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ピグマリオンの毛布

#アリスラビリンス

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#アリスラビリンス


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●終わらない物語
 扉に辿り着いたとき、お友達はみんな祝福してくれた。
「おめでとう! ここまでいっぱい頑張ったもんね、リナちゃん! 本当に嬉しい……」
 ウサちゃんはとっても良い子だ。いつも笑顔で私のことを励まして、けれどすごく辛いときには、そっと寄り添って一緒に泣いてくれたりもして。くじけずに冒険できたのは、あなたのおかげだよ。
「ま、人食い連中に捕まらなかったのは御の字だな。リナは運が良かったんだろ」
 クマちゃんはこうやって憎まれ口ばかり叩くけど、心配してくれてるからこそだってちゃんとわかってる。ちょっと照れ屋さんなだけなんだ。見えないところで、ずっと私を守ってくれていたことも知ってるよ。
「すごーい! 生きててえらーい!」
 パンダちゃんは、……難しい言葉は喋れないみたいだけど、かわいい。

「うんっ、ありがとう! みんな、大好き、大好きだよ」
 まとめて、ぎゅむぎゅむ抱きしめる。
 きゃっきゃとはしゃぐ二人に挟まれて、ふてくされた顔のクマちゃんが特別愛らしい。……ここは今まで見た中でいちばん素敵な不思議の国だし、ぬいぐるみの友達もいっぱい居るみたい。私が元の世界に帰っても、みんな幸せに暮らせるといいな。
 物語は、続くんだ。
「これで、お別れだね」
「なんだ、その、達者でな」
「えらい!」
 大きく頷いて、扉に手をかけたその瞬間――。

『――あの人形なら、全部捨てたよ』

 ゆめが、さめる。

●価値観は人それぞれ
「その『お友達』の正体は、アリスが元の世界で大事にしていたぬいぐるみ――をモデルにした、幻みたいなものだった。たぶん、自分自身のユーベルコードで無意識に作り出してたんじゃないかな」
 ページをめくる。
「本物の彼らは、家族の手によって処分されてしまっている。そのことを思い出したら、……彼女は絶望のあまり現実世界を拒絶して、オウガへと変貌してしまったんだ」
 それでおしまい、と言うように、アルバム型のグリモアを閉じる。
 短い沈黙があった。何か一言付け加えようとして、溜息になりかけた呼吸を呑んで、臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は笑顔を作った。
「……コメントは控えておこう。何がどのくらい大事かなんて、人それぞれだもんね。――不思議の国がひとつ、『オウガのゆりかご』と化した。それだけは確かな事実だよ」

 アリスラビリンスにおいて、『自分の扉』に辿り着いたアリスは、元居た世界へと無事に帰ることができる。
 しかし、その帰還を拒む者も存在する。蘇った記憶が、本人にとって受け入れがたいものである場合は、特に。
 現実への絶望はアリスを蝕み、ついにはオウガへと変えてしまう。そうなれば扉の存在した『不思議の国』も、新たなオウガを次々と生み出す『絶望の国』へと姿を変える。……通称、『オウガのゆりかご』だ。
 この段階まで来てしまっては手遅れである。かつてアリスであったオウガを殺し、世界ごと破壊する以外の手立ては最早残されていない。

「ありきたりな表現だけど。ぬいぐるみが、唯一の心の拠り所……みたいなものだったんだとは思う。だけど、『どうしてそうなったのか』までは、予知から読み取れなかった」
 オウガを生み出す源は、アリス自身の絶望だ。
 その絶望を和らげることができれば、オウガの個体数を減らし、周辺の不思議の国に被害が及ぶのを防ぐことができる――筈なのだが。現状は、手札不足と言わざるを得ないだろう。
「元住人のぬいぐるみたちも、今はオウガの影響下にあるんだ。アリスを守ろうとして襲い掛かってくるみたいなんだけど、……つまりは、アリスについて何か知ってるんじゃないかな」
 猟兵の力をもってすれば排除するのは簡単だ。しかし接し方によっては、有用な情報が得られるかもしれない。
「気を付けて」
 転移の光がきみたちを包む。
「――他人の心を覗くのは、相応の覚悟が要るものだから」


八月一日正午
 お久しぶりのほずみしょーごです。
 みなさん、お人形遊びは好きですか? ということで、今回はアリスラビリンスからお届けします。
 作戦内容が作戦内容ですので、いわゆる後味の悪いお話になる可能性は高めです。しかし、そこは猟兵のみなさま次第かと。

 各章、状況説明の無人リプレイを冒頭に挟みます。その投稿がプレイング募集開始の合図になります。
 詳しい執筆可能期間についてはMSページでおしらせするので、チェックしていただけるとさいわいです。

●1章
 ぬいぐるみたちの妨害を潜り抜け、オウガの待ち受ける「絶望の扉」を目指す【冒険】です。
 彼らは不思議の国の住民の成れの果てで、猟兵たちを「リナちゃんをいじめるやつ」と認識して襲い掛かってきます。
 接し方次第では、2章での説得に使える情報を引き出せるかも。

●2章
 オウガへと変貌してしまった「リナちゃん」との【ボス戦】です。
 元に戻してあげることはできないので、もはや殺すしかありません。しかし、その過程で彼女の「絶望」を和らげることができたかどうかが、3章の敵勢力に影響します。

●3章
 崩壊する絶望の国の中で、溢れ出るオウガの群れに対処する【集団戦】です。
 2章でアリスの「絶望」を和らげられていない場合、(たとえシステム上は成功だとしても)敵数が多すぎて大半を逃す結果に終わってしまいます。ご注意ください。
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第1章 冒険 『オウガのコレクションルーム』

POW   :    部屋に潜む罠や敵を真っ向から迎撃しつつ進む

SPD   :    部屋に潜む罠や敵を華麗に回避しつつ進む

WIZ   :    部屋に潜む罠や敵を見つけ出し対処しつつ進む

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●それはワンダーランド
「むむむ、人間だ……! てことはリナちゃんをいじめるやつだね!」
 ウサちゃんは、転移してきた猟兵たちを見つけるやいなや気合十分。腕をぶんぶん振り回し、身体いっぱいで威嚇する。
「よく見ろって。人間っぽくないやつらもいるぞ?」
 対するクマちゃんは冷静だ。すぐには動かず、来訪者をつぶさに観察してみせる。
「みんなちがって! みんないい!」
 パンダちゃんはくるくる回っている。

 ……そんな掛け合いを見た君たちは、自分がお人形にでもなったかのような気分を味わうことだろう。
 なにせ彼らの身の丈は、人間の大人の数倍を下らない。
 よく喋る三匹のみならず、悠に百を超える巨大なぬいぐるみの群れが、少女の寝室を思わせる薄暗い空間を埋め尽くしていた。
 目に映る、あらゆる縮尺が狂っている。部屋の中心に置かれたベッドは見上げるほどの切り立つ崖だ。パステルカラーの天蓋布は、その名の通り、手の届かない雲のように高く横たわっている。
 はたして君たちが小さいのか。
 それとも君たち以外の全てが大きいのか。
 物差しの存在しない『絶望の国』で、その議論には意味がなかった。

「えっ、人間じゃないのはどうすればいいの」
「ここじゃ見た目はアテにならん。どうせ人間の仲間だろ。潰すぞ」
「すごい!」
 後先を考えないのなら、やるべきことはごく単純だ。彼らの妨害を退けて、『アリス』――であった『オウガ』の元へ辿り着けばよい。
「たしかに! ……リナちゃんは今おねむなの、帰って!」
「起きちまう前に片付けるか」
「おふとん出てえらい!」
 彼女はおそらく、ベッドの上だ。
アン・カルド
…確かまわりの縮尺が狂って見える病があったね、今ならその病人の気持ちがわかる。
まぁ、その病人でもぬいぐるみが喋って動きだすのは見たことないだろうけど。

ああ、潰さないでほしい。
僕はリナちゃんに新しいぬいぐるみを持ってきたぬいぐるみ業者だよ。
そんな可愛い目で見られても事実だからしょうがない、ほら…【ライブラの愉快話・縫包】、ね?
いつも大きいのだとリナちゃんも飽きるからね、だから僕が呼ばれたわけ。

それでさぁ、ちょっと君たちに相談があるんだ…リナちゃんについての話を聞きたくて。
好みとか苦手な物とかわかればもっといいぬいぐるみが流せると思うんだが…君たちもリナちゃんに喜んでほしいだろう?
頼むよ。



●診断
「……確か、まわりの縮尺が狂って見える病があったね」
 今ならその病人の気持ちがわかる――と、アン・カルド(銀の魔術師、或いは銀枠の魔術師・f25409)は昏い瞳で笑みを浮かべた。おぼろな記憶が正しければ、この迷宮の世界とよく似た病名だったはず。
「まぁ、その病人でも、ぬいぐるみが喋って動きだすのは見たことないだろうけど」
 それはおそらく、また別の名の病だった。
 だとしたら。これじゃあまるで、僕が両方患っているみたいじゃないか。

「おくすり飲めてえらい!」
 唐突な明るい声に顔をあげると、巨大なりに可愛らしいパンダちゃんがこちらを覗き込んでいた。……この子は、他のぬいぐるみに比べて敵意が薄い気はするのだけれど。
「おくすり?」
「すごい!」
 いかんせん、全く会話にならない。
 強行突破を試みるような性質ではないアンとしては、おしゃべりの通じる相手こそが『作戦』のために必要なのだ。
「見て! 人間に羽が生えてる!」
「飛ぶかもしれんな。潰すか?」
「ああ、君たちのようなね。……飛ばないよ、潰さないでほしい」
 ちょうどこちらに気付いたウサちゃんとクマちゃんの二匹に、身振り手振りで敵意のなさをアピールする。

 というわけで、自己紹介から掴んでいく。
「僕はリナちゃんに新しいぬいぐるみを持ってきたぬいぐるみ業者だよ」
「ぬいぐるみ業者……」
「ぬいぐるみ……業者……?」
 プラスチックと刺繍で出来た彼らの顔に表情はないが、オウム返しの声色からしてまだ訝しまれているようだ。
「そんな可愛い目で見られても事実だからしょうがない、ほら……」
 痩せた指先が魔導書を撫ぜる。
 その動きにぬいぐるみたちは一瞬身構えて、しかし、すぐに害はないと知ることになる――あたり一面に降り注いだのは攻撃ではなく、彼らと同じ大量のぬいぐるみだったからだ。
 術者であるアンに合わせて相対的にミニサイズだが、ふわもこ具合は負けず劣らず。
 ちゃんと手足を動かして、先輩たちに挨拶もしてみせる。
「ね?」
 魔導書『銀枠のライブラ』より、『愉快話・縫包』。まさにこの任務にお誂え向きの、アン曰くそれなりに女の子らしい一章であった。
「わ、ちっちゃなぼくたちだ……!」
「すごい!」
「だろう? いつも大きいのだとリナちゃんも飽きるからね、だから僕が呼ばれたわけ」
 わりあい素直な二匹については簡単に懐柔できそうだ。……が、残りの一匹は様子が違う。クマちゃんはアンのぬいぐるみたちを静かに眺めて、ゆっくりと、首をもたげて。
「そいつら、お前が造ったのか?」
「ふむ……?」
 妙なところを気にするのだな、とアンは思案する。この質問に対する返答はおそらく重要だ。御託を並べて更なる情報を引き出すか、誠実な態度を示してみせるのか。
「……そうとも言えるし、そうではないとも言える。切ったり縫ったりして『造った』わけではないかな」
「ふうん」
 不興は、買わずに済んだらしい。

「それでさぁ、ちょっと君たちに相談があるんだ……」
「なあに?」
「リナちゃんについての話を聞きたくて。好みとか苦手な物とかわかれば、もっといいぬいぐるみが流せると思うんだが……」
 顔を見合わせるぬいぐるみたちに、殺し文句でもう一押し。
「君たちも、リナちゃんに喜んでほしいだろう?」
 頼むよ、と付け加えれば、彼らはそれぞれのタイミングでひとつずつ頷いた。
「リナちゃん、ぬいぐるみなら何でも好きだよね?」
「ヘビでもカエルでもお構いなしだな」
「なかよし!」
「……でも、ぼくたちは特別だもんね!」
「少なくとも、そいつらじゃあ代わりになんねえな」
「おんりーわん!」
 めいめいの意見を述べる彼らを、アンは改めて観察してみる。……色も形も様々なぬいぐるみたちの共通点を、彼女は既にひとつ見出していた。特別、という言葉の意味も、今なら尋ねなくともわかる。
 先程のクマちゃんの言葉がなければ思い至らなかっただろう。よくよく注意しなければわからない程ではあるけれど――彼らの縫い目や飾りの配置は、ほんの少しずつ不揃いだった。
 リナの『お友達』は、すべてが手作りの品なのだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

鵜飼・章
人間…人間ね
リナちゃんをいじめたのは僕達人間なんだね
それについてはごめんよと謝っておく
僕には無関係だとしてもそうするのが筋だ

僕は鵜飼章っていうよ
リナちゃんはお休み中なのかな
わかった、僕も静かにするからきみたちも静かにしようか
リナちゃんは疲れちゃってるのかな
ゆっくり寝かせてあげたいね

彼らが人を憎んでいるなら
彼らの思う『人間らしさ』を僕から消去する
外見的な問題ではないようだね
話を聞きながら【コミュ力/読心術】でどんな所に敵対心を感じているのか読み取り
UC【バベルの塔】を発動
該当の人間性を削除してウサちゃん達の仲間に入るよ
鵜飼章にはそれが可能だ

リナちゃんは生きてて偉い
本当にね
…彼女のところに戻ろうか


安喰・八束
何もかもでかいとなりゃ、隠れ潜むのは楽かと思ったが
あらゆる玩具に目があるとなりゃ、こりゃあ骨だ。

「静かに、りなちゃんが起きちまうだろ?」
「こう見えて俺は…古い絵本の中から来た」
相手はどうやら幼子の判断力。
…うまいこと「狂言」で誘導出来んかね。
「またもう一度寝顔が見たいんだ。あの上まで連れてって貰えんか?」

「昔は寝る前に、よく桜咲かせたりおにぎり転がさせて貰ったんだが、もう忘れられたか…」
「それとも俺は捨てられたのか。
お前さんたち無事だったかい?」(情報収集)

もしうまいこと行かなけりゃ、ぬいぐるみに紛れて逃げ、改めてこっそりベッドに登るしかねえか(目立たない)
…子供の寄す処を壊すのは好かねえよ。



●大人は嘘つき
「人間、……人間ね」
 そう呼ばれるのは慣れている。
「リナちゃんをいじめたのは、僕達人間なんだね」
 鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)はその前提に異論を唱えない。たとえ無関係な過去だとしても、ここは彼らの寝室だ。自分がどう考えるかではなく、相手がどう感じるかを基準とするのが筋だろう。
「――ごめんよ」
「むむ……」
 単刀直入な謝罪に、ウサちゃんの声色が揺れている。
 憎しみに、敵対心。戸惑いや期待とまとめて現状半信半疑といったところか。下手に笑顔を作ってみせる生き物よりも、この子のほうがずっと心を読みやすい。
「ほ、ほんとに悪いと思ってるなら……土下座だよ! 土下座!」
「うん」
「ええっ!? ちょっとは嫌がって!?」
「ウサちゃん何やってんだようるせえよ」
 横から顔を出したもうひとりにも、笑顔を作って挨拶をする。
「クマちゃんも、こんばんは。僕は鵜飼章っていうよ」
 その三文字で、本当は十分なはずなのにね。

「ねえクマちゃん……この人なに? ウソついてると思う?」
 虚言。
「知らん。最初は謝っといて、結局最後はリナが悪いって言うんじゃねえの」
 善悪。
 交わされる言葉の端々から、彼らの思う『人間らしさ』の定義が読み取れる。
 ならば対応は簡単だった。――世界地図から国境を消していくような気軽さで、該当の人間性を思考回路から削除していく。鵜飼章にはそれが可能だ。だって地球に、元々そんな線など存在しないのだから。
「リナちゃんはお休み中なのかな」
 早寝早起きの良し悪しなんて忘れてしまえば、僕らはきっと仲間になれる。
「そうだよ! だから邪魔しないで!!」
「起こしたら潰すからな」
「わかった、――僕も静かにするから、きみたちも静かにしようか」
 ウサちゃんはぐぬぬと言葉に詰まり、クマちゃんはそれ見た事かと言わんばかりに隣を睨んでいる。こうしてゆっくり話してみれば、ちゃんと個性が分けられているのはなかなか面白い。
「リナちゃんは疲れちゃってるのかな? ゆっくり寝かせてあげたいね」
「……そういう甘いことばっかり言う、」
「顔のいい男は信用できねえ」
「えぇ……?」
 外見的な問題ではないと思ったのに。
 仕方ないから、それも消去してみるか。

「――生きててえらい!」
「うわ」
 一方その頃。安喰・八束(銃声は遠く・f18885)は、隠れ鬼の努力を投げ捨てつつあるところであった。
 白黒の猫みたいなのに見つかったので、咄嗟にその脚の間を駆け抜けて逃げる。……周りの何もかもが馬鹿でかいときたものだから、身を潜めるのはむしろ楽かと思ったのだが。
 現実はそう甘くなかった。何せ、あらゆる遮蔽が草木ではなく玩具なのだ。ひとつひとつに目と耳があり、その上動き回って騒ぎ立てる。野山を往くには欠かせない編笠も、此処では悪目立ちするばかり。
「こりゃあ、骨だ」
 そもそも『生きているのが偉い』とは一体全体如何なる了見か。こうやって追いかけ回されながら言われるのでは、称賛というより脅迫である。
 狩られる側に回って仕舞うと分が悪い。
 咳払いをひとつ床に落として、八束は一芝居を打つ腹を括るのだった。

「――なあ、お前さんら」
 とりあえず“古女房”を背に掛けて、話の通じそうな奴へ向かって武器を持たない両手を示す。
「む! 人間!」
「潰すか?」
「こんばんは」
 兎と、熊と、……男なんだか女なんだか、大人なんだか子供なんだか判然としない鵜飼章がそこにいた。何やら完全に馴染んでいるが、この手の埒外について深く考えるのは止めておく。
「静かに、――りなちゃんが起きちまうだろ?」
 逃げも隠れもできないなら、いっそ懐に飛び込んでやれ、という心積もりは此方も同じ。
「こう見えて俺は……古い絵本の中から来た」
「絵本……?」
 この世界の御伽噺の中では、銃を一本携えた猟師は定番の役者であるらしい。
 見たところ、玩具連中の判断力はどうやら幼子並みだ。りなという娘の見ている無邪気な夢から生まれた代物なのだろう。……であれば、同じ子供の慰み同士で仲間ということにはならないか。
「昔は寝る前に、よく桜咲かせたりおにぎり転がさせて貰ったんだが、もう忘れられたか……」
「えっ、えっ、クマちゃんどう思う?」
「いやわからん……いい年したオッサンがこんな嘘吐くか……?」
「それとも俺は捨てられたのか」
 堂々と話を進めてしまえば、案外押し切れるものである。手応えの有無を気に病むよりは、勢い任せで核心まで。
「なあ、――お前さんたち、無事だったかい?」
 本物の彼らがとても『無事』とは言えないことを、承知の上での問いだった。
 兎と熊ははたりと言い争うのを止めて、……『そう』とも『違う』とも答えずに、ただ俯いて首を横に振る。

