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奇響館の殺人 〜破滅のわらべ歌〜

#サクラミラージュ #はぐれ陰陽師・人生紡ぐ呪詛『賀茂・保琳』

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#サクラミラージュ
#はぐれ陰陽師・人生紡ぐ呪詛『賀茂・保琳』


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●この唄は誰がために
 ひとは詩を詠み、歌を唄う生き物である。
 当世風の装飾過剰な調べに食指は動かねど、「わらべ歌」なる古風な調べは、"やんごとなきひと"のお眼鏡にかなったらしい。
 其の影朧――陰陽師然とした男は、西洋に被れた屋敷のなか、レコォドから流れる調べに耳を傾けていた。

 〽ウグイスついばむ花の蜜。あわれ、椿がころころり。

 筆をつらつらと走らせながら巻物に綴る詩は、童が唄うには些か仄暗い雰囲気を纏うもの。けれども、此の男が綴るのは理不尽で不条理な殺人事件の物語。ゆえに、不気味である程に好ましい。
 やんごとなき時代の怪綺譚では、ひとを殺めるのは「鬼」や「呪詛」と相場が決まっていたが――。大正の世では『ミステリ』なるものが台頭しており、「ひと」が「ひと」を殺める事が常となって仕舞ったらしい。
 実に、莫迦莫迦しいことだ。神秘で覆い隠していた忌まわしい真実を、何故に白昼へと晒すのか。あゝ、大正の世には奥ゆかしさが足りぬ。
 されど、見立て殺人なるものは悪く無いように思う。時に悍しく、時に怪奇であり、動機を煙に巻くには打ってつけ。何より下手人の自己主張が少なく、奥ゆかしい。
 聴けば此の西洋館、――主がわらべ歌の蒐集に狂っていた為に『奇響館』と呼ばれるようになったという。なんと、連続殺人の舞台に御誂え向きでは無いか。

 〽おごさま、おごさま、坂をゆく。鼻緒ほどけりゃ、足とられるぞ。

 童の幼い唇が口遊む詩に、とびきりの呪詛を滲ませて。哀れな犠牲者たちの最期を奇々怪々に、それでいて華々しく彩って遣ろう。
 椿の花を手折る様に、着物の帯で乙女の儚い頸を締め。解けた鼻緒に躓いたかの如く、令嬢を小高い坂から突き落とす。ミステリにありがちな、小賢しいトリックなど必要ない。
 此の筆が綴る物語には、世の理を歪める様な、――強大な呪詛が宿るのだから。

●ミステリのお約束
「サクラミラージュのミステリって面白いよねェ」
 先ほどまで開いていた文庫本をぱたりと閉じて、胡乱な男――神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)は牙を覗かせて笑う。勿論、そんな雑談の為に人を呼んだ訳では無いのだが。
「ある洋館にて連続殺人を企んでいる影朧が見つかったよ」
 さいわい事件が起きる前に予知が叶った為、犠牲者と成る筈だった面々には連絡済みだ。ゆえに彼等が殺戮の舞台へと足を踏み入れることは無い。

 めでたし、めでたし。

 それはそれとして、そんな悪巧みをする影朧は倒さねばならぬ。そこで、猟兵達には犠牲者の身代わりと成って件の館まで趣き、上手いこと“殺される演技”をして欲しい。
 ひとつだけ厄介なのは、其の殺され方に注文が有る点だろうか。
「彼が企んでいるのは、俗に言う見立て殺人だ」
 見立て殺人。閉鎖的な村などに伝わる昔話や童謡に擬えて、続々ひとを殺していくという、――ミステリではお約束の殺人方法である。
 そして影朧が殺戮の舞台に選んだ館は、よりによって「わらべ歌」の蒐集家が築いた西洋屋敷。
 つまり、彼の敵は蒐集された歌に擬えて、見立て殺人を起こす心算なのだろう。
「わらべ歌に因んだ連続殺人とか、皆そういうの好きだろう?」
 紛れも無い偏見を押し付けながら、男はにやりと口角を上げて見せた。彼の掌上では血の様に赤いグリモアが、くるくると落ち着き無く回転して居る。
「そうそう、館の庭には幻朧桜や椿が咲いているようだ」
 そして、庭の至る所に「わらべ歌」の歌詞を記した看板がある。散策ついでに其れらを探してみれば、殺され方のヒントを得ることが出来るかもしれない。
「じゃァ、楽しんで来てくれ給え」
 常盤がひらりと手を振れば、グリモアが紅い光を放ち始める。向かう先は、櫻が咲き乱れる朧の世界――サクラミラージュ。


華房圓
 OPをご覧くださり、ありがとうございます。
 こんにちは、華房圓です。
 今回はサクラミラージュにて、ミステリ風の御噺をお届けします。

●一章〈日常〉
 幻朧桜や椿が咲き誇る庭園が舞台です。
 庭園には不気味な「わらべ歌」を記した看板が、至る所に設置されています。
 花を眺めたり散策したりする傍ら、それらを探してみましょう。
 果たして皆さんはどんな「わらべ歌」を見つけるのでしょうか。
 プレイングの方に、詳細をご記載下さい。

 因みに「わらべ歌」の発見こそが、今回の死亡フラグです。
 従って本章では『わらべ唄の歌詞』の記載があるプレイングを、優先的に採用させて頂きます。(お任せは承れませんので、ご注意ください)

●二章〈冒険〉
 一章で見つけた「わらべ歌」を擬りつつ、殺されたフリをしてください。
 歌詞と関連した最期であるほど、影朧の目を上手く欺けます。

●三章〈ボス戦〉
 犯人、もとい影朧との対決です。

●〈おしらせ〉
 事件発生前の不穏な雰囲気や「わらべ歌」の不気味な雰囲気を楽しみながら、ミステリの被害者に成り切って遊ぼう、という趣旨のシナリオです。

 プレイング募集期間は断章投稿後、MS個人頁やタグ等でお知らせします。
 日常章のみのご参加も大歓迎です。
 キャパシティの都合により、グループ参加は「2名様」までとさせて下さい。

 またアドリブの可否について、記号表記を導入しています。
 宜しければMS個人ページをご確認のうえ、字数削減にお役立てください。
 それでは、よろしくお願いします。
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第1章 日常 『うたう花の園』

POW   :    花々が生い茂る場所へと散策する。

SPD   :    花弁や春風につられ、花見を楽しむ。

WIZ   :    春が訪れゆく景色を静かに見守る。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●壱『惨劇ハ華ノ馨』
 猟兵たちが転送された先は、春の彩に満ちたうつくしい庭園だった。幻朧櫻は至る所で満開に咲き乱れ、はらりはらりと、澄んだ水が流れる川へと花弁を散らして行く。
 そして川に掛けられた赫き橋を超えた先、館へと至る路に沿って咲き誇る、赫々とした椿の花のなんと艶やかなことか。
 陽は疾うに沈んでおり、花々は灯篭から漏れる灯で茫と照らされていた。嗚呼、櫻が、椿が、春そのものが燃え盛って居る。其の様がまた何とも神秘的で、訪れる者たちの胸中に僅かな畏怖と、不安を刻み付けるのだ。
 じゃり、じゃり。
 乾いた砂を踏み締めて、暫し逍遥に勤しんでみれば。橋の傍に、或いは植え込みの間に、或いは櫻の木の根元に、怪しげな看板が見つかるだろう。

 〽白いおべべの花嫁さん、盃交わすは川の底。うれし涙の雨、ふりやまぬ。

 何処か不気味に綴られた此の詞こそ、館の主が集めていた「わらべ歌」らしい。何とも象徴的な其れを探して、読み解いて往けばきっと、影朧が為さんとする“見立て殺人”に一華添えることが出来る筈だ。
 さあ、燃ゆる春に酔いながら、不穏の詩に惑うひと時を、お楽しみあれ――。


≪補足≫
・アドリブOKな方はプレイングに「◎」をご記載いただけますと幸いです。
・本章のPOW、SPD、WIZは、あくまで一例です。
 ⇒ご自由な発想でお楽しみください。

・過度にグロテスクな表現は、適宜マスタリングさせて頂きます。
・版権に抵触するような歌詞は採用できません。ご了承ください。

≪受付期間≫
 4月6日(火)8時31分~
 物理的に送信できなくなった時点で「締切」とさせて頂きます。
琴平・琴子


〽そこ退けそこ退け、龍神様が罷り通る。父様母様手引いて、連れて行くのは何処ぞの水底。

村に雨を降らし続ける龍神様へ雨を止めさせるため、両親の手に引かれた子供を生贄として水底に…
わらべ歌って残酷なものも多いですけども両親にそうされるのは胸が痛みますね
いくら村の為とは言え、我が子を水底に落とせるものなのでしょうか

願っても叶わないから犠牲を払うなんて
それが本当に龍神さまが望んだことなのでしょうか

…龍神様?
そう言えばお琴が龍を模してますけど…何処か馴染があるような
川縁に見つけたこのわらべ歌の立札には不思議な縁を感じます

雨が降ると増水する川縁ですか
あまり近寄らない様にしましょう
何か有ったら大変ですし



●竜神に捧ぐ
 はらはらと舞い散る櫻雨のなか、琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)はあえかな脚で、前へ前へと進み続ける。軈て赫く艶めく橋に差し掛かった時、ちょろちょろ、と静謐に流れ往く川の音が少女の耳朶を細やかに擽った。
 あゝ、件の洋館は此の橋を渡り切った先にあると云うのに。何処か不気味に響く其の調べに惹かれるかの如く、琴子は川辺へゆるりと降りて行く。道草は余り褒められたことでは無いと分かって居るが、好奇は想わぬ発見へ繋がったらしい。
 灯篭の灯が射し込まぬ川の畔で、薄汚れた其の看板は、ひっそりと佇んで居た。

 〽そこ退けそこ退け、龍神様が罷り通る。父様母様手ぇ引いて、連れて行くのは何処ぞの水底。

「これは――」
 綴られた詩を翠の双眸で追い掛けた少女は、瞬きをひとつ、ふたつ。恐らく此れは、奇響館の主が蒐集したわらべ歌の一説だろう。其の短い一節を何度も黙読すれば、脳裏に自然とイメェジが浮かんで来る。琴子が思い描いたストーリィは斯うだ。
 嘗て、龍神の花嫁にと川底へ捧げられた娘が居た。此れに喜んだ龍神は、何時までも村へ雨を降らせ続けた。或いは、己の悲運を嘆いた娘が流した涙が、降り止まぬ雨と化したのかも知れぬ。
 兎に角、水没の危機に瀕した村人は、降り続ける雨を止めさせるため。再び龍神様へと贄を差し出すことにしたのである。然し、花嫁はもう足りている。其処で選ばれたのが、“子ども”の贄だ。ふたりの鎹と成る者が居れば、荒ぶる神も収まるであろうと考えてのことであった。
 そうして、両親に手を引かれた、何も知らぬあどけない子どもを、此の水底に――。
「胸が痛みますね……」
 想い描いた悲劇の結末に、琴子は痛まし気に睫を伏せた。わらべ歌には、残酷なものも多いことは知っている。琴子が知っている世界の歴史に照らし合わせると、文明開化を迎える前の帝国。特に貧しい農村部には、仄暗い慣習があったことは想像できる。
 あゝ、けれども。子どもを育むべき両親の手で、「贄に成れ」と川底へ沈められるなんて、あまりにも惨い。幾ら村の為とは云えど、凡そ“ひと”とは思えぬ所業。
 両親から沢山の愛情を注がれ、大切に育まれきた少女には、我が子を橋の下へ突き落せる親のことなど分からない。
「願っても叶わないから、犠牲を払うなんて――」
 そもそも、本当に“龍神さま”が贄を望んだのか否か。それすらも、何処か曖昧だ。悪戯に犠牲者を増やし続けるひとの愚かしさに、いっそ呆れて居ないだろうか。
「……龍神さま」
 其処まで考えて、ふと。琴子は、其の神の名が不思議と耳に馴染むことに気が付いた。そう云えば、祖母から受け継いだ『琴』は、龍を模していたような気がする。何処か親しみを感じるのは、その所為だろうか。川の畔に見つけた此のわらべ歌には、何だか不思議な縁を感じる。まるで、“呼ばれて仕舞った”ような――。
「あまり、近寄らないようにしましょう」
 川と云っても、此れはあくまで細やかなもの。美観を優先する「庭園」と云う立地条件上、きちんと舗装されている訳では無いのだ。雨が降ると、忽ち増水することは眼に見えて居る。何か有ったら大変だ。
 それこそ、母戀し、父戀し、友戀しと嘆く子どもの嘆きによって、川底に呑まれて仕舞うかも――。
 独りでに浮かんで来た子どもじみた妄想を、ふ、と一笑に付して。少女は館の方へと、かつり、かつり、歩みを進めていく。彼女の脚を包むエナメルのお靴は、茫と燈る灯篭に、ぴかぴかと輝いていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

朔・來

こういうのが好きであろうなどと当然のように言い張りおって、グリモアの主殿も大概悪趣味じゃのう……。
まぁよいわ、ここまで来てしもうた故に仕方あるまい。不老不死の仙人が殺される役どころというのも、面白みが有るやもしれぬしの。……無いかの?

