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時忘れの夕暮れ

#カクリヨファンタズム #挿絵

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●まつり
 朱色に染まる空、遠く響く祭り囃子。
 風鈴の群れが涼やかに揺れて、りんりんとなく。
 この辺りはいつだってお祭りをしている。
 それはずっとずっと、昔からそうしているから。
 最早理由なんてみんな忘れて、既に無くなってしまっているのであろう。
 鬼灯の提灯を揺らした私は、自分の尾鰭を見下ろす。
 思えば、ながくながく生きたものだ。
 それでもそれでも。
 長いときを経たというのに、未だにこういう気持ちになってしまう事がある。
 忘れたと思っていても偶に思い出してしまう気持ち。
 ――忘却は救いだと、彼女は言っていたのに。
 その言葉を忘れられずに居るとは、なんて皮肉なんだろうか。

 忘れられる事は救いなのだろう。
 分かっている、知っている。
 忘れる事ができればどれほど幸福だろうか。
 忘れられない事が、どれほど不幸だろうか。
 分かっている、知っている。
 それができるほど、私は強くない事だって。

 ――りん、と。
 頭上で澄んだ音がした気がした。
 それがなんだか甘やかに感じたものだから、私は空を見上げる。
 そこに見えたのは、懐かしい、懐かしい、愛おしい光。
「……あ」

 目を見開いて私は笑った。
 私は幸せで、幸福で。
 愛おしい光を抱き寄せて、彼女の全てを受け入れる。
 ああ、忘れなくてよかったんだ。

「このまま、時が止まってしまえばいいのに」
 そうすればきっと。
 美しい彼女と、ずっと、ずっと、一緒にいられるのだろうから。

 私を呑み込んだ彼女は笑った。
 私は幸せで、幸福で。
 愛おしい気持ちの中で、気がついてしまった。
 ああ、忘れていればよかったんだ。

 世界が壊れだした。
 世界が崩れだした。

 ああ、分かっていた、知っていたはずだ。
 この願いが世界――幽世を崩壊させてしまう事くらい、この世界では当たり前の事なのだと。
 ――ああ。
 それでも、彼女と一緒ならば。
 それでも、良かったんだ。

●グリモアベース
「はぁいはい、どうもセンセ。今日はカクリヨファンタズムに出向いて貰うっスよォ」
 獣の耳を立てた小日向・いすゞ(妖狐の陰陽師・f09058)は、小さくお辞儀をしてから顔を上げて。
「骸魂に飲み込まれてしまった人魚がオブリビオンと成って、そこを中心に幽世が崩壊を始めるみたいっス。センセ達にゃァ、ソレを止めてきて欲しいっスよ!」
 幽世に辿り着けず死んだ妖怪は「骸魂(むくろだま)」と呼ばれる霊魂と化し、生前に縁のあった妖怪を飲み込んでオブリビオン化してしまうと言う。
 今回。
 人魚の妖怪を飲み込んだ骸魂――比丘尼の骸魂は、どうやら人魚の妖怪の大切な人であったようで。
 骸魂に飲み込まれてオブリビオンと化す前に、彼女は願ってしまったのだ。
 このまま時が止まってしまえば良い、と。
 その結果が今回の騒動だ、といすゞは言った。
「骸魂と化した比丘尼の信念は『忘却こそ救い』だったそうで。――崩壊する世界の中で皆を救う為に記憶を奪って回ろうとするようっス」
 勿論。
 骸魂だけを倒す事が出来れば、飲み込まれている人魚の妖怪を救う事は出来る。
 オブリビオンで無くなれば、世界の崩壊だって止める事が出来るだろう。
「大切な人と一緒に居たいという気持ちは理解できるっスけれど……、それでも世界を巻き込む訳にゃァいかないっスからね」
 それは彼女が、大切な人と再度離別すると言う事も意味するのだが――。
「ま、ま、ま。ちょっと面倒な事になってるっスけれど、……センセ達ならきっと上手にやってきてくれるでしょう?」
 ゆるゆると首を左右に振ったいすゞは、顔を上げて。
「彼女達の居る場所へと向かう道中も、おかしな事になってるみたいっス。よくよく気を付けて向かって欲しいっスよォ!」
 狐めいた笑みを浮かべた彼女は、ぽっくり下駄をコンと鳴らした。


絲上ゆいこ
 こんばんは、絲上ゆいこ(しじょう・-)です。
 はじめてのカクリヨファンタズムです、よろしくお願い致します。
 受付期間等はマスターページを参考にして頂ければ幸いです。

●一章『夕暮れ罷り道』
 真っ赤な夕焼け空。
 『過去の遺物』で組まれた商店街を模した迷宮の先に、オブリビオンは居ます。

 お豆腐屋さんの笛の音。
 お肉屋さんのコロッケを揚げるにおい。
 親子連れが行き交い、学生が並んで歩く道。
 オブリビオンの歌の効果でこの場所では、『商店街の思い出』が見えます。
 それらは全て『過去の遺物』の持つ幸せな思い出に過ぎません。

 しかしその過去の中には。
 もう逢うことも出来ない筈の『人』の姿も見えるかもしれません。
 商店街で過ごした事も無いのに、そこで幸せに過ごす過去の自分が見えるかもしれません。
 ここは幸せな商店街です。
 全ての過去は歪んで、全て忘れて、幸せになります。

 オブリビオンの歌は、今の記憶や決意を薄れさせて忘れさせて。
 過去の幸せに溺れさせる効果があります。
 過去に幸せが無かった方は、今を忘れる事で心が楽になる効果があります。
 全てを忘れて幸せな商店街に飲み込まれる前に、迷宮を潜り抜けて下さい。

 具体的に言うと今の事を全て忘れて、商店街に絡めて幸せな過去の幻覚を見て頂けると嬉しいです。

●2章『水底のツバキ』
 大切な人であった比丘尼に飲み込まれて、幸せな人魚です。
 世界が崩壊したって良いです。
 過去なんてどうでも良く、今が幸せだからです。
 彼女を倒せば、一章で薄れてしまった猟兵達の記憶も取り戻されるでしょう。
 しかし、ここでも気を付けて下さい。
 戦っている内に、共闘している人達の事すら忘れてしまうかもしれません。

●3章『納涼、カクリヨ風鈴祭り』
 世界が崩壊していなければお祭りに参加してのんびりしていって下さい!
 世界が崩壊していなければお祭りがあります!

●迷子防止のおまじない
 ・複数人でのご参加は冒頭に「お相手のキャラクターの呼び方とID」または「共通のグループ名」の明記をお願いします。
 ・3名以上でのご参加は、グループ名推奨です。2名でも文字数が苦しい時はグループ名を使用してみて下さい!

●その他
 ・プレイングが白紙、迷惑行為、指定が一方通行、同行者のID(共通のグループ名)が書かれていない場合は描写できない場合があります。

 それでは、皆様のプレイングをお待ちしております!
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第1章 冒険 『夕暮れ罷り道』

POW   :    踏みしめて、歩む

SPD   :    振り返らずに、駆け抜ける

WIZ   :    避けて躱して、目を反らして進む

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

榎本・英
懐かしい、商店街の風景
夕方には必ず豆腐屋が来て、人々で溢れる

とても懐かしい
私も祖父と共に商店街を歩いたものだ
あの親子のように、手を繋いで――

嗚呼。あれは、祖父と幼い日の私ではないか
氷屋の氷か、一本裏の駄菓子屋に行きたいと告げる私に
夕食前だから駄目だと静かに怒る祖父

私が泣くのを我慢していたから
あそこの肉屋の揚げたてコロッケを買ってくれた
あの肉屋のコロッケはとても美味しい

勿論、あれを食べると、夕食が食べられなくなる
祖父と私は祖母に怒られてね
当たり前の日常が愛おしい

幸せな夢を有り難う
この幻覚は紛う事なき、幸福な夢

でも、そうだね
私には、おはようを待っている人がいるのだよ

そろそろ抜け出そうか



●ひとでなし、ひとである
 りいんりいんと涼やかに、びいどろが転がる音。
 鈴を転がすような、あまやかな歌がどこかで響いている。
 色鮮やかに綾取られた茜空に、伸びる黒線の綾取。
 機能を失った形ばかりの電線達は、コンクリートの柱に結ばれて繋がれて。
 空のあかに染まる街並みに、細い線を幾つも落としている。
 家路をさして歩み行く人々とは逆の方向へと。
 榎本・英(人である・f22898)は商店街を散歩でもするような、のんびりとした足取りで悠々と。
 煙草屋の前を通り抜け、本屋の前を通り過ぎて。
 あの西にもえる陽は、どうにも郷愁の影を曳く。
 ――嗚呼、懐かしい。
 私も祖父と共に、商店街を歩いたものだ。
 そう。
 あの親子のように、手を繋いで――。
 あの煙草のにおい。
 あのコロッケのにおい。
 小さく揺れる影を踏んですり抜けて行く彼らに瞳を眇めた英は、踵の音を小さく立て。思わず後ろを振り返ってしまう。
 空のあかに染まる彼ら。
 引かれる手とは逆の手に、幼い彼はコロッケの包みを持っている。
「……嗚呼」
 嘆息にも良く似た声を漏らして。見覚えがあるが見覚えの無い光景を、英は足を止めて見送った。
 嗚呼、――嗚呼。
 あれは幼い英と……英に名を付けてくれた祖父の姿である、と思った。思い出した。
 あの時は。……あれは、そう。
 氷屋の氷か、一本裏の駄菓子屋に行きたいと告げる英を、夕食前だから駄目だと祖父が静かに制したのであった。
 祖父の言う事は、正しい。
 きっとどちらに寄っていったとしても、祖母は英と祖父を叱責した事であろう。
 しかし。
 瞳を潤ませながらも、英が泣くのを我慢していたものだから。
 祖父は手を引いて肉屋へと寄ると、揚げたてコロッケをひとつ英へと買い与えてくれたのだ。
 あそこの肉屋は、いつも揚げたてを提供してくれる。
 火傷してしまいそうなほどあつあつでさくさくのコロッケは、とても美味しいものだ。
 二人でコロッケを齧りながら、見上げたあかい空。
 勿論。
 夕食前にコロッケを食べると、夕食が食べられなくなってしまう。
 嗚呼、罪深きコロッケよ。
 英は祖父と一緒に祖母に怒られながらも、コロッケの美味しさを思い出したものだ。
 なんと当たり前の日常であろうか。
 なんと愛おしき、日常であろうか。
 小さく息を漏らした英は瞳を閉じて、空のあかを瞼裏の闇に飲みこませる。
「幸せな夢を、有り難う」
 もはや現には成り得ぬ夢。
 その光景は、紛うことなき幸福な夢であったのだろう。
 遠く響く歌声は留まる事は無く。
 ――おさなくあまいあまい残り香に、薄れる今。
 それでも、それでも。
「……わたしには、おはようを待っている人がいるのだよ」
 小指のあかは、つながっているものだから。
 再び瞳のあかで西の空を見据えた彼は、真っ直ぐに歩み出す。
 歌に附いて、歌を追って。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
ああ、二人ともそこにいたのかい
僕はきみたちのことをずっと、

……ううん、「あたし」、はぐれてしまったのね
さがしてくれてありがとう!

夕焼けみたいな真っ赤な髪の女の子はミュリエル
「昨日のテストはどうだったのよ」
夜の色を宿したみたいな黒い髪の男の子はロア
「僕はいつも通り諦めたよ」
二人といるのは楽しい
あたしは声をあげて笑い
とりとめのない話に花を咲かせる

何故だか頬の辺りに違和感
こんなふうに笑うのが
ひどく久々だったみたい
そんなはずないのにね?

ほら見て!
たい焼き買っていこうよ
それぞれ違うのを分けっこしよう

──「シャト」は、もう居ないだろう?

学生服の「三人組」の姿を横目に
僕はただの通行人
今だけは、彼らよ幸せに。



●きみ
 自転車に乗った少年が真っ直ぐに道を駆け抜けて行く。
 どこかの家から漂う、美味しそうな出汁のかおり。
 手を繋いだ親子連れ、喫茶の店先を箒で掃くエプロン姿の女給。
 行き交う人々のさざめきの奥で、細く歌声が響いていた。
 燃えるような茜色の空に照らされて。
 シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)は、眩いひかりに落ちる郷愁の影を踏む。
「ああ」
 そうして。
 行き交う人々の中から空の色を映した二人の姿を見つけたシャトは、桃色の眦を和らげてかんばせを上げ。
「二人とも、そこにいたのかい」
 僕は、きみたちのことを。
 ずっと、ずっと――。

 海色の眸を笑みに和らげたあたしは、安堵の息を漏らした。
「二人とも心配させちゃったよね、さがしてくれてありがとう!」
「本当よ、あんまり心配させないでよね」
 言葉の内容とは裏腹。
 おかしげに笑ったミュリエルが大げさに肩を竦めて見せると、空の茜色をそのまま映したみたいな綺麗な赤髪が跳ねて。
「でも、すぐ見つかって良かったよ」
 柔らかく言うロアが、紫紺の眸であたしをじっと見る。
「ごめん、ごめん。もうはぐれないようにするね」
 二人へとあたしが改めて手を合わせて詫びると、ミュリエルがもう一度吹き出して笑ってから首を傾いだ。
「そんな事より二人とも、昨日のテストはどうだったのよ?」
「そりゃあ、もちろん――僕はいつも通り諦めたよ」
「ロアったら!」
 言いながらロアがさっと視線を逸らして遠い目をしたものだから、あたしとミュリエルは弾けるように笑ってしまう。
 二人と過ごす事はとても楽しい時間。
 でも不思議だわ。
 ――笑うと頬がきゅっと軋むよう。
 口角をあげて笑うのが久々みたいに、すこうしぴりぴりと痛む。
 そんな感覚を識っている事も不思議だし、そんな事を感じる事も不思議。
 笑うのが久々だなんてこと、ないのにね。
 だって。
 二人とは昨日も、今日も、なんなら明日だって。
 毎日とりとめのない話をしては、笑いあっている筈だもの。
「でも、さ」
 自分自身でも笑いながら。
 昏い夜色の髪を揺らして小さくかぶりを振ったロアの視線は、もういつものお店に向けられている。
「テストも終わった事だし、糖分は補給しておきたいところだよね」
 その視線の先に気がついたミュリエルとあたしは、もちろん反対する訳も無く大きく頷いて。
「うん、そうね」
「折角だから、違うのを買って分けっこしようよ」
「いいねー」
 眩い太陽の光のように艷やかな髪の『あたし』がたい焼き屋へと駆けて行くと、茜色と夜色が後を追った。

「……」
 学生服の三人組が、横をすり抜けて行く。
 淡い紫の髪を風に靡かせたシャトは、空の色が目に染みたかのようにただ眸を眇めて。
 ふうん、そう。
 そうだね。
 それなら、そうだ。
「ねえ、『きみ』。――『シャト』は、もう居ないだろう?」
 ――識ぃらない。
 あたしは本来、まだ生きているはずの女の子だもの。
 なんて、どこかから声が聞こえた気がした。
 茜色の街並み。
 にぎにぎしく行き交う人々。
 たい焼きの焼ける、甘くておいしいにおい。
 ふうん、そう。
 そうだね。
 それなら、そうだ。
 今だけは、今だけでも。『きみ』たちは――彼らは幸せであればいい。
 シャトは――僕は、ただの通行人なのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒羽・扶桑
※spd

ああ、懐かしいな
外の世界にはこんな場所も
もうそれほど多く残っていまい

夕焼け空を見上げれば
カァ、と澄んだ声で鳴く同胞らの声
あの頃は烏の姿で混ざったりしたものだが

こうしてヒトの形を取って
街に紛れるのは新鮮な心地だ
烏が鳴くから帰ろう、などと
笑いながら行き交う人波の中に

――ああ、主様。探したぞ

ああ、本当に懐かしい
我を置いていったい何処へ…いや、待て

主様の傍にいる童女は、幼き頃の我だ
見紛うはずもない
嘴も羽毛も無いヒトの姿が物珍しくて
幾度もその姿を水面に映したから

主様も、確かに感じる懐かしさも
紛い物に過ぎぬか

なら、ここに用はない
目指すは人波のその先だ

急がねば
世界も、記憶も
全てが闇に溶けてしまう前に



●烏
 歌声が聞こえた。
 落陽に彩られた雲は、夕映えの色を呑み込んで。
 照らされる商店街も、同じ茜色に染まっている。
 夕飯の買い物だろうか、カゴよりネギを飛び出させた女。
 くったりとした制服に身を包んで、自転車ですり抜けてゆく郵便屋。
 学生たちが他愛もない話を重ねて、面白そうに笑い合っている。
 賑々しく行き交う人々の表情は、不思議と誰もが楽しげに見える。
 ずっとずっと長い間誰かがすっかり忘れてしまった記憶の中で、眠っていた風景がそっくりそのまま飛び出してきたかのような、綺麗で旧い商店街。
「……ああ、懐かしいな」
 黒羽・扶桑(あまづたふ・f28118)はその、渝る事の無い光景に眸を細める。
 きっと人々の忘れていない『外』の世界にだって、こんな光景はもうそれほど多く残ってはいないだろう。
 郷愁の影を踏んだ扶桑が空を見上げれば。間隔を空けて並ぶ電信柱から伸びた電線が、茜色に幾重にも張り巡っている。
 過去を模して組み上げられただけのあの黒線は、最早電気も何も通ってはいないだろうけれど。
 落とす影は街を切り分けているようにも見えて。
 そこに響いた、カァと澄んだ鳴き声。
 空を、世界を。切り分ける境界線上で、扶桑の同胞たちが羽を休めていた。
 ――そうだ。
 『あの頃』は烏の姿を取って、群れへと紛れていたものだ。
 しかし今はこうして、人の姿を取って人波へと紛れている。
 眸を眇めた扶桑は、ふと零れる吐息に柔い色を混じらせた。
 笑いながら競うように駆けてゆく子どもたちは、家路をさして。
 どうやら、烏が鳴くと帰らなければいけないらしい。
 全く、忙しい事だ。
 肩を上げた扶桑が街並みへと視線を戻すと、賑々しく行き交う人々の中に懐かしき背を見た。
「ああ、主様。……探したぞ」
 ごく自然に、ソレが当たり前であるかのようにこぼれた声。
 随分と長い間見る事も無かった、その姿。
 それは紛れもなく、随分と前にはぐれてしまった扶桑の主である神の姿だ。
 ――ああ、本当に本当に懐かしい。
 やっと、やっと、再び出会えたのだ。
「全く、我を置いて一体何処へ……」
 しかし。
「!」
 振り向いた主を見やった扶桑は、そこで凍りついたように動きを止めてしまう。
 いいや、いいや。
 待て。
 主の傍にいる、あの童女は――。
 冴えた空の色。濡羽色の髪に、尖った耳。
 嘴も、羽毛も無い、ヒトの姿。
 童女の青い視線と、扶桑の青い視線が交わされる。
 あの頃に幾度も見た、『自ら』の姿。
 そう。
 幾度も水鏡で見た自らの姿と、そっくり鏡映し。
 主の横にいる童女の姿は、幼き頃の扶桑のそのものであった。
「……ああ、そうか」
 そこで彼女は思い出した、気づいてしまった。
 此れは、過去だ。
 此れは、擬ひ物だ。
 主様も、自らが感じているこの懐かしさも、――この気持ちも。
 全て全て、全て。
 本物では、無い。
「すまない、我の主様と間違えてしまった」
 小さくかぶりを振ってから、扶桑は踵を返す。
 ならばもう、この街に用事は一つも無い。
 彼女がもう、幼き自分と懐かしい顔を持つ主の擬ひ物たちへと振り返ることは無い。
 ――目指すはこの先、歌の呼ぶ先。
 薄れる今。
 揺れる記憶。
 崩れ行く世界。
「急がねばな」
 噛みしめるように扶桑は呟いた。
 ――そう。
 全てが闇へと、溶けてしまう前に。
 振り向くことも無く。
 先へ、先へ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

喜羽・紗羅
POW
あれ……ここは……

見知ったような、知らない様な
でもどこかなつかしいふうけい

そう、いつもの通り道

お惣菜屋さんで買い食いして
露店のアクセサリを眺めて
自販機でジュースを買って――
うん、学校帰りだった、わね

とりとめなく続く他愛のない会話
終わらない日常
いつまでも続くと思ってた、楽しかった日々

誰と? そう、あの子と
私の親友、どこへ行く時もいつも一緒だった、あの子
優しい歌に包まれて、とぼとぼと連なって歩いていく

あれ、おかしいな
――ふと感じる違和感。こんな道、あったっけ?
あの子は
――あの子は笑ってる。やっぱりおかしい
あの子は私が、殺してしまった筈なのに

じゃあ、隣にいるのは……誰?



……目ぇ覚ませ馬鹿野郎!



●あの子
「……あれ?」
 私は、どうしてここに居るんだっけ。
 商店街の真ん中に立った喜羽・紗羅(伐折羅の鬼・f17665)は、血を塗り込めたような夕焼け空を見上げた。
 夜の気配を感じさせぬその赤は、世界を自らの色に染め上げて。
 このまま陽が落ちた途端。此の世を終えてしまいそうな程鮮やかな赤は、紗羅の背をふるると震わせる。
 赤に染まる街並みは、見覚えの無い街並み。
 知らない筈なのに郷愁をかりたてる、懐かしい街並み。
 紗羅は茶色の瞳をぱちぱち。瞬きを一度、二度。
「あ、そっか」
 得心の声を零してから制服のスカートを揺らすと、私はあの子と賑々しい通りを真っ直ぐに歩みだした。
 買い物途中なのだろう、親に手を引かれながら欲しい物を指差す子ども。
 遠くで響く甘やかしい歌声。
 豆腐屋さんの前を曲がって、本屋さんの前を通り抜けて。
「そっちのも一口ちょうだい?」
 唐揚げ棒を差し出して、あの子のコロッケを一口強請る。
 ……、……! ……!!
 肩を竦めてコロッケを差し出したあの子は悪戯げな笑みを浮かべ、唐揚げを一口齧ると美味しいと言ったのだろう。
 そう。
 きっと今は――学校の帰り道。
 いつもの惣菜屋で買った揚げ物を手にした私は、あの子の隣を歩いている。
 賑々しい雑踏の間でも、あの子の声は良く通る。
 ……とりとめの無い他愛も無い会話をしている、筈だ。
 だって、私は笑っている。
 あの子も笑っている。
 いつまでも続くであろう、当たり前の日常。
 終わりのない日常。
 なんだかそんな今がとても愛おしくて、懐かしくて、嬉しくて。
 不思議だな、なんだか幸せすぎて涙がでちゃいそうだ。
 ヵ、……、……!
「……」
 それなのに、それなのに。
 何故だろう、不思議と胸裡で『何か』が騒いで落ち着かない。
 幸せで暖かな日常に、どうしてこんなに肌が粟立つのだろう。
 どうして心の奥に芽生えた焦燥は、消えてくれないのだろう。
 思わず足を止めてしまった私を、あの子が首を傾いで見ているものだから。
 はっとかんばせを上げて、私はたまたま目に止まった自販機の前へと駆け寄って。
「あっ、そう言えば自販機限定のジュースがでたのよね」
 小銭入れを取り出しながら、私は自らの背後に立つ『あの子』について『思い出す』。
 あの子は、親友。
 どこへ行くときも、いつも一緒だった。
 何処かから響く甘やかしい歌声が、優しく優しく二人を包み込む。
 視界の端に見える空は、ぞっとするほど真っ赤だ。
 ……! ……!! …………ッッ!!!
 脳裏で何かが、喚いている。
 後ろに立つあの子の気配が、膨れ上がった気がした。
 それはまるで、あの子が化け物と化してしまったかのよう。
 がこん。
 落ちてきたジュースの音にはっと肩を跳ねた私は、そんな馬鹿げた想像に思わず身構えながら振り返る。
 後ろで待っていたあの子は、どうしたのと言わんばかりの表情で笑って。
 おかしいな、おかしいな、おかしいな。
 こんな道、識っていた?
 こんなに赤い空、見たことないわ。
 あの子は、どうして笑っているの。
 あの子は、どうしてそこにいるの。
 あの子は、あの子は、あの子は――あの時、邪教徒に唆されて。
 私はじいっとあの子の瞳を見て、尋ねる。
「……ねえ、……あなた、誰?」
 だってあなたは、私が殺してしまったでしょう?
 瞬間。
『目ェ覚ませってんだろ、大馬鹿野郎ッッッ!!』
「……ッ!」
 頭の中で『鬼婆娑羅』の大声がわんと響いて。
 目を見開いた紗羅は、見知らぬ商店街の中に一人で立っている事に気がついた。
 迷宮と化したこの街を見下ろす陽は、恐ろしく赤くて大きい。
「あ、……ああ」
 きゅっと胸元を握りしめた紗羅は、奥歯をぎゅうっと噛み締める。
 ああ、そうだ。やっぱりそうだった。
 やっぱりあの子は、……あの子は。
 あの時の感触が、未だに手から離れてくれない。
 あの子は、――あの子は。
 あの時、私が殺した。
「……」
 くっと息を飲んで、吐いて。
『目ェ覚めたな? ……なら、とっとと行くぞ。あの歌を追うんだ』
「……うん、分かってる。大丈夫よ」
 胸裡に響く声に頷いてから、ふるるとかぶりを振った紗羅は歩みだす。
 なんて幸せな夢。
 なんて甘やかな夢。
 ありがとう、……ごめんなさい。
 もう、迷わないわ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

浮世・綾華
強い意思を持って挑んでも
その世界はあまりに眩しかった

分かる
ふと思う時がある

今が全部なくなっても
お前が隣にいる世界が欲しかった

閉じた世界から、いつもお前だけが抜け出そうとしていたな
俺の、あいつの
あの人たちの暗闇を全部取り払うように
いつも――

赤いひかりを浴びて
お前は言う

みて、アヤのいろっ

空色の髪を、あかいっぱいに染めて
嬉しそうに両手を広げて微笑う

あれ、俺……
なんで此処にいるんだっけ

泣きたくなるほどに、幸せだと感じたのは何故だろう
大好きで大切なお前の手が重なる
何か食べていこうなんて言うお前に
当たり前のように、けれど控えめに頷く

お土産、えらぼう
それから今度は、主たちもつれてこよ

言えばお前は
太陽のように



●スペア・キー
 あの部屋で憧れた空の色。
 まるで燃えているかのように眩い赤は、とても綺麗で、美しくて。
 空の色を映したかのような真っ赤な瞳を据えた浮世・綾華(千日紅・f01194)は、賑わう商店街の真ん中で足を止めた。
「みて、アヤのいろっ!」
 空色の髪にまっかな色を、夕映えさせて。
 夕陽の彩を指差す『お前』は、いとけなく笑う。
 あまりに眩いひかり。
 どうどうと渦巻いた胸裡に過る、耐え難い感情に飲み込まれてしまいそうだ。
 分かるのだ、分かってしまうのだ。
 未だにふと、考えてしまう事があるのだから。
 今が全部無くなってしまったとしても、お前が隣にいる世界が欲しかった、なんて。
 賑々しい人々の群れ、そらの赤。
 気がつけばしんとした部屋が、脳裏に過ぎっている。
 閉じた世界から、いつもお前だけは抜け出そうとしていた。
 主と、主に愛された白鳥。
 主に一番愛され信頼されて可愛がられる錠に――。
 その対としての、お前。
 そのお前の予備だった、俺。
 何かと比べられては貶され、厳しくされようとも。
 それでも、それでも。
 皆の胸裡に差した暗闇を全て取り払うように、お前は――。
 いつも、いつも、いつも。
 大切だったもの、大切だった記憶。
 赤いひかりをあびてお前は嬉しそうに両手を広げて、今のように微笑っていた。
 微笑っていた?
 いいや、今、微笑っているじゃあないか。
 夜が訪れる気配すら感じさせぬあかが、街を、二人を飲み込む。
 る、ら、ら、る。
 歌声が聞こえた。
 甘い歌、優しい歌、聞いたこともない歌。
 どこか、どこか、どこか、あの優しい歌に似ているようにも思えて。
「……あれ、俺」
 なんで此処にいるん、だっけ。
 足を止めたまま綾華は瞳を瞬かせて、周りを見渡す。
 人々の行き交う気配、活気のある商店街。
「アヤ、どうしたの?」
 そこへぱたぱたと駆けてきたお前は、俺の手を取って。
 そのままお前が心配そうに首を傾ぐものだから、小さくかぶりを振って俺は応えた。
「んーん、なんでも無いよ」
「そうっ? それならいいんだけれど……。ねえ、アヤ。何かたべていこうよっ、美味しい匂いがたくさんだよ!」
 楽しげに空の色へと瞳を細めるお前に、俺は当たり前のように。けれど、控えめに頷いて。
「いーよ、サヤ。サヤは何が食べたい?」
 えっとね、と瞳を瞬かせたお前。
 俺は肩を竦めてから、思い出したかのように更に言葉を付け足す。
「お土産、えらぼう。それから今度は、主たちもつれてこよ」
「……うん!」
 太陽みたいに笑ったお前は、俺の手をぎゅっと引いて。
 美味しいにおいに惹かれるがままに、夕焼けの街を歩みだす。
 不思議だな。
 その掌の暖かさが泣きたくなってしまうほど幸せに感じる。
 どうしてだろう。
 隣にお前がいる事は、当たり前の事なのに。
 家へと帰れば主だって、――様だって。あいつだって。居る筈なのに。
 掌を握っているというのに、どうして、こんなにも。
 遠く、遠く感じてしまうのだろうか。
 いとけない表情の、お前は――。

 赤い、赤い街の中。
 綾華はまるで燃えているかのように眩い空の赤を映した瞳を据えて。
 甘やかに響く歌声だけが遠く響く、寂寞とした街の中で立ち尽くしていた。
 それは、それは、幸せな夢で。
 それは、それは、最早、掌から零れ落ちていった夢で。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジェイ・バグショット
夕暮れに染まる商店街を
俺はクィンティと一緒に歩いていた
俺も少女も15歳ほど

賑わう通り、揚げ物のいい匂い
オラトリオの少女は今日一日に
どんなことがあったのかを嬉しそうに話す

ジェイ、お腹空いたね。
…あぁ、なんか食うか。
コロッケ!美味しそうだよ。

揚げたてを二つ買う

美味しいね。
…うん。
明日も一緒に帰ろうね。
あぁ…。

温かい。隣りにいるのが当たり前で
これが幸せなことだと、あの頃は気づかなかった
だってずっと続くと思っていたから
常夜の世界で、俺にとっての光だったから

ここは二人が知らない世界
けれど過去よりもずっと幸せが溢れた場所に思う

もうすぐ夜になっちゃうよ。

…そうだな。早く帰ろう、クィンティ。

夜が来てしまう前に



●ひかり
 歌が聞こえる。
 鮮やかな茜色が照らし出す街並み。
「ねえ、ジェイ。今日は楽しい事がたくさんあったんだよ」
 亜麻色を揺らしたオラトリオの少女がジェイ・バグショット(幕引き・f01070)に並んで歩みながら、今日の出来事を楽しそうに話している。
「……ああ」
 ジェイはその当たり前の事に、少しだけ驚いたように返事を零して。
 彼女の顔と、自らの掌を見比べた。
 幼い頃からずっと一緒に育った、血の繋がらない家族。
 穏やかで優しくて温かい、天使の少女。
 その齢は15歳程であろうか。
 それにぴかぴかに磨かれたショー・ウィンドウに映り込んだ自らの姿も同じくらいに見えたものだから、きっとそうなんだろう。
 何かを無くしてしまったような感覚が、胸裡の底で渦巻いている。
 不思議だ、何も無くしてなんか居ないのに。
 俺は彼女と一緒に、孤児院へと戻る途中の筈なんだ。
 ぱちぱちと瞳を瞬かせた彼女は、俺が難しい顔をしている事に気づいたのだろう。
「ねえ、ジェイ。お腹空いたね」
 俺の手をぎゅっと引くと、言葉を添えて。
 気を使われてしまったと気づいた俺は、小さく肩を竦めた。
「そうだな、なんか食うか」
 いつだって彼女は、こうやって俺を気遣ってくれる。
 俺が身体の弱い病気持ちの薄汚いガキだろうが、見放さずに傍にいてくれる。
「わっ、コロッケ揚げたてだって! 美味しそうだよ! 二つくださーい!」
 肉屋の前に設けられたテイクアウト用の小窓に手を上げて注文する彼女は、あ、と肩を跳ねて。
「かぼちゃコロッケのほうが良かったかな? ……でも値段が上がっちゃうし……うーん……」
 本当に他愛のない事に悩んで、難しい顔をする。
 くっと肩を竦めた俺は、店主からコロッケを受け取って。
「……神父様にお土産って事で、俺たちの分も含めて買い足すか?」
「ジェイ、かしこい!」
 顔を突き合わせて、二人で笑って。
 コロッケを一口齧れば、――今なら分かる。
 今なら識っている。
 きっとこれは幸せの味というのだろう。
 それでも、それでも。
 その事に、『今』の俺は気づいていない。
「美味しいね」
「……うん」
「ねえジェイ、明日も一緒に帰ろうね!」
「あぁ」
 穏やかで、優しくて、温かい。
 隣に居ることが当たり前で、こんな当たり前の日常がずっと続くと思っていた。
 常夜の世界にあって、俺の道を照らしてくれる光。
 常夜?
 いいや、おかしいな。
 いいや、おかしくなんて無い。
 この世界はクィンティも、俺も知らない世界。
 それでも、それでも。
 この世界を当たり前に受け入れて、それが当たり前のように彼女と俺は振る舞っている。
 過去よりもずうっと幸せな、『過去』。
 ――眩いあかは、夜を引き連れてくるものだ。
「ねえ、ジェイ。もうすぐ夜になっちゃうよ」
「そうだな。神父様も心配するだろうし、早く帰らないと。行こう、クィンティ」
「うん!」
 夜が来る前に。
 夜が訪れる前に。
 ――ああ、ああ、ああ。
 こんな幸せ。
 もう、もう、もう。
 戻る事は出来ないというのに。

 助けられなかった彼女。
 事切れた彼女。
 あの甘美な『味』を思い出すだけで、喉がヒリつく。

 歌が聞こえる。
 歌が響いている。
 でもこれは、あの優しい子守唄では無い。
 ならば、起きなければ。
 ぎゅっと掌を握って、開いて。
 その掌は少年であった自らよりも、ずうっと長くて大きい掌。
 あかに染まる空。
 あれほど賑々しかった街が、しんと静まり返っている。
 頭に靄が掛かったように、ぼんやりとしている。
 ここはどこだろう、俺は、俺は今。
 ――横に天使の少女は、いない。
 それでも、それでも。
 ジェイは前へと進むしかないのだから。
 あかい光が差す方へと。
 歌が聞こえる方へと、歩み出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ホーラ・フギト
訪れたこと無いけど
いつか見たような有り得た光景を目の当たりにする

老いも若きもコロッケを頬張って談笑中
皆いつもの白衣じゃない
研究の話だってしてない
あれは、ヒトとヒトがごく自然に育む往来の――日常の風景
そこに混ざらずニコニコ眺めてたら
振り返った女性に名を呼ばれた、気がする

あの人たちの顔、私にはわからない
笑ってるのは判るのに。よく知ってるヒトなのに
この歌の所為?
それとも――

沈みかけの思考を掻き消そうと
魔導燈を呼び寄せ、精霊の火で薄暮を照らし返す
私の道行きを照らすのは、いつだってこの色
一緒に帰りましょ、ティーナ
火の精霊に語りかけ、周りを眺めつつ出口へ

ほら見て
多くのヒトが行き交うこの場所、とっても素敵よ



●わからない
 遠くでりんりんと涼やかな音に混じって、響く歌。
 連なる雲も、屋根も、窓も、人々も。
 まっかな空が全てを茜色に染める、夕時の商店街。
 ここはホーラ・フギト(ミレナリィドールの精霊術士・f02096)にとって、見知らぬ街である筈だ。
 しかし何故だろうか。
 何故だか無性に郷愁がかりたてられるこの場所を、ホーラは懐かしいと感じていた。
 そんな不思議な商店街には、賑々しく人々が行き交い。
 その中でも殊更賑々しくヒトが集まっている食堂のテラス席の一角に、ホーラは目を留めた。
 机の上には、大皿料理が立ち並び。
 老いも若きも、みんな皆楽しげに笑いながら語り合っている。
 今日はきっと、ただ皆で集まっただけなのだろう。
 揚げ物を齧って、飲み物を飲んで。
 夕焼けの街には蒸気機関だって、葡萄だって見当たらない。
 だあれもいつもの白衣を着ていない。
 だあれも研究の話をしていない。
 ホーラはなんだかそのことが、とても嬉しくなってしまって。
 道端で足を止めると顔いっぱいに花笑みを湛えて、皆の語らう姿を見やった。
 あれは『ヒト』と『ヒト』が自然に育む、従来の日常の風景だ。
 その当たり前は、きっと『ヒト』にとってとても大切で、素敵な事なのだろう。
 ふ、と。
 ホーラが見ている事に、気がついたのであろうか。
 軽く手を上げた女の人が振り返って――、名を呼ばれた気がした。
 大きな緑の瞳をまあるくしたホーラは、瞬きを一度、二度。
「……あれ?」
 おかしい。
 おかしい。
 どうしてかな。
 あの人たちの顔が、ホーラにはわからなかった。
 笑っている事は判る。
 よくよく知っているヒトのハズなのに。
 わからない、わからない。
 ずっと響いているこの歌のせいだろうか。
 それとも、それとも。
 この真っ赤な空のせいだろうか。
 いつもの、白衣?
 研究の話?
 ――わからない。
 どうしてそんな事を、思ったのだろうか。
 ホーラが返事を出来ずにいる間に女の人は、既に談笑へと戻っていた。
「……」
 ホーラはちいさくかぶりを振ってから、魔導燈をちょんと突いて。
「ね、ティーナ。一緒に帰りましょ?」
 空の茜は直に、夜の色に飲み込まれてしまうだろうから。
 声をかけると柔らかな光を灯した火の精霊は、降り注ぐ茜の輝きをぱくりと味見するかのように口を一度開いて。
「ほら、見てよティーナ。多くのヒトが行き交うこの場所、とっても素敵じゃない?」
 ホーラは努めていつもの笑顔を浮かべると、ぐうるりと周りを見渡して言葉を重ねた。
「それにおいしそうないいにおいが、そこかしこでしているわ。ふふ、あなたもご馳走を頂いているようだし。私も何か食べようかしら」
 なあんて。
 瞳を眇めたホーラは一度言葉を切る。
 ああ。
 あの人たちは、いったい誰だったのかな。
 思い出せない。
 覚えていない。
 記憶と頭に靄がかかったかのようだ。
 再び沈んでしまいそうになった思考を、ホーラはかぶりを振って断ち切って。
「さ、ティーナ、行きましょっ!」
 魔導燈をゆうらゆら。
 茜色の道行きを、精霊と共に歩みだす。
 確実に言える事、識っている事。
 私の道行きを照らすのは、いつだってこの色なのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
アドリブOK
SPD

夕飯、どうしようか…。おいしそうな匂いにふとそう思う。
知らない見覚えのない場所、のはず。だけどひどく楽だってのはわかる。なんの憂いも無い場所。でも安心できないのはなんでだ?
そこに俺は独りで…うん、一人は確かだ。

人々の向こうに自分によく似て、でも違う人影を思わず追いかける。
そうだ。俺はずっと追いかけてた。けれどついこの間追いついてしまったんだ。歳も強さも。
またその背を追えるのが嬉しい。

嬉しいけど、大事なモノが足りない気がする。
本当にこのまま追いかけていいんだろうか?跡を辿るだけでいいのか?
違う。共にある必要はもうない。
俺は俺で。想いは受け継いでも、育てた想いは別なんだから。



●背中
 洛陽に彩られた空は、鮮やかな茜色。
 夕映えを受けた商店街を歩む黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)は小さく周りを見渡して。
「――夕飯、どうしようかな」
 なんて、それはほとんど無意識にこぼれ落ちた言葉。
 天ぷらの揚がる、香ばしい匂い。
 お蕎麦屋さんの、出汁の香り。
 焼き鳥のたれの匂いに、漬物の匂い、味噌の匂い。
 立ち並んだお店から次々に、誘うように漂ってくるたくさんのおいしい匂いたち。
 そんな匂いに包まれて歩む内に、思わず夕飯の事を考えてしまっていたのは不可抗力と言えよう。
 もちろん匂いだけでは無い。
 気軽に夕食に思いを馳せられるのは、初めて訪れた場所だと言うのに感じる不思議な懐かしさと、気楽さを覚えているからこそであろう。
 ――それにしたって、不思議な感覚だ。
 懐かしさと共に、気楽さを感じる様な場所である。
 独りで歩むその道行きに、何らかの憂いを感じる要素なんて無い筈なのに。
 ずっと胸裏のどこかが、安心をしてはいけないと訴えている気がする。
 この街のどこにそんな、不安を抱く要素があると言うのだろうか。
 瞳を眇めた瑞樹は、思案に顎へと指先を当てて。
「……あれ」
 そこでふと、気がついた。
 そもそも俺はどうして、この場所を歩いていたんだっけ。
 そもそもここは、何処なんだっけ。
 何か、何かを、忘れている気がする。
 眉を寄せた、その瞬間。
 青い瞳をまあるくした瑞樹は人波の中に見つけた背を追って、駆け出した。

 銀の髪に、青い瞳。
 齢に対して幼顔の、――自分によく似た彼。
 いいや、それは違う。
 正確には、自分が彼によく似ていたのだろう。
 彼の想いを継いで、写して。
 ――ずっとずっと、追いかけていたのだから。
 しかし。
 追い続けるには、動き続けて貰わなければいけないものだ。
 しかし彼がもう動く筈が無いことだって、瑞樹は知っていた。
 知っている筈であった。
 なんたって彼の終わりまで、共に在ったのだから。

 しかし今、目の前には彼がいる。
 主がいる。

 ――背を追って、駆けて。
 その強さにだって、齢にだって追いついた。
 もう彼の足跡を追うことは出来ないと思っていたのに。
 目前にいる、前を歩いている。
 だから、今はただ。
 その背を追える事が瑞樹は、嬉しかった。
「……」
 彼の背を追って、賑々しい人波を縫って歩む中。
 ずうっと胸裡のどこかが訴え続けられている事に、瑞樹は気がついてしまった。
 大切な何かが足りないと、気がついてしまった。
 彼の背を追える事は、嬉しい事だ。
 でも本当に。
 追いかけるだけで、――跡を辿るだけで良いのだろうか?
 確かに彼の想いは受け継いだ。
 しかし俺は。
 ――俺は彼では無い。
 同じ道を歩む必要は、無い。
 共にある必要は、もう無い。
 育てた想いは、別の想いだ。

 何よりも。
 彼はもう居ないはずなのだ。

 靄の掛かった記憶の中でなんとかそれだけをたぐり寄せて。
 細く息を吐いた後には、あれほど居た人々の姿が何処にも見当たらなく成っていた。
 足を止めた瑞樹は、夕映えに沈む街に一人立ち尽くして。
「――俺は、俺だ」
 小さく囁くと、しっかりとその足を踏み出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

天霧・雨吹
過去の幸せなんて
社で奉納酒を飲んでいるくらいのことだと思っていたんだ
それよりは、商店街なる人の営みを見てみたいと思っていたのに

まさか、キミか……八重雷神
晴れやかに笑う姿は、何一つ欠けずに
邪神を倒し終わったら二人で酒を、と誓ったそのままに

欠けていくキミに、僕は気づけなかった
酒宴を夢見て疑うこともなく
気がついた時にはもう……半分も残ってはいなかったね
止まるなど論外、最後まで共にと
誓いを受けて、キミを手にした

鍔が鳴る
分かっている、僕は守る為にある
人の身しか取れぬとあっても変わらない
だけど
満ちて笑うキミがあまりにも目映い

せめて一言
独り残していくとは酷い
なんて……

酷くなる鍔鳴りと共に
果ての夢に別れを



●ウワバミ
 空は燃えるような赤。
 商店街と呼ばれる『人の営み』は賑々しい喧噪を纏い。
 商店の軒先に吊された風鈴の涼やかな音に混じって、遠く響く甘やかな歌。
 あの歌は現在を押し流して、甘やかな過去の夢へと沈溺させる時忘れの歌であると聞いていた。
 ウワバミの甘やかな夢など、せいぜい奉納酒を腹一杯喰らう程度だろうと思っていた。
 しかし、しかし。
 天霧・雨吹(竜神の神器遣い・f28091)の予想もしていなかった者が、夕映えの中に立って居たものだから。
「まさか、……キミか」
 晴れやかに笑って頷いたキミ――八重雷神に雨吹は眦を和らげて。
「取り残していくとは、酷いじゃないか」
 思わず口を突いてでてきた言葉は、軽い苦情であった。
 なんたって。
 そこに居るキミの姿は、あの日酒宴を誓った時とそっくり同じ姿。
 無事に邪神を滅して。再び酒を酌み交わす事が出来ると信じて疑いもしなかった、邪神に挑む前のキミの姿だ。
 歌声によって薄れ行く記憶の中でも、その姿は未だ鮮やかに思い出せる。
 あの時僕は欠けていくキミに、気づく事が出来なかった。気付いてもいなかった。
 ……気がつけた頃にはキミはもう、半分も残ってはいなかった。
 ちき、と帯刀した神剣――彼の果てが、僕に携えられたまま鍔鳴りを響かせている。
 分かっている。
 知っている。
 ――キミはその体を半分以上失っても尚、止まる事は無かった。
 最後まで共にと。キミは僕に、キミを託してくれた。
 ちきちきと、鍔鳴りが酷くなる。
 分かっている。
 知っている。
 僕の身は、守る為にある事を。
 人の身しか取れぬとあっても、それは変わることの無い事だ。
 しかし、しかし。
 欠けぬキミの懐かしい笑顔は、あまりに目映いもので。
 キミの欠片がそこに在ると識っていても、またあの頃のように酒を酌み交わし語らいたいと願ってしまう事は罪であろうか。
 ちきちきと更に鍔鳴りが酷くなる。
 肩を竦めた雨吹は、その柄を一撫でして。
「そうだね、分かっているよ」
 過去に溺れる事が、赦されぬ事も。
 このまま溺れて仕舞えば、幽世が壊れてしまう事も。
 キミの果てに面影こそ無けれど、想いはこの手の中にある事も。
 それは果ての夢。
 それは過去の現。
 未来を手にする為には、拾っては往けぬ夢。
「おやすみ、八重雷神」
 夢は夢のままに。
 鍔鳴りを響かせる雨吹はもう、振り返ることも無い。
 夕映えを背に受けた彼は、歌の方へ向かって歩み出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花邨・八千代
忘れることが良いことなのか俺にはよくわからん
俺も、忘れたかったから忘れたのかな

夕暮れの迷宮に立つ
見覚えがないのに懐かしく感じる光景
……あれ、なんで俺ココに居るんだろ

ふと、通りの向こうに大きな影を見る
赤混じりの黒髪と黒曜の角に、目尻に紅
熊みたいな風体の大男が幼いこどもを肩車している

「なぁ、●●●。晩飯なにが良い?」
「あにさまのごはんじゃないやつ」
「なるほどな、にんじんサラダか」
「やだーっ!」

そんな他愛もない会話をしながら通り過ぎていく
兄妹だろうか、ずっと眺めていたくなる

けど、俺の耳元で揺れる青が妙に気になって
ここに居ちゃいけないんだって、思う

遠ざかる兄妹に背を向ける
きっと、ここは俺の場所じゃない



●忘れたもの
 煙のにおいがした。

 甘やかな歌声が響く空の色は、血を塗り込めたような赤。
 電信柱に交わされた電線が、血色の空を黒い線で切り分けているように見えた。
 夕映える商店街は見覚えも無いのに、郷愁の影を曳いているよう。
 長く伸びた影を踏む人々が行き交う通りに、花邨・八千代(可惜夜エレクトロ・f00102)は一人で立っていた。
 せんべいを焼く匂い。
 そばの出汁の匂い。
 うなぎの焼ける、香ばしい匂い。
 立ち並ぶ商店からは、幾つものおいしそうな匂いが立ちこめていると言うのに。
 八千代の鼻奥には先程擦れ違った男の纏っていた、煙のにおいばかりが烟っている。

 眦に引いた紅、赤混じりの黒髪に、黒耀の角。
 ――それは熊みたいな風体の、大きな男であった。
「なぁ、   、晩飯は何が良い?」
 聞き取れなかった言葉は、きっと。肩車している幼い子の名なのであろう。
「んー、あにさまのごはんじゃないやつ」
 彼の問いに、幼子はどこか不貞不貞しく言葉を重ねて。
「ほー、なるほどな。にんじんサラダか」
 彼女の答えに、彼はもっと不貞不貞しく言葉を返した。
「やだーーっ! にんじんサラダ嫌い!」
「あにさまのごはんじゃないやつは、にんじんサラダと決まっているからなぁ」
「や、やだーーーーッッ!」
 喚きながら幼子は黒耀の角を握り締め、彼の上半身を結構な力でゆさゆさと揺さぶりだし。
 からからと笑う彼の口元からは、割れた舌がちらりと覗いていた。

 きっと二人は兄妹なのだろうと、八千代は思う。
 それは何故か、ずっと眺めていたくなるような光景で。
 それ以上に。
 遠ざかってゆく彼の纏った煙のにおいが、いつまでも鼻の奥で燻っている。

 ――ああ。
 なんで俺、ココに居るんだっけ?