 ……追いかけ回されることは無くなったが、八束の胸にはつっかえるものが残される。
 あの崖のような寝床の上の姫様は、大事な玩具を奪われたことを受け入れられなかったのだと聞く。だからこそ、無事ではないとも認められないし、大丈夫だと言って笑えもしない。このままでは、永遠にどっちつかずか。
 狂言で騙しておいて白々しいが、惨い話もあるものだ。
「……子供の寄す処を壊すのは、好かねえよ」
「そうだと思う?」
 いきなり誰かと思えば、最早居るんだか居ないんだかも判然としない誰かさんの声だった。描写された内容が全てとは限らない。ここまでの行間、鵜飼章はずっと大人しくなったパンダちゃんと遊んでいたのである。
「えらい!」
「うん、リナちゃんは生きてて偉い。――本当にね」
 八束には理解しがたいやりとりをして、ふたりも遠くベッドの上を見る。
「……彼女のところに、戻ろうか」
「ああ、またもう一度寝顔が見たいんだ。あの上まで連れてって貰えんか?」
 駄目で元々、と尋ねてみれば、パンダちゃんはくるりと回ってみせて。
「きょうもいちにち、おつかれさまっ!」
 意味のない言葉を返すのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

日輪・黒玉
守田・緋姫子さんと行動

オウガとなったアリス、ですか……思うところはありますが、こうなっては人に危害を加える前に狩るのが誇り高き人狼の務めでしょう
お付き合い致しますよ、緋姫子さん

夏報さんからリナさんの姿や特徴を伺い、リナさんに扮してぬいぐるみたちをやり過ごすと致しましょう
………このような服装はあまり私には合わないとは思うのですが
緋姫子さんのぬいぐるみ姿には何故パンダなどとは思いつつ、着替えるのをお手伝いいたします

緋姫子さんと手をつないではぐれないようにしながら、ぬいぐるみたちを誤魔化しつつ、先へと進んでいきます
道中でぬいぐるみたちから思い出を話すような体でリナさんのことを聞いていきたいですね


守田・緋姫子
日輪・黒玉と行動

元アリスのオウガか......。オウガになってしまった以上、もはや救う手立てはない。悪いが黒玉、付き合ってもらうぞ。

私は【嘘か真か】を使い、パンダの着ぐるみを作ろう。中に入ってパンダのぬいぐるみのフリをする。
 フッ。市販の着ぐるみは大人用サイズだが、手作りなら私の身長でも違和感はないだろう(なぜかドヤ顔)
......黒玉、悪いがチャックを閉めてくれ。自分では閉められん......。

偽リナの黒玉と共にオウガの人となりを探りつつ、先に進むぞ。

しかし、着ぐるみってけっこう暑いんだな......。視界も狭いし......。
(転ばないように黒玉の手をしっかり握る)



●みをかくすにはわたのなか
 オウガとなったアリス。
 元アリスのオウガ。
 ふたつの言葉をどちらの順書で並べても、さしたる違いはないのだろうけど。

「オウガになってしまった以上、もはや救う手立てはない」
 教科書にそう書かれているのを読むように、そうやって、自分に言い聞かせるように。守田・緋姫子(電子の海より彷徨い出でし怨霊・f15154)は今回の作戦内容を確認する。
 白かったはずのワンピースを生々しく染める赤茶の血痕、およそ生者のものとは言えない青白い肌――彼らと同じく過去から這い出た怪物であるこの自分が、同類を『救えない』と断じるのはきっと矛盾している。ともすれば、気弱な自分が顔を出しそうにもなるけれど。
「ええ。……思うところはありますが、こうなっては人に危害を加える前に狩るのが誇り高き人狼の務めでしょう」
 隣でベッドの上を見据える、日輪・黒玉(日輪の子・f03556)の瞳は凛と透き通っている。ぴんと立てられた獣の耳が、言葉に耳を澄ましてくれる。そのまっすぐな使命感が、繋いだ手のひらを通して染みこむようだった。
 ……大事な相棒に、情けないところはなるべく見せたくない。たとえ見栄っ張りであろうとも、一緒にいれば強くなれる。
「悪いが黒玉、付き合ってもらうぞ」
「お付き合い致しますよ、緋姫子さん」

 ……そんなふたりの少女たちの、肝心の作戦内容はというと。
「じゃじゃーんだ!」
 着ぐるみであった。
 嘘か真か、緋姫子手ずから家庭科室で夜なべをして作ったパンダの着ぐるみであった。例によって造りは荒いが、先行した猟兵の情報によると、この国のぬいぐるみたちも全て手作り品であるらしい。結果オーライ。
 この中に入りさえすればホラーゲームじみた外見だって誤魔化せるし、どこからどう見ても立派な彼らの仲間であろう。非常に大胆、もとい完璧な作戦である。
「フッ……。市販の着ぐるみは大人用サイズだが、手作りなら私の身長でも違和感はないだろう」
 そして、なぜかドヤ顔であった。
 得意げに胸を張ってみせる緋姫子の姿は、自分の身体を大きく見せようとする小動物に似ていなくもない。

「私のほうは、これで大丈夫でしょうか」
 対する黒玉の用意した変装は、この世界に喚ばれた『アリス』が身に着けているという独特の衣装――予知で視た『リナちゃん』を模したエプロンドレスだ。幸いなことにグリモア猟兵の夏報さんは念写能力者で、頼んでみれば快く資料を用意してくれた。髪型もちゃんと合わせて、覚えたてのコスメも駆使して、全体的な雰囲気を彼女に寄せている。
「……このような服装は、あまり私には似合わないと思うのですが」
 ふわりと広がるスカートを慣れない手つきで摘んでみせる。薄く重なった布地が揺れる感覚に、爪先がほんの少しもぞついた。
「似合う、似合……うっ。あとは喋り方、だ、な」
「ええと、……うん! がんばる! 私がリナだよ! という感じですよね」
「そうそうその感――ぐ、ぐぐぐぐ」
「緋姫子……、さん?」
 服の裾から視線を戻せば、そこには背中の割れたイモムシのように奇怪にのたうつパンダの姿が。
「……黒玉、悪いがチャックを閉めてくれ。自分では閉められん……」
「そもそも何故パンダ」
 パンダの背後霊仲間でもいるのだろうか、などと疑問に思いつつ、着替えをお手伝いしてやる黒玉だった。

 走る。
 走る。
「リナちゃんだー!」
「リナちゃんってこんなだっけ?」
「どうだっけ? なつかしー」
 ……そして結論から言えば、ぬいぐるみの群れは割と簡単に騙されてくれた。
 できるかぎり止まらず走り続けているのも、功を奏しているのだろう。面と向かって話し込んだり、親玉らしい三体と遭遇すれば、変装はあっけなくバレてしまうのかもしれない。逆に言えば、その辺りにさえ気を付けておけば、ベッドまでは難なく辿り着けそうだ。
 キリンさん、ゾウさん、ネコさんといった面々の合間を縫って、手を振られたら振り返す程度の挨拶で誤魔化して、ふたりは絶望の国を駆け抜けていく。
「――しかし、着ぐるみってけっこう暑いんだな……。視界も狭いし……」
「しっ」
 人差し指を唇に当てて緋姫子の弱音をたしなめつつも、もう片方の手はしっかりと握る。はぐれないように。転ばないように。決して離さないように。
 偽リナちゃんに手を引かれ、よたよたと走るパンダにも、ぬいぐるみたちは興味津々だった。
「ね、その子だれー?」
「お友達ー?」
「新しい子造ったの?」
 ……ここは話を合わせろ、と、着ぐるみ越しのアイコンタクト。
 黒玉は小さく頷いて、『リナちゃん』の口調を思い起こす。
「うん、新作のパンダのぬいぐるみだよ! 可愛いでしょ?」
「なんかいつもより下手ー!」
「ディスられた気がするぞ」
「しっ」
 冷や冷やするような綱渡りだが、こうして思い出話に興じるからこそ得られる推論もある。……今度は慎重に声量を落として、緋姫子は黒玉に囁きかけた。
「このぬいぐるみたちも――全部、『リナちゃん』が造ったのか?」
「おそらく」
 今この『絶望の国』にひしめいているぬいぐるみたちは、オウガによって変質させられた住民たちの成れの果てだ。しかしここまで見てきたところ、ひとつひとつ形が違う。その全てに、あの三体と同じようにモデルになった『本物』があるかもしれないと想像してみるとどうだろう。
「え、……こんなにか?」
 その数は、悠に百体を超えるというのに。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

雲母坂・絢瀬
基本お任せのアドリブ大歓迎でお願いするんよ。

ややおっとりめ、マイペース系関西弁女子ね。
臨機応変な柔軟さがモットーなんよ。

出来ることは絶望を和らげる事だけなんは、なんや切ないわ。

倒すんが目的やない、ぬいぐるみと敵対せんよう切り抜けてみよか。

抜刀せずに罠やぬいぐるみは【第六感】と【見切り】で、ひらりひらりとかわしつつ先に進むわ。
ぬいぐるみに当たりそうになっても、優しゅう触れて左右にそっと捌く感じ。
敵意がない言うんが伝わるとええんやけど。

進みながら、ぬいぐるみに話しかけてみよかな。
元の世界のぬいぐるみが彼女にとってどんな存在やったんか。なんで捨てられてもうたんか。

彼女の痛みが少しでも分かるとええな。


エドガー・ブライトマン
ええ?私が誰かをいじめたりするように見えるかい?
見ての通り、王子様だよ
ほうらご覧。このマントなんて特に……

いいや、キミらには私がそんなヤツに見えるのかな
価値観って、ものの見方ってそれぞれだ

オスカーの目を借りよう
攻撃のくる方向や、攻撃が及ばない位置が解りやすくなるハズさ

ねえ、ぬいぐるみの諸君
そんなに手荒に歓迎しないでくれたまえ
私はただの人間じゃない。王子様だよ
すこし話をしよう

どうしてキミらはそこまでリナ君を守るんだい
もしかして長い付き合いだったりする?

《早業》で攻撃を避け、会話を試みながらベッドの方へ

そんなに私を追い払おうとするんだもの
キミらはリナ君が大切だし、リナ君もキミらを大切にしたんだね



●痛くない、痛くない
 無塵流の剣術は、敵を討つためのもの。
 カフェのバイトで身につけた笑顔は、お客様に心地よく過ごしてもらうためのもの。
「リナちゃんをいじめるなー!」
「出てけー!」
「――っ、と」
 振り下ろされるぬいぐるみの腕をかわして、雲母坂・絢瀬(花散る刃・f23235)は体勢を整え直す。低く沈めて、呼吸をひとつ。
 いくら布地と綿でできた身体とはいっても、数倍以上の身の丈から繰り出される攻撃となるとなかなか重い。足元に仕掛けられている罠も、安全ピンや針を組み合わせた地味に危険な代物だ。
「えぐいんよね、意外と」
 剣は抜かない。かといって、笑顔を浮かべてみせるにはもうちょっと余裕が足りない。そして、彼らにとって――『リナちゃん』にとって必要なのは、剣でも笑顔でもないのだろう。
 そのふたつの真ん中あたりに、ちょうどいい言葉が見つかったとしても。今の絢瀬に出来るのは、死にゆく者の絶望を和らげる事だけだ。
「――なんや、切ないわ」
 倒すのが目的ではない。
 たとえこの先の戦いで、彼らの『リナちゃん』を斬ることになるのだとしても、それは手段であって目的ではない。
 だったらせめて、ぬいぐるみたちとは敵対せずに切り抜けてみよう。真っ正面からぶつかるよりは――。

「ええ? 私が誰かをいじめたりするように見えるかい?」
 部屋の薄暗がりに、抜けるような明るい声がする。
「見ての通り、王子様だよ」
「ウソっぽすぎる!」
 ついっと視線を滑らせると、舞台衣装のようなものを着こんだ少年が真正面から微笑みを振りまいているところであった。大将格であろうウサちゃんクマちゃんに堂々と向き合って、ウサちゃんパンチをすんでのところで避けている。
「ウソじゃあないさ、ほうらご覧。このマントなんて特に……」
「そういう問題じゃねーよ!」
 クマちゃんパンチも追加された。
 なんや強い人おるなあ、と、絢瀬は素直に感心する。真の強さは心に宿るものだというが、案外ああいうことを指しているのかもしれない。マントの問題じゃないのは確かだけれど。……ともあれ、ぬいぐるみたちの視線は彼に集まっている様子。
「ん、お先にな」
 聴こえないくらいの声援を送って、生まれた隙を駆け抜ける。

 先述しての通り、エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)は王子様だ。
 王となるために生まれ、育ち、たゆまぬ努力を重ねる者だ。それは彼自身にとっては、どこまでも自明のことであるのだけれど。
「――いいや、キミらには、私がそんなヤツに見えるのかな」
 相手の立場に立つことだって忘れない。
 価値観って、ものの見方って、それぞれだ。……それを知るためにこそ、エドガーは旅をするのだから。

 そして、もちろんこの状況に対して全くの無策である訳でもない。
 こうしている間にも、親友が『目』を貸してくれている。戦場を翔ぶ一羽のツバメ――オスカーは、いつだってエドガーの頼れる味方だ。
 まどろむような寝室の、全体の景色を見渡す感覚。ぬいぐるみたちの身動きを大きな波として読めば、攻撃のくる方向。及ばない位置も解りやすい。
 特に今、ぬいるぐみたちの隊列にはくっきりとした乱れがある。……先程小さく声を掛けてくれたあの少女が、駆け抜けていった足跡だろう。
「少し、無礼をするよ」
「あっ」
「待てって!」
 ウサちゃんとクマちゃんのちょうど間をすり抜けて、エドガーは示された道筋へ飛び込んでいく。持ちつ持たれつ、今度はこちらが乗らせてもらおう。
「ねえ、ぬいぐるみの諸君。……そんなに手荒に歓迎しないでくれたまえ」
 蒼いマントがたなびいて、金糸の刺繍が薄闇のなかで輝いて。
「私はただの人間じゃない。王子様だよ」
「だから意味わかんないんだってば!」
「そういうこと言う顔のいい男は大体ダメだ」
「手厳しいなあ」
 ……これから私は逃げるけど、ほんとうの意味で逃げ出そうとは思っていないから。
「ねえ、すこし話をしよう」
 できれば、追いかけてきてほしい。

 ――先行する絢瀬は、蝶の舞うような身のこなしで、ひらりひらりとベッドを目指す。
 攻撃をしないだけではなく、身体がなるべく当たらないように。どうしても通せんぼする子とぶつかってしまいそうなときは、優しく、そっと、左右に開くように。
 やってみれば、これも身体に染み付いた剣術の動きの応用だった。絢瀬の持てるもの、精一杯。敵意はないという気持ちが、ほんの少しでも伝われば。
「お話、したいなあ」
 元の世界のぬいぐるみたちが、『リナちゃん』にとってどんな存在だったのか。どうして捨てられてしまったのか。
「あのな、」
 起こってしまった悲しいことについて聞くのはとても残酷だ。慎重になって、言葉を選ぼうとしていると。
「――どうしてキミらは、そこまでリナ君を守るんだい」
 さっきの王子様の声が追ってきた。振り返って見てみれば、ウサちゃんとクマちゃんを後ろに伴っている。多少の攻撃は受け流しながら進む彼の姿は、馬鹿正直なくらいに真っ直ぐだ。
「もしかして、長い付き合いだったりする?」
「そうだよ!」
 ぬいぐるみに表情はないけれど。
「リナちゃんが造ってくれてから、ずうっと一緒だったもん! ――人間なんかより、ずうっと!」
 泣きそうな声だ、と絢瀬は思う。

 ウサちゃんの渾身のパンチを避けて、王子様は絢瀬の隣に舞い降りる。さりげなく背中に庇ってもくれる。
「そんなに私を追い払おうとするんだもの」
 ぬいぐるみたちへと向き直って。
「キミらはリナ君が大切だし、リナ君もキミらを大切にしたんだね」
「……痛い、な」
「痛い?」
「うん」
 胸の内から零れる感覚を、素直に言葉にすればそうなった。絢瀬にだって宝物はある。大人になったら卒業しなくちゃならないものを、引き出しにそっと仕舞っておいたりする。詳しい話を聞くよりも、自分に当てはめた想像が、真実として突き刺さるような心地がして。
「それは、きっと、痛いと思うんよ」
「――そうか」
 王子様は、ちょっとだけ困ったような微笑みを絢瀬に向けた。
「その痛みは、私より、キミのほうがよく解るのだろうね」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

春霞・遙
家族の手によって大切なものを失ったことを拒絶して逃げ込んだ世界、ねぇ。家族よりも大切なぬいぐるみ。さて、どのような由縁があってそうなってしまったのでしょうね。
閉じてしまったアリスの心だけでも救うためにも知っていることを教えてください。

猟兵のいないところに【影の追跡者】を仕向けてぬいぐるみたちの動向を探ります。会話でもしていればそれに「聞き耳」を立てましょう。
あとで大切なぬいぐるみたちがどんな姿をしていたのかわかるようにその姿も覚えておこうと思います。



●描いたかたち
 ほんのりと紫の薄い闇。
 淡い色彩の家具の数々に、お姫様が眠るみたいなベッド。床をいっぱいに埋め尽くす。色とりどりのぬいぐるみ。
「これが……」
 家族の手によって、大切なものを失った――その現実を拒絶した末に、彼女が逃げ込んだ世界。
「家族よりも大切なぬいぐるみ、ね」
 人と人とのつながりは、その最たるものである家族は、あたたかいものであるべきだ。……そうやって思い描いた理想が常に叶うわけではないことを、春霞・遙(子供のお医者さん・f09880)はよく知っている。
「さて、どのような由縁があってそうなってしまったのでしょうね」
 そういう子供だって、嫌という程見てきたのだ。事例を思い返すことも、そこから何かを想像することも容易にできる。……けれど、まずは、患者本人と向き合わなくては。
 目を逸らして救える命はない。
 もっとも今回救えるのは、閉じてしまった『アリス』の心だけ。
「だとしても、そのためにも、――知っていることを、教えてください」

 遙の真剣な視線の先で、パンダちゃんが万歳のポーズをする。
「いっぱいねて、えらい!」
「……ううん……」
 目の前のこの子に関しては、言語コミュニケーションを試みるのは無理そうだった。というか、いくつかの台詞のパターンをひたすら繰り返しているだけのように思える。
「ちゃんとたべて、えらい!」
 その代わり、と言っていいのだろうか。他の子たちと比べるとあまり敵意を感じない。遙へと伸ばされてくる手の動きも、攻撃というよりは遊んでほしくてじゃれついてくる子猫のようだ。もちろんぶつかれば痛いだろうけど、UDC仕込みの基礎体術で難なく躱すことができる。
 これじゃあまるで。
 ……言葉を覚えたての、子供みたいな。
 どちらにせよ――『陽動』としては、これで好都合なのは確かだった。そう、遙の本命は他にある。

 ――ねえ、この人たちなに?
 ――またリナちゃんをいじめるのかな。

 さやさやと囁き合う声が、遙の意識に届いてくる。……張り巡らされた『影』を介して伝わってくる聞き耳だ。
 猟兵という部外者を相手にした時点で、ぬいぐるみたちは身構えてしまうだろうから。狙うのは、他の猟兵たちがいない空白地帯で行われている会話である。

 ――いい人もいるみたいだよ?
 ――ダメだよ、リナちゃん寝かせてあげなくちゃ。
 ――何にもしたくないって言ってたもん。

 生きててえらい、寝て食べるだけでもえらい、パンダちゃんはそんなことを言っていたっけ。

 ――外の人たちはいじめるし。
 ――家の中にはトモキがいるし。
 ――どうせこの人たちも同じだよ……。

「……『トモキ』?」
 初めて耳にした言葉が、つい口をついて出てしまう。
 それが家族の名前だろうか。たとえば、彼女の大事なぬいぐるみを捨てたという――だとしたら、彼らが敵視しているのもわかる。けれど、なんだろう、この、根本的な違和感は。
「家族を名前で呼ぶ場合って、」
 視線をあげると、パンダちゃんと目があった。
 さっきまで無邪気に遊び回っていたのが嘘のように、じいっとこちらを見つめている。あまりに動かないものだから、遙もついまじまじと見つめ返してしまう。ふわふわ手触りの良さそうな、でも、ちょっとだけ黄色くなったタオル生地。
 ……彼女の大切なぬいぐるみの姿を、記憶に留めておこうと思って。他のぬいぐるみの姿もできるかぎりは観察してきた。そういえば、この子だけ目鼻が刺繍で描かれている。小さい子供用のお人形では、誤食防止でプラスチックのパーツを避けるのだっけ。
「あなたは、……『トモキ』を知ってるの?」
 言葉で聞いても、返事はなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カイム・クローバー
おいおい、話も聞かずにいきなり攻撃とはご挨拶だな。
自己紹介ぐらい…(溜息)そんな余裕も無さそうだ。

【残像】と【見切り】を駆使して、ひたすら攻撃を躱す。躱し続ける。こっちとしちゃ、情報収集も兼ねてる。力尽くで焼き払うのは簡単だが、それじゃあ意味がないんでね。
攻撃が止まないようなら腕から伝って、ぬいぐるみの肩に登ってみるか。其処ならぬいぐるみの関節的に手出し出来ねぇだろ。
……なぁ、そろそろ良いか?聞きたい事があるんだが。
人間がリナちゃんをいじめる奴、ってのはどういう意味だ?予知で言ってたぬいぐるみを処分したという両親の話をしてるのか?
それとも…リナがぬいぐるみを友達扱いしていた事に起因してるのか?


