きみ食む時、われら終わりぬ
●愛しきメデュラに牙を立てん
其の女は、「魔女」と呼ばれていた。
貌の半分に酷い火傷の痕があり、爛れた喉から絞り出す聲は嗄れていて。未だ若いというのに、まるで老婆のような有様だった。だからこそ魔女は、村を支配する「人喰い」への供物として選ばれたのである。
人喰いの獣は、これまでに数多の「ひと」を食らい、村人たちから恐れられて来た。彼の食欲ときたら、困ったことに涯が無いのだ。
引き締まった男の躰に牙を立て、しなやかな女の躰を噛み、固い老人の肉を舐り、柔らかな子供の躰を飲み込んで――。
されど、「魔女」が食われることは無かった。
酷く痩せ細った彼女は余りにも不味そうだから、ゆっくり肥えさせることにしたのだ。
其の気紛れこそ、悲劇の発端であった。
嘗て慎ましくも静かな暮らしが保証されていた其の村は、今やすっかり荒れ果てている。村の彼方此方に建てられた粗末な家々からは、人の気配が殆ど感じられない。
支配者として“不適切”な感情を抱いた「人喰い」は、吸血鬼の手に因って放逐された。その後、この地はオブリビオンから“適切”に統治され、今の惨状に至る。つまり、この村にはもう、未来など無いのだ。
それでも、人喰いは帰って来た。狂気に堕ちた、正真正銘の「獣」として。
白き毛皮を逆立て、四つ足で枯れた地面を駆け抜ける獣は、譫言めいた唸り聲を絶えず零し続けていた。
『チガウ、チガウ、チガウ』
荒れ果てた村で唯一立派な領主の屋敷へ辿り着いた後も、獣は只管に唸り続ける。手荒に出迎えてくれた数多の肉塊は、何処かひとの貌をしていた。けれども、よく見知った貌は何処にも居ない。
『オマエジャナイ、オマエジャナイ』
肉塊の喉笛に喰らい付き、鋭い爪でアンバランスな彼等の躰を引き裂きながら、狂える獣は譫言を零し続ける。其れは、紛うこと無き「本能」だった。
――“あれ"は、私の獲物だ。
喩え屍肉であろうと、渡すものか。領主たる吸血鬼へそう宣言するかの如く、暴食の獣『マンティコア』は、腹の底から雄々しき咆哮を放った。
●狂想トラジディ
「好きなものを、腹の中に仕舞いたいと思ったことは?」
俺は無いな――。何処か神妙に呟いたジャック・スペード(J♠️・f16475)の思考は、唐突な問いの答えを待たず、速やかに本題へと移行する。
「吸血鬼が支配する村に、“同族殺し”が現れた」
ダークセイヴァーで暗躍するオブリビオンの中には、何らかの理由で人間に肩入れして仕舞う者が稀に現れる。しかし、オブリビオンにとって其れはご法度。良きオブリビオンは同族から領主の座を奪われ、放逐されて仕舞う運命なのだ。
そんな憂き目にあい、ただ復讐に狂うオブリビオンこそが『同族殺し』である。
「同族殺しの名は、暴食の獣『マンティコア』。通称『人喰い』だ」
其の仇名から、彼の背負う咎と業は想像に難くない。しかし、マンティコアはいま、二つ名に恥じぬ獰猛さで“現領主”の館を襲撃している。
この混乱を、利用しない手は無い。
荒れ狂う同族殺しを利用して悪しき領主を討ち、序に狂い果てた同族殺しにも引導を渡してやるのだ。
「マンティコアは“誰か”を探しているようだったが……」
尋ね人はきっと、彼の望む形では現れないだろう。同族殺しに寵愛された人間が、其れを良しとしない領主の許で、如何な末路を辿るかなど想像に容易い。
「今回の任務で、救える者は居ない」
けれども、吸血鬼と狂える獣を屠ることで、未来の犠牲者を減らすことは出来る。鋼鐵の男はそう語りながら、集った面々をゆっくりと見回した。
「武運を祈っている」
グリモアが、くるくる回る。向かう先は、宵闇に鎖された絶望の世界――ダークセイヴァー。
華房圓
OPをご覧くださり、有難う御座います。
こんにちは、華房圓です。
今回は「思慕と食欲」をテーマに、復讐譚をお届けします。
●一章〈集団戦〉
厳重に警備された領主館を「同族殺し」が襲撃しています。
彼の存在を利用しながら戦うと、警備も破り易くなるでしょう。
●二章〈ボス戦〉
吸血鬼との戦闘です。
一章と同じく「同族殺し」を上手く利用できたら、戦い易くなるでしょう。
●三章〈ボス戦〉
同族殺し『暴食のマンティコア』との戦闘です。
度重なる戦闘で、敵は消耗しています。
詳細については章進行後に加筆いたします。
●〈同族殺し〉
発狂しているので、まともな会話が成り立つとは限りません。
彼の様子を観察してみると、狂気に陥った理由が分かるかも知れません。
基本的に猟兵達を無視して戦っていますが、攻撃を加えると反撃されます。
苦戦が予想されるので道中の交戦は控え、消耗を待ってから戦うと良いでしょう。
●〈お知らせ〉
プレイングの募集期間は断章投稿後、MS個人ページ等でご案内させて頂きます。
どの章からでもお気軽にどうぞ。単章のみのご参加も大歓迎です。
またアドリブや連携の可否について、記号表記を導入しています。
宜しければMS個人ページをご確認のうえ、字数削減にお役立てください。
それでは宜しくお願いします。
第1章 集団戦
『弄ばれた肉の玩具』
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POW : 食らい付き融合する
自身の身体部位ひとつを【絶叫を発する被害者】の頭部に変形し、噛みつき攻撃で対象の生命力を奪い、自身を治療する。
SPD : 植えつけられた無数の生存本能
【破損した肉体に向かって】【蟲が這うように肉片が集まり】【高速再生しつつ、その部分に耐性】を宿し超強化する。強力だが、自身は呪縛、流血、毒のいずれかの代償を受ける。
WIZ : その身体は既に人では無い
自身の肉体を【しならせ、鞭のような身体】に変え、レベルmまで伸びる強い伸縮性と、任意の速度で戻る弾力性を付与する。
イラスト:柴一子
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●さる獣のトーデストリープ
肉塊が、蠢いている。
其れは“辛うじて”ひとの容をしていた。けれども、彼らは既に「ひと」では無い。血の涙を流し続ける貌だけは人間らしいが、それ以外の部位は酷いものだ。
肉の束と成果てた下半身。躰の彼方此方から生える華奢な腕。ごぽりと盛り上がり、幾つも枝分かれした筋肉質な巨腕。
ひと眼見ただけで分かる。其の肉塊は、数多の人間の躰を繋ぎ合わせて造られていた。――素体は恐らく、荒れ果てた此の村の住民たちだ。
きっと、冷酷な領主の仕業なのだろう。嘗てこの村で慎ましく暮らしていた人々は、今や吸血鬼の戯れに因って「肉の玩具」へ成り果てている。
元に戻す術は、無い。
血の涙を流しながら蠢く彼等は、最早ただの肉塊だ。人格も正気も破壊され、侵入者の足止めをする為だけに、彼等は今も尚“生かされていた”。
『チガウ、チガウ、オマエモチガウ……!』
悍ましい肉彩で埋め尽くされたエントランスホールを、一匹の獣が狂乱の様相で駆け回って居る。件の同族殺し『暴食のマンティコア』だ。
『ドコダ、ドコニイル!?』
立派な脚で肉塊を抑えつければ獲物の貌を覗き込み、其の度に失望と怒りを金の眸に滲ませて、獣は咆える。伸ばされた腕を蠍の尾で払い落し、鋭い牙で肉塊の喉笛を噛み千切る其の様は、何処までも獰猛だった。
されど「人喰い」の名とは裏腹に、彼が肉塊を咀嚼することは無い。
何せ今の彼を動かすものは「食欲」に在らず。ただ一つの妄執だけが、狂える獣に牙を剥かせるのだ。
鋭い爪で肉塊を引き裂いた獣の哀し気な咆哮が、そして引き裂かれた肉塊が放つ絶叫が、広漠なホールに反響した。不協和音が、脳髄をぐらぐらと揺さぶって来る。
此の悍ましい肉の宴に、早く幕を降ろさなければ――。
猟兵達は銘々に得物を構え、肉塊へと向かって行く。高い天井に揺れるシャンデリアは、場違いな煌めきを下界に撒き散らして居た。
<補足>
・アドリブ多めでもOKな方は、プレイングに「◎」を記載いただけると嬉しいです。
→連携OKな方は「☆」を記載いただけると更に嬉しいです。
・プレイングは戦闘寄りでも、心情寄りでも、何方でも大丈夫です。
≪受付期間≫
11月1日(日)8時31分 ~ 11月4日(水)23時59分
アシュエル・ファラン
◎#
連携:親友レスティア(f16853)と
依頼からレスティアの様子が少しおかしい
『大丈夫か?』と軽く声を掛けてから思い出した。この世界はこいつの故郷だとか…兄が極度のブラコンとか聞いてるけど、こいつも大概なんだよな…任務に支障きたさなきゃいいんだが
と…さて、始めますかね!!
レベル数現れた戦乙女をザックリ三体になるように合体集約
『人食い』が同じ敵襲ってんなら、利用しない手は無いだろ!
終始遠巻きに動き回って
敵が『人食い』へ攻撃している隙に、死角を狙い三体を集中攻撃――!
って、あいつ何ぼんやりしてるんだ!!敵が強化されたのに、あのままじゃ!
思わず呼び声を交えて怒鳴る
ただの的は免れたのを見て安堵した。
レスティア・ヴァーユ
◎# (ステシ【参照】)
連携:親友アシュエル(f28877)と
『好きなものを、腹の中に仕舞いたいと思ったことは?』
――その仔細を話されこそはしなかったが、予知においては何かそれに触れる何かがあったのだろうか
ふと思案に耽る自分に、親友が声を掛けた
大丈夫だと流した時
敵を前にした『人食い』の狂乱を目の当たりにした
何かを、狂ったように必死に探し求める姿
――何故だろう。この世界の闇に、自分が残した自分の兄のことを思い出す
最近、再会した兄はこちらに普通に微笑むが、自分はあの時と、同じ狂気を肌で感じて
親友の声が聞こえる
そうだ、今はそれどころではない
親友の影響で強化された敵攻撃を、己のUCで同等威力で撃ち返す
●狂気のゆくえ
広漠な屋敷のエントランスは今、地獄の様相を呈していた。見渡す限り、肉、肉、肉――。元は人間だったとはいえ、蠢く其れ等は悍ましいことこの上ない。
緩慢に揺らめく肉の塊を見つめながら、金絲の髪の麗人――レスティア・ヴァーユ(約束に瞑目する歌声・f16853)は、ふと、転送前に紡がれた問い掛けを思い出す。
好きなものを、腹の中に仕舞いたいと思ったことは――。
仔細が話されることは終ぞ無かったけれど、態々そんなことを問われるということは。今回の予知には、其の仄暗い欲望が関係して居るのだろうか。
「――おい、大丈夫か?」
思案に耽るレスティアへ、身なりの好い青年――アシュエル・ファラン(巻き込まれた傍観者・f28877)が気安く聲を掛ける。グリモアベースで依頼を受けた時からレスティアの様子が可笑しいことに、何となく彼は気が付いて居た。
「……大丈夫だ」
親友の心配を軽く流した麗人は、翠彩に煌めく剣を凛と構えて見せる。切れ長の碧眼で抜け目なく戦場を見回したなら、毒々しい彩の翼を羽搏かせながら肉塊へと喰らい付く獣――マンティコアの姿が視界に留まった。
『イナイ、イナイ……』
ゴムのようにギリギリと伸びる肉を鋭い牙で噛み千切った獣は、絶望が滲む科白を繰り返しながら、次の獲物へと飛び掛かって往く。まるで、“何か”を探し求めるように。
そんな『人喰い』の狂乱を目の当たりにしたレスティアの双眸が、微かに揺れる。其の狂おしい程の執着には、何処か覚えがあった。
――……何故だろう。
あの獣を見ていると、嘗て此の世界の闇に置き去りにした“兄”のことを想い出す。
レスティアが兄と再会を果たしたのは、つい最近のことだ。絶望に溢れた世界に“置いて行かれた”と云うのに、久方振りに会った兄は、紅い双眸を弛ませて普通に笑ってくれる。
けれども、彼にとっては其れが恐ろしい。慕う相手のことは、よく分かる。“あの時”肌で感じた狂気は、未だ兄のなかに健在なのだ。
妄執の獣が纏う狂気は、兄が裡に秘めた其れとよく似ていて。レスティアは白銀のグリップを握り締めながら、凍り付いたかの如く其の場に立ち尽くす――。
そんな彼の姿を眺めながら、アシュエルはふと。この世界がレスティアの故郷であること、そして彼と其の兄の複雑な関係性を想い出した。
――兄が極度のブラコンとか聞いてるけど、こいつも大概なんだよな……。
兄が長く留まって居た世界で起きた悲劇について、レスティアなりに何か思う所があるのだろう。
――……任務に支障きたさなきゃいいんだが。
黒い双眸でちらりと友人を一瞥したのち、アシュエルは気合を入れるように帽子の鍔を摘まみ上げ、にぃと口端を上げて笑う。
「……さて、始めますかね!!」
曲がりなりにも、此処は戦場なのだ。考えていても仕方がないから、アシュエルは朗々と術を編む。
「俺の愛しいマイレディー!」
刹那、肉塊で溢れた地獄に舞い降りるのは、凛と清らかな54人の戦乙女。彼女たちは皆が皆、数字が刻まれた外衣を纏っていた。其の細腕に抱く武器は、長剣からメイスまで様々だ。
「呼び出して早々すまないが、三体に分かれてくれ!」
主の指示を受けて、戦乙女達は次々に合体して行く。軈て戦場に遺るのは、「18」の数字が刻まれた外衣を翻す三人の戦乙女たちのみ。
「肉塊の相手は任せた。隙を突いて行け」
『人喰い』と名高いオブリビオンが同じ敵を襲撃して居るのなら、利用しない手は無い。アシュエルが機を伺うよう促せば、乙女たちは床を蹴りあげて宙を舞った。
一方で人喰いの獣、マンティコアは相変わらず肉塊に爪を立てている。人違いを嘆きながら、肉をまき散らす様はいっそ哀れだ。ぐるるるる、と唸りを零す獣の躰に、絶叫する人型の頭が鋭く噛みついた――。
「よし、今だ!」
アシュエルの号令に合わせて、三人の戦乙女はシャンデリアの光を浴びながら、マンティコアを捕らえた肉塊へと急降下。煌めく長剣が、重たいメイスが、鋭いランスが、勢いよく、滅茶苦茶に捏ねられて凸凹している肉塊の背中へと突き刺さった。
『キィィィィッ……!』
襲い来る痛みと衝撃に人型の頭は堪らず、マンティコアを口から放す。同時に、此の世のものとは思えぬ絶叫が木霊する。すると、周囲で蠢く肉塊たちから肉片がずるずる、ずるずる。まるで蟲が這うように、疵を受けた肉塊の許へと集って行く。
速やかに再生して行く傷口を見て、アシュエルは不快気に眉を顰めた。冒涜的で、余りにも浅ましい。
「おい――」
未だに凍り付いた侭のレスティアを呼ぶ。返事は無い。肉塊は血の涙をだらだらと垂れ流しながら戦乙女たちを振り払い、金髪碧眼の麗人の許へと這いずって来る。
「何ぼんやりしてるんだ……!」
敵が強化されたというのに、レスティアは動こうとしない。このままでは、あの肉塊たちに――。焦燥を滲ませたアシュエルは彼の肩を掴み、怒聲混じりに彼の名を呼ぶ。
「おい、レスティア!」
「……アシュエル」
親友から名を呼ばれて漸く、レスティアの意識は現へと戻って来た。彼が碧眼を大きく見開いた刹那、肉塊が鞭の如くしなった其の肢体を、ふたりへ強かに叩きつける。
「ぐっ……」
「――ッ、光よ!」
衝撃に足許がぐらついた。そうだ、此処は戦場なのだ。気を抜いたら最期、此方まで肉塊にされて仕舞う。何とか踏み止まった麗人は、翼を大きく広げて見せる。半透明に透けた其処から放たれるのは、純白の光線。其れは再び身体をしならせた肉塊を包み込み、混ぜこぜにされた其の身を浄化して行く。
「全く……」
切り裂かれた腕を抑えながら、アシュエルは安堵の吐息をひとつ。盗み見たレスティアの白い頬には、鮮やかな赫い絲が刻まれている。ただの的に成らずに済んで良かったと、今だけは心からそう思った。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
メフィス・フェイスレス
◎☆#
【心情】
好きなモノを腹の中に、ね(肯定はしないが否定もできない沈黙)
ヒトを食い物にしたこいつらは私の中では喰ってもいいモノだけど
マンティコアの背景次第では私の人らしい所が思う場面はあるかも
それが手を止める理由にはならないけど
領主は肉の玩具を見た時点で「いつもの獲物」としか思わないわね
思えば私は幸運だったのね
自由になる機会は巡ってきたんだから
【行動】
マンティコアを攻撃対象から外し沼に沈めないようにしてUC使用
楔で縫い止め沼の「飢渇」を伸ばして動きを拘束、味方やマンティコアが肉の玩具を仕留めやすくなるよう状況作り
「飢渇」で屍体含め敵を「捕食」「生命力吸収」「吸血」で倒し、次の戦いの蓄えをする
エンジ・カラカ
◎☆
ハロゥ、ハロゥ、イキモノ。
お前らはマダ生きているンだろ?そうだろ?
うんうん。ナルホドー。
賢い君、賢い君、行こう行こう。
薬指の傷を噛み切って君に毒を与えよう。
コレは脚を使ってイキモノをおびき寄せる。
コッチ、コッチ
鬼サンこーちら。
おびき寄せたら君の糸で炎の迷宮を生み出そう。
アァ……アノシャンデリアの下敷きにするのもイイなァ…。
賢い君が迷路を作る、コレはシャンデリアをイキモノに向かって落とす。
空いた手で君の糸の半分を操る
ソレをシャンデリア目掛けて投げよう。
属性攻撃は毒。
毒でシャンデリアを腐らせて、どーん。
イキモノ。
何に執着をしていたンだ?
アァ……コレには関係無いコトか…。
バイバイ。
●妄執と渇き
視界いっぱいに、桃色の肉塊が揺れている。哀れにも下半身を奪われ、滑稽なことに腕だけを増やされた其れらは、戦場を駆けまわる獣から容赦なく八つ裂きにされていた。それでも肉塊はくすくすと狂った笑みを零し、散ばった肉片を取り込んで行く。
「好きなモノを腹の中に、ね」
眼前で繰り広げられる地獄の様な光景を、金色の双眸でじぃと見つめながら。メフィス・フェイスレス(継ぎ合わされた者達・f27547)は、転送前に投げかけられた問いへ思いを馳せていた。
彼女は理性的な人間であるから、もちろん肯定はしないけれど。かといって、頭ごなしに否定も出来ない。メフィスのなかに燻ぶる獣性は、何時でも獲物を求めているのだから。
視界の隅で肉塊がまたひとつ、マンティコアに組み敷かれたのが分かった。不気味に蠢く彼等は、此の村に住まう人々だったのだという。しかし、不思議と悼ましさは感じられなかった。
村人たちは嘗て保身の為、ひとりの女性を獣の“餌”として差し出した。元を辿れば其の愚行こそが元凶なのだ。今になって漸く、其の因果が廻ったのだろう。
「ヒトを食い物にしたこいつらは、私の中では喰ってもいいモノだけど……」
メフィスは、肉塊と成った人々に同情はしない。しかし、嘗て此の地を支配していたマンティコアの方は、如何だろうか。
『チガウ、チガウ、オマエジャナイ』
只管に譫言を零しながら、肉塊の喉に牙を立てる獣。其の鬼気迫る姿からは、底の無い絶望が伝わって来る。
其の身に獣性を宿すメフィスには分かるのだ。強靭な精神と躰を持つ獣に正気を喪わせるほどの“何か”が、マンティコアの身に降り掛かったのだと――。
「痛ましいとは思うけど、手を止める理由にはならないわね」
「ハロゥ、ハロゥ、イキモノ。生きてる? 死んでる?」
メフィスが飢餓の衝動に身を任せようとした、其の時。己の傍らでひょっこりと肉塊たちを覗き込む、背の高い人影に気付いた。人狼の青年――エンジ・カラカ(六月・f06959)だ。
「お前らはマダ生きているンだろ?」
そうだろう――なんて、確かめる様にかくり。頸を傾けて見せた所で、肉塊たちは何も語らない。だから彼等に代わって、メフィスが静かに答えを紡ぐ。
「脳が動いていることを“生”の定義とするなら、そう云えるわね」
「うんうん。ナルホドー」
デッドマンたる少女の科白に、エンジはかくんかくんと頸を振る。そうして懐から青い鳥を取り出せば、にんまりと笑い掛けた。
「賢い君、賢い君、行こう行こう」
内緒話をするかの如く、青い鳥へと囁きかけた青年は、徐に薬指を口許へ寄せて。其処に刻まれた疵を、がり、と噛み切った。じわりと滲んだ赫を青い鳥へ給餌すれば、“彼女”の躰に毒が満ちる。
「コレはイキモノをおびき寄せる」
「わかった、支援するわ」
メフィスは今度こそ、飢餓衝動を解き放った。屍肉を繋ぎ合わされた躰から、――どろり。滲み出るのは、タール状の粘液『飢渇』だ。其れはずるずると地を這いながら、緩慢な動きで肉塊たちへ迫って往く。まるで、羊を追い立てる牧羊犬のように。
「コッチ、コッチ」
タールから逃れるように這いずる肉塊たちを遠くから手招きながら、エンジは楽し気に彼等の気を惹いて行く。
「鬼サンこーちら」
鬼ごっこに興じるかの如く軽やかな足取りで、人狼の青年は戦場を駆ける。ぶんっ、と鞭のようにしなった異形の躰が彼に襲い掛かろうとするが――。メフィスが飛ばした楔が、張りつめた其れを強かに貫いた。そして藻掻く肉塊へ飢渇を伸ばしたならば、粘液で其の身をとろりと包み込む。
「……思えば、私は幸運だったのね」
動きを封じられて尚、藻掻き続ける肉塊を見下ろしながら、メフィスは僅かに眸を伏せた。彼女もまた品種改良を重ねた「家畜」として、造られた身である。けれども此の肉塊たちと違って、自由になる機会には恵まれた。もしも主に飼われた侭だったなら、メフィスも彼等と同じく、悲惨な末路を辿ったことだろう。
肉塊の群れを惹き付けるエンジの後ろに、タールを這わせて往きながら、屍人の少女は溜息を吐いた。其の傍ら、楔を打ち付けられた肉塊が最期の力を振り絞り、身体を勢い良くしならせる。其の肉の鞭は強かに、少女の継ぎ接ぎだらけの肌を打ち付けた。けれども、彼女の躰は屍で造られている。ゆえに割けた皮膚から、鮮血が零れることはない。
「何にせよ――。私はいつも通り“獲物”を狩るだけ」
メフィスは表情ひとつ変えずに、タールの中で藻掻く肉塊を見下ろした。粘液は肉塊を貪り、確かに其処にある「いのち」を喰らって行く。
軈て肉塊が完全に沼の中へ解けた頃、彼女の傷口はすっかり塞がって居た。少しは渇きを癒せただろうか。少女はそうっと、己の腹を撫でるのだった。
同じ頃。エンジは、肉塊たちに取り囲まれていた。一見すると四面楚歌の如き状況だが、彼が動じることは無い。
青年はにんまりと笑った儘、青い鳥――“賢い君”から赫い絲をしゅるりと引き出す。其れを周囲に素早く張り巡らせれば、瞬く間に辺り一面が炎に包まれた。
「引っ掛かった、引っ掛かった」
其れは、戀の炎に燃ゆる赫絲の迷宮。迷い込んだものは、灰になるまで出られない。薬指に絡ませた赫絲を揺らすエンジの口許は、綺麗な三日月を描く。
炎の迷宮に捕らわれた肉塊は、しならせた躰を何度も赫絲に打ち付けていた。しかし、頑丈な運命の絲が千切れることは決して無い。
「アァ……」
肉が焼けるような匂いが、鼻腔を擽る。当然、食欲はそそられない。心地よくない其れから貌を背けるように天を仰げば、高い位置で輝くシャンデリアが視界に映った。
「賢い君、イイコト思いついた」
番へ悪戯に囁けば、エンジは空いた片手にも赫い絲を絡ませた。頭上で煌めくシャンデリアまで其れを伸ばし、天と照明を繋ぐ鎖へ、しゅるりと巻き付ける。
「イキモノ。何に執着をしていたンだ?」
絲と炎で造られた迷路の中から此方を見つめる異形と、ふと目が合った。座らぬ頸を幾ら傾けようと、正気を失くした彼等から答えは返ってこない。鞭の如くしなる躰が、燃ゆる絲にただ叩きつけられるのみ。
「アァ……コレには関係無いコトか……」
当のエンジといえば、視線を伏せて一歩後ろへ下がる。気づけば床が、黒い粘液で濡れていた。メフィスが伸ばした“沼”が、漸く迷宮まで広がって来たらしい。肉塊たちは藻掻きながら、タールの沼に沈んで行く。
「バイバイ」
――がしゃん。
人狼の青年が別れの科白を紡いだ刹那。肉塊の檻と化した迷宮の真上に、シャンデリアが落下した。重たい其れは、勢いよく異形たちを圧し潰す。
賢い君には、毒がある。
先ほどエンジが巻き付けた絲は、シャンデリアと天井を留めるチェーンをじわじわと腐らせたのだ。落下の衝撃で無残に散らばった硝子は、宙を舞う火の粉を反射して、オレンジ彩に煌めいていた。
色彩豊かな煉獄を前にして、青年の双眸がにんまりと三日月を描く。此の過酷な世界で生き延びるには、鬼ごっこに勝たなければならないのだ。
赫絲はいまも、彼の薬指を締め付けている――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
六条寺・瑠璃緒
◎☆
「なんて憐れな…」
これもヒトだったんだね
この姿で尚死ねないなんて
これは同情…否、共感?……嗚呼、やめよう
あの獣は誰か探しているようだけれど、其れが「魔女」?
好きに探させてあげようか
その方が後が楽なのだろうし
UC発動、闇に紛れて獣が行った道の通りに後を追う
Serenadeでオーラ防御を展開し、身を守りながら、Requiemで憐れなる者達に安寧を
生命力吸収と吸血も忘れずに
「君達の無念も一緒に連れて行ってあげる。眠りなさい」
瞼を閉じてあげる程度の慈悲、其れで今更君達が救われるとも思わないけれど
ジャックも云ってた、誰も救えないと
…でも、今より楽にしてあげられるなら、其れで良いよね?
鹿忍・由紀
◎☆
うるさ…
響き渡る咆哮と絶叫に不快感を示すも
同族殺しへの共感は微塵もない
執着なんて縁のない話で
あるのは肉塊へのほんの少しの哀れみか
それも早く終わらせてあげたほうがいいかな程度のもので
同族殺しの動きを観察しながら
肉塊へよりダメージを与えられるタイミングを見計らう
安全な立ち位置はしっかり確保して
肉塊には近寄らないまま
影から刃を浮かび上がらせて
肉塊から同族殺しへの攻撃を逸らすように撃ち込む
今回はこの方が楽だろうから
この後親玉と全力で潰しあってくれた方が助かるしね
怯んだ肉塊に同族殺しが突っ込んでくれたら上々
同族殺しには当てないように
更に肉塊へと刃を突き立てる
くん、と指をしならせれば
思い通りの雨が降る
●夜長に雨は止まず
エントランスホールでは相変わらず、人喰いが肉塊を蹂躙し続けていた。ごりごり、獰猛な牙が骨を噛み砕き、肉を引き千切れば肉塊の頭が甲高い悲鳴を上げる。一方の人喰いもまた、見つからぬ己が獲物を想い怒りの咆哮を放つ。
不協和音に、ホールがぐらぐらと振動した。勿論、其れを間近で聴いて居た猟兵達の鼓膜も――。
「うるさ……」
脳内をぐらぐらと揺さぶる不快な音に、鹿忍・由紀(余計者・f05760)は耳を塞ぐ。しかし、彼の整った貌には気怠げな彩しか滲んで居ない。冷め切った彼の感情は、これしきのことでは溶けたりしないのだ。
「なんて憐れな……」
一方、人間離れした美貌を誇るスタァ――六条寺・瑠璃緒(常夜に沈む・f22979)は、灰の双眸を僅か見開いた侭、眼前に広がる悍ましい光景に立ち尽くしている。
「“これ”も、ヒトだったんだね」
「みたいだね。早く終わらせてあげたほうがいいかな」
肉を適当に捏ねて造られた玩具のような生き物を前にして、瑠璃緒は悼むように睫を伏せる。由紀の方もまた、人間としての尊厳を奪われた彼等を哀れんでいた。尤も、其れはほんの僅かな憐憫であるけれど。
「こんな姿に成って尚、死ねないなんて……」
瑠璃緒は微かに、薄く色付いた唇を震わせる。裡から湧き上がる此の想いは、果たして同情だろうか。――否、もしかしたら、己は彼等に共感をしているのかも知れない。
“神”である彼もまた、其の身に幾ら穢れを抱いても、死ぬことなど出来ないのだから。
「……嗚呼、やめよう」
彼等を哀れむほどに、如何しても我が身を憂いて仕舞う。邪念を振り払うように頸を振れば、少年の黒髪が柔らかに揺れた。
「でも、俺達なら死なせてあげられる」
瑠璃緒の葛藤を知ってか知らずか。由紀は淡々と軽口を紡ぎながら、破魔の加護を受けたダガーを抜き放つ。彼の眸は抜け目なく、暴れ回るマンティコアを追い掛けている。瑠璃緒の視線も、自然と彼が見つめる方へ追従した。
人喰いの獣は、獲物の貌をひとつひとつ確かめては、「オマエジャナイ」と繰り返し。肉塊を咀嚼することも忘れて、次の獲物へ向かって行く。此れでは、『人喰い』の名も形無しだ。
「あの獣は、誰かを探しているようだね」
「――飼い主とか?」
真顔で冗談を紡ぐ由紀は、同族殺しに微塵も共感して居ない。何も無い日々を送っている彼にとって、執着など縁遠い感情だ。
「首輪はして居ないように見えるけれど、好きに探させてあげようか」
その方が後も楽なのだろうし、なんて。瑠璃緒が細やかに付け加えれば、由紀は靜に首肯した。
マンティコアが探して居るのは恐らく、件の「魔女」なのだろう。
彼等の間にどんな因縁があったのか興味は惹かれるけれど、瑠璃緒も同族殺しに共感している訳では無い。彼は曲がりなりにも、人の味方ゆえに。
「さあ、供物を貰いに行こう」
而して夜は明けず――。
術を編んだ瑠璃緒の躰が、瞬く間に闇へ溶けて往く。ただ軽やかな踵の音だけ遺して、少年は獣の後を追う。
マンティコアが露払いをしてくれたお蔭で、道を塞ぐ敵は少ない。せいぜい、一体か二体程度だ。瑠璃緒は其の身に纏った幽玄なオーラを、朧な白き翼に代えて。自らの華奢な器を、護るように包み込む。未だ、敵には気づかれて居ない。
さあ、哀れな者たちに救済を――。
少年はあえかな指先を、そうっと肉塊へ向けた。すると、其の身に溜め込んだ“穢れ”が瞬く間に血刃と化し、蠢く肉塊へと襲い掛かる。
肉を裂けば血飛沫が舞い、唯一ヒトらしい頭からは叫び声が漏れた。辺りに飛び散る肉片は、蟲のように床を這いずり、元の身体へ戻って往く。悍ましい躰と成り果てて尚、彼等の“本能”は生き延びようとして居るのだ。
されど、神の慈悲からは逃れられはしない。瑠璃緒が嗾けた穢れは、這いずる肉片たちを容赦なく切り刻んだ。
「君達の無念も一緒に連れて行ってあげる」
だからもう、眠りなさい――。
厳かにそう囁けば、血刃が肉塊を強かに切り裂いた。悍ましい胴体と人間らしい頭部が、哀れ泣き別れになる。それでも瑠璃緒は、怯むことなく転がる頭部へ歩み寄り、其の傍らへ膝を着いた。
「これで今更、君達が救われるとも思わないけれど」
虚ろに開かれた亡骸の瞼を、白い指先で優しく閉じてやりながら、少年は転送前に掛けられた言葉を想いだして居た。
――誰も救えないと、確かそう言っていた。
地獄のような光景を目にした瑠璃緒も、薄々その意味を理解し始めている。喩え領主を倒しても、弄ばれた肉塊は元に戻らない。人が居なくなったこの村は、直に滅ぶだろう。それでも、瑠璃緒は「救い」を見出さずにはいられなかった。
「……今より楽にしてあげられるなら、其れで良いよね?」
誰にともなく問い掛けた聲に、答える者は居ない。はらり――。切り裂かれた肉塊の上にふと、悼む様に白い羽が舞い降りた。
一方。消耗を嫌った由紀は安全な場所から、マンティコアと肉塊の泥仕合を眺めて居た。肉の怪物がキメラの様な怪物と取っ組み合う様は、見ていて面白いものではない。寧ろ、悍ましくて不愉快だ。それでも、効率よく横合いから敵を殴りつける為に、彼はタイミングを見計らっているのだ。
最初の方こそ、マンティコアの優勢だったが。肉塊たちの人海戦術によって、獣は着実に消耗している。正直、余り思わしくは無い状況だ。
「親玉と潰し合ってくれないと困るんだよね」
その方が楽できるし――。そう軽口を零しながら、由紀は己の影より刃を無数に浮かび上がらせた。彼が手に持って居るものと同じ、ダガーだ。
くいと指先を動かせば、それらは従順に敵の許へと飛んで行き、マンティコアをしなった躰で叩き伏せようとしていた肉塊に、次々と突き刺さる。堪らず肉塊は、怯んだように動きを止めた。同族殺しが其の好機を見逃す筈も無い。地の底を這うような唸り聲を零しながら、獣は肉塊に喰らい付く。――形勢逆転。
彼の獰猛な牙は、ゴムのような肉をぎりりと噛み千切り、捕食者の威厳を地を這う者どもへと見せつけて往く。成る程、これは利用した方が遥かに楽だ。
「今回だけは、手を貸すよ」
くん、と青年が指をしならせれば、思い通りの雨が降る。鈍く煌めく其れは、マンティコアを避けるように降り注ぎ、蠢く肉塊たちを床に縫い付けて行った。
影雨のなか、獣は何時までも踊って居る――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
桐生・零那
◎☆
復讐に狂ったオブリビオン、ね。同族を間引いてくれるというならせいぜい利用させてもらいましょう。あなたの調理は一番最後。
あぁ、なんてこと。もう彼らはひとには戻れない。ただの堕ちた存在。神を侮辱する存在へとなり下がってしまっている。
ならば、与えよう。苦しみとそして解放を。
≪偽りの聖痕≫
せめてせめて、血を流し苦痛を味わうことで生きていた時のことを思い出させてあげよう。
神の奇跡を、1つ1つその身に刻みながら。
あぁ、でも悲しいかな。その身は神に至ることは叶わない。
ただ苦しむだけならばいっそ……私が慈悲を下さなければ。
光の楔で固定し伸縮性を失わせたならば、あとは二刀で斬り捨てるのみ。
フォルク・リア
◎☆
「同族殺し、人喰いの獣。
あの牙と爪で今までどれ程の命を奪ったのか。」
直ぐにでも始末を付けたいが。
それでは順番が違う。確りと役を果たして貰うまで待つとしよう。
同族殺しと敵集団の配置を確認して
真羅天掌を発動。
凍結属性の薄霧を発生させる。
同族殺しは攻撃に巻き込まない様に注意
敵の体表面を凍結させ体の弾力や伸縮性を奪い。
更に凍結度を増すか、敵が無理をして攻撃をし
凍結面が割れた処を狙い霧を体内に侵入させ
行動不能にする。
後は同族殺しに攻撃させるか
自らデモニックロッドの闇の魔弾を放ち砕く。
「悪いな。俺では君たちを救う事はできない。
その命を終わらせる事で苦しみが終わるのなら。
…と言うのは自己満足だろうが。」
●訪れ得ぬ救い
地の底を這う様な唸り声を零しながら、人喰いの獣は床を覆う肉塊へ喰らい付く。獲物の喉笛をごり、と鋭い牙で砕けば、肉塊はびくりと跳ねて静止した。重たげな前脚で動かぬ肉塊の頭を抑えつけ、其の貌を覗き込む人喰いは、金の双眸に失望の彩を滲ませて。湧き上がる怒りの侭に、雄々しき咆哮を響かせる。
其の狂乱を遠巻きに眺めるのは、黒髪を揺らす少女――桐生・零那(魔を以て魔を祓う者・f30545)だ。彼女の双眸は今、何れ対峙するであろう『マンティコア』の一挙一動を、抜け目なく観察して居た。
「復讐に狂ったオブリビオン、ね」
痛々しい咆哮が鼓膜を振るわせようと眉ひとつ動かさず、零那は淡々と独り言ちる。発狂した獣へ、同情の念が湧くことは無い。
――オブリビオンの殲滅こそ、神の救済。
其れが、彼女を“造り上げた”教会が抱く教義である。ゆえに、零那が遣るべきことは、最初からひとつだけ。
「同族を間引いてくれるというなら、せいぜい利用させてもらいましょう」
「同族殺し、人喰いの獣――」
少女の傍らに佇む、純白のローブを纏った少年。フォルク・リア(黄泉への導・f05375)もまた、目深に被ったフードの隙間から、荒れ狂うマンティコアの姿を見つめて居た。
人喰いの獣は肉塊の上に圧し掛かり、鋭い爪で歪に組み合わされた其の躰を切り刻んでいる。獣の殺意はいま、完全にオブリビオンへと向かっている。しかし、狂気に沈む前、彼の獲物は確かに“人間”だったのだ。
「あの牙と爪で、今までどれ程の命を奪ったのか」
『人喰い』と呼ばれる程だ。きっと多くの人間を糧として、マンティコアは生き永らえて来たのだろう。喩えどんな背景を持って居ようと、フォルクにとってマンティコアは、ただの悍ましい獣であった。
「直ぐにでも始末を付けたいところだが……」
少年は荒ぶる獣から視線を外し、床の上で蠢く肉塊を見遣る。
其の一体一体は脅威と成り得ないが、如何せん数が多い。同族殺しにある程度の数を削らせなければ、自分達が肉塊の仲間にされかねなかった。
「順番は、守らなければ。先ずは確りと役を果たして貰うまで待つとしよう」
「そうね、“あれ”の調理は一番最後」
頷き合ったふたりは、改めて周囲で蠢く肉塊へと向き合う。在らぬ所から幾つも生えた腕といい、ぐずぐずになった下半身といい。まるで倫理観の無い子供が、面白半分で人体という名の玩具を繋ぎ合わせたよう。本当に、酷い有様だ。
「あぁ、なんてこと……」
もう彼らは、ひとには戻れない。
零那は本能でそう感じ取った。眼前で蠢く肉塊の群れは、ただの堕ちた存在。もはや、「神」を侮辱するものに成り下がってしまっている。
ならば、神に代わって自らが与えよう。苦しみと、解放を――。
少女は破魔の霊刀『神威』を、固く握り締めた。振り抜いた切っ先が肉の塊に触れる度、癒えぬ聖痕が敵の躰に刻まれて行く。
「神の奇跡、肌で感じなさい」
零那がそう囁いた刹那。天から出ずる光の楔が容赦なく、刻まれた聖痕めがけて突き刺さった。激痛を与える其の一撃に、肉塊は血を撒き散らしながら泣き叫ぶ。
二度と人間に戻れぬのなら、せめて。血を流し苦痛を味わせることで、“生きていた”時のことを思い出させてあげたかった。生きるとは、痛みと向き合うことなのだから。
『キィィィッ……』
同胞の悲鳴を聴き付けた肉塊たちが、ずるずると逃亡の為に後退り始める。しかし、フォルクは其れを見逃さない。
「生憎だが、逃がしてやれないな」
不意に、薄らとホールに霧が立ち込める。冷気を纏う其れは、瞬く間に肉塊たちの躰を包み込み、彼等の体表面を凍り付かせて往く。――其れは、真羅天掌。十指に集いし万象はいま、彼の道行を開く一杖と成る。
肉塊たちは身体をしならせ反撃しようとするが、凍り付いた体表面はミシミシと不穏な音を立てるばかり。其れでも無理に攻撃をしようと藻掻く肉塊の腕から、――ぱきり。何かが割れるような音がした。観れば、体表の氷結面に罅が入っている。
「――悪いな」
其の瞬間、フォルクは罅割れた其処へと冷たい霧を侵入させた。みるみるうちに、肉塊の躰は内側から凍り付いて行く。
「俺では君たちを救う事はできない」
肉塊へと哀れむような視線を向けた彼は、呪われし黒杖『デモニックロッド』を大きく振り上げる。勢いよく放たれるのは、闇を纏った魔弾たち。――ぱりん、と軽やかな音が零れた刹那。肉片がパラパラと辺りに飛び散った。
視界の端では、伸縮性を喪った肉塊たちを、マンティコアがバラバラに引き裂いている。矢張り、悍ましい戦いぶりであるけれど――。
「その命を終わらせる事で苦しみが終わるのなら、そうしてやりたい」
自己満足だろうが、なんて。自嘲するような呟きを零すフォルクの傍らで、零那は小さく頸を振った。彼女の細指には、ふたつの刀が握られている。
「ええ、苦しむだけならばいっそ……」
私が、慈悲を下さなければ――。
光の楔で貫かれた肉塊は、血を垂れ流しながら痛みに藻掻き続けていた。嗚呼、悲しいかな。その身は決して、神に至ることは叶わない。
ならば、神の名の元に介錯をしてやろう。
小太刀と霊刀を振るう少女は、苦しむ肉の躰に十字を刻み付けた。途端、肉塊は動くのを止め、軈てはどろりと溶けて往く。神とひとつに成れなかった異形は、躯の海へ還ったのだ。
少女は其れでも動きを止めずに、二つの刀を振るい続ける。尊厳を喪った肉塊たちへ、慈悲と云う名の制裁を与える為に。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ジュジュ・ブランロジエ
◎☆
もう生きては会えない大事な人を探してる人喰いの姿に同情
どんな形でももう一度会えるといいね
そして敵討ちも出来るといいね
貴方の力を利用させてもらうけれど私も力を貸すよ
現領主の所に辿り着くまで負う怪我が少なくなるよう手助けを
この肉塊も元は人間だったのか
なんて酷い!