 八千代には思い出せない、思い返せない。
 記憶にじんわりと靄がかけられてしまったようだ。
 定まらぬ思考の端で、兄妹たちをまだ見ていたいと願う気持ちが揺れている。
 しかし。
 見ていたいと願う気持ち以上に、ここに居てはいけないという気持ちが膨れ上がる。
 それはきっと、耳で揺れるこの青のせい。
 相反する二つの気持ちを抱えた八千代は、細く細く息を吐き出してから。
 耳を綾取る青いタッセルを揺らして、八千代はかぶりを振って。
 兄妹たちの歩んでいった方向に背を向けると、歩み出した。
 あの煙のにおいは未だ、鼻の奥につんと残って烟っているけれど。
 それだって、直ぐに忘れるのだろう。
 きっと俺だって、忘れたかったから忘れたんだろうから。
 ――それに何より。
 耳で揺れる青が、ここは八千代の場所で無いと教えてくれるようだったから。
 遠く響く歌と耳飾りに導かれるように、八千代はしっかりとした前を見据えて――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
幸せってなんだろうね
教えてみせてよと歌に戯れ

商店街をゆくひとの中に
すらりと背の高い白い髪と肌の男
のっぽ?
もう消えてしまったきょうだいたちの
私といちばんちかしかったひとり
今思うともっと呼び方がとは思うんだけど
私たちには名前が無かったんだから仕方ないよね

過去の幻と解りつつ
なにしてるの、なんて笑い掛ければ
かれも笑って天使にもらったきれいなこえで
「おいで」と手招くその手を取れば
―天使ってなんだっけ?
私と一緒にのこされたものを忘れていく

またこうして歩いてひとのモノを買ったり
遊んで過ごしてみたかった
けれど不意に手を引かれゆく
ねぇどこ行くの?
かれが手を引く先はいつだって正しい
ああ、ここを抜けてしまえばもう―



●きょうだい
 空の色は燃えるような赤、風鈴がどこかで涼やかに鳴いている。
 不思議と懐かしさを覚える商店街に遠く響いて、鼓膜を擽る甘やかな歌。
 懐旧の念を曳くかのような影を踏むロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)は踊り跳ねるような足取りで、賑々しい交差点の喧騒をすり抜けて進む。
「ねえ、ねえ、幸せってなんだろうねぇ」
 教えてみせてよ、なんて。
 何処から聞こえるのかまだ判らぬ歌声へと戯れるように言葉を零したロキは、自らの首枷より伸びる短い鎖を引いてから、とびきり悪戯げに笑い。
「……あれ」
 見知った姿とすれ違った気がして、人混みの中で足を止めたロキは振り返った。
 そこに立っていたのはすらりと高い背、真っ白な肌に、もっと白い髪の――。
 懐かしき姿に、ロキは少しだけ瞳を見開き。
「――のっぽ?」
 それはロキといちばんちかしかった、ひとりの姿。
 今はもう消えてしまって居ない兄弟たち――ほかの現身のひとりであった。
 ……のっぽ、だなんて。
 こんなにもひどい呼び名なのは、ひとえに私達に名前が無かったから。
 今となっては最早、仕方が無い事だよねえ。
「ねえ、こんなところでなにしてるの?」
 尋ねたロキだって識っている、これが過去の残滓だって事くらい。
 ロキだって識っている、歌声が全てを忘れさせてくれるって事くらい。
 歌声は遠く響いて、溶ける、溶かす、甘く歌う。
 私をひとりのこして、みんな消えてしまった事だって。
 きっと、きっと。
「――おいで」
 まだ忘れられなくったって、天使様に貰った声はとても綺麗に響くもので。
 のっぽの男が差し出した手を取ったロキは、二人並んであの頃みたいに歩き出す。
 あの頃の事を思い出して。
 いまの事は、忘れだして。
 おかしいな、……天使ってなんだっけ。
 わかんないや。
 留まることのない旋律は、ロキと残されていたモノの事も記憶から奪ってくれる。
 でも、きっと、それで良かったんだと思う。
 だってなんだかとても胸裡がぽかぽかして、楽しい気がするのだもの。
「ねえ、今日は何をして遊ぶ?」
 綺麗な声と、他愛もない言葉を交わす。
 茜色の町並みを二人ですり抜けて。
 おいしいにおいがする。
 たのしいけはいがする。
 賑やかで心躍る商店街。
 かれとまたこうして散策をしながら、ひとのモノを買ったりするなんて。
 絶対に楽しいだろうな。
「本当は、遊んで過ごしてみたかったんだよね」
 ああ、だめだ。
 まだ覚えている、忘れられていない。
 全部、全部、忘れちゃえればいいのにね。
「もう少し」
 のっぽは笑いもしないで、ロキの手を引く。
 ロキはかれがいつだって、正しい方へと手を引いてくれる事を識っているもので。
 こんなにも楽しくて幸せなのに、それだけが少し悲しかった。
「ねぇ、どこいくの?」
 本当はきっと、識っている。
 もっと遊ぼうよ。もっと一緒に。
 言葉に出来ない言葉が混ざる言葉を、ロキが紡ぐと。
 のっぽは手を引いてから、綺麗な綺麗な声で応えた。
「むこう」
 それはきっと。
 ――かれが手を引く先は、いつだって正しい道だ。
 ロキが瞳を細めると、のっぽは一度だけぎゅっと握り返して、その手を離す。
 ああ、だって。
 ここを抜けてしまえば、もう。
 ……燃えるような赤い空が、二人を照らしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リンタロウ・ホネハミ
トワ(f00573)と

へぇ、トワもっすか?
オレっちもガキの頃からあちこち行ったせいかなぁ、どうにも既視感っつーか……懐かしさを、感じるっすね……

ああ、そうだ
ハタチになるかならかいかぐらいの、一番自分に夢見てたときの頃を思い出す
親父の引退と共に受け継いだ呪骨剣
この剣とその呪いがあれば、俺は立派な騎士になれると思ってた
実際、呪骨剣のおかげでルーキーとしちゃ頭一つ抜けた実力だったしな
悪徳を働く吸血鬼共を斬り伏せ、虐げられた人々を護れる騎士になれると

ああ、ダメっすトワ……こんなもんに浸ってちゃ……
だけど、ああくそっ……
……そうだな、当主にならんとする子を護るのもまた、騎士の務めってやつだ


徒梅木・とわ
リンタロウくん(f00854)と

所縁のある光景でもないというのにどうにも郷愁を覚えるのは、宿場町や門前町の様子に似ているから、かねえ

――そう
丁度あれ位の、九つか十の頃だったかな
あんな風に母様や婆様と買い物に来たものさ
家族に愛され、愛して……まあそれは今も変わらないが
ただとても、とてもとても、楽しかった頃だ
いや、くふふ、とわの人生の大半は楽しいが占めているけれどさ?
家の跡を継ぐ。立派に代を替わってみせる。その気持ちがいっとう強かった頃だ
全てに甲斐があった。充実していた
とても、幸せだった

……だけど、ほら
キミも燃えに燃えていた頃だろう?
初志っていうやつは大切さ
それを思い出すことに、どんな問題がある?



●初志
 風の随に軽やかな音をりりんと立てる風鈴の音。
 どこまでも続く商店街には、どこもかしこも賑々しい人々の気配が満ちていた。
「不思議な場所だね」
 眼鏡の奥で薄紅色を眇めた徒梅木・とわ(流るるは梅蕾・f00573)は、ほうと息を零して。
「所縁がある光景でも無いと言うのに、どうにも郷愁を覚えると言うか――。妙に懐かしく感じる街だ」
「へぇ、トワもっすか?」
 彼女に並んで、赤々と夕映える商店街の影を踏み。
 咥えた骨を揺らしながらリンタロウ・ホネハミ(骨喰の傭兵・f00854)は常の糸目、そのまま小さく首を傾いだ。
「オレっちもどうにも既視感っつーか……、懐かしさを感じてるんすよね」
 ほんの少年だった頃から傭兵まがいの仕事を重ねてきたリンタロウは、それこそ野山から、街、戦場。様々な場所へと訪れる機会が多かった。
 だからこそ、いつか遠い以前に見た何処かの光景を、無意識下で重ねているのかと考えていたのだが。……彼女も既視感を覚えていると言うのならば、それは確かに不思議な話なのだろう。
「おや、そうなのかい。――宿場町や門前町の様子に似ているから、かねえ」
 応じながらとわは、茜色に染まる街並みを見渡した。
 エンパイアの建物とは造りは違えど、雰囲気は似ている気、も、しないことも、ないような、事も。……ううん。
 ――なんて事を考えていると。行き交う人々にすら既視感を覚えだすものだから、不思議なものだ。
 そう。
 あの桜色を宿す白髪なんて、本当にとわの小さな頃を見ているかのようだ。
 ――ちょうど、あれ位の九つか、十程の頃だったろうか。
「……とわもね、あんなふうに母様や婆様と買い物に行ったものさ」
 ぽつりと、とわは言葉を零す。
 家族に囲まれ、家族と並んで。いとけなさの中にも、どこか自信に満ち満ちた表情で歩む少女。
 それは蝶よ花よと、家族に愛されて、愛されて。――いいや、これは今もか。
 まあ、そう。
 自覚と自信に満ちていた頃の自身の姿と、彼女があまりに重なって見えるのだ。
「くふふ。ただただとても、……とてもとても楽しかった頃だ」
 勿論、とわの人生の大半は楽しいが占めているけれど。
 それはそれ、これはこれ。
 それでも、そうだね。
 あと一つか、二つ齢を重ねれば、彼女の顔つきもまた変わるのだろうか。
 いいや、いいや。
 そんな事あの少女は、想像もしないだろうね。
 ――あの少女の心根にはまだ、とわの心根にぽっかりと空いてしまった虚は無いのだろうから。
「……とても、幸せだったものさ」
 だった、と。
 認めるように零してしまえば幸せな幸せな過去の記憶の濁流が、一気に脳の中を押し寄せてくる。
 徒梅木の名を継ぐが為。
 継嗣として、立派に代を引き継いで見せるが為。
 そのためならば、沢山勉強をした。
 とわがやらなければと、修行をした。
 とわの手で徒梅木の家をもっともっと繁栄させてみせると、迷い無く信じていた頃。
 そう、そうだよ。だからこそ、あの少女はとわの過去に違い無い。
 リンタロウは咥えた骨をキリと噛んで、眉根に深い皺を刻む。
「ダメっすトワ、――こんなもんに浸ってちゃ……」
 表情とは裏腹。
 彼の脳裏では過去に見たしびれるほど甘い幸福が、現在の記憶へと喰らいついていた。
 理想、夢、憧れ。
 愚直にも、無垢にも、信じていたのだ。
 ――数年前。
 ハタチになるかならかいかぐらいの、『自分に夢を見ていた頃』。
 父の引退と共に受け継いだこの呪骨剣と、宿した骨喰の呪術があれば――。
 騎士たるものかくあるべし。
 須らく弱き者を尊び、かの者たちの守護者たるべし。
 敵を前にして退くことなかれ。
 忠義に厚く、主君を決して裏切ることなかれ。
 何よりこの剣のおかげで、ルーキーの中では頭一つ抜けた実力も持ち合わせていたものだから。
 オレっちは――俺は、騎士を騎士たらしめる精神を持ち合わせた『立派な騎士』になれると思っていたのだ。思ってしまっていたのだ。
 自分で自分の理想をぶち壊してしまうなんて。
 考えた事も、想像する事も無く。
 ――圧政を敷いて、悪徳を強ひて。奸譎邪惡たる吸血鬼共を斬り伏せて、虐げられた人々を守れる騎士になれると、無邪気にも『自分』を信じていたのだ。
 甘やかな記憶が順調だ、と囁いている。
 全ては、順調に。
 俺は士を騎士たらしめる精神を持ち合わせた『立派な騎士』になれる。なるに違いない。
「……っ、ああ、クソ……ッ!」
 リンタロウはかぶりを振って、食らいつく幸せに抗い。
 苦い感情に喉を鳴らす。
 この幸せに溺れるのは不味い、と本能が吠えている。
 甘い理想を否定するが為に、思い出す。
 あの日の事を。
 あの戦場の事を。
「……く、ふふ」
 そこに。
 夕映えを受けて、とわは笑った。
「ねえ、リンタロウくん。それは本当に、抗う必要はあるのかい?」
「へ、……あ?」
「ほら。……きっとキミも同じような『攻撃』を受けているのだろうけれどね。それは、キミも燃えに燃えていた頃の事では無いのかい?」
「それは……」
 少しだけ言いよどんだリンタロウを、嗜めるようにとわは言葉を次いで。
「キミも知っているだろうけれどね。初志っていうやつは大切なものさ」
 ――それを思い出すことに、どんな問題があるんだい?
 ひらりと掌を振って幼少の自らの背を見送ったとわは、リンタロウを見上げた。
 あの少女のように、どこか自信に満ち満ちた笑みを作ってみせるとわ。
 そんな彼女に向かって瞬きを一度、二度。
 肩を上げから下げたリンタロウは細く細く息を吐いて、後頭部をくしゃりと掻いてから。
「ああ、……そうだな」
 茜に染まる街へと視線を据えなおすと、先程まで満ちていた賑々しい人の気配は消えていた。
 しゃんと背筋を伸ばしたリンタロウは、とわを見やって。
「――当主にならんとする子を護るのもまた、騎士の務めってやつだ」
 どやっと笑ったとわは、その様子に大きく頷いた。
「その通りだよ。さあ、行こうじゃないか、――騎士殿」
「ああ」
 もう、きっと、道に迷う事もないだろう。
 響く歌声に導かれるように、二人は真っ直ぐに真っ直ぐに歩みだす。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
「ひと」は忘却の生き物なのだと言う
忘れようとしなくとも
覚えていたいと思えども
やがて忘れてしまう故に
少しでも遅らせる為
繰り返し
反復学習をするそうで――、

ふと
夕暮れの街を見る

傍らには学び舎の輩達
どの朋の顔にも見覚えがあるようで、無いようで

「何の為に学ぶのか」を
皆で詭弁を翳して
語らい歩いていたのだと思う

尤もそうな論に頷いたり
得意気な様子を揶揄ったり
擽ったいくらいに青い春

此れは
無い筈の過去
何故なら私自身も「過去の遺物」だから

足を止めれば
本来の己が見えはするけれど
「どうした、腹が減りすぎて動けんのか」と
笑って振り向く学友達が
存在しない筈の過去が
どうしてか
懐かしく、あたたかく、

優しいひと時に
さいわいを見る



●がくせいたち
 遠くで誰かが歌を紡いでいた。
 風の随にびいどろが揺れて、揺れて。
 軽やかで涼やかに幾重にも重なる音は、びいどろたちの拍手のようにも聞こえる。
 『ひと』は忘れようとしなくとも、覚えていようとしていても。
 やがて忘れてしまう、忘却の生き物なのだと言う。
 だからこそ『ひと』は忘れないように、覚えているために。
 記憶を少しでも引き伸ばして忘れてしまうまでの猶予を生み、忘却を遅らせる為に繰り返し繰り返し覚えなおすのだ。
 それを反復学習と呼ぶだろう、――なんて。
 しかつめらしい表情を作ったともがらが尤もらしく言うと、うんうんと頷く朋友たち。
 今日の議論のテーマは『何の為に学ぶのか』だ。
 手垢がつく程に有り触れた目新しさの無いテーマに対して、ともがら達はそれぞれ詭弁を翳しては、頷いたり否定したり揶揄ったり。
 連なり歩く学生たち――私たちの足元から伸びる、長く引き伸ばされた影。
 影は健気にも皆にぴったりと寄り添い、未だ議論を交わす一挙手一投足取りこぼすこと無く真似てくれている。
 その彼らの顔はどうにも靄がかかったようにぼんやりとしており、都槻・綾(糸遊・f01786)にはどうも、見覚えがあるようで見覚えが無いように思える。
 しかし彼らはともがらだと認識した綾は、まるで世界が本物かを確かめるように空を見上げた。
 茜色を湛える空は、じきに夜に染まるであろう。
 地を見下ろせば、ともがらたちの影も語らっているよう。
 それは綾にとって、擽ったいくらいに青い春だと、思った。
 ――ああ、識っている。
 此れは無い筈の過去だと。
 綾には共に学んで、語らうともがらは居ない。
 綾に在るのは、『過去の遺物』としての歴史と過去だ。
 こんな青い春を過ごした事は無い。
「……」
 綾がふと足を留めると、『今』と『過去』が入り交じる。
 ともがらの影は薄れ、自らの影は濃く染まる。
 それでも、それでも。
「おうい、どうしたキミ。腹が減りすぎて動けんのか?」
「買い食いは禁止されているが、倒れてしまうのならば仕方あるまいよ。なあ?」
 語らう事を止めて、綾を心配してくれる学生たちの言葉が暖かくて、心地よくて。
 存在しない筈の過去は、どうにも懐かしく胸を締め付ける。
 顔を上げた綾は、青磁の眦を和らげて。
「大丈夫ですよ、まだ歩く事はできますから」
「いいや、キミはもう歩く事すらままならんさ。饅頭を喰らうまでな」
「練り物の串も、魅力的だろう? 揚げたてを提供してくれるぞ」
 ――紡がれる旋律、甘やかな歌声はまだ聞こえている。
 その歌が聞こえる方向が、彼らの向かう先と今は未だ同じなのだから。
「おや、コロッケも魅力的じゃありませんか?」
「くっ、揚げ物は腹が膨れて親に怒られるぞ!?」
「育ち盛りだから、夕食も食べられるよ、平気平気」
 他愛のない会話が、なんとも懐かしくて、心地よい。
 ふくと笑った綾は、――もうすこしだけ、もうすこしだけ。
 この優しいさいわいを、噛み締めて。

大成功 🔵​🔵​🔵​

終夜・嵐吾
せーちゃん(f00502)と

夕方の商店街は賑わいも多くてあったかい帰り道、といったところか
あかいいろした商店街は、わしも荷物持ちで歩いたんじゃよなぁ
けど、共に歩いた者の姿が傍らに欲しいとは、思わん
じゃからその姿が見えても懐かしくはあっても嬉しいとは…
いや僅かばかりは思うか
しかしせーちゃんが横におるしの!

せーちゃんは、商店街の思い出なんかは…あるか?
わしと一緒におるのも思い出になるの

ところで
ええにおいがする
これは…!
あげたての、コロッケ…!(くわっ)
今日の晩飯はコロッケできまりじゃの
メンチカツもよさそじゃ
ふふ、まぁいろんなこと放っといて、今日は楽しく晩酌しよ
…なんか忘れ取る気もするが、まぁええか


筧・清史郎
らんらん(f05366)と

商店街か
らんらんには思い出があるのだな
まぁ今隣に在るのは俺ではあるが、さて共に征こうか

箱で在った俺には、商店街は人となって初めて訪れた場所だ
だが、この雰囲気や景色は嫌いではないな
そうだな、らんらんと過ごす今が商店街の思い出になるな

時折、俺の所有者であった主達の姿視るが
俺は今が楽しければそれでいい
故に特段気にする事なく
意識は美味しそうな香りや楽し気な友の声へ

コロッケやメンチカツか、良いな
では、どちらも買って半分こしよう(微笑み
晩酌のお供にも良さそうだしな
後は、甘い物を…(きょろり
らんらん、鯛焼きも買おう(きり

夕焼け色の中、友との時間を満喫しよう
まぁ今が楽しければ、それで



●いちばんの友との思い出
 甘やかな歌声が響く空の色は、落陽の彩る見事な朱色に染まって。
 行き交う学生達。
 チャルメラの音が響き、出汁の香りがぷんと漂う。
 焼き鳥の香ばしい香り、子の手を引く親が八百屋と話し込んでいる声。
 夕映える商店街の賑わいは、不思議と見覚えも無いのに郷愁の影を曳いているように感じるだろうか。
「……わしも昔、こういう商店街を荷物持ちで歩いたんじゃよなぁ」
「ふむ、らんらんには思い出があるのだな」
 獣の尾をゆらゆらと揺らした終夜・嵐吾(灰青・f05366)がぽつりと零せば、筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)は周りを見渡しながら応じて。
 ――その頃共に歩いた者の姿を今傍らに欲しいかと言えば、嵐吾は否と答えるだろう。
 今は横にいちばんの友がいる。
 そう。
 曲がり角の方に、共に歩いた者の姿がちらりと見えた気がしたが。
 ――今は僅かな嬉しさよりも、ただの懐かしさだけが嵐吾の胸裡に宿る。
 意識的にそちらへと視線を合わせぬように瞳を眇めた嵐吾は、清史郎へと首を傾いで。
「うむ、せーちゃんは商店街の思い出なんかはあるか?」
「そうだな。敢えて言うならば――、らんらんと過ごす今が商店街の思い出になるな」
 なんたって、清史郎は商店街初体験なのだから。
「わしと一緒におるのも思い出になるの?」
「ああ、らんらんとのお出かけは、思い出が沢山増えて楽しいな」
 一見穏やかに笑んだように見える清史郎は、嵐吾程の友人になると一発で見分けられるものではあるが、初めての経験にめちゃわくわくしている時のスマイルだ。
 ――事実。
 清史郎は過去の所有者の幻と何度もすれ違っているのに、視線を一瞬たりとも向ける事すらして居なかった。
 それは一重に、彼は『今が楽しければそれで良い』為なのであるが――。
 幻さんサイドからすれば、此れほどまでに誘惑しづらい相手も居ない事であろう。
「――せーちゃん!」
 そこに響いた、嵐吾の切迫した声音。
 清史郎が鋭く顔を上げると――。
「見て、これ……」
 嵐吾の指差す先には、良い匂いがするお肉屋さん。
「――あげたての、コロッケじゃ……! 言ったら揚げてくれるなんて天国かもしれん。今日の晩飯はコロッケできまりじゃの!?」
 数人の学生が群がりさくさくと揚げ物を齧っている横で、嵐吾は幸せそうに笑んだ。
「おお、良いな。メンチカツも美味そうだ」
 清史郎も、その素晴らしき提案にこっくり頷いて。
 硝子の向こう側で銀色のバットに並べられた、パン粉を纏った揚げる前の揚げ物達へと視線を据える。
「うむ! ――どちらを食べようか悩む所じゃね」
 真剣な表情で告げた嵐吾に、さらりと清史郎はかんばせを上げて。
「では、どちらも買って半分こするとしよう」
「名案じゃ、らんらん! そういえば酒屋も向こうにあったの」
 晩酌のお供としての揚げ物なんて、想像するだけで最高だろう。
「らんらん、向こうに鯛焼きさんの屋台もあるぞ。鯛焼きさんも買おう」
「ふふ、そしたら今日はまあ、いろんなこと放っといて楽しく晩酌しよか」
「おお、向こう側には和菓子屋もあるな」
「……ん? なんか忘れとる気もするが、……まぁええか」
 嵐吾の事を、先程見かけた者がじいっと見ているのだけれども。
 嵐吾も最早、全く気にした様子は無い。
 そんな事よりもメンチカツとコロッケが揚がる様子のほうが、よっぽど気になって仕方がないもので。
 清史郎もぴかぴかと瞳を瞬かせて、振り返り。
「らんらん、むこうに猫さんもいるぞ」
 どんどん新しい発見を報告してくれる清史郎。
 その口から主を見た等の報告は、未だに一言たりとも出てきていないけれど。
 えーん、箱。
 朱色に染まる街並み。
 賑やかな喧騒の中で、硯箱のヤドリガミと妖狐は酒に甘味につまみに――。
 ある意味誰よりもこの商店街を、エンジョイしだすのであった。
 ――今が楽しければ、ソレで良いのだ。
 例え、今を忘れてしまったとしたって。
 今を重ねてしまえばそれは何も変わりのない、連綿と続く幸せな過去となろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
匡/f01612と

外に出たこともない時分の幼い私が、幼い匡とはしゃいで笑ってる
帰る匡が寂しそうだから、笑って「またあした」って手を振って
残った私を迎えに来たのは、

――そうだよな
誰かも分からない影法師が手を伸ばしてる
迎えに来てくれる誰かなんて、一人もいなかった
きっと呆れながら迎えに来てくれる「今」を――あいつを忘れたら
影法師か、独りぼっちの夜かしか、残らないんだ

だから
今を忘れて心が軽くなったとしても
それは、しあわせなんかじゃないんだ

匡、大丈夫か?さっさと行こうぜ
……うん
どんなに綺麗でも、ここは私たちの居場所じゃねえ

私はさ
姉さんが生きてても、故郷が燃えてなくても
「私のいる昔」には、戻りたくねえな


鳴宮・匡
◆ニル/f01811と


褪せた映像を見るように、それを見ている
競うように通りを駆けてゆく幼い自分と、親友

迎えが訪れて、寂しそうな顔でニルを見る幼い俺に
笑って「またあした」の約束をくれるから
それに背を押されるように“あのひと”と手をつないで帰っていく

ずっと、思ってたんだ
あのひとがいなくなった時にも、あんな風に隣に誰かがいたなら
心を殺してしまう必要なんてなくて
もっと、幸せに生きられたんじゃないかって

でも今は、これでいいって思ってる
ここにいたいって思える今があって
欲しいと思う未来があるから
生きるのがどんなに痛くて苦しくても
それを手放したくない

……だから、大丈夫だ
進もうぜ
それすら全部、忘れちまう前にさ



●幼馴染としての親友
 りん、と響くびいどろ風鈴の音。
 歌が聞こえた。
 歌が響いていた。
 幼い姿のニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)と鳴宮・匡(凪の海・f01612)は、競うように商店街を駆けていた。
「私のほうが早かった!」
「俺の方が早かったろ」
 駆けた事によって紅潮した頬。
 どちらが先にあの門の前を通ったか、なんて。
 肩を大きく上下させながら言葉を交わした二人は、次の瞬間にはもうはしゃいで笑い合っている。
 夕映えの色に染まる街並み。
 じきにあの大きな陽は、夜と月を呼んで来るのであろう。
 そこに、おおいと掛けられた声。
「あ……」
 それは匡を迎えに来た、『あのひと』の声。
 夜になる前には、二人は家に帰らねばならない。
 だって、二人はまだほんの幼い子どもなのだから。
 お別れする事は寂しくて、悲しくて。
 瞳に影を落とした匡がその視線を地に落とすと、ニルズヘッグは敢えてぱっと笑って。
「――匡! またあした!」
 大きく手を振ったニルズヘッグに、匡は瞳に星を宿して大きく頷いて。
「うん、ニル。またあした」
 その優しい約束に背を押されるように、匡は『あのひと』の差し出した手を握りしめた。
 明日は何をしてあそぼうか。
 明日も天気だと良いのだけれど。
 『あのひと』に今日は何をして遊んだかを報告して。
 かけっこは絶対に自分が勝ったと思うという事だって、忘れずに伝えて――。
 帰路へとついた匡の背に手を振っていたニルズヘッグは自らの迎えが来ていたことに気づいて、顔を上げる。
 その顔は、誰なのかもわからない暗い暗い闇。

 ――ああ、そうだよな。

 ニルズヘッグと匡はまるで色褪せたフィルム映画を見るように、幼い姿の自分たちを眺めていた。

 これは『ありえない過去』だと識っている。
 あの頃のニルズヘッグは、外になんて出たことも無かった。
 あの頃のニルズヘッグには、迎えに来てくれる誰かなんて一人もいなかった。
 ――だからこそ、だからこそ。
 きっと、呆れながら迎えに来てくれる『今』を。
 『あいつ』を忘れてしまったら。
 ニルズヘッグには顔もわからない影法師か、一人ぼっちの夜しか残される事はないだろう。
 今は過去の積み重ねだ。
 全て忘れてしまって親友との過ごす思い出を重ねれば、きっと心は軽くなるだろう。
 しかし、それでは。
 日が暮れるまであそんで暖かい所に帰る夢すら、忘れてしまうだろう。
 ――それはもう『しあわせ』なんかじゃあ、無い。
「匡、大丈夫か? さっさと行こうぜ」
 立ち上がったニルズヘッグは、匡を見やって言葉を次ぐ。
「ここはどんなに綺麗でも、私たちの居場所ではないようだ」

 ――匡にはずっと、ずっと思ってしまっていた事があった。
 『あのひと』がいなくなってしまった時にも、あんな風に隣に誰かがいたなら。
 誰かが居てくれたならば。
 匡が心を殺してしまう必要なんて、なんにもなくて。
 もっともっと、幸せに生きられたんじゃないかって。
 息をするみたいに人を殺して。
 感情も、感傷も、感慨も持たない『ひとでなし』なんかにならなかった『今』があったんじゃないか、なんて。
 ――でも今となっては、これで良かったと思っている。
 ここにいたいって思える今があって、欲しいと思う未来を見つけたから。
 それはきっと、匡がもがいて苦しんで悩んで、それでも歩んできた結果だ。
 生きる事が、どんなに痛くて、苦しくても。
 痛みが消えなくとも、罪を引きずっていようとも、ひとは前を向ける事を識った。
 隣に居たい人がいる、そのために生きていきたい。
 『今』を匡は、手放したくないと願っている。
 だから、だから。
「ああ、大丈夫だ。――進もうぜ」
 ニルズヘッグの言葉にゆっくりと応じた匡はかぶりを振り、頷いたニルズヘッグが血色の空に瞳を眇めると、肩を竦めて呟いた。
「私はさ。――姉さんが生きてても、故郷が燃えてなくても。『私のいる昔』には、戻りたくねえな」
 思わず溢れたらしい言葉に、匡はただ頷き返し。
「……うん、じゃ、急ごう」
 歌が聞こえる方へと向かって、匡とニルズヘッグは歩み出す。
 ――その願いすら全て、忘れてしまう前に。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

天狗火・松明丸
――己は誰であったか
此処は何処で、何故に在るのか


見下ろせば生っ白い肌に
掌二つと二本の足
近くの店先の硝子に映し出された姿は
人間の男そのもののようだ

……?

妙な違和感に首を傾げつつも
道行かば商店街の住人に
当然のように呼び掛けられ
勧められる儘にコロッケを食み
駄菓子屋の前の子供に絡まれ
煙草屋の婆の愚痴など聞いた

誰かと誰かが名前を呼び合い
夕陽に向かって帰り支度を始めている

……?

はて、俺の名前は。帰る場所とは
そもそも、あいつらは
――何故、俺を見ている

烏の羽撃きに落ちる影
鳥の形の焼け焦げたような黒い染み

帰る場所など疾うに潰えた
妖である俺を知る人間など何処にもいない
忘れられたことすらも、忘れていたとは

滑稽だ



●人真似
 赤い赤い空は、天に血を塗り込めたかのよう。
 夕映えに染まった身体を見下ろすと、生っ白い肌に、掌が二つに、足も二本。
「……?」
 そのまま周りを見渡せば、店先の硝子扉にひょろりとした人間の男が映り込んでいる。
 賑々しく人々の行き交う商店街の真ん中に立った俺は、掌を握って、開いて。
「此処は……」
 掌へと視線を落としたまま、ぽつりと呟く。
 考えど、考えど。
 此処が、何処で在るのかも。
 此処が、何故に在るのかも。
 ――己が何であったかさえ。
 判らなかった、解らなかった。
 そこに。
 キキキと響くまるで絹を裂いたような、甲高いブレーキ音。
 自転車が滑るように、俺の横を潜り抜けて行く。
「おっと、あぶねえぞ!」
「嗚呼、すまん」
 このまま立っていても、何も有益そうな事はなさそうだ。
 肩を竦めて軽い謝罪を口にした俺は、そのまま特に当て所も無く街を歩き出す事にした。
 妙に入り組んだ街である。
 アーケードがあったかと思えば、すぐに行き止まり。
 右に曲がれば――。
「おっ、良いところに来たな。試作品のコロッケが今揚がった所だよ。また味見して感想をきかせておくれよ」
 肉屋の主人に手を振られ。
 押し付けられた試作品のコロッケを齧りながら道行けば、駄菓子屋の前に立つ子どもがわくわくと声を掛けてくる。
「おうい、おまえ! 今日こそ俺は一等を当てるからな、見てろよな!」
 宣言をされたくじを引く子どもを見ていてやると、子どもが小遣いを全てスった様子で半泣きで戻ってきたものだから。コロッケを一つ分けてやると、はずれだと言うお面を押し付けられる。
「今日こそ一等当てるっていってたのに外れじゃん!」「運ザコじゃない?」「くそー」
 囃し立てながら群がってくる子どもたち。
 お面をつけたまま、道を歩んでいると煙草屋の婆さんが話しかけてくる。
 長い長い愚痴に、羊羹と茶がついてくる。
 ――随分と長い時間ここに居る気がするけれど、夕焼け空が夜へと沈む様子は無い。
 不思議な場所だ。
 当たり前のように声を掛けられる。
 当たり前のように街に受け入れられている。
 帰路に付く子どもたちの背を見ながら、靄の掛かった頭がぐらぐらと揺れた。
 不思議だ。
 此処が、何処で在るのかも。
 此処が、何故に在るのかも。
 ――己が何であったかさえ。
 判らなかった、解らなかった。
「……はて」
 俺の名前は。
 帰る場所は。
 手を振る子どもたちが、俺に笑みを向けて――。
 いいや、いいや。
 これは、おかしい、妙だ、変だ。
 何故、あいつらは。
「――俺を見ている?」
 刹那。
 鳥の羽撃きに、地へと影が落ちた。
 その影はまるで、鳥形に焼け焦げたような黒い染みめいて。
 影朧のように揺れて溶け消える子どもたち。
 先程まであれほど賑々としていた街が、一瞬で誰も居なく成ってしんと静まり返っている。
 天狗火・松明丸(漁撈の燈・f28484)は、大きく肩を上げて、下げて。
 眉を寄せると、頭をガリと掻いた。
 俺の名前は、松明丸と呼ばれる怪異。
 帰る場所など、疾うに潰えている。
 妖である俺を知る人間など、何処にもいやしない。
 忘れられたことすらも、すっかりと忘れていた。
 忘れさせられていた。
「全く、滑稽な話だ」
 怪異が化かされるとは。
 遠く響く歌声を道しるべに踵を返した松明丸は、ゆるゆると首を揺すってから。
 惑う事もなく、その道行きを歩みだす。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
忘れてしまう幸せ、か……
確かに忘れてしまった方が良い事も在るやもしれん
だが其れでも……「証」を忘れる気には成れんな

――こんな光景の中で生きた記憶は無い
其処に「彼女」が居る事なぞ有り得ないのに
穏やかに笑う顔が、呼び掛ける声が、余りにも『当たり前』で
傍らを歩く事に感じる違和すら遠退く気がした

家へ帰れば「君」が食事を用意してくれる
何処かで祭りがあるというから足を運んでみようか
月見をするのも悪くないだろう――

有り触れた日常……だが、染み付いた煙草の匂いが“否”を唱える
口を吐きそうになる名が、音に成らず凍り付く
既に此の世に存在しない――其の名は決して呼べない
ああ、そうだ……此れは幻。足を止める場ではない



●ゆめまぼろし
 洛陽に彩られた空は赤く、赤く。
 びいどろ硝子がりんりんと涼やかに音を立てていた。
 鮮やかに染まった商店街を鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は穏やかに笑む『彼女』と並んで共に歩んでいる。
「ねえ、明日は雨が降るそうだから」
「そうか」
 当たり前のように呼びかける声。
 当たり前のように紡がれる他愛もない会話。
 当たり前のように嵯泉も返事を重ねれば。
 その一つ一つがあまりに自然で、あまりに当たり前で。
 彼女が横に歩いているという違和感すら、嵯泉からじわじわと失われつつあるようであった。
 懐かしいと感じる家へとたどり着き、扉を開けば『君』が食事を用意してくれる。
 食事のかおりまで。
 食事のあたたかさまで。
 此れほどまでに幸福であるというのに。
「そうだ、今度祭りがあると言う。都合が良ければ足を運んでみようか」
 同意にこっくりと頷いた君は、お茶を呑みながら穏やかに笑んで。
「そういえば十五夜も、もうすぐでしょう?」
「約束は忘れてはいない、月見もしよう」
 ああ、他愛のない約束もスラスラと思い出す事ができると言うのに。
 ――どの食事のかおりよりもずっと強く烟る、染み付いた煙草の香りがその全てを否定している。
 君は既に此の世に存在しない。
 口を吐きそうになる名が、音と成らずに凍り付く。
 ――其の名は決して呼ぶ事は、できない。
 幻だと識っている。
 夢だと気づいている。
 ――忘れてしまったほうが良い事も、きっとあるだろう。
 忘れてしまったほうが幸せな事も、きっとあるだろう。
 しかし、それでも。
 過去の積み重ねによって、今は存在する。
 その積み重ねがどれほど辛くとも、苦しくとも、痛くとも――。
 『証』を忘れる訳には行かないのだ。
「――ああ、そうだ」
 嵯泉は立ち上がる。
「何処に行くの?」
 君が声を掛けるけれど。
 もう嵯泉は返事を返す事も、振り向くことも無い。
 そう、全ては幻。
 当たり前なんて無い。
 君も此の世には無い。
 ――こんな光景の中で生きた記憶は、無いのだから。
 嵯泉は歌声を追って、前へ、前へと歩み出して――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

揺・かくり
【幽明】

暮れなずむ色が滲んで往く様だ
耳に触れる鈴音は記憶を揺さぶられて
――ああ、
忘れていると云う事を、忘れて往く

なつめ
君は、以前の記憶に触れているのかい
君自身を、見附けられるかい

香ばしい揚物の香り
甘やかな飴菓子の匂い
りん、りんと鈴音が鳴る度に、薄れて

教えてくれよ
此の胸裡に滲むものを忘れてしまったのなら
私と云う存在を手放してしまえば
私は――、わたしは
わたし自身を知ることができるの?

元より霞む視界が滲んでゆく
溢れ出でるものを、わたしはしらない
呪符を貼り付け気侭な指先で拭った
ふと、環指に嵌る黒い輪を捉えた

嗚呼、これは。この黒い契りの輪は
わたしと『誰』とを繋いだのでしょう

自問したとて、解けやしないのに


唄夜舞・なつめ
【幽明】

俺の目と同じ黄昏色の空の元で行われた祭り
俺の目は濁ってるから、
空の方がきれーだけどなァ。

かくり
お前も『誰か』を『自分』を
知ろうとしているのか…?
その顔…今の俺と同じだ。

あぁ…歌が、俺の記憶を霞ませ
代わりに、昔の…俺の記憶?
そうだ、俺は元々時計ウサギで
でも、『  』を置いて死んで
生まれ変わって
『  』の白蛇の尻尾になって
『  』に俺を…『殺させた』
…今思えば、辛ェことさせちまったな。

それと…俺はこんな話し方じゃない。せやろ。なつめ。
いいや、俺のほんまの名前は
【   】。
あぁ、やっぱこの話し方がしっくりくるなぁ。

記憶が薄れる。それでもかくり、
お前のことは忘れへん。
お前は俺の大切なーーー。



●自問
 びいどろの風鈴の音が、りんと幾重にも重なっていた。
 甘やかな歌声が響く空の色は、黄昏色。
 電信柱に交わされた電線は、まるで空を黒い線で切り分けているように見えた。
 夕映える商店街には全く見覚えすら無いのに、どうにも郷愁の影を曳いているように感じられて。

 滲む空の色に、滲む記憶。
 ――ああ、ああ。
 今は。
 忘れているのだろうか、覚えているのだろうか。
 忘れていることすら、思い出せぬ空の色。
 今が溶けて、過去に沈んで。
 学生たちが他愛もない話を重ねて歩みゆく道。
 甘やかな綿菓子の香り。
 香ばしい焼き鳥の香り。

 ――ああ、ああ。
 歌が、歌が聞こえる。
 昔の記憶。
 唄夜舞・なつめ(夏の忘霊・f28619)はひゅ、と息を飲んでその瞳を見開いた。
 今のなつめが、溶け消える。
 いまのなつめが、上書かれる。
 昔の、今の形になる前の。
 ――『  』を置いて死んでしまった、うさぎの記憶。
 俺は『  』の尾になっていた。
 俺は『  』に、俺を、俺を。
 ――『殺させた』。
 ……いいや、俺は。ほんまは、ほんまは、俺は。

「……ねえ、なつめ。君は今、以前の記憶に触れているのかい?」

 ぼうとしていた頭に流し込まれる、小さな声。
 全て燃え尽きた後の色の髪を揺らした揺・かくり(うつり・f28103)は、動きを止めてしまったなつめをじっと見やると、言葉を紡ぐ。
 ――ねえ、君は。
 君自身を、見附けられたのかい?
「……かくり、お前」
 その声にはっと肩を跳ねてなつめは、空の色を濁らせた色の瞳を眇めて言葉を呑んだ。
 それは、その問いは。
「それならば、教えてくれよ。――此の胸裡に滲むものを忘れてしまったのなら、私が、私と云う存在を手放してしまえば――……」
 ねえ、私は。
「わたしは、……わたし自身を知ることができるの?」
 彼女から零れ落ちる言の葉は。
 彼女から溢れるような問いは。
 独白に似た言葉を零す彼女の表情は。
 『今』の自分と同じだと、なつめは思った。
 思ってしまう。
「……お前も『誰か』を、――『自分』を知ろうとしているのか……?」
「わからない」
 元より霞むかくりの視界が、みるみると滲んでゆく。
 この瞳より溢れ出でるものを、かくりはしらない。
 何故このような気持ちになってしまうのかも、わからないのだから。
 その視界を覆うように呪符を貼り付けると、かくりは瞳を指先で拭って。
 そうして。
 ふと、かくりは環指に嵌る黒い輪へと視線を止めてしまった。

 契の指。
 契の輪。
 ――わたしと『誰』とを繋いだのでしょうか。

 なつめは掌をじいと見つめるかくりを見やって――なつめの中で『  』は彼女を想う。
 飲み込まれる意識の中、彼女を見やる。
 ……それでもかくり、お前のことは忘れへん。
 お前は、お前は、俺の大切な――。

 甘やかな歌声が響く空の色は、黄昏色。
 歌声は、未だに留まる事は無く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ライラック・エアルオウルズ
『――ライラック!』

呼ぶ声に返る身は、幼い
眺めた顔は心配そうなもので
商店街を好奇で眺めてるうち
随分離れていたのだと気付く

僕はもう15歳になるのに
父は心配で仕方ないらしい
それを知ればこそ、素直に
駆けて戻れば、少し笑って

父さんたら、心配し過ぎ
迷子になんてならないよ
いつもの本屋なら覚えているし
新しい本買うの、楽しみなんだ

『一冊だけだから、良く選んでね』

そう言って、沢山買う癖に
金糸の髪から覗く紫の眸は
同じ様に好奇に満ちていて
きっと、今日も本を積むのだ

――今日も?
こんな日あったかな、何て
少しの違和に立ち尽くす

――そうだ
病気がちな寝室の子供も
看病に倒れた病床の父も
此処に居るはずがない

忘れる前に、離れないと



●良い夢
 濃いオレンジ色をした落陽が、賑々と人々の行き交う商店街の影を長く長く引き伸ばしている。
 りんりんと鈴を鳴らす自転車が、器用に人々の隙間を縫って走り行く。
 りんりんと風の隨にびいどろが揺れて、何処かで涼やかに音を奏でている。
 自転車の背を見送ったライラック・エアルオウルズ(机上の友人・f01246)は、どこに風鈴が吊るされているのか判らないものだから。ぐうるりと周りを見渡すと、音の成る方へ歩みだす。
 どこかで微かに、風鈴の揺れる音がする。
 どこかから響く、甘い歌声が音に重なり。
「――ライラック!」
 そこに。
 自らへと向かって、背後から掛けられた声が憂惧に響いた。
「……父さん」
 振り返ったライラックの身は、知らず幼いものと成っている。
 その事実に疑問を抱くことも無く、ライラックは知らず識らず離れてしまっていた父の下へと駆け寄って。
「心配し過ぎだよ、父さん。――迷子になんてならないよ」
 ライラックはもう、今年には15にもなるというのに。
 僕と同じ色に不安を揺らす父は、どうにも心配で仕方がないらしい。
 事実ライラックは、あまり散策に向いたタイプでは無いもので。
 とは、云え。
 心配で心配で仕方が無いという、父の気持ちも知っている。
 だからこそライラックは、素直に父へと駆け寄ると小さく笑った。
「いつもの本屋なら覚えているし、新しい本を買うのも、本当に楽しみにしてるんだ」
 オレンジ色に彩られた街並みを、改めて眺めながらライラックは父と並んで歩みだす。
 暖簾を揺らす酒屋、大きなまんまるなスイカを掲げた八百屋。
 壁に空いた鼠穴に。
 あの路地裏をすり抜けて行けば、神様のお家だってあるかもしれない。
 好奇心に揺れる瞳に、足が騙くらかされてそちらへと歩まないように。
 再び父より、勝手に離れてしまわぬ様に。
 好奇心に向かったライラックは苦言と陳情。そして少しの謝罪を告げ。
 そうして。
 慣れた足取りで辿り着いた本屋で、好奇心にもう良いよと声を掛ける。
「買うのは一冊だけだから、良く選んでね」
 父のお決まりの言葉。
 金糸のような髪の奥で、ライラックと同じ色の瞳がこちらをじいっと見ている。
 その瞳の奥に、確かに揺れる好奇心を見つけたライラックは頷きながら笑った。
「うん、分かってる」
 ――その誓いが守られる事は、とても少ない事を。
 父も自分もとても本が好きなのだ、どうせまた今日も山と成るまで本を増やしてしまうのだろう。
 しょうがない話だ。
 しかたがない話だ。
 それでも、それでも。
 ――とてもしあわせな話だ。
 分厚い本を手に取ったライラックは、本を開こうとして――。
 ……今日も?
 違和感に気がついてしまった。
 おかしいな。
 こんな幸せな日は、過去にあったかな。
 開いた本には文字がたくさん並んでいるのに、一つも意味を成してはいない。
 少しの違和感。少しの綻び。
 気がついてしまえば、ほつれてほどけたセーターのように中身がまろぶ。
「――そうだ」
 そうだね。
 病気がちな寝室に、沢山の『奇妙な友人』を呼ぶ子どもだって。
 その子どもの看病の為に倒れてしまった、病床の父だって。
 こんなにも幸せな場所に、居るわけもないのだから。
 忘れてしまっていたのかい。
 忘れてしまっていたのさ。
 そうっとライラックは歩き出す。
「ライラック、いったい何処に行くんだい?」
「……ン。少しね、世界を守りに」
 そりゃあ病床の父を置いていく事は、心苦しさも在るけれど。
 父の制止を受け入れる事無く、幼いライラックは本屋を飛び出し駆けだした。
 ああ、いい夢だった。
 駆ける小さなつま先が、ロングノーズのレザーシューズへと変化する。
 ああ、幸せな夢だった。
 細くてひょろりと小さな指先が、骨張った大きな指先へと変化する。
 夢の甘やかさを認めようとも、ライラックの足を止める事には敵わない。
 忘れる前に、覚えている内に。
 この街から離れねば、この世界は滅びてしまうのだろうから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

尾白・千歳
さっちゃん(f28184)と

どっかで見たことある気がする
そうか、ここ私たちがよくおつかいに行ってた商店街だ!
懐かしい~
じゃぁ私が好きなお豆腐屋さんの油揚げもあるかな?
ちょっと見てくる!

お店の場所がよくわかんなくなっちゃった
さっちゃん、どこだっけ…って、いなーい
あれ?お買い物のメモもない
困った…!
でも『あの時』もさっちゃんに会えたから大丈夫
お腹空いてきたな
コロッケ買っちゃおうっと
熱っ、でも美味しい~(はむ

あ、さっちゃん!
もう、一人で行かないでよー
見て!コロッケ買ったよ
ごめん、さっちゃんの分ない
じゃぁ、半分こする?
はい!(小さい方渡し
私の方がお姉ちゃんだからね~
当然でしょ!
(どっちが年上かはお任せ


千々波・漣音
ちぃ(f28195)と

此処は…
懐かしい夕焼け色の風景
どっかでってなァ、お前忘れたのか?
憶えてねェのかな…って一瞬チラ見するけど
憶えてた事に、そっとホッと
ん、あるんじゃね…って返そうとしたら
また勝手に先に!?

ったく『あの時』と同じじゃねェか

はじめてふたりでおつかいした日
勝手に先に行って、メモ失くして…
でもあの時も、そして今も
オレは必死に、ちぃを探して

コロッケ屋の前で見つけた

はァ!?ひとりで行ったのお前だろっ
く、しかも超可愛い顔してコロッケ食ってるしっ(心で悶え
って、オレのないのかよ!?
えっ、半分こ…?(どきどき
し、仕方ねェなァ(小さい方でも超絶嬉しい
…てか、オレの方が年上だろ!?(年曖昧な二人



●あの時
 空は夕映えに輝いて。
 燃えるような赤が、立ち並ぶ商店を染めている。
「ねえ、さっちゃん」
 アンテナを張るみたいに大きな獣耳をぴっと立てて。
 真剣な表情で周りをしっかりと見渡した尾白・千歳(日日是好日・f28195)はふかふかの尾を跳ねさせて、千々波・漣音(漣明神・f28184)へと振り向いた。
「私、ここ……、どっかで見たことあるような気がする!」
「……ちぃお前、本当に忘れたのか?」
 真剣な表情を称えた千歳に、漣音が瞬きを二度重ねて。
 ――本当に憶えてねェのかな。……オレだけが憶えていたとしたら。
 菫色の視線に愁の色が薄っすらと揺れた、瞬間。
 ぽんっと掌を千歳は合わせて音を立てた。
「えっ? あーっ! そうか、ここ……、私たちがよくおつかいに行ってた商店街だ!」
「あァ、そうだよ」
 そのままどんぐりみたいに瞳をまんまるにした千歳は、懐かしい~、なんて再び周りを見渡して。
 ほっと吐息を漏らした漣音は、内心胸を撫で下ろす。
「じゃぁ、私が好きだったお豆腐屋さんの油揚げもあるかな?」
 弾む声音。
 なんともとってもわくわくした様子の千歳は、今にも駆け出さんばかりにそわそわと。
 かぶりを振った漣音が、顔を上げた時には――。
「ん? あ、……ちょっ、待て待て待て!?」
「ちょっと見てくるね!」
 いいや、駆け出し『そう』ではない。
 既に彼女は駆け出していた。
「――ったく、もう。『あの時』と同じじゃねェか!」
 漣音が呆れたように零した言葉には、懐かしさが入り混じり。
 少し遅れて漣音も、千歳を追って駆け出した。

 ――『あの時』の事。
 初めてふたりで、おつかいをした日の事。
 千歳は昔から、落ち着きの無いやつだった。
 あと今もだけれど、めちゃくちゃ可愛いやつだった。
 ともかく。
 駆け出したと思えば、もうその姿はすぐに見えなくなっていて。
 買い物の内容が書かれたメモだけが落ちていた。

 ……ああ、変わんねェなァ。
 あの時も、今も。
 オレはちぃを、必死に探して――。

「あれ、さっちゃん?」
 気がつけば彼の姿が見えなくなっていた。
 お店の場所だって、思い出せない。
 困ったな。
 困ったけれど、千歳には全く焦りの色は無かった。
 『あの時』も、さっちゃんには会えたから。
 大丈夫、大丈夫。
「それにしてもお腹が空いてきちゃったな……、あ!」
 『あの時』と同じ様に、千歳はぱっと笑んだ。

 ぱちぱちぱち。
 油の弾ける、美味しい音。
 美味しいかおりの、美味しい煙。
「……ちぃ! やっぱ此処に居たか!」
 駆けてきた漣音は、千歳の姿を認めると大きく手を振って。
「あ、さっちゃん! もう、一人で行かないでよー」
「はァ!? ひとりで行ったのお前だろっ!?」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
 そんな千歳との気の抜けたやり取りに、漣音は一気に脱力して肩をがっくりと落とした。

 あの時と同じ。
 あの時も同じ。
 このコロッケを揚げている店の前に、彼女は居た。

「ねえ、見て! 見て! コロッケ買ったよ~」
 なんて。
 あの時と同じ様にコロッケを齧っている千歳は、なんだか過去の再現をしているみたいで。
「そっか」
 あーーその小動物っぽい食べ方やめてくんねェかな!?
 これも昔からだけど、超可愛いくて困るだろ!?
 心の中だけで悶える漣音は、呆れた表情を作る事で精一杯。
「あ、でも、ごめん。さっちゃんの分は買い忘れちゃった」
「えっ?」
 はにかんで謝る千歳は、……あ~~。可愛い~、優勝~。
「でも、じゃぁ、……はんぶんこしよっか」
「えっ!?!?!」
 千歳がはんぶんこしてくれるという事実だけで、驚くほどに胸は高鳴る。
 一生懸命、あつあつのコロッケをはんぶんこする千歳。
 はい、かわいい~~~!!
 漣音はもう視線を逸らしたくとも、逸らすことすらままならない。
 表情を何とか維持していると、はんぶんこになったコロッケをぴっと差し出されて。
「はい、どーぞ!」
 その欠片が小さい方である事に気づいていても。
 千歳が自分とコロッケをはんぶんこにしてくれたという事実だけで、胸はいっぱい。
 かわいい、嬉しい、……ああ。
「……し、仕方ねェなァ。半分貰ってやるよ」
 あ~~。
 このまま永久保存できるなら、宝箱にいれておくんだけど。
 そわそわしながらなんとか表情を保っている漣音に、千歳はぴかぴかの笑顔で応じて。
「私の方がお姉ちゃんだからね~、年下にはんぶんこして分けてあげるのは当然でしょ?」
「……いや、オレの方が年上だろ!?」
 そうして。
 年齢が曖昧な二人は、他愛もなく言葉を交わし合うのであった。
 まるで、あの日の様に。
 まるで、あの時の様に。
 ――、いつものように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
少しずつ忘れゆく
桜の館での縁も
猟兵になったことも
思い出した前世も

忘れたということさえも

ふふ、帰りの寄り道はいいね
機嫌良く揺れる尻尾
サクサク熱々のコロッケ片手に食べ歩く

このシュシュとバレッタ綺麗!
ピンキーリングも可愛い…いいなぁ
小物屋で見つけたアクセサリーに笑みを零す

んー、今日はどれにしよう
ミニドーナツにあんこ玉、一口どら焼き、桜色のだいこん
一つだけ酸っぱいのが入ってるガム
小さなチョコ…

少しだと皆で食べるには足りないもんね
駄菓子屋で目に付いた物を籠に入れ

…?