佐藤・和鏡子
ぬいぐるみたちと話が出来ないかやってみようと思います。
敵意がないことを伝えて、きちんとした態度で話すようにします。
(彼らを騙す形になるのは正直つらいですが)
一度はこの世界から帰ろうとしたリナちゃんがこの世界に残った理由を。
元々親との関係が悪く、人形が拠り所だったのでは?と推測しています。
(再婚などで新しい親が来て、新しい親から見て前の親の形見の人形が邪魔になった、位のことでもなければ子供の大切な物をいきなり捨てるなんて考えにくいですから)
人を救うために作られた身として、絶望の中に閉じ込められた彼女の心を救えないか、と思っています。
『出来れば、こうなる前に彼女に会いたかったです』



●君について
「さて始めるか。俺は便利屋――」
「リナちゃんをいじめるなーっ!」
「――って、おいおい、ご挨拶だな」
 話も聞かずにいきなり攻撃とは、せっかちなウサちゃんも居たものだ。
 定番の自己紹介を披露し損ねて、カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は溜息を吐く。肩を竦めるポーズも添えたいところだが、生憎そこまでの余裕はなさそうだった。

 振り下ろされる巨大な腕が捉えたのは残像で。
 続いての回し蹴りはステップで躱す。

 ……中身が軽いからなのか、ぬいぐるみたちの動きは素早い上にデタラメだ。躱し続けるとなると少々骨が折れる。
 それでも反撃するのはナシだ。銃も、剣も、紫雷も炎も今回はお休み。力尽くで焼き払うのは簡単だが、情報収集を兼ねると念を押されてきたし――何より、積極的にやりたいことだとは思えない。彼らを傷付けてしまえば、『リナちゃんをいじめた』のと同じだろう。
 意味がない、以前の問題だ。
「――お怪我はないですか?」
「お、あんたか。今んとこピンピンしてるぜ」
 そんな乱戦の合間を縫って駆け寄ってくるのは、佐藤・和鏡子(リトルナース・f12005)の小柄な姿だった。スクール水着にセーラー服、トレードマークの看護帽。相変わらず、一度見たらなかなか忘れられない組み合わせである。
 今は手当ては必要ないぜ、と、ひらりと手を振って応えてみせるが。
「……どうした?」
 他の誰かの元へと向かうわけでもなく、彼女はウサちゃんを見上げている。
「話ができないか、やってみようと思うんですが」
「あぁ、成程な」
 このまま攻撃が止まないのでは、埒が明かないのは確か。

「余程のことがなければ、子供の大切な物をいきなり捨てるなんて考えにくいですよね」
「そりゃあ、マトモな親ならな」
「元々親との関係が悪く、人形が拠り所だったのではと――」
 最後まで聞くより先に身体が動いた。
 咄嗟に和鏡子の手を引いて、抱え込むように横へ跳ぶ。一瞬前までふたりのいた位置を、巨大な脚が振り子のように横切っていく。転がって、最低限の受け身をとって、目を瞬かせる彼女と視線を合わせる。
「……有難う御座います」
「気にすんなって。それより――話の続きが必要だろ?」
 策がある、と目配せして、そのまま離さず抱き上げる。……そういえばこいつミレナリィドールだったっけ、重さについては、言及しない。レディに対して失礼なので。
「むむむむ……またコソコソ話してる! さては陰口だなー!」
 繰り出されるパンチを避けて、そして、避けただけでは終わらない。
 身を翻し、その腕に飛び乗って駆け登る。ウサちゃんの肩あたりまで一直線だ。――首の横に掴まってしまえば、ぬいぐるみの関節の構造からして手出しはできまい。
「うわー!」
「……なぁ、そろそろ良いか? 聞きたい事があるんだが」
「敵意は、ないんです。どうかお話させてください――」
 こうなれば、あとは和鏡子の番だ。

 ……彼らを騙すような形になるのは、正直つらい。
 オウガに成り果ててしまった『リナちゃん』の命は戻ってこない。それどころか、自分たち猟兵はこれから彼女を殺しに行く。
 だったらせめて、掛ける言葉を見つけたい。
 膨大な知識の中から、それらしい症例研究を呼び起こすことは簡単だった。親と子供の不仲といえば、再婚などが典型的だ。たとえば新しい親から見て、前の親の形見にあたる品が邪魔になった、とか。
 いくつかの推論はもちろん用意している。けれど本当に必要なのは、ただひとり、『リナちゃん』に届けるための言葉なのだ。
「聞かせて、ください。知りたいんです。一度は帰ろうとしたリナちゃんが、この世界に残った理由を」
 それほどまでの、絶望の理由を。
 迷宮に閉じ込められた心を救うのも、この身の務めだと思うから。
「……人間が、リナちゃんをいじめるからじゃないか!」
「どういう意味だ? ……ぬいぐるみを処分したっていう、両親の話をしてるのか?」
「りょう、しん?」
「お父さんだったのか、お母さんだったのか、それはわかりませんけど――」
「――っ、やめて!」
 唐突な、悲鳴のような、拒絶だった。
 いやいやをする子供のように、ウサちゃんが全身をよじる。慌てて掴まり直そうとするものの――悪い、ごめん、これは落ちる、そんな意味のカイムの呟きの向こうで、和鏡子は予想外の言葉を聞く。
「お母さんって言うな!」
「え」
「リナちゃんはお母さんじゃない! リナちゃんはそんな名前じゃない! ――リナちゃんは、リナちゃんだ!」

 一秒にも満たない落下の中で、思考が高速で回転する。
 しまった。前提が違うのだ。検索するべき症例が根本的に違ったのだ。

「無事か!?」
 全身に走った衝撃が、物理的なものだと気付くことにこそ時間がかかった。でも今は、そんなことはどうでも良かった。思考は止まることがない。ぬいぐるみが動いて喋るのは幻覚の症状とも言える。彼女の無意識のユーベルコードが、そうした想像を創造する類の能力だったとしたら。――たとえばその効果が、彼女本人をも、都合よく造り変えていたとしたら?
「――『リナちゃん』は、本当は、子供じゃないんですね」
 結論をはっきりと言葉にされて、カイムもまた息を呑む。
 その上で、彼女がぬいぐるみを友達扱いしていたことについて考えると――『人間』は、はたして彼女をどう扱っていたのだろう。全く、意味が違ってくる。
「そんなことって、あるかよ……」
「……出来れば、こうなる前に、彼女に会いたかったです」
 それはオウガに成り果ててしまう前か。この迷宮の世界に迷い込む前か。
 ――それとも、もっと、前なのか。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

多々良・円
もう帰してやることは出来ぬか。
ならばせめて、その魂を絶望の海から掬えぬものか。
……身勝手だとは思うのじゃ。

まるで這子のようじゃな。兎に熊に……あの白と黒のはわからんな。
迫りくるぬいぐるみ達を白群の神風で押し止め、優しく語り掛けてみるのじゃ。

わしは多々良円。おまえたちと同じじゃ。
りなを虐めに来たわけではない。おまえたちは、このままで良いのか?

……救いに来たとは言い難いな。
あれらはすべて、りなの想いが宿った人形を元に生まれた存在。
【調度力合】をもってすれば、成れの果てであろうときっと形となる。
かつての想いを前にすれば、気も落ち着くのではないか。
さすればりなの話も聞けるじゃろう。さあ、手を繋ごう。


ルネ・プロスト
駒盤遊戯達はお留守番
あの子達連れてたら元アリスの事聞くどころじゃなくなるからね

『安寧』介して幻術行使&空中浮遊
迷彩代わりの幻でルネを覆って本体の姿隠しつつ、地上にルネを模した幻を投影
投影した幻で彼らの注意を引いて時間稼ぎつつ、説得を試みるよ
攻撃的な行為は一切しない

ルネはリナちゃんをいじめにきたんじゃないよ
同じぬいぐるみ好きとして彼女の哀しみを、絶望を和らげてあげたいからここに来たの

ねぇ、教えて?
何が彼女をここまで苦しめているのかを
何が彼女をここまで追い詰めてしまったのかを
少しでも彼女の心に寄り添えるように
少しでも彼女の苦しみを軽くしてあげられるように
君達の知っていることを教えて?



●声にならない
 たとえ安寧の地がないように思えても、これから探せばよかったろうに。
 それともこの絶望の国とやらが、彼女の見つけた果てなのか。

「もう、帰してやることは出来ぬか。ならば……」
 せめて、その魂を絶望の海から掬えぬものか。
 多々良・円(くるくる、くるり・f09214)の物思いは、霧雨のように零れて大気に溶けていく。言葉の後を追うように、しゃん、と傘の飾りが鳴った。
「……身勝手だとは思うのじゃ」
 器物を尊ぶその心に、何かを重ねているだけだ。
 ――左眼で思い出を追うよりは、右眼で今を見据えるとする。
「しかし、まるで這子のようじゃな」
 布を縫い合わせて作られているのは同じだが、それにしても随分と手が込んでいる。円の時代の感覚からすれば相当な贅沢品だ。
「帰って……もう帰ってよ!」
「これ以上、リナを邪魔するな」
 兎に、熊に。
「すごーい!」
 ……あれはよくわからない。白と黒の模様からして獏か何かか。
 見渡せば、ありとあらゆるかたちがある。犬も、猫も、鶏も。見た事もない動物たちも。どれほどの手間をかけられて、どれほど愛されたことだろう。彼らが猟兵を拒むとしても、傷付けたいとは思えない。
 何よりも。
 その想いが、誰にも知られず消えていくのは、なんとも寂しいことではないか。

「――駒盤遊戯達はお留守番」
 数には数、というけれど。
「あの子達連れてたら、話聞くどころじゃなくなるからね」
 いかんせん質で勝りすぎる。たとえ戦わないにしても、チェス盤いっぱいの人形騎士団を並べるだけで怖がらせてしまうだろう。――『友達』を傷付けたくない想いは、ルネ・プロスト(人形王国・f21741)も同様だった。
「ルネはリナちゃんをいじめにきたんじゃないよ」
 攻撃的な行為は一切しない。人間じゃなくて人形だ、なんて理屈で言い訳をするつもりもない。
「同じぬいぐるみ好きとして、彼女の哀しみを、絶望を和らげてあげたいからここに来たの」
「……おまえに、」
 クマちゃんが、静かに声を震わせる。
「リナの何が解るんだよ……!」
 護る騎士もない無防備な少女に、ぬいぐるみたちの敵意が迫り――。

 ――閉ざされた、暗い世界に風が吹く。
 それは永い夜に終わりを報せるような、厚い雲を晴らすような、陽射しの色を思わせる白群の神風だった。優しく、暖かく、けれど確りと、迫りくるぬいぐるみたちを押し止める。

「無事か?」
 ルネを庇うように立って、本体の傘を差しかけてやる。
「う、うん。……ありがと?」
 なんだかばつの悪そうな礼にも笑顔で応えて、改めて円はぬいぐるみたちへと向き直る。
「わしは多々良円。おまえたちと同じじゃ」
「同じ……?」
「そしてこの子とも同じじゃな。りなを虐めに来たわけではない」
「……そうやっておまえも、救いに来たとか言うのかよ」
 その問いに、返せる答えはないけれど。
「おまえたちは、このままで良いのか?」
 円は、逆に問い返す。

 ――九十九年を生きられる器物は少ない。
 けれど、いかなる物にも僅かながらに神は宿っている。『調度力合』、その力をもってすれば、かつての想いを寄せ集めて形にすることはできるはず。
「お前たち、手を、貸しとくれ」
 さあ、手を繋ごう――。

「だめ」
 そこから少し離れた虚空に、冷淡なつぶやきがちいさく響いた。
「ちょっと思念が弱すぎる」
 声の主は、ルネであった。……わざわざ守ってもらってちょっと申し訳ないが、地上にいるのは時間稼ぎのために投影している幻である。本物のルネは、こうして迷彩で身を隠し、空中浮遊で安全地帯を確保している。
 ……確かにあれは『リナちゃん』のぬいぐるみを元に生まれた存在だが、そのものではない。宿っている思念も、オウガの憎しみに大きく歪められているだろう。けれど――ルネになら、その続きができる。
「はあ。仕方ないな」
 一応助けてもらったし、そもそも目的は同じだし。
 その細い五指から伸びる白は、あらゆる事象を観測しうる運命の糸。十糸伝達・運命観測《マリオネット・サージネイトフォーサイト》――今回は、手抜きは無しだ。深く、深く、彼らの因果を掘り起こしていく。
「ねぇ、教えて?」
 何が彼女をここまで苦しめているのかを。
 何が彼女をここまで追い詰めてしまったのかを。
 少しでも彼女の心に寄り添えるように。
 少しでも彼女の苦しみを軽くしてあげられるように。
 ……『リナの何が解るんだよ』って?
「解んないよ」
 自分が造られた意味さえまだ知らないのに、そんな他人のことなんて。
「だから、君達の知っていることを教えて?」

 ――リナちゃん。

 渦巻く想いが、声になる。

 ――造ってくれて、ありがとう。
 ――愛してくれて、ありがとう。

「……あぁ」
 そうであろう、と円は頷く。
 帰れだとか、潰すだとか、そんな刺々しい言葉が本物である筈がない。かつてのぬいぐるみたちの抱いた、始まりの想いがそこにはあった。
「この声が。りなに届いていたなら、あるいは」
「ううん」
 少女の幻が首を振る。
「これからルネ達が届けるの。――でしょ?」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ラピタ・カンパネルラ
【仄か】

うん、リナちゃんの宝物である君達を、攻撃しない。僕やカロンが傷付けられたって。
暗くて、常より尚見えないけれどーーぬいぐるみが大きい分、空気の流れや音で、避けられる。耐えられる。

ねえ
リナちゃんの好きなところ
守りたいと思った切っ掛け
思い出、自慢話、何だってどうか聞かせておくれ
僕達が、殺しにくくなるように
沢山。

カロンの誘導と捕縛で、道がひらくだろう
カロン、誰もいない?ーーうん!
【白花は往く】
誰にも、当てない
リナちゃんまでの安全な道をそこに敷こう。君達の罠も攻撃も、きっと猟兵の流れ弾も来ない道を。

君達。
一緒に行こう。
君達がそばにいてくれないと、味方になってくれないと。
きっとリナちゃんも寂しいよ


大紋・狩人
【仄か】
(ああ、本当、
憎めないオウガだ)

よるべを喪う覚えは、僕にもある
攻撃は、しない
かばう、ラピタが避けられない分は灰の鳥が盾となる

周りを喰らわれる前に、僕ら、あの子と戦うだろう
けれど心までは傷つけたくない
きみ達が宝物なんだろう
無事なら少しでも和らぐんじゃないかなって
宝探しにおびき寄せ、少女の宝物である彼らの動きを把握、誘導
覚悟、数撃喰らおうとも反撃しない
さあ、道は開いた──今だよ、ラピタ!

【炉辺の灰】
もし既に傷つきほつれていたら、治そうか
(密かにラピタの傷も)
きみ達がいれば、あの子も一人で戦うことにはならないから
行こう、かけつけてあげてくれ
それまでは、きみ達を傷つけない


ロニ・グィー
【pow】
アドリブ・連携・絡みも歓迎!

んもー
たかがぬいぐるみくらいでそこまで落ち込むことないんじゃない?
これだからアリスくんたちはさー
ねえそこのところ君たちはどう思う?
とアリスたちやぬいぐるみたちに話を振ってみよう
ゆさぶれば面白い話が聞けるんだよぼくはこういうの詳しいんだ!

