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触れるその日を

#UDCアース #【Q】 #UDC-P

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●硝子の心
 あたたかいって、なんだろう。

 先が見えないぐらい遠くまで続く、暗くて深い水たまり。よせては返すその水たまりの上に積み上げられた石のお山で、私はこっそりヒトの会話を聞いていた。私とは違う、光が透き通らない体のヒト。やわらかくてふにふにした、たまにしわしわしてるヒト。二人でぴったり体をよせて、幸せそうに言ってたの。
 くっついたら、あたたかい。ヒトって、そういう生きものらしい。

 上から降り注ぐまんまるの光に照らされて、私の体はきらきら、輝く。透明な体。呪われた体。生きものをつやつやな、かちこちにする体。
 あたたかい、は分からない。ヒトに触れたら分かるかもしれないけれど、それはだめ。そのヒトまで私と同じ、つやつやなかちこちになってしまうから。でもそんなこと気にしてるのは、沢山いる『私』の中で私だけらしい。だってそうでなければ、皆こっちに向かって歩いて来たりなんてしないもの。

 幸せそうだった二人を囲む、透き通った体の『私』達。
 私は思わずお山を飛び出して、二人と『私』の間に割って入ろうと――。

●海辺に潜む呪い
「UDCジャパンの玉響町という所で、行方不明者が発生していたそうなんだけどね。予知で原因が分かったよ。」
 今回も依頼解決、よろしくお願いしますと頭を下げた鈴木・志乃(ブラック・f12101)は、要点を纏めた資料を猟兵達に配り始めた。
「海岸線に潜んでいたUDC……“硝子の噂『マンガン』”達が、遊びに来ていた人を襲って海に引き摺りこんでるみたい。丁度これから住人らしきカップルが襲撃される予知を見たから、皆には彼らの保護とUDCの撃破をお願いします。」
 ホチキスで留められた資料を捲れば、敵UDCと思しき姿が描かれている。頭の先からつま先まで、全てが透き通った硝子製の少女だ。そのくせ目はどこか沈んでいて、今にも零れ落そうな印象を受ける。
 硝子と言うよりまるでタールだな――猟兵の誰かが、そう呟いた。
「敵性存在だからね、おどろおどろしく見えると思う。でも、これから倒してもらうマンガン達の群れの中に、どうもUDC-Pがいるみたいなんだよ。」
 鈴木の言葉に、何人かが資料から顔を上げる。
「ごめん、言うのが遅れた。皆UDC-Pって知ってるかな? 初めての人の為に説明しておくね。」
 UDC-P。何らかの異常により、オブリビオンとしての『破壊の意志』を持たず存在しているUDCの総称だ。人を殺さず悪事に染まらず、人類に協力的な彼らは発見され次第UDC組織の庇護下に入り、人間の役に立つ様々な研究を手伝ってくれている。しかし姿形が通常のUDCと変わらない彼らは、仲間内で恐怖に怯え暮らしていることも少なくはなく――。
「このマンガン達の中にも、そんなUDC-Pが一人だけ交じってる。予知で見た時はカップルを庇ってたから、皆も一目で分かると思うよ。でも特段強い個体って訳じゃないし、しっかり保護して組織に連れ帰ってね。組織は一般人だらけだから、引き渡す前に対応マニュアルの作成もお願い。」
 やることばっかで申し訳ないと頭を下げる鈴木に、猟兵達は思い思いの了承を告げる。
「……ホントありがとう。準備の出来た人から転送するよ。転送場所は海沿いにある駐車場。まだマンガン達は現れてないけど、先手を取りたいなら捜索しても良いし、簡単な罠ぐらいなら張れると思う。何か準備がしたければ近場のスーパーに行くといいよ。襲撃までそれぐらいの猶予はあるから。」
 燐光を散らすリンクチェーンが宙に浮かび上がり、大きな円を描いて空間に光のゲートを作る。ゲートの向こうに広がる暗がりから、冷たい潮風が流れ込んで来た。
「それじゃ、よろしくお願いします。夜の海は寒いから、皆ちゃんと温かくして出発してね!」


スニーカー
 初めましてか二度目まして。スニーカーと申します。
 皆様が歩む旅路の、良い思い出の一つとなれれば幸いです。

 以下補足です。

●最終目的
 玉響町の海岸線に潜伏するUDCの殲滅及び一般人とUDC-Pの保護。

●第一章
 海沿いにある駐車場から開始します。
 オープニング以外の行動でも、三十分ほどで出来そうなことであれば自由に記載して頂いて構いません。この章の結果は二章冒頭に影響します。

●第二章
 硝子の噂『マンガン』との戦闘です。
 動きは単純で見切りやすいですが、状態変化と数の多さで攻めて来ます。また一般人とUDC-Pがいる為、彼らを守りながら戦う必要があります。

●第三章
 無事に保護したUDC-Pの対処マニュアル作成タイム。
 詳細は追って開示します。

●!ATTENTION!
 大変お手数ですが、マスターページをご一読の上で参加をお願い致します。
 また全ての章において断章を挟み次第、プレイングを受け付けます。それ以前に送って頂いたものは採用するのが大変難しいです。ご留意下さい。
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第1章 冒険 『夜の街の探索』

POW   :    裏通りで情報通の人達へ聞きに 度胸または、威圧を行うことも必要になる

SPD   :    店に紛れ込んで情報収集 素早く入り込み、素早く撤収が求められる

WIZ   :    ネットや聞き込みで情報探索 手掛かりを紐付ける観察力と推理力が頼り

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 ――午後八時。玉響海岸駐車場。

 猟兵達の足が、冷たく固いコンクリートを蹴った。
 整然と並べられた白線は真新しく、まだ最近引かれたばかりなのだろう。近くのスーパーの光が、疎らに停められた車に反射している。体を撫でる涼やかな秋風は、金木犀と潮の香りが混じっていた。駐車場から続く階段を降りれば、堤防の壁を一枚隔ててテトラポッドが波から町を守っている。

 横に長く、長く広がる海岸線の何処にカップルとUDCはいるのだろう。
 猟兵達は探索を開始した。
大町・詩乃
アドリブ・連携歓迎です。

人との触れ合いを求めるUDC-P(以下、彼女さん)。
何か放っておけないものを感じましたので、良い結末に至れるよう頑張ります。

まずは情報収集。
彼女が人を見ていたなら目撃情報もある筈。
スマホで玉響町の都市伝説か怪談話を検索。
得た情報を元に、普通の服装でスーパー周辺で聞き込み。
何か知っていそうな人を第六感で当たりをつけ、観光客を装って礼儀正しく話しかけ、催眠術と読心術を使って快く教えて頂けるように誘導。
きちんとお礼を述べますよ。

UC使用し、夜行性の蝙蝠さん・ヤモリさん・虫さんに周辺探索をお願い。
海岸に向かうカップルさん・彼女さん・マンガン達の居場所を把握して現地に向かいます。



●硝子の噂
 黒々とした海の波間に、町の煌めきが揺れている。
 大町・詩乃(春風駘蕩・f17458)は潮風になびく髪をかき上げると、自分が通って来たゲートを振り返った。他の猟兵はまだ準備があるのか、誰も後ろに続いては来ない。一応共闘も考えていたのだが、時間も限られていることだし先に行動してしまった方が良いだろう。
「大まかにでも、マンガン達の生息域を絞れると良いのですが……。」
 使い慣れたスマートフォンを取り出し、地元の怪談話で検索をかける。玉響町、怪談、都市伝説。関係のない情報をスクロールで飛ばし、それらしきタイトルをタップ、読みこむ。怪談朗読会、玉響町イベントスケジュール、一度は泊まりたい温泉街、違う。言葉を変えてもう一度検索する。玉響海岸、事件。最近起きたばかりのことなら、このキーワードで何か引っかからないだろうか。というか玉響町は温泉街だったのか、事件が終わったら入浴しに行こう。頭の片隅で依頼後の予定を立てる詩乃の指が、画面を弾いて二ページ目を開く。その検索結果の一番上に、思わず目を惹かれるタイトルが躍っていた。
「『真実を覗く石碑』……玉響高校オカルト研究会?」
 いわゆる部活動の一環なのだろうそのサイトは、高校生が管理運営しているらしく明るくポップなTOPと部員による月毎のブログ、一般的な都市伝説や玉響町の怪談の説明で構成されていた。これならもしかすると、マンガン達についての記録も何かあるかもしれない。期待と共に九月のブログをタップして――あった!
 聞き込みの元となる情報は入手した。後は知っていそうな人間を探すだけだ。

●忍び寄る呪い
「私にも撫でさせてもらって良いでしょうか?」
 柔らかい女性の声に、ニット帽を被った図体の大きい男が弾かれたように振り返る。男に背中を撫でられていた猫は我関せずと言った顔で、知らんふりをしてそのまま地面に置かれた魚のアラに食いついていた。
 大型スーパーの裏の片隅。電灯の光が当たらないような暗がりの中で、詩乃は男と目を合わせる。シックなワンピースを着た一見清楚な彼女が、この時男に催眠術をかけていようなどとは誰が現場を目撃しても思わなかっただろう。
「すみません、驚かせて。猫が好きでたまたまその子を追いかけたら、来ちゃいまして。」
 返答を言い淀む男と相対するように、猫を挟んでしゃがみ込む。言った内容は当然、嘘だ。猫が好きだというのだけは本当だが、実際は海辺のスーパーで野良猫に餌をやるような人間ならマンガン達を目撃していると踏んで声をかけただけに過ぎない。
猫は好きだけれども。出来ればモフモフしたいけれども。
「…………言わないで、下さい。これがバレたら。」
「言いませんよ。私、観光客ですから。言う相手もいませんもの。大丈夫、安心なさって下さい。」
 女神は人当たりの良い笑みを浮かべて、そのままさりげなく猫に手を伸ばす。小さくて柔らかい頭は極上の撫で心地だ、一生懸命に魚を頬張る姿はまさしく可愛いの一言に尽きる。これが戦闘の直前でなければ、頬ずり出来るところまでモフモフしたと言うのに。あぁ、残念。
 催眠術か彼女の無邪気さか、それとも猫好き同士の心の共鳴か。思う存分ぬくぬくのぬこを堪能する詩乃に男は眉間に寄せていた皺をふと緩めて、しかしまたすぐに顔を強張らせる。
「……温泉、入りに来たのか。それじゃ、この辺りのことも知らねぇんだな。」
 ――その呟きを、女神は聞き逃さなかった。
「この辺りの事?」
 すかさず突っ込む。
「早く帰った方が良い。最近の海は危ねぇんだ。」
「それって、『ガラスのクラゲ』の事でしょうか。」
 男の目が大きく見開かれて、遠くの道路を横切った車のライトを一瞬、映した。
やはりこの男は知っているのだ、ガラスのクラゲを。オカルト研究会のサイトでそう呼ばれていたUDC、マンガン達の事を。詩乃は内心の変化を悟られないよう、平静を装ったまま微笑み続ける。
「やっぱりいるんですね、ガラスのクラゲ。私、そういう怪談も好きでして。出来れば実物をこの目で見てみたいなーと。」
「駄目だ、近寄っちゃ、俺は実物を見たことあるんだ!」
 突然の怒声に猫が驚いて顔を上げる。
「あれは海に棲んでる。透明で分からないけれど、とにかく沢山いて……触られたら硝子になるんだ! 俺は見たんだ、虫が透き通って、踏まれて砕け散って……!」
 慌てて駆けだした猫を脇目に、詩乃はもう一度男と目を合わせる。既に彼の焦点は合っておらず、支離滅裂な単語を喚き散らし始めた。恐らく当時の情景に頭を支配されてしまったのだろう。自身の出したワードが、トリガーになってしまったのかもしれない。
「大丈夫。大丈夫です。落ち着いて、息を吸って下さい……。」
 恐怖に侵されたヒトの脳は、委縮し現実を歪めやすい。本来そこにある日常すら、正しく認識出来なくしてしまう。このヒトがまた笑顔で生活出来るように、何とか正気を取り戻さなければ。
 男の肩に手を触れ、意識を集中する。若草色の神気が、周辺一帯に優しく吹き荒れた。

 ――海沿いを、駆ける。恐らくもうあまり時間が無い。正気を取り戻した男が何度も呟いた『西側には近づくな』の一言を信じ、詩乃は大海原を横目に地面を蹴った。
「アシカビヒメの名によって召喚す、我が元に来りて命を受けよ!」
 言の葉によって現れ出ずる神使達を方々に散らし、ターゲットの捜索と他猟兵達への言伝を頼む。コウモリが飛膜を広げて東側へと滑空して行った。恐らく駐車場から移動していない猟兵もいるだろう。カップルや『彼女』の保護に間に合えば良いが――。

 月光を浴びた海の波間は、歪な形をして金色に揺らめいていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ネフラ・ノーヴァ
アドリブ、協力OK。

異端か、故郷での自分を思い出すな。
しかしせっかくの月の夜だ、少しばかり海辺で眺めていてもよかろう…。

おや、一般人もいくらか居るようだな。UC血天鵞絨で血まみれ貴族を呼び出し脅かせば海辺から離れるだろう。

携帯端末でUDCに関する情報を確認しておこう。透明な体は水中では反射がなくなって目視はほぼ不可能だろう。宝石より脆い硝子、UDCであっても割れやすいのだろうか。刺すより握りつぶすのが良いかな。フフ。

そろそろ時間か。さあ、救いの手を差し伸べよう。トランスルーセントの君よ。


枯井戸・マックス
◇心情
「異端のUDC、UDC-Pか…会うのは初めてだが、話しが通じる奴だといいねえ」
期待とも疑念ともとれる独り言を呟きながら、飄々と振舞う

◇行動
潮騒を聞きながら、地理を把握するために周囲を軽く散策
戦いの準備は済ませてあるし、他は今から焦ってすることもないな
その辺でコーヒーでも買って時間をつぶそう
ついでに他の猟兵と言葉を交わすのもいいかもな
「にしても、海沿いの町はやっぱり冷えるな。この素体も冷えすぎると動きが鈍るし、準備運動くらいはしておくか」

◇捕捉
本体:腰にまとわりつく仮面
素体:元相棒の人間(死体)
相棒の娘が変異したUDCに相棒を殺された過去がある
彼女を眠らせてやるのが今の目的だが



●ひと時の癒し
 疎らに客がいる地元のスーパーを、枯井戸・マックス(マスターピーベリー・f03382)はほくほく顔で後にする。片手に持った紙コップからは、淹れたてのブレンドコーヒーの得も言われぬ深い香りが湯気と共に漂っていた。
 この時間に店内の喫茶店が開いているだろうとは思っていなかったが、喫茶店が管理しているコーヒー豆と粉の自販機は彼にとって嬉しい誤算だった。イートインコーナーにはおあつらえ向きにドリップ用の器具が一式揃っており、マックスは迷わずその場で普段の手腕を披露した。
 インスタントもカフェインを摂るだけなら手軽で良いが、やはりコーヒーはドリップに限る。副業のせいで不在にしがちな、絶賛閑古鳥の鳴いている自身の店も同じように自販機を設置すべきだろうか。UDCが出るという海岸線に引き返しつつ、マックスは手の中でじんわりと熱を持つコップを口元にやり傾けた。
「――はぁ。」
 旨い。元相棒の体で息をつく。
 柔らかい口当たりの優しい味だ。僅かな甘味はキャラメルラードだろうか。どちらかと言えば女性が好むかもしれない、不安が和らぐようなほっとする味。
 そう言えば件のUDCも少女ということだが、彼女も自分がコーヒーを淹れれば飲んでくれたりするのだろうか。
「……UDC-Pねぇ。話が通じる奴だといいんだが。」
 期待とも疑念とも取れる声で、マックスは一人ごちりながらコーヒーを啜る。元相棒の体を操っているせいで誤解されやすいが、彼自身本体は腰に纏わりついている古代遺物の仮面だ。先代マスターに発掘されることがなければ、今もどこかで延々埋まり続けていただろう意思ある遺物。彼との出会いが自分にとっては大きな転機となった訳だが、異端のUDCたる彼女は、さて――。
 ぶわり、と風が駆け抜ける。最近ますます本体と融合してきた素体の五感が、急な『冷え』を感知した。
「っと、いけねぇ。」
 これ以上動きが鈍くなっては困る。襲撃地点の下見がてら、このまま散歩と洒落込もうではないか。

