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時忘れの夕暮れ(作者 絲上ゆいこ
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●まつり
 朱色に染まる空、遠く響く祭り囃子。
 風鈴の群れが涼やかに揺れて、りんりんとなく。
 この辺りはいつだってお祭りをしている。
 それはずっとずっと、昔からそうしているから。
 最早理由なんてみんな忘れて、既に無くなってしまっているのであろう。
 鬼灯の提灯を揺らした私は、自分の尾鰭を見下ろす。
 思えば、ながくながく生きたものだ。
 それでもそれでも。
 長いときを経たというのに、未だにこういう気持ちになってしまう事がある。
 忘れたと思っていても偶に思い出してしまう気持ち。
 ――忘却は救いだと、彼女は言っていたのに。
 その言葉を忘れられずに居るとは、なんて皮肉なんだろうか。

 忘れられる事は救いなのだろう。
 分かっている、知っている。
 忘れる事ができればどれほど幸福だろうか。
 忘れられない事が、どれほど不幸だろうか。
 分かっている、知っている。
 それができるほど、私は強くない事だって。

 ――りん、と。
 頭上で澄んだ音がした気がした。
 それがなんだか甘やかに感じたものだから、私は空を見上げる。
 そこに見えたのは、懐かしい、懐かしい、愛おしい光。
「……あ」

 目を見開いて私は笑った。
 私は幸せで、幸福で。
 愛おしい光を抱き寄せて、彼女の全てを受け入れる。
 ああ、忘れなくてよかったんだ。

「このまま、時が止まってしまえばいいのに」
 そうすればきっと。
 美しい彼女と、ずっと、ずっと、一緒にいられるのだろうから。

 私を呑み込んだ彼女は笑った。
 私は幸せで、幸福で。
 愛おしい気持ちの中で、気がついてしまった。
 ああ、忘れていればよかったんだ。

 世界が壊れだした。
 世界が崩れだした。

 ああ、分かっていた、知っていたはずだ。
 この願いが世界――幽世を崩壊させてしまう事くらい、この世界では当たり前の事なのだと。
 ――ああ。
 それでも、彼女と一緒ならば。
 それでも、良かったんだ。

●グリモアベース
「はぁいはい、どうもセンセ。今日はカクリヨファンタズムに出向いて貰うっスよォ」
 獣の耳を立てた小日向・いすゞ(妖狐の陰陽師・f09058)は、小さくお辞儀をしてから顔を上げて。
「骸魂に飲み込まれてしまった人魚がオブリビオンと成って、そこを中心に幽世が崩壊を始めるみたいっス。センセ達にゃァ、ソレを止めてきて欲しいっスよ!」
 幽世に辿り着けず死んだ妖怪は「骸魂(むくろだま)」と呼ばれる霊魂と化し、生前に縁のあった妖怪を飲み込んでオブリビオン化してしまうと言う。
 今回。
 人魚の妖怪を飲み込んだ骸魂――比丘尼の骸魂は、どうやら人魚の妖怪の大切な人であったようで。
 骸魂に飲み込まれてオブリビオンと化す前に、彼女は願ってしまったのだ。
 このまま時が止まってしまえば良い、と。
 その結果が今回の騒動だ、といすゞは言った。
「骸魂と化した比丘尼の信念は『忘却こそ救い』だったそうで。――崩壊する世界の中で皆を救う為に記憶を奪って回ろうとするようっス」
 勿論。
 骸魂だけを倒す事が出来れば、飲み込まれている人魚の妖怪を救う事は出来る。
 オブリビオンで無くなれば、世界の崩壊だって止める事が出来るだろう。
「大切な人と一緒に居たいという気持ちは理解できるっスけれど……、それでも世界を巻き込む訳にゃァいかないっスからね」
 それは彼女が、大切な人と再度離別すると言う事も意味するのだが――。
「ま、ま、ま。ちょっと面倒な事になってるっスけれど、……センセ達ならきっと上手にやってきてくれるでしょう?」
 ゆるゆると首を左右に振ったいすゞは、顔を上げて。
「彼女達の居る場所へと向かう道中も、おかしな事になってるみたいっス。よくよく気を付けて向かって欲しいっスよォ!」
 狐めいた笑みを浮かべた彼女は、ぽっくり下駄をコンと鳴らした。





第2章 ボス戦 『水底のツバキ』

POW ●届かぬ声
【触れると一時的に言葉を忘却させる椿の花弁】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD ●泡沫夢幻
【触れると思い出をひとつ忘却させる泡】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
WIZ ●忘却の汀
【次第に自己を忘却させる歌】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全対象を眠らせる。また、睡眠中の対象は負傷が回復する。
👑11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠黎・飛藍です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●救い
 茜色に染まる世界。
 境内を覆うように組まれたやぐらに吊られた風鈴たちが、風の隨にりんと揺れて。
 商店街の迷宮を抜けた先には、寺があった。
 まるで祭の真っ最中に、生き物だけが消えてしまったかのような境内。
 びいどろたちのコーラスに、甘やかな歌声が重なった。
 忘れる事は、救いだと。
 忘れられる事は、慈悲なのだと。
 風鈴の下で、人魚は歌っていた。

 嬉しい事も、悲しい事も、愛しい事も、辛い事も。
 忘れる事ができればどれほど幸福だろうか。
 忘れられない事が、どれほど不幸だろうか。
 幸せで愛おしいからこそ、憎い。
 憎いだからこそ、あの幸せな日々が痛い。
 幸せも、不幸せも、表裏一体。
 ならば、ならば、全て忘れてしまえる事は何よりも救われているのでしょう。
 忘れてお仕舞いなさい。
 何も知らないでいられるのならば、この幽世が壊れてしまったって悲しくないでしょう。
 このまま時をとめてしまいましょう。
 ずっと、ずっと、一緒にいましょう。
 ずっと、ずっと、一緒に――永遠に。

 ひび割れる世界。
 崩れ落ちる世界。
 猟兵達の歩んできた忘却の幻影が蠢く幸せな迷宮は、既に足元より崩れ始めている。
 赤い赤い落陽が見下ろす世界。
 壊れゆく世界の真ん中で、愛おしいものと一つになった人魚。

「――私はいま、とっても幸せよ。つらいことも、かなしいことも無い。満たされているの」
「ああ……、こんな所まで来てしまったのですね。辛いことを忘れて、幸せな侭に滅びを迎えられたら良かったでしょうに……」

 人魚の声と、――恐らくは比丘尼の骸魂の声なのであろう。
 重なる二つの声。
 うとりととろけるような声に、慈雨のように染み渡る優しい声。

「皆、忘れさせてくれるわ、辛いことも、愛しいことも」
「――仕方がありませんね。最後は苦しまぬように、ね」

 その歌声は、全てを忘れさせる。
 あなたが戦っている理由も、あなたが愛している人も、あなたが愛されている事も。
 戦う事だって、名前だって、気持ちだって。
 全部、全部、忘れてしまう。
 それでもきっと、身体は覚えている。
 それでもきっと、心は覚えている。

 幽世を救う為には、彼女たちを引き裂かなければならない。
 それはきっと、世界の為、妖怪の為。
 ――望まずに骸魂となった誰かのため。

 風が吹く。
 りんりんとびいどろの鳴き声が重なって――。
風見・ケイ
夏報さん(f15753)と

アブダクションか神隠しか……って、お寺に神様はいないか。
大丈夫?
わたしも似たような感じだけど……(手をとって)きみもわたしもここにいるよ。
ふ、やっぱりきみとも気が合うみたい。
それにもうひとつ……わたしにできること、するべきことが、なんとなくわかるんだ。
――燕さん、燕さん。あの人魚の舌を奪って、あの歌を止めて。

わたしは何も忘れたくない。忘れてはいけない。愛しいことも辛いことも、それが私の罪だとしても。
そんな気がする。
それに、この人のことも忘れたくなんてないし、……そういえば、まだ名前も聞いてなかったな、

――ああ、そうだ。『夏報さん』。忘れられたくないし、忘れたくない人。


臥待・夏報
風見くん(f14457)と

ゲーセンってか、明らかに寺だよなこれ
ああもう全くもって状況がわからん!

頭がゆだって、体がばらばらになるような感じがする……
いや、大丈夫
なんでか、お前と此処に来るので正しかった気がするし
あの半魚人の歌がおかしいのも分かる

なあ
時を止めたって意味なんてない
永遠に二人っきりで良い事なんて何にもない
溶け合って終わりとか馬鹿みたいだろ
それが愛だ恋だって云うならそんなものは呪いだよ
その呪いは炎になって、美しかったものを全部台無しにするんだ
頭空っぽの僕でも知ってる
本当にそれでいいの?