ぬいぐるみくんたちがあくまで守るって言うんなら、守らせてあげるよ
役目を果たさせてあげる、最後まで
ばーっと走ってずばーっと突破するよ!
ぬいぐるみたちよりもっと大きな球体くんたちをけしかける
必要ならUCも使う

まったく
どんなに広くしたって部屋の中は部屋の中のまま
そんなに窮屈に思うんなら、ちゃんと外へ出ればよかったのにね



●子供のころだけ見えるもの
「んもー」
 グリモアベースで話を聞いた時からずっと、ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)は不機嫌だった。
 もう前提からしておかしい。あの解説役が一度言いかけてやめたこと。この中の誰もが言おうとしないこと。世界中が口をつぐむっていうのなら、ボクがハッキリさせてやる。だってこんなの、誰にでもわかる簡単なことじゃあないの。
「たかがぬいぐるみくらいで、そこまで落ち込むことないんじゃない?」
 絶望するなんて、バカみたいだ。
「これだからアリスくんたちはさー。……ねえ、そこのところ君たちはどう思う?」
 話を振られた二人組は、ぱちくりと顔を見合わせている。

「だって、カロン」
 盲いた紅玉を仄かな温もりへと向けて、ラピタ・カンパネルラ(薄荷・f19451)は首を傾げる。
「そうだね。……よるべを喪う覚えは、僕にもある」
 ――ああ、本当、
「憎めないオウガだとは、思う」
 些か事情は異なれど、大紋・狩人(黒鉛・f19359)もまたこの迷宮の『アリス』である。彷徨う不安も、亡くす痛みも、十分すぎる程に知っている彼だからこそ――『リナちゃん』のことも、とても近しく感じられるのだけれど。
「でも、僕ら、たしかに絶望はしなかった」
 何かを奪われたからといって、そのまま全てを捨ててしまいはしなかった。
 だからこそ、今こうやって手を繋いで隣に居られるひともいる。……自分達と彼女の運命を隔てたものは、一体なんだったのだろう。
「むう、もうちょっと揺さぶられてよねー」
 つまらなそうに、それこそ子供の玩具に興味を失くしたように、ロニはつかつかと歩き出す。
「ボクは何度でも言うからね」
 今度は、ぬいぐるみたちに向かって。
「バ――ッカじゃないの!」
 少年のかたちをした小さな影から、神の暴力が、無数の浮遊球体群が質量を得て溢れ出る。こうなったら、ばーっと走ってずばーっと突破だ。
 あくまで彼らがリナちゃんとやらを守るなら。それが役目だとか言うんなら。――最後まで、果たさせてあげる。
 感謝してよね。どんな甘っちょろい言葉より、神様のほうがよっぽど優しいよ。

「往こう、僕らも」
「うん」
 ラピタののちいさな手をひいて、狩人はまた別の道を走り出す。
 攻撃は、しない。ぬいぐるみたちはみんな『リナちゃん』の宝物なのだ。
「リナちゃんを……!」
「寝かせて、あげて!」
 だってほら、彼らの言葉はこんなにもせつなくて優しい。たとえ自分が、宝物である片割れが傷付けられたとして、呪いに呪いで返すようなことはしたくない。
 眠りの気配に満ちた部屋は暗く、ラピタの瞳には少々酷だ。常より尚、見えないけれど――大きな相手が動く気配は、空気の流れや音で判る。
 避けられる。耐えられる。付き従う鳥たちも盾となり、灰から生まれては灰へと還る。……けれど、それを永遠に続けていける訳ではなくて。
「っ、」
 ぬいぐるみの腕が行く手を遮って、曲がり切れずにもつれて転ぶ。
「ラピタ、」
「――大丈夫」
 それでも、立ち上がって、眠り姫の待つ寝床へ急ぐ。
 この深い夜が周りを喰い尽くすより前に、僕らはあの子と戦うのだろう。――そうして、殺してしまうのだろう。この泡沫の世界はあっけなく壊れて、最後には何も残らない。
 違う道を辿っても、行先は同じなのかもしれない。さっきの風の子が言っていたことも、決して間違いなどではないのだ。
 でも、心までは傷つけたくはないと思うから。
「きみ達が、宝物なんだろう」
 夢の中でもぬいぐるみたちの無事な姿を見られれば、彼女の痛みも和らぐんじゃないか。だから決して反撃はしない。ただ彼らの動きを読んで、彼女への道をひらいていく。
「ねえ」
 ラピタもまた、願いを紡ぐ。
「リナちゃんのことを聞かせてくれ」
 呪いではない話がいい。
「好きなところ。守りたいと思った切っ掛け。思い出、自慢話、――何だってどうか聞かせておくれ」
 彼女を殺すしかない僕達が、せめて、殺しにくくなるように。
「沢山」

「……ちぇ!」
 ロニは、引き続き不機嫌だった。走っても、走っても、ぬいぐるみたちの言葉が聴こえてくる。
「リナちゃんは、すごいんだ」
「ぼくたちみんな、リナちゃんに造ってもらったの」
「人間だって、最初は褒めてくれたのに」
 そんな話、面白くもなんともない。
「でも、もう大人だから」
「大人になっちゃったから」
「――お母さん、だから」
 下らない泣き言なんて聞きたくない。
「うるさいなーっ!」
 ぬいぐるみたちより大きいくらいの球体たちをけしかけて、全部まとめて吹き飛ばす。……壊さないでおいてあげるのは、別に同情したからとかじゃない。全然ない。そうするまでもないってだけ。
 どいつもこいつも弱っちすぎる。守る気なんてないんじゃないの。これじゃあまるで――本当は誰かに迎えに来てほしいんだって、言ってるみたいだ。ボクは、そういうの詳しいんだぞ。
「まったく」
 可愛い女の子は好きだけど、女の子の部屋はなんだか嫌いだ。神様からしてみればチグハグの、作りかけの世界みたいに思えるから。それをどんなに広くしたって、部屋の中は部屋の中のまま。
「そんなに窮屈に思うんなら、ちゃんと外へ出ればよかったのにね」
 女の子って、そういうところが面倒くさいよ。

「カロン、誰もいない?」
「大丈夫。――さあ」
 道は、開いた。重ねた対話と、誘導と、……ほんの少し乱暴な、やさしい神様のお陰で。
「今だよ、ラピタ!」
「――うん!」

 青白い炎が、地を駆ける。
 ――『リナちゃん』までの道筋を、白花は往く。その炎は何物も焼くことなく、次第に淡い光へ転じて、あらゆる攻撃を拒絶する。
 これ以上誰も傷付かない、傷付け合うことのない、楽園へつづく安全な道だ。

「君達。一緒に行こう」
「きみ達がいれば、あの子も一人で戦うことにはならないから」
 戸惑うぬいぐるみたちに、狩人はそっと手を伸べた。
 彼の纏う炉端の灰が、粉雪のようにかがやきながら辺りへ降り注ぐ。……このささやかな癒しの力は、彼のちいさな秘密だった。ぬいぐるみたちの傷やほつれも、ラピタが隠したつもりでいる擦り傷も、気付かれないようにゆっくりと治しておく。
 神様は、無意味だと言って笑うだろうか。彼らをベッドの上まで連れて行けば、今度こそ燃え尽きるまで戦うことになるかもしれないのに。
「行こう、かけつけてあげてくれ」
 ――それまでは、きみ達を傷つけないから。
 ラピタもまた、同じように頷いた。誰がなんと言おうとも、他の猟兵たちがどんな顔をしようとも。僕たちは、僕たちの心の示すようにする。
「君達がそばにいてくれないと、味方になってくれないと。――きっと、リナちゃんも寂しいよ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

クレア・フォースフェンサー
アリスがオウガたるオブリビオンになったということは、アリスは絶望により一度死を迎え、その後、骸の海より甦ったということじゃな?
今あるオウガは、絶望のみを抱かされたアリスの複製に過ぎぬというのであれば、なるほど確かに救うことは最早叶わぬ
疾く骸の海に還してやるが慈悲かもしれぬな

あれらのぬいぐるみは、オウガの影響を受けているだけでいずれ元に戻るのであれば、倒す訳にはいかぬであろう
見術と剣術をもってその意識を断ち、気絶させるに留めよう

今後生まれ出でるオウガを減らすには、この先にいるオウガの絶望を和らげることが必要とも聞く
ならば、目覚めたぬいぐるみに、わしが認識していることをありのまま伝えてみようかの


シエナ・リーレイ
■アドリブ絡み可
わたしはあなた達と仲良くなりに来たんだよ!とシエナは目的を明かします。

沢山の動物な『お友達』に対し柔和な笑顔で相対するシエナ
その目的は少女を討つ事ではなく少女と仲良くなり『お友達』に迎える事
故にシエナが動物達と少女に向ける感情は敵意や憐みではなく溢れんばかりの親愛と好意です

わたしと遊んでくれるのね!とシエナは喜びます。

無論、シエナは動物達に疑われ攻撃されるでしょう。
しかし、生半可な攻撃ではユーベルと[激痛耐性]のお陰で意に介しません

あなた達の事を知りたいな!とシエナは動物達にねだります。

少女が寝ている事を聞いたシエナは少女が目を覚ますまで動物達と対話をしながら遊ぶ事を試みます



●絶望の扉
 シエナ・リーレイ(取り扱い注意の年代物呪殺人形・f04107)は、最初から最後まで、戦場の真中で微笑んでいた。
 他の猟兵たちが戦う間も、隠れ潜んでいる間も、ほんの少しも変わることなく。

「わたしはあなた達と仲良くなりに来たんだよ! とシエナは目的を明かします」
「いきなり嘘っぽい!」
「こわい!」
「嘘じゃあないよ! と柔和な笑顔で否定します」
 ……沢山の動物の姿をした『お友達』は、みんな個性的で可愛らしかった。
 ネコちゃんはフェルトの爪で引っ掻いてくるし、ヘビちゃんやタコちゃんはちゃんとぐるぐる巻き付いてくる。ゴリラちゃんのパンチはなかなか痛かった。
 けれどもそんな生半可な攻撃では、シエナの『目的』は揺るがない。
 オブリビオンだから討つだとか、可哀想だから救うとか、そんなことはどうでもいい。
 ただ、『リナちゃん』と仲良くなりたい。
 それがシエナの――ジュリエッタ・リーレイの願いであり、過去の所有者の怨念たちの要求だ。
「わたしと遊んでくれるのね! とシエナは喜びます」
「このひとはなんかとてもヤバい気がする」
「こわい!」
 溢れんばかりの親愛と好意は、時に疑われることもあるけれど。
「あなた達の事を知りたいな! と、シエナは興味を示します」

 そう、……それから随分と経って。
 猟兵たちがぬいぐるみに紛れたり、各々ベッドに辿り着く頃。
 
「――アリスがオウガたるオブリビオンになったということは」
 ずいぶんと静かになった戦場で、クレア・フォースフェンサー(UDC執行人・f09175)は己の考えをまとめていた。
「アリスは絶望により一度死を迎え、その後、骸の海より甦ったということじゃな?」
 その仮説なら、『元には戻せない』という理屈にも得心がいく。今あるオウガは、あのベッドの上で眠る『リナちゃん』は、現実への絶望のみを抱いたアリスの複製――言わば、残骸に過ぎない。そう考えれば、なるほど確かに、救うことは最早叶わないのか。
「疾く骸の海に還してやるが慈悲かもしれぬな」
 結論は変わらないのかもしれないが。
 ――自分の中で、納得しておくことが重要なのだ。

「さては人間かーっ!」
「厳密には違うが」
 敵意を向けられていようとも、ぬいぐるみ相手に変身はなしだ。彼らがオウガによって造り変えられた元住民であるならば、こちらはまだ救える可能性があるやもしれない。いたずらに倒す訳には行かぬ、となると。
 見術。
 ――拙い攻撃の軌道を難なく見切って。
 剣術。
 ――ナノマシンの身体から、瞬時に光の剣を抜く。
 繰り出される攻撃は一見広範囲の斬り払いだが、物理干渉は切ってある。肉体を傷付けずに意識を断ち、気絶させるに留めておく。……防護機能や修復機能を走らせるまでもない。しばらく、寝ていてもらおうか。
「だからーっ! リナちゃんは寝てるのーっ!」
「起こさないでーっ!」
「なら、起きてくれるまでみんなとお喋りして遊ぶ! とシエナは粘ります」
「こわい!」
 あと向こうに何やら攻撃を受けまくっている猟兵がいるのだが、助けたほうがいいやつだろうか。
 ……剣術を構えるかどうか、クレアが判断するより先に。
「やめだ」
 静かな声が、ぬいぐるみたちの動きを止めた。

「もう、やめだ。わかったよ。なあ、……リナと友達になりたいって言ったよな」
「もちろん! とシエナは話の続きを期待します」
「リナが、おまえらの思ってるような奴じゃなくてもか?」
 小首を傾げてみせるシエナの瞳はあくまで澄んでいる。『どんな奴か』だなんて、彼女の博愛精神からすれば些細な事柄だから。
「……どういう意味だ?」
 そんな彼女に代わるようにして、クレアがそのぬいぐるみの前へと割って立つ。――こいつは、予知にも視えた『クマちゃん』だ。ここまでの印象からしても、理性的な話が通じるのではないかと考えられる唯一の個体。
「アリスが既に、オウガと化していることについてか?」
「おまえらが正しいよ。……あそこで寝てるのは、もう、ただの化物だ。おれたちを造ってくれた、愛してくれた、可愛いリナは世界のどこにもいないんだ」
「む……」
 ……これはこれで、違和感がある。
 自分の認識している事実を誠意ある態度で伝えれば、耳を傾けてくれるかもしれないとは思っていたが。自ら、そこまで言い捨てるのか。
「それでも、リナを救えるっていうのかよ」
「……約束は、できん」
 それが、自分でも納得のいく返答だった。
「今後生まれ出でるオウガを減らすには、この先にいるオウガの絶望を和らげることが必要とも聞く。最大限の努力はするが、……救えようが、救えまいが、わしらは彼女を殺さねばならぬ」
「ウソは、吐かないんだな。だったら」
 柔らかい手が、猟兵たちへと伸ばされる。
「飛べないやつも、登れないやつもいるだろ。おれが連れてってやるよ」
「わくわく! シエナは瞳を輝かせます」
 まずはそのシエナを手のひらに乗せて、そのままベッドの上へ。
「……本当に、いいのか?」
「ああ、おまえらに見せてやる。――リナの『絶望の扉』ってやつを」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第2章 ボス戦 『愉快な仲間のナッシングヘッド・ビル』

POW   :    きれいだなあほしいなあ。おうちもってかえるどぉ。
レベル×1tまでの対象の【美しい部位を唾液塗れの手で撫で回し、そこ】を掴んで持ち上げる。振り回しや周囲の地面への叩きつけも可能。
SPD   :    おいしいんだどこれ。おめえもほしいどかぁ?くえ!
【べたべたと不潔に汚れたおぞましい謎の肉】を給仕している間、戦場にいるべたべたと不潔に汚れたおぞましい謎の肉を楽しんでいない対象全ての行動速度を5分の1にする。
WIZ   :    そのおかしなじゅつやめるど!いうこときくど!
戦場全体に、【純粋な筋力以外が力を失う法則と、毒のお花】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠甘甘・ききんです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●寿乃田理那の平凡な人生について
 今日の私はえらかった。
 明るいうちに起きられたし、ちょっとならご飯も食べられた。お薬だって忘れず飲めた。天気が良くって、頭痛もしない。だから今日こそ、お買い物に挑戦してみようと思ったんだ。
 人の多いところに行くのはまだ怖いけど。広々として、お店の人と話さなくてもいい場所ならぎりぎり大丈夫。料理はまだ難しいから、唐揚げと、酢の物と、千切りキャベツの袋を選んで。帰り道には、川沿いをちょっと散歩したりして。
 おうちに着いたらウサちゃんが褒めてくれるに違いなかった。おふとんの中で抱きしめて、今日できたことを一緒に数えて、おやすみを言うはずだった。

「――あの人形なら、全部捨てたよ」

「え……?」
「いい加減目を覚ましてくれ」
 空っぽになった部屋に、冷たい声が放り投げられる。
 ……どうして? あの子たちは世界でたったひとりの、代わりなんていない――違う、そうじゃなくって、そもそも何なの、意味がわからない。これは、何?
 あの子たちの誰かが悪いことをしたっていうの? だってみんな、ただそこに居てくれるだけじゃない。店長みたいに怒鳴ったりしないし、レジの人たちみたいな悪口を言ったりもしないし、ただそれだけの、大切な、ねえどうやったらこんなに酷いこと、捨てたって、じゃあ明日も、明日もずっとこのままなの? 誰もいないの? あの子たちはどこにいるの?
「一体どれだけ……理那に合わせればいいんだよ。俺だって毎日働いてるんだぞ」
 クマちゃんも、いないの? クマちゃんは私の、一番最初の、大事なお友達なの。あなたなんかよりずうっと長く一緒に居たの。中学生のときに買ってもらった手作りキットで、夏休みいっぱいかかって造ったの。できるわけないって言ってたお母さんも、最後には驚いて褒めてくれたっけ。
 嬉しかったな。嬉しかったような気がする。褒められるのが嬉しくて、誰かに喜んでもらえたらもっと嬉しくて、夢中だった頃の気持ちを――そういえば、上手に思い出せないや。
 帰りたい、って言葉が浮かんだ。どこに帰りたいんだろう。誰もいない部屋なんてきっとおうちじゃない。どうして、こんな場所に来てしまったんだろう。
「母親がいつまでもそんなんじゃ、灯樹だって可哀想だろうが!」
「ッ、」
 ああ。
 また、それか。

 ずきずきと痛む頭を押さえてリビングに向かう。
 大げさに飾られたかごの中で、灯樹は今日もびゃあびゃあ鳴いている。何に不満があるっていうんだろう。そうやって泣いて文句ばっかりで、食べて寝るだけで何もしないのはこいつも一緒じゃない。――今までこの生き物が、一度だって、私に幸せをくれたことがあっただろうか。
 引っ掴んで。
 放り投げて。
「理那……!?」
 床に叩きつけたら少しは静かになった。
「お前何をッ」
 ……ああ、もう。あの子たちにはもっと酷いことをした癖に、灯樹のこととなったらいきなり血相変えてバカみたい。あなただって法律とか世間とか、そういうのが怖いだけでしょう。いいよ、私は別にいい。こんな人生、いっそワイドショーのニュースにでもなっちゃえばいいんだ。
 踏み潰してやろうとしたけれど、そこで視界がぐらりと揺れる。捕まって床に押さえつけられたらしい。私を睨む男の顔も、どうしてか涙でぐちゃぐちゃだった。
「理那……」
 なんでこんなのと一緒に人間の子供なんか作っちゃったんだろうな。多分そうするのが、そう生きるのが、普通だと思っただけなんだ。
 ――そうだ、パンダちゃん、カゴの中にいたはずのパンダちゃんもいないのかな。ごめんね。灯樹と仲良くするんだよって言ったのにね。どうしてそうはならないんだろう? なんで、こんなことになっているんだろう? 何を考えて生きてきたんだっけ。
「頼むよ、止めてくれ、理那……、もう限界だ。限界なんだ」
 うるさい。
 気持ち悪い。
 私の心を、返してよ。

●眠り姫
 そこにあるのは、かつてあった心の残骸だった。

 見渡す限りの平原にも似た、真っ白なシーツの上に――花畑がある。
 ひとつひとつは小さな七色の花が、柔らかな毛布の毛並みにも似て揺れている、一面の花畑。なかなか非現実的ではあるが、ここは元より『不思議の国』。
 ……その中心で埋もれるように眠っているのが、オウガでなければの話だが。