●異端
「のわっ!?」
 ――車ほどの大きさの『何か』が、マックスの眼前を横切った。後に残る鉄の臭いが、薫り高いコーヒーの余韻を掻き消す。
 まさかもう戦闘が始まったのか。落下防止柵に駆け寄り波打ち際を確認するも、それらしき敵影や猟兵達の姿は見当たらない。見間違いか。そんな筈はない。だとしたら誰のユーベルコードか――歩道の方に振り返った瞬間、月光を浴びる乳白色の宝石の輝きがサングラスの奥に射し込んだ。
「やぁ、驚かせてしまってすまないね。」
 潮騒に入り雑じるブーツの足音が静寂を裂いて鳴り響く。ネフラ・ノーヴァ(羊脂玉のクリスタリアン・f04313)が非を詫びながら、マックスの方まで歩いて来ていた。
「敵か?」
「いや、人払いだよ。思ったより一般人がいたものだから。」
 彼女の後方に視線をやれば、暗がりの中敷かれたベルベットカーペットの上を、血塗れた鉄馬車が走っている。なるほど、先ほど横切った『何か』はアレらしい。よくよく耳を澄ませば何者かの呻き声が木霊しており、まるで幽霊の叫びのようにも聞こえた。追われた人影は蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑っており、ネフラの目論みは一先ず成功しているようだ。
「なんだ、そうだったのかい。悪いな、反応しちまって。」
 思わず安堵して息を吐く。コーヒーを淹れるのに時間をかけ過ぎてしまったかと心配したが、どうやら杞憂なようだった。気にするなと頭を振ったネフラの目が不意に丸くなり、マックスの手に止まる。まだ温かいままの魔法の飲み物が、辺りに香ばしい匂いを立ち上らせていた。
「良い香りだな……。」
「そこのスーパーで売っててな。まぁ、淹れたのは俺だが。」
 普段は喫茶店のマスターをしていると説明すれば、ネフラは興味深そうに顔を綻ばせた。
「コーヒーはあまり飲まないが、たまには趣向を変えてみるのも良いかもしれないな。」
「まだ少し時間あるだろ? 今の内に買ってきたらどうだ。」
 何なら俺が淹れてやるぜと胸を張るマックスに、しかしネフラは首を横に振る。
「今日は月見に耽っていたくてね。カフェインは次の機会にさせてもらうよ。」
 柔らかく輝く月の光が、羊脂玉の肌を照らしている。艶やかで透き通るようなクリスタリアン特有の宝石の体は、しかしどこか生身の人間のようであった。体の中から滲み出る色は、まるで本当に血が通っているかのような――。
「依頼に何か思うところでもあるのか?」
 長年のマスターとしての経験か直感か。物憂げな顔をするネフラに不意に疑問がついて出た。ネフラは思わず目を細めると、遠い海の向こうに目線をやる。
「なに、故郷のことを思い返していただけだよ。私も異端とされる身だったからね。」
 ネフラは押し黙ったまま、生まれ育ったクリスタリアンの隠れ里を想起する。穏やかで温厚な仲間達の中で、ただ一人好戦的なネフラは早いうちに故郷を去った。死ぬまでずっと里で暮らすことは考えられなかったし、余所者には排他的な里以外の生活に興味もあったから。
 『外』に出て来て良かった、と思っている。初めてのことに多少の戸惑いや不便を感じることもあれど、それを上回る楽しみや喜びが彼女の周囲にはいつも存在していた。実際、今の生活も充実している。宴を共にする仲間も、心を預けられる友も、帰るべき居場所も今の彼女にはあるのだから。
 その旅路の代償か、得体の知れない『何か』を背負うことになってしまったが――。
「……お前さんも色々あるんだなぁ。」
 ぬるくなって来たコーヒーを啜りつつ、マックスがどこか恍けた声を出す。
「ま、良かったらうちの店に来てくれよ。話ぐらいなら聞いてやる。今なら客もほとんどいないから静かに過ごせると思うぜ?」
 要するに商売あがったりなのだが。何かを察して気遣っているのだろう店主の言葉に、ネフラもふっと顔の緊張を緩める。
「あぁ、ありがとう。機会があれば、是非。」

 ――西側の空からひらひらと、ハンググライダーのような翼を広げて黒い生き物が滑空して来る。長い耳をぴんと立て、毛むくじゃらの顔から覗く小さな口はキッ、キッ、と声を出した。
「蝙蝠……?」
「この辺りにも棲息しているのか。」
 自然のものだろうという猟兵達の予測とは裏腹に、黒い捕食者は二人の周囲を大きく、何度も旋回する。僅かな異変にネフラ達が注意を向けた瞬間、蝙蝠は鼓膜を震わすような超音波を発した後自身が来た方へと引き返して行った。
「何だったんだ今、の……!?」
 引き返した方角の海の波間が、歪な形をして揺れている。
 突発的に何かがざぶざぶと、泡が弾けるように現れては消えて、浮上しては沈んで。その動きは少しずつ、海辺へと近づいているように見えた。
「やれやれ、お出ましみたいだ。」
 最後の一滴をごくんと飲み干し、マックスは紙コップを握り潰す。戦いの準備は既に済ませてある。開始前のエネルギーチャージもしたことだし、後は現場に急行するだけだ。ネフラも準備運動とばかりに片手に持った棘剣を振る。瞳はいつの間にか、常ならざる血の色に変っていた。
「随分なお出迎えだが、臆する必要も無いな。」
 彼女とて敵の能力や弱点はUDC組織のデータベースで検索済だ。
「さぁ、救いの手を差し伸べよう。トランスルーセントの君よ。」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

秋山・小夜
アドリブ、絡み歓迎

とにかく、情報を収集しないとですね。

まずはあまり人目につかない場所でUC【華麗なる大円舞曲】を発動、移動速度を上げてから、情報通っぽい人たちを探しに聞きに。なにかされそうになったら愛刀である妖刀 夜桜を出して急かすとしましょうかね。
可能なら、怪しまれないように気を付けながら、付近の人たちに聞き込みもしたいなと思います。

カップルが行方不明になる。理由がリア充を妬んでとかだったら全力で殴り付けるとしましょうかね。



●地元の情報通
 秋山・小夜(歩く武器庫・f15127)はグリモアベースで考え込んでいた。
 情報を収集しないことには先手を取ろうにも動けない。されど使える時間は限られている。何か知っていそうな住人に目星をつけて、ピンポイントで聞き込みをする他ない。
 ではこの場合、何か知っていそうな住人とは誰だろうか。
「……まぁ、行ってみますかね。」
 とりあえず、行動してみることにした。

 大海原から容赦なく吹き込む風は、服の隙間をするりと抜けて猟兵達の体温を奪って行く。人狼の小夜も例外ではなく、外気に触れた肌がぞわぞわと冷えを覚えて隆起した。寒さには強い身だが、これはもう少し着込んで出てきた方が良かっただろうか。ふと吐いてみた息は、まだ白くはならないけれど。
 駐車場には疎らに車が停まっている。こんな日に海に来るとは、元気な住人もいたものだ。冷感耐性のある猟兵ならともかく、一般人なら家でぬくぬく過ごす方が快適ではないのか。それほど外で遊びたいのか、はたまた何か目的があるのか。
 幸い、聞き込みには困らなさそうだと周辺を見回した小夜の目に映る、双眼鏡を手にした学生服の女の子。柵に寄り掛かって星を見ているのだろうと最初は思ったが、彼女の目線は下を、それも波打ち際ばかりを向いている。――まるで深海の底を覗くように。
 次の瞬間、小夜はその場から姿を消した。

「あのー、すみまs」
「はいぃっ!?」
 双眼鏡を覗き込んでいた少女の体が分かりやすく跳ね上がる。よほど没頭していたのだろう、目がこれ以上ないくらいかっ開いている。内心つられて驚きつつも、しかし臆することなく小夜は少女に話しかけた。
「すみません驚かせて。あの、ちょっと伺いたいことがありまして。」
「…………ぁ、はい。」
 イマイチ釈然としない返事と声。
「この海岸のことなんですけど。最近、硝子の少女?が歩いてるとか、そういう話は無いですかね。詳しく知ってる人を探してるんですが。」
 沈黙。
 いたたまれなくなって小夜の目線が泳いだ。
 なんとなく直感に任せて知っている情報を羅列してみたが、さすがにいきなりで当てずっぽう過ぎただろうか。双眼鏡で海を覗くなんて、その行動がまるで『彼ら』を探しているように見えて――つい、話しかけてしまったのだが。
「あー、ごめんなさい。知らないならいry」
「貴方も『ガラスのクラゲ』を探してるんですか!?」
 電灯の下、少女の満面の笑みが照らされる。
 ……返って来たのは、予想だにしない答えだった。

●ガラスのクラゲ
 小夜が話しかけたのは、オカルト研究会に所属する地元の高校生だった。彼女は生粋のオカルト好きで、最近海岸で目撃される『ガラスのクラゲ』を自身の目で見る為に、今日もここで張り込みを続けていたそうだ。
「まぁ、未だ収穫ゼロですけどね。もうかれこれ一週間も経つのになー、全然進展なくて困っちゃう。」
 大げさなぐらいにため息を吐いて、少女は海に視線を落とす。穏やかに揺れる波間には、仄かな電灯の明かりが映っていた。
「いつでも現れるって訳じゃないんですね。」
「もちろん。こういうのは条件が付き物なんです。」
 考え込む小夜に、少女は『ガラスのクラゲ』が出る条件を教えてくれた。
 一つ、太陽の沈み切った夜であること。
 二つ、海のそばまで人が来ていること。
 三つ、月が綺麗に出ていること。
「ガラスのクラゲは人を海に引き摺り込むって言われててね。今挙げた三つの条件も、クラゲが人間を捕える為じゃないかなー……って。私の予測だけど。」
 目を爛々と輝かせてそのまま自説を展開する少女に、小夜は相槌を打ちながらガラスのクラゲ――UDCとの戦闘のことを考えていた。
 もし本当にマンガン達がそこまで考えて人を襲っているのなら、彼らの出現ポイントは人を襲撃し易い場所に限られて来る。
 グリモア猟兵の予知で聞いた彼らは、カップル達を囲むようにして襲っていた。同じことをしようとした場合、海と陸が地続きで堤防のような障害物が無い方が望ましい。
 小夜はもう一度、遥か遠くまで延びて行く海と陸の境界線を見つめた。
 探しているポイントは視認出来る場所には無い。ならば。
「この辺りに砂浜はありますか? 河口とか、海に降りられる所は……。」
「あるよ、西側に。もっとずっと向こうだけど。」
「ありがとうございます!」
 とん、と地面を蹴ってふわりと体が浮き上がる。急いで確認しなければ――と、その前に。尾を振って咄嗟に少女の方へ向き直った。
「今すぐ帰って下さい、でないと本当に海に引き摺り込まれることになりますよ!」
 言うが早いが、人狼娘の体は白銀の流れ星へと変化する。
 たった一言で伝わっただろうか。少女はちゃんと避難してくれるだろうか。とりあえずは言ってみたものの、あの好奇心旺盛そうな女の子がそう簡単に引くとは全く思えない。誰かに避難をお願いした方が良かっただろうか、いや、それよりも。

 風と一体になって歩道を突っ切る小夜の目に跳び込んだ、西側の海の波間。
 ぼこり、ぼこりと泡が弾けるように、海底から何かが浮かび上がっている。
 けれどその姿は、水面には映らない。水と同化するような透明の何かが、後から後から現れて――止まらない。浜辺に押し寄せて来る。何体も、何体も!

「殲滅した方が早いですね。」
 グスタフ・ドーラを宙に向かって発砲し、小夜は反動でさらに加速した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

本屋・ししみ
WIZ

心情
拾える命は拾っていこう。できる限り、ね。
ソレが奇矯な出自だろうと、相容れられる存在ならば。
微力を尽くすに躊躇いないさ。

行動
まずはスマートフォンで〈情報収集〉。
UDC組織に渡りをつけて、取得可能なこれまでの事件情報を入手。地元民のSNS等なら現地の些細な違和感や噂話も拾えるかな。デートコースも含めた周辺地理に関しても把握しておこう。
続き〈コミュ力〉〈言いくるめ〉〈読心術〉を駆使して付近で聞き込み。上記行動で取得した情報を前提に、リアルタイムな現場情報を取り入れて襲撃現場を推測して探索しよう。
もしも護衛対象を発見できたならば、事態の発生に備えて見失わないようにUCを使用して監視を行うよ。


上野・修介
※アドリブ、連携歓迎
「思ってたよりも周りに人がいるな」

先ずUDC組織に連絡を取り、もしもの時に速やかに周辺の一般人を避難できるように準備してもらうよう要請。

「海岸線に潜伏するUDC、か」
貰った資料と実際の周囲の地理地形を照らし合わせながら、海岸に降りて周囲を警戒・探索しながらUDCの出現に備える。
可能なら予め他の猟兵と連絡先を交換しておき、UDCが現れた際に直ぐに情報を伝達できるようにしておく。


(補足:非戦闘時、誰かと話すときは基本的に年齢性別種族関係なく敬語。呼ぶときは左に来る名前(姓・名なら姓、名・姓なら名)+さん付け。戦闘時は口数は最低限)



 猟兵達の思いを他所に夜がしんしんと更けて行く。ひっそりと冷気を纏う秋の潮風に、スマートフォンの通話を切った本屋・ししみ(魔導書使いの探索者・f30374)は小さく息を吐いた。上着からはみ出る手が、ほんの少し冷えてしまっている。
「UDCエージェントの方は何と仰ってましたか。」
 ベンチに腰掛けていた上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)が、グリモアベースで貰った資料から顔を上げそう問いかけた。ししみは携帯を素早くタップし、組織から送られてきたデータを確認する。
「十五分後には到着して避難の手配をしてくれるそうです。ギリギリ、襲撃には間に合うかなと。最近の玉響海岸で起きた事件と敵UDCについての情報も貰えたので、今そっちの端末に送りますね。」
「ありがとうございます。」
 修介はししみに礼を言うと、端末の画面に視線を落とした。

 【硝子の噂『マンガン』】
 無色透明な硝子の体を持つ少女型UDC。その体に触れられた生き物は呪詛を受け、自らも硝子へと変じてしまう。邪神召喚の儀式に際して眷属として出現することが多く、当UDCが発見された地域では教団や復活した邪神が存在する可能性がある。動きは鈍く単調だが、群れて接触して来る為位置取りには注意されたし。

 【直近数か月の玉響町での事件一覧】
 ・八月〇日、玉響海岸にて海嘯が発生。
 ・九月□日、右腕が硝子化した男性を発見。町立病院に搬送。
 ・九月☆日、全身硝子化した三十代女性の遺体を玉響海水浴場で発見。
 ・十月▽日、学生二人が行方不明。最後に目撃されたのは玉響海水浴場。

「海水浴場での事件が多いですね。」
 一覧にざっと目を通した修介が呟く。UDCによる一般人襲撃は玉響海岸全体で起きているものだと思っていたが、実際に事件が発生している場所は限られていた。もしかすると、彼らの潜伏地点が近くにあるのかもしれない。
「今住民達のSNSを確認してる。九月はまだ暑かったから、海水浴場まで涼みに来た人も多いみたい。単純に人がいたから襲われた線も否めないけど……。」
 もう少し詳しく調べてみますとスマートフォンの画面をスクロールさせるししみに、修介は深く頷いた。
「お願いします。俺は海水浴場を探索して来ますので、何か分かったら連絡下さい。」

 ――玉響海水浴場。
 ぼうぼうと生い茂る草木を掻き分け、修介は砂浜に足を踏み入れる。遠浅で幅が広い海水浴場は、満月の光にぼんやりと照らされていた。人影らしきものは遠くまで目線を動かしても見つからず、聞こえるのは虫の合唱と穏やかな潮騒のみ。
 散歩するには良い空気だ、と修介は思った。此処で何人も被害者が出たとは、俄かには信じられないほどに。
 まずは周辺を見回してみる。海の家らしき小屋が何軒か点在しているが、UDCが潜伏するには少しサイズが足りないだろうか。念の為周囲を警戒しつつ、一件ずつ回ってみることにした。さく、さくと砂に擦れて自身の足音が響く。人気は、しない。
 敵UDCの情報に遠距離攻撃の記載は無かったが、クリアリングは怠らず且つ速やかに小屋に接近する。行住坐臥造次顛沛――いつ如何なる時も先を見据え、行動する。息を殺して中を覗いた。UDCはいない。何かしらの違和感や、魔術的儀式の痕跡も一切無かった。無色透明な敵故、どこかで見落としがあるかもと角度を変え再三中を確認する。何の変哲もない、もぬけの殻の海の家だった。
 中身の無いカラーボックスや重ねられた椅子に夏の残骸を感じつつ、そのまま次の小屋に接近する。この小屋にもいない。次もいなかった。その次の小屋は――。
 突然ぶるり、とポケットから振動が伝わる。急いで見晴らしの良い場所まで移動すると、修介は端末を取り出し画面を見た。ししみから電話だった。

『はい、上野です。』
「本屋です。上野さん、やっぱり海水浴場の可能性が高そうだよ。」
 スマートフォンを耳に当てたまま、ししみは海岸の西側へと歩き始めていた。目的の海水浴場までは、まだ少し距離がある。
「SNSで学生達が海に現れる『ガラスのクラゲ』について話してた。多分、マンガンのことだと思う。目撃情報が海水浴場に集中してる。」
 ――ぷかりと浮かんではぼとりと沈む、無色透明のクラゲ達。一瞬近寄ったが最後、そのまま海に引きずり込まれる。
 そんな噂だ。
『クラゲ?』
「そう、クラゲ。硝子だし、夜しか出ないらしいし、海の中に潜んでるなら人型だとは認識できなかったんじゃないかな。」
 ちら、と横目に映る海は黒く、夜の闇をそのまま吸い込んだかのような色をしていた。ししみの予測が正しければ、この下にマンガン達は潜伏しているのだ。暗く淀んだ海の底で、獲物を捕らえる為にひっそりと。
「近くにいた住民からも同じ話が聞けたし、今一番怪しいのは海水浴場で間違いないと思う。海に異変はない? 波が変に動いてるとか。」
『確認してみます。』
「お願いします。また何かあれば連絡を。」
 通話が切れる。スマートフォンをポケットに仕舞い込み、ししみは歩くスピードを速めた。
 急げばUDCが現れる前に、海水浴場まで辿り着けるかもしれない。事前に周囲を見る時間があれば、護衛対象を発見出来る確率も上がるだろう。拾える命が目の前にあるなら、可能な限り拾って行く。たとえソレが奇矯な出自だろうと、相容れられる存在ならば――。
 気付けば力強くコンクリートを蹴って進んでいたししみの耳を、不意に甲高い笑い声がつんざいた。条件反射で振り向いた矢先、視界に飛び込んで来た若い男女にししみは思わず目を見開く。
「だーからやめとけって言ったじゃん。もう超寒いよ、早く帰ろう。」
「これぐらいで寒いなんて弱っちいなー、男なんだからしゃきっとしなさい!」
「さっきお前だって寒いって言ったろ!」
 ――いた。予知にあったカップルだ。ししみは通りすがりの住人を装い、即座に距離を取る。カップルは痴話喧嘩に夢中で、ししみがいることすら気づいていないらしかった。見られていないなら好都合、そのままシャドウチェイサーを呼び出しカップルを追跡させる。
 思わぬ棚ぼたについ笑みがこぼれた。まさか道中で見つけられるとは。
 最悪、発見出来ないまま戦闘が開始する可能性もあったのだ。これで彼らを守るのがぐっと楽になる。
 後は人ならざる『彼女』だけ。予知ではカップルを庇っていたという話だから、近くで彼らを見守っているのではないかと思うのだが……。
「海から上がって来てカップルを盗み見る、ね。」
 海水浴場へ向かうカップルをシャドウチェイサーに任せ、ししみは堤防から延びたフェンスを掴み下を見る。海の上に積まれたテトラポッドは街灯の明かりも当たらず、隠れるのには都合が良さそうだ。少し疲れて来た目を擦ると、ししみは一つ一つのテトラポッドを注意深く、念入りに確認――。
 携帯が、震える。