あれ…森の子達、そんなに駄菓子食べるんだっけ?
目の前を通る銀狼の女性を遠目に眺め
記憶と行動のズレに首を傾げれば
小瓶の中で金平糖が一粒転がった



●寄り道
 りん、と鈴が歌う。

 大空いっぱいに広がる後光を背負った落陽は、世界を茜色に染めて。
「ふふふ、美味し」
 茜色を背負ってコロッケを齧る橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)は、莞爾やかに笑む。
 あとは帰宅するだけの寄り道は、足も気持ちも軽いものだ。
 ツシマヤマネコの尾が気分良さげに左右に揺れて。
 コロッケを齧るたびにざくざくと心地よい音が響く。
 美味しい匂いに惹かれて、忙しく焼き鳥が焼き上げられる屋台を眺めたり。
 売れ筋の本の表紙を眺めて賑やかせば、美味しい出汁の香りを感じて新しく蕎麦屋が出来た事を知る。
「あ、このバレッタ綺麗ね」
 そうして雑貨屋の前で足を止めれば、綺麗にディスプレイされたアクセサリに視線をやって。
 小さなピンキーリングを試着したり、髪にシュシュを合わせたり。
 ネックレスに手を伸ばそうとして――。
「……あら、私こんなの持ってたかな?」
 りん、と鈴の音を鳴らして。
 自らの首に掛かっている、細鎖に山吹が咲いた首飾りを不思議そうに触れた。
 でも、付けているという事は確実に千織のモノなのだろう。
 ――ああ。
 寄り道はとても、とても、楽しいもの。
 次は何処に行くかは、もう決まっている。
 ――寄り道の定番と言えば。
 帰宅後につまむ、オヤツの調達だ。
「今日はどれにしようかな」
 小さなカゴを手にした千織は楽しげに呟いて。
 駄菓子屋の店内に視線を巡らせると、ぐうるりと店内を回る。
 カゴの中に放り込まれるミニドーナツ。
 あんこ玉に、一口どら焼き。桜色のだいこんと、外れるとすごく酸っぱいのが入っているガム。
 どうせ買うならば、一気に買って置いたほうが良い。
 少しだけだと、皆で食べるには物足りないものだ。
 小さなチョコに、……ああ、このグミも美味しいのだ。
 桜味で――。
 りん、と鈴が歌う。
 ――邪を祓う、可愛らしい音。
「……?」
 カゴいっぱいに詰め込まれた駄菓子に、千織は首を傾いだ。
 あれ、おかしいな。
 森の子達は、そんなに駄菓子を食べる子達だっけ。
 顔を上げると、銀に一房朱色を混じらせた銀狼の女が歩いて行った。
 何かが、変だと思う。
 何が、変なのか判らない。

 ――ああ、歌声が聞こえる。
 ――ああ、風鈴が鳴いている。

 少しづつ、少しづつ、忘れて行く。
 あの枝垂れ桜の館の事さえ。
 自らが戦っている理由さえ。
 自らが戦っていた事さえ。
 生まれる前の事も。

 忘れた事さえ。

 千織は口元へと掌を当てて、肌が粟立つ感覚に橙色の瞳をせばめる。
 自らの記憶と身体の記憶が、ズレているよう。
 小瓶の中で、金平糖がころりと一粒転がった。
 首飾りの鈴がりん、と歌って――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

臥待・夏報
風見くん(f14457)と

『いつもの高校の帰り道』。
商店街ってこんな賑わってたっけ、と訝しみながら書店に入る。
目当ての本は残り一冊……ってなんだお前、どこかで会ったっけか?

いや、立ち読みってか、僕は普通に買う予定なんだけど。
……何だよその辛気くさい言い方は。
ほらもー、買った後で貸してやるから。そのうち返せよ。

ゲーセン?
いいよ、立ち読みよりは楽しいだろ。

(アーケードをぼんやり歩く)
UFOキャッチャーとかでいいか?
春ちゃんーー友達がアレ好きでさ、いつも付き合わされるんだ。
あいつ、僕以外に友達いなくてさ。
ああでも、『君なら』、もしかしたらあいつとも気が合うかもな――

……やっぱり、
どこかで会ったっけ?


風見・ケイ
夏報さん(f15753)と

懐かしさを感じるような――いや『見慣れた商店街』だ。
高校の帰り道、通行人の行き先を推理するのに飽きて、いつもの書店に。
気になった本に手を伸ばすと、同じようにもうひとり。

ん、どこかで……と、どうぞ。立ち読みしたかっただけ。買われた方がみんな幸せだから。
いや、そのうちって、きみは、
――UFOキャッチャーの子だ。拾ったメダルを2分で失くして、他人のプレイを眺めて時間を潰す。そんな時に見かけたことがある。
……そしたら、わたしは少し読めればいいし、どこか……向こうのゲーセンとか、どう?

なんでだろう。クラスメイトなんかより話しやすい。
この子や『春ちゃん』となら、友達になれるかな。



●セーラー服
 ――どこかで、歌声が聞こえている。
 ――どこかで、びいどろがりんと音を立てている。
 西の空から世界を、赤く焼く落陽。
 世界を焼く赤は世界に光と影を落とし、賑々と混雑する商店街を夕映えさせている。

 それは懐かしくも普段通りの、いつもの光景。
 それは懐かしくも見慣れた、いつもの商店街。
 いつもどおりの、高校からの帰り道。
 セーラー服姿の風見・ケイ(星屑の夢・f14457)はベンチに腰掛けて、ぐうっと伸びを一つ。
 夜を待つ間に、通行人の行き先を推理をする事にも飽いてしまった。
 大体もう、家に帰る者ばかりだ。
 後は何をしよう。
 またゲームセンターにでも行こうか、それとも……。
 夜が来るまでには、まだ時間がありそうだ。
 ケイは足の赴くままに、茜に染まる道を歩み出し――。

 それは懐かしくも普段通りの、いつもの光景。
 それは懐かしくも見慣れた、いつもの商店街。
 いつもどおりの、高校からの帰り道。
 人々が行き交う通りから逃げるように、本屋の入り口を潜った臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は瞳を眇めた。
 しかし――不思議だ。
 この商店街はいつもこんなにも賑わっていただろうか。
 それとも今日は何か、祭りでもあっただろうか。
 思考を巡らせながらも夏報の足取りは、迷いなく新書コーナーへと向かっている。
 今日は本日発売の本が欲しくて、本屋に訪れたのだから。
 学校が終えるまでに売り切れてしまわないかと日中ヤキモキしてしまった分は、なんとなく急いてしまうのも仕方が無い事だろう。
 ずんずんと進んだ先。
 夏報は目当ての本を見つけると、その表紙へとしっかりと視線を据えて。
 よし。
 あと一冊だが、何とか残ってくれていた。
 慌てず、急かさず、でも正確に。
 腕を真っ直ぐに伸ばすと――。
「ん?」
「うん?」
 左右から伸びてきた掌が、こつんと本の上で衝突した。
 同時に腕を引いた二人は、視線を交わしあい。
「あ……、と、どうぞ」
 ケイが一歩身体を引くと、夏報は眉根を寄せた。
「えーっと……」
 いや、いや。
 こんな雰囲気で本をかっさらって行くのは、少しやりにくいだろう。
「あー……っと、わたしは立ち読みしたかっただけだし、買われた方がみんな幸せだから」
 夏報の遠慮の気配を感じたのか、ケイはゆるゆるとかぶりと掌を横に振って言葉を紡ぎ。
 そんな彼女の言葉選びに、夏報は瞳を思いっきり細めてしまう。
「……何だよその辛気くさい言い方は。――立ち読みってか、僕は普通に買う予定なんだけど」
「それなら、やっぱり……」
 ケイの遠慮した口調に、夏報は大きく肩を上げて、下げて。
 それから本を手に取ると、手首のスナップでケイへと本の表紙を見せつけるように一度揺らし。
「だから、ほらもー。……買った後で貸してやるから、そのうち返せよ」
「いや、そのうちって。……あ」
 ケイは瞬きを一度。
 ああ、そうだ。
 彼女にはどこかで見覚えがあると思った。
 そうだ、この子は――UFOキャッチャーの子だ。

 ……ケイはたまにゲームセンターに訪れては、落ちているメダルを拾ってメダルゲームに興じる事がある。
 いいや、興じるという程では無い。
 拾えるメダルなんて精々一枚や二枚なんだから。
 そんなモノ速攻溶けてしまって。
 後は他人がしているゲームを眺める時間のほうが、よっぽど長い程だ。
 兎も角。
 目の前の彼女は名前も知らないけれど、よくもうひとり――恐らく友達だろうけれど。二人で並んでUFOキャッチャーコーナーで見かける子。UFOキャッチャーが好きな子だと、ケイは認識をしていた。

「……そしたら、わたしは少し読めればいいし。どこか……向こうのゲーセンとか、どう?」
「ん、ゲーセン? いいよ。立ち読みよりは、多分楽しいだろ」
 ケイの誘いに夏報は、迷う事もなく頷いて。
 本の会計を済ませてから二人は、商店街を共に歩み出す。
「それで……UFOキャッチャーとかでいいか?」
「うん、大丈夫」
「そうか、春ちゃん――友達がアレ好きでさ、いつも付き合わされるんだ」
「あれ、友達を待たせてるの? 時間とか、大丈夫だったかな」
「大丈夫だ。あいつ、僕以外に友達いなくてさ。待っててくれるだろ」
 茜に染まる道を並んで歩みながら、他愛もない会話を重ねて。
 ――初めて言葉を交わすというのに。
 始めの出会いこそ歯切れの悪いヤツだと思ったが、言葉を交わしてみれば不思議と話しやすいケイに夏報は唇に笑みを宿した。
「でも『君なら』、もしかしたらあいつとも気が合うかもな」
「……そう?」
 少し眦を和らげたケイは、瞬きを一度、二度。
「……わたしもなんとなく、きみとなら友達になれる気がしてた」
 勿論。
 ――彼女が勧めるというのならば、『春ちゃん』も。
 その表情に夏報は不思議と見覚えがある気がして、息を飲む。
「……やっぱり、どこかで会ったっけ?」
「……ゲームセンターかな?」
 夏報の問いにケイは応えてみれど、ケイも何か『違和感』を感じていた。
 もっと前から、識っているような――。

 ――どこかで、歌声が聞こえている。
 ――どこかで、びいどろがりんと音を立てている。
 ああ、あの音は、何処から。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

千家・菊里
【花守】
嗚呼…笛につられて腹まで今にも切ない音をあげそうです
いやだなぁ、ちゃんと家まで我慢しますよ――おや、伊織?
(何か察して――でもまぁ、大丈夫かと特に引き留めず)

やれやれ、やはり俺がしっかりしないと駄目みたいですねぇ――母上
(代わっていつの間にか現れた其の姿に
さぁ夕餉ですよと手を引こうとする様に
平穏だった日々が一気に過り)
ふふ、日々食道楽に励めど、やはり母上の味が何より口福と思い知るばかり
恋しいなぁ

ああ、でも、“今”は――困った迷子を迎えに行かねば、務めを果たさねば――貴女の遺志を守り継がねば、ならぬのです
だから、此処には残れない

いってきます、ね
(在りし日の様に笑い
在りし日の面影に別れを)


呉羽・伊織
【花守】
食気につられて寄道とか迷子とかヤメテネ?
此処は既に術中…
(――そう、分かってた
こうなると覚悟してた
のに、いざ目にすると

――商店街の中に平和を謳歌する恩人の幻を見た瞬間
連れが視界や記憶から薄れる様な
連れと会うより更に前、恩人と二人で生きたささやかな、大事な日々が溢れる様な)

嗚呼――ずっと願ってた
貴方が、平穏の中で笑顔と幸福に包まれ過ごす日々を

こんな時間が、ずっと――

っ…否、駄目だ
(滅びの其に等しい言葉を呑み)
貴方は俺に進めと言ったのに
その前で、今更止まるなんて

“今”は、貴方が繋いでくれた道の先へ――未来を変えに、あと狐の世話にも行かなきゃなんない

(…忘れて堪るか
何もかも、抱えて行くんだ)



●覚悟
 風の随にびいどろが揺れて、揺れて。
 重なる音は涼やかに。
 響く歌声は何処より響く。
 赤に染まる街並み。
 燃えるかのように艶やかな落陽は、妙に懐郷の念を唆る色をしていた。
 人々の行き交う商店街に、チャルメラの音がひょうろりと響き。
「嗚呼……、笛につられて腹まで今にも切ない音をあげそうですね」
 ふかふかの獣の黒尾を揺らした千家・菊里(隠逸花・f02716)は、常の笑みを唇に宿したまま、腹を撫でた。
「……アノ、食気につられて寄り道とか、迷子とかヤメテネ? ホンッッッッット、ヤメテネ??」
 菊里に対してのそういう信頼度がマイナスの呉羽・伊織(翳・f03578)は、眉間にこれ以上無い程皺を刻むと、思いっきり念を押すように言う。
「いやだなぁ、ちゃんと家まで我慢しますよ」
 ねえ、と掌をひらひらと振った菊里は瞳を眇めて。

 ――伊織。
「母上」
 確かに、菊里はそう言葉を紡いだ筈であった。
 しかし実際に響いたのは別の言葉。
 ああ、そうだ。
 思い出した。
「やれやれ、やはり俺がしっかりしないと駄目みたいですねぇ」
 どうどうと流れ込むかのよう。
 記憶が巡り、感情が巡り。
 菊里は手を引く母の姿に、眦を和らげた。
「さぁ、夕餉はもう、用意できていますよ」
「ふふ、そうですねえ。やはり母上の味が何よりの口福ですから」
 ――巡る記憶の中に、食道楽に励む日々は無い。
 母の手料理が『また』食べられるとすれば、それはとても魅力的な事である。
 ああ、恋しい。
 そんな言葉が、素直に胸裡に溢れる程に。
 しかし、しかし。
「でも、……今は――困った迷子を迎えに行かねばいかぬのです」
「まあ、それは夕餉を済ませてからではいけないのですか?」
「……はい」
「そう、ですか……」
 ひどく悲しげに瞳を揺らした母。
 菊里は瞳を一度閉じて、母が触れる掌を自らの方へと引いて。
「務めを果たさねば――貴女の遺志を守り継がねば、ならぬのです」
 だから此処には残れないと告げた彼は、在りし日の様に笑った。
「だから母上、……いってきます、ね」
「……そう、食事はちゃんと取ってくださいね」
「それはもう、ええ、もちろん」
 取りすぎる程に。
 在りし日の面影に別れを告げ。
 踵を返した菊里は、常の笑み。
「さあて、……あの迷子は何処に行きましたかねぇ」
 朱に染まる街を、歩みだす。

 気がついた頃には、菊里の姿は視界から失われ。
 瞳を見開いた伊織は、朱色の街並みに恩人の姿を見た。
 その姿を見るだけで、脳裏に、胸裡に蘇る感情に、記憶。
 恩人と二人で息や、ささやかで、大事な日々が溢れ出す。
 あの人が、買い物袋なんかを掲げて歩いている。
 あの人が、笑っている。
 それは本当に、他愛もない事で。
 それは本当に、ただの日常で。
 伊織はそれだけでなんだか泣きたくなってしまうような感情が喉にこみ上げて、きゅっと息を呑み込んだ。
 嗚呼――、ずっと願ってた。
 貴方が、貴方が、平穏の中で。
 笑顔と、幸福に包まれて過ごす日々を。
「こんな、こんな時間が、ずっと――」
 気がつけば言葉を紡いでいた事に気がついて、伊織はぎゅっと下唇を噛んだ。
「っ、…………駄目だッ!」
 それは、それは、滅びの其に等しい言葉。
 ここで俺が飲み込まれてしまえば、ここで猟兵達が歩みを止めてしまえば。
 この世界は、終わってしまう。
 ……一人くらい行かなくても、大丈夫なんじゃナイ?
 ……そのまま世界が終わっても、ソレはソレで幸せなんじゃナイ?
 何処からでてきたのかも判らぬ弱音が、伊織の頭を過ぎって――。
 ぎゅっと掌を握りしめた伊織は、大きくかぶりを振る。
 ――そんなコト、できる訳があるか。
 貴方は俺に進めと言った。
 貴方の前で、俺が今更止まるなんて。
 ――そんなコト、できる訳があるか!
 そうして踵を返した伊織は、一度瞳を瞑って。
「……いってきます。――未来を変えに、あと大飯食らいの狐の世話にも行かなきゃなんないから」
 瞳を据えると恩人に届く事の無い言葉を、伊織は零した。
 『今』は、貴方が繋いでくれた道の先にあるのだから。
 ならば、ならば。
 ――忘れて堪るか。
 『今』を壊させて堪るものか
 俺は、俺は、何もかも抱えて行くんだ。

 風の随にびいどろが揺れて、揺れて。
 重なる音は涼やかに。
 響く歌声は何処より響く。
 その先に、その先に、向かうのならば。
 しっかりとした足取り。
 二人はそれぞれ、歌声を目指し――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

佳月・清宵
(気儘に独りでふらりゆらりと)
仮初めの過去に幸福――随分と面白くねぇ迷宮を作ってくれたこった
(呟き見据える視線の先には、いつぞ始末をつけた――この手にかけた筈の、女の気配)

(何かが薄れる嫌な感覚すら、泡沫に溶け――特に何をするでもなく、ただ平和に生きる女の姿を眺め、悪酔でもしている心地に)

(女が刀を手にする前、己の手が血に汚れる前――獣道に転げ落ちてなけりゃ、こんな日常も或いは在ったのかと――考え掛けて、そこで止め)

……知るかよ、こんな紛い物の幸なんざ
彼奴との間にあったのは、ただの血塗の道――其をこんな気味悪ぃモンで上塗りされちゃ、いよいよ吐気がする

俺は今を、現を、面白可笑しく回しに行くのみ



●女
 夜の気配を感じさせぬ程に、赤い空。
 血を塗り込めたようなその色は世界を染めて、このまま陽が落ちた途端、此の世は終えてしまいそうな程鮮やかだ。
 人々が行き交う商店街の真ん中を、ゆうらりと歩んだ佳月・清宵(霞・f14015)はかぶりを振って。
「仮初めの過去に幸福なんて、嗚呼、嗚呼」
 ――随分と面白くねぇ迷宮を作ってくれたこった。
 据える視線の先には、ひどく平和に生きる女がいた。
 他愛もない会話を店員と重ねて笑い。
 買い物を済ませては、家路へと急ぐ。
 その横に居るのは――。
「…………」
 不思議だ。
 ぱちぱちと胸裡の中で、何かが溶けていく様だ。
 何かが薄れていくようだ。
 ――あの女は、清宵が始末をつけた。
 この手にかけた筈である。
 しかし、しかし。
 その事すら。
 そんな感情すら。
 全て薄れて行く。
 全て消えてゆく。
 居心地の悪さだけがありありと感じられる血色の街並みに、清宵の中には無理やり字消し護謨で腹の奥を撫でくり回されているような気持ちだけが残される。
 ――嗚呼。
 あの女が、刀を手にする前。
 己の手が、血に汚れる前。
 獣道に転げ落ちていなければ、こんな日常も或いは在ったのだろう。
「……!」
 そこまで思考を巡らせた清宵は、自らの思考に金色の瞳を大きく見開いた。
 今、俺は何を考えていた?
 今、俺は――。
「……は。知るかよ、こんな紛い物の幸なんざ」
 そんな道は無かった。
 そんな日常は、在り得なかった。
 彼奴との間にあったのは、ただの血塗れの道。
 その道はどこまでも一本道である筈なのに。
 その道をこんな気味の悪い幻で上塗りされてしまえば、いよいよ吐き気もしよう。
 街の何処かで響く歌声。
 アレがこの幻を生み出しているのだろうと清宵は思う。
 ――薄れゆく記憶。
 ああ、その事すら忘れてしまう前に。
 血に濡れた日々を忘れてしまう前に。
 自らの歩んだ道を、否定される前に。

「俺は――今を、現を。面白可笑しく、回しに行くのみ、だ」

 清宵は血色に染まった道を踏んで、真っ直ぐに歩みだす。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふわぁ、おいしそうなコロッケですね。
アヒルさん、今日の夕飯はこれにしますか?
って、アヒルさん試食だからってそんなに食べたらお店の人に迷惑ですよ。

・・・、ふう、いつもスーパーでお買い物をするから、こういう商店街は懐かしくなるかなって思ったのですが、やっぱり私がアリスで過去の記憶をなくしているから、懐かしいと感じないのでしょうか。
でも、それだけじゃないような気もしますね。
逆に懐かしいと感じるより、商店街やそこにいる人たちが怖いと感じてしまいます。
ごめんなさい、アヒルさんつき合わせてしまって、先を急ぎましょう。



●あかいまち
 ぱちぱちと油の弾ける音。
 美味しい匂いに、香ばしい香り。
「ふわぁ、おいしそうなコロッケですねえ。アヒルさん、今日の夕飯はこれにしますか?」
 青色の大きな帽子いっぱいに、茜色の光を浴びて。
 お肉屋さんの前でガジェットのアヒルさんに声をかけたフリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)は、ぱちぱちと瞬きを重ねる。
「って、ふぇえ……、アヒルさん、アヒルさん。試食だからってそんなに食べたらお店の人に迷惑ですよ」
 声をかけたつもりだったアヒルさんは、その場所におらず。
 サイコロ状に切って積まれたコロッケに顔を突っ込むアヒルさんを慌ててひっぱったフリルは、そのまま商店街の通りへと飛び出した。
 帽子の上にアヒルさんを乗せて、何処かから響いている歌声に導かれるように歩む道。
「……ふう」
 フリルは普段、このような専門店ばかりの商店街では無くスーパーマーケットで買い物をしている。
 このような雰囲気の商店街ならば、懐郷の念も沸くかと思っていたが――。
「……懐かしくならないのは、やっぱり私がアリスで過去の記憶をなくしているから、……でしょうか?」
 ぽつりと呟いた言葉に、勿論答えなんて無い。
 その問いに答えられる者は、だあれも居ないのだから。
 何より、フリル自身が一番感じている事だ。
 ――その理由は、記憶が無いからだけでは無いのであろう、と。
 賑々しく行き交う人々が、なんだかとても怖い。
 夕焼けに染まった商店街が、なんだかひどく怖い。
「……ごめんなさい、アヒルさん。つき合わせてしまって」
 フリルは頭の上に乗せたアヒルさんが転げ落ちないように掌を添えてから、歌声の響く方へと検討をつけて駆け出した。
 それはまるで、怖い場所から逃げる様な足取りにも見えて。
 先へ、先へと。

大成功 🔵​🔵​🔵​

劉・碧
『過去の遺物』で組まれた幸せな商店街を歩く
幸せそうな家族連れ、揚げ物の匂い、耳に好い笛の音
それに混じって質の良い黒衣に身を包む壮年の男性の姿があった
孤児になった俺を育ててくれた、家族同然の存在
旦那様、と声を掛ける
振り向き名を呼ばれれば多幸感が押し寄せる
使用人の俺をいつも気遣ってくれる優しい声に溺れてしまう
お風邪を召されてはいけません、さぁ俺の上着を掛けてください
そう言って旦那様に上着を渡す
腹は減ってないか、帰ったら湯殿に浸かるか、お疲れであれば就寝されるだろう
旦那様にとって快適な最適策を考える、幸せな夢…もう叶うはずのない夢
心が軽い
体が楽だ

(これは幻なのだろうか?)
(幸せな現実なのだろうか…)



●幸せな夢
 遠く響く歌声は当たり前のように街に馴染んで。
 その風鈴の姿を見つける事は出来ないけれど、りりんと心地よく涼やかな音が響いていた。
 行き交う人々はそれぞれ幸せそうに、賑々しく商店街を行き交う。
 落陽の茜色の後光が、街に影と光を落として。
 茜色と黒色のコントラストが商店街を彩っていた。
 引かれてゆく屋台とすれ違った劉・碧(夜来香・f11172)は、歌声に導かれるように角を曲がり――。
 そこで、彼と出会った。
「……旦那様!」
「おお、碧」
 仕立ての良い黒衣を纏った壮年の男。
 それは孤児になった碧を拾い、育て。
 居場所を作ってくれた、家族同然の恩人の姿であった。
 名を呼ばれただけで、胸裡にぽっと花が咲いたかのよう。
「こんな所まで、すまないね」
「いいえ、旦那様。勿体ないお言葉をありがとうございます」
 ふるふると左右に首を振った碧は、慌てて上着を脱いで。
「さぁ、お風邪を召されてはいけません。俺の上着で申し訳有りませんが、是非掛けてください」
 ただの使用人である碧をいつも気遣って、気にかけてくれるその優しい声。
 碧は上着を手渡しながらも、ぐるぐると急いで思考を巡らせる。
 このご様子ならば、まだ腹は減っていないだろう。
 しかし、帰る頃には何かつまみたくなっているかもしれない。
 夕餉をすぐに用意できればいいが、――先に湯殿に浸かられるのならば、なにか軽いモノを用意しておいても良いだろう。
 それ以上にお疲れであれば就寝されるだろうけれど……。
「さあ、旦那様。万が一にも転んだりせぬように、――帰りましょう」
「ああ」
 旦那様にとって最適な事を考える。
 旦那様にとって最善の事を考える。
 ああ、幸せだ。
 ああ、心が軽い。
 ――身体すらも楽に感じる。
 こんなにも幸せな事を、『また』感じられるなんて。
 『もう』叶うはずが無かった夢を、また――。
 ――いいや、おかしいな。
 今は、今だ。
 旦那様は此処に居る。
 ……これが幻であってほしくない。
 幸せな現実で、あってほしい。
 ……これはどちらであったろうか、それすらも薄れだすよう。
 ああ、――現実であって欲しい。
 願う碧は、きっと本当は、気づいているのであろう。
 でも、今だけは、今だけは。もう少しだけ。
 主人から3歩下がった位置について、茜色の道を碧は歩む。
 ――この幸せな道行きを。

 甘やかな歌声は、遠く響いて。
 風鈴の姿を見つける事は出来ないけれど、何処からりりんと心地よく涼やかな音が響いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

菱川・彌三八
昔を別段幸せだと思っちゃいめえが、今を忘れられんなら夫れが良い
幽世は何時も「懐かしい」のだと云うが、俺にとっちゃ新しい以外の何者でもねェ

だが、然し
夕暮れの色ァ何処も同じ
童の声も、土の匂いも

新しい筈の街に、紺屋町の俤が見える
だとすりゃ夫れは幸も不幸もねェ、只の過去サ
今も昔も変わりやしねェ、特別な事なんざ何もありゃしねえ
哀しいかな、懐かしくもねェときた

そんねェな道を歩く内に、はて、俺ァ何故此処に居るのだったか思い出せねェ
…紺屋に帰るところであったか
否、此処は何処であったか
一つだけ、此の道を真っ直ぐ行けば良いのだと、そいつは忘れちゃなんねェと頭がざわつく
此の道を抜けねばならぬ
後に何も残らずとも、だ



●心懐
 洛陽に夕映える商店街は、賑々しい喧騒に包まれて。
 行き交う人々は皆揃ったように幸せそうな表情を浮かべている。
 あまりに自然に溶け込む歌声に重ねて、びいどろ硝子がりんりんと涼やかに何処かで音を立てていた。
 何に使うのかも判らぬ石の柱が転々と生え、そこから伸びた黒い線が赤い空を幾つにも切り分けているように見えた。
 ――猟兵達が皆懐かしいと云うこの世界も、エンパイアに生まれ育った菱川・彌三八(彌栄・f12195)にとっては発達した未来。
 この光景に対して抱ける感情は精々、客懐程度であろう。
 しかし、しかし。
 懐郷の念を感じるとすれば、それは空の色。
 童の声も、土の匂いも。
 涼やかに響くびいどろの音。
 どの世界でも変わらぬモノもあるもので。
 紺屋町の面影が見えれば、――それは、それは。
 彌三八にとって、それは幸も不幸も無い只の過去であった。
 親子連れをすれ違い、ひょいと道をあけてやった彌三八は前へと向き直り――。
 はて。
 紅を引いた眦を下げる。
「……れ、あァ? 俺ァ何故、此処に居るンだ?」
 紺屋へと向かう帰路の途中であっただろうか。
 否、否。
 此処は何処だろうか。
 此れほど人々が賑々と行き交っているというのに、誰ひとり彌三八の問いに答えられるものなど居ないのだろう。
 りんりんと何処に吊られているのかも判らぬ、風鈴の音ばかりが妙に響く。
 それでも、それでも。
 彌三八の頭の中で――此の道を真っ直ぐ行けば良いのだ、という言葉だけがしっかと焼き付いていた。
 何を忘れたとしても、それだけは守らなければいけない、と。
「マ、……仕方あるめェな」
 判らぬのならば、自らに従うしかあるまい。
 此処が何処であれ。
 何故、此処に居るのかが判らずとも。
 ――前へ、前へ。
 この道を抜けねばならぬ事だけが、今の真実なのだから。
 たとえそうする事で――後に何も残らずとも。
 甘やかな歌声へと向かって、彌三八は茜に染まった賑々しい通りを真っ直ぐに歩み行く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

篝・倫太郎
【華禱】
隣を見遣り、いる事に安堵して
手を掴んで繋ぐ

夜彦の視線の先には主である綺麗なあの人
髪には竜胆の簪

相変わらず綺麗な人だなと思う
その視線の端を過るのは……
俺の先祖の那岐とその旦那でもある嵐王
俺の凪の使い手と夜彦が持つ嵐の使い手だった夫妻

俺によく似た髪色と瞳の那岐と
黒髪に金の瞳のを持つ偉丈夫の嵐王
羅刹の夫婦

その二人が楽し気に買い物をしてる姿なんて
見た事もないはずなのに

彼らはエンパイアで産まれ生きて死んだ
こんな世界は知らないハズなのに
それでも、ずっと見て居たい気持ちになる

繋いだ手の熱に、夜彦を呼ぼうとして
ふと、ふと、思い出す
この風景に、見える人達に溺れたらいけない

だから、夜彦の手を引いて
先へ――


月舘・夜彦
【華禱】
夕焼け空に照らされる街
人の声、食べ物の匂い
オブリビオンが模したと情報が無ければ迷宮とは気付けない程で
それでも確かなのは繋いだ手の先に居る彼が本物で在ること

私の横を通りすがる人の姿
束ねた美しい黒髪、髪に飾るは竜胆の簪
後ろ姿でも判る、我が主の御姿

彼女と共に居た頃の私はただの簪
此処が過去の遺物、私が人の姿でないのも当然でしょう
私がただの簪だったならば人の感情を持っていなかったのなら
……彼女と共に

深く深く、考えてしまう前に
繋いだ手の熱を思い出す

目に見えたものは過去から作られた偽りの世界
私達は今を生きているのだから此処には居られない

あの夫婦の姿を見た彼も
それでも尚進もうとしているのだから



●てをつないで
 空の茜は街を呑み込んで。
 遠く響く歌声は、余りに自然にそこに在った。
 電柱の間に交わされた黒い線が、空を区切っているかのよう。
 その分増えた影は、長く長く地へと落ちて。
 赤い光を浴びた街並みを、月舘・夜彦(宵待ノ簪・f01521)と篝・倫太郎(災禍狩り・f07291)は手を繋いで歩んでいた。
 ぱーぷー。なんて、豆腐の屋台のベルが気の抜けた音を立てている。
 香ばしく焼き上げられる、焼き鳥の匂い。
 親に手を引かれる子が、焼き鳥が欲しいと強請る声。
 楽しげに学生たちが声を交わして――。
 およそ迷宮などと呼ばれるものとは程遠い光景に、夜彦は瞳を狭める。
「……」
 これが全て夢幻なのだとしたら。
「……ん」
 そんな彼の様子に気づいたのか、気づいていないのか。
 倫太郎がその手を一瞬強く握って、緩めて。
 この手を繋いでいる先が、現である事を確かめるように。
 そうして視線を交わしてから、二人は小さく笑い合って。
 視線を道行きへと戻せば――。
「居ます、ね」
「そうだな。……相変わらず綺麗な人だな」
「……はい」
 そういう者を見るかもしれないとは、確かに聞いていた。
 だからこそ驚きこそ無かったが、――胸裡の中に滲む感情は、全て全て抑え込んでしまえるものでも無かった。

 ――束ねた美しい黒髪を彩る、竜胆の簪。
 その後ろ姿でも判る、夜彦の主であった彼女の御姿。
 夜彦は握った掌の指の形を意識するように力を込めると、細く細く息を吐いた。
 ――そりゃあ勿論。
 彼女と共に居た頃の夜彦は、ただの簪であった。
 もし、もしもだ。
 夜彦がそのまま、ただの簪で在る事があったのならば。
 ――人の感情をなど、持っていなかったのなら。
 今も彼女と共に――。
 く、と息を呑んだ夜彦は思考の海へと潜る事をやめる。
 息継ぎをするかのように息を飲み込むと、繋いだ手の熱を思い出すように。

 ――これは『今』では在りえぬ『過去』、幸せに見える歪んだ過去なのだから。

 眉を寄せてはちみつ色の瞳を眇めた倫太郎は、羅刹の夫婦が幸せそうに寄り添っている姿をじいっと見ていた。
 黒髪に金の瞳の偉丈夫に寄り添う、髪と瞳の色が倫太郎によく似た女。
 彼らが存在するにはあまりに発達した街並みの中で、二人は仲睦まじく野菜なんか選んでいる。
 どのスイカが美味しいかなんて、言葉を交わしている。
 ――あの二人は、倫太郎が生まれるずっとずっと前にその生を終えているはずなのに。
 そんな二人が買い物をする姿なんて、勿論倫太郎は見た事も無いはずなのに。
 その姿が本当に本当に幸せそうにみえて、胸裡にぽっと花が咲いたような暖かさを感じてしまう。
 嗚呼。
 ずっと、こうやって。
 ――ずっと見て居たいような、気持ちになってしまう。

 そこで倫太郎は握り直された掌に、夜彦の気配を思い出して。
「――私達は今を生きているのですから」
「……ああ」
 ほつり、と夜彦が零した言葉に、倫太郎は喉を鳴らした。
 そう、彼だってきっと同じ気持ちであったのだろう。
 あの、美しい人を見て。
 あの、幸せそうな夫婦を見て。
「行こう、夜彦」
「はい」
 過去に溺れる訳にはいかないのだ。
 ――二人は、『今』を生きているのだから。
 甘やかに響く歌声。
 賑々しい通りを、二人は真っ直ぐに進む。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アース・ゼノビア
【庭】
羽をしまった軽装でオズとルゥと並んで歩く商店街
色んな味のいい匂い。この通り好きだな
献立が無限に思い付くけど
今日はおでんと炊き込みご飯にしよう
オズ好きだもんね、牛スジ多めで
蛸?入れてみようか――ん、スノゥもルゥを楽しみに待ってるよ

俺は餅巾着食べたいな、はんぺんも
あれ?スノゥは何て言ったっけ
俺と同じで良いとか、おでんの話だったかな
体が弱い双子の妹の
はにかむ笑顔を思い出しながら
じゃあ…同じものをふたつずつ
うん。お祖母さんにもお土産にできるくらい
色々入れて、いっぱい作ろう

葡萄をお土産にしようかな
俺が手入れしていた樹があってね
よく分けあって食べたんだ

夕焼けに伸びる影を見つめ
愛おしむように目を伏せる


ルゥー・ブランシュ
【庭】
しらたき、たまごに、ふわふわはんぺん~♪
だいこんさんに、不思議なとまと~♪

今日は、オズと一緒にアースのお家にお泊りなの。✧
ルゥーもおでん大好きだよ!
うーんとね、選ぶとしたらルゥーもはんぺん!
でも、あのタコさん入れてもおいしいのかな?
(商店街の魚屋さんを見ながら首を傾げ

ねね、今日はスノゥちゃんに会えるのかな?
ルゥーね、いっぱいお話ししたい事があるの♪
だって、オズはあんまり構ってくれないし…

でも『みんな』で、食べれるおでんってすごくうれしい!
ルゥーもいっぱい煮るもん!
完成したら、うん、おばあちゃんにも持っていこー♪

明日も『今』が続くと思いながら
商店街を抜け、三人で一緒におでんを作りにいくのv


オズウェルド・ソルクラヴィス
【庭】
アースと同じく羽は仕舞い
妙な唄を歌うルゥー見ながら、商店街に目を向ける
『おでん』か…、久しぶりだな…
具材の希望を聞かれたなら、即答で牛スジだな
お前は?とアースにも問い
ルゥーの蛸発言に、ソイツもいいな…と同意する

現状、アースにはアースの
オレとルゥーも、共に帰る家があり
こうして、三人で寝泊まりするのは
まぁ…、いつもと変わりねぇな…

ただ―
ふと、見える夕焼けに懐かしさを感じ
『家』で待つ
あの空と同じ羽を持つ人物を思い出す

…なぁ、もうちょい具材追加してもいいか?
余ったら、ばーさんに持ってく
食い気だけはあるからなぁ…と

『家族』がいる違和感もなく
3人で食材を選びながら
家路に着くように
商店街を抜けていく



●おでんさん
「しらたき、たまごに、ふわふわはんぺん~♪ だいこんさんに、不思議なとまと~♪」
 行き交う学生達。
 親に手を引かれる子ども。
 天ぷらの揚がる、香ばしい匂い。
 チャルメラの音が響けば、出汁の香りがぷんと漂っていた。
 落陽に夕映える商店街。
 その眩い茜色の光は、雲も、山も、行き交う人々も、立ち並ぶ建物も呑み込み、全てを茜色に染める光だ。
「おとうふ、ちくわに、こんにゃくさん~♪」
 そんな人々の行き交う賑々しい通りに、ルゥー・ブランシュ(白寵櫻・f26800)の歌う自作のおでんの歌が響いていた。
 その妙な歌に突っ込む事も無く、アース・ゼノビア(蒼翼の楯・f14634)は、街並みを周りをぐうるり見渡して。
「この通り、いい匂いがするね」
 彼の言う通り。
 通りに立ち並ぶ色んな店の色んな味の匂いが混ざって、漂っているのはなんともお腹がすく匂い。
 この匂いをかいでいるだけで、献立だって無限に思いつくけれど。
 ルゥーも歌って主張している事だから――。
「今日の夕飯は、おでんと炊き込みご飯にしよっか」
 オズ好きだもんね、なんてアースに振られたオズウェルド・ソルクラヴィス(明宵の槍・f26755)がこっくり頷けば、ルゥーの背中を見やって。
「……おでんか……、久しぶりだな……」
 ――今日は皆で、アースの家にお泊りの日。
 オズウェルドとルゥーには、共に帰る家がある。
 アースはアースの家がある。
 だから、こうやって三人で寝泊まりをしたりするのは――。
 ……ええと、まあ。いつもとそう変わらないけれど。
 兎も角。
 今日はアースの家にお泊りする日なのだ。
「るぅーもおでん大好きだよ!」
 ぴょんと跳ねて振り向いたルゥーが、ぴかぴか笑顔で宣言する。
「んー、じゃあどんな具を入れようかな。俺は餅巾着食べたいな、あ、あとはんぺんもいいなぁ」
「……牛スジ」
 顎に手を当てたアースが思案顔をすれば、オズウェルドが食い気味に即答した。
 思わず吹き出したアースは、くすくす笑って。
「牛スジ多めのおでん、オズ好きだもんねえ」
「うーんとね。るぅーもね、はんぺん! あっ、でも、あのタコさん入れてもおいしいのかなあー?」
 ぴょんぴょんと身軽に跳ねるように歩くルゥーの視線は、あちらこちら。
 今は魚屋の軒先に向けられて、大きな蛸を指差すルゥー。
「うん? 蛸? 良い出汁が出そうだね。入れてみようか?」
「……、ん」
 美味しくなる提案は、反対する必要も無い。
 そいつもいいな、と云う顔で頷くオズウェルド。
「わぁい! うんうん、タコさんもいれよー!  ね、ね、ね、そういえば、今日はスノゥちゃんに会えるのかな?」
「ん? うん。……スノゥもルゥを、楽しみに待ってるよ」
 ――アースは身体の弱い双子の妹の事を脳裏に描く。
 家に帰れば、そう。彼女も――。
 あれ。
 スノゥは何て言ったっけ……?
 俺と同じで良いとか、おでんの話だったかな。
 よく、アースには思い出せない。
「わーっ、ルゥーね、スノゥといっぱいお話ししたい事があるの♪ だって、オズはあんまり構ってくれないし……」
 それでもルゥーはぱっと華やぐように笑んで、……最終的にオズウェルドを恨みがましく見る事となった。
 構ってくれない上に、あんまり喋ってもくれないし、やっぱり構ってもくれないし。
 じっとりとしたルゥーの視線にも、オズウェルドはあまり気にした様子もなくかぶりを振って。
「……なぁ、もうちょい具材追加してもいいか?」
「うん?」
「……余ったら、ばーさんに持ってく」
 食い気だけはあるからなぁ、と付け足したオズウェルド。
「それなら、ルゥーもいっぱい煮るもん! 完成したら、うんうん、おばあちゃんにも持っていこー♪」
 ルゥーは名案だ、といわんばかりに大きく頷いて、にこにこと言葉を紡ぐ。
「『みんな』で、食べれるおでんってすごくうれしいもんね!」
「うん。じゃあ、お祖母さんにもお土産にできるくらい。色々入れて、いっぱい作ろう」
 二人の様子に眦を和らげたアースは、――お土産に葡萄も用意しよう、なんて。
 アースが手入れしている樹で取れる葡萄を、よく分け合って食べたものだ。
「……うん、ありがとう」
 夕焼け空を見上げて瞳を細めたオズウェルドは、その心にふっと懐かしさを感じて。
 ――『家』で待つ、あの空と同じ羽を持つ人物へと思いを馳せる。
 きっと、こんな『今』が。
 今日も、明日も、ずっと、ずっと、続くに違いない。
 買い物を終えたら、皆でおでんを作ろう。
 スノゥにも味見をしてもらって、葡萄をもいで。
 空の赤に影が、引き伸ばされ、三人並んで歩いている。
 そんな当たり前のことが、なんだか無性に嬉しくて、愛おしくて。
 眦を和らげたアースは、目を伏せた。
 ――その『家族』がいる違和感すら感じる事無く。
 三人は並んで、赤く染まる道を歩んでゆく。
 それは遠く響く甘やかな歌声に、導かれるかのように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『水底のツバキ』

POW   :    届かぬ声
【触れると一時的に言葉を忘却させる椿の花弁】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD   :    泡沫夢幻
【触れると思い出をひとつ忘却させる泡】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
WIZ   :    忘却の汀
【次第に自己を忘却させる歌】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全対象を眠らせる。また、睡眠中の対象は負傷が回復する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠黎・飛藍です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●救い
 茜色に染まる世界。
 境内を覆うように組まれたやぐらに吊られた風鈴たちが、風の隨にりんと揺れて。
 商店街の迷宮を抜けた先には、寺があった。
 まるで祭の真っ最中に、生き物だけが消えてしまったかのような境内。
 びいどろたちのコーラスに、甘やかな歌声が重なった。
 忘れる事は、救いだと。
 忘れられる事は、慈悲なのだと。
 風鈴の下で、人魚は歌っていた。

 嬉しい事も、悲しい事も、愛しい事も、辛い事も。
 忘れる事ができればどれほど幸福だろうか。
 忘れられない事が、どれほど不幸だろうか。
 幸せで愛おしいからこそ、憎い。
 憎いだからこそ、あの幸せな日々が痛い。
 幸せも、不幸せも、表裏一体。
 ならば、ならば、全て忘れてしまえる事は何よりも救われているのでしょう。
 忘れてお仕舞いなさい。
 何も知らないでいられるのならば、この幽世が壊れてしまったって悲しくないでしょう。
 このまま時をとめてしまいましょう。
 ずっと、ずっと、一緒にいましょう。
 ずっと、ずっと、一緒に――永遠に。

 ひび割れる世界。
 崩れ落ちる世界。
 猟兵達の歩んできた忘却の幻影が蠢く幸せな迷宮は、既に足元より崩れ始めている。
 赤い赤い落陽が見下ろす世界。
 壊れゆく世界の真ん中で、愛おしいものと一つになった人魚。

「――私はいま、とっても幸せよ。つらいことも、かなしいことも無い。満たされているの」
「ああ……、こんな所まで来てしまったのですね。辛いことを忘れて、幸せな侭に滅びを迎えられたら良かったでしょうに……」

 人魚の声と、――恐らくは比丘尼の骸魂の声なのであろう。
 重なる二つの声。
 うとりととろけるような声に、慈雨のように染み渡る優しい声。

「皆、忘れさせてくれるわ、辛いことも、愛しいことも」
「――仕方がありませんね。最後は苦しまぬように、ね」

 その歌声は、全てを忘れさせる。
 あなたが戦っている理由も、あなたが愛している人も、あなたが愛されている事も。
 戦う事だって、名前だって、気持ちだって。
 全部、全部、忘れてしまう。
 それでもきっと、身体は覚えている。
 それでもきっと、心は覚えている。

 幽世を救う為には、彼女たちを引き裂かなければならない。
 それはきっと、世界の為、妖怪の為。
 ――望まずに骸魂となった誰かのため。

 風が吹く。
 りんりんとびいどろの鳴き声が重なって――。
風見・ケイ
夏報さん(f15753)と

アブダクションか神隠しか……って、お寺に神様はいないか。
大丈夫?
わたしも似たような感じだけど……(手をとって)きみもわたしもここにいるよ。
ふ、やっぱりきみとも気が合うみたい。
それにもうひとつ……わたしにできること、するべきことが、なんとなくわかるんだ。
――燕さん、燕さん。あの人魚の舌を奪って、あの歌を止めて。

わたしは何も忘れたくない。忘れてはいけない。愛しいことも辛いことも、それが私の罪だとしても。
そんな気がする。
それに、この人のことも忘れたくなんてないし、……そういえば、まだ名前も聞いてなかったな、

――ああ、そうだ。『夏報さん』。忘れられたくないし、忘れたくない人。


臥待・夏報
風見くん(f14457)と

ゲーセンってか、明らかに寺だよなこれ
ああもう全くもって状況がわからん!

頭がゆだって、体がばらばらになるような感じがする……
いや、大丈夫
なんでか、お前と此処に来るので正しかった気がするし
あの半魚人の歌がおかしいのも分かる

なあ
時を止めたって意味なんてない
永遠に二人っきりで良い事なんて何にもない
溶け合って終わりとか馬鹿みたいだろ
それが愛だ恋だって云うならそんなものは呪いだよ
その呪いは炎になって、美しかったものを全部台無しにするんだ
頭空っぽの僕でも知ってる
本当にそれでいいの?

……その喉じゃ答えらんないか
呪詛も焼却も死なない程度にしておこう
僕もそろそろ、『夏報さん』に戻らなきゃ



●夕暮れ
 そう、ゲームセンターに向かっていた筈なのだ。
 馴染みの街、馴染みの道。
 ――だから、だから、間違える訳なんて無い筈なのに。
 暮れ泥む空の下。
 りいん、りん。
 やぐらに並んだ風鈴が競うように音を響かせている、甘やかな不思議な歌が響いている。
 間違える訳も無いいつもの道を抜けた先には、見たことも無い寺が在った。
「…………。ゲーセンってか、……明らかに寺だよなこれ?」
 セーラー服の襟を風に揺らした夏報が、瞳を瞬かせて。
「うーん……、アブダクションか神隠しか……。……って、お寺に神様はいないか」
 と、ゆるゆる左右に首を揺すってから困ったように眉を下げたケイは、こめかみに手を当てた。
「ま、日本人は神社仏閣の違いって曖昧だし、寺でも神様くらいいるかもな」
 夏報は肩を竦めてから細く息を吐いて、視線を上げると境内の奥へ見えるモノに瞳を眇め。
「……いや。そんな事を言ってみた所で、状況がわからんことには違いは無いが」
「確かにわからないなりに、非現実的なモノも見えるしね」
 夏報の付け足した言葉へとケイが軽口めいて返すと。ふ、と夏報は小さく鼻を鳴らした。
「宇宙人か、神様か、かな」
「うーん。アブダクションか神隠しをされたなら、良い関係を築ける気はしないね」
 ケイが瞳をせばめて、歌声の先を見やる。
 ――なんど見たって境内の奥には、ぷかぷかと空中に浮く人魚が居るのが見える。
 どうやら残念なことに、幻覚でも幻聴でもなさそうだ。
 歩を進めるごとに近づく歌声には、ひどい居心地の悪さを感じさせられる。或いは居心地が良すぎるのかもしれない。
 ああ、そうだ。あの歌が何かおかしい事は、分かる。
 あたまがぐわぐわとゆだって、からだがばらばらになっていく様な――。
「……大丈夫?」
 きっと同じ感覚を覚えているのだろう、と。ケイは夏報を案じるように問うて。
「大丈夫」
 澱を吐き出すような細い息を吐いた夏報が、短く応じた。
「……きみも、わたしも、ここにいるよ」
 彼女の応えに喉を鳴らしたケイは夏報の手をとると、きゅっと握りしめてから、人魚を真っ直ぐに見据えた。
「そうだな、……それは分かる」
 頷いた夏報はそうする事が自然な様に、手のひらを一度握り返して。
「なんでか、お前と此処に来るので正しかった気がするしな」
 ――不思議と此処に来た事は決して間違えでは無く、『あっている』と告げた。
 その言葉にふ、と。笑いの混じる息を零したケイは、瞳を和らげて。
「……そう。やっぱりきみとも、気が合うみたい」
 意味なんてわかんないけれど、ここにきみといる事には疑問が不思議と湧かない。
 ケイがするりと右腕を前に差し出すと、夕焼けの赤を浴びた異形の腕がきらきらと光を飲み込み、瞬いた。
「それにもうひとつ。……わたしにできること、するべきことが、なんとなくわかるんだ」
 そうして石段を踏み出したケイは、真っ直ぐに人魚――敵を見据えたまま。
「そうだな。それは僕もなんとなく分かる」
 同じ様に応じた夏報も、一歩石段を踏み出した。
「ん」
 やっぱり気が合うね、なんて。唇だけで笑ったケイは、大きく腕を横薙ぎに払って。
「わたしはね。……何も忘れたくない。忘れてはいけない。愛しいことも辛いことも、それが私の罪だとしても」
 それが、独りよがりの愛だとしたって。
 ――そんな気がして、仕方がないんだ。
 それに、……この人のことも忘れたくない。
 だからね、――燕さん、燕さん。
「あの人魚の舌を奪って、あの歌を止めて」
 瞬間。
 ケイの願いに応じ、黒い外殻に覆われた異形の燕達が空を舞った。
「……!」
 迫りくる燕に人魚がぷかりと泡を吹きかけるが、燕達はその泡を裂いて彼女へと迫り――。
「なあ、時を止めたって意味なんて無いって、思わないか?」
 燕が人魚を啄むと同時に、人魚へと長い長い人影が重なった。
 それは落陽に伸びる、夏報の影。
「永遠に二人っきりで良い事なんて何にもない。溶け合って終わりとか、馬鹿みたいだろ」
 知っている訳では無い、でも身体の何処かが知っているのだ。
 彼女『たち』の願いを。
 彼女『たち』がどうして歌っているのかを。
「それが愛だ、恋だって云うなら。……そんなものは呪いだよ。――その呪いは炎になって、美しかったものを全部台無しにするんだ」
 それは君たちの思い出も、それは君たちの世界も。
 愛も、恋も、見た覚えなんて無いけれど。
 それでも、そんなの、頭が空っぽの僕だって知ってる事。
 とろりととろけた輪郭は、『誰でもない誰か』と化して。
「本当にそれでいいの?」
 人魚の歌は止まっている、答えは無い。
 いいや。
 正確には異形の燕に啄まれて、歌う事を封じられている。
「……その喉じゃ答えらんないか」
 一気に距離を詰めた『誰でもない誰か』が、人魚を焦がす。
 それは恋でも無い、愛でも無い。
 ただ、ただ、自らを取り戻す為に放たれる、呪詛の炎だ。
 暴れながら人魚は、その場から逃れようと空を蹴って。
 それを追おうとした『誰でもない誰か』と視線を交わしたケイは、瞳を小さく見開いた。
「――ああ、そうだ。『夏報さん』だ」
 ケイが思い出した『彼女』の名を呼ぶと、彼女は足を止めて。
「……うん。ああ、そうだった」
 そのケイの瞳の色を覗いた『誰でもない誰か』は、肩を竦めて納得したかのように言葉を零した。
 追いかけなくとも、誰かが向こうで待っていると感じたのだ。
 何かが、思い出されて行くような感覚。
「……僕もそろそろ、『夏報さん』に戻らなきゃ、ね」
 暮れ泥む空の色を背負った影は、濃いけれど。
 彼女はきっと瞳を細めて――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

リンタロウ・ホネハミ
トワ(f00573)と

知らねぇなぁ、大方親御さんが心配して持たせてくれたんじゃねぇの?
つーか守り一辺倒で悪かったな畜生!
この泡、なんかヤバい気がすんのに防ぎづれぇ……!

出会い頭に喰らっちまった分を除きゃあ、この呪骨剣Bones Circusで泡は全部切り落とせてる
切り落とせはいるが……それ以上、攻撃に転じることが出来ねぇ
ああくそっ、女に先に手柄を捕られるなんざダサさの極みだろ!
なんかねぇのか、なんか手は……ん、なんだこの符は?
っ、なんか分かんねぇけど泡を弾くようになった!
ならもう守る必要なんかねぇぜ!
ちょいと出遅れちまったが、トドメを刺すのは俺ってなぁ!!


徒梅木・とわ
リンタロウくん(f00854)と

しかし守り一辺倒だなあ、どの符も
……どうしてこういう持ち合わせなんだっけ
なあキミ。キミは何か知らないかい?
多分連れ合い、だよねえ?

