは分かるよ、君は黒髪だったからね。
でも白い光は何処から来たんだい?


僕の色だから?

あのさ、君ってそういうところ、あるよね。
……そうだね。僕は白雪美狐。君がつけた名だ。

……君は、これからどうするのかな?……いや、まどろっこしい言い方はよそう。
これからも僕の傍にいてくれないか。
君が僕を式神としたように、僕が君を式神として使おう。
……うん、ありがとう。改めて、よろしくね。

ねぇ、きっとこうして言葉を交わせるのは最後だと思うから。
だから言うよ。
これからも、ずっと、君のことが大好きだよ。




「ああ、やっぱり……君だったんだ」
 はたりと飛んだ蝶が揺れて、人の形を取った。予感はしていたよと微笑む美狐だが、こうして会えるとは思わなかったけれどと告げて、黒髪のその人を真っ直ぐに見た。
 蝶が黒い翅だったのは、かれの髪がきれいなぬばたまだったからだ。そう予想はついたけれど、ふわりと灯っていた白い光の理由は、いくら考えても答えが見つからない。
「白い光は何処から来たんだい?」
「君の色だよ」
「え、僕の色?」
 想像もしていなかった答えに、美狐は思わず目をぱちり。
「君の色は綺麗だろう?」
「あのさ、君ってそういうところ、あるよね」
 そういうところ? と不思議そうに首を傾げる姿に、思わず半眼になってしまう。そういうところだよ、そういうところ。
 けれどかれが心からそう思っているのは解る。だって美狐の名は、かれが付けた名だ。白雪のような美しい狐。それが、美狐の名。
 恥ずかしさからむむむと眉間にシワを寄せ、ため息とともに力を抜く。
「……君は、これからどうするのかな?」
 探るような言い方になってしまったが、かれは答えない。いつだって決めるのは生者の役目なのだから。
「君の望みは?」
「僕は……これからも僕の傍にいてほしい。君が僕を式神としたように、僕が君を式神として使おう」
「君がそれを望むなら、傍にいるよ」
「……うん、ありがとう」
 改めてよろしくと告げれば、これからもよろしくと言葉が返る。そんな何気ないやり取りが、嬉しくて愛おしかった。
 けれどこうして言葉を交わせるのは、今だけだ。かれがまた蝶の姿に戻ってしまうと、きっともう言葉は交わせない。
 だからこそ、想いはちゃんと告げるんだ。ねえと呼びかけ、目を見てまっすぐに。
「これからも、ずっと、君のことが大好きだよ」
 告げた言葉に、僕もだよと返って。
 明けゆく世界でふたり、微笑みあった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
アドリブOK

瞼越しの明るさに目を開けてしまい、安心と少しのがっかりを。
まだ生きることができる。また生きなければならない。
いつか摩耗して折れるだろうと自覚した終わりを、また見据えなければならないのか。

ぐるりを自分の周りを舞った蝶に一瞬見えたのは袈裟姿の和尚。
彼を見送ったのは何年前だろうか。見送ったのち俺は村を出た。
いくら同じヤドリガミとはいえ、社の神鏡として祀られてた師匠と同じ扱いして貰うわけにはいかなかったから。
人の常や知識を教えてくれた和尚。
姿が見えたのはどういう事なんだろう。
だって和尚はきっちり成仏したはずだし、いくらカクリヨでも見る事は無いと思ってた。
…生を全うしろって事なのだろうか。




 光が届く。それはまだ薄っすらとした明かりではあったけれど、暗闇に溶け込むほどに馴染んでしまった眼裏にまでしっかりと感じ取れるものだった。
 光を感じて瞼を開けた時、人が感じる気持ちはなんだろうか。朝が来た喜びだろうか。新しい今日が始まったことへの安堵だろうか。――瑞樹が感じたのは、安心と落胆だった。まだ生きることができる。また生きなければならない。
(――いつか摩耗して折れるだろうと自覚した終わりを、また見据えなければならないのか)
 いつか折れるその日まで生き続けねばならない、息が詰まるような苦しさ。地の底の棺桶の方がまだ楽なように思えてならない。
 感じた息苦しさに着物の衿元をぐっと押さえれば、案じるようにぐるりと周りを舞った蝶の姿が、一瞬だけ揺れて。
 ハッとして蝶を見れば、その姿は蝶のまま。
(けれど今、確かに――)
 懐かしい袈裟姿が、確かに見えた。同じヤドリガミだった、和尚の姿が。
 彼のことは何年も前に見送り、見送ったのちに瑞樹は村を出た。同じヤドリガミとは言え、和尚は社の神鏡。瑞樹はナイフ。村に縁もゆかりも無い身で、同じ扱いをして貰うわけにはいかぬと思ったからだ。
(しかし、姿が見えたのはどういう事なんだろう)
 人の常や知識を教えてくれた和尚は正しい形でなくなり、そして成仏したはずだ。
 此処に居るわけがない。だが、もし居るのだとしたら何故なのだろうか。
 見守っているのか。それとも――。
(……生を全うしろって事なのだろうか)
 瑞樹は暫くの間、はたはたと飛ぶ蝶を見つめていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セプリオギナ・ユーラス
「莫迦なのか?」

ひらりと舞う蝶を前に呟く。
他人の為に死んで、死んでまで他人の為に何かしようとするなど。

ああ、そうだ。おれたちはまだこどもだった。知識も無く、技術も無く、それでも手を尽くそうとしたのは同じだ。
ふたりとも莫迦だったさ。

だが、それでも──今でも、生き残ったのがおまえだったらと、思わないでもない。罹患したのが俺ならきっとあの時のお前と同じことを言ったろうが──お前が生き延びていれば、より多くの者を……正しく救えたのではないのか、と。

あの時、無力な選択をした。それはお前が望んだことだったし、そうまでしてお前が救おうとしたものは…俺には救えなんだが。

貴様は今の俺をも、きっと赦すのだろうな。




「莫迦なのか?」
 ひらりと舞う蝶が、誰であるのかは既に解っていた。
 他人のために死んで、今なお救わんとしている、おまえ。
 あの頃のセプリオギナも『お前』も、まだ子供だった。知識も無く、技術も無く、手のひらから溢れ落ちるばかりだったが、それでも手を尽くそうと必死だった。今にして思えば莫迦だったのだと、そう思う。
(だが、それでも──今でも、生き残ったのがおまえだったらと、思わぬではない)
 罹患したのがセプリオギナだったとしても、あの時のお前と同じことを言っただろう。『俺よりもお前が生き延びていれば、より多くの者を……正しく救えたのではないか』と。だから何度も自身に問う。お前だったらどうしているか、お前だったら救えているのではないか、と。そうして今まで生きて、殺して、救ってきた。
(――あの時、俺は無力な選択をした。お前を見殺しにした)
 それがお前の望みだった。
 けれどセプリオギナは、救えなかった。そうまでして救おうとしていたものは、結局指の間から溢れて消えた。
 それから幾度も救い、殺して、生かして、殺した。
 かつての無知なだけのこどもとは違う。持てうる知識(ちから)と技術(ちから)を以て成してきた。
(貴様は今の俺をも赦すのだろう)
 ――水晶のおまえ。
 ひらりと舞う蝶を見上げ手を伸ばせば、明けゆく世界に水晶が煌めいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

檪・朱希

おひさま色の蝶は、私と同じくらいで、左首筋に紫の蝶の傷跡があるアゲハという女の子に。
雪と燿も、名前を聞いて納得しているんだ。
私と同じ異能の"蝶"を宿して、幾つかの村を滅ぼした……お話の中の存在で雪と燿の、前の主だと。
どうしてここに……。伝えたいことが?

『私は、絶望から戻れなかったけれど、あなたなら。忘れないで。これから先、何があっても……絶望の中に、希望がある事を。
そして、この"蝶"と戦うことになって、倒したら──あなたは、"蝶"を宿していた時の記憶が、無くなることを』

一瞬、理解が出来なかった。でも、短い時間で伝えたいという必死な『音』が響いて。
『雪、燿、支えてあげてね……』




 はたはたと飛んだおひさま色の蝶が揺らいで、ふわりと少女が現れた。
「あなた、は……」
「私は、アゲハ」
 知らない姿に目を瞬いた朱希が問えば、返ってきた声に雪と燿が息を呑んだ。
 左の首筋に、紫の蝶の傷跡がある少女――アゲハ。アゲハは懐かしむような表情で微笑んで、窺う朱希へと語って聞かせた。彼女は雪と燿の前の主だということ、そして朱希と同じ異能の『蝶』を宿し、幾つかの村を滅ぼした存在だということ。それはきっと、朱希のこれから歩む路――避けては通れない未来なのだということを、朱希は理解した。
「あなたはそれを伝えるために……?」
「私は、絶望から戻れなかったけれど、あなたなら」
「私、なら?」
「忘れないで。これから先、何があっても……絶望の中に、希望がある事を。そして、この"蝶"と戦うことになって、倒したら──あなたは、"蝶"を宿していた時の記憶が、無くなることを」
 明けゆく世界の短い時間で、アゲハは必死に言葉を紡いで朱希へ伝えようとしてくれる。突然の告白に理解が追いつかない朱希だが、彼女の必死な『音』は確かに胸に響いて。
「雪、燿、支えてあげてね……」
 当たり前だと言うように、朱希の傍らのふたりが確りと頷く。
 その姿を愛おしげに見つめ、微笑んだなら。
 少女の姿は消え、ひらりと蝶が飛んでいた。
 未来は、解らない。少女が必死に伝えようとしていたことも、真実なのだろう。もしかしたらそうなって、記憶を失うのかもしれない。どうすればいいのかは、わからない。けれどアゲハは、絶望の中にも希望があると言っていた。
 顔を上げた朱希へ、ふたりの少年が手を差し出す。在るべき場所へ帰ろう、と。