『はい、本屋です。』
 二度目の通話。何故か声を潜めるししみに、しかし修介は間髪入れず言葉を紡ぐ。
「本屋さん、来ました。UDCです。」
『すぐ向かいます。』
 端末の向こうの音声が風でブレる。
 通話が切れた。
「……海岸線に潜伏するUDC、か。」
 端末を仕舞い、修介は大きく深呼吸をする。眼前に広がる大海原のあちこちで、まるで泡でも浮かび上がるように波が揺れ、弾けた。流れに逆らうような何かが、海の底から少しずつ忍び寄っている。

 月の光に照らされた、艶やかで丸みあるボディは確かにクラゲに見えなくもない。しかしてその実態は、クラゲとは似ても似つかぬもの。
 ガラスのクラゲ。呪いの少女。UDC、『マンガン』。

 不気味に笑いかけるその少女の足が、砂浜と擦れてキィ、と音を立てた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

冬薔薇・彬泰
絢爛な桜と生きる身には冷たくすら映る世界
けれど、擽る様な金木犀と潮の匂いは変わらない
…折角です、レディ
少し散歩でも致しましょう

潮騒の先、何処よりUDCは現れるのか
黒猫婦人が描く足跡をなぞり
時折昏い水平線を見据え、足を動かす
…今宵は不思議な事ばかり起きていますから
恐怖で動けぬ者も居るやも知れません
夜回りを称して極力柔く声を掛け
落ち着かせた後に御帰り願いましょう――レディ?
『直ぐ私に振るのはお止しなさい』
『自分で何とかなさいな』
そう、露骨に嫌な顔をするだろうけれど
心配はしておりません
彼女は優しい御仁ですので

…然し、凍える様な夜だ
斯様な日は、温もりを感じたくなるのも自明の理なのでしょう

*苗字+君呼び



 とん、と冷たく固い灰色の道路に降り立つ。ふと振り返った光輝くゲートから、自分に続いて出る者は誰もいない。恐らく僕が最後の猟兵なのだろう――冬薔薇・彬泰(鬼の残滓・f30360)は首を傾げると、硝子越しに映る慣れない世界に暫し目を瞬かせた。
 既に夜は更けている。街灯は青白く疎らで、人の気配はほとんどしない。どちらを向いてもセメントと金属に囲まれるこの世界は、艶やかに桜が咲き誇る大正帝都から来た身としては、どこか冷たくすら感じる。
 夜の帳を身に纏った黒猫婦人が尾を揺らし、海岸に向かって歩き出す。未だ呆けている彬泰に振り返ると、何も言わずただじっと見つめた。
「……そう睨まないで下さい、レディ。少し散歩でも致しましょう。」
 気遣いを含んだ目線に柔らかく微笑むと、一人と一匹は海岸線沿いを歩き出す。鼻腔を擽る金木犀と潮風の香りに、故郷と同じものを感じながら。

 黒猫婦人が描く足跡をなぞり、潮騒に耳を傾ける。波の音だけが支配する穏やかな海の、何処よりUDCは現れるのか。昏い水平線は寄せては返すのみで、彬泰の問いに答えはしない。
 時節吹く潮風をコートで流し、革靴で地面を鳴らしながら彬泰は歩みを続ける。不意にぴくん、と黒猫婦人の耳が動いた。
「レディ?」
 暗がりの中、婦人の毛並みの良い背がしなり少し遠くの『何か』まで素早く駆け寄る。見ればうら若い女性が地面に座り込み、その場から動けなくなっていた。
「大丈夫ですか、お嬢さん。」
 傍らに落ちていた双眼鏡を拾い、彬泰は女性に話しかける。故郷でも見慣れている、されどよりくだけた制服姿を見ればこの辺りの女生徒なのだろうかと予測が出来た。ありがとうございます、と弱弱しい声で女生徒は双眼鏡を受け取る。そのまま立ち上がろうとするも、しかし伸びかけた足は竦んで地面に引き戻されてしまった。
「……大丈夫。落ち着いて、息を吸って下さい。」
 今宵は不思議なことばかり起きる晩だから、恐怖で動けぬ者がいても何も不思議なことではない。もしかすると人知の理解を超えた怪物や、奇跡の業を使用した猟兵を目撃したのだろうか。
 彬泰の穏やかな声かけに、女生徒は少しずつ平静を取り戻す。黒猫婦人が擦り寄ってその体温を冷えた手に分け合う頃には、彼女はすっかり平静を取り戻していた。
「……ありがとう、ございました。」
「いいえ。夜回りの途中だったものですから。」
 頭を深く下げる女生徒に、彬泰はさらりとそう述べる。
「しかし、夜の海には魔物が棲むと申します。早めにお帰りになった方がよろしいでしょう。」
 お気を付けて。帰路に就く女生徒を、探偵は朗らかに笑んで見送った。

 ぶわり、と風が吹いて潮の匂いが強くなる。
「……然し、凍える様な夜だ。」
 このような日は、温もりを感じたくなるのもいたって自然なことなのだろう。
 見回りを続けましょう、レディ?――どこか甘い声で、男は問いかける。
『直ぐ私に振るのはお止しなさいな。』
 手厳しい物言いの黒猫婦人に、しかし彬泰は笑みを絶やさない。彼女の深い優しさは、傍らに立つ自分が誰よりも良く知っている。
 今度は西側へ行きましょうか、と来た道を引き返す男の目に跳び込む、飛膜を広げた蝙蝠の姿。思わずつられて黒い翼の向かう方を見れば、どこか波の様子がおかしかった。寄せては返す海の最中で、何かがごぽごぽと泡立っている。
「……散歩はおしまいのようですね。」
 一人と一匹は、泡立つ波間を目指して駆け出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『硝子の噂『マンガン』』

POW   :    その少女に触れればガラスへと変わり果てる…
【直接抱き着き】が命中した対象に対し、高威力高命中の【ガラス化の呪い】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
SPD   :    その少女に触れればガラスへと変わり果てる…
【直接抱き着き】が命中した対象に対し、高威力高命中の【ガラス化の呪い】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
WIZ   :    その少女に触れればガラスへと変わり果てる…
【直接抱き着き】が命中した対象に対し、高威力高命中の【ガラス化の呪い】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


〈断章投稿予定11月2日〉
 ――午後八時半。玉響海水浴場。

 遥か彼方まで続く昏い水平線に、満月が金色の影を落とす。
 町の明かりが遠くで薄ぼんやりと、波にのまれて揺らめいた。

 砂浜に立つ二人の男女が肩を寄せ合い、言葉を交わす。
 その数瞬後――ざば、と波が唐突に割れた。
 一見何も見当たらない空間は、光が屈折して不自然に歪んでいる。

 海底から浮上する透明な体が、闇を吸い込んで黒く輝いた。
 つるりとした肌から雫を滴らせ、呪いの少女はひたひたと忍び寄る。
「ねぇ……なにあれ?」
 気づいた時にはもう、遅い。
 緩慢に、しかし確りとした足取りで一人また一人と少女は砂浜を踏み締める。波打ち際を覆うように浮かび上がって来た彼女達は、今まで一体どう隠れて来たと言うのだろう。周囲の景色を透き通らせて、硝子の腕が男女に伸びたその時――脇道に積み上げられたテトラポッドで、『何か』が月光を反射した。

〈MSから補足〉
 大変遅くなりました。第二章、開始致します。
 第一章の結果を踏まえた現在の状況は以下の通りです。

【現在地】
 玉響海水浴場。汀線500m。遠浅。最近も人が来ていた為か、多少ゴミが捨てられています。海の家が何軒か点在しており、身を隠すぐらいは出来そうです。予知にあった登場人物以外の人払いは、猟兵とUDC職員が済ませています。

【敵UDC】
『硝子の噂『マンガン』』。接触した生物を硝子に変化させるUDCです。
 海のあちこちから集団で浮上しており、カップルを囲って逃げ場を無くそうとしている最中です。カップルが逃走出来た場合は猟兵達を狙います。

【カップル】
 若いカップル。猟兵達は全員姿を補足しています。
 腰が抜けて立てない女性を男性が抱えようとしていますが、あまり上手くいっていません。何かしらの助けが必要です。ある程度マンガン達から二人を引き離せた場合、UDC職員が彼らを避難させてくれます。

【UDC-P】
 テトラポッドで事の成り行きを見ています。猟兵達がカップルに介入しなかった場合、予知通りマンガン達に襲われる寸前で割って入りますが長くは持たないでしょう。
 猟兵達は一目見れば彼女がUDC-Pだと判別出来ますし、一章の結果彼女の位置は全猟兵が把握しています。

【猟兵達】
 海水浴場のお好きな地点から開始して構いません。断章の時点でその場所まで駆けつけられたこととします。浜辺、海中、テトラポッドでもお好みで。
本屋・ししみ
WIZ

守る為、救う為。
相容れない君達は仕方ない――割り切るよ、容赦はしない。

付近の物陰に隠れておき、すぐさまカップル傍へポジショニング。
退避をエスコートするよ。

敵UDCへ呪蟲全書写本を翳しUC発動。
耳を澄ませて敵影の補足漏れ予防。
足元優先に狙い接近妨害を図り、重ねての攻撃で確実化。
〈聞き耳/体勢を崩す/二回攻撃〉

平行してカップルに声をかけよう。
護衛はされる方の心持で難易度が変わるモノ。
口車を回して猟兵への信頼加算、恐慌抑制、スムーズな退避を促すよ。
説得力補強の為、頼れる様を騙ってでもね。
それと合間、アイコンタクトででもUDC-Pへ友好的姿勢を掲示しておく。
〈読心術/コミュ力/言いくるめ/演技〉


上野・修介
※アドリブ、連携歓迎
「来たか」
最短距離をダッシュで。
対象群が見える位置まできたら、守護対象の位置、敵の数と配置を確認。
接近しながらタクティカルペンを投擲し牽制。ヘイトをこちらに向けさせる。

守護対象の防護を最優先だが、他の猟兵の動きを見て、守りが足りているようなら殲滅を優先。

得物:徒手格闘
UC:攻撃重視

戦闘の立ち回りは基本ヒット&ウェイ。
極力相手に触れらないよう、また囲まれないよう常に動きまわると共に、合間にフェイントで相手の間合いに入る動き、タクティカルペンを投擲し注意をこちらに向けさせる。

一体でも逃せばまた被害者が出る。
ここで確実に殲滅する。

呼吸を整え、無駄な力を抜き、推して参る。



●平常心を保つ
 遠方から飛来する小さな影が、透き通った腕を貫通し粉々に砕け散らせた。飛んで来た方向にマンガン達が振り返れば、その振り返った首のことごとくが回し蹴りで吹き飛ばされて行く。砂浜に落ちた特製のタクティカルペンを拾い上げ、上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)は敵陣に踏み込むフリをしては即座に身を引いた。
 ちらと横目で後方を確認すれば、地面にしゃがみ込んだまま立ち上がれないカップルと、自身がマンガン達の注意を引いた隙にカップルに駆け寄った本屋・ししみ(魔導書使いの探索者・f30374)の姿が映る。それでは他の猟兵はと言えば、まず目につくところで広範囲に桜吹雪を起こしている者が一人。次に大鋏を鳴らしながら海沿いを進む者が一人。そして長くうねる鞭をしならせ、カップルの方向へ敵を進ませまいと少女を絡め取る者が一人。
 思っていたより迎撃人数が少ないと思い至りふとテトラポッドに目を凝らせば、三つか四つの影が暗闇の中動いている。
「皆気になるんだな、やっぱ。」
 人類に有効的なUDC-P。同じ姿をした仲間と暮らしながら、彼らとは異なる価値観を持つ異端の保護対象。
 グリモア猟兵の話では、能力は他の個体と大差ないという事だった。もし何かの拍子にマンガン達の矛先が彼女に向いてしまえば、素早く動いて逃げられない分カップル達より簡単に殺されてしまうだろう。猟兵達の関心がそちらに流れたのも、ある種自然な事と言える。
 であればこそ、自身は手薄な此方を守らなければ。
「本屋さんにも頼まれた事だしな……。」
 呼吸を整え、無駄な力を抜き、体に染みついた師の教えを落ち着いて、段階的に反芻する。徐々に研ぎ澄まされて行く感覚と隅々まで行き渡る血の巡りに、修介は自然と構えを取った。
 一体でも逃せばまた被害者が出る。ここで確実に殲滅する。
 意地を決意に。
「――推して、参る。」

「――大丈夫ですか。」
 修介が詠唱紋の刻まれたペンをマンガン達に投げたと同時、ししみは草間から飛び出しすぐさまカップルへと声をかけた。返答を聞くまでもなく、しゃがみこんでしまっている女性の放心状態と、女性の腕を掴み無理やり立たせようとする男性の焦燥が見て取れる。
「おわッ……助けてくれ! 彼女が動けなくなっちゃって逃げられないんだ!!」
「落ち着いて。大丈夫ですから。」
 いきなり話しかけられて肩を跳ねさせる男性に、ししみはあくまで冷静な青年を装いゆっくりと言葉を紡ぐ。目を合わせ、わざと緩やかな呼吸をし無意識にでも相手の息を整えさせる。
 たとえどれだけ急いでいようとも、混乱状態の一般人に矢継ぎ早な説明や質問、追い立てるような行動は逆効果だ。まずは平静を取り戻させることが必要不可欠。
「ほら、見て下さい僕の後ろ。さっきまであんなにいた化け物達、皆いなくなっちゃったでしょう?」
 今度は努めて柔らかい声を出し、自身の背後へ振り返る。ちょうど修介の上段回し蹴りが、マンガンの群れに炸裂したところだった。美しい半円を描いて硝子の頭部は吹っ飛ばされ、砂浜に落ちて粉々に砕け散る。
 ……もし魔術的能力無しにアレを受けたら自身はどうなるのだろう。格闘に関しては素人のししみが頭の片隅でそんな事を考えている内に、男はUDCが遠ざかって行くのを確認したせいか、少しずつ平常心を取り戻して行った。正常な呼吸を繰り返すようになった男は、修介を見つめて口を開く。
「彼は一体……。」
「彼、と言うより僕達はああいう化け物から皆さんを守ってる存在です。公にはなってないですけどね。さ、彼女さんを何とかしましょう。」
 弾かれたように恋人に意識を戻す男を他所に、ししみはこっそりと懐から取りだした魔導書をマンガン達のいる方角に向けてかざした。

 われはのぞむ、たちはだかるもののくずれおちるを。
 くうをゆくくろのかいなよ。
 そのおそろしきをもって、いざしょうがいをうちくだかん。

 ――闇を具現化した無数の腕が、頁の隙間から這い出て敵を呑み込んで行く。

「決して焦らず、落ち着いて。目を合わせて、声をかけ続けて下さい。時間はあります。大丈夫、出来る。」
 わざとペースを落とした声かけで、ししみは男に正気を取り戻す方法を手解きする。視線に動きが見られず呼びかけに反応しない女性を、ししみは男性に対処させることに決めていた。見知らぬ他人である自分がどうこうするよりも、こういった精神の回復は身内の人間がやる方が何かと都合が良いのだ。
 ししみの根気強い指導のせいか、男性の献身的な努力のおかげか。女性は無事に正気を取り戻し、へっぴり腰ながらも何とか立って歩けるまでの回復を見せた。怪我はどこもしていないし、これならすぐに逃げられるだろう。途中駆け寄って来たやたら毛並みの良い黒猫は誰かの使い魔らしく、カップル達の周囲をくるりと回ると帰り道に向かってみゃお、と鳴いた。どうやらUDC職員の所まで道案内を請け負ってくれるらしい。多少は戦闘能力も有りそうだし、これは願っても無い援軍だ。
「本当に、ありがとうございました!」
「いつかお礼をさせて下さい!!」
 深々と頭を下げるカップルを、ししみは穏やかな笑顔で送り出す。
 黒猫に連れられて海水浴場から避難する二つの影は、少しずつ小さく、遠くなって行った。

 鋭い手刀が頸椎を叩き割る。不快な音を立て、砕けた破片が地面に飛散した。手に硝子が掠ったかと紛う感触は、しかしグローブ越しで杞憂のようだ。
 戦闘開始からそれなりの時間が経過している、と頭の何処かで修介は把握していた。少なくとも背後で長いことやりとりを続けていた三人は、今自身の周囲にはいない。恐らく無事避難まで漕ぎつけたのだろう。途中彼らの視線が此方に向いていたような気がするが、周囲の状況を把握出来るまで精神が回復したのか。それなら良かった。
 自身の回し蹴りがまさか猟兵の説明に使われていたとは露知らず、修介は迫り来る敵に連突きを食らわす。硝子の少女は今度も呆気なく、拳が当たった先からひび割れその場に崩れ落ちた。
 UDC組織の情報通り、マンガンは鈍く見切りやすい敵だった。実際に相対して分かった事だが、彼女らの体はあちこちに薄い箇所が有り、そこを狙えば一体一体の破砕はさして難しくない。タイマンでの戦闘なら、状態変化に気を付けさえすればまず負ける事はないだろう。しかし――海辺から上がって来るマンガンは、未だ止まる所を知らない。
 長期戦を覚悟しなければならないか。
「――力は溜めず――息は止めず――意地は貫く。」
 心構えを復唱し、今一度呼吸を整えたその時。闇に無理矢理形を持たせたかのような黒い腕が、横から現れてマンガン達の体をわし掴みそのままガシャリと潰した。
「ごめん、遅くなった。」
 伸びる腕の元を辿れば、ししみが異形の蟲達が描かれた魔導書を片手に戻って来ていた。
「カップルはちゃんと逃げたよ。時間稼ぎしてくれてありがとう。」
 仏頂面を僅かに緩めて礼を述べれば、修介も変化の乏しい口角を上げて口を開く。
「いえ。ご無事なようで何よりです。」
 護衛対象は無事に戦場を離れた。戦力も戻って来たとなれば、やることはただ一つ。
「行きましょうか。殲滅はこれからが本番のようですから。」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

秋山・小夜
アドリブ、絡み歓迎

海中に引きずり込むって、あんたら気持ち悪いんですよ!