や、別にキミに言ったわけじゃあないんだがね?
でもま、知らないのも無理ないか
何せ自分が覚えちゃあいないのだから

何にせよ
これじゃあ攻めるにも頭を捻らないとじゃあないか

結界というのはつまり、彼方と此方を別つものだ
不可侵のその境界が、もし突然に身体の部位と部位を隔てるように現れれば
――『離れ離れ』になるのが道理だよねえ
こうやって斬る事も出来れば、ぶつけてやる事も、押して潰す事だって適う
守るしかないって固定観念に囚われるのは、よくない事だよねえ



 歌声を響かせながら尾鰭が空を掻けば、ひらひらと被衣が揺れて。
 人魚が手のひらの上をふうと吹くと、幾つもの泡が鋭く放たれる。
「だあっ、あっぶねぇなぁ!?」
 男――リンタロウは地に手を付いて。
 泡を既の所で避けながら反動を生むと、その勢いで身体を捻って旋転をしながら大きく跳ねる。
 それから。
 そうする事が当たり前のように、女を背に庇う形で泡の前へと立ちはだかった彼は、片手に携えた骨剣を横薙ぎに払って。勢いよく斬り伏せられた泡の大半が、弾けて消えた。
「……しかし、守り一辺倒だなぁ」
 残りの泡を潰すべく、リンタロウが振り切った形から刃を返して逆袈裟に刃を振り上げると同時に、女の呟き声が背より届く。
「あーーー! 守り一辺倒で悪かったな、畜生!」
 どうにも頭に靄が掛かってしまったかのように、どうして此処にいるのかが思い出せない。
 もう一つ言うと、この背に立っている桃色の女も誰なのかも判らない。
 ――あの泡が何となく『ヤバい』事は、リンタロウだって肌でビリビリと感じている。
 どうやら出会い頭に一発貰ってしまったようだが、後は全て捌けている、……と、思う。
 しかし、しかし。
 リンタロウがそれ以上、どうにも攻めあぐねていることは事実だ。
 だからといって、ソレを指摘された所で攻める事ができるかと言えば別なもので。
 結局。
 リンタロウは得物を両手で構え直しながら、骨をキリと噛むと眉間にきゅっと皺を寄せて噛み付くように吠えるに留まってしまう。
「や、別にキミに言ったわけじゃあないんだがね」
 女――とわは瞳を一度閉じてから、いやいやと手のひらを軽く振って彼の勘違いを解くように。
「ほら、この符の持ち合わせだよ。どうしてこういう持ち合わせなのか、ってね」
「そんな事は俺は知らねぇなぁ。大方、あんたの親御さんが心配して持たせてくれたんじゃねぇの?」
 とわの広げた符へと振り返る事も無く肩を竦めたリンタロウは、この見知らぬ女へと泡を届かせないように、ただ骨を振るいながら放言するよう。
「そうか、そうだろうね。……何せ、自分でも覚えちゃあいないのだから」
「そりゃあ奇遇だ、――俺もどうしてあんたと居るのかを覚えちゃぁいねぇからな」
「くふふ、そうかい。奇遇だね」
 自分もだよ、と。
 瞳を細めたとわを、リンタロウは振り返る事は無い。
 どうやって攻めるべきだろうか。迫る泡へと骨剣を振るい、泡を弾いて、壊して。
「何にせよ。――キミも攻めあぐねているようだ。すこし頭を捻らないといけないようだねえ」
 全く実に正論だし、ただただ事実だ。
 言い訳をするとすれば、後ろに女がいるなんてどうにも前へと出にくいだろう?
 ああ、くそっ。
 その上もし、この女が手柄を掻っ攫っていったとしたら――、ダサさの極みだろうが!
 焦った所で良い手が思いつくわけでも無く、泡を食らう訳にもいかず。
「……っ、なんかねぇのか、……なんか、良い手は……!」
 踏み込んだ先から吹きかけられる泡に、リンタロウは剣を振るって――。
「ふむ」
 符の確認を終えたとわは、小さく一言。
 彼の背中へと符を一枚ぺたり、と張った。
「……へあっ!? ……なんだ、コレ?」
「結界というのはつまり、彼方と此方を別つものだよ、キミ。この霊符でキミの表面に水による不可侵の境界を与えたという訳だ」
 不意に背へ与えられた違和感に、思わず泡を避けそこねたリンタロウだが。
 その身体に触れた泡が、つるりと滑ってぷかぷかと飛んでいった事に大きく頷いて。
 あー、そういう事ね、と。
 よく解らないけれど、完全に理解った顔をした。
「――なんか分かんねぇけど、泡を弾くようになったって事だな!?」
 ならばもう守り一辺倒などとは言わせるものか。言われて無くとも言わせるものか。
 ――攻撃さえできりゃぁ、手柄は俺のモノだろう?
 接触しても弾けぬ泡を斬ることを止めたリンタロウは、泡の真ん中を突っ切るように一気に地を蹴り。
 力いっぱい脳筋ムーブを始めた、多分連れ合いだった気のする彼の背を見ながら、とわはふっと肩を竦めて笑った。
 両腕を交わす形で前へと差し出し、その指先に構える霊符。
「その『不可侵の境界』が、もし突然に身体の部位と部位を隔てるように現れれば、どうなるかキミは判るかい?」
 守り一辺倒だなんて、少し頭を捻れば『違う』事が分かる事であった。
「……『離れ離れ』になるのが道理だよねえ」
 その符の使い方だって、戦い方だって。
 思い出せはしないが、覚えているようだ。
 きっと自分は天才では無い、と。とわは思う。
 それでもきっと、――できる事で、為せる事を増やせる様に考える者だったのだろう。
「ふ……ッ!」
 上半身をぎゅっと捻ったリンタロウは、とわの符に合わせて旋転する形で跳躍して。
 知らぬ女との連携ではあるが、そのタイミングは不思議とその身に馴染むもの。
「――ちょいと出遅れちまったが、トドメを刺すのは俺ってなぁ!」
 真っ直ぐに放たれた符と同時に骨剣が、鋭く人魚へと叩き込まれた!

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

花邨・八千代
悲しいことも、嬉しいことも
嫌いなやつのことも、好きなやつのことも
……全部忘れたら幸せも不幸もわかんないだろ

返せよ、俺の記憶
俺はもう忘れちゃダメなんだよ
覚えてねーけど、絶対に忘れちゃダメなことがあんだ

掌掻っ捌いて『南天』を大太刀に
【ブラッドガイスト】だ、持てる「怪力」全てぶちこんで「薙ぎ払う」ぞ
返す刀で「2回攻撃」、攻撃喰らったら「カウンター」だ

俺は、忘れたらきっと幸せじゃない
覚えてねーけど、覚えてる
忘れちゃいけないことがあることを、覚えてる

……辛いことも、悲しいことも結局は全ての一部なんだ
だからお前の優しさは、俺はいらないよ

……何もかも忘れちまうなんて、俺には寂しくてとてもできやしない



「……返せよ、俺の記憶」
「どうして? なにも覚えていないのでしょう?」
 逃げるように飛び込んできた人魚を睨めつけた八千代は、きり、と奥歯を噛んだ。
 悲しいことも、嬉しいことも。
 嫌いなやつのことも、好きなやつのことも。
 ――全部忘れてしまったら、幸せも不幸も解らなくなってしまうだろう。
 思い出せない事ばかりの、白い記憶、不自然にぽっかりと無くなってしまった何か。
 淀む澱のように薄っすら揺れる記憶の中で、八千代は南天紋の描かれた印籠を握りしめる。
 何も憶えては居ない。けれど、覚えている。
 人魚の声が重なる。
「ではその事は、とても幸せな事ではないでしょうか?」
「違げーよ。絶対そんなの、幸せなんかじゃ無い。俺はもう忘れちゃダメなんだよ」
「……そんな事、あるわけないわよう」
 一瞬だけ悲しげに眦を下げた人魚が、椿の花弁をはらはらと纏うと。
 ガリ、と。
 鋭い歯で手のひらを噛み裂いた八千代は、印籠へと血を流し込み。手の中で鮮血を呑み込んで形を変えた印籠――大太刀の柄を地へと叩き込んで、彼女は棒幅跳びの要領で高く高く跳ね上がる。
「あんだよ、アンタが知らないだけだよ。俺には――覚えてねーけど、絶対に忘れちゃダメなことがあんだよっ!」
 花弁の合間を縫って跳ねて。
 大きく大太刀を振りかぶった八千代は、膂力の全てを籠めてその刃を振り落とし。
 身を捩った人魚の横へと叩き込まれた得物が、地を割り砕いた。
「……ッ!」
 咄嗟に腕をガードにあげた人魚は、椿の花弁をひとまとめに舞わせて。
 鋭く放つ花弁を、八千代へと叩き込むが――。
 一度横に太刀を薙いで刃先を返した八千代は大きく息を吸ってから。怯む事無く花弁の渦へと自ら踏み込んだ。
 肌を裂く花弁が、八千代を蝕む。
 血が椿の花弁に混じって、はらはらと散る。
 人魚が何か言っている。
 しかし、今の八千代には言葉なんて解らない。意味なんて解らない。
 ――でも、判っている事だってある。
 忘れる事は、きっと、きっと、幸せなんかじゃないって事。
 憶えてなくとも、覚えているという事。
 辛いことも、悲しいことも、それは八千代の一部だ。
 だから、だから。
 彼女の優しさは、八千代には必要のないものだ。
 止めていた息と、千切れんばかりに引き絞った上半身の筋を一気に解放して――。
「――俺は、忘れちゃいけないことがあることを、覚えてるッッ!!」
 横薙ぎに叩き込んだ大太刀は、人魚の身体を強打する。
 空中で身体をくの字に捩った人魚が、そのまま境内へとその身を強かに打ち据えられて。
 がらがらと崩れる塀。
 その先の彼女を見やる八千代は、紅い紅い瞳の奥を揺らして――。
「……何もかも忘れちまうなんて、俺には寂しくて。……とてもできやしないよ」
 落陽の光を背に浴びた彼女は、頬に伝う血を拭った。

成功 🔵​🔵​🔴​

筧・清史郎
傍らに立つ狐さん(f05366)と

聞こえるのは…歌か
何かが抜け落ちてゆく様な感覚を覚えるが
とにかく、この歌う人魚を斬るべきなのは分かる
まぁ今は、それだけで十分だな

視線を感じ見つめ返せば、隣には狐さんが
…とてももふもふだな(じー
ああ、俺も俺の好きに動く
邪魔はしない、狐さんも好きに動いてくれ

…だがその前に、失礼する
そう断って、ゆらゆらふさふさな尻尾を少々もふもふさせて貰おう
この感触…何だか知っている気がする(もふもふ

自分が何者かも分からないが、特に何も問題はないな
数多の桜吹雪の刃を吹かせた後
接敵し抜いた刀で人魚を斬り伏せよう
何故だか狐さんの動きが自然と分かる気がするが…
ふふ、狐さんの炎も綺麗だな


終夜・嵐吾
やけに顔のいい男(f00502)と

歌が聞こえる……ああ、そうじゃ
汝をどうにかせんといかんかったんじゃ
そうせんと世界が終ってしまう。わしはまだそれを望んでおらん

――しかし
なんか隣に顔のええやつがおる。誰じゃ、こやつ
まぁ誰でもええか
近くにおるが互いに戦いの邪魔せんかったらええじゃろし
そのことは一応伝えておこう

じゃが、こやつ涼しい笑み浮かべとるが相当やる
そういう相手とは戦ってみたくなるの~(と、尻尾ゆらゆらふさふさ)
ふぎゃ!
もふられて、驚きはするが嫌ではない
そうそう簡単にもふられる尾ではないのに、やはりこやつ――やる

戦うなら…どうやっとったかな
ううん…ああ、そうじゃ
全部燃やしておけばええか



 落陽に燃える寺に落ちる人影が2つ。
 見上げる先には空を泳ぐ人魚が、張り巡らされたやぐらに腰掛けて歌っていた。
 自分が何だったか。
 自分は何をしに来たのか。
 自分はどうして此処にいるのか。
 わからないことばかり、思い出せないことばかり。
 横を見れば、知らぬ男の顔。
 無駄に雅やかで美しい顔立ちの彼を見た灰被り色の妖狐は、ほつりと言葉を零す。
「……あの者を、どうにかせんといかんかった気がする」
 少しだけ思い出した事。
 そう。
 そうしないと、――この世界が終ってしまう。
 そんな気がする。
 そしては自らが、まだそれを望んで居ない事も、思い出す。
「歌か」
 無駄に雅やかで美しい顔立ちをした男が、自らの声に重ねるように呟いた。
 その声に横目で、男を見やった妖狐は――。
 えっ、誰じゃったかな、こやつ……。
 記憶が澱んでいる。
 見たことがあるような気がする、見たことが無いような気がする。
 眉を寄せた妖狐が、思い出そうと見つめる視線が伝わってしまったのであろう。
「……とても、もふもふだな」
 じいっと此方を――いいや、尾を見つめ返す視線は……今にも尾を撫でてきそうな視線だ。
 慌てて尾を自らの後ろに隠した妖狐は肩を竦めて。
 それでも。
 この男は敵では無いという事だけは、確信を持ってなんとなく感じられた。
 あと、ちょっと尾を向けない方が良い気がする事も。
 しかし、だ。
 敵では無いのならば――。
「――互いに戦いの邪魔をせんようにしよか」
 妖狐は男へと提案を一つ。
 思い出せずとも、彼を知らずとも、今はこれで十分だろう。
「ああ、構わない。俺も俺の好きに動く、狐さんも好きに動いてくれ」
 快諾して頷く男。
 ――きっと彼も、あの人魚を倒せば良いという事だけは理解しているのであろう。
「それなら、ええがの」
 それに彼の所作を見るだけでも、妖狐には在々と解ってしまうのだ。
 彼が相当な刀の使い手である事を。
 うーむ。
 ……あ~、そういう相手とは戦ってみたくなるの~。
 わしのこう深い部分の闘争本能が、こう、めらめらとの?
 知らず知らず揺れる妖狐の尾。耳だってぴーんと立っちゃう。
 仕方ないよね、本能だからね。
 そこに。
「……だがその前に、失礼する」
「……!?」
 只者ではない足取りの男は薄く笑みを浮かべたまま、一瞬で間合いを詰めた彼は妖狐へと顔を寄せて。
 そのまま傅くように膝を地へと下ろすと、慣れた手付きで灰青の獣尾をふかふかもふもふした。
「ふぎゃっ!?」
「……ふむ」
 ――この感触……、何だか知っている気がする、みたいな真剣な表情を浮かべながら男は尚もふかふかもふもふ。
 めちゃくちゃ真顔。
 その様子を見下ろしながら。
 妖狐は不思議と――知らぬ男に尾を触れられていると言うのに嫌ではない自分に瞳を瞬かせる。
 しかし、しかし。
 そうそう簡単にもふられる尾ではないのに、やはりこやつ――やりおる。
「うむ、よいもふもふだな。……この戦いが終えたら改めてもふもふさせて頂こう」
「何言っとんじゃ、この……」
 スッキリした顔の男がほざいた言葉に、応じようとした妖狐は――。
 この、何だったか。
 でてこない続きの言葉に妖狐はくっと息を呑むばかり。
「さあ、行こうか狐さん」
「う、うむ」
 男に促されるがままに。妖狐はなんだか落ち着かない感覚にぴっと耳を跳ねて、やぐらへと駆けだした。
 舞い散る桜の花弁を纏った男は鋭く地を蹴って、一気に人魚へと距離を詰める。
「まあ、乱暴なのね!」
 歌を止めると、ガード代わりに泡を生み出して。
 放たれた花弁から、空を尾びれで蹴って逃げ出す人魚。
 その様子を見やった妖狐は、一つ頷いて。
「……よし。全部燃やしてしまお」
 戦い方なんて、憶えていない。
 でも。
 戦い方なんて、身体が覚えている。
 妖狐が放った狐火は、人魚の行き先を防ぐ形で膨れ上がり。
 ――そこで炎が爆ぜる事を、何故か男は知っていたような動きで蒼を宿した刃を一閃する。
 いいや、きっと。
 身体が知っていたのであろう。
「ふふ、狐さんの炎も綺麗だな」
 花笑みを唇に宿した男――清史郎は瞳を細めて。
「汝こそ、太刀筋が踊っとるようじゃ」
 ゆうらりゆらり、尾を揺らした妖狐――嵐吾は尚も炎を宿すと、腕を大きく凪いだ。
 揺れる炎。
 知らず知らず、嵐吾の唇にも笑みが宿り――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

黒羽・扶桑
おかしなことを言う輩だな

声かけるは、人魚へと

貴様が感じる幸せは
忘却からくるものではなかろうに
世界と引き換えにしてでも
傍にいたい存在と共にあるゆえであろう?

貴様の大切な存在ごと、無かったことにしてしまうのか?

さて、御託はこれくらいにして
早々に事を収めねば
…先に辿ってきたはずの光景すら、もう思い出せん

梛刀を手に、翼を広げ
近接攻撃と離脱を繰り返し
我の得意な間合いを維持して戦おう

敵の攻撃は可能な限り
『武器受け』で叩き落とすが
形なきもので攻められては厳しいな
【巫術「八咫鏡」】で応じよう

其は一種の『降霊』
我は神器たる鏡の依代
全てを映し、跳ね返そうぞ
彼女らが愛したはずの
彼女ら自身の姿をも

※連携、アドリブOK


菱川・彌三八
知っていなけりゃ忘れる事もあるめえよ
知ってしまったから忘れてェのさ
…否、違うな
手に入らねェから、忘れてェンだ

忘れたい
逃れたい
まるで呪いサ
忘れたくて、忘れて欲しい
ずっと焦がれていた
お前ェは如何だ、忘れさせてくれるのかい

あゝだが、夫れと世界がなくなっちまう事は同じじゃあねえ
独りで忘れ朽ちる事が許されねェたあ、難儀な事もあるモンだ

記憶を少しずつ泡に溶かして、もう何を忘れたかったかも定かでねぇが、腕は自然と滑る様に菊を描く
身体が覚えているなんざ、此れも呪いに違ェねえ
総て忘れて暫し、此の花だけを愛でていな

屹度お前ェが消えたら、忘れたモンは戻ってくるんだろ
忘れるってなァなかなかドウデ、楽にたァいかねえや



「おかしなことを言う輩だな」
 首を傾いだ扶桑は、その冴えた青を真っ直ぐに人魚に向けた。
「いいえ、なあんにもおかしくないでしょう?」
 はらはらと被衣を揺らす人魚も、扶桑へと不思議そうに首を傾げた。
「いいや、おかしなことを言っているだろう。――貴様が感じる幸せは、忘却からくるものではなかろうに」
 ゆるゆると首を揺すった扶桑は瞳を眇めて。
「世界と引き換えにしてでも、傍にいたい存在と共にあるゆえであろう?」
「……」
「貴様の大切な存在ごと、無かったことにしてしまうのか?」
「それすらも忘れられたとしたら、……とってもとっても幸せじゃないかしら」
「――戯言だな、しかし――事を収めねば」
「そうですね、……その事も忘れて頂きましょう」
「そうね、私は、……もう離れたくないもの」
 重なる人魚の声に肩を竦めた扶桑は、神木より削り出された長棒――梛刀を手に。
 大きく羽根を開くと、大きく地を蹴った。
 扶桑へと向かってふう、と人魚が泡を放てば、ぱっと饅頭のようにふっくらとした菊の花が地に咲いた。
「なんでェ、知っていなけりゃ忘れる事もあるめえよ。――知ってしまったから忘れてェンだろう?」
 ぱちん、と花が咲いて、泡が弾ける。
 筆を構えた彌三八は、人魚を見定めるように瞳を眇めて。
「否、違うなァ。――手に入らねェから、忘れてェンだな」
「……ッ!」
「耳を貸さなくて、良いのですよ」
 それはきっと、忘却が幸せだと言う本質でもあるのだろう。
 人魚が息を飲むと、きっと比丘尼の声なのだろう。重ねるように自らを嗜める言葉を漏らす。
 花が泡を割る合間に滑空してきた扶桑が、霊力の刃を宿した梛刀を叩き込んで。
 身を捩った人魚へと向かって、彌三八は唇に自嘲によく似た笑みを宿すと再び筆を空へと駆けさせた。
 忘れたい。
 逃れたい。
 ああ、そりゃァ、まるで呪いじゃねェか。
 忘れたい。
 忘れさせて欲しい。
 ずっと、ずっと、ずっと、焦がれていた事だ。
「お前ェは如何だ、夫れを忘れさせてくれるのかい」
 しかし、あゝ。何だ。
 夫れを望むという事は、世界がなくなっちまう事は同じじゃあねえ。
「――独りで忘れ朽ちる事が許されねェたあ、難儀な事もあるモンだなァ」
 空中に咲く花々は美しく。
 彌三八はまるで人魚を自らに引きつけるように、放たれた大量の泡を避ける事も無く筆を走らせ続ける。
 吹きかけられる泡を彌三八が砕いた隙を縫って、ヒット・アンド・アウェイを繰り返すのは扶桑であった。
 風を切って一気に接近すると、横薙ぎに刃を叩き込み。
 ギリ、と奥歯を噛み締めた人魚が離れる背を睨めつける。
「……ッ!」
 次に息を吐いて人魚が放ったのは、泡では無く、歌であった。
 忘却の歌。
 自らの事すらも淀む澱に包まれて、薄れて失われて行く記憶。
 もうなにも憶えてなんか居ない。
 何を忘れたかったかすら、憶えて居ない。
 それでも、それでも。
 彌三八は心底絵描きのようだ。
 覚えている、その描き方を。
 覚えている、その形を。
 腕だけがなめらかに菊を描き続ける様は、――身体が覚えている、だなんて。
「は、……此れも呪いに違ェねえ」
 ならば全て忘れてしまったならば、此の花だけを愛でるのも良いだろう。
 彌三八の放つ菊の花が、人魚の肩に、腹に、ぽぽぽと咲いて。
「いいやその全て、跳ね返そうぞ!」
 ――其れは、一種の降霊だ。
 符をはためかせた扶桑は、しっかと人魚を睨めつける。
 冴えた青で彼女たちをしっかりと囚える。
「――我は神器たる鏡の依代。しっかとその姿、捉えたぞ」
 神器の名に依りて、映しませ。
 全てを映す、全てを跳ね返す、八咫鏡。
 ――彼女らが愛したはずの、彼女ら自身の姿を。
 彼女達の歌声を弾き返した扶桑は、大きく大きく翼を広げて。
 目を見開いた人魚が、尾ひれを返して逃げてゆく。
 ぐうらりと揺れる頭。
「……何でェ。忘れるってなァなかなかドウデ、楽にたァいかねえみてェだなァ」
 記憶に掛かった澱が揺れて。
 『忘れたかった事』を一番に思い出した彌三八は、今度こそ自嘲に唇を歪めて笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
風に歌う硝子の音色は
遠い遠い漣のよう

先程まで
懐かしい時代を歩んでいたと思う
傍らに朋が在ったと思う
揶揄しつつも慮る声が届いていたと思う

りーんと尾を引く余韻が沁み渡る度に
記憶の端を覗かせはするけれど
時の流れに取り残されたみたいに
ぽつんと、立ち尽くしている

代わりに手にしていたのは
朱糸で繕われた霊符

指先で刺繍を辿れば
僅か焼けつくような痛みが走る


痛いのは
何故だろうか、胸の奥

記された紋様を
口遊んだのも無意識か

途端に
視界を覆う花の宴は
ただ只管に美しき、花筐

目の前で幸福そうに笑う人魚殿へ贈る花束のよう

やがて記憶は戻れども
夕暮れに見た夢の欠片は
「無かった過去」だと思い出させるから

…ねぇ
随分と
胸を焦がす幻だこと



 夕暮れ色に照らされたびいどろが光を歪めて、鮮やかないろを伴って地を彩る。
 漣のように響く風鈴の音色に重なる、蜂蜜のように甘やかな歌声にはたしかな幸せが混じっている事を感じられる。
 記憶を司る部分へと音が澱のように重なって、じんとしびれるような感覚。
 ――先程まで、傍らに朋が在ったと感じるのに。
 今はそこに、誰も居ない。
 詭弁を翳す声も、揶揄しつつも慮る声も。
 今はそこに、何も無い。
 ひどく懐かしいものを失ったような、もともと何もなかったような。
 歌声が響く落陽色の寺の前で、綾は思わず足を止めた。
 ――びいどろの音に似た余韻。
 この刻に一人で取り残されてしまったかのような、寂寞が吹き抜けてゆく。
「……――何か、」
 忘れている気が、する。
 だからこそ歌声の下へと向かわなければいけない気がして。
 導かれるように、境内へと足を踏み入れる綾。
 空を彩る朱よりもずっと紅い糸で、薄紗へと縫い綴られた刺繍。
 知らずの内に手にしていた符を見やった綾は、細く細く息を吐く。
 此処に居る理由も此処まで来た理由も、ぼんやりと何かに覆い隠されている様。
 それでも歌声が呼んでいると、感じている。知らないのに、知っている。
 歩を進めながらも、符の朱色に理由も無く惹かれ。茫と星を指先でなぞった、瞬間。
 ぴりりと指先を突き抜けたのは、焼け付くような痛み。
 ……いいや、痛いのは指先では無い。
 痛みを感じているのは、胸の奥だ。
 瞳を瞬かせた綾は、ほつりと記された紋様を口遊ぶ。
「――おや」
 霊符が解けて、崩れて。
 無数の花弁と成って、舞い上がる。
 美しき四季を花筐に閉じ込めたかのように、歌声へと向かって花弁が舞う。
 それはまるで、人魚へと贈る花束のようにも見える。
 はらはらと散る花弁に馳せるは、――思い出せぬ思い。――『無かった過去』。
 きっとそれを全て思い出した時には。
 甘やかな優しいさいわいに、綾は胸を焦がすのであろう。
 未だ知らぬその感情。
 顔を上げた綾は、青磁の眦を真っ直ぐに人魚へと向け――。

成功 🔵​🔵​🔴​

黒鵺・瑞樹
右手に胡、左手に黒鵺の二刀流

何があってもきっと覚えてる。身体に魂に染みついている。
戦えぬ誰かの為に、振るえぬ誰かの代わりに。そうして俺は生まれたんだ。

UC月華で真の姿になり、さらに呪詛耐性で眠りに抵抗する。
基本存在感を消し目立たない様に立ち回る。可能な限りマヒ攻撃を乗せた暗殺攻撃を。
敵の物理攻撃は第六感で感知し見切りで回避。
回避しきれないものは本体で武器受けで受け流し、カウンターを叩き込む。
それでも喰らうものはオーラ防御、激痛耐性で耐える。

確かに忘却は慈悲なのかもしれない。
想う憂いも悲しみも忘れてしまえば関係ないもんな。
でも想う幸せも確かにそこにあると思う。たとえ先が見えなくても。


天霧・雨吹
忘却の全てを否定はしない
忘れなければ立てぬこともあるだろう

とはいえ
忘却の果ては何も無い
何も返さぬを良いことに
茫漠の静寂を満ちていると賞するは欺瞞だよ

神器に沈んだ彼を恨みに思わなかったとは言わない
独り酒は侘しく
いつしか慣れはしたけれど

……いや、はて……
酒は独りで干すものではなかったか
邪神を滅するは、何故であったか
水底で眠るも戦うも何もかも
我は独りで、

鍔が鳴る

何故、鳴るか
最早分からぬ
だが
この手に抜き身があらば振るうのみ

我は、竜、力の化身
流るるままに暴れ
放たれるまま轟く
嗚呼、鍔鳴りが、

嗚呼、

翔けよう、



 何があっても、きっと覚えている。
 身体に、魂に、ソレは染みついている。
 戦えぬ誰かの為に。
 刃を振るえぬ、誰かの代わりに。
 ――そうして俺は、生まれたんだ。
 袴を揺らした瑞樹は右手には刀を、左手に黒の刀身を持つ大ぶりなナイフを構えて。
 やぐらの向こう側で、その時を待つ。
「全て忘れてしまえば、幸せでしょう?」
 甘やかに笑った人魚の前に対峙するは、雨吹の姿。
「僕は決して忘却の全てを否定はしない。――忘れなければ立てぬこともあるだろう」
 凛とした佇まいでゆるりと首を振った雨吹は、真っ直ぐに人魚と藍の視線を交わして。
「――とはいえ、忘却の果ては何も無いだろう」
 何も返さぬを良いことに。其れを茫漠の静寂を満ちていると賞するは、欺瞞だよ。
 なんて。
 その瞳の奥に遙けし色を揺らした雨吹は、神器に沈んだ彼の柄をぎゅっと握った。
 かちりと成る鍔。
 ――キミを恨みに思わなかったとは、言わない。
 とても言えるものではない。
 幾ら酒がたらふく呑めたとしても。
 たしかに独り酒は侘しく、……しかし、それにいつしか慣れはしたものだ。
「ふうん。……忘れてしまった事さえ忘れてしまえば幸せなのに」
「私は貴方を、救いたいと思っていますよ」
 一人の人魚から重なる2つの声。
 雨吹はくっと唇を自嘲に似た形に歪めると、顔を上げた。
 人魚が歌う。
 ――ああ、いいや。はて。
 そもそも、酒は独りで干すものではなかっただろうか?
 何故、邪神を滅する必要があると言うのか?
 ――水底で揺蕩い眠るも、勇武絶倫たる戦いを見せようとも。
 我は独りで。
 我は、――。
 歌声に重なって、ちきと鍔が鳴った。
「……!」
 何故、また、鳴るというのか。
 解らない。
 どうして鳴るのかも、最早分かりはしなかった。
 しかし、しかし。
 ちき、と鳴る鍔に誘われるように、雨吹はその柄を強く握りしめる。
「――我は、竜、力の化身」
 歌へと向かって。
 衣をなびかせると踏み切り。地を蹴った雨吹は鍔鳴りに誘われ、呼ばれるように。
 逆袈裟に構えた刃をそのまま振り抜くと、人魚を閃撃が撫ぜた。
 ――流るるままに暴れ、放たれるまま轟く。
 雷撃のような一閃を返す手で喰らわせた雨吹は、猛しく呼を放つ。
 彼の一撃が放たれた瞬間。
 雨吹の黒と対照的な銀を落陽に染めて飛び出してきた瑞樹が、重ねる形で刃を交わした。
 刃を叩きつける直前、人魚がガードに泡を生むがその泡ごと叩き割り。
「……ぐぅ……ッ!」
 前後から同時に刃を叩き込まれた人魚が、落陽よりも紅い朱色を零して、空を尾ひれで蹴った。
「――確かにね、忘却は慈悲なのかもしれないな」
 瞳を眇めた瑞樹は、刃を交わすように構えて。
「想う憂いも悲しみも忘れてしまえば関係ないもんな」
 ――しかし、しかし。
 そこに、たしかに『想う』幸せだってあるものだと、瑞樹は思うのだ。
 ――たとえそれが、先の見えない幸せであろうとも。
「だからといって、世界を壊させる訳にはいかないんだ」
 瑞樹の語る言葉すら遠く感じる。
 雨吹はただ、鍔鳴りの示すがままに力を振るわんと上半身をぎゅっと引き絞り。
「翔けよう、――」
 思い出せない『キミ』の名を呼んだ。
 瑞樹と雨吹は泡を捌きながら同時に左右から跳ねると、一気に間合いを詰めて――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

シャト・フランチェスカ
アイが零れ落ちていく
哀が消え、どうしてペンを持つのか解らない
愛が消え、どうして刃を持つのか判らない
【私】が消え、僕が誰だかわからない
それらを繋ぎとめたくて綴っていたはずなのに
書きあらわす言葉が
思い出せない
書かなくちゃいけないのは何故
それすらも

この身体は誰だ?
鋭いものを握っている
白い手首が
あいを呑み込む
椿と、茨と桜と、そして炎と
美しく舞う
美しい、と綴る言葉を思い出す

何も思い出せないからきみは幸せなのかい
空っぽなら奪われることはないものね
それでも「満たされている」と言うの
その感情もきっと喪う
言葉も記憶も自己も白紙になって
きみがきみである証も残らない
そんなの
僕が読みたい物語じゃない
僕は僕のエゴで戦う



 まるで世界の終わりみたいな色をした空。
 あかあかと落陽の色を映した寺に、びいどろの合唱が鳴り響く。
 人魚はとろけそうな笑みを浮かべたまま、語る。
「幸せなまま、滅びる事は恐ろしい事では無いのですよ」
「全部ぜんぶ、忘れてしまったほうが『幸せ』だったのでは無いかしら?」
 同じ声なのに、違う声。重なる声。
 空に尾ひれを揺らした人魚を見上げたシャトは、肩を竦めて。
「――何も思い出せないからきみは幸せなのかい? 空っぽなら奪われることはないものね。それでも『満たされてる』って、言うの?」
「そうよ。嫌な事を覚えている必要なんて無いでしょう。忘れてしまえば、苦しむ事は無い。……それって満たされてるってことでしょう?」
「貴方も救われたくて、此処まで来たのでしょう?」
 人魚が二人の言葉を紡ぐ。
 一人なのに、二人在る。
 ふうん、そう。と、瞳を眇めたシャトは左手首に冷たい刃を添えた。
「忘れてしまえば――その感情もきっと喪うのだろう?」
 言葉も、記憶も、自己も、何もない白紙になって。
 きみがきみである証も残らない。
「良いじゃない」
「良いでしょう」
 声を重ねた人魚は、歌を紡ぎだす。
 椿の花弁が咲き乱れ、はらりはらりと零れ落ちる。
 左手首に刻んだ、アイ。
「そんなのは、――僕が読みたい物語じゃないよ」
 シャトは左腕の傷を、鋭く抉り――。
 零れ落ちる鮮血は荊と成り、人魚へとはらりはらりと花弁の炎が降り落ちる。
「……、」
 アイが、零れ落ちている。
 言葉が、零れ落ちている。
 澱の落ちる記憶、靄の掛かる記憶。

 右手を見下ろす。
 哀が消え、――どうしてペンを持つのか解らない。
 憶えていない。
 右手を見る。
 愛が消え、――どうして刃を持つのか判らない。
 憶えていない。
 手を結ぶ。
 私が消え、――僕が誰だかわからない。
 憶えていない。
 指先の合間から、全てがすり抜けて零れ落ちてゆく。
 繋ぎ止めたくて綴っていた筈なのに。
 言葉が、文字が、意味を成さずに零れ落ちてゆく。
 思い出せない。
 綴るための言葉が、書き表す言葉が、思い出せない。
 どうして。
 どうして。
 この、身体は誰だ?
 何故、僕は筆を執った?
 どうして。
 どうして。
 ――書かなくちゃいけないの?
 何故。
 何故。
 それすらも思い出せない。
 鋭いものを握っていた。
 白い手首が、あいを呑み込んだ。
 更に燃え上がった炎は、人魚にするりと巻き付いて。

 会いに、愛に、哀に、あいに、――私に。
 今に鳴る、風に揺れる風鈴の音が耳に残る。
 ――空の色は燃えるような、あか。

 椿と、茨と桜と、そして炎と。
 あかに溶けて舞う姿が、美しいと思った。
 覚えている。
 結んだ手を開く。
 その言葉を。
 ――嗚呼。

「うつくしい」

 そうしてシャトは、綴る言葉を、思い出す。
 真っ直ぐに人魚を見据えたシャトは、彼女と視線を交わして。
「……僕は、僕のエゴで戦うだけだ」
 言葉が、意味を成す。

成功 🔵​🔵​🔴​

鳴宮・匡
◆ニル/f01811と


“忘れる”ことがなかった
拾われてから今日までを全て克明に憶えていて
昨日のことのように思い出せていた

はず、なのに
隣にいる、親友、のことが
そうだと知っているのにわからない
どうしてここにいて
なんで戦ってて

俺は、誰で、

これが救済、なんて思えない
目の前が黒く塗り潰されたような不安に
――無意識に、瑠璃唐草の飾りに指先で触れる

約束を交わした、だれかの
優しい声が、聴こえた気がして

銃を握りしめて、前を見据える
大切だったひとが教えてくれたものを
この体は憶えているから
まだ、戦える

……大丈夫
大切なひとがくれた約束も
お前や皆と歩く“いま”も
忘れたり、したくないから
「ここにいる」ってこと、憶えてるよ


ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
匡/f01612と

救済ね
忘れられるのが何より怖くて
忘れるのが何より痛い
私みたいな奴には、地獄だな

思考停止は楽で良かろう
だが、起伏のない生に価値はないんだよ

握り締めたライターで煙草に火をつける
隣で銃を撃つ男の名が思い出せなくなろうと
大切な弟妹の声が霞もうと
煙草を分け合うあいつの顔が分からなくなろうと
この火が燻る間、私は「私」を――しあわせの全部を、失くしはしない

起動術式、【蜜事】
おまえのことも覚えてるよ、姉さん
銃弾と一緒に行ってくれ
忘却の呪いを焼き尽くしちまおう

なあ、お前まだ、私の名前が分かるか?
答えなくて良いよ
何を忘れたって
お前と私が今ここにいるって覚えててくれれば良い
――私も忘れねえよ、親友



「――辛いことを忘れて、幸せな侭に滅びを迎えられたら良かったでしょうに」
 落陽を背負った人魚から伸びる影は、暗く長く。
「あなた達も、救われて欲しいと思っているのよ」
「忘却は、救いなのですから」
 人魚の紡ぐ声は同じなのに、重なり、異なった声が響くよう。
 風が吹いて、やぐらに吊るされた幾つものびいどろ風鈴が一斉にりんと鳴いた。
 灰被り色の髪を風に遊ばせ、ニルズヘッグは燃える瞳を眇め。
「……へえ、そりゃ。私みたいな奴には、地獄だな」
 忘れられる事が、何よりも怖い。
 忘れる事が、何よりも痛い。
 そこに居た事も、そこに在った事も、存在を認められる事も、全部無くなってしまうと言う事だ。
 ゆると首を左右に振るニルズヘッグ。
「思考停止は楽で良かろうな」
「後ろを振り返るのは痛いかもしれないけど。……目を逸らしてるだけじゃ、歩くことは出来ないだろ」
 彼の横に立った匡は、拳銃を片手に真っ直ぐに人魚を見据えて。
「ああ、起伏のない生に価値なんて無いんだよ」
 小さく頷いたニルズヘッグが、ライターのフリントホイールを回して焔を灯す。
 ――それは彼にとって、共に在る事を知らしむ焔。
 そのまま煙草へと火を灯すと、濃く白い煙を縷々と吐いて。
「本当に?」
「苦しい事を我慢せずとも、……生きてゆく事はできるのですよ」
 助けてあげましょう、と。
 まるで慈しむかのような人魚の声は歌と成る。

 響く歌声へと、匡は銃口を向けて――。
 気がついた。
 ――隣に居る者の名が、性格が、……何者なのかすらも、解らなくなっている事を。
 眉を少しだけ跳ねた匡は、そのまま銃を撃ち放つ。
 尾ひれで空を蹴った人魚は、泡を幾つも生み出しながら空中を舞う。
 弾が泡を割いて、割って。
 ――匡は、あの日拾われてから今日までの事を全て覚えている。
 『忘れる』事が、無かった。
 いつの事であろうとも、昨日の事のように思い出せていた。
 奪った、壊した、潰した。
 貰った、思った、――。
 忘れた事が無かった、はず、なのに。
 『親友』だと判る者の事が、解らない。
 知っているのに、知らない。
 憶えていない。
 どうして、この場所に俺は立っているのか。
 どうして、俺は戦っているのか。
 どうして、銃を握っているのか。
 ――俺は、……誰だ?
 目隠しをされて、目の前が黒く黒く塗りつぶされたかのような居心地の悪さが、匡の腹の中でどんどん膨れ上がる。
 ぞわぞわと粟立つ肌に、銃を握る手だけがひどく現実的に感じられて。
 知らず知らず、指先は武器飾りを触れていた。
 つるりとした硝子に、瑠璃唐草の花が閉じ込められたその武器飾りは――。
「……!」
 匡は瞳を見開く。
 ――どこからから、声が聞こえた気がした。
 それは、優しくて、暖かくて、――何か、約束を交わした気がして。

 ニルズヘッグの咥えた煙草より、ゆらゆらと紫煙が揺れる。
 澱の落ちた記憶、靄の掛かった過去。
 隣の男がもはや誰なのかは、解らなかった。
 大切であった者の声も、思い出す事も無い。
 煙草を分け合うあいつの顔は、黒く塗りつぶされたかのよう。
 しかし、しかし。
 この火が燻る間だけは。
 この火が灯っている間は、私は『私』を――。
「……しあわせの全部を、失くしはしない」
 もう一度ライターをぎゅっと握りしめたニルズヘッグは、指輪を撫でると自らの愛しき片割れを喚び出す。
「大丈夫、……おまえのことも覚えてるよ、姉さん」
 当たり前でしょうと言わんばかりの笑い声に、しろがねの焔が燃える。
 そうして。
 眦をただ和らげたニルズヘッグは、傍らの男に声を掛ける。
「なあ、お前まだ、私の名前が分かるか?」
 答えなくても良い、と思った。
 それでも、それでも。
「……大丈夫」
 匡はしっかりと言葉を返した。
 ――ぎゅっと拳銃を握りしめて、前を、敵を見据える。
 大切だったひとが、教えてくれたものを。
 この体はまだちゃあんと、覚えているから。
 だから、だから。
 大切なひとが暮れた約束も、――お前や皆と歩く『いま』も。
「忘れたり、したくないから」
 ふ、と鼻を鳴らしたニルズヘッグは唇に笑みを宿して。
 放たれた泡をバックステップで跳ね避けてから、大きく頷いた。
 何を忘れたっていい、と思っていた。
 それこそ、名前だって。
 それでも。
「――ああ。忘れたとしても、――お前と私が、今ここにいる事だけでも覚えててくれれば良い」
「忘れない。……『ここにいる』事を、覚えているよ」
 憶えていなくとも、覚えている事。
 銃を握り直した匡は、ニルズヘッグを見やる。
「――私も忘れねえよ、親友」
 ニルズヘッグの金と、匡の焦茶色の視線が交わされ。
 二人は、何方ともなく頷き合う。
「気を取り直して、いこうか」
「ああ、忘却の呪いを焼き尽くしちまうとしよう」
 ひたりと構えられた匡の銃に合わせて、ニルズヘッグの片割れが白い焔を膨れ上がらせ――。
 甘やかな歌声は、未だ止むことはないけれど。
 ……きっと、もう大丈夫だと、思った。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

フリル・インレアン
ふええ?忘れてしまえば幸福なんですか?
確かに私はアリスで猟兵になる前の記憶はないけど、アヒルさんと楽しく冒険をしていますが
それはアヒルさんとの思い出があるから、いえ、アヒルさんと思い出を作っていっているから幸せなんです。

アヒルさん、いきますよ。
お菓子の魔法です。
私には時を止めることは出来ませんが、ゆっくりにすることは出来ます。
アヒルさん、あの泡には絶対に触れないで攻撃です。



 りんりんと響くびいどろは、風に鳴く。
 紅に染まるやぐらの上に、人魚は腰掛けていた。
 人魚を見上げたフリルは、大きな帽子の鍔をぎゅっと握って。
「ふええ……? 忘れてしまえば幸福なんですか?」
 人魚は瞬きを二度重ねて、頷いて。
「嫌な事を忘れてしまえば、不安なんて無くなってしまうでしょう?」
「幸せなことも、いつか嫌な事となってしまうかもしれませんね。だから、全て忘れてしまえば幸せに過ごす事ができるでしょう」
 とろけそうな笑みを浮かべる人魚は、当然の事を告げるように。
 一人から重なって響く声が、フリルへと真っ直ぐに向けられて。
「……確かに、私は……記憶をなくしました」
 ふるふると首を振ったフリルは、細く細く息を吐く。
 フリルにはアリスに成る前の記憶が無い。
 猟兵になる前の記憶は、ひとつも残っていない。
 それでも、それでも。
「でも、……アヒルさんと楽しく冒険をしています」
 人魚の瞳を赤色でしっかと見据えたフリルは、一度息を呑んでから言葉を次ぐ。
「――それは、それは……! アヒルさんとの思い出があるから。……いいえ、アヒルさんと思い出を作っていっているから幸せなんです!」
 全て忘れてしまえば、幸せだなんて。
 そんな事は無い、と、フリルは思うのだ。
「そう。……いつか裏切られるとしても、かしら?」
 人魚の周りにぷかぷかと浮かぶ泡は、きっと全てを忘れさせてくれるのであろう。
 過去の不安も。
 未来の不安も呑み込んで。
「……」
 ふぇ、と漏れそうになる言葉を呑み込んで。フリルはふるふると左右に首を振った。
 ――それでも、だからこそ。
「アヒルさん、いきましょう」
 きゅっと構えたフリルはガジェットのアヒルさんに声をかけると、さっとお菓子をアヒルさんへと食べさせてあげる。
 ――お菓子の魔法。
 お菓子を楽しんでいない者の、時間を奪う魔法。
 自らもクッキーを一つ齧ったフリルは、ぴっと人魚を指差した。
 ――時を止める事は出来ないが、これで人魚の動きを奪うことはできる筈である、と。
「アヒルさん、あの泡には絶対触れちゃ駄目ですよ!」
 フリルの指示をうけて、ガジェットのアヒルさんは真っ直ぐに人魚へと向かって――!
「……忘れる事が、幸せだとは思えないのですよ」
 フリルの呟きと共に、アヒルさんは人魚へと体当たりをブチかました。

成功 🔵​🔵​🔴​

鷲生・嵯泉
何もかも、「忘れた事」すら忘れてしまうのならば
確かに其れはいっそ幸せなのやもしれん
だが……其の為に世界を道連れにはさせられん

霞んでゆく記憶を、想い出を、今は留める事が叶わないのなら
此の刃を以って取り返すだけの事
想い出せぬ、其の相貌に約束しよう
そうだろう――『   』

唯、此の身の動くに任せる
――伐斬鎧征、血符にて為さん
視線や向き、測れる全てから攻撃方向を見切り
衝撃波をカウンターで当て相殺
距離を詰めてのなぎ払いで隙を作り上げ
全力の斬撃で以って斬り払う

忘れる幸せなぞ欲しく無い
どれ程の痛苦であろうが、其れは『在った』という証し
其れすらも奪う事を赦せよう筈も無い
返して貰おう。生きる世界を――懐いた想いを



「貴方も辛いことを忘れて、幸せな侭に滅びを迎えられたら良かったでしょうに」
「忘れられない人が、多いのね」
 私達ならば、幸せを与えられるのに。
 受け入れないで、受け取れないで。
 重なる人魚の声は、同じ声なのに違う声。
 りんりんと風にさんざめく風鈴の下を、嵯泉は駆ける、駆ける。
 地を蹴り、構えた刃を横薙ぎに泡を裂いて、追うは尾鰭。
 ぱちん。
 弾ける泡は記憶を奪う。
 奪われた記憶が『何』なのかは判らぬが、『何』かが消えてしまったことは理解ができる。
 ――何もかも。
 全てを喪ったことも。
 何かを得たことも。
 護るべきことも。
 全て、全て。
 忘れた事すら忘れてしまえるのならば、其れはいっそ幸せであるのかもしれない。
 しかし、しかし。
 目前で鰭を翻して泡を生む人魚を、しっかとその赤で睨めつけた嵯泉は砂利道の上で身を低く構え直す。
「……其の為に、世界を道連れにはさせられん」
 指の間をすり抜けて霞んでゆく記憶を、想い出を、今は留めることが叶わぬのならば。
 ――此の刃を以って、取り返すだけの事!
 上体を引き絞り、振り抜く刃は弧を描き。
 駆けぬけた衝撃に、泡が爆ぜ割れる。
 駆ける、駆ける。
 憶えている事ができぬのならば、此の身が覚えているがままに。
 親指の先へと唇を寄せると、指先を犬歯で裂き。溢れるは、落陽の空よりも紅い血。
「――伐斬鎧征、血符にて為さん」
 指先に挟んだ黒い符先を親指が撫ぜた、刹那。
 符へと焔が灯ったかと思えば、符は一瞬で燃え尽きる。
 その間も留まる事の無い足取りは、真っ直ぐに真っ直ぐに人魚へと向かい。
「……っ!」
 速く、鋭く。
 嵯泉が携えた刃を逆袈裟に振り抜けば、斬り祓われた人魚は強かに地へと落とされ、大きくその身を跳ねさせる。
「私は、――忘れる幸せなぞ欲しく無い」
 細く囁いた嵯泉は、すらりと刃の汚れを振り払いながら、地へと落ちた人魚へと更に距離を詰める。
 ……たとえ、其れがどれ程の痛苦であろうとも。
 其れはそこに、確かに『在った』という証しと成る。
 其の証しすら奪おうとするのならば、其の様な所業――赦せる筈も無いと。
 紅い紅い瞳の奥に、しかと灯る意思の色。
 人魚の鼻先へと刃先を突きつけると、琥珀の髪が風に揺れて。
「返して貰おうか。私の生きる世界を――、懐いた想いを」
 その刃は真っ直ぐに、人魚へと振り抜かれた。

成功 🔵​🔵​🔴​

橙樹・千織
風鈴と…歌?
びいどろの音色の間に聞こえる歌
聴く者を捕らえるような声音
この境内に満ちる異様な空気は
何故か不安を煽る

人魚…
何かが、違う
自分が知っている人魚の歌と
何かが

“知っている”?
森に人魚はいない
私の知り合いに人魚は…いない?

全てを忘れる
本当にそれで幸せになれる?
この空虚感はその歌が原因でしょう?

ひとつ、ひとつ
大事なものが抜け落ちる

ねえ、返して
多分
きっと
大切なものだったの

やめて
甘ったるい耳障りなその歌を

…やめて
わたしを返して!!

大切なものまで忘れたらそれは辛いだけ
満たされず、不安に押しつぶされるだけ

縁が結ばれたままならば
一度離れようとまた逢える
貴女は彼女を縛り付け
輪廻の輪から外して
それで満足?