現領主は絶対に倒さなきゃと改めて決意
苦しみが早く終わるよう星の幻想劇で攻撃力重視の強化
炎属性付与した衝撃波(メボンゴから出る)を二回攻撃
荼毘に付す代わりに
安らかに眠れるよう祈りながら
人に戻れなくても人として送ってあげたい気持ち
噛みつき攻撃は早業で炎属性付与したオーラ防御を展開し対処
悲しいよね
苦しいよね
早く楽にしてあげるね
……おやすみ
フィオリーナ・フォルトナータ
◎☆
かの人喰いの獣がオブリビオンである以上
憐れむことは出来ません
ですが、愛しきものを奪われて狂い果てたのだとしたら…
その想いは少しだけ…ええ、少しだけですが
わたくしにも解るような気がするのです
悍ましい姿へと変えられてしまった村の方達
その絶望や嘆きは、計り知れないものでしょう
彼らを救えなかったことを悔やむ間などないと
わかっているつもりです
速やかにこの場での戦いを終えられるよう
攻撃回数重視の燦華ノ剣舞でなぎ払い、吹き飛ばして
共に戦う皆様と連携しながら立ち回ります
少々の痛みは気になりませんから
食らいつかれても怯まず、そのままカウンターの一撃を
せめて彼らが少しでも苦しむことなく眠れるよう
力を尽くします
●妄執の涯
肉の宴はいま尚、終わりが見えない。エントランスの床を埋め尽くさんばかりの肉塊が、猟兵達の行く手を、そしてマンティコアの行く手を阻んでいる。
荒れ狂う人喰いの獣は、蠍の尾で群がる肉塊を勢いよく払い除け、空気を震わせる様な咆哮を放つ。嘗ての支配者らしい、威厳に満ちた姿。されど、其の双眸には隠しきれ無い哀しみが滲んでいた。
「彼がオブリビオンである以上、憐れむことは出来ません」
オールドローズの彩を纏う少女人形――フィオリーナ・フォルトナータ(ローズマリー・f11550)は、人喰いの獣の傷ましい姿にそうっと睫を伏せる。ですが、と言葉を重ねる彼女は白い指先で、未来を切り拓く為の得物をぎゅっと握り締めた。
もしも、彼が愛しきものを奪われた哀しみに狂い果てたのだとしたら――。
「その想いは少しだけ……ええ、少しだけですが、わたくしにも解るような気がするのです」
フィオリーナは亡国の人形である。ゆえにこそ、守るべきものを喪った哀しみには、覚えがあった。彼女は其れでも正気を保ち、前を向くことが出来ているけれど。あの人喰いの獣は違うのだ。一体どのような悲劇が彼の身に降り掛かったのか、想像に余りある。
「……どんな形でも、もう一度会えるといいね」
マンティコアの悲壮な姿を前に、人形遣いの少女――ジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)もまた、哀しげに翠の双眸を伏せた。
此の常宵の世界で生まれ育った彼女には、何となく分かる。彼の尋ね人は、もう生きて居ないだろう。オブリビオンである人喰いだって、きっと分かって居る筈だ。それでも、大事なものを探し続ける其の姿には同情を禁じ得ない。
「敵討ちが出来るよう、私も力を貸すよ」
その代わり、貴方の力を利用させてもらうけれど――。
ジュジュが静かにそう零せば、彼女の指先に繋がれた兎人形――メボンゴが、くるり愉し気に踊る。フィオリーナもまた、凛と剣を構えて肉塊と向き合った。
蠢く異形――肉の玩具は、血の涙を流しながら、くすくすと笑っている。何本も植え付けられた腕をばたばたと振り回し、蠢く其の姿は何処までも冒涜的だ。
「この方たちも、元は人間だったのですね……」
「……なんて酷い!」
悼ましげな少女人形の科白を耳に捉え、ジュジュの双眸に怒りが燃える。命を玩具の如く弄ぶ現領主は、何としても倒さなければ――。
「一刻も早く、眠らせてあげましょう」
人間としての尊厳を奪い去られ、悍ましい「肉の玩具」へと変えられてしまった村人たち。彼等の絶望や嘆きは、人間としての容を保っている少女たちには計り知れないもの。
ふたりに出来ることは、この狂った舞台に幕を降ろすことのみ。
「どうか、安らかに――」
祈る様にジュジュが指先を組み合わせれば、其の身に星魔法の加護が宿る。温かな輝きは力と成り、少女に異形と向き合う勇気をくれた。ジュジュは五指を動かし、兎人形をくるくると回転させた。
「さあ、メボンゴ!」
肉塊の前へと躍り出た兎人形は、小さな腕から衝撃波を放つ。炎を纏った其れを正面から喰らった肉塊は、瞬く間に業火に包まれて、軈ては荼毘に付されて行く。もう人には戻れなくとも、――最期くらいは人として送ってやれただろうか。
『キィィィィッ!』
運よく炎の波から逃れた一体が、歪に膨れ上がった腕を頭部に代える。耳をつんざくような絶叫を放つ其れは、ジュジュに襲い掛かろうとするけれど――。
「救えなかったことを悔やむ間などないと、わかっています」
薔薇の彩を纏う少女人形の麗しき“燦華ノ剣舞”に、其の一撃は阻まれる。いまは過ぎたことを悔やむより、少しでもマシな結末を彼らに与えてあげたかった。
魔力を宿したルーンソード『Sincerely』に渾身の力を籠めて、フィオリーナは肉塊を吹き飛ばす。そうして踊るようにステップを踏み、煌めく切っ先で素早く、肉塊たちを次々に薙ぎ払って行く。
『ギィィッ……!』
不意に、絶叫を放つ肉塊が最期の抵抗とばかりに、少女の細腕に喰らい付いた。けれども、フィオリーナは止まらない。今更、少々の痛みに気を取られる訳が無かった。
空いた片手で長剣を引き抜いて、彼女は肉塊の胴体に深々と其れを突き付ける――。
「もう、苦しまなくとも良いのです」
ずるり、動きを止めた肉塊から長剣を引き抜いて。少女は、静かにそう囁き掛けた。ただの一突きで、肉塊の生命活動は停止した。
きっと、苦しまずに逝けたのだと、――そう信じたい。
『イナイ、イナイ、ドコニモイナイ』
遠くの方では、狂い果てた獣が悲嘆の聲を漏らし続けている。前足に体重を乗せて獲物を抑えつける様は何処までも気高く、其れゆえに悲壮だった。そんな獣へ背後から噛み付かんと、ずるり床を這いずる肉塊がいる。
マンティコアが大怪我を負わぬよう注視していたジュジュは、いち早く其の存在を感知してメボンゴを嗾けた。
「悲しいよね、苦しいよね」
早く楽にしてあげるね――。
人形遣いの少女が、優しい聲彩でそう囁けば。兎人形はくるりと一回転したのち、小さな掌から苛烈な炎波を放つ。断末魔の絶叫は、燃え盛る業火に掻き消された。
「……おやすみ」
願わくば、彼等がまた人として生まれて来れますように。
神など居ない世界で、ジュジュは祈る様に双眸をそうっと閉ざす。煉獄めいた戦場の何処かで、再び獣が咆えた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
誘名・櫻宵
◎☆
食べたいの
捜しているの
あなたが定めた獲物を
わかるわ
之と決めたいっとうは
誰にも渡したくないものねぇ
滴るあか
蠢く肉
変わり果てても美味しいのかしら
いけない
駄目よ
私はひとなどもう喰らわない
私の朱の神様と約束したわ
かれに相応しい巫女はひとなど喰らわない
私の可愛い人魚に誓ったわ
私は守龍だもの
ひとだもの
私の中に潜む呪の大蛇が蠢く
ひとのかわりに、柘榴をお食べ―嘗ての師たる黒の神の声を心で唱え
腕に爪たて抑える
『艶華』
此方へおいでと同族殺しを誘い
肉塊に刀を添える
醜く変わり果てようと散り際は美しく―桜と咲かせて散らせてあげる
桜変の神罰と共になぎ払い
破魔と浄化の斬撃を衝撃波と共に放つ
歪な肉を斬り咲いて、終をあげる
シャト・フランチェスカ
◎☆
報われない物語なのかな
誰も彼も心を喪ってる
身体が憶えている記憶だけが
彼等を突き動かしているみたい
きみたち自身ですら忘却したその懊悩
僕に《魅》せてくれるかい
人喰いのマンティコア
きみが求める彼女にどんな想いを抱いたか
そうして、それから堕ちるまで
どこまで駆けていったのか
嘗てひとであったきみたち
ひとのかたちをしていたきみたち
奪われるばかりだったのだろう
掠奪や支配に怯え
そうして救われようとして
贄を捧げるしかなかったのだろう
肉を断ち燃やしてしまったほうが
優しいのかもね
ひとでなくなってまで
ひとのような感情を思い出すのは
あまりに残酷なことだろう
何故?
食べたいくらいの感情なんてものに
嫉妬してしまったのかもね
●狂愛のカタチ
マンティコアと猟兵達の手に因って、戦場と成ったエントランスホールには、屍体の山が築かれ始めていた。散ばる肉片を踏みつけながら、人喰いの獣は高らかに吠える。まるで誰かを、呼んでいるように――。
「……報われない物語なのかな」
乾いた地面に朝露を落とすかの如く、ぽつり。そんな科白を零したのは紫陽花の乙女、シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)だった。
床で蠢く肉塊も、咆哮する獣も。桜彩の双眸に映る誰も彼もが、こころを喪っている。此処に居るのは、幽鬼ばかり。
「身体が憶えている記憶だけが、彼等を突き動かしているみたい」
「空の器で燻ぶる魂は、未だ燃え尽きては居ないのね」
物憂げに相槌を打つのは、枝垂れ櫻の翼を背負う竜人――誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)である。
艶やかな着物に身を包んだ麗人は、動かぬ肉塊に爪を立てて唸り続ける獣へ視線を呉れて、そろりそろりと彼の元へ歩み寄る。腰に差した神刀『屠桜』へ、つぅ、と指を這わせながら。
「食べたいの、捜しているの」
あなたが定めた獲物を――。
甘い聲彩でそう囁けば、マンティコアの眸が麗人の艶姿を映し出す。牙を剥き、ぐるるるると喉を鳴らす様からは、明らかな警戒が見て取れた。それでも、櫻宵は気にせずに、つらりと言の葉を紡ぎ続けて往く。
「わかるわ。之と決めたいっとうは、誰にも渡したくないものねぇ」
着物の袖で口許を隠しながら、くつくつと麗人は笑った。人喰いの獣は、毛並みと翼を逆立てた侭、じっと静止している。
ふたりの間に暫し、冷ややかな沈黙が流れた。其の場に緊張の絲が、ピンと張りつめる。一触即発の空気とは、将にこのことか。
「僕は、きみたちが秘めたものに興味が有るよ」
張りつめた緊張の絲を靜かに弛ませたのは、徐に櫻宵の傍へ並び立ったシャトの、そんな科白だった。
「きみたち自身ですら忘却したその懊悩」
僕に《魅》せてくれるかい――。
今にも胸を掻き毟りそうな程、切なげにそう乞うたなら。ただ其れだけで、文豪『嗣洲沙熔』の術は成る。詩情を乗せた其の聲は、マンティコアの鼓膜を揺らし、蠢く肉塊の元まで行き渡った。
ほんの一瞬、しん、と戦場から音が消えた。
其の場の誰もが、見たくないものを直視したのだ。次の瞬間、僅かに訪れた静寂を引き裂いて、肉塊たちが痛々しい絶叫を放つ。
「嘗てひとであったきみたち」
そんな狂乱などお構いなしに、シャトは淡々と肉塊たちへ語り掛ける。桜彩の双眸は、苦悩に這いずり苦痛に震える彼等の浅ましい姿をじっと見降ろしていた。
「きみたちは、奪われるばかりだったのだろう」
寄り添う様な科白だが、其れを紡ぐ聲に優しさは無い。事実を検めるように、淡々と乙女の聲は語り続ける。
「掠奪や支配に怯え、そうして救われようとして」
贄を捧げるしかなかったのだろう――。
彼らが犯した最大の過ちへ言及すれば、肉塊たちは益々その身を震わせ始めた。罪悪感に苛まれているのだろうか。或いは、悲劇の元凶と成ってしまった村の悪習を、今更に悔やんでいるのだろうか。もの謂わぬ彼等の想いは、誰にも分からない。
されど、こんな異形に身を堕としても尚、ひとらしい苦悩があることは分かる。
「それから、人喰いのマンティコア」
乙女の双眸は、凍り付いたように固まっている人喰いの獣にも向く。残酷なオブリビオンが、ただひとりの人間に狂わされた――。
なんとも、ロマンスらしい粗筋では無いか。興味を惹かれるのも、きっと無理なきこと。
「そうまでして求める“彼女”に、きみはどんな想いを抱いたのだろう」
『ニーナ、ニーナ、我ガ家族……』
“ニーナ”、彼女こそ“贄”として差し出された魔女で在り、彼の尋ね人なのだろう。家族と称するということは、親愛の情を抱いてしまったのだろうか。
「そう――。それから堕ちるまで、どこまで駆けていったのかな」
『アァ、ワタシハ、ニーナノモトヘ……!』
ぐるるるる、と獣は唸り聲を零す。狂乱した彼から聴けるのは、此処までが限界か。さて、荒事は傍らの麗人に任せるとしよう。
乙女がちらりと視線を向ければ、櫻宵は唇を引き結んだ侭で首肯する。そうして麗人は一歩だけ、肉塊の許へ歩み寄った。
滴るあか、蠢く肉が、櫻龍を誘っている。
「……変わり果てても美味しいのかしら」
文豪の切なげな聲は、櫻宵の鼓膜も振るわせていた。だからだろうか、理性がぐらぐらと揺れている。邪念を振り払うように、櫻宵は頭を振った。
――いけない、駄目よ。
「私は、ひとなどもう喰らわない」
“朱の神様”と、確かに約束を交わしたのだ。彼に相応しい巫女は、ひとなど喰らわないから。それに、瑠璃彩の可愛い人魚にも誓いを立てている。違えることなど、決してあっては成らない誓いを……。
――私は守龍だもの、ひとだもの。
赫い爪が咲く掌で、麗人は貌を覆い隠す。櫻宵の中に潜む呪の大蛇は、物欲しげに蠢いていた。こんな時、神様は如何しろと云ったのだっけ。
『ひとのかわりに、柘榴をお食べ――』
こころの裡で唱えるのは、嘗ての師たる黒の神のそんな聲。赫い爪を腕にぎりりと立てて、櫻宵は衝動を抑え込んだ。そうして貌から掌を引き剥がし、同族殺しへ嫋やかに笑い掛ける。
「此方へおいで」
異は唱えられなかった。意外なほど従順に、マンティコアは肉塊から距離を取り、猟兵達の傍らで座り込む。お手並み拝見と云った所だろうか。
「彼等、肉を断ち燃やしてしまったほうが、優しいのかも知れないけれど……」
最早ひとでは無くなってしまったのに。其れでも尚、ひとのような感情を思い出さねばならないなんて、あまりに残酷なことだから。
シャトはそれとなく、迷う様子を見せた麗人へ介錯を促した。振り返った櫻宵は、艶やかな笑みを貌に湛えながら、そうっと頸を縦に振る。
「私が楽にしてあげるわ」
麗人は今度こそ肉塊の許まで歩み寄って、静かに其の躰へと刀を添えた。彼等の醜い生に、今度こそ終わりを齎す為に。
「さあ、綺麗な花を咲かせて頂戴ね」
せめて、散り際はうつくしく――。
艷華。屠桜を薙ぎ払う様に振ったならば、浄化を齎す衝撃波が其処から放たれる。いま、神罰は下された。彼等の歪な躰は、龍の糧――艶やかな桜の花弁へと、瞬く間に転じて行ったのだ。
場違いな程にうつくしい花弁が舞い散るなか、櫻宵はふと紫陽花の乙女と向かい合う。桜彩の眸と目が有ったなら、かくり、小さく頸を傾けて見せた。
「如何して、あんなことを?」
「……さあ」
桜の雨に打たれながら尚も駆けまわるマンティコアへと、シャトは視線をゆるりと逃す。あゝ、矢張り彼は、狂おしい程にただ一人だけを求めているのだ。
「“食べたいくらいの感情”なんてものに、嫉妬してしまったのかもね」
あえかな掌にふと舞い降りたひとひらの桜を、紫陽花の乙女は緩く握り締めた。果たして徒桜の悲哀を、誰が分かって呉れようか――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
天音・亮
◎☆
悲しい、寂しい音ばかり聴こえる
空を見上げてもここに太陽は無くてただ暗い空が広がるばかり
“ひとだった”きみたちの姿の痛ましさに頭がぐらぐらして
ああ、どうして…
未だに慣れない惨い世界の在り様に拳を握り下唇を噛む
いつだって光の絶えない自分の居た世界とは違う
太陽の無い世界がある
そんな中で明日をも生きれない人達がいる
どこかの世界で今も誰かが泣いているのかな
本当に救える者は居ないの?
…私は、信じたい
この一歩が未来の誰かの明日を繋げて
この声が世界の誰かの涙を拭うんだって
──聴いて、
悲しみがひとつでも安らぐ様に歌うから
オーラ防御を纏い鼓舞するように歌う
どうか、伸ばした手がきみたちの背を押せますように
●祈りを歌に代えて
エントランスホールに、絶叫と獣の咆哮が響く。人としての容も尊厳も喪った異形たちは、唯一人間らしい頭部で己の意思を示しているようだった。
悍ましい光景と、脳髄を揺らす不協和音に、天音・亮(手をのばそう・f26138)は睫を伏せる。
――悲しい、寂しい音ばかり聴こえる……。
ダークセイヴァーの陰鬱さは、他の世界と比べても群を抜いて居た。いつか訪れる筈の朝は遠く、幾ら空を見上げようと、太陽が貌を覗かせることは無い。ただ、暗い空が広がるばかり。
「ひどい……」
震える唇からは、月並みな感想が漏れた。一般人として普通に生きて来た彼女にとって、この光景は余りにも常軌を逸している。
“ひとだった”彼等の痛ましい姿に頭がぐらぐらして、視界がくらくらと回転した。厭な現実を振り払うように、娘は金絲の髪を揺らして頭を振る。
――ああ、どうして……。
彼女が拠点とするヒーローアースにも、悪党は居る。けれども、人間を家畜や玩具のように扱う吸血鬼とは、悪辣さの次元が聊か異なるのだ。
此の世界の惨い有様には未だ慣れることは無い。否、ヒーローとして、慣れる訳にはいかない。亮はぎゅっと拳を握り、下唇をぎりりと噛む。
いつだって光の絶えない世界で、亮は生きていた。けれども、温かな希望に満ちた世界と違って、此処は太陽の無い絶望に溢れた世界なのだ。
――どこかの世界で、今も誰かが泣いているのかな。
いま目の前に、明日をも生きれない人達がいる。
彼等の無念を想う程に、娘の碧眼が哀し気に揺れた。みんなの日常を護る為にヒーローと成ったのに、目の前の命すら救えないなんて……。
――本当に救える者は居ないの?
悔しさに拳を握り締めた侭、亮は自問自答する。喩え、誰もが此の世界の「救い」を否定しようとも。
「……私は、信じたい」
端から救うことを諦めて、何がヒーローか。
凛と前を向いた亮は、確りと足を踏み出した。悍ましい容をした、あの肉塊たちの元へ。
この一歩はきっと、未来の誰かの明日を繋げてくれて。この聲はきっと、世界の誰かの涙を拭うのだと、亮はこころから信じている。
「――聴いて」
悲しみがひとつでも、安らぐ様に歌うから。
煌めくオーラを纏った娘の花唇から、お日様のように温かな歌聲が零れた。其れは、地獄のような戦場を駆ける仲間達へのエールであり、此れから死にゆく“ひとだったものたち”へ送る餞別であった。
これが、“アーティスト”天音・亮に出来る精一杯。
――どうか。伸ばした此の手が、きみたちの背を押せますように。
優しい祈りを込めた歌聲は、まあるい音響増幅器の『amplifier doll』を通じて、戦場全体に響き渡る。
其れは同じ場所で戦う仲間達のこころを鼓舞し、肉塊たちの終わりを僅かに穏やかに彩って往くのだった。
成功
🔵🔵🔴
リーヴァルディ・カーライル
◎
…今回の任務で、救える者はいない、か
…領主の圧政に苦しめられ、死後も亡骸を弄ばれて…憐れな
…ならばこそ貴方達の無念は私が晴らしてみせる
…それが間に合わなかった私に出来る唯一の手向けよ
第六感が危険を感じるまで同族殺しは警戒するに留め、
左眼の聖痕に魔力を溜め犠牲者達の魂を降霊しUCを発動
心の傷口を抉るような呪詛に祈りを捧げて気合いで耐え、
全身を限界突破した闇属性攻撃のオーラで防御して切り込み、
怪力任せに大鎌を乱れ撃つ早業で敵陣をなぎ払う
…聞け。この地に縛られし虚ろな魂達よ
いまだその魂が鎮まらぬならば私と共に来るが良い
貴方達が受けた痛苦を、怨嗟を、絶望を…
この地の領主に一つ余さず叩き返してあげるわ
●死者たちの凱旋
遠くから歌聲が聴こえた気がして、銀絲の髪を揺らす少女――リーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)は、一度だけ後ろを振り返った。気力を奮い立たせるような其れは、仲間の聲だろうか。
けれども彼女の意識は直ぐに、眼前で蠢く肉塊たちへと向かう。元は人間だったのだという其れは、ぐずぐずに蕩けた下半身といい、無造作に取り付けられた様な数多の腕といい、余りにも歪な容をしていた。
「救える者はいない、か――」
ダークセイヴァーを拠点として、吸血鬼狩りに勤しむリーヴァルディにとって、其れは珍しくも無い現実だ。
此の世界の支配者は、人の命を玩具のように弄ぶ者ばかり。喩え慈悲のこころに目覚めても、肉塊の上で吠える同族殺しの如く、完膚なきまでに正気を破壊されてしまう運命。
「……憐れな」
領主の圧政に苦しめられた挙句、死後も亡骸を弄ばれて。落ち行く先が、『肉の玩具』だなんて――。
「貴方達の無念は、私が晴らしてみせる」
それが、間に合わなかった自分に出来る唯一の手向け。
そう語る少女の整った貌には、何の感情も浮かんで居ない。それでも、死者を悼む想いは本物だった。
遠くの方でふと、絶叫が響く。見れば、肉塊に圧し掛かったマンティコアが、彼等の歪な腕を噛み千切っていた。
「……あれが、人喰いね」
第六感は、未だ危険を知らせて居ない。触らぬ神に祟りなし、今は捨て置いても構わないだろう。オブリビオンへの警戒は緩めぬ儘、リーヴァルディは眸を閉ざした。
留めた魔力の昂りに、いつか母に刻まれた左眸の聖痕が、熱を孕む。
「――聞け、この地に縛られし虚ろな魂達よ」
散ばる肉片の前に立ち、少女は凛と聲を張りあげる。哀れ犠牲者たちの魂は、今も尚この地を彷徨っていた。
「いまだその魂が鎮まらぬならば、私と共に来るが良い」
彩を変えた左眸が、犠牲者たちの魂を呑み込んで行く。其の身に死霊を降ろしたなら、術は成った。
代行者の羈束・断末魔の瞳――。
華奢な躰を覆う哀れな魂たちは、こころを抉るような呪詛をばら撒いている。それでも少女は、祈りを捧げて精神力で耐え忍ぶ。そして蠢く闇を其の身に纏えば、地を蹴って空を舞い、肉塊の群れへと飛び込んで行く。
渾身の力で死神の大鎌を素早く振り抜けば、次々に切り払われて行く。噛み付こうと襲い掛かる頭部すら、有無を言わさず斬り払った。彼女が通った後には、ぼろぼろに崩れた肉片しか遺らない。
軈て踵を鳴らして着地したリーヴァルディは、屍で覆われた道程を振り返る。再び瞼を閉ざせば、左の眸がじくじくと疼いた。
――貴方達が受けた痛苦を、怨嗟を、絶望を……。
「この地の領主に一つ余さず、叩き返してあげるわ」
新たに増えた犠牲者の魂へ「来なさい」と号令ひとつ放ち、少女はくるりと踵を返す。彷徨える魂を其の身に降ろしたリーヴァルディは、前へ前へと進んで行く。
成功
🔵🔵🔴
朱赫七・カムイ
◎☆
狂ったように誰かを求めて、捜す―
君でなければいけない
きみがいればいい
他の誰でもない、きみだけを
欲し渇望し続け捜し続けるその心に覚えがある
そなたの場合は
会うというより喰らう、かな
『私』は人喰いとは違うしあの子を腹に収めようなんて思わないけれど
ただ一つを求め続ける姿と哀切には覚えがあったから―見つかればいいねとも思ったんだ
…酷いことをする
ひとだった者の姿に憐憫を覚えるも
優しさでは救えぬとしっている
終わらせよう
古死の神罰巡らせて
早業で切り込んで切断する
人喰いの求るものにほんの一瞬、化ければ興味をひけるかな
人喰いの動きを察し躱しその牙を肉塊へ
隙をみて斬る
求むる飢えも絶望も
そなたの厄災を斬ってあげる
●幽鬼の幻
肉塊を引き裂きながら、人喰いの獣は只管に魔女の名を呼び続けている。悲壮な其の姿を前に、朱赫七・カムイ(約彩ノ赫・f30062)の胸がちくりと痛んだ。
狂ったように誰かを求めて、其の面影を只管に捜し続ける。そんな健気な想いには、朧気ながら覚えがある。
君でなければいけない。きみがいればいい。
他の誰でもない、きみだけを――。
其れは渇望であり、欲望であり、情念でもあった。きっと、人喰いの獣が抱く想いも、いつかのカムイと似たものだろう。
「そなたの場合は、会うというより『喰らう』かな」
苦さを滲ませた笑みを浮かべながら、再約の神は静かに人喰いへと歩み寄る。一歩、また一歩と脚を進める程に、獣が滲ませる哀しみと絶望はカムイのこころへ深く染み渡った。
――“私”は、人喰いとは違う。
だから、彼は『あの子』を腹に収めようとは思わない。幾ら大切であろうとも、仕舞うべき場所は、否、あの子が生きるべき場所は、此の腹の中では無いのだから。
「……見つかればいいね」
けれども、ただ一つを求め続ける其の姿と、狂おしい程の哀切には、いつかの己と重なる所が在ったから。カムイは何処か切なげに、人喰いの獣へと優しく微笑み掛けたのだった。
しかし、警戒を顕にした獣――マンティコアは、返事をしない。ただ、ぐるるるるると地を這うような唸りを上げて、金の双眸で彼を射抜くのみ。
仕方なしに再約の神は、周囲で蠢く肉塊たちへと視線を逃す。嘗て“ひと”であったという彼等の姿は、何処までも悍ましかった。まるで無邪気な子供が、面白半分で捏ねた粘土人形の如き有様だ。
「……酷いことをする」
悪趣味な肉の玩具たちに、憐憫を禁じ得ない。けれども、神であるカムイは知っている。身も心も異形に堕ちてしまったものたちは、優しさでは救えぬことを――。
「そなたらの為にも、ここで終わらせよう」
ゆっくりと眸を閉ざした神が、戦場に巡らせるは古死の神罰。朱砂の太刀『喰桜』をゆらりと抜き放てば、とんっ――と地を蹴り肉塊の許へと駆けて往く。
そうして目にも止まらぬ早業で、赫の一閃を放つ。
次の瞬間、異形に堕ちた人々は見事に切り刻まれて。彼が駆け抜けた道には、ただの肉片だけが散らばっていた。斬り残しは、あと幾つか。聴いていた通り、敵の数は多いようだ。
此の辺りで、あの獣を上手く使うとしよう。
「マンティコア――」
狂った騒乱のなか。己を呼ぶ聲が聴こえて、人喰いの獣は反射的に振り返った。刹那、聲の主の姿を捉えて、金の双眸が丸くなる。
貌の半分を覆い尽くす火傷の痕、痩せた躰、腰で揺れる長い髪。
其処に居たのは、彼の尋ね人――“魔女”であった。
『ニーナ……!』
猛々しく吠えた獣は、其れまでの消耗が嘘のように、彼女へと飛び掛かる。されど、魔女が其の物騒な抱擁を受け止めることは無い。
なぜなら、いま彼の眸に映る魔女は、カムイが化けた姿なのだから。
獣の牙が其の身に食い込む直前に化術を解いて、ひらりと其の突進を躱すカムイ。一方のマンティコアは勢い余って、肉塊に其の牙を突き立てる。
此方を振り返る怨めし気な眼差しが、再約の神を鋭く射抜いた。
「心配は要らないよ」
穏やかにそう微笑むカムイの周囲で、黒き櫻が舞い堕ちる。嘗ての姿――厄神の権能を、彼は今その身に宿したのだ。喰桜の刀身は、恐ろしい程に赫く煌めいている。
「そなたの厄災を、斬ってあげる」
次の瞬間。マンティコアの視界に、“赫”が迸る。
ふと気づいた時にはもう、人喰いの牙に捕らわれた肉塊は八つ裂きに成っていた。けれども、カムイは涼しい貌で元居た場所に佇んでいる。
神速とは、将にこのこと。
人喰いの獣は神に一瞥を呉れて、新たな獲物の許へと駆けて往く。カムイは彼と、其の尋ね人の再会を密に祈りながら、去り行く獣の後ろ姿を静かに見送っていた。
成功
🔵🔵🔴
琴平・琴子
◎☆
お前たちが求めるものは此処に在らず
そして今後も在らず
だって今これから冷たい肉塊になるのだから
求める必要なんて無い、そうでしょう?
醜い肉塊、邪魔をしないでくださいませ
手にした剣を掲げ指揮を執り
「兵隊の行進」で錻力と木製の玩具の兵隊を呼び起こす
銃弾は跳ねのけられてしまうでしょうから刃を使わせる
伸縮性が有っても切り裂く刃は防げないでしょう?
私の手にある輝きを撥ね落そうったって無駄です
この輝きは、いつも手に在り守ってくれるものだから
背負っていた猟銃で狙うのは天高く揺れるシャンデリア
兵隊達に習い、兵隊達から貰ったこの銃で、
それを落としたらお前たちはどうなるのでしょうね
タピア・アルヴァカーキ
◎☆
ほー?ひょっとしてこのマンティコアはその魔女様とやらを愛しちまったのかの?
若いのに老婆の様な身体の魔女……って我みたいな奴じゃのう!
間違われて喰われてしまったらかなわん……
この身体を再構築するのに何年かかったと思っておる!
ここはユーベルコードで死霊共を呼び出して距離をとった方が良さそうじゃ。
オブリビオン同士で存分に潰し合うがよい!
我はこの魔導箒ヴァレラに乗って空中から高みの見物させてもらうわい。
肉と魔獣と死霊、どいつが生き残るかのう?クケケケケ!