右手に二〇式戦斧 金剛、左手にソードメイス 岩崩を展開し、使わない武装たちをUC【千本桜】で桜吹雪に変え、防衛対象以外のやつらに攻撃を加える。可能なら同時にUC【華麗なる大円舞曲】も発動して速度を上げ、多数の相手に対応できるようにする。相手にまとわりつかれたらおしまいだと思うので、相手につかまらないように立ち回りながら、防衛できたらなと思います。
いやほんと、海中に引きずり込むって、どこの妖怪ですか。



 風向きが変わった。
 先の割れた薄紅色の花びらが、海面上を駆け抜ける。今の時期には香る事の無い、どこかくらりとする甘い匂いを残して。季節外れの春一番、桜吹雪に吹かれて波打ち際を走る秋山・小夜(歩く武器庫・f15127)の手には、身の丈を超えるバスターソードと57mm砲を備えた戦斧が力強く握られていた。
「海中に引き摺り込むって、あんたらどんな妖怪ですか!」
 群がる敵を花弁で押し返しつつ、感情のままに大きく声を張る。小夜は学生に話を聞いた時から、言い様も無い嫌悪と不快感を覚えていた。あれのどこがクラゲだ。相手には手も足も目も耳も存在している。人間の一般人相手には隠しおおせたかもしれないが、自身は人狼で猟兵だ。砂と擦れる硝子達の不協和音を、波から浮上するその一瞬の揺らぎを逃しはしない。
「逃がしませんよ!」
 透き通った両腕を広げ覆いかぶさろうとする少女の群れを金剛でいなし、岩崩の刃で思い切り振り払う。亀裂の入った硝子は不快な音を立て、砂浜と衝突し粉々に砕け散った。
 遠方から押し寄せる敵を条件反射で的確に撃ち抜くと、小夜は今一度護衛対象達の様子を確認する。テトラポッドで反射する月光の瞬きには、幾つもの影が寄り添いマンガン達と戦闘している。砂浜から動こうとしないカップルには、コートを着た猟兵が付き添っているが避難までは至っていないようだ。相方らしき男が接近する硝子少女を徒手格闘で迎撃しているが、UDC-Pがいる方面と比べればあまり数を減らせていない。
 桜の嵐に舞い上げられ、小夜の体がふわりと浮かぶ。目指すは東側、カップル達のいる方角だ。白い砂浜を飛ぶように駆ければ、通った後に花弁の道が出来上がる。
「――気持ち悪いんですよっ、あんたら!!」
 大きく振りかぶった戦斧を、マンガン達の密集地帯目がけて容赦なく叩きつける。顔に飛散する破片は咄嗟に服の袖で防ぎ、周囲の少女達は鉛の雨で一掃した。
 耳をつんざく衝撃音を洗い流すように、薄紅色の突風が吹き荒れる。砕けた硝子が桜の色を映して、足元に花びらの絨毯が現れた。歌うように、踊るように戦場を舞う一輪の華は、凛とした声で童謡を口ずさむ。

 さくら さくら 弥生の空は 見渡す限り
 霞か雲か 匂いぞ出ずる
 いざやいざや 見に行かん――。

 歌声と共に風が勢いを増し、砂を巻き上げ渦を作り出す。暗闇の中次第に増える空気の層は厚くなり、より大きく激しく轟音を鳴り響かせながら少女達を呑み込んで遥か彼方へと放り投げて行った。
「吹き飛べ!」
 ――桜の花弁が舞った後には、春の儚い匂いだけが残っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ネフラ・ノーヴァ
共闘、アドリブOK。
カップルは他の猟兵に任せる。

テトラポッドへ赴き、無茶をしそうなUDC-Pの保護を優先しよう。会話が成立するかわからんが、お辞儀を披露して敵意の無いことを示す。名があるようなら聞いてみようか。

敵のマンガン達が襲ってくるようなら、UDC-Pを抱き寄せ、UCクリスタライズを発動。月光を反さず、ガラスよりも透明に。
珪素生命たるこの身が触れればどうなるかも興味がある。借り物の血はガラスになるかもしれないが。
なお近寄る敵あれば刺剣で貫き砕く。

事が済めば何か一杯飲もうか。



●異端の姫君
 潮騒に入り混じる硝子の破砕音が、風に吹かれて鼓膜を震わす。僅かに漂う硝煙の匂いは、猟兵の誰かが発砲した証拠だろう。
 既にカップル達のいる方角では激しい戦闘が行われているらしい。砂浜で蠢く人影が、揺らめく無色透明の波に向かって得物を振りかざしているのが見える。今夜は長い夜になりそうだとネフラ・ノーヴァ(羊脂玉のクリスタリアン・f04313)は笑って、履きなれたロングブーツのヒールでコツリとテトラポッドを蹴った。
 その瞬間、誰もいなかったはずのブロックの上で『何か』が月光を反射し振り返る。
「あぁ――。」
 頭で考えるより先に本能で理解し、思わず声が出た。目線が合い、自然と口が弧を描く。
 積み上げられたコンクリートのお山に潜む、硝子の少女達のたった一人の例外。UDC-P。探し求めたトランスルーセントの君。
「やぁ、突然訪問してしまってすまない。」
 目を見開き、固まったまま動かない少女にネフラはその場で一礼する。ネフラの登場があまりにも予想外だった為か、少女は呼びかけにも硝子のオブジェの如く微動だにしない。
 まぁ何をするにしても挨拶は大事だ。少なくともヒールの音に反応したのだから、耳は聞こえているのだろう。不安定な足場を一歩進んで、ネフラは少女に声をかけ続ける。
「私の名はネフラ・ノーヴァだ。貴殿にも名があれば、聞かせてもらっても?」
 少女の視線が彷徨い、次いで下を向く。手は何故か喉を押え――一拍遅れ、柔らかく短い笛の音が辺りに響いた。まるで硝子の空洞を風が通り抜けたかのように。
 恐らくそれが少女の『声』なのだろう。言葉を紡ぐことが出来ない、拙い音色での意思表示。それが彼女の名なのか、別の何かなのかは分からなかったがしかしこれでハッキリした、とネフラは思った。彼女とは意思の疎通が可能だ。こちらの言葉もどうやら理解しているらしい。これなら会話は成立しなくとも、幾らかのやり取りなら出来るだろう。
 無理に発声させた非を詫び、敵意が無いことを示す為に微笑む。さて、何から話そうか――思案するネフラを他所に少女は口を閉じ、体を強張らせそれでもちらちらと何処かを見ていた。目線を追って同じ方向を向けば、ちょうどカップル達が視界の中心に映る。
 やはり安否が気になるのだろうか。
「あの二人は大丈夫だ。私の仲間が守っている。」
 ネフラ自身も少女を守りに来たのだと告げれば、彼女は今度こそ口を開けて硬直してしまった。
「なに、もう少しで二人を庇いに行くところだったのだろう? たとえ自身の仲間と敵対することになっても、だ。」
 言いながらネフラは笑ってしまう。何故って、この少女口を開けたまま目を白黒させているのだ。それはもう、分かり易く。暗闇の中瞳が反射する光が大きくなったり小さくなったり、感情の動きが思ったより強く正直、見ていて楽しい。
「驚くだろうが本当だよ。知り合いに貴殿のことを頼まれてね。」
 まだ状況が呑み込めていないだろう少女に、努めて優しい声を出す。嘘は言っていない、ちゃんと本当の話だ。自分をこの場に召喚したグリモア猟兵は知己であるし、彼女の紹介で異端たる少女を守護することになったのだから。
 首を傾げ目線を左右にやり、一生懸命頭の疑問符を表現する少女はまるで普通の女の子のようだった。想像をはるかに超えて感情豊かな少女にネフラの顔も思わず綻ぶ。自然に仲良くなれそうな姫君だ。このまま事情を説明して、もっと安全な砂浜に移動――。
 不意に波立つ水面を見て、咄嗟に乳白色の腕が硝子の体を包み込む。
 ――ちゃぽん。水が弾ける音が聞こえて、『何か』が月光を浴びながらゆうらり、ぐるりと浮上し回転した。つるりとした無色透明なソレは、海を揺らしながらざぶざぶと移動すると、近くに聳え立つテトラポッドの前で静止する。
「っ、大丈夫だ、静かに。」
 硝子よりも透明に、それこそ視認出来ないほど完全に透き通った二人はしかし、ブロックの上から今にも転げ落ちそうになっていた。少女はネフラの腕の中で緩慢に、されど尋常でないぐらいに力を籠めて胸を叩き、何とかして自身の守り手を突き飛ばそうともがいてくる。短い足は地面を離れ、宙ぶらりんのまま何度もネフラの腿を蹴った。
 ネフラの使用しているユーベルコード、『クリスタライズ』は物音まで消せない。このままでは自分達の居場所がばれてしまう。咄嗟に抱き締める力を強くすれば、指先から凍るような感覚がネフラの全身を駆け巡った。
 ――手の関節が、曲がらない。
 迎撃の二文字が頭によぎった頃、敵マンガンはざぶりと砂浜に上がり、のそりのそりとカップル達の方向へ歩いて行った。どうやら気づかれずに済んだようだ。詰めていた息を吐き力を緩めると、途端に体を押されするりと少女が抜け出て行く。無機質でひやりとした感触をどこか名残惜しく思いながらも、ネフラは自身の手に目を落とした。
 成程、ケイ素生命たるこの体にも硝子の呪いとやらは効くらしい。指先だけではあるが、肌は色を失くし眼前に広がる世界の黒をつややかに映していた。少しばかり無茶をしただろうか。
 ふむ、と唸って逃げた少女に振り返る。
「いきなり抱き締めてすまなかった。怖かっただろう。」
 あの場で戦闘になっていれば、他のマンガン達もこちらへ来てしまうとの判断での行動だったが、些か展開が急すぎたか――怯えているだろうと踏んでかけた声は、しかし予想外の方向に裏切られた。

 少女は冷たいブロックの上で、物音一つ立てず蹲っていた。
 頭も手足もお腹に丸め込んで、それこそ海に浮かぶクラゲの頭のように。

大成功 🔵​🔵​🔵​



 まるくなる。
 上から降り注ぐ、あの光みたいに。

 手も足もお腹にくっつけてしまえば、私の体も少しだけ小さくなる。
 こうすればあのヒトも傷つけない。私と同じ、つやつやのかちこちにはきっと、ならない。
 なっちゃいけない。傷つけちゃいけない。そんなことはさせない。

 私を守るって、どうしてだろう。どうしてあのヒトは、私が怖くないんだろう。
 普通のヒトは、私を見たらみんな逃げるのに――。

 ふわふわでひらひらした服を着たきれいなヒト。
 くっつかれた私の体も、なぜだか少しだけふわふわしていた。
大町・詩乃
UDC-P(以後、彼女さん)の行動をそっと後押しします。

テトラポットにいる彼女さんを驚かせないように「こんばんは♪」と優しく微笑みかけ、「貴女が貴女でいる為に、勇気を振り絞って行動する時が来ましたよ。貴女はどうしたいですか?」と問いかける。

カップルを助けたいなら、「それでは私と一緒に行きましょう♪」と笑顔で。
一緒にカップルを護るようにマンガン達に対峙。
「彼女さんは私達側の人間です。そして人間を襲う貴女達はここで倒させて頂きます!」と言ってUC発動。
彼女さんをかばいつつ、煌月に炎の属性攻撃・神罰・破魔を宿して、マンガン達をなぎ払う範囲攻撃で纏めて倒す。
「これ以上、人間には指一本触れさせません!」



●体は硝子でも
 テトラポッドの上で蹲って動かなくなってしまった少女を前に、大町・詩乃(春風駘蕩・f17458)は苦笑した。他猟兵達から話を聞いて、ようやく駆けつけた自身の目に跳び込む手足を畳んだまんまるフォルム。つるりと輝くその姿はそう、まるで――水まんじゅう。
 彼女さんには失礼と思ったが、あまりにも見た目が似ているのだ。水まんじゅうに。つつけばぷにぷにと音がしそうなつるるん肌は、しかし実際に触ればかちこちなのだろうけれど。それぐらい、背を弓なりにした彼女の体は綺麗な半円を描いていた。
 先に話しかけた猟兵によれば、猟兵の体を硝子化させてしまったことであんなハムスター状態に自らなったらしい。言葉を操れないため会話は出来ないものの、直前まで普通にやり取りをしていたというから、自身が他人を傷つけたことが余程ショックだったのだろう。
 詩乃が思った通り、やはり少女は『人間』なのだ。
「こんばんは♪」
 近くまで寄ってしゃがみ込み、詩乃は少女に話しかける。新しく聞こえた声に少女は顔をあげ、目の前に来ていた黒髪の女性にぎょっと驚いて肩を跳ねさせた。
「大丈夫です、触りません。」
 詩乃が掌を見せて後ろ手を組めば、少女は安心したように小さく息をついて、そのまま詩乃をじっと見上げる。怯えるような目は月光を透過して、藍色の瞳を柔らかく照らした。
「よろしければもっと楽になさって下さい。無理な姿勢は体に毒ですから。」
 言いながら詩乃はテトラポッドに腰かけ、海に向かって足を投げ出す。潮風で乱れる髪を手櫛で整えると、遠くまで広がる波の脇に固まる男女と猟兵が見えた。砂浜の上、マンガン達の群れから少し離れた場所にいる彼らは、詩乃が少女に話しかける前から一歩も動いていない。――カップル達の避難誘導は、まだ時間がかかるようだ。
 コツリ、何かがコンクリートと当たる音。振り返れば少女が蹲るのを止め、地べたに座り込み膝を抱えていた。距離があるものの横に並んでくれた彼女は、少しは心を許してくれたのだろうか。嬉しくなって笑いかけるが、少女はじっと一点を見つめて動かない。
 詩乃が見ていたのと同じ、これから死ぬ定めにあった二人の被害者達を。
「……気になりますか?」
 詩乃の問いに少女はコクリと頷く。当然だろう。彼女はカップル達が自分の仲間に襲われていることを理解しているのだ。人のソレと大差ない感性を持つ彼女が、人を傷つけることをあんなにも怖がる彼女が、この状況を黙って見ていられるはずがない。
「――あの、良かったら一緒に行きませんか?」
 自然とそう、口にしていた。少女の顔が詩乃に向き、目が大きく見開かれる。
「心配なんですよね、お二人のこと。でしたら、もっと近くまで守りに行きましょう。」
 詩乃の言葉に硝子の口までもがぽかんと開いた。その後すぐに所在なさげに手をわたわたと動かし、詩乃を見つめて何かを訴えたそうに眉をしかめる。イヤ、なのだろうか。しかし首を横に振ったり後ろのめりになったりしていないところを見ると――。
「行きたいけど、何かが引っかかる……ということでしょうか。」
 う、と図星を突かれたように少女が口をつぐむ。
「自分の仲間と戦うことですか?」
 透き通った首が横に振られる。
「では戦うこと自体がイヤだとか。」
 もう一度首が横に揺れる。
「……もしかして、私がイ」
 カツンカツンとぶん回された髪がぶつかり音が出て、慌てて詩乃は少女を止める。どうやらこれも違うらしい。一体、彼女が恐れているのは何なのだろう。
 夜の空気を吸って体に取り込み、もう一度彼女について思い返せば――答えは存外、呆気なく出た。
「あぁ、私が硝子になる心配をしてくれたんですね。大丈夫ですよ♪ 呪いには強いんです。」
 柔らかく微笑んでそう告げれば、硝子の少女がピシィッと固まる。
「あ、信じてくれてませんね? 一応、これでも巫女ですしちょっとだけ腕に覚えも有るんです。」
 本当は巫女(兼、神)で猟兵としてもそれなりに強いのだが、そこまで説明して呪いの塊である彼女を怖がらせる必要もない。言うよりも見せた方が早いと愛用の薙刀を持って軽く揮って見せれば、少女はその様子をじっと、食い入るように見つめていた。
「貴女は私達側の人間です。少なくとも私は、そう考えています。」
 異形の化物たる硝子の少女に、神たる巫女が手を差し伸べる。
「貴女が貴女でいる為に、勇気を振り絞って行動する時が来ましたよ。」

 ――貴女は、どうしたいですか?