まずは奇響館の庭園の散策か。
幻朧櫻に椿、紅橋の架かった川に植え込み……なかなか風情があるの。風でも吹けば花弁とともに浮遊していたいが……、ん? わらべうたの看板と言うは、川のそばのあれか。

〽おふねがゆくよ どこどこゆくの だあれもしらない べにいろさくら

川に行き先知れずの舟。ふむ。見立て殺人に使うならば、櫻と掛けて紅色が咲く舟とは、死人を乗せた血の花筏かのう。



●お舟の唱
 月下、淡霞の羽衣を靡かせ乍ら、朔・來(花紅柳緑・f32970)は舞い散る櫻の花弁と共に、ふわり、ふわりと夜風に揺蕩って居た。高い処から見下ろす春燃ゆる庭もまた、乙なもの。
 夜風に舞う幻朧櫻のうつくしさは言うまでも無く、赫々と色付いた椿の花は、ぞっとする程に艶やかで。さらさらと流れる清らかな川に掛かった紅橋、そして其れを茫と照らす灯篭の雅さと来たら……。
 あゝ、赫く燃ゆる春の恐ろしさよ。爛漫の華景色から「惨劇」は余りにも遠く、されど甘美なる戯れ――「見立て殺人」の舞台として、此処は余りにも御誂え向きだ。
「悪趣味じゃのう……」
 此の地を惨劇の舞台とした影朧の企みもさることながら、“こういうのが好きであろう”など、当然のように嘯く導き手も大概だ。仙女は呆れたように、花唇から溜息を溢す。
「まぁ、よいわ」
 ともあれ、惨劇の舞台へ脚を踏み入れて仕舞ったのだ。一度舞台に上がった以上、何も為さずに降りる訳にもいかぬ。何より、“不老不死”の仙人が“殺される役”を演ずるのもまた、面白みが有ると云うもの――。
「……しかし、なかなか風情があるの」
 灯篭に照らされ赫く燃ゆる椿の植え込みを横目に、來は庭園の散策に興じて往く。軽い其の身を運んで呉れる、夜風の冷たさが心地好い。時折、白い頰に戯れる櫻の花弁もまた愛らしく、宵の逍遥としては悪くないひと時。
「……ん?」
 されど、翡翠の双眸は目敏くも、不穏な気配を放つ異物を捉えて仕舞った。川の傍にぽつん、侘しく佇む立て看板こそ、探し求めていた“わらべ歌”の標だろう。川の畔に、ふわり。優雅に舞い降りた仙女は、薄汚れた看板を覗き込む。

 〽おふねがゆくよ、どこどこゆくの。だあれもしらない、べにいろさくら。

「ふむ……」
 其処に綴られた一節は、一見すると幼子が口遊んでいても違和の無い、牧歌的なものである。されど、其処に秘められた不気味さを、仙女たる來が見逃す筈も無い。彼女は口許に手を当て乍ら、思考へどろりと沈んで行く。
 川の畔に置かれて居ることから、歌詞に出て来る「おふね」はきっと、此の川を渡るのだろう。清らかな川に、行き先知れずの舟が、ゆらり。
 其れだけでも何処か不気味な絵面だが、見立て殺人に使うならば、もう一捻り必要だろうか。さて此処で、櫻と掛けて紅彩が咲く舟と解く。其のこころは、
「死人を乗せた、血の花筏かのう」
 川にそよそよと流れ往く、行先の知れぬ船。其の上で、くたりと倒れ伏す肢体は、清水に鮮血の花筏を散らし乍ら、何処までも、何処までも……。
 なんと悪趣味であることか!
 矢張り“見立て殺人”など、碌なものではあるまい。再び重たい溜息を溢した仙女は、羽衣を揺らしてふわり、花弁を攫う風に乗る。
 下手人は未だ、現れまい。ならば其の時が来る迄、もう暫し、花に紛れて逍遥も愉しむとしよう。あゝ、此処に団子が無いのが惜しい――。

成功 🔵​🔵​🔴​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻


美しい桜景色であるね、サヨ
いっとう美しい桜はきみである事には変わりない
斯様な物語が紐解かれるのだろう
握る指先に、桜に染まる頬に
噫、あいらしい
サヨと過ごす日々が私にとっては忘れ得ぬ物語である

桜の下に刻まれた…之はわらべ唄?

〽おいで、おいで、手招く彼岸。ふりむいてはいけないよ。我が花嫁よ。玉の緒むすぶ赫い糸。縛るこの指、永遠に離れることも無く

──花嫁とはね
往々にして贄をそう、例えるそうだ
この世ならざるモノへ嫁ぐのだ
きっと、その肉体が邪魔になるのだろうね
赤い糸は、約束の証
まるで流れでる血のようではないか?

サヨ
きみは──私の花嫁(巫女)であるよ
大丈夫、離れることなどないように私が結んでおくから


誘名・櫻宵
🌸神櫻


春の景色は心地よい
けれど不安にもなるものよう
美しい桜ばかりだから、私の桜など紛れてしまうのではないか、って
かぁいい神様
カムイったらそんな言葉どこで覚えてくるの

もっと褒めて頂戴
機嫌を良くして満開に咲く

わらべ唄ねぇ…
歌われるのは教訓か
それとも触れてはならぬ禁忌か
予言めいていて不思議だわ

ふと見上げた先
ひそりと記された詩がある

〽蛇さんこちら 手の鳴る方へ あの子が欲しい、お腹がすいた 此岸への道塞ぎ 沈め 鎮め おたべ、おたべ──わたしのいのち

……?
鬼ごっことはまた違うようね
何だか…気味が悪いわ
食べられてしまいそう

カムイ…神であるあなたも?
あなたは贄(花嫁)がほしい?
…ちゃんと、結んでてよね



●あの子が欲しいと神は嘯き
 赫々と燃ゆる春が、麗らかな庭園へ脚を踏み入れたふたりを迎えて呉れる――。
「美しい桜景色であるね、サヨ」
 はらはらと舞い散る櫻に流し目を呉れ乍ら、朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)は傍らに佇む麗人へ微笑み掛ける。
「けれども、いっとう美しい桜は、きみである事には変わりない」
「カムイったらそんな言葉どこで覚えてくるの」
 心地好い春の眺めに、そして満開に咲き誇るうつくしい櫻に、何処か不安を抱いて仕舞うのは、其の身に纏う櫻が紛れて仕舞いそうだから。されど、己がこころの裡を見透かす様な神の言葉に、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)は、ぽっ、と頬に春めいた赫彩を滲ませた。
「かぁいい神様、もっと褒めて頂戴」
 ふわふわと機嫌よく、紅を差した唇を緩ませて。あえかなゆびさきで、カムイの袖をちょんと引いたなら。角を飾る櫻が、そして背負った枝垂れ櫻もまた、満開に咲き誇る。まるで爛漫の春を、其の身に宿した様。
 ――……噫、あいらしい。
 無垢な其の姿を眺め、神もまた愛おし気に唇を緩ませる。
 いったい、如何様な物語が此の地で紡がれるのか。其れは下手人たる影朧にも、集った猟兵たちにも分からぬこと。然し、ひとつ丈け確かなことが在る。
 其れは、櫻宵と過ごす日々こそが、カムイにとっては忘れ得ぬ物語であると云うこと。

 燃ゆる春の園を、ふたり睦まじく並び歩く。
 自然と脚が向かう先は矢張り、いっとう立派に咲き誇る櫻の許。はらはらと舞う薄紅に紛れ乍らも、其の根本に佇む看板は自棄に地味で薄昏い。
「之は、わらべ唄?」
 興味深げにカムイが、其処に綴られた文句を覗き込む。はてさて、謳われるのは教訓か。其れとも、触れては成らぬと蓋をした一種の禁忌か。

 〽おいで、おいで、手招く彼岸。ふりむいてはいけないよ。我が花嫁よ。玉の緒むすぶ赫い糸。縛るこの指、永遠に離れることも無く――。

「……不思議だわ」
 何処か予言めいた一説に、櫻宵は春彩の双眸をぱちぱちと瞬かせる。そんな麗人を横目に、神は神妙な貌をして詩が云わんとする真意を語って往く。
「花嫁とはね――」
 往々にして神へ捧げる“贄”のことを、そう例えるそうだ。其処に謳われた哀れなる娘もまた、この世ならざるモノへ嫁ぐのだろう。
「きっと、その肉体が邪魔になるのだろうね」
 故にこそ、生と云う檻を棄て去って。魂ひとつで、尊き神の御許へ往く。花嫁の白き纏いを染める鮮血は、違えること能わぬ約束の“証”である。あゝ、まるで赫い絲の様……。
「花嫁は盟約を交わしたのね」
 彼の噺に耳を傾け乍ら、櫻宵は不図、満開に咲き誇る櫻の木を仰ぐ。見上げた視線の先、ひそりと揺れる看板は厭に不吉で。春彩の双眸は、つい囚われて。

 〽蛇さんこちら、手の鳴る方へ。あの子が欲しい、お腹がすいた。此岸への道塞ぎ、沈め、鎮め。おたべ、おたべ──。

「……わたしの、いのち」
 綴られた詩をゆるりと反芻した麗人は、其の意図へと想いを馳せる。幼子たちが鬼ごっこの時に謳う文句とは、また違う様で。まるで、誰かを手招いて居る様な。例えば、誰かの胎の中へ。
 ――……気味が悪いわ。
 灯籠の灯が届かぬ影へ、うっかり迷い込んだ瞬間。此の身が呑まれて仕舞いそうな、そんな不穏な気配を覚え、櫻宵は縋る様に己が神の名を紡いだ。
「カムイ――」
 あゝ、そうだ。そうだった。彼は「再約の神」である。あの看板にも謳われている様な。故にこそ、カムイもまた。
「あなたは贄が、花嫁が、ほしい?」
「……サヨ」
 あえかな肩を震わせる麗人を安心させるよう、カムイは穏やかな聲彩で愛しきひとの名を紡ぐ。
「きみは──私の花嫁であるよ」
 神の花嫁とは即ち“巫女”だ。其れは他の神が穢すこと能わぬ存在。決して断てぬ赫縄は、櫻の巫女を甘く優しく此岸へと縫い付ける枷と成る。
「大丈夫、私が結んでおくから」
「……ちゃんと、結んでてよね」
 燃ゆる春は、ふたりの彩。或いは、燃え盛る戀の彩。故にこそ心地好く、何処か不吉な彩を孕んで居るのだ。はらはらと紅櫻が舞い散るなか、灯籠の灯に茫と照らされて。ふたり、約を結ぶが如く、そうっとゆびさきを絡め合う。
 二度と、離れることなど無いように――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

稿・綴子
※アドリブ絡み歓迎、花見は愉しむ、好奇心旺盛

奇矯にかけた『奇響館』
吾輩も奇譚蒐集家である故
影朧に逢うのが愉しみである

月色の着物、瞳も月色
髪飾りはしだれ桜
左右の太ももに謎の記号、あわせると『奇』

♪月に群雲花には風とようゆうた
(※はぁはぁそんでそんで)
器量は良いが間が悪い

月夜桜としゃれ込めば
月は隠され風で葉桜

しようがないから娘で彩つけ
逆さに吊るしゃァめくれた裾が花咲く
嬉し恥ずかし破廉恥乙女

これは「婦女子は夜歩くな」を伝えたくも歪曲しすぎたか
さては作者はナイーブで照れ屋な輩であるな?
ふふふ吾輩これでもか弱き婦女子
ひとりで夜桜見物なんぞするわけがない
殿方からの恋文なぞでときめかぬ限りはなぁ(フラグ


榎本・英


春が燃えている。
嗚呼。見事なまでに燃えているね。

照らされる花々が美しい。
此処に酒があるのなら、花見にでも興じていただろう。
しかし、そう言う訳にはいかない。

嗚呼。あった。

池の周りでしゃんしゃんしゃん。
子鼠たちとしゃんしゃんしゃん。
みんな、みんなで遊びましょう。

最後の一人はだれだ。
……愉快な唄だね?
一見して普通の童歌のようにも見えるが
何かが隠されているのだろうね。

これならば、池の周りに何かが有る
そう捉えるが、子鼠たちと。
ふむ。一人ではないと云う事かな?