 やぐらに吊られた風鈴たちは、風にさんざめき。
 落陽に伸びる影は、昏く、長く。
 かすかに響く歌声は、遠く、甘く、響く。
 世界が終わってしまいそうな色の空。
 もう、この世界の命はこの境内にしか無いのかもしれない、なんて。
 ぞわぞわと腹の奥から不安を煽られるような、異様な雰囲気に肌が粟立つ。
「……――」
 歌声の先へと、千織は空を見上げた。
 血に濡れた人魚が、やぐらの上へと腰掛けて歌っている。
 ぞっと背に氷柱を差し込まれたかのような、違和感。
 何かが違う。
 自分の知っている、人魚の歌では無い。
 あれは、あれは――。
「……?」
 息を飲む。
 『知っている』訳が無いのだ。
 森には人魚なんて住んでは居ない。
 千織の知り合いに、人魚なんていないのだから。
 では、どうして知っている、なんて思ったのだろうか。
 響く、響く、歌声。
 一つ、一つ、零れ落ちる記憶のかけら。
 大切なものも、守りたいものも、消えたことが分かるけれど。
 それが何だったのか、思い出せない。
「ねえ、……その歌をやめて」
 血に濡れた人魚は、落陽の影を背負って。
 ただ甘やかに眦を下げた。
 眠って、忘れて、次に目覚める事もないのだから。
 千織はギリ、と奥歯を噛み締めて。
「やめて、……返して」
 全てを、忘れたことすら忘れてゆく。
 それで、それで本当に幸せになれるのだろうか。
 このぽっかりと空いてしまった穴を残したまま?
 ふるふると首を揺すった千織が、憶えていない記憶を探るように手を伸ばす。
 当然、やぐらの上へと手が届く訳も無い。
 だからこそ、――千織は駆け出した。
「ねえ、返して、それ、きっと、大切なものだったの。やめて、やめて、やめて!」
 その、甘ったるい耳障りなだけの歌を。
 その、私の知っている筈の歌とは違う、ただ甘ったるいだけの歌を。
「――わたしを、返して!」
 千織の声に呼応するかのように、椿の花弁が爆ぜて、燃えて。
 気づけば握りしめていた薙刀を大きく振るえば、やぐらが崩れ燃え落ちる。
 憶えていなくとも、覚えている。
 落陽の空よりも尚紅い焔が燃え上がり、地へと落ちてきた人魚はやっと千織を見る。
「まだ、覚えているからでしょう?」
「全て、すべて、忘れましょう?」
 人魚から漏れる声は一人だというのに、音は重なる。
 千織はもう一度首を横に降ると、橙色の瞳で彼女を睨めつけた。
「いいえ、大切なものまで忘れたらそれは辛いだけ」
 返して。
 それを、返して。
 ――決して満たされぬ、不安に押しつぶされてしまいそうな心を奮い立たせて。
 千織は薙刀を手に、大きく息を吸った。
「縁が結ばれたままならば、一度離れようとまた逢える。――貴女は、彼女を縛り付けている」
「いいえ、いいえ、私は、また、出会っただけ!」
「耳を貸してはなりません」
 人魚の言葉を制すように、人魚が語る。
 千織は椿の花弁めいた焔をゆうらり揺らして、尚も言葉を重ねる。
「聞きなさい、――貴女は彼女を輪廻の輪から外して、それで満足?」
 くっと息を呑んだ人魚が目を見開いて。
「……ッ!」
「……それで良いのですよ、一緒に在りましょう」
 人魚の言葉にもう一度否定重ねるかのように、かぶりを振った千織は朗と言った。
「本当は、――貴女も解っているのでしょう!?」
 薙刀を振り上げると、それを令として椿が燃え爆ぜ――。

成功 🔵​🔵​🔴​

月舘・夜彦
【華禱】
思い出す度に痛む胸も、滲むように広がる悲しみも
今や何だったのかすら思い出せない
それなのに幸福以上に頭や胸に穴が空いた様な、疑念を抱く

恐らく己は喜びや幸福と同じくして、悲しみや苦悩を抱えていたのだろう
それを全て忘れたからこそ虚無感に駆られる
取り戻したいと思うからこそ、隣の彼に対して「誰だ」とは言えなかった
私を取り戻す為の手掛かりなのだから

腰にある二本の武器らしき物
一つ手に持とうとすれば、隣の彼は身構えた気がして
私も「それ」が合図にも感じた

可笑しな事に、彼も私と同じものを感じたようだ
ならば、見据える相手は我が敵

後は自然と流れは理解出来た
刀を構え、彼の動きに放つ併せて放つ
――抜刀術『静風』


篝・倫太郎
【華禱】
哀しい事はない方がいい
幸せな方がいい
なのに幸福を拒んでるのは何故だろう

あぁ、そうか
『忘却』を受け入れる訳にはいかない
奥底から何かがそう訴える
だから、抗う

隣に立つこの人が誰か、思い出せない
さっきまで呼んでいた気がする名前さえ忘れている

それでも不思議と
この人がどのタイミングでどう動くのか
呼吸するように、判る

防御力強化に篝火使用

記憶が欠けていく
自分が何者なのかもいずれは忘れてしまうんだろう

けど、俺は……
そうなってしまう『誰か』の『可能性』を絶つと決めた

それだけは覚えてる
多分、俺の核をなす事だから

緑の双眸が求めるものが何かは判る
この人自身、俺を忘れてるんだろうに、判る

そうだ、俺はこの人の――



 風鈴たちが、風に鳴いていた。
 随分と傾いた太陽は、紅い紅い空を背負って。
 境内の建物から長く伸びる影はとても昏く見えた。
 『彼』と並んで歩く。
 本当はもう、横に立つ『彼』が誰なのかも解らなくなっていた。
 きっと共に歩いていなければ、一緒に来た事すら忘れていたのであろう。
 自分の名も曖昧なのだから、きっとそれは仕方が無い事ではあるのだが。
 そんな状態に在っても、心はひどく凪いでいた。
 風も無い、波も無い。此処に苦しみは無い。
 何か思い出すたびに痛い事があった気がした。
 滲むようにちくりちくりと広がってゆく悲しみも。
 ――そこに何かが在った事は確かに解るのに、そこにぽっかりと穴が空いているのだ。
 きっと、きっと。
 自分は喜びと幸福と同じくらい、悲しみや苦悩を抱えていたのだろう。
 しかし、しかし。
 今はそれすら全てぽっかりと忘れてしまったようで。
 あいた穴の大きさに、判断すら出来なくなってしまっているのであろう。
 寂寥感、寂寞感、虚無感。
 それは、決して苦しいものでは無い。
 ――しかし、不思議なことに。
 何故だか凪いでいる筈の胸裏が、歩む度に疼くのだ。
 忘れている、憶えていない。
 それなのに、其の為だろう。
 隣を歩む彼に『誰』なのか、と尋ねる事ができなかった。
 それを尋ねてしまっては、全てが滑り落ちてしまうような気がした。取りこぼしてしまうような気がした。
 ――きっと彼は、私を取り戻す為の手掛かりなのだから。
 視界の横で揺れた、自らの長い藍色の髪をかき上げる。
 取り戻す事はきっと、苦しいと思う、痛いと思う、苦いと思う。
 ――それでも、取り戻したいと思っているものだから。
 私は彼と共に、此処を歩む。

 隣を歩む藍髪の彼を見やる事もなく、俺は思う。
 そりゃあ、哀しいことなんて無い方が良いだろう。
 幸せなだけのほうが、ずっと楽だろう。
 どうして、幸福を拒む必要があるのだろうか。
 名が思い出せない。
 彼が思い出せない。
 何も憶えていない。
 それでも受け入れてはいけない、と、何かが訴えているようだ。
 ――なんとなくその理由は感じている。
 なんたって、――二人で歩む道には一つも不安が無いのだから。

 ふ、と。
 歌声が止まった。

 私はそちらを見ることもなく、気配だけで感じる。
 確認する事もなく、萌葱色の彼が構えた事が解ってしまう。
 今の自分は、憶えていない。
 それでも解る、身体が知っている。
 知らずしらず私は腰へと携えた武器の柄へと、手を添えて。
「……受け入れる訳には、いかないよな」
「ええ」
 何を、とは言わなかった。
 きっと彼は今自分と同じ事を考えている、感じているのだろう。
 憶えては居ないが、覚えている。
 前を見据えれば、地に濡れた人魚が椿の花弁を纏っていた。
 空の色よりもずっと紅い花弁が、咲き乱れる、散り、舞う。
 
 ――不思議であった。
 知らない彼だと言うのに、どう動くのかが理解できる。
 ――それが『当たり前』のように。
 藍色の髪を揺らした彼が低く構えているのだから。
 ならば、俺は前に出れば良い。
 何かがぽろぽろと記憶から零れ落ちているのを感じる。
 掌で留める事ができずに、流れてゆく水のように。
 きっと、このまま行けば自分が何だったのかも忘れてしまうのだろうと思った。
 ――俺は、それを良しとしない。
 そうなってしまう『誰か』の『可能性』を絶つと、決めたのだ。
 それだけは、未だに覚えている事。
 それはきっと、俺の核を成す事なのであろう。
 自らに何かの力を纏わせて、防御を固めて薙刀を払った。
 露払いさえすれば、彼が動くと『知っている』。
 ぐんと踏み込んだ彼の藍色が、縷々とたなびいた。
 太刀筋すら見えぬ抜刀、その刃は確かに人魚を狙って。
 その太刀筋を、俺は確かに知っている。
 覚えている。

「どうして、辛い事を知りたいの?」
「忘れていれば、穏やかに生きることもできましょうに」
 これまでも戦いを重ねてきたのであろう、傷ついた身体。
 人魚が呻くように、血泡を零して尋ねる。

 俺は、藍髪の彼の翠眸を見やって。
 ――その眸が求めるモノが、何かくらい解ってしまう。
 彼も、俺を忘れているのだろう。
 それでも、解ってしまうのだ。
「忘却を受け入れて、忘れる訳には行かねぇからだ」
 焔の花弁を割裂いて、俺は告げる。
「……私は、私を取り戻させていただきます」
 彼の琥珀色と視線を交わした私は、朗と告げた。

 きっと、俺は。
 きっと、私は。
 この人の――、だから。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ジェイ・バグショット
大切だったのはなんだったか
自分のことも、生きる意味も
何も思い出せない

分かっているのは
大切だったものが手から
零れ落ちてしまったということ

なん、で…。
ぽっかりと穴が空いてしまったみたいに
寂しくて、不安で、悲しくて
何故か涙が溢れた
胸の奥が酷く痛くて苦しい

助けてと声にならない想いが溢れる
目の前に溢れた光は青年の姿となった
『ジェイ、忘れないで。』

温かい光の奔流が優しく包み
青い瞳が俺を見つめる
『大丈夫、何度だって思い出せる。』

『君が大切にしていたもの。彼女との思い出も、想いも、約束も。』

柔らかく微笑む青年は告げる
『今は、私が傍にいる。』

魔杖を掲げる青年が膨大な魔力で雷電を放つ
それは全てを打ち砕く聖なる一撃



 響く旋律、全てを飲み込む空の赤。
 それはまるで、世界の終わりの空のように見えた。
 さんざめく風鈴の波音に、砂利を踏む音が混じる。
 遠く響く歌は胸裡へとしんしんと降り積もり。
 何かが消えてゆく、零れてゆく、――奪われてゆく。
 どこかにぽっかりと穴が空いてしまったような感覚だけが理解できた。
 大切であったはずのものが、在ったことだけが理解できた。
 それ以外は、……何も、何も、解らない。
 どうして自分は此処にいるのだろうか。
 どうして自分は此処に立っているのか。
「……なん、……で?」
 ――ふと、頬を暖かいものが伝った。
 それは拭っても、拭っても、後から後から溢れて零れてくる涙。
 何も解らないのに、何も思い出せないのに。
 どうしてこんなにも、寂しくて、不安で、悲しいのだろうか。
 風に揺れる風鈴の音が、一段と大きくなった気がした。
 世界の仲で、自分だけが取り残されているような感覚。
 思い出せない、何も解らない。
 自分は一体、何なのか。
 何故、生きているのか。
 大切だったものとは、何だったのか。
 だれかと、なにかを、約束した気がした。
 零れ落ちてしまった事だけは解るのに、それが何だったのかは一つも解らない。
 じゃり、と足元が音を立てる。
 思わず踞ってしまいそうな感情が肚奥から滲み出して、更に歪む視界。
 助けて。
 指先に力が籠もる。
 声にならない言葉。
 声にならない想い。
 助けて欲しい、助けて、助けて、助けて。
 ……だれか!
 刹那、紅い世界の虚を掻いた指先へ光が触れた。
『――ジェイ』
 柔らかく暖かい光に、細く編んだ金色の髪が揺れる。
『忘れないで』
 その眼差しの色は、青空の色。
 歪んだ視界の先で、俺を見つめる眦が優しく和らぐ。
『大丈夫、何度だって思い出せる』
 それは笑みだ、と思った。
 暖かな言葉。
 ああ、憶えていないけれど、覚えている。
『君が大切にしていたもの――彼女との思い出も、想いも、約束も』
 それに、と彼が告げるものだから。
 俺は涙を拭って、息を吸って、吐いて。
『今は、私が傍にいる』
 ああ、畜生。また、そんな事を言って。
 保証もないのに本当に酷い奴だ、……お前は俺を独りにしたのに。
 そんな悪態は俺の本当の気持ちでは無いと、俺が一番思い知っているのに。
 ――歌が聞こえる。
 さんざめく風鈴の波音に交じる、甘やかな甘やかな声。
 視線を上げれば空の色を映した寺の上に、影が見えた。
 彼と並んで、俺は歩き出す。
 それは尾ひれを揺らし、歌う人魚の姿。
 砂利の音に気がついたのであろうか、ふ、と歌が止まり。彼女は此方を見下ろしている。
「……泣くのはもう止めたのかしら?」
「俺には果たすべき約束が、……在るみたいだ」
 彼女を見上げて、俺は鉄輪を構える。
「……全て忘れてしまえれば、楽でしょうに」
 人魚は同じ声だと言うのに、全く違った調子で呟くと視線を落とした。
 俺の横で杖を掲げて金糸のような髪を揺らした彼が、こちらを見た気配を感じた。
「頼む、――」
 名前を思い出せぬ彼と視線を交わした俺は、甘言を振り切るようにかぶりを振り。
 一度だけ頷いた彼が、その杖よりばぢりと聖なる光が膨れ上がらせる。
「――忘れるわけには、いかねぇんだよ」
 俺――ジェイ・バグショットが言葉を紡ぐと、同時に。
 杖より爆ぜた雷が、人魚を貫いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

尾白・千歳
【漣千】

仲良しさんなのに離れ離れになるのはツライねぇ、――
…あれ?この人誰だっけ?
知ってるような気がするけど名前が出てこない
よくわかんないけど、ここにいるってことはきっと目的は同じだよね
神格?へぇ、神様なんだ
ぜんぜん見えないねぇ、意外~

…ん?でも私、何したかったんだっけ?
思い出せないから狐さんに聞いてみようかな
ねぇ、私、何がしたかったのかわかる?
えぇー、知らない?
どうしよう、――
なんかどうにかしてくれる気がして、つい傍らの人に聞いてみたりして
ありがとう、知らない親切な人!
あなた、私の大事な人だった気がするんだ
名前は思い出せないけどね!
でも、なんで私の前に立つの?邪魔!
もうっ、そこどいてよ!


千々波・漣音
【漣千】

ずっと、一緒に…か
その気持ちはよく分かるけどな
でも…って、ん?
隣に知らない狐の子
う…鈍くさそうな感じが可愛い…(こそり
仕方ねェなァ、神格高いオレが手伝ってやるか!(張り切り

…狐と話してる姿可愛いな、おい(心で悶え
目が合い声掛けられ
超ドキドキしつつ、何だ?ってクールに返せば
…何するか分かんねェって?
あの人魚てか骸魂から邪悪なもん感じるから、倒さねェとじゃね?
ま、まァ礼には及ばねェよ(可愛い!
大事な人…名前…よく分かんねェけど
こいつと一緒だと何か気楽だし…可愛いし
何より、守んなきゃ、って思うから
お前は下がってろ
オレ様がさくっと終らせてやるからな!(気合
って何で下がらねェんだよ!?(庇いつつ



 お寺に張り巡らされたやぐらに吊るされた、たくさんの風鈴。
 しゃらしゃらら、硝子がさんざめく綺麗な音。
「仲良しさんが、離れ離れになるのはツライし、寂しいねぇ」
「――ずっと一緒に、って気持ちはよく分かるけどな。でも、それで幽世が――」
 真っ赤な空を見上げて、話しながら私はさっちゃんと歩いていた。
 何処かから、なんだか寂しくて、暖かく、幸せな歌が聞こえる気がするけれど。
 それが何処から聞こえているのか分からなくて、耳をぴーんと張りながら私は。
 私は、
 ……私は?
 ふと気がつけば、知らない男の人と歩いていた。
 ……あれれ、なんだろ。
 私は思わず瞬きを重ねて、考える。
 知ってるような気がするけど、全然彼の名前は出てこない。
 よくわかんないけど、……一緒にいるって事は、きっと目的も同じだよね?
「ん? あれ、私、何をしようとしてたんだっけ?」
 大きな尾がゆらゆら、耳がぱたぱたと二度揺れる。
 えーっと、何だったっけ~?

 ふと気がつけば、横に知らない女の子が居た。
 大きな耳に、ふかふかの尻尾。
 少し要領の悪そうな動きに、鈍臭そうな言葉。
 ころころと響く可愛い声に、可愛い瞳、可愛い……えっ、可愛くない?
 一瞬で高鳴る心臓。
 俺は小さくかぶりを振ってから、大きく胸を張る。
「へえ、忘れたのか。んじゃ、仕方ねェなァ。神格高いオレが手伝ってやるか!」
 こんなに可愛い子に頼られるのは、決して悪い気はしねェからな!
 ま! 顔には出さねェけどよ!?

 私は胸を張った人の良さそうな彼を、思わずしげしげと見てしまう。
「うん? 神格って事は、神様なんだねぇ~。ぜんぜん見えないねぇ、意外~」
 神様といえば、…………神様ってどんな感じだっけ? 何だっけ?
 何をしたかったかも思い出せないし、隣の彼の事も思い出せない。
 よく考えたら自分の事だって、よく解っていない。
 でもなんだか、彼なら応えてくれる気がしていて。
 なんだかそれが、当たり前のような気がしていて。
 思った通りに応じて貰えて、私は少し嬉しくなる。
 それでも、解らないものは解らないもの。
 だから。
 解らないときは聞く事が一番だと思った。
「ねぇ、ねぇ、狐さん。私が何したかったのかわかる?」
 えいっと喚び出したのは、お稲荷さまに仕えるお狐さま。
 不思議だよね。
 こういう喚び出し方は、解るんだけどなぁ。
 とん、と降り立った狐さんはふるふると左右にかぶりを振る。

「……」
 え~~~!? 狐と話す姿、何?
 か、かわいいな、可愛いな、どうなってんだ、オイ!?!?!?!?
 心で悶え、顔は真顔をキープする俺。
「えぇー、知らない? どうしよう、…………」
 耐える俺を彼女が此方を見ている気配が、ひしひしと伝わってくる。
 その気配は、なんだか感じ慣れたもので。
 俺はできるだけ自然な動きで彼女の方へと振り向くと、ぱちりとその翠色と視線を交わした。
 あ~~。やっぱり、目ェ綺麗だなぁ。
 ぴかぴかきらきらしてて、宝石みたいで――。
 いやいやいや、抑えろ、俺。そういうのは慣れているだろう?
 『やっぱり』、『慣れて』。
 ――一瞬何かが引っかかったような気がするが、俺は瞬きを一つ。
 いいや、今はそれ所じゃねェな。
 目の前で可愛い子が困った顔をしているからには、応じねば男では――神では無い。
 なんたって、俺は神格の高いできる男!
 あの向こうのやぐらの上から、悪しき気配を感じている。 
「……向こうの骸魂から、邪悪なもんを感じるから倒さねェと……じゃね?」
 できるだけクールな低い声をキープ。
 できてるか!?
 できてる!
 ヨシ!
 よっし称賛の声、来い! 来い! 来いッ!
「むむっ、そう言えば……そうだった気がしてきたなぁ~。ありがとう、知らない親切な人!」
「ま、まァ、礼には及ばねェよ」
 よ~~~~し!!!!! 笑顔が可愛い~~~!!!
 ガッツポは胸に秘めて、俺は前へと一歩踏み出す。
 それを追う彼女の歩幅は決して大きくはない。
 不思議と彼女と居るだけで心が軽くなる、心が奮い立つ。
 ――なんだかこいつは、守んなきゃ、って思うんだよな。
 ……何より可愛いし。

「ねえ、ねえ」
 なんだろう、いつだってこうやって彼が導いてくれていたような。
 私が導いていたような。
 不思議な気持ち。
「……あなたね、なんだかね、私の大事な人だった気がするんだ。――名前は思い出せないけどね!」
 えへん、と胸を張って私は言う。
 思い出せないものは、仕方ないもんね!
「ん、そうか。――なら、お前は下がってろ。オレ様がさくっと終らせてやるからな」
 なんていいながら、私の前にでる彼。
 ええー、何!?
「えっ、邪魔! なんで私の前に立つの!?」
 ぶーぶー、と唇を尖らせて。符を握った私は抗議する。
 私だって戦えるのに!
「もうっ! そこ、どいてよっ!」

 俺は気合を入れ直して、水の矢を生み出し――。
「いや、下がってろよ!?」
 ……前へと飛び出してこようとする彼女を押し止める。
 そんな理由、一つしかねェだろ!
 言わねえけど!
 お前が傷つく所なんて、見たくねェんだって!

 わあきゃあする漣音と千歳を見下ろす視線。
「まあ、なかよしさんなのね」
「……ふふ、そのようですね」
 やぐらの上で声を重ねて、人魚は花笑んだ。
 もうちょっと歌っていても平気そうねえ、なんて。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

劉・碧
『水底のツバキ』を見つけたなら悟られる前に少し遠くで注視する
風鈴の音に混じって聴こえる優しげな声音は、どうしてこんなに悲しい詩を紡ぐのか
語りかけるように響く韻を踏むのに、何も分からないことは幸せだと言う

俺にはアンタのことは分からない
だけど…今大切に思う友人や仲間のことは忘れたくない
俺の過去の主人や家族も、つらい記憶も
忘れたら楽になるんじゃない
弱くなるんだ
人が忘れたいと願うのは感情そのものじゃない
執着を手放したいのさ
アンタもそうだろ
歌を辞めたいという願いがあるなら、その執着から解いてやろう
何、ちっと痛いだけさ

顔以外を格闘術で攻撃する
斃れりゃ何でもいいが
女の面を傷つけるのは趣味じゃねぇ



 風が吹く度に、やぐらに吊られたびいどろ達がさんざめく。
 金緑を眇めた碧は、やぐらの上で尾鰭を揺らす彼女を真っ直ぐに見据える。
 紅い紅い落陽に伸びる影は、昏く長く伸びて。
 刻む韻は、語りかけるように。
 ――その歌声は、甘やかで、優しげで。
 何も分からなくなってしまう事は、何も知る事が無いことは、幸せだと歌う彼女。
 それがどうにも碧には、ひどく悲しい旋律を奏でているように感じられる。
 空の赤を浴びながら、碧は砂利道を歩む。
「なぁ、俺にはアンタのことは分からない。だけどな、……俺には忘れたくねえモンがあるんだ」
 それは大切な、友人の事、仲間の事。
 過去の主人……優しい旦那様の事、妹――家族の事。
 それは、大切で幸せな記憶だけでは無い。
 苦しくつらい記憶であっても、全て、全て。
「――忘れたら楽になるんじゃない、弱くなるんだ」
 披瀝するかのように朗と言う碧を、人魚は赤の視線で見下ろして。
「私も、あなたのことは分からないわ」
「それでも忘却が救いだという事は、知っていますよ」
 一人で在っても重なる声音は、同じなのに違う調子。
 碧はかぶりを振って、その言葉を真っ向から否定する。
「いいや。それは救われている訳じゃねぇさ。――人が忘れたいと願うのは感情そのものじゃない、執着だ」
 執着を手放せば記憶を失わずとも、『救われる』。
 碧は手首の調子を確かめる様に拳を握って、開いて。
 赤の視線をしっかりと見据える翠には、迷いは無い。
 人魚が眉を寄せると、りりんと風鈴達がまたさざめいた。
「……執着。庶幾う気持ちを手放す為には、忘れる事が一番の近道でしょう?」
「まァったく。――全て忘れたら『次』には繋げられねぇだろうが」
 そうして、ぐっと身を低く構えた彼は小さく首を傾ぐ。
「アンタもそうだろう? ――少しでもその願いがあるのならば、その執着から解いてやろう」
 なんて。
 地を蹴った碧は、跳躍と共に固く固く拳を握りしめる。
「まあ、あなた乱暴だわ!」
「いいえ、私達も応戦しましょう」
「もう!」
 一人で言葉を重ねた人魚が大きく腕を払うと、椿の花弁が舞い踊る。
 やぐらの上で尾鰭を跳ねさせて、空へとその身を踊りだし。
「――はッ!」
 激しく舞う椿にその身を斬られれば、ぱっと花弁のように花が散る。
 それでも人魚が空へと逃れてしまう前にその軌道を見据えると、やぐらを蹴ってさらに高く高く。
 筋を撓らせて、ぐっと上体を引いて――。
「何、ちっと痛いだけさ」
 鋭く吐く息と共に言葉を零すと、稲妻のように鋭いその拳を人魚へと叩き込んだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

呉羽・伊織
【花守】
必死に此処まで来たは良いが――何で俺は、そんなに必死だった?

この狐が敵でない事は分かる、が
(何か大事な…否、わりとくだらない記憶だったかもしれないが――己が虚ろになっていく嫌な感覚に陥った、矢先)

…っもう一匹は敵だな!(反射的に避け)
何にせよ無性に腹立つんでどっか行けよ(コイツマジ無理という防衛本能)

ああ、もう――

アレを討てば後で胸が痛むってのは、不思議と察しがつく
でも、俺は…忘れても満たされない
空っぽに戻るのは、嫌だ
幸福も不幸も
喜楽も辛苦も
全部、俺を形作るモノだった

嗚呼、そうだ
哀しくても、幸いが痛みに変わっても
それでも俺は、行かなきゃならない

意図せず揃う足並に妙な心地を覚えつつ、一撃


千家・菊里
【花守】
はて、俺は今まで何を――これから、何を?


鴉面の男にはやや危なっかしい気配こそ感じれど、嫌な感じは無い
きっと俺が何をせずとも大丈夫
あの人魚からも、悪意自体は窺えぬけれど――彼方は放っておいてはいけない気がする

ならば
――おや、何方か存じませんが気が合いますねぇ(暢気にもう一匹へと振り返り)
あと息ピッタリでしたねぇ

さて――改めて、人魚さん

残念ながら、俺達にとって忘却は空虚や不幸にしか成り得ぬ様です
(だって今まさに、消え行く何かが悲鳴をあげている――己はその辺り鈍感ながらも、一等分かり易い鴉面の男を見れば――)
忘れて、止まって
何も生まれない事もまた、哀しく思うのです

自然と一つ笑み、同時に一撃


佳月・清宵
【花守】
今度は綺麗さっぱり洗い流されたか
(前後不覚とは実に嗤える――益々込み上げる不快感をどうしてくれようかと、見渡した先に)

――(元凶――の手前に居た鴉野郎の影を利用し、挨拶がてら背越しに暗器投げ)
おう、丁度良い所に突っ立ててくれて助かったぜ?
敵なら容赦なく仕留めた所、味方として利用するに留めてやったんだろうがよ(忘却すれど此奴の扱いは此で良いという直感)

まぁ良い
兎に角、腹の底なり胸の内なり――嫌な感覚がしてんのは同じだろうが

勝手に消すな
忘却なぞせずとも、辛苦も悲哀も愉悦に塗り替えて行く

(引き裂き別たれる心地には何処か覚えが――だが、其を成さねばならぬ以上は)

一撃見舞えば
勝手に合うとは面白い



 砂利を踏んで、境内を歩む。
 狐面を頭に引っ掛けた黒い妖狐は、ゆるゆるとかぶりを振り。
 笑みに歪んだ唇に宿すは、自嘲の色。
「全く。――綺麗さっぱり洗い流されたか」
 何も解らない。
 何も憶えていない。
 胸裡にぽっかりと空いてしまった穴より『奪われた』不快感ばかりがこみ上げる。
 今にも世界が終わりそうな色をした落陽の空色に長く伸びる影を、狐面の妖狐は真っ直ぐに見据えて。
「……嗚呼」
 やぐらの上で揺れる鰭。
 そこに歌の果てを、見つけた。

 組まれたやぐらが、寺をぐるりと覆っている。
 行儀よく等間隔で吊るされたびいどろ風鈴達は、競うように涼やかな音を奏で。
 そんなびいどろ達の合唱に、何処かから甘やかな旋律が混ざり響いていた。

 俺は鴉の面の下辺りに手を添えると、かぶりを振った。
「……あ、れ?」
 なんたって、――此処に居る理由が思い出せないのだ。
 周りを見渡しても、紅い空と風鈴、そして寺。あとは木なんかが見えるだけ。
 ああ、あとは。大きな尻尾に獣耳。
 褐色の白狐面の妖狐も横に居たケド。。
 コイツは不思議と敵じゃない気がするから、今は捨て置く事とする。
 思い出せない。
 憶えていない。
 そうだ、俺は。
 ――俺は、何かに必死だった気がする。
 でも、どうして。
 何故。
 何で俺は――何にそんなに、必死だった?
 歌が響く。
 何かが、零れて落ちていく感覚がする。

 ――そういえば。
 俺は、……誰だ?

 自らの事も思い出せず、俺は自分の包帯の巻かれた褐色の手のひらを見た。
「はて……」
 自らの付けている白い狐面の頬をこん、と一度指先で叩く。
 もちろん、そんな事では何も思い出せない。
 ――状況を整理しよう。
 気がつけば俺は、この鴉面の男の横に立っていた。
 どうやらこの男とは、ずっと一緒に此処まで来たような気がしていた。
 それでもコレが誰なのか、……何なのかは思い出せない。
 しかし。
 この男からはやや危なっかしい気配を感じれど、嫌な感じはしない。
 それならば、まあ。今は放って置いても、多分無害であろう。
 ――それよりも、今まで俺は何を?
 どうして、此処に。
 これから、何を?
 解らない、解らない。
 何かが零れ落ちていく感覚に、俺は真っ直ぐに嫌な気配を感じる方向を見据えた。
 
 甘やかな旋律を刻む、歌声。
 ひいらりひらりと揺れる尾鰭は、空を掻き。
 組まれたやぐらの上に、彼女は腰掛けていた。
 その歌声からは悪意こそ感じはしないが、――ひどく嫌な感じがする。

「――ッ!?」
 刹那。
 次に感じたのは――殺意こそ感じられぬが、害意のある鋭い気配であった。
 歌う人魚とは逆方向からカッ飛んできた手裏剣を、鴉面を抑えた俺はほぼ本能だけで避け。
 ごろごろ転がる。
 カッ飛んでいった手裏剣は俺を紙一重ですり抜けてゆくと、人魚の腰掛けるやぐらへと刺さって。
 歌が止まった。
 そうして彼女は、此方へと振り返り――。
「敵だな!?」
 砂利の上を転がったままの体勢で、手裏剣が飛んできた方を睨めつける俺。
「おう、丁度良い所に突っ立ててくれて助かったぜ」
 応じる白い肌の狐面の男は、ひらひらと手を振りながら。
 こちらへと歩み寄ってくるが、悪びれもしていない。
 わっ、腹が立つ~。
「アンタの事は何も憶えてないんだが……無性に腹が立つ顔と態度をしてるんで、どっか行ってくれマス??」
 歌が止まったのは良いが、避けなければ普通に当たっていた所だ。
 俺はとりあえず、黒いほうの狐面にお気持ちを申し立てておく。
 良くないですよ。
 ――不思議とこういうやり取りは、初めてでは無い気がする。
 それでも憶えてはいない、思い出せはしない。
 なんたって俺は、彼の顔に見覚えが無いのだから。
「敵なら容赦なく仕留めた所を、味方として利用するに留めてやったんだろうがよ」
「――おや、何方か存じませんが、気が合いますねぇ」
 あなたも息ピッタリで上手に避けましたね、なんて。
 白いほうの妖狐に合わせて、褐色の方の妖狐も呑気に笑っている。
「やっぱりアンタら敵だな!?」
 俺は噛みつかんばかりの勢いで叫ぶ。
「まぁ、それは良い」
「はい、まあ。それはそうとして」
「流さないでくださいマス!?」
 ――ああ、もう。
 コイツらが何を気にしているか位、俺にだって理解は出来ている。
 あの人魚だ。
 あの人魚の歌声は、……――記憶を奪うのだろう。
 しかし、しかしだ。
 アレを討てば後で胸が痛むという事も、不思議と察しがついていた。
 それでも、それでも。
 ――俺は忘れても、満たされては居ないという事も感じている。
 ああ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
 憶えてはいない。
 憶えてはいなくとも。
 空っぽに戻るのは、嫌だ。
 幸福も、不幸も。
 喜楽も、辛苦も。
 全部、全部、全部、俺を形作るモノだったのだろう。
 そう身体が覚えている、そう身体が叫んでいる。
 瞳を俺が細めると、褐色の妖狐が肩を竦めて言葉を紡ぎ出し――。

「さて――改めて、人魚さん」
 俺は胸元へと褐色の指先を当てるとかぶりを振って、赤い瞳で人魚を見据えて言葉を選ぶ。
「残念ながら、俺達にとって忘却は空虚や不幸にしか成り得ぬ様です」
 言いながら俺は、ちらりと鴉面の男を見やる。
 ――もちろん。
 俺の胸裡で消え行く何かが、悲鳴をあげている事は感じている。
 しかし、俺でさえ感じるのだ。
 ならば。
 覚えちゃいないが、一等分かり易そうな鴉面の男なんかは――。
 ほーら、あんなに辛そうな表情を浮かべている。
 もう一人の妖狐も肩を竦めて、刀の柄に手を触れて。
「嗚呼、そうだ。勝手に消すな。俺は忘却なぞせずとも、辛苦も悲哀も愉悦に塗り替えて行くさ」
「……俺は、哀しくても、幸いが痛みに変わっても。『忘れないで』行かなきゃならないんだ」
 くっと息を呑んだ鴉面の男が、決意したかのように言葉を紡いだ。
 思わず俺はその様子に、唇に笑みが宿ってしまう。
 別にバカにしている訳では無い。
 ――。
「忘却すれば、止まってしまうでしょう? 俺は何も生まれない事もまた、俺は哀しく思うのです」

 その言葉に瞳を眇めた人魚は、諭すように言葉を紡ぐ。
「止まる事は悪い事ではないでしょう。――忘れられないことで動けなくなるよりは、ずうっと良いわ」
「もう、あなた、言い返さなくて良いのですよ。ただ、……全て忘却させてあげましょう。まだ彼らは救われていないようですから」
「……そうね、……そうよ!」
 重なる声は一人の声。
 しかし全く違った調子に響く人魚の声音。
 彼女は空を尾ひれで叩いて。ふうっと手のひらへ息を吹きかけたかと思えば、大量の泡が男達へと向かい行く。
「消すな、と言ってるだろうが」
「きっと、思い出せない事も不幸なのだと思いますよ?」
 軽口を叩いた妖狐達は地を踏み込むと、阿吽の呼吸で同時に刀を振り払った。
 菊里が袈裟斬りに。
 清宵が逆袈裟斬りに刀を振り抜くと、衝撃波がやぐらごと人魚を揺らし――。
「返して、貰うぞ!」
 そこに大きく跳躍で踏み込んだ伊織が、人魚の脳天に刀を振り下ろした!

 誰も憶えていないのに、身体は覚えているようで。
 意図せず揃う足並みに、三人は――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

ロキ・バロックヒート
そう
忘れることがしあわせなの
覚えていても心が痛みを訴えることばかりで
そうかもしれない
でもさ―
不公平だと思わない?
だって君たちはずっと一緒だけど
私は忘れても世界が滅びてももう一緒に居られないの
一緒に逝けなかったんだから
さっき握った大きな手の温もりが残っていたのに
もう誰のものかもわからないなんて

次に忘れゆくのは怒りを妬みを憎しみを潰したこと
要らないと捨てたのがなんの為かも忘れて
ねぇ不公平だよ
おまえたちだけ一緒なんてゆるさない
声に抑えようのない怒気が滲んで
浮かぶのは歪な笑い
ふたりを引き裂くのは
理不尽で傲慢な神の私刑と
灼き尽くす光の神罰

ああ
戦い終える前には
どうしてこんなに怒っていたかも忘れているのかな



 紅い、紅い、終末の色。世界の終わりの色をした空。
 それはロキにとって、ひどく好ましい色だけれども。
 遠くから崩れて行く世界を感じながら、ロキは思う。
 忘れる事は、しあわせなのだろう、と。
 うん。
 確かに、そうだろうね。
 覚えていたって、心は痛みを訴えるばかりだ。
「――でもさ、不公平だと思わない?」
 並んだ風鈴達がさんざめくやぐらの下で、ロキは傷だらけの人魚へと首を傾ぐ。
「ふこうへい?」
「忘却は、皆に訪れるものですよ」
 一人なのに重なる声。
 それは、彼女が二人であるのに一つである証拠のようだ。
 嗚呼、嗚呼。
 ぱちぱちと胸裡の奥で、何かが零れて剥がれて消えてゆく。
「だって、君たちはずっと一緒だけれど。――私は忘れても、世界が滅びても、絶対にもう一緒には居られないの」
 ぱちぱちと瞳を瞬かせた人魚を、真っ直ぐに見据えたままロキは更に言葉を紡ぐ。
「私は一緒には、逝けなかったんだから」
 ロキは、ロキには――。先程まで握っていた大きな手のひらのぬくもりがもう、誰のものだったかすら解らないというのに。
 なんて、なんて、なんて、ずるい。
 私ばかり、なんで? ……どうして?
「ああ、もう。ねぇ、それ、不公平だよ」
 手のひらの間から零れ落ちるように、忘れてゆく、消えてゆく。
 怒りを、妬みを、憎しみを、潰したことも、忘れてしまう。
 要らないと捨てたのに、捨てた理由をも忘れてしまう。
 忘れたことで『思い出す』なんて、不思議な事だけれども――。
「不公平、不公平。……不公平だよ。おまえたちだけ一緒なんて、……許せない、許さない、許すものか」
 ロキの言葉に隠しきれぬ、明らかな怒気が滲み混じり出す。
 言葉とは裏腹、唇に宿るのは歪んだ笑み。
 歪に擡げられた唇の奥で、白い歯がカチリと音を立てた。
「おまえたちも――、一緒には居られなくしてあげる」
 そうすれば、私と一緒。
 ねえ、そうすれば、公平でしょう?
 ――神罰を受けよ。
「……ッ!」
 明らかなる害意を向けられて、咄嗟に人魚が泡を生み出してガードと成すが、ロキは構わず大きく腕を振り下ろす。
 瞬間。
 ロキの影から爆ぜるように影の槍が生え伸びた。
 それは傲慢で、理不尽で、道理など通る訳も無い。
 きっとこの戦いが終えれば忘れてしまう程度の、かみさまの気まぐれ。
 鋭く伸びた影の槍は泡ごと爆ぜ飛ばしながら、人魚へと殺到して――。

成功 🔵​🔵​🔴​

オズウェルド・ソルクラヴィス
【庭】
周囲の有様に槍を持ち
力を身に纏い対峙はするが…

人魚の姿に
心中、苦いモンが広がるのは
これも一つの答えだと思うからだ
どんな形であれ、一度失ったモンと共に居られるのは
それだけで奇跡だと、オレは思うからな…

忘却には、砦の鍵(指輪)に
共に思い出させる呪をかけ
ルゥーが作る道を辿り
アースと共に槍に破魔を込めて比丘尼のみを突く
忘れかけても指輪を触るのは
確かに、覚えているからだろうな…

わりぃな…

故に、槍を振り下ろすのは己の為だ
忘却も世界の崩壊も
何一つ
オレの望みでもなければ、救いでもない
人魚の…お前の望む物を奪うんだろうが…
満たされてる、その理由すら忘れる世界は
それこそ孤独で
救われてるようには思えねぇんだよ


ルゥー・ブランシュ
【庭】
あのね…
ルゥーもとても幸せだったの
アースも寂しそうな顔はしないし
オズの心もあったかそうで
ルゥーにも一緒に帰る家があって
誰も独りぼっちじゃない

でもね、人魚さん…
なんだか、ここはすごくさみしいの…

全部、全部忘れちゃったら…
大好きだよって
この気持ちを…誰に伝えたらいいの?

想いを忘れないよう指輪に魔力を込めて
歌の眠りを少しでも遮るように光の道を
忘れかけても
指輪の輝きがきっと、思い出せてくれる

オズにアース

人魚さんも、大事な人の名前…憶えてる?
どうして、大事なのか覚えてる?
本当に、全部忘れてしまったら
人魚さんも独りぼっち…

そんな世界は寂しすぎるから
ルゥーも
光の矢に祈りと浄化を込めて比丘尼さんを討つの


アース・ゼノビア
【庭】
春の続きを朱夏と準えるのだっけ
霞む程に遠い記憶が
この音、景色を
不思議と懐かしむ日もあるんだ

それよりは、まだはっきりしてるとも

双子の妹は聡い子供でさ
きっとルゥといい友達になれた
俺が折れても赦すだろうな……でも
その夢はもう見厭きてさ、子供の頃にね

神樹の槍には必中を懸け
背はオズに預け
宿木の指環に散らぬ祈りを

想い出はいつも傍に。それを積み重ねての今だ
護るよ。仲間、世界、記憶
あまねく最大数の幸福を
ちゃんと明日も生かす為にさ

多重詠唱で浄化と破魔を重ねた神槍で
比丘尼を狙って薙ぎ払い
人魚に催眠術を
目覚めたら、この泡沫の逢瀬を
幸せな夢としてまた思い出せるように

妹のこと
久し振りに、嬉しく思い出せた
ありがとう



「私はいま、とっても幸せよ。つらいことも、かなしいことも無い。満たされているの。ほんとうよ?」
「忘れる事は、救いだと解らないのは悲しい事ですけれど、――苦しい事を忘れてしまえば、きっと」
 歌う、歌う。
 傷だらけだというのに、人魚は花笑んでいた。
 あれほど苦しそうだと言うのに、人魚は満たされていた。
 椿の花を舞わせて空を泳ぐ彼女を真っ直ぐに見やったオズウェルドは、忘れぬように祈りを籠めて揃えた指輪を知らず撫でる。
 ――正直な所、内心は苦虫を噛み潰したような気分だ。
 なんたってあんなに歪な形が、オズウェルドには幸せの形の一つに見えてしまった。
 答えの一つだと、感じてしまったのだから。
 どんな形であれ一度失ったモノと共に居られるのは、それだけで奇跡なのだろう、と、感じてしまった。
 ――先程までの夕焼けの街を思い出せば、思い返すほど、そう思ってしまうもので。
 細く息を吐いたオズウェルドは、ぎゅっと槍を構え直す。
 空は落陽と共に世界が終えてしまいそうな、赤色に染まっている。
 伸びる影は昏く、長く。
「……春の続きを、朱夏と準えるのだっけ」
 その横で槍を構えるアースは、瞳を細めながら蒼い翼を畳んで、空の眩さに瞳を細めるばかり。
 ぐるりと寺を覆うやぐらに連なるびいどろ風鈴達の、しゃらしゃらとさざめく合唱に遠い日の記憶が揺れて、響いて。
 懐かしい光景よりも、まだ色濃い記憶を噛みしめる。
 忘れぬように、消えぬように。
 あの夕焼けの街の、幸せな夢を。
 ああ、……――久しぶりに嬉しく思い出せたのだ。
「……あのね、ルゥー、とても幸せだったの」
 ほつりと呟いたルゥーの揺れる翠の奥には悲色が宿されている。
 あの街ではアースも、寂しそうな顔をしていなかった。
 オズもあたたかげに、笑っていた。
 ルゥーにも、一緒に帰る家があった。
 美味しいご飯だって待っていたし、みんなで食べるご飯はきっとうれしくて、美味しかっただろう。
 おばあちゃんもいたし、スノゥちゃんもいた。
 誰も哀しんでいなかった。
 誰も一人ぼっちじゃなかった。
 きゅう、と喉の奥を鳴らしたルゥーに、落陽の赤を髪に映すアースが眦を和らげて零す。
「――ルゥはきっと、スノゥといい友達になれただろうね」
 きっと、きっと。
 アースが折れたとしたって、双子の妹ならば赦してくれた筈だ。
 ――でも。
 それでも。
「……その夢はもう見厭きてさ、――子供の頃に、ね」
 オズウェルドは、アースに。
 アースはオズウェルドに。
 互いに背を預けた二人は槍を構えると、同時に人魚へと向かって地を踏み込む。
 二人の背を見やって祈るルゥーは、光の雨をほたりほたりと零して。
「ルゥーね、ほんとうに幸せだったの。だから、だから、……全部、全部忘れちゃったら。大好きだよって気持ちは、……誰に伝えたらいいの?」
 空から落ちてくる雨のように、心細げに響く声音。
 はらはらと舞う椿の花弁は、皆の記憶を奪おうとする。
 甘やかに、悲しげに響く歌声は、皆の意識を奪おうとする。
 ルゥーは、祈る。
 ルゥーは、優しい光に力を籠める。
 この寂しい場所を、少しでも照らせるように。
 この悲しい場所に、少しでも花が咲くように。
「ねえ、人魚さん。……人魚さんは、大事な人の名前は憶えてる? ――どうして大事だったのか、覚えている?」
「……そんなこと、忘れてしまっても、良……」
「駄目だよ、人魚さん」
 人魚の言葉に被せるように。ルゥーはふるふると首を横に降ってから、否定する。
「忘れちゃ、駄目だよ! 人魚さんから骸魂がいなくなっちゃって。……本当に全部、全部忘れてしまってたら、人魚さんは、……比丘尼さんも、独りぼっちだよ……!」
 ほとんど泣きそうな声でルゥーは、光を矢と成して――。
 人魚だけでは無い。
 このままみんな大切な人も、大事だった事も全部、全部、忘れてしまって。
 ……幽世ごと壊れてしまったら。
 みんなが一人ぼっちのまま、死んでしまうなんて。
 そんな世界、そんな世界――。
「忘れないで。……そんな世界は、ルゥーは寂しすぎると、思うから……」
 踏み込んだオズウェルドがやぐらを蹴って跳躍すると、空中を泳ぐ人魚へと向かって槍を振り上げ。
 逆方向から迫るアースは、待ち構えるようにくっと息を飲む。
 ――想い出はいつだって傍にある筈なのだ。
 想い出を積み重ねて、今は出来るものの筈なのだ。
「俺には、護りたいものが、――忘れたくないものがあるんだ」
 アースの護りたいもの。
 仲間、世界、――大切な、大切な記憶。
 あまねく最大数の『幸福』。
「だからね。明日を君たち二人の為に奪わせる訳には、いかないんだ」
「ああ、わりぃな。――オレはオレの為に、お前の望む物を奪わせて貰う!」
 アースの言葉に応じるように、オズウェルドが一気に槍を振り下ろすと、人魚を挟む形でアースが槍を突き出す。
 ――オズウェルドが槍を振り下ろすのは、ただただ己の為だ。
 忘却だって、幽世の崩壊だって、オズウェルドの望む所でも無く、救いでもないのだから。
 彼女の謳う、『満たされている理由』すら忘れてしまう世界は、とてもでは無いが救われてるようには思えなかったのだ。
 ――オズウェルドは、オズウェルドの思う幸せの為に、彼女を貫く。
「……っ、ぐ、ぅ……ッ!」
 ぱきり、ぱきり、鰭の先から凍って行く音。
 二槍に貫かれた人魚へと、重ねて光の矢が殺到する。
「……」
 細く細く息を吐いたアースは、瞳を狭めて、力を籠めて。
 願わくば、願わくば。
「目覚めた時にこの泡沫の逢瀬を、幸せな夢として思い出せる事を祈っているよ」
 ――妹の事を、久しぶりに嬉しく思い出させてくれた君『達』だから。
 ありがとう。
 ――おやすみなさい。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

揺・かくり
【幽明】
風鈴の音が響くたび
私と云う存在が揺すれてゆく
何時しか記憶さえ手放して
わたしの情が引き摺り出される

『君』とは誰
隣に居るあなたは誰
わたしは、だあれ

忘れることがすくいなの?
無くすことがさいわいなの?
瞳を伏せてみなければいい
耳を覆いきかなければいい

嗚呼、ああ――けれど
私を揺する、其の声は
何よりも耳障りだ

何もかもを無くしたとて
私の胸裡から滲み出す呪詛は途絶えぬ
全てを払え、全てを喰らえ
諸君、久方振りの宴の時間だ
私の命ならば幾らでもくれてやる

――は、
君は、何をしているんだい

目覚めたとも
あの歌を止めようか

君たちの手を、足を
持てる力の全てを
此の私に寄越せよ

耳が痛い事を云う
知っているよ

ああ、知っているとも


唄夜舞・なつめ
【幽明】
…はァ、ダメだな
かくりが気になって
今度は見つけた過去の記憶の方がどんどん消えていく

お前はかくり
俺に生きる追風をくれた人

俺はなつめ
お前に救われた人

君は…おめェがこれから
向き合わなきゃならねェやつだァ!


【完全竜体】になってかくりの
寿命を食おうとする死霊から庇う

ッてェなぁ…!

ーーーこいつァ俺のモンだ!!!
てめェらは俺の寿命でも食ってろ!

『死ねない』俺のなァ!

お、やる気になったかァ?
いいぜェ、
一緒に…殺るかァ!
飛び立つと夏雨を降らせ、
雷を叩き込む

なァ、かくり
忘れることも
無くすことも
見ないことも
聞かないことも
望むなら全部そうすりゃいい
でもな、それじゃいつまでも
望む応えなんて見つかんねェよ



 眩い落陽の色を映したびいどろたちが、風に揺られてりりんと涼やかに音を零す。
 ゆるりと顔を揺すった私は、思い出せない。
 甘く響く歌声に揺られて、胸裡より『私』が揺すれてゆく。
 濁った双眸であなたを見る。
「ねえ、わたしはだあれ?」
「お前は、かくりだよ。俺に生きる追い風をくれた」
 あなたが教えてくれるものだから、私――かくりはもう一つ尋ねる事にする。
「――あなたは、誰?」
「俺は、なつめ。お前に救われた」
「……嗚呼、そうかい」
 あなた――なつめがそう言うのだから、きっとかくりはなつめを救ったのだろう。
 真夏のような名前だ、と思う。
 憶えていないけれど、憶えていないが。
 あの歌声だけは、聞き捨てならないと思う。
 記憶を食らって、情を引き摺り出すような歌声。
 歌へとふらりと歩みだしたかくりの背を追って、なつめも歩みだす。
「忘れることが、すくいなの?」
 ねえ、本当に?
「無くすことがさいわいなの?」
 それは、本当に?
「ならば、瞳を伏せてみなければいいだろう、耳を覆いきかなければいいだろう」
 足取りには迷いは無く、言葉に交じる感情の色は――。
 能面のように張り付いた表情のまま、紡がれる旋律に言問うかくりは真っ直ぐに真っ直ぐに歌へと向かう。
 嗚呼、ああ――。
 歌の果てへとたどり着いたかくりは、どろりとした金色の瞳を真っ直ぐに歌う人魚へと向けて。
「その私を揺する、その声は――何よりも耳障りだ」
 胸裡より滲む呪詛のままに、黒い契りの輪の指を彼女へと向ける。
 全てを払え、全てを喰らってしまえ。
「諸君、久方振りの宴の時間だ。――私の命ならば幾らでもくれてやる!」
 瞬間。
 かくりより溢れ出した死霊が、膨れあがり――。
 ふ、と。
 もう一つだけ。
 胸裡に渦巻く質問をかくりは、――なつめに重ねた。
「ああ、そうだ。……『君』とは誰だい」
「それは――おめェがこれから、向き合わなきゃならねェやつだァ!」
 その盟約によって、かくりの寿命を喰らおうと彼女に纏わり付く死霊達へと、竜と化したなつめが飛びかかる。
「~~ッてェなぁ……! でもなァ、――こいつァ俺のモンだ! てめェらはにはやらねェ! どうしても喰いたいなら俺の寿命でも食ってろ! ――『死ねない』俺のなァ!」
 死霊達が自らを護るべくなつめに食らいつき。
 そのぶちかましの勢いに、かくりはきょとんと必要もない瞬きを重ねた。
「……は……、君は、何をしているんだい?」
「かくりがふざけた真似をしてっからだろが! 何勝手に命をやろうとしてんだよ!」
「……成程。……矢張り奇っ怪な者だね、君は」
「そりゃどーも。……で、目覚めたか?」
「ああ、目覚めたとも」
 竜と成ったなつめは、首を揺り動かして。
「なら、一緒に殺るとするかァ!」
 肩を竦めたかくりは、こくりと頷いて。
「そうだね、あの歌を止めようか」
 改めて人魚へと視線を向けた二人は、死霊を纏い、夏雨を振らせて――。
「――なァ、かくり。忘れることも、無くすことも、見ないことも、聞かないことも、望むなら全部そうすりゃいい」
 大きく翼を広げて紅い空に飛び立ちながら、なつめは言葉を重ねる。
「でもな、それじゃいつまでも、望む応えなんて見つかんねェよ」
 そうして雷を纏った竜は、空を旋回して。
「……耳が痛い事を言う」
 視線をすこしだけ揺らしたかくりは、小さくかぶりを振って。
 ……知っているよ。
 ああ、知っているとも。
 噛み殺した言葉と共に、死霊を人魚へと殺到させた。
 ――君たちの手を、足を。
 持てる力の全てを、此の私に寄越せよ。
 そうして、――また思い出そうじゃないか。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

天狗火・松明丸
硝子の傘が鳴り響き
人魚の歌は止まずに
胸裡から何かを攫ってゆく


ふと――泣き声がした

あれは誰だったか
人であったろうか
夜の山にて迷う者

余りに涙を雨と流すから
ほんに五月蝿くて敵わん
脅かしてやろうと思えど
俺を見るや喜んでおった

…何故だったか

掌を見下ろした
生っ白い人の手だ
こんな形をしていたか?

歌声に耳を澄ませる
忘れてしまえば苦しくないが
忘れ去られては生きられない
其れが大切であればある程に

ちり、と指先が燃えた
人ならざる翼が炎を纏う

そういやあ、そうとも
此の身は松明丸が故に
明かりにも焚き木にも
脅かす悪にも成ろう者
忘却なぞ望みもしない

火の粉を散らせば人魚の君へ
それで、然し果たして本当に
忘れてしまって良いものか?