……その喉じゃ答えらんないか
呪詛も焼却も死なない程度にしておこう
僕もそろそろ、『夏報さん』に戻らなきゃ


●夕暮れ
 そう、ゲームセンターに向かっていた筈なのだ。
 馴染みの街、馴染みの道。
 ――だから、だから、間違える訳なんて無い筈なのに。
 暮れ泥む空の下。
 りいん、りん。
 やぐらに並んだ風鈴が競うように音を響かせている、甘やかな不思議な歌が響いている。
 間違える訳も無いいつもの道を抜けた先には、見たことも無い寺が在った。
「…………。ゲーセンってか、……明らかに寺だよなこれ?」
 セーラー服の襟を風に揺らした夏報が、瞳を瞬かせて。
「うーん……、アブダクションか神隠しか……。……って、お寺に神様はいないか」
 と、ゆるゆる左右に首を揺すってから困ったように眉を下げたケイは、こめかみに手を当てた。
「ま、日本人は神社仏閣の違いって曖昧だし、寺でも神様くらいいるかもな」
 夏報は肩を竦めてから細く息を吐いて、視線を上げると境内の奥へ見えるモノに瞳を眇め。
「……いや。そんな事を言ってみた所で、状況がわからんことには違いは無いが」
「確かにわからないなりに、非現実的なモノも見えるしね」
 夏報の付け足した言葉へとケイが軽口めいて返すと。ふ、と夏報は小さく鼻を鳴らした。
「宇宙人か、神様か、かな」
「うーん。アブダクションか神隠しをされたなら、良い関係を築ける気はしないね」
 ケイが瞳をせばめて、歌声の先を見やる。
 ――なんど見たって境内の奥には、ぷかぷかと空中に浮く人魚が居るのが見える。
 どうやら残念なことに、幻覚でも幻聴でもなさそうだ。
 歩を進めるごとに近づく歌声には、ひどい居心地の悪さを感じさせられる。或いは居心地が良すぎるのかもしれない。
 ああ、そうだ。あの歌が何かおかしい事は、分かる。
 あたまがぐわぐわとゆだって、からだがばらばらになっていく様な――。
「……大丈夫?」
 きっと同じ感覚を覚えているのだろう、と。ケイは夏報を案じるように問うて。
「大丈夫」
 澱を吐き出すような細い息を吐いた夏報が、短く応じた。
「……きみも、わたしも、ここにいるよ」
 彼女の応えに喉を鳴らしたケイは夏報の手をとると、きゅっと握りしめてから、人魚を真っ直ぐに見据えた。
「そうだな、……それは分かる」
 頷いた夏報はそうする事が自然な様に、手のひらを一度握り返して。
「なんでか、お前と此処に来るので正しかった気がするしな」
 ――不思議と此処に来た事は決して間違えでは無く、『あっている』と告げた。
 その言葉にふ、と。笑いの混じる息を零したケイは、瞳を和らげて。
「……そう。やっぱりきみとも、気が合うみたい」
 意味なんてわかんないけれど、ここにきみといる事には疑問が不思議と湧かない。
 ケイがするりと右腕を前に差し出すと、夕焼けの赤を浴びた異形の腕がきらきらと光を飲み込み、瞬いた。
「それにもうひとつ。……わたしにできること、するべきことが、なんとなくわかるんだ」
 そうして石段を踏み出したケイは、真っ直ぐに人魚――敵を見据えたまま。
「そうだな。それは僕もなんとなく分かる」
 同じ様に応じた夏報も、一歩石段を踏み出した。
「ん」
 やっぱり気が合うね、なんて。唇だけで笑ったケイは、大きく腕を横薙ぎに払って。
「わたしはね。……何も忘れたくない。忘れてはいけない。愛しいことも辛いことも、それが私の罪だとしても」
 それが、独りよがりの愛だとしたって。
 ――そんな気がして、仕方がないんだ。
 それに、……この人のことも忘れたくない。
 だからね、――燕さん、燕さん。
「あの人魚の舌を奪って、あの歌を止めて」
 瞬間。
 ケイの願いに応じ、黒い外殻に覆われた異形の燕達が空を舞った。
「……!」
 迫りくる燕に人魚がぷかりと泡を吹きかけるが、燕達はその泡を裂いて彼女へと迫り――。
「なあ、時を止めたって意味なんて無いって、思わないか?」
 燕が人魚を啄むと同時に、人魚へと長い長い人影が重なった。
 それは落陽に伸びる、夏報の影。
「永遠に二人っきりで良い事なんて何にもない。溶け合って終わりとか、馬鹿みたいだろ」
 知っている訳では無い、でも身体の何処かが知っているのだ。
 彼女『たち』の願いを。
 彼女『たち』がどうして歌っているのかを。
「それが愛だ、恋だって云うなら。……そんなものは呪いだよ。――その呪いは炎になって、美しかったものを全部台無しにするんだ」
 それは君たちの思い出も、それは君たちの世界も。
 愛も、恋も、見た覚えなんて無いけれど。
 それでも、そんなの、頭が空っぽの僕だって知ってる事。
 とろりととろけた輪郭は、『誰でもない誰か』と化して。
「本当にそれでいいの?」
 人魚の歌は止まっている、答えは無い。
 いいや。
 正確には異形の燕に啄まれて、歌う事を封じられている。
「……その喉じゃ答えらんないか」
 一気に距離を詰めた『誰でもない誰か』が、人魚を焦がす。
 それは恋でも無い、愛でも無い。
 ただ、ただ、自らを取り戻す為に放たれる、呪詛の炎だ。
 暴れながら人魚は、その場から逃れようと空を蹴って。
 それを追おうとした『誰でもない誰か』と視線を交わしたケイは、瞳を小さく見開いた。
「――ああ、そうだ。『夏報さん』だ」
 ケイが思い出した『彼女』の名を呼ぶと、彼女は足を止めて。
「……うん。ああ、そうだった」
 そのケイの瞳の色を覗いた『誰でもない誰か』は、肩を竦めて納得したかのように言葉を零した。
 追いかけなくとも、誰かが向こうで待っていると感じたのだ。
 何かが、思い出されて行くような感覚。
「……僕もそろそろ、『夏報さん』に戻らなきゃ、ね」
 暮れ泥む空の色を背負った影は、濃いけれど。
 彼女はきっと瞳を細めて――。
成功 🔵🔵🔵🔵🔴🔴

リンタロウ・ホネハミ
トワ(f00573)と

知らねぇなぁ、大方親御さんが心配して持たせてくれたんじゃねぇの?
つーか守り一辺倒で悪かったな畜生!
この泡、なんかヤバい気がすんのに防ぎづれぇ……!

出会い頭に喰らっちまった分を除きゃあ、この呪骨剣Bones Circusで泡は全部切り落とせてる
切り落とせはいるが……それ以上、攻撃に転じることが出来ねぇ
ああくそっ、女に先に手柄を捕られるなんざダサさの極みだろ!
なんかねぇのか、なんか手は……ん、なんだこの符は?
っ、なんか分かんねぇけど泡を弾くようになった!
ならもう守る必要なんかねぇぜ!
ちょいと出遅れちまったが、トドメを刺すのは俺ってなぁ!!


徒梅木・とわ
リンタロウくん(f00854)と

しかし守り一辺倒だなあ、どの符も
……どうしてこういう持ち合わせなんだっけ
なあキミ。キミは何か知らないかい?
多分連れ合い、だよねえ?

や、別にキミに言ったわけじゃあないんだがね?
でもま、知らないのも無理ないか
何せ自分が覚えちゃあいないのだから

何にせよ
これじゃあ攻めるにも頭を捻らないとじゃあないか

結界というのはつまり、彼方と此方を別つものだ
不可侵のその境界が、もし突然に身体の部位と部位を隔てるように現れれば
――『離れ離れ』になるのが道理だよねえ
こうやって斬る事も出来れば、ぶつけてやる事も、押して潰す事だって適う
守るしかないって固定観念に囚われるのは、よくない事だよねえ