●因果は廻りて
猛き獣の咆哮が、ビリビリと空気を振動させる。怯んだ肉塊を鋭い爪で引き裂いたマンティコアは、動かぬ頭を抑えつけ、其の貌を覗き込んでは譫言を零し続けていた。
『ニーナ、ニーナ、ワタシノ……』
哀しみと絶望に満ちた其の聲を耳に捉え、タピア・アルヴァカーキ(怨魂の魔女・f30054)は、人喰いの獣へと興味深げな視線を向ける。
「ほー?」
金縁の眼鏡越し、翠の双眸に映るのは、肉塊を喰らうことすら忘れた白き獣の、狂い果てた悲壮な姿。其の金彩の眸に揺れる「情」には、見覚えが有った。
「ひょっとして、あのマンティコアは“魔女様”とやらを愛しちまったのかの?」
「生贄として差し出された獲物を、ですか」
まるで寓話のようですね、なんて。淡々と相槌を打つのは、齢十にも満たぬ幼気な少女――琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)だ。
人喰いに支配されていた此の村では嘗て、生贄を捧げる風習があったのだという。
そして或る時、醜い容姿ゆえに忌み嫌われていた“魔女”に、白羽の矢が立ったことで、此の村と人喰いの運命は狂い始めたのである。
村人たちもまさか、人喰いが「餌」を喰わず、増してや其れに情を抱いてしまうなど、思っても居なかったのであろうが――。
「なにもかも、間違っている気がします」
生贄の風習も、人を喰う獣の存在も、総てが“間違っている”と、正義感の強い琴子は想う。だから、彼女は床で蠢く人間の成れの果てにも同情はしない。
「因果応報」という言葉は、小学生向けの辞書にだって乗っているし、琴子はその意味をよく知っていた。
「なあに、よくある話じゃ」
嘗ては悪辣な魔女であったタピアは、真直ぐな少女が零す感想に呵々と笑う。時に間違いの中にこそ温かな感情を見出してしまうのが、こころを持つ生物の性なのだ。
「しかし、若いのに老婆の様な魔女……って我みたいな奴じゃのう!」
琴子と歓談に興じていたタピアはふと、生気を奪われた自身の躰を顧みる。御伽噺に出て来る魔女の老婆然とした彼女だけれど、悪霊と化す前は妙齢の美女であった。
ゆえに逢ったことも無い“魔女”へ、どことなく親近感を感じると共に、焦りが込み上げて来るのもまた事実。
「この身体を再構築するのに何年かかったと思っておる! 間違われて喰われてしまったらかなわん……」
件の魔女に化けた同朋が先ほど、マンティコアに飛び掛かられて居たことを想いだし、タピアは慌てて魔導箒ヴァレラに跨った。ふわりと箒ごと宙へ浮かび上がる彼女を仰ぎ、琴子は軽く頸を傾ける。
「これから戦闘に移りますが、一体どちらへ?」
「我は空中から高みの見物させてもらうわい。オブリビオン同士、存分に潰し合うがよい!」
成る程、なんて。ひとり頷く琴子を地上に遺して、タピアは天へと飛んで行く。軈て彼女の姿がシャンデリアのきらめきに紛れた頃、――ずり、ずり。
重たい躰を引き摺るように、死霊騎士と死霊蛇竜が現れた。琴子はふたつの大きな影を前に、ぱちりと瞬きをひとつ。其れはリザレクト・オブリビオン、タピアの置き土産だ。
「まあ、良いでしょう」
気を取り直して、琴子は悍ましい肉塊たちと向かい合う。蠢く彼等は、救いを求めるようにも、不条理に憤って暴れているようにも見える。しかし彼等にどんな意図があろうと、琴子には関係無い。
「お前たちが求めるものは此処に在らず」
確かに“ひと”であった彼等の未来は、此処で潰えるのだ。何せ、今から彼等はただの冷たい肉塊になるのだから――。
「求める必要なんて無い。そうでしょう?」
醒めた眸で肉塊を見降ろせば、流れるような動作でペリドットの彩に煌めくレイピアを引き抜いて、其れを天高く掲げて見せる。まるで、指揮を執るように。
「邪魔をしないでくださいませ」
凛と背筋を正した侭、少女がそう囁けば。ブリキや木で造られた玩具の兵隊達が、規則正しく行進しながら現れる。
「さあ、征きなさい」
そんな号令ひとつで、兵隊達は剣を引き抜き一斉に肉塊へと襲い掛かった。タイミングを合わせたように、タピアが招いた死霊の騎士と邪竜も動き始めた。
肉塊たちの伸縮性を考慮して。彼等の攻撃方法は、主に刃だ。
鞭のようにしなる肉塊の身体を、兵隊達の剣が何度も切り裂く。死霊騎士も馬上でゆらりと剣を揺らし、伸びた肉塊を撫で切りにした。大きな身体で肉塊を戒めた蛇竜は、切り掛かる隙を琴子へ齎してくれる。
「私の手にある輝きを、撥ね落そうったって無駄です」
煌めく切っ先で肉塊を貫きながら、少女はぎゅっとレイピアの柄を握り締めた。此の翠彩の輝きは、いつも掌中に在り、いつでも彼女を守ってくれる。だから、手放す訳にはいかないのだ。
「あの照明を落としたら、お前たちは如何なるのでしょうね」
力尽きた肉塊から切っ先を引き抜いて、琴子は不意に天を仰ぐ。場違いな程にきらきらと輝く幾つものシャンデリアは、朝の来ぬ世界においては太陽のよう――。
琴子は背負っていたマスケット銃を、徐に掌中へ納める。そうして兵隊達に習い、兵隊達から貰った猟銃で、天高く揺れるシャンデリアへと狙いを合わせた。
引鉄を、引く。どんっ、と鈍い音が辺りに響き渡った。
――ガシャン。
刹那、天から落ちて来たシャンデリアが、蠢く肉塊たちを容赦なく下敷きにする。勢いよく潰された肉塊は、もう二度と動かない。散ばる硝子の破片は、少女の凛とした立ち姿を、鏡のように映していた。
「ほー、景気よく落としたものじゃ」
少女の遥か頭上で、タピアは下界の騒乱を見下ろしていた。死霊騎士も蛇竜も、上手く立ち回っているようだ。騎士が振う刃は次々に肉塊を無力化して行き、蛇竜は肉塊に巻き付くことで、仲間に仕留めるチャンスを与えている。
「さて、肉と魔獣と死霊、どいつが生き残るかのう? クケケケケ!」
安全な場所で高みの見物を決める彼女にとって、勝敗など如何でも良いこと。闘技場の試合でも見物している心地で、悪い魔女はニヤリと不穏に嗤う。
肉塊は確実に、其の数を減らし始めていた――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
清川・シャル
◎
あぁやりにくい。手早く終わらせる方がこの「人達」にとっても良い事だと私は信じています。
骸の海へ還りましょうね
私は喰らいたいと思ったことはないですね。共に歩みたいと思っているので…
せめて人型のコレは潰さずにいましょうか
修羅櫻を抜刀します
破魔を帯びた串刺し攻撃
そのままUC起動です
斬れば花が舞う。癒しになるかは分からないけど、綺麗ですよ
見送りの花とさせてくださいな
敵攻撃には激痛耐性で備え、武器受けとカウンターで対応
せめて早く楽にしてあげたいですね
そのお次はマンティコア、貴方です
●修羅の道
下半身がぐずぐずに蕩けて、けれども腕だけは幾つも持て余した肉塊が、不気味に蠢いている。そんな彼等を見下ろして、清川・シャル(夢探し鬼・f01440)は深い溜息を吐く。
「――あぁ、やりにくい」
見た目は怪物なのに、彼らが“嘗て人であった”という事実は、羅刹の少女のこころを曇らせる。救いを求める者が目の前に居るのに、何もできないなんて。何だか、厭な気分だ。
「躯の海へ還りましょうね」
だからせめて、怪物としての“生”を早く終わらせてやろう。この「人達」にとっても、その方が良いとシャルは信じていた――。
「今回は潰すの、止めておきましょうか」
本来は金棒を用いた荒業の方が得意であるけれど、今回の敵は曲がりなりにも人間の容をしているから。一対の本差しと脇差『修羅櫻』を少女はするり、抜刀する。
そうして破魔の加護を宿した其の刀身を、徐に肉塊へと突き立てた。
哀れ串刺しと成った肉塊の頭は、耳をつんざくような悲鳴を放ちながら、自身を傷つけるシャルへと頸を伸ばし、其の細腕に噛み付かんとする。
其の獰猛な顎には脇差を咥えさせ、怪力でぐっと押し留める。そうして、凛と零す詠唱は、
「血の桜よ、咲き誇れ」
百花繚乱・桜舞――。
刹那、一対の刀は瞬く間に迫り来る肉塊を切り裂いた。ぼろぼろと崩れ落ちる肉片と共に、はらりはらりと桜が舞う。
「……ほら、綺麗ですよ」
戦場に舞う麗らかな桜吹雪は、彼等の癒しと成るだろうか。彼等の魂が少しでも安らぐことを願いながら、シャルは何度も修羅櫻を振り下ろした。跳ねる血飛沫に混じって、桜の花弁が少しずつ床を染めて往く。
「見送りの花とさせてくださいな」
薄紅に染まり行く戦場で、羅刹の少女はそうっと囁いた。肉塊を切り裂きながら、彼女は碧眼でふと、暴れ回るマンティコアの姿を追い掛ける。
あの人喰いは、愛する者を喰らいたい一心で此処まで来たのだろうか。
――……私は喰らいたいと思ったこと、ないですね。
浅ましい彼の姿を眺めながら、こころの裡で思いを馳せるのは、将来を誓い合った戀人のこと。
大好きなひとは、お腹にしまったりなんかせずに、隣で共に歩んでいきたい。
「次はマンティコア、貴方が斬られる番です」
獣の価値観と人の価値観は異なるもの。分かり合えぬ彼に鋭い視線を向けた儘、シャルは再び刀を振るい、戦場に桜を降らせて往く。床に張り付いた肉片を、薄紅の絨毯が総て隠してしまうまで――。
成功
🔵🔵🔴
クロム・エルフェルト
◎☆
人に肩入れするオブリビオン……
姿かたちはまるで違えど、その在り方はお師様の様
今、この時だけは共に戦おう
■対『肉の玩具』
御免ね
貴方達を元に戻すのは無理だから……
この刀で骸の海に還そう
せめてもう、迷わないよう
物陰に身を隠す
集え
搾り滓のような妖力でも
多くを望まず、永くを望まず
無駄を省けば、広域の[結界術]だって織り上げられる
対象は『肉の玩具』、効果は代償の激甚化
精神統一
落雫の幻視と共に一度のみUC発動
『肉の玩具』の群れの中を亜音速で疾駆
刀には[焼却]の焔を纏い、すれ違いざま『人喰い』以外を全て縦二つに両断
制動しつつ結界発動
苦しみを長びかせたくはない
代償に藻掻く彼らに対し、ただ速やかに
静かに止刀を
メアリー・ベスレム
◎☆#
メアリ、人喰いは嫌いよ
オウガもヴァンパイアも
たとえそれ以外だって
人喰いを愉しむオブリビオンは
みんなメアリが殺すんだから
だけれど、その前にやるべき事があるのなら
まずはそう
ただのお肉になり果てた、あわれでみじめなあなた達
メアリが殺してあげるから
【凍てつく牙】で冷気をまとい
高速移動と【逃げ足】で
捕まらないよう立ち回る
肉切り包丁で名前の通り
小さく切り分け【部位破壊】
活きの良いお肉が這い出す前に
魔氷で凍り付かせてしまうから
そんな最中も聞こえてしまう
【聞き耳】立てるまでもない
何かを、誰かを求める「人喰い」の声
別に興味はないけれど
だってアレが人喰いである事
殺したい敵である事が
変わる筈なんてないんだから
●相容れぬ者
猛き獣の咆哮が、猟兵達の鼓膜を揺らす。常ならば誇らしげに響くであろう其れも、今だけは哀し気に響いた気がして。妖狐の娘――クロム・エルフェルト(縮地灼閃の剣狐・f09031)は、碧い双眸で人喰いの姿をそっと盗み見た。
「人に肩入れするオブリビオン……」
世界に滅びを齎す者らしくない其の在り方に、彼女は覚えがある。
生まれつき妖力が薄弱だったクロムは幼い頃、集落の者達から爪弾きにされていた。そんな行き場の無い彼女を育て、剣の道を教えてくれたのは、『大胡秀綱』と名乗る武士――「師匠」である。
人喰いの獣と姿かたちは違えど、彼もまたオブリビオンであったのだ。
「いずれ討たねばならない相手ですが……」
ほんの少し、育ての親であり師でもある彼と重ねてしまって、クロムは静かに睫を伏せた。懐かしいような、切ないような、不思議な気持ちが胸中に渦巻いている。
「メアリ、人喰いは嫌いよ」
彼女の傍らに佇むもうひとりの猟兵、メアリー・ベスレム(Rabid Rabbit・f24749)は、不機嫌そうに腕を組んだ。
不思議の国へ招かれた「アリス」――つまり“捕食対象”だったメアリーにとって。オウガもヴァンパイアも、それ以外も、「人喰い」を愉しむ者は総て敵である。
「みんなメアリが殺すんだから」
兎のように赫い双眸で、メアリーは狂乱する人喰いの姿を追う。一刻も早くあの毛皮に、刃を突き立てたい所だけれど。その前に、猟兵としてやるべきことがある。
「まずはそう、ただのお肉になり果てた、あわれでみじめなあなた達」
床の上で蠢く肉塊を見下ろしながら、人狼少女は肉切り包丁へ指を這わせた。今から対峙する敵に、なんとも御誂え向きな得物である。
「メアリがちゃんと、殺してあげるから」
少女は生命の火を陰らせて、其の身に冥き冷気を呼び寄せた。そうして、可憐な狼は凍てつく牙を剥く――。
「さあ、メアリを温めて頂戴」
人狼少女は冷気を纏い、兎の如き軽やかな足取りで、肉塊の群れのなか駆けまわる。彼女を捉えようと肉塊は歪な腕を伸ばすけれど、メアリーはするりとそれを擦り抜けて往く。
肉塊の攻撃から逃れながら、少女は肉切り包丁を大きく振り上げた。そうして、勢いよく振り下ろす。すると、哀れお肉は真っ二つ。
けれども、メアリーは止まらない。体を半分分かたれても尚、動き続ける腕から強かにぶたれようと、口の中に鉄の味が広がろうと。彼女は何度も何度も、肉塊へ包丁を振り下ろし続けた。
気づいた時には、辺りには凍り付いた肉片だけが転がっている。
「お肉は鮮度が一番、――そうでしょう?」
回復能力を喪って力なく転がる屑肉たちへ、少女が軽く頸を傾げて見せた。答える者は、もう誰も居ない。
「貴方達を元に戻すのは無理だから……御免ね」
惨憺たる光景を前にしようと表情を崩さぬクロムもまた、神の刀『刻祇刀・憑紅摸』を静かに抜き放つ。彼女が出来るのは、朱彩に煌めく其の刀身で彼等を躯の海へ送ることのみ。
――せめてもう、迷わないように。
ささやかな祈りを紡ぎながら、クロムは急ぎ物陰へと身を隠した。メアリーが敵の気を惹いてくれているお蔭で、此方まで攻撃は飛んで来ない。
娘はひとり深く息を吸い込んで、其の身に燻ぶる僅かな妖力を呼び覚ます。
「集え――」
多くを望まず、永くを望まず。最低限の術式で、クロムは結界術を織り上げた。
結界は池に波紋が広がる如く、静かに肉塊たちを呑み込んで行く。軈て術が戦場全体へ満ちたことに気付けば、娘はそっと双眸を閉ざし、精神を統一させる。
すなわち、明鏡止水。
研ぎ澄まされた意識のなか、ぽとり――。こころの眸で、ふと落雫の幻が視えた。
「儚と散れ」
開眼、のち疾走。
玩具にされた肉塊たちが蠢くなかを、亜音速で妖狐が駆ける。彼女が構えた刀には、焔がゆらり。
肉塊たちとすれ違いざま、赫い軌跡を迸らせて、娘は肉塊たちを一刀両断。
ぼとりぼとりと崩れ落ちる肉塊は、飛び散った肉片を求めて一層不気味に蠢いている。其の様を視界に捉えたクロムは、制動しながら結界を発動させた。
対象は『肉の玩具』、効果は――代償の激甚化である。
途端に、藻掻き苦しみ始める肉塊たち。これでは、肉片を吸収する余裕もあるまい。余りにも痛ましい其の姿に金色の尻尾を震わせながら、クロムは一体ずつ、肉塊へ止刀を刺して行く。悪戯に苦しみを長びかせることは、本意では無かった。
反撃の兆しを見せず、藻掻くだけの敵を見て好機と想ったか。マンティコアもまた、その鋭い爪と牙で以て、嘗ての村人たちへ止めを刺して行く。
『ドコダ、ドコニイル、ニーナ……!』
誰かを探し続ける其の姿を横目で捉えながら、クロムは何とも言えない心境で、ぎゅっと刀の柄を握り締めた。
――今、この時だけは共に戦おう。
オブリビオンを倒す為ではなく、ただ苦しむ“生き物”を介錯するために。クロムは只管、神の刀を振るい続けた。
何処か遠くで人喰いが、哀し気に誰かの名を呼んでいる。
其の聲は、肉塊をバラバラに切り刻むメアリーの耳朶まで届いていた。
「……興味なんて、ないわ」
少女は手元を狂わせることなく、淡々と解体作業を続けて往く。幾ら改心しようとも、マンティコアの本質は「人喰い」だ。だからこそ、
「殺したい気持ちが変わる筈なんて、ないんだから――」
こころの裡に渦巻く不快な感情を発露するように、メアリーは床に転がる肉塊へと、思い切り刃を突き立てた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ロキ・バロックヒート
◎#
ああ
まさに地獄の狂宴だね
嘆きと哀しみのこえがよく聴こえる
ちょっとくらくらするぐらい
こんなもので同族殺しを止められるわけないのにね
良い趣味してるよ
笑って言う
肉塊を慈悲をもって影の槍で壊してあげて
または邪魔なものは神罰で払い退けて
恐れもなく同族殺しに近付く
もし手荒に迎えられても怒らないし止めやしないよ
ねぇおまえ
おまえが求めるのはどんな子?
どんな想いを抱いてた?
会えたらどうしたい?
ねぇねぇ―手伝ってあげようか?
宥めるようにあまく囁いて
答えなくともなにを答えてもべつにいい
言葉通りに道を開けてあげる
だってきっと
ふたりが出会えた方が面白いもの
同族殺しとそれに堕とした者
どんな物語になるのかみせてほしいな
●トラジディを待ち兼ねて
荒ぶる獣の牙を受けながら、肉塊たちが絶叫している。脳髄を揺らすような悲鳴を嫌い、獣は速やかに喉笛を噛み千切る。次は、人喰いの獣が咆哮を轟かせる番だ。
「ああ――……」
これぞまさに、地獄の狂宴。
眼前に広がる光景を眺めながら、ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)は、深く息を吐いた。異形たちの嘆きと哀しみの聲は、少しくらくらする位、狂おしい程に鼓膜を揺らしてくる。
「こんなもので、同族殺しを止められるわけないのにね」
良い趣味してるよ、なんて。嘗て邪神と呼ばれた神は、可笑しそうに嗤う。
床の上で蠢く肉塊たちは、ただ数が多いだけで、決して脅威とは呼べない代物だ。彼等に課された役目は警備などではなく、せいぜい足止め程度だろう。
この館を根城とする吸血鬼は、壊した玩具を再利用しているに過ぎないのだ。
「つまらない君たちに、慈悲を与えてあげる」
このまま生かしておいたところで、本人たちすら得をしない。それならいっそ、ひと想いに壊してあげよう。
せめてもの慈悲と、肉塊たちへ破壊衝動を向けたなら。ロキの影がゆらり、不穏に揺らめいた。
――次の瞬間。
彼の影から飛び出した無数の黒槍が、肉塊を次々と串刺しにして往く。ロキは慈悲深い神様だから、一撃で総てを終わらせてあげる。悪戯に苦しみを長引かせるようなヘマはしない。
反撃に転じたのは、神の意図を解さぬ一部の肉塊だ。彼等は鞭の如くしなった躰で、強かにロキの頰を打つ。
「……邪魔」
僅かに痺れる其処を撫でながら、ロキは不敬な肉塊たちへ一瞥を呉れる。手で追い払うような仕草を見せれば、それだけで“神罰”は落ちた。
長く伸びた影より出し黒槍が、肉塊たちを深々と貫いたのだ。ハリネズミのように成った彼等は倒れ伏し、神へと路を譲ってくれる。
そうして、動かなくなった肉塊で象られた道を、ロキは悠々と歩いて行く。向かうは、獰猛な牙で肉塊を噛み千切っている最中の、同族殺しの許である――。
「ねぇ、おまえ」
優しい聲彩で囁けば、威嚇の唸りを上げる獣が、警戒の念を顕に振り返った。血走った金彩の眼と視線が絡めども、ロキは怖気付く様子も無い。
「おまえが求めるのは、どんな子?」
返事は、無い。
ぐるるるると、地を這うような唸り聲が返って来るだけだ。其れでも気にせず、彼は気儘に問いを重ねて往く。
「どんな想いを、抱いてた?」
獣は矢張り、答えない。
今にもロキに飛び掛かりそうな勢いで、人喰いは獰猛に牙を剥いている。もはや知性すら、棄ててしまっているのだろうか。
ロキとしては、別に答えを聴けなくとも構わなかった。何なら「答え」そのものにも興味は無い。
けれども、彼が抱く物語は面白そうだから、柔らかな聲彩で問い続ける。
「会えたらどうしたい?」
其の問いに、はじめてマンティコアは反応した。
鮮やかな彩の翼を、白い毛並みを逆立たせながら、苦々しげに牙をぎりりと噛み合わせる其の様は、狂気と云わず何と言おう。
『ニーナ……。ワガエモノ、ワタシノカゾク、ハラノナカヘ――……』
人喰いは、ただひとつの「獲物」を、そして「家族」を求め続けている。相反するふたつの感情は、狂い果てた獣のなかで歪に混ざりあっていた。
ふぅん、と蜂蜜彩の双眸を緩めたロキは、人喰いへ向けて宥めるように甘く囁く。
「ねぇねぇ、――手伝ってあげようか」
返事は、雄々しき咆哮ひとつ。
「退け」とでも、云われたのだろうか。別に立ち塞がる道理は無いので、神は獣の望み通りに道を開けてあげる。
だってきっと、「魔女」と「人喰い」――お似合いのふたりが出会えた方が、物語はずっと面白い。喩え其れが、どんな形であろうとも。
「これからどんな物語を紡ぐのか、見せて欲しいな」
もうじき訪れるであろう“佳境”に思いを馳せて、ロキは口端をにんまりと持ち上げた。
同族殺しと、彼を堕とした吸血鬼。因縁のふたりが出会うまで、あと少し。
成功
🔵🔵🔴
揺歌語・なびき
◎☆
そう、違ったんだ
まぁそりゃそうだよね
同族殺しの彼を囮に
おれは端っこで知らんふり
瓦礫や物陰に潜んでおこう
【目立たない
彼のおこぼれと化した肉塊を
小型銃でしっかり狙撃
【スナイパー、呪殺弾、鎧無視攻撃
おれの居場所がばれないように
都度移動して隠れる場所は変えないとね
【第六感、野生の勘
粗方殺して見つかっても
まぁ大抵の痛みは耐えられる
接近されたら棘鞭でおしまい
肉塊のひどい有様は
てっきり邪神かと思う程
とはいえ此処は常夜の世界だ
UDCとさして変わらぬ地獄(ふるさと)だ
きみ達が
もう痛いかどうかもわからないけど
おれはただしく、殺してやれるよ
偽物の生存本能から解放してやれる
おれは、そういう力を持ってしまったから
スキアファール・イリャルギ
☆◎
……獣を観察していましょう
存在感を消し目立たぬように闇に紛れて
スルーア、あの肉塊だけを喰うように
……UDCアースで見せられた最悪の結末、行き止まりの未来
"人間"を忘れ、心も躰も"怪奇"になって
全部を狂わせ、殺して、喰った未来……それを思い出す光景だ
まるで獣がその未来の私みたいで
腹に仕舞いたいと思うのも、"好き"ですか
何者かによって葬られる前に
自分が殺して喰ってしまおうと?
……わからない
わかりたくないって思う
わかりかけてる自分もいるけど
狂ってる獣に同情はできない
(私は狂ってるのに?)
だって、私は
好きなものを、大切な人を
この腹に仕舞ってしまったら、私は――
……もう二度と、"人間"ではなくなる
●獣性は浅ましく
疲れを知らぬ人喰いの獣は、猛き咆哮を上げながら肉塊へ飛び掛かる。獰猛な牙はアンバランスな容の肉を噛み千切り、鋭い爪は絶叫を上げる彼等の喉笛を引き裂いた。幾つも死体の山を築きながら、されど人喰いが其の遺骸を咀嚼することは無い。
ただ狂乱だけが、戦場全体に満ち溢れていた。
『チガウ、チガウ、オマエジャナイ』
同じような科白を延々と繰り返している人喰いを、墜落したシャンデリアの影から遠く観察する猟兵が、ふたり。人狼の青年――揺歌語・なびき(春怨・f02050)と、通称“影人間”――スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)である。
「そう、違ったんだ」
まぁそりゃそうだよね、なんて。なびきは軽く、――それでいて憂鬱そうな溜息をひとつ、零した。物陰に隠れながら、入念に闇にまで紛れたスキアファールもまた、神妙な貌をして人喰いの獣『マンティコア』の姿を見つめている。
何だか彼を見ていると、UDCアースの怪奇がいつか己に見せた最悪の結末――行き止まりの未来――を想いだす。
あの時の自分は、ひどく悍ましかった。
“人間"であることを忘れ、こころも躰も“怪奇"に成り果てて。軈ては総てを狂わせ、殺して、喰ってしまう。
それは、スキアファールにとって最悪の未来。あの獣の狂乱ぶりは、その光景をありありと彼に思い起こさせる。
――まるで、望まぬ未来の私のようだ……。
あの時、果たして己は幻想のなかで、何を喰らったのだったか。ざわつく胸を押さえながら、影人間はぽつりと呟く。
「腹に仕舞いたいと思うのも、“好き"ですか」
何者かによって葬られる前に、自分が殺して喰ってしまおうと。マンティコアは、そんな情念に駆られて、狂乱のまま戦い続けているのだろうか。
「たしか犬も、そんな理由で仔犬を呑むって聞くよ」
獣は時に大事なものを護るため、本能的に家族を己の腹にしまい込もうとするそうだ。どっちかっていうとアレは猫だけど――。そうおっとりと語るなびきは、UDCエージェントゆえ。この程度の悍ましい光景には、哀しい程に慣れ切っていた。
「……わからない」
なびきの言葉に、狂おしい程に誰かを求める獣の聲に、影人間たる青年は静かに頭を振った。正直な所、その獣性を分かりかけている自分もいるけれど。やっぱり、分かりたくない、と想う。あそこまで狂い果てた獣に、どうして同情が出来ようか。
――……私は狂ってるのに?
其処まで思考を巡らせて、スキアファールは内心で自嘲した。
躰中に巻き付けた黒い包帯の下には、いまも無数の眸がぎょろりと蠢いているというのに。“怪奇”であることを忘れ、まるで人間であるかのように振舞ってしまう。そんな己は、決して正常とは言い難い。
「うん、おれも分かりたくないよ」
相槌を打つなびきの聲は、淡々としているが気遣いに溢れていた。数多の現場で務めを果たした結果、すっかり場慣れしてしまった人狼は、歓談に興じながらもシャンデリアの影から貌を覗かせ、小型の銃で抜け目なく敵に狙いを付けている。
「きみにとって、仕事が気晴らしになるといいけど」
何気なくそんなことを零しながら、獣が仕留め損ねた肉塊に向けて、なびきは引鉄を引いた。鈍い音が轟いた刹那、哀れな肉塊は倒れ伏す。
「そろそろ移動するけど、きみは?」
銃声を聞き付けた肉塊たちの眼が、揃って此方を向いたものだから。シャンデリアの影に素早く隠れながら、なびきはスキアファールへ頸を傾けた。
安全な所から人喰いのおこぼれを狙い続けるなら、場所を移動し続ける必要が有る。
「いえ、……私はもう少しこのままで」
「そっか。じゃあ、気を付けて」
僅かに言葉を交わしたのち、猟兵たちは二手に分れた。闇に身を潜めた侭、影人間は此方へ向かって来る肉塊たちを眺め見る。自分の身は、自分で守らなければなるまい。
「スルーア」
ひと聲かければ、容なき影の群れが宙を舞う。ただ肉塊を指差すだけで、貪婪な烏たちは獲物に向かって羽搏いて行った。群がられた肉塊は、瞬く間に動かなくなる。彼等もまた、ひとの魂を“喰らう”のだ。
「私は……」
いまこの時ばかりは、「食べる」という行為が恐ろしい。それなのに、遠くで肉塊に喰らい付くマンティコアから目を離せないのは、スキアファールにとって彼が、余りにも不吉な存在だからか。
もしも人喰いの獣のように、好きなものを、大切な人を、この腹にしまってしまったら、私は……。
「――もう二度と、“人間"ではなくなる」
そんな仄昏い予感だけが、スキアファールの胸中に満ち溢れて往く。幾ら影に潜もうと、深淵はいつでも此方を見つめているのだ。
他方、なびきは物陰を転々としながら、マンティコアのおこぼれを仕留め続けていた。狙いを定めて、小銃の引鉄を引く。彼はそのルーティンを、半刻ほど繰り返している。
「ひどい有様だなあ……」
子供が面白半分で造った粘土の玩具のように、悍ましい容をした肉塊は、何処かUDCアースの邪神に似ていた。とはいえ、此処は確かに常宵の世界。邪神が蠢くあの世界と変わらぬ“地獄”――すなわち、彼にとっての“ふるさと”である。
「きみ達が、もう痛いかどうかもわからないけど」
薔薇彩の双眸で獲物を定めながら、人狼の青年は独りごちた。
屠った肉塊の数と反比例して、隠れる場所は少なくなる一方だ。仕方なしに前へ出れば、生き残った肉塊が、彼めがけて襲い掛かって来る。
「おれはただしく、殺してやれるよ」
喩え望まざるとも、彼はそういう力を持ってしまったのだから。
肉塊はいま、偽物の生存本能だけで動いている。それを“生きている”とは認められずに、なびきは棘鞭をしならせた。いばらの如きそれで強かに肉塊を打ち据えれば、赫い血の華が咲く――。
ずぶり、崩れ落ちる肉塊。飛び散って尚、蠢く肉片。何処までも悍ましい散り様を見下ろして、なびきはそれらに一発ずつ、銃弾を撃ち込んで行く。
残酷な生に、ハローグッバイ。もう二度と、彼等に逢うことは無いだろう。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
コノハ・ライゼ
◎☆#
腹の中に、ネ
ああそう思ったから喰らった、きっと
でも……アンタはまだ、喰らえてないンだな
喰らいたかったかどうかとか
喰らったからどうだとか
分からないし覚えていない
ケド只管に求める姿への共感めいた何かと
『人喰い』の求めるモノへの興味
ソレを見届けるのも悪くない
この先屠るまでの間くらい、ネ
デモ粗末にすんのはいただけナイ
命を喰らうなら、同じ位ソレを尊ばないと
「柘榴」へ【天齎】発動
暗夜の空纏わせマヒ施す毒を乗せ玩具を斬る
傷付けずその動きを奪い2回攻撃で肉塊に触れ生命を頂戴しようか
別に喰う気ねぇなら構わねぇデショ
死ねないイノチ、その痛みも苦しみも全部オレが貰ったって
アンタはアンタの目的を果たしゃイイ
冬薔薇・彬泰
◎☆#
好きなものを腹の中に、だなんて
それでは、もはやこの目で愛でる事も出来ますまい
然し、僕は興味があるのです
彼が斯様に執着する「誰か」について
…おやレディ、そう警戒なさらず
先程のは単なる冗句ですよ
瞬間的思考で死角を狙い、刀を抜く
噛みついてきた場合は残像を用い、落ち着いて回避
回避後、更にカウンターを仕掛けよう
返り血を浴びる事すら気に留めず、屠る事だけを考える
容赦はしない…けれど、叶うならば
痛みは一瞬で終ると良い
肉塊が、獣に注意を向けるならば重畳
獣に対して此方からは決して危害を加えず
さり気無く支援…と云うより利用に近いのやも知れない
然し彼が倒れぬよう最善は尽くそう
*苗字+君呼び
使い魔をレディと呼ぶ
●独占慾のカタチ
転送時は床を埋め尽くさんばかりに蠢いていた肉塊たちも、気づけば両手で足りる程にその数を減らしていた。されど、マンティコアは止まらない。
肉食獣特有の気高い佇まいで、哀し気な咆哮を放ちながら、彼は必死で肉塊に誰かの面影を見出そうと苦心している。
「好きなものを……」
「腹の中に、ネ」
そんな獣の姿を眺めながら、ふたりの猟兵はふと、転送前に投げられた問い掛けを想いだす。当然のことながら、答えはそれぞれ違っていた。
「それでは最早、この目で愛でる事も出来ますまい」
やれやれと云った様子で頸を振るのは、屍人の冬薔薇・彬泰(鬼の残滓・f30360)。一方、其の傍らに佇む青年――コノハ・ライゼ(空々・f03130)は、物憂げに眸を伏せた侭、溜息めいた吐息を零す。
「――……ああ」
屍人の耳には、肯定として響いただろうか。然しコノハもまた、裡に獣性を秘めていた。
『好きなものは、腹の中へ』
そう思ったから、喰らったのだ、きっと――。
かといって、己があのとき本当に「喰らいたい」と想っていたかどうか、もう覚えていない。増してや、喰らったからどうだとか、倫理観が絡むことは分からない。
「……アンタはまだ、喰らえてないンだな」
コノハは、只管に“ひとりだけ”を追い求める人喰いの姿に、共感めいた何かを感じていた。どうせ此の先、屠る相手ではあるけれど。せめて、彼の妄執の行き着く先を見届けたい。其の点に関していえば、彬泰も同じ気持ちのようだった。
「彼が斯様に執着する「誰か」について、興味が在るのも事実です」
荒れ狂うマンティコアの姿を視線で追いながら、屍人がそんな科白を零したならば。黒猫の使い魔『レディ』が、咎めるような視線を向けた。
「……おやレディ、そう警戒なさらず」
冗句ですよ、なんて。八重歯を覗かせ笑って見せれば、使い魔の眼差しが醒めたものになる。これには彼も、肩を竦めて見せるしかあるまい。
何を隠そう彬泰は、この気高いレディに首っ丈なのだ。
「ソレはそうと、お肉を粗末にすんのはいただけナイわ」
「確かに彼、全く食べていませんね。もはや、人喰いとは名ばかりか……」
マンティコアを追い掛けていたコノハの視線がふと、無造作に飛び散る肉片へと集中した。彬泰も肉塊の状況を眺め、不思議そうに首を捻った。
「――命を喰らうなら、同じ位ソレを尊ばないと」
理由がどうであれ、料理人として悪戯に肉を散らかすのは見過ごせない。コノハは急いで地を蹴って、床に這い蹲る肉塊の前へと躍り出た。
襲い掛かる肉塊の顎へ空いた腕を噛ませた彼は、万象を映す刃へと、暗夜の空を想わせるようなオーラを纏わせた。
そうして、未だ疵を負っていない肉塊を切りつける。すると刀身に潜ませた毒はしびれを齎し、みごと肉塊の動きを鈍らせて往く。
しかし、彼の術は躰を傷つけず、ただ邪心を払うもの。お楽しみ、もといメインディッシュは此処からだ。
「せめて、美味しくいただいてアゲル」
左の手で、さらり――。肉塊を、丁重に撫でる。すると氷泪の眸から、薄青の光が迸った。次の瞬間にはもう、肉塊の命はコノハの糧と成っている。
ぐるるるる。
ふと響き渡る唸り聲に振り返れば、其処にはマンティコアがいた。一向に肉塊を咀嚼しようとしない癖に、獲物を横取りされた肉食獣の貌をしている。
「何、別に喰う気ねぇなら構わねぇデショ」
死ねないイノチ、その痛みも苦しみも全部オレが貰ったって――。
獲物を攫われたと思ったのか、警戒を顕にしている彼へ、青年はそう頸を傾けてみせる。しかし、彼は譫言を繰り返すのみ。
『ニーナ、ニーナ……』
その様子に何かを察したコノハが、力尽きた肉塊から離れれば、マンティコアは即座に遺骸へと飛び掛かった。そして予想通り、肉塊の貌を検めては失望に貌を歪め、咆哮する。
「彼女は此処に居ませんよ」
コノハの後を追って前に出た屍人が、獣に向けて諭すように囁き掛けた。そんな折ですら、石蒜とよく似た彩の双眸は、抜け目なく肉塊の位置取りや動きを観察している。此方に迫って来るのは、二体。
「元が何であろうと、」
容赦はしない――。
柔和な眼を鋭く細めて、淡々とそう言い放ち、彬泰は即座に敵の死角へ飛び込んだ。そうして目にも止まらぬ速さで刀を抜き放てば、銀雪に煌めく刀身で肉塊を一刀両断する。其れはまるで剣舞のような、鮮やかな身のこなし。
――……先ずは、ひとり。
血飛沫が己の上に降り注ぐことすら気に留めず、彼は二体目の死角に潜り込んだ。その刹那、肉塊の一部が絶叫を放つ頭部へと姿を変える。
ぐいっと迫る顎が腹に喰らい付いたものの、もう片方の腕に握った月輪の刃で一太刀浴びせれば、彬泰の躰は直ぐに解放された。
そこへ、体勢を立て直した肉塊の頭部が、再び彼へと迫り来る。しかし平静を保ったまま、屍人は素早く地を蹴った。遺された残像に噛みつく肉塊を横目に、その背後へと回り込み、一閃。
――叶うならば、痛みは一瞬で終ると良い。
こころの裡で密やかな祈りを紡ぎながら、彬泰は刀身をするりと鞘に納めた。其の瞬間、肉塊の躰がぷつりとふたつに泣き分れ、無残に床へ落ちて行く。
暫しの静寂が、戦場に訪れた。マンティコアは計るような眼差しで、猟兵達を見つめている。
「……アンタはアンタの目的を果たしゃイイ」
コノハがそう促せば、人喰いの獣は踵を返し新たな獲物へ飛び掛かって往く。遺す敵はあと数体。あの獣を囮として、隙を縫うように攻撃を重ねて往けば、楽に殲滅出来るだろう。
「ライゼ君、僕達も――」
「ん、そうネ」
視線を交わし合ったふたりは、其々の得物を構えて獣の後を追う。
夜空の彩を纏う刃と、煌めく刀身は、最期の一体が崩れ落ちるまで、肉塊と踊り続けたのだった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
第2章 ボス戦
『叡智卿ヴェイン』
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POW : ご機嫌いかがかな、諸君
対象への質問と共に、【自身の影】から【嘗て被験体にされた亡者たち】を召喚する。満足な答えを得るまで、嘗て被験体にされた亡者たちは対象を【怨嗟の声や呪詛】で攻撃する。
SPD : 耐えられぬなら泣き叫べ
レベルm半径内の敵全てを、幾何学模様を描き複雑に飛翔する、レベル×10本の【スカルペル】で包囲攻撃する。
WIZ : もっと、よく見せてくれ
【敵を掴んで観察する為の拳】【手脚を縫い付ける為の縫合絲】【身体を切り刻む為のスカルペル】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
イラスト:夜神紗衣
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「神埜・常盤」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●L'esprit de l'escalier : Ⅰ
我が生贄として選ばれた其の魔女は、名を『ニーナ』と云った。
常なら「人喰い」の名に恥じず、塒にやって来た時点で食い殺してしまう所だったが。其の醜い容姿から迫害されていた生贄は、ひどく痩せ細っていて、余りにも喰い甲斐が無さそうだったから。確りと肥えさせたのち、腹へ納めることにした。
ニーナは生贄から、家畜に成ったのだ。
骨と皮だけでは味気ないので、肉を付けさせる為に木の実を喰わせた。貌色は幾分かよくなったが、それでも太らなかったので、村人が育てていた家畜を何匹か仕留めて、塒まで運んで行った。
貴重な食糧は減るが、人が喰われるよりはマシだと思ったのだろう。村人たちは何も言わなかった。そうしてニーナの躰は少しずつ、女らしい柔らかさを取り戻して行ったのだ。
家畜に必要なのは、なにも餌ばかりではない。
喰らう前に死なれたら癪なので、塒に干し草を敷き詰めて彼女の寝床にした。それでも寒さを防げぬ夜は、白く温かな毛皮に埋めてやり、共に眠った。
此処まで来るともはや、家畜と云うより、子どもを育てているようなものだ。
ニーナのほうもまた、生意気にも恩を感じて居るようであった。家畜の暮らしは、村での暮らしより幾分かマシだったのだろう。彼女は起床後と、眠る前、毎日のように我が毛並みへ櫛を掛けた。
そんな穏やかな日々を重ねて行くうちに、彼女を「喰らいたい」と想うことは、殆ど無くなってしまった。
――気づけば魔女は、人喰いの「家族」と成っていたのだ。
●アレキシサイミアの渇望
路を塞ぐ肉塊を殲滅した猟兵たちとマンティコアは、現領主たる吸血鬼が潜む、地下室へと駆けて往く。
果たして、伽藍洞とした其処には、言い知れぬ瘴気が漂っていた。灰色の床や壁の至る所に、赫い染みが飛び散っている。恐らくは、血痕だろう。
エントランスで目にした光景から察するに、此処で何が行われたのか、想像に難くない。
「あの不良品どもは、足止めにも成らなかったか」
瞑闇から、ひどく冷たい聲がした。
銀絲の髪を揺らし硬質な靴音を響かせながら、猟兵たちの前へと姿を見せたのは、此の地の領主たる吸血鬼である。
「矢張り、人間は脆すぎる。研究対象としても、手駒としても」
血がこびり付いたスカルペルへ指先を這わせながら、男は淡々と独り言ちる。
血のように赫い其の双眸には、そして吸血鬼らしく整った貌には、何の感慨も感情も浮かんで居ない。
この吸血鬼こそ「研究」の名の元に、あの悍ましい肉塊を作り出した張本人であり、同族殺しを狂わせた元凶――叡智卿『ヴェイン』であった。
「其の点、猟兵は研究対象として申し分ないか」
強靭な体力と精神力を誇る猟兵たちは、ただの人間と比べて“長持ち”しそうだ。悪びれも無くそう宣う男は、値踏みでもするように集った面々を観察する。対する猟兵たちもそれぞれに得物を構え、一触即発の空気が漂った。
『ドコダ、ニーナ……!』
その空気を打ち破ったのは、同族殺しの獣――マンティコアだ。
人喰いの獣は唯一追い求める女の名を呼び、血走った眼で薄汚れた地下室を眺めまわす。抑えきれぬ唸り聲からは、隠せぬ憔悴が滲んでいる。
「……覚えていないのか」
丸いモノクルの奥で、ヴェインの眸が静かに瞬いた。微塵も感情が滲まぬ貌を、哀れな獣へと向けて、彼はただ淡々と事実を述べる。
それが、獣を更なる狂気へ追い込むと知りながら――。
「あの女は、血を吸って殺した」
痛々しい程の沈黙が、其の場を支配する。
「お前もちゃんと、見ていただろう。あの“吸い殻”を拾いに来た訳では無いのか」
そう宣う男が視線をついと逃した先には、生気と生き血を吸われ、ミイラのように干からびた――否、もはや殆ど砂の塊と化した遺骸が横たわっていた。
其れが“何か”を理解した瞬間、マンティコアは絶叫のような咆哮を上げながら、冷酷な吸血鬼へと飛び掛かる。切れ味の鋭いスカルペルでそれを往なしながら、吸血鬼は深く息を吐いた。
「人間と絆を結んだ同族は、良いサンプルに成ると思ったが」
“人喰い”も存外に脆いな――。
叡智卿『ヴェインの』意識はいま、この場で最も“正常である”猟兵たちへと注がれている。ひとの「絆」や「感情」を可視化することこそ彼の目的。その為には、まだまだサンプルが必要なのだ。
「頼みの綱は諸君だけだ。どうか、俺に教えてくれ」
憐憫、怒り、憤り、不快感、殺意、……もはや何でも構わない。君がいま抱く感情は、紐解くに値する「謎」なのだ。
無機質な聲でそう語ったヴェインは、猟兵たちへ、“今の気分”を問い掛けた。
「さて、――ご機嫌いかがかな、諸君」
彼の影から這い出し亡霊たちは怨嗟に嘆き、最愛の獲物を喪った獣は恐ろしい咆哮を響かせている。此の狂騒を止められるのは、そして冷酷無比な吸血鬼を躯の海へ追い還すことが出来るのは、猟兵達のみ――。
<補足>
・アドリブ多めでもOKな方は、プレイングに「◎」を記載いただけると嬉しいです。
→連携OKな方は「☆」を記載いただけると更に嬉しいです。
・同族殺しは引き続き、吸血鬼のみを狙います。
→一章同様、此方から攻撃は仕掛けず、上手く利用しながら戦いましょう。
→仮に攻撃を仕掛けた場合「苦戦」が予想されますので、ご注意ください。
・プレイングは戦闘寄りでも、心情寄りでも、何方でも大丈夫です。
≪受付期間≫
11月10日(火)8時31分 ~ 11月13日(金)23時59分
フィオリーナ・フォルトナータ
◎☆
わたくし達の答えを得たところで
骸の海に還るだけの貴方にとって何の意味があるのでしょう
オブリビオンの存在自体がわたくしにとっては忌むべきもの
罪なき人々の命を弄んだ貴方には、ただ怒りしか覚えません
もっとも、わたくしはひとではなく、ただの人形ですが
けれど、人喰いの獣に対する思いは…
オブリビオンであると解っていても、怒りは覚えないのです
同じように骸の海へ還すことに変わりはなくとも
せめて今はその牙を吸血鬼へ届けられるよう、わたくしも剣を振るいます
獣の動きを気にかけながら立ち回り
亡霊達の怨嗟はこの身で受け止めましょう
貴方がたの嘆きも剣に乗せ、機を見て吸血鬼の懐へ
渾身の力を込めた聖煌ノ剣で捨て身の一撃を
琴平・琴子
◎☆
おひとつお伺いしても?