 さんざめくびいどろの合唱。
 しゃらりしゃらりと風に歌う風鈴たちは、涼やかに。
 重なる人魚の歌声は、甘やかな旋律を紡いでは。
 胸裡より奪い、零し、ぽっかりと穴を空けてゆく。
 何を喪ったかも判らず、何を奪われたかも解らず。
「――……」
 ふと。
 何処かから泣き声がした気がする。
 俺は、思い出せない事を思い出す。
 あれは誰であっただろう。
 人か? それとも――。
 兎も角。
 夜の山にて迷う者が、常態で在る訳も無い。

 ああ。
 五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。
 泣くな、喚くな、ほんに敵わんものだ。
 喚く鳴き声、ほろりほろり零れ続く熱い泪。
 それほどに泣くのならば脅かしてやろうかと、俺が覗き込めば――。
 何を笑っている。
 何を喜んでいる。
 ――何故、だっただろうか。
 俺は、はたはたと睫毛を揺らして、瞬きを重ねる。
 指が5本もある手のひらが2つに、2本の足。
 生っ白い肌。
 手のひらをじいっと見下ろすと、酷い違和感に襲われる。
 人の手。
 俺の手。
 違和感、違和感、違和感。
 ――こんな形を、していたか?

 はっと俺は顔を上げて、俺は周りを見渡す。
 この歌は、此の歌は。
 忘れる事は、苦しくは無い。
 忘れ去られてしまえば、生きてはいられない。
 ――大切であれば、ある程に。

 燻る感情。
 燻る指先。
 ちりりと指先が、炎を揺らした。
 嗚呼、嗚呼、嗚呼。
 そうだったな。
 小さく畳んでしまっていた翼をはためかせれば、炎を纏い、火の粉が散った。
 そうだ、そういやあ、そうとも。
「――嗚呼、そうか」
 此の身は、『松明丸』。
 炎が爆ぜて、俺は――火を纏う怪鳥である松明丸は、歌声の果てを真っ直ぐに見据える。
「俺は明かりにも焚き木にも、人々を脅かす悪にも成ろう者。お前さんの与える忘却なぞ、望みもしねぇよ」
 紫の視線の先。
 やぐらの上に腰掛けた人魚は、まあ、と口を押さえて。
「あら、……途中まで上手く行っているとおもったのに」
「信じようと、信じまいと。望もうと、望まざるとも。忘却は救いであるというのに。悲しい事ですね」
 重なる声で応じた彼女は、ひいらりと鰭を揺らした。
 それは二人で一人である証拠であるようにも思えて。
 松明丸は、ただの疑問として言葉を紡ぐ。
「何だ。――果たしてお前さん達の其れは、本当に忘れてしまって良いものか?」
 骸魂と切り離されてしまえば、彼女は一人になるのだ。
 そうなった時に彼女と在った事は、――本当に忘れて良い事なのか?
 大きく翼に風を孕ませた松明丸は、炎を巻き上げて。
「ッ! ……、――あ、ああ」
 炎に焼かれた人魚は、口を大きく喘がせて、ただ、呻いた。
「時が、……止まって欲しかっただけなのに」
 一緒に、在りたかった。
 そうして彼女は絞り出すように、苦しげに歌を紡いで――。

成功 🔵​🔵​🔴​

喜羽・紗羅
最初っから全開だ行くぞッ!
(ええ。大丈夫よ……やっちゃって!)
忘却させる歌だか何だか知らねえが、
目と耳を使ってテメエへの道を探り出す

(忘却。私が受けるから、あんたは)
地形を利用し奴から身を隠してダッシュだ
(記憶だけのあんたがコレを受ける訳にはいかない――でしょう!)
健気な子孫だ。泣けるが泣かねえぞ

(そんなタマじゃ無いでしょう、に……!)
させるかよ
過去が未来の邪魔すんじゃ……ねえ!
間合いに入ったらバッグの自動援護射撃をフェイントに
ジャンプして神霊体の鎧を召喚!
太刀を変形させなぎ払いの衝撃波で尾を払って
2回攻撃の一突きで鱗を貫いて直接ぶち込むッ!

忘れるって事は死ぬ事だ
生きる限り越えるしかねえんだ!



「最初っから全開だ、行くぞッ!」
 ――ええ、……大丈夫よ。やっちゃって! ……忘却は、私が受け止めるわ。
 傷だらけの人魚は、未だに歌う事を止めはしない。
 あれ程傷ついても、どれ程傷ついても。
 彼女の祈りを、彼女の正義を、彼女の救いを、彼女自身が最早否定が出来ぬのであろう。
 紗羅――否、今の彼女の主導権は鬼婆娑羅へと移っている。
 鬼婆娑羅は駆ける、駆ける。
 歌声へと向かって、人魚へと向かって。
 やぐらに吊られたいくつものびいどろが涼やかな音を立てている。
 この落陽が落ちてしまえば、きっと幽世はこの赤い空に飲み込まれて失われてしまうのだろう。
 此の世の終わりの色をした、紅い空。
 鬼婆娑羅の瞳と同じ色の、紅い空。
 よろりよろりと響く歌声は、境内の奥へ、奥へ。
 どこかへと逃げ込むように、人魚は鰭を泳がせて――。
「……近いぞ、気をつけろ」
 紗羅へと念押しするように鬼婆娑羅は囁いて。
 ――解ってるわよ。
 記憶だけのあんたが、『記憶』を忘却してしまったら。……そんなモノ、受けさせるわけには、いかないでしょう?
 胸裡に響く声音に、鬼婆娑羅は唇に笑みを宿した。
「なんて健気な子孫だ。……全く、泣けちまうな」
 泣きもしない癖に軽口を叩く鬼婆娑羅に、紗羅はもう、と呆れたような音。
 そんなタマじゃ無いでしょう――、……にっ……!
 歌声が響いている。
 悲しい声が響いている。
 忘れましょう、ねえ、苦しいことも。
 貴女の事を全て、失なってしまう位ならば。
 忘れさせて、この気持ちも。
 忘れましょう、この心を。
 みんな、みんな、一緒なら、怖くないでしょう?
 ――ねえ。
「させるか、よっ!」
 スクールバッグから覗いた短機関銃。
 片手でスマホの画面を押し込んだ鬼婆娑羅は、一気に駆けて――。
 砂利を弾いて小気味よく響く射撃音が、人魚の周りに威嚇するかのように。
 ……っ、は、あ。ぅ、く……ッ。
 胸裡に響く、自らの子孫の声。
 戦ってくれている、耐えてくれている。解る、解るからこそ。
「――過去が未来の邪魔すんじゃ……ねえッッ!!」
 大きく踏み込んで跳躍すると、神霊体の鎧を纏い。
 握り込んだ太刀を振り上げて、産むは衝撃。
 返す手で円を描くように、払うは骸魂。
 大きく振り上げた刃を真っ直ぐに打ち込み、断ち切るは歪んだ過去。
「忘れるって事は死ぬ事だ、生きる限り越えるしかねえんだッッッ!」
 なあ、そうだろう。
 ――紗羅!

成功 🔵​🔵​🔴​




第3章 日常 『納涼、カクリヨ風鈴祭り』

POW   :    謡えや踊れ。盆踊りの輪に加わる

SPD   :    射的、型抜き、金魚すくいで競争

WIZ   :    風鈴、提灯、かき氷。準備万端で花火を待つ

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●夜祭り
 ちらりほらりと、星が瞬きだした空。
 連なる雲は暗みきる前の薄紫色を映して、眩い夕映えの赤を夜色が端から染め行く。
 寺の境内をぐるりと囲ったやぐらには、びいどろの風鈴がずらりと並び。
 風が吹く度にちりりちりりとさんざめく、涼しげな音を立てていた。

 お守りや風鈴。鬼灯の灯籠をはじめとした、祈りの賜物たる縁起物の屋台。
 酒や食べ物の屋台はもちろん、香具師に古道具、果ては刃物売りやら服屋まで。
 過去の遺物で組まれた祭り会場は、妖怪たちによって賑わいが取り戻されて。
 この場所では、常よりこのような催しが常に行われているそうだ。
 その為だろうか。
 立ち並ぶ屋台達は、どうにも夜市とも祭りとも称しきれぬが、夜に暮れ始めた世界をにぎにぎしく彩っている。
 もう一刻もすれば花火だって上がると、踊る妖怪達が口々に語っていた。

 ――兎にも角にも。
 比丘尼の骸魂は躯の海へと沈み、還った。
 それは幽世の崩壊の危機が、猟兵達によって防がれたと言う事だ。
 夜に浮かれて、浮世の冥利に咽返るような祭りを楽しむも良いだろう。
 比丘尼の事を少し忘れてしまった様子の彼女に、声を掛けるも良いだろう。
 幽世の夜はまだ、始まったばかりなのだから。
黒鵺・瑞樹
何となく不思議さを感じる風景だな。

件の彼女が一人なら少し話を。
話したい事があるなら聞き役になるつもり。

個人的に忘れられないなら忘れなくていいと思う。
苦しみもつらさもひっくるめて自分だろうから。
忘れなくても少しだけ過去にできたなら。それだけで楽になるんじゃないかな。
俺自身存在理由はきっと何があっても忘れられない。それがあったからこそ俺は生まれた。
でも感情は?
愛しいと思った想いを忘れる事は出来なくともいつか過去にできる。
だってすでに一度過去にできた。だからまた今度もできるはずだと思ってはいるのだけど。
でもまだできないでいる。
つらくてもその胸の痛みが俺が俺であると確りと認識させるからなおさら。



 風が吹く度に音を立てるびいどろ達、その賑やかな音を飲み込むほどの妖怪達の賑わい。
 なんたって今日は、世界が守られた日なのだから。その上猟兵まで遊びに来ているとなれば、祭の賑わいが増す事も仕方の無い事だろう。
 そんな喧騒を湛える屋台街を抜けた先には、いくつかの石碑が肩を寄せ合うように立っており。
 ぼんやりとした赤色の光が、その一つを照らしているのが見えた。
 それは鬼灯提灯の光。
 ゆうらりと鰭を空に泳がせる人魚の彼女が、石碑の脇に腰掛けている。
「やぁ」
 ひらりと片手を上げ。
 彼女へと一歩歩み寄る瑞樹の声に、かんばせを少しだけ擡げた人魚は瞬きを一度重ねて。
「こんばん、は……? それとも、ありがとうかな」
 記憶は曖昧なれど、自分が起こした事は理解しているのであろう。
 瞳をせばめて、彼女は瑞樹の顔を見上げたまま。
「どういたしまして、――少し話でもどうかな、ってね」
「そう……、良い、けれど」
 沈んだ様子の彼女は、小さく応じると視線を落として。
 それからゆるゆると首を振ると、口を真一文字に結んだ。
 瑞樹としても、無理には言葉を紡ぐ気持ちは無いようで。
「……」
「……」
 しばし訪れた沈黙を破ったのは、人魚の長く細いため息であった。
「――知ってると思うけれどね、妖怪は地球から幽世に逃げて来る前からずっとずっとむかしから存在しているの。……それでも、長く在ったとしても、……忘れられないなんて、バカみたいよね」
 憂いに沈む声音。
 それでも、彼女は忘れる事は幸せな事だと、救いだと言った。
 もしかすると、彼女にも忘れられない事があったのかもしれない。
 ――その証拠のように、彼女は人魚の思いを掬い上げて少し持っていってしまったようなのだ、と。彼女は言う。
「――忘れられないなら、忘れなくていいと思う」
 これは俺個人の感想だけど、と付け加えた瑞樹は肩を竦めて。
「苦しみもつらさもひっくるめて自分だろうから。……忘れなくても少しだけ過去にできたなら、それだけで楽になるんじゃないかな」
「……ふうん」
 人魚は鼻を鳴らすように、小さく応じて。
「――俺自身、存在理由はきっと何があっても忘れない。……忘れられない。それがあったからこそ俺は生まれたのだから」
 でも、それが。
 感情であったとしたら、どうだろうか。
「きっと愛しいと思った想いを忘れる事は出来なくとも、いつか過去にできる。なんたって、俺も出来たから」
 次ぐ言葉を、瑞樹は飲み込む。
 ――だからまた、今度もできるはずだ。……今は未だ、出来ないけれど。
 その胸の痛みが自身である証拠のように疼くものだから、――なおさら。
 妖怪は自身に向けられた感情を、食う。
 人魚は瑞樹の顔を見やって、眦を和らげると。
「……そう」
 短く応じて、頷いた。
 祭りの喧騒は、少しだけ遠く響く。
 鬼灯提灯のぼんやりとした光が、二人を照らしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

千々岩・弥七
【岩戸】
えへへ、ふそー(扶桑)さんとおでかけうれしいのです!
ふそーさんと手を繋いでお祭りへ!
わわ、何か買ってくれるですか?
お祭りの食べ物はどれもおいしそうで迷うです…
決めました!リンゴアメが欲しいです!

リンゴアメをガリガリ齧るです
リンゴも好きですが、外のアメ部分もだいすきです!
…ふぇ?
ふそーさん、何か気になるのがあったですか?
何を見ているのか顔をあげると…
わぁ!キレイな風鈴いっぱいです!
ふそーさん、風鈴好きですか?

じゃあじゃあ、あっちで売ってるから見に行きましょう!
あい!選ぶならぼくにお任せなのです!
一番キレイな音するのを選んであげます(狸耳ぴこぴこ)
ふそーさんの手をひっぱっていざ出発ですよ!


黒羽・扶桑
【岩戸】

ああ、思い出した
通り過ぎてきた黄昏時の切なさが
まるで夢であったかのような賑わいだな

さて、烏が鳴く時間はとうに過ぎたが
今宵は特別だ
行こうか、弥七
好きなものがあったら言え、買ってやるぞ

子狸の手を引いて屋台巡り
丸々とした林檎飴が豪快な音を立て消えていく
まったく、子供の食欲は侮れんな
弥七の様子に目を細めていると
ちりん、と澄んだ音が

見れば、やぐらに並ぶびいどろの数々
その美しさに足を止め、思わずため息

ああ、綺麗だ
好きかと問われれば頷いて肯定

烏ゆえの特性か己自身の好みなのかは
我にもわからぬがな

ほう、一つばかり買っていくのも悪くないな
弥七、選ぶのを手伝ってくれるか

繋いだ手を引かれて
また夜の中へ歩き出す



 烏が鳴く時間はとうにすぎて、世界が夜に染まる時。
「ふそーさん、ふそーさん! はぐれないように手をつなぐですよ!」
 男たるもの、女を守んなきゃいけない時がある。
 今日はお化けはいない(はず)だけれど、夜の道は何が起こるか解らない。
 いやいやいや、勿論、お化けがこわい訳じゃないですけれど! お化けなんてうそですし、ええと、そうじゃなくて!
 ととさまの教えを今日も千々岩・弥七(ちびたぬき・f28115)の胸の中に。扶桑の手を引いて歩む弥七は、きょときょと周りを見渡す。
 弥七はヒガクレル前に帰らなければいけないと言われては居るが、今日は特別。扶桑が一緒であるし、何よりもヒガクレルの意味を未だ弥七は知らないもの。
 弥七が少しの不安とそれ以上のぴかぴかの期待を胸に見渡すお祭りの夜道は、何もかも楽しそうで、ぜーんぶわくわくで。どきどきしてしまう。
「ああ。ありがとう、弥七」
 扶桑の取り戻した記憶は、しっかと胸に。
 小さな狸が張り切って誘導してくれると言うのならば、預けた手のひらは彼に引かせるが侭。
「そうだ、好きなものがあったら言え。買ってやるぞ」
 彼の背越しに祭を見やった扶桑は、柔く眦を下げた。
 ――泡沫夢幻、という言葉が頭に過る。
 ぴかぴか瞬く星あかりに、きらきら光る屋台の提灯。
 もうあの人も、幼烏も、紛い物は見えはしない。
 先程までの淋しげな光景が、まるで夢だったかのよう。
 祭りの賑わいは通り過ぎた刻も、黄昏の物悲しさも、切なさも、全部呑み込んで。賑々しくも華やかに。
「わわ! 何か買ってくれるですか? うーんうん……、どれもおいしそうで迷うです……」
 扶桑の言葉に橙色の瞳をどんぐりみたいに見開いた弥七は、せわしなく周りを見渡し。
「ああ、そんなに焦らずとも……」
「決めました! あのリンゴアメにします」
「おお、そうか」
 言葉をかぶせ気味にびしーっと即決した弥七の言葉に、扶桑は鷹揚に頷いた。
 そうしてまんまるな林檎飴を一つ手に入れた弥七は、早速がりがりと齧りだす。
 外側の飴がパリパリ、中のりんごはさくさくザクザク。
 甘酸っぱさが口いっぱいに広がる林檎飴は、とっても美味しい。
 するすると大きな飴が弥七の中に消えていく様は、子どもの食欲の侮れなさを感じさせるようで。
 やれやれと瞳を狭めた扶桑は、――ふと上げた視線の先に目を奪われて。思わず、ほうと零れる吐息。
「……ふぇ? ふそーさん?」
 彼女の雰囲気の変化に気がついた弥七は、狸の耳をピンと立て。手についてしまった飴を舐め取りながら、顔を上げる。
「……ああ。いや、な」
「むむっ?」
 ゆるゆると首を振る扶桑の視線の先を追う弥七。
 それから彼女が何を見ていたのかを得心すると、彼はぱっと花笑んだ。
「……わあ! キレイな風鈴いっぱいです!」
「うむ、……とても綺麗だ」
 祭りの賑わいに紛れはしていたが、よくよく見れば。
 やぐらに幾つも下げられたびいどろ風鈴の群れは、風に揺れる度に音を立て。りりんと鳴くびいどろの響きは、まるで合唱に喜んでいるよう。
 ――祭りの淡い光に照らされたびいどろたちは、きらきら輝いて。
 透けた色のついた光が地へと落ちる様も、舌を揺らして震える様も、なんだかとても美しく見えた。
 それに。
 ――風鈴を見上げる扶桑の瞳も、なんだかいつもより輝いているように見えて。
「ふそーさんは、風鈴が好きなのですか?」
「ああ、――烏ゆえの特性か己自身の好みなのかは、我にもわからぬがな」
 こっくりと頷いた扶桑の言葉にぴぴぴと耳を揺らした弥七は、手を手ぬぐいでぎゅっと拭ってから、彼女の手を取り直す。
「じゃあじゃあ、向こうでたくさん風鈴が売っていましたから、一緒に見に行きましょう!」
「ほう……そうだな。一つばかり買ってゆくのも、悪く無いかもな」
「あい! 風鈴選びもぼくにお任せなのです!」
 弥七は狸の耳を立てて、尻尾をゆーらゆら。
「そうだな、折角だ弥七の言葉に甘えようか。――一番良い物を選ぶのを手伝ってくれるか?」
「もちろん! ぼくにおまかせですよ!」
 一番キレイな音がするのを、選んであげます! なんて。本当に楽しげに笑った弥七は、しっかりと握った扶桑の手を引いて。
 寂しさも、切なさも、全部呑み込んでしまう程。
 賑々しい祭りの夜道を、二人は再び歩みだす。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榎本・英
屋台と言うべきか、夜市と言うべきか
色々な物が並んでいるね

さて、私の目当ては熱々のコロッケだが
古道具や刃物売りにも目が言ってしまうね
ナツ、此処は故郷だろう
何か気になる物はあるかい?

嗚呼。風鈴も良いね。
風鈴の音を聞いていると、とても涼むのだが

私は熱々のコロッケを探しながら、のんびりと歩こうか。
仔猫の歩みに合わせて、ゆっくりと
時折、寄り道だと古道具や刃物に風鈴を眺めてみよう

私はこの世界がとても好きだよ
ナツの故郷と言うだけではない
この世界の皆は、とても楽しそうに生きている
このような当たり前の日常が、私はとても好ましい

嗚呼。土産も買って帰るかい?
ナツの一番好きな、ポン菓子を土産に買って帰ろう



 びいどろ風鈴が等間隔に並ぶやぐらの下に、立ち並ぶ夜屋台。
 ほのかな光を湛える鬼灯提灯をひっかけた妖怪たちが、賑々しく寺の境内を行き交う中。
 にゃあ、みゃあ。
 英をエスコートするように、英の行く道を先導するように。
 額にバッテン模様の白い仔猫は、歩む妖怪たちの合間を器用にすり抜けて夜祭りの道を行く。
 鼻を擽る香ばしい焼きそばの香り、はしまきに、たこ焼きの屋台。
 お面を被った妖怪の子どもたちが、ミルク煎餅に齧り付いている。
 籤引きに水飴、水風船に、水笛。みその付いた冷えたきゅうり。
 目移りしてしまう程、様々な屋台が立ち並ぶ中。
 ――英の目当ては勿論、熱々のコロッケだ。
 しかし、しかし。
 大きな壺や何に使うのかも解らない謎の箱、鍋から反物まで並ぶ古道具屋。
 冴え冴えと光を照り返す刃が幾つもたち並ぶ、刃物の屋台。
 普通の祭りでは中々お目にかかる事が出来なさそうな屋台まで在るものだから。
 コロッケ以外の屋台が気にならないかと言えば、勿論否だ。
 ててて、と英の足元へと寄ってきた仔猫が、にあ、と鳴く。
 赤い瞳を細めて、英は視線を落して。
「ナツ、君の故郷は此処だろう。何か気になる物はあるかい?」
 仔猫は問いにやぐらを見上げて、また鳴いた。
 ――猫の使い魔である仔猫は迚も賢いのだ。
 それが風鈴を指していると気がついた英は、
「嗚呼、そうだね。風鈴も良いね」
 なんて、ひとつ頷いた。
 風に揺れるびいどろたちの合唱は、人々の熱気を冷ますように涼やかに響いている。
 その答えに満足した様子の仔猫は嬉しげに首を震わせると、もう一度鳴き。再びてってっと先に歩み出し。
 そんな仔猫の向かう先へと歩幅を合わせて、ゆっくりと英と仔猫は夜を歩む。
「ねえ、ナツ。私はこの世界がとても好きだよ」
 響く祭囃子に溶ける英の声。
 ――この世界の者たちは、皆が皆、楽しそうに生きている。
 当たり前の日常。
 当たり前だからこそ、何よりも得難い日常。
 其の当たり前を楽しそうに生きる彼らは、英にとってとても好ましく感じるものだ。
 途中でコロッケを一つ買い足して――。
 にゃっ!
 そこに。
 ひとつの屋台の前で仔猫が声を上げて、英は仔猫に品がよく見えるように抱き上げてやる。
 それは淡光に色を透かす風鈴が、幾つも並んだ屋台。
「おや、其れが気に入ったのかい?」
 ぺち、ぺち。
 ナツがじゃれるように一つの風鈴の短冊へと手を伸ばすと、舌が揺れてちりちりと音を立てる。
「そうだね、一つ頂こうか」
 ナツには風鈴、英自身には熱々のコロッケを。
 これでお祭りを楽しむ準備は万端、花火だってもうすぐ始まるそうだ。
 そこに重ねて響くは、仔猫の甘える声。
 にゃあ。
 その視線の先には――。
「……嗚呼、そうだね。お土産はポン菓子にしておこう」
 みゃう、にゃう。
 嬉しそうに鳴いた白い仔猫は、英へとじゃれ付いて。
 君がいっとう好くお菓子だって、用意をしておかなければね。
 ちりりと涼やかな音を立てる風鈴の群れ。
 仔猫を抱いた英は、ポン菓子の屋台へと歩み行き――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

天霧・雨吹
さんざめく空気に滲む祈りに触れ
漸う己の輪郭を取り戻した心地がする

黄昏に溶けた面影
手に残った、果て

取り零さずにすんで良かった、と
胸を穿つ郷愁を綯い交ぜに、掌を閉じる

行き交う楽しげな妖怪たち
彼らの抱く微かな祈りとともに酒を乾す

往事とは比ぶべくもない微かな祈り
己に向けられてはいなくとも
彼らが意識の端にすら上らせぬ淡き想いであろうとも

しみじみと愛しさが浮かぶのは
守らねばと願うのは

僕がそういう存在だから、ということではなく
きっと
裡を焼く悼みと引き換えに浮かぶ
在りし日の珠玉の如き愛しさを、抱いているから

嗚呼、だからこそ

酒を乾した後の
鍔鳴りすらも
愛おしい



 綺麗にやぐらに吊り下げられ、並んで戦ぎさやぐ風鈴たち。
 暮れ行く陽は、瞬く星を引き連れて。
 祭囃子にさんざらめく夜屋台たちが連なる、寺の境内。
 燗酒屋の長椅子に腰掛けた雨吹は、その賑々しき響き。――祭囃子に宿る淡い祈りに触れた事で、雨吹はようやくの事で己の輪郭を取り戻したような気がした。
「――……」
 燗酒の猪口を置いて見下ろす手のひらは、見慣れた形をしている。
 胸裡に浮かぶは、夜を率いて沈んだ黄昏。
 ――溶けて消えた、かの面影。
 自らの手に残った果ての想いは、今も此処に。
 携えた重さを感じる内は――きっと。
 胸を穿った郷愁を、綯い交ぜに。
 それでも、ただ。
 取り零さずにすんで良かった、と思えるのならば。
 きゅっと手のひらを握りしめた雨吹は、双眸を細める。
 行き交う妖怪たちの姿。
 酒を飲み、囃子に合わせて踊り、――浮世の冥利を気取ること無く享受しているように見える彼らは確かに楽しげで。
 ――しかし長くを生きる彼らが楽しげに装う事にも長けてる事も、同じく長くを生きる竜神で在る雨吹は識っている。
 彼らの感情の、奥の、奥。
 彼らが抱き滲ませる、微かな微かな祈り。
 人々が過去に己に向けていた信仰。――その往事とは比ぶべくもない、微かな祈り。
 その祈りが己へと、向けられていなくとも。
 彼らが意識の端にすら、のぼらせる事のない淡い淡い想いであろうとも。
 雨吹の胸裡へとしみじみとこみ上げるは、愛おしさだ。
 守らねばと希う気持ちが湧き上がる原因は、雨吹が竜神であるという事だけでは無いのであろう。
 それは、きっと、きっと。
 胸裡を焼く悼みと引き換えに浮かぶ、在りし日の珠玉の如き愛しさを抱いているから。
 ほう、と吐息を零すと藍の眸を閉じ、黄昏に溶け消えたかの面影を思い起こす。
 それから雨吹はとろりとした酒の表面を揺らすと、くっと猪口に満たされた酒を乾した。
 嗚呼、嗚呼。
 だからこそ、だからこそ。
 ――酒を乾した後の鍔鳴りすらも、愛おしいもので。
 雨吹の唇に宿ったのは、きっと笑みなのだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

終夜・嵐吾
せーちゃん(f00502)と

あっ
そうじゃ思い出したわ…
いやこーんな変な男、ならぬ箱を忘れるなどふつーは無いもんなぁ
忘れたいうても覚えとることは色々あったけどの(尻尾ゆるゆる動かして)

さて、賑わいの中に混ざりにいこ
何か食べにいってもええけどまずは巡ってみよか
色んなもんあるの~

商店街も楽しかったが、こういうとこも楽しいね
確かにあの美味さは忘れたくないもんじゃ
なんぞ土産になるようなもんないかの~

縁起物?
尻尾御守りとは…わしの尻尾のがご利益ありそうじゃが
いつでもというのは大事か、しかしわしのほうが(ライバル心)

花火か!
そうじゃな、酒と甘いもんで
じゃが甘すぎるのは勘弁じゃよ
では一等、良い場所探しに行こか


筧・清史郎
らんらん(f05366)と

思い出したか?らんらん
まぁ斯く言う俺も忘れてはいたが…やはりらんらんの尻尾は極上のもふもふだったな(微笑み

ああ、祭りは心躍る
甘味も勿論、存分に食すつもりだが
この雰囲気を楽しみつつ暫し歩こうか

商店街も楽しかった
今が楽しければいいとは思っているが
あのコロッケやメンチカツの美味しさを忘れるのは、勿体無いな

ふむ、土産…
きょろり視線巡らせ見つけた物に歩み寄り
らんらん、縁起物だそうだ
手にしたのは、ふわふわ尻尾型の御守り
確かに、らんらんの尻尾の方が格段にもふもふだな
対抗心燃やす姿にくすり笑みつつ、友の尻尾をじーっと

花火も上がるようだぞ、らんらん
花火と甘味を肴に、酒でも酌み交わそうか



 鬼灯提灯を揺らして行き交う妖怪達、祭りに賑わい出した寺の境内で。
「…………あっっ!!」
 はたと。
 琥珀色の瞳を見開いた嵐吾は、大きめの声を上げた。
 何故、今の今まで忘れてしまっていたのだろう。
 どうして、忘れられる事ができていたのだろう。
 最早忘れる事なんて出来る訳も無いと言うのに。
「おや、らんらん。思い出したか?」
 嵐吾の声に雅やかに笑う、無闇に顔の良い男。
「うむ……、全部思い出したわ……」
 ――否。
 この破茶滅茶変な男は、筧・清史郎だ。
 相槌に頷いた嵐吾は、そのままゆるゆると首を左右に振る。
 ――こーんな変な箱を忘れる事なんて、普通ではあり得ない事だと言うのに。敵の能力で、ぽっかりとその記憶を奪われてしまったというのだから。自分で自分を信じる事も出来ない。
「まぁ斯く言う俺も、すっかり忘れてしまっていたのだが」
 いつもの調子で笑う清史郎は、本当にいつもの様子に見えて。
「せーちゃんは忘れとっても、いつも通りじゃったの……」
 嵐吾が言葉を重ねると、清史郎はふっと肩を竦めた。
「ああ。やはりらんらんの尻尾は、極上のもふもふだな」
「せーちゃんは忘れても、ほんまにいつも通りじゃったの……」
 ――呆れる程にいつも通りの彼は、在る意味安心感の塊ではあるのだが。
 微笑む清史郎を半眼で見やった嵐吾はゆるゆると尾を揺らして、大事なことなので同じ事を二回言った。
「……しかし。忘れたというても、色々覚えとることも在ったがの」
 ぽつりと嵐吾の呟く言葉を、知ってか知らずか。
「らんらん、向こうの店も面白そうだ。れいんぼうわたあめだそうだぞ」
「確認したいんじゃが、綿あめをレインボーにする必要あったかの?」
 祭りにわくわくした様子の清史郎は、妖怪たちの人波に飲まれてゆくのであった。軽口を叩いた嵐吾も、そんな彼の背を追って。
 さんざめく人々、さんざめく風鈴の群れ。
 レインボーな綿あめを手にした清史郎と、嵐吾は人の群れの中を歩み行く。
「商店街も楽しかったが、こういうお祭りも楽しいもんやね」
「ああ。俺は今が楽しければ良いと思ってはいるが――、あの商店街のコロッケやメンチカツの美味しさを忘れるのは、どうにも勿体無く感じてしまう所だな」
「せやね、確かにあの美味さは忘れたくないもんじゃ」
 清史郎の言葉に同意を重ねた嵐吾は、ゆうるりゆるり尾を揺らしながら、周りを見渡す。
 勿論、揚げ物や食べ物も良いけれど。
 折角珍しい祭りに来たのならば、食べるものだけでは無く――。
「なんぞ、ええ土産になりそうなもんはないかの~?」
「ふむ、土産か」
 風鈴のお祭りなのだから勿論、風鈴は沢山売られている。
 他に並ぶモノは、鬼灯の提灯や、お守りたち。
 其の中にもっと面白そうな物はないかと、二人は雑貨の山を覗きこみ。
「……!」
 そこで清史郎の視線を射止めたモノは――。
「らんらん、これはどうだ? 縁起物だそうだぞ」
「む? 縁起物?」
 彼の手に握られたモノ。
 それは、ふわふわふこふこの尻尾型のお守りであった。
「――ほー、尻尾御守りとは……。しかしの、わしの尻尾のがご利益ありそうじゃが……」
「確かにそうだな。ご利益も、もふもふ具合も、らんらんの尻尾の方が格段に上だろうな」
 嵐吾の言葉にあっさりと清史郎が同意をするが。
「しかし、お守りか。わしの尻尾はいつでもお守り代わりにするということは難しいが……、お守りならば……いや、しかし、しかし、わしの尻尾のほうが絶対にご利益もあるじゃろし……」
 清史郎の手に握られた尻尾守りをしげしげと眺めながら、何かに言い聞かせるように、呟く嵐吾。
 そこに燃えているのは、尻尾守りに熱い対抗心のように見え――。
 いや、これは完全に対抗心だろう。
 そう判断しながらも嵐吾自身の尻尾を、じいっと眺める清史郎。
 こうして今、理由こそよく判らぬが。
 嵐吾→尻尾→清史郎→尻尾と言う、歪な三角関係が爆誕した。
 ……なんで?
 ――閑話休題。
「おお、らんらん。もうすぐ花火もあがるそうだぞ」
「花火か! そうじゃな~。ほんなら酒と肴を見繕って、花火を見るのに一等良い場所を探しに行こか」
「ああ、甘味も欲しい所だな」
「甘すぎるのは勘弁じゃよ?」
「ああ、心得ている」
 清史郎が本当に心得ているのかどうかは、後の嵐吾のみが知るのだが。
 ――一番の友と、酒を酌み交わすべく。
 なんだかふかふかのぬいぐるみやらも増やしながら、二人は花火の準備を粛々と整え始めるのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

廓火・鼓弦太
お菊ちゃん(f24068)と
ははあ!中々に賑わっておりますなぁ
贈った傘を差す様子を微笑ましく見守りながら
小さなあの子が迷子にならぬよう目を離さな……ってああ待って!すぐ行きますよー!

真っ赤なりんご飴を買ったなら食べ歩きましょ
やー、食事を覚えて幾年月
こんな宝石みたいな食べ物は初めてですよ
おいしいですか?うんうん、嬉しそうで何よりでさぁ

あれは鬼灯ですかね
死者の魂はあれを目印に家に帰るんですよ
ここでも目印になるのでしょう

おや、こんなに並ぶと中々騒がしいもので
ならあっしはこの金魚鉢型のでも連れて帰りましょうかね
ほうら、可愛い金魚もおりますよ

過ぎ去る季節を惜しみ
来る季節を楽しむ
まさに、風流ですなぁ


八重垣・菊花
弦ちゃんと/(f13054)
浴衣(お任せできれば嬉しいです)
お祭りやでー!(始終ご機嫌で菊月夜を差す、人の邪魔になるようなら手に持ち)
初めてのお祭りに、あれもこれも珍しく視線があっちこっち
弦ちゃん、弦ちゃん、りんご飴食べよ!
紅いな、キラキラして綺麗やなぁ。一口食べて、おめめキラキラの幸せモード
はああ、幸せやな…あ、あれなんやろ(鬼灯の灯篭を見て)
へぇ、灯篭に見立てとるんやろか、風流やな
ちりんちりん、と風鈴の音を聞きつけて
風鈴や、弦ちゃん風鈴やで(並んだ風鈴が見事で見惚れる)
今日の記念に風鈴買うて帰ろかな、どんなんがええかなぁ
金魚、金魚も涼し気でええな。そんなら、うちは花火のにしよ
夏の名残やねぇ



「弦ちゃん、げーんーちゃーん、お祭りやでー!」
 ふんだんにレースのあしらわれた、椿と菊のレトロモダン柄の浴衣。
 紫苑に月を背負った舞傘を手に、八重垣・菊花(翡翠菊・f24068)はぴっかぴかに微笑んで。
「ははあー! 確かにお祭りですねェ、中々に賑わっておりますなぁ」
 贈った傘をいかにもウキウキと差す菊花に、廓火・鼓弦太(白骨・f13054)もついつい釣られたようにニッコニコ。
「あっちもこっちも、ええ匂いがするなあ! あー、何や綺麗な反物まであるんやねぇ」
 大きなかき氷に、わたあめ、焼きそばに、お好み焼き。
 焼き鳥の匂いに、籤引き、水飴、果てには古道具まで。
 あっちこっちに目移りしてしまう菊花の視線。
 なんたって今日は、菊花にとって初めてのお祭りだそうだ。
 鼓弦太としては小さな小さな彼女が迷子にならぬように、しっかり目を離さず――。
「弦ちゃん、弦ちゃん、みて、見て、こっちにりんご飴があるでー!」
「ああああ、待って、待って! すぐ行きますよー!!」
 なんて。
 考えている内に菊花を見失いそうになった鼓弦太は、慌ててりんご飴の屋台の前へと駆けて行く。
 屋台を切り盛りする妖怪に手渡された林檎飴は、まあるくて、ぴかぴか。
「はああ……、紅いなぁ、キラキラして綺麗やなぁ……」
 まるで宝石を手にしたかのように、うやうやしく。
 琥珀色の瞳にその丸々とした真っ赤な林檎飴を映した菊花は、幸せそうな吐息を漏らした。
「やー……こんな宝石みたいな食べ物は、あっしも初めてですよ」
 百年使われた器物に魂が宿った者――ヤドリガミ。
 食事をする事を覚えて、幾年月。
 しかし、しかし鼓弦太だって、林檎飴を食べるのは初めてだ。
 光を照り返して真っ赤に輝く林檎飴は、一見すると食べ物だとは思えぬ程ぴかぴかとしている。
 ぱくりと齧ると、ぱきりと割れる飴。そのぱりぱり、さくさくの飴の奥から、甘酸っぱい林檎が追いかけてきて――。
「はわー……! し、幸せの味やわ……! 美味しいなあ……、幸せやなぁ……」
「うんうん、何よりでさぁ」
 琥珀色の瞳にぴっかぴかに星を宿して、とろけそうな笑顔を浮かべている菊花に、鼓弦太はうんうんと頷く。
 彼女が楽しげなら、鼓弦太だって楽しいのだ。
「あ、あれなんやろ?」
 しかし、次の瞬間には菊花の興味は別の事に移っている。
 乙女心と秋の空ってやつである。
 菊花の興味アンテナがトガリすぎているだけかもしれないけれど――。
 言われるが侭に、鼓弦太が菊花の視線の先を追えば。
「おやまあ、あれは――鬼灯ですかねえ」
 それは妖怪たちが手にした、鬼灯提灯だ。
「へぇ……、灯篭に見立てとるんやろか?」
「ええ、そうです。死者の魂はあれを目印に家に帰るんですよ、ここでも目印になるのでしょうねェ」
 鼓弦太の言葉に菊花が、感心したように息を零して。
「そうなんや、風流やなぁ」
 そういえば風流と言えば、と空を見上げる菊花。
 頭上ではやぐらに吊るされて綺麗に並んだびいどろ風鈴たちが、戦ぐ風にちりりとさやぎ鳴いている。
 光を浴びて、ぴかぴかと瞬くその姿は――。
「この風鈴たちも、ほんまに風流やんねぇ」
「こんなに並んでいると、流石に中々騒がしいものですけどねぇ」
 喧騒の中でも耳をすませば、ちりり、ちりりと涼し気な音が響いている。
 菊花と鼓弦太は二人並んで、風鈴の姿に暫し見惚れたかのよう。
「あ。そういや、今日の記念に風鈴買うて帰ろかな、って思ってたんよ。ね、ね、弦ちゃん。どんなんがええかなぁ?」
「ならあっしはこの、金魚鉢型の風鈴でも連れて帰りましょうかねぇ」
「あーっ、金魚! 金魚も涼し気でええなぁ! そんなら、うちは……うーん」
 鼓弦太が金魚鉢をひっくり返したような形の風鈴を示せば、菊花がむむむーっと唸って、唸って。
 その時。
 ぱあん、と遠くで花火が弾けた。
 ぴーんと来た顔で、まさに花笑む菊花。
「せや、花火のにしよ!」
「おやまあ、可愛らしくて良さそうですね」
「あー! そういえば、かぱ吉にお土産はええの?」
「ああー、キュウリでも買ってかえりましょうか」
「きっと喜ぶねぇ。……あ! 見て、みて、弦ちゃん! 風鈴に良く似てるけど、本物の金魚や! 金魚玉やてー」
 鈴を転がすように、ころりころり移り変わる話題に興味。
 ――過ぎ去る夏を惜しんで、来る秋を楽しむ。
 夏の名残のような祭りを、二人は歩み行く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

月舘・夜彦
【華禱】
記憶が戻れば元通り
手を繋いで、その感触と熱に自然と笑みが零れる

彼も嬉しいようで名を何度も読んでくる
だからこそ私も「はい、倫太郎」と同じく返す
そんなやり取りを繰り返しながら屋台を回ります

縁起ものは沢山あっても困りませんからね
鬼灯の灯籠ですか、温かい色合いと形が愛らしいですね
そうなれば平等に鯉も探さなくては怒られそうです

倫太郎、鯉の形はありませんが鯉の絵柄の灯籠があります
鯉の群れの中に黒い鯉が居るのです、子供達もきっと喜びますよ
両方共買って行きましょう

次は……食べ物の屋台
子供達のお土産を用意したのです
今度は私達も何か食べて帰りましょう


篝・倫太郎
【華禱】
欠けてた記憶が戻ってる事に安堵して
しっかりと夜彦と手を繋ぐ
あぁ、そうだ、この熱だ――

名を呼べる事が嬉しくて
なんだか子供みたいに浮かれて
何度も何度も夜彦の名を呼ぶ
そしたら夜彦も応えてくれるから……
最近、そうなればいいと思ってた『殿』が付かない呼び方で
だから益々嬉しくなる
そんな気持ちで祭りを巡れば

縁起物の屋台だってさ
屋台の一角にある縁起物を取り扱ったその店先には鬼灯
娘の本体のようなころりとした愛らしいそれに目を留める

んー?陸ひ……じゃなくて、鯉は居ないんだろか?
黒い鯉……居たらどっちも買ってこうぜ?
ん、そだな
ならそれを貰ってこう

夜彦の提案に異論はないケド
酒は控えてな?
美味いもん、喰おうぜ?



 手を繋ぐ。
 思い出した記憶を胸裡にしっかりと繋ぎ止めておくかのように、彼と手を繋ぐ。
 大丈夫、覚えている。識っている。
 戻っている、――覚えている。
 この手のひらの暖かさを、ちゃあんと、ちゃあんと知っている。
「なあ、夜彦、向こうの屋台を見に行かないか?」
「はい、倫太郎」
 あんたの名前を覚えている事が。
 彼の名前を呼ぶ事ができる事が。
 なんだか、とても、嬉しくて。
「ふふ、夜彦。あの店も面白そうだな」
「ええ、倫太郎」
 何度も、何度も、名を呼んで確かめる様に、確認するかのように、呼んでしまう。
 それでも、呼べば呼んだだけ、彼も応えてくれるものだから。
「なあ、夜彦」
「はい、倫太郎」
 初めてその言葉を覚えたばかりの子どもみたいに、何度も呼んでしまうのだ。
 ――やっと、やっと、呼び捨てにしてくれた名前。
 だからだろうか。
 倫太郎は名が呼ばれる度に、喜びが数倍に膨れ上がっているみたいに感じてしまう。
 さんざめく祭囃子、並んで戦ぎさやぐ風鈴たち。
 あれほど淋しげだった境内は、今となっては楽しげな妖怪たちの笑みに満ち満ちているもので。
「あ、夜彦。縁起物の屋台だってさ」
「良いですね、倫太郎。寄ってゆきましょうか」
 なんたって、縁起ものは沢山あっても困りませんからね、なんて。
 確かめるように名をまた呼びあった二人は、視線を交わすと同時に小さく笑みを唇に宿して。
 立ち並ぶ風鈴に、お守り。鬼灯の灯籠に――。
「温かい色合いと形が愛らしいですね」
「ああ、灯里によく似て可愛いな」
 二人が娘とするヤドリガミの器物にも似た其れ。
 ――鬼灯の灯籠を、和らげた眦の視線に留めた倫太郎は手に取って。
「……しかし、そうなれば平等に鯉も探さなくては怒られそうですね」
「んー……、鯉……は、流石に居ないか?」
 娘に土産を用意するのであれば、息子にも用意をせねば行けないだろう。
 しかし、しかし、流石に鯉の形をしたお守りは無いもので。
 立ち並ぶ風鈴の中に鯉の姿を探すも、金魚は居るがなかなか見当たらない。
「おや、これはどうでしょうか?」
「おっ、何何?」
 夜彦が持ち上げたのは、赤い鯉の群れの中に黒い鯉が一匹泳ぐ図柄の絵柄の灯籠であった。
「ん。良いんじゃないか?」
「ええ、きっと子ども達も喜ぶでしょう」
 顔を見合わせて笑い合う二人は、鬼灯と鯉の灯籠を手に。
 子どもたちへの土産を仕入れた後は――。
「……さて、子どもたちのお土産も万端ですし、……私達は何か食べて帰りましょうか?」
「ウン、そりゃあ――夜彦の提案に異論はないケド」
「……けれど?」
「酒は控えてな?」
 倫太郎の言葉に、夜彦は瞳をぱちくり。
 ――なんたって、酔って警戒心が薄れた彼をこんなに沢山の人々に見せたくは無いもので。
「ま、酒は控えつつ、美味いもん喰おうぜ?」
 くっと笑った夜彦が、こっくりと頷いた」
「……ええ、倫太郎。行きましょうか」
「おう、いこうぜ!」
 ゆっくりと、二人は夜の祭りを歩みだし――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リンタロウ・ホネハミ
トワ(f00573)と

あ~~~……(項垂れる)
ッスゥーーーーー……(天を仰ぐ)
……や、違うんすよ
あれは、なんつーか駆け出しの頃のイキってた頃のノリっしてあれは……ええ……
手柄を上げた分だけ夢に近づけると思ってた頃の……
バカだった頃の自分を見られるってのは、どうにも恥ずかしくて死にたくなるっすね……

ふむ? オレっちとしては攻撃的に使うのにそこまで違和感はないというか……
まだまだトワの理解度が低いってことっすかね
もうちょい知っていきたいところっすけど……
オレっちの方は掘り下げないでーってワケにはいかないっすよねー、っすよねー

うっす、忘れた方が良いこともあるってもんっすよ


徒梅木・とわ
リンタロウくん(f00854)と

大丈夫だよ、気にしていないって
寧ろ新鮮だったというか……そう、昔の事を親御さんにでも語ってもらうような? そういう面白さというか?

……ま、自分の姿を思い返せば良くて差引零なんだけれどさ
確かにそうも扱えるが、守りの符を攻めに使うとはなあ
取り払うものを取り払えば、とわって結構攻撃的なのかねえ

おいおいキミ一体今までとわの何を見てきたんだ? やんのかー?

何にせよ忘れるというのは怖いもんだ
そのくせそれをしっかり覚えているというのも、ね
こうなったら楽しい事で上書きするに限る

どうせ項垂れるなら何か食べる為が良いし、天を仰ぐなら花火でも見る方が良い
さ、行こう



「あ~~~~~~~…………」
 砂利が見えた。
 うなだれると自動的に下がる視線、下がりきったテンション。
 変な声が出ているし、眉間に深い深いマリアナ海溝みたいな皺が刻まれている事も解る。
 しかしこの声は、感情を整理するのに必要なモノ。
 この口から漏れているモノは息でも、声でも無く、処理しきれぬ感情の塊なのである。
 それから。
 スゥーーーーーーーーッ……。
 肺が空っぽになるまで感情の塊を吐き出し終えたリンタロウは、ゆっくりと息を吸いながら天を仰ぐ。
 りりんと響く、涼やかな音。
 空に組まれたやぐらに沢山の風鈴が立ち並び、その合間から瞬き出した星が覗いている。
 アーー……。
「……や、違うんすよ」
「いや、いや。大丈夫だよ、気にしていないって」
 まず否定から入ったリンタロウに、とわがひらひらと手を振って声を掛けるが。
 リンタロウはそのフォローにますます頭を抱えて、眉間をぎゅぎゅっと寄せたまま。
「いや、違うんすよ……、なんつーんすかね…………。あれは、なんっつーか駆け出しの頃のイキリにイキってた頃のノリっして……、違うんすよ……」
「寧ろ、それが新鮮だったというか……」
 アーッ。
 とわが言葉を重ねれば重ねる程、リンタロウはぷるぷると左右に顔を振る。
「あ~~~~~!!!! あの、いや、もう、あの、手柄を上げたら上げた分だけ、夢に近づけると思ってたっていうか、オレっちの一番バカだった頃っていうっすか……!?」
 少しばかり困ったように眉を下げたままのとわは、言葉を選ぶように。
 薄紅色の目線を狭めて――。
「あー……、うん。そう。……ほら、そう、昔の事を親御さんにでも語ってもらうような? そういう面白さ、というか……?」
「ああ~~~……、バカだった自分を見られるのってぇのは、どうにも恥ずかしいモンっすね……」
 ぐんぐん死にたくなってきたリンタロウは、後頭をガリガリと掻いて長椅子へと腰掛ける。
 祭囃子にちりちりと揺れるびいどろ風鈴の音が入り交じり、つい先程までの静寂に満ちた黄昏時が夢だったかのよう。
 賑々しく彩られた寺の境内に、妖怪たちが行き交う。
「――ま、とわの姿を思い返せば、良くて差し引き零と言った所、なんだけれどさ」
 ぼんやりと人波を眺めるリンタロウの横へと腰掛けたとわも、呼気に苦笑を混じらせてゆるゆるとかぶりを振って。
「……そうっすか?」
「そうさ。取り払うものを取り払ってしまえば、とわって結構攻撃的なのかねえ?」
 掌を開いて、閉じて。
 記憶と言うストッパーが失われた状態の自分が、『守りの符』を攻めに扱うとは想像もしていなかった、と。ゆうらゆらと揺れる、狐の尾。
「……ふむ、オレっちとしては、とわが符を攻撃的に使う事には、そこまで違和感はないっすけれど……」
 眉間の海溝をぎゅっと揉みほぐし終えたリンタロウは、表情筋をなんとかリセット。咥えた骨を上下にぷらぷらり。
「んー? おいおい、キミ。一体いままで、とわの何を見てきたんだ?」
 やんのかー? なんて、頬を膨らせて。
 いかにもな立腹顔を作るとわに、やっと調子を取り戻した様子でリンタロウはからからと笑った。
「いやー、まだまだトワの理解度が低いってことっすかね? オレっちとしては、もうちょい教えて貰いたいところっすけれど、ね」
 ――リンタロウはとわに雇われている。
 彼女が『やるべき事』を見つけるその時まで、力を貸そうと言うのだから、彼女の事を知らねばやっては行けぬだろう。
 それは雇用主の為、ひいては――。
 しかし、しかし。
 そうなれば自分の事を掘り下げずに、という訳には行かぬだろう。
 少しばかりの思案の吐息。
 口の端で、ぷらりぷらりと骨が揺れる。
 そんな彼の考えを知ってか知らずか。
 とわはやれやれと肩を竦めると、長椅子から立ち上がった。
「――何にせよ、忘れるというのは怖いもんだ。そのくせ、『それ』をしっかり覚えているというのも、ね」
「いやー、耳が痛いというか。全くっすねぇ」
 彼女に倣って立ち上がるリンタロウは、すっかりもういつもの笑み。
 彼に振り向くとわは、悪戯げに笑って人差し指を立てて見せて。
「こうなったら楽しい事で上書きするに限るさ。――どうせ項垂れるなら何か食べる為が良いし、天を仰ぐなら花火でも見る方が良いだろう?」
「うっす。せっかくのトワとの逢瀬の時間っすしね、ここはオレっちと祭を楽しんで帰るっすよ。ぱっと忘れた方が良いことも、あるってもんっす」
「はいはい。さ、行こうか」
 まーたそういう事を、とかるーく受け流して歩みだしたとわの背を追って。
 リンタロウも、祭りの夜道を歩み出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

サヨ、賑やかだね
お祭りは初めてで何処からまわろう―?!
慣れない人混み
流されそうになる私を華奢な手が引き上げる
あたたかな掌
桜の良い馨りに安堵する

綿飴は甘くて美味しい
櫻宵?一緒に食べようか
風鈴…桜と二輪草のこれが気に入ったよ
私の髪紐を?
きみが私の為に選んでくれるものなら何でも
嬉しくて堪らない

花火が打ち上がる
笑うそなたは美しい
笑っていて
いつだって
笑い咲いて

私も花火は好きだよ
…私は大切な記憶を落としてしまった
でも櫻宵
私達は友だよね

大切な大好きな、私の友
私はきみの神でありたい

ずっと友でいよう
一緒に世界を旅しよう
約束だよ
櫻宵
小指を絡めて額を合わせ
約を結ぶ

同じだね
私も心地いい
こうして倖を重ねていこうか


誘名・櫻宵
🌸神櫻

無邪気に笑む私の大切な友達

カムイ
あまりはしゃいでいると―ほら
慣れぬ人混みに流される神の手をとり結び
風鈴歌う祭りへ
かれの柔い梔子の香りが心地よい

カムイの食べる綿飴を横からぱくり
悪戯に笑み交わして祭りを楽しむ
あら
二輪草と桜の風鈴がお気に入り?
なら私は
あなたの綺麗な朱の髪を結ぶ
祈り込めた白と赤の髪紐にするわ

花火だわ!
私、花火好きなの
カムイも?