大成功 🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子


どうして此処にいるの?
尋ねても答えてくれないのはいつもの事
あの人を置いて一人で彷徨ってきたのかもしれない

ふわり揺蕩い浮かぶ貴女
くるりと宙を舞えば柔らかな白いドレスが揺れる
目元をフリルで隠した顔は口許だけ微笑んで
――綺麗よお姫様、あの日と変わらず

普段なら手を取ってエスコートをする方なのに今日だけされる方で
そうやって、いつも導いてくれましたよね
“王子様”としてこうするのって教えてくれた様に

有難うお姫様
でも貴女の隣はやっぱりあの人じゃなきゃ嫌だから
名残惜しいけどそうっと手から指を離してお別れ

ねえお姫様
私ね、あの人の様な王子様にはなれなくても
私らしい王子様にはなるつもり
どうかあの人と一緒に見守ってね




 はたはたと金色の光を零した蝶は、金色に溶け込むように消えて。
 代わりにふわりと現れたのは、白だった。
「どうして此処にいるの?」
 私よりも、あの人の傍にいなくてもいいの?
 ふわりと揺蕩い浮かび、柔らかな白いドレスを揺らす、お姫様。
 貴方の居場所は、あの人の傍で――でも、そう。
(あの人を置いて一人で彷徨ってきたのかな)
 フリルで隠した目元の下で人差し指を立て、内緒ねと形良い唇に淡い笑みが似合いのひとだ。
 いつかそうであったように、お姫様は琴子の問には答えず砂糖菓子のように微笑んで、楽しげにふうわりとドレスを揺らした。
 あの日と変わらず、綺麗なままのお姫様。
「ねえお姫様、私――」
 王子様になれているかと口に仕掛けて、閉ざす。
 くるりと回って不思議そうに振り返るお姫様に頭を振れば、嫋やかな繊手が優しく差し出される。普段なら手を取ってエスコートをするのは王子様たる琴子だけれど、このお姫様はそうさせてくれない。
 『王子様はね、こうするの』と、仕草で教えてくれた日が懐かしい。琴子が憧れる“王子様”に近づけるように、お姫様はいつだって導いてくれた。仕草、立ち振舞。王子様とお姫様の在り方。在りし日の琴子にとって、そのどれもが憧れそのものだった。きらきらと、輝いて見えていた。
「有難うお姫様」
 差し出された手に指を触れさせたけれど。
(――貴女の隣はやっぱりあの人じゃなきゃ嫌だから)
 琴子は、並ぶふたりを、寄り添うふたりを見たい。
 お姫様の『王子様』は琴子じゃない、から。
 名残惜しいけれど、そうっと指を離してお別れをした。
「ねえお姫様。私ね、あの人の様な王子様にはなれなくても、私らしい王子様にはなるつもり」
 世界が明けていく。
 お姫様の姿が消えていく。
「どうかあの人と一緒に見守ってね」
 最後に見えた彼女の唇は、とても美しい弧を描いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ウィルフレッド・ラグナイト
エリシア姉さんの魂と手を繋ぎ並んで歩く
記憶の中にある生きていた頃の姿
「昔は僕が姉さんを見上げてたのに、今は見上げられてるなんて……不思議だな」

歩きながら自分が経験してきた旅の話をする
誰かを守り『希望』を与える騎士としての道
「良い事も、悪い事も、たくさんあった。つらくなる時もあるけど、僕が選んだ道だ」
父さんも母さんも今の姿を見て喜んでくれていた
姉さんが幽世蝶となって傍にいてくれる
それに相棒であり、新しい家族の小竜がいる
「たくさんの人に支えられている道だ。頑張るよ」

「姉さん、ありがとう。僕は守られてばかりだ」
この人の優しさに恥じないように僕も誰かを守る

最後は笑顔で別れて
幽世蝶の灯りを胸に前を向く




 ――不思議だな。
 繋いだ手の熱を感じる度、ふと傍らを見る度、そう思う。
 明けゆく世界を歩む妖怪たちに混ざって、ウィルフレッドも歩いている。姉へ、ウィルフレッドが経験してきた旅の話をしながら。
 蝶から姿を変えた姉は、ウィルフレッドの記憶の中に在る姿のままで、ウィルフレッドを見上げて楽しげに話を聞いてくれていた。ウィルフレッドにとって姉は見上げる存在だったから、何度見ても不思議に感じてしまう。
(あの頃は大きかった姉さんが、今はこんなにも小さいだなんて)
 優しくて頼もしかった姉は、こんなにも小さい少女だったのだ。幼いウィルフレッドと手を繋いで歩いてくれ姉の大きかった手が、今はこんなにも小さい。
「つらくはなかった?」
「うん、姉さん。良い事も、悪い事も、たくさんあった。つらくなる時もあるけど、僕が選んだ道だ」
 旅をして、誰かを守り『希望』を与える騎士の道を選んだ弟の道は、きっと容易なものではないだろうとエリシアが心配するも、その心配を崩す頼もしい笑みが向けられた。
「たくさんの人に支えられている道だ。頑張るよ」
「おおきく、なったね……ウィルフレッド」
 見上げるエリシアの瞳が、愛おしげに細められる。
 両親も、ウィルフレッドの今の姿を見て喜んでくれていた。姉もこれからは幽世蝶となって傍にいてくれる。それに相棒であり、新しい家族の小竜だっている。これからもつらい事は多くても、心を支えてくれるひとたちがこんなにも居てくれることを知っているから、きっと頑張れる。
「私も、頑張るあなたを見守っているね。これからはずっと、そばで」
「姉さん、ありがとう。僕は守られてばかりだ」
 弟の成長を喜ぶ姉の笑顔は、とても穏やかだ。この人の優しさに恥じないように誰かを守っていこうと、ウィルフレッドは心に刻んだ。
 沢山会話をして歩めば、別れの時が近付いてくる。
 繋いだ手の指先が、光の粒になって消えていっていた。
「ウィルフレッド、あなたは自慢の弟よ」
 だからいつでも顔を上げて、前を見て、誰かを守ってあげて。
 ずっとずっと、見守っているね――。
 笑顔のまま姉を見送れば、ひらりと蝶が飛んで。
 ウィルフレッドは顔を上げ、真っ直ぐに歩いていく。
 姉と、共に。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エンティ・シェア
蝶々、蝶々、ひらひら飛んでる可愛い蝶々
…君は、巫女殿だろう?
懐かしくて、愛おしい、私の白い君
姿を、見せてはくれないのかな
…ううん、いいよ。そのままでいておくれ
会ってしまうと、寂しさが溢れてしまいそうだから

巫女殿、私はね
ずぅっと、悔いてたんだ
君を見殺しにしたことを
君の代わりに死ねなかったことじゃない
君の手を取って逃げ出せなかったことが、悔しい
あの時、炎の中の君へ駆け寄って、
その手を取って共に逃げ出せたなら
それくらいの覚悟があれば、今頃……

…はは、もしもの話は、嫌いかい
そうだね、私には出来なかった。それが全てだ
君は、幽世に飛び続けるのかな
それなら、またいつか…いつか、会おう
…さようなら、巫女殿




 蝶々、蝶々、ひらひら飛んでる可愛い蝶々。
 歌を歌うように口遊み、ひらひらと飛んでいる蝶へと指を伸ばす。
「……君は、巫女殿だろう?」
 問うようで、けれど確信めいた声。懐かしくて愛おしいその白は、私の白い君なのだろうと囁いた。
 指先が触れる一寸前、蝶はひらりと指を躱し、はたりと前へいく。
「おや、つれない」
 君は姿を見せてはくれないし、触れさせてもくれない。
 少しだけ拗ねたように口にしてしまいそうだったが、かぶりを振る。
(……ううん、いいよ。そのままでいておくれ)
 会ってしまうと、寂しさが溢れてしまいそうだから。
 はたはたと前を飛ぶ白を追いかけて、エンティは妖怪たちの行列へと混ざった。どの妖怪たちも嬉しそうな表情をしていて、いつものエンティだったらその表情を見ることを優先しただろう。
 けれど今日は、傍らを飛ぶ存在のほうが大切だ。
「巫女殿、私はね」
 蝶が話せる形を取ってくれないから、これは独り言のようなものだ。
 けれど聞こえているのなら、この声が届くのなら、どうかそのまま聞いておくれ。
「ずぅっと、悔いてたんだ」
 君を見殺しにしたことを。
「君の代わりに死ねなかったことじゃない。君の手を取って逃げ出せなかったことが、悔しい」
 あの炎の中、臆すること無く君の傍へ駆け寄る事が出来ていたら。
 君の手を取って、君と共に逃げ出せていたなら。
 それくらいの覚悟があったなら、今頃……。
 あの時ああしていたらと、何度も悔やんできた。もし、そうだったら、あるいはを繰り返し夢想した。あり得たかも知れない未来と、それすら無かったかも知れない未来。思っても今が変わる訳ではないのだが、思わずにはいられなかった。
「……はは、もしもの話は、嫌いかい」
 はたはたと飛ぶ蝶が少し速度を上げるのを見て、エンティは小さく笑う。乾いた笑い声だった。
「君は、幽世に飛び続けるのかな。それなら、またいつか……いつか、会おう」
 はたはた、ひらり。蝶は飛んでいく。
 それ以上は追いかけず、エンティは足を止めて見送る。
 ――……さようなら、巫女殿。
 最後に伸ばした手が、ゆっくりと弧を描いて落ちていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

オズ・ケストナー

あ、ちょうちょさん
道をおしえてくれてありがとうっ

おかげでね、あられのところにいけたよ
…あられもだいじなひとのところにいけたのかなあ

わあっ
空がとってもきれいだよっ
ちょうちょさんの光みたいだ
あ、青いっていえばね
みえる?
わたしのぼうしについてるバラ、青いのと赤いの
どっちもね、おとうさんがつけてくれたの

ちょうちょさんは花がすき?
わたしはねえ、だいすきっ
おとうさんはバラがすきなんだ
いろんな花の絵をかいてたよ

話は止まらず
ふいに頭の上に蝶が

なあに?
頭に留まれば思わず目を閉じて

あれ?
撫でられた気がした
目を開けても蝶はいない

シュネー、今

だってふしぎ
わたしも、シュネーも
大きな手で撫でてくれた気がした

おとうさん?




「あ、ちょうちょさん」
 青白い光を纏う黒蝶へと手を伸ばし、道を教えてくれたことへの感謝を告げて。
「おかげでね、あられのところにいけたよ」
 もう白猫は見えないけれど、猫が最後に見えた所へと視線を向けた。直前に聞いた嬉しそうな鳴き声は、もう悲しいものではなかった。大事な人に会えたのだろうか。そうならいいなと心から思った。
 蝶がひいらりと、明けゆく世界を飛んでいく。
 おいで、こっちだよ。そう告げられているようで、オズは子猫のように追いかける。
 薄っすらとした白から薄い紫に青、押しやられていく闇。次第に青が増して、綺麗な空にオズは目を細めた。まるで海、まるで蝶の光、それから――おとうさんがくれたバラ。
「ちょうちょさん、みえる?」
 ひらひら飛ぶ蝶へと自身が被る帽子の、赤と青のバラを指差した。両方とも、おとうさんがつけてくれたものだ。おとうさんがくれたものは全部、オズの大切な宝物。
「ちょうちょさんは花がすき? わたしはねえ、だいすきっ」
 蝶へと話すのはおとうさんの話ばかり。
 おとうさんはバラが好き。
 おとうさんはいろんな花の絵を描いていた。
 おとうさんは優しくて暖かい。
 わたしたちはそんなおとうさんが大好き。
「なあに?」
 ふいに頭の上に蝶が止まって、思わず目を閉じた。
 ――ふわり。
「あれ?」
 蝶が頭に止まったはずなのに感じたのは違う感触で、オズはすぐにパチリと目を開けた。
「ちょうちょさん?」
 きょとりと頭を動かしても、青白い光はどこにも見えなくて。
 『もしかして』が胸に浮かんではシャボンのように弾けて、ふわふわと浮き立たせる。今の、もしかして、でも、本当に?
「シュネー、今」
 シュネーと顔を見合わせれば、シュネーも同じことを思ったのだと解った。
 大きな何かが、ふたりの頭に触れた。蝶よりももっと大きい何かが、やさしくゆっくり大好きだよって触れて、撫でた。そんな気がした。
「やっぱり、シュネーもそうおもう?」
 わたしもシュネーもそれをよくしっているよ。
 だってわたしもシュネーもだいすきなのだもの。
 おとうさんの、大きな手! あたたかくて、やさしいんだ。
 おとうさん、いつもそばでみまもってくれているのかな?