あれらは亡骸から?それとも生きていた者を?
人を弄んで良いモノなんて、何処にもいませんよ
貴方の問いに上手く答えられる自信は無いけれど
何を聞いてくれるんでしょうか
――恨むなら私を恨んでくださいね
貴方がたを悍ましいと、醜いと思い、踏み躙って潰した
呪われたって仕方がない、それだけの事を私はしたのだから
それらを受け止めてあげましょうか(呪詛耐性、狂気耐性
でもね
それを仕向けさせた貴方に怒りの矛先が向かうだけ
獣の貴方もきっとそうだと良いけれど
――愛しい者を殺されたのなら、尚更
血を吸い、命を奪う貴方の足元から伸びる茨の棘のお味は如何?
上手く召し上がって下さるといいのだけれども
●A.「怒り」
叡智卿『ヴェイン』の問いかけと共に、彼の影から無数の亡者が蠢き出ずる。彼等は死してなお救われることは無く、自身の不遇を嘆き、残酷な運命をただ呪い続けていた。
「この身に抱く感情が“何か”なんて……」
薔薇彩を纏う少女人形――フィオリーナ・フォルトナータは、眼前に佇む敵の冷血さに、思わず剣の柄をぎり、と握りしめる。きっとこの男は、自身の言動が如何に非道であるからすら、理解して居ないのだ。
「答えを得たところで、貴方に何の意味が有るのでしょう」
どうせ知った所で、骸の海に還るしかないというのに。
そう冷ややかに言の葉を紡ぎながら、フィオリーナは碧い眸で凛と、男の蒼白な貌を睨めつけた。
「確かに俺は此処で終わるだろうが、“知ること”そのものに意味が有る」
それでも、叡智卿は涼しい貌で頸を振るだけだ。彼の脚元から這い出た怨霊は、答えを寄越せと言わんばかりに、フィオリーナへと襲い掛かる。怨嗟の聲と共に、亡者は其の白い脚へ腕を伸ばし――。
「おひとつ、お伺いしても?」
されど、琴平・琴子が振るったペリドットのレイピアによって、呪腕は速やかに切り落とされた。しゃきりと背筋を正した少女の双眸は、すっかり冷え切っている。
「あれらは亡骸から? それとも生きていた者を?」
「あの不良品どものことか、実験過程に関心が有るのかね」
翠彩に煌めく其の剣を視線で儗りながら、ヴェインは頸を傾けた。一触即発のやりとりの最中でも、亡者達の侵攻は止まらない。影から這い出た彼等を、琴子は煌めく剣で振い払い続けて往く。
「しかし、愚問だな――」
麗しく煌めく剣を持つ琴子とフィオリーナは、怨霊を悪戯に傷つけようとはしないから。叡智卿はただ興味深げな眼差しで彼女達の剣舞を眺め、淡々とこう語る。
「“生体”でなければ、“実験”に使えないだろう?」
冷ややかな沈黙が、少女達の間に流れた。
いっそ、知らない方が良かっただろうか。――否、きっと知るべきだったのだ。あの悪鬼を確実に討つために。
「罪なき人々の命を弄んだ貴方には、ただ怒りしか覚えません」
白銀に煌めく剣で怨霊たちをいなしながら、フィオリーナは冷静に答えを紡ぐ。涼やかな双眸に、静かな怒りを滲ませて。
そもそも、オブリビオンの存在自体、彼女にとって忌むべきものなのだ。其の中でも最低の部類の敵を前に、怒り以外の感情が湧き上がる筈も無い。
――もっとも、わたくしはひとではなく、ただの人形ですが……。
それでも、眼前の男は良いサンプルだと眸を光らせるのだろう。不愉快な想いを裡に秘めた侭、少女は剣の切っ先で怨霊たちを優しく撫でた。
「貴方がたの嘆きを、この剣に乗せましょう」
怨霊は未だ鎮まらぬ。それでも、この身で彼等の業を受け止める覚悟は在った。琴子もまた、彼等の呪詛を受け止める覚悟は出来ている。
「恨むなら、私を恨んでくださいね」
此処に至る道中、床を這い蹲る異形と化した彼等を、悍ましいと、醜いと、そう思って仕舞ったことは確かだ。それに、避けては通れなかったとはいえ、彼等を踏み躙って潰したのも事実。
――……呪われたって仕方がない。
それだけのことをしたのだから、と。琴子は唇を噛み締めて、亡者が紡ぎ続ける呪詛に耐える。
「人を弄んで良いモノなんて、何処にもいませんのに……」
幼げな少女の花唇から、苦し気な言の葉がぽつりと漏れた。鼓膜を揺らす呪詛に混じって、何処からか哀し気な咆哮が聴こえる。
弄ばれたモノは、怨霊だけでは無いのだ。いま、鈍い唸りを響かせながら、人喰いの獣がヴェインの貌へと飛び掛かる――。
「マンティコア……」
フィオリーナにとって、オブリビオンは忌むべき敵なのに。あの獣にだけは、不思議と怒りを覚えない。憐憫の念が、勝っているからなのだろうか。
一瞬だけ視線を伏せたのち、少女人形は前へと駆け出した。絡みつく亡者たちを飛び越えて、吸血鬼の懐へとひといきに潜り込み。鋭いスカルペルの切っ先で追い払われた獣の代わりに、剣を――聖なる力で金色の輝きを放つ其れを、渾身の力で敵の腹へ突き立てる。
「彼等の嘆きも、貴方の罪も、断ってみせましょう」
剣に吸血鬼を縫い留めた侭、ちらり。毛並みを逆立てながら此方へ威嚇する獣へ、目配せひとつ。マンティコアもまた、オブリビオンだ。骸の海へ還すことに、変わりはない。けれども、彼の姿が余りにも悲壮だったから。
せめて今は、その牙を吸血鬼へ届けられるよう――。
「ほんの少しだけ、力に成りましょう」
とんっ。ヴェインの肩口を細い指先で押して、マンティコアの方へ突き飛ばす。吐血する男に飛び掛かる人喰いの獣、その顎は強かに獲物の脚を食んだ。
「放せ、壊れた玩具に興味は無い」
「その獣も、彼等も、玩具なんかではありませんよ」
自由な方の脚で獣の頭を蹴り飛ばした叡智卿の影に、ふと茨が芽吹く。それは、琴子の嫌悪を養分として伸び往く戒めの茨――。
「私も怒りを感じています。その『容』を求めているなら、御覧にいれましょう」
彼女の感情と呼応するように、茨は男の脚を辿り、腰へ伸び、胴へと巻き付いて行く。
「茨で“怒り”を表現するか。非常に興味深い」
「貴方を喜ばせる為に、咲かせたわけじゃ有りませんから」
涼し気な男の聲は、少女の怒りを煽る。そしてその怒りは、茨の戒めをより強くするのだ。
「……っ」
まるで伝承通りに釘を打つかの如く、茨の棘はヴェインの躰に食い込んで行く。棘が其の鮮血を啜ったなら、男の白い貌から更に血の気が失せた。
されど、その痛みは“自業自得”である。
「さあ、お味は如何?」
上手く召し上がって下さるといいのだけれど、なんて。頸を傾げて戯れど、痩せぎすの男はあえかに呼吸を整えるのみ。
どうやらお気に召さなかったようなので、琴子は傍らで毛並みを逆立てる獣へと視線を向けた。
「……貴方も同じ気持ちだと良いけれど」
愛しい者を殺されたのだと云うなら尚更、信じたかった。
小刻みに震える牙も、血に塗れた爪も。総ては、愛の為にあるのだと――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ジュジュ・ブランロジエ
◎☆♯
ご機嫌? 最悪に決まってる!
絆も感情も、命も、お前が弄んでいいものじゃない!
人喰いが攻撃し易いよう吸血鬼にナイフを投げる等注意を引きつける
ほら、こっちだよ!
攻撃が私に向いたら早業でオーラ防御を展開して弾きつつ後退
何が叡智卿だ!マッドサイエンティストめ!
『ばーかばーか!』(裏声でメボンゴの台詞)
下手だけど一生懸命煽る
人喰いの攻撃直後等、吸血鬼が人喰いに気を取られてる時は背後や側面から光属性衝撃波(メボンゴから出る)で攻撃
スカルペルは魔法の鏡で受け止め反撃
第六感や吸血鬼の動きを見切り攻撃タイミングを読む
範囲攻撃前に察知できたら注意を促す
きっと人喰いには届かないね
でもそれでいいんだ
だって次は…
タピア・アルヴァカーキ
◎☆#
カカカ!吸血鬼殿は惨いのう!
生気を奪われ死ぬのは結構辛いんじゃぞ!(体験談)
ま、我の場合は自業自得だったんじゃがの。
貴様も人の怨念を甘く見ておると痛い目を見るぞ。
あの魔女、ニーナが残した念が貴様を死に追いやるやもしれんぞ?
今の我は弱いからのう、マンティコアの支援に回るぞ。
お、乾涸びた我の身体なんぞを観察したいのかえ?
いいぞ、掴んでよく観るがよい!我が左腕、魔導呪繰を!
「連鎖する呪い」を込めた義手を魔力で飛ばして一撃入れてやるわい!
一傷付ければそれで充分じゃ。
後はこの部屋に充満する怨念……呪いが貴様を蝕み続けるのじゃ。
因果応報、悪因悪果……貴様の業と咎は如何な不慮を引き寄せるのかのう?
●A.「不快」と「怨念」
叡智卿『ヴェイン』の腹には今、赤い花が咲いていた。されど、彼は未だ健在だ。縫合絲で荒く疵を縫ったのち、男は猟兵たちへゆるりと向き直る。
「何体か“食糧”を遺しておくべきだったか」
「カカカ! 吸血鬼殿は惨いのう!」
昏い地下室の隅に打ち棄てられた遺骸を眺め、「本物」の魔女が呵々と嗤う。老婆の如き姿のダンピール――タピア・アルヴァカーキである。その聲彩には、如何にも魔女らしい悪辣さが滲んで居たけれど、彼女の内心は穏やかでは無かった。
「生気を奪われ死ぬのは結構辛いんじゃぞ!」
「えっ、タピアさん経験者なの?」
目をクワッと見開いて紡がれる衝撃の告白に、彼女の傍らで兎人形を操る少女――ジュジュ・ブランロジエの眸がまるく成る。
何を隠そう、タピアは此の世界で嘗て暴威を振るった魔女なのだ。
しかし、悪が栄えることは無く。とある咎人殺しに生気と左腕を奪われた挙句、死に追い込まれたのである。結果、怨念だけが遺り、悪霊として復活して今に至る。
「ま、我の場合は自業自得だったんじゃがの」
タピアは多くを語らず、冷酷な吸血鬼と向かい合う。この男は感情が無いからこそ、ひとの想い――特に怨恨の恐ろしさを知らぬらしい。
「貴様も人の怨念を甘く見ておると、痛い目を見るぞ」
嘗て手酷い報復を経験した彼女は、それをよく分かっていた。だからこそ、戯れるかの如く紡いだ科白に、自然と脅すような響が滲む。
「あの魔女……『ニーナ』が残した念が、貴様を死に追いやるやもしれんぞ?」
「あれは、ただの女だったが。怨念の容を見せてくれるなら歓迎しよう」
他でも無く自身が手に掛けたと云うのに、他人事のような反応をするヴェイン。何処までも冷血なその姿を前に、ジュジュの眼孔が鋭く光る。
「絆も感情も、命も、お前が弄んでいいものじゃない!」
先ほど荼毘に付した肉塊たちのことを想うと、聲を荒げずには居られなかった。煌めくナイフの先端を吸血鬼の貌へ向ければ、男の双眸に好奇の彩が滲み出る。
「ああ、理想的な情緒反応だ。ご機嫌いかが、お嬢さん」
快活な少女の表情が、しんと凍り付いた。この期に及んで、ヴェインはジュジュの感情を、人のいのちを、サンプルとして扱う心算なのだ。
「――そんなの、“最悪”に決まってる!」
吐き捨てるように答えを紡ぎ、少女はナイフを投げつける。薔薇の意匠を刻んだそれは、彼女の怒りと憤りを乗せて、勢いよく吸血鬼の許へ飛んで行く。
「もっと、明確に答え給え」
涼しい貌の男が振うスカルペルによって、想いを籠めた一投は叩き落されたけれど。吸血鬼の狙いは今、完璧にジュジュへと定まった。床に墜落してカランと音を立てるナイフを横目に、少女はひとつの賭けに出る。
「捕まえて口を割らせてみる?」
ジュジュが凛とした眼差しで挑発を紡げば、サンプルを捕まえる為に男が脚を踏み出した。同時に彼女もまた、在らぬ方へと駆け出して往く。
「ほら、こっちだよ!」
振り返る序に、ナイフをもう一投。しかし、首を捻ってそれを避けた男は反対に、スカルペルを投げ返す。ジュジュはすかさず、オーラの壁を展開して、切れ味の凶刃を弾き飛ばした。そうして壁際まで後退し、敵と着実に距離を取る。
「何が叡智卿だ! マッドサイエンティストめ!」
『ばーかばーか!』
悪口には慣れていない。けれども、ジュジュは裏声でメボンゴにアフレコしながら一生懸命ヴェインを煽る。総ては、隙を作るため――。
「指先と絲で繋いだ絆か、愛着反応を探るには丁度いい」
少女の腹話術に関心を惹かれた吸血鬼は、スカルペルを構えた侭、ゆるりと彼女に歩み寄って往く。やがて、彼女を壁に縫い付けようと腕を振り上げた、刹那。
「……何」
低い唸り聲を上げながら、人喰いの獣が彼の腕へと牙を立てる。――そう、彼女はマンティコアの為に、囮を引き受けていたのだ。
抜け目ない男の双眸が獣へ向いた隙。ジュジュは思い切り駆け出して、彼の背後へ回り込んだ。少女のゆびさきに誘われて、兎人形はくるりと踊る。その小さな腕から、光の衝撃波を放ちながら。
周囲が光に包まれたのは、一瞬のこと。
眼を眩ませたマンティコアは、唸りながら獲物の躰から離れ。凶牙から自由に成った吸血鬼は、光にその身を焼かれて往く。
「そのような児戯に、付き合っている暇は無い」
やがて、周囲が再び瞑闇に呑まれた頃。ゆらり、幽鬼の如き足取りで、ヴェインが影から歩み出た。自身の背後に浮遊させた、莫大な数のスカルペルを伴って――。
「メスの群れ、来るよ!」
「おっと、――ヴァレラよ」
指揮者の如く男が腕を振りあげれば、ジュジュが空かさず警戒を促す。後方に控えていたタピアも脅威を察し、長い付き合いである魔導箒の名を呼んだ。
瞑闇のなか、縦横無尽にスカルペルは踊り狂い、凶刃の雨を降らせて往く。
ジュジュは掌中に招いた魔法の鏡で刃を受け止め、磨かれた表面から同じ数のスカルペルを呼び。魔導箒ヴァレラは忙しなく動き回って、主に降り掛かる刃を振り払う。
「ククク! 流石じゃのう、ヴァレラ」
タピアとヴァレラ、ふたりの間に言葉は要らぬ。自らの意思で動き続ける魔導箒に賛辞を降らせながら、タピアはそれと無く後退し騒乱から距離を取って往く。
案の定、刃の雨は未だ収まりそうに無い。飛び交うスカルペルが不意に、鏡を支える少女の手を掠めて行った。流れた血が、金縁に刻まれた鋳薔薇を赤く染めて往く様から目を逸らし、ジュジュはふとマンティコアの姿を探す。
物騒な刃物の雨が降り注ぐなか、人喰いの獣はその身に傷を負いながらも、吸血鬼に肉薄せんとしていた。まるで命を投げ打つかのように。
彼には、警告など届いていない。けれども、きっとそれで良い。だって、次は……――。
「次の研究対象は、お前だ」
騒乱から抜け出したのは、タピアだけでは無かったらしい。スカルペルの雨を執念深く潜り抜けた吸血鬼が、老獪な魔女の頸へと腕を伸ばし、その萎びた躰を壁へ叩きつける。しかし――。
「お、乾涸びた我の身体なんぞを観察したいのかえ?」
ぎりぎりと頸を締めあげられながらも、タピアは涼しい貌をしていた。ヴェインが自身の何処に関心を持つのか、ようく分かっていたのだ。
「……なんだ、片腕が欠けているのか」
案の定、男の赤い双眸は彼女の左腕に嵌められた義手へと注目していた。そして、彼の指先が遂に、もっとよく観察せんと義手を掴む。
「いいぞ、よく観るがよい!」
――我が左腕、魔導呪繰を!
刹那、艶めく左腕へ思い切り魔力を注ぐ。すると、重たげな義手が勢い良く吹っ飛んで行く。当然、至近距離で観察して居た吸血鬼も巻き込みながら――。
「ぐっ……」
軈て強かに壁に叩きつけられて、ヴェインは力無く崩れ落ちる。衝撃に震える指先から、そして咳き込む口端からは、確かに血が流れていた。
「貴様……老いぼれでは無いな」
「ケケケケケッ! 今更気付いたか、若造め」
吸血鬼に疵を負わせたことを翠の双眸で確かめて、魔女がにんまりと嗤う。伊達に悪巧みは重ねていない。
「連鎖する呪い」は、既に成ったのだ。
幸い、此の地下室には彼に弄ばれた者たちの怨念が充満している。彼等の呪いは、存分に彼の躰と魂を苛むだろう。
「貴様の業と咎は、如何な不慮を引き寄せるのかのう?」
因果応報。若しくは、悪因悪果。
物理法則を歪める呪いの一端には、ニーナの怨念も潜んで居ただろうか。
部屋の中に降り注ぐ刃が一斉に、軌道を変えてヴェインのほうへ向かって行く。冷血な吸血鬼を、血祭りにあげる為に――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
シャト・フランチェスカ
◎☆
奇遇だね
僕もきみに訊きたかったんだよ
ご機嫌いかが、って
多少の負傷は構わずきみに歩み寄る
他のことに意識がいっていれば
あんまり痛いと感じないからね
さて
僕はとっても機嫌が悪いよ
肚に閉じこめたいほどの感情を
愛を識らない獣が抱く
そんな物語に僕は
嫉妬するような思いだった
ハッピーエンドの支持者だとは言わないけれど
美しい結末を邪魔する奴は好きじゃない
激情を感じたいんだろ?
ただの手刀ひとつ
視界を捧げる代わり
きみに心があるなら存分に味わえ
見えない状態じゃ心許無いが
他の猟兵や人喰いが援護してくれるかも
或いは攻撃を受けても構わない
だって、
きみが他人事として切り離したものに狂ってくれるなら
もう僕の望みは叶ったから
●A.「不機嫌」
揺れる白衣を血で汚した叡智卿が、額から垂れる赫絲を拭う。数多の切り傷をその身に刻んでも尚、吸血鬼は涼し気な貌をしていた。
「成る程、“怨念”の容は分かった」
矢張り諸君は、優秀なサンプルだ――。
全く嬉しくない誉め言葉を聴かされる紫陽花の乙女、シャト・フランチェスカの貌には剣呑たる彩が滲んでいる。
「さて、次は如何なる感情を見せてくれるのかね」
“ご機嫌いかが”と気軽に問い掛ければ、吸血鬼の影から悍ましい怨霊が這い出て来る。しかし、怨嗟の嘆きを零す彼等には目も呉れず、シャトはちいさく頸を傾けて見せた。
「――奇遇だね」
相槌を打つ聲は、ひどく冷たい。
這いずる怨霊が次々に彼女へ掴みかかるけれど、それすら好きにさせて。ただ真直ぐに、シャトは吸血鬼の許へと歩みを進めて往く。
「僕もきみに訊きたかったんだよ」
ご機嫌いかが、って――。
淡々と言の葉を紡ぎ続ける彼女の眸は、何処か昏い彩をしていた。されど、その理由を叡智卿は解せない。
「極めてフラットだが、なにか」
「そう、僕はとっても機嫌が悪いよ」
一歩、また一歩と歩みを進める脚を、亡者の腕がぎりりと掴む。けれども、無粋な吸血鬼へ意識を向けている彼女にとっては、蝶が止まった程度の感触である。
不機嫌の理由を、教えては遣らない。
冷血な此の吸血鬼が「物語」の作法を、理解し得る訳が無いからだ。其の点、文豪である彼女は、様式美というものをよく理解して居た。
マンティコアとニーナ。
ふたりの関係は、とても在り来りなもの。されど「王道」こそが、多くの人のこころを揺り動かすのだ。シャトのこころも勿論、例外ではない。
肚に閉じこめたいほどの感情を、愛を識らない獣が抱く。
そんな、何処にでもあるようでいて、実際は殆ど有り得ない物語に。
――……嫉妬するような思いだった。
それを生み出したのが、己の筆ではないことに。そして、それ程の情熱など、朧な己に宿り得ぬことに。シャトは、ただ妬いていた。
もし彼女の心の機微がもう少し、感情に傾いて居たならば。きっと胸を掻き毟っていただろうと、そう想う程に。
「――激情を感じたいんだろ?」
やがて吸血鬼の前へ辿り着いた紫陽花の乙女は、血のように赫い彼の双眸を、じっと覗き込む。敵の接近を許しても尚「研究」に意識を向ける男は、血の気の失せた唇で、淡々と問いを編んだ。
「教えてくれるのか」
シャトは、答えない。
その代わり、ゆびさき揃えた掌をゆっくり振り上げた。そして、とんっ――。男の肩へ軽やかに、それでいて思いつく限りの呪詛を籠めて、手刀を叩きこむ。
「随分と軽いな、一体、なに、を……」
それまで涼しい貌をしていた吸血鬼が、不意に沈黙した。紅の双眸を見開いて、凍り付いたように硬直する男の拳は、確かに震えている。
突如訪れた沈黙に、そして先ほどまで脚に触れていた感触が無くなったことに。術の成果を察したシャトは、静かに長い睫を伏せた。
「もしも、きみに心があるのなら」
存分に味わえ――。
そう低く囁いた乙女の眸は、もはや何も映していない。彼女は己の視界を捧げる代わりに、冷血な男へひとつの感情を齎したのだ。
「あ、嗚呼、なんだ、この不快感は……」
その感情とは、憎悪である。
猟兵たちにいくら追い詰められようと、眉ひとつ動かさなかった男がいま、血が出る程に唇を噛み締めて、眉間には深い皴を刻んでいる。
「今のきみを“観察”できなくて、残念だよ」
花唇から溜息交じりに零す軽口に、シャトはひと匙の皮肉を滲ませる。
ハッピーエンドだけが完璧な幕引きだなんて、別に思わないけれど。美しい結末を邪魔する奴は、好きじゃないのだ。
「でも、僕の望みは叶ったかな」
冷血な吸血鬼がいつか、他人事として切り離した「感情」に狂ってくれるのなら。何だか胸が透くような心持ち。それに、――サイコパスが持ち得ぬ感情に狂うのもまた、物語の様式美である。
視界を奪われた所為だろうか。聴覚はとても鮮明だ。何処からか、獣の足音が近付いて来る。
恐らく、マンティコアだ。
憎悪の感情に戸惑い、それに縛られて動けぬヴェインは、彼にとって絶好の「的」だろう。怒りを孕んだ唸り聲を耳朶に捉えながら、乙女は静かに眸を閉じた。
血潮が、舞う――。
大成功
🔵🔵🔵
メフィス・フェイスレス
◎☆#
【心情】
人喰いの化け物の癖に何故そんな泣き叫ぶような声を上げるの
供物を横取りされた卑賤な憤怒ではない何かを感じる
敵が敵を貶めた。それだけ。喜ぶべき事よ
別に同情なんてしない、同情なんてしない。ただ
【アレ】を喰い殺すのは【彼】にさせるのが良いと思うわ
らしくもないと私の中の獣が嗤った気がしたけど
別に。合理的な理由よ
最も確実にアレにトドメをさせるのは彼だろうってだけ
【行動】
硬化させた「飢渇」を展開して遮蔽を取り
両腕を変異させたUCで叡智卿とその近くの地形を銃撃
罠使いで肉茨の攻撃によるマヒ攻撃と
銃撃と共に撒いた「微塵」による爆撃で動きを止め
自身への攻撃を牽制しつつマンティコアが攻撃する隙を作る
六条寺・瑠璃緒
◎☆
そう、君が元凶
あれだけ多くを弄び殺めた君に相応しい罰は何だろうね
マンティコアは無視、吸血鬼と戦う
Serenadeのオーラ防御を纏いつつ、スカルペルや亡者どもにはRequiemでカウンターを
「そう云えば、彼らから君に言伝を預かっているんだ」
UCを使用し、黄泉の門からありったけの怨嗟と穢れを浴びせ掛ける
亡者達共々無力化した間に吸血鬼にゆるりと歩み寄り、Nocturneで絡め取りながらRequiemで吸血・生命力吸収を
「…あはっ、不味い」
Nocturneを緩めないままUCの維持の限界となる頃にマンティコアを振り向き、催眠術伴う微笑
「やぁ、其処な君、お腹は空いている?不味いから此れ君にあげるね」
●Q.「神罰」と「嘆き」
人喰いの獣はいま、床に倒れたヴェインへ圧し掛かり、その躰に食らいついている。一方の叡智卿も、黙って喰われている訳では無い。襲い来る獰猛な牙を無理やり引き剥がし、重たいマンティコアの躰を乱雑に投げ飛ばす。
壁へ強かに叩きつけられた獣は、仇を仕留められなかった口惜しさに、そして愛する家族を喪った哀しみに、ただ慟哭めいた咆哮を放つのみ。
「……人喰いの化け物の癖に」
鼓膜を揺らす咆哮に、メフィス・フェイスレスは、ぽつりと口を開く。ひとつ、ふたつと瞬きを繰り返す彼女の貌には、戸惑いのような、疑問のような彩が僅かに浮かんでいた。
「何故、泣き叫ぶような声を上げるの」
もしも彼が「供物」を横取りされただけなら、あそこまで悲壮な姿を曝すまい。響き渡る咆哮には、卑賤な怒りとは違う「何か」を感じる。
「君には、そんな風に聞こえるんだね」
彼女の傍らに佇む少年、六条寺・瑠璃緒といえば、「ひとの為の神」と云う性質ゆえか。獣であるマンティコアには、其処まで関心を示していなかった。
「彼も可哀そうだと、そう想う?」
「敵が敵を貶めた、ただそれだけ。寧ろ、喜ぶべきことよ」
瑠璃緒の問いかけに、メフィスは静かに頭を振る。人喰いも、吸血鬼も、彼女にとっては倒すべき「敵」に違いない。ふたりとも、“人を喰う”生き物なのだから。
「――あんな不味い女に執着するなど、獣の考えは分らんな」
余りにも冷血な呟きと共に、壁を伝って吸血鬼は立ち上がる。猟兵たちの意識は瞬時に、マンティコアからヴェインの方へと集中した。
「……そう、君が元凶」
罪悪感の欠片も無いその姿に、瑠璃緒の灰の双眸がつぅ、と細く成る。脳裏に思い返すのは、人としての尊厳を奪われた肉塊たちの哀れな最期。
「あれだけ多くを弄び殺めた君に、相応しい罰は何だろうね」
きっと、地獄に堕とすだけでは生温いから、この手で正しく裁いてあげよう。瑠璃緒は穢れを掬う神ゆえ、不心得者を穢すことも容易なのだ。
ふわり。
少年の姿をした神は、華奢な背中に白き翼を顕現させる。まるで天使の如き有様、されど彼の邪な本質を知る者は現世には存在しない。
「アンデッドに異邦の神か、存在そのものが興味深いな」
もっと、よく見せてくれ――。
そう云わんばかりに、ヴェインは猟兵たちへと、五指に挟んだスカルペルを纏めて投擲した。瑠璃緒が飛ばした血刃は、それらを強かに弾き返す。そのうちの一本は見事、吸血鬼の涼し気な貌に赫い絲を刻み付けた。
「アンタも随分と良い趣味してるわね」
嘗ての主といい、この男といい、吸血鬼という生き物は悪辣が過ぎる。
剣呑な皮肉を紡ぎながらも、メフィスは衝動の侭に硬化させた飢渇を操り、遮蔽を作って盾とした。二投目のスカルペルもまた、弾かれて地に堕ちる。
「幾ら観察しようと無駄よ」
「構わん、無駄と分かれば“次”へ移るだけだ」
「……そう云えば、彼らから君に言伝を預かっているんだ」
被検体なら履いて棄てる程いるのだと嘯く吸血鬼へ、瑠璃緒は静かに頸を傾ける。
前世で数多の業を積もうと、あのような悍ましい目にあって然るべき命など、何処にも無い。だから冷血漢にも、其れを分からせて遣ろう。
「これは、彼等が望んだことだから」
ゆえにこそ、人よ。汝が罪を嘆くが良い。
黄泉の門はいま、開かれた。天にて立派に構えられた門から、彼の臣民――穢れや怨霊が嬉々として躍り出る。彼等はたちまち現世の空気を汚し、悪辣な吸血鬼の力を奪って行く。
「――喰い破れ」
その隙に、メフィスは両腕を骨身の機関砲に変化させ、すぐさま叡智卿へと狙いを定めれば、肉種弾と爆弾『微塵』を次々に撃ち放つ。微塵の弾丸は男の脚を貫き爆ぜ、肉種の弾丸は周囲の地形にも強かにめり込んだ。たちまち茨は種の殻を破り、ぐんぐんと育ち行く。
「くっ、放せ」
自身が佇む地面から伸びて来た茨に動きを封じられ、身動きとれぬヴェインは良い的だ。稼働限界を迎え閉じ往く門を背に、ゆるりと彼に歩み寄る瑠璃緒にとっては、特に――。
「君の命、供物として貰ってあげる」
夜半の闇を吸血鬼へ絡ませながら、少年は血刃を操り彼の血を裡へ取り込む。口のなかに広がるのは、新鮮とは言い難い異形の味。
「……あはっ、不味い」
思わず笑聲を零したのち、ちらり。屍人たる少女へ視線を向けて、瑠璃緒は言外に“それ”の処遇を問い掛ける。
「私は、要らない」
腹の奥では「飢餓」が重たく頸を擡げているけれど、少女はゆっくりと頸を振った。決して同情なんてしていない。ただ――。
「アレを喰い殺すのは“彼”にさせるのが良いと思うわ」
そこまで云った所で、「らしくもない」と、裡に巣食う獣が嗤った気がしたから。
――……別に。合理的な理由よ。
メフィスは内なる獣へ向けて、独りそう言い聞かせる。同朋も賛成しているのだから、この選択はきっと、客観的にも間違っていない。
「奇遇だね、同じことを想ってた」
「ええ、最も確実にトドメをさせるのは、彼だから」
互いに頷き合ったのち、瑠璃緒はマンティコアへと、にっこり笑い掛けた。完成された微笑に、催眠を滲ませながら。
「やぁ、其処な君。お腹は空いている?」
答える聲の代わりに、地を這うような唸りが返って来る。警戒よりも、渇望と妄執の唸りである。少年の聲に誘われて、一歩、また一歩。
人喰いの獣はゆっくりと、茨に捕らわれた吸血鬼の許へ歩んで往く。マンティコアの方も、その気になってくれたようだ。
「不味いから此れ、君にあげるね」
絡ませた闇を解いた瑠璃緒が、さっと横へ逃がれた、――その瞬間。人喰いの獣は四つ足で地を蹴りあげて、ひといきに吸血鬼へと飛び掛かった。
血飛沫が舞い、骨が砕かれる音がする。
それでも、人喰いの腹が満たされることは、もう二度と無いのだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
フォルク・リア
◎☆
感情か。
「愚問だな。
お前の望みのままに答えると思うか。」
デモニックロッドを構え
「それでも知りたいというのならば
自分で勝手に解釈して、勝手に逝くと良い。」
闇の魔弾で【範囲攻撃】、弾幕を張り
その隙に生命を喰らう漆黒の息吹を発動。
自分の周囲に花びらを展開し
叡智卿の生命を削って、行動を妨害し
付かず離れずの距離を保ち
同族殺しが攻撃する隙を作り。
同時に此方に向かってくるなら花びらで攻撃をいなしつつ
同族殺しに接近し、自分が攻撃を引き受け
同族殺しに攻撃させる体制を作る。
そうして二対一のような状況を作り
叡智卿がそれに対応する間に花びらを叡智卿の
周囲に隠し。機を見て一斉に貼り付けて
花びらに生命力を吸収させる。
クロム・エルフェルト
◎☆#
……ご機嫌、いかがか?