却説。他の場所にもあるかもしれない。

嗚呼。燃ゆる春に童歌の数々。
胸が高鳴るようだよ。

案が思い浮かびそうだ。
今のうちに書き記しておこうとも。



●白い紙に赫を散らして
 春が、燃えている。
 灯籠が明々と夜の庭を照らし出し、花々は赫々と世界を春彩に染めている。榎本・英(優誉・f22898)はレンズ越しに視える世界に、眩し気に双眸を細めた。
「嗚呼。見事なまでに燃えているね」
 朧に空へ浮かぶ月に、灯籠から零れる灯に、照らされる花々は見事な迄のうつくしさ。あゝ、もしも此処に酒が在ったなら。咲き乱れる櫻の木の根元に腰を降ろし、燃ゆる春を肴に花見酒と洒落込めただろうに――。
 しかし、其れでは一向に物語が進まない。今宵の舞台監督は、注文の多い影朧。彼のを興が醒める前に、懇切丁寧に伏線を組み立てて行かねばならぬ。喩えば、跳ねる足取で己の前を歩み続ける“原稿用紙”のヤドリガミの娘、稿・綴子(奇譚蒐集・f13141)の如く。
「奇矯にかけた『奇響館』か」
 きんきらに輝く満月めいた双眸は、きょろきょろ、きょろきょろ。右へ左へ、忙しなく動き回っている。その様は一見すると、あどけない女学生の様であるが。
「吾輩も奇譚蒐集家である故、影朧に逢うのが愉しみである」
 其の語り口は聊か古風が過ぎて、まるでお偉い文豪の如く。されど彼女は、最後に遺された白紙の一枚に過ぎぬ。本物の文豪は、彼女に釣られて視線を巡らせる英の方であった。作家と原稿用紙が、奇しくも同じ庭に集うとは。あゝ、将に合縁奇縁。
「桔梗も咲いて居たなら、其れこそ役満であったろうね」
「ふふ、此の舞台に赫以外は似合うまいよ」
 それもそうか、と文豪は頷き返す。此の庭へと集った以上、みな赫々と燃え盛る春に呑まれなければ成らぬ。其れが、登場人物たちの宿命と云うものだ。物語を綴ることに憑りつかれ、或いは物語を求め続けるふたりは、「浪漫」と云うものをようく識って居た。
「ならば、あの橋など随分と御誂え向きだ」
 英がゆびで示す先には、立派に誂えられた紅橋。彼方にこそ何かあるかも知れぬと、ふたりは紅の橋を渡ることにした。
 ゆるりと脚を勧める程に、娘の月彩の着物が愉し気に揺れて。枝垂れ櫻の髪飾りは、しゃらしゃらと、鈴めいた音を響かせる。川のせせらぎよりも涼し気な其の調べに、文豪の思考は自然と研ぎ澄まされて行く。
「――嗚呼、あった」
 軈て橋を渡り終える頃、彼は徐に脚を止めた。畔にひっそりと置き去りにされた看板を、目敏くも捉えたのである。そろりと其方へ向かい往く文豪の背を、綴子は花唇をにやにやと、期待に弛ませ乍らも追い駆ける。

 〽池の周りでしゃんしゃんしゃん。子鼠たちとしゃんしゃんしゃん。みんな、みんなで遊びましょう。最後の一人はだれだ。

 漸く見つけた立て看板には、そんな歌詞が綴られていた。何処か不吉で象徴的な言葉の羅列に、英は僅か頸を捻る。
「……愉快な唄だね?」
「手遊び歌を想わせるな、面白い」
 しゃんしゃんと髪飾りを揺らす原稿用紙の娘は、指で鼠の容を作って独り戯れていた。一見すると其れは、何の変哲もない、それこそ巷で子どもたちが遊び序に謳って居る様な、普通のわらべ歌。此の裏には一体、何が隠されているのだろうか。
「池の周りに何かが有る、と捉えるが。“子鼠たち”とは」
「何処ぞの國の伝説のようであるな、鼠は群れをなし……」
 そして、池にざぶん、ざぶん。哀しきレミングどもの習性を、厭が応にも想いだし、娘はくつくつと喉奥で笑聲を溢す。
「ふむ、詰まりは“一人ではない”と云う事かな」
 もしや、犠牲者の数を現わしているのやも知れぬ。或いは、もっと別の何かを伝えたいのか。ぐるぐる、煮詰まりそうになる思考を、文豪はゆるりと頭を振って払い除ける。
 却説――。
「他の場所にもあるかもしれない、逍遥の続きと行こう」
 奇譚を求める綴子が、頸を縦に振らぬ訳がなかった。春彩に燃ゆる庭を再びふたりで歩き往けば、今度はまんまるに見開いたお月様めいた双眸が、怪しげな詩を捉える番。
「おお、あれではないか」
 あえかなゆびさきが、いっとう濃い紅彩に染まった櫻を示したなら。文豪の視線もまた、自ずと其方へ向いた。

 〽月に群雲花には風とようゆうた。
 (※はぁはぁそんでそんで)
 〽器量は良いが間が悪い。
 (※)
 〽月夜桜としゃれ込めば、月は隠され風で葉桜。
 (※)
 〽しようがないから娘で彩つけ、逆さに吊るしゃァめくれた裾が花咲く。

「『嬉し恥ずかし、破廉恥乙女』――とな」
「これはまた、随分と御誂え向きだね」
 如何にも仄昏い雰囲気を纏い、何かを忠告したげな其の歌詞は、此の物語、即ち見立て殺人の舞台には持って来い。
「さては作者はナイーブで照れ屋な輩であるな?」
 一方の綴子は、其処に秘められた忠言に想いを馳せて居た。恐らく此の詩は、「婦女子は夜歩くな」とでも伝えたいのだろう。されど歪曲が過ぎた所為で、何処か猟奇的な雰囲気を纏う詩と化して居る。あゝ、本末転倒では無いか。
 されど、此のわらべ歌もまた、影朧が綴る台本に彩を添える物であることは間違いない。果たして如何なる物語が紡がれるのかと続きを戀う程に、乙女の太腿に刻まれた不可思議な記号が、じくじくと疼いた。
「ふふふ、吾輩これでもか弱き婦女子」
 故にこそ、独りで夜桜見物なんぞする訳がない。現に今も、近くを彷徨いていた文豪と行動を共にしていたのだから。
「殿方からの恋文なぞで、ときめかぬ限りはなぁ」
 くつくつと、如何にも可笑し気に肩を揺らす綴子。あゝ、此の時点で彼女の運命は定まって仕舞った。戀する乙女のいのちは、おしなべて短いもの。
「嗚呼、胸が高鳴るようだよ」
 一方の英は懐から手帖を取り出して、さらさらと、白紙に筆を走らせて往く。
 燃ゆる春に、妖し気なわらべ歌の数々。此れに創作意欲を刺激されぬ文豪など、もしも居るなら御目に掛ってみたいものだ。
「次作の案が思い浮かびそうだ」
 故にこそ、今のうちに書き記しておくが吉であろう。
 其の身が燃え盛る春に呑み込まれ、軈て朱に染まる、其の前に――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アムブネ・サレハ
ああ、これが幻朧桜なるものか…
静かに、けれど嵐のように咲き誇る様の何とも見事なことよ
それに同じ庭を飾るあの艶やかな赤き花もうつくしい
ふふ、花を好むお前のために
遠き場所よりわざわざ足を運んだ甲斐があったぞ、なあ
(右手にとまる片割れへと)
……と、まあ花見で終われるのなら平和なんだがな

〽わたしのかわいいお人形 錦のおべべにゃ青いお花 
わたしのだいじなお人形 白いお花のかんざしさして
かわいいだいじなお人形 真っ赤なお花をあげましょう  

ふうん
いとけない子が歌う様を思えば微笑ましいが
たしかに不穏さも感じられる

死人の真似をするのだったか?
じいっと身動きせずにいることは得意だが
さてどのように欺いてやろうか



●いろどり添えましょ、お人形
 編み込んだ長い黒髪を揺らし乍ら、右腕に留まる蝙蝠面の使い魔と共に、アムブネ・サレハ(怠惰の魔女・f32144)は赫々と春が燃ゆる庭園へ迷い込む。彼方此方で花弁を巻き散らす満開の櫻の木を見上げれば、花唇から自然と感嘆が零れ落ちた。
「これが、幻朧桜なるものか……」
 あゝ、其の静謐な佇まいの何と雅なことか。そして、嵐の様に咲き誇る様の、何と見事なことか!
「彼方に咲く花もまた、うつくしいものよ」
 ゆるり、彼女の視線は上から下へ。路に沿うかの如く、ぽつりぽつりと咲き誇る椿の花は、艶やかな赫で彩られて居た。灯篭の灯を浴びた其の花弁は、まるで燃え盛って居るかの様。
 目を奪ってやまぬ其の光景に、ふふ、とアムブネは唇を弛ませて自身の右腕へ視線を呉れた。
「花を好むお前のために、わざわざ足を運んだ甲斐があったぞ」
 なあ、と相槌を求める様に聲を掛ければ、蝙蝠面の使い魔――『アービド』は、彼女を見上げてちいさく頸を傾ける。其の様は、何処か満足気であった。何せ此の使い魔は、花を愛して已まないのだから。
 魔女もまた、満足気に双眸を細めて微笑んで見せる。姿容は違えども、胎を同じくした“片割れ”であるアービドのことは、自身がいっとう識って居た。此の子が喜ぶだろうと想って、彼女は遠き場所より馴染みの薄い此の地へと脚を運んだのである。
「……まあ、花見で終われるのなら平和なんだがな」
 ぽつり、零す科白に僅かな不穏を滲ませ乍ら。アムブネは、ゆるりと宵の逍遥に興じて往く。赫々と庭を照らす灯篭は、彼女が纏う白いドレスにも燃ゆる焔の彩を投影して居た。何ともうつくしいが、不吉な彩だ。
 惨劇の予感に肌をひりつかせつつ、魔女は軈て紅橋へと差し掛かる。其の側に艶やかに咲き誇る椿の花が不図、ぽとり。断頭台にて切られた頸の如く、転がり落ちた。自然と、視線が其方に向かう。
「おや……」
 まるで導かれたかの如く、唐突に視界へと飛び込んできたのは、植え込みのなかに隠された一枚の立て看板。ころころと転がる椿の花弁を除け乍ら、魔女は其方へ歩み寄って行く。よくよく近付いて見ると、看板にはこんな文句が謳われて居た。

 〽わたしのかわいいお人形、錦のおべべにゃ青いお花。
 〽わたしのだいじなお人形、白いお花のかんざしさして。
 〽かわいいだいじなお人形、真っ赤なお花をあげましょう。