大成功 🔵​🔵​🔵​

旭・まどか


――嗚呼、彩が帰って来たね

暗闇に慣れていると思っていたのだけれど
本当の真っ暗闇は何もかも映らないなんて
思い違いも、良い所

このまま列に倣って歩めば帰れるの?
――お前も?

さっきは失せていたけれど
絶えず傍に在ったのだろう
“お前”は応じる様に上下にてふてふ舞いて

軌跡にやはり、その彩は夜に映えると
お前の友の彩も悪くは無いけれど、ね

返事の代わりにくるりと旋回する様は“らしさ”を欠いて
もう少しらしくしていないよ、と
笑い零すはお前だけに聞こえれば良い

けれど、嗚呼
少しばかり夜の冷えが身体に堪える
そこらにいるのに適当に声を掛けて
暖を取れるなら、右手を

容れ物にも夢見鳥にも無いぬくもりは
嗚呼――此れが、生きている証




 世界に色が戻ってきた。小さく咲いた白花は穏やかに花開き、世界に彩を広げていく。光に触れて、闇が解けて。黒から紺、紺から青へと世界の表情が和らいでいく。
 先程は姿が見えなかったが、きっと離れることなく傍に居たであろう蝶は眼前に。
 明けゆく世界を気ままにひらりと飛んでいて。
「このまま列に倣って歩めば帰れるの? ――お前も?」
 問えば応じるように上下にてふてふ舞いて、はらはらとひかりを零しながらひいらりと飛んだ。
 明けきる前の、光よりもまだ夜闇が統べる刻。
 蝶が零す彩は映え、悪くは無いと零して。
「お前の友の彩も悪くは無いけれど、ね」
 返事なのだろうか。くうるり旋回する様は“お前”らしくない。
「もう少しらしくしていなよ」
 小さな笑みを零しながらも蝶の軌跡を追って、まどかはゆっくりと歩んだ。
 行列の端をゆっくりと歩むまどかたちの横を、歩幅の大きな妖怪たちが追い越していく。どの妖怪たちも嬉しげで、楽しげで、懐かしそうな顔をして、話に花を咲かせているようだ。
 煩わしさは感じない。
 けれど、嗚呼――少しばかり夜の冷えが身体に堪える。空を見上げれば、まだ明けるのにはまだ掛かりそうだった。妖怪たちのように懐かしい話をしたい訳ではないが、少しだけ、その熱を分けてほしいと思ったのだ。
「ねえ」
「どうした、坊主」
 通り過ぎようとした妖怪へと適当に声を掛ければ、振り返った姿に思わずピンクの彩が開かれた。
「坊主、迷子か?」
「まいご? とうさん、いっしょにいこうよ!」
 2mはありそうな身長の、ふかふかな毛皮のワーウルフ。その男の右肩から、ぽこんと子供が顔を出して笑えば、男はそうだなと頷いてまどかへと左手を差し出した。
「いかねえか?」
「……ありがとう」
 差し出された手に、右手を載せる。
 ふかふかな毛に包まれた手は、とてもあたたかだ。
 容れ物にも夢見鳥にも無いぬくもり。
(嗚呼――此れが、生きている証)
 掌の温もりを感じながら、ワーウルフの親子の声を聞いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ

どうして、
夜は明けるのだろう?

蝶を追って、蝶と共に、歩んでゆく幾つもの姿を、胡座のまま目で追って。
まるで盆だ。情緒なく思う。
…あの国の風習は多少馴染みが深いんだ。

真白の蝶が舞う。
あぁ、まだ居たのか。軽口を叩いて。
つかれた。今は動きたくない。
そんなガキじみた我儘にも…付き合ってくれるだろ?
あんた、何だかんだ甘かったもんなぁ。
…まるで、カイの分まで。
あぁ。途中で、解ったよ。
――シン。

蒼銀の髪も藍の眸も、変わらんな。
病に罹る前の姿。
背…は、俺が追い越したか。
アイツの兄弟分で。
何考えてるか解らん所は二人似てたけど。
あんた貧乏籤ばっかだったなぁ。

そうでもない?
俺の夜が明けたから…?
そっか。
…ありがとな




 闇を、光が払う。小さく生まれた光は緩やかに、けれど確実にその領域を広げて。
 嗚呼、朝が来る。闇が、夜が、終わりを迎えんとしていた。
(どうして、夜は明けるのだろう?)
 それが摂理だと、冷静な内なる自分が応えた。
 らしくない。そんなことは、己が一等解っていた。
 けれどこうして胡座を組み、蝶と共に、或いは大切な誰かと歩んでゆく幾つもの姿を目で追っているせいか、柄にもなく思ってしまうのだ。
(まるで、盆だ)
 一時だけ死者の魂がやって来て縁ある人々と過ごし、そして還っていく。蝶に宿る魂は還ってしまう訳ではないが、そのほんの少しだけの時が重なり合うような逢瀬は、クロトにとっては異国の地の、けれども多少馴染みのあるあの地の風習のようだ、と。
「あぁ、まだ居たのか」
 頭上を飛んだ真白の蝶に気付いて、一言。クロトは胡座を組んだまま行列を眺めるばかりで動こうとしない。
 行かないのかと言うように、蝶はたはたと頭上で飛び続ければ。
「つかれた。今は動きたくない」
 ため息とともに溢れた言葉に、蝶ははたりと動きを止めて。
「――そんなガキじみた我儘にも……付き合ってくれるだろ? あんた、何だかんだ甘かったもんなぁ」
(……まるで、カイの分まで)
 諦めたかのように、蝶はクロトの眼前へと飛んだ。
 淡くひかりを零す蝶はゆらめいて。
 そうしてひとりの男の姿になった。
「――シン」
 クロトの記憶にある、蒼銀の髪と藍の眸。
 病に罹る前の、彼が健康だった時の姿のままでクロトの前に立った男は、何を考えてるか解らない所の似ている『アイツ』の兄弟分。病に罹る前の姿だから、身長はとうにクロトの方が高いのが、座ったままでも解る。……記憶のままの姿なのに、自分の方が成長してしまっているという現実に、酷く違和を覚えた。
「あんた貧乏籤ばっかだったなぁ」
 自嘲も篭めた軽口を叩けば、ふるりと首を伴う否定が返り、薄い唇が開かれた。
「そうでもない?」
「お前の夜が明けたからだ」
 暫時どういう意味だと訝しむ視線を向けてしまう。
 けれど素直に、それが言葉通りに受け取れば良いのだと気付けば険が抜けて。
「そっか。……ありがとな」
 知らず上がった口端に気付くも、悪い気分ではなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結


ひいらりと舞う真白
常に先導するように往く『あなた』
導きを示したあかの耀きが
共にいきる白が解けてゆく
変じた姿を忘れるはずがない

耳に触れる鈴音の心地よいこと
切り取った『あなた』を封じた指輪は砕け
柘榴石を鎖した鳥籠の小瓶も既に無い
見おろす眸は、なんてやさしい

眞白の神格から切り取ったひと
わたしだけのために奪った魂の欠片
ねえ、『かみさま』
彼の真名は金糸雀を宿す神格のもの
ならばあなたは――

『ラン』
常に傍にあるあなた
猩々緋のいろを眸に映すひと
触れ合わずとも
言葉を発さずとも理解る

その眦が緩むだけでうれしい

告げるべき言葉は黄昏の下で終えている
その姿が蝶へと戻りゆくまで
やさしいその眸を、ずうと見つめていましょう




 ひいらりと真白が舞った。
 いつものように先導するあなたが、ひいらり、ふわり。雪のように舞えば、導きを示したあかの耀きが、共にいきる白が解けてゆく。
 ひかりの雪が解けて消えて、白いさくらに――あなたが現れた。
 ひとまたたきだって忘れたことのない、あなた。
 あなたが何も発さなくとも、その声は、そのまなざしは、いつだってまなうらに。くれないのように、咲いて。
 切り取ったあなたを封じた指輪は砕け、桜に攫われた事もある柘榴石を鎖した鳥籠の小瓶も既に無い。いくつものあなたを喪ったのに、あなたはひとつも色褪せない。
 わたしの名を呼ぶ鈴音はいつだって耳に心地よく、見おろす眸は、なんてやさしい。まなうらに思い描いていたあなたが何ひとつ違わないことに、歓喜の花が咲く心地だった。
 眞白の神格から切り取ったひとは、わたしだけのために奪った魂の欠片。
 わたしだけの、はな。
(ねえ、『かみさま』)
 けれど彼の真名は金糸雀を宿す神格のもの。
 今のあなたに相応しい呼び名は――。
(――『ラン』)
 常に傍にあるあなたは、猩々緋のいろを眸に映すひと。
 その眦が緩むだけでうれしいのに、その眸にわたしだけを映してくれていることが何よりもうれしい。
 告げるべき言葉は黄昏の下で終えているから、言葉は要らない。
 手を伸ばさなくても想いは伝わるから、触れなくていい。
 さよならも、大好きも、ありがとうも、眸に宿して。
 その姿が蝶へと戻りゆくまで、やさしいその眸をずうと見つめた。
 闇が解けて藍となり、あいが解けて青になって。
 マロウブルーにミルクを混ぜたような色になっても、ずうっとずうと。

 あなたの眸に映るわたしも、あなたと同じ貌をしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロム・エルフェルト


白猫の行く先を見守り、静かに踵を返す
嗚呼、今回も無事に解決できた
私はしっかり猟兵として頑張っているよ
――かかさま。
私を産んだ後、身体が弱くなって
私が3つになる頃、亡くなってしまった母

妖力の無い身に産み落とされた悔しさと、再会の嬉しさ
綯い交ぜになって、複雑な気持ち

私の幼少期の話を静かに聞く
産声はとても大きく元気な泣き声だった事
目が開いた時、自分譲りの蒼い瞳で嬉しかった事
好奇心旺盛で目が放せなかった事

……そっか。
私、ちゃんと愛されていたんだね。

別れ際に、おずおずと抱擁
滲む目元を隠すように、かかさまの着物に顔を埋める
……さようなら、かかさま。
私が今生のお役目を終えるまで、暫しの別離。
いつか、また。