彼等の怨嗟、彼の慟哭
この期に及んで視えないのなら……
情を凍結
心を破却
以て煩を焼却する
自分自身への[催眠術]、自己暗示
今は紛い物でもいい
剣聖の境地へ
開眼と同時、無意識にUCを発動しましょう。
――八面玲瓏。心煩いの無い極致の天では、何も教えられないわ。
身に喰らい付く亡者は[浄化][焼却]で火葬よ。
無拍子で擦れ違い、納刀。
ふふ、驚いた?何時の間に斬ったんだって。
――識即是遂。認識と同時に、行動は済んでいるの。
手品の種?残念ね、無い物は視えないもの。
常に薄らと微笑、何も読み取れぬ表情
唯『人喰い』だけは敵UCに晒さぬよう庇いながら戦闘を
それ以上、怨嗟を負う必要は無いのだもの。
●A.「無心」
人喰いの獣を無理やりに引き剥がし、息を荒げながら叡智卿『ヴェイン』は立ち上がる。口端から溢れる鮮血を拭ったのち、男は新たに現れた猟兵たちへと視線を注いだ。
「諸君は、本当に素晴らしいな」
猟兵たちは次から次へと湧いて出て、サンプルに事欠かない。おまけに数多の感情を“ユーベルコード”という形で見せてくれる。まさに理想的な被検体だと、双眸を妖しく輝かせるヴェインに、ふたりの猟兵は何も答えない。
「もっとだ。もっと俺に心の裡を聞かせてくれ」
さあ、ご機嫌いかがかな――。
腕を広げたヴェインがそう問い掛ければ、彼の影から数多の亡者が湧き上がる。彼らは一様に、己の不運を嘆き、呪い続けていた。
「……ご機嫌、いかがか?」
敵の出方を伺っていたクロム・エルフェルトの眉が、ぴくりと動く。怨嗟を零す亡者たちも、慟哭を零す獣の姿も、彼の眼中には映って居ないのだ。
「この期に及んで、そんなことを聴くなんて」
「愚問だな――」
クロムが言わんとすることを、フォルク・リアがさらりと引き継ぐ。フードの下に表情を隠した侭、彼は黒杖『デモニックロッド』を構え凛と言葉を重ねて行く。
「お前の望みのままに、答えると思うか」
「そうか、では拷問に移るとしよう」
答えぬことを選んだふたりに向けて、蠢く亡者が一斉に襲い掛かった。怨嗟の嘆きが鼓膜を揺さぶり、彼らが零し続ける呪詛が地下室の空気を穢す。
「随分と手緩い拷問だな」
呆れたように独り言ちるフォルクは黒杖を振るい、闇を纏った魔弾を休むことなく放つ。迫り来る怨霊たちが次々に消し飛ばされて行く様を眺めたのち、クロムは静かに呼吸を整え双眸を閉ざした。
――情を凍結せよ、心を破却せよ。以て煩を焼却すべし。
それは、自分自身への自己暗示。今は紛い物でも構わない。ほんのひと時のみ、剣聖の境地へ、あの無煩天へ――。
開眼、覚醒・壬妖神剣狐。
抜刀すれば弾幕の流れに逆らうように、妖狐は戦場を駆け抜ける。縋りつく亡者どもを浄化の炎で荼毘に付し、ただ叡智卿の許へと向かって行く。
「答えを寄越さぬなら、痛みに泣き叫んで見せるが良い」
満足のいく答えを得られぬヴェインは、ついに強硬手段へ移った。背後に浮かせた数多のスカルペルを操って、戦場を縦横無尽に駆け巡らせる。
降り注ぐ刃がクロムの白い頬を裂き、華奢な躰に疵を刻むが、それでも彼女は立ち止まらない。
――八面玲瓏。
クロムのこころはいま、湖畔の如く透き通っていた。心煩いの無い極致の天に至ったいま、彼女が教えられる「思い」など何もないのだ。
仮初の剣聖は軈て、標的と無拍子で擦れ違い、――するりと納刀する。刹那、叡智卿の躰から血飛沫が飛び散った。
「貴様……いつの間、に……」
「ふふ、驚いた?」
――識即是遂。
認識と同時に、行動は終わっている。薄らと笑いながらそう語る彼女の貌には、何の感情も浮かんではいない。崩れ落ちた叡智卿は、縫合絲を取り出しながら苦し気に彼女を見遣る。
「……どんな手品を使った」
「残念ね、無い物は視えないの」
剣の道も究めれば、魔術の域に辿り着く。
温かな心も、冷たい感情も持たぬ叡智卿には、魔力を持たぬ人間の向上心など、きっと理解できぬのだろう。
敵陣に長居は無用と、クロムが僅か後ろに下がった刹那。
ひらり――。何処からか、鳳仙花の花弁が舞い降りる。それは見計らったかの如く、吸血鬼だけを切り裂いた。
「そこまで感情を知りたいのなら。自分で勝手に解釈して、勝手に逝くと良い」
ヴェインとの距離を適度に保った侭、フォルクが「漆黒の息吹」を招いたのだ。フードに覆われた彼の眼差しはいま、部屋の影で機を伺う同族殺しへと向いている。
「アレはお前の獲物だろう」
また横取りされても良いのか、と。言外にそう問いながら、青年はゆっくりと同族殺しの許へ歩み寄る。吸血鬼が倒れた拍子に術が解けたのか、往く手を阻む亡霊はもう居ない。代わりにスカルペルが飛んで来たが、花弁で軽く往なした。
軈て毛並みを逆立てる獣の前で立ち止まったなら、くい、と顎で軽く吸血鬼の方を差す。
「仇を討つ気が有るのなら、――征け」
重く紡がれた其の科白に、弾かれたかの如く、同族殺しが高らかに跳躍する。向かう先は、憎き吸血鬼の許だ。
「お前は用済みだ」
自身へ飛び掛かる獣を墜落させようと、スカルペルを纏めて投擲するヴェイン。しかし、彼に疵をつけることはクロムが赦さない。
素早く地を蹴った彼女は、飛ばされたスカルペルを目にも止まらぬ速さで切り落とす。軈て着地と同時に納刀すれば、獣へ向けて穏やかに聲を掛けた。
「それ以上、怨嗟を負う必要は無いでしょう」
依然として彼女の貌には、底知れぬ笑みが浮かんでいる。けれども、正しきことを為そうとする其のこころは変わらない。
「放せ、邪魔だと云って居るだろう――」
彼女に守られた獣は着地の勢いの侭、ヴェインを強かに押し倒す。藻掻く吸血鬼は最早、猟兵たちへと気を向ける余裕も無い。
「そうだ、それでいい」
相変わらず異形たちと距離を取りながら、フォルクが黒杖をゆらりと揺らす。すると、瞬く間に鳳仙花の花弁たちが、ヴェインの周囲へ集い始めた。
自分達から吸血鬼の関心が逸れる、この時を、待って居たのだ。
「冥府の花に包まれて逝け」
ぶんっ、と一度大きく黒杖を振れば、花弁たちは一斉に吸血鬼の躰へ向かって行く。ぺたりと貼り付いた花弁は、幾ら藻掻こうと離れることは無い。
獣の牙が、冥府より舞い降りた花が、吸血鬼の命を奪って行く――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
清川・シャル
◎
人をなんだと思っているんですか。玩具ではないし物でもない。
私は鬼ですが、心まで「鬼」ではないから
真の姿は鬼神也、いざ参りましょう
UCで弱体化を狙いましょうか
状態異常力を上げます
貴方の知りたい感情は全て私が頂きます、どう?羨ましいですか?
煽りながら同族殺しと吸血鬼の相打ちを同時狙いする形で
ぐーちゃん零で呪殺弾を込めて全弾ランダム射出です
呪いで苦しみながらくたばるといいですよ
……私は羅刹と「西洋妖怪の」吸血鬼のハーフですが。
理解し難いダークセイヴァーの吸血鬼はお仕置きしてもしたりないし、理解し難い生き物です……
●Q.「羨望」
もう何度目の遣り取りに成るだろうか。執拗に食らいつく獣を蹴り飛ばし、白衣に纏わりついた花弁を払い落しながら、ヴェインはゆらりと立ち上がる。
「大して旨くもない女の為に、其処まで必死に成ろうとは……」
全く理解できぬと嘯きながら、モノクルを嵌め直す男の姿に、清川・シャルは想わず拳を震わせた。
「……人を、なんだと思っているんですか」
「脆く儚い被検体。若しくは、壊れやすい玩具と云った所か――」
勿論、性格が破綻した此の吸血鬼が、真っ当な答えを返す訳が無い。シャルはふるりと頭を振って見せる。
「いいえ」
どんっ――。
胸中で渦巻く憤りをぶつけるように、桜彩の鬼金棒を地面に突き立てれば、僅かに地下室が揺れた。
「人は玩具ではないし、物でもないです」
キッと涼やかな碧眼で敵を睨めつけ、少女はただひとつの真理を告げる。清川シャルは「鬼」である。けれども、そのこころまでは鬼では無いから。眼前の男の非道な行いは見逃せなかった。
「いざ、参りましょう」
真の姿、解放――。
海に似た彩の双眸が、血の池の如き赫に染まる。愛らしく煌めいて居た黒曜の角も血の彩に染まり、般若の如く鋭く伸びて往く。
その有り様は、まさしく鬼神也。
「お前の秘めたる姿は“それ”か」
より一層彼女への興味を深めたらしいヴェインの視線が、その身に注がれるけれど。シャルは軽く受け流し、鮮やかなピンクのアサルトライフルを構えて見せる。
「さあ、お前の裡に滾る想いを聴かせてくれ」
それを威嚇と受け取った吸血鬼は、問い掛けと共に己の影から亡者の群れを解き放つ。たちまち、怨嗟の念が空気を穢して行く。
――されど、シャルはこの時を待っていた。
「いただきます」
大きく息を吸い込めば、亡者たちが放つ呪詛が、そして立ち込める怨念が、瞬く間に砂と化し、さらさらと少女の花唇へ吸い込まれていく。
「貴方の知りたい“もの”は、全て私が頂きますよ」
邪気さえ払えば、蠢く霊など無害なものだ。口端を弛めて妖しく笑って見せたなら、叡智卿の双眸が僅かに見開かれる。
「……まさか、『感情』を喰っているのか」
それもその筈。彼女が編んだ術は、彼が模索し続けていた“感情の可視化”に他ならないのだ。
「どうです、羨ましいですか?」
「嗚呼、お前たちは本当に、俺が出来ないことを軽々と遣ってのける」
もしも、この吸血鬼に感情が有ったなら。彼はシャルの術に大いに嫉妬し、羨望の眼差しを向けたことだろう。されど、この男は何処までも空っぽだ。
「褒められても嬉しく無いですね」
こころの籠らぬ賛辞を聞き流し、碌に狙いを定めることも無く、シャルはアサルトライフルの引き金に指を掛ける。
そして同族殺しの足音が近づいてきた瞬間、思い切り引鉄を引っ張った。あえかな指先は、決して離さない。ただ倒すべき敵に向けて、只管に銃弾を撃ち続ける。
ヴェインとしては、彼女がばら蒔く銃弾をスカルペルで弾くだけで精一杯。そこに獣まで乱入してくるのだから、面倒なことこの上ない。
案の定、獰猛な獣の顎を痩せた腕で留めている間に、彼の躰には幾つもの呪殺弾が撃ち込まれる。
いまのシャルは、その身に呪詛をたっぷりと取り入れているのだ。そんな彼女が呪いと共に放った弾丸の威力ときたら、想像に難くない。
体内を駆け巡る呪いに蝕まれ、ヴェインは吐血して崩れ落ちた。すかさず、人喰いの獣が手負いの彼へ食らいつく。
「……呪いで苦しみながら、くたばるといいですよ」
彼の罪を購うには、未だ足りないだろうけれど。呪殺という罰を与えることで、少しは亡霊たちの気も晴れると良い。
男が零す苦悶の聲を聴きながら、シャルは物憂げに睫を伏せた。彼女は“羅刹”と西洋妖怪“吸血鬼”のハーフである。母のような良い吸血鬼も居るというのに、ダークセイヴァーの吸血鬼は、どうしてこうも悪辣なのだろう。
幾らお仕置きしても、全然足りないのだから困ったものだ。
――理解し難い生き物ですね……。
少女の憂いを知るものは、誰も居ない。
大成功
🔵🔵🔵
天音・亮
【欠片】◎
泣いている様な咆哮が鼓膜を打ち付ける
鼻の奥がつんとして
じわり熱くなる心地
…ああ、ロキ
きみも来てたんだね
浮かべたはずの笑顔はきっと上手には出来てないのだろう
ねえロキ、世界は残酷で無慈悲だね
知っている
知っているよ
優しいだけじゃない世界
奇跡ばかりではない世界
きっと私よりも神様であるきみの方が良く知っているのだろう
でも…やっぱり信じたいなぁ
震える声
雫が零れない様に空を仰いで
信じたい
世界に光はあるんだって
駆けた先にきっと
(そうでなきゃ…私は…)
…だから私はヴェインを止める
起動したアドくんを通して向けた声の切先
あの二人がどんな形であろうと
もう一度傍に寄り添えるように
『──この途、止まれ』
ロキ・バロックヒート
【欠片】
◎
哀しみが響いて鳴り止まない
なるほどそういうこと
やぁ亮ちゃん
浮かんだいろは今にも砕けてしまいそうで
無理して笑わなくても良いのにと思うに留め
そうだね識っているよ
ただ穏やかに返す
どうして神様なのかわからなくなるぐらい
でもね
亮、君と探すことにした幸せの欠片
哀しみが溢れるこの世界で
幸せを―救いをひと欠片だけでも見付けられるなら
ここに居ることにも少しは意味はあるのかもしれないと
そう思ったから
哀しみをそっと仕舞い込んで駆ける
それが君の途(願い)なら
君が光に届くよう
私も手をのばそう
影の槍が立ち止まった者を貫く
詰まんないことするね、おまえ
なんて悪態
だって魔女と人喰いが逢えないなんて
とても残念だったんだ
●Q.「幸福」
地下室に響き渡る慟哭めいた咆哮が、天音・亮の鼓膜を強かに震わせる。
鼻の奥がつんとして、瞼がじわり、熱くなる心地がした。哀しみだけが今、世界には満ち溢れている。
「やぁ、亮ちゃん」
聴き覚えのある聲に、金絲の髪を揺らして振り返る。滲んだ視界に映るのは、彼女も良く知る神様――ロキ・バロックヒートの姿。
「……ああ、きみも来てたんだね」
いつものように亮は笑ってみせるけれど、その貌は何処かぎこちない。彼女と向かい合うロキは、笑顔の奥に砕けそうなこころを見て、そうっと双眸を細くする。
――無理に笑わなくても良いのに。
そんな科白は、脳内に押し留めた。口に出した所で、彼女はもっと無理をしてしまうだろうから。亮からするりと視線を逃し、ロキは荒ぶる獣へと視線を向ける。
「なるほど、ね」
何度斬り付けられようと、幾ら蹴り飛ばされようと。獣はただ、吸血鬼へ飛び掛かり続けている。
彼が抱いているのは、食慾などでは無く。もっと、激しくて温かな――。
「……ねえロキ、世界は残酷で無慈悲だね」
蜂蜜彩の視線を追い掛けて、亮もまた悲壮な獣の雄姿を見遣る。喩え此処で彼の奮闘が実を結び、復讐を遂げたとて。その先には、何も無い。
「そうだね、識っているよ」
彼女が言わんとすることを察して、ロキは穏やかに頷いた。彼は不死なる神ゆえに、多くの救われぬ物語を目にして来たのだ。そして、その度にロキは分からなくなる。
物語に祝福を齎せず、誰も救えないのに。どうして己は「神様」なのだろう――。
世界は優しいだけでは無いし、奇跡が訪れることだって殆ど無い。ただ、起きてしまったことだけが、結果として目の前に転がっているだけだ。
本当はそんなこと、亮だって知っている。
「でも……やっぱり信じたいなぁ」
ぽつり。不意に降り出した雨のように言葉を紡ぐ亮の聲は、微かに震えて居た。双眸から雫が零れ落ちそうで、薄汚れた天を仰ぐ。
「信じたい、よ」
喩え陽の射さぬ世界であろうと、駆け抜けた先にきっと「光」はあるのだと――。
そう信じなければ、きっと此の脚は道半ばで立ち止まってしまう。そんなこと、赦せないから。
「だから私は、ヴェインを止める」
引き結ばれた唇も、ぎゅっと握り締めた拳も。総てが、常の明るい彼女の姿と掛け離れていた。だからロキは、そうっと彼女の名前を呼ぶ。
「――亮」
潤んだ碧眼と目が合った。青年は神様らしく、柔らかに笑い掛ける。紡ぐ言の葉に甘さと優しさを滲ませながら。
「君が光に届くよう、私も手をのばそう」
哀しみと絶望が溢れる、この世界で。彼女と共に探すと決めた、ささやかな幸せを、そして救いを、ひと欠片でも見付けられたなら。
ここに居ることにも、少しは意味はあるのだと、そう想える気がしたから――。
「さあ、行こうか」
悲しみを胸中に仕舞い込んで、ロキは駆け出した。
瞑闇に光を見つけ出すことが亮の願いなら、せめてささやかな祝福を、神様らしく降らせよう。
「……うん!」
太陽の名を冠したシューズで確りと地を踏み締めて、亮もまた駆けて往く。大きく開かれた碧彩の双眸には今、獣を追い詰める敵の姿が映っていた。
傍らでふわふわと浮遊する音響増幅AI――アドくんを手繰り寄せ、ヒーローは凛と聲を張りあげる。
喩えどんな形であろうと、もう一度。マンティコアとニーナが、ふたり寄り添い合えるように。
『――この途、止まれ』
アドくんの加工機能を通じて、彼女の聲は地下室全体に反響する“音の波”と化した。勿論それは、ヴェインの鼓膜まで響き渡り、彼の脳髄を強かに震わせる。
「……ッ」
あまりの激痛に頭を押さえ、ふらつき脚を止めるヴェイン。絶好の的と成った彼へと抜け目なく、ロキの影がゆらりと伸びる。其処からグンと飛び出すのは、歪に象られた無数の黒き槍だ。
「詰まんないことするね、おまえ」
伝承の通り串刺しにされた吸血鬼を見上げながら、ロキは冷たく悪態を吐く。口から夥しい量の血を吐く男は、醒めた蜂蜜彩の眸を見つめて、微かに頸を捻った。
「分らん、な」
そうまでして、何故あの獣に肩入れする――。
感情を解さぬ吸血鬼は、そのことを心底不思議がっている。他人の為に怒れる亮も、ロキも、彼にとっては埒外の存在なのだ。
「……とても残念だったんだ」
憂いを帯びた眼差しで、青年は部屋の片隅で眠る女の亡骸を見遣る。「魔女」と「人喰い」が漸く再会できると思ったのに、それが叶わないなんて。
そんな幕引きは、余りにも詰まらない。
私刑に滴る血は何の慰めにも成らぬ。されど、獣の仇討ちに手を貸すことで、物語が良い方へと動くのなら。
こんな狂った世界でも、微かな「光」を見つけられるような、そんな気がした。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リーヴァルディ・カーライル
◎☆
…本来ならお前のような下衆の望みなんて何一つ叶える気は無いけど
…そんなに知りたいのならば教えてあげる
…とくと聞くが良い。お前に生命を玩弄された者達の怨嗟を…!
今までの戦闘知識から同族殺しや他の仲間と連携を行い、
前章で聖痕に取り込んだ魂を大鎌に降霊してUCを発動
第六感を頼りに敵味方の殺気を暗視して行動を見切り、
攻撃を武器(大鎌)で受け流して防御しつつ魔力を溜める
…聖痕同調。過去を刻むものよ、その力を解放せよ
呪詛が限界突破したら大鎌を武器改造して大剣の柄に変形
巨大な闇属性攻撃のオーラで防御を切り裂く闇の刃を形成
切っ先が残像が生じる早業で怪力任せになぎ払う
…これが、お前が不良品扱いした者達の力よ
スキアファール・イリャルギ
◎☆#
嗚呼……
大切な人を殺された時、きっと私もそうやって狂うのだろう
……やっぱり最悪の未来の私みたいで嫌になるな
……言っときますが
"正常"じゃない私がおまえに教えてやれることなんてない
被験体にされるのは、サンプルにされるのは――もう飽き飽きしてんだ
真の姿(泥梨の影法師)となり
怨嗟も呪詛も亡者も全部、怪奇の口で喰らう
……今は恐ろしいこの行為
でも、その聲を、憎悪を、悲嘆を、余さずあいつにぶちまける為に
私はあなたたちの介添人となろう……一時だけ、力を貸してくれ
(この中に獣が欲した女性の声は……いや、よそうか)
さて、"ご機嫌如何"?
おまえが命を弄ぶ限りは、どんな回答があろうと決して満足しない
●A.「因果応報」
咆哮が、聴こえる。
鼓膜を揺らす哀し気な響に、スキアファール・イリャルギは思わず嘆息を漏らした。
「嗚呼……」
もしも大切な人を殺されたとしたら。きっと自分も、そうやって狂うのだろう。あの日視てしまった、最悪の未来のように。
――……やっぱり、嫌になるな。
先ほどから、不吉な予感が付き纏って離れない。色の無い唇を噛み締めれば、痛みがスキアファールに現実感を与えてくれる。
「諸君との邂逅は実に有意義だ。次はどんな感情を教えてくれるのかね?」
彩の無い自らを染める鮮血も意に介さず、そんなことを宣う吸血鬼は、これほどの地獄と悲劇を生み出した癖に涼しい貌をしていた。冷徹な問いかけひとつで、揺らめく彼の影から数多の亡者が這い出ずる。
「……言っときますが」
反吐が出るほど不愉快な光景を前に、スキアファールの眼付が剣呑に成る。この冷徹な吸血鬼にとっては「猟兵」すらも、替えが効く便利なサンプルに過ぎないのだ。
「“正常"じゃない私が、おまえに教えてやれることなんて」
なにひとつ、ない。
明確な拒絶を滲ませながら、影人間は黒く濁った眸で敵の澄ました貌を睨め付ける。被験体にされることも、サンプルとされることも。
――もう、飽き飽きしてんだ。
幾重にも重ねた包帯の下、その身に宿す“怪異”たちがジクジクと疼いた。
「……お前のような下衆の望みなんて、何一つ叶える気は無いけれど」
醒めた眼差しで叡智卿を冷たく射抜きながら、一歩前へ歩み出るのは、リーヴァルディ・カーライル。
「そんなに知りたいのなら、教えてあげる」
とくと聞くが良い、生命を玩弄された者達の怨嗟を――!
少女の左眸が熱を孕み、其処に刻まれた聖痕が妖しく輝く。刹那、彼女の裡から解き放たれるのは、先ほど集めた亡霊たち。彼等は瞬く間に彼女が構える黒き大鎌へと乗り移り、その怨嗟で以て吸血鬼狩りに手を貸してくれる。
「……断罪の刃を、此処に」
大鎌が纏う赫きオーラは、亡霊たちの怨嗟そのもの。今は儚き靄のような其れを強大なものとする為に、少女は魔力を注ぎ続ける。
「それが“怨み”の容か?」
興味深い、もっとよく見せてくれ――。
吸血鬼は血に染まった白衣を翻し、強かに床を蹴った。そして一息に少女と距離を詰めれば、其処に渦巻く怨念の容を観察するためだけに、男は大鎌へ掌を伸ばす。
「本当に、悪趣味……」
敵は腐っても吸血鬼らしい。痩せた腕に似使わぬ怪力が鎌を引き寄せようとするが、少女は細腕で確りと柄を握り締め、踵に体重を掛けながら持ち堪えた。大鎌に総ての怨嗟が溜まるまで、あと少し。
「リーヴァルディさん、堪えられますか」
満足のいく答えを得られず、黄泉に帰れぬ亡霊たちに囲まれながら。スキアファールは、拮抗状態を維持し続ける少女へ静かに問い掛ける。彼は彼で、亡者たちに用があるのだ。
「ええ、……やれるわ」
ちらり。少女が紫水晶の双眸を向けた先には、機を伺う同族殺しの姿が在る。血走った金の眼と目が合った。少女は促すように、小さく頷いて見せる。果たして意図は、伝わったのだろうか。
次の瞬間。
獣は四つ足で高らかに跳躍し、リーヴァルディを注視するヴェインへと飛び掛かった。なし崩しに倒れる彼等から距離を取り、少女は大鎌を構え直す。
聖痕、同調――。
「過去を刻むものよ、その力を解放せよ」
限界まで怨嗟を溜め込んだ大鎌は、瞬く間に大剣へと変化して行く。闇彩のオーラを纏う其れを振るえば、闇彩の光牙が直線状に放たれた。
いち早く攻撃を察した獣は、速やかに彼の上から飛び降りた故に。闇の斬撃に其の身を切り裂かれるのは、床に転がるヴェインただ一人。
リーヴァルディの攻勢は留まることを知らぬ。速やかに彼へと肉薄すれば、渾身の力を籠めて、至近距離から再び光刃を放つ。
「――ッ」
薙ぎ払われた吸血鬼の躰は宙を舞い、床へと強かに叩きつけられた。その姿を冷ややかに見降ろしながら、少女はゆっくりと大剣を降ろす。
「……これが、お前が不良品扱いした者達の力よ」
自身が弄んだ魂の尊さを、そして人間の強さを、少しは思い知ると良い。
一方。スキアファールは其の身を、「泥梨の影法師」へ堕として居た。無数の目と口を持つ不定形の影こそが、彼の真の姿である。
ぎょろぎょろと動く眼たちは襲い来る亡者を睨み付け、ぱくぱくと休みなく開閉する口たちは、その場に漂う呪詛と怨嗟を貪欲に喰らっていた。
それでもまだ、怪奇の腹は満たされぬ。
軈て其の獰猛な口は、――蠢く亡者そのものを喰らい始めた。いつかの悪夢で視たような悍ましい光景に、スキアファールのこころは揺れる。それでも、彼等の聲を、憎悪を、悲嘆を。余すことなく、あの吸血鬼にぶつける為、今ばかりは感情を殺さなければ――。
「私は、あなたたちの介添人となろう」
だから一時だけ、力を貸してくれ。
こころの裡でそう乞いながら、影法師は次々に亡霊たちを呑み込んで行く。この中に、獣が欲した「魔女」は居るのだろうか。
――……いや、よそうか。
ふと過った思考を振り払い、異形の影法師は漸く長い食事を終えた。のそのそと重たい躰を引き摺りながら、床に這い蹲る吸血鬼の許へと向かって行く。
「さて、“ご機嫌いかが"?」
無様な其の姿を見降ろして紡ぐ科白は、ある種の意趣返し。吸血鬼と同じ問い掛けひとつで、無数に開かれた影法師の口から、先ほど喰らった亡霊たちが躍り出る。
自らを弄んだ吸血鬼に纏わりついた彼等は、口々に怨嗟を語り、男の寿命を削るように呪詛を紡ぎ始めた。
「おまえが命を弄ぶ限りは、どんな回答があろうと決して満足しない」
「……欠陥品どもめ」
感情を持たぬヴェインに、自分の機嫌が語れる訳も無い。増してや、弄んでいる自覚の無い彼の言動が、改められる訳も無い。
冷徹な叡智卿は、被検体と切り捨てた者たちに呪われ続けるのだ。骸の海へ沈んだとしても、永遠に――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
揺歌語・なびき
◎☆
いやだよ
お前に教えてやるような感情
ひとつもない
ただのひとつもくれてやるかよ
侮蔑だとか軽蔑だとか
そんな顔すら見せたくはない
おれが勝手に胸糞悪いって話だ
暴れる同族殺しに接近戦を任せ
手鞠をあるだけ戦場に転がす
【目立たない、罠使い
包囲攻撃と相殺する形で手鞠を爆破
それだけじゃ足りないだろうから
叡智卿を射撃と棘鞭で動きを拘束
【鎧無視攻撃、だまし討ち、スナイパー、傷口をえぐる
なあ人喰い
殺すんだろ
お前が愛した者を喰ったこいつを
これは復讐の手伝いじゃない
ただの私刑(咎人殺し)の効率化
番を喪くした獣の咆哮は
慟哭や悲鳴などという表現では生温い
その感情に、満月の日が過ぎった
お前のそれが
わからないわけじゃないんだよ
冬薔薇・彬泰
◎☆
…ふふ、僕達の感情など
殺し合いの中、感じとれば良いだろう?
――鬼同士、楽しくやろうじゃないか
…レディ、貴女は避難を
たとえこの身を呪詛が蝕もうとも
決して問いに応える心算はない
ただ、其処に敵がいた
故に僕は斬った
恨んで当然の事さ
呪詛耐性、激痛耐性で凌ぎ
継戦能力を活かして戦闘を続ける
彼の鬼に礼など不要だろう?
落ち着き払い、瞬間的に思考を巡らせ
時には騙し討ち、幻影で敵の攪乱を試みながら
【散華】で白き衣を赤黒く染め上げよう
――ほら、お揃いだ
哀しき獣には手を出さない
思う存分殺したいならば好きにすると良い
それで君の苦しみが癒えるのであれば
…援護、と云う訳ではないけれども
盾程度にはなれるだろう
*苗字+君呼び
●A.「拒絶」と「受忍」
地下室には相変わらず、呪詛と瘴気が漂っている。亡霊どもに呪われながら、それでも吸血鬼は尚も其の場に顕在だった。
傷口を縫合絲で縫い付けたヴェインは、亡霊どもを己の影に追いやりながら、罅の入ったモノクルを掛け直す。
血のように赫い彼の双眸は今、新たに現れたふたりの猟兵へ向けられていた。
「歓迎しよう、諸君。次は如何なる感情を教えてくれるのかね」
血に塗れた貌に澄ました表情を浮かべた侭、頸を捻った男の影が歪に蠢く。其処から現れるのは、呪詛をまき散らす悍ましい亡者たち。
彼等は吸血鬼を満足させるに足る答えを聞き出す為に、ずりずりと躰を引き摺りながら、ふたりの方へ這い寄って行く。
地獄めいた其の光景を前に、「ふふ」と穏やかな微笑を零す者がいる。――冬薔薇・彬泰だ。
「僕達の感情など……殺し合いの中で、感じとれば良いだろう?」
そもそも、敵に教えを乞おうなんて虫が良すぎる話だ。黄昏彩の鞘に手を掛けて、銀雪に煌めく打刀をゆるり抜刀しながら、“血濡れ鬼”はゆるりと哂う。
「鬼同士、楽しくやろうじゃないか」
「戦闘狂には尋問も無駄か。ならば其方の人狼に期待しよう」
ヴェインの眸が、じろりと人狼の青年――揺歌語・なびきの貌を射抜く。されど彼は表情を消した侭じっと、ひとでなしの貌を見返していた。
「――いやだよ」
冷徹な吸血鬼に教えてやるような感情など、ひとつもない。
屠るべき敵を喜ばせる趣味も無いし、なにより。これまで「揺歌語なびき」と云う存在を形作って来た大事な感情は、誰にも何にも渡せない。
「ただのひとつも、くれてやるかよ」
零す聲に拒絶を滲ませながら、なびきも棘鞭をピシャリとしならせた。交渉は決裂し、その場には沈黙だけが満ち溢れる。
「そうか、ならば拷問を始めよう」
叡智卿がパチンと指を鳴らした刹那、それまで床を這いずっていた亡者どもが、一斉に猟兵達へ飛び掛かった。
「……レディ、貴女は避難を」
彬泰は肩に乗せた猫の使い魔へ視線を向ける。耳の良い猫に彼等の聲は、余りにも凶悪だ。彼の意図を察したのか、レディは小さく鳴いたのち、従順に暗闇へ溶け込んで行く。
「予想はしてたけど、数が多いね」
なびきが振るった棘鞭が、強かに亡霊たちを叩き伏せる。黒い瘴気と化して消えゆく彼等は、吸血鬼の被検体。死後も安らかに眠らせては貰えないのだ。
「亡霊の相手は僕が。揺歌語君は、叡智卿に集中を」
ふたりに纏わりつかんとする亡霊を、銀雪の切先ですらりと撫で、彬泰は同胞を静かに促す。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせて貰うよ」
「嗚呼、任された」
鼓膜を震わせる呪詛は、相変わらず彬泰の躰を蝕んでいるが、それでも彼は問いに答える心算は無い。ただ、其処に敵がいた、故に彬泰は斬捨てた。
「――恨んで当然の事さ」
自嘲するように口許を弛ませて、鬼はゆるりと舞い続ける。生憎、この躰は丈夫に出来ている。幾ら呪詛を浴びせられようと、彼の剣舞は止まらない。
「嗚呼、亡霊どもには荷が重いか」
なんということか。拷問の筈が、亡霊たちの方が圧されている。業を煮やした叡智卿は、自身の周囲に無数のスカルペルを浮遊させた。再びパチンと指を鳴らせば、それらは縦横無尽に踊り狂い、猟兵達へと向かって行く。
「何も語らぬなら、せめて泣き叫んで見せるが良い」
「いやだって、言ってるだろ」
醒めた聲と共に、――ころり。何処からか手毬が転がって来た。ひとつではない、床を埋め尽くす程の数の毬が、戦場をバウンドしている。
「児戯の心算か……」
ヴェインの口から冷たい呟きが零れたのと同時に、戦場に次々と爆発が巻き起こった。彼が児戯と切り捨てた手毬が、スカルペルを巻き込みながら自爆したのだ。
「絶対に、お前を満足させてやるもんか」
侮蔑も軽蔑は愚か、苦悩する顔すら見せたくは無い。それで人の気持ちを理解した気に成られては、胸糞が悪いのだ。
連鎖する爆発でスカルペルを叩き落としながら、なびきはヴェインの脚へ銃弾を叩き込み、空いた腕で棘鞭を振う。するりと伸びた其れは吸血鬼の躰を戒めて、食い込む棘は穢れ切った血を啜る。
「亡霊どもよ――」
捕らわれたヴェインは、鞭を操るなびきへ亡霊を嗾けようとするが。返って来たのは、場違いな程に涼し気な聲だけだった。
「彼等は未だ、戦っているよ」
「貴様……」
いつの間にか吸血鬼に肉薄していた彬泰が、銀雪の刀身を軽やかに振う。視界の端に、己の幻影を追い続ける亡霊たちの姿を捉えながら。
「この際、礼など不要だろう?」
生き汚いのはお互い様だと、血に濡れた鬼は笑う。打刀は吸血鬼の肉を裂き、舞う血飛沫は鬼の羽織を赫く染めた。間髪入れずに脇差も引き抜けば、鬼は月輪の刀身を煌めかせ、くるりと舞う――。
「がッ……」
その切先は、吸血鬼の腹を横一文字に割いた。飛び散る己の血で染まった彼の纏いを横目に捉え、くすりと鬼は微笑んで見せる。
「――ほら、お揃いだ」
棘鞭に支えられて崩れ落ちることも許されぬ吸血鬼は、無機質な相貌で鬼の姿を見つめるのみ。
もはや蜘蛛の巣に捕らわれた蟲の如き其の姿を、暝闇から狙う視線があった。
「……なあ、人喰い」
気配を感じ取ったなびきは、暝闇に向けて聲を掛ける。警戒をしているのか、返事は無い。それでも彼は、醒めた調子で言葉を重ね続ける。
「殺すんだろ」
お前が愛した者を喰ったこいつを――。
言外にそう語り掛ければ、そろりそろり。暝闇から白き毛並みの獣、マンティコアが歩み出て来る。血走った其の眼は、ただ憎き獲物の姿だけを映していた。
「……彬泰さんも、それでいいよね」
「ああ、好きにすると良い」
それで君の苦しみが癒えるのであればと、彬泰もまたマンティコアを促した。
猟兵たちの許しを得て、地を這うような唸り聲を零す獣は、ゆっくりと吸血鬼に近づいて行く。
「お前には興味が無いと云っているだろう」
最期の抵抗とばかりに、ヴェインが後ろ手に隠し持っていたスカルペルを投げつけるけれど、彬泰の脇差が空かさず其れを叩き落とす。
獣の復讐を、否、咎人への罰を邪魔するものは、もう誰も居ない。
慟哭めいた咆哮を放ちながら、マンティコアは吸血鬼へ勢いよく飛び掛かる。其の姿は、何処までも哀しく、言葉に成らない程に狂おしい。
「――お前のそれが、わからないわけじゃないんだよ」
獣が溢した感情にあてられたのだろうか。人狼の脳裏にふと、満月が過ぎった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
コノハ・ライゼ
◎☆#
その叫びは喰らえなかったからか、それとも失ったからか
敵の動き見切り攻撃はオーラ防御併せ直撃避け躱し、獣の方へ誘うよう動くわネ
【焔宴】で得物喚び出し一振り、動き鈍らせつつ邪魔な糸ナンかもついでに焼き払いましょ
ねぇでも、視るだけでは謎は解けないンじゃなくて?