「ん――ぁ。ね、む」
 不明瞭な声を発して、肉の塊が身じろぎをする。
「……おまえら……うるさい。おぁな、ふむな」
 気だるそうに、体を起こす。寝起きの関節をほぐすように伸びをする。
 巨体である。先程のぬいぐるみたちに比べても、さらに倍ほどあるだろうか。この広大なベッドの主としては妥当でも、君たちから見れば怪獣映画さながらの光景だ。
「ぁ、でも、おまえら――」
 そうして『リナ』は、小さな君たちへ手を伸ばして。
「かぁいい、なあ」
 崩れるような笑みを浮かべた。
アン・カルド
普通に生きる、普通、普通、普通、僕の好きな言葉じゃあないね。

説得はやめだ、僕には彼女の絶望を和らげることなんてできない。
僕だって似たようなものだから。
誰も僕の話を聞いてくれなかった、誰も僕の本を読んでくれなかった、誰も僕の事をわかってくれなかった、わかろうとすら…しなかった、親だってね。
逃げ出さず、普通に生きようとした彼女は僕より立派だよ。

…一応、僕は猟兵としてここに立っている。
だからまぁ、ポーズぐらいは取るよ。

【ライブラの愉快話・戯銃】。

ただのおもちゃ、どっちにしろこの迷路じゃ他のUCは無駄だろう。
動きを止めつつ時間を稼げばそのうち彼女を救いに猟兵が来るさ、真っ当で正しい救いが。


鵜飼・章
善悪と虚言を排除した僕は鵜飼章ではありえない
則ち現在のぼくは所謂真の姿で
リナという女の友である
帰結はそんな所だろう

人間的解釈は人に任せておけばいいよ
ぼくには彼女をどうとも思えないし
美醜や常識の価値も根本的に理解不能だ
同一線上に居る事だけが友達の定義でしょう
遊ぼ、リナ
何で遊ぼっか
闇の賭博王ごっこしよ

鵜飼章を自称する美しいだけの虚無には
痛みも狂気も毒も大して効かなくてね
おまけに逃げ足だけは速い
この迷路できみと遊ぶには最適だろう

きみの過去には興味ないし
ぼくの正体も知らなくていいよ
それ、全部面白くない事でしょ

ぼくは鵜飼章
『正解のない問題』だ
ねえリナ、ぼくが何に見える
ぼくは今『きみの友達』の姿をしている



●僕らのおもちゃ箱
 ――普通に生きる。
 普通、普通、普通。普通の。普通は。普通なら。
「僕の好きな言葉じゃあないね」
 ベッドの上の花園から、アン・カルド(銀の魔術師、或いは銀枠の魔術師・f25409)はその絶望を見上げていた。
 有機的にうねる迷路は、なるほど、波打つ毛布によく似ている。猟兵たちはさながら寝床に放り出されたお人形。そしてそのご主人様は――最初の遊び相手にアンを選んだらしい。
「きれえ、だなあ、その、」
 しわくちゃの指が、銀の翼に触れようとした。
「っと」
「あぁ! にげるなあ――」
 躱して、走る。ほんの数歩で息が上がる。引き摺るような翼がしゃなしゃな音を立てて、見た目通りの質量を主張する。……純粋な筋力以外が力を失う法則だなんて、嫌がらせにも限度があるだろう。特に、僕みたいなのに対しては。
 残された選択肢があるとするなら、愉快話《おしゃべり》だけだ。
 オウガへと至ったアリスの絶望を和らげて、この狂った世界を破壊する。そのための情報は十分に得た。不明瞭ながらも言葉を発するのなら、きっと説得も通じるだろう。
 口を開く。
 肺が跳ねる。
「やめだ」
 ――僕だって、似たようなものだから。

 いつか、ほんとうの世界を訳そうと思ったのだ。
 見えるもの、聞こえるもの、……視覚や聴覚で喩えるには余りに茫洋とした『何か』に触れて、アンは一心不乱に『銀枠のライブラ』を書きあげた。魔術師の端くれが捉えた世界を、誰にでも読める言葉で記そうとした。
「誰も僕の話を聞いてくれなかった」
 突然気がふれた小娘になど、耳を貸そうともしなかった。
「誰も僕の本を読んでくれなかった」
 インクの染みに目を滑らせても、理解しようとはしなかった。
「誰も、僕の事をわかってくれなかった」
 その断絶を、よく知っている。嫌という程知っている。認識する世界の違いを前にして、……家族などという幻想がどんなに無力かも。
「わかろうとすら、……しなかった」
 君だってそうだろう。
 たぶん走ったって意味がないから、改めて彼女に向き直る。目を合わせる。そんな姿に成り果てるまで泣いていた君を、見て見ぬふりをしたのは『普通』の人間たちだろう。
 ――それなのに。
「逃げ出さず、普通に生きようとした君は僕より立派だよ」
 言葉なんて、君から僕へ欲しいくらいだ。

 魔導書の放つ魔力は、消えかけの火のようにおぼろげだ。今回の愉快話は戯銃《ダーツ》の章、召喚せしは――ぬいぐるみたちに負けず劣らず、気の抜けた雰囲気のおもちゃの銃。
 ……一応、猟兵としてここに立っているわけだ。ユーベルコードを使って戦うべきだ。
「だからまぁ、ポーズぐらいは取るよ」
 銃口を向ける真似をする。

 ぽん、ぽこぽこ、そんな音を立てて発射されるのは――スポンジ製の弾丸だった。これは本当にただのおもちゃで、実弾なんて撃てやしないし、なんの現実も変えられない。
「あー? あんだ……?」
 リナが首を傾げて動きを止めたのも、単なる疑問や呆れの感情の結果にすぎない。
 ……それで、良かった。他の何を召喚しても、この迷路では無駄だろうから。可愛らしいぬいぐるみでベッドを埋め尽くしてみても、その心には届くまい。
 飽きられない程度の間隔で弾を撃ち込みながら、ゆっくりと後ずさる。こうやって動きを止めつつ時間を稼いでいれば、どうせそのうち他の猟兵が来るのだろうさ。真っ当で、正しい救いを、彼女に与えてくれるんだろうさ。
「はは、」
 おもちゃで遊んでいるんだから、きっと笑うのが正解だった。
 ほら、向こうから誰かが来るじゃあないか。これで出番は終わりかな、あれは、誰か、ええと、……誰だ?

「誰だと思う?」
 証明しよう。
 僕が何者でもないことを。

 善悪、虚言、その他ありとあらゆる役割演技を排除した存在は、少なくとも鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)という物語ではありえなかった。あらすじと結末だけが存在する、少年少女の空想のようなものだった。
「即ち現在の『ぼく』は所謂真の姿で、」
 設定を削ぎ落してしまえば、目的だけが意味を持つ。
「――リナという女の友である。帰結はそんな所だろう」
 言い捨てて、銀色の女の前に立つ。
「人間的解釈はきみに任せておくよ」

 結局のところ、ぼくには彼女をどうとも思えない。三百文字の感想文を要求されるのは好きじゃなかった。美醜や常識の価値だって、根本的に理解不能だ。
「んあ……? なんだ、おまえ」
 その声も単なる感嘆詞と質問文の組み合わせで、さしたる意味は感じられない。
 意思疎通だなんてただの美しい四字熟語だ。出来たこともないし、出来ている奴を見た事もない。それでも同一線上に居る事だけが『友達』の定義でしょう。
 だから。
「遊ぼ、リナ」
 さあ、何で遊ぼうか。生憎お人形遊びには詳しくないんだ。お人形ってだいたいの場合は虫じゃないし。……そうだなあ。
「闇の賭博王ごっこしよ」
 何が闇なんだかよく知らないけど、格好いいでしょ。

 柔らかそうでそうでもない花の迷路を、『ぼく』は軽やかに走り出す。
 鵜飼章を自称する虚無には、痛みも毒も大して効かない。正気と狂気の区別もない。その上今は鵜飼章ですらないのだから、ここできみと追いかけっこをして遊ぶには最適だろう。大丈夫、体育の成績はそんなに悪くなかった。
 伸びてくる手を、ほんの少しだけ跳んで避ける。
 ……相対的な大きさからして、ぼくがお人形役と言えなくもないか。きれいだと思って手を伸ばしているのかな。顔すら無くしてもぼくは美しいままなのかな。その内側に、掴むべきものなんて何にもないのにね。
 片足で着地して上手に回る。
「まあ、きみの過去には興味がないし」
 かかとの下で花が潰れる。
「ぼくの正体も知らなくていいよ」
 だってそんなの全部、ガラスケースの外側で笑っている奴らのための、面白くもない見世物でしょ。
 そういえば、質問文に答えてなかった。

「ぼくは鵜飼章」
 その三文字は、『正解のない問題』だ。きみを傷付ける大人でもなく、きみを蝕む子供でもなく。
「ねえリナ、ぼくが何に見える?」
「――ぁ、」
 ぼくは今、『きみの友達』の姿をしている筈だ。
「……ぱんだ、ちゃん……?」
「そう」
 友達に、正解も解釈もある訳がない。三つの中から一つが選ばれた理由を詮索するつもりもない。
 白黒つかないってことかな、とでも考えておくとしようか。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

シエナ・リーレイ
■アドリブ絡み可
『お友達』と一緒に入れるならこの世界でなくても良いのかな?とシエナは問い掛けます。

リナの『お友達』から聞いた話から絶望の原因が『お友達』と引き離された事であると考えたシエナ
真の姿を晒し、人形の体故の[毒耐性]と[激痛耐性]や【ジュリエッタ・リーレイの願い】の効果頼りにリナと楽しく遊ぶ最中、リナが『お友達』と一緒にいても怒られない方法を考えます

わたしの世界においでよ!とシエナはリナを誘います。

人形世界の中ならリナも『お友達』となる代わりに彼女は自身の『お友達』と何時までも過ごせると考えたシエナ
毒の花畑が消滅する頃を見計らいリナに自身のスカートの中の人形世界へと移住する事を勧めます


多々良・円
山の向こうへ行った楓が一度だけ、お参りに来たことがあったな。
わしを握る手は荒れており――濡れておった。よく晴れた日じゃったのに。
……そうか。

手をつなごう。傘を回すのとは逆の手をりなに差し出す。
【鳴神不動】
すまぬな。振り回されては話もできんのじゃ。
声を届けよう。始まりの想いを。
そして、おぬしの想いを聴こう。……なんでもじゃ。
頑張ったな。偉いぞ。いいのじゃ。

何があろうと、りなのことはあちら側へ送らねばならぬ。
話すだけで済むとは思っておらぬ。
りなの力が勝るなら、あえて一度鳴神不動を解く。
振り回される勢いに合わせ、傘に白群の神風を向け吹き飛ばし、りなごと宙を舞い――落下。
たんと、付き合ってやるのじゃ。



●まほろば
 ひとはりの傘であった頃を、多々良・円(くるくる、くるり・f09214)は憶えている。

 神社に祀られた祭具として、いくつもの季節と歳月を、村人たちの悲喜交々を見守ってきた。お祈りで傘を握る者たちの手の感触が、円の知りうる温もりだった。
 どれひとつとして忘れはしないが、――思い出すのは、お転婆の楓の手のことだ。壊れるくらいに傘を振ってはけらけら笑っていた彼女は、お人形遊びよりも野山を走り回るのを好む幼子だったけれど。
 よく、似ている。
 いつしか楓も大人になって、山の向こうへ行ってしまって、次第に話も聞かなくなって。そんな彼女が一度だけ、円の神社にお参りに来たことがあった。
 流石に昔ほど乱暴ではないか、なんて、あの時は薄らな意識で考えていたものだけど。
 円を握る手はたいそう固く、ひび割れていて、――どうしてか、濡れていた。よく晴れた日だったというのに、天気の神に雨を願うでもなかった。
「……そうか」
 その雨を、自分は晴らせたのだろうか。
 答えはおそらく、何処にもない。声なき器物と人のえにしは、切れてしまえばそれきりだ。

 手をつなごう。
 昔のように。

「りな」
 くるくる、くるり。傘を回せば、吊るしたお守りたちがが涼やかな音を奏でる。『きれい』で気を惹くことができるのは、何も見てくれだけではない。
 のそり、と起き上がった巨体が、落ち窪んだ目が、ちいさな輝きを捉えた。
「それ、いい、なぁ」
「じゃろう?」
 逆の手を差し出せば、手指ではなく腕ごと掴まれた。ああ、本当に、あの娘によく似ている。けれどこのまま彼女の自由にしていては、今度こそ本当に壊されてしまいかねないから。
「――すまぬな、」
 鳴神不動。
 その傘に、御神体たる山のすがたが浮かび上がる。それは、円自身が山そのものと等しく成ることを意味している。風に飛ぶ傘の器に、決して揺らがぬ神を降ろす。
「振り回されては、話もできんのじゃ」
 即ち、山の質量となる。……これだけの重みがあれば、彼女も暫くは動けぬだろう。

「――ねえ、リナちゃん! とシエナは呼び掛けます」
 今なら話がしやすいだろうと、迷宮から呼ぶ声がある。
「ぁ、あー?」
 巨体にも腐臭にも臆することなく、シエナ・リーレイ(取り扱い注意の年代物呪殺人形・f04107)は彼女へと微笑みかけた。
 天蓋ベッドも、花園も、たくさん並んだ『お友達』も――ここはとっても素敵な場所だ。この部屋の持ち主だっていうなら、リナは素敵な女の子なのに違いなかった。身体いっぱいの親しみを込めて、初めましての挨拶をする。
「わたし、シエナっていうの! この世界、とっても綺麗ね! とシエナは絶賛します」
「……そ、だ、ど。おぁなふむやつら、ないしたら、ねるど」
「でもこのままじゃ、あなたは猟兵たちに殺されちゃう……、とシエナは懸念します」
 スカートの裾をつまんで、そうっと、たくし上げる。
「『お友達』と一緒にいれるなら、この世界でなくても良いのかな? とシエナは問い掛けます」

 グリモアベースで聞いた話。ぬいぐるみたちから聞いた話。絶望の扉。そうして、シエナが辿り着いた結論は至ってシンプルだった。
 ……彼女を苦しめた原因は、『お友達』と引き離されたことそのもの。
 だって疑いようもなく。そんなの哀しいに違いなかった。ジュリエッタ・リーレイは哀しんでくれたし、シエナ・リーレイも哀しかった。だったら、リナ自身の造り上げた『お友達』と何時までも過ごせる場所を用意してあげればいい話。
「わたしの世界においでよ! とシエナはあなたを誘います」
「おまえ、の? わけわからん、ど」
 ……乙女の秘密の内側は、彼女のユーベルコードによって作り上げられた人形世界《スカート・イン・ザ・ドールワールド》だ。
 ひとたび触れて中に入った者は、徐々に負の感情を奪われ、最終的には人形と化して元の姿には戻れなくなる。それは、シエナの背負う呪詛のひとつだ。
「辛いことも苦しいことも消えてなくなって、『お友達』と同じ人形になって、ずっと寝ていてもいいんだよ、と、――シエナはこの中に移住する事を勧めます」
 けれど彼女は、それが祝福たりうると信じている。

 それは、確かに甘い夢だ。
 円は難しい顔でシエナの言葉を聞いていた。りなの怪物めいた顔は呆けて見えるが、つないだ手からは僅かな震えが伝わってくる。固くて、なぜか濡れた手だった。
「……何があろうと、りなのことはあちら側へ送らねばならぬ」
 話すだけで済むとも思っていない。都合のいい大団円となる話ではない。ならばせめて慰めを与えてやろうという話が、何もかも間違いだとは言えないけれど。
 ここにいる『お友達』は、偽物の夢まぼろしなのだ。
 りながそれに気付くことなく、幸せなままならばそれでも良いのかもしれない。けれど本当の彼らの声を、始まりの想いを。届けたいと願うのは――器物の我儘なのだろうか。
「なあ、」
 再び、かすかな思念が満ちる。

 ――ありがとう。

「そう、言っておったぞ、皆」
「あ、」
 伝わる震えが、痛みに変わった。山すらもひっくり返さんばかりの力が腕に込められて、――轟くような、癇癪になる。
「っあああぁ、あ――!」
「ん、」
 あえて、鳴神不動を解く。
 円の本来軽い身体は一瞬で跳ね上がり、勢い任せに振り回される。ぐるりと回った視界の中で寝床も毛布もちいさくなって、床の上から見守っている動物たちの姿が見渡せる。大丈夫。ちゃんと、届けた。
「頑張ったな、偉いぞ」
 ――りな、次は、おぬしの想いを聴こう。
 たとえ言葉にすらならずとも、声になったなら上々ではないか。なんだって聞いてあげよう。聞くだけならば、大の得意だ。
「いいのじゃ」
 楓だって、そういう風に泣けばよかった。
 身軽さを取り戻した傘は、白群の神風を受けて一気に浮遊する。りなの巨体ごと宙を舞う、彼女にもぬいぐるみたちが見えたろうか。――そのまま、落下。

「スカートの中、来てもらえないの? とシエナはしょんぼり落ち込み気味です」
 花園の真ん中に落ちてきたリナと円に、シエナが歩み寄る。
「リナちゃんが、誰にも怒られない方法を考えたのに……。と、シエナは心底残念がります」
 せっかく『お友達』になるのに、無理やりでは何の意味もない。リナ自身が無抵抗に移住を望んでくれなければ、スカートの中には招いてあげられない。……すっかりしょげた様子のシエナに、円は宥めるように笑って。
「そうじゃな、りなは、きっと外の世界に……」
 まだ残してきた想いが、と言おうとして、
「……外で、遊び足りないんじゃろう」
「そう! だったらおうちに帰りたくなるまで楽しく遊べばいいのね! とシエナは俄然やる気を出します」
 一転、無邪気に輝いたシエナの紅い瞳が――どろりと澱む。それこそが彼女の真の姿。何者かの手に操られる、古びた呪殺人形だ。
 血は服を汚すばかりで、肉の中に通ってはいない。痛みを感じることはできるが、壊れたとしても人形にすぎない。
 ……この身体であれば、花園のなかで疲れきるまでリナと遊べる。そうして眠くなってきたら、お引越しの心の準備をしてもらえるかも。
「追いかけっこにしよう! とシエナは提案します」
 夢見るように両手を広げて、シエナはリナを誘うように駆けていく。

「やれやれ」
 随分とお転婆娘の多いことだと、円も毛布から身を起こす。
「たんと、付き合ってやるのじゃ」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ルネ・プロスト
魂や生命力、生存に不可欠なものまで力を失うのであれば彼女自身にも累が及ぶはず
実用範囲外、役立たずになるものと解釈すべきか
なら死霊憑きの森の友達に出口を探ってもらおう
死霊術じゃなくて個人的なお願い

冷酷な常識との間で心を軋ませ
その果てに君は最後の居場所すら失ったんだね
……あぁ、偉かった
今まで君はよく頑張ったよ

きっと君には百の他人の言葉より一の朋友の想いの方が響くのだろうね
だから君の友達から、君宛ての言伝だ
“造ってくれて、愛してくれて、ありがとう”……だってさ
引き離されて尚、あの子達は君の幸福を願っていたんじゃないのかな