そうよ
私達は友
ずっと
この先もこれからも
私の大好きな友達で神様よ

(廻り転生してくれた私の師匠
例え私を忘れたって
想いは変わらない)

花火が咲いて笑みが咲く

約束よ
カムイ
小指を結んで額をこつり

笑うあなたの隣
時を超えて廻り結ばれた縁に幸を重ね

あなたの隣は
居心地がいい



 浮世の冥利を、ありのままに享受するかのように。
 いかにも楽しげな妖怪たちは、酒を酌み交わしては、祭りにさんざめき。
 立ち並ぶ屋台はどこもかしこも、かしましい賑わい。
 頭上に組まれたやぐらで、風に戦ぐ風鈴たちまでさやいで歌いあうものだから。
「サヨ、賑やかだね」
 賑々しい夜祭の道。
 『過去』の記憶も、『過去』も無い朱赫七・カムイ(無彩ノ赫・f30062)にとって、お祭りだって、人海だって、初めての事。
 しかし初めてなりに、なかなか上手に人の波を捌けるようになったものではないだろうか。
 慣れぬ人海に流されぬように、なんとか歩みながら。
 カムイは誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)の顔を見上げると、甘ちこい無邪気な笑みを浮かべて。
「さて、次は何処をまわろ――」
「おっと、すまないね」
 その瞬間。
 すれ違おうとした妖怪とぶつかって、まろぶカムイの足取り。
「カムイ、――あまりはしゃいでいると、逸れてしまうわよ」
 そこにさっと身を寄せて、転びかけたカムイを芳しき桜の香りが包む。
 淡い苦笑と共にカムイの身体を支えた櫻宵は、彼の手を取ってきゅっと結んで。
「さあ、行きましょうか」
「――うん。サヨ、ありがとう」
 彼が助けてくれる事は、本当に嬉しい事で。カムイはこっくり頷いて。
 さんざめく妖怪達の祭りへと、二人は手を結んで歩みだす。
 香ばしい粉ものの香り、あまーい、かすていらの香り。
 鬼灯の灯りは優しくて、カムイは買ったばかりの大きな綿あめをぱくりと一口。
「!」
 口の中に入ったか、入らなかったか。甘さだけを残して消えゆく飴に、瞳をぱちくり。
 そんなカムイの綿あめを、櫻宵も横からぱくり。
「ふふ、甘くて美味しいわね」
「そうだね。すぐに消えてしまうけれど、とても甘くて美味しい」
 頷いたカムイがほころばせる笑顔は、本当に楽しげ。
 りりんとさやぐ風鈴たちだって、賑々しい屋台だって。
 カムイは今日と言う日を、本当に楽しみにしていたのだ。
「まあ、色んなモノがある屋台ね。……少し見てゆきましょうか?」
 そうして櫻宵の声掛けで、二人が足を止めた先は風鈴やお守りの立ち並ぶ屋台。
 ――気に入ったものがあったら、買って帰ると伝えたものだから。
 カムイは真剣な表情で風鈴を見比べると、ちょいとびいどろをつついて。
「私はこの桜と二輪草の風鈴が、気に入ったよ」
 舌も花弁を模した風鈴は音も綺麗な鈴の如く、凛と鳴る。
 カムイの顔をじいっと見ていた櫻宵は、ふと紅をはらむ闇夜の髪へと手を寄せて。
「ふふ、私も買うものを決めたのよう」
 櫻宵が朱髪へと寄せたのは、紅と白の結紐であった。
「――それは、私に?」
「ええ、あなたのうつくしいあかを結ぶ髪紐を、私に贈らせて貰えるかしら?」
「……噫、勿論!」
 どうしてだろうか、不思議だな。
 きみが私のために選んでくれたというだけで、嬉しくて嬉しくて堪らないんだ。
 カムイが笑んで頷いた、その瞬間。
 ひゅうるりと空気を裂く音が響いて、――炎の花がぱっと空を彩った。
「あら、花火だわ! ……ふふ、私。花火、好きなのよね」
 続いてぱちぱちと弾ける空を見上げる櫻宵が、花のように笑うものだから。
「うん、私も花火は好きだよ」
 並んで空を見上げたカムイはそれが尊くて、かけがえの無い――美しいモノだと思う。
 ぱちりぱちりと花火が空を彩る。
 ああ、美しいきみ。
 美しいそなたには、いつだって笑っていて欲しい。
 いつだって、笑い咲いていて欲しい。
 かんばせを小さく揺すったカムイは、言葉を次ぎ。
「――ねえ、……私は大切な記憶を落としてしまったけれど」
 でも、櫻宵。
 交わす視線は、桜の色。
 眦を和らげたカムイは事実を確かめるように、なぞるように言葉を紡ぐ。
「私達は、友だよね?」
「ええ、そうよ。……私達は友よ」
 ずっと、ずっと。
 この先も、これからも。
「――あなたは私の大好きな友達で、神様よ」
 眦を和らげる櫻宵の言葉には、確かな想い。
 カムイに『過去』の記憶も、『過去』も無くとも。
 櫻宵の想いが変わる事は無い。
 転生をして伴に在る事を選んでくれた、大切な大切な友達で、――師匠の彼。
「……ありがとう」
 カムイには『過去』の記憶も、『過去』も無い。
 それでも、わかるのだ。
 櫻宵が大切で、大好きな友である事を。
 ――だからこそ私は。……きみの神でありたいと、思うのだ。
「ねえ、櫻宵。――ずっと友でいよう」
 一緒に世界を旅しよう。
 視線に宿る色は、真剣な色。
「ええ、約束よ」
「ああ、約束だ」
 絡めた小指は約と幸を重ねて。
 こつりと額と額をあわせれば、また一つ空に花が咲いた。
 時を超えて。
 巡り、廻って、結ばれた縁。
「――あなたの隣は、本当に居心地がいいわ」
「……噫、私も心地いいよ」
 同じだね。
 同じだよ。
 二人はかんばせを擡げると、上げた視線に笑みを咲き交わして――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

菱川・彌三八
先程屋台で買った林檎の蜜がけは風鈴の様だ
床几があれば腰掛けて、涼やかな風鈴を眺める
虫の声とも鳥の声ともつかぬ高い声だが、不思議と気にはならねえな

一服し乍ら思うは、叶わなかった事
俺が失くしてェのは“今”サ
此奴が過去より性質が悪い
燻る想ひを、消したいと願い続けるってんだからヨ
そういやあの人魚てなァ、ちいとだけ忘れられたんだったか
全部ってんじゃねえなら、羨ましくもねえやな

さて、叶わぬ物に縋り続けんのもらしくねえ
此処らじゃ着物だって手に入るんだろ
したが俺ァ、余所の国で江戸の先に流行ったってえ着物でも見繕って貰うさ
現を抜かす先がありゃあ、何も心配もあるめえ
忘れられねえ為り、ってな



 酒に、歌に、踊りに。祭りにさんざめく妖怪たちの行き交う境内。
 ちりり、ちりり。
 高い声を上げて、涼やかな合唱を重ねる風鈴たちの声。
 寺の端の端に備え付けられた長椅子の上で、彌三八は煙管を片手。
 高く組まれたやぐらに整列を申し付けられたように、きっちりと立ち並ぶびいどろたちを眺めていた。
「――……」
 唇を寄せて煙草を呑めば、火皿の中が蛍のようにちらりと燃えて。
 細く吐く息に白々と伸びた煙帯の先は、星の瞬きだした空へと溶けてゆくよう。
 刃のような切れ長の瞳を閉じた彌三八は、ゆるゆると小さくかぶりを振って。
 ――叶わなかった願いに、思いを馳せる。願いを馳せる。
 あァ。
 俺が何より失くしてェと希っているのは、――『今』サ。
 燻る想いを消したいと、これほどに願い続けていると言うのに。
 想いは募り、重なり、更に熱を燻ぶらせるばかり。
 人魚も忘れさせてくれぬ今というモノは、どうやら過去よりもずうと性質が悪いようで。
 叶う見込みも無い事を希うとは、全く儘ならぬ事だ。
「――そういや、あの人魚てなぁ、ちいとだけ忘れられたんだったか……?」
 なんでェ。
 それも全部ってんじゃねえなら、ちいとも羨ましくもねえやな。
 コン、と煙管の先から燃え尽きた灰を落とすと、またかぶりを振った彌三八は立ち上がる。
 叶わぬと識っているモノに縋るように祈りを捧げ続ける事も、悪くは無い事なのだろうが。
「まったく、らしくねえなァ」
 片した煙管の代わりには、風船みたいに丸々とした林檎の蜜がけを片手に。
 過去の遺物で組み上げられたと言う、彌三八にとっては目新しき道。
 もう一刻もすりゃァ、花火も上がるらしいが。
 折角の祭りだ、何をして過ごそうか。
 そうさなァ、――江戸の先に流行ったてェ着物でも見繕って貰おうか?
 なんて。
 自らが他の猟兵たちのような洒落た装いを纏っている様を想像した彌三八は、その唇に小さく笑みを宿し。
「ま。現を抜かす先がありゃあ、なァんにも心配もあるめえよ」
 ――忘れられねえ為り、ってな。
 なんて。
 大きく芝居がかった動きで肩を竦めた彌三八は、浮かれた祭りの人並みへと向かって、草履の足音を響かせて歩みゆく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡
◆ニル/f01811と


揺れる風鈴の音に耳を傾ける
賑わう祭りのさなかに物珍しいものを見てつい足を止めた
鬼灯? ……実ってことは、植物なんだ
不思議な形してるんだな

内に灯を抱くそれがなんとなく、大切な人の面影と重なって
――見透かされたみたいなニルの言葉に、否定ともなんともつかない声が出る
いやまあ、うん……買っていくけど

……なあ、ニル
“忘れる”って、怖いな
大事なはずのものの形も在り処もわからなくなるのは
すごく、怖い

だから、うん
ちゃんと今日のことも覚えておきたい
これから過ぎていく時間も、行きかう誰かのことも
今日、永遠を願った誰かのことも――全部
“自分はそういうものだから”――じゃなくて
俺がそうしたいから


ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
匡/f01612と

わー、凄えや!
こういうのってテンション上がるな
早く行こうぜ、匡!

屋台を見渡して歩きながら
足を止めた匡の視線の先を追う
お、鬼灯だ。可愛いんだよなー、これ!
こうやって中に実が……実?実なのかな、これ
よく知らねえけど、何か入ってて可愛いんだぜ
匡も一個持ってこうよ
プレゼントなんかにしても良いんじゃねえの?
レディとかきっとこういうの好きだぜ
はは!喜んでもらえると良いな!

おー、そうだな
忘れるのも忘れられるのも、凄く怖えことだよ
だから祭りも花火も、今日の戦いも
全部全部覚えて帰ろう
悼みも祈りも通じるかどうか分からねえなら
もういない奴のために出来る確かなことは、覚えてることだけなんだと思うしさ



「わぁー! すげーー! 祭りだーー! なんだなんだ、一気に賑やかになったなーー!」
 とぷりと夜に沈みだした空には、瞬く星。
 先程までの黄昏の静けさとは打って変わって、賑々しい祭囃子は心を惹きつけ高揚させる様な響き。
「早く行こうぜ、匡!」
 立ち並んだ屋台をキョロキョロと見渡しながら一気にテンションを上げたニルズヘッグは、わくわくとした感情をその瞳いっぱいに湛え、ワーっと腕を上げて見せた。
「ん。……」
 友の呼びかけにこくりと頷いた匡は、――しかし足をその場に留めたまま。
「ん?」
 やる気と気合いっぱいの勇み足で二度足踏みをしたニルズヘッグは、ぐるりと振り向くと、歩みださぬ友の視線の先を追った。
 それは細い細い線が絡み合って、ころりとした立体的なハートを形作った繊細なアクセサリのようなもの。
「何だ匡……――ああ、鬼灯か。可愛いよなあ、それ」
 瞬きを二度重ねたニルズヘッグは、匡の視線の先、透かし鬼灯へと手を伸ばす。
「鬼灯?」
 匡は聞き覚えがあるような、無いような名前を復唱してから、ニルズヘッグの摘んだ鬼灯をじっと見やり。
 ――思わず足を止めてしまったのは、その形の物珍しさからであった。
 そして、なんとなく。
 ……内側に灯りを抱くソレは、何となくあの少女の面影と重なるものだったから。
「そう、そう。こうやって中に実が……、実? 実なのかな、これ。……まあ、ほら。よく知らねえけど、何か入ってて可愛いんだぜ!」
 へにゃっと笑ったニルズヘッグは、その実を星灯りに照らすように掲げて。
 葉脈とまあるい果実以外が綺麗サッパリ処理された、透かし鬼灯を匡へと見せつける。
「へえ、……実ってことは、それ、植物なんだ。不思議な形をしてるな」
 感心したように、匡は言葉を零す。
 一見して、植物には見えぬ加工のなされたソレ。
 その横には真っ赤なガクの形を残したまま、連なる鬼灯の実の中に明かりを込めた提灯なんかも売られてはいるのだが。
 それが植物だと知らなかった匡にとって、一見して何がなんだかわからない事は仕方がなかったのかもしれない。
  ニルズヘッグはそんな匡へと、実の代わりに柔らかな明かりを閉じ込めた透かし鬼灯を一つ手渡して。
「ほら、匡も一個持ってこうよ。――プレゼントなんかにしても良いんじゃねえの?」
 レディとかきっとこういうの好きだぜ、とニルズヘッグが言葉を付け足したものだから。
 匡は口を開いて、一瞬言葉を紡ぎそこねて。
 息を吸って、吐いて、瞬きを二度ほど重ねて――。
「……いや、まあ、……うん。……買っていくけどさ」
「はは! まー、喜んでもらえると良いな!」
「ああ」
 ――面影を重ねた事をニルズヘッグは知っているのか、いないのか。
 どちらにせよ。
 なんだか見透かされてしまったような気持ちに、匡は少しばかり歯切れの悪い肯定を重ねて。
 そりゃ流石に少し恥ずかしさも在るのだけれど、それでもニルズヘッグはいつもの調子で笑っているものだから。
 細く息を吐いた匡は一度、かぶりを振った。
「……なあ、ニル」
「ん?」
「……『忘れる』って、怖いな」
 これまで、匡は忘れるなんて事がなかった。
 だからこそ、だからこそ。
 今日、匡は怖いと思った。
 思い返すは、あの黄昏。
 無くしたという事すら気づく事が出来ず。
 大事であったと言う事すら、忘れてしまう。
「おー、そうだな。……忘れるのも忘れられるのも、凄く怖えことだよ」
 忘れられる事は怖い。
 忘れる事は、痛い。
 瞳を細めて頷くニルズヘッグは、その怖さを誰よりも識っている。
「ああ。大事なはずのものの形も在り処もわからなくなるのは――すごく、怖い」
 それは怖い、――怖かった。
 確かめるように匡は言葉を紡いで、ニルズヘッグはただ小さく頷き返し。
「だから、全部ぜんぶ、覚えて帰ろう」
 そしてニルズヘッグは言葉を紡いだ。
 二人で回った祭りも、これから見る花火も、――今日の戦いも。
 悼みも祈りも、通じるかどうかなんて分からないのならば。
「……もういない奴のために出来る確かなことは、覚えてることだけなんだと思うしさ」
「うん、ちゃんと覚えておきたいな」
 彼の言葉に瞳を眇めた匡は思う。
 これから過ぎていく時間も、行きかう誰かのことも。――今日、永遠を願った誰かのことも。
 覚えておこう、覚えていたい。
 それは『自分はそういうものだから』――じゃなくて『俺がそうしたいから』。
 覚えておきたいと、思ったのだ。

 風にさんざめくびいどろ風鈴たちが、りりんと鳴いている。
 匡の掌上の透かし鬼灯の中で、柔らかな灯りがゆるゆると揺れている。
 ――ひゅうるりと空を裂いて、空に炎の花が弾けた。
 それはとても、綺麗な光景で。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふわぁ、お祭りですよ、アヒルさん。
私はアリスですから過去の記憶はないですが、こうしていっぱいアヒルさんと思い出を作っていけばいいんです。
これがやがて私の思い出になるんですから。
あ、花火が始まるみたいですよ。
よく見える場所に行きましょう。
やっぱり、思い出は一番いい形で残しておきたいですしね。



 大きな帽子が風に攫われぬように。
 片手で押さえたフリルは、傍らに寄り添うアヒルさんに視線を向ける。
 さんざめくびいどろ風鈴は、行儀良く並んでりりんと歌い。
 びいどろの音を飲み込む祭囃子に、屋台の賑わい。
 香ばしいトウモロコシの焼けるにおい、あまあいかすていらの蜂蜜のかおり。
 空を見上げればびいどろの並ぶやぐら越しに、星が瞬いている。
「――ふわぁ、アヒルさん。お祭りですよ」
 頷くようにふわふわとしたアヒルさんも、祭に参加する気概はバッチリのよう。
 賑々しい寺の境内を、フリルとアヒルさんはゆっくりと歩み出す。
 客引きの大きな声に、おいしい匂い。
 こんなに大きなお祭、何処を見たって目移りしてしまうのは仕方の無い事だろう。
 フリルはきょろきょろ、きょときょと。
「綿飴も良いですし、焼きそばも美味しそうですね。アヒルさんはどれが良いですか?」
 ……フリルには、アリスになる前の過去の記憶が無い。
 だからこそ、だからこそ。
 ――こうやって、アヒルさんと思い出を沢山作ってゆければ良いと、思っているのだ。
「ふぇえ……アヒルさん、ぜ、全部は食べられませんよ!」
 屋台へと飛んでいこうとするアヒルさんを、フリルはぎゅっと抑えて。
 ……すこうしばかり相棒は破天荒だけれど。
 今日作った思い出も、明日紡ぐであろう思い出も。
 ソレは全て、過去の無いフリルの『過去の思い出』と成ってゆくのだろうから。
「あっ、花火が始まるそうですよ。――行きましょう、アヒルさん!」
 花火がよくよく見える場所へと、ご馳走を抱えてフリルは慌てて駆けてゆく。
 それでもやっぱり、思い出を作るのならば。
 一番良い形で残しておきたいものでしょう?

大成功 🔵​🔵​🔵​

花邨・八千代
……なんで俺は今祭りでりんご飴食ってんだ…?
いや仕事で来たのは覚えてんだけど、なんか気付いたら戦ってて勝って今に至っている…

んんん、よく分からんけどりんご飴うまいし、まぁいっかー
それにしても雰囲気の良い祭りだな!変なもんいっぱい!
俺こういうとこめっちゃ好き!

あぁ、でもなんでだろ
鼻の奥に、苦い煙の匂いが残っている気がする
もうすぐ消えてしまうだろうそれが切なくて、寂しい

それでも俺はりんご飴を齧る
甘くて酸っぱい匂いがゆっくり、鼻の奥を満たしていく
きっと、これで良いんだ

なんだか目が熱くて、鼻を啜った
前を見て歩き出す

俺、忘れちゃいけないものを選んじゃったから
だから、ばいばい

もう、煙の匂いはしなかった



 並んだびいどろ風鈴達が、しゃらしゃらと風に揺れている。
 赤くてまんまるな林檎飴に齧りつくと、ぱきりと飴の割れる心地よい食感の後からシャキシャキの林檎が現れて。甘酸っぱさと甘さが口の中で混ざり合う。
 ――飴の部分を食べてしまえば、あとはまあ、ほぼ林檎なのだけれども。
 林檎は美味いので、おーるおーけー。
 そこに甲高い笛のような音が空を割き響いて。
 林檎飴を齧っていた八千代も、思わず空へと顔を上げ。
 組み上げられたやぐらの合間から、炸裂音を纏った色とりどりの光の花が空に咲く姿が見えた。
「おー……」
 見惚れたかのように八千代は、声を漏らす。
 綺麗だ、……綺麗だが――。
 それはそうとして。
「……なんで俺、今こんなところに居るんだ……?」
 もう一口飴を齧った八千代より、ぽつりと漏れたのはそもそもの疑問であった。
 ええと。
 グリモアベースから仕事で送られて来た、という事は覚えている。
 うん。
 俺が忘れっぽいとしたって、流石にそこを忘れたりしない。
 しかし、しかし。
 その後がなんとも曖昧なもので。
 気づいたら人魚と戦っていて。
 勝ったら勝ったで、妖怪たちがわーっと現れて。
 ばーっと祭の準備を始めて……。
 あっけに取られて棒立ちしていたら、寛いでいてくれと言われて、林檎飴やら飲み物を渡されて――。
 そう、そのまま今に至る。
 林檎飴もうまい。
 花火もきれいだ。
 周りを見渡せば、
 色んなモノを売っている変な屋台や、美味しそうな食べ物の屋台。
 綺麗な鬼灯の提灯が揺れているのだって、見ていてワクワクする。
 ――この祭りは、実に雰囲気の良い祭りだと思う。
 そういう雰囲気は実に八千代の好みにも合っていると、思う。
 それなのに。
 それなのに。
 しゃらしゃらとびいどろが風に揺れて、また空を花が彩った。
 それは真っ赤な、真っ赤な大きな花で。
「……、」
 何か声が出てきそうで、紡ぐことのできない言葉が胸を締め付けた。
 ――ああ、なんでだろう。
 鼻の奥で、苦い煙の匂いが燻っている気がする。
 それが花火の匂いであってくれれば良いのに、と思う。
 その匂いはどうにも、胸の奥をきゅうと締め付けるような匂いで。
 それでも。
 その匂いすらも、もうすぐ消えてしまいそうな予感がして。
 ガリ、と八千代は林檎飴を齧る。
 喉奥からこみ上げる寂寥を飲み込むように、寂寞を噛み砕くように。
 甘くて酸っぱい匂いが、苦い煙の匂いを覆う。
 切なくて寂しい匂いが、――混ざって消える。
 必要以上にこみ上げた唾液と一緒に、林檎飴の破片をごくりと飲み込むと、――何故だろうか。
 誰かが居た気がした。
 誰も居ない気がした。
 不思議と目頭が熱くて、鼻を鳴らしてしまった。
 でも、――きっとこれで良かったのだろう。
 八千代は前をしっかりと見て、賑々しい祭りの道を歩み出す。
「――ばいばい」
 俺は忘れちゃいけないものを、選んじゃったから。
 芯だけになってしまった林檎飴だったモノを、ゴミ箱へと見もしないで放り捨てる。
 ぐわわと鉄のゴミ箱が音を立てて、八千代は林檎の芯が無事捨てられた事を耳だけで知る。
 ――続いて空に花が弾ける頃には、もう鼻奥にあの匂いは残っていなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
風鈴の音に耳を傾けて立ち並ぶ屋台を覗きつつ
妖怪達と言葉を交わして花火がよく見える場所を探しましょう

彼らが言っていたのはこの辺かしらねぇ
開けた高台に場所をとり、花火のお供にと買ってきた梅が香る冷酒をあける

良い音ですねぇ
ちりり、と響くのは屋台で見かけて手に取った切子細工の風鈴
水色のびいどろをそっと星明かりに翳して眺め、先程のことを思い出す

一時とはいえ、大切なものを忘れ、自分が何者なのかも忘れていた
忘れるというのはあんなにも不安で、怖いものだっただろうか…ましてや

忘れられることがーーだなんて…

もしもを考え、苦笑いと共にこぼれ落ちた言の葉は
打上げられた花火にかき消され
風鈴を揺らす風と共に散っていった



「よいしょ、っと。――この辺りかしらねぇ?」
 屋台に立つ妖怪たちは、この祭は普段より日常的に行われていると言っていた。
 そう、それは。
 あげられる花火が綺麗に見える場所だって確立されていると言う事だ。
 ――過去の遺物で組み上げられたこの世界には、在るべき場所に無い建物の一欠片がその辺りに転がっていたりするもので。
 すこしばかり開けた高台へと身軽に登ってきた千織は、草むらから突然生えている良い感じに座れそうな石段へと腰掛けた。
 戦闘ほどでは無いが、少しばかり身体を動かし火照った後に、冷えた酒の温度は実に心地良い。
 底に梅が転がり沈んだ冷酒を、くっと一口。
 その喉越しに、千織はほうと息を零す。あー、沁みますねぇ。
 夕暮れ色が夜に飲み込まれた空には、ちらりほらりと星光が瞬いて。
 その光に切子細工を透かすように。
 屋台で手に入れたばかりの水色のびいどろを掲げれば、風鈴はちりりちりりと涼しげな鳴き声をあげた。
「……うん、良い音ですねぇ」
 ふ、と眦を和らげ。――その音に連想されてしまったのは、黄昏時の事。
「……」
 今は思い出す事が出来たとは言え。
 あの時千織は、すっかり全てを忘れてしまっていた。
 大切なものの事も、自分の事も。
 全て、全て、忘れてしまっていたのだ。
 ちりり、と風鈴がまた、小さく鳴く。
 それは決してびいどろの舌が風に揺られた訳では無く、思わず千織が悪寒に身を捩ってしまった為だ。
 嗚呼。
 ――忘れると言う事はあんなにも不安で、怖いものであっただろうか?
 大切なものを忘れてしまうと言う事は、あんなに辛い事なのだろうか。
 ましてや。
 それは、ただの『もしも』の想像。
 それは、ただの『在り得るかもしれない』というだけの事。
 それなのに、それなのに。
「……忘れられる事があんなにも、――だなんて」
 ――不意に。
 沈む思考を割くかのように、ひょろりと空を切る音が響いて。
 爆ぜる音と光に、零れた言の葉が飲み込まれて、かき消えた。
 続いて色とりどりの火が、空を彩り溶けてゆく。
 ちりり、ちりり。
 今度こそ風に揺れるびいどろの、涼やかな音。
 空に咲いた花も、音も、言の葉も、溶けてしまえば消えて無くなる。
 後に残されたのは、千織の唇に宿った苦笑ばかり。
「……ふふ」
 嗚呼。
 残酷な『もしも』を考えるより、今は。
 首でちりりと揺れた鈴の音を指先で撫でた千織は、空を見上げる。
 ――再び、ぱんと弾ける炸裂音。
 次の瞬間には色とりどりの光が空にぶちまけられて、大きな花が空にまた咲いて。
「たまやー、……なんて、ね」
 冷酒をもう一口傾けた千織は、くすくすと笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

風見・ケイ
夏報さん(f15753)と

お祭りがメインだったかな……ま、いっか。
あ、見て夏報さん、古酒だって……何年物だろ。

(すべて思い出して、いつもの私達――『春ちゃん』)
……あの、前に話してくれた高校の友達って、
(酔いが回ったのか、零してしまった。いつもなら踏み込まないのに)

嫌な奴だなんて、思わなかったよ。
……友達ってほとんどいたことがなかったから、何が正しいかわからないけど
するとかしないとかではないと思うな。
夏報さんはその子と友達になって、――私とも、友達になった。
私、君と友達になれて、ふたりでお酒が飲めて、嬉しくて、楽しいよ。

よし、お祭りらしく飲み明かしちゃいましょうか。
――今日を忘れない程度にね。


臥待・夏報
風見くん(f14457)と

はっっ
完全に思い出した
二人でお祭りに来たんじゃん
後の心配もないし、飲みながら見て回ろっか!

(なーんて、テンションで誤魔化してみたものの)
うん、まあ、突っ込まれるよな……

春ちゃんは、UFOと宇宙人の話ばっかりしてるような子でね
……僕はほら、あんな感じの嫌な奴だったし
頭のおかしい子に付き合ってあげてるつもりで、何となくつるんでただけでさ
ロクでもないでしょ?
他に友達がいないのは自分だって同じなのにーー

余計なこと言ったな
本当は今でもちょっと自信ないんだ
君と、ちゃんと友達ができてるのか

……もーっ
恥ずかしい話はこのへんにしてもう一杯行こうぜ
せっかくだから度数きついのがいいなあ
ねっ



 はた、と気がついた。
 そう、今の夏報も今のケイも。
 決してセーラー服のうら若き女子高生でも、セーラー服の少女的な戦士でも無かった事に。
 完全に思い出した、思い出してしまった。
 女子高生では無いという事は、酒を堂々と胸を張って呑めると言う事を。
 妖怪達で賑わう、夜屋台の連なる境内。
 美味しい匂いに、甘い匂い。
 そうして女子高生じゃない二人は勿論――。
「あ、見て夏報さん、古酒だって。……何年物だろ」
「ん。そもそもこの世界の酒に、何年だとかは適応されるものだろうか?」
 過去の遺物とやらで組み上げられた世界。
 人々から向けられた感情を食糧とする妖怪達の世界。
 よくよく考えてみれば、その酒は一体何処から出てきたモノだろうか、なんて。
 古酒が普通に造られている可能性も在るし、もしかしたら過去の遺物とやらかもしれない。
 考え始めれば、なかなか納得の行く答えは出てこない問題かもしれないが。
「……そうですね……」
 瞳を狭めたケイはその相違う色の奥に、冴え冴えと叡智の色を宿していた。
 平たく言えば、キリリと賢そうな表情を浮かべている。
「呑んでみて美味しければ、それは美味しいお酒でしょうね」
「実に真理だ」
 相槌を打つ夏報。
 ここは『異なる世界』の中でも、インフラが整っている方の世界だ。
 食事に関しては別段困ったことになる世界でも無いと判断している夏報は、さっと酒を確保するとシームレスに枡を傾けて。
「うん、美味しい」
「香りも甘くて、風味が濃厚だね」
 ケイも妖怪から受け取った枡に口を寄せると、そのお味に眦を和らげる。
 うん、これは美味しいお酒だから、美味しいお酒だ。
 ほうと美味しい吐息を零したケイは、そのまま顔を上げて。
「そう言えば、――あの、前に話してくれた高校の友達って、」
 はた、とそこまで言葉を紡いだ所で。
 ケイは自分自身の言葉に驚いたように、瞳を少しばかり見開いた。
 ――『春ちゃん』。
 あの黄昏の街で、夏報は『春ちゃん』と呼ぶ、自らの友達の話をしていた。
 それは、それは――。普段ならば、決してケイが踏み込まぬ領域。
 酔いがもう回ってしまっていたのか。それとも、記憶を取り戻したばかりで油断してしまっていたのだろうか。
 その表情こそ大きく崩れる事は無いが、窺うようにケイは夏報を見やり。
「……うん、まあ。突っ込まれると思っていたよ」
 夏報はゆるゆると首を振ってから良い感じの長椅子に腰掛け、小さく肩を上げて笑ってみせた。
「春ちゃんはさ、UFOと宇宙人の話ばっかりしてるような子でね。……僕はほら、あんな感じの嫌な奴だったし。頭のおかしい子に付き合ってあげてるつもりで、何となくつるんでただけでさ」
 人と馴染めそうに無い子を選んで、上から目線で付き合って『あげて』いた。
 他に友達がいないのは、自分だって同じなのに。
 ロクでもないでしょ? なんて。
 付け足した夏報は、その唇を自嘲に歪め。
「……と、余計な事言ったな。――本当はさ。今でもちょっと自信ないんだ、君とちゃんと友達ができてるのか、なんてさ」
「……嫌な奴だなんて、……思わなかったよ」
 ゆると首を左右に首を振ったケイは、夏報の瞳を真っ直ぐに覗き込んで言葉を紡ぐ。
 ケイにだって友達なんて殆どいた事は無かったから、何が『正しい』かなんて判断は付きはしないけれど。
 友達は『する』、『しない』で割り切れるモノでも無いとは感じている。
 ケイはゆっくりと言葉を選ぶように、両掌で酒の入った枡を包んで。
「夏報さんは、その子……春ちゃんと友達になって。――私とも、友達になった」
 それは、あの黄昏の街でも。
 それは、今、夏報を見ているケイも。
 夢でも現でも、同じ事だ。
「……私、君と友達になれて、ふたりでお酒が飲めて、嬉しくて、楽しいよ」
「……うん」
 ケイの言葉に、夏報は小さく小さく、それでもしっかりと頷いて――。
 グイーッと枡の中身を一気に呷ると、ひょいと立ち上がった。
「……もーーっ。恥ずかしい話はこのへんにして、もう一杯行こうぜ?」
「ふふ、そうですね。お祭りらしく飲み明かしちゃいましょうか」
「うん、せっかくだから度数きついのがいいなあ。どうせベロンベロンになってもグリモア猟兵さんが帰してくれるだろうし」
「飲みすぎても止めませんけれど、……今日を忘れない程度にしようね」
「ん、――そうだな」
 二人並んで新たな酒を探しだした彼女達の背が、賑々しい人波の中へと消えてゆく。
 今日は記憶が飛ばない程度に美味しい酒を沢山呑もう。
 美味しいお酒を飲み明かそう。
 ――きっと。
 友達と呑む酒ならば、どの様な酒でも大体美味いのだろうけれど。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジェイ・バグショット
祭りの様子を離れた場所で眺めていた
場違い過ぎるし別に楽しむ気もない
失われた全てが戻ったことを安堵する

……お前が居なかったら、俺は忘れていたんだろうか。

独り言は淡い光を纏った傍らの青年へ

『私の力がなくとも、君は忘れたりなどしないよ。』

『たとえ記憶は失われたとしても、心が覚えている。』

……でも確かに、あの時俺は思い出せなかったんだ。
クィンティのことも、お前のことも。

今回だけじゃない
自分がこういう精神的な攻撃に弱いことは知っている
弱さを吐露できるのは相手が信頼するアズーロだからだ
生前共に過ごした時から、コイツは何も変わらない

『君に足りないものは、別の誰かが埋めればいい。』

そうでしょう?と微笑んだ



 さんざめく寺の境内、祭り囃子に涼やかな風鈴の音が混じれば。
 香ばしい匂いに甘い匂い、ぴかぴか光る綺麗な玩具に、美しい反物まで。
 様々な屋台が立ち並び彩られた祭の会場は、眩しいほどの賑わいを見せている。
 その喧騒に、その眩さに。
 ――ジェイがあの楽しげな場所に混ざる事は、ひどく場違いに思え。
 何よりも楽しむつもりは無い、と。ジェイは祭りの喧騒より、少し離れた場所に腰掛けていた。
 自らの中からぽかりとえぐり取られた記憶の空白。
 その中身は全て、今はジェイの中へとちゃんと戻ってきたが――。
「……お前が居なかったら、俺は忘れていたんだろうか」
 ジェイがぽつりと零した、ため息によく似た言葉。
 それは横に佇む彼に心を許しているからこそ、思わず漏らしてしまった言葉。
 それは決して疑問の言の葉では無く、あのこみ上げるような苦しさに追い立てられずに済んだと言う、感謝と安堵の声だったのかもしれない。
『――いいや。私の力がなくとも、君は忘れたりなどしなかったよ』
 佇む彼――。
 独り言でもあったジェイの言葉を拾い上げたのは、UDCによって顕現している淡く光を纏う魔術師。
 ――とっくにもう生者では無くなってしまっている、アズーロであった。
『それにあの時も言っただろう? 君は何度だって思い出せる、とね』
 アズーロはジェイに言い聞かせるように言葉を紡ぐと、ゆるゆると首を振って。
 眩い光に満たされた魔術師がジェイの金色の瞳を覗き込むと、眦を和らげたように見えた。
『たとえ記憶が失われたとしても。君の心は、ちゃんと覚えているものだよ』
「――でも確かに俺は、あの時思い出せなかったんだ。――クィンティの事も、お前の事も」
 ジェイにとってそれは、今回の仕事に限った話では無かった。
 自身がこの様な精神的攻撃に弱いという事は、重ねてきた戦いから既に理解をしている。
 それでも、……だからこそ。
 生きていた頃も、死んでしまった後も、アズーロだけは何も変わらないものだから。
 ジェイは――、アズーロには、アズーロだけには。弱音を吐露してしまうのだ。
『例えば君が、そのまま忘れてしまったとしても。……君に足りないものは、別の誰かが埋めればいいさ』
 そうでしょう? なんてアズーロが微笑めば。
「……そうかもな」
 ジェイは、肩の力を抜く事しかできなくなってしまう。
 ああ本当に、――彼だけは、本当に変わらない。
 そう。
 足りないものは、『別の誰か』が埋めてくれるものだ。
 ジェイの唇も、薄く笑みに綻んで――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

オズウェルド・ソルクラヴィス
【庭】
人の気配と
嗅ぎ慣れない匂いで
周囲を見渡す

なるほど、これが幽世の祭りか…
風鈴も、元に戻れば心地がいいモンだな、と思う
まぁ、その一件でルゥーの奴が
アイツに何やら云いたそうだが…

…、……。

オレの方は、得に話す事は無いな
『その時』が来たら
互いに耳を傾ければいいだけの話だ

とりあえず、なんか食うモンでも買うか…
なにせ、こっちも動かねぇと
(案の定、綿あめと見つめ合う事に…
同時に
昔の事は知らねぇなと、だんまりを決め込みつつ
タコ焼きを手に入れてみる

…食い損ねたからな
牛スジも…
だからってワケじゃねぇが…

なら、見終わったら店でも探すか…?

二人の話に同意しながら
なんだかんだで綿あめから先に食しつつ
共に花火を見る


ルゥー・ブランシュ
【庭】
びいどろの音とお星さまの瞬きをみて
世界が元に戻った事を知るの…

そこには変わらず
二人の姿もあって
でも、一緒に買ったおでんの具材さんはなくて…

会ってみたかったなぁ…
スノゥちゃんや
おばあちゃんに…

あたしは、ずっと一人で咲いてたから
家族ってよくわからなくて…

あのね、アース…
スノゥちゃんてどんな子だったの?
ほんとは、聞いてみたいけど…

だからね、はい、これ🍎
昔ね、同じような顔したオズにもあげた事があるの!
リンゴ飴!
杏子飴もあるよ!
オズには、あたしの綿あめ半分あげる!

おいしい物を食べて
花火も一緒にみれたら
それだけできっと幸せになるの🌸

それから、うん!
おでんも買って
3人で一緒に『おうち』に帰ろう🏡


アース・ゼノビア
【庭】
夕景を引継ぐ提灯の朱
虫の音に晩夏を偲び
今日の余韻にと、淡波色の風鈴を一礼に受け取る
屋台の良い匂いに誘われるのは
いつも通りだけど

本音を言えば、俺も人魚と同意見だ
何を忘れても今があればと希う
彼らを失うなら考え違いを起こすかも
だから余計に蓋してしまうんだ
遠い過去、遠い未来
花絶え凍てた郷里のことを

…さて、参ったね…視線が刺さる刺さる
オズとはさっき目配せで済んだとして
ルゥに心配掛けるのは本意ではないなぁ…

――うん。りんご飴?
オズのは…タコ焼き?ほんとタコ好きだね
笑いつつ、ありがとうと両手に受け取って
そうだな…帰りにおでん具でも買っていこうか?

花火は好きだよ
派手に咲き誇って散る余韻
また次の夏にと
希う



 やぐらに綺麗に並んで吊られたびいどろ風鈴が、ちりちりと風に揺れて音を立てている。
 空の色は黄昏を飲み込む夜の色。
 さんざめく境内は、妖怪たちの楽しげな気配に満ち満ちて。
 優しい光を灯す鬼灯提灯を揺らしながら、妖怪の子ども達が駆けてゆく。
 立ち並ぶ屋台からは思わずお腹が鳴いてしまいそうな程、良い匂いがした。
「……なるほど、これが幽世の祭りか」
 夜風に揺れるびいどろたちは戦いの時とは打って変わって、ただただ美しい音を立てているように思える。
 オズウェルドは、物珍しげに周りをぐるりと見渡して。
 そこで――物憂げなルゥーの姿に気づいてしまった。
 ……あー。
 内心だけで声を上げたオズウェルドは、とりあえずたこ焼きを買っておくことにする。
 ……そう。
 ああいう時のルゥーがどういう行動をするかはもう、オズウェルドにはよくよく解っているもので。
 食べるのならば甘い物ばかりでなく、しょっぱいものも食べたいだろう。

 ルゥーは、悲しい気持ちでいっぱいだった。
 ルゥーは、悲しい気持ちでいっぱいなのだろうと、思った。
「……」
 ――そこには変わらず、一緒にこの仕事へと来た二人の姿はあるけれど。
 あんなに買い込んだおでんの具材は、手元には無い。
「……会ってみたかったなぁ……」
 スノゥちゃんにも、おばあちゃんにも。
 ……あの幸せな黄昏の街中であれば、逢えたのかもしれない。
 ううんでも。今日、本当に悲しい思いをしたのは誰だろうか。
「うー……」
 さんざめく祭りの只中にあって、ルゥーの気持ちはゆらゆら揺れる。
 ルゥーには、家族という関係の事はよく解らない。
 ルゥーはずっと、一人で咲いていた。
 だから、家族と離れ離れになってしまう気持ちに関しては、想像をするしか無い。
 じいっと眺める視線の先は、アースの背中、オズウェルドの顔。
 きっと、きっと。
 ――悲しい思いをしたのは、『家族』を思い起こさせられた二人なのだろうから。
 ルゥーはこっくりと頷くと、屋台へと向かって――。

 オズウェルドは、アースへとアイコンタクト。
 ルゥーの妙な様子が配慮である事を、オズウェルドは知っている。
 だからこそルゥーにもオズウェルドにも、基本的には助け舟を出すつもりは無い。
 それは元より言葉少なく、愛想が余り無い性格のせいもあるのだが。
 ――何よりも。
 伝えたい事があるのならば、彼女が納得できるまで伝えれば良いと思っていた。
 ……彼女にその力がある事を、オズウェルドは知っている。
 それに。
 ――『その時』が来たら、互いに耳を傾ければいいだけの話なのだから。

 じいいーーー。
 アースの背へとびしびしと刺さるルゥーの視線。
 ――本音で語るとするならば。
 アース個人としては躯の海へと還った比丘尼の意見は、とても納得の出来る物であった。
 何を忘れても、今があればと希う。
 彼らを失うならば、考え違いを起こすかもと思ってしまう。
 しかし、忘れてしまう事が出来るのならば。
 確かに忘却は、救いなのだろうと思った。
 だからこそ、だからこそ。
 もう開く事の無いように。
 遠い過去に遠い未来に、蓋をして、鍵をかけて、奥に奥に閉まってしまう。
 ――あの花が絶え凍てた郷里のことを、記憶の奥隅に追いやって眠らせておく。
 しかし。
 それはそうとして、だ。
 アースにとってルゥーが自らを心配して一挙一動を眺められる状況は、あまり好ましい状況であるとは言えなかった。
 アースはどう言葉を切り出すかと視線を泳がせ。
 そこにルゥーが、ゆっくりと歩み寄った。
「……あのね、アース。あたしは、ずっと一人で咲いてたから、家族ってよくわからなくて……」
「――うん」
「だから、……アース。はい、……これっ!」
 本当は、本当は。
 スノゥちゃんてどんな子だったの? って、聞いてみたいけれど。
 今それを聞くのは、ルゥーは違うと思っていた。
 そこに差し出されていた物は――。
「…………りんご飴?」
 予想外の物に、アースは首を傾ぐ。
 恭しくポーズを取ったまま。
 ルゥーは、アースに花束を差し出すようにりんご飴を差し出して。
「あのね。昔ね、同じような顔したオズにもあげた事があるの! リンゴ飴! ――あっ、アンズ飴もあるからね!」
 ――ルゥーは決して、スノゥちゃんの代わりにも、おばあちゃんの代わりにもなれないけれど。
 美味しいものを食べて、綺麗な花火を一緒に見たら、きっと、きっと。
 アースだって、幸せな表情を浮かべてくれるに違いない。
「……ん」
 そうして。
 ルゥーに合わせて、オズウェルドが差し出したのはたこ焼きであった。
「オズ、ほんとにタコ好きだね」
「――食い損ねたからな。……牛スジも」
 だからと言う訳ではないけれど、と付け足すオズウェルド。
「……ふふ、そうだねえ」
 甘いものばかりだと舌が疲れてしまうだろうからという配慮を感じつつも、彼のタコ推し具合にアースは思わず笑ってしまう。
 アースが笑ってくれたから、ルゥーだって笑ってしまう。
 くうるりと振り向いたルゥーはオズウェルドを見上げて。
「そう、そう。オズには、あたしの綿あめ半分あげる!」
「ん。……ありがとう」
 やっぱり甘いものを勧められてしまった。
 オズウェルドは予想がついていたルゥーの行動に、綿あめを少し齧って。
 両手がりんご飴とたこ焼きで埋まってしまったアースが、また笑った。
「そうだな……、今日は、おでん具でも買って行こうか」
「ん! そうだね♪ それでね、それでね! 3人で一緒に、おうちに帰ろう~!」
「なら、花火を見終わったら店でも探すか……」
 もう3人とも、すっかりいつもの調子で。
 跳ねるような談笑を重ねていると――。
 ぱあんと空に響いた爆ぜる音。
 空を見上げればすっかり暮れた夜を覆うような、大きな大きな花が咲いていた。
 ルゥーが瞳を輝かせる。
 オズウェルドは、興味深げに空を見上げている。
 アースは、そんな二人の様子を見やって。
 ――また次の夏にと、希う。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

喜羽・紗羅
WIZ
……はぁ
(何だよしけた面して)
ほんの少し小高い丘に備えられた長椅子に腰掛けて
右手には掬った金魚、左手に綿菓子を持って
軽く肩を落として色取り取りの灯りを眺める

まあ、ね
色々思い出しちゃって疲れたのかな
(そりゃご苦労。けどな、済んだ事は二度と戻らねえんだ)
そもそも身体動かしたのは俺だ、と
少し間を置いて言葉を続ける鬼婆娑羅

(だったら今を、精一杯どうにかするっきゃねえだろう)
分かってるわよ。第一死んでも終わらないのがこうしているんだし
そういえば、あんたも何か無かったの?
(ああ……? ああ)

再びの静寂。そして

(忘れちまったよ、そんな昔の事ぁ)

あっそう。あ、始まるみたいよ?
――嘘つき。でもまあ、いいか



 夜色が世界に星明かりを映す頃。
 賑々しく立ち並んだ屋台を行き交う妖怪たちは、鬼灯の提灯を揺らして。
 祭り囃子に、風鈴の音。
 さんざめく賑わいの音は、楽しげに世界に響いている。
 そんな中。
 長椅子に腰掛けた紗羅は、背を丸めたまま。
 小さな金魚が袋の中で、可愛らしく尾ひれを揺り動かしている。
 ――左手に持った綿あめも、とてもとても甘くて美味しいのに。
「……はぁ」
 思わず零れてしまったため息は、すぐに祭りの賑わいへと飲み込まれて消える。
 しかし、しかし。
 それを見逃してくれぬ者も、『内側』に居るもので。
 ――何だよ、しけた面しやがって。
 鬼婆娑羅が胸裡で言葉を零せば、小さくかぶりを振った紗羅はその瞳を狭めたまま。
「まあ、ね。……色々思い出しちゃって、疲れたのかもしれないわ」
 ふうん、そりゃあご苦労さん。――けどな、済んだことは二度と戻りゃしねえんだ。
 なんて。
 尤もな事を鬼婆娑羅が言うものだから、紗羅は小さく唇を尖らせて。手にした綿飴を一口齧る。
 それに――そもそも、身体動かしたのは俺だろうが。
「はいはい、……そうよね」
 ――だったら、今を、精一杯どうにかするっきゃねえだろう?
「……分かってるわよ」
 そう。
 紗羅だって、分かっているのだ。
 この厄介なご先祖様が今、紗羅を励まそうとしている事くらい。
「第一、死んでも終わらないのがこうしているんだし、ね」
 細く細くもう一度息を吐いた紗羅は、ゆっくりとかんばせを上げる。
 強がったって、隠したって。
 どうしたって、このご先祖様は己の中にいるのだけども。
 その茶色の視線を空へと上げる事が出来るのは、紗羅の意思であるのだから。
 ――分かってんなら、良いけどよ。
「……そういえば、あんたも何か無かったの?」
 ふ、と紗羅が尋ねれば。
 ああ……? ……ああ。
 そうして胸裡へと齎されたのは、しじまであった。
 紗羅は空を見上げたまま。
 暫し鬼婆娑羅の言葉を、待って――。
 忘れちまったよ。
 そんな昔の事ァ、な。
「……あっ、そう」
 ――嘘つき。明らかに誤魔化しの言葉だと、紗羅は思う。
 けれど、まあ、いいわ。
 思いはするが、それを伝えもしない。
 この厄介なご先祖様だって、思う所が在ることくらいあるのだろう。
 例え今、鬼婆娑羅に身体を預けたところで、どうせしけた面をするのは紗羅の身体なのだから。
 そこに響いたのは、ひょろりと風を裂く火の柱の音。
「あ。花火、始まるみたいよ?」
 ――ああ、そうだな。
 刹那。
 夜空に大輪の花が咲いていた。
 続き咲き乱れる炎の花を、紗羅は見上げて――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・縁
碧のあにさま/f11172

ちりんちりんと風が軽やかな音色を奏でてゆく様は、なんと心地が良いのでしょう
夜のお祭りなんてわくわくしますわね!

心地よい音色と戯れるように歩みゆく
繋がれた手があたたかく
そして頼もしいのです
碧のあにさま
縁は人混みを歩むのが苦手ゆえ
手を繋いでくださってとっても助かりますの

素敵な器と手毬ですわね
碧のあにさまの大切な方々に贈るのですか?
きっと、喜ばれると思いまする
なにせあにさまの想いがこもっているのですもの
縁は
風鈴、が欲しいですわ
風にそよぎ
鈴蘭のように歌う硝子の花
良きものを選んでいただけないかしら

うふふ!これはとっておき
縁の宝物にいたしまする!