●私が私である為に
 オリハルコンの刃が真円を描き、激しく燃え盛る炎が夜の海を煌々と照らした。
 アシカビヒメの神力は呪いそのものであるマンガン達に効果覿面だったのか、その燐光に触れた硝子の体はことごとく形を失い、まるで水が湧き出るかのように泡となって弾け、砂に落ち姿を消して行く。背中を追って付いてくる少女もこれには衝撃だったのか、何度か硬直し巫女と微妙な距離を取りつつも、されど仲間から決して逃げずに両腕を広げ侵攻を妨害する。
 何故ヒトと共にいるのか。何故敵対するのか。最初は戸惑いがちだったマンガン達の歩みも、次第に事態を呑み込み矛先をカップルから目前の少女と詩乃に切り替えたようだった。前後左右から群がり魔の手を首筋に伸ばすマンガン達を、詩乃は神性の烈火で滅しその背中を壁になった少女が守る。
「大丈夫ですか?」
 目に見えるマンガン達を一掃し、続く第二波への小休止の合間に詩乃は少女に声をかける。ゆっくりと上下する透けた肩の横からひょいと回り込み、目線を合わせれば少女は何を言うでもなく力強く頷いて見せた。彼女の足は、腕は僅かに震えていたけれど。
 無理もない。今まで恐らく見過ごして来た仲間の行動に対して、この少女は自分の意志で初めて反旗を翻したのだ。それも猟兵という、UDCにとっては絶対的な敵の味方になることによって。己の手で同朋を骸の海に還すきっかけを作ったことも、この戦闘だけで何度もあっただろう。
「立派です、貴女は。でも無理はメッ!ですからね。」
 緊張をほぐすようにおどけて言えば、少女も拙く、されど確かに――笑った。
「さぁ、もう一踏ん張り頑張りましょう!」
 気合いを入れて声掛けしたのと同時期に、ようやく立ち上がったカップル達が他猟兵に連れられて町側の階段へと姿を消す。よかった、もう大丈夫だ――ほっとして息をつけば、その呼吸が少女と被った。見れば見るほど普通の女の子と変わらない様子の少女に神は目を細めると、歪に揺らぐ海面に向き直り得物を構え直す。
 浮かび上がるクラゲのような頭部、水を滴らせ忍び寄る冷たい足。ざばり、ざばりと波を割って這い出る少女の群れに、燃え上がる眩い刃が火の粉を散らして振り下ろされた。
「これ以上、人間には指一本触れさせません!」

大成功 🔵​🔵​🔵​



 赤い光が、揺れている。
 同じ色の服を着た女のヒトの手が、揺れるのに合わせて流れて行く。
 水よりも強く、もっと強く――。

 きれいだけれど、触れちゃだめ。触れたら体が流れてしまう。
 あの水たまりの中に流れて、分からなくなってしまうから。
 教えてくれた女のヒトの光は、沢山の『私』を流して行った。

 私はヒトだと、そのヒトが言ってくれた。
 
 ヒト、って。なんだろう。
冬薔薇・彬泰
UDC-Pたる個体の判別が容易ならば
後は残りを斬り伏せるのみ
――レディ、貴女は念の為に恋人達の誘導を

浜辺を駆け、現場へ急ぐ
一般人を襲わんとするならば疾く対応を
踏み込み、敵を【剣刃一閃】で攻撃
死角を狙われぬよう常に警戒を怠らず
冷静に、落ち着きをもって行動
抱き着かれぬよう武器で受け、見切りを試みる
…生憎、僕には先約が居るものでね
君達に胸を貸す余裕はないんだ
等と軽口を挟みながらもUDC-Pの護衛も忘れていない
彼女に手を出そうとする個体が居たならば
迷わず叩き斬ってしまおう
大丈夫、君に危害を与える心算はないよ
急な提案で申し訳ないけれども
良ければ僕達に、君を守らせて欲しい

*苗字+君呼び
使い魔はレディと呼ぶ


枯井戸・マックス
「数が多いな。しゃーない、猫の手を借りるか」
星座の名を冠した魔道遺物を召喚
呼び出すのは双子座、蟹座、蠍座
「コピーキャット、俺を模倣しキャンサーを手に突撃せよ! 勝手に使った豆代分は働けよ」
俺はポイズンウィップを手に敵を薙ぎ払いつつ、戦えない者の盾となろう
もちろんお前も守るさ、UDC-P
……長いな、とりあえずPちゃんでいい?
「同族が死ぬ様は見たくないだろ?しばらく目つぶっときな」

◇UC
敵の接近は第六感と暗視で察知し、フェイントをかけて一方的に攻撃できる範囲を保つ
そして鞭を伸ばして敵を打ち据えUC発動
毒使いと属性攻撃で敵を蝕みつつ拘束
そのまま振り回して更に蠍の尾の標的を増やしていく

アドリブ連携歓迎



●消えたUDC-P
 寄り添い合う男女の影が、誰かに連れられて町に繋がる階段へと消えて行く。彼らの足元にはよくよく知ったる可愛らしい四つ足のレディも同行していた。心配はない、もう大丈夫だ――冬薔薇・彬泰(鬼の残滓・f30360)は横目で護衛対象の脱出を視認すると、月を映し冷たく光る銀雪の刃を眼前の硝子体に向け振り下ろした。刀身が触れた先から透き通る体は分かたれて、砂浜に落ち粉々に飛散する。周囲にいる最後の一体を斬り伏せた彬泰は、戦場においての彼には珍しく、ふと息を吐いた。
 普段は鬼と評されるほどに戦線を駆け、返り血でその身を黒に浸す彬泰だが、今日は幾らかの余裕を持っていた。いつもならレディに呆れられる程鉄の匂いを撒き散らす衣も、硝子の残骸で眩く光るのみ。というのもこの少女達、動きが鈍く単調で脆かった。刃を向けた敵のことごとくがかわすことなくその身を斬られ、砂と衝突し破片へと変じて行く。囲まれぬよう警戒を怠らず目を光らせていれば、左程苦労する相手でもない。
 もし懸念があるとすれば、彼女達がいつまで海から湧き出続けるかで――。
「おや。」
 考えを巡らした側からざばり、と。海面が割れてつるりとした頭部が月光を浴び、水を滴らせてゆっくりと浮上する。どうやらまだ殲滅とは行かないようだ。迫る呪いの群れに向けて、彬泰が刀を構え直したその時――横から宙を駆ける黒い一閃が、先端の金属で硝子を貫きけたたましい音を立てて破砕させる。金属から一直線に伸びた紐状の鞭を辿って目線をやれば、波打つ琥珀色の髪に胡散臭い丸サングラスを掛けた男が砂を巻き上げて彬泰に駆け寄って来た。
「やぁ、どうも有難」
「悪い、PちゃじゃねぇUDC-Pを見なかったか。」
「UDC-P?」
 お礼を遮り荒く呼吸をする男――枯井戸・マックス(マスターピーベリー・f03382)の問いに、彬泰は首を傾げる。はて、彼女はテトラポッドで他猟兵に守られているはずではなかったか。事実彬泰は現場に到着した瞬間、少なくとも二人の猟兵が彼女の元へ向かうのを見ている。順当に考えれば護衛に行ったのだろうとするのが普通だ。だからこそ彬泰はカップル達の近辺で、彼らに群がろうとするマンガンを斬り続けていたのだが。
 振り返ってテトラポッドを確認する。先ほどまでブロックの狭間に存在していた光の反射は、どこを探しても見当たらなかった。
「居ないのですか。」
「居ないんだよ、テトラポッドには。俺もさっき気づいたんだ。」
 早口で滔々と話すマックスとて、戦闘に没頭し護衛対象を放たらかしにしていた訳ではない。つい先ほどまで、本当に少し前まで確かに彼女はそこに居たはずなのだ。どんな姿をした猟兵が彼女に寄り添っていたかも、遠目ではあったがハッキリ記憶している。それが自身の主たる武装の一つ、コピーキャット(ナンバーワン問題児)がおかしな行動をしないか気を配った瞬間にこれだ。マックスを模倣した姿で馬や羊でも一刀両断出来そうな黒い大鋏を振り回し、波打ち際を笑いながら縦横無尽に駆け回っているところを見ると、一応勝手に店を開けていた時のキリマンジャロ代分は働いてくれそうではあるが。いや、今大事なのはそんなことではない。
「探しましょう、流石に何方かが見かけているはずです。」
 護衛対象たるUDC-Pを見失ったとあれば、たとえ敵性UDCを殲滅したとしても今後の玉響町の平穏が脅かされかねない。本人にそのつもりがないにしろ、UDCの存在というのは基本的に害悪だ。人間にとって何かしらの難点を持つし、うっかり邪神教団に見つかれば眷属として利用される可能性もある。
 何より――人間側の味方である彼女を、ここで見捨てる訳にはいかない。
『大の大人が二人揃って、呆れさせないで頂戴。』
 不意に彬泰の耳朶を打つ、愛おしい婦人の声。足元に視線を落とせば、黒猫が艶やかな肢体をしならせ彬泰達の間に座ったところだった。
「お二人のお見送り、ありがとうございます、レディ。」
 レディと呼ばれた黒猫はそっぽを向いてつんとすまして見せると、砂浜の一点を見つめてマックスにも聞こえるよう大きくみゃお、と鳴いた。思わずつられるようにそちらを向けば、巫女服に身を包み燃え盛る薙刀をぶん回す女猟兵が一人。
 ……そして、その猟兵の背に守られるようにして、ひっついて歩くUDC-Pが一人。
「――なんでPちゃんがこっちに!?」
 思わず仮面の目をかっ開き叫ぶマックス。無理も無い。彼女は護衛対象なのだ。グリモア猟兵からそう聞いていたのだ。特段他の個体と比べて強いなどということもない少女だから、しっかり守って連れ帰るようにと。確かにそう言われていた、はずだ。戦場である砂浜に出て来るなど在り得ないはずなのだ。
 しかし目の前のUDC-P(以下Pちゃん)はその猟兵の背にくっつき、何故か両腕を広げてマンガン達が近寄るのを阻止している、ように見える。
まるで猟兵の死角を補って守るかのように。
「……これはまた。」
 どういうことだろうか。Pちゃんは人類に協力的との話だったが、まさかここまでとは思わなかった。マックスに至っては話が通じるヤツだといいとも考えていたが、最早話が通じるどころの話ではない。
 マンガン達の発生がある程度落ち着いた頃、女猟兵に話しかけて事情を聞けば疑問はアッサリ氷解した。なんとこのPちゃん、猟兵と一緒にカップル達を守りたいと意思表示したと言うのである。しかもカップル達が避難した後も望んで戦闘に加わっているのだとか。
 仲間が死ぬところは見たくないだろう――そう考えていたマックスは少なからず予想を裏切られたと思った。しかし彼女の手足をよくよく見れば、僅かに震えているのが分かる。この海に吹き荒れる潮風のせいなどではなく、目の前で行われる命のやり取りに対して、だ。
「……お前の覚悟は分かった。だが、あんまり無理すんなよ?」
 彼女がそれを望むのであれば、これ以上の口出しは無用だ。マックスは毒鞭を構え直し、残り少なくなったマンガン達に不敵に笑んで向き直る。
「僕達にも君を守らせて欲しい。その為に、僕達は来たのだからね。」
 彬泰も鋭いと言われる目を自分なりに柔らかく細め、隣に佇む黒猫婦人のように優雅に笑って見せる。
 多少のイレギュラーは起きたが、護衛対象は発見出来たしカップル達は無事避難が終わっている。後は眼前に広がる黒々とした海の、呪いを全て消し去るのみだ。
「蠍楼族の秘宝、身をもって体験してもらうぜ!」
 マンガン達の群れを割って走る濡羽色の頭髪と魂が編み込まれた鞭が、瞬く間にほどけ無数の蠍の尾と化し周辺一帯の硝子を刺し貫く。蠍の尾から滲む毒が藻掻き苦しむ少女達の動きを止め、その体から突き出た棘を利用するよう鞭をぶん回せば、放射状に広がる棘の鞭はさらに大きく、大きく広がって行く――。
「風化に任せて、滅べ!!」
 遠心力のままに振り回した鞭を砂浜に叩きつければ、無色透明な少女達は瞬く間に弾け飛び、燐光と化して消滅して行った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『UDC-P対処マニュアル』

POW   :    UDC-Pの危険な難点に体力や気合、ユーベルコードで耐えながら対処法のヒントを探す

SPD   :    超高速演算や鋭い観察眼によって、UDC-Pへの特性を導き出す

WIZ   :    UDC-Pと出来得る限りのコミュニケーションを図り、情報を集積する

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 ――午後九時。玉響海水浴場。

「あぁ、いたいた。皆さん、マンガンの殲滅とUDC-Pの保護お疲れ様でした!」
 無事にカップル達を避難させ、敵性存在の消滅を確認した猟兵達の元にスーツ姿の男性が駆け寄る。男は名刺を取り出すと現地のUDC職員を名乗り、猟兵達を自身の事務所に案内すると言う。
「夜の海は冷えたでしょう。大したもてなしも出来ませんが、宜しければ温まって行って下さい。Pの調査もこれから、ですよね?」
 目線を向けられたUDC-Pがそっと猟兵達の背中に隠れる。つれない反応に男は苦笑いしたが、彼女の信頼を猟兵達は短い間で獲得出来たようだ。特に異論もない猟兵達は、男に連れられ再び静寂の訪れた砂浜の上を歩く。
「近くに車を停めてますので、事務所へはそれで向かいます。もし必要な物があれば仰って下さい、途中にコンビニが有りますし大体の物は何とかしてみせますので。」
 UDC組織の財力はこの町でも有効のようだ。男は黒塗りのミニバンにキーを差し込むと、ドアを開けて猟兵達を招く。UDC-Pは呪いの為、助手席に一人で座ることになった。初めてのシートベルトに四苦八苦するも、周囲の助力で何とか無事締められたようだ。ほとんど彼女と接触の無かった猟兵がいれば、人間と遜色のない理解力とその従順さに驚くかもしれない。

 車のヘッドライトが白線を照らし、エンジン音と共に車体が揺れた。
 転送直後より幾分か暗くなった町を、猟兵達の車が走る。

 さぁ、これからどうしようか――。

【MSから補足】
 大変お待たせ致しました。三章開始致します。
 UDC-Pの対処マニュアル作成タイムです。これから組織に行く彼女が無事に過ごして行けるよう、彼女と接する上での注意事項を調査・筆記したり必要な諸々を手配したりしてあげましょう。
 マニュアルに関係なくコミュニケーションを取っても構いません。それもまた彼女の糧になるでしょう。二章に彼女の独白を盛り込んでいるので、必要であれば参考になさって下さい。二章の結果、UDC-Pは猟兵達に一定の信頼を置いています。

 プレイングで指定が無ければ描写は事務所から開始します。UDC職員は避難誘導要請の電話(一章リプレイ参照)で駆けつける前はキムチ鍋を作っていたようなので、もし食べたい方がいらっしゃれば喜んで振舞うでしょう。

 未熟な筆ではありますが、猟兵の皆様の自由な発想を出来る限り盛り込みたいと思っています。最後のご参加、心からお待ちしております。

【Pちゃん(仮称。名前はまだない)について現在判明していること】
・直接接触した人間は硝子化する(クリスタリアンも含む)。
・そのせいか人間に対し、物理的に距離を空けて接しようとする。
・人間と比べて行動速度が遅い
・耳は聞こえていて言葉も分かるし(笛のような)声も出せるが話せない。難しい単語は知らない。表情とボディランゲージで反応する。

 以上です。よろしくお願い致します。
※追記:二章で体が硝子化した猟兵は、自身の能力なり事務所の浄化道具なりで治療したことにして構いません。
秋山・小夜
アドリブ、絡み歓迎
とりあえず、一つ一つ(筆談で)質問しながらマニュアル作りをしていこうと思います。
まずは、名前から聞いて行って、えっ、ない?
じゃあ、好きなもの嫌いなもの、果てにはどのように過ごしていきたいかを聞けたらと思います。
問題はその聞き出した情報をまとめていくことなんですが、まぁ、その、頑張ります。



●好きなもの、嫌いなもの
「え、文字読めないんですか。」
 秋山・小夜(歩く武器庫・f15127)がそう呟けば、硝子の少女はこてんと首を傾げた。なんだかよく分かりませんとでも言うような表情を見る限り、文字という概念すらこの女の子は知らないのかもしれない。筆談しようと思っていた小夜にとって、これはちょっとした想定外だった。