 歌声を響かせながら尾鰭が空を掻けば、ひらひらと被衣が揺れて。
 人魚が手のひらの上をふうと吹くと、幾つもの泡が鋭く放たれる。
「だあっ、あっぶねぇなぁ!?」
 男――リンタロウは地に手を付いて。
 泡を既の所で避けながら反動を生むと、その勢いで身体を捻って旋転をしながら大きく跳ねる。
 それから。
 そうする事が当たり前のように、女を背に庇う形で泡の前へと立ちはだかった彼は、片手に携えた骨剣を横薙ぎに払って。勢いよく斬り伏せられた泡の大半が、弾けて消えた。
「……しかし、守り一辺倒だなぁ」
 残りの泡を潰すべく、リンタロウが振り切った形から刃を返して逆袈裟に刃を振り上げると同時に、女の呟き声が背より届く。
「あーーー! 守り一辺倒で悪かったな、畜生!」
 どうにも頭に靄が掛かってしまったかのように、どうして此処にいるのかが思い出せない。
 もう一つ言うと、この背に立っている桃色の女も誰なのかも判らない。
 ――あの泡が何となく『ヤバい』事は、リンタロウだって肌でビリビリと感じている。
 どうやら出会い頭に一発貰ってしまったようだが、後は全て捌けている、……と、思う。
 しかし、しかし。
 リンタロウがそれ以上、どうにも攻めあぐねていることは事実だ。
 だからといって、ソレを指摘された所で攻める事ができるかと言えば別なもので。
 結局。
 リンタロウは得物を両手で構え直しながら、骨をキリと噛むと眉間にきゅっと皺を寄せて噛み付くように吠えるに留まってしまう。
「や、別にキミに言ったわけじゃあないんだがね」
 女――とわは瞳を一度閉じてから、いやいやと手のひらを軽く振って彼の勘違いを解くように。
「ほら、この符の持ち合わせだよ。どうしてこういう持ち合わせなのか、ってね」
「そんな事は俺は知らねぇなぁ。大方、あんたの親御さんが心配して持たせてくれたんじゃねぇの?」
 とわの広げた符へと振り返る事も無く肩を竦めたリンタロウは、この見知らぬ女へと泡を届かせないように、ただ骨を振るいながら放言するよう。
「そうか、そうだろうね。……何せ、自分でも覚えちゃあいないのだから」
「そりゃあ奇遇だ、――俺もどうしてあんたと居るのかを覚えちゃぁいねぇからな」
「くふふ、そうかい。奇遇だね」
 自分もだよ、と。
 瞳を細めたとわを、リンタロウは振り返る事は無い。
 どうやって攻めるべきだろうか。迫る泡へと骨剣を振るい、泡を弾いて、壊して。
「何にせよ。――キミも攻めあぐねているようだ。すこし頭を捻らないといけないようだねえ」
 全く実に正論だし、ただただ事実だ。
 言い訳をするとすれば、後ろに女がいるなんてどうにも前へと出にくいだろう?
 ああ、くそっ。
 その上もし、この女が手柄を掻っ攫っていったとしたら――、ダサさの極みだろうが!
 焦った所で良い手が思いつくわけでも無く、泡を食らう訳にもいかず。
「……っ、なんかねぇのか、……なんか、良い手は……!」
 踏み込んだ先から吹きかけられる泡に、リンタロウは剣を振るって――。
「ふむ」
 符の確認を終えたとわは、小さく一言。
 彼の背中へと符を一枚ぺたり、と張った。
「……へあっ!? ……なんだ、コレ?」
「結界というのはつまり、彼方と此方を別つものだよ、キミ。この霊符でキミの表面に水による不可侵の境界を与えたという訳だ」
 不意に背へ与えられた違和感に、思わず泡を避けそこねたリンタロウだが。
 その身体に触れた泡が、つるりと滑ってぷかぷかと飛んでいった事に大きく頷いて。
 あー、そういう事ね、と。
 よく解らないけれど、完全に理解った顔をした。
「――なんか分かんねぇけど、泡を弾くようになったって事だな!?」
 ならばもう守り一辺倒などとは言わせるものか。言われて無くとも言わせるものか。
 ――攻撃さえできりゃぁ、手柄は俺のモノだろう?
 接触しても弾けぬ泡を斬ることを止めたリンタロウは、泡の真ん中を突っ切るように一気に地を蹴り。
 力いっぱい脳筋ムーブを始めた、多分連れ合いだった気のする彼の背を見ながら、とわはふっと肩を竦めて笑った。
 両腕を交わす形で前へと差し出し、その指先に構える霊符。
「その『不可侵の境界』が、もし突然に身体の部位と部位を隔てるように現れれば、どうなるかキミは判るかい?」
 守り一辺倒だなんて、少し頭を捻れば『違う』事が分かる事であった。
「……『離れ離れ』になるのが道理だよねえ」
 その符の使い方だって、戦い方だって。
 思い出せはしないが、覚えているようだ。
 きっと自分は天才では無い、と。とわは思う。
 それでもきっと、――できる事で、為せる事を増やせる様に考える者だったのだろう。
「ふ……ッ!」
 上半身をぎゅっと捻ったリンタロウは、とわの符に合わせて旋転する形で跳躍して。
 知らぬ女との連携ではあるが、そのタイミングは不思議とその身に馴染むもの。
「――ちょいと出遅れちまったが、トドメを刺すのは俺ってなぁ!」
 真っ直ぐに放たれた符と同時に骨剣が、鋭く人魚へと叩き込まれた!
成功 🔵🔵🔵🔵🔴🔴

花邨・八千代
悲しいことも、嬉しいことも
嫌いなやつのことも、好きなやつのことも
……全部忘れたら幸せも不幸もわかんないだろ

返せよ、俺の記憶
俺はもう忘れちゃダメなんだよ
覚えてねーけど、絶対に忘れちゃダメなことがあんだ

掌掻っ捌いて『南天』を大太刀に
【ブラッドガイスト】だ、持てる「怪力」全てぶちこんで「薙ぎ払う」ぞ
返す刀で「2回攻撃」、攻撃喰らったら「カウンター」だ

俺は、忘れたらきっと幸せじゃない
覚えてねーけど、覚えてる
忘れちゃいけないことがあることを、覚えてる

……辛いことも、悲しいことも結局は全ての一部なんだ
だからお前の優しさは、俺はいらないよ

……何もかも忘れちまうなんて、俺には寂しくてとてもできやしない


「……返せよ、俺の記憶」
「どうして? なにも覚えていないのでしょう?」
 逃げるように飛び込んできた人魚を睨めつけた八千代は、きり、と奥歯を噛んだ。
 悲しいことも、嬉しいことも。
 嫌いなやつのことも、好きなやつのことも。
 ――全部忘れてしまったら、幸せも不幸も解らなくなってしまうだろう。
 思い出せない事ばかりの、白い記憶、不自然にぽっかりと無くなってしまった何か。
 淀む澱のように薄っすら揺れる記憶の中で、八千代は南天紋の描かれた印籠を握りしめる。
 何も憶えては居ない。けれど、覚えている。
 人魚の声が重なる。
「ではその事は、とても幸せな事ではないでしょうか?」
「違げーよ。絶対そんなの、幸せなんかじゃ無い。俺はもう忘れちゃダメなんだよ」
「……そんな事、あるわけないわよう」
 一瞬だけ悲しげに眦を下げた人魚が、椿の花弁をはらはらと纏うと。
 ガリ、と。
 鋭い歯で手のひらを噛み裂いた八千代は、印籠へと血を流し込み。手の中で鮮血を呑み込んで形を変えた印籠――大太刀の柄を地へと叩き込んで、彼女は棒幅跳びの要領で高く高く跳ね上がる。
「あんだよ、アンタが知らないだけだよ。俺には――覚えてねーけど、絶対に忘れちゃダメなことがあんだよっ!」
 花弁の合間を縫って跳ねて。
 大きく大太刀を振りかぶった八千代は、膂力の全てを籠めてその刃を振り落とし。
 身を捩った人魚の横へと叩き込まれた得物が、地を割り砕いた。
「……ッ!」
 咄嗟に腕をガードにあげた人魚は、椿の花弁をひとまとめに舞わせて。
 鋭く放つ花弁を、八千代へと叩き込むが――。
 一度横に太刀を薙いで刃先を返した八千代は大きく息を吸ってから。怯む事無く花弁の渦へと自ら踏み込んだ。
 肌を裂く花弁が、八千代を蝕む。
 血が椿の花弁に混じって、はらはらと散る。
 人魚が何か言っている。
 しかし、今の八千代には言葉なんて解らない。意味なんて解らない。
 ――でも、判っている事だってある。
 忘れる事は、きっと、きっと、幸せなんかじゃないって事。
 憶えてなくとも、覚えているという事。
 辛いことも、悲しいことも、それは八千代の一部だ。
 だから、だから。
 彼女の優しさは、八千代には必要のないものだ。
 止めていた息と、千切れんばかりに引き絞った上半身の筋を一気に解放して――。
「――俺は、忘れちゃいけないことがあることを、覚えてるッッ!!」
 横薙ぎに叩き込んだ大太刀は、人魚の身体を強打する。
 空中で身体をくの字に捩った人魚が、そのまま境内へとその身を強かに打ち据えられて。
 がらがらと崩れる塀。
 その先の彼女を見やる八千代は、紅い紅い瞳の奥を揺らして――。
「……何もかも忘れちまうなんて、俺には寂しくて。……とてもできやしないよ」
 落陽の光を背に浴びた彼女は、頬に伝う血を拭った。
成功 🔵🔵🔴