出口見つけたら脱出
最早幸福な終幕が望めなくても
せめて最期は安らかでありますように


カイム・クローバー
両親って言葉に拒否反応を起こしたのは、自分が『母親』だからか。
クマのぬいぐるみに視線を合わせて告げるぜ。俺達の仕事内容を言う必要はねぇな?――けど、心だけは救えるよう動くぜ。約束する。

武器は準備せず『リナ』の姿を見つめる。
オウガとして変わり果てた姿だが、言葉は通じるんだろ?
よぉ、さっき、アンタのぬいぐるみに会って来たよ。クマ、ウサギ、パンダ…皆、アンタの事が好きだってよ。
UDCで生きてりゃ色んな人間に色んな事情があって。それでもアンタのぬいぐるみは確かにアンタの味方だ。
彼らから言伝を聞いている。『ありがとう』ってよ。
魔剣を顕現し、構える。UCはぬいぐるみに炎を灯さず。狙うのはオウガだけだ。



●君のみた夢
「――ほらよ」
「っと」
 柔らかい布の手のひらから、カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)はベッドの上へと降り立った。
 もちろん、彼がその気になれば、この程度の高さを駆け登るのなんて造作もない。シーツのかかった断崖絶壁となると流石に初体験だが、コツを掴めば何とかなるもの。そもそも、ぬいぐるみたちに持ち上げてもらう必要のある猟兵のほうが少ない筈。
「ありがとな、クマちゃん」
「別に。自分でやるっつったんだし」
 それでも話に乗ったのは、言葉を交わす機会を得るためだ。

 見渡す限りのぬいぐるみたちに、パステルカラーの家具。お姫様が寝ているような天蓋ベッド――改めて見降ろしてみれば、つくづく絵に描いたような子供部屋だ。夢見がちな女の子が、憧れるような。
 この部屋の主にとって、それは本当に絵空事で、夢物語だったんだろう。
「両親という言葉に拒否反応を起こしたのは、自分が『母親』だったからか」
 ……正確に言えば、あの時泣き叫んだのはウサちゃんだ。リナに造られた彼らは、奥底で彼女の心と繋がっているのだろう。クマちゃんもまた、苦々しい様子で目を逸らす。
「ああ、ぜんぶ妄想だよ。おれたちも、可愛いリナも、この部屋も」
「そう言うなって。……それでも、オマエらはリナのことが好きなんだろ?」
「変だよな」
「変なもんか」
 ベットの縁に屈みこんで、視線を合わせて、告げる。
「……なあ、俺達は猟兵だ。仕事内容を言う必要はねぇな?」
「リナを殺すんだろ」
「ああ、――けど、心だけは救えるよう動くぜ。約束する。……何なら一緒に来るか?」
 肯定も、否定も返っては来なかった。クマちゃんは迷うように俯いて、しばらく考えて、傍らのもう一匹の姿を示す。
「おれと、ウサちゃんは、いい。こいつだけ」
 抱き上げられたパンダちゃんが、刺繍でできた光のない眼でカイムを見上げた。

「――純粋な筋力以外が力を失う法則、ねえ」
 毛布のようにうねる花園の片隅に、ルネ・プロスト(人形王国・f21741)はちんまりと蹲っていた。行き止まりの死角に隠れてしばしの作戦会議である。先程リナが近くに落ちてきたのは見えていたのだが、そちらには向かわないでおく。
 ……このミレナリィドール・ボディ、即ちルネの肉体は、本来常人以下の運動能力しか持たない。よく躓くし、しょっちゅう転ぶ。ゆえに依頼へ赴く際は、自らに死霊を憑依させることで身体強化を施している。
 今は、その力すら発揮できないのだ。こんな迷路で下手に動けば、メンテナンス費がかさむだけの結果に終わる。というか、実は既に何度か転んだ。
「でも、死霊が呼べない訳じゃないな」
 憑依自体は、維持されているようだった。
 ――もし仮に、この法則が不可思議なもの全てを否定するのであれば。魂や生命力、特定種族の生存に不可欠なものまで力を失うのであれば。迷路に入った瞬間に消し飛ぶ猟兵も出かねないし、オブリビオンであるリナ自身にも累が及ぶはず。
「実用範囲外、役立たずになるものと解釈すべきか」
 それさえ解ればやりようはある。……花ばなの間を縫うように、小動物を模した人形たちが方々散っていく。死霊操縦――もとい、今は単なる『森の友達《フォレストドールズ》』だ。数に任せた探索なら、この法則下でも有効だろう。
「出口を、探してきてくれる?」
 死霊の力は借りられなくとも、友達の力は借りられる。彼らに語り掛けるルネの表情は年相応に柔らかい。
 これは術なんかじゃなくて、個人的なお願いだ。

「う、あ、ぁ――」
 呻きながら這いずっていた『リナ』がゆっくりと起き上がるのを、カイムは遠く見つめていた。
 黒ずんだ肌も、抜け落ちた髪も、醜く歪んだ骨格も、予知で示された少女の面影はどこにも残っていない。この変わり果てた姿のオウガにも、きっと言葉は通じる筈。オルトロスは、まだホルスターの中。
 何も知らずに彼女を見たら――自分はどう思ったろうか。正直なところ、これは同情要らずのやりやすい敵だと笑ったんじゃあないだろうか。けれども今のカイムは、その内側にある絶望を知っていた。知らされてしまった。
「よぉ、さっき、アンタのぬいぐるみに会って来たよ」
「ぬい、……ぐるみ」
 その単語に反応したのか、リナがこちらへ視線を向ける。澱んだ瞳はカイムの姿より先に――その後ろで手を振ってみせる、懐かしい『お友達』の姿を捉えただろう。
「えらい!」
「あ、」
「クマ、ウサギ、それにコイツも。……皆、アンタの事が好きだってよ」
 UDCで生きていれば、色んな人間に色んな事情があるだろう。誰にも理解されることなく、どうしようもなく間違えて、世界中から悪と呼ばれて消えていく奴もいる。たとえばニュースで報じられる、子供を殺した親だとか。
 それでもリナのぬいぐるみだけは、確かに彼女の味方だった。……それを、妄想なんて言葉で切り捨てていいものか。
「彼らから、言伝を聞いている――」
 カイムの手に、神殺しの魔剣が顕現する。

 構えからの、斬撃。
 無慈悲なる衝撃《インパルス・スラッシュ》。そう名付けられた黒銀の炎が、瞬く間にベッドに燃え拡がり――。

 ……消える。
 迷宮の出口から出てきたルネは、ほんの一瞬その光を見た。炎はルネも、その後ろに続く森の友達も、……パンダのぬいぐるみも灼くことなく、オウガの肉体のみに弔いの火を灯す。
「あ、あつい――なにする、ど――」
 悶えるリナの姿を見上げる。足元にすり寄ってきた友達を一体抱き上げて、彼女の苦しみに想いを馳せる。
「冷酷な常識との間で心を軋ませ、――その果てに君は最後の居場所すら失ったんだね」
 君を虐めた人間たちは、最後に犯した罪だけで永遠に君を語るのだろう。君が生きた道のりは忘れ去られてしまうのだろう。それでも、彼女の友達の言葉を借りるなら。
「……あぁ、偉かった。今まで君はよく頑張ったよ」

 迷宮から脱出した今ならば、ルネの本気を見せられる。
 蒼白き杖を掲げると同時、遥か遠い寝室の天蓋に――絶望の国の闇夜に、『幻惑の白い月』が浮かび上がった。幻術行使・幻弄朧月《ビジョナリィワード・デリュージョンヘイズムーン》。肉体から一時的に魂を切り離し、その理想を映し出す幻影世界に封じ込める大幻術。
「なん、……だど! そのおかしなじゅつ、やめるど!」
「……きっと君には、百の他人の言葉より、一の朋友の想いの方が響くのだろうね」
 だから君の友達から、君宛ての言伝だ。
「『造ってくれて、愛してくれて、ありがとう』……だってさ」
 やさしい夢の中でも、君はその声を聴くのだろう。引き離されて尚、君の幸福を願っていた、あの子達の声を。

 動きを止めたオウガは、無抵抗に炎に巻かれていく。
「――――あ、」
 ぽかりと空いたその口から、どろりとした唾液と、不明瞭な声が零れ落ちる。
「ともき……?」

 小さく、息を呑む。
 君が思い描く理想の中には、その子がいるのか。『お友達』に埋め尽くされた楽園ではなく、普通の家族の夢を見ているのか。
 だとしたら、本当に救われない話だった。願われたはずの幸福を、彼女は自ら壊してしまったのだから。――最早、そんな終幕は望めない。
「……それでも、せめて」
 ルネは祈る。死者には等しく安寧を。
「最期は、安らかでありますように」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

クレア・フォースフェンサー
これはまた随分と、思ってたんとちがうのう

まぁ、それはさておきじゃ
オブリビオンとは、過去の存在が骸の海から染み出してきたもの
とするならば、おぬしもかつていずこかに存在したものなのであろう

それはおそらく、おぬしの元となったアリスの心の中かの?
おぬしのその姿は、アリスが心の中で認識していた己自身なのかもしれぬな

おぬしの絶望がぬいぐるみを捨てられたことなどではなく、自分自身に対するものだとするならば、それを和らげる術をわしは持たぬ
全てが終わった過去のものである以上、できるのはこれ以上苦しまぬようにしてやることだけじゃ

敵の攻撃を見切って接近
選択UCの力を込めた光剣で、痛みなど感じぬようその核を貫こうぞ


エドガー・ブライトマン
大きなリナ君の姿を見上げた
ごきげんよう、リナ君。調子はどうだい
勿論キミにも、いつもやっているみたいに微笑んであげる

ひとつの立場に収まったなら、みんなそのように生きるものだと思ってた
それが自然のコトだとね

生まれた瞬間から王子だったから、王子として求められるまま生きるように
母親になったなら、母親として生きるんだろうって
でも、みんながそう出来るワケじゃないんだね
しらなかったよ

背負えない役目は降ろさなくちゃいけない
“Hの叡智” 攻撃力を重視するよ
キミに母親という役目には向いていなかった、それだけさ
役目から解放してあげる
真白いシーツの上でそのまま眠っていればいい

私は王子として、これからも生きていかなきゃ



●ないものねだり
 猟兵たちの攻撃が、徐々に届き始めていた。
「やめ……ろ、やめろ、やめろお!」
 リナは――巨体のオウガは、今や完全に立ち上がり、ベッドの上で地団駄を踏んでいる最中であった。スプリングが不規則に跳ね、軋み、地上ではありえないほどの地揺れとなって猟兵たちに襲い掛かる。
 癇癪を起こして暴れる様子は、なるほど子供らしいと言えなくもないが――それ以外のほとんど全てが、予知に映った少女の姿とは程遠かった。生理的嫌悪を催すような醜悪さを、捏ねて固めて焼き上げたような異形である。
 しかし。
 そんなものに動じるような人格など、クレア・フォースフェンサー(UDC執行人・f09175)の身体には宿っていない。
「これはまた随分と、思ってたんとちがうのう」
 断続的な衝撃を活かして殺して宙を跳び、のんきな感想を述べてみせる余裕である。
「まぁ、それはさておきじゃ」
 得るべきは感傷ではなく情報だ。それは依頼のためだけではなく、クレア自身の趣味でもある。事件に関わる者の人格を見切り、その先を読む。しばしば圧勝しがちな戦闘よりは、そちらのほうが余程面白い。
 オブリビオンとは、過去の存在が骸の海から染み出してきたもの――とするならば。
「おぬしもかつて、いずこかに存在したものなのであろう」
「うる――さい、ど!」
 掴みかかる手指を見切り、加速機能で空中機動。放物線から鋭角に軌道を外してひらりと躱す。
 その間にも思索は中断していない。過去。アリスがオウガと成り果てるよりも前。この異形が、はたしてどこに存在していたのか。
「それはおそらく、おぬしの元となったアリスの心の中かの?」
 扉が存在する世界は、しばしばアリス自身の心を映す。こうして『絶望の国』となっても本質的には同じであろう。
「おぬしのその姿は、……アリスが心の中で認識していた、己自身なのかもしれぬな」
「やめろ、やめ、」
 野太く歪んでいた声が、次第に裏返って、金切り声へと変わっていく。
「――やめてえ!」

 ぬいぐるみへの執着が絶望の原因であるならば、造り出した『お友達』と一緒に遊び呆けていたはずだ。
 甘い夢を、幸せな幻を、欲するままに貪ればそれでよかった。そうすることもなく、全てを拒否してひたすら眠る彼女は――醜く腐り果てた己自身にこそ、真に絶望していたのではないか。
 コップの水が溢れる、という、有名な喩え話もある。ぬいぐるみを捨てられたことは、単なる最後の一滴だったのだろう。

 ――『ああ醜い』。
 そう訴えるのは左腕だけで、エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)は穏やかな微笑みをリナへと向けた。激しい揺れも収まったから、大きな姿をちゃんと見上げることができる。どこかに行っていたオスカーも、ちょん、と肩の上にとまる。
「ごきげんよう、リナ君。調子はどうだい」
 また、泣いているようだけど。

 ひとつの立場に収まったなら、みんなそのように生きるのだと思っていた。
 生まれによって定められている者もあれば、生きる道を自ら選ぶ者もあるだろう。子供という立場が終わったら、誰もが何者かになるのだと。それが自然で、キミの嫌いな言葉を借りれば――『普通』のことなのだと。
「私は、生まれた瞬間から王子だったから」
 ほんとうの意味でただの子供だったことはなく、王子として求められるまま生きる。いつの日か王になったなら、王として生きるのだろう。
「同じように、……母親になったなら、母親として生きるんだろうって」
「――う、う、ぅ、うるさい……っ!」
 そうか、この言葉も嫌いなんだっけ。
「ごめんね」
 深呼吸をひとつ。
「みんながそう出来るワケじゃないんだね」
 瞬きをふたつ。
「しらなかったよ」
 みっつ、――私には出来る。そう信じる理由を心の内で唱えたら。

 オスカーが飛び立って、空を切るのが合図になった。
 足下、ちょうどスプリングのある位置に強く踏み込んで、返る力に身を委ねる。さっきまでの大揺れで、巨大なベッドの上での跳び方はしっかり身に着けた。そのうち、忘れるかもしれないけど。
 大跳躍。
 同じ視線の高さまで。
「――背負えない役目は、降ろさなくちゃいけない」
 そう思ったら、キミの視線よりずっと高くまで跳んでしまった。その落差もまた攻撃力となって刃に乗る。“運命”の名を負うレイピアを構え、――まず狙うのは、右の肩。

「っ、と」
 ……防御力は捨てていたので、着地は完璧とはいかなかった。
 右脚だけに負荷がかかって、あらぬ方向に一回跳ねる。そこから上手く前転をして受け身をとる。いつもの通り痛みはないが、あとで治療はしておかないと。
 エドガーに続くようにして、肉塊が重々しく跳ねた。斬り落とされた、リナの片腕だ。
「ぐ、あ――!」
「キミに母親という役目には向いていなかった、それだけさ」
「……そうじゃろうな」
 その肉塊の陰から、光剣を携えたクレアが顔を出す。
「ならば、その絶望を和らげる術をわしは持たぬ」
 エドガーの攻撃の意図をも彼女は見切っている。……リナの持つ直接的な攻撃手段は、腕で掴んで振り回すことだけだ。それさえ封じてしまえば、後の戦闘はだいぶ楽になるだろう。
「役目から、解放してあげよう」
「ああ。全てが終わった過去のものである以上、できるのはこれ以上苦しまぬようにしてやることだけじゃ」
 心を救う言葉を持たない自分たちには、そのくらいの役目がちょうどいい。

「か、かえせ。かえして。うで、うで――」
 迫りくる左腕に、応じて跳んだのはクレアの方だった。
 見切って、接近。人差し指と中指の間を抜けて腕を駆け登る。このまま先のエドガーと同じく肩から斬り落としてもよいのだが、これ以上の痛みを感じさせるのは少々忍びなかろう。光剣の物理干渉を切り、概念の破壊機能を選択する。
 美しいものに手を伸ばし、欲しいままにするユーベルコード。
「――その核を貫こうぞ」
 それはおそらく、醜い自分が持たないものへの憧れなのだろう。

 一閃。

「ぁ……」
 肉も、骨も、断たれてはいない。
 しかしリナは気を抜けたように宙を仰いで、クレアを掴もうとしていた腕をだらりと垂らし――膝をつく。気の抜けた息を漏らして倒れ込む。何か、根源となる衝動を失ったかのように。
 ……ここは寝床なのだから、そうするのが本当だろうとエドガーは思う。真白いシーツの上でそのまま眠っていればいい。眠り姫という立場でいるのが、彼女にとっては一番なのだ。
「私は王子として、これからも生きていかなきゃ」
 そんな美しすぎる想いを、赤いバラだけが聴いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

佐藤・和鏡子
結婚すればバラ色の人生が待っている、子供を作れば幸せを運んでくれる、と聞きます。
世の中には、本当にそういう人もいるのでしょう。
でも、そうではない人もいます。
彼女や私のように。
私も女性ですが、妻や母にはなれない、なってはいけない身ですから。
(機械だから、ではなく、人格的に)
彼女も幸せを願って叶わなかっただけ、初めからこうしたかった訳じゃない、ただうまくいかなかっただけ。
『貴女は間違っていなかったわ。ただ、うまくいかなかっただけよ』
戦闘では、牽引ロープを足に引っ掛けて引き倒して(牽引のユーベルコードを使います)攻撃の糸口を作る、怪我人の治療にあたる、などのサポートに回ります。


安喰・八束
子供ではなく、母親だとは。
……なら、あれらも玩具どころじゃねえ。
この部屋は、お前さんが産んだ子で一杯だった、って訳かい。

大人の男だ。お前さんを追い詰めた家族に近しい背格好かも知れん。
他の猟兵が説得する間、俺が攻撃の矛先を引き受けよう。(見切り、援護射撃、激痛耐性)

行動速度を1/5にされても、およそ1/13秒。
隙を見て「狼牙一擲」で急所への距離を詰め
……良い猟師ってのは、眠るように仕留めるもんだ。

すまんな。
子を手に掛ける程の鬼道に堕ちた、お前さんの苦しみを
俺は、和らげる術を知らん。
此れより先の世に生まれ、良い音を聞け。
出来るのは、こうして引導を渡すことだけだ。



●女の貌
「結婚すればバラ色の人生が待っている――」
 恋物語で読んだような言葉を、ちいさな唇が口ずさむ。
「――子供を作れば幸せを運んでくれる、と聞きます」
 そう言って目を伏せる佐藤・和鏡子(リトルナース・f12005)の背格好は、どちらかと言えば子供の部類だ。それこそ可愛いぬいぐるみを抱いているのがよく似合うような少女だった。けれどその両腕の中にあるのは、頑丈な造りの救急箱。
 彼女の人となりを知るからこそ、傍らの男は――安喰・八束(銃声は遠く・f18885)は、それに適当な相槌を打って返そうなどととは思えなかった。和鏡子は、常に現実の話をする。故に此方も、自ら見聞きしてきたもので応えるのが筋だろう。
 ひとつだけ、問い返す。
「ばら色、ってのは?」
「おおまかに言うと、赤ですね」
「……そうかい」
 何にせよ、己が思い描いた色ではあるまい。