 事務所に到着した猟兵達とUDC-Pは、エージェントに連れられて休憩室に通されていた。他の部屋は狭かったり荷物が片付いていなかったりと、落ち着いて調査をするには向かないからだそうだ。少女がUDCとしては比較的『大人しい』部類に入ることもあり、猟兵達は有難くそのまま彼女の調査を開始した。
「困りましたね、えーと……私の言ってることは分かるんでしたか。」
 エアコンの効いた部屋で木目調のイスに腰かけ、小夜はテーブルに置いたノートをペンでつつく。ほとんど独り言に等しい言葉に、しかし対面の少女はしっかりと頷いた。反応は良い。言葉も分かる。であれば、地道に訊いて行くしかないだろう。
「名前は……難しいですね、これだと。それじゃ、好きなものを教えて下さい。」
 好きなもの。人間が自己紹介をする時真っ先に上がる項目だ。
少女は小夜の質問にきょとんとすると、急に目線を部屋のあちこちへと忙しなく動かし始めた。困っていると言うよりは、むしろ何かを探しているかのような。しかし目線は一向に定まる気配がなく、次第にその動きはおぼつかなくなって行く。
「あのー、えっと、大丈夫ですよ。一旦止めましょうか。」
 いたたまれなくなってきて思わずストップと言ってしまう。申し訳なさそうに頭を下げる少女に、小夜は困って息をついた。
恐らく彼女はこの部屋の中で『好きなもの』を探してくれたのだろうが、挙げたいものは何も無かったのだろう。考えてみるとそれも当たり前だ、彼女は今までずっと海にいたのだから。だとすれば、彼女の好きなものは――。
 ふと思い立って、ペンをノートに走らせる。描くのは、海の景色。先程まで自分と彼女がいた海水浴場の絵だ。白い砂浜、青い海、海の家と道路を走る車。遊びに来る人間達に生い茂る木々、ついでに魚や海洋生物も。点と線だけで描くモノクロの簡単な海だったが、少女は興味津々な様子で前のめりになりながら小夜の絵を食い入るように見つめていた。
 もしかしたら案外、好奇心旺盛な性格なのかもしれない。
「できた。はい、どれか好きなものありますか?」
 くるりとノートを回転させ、少女の方に向け直す。少女は紙の上の海に目を落とし、一つ一つの図形をまじまじと見つめ始めた。この中にお目当てのものが有れば良いのだが。
 手持無沙汰になって部屋の中を改めて見回す。リフォームでもしたばかりなのか、内装はどこも新しく傷がほとんど無かった。クリーム色の壁紙と木目調の家具が良くマッチしており、所々に置いてあるパステルカラーのオブジェと合わさって全体的にホッとする印象だ。読書スペースにミニキッチンまで併設しており、エージェント達の休憩に対する意識の高さが窺える。
 小夜が電気ポットの横に緑茶の缶を見つけたところで、少女は突然手を動かした。
「?」
 振り返った小夜の目に跳び込むまる。マル。丸。
 両手で大きな丸を作って、小夜の前にかざす。
「えっと、それはどういう。」
 かざした丸は少しずつ下に降りて行き、最初は胸、次はテーブル、最後にノートの上へと収まった。
 モノクロの海。その空に浮かぶ雲の隣の丸。
「――月が好きなんですか?」
 少女の丸に指を差して言えば、彼女は頷いて微笑んだ。
 月が好き。それが、初めて彼女がした自己紹介だった。やっとまともに答えが出て来たことに小夜は内心ほっとすると、ノートを捲って違うページに少女の言葉を書き込む。『好きなもの』、『月』。
 どうやら思った以上に時間がかかりそうだ。ちょっと待ってて、と少女に一声かけて小夜は席を立ちミニキッチンへと近寄る。棚に備え付けられていた急須と茶こしを借り、ポットのお湯でお茶を淹れた。彼女が飲めるかは分からないが、見せるだけ見せてみようと思う。
 夜はまだこれからだ。のんびり、訊いて行けばいい。

●1通目、名前も知らない誰か様

 おおかみのおねえさんへ

 こんにちは。きょう、うまれてはじめておてがみします。へんなないようになってたらごめんなさい
 でも、どうしてもおれいをしたかったんです。
 わたしをたすけてくださって、ほんとうにありがとうございました。

 まえよりことばが分かるようになって、エージェントのみなさんからうかがいました。
 みなさんのこと、りょうへいのこと、あのひわたしをたすけてくださったのはみなさんだということ。あのひのことぜんぶを、です。
 おかげさまでわたしはきょうも、いきられています。ありがとうございます。

 おおかみのおねえさんは、たくさんおはなししてくれましたね。
 いまかんがえるとちょうさだったのでしょうが、かいわができずもじもよめないわたしと、いっしょうけんめいはなしてくれたのをおぼえています。すごくたいへんだったとおもいます。ごめんなさい。
 でもおねえさんのおかげで、わたしはエージェントのみなさんからとてもよくしてもらっています。わたしのおへやからはつきがみえるし、へやのなかはつきのしゃしんでいっぱいです。こんどぼうえんきょうをかってもらうやくそくをしました。いいこにしていたら、そとにもつれていってもらえます。
 おねえさんのおかげです。ありがとうございました。

 りょうへいとしりあいのエージェントのかたに、このおてがみをわたしました。
 なまえもわからないおねえさんに、いつかきっととどきますように。
 こんどたまゆらちょうにあそびにきてください。おまちしています。

大成功 🔵​🔵​🔵​

本屋・ししみ
WIZ

UDC職員さんもお疲れ様、だね。

さて、UDC-Pの彼女とはコミュニケーションを試みようか。〈コミュ力〉
僕は意識して感情を言葉に出し、アクションは大げさに振る舞う。つまり“分かりやすい人”になるんだ。〈演技〉
事態解決の喜びや未知との交流の楽しみといった心の内を、ありきたりに行う日常的な振る舞いを、そんな言うなれば人間らしさを“彼女に観察して貰う為に”。
そして興味や疑問を抱いて貰えれば、それを〈読心術〉で拾い上げて、可能な限り平易な言葉で答えてあげる――そういったやりとりで彼女を知っていきたい。
知る為に、まず知って貰うのさ。

あ、キムチ鍋は是非ともご相伴にあずかりたいね。
辛口料理、好きなんだ。



●沢山の初めて
 猟兵達が通されたのは、広々とした休憩室だった。クリーム色の壁と床には木目調の家具が設置してあり、全体的にどことなく温かみがある。読書スペースとミニキッチンも併設されていて、なんなら今すぐ勉強したり調理を始めたり出来るだろう。あいにく、ガスコンロにはなみなみと赤いスープが張られた土鍋が先客として鎮座しているのだが。
「出来上がりまでもう少しかかります。よろしければ、その間に調査をお願いします。」
 エージェントの男はそう言うと、鍋の様子を見にキッチンへと去って行く。後に残されたUDC-Pは見慣れぬ世界に辺りをキョロキョロと見回した。物怖じしない性格なのか、初めての諸々に怯えて周囲を確認したいのか。つるりとした表情からは、まだ細かい感情は窺いしれない。
どちらにせよ、自身のやることは一つだ。本屋・ししみ(魔導書使いの探索者・f30374)は傍らのイスを引くと、硝子の少女に見えるように手で椅子を指し示した。
「どうぞ、座って?」
 首を傾げて微笑んでみる。少女は突然のことにピシィッと固まり、そのまま硬直して動かない。やって見せた方が早いかと思い、ししみもテーブルを挟んで対面に移動しイスを引いて腰掛ける。もう一度『どうぞ』と告げて彼女に向かって掌を見せれば、少女はようやく合点が行ったのかおずおずと自分のイスに腰かけた。今まで海で生活していたことを鑑みると、この反応も当然だろうか。内心で苦笑すると、ししみは大きく息を吸って――。
「はぁ~、疲れたぁ~。」
 微笑んだままハッキリと、分かり易く安堵のため息を吐き体の力を抜く。気を抜いてしまっているのが誰から見ても分かるぐらい、表情は緩めて腕を垂れ背もたれに体重をかけた。彼を知っている人間が見れば、普段の無表情クール(言動はお茶目)っぷりとはえらい違いだと驚くだろう。
 それもそのはず、ししみは今全身で演技をしているのだから。感情表現を明確にし、オーバーリアクションで言葉は簡単に。UDC-Pでも理解出来るよう可能な限り『分かり易い』人間になった彼を、しかし笑う猟兵は誰もいない。後でエージェントが述べたところによると、この時のししみはまるで『子供用教育番組のおにいさん』だったとか。誰も何も言わないわけだ。
「でも良かった、君が元気で!」
 むくっと起き上がり再び声をかければ、呼ばれた少女がビクッと反応する。満面の笑みを向けてはみたものの、まだ彼女の緊張は解けていないらしい。まぁ、それも仕方ないことではある。ゆっくりやって行こう。
「他の人から聞いたよ。君、戦ってくれたんだってね。人間を守る為に。」
 車中で隣り合わせた猟兵から聞いた話を出すと、少女はこくりと頷いた。信じがたいことに彼女は、カップルを守りたいが為他猟兵に誘われたとは言え、自ら決心しマンガン達の群れの中に向かって行ったのだという。今まで仲間だったUDCを裏切り、その上人間に味方すると決めた彼女にこれまで一体何があったのか、それを詳しく知ることは出来ないが――。
「ありがとう。おかげで二人は……君の守りたかった人間は無事だよ。君のおかげだ。」
 頭を下げる。深く、全身全霊の謝意を籠めて。もう会うことは無いだろうカップル達の代わりに深く、深く。それから、精一杯の笑顔を見せた。
 皆を守れて嬉しい。君が無事で嬉しい。君が二人を守ってくれたことが嬉しい。沢山の『嬉しい』を詰め込んで、硝子の少女に笑いかける。少女は自分に向けられた笑みにおろおろと視線を彷徨わせると、ぶんと音が出そうなぐらい勢いよく頭を下げた。振り回された髪が顔と当たってカツンと鳴る。
「顔を上げて。……ありがとう、本当に。」
 不安気に上げられた無色透明な瞳を見つめて、もう一度笑う。何度も、何度でも彼女が理解出来るように。
 所在なさげにあちこちを漂っていた視線はやがて落着き、少しずつししみと合うようになって来た。おずおずとまごつきながら、不器用に、歪に、それでも彼女も笑顔を向ける。これで、いいのかな。なんて、分からないなりに、一生懸命に。
「……うん。その方がかわいいよ!」
 今度はニカっと歯を見せて、ついでに顔の横でザムズアップ。かわいい、は分からないのか少女はきょとんと目を丸くしたが、さてこれは説明出来るだろうか。
 ふと思ったまま口に出した言葉だったが、『かわいい』という言葉自体が他の言葉で説明し辛いものだ。硝子体の彼女に美醜の感覚が伝わるかという問題もある。何かかわいいものがあればと思って部屋を見回すも、パステルカラーのオブジェばかりでぬいぐるみとか、動物のイラストとかそういった物は特になかった。
 スマホを取り出し、『カワイイ』で検索をかける。結果の画像が女性の写真ばかりだったので、今度はぬいぐるみだとか動物とかをプラスして入力してみた。
「――お、出た出た。かわいいってこういうのだよ。」
 スマホをテーブルに置き、少女に向けて差し出す。おっかなびっくりながらも、前のめりになって画面を見つめる彼女にししみはゆっくりと、出来る限り客観的な視点で『かわいい』と思えるものを指さして行った。
 動物の赤ちゃん、もふもふの犬、丸っこいハムスターも捨て難い。指を差す場所を変えれば、少女の目線も次々に移動して行く。次第に瞳が大きく見開かれ、口元に笑みが浮かぶのを見ればししみも自然と頬が緩んだ。一通りざっくりと画像を見たところで、それでね、とスマホをしまってもう一度少女と目を合わせる。
「君も、かわいいよ。」
 ?
 ……???
「……うん! ごめんなんでもない。」
 何故ちょっとナンパしたみたいなことになっているのだろう。自分はただ言葉について教えていただけなのに。ししみは一人こっそり狼狽した。
 そもそもこういうのを教えるのは女子のような気もする。何故自分はかわいいと言ってしまったのだろう。微笑んだままぐるぐると脳内討論を始めかけた時――ことん、と。目の前に白磁のとんすいが置かれた。
 なみなみ注がれた赤いスープと、旨味を吸い込んでくたくたに煮込まれた野菜、ふっくらしたしいたけにつやつやの豆腐が湯気をほわほわ漂わせながら、ししみの鼻腔を刺激する。
「はい、出来上がりました。熱いから気を付けて下さいね。」
 エージェントが割り箸とレンゲを添える。思わずおお、と声を上げればその様子をじーっと見つめる目が二つ。
「これ、気になる?」
 少女がこくりと頷いた。
「すみません、もう一つお願いします。彼女に。」
 去って行くエージェントの背に活舌良く声をかける。振り返った彼と眼前の彼女に分かり易いよう、人差し指を立ててもう片方の手は彼女に向けた。黒服の威勢の良い返事が響いて、すぐに少女の前にも同じ物が並べられる。
「人間はご飯を食べると元気になるからね。」
 もしかしたら、この子にはいらないのかもしれないけれど。いただきます、と手を合わせレンゲで旨味たっぷりの汁をすくう。ふーふーと息を吹きかけて冷まし口に運ぶ、その一挙一動を少女はずっと、じいっと見ていた。
「――美味しい。」
 ほう、と息を吐く。海で凍えた体に染み入る、熱くて辛くて深い味。温まる体に頬を緩めれば、もう一口、もう一口と次々にレンゲを持つ手が動く。元々ししみは辛い物が好きではあったが、寒いところから帰って来た直後ともなればその美味しさは倍増だ。こうなってはもう手が止まらない。願わくば、この様子も『彼女』に何か良い影響になっていればいいな――なんて、思いながら豆腐を口に放り込み、舌で転がす。

 さて。ししみの願い通り、彼女はこの後自分の器を持ってキムチ鍋を食べようとするのだけども。
 慣れない熱い物を持って、驚いてひっくり返してしまったり。そのせいで後始末が大変なことになったり。迷惑をかけたししみやエージェントに頭を下げ続けてなかなか顔を上げなかったりと大変なことになるのであった。

●2通目

 優しいお兄さんへ

 こんにちは。と言っても、これをお兄さんが受け取る時、一体何時なのか分かりません。分からないけれど、とりあえずこんにちはと言っておきます。
 お久しぶりです、名前も知らないお兄さん。お元気ですか?

 おかげさまで私は元気に過ごせています。体が体なのでお出かけは出来ませんが、エージェントの皆さんは優しいし好きなこともさせてもらえるし、まるで普通の人間の女の子みたいに組織では楽しくやっています。お勉強だけは、ちょっと苦手ですがいつか組織の皆さんを手伝うのに必要なので頑張ってます。お兄さんも、人間だから沢山勉強したんでしょうか。

 さて、今日お手紙したのは他でもありません。お礼を言いたかったのです。
 あの日、私を助けて下さってありがとうございました。
 お兄さん達が助けて下さらなかったら、私は今も海の底で静かに過ごしていたと思います。気持ちを共有できない仲間の中で、仲間外れにされないよう心を偽りながら。
 あの日あの場所まで来て下さって、そして私を助けて下さってありがとうございました。

 きっと調査の為だったと思うのですが、お兄さんは沢山話しかけてくれたのを覚えています。初めて人間の生活に触れて、分からないことだらけの私にお兄さんは出来る限り分かり易く話しかけて下さいましたね。
 あの時、とても安心したんです。自分でも分かることがあるって。自分でも人間とやり取り出来るんだって。自分はここにいても、大丈夫なんだって。
 お料理をひっくり返した時も片付けるの手伝って下さって、嫌な顔一つしないで綺麗にして下さいましたよね。今考えるとお世辞だったと思うのですが、硝子の体をした私に『かわいい』とも言って下さった。当時は意味が分からなかったのですけど。でもそういう、お兄さんの沢山の気遣いに私は救われたんです。
 ありがとうございました。おかげさまで私は、今日も生きています。

 お兄さんはお元気でしょうか。また好きな物を食べて美味しいと言える日々を送っていると、そう願っています。猟兵の皆さんはいつも危険な生活をしていると伺いますから、どうかお体に気を付けて頑張って下さい。

 追伸:このお手紙は、猟兵と知り合いだというUDC職員の方に渡してもらうようお願いしています。ちゃんとお兄さんに届きますように!

大成功 🔵​🔵​🔵​

上野・修介
※アドリブ・絡み歓迎

帰るまでが依頼。
組織職員や『彼女』、他の猟兵に悟られない程度に戦闘態勢を維持。

「UDC-Pか」

正直、これからここで過ごすということが『彼女』にとって幸せなのだろうかと考えてしまう。

「ここに居てもあなたが愛おしいと感じるモノに、触れることはできない」

研究が進めばそうじゃなくなる可能性もあるだろうが、現状は目途も付かない。

「きっと苦しくて、悲しくて、辛いことだと思います」
「それでもここに居たいですか?」

それを承知であるというのなら、俺から云えることは何一つない。

脅す様な言葉を謝罪し、『彼女』の前から去る

――だがもし否なら?