「ふうん――」
 片手で使い魔の毛並みを撫ぜ乍ら、アムブネは唯それ丈け零す。いとけない幼子が、此れを謳う様を想像すれば微笑ましく想えるが。こんな辺鄙な所に素気無く置き去りにされて居たのでは、不穏な気配を感じずには居られまい。成る程、見立て殺人の舞台装置として使われる訳だ。
「たしか、死人の真似をするのだったか」
 聴いたところ、此の詩に沿った死にざまを、影朧から求められて居るのだと云う。有り余る力を宿した此の器は、ゆびさきひとつ動かすのも億劫である故に。じいっと、身動きを取らぬことは得意だが。ただ其れ丈けでは無く、多少の工夫も必要と成るであろう。
「さて、どのように欺いてやるとしようか――」
 くつり、魔女の唇が不穏なる三日月を描く。魔性たるもの、人の子を惑わすこと等
朝飯前。せいぜい飛切りの趣向で、彼が綴るシナリオに鮮烈なる彩を加えてやろう。
 ぶわり、夜の帳を染めるかの如く吹き荒ぶ櫻の花弁は、此れから訪れるであろう惨劇を予兆する様に、赫く赫く、燃え続けて居た。

成功 🔵​🔵​🔴​




第2章 冒険 『物理トリックと云ふ芸術』

POW   :    力業には力業で対抗して生き残る。

SPD   :    とっさに仕掛けを回避して生き残る。

WIZ   :    トリックを見破って生き残る。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●弐『完全犯罪ト戯レバ』
 斯くして、惨劇の舞台に役者は揃った。
 哀れな犠牲者たちは今宵、己が眼に焼き付けた詩の通り、無残な終焉を迎えることに成るのである。
 ――しかし其れは、あくまで影朧が描いた筋書きに過ぎぬ。
 様々な知識や才能に長けた猟兵たちなら、彼の下手人が描いた台本を逆手に取り、より鮮やかで洗練された見立て殺人を、“生きながらにして”演出することが出来るだろう。
 例えば、春が燃ゆる庭にて。例えば、不気味なわらべ歌が響き渡る館のなかにて。例えば、清らかな流水が雅なる調べを奏でる池泉の傍にて。例えば、赫い花吹雪を散らす櫻木の下にて。
 さあ、“被害者”として、うつくしく残酷に、盛大な最期を遂げて。此の戯れの舞台に、大輪の一華を添えて遣ろうではないか。

 耳を澄ませば、ほぅら。
 何処からか、童のあどけない歌聲が聴こえて来る様な――……。

 ≪補足≫
・アドリブOKな方はプレイングに「◎」をご記載いただけますと幸いです。
・本章のPOW、SPD、WIZは、あくまで一例です。
 ⇒ご自由な発想でお楽しみください。
・過激な表現があった場合は、適宜マスタリングさせて頂きます。

≪受付期間≫
 4月14日(水)8時31分~4月15日(木)23時59分まで
琴平・琴子


なんだか雨が降りそうな空――あ、本当に降って来た
折り畳み傘、持ってて良かったです
本当に龍神さまがいらっしゃる感じ…これは見立て殺人には良さそう

生憎水底に沈めるような両親はいないので、代わりに両手には傘と命綱の琴ノ絃
絃はどこかに括り付け
あとは川縁に足を滑った風に足跡を付けて…ずるりと滑り落ちて
思ったより深さがあって頭まで川の中へ

川の水は冷たくて凍えてしまいそう
耐えられないわけではないし、肺活量だってそれなりに自信はあるけど
それでも一人沈んだ子はきっと寂しい、のかな

絃を引っ張り、水面から顔を出して川縁へ這い上がる
地味な死に方だとは思う
けれどそれで良い
派手な死に方なんて望みませんもの


榎本・英


先の童歌が気になってね。

被害者は一人ではないのか、それとも殺人犯が複数居るのか。
はたまた、トリックは一つではないと告げているのか。

この物語を演出するならば、矢張り池の周りだ。

池の周りに子鼠たち。
そうだね、私は万年筆を複数用意しよう。
これが子鼠たちだよ。

万年筆の死、即ち私達の死でもある。
文字が書けなければ息絶えてしまうからね。
並べた筆を一気に空に放つ。
筆の先が此方を鋭く見つめるのだろうとも。

このまま筆と一緒に池の中へと落ちてしまえば
狂った文豪が自害したのだとも取れる
そうして、最後の一本が選ばれし者になる訳だとも。

池に浮かぶ赤いインクが良い演出にもなりそうだね。
それでは逝こうか。



●水ノ禍
 赫く艶めく立派な橋の上。琴平・琴子は幼い頭を持ち上げて、月を隠す雲の行方を眺めていた。全く、不穏である。今にも雨が降って来そうな空模様。
「――あ」
 ぽつり。童女の白頬を、天から零れ落ちた雫が濡らす。其れはまるで涙のように、彼女の頰に微かな水痕を遺して往った。予感が当たったと折りたたみ傘をいそいそ広げる琴子の傍らで、榎本・英は脱ぎ去った外套を傘の代わりに頭から被って居る。
「真坂、此処で通り雨が降るとはね」
「本当に龍神さまがいらっしゃるのかも……」
 神妙な貌で紡がれた童女の呟きを、英は決して否定しない。幼子の想像力や感性には、時として目を瞠らされるもの。童の“ことば”は一笑に付すには余りにも、インスピレェションに溢れているのだ。
「ともあれ、見立て殺人に相応しいお天気ですね」
「嗚呼、脚許にはくれぐれも気を付けて呉れ」
 あの川のなかへ堕ちないように、なんて。英がゆるり、唇を緩ませたなら。童女は涼し気な貌で、こくりと靜に肯いた。
「生憎、水底に子を沈めるような両親は居りませんので」
「何よりだよ」
 口端に苦い笑みを湛えた青年は、其れ丈け返すと気丈な彼女へ背を向けた。「何方へ」と、行き先を問う聲が追い駆けて来れば、頸だけ巡らせ振り返る。
「先の童歌が、どうも気になってね」
 眼鏡の奥の双眸を好奇に赫く光らせて、英はゆっくりと橋の向こうへと歩いて往く。彼の為にとお膳立てされた死に場所は、此処では無いのだ。

 傘を真直ぐに差した侭、去り行く彼の後ろ姿を見送っていた琴子は、軈て橋の下へと視線を落とした。結構な高さである。此処から落とされると成ると、常人なら一溜りもあるまい。幾ら勇敢な琴子でも、此の高所から飛び降りるのは御免願いたい。
 暫し思考に沈んだのち、琴子は川の淵へと降りて行くことにした。湿った地面には、童女の幼い足跡がぺたり、ぺたりと刻まれて往く。
 さて、見立て殺人を完成させるには、此の川に身を投げねばならぬ。
 されど雨で勢いを増した川の流れは早く、丸腰では本当に下流へと攫われて仕舞いそうである。其処で、琴子が目を付けたのは傍に生えて居た立派な影朧櫻。其の幹に己の躰に繋がった琴の弦を命綱と結んだならば、童女は覚悟を決める様に双眸を鎖して、ずるり。態と脚を滑らせるような恰好を取り、其の勢いに任せ、川の中へと滑り落ちて行く。事故に見せかけるため片手に確りと、傘を握り締めた侭で。
 あゝ、あわれ童女は川の底――。

 冷たい。
 頭の天辺まで水に浸かり乍ら、琴子はそんなことを物想う。雨で増水した川は想いの他、深かったのだ。尤も、常人ならざる童女にとって其れは、決して耐えられぬものでは無い。合唱で鍛えた肺活量のお蔭で、未だ息も続きそうである。それでも、彼女は思えずには居られない。ひとり沈められた贄の子はきっと、寂しがっているのではないかと。
 とはいえ、考えても詮無きことに違い無い。漸く息が苦しくなってきた頃、童女は絃をぐいと引張って、命綱を頼りに水面へ浮かび上がって行く。
 ばしゃり。
 軈て水飛沫を立てながら川から貌を覗かせた彼女は、ふるりと頸を振って雫を周囲へ撒き散らした。そして傘を腕に掛けた侭、弦を辿り川岸へと昇って往く。あゝ、我ながら、何とも地味な死に方である。けれども、其れで良いのだ。
「派手な死に方なんて、望みませんもの」
 一華咲かせるなら、生きてこそ。濡れたスカートの裾を絞り乍ら、童女はぽつりと呟きを溢す。
 気づけば、雨はもう止んで居た。

 清流が湧き上がる泉池に、舞い散る櫻の花弁がひとひら、ふわり。燃え盛る様な赫いろで、静謐な水面を彩って往く。そんな光景を眺め乍ら、文豪の青年は独り物思いに耽って居た。雨はすっかり止んでおり、彼の背では元通り、外套がゆぅら、ゆぅらと揺れて居る。
「被害者は一人ではないのか、それとも殺人犯が複数居るのか」
 それとも、トリックは一つではないと告げているのか。英の思考は、徐々に深淵へと沈んで往く。あゝ、推理作家としての血が騒いで仕方がない。もしも、己が著作の題材にあの詩を選んだとするならば。一体どのような芸術――トリック――で舞台を彩ってみせるだろう。
「舞台は矢張り、此の池の周りだ」
 此処までは、詩の通り。問題は、犠牲と成る役者たち。そして、其の数に有る。池の周りに、子鼠たち。子鼠……。
「――そうだ」
 英は不図、懐から幾つかの万年筆を取り出す。かたちも、大きさも滅裂であるけれど。其れらは皆、どれも小ぶりであった。
「これが、子鼠たちだよ」
 そして己は、書き手である。
 万年筆の死は即ち、“私達”の死でもあるのだ。何せ『榎本英』と云う男は、綴ることに情念を抱く「文豪」と云う生き物なのだから。文字が書けなければ忽ち、息絶えて仕舞うに違いない。
 池の周りをぐるりと囲む様に万年筆を並べ終えた青年は、はらり、徐に著作を開いてみせる。すると其処から飛び出すのは、数多の赫い腕。其れらは並べられた子鼠たちを、次々と空へ弾き飛ばした。筆の先が一斉に、己を鋭く、怨めし気に睨め付ける。

「それでは、逝こうか」

 ざぶん。
 決まり文句を静かに囁いたのち、文豪は躊躇う事無く池のなかへと入水した。其の後を無数の万年筆が追い駆けて、主と共にこぽこぽと沈んで往く。
 斯くして、狂った文豪は自害を果たしたのである。
 まるで彼の執念を表しているかの様に、万年筆が一本だけ、水面にぷかぷかと浮かんで居た。じわり、赫いインクが池泉を不吉な彩に染めて往く。
 あゝ、文豪の血はインクで出来ているのだ――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

稿・綴子

絡み歓迎

くけけ
あやかしより恐ろしいは人
吾輩に綴られた物語を愉しんでくれるのも人である

さて
曰くありげな文を手に夜桜の元に
か弱く可憐な乙女を演ず
「嗚呼…愛しき貴方はどちら?この文にある情熱をわたくしの身(原稿用紙)にもどうか刻みつけてくださいませ」

桜の大木を行き来して探し回る乙女の影は
胸を刺し貫かれて地べたを這う(UC使用)
「けは…ッなん、でどうしてわたくしがこんな…」
転んだ拍子にざらり血がべっとりの凶器の群れに慌て
「…様を吊して歌は完成しますのに…ぐふぅッ」
惨殺され吊される
目と口から血
下着が見えぬよう裾はもつれ破廉恥回避『奇』はチラリ

此はサァビス
血文字で『呪』と綴ってやる
さァいい気になるが良い


アムブネ・サレハ


青い花の錦の衣に、白き花の髪飾り
それを全て血色に赤く染めて
あのわらべ歌から見立てをするならば、そのような事になるのであろうな

手持ちの道具だけでは難しかろうから
虚空に繋がる使役の鎖を手繰り寄せて
原初の呪いより、付き合いの長い可愛い下僕のひとつ、幻影を自在にする蜃の力も借りようか

桜の下、横たわる屍、錦の着物が地面に広がって
その上に幻朧桜に椿の花びらと、更に別の朱色も降り積もる
それは赤く赤く
そうして演ずる舞台はさぞ趣あるものになるだろう