(――嗚呼、今回も無事に解決できた)
 みゃんみゃんと駆けていく白猫はとても嬉しそうで、クロムは満ち足りた気持ちとともに静かに踵を返した。
 ほんの少しの距離を空け、ひとりの女性が立っている。
「私はしっかり猟兵として頑張っているよ。――かかさま」
 その人は、クロムの母だ。クロムを産んだ後の産後の肥立ちが悪く、若くして亡くなってしまった。クロムがまだ三歳の頃だった。
 母の記憶と呼べるものは無く、ただただ妖力の無い身に産み落とされた悔しさに母を恨んだ幼少期。眼前の女性をこの人がと見れば同じ気持ちが呼び起こされるものの、感じるのはそれだけではない。
(このひとが、かかさま)
 熱の籠もった優しげな瞳で、愛おしそうに見つめてくれるひと。
 嬉しさが、込み上げる。けれど悔しさも、根深くて。
 気持ちがグルグルと綯い交ぜになって、頭が混乱しそうだった。
「あなたが立派になって、うれしいわ」
 少し歩きましょうと促され、妖怪たちの行列の波に身を委ねる。
「あなたが生まれた時はね」
 語られるのは、クロムの知らないクロムの話。
 産声はとても大きく元気な泣き声だった事。
 目が開いた時、自分譲りの蒼い瞳で嬉しかった事。
 好奇心旺盛で目が放せなかった事。
 そしてとても、愛おしかった事。
「……そっか。私、ちゃんと愛されていたんだね」
 当たり前よと眉を上げた母の眉が哀しげにそっと落ちる。クロムの言葉は「愛されていないと今までずっと思っていた」ということだ。不可抗力とは言え、寂しい思いをさせてしまったのは事実だ。
「おいで」
 立ち止まった母に不思議そうに顔を向ければ、両手を広げて待っている。迷子のような瞳を向けても、母はただ微笑んでクロムを待っていた。
 世界が明るくなっていく。残された時間はもう、ほとんどない。
 おずおずと遠慮がちに手を伸ばしてその胸に飛び込めば、優しい腕が背中と頭を撫でてくれた。
「愛しているわ、わたしの可愛い娘」
 温もりが、優しかった。温もりが、愛おしかった。母の愛がそこにあった。
 ぽんぽんと背を弾む手を、抱きしめられた温かさを、身体が知っている。覚えていなかったことが、懐かしさとともにこみ上げた。
 母の着物に静かに涙を染み込ませ、母の姿が見えなくなるまでその腕に甘えていた。
「……さようなら、かかさま」
 今生のお役目を終えたら、胸を張って会いに行くね。

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織


妖怪達が一人、一人と列をなしてゆくのを見守って
ほっと息をつく
気配を感じて振り返れば人の影

一瞬、あの子だと思った
銀の髪も
狼の耳と尻尾も
藍の瞳も
あの子と同じ色だったから

でも違った
銀糸は引き摺る程に長く
紅の一筋は無い
瞳の藍は月の金を抱いている
語り継がれる神が身につけるような和装の…女性

あなたは…
雰囲気も己を見る瞳も柔らかい
伸ばされる手を警戒しつつも受け入れれば
そっと頭を撫でられる
それはとても優しいもの

この手を私は知っていると…思う
はっきりと思い出すことは出来ないけれど
ずっと幼い頃
森で迷子になった時
朧気に、その姿を見た気がする

…ありがとう
知っているようで知らない
静かでとてもあたたかな
月のようなひと




 夜明けの時間はいつだって静かで、小鳥たちもひっそりと過ごす時間だ。けれど今日の世界の明ける時間は、少しだけ賑やかだった。
 懐かしい人に会えた妖怪たちが涙を零しながら、或いは喜びながら、一人、一人と列を成してゆく。どの妖怪たちにも統一してあるのは、満ち足りたものだろう。
 その列を愛おしげに眺め、千織はホッと息をつく。良かったという気持ちが胸に温かい。
 そんな千織の元にも、訪れるひとがいる。
 気配を感じて振り返れば、ひとの影。明けゆく世界の光に反射するのは、銀の色。
 ――一瞬、あの子だと思った。銀の髪も、狼の耳と尻尾も、藍の瞳も、あの子と同じ色だったから。
(……違う)
 最初に気付いたのは、髪の長さだ。引きずる程に長い銀糸を、あの子は持ち得ていなかった。それに、紅の一筋も無い。あまりマジマジと知らないひとを見るのは失礼かもしれないが――よくよく見れば、瞳の藍は月の金を抱いていた。語り継がれる神が身につけるような和装の……女性だった。
「あなたは……」
 見れば見るほど知らないひとなのに、纏う雰囲気も、千織を見る瞳も柔らかなもの。
 女性が嫋やかな仕草で動き、そっと手が伸ばされる。白魚のような指先が頭に触れれば、僅かに抱いた警戒は解けて消えた。
 頭を撫でる手付きは、とても優しいもの。まるで幼子をあやす母のような、幼い頃からずっと傍で見守ってくれていたひとが大きくなったねと成長を喜ぶような、慈しみの籠もったものだった。
(私は、この手を知っている……?)
 いくら記憶を探っても、はっきりと思い出すことは出来ない。
(けれどずっと幼い頃、森で迷子になった時――)
 その姿を見た気がした。朧気な記憶では定かではないけれど、懐かしさと温かさを胸に感じて。
「……ありがとう」
 知っているようで知らないひとのはずなのに、自然と感謝の言葉が溢れた。
 静かでとてもあたたかな月のようなひとの手に撫でられながら、千織はそっと目を閉じる。時間が許す限り、どうかこのままでいさせてほしい、と。

大成功 🔵​🔵​🔵​

日東寺・有頂
夕辺【f00514】と

白か蝶の正体
そがん気はしたが、と
初めて目の当たりにする夕辺の父ちゃん母ちゃんの顔ば見つめる
ああ、やはりよー似とう

夕辺の傍らで彼女の言葉を待つ
お前が何を伝えたいか分かってる
だから痛む、この胸が
お前と同じに お前と共に
そっと薄い背へ手を添えた

夕辺が言い終えるまで待って
繋いだ手をより固く
真っ直ぐ二人の目ば視て
俺、夕辺さんをもらいます
俺がこのひとの「かて」になります
最後の その先まで

ふたりに微笑んで夕辺の雫を掬う
このひとの涙は、必ず俺が拭います
どうか 見守っていて下さい
深く頭を下げた


佐々・夕辺
有頂【f22060】と

白い蝶が変じたのは
身体中に包帯を巻いた若い夫婦
お父さん、お母さん!
呼び掛ければ二人は嬉しそうに笑う

あのね
そこまで言って私の喉は詰まる
余りにも言いたいことが
伝えたいことが多過ぎて
背に触れる手に、これだけはと
伝えたいことを見付けた

あのね!
私、一緒に生きる人が出来たの!
有頂の手を取り、この人、と振る
この人と、一緒に生きるの!
ずっと…ずっと!最後まで!

「心配したのよ」
「でも」
「夕辺が一人でなくて、良かった」

涙が溢れる
ごめんね、食べちゃってごめんね
生かしてくれてありがとう
堪えきれずに有頂の身体にしがみついて泣いた

「娘をどうかお願いしますね」
「二人ともどうか、幸せに」




「お父さん、お母さん!」
 喉が裂けてしまったのではないかと思えるほどの、悲痛な声。会いたくて、逢えなくて。けど、会えたとして、どんな顔をすればいいのかも解らなかった。
 衿元をぎゅうと握りしめ、ボロボロと大粒の涙を零す夕辺の前には、身体中に包帯を巻いた若い夫婦の姿。ふたりと別れた頃よりもずっと大きく成長した娘の姿に、優しげに、嬉しそうな笑みを向けていた。
(ああ、やはりよー似とう)
 ゆらりと揺れて形を変えた白蝶の正体。そうであればいいと、ひそりと有頂が願っていた姿を目の前に、有頂は夕辺に寄り添う形で立つ。いつでも彼女の力になれるように、いつでも彼女を支えられるように。
「あのね」
 言いたいことが沢山ある。有りすぎて、喉が詰まる。
 ずっとずっと、ふたりを想って生きてきた。
 ずっとずっと、あの時の辛さを、あの日の惨劇を、忘れたことなんて、なかった。
 あの年、あの時、村が大飢饉に襲われて。父母は娘の為に肉(あい)を差し出した。腹が減っていた。食べなければ死んでいた。父母は笑って逝った。食べねば全て無駄になった。ふたりの命を、無駄になんてできなかった。
 ごめんねと謝りたい。食べちゃってごめんねと。
 それから、ありがとうと伝えたい。生かしてくれてありがとうって。
「ぅぅ……ぅっ……あの、ね」
 零れ落ちる涙が、言葉を浚う。伝えたい気持ちがグルグル渦巻いて、目が回りそうだ。それでもこれだけはと伝えたい事があるから、夕辺は崩れ落ちずに震えながら耐えた。
 そんな夕辺を、有頂は静かに見守っていた。彼女が何を伝えたいか、どんな気持ちでいるのか、痛いほどに解る。ずっと隣で見てきた。素直になれない意地っ張りなくせに、寂しがり屋で怖がりで、泣き虫な……目の離せない女の子だ。
 夕辺が気持ちを言葉にするまで、口は出さないと決めている。
 けれど、彼女を支えるのは有頂の役目だ。
 薄い背へそっと手を添えれば、有頂の熱は夕辺に伝わる。
 傍らに、有頂が居てくれる。ずっと一緒に居たいと思える人が居てくれる。
「あのね!」
 ぐっと力を篭めて出した声は、思ったよりも大きな声が出た。背に添えられた手と反対の手が、夕辺の手を撫でてくれる。
「私、一緒に生きる人が出来たの!」
 この人、と。撫でてくれた手を取って、握って。
「この人と、一緒に生きるの! ずっと……ずっと! 最後まで!」
「俺、夕辺さんをもらいます。俺がこのひとの『かて』になります」
 最期の、その先まで。
 夕辺の両親の目を真っ直ぐに見て、ふたりへと静かに、けれど熱の籠もった声で告げる。ぎゅうっと握ってくる夕辺の手が、闇の中よりも熱かった。
「心配、したのよ」
 ねえ、と母が父へ同意を求めるように話しかければ、ああと穏やかな笑顔。
「夕辺が一人でなくて、良かった」
 溢れる涙を有頂が指で掬ってくれるけれど、せり上がる涙と嗚咽をこれ以上堪えることが出来なくて、夕辺は有頂の身体にしがみつく。
 ごめんね、ありがとう、大好き。ずっとずっと、大好きだよ。
 夕辺の気持ちはきっと、ふたりにも有頂にも伝わっているはずだ。
 有頂はしがみつく身体を抱きしめ、震える頭をひと撫でしてふたりへと向き直る。
「このひとの涙は、必ず俺が拭います」
 これから先も、きっとこの子は泣くから。その都度拭うと、約束する。
 辛くとも苦しくとも、決して傍を離れず、ふたりで――。
「だからどうか、俺たちを見守っていて下さい」
「娘をどうかお願いしますね」
「二人ともどうか、幸せに」
 深く頭を下げた有頂に、夕辺の両親は穏やかに微笑んでいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