最悪の場合、問答無用で骸の海へ還すことも密かに考慮。



●選択
 エアコンの効いた温かい部屋は、たとえ一般人よりタフな体をしている猟兵とて惹かれてしまうものだ。秋の夜長、それも潮風に吹かれた後なら尚のことである。エージェントに案内されるまま、次から次へと休憩室に駆け込む猟兵達の中――上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)はただ一人、動けずにいた。
 廊下に立ち尽くす傷だらけの青年の横を、同朋達が通り過ぎて行く。黙って見送る彼の中で、心音だけが強く、大きくなって行く。
 最後と思しき猟兵がマンガンを連れ、ドアを潜ろうとした時。
「――すみません。少し彼女と、話をしてもよろしいでしょうか。」
 他に人気も無い廊下で、修介の声は存外大きく響いた。振り返った硝子の目がぱちりと見開かれ、案内していた猟兵は不思議そうに首を傾げる。
「出来れば今ここで話したいので。彼女は後から俺が連れて行きます。」
 今このタイミングでなければ。もう機会はないかもしれない。
 何かを感じ取ったのか、猟兵は了承してマンガンを修介に任せ、ドアの向こうへと消えて行く。置いて行かれたマンガンはと言えば、自分より背の高い長身の男を見上げ一瞬びくっと肩を震わせた。
 無理もない反応だ、と修介は思う。彼は頬の傷と変化のない表情で、幾度も他人に誤解されて来た。その上他の猟兵と違い、修介は今に至るまでUDC-Pとほとんど接触が無い。
だが、それでも――。
「訊きたいことがあります。」
 猟兵とオブリビオンが対峙する廊下を、素っ気ないシーリングライトが薄ぼんやりと照らす。マンガンは修介をじっと見つめて、硬直したかのように動かない。
 UDC-P。硝子の呪い。異形の少女。オブリビオン。
「これから先、貴方はここで生きることになります。」
 帰り道の車中、修介はずっと考えていた。人間ではない彼女が組織の庇護下で生きることについて。
 人間に囲まれた、人間の生活。ただひとり、人間ではない彼女が混じる。
 安全ではあるのだろう。酷い扱いがされることもない。ましてや彼女が守ろうとまでした人間と生きるのだ。嫌な訳が無い、それでも。
「ここに居てもあなたが愛おしいと感じるモノに、触れることはできない。」
 自身が人間ではないという事実は、死ぬまでずっとつきまとう。
 手を握ること、寄り添うこと。人間なら当たり前に出来ることが、彼女には許されない。
「きっと苦しくて、悲しくて、辛いことだと思います。」
 喜びも、悲しみも、その感情を誰かと触れて分かち合うことが彼女には出来ない。
 無論、組織がUDCについての研究をしている以上、今後彼女の呪いが解ける可能性も0ではない。ただそれも可能性の話だ。未来は誰にも分からない。現状は目途もつかない。
 修介がマンガンと目を合わせる。硝子の瞳。何も知らない瞳。それでも意志を持った、一つの生命として猟兵である彼は問う。

 ――あなたはそれでも、ここに居たいですか?

●3通目
 
 名前も知らないお兄さんへ

 こんにちは。と言っても、お兄さんがこの手紙を受け取る時期がいつになるかは分かりません。分からないので、とりあえずこんにちはとしておきます。
 お久しぶりです、名前も知らないお兄さん。お元気でいらっしゃいますか。

 おかげさまで私は今日も元気です。玉響町のUDC組織は、特に何事も……と言う訳には行きませんが、なんとか邪神の脅威も跳ねのけて皆無事に生きられています。
 日に日に激しくなる邪神の侵略に対して、私も検体そして職員の一人として研究に参加することになりました。まだ何も知らなかった頃みたいに遊ぶ時間は少なくなっちゃいましたけど、この世界が平和にならない限りは仕方ありません。私を仲間としてくれている組織の為にも、最前線で戦って下さる猟兵の皆様の為にも、バックアップはしっかりしていないといけませんからね。

 さて、お手紙を書いた理由ですが他でもありません、お礼を言う為です。
 あの日私を救って下さって、そして私の身を案じて下さって、ありがとうございました。

 当時はただ人といたいという一心で貴方の問いに頷きましたが、今考えると貴方の懸念も最もだと思います。あの時の私は無知で浅はかでしたし、実際、硝子の体のせいで悩んだことはあれから何度もありました。
どうして自分は人間ではないのか。何故UDCとして生まれて来たのか。生まれ変われるのなら人になりたいと、考えたのも一度や二度ではありません。
 それでも――私はここで生きられて良かったと、貴方に助けられて良かったと心からそう思います。

 エージェントの方は皆優しくて、私に出来る限りのことをしてくれました。
 人と意思疎通を図る為の知識と能力、好きなものをいっぱいに埋め尽くした一人部屋、沢山の人との触れ合い――そう、触れ合いです。
 触れられるんですよ、私。もう呪いは持っていないんです。
 あの日すぐに帰ってしまった貴方は見ていなかったと思うのですが、あの後他の猟兵の方が私の呪いを解いて下さいました。
 後でエージェントに聞きましたが、こんなことは本来早々無いことなんだそうですね。解呪を得意とする猟兵と出会えたこと自体、本当に奇跡に等しいとか。
 だから私は、凄く幸運だったんだと思います。

 あの日、首を横に振っていたら。組織で生活しないと決めていたら。今頃私はどうなっていたでしょうか。
 少なくとも、新武器の開発には携わっていないでしょうね。猟兵に呼び出される職員を見送って、帰りを待ちながらお夕飯の支度をすることもなかったと思います。まぁ、未来は誰にも分かりませんけれど。
 でもきっと呪いが解けてなかったとしても、私は幸せだったと思いますよ。
 だって、自分を助けてくれた猟兵の皆さんのお手伝いが、自分を愛してくれる皆のバックアップが、たとえ目に見えないところだったとしても出来るから。

 何はともあれ、私は猟兵の皆さんに助けられ、救われたんです。
 だからこそ、今度は私が皆さんのお役に立てるように頑張って行きたい。

 名前も知らない猟兵の貴方は、今日もどこかで戦っているのでしょうか。
 傷だらけのお姿でしたから、もしかしたら体中ボロボロかもしれません。
 出来れば少しでも怪我が減りますように。そしていつか、貴方の求める未来に貴方がたどり着けますように。
 ご武運を、お祈りしています。

大成功 🔵​🔵​🔵​

大町・詩乃
アドリブ・連携歓迎
(ネフラさんと相談済)

Pちゃんが人間として生きていけるよう、まずは名前を決める方が良いですね♪
大町透子はどうでしょうか?イメージにも合うかなあと。
(名前はPちゃんの意志を尊重します。無理強いしません。)

そしてPちゃんに「貴女が人と触れ合えるように頑張ってみますね。どうか私を信じて下さい。」と話して雷月を抜きます。

Pちゃんの身体はマンガンと同じでも、心は違う。
世界と他者に思いを巡らせ、自分の意思でありようを決めて進むことができる存在。私にとっては人間です。

心を澄まし、Pちゃんが笑顔で暮らす未来を祈って神力を籠め、UC:霊刃・禍断旋を以って硝子化の呪いのみを断ち斬り、消滅します!


ネフラ・ノーヴァ
透明な身体も美しいものだがこのままでは少々不便だな、詩乃殿(f17458)に解呪を依頼、お礼申し上げるよ。

さて、マニュアル作成などと面倒なのは好まないが、まあ協力するとしよう。
この通り珪素生命体でも硝子化の影響を受ける。ウォーマシンなど無生物はどうか知らないが。呪いを発揮できなくなる衣服を作れるようなら、おおよその問題は解決するのではないかな。

キムチ鍋か…。Pが食事をするかな?差し出して反応を見てみたくもある。

UDC組織にPをどう保護するか聞いておこう。念のため、できる限り自由を保障してやるべきと進言。聡い子だから大丈夫と。

ああ、もし名を付けるなら、プリメーラ(Primera)と提案しよう。



●笑顔の未来へ
 指先が淡い若草色の神光で染まる。透けた爪はみるみるうちに柔軟な質感を取り戻し、冷たく固まった関節は血が通い自然と折れ曲がった。ネフラ・ノーヴァ(羊脂玉のクリスタリアン・f04313)は掌を翻し、あちこち観察すると満足気にふむ、と息をつく。
「これでもう大丈夫です。致し方ないことだったとは思いますが、あまり無茶はなさらないで下さいね?」
 大町・詩乃(春風駘蕩・f17458)が確認するように羊脂玉の手を照明の光に透かす。もう呪いの跡はどこにも見当たらない、いたって普通の乳白色の手だ。
「あぁ、感謝する詩乃殿。」
 礼を言ってネフラはもう一度自身の手に目を落とし、握っては開いてを繰り返す。何の問題もなく動かせそうだ。透明な体も美しくはあるが、やはり慣れたこの身には敵わない。次からはほんの少しだけ、自身を労わって戦った方が良いだろうか。
「ほら、Pちゃん見て下さい。ネフラさんの手、元通りになりましたよ。」
 先程までネフラを見る度頭を下げていたマンガンも、元の肉体を取り戻した手に驚き目をぱちくりさせる。そのまま、まじまじと見続けて、自身が傷つけてしまった体が治ったのだとようやく理解した途端マンガンは両手を挙げ、満面の笑みを浮かべた。
「すまなかったな。もう大丈夫だ。P……。」
 はた、とネフラの動きが止まる。
「そろそろ彼女にも名前がないと不便だな。」
「そうですね~、それは私も思ってました♪」
 ずずいと脇から詩乃が顔を出す。そうなのだ、実はUDC-Pたる彼女にはまだ名前がないのである。さっきから彼女さんとかPちゃんとかあちこちの猟兵が方々に呼びまくってはいるが、いい加減ちゃんと彼女に名づけするべきだろう。今後他のUDC-Pが入ってきたら、その子もPちゃんと呼ばれてしまうのだろうし。
 ――というわけで。
「大町透子はどうでしょうか? 大町は私の名字で、体と心が透き通っているから透子です!」
「プリメーラはいかがかな? 『最高級』や『一番』という意味を持つのだが。」
 見事に二人の発声が被る。言われたPちゃんはと言えば、口を開いたままぽかんと首を傾げていた。『名前』の概念を説明し、どちらか選んでくれと告げればピシィッと硬直しその場で硝子のオブジェと化す。それでも辛抱強く反応を待ち続けると、目線が二人を行ったり来たり分かり易く右往左往し始めた。
 選べない。誰が見ても分かるぐらいの困りっぷりであった。
次第にぷるぷると肩を震わせ、マンガンの顔が伏し目がちになる。別に何かがぽたりと落ちたり、悲鳴が聞こえた訳でもないがその恰好はまるで――。
「あ~~大丈夫、大丈夫です! 良かったら両方貰って下さい、ねっ。」
 何かの限界を察知して思わず詩乃が背中をさすろうとし、咄嗟にその手を引っ込めた。もしこのまま触れてしまえば、彼女もネフラと同じように体が硝子化してしまっていただろう。そっと懐に手を当て、内にしまっている存在の感触を確かめる。
「慰めるにも難儀な身だ。呪いを発揮できなくなるような衣服を作れれば、おおよその問題は解決しそうだが……。」
「いえ、それには及びません。」
 一歩、詩乃がマンガンの前に踏み込む。近寄られた少女は一瞬体をのけ反らせ、しかしそれ以上距離が縮まらないのを知ると居住まいを正し、詩乃に向き直る。
「貴女が人と触れ合えるように頑張ってみますね。どうか私を、信じていただけますか?」
 柔らかく微笑んで問いかければ、少女は不思議そうに首を傾げてから縦に振る。もしかしたらあまり理解していないのかも知れないが、詩乃は少女と過ごした短い時間の中で、彼女の感情を確信していた。
 この女の子は、猟兵を信頼している。信頼しているから、こんなにも簡単に首を振れるのだ、と。
「詩乃殿、それは……。」
 懐から抜かれるオリハルコンの刃が、シーリングライトの明かりに照らされ銀色に光る。失敗は許されない。心を澄まし、彼女が笑顔で暮らす未来を祈って神力を籠める。新たな生命を吹き込むかのような春風を纏わせ、その刀身で彼女の『硝子化の呪いのみを断ち斬る』!

「――はぁっっ!!」

 ザクリ、と。音も無いのに何かが切れた感触だけが刀を握る手に伝わった。確かに刃が通ったはずの硝子の体は、しかし分かれず突然のことに恐怖を堪える眼が眼前の詩乃を見据える。巫女を謳う神は咄嗟に手を伸ばし――少女の透き通る、色の無い手を取った。
 触れられて逃げようとする彼女の手を、詩乃は決して離さない。掴んで、握り締めて、本当ならとうに固まってもおかしくないはずの指先は、ずっと生身のままだ。
「良かった……! ほら、見て下さいPちゃん、私大丈夫ですよ! Pちゃん!!」
 手を痛いぐらいに握り声をかけ続ければ、否が応にもマンガンの目が向けられる。目線の先、生身のまま触れる肌を見つめて、少女は今度こそ、完全に静止した。
 ――触れられている。誰も硝子にせず、元のやわらかくてふわふわした、そのままで。

「勇気のある子だと思わないか?」
 キムチ鍋をよそったとんすいがコトリとテーブルに置かれる。今までとは打って変わって、嬉しそうに他猟兵達と触れ合うUDC-Pを視界に入れながら、給仕に来たエージェントにネフラは話しかけた。
「人間を助ける為に同朋と戦い、刃を向けられても人間を信じ、他者と世界に思いを巡らせ、自身が相手を傷つけると分かれば突き放すことも出来る。」
 鼻腔を刺激する唐辛子の香りに、そっと妖艶な笑みを浮かべて。
「組織にとっても有益な聡い子だろう。呪いも解けたことだし、可能な限り自由を保障してやるべきだと思うがね。」
「……前向きに検討させていただきます。」
 白髪混じりのエージェントの苦笑いをよそに、ネフラは真っ赤なスープを掬う。釘は刺しておいた。念の為、全猟兵達の調査結果を渡した後に改めて彼女の待遇を訊いておこう。

 一般人には知られることのない、静かな事務所に響き渡る猟兵達の笑い声。
 その輪の中心で、硝子の少女は泣きそうな顔して笑っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


●4通目

 大町さんへ

 こんにちは。と言っても、これを受け取った貴女がいつどこで何をしているかは分かりません。もしかしたら他の世界にいて、そこはずっと昼が無かったりするかもしれない。それでも一応、こんにちはとしておきます。
 お久しぶりです、大町さん。お元気でいらっしゃいますか。

 私はおかげさまで元気です。体は硝子のままなのでお出かけは出来ませんけど、エージェントの方は皆優しいですし、私も好きなことをやらせてもらっています。絵を描いて、料理を作って、夜空を見上げて誰かと談笑する……まるで普通の女の子みたいに。それって、本当に凄いことですよね?
 ただの硝子の塊でしかなかった私がそんな風に過ごせているのは、ひとえにあの日私を助けて下さった猟兵の皆様のおかげであり、私の呪いを解いて下さった大町さんのおかげです。改めて、本当にありがとうございました。

 未だに私が呪いを持っていたら、今ごろ生活はどうなっていたでしょうか。
きっとお夕飯を皆に配ることすら気を遣ったでしょうし、ドアから出入りする時誰かと衝突しないか、常に耳をすましていたでしょうね。人と触れ合うことに恐怖する生活……出来ればもう、考えたくはないです。
 大町さんが仰って下さったように、私の体は硝子だけど、心はきっと人間だから。誰かと喜びを分かち合い、悲しみを分け合える今の自分を、私は本当に幸福に思っています。
 あの日あの場所で私を見つけて、一緒に戦って、私を人にして下さって、ありがとうございました。感謝してもしきれません。

 大町さんは、今どこで何をしていらっしゃるのでしょうか。
 巫女さんの恰好をしていたから、きっとどこかの神社にはいらっしゃるのでしょうけれど。このまま一生懸命組織で働いていたら、いつかお会い出来る日も来るんでしょうか。
 もしそうなら、私も次お会いした時にちゃんと胸を張れるよう、頑張らないといけませんね。
 貴方が名付けて下さった大町透子は、今では組織のエージェントの一人としてしっかり猟兵達のバックアップをしています――って!

 来たる星辰の揃いし時に向けて、貴方を陰ながら応援出来ますように。
 私の幸福を望んで下さった、貴方の幸福を心から祈っています。

 大町透子
●5通目

 クリスタリアンのお姉さんへ

 お久しぶりです。こうしてお手紙を差し上げるのは初めてですが、私はずっと名付け親の貴方のことを考えていました。UDC-Pごときから想われても気持ち悪いだけかもしれませんけど、貴方はきっとそんなこと言わないと思います。
 名前も覚えていないクリスタリアンのお姉さん、お元気ですか?