目を閉じ息を潜めてそれは真に迫る亡骸のように
けれど感覚は研ぎ澄ませ敵から注意を逸らすまいよ



●華ト散レヨ乙女タチ
 立ち並ぶ幻朧櫻は、誇らしげに赫い花弁を散らして居る。はらはら、はらはら。止まることなく振り続ける櫻の雨に打たれ乍ら、ふたりの乙女は聲を潜めて語り合う。
「赫と云えば矢張り、な」
 アムブネ・サレハが、金の双眸を気紛れな猫の如く細めれば、右腕に留めた片割れの蝙蝠が同意を示す様に「キキッ」と一啼き。対する稿・綴子もまた、まんまるお月様の如き眸をきらきらと輝かせ乍ら、花唇を三日月の容へ吊り上げる。
「くけけ」
 凡そ乙女らしからぬ、奇々怪々な笑聲。されど、艶やかな夜に零れ落ちた其の響からは、芯からの期待と興奮が滲んで居た。
「櫻はやれ血を啜るだとか、旅人の仲を裂く“あやかし”だとよく云うが――」
「ほう、其れは興味深い噺だな」
 魔性の乙女からふいと向けられた流し目に、奇譚の乙女はふるふると頭を振る。頭にたっぷりと詰まった脳髄を、ぐるぐると回転させる様に。
「あやかしより恐ろしきは“人”である」
 にんまりと、チシャ猫の如く綴子は哂う。そもそも、人間の暗部を押し付けられた存在が“あやかし”なのだ。あゝ、其れを生み出した人間たちの悪辣さと来たら……。
 然し、彼女の写身『原稿用紙』に綴られた物語を愉しんで呉れるのもた、“人”でしか有り得ない。
 ゆえに虚ろを抱く彼女は、同じ舞台に上がり乍らも、彼らが描くストーリィを最前列で見物するのである。
「ならば、魔性の恐ろしさを刻み付けて呉れよう」
「くく、愉しみだ」
 視線を交わして肩を揺らしたふたりは、何方ともなく舞台を目指して歩きだす。彼女達が此れから辿る残酷な運命を、お月様だけが静かに見つめていた。

 絹のおべべにゃ、青いお花。
 かんざし揺れるは、白いお花。
 最後に赫いお花をあげたなら――。
「其れらを全て血色に染めろ、と云うことであろうな」
 あの“わらべ歌”から見立て殺人を行うならば、そう云う段取りと成るだろう。さいわい、アムブネの黒い髪には片割れが摘んで呉れた白花が揺れて居る。されど、肝心の錦の着物が此処には無かった。然し、彼女は使役の悪魔。彼女が叶えられぬ希いは、使い魔が叶えて呉れる。
「少し力を貸しておくれ」
 魔女が囁きを溢したなら、毛皮に包まれた黒いゆびさきから、金彩に煌めく鎖が伸びて往く。虚空まで繋がる其れが手繰り寄せるのは、いにしえの幻獣“蜃"である。櫻が舞い散る空に、忽ち靄のようなものが掛かった。
 かれこれ、彼とは長い付き合いだ。言葉を交わさずとも、使い魔は彼女が望む幻影を編んで往く――。

 櫻の木の下で。
 蒼い錦の着物をいとけなく地面に広げた侭、乙女の屍が横たわって居た。鎖された双眸はもう、二度と開くことは無い。固く結ばれた唇は、呼吸を疾うに止めて居る。
 あゝ、まるで台座に打ち付けられた蝶の標本の如く、艶やかでうつくしい其の姿。
 其れを益々彩るように、櫻の花弁が、そして椿の花が。ぽつりぽつりと、彼女の上へ積って往く。赫花の隙間を縫う様に、どろりとした朱彩がじわり、着物を染めて地面へ伝う。此れ以上ないほど赫く、赫く、染まり切った死に様の、なんと耽美なことか!

 ――これで、趣ある舞台になっただろう。

 本物の亡骸のように、まんじりともせぬ儘で。アムブネは内心でそう、独りほくそ笑む。研ぎ澄ました感覚は、観客が傍に居ることを確かに報せて呉れて居た。彼女の舞台は下手人のお眼鏡にも無事、適った様である。
 けれども慾を云うならば、喝采が降って来ぬこと丈けが、口惜しい。

 月彩の着物を纏った乙女が、でんと佇む櫻の大木の周りをおろおろと彷徨っている。彼女のあえかなゆびさきが大切そうに握るのは、一枚の文である。
『愛シキ人。一等見事ナ夜櫻ノ下ニテ、貴女ヲオ待チシテオリマス』
 そんなことを綴る神経質そうな筆跡は、何処からどう見ても男のもの。そう、戀焦がれて已まない、あの人の――。
 嗚呼、と甘い溜息を吐き乍ら、乙女は木の周囲をぐるぐる周り、気弱な聲を張りあげる。
「愛しき貴方はどちら?」
 されど返って来るのは、残酷な静寂のみ。世界はこんなに赫く燃えて居るのに、彼の優しい聲は、温かな腕は、何処にも見当たらぬ。
 あゝ、どうか。どうか。
「この文にある情熱をわたくしの身にも、刻みつけてくださいませ」
 どうせ愛を綴るなら、そんな簡素な手紙では無く。もっと、四〇〇字みっちりと、此の『原稿用紙』に!
 ひたり。
 不図、春に惑う乙女の動きが止まった。地面に映し出された彼女の影はいま、酷く歪な容をして居る。
「けはッ……」
 肺病に咳き込む様に、ごぽりと血を吐いた。ちくちくと胸が痛むのは、戀の病の所為では無く。心の臓から飛び出した、どろりとした赫を纏う西洋剣の所為。
「なん、で」
 己の胸を貫く得物の感触を確かめ乍ら、乙女はどさりと斃れ込んだ。其の拍子に、着物の袖から血に濡れた万年筆が、裁鋏が、ペンナイフが、どさどさと地面に零れ落ちて行く。乙女は慌てて拾おうとするも、伸ばしたゆびさきは虚空を掴むのみ。
 あゝ、貧血の所為だろうか。ごうん、ごうん、と頭の中で銅鑼が鳴り響いて居る。其の合間合間、微かに聴こえる笑い聲は、あの人のものではなく――。
「どうして、わたくしがこんな……」
 地べたを這い蹲り乍ら、冷たい砂をざらりと掴む。口惜しや、口惜しや。そんな呪詛を吐こうとした刹那、あえかな背に斧が突き立てられた。未だ、足りぬと云うのか。
「……様を吊して、歌は完成しますのに」
 虚な眸でぽつりと零すは、そんな棄て科白。
 いま、乙女の肢体は持ち上げられ、櫻の木に吊るされようとして居た。頸には、縄が掛けられて居る。あゝ、己を支える手が離れて――。
「ぐふぅッ」
 真坂、真坂。己が死に依って「歌」が完成しようとは。なんと情けない、なんと云う体たらくか。
 此れでは、死んでも死に切れぬ!

 斯くして、乙女は吊るされた。
 見開いた満月の眸から、三日月に吊り上げた唇から、赫絲を垂らす様は余りにも惨い。縺れた着物の裾からは、白い太腿が覗いて居た。其処に刻まれた「奇」の字は、下手人からの挑戦状であろうか。それとも……。
 ぴくり、乙女のゆびが動く。
 己の血に塗れた其れが、最期の力を振り絞って木の幹に文字を綴る。「呪」と云う不吉な単語ひとつを、恨みがましい筆跡で。
 此れは、サァビスである。
 誰がどう見ても致命傷、もといオーバァキルであるが。ヤドリガミであるが故に、本体さえ無事なら綴子は死なぬ。正しく、此れは捨身の舞台であった。
 ――さァ、いい気になるが良い。
 哀れな死体を演じ乍ら、乙女は壮絶に、にんまりと嗤う。
 灯籠は何処かに潜む影朧へ見せつける様に、耽美なる乙女の姿を赫々と照らして居た。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻


まるで彼岸のような春景色だ
全てがそうであるように誂られた箱庭のよう

結んだ指先はそのままに、春獄に飛び込もう

不安そうな巫女へ笑みを向ける
大丈夫だよ
死が私達を分かつ事など約されて居ないのだから
きみの死を私は赦さない
……ふふ
仕掛けた主への戯れに
演出をするくらいなら、赦してあげる

生命(玉の緒)をむすぶ赫い糸
赫は滴る血の彩か
真っ赤なこの絲は──犯人の意図か
それとも私の愛か

縛るこの指
永遠に離れることも無く

絡まって
縛られて
たとえ息が絶えたとしても離れない

たとえフリでも私の愛しき花嫁が蛇の如き桜嵐に呑まれてしまうのは苦しく辛い

桜の木の下
赫い縄で首をくくり後を追うからね

逃がしはしない
独りにはしない
決して


誘名・櫻宵
🌸神櫻


不気味なくらい美しい春だこと
カムイ
今──何か声がしなかった?
おいでと招く童歌

握るカムイの指先に力をこめる
筋書き通りの死に意味なんてあるのかしら

例えふりでもあなたが死ぬのは嫌だわ
私の神様が、私以外に害されるのは許せない
ええカムイ
赦さないでそんなこと

童歌が響く
歌が記した通りのように
渦巻く春花弁が海のように押し寄せて
…呼び出した桜わらし達に、桜吹雪となり私を埋めるよう命じるわ

あの子が欲しい
お腹がすいた
声から逃れるようにかけたって現に帰る道は塞がれて

気がつけば私は蛇の如き桜嵐の腹の中

カムイ!
迫真の声は半分本当
桜の海に呑まれそうで恐ろしい
春に溺れるよう赫を散らし沈む

花の下で唯
儚く瞳を閉じるのよ



●狂愛華酔心中
 すらりと伸びたふたつの影が、灯籠に赫く照らされて居た。
 仲睦まじく寄り添い合い、ゆびを絡ませ共に歩むのは、朱赫七・カムイと誘名・櫻宵。眩暈がする程に鮮やかな赫彩に囲まれ乍ら、ふたりは春獄の奥へ、奥へ――。
「まるで、彼岸のようだ」
 見立て殺人を彩る為に誂えられたかの様な、残酷で耽美な箱庭。其れこそが、此の春の園。果たして己等が向かうのは奈落の底か、或いは更に深い戀獄か。総ては、神のみぞ知る所であろう。
「……不気味なくらい美しい春だこと」
 有り丈の櫻に囲まれても尚、こころは不思議と晴れぬ儘。寧ろ不安ばかりが、ずしり、重たく頸を擡げて来る。ざわ、と夜風が植え込みの翠を揺らす音すら、今宵は亡霊達の慟哭めいて。されど、其のざわめきに混じる様に「おいで」と囁く童の聲は、聞き間違いではあるまい。どきり、と鼓動が跳ねた。
「カムイ――」
 ひた、と櫻宵の脚が止まる。釣られて、神もそうっと歩みを止めた。麗人のかんばせには、怯えの情が彩濃く滲んで居る。
「いま、何か声がしなかった?」
「大丈夫だよ」
 不安そうに周囲へ視線を巡らせる巫女へ、神は優しく微笑み掛ける。あゝ、あんな児戯に怯えるなんて、愛いものだ。
 『死』がふたりを分かつことを約した覚え等、毛頭無いと云うのに。
「きみの死を、私は赦さない」
「ええ、カムイ」
 ぎゅうっと、絡め合うゆびさきに櫻宵は力を籠める。筋書き通りの死に、一体何の意味が有ると云うのだろう。喩え其れが、櫻の様にうつくしき散り様であろうとも。
「赦さないで、そんなこと――」
 麗人は長い睫をそうっと伏せた。其の様を眺めて、ふふ、と再約の神は口端を弛ませる。尤も、此の残酷劇を仕掛けた主への戯れとして。
「偽りの死を演ずる位は、赦してあげる」
「例えふりでも、あなたが死ぬのは嫌だわ」
 ぎり、と優しいゆびに紅の爪を立てる。何せカムイは、他ならぬ『櫻宵』の神様なのだから。
「私以外に害されるなんて、赦せない」
 情念を宿した聲が、ずるりと地を這った。まるで、執念深い蛇の様に。刹那、ふたりの間を櫻吹雪が吹き抜けて往く。