筧・清史郎
傍らに立つ狐さん(f05366)と

聞こえるのは…歌か
何かが抜け落ちてゆく様な感覚を覚えるが
とにかく、この歌う人魚を斬るべきなのは分かる
まぁ今は、それだけで十分だな

視線を感じ見つめ返せば、隣には狐さんが
…とてももふもふだな(じー
ああ、俺も俺の好きに動く
邪魔はしない、狐さんも好きに動いてくれ

…だがその前に、失礼する
そう断って、ゆらゆらふさふさな尻尾を少々もふもふさせて貰おう
この感触…何だか知っている気がする(もふもふ

自分が何者かも分からないが、特に何も問題はないな
数多の桜吹雪の刃を吹かせた後
接敵し抜いた刀で人魚を斬り伏せよう
何故だか狐さんの動きが自然と分かる気がするが…
ふふ、狐さんの炎も綺麗だな


終夜・嵐吾
やけに顔のいい男(f00502)と

歌が聞こえる……ああ、そうじゃ
汝をどうにかせんといかんかったんじゃ
そうせんと世界が終ってしまう。わしはまだそれを望んでおらん

――しかし
なんか隣に顔のええやつがおる。誰じゃ、こやつ
まぁ誰でもええか
近くにおるが互いに戦いの邪魔せんかったらええじゃろし
そのことは一応伝えておこう

じゃが、こやつ涼しい笑み浮かべとるが相当やる
そういう相手とは戦ってみたくなるの~(と、尻尾ゆらゆらふさふさ)
ふぎゃ!
もふられて、驚きはするが嫌ではない
そうそう簡単にもふられる尾ではないのに、やはりこやつ――やる

戦うなら…どうやっとったかな
ううん…ああ、そうじゃ
全部燃やしておけばええか


 落陽に燃える寺に落ちる人影が2つ。
 見上げる先には空を泳ぐ人魚が、張り巡らされたやぐらに腰掛けて歌っていた。
 自分が何だったか。
 自分は何をしに来たのか。
 自分はどうして此処にいるのか。
 わからないことばかり、思い出せないことばかり。
 横を見れば、知らぬ男の顔。
 無駄に雅やかで美しい顔立ちの彼を見た灰被り色の妖狐は、ほつりと言葉を零す。
「……あの者を、どうにかせんといかんかった気がする」
 少しだけ思い出した事。
 そう。
 そうしないと、――この世界が終ってしまう。
 そんな気がする。
 そしては自らが、まだそれを望んで居ない事も、思い出す。
「歌か」
 無駄に雅やかで美しい顔立ちをした男が、自らの声に重ねるように呟いた。
 その声に横目で、男を見やった妖狐は――。
 えっ、誰じゃったかな、こやつ……。
 記憶が澱んでいる。
 見たことがあるような気がする、見たことが無いような気がする。
 眉を寄せた妖狐が、思い出そうと見つめる視線が伝わってしまったのであろう。
「……とても、もふもふだな」
 じいっと此方を――いいや、尾を見つめ返す視線は……今にも尾を撫でてきそうな視線だ。
 慌てて尾を自らの後ろに隠した妖狐は肩を竦めて。
 それでも。
 この男は敵では無いという事だけは、確信を持ってなんとなく感じられた。
 あと、ちょっと尾を向けない方が良い気がする事も。
 しかし、だ。
 敵では無いのならば――。
「――互いに戦いの邪魔をせんようにしよか」
 妖狐は男へと提案を一つ。
 思い出せずとも、彼を知らずとも、今はこれで十分だろう。
「ああ、構わない。俺も俺の好きに動く、狐さんも好きに動いてくれ」
 快諾して頷く男。
 ――きっと彼も、あの人魚を倒せば良いという事だけは理解しているのであろう。
「それなら、ええがの」
 それに彼の所作を見るだけでも、妖狐には在々と解ってしまうのだ。
 彼が相当な刀の使い手である事を。
 うーむ。
 ……あ~、そういう相手とは戦ってみたくなるの~。
 わしのこう深い部分の闘争本能が、こう、めらめらとの?
 知らず知らず揺れる妖狐の尾。耳だってぴーんと立っちゃう。
 仕方ないよね、本能だからね。
 そこに。
「……だがその前に、失礼する」
「……!?」
 只者ではない足取りの男は薄く笑みを浮かべたまま、一瞬で間合いを詰めた彼は妖狐へと顔を寄せて。
 そのまま傅くように膝を地へと下ろすと、慣れた手付きで灰青の獣尾をふかふかもふもふした。
「ふぎゃっ!?」
「……ふむ」
 ――この感触……、何だか知っている気がする、みたいな真剣な表情を浮かべながら男は尚もふかふかもふもふ。
 めちゃくちゃ真顔。
 その様子を見下ろしながら。
 妖狐は不思議と――知らぬ男に尾を触れられていると言うのに嫌ではない自分に瞳を瞬かせる。
 しかし、しかし。
 そうそう簡単にもふられる尾ではないのに、やはりこやつ――やりおる。
「うむ、よいもふもふだな。……この戦いが終えたら改めてもふもふさせて頂こう」
「何言っとんじゃ、この……」
 スッキリした顔の男がほざいた言葉に、応じようとした妖狐は――。
 この、何だったか。
 でてこない続きの言葉に妖狐はくっと息を呑むばかり。
「さあ、行こうか狐さん」
「う、うむ」
 男に促されるがままに。妖狐はなんだか落ち着かない感覚にぴっと耳を跳ねて、やぐらへと駆けだした。
 舞い散る桜の花弁を纏った男は鋭く地を蹴って、一気に人魚へと距離を詰める。
「まあ、乱暴なのね!」
 歌を止めると、ガード代わりに泡を生み出して。
 放たれた花弁から、空を尾びれで蹴って逃げ出す人魚。
 その様子を見やった妖狐は、一つ頷いて。
「……よし。全部燃やしてしまお」
 戦い方なんて、憶えていない。
 でも。
 戦い方なんて、身体が覚えている。
 妖狐が放った狐火は、人魚の行き先を防ぐ形で膨れ上がり。
 ――そこで炎が爆ぜる事を、何故か男は知っていたような動きで蒼を宿した刃を一閃する。
 いいや、きっと。
 身体が知っていたのであろう。
「ふふ、狐さんの炎も綺麗だな」
 花笑みを唇に宿した男――清史郎は瞳を細めて。
「汝こそ、太刀筋が踊っとるようじゃ」
 ゆうらりゆらり、尾を揺らした妖狐――嵐吾は尚も炎を宿すと、腕を大きく凪いだ。
 揺れる炎。
 知らず知らず、嵐吾の唇にも笑みが宿り――。
成功 🔵🔵🔵🔵🔴🔴

黒羽・扶桑
おかしなことを言う輩だな

声かけるは、人魚へと

貴様が感じる幸せは
忘却からくるものではなかろうに
世界と引き換えにしてでも
傍にいたい存在と共にあるゆえであろう?

貴様の大切な存在ごと、無かったことにしてしまうのか?

さて、御託はこれくらいにして
早々に事を収めねば
…先に辿ってきたはずの光景すら、もう思い出せん

梛刀を手に、翼を広げ
近接攻撃と離脱を繰り返し
我の得意な間合いを維持して戦おう

敵の攻撃は可能な限り
『武器受け』で叩き落とすが
形なきもので攻められては厳しいな
【巫術「八咫鏡」】で応じよう

其は一種の『降霊』
我は神器たる鏡の依代
全てを映し、跳ね返そうぞ
彼女らが愛したはずの
彼女ら自身の姿をも

※連携、アドリブOK


菱川・彌三八
知っていなけりゃ忘れる事もあるめえよ
知ってしまったから忘れてェのさ
…否、違うな
手に入らねェから、忘れてェンだ

忘れたい
逃れたい
まるで呪いサ
忘れたくて、忘れて欲しい
ずっと焦がれていた
お前ェは如何だ、忘れさせてくれるのかい

あゝだが、夫れと世界がなくなっちまう事は同じじゃあねえ
独りで忘れ朽ちる事が許されねェたあ、難儀な事もあるモンだ

記憶を少しずつ泡に溶かして、もう何を忘れたかったかも定かでねぇが、腕は自然と滑る様に菊を描く
身体が覚えているなんざ、此れも呪いに違ェねえ
総て忘れて暫し、此の花だけを愛でていな