ゆるり歩む幸せなとき
縁は忘れませぬ


劉・碧
縁(f23531)と

風鈴の音を聞きながら、夜市を進む
逸れぬよう縁の手を引こう
縁の歩む速度に合わせてゆっくり歩く
歩き疲れたら負ぶってやるからな
今日はたくさん楽しもう

求めるものはびいどろの酒器と手毬
一つは旦那様を、一つは妹を偲び
これは故人への土産さ
喜ぶ顔も見れないが…そうだといいな

縁は欲しいものあるかい?
視線の先を眺めてみよう
七寸離れてれば、見える景色もまた違う
眺める中で見初めた風鈴をとり
白い瑠璃茉莉の咲く碧翠色の硝子風鈴を手に取って
縁の目の高さで、透かし彫りの鳴り子を揺らす

縁の楽しそうな顔が、声が、温かい
ありがとうな、縁
ほんの少し視界が滲めば、
目元を拭って瞬き
僅かに笑む
──さて、もう少し歩くかね



 ほのかな光を湛えた鬼灯提灯をひっかけた妖怪たちは賑々と、寺の境内を行き交い。
 頭上に組まれたやぐらに綺麗に並んだびいどろ風鈴は、風が吹く度にちりりちりりと涼やかに響いている。
 賑わう参道には幾つ目移りしても足りぬ程、ずらりと様々な屋台が並んでいるものだから。
「うふふ、夜のお祭りなんてわくわくしますわね」
 逸れぬようにと結んだ手、合わせた歩調はゆっくりと。
 碧と手を繋いで歩む誘名・縁(迎桜・f23531)の好奇心にぴかぴか瞬く瞳は、何を見たって興味津々。
 金魚の泳ぐ屋台に視線を奪われたかと思えば、あちらの屋台も素敵な物が並んでいると視線を移して、美味しそうな匂いがしていると肺いっぱいに空気を吸い込む。
「もし歩き疲れたら言いな、負ぶってやるからな」
 忙しなく周りを見渡している彼女に、碧は小さく首を傾いで。
「まあ! 碧のあにさまはやっぱり頼もしいのです!」
 薄桜抱く白雲の髪をふわふわと揺らし、縁は花咲くように微笑んだ。
 繋いだ手が暖かい。
 人混みを歩む事を得意としない縁には、その掌はまるで道標のようで。
 ――そうして。
 碧と縁が足を止めたのは、びいどろの品が並ぶ屋台であった。
「わあ、とても美しいですわ!」
 ぴかぴかきらきら。
 光を飲み込んで照り映えるびいどろは。
 縁の瞳にはどれもが繊細で、どれもが美しく映る。
「さて、……どれにしようか」
 一番に選んだのは、びいどろの酒器。
 次に手毬を手にとって、碧が眺めていると――。
「素敵な器と手毬ですわね、碧のあにさまの大切な方々に贈るのですか?」
 縁がそのぴかぴかのびいどろを覗き込んで、尋ねた。
「ああ。此方は旦那様を、一つは妹に――」
 順番に酒器と手毬を掲げた碧は、瞳の翠の奥に優しい色を宿して。
 どちらも故人への土産だと、碧は肩を竦めた。
 ――それは贈った者の喜ぶ顔も見れぬ、土産ではあるのだけれど。
「それはきっと――喜ばれると思いまするよ! なにせ、あにさまの想いがこもっているのですもの!」
 縁は肯定するかのように大きく頷いて両手を合わせると、花の蕾が綻んで咲いたように微笑んで。
 ――その言葉は本当にそうであれば良いと思える、優しい言葉だったものだから。
「ああ、……そうだといいな」
 彼女の言葉に、碧は眦を和らげて頷いた。
「そう言えば、縁は欲しいものあるかい?」
「縁は……、」
 尋ねられた縁は、確かめるようにちらりと空を見上げた。
 その視線の先を思わず碧が追えば、頭上に組まれたやぐらに風鈴たちが綺麗に並んでいた。
 七寸も身長が離れていれば、見える景色もまた違うだろうが――。
「そう、風鈴が欲しいですわ」
 ちりり、ちりりと、鈴蘭のように歌う硝子の花。
 強請るように碧の手を引いた縁は、彼を見上げて。
「ねえ、あにさま。縁に良きものを選んでいただけないかしら?」
「……ん、そうだなァ」
 碧はびいどろの土産を選ぶ中で、風鈴だって眺めたもの。
 白い瑠璃茉莉の咲く碧翠色のびいどろ風鈴を手に取れば、彼女の目の高さで透かし彫りの舌を揺らしてみせて。
「こいつでどうだ?」
「まあ! ……うふふ、これはとっておきでございますね。縁の宝物にいたしまする!」
「ん、喜んでもらえたなら何よりだ」
 声を弾ませて喜ぶ、彼女の笑顔が、その声が。
 碧にはどこか懐かしいような、眩いような。
 何よりも、何よりも――暖かく。
「……ありがとうな、縁」
 言葉零せば、視界が薄っすら滲むものだから。
 目元を拭って、瞬きを重ねて。
 それから唇には、柔い笑みが自然と宿る。
「あら、あにさま。お礼を言うのは縁の方ですわよ」
 夢中でびいどろ風鈴を見上げる縁は、楽しげに言葉を弾ませたまま。
 りりん、りりん、揺れるびいどろ。
 会計を済ませれば、もう少し、もう少し。
 夜の散歩を楽しもうか。
 縁はきっと、この夜の事を忘れる事は無いのだろう。
 ――それはそれは、楽しくて幸せな祭りの夜の事を。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
f11024/花世

涼やかな音を楽しみ乍らの漫ろ歩き

手には竹輪の磯部揚げ
出来立ての香りに包まれたなら
ほんのり冷たく感じた宵の入りの気温さえも
ほっかり暖かい

…あなたは
何の為に学びますか

ふと
脳裏に浮かんだ問い
答えが返る前に淡く笑んで首を振り

互いに手にした戦利品を交換こ、と
磯部天を差し出して
代わりにコロッケを相伴
初めて食したクリームの甘やかさに顔が綻ぶ

屋台の品々は
どれも美味しそうで
満腹になってしまいそう

縫が夕飯を用意していたら
怒られてしまいますよ
ね、
正座して一緒に叱られてくださいますか

其れは胸を焦がす幻に還るようでもあって
儚くも、擽ったい

りりん
澄んだびぃどろの音が
耳に心に沁み渡る

さぁ
私達の現に、帰ろう


境・花世
綾(f01786)と

秋宵に染みとおる澄んだ音がするたびに、
膚を涼やかな風が撫でてゆく

ぽつりと問うきみの声さえ透明で、
わたしの答えが色づく前に消えてしまうから

ね、綾、腹が減っては勉学は出来ぬだよ

袋いっぱいに購った熱々の正体は、
甘いコーンクリームコロッケ
目を瞠るきみにしてやったりな顔をして、
差し出された磯部揚げに噛みつけば

――どうしてだろう、こんなに懐かしい気がするのは
確かめるように一口、もう一口と
はち切れそうなお腹を抱えて風鈴の路を辿ろう

りぃん、りん、りりん
真似るみたいに小さく口遊みながら、
かわいいことを言うきみにくすくす笑う

二人背を丸めて叱られる姿は、
憶えていない若さの頃に、似ているだろうか



 楽しげに言葉を交わして道を行き交う、妖怪達の喧騒は賑々しく。
 香ばしい匂いに甘い匂い。玩具に反物、古道具。
 何とも見ているだけでワクワクとするような屋台が、寺の境内にずらりと並んでいる。
 それは彼の脳裏に浮かんだ、他愛もない問い。
「――あなたは、何の為に学びますか?」
 綾の言葉はまるで、――あの黄昏の街で重ねたような、他愛もない言葉遊びにも似て。
 零した言葉に答えが返ってくる前に、綾はゆるりとかぶりを振って淡く笑んだ。
 頭上に張り巡らされたやぐらに、ずらりと並んだびいどろ風鈴達。
 涼やかな風が肌を撫ぜる度に、びいどろ達のちりちりと涼やかな澄んだ合唱が響き渡る。
 その心地よさに桃色の瞳を細めた境・花世(はなひとや・f11024)は――彼がきっと答えを求めていない事を確認するかのように、綾の陶磁の瞳と視線を交わして。
 それから。
「……ね、綾。腹が減っては勉学は出来ぬ、だよ」
 揚げたての衣に混ざった青のりの香り。鼻とお腹を擽るようなこうばしい美味しい匂いの元。
 花世はしっかと綾が手にしている竹輪の磯部揚げへと、視線を向けた。
 とびきり悪戯げな表情を浮かべた花世の手には、ほこほこの暖かさを伝える紙袋。
 その紙袋の中には、甘い甘いコーンクリームコロッケがたっぷり詰まっている。
「それでは互いの戦利品も、確認しあわなければいけませんね」
 悪戯げな笑みには、悪戯げな笑みを返して。
 口角を楽しげに持ち上げる綾は、磯辺揚げを彼女へと差し出した。
 勿論、と。
 花世もコロッケを差し出し返して――。
「……おや、これは」
 綾の少し驚いた様な声音。
 香りだけでも、甘い香りがするとは思っていた。
 しかしそのクリームの甘やかさに、この様な味わいなのかと。
 綾が瞳を瞬かせて、思わず表情を綻ばせると。
「美味しいでしょ?」
 なんて。
 してやったりと胸を張った花世は、どこか誇らしげに磯辺揚げを齧るのであった。
「……!」
 次の瞬間には、瞳を見開いている彼女。
 ――そう。
 花世は揚げたての磯辺揚げを舐めていた。
 揚げたての磯辺揚げは、あまりに懐かしい風味がして。
 どうしてこんなに、懐かしいのか。
 理由を確かめるように、もう一口。――もう一口。
 ああ、……もう無くなっているなんて。
「――ねぇ、美味しいでしょう?」
 そこに。
 しれっと嘯くように花世の言葉を綾になぞられてしまえば、花世は頷くしか無い。
 買い食いとは、本当に楽しいもの。
 屋台の食事はどうしてこんなに美味しく感じるのだろうか。
 外で食べるからだろうか。
 それとも、君と一緒に食べるからかな。
 あの店のジュースだって、あの店のお菓子だって、あの店の粉モノだって。
 全部ぜんぶ、試してみたくなってしまう。
「やぁ、それにしても」
 そこに。
 まるで今思い出したかのように綾が言葉を紡ぎ出す。
「……もし縫が夕飯を用意していたら怒られてしまいますね」
 ね、正座して一緒に叱られてくださいますか? なんて。
 ――其れは胸を焦がす幻に還るような、儚くも擽ったい言葉。
 くすくすと笑った花世は、大きく肩を竦めて。
「どうしようかなぁ」
「おや、ひとりで叱られるのは少し心細いですねぇ」
「……ふふ、なら仕方ないなぁ!」
 戯れるように言葉を交わせば、花世は綾へと振り返る。
 ――二人背を丸めて叱られる姿は、きっと。
 憶えてもいない若さの頃に、似ているのだろう。
 ――りぃん、りん、りりん。
 びいどろの歌声を真似て口遊みながら二人は、祭りの夜を歩む。
 さあさあ、夢の時間はもう終わり。
 この道を下って、この道を進んで。
 さあさあ、私達の現へと帰る事と致しましょうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
雲珠(f22865)くんと
※会うのは二度目

すごくおこった後って頭ずきずきするよね
ずつーやくない?って偶然会った雲珠くんに絡んだり
こんなに心配されるとちょっと面白くて
頭の芯を冷ます白い花弁にこころも和むよう
甘いもの?良いね
りんご飴も食べたいな

あれも食べようよこれはどう?
冷やかしどころかふたりで興味が向いたもの全部買いそうな調子
そうださっきのお礼をしなきゃね
そういう提灯欲しいの?買ってあげる
よく照らせるようにうんと大きな鬼灯を選ぼうか

心配と興味に可笑しげに
そうだなぁ
雲珠くんはかぞくやきょうだいはいる?
居るなら君の終わりまで
一緒に居られると良いね

忘れてたものをちゃんと取り戻してるから
笑って言えること


雨野・雲珠
ロキさんと/f25190
※知り合えて間もない

お祭り目当てに浴衣でぴょんときました!
会えて嬉しいまではよかったものの
頭痛がすると仰るのが心配です。
気持ちが落ち着けばやがて収まるというなら、
花吹雪で痛みを和らげながら
ゆっくり歩いてみましょうか。
…まだちょっと顔色が優れないような…
何か口に入れられます?
甘いもの…りんご飴とか!

夜風に吹かれて夜市ひやかし。
おっきな鬼灯の提灯とかないでしょうか?
夜道用に欲しいです。

…怒ってらした理由というのは、話して楽になることですか?
それとも、大事にとっておきたいこと?

声の響きは祈りのような、憧れのような
大切な誰かを失ったことを察してただ頷きます。

―――あ、花火!



「ねぇ、ところでさ」
 落ち着いた紺色の浴衣に金魚みたいな帯を揺らした雨野・雲珠(慚愧・f22865)は、ロキの言葉に彼の顔を見上げて。
「ずつーやくとか持ってない?」
「……ずつーやく」
 思わず復唱した雲珠は、桜に蒼を抱いた瞳をぱちくりと。
 それから瞬時にお仕事の顔に切り替えた雲珠は、ロキを見上げて。
「……あたま痛いんですか? その痛みは、本当に痛み止めで収めてしまっていい痛みですか?」
「あはは、……こう、さ。すごくおこった後って、頭がずきずき~ってならない?」
「ああ、なります!」
 得心したかのように、雲珠はロキの顔を改めて覗き込む。桜の枝を持たぬ人は、怒りの逃しどころがないのだろう。
 ――しかし。
 知り合って間もないとは言え、そんなに激しく怒りを顕にするような人には見えぬ彼。彼が一体何に腹を立てた事は、確かに気になるのだけれども。
 それをロキに尋ねて彼の頭痛を悪化させる程、雲珠は自分の好奇心に素直になる事は出来ない。
 ――頭痛がする程に怒ったというのならば、気持ちが落ち着けばきっと痛みが和らぐのだろう。ロキに少しだけ眠って貰う事を了承してもらった雲珠は、白い白い桜の花弁を舞わせて――。
「お任せ下さい、俺はみなさまのおはようからおやすみまでを見守る桜ですから」

 ぼう、とする頭。
 ゆさゆさと身体が揺られている。
「――ロキさん、ロキさん。起きられそうですか?」
 ゆっくりと頭が覚醒しだしたロキは、雲珠が此方を覗き込んでいる事に気がついた。その表情には、未だに心配の色が湛えられており。
 そこまで心配させてしまったのかと気づいたロキは、それが可愛くて、面白くて。
「ん、……おはよ」
 立たせてと言わんばかりに腕を一本伸ばすと、雲珠が引き上げてくれた。
 金色をぼうと半分だけ開いたロキは、大きな欠伸を一つ噛み殺し。
「はい、おはようございます。……折角のお祭りですし、ご気分さえよろしければ、ゆっくり歩いてみましょうか?」
 そんなロキの心を知ることも無く。
 ――まだちょっと顔色が優れないような気がしますね、なんて。
 未だに心配をしている雲珠は、はらりはらりと健気にロキへと花弁を散らす。
「何か口に入れられます? そう、甘いもの――……りんご飴とか!」
 あっ、これは雲珠が食べたいモノでもある。
 ロキはそれを知ってか知らずか、欠伸に浮かんだ泪に眦をこすりつつ頷いて。
「ああ、甘いものは良いね、りんご飴も食べたいなぁ」
 なんて。
 二人は食べ物の屋台へと向かって歩みだす。
 あれやこれや、甘いものは欲しいと思った時が買い時なのだ。
 かすていらに、りんご飴。ミルクせんべい。水飴、かき氷に、紐付き飴。
 興味の向いたものをぜーんぶ買い尽くさんばかりの勢いのロキの腕に、膨れ上がるおやつの山
 そういえば、と。雲珠は周りをきょときょと見渡して、何かを探すように。
「……おっきな鬼灯の提灯とか、ないでしょうかね?」
 それは、先程すれ違った妖怪たちが掲げているのを見かけたもので。
 雲珠も夜道用にと、一つ欲しくなってしまったのだ。
「ん、じゃあお礼に買ってあげるよ。……ようく照らせるように、うんと大きな鬼灯の奴を選んだげるよ」
「えっ、そんな。お礼なんてお気になさらずとも良いですのに」
「いーの、いーの。私が贈りたいだけなんだから」
 ロキはいつもの調子で、やんわりと笑って。
 ――彼がお礼だと言うのならば、少しだけ雲珠も踏み込む事にする。
「その、ロキさん。……怒ってらした理由というのは、話して楽になることですか?」
「……うん?」
 ガラクタが積み上がった屋台の奥に、とびきり大きな鬼灯の灯籠を見つけて引っ張り出していたロキは、尋ねられた言葉に首を傾いで。
「それとも、大事にとっておきたいこと、でしょうか?」
 更に雲珠が次いだ言葉には、心配と興味の色が入り混じっていたものだから。
 ふ、と鼻を鳴らしてその吐息に笑みを混ぜたロキは眦を和らげた。
 大丈夫。
 もうロキは、全部『思い出している』から。
 もうロキが、怒る事なんて一つも無い。
「――そうだなぁ、雲珠くんはかぞくやきょうだいはいる?」
 どうやらロキは、問いに答えてほしい訳では無いようで。
 ……居るなら君の終わりまで、一緒に居られると良いね、なんて。
 ゆるゆると笑ったまま、すぐに言葉を付け足し紡いだ。
 そのロキの声の響きが祈るかのよう、憧れるかのように響いて。
 雲珠がその言葉から解ったことは、――ロキが大切な誰かを喪っているのであろう、という事だけ。
 だから彼は、お利口にこっくりとただ頷いた。
 ――その刹那。
 ひゅうるりと風を割いて伸びた火柱が、夜空に大輪の花が咲かせていた。
「あ、花火!」
 はっと顔を上げた雲珠は、思わず空を指差して――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
愛のために世界を滅ぼす物語も好きだよ
物語であれば、だけれど

人魚のきみと語らいたい
鬼灯の提灯片手に腰をおろす

何か物足りないような顔をしているね
こんなに賑やかなのに
僕かい?
僕は元々、そんな風景を眺めているほうが好みだから

忘れることは、こころを持つものの特権だと思う
嫌な記憶をずっと覚えているのは苦痛だもの

でもおかしいよね
その空白、よくわからないもどかしさ
忘却は何故か痛みを連れてくることがある
思い出してしまえば
もっと痛いと感じるに違いないのに
思い出さなくちゃいけないような
そんな気分になることがある

僕は物語を書くことで
気持ちに折り合いをつけようとしている
目の前のことに意識を向けるのさ

ほら、花火が上がる



 ――物語であれば。
 それが創作の話であればの話ではあるが。
 シャトは愛のために、世界を滅ぼす物語だって好きであった。
 鬼灯の提灯が、優しい赤い光で周りを照らしている。
 祭りの賑わいに満ちた屋台街を抜けた先。
 なあんにも無い道の先。
 いくつかの石碑が肩を寄せ合うように立った場所に座り込んでいた人魚の姿を認めると、シャトは確認する事も無く彼女の横へと腰を下ろした。
「やあ、こんばんは。――キミはなんだか、物足りないような顔をしているようだね」
 こんなに賑々しい夜だと言うのに、なんて付け足すシャトを。
 視線だけで見やった人魚の姿は、先程戦っていた時のほうが幾分かマシな顔をしているように思えた。
「……あなたは、物足りているの?」
「ん、僕かい? ――僕は元々、そんな風景を眺めているほうが好みだからね」
「ふうん、そうなの」
 ぼんやりと頷いた人魚は、言葉を次ぐ気は無いようで。
 暫し訪れた無言の時間に。
 ゆうらりゆらり、人魚の尾ヒレの先が揺れる様をシャトは目で追うばかり。
「……ねえ」
 再び口を開いたのは、シャトであった。
「忘れることは、こころを持つものの特権だと僕は思うのだよ」
「……」
 人魚は答えない。
 ただ、かんばせを擡げて、シャトの言葉を待つようにじっと見上げて。
「嫌な記憶をずっと覚えているのは、本当に苦痛だものね」
「……それは、そうだと思うわ」
 そうして視線を地へと落してしまった人魚は、胸に掌を当てる。
 彼女はまるで何かを忘れてしまったように、不安げな表情。
 知らぬ場所で迷子になった子のように、瞳の奥には混乱に似た色が揺れていた。
「でもね、おかしいよね」
「……何が、かしら」
「その空白、よくわからないもどかしさ。痛みをなくすための忘却が、何故か痛みを連れてくることがあるんだ」
 シャトの言葉の先を促すかのように、人魚はじっとシャトの薄紅色の瞳を見やる。
「やっと忘れられたのに、折角忘れたのに。思い出してしまえばもっと痛いと感じるに違いないのに、思い出さなくちゃいけないような、そんな気分になることがあるのだよ」
「……そうかも、しれないわね」
 人魚は、ただ瞳を伏せた。
 胸元に当てられていた掌が、ぎゅうと強く握りしめられている。
 ――きっと、彼女は――。
「そんな時にはね、僕は物語を書くことで気持ちに折り合いをつけようとしているよ。いいや、物語を書けと言っている訳じゃあないよ。――目の前のことに意識を向ける事で、一時的にでも折り合いを付けやすくすれば良いと、思うのさ」
 そうして、シャトがすっと指を空に向けると。
 つられたように人魚もその指先を見た。
「ほら、ご覧」
 ――花火が、あがるよ。
 シャトの言葉に被せるように、ひゅうるりと火柱の上がる音が空を裂いて――。
 大きな、大きな花が、空に弾けて咲いた。
「…………」
 人魚はくっと息を呑んで――。
「きれい、……ね」
「……うん、その調子だよ」
 その言葉にシャトは、小さく笑みを唇に宿した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

天狗火・松明丸
風鈴の音を聴いている
聴こえぬ歌を待っている
人魚はもう忘れたろうか

祭囃子の喧騒を抜け
二つで一つの片割れを見かけりゃあ
声を掛けて訊ねてみようか

…なあ、お前さん
今は幸福か?

引き離した者の内の一人
恨まれようが一向に構わんが
それすら憶えているのか如何か

返る言葉がどんなであれ
俺には理解出来るものでは無い

…なあ、とまた声を投げる

お前さんの歌を聴きたいのだが
ラムネ瓶ひとつじゃ足らんかね

自分勝手なことだと思う
然し、あの時響いた歌は
何故だか憶えていたのだ

人魚はもう忘れたろうか
忘れたいこと、忘れたくないこと

忘れられたくなかったこと
――さて、なんのことだったか



 りりん、りりんと風鈴が歌っている。
 松明丸は、聞こえぬ歌を待っていた。
 ――人魚はもう忘れたろうか。
 それとも、未だに。
 さんざめく祭り屋台の群れを抜けて、楽しげな喧騒を潜り抜けて。
 いくつかの石碑が肩を寄せ合うように立った広場へと足を運んだ松明丸は。
 鬼灯の提灯に照らされた石碑の前に腰掛ける人魚の姿を認めると、その足を止めて――。
 先程まで、2つで1つだった彼女。
 いまは、ひとりぼっちの彼女。
 松明丸は彼女を真っ直ぐに見やって、尋ねた。
「……なあ、お前さん。今は幸福か?」
 忘却は幸福だと言った。
 忘れる事は、幸せだと言った。
 松明丸は彼女と彼女を引き離した者の一人として、人魚から恨まれても仕方が無いと思っていた。
 しかし、しかし。
 彼女が其れすら憶えているのか、どうか。
「……わから、ないわ。……なにかが、何かを、忘れてしまったみたいなの」
「――そうか」
 松明丸は小さく頷いて。
 それ以上、そこに突っ込む事もない。
 其の代わりに、もう一度『なあ』と声をあげて。
「……お前さんの歌を聴きたいのだが、ラムネ瓶ひとつじゃ足らんかね?」
「私の、歌?」
「そうだ。お前さんの歌を聴かせて欲しい」
 確かめるように、確認するように。
 もう一度同じ言葉を重ねた松明丸に、人魚は瞳を瞬かせて。
 ――全く、全く。
 自分勝手な事だとは思う。
 しかし、しかし。
 あの時響いた歌を松明丸は何故だか、しっかりと憶えていたのだ。
「……しかたないわねえ、特別よ。だって、この歌はねえ、……ふふ」
 漏れるような笑いを零した人魚は、眦を緩めて。
 それは、悲しそうな色を瞳に宿した。
「何だったかしら、……忘れちゃったわ」
 でも、歌は覚えているのよ、と。
 ゆっくり、ゆっくりと、人魚は唇に歌を灯す。
 ――ああ、人魚はきっともう、忘れてしまったのだろう。
 忘れたいことも、忘れたくないことも。
 甘やかな歌を口ずさむ人魚を見やって、松明丸は肩を竦めた。
 忘れられたくなかったこと、なんて。
 ――さあて、なんのことだったかな。
 覚えちゃあ、いないさ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

揺・かくり
【幽明】

暮れの空が夜へと移ろって往く
耳に触れ続けた鈴音が鮮明に聞こえる様だ
君にも聞こえるだろう?
夏の終わりを告げる、涼やかな音だよ

彼方も此方も屋台が並ぶ様だ
何か気になる物は――、
君は何処へと駆けて往くんだい
高背の君を追う様に、宙を游いで往こう

また買い込んだのかい
君が手にする物は、氷菓と云っただろうか
此度は如何なる味を選んだのかな
数多の色に味。何とも眩い色彩だろう
有難う。溶ける前に頂こうか

私は屍人
未来も現在も存在しない
全てを無くしても構わないと思った
其れは、本当さ
今後も変わる事は無いだろう

……ああ、けれども
此の様に過ごす時間は、悪くない

君の言葉には頷く事は出来ないが
夏のおわりの熱は、嫌いではない


唄夜舞・なつめ
【幽明】

くぁ…!つっかれたァ!(ぐぐっと伸び)
すっかり俺らの時間って感じだなァ

おー、ちったァ聴きやすい
鈴の音になったみてェだ
…夏を『越える』のは
初めてだなァ
かくり、お前が
起こしてくれなかったら
俺はまたここで死んで
夏を繰り返してた
ありがとな

…おっ!氷菓!!
おっちゃーん!
かき氷2つと棒氷菓15本!

あの時と変わんねーよ
お前が初めて食べた
『れいんぼー』味。
俺の好きな『苺』味。
そんでオマケにパッキン棒氷菓。

パキンと『半分こ』すると
かくりのかき氷に突き刺す
やっぱり『だれか』と食べる氷菓はうめェな

そ。まぁでも『向き合う』ことは
必要なんじゃねーの。
だから、一緒に探そーぜ
忘却の彼方に置いてきた
お互いの大切なモン



 鬼灯提灯を揺らして行き交う妖怪達。
 ずらりと並んだ屋台の群れ。
 祭りに賑わい出した寺の境内は、さんざめくような喧騒に満ち満ちて。
「くぁあ……っ! つっかれたァー……!」
 ぐうっと猫のように伸びをしたなつめは、そのままぐるりと首を回すとぱきぱきと音をたてた。
 ――夜に沈む世界は、星空のヴェールを引き連れて。
 かくりはどろりと溶ける金色の瞳で空を見上げると、ぽつりと呟いた。
「ねえ、君にも聞こえるだろう?」
 それは夏の終わりを告げる、涼やかな音。
 空と地上の間に組まれたやぐらに、きちんと並んだびいどろ風鈴たちの音色は。
 かくりに言われてみれば、成程。
 なつめにはその音色が、先程よりずっと鮮明に聞こえるような気がした。
「おー、鈴の音になったみてェだな」
 ――夏を『越える』事は、なつめにとって始めての事だ。
「なあ、かくり。――お前が起こしてくれなかったら、きっと俺はまたここで死んで夏を繰り返したと思うんだ。……ありがとな」
 なつめは言うが早いか。
 はっと気がついた様子で、彼が突然駆け出して。
 かくりはそんな彼の背を追って、ゆうらりゆらり宙を游いで行く。
「……ああ。そんなに急いで、君は何処へと駆けて往くんだい?」
「ほら、向こう! 氷菓屋だよ。なあ、おっちゃん! かき氷2つと棒氷菓15本頂戴!」
 勢いよく注文するなつめは、まるであの日の再現のよう。
 あの時も結構だ、と一度は断ったというのに、彼は今日だって買い込んでいる。
 かくりは瞳をせばめると、あの時と同じ音に鼓膜を震わせて。
「また、買い込んだのかい。――此度は如何なる味を選んだのかな?」
「あの時と変わんねーよ」
 なつめが掲げたかき氷は、自分が好きな苺味とかくりが始めて食べたれいんぼー味。
 ついでにおまけに買い込んだ半分に割れるアイスをはんぶんこすると、以前と同じようにかき氷へと突き刺した。
「ああ、有難う。――溶ける前に頂こうか」
 再び合間見た、れいんぼー。
 上がりの天を彩ると云う虹の色。
 数多の色に味が重ねられたというかき氷は、何とも色鮮やかで眩い色彩なのだろうか。
 しかし氷菓を食べる為には、また黒札を纏わなければならないが――。
 夥しい数の呪符を纏いはじめたかくりを、大変そうだなあ、となつめは見やって。
 真っ赤なかき氷を、一口掬って食べる。
「……うん、やっぱ『だれか』と食べる氷菓はうめェなぁ」
「――やはり、どの味も好ましいものだ」
 のんびりと小さな匙を掴んだかくりは、ただなつめを見やって。
 あの黄昏を思い出す。
 ――かくりは屍人だ。
 死んだ者に、未来も現在も存在しない。
 だからこそ、だからこそ、今日、全てを無くしても構わないと思っていた。
 其れだけは、本当で。
 それは今後も変わる事のないかくりの価値観だ。
 匙を揺らすなつめは、あの黄昏を思い出す。
 死霊に自らを喰らわそうとした彼女の姿を。
 ――ああ、確かにかくりは屍人なのだろう。
 しかし、しかし。
 きっと、『向き合う』ことは必要なのであろう、とも。
 彼女は探していた、彼女は尋ねていた。
 だから、だから。
 なつめは、彼女と一緒に探す事ができれば良い、と思うのだ。
 ――忘却の彼方に置いてきた、互いに大切な『何か』を。
 顔を上げた瞬間。
 ぱちり、とかくりと視線が合って――。
「……しかし、偶には此の様に過ごす時間は悪くないね」
「ん。そうか。……それなら、嬉しいな」
 にいっとなつめは笑う。
 かくりは笑い返す事も、頷くこともないけれど。
 ――夏の終わりの熱は、嫌いでは無いと思えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

君影・菫
ちぃ(f00683)と

夜に染まる世界をおとーさんのようなキミと
浴衣に浮足立ち下駄を鳴らして
繋いだ手は童女のように引いていく
こっち、こっちて

ちりり、ちりん、ちりりん
いっとう気になったのは涼しげでやさしい音
びいどろの風鈴たち
ちぃを思い出す桜柄を探そうかなあて思てたんやけど
もっと欲張らせてくれる?
――お揃いが欲しいんよ
どれが気になるて心躍らせて覗き込めば
はら、はら
これうちも一目惚れやわ
ゆるむ頬でふたりで鳴らそ
彩るように

音で気がつく空に咲く華
薄青の桜が時折ちりんと揺れ
ちぃと一緒のおとが聞こえるから
結びの音色みたいやなあて
未熟なこころにもほら、また華が咲く

気い済むまで繋いだ手と同じく
やさしい音を重ねよか


宵鍔・千鶴
菫(f14101)と

ちりん、ちりんと
夕闇に染まりゆく世界で涼やかに
浴衣と下駄をからころ軽快に鳴らし
娘のような君に引かれるまま

…何か気に入ったのあった?
多種多様に並ぶびいどろ風鈴の彩と音は
随分と心地よくて
…桜柄、俺の好きな花
お揃いは勿論、欲張りだなんて。
もっと甘えていいのに。
ひとつ、薄青に淡い桜が揺らめく模様は
水面に浮かぶ花筏を想わせる風鈴を手に取り
一目惚れしたんだけど、どう?
共に鳴らせばきっと、またこの景色は色褪せなくて

夜空に花を咲かす頃
互いに持った風鈴は時折ちりんと
小さいけれど花火にも負けない位
美しくあたたかなおと
菫と一緒のおと、だ
何処にいても繋がってる気がする
極彩色に照らされ咲いた心の華



 夜に染まる世界は、星々のきらめきを纏って。
 涼やかな縦縞模様に椿の花。
 浴衣を纏った君影・菫(ゆびさき・f14101)はからりころり下駄を鳴らして、同じく浴衣に身を包んだ宵鍔・千鶴(nyx・f00683)と結んだ掌。
 こっち、こっち、と。まるで父の手を引く娘のように、彼の手を引いて。
 二人分の下駄の音を残して、さんざめく祭りの道を歩みゆく。
 軽快な足音に重なるは、戦ぐ風にちりりとさやぎ歌う、やぐらに吊るされて綺麗に並んだびいどろ風鈴たちの歌声だ。
 涼やかで優しい音色のびいどろの群れの前で、菫は足を止めて――。
「……お、何か気に入ったのあった?」
「あんなぁ、ちぃな。――ちぃを桜柄を探そうかなあて思てたんやけど……」
 千鶴が尋ねる声に、菫は少しだけ瞳を細めて睫毛を揺らして。
 桜といえば、千鶴の好きな花である。
 彼女が桜柄を求めていたというだけで、少しうれしくなってしまうというのに。
「……だけど?」
 続きを催促するように、千鶴は言葉を重ね。
 こっくりと菫は頷いて、じっと彼の紫を覗き込み。
「もっと、もっと、欲張らせてくれる?」
 ――お揃いが欲しいんよ、と白状した菫に、千鶴は瞳を二度瞬かせて。
「……そっか。勿論、良いよ」
「ふふ、ほんまに? 嬉しいわあ」
 ぱっと花笑んだ菫の姿に、お揃いが欲張りだなんて、もっと甘えていいのに、と千鶴は思う。
「なあ、ちぃはどの風鈴が好き?」
「そうだね、これなんか好きだな。どう? ……一目惚れした、ってやつかも」
 彼女に促されるがままに、千鶴が1つのびいどろを手にすれば。
「はら、はら。なんや、これうちも一目惚れやわ」
 一目惚れまでお揃いなんて嬉しいわ、と菫はくすくすと笑う。
 それは薄青に淡い桜が揺らめく模様が、水面に浮かぶ花筏を想わせるびいどろ。
 2つ並べて、2人で鳴らしてみれば、ちりりちりりと二重奏。
 共に鳴らせばきっと。
 色褪せる事無く、またこの景色を思い出す事が出来るのだろう。
 そこに、ひゅうるりと風を切って火柱が空に登る音が重なった。
「あ、すみれ、見て」
「はえ……わっ!」
 菫がかんばせを上げれば、ぱあんと空に大輪の花が散った。
 重ねて、重ねて、色とりどりな火花が星空を彩って、溶けて、また咲いて。
 その間にも、二人の手の中で風鈴がちりりと同じ音を立てるものだから。
 ――菫と一緒の、音がする。
 ――ちぃとと一緒の、音が聞こえる。
 美しくて、あたたかな、綺麗なおと。
 この音がする限り、何処にいても繋がってる気がする。
 なんだかそれって、結びの音色みたいだ、なんて。
 空にだけでは無く、心にだって花が咲く。
「……ふふ。なんや、嬉しいわぁ」
「うん、俺も」
 気が済むまで重ねた手を同じ様に。
 優しい音を、一緒に重ねて行けるよう。
 二人は並んで、空の花を見上げて――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

高塔・梟示
【霧氷】

わたしもこんなに賑やかな所は初めてさ
…氷の風鈴?
そいつは随分涼やかな音が鳴りそうだね

アル君はお祭りは苦手かい?
しかし此処は…
縁日と何とか市ってのを一緒くたにしたようで
見応えがありそうじゃないか
ああ、折角だから彼方此方覗いて行こう

夏らしくて素敵な風鈴だね
誰かにお土産かい?
くすり笑って茶化しながら

矢張り氷と音色は違うんだね
聞き比べてみたいものだが…
君の工房の軒を飾るなら
良いインスピレーションを与えてくれるだろうか

わたしも紫陽花の風鈴と
鬼灯の提灯も買って行こうかな
…おや、猿楽師もいるようだ
アル君、見に行かないかい?

ああ、勿論さ
酒や食べ物の屋台もあるし
花火まで暫く、遊んで行こうじゃないか


アルファルド・リヤ
【霧氷】

自分はこのような風鈴の沢山ある場所は初めてですね
風鈴と言う物は知っております
自分も作ったことがありますよ
ガラスでは無く氷ですが

祭りは久しく参加をしていないのでとても不思議な心地です
ふふ、自分の住処からあまり出ないもので

此方のお祭りは縁起物の屋台が多いようです
何か買って行かれますか?

自分はあちらと、こちらの朝顔柄の風鈴を。
二つ買います。
形と大きさで音が全然変わりますからね
工房に飾って聞き比べでもしましょうか

鬼灯の灯籠も気になったのですが……。
猿楽とは?
もちろん、見に行きましょう

縁起物にあやかる訳では無いのですが
折角ですからもう少し見て行っても良いですか?



 しゃらしゃらと音を立てる、風鈴たち。
 やぐらにきちんと整列して、涼やかに音を立てる様はどこか幻想的に見えて。
「このような風鈴が沢山ある場所は、初めてですね」
 風鈴の事は、勿論知っているし、作った事だってある。
 ――氷で、だけれども。
 さんざめく風鈴の群れを見上げて、アルファルド・リヤ(氷の心臓・f12668)は瞬きを2度重ねて。
「わたしもこんなに賑やかな所は初めてさ、――アル君はお祭りは苦手かい?」
 アルファルドと並んだ高塔・梟示(カラカの街へ・f24788)は、風鈴から彼の顔へと視線を落とすと、小さく首を傾いだ。
「苦手、と言う事はありませんが――祭りは久しく参加をしていないのでとても不思議な心地ですね」
 ふふ、なんて笑ったアルファルドは肩を竦め。
 アルファルドが常に住処に引きこもっている事は、梟示だって承知の事だろう。
「おや、そうかい。――しかし此処は、縁日と何とか市ってのを一緒くたにしたようで、見応えがありそうじゃないか」
「ええ、そうですね。それに、縁起物の屋台が多いようです」
 ちりり、ちりりと音を立てる風鈴さえも、そうなのであろう。
 行き交う妖怪達が抱えた鬼灯の提灯も、そこかしこの屋台で置かれている定番グッズのようだ。
 ――カラカラに乾いた花であったモノではあるが。
 花を愛でる事は好きだ、と。
 店先に飾られた鬼灯の提灯を指先でつついたアルファルドは、首を傾いで。
「何か買って行かれますか?」
「ああ、折角だからね。彼方此方、覗いて行こうとも」
 梟示が提案に乗ってくれれば、アルファルドは早速境内を歩みだして。
「ふふ、ありがとうございます。自分は、風鈴を探そうと思っているのですよね」
「――おや、誰かにお土産かい?」
「工房に飾ろうかと思って……、――ああ、これなんて良いですね」
 びいどろ細工の並ぶ店先で足を止めたアルファルドは、朝顔柄の風鈴を2つ手に。
「成程、実に夏らしくて素敵な風鈴だね」
 もう秋を超えて、冬にも足を突っ込みそうな時期ではあるのだが。
 梟示はくすくすと笑って、茶化すように。
「良いでしょう? 形と大きさで音が全然変わりますからね、飾って聴き比べでもしましょうか」
 誂う言葉を真正面から受け流すアルファルド。
 毒気を抜かれて、梟示は小さく肩を竦めて。
「大きさでそれほどに音色が違うものなんだね。是非聞き比べてみたいものだが……、君の工房の軒を飾るなら。きっと良いインスピレーションを与えてくれるだろう」
 言葉を重ねる梟示も、あじさい柄の風鈴を手に。
 そもそも風鈴自体が、多くの世界の季節から外れているのだから。
 柄が季節外れになってしまうのは仕方がない事だろう。
 ついでに鬼灯の提灯も1つ抱えた梟示は、はたと瞳を閉じて、開いて。
「……おや、猿楽師もいるようだ。アル君、見に行かないかい?」
「……猿楽とは? もちろん、見に行きましょうか」
 何だか判らなくともアルファルドはついて行く。
 どうやら猿は居ないようだが――。
「ああ、そうです。縁起物にあやかる訳では無いのですが……折角ですから、買い物を追えてからも、もう少し祭りを見て行っても良いですか?」
「ああ、勿論さ」
 梟示が快く頷けば、二人はならんで歩みだして――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

呉羽・伊織
【花守】
……
やっぱ(天)敵だな!(開口一番、2回目)
付き合ってられるか、オレは帰る!
…っいや妖怪チャンと楽しんでくるから!

両手に狐とか何の悪夢…世の中には忘却の彼方に葬り去った方が良いコトもあったネ

(それでも心地好い音色や目映い光景の中を歩めば――序でに不思議可愛い妖怪に目移りしたりもすれば――自然と笑みも取り戻し)

へぇ、古物か(種族柄か興味深げに眺め)
周囲の風鈴も良いが、この年季の入った風鈴も…
…(無視して風鈴を買った!)

目を逸らした先に人魚見付け、何となく一声だけ)
心はやっぱ複雑だろうが――少しずつでも、違う形で、また満たしていける未来へ進めると良いな
(俺がそうであった様に、彼女もどうか)


千家・菊里
【花守】
――
では仲良く打上げですね(マイペースに早速焼鳥買いつつ)
おや伊織、またそんなあらぬ(何処かで聞き覚えがある🚩)台詞をはいて大丈夫ですか?

まぁ今回は玉砕しても特に慰めませんけど
(色んな意味で余計な傷を増やしたり抉り返したりする前に)大人しくついてくると良いですよ

(にこにこ屋台制覇進める傍らでふと)
歳月の深みを感じる古物というのも、また心を擽る風情がありますよねぇ
おや、伊織――こけしさんも大事に扱えば、可愛いヤドリガミと成るかもしれませんよ?(買って渡した!)

ええ、例え今は何処かぽっかりとした心地を抱えても――欠けず残った過去も、再び踏み出せる未来も残されたなら、不幸ばかりでもない筈


佳月・清宵
【花守】
――
さて、後は祭と酒を楽しむだけだな
(先程と打って変わって見事に不揃いな足並も気にせず)
てめぇは今までそう言って一度でも実を結んだ試しがあったか?(喚きながらついてきた記憶も軟派玉砕記録も忘れたとは言わせぬ構え)

兎も角そう湿気た面すんなよ
何ならより愉しい思い出と面白可笑しいてめぇを形作りに行くか?(別に茶化している訳ではなくもない)

(適当に酒や肴を求めつつ、同じく古物に目を留め)
――存外目と趣味だけは良いな
てめぇにゃその横で熱い視線を送ってるこけしが似合いと思ったが(愉快げに笑い)

――忘れても忘れられずとも、難儀なこったな
まぁ生きてりゃどうとでも成るだろうよ――俺達ァ悪い見本市だがな



「――さて、後は祭と酒を楽しむだけだな」
 既に手には枡を。
「――では、仲良く打上げですね」
 既に手には焼き鳥を。
 準備万端の黒狐達――清宵と菊里が伊織の進路を塞ぐように立ちつくしていた。
「……やっぱ敵だな!? 付き合ってられるか、オレは帰る!」
 敵と書いて『てんてき』と読むタイプの叫びをあげて、伊織が踵を返そうとした瞬間。
 一瞬で間合いを詰めた菊里が、彼の顎先に人差し指を添えて。
「おや伊織、またそんなあらぬ台詞を吐いて、……大丈夫ですか?」
 今度は台詞と書いて『ふらぐ』と読むらしい。
 コレまでの記憶が巡った伊織は、むっと眉を寄せる。
 そうそう、こういう事を言うと大体碌でもなくなるもので。
 ――否、言わなくともなるのかもしれないが。
「……っ! い、いや、オレは妖怪チャンと楽しんでくるから!」
 噛み付くような伊織の言葉に、酒の満たされた枡を呷った清宵が一歩彼へと寄って。
「てめぇは今までそう言って、その行為が一度でも実を結んだ試しがあったか?」
 ナンパが玉砕する度に、結局俺達の下へと来て喚く羽目になっているだろう、と。肩を竦める清宵。
「まぁ今回は玉砕しても特に慰めませんけど、……」
 余計な傷を増やして自分で抉り返すくらいならば、という空気をありありと滲ませた沈黙の後。
「大人しくついてくると良いですよ」
 なんて、菊里も肩を竦めて焼き鳥を齧る。
「そ、……」
 んな、事が。
 あったような、なかったような。
 あったような。
 世の中には忘却の彼方に葬り去った方が良いコトもあるヨネー。
 ぐぬぬと眉を寄せた伊織が言葉を詰まらせると――。
「兎も角そう湿気た面すんなよ、何ならより愉しい思い出と面白可笑しいてめぇを形作りに行くか?」
 なんて、清宵が優しく首を傾いでくれた。
 普段より優しめの瞳だ。
「それ、アンタが面白いだけだよネ!?!?!? はァーーッ……両手に狐とか何の悪夢……?」
 わあっと噛み付くように伊織は吠えて――。
 結局いつものように、3人寄り集まって歩みだすのだ。
 それは、あの黄昏とも。
 それは、今現在の現でも。
 同じこと、同じ歩み。
 ほの明るい鬼灯の灯籠に彩られ、沢山の屋台が立ち並ぶ境内。
 やぐらに整列して、ちりりと歌うびいどろ風鈴たち。
 あの寂寞たる黄昏時とは打って変わって、同じ音が響いているというのに。そこに混じるは行き交う人々の楽しみにさんざめく声だ。
 いつしか自然に笑みを浮かべながら、周りを見渡していた伊織は一軒の屋台の前へと足を止めて。
「へぇ、古物か」
 ――伊織はヤドリガミである。
 不思議とこういう旧いものには心が惹かれてしまう事があるのだ。
 沢山吊り下げられている、ぴかぴかとまたたく風鈴だって良いが、――こういう年季の入った雰囲気の風鈴は一段と心が惹きつけられてしまうよう。
 舌に指を這わせると、ちりり、と甘い音を立てる。
「――存外目と趣味だけは良いな」
「歳月の深みを感じる古物というのも、また心を擽る風情がありますよねぇ」
 酒と飯を抱える清宵と菊里も、伊織に倣って並んで屋台を覗き込むと。
「しかしてめぇにゃ、その横で熱い視線を送ってるこけしが似合いと思ったんだがな」
「おや、伊織――こけしさんも大事に扱えば、可愛いヤドリガミと成るかもしれませんよ?」
 目線だけでこけしを発見してしまった清宵は、誂うようにくっと笑い。
 次の瞬間には菊理が既に購入して、こけしを包んでもらっていた。
 エー、いらない……。
 風鈴を包んで貰う事で無視をしようとしたが、先手を取られて無視をしかねた伊織。
「ドーシテこういう時だけ、無駄に動きが早いのカナ?」
「嫌ですね伊織、こういう時も、ですよ」
 ぐいぐいとこけしを押し付ける菊理は、そりゃあぴかぴかの笑顔で伊織に押し付けるのであった。
 深い深い溜息を付いた伊織は、肩を竦めて――。
 ……その人波の中に、あの人魚の姿を見た気がした。
 もし世界が壊れたとしても、ひとつで在りたかった思い。
 片割れを喪った、あの彼女は。
「……心はやっぱ複雑だろうが――。少しずつでも違う形で、また満たしていける未来へ進めると良いな」
 ぽつり、と伊織が呟けば。菊理は言葉を次いで重ねるように。
「ええ、例え今は何処かぽっかりとした心地を抱えても――。欠けず残った過去も、再び踏み出せる未来も残されたなら、不幸ばかりでもない筈ですよ」
 ゆるゆると首を揺すった清宵は、肩を大きく上げて、下げて。
「――忘れても忘れられずとも、難儀なこったなァ。まぁ、生きてりゃどうとでも成るだろうよ――俺達ァ悪い見本市だがな」
 特にてめぇなんか、よ。
 なんて。
 伊織を見て清宵は酒をもう一口煽るのであった。
 ――もうあの尾鰭は、人波に飲まれてしまったけれど。
 俺がそうであった様に。
 彼女も、……どうか、どうか。
 伊織は願う。
 天を見上げれば、ちりりとびいどろが鳴いて。
 空に大きな花火が咲いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

千々波・漣音
【漣千】

ちぃ、さっき言ってたよな?大切な人、とか(ちらっ
てか大切な人…(心内ガッツポ
…はァ!?全然覚えてない、って(照れてるのか?そうに違いない

林檎飴、好きだよなァ、お前
食い意地だけは一丁前だもんな(超可愛い
まァ今日は俺が奢ってやるよ、ほら

風鈴か
折角だし…選びっこ、するか?(ちら
え、何でって…いや、自分の選ぶってのも、じゃね…?(ちらちらっ
オレのオサレセンスで、いいの選んでやるからよ!

手にしたのは、藤と狐の絵の風鈴
オレにとって藤は特別な花だからな…なんてそっと思ってたら
オレの髪…ああ、そうだなァ(超嬉しい
お、大将に似てるな!
お前にしてはいいの見つけたんじゃね?(ドヤ顔可愛い優勝
…ん、ありがとな


尾白・千歳
【漣千】
えー?私、そんなこと言ったっけ?
全然覚えてなーい(ケロリ

お祭りだし林檎飴あるかな?(きょろ
わーい、奢り~♪ありがと!

風鈴キレイだね
いいな、私も欲しいな
どれがいいかなぁ
この金魚か、む、こっちの朝顔もステキだし…
え、選びっこ?何で?(首傾げ
ふーん、まぁ別にいいけど

さっちゃん、もう見つけたの?早いねぇ
狐さん!可愛い~
風鈴の狐の顔が『御狐様』に似てるとご満悦
そういえば、何で藤?
んーさっちゃんの髪と同じ色だな~って
…まぁ何でもいいけど

あ!さっちゃんのはこれどうかな?
指差したのは池に飛び込む蛙の絵柄の風鈴
ほら、この蛙さん『大将』に似てるでしょ?
私、めっちゃいいやつ見つけたんじゃない!?(ドヤッ



 鬼灯の提灯に綾取られた夜道は、やぐらの上で揺れるびいどろの心地よい音に包まれて。
 立ち並ぶ屋台の前を、沢山の妖怪たちが行き交っている。
 ――ああ、可愛いよなァ。
 まあるい大きな赤いりんご飴を手に、ぴかぴかの笑顔を浮かべて。
 ふかふかの大きな獣尾は、いかにも気分が良さげに揺れている。
 さくりと飴に歯を立てるその姿すら――。
 どれほど他に人がいようとも、漣音にとっては千歳が一番、一番輝いて見えるもの。
「ん? 何? さっちゃん、もしかして……」
 訝しげな千歳の声
「……!?」
 じいっと眺めてしまっていた漣音の視線に気づいたのだろうか。
 千歳は少し首を傾いでから、にーんまりと笑って。
「林檎飴、……ほしいの?」
「違ェよ、奢ったモンまで欲しがったりしねェよ。……てかお前、ほんと林檎飴、好きだよなァ」
「うんうん、林檎飴って可愛いし美味しいから大好き! さっちゃんが奢ってくれたしね~、……あ!」
 次の瞬間には、別の興味の対象を見つけたのであろう。千歳は屋台の方へと視線を向けて。
 あっっっっっっぶねェ、じっとお前を見てたとか、言えるわけ……言え、言えるかよ。なんとか誤魔化せただろうか、漣音は内心胸を撫で下ろし。
 屋台の品を真剣に眺めている千歳の横へと歩み寄った。
 金魚に、朝顔。
 夏という季節を閉じ込めたような絵付けのされた、びいどろ風鈴の群れ。
「ねえ、さっちゃん。風鈴のお店だよ~、見るだけじゃなくて買えるみたい。……キレイだねぇ」
「ん。風鈴か、――折角だし、……選びっこ、するか?」
 視線を一度泳がせてから、ちらりと千歳を見る漣音。
 当の千歳は、きょとんと瞬きを一度、二度。
「……え? 何で?」
「い、いや、いやいや、折角だし、自分のを選ぶより人の分を選んだ方が、もっと良いものを選べるっつーか……神格の高いオレのオサレセンスで、いいの選んでやるからよ!」
 エアろくろを回す漣音。
「ふーん、……まぁ、別にいいけど」
 そうしてなんとなく千歳も納得すると、風鈴を選びだす。
 漣音だって考え無しに選びっこを提案したわけではない。
 ――オレにとって、藤は特別な花だからな。
 藤と狐の描かれた風鈴を手にした漣音が、じっと眺めていると――。
「さっちゃん、もう見つけたの? 見せて、見せて~」
 千歳が風鈴の絵を覗き込み、その翠をまたぴかぴかに瞬かせた。
「わー、狐さん! 可愛い! それになんだかその狐さん、御狐様に似てる気がしない?」
「ん、そうかもな」
 自らの喚び出す事の出来る霊獣を思い出してご満悦な様子の千歳。
 でも、と言葉を付け加えて。
「……何で藤の花なの?」
「えっ、ほら、綺麗だろ?」
「うん、それにさっちゃんの髪と同じ色だよね~、……まぁ、何でもいいけどさ。それより、これ、見て!」
 自らの髪色だと思ってくれた事が嬉しくて。
 漣音は知らず口角を幸せげに擡げて。
「ほら、この蛙さん。……大将に似てない!? 私、めっちゃいいやつ見つけたんじゃない!?」
 千歳が指出していたのは、漣音の喚び出す蛙に似た蛙が、池へと飛び込んでいる絵の風鈴であった。
 風鈴の絵よりも、何よりも。
 ドヤ顔を浮かべる千歳が可愛いので、漣音からすればもはや100点満点であった。
「お、確かに似てるなァ。お前にしてはいいの見つけたんじゃね?」
「でしょ!」
「……ん、ありがとな」
 その笑顔が可愛くて、愛おしくて。漣音は眦を和らげて――。
「そういやちぃ、全部忘れていた時にさ。お前、なんか、言ってたよな。……ほら、親切だとか、――大事な人、とか。あれって……」
「……? え? 私、そんな事言ってたっけ? 全然覚えてないなぁ」
 けろっとした様子の千歳は、んー? と首を傾げて。
 そりゃその姿は可愛いけれど。
「はァ!?!? ぜ、全然覚えて無い、って、」
 て、照れてるんだよな?
 照れてるだけなんだよな?
「あ、さっちゃん! 折角だし鬼灯の灯籠も買ってこ~、ほら、お会計するよ!」
「お、おう……」
 喜びから悲しみまでジェットコースターの感情を抱えて、漣音は千歳と共に歩みだす。
 ……えっ、…………て、照れてるだけだよなあ???
 漣音が難しい顔をしていると、大きな音と共に空にぱっと咲いた大きな花。
「わっ。花火だよ、さっちゃん!」
 空を見上げて漣音の裾を引いた千歳は、――やっぱり可愛かった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年10月09日
宿敵 『水底のツバキ』 を撃破!


挿絵イラスト