 〽あの子が欲しい、お腹が空いた。

 童の幼い歌聲が、何処からか聴こえて来る。不気味で、聴き覚えの有る歌詞だ。そう、あれは先ほど目にした、禍のわらべ歌――。
 刹那、渦巻く春の花弁が一斉に、櫻宵の許へ波の如く押し寄せる。密かに招いた櫻童も忽ち櫻吹雪へと姿を転じ、麗人の艶姿を春の彩で埋め尽くして行く。
 駆け出して、逃げようと思った。
 けれど、其れは終ぞ叶わない。神のゆびさきが、巫女の手を確りと掴んで居るのだから。
 まるでふたりを結ぶ様に、つぅ――とゆびさき伝うのは、赫い絲。麗人の爪は神の柔肌へ、確かに赫い絆を刻んだのだ。いのちを、玉の緒を結ぶ、真赫なこの絲は果たして、犯人の意図か。否、此れはきっと、神による寵愛の証だ。
「カムイ!」
 まるで大蛇の様に渦を巻いた櫻の海に、櫻宵の躰が埋もれて往く。迫真の聲が、春に燃ゆる箱庭へ響き渡った。麗人は、半ば本当に恐怖して居た。櫻蛇の胎のなかへ、呑まれて仕舞いそうで。そして、燃え盛る春の海に溺れて仕舞いそうで……。
「――サヨ」
 愛しい巫女が己の許から離れぬよう、カムイは盟約のゆびであえかなゆびを縛りつける。神たる己はふたりが分かたれることを、約して居ない。故に、此のゆびさきが、永遠に離れることは無い。約を交わすゆびさきが、絡まって、縛られて。
 あゝ、本当に痛いのは、恐ろしいのは、何方だろう。だから、愛してはいけなかったのだ。
 刹那、神の前で“赫”が弾けた。
 靜に双眸を鎖した巫女が、櫻海のなかに崩れ落ちて往く。其れでも、此のゆびさきは、解かない。喩え、何方かの息が絶えたとしても――。

 気づけば、櫻吹雪はすっかり止んで居た。
 はらはらと舞い散る櫻に埋もれた巫女は、ひどく儚げでうつくしい。けれども、其の様を見降ろしていると、まるで針に射抜かれたかの如く心の臓が甘く痛む。喩え演技であろうとも、蛇に呑まれた櫻宵の姿を視るのは辛く、苦しい。
「直ぐ、其方へ往くからね」
 事切れた巫女の傍らに跪き、艶やかな髪をそうっと撫ぜたのち。神はゆるりと立ち上がり、懐から取り出した赫い縄を櫻の枝に結ぶ。そうして、まあるい輪っかを作ったならば、躊躇う事無く其処へ己の頸を差し入れた。
「独りにはしないよ、サヨ」
 ふ、と穏やかな微笑みを湛えて、カムイは勢いよく土を蹴る。視界がぐるりと回り、息が詰まった。けれど、巫女を喪う辛さと比べたらこの程度、何とも無い。
 司るものが“災厄”であろうと、“再約”であろうと、神の愛は何時だって妄執と隣合わせ。あゝ、一度愛して仕舞ったなら最期。

 決して、逃がしはしない――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『はぐれ陰陽師・人生紡ぐ呪詛『賀茂・保琳』』

POW   :    嗚呼、では君の物語を記そう
非戦闘行為に没頭している間、自身の【執筆している巻物】が【呪詛による防護壁を作り出し】、外部からの攻撃を遮断し、生命維持も不要になる。
SPD   :    呪詛返しの準備は万全に決まっているだろう?
【自身の喚び出した式神たち】で受け止めたユーベルコードをコピーし、レベル秒後まで、自身の喚び出した式神たちから何度でも発動できる。
WIZ   :    著作は大切だが、邪魔者を始末する方が優先だ
自身の【著作である他人の人生を歪めた呪詛本の原本】を代償に、【常軌を逸するほど執着を増幅させる呪い】を籠めた一撃を放つ。自分にとって著作である他人の人生を歪めた呪詛本の原本を失う代償が大きい程、威力は上昇する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠紫丿宮・馨子です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●惨『カァテンコォル』
 レコォドが、童の聲で謳って居る。
 コレクションルームから漏れ出た旋律は、館中にぐわんぐわんと反響し、幼い聲が紡ぐ詩の不気味さをより一層引き立てて居た。
「なかなか見物だったな」
 最期のひとりが息絶えたことを認めれば、陰陽師然とした男が満足気に口端を吊り上げる。此れにて“閉幕”とばかりにレコォドの針を外したなら、漸く館に静寂が戻って来た。
「見立て殺人と云うものは、矢張り悪く無い」
 ある者は水難でいのちを落とし、ある者は花妖に憑り殺され、ある者は凄惨に吊るされて、最期に遺った独りは後を追って頸を吊る。
「章題をつけるとすれば、『奇響館の殺人』と云ったところか」
 名探偵は終ぞ現れること無く、斯くして物語は幕を閉じる。下手人は最後まで其の姿を現さず。そもそも此の事件は人の犯行であったのか、もしや何某かの呪詛によるものではないか――などと云った流言が、帝都へじわじわと伝染して行くであろう。
 然すれば、此の奇響館に再び、探偵気取りの愚か者どもが集うに違いない。次は彼らの輝かしき人生を、歪めて遣ろう。此の筆が綴る、呪詛によって!

 されど、此のシナリオは未完である。
 何故なら、“被害者"たちは未だ、生きているのだから。傷を癒し、或いは身形を整えた猟兵たちは、完全犯罪を阻止する為に、影朧の許へと遂に其の姿を現した。
「……俺としたことが、まんまと欺かれた訳か」
 忌々しげに猟兵たちを睨め付けた影朧――賀茂・保琳は、ぎり、と片手に持つ筆を握り締める。ころころ、膝に乗せた巻物が床に転がり、白紙の頁を曝して行く。
「まあ良い、何度でも呪って呉れよう」
 端正な貌に不敵な笑みを刻み乍ら、男はそんなことを宣った。先程見つけた詩が気に入らぬと云うのなら、更にうつくしく凄惨な詩を響かせて遣る。そして、より鮮やかに被害者たちの晴れ舞台を彩って呉れよう。
 あゝ、再びわらべの歌聲が聴こえて来る――。

「さて、君はどんな最期を希む?」

 ≪補足≫
・アドリブOKな方はプレイングに「◎」をご記載いただけますと幸いです。
・プレイングは戦闘よりでも、心情よりでも、何方でも大丈夫です。
・戦場と成るコレクションルームは広いので、戦闘や立ち回りに支障ありません。

≪受付期間≫
 4月21日(水)8時31分~4月22日(木)23時59分まで
徳川・家光

「陰陽師よ残念でしたね! 探偵の無い推理物、救いの無い見立て殺人の物語は、確かに刺激的な作品となったでしょう。その創作性、独創性は批判しませんし、称賛します……あなたが、本物で試そうとしなければ!」

怒りを膨れ上がらせますが、コレクションルームを傷つけるつもりはありません。

「胡蝶酔月(バタフライエフェクト)……! 僕が眠らせるのは、あなたが今代償にしようとしている、その呪詛本の犠牲となった人……!」

呪詛本から溢れ出してくる呪詛を全て受け止め、鍔鳴りで鎮魂の眠りにつけようとします。たとえ呪われていても、忌まわしくても、書を傷つける事は好みません。時は戻せませんが、せめて犠牲者に救いの眠りを……


琴平・琴子


華々しい最期があったとしても私はそれを望みませんよ

精一杯足掻いて、もがいて、生きてこそ人生
私は、生を諦めたり簡単に手放したりしない
貴方の言葉に耳を傾けたりしません

呪殺弾を装填した兵隊さんのマスケット銃を構えて狙うのは呪詛の防護壁
駄目なら筆を持った手を狙い、銃で叩き落とす
筆さえ無ければ何も書けないでしょう?

お転婆で御免あそばせ
貴方に私の物語は書けない
冒険譚も、御伽噺も私には似合わない

猟銃の柄の部分を脳天を目掛けて叩きつける!

私の軌跡は私にしか分からない道
私だけが知っていればいい
――いつかは、それを家族に言えることができたらそれは書ではなく言葉で
私は私の物語を、軌跡を紡いでいくだけですから



●フタツ目ノエンディング
 わらべは歌う。
 其の詩に籠められた意味を知らぬ儘に。
 わらべは謳う。
 其の死に秘められた意義も知らぬ儘に。

 〽わかさま踊りゃ、月もかお出す。欠けた姿じゃ、お嫁にゆけぬ。

 静寂を不気味に彩る旋律は、館へ新たなる呪詛を運んで往く。階段へ、ダンスホールへ、遊技場へ、春燃ゆる庭園へ……。
 されど、帝都に悪が栄えた試し無し。
「陰陽師よ、残念でしたね!」
 凛と響いた青年の聲が不意に、暗澹たる調べを一瞬で引き裂いた。上様――江戸幕府将軍、徳川・家光(江戸幕府将軍・f04430)其の人の聲である。
 探偵の無い推理物に、救いの無い見立て殺人。容疑者は総て死に絶え、ただ「謎」丈けが何時までも遺されて、噂ばかりがまことしやかに囁かれる――。
 成る程、確かに刺激的な作品だ。帝都では売れ筋のプロットであろう。
「その創作性と独創性は批判しませんし、称賛します」
 羅刹の青年は、静かに科白を紡いで往く。其の聲彩に、沸々と湧き上がる怒りを滲ませて。
「……あなたが、本物で試そうとしたのでなければ!」
「俺が綴る物語は、大正の世であろうと通じるか」
 拳を震わせる家光を前に、はぐれ陰陽師は「ふん」と鼻を鳴らして気取った様子。彼は紛れも無く過信しているのだ、己の文才を。
「ならば、君たちの終焉に花を添えよう。今なら死に方くらいは選ばせてやる」
「……華々しい最期があったとしても、私はそれを望みませんよ」
 翠の眸に冷ややかな光を燈し乍ら、琴平・琴子は影朧の言葉を淡々と跳ね除けた。童女にしてはやや大人びた貌には、決意にも似た彩が浮かんで居る。
 生きる意義とは、ほんの僅かなひと時丈けでも、スポットライトを浴びることなりや。
 ――否!
 人生の意義は、精一杯足掻いて、藻掻いて。泥に塗れて生き永らえて、漸く見つけられるもの。
 影朧の甘言に容易く乗せられるような生き方じゃ、胸を張って「人生」と云う名の舞台には上がれないから。
「私は、生を諦めたり、手放したりしない」
 年若きふたりの反抗に、影朧は口端をにやりと弛ませる。さらさらと動く筆は、白紙に歪な物語を刻んで行く。彼等は正しく、冒険譚の主役に相応しき器を持って居る。あゝ、されど運命の残酷さよ。
 彼等は此処で虚しく、儚き命を散らすのだ!