屹度お前ェが消えたら、忘れたモンは戻ってくるんだろ
忘れるってなァなかなかドウデ、楽にたァいかねえや


「おかしなことを言う輩だな」
 首を傾いだ扶桑は、その冴えた青を真っ直ぐに人魚に向けた。
「いいえ、なあんにもおかしくないでしょう?」
 はらはらと被衣を揺らす人魚も、扶桑へと不思議そうに首を傾げた。
「いいや、おかしなことを言っているだろう。――貴様が感じる幸せは、忘却からくるものではなかろうに」
 ゆるゆると首を揺すった扶桑は瞳を眇めて。
「世界と引き換えにしてでも、傍にいたい存在と共にあるゆえであろう?」
「……」
「貴様の大切な存在ごと、無かったことにしてしまうのか?」
「それすらも忘れられたとしたら、……とってもとっても幸せじゃないかしら」
「――戯言だな、しかし――事を収めねば」
「そうですね、……その事も忘れて頂きましょう」
「そうね、私は、……もう離れたくないもの」
 重なる人魚の声に肩を竦めた扶桑は、神木より削り出された長棒――梛刀を手に。
 大きく羽根を開くと、大きく地を蹴った。
 扶桑へと向かってふう、と人魚が泡を放てば、ぱっと饅頭のようにふっくらとした菊の花が地に咲いた。
「なんでェ、知っていなけりゃ忘れる事もあるめえよ。――知ってしまったから忘れてェンだろう?」
 ぱちん、と花が咲いて、泡が弾ける。
 筆を構えた彌三八は、人魚を見定めるように瞳を眇めて。
「否、違うなァ。――手に入らねェから、忘れてェンだな」
「……ッ!」
「耳を貸さなくて、良いのですよ」
 それはきっと、忘却が幸せだと言う本質でもあるのだろう。
 人魚が息を飲むと、きっと比丘尼の声なのだろう。重ねるように自らを嗜める言葉を漏らす。
 花が泡を割る合間に滑空してきた扶桑が、霊力の刃を宿した梛刀を叩き込んで。
 身を捩った人魚へと向かって、彌三八は唇に自嘲によく似た笑みを宿すと再び筆を空へと駆けさせた。
 忘れたい。
 逃れたい。
 ああ、そりゃァ、まるで呪いじゃねェか。
 忘れたい。
 忘れさせて欲しい。
 ずっと、ずっと、ずっと、焦がれていた事だ。
「お前ェは如何だ、夫れを忘れさせてくれるのかい」
 しかし、あゝ。何だ。
 夫れを望むという事は、世界がなくなっちまう事は同じじゃあねえ。
「――独りで忘れ朽ちる事が許されねェたあ、難儀な事もあるモンだなァ」
 空中に咲く花々は美しく。
 彌三八はまるで人魚を自らに引きつけるように、放たれた大量の泡を避ける事も無く筆を走らせ続ける。
 吹きかけられる泡を彌三八が砕いた隙を縫って、ヒット・アンド・アウェイを繰り返すのは扶桑であった。
 風を切って一気に接近すると、横薙ぎに刃を叩き込み。
 ギリ、と奥歯を噛み締めた人魚が離れる背を睨めつける。
「……ッ!」
 次に息を吐いて人魚が放ったのは、泡では無く、歌であった。
 忘却の歌。
 自らの事すらも淀む澱に包まれて、薄れて失われて行く記憶。
 もうなにも憶えてなんか居ない。
 何を忘れたかったかすら、憶えて居ない。
 それでも、それでも。
 彌三八は心底絵描きのようだ。
 覚えている、その描き方を。
 覚えている、その形を。
 腕だけがなめらかに菊を描き続ける様は、――身体が覚えている、だなんて。
「は、……此れも呪いに違ェねえ」
 ならば全て忘れてしまったならば、此の花だけを愛でるのも良いだろう。
 彌三八の放つ菊の花が、人魚の肩に、腹に、ぽぽぽと咲いて。
「いいやその全て、跳ね返そうぞ!」
 ――其れは、一種の降霊だ。
 符をはためかせた扶桑は、しっかと人魚を睨めつける。
 冴えた青で彼女たちをしっかりと囚える。
「――我は神器たる鏡の依代。しっかとその姿、捉えたぞ」
 神器の名に依りて、映しませ。
 全てを映す、全てを跳ね返す、八咫鏡。
 ――彼女らが愛したはずの、彼女ら自身の姿を。
 彼女達の歌声を弾き返した扶桑は、大きく大きく翼を広げて。
 目を見開いた人魚が、尾ひれを返して逃げてゆく。
 ぐうらりと揺れる頭。
「……何でェ。忘れるってなァなかなかドウデ、楽にたァいかねえみてェだなァ」
 記憶に掛かった澱が揺れて。
 『忘れたかった事』を一番に思い出した彌三八は、今度こそ自嘲に唇を歪めて笑った。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

都槻・綾
風に歌う硝子の音色は
遠い遠い漣のよう

先程まで
懐かしい時代を歩んでいたと思う
傍らに朋が在ったと思う
揶揄しつつも慮る声が届いていたと思う

りーんと尾を引く余韻が沁み渡る度に
記憶の端を覗かせはするけれど
時の流れに取り残されたみたいに
ぽつんと、立ち尽くしている

代わりに手にしていたのは
朱糸で繕われた霊符

指先で刺繍を辿れば
僅か焼けつくような痛みが走る


痛いのは
何故だろうか、胸の奥

記された紋様を
口遊んだのも無意識か

途端に
視界を覆う花の宴は
ただ只管に美しき、花筐

目の前で幸福そうに笑う人魚殿へ贈る花束のよう

やがて記憶は戻れども
夕暮れに見た夢の欠片は
「無かった過去」だと思い出させるから

…ねぇ
随分と
胸を焦がす幻だこと


 夕暮れ色に照らされたびいどろが光を歪めて、鮮やかないろを伴って地を彩る。
 漣のように響く風鈴の音色に重なる、蜂蜜のように甘やかな歌声にはたしかな幸せが混じっている事を感じられる。
 記憶を司る部分へと音が澱のように重なって、じんとしびれるような感覚。
 ――先程まで、傍らに朋が在ったと感じるのに。
 今はそこに、誰も居ない。
 詭弁を翳す声も、揶揄しつつも慮る声も。
 今はそこに、何も無い。
 ひどく懐かしいものを失ったような、もともと何もなかったような。
 歌声が響く落陽色の寺の前で、綾は思わず足を止めた。
 ――びいどろの音に似た余韻。
 この刻に一人で取り残されてしまったかのような、寂寞が吹き抜けてゆく。
「……――何か、」
 忘れている気が、する。
 だからこそ歌声の下へと向かわなければいけない気がして。
 導かれるように、境内へと足を踏み入れる綾。
 空を彩る朱よりもずっと紅い糸で、薄紗へと縫い綴られた刺繍。
 知らずの内に手にしていた符を見やった綾は、細く細く息を吐く。
 此処に居る理由も此処まで来た理由も、ぼんやりと何かに覆い隠されている様。
 それでも歌声が呼んでいると、感じている。知らないのに、知っている。
 歩を進めながらも、符の朱色に理由も無く惹かれ。茫と星を指先でなぞった、瞬間。
 ぴりりと指先を突き抜けたのは、焼け付くような痛み。
 ……いいや、痛いのは指先では無い。
 痛みを感じているのは、胸の奥だ。
 瞳を瞬かせた綾は、ほつりと記された紋様を口遊ぶ。
「――おや」
 霊符が解けて、崩れて。
 無数の花弁と成って、舞い上がる。
 美しき四季を花筐に閉じ込めたかのように、歌声へと向かって花弁が舞う。
 それはまるで、人魚へと贈る花束のようにも見える。
 はらはらと散る花弁に馳せるは、――思い出せぬ思い。――『無かった過去』。
 きっとそれを全て思い出した時には。
 甘やかな優しいさいわいに、綾は胸を焦がすのであろう。
 未だ知らぬその感情。
 顔を上げた綾は、青磁の眦を真っ直ぐに人魚へと向け――。
成功 🔵🔵🔴

黒鵺・瑞樹
右手に胡、左手に黒鵺の二刀流

何があってもきっと覚えてる。身体に魂に染みついている。
戦えぬ誰かの為に、振るえぬ誰かの代わりに。そうして俺は生まれたんだ。

UC月華で真の姿になり、さらに呪詛耐性で眠りに抵抗する。
基本存在感を消し目立たない様に立ち回る。可能な限りマヒ攻撃を乗せた暗殺攻撃を。
敵の物理攻撃は第六感で感知し見切りで回避。
回避しきれないものは本体で武器受けで受け流し、カウンターを叩き込む。
それでも喰らうものはオーラ防御、激痛耐性で耐える。