 ――眠り姫は、先から寝床に伏したまま。
「やだ……、やだ、おで、あ、ぁ、ぁ、」
 利き腕を落とされ、何某かの術で気勢を削がれ、今にも眠りに落ちそうでいて、――けれど時折、四肢のうちの残った三つをじたばたと振り回す。迂闊に近付けば痛い目を見ることになるだろう。
 それはさながら、夜泣きをの激しい駄々子のようではあるものの。
「ぁ、――たし、は……」
 ……猟兵たちの重ねた言葉は、本来の『リナ』を呼び戻しつつあった。

「あれが。子供ではなく、母親だとは」
 そうは成り切れなかった女の末路が、この座敷牢じみた世界だとは。
「……なら、あれらも玩具どころじゃねえ」
 兎も、熊も、白黒も。手造りなのだと聞いてみれば、何れも丹精込めた品であったと八束のような男にも判る。縫い目など見えないくらい細やかで、毛並みの向きまで丁寧に揃えられていた。
 一流の職人は、自身の仕事に愛を注ぐものだと云う。
「この部屋は、――お前さんが産んだ子で一杯だった、って訳かい」
 それを一遍に奪われた苦しみが、彼女の心を殺したのか。
「別の道は、なかったもんかね。……未来じゃ、女も男と同じように生きられると聞くが」
「結婚や出産が、女性としての幸せという考えは根強いでしょうね」
 少なくともリナさんの世界では、と、和鏡子は付け加えて。
「世の中には、本当にそういう人もいるのでしょう。でも、そうではない人もいます」
 救急箱を一度ぎゅっと胸に引き寄せて、その蓋を開く。中に詰め込まれているのは単なる薬や器具に留まらない複雑なガジェットだ。操作盤の光が、優しげな瞳に映り込んで揺れる。
「彼女や、――私のように」
 優しげでいて、迷いはない瞳だった。
「私も女性ですが、妻や母にはなれない、なってはいけない身ですから」
「……かも、しらんな」
 機械仕掛けの身体のことを言っているのではない。猟兵は生命の埒外であるし、本気で望めば異世界の技術も自由に活用できる。
 けれど。たとえばいつか、恋を知るようなことがあったとしても。
 伴侶よりも、我が子よりも、目の前の救える命の元へと走ってしまうだろうから。
「作戦があります。ちょっと準備をしてきていいですか?」
「応。俺は攻撃の矛先を引き受けるとするかね」
「そう仰ると思ってました。――どうか、ご無事で」

 一歩、一歩。
 忍び足、と称せば聞こえはいいのだが。……横たわる巨体に近付くにつれ、八束の動きは鈍くなっていく。
 リナが身動ぎをするたびに、その悍ましい肉片が剥がれ落ち、ぼろぼろと辺りに降り注ぐのだ。どうやったって愉しめるようなものではないし、狼の鼻には特段堪えるものがある。
「くる、なっ、」
 払い除けてくる手の甲を、避けようにも避けられない。
「……こないでえ!」
 そうか。
 だったらいっそ殴れば良い。お前の嫌いな大人の男だ。顔は知らんが、背格好ならきっと近しい。病に臥す嫁を救えなかった男のことはさぞ憎かろう。
 利き腕を残し、左で受ける。ばね仕掛けの寝床がぎしりと沈み込む。
 折れる覚悟は済ませていたが、それより先に肩が外れた。癖になっていやがるな、と、舌打ちの代わりに鼻で嗤う。此れだけ引き付けてやれば――もうじきに来る。

「道を開けてください!」
 そんな常套句とともに、毛布とシーツの道なき道を突っ切るひとつの鉄塊がある。
 救急車だ。
 現代日本で見られるようなシンプルな直方体ではなく、アメリカ車をベースとした年代物。この世界の中ではそれこそブリキの玩具のような車体は――スプリングで大きく跳ねて、リナの巨体を越え、最高高度に達すると同時にフック付き牽引ロープを射出。
 無骨な鈎爪が、その足を捉えた。
 そのまま着地。体勢を崩したリナを引き摺りながら急ハンドル。ぐるりとその周囲を回って――ロープを絡めて、引き倒す。

「――よし来た」
 一秒もあれば隙は十分。
 つまり此処まで派手に噛まして呉れれば十二分だ。呪いじみた腐臭の中であろうとも、狼牙一擲、その全力の速度で距離を詰めれば一瞬きの誤差もない。
 和鏡子による牽引で腕が退けられ、露わになった急所は――眉間だ。
 爛れたような瞼の間に、“古女房”の銃口を押し付ける。左肩が馬鹿になった分、銃床は膝で支えて、馴染んだ引鉄に指を掛けたら後は力を篭めるだけ。
 ……良い猟師ってのは、眠るように仕留めるもんだ。
「ごめん、なさい」
 命乞いなど聞くべきではない。
「ぁ、たしの、せいで、みんなも、ともきも――」
 ――命乞いであればどんなに良かったか、と思う羽目になることもある。
 すまんな、と、口の中で言葉が籠る。……子を手に掛ける程の鬼道に堕ちた女を、救う術など知る筈もない。送ってやれても地獄であろう。正気と狂気の狭間で藻掻く苦しみを、和らげる事が出来るとすれば。
「此れより先の世に生まれ、良い音を聞け」
 こうして、引導を渡すことだけだ。

 運転席から飛び降りて、牽引ロープを車体から外す。もう片側にもフックを取り付けて、和鏡子はリナの身体を登る。……ひと巻きしたロープをどこかに固定すれば、拘束は完了だ。
「あなたも、私も、同じ」
 普通の幸せに拘るよりは、持てる技術を多くの人に与えるべき人間だったのだろう。けれども、それは、結果論だ。願って叶わなかっただけ。
 彼女だって、初めからこうしたかった訳じゃない。誰もが常に最も正しい道を選べるとは限らない。もしそんなことが出来るなら、猟兵たちだってこうなる前に彼女を救えていた筈だ。ただ、うまくいかなかっただけ。だから和鏡子も、それ以上の後悔を背負うのは止めておく。
「貴女は間違っていなかったわ」
 コーヒーを飲みながら話を聞くように、目の前の女へと語り掛けて。
「ただ、――うまくいかなかっただけよ」
 一発の銃声を、静かに聞き届けるのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

春霞・遙
育児ノイローゼか、産後のうつか、元々形成された性格なのか。
このタイプで子供を殺してニュースになる親と他者に助けを求めることができた親に大きな違いは無いと思うんですよね。
運が悪かった。縁がなかった。救いの手に恵まれなかった。
手遅れになる前にあなたが苦しんでいることに気づいてあげられなくてごめんなさい。

もう頑張らなくていいですよ。
つらかったことは忘れて、愛してくれるものたちに囲まれていいの。
あなたの嫌なものはもらっていくから。

左腕や脇腹等戦闘に支障無い順に自身の肉や血を食わせて【心を喰らう触手の群れ】を召喚。
つらい思い出から順にオウガを喰うよう命じて放ち、自分は最低限攻撃を受け流しつつあやします。


ロニ・グィー
【pow】
アドリブ・連携・絡みも歓迎!

うぇ~……何それおっも!めんどくさっ!という顔を……隠すまでもないか
オウガ化って初めて見るけどこんな感じなんだね~
…ぇ、ほんとに?これオハナシ通じる?

餓鬼球くんにお願いする
持ち上げられないサイズと重さでのしかかってもらおう
別に、誰かのために生きなくてもいいんだけどな
好きなように生きていいのに
家族でみんなでなかよく、なんてのは結果だよ
みんながそうしたかったときにそうしたから、そうなっただけ
もちろん今、ボクがこうするのはボクがこうしたいから!

食べちゃえ!
怪物の鎧も、もう要らないなら部屋も世界も
そんな話があったよね、何もかも時間ごと食べ尽くしちゃう怪物の話



●身も、心も
 子を宿し、産むということは、女性の体にとって途轍もなく大きな出来事だ。
 物理的な現象のみには留まらない。内外の変化に対応するため、根本から別の生き物へと造り変わる――といっても過言ではない負担がかかる。その過程で、体のどこかに不調をきたしてしまうこと自体は然程珍しくもない。
 特に、脳という器官はあまりに脆弱だ。
「育児ノイローゼか、産後のうつか、元々形成された性格も影響しているのか……」
 春霞・遙(子供のお医者さん・f09880)の並べる病名は、最早『診断』には為り得なかった。ベッドの上に横たわっているのは患者ではなく、猟兵たちの攻撃を受けて動きを止めたオウガの体躯――リナであったものの、残骸にすぎない。
「もー治せないんでしょ? だったらどれでも同じじゃん」
 あっけらかんとした声が、遙の背中へ投げかけられた。冷たいようでいて、そんな温度すら感じさせない程に軽い響きだ。……ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)の言い草は子供じみて残酷で、しかし一定の理がある事実でもある。
「そうかも、しれませんね。今大事なのは治療じゃなくて、彼女に寄り添ってあげること」
「うぇ~……、よくやるなあ、ホント」
 リナの『絶望』を見ても尚、何それおっも、めんどくさっ、と書いてある顔を隠そうとしないロニである。そもそも隠すまでもない。少年の形をした神様は、そんな上っ面で慈悲を示そうだなんて考え自体を持たないのだ。
「オウガ化って初めて見るけど、こんな感じなんだね~」
 元がアリスって言うくらいだから、もっと可愛い女の子のオウガにでもなるんだと思ってた――なんて口を尖らせながら、異臭を放つ肉塊相手に、素直に眉をしかめてみせる。
 そんなロニの態度に対して、怒るでも、叱るでもなく。遙は静かにリナの湿った肌へと触れる。
「今からでも、声なら届きますから」
「……ぇ、ほんとに? これオハナシ通じる?」
 通じるはずだと、信じている。
 世の中には、話の通じない人間、人の親となるべきではないような人間もいる。しかし、彼女のようなケースであれば。その根本は、どこにでもいる、普通の女性だ。
 そうやって子供を殺してニュースになる親と、他者に助けを求めることができた親に、大きな違いはないと遙は思う。
 ただ、運が悪かった。縁がなかった。救いの手に恵まれなかった。あるいは周囲の人々も、手を尽くした上であと一歩が届かなかっただけなのかもしれない。
 ……『トモキ』くんが、たとえば患者として私のところへ来ていたら。母親である彼女のことも、見つけてあげることができただろうか。きっと私と同じ世界の何処かに居た筈のあなたのことを。こうやって、何もかも手遅れになる前に。
「あなたが苦しんでいることに、気づいてあげられなくてごめんなさい」

 その一言が、皮切りだったのだろうか。
 倒れ伏していた巨体が蠢く。オウガとしての、オブリビオンとしての、おそらく最後の抵抗だ。肩の筋肉が奇妙に膨れ上がって、遙へ『掴み掛かろうと』する。
「きれい、だなあ――」
 腕を奪われ、脚を拘束された者が、それでも何かを『欲しい』と考えた時に果たして何を使うか。
 口だ。
 不揃いな黄色い歯列が、あんぐりと開いて遙へと迫り――。
「どいつもこいつもさーっ!」
 その横っ面に、漆黒が激突する。
「――餓鬼球くん!」
 ロニの号令に従って、無数の浮遊球体群が『影』より姿を現す。光さえ吸い込むような漆黒に、宝石めいた光沢。それらは瞬く間に上空を埋め尽くし、――そのうちひとつが、巨体でも持ち上げられない体積と質量に変化して、リナの背中を押さえつける。
 その気になれば、小惑星サイズで容赦なく圧し潰すこともできるのだけど。それじゃ後々面倒だって言われたし。ずかずかと遙の前に出て、大袈裟に溜息なんかついてやる。
「別に、誰かのために生きなくてもいいんだけどな」
 好きなように生きていいのに。アリスくんたちも、猟兵たちも。
 この人だって、ぬいぐるみを造るのが好きならぬいぐるみだけ造っていれば良かったんだ。そうすれば周りにぬいぐるみの好きな人が集まって、その中にたまたま男が居たりしたかもしれない。子供だって作りたいときだけ作ればいいし、可愛くなかったら可愛くないでいいじゃない。
「家族でみんなでなかよく、なんてのは結果だよ。――みんながそうしたかったときにそうしたから、そうなっただけ」
「……ええ」
 ちょっと極端にすぎるけれど、と、苦笑いを返して、遙は視線の高さをロニに合わせる。
「ありがとう。さっきは助けてくれて」
「やめてよね」
 子供扱いも、変なお礼も。
「だいたい、助けたわけじゃないし。……ボクがこうするのは、ボクがこうしたいから!」
 浮遊していた『餓鬼球』たちが、一斉にその口を――口、としか呼びようのない割れ目を開く。

 ……『喰らう』つもりだ。
 瞬時にそうと察したのは、遙自身も似たものを身に宿している故だろうか。……そして、同じ選択肢を頭に浮かべていた故だろうか。
「あなたたちも。……存分に、喰らいなさい」
 心を喰らう触手の群れ《エンプティ・パロニリア》、その制御を解く。
 最初に喰らわせるのは己の左腕、表面の血肉だ。この先の戦闘に支障のないよう、最低限の動きができる筋肉と骨だけ残す。それでまだ足りないならば、生命維持には直ちに影響のない脇腹を。
 ぱた、ぱた、真白いシーツに滴る血までもを、紫色の触手が舐め啜る。これで今回の契約は成立。
「――――ッ、……ねえ、リナさん、もう頑張らなくていいですよ」
 痛みは無視する。それよりも、彼女にこれと同じ痛みを与えてしまうことのほうがずっと心苦しい。まずは彼女の元へ向かってその痛覚を喰うように。その後は、『つらい思い出』から順番に心を喰うように。命じて、放つ。
「つらかったことは忘れて、愛してくれるものたちに囲まれていいの」
 真実を思い出して、罪と向き合った。それを償うための時間すら奪われてしまったのだから、もう何もかも十分でしょう。
「あなたの、嫌なものは、もらっていくから」
 忘却のかなたに、優しい夢をみせてあげる。

 ……球体群と触手がオウガに群がり、醜い肉を喰らい尽くす。
 リナはぽっかりと口を開けて、汗だか涙だか分からない透明な体液を零して、凄惨な破壊の海へと沈んでいく。けれどもその姿は――あやして寝かしつけられる、ぐずる子供の姿にも似ていた。
「食べちゃえ!」
 その怪物の姿が、きみの着込んだ『普通』の鎧の成れの果てだって言うんなら――そんなものは流石にもう要らないでしょ。
 神様がそうと断じれば、『餓鬼球』の歯牙は部屋の輪郭さえも削り、飲み込んでいく。大袈裟なベッドの天井だとか、パステルカラーの丸っこい家具だとか、何の意味があるんだかわかんないし。
 そんな話があったな、とロニは思う。タイトルなんて覚えてないけれど。こうやって何もかも時間ごと食べ尽くしちゃう怪物の話だ。確か怪物は倒されて、主人公は現実に戻って、いつか大人になるんだよ、みたいなことが書かれて終わるんだっけ。
 だったら、その逆になればいい。
 世界が全部無くなれば、本当に必要なものだけが残るはずだから。

 ――やがて。
「あれ……?」
 毛布のような花園の真ん中で、小さな影が身を起こす。
 つらい記憶も、悍ましい怪物の姿も失った『彼女』は――自分の扉に触れた瞬間と全く同じ、可憐な少女の姿をしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ラピタ・カンパネルラ
【仄か】
(絶望しなかった僕ら
戦えた僕ら
逃げることさえできなくなった君に)

環境耐性で毒に耐え
怪力、部位破壊で迷路を破壊
君達、猟兵、みんな、みんなに見てもらう為にも迷路は、邪魔だ

【物語は永く】、一握りと呼ぶには贅沢かな
『例えば、リナちゃんの笑顔で、ぬいぐるみ達も笑顔になれますように』
『例えば、リナちゃんが、もうちっとも痛くありませんように』

捧げる皮膚は、身体中あちこち
灯せ、この大きな部屋で誰一人僕を見失わないように
平気、ううん、こんなに悲しかったあの子に届けるのに
無事なままでなんていられるものか
手をつなぐ
カロン、一緒に燃えて、一緒にあの子まで届けて

おやすみ
どうか君達に
楽しい夢ばかりがありますように


大紋・狩人
【仄か】
(絶望しなかった僕ら
希望を奪われたら
同じようになっていたんだろう)
リナ、戦い難くなる程
みんな変わらずきみを愛おしんでいた
そうだな
寝かせてあげないと

力以外を奪う迷路
かばう、灰靄で毒を遮る
怪力、部位破壊、共に壁を蹴り壊す

手が伸びてきたら
おびき寄せ、ラピタをふれさせない
躱す
髪を掴まれたら切り落とそう

っ、ラピタ!?
(広く皮が削げる
渡し過ぎだ、言葉は喉で痞えて
彼女達の幸いを強く願うは
僕も同じ)
今日だけ、な
それがきみの意思なら一緒に届けよう
祈り、覚悟、手をつなぐ
【春と灼嘴】

限界突破、焼却
最大火力でリナを灼いて
眠らそう

おやすみ
皆きみを見守っている
…向こうで、待ってもいるよ
また一緒に眠ってあげるといい



●大丈夫
 なんで自分がここにいるのか、今まで何をしていたのか、どうしても思い出せなかった。
 確か、――確か。とっても楽しい冒険の旅をしていたような気がする。絵本みたいな不思議の国で、色んな景色を見て回った。飴玉の滝とか、綿菓子の砂浜とか、食べられる夕焼けとか。そうしたらクマちゃんが、『お前食べ物ばっかりじゃねえか』って呆れて笑うんだ。
「そうだ! みんなは……?」
 辛いことも哀しいこともあったような気がするけれど、それでも大丈夫だったのはみんなが居てくれたから。一体どこに行っちゃったんだろう? はぐれたんなら、早く見つけてあげないと。ウサちゃんなんて心配性だから、今頃泣いているかもしれない。
 見渡す限り、お花畑だ。それも普通のお花畑じゃなくって、ぐねぐね曲がりくねった壁で迷路みたいになっている。なんとなく、波打った布に似て見えた。
 ……これじゃあ、遠くまでは探せない。途方に暮れて右を左を見回すと、ふと、聞き慣れた声が耳に届いた。
「すごーい!」
 どうやったって間違える訳もない、大事な『お友達』の声が。

 ――パンダちゃんが、それに伴う何体かのぬいぐるみが、『リナ』に駆け寄っていくのをふたりは見ていた。
 彼女は表情を輝かせて、真っ白なタオル地の肌に全身を埋める。ぽすん、とやわらかな音がする。
「もうふたりは?」
「生きててえらい!」
「無事なんだね? よかった……」
 醜く歪んだ怪物でもなければ、大人になってしまった寿乃田理那でもない。『アリス』としての姿と振る舞いがそこにある。
 ……けれども、その光景は幸福な結末を意味しない。
 猟兵たちのユーベルコードがもたらした、束の間の甘い忘却、はかない夢だ。