 〽満ちてまんまる、お月さま。はしゃいで落ちて、あさがきた。

 男が筆を置くのと同時、わらべの歌が響き渡る。
 すると天井に飾られた月の様なシャンデリアが、ぐらりと大きく揺れた。空かさずマスケットを構える少女を庇うかの如く、家光が一歩前へと歩み出る。
「胡蝶酔月……!」
 ゆるりと抜刀すれば、白妙の刀身が眩い光を放った。其の輝きを御するかの如く、青年のゆびさきが、つぅ、と刃を撫ぜる。

 ――バタフライエフェクト。

 きぃ、ん。
 コレクションルームに響き渡るのは、微かな刃鳴り。其の静謐な音彩は、聴く者のこころを落ち着かせる様。
「雅な音色だが、此の場には似合わんな」
「いいえ、僕が本当に聴かせたいのは、」
 家光の視線の先に在るのは、せせら嗤う影朧の姿では無く。其の掌中に握られた、先ほど加筆されたばかりの巻物――呪詛をばら撒く、曰く付きの其れ。
「その呪詛本の犠牲となった人……!」

 〽われら宥める、刃のさえずり。月すら酔わす、うつくしさ。

 影朧の掌中でカタカタと其れが揺れる程、シャンデリアの揺れは小さく成る。刃鳴りの静謐な調べは、即ち鎮魂の調べ。
 此の千子村正権現を振い、書物ごと影朧を斬ることも出来た。然し、幾ら曰くつきであろうとも、書物を傷つけることは好もしく無い。彼の影朧に罪あれど、其の著作には罪など無いのだから。

 〽ふわふわお月さま、雲のうえ。あさがきたから、かえりましょ。

 そんな歌聲を最期に遺して、わらべの唱はぴたりと途絶えた。静謐を取り戻した部屋のなか、家光は独り双眸を鎖す。
「時は戻せませんが――」
 せめて、嘗ての犠牲者たちに救いの眠りが訪れんことを。
 其れはこころからの祈りであった。罪を憎んで人を憎まぬ其の高潔さこそ、天下を背負う者の器に相応しい。
「小癪な真似を」
 役目を果たせず力を喪った著作を見降ろして、影朧はぎりりと拳を握り締める。されど、白紙の頁は未だ続いて居るのだ。次の呪詛を巻物へ記さんと、籠めた力は其の儘に、彼は筆を振り上げた。

 ――どぉん。

 鈍い銃声の後、からりと筆が床に転がり落ちる。一拍遅れて、ぽたぽたと床に散らばるのは、鮮やかな赫い彩。片腕に走る鋭い痛みに、影朧の意識は思わず著作から逸れた。
「もう、何も書けないでしょう?」
 剣呑に眇めた視界に映るのは、硝煙の向こうでマスケットを凛と構える童女の姿。傷口がじくじくと熱を持つのは、熱傷の所為丈けではあるまい。
「撚りにも依って、此の俺に呪詛を放つか……!」
 気色ばむ陰陽師から放たれた低い怒聲を、琴子は涼し気に受け流す。なにせお転婆なもので。いつまでも護られてばかりじゃ、矢張りどうも落ち着かない。
 なにより――。
「貴方に、私の物語は書けない」
 胸が躍る様な冒険譚も、浪漫チックな御伽噺も、此の童女には不相応。彼女もまた、戦場に身を置く独りの戦士。ゆえにこそ、淑女の振りも、あどけない童の殻も脱ぎ去って。琴子は丸腰の影朧目掛け、一息に駆け抜ける。
「御免あそばせ――」
 あえかな掌が握るのはグリップでは無く、砲筒だ。彼女はマスケットを高らかに振り上げるや否や、男の脳天目掛けて其の柄を、思い切り叩きつけた。
「がッ」
 幾ら強大な呪詛を操ろうとも、身を護る術が無ければ唯のひと。お留守な頭に叩き込んだ其の一撃は、少し手痛い授業料と成るだろう。
「私の軌跡は私にしか分からない」
 昏倒する影朧を見降ろしながら、琴子はまるで確かめる様に、ぽつぽつと花唇から科白を溢す。
 今まで辿って来た苦難の歩みは、ただ己丈けが知って居れば、其れで良い。けれども希わくば、いつか。其れを大事な家族に、面と向かって“自分の口から”伝えることが出来たら好い。其の日が訪れるか否かなんて、神のみぞ識ることだけれど。
「私は私の物語を、軌跡を、紡いでいくだけですから」
 いつか懐かしの我が家へ辿り着き、家族に“ただいま”を云える、其の日まで。琴子の歩みは、止まらない。
 不図、童女の頭のなかで反響するのは、もう聴こえない筈のわらべ歌。物悲し気な其の旋律は、通学路でいつか聞いた唱歌に何処か似て居た気がして。琴子はそうっと、長い睫を伏せた。

 〽父様母様、もう一度。手引いておくれよ、お家まで――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻


サヨ、もう大丈夫だよ
此処はまだ彼岸ではない
抱き起こして、頬を撫でる
私のきみよ
死神にすら渡しはしない
サヨの神は私なのだから

もうこんな詩は聞かずともいい
運命をなぞるが如く筋書き通りに死ぬのも一興であったが
やはり愛し子のこんな姿はみたくない
もう嫌なんだ
……きみを見送るのは

最期など要らないよ
私に終わりはなく、サヨに結ばない
張り巡らせる結界はきみのために

斯様な厄呪は巡らない
私の巫女を侵す前に
その全ては約されぬと事象ごと切り込み切断する

何より呪は巫女の障りになるからね
愛呪に糧をやってくれるな

美しく咲かせてみせよう
永遠に花咲く櫻のいと美しきこと
私達の物語、その漄に禍も呪もないのだ
ただ、あるのは倖だけ


誘名・櫻宵
🌸神櫻


ここはあの世かしら?
なんて冗談よ
優しい神様は
自らを殺して私の後を追おうとしてくれたのかしら
例えあなた自身にもそんなこと赦さない
カムイをころしていいのは私だけ
あなたは私の神なのだから

また唄がきこえるわ
次はどの様に別れを齎してくれるのかしら
いいえ
どんな物語だって私達をわかてない
私だって嫌
カムイに死んで欲しくない
あなたが散る様をもうみたくない
殺しても死なないで私の神様

作者自身が死の物語を体感するのは如何?
如何なる死が最も美しいか
その身をもって示して

美しい桜と赫で彩って
呪を破魔で打消し浄化して、破魔の衝撃波と共に思い切りなぎ払い斬るわ!

先の展開が分からないから、物語も人生も楽しいのでしょう?



●約サレルハ倖ナル終焉
「所詮は児戯と油断したが」
 ずきずきと痛む頭を抑え乍ら、陰陽師の男は赫き飛沫が散る床から起き上がる。其のゆびさきには、一度は手放して仕舞った筆が握られている。
「次こそは、君たちの生を著作に刻んでやろう」

 〽あの子が欲しい、お腹がへった。

 何処からかまた、わらべの聲が聴こえて来る。柔肌をざわりと撫ぜる様な、そんな不穏な響が鼓膜を揺らし、誘名・櫻宵は思わずあえかな肩を震わせる。
「……また、唄がきこえるわ」
 あゝ、今度はどの様に別れを齎してくれるのだろうか。叶うことなら、一等うつくしく、鮮やかな散り際を彩って。そして――。
「サヨ、もうこんな詩は聞かずともいい」
 麗人を甘美な無双から現へと引き戻すのは、朱赫七・カムイが響かせる穏やかで、厳かな聲彩。
 『死』と云う概念を持たぬ神としては、まるで“運命”を儗るかの様な、筋書き通りの死を経験するのも一興かと思ったのだが。
 幾ら芝居と云えど、矢張り、愛し子のいのちが儚く散る様は見たくなかった。
「もう嫌なんだ」
 きみを見送るのは、なんて。言外にそう告げたなら、巫女もまた首肯して見せる。盟約で結ばれた二人の絆は固く、抱く想いは同じもの。
「どんな物語だって、私達を別てない」
 櫻宵だって、嫌なのだ。何時かの様に、カムイが散る様を目の当たりにするのは――。故にこそ、巫女は甘える様な聲で己が神へと無茶を強請った。
「殺しても死なないで、私の神様」
「きみの望む侭に」
 向かい合い、改めて互いの想いを確かめ合えば、ふたりのかんばせに花笑みが咲く。彼等の旅行記には、未だ白紙が多い。
 一冊も使い切らぬ儘、如何していのちを散らすことが出来ようか。
「そういう訳だから、最期など要らないよ」
 序とばかりに、巻物へ筆を走らせる影朧へそんな科白を投げ掛けた。神たるカムイに“終わり”は無く、故に其れを巫女に結ばせる気も無い。櫻宵を護るかの如く赫き縄を張り巡らせれば、影朧は忌々し気に舌打ちを溢す。
「結界か、梃子摺らせて呉れる」
 影朧が掌上で転がすは、今しがた綴り終わったばかりの著作。曰く付きの“其れ”から、どろり。拡がって往く厄呪は決壊に阻まれ、巫女の袖に染みひとつ付けることすら叶わない。
「いっそ、作者自身が死の物語を体感するのは如何?」
 そうして、如何なる死が一等うつくしいか。その身を以て、穢れた世界に示すが良い。作家の癖して物語を弄んだ男にはきっと、そんな最期が相応しい。
 櫻宵が血染めの太刀『屠桜』を抜刀すれば、コレクションルームにはらはらと、赫き花弁が舞い落ちる。
「俺が綴らねば、君たちの物語は未完と成るが」
「――結構よ」
 影朧の戯言には耳を貸さず、一閃。
 其の風圧に絢爛の櫻吹雪が、部屋を埋め尽くす。櫻宵がすぱりと断ち斬るのは、彼が綴った悪趣味な物語。
 解呪され、浄化されゆく其れは、完全に己が役目を終えて仕舞った。ゆえに如何なる物語が、其処に綴られて居るのか終ぞ分からぬ儘であるけれど。
「先の展開が分からないから、物語も人生も楽しいのでしょう?」
「笑止、終わらぬ物語など駄作に過ぎないだろう」
「――けれど、其の凡ては約されぬ」
 櫻吹雪に紛れて影朧に肉薄するのは、カムイである。穢れた呪詛で巫女を侵すことなど赦さぬとばかりに、朱砂の太刀『喰桜』を抜刀すれば、赫い花吹雪に僅か、朱彩が混ざった。
「愛呪に糧をやってくれるな」
 何より、“呪”は巫女にとって障りと成るのだ。零す科白は低く、獲物を睨めつける眸は冷たい。巫女の云う通り、度し難い此の男のいのちを、美しく咲かせてみせようか。
 ほんの僅かな独占慾を溢した神は朱砂の刀身を煌めかせ、作家気取りの影朧を上段から斬り付ける。
 一拍の後、影朧の躰に鮮血の華が咲き、彼はずるりと崩れ落ちて往く。あゝ、永遠に花咲く櫻のいと美しきこと――。

 もう、わらべの不気味な歌聲は聴こえない。

「優しい神様は、自らを殺して私の後を追おうとしてくれたのかしら」
 緊張も解けた様子の櫻宵が、甘く戯れる様にそんな科白を溢す。白妙のゆびさきは自然と、神の袖をきつく握り締めて居た。
「例えあなた自身にも、そんなこと赦さない」
 カムイを殺していいのは、巫女である己だけ。
 あゝ、芝居の後で彼に触れられた頰は、未だ熱を孕んで居る様……。あの櫻の木の下で、カムイは櫻宵を抱き起し、静かに微笑み掛けて呉れたのだ。

 ――サヨ、もう大丈夫だよ。
 ――ここは、あの世かしら?
 ――否、彼岸では無いよ。

 そんな他愛も無い戯れですら、彼は一笑に付すこともせず。唯々真摯に受け止めて呉れた。或いは、嘗ての離別が彼のなかに未だ、彩濃く影を落として居るのかも知れない。
「私のきみよ」
 神は割れ物でも扱うかの如く、丁重に巫女の手を取る。あえかなゆびさきを包み込む掌は温かく、何処までも力強い。
「死神にすら、渡しはしない」
 運命も、宿命も、現世の摂理すらも、ふたりには関係ないこと。なにより櫻宵は、己の巫女だ。他の神になど、決して呉れて遣るものか。

 斯くして彼等の物語は幕を閉じるに至らず。明日も其の先もまた、続いて行く。
 何時までも、何時までも――……。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

稿・綴子

よぉ作家先生
意気軒昂で何より
ところで解決編は何処だい?まさか白紙かね
オチなしミステリなんぞ凡作足らズの愚作
未解決なんぞつまらぬ現実で事足りておる

虚構召喚
殺害犯は恋文投じた男の父
名前が可大ならくっつけりゃ奇で伏線回収
息子の道を正す為…なァんて娘の味見が主目的よ
こういう下衆は如何かな?
斬っては捨て西洋武器は尽きる事なし

敵UCの呪いにより本性が露わに
自らの肌に爪をたて掻きむしる

「嗚呼足りぬ!真白は赦せぬ!」
「先生
巻物ではなく吾輩に筆を奔らせてくれ
何でも構わぬさァ疾く」

背中から絡みつき筆持つ手を掴んで頬へ首へ
羽交い締め状態は面白い程的であろう?