霞末・遵
【幽蜻蛉】
惟継さんみっけ
だめじゃない勝手にお散歩しちゃあ
私? 私はねえ、えーっと
お散歩……してたかなあ……
結局何だったんだろうね

幽世の蝶は死んだひとの魂を持ってるんだって
惟継さんなら知ってるか
おじさんも死んでからちょうちょ出せるようになったんだ
魂飛び散ってるのかなあこれ
……ちょっと恥ずかしいね
いつの間にかすり減ってなくならなきゃいいけど
いつかの話はまだいいか。便利だしね

さて
蜘蛛がご馳走を目の前にしてこれだけ我慢したんだ
いい加減こいつも食われる心構えができたでしょ
わざわざ私の前に姿を見せる魂なんてひとつしかないよ

なあちょうちょ
お前も群れに戻るんだ
いただきます

えっ、食べないの? 淡白で美味しいよ


鈴久名・惟継
【幽蜻蛉】
おぉ、遵殿か
お前さんこそ、ちゃんと俺に掴まるなりしていれば良かったのだぞ
何も無かったか?散歩?まぁ、無事ならばそれで良いが
俺も暫し寛がせて貰ったがな

幽世は過去の遺物を組み上げた世界だ
魂も過去に生きていた者の遺物と考えれば、おかしくはないものだ
はっはっは、魂が飛び散るか
どうであれ飛び散ろうとも、遵殿そのものが此処に居れば良い

なに、食うつもりか?
いや、遵殿の蝶の一部になるのか……なかなかに衝撃的だ

さて、俺の蝶は……姉上の姿にはならなかったか
つまりまだ生きているか、将又魂さえ消えてしまったのか
……いや、これ以上は考えるのは止めておこう
それよりお前さんは俺と来るか?
蝶一匹連れても問題なかろう




 ひらりと逃げる蝶を追いかけていれば、懐かしい景色は消えて。
「ねぇちょうちょ、惟継さん知らない?」
 迷子なんだよ困ったねぇ。ほんと困ったさんだよ。だからたまには探してあげようかなあ。
 気紛れにはたはたと飛ぶ蝶の後をそのまま追い続けた先に、明けゆく世界に大きな見知った姿が見えてくる。
「惟継さんみっけ」
「おぉ、遵殿か」
 名を呼べば振り返る知った顔にひらりと手を振ると、軽い足取りで近寄った。
「だめじゃない勝手にお散歩しちゃあ」
「お前さんこそ、ちゃんと俺に掴まるなりしていれば良かったのだぞ」
 どこで何をしていたのかと言われれば、遵はこてんと首を傾げて、口元にひとつたてた指を添えながらえーっとねと右に左に視線を遣った。
「お散歩……してたかなあ……」
「散歩? まぁ、無事ならばそれで良いが」
 お互いに懐かしい場所への散歩ならば、どちらが悪いというものでもないだろう。迷子にならぬことに越したことはないのだが。
「あ、逃げた」
 ひらりと飛ぶ蝶へと遵が手を伸ばせば、蝶はひらひらと逃げていく。全ての幽世蝶がそうという訳ではないけれど、此処で人々を誘っている蝶はひとの魂を持っている。危ないと感じれば逃げるし、まだ傍に居たいと思っていたら傍らを飛ぶし、食べられてもいいと思えば食べられる。
 死んでから蝶を出せるようになった遵は蝶を見て、ふと思いついたことを口にする。
「魂飛び散ってるのかなあこれ」
 蝶を飛ばす度に魂を載せて飛び散らせていたとしたら、他の人に魂を見せているようだ。惟継の前でだって――今日だって出した。色んな人に見られちゃうのって、なんだかちょっと恥ずかしい。
「はっはっは、魂が飛び散るか」
「笑わないでよ、私の気も知らないで」
 いつの間にかすり減ってなくなったら、私困るんだからね。
 なんて告げる顔は、笑みのまま。
 いつかそうなっても便利だし、今は別に気にしないでいいや。いつかの話はまたいつか。いつかそうなった時に考えれば良いことなのだ。
「すまない。どうであれ飛び散ろうとも、遵殿そのものが此処に居れば良い」
「私は惟継さんみたいに勝手にお散歩しないよ」
 蜘蛛はね、巣でジッとしているものだからね。
 少しの間蝶へと伸ばす手を止めていた遵の腕が素早く動いた。
「なあちょうちょ、お前も群れに戻るんだ」
 掌の檻に捕まえた蝶を見てにんまり笑えば、「なに、食うつもりか?」と惟継が眉を寄せる。若干引いたようだが、「だって私は蜘蛛だもの。それに群れに戻すだけ」と告げれば、解ったような……でも受け入れがたいことのような、そんな表情を惟継は浮かべた。
「いい加減こいつも食われる心構えができてるはずだよ。いただきます」
 わざわざ遵の前に現れる魂なんてひとつしかないのだから、配慮してあげる必要なんてない。あーんっと口を開けて、ぱくり。ごっくん。うん、まあまあ。
 食べる様を微妙な顔で見守った惟継の背後に、もう一頭の蝶が遵から隠れるように移動した。
 蝶は惟継の姉の姿にはならなかった。という事は、姉はまだ生きているか、将又魂さえ消えてしまったか、と言うことだ。
「……お前さんは俺と来るか?」
 姉では無かったが、懐かしさを感じる蝶だ。連れ歩いても問題はなかろう。
「えっ、食べないの? 淡白で美味しいよ」
 どうして食べないのか解らないと言う表情で惟継の背後を覗き込む遵から、惟継はそっと掌で蝶を隠した。
「……遵殿、好みはひとそれぞれだ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ


黒蝶々が舞い踊る
明ける青がまるで水底のよう

重なる金の眼差しに笑む
黒い髪も
背の紅翼も覚えてる

舞台に真摯で厳しくてやさしい
少なくとも僕には優しかった
たったひとりの存在

忘れるわけがない
かあさんにまた逢えたよ

とうさん

そう告げれば
父はただ僕の頬を撫でてくれて

僕ねとうさんのお姉さんにあってみたい
かあさんを殺したひと
憎むことは簡単で
復讐することだって容易

でも僕は彼女の事を何も知らないから
偽善かもしれないけど
前を向いて進んでいくために

…お前は何も見ずとも良いと言うかな?
わるいこでごめんね

ちゃんと見て自分で決める

微笑んでくれた気がした
青い夜に舞う黒蝶々に手を伸ばす

大丈夫
だってふたりも、そばに居てくれるんだから




 黒は深い水底。明けゆくごとに青くなれば、水面を目指して游いでいるようで。
 水底までは連れていけない黒蝶が水底に共にいるようで、なんだか少し不思議で――嬉しい気分。
 はたりと舞った蝶が揺らいで、ヴェールのように黒髪が広がる。紅翼が開いて、金の瞳が重なって――嗚呼、覚えている。幼い頃に、いつも見ていたその姿。舞台に真摯で厳しくてやさしい。鞭打つ音に怯えた事はあったけれど、眼差しはいつも優しくリルを見守っていた。
「リル――私を覚えているか」
 忘れるわけがない。かけがえのない、たったひとりの存在。
「当たり前だよ、とうさん」
 伸ばされた手に自ら頬を寄せれば、慣れた手付きで撫でられる。その掌に「かあさんにまた逢えたよ」と告げれば、「そうか」と返る静かな声。僅かに頬を撫でる手が震えたことには、気付かない振りをしてあげる。
「僕ねとうさんのお姉さんにあってみたい」
「……何故」
 今度は手に感情が現れない。隠すことに慣れているひとだ。簡単に心を悟らせてはくれない。
(とうさんのお姉さんは、かあさんを殺したひと)
 憎むことは簡単で、復讐することだって容易だ。
(けれど僕は、彼女の事を何も知らない)
 彼女の悩みも、想いも、その時何が起きたのかも。
 知らないから、知りたいと思った。
 許せるなら、許したいと思った。
 ただ感情をぶつけることは簡単で……以前のリルならそうしていただろう。
「僕ね、前を向いて進んでいきたいんだ」
 一緒に歩んでいきたいひとがいる。支えたいひとがいる。だから前を向いていたい。
(……お前は何も見ずとも良いと言うかな?)
 わるいこでごめんね。
 返ってくるだろう言葉を予想して眉を下げる。せっかく会えたのに、呆れられてしまうかもしれない。
 けれど見上げた金に、
「大きくなったな、リル」
「え、」
 微笑を、見つけた。
「お前がそうしたいのなら、そうすると良い」
「っ」
「自分で決めて、責任を持ちなさい。返事は?」
「……うん! うん、とうさん! ちゃんと見て自分で決める!」
 全てを言い切るよりも前に、水底の泡よりも儚く、父の姿は消えてしまった。
 青い夜に舞う黒蝶々に手を伸ばす。
 大丈夫、決められる。だってふたりがね、そばに居てくれるんだから。
 水底のような夜に小さく笑い声を立て、人魚は蝶たちと泳ぐ。
 今はとても、『ただいま』を言いたい気分だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セシル・エアハート
…父様?父様…なの?
涙が溢れて止まらない。
あの時自分を庇って死んだ父様が目の前にいる。

父様…っ、 会いたかった…!
久しぶりの再会を喜んだ後、二人で何気ない会話を交わす。
猟兵になってから色んな事を話すと、父様は穏やかに微笑む。
『強くなったな、セシル』
ええ、父様。
あの時があったから。
もっと強くなって苦しんでる人達を助けたい、守りたいって思えるようになったから。

ああ、父様の身体が少しずつ透けていく…。
向こうの世界に還っても俺の事を忘れないでね。
母様や皆にも、伝えて欲しい。

さよなら…父様。
父様を見送った後、晴れやかな笑顔で青空を眺めた。




 明るむ世界によかったと瞳を細める。これで皆在るべき場所に帰れると安堵した時、傍らをひいらりと飛んだ蝶がその姿を変えた。
「……父様? 父様……なの?」
 瞳が大きく見開かれ、目の前の人物を凝視する。驚きと、喜びと、様々な感情が一気に溢れ出しコントロールがきかなくなった。開いたままの瞳の下部に熱を感じ、それが頬を伝うまでに時間は掛からなかった。ボロボロと溢れる涙を拭う時間も惜しかった。ずっと会いたいと思っていた人が目の前に居るのだ。瞬きさえ惜しいと感じていた。
 ――ああ、父様……!
 あの時、セシルを庇って死んだ父が、眼前で穏やかに微笑んでいたのだ。
「父様……っ、 会いたかった……!」
 再会を喜べば、「私もだよ」と父が微笑んでくれる。
 まずは近況を報告して、父が居なくなってからどう過ごしたのか、それから猟兵になってからのことを父に話した。心の中はずっと渦を巻いているみたいで上手に話せたとは言い難い。けれど父はセシルの言葉ひとつひとつを聞いて、穏やかに頷き、微笑みながら見守ってくれていた。
「強くなったな、セシル」
「ええ、父様。……あの時があったから。もっと強くなって苦しんでる人達を助けたい、守りたいって思えるようになったから、俺は父様の息子として恥じぬよう鍛錬を積んできたんだ」
 いつか父のようになれたらと、貴方の背を追って生きてきた。
 父や母、皆がきっと見守ってくれていると、信じて。
 次第に世界は明るくなっていき、父の身体も少しずつ光にとけていく。
 ああ、またお別れが来る。もうこうして会話が出来ることも無いかも知れない。
「元気でな、セシル」
「ええ、父様。向こうの世界に還っても俺の事を忘れないでね」
 涙を飲み込んで、母や皆にも伝えてと笑みを向ける。
 今度の別れは、笑顔で見送りたかったから。
「さよなら……父様」
 父の姿が完全に見えなくなるまで見送り、晴れやかな笑顔で空を見上げた。
 胸は清々しく、澄んでいる。
 これからも人々を護っていくよ、父様。
 空に、父に、誓いをたてて。