確かに忘却は慈悲なのかもしれない。
想う憂いも悲しみも忘れてしまえば関係ないもんな。
でも想う幸せも確かにそこにあると思う。たとえ先が見えなくても。


天霧・雨吹
忘却の全てを否定はしない
忘れなければ立てぬこともあるだろう

とはいえ
忘却の果ては何も無い
何も返さぬを良いことに
茫漠の静寂を満ちていると賞するは欺瞞だよ

神器に沈んだ彼を恨みに思わなかったとは言わない
独り酒は侘しく
いつしか慣れはしたけれど

……いや、はて……
酒は独りで干すものではなかったか
邪神を滅するは、何故であったか
水底で眠るも戦うも何もかも
我は独りで、

鍔が鳴る

何故、鳴るか
最早分からぬ
だが
この手に抜き身があらば振るうのみ

我は、竜、力の化身
流るるままに暴れ
放たれるまま轟く
嗚呼、鍔鳴りが、

嗚呼、

翔けよう、


 何があっても、きっと覚えている。
 身体に、魂に、ソレは染みついている。
 戦えぬ誰かの為に。
 刃を振るえぬ、誰かの代わりに。
 ――そうして俺は、生まれたんだ。
 袴を揺らした瑞樹は右手には刀を、左手に黒の刀身を持つ大ぶりなナイフを構えて。
 やぐらの向こう側で、その時を待つ。
「全て忘れてしまえば、幸せでしょう?」
 甘やかに笑った人魚の前に対峙するは、雨吹の姿。
「僕は決して忘却の全てを否定はしない。――忘れなければ立てぬこともあるだろう」
 凛とした佇まいでゆるりと首を振った雨吹は、真っ直ぐに人魚と藍の視線を交わして。
「――とはいえ、忘却の果ては何も無いだろう」
 何も返さぬを良いことに。其れを茫漠の静寂を満ちていると賞するは、欺瞞だよ。
 なんて。
 その瞳の奥に遙けし色を揺らした雨吹は、神器に沈んだ彼の柄をぎゅっと握った。
 かちりと成る鍔。
 ――キミを恨みに思わなかったとは、言わない。
 とても言えるものではない。
 幾ら酒がたらふく呑めたとしても。
 たしかに独り酒は侘しく、……しかし、それにいつしか慣れはしたものだ。
「ふうん。……忘れてしまった事さえ忘れてしまえば幸せなのに」
「私は貴方を、救いたいと思っていますよ」
 一人の人魚から重なる2つの声。
 雨吹はくっと唇を自嘲に似た形に歪めると、顔を上げた。
 人魚が歌う。
 ――ああ、いいや。はて。
 そもそも、酒は独りで干すものではなかっただろうか?
 何故、邪神を滅する必要があると言うのか?
 ――水底で揺蕩い眠るも、勇武絶倫たる戦いを見せようとも。
 我は独りで。
 我は、――。
 歌声に重なって、ちきと鍔が鳴った。
「……!」
 何故、また、鳴るというのか。
 解らない。
 どうして鳴るのかも、最早分かりはしなかった。
 しかし、しかし。
 ちき、と鳴る鍔に誘われるように、雨吹はその柄を強く握りしめる。
「――我は、竜、力の化身」
 歌へと向かって。
 衣をなびかせると踏み切り。地を蹴った雨吹は鍔鳴りに誘われ、呼ばれるように。
 逆袈裟に構えた刃をそのまま振り抜くと、人魚を閃撃が撫ぜた。
 ――流るるままに暴れ、放たれるまま轟く。
 雷撃のような一閃を返す手で喰らわせた雨吹は、猛しく呼を放つ。
 彼の一撃が放たれた瞬間。
 雨吹の黒と対照的な銀を落陽に染めて飛び出してきた瑞樹が、重ねる形で刃を交わした。
 刃を叩きつける直前、人魚がガードに泡を生むがその泡ごと叩き割り。
「……ぐぅ……ッ!」
 前後から同時に刃を叩き込まれた人魚が、落陽よりも紅い朱色を零して、空を尾ひれで蹴った。
「――確かにね、忘却は慈悲なのかもしれないな」
 瞳を眇めた瑞樹は、刃を交わすように構えて。
「想う憂いも悲しみも忘れてしまえば関係ないもんな」
 ――しかし、しかし。
 そこに、たしかに『想う』幸せだってあるものだと、瑞樹は思うのだ。
 ――たとえそれが、先の見えない幸せであろうとも。
「だからといって、世界を壊させる訳にはいかないんだ」
 瑞樹の語る言葉すら遠く感じる。
 雨吹はただ、鍔鳴りの示すがままに力を振るわんと上半身をぎゅっと引き絞り。
「翔けよう、――」
 思い出せない『キミ』の名を呼んだ。
 瑞樹と雨吹は泡を捌きながら同時に左右から跳ねると、一気に間合いを詰めて――。
成功 🔵🔵🔵🔵🔴🔴

シャト・フランチェスカ
アイが零れ落ちていく
哀が消え、どうしてペンを持つのか解らない
愛が消え、どうして刃を持つのか判らない
【私】が消え、僕が誰だかわからない
それらを繋ぎとめたくて綴っていたはずなのに
書きあらわす言葉が
思い出せない
書かなくちゃいけないのは何故
それすらも

この身体は誰だ?
鋭いものを握っている
白い手首が
あいを呑み込む
椿と、茨と桜と、そして炎と
美しく舞う
美しい、と綴る言葉を思い出す

何も思い出せないからきみは幸せなのかい
空っぽなら奪われることはないものね
それでも「満たされている」と言うの
その感情もきっと喪う
言葉も記憶も自己も白紙になって
きみがきみである証も残らない
そんなの
僕が読みたい物語じゃない
僕は僕のエゴで戦う


 まるで世界の終わりみたいな色をした空。
 あかあかと落陽の色を映した寺に、びいどろの合唱が鳴り響く。
 人魚はとろけそうな笑みを浮かべたまま、語る。
「幸せなまま、滅びる事は恐ろしい事では無いのですよ」
「全部ぜんぶ、忘れてしまったほうが『幸せ』だったのでは無いかしら?」
 同じ声なのに、違う声。重なる声。
 空に尾ひれを揺らした人魚を見上げたシャトは、肩を竦めて。
「――何も思い出せないからきみは幸せなのかい? 空っぽなら奪われることはないものね。それでも『満たされてる』って、言うの?」
「そうよ。嫌な事を覚えている必要なんて無いでしょう。忘れてしまえば、苦しむ事は無い。……それって満たされてるってことでしょう?」
「貴方も救われたくて、此処まで来たのでしょう?」
 人魚が二人の言葉を紡ぐ。
 一人なのに、二人在る。
 ふうん、そう。と、瞳を眇めたシャトは左手首に冷たい刃を添えた。
「忘れてしまえば――その感情もきっと喪うのだろう?」
 言葉も、記憶も、自己も、何もない白紙になって。
 きみがきみである証も残らない。
「良いじゃない」
「良いでしょう」
 声を重ねた人魚は、歌を紡ぎだす。
 椿の花弁が咲き乱れ、はらりはらりと零れ落ちる。
 左手首に刻んだ、アイ。
「そんなのは、――僕が読みたい物語じゃないよ」
 シャトは左腕の傷を、鋭く抉り――。
 零れ落ちる鮮血は荊と成り、人魚へとはらりはらりと花弁の炎が降り落ちる。
「……、」
 アイが、零れ落ちている。
 言葉が、零れ落ちている。
 澱の落ちる記憶、靄の掛かる記憶。

 右手を見下ろす。
 哀が消え、――どうしてペンを持つのか解らない。
 憶えていない。
 右手を見る。
 愛が消え、――どうして刃を持つのか判らない。
 憶えていない。
 手を結ぶ。
 私が消え、――僕が誰だかわからない。
 憶えていない。
 指先の合間から、全てがすり抜けて零れ落ちてゆく。
 繋ぎ止めたくて綴っていた筈なのに。
 言葉が、文字が、意味を成さずに零れ落ちてゆく。
 思い出せない。
 綴るための言葉が、書き表す言葉が、思い出せない。
 どうして。
 どうして。
 この、身体は誰だ?
 何故、僕は筆を執った?
 どうして。
 どうして。
 ――書かなくちゃいけないの?
 何故。
 何故。
 それすらも思い出せない。
 鋭いものを握っていた。
 白い手首が、あいを呑み込んだ。
 更に燃え上がった炎は、人魚にするりと巻き付いて。

 会いに、愛に、哀に、あいに、――私に。
 今に鳴る、風に揺れる風鈴の音が耳に残る。
 ――空の色は燃えるような、あか。

 椿と、茨と桜と、そして炎と。
 あかに溶けて舞う姿が、美しいと思った。
 覚えている。
 結んだ手を開く。
 その言葉を。
 ――嗚呼。

「うつくしい」

 そうしてシャトは、綴る言葉を、思い出す。
 真っ直ぐに人魚を見据えたシャトは、彼女と視線を交わして。
「……僕は、僕のエゴで戦うだけだ」
 言葉が、意味を成す。
成功 🔵🔵🔴

鳴宮・匡
◆ニル/f01811と


“忘れる”ことがなかった
拾われてから今日までを全て克明に憶えていて
昨日のことのように思い出せていた

はず、なのに
隣にいる、親友、のことが
そうだと知っているのにわからない
どうしてここにいて
なんで戦ってて

俺は、誰で、

これが救済、なんて思えない
目の前が黒く塗り潰されたような不安に
――無意識に、瑠璃唐草の飾りに指先で触れる

約束を交わした、だれかの
優しい声が、聴こえた気がして

銃を握りしめて、前を見据える
大切だったひとが教えてくれたものを
この体は憶えているから
まだ、戦える

……大丈夫
大切なひとがくれた約束も
お前や皆と歩く“いま”も
忘れたり、したくないから
「ここにいる」ってこと、憶えてるよ


ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
匡/f01612と

救済ね
忘れられるのが何より怖くて
忘れるのが何より痛い
私みたいな奴には、地獄だな

思考停止は楽で良かろう
だが、起伏のない生に価値はないんだよ

握り締めたライターで煙草に火をつける
隣で銃を撃つ男の名が思い出せなくなろうと
大切な弟妹の声が霞もうと
煙草を分け合うあいつの顔が分からなくなろうと
この火が燻る間、私は「私」を――しあわせの全部を、失くしはしない