2回攻撃で獣の眼前に送るよう殴打
傷口を抉りついで、得体の知れぬ恐怖を与えるわ
知りたいなら体験するのが一番よ
ただし――同じ感情(モノ)はあげられないケド
包む焔から傷付いた分の生命はちゃんと頂戴しとくわネ
授業料と思えば、安いモンでしょ
ねぇ『人喰らい』
喪ったことに啼くのなら、せめて残さず喰らいなさいな
欲しかった温もりの成れの果てを
●A.「感情移入」
人喰いの獣と吸血鬼が、血に染まった床の上で揉合を続けている。
猟兵たちから手酷い仕置きを受けた吸血鬼の消耗も激しいが、連戦を重ねて来た獣の消耗もまた酷いものだ。
雄々しき顔面をスカルペルで切りつけられ、人喰いの獣は思わず後退する。たまらず放たれた無念の咆哮が、其の場に駈け付けたコノハ・ライゼの鼓膜を震わせた。
――……その叫びは喰らえなかったからか。
それとも、喪ってしまった哀しみ故か。真相は定かでは無いけれど、コノハがやるべきことは唯ひとつ。
「俺が知りたいのは獣の感情では無い、猟兵達の感情だ」
それは、白衣に纏わりつく毛を払い落しながら、赫い双眸で此方を観察する冷血な吸血鬼――ヴェインの殲滅である。
「感情、ネ」
薄氷の双眸を細めて、コノハはゆるりと反芻する。飢えが獰猛な獣のように、痩せた腹の中を駆け巡った。
「そんなに知りたきゃ、当ててご覧なさい」
どうせアンタには分からないだろうケド――。
胸中で舌を出しながら、コノハは伸ばした腕に得物を招く。虚空より現れ出ずるのは、頑丈な“フライパン”だ。
「なんだ、飯事でもする心算か」
靴音を鳴らしながら、ヴェインがゆっくりと近付いて来る。感情の無い男はただ、コノハの行動への「興味」のみで動いているのだ。
「そこに答えがあるのなら、もっとよく見せてくれ」
総ては観察の為に。
ヴェインは五指に咥えたスカルペルを、次々にコノハへと投げつけた。料理人たる彼はフライパンを盾にせず、代わりにオーラの壁を展開してそれを阻む。
「じゃあ、上手く掴まえて頂戴な」
吸血鬼を誘うように、コノハは軽やかな足取りで戦場を移り渡る。ちらり、横目で確かめるのは、機を伺う獣の位置だ。
「では、邪魔なパーツは縫い付けるとしよう」
自由に動かれては研究に差し支えると、ヴェインはそう判断したらしい。縫合絲をしゅるりと伸ばし、コノハの手足を縫い留めようとする。
「ふふ、イタダキマス」
対するコノハは悠々と、構えたフライパンに蒸留酒をとろりと注いで見せる。その瞬間、月白の炎がフライパンのなか、ぐるぐると渦を巻いた。
伸びて来た絲は青年の脚を締め付けて、僅かに薄い皮膚を裂いたけれど。それでもコノハは涼しい貌の侭、脚を戒める其れに向かって思い切り、焔を纏ったフライパンを振り降ろす。当然ながら絲は熱に耐え切れず、呆気ないほど簡単に焼き切れた。
「……成る程、悪食家か」
フライパンの用途を知り、ヴェインは一歩後ずさる。されど、もう遅い。完璧に人食いとの距離を掴んだコノハは今、敵の懐へ滑り込もうとしていた。
「ねぇ――」
フランベの焔が渦巻くフライパンを、思い切り振り被る。感情すら冷え切ったこの男に、熱々の出来立てを馳走して遣ろう。
「視るだけでは、謎は解けないンじゃなくて?」
斜め45度からひといきに振り下ろし、一発、二発。未だ疵が塞がらぬ男の胴体を、強かに殴り抜いた。炎に包まれたヴェインの躰は宙を舞い、コノハの狙い通りマンティコアの許へと飛んで行く。
「知りたいなら体験するのが一番よ」
ただし、同じモノはあげられないケド。そう言って、うっそり嗤うコノハを見て、ヴェインは初めて“得体の知れぬ恐怖”を抱いた。
焔に抱かれているのに、躰が芯から冷えて、震えが止まらない――。
「ああ、授業料はちゃんと頂戴しとくわネ」
吸血鬼を包み込む焔を通じて、ちゃっかり其の生命力を戴くコノハ。勿論、彼の取り分はほんの少し。あとは愛しい者を奪われた、マンティコアの取り分だ。
「ねぇ、“人喰らい”」
吸血鬼へ鋭い牙を突き立てる獣へ聲を掛ければ、血走った眼と目が合った。敵意に満ちた唸りを聞き流しながら、青年は静かに言葉を重ねて行く。
「喪ったことに啼くのなら、せめて残さず喰らいなさいな」
欲しかった温もりの成れの果てを――。
コノハがちらりと視線を向けた先には、暝闇で静かに眠る魔女の亡骸がある。喪った温もりを想いだしたのだろうか。
獣は獲物から牙を外し、哀し気に慟哭した。
大成功
🔵🔵🔵
誘名・櫻宵
🌸神櫻
◎
血の匂い
怨嗟もまた色濃い
噫、最低の気分よ
大蛇は大好物だと喜ぶ
生きたひとを混ぜてこねる…きっと甘美な味が、
―カムイ
頭をふり名を呟けば舞い降りた朱の神
辿る紅に笑む
私はもう大丈夫
求めたものは既に他の者のものになり
奪われていた…悲劇ね
時は戻らず
いのちも戻らない
求めたものは手に入らない
人喰いの復讐に手をかすのも好いかしら
あの吸血鬼が
少女の血を吸うたなら
その身に彼女の欠片が宿っているのかも
取り戻しましょう
吸血鬼に奪われたあの子を
甘く囁く
路導き斬撃這わせ
愛哭の叫びに破魔の浄化のせて亡霊を散らし
呪詛も怨嗟も桜と変えて咲かせる
私の優しい神が心を傷けるなんて酷いわ
私は聴きたい
あなたが散り消える時の、聲が
朱赫七・カムイ
⛩神櫻
◎
哀しみと絶望と怨嗟に噎せ返りそう
生命を弄びこんな風に踏み躙るなんて
―呼ばれた
離れてはいけないと云ったでしょう
可愛い巫女
サヨは大切な親友だもの当然だ
神の血で紅をひいておさめてあげる
さぁいこうか
逢えれば良いと思っていたけれど
獅子の想うものは…
残酷だけど私は
そなたがその悲哀や絶望の心を抱けたことは幸いだ
大切だと想う心を抱かなければ
唯の魔物だったろう
そなたが奪い喰らってきたもの達にも同じ痛みを刻んでたんだ
そうだねサヨ
奪われたままでは収まりが悪い
其れが救いとなるのなら
サヨの太刀筋に合わせ刀振るいなぎ払い
吸血鬼をかの獣の元へ追いやる
噫
それでも心が痛む
私の巫女がそなたの聲を聴きたいのだって
許せないな
●A.「嫉妬」
血の馨がする。
噎せ返るほどの其れに誘名・櫻宵は、ほう、と独り息を吐いた。血の馨と同じくらいに、怨嗟もまた色濃くて。櫻宵は瞬時に、この部屋で行われた悪行の顛末を察する。
「……噫、最低の気分よ」
あえかな肩が、ふるりと震えた。
それなのに、麗人の裡に眠る大蛇は喜んでいる。彼にとって、大好物なのだ。生きたひとを混ぜて、捏ねる。きっと甘美な味の、……――。
「――カムイ」
其れ以上考えたくなくて、麗人は頭を振った。震える唇から、助けを乞うように神の名を呼ぶ。
「離れてはいけないと云ったでしょう、可愛い巫女」
刹那、櫻宵の前に舞い降りるのは朱の神――朱赫七・カムイだ。
哀しみと、絶望と、怨嗟に噎せ返りそうな、小さな世界で、親友が己の名を呼んでくれたのだ。駈け付けぬ道理など無い。
神刀で躊躇い無く己の指先を裂いたカムイは、滴る赫で麗人の唇に紅をさしてやる。裡に眠る大蛇を収める神血に、櫻宵はうっそりと微笑んで見せる。
「私はもう、大丈夫」
穏やかさを取り戻した親友の貌に、良かったと頷いて。カムイはそうっと、麗人の袖を引いた。
「――さぁ、いこうか」
促す彼に櫻宵はちいさく首肯し、カツリと踵を鳴らして歩み始めた。生命を弄び踏み躙った「鬼」へ、引導を渡す為に。
地下室の奥には、壁に寄り掛かり息を荒げる吸血鬼と、傷付きながらも敵に唸り続ける人喰いの獣の姿がある。暝闇に横たわっているのは、獣が求めた女の遺骸だろうか。
「逢えれば良いと、そう思っていたけれど……」
遠巻きに彼等の姿を眺めながら、カムイは物憂げに双眸を伏せる。彼等の邂逅は、最悪のものと成ってしまった。
「……悲劇ね」
神にそっと寄り添いながら、櫻宵もまた唇を噛み締める。どれだけ悔やんだところで、時は戻らず、奪われた命も戻らない。
打ち棄てられたニーナの躰は冷たく枯れ果てて、求めた温もりも、柔らかな肉も、もう二度と手に入らない。彼女が獣の血肉と成ることは、無い。
「人喰いの復讐に、手をかすのも好いかしら」
「そうだね、サヨ」
麗人がぽつりと零した科白に、神が重々しく肯いた。大事なものを奪われた侭では、どうも収まりが悪い。其れが救いとなるのなら、少しばかり手伝ってやろう。
「愛」を喰らう者には、ふたりとも僅かばかり、覚えがあるのだ。
冷徹な吸血鬼ヴェインは、対峙するマンティコアを冷たい目で見降ろしている。どちらも損傷は深いが、連戦を重ねている獣のほうが聊か分が悪い。
「いい加減、お前の咆哮は聞き飽きた」
消えろ――。
ふらつくマンティコアの眉間に、ヴェインがスカルペルを投げつけた瞬間。ふわり、舞い散る櫻と共に伸ばされたふたつの刀が、凶刃をことも無く叩き落とした。
櫻宵とカムイが、人喰いに味方をしたのだ。
「まだ、やり残したことがあるのでしょう」
突如現れた猟兵たちに警戒の唸りを響かせる獣を見下ろしながら、麗人が諭すように囁き掛ける。カムイもまた「残酷なことを云うようだけれど」と前置いて、静かな瞳で獣を見つめた。
「そなたが悲哀や絶望の心を抱けたこと、私は幸いに想うよ」
誰かを大切に想う心を抱かなければ、きっと彼は唯の魔物の侭でいられたのだろう。けれども、いまの彼は愛を、そして哀しみを知っている。
「そなたが奪い、喰らってきたもの達にも、同じ痛みを刻んで来たんだ」
分かるね、なんて優しく言葉を重ねれば。獣は漸く、唸ることを止めた。頃合いとみて、櫻宵が甘く柔く、本題を囁き掛ける。
「あの吸血鬼が魔女の血を吸うたなら、その身に彼女の欠片が宿っているのかも」
その言葉を聞いた瞬間、人喰いの目の色が変わった。ふらつく脚に、力が戻る。流れる毛並みに、生気が宿る。
「――取り戻しましょう?」
吸血鬼に奪われたあの子を。
麗人の甘い誘いに、人喰いの獣は高らかに咆哮を放った。四つ足で確りと床を踏み締めて、憎き吸血鬼の許へマンティコアは駆けて往く。
「余計なことを……そんなことより、諸君の機嫌を聴かせ給え」
吸血鬼の影が、ふと揺れる。其処から次々に這い出る亡者達は、櫻宵とカムイに襲い掛かり、マンティコアの往く路を塞ごうとするけれど。
「邪魔しないで」
「そなたらも、もう眠ると良い」
櫻宵の『屠桜』が、カムイの『喰桜』が、勢いよく斬撃を放ち亡霊たちを薙ぎ払う。ふわりと舞い散る櫻吹雪は、呪詛も怨嗟も呑み込んで。この世に未練を刻んだ者たちを、一人残らず祓っていった。
「あなたの聲を、聴きたいわ」
散り消える時の、断末魔を――。
櫻宵が太刀を構えた侭、うっそりと微笑んで見せたなら。傍らに佇むカムイの双眸に、剣呑な彩が宿る。親友の聲に宿った僅かな陶酔に、ほんの少しだけ、こころが痛んだ。
「私の巫女が、そなたの聲を聴きたいのだって」
神刀を構え直しながら、カムイは熱の籠った息を吐く。冥途の土産に、叡智卿を名乗る吸血鬼へひとつ「感情」を見せてやろう。
「私の優しい神が心を傷けるなんて、酷いわ」
彼がやらんとすることを察して、櫻宵も静かに太刀を振り上げた。はらはらと、場違いな程にうつくしい櫻が舞う。
「噫、許せないな――」
吸血鬼が欲する感情を籠めた斬撃がふたつ、放たれる。逃げる間もなく十字に切り裂かれた男の躰へ、人喰いの獣が渇望の儘に食らいついた。
ごり、と骨が御砕ける音が響き渡り、遅れて遣って来た痛覚に突かれて、ヴェインの口から遂に苦悶の聲が漏れる。
人喰いの復讐は、そろそろ終わりを迎えようとしていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鹿忍・由紀
◎☆
実験対象にされた人達は災難だなぁ
やっぱり興味なんて向けてもらいたくないもんだね
見向きされなきゃ余計な事をされる事もないんだし
血を吸われて殺されるだけの方がまだ幾分か楽か
まあ、やっぱり俺はどっちも御免だけど
『暁』でスカルペルの軌道を読む
出来るだけダメージの少ない道筋を弾き出し
吸血鬼へと近付いて斬りかかる
ほら、ちゃんと観察しなくちゃ
それとも俺には興味無いかな
涼しい顔して叩く軽口
吸血鬼の意識が自分へ向くように
引きつけられたら後は身を躱すだけ
気配はきっとすぐ側に
しっかり仕留めてよ、同族殺し
オブリビオンってのも案外情があるんだね
あんなにムキになっちゃってさ
ああ、こういうことかな
食べ物の恨みは怖いって
メアリー・ベスレム
◎☆#
ご機嫌いかがと問われれば
最低の気分でだからこそ
最高の気分よと答えるわ
メアリに興味があるの?
だったら捕まえてごらんなさい
そう【誘惑】してみせながら
【逃げ足】活かして立ち回る
近付かれたら【咄嗟の一撃】を
だけれど反撃叶わず掴まれて
縫い付けられて、切り刻まれて
そういう無様な【演技】をしてあげる
【激痛耐性】耐えながら
夢中にさせてあげるから
痛くて、苦しくて
とても復讐のし甲斐があるけれど
残念、あなたに奪われたのはメアリじゃないもの
だから、今のメアリはただの餌(アリス)
そうして夢中になっているあなたに
「人喰い」が牙を突き立てるまでの、ね
あぁ、なんておかしいのかしら!
「人喰い」の復讐のお手伝いだなんて!
●A.「復讐」
地下室に漂う瘴気が、ぴたりと消えた。
現世に留まる死者は総て祓われて、後に残るは血塗れの吸血鬼と、深い疵を負った人喰いの獣のみ。睨み合う両者を離れた所で静観しながら、鹿忍・由紀は気の無い溜息ひとつ。
「実験対象にされた人達は災難だなぁ……」
マンティコアにも、ヴェインにも、「悪意」は無い。
しかし「好意」であれ、「興味」であれ、オブリビオンに何らかの関心を向けられた時点で、この世界の人間は破滅を迎えることが決定するのだ。
彼等に見向きさえされなければ、其処に転がる「魔女」も、余計な不幸に見舞われることは無かっただろう。
――……血を吸われて殺されるだけの方が、まだ幾分か楽か。
身体の所々が砂礫に成りかけている遺骸を見遣り、由紀はそんなことを想う。肉塊に改造されてまで“生かされていた”村人たちを目にした後だと、余計に。
「まあ、やっぱり俺はどっちも御免だけど」
だからこそ、悪戯に肩入れすること無く、今宵もスマートに仕事を熟すとしよう。異形たちに関わり過ぎると、本当に碌なことが無いのだ。
「メアリも、お肉に成るのは御免だわ」
青年の隣で同じく事態を静観していたメアリー・ベスレムも、ぽつりと彼の意見に同意した。餌として追い掛けられる者の憤りは、アリスたる彼女もよく知る所だ。
「さっさと終わらせましょ」
肉切り包丁をくるりと振り回しながら、メアリーが吸血鬼の前へと躍り出る。もちろん異論が有る筈も無く、由紀も無言で彼女の後を追った。
「嗚呼、僅かだが“感情”という物が分かって来た」
マンティコアは、まだ猟兵達へ警戒心が有るようで。ふたりの姿を視た途端、翼を羽搏かせ、闇の中へと翔けて行ったのだが。
徐に暝闇より現れたふたりを視界に捉えた吸血鬼――叡智卿『ヴェイン』の方は、口端から垂れる赫絲を拭いながら、紡ぐ言葉にほんの細やかな興奮を滲ませる。
「最期に敬意を籠めて諸君へ問おう」
ご機嫌、いかが。
不快感を煽るような問い掛けに、由紀は「懲りないね」なんて呆れたように肩を竦め、メアリーはうっそりと嗤って見せた。
「最低の気分で、だからこそ――最高の気分よ」
不快が募れば募るほど、復讐のし甲斐があるもの。そう語る少女の眸からは、物騒な高揚が見て取れる。彼女の感情の昂りを察し、叡智卿の双眸がつぅと細く成った。
「成る程、我が最期の被検体として遜色ないな」
総て暴いて曝して「観察」してやろう。
そう宣う吸血鬼は、弱弱しくパチンと指を鳴らす。すると彼の周囲に数多のスカルペルがふわり、浮かび上がった。
「これも研究の一環だ、泣き喚く姿を見せてくれ」
幾何学模様を描きながら、スカルペルが踊り狂う。いち早く動いたのは、由紀だった。碧眼で其の動きを観察すれば、瞬時に軌道を分析し、尤も損傷が少ないルートを導き出す。
其の瞬間にはもう、青年は地を蹴り駆け出していた。偶に向かって来るスカルペルはダガーで弾き落とし、瞬く間にヴェインの懐へと潜り込む。
「――ほら、ちゃんと観察しなくちゃ」
涼しい貌で軽口を零しながら、鋭い切先で男の腕を裂く。舞い散る血飛沫の向こう、男の貌が引き攣る様を由紀は確かに観た。
「言われなくとも、其の心算だ」
青年を捕まえる為、ヴェインの腕が伸びる。由紀は素早く後退して、吸血鬼から距離を取った。男の掌が、虚しくも宙を掴む。
「ああ、俺には興味無いかな」
煽るように軽口を重ねながら、ちらり。視線を送る先には、肉切り包丁を振り回して、楽し気にスカルペルと踊り狂うメアリーの姿が在った。叡智卿も、釣られて彼の視線を追う。
「なあに、メアリに興味があるの?」
ふたりの視線に気づいた少女は、頬を伝う赫絲を拭いながら、うっそりと嗤って見せる。何処か狂気を孕んだ其の姿は、吸血鬼の眼差しをひどく惹きつけた。
彼女は、今まで見たことが無いサンプルだ。
「だったら捕まえてごらんなさい」
そう甘く囁いて、メアリーは刃の雨の中を走る。追わないという選択肢など、ヴェインの中には無かった。
「ああ、――お前が抱く感情の容を見せて貰おう」
血に塗れた白衣を脱ぎ捨てた吸血鬼は、地を蹴って高らかに宙を舞い、逃げ惑うメアリーの前へと着地する。獲物を追い詰めることもまた、吸血鬼の得意とする所だ。
「そう簡単に捕まらないわ」
咄嗟にメアリーは肉切り包丁を振るうけれど、伸ばされた拳に腕を捕まえられ、ぎりぎりと捻られる。たまらず少女の指先から、ぽとりと得物は零れ落ちた。
「見縊られては困るな」
涼しい貌でそう宣った吸血鬼は、空いた腕でメアリーの頸を掴み、華奢な体を床へと強かに押し付ける。傍らに転がる得物を蹴り飛ばせば、漸く彼女の腕を離し、代わりに縫合絲を取り出した。
「先ずは脚だ」
「あ、あぁ、いや……」
逃れようとばたつく少女の脚を、縫合絲で床へと縫い付ける。それでも尚、爪先は元気よく跳ねているので。男はスカルペルで、其処を静かに切り裂いた。
「いや、いやよ、はなして……!」
「理想的な拒絶反応だ、もっとよく見せて貰おうか」
淡々と藻掻く少女を観察する男の掌中で、スカルペルが鈍く光る。メアリーの眼前には、絶望的な光景が広がっていた。
――今のメアリは、儚い餌、哀れなアリス。
オウガの代わりに、ヴァンパイアに追われて、捕らわれて。なんて無様な姿なの。それに情け容赦のない「実験」は、本当に痛くて、苦しくて。
とっても、とっても復讐のし甲斐がありそうで――。
「……ほんとうに、残念だわ」
「何?」
少女の唇がぽつりと零した呟きに、吸血鬼の腕が思わず止まる。
其の瞬間。低い唸り聲と共に、影から人喰いの獣、マンティコアが飛び出した。そして鋭い牙を、ヴェインの腕へと突き立てる。
「あなたに奪われたのは、メアリじゃないものね」
衝撃に拘束が緩んだ瞬間。少女は可憐な蝶のように、はらりと吸血鬼の許から逃げ出した。そう、捕まって見せたのも、無様に怯えて見せたのも、総てお芝居。
人喰いに、幕引きを譲るための――。
「なんの冗談だ、これは……」
無事な腕で獣の貌を引き剥がし、ゆらりと後退るヴェイン。彼の眸には、ただ疑問の彩だけが浮かんでいる。
「あの獣の為に、何故そこまでする」
メアリーが命を張る理由を、猟兵たちがマンティコアを支援する理由を、ヴェインが知ることはきっと無い。その非情さ故に、彼は身を滅ぼすのだ。
「だから云ったのに、」
ちゃんと観察しなくて良いの、って。
背後を確りと取った由紀が、軽口を零しながら吸血鬼を再び切りつける。反撃に伸ばされた腕を難なく躱せば、今度こそ身近に、その気配を感じた。
「――次はしっかり仕留めてよ、同族殺し」
総ての元凶を、迫り来るマンティコアに向けて、押し付けるように蹴り飛ばす。大きく開かれた獣の顎は、今度こそ獲物を確りと噛み締めた。
骨が砕ける音が、吸血鬼の呻き聲が、静かな地下室に響き渡る。
「……オブリビオンってのも案外情があるんだね」
獲物を喰らい始めた人喰いを前に、由紀がしみじみと独り言ちる。オブリビオンというものは、人間を虐げて玩具のように扱う癖に。深みに嵌ると、とことん駄目になってしまうようだ。
「あんなにムキになっちゃってさ」
あの吸血鬼の中に、彼女の血が流れていると信じて居るのだろうか。いっそ執拗な程に、獣はヴェインの躰へ食らい付いていた。醒めた眼差しで其れを見つめながら、メアリーもまた首肯する。
「ええ、なんておかしいのかしら!」
自棄になって零したような笑みが、少女の愛らしい貌を彩る。他でも無い、可笑しいのは自分自身だ。
――まさかメアリが、「人喰い」の復讐のお手伝いをするなんて!
どちらも人喰いには違いない。ただ、吸血鬼の方が遥かに悪辣だっただけ。だから、獣の餌にして苦しめたのだ。
由紀やメアリーほどの手練れだと、きっと素早く、美しく殺してしまうから。
「……ああ、食べ物の恨みは怖いってことかな」
「いっそ、そう云うことだと良いわ」
復讐の動機が低俗なことならば、こんなに調子が狂うことは無いのに。悍ましい音を聞き流しながら、メアリーは青年の軽口に薄く嗤った。
こうして、人喰いの獣の復讐譚は終わりを迎えた。けれども、猟兵たちの冒険譚は、もう少しだけ続く――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『暴食のマンティコア』
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POW : 刈り取り喰らう
【強靭な牙や爪による引き裂き】が命中した箇所を破壊する。敵が体勢を崩していれば、より致命的な箇所に命中する。
SPD : 魔獣の威圧
【強い衝撃波、聞く者を恐怖で竦ませる咆哮】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
WIZ : 猛毒を持つ鋼鉄の尾針
【放たれる針、穿たれる尻尾】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【が腐敗し毒が広がり猟兵達を沈める】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
イラスト:井渡
👑8
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「フィーナ・ステラガーデン」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●L'esprit de l'escalier : Ⅱ
ニーナを塒に迎えてから、人を喰うことは無くなった。
情が移った訳では無い。彼女は曲がりなりにも「生贄」だったので、迂闊に村人に手を出すことはしなかったのだ。それに、ニーナは人間を喰わない。
だから人を喰う代わりに、盗んだ家畜や仕留めた獣を喰った。「暴食」とはかけ離れた、慎ましい生活だ。
そうして穏やかな日々を重ねていく内に、人を喰いたいと思わなくなっていた。
或る日。塒の傍を通り掛かった男たちを、この爪で八つ裂きにした。大した理由では無い。彼らはただ、我が家族を、ニーナのことを侮辱したのだ。
そのまま土に返すのは惜しかったので、彼等の肉片は腹の中に収めることにした。久しぶりの人間は、若い男たちの肉は、驚くほどに旨かった。
今まで形を潜めていた「人喰い」としての性が、腹の中で重たく頸を擡げ始めた。同時に、恐怖という感情が沸々と湧き上がって来たのだ。
いつか食欲に耐え切れず、ニーナのことも喰って仕舞うかも知れない。
食欲に負けて愛すべき家族を喰うなど、畜生にも劣る所業。されど今のニーナは、やせ衰えていたころに比べると、見違えるほどに旨そうだった。
「――お前は私を殺せないわ」
恐怖と誘惑に負けそうに成る度に、ニーナは逆立つ毛並みを撫でながら、震える貌に頬を寄せて、そう云った。
「その顎が私の躰に届く前に、死んであげる」
そうすれば番は畜生に堕ちることも無く、罪悪感に啼くことも無い。ニーナは、魔女と呼ばれるだけあって、破滅的なことを考える女だった。
「ねぇ。その後はちゃんと、お前の胎に収めておくれ」
今にして思えば、ニーナがそんな執心を抱いた時から、我らが辿る結末は決まっていたのだ。
「そうしたら私達、永遠にひとつに成れるわ」
冷たい土へ還るよりも、愛する人の血肉と成りたい。
だから血も、肉も、骨も、メデュラすら。ひとつ残らず、お前にあげる――。
●偏愛アイロニー
人喰いの牙で無残に食い殺された吸血鬼は、灰になって儚く消えていく。
この地方に伝わる伝承によると、マンティコアは非常に“家族”を大切にする魔獣なのだと云う。これで少しは、溜飲が下がっただろうか。
マンティコアは彼の血肉を喰らうことで、その身を廻るニーナの欠片と、漸くひとつに成れたのだ。
――ほんとうに?
否、ニーナの肉体は未だ、暝闇に転がっている。それを胎に収めぬ限り、彼等はきっと、ひとつに成れない。
ふらふらとよろめきながらも、獣は干乾びた彼女の許へ歩み寄って行く。漸くその傍らへ蹲れば、重たい前足で其の躰にそうっと触れる。しかし損傷の激しい其の躰は、触れた先からさらさらと、砂のように崩れ落ちて行った。
獣は慌てて、朽ち果てた躰に牙を立てる。されど、彼女だったものは、口の隙間からさらさらと流れ落ちて行く。だから、獣は浅ましくも床に散らばる砂を舐め、胎へと無理やり飲み下して行く。
その姿は何処までも惨めで、何とも言えない悲壮感に溢れていた。
軈て、ニーナだったものを綺麗に舐め尽くしたのち、マンティコアはぴたりと動きを止める。
嗚呼、あんな男に彼女の血肉を呉れて遣る位なら、胎に収めたいと思ったその瞬間に。
躊躇わず喰っておくべきだった――!
有りっ丈の怒りを籠めた咆哮が、ぐらぐらと地下室を揺らす。軈て其の場に静寂が訪れた頃。マンティコアがふと、猟兵達の方を向く。
逆立つ白い毛皮からは殺気が溢れ、唸り聲を零す顎はガチガチと獰猛に震えている。深い疵を負った人喰いの獣は明らかに、猟兵達へ敵意を向けていた。
完全に発狂して仕舞ったのだろうか。或いは、死に場所を探しているのかも知れない。
このままマンティコアを放って置けば、彼は愛する者の面影を求めて、死ぬまで暴れ続けるだろう。道中で肉塊たちに向いた暴力が、次は人間たちへ向かうのだ。
その前に、此処で悲劇を終わらせなければ成らない。
マンティコアはそもそも、人喰いの獣。ゆえに此処で猟兵達に狩られようと、それは因果応報だろう。犠牲者のことを考えると、彼の所業は到底赦されぬものだ。
されど狂い果てた彼のこころの何処かに、ひとを愛した記憶が残って居るなら。猟兵達が掛けた言葉によって、その温かな想いが蘇ることが有るかも知れぬ。
そしてそれが、僅かに穏当な終幕へとつながる可能性もあるのだ。
其々の想いを胸に、猟兵達は得物を構えた。そうして、最終章の幕が開く――。
●
きみ食む時、我らの愛は終わりを告げた。
嘗て人だった砂は、血にも肉にも成らぬ。
もはや此の胎には、魔女の執心と、我が妄執だけが詰まっているのだ。
されど我らは、ひとつに成った。
間違ってはいないだろう、ニーナ。
===============
<出来ること>
(1)マンティコアと戦う
(2)マンティコアを説得する
(3)マンティコアを説得しながら戦う
・どの方針を取るか、プレイングに「数字」を記載いただけると幸いです。
・1を選んだ方が、2か3を選んだ方より多い場合
→マンティコアは猟兵達の手で、骸の海へと還されます。
・2か3を選んだ方が、1を選んだ方より多い場合
→マンティコアは徐に動きを止め、「自壊」して行きます。
・複数人を同時に描写する際は、方針が似た方同士を組み合わせます。
→なので遠慮なく、選択はPC様のお心のままにどうぞ。
<補足>
・アドリブOKな方は、プレイングに「◎」を記載いただけると嬉しいです。
→連携OKな方は「☆」、ソロ希望の方は「△」を記載いただけると幸いです。
・プレイングは戦闘寄りでも、心情寄りでも、何方でも大丈夫です。
≪受付期間≫
11月18日(水)8時31分 ~ 11月21日(土)23時59分
ジュジュ・ブランロジエ
◎☆
3
真の姿解放
衣装が変わる
復讐できて良かったね
でも狂ったままは悲しいから
せめてニーナさんの思い出と共に逝ってほしいな
ニーナさんが生きてる間喰らわなかったあなたは間違ってないよ
あなたの毛並みを梳いた優しい手を思い出して
一緒に眠った夜の寄り添う命の温かさを思い出して
戦いは全力でお相手するよ
とっておきのショーを見せてあげる
光属性の衝撃波(メボンゴから出る)で攻撃
尾針は尾の動きを見切りフェイント織り交ぜ早業で躱したりオーラ防御で弾いて軌道を逸らす
腐敗した地形は世界劇場で書き換え
毒で汚れた場所なんて最期の舞台に相応しくない
どんな悲劇にも幕は下りる
私はあなた達の愛の物語を忘れないよ
それは確かに愛だった
琴平・琴子
◎☆
3
●真の姿解放
ベレー帽にワンピースの学生服と斜め掛け鞄
守られるだけだった時の姿
愛を喰らった獣には愛された頃の姿で
――何処までも人喰いだったの
けれどお前の中に有ったそれは
確かに愛だったのかもしれない
でもね
人を食べて良い道理なんてどこにも無かった
だからお前は少しばかり痛い目に遭うでしょうね
暗いダークゼイヴァーの世界だから気づかなかった
黒い雲が空を覆って、遠くで雷の音が聞こえる
針が此方に向かうも空から降る雷で弾かれていた
(ぽつりと降るそれは偶然?分からない、でも優しい事だけは分かる)
雨で毒が流れてゆく
疲れたの?
休みたいの?
空から神罰の雷がお前に落ちるでしょうから
だから、ゆっくりお休み
●Neutral 1「少女たち」
闇を引き裂くような咆哮に、血走った眼から滲む狂気。狂い果てた人喰いの獣は、死に場所を求めるように猟兵たちへと殺意を向ける。まるで死に場所を求めるように――。
そんなマンティコアと対峙するふたりの少女は、纏いを変えて真の力を開放する。総ては、彼を正しき路へと導くため。
「復讐できて、良かったね」
淡翠のブラウスに白いワンピースを重ねたジュジュ・ブランロジエは、狂気に染まった眼差しに射抜かれようとも、努めて優しく語り掛ける。
「でも、そんな姿の侭じゃ哀しいから――」
せめて彼が愛したニーナの思い出と共に、安らかに眠って欲しい。そう細やかに祈りながら、ジュジュは相棒の兎人形をぎゅっと抱き締めた。
その一方で。灰茶のベレー帽を被り、ワンピース風の学生服に身を包んだ琴平・琴子は、斜めに掛けた学生鞄を揺らしながら、静かな眼差しで獣を見遣る。
いまの彼女は、未だ“守られるだけだった”頃の姿をしていた。愛を喰らった獣には、愛された頃の姿で対峙したいと、そう思ったのだ。
「――そう、何処までも人喰いだったの」
愛するひとを食べるなんて、その行いは矢張り野蛮だ。正義感と倫理観の強い琴子は、彼の行いを肯定することは出来ない。けれど――。
「お前の中に有ったそれは、確かに愛だったのかもしれない」
その狂おしい程の妄執は決して、食慾だけが理由では無かった。何度切り裂かれようと吸血鬼に果敢に挑み続ける獣の姿は、琴子だってちゃんと見ていたのだ。
されど、マンティコアは同情など無用とばかりに唸りを上げるのみ。ふたりの言葉を拒絶するかの如く蠍の尾を振り回せば、其処から無数の針が放たれる。
「聴いて、マンティコア」
煌めくオーラを展開したジュジュが毒針を弾けば、それはパラパラと床に散ばって、瞬く間に周囲を腐敗させていく。逞しい四つ足で地を蹴った獣は、高らかに跳躍して其処へ着地しようとするけれど。
「メボンゴ、お願い!」
ジュジュが操る兎人形――メボンゴから放たれた光の衝撃波に穿たれて、バランスを崩し、在らぬ所へ墜落する。衝撃にふらつきながらも立ち上がろうとするマンティコアから目を逸らさずに、ジュジュは優しく語り掛ける。
「ニーナさんが生きてる間に喰らわなかったこと、間違ってないよ」
だってそれは、人喰いの獣なりに彼女を愛したと云う“何よりの証”だから。きっと、悔いるべきじゃ無いのだ。
「どうか、彼女と過ごした日々を想い出して」
白い毛並みを甘く梳いてくれた優しいあの掌を。そして共に眠った夜に感じた、寄りそう命の温もりを――。
『ニィ、ナ……』
ジュジュの言葉に記憶を呼び起こされて、マンティコアの動きがぴたりと止まる。琴子は其の隙を見逃さなかった。かつりと踵を鳴らして、一歩前へ歩み出る。
「それはそうと、人を食べて良い道理なんてどこにも無かった」
いつから、天気が崩れていたのだろう。今まで気づかなかったけれど、遠くで雷が鳴っている。ふと頭上を仰げば、天井に暗雲が渦巻いているように視えた。
不思議な安心感を抱きながら、少女はそろりと人喰いの獣に視線を合わせて、淡々と真理を紡ぐ。
「だからお前は、少しばかり痛い目に遭うでしょうね」
不意に訪れた強大な気配に、警戒を顕にしたマンティコアは唸りながら尾を振り回す。再び飛来する毒針を叩き落とすのは、一瞬の明滅と共に暗雲から零れた稲妻だ。ころころと床に転がるそれらは、更に周囲を腐食させていくけれど。
ぽつり――。
ふと、戦場に降り始めた細雨に因って、腐敗の毒はさらさらと流されて行く。突然の雨にマンティコアは戸惑ったように動きを止め、ジュジュと琴子もまた不思議そうに天を仰いだ。これは、偶然なのだろうか。ふたりにも分からない。
けれども、この雨粒が優しいことだけは分かる。
「……最期に、とっておきのショーを見せてあげる」
レディース&ジェントルマン、ようこそ世界劇場へ――!
ジュジュが胸に手を当て腰を折れば、ふわり。戦場に色鮮やかな紙吹雪が舞い散り始める。それは、雨に濡れた床をみるみる内に染めて行き。気付けば昏い地下室は、夢溢れる激情に早変わり。
「あなた達の愛の物語、私は忘れないよ」
余りにも獣性に塗れていたけれど。ふたりの間に宿ったそれは、確かに「愛」だったのだとジュジュは信じている。
「疲れたの、休みたいの」
血に染まった毛並みを震わせ、舞台上でよろける獣を見下ろして。琴子は努めて優しい聲彩で囁き掛ける。どんな悲劇であろうと、いつかは幕が下りるのだ。
彼の場合はきっと、龍神様が降らせる天罰に因って――。
「もう、ゆっくりお休み」
謳う様な少女の聲に誘われるように、マンティコアはとろりと瞼を閉ざす。刹那、悲劇の幕引きに相応しく、罪抱く獣へと神の雷が落とされた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鹿忍・由紀
◎☆1
はいはいお疲れ様
目的を果たしたってのに随分不満げだね
今度はこっちの目的の達成に協力してもらいたいもんだけど
まあ、そうはいかないか
暴れる獣を往なすよう立ち回る
物理攻撃は加速して出来る限り避ける
咆哮に気を付けつつ隙を探して切り裂いてく
足止めの鋼糸を仕掛けてやれば
体勢を崩させる程度には使えるだろう
俺に出来るのは戦うことだけ
獣だって人に寄り添うことが出来るみたいなのに
生憎どうも俺は不器用なもんでね
自分に出来る事しかやらないんだよ
だからあの獣に声が届く人がいるなら
それはその人にお任せしよう
オブリビオンに声が届くなんて
これっぽっちも思った事なかったから
動きが鈍る様子にはちょっとばかり驚いてみたりして
フィオリーナ・フォルトナータ
(1)◎☆
願いを叶え、狂い果てた貴方へ
わたくしは掛ける言葉を持ちません
ですので、代わりにこの剣と盾で
貴方の狂気も怒りも受け止め、断ち斬ってみせましょう
言葉を届けたいと思う方もいらっしゃるでしょうから
今はまだ聞く耳を持たぬであろうかの獣に
皆様の言葉を少しでも届けやすく出来ればと
体勢を崩さぬよう意識して
牙や爪は可能な限り見切りつつ盾で受け流し
攻撃回数重視の燦華ノ剣舞で獣の動きを撹乱しながら
動きを鈍らせることを目的に立ち回ります
形はどうあれ、ひとを愛した貴方の魂が
いつか救われる日が来ればと願う位は許されるでしょうか
ええ、わたくしらしくないとわかっておりますとも
それでも、そう思わずにはいられないのです
●karma1「繋ぎ紡ぐ」
先駆けた少女たちの言葉は、人喰いの獣――マンティコアのこころを僅かに揺らしたらしい。少しだけ動きを鈍らせた彼の様子に、鹿忍・由紀は少しばかり眉を持ち上げて驚いて見せた。オブリビオンにこころが通じるなんて、これっぽっちも思ったことは無かった故に。
「まさか、あれに聲が届くなんてね」
「それでも未だ、闘志は折れていないようですね」
足許が覚束ぬ様子の獣を見つめるフィオリーナ・フォルトナータの眼差しは、何処か険しい。あの獣の魂は、未だ荒ぶった侭だ。此の先も言葉に耳を傾けてくれるとは限らない。
「皆様の言葉が少しでも届くように、彼の魂を鎮めましょう」
少女人形はその為に、剣を抜いて獣の前に立ち塞がる。すかさず由紀も後を追い、先ほどまで共に戦った彼へとひらり、手を振って見せた。
「はいはい、お疲れ様」
ぐるるるる、と凶暴な唸り声が挨拶の代わりに返って来る。マンティコアは紛れもなく、殺意を以て猟兵たちと対峙しているのだ。
「……目的を果たしたってのに随分不満げだね」
止めはくれて遣ったのだから、今度は此方の目的にも協力して貰いたいものだが――。
「まあ、そうはいかないか」
諦めたように頭を振って、肩を竦める由紀。彼に出来るのは、きっと戦うことだけ。
冷め切ったこころでは、誰かの哀しみに寄り添うことも叶わない。眼前の獣すら、人に寄り添うことが出来るらしいのに。
「生憎、どうも俺は不器用なもんでね」
自分に出来る事しかやらないんだよ――なんて、重ねる言葉は淡々と。青年は懐からダガーを取り出し、それを構えながら獣へ鋭い視線を向ける。
「わたくしも、彼に掛ける言葉は持ちません」
フィオリーナもまた、凛と剣を構えながら靜に仲間の科白に首肯して見せる。願いを叶え、狂い果てた人喰いには、今更なにを云ったところで慰めには成らないだろう。ならば、
「せめて、この剣と盾で断ち斬ってみせましょう」
貴方の狂気も怒りも総て――。
未来を切り拓く剣が清らかに煌めけば、浄化など不要とばかりに、怒れる獣が腹の底から雄々しき咆哮を放つ。
今ここに、戦いの火蓋は切られたのだ。
身体の彼方此方に深い疵を負っていると云うのに、マンティコアの戦いぶりときたら、まるで鬼神のようだった。由紀は獣を往なすように軽やかに、フィオリーナは踊るように華麗なステップで、獣の凶爪を躱して行く。
「いい加減、休めば良いのに」
呆れたように云い棄てて、由紀は己の両脚に魔力を注ぐ。敏捷性を補強すれば、襲い掛かる鋭い爪も悠々と避けられた。
「……こう成ってしまう程に、貴方はひとを愛したのですね」
優美なステップと共に鋭い突きを繰り出しながら、少女人形は切なげに瞼を伏せる。如何なる容を取ろうと、それだけはきっと、揺るぎようの無い事実だ。
力任せに振われた爪撃を少女が盾で受け止めれば、業を煮やした獣の口から世界を震わせるような咆哮が漏れた。細いゆびさきがカタカタと震えるけれど、尊い紋章を刻んだ其れを、彼女は決して離しはしない。
「――ほんと、イヤになるほど元気だね」
フィオリーナに押し留められた獣の隙を見逃せる程、由紀は甘くなかった。恐怖を齎す咆哮は、冷えたこころに精々不快感しか与えてくれない。
青年は片耳を塞ぎながら、マンティコアに肉薄し、ダガーで引き締まった獣の皮膚を強かに切り裂いた。痛みに唸り暴れ回る獣は、出鱈目に蠍の尾を振り回す。ふたりの猟兵は急ぎ距離を取り、再び其々の得物を構え直した。
「一瞬しか隙は作れないけど、行ける?」
「……ええ」
指先に煌めくものを絡ませる青年が軽く問えば、少女人形は重々しく肯き返す。オブリビオンは倒すべき敵、情けを掛けては新たな悲劇に繋がってしまう。
青年の指先から鋼絲が伸びるのと同時に、フィオリーナは獣の許へと駆けて往く。舞いを披露するかの如く、地面を蹴り上げドレスを揺らして飛翔すれば、獣の視線は思わず其方へ集中した。其の瞬間、由紀は鋼絲を獣の四つ足へと巻き付ける。
マンティコアは己の脚元を戒める何かを引き離そうと必死で藻掻くけれど、哀れ鋼絲に捕らわれて、床へと勢いよく転倒する。それでも未だ闘志を消さぬ彼の眼に映るのは、軽やかに地面へ着地した少女人形の姿。
「――願う位なら、赦されるでしょうか」
愛を知った獣の魂が、いつか救われたら良い、なんて。そんな都合の良いこと、余りにも“らしくない”けれど。
「そう想わずには、居られないのですから」
温かな希いを胸に抱きながら、フィオリーナはくるり、くるり。踵が三拍子を踏み、薔薇彩の髪が揺れ、春色の纏いが舞う度に、マンティコアの躰に赫い花が咲き乱れる。
数多の疵を其の身に刻んだ獣は、軈て力なく蹲る。激しく消耗している所為だろうか。彼が纏う狂気が、ほんの僅か薄れたような、――そんな気がした。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
アシュエル・ファラン
1
◎#【頼】
ただ『…任せた』とか言ってレスティアが武器も構えず『人喰い』に近づいて行ったー!あんのバカ!