 おかげさまで私は今日も元気です。Pと言うよりはまるで一人のエージェントかのように(実際、エージェント業務をさせて頂いてます。猟兵の皆さんの手助けがしたかったので)、いやもしかしたらそれ以上破格の待遇を与えられて生活しています。どう破格なのかは上げたらキリがありませんが、好きな物でいっぱいの一人部屋で猫を飼ってて、趣味に没頭できる環境と言えば大体想像がつくでしょうか? 多分こんなUDC-P、世界中探しても早々いないと思います。

 ほとんど人間みたいな扱いを受けているのは、ひとえにあの日私を救って下さった猟兵の皆様のおかげであり、それからエージェントに口利きして下さった貴方のおかげです。
 言葉が分かるようになってから知りましたけど、私の処遇について貴方はかなり念を押して下さったそうですね。出来る限り自由に、とか本人の好きなことを、とかそれからあの日の『調査結果』についても色々コメントがあったとか。
 貴方にそのつもりがあったかどうかは分かりませんが、何も知らない当時の私にとってそれはかなり強い後押しになりました。実際早い段階で私への監視体制は解かれ、代わりに普通の子供のように教育プログラムが組まれたって言うんだから驚きです。覚えて無いんですけど、私も勉強したいって意思表示したみたいですからね。覚えて無いんですけど。

 ですがそんな恩人の貴方に、私はずっと謝らないといけないと思っていました。
 あの日私を抱きしめて守って下さったのに、たとえ体が硝子化するとは言え貴方を突き飛ばしてしまい、あげくそれについて私は何も謝らなかったですよね。貴方は私を心配して下さったのに、それを無下にするような行動をしてしまいました。ごめんなさい。もう少しやり様があったと今でも思います。
 今となってはもう会えるかどうか分かりませんが、出来ればこの手紙が貴方に届いていることを切に願います。貴方のおかげで、私は生きているから。私はここで、生きたいように生きられているから。
 本当に、ありがとうございました。

 星辰の揃いし時。いつかこの世界が邪神に呑み込まれようとする時。貴方は私を救って下さったように、この世界の危機を救おうと駆けつけて下さるかもしれません。 その時は今度こそ胸を張って、貴方が全力で戦えるよう陰ながらバックアップするのが私の小さな目標です。エージェントの、プリメーラとして。

 そうそう、書き忘れるところだった。結局お名前は二つともいただきました。私の本名は大町透子ですが、コードネームやハンドルネームは全てプリメーラで通しています。中途半端な決断になってしまって申し訳ありません。どうしてもどっちも使いたくて……。
 名前に恥じないクリスタリアン・ガラスのような活躍を、出来たらいいなあと思っています。ガラスですから。心は人間ですけどね。

 今頃貴方はどこで何をなさっているでしょうか。凄く綺麗な方でしたから、他の世界ではモデルさんとか、人気アイドルだったりするのかもしれません。そうだったら凄く憧れちゃいます。でも格好良くもあったから、案外もっと勇ましい職業だったり立場の方だったりするのかな。あの日の貴方は、まるで王子様みたいでしたから。
 何にせよ、貴方の無事と健康を私は心から祈っています。良かったらいつかまた、この町に遊びにでも来て下さい。出来る限り案内させていただきます。

 プリメーラより
枯井戸・マックス
◇WIZ
事務所に戻る前にバイクで別行動
さっきのスーパーで色々と買い出しをしてから合流しよう
「お疲れさん、Pちゃん。これはお近づきの印にちょっとした贈り物だ」
袋から手袋と口紅を渡す
「手袋があればちょっとした接触ならできるだろ?」
試しに握手して、手袋の効果を試してみよう

「あと日本語は分かるかい?俺は読唇術の心得があるんだ。口紅を塗ってゆっくり口を動かしてくれたら、口の動きでだいたいは読み取れるぜ」
読唇術が可能なら身の上などについて話しをして、性格なども判断してみよう
食事ができるなら珈琲も振る舞っちゃうぞ
「この世界は碌なもんじゃないが、怖がる程でもないさ。俺でよければいつでも頼ってくれよ」



●あたたかくなる魔法
「え、解呪できた?」
 エアコンの効いた休憩室の中、そうですよー、とかうむ、とか他猟兵達の様々な肯定の言葉が飛んで来る。枯井戸・マックス(マスターピーベリー・f03382)はスーパーから事務所まで帰って来た直後、レジ袋を持ったまま静止した。
 どうやら今回参加した猟兵の中に解呪が得意な者がいたようで、マックスが買い物をしている間に『硝子化させる呪い』だけをピンポイントで消滅させたらしい。そんなのアリか。猟兵はやっぱり予想外の存在だなぁ――と、普段ゲート越しに彼らの活躍を覗いているグリモア持ちは妙に納得した。
 とは言えまだPちゃん(仮称)は接触に恐怖があるらしく、自分が他者と触れ合えるようになったと分かっているのに、条件反射で人と距離を取ってしまうらしい。
 これはレジ袋の中身の出番ではないだろうか。
「お疲れさん、Pちゃん。もう大分慣れたっぽいな?」
 猟兵達に囲まれているUDC-Pに、手土産をもったままそう声をかける。新しく現れた丸サングラスをかけた(一見)怪しい男に、少女は微笑むと勢いよく頭を下げた。どうやら海辺でマックスと会ったことを、彼女はしっかり覚えているらしい。他の猟兵達が緊張を解きほぐしてくれたのか、表情もどこか柔らかく態度も落ち着いている。これなら、これから自分が渡す物を彼女は安心して受け取ってくれるだろう。
「これはお近づきの印に、ちょっとした贈り物だ。まず手袋。直接触るの怖いんだろ?」
 海辺で彼女と会った時のことを思い出しサイズを、どんな好みであったとしても嫌にならないようなデザインを選んだつもりだがはたして反応はいかほどか。初めて手袋を見たらしい少女は首を傾げたが、近くにいた女猟兵が説明をしてくれたので自分からするりと指先を通して行く。手袋をはめた手を握って、開いて、その様子を不思議そうにじっと見つめていた。
「改めて、俺はマックスだ。よろしく、Pちゃん。」
 そっと手を差し出し、小首を傾げる彼女の手を握る。こんにちは、やおはようと同じく初めて会った人間同士の挨拶だと言えば、少女は嬉しそうにマックスの手を握り返した。
「そうそう、それともう一つな。一回ぐらいは見たことあるんじゃないか?」
 レジ袋の中でころころと滑るスティック状の小物を掴み、おもむろに取り出して見せてみる。大人の女性なら必需品、鮮やかな色の口紅だ。
「声は出なくても言葉は分かるんだろ? 口紅を塗ってゆっくり口を動かしてくれたら、口の動きでだいたいは読み取れるぜ。」
 読唇術の心得があると説明すれば、少女は無色透明の瞳をまんまるにして光を乱反射させる。それなら早速やってみようとマックスはこれまた近くの女猟兵に口紅を手渡し、彼女の唇に色を添えてもらった。肌の地が硝子なせいか、なかなかつややかな仕上がりだ。
「――それじゃ、ゆっくり話そうか。Pちゃんのこと、教えてくれよな。」

 長い時間をかけて丁寧に、コーヒーを淹れる時のようにじっくりとマックスは彼女のことを訊いて行った。話をしなければ分からなかったことが、彼女の口から滔々と流れて行く。

 意識が生まれた時には、薄暗い部屋にいたこと。
祭壇に向かって、頭を下げるヒトが大勢いたこと。
ある日突然ヒトが喧嘩して、巻き込まれて意識が途切れて、次の瞬間には海にいたこと。
 海で仲間と隠れ住むようになってから、仲間がヒトを襲い始めたこと。
 何故か自分だけは、ヒトを襲おうと思えなかったこと。

「……怖かったな。」
 思わずそんな言葉を少女にかけて、同時にマックスは僅かな『恐れ』を覚える。あくまで今聞いたことは彼女の断片的な記憶だが、もしそれが本当なら彼女はどこかの教団の儀式で召喚されたことになるし、この町には邪神の魔の手が迫っている可能性が出て来る。
UDC組織と、それからグリモア猟兵にもこのことは連絡しておいた方が良いだろうか――と、思案するマックスの目に映る、完全にうつむいてしまった少女の姿。
「疲れちゃったか? ちょっと待っててくれよ、良いモン作って来るぜ。」
 わざと明るい調子で声を出して、併設されていたミニキッチンへと向かう。先に少女と話した猟兵からマックスは聞いたのだが、彼女は人間の生活そのものに興味津々らしい。先程もキムチ鍋に興味があると言って、渡された取り皿をひっくり返したばかりなのだとか。
そそっかしいのか慣れていないのか、見守ってあげなければいけないだろうが、料理に興味があるのなら当然自身も振舞わないわけには行かないだろう。とっておきの一杯を。

 さて。意気揚々、自信満々にキッチンに立ったマックスは、都合よく置いてあったミルクピッチャーやラテボウルを発見し、ここぞとばかりに相当練習したラテアートを披露するのだけれど。
 以前店であの猟兵やその猟兵に振舞った時のように、ただのカフェオレになっちゃったかどうかは二人だけの秘密である。

大成功 🔵​🔵​🔵​


●6通目

 マックスさんへ

 お久しぶりです。差出人の名前を見て『誰だろう?』と思われましたか? それでも封を切って下さって、ありがとうございます。突然過ぎて胡散臭いとか怪しいとか思われるかもしれないけれど、それでもどうしてもお礼を言いたかったので。
 私は以前貴方に助けて頂いたUDC-Pのマンガンです。まだ覚えていて下さってるでしょうか?

 あの日命を救われた私は、おかげさまで今日も元気に過ごしています。この世界の邪神侵攻は日に日に激しくなって行きますが、少なくとも玉響町は猟兵の皆様やエージェント達に守られて何とか無事です。私自身も普段は好きなことをしたり、お勉強したりして過ごせています(勉強は嫌いですが、将来組織の皆さんを助けるには必須なんだそうです。私、頭脳労働は全部コンピュータがやるものだと思ってました)。

 改めて、助けて頂き本当にありがとうございました。
 マックスさんにお話したように、私はずっと海の底でUDCとして過ごして来ました。周囲との違いを感じながら抜け出せず、仲間の殺人を見過ごして来た私を猟兵の皆さんは引っ張り上げて、人間の世界まで救い出して下さいましたね。組織に来てからも短い間でしたが、本当に温かく接していただいたのを覚えています。
 マックスさんには特に色々プレゼントを貰っちゃいましたよね。手袋は夜こっそり出かける時、まだ現役で使い続けてます。私がこっちの世界に来てから初めて貰ったプレゼントなので、どうにも新しいのには切り替えられなくて。口紅も大事に取っておいてます。私の体は硝子ですが、心は一応女性のつもりなので!
 そうそう、それからコーヒーも淹れて貰ったんでした。飲めもしないくせに興味があったものだから、ついじーっと見つめてしまって……。確かラテアートして下さったと思うんですが、私カップを揺らしたか何かで模様、破壊しちゃったんですよね。本物のマスターから頂く一杯なんて本当に貴重だったのに悔しいです。

 マックスさんは今日もどこかでコーヒーを淹れてらっしゃるんでしょうか。でもなんだか戦闘慣れしてらっしゃるご様子だったから、案外あちこちの世界を飛び回ってるのかも。今考えると、読唇術が使えるって只者じゃないし……。う~ん、凄いヒトってことで良いですかね、もう。
 何にせよ、あの日私を救って下さった貴方が今日も元気に過ごせますように、心から祈っています。私に出来ることはせいぜいエージェントの一人として、新兵器の開発やこの世界にいらした時のバックアップをするぐらいですけれど……。いつか来る星辰の揃いし時、少しでも皆様のお手伝いが出来たらなと思います。
 もしまたお会い出来たら、今度はお客としてお金を持って行きますので、一杯作って頂けると嬉しいです! 貴方が仰っていただいたような、頼るのとはちょっと違いますけどね。

 ご武運を、お祈りしています。
冬薔薇・彬泰
怖がらせぬよう目線を合わせながら話しかけます

やあ、御機嫌よう
僕のこと、覚えて下さっていますでしょうか
調査の前に先ず御礼を
この度は、カップルを守る為に力を貸して下さり有難うございます
君のお陰で助けられた命があった
ふふ、其処にいるレディも君に感謝しているのですよ?
少し離れた場所に居るであろう黒猫に微笑みかける
『話を振らないで頂戴な』そう、尾で地面を叩く姿も愛らしい
そう云えば、この子は人間が好きの様ですが
動物に関しては如何なのでしょう
…君は、動物は好きですか?
取り出したのは少し高級なペットフード
どうも空腹で不機嫌らしく…こそこそ内緒話
もし良ければ、一緒にご飯をあげましょう
勿論これも調査の一貫ですとも



●小さな命と
 少女の『硝子化の呪いの消滅』に沸いた事務所の喧騒も、今は過去のこと。触れる危険の無くなった彼女と好きなだけ戯れ、心通わせた猟兵達は調査報告書の作成に勤しみ、早い者は既に帰路に着いていた。
 少しばかり落ち着いて、どこか寂しくなった部屋の中で最後にマンガンに忍び寄る影が一つ。コツリと靴音を鳴り響かせ、冬薔薇・彬泰(鬼の残滓・f30360)がふと少女に目線を合わせるようしゃがみ込んだ。
「やあ、御機嫌よう。……僕のこと、覚えて下さっていますでしょうか。」
 レンズ越しに覗く石蒜の目が、照明を乱反射する無色透明の瞳を見つめる。普段から鋭くなりがちな眼光が、彼女を怯えさせやしないと良いが――などという彬泰の懸念とは裏腹に、硝子の少女はぱっと表情に花を咲かせると男に向かって勢いよく頭を下げた。
 どうやら海辺で同行した記憶は、少女にばっちり残っているらしかった。先まで話しかけていた猟兵達のおかげか、表情も幾らか柔らかくなっており『何かご用ですか?』、なんて言わんばかりに首を傾げている。思った以上に打ち解けた様子のマンガンに、彬泰も幾分安堵した。これならこの後自分が行おうとしていることも、彼女はつつがなくやってくれるだろう。
 だが、その前に。
「先ずは御礼を。この度は、カップルを守る為に力を貸して下さり有難うございます。」
 頭を下げる。誠心誠意、心を籠めて。
 当初の予定では、彼女もまたカップル達と同じく護衛対象であった。UDC-Pたる彼女は人類に協力的だと言うだけで、特別強い訳でもない普通の個体なのだから。しかし少女は自身の意志でかつての同朋に反旗を翻した。人間を守りたいという、その一心のみで。
 その意志で助けられた命がある。慌てて首を横に振る異端の少女に、彬泰はどこか可笑しくなってくすりと笑った。
「ふふ、そんな風に謙遜なさらないでください。其処にいるレディも君に感謝しているのですよ?」
 つい、と目をやったテーブルの脚。夜空を纏ったかのような肢体をしなやかに伸ばして、引き合いに出された黒猫婦人は整った尻尾でぴしゃんと床を叩いた。
『話を振らないで頂戴な。』
 あからさまな拒絶の言葉。僅かに皺の寄った眉間の先には、しかし毎度のつれなさにも懲りない彬泰の笑顔がある。怒った顔も愛らしい――と言えば、きっと彼は今度こそ本当に呆れられてしまうのだろうけれど。
 これ以上呆れられてしまわない内に、早く手を打たなければ。いつの間にか現れた美しい獣に見入る少女に、探偵はそっと顔を寄せて耳打ちする。
「どうも空腹で不機嫌らしく……。もし良ければ、一緒にご飯をあげましょう。」
 懐からこっそりペットフードを取り出してそう提案すれば、途端にかちこちなはずの硝子の頬がふわりと緩む。あまりに目を輝かすので一つ手渡してやれば、握り締めて潰しそうな勢いだったけれども。
 事前に他猟兵から彼女は動物に興味があると聞いてはいたが、この反応は正直予想以上だ。多少そそっかしそうなところはあるものの、これなら心配はいらないだろう。
 苛立ちが過ぎてため息も出なくなっているレディに、彬泰は出来る限り穏やかな声をかける。どこか甘ったるい声音なのは、それもご愛嬌だ。
 ――お待たせしました、レディ。夕餉に致しましょう。

「猫の餌やり、ですか。」
 すっかり慣れた様子の一人と一匹を遠くから眺め、手帳にペンを走らせる探偵の隣に白髪まじりのエージェントが静かに歩み寄る。どこか不思議そうに、幾らか怪訝そうにも聞こえる男の言葉に、しかし彬泰は努めてにこやかに答えた。
「これも調査の一貫ですとも。」
「……と、仰ると。」
「彼女は確かに人類に友好的です。しかし、人類以外に対しても同じとは限らない。」
 体質、性格、習性もしくはもっと別の何かしらの理由で、自分以外の存在に害を成す生物は地球上に五万と存在する。少女がどのような行動を取るか注視するのは当然のことだし、ましてやUDCの身なら尚のことだ。
 人類にとって友好的な犬や猫を彼女がどのように扱うか、自身の使い魔で試していた――なんて、嘘八百の建前を並べ立てることはいくらでも出来る、が。
「少なくとも……その心配は杞憂のようですがね。」
 優しく細めた目線の先に有るのは、満面の笑みでご飯を差し出す少女と大人しくそれを食べるレディの姿。
 ……本当は、少女に動物と触れ合うのを純粋に楽しんで欲しかった、なんて。
 思っていたかどうかは、彬泰だけが知っていることである。

 絹のように滑らかな黒い背中を、艶やかで透けた手が梳くように流れて行く。
 最後の猟兵が帰るその時まで、少女はずっと幸せそうに黒猫を撫ぜ続けていた。

●7通目

 黒猫のお兄さんへ

 お久しぶりです。差出人に見覚えが無くて、宛名もふわふわした手紙の封を切って下さって本当にありがとうございます。もしかしたら貴方は私をもう覚えていらっしゃらないかもしれませんが、それでも私、どうしてもお礼が言いたくて。まだあんまり分からないながらも、必死にキーボードを叩いているところです。
 私は以前貴方に助けて頂いたUDC-Pのマンガンです。黒猫のお兄さん、お元気でいらっしゃいますか?

 おかげさまで私は今日も無事生きられています。この世界は相変わらず邪神の脅威にさらされていますが、少なくとも玉響町はエージェントや猟兵の皆様のおかげで何とか無事です。私も普通の女の子みたいに、料理を作ったり絵を描いたりして毎日楽しく過ごしています。全部猟兵の皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

 お兄さんは私に猫の餌やりをさせてくれましたよね。初めての動物との触れ合いだったので、内心もの凄くワクワクドキドキしたのを覚えています。今考えるとあの猫さんは使い魔だったと思うのですが、私の下手くそな撫で方にも辛抱強く堪えて下さって感謝、感謝です。あんなにツヤツヤサラサラな毛並み、この先お目にかかることもそう無いでしょう!

 お兄さんの影響で、私もエージェントさんに頼みこんで猫を飼いました。お兄さんの猫と違ってブチの太っちょですけど、優しい子で私が落ち込んでる時はすぐに慰めに来てくれます。動物ってテレパシー能力でも持ってるんですかね。不思議です。
 でも色々やっても、なかなかお兄さんの黒猫みたいな毛並みにはならないんです。あの時と同じぐらい、つやつやさらさらに私もしてあげたいんですけれど。どうしたら良いんでしょう。

 お兄さんと黒猫さんはお二人ともお元気でしょうか。あんまり言葉はかわせませんでしたけど、お二人ともお優しい方だったから元気でいて下さると嬉しいです。仲睦まじいご様子でしたし、きっとどの世界でもコンビネーション抜群で活躍してらっしゃると思いますけどね!
 良ければプライベートで玉響町まで遊びに来て下さい。精一杯おもてなしさせていただきます。最高級のキャットフードもしっかり準備して、ですよ!

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年11月20日


挿絵イラスト