起動術式、【蜜事】
おまえのことも覚えてるよ、姉さん
銃弾と一緒に行ってくれ
忘却の呪いを焼き尽くしちまおう

なあ、お前まだ、私の名前が分かるか?
答えなくて良いよ
何を忘れたって
お前と私が今ここにいるって覚えててくれれば良い
――私も忘れねえよ、親友


「――辛いことを忘れて、幸せな侭に滅びを迎えられたら良かったでしょうに」
 落陽を背負った人魚から伸びる影は、暗く長く。
「あなた達も、救われて欲しいと思っているのよ」
「忘却は、救いなのですから」
 人魚の紡ぐ声は同じなのに、重なり、異なった声が響くよう。
 風が吹いて、やぐらに吊るされた幾つものびいどろ風鈴が一斉にりんと鳴いた。
 灰被り色の髪を風に遊ばせ、ニルズヘッグは燃える瞳を眇め。
「……へえ、そりゃ。私みたいな奴には、地獄だな」
 忘れられる事が、何よりも怖い。
 忘れる事が、何よりも痛い。
 そこに居た事も、そこに在った事も、存在を認められる事も、全部無くなってしまうと言う事だ。
 ゆると首を左右に振るニルズヘッグ。
「思考停止は楽で良かろうな」
「後ろを振り返るのは痛いかもしれないけど。……目を逸らしてるだけじゃ、歩くことは出来ないだろ」
 彼の横に立った匡は、拳銃を片手に真っ直ぐに人魚を見据えて。
「ああ、起伏のない生に価値なんて無いんだよ」
 小さく頷いたニルズヘッグが、ライターのフリントホイールを回して焔を灯す。
 ――それは彼にとって、共に在る事を知らしむ焔。
 そのまま煙草へと火を灯すと、濃く白い煙を縷々と吐いて。
「本当に?」
「苦しい事を我慢せずとも、……生きてゆく事はできるのですよ」
 助けてあげましょう、と。
 まるで慈しむかのような人魚の声は歌と成る。

 響く歌声へと、匡は銃口を向けて――。
 気がついた。
 ――隣に居る者の名が、性格が、……何者なのかすらも、解らなくなっている事を。
 眉を少しだけ跳ねた匡は、そのまま銃を撃ち放つ。
 尾ひれで空を蹴った人魚は、泡を幾つも生み出しながら空中を舞う。
 弾が泡を割いて、割って。
 ――匡は、あの日拾われてから今日までの事を全て覚えている。
 『忘れる』事が、無かった。
 いつの事であろうとも、昨日の事のように思い出せていた。
 奪った、壊した、潰した。
 貰った、思った、――。
 忘れた事が無かった、はず、なのに。
 『親友』だと判る者の事が、解らない。
 知っているのに、知らない。
 憶えていない。
 どうして、この場所に俺は立っているのか。
 どうして、俺は戦っているのか。
 どうして、銃を握っているのか。
 ――俺は、……誰だ?
 目隠しをされて、目の前が黒く黒く塗りつぶされたかのような居心地の悪さが、匡の腹の中でどんどん膨れ上がる。
 ぞわぞわと粟立つ肌に、銃を握る手だけがひどく現実的に感じられて。
 知らず知らず、指先は武器飾りを触れていた。
 つるりとした硝子に、瑠璃唐草の花が閉じ込められたその武器飾りは――。
「……!」
 匡は瞳を見開く。
 ――どこからから、声が聞こえた気がした。
 それは、優しくて、暖かくて、――何か、約束を交わした気がして。

 ニルズヘッグの咥えた煙草より、ゆらゆらと紫煙が揺れる。
 澱の落ちた記憶、靄の掛かった過去。
 隣の男がもはや誰なのかは、解らなかった。
 大切であった者の声も、思い出す事も無い。
 煙草を分け合うあいつの顔は、黒く塗りつぶされたかのよう。
 しかし、しかし。
 この火が燻る間だけは。
 この火が灯っている間は、私は『私』を――。
「……しあわせの全部を、失くしはしない」
 もう一度ライターをぎゅっと握りしめたニルズヘッグは、指輪を撫でると自らの愛しき片割れを喚び出す。
「大丈夫、……おまえのことも覚えてるよ、姉さん」
 当たり前でしょうと言わんばかりの笑い声に、しろがねの焔が燃える。
 そうして。
 眦をただ和らげたニルズヘッグは、傍らの男に声を掛ける。
「なあ、お前まだ、私の名前が分かるか?」
 答えなくても良い、と思った。
 それでも、それでも。
「……大丈夫」
 匡はしっかりと言葉を返した。
 ――ぎゅっと拳銃を握りしめて、前を、敵を見据える。
 大切だったひとが、教えてくれたものを。
 この体はまだちゃあんと、覚えているから。
 だから、だから。
 大切なひとが暮れた約束も、――お前や皆と歩く『いま』も。
「忘れたり、したくないから」
 ふ、と鼻を鳴らしたニルズヘッグは唇に笑みを宿して。
 放たれた泡をバックステップで跳ね避けてから、大きく頷いた。
 何を忘れたっていい、と思っていた。
 それこそ、名前だって。
 それでも。
「――ああ。忘れたとしても、――お前と私が、今ここにいる事だけでも覚えててくれれば良い」
「忘れない。……『ここにいる』事を、覚えているよ」
 憶えていなくとも、覚えている事。
 銃を握り直した匡は、ニルズヘッグを見やる。
「――私も忘れねえよ、親友」
 ニルズヘッグの金と、匡の焦茶色の視線が交わされ。
 二人は、何方ともなく頷き合う。
「気を取り直して、いこうか」
「ああ、忘却の呪いを焼き尽くしちまうとしよう」
 ひたりと構えられた匡の銃に合わせて、ニルズヘッグの片割れが白い焔を膨れ上がらせ――。
 甘やかな歌声は、未だ止むことはないけれど。
 ……きっと、もう大丈夫だと、思った。
成功 🔵🔵🔵🔵🔴🔴

フリル・インレアン
ふええ?忘れてしまえば幸福なんですか?
確かに私はアリスで猟兵になる前の記憶はないけど、アヒルさんと楽しく冒険をしていますが
それはアヒルさんとの思い出があるから、いえ、アヒルさんと思い出を作っていっているから幸せなんです。

アヒルさん、いきますよ。
お菓子の魔法です。
私には時を止めることは出来ませんが、ゆっくりにすることは出来ます。
アヒルさん、あの泡には絶対に触れないで攻撃です。


 りんりんと響くびいどろは、風に鳴く。
 紅に染まるやぐらの上に、人魚は腰掛けていた。
 人魚を見上げたフリルは、大きな帽子の鍔をぎゅっと握って。
「ふええ……? 忘れてしまえば幸福なんですか?」
 人魚は瞬きを二度重ねて、頷いて。
「嫌な事を忘れてしまえば、不安なんて無くなってしまうでしょう?」
「幸せなことも、いつか嫌な事となってしまうかもしれませんね。だから、全て忘れてしまえば幸せに過ごす事ができるでしょう」
 とろけそうな笑みを浮かべる人魚は、当然の事を告げるように。
 一人から重なって響く声が、フリルへと真っ直ぐに向けられて。
「……確かに、私は……記憶をなくしました」
 ふるふると首を振ったフリルは、細く細く息を吐く。
 フリルにはアリスに成る前の記憶が無い。
 猟兵になる前の記憶は、ひとつも残っていない。
 それでも、それでも。
「でも、……アヒルさんと楽しく冒険をしています」
 人魚の瞳を赤色でしっかと見据えたフリルは、一度息を呑んでから言葉を次ぐ。
「――それは、それは……! アヒルさんとの思い出があるから。……いいえ、アヒルさんと思い出を作っていっているから幸せなんです!」
 全て忘れてしまえば、幸せだなんて。
 そんな事は無い、と、フリルは思うのだ。
「そう。……いつか裏切られるとしても、かしら?」
 人魚の周りにぷかぷかと浮かぶ泡は、きっと全てを忘れさせてくれるのであろう。
 過去の不安も。
 未来の不安も呑み込んで。
「……」
 ふぇ、と漏れそうになる言葉を呑み込んで。フリルはふるふると左右に首を振った。
 ――それでも、だからこそ。
「アヒルさん、いきましょう」
 きゅっと構えたフリルはガジェットのアヒルさんに声をかけると、さっとお菓子をアヒルさんへと食べさせてあげる。
 ――お菓子の魔法。
 お菓子を楽しんでいない者の、時間を奪う魔法。
 自らもクッキーを一つ齧ったフリルは、ぴっと人魚を指差した。
 ――時を止める事は出来ないが、これで人魚の動きを奪うことはできる筈である、と。
「アヒルさん、あの泡には絶対触れちゃ駄目ですよ!」
 フリルの指示をうけて、ガジェットのアヒルさんは真っ直ぐに人魚へと向かって――!
「……忘れる事が、幸せだとは思えないのですよ」
 フリルの呟きと共に、アヒルさんは人魚へと体当たりをブチかました。
成功 🔵🔵🔴