…いや、近づくまでの攻撃、対話時間、撤退時間を考えた上で、守りを任されたなら、信頼されるんですかね…? …無理ゲーでは――?
いや、やるしかない!
指定UCで60体召喚――相手の全体攻撃に合わせて6体ずつ掛け合わせたものを10体用意…衝撃波の盾にする
どうか一撃で全部破壊されてくれるなよ…!
後は、相手の一撃に合わせて、身を挺して攻撃を防がせる
破損前提の戦い方は嫌いだが…これでも、任されたんでね
全隊使い切ったら、自分が出るしかないだろ!
懐中時計を双剣にして相手の前に割り込む!
「ここまでだ! 退け!」
レスティア・ヴァーユ
2
◎#【頼】
この存在は
獲物ではなく『真に愛するもの』を奪われた
欲しかったものが、今の無残な砂塵ではなく過去の肉だと言うならば
本当に望んだものは
『彼女の【命】を喰らうことで、それが確かに自分の元へと移り渡る瞬間』であったのではないか
「もはや、お前の願いを叶える術はない。骸の海においても…彼女の形を見いだすことはないだろう。
ならば――お前が死した後に、ここにお前達の墓を作ろう。
お前が、このニーナと出会ったこの世界で、一つにはなれなくとも
確かに【意思を通わせ、共に存在し、愛し合ったのだという証】を
喰わなくとも
お前がニーナと、奇跡を以て『過去から生まれても』【現在】という時間を紡いだ、その形をここに」
●karma2/compromise1「楔」
先行した猟兵たちに往なされて、力なく蹲るマンティコア。しかし、近付いて来る靴音を耳に捉えれば、彼はよろりと起き上がり、地を這うような唸り聲を響かせる。
近付いてきた人影、レスティア・ヴァーユは、そんな『人喰いの獣』の姿を神妙な貌で見つめていた。
――このオブリビオンは、“獲物”ではなく“真に愛するもの”を奪われたのか。
愛する者を喰らいたいという気持ちは、人である彼には矢張り理解できない嗜好だ。それでも、マンティコアの衝動は“食慾”などではなく、もっと尊い感情を起因としたものであることは分かる。
レスティアが脳裏で思い返すのは、吸血鬼に絞り尽くされて砂塵と化した魔女、ニーナの無残な姿。もしも獣が求めたものが、過去に寄り添い合った彼女の柔らかな肉だと云うのなら。マンティコアが本当に望んでいたのは、
――喰らった彼女の命が、自分の元へ移り渡る瞬間だったのではないだろうか。
血走った眼で此方を凝視しながら唸り続ける獣を前に、レスティアは粛々と言葉を紡ぐ。何処か、狂い果てた獣を諭すように。
「もはや、お前の願いを叶える術はない」
喪われた命は戻らないし、壊れた物はもう其の容を取り戻せない。幾らマンティコアが悔やもうと、いつかの温もりを抱くニーナはもう、獣の許には戻って来ないのだ。
「彼女の形を見出すことは、もう二度と無いだろう」
真理を告げる言葉が、重々しく室内に響き渡った。
オブリビオンとただの人間。死して尚、ふたりは結ばれぬ運命。あまりの絶望に、マンティコアは慟哭めいた咆哮を放つ。空気がぐおんぐおんと揺れて、レスティアの頬へ不意に衝撃と痛みが走った。獣は敵意を剥き出しに、じりじりと彼の許へ歩み寄って行く。――その行く手を阻んだのは、突如戦場に舞い降りた10人の戦乙女だった。
同じ頃。後方でレスティアを支援するアシュエル・ファランは、ぎりりと奥歯を噛み締めていた。込み上げる苛立ちの儘に、彼は人知れず悪態を付く。
「……あんのバカ!」
無茶をする親友のことは素直に心配であるけれど。そもそも、この状況をひとりで打開しろというのも無茶な噺だ。
――……無理ゲーでは?
一瞬、諦観の念が脳裏に過りそうになるけれど。何とか踏み止まって、親友の背中を見つめる。
「いや、やるしかない!」
これ以上、彼を傷つけさせる訳には行かないから。ここで折れたりは、しない。
「彼奴のこと、頼んだぞ!」
どうか、直ぐに全滅してくれるなよ――。
自分自身も鼓舞するかの如く、アシュエルは後方からレスティアを護る戦乙女たちへ声援を送る。彼の期待に応えるように、乙女の纏いに刻まれた数字が、誇らしげに煌めいた。
「聴け、マンティコア」
狂い果てた獣の荒ぶる魂は、尚も収まらぬ。怒りの儘に凄まじい咆哮を放てば、その衝撃に穿たれて、戦乙女は次々に消し飛んで行く。それでもレスティアは、聲を届けることを止めない。
「もう逢えなくとも、彼女と心を通わせた日々は本物だろう」
そんな科白に苛立つかの如く、マンティコアは蠍尾を勢いよく振り回す。飛散する毒針がレスティアの許に辿り着く前。彼らの間に割り込んで其の身に毒を受けるのは、――衝撃波を耐えきった最後の戦乙女。
崩れ落ちる其の姿を見送ったのち、レスティアは碧眼で真直ぐに人喰いの獣を射抜く。
「――お前が死した後、ここに“お前達”の墓を作ろう」
本来、弔われることの無い“獣”にとってそれは、意外な提案だったのだろう。マンティコアが、ぴたりと動きを止めた。聲を届けるならば、今しかない。
「お前が望んだ形で、ニーナとひとつに成れなくとも」
確かに彼女と意思を通わせ、同じ場所に存在し、ふたり愛し合った証を。そして、過去から生まれた存在が、現在を生きるニーナと同じ時を紡げた奇跡を――。
「ふたりの愛を、ここに“形”として残そう」
オブリビオンは過去から生まれ、躯の海に還るもの。いつか存在自体が擦り切れるまで、生と死を繰り返し続ける歪な存在だ。
マンティコアもそう遠くない未来にまた、この世界の別の場所で蘇るのだろう。されど、その彼は今の彼とは異なる生き物である。
ゆえにこそ、“この”マンティコアが愛し、生きた証を墓標として刻むことは、何よりの鎮魂に成るだろう。
もう殆ど残っていない理性でレスティアの言葉を聴き、人喰いの獣は何かを思案するように静まり返る。先ほどまでの荒ぶり様が、まるで嘘のようだ。
「ここまでだ! 退け!」
獣が動きを止めた今こそ、無事に撤退する最後のチャンス。
懐中時計を双剣に転じさせたアシュエルが、すかさずレスティアとマンティコアの間に割り込んで来た。レスティアは促される侭、彼と共に後退する。踵を返す直前、視界に映った獣の哀し気な姿が、妙に胸へ焼き付いた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
エンジ・カラカ
(1)◎☆
賢い君、賢い君、アイツは何か思うコトがあったらしい。
うんうん。そうかそうかナルホドー。
コレには関係無いコト。オーケー。
薬指の傷を噛み切り君に食事を与えよう。
コレは君を食べてない
君を食べたいとも思わない。
コレが君を食べなくても、君とコレはずーっと一緒なンだ。
アァ……腹に入れても一緒にはなれないカラなァ…。
ま、イイヤ。
コレには関係無い関係無い。
あーそーぼ。
コレが囮になる。コレは支援に徹する。
トドメも攻撃も誰かに任せる任せる。
アッチ?コッチ?
鬼サンこちら、賢い君はコッチにいるヨー。
属性攻撃は賢い君の毒。
毒で支援をしながらコレは動く。
賢い君は情熱的だろ?
メアリー・ベスレム
◎☆#
(1)
戦う……いいえ、殺すわ
言ったでしょう
人喰いはみんな殺すって
半獣半人の真の姿で戦いを
【野生の勘】で直接攻撃を避け
蓄積した負傷は【継戦能力】耐えながら
敵の咆哮に【人狼咆哮】で対抗する
味方も巻き込んでしまうでしょうけれど
竦んで動けなくなるよりはきっとマシでしょう?
隙を見て懐に飛び込んで
その喉元を喰い破る【部位破壊】!
メアリにはちっともわからないわ
恋だ愛だと言って人を喰らうオブリビオンなら
これまでにも見た事あるけれど
まさか人の側が食べられたいと思うだなんて!
こうしてお肉として【誘惑】してみせても
あの人喰いの目にメアリは映っていないんでしょうね
ああ、おかしい
こういうのも嫉妬って言うのかしら?
●karma3「狼たちの饗宴」
新たに己の前へ立ちはだかった猟兵たちへ、低い唸り聲を上げて威嚇するマンティコア。その姿からは、復讐を果たした喜びも、愛しいひととひとつに成れた悦びも有りはしない。
「賢い君、賢い君、アイツは何か思うコトがあったらしい」
人狼の青年――エンジ・カラカは不思議そうな貌で、掌に載せた青い小鳥に囁き掛ける。こういう感情の機微は、得てして女性の方が詳しいものだ。
「うんうん。そうかそうか、ナルホドー」
小さな嘴に耳を寄せて、かくんかくんと座らぬ頸を上下させるエンジは軈て、にんまりと笑みを浮かべて今宵の獲物を眺め見る。『賢い君』曰く――。
「コレには関係無いコト、オーケー」
「ええ、そうね」
淡々と頷くメアリー・ベスレムのあえかな指先が、細い脚が、歪に膨らんで行く。軈て其れは、鋭い爪を持つ獣の手脚へと転じた。銀の髪に揺れる耳といい、腰に揺れる柔らかな尻尾といい、彼女は「人狼」らしく半獣半人の姿を開放したのである。
自分以外の獣の匂いが鼻腔を擽り、マンティコアは更に警戒を顕にし、じりじりとふたりの許へにじり寄って来る。
「言ったでしょう、人喰いはみんな殺すって」
血走った金眼と視線を交わしたメアリーは、無感情に言い放つ。先程は必要に迫られたから、手を貸しただけ。アリスを、ひとを喰おうとする存在は、総てメアリが仕留めなくては――。
人狼少女の殺意に呼応するかの如く、狂った獣は高らかに咆哮した。獣たちの饗宴が今、幕を開ける。
「食事の時間ダ、賢い君」
がり。薬指の疵痕を噛み切ったエンジが、滴る赫を賢い君の嘴へと流し込む。すると彼の番は瞬く間に、赤い絲へとその姿を転じさせた。ゆびさきに其れを巻き付けながら、エンジは口端をゆるりと持ち上げる。
「コレは君を食べてない、君を食べたいとも思わない」
エンジの中にも確かに獣性はあるけれど。ひとを、愛する者を胎に収めようだなんて、そんなこと考えたことも無い。
だって、エンジと“君”は、ずうっと一緒だから。
姿と形を失くしてしまえば、ふたりの愛は其処で終わり。それよりも、彼等はもっと穏当な愛の容を選んだのである。
死霊術士たるエンジには、君を留める力があった。そして君の器は、すぐ傍にある。君の意図に操られている限り、エンジと君はいつまでも一緒。
彼等の愛は、まだまだ続いているのだ。
「あーそーぼー」
所詮は他人事だと割り切って、エンジは赤絲をしゅるりと伸ばす。嗾ける先は、マンティコアの逞しい四つ足だ。毒を滲ませた其れで、きゅっと動きを封じたものの――。
怒れる獣は凶暴な牙で、戒めの絲を思い切り噛み千切った。舌に触れる毒に唸る獣に、エンジはにんまり笑って見せる。
「賢い君は情熱的だろ?」
煽るように座らぬ頸を傾げれば、見事に獣の不興を買った。マンティコアは勢いよく地を蹴って、毒々しい彩の翼を羽搏かせながらエンジへと飛び掛かる。
「鬼サンこちら、賢い君はコッチにいるヨー」
獣じみた動きでするりとそれを躱し、エンジはひらひらと手を振った。幸い、逃げ足には自信が有る。同朋はやる気満々のようだし、此処は囮に成るとしよう。
「アッチ? コッチ? ドッチだろうネー」
苛立ち混じりに放たれた爪撃を、素早く飛び退って回避すれば、ふたりの間にするりとメアリーが割り込んだ。
「……メアリには、ちっともわからないわ」
戀だ愛だと宣って人を喰らうオブリビオンなら、これまで幾度も見て来たけれど。今回の件は、少しばかり事情が違うらしい。
――まさか人の側が「食べられたい」と希うだなんて!
嘗て捕食者に追われる側だった彼女にとって、その想いは到底理解しかねるものだ。胸に過る疑問を振り払うように、メアリーは狼の爪でマンティコアの貌を抑えつける。
刹那、大きく開かれた獣の口から悍ましい咆哮が漏れた。
ぐおんぐおんと世界が震えて、不愉快な耳鳴りが鼓膜を揺らす。思わず力を弛ませれば、鋭い爪が此方に向かって来る。
「あなたの眸に、メアリの姿はちゃんと映っているのかしら」
間一髪。
仰け反って其の凶撃を避けた少女は、溜息交じりにそんなことを紡ぐ。美味しそうな“お肉”が眼前に居るのに、人喰いの目にはもう、ニーナの姿しか映らないのだ。
「――ああ、おかしい」
湧き上がる黒い感情に身を委ね、メアリーは深く息を吸った。そして、衝動と共に思い切り息を吐く。闇を引き裂くような咆哮と共に。
またもや、空気が激しく振動した。同じ人狼であるエンジは、耳を塞ぐ程度で何とかなったらしいが。直に其の咆哮を浴びたマンティコアは、躰中が痺れているらしくピクリとも動かない。その隙に少女は獣の懐へと潜り込み、――がぶり。
獰猛な牙を、喉元へと突き立てた。
此方に見向きもしなかった獣は今、メアリーに喉笛を抉られて痛みに悶えている。それでも胸中に渦巻く靄は、一向に晴れてはくれなかった。
――……こういうのも“嫉妬”って言うのかしら?
じわり。口中に広がる鉄の味を呑み下しながら、少女は独り自嘲するかの如く嗤う。
彼等の饗宴は未だ、終わらない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
フォルク・リア
◎☆
1
「過程がどうでも戦いの道を辿る事は見えていた。
なら、全力で相手をしよう。」
例え其の腹の中にどんな思いを抱えようと、
此処で討ち果たす。
敵の攻撃を【残像】を伴った動きで攪乱しつつ回避。
呪装銃「カオスエンペラー」で反撃を加えるが
地形に毒が広がるのを見て。
「この大地すら腐らすとは。
どれだけの毒をその身に宿しているのか、
流石に真面に付き合う訳にはいかないな。」
真羅天掌を発動し浄化属性の霧雨を発生させ
毒を浄化すると敵の身体にも霧雨をまとわり付かせて
毒攻撃の機能不全を起こさせる。
「もう十分だろう。
その牙も爪も残らず灰として地に還す。」
敵に手を翳す様にレッドシューターを向けると
【全力魔法】の炎を放つ。
●karma4「浄化の雨」
頸から血を垂れ流しながらも尚、「人喰い」は猟兵たちへ威嚇の唸りを放ち続けていた。フォルク・リアはフードの隙間から、その悲壮な姿を冷静に眺め遣る。
「過程がどうであれ、何れ戦いの道を辿る事は見えていた」
ゆえに、此処で振り上げた拳を仕舞いこむことはしない。お互いに、分かっていたはずだ。先ほどまでの協力体制は、仮初のものであると。
「――全力で相手をしよう」
こころ密に覚悟を決めて、フォルクは得物を凛と構えた。喩え其の腹のなかに、どんな思いを抱えていようとも。
「人喰いの獣は必ず、此処で討ち果たす」
至極冷静な宣戦布告に応じるように、マンティコアは勢いよく飛翔して、蠍尾を振り回す。其処から放たれるのは、無数の針だ。
「出鱈目に飛ばすだけでは、的に当たらないぞ」
されどフォルクはその場に残像を遺して飛び退り、針の雨から難なく逃れて見せる。凶撃が残像を透けて行く様を横目で視ながら、呪装銃「カオスエンペラー」を構えれば、宙を舞う獣に照準を合わせて速やかに引鉄を引いた。
呪詛の弾丸に翼を射抜かれて、獣は痛々しい鳴聲を零す。しかしフォルクの眼差しは、苦悶する獣の姿ではなく、針が突き刺さった床を見つめて居た。
恐らく、針には毒が潜んで居るのだろう。みるみる内に、床はどろりと腐食して行く。
「この地面すら腐らすとは――」
一体どれだけの毒を、その身に宿しているのだろうか。
折れた翼で何とか朽ちた地面へ降り立った獣は、鈍い唸り聲を響かせながら、虎視眈々とフォルクを狙っている。
「流石に、真面に付き合う訳にはいかないな」
正攻法が通じぬならば、搦手を使うまで。青年は大鎌を握る指先へと神経を集中させ、其処へ魔力を注いでいく。
――真羅天掌、発動。
彼の十指に招かれて、戦場にしとしとと霧雨が降る。清浄なる其の霧雨は、床を腐らせる毒を洗い流し、佇むマンティコアの力を削いでいく。
しかし、それだけでは終わらない。
床に広がる毒を洗い流した霧雨は未だ止まず、次はマンティコアを狙い撃ちして、しとしと、しとしと降り続ける。浄化の雨に打たれて、蠍尾の毒はみるみる内に抜けて行った。
「もう、十分だろう」
何処か力を喪った様子で蹲る獣に歩み寄りながら、フォルクは諭すように言葉を編む。軈て敵の許に辿り着けば、焔の幻獣を封じた黒手袋『レッドシューター』に包まれた掌を、そうっと獣の頭上へと翳す。
「その牙も爪も、残らず灰として地に還そう」
掌から、業火が迸った。
赤々と燃え盛る焔は、瞬く間にマンティコアの躰を包み込んで行く。きっと彼もまた、灰塵と成るのだろう。嘗て愛した者と、同じように――。
大成功
🔵🔵🔵
清川・シャル
◎△1
なんて悲しいんでしょうね
想いって、どうして上手く伝わらないし、行動しても思い通りに行かなくて
思考を持つ生き物の悲しみですね
それでも思考を止めないし、歩み続けて行かなければ、生きていかなければ…
とはいえ、貴方がこのまま生きるには辛すぎる
私は手助けのつもりです。思い上がりでも偽善でもいい
修羅櫻で対応しましょう
骸の海でゆっくり休んでください
そしてニーナさんとまた来世会えるといいですね
そんな希望くらい、抱いてもバチは当たらないと思うんですよね
●karma5「修羅の舞」
白い毛皮を所々焦げ付かせて、人喰いの獣――マンティコアは猟兵を睨め付ける。もはや満身創痍だが、それでも彼の闘志は居れていなかった。
「……なんて悲しいんでしょうね」
地を這うような唸り聲を零して威嚇する獣の姿を碧眼に捉え、清川・シャルは哀し気に睫を防ぐ。如何して“想い”は、上手く伝わらないのだろう。
人喰いは愛ゆえに、生前のニーナを喰らえなかった。ニーナは愛ゆえに、人喰いに喰われたかった。けれども彼を畜生に堕とさぬ為に、ひとつ約束を交わした。
――……それが、こんなことになるなんて!
「人喰い」の物語は、なにひとつ思い通りに動かなかった。はじめから荒れ狂った獣として顕現していれば、狂おしい程の感情を知ることも無かっただろうに――。
マンティコアが抱えているのは将に、思考を持つ生き物としての哀しみなのだ。
それでも生きている限り、生物は思考することを止められない。生存本能の赴く侭、歩み続けて行かなければ、生きていかなければ……。
「とはいえ、貴方がこのまま生きるには辛すぎます」
愛する人を喪い狂い果てた獣の姿は、余りにも忍びない。
少女は手負いの獣を介錯する為に、するりと二本の刀を引き抜いた。思い上がりでも、偽善でも構わない。マンティコアを救う道は、きっと此れしか無いのだ。
殺気を感じた獣は、毛並みを震わせ一息にシャルへと飛び掛かる。頸許へ伸びて来る鋭い爪を、少女は脇差と本差でグッと挟み込んだ。渾身の力を籠めて凶爪を押し返すシャルは、ぽっくり下駄で獣の躰を蹴り飛ばす。
宙を舞った獣は翼を羽搏かせて何とか体勢を立て直し、滑るように床へと着地した。その頃には既に、羅刹の少女は二本の刀を構え彼の許へと駆け出している。
「骸の海でゆっくり休んでください」
滑り込む要領で獣の懐へ潜り込み、シャルは二つの刀を幾度も振り下ろす。切先が鈍く煌めき、獣の肉を切り裂く度、はらはらと桜が舞った。
「いつかまた、ニーナさんと会えるといいですね」
躰中から鮮血を吹き出す獣の姿を視界の端に捉えながら、シャルは希う。
オブリビオンは死後、躯の海に還る運命。ニーナと同じ場所に行けるか否かは、分からない。それでも、細やかな希望を抱いたところで、バチは当たらないと思うから――。
介錯の刃は赫い絲を引きながら、尚もマンティコアの命を削り続ける。彼が漸く「思考」から解き放たれる、その時まで。
大成功
🔵🔵🔵
クロム・エルフェルト
(3)◎☆#
ん……、まだ覚醒の感覚が抜けきらない
極致の天でちらと視た、彼の心の色
大切な「家族」の想い出の彩、まだ残ってるなら
彼を狂ったまま骸の海に還しては駄目
此方からは仕掛けない
牽制として、抜刀術でのカウンター主軸
UCもあくまで「当てるだけ」、機動力を奪う事が主目的
貴方が彼女と居た間は、村には平穏が訪れていた筈
人喰いの罪は消えないけど、その功だって消えはしない
骸の海に還るのが罰ならば、静かに還るくらいは赦されてもいいと思う
もし彼女を躊躇わず食んでいたら、想い出は手に入らなかったよ
貴方は、彼女との日々を否定してしまうの?
優しい想い出と共に、どうか穏やかに終わって欲しい
介錯は言の刃で
おやすみなさい
メフィス・フェイスレス
◎☆#(3)
【心情】
奴はただの人食いの獣、いつも通りじゃない
ただ喰らうべき肉として認識していればいい話
奴の事情なんて知ったことじゃない。そのはずなのに
この時ばかりは私のヒトらしい感性がジャマだと思った
それでもなんとか言葉を紡がずにはいられなくて
そのためにはまず動きを止めたうえでアイツを理解しなければいけない
そのために私はもしかしたら酷く残酷な事をしようとしているのかもしれない
【行動】
飢渇を投げて動きを止め、切り裂きを武器受け、捨て身の一撃で耐えて骨身を食い込ませて肉薄しながら血潮を浴びせマヒ攻撃
UCで敵の動きを止めて無力化出来る箇所を狙ってUCで捕食
奪って覗いた記憶を元に説得する言葉をかける
●Neutral2「追憶」
全身を切り裂かれて尚、人喰いの獣は敵に背を向けることをしない。敵ながら誇り溢れる其の姿を前に、クロム・エルフェルトは緩く頸を振る。
「ん……」
まだ、覚醒の感覚が抜け切っていない。「離人感」とでも云うのだろうか。自分が自分で無いような気がする。少し浮つく思考のなかで思い出すのは、“極致の天”でちらと視た、マンティコアのこころの彩。もしも彼の中に未だ、大切な「家族」の想い出の彩が残っているのなら。
――……彼を狂ったまま骸の海に還しては、駄目。
改めて頸を振り直し、クロムは気を引き締める。諦めずに聲を届かせれば、少しは獣も正気に戻るかも知れない。その為にも先ずは、獣の闘志と狂気を削がなければ。
「奴はただの人食いの獣……」
同じくマンティコアと対峙するメフィス・フェイスレスは、自身の感情が掻き混ぜられているような感覚に襲われていた。
――いつも通りのことじゃない。
アレはただの獲物だと、彼女の獣性はそう謳う。メフィスは今この時も、飢餓衝動に苛まれているのだ。
マンティコアは、ただの喰らうべき肉である。奴の事情なんて知ったことじゃない。彼女の理性は、弱肉強食の理をありありと告げている。
それなのに――。
「このままじゃ、終わらせられないわ」
メフィスのなかの“ヒトらしい感性”が、彼女の衝動の邪魔をする。あんなものを見せられた後では、何かしら言葉を掛けずにはいられなかった。けれども、彼女は未だ、マンティコアの総てを理解していない。
だから、彼を知るために戦おう。
――……私は、残酷な事をしようとしているのかもしれない。
それでも、今ばかりは“ヒト”としてのエゴが、メフィスを熱く突き動かすのだ。屍人の娘が得物を構えれば、マンティコアが宙を蹴り高らかに飛翔した。
哀しき咆哮と共に、いま戦いの幕が開く。
「神速剣閃、弐ノ太刀――」
クロムの躰へ、獣の鋭い爪が飛び掛かる。ほんの僅か頬を掠らせながらも、仰け反り凶爪を躱した彼女は、眼にも止まらぬ速さで抜刀。獣が打つ“拍”を数え、一瞬の隙を突いた。呪いを纏った斬撃が、獣を切り飛ばす。
されど、それは致命傷に至らぬ浅い一撃だ。呪いの力で機動力を奪うこと、それこそがクロムの目的だった。
「貴方が彼女と居た間は、村には平穏が訪れていた筈」
人喰いの罪は決して消えないけれど、彼が齎した功績だって消えはしない。骸の海に還ることが、彼にとって罰ならば――。
「せめて、静かに還るくらいは赦されてもいいと思う」
刀を鞘に納めながらそう語るクロムの聲は、ひどく優しかった。
獣の動きが緩やかになったその隙に、メフィスが己の衝動から切り離した飢渇を、獣に向かって投げつける。緩慢な動作でそれを躱せずに、獣の躰は一瞬で粘液に包まれた。何とか身動きを取ろうと藻掻く獣の許へ、メフィスは駆けて往く。
「アンタの記憶、いただくわ」
殆ど捨身で粘液のなかへ飛び込めば、その中で藻掻く獣の爪が飛んでくる。その衝撃を腕から生やした骨刃で受け止めながら、屍人は獣の眸を至近距離から覗き込んだ。案の定、マンティコアは牙を剥き、彼女の肩へと思い切り噛み付いた。
骨身が軋み、血潮が舞う。返り血は獣の毛皮を赫く染め上げた。――そう、それで良い。彼女の血液には、毒が含まれているのだから。
すかさずメフィスは骨身を「喰牙」に変化させ、四肢を痺れさせ倒れ込むマンティコアの後ろ脚を切りつける。
刹那、喰牙が捕食した獣の記憶が、屍人の脳裏に流れ込んで来る――。
「……ああ」
溜息のような吐息が、メフィスの唇から漏れた。矢張りこの獣は、そうなのだ。
「喰らえなかったんじゃなくて、喰らわなかったんじゃない」
己の獣性を最期の最期まで捻じ伏せて、愛する者へ牙ひとつ突き立てることはしなかった。その崇高さを、情の深さを、忘れた侭にはさせられない。
「食欲に打ち勝ったことも、彼女の仇を討ったことも、誇るべきよ」
「それに……もし彼女を躊躇わず食んでいたら、想い出は手に入らなかったよ」
靜に彼の行動を肯定するメフィスに続いて、クロムもまた言葉を重ねて行く。確かに、悔いは有るかも知れないけれど。それを塗潰す程の幸せな記憶も、沢山あった筈だと信じたい。
「貴方は、彼女との日々を否定してしまうの?」
響き渡る問い掛けに、マンティコアが哀し気な啼き聲を零す。
もしも衝動の儘に彼女を喰らって居たら、吸血鬼に彼女を横取りされることは無かっただろう。けれども、自制のお蔭で沢山の想い出と掛け替えのない時間を、重ねて行くことが出来たのだ。
『ニーナ……』
ふたりが紡いだ言葉は、人喰いの狂気を確かに鎮めて行く。記憶の中の彼女の温もりを想いだし、人喰いの獣はゆっくりと眼を閉じた。クロムはその傍らに膝を着き、汚れた彼の毛皮を手櫛で優しく整える。
「――おやすみなさい」
願わくば、優しい想い出と共に、どうか穏やかな幕引きを。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
天音・亮
【欠片】
◎2
救えると信じて走った
どんな形でも二人が寄り添えるように
だけど呆然と見ているしか出来なくて
…何がヒーローだ
何も救えていない
私は何ができる?
悩む私の目の前に
きみの背中
ロキ
小さく零した
いつかの海が波音と共に蘇る
欠片合わせの貝殻
歪んでも押し潰されても
私が幸福に手を伸ばし続けていられた理由は──?
大丈夫だよと、声が聴こえた
背中を押された気がした
…願うよ、幸福を
やっと紡いだ音
終わりじゃない
終わらせない
生じた陽だまり彩の幽世蝶がロキときみの元へ羽搏いてゆく
灯した欠片は、きみの想いは
私達が繋いでいく
だからもういいんだよ
彼女が待ってる
もう…休もう
陽だまり点す道灯り
震える手を私はそっと隠すんだ
ロキ・バロックヒート
【欠片】
◎2
魔女がおまえの胎に納められても
そんなに憤り嘆くのはきっと
本当は失いたくなかったからだろう
たぶんおまえはまだ狂いきっていないんだね
悲劇に打ちのめされているだろう心に
珍しく慰めようとしたりもしない
名を呼ばれても背を向けたまま
君の言葉を待つ
あの日解ったことがある
欠片合わせの貝殻
欠けても失っても
こうしてまだ歩み続ける者がいる
だから世界はどうにか進んでゆくのだろうと
大丈夫だよ、亮
漸くこたえる
ねぇおまえ
おまえは食べるために家族を殺すような畜生には堕ちなかった
とてもえらいよ
だからかみさまがゆるしてあげる
愛しい魔女と共に眠ることを
今ならまだ間に合うよ
陽だまりから【夜の帳】へ
ヒーローの願いが届くよう
●compromise2「幸福」
冷たい床に横たわるマンティコアは、傷だらけになりながらも、何とか立ち上がろうとしていた。ふらつく脚で地面を踏み締めながら、寂しい眸で猟兵たちを射抜く。
獣のそんな悲壮な姿を天音・亮はただ、呆然と見つめていた。
きっと救えると信じて、彼女は戦場を駆け抜けた。どんな形であろうと、愛し合うふたりが寄り添えるように。そして、その結果がこれだ。
――……何がヒーローだ。
獣が求めた魔女の骸は、原形を留めぬ程に朽ち果てて。人喰いの獣はその悲しみに、狂い果てた。まるで何も救えていないではないか。
亮は、きつく拳を握り締める。
――私は、何ができる?
上手く回らない頭の中で、自問自答を只管に繰り返す。
愛する人を喪って、その残骸ではとても満たされなくて。死に場所を求めるように戦い続けるあの獣に、自分は何をしてやれるのだろう。
独り想い悩む娘の傍らに佇むロキ・バロックヒートは、珍しく何も言わない。彼女が此の悲劇に打ちのめされていることは、想像に難くないけれど。今ばかりは慰めの言葉すら掛けず、彼女の代わりに前へと歩みを進めて見せる。
「たぶん、おまえはまだ狂いきっていないんだね」
ふらふらと覚束ない足取のマンティコアを見下ろして、ロキは静かに語り掛けた。この獣は未だ、温かな感情を忘れていない。嘗て魔女だったものを漸く胎に納められたのに、あんなに憤り嘆く訳は、きっと――。
「本当は、彼女を喪いたくなかったんだろう」
諭すように言葉を落とせば、「何が分かる」とでも言いたげに獣が吠えた。しかし、ロキは怯まない。それで気が晴れるなら、存分に吠えれば良いのだ。
ふと視線を上げた亮は、眼前に在る朋の背中を静かに見つめる。いつもなら道行きを見守ってくれる彼が、今は自分の標と成ってくれていた。
「――ロキ」
震える花唇がちいさく彼の名を呼ぶけれど、ロキは振り向かない。ただ、其の先に続く娘の言葉を待っている。
ざあ、ざぁ――……。
亮の脳裏にふと、いつかの海が波音と共に蘇る。貝殻の欠片を繋ぎ合わせて、幸せもこんな風に膨らむ筈だと。彼に語ったあの日が、今はこんなにも遠い。
――歪んでも押し潰されても、私が幸福に手を伸ばし続けていられた理由は……。
「大丈夫だよ、亮」
漸く、ロキは返事を紡いだ。
彼女と出逢ったあの日、ひとつ解ったことがある。
それは、喩えこころが欠けても、大事なものが喪われても、こうして未だ歩み続ける者がいるということ。そして、だからこそ世界は、どうにか進んでゆくのだということ――。
欠片合わせの貝殻は、そんな細やかな積み重ねの大切さを教えてくれたのだ。
「……願うよ、幸福を」
その温かな響に背中を押された亮は、ゆっくりと息を吸い、想いと共に深く聲を吐き出した。やっと紡いだ音には、微かな希望の彩が宿っている。
――終わりじゃない、終わらせない。
世界中の誰もがハッピーエンドを諦めたとしても、ヒーローだけは決して、諦めてはいけないのだ。せめて彼等の幕引きも、温かくて優しいものにしてみせる。
彼女の意思に呼応するように、戦場にふわりと幽世蝶が舞い降りた。陽だまり彩の翅を揺らす彼等は、戯れるような軽やかさで、ロキと獣の元へ羽搏いてゆく。
「――ねぇ、おまえ」
此方へ向かって来る蝶を眺めながら、ロキはぽつりと聲を落とす。マンティコアは彼を睨め付けた侭、じっと動かない。
「おまえは食べるために家族を殺すような、畜生には堕ちなかった」
とてもえらいよ――。
そう囁く聲は、何処までも慈愛に満ちていた。獣性を抑えて己の尊厳を、そして家族の命を護った彼の行いは、きっと愛すべきものだ。
「だから、かみさまがゆるしてあげる」
愛しい魔女と共に眠ることを。
穏やかに語り掛けた刹那。獣の傍に陽だまりの翅を持つ蝶たちが、ふわりと舞い降りる。まるで、彼の道行きを照らすように。
「灯した欠片は、きみの想いは、私達が繋いでいくから――」
だからもういいんだよと、亮は柔らかに微笑んで見せた。震える指先を、後ろ手にそうっと隠しながら。
白い毛皮にこびり付いた血が、焦げた毛先が、彼の奮闘をこれ以上ない程に伝えてくれている。此れ以上彼がボロボロになる必要なんて、きっと無い。
「もう、休もう」
「今ならまだ間に合うよ」
ヒーローの温かな希いを届かせるように。ロキが指先からあえかな光を放てば、獣は陽だまりから夜の帳へと誘われる。血走った金の眼がとろりと微睡んで、軈て大きな躰が力無く床の上に横たわった。
ほんの少しだけ、哀しみを忘れて。いまはただ、眠ると良い。
温かな夢のなかで、きっとニーナが待っているから――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
六条寺・瑠璃緒
◎☆
(3)
そうすると、君の望みは叶ったわけだ
愛する人とひとつに……うん、獣にしてはロマンチックなんじゃない?
嗚呼、其れにしても見てられないな
君が喰らったのが砂でなく温かい血肉ならば満たされたと、君、本当にそう思うかい?
君は彼女を喰らえなかったことに嘆いているのかな
彼女との幸せな時間を突然取り上げられた上、約束ひとつ守れなかったのがやり切れないんだろう
出来ることならずっと幸せな日々を送りたかったし、せめて終わりくらいは、思い描いた通りに運びたかっただろうね、彼女も君も…君に喰らわれた人達も、ね
流し目を向け、UCを発動
君達も不憫だ
だからこそ、そういう悲劇は繰り返してはいけないんだよ
わかるだろう?
冬薔薇・彬泰
(3)◎☆#
愛は人を狂わせると云うけれど…云い得て妙とは、この事か
君を哀れむ心算はない
君は彼女を――ニーナ君を喰らおうとした
けれど、それが出来なかった
後悔しているのだろう?
己が間違っていたと思っているのだろう?
…けれど、あの『過程』がなければ
君は、君が抱いている感情を持つ事はなかった
多少切り裂かれ、四肢をもがれようと想定内
腕の一本くらい安い
けれど首はあげられない
僕が死んだらレディが悲しむからね
その都度激痛耐性で凌ぎつつ
致命傷だけは避け、攻撃を見切りながら
動きを封じる範囲に留め、刃を振う
殺しはしない
ただ、崩れ往く時を待とう
…さあ、もう疲れたろう?