呪ぐらいはちゃァんと伏線回収してくれたまえよ?なァせんせ


榎本・英


実に陳腐な殺人事件だよ。

誰一人として、命を落としていない。
とても世に出せる代物ではないね。
嗚呼。このような本なのだと出すのも悪くない。

犯人は失敗をしてしまった。
話題になるかもしれないよ?

しかし、このような物語を好む者たちが、この結末を納得するのか。

私の最期は私が決める。
私が描く。
誰にも書かせやしないよ。

筆を握り、真白の巻物を狙う。
あかい文字でこの物語を塗り替えよう。
見立て殺人はいらない。
犯人は複数人。

被害者は、君一人だね。

さて、君はこの物語の上で、どのような動きをしてくれるのかな。
君の物語を描き給え。

私は此処から君を、見守っているよ。



●愚作ヲ奇作ヘ塗リ替ヘテ
 かつり。
 静寂を取り戻したコレクションルームに、硬質な脚音が響き渡る。床にこびり付いた血痕を踏み躙り乍ら、咥えた紙巻に火を燈す男は、作家である榎本・英。
「――実に、陳腐な殺人事件だよ」
 全く、駄作も良い所だ。こんなプロットを編集に出した日には、刀傷沙汰に成り兼ねぬ。なにせ、此の『奇響館の殺人』はミステリの癖して……。
「誰一人として、命を落としていないのだから」
 そう冷ややかに言い放った青年は、床へ倒れ伏す影朧へと視線を落とす。どくどくと、赫い血を躰から垂れ流し乍らも、陰陽師然とした此の男は未だ、生き永らえて居るのである。
「……俺の著作を、駄作と言い切るか」
「とても世に出せる代物ではないね」
 地を這うかの如く低い聲彩で紡がれた抗議を、ぴしゃりと英は跳ね除ける。やんごとなき影朧は分からぬだろうが、大正の世のミステリに欺瞞は不要。その代わりに、筋の通ったロジックと、信用するに足る“真実”こそが、不可欠なのである。
「嗚呼、然し」
 されど同じ作家の好として、アドバイスを呉れてやらぬことも無い。この最低のミステリを、視界に入れるに足るものとするならば。
「犯人は、失敗をしてしまった。その顛末を綴った喜劇――……このような本として、世に出すのも悪くない」
 話題に成るかも知れないよ、なんて、優しく微笑む文豪の青年。尤も、硬派なミステリを好む者たちが、そんな子供騙しな結末に納得するとは思えないが。
「……戯言を、未だ物語は終わって居ない」
 己が綴った筋書きの破綻を察して、ぎりり。影朧は悔し気に奥歯を噛み締める。死なば諸共とばかりに、ゆびさきが血を吸って赫く染まった筆を握り締めた。
「最後は君たちの死で、帳尻を合わせてやる」
「其の創作意慾、天晴であるな」
 ふらつき乍らも立ち上がる影朧に降り注ぐのは、一人分の拍手喝采。やる気ない調子で其れを響かせているのは、原稿用紙のヤドリガミ――稿・綴子。
「よぉ、作家先生」
 不快そうに細められた双眸に射抜かれようと、綴子は何処までも気安い調子である。意気軒昂で何より、なんて零した科白は半分本音。
 あゝ、嘗ての主も此の男の様に“完結”に命を掛けて呉れて居たならば。そうしたら、裡に抱く空白も幾分かはマシであっただろうに。
「ところで、解決編は何処だい?」
 ゆえにこそ、求めずには居られない。
 いったい、犯人はいつ登場する。誰の仕業で、動機は何だ。下手人は如何なるトリックを用いて、この芸術を完成させたのか。
 あゝ、早く続きを読ませろ!
「解決などさせて堪るか、凡ては闇に葬られるのだ」
 綴子が抱く狂おしい程の希求を、影朧は解さない。
 やんごとなき陰陽師にとって、ひとを殺めるのは下手人でなく、呪詛や怪異の類である。そうでなければ、意味が無いのだ。
「詰まるところ、白紙かね」
 そう零す娘の聲には、僅かな失望が滲んで居た。未解決の物語は、詰まらぬ“現実”のなか丈けで充分である。故にオチの無いミステリなぞ、凡作足らズ。寧ろ、愚作であると云うのに――。
「ならば、此れから続きを綴ろう」
 影朧は巻物を手に、薄らと哂う。筆は再び動き出し、新たなる呪詛を物語として綴っていく。

 斯くして奇響館には、三つの死体が遺された。
 トリックは無し、下手人も無し。総ては怪異がばら蒔いた、忌まわしい呪詛の仕業。警察も名探偵も、皆お手上げ。誰もが為す術も無く、次々と死んで往く。
 あゝ、これぞ将に『ミステリ』へのアンチテェゼ!

「駄作だね」
「駄作だな」
 ふたりの聲が、ぴたりと重なった。
 不意に、影朧の筆が止まる。渾身の著作を一蹴された男の拳は、怒りに震えて居た。
「――なんだと」
「私の最期は私が決める。そして、私が描く」
 だから、誰にも書かせやしない。
「この物語も塗り替えよう」
 英もまた文豪らしく、筆を握り締めた。曲がりなりにも、お互い『作家』なのだ。ならば著作で、文章にて、勝負をしようではないか。
「吾輩も混ぜて呉れよ、先生方」
 あゝ、原稿用紙は何時も置き去り。
 百年待てど暮らせど、作家の気が向かぬことには、たったの一文字すら綴られぬ。されど容を得た今と成っては、乙女は自ら奇譚の渦へと身を投じることが叶うのだ。
「そうさな、殺害犯は恋文投じた男の父」
 其の男、名を『可大』と云う。そして、櫻の木に吊るされた乙女の太腿に刻まれていたのは、『奇』と云う文字。
 『可』と『大』の二文字を突き合わせたなら。其れは……、
「『奇』だね、見事な伏線回収だ」
「動機は息子の道を正す為――なァんて、実のところは娘の味見が目的よ」
 文豪の賛辞に、くつくつと喉を鳴らす原稿用紙の乙女。然し、駄作を正す心算でプロットを語った心算は毛頭ない。綴子の月彩の眸が、ちらり、影朧を眺め遣る。にんまりと嗤う様は、まるでチシャ猫の様。
「さァて、こういう下衆は如何かな」

 虚構、召喚――。

 果たして物陰から現れたのは、『可大』と云う名を与えられた殺人鬼。西洋剣を引き摺る姿は、何処までも不吉で不気味であった。虚構の殺人鬼は衝動の侭に、影朧へと襲い掛かる。
「……無粋極まりないな」
 此の舞台を誂えた影朧は、彼女のプロットが気に入らなかったらしい。名推理を塗り替えるが如く、さらさらと白紙に筆を走らせれば、巻物は彼の剣技を受け止める壁と成った。
「私が考える結末は、また異なるものだよ」
 殺人鬼が振り回す得物を避け乍ら、英もまた影朧へと肉薄する。ひとたび彼の筆先が宙を泳げば、飛び散る赫いインクは文字の群れへと姿を変えた。其れらは、影朧が持つ巻物へと降り立って、白紙を赫く埋め尽くして行く。

『見立て殺人はいらない』
『犯人は複数人』

 そんな言葉の羅列を視界に捉えた陰陽師の貌から、血の気が引いた。白紙を侵食されたら最期、もう噺が紡げなく成って仕舞う。すなわち、死あるのみ。
「ッ、邪魔をするな」
「それも先生の著作かい、要らぬなら吾輩に寄越せ」
 懐から取り出した著作を、籠朧は聊か乱雑に投げつけた。好奇の侭に其れを捕まえた綴子は、其処に綴られた物語を読み解き始める。
 秘められた呪詛が、其の身を阻んで――。
「嗚呼、足りぬ! 真白は赦せぬ!」
 衝動の侭、乙女は咆える。がり、がり。其の身に爪を立て掻き毟れば、白き柔肌に痛々しい赫絲が刻まれて行く。
「漸く独り消えたか」
 其の狂乱を呪詛の賜物と捉えた陰陽師は、溜め込んだ著作へと更に手を伸ばす。あの文豪さえ斃したなら、此の物語は今度こそ完結するのだ。
「否、」
 されど、英は何処までも冷静だった。相変わらず巻物の障壁を斬り続ける殺人鬼と距離を取り乍ら、彼は静かに頸を振って見せる。
「被害者は矢張り、君一人だね」

「――先生」

 ぞっとする程に冷ややかな聲が、不図、影朧の耳許で響き渡る。目を離した隙に、接近を赦して仕舞ったのだろうか。呪詛を一身に浴びた筈の綴子が、己の背中に絡みついていた。
「巻物ではなく、吾輩に筆を奔らせて呉れ」
 ぐい、と筆を持つ腕を掴まれる。此の細腕の何処に、一体そんな力が眠っていたと云うのか。もはや、一字たりとも綴ること能わない。
「女妖め……!」
「何でも構わぬ、さァ疾く」
 ぐぐ、と恐るべき力で綴子は男の腕を引き、其の筆先を己の頰へと導いて行く。到底文字とは言えぬ出鱈目な軌跡が、娘の愛らしい貌を穢す様はいっそ耽美。
 遂に白頰が染まったなら、さあ、次は白き頸を黒く汚す番。綴子は毛頭、男を羽交い絞めから離す心算など無いらしい。
「呪ぐらいは、ちゃァんと伏線回収してくれたまえよ?」
 なァ、せんせ――。
 呪詛の様に囁かれた乙女の科白に酔い痴れる暇も無く、好い的と成った影朧の躰に衝撃が襲い掛かる。気づけば、壁と成って居た巻物は総て地に落ちて居た。虚構の殺人鬼は赫が滴る剣を、再び振り上げて居る。
「さて、君はどのような動きをしてくれるのかな」
 其れ丈けでは無い。
 英が解放した情念の獣もまた、影朧に牙を向いて居た。「複数犯だと云っただろう」と微笑む彼は、余りにも“ひと”らしい。
「さあ、君の物語を描き給え」
 遠慮は要らないと云わんばかりに、ゆるり、青年は壁へと凭れ掛かる。手を下すのは己では無く、原稿用紙の彼女でも無い。
「私は此処から君を、見守っているよ」
 虚構の犯罪は、虚構に依って裁かれるべきだろう。情念の獣が、殺人鬼の剣が、男の躰を何度も何度も貫いて往く。
 斯くして、深い紅彩の双眸と、まんまるお月様の様な眸に鑑賞され乍ら、はぐれ陰陽師『加茂・保琳』は其の生に幕を閉じたのである。

 ◆

 奇響館では、殺人事件など起こらなかった。
 ただ何時もの通り、猟兵と影朧の大立ち回りが繰り広げられた丈けである。
 赫々と燃ゆる春の庭園は、もう直ぐ翠に染まり行くだろう。軈て太陽が燦燦と照り付ける季節が訪れたら、本物の童たちが此の庭に集いて、あどけない笑聲と歌聲を響かせる筈だ。

 〽さくら、さくら、影をはらいて、みたまをすくえ。

 憩いの場が、そして貴重な資料を集めた館が、醜聞に曝される未来は終ぞ訪れない。猟兵たちの活躍によって、帝都の平穏はまたしても護られたのである。

 〽にいさま、ねえさま、ありがとう。


『奇響館の殺人 ~完~』

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年04月24日


挿絵イラスト