鷲生・嵯泉
何もかも、「忘れた事」すら忘れてしまうのならば
確かに其れはいっそ幸せなのやもしれん
だが……其の為に世界を道連れにはさせられん

霞んでゆく記憶を、想い出を、今は留める事が叶わないのなら
此の刃を以って取り返すだけの事
想い出せぬ、其の相貌に約束しよう
そうだろう――『   』

唯、此の身の動くに任せる
――伐斬鎧征、血符にて為さん
視線や向き、測れる全てから攻撃方向を見切り
衝撃波をカウンターで当て相殺
距離を詰めてのなぎ払いで隙を作り上げ
全力の斬撃で以って斬り払う

忘れる幸せなぞ欲しく無い
どれ程の痛苦であろうが、其れは『在った』という証し
其れすらも奪う事を赦せよう筈も無い
返して貰おう。生きる世界を――懐いた想いを


「貴方も辛いことを忘れて、幸せな侭に滅びを迎えられたら良かったでしょうに」
「忘れられない人が、多いのね」
 私達ならば、幸せを与えられるのに。
 受け入れないで、受け取れないで。
 重なる人魚の声は、同じ声なのに違う声。
 りんりんと風にさんざめく風鈴の下を、嵯泉は駆ける、駆ける。
 地を蹴り、構えた刃を横薙ぎに泡を裂いて、追うは尾鰭。
 ぱちん。
 弾ける泡は記憶を奪う。
 奪われた記憶が『何』なのかは判らぬが、『何』かが消えてしまったことは理解ができる。
 ――何もかも。
 全てを喪ったことも。
 何かを得たことも。
 護るべきことも。
 全て、全て。
 忘れた事すら忘れてしまえるのならば、其れはいっそ幸せであるのかもしれない。
 しかし、しかし。
 目前で鰭を翻して泡を生む人魚を、しっかとその赤で睨めつけた嵯泉は砂利道の上で身を低く構え直す。
「……其の為に、世界を道連れにはさせられん」
 指の間をすり抜けて霞んでゆく記憶を、想い出を、今は留めることが叶わぬのならば。
 ――此の刃を以って、取り返すだけの事!
 上体を引き絞り、振り抜く刃は弧を描き。
 駆けぬけた衝撃に、泡が爆ぜ割れる。
 駆ける、駆ける。
 憶えている事ができぬのならば、此の身が覚えているがままに。
 親指の先へと唇を寄せると、指先を犬歯で裂き。溢れるは、落陽の空よりも紅い血。
「――伐斬鎧征、血符にて為さん」
 指先に挟んだ黒い符先を親指が撫ぜた、刹那。
 符へと焔が灯ったかと思えば、符は一瞬で燃え尽きる。
 その間も留まる事の無い足取りは、真っ直ぐに真っ直ぐに人魚へと向かい。
「……っ!」
 速く、鋭く。
 嵯泉が携えた刃を逆袈裟に振り抜けば、斬り祓われた人魚は強かに地へと落とされ、大きくその身を跳ねさせる。
「私は、――忘れる幸せなぞ欲しく無い」
 細く囁いた嵯泉は、すらりと刃の汚れを振り払いながら、地へと落ちた人魚へと更に距離を詰める。
 ……たとえ、其れがどれ程の痛苦であろうとも。
 其れはそこに、確かに『在った』という証しと成る。
 其の証しすら奪おうとするのならば、其の様な所業――赦せる筈も無いと。
 紅い紅い瞳の奥に、しかと灯る意思の色。
 人魚の鼻先へと刃先を突きつけると、琥珀の髪が風に揺れて。
「返して貰おうか。私の生きる世界を――、懐いた想いを」
 その刃は真っ直ぐに、人魚へと振り抜かれた。
成功 🔵🔵🔴

橙樹・千織
風鈴と…歌?
びいどろの音色の間に聞こえる歌
聴く者を捕らえるような声音
この境内に満ちる異様な空気は
何故か不安を煽る

人魚…
何かが、違う
自分が知っている人魚の歌と
何かが

“知っている”?
森に人魚はいない
私の知り合いに人魚は…いない?

全てを忘れる
本当にそれで幸せになれる?
この空虚感はその歌が原因でしょう?

ひとつ、ひとつ
大事なものが抜け落ちる

ねえ、返して
多分
きっと
大切なものだったの

やめて
甘ったるい耳障りなその歌を

…やめて
わたしを返して!!

大切なものまで忘れたらそれは辛いだけ
満たされず、不安に押しつぶされるだけ

縁が結ばれたままならば
一度離れようとまた逢える
貴女は彼女を縛り付け
輪廻の輪から外して
それで満足?


 やぐらに吊られた風鈴たちは、風にさんざめき。
 落陽に伸びる影は、昏く、長く。
 かすかに響く歌声は、遠く、甘く、響く。
 世界が終わってしまいそうな色の空。
 もう、この世界の命はこの境内にしか無いのかもしれない、なんて。
 ぞわぞわと腹の奥から不安を煽られるような、異様な雰囲気に肌が粟立つ。
「……――」
 歌声の先へと、千織は空を見上げた。
 血に濡れた人魚が、やぐらの上へと腰掛けて歌っている。
 ぞっと背に氷柱を差し込まれたかのような、違和感。
 何かが違う。
 自分の知っている、人魚の歌では無い。
 あれは、あれは――。
「……?」
 息を飲む。
 『知っている』訳が無いのだ。
 森には人魚なんて住んでは居ない。
 千織の知り合いに、人魚なんていないのだから。
 では、どうして知っている、なんて思ったのだろうか。
 響く、響く、歌声。
 一つ、一つ、零れ落ちる記憶のかけら。
 大切なものも、守りたいものも、消えたことが分かるけれど。
 それが何だったのか、思い出せない。
「ねえ、……その歌をやめて」
 血に濡れた人魚は、落陽の影を背負って。
 ただ甘やかに眦を下げた。
 眠って、忘れて、次に目覚める事もないのだから。
 千織はギリ、と奥歯を噛み締めて。
「やめて、……返して」
 全てを、忘れたことすら忘れてゆく。
 それで、それで本当に幸せになれるのだろうか。
 このぽっかりと空いてしまった穴を残したまま?
 ふるふると首を揺すった千織が、憶えていない記憶を探るように手を伸ばす。
 当然、やぐらの上へと手が届く訳も無い。
 だからこそ、――千織は駆け出した。
「ねえ、返して、それ、きっと、大切なものだったの。やめて、やめて、やめて!」
 その、甘ったるい耳障りなだけの歌を。
 その、私の知っている筈の歌とは違う、ただ甘ったるいだけの歌を。
「――わたしを、返して!」
 千織の声に呼応するかのように、椿の花弁が爆ぜて、燃えて。
 気づけば握りしめていた薙刀を大きく振るえば、やぐらが崩れ燃え落ちる。
 憶えていなくとも、覚えている。
 落陽の空よりも尚紅い焔が燃え上がり、地へと落ちてきた人魚はやっと千織を見る。
「まだ、覚えているからでしょう?」
「全て、すべて、忘れましょう?」
 人魚から漏れる声は一人だというのに、音は重なる。
 千織はもう一度首を横に降ると、橙色の瞳で彼女を睨めつけた。
「いいえ、大切なものまで忘れたらそれは辛いだけ」
 返して。
 それを、返して。
 ――決して満たされぬ、不安に押しつぶされてしまいそうな心を奮い立たせて。
 千織は薙刀を手に、大きく息を吸った。
「縁が結ばれたままならば、一度離れようとまた逢える。――貴女は、彼女を縛り付けている」
「いいえ、いいえ、私は、また、出会っただけ!」
「耳を貸してはなりません」
 人魚の言葉を制すように、人魚が語る。
 千織は椿の花弁めいた焔をゆうらり揺らして、尚も言葉を重ねる。
「聞きなさい、――貴女は彼女を輪廻の輪から外して、それで満足?」
 くっと息を呑んだ人魚が目を見開いて。
「……ッ!」
「……それで良いのですよ、一緒に在りましょう」
 人魚の言葉にもう一度否定重ねるかのように、かぶりを振った千織は朗と言った。
「本当は、――貴女も解っているのでしょう!?」
 薙刀を振り上げると、それを令として椿が燃え爆ぜ――。
成功 🔵🔵🔴