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵雛花・十雉
【蛇十雉】

ああ
どうりで懐かしいと思った
ずっと会いたかったんだ
お父さん

オレを庇って代わりに死んだお父さん
本当はオレが死ぬ筈だったのに、オレのせいで…
だから会って謝りたいってずっと思ってた
それなのに
いざ会えたら怖くて言葉が出ない
涙ばかり溢れるのが情けないよ

なつめ…
ありがとう
行ってくる

お父さん
オレのせいでごめんなさい
お父さんはオレにとってずっと『カッコいい男』で
ずっと大好きだよ

お父さんは微笑って
大きな手で頭を撫でてくれた

ああそうだ
そういえば最期も
こんな顔してたっけ

お父さんはまた蝶の姿に
まだお父さんの魂が宿ってるかは分からないけど
この蝶があの世とこの世…お父さんとオレを繋げてくれるような
そんな気がする


唄夜舞・なつめ
【蛇十雉】
ひいらり。
飛んできた蝶が
姿を変える
尾が切れていて切断部を
赤いリボンで結んだ赤目の白蛇
その姿を見れば
思い出したかのように呟く

あぁ…おまえだったのかァ
尻尾の白蛇だった頃の…俺。
てことはそのリボンはアイツのかァ
…ホント、最後まで優しーやつ

いきな。ゆっくり休んでくれ
ーーーあとは俺が受け継ぐから

そう言って蝶を見送れば
泣く十雉の背中に声を送る

…なァに泣いてんだよ
会ったら言いたいこと
あったんだろ。
謝るだけじゃなくて
いつも言ってる
尊敬の言葉もつけてやんなァ
ほォら行ってこい!(バシッと背を叩いて送り出す)

…おかえり。しっかり言えて
よかったなァ!(頭わしゃわしゃ)

さ、帰るかァ。
傷の手当もしねーとなァ




 迷うような素振りでひらりと蝶が飛ぶ。明けゆく空でぱたぱたと飛んでなつめの周りを旋回した蝶だったが、なつめに「いきな」と掛けられた声にひいらりと何処かへと飛んでいった。
 なつめは出会えなかったが、蝶は『死者の和御魂』を持っている。死んで、まだ輪廻の輪に加わっていない霊魂が一時的に宿っている、或いは転生して幽世蝶になっている。転生して今の自身が在る以上、自身の和御魂に会うことはない。もし会えるとしたら――分魂をしているか、もしくは自身が荒御魂であるか、だろう。
 懐かしいと感じた。近しい何かだと感じていた。けれど何なのかわからずじまいだった。
(姿変えねェんなら会いたい訳じゃねェってことだろうし)
 まあいいかと頭を掻くと、すぐ近くでぐすっと鼻を啜る音がして。
 振り返れば、十雉が大粒の涙を零して泣いていた。
「おとう、さん……」
(――ああ、どうりで懐かしいと思った。ずっと会いたかったんだ)
 十雉の眼前には、男が立っていた。なつめの知らない相手だが、正体は十雉の言から知れている。十雉の、父だ。
 その人を前にして十雉はボロボロと涙を零すばかりで、唇を震わせては涙とともに言葉を飲み込んでいた。
(まったく、仕方ねェなァときじはよォ)
 呆れたような、慈しむような、そんな笑みをなつめは浮かべる。ハッパを掛けてやるのはなつめの役目だ。
「……なァに泣いてんだよ。会ったら言いたいことあったんだろ」
 十雉はなつめに話してくれた。大好きだった父のことを。
 優しくてカッコよくて憧れで、けれど十雉を庇って死んでしまった十雉の父。
 思い出しては謝りたいと泣いていた。けれどそれ以上に、十雉は父へのたくさんの尊敬の言葉を懐かしがりながらも口にしていたのだ。
「ほォら行ってこい!」
「なつめ……」
 バシンと背を痛いくらいに叩かれて、十雉は驚いた顔でなつめを見て。
「ありがとう、行ってくる」
「おう、ここで見ててやるからなァ」
 なつめに背を押され、十雉は一歩前へと踏み出す。
 涙は止まらないけれど、残された時間も少ない。これ以上時間を無駄にする訳にはいかないと顔を上げて父を見る。父は真っ直ぐに、優しげな表情で十雉を見守ってくれていた。
「お父さん」
「十雉」
「オレのせいでごめんなさい」
 父が、困ったような顔をする。十雉のせいだとは、思っていないのだろう。
(――いい親父さんじゃねェか)
 十雉から聞いていたとおりだ。なつめは声を掛けず、ふたりを見守る。言いたいことが言えるように、喝は入れてやった。あとは十雉次第だ。
「ずっと言いたかったことがあるんだ、お父さん」
「なんだ、十雉」
「お父さんはずっとオレにとっての『カッコいい男』で、ずっとずっと大好きだよ」
 十雉の父が微笑んで、ゆっくりと手を伸ばす。
(ああそうだ。そういえば最期もこんな顔してたっけ)
 記憶の中の姿と、今の姿が重なった。
 優しく撫でてくれる父を見上げ、十雉も微笑むことが出来た。ぽろりとまた涙が溢れたけれど、それは悲しんだり、自分を責めるような涙ではなかった。
 明るむ世界とともに、父の姿はまた蝶へと変わった。この蝶に父の魂がまだ宿っているのかは解らない。けれど。
(この蝶があの世とこの世……お父さんとオレを繋げてくれるような……そんな気がする)
 あっ、そうだなつめ! と慌てて振り返れば、相棒が目を細めて猫みたいににんまり笑う。
「……おかえり」
「……ん。ただいま」
 待たせちゃってごめんねと近寄れば、オラと手を伸ばされて。
「しっかり言えてよかったなァ!」
「ちょ、なつめ」
 頭をワシャワシャと手荒く撫でられて子供じゃないんだからと抗議の声を上げるも、聞いては貰えない。心配も色々掛けただろうし、仕方ないか。十雉はその状態を甘んじることにした。父と違う撫で方も、受け入れてしまえば心地よい。
「さ、帰るかァ。傷の手当もしねーとなァ」
 満足するまでワシャワシャと撫でたなつめはくしゃくしゃになった十雉の頭を開放し、機嫌よく笑って十雉の手を取って歩きだす。
 帰るべき場所へと向かうふたりの後を、十雉の蝶が見守るように飛んでいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

天音・亮


朝がくる
蝶が形変え現れた姿に微笑んだ

やっぱりはるとだった

弟の晴翔
今はもうこの世界に居ないきみ
それでもいつだって
きみが傍で私を守ってくれている様に感じていた

気付いてたんだ?
なんとなくね
鈍いお姉ちゃんでも流石に気付いたか
お、生意気は相変わらず?

なんて会話も懐かしくて
嬉しい

お姉ちゃんこそ、相変わらず一人で抱え込んでる

俺は全部お見通し、たぶん兄ちゃんも
…だろうね

言ったきり黙りこくった私のおでこに
不意打ちのデコピンのような感触

お姉ちゃんが兄ちゃんのヒーローになるなら
俺がお姉ちゃんのヒーローになるよ
ずっと傍で守っているから

──だから、ありのままの天音亮でいてよ

淡く光に溶けてく秋灯りに
…うん
とだけ返した




 朝がくる。
 ちいさな明かりから始まった明るみは、ゆっくりとその範囲を広げて、闇を照らして色を生み出した。闇でしか無かった空は海へと変わるよう。さざなみのたたない、静かな明けの海。
 元気にはたはたと飛んだ蝶が輪郭を変え、ヨッと片手を上げてくる。驚かせてやろうなんて、ちょっとした悪戯心の滲んだ顔で――その顔が懐かしくて愛おしくて、亮は驚かずに小さく微笑んだ。
「やっぱりはるとだった」
 今もうこの世界に居ない、弟の晴翔。元気で明るくて、秋の陽だまりのような、亮の大切な弟だ。
 彼は世界から居なくなってしまったけれど、それでもいつだって傍に居てくれていると亮は思っていた。傍で守ってくれているのだと、感じていた。暗闇の中でだってそうだ。「お姉ちゃんこっちだよ」ってあの頃みたいに手を引こうとしてくれていた。
「気付いてたんだ?」
「なんとなくね」
「鈍いお姉ちゃんでも流石に気付いたか」
「お、生意気は相変わらず?」
 ポンと投げれば返ってくるボールみたいに、弾む会話が懐かしい。
 いつもこうやって、気兼ねなく話をしていた。
 あの頃に戻ったみたいで嬉しくて――だからこそやっぱり、寂しかった。懐かしいと思えるのは、もうそれが無いからだ。
「お姉ちゃんこそ、相変わらず一人で抱え込んでる」
 図星だった。弟はいつも、こういうところで聡い。
 ごまかしたってきっと無駄なんだろう。
「俺は全部お見通し、たぶん兄ちゃんも」
「……だろうね」
 見通されている事が解っていても、気付かない振りをしている。指摘されなければ、気持ちを騙すことは出来るから。
「……ぃッた!」
 黙りこくってしまった亮の額に小気味よい音が響いた。
 思わず額を抑えた亮を見て、晴翔が笑う。
「お姉ちゃんが兄ちゃんのヒーローになるなら、俺がお姉ちゃんのヒーローになるよ。ずっと傍で守っている。……だから――」
 太陽みたいな笑みでだからと口にして、秋灯りが明るむ景色に溶けていく。
 ひいらりと飛んだ蝶に、小さく「……うん」と頷いて返した。
 きみがそう、望んでくれるなら。

 ──だから、ありのままの天音亮でいてよ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーファス・グレンヴィル
禰々子(f28231)と

お前の道案内があったら
何処へでも迷わず行けるだろ

禰々子のおかげで助かった
危うく二人で死んでたかもな
と豪快に笑い飛ばして

ひらひらと舞う傍らの蝶々は
いつまで経っても姿を変えない
禰々子の蝶子は? 変わったか?