君もニーナ君の待つ骸の海へ往くと良い
*苗字+君呼び
●Neutral3「悔恨」
深手を負ったマンティコアは細やかな微睡みから覚め、新たに立ち塞がった猟兵たちへと牙を剥く。憔悴の激しい其の姿を視界に捉え、六条寺・瑠璃緒は緩く頸を傾けた。
「愛する人とひとつに……うん、獣にしてはロマンチックなんじゃない?」
脳裏にふと過るのは、朽ちた魔女の遺骸を呑み込む獣の浅ましさ。傍から見る分は、全く幸せそうじゃなかったけれど――。
「一応は、君の望みも叶ったわけだ」
淡々とそう紡げば、手負いの獣はまるで憤ってみせるように低く唸った。冬薔薇・彬泰は其の様を見て、痛まし気に頸を振る。「愛は人を狂わせる」なんて、よく云ったものだ。云い得て妙とは、将にこのこと。
「――君を哀れむ心算はない」
彬泰は銀雪の打刀をするりと抜刀し、獣に向けて凛と構える。其の儘、――ずるり。床を滑るように脚を動かす剣豪は、一見非力に見える瑠璃緒の前へ立ち、彼の堅牢な壁と成る。
「荒事は僕にお任せを、六条寺君」
「そうだね、ここは甘えさせて貰おうかな」
彼の纏いから微かに馨る血の匂いに双眸を細めながら、瑠璃緒はゆるりと肯いてみせる。銀色に煌めく彬泰の刀には、牙を剥いて此方ににじり寄って来る獣の姿が、ありありと映っていた。
獣がふたりへ勢いよく飛び掛かれば、踊るようなステップと共に振るわれた打刀が、毛皮に包まれた彼の肉を撫で斬りにする。ギャッ、と啼いた獣はすかさず、反撃の爪撃を屍人の頸許へ繰り出すが――。
「悪いけど、首はあげないよ」
僕が死んだらレディが悲しむからね、なんて。硝子越しに微笑む剣豪の片腕に、鋭い爪は突き刺さった。衝撃に骨が砕ける音がする。
されど、刀を持つほうの腕が無事なら問題ない。
彬泰は其のまま己に噛み付こうとするマンティコアの鼻を、強かに切りつける。急所を攻撃されて、獣が本能的に怯んだ、其の刹那。
「あまり動かないことをお勧めしよう」
舞でも披露するように、ぐるり。剣豪は躰を軽やかに回転させて、銀雪の切先で獣の前脚を切り裂いた。勿論、致命傷には至らない。彼に止刀を差すつもりは、毛頭ないのだ。
思わず痛みに脚を引き摺りながら、一旦後退するマンティコア。彬泰と彼の距離が充分に空いたことを確認して、瑠璃緒は役者らしく良く通る聲を響かせた。
「嗚呼、其れにしても見てられないな」
血走った金の双眸が、少年を注視する。観客の視線に慣れっこな瑠璃緒といえば、何処までも涼しい貌の儘、つらつらと語るべき科白を紡いで往く。
「砂でなく温かい血肉を喰らえたならば、きっと満たされたと――」
そして、我が身に降り掛かった悲劇にも、どうにか折り合いが付けられた筈だと。
「君、本当にそう思うかい?」
獣は何も答えずに、ただ瑠璃緒の整った貌を睨めつけている。今にも飛び掛かって来そうな獣へ切先を向けた儘、彬泰もまた言葉を重ねて往く。
「君は彼女を、ニーナ君の血肉を喰らおうとした」
けれど、それは叶わなかった。
己の獣性を律した結果、彼女の血肉は奪われて。その残骸しか喰らえずに、獣は狂い果てたのだ。彼の心境は恐らく、壮絶なものだろう。
「後悔しているのだろう? 己が間違っていたと、そう思っているのだろう?」
眼前の獣は今も尚、怒り続けている。ぐるるるる、と響き続ける唸り聲からは、隠し切れない憤りが滲んでいた。
「……けれど、その『過程』がなければ。君は、その感情を抱く事はなかった」
掛け替えのない存在を喪って初めて、強者であるマンティコアは、奪われる側の痛みを知ったのだ。もしそれを知らぬ儘に生きていたなら、彼はただの獣として其の生を終えたことだろう。
いまのマンティコアは、ただの獣より、もう少しだけ価値の有る存在だ。
「本当は君、やり切れないんだろう?」
幸せな時間を突然取り上げられた上に、約束ひとつ守れなかったことが――。
彼の本質を見抜いたような瑠璃緒の言葉に、マンティコアが凍り付く。彼が嘆いている本当の理由は、ニーナを喰らえなかったことでは無いのだろう。
仮に望み通りに喰らえたところで、彼は畜生へと身を堕とすことに成るのだから。どちらの路を選んだとしても、行き着く先はきっと地獄。
けれども、彼等だって出来ることなら、ずっと幸せな日々を送りたかった筈だ。
「せめて終わりくらいは、思い描いた通りに運びたかっただろうね」
彼女も君も、君に喰らわれた人達も。
瑠璃緒はいつだって、虐げられた人間のことを忘れない。何せ彼は罪人の魂すら鎮めてみせる、慈悲深き神なのだから――。
「君達も、不憫だ」
彼らの事情にも一応は理解を示しながら、瑠璃緒は唇から吐息を零し、幼子を諭すように頸を振る。
「だからこそ、そういう悲劇は繰り返してはいけないんだよ」
哀れな獣へ呉れてやるのは、ただの流し目ひとつ。視線だけで「分かるだろう」と問い掛けたなら、獣は血走った眼を見開いて。憑りつかれたように、己の尻尾へ牙を立て始めた。
――希死念慮による自傷行為。それこそが、神が望んだ罰である。
軈て尾に生えた針の大部分を折り尽くした所で、獣の自傷は漸く収まった。毒に地を吐きながら、人喰いは力なく床へと横たわる。
「……さあ、もう疲れたろう。ニーナ君が待つ所へ、君も往くと良い」
戦場では「血濡れ鬼」と恐れられし剣豪の聲も、今ばかりは優しく響いた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
コノハ・ライゼ
◎☆#
3
もしも、もっと早くに喰らっていたなら
ソレが相手の望みだったなら
ひとつになる事を、それでも幸せだ言えたンかな
それは自問にも似て
「牙彫」へ【天齎】発動
動き見切りオーラ防御も併せ攻撃躱し凌いで懐へ飛び込み、肚を狙い斬りつける
2回攻撃で傷口を抉って、でも今回ばかりは生命は貰わない
何だか横取りするみたいだもの
アンタが喰らった多くのヒトにも家族があった
ささやかな願いでさえ理不尽に奪われた
僅かでも叶い、恨みもぶつけたアンタを羨ましくさえ思うオレが
因果応報だとかいうつもりは無いケド
せっかく得たのなら、怒りや悲しみでなく
誰かを想い、沢山悔いて還りなさいな
もう奪い奪われなくてイイように、見ててあげるカラ
揺歌語・なびき
3
◎☆
多分おれには
お前に寄り添ってやれる言葉がない
咎あるモノは獣だろうと殺すまで
それでも
なぁ
彼女は、生きてる内に腹の中に入れてくれとせがんだか?
お前が自分を喰わないように
死んでくれたんだろう
最期にひとつに成れたなら
彼女の願いを叶えたのは、お前だろう
これ以上は言葉の代わりに餞別だ
獣同士、ひと吠え勝負
今からちょっとうるさいからさぁ
怪我したくなかったら、皆少しだけ離れてね、うん
戦場の匂いごと息を吸って
あらん限りに吠え猛る
奴の咆哮は…まぁ耐えればいいや
【大声、鎧無視攻撃、激痛耐性、呪詛耐性
おれだって
腹に仕舞えたならば
どんなによかったろう
せめて、籠の中に
ああ、でも
あの子以外には殺されたくないや
なんてね
●Neutral4「獣性」
痛々しい噛み痕が遺る蠍尾を引き摺りながら、マンティコアは尚も猟兵たちへと敵意を向け続ける。まるで死に場所を求めているような其の姿に、コノハ・ライゼの薄氷の眸が憂うように曇った。
もしも、もっと早くに愛しい人を喰らっていたなら。そして其れこそが、相手の望みだったというのなら。
――……ひとつになる事を、それでも幸せと言えたンかな。
まるで自分自身に問い掛けるように、脳内でそんな疑問が巡り続ける。勿論、答えは見つからない。一方、彼の隣に佇む揺歌語・なびきは、冷静な眼差しで人喰いの獣を見つめて居た。
――……多分おれには、寄り添ってやれる言葉がない
マンティコアが抱える獣性には、少なからず覚えがある。それでも、なびきは道を踏み外せない人間だ。彼は異形を“狩る者”である故に。
「咎あるモノは、獣だろうと殺すまで」
「ま、そうなるわね」
喩え手負いの獣を前にしても、ふたりの「猟兵」としての在り方には、迷いがない。なびきは狩人らしく拳銃を構え、コノハは柄に瑠璃石を嵌め込んだナイフ『牙彫』を握り締める。
「さあ、祝杯を――」
銀彩に煌めく其の刀身に夕焼けの如きオーラを纏わせたコノハは、床を蹴ってマンティコアの懐へと滑り込んで行く。
幾ら手負いの獣と言えど、当然無防備な侭では無い。マンティコアは自身の正面に近づいた青年へと、鋭い爪で切り掛かる。
素早くオーラの壁を展開して爪撃を防いだコノハは、躊躇う事無く敵の懐へ潜り込み、その虚ろな肚をナイフで幾度か斬りつけた。血は出ない。彼が切り裂いたのは、その妄執ゆえに。
――何だか横取りするみたいだもの、我慢しましょ。
筋肉質な獣のブリスケットは、とても美味しそうだけれど。今回ばかりは、その生命をいただくこと迄はしなかった。その代わりに、耳の痛い話をひとつ。
「アンタが喰らった多くのヒトにも、きっと家族があった」
ささやかな願いでさえ、理不尽に奪われた者は大勢いる。そんな中、僅かでも願いを叶え、恨みもぶつけた彼を、コノハは羨ましいとさえ思うのだ。
「“因果応報”だとかいうつもりは無いケド――」
この際ひとの痛みを、知ると良いわ。そう言葉を重ねて、コノハはそっと睫を伏せた。
疵口に切先が這う度に、マンティコアは暴れ回る。がぶり、間近に居たコノハの肩口へと不意に噛み付いた獣は、そのまま勢いよく頸を振り、彼の躰を遠くへ振り払った。軽やかに宙を舞った青年は空中で体勢を立て直し、床を滑りながらも綺麗に三転着地する。
「――なぁ」
友人にこれ以上の追撃が及ばぬようにと牽制の弾丸を放ちながら、なびきは静かに口を開く。
この獣は狩るべき存在だ。それでも、狂気に堕ちた其の姿は、余りにも悲惨で、苦し気で。なんだか、見ていられなかった。
「彼女は生きてる内に、腹の中に入れてくれとせがんだか?」
ちがう。
ニーナはそれを、良しとしなかった。
「お前が自分を喰わないように、死んでくれたんだろう」
少なくとも、彼女は約束を果たしたのだ。
番であるマンティコアを、食慾と獣性に負けて愛する者を食い殺した「畜生」にしない為に。そして何より、彼を傷付けぬように。
「どんな形であろうと、最期にひとつに成れたなら」
彼女の願いを叶えたのは、お前だろう――。
『アァ……』
人狼の青年が告げる真理は、マンティコアのこころを深く揺さ振った。コノハが振るった刃のお蔭か、狂気に塗り潰された激情は沸々と彼の内側に湧き上がり、――やがては決壊する。
『ニィ、ナ、アァァァァァッ!』
激昂のような咆哮が、容赦なく室内を揺らす。急ぎ耳を塞いでも、凶暴な鳴聲は鼓膜をぐらぐらと振り回すばかり。
「……店長、少し離れてて!」
「りょーかい。頼りにしてるわ、なびきちゃん」
これから人狼の青年がやらんとしていることを察し、コノハは耳を塞ぎながら部屋の隅へと後退する。頸を巡らせ周囲から人の気配が消えたことを確かめたなびきは、血腥い戦場の匂いごと、大きく息を吸う――。
これ以上、彼に掛ける言葉は持っていない。代わりに餞別を呉れて遣ろう。
いざ獣同士、ひと吠え勝負!
深く深く息を吐いた青年は、あらん限りに吠え猛った。彼の咆哮は、昏い地下室を、淀んだ空気を、ぐらぐらと揺らして行く。
――おれだって……。
大事なあの子を腹に仕舞えたならば、どんなによかったろう。人として其れは無理だとしても、せめて。あの子を、籠の中に。
裡に秘めた獣性を解き放つように。昏い感情を聲に乗せて、なびきは只管に叫び続けた。ふと視界の端に、血を吐いて床に倒れ伏す獣の姿が映る。
――……ああ、でも。
其処で漸く、なびきは咆哮を止めた。
衝動に呑まれた獣はいつか、怖い猟師に狩られてしまう運命。ならば自制を忘れてはいけない。だって、
「あの子以外には殺されたくないや」
苦笑交じりにぽつり、そう零した刹那。静まり返った戦場に固い靴音が響き渡る。――コノハだ。彼はなびきの横を通り過ぎ、軈てはマンティコアの前で立ち止まり、静かな調子で言葉を紡いで往く。
「誰かを想い、沢山悔いて還りなさいな」
せっかく「感傷」を得たのなら、怒りや悲しみでなく。もっと“人らしい想い”を抱えた侭、灰と朽ちて欲しい。
「もう奪い奪われなくてイイように、見ててあげるカラ」
何処か温かに響くそんな科白を、人喰いの獣は浅い呼吸を繰り返しながら、ぼんやりと聴いていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
シャト・フランチェスカ
2◎☆
そうして彼らはひとつに成り
彼らだけの愛を証明して魅せたのです
…そんなふうに結びたいものだけど
猟兵が与える終わりとは
もっと現実的なものなんだ
それが慈悲か残酷か
決めるのは僕じゃない
彼の慟哭に身が竦む
愛おしい口惜しいって
そんなにも叫べるきみが僕は怖い
たぶん彼には誰の声も届かないだろうな
だから少しだけ姿を見せてよ、ニーナ
羽ペンの先から滲んだ霧に
輪郭を霞ませて
その姿が現れるだろう
彼が狂おしく求める家族
歪で美しい愛の形
ふたりは何を語らうのかな
それとも言葉さえ要らないのかな
もはや滅びなければならない彼らだけれど
せめて、終わりの間際に見る夢は
穏やかで安らかなものであるように
どうか優しく、とどめをさして
●compromise3「邂逅」
『嘗て「人喰ひ」と恐れられてゐた獸と、村人から「魔女」と呼ばれてゐた女。
愛し合ひながらも引き裂かれたふたりは、「躰」を喪つても尚、こころの何處かで繋がつて居りました。
人喰ひは約束通り、魔女の遺灰を胎の中へ仕舞ひこみました。柔らかな血肉は喰らへ無かつたけれど、彼女はきつと赦してくれるでせう。
さうして、ふたりはひとつに成り、彼らだけの愛を證明して魅せたのです――』
「……叶うことなら、そんなふうに結びたいものだけど」
奇麗な侭では終わらなかった復讐譚に、シャト・フランチェスカは独り頸を振る。猟兵がオブリビオンへ与える終わりというものは、もっと“現実的なもの”だ。
果たしてそれが、慈悲深い幕引きと成るか。それとも、残酷な終焉を齎すのか。
「決めるのは、僕じゃない」
狂おし気な慟哭が、部屋の中をぐらぐらと揺らす。シャトは身が竦む想いだった。愛おしい、口惜しいと、あの獣は啼いているのだ。
――……そんなにも叫べるきみが、僕は怖い。
ただの他人に、如何して其処まで執心できるのだろう。
朧に消え惑いそうな己の躰を抱きしめながらも、紫陽花の乙女は櫻彩の双眸で獣の姿を観察する。恐らく、彼には誰の声も届かないだろう。だから、
「少しだけ姿を見せてよ、ニーナ」
獣に聞こえないようにと聲を潜め、内緒話の如く囁いたなら。細い指先で握りしめた羽ペンを、ふわりと揺らした。刹那、ペン先から霧が滲む。
みるみる内に膨れ上がって往く其れは、軈て輪郭を霞ませて。気づけば、ひとの容を象って行く。シャトは、霧が象った人物のことを知らない。
けれども、マンティコアなら分かるだろう――。
紫陽花の乙女がペン先を嘆く獣に向けたなら、朧な人影は小さく頷いて彼の許へ漂いゆく。霧で造られた指先が血に塗れた毛皮に触れて、飛散した瞬間。人喰いの動きが、ぴたりと止まった。
『ニーナ……』
霧で造られた其のひとは、狂おしい程に彼が求める家族、ニーナだ。歪で美しい愛の形が今、此処に顕現した。
『オマエヲ、サガシテイタ……』
絞り出すように其れだけ囁いて、獣は静かに彼女の亡霊へ身を寄せる。ふたりの間に、それ以上の言葉はきっと不要なのだろう。霧で造られた彼女の躰は、少しの衝撃にも飛散してしまうけれど。その容はきっと、マンティコアの慰めと成る筈だ。
「もはや彼らは、滅びゆく運命だけれど」
せめて終わりの間際に見る夢は、穏やかで安らかなものであるようにと希いながら。紫陽花の乙女は静かに、櫻彩の双眸を閉ざす。
――どうか優しく、とどめをさして。
ぽつりと咲いた儚き希いは徒花と成らず、きっと実を結んで行くだろう。
この先に続く、数多の頁へと。
大成功
🔵🔵🔵
タピア・アルヴァカーキ
◎☆#
(3)
オブリビオンの心をここまで震わすとはのう。
ニーナ、奴は正しく「魔女」だと断言できるわ!
血肉は消滅し砂になっても人喰いを狂わす魔性、恐るべしよ。
貴様は魔女と一つなった気でおるが……それは真か?
魔女の魂は別の場に居る様な気がするがの。
それが分からぬなら致し方ない、貴様がそこへ行けるよう手伝ってやろう!
ちょっとだけじゃぞ!
「血統覚醒」
我、悪霊に堕ちし身なれど誇りある血統は未だ死んではおらん。
人を喰らってきたその罪を吸収してやろう……
貴様にはもうその血は必要ないんじゃ。
ニーナが待っておるぞ、骸の海でな。
●Neutral5「魔性」
幻想の霧が離散した後、戦場に遺されるのは哀しき獣のみ――。
魔女の面影が完全に消えゆけば、先ほどまでの平静さが嘘のように、マンティコアは再び暴れ出す。
「オブリビオンの心をここまで震わすとはのう……」
何の因果か、彼が追い求める存在によく似た魔女――タピア・アルヴァカーキは、そんな獣の姿を興味深げに眺めていた。
「ニーナ、奴は正しく「魔女」だと断言できるわ!」
精を吸い尽くされた彼女の血肉は既に消滅し、すっかり砂に成り果てて仕舞っていた。それでも尚、彼女は人喰いを狂わせるのだ。
――その魔性ときたら、恐るべし。
同じ魔女として素直に感心しながら、タピアは荒ぶる獣の許へと歩み寄って往く。近づく靴音に獣の血走った眼が、ぐるり、彼女へと集中した。
「貴様は魔女とひとつと成った気でおるが……それは真か?」
嘗て彼女だった「砂塵」は確かに胎のなかへと収めたものの、彼女の「魂」の方は如何だろうか。少なくとも、此処ではない別の場所に居るような気がする。
『ワレハ、ヤットヒトツニ……!』
「分からぬなら致し方ない」
されど、狂乱した獣は問い掛けの意図を解しない。牙を剥いて殺意と怒りを露わにする其の姿を前に、タピアはやれやれと頭を振る。
「貴様がそこへ行けるよう手伝ってやろう! ちょっとだけじゃぞ!」
刹那、翠彩の双眸が血の彩に染まり行く。
血統覚醒。
「我、悪霊に堕ちし身なれど――」
誇りある其の血統は、未だ死なず。
ダンピールたるタピアは、その身に流れるヴァンパイアの血を開放したのだ。
「人を喰らってきたその罪、我が吸収してやろう……」
鋭い牙を煌めかせながら妖しく嗤う彼女へ、獣は相変わらず牙を剥き続けている。先に動いたのは、タピアの方だった。
この術は躰に負担が掛かり過ぎる。悠長に睨み合っている暇は無い。
床を蹴り上げ蝙蝠の如く飛翔すれば、マンティコアの許へと素早く舞い降りる。深手を負った獣はしぶとく、鋭い爪を振り回して彼女へ抵抗した。よく尖れたナイフの如き爪先は、彼女の痩せた躰を強かに切り裂いて血飛沫を咲かせていく。
しかし、ヴァンパイアは獣以上にしぶとく、強力な生き物だ。
「貴様にはもう、その血は必要ないんじゃ」
タピアは怯むことなく獣の大きな体を両腕で抑えつけ、白い毛皮に包まれた躰へと深く、牙を突き立てる。
そうして、彼女は痛みに泣き叫ぶ獣を無視して、彼の裡に流れる罪の証――これまで喰らって来た人々の命で造られた血液――を啜って往く。
血を吸われて貧血を起こしたのか、それとも罪が浄化されたのか。暫く吸血を続けているうちに、マンティコアはよろよろと床に倒れ込む。そこで漸く、タピアは牙を抜き、柔らかな毛皮から貌を離した。
「さあ、ニーナが待っておるぞ」
口端から垂れる甘美な赫を拭いながら、魔女は諭すように囁き掛ける。獣の魂の穢れは今、彼女が注いだのだ。
ゆえに何時の日かきっと、ふたりはまた巡り逢えるだろう――。
大成功
🔵🔵🔵
誘名・櫻宵
🌸神櫻
3◎#
ひとつになれたわね
私も愛しいひとを喰ろうたからわかるわ
何者にも渡さぬように
全て己の中におさめ
ひとつになり無くなるの
あなたの抱いた愛は
美味しかった?
違うわ、カムイ
人喰いが魔女を手に入れたのではなく
魔女が人喰いを手に入れたの
かぁいいことを言う神様
あなたをだなんて…私は獣ではない
大丈夫
だけど、ふふ
黄泉桜を餞に
共におくってあげる
今度は離れぬように
カムイ
躊躇わないで
優しい神に微笑んで重ねるように
浄化と破魔を宿す斬撃を這わせる
衝撃波で弾き飛ばして
桜化の神罰で命を咲かす
誰も救われない?
いいえ
妄執も執心もすべて
之で解放される
雁字搦めの糸が解ける
私はそれを救いとよぶ
おやすみなさい
愛しい思い出と共に
朱赫七・カムイ
⛩神櫻
3◎#
ひずめど結ばれた約は果された
魔女の魂は吸血鬼には奪われていない
望んだ場所へおさまったのだと…気休めだ
人喰いは望み通りに魔女を手に入れたのかな
喰らってしまうほど愛おしいという感覚は
まだ私には分からぬこころ
サヨ、もうひとを喰べてはいけないよ
どうしても食べたくなったなら私をお食べ
私ならば大丈夫だ
終わりにしよう
少しでも思い出が取り戻せるなら
誰にもそなた達の日々を愛を奪うことなどできない
見切りながら切り込み
斬撃を重ね切断する
…他に路はないのかと躊躇う
誰も救えないのかと惑う
サヨ…
巫女の声に躊躇いを振り払う
次なる旅路があるのなら
今度は二人で歩めるといい
その為に、断つ
…サヨと私のように
また逢えるよ
●Neutral6「救済」
歪めども結ばれた盟約は、いま此処に果された。
獣が愛した魔女の「魂」だけは、吸血鬼に奪われること無く、望んだ場所へ収まったのだと――そこまで思いを巡らせたところで、朱赫七・カムイは力無く眸を伏せる。
「……総て、気休めだ」
これが彼等の幸せだと云うのなら。あの獣の狂乱は何故、今もなお冷めやらぬ。盟約とは、もっと温かく希望に満ちたものである筈だ。それなのに、何故……。
「噫、ひとつになれたわね」
されど彼の傍らに在る誘名・櫻宵は、彼等を祝福するかの如く、温かな眼差しを獣に送る。麗人には、獣の想いがよく分かる。櫻宵もまた、愛しいひとを喰らったことがあるのだから。
それは、何処までも燃え広がるような妄執だった。
何者にも渡さぬようにと、総て己の中へと収めたら。ふたりは漸く「ひとつ」に成り。軈てはチョコレェトのように蕩け、「あなた」と「わたし」の境目は消えて往く――。
「あなたの抱いた愛は、美味しかった?」
麗人はそう問い掛けながらも、ふわりと微笑んで見せるけれど。手負いの獣は地を這うような低い唸りを響かせて、己が運命を呪うのみ。
「……人喰いは、望み通りに魔女を手に入れたのかな」
哀れな其の様は、全く満たされたようには見えなくて。カムイはぽつり、疑問を零す。されど彼の問いを真先に否定したのは、親友の櫻宵だった。
「違うわ、カムイ」
人喰いが、魔女を手に入れた訳ではない。
だってこの結末は、「彼」が望んだことではないのだから――。
「魔女が、人喰いを手に入れたの」
死した後、徒に土へと還る位なら。いっそ愛しいひとの胎に収まって、彼の血肉と成ってしまいたい。彼が抱く少しの後悔はきっと、ふたりを繋ぐ楔と成るから。
「……サヨ、もうひとを喰べてはいけないよ」
喰らってしまうほど愛おしいという感覚は、人の身を得て未だ浅いカムイには分からぬこころ。されど、親友の魂に罪が刻まれるのは見過ごせない。
「どうしても食べたくなったなら私をお食べ」
私ならば大丈夫だと、控えめな気遣いを見せる彼に、麗人は「かぁいいことを」と、ふふり笑った。己は龍人であって、獣では無いと云うのに――。
「あなたをだなんて……大丈夫」
それでも、弛んだ頬はなかなか元に戻らない。いじらしいことを言う神が、微笑ましくて仕方が無かった。カムイはそんな櫻宵の反応に頸を傾けながらも、朱砂の太刀をするりと引き抜く。
「では、そろそろ終わりにしよう」
「そうね、彼らを送ってあげましょう」
今度こそ、ふたり離れぬように――。
血櫻の太刀を構えながら、麗人もまた肯いた。そうしてふたりは、同時に脚を踏み出し、獣の許へと向かって行く。
「虚ろなこころには、僅かでも思い出が残っているのだろう」
カムイが振るった喰桜は、間一髪で退いた獣の毛並みをさらりと撫ぜる。はらはらと白い毛を散らしながら、人喰いの獣は勢いよく彼に飛び掛かり、お返しとばかりにその腕へ牙を突き立てた。
「ならば誰にも、そなた達の日々を、愛を奪うことなどできない」
白き神衣が赫に染まり、神は奥歯を噛み締める。腕に食い込んだ戒めの牙より、伝わらぬ想いが、今はただもどかしい。
「私の神様を喰らっては駄目よ」
其処へすかさず割って入るのは、彼の親友――櫻宵だ。麗人は流れる様な動きで獣に肉薄し、血彩の刀で其の背を強かに切りつける。
獣はギャッと叫び聲をあげて、神の腕から牙を引き抜く。慌てて一旦空中へと後退した彼は、櫻宵の方へと狙いを付けたようだ。獣は麗人の許へと一気に飛翔し、鋭い爪で其の肩口を強かに切り裂いた。太刀が降らせた櫻に混じって、赫い飛沫が宙を舞う。急ぎカムイが牽制の一太刀を食らわせれば、人喰いの獣は再び宙へと逃げた。
我を忘れた其の姿は、何処までも哀れで、痛々しくて。優しき神は、思わず眸を伏せる。太刀を振るうことへの惑いが、彼を屠ることへの躊躇いが、彼のこころを昏く沈めて行く。
殺し合う他に、路はないのだろうか。
盟約を果たした彼らを、救う路は――。
「カムイ」
透き通った巫女の聲に、神の意識は引き戻される。視線を上げて眺める親友の貌は、優しく微笑んでいた。
「サヨ……」
「躊躇わないで」
温かく背中を押してくれる其の科白に、カムイは漸く躊躇いを振り払う。獲物を握り締める指先に力を籠めればもう一度、彼は獣の許へと駆け出して行く。
――次なる旅路があるのなら、今度は二人で歩めるといい。
そんな希いを、胸に抱きながら。敵を迎え撃とうと地上へ舞い降りて来る獣に向けて、カムイは大きく刀を振り上げた。
「その為に、断つ」
今回の任務は、誰も救えない。
仕事に挑む際に掛けられた科白を想いだして、櫻宵はちいさく頸を振った。
「――いいえ、違うわ」
獣の妄執も魔女の執心もすべて、此れで漸く解放される。魂を雁字搦めにしている絲が解けて、ふたりの魂は晴れて自由に成る。
「私はそれを、救いとよぶ」
優しき神が放つ斬撃に重ねるように、櫻宵もまた斬撃を這わせた。舞い散る櫻と共に放たれた衝撃波は、獣を弾き飛ばし。衝撃を直に喰らった毒々しい彩の翼を、神罰で櫻へと変えて往く。
翼を喪った獣が体勢を崩した刹那、まるで春雷の如き勢いでカムイが太刀を振り降ろす。重たい衝撃を伴う強かな斬撃は、獣の蠍尾を見事に切り落とした。
満身創痍の状態で、ふらふらと獣は床へ崩れ落ちる。もはや、抵抗する力もないだろう。そう判断したふたりは、静かに彼の許へと歩み寄って行く。
「おやすみなさい、愛しい思い出と共に」
「……サヨと私のように、きっとまた逢えるよ」
春雨のように優しく降り注ぐ言の葉と、ひらりと舞い続ける黄泉桜を、餞に代えて。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リーヴァルディ・カーライル
◎☆2
…どうやら探し人は見付からなかったみたいね
…お前のような狂乱した魔獣を野放しにする気は無い
罪無き人々を襲う前に終わらせる…つもりだったんだけど
…その前に一つ、面白い物を見せてあげるわ
左眼の聖痕に魔力を溜め霊魂の残像を暗視し、
亡骸の周囲に目的の魂が残されていないか見切り、
吸血鬼化した自身の生命力を吸収してUCを発動
…貴女でしょう?彼の魔獣の探し人は
…他力で申し訳ないけど、これ以上暴れないように説得してほしい
…私や他の者より、貴女の言葉の方が聞き入れやすいでしょうし
ニーナの魂の呪詛を浄化して光の精霊として召喚
魔獣の説得をしてもらうように試みる
戦闘後は彼らの冥福を願い、祈りを捧げることにするわ
スキアファール・イリャルギ
◎☆#
2
……これは同族嫌悪なんだろうか
理解したくない
同情したくない
愛はよくわからない
でもあの惨めな姿は、啼く姿は――
真の姿は維持し
獣に取り付くように捕縛する
それ以上の手は加えない
攻撃を受けても離さない
――彼女は
家族だったんでしょう
大切だったんでしょう
"愛"を教えてくれたんでしょう
どうかその想いは、記憶は、狂気に呑まれないでくれ
人も獣も還る所はきっと同じ
ふたりで穏やかに一緒に眠れるよ
……だから忘れちゃ駄目だ
ひとつと成れたなら、何が何でも彼女を離すな!
誰かの血肉で薄めちゃ駄目だろ!
未来の私みたいに、化け物に戻るなよ……!!
……なんで、こんな
赦してはいけない存在に、私はこんな、熱くなって
噫、クソ……
●compromise4「終焉」
人喰いの獣マンティコアの生は、既に終わりかけていた。
毒々しい彩の翼を奪われ、毒針を生やした蠍尾を切られ、身体には無数の疵が刻まれている。それでも尚、獣の闘志は折れていない。
新たな猟兵が目の前に立ち塞がれば、満身創痍の躰を引き摺って、懲りることなく立ち上がろうとする。
「……望んだ形での再会は叶わなかったようね」
そんな痛々しい獣の姿を見降ろしながら、リーヴァルディ・カーライルは冷静に言葉を紡ぐ。狂乱した魔獣を、このまま野放しにする気は無い。
「罪無き人々を襲う前に終わらせる……その心算だったんだけど」
ちら、と少女が紫水晶の眸を向ける先には、魔女の遺骸が転がっていた暝がりがある。彼女の視線を、身体中に張り付いた眼で追い掛けたスキアファール・イリャルギは、不定形の容を保ったまま一歩だけ前へと歩みを進める。
「……次は、私が人喰いを抑えましょう」
「そう……任せるわ」
短い遣り取りを交わして、リーヴァルディは暝がりへと駆けて往く。すかさず後を追おうとする獣の前に、不定形の影がどろりと立ち塞がった。
「此処から先は、通せない」
影人間の躰に張り付いた数多の口が、そう語る。人喰いの獣と対峙しながらも、スキアファールは内心で、複雑な感情を持て余していた。
――……これは同族嫌悪なんだろうか。
分かるけれど、理解したくない。
胸を掻き毟りたく成るほど哀しくなるけれど、決して同情したくない。
そもそも、「愛」というものはよく分からない。けれど、あの惨めな姿は。誰かを求めて、啼く姿は。
いつか行き止まりの未来で視た、自分の姿によく似ていた。
「――彼女は」
影がぶよぶよと蠢き、マンティコアの躰を包んで行く。最期の抵抗とばかりに荒れ狂う獣は、此方を注視する数多の眼に、そして語り掛けてくる数多の口に、容赦なく爪を立てて行く。けれども、スキアファールが彼を開放することは無い。
「家族だったんでしょう」
またひとつ、口が切り裂かれる。
それでも、この口は喋ることを決して止めない。
「大切だったんでしょう、“愛"を教えてくれたんでしょう」
人喰いの獣といえど、其の身に抱いた感情はきっと本物の筈だ。どうかその想いは、記憶は、
――狂気に呑まれないでくれ。
祈るような気持ちで、スキアファールは獣に囁き続ける。またひとつ、眼が牙に潰されたけれど、残った分はちゃんと獣を見つめ続けていた。
「人も獣も還る所はきっと同じ。ふたりで穏やかに、また一緒に眠れるよ」
だから、忘れちゃ駄目だ。そう懸命に言い聞かせながら、影人間は残った唇の幾つかを、強く噛み締める。胸裏で渦巻く嫌悪感と恐怖と憐憫に、頭が可笑しくなりそうだった。
他方、リーヴァルディは暝闇で「或る人」を探していた。
魔女の亡骸が横たわっていた場所は、確か此の辺りだった筈だ。左眸の聖痕に魔力を溜めれば、地下室に漂う霊魂の気配を色濃く感じられる。
眸を眇めて闇のなかを見つめれば、ふと、薄ら揺らめく白い影が視えた。
「……貴女なんでしょう」
彼の魔獣の探し人は。
確信めいた何かを感じて少女がそう問いかけても、影は何も答えない。自意識が朧なのだろうか。見兼ねたリーヴァルディは、諭すように言葉を重ねて行く。
「貴女がニーナなら、これ以上暴れないように、彼を説得してほしい」
他力で申し訳ないけれど、なんて。少女は僅かに双眸を伏せた。
猟兵たちの聲掛けで、獣の狂気は着実に削がれている。されど死に場所を求める彼の獣は、凄惨な最期を迎えるまで、敵に立ち向かい続けるだろう。因果応報と言えば其れ迄だが。
「……もう、総て終わりにしましょう」
人喰いの妄執も、魔女の執心も、ふたりの歪な愛も――。
少女の言葉に揺らめく影は、たった一度だけ、靜に肯いた。
「限定開放、――頼んだわ」
その身を吸血鬼と化したリーヴァルディは、己の裡に流れる生命力を吸収して、漂うニーナの魂を浄化する。そうして穢れを祓われた魔女の魂は、光の精霊として昇華されて行く――。
如何して、自分はこんなことをしているのだろう。
牙を剥いて藻掻き続ける獣を懸命に抑えつける影人間の脳裏にふと、そんな疑問が過った。
人喰いなどと云う「赦してはいけない存在」に、どうしてこんなにも、熱くなっているのだろう。
幾らでも替えが効くとはいえ、切り裂かれた口が、牙を立てられた眼が、痛みを訴えている。どうして、自分はここまでするのだろうか。
――噫、クソ……。
スキアファールの理性の絲が、遂に切れた。
「ひとつと成れたなら、何が何でも彼女を離すな!」
抑えつける力を強めた彼は、秘めていた感情の儘に獣を怒鳴りつける。いま、彼の胎のなかには、ニーナしか居ないのだ。それなのに……。
「誰かの血肉で薄めちゃ駄目だろ!」
愛したひとの面影さえ忘れて、獣性と欲望に呑まれるなんて。そんなこと、余りにも残酷すぎる。
「化け物に戻るなよ……!!」
どうか、未来の私みたいには――。
祈るような想いで紡がれた言葉は、マンティコアのこころにも届いたのだろう。体を包み込む影に、漸く彼は身を預けた。力なく眼を閉じたその姿からは、諦観が滲んでいる。漸く訪れた静寂にスキアファールが息を吐いた、刹那。
「……ひとつ、面白い物を見せてあげるわ」
カツカツと靴音を響かせながら、リーヴァルディが彼等の前に現れた。躰から淡い光を放つ、ひとりの女を引き連れて――。
「まさか……」
影人間の総ての眸が、突如現れた女に注目する。彼女に連れ添う少女は、彼へ小さく頷いて見せた。そして、煌めく女――精霊の背中をそうっと押してやる。意図を察して、影人間は漸く捕えた獣を開放した。
精霊は静かにマンティコアに歩み寄り、血で汚れた毛皮を優しく撫でる。何処か懐かしい温かな掌に、人喰いは眼を開けた。
そして、己の毛並みを整える女の姿を視て硬直する。
『ニーナ……』
優しい光を放ちながら、ニーナは静かに番に寄り添った。まるで昼寝に誘うような、気軽さと穏やかさで。一方の獣は血に染まった毛皮で、彼女の躰を包み込む。番の躰を温めるように。
『何時マデモ、オマエト共ニ……』
漸く其処まで絞り出して、獣は動くことを止めた。砂の像が壊れて行くように、マンティコアの躰が、さらさらと崩れて往く。
彼に寄り添う光の精霊は、眩いばかりの輝きで地下室を包み込んで――。
やがて世界に暝闇が広がった時。
ふたりが寄り添っていた其処にはもう、なにも無かった。
「村の人々も、彼らも、安らかに眠れますように」
両手の指先を絡め合わせたリーヴァルディが、静かに祈りを捧げる横で。スキアファールも総ての瞼を閉ざし、闇と同化しながら祈る。
彼らが今度こそ逸れることなく、同じ場所に辿り着けるように。
そして、何時までも共に居られるように。
こうして、或る獣の復讐譚は幕を閉じた。
世界の隅で芽生えた歪な愛、その顛末を知るのは、猟兵のみ――。
大成功
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