ふたりの様子を見守りつつ
想い馳せるのは自分の事

オレに家族は居ない
誰にも話す気なんてない
ひとり、戦場で生きてきた
ナイトだけが唯一無二の悪友で
家族みたいな存在だから

だから、オレに
懐かしい存在なんて──

指先を差し出せば
そこに留まる幽世蝶
優しく双眸を細めて見る

なあ、禰々子
コイツの名前、考えようかな
特別だなんて大層なものじゃねえが
──いつかの未来で、
蝶々の正体が知れれば良いだけだよ


花嶌・禰々子
ルーファス(f06629)と

あの猫ちゃん
もう迷わずに、泣かずに進めるかしら
またひとつ魂を送って道案内が出来たかな

ふふ、ルーファス自身の力よ
あたしは一緒に居ただけ
でもそうね、一緒なのが良いのかも

蝶々はひらひらと舞っているだけ
きっと背を向けたから、今が良いと選んだから
ううん、と彼に首を振ってそのまま歩いていく

皆が想う誰かに逢えたなら、それだけで十分
傍にいなくてもいいよ
そっと告げたら蝶々は光に紛れていく

あたしは、あたし
今と昔は違っていて縋るものじゃないの
懐かしさは胸に抱くから
さよなら、と見えなくなった蝶に手を振った

どうしたのルーファス
まあ、素敵だと思うわ!
だって名前を貰ったり付けるのは特別の証だから




 みゃんみゃんと鳴きながら駆けていった白猫はとても嬉しそうで、禰々子は見送る視線を和らげた。
「あの猫ちゃん……もう迷わずに、泣かずに進めるかしら」
「お前の道案内があったら何処へでも迷わず行けるだろ」
 迷いのない言葉が傍らから返り、思わず禰々子はルーファスを見上げた。光が戻りつつある空を背に見る彼の顔は『当然』と言わんばかりのもので。自分のことじゃないのにあまりにも彼が自信満々な顔をするものだから、思わず禰々子はそうねと笑ってしまう。またひとつ魂を送って、道案内が出来ていればよいなと思いながら。
 それにしても、と。ふと表情を変えたルーファスが口を開く。
「禰々子のおかげで助かった」
 危うく二人で死んでたかもな、なんて豪快に笑い飛ばせば、禰々子もふふっと笑って。
「ふふ、ルーファス自身の力よ。あたしは一緒に居ただけ」
 けれど、一人だったらどうなっていたかはわからない。
 お互いにお互いを思い出し、戻ろうと思えたから良かったのかも知れない。
 君が居てくれて良かったなんて言葉は口にはしないけれど、きっとその思いは互いに伝わっている。小さく笑い合って、視線はひらひらと飛ぶ蝶へと向けられた。
 ふたりの蝶はひらひらと、楽しげに空を舞っている。闇が解けて海のような青に染まる空が楽しいのか、戯れるように。ただ舞う、それだけだ。
 懐かしい気配はする。周囲の妖怪たちの様子からして、縁深い何かなのは間違いないのだが、何なのかは解らない。
 結局この蝶はなんだったんだろうなとルーファスが呟けば、禰々子もふるりと首を振る。もしかしたら解ったかもしれないけれど、あの時にきっと背を向けたから、今が良いと選んだから、その機会を逸したのだろう。
 けれど、皆が想う誰かに逢えたなら、それだけで十分だ。ゆっくりと歩を進めながら禰々子は少し上を飛ぶ蝶を見上げた。
「傍にいなくてもいいよ」
 あたしは、あたし。今と昔は違っていて縋るものじゃないの。
 それに懐かしさは、胸に抱くからいいのだ。君が居なくても大丈夫だよと告げれば、ひらり、白猫が消えた方向へ蝶が飛ぶ。すぐに見えなくなった蝶へと、さよならと手を振った。
 そんな禰々子を見守りながら、ルーファスは自身のことに思いを馳せていた。
 誰にも話す気はないが、ルーファスに家族は居ない。常に戦場に身を置いて、ひとり――悪友のナイトとともに戦場を駆け、生きてきた。ナイトだけが唯一無二の友で、家族みたいな存在だった。
(そんなオレに懐かしい存在なんて──)
 そう、思うのに。この胸に湧き上がる懐かしさは一体何なのだろうか。
 掴めそうで掴めないモヤッとした感覚は、出口を見つけられない迷路のようだ。どこかに正解の道があるはずなのに、それを掴めずにいる。
 ひいらり舞う蝶は、何を思っているのか――何も思っていないのか。
 お前はどうしたいのだと問うように指を差し出せば、それを舞っていたかのように蝶が翅を休めた。
「なあ、禰々子」
 優しく双眸を細めて見たルーファスは、決めた。
 蝶を見送っていた禰々子の背に声を掛ければ、すぐに大きな瞳が此方を向いた。
「どうしたのルーファス」
「コイツの名前、考えようかな」
 正体は解らないけれど、これも何かの縁だろう。
 連れて行こうと思うと口にしたルーファスを見て、禰々子はパッと顔を明るくして手を合わせた。
「まあ、素敵だと思うわ!」
「そうか?」
「だって名前を貰ったり付けるのは特別の証だから」
「特別だなんて大層なものじゃねえが……」
「何?」
「いいや、なんでもない」
 ──いつかの未来で、蝶々の正体が知れれば良いだけだよ。
 想いは胸に秘めたまま帰るかと促せば、元気よく賛成と返した禰々子は折角だからと妖怪たちの行列に混ざりにいく。ルーファスはナイトとは違う友の背を追った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

汪・皓湛

白んでいく視界に入った爽やかな青が
蝶が長身の男に変わる

一つに結わえた長い黒髪
長身に纏う黒衣
初めて会った時は万禍を腕に血塗れで息絶えていた人
梁家の方々と同様呪いに殺された、万禍の使い手
驚きのあまり声が出ない
万禍も同じなのか一言も発しない

『ああ、やっと礼が言える』

あの日万禍を助けてくれて有難うと
蝶と同じ青が笑って万禍に触れる
叶うなら話してみたかったと何度も思った方故に
口を開けたのは心からの天揖を返した後

私も、万禍には幾度も救われました
闇の中では貴方の導きに

黎・宇狼殿
貴方の万禍は本当に素晴らしい剣で…私の、自慢の友です

君で良かったと笑まれれば誇らしくて

しかし何故万禍は無言に?

『…気絶してるな』
えっ




 小さな白から始まった世界の明けは、ゆるゆるとその範囲を広げて。
 白んでいく視界に入った爽やかな青が――蝶が、皓湛の眼前で長身の男へと変じた。
 高い位置で一つに結わえた長い黒髪。すらりと手足の伸びた長身は黒い漢服を纏い、涼し気な切れ長の青目が皓湛へと向けられる。
 思わず、息を飲んだ。驚きのあまり声は出ず、何か言わなくてはと気持ちは逸るものの、彼の人の瞳が柔らかく綻んで笑みの形になるのをただ見つめるばかりだった。
「ああ、やっと礼が言える」
 万禍の、前の使い手。――黎・宇狼。皓湛が見つけた時、彼は血塗れで倒れており、万禍を手にしたまま既に息を引き取っていた。彼が梁家の人々と同様の呪いで殺された事は、調べればすぐに解ることだった。亡き彼の手から万禍を預かり、彼の遺体を埋葬したのも、遥か彼方昔のことだ。
「万禍を助けてくれて有難う」
 宇狼が笑みながら万禍に触れるも、万禍は一言も発しない。きっと自分と同じ気持ちでいるのだろうと、皓湛はそっとしておく。
 叶うなら話してみたかったと何度も願った相手だ。礼をつくさねばと美しい所作で腰を折り、袖の下で合わせた拳を頭より高くし、天揖を。
「私も、万禍には幾度も救われました。――闇の中では貴方の導きにも救われました」
 礼を告げねばならないのは此方の方ですと、青を真直ぐに見つめて返す。
「黎・宇狼殿。貴方の万禍は本当に素晴らしい剣で……私の、自慢の友です」
「私の友を――万禍を友と呼んでくれるのか。私と万禍を見つけてくれたのが、君で良かった」
 心からそう思っていると笑まれれば誇らしく、胸内に春告げの風が吹くようだった。
 笑みを交わし合うも、未だに万禍は静かで。時間も無いことだし、そろそろ万禍も何か言葉を交わしてはどうだろうかと指先で鞘を突くも……矢張り返答がない。
「万禍……?」
「……気絶してるな」
「えっ」
 剣って、気絶するんだ……。
 自分以上に驚いて気を失ってしまった友を携えたまま、皓湛は時間の許す間、宇狼と言葉を交わす。話題は勿論二人の共通の話題。万禍の話が中心だが、意識を取り戻した彼には絶対に内緒だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【月光】

猫さん
会えたのかな
ええ、よかった
本当に

朝と夜の間
奇跡の様な時間に水色蝶が人型を結ぶ
あなたが見守ってくれていたなんて

太陽の様な金の髪
空の様な青い双眸
ポピーの様な笑顔

ルー!ルーシー!
思わず手を伸ばして抱きしめる
例え魂だけでも

わたし、ずっと会いたかった
あやまりたくて
本当は仲良くしてみたくて
それから
それから

そう、パパ!
ゆぇパパにご紹介するわ
このコはね
わたしの

…そう、半身
双子のきょうだい!

そちらの黒髪の方は?
ステキなひと
初めまして
あなたもパパを守って下さってありがとう
パパの少し哀しそうな様子に
…もしかして、あの村の

やっと会えたのに
もうお別れなの?
あなたは笑んで涙の跡を拭う
…そうね
これからはずっと


朧・ユェー
【月光】

えぇ、どうやらご主人様に会えたみたいですね。
ルーシーちゃんの願いが叶ってよかったですね

夜明けが来る
ちらりと見せる蝶がふと
黒髪の少女あの子の姿に
嗚呼、君ですか?まさか来てくれるとは僕を…怒ってないのでしょうか?
少し哀しげに微笑んで

ルーシーちゃん?
嬉しそうに紹介する子
この子に似た子、嗚呼君がもう一人の
初めまして、この子を娘を守ってくれてありがとうねぇ
ふふっ、君もとても可愛らしい
と微笑んで

会えて良かったねぇ
そっと彼女の頭を優しく撫でる




「猫さん、会えたのかな」
「えぇ、どうやらご主人様に会えたみたいですね。ルーシーちゃんの願いが叶ってよかったですね」
 ルーシーの腕から飛び降りた白猫は嬉しげにみゃんみゃん鳴いて駆けていき、光の中へ消えた。喜ぶ声と最後の姿は、きっとそうなのだろうとふたりは思い、白猫の姿が消えても暫くそうして見つめていた。
「ええ、よかった。本当に」
 白猫が消えた先を視線を向けたまま口にしたルーシーの声には、彼女が心底そう思っていることがじんわりと滲み出しており、その横顔を見つめるユェーの唇は弧を描く。彼女の願いが叶って、本当に良かった、と。悲しげな顔よりも、矢張り喜んでいる姿を沢山見たい。先程まで涙を零していたであろう彼女の心が少しでも軽くあればいいと、父親代わりの男は思うのだった。
 世界が明けていく。小さく生まれた光が夜闇の結び目を解くように、じわりと滲むように世界を広げていき、それに合わせてふたりの傍をひらりと飛んだ蝶も、ひかりが解けるように人の姿へと変じていった。
 最初に姿を見せたのは、ユェーの傍らの蝶だった。蝶は黒髪の少女へと変わり、ユェーを見上げて淡く笑む。
「嗚呼、君ですか? まさか来てくれるとは僕を……怒ってないのでしょうか?」
「どうしてそう思うの?」
「それは……」
 少し哀しげに微笑む少女にユェーは眉を下げる。
 その時、傍らで少女の声が弾けた。
「ルー! ルーシー!」
 傍らの金の少女が、同じ容姿の少女へと手を伸ばして抱きついている。
 太陽の様な金の髪と空の様な青い双眸はお揃い。そしてポピーの様な、ルーシーの大好きな笑顔の、ルーシーの半身。双子のきょうだいだ。
「ああ、あなたが見守ってくれていたなんて」
 ぎゅうっと抱きしめて、もっと顔を見せてと顔を覗き込んで、ルーシーは言葉を重ねる。
「わたし、ずっと会いたかった。あやまりたくて、本当は仲良くしてみたくて、それから、それから――」
「ルーシーちゃん?」
「そう、パパ!」
 一度に話したいことが溢れてしまったルーシーは、相手の返事を待たずにずっと口を開き続け、聞こえた声にパッと振り返る。抱きついていた腕を解いて、手を繋いで隣に立ったら、自分によく似た少女とユェーを少しだけ緊張した面持ちで交互に見て。
「ゆぇパパにご紹介するわ。このコはね、わたしの……」
「嗚呼君がもう一人の……。初めまして、この子を娘を守ってくれてありがとうねぇ」
 少女がはにかむように微笑むものだから、君もとても可愛らしいとユェーは微笑む。可愛い娘が突然ふたりに増えたような気分がして、少しお得のような気さえした。叶うことなら、ふたりをずっと見ていたい。この姿のままともに在れたのなら、どんなに幸せだろうか。
「そちらの黒髪のステキな方は?」
 黒髪の少女へとルーシーが視線を向ければ、ユェーの視線も横を向く。その瞳が哀しそうに見えて、ルーシーはもしかしてあの村の……と察し、それ以上は尋ねなかった。
「初めまして。あなたもパパを守って下さってありがとう」
 淡い笑みに、似たような笑みが返された。
 ずっとずっと一緒に居て、触れて、お話をしたいけれど、それが叶う時間はとても少ない。離れたくなくて、離したくなくて、ルーシーはぎゅうと半身たる少女の手を握るけれど、彼女の指先が光の粒になりだしている事に気付いて、涙がぽろりと溢れた。
 一度ぽろりと溢れれば、ぽろぽろと新しい涙が溢れて頬を濡らしていく。あんなに我慢をしたのに、抑えられなかった。離れ、がたかった。
「やっと会えたのに、もうお別れなの?」
「大丈夫よ、ルーシー。わたし、ずっとそばにいるわ」
「……そうね、これからはずっと」
 例え姿は違っても、あなたの傍に。
 半身たる少女がルーシーの涙を指で掬って微笑めば、釣られるようにルーシーも淡く笑む。同じ姿を望めなくとも、ずっと側に居てくれる。傍でずっと見守っていてくれるのだ。
 明ける世界の光が広がって、朝が来る。
 その光に包まれる前に、ふたりの少女は消えていく。
「会えて良かったねぇ」
 思わずまた、ほろりと涙を零したルーシーの頭に、温かくて大きな手が乗って。
 そんなふたりの頭上を、くうるりと二頭の蝶が舞う。
 ひかりをふたりに降り注ぎ、まるで祝福するように、くうるり、くうるりと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ


美しいね、カグラ

迷わぬよう導く掌はそのまま重ねられたまま

私達のまわりを桜蝶が舞う

カグラは――イザナの魂はここにいる
ならば
この蝶の中の魂は『誰』なのか

カグラが伸ばした指先に指を絡めるように人影が現れる
赫を抱く黒の髪
血よりも紅い三つの瞳に……桜色の欠片もない
厄災を纏う男神

神斬

前の私の分魂か?
カグラと繋いでいた手を叩き離される
微笑んだままカグラを庇うように背に隠す彼に
戸惑う

嫉妬してる?
困らせてないよ、カグラが望んで…
まさか膝枕を羨んで?
ひとの記憶を覗くなって無理だよ
君は私なんだから
見られたくないことでも?

顔を赤くして詰寄る過去に笑ってしまう

厄災であった己が少し怖かったけど
何だ、私は変わらないんだな




「美しいね、カグラ」
 明けゆく世界の彩りは、ひとまたたきする間にも表情を変えてしまう。それを惜しむように空を見上げたまま、カムイは歩を進めた。人の流れや足元に払う注意は必要ない。手を預けたカグラが導いてくれるのだから。
 カムイたちのまわりを飛んだ桜色の蝶が、美しい空へとひいらり舞った。
 自然と視線は蝶を追い、カムイは少し考える。
 この蝶の中にある魂は『誰』なのか、を。
 神たるカムイは、この蝶が誰かの魂を持っていることを認識していた。それは自分に縁深く、且つ懐かしいと思う存在だ。そう考えて『イザナ』を思い浮かべたが――彼の魂はカグラの中にある。
 ――ならばこれは、一体誰のものなのか。
 カムイが伸ばした指先を蝶は避け、おやと思えば蝶はカグラの元へ。
 そうしてふうわり、姿を変えた。
 赫を抱く黒の髪がなびいて、濡羽の下から覗くのは血よりも紅い三つの瞳。
 桜の、春の気配が欠片もない、厄災を纏う男神――神斬。
 『前』のカムイの姿だった。
(――前の私の分魂か?)
 魂はぐるぐる輪廻転生を繰り返す。転生をしている以上、魂はカムイが持っているため前の自分の魂に会うことは有り得ないのだが、転生をする前の魂の状態のカムイが何かを思って分霊していたのならばあり得る話になる。
 はてと首を傾げる暇もなく、鼓膜に響くのは手を叩く音。ゆるゆると視線を下げて叩かれた手を確認する間に、神斬がカグラを背に隠していた。壮絶な微笑みを浮かべたままの彼が、何だか怖い。気迫、のようなものを感じた。
「もしかして嫉妬――」
「彼を困らせるな」
 最後まで言わせてもらえなかった。
 迫力に思わず目を瞬いてしまう。
「困らせてないよ、カグラが望……」
「そんな訳がない」
「まさか膝枕を羨……」
「違う。それくらい私とて」
「そうだね。君もしてもら……」
 おっとりと言葉を紡ごうとしては、言葉を被せられる。それは彼が図星だと言っているようなものだ。どうやら見られたくない記憶でもあるのだろうか。ひとの記憶を覗くなと、顔を赤くして詰め寄られた。
 過去の自分のはずなのに、何だかそれが可笑しくて、愛おしくて。
(何だ、私は変わらないんだな)
 厄災としての己を少し怖いと思っていたはずなのに、小さく笑みを浮かべてしまう。それがまた神斬には面白くないことのようだが、仕方がない。『今』の私は、こうなのだから。
 チラリと視線でカグラに助けを求めてみたけれど、どうやら助け舟はもらえなさそうだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴島・類

WIZ

周りを見れば、目覚めた妖怪達と蝶や誰かとの列
皆、嬉しそうだったり、懐かしげ
名残惜しくも切ない景色に思えて
ゆっくり、それを見守るように後ろを歩く

僕と共にいてくれた蝶を探せば
いつの間にか先ではなく
肩にひらり、止まっていた

君は…
姿を見せてはくれないのかい?
口を開きかけて止める
姿なんか見なくても忘れないと言ったばかりだし

語らいたいことは本当は、沢山沢山あるよ
でも
そうしたいという心で、引き止めるわけにはいかない
僕と君の行く先は、終わった後でもきっと違う
果たさぬ内では顔すら合わせれないぐらいさ
これは言わないままでいく

何度も見た、夜明けの色
並んで見れただけでも十分だ
左様なら
君が先では幸せであるように




 穏やかに、世界が明けていく。
 目覚めた妖怪たちの表情は最初は不思議そうなのに、涙を流したり幸せそうに笑ったりと、忙しない。隣に立つ誰かに背を支えられ、誰かに手を引かれ、妖怪たちが歩いていく。狭い歩幅が、妖怪たちの心を表していた。
 ――ああ、ずっとこの時が続けばいいのに。
 懐かしくて、幸せで。だからこそ悲しくて、寂しい。
 狭い歩幅でゆったりと、妖怪たちの列は続いていた。
 彼らのその時が続けば良いと、類も思った。けれどそれが叶わない事も知っている。知らされている。だから少しでも長くその時を見守ろうと、列の最後尾をゆっくりと歩く。
 そんな中、類を導いた蝶はひとの姿を取らずに、彼の肩で翅休め。ちらりと幾度か視線を送ってみたが、蝶は知らぬ顔――蝶の表情が見えるわけでは無いが――で留まっていた。
「君は……」
 ――姿を見せてはくれないのかい?
 口を開きかけて、止める。先程姿なんか見なくても忘れないと言った手前、二言になるような気もして。けれど顔を見て話がしたいと思う心も、偽りのないものだ。
 君と会いたい。君と話がしたい。あの妖怪たちみたいに。
 でも、類の気持ちだけで引き止めるわけにはいかない。
(きっと旅立つ最後に寄ってくれた君へ、未練を与えてはならない)
 行く先は、終わった後でもきっと違う。果たさぬ内では顔すら合わらせれない。
 だから、言わない。
 余計な言葉も告げずに、ただ静かに君と往く。
 明けゆく世界は海のようで、海とは違う。
 何度も見た夜明けの色のようで、そのどれとも違う。
 君と見た空の表情がいつも違ったように、違う。
 こうしてまた、違う空をいっしょに見れた。それだけで十分だった。
 左様なら。
 君の輪廻の先の幸せを願っている。

 照らされた闇は明るく表情を変えていく。
 黒から紺、紺から青。
 そうしてその先に白が大きく見えてきたならば、明けの空の移ろいはとても早い。
 その僅かな時間。
 世界の明ける時間は、こんなにも美しい。
 最後に美しい景色をともに見て、誰かの大切なひとたちは消えていく。

 肩から飛び立った蝶は明ける世界へ羽ばたいて、類は世界の目映さに目を細めながら見送った。
 きらきらと鱗粉を溢して、蝶は光の中に消えていった。
 左様ならば、また会いましょう。
 もしも縁が巡ったなら。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年01月20日
宿敵 『彷徨う白猫『あられ』』 を撃破!


挿絵イラスト