 目の前の少女はあくまで既に喪われた過去《オブリビオン》で。
 炎は、それを灼かねばならない。

 絶望しなかった僕らについて、ラピタ・カンパネルラ(薄荷・f19451)は考えていた。
 この身を蝕む力を宿して、だからこそ戦えた自分について。猟兵という運命に選ばれて、君を断じることについて。
 ラピタに与えられたものが暗闇に光を灯す炎であれば、リナに与えられたものはその真逆。目を閉じ、耳を塞ぎ、逃げ続けるための力だ。
 それでも絶望に追いつかれ、眠ることしかできなくなった君に――見せてやれる光は、あるだろうか。
「カロン」
「ああ」
 絶望しなかった僕らについて、大紋・狩人(黒鉛・f19359)は考えていた。
 たとえばこの襤褸のドレスは、自分のよすがのひとつではある。けれども、これが奪われ、失われることがあったとしても――彼女のようにはならないだろう、と、思う。
 凛々しかった母の姿や、受け継いだ誇りが失われる訳ではないのだから。
 ……彼女がほんとうに奪われたのは、そうした希望なのだろう。信じるものすら奪われたなら、自分だってきっと同じようになっていた。
「リナ」
 呼び掛ける喉が、妙に疼いた。
「だあれ?」
 そうやって小首を傾げるきみが、愛らしい少女のかたちをしていようと。先程までの異形だろうと。――変わらず、戦い難かったに違いない。
「みんな、変わらずきみを愛おしんでいた」
「ウサちゃんや、クマちゃんの話?」
「そう。今は遠くから見守っている」
 ……そのふたりは、戦場への同行を選ばなかった。きょろきょろと辺りを見回すリナの目に映るのは花の迷路ばかりで、彼らの姿を見つけることはできないだろう。
 つないだ手を一度ほどいて、ぼんやりとした視線を上げて、ラピタがひとつ頷いた。狩人も同じ想いでそれに応える。……灼いてしまうより前に、為すべきことがたくさんある。
「――そうだな」
 愛しいものに囲まれたなかで寝かせてあげないと。

 力以外のあらゆる術理を奪う法則があるのだとしても。
 骨を、灰を、靄と満たせば、美しい花の毒を遮ることはできる。狩人が庇いきれないぶんは、ラピタが唇を噛んで耐える。痛みも、狂気も、疾うに慣れ親しんでいる。
 ――そして、幸い、ふたりには純粋な膂力があった。
「君達、猟兵、みんな、みんな、」
 蹴り壊す。見た目にそぐわぬ硬度を持つ壁を、ふたりで共に破壊する。足先で穴を穿つだけには留まらない。その怪力で根こそぎ引き摺り、覆い布を剥ぐように、道を開ける。
「どうか――見届けてくれ」
 ラピタには、姿かたちの美醜がわからない。きれいだと言われたものをきれいだと信じてはみるけれど、その逆を語るつもりはない。
 ただ、誰もが最後に目にする『リナ』が、彼女自身の望んだものであればよいとは想う。
 その為にも、迷路は、邪魔だ。

「きゃ……!?」
 突如吹き荒れた破壊の嵐に、何も知らないリナの心は悲鳴をあげる。その恐怖に呼応するように、伸ばされてきたのは――怪物の腕ではない。
 彼女を護るように立つ、パンダちゃんの腕だった。
「――良いよ」
 大丈夫、と、狩人は微笑んでみせる。元より彼女の味方をしてくれれば良いと思って連れてきたのだ。
 けれど、ラピタにはふれさせない。クリノリンドレスを翻し、精一杯に目を惹いて、攻撃を自分へとおびき寄せる。
 躱す。華奢な胴はするりと手を抜けて、――代わりに掴まれた三つ編みの先を、銀炎を纏う手甲で切り落とす。
 解けた髪が舞う頃には、辺り一面がひらけていた。

「例えば、」
 金箔や宝石だなんて言わないから、ほんの一握りの幸福が、誰しもに注ぎますように。
「リナちゃんの笑顔で、ぬいぐるみ達も笑顔になれますように」
 ラピタがそうっと両手の指を組んだ瞬間、その手から、腕から、順に皮膚が失われていく。
 まるで薪をくべるように、燃え上がるのは青い炎だ。壊れきった『絶望の国』の中心に、まばゆいばかりの光が灯る。
 物語は永く《エバー》――灯せ。この大きな部屋のなかで、誰一人僕を見失わないように。猟兵たちにも、ぬいぐるみたちにも、等しくこの呼びかけが届くように。
 誰が異を唱えるものか。こんなささやかな祈りの、何処が荒唐無稽であるものか。……だったら、もう少し願っても構わないだろう。
「例えば、リナちゃんが、もうちっとも痛くありませんように」
 怖がらせてしまったぶんは、優しく送ってあげられますように。

「――っ、ラピタ!?」
 慌てて駆け寄った狩人が掴んだ肩から、首へ、胸へ、あちらこちらへ。ラピタの皮膚が広く削げていく。一握りとは呼んでみても、ふたつの願いを並べた代償は相応に重い。
「平気、……ううん、」
 そう言ったら嘘になるな、と苦く笑う、その顔の皮膚さえも捧げて燃やす。
 これで、少しは、怪物になったあの子の顔に似るのだろうか。そうだったら良いとラピタは思う。あんなに悲しかった彼女に終わりを届けるのに、自分だけ無事なままでなんていられるものか。
「カロン、一緒に燃えて、一緒にあの子まで届けて」
「……うん」
 渡し過ぎだ、なんて言葉は喉で痞えて、狩人は焦げた肉も露わなラピタの手を包み込む。――彼女達の幸いを強く願うのは、僕も同じ。
「今日だけ、な」
 それがきみの意思なら一緒に届けよう。その代償も分かち合いたい。肌のない唇にすら、今すぐ触れたいと想うから。
 ――つないだ指から順に、狩人の白い肌もまた燃えていく。

 春と灼嘴《アプリリス・ハヴズ》。
 ラピタの蒼とは対照的なこの昏い銀炎は、オブリビオンのみを滅する熱だ。このまま花園の残骸に燃え拡がって――オウガであるリナのみを灼くだろう。
 ……パンダちゃんは、最早、ラピタと狩人を邪魔しようとはしなかった。彼女を護るように、怖がらせないように、大きな腕でぎゅっと彼女を抱きしめている。
「おやすみ」
 そう囁いたのは、誰だったろうか。
 一緒に送ってはあげられないけれど、皆きみを見守っている。ウサちゃんも、クマちゃんも、きっとこの篝火を見てくれている。そして、……ほんとうの彼らが、向こうで待ってもいるはずだから。
 その時は。お互いのありがとうを伝え合って、また一緒に眠ってあげるといい。
 そう伝える喉すら爛れた頃――ついに、炎がリナの身体に触れた。

「パンダちゃん……?」
 あたたかいお腹に顔をうずめて、リナは目をまたたかせる。
「何も見えないよ」
「だいじょうぶ」
 無邪気で甲高かったはずの声が、炎の中で優しく響く。
「リナちゃんは、生きててえらいし」
 ぽん、と、小さな背中を叩いて。
「もう、生きなくても、だいじょうぶ」

 ラピタはただ、いのちが燃え尽きる間際の強い光だけを見ていた。
 そうしてその向こうに、――心底安心したような、かすかな吐息を聴いた気がした。
「…………、どうか」
 君達に、楽しい夢ばかりがありますように。
 みっつめの願い事は、やっぱり贅沢なんだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 集団戦 『虹色雲の獏執事』

POW   :    「邪魔が入るようですね。番兵さん、出番です」
自身が【自身や眠っているアリスに対する敵意や害意】を感じると、レベル×1体の【虹色雲の番兵羊】が召喚される。虹色雲の番兵羊は自身や眠っているアリスに対する敵意や害意を与えた対象を追跡し、攻撃する。
SPD   :    「お疲れでしょう。紅茶とお菓子はいかがですか?」
【リラックス効果と眠気を誘う紅茶やお菓子】を給仕している間、戦場にいるリラックス効果と眠気を誘う紅茶やお菓子を楽しんでいない対象全ての行動速度を5分の1にする。
WIZ   :    「外は危険です。こちらにお逃げください」
戦場全体に、【強い眠気と幻覚を引き起こす虹色雲の城】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●あまいゆめ
 そして、ひとつの世界が崩れていく。

 もはや部屋というかたちを成さなくなった空間に、最初に満ちたのは光だった。薄闇が一瞬で真っ白に染まり、春の朝を思わせるような暖かい風が君たちを包む。
 床であったもの、壁であったもの、ベッドや家具であったもの――ぬいぐるみたちであったものは、あざやかな虹色の雲へと変わっていく。ぷかりぷかりと浮かぶ足場に、時折、オウガの支配から解放された『愉快な仲間』たちが眠っているのが見える。
 ……それは、『絶望の国』という言葉にまるでそぐわない、夢のような光景だった。
『こんばんは』
 眠くなるような声が聴こえる。
『おやすみ前の紅茶はいかがですか?』

 ――『虹色雲の獏執事』。
 アリスに対する害意を持たない、物静かな類のオウガである。苦しんでいる者を見れば寄り添い、美味しい紅茶とお菓子でもてなして、安心できる寝床を提供する。彼らの思考は、純然たる善意だ。
 もう何もしなくていい。
 もう何も考えなくていい。
 もう大丈夫。

 無論、猟兵であれば抵抗できる程度のものではあるが――鬼ごっこによって疲弊したアリスたちは、その誘いを拒むことは難しいだろう。多くの場合、敵であるとすら考えない。親切な仲間に出逢えてよかった、と思いながら、二度と目覚めることのない眠りを受け入れることになる。
 彼らが見せるのは、ゆるやかな死という甘い夢。
 君たちが終わらせるべき夢だ。
 ……『リナ』の絶望が生んだオウガが、他の世界に溢れる前に。
ロニ・グィー
【spd】
アドリブ・連携・絡みも歓迎!

あ~お菓子だ~おいしそ~(ふらふら~)
ふぁ~あ……あ~なんだかボク眠くなってきちゃった~(ふらふら~)
お菓子は美味しいからね、しょうがないね!

●UCを発動しリセット!して行動速度低下もレジスト
くっ美味しそうなお菓子だけどボクはそんな見え透いた罠には引っかからないよ!
美味しそうだけど!美味しそうだけど!

みんな~おやつだよ~
あれ全部、食べちゃっていいから
じゃ、お願いね
餓鬼球くんたちを放ってお任せしちゃおっと

まったく
これだからアリスくんたちの相手ってめんどくさいんだよね~
んもーっ
あーあ、みんなもっと楽しく好きなように生きればいいのになんでできないかなあ?


エドガー・ブライトマン
またひとつの世界が終わってしまったんだね。
終わりという割にはなんだかあたりは穏やかだ。
ねえレディ、世界の終わりって、案外こういうものなのかな……

穏やかに給仕をする獏君の様子を眺めていても、
紅茶とお菓子をもてなされても、私の気持ちは変わらない。
あくまで給仕されたものには口を付けずに
紅茶を作り慣れているんだねえ、なんて話しかけて隙を伺おう。

獏君の視線が私から逸れた瞬間を逃さず
《早業》で“Jの勇躍”
甘やかな幻想を断ち切るように、攻撃の手は止めてあげない。

私には紅茶も菓子も甘い夢も必要ない。
私は生まれながらに役割を与えらえたから
それを全うする運命にあるんだ。

獏君、私はココで眠ることは許されないんだよ。



●おこさまとおうじさま
「また、ひとつの世界が終わってしまったんだね」
 アリスラビリンスにおいて、世界とは絶えず生まれて消える泡沫である。
 まだ何もない空白の国から、もう何もない暗黒の国まで。――エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)の旅路には様々な物語があった。やがて忘れてしまうのだとしても、いくつも見た、という感覚だけは残っている。
 だからこそ、ぼんやりと、『違う』と感じることもできた。
 青空とはまた異なる光に満ちた白い空。甘い匂いに、鮮やかな虹の千切れ雲。……絶望の国が崩壊する、なんて脅かし文句の割には、辺りは妙に穏やかだ。炎も、悲鳴も、流血もない。左手から零れる花弁だけが不吉なまでに紅かった。
「ねえレディ、世界の終わりって、案外こういうものなのかな……」
 キミの食んだ記憶のなかには、一体どんな終わりがあったんだい。
 ――そう問いかけてみても、不機嫌な淑女はそっぽを向くばかりだ。

『紅茶とお菓子はいかがですか?』
 ゆるやかな声、耳を傾けるだけで眠くなるような声だった。視線を戻せばそこにはレースの敷かれたティーテーブルがあり、向こう側から紅茶の一式、ココアのクッキーが給仕されてくる。
 促すように一礼をする獏執事に、エドガーは変わらぬ微笑みを返す。
「うん。いい香りだ」
 口は付けない。手も出さない。信頼できない給仕の出す食事には、指一本触れてはならない――物心ついた時には、既に教わっていたのだっけか。
 実際、輝く者の国でその知識が活かされることは少なかったし、旅の道すがら、そうも言っていられない場面のほうが多いけれど。教養というものは、ふとした瞬間に思い起こされるものである。
「紅茶を作り慣れているんだねえ」
『恐縮です』
 礼節に礼節で応える彼に、悪意はないのだと聞いている。
 もてなしに込められた心がたとえ真実なのだとしても、エドガーの気持ちは変わらない。ただ会話だけを繋いで、『敵』が隙を見せるのを待つ。
 ……まあ今回、自分たちは最初から相手がオウガと知らされているのだし、そうそう無防備に振る舞う訳もないのだけれど。
「あ~、お菓子だ~おいしそ~」
 ふらふらとテーブルに寄ってきた少年のことも、エドガーは概ね微笑ましく見守っていた。彼も猟兵なのだろうし、彼なりの考えがある筈だ。いざという時だけ手を貸してあげたらいい。
「このクッキーココア味? ちょっと苦いんだよねーこれ系って。ジャムとかないの?」
『ええ、もちろん御座いますとも』
「気が利いてる~」
 ひょい、ぱく。
 席に着くことすらせずにお菓子を口に運んだのも、速度を奪われないための行動だろうか。あえてそうするからには、毒への耐性とか、眠気への対抗策とか――。
「ふぁ~あ……」
 ないなあこれ。
「あ~……、なんだかボク、眠くなってきちゃった~……」
「ちょっとキミ、」
 いけないな、と立ち上がるエドガーの目の前で、力の抜けた小さな身体が雲の地面に崩れ落ちる。お菓子は美味しいからねえ、しょうがないねえ、なんて譫言を零しながら、呑まれるように沈んでいく。
 ……“運命”に手を掛けるべきか。一瞬考えて、まずは手を伸べることを優先した。その間にも時は引き伸ばされて。五分の一だなんて尺度を通り越して薄らいで。

 ――止まる。

 ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)と呼ばれる暴風、お子様という名の全能感が、この世で唯一従順にへつらうものがある。
 それは法でもなければ倫理でもなく、ましてや運命などでもない。
 即ち、己自身の三大欲求だ。
 美味しそうなものは食べるし、眠くなったら寝る。可愛い女の子がいたら完璧だった。ロニは考えるということをしないし、そのぶん迷うこともない。長所とも短所とも言い切れない表裏一体の現象だ。
 ……かといって。いつもその調子では、物語が成り立たない場合も往々にして存在するので。
 大きすぎる歪みは『修正』される。大人の都合、なんてちゃちなものではない、機械仕掛けの神帝《かみさま》の権利によって。

 ――巻き戻る。

 エドガーがひとつ瞬きをすると、そこは静かなティータイムであった。
 獏執事の姿が、一瞬揺らいで消えたような。そんな曖昧な認識は食まれた訳でもないのに掻き消えて、目の前にはクッキーに手を伸ばしたままぷるぷる震える少年がひとり。
「くっ……、美味しそうなお菓子だけど……、ボクはそんな見え透いた罠には引っかからないよ!」
 当然の判断はさておいて。
「美味しそうだけど! 美味しそうだけどっ!」
『お客様、お客様、お食事中はお静かに……!』
 ロニの地団駄にを踏むたびにティーカップが騒がしく音を立て、さしもの獏執事も慌てて止めに入ろうとする。――視線が、逸れた。間違いなく、逃すべきでない一瞬だった。
 迷わず“運命”に手を掛ける。
 紅茶の香りが時まで微睡ませるのなら、それより速く動けばいい。脱ぎ捨てたマントが風を払って、レイピアの切っ先がきらめいて。
 ――たったひとつの剣戟が、テーブルを、紅茶のカップを、お菓子のボウルを、甘やかな幻想の全てを諸共断ち切った。琥珀色の液体が宙に留まり、虹色の雲へと降り注ぐ――より先に、その『影』から黒い歯列が覗く。
「みんな~、おやつだよ~。……あれ全部、食べちゃっていいから」
 ロニの手拍子に合わせて、浮遊球体群がひとつ『餓鬼球』が放たれる。彼らは名前通りの貪欲さで、銀も陶器も区別なく、その口の中へと呑み込んでいく。
 暴食のもたらした空白は、獏執事への最短距離を駆け抜けるための道となる。
「――じゃ、お願いね」
「ありがとう。さあ――」
 ご照覧あれ。目の覚めるようなこの光を。甘い夢を終わらせる“Jの勇躍”を。
『……アリス』
 キミが私をそう呼ぼうとも、攻撃の手は止めてあげない。

 両断された獏執事は、自身もまた虹色の雲となって溶けていく。……そうやってこの世界に拡がって、終わりがくると共に消えるのだろう。
『アリス。……貴方にも安らぎは必要でしょうに』
「私には必要ない。紅茶も、菓子も、甘い夢も」
 生まれながらに役割を与えられた以上は、それを全うする運命にある。少女が母親になれないことがあるのだとしても、王子が王になれないことがあってはならない。
 すべての人が本物の紅茶と菓子を楽しんで、家族と一緒に眠れる国を作るためにも。
「獏君、私はココで眠ることは許されないんだよ」
「まー、でも」
 満腹になった球体のひとつをぽんぽん撫でて、ロニが子犬のように伸びをした。
「たまにはのんびり休んでいいんじゃない?」
「それはもちろんさ。……ここが片付いたら、皆でちゃんとしたお茶会をするのもいいかもしれないね」
「あ~、そういうんじゃなくてーっ」
 まったく、と毒づいて口を尖らせる。
 別に、オウガの味方をする訳じゃない。この獏執事が『リナ』の絶望から生まれたんなら、ずっと寝ていたいなんてのも極端な話だし。それはそれで、楽しくないし。
 ……けれど。神様目線のロニからすれば、『アリス』なんて呼ばれる奴らは大体おんなじだ。まるで違いが解らなかった。普通だとか、運命だとか、そんなものに縛られて自分を削って、一体何が面白いのやら。
「んもーっ」
 考えるようなことでもないし、相手にするのも面倒くさいや。
「あーあ、……みんな、もっと楽しく好きなように生きればいいのに」
 そんな簡単なことが、なんでできないのかなあ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

鵜飼・章
リナの友人である必要性を失ったぼくは
しれっと鵜飼章に戻っている
大して中身のない優しい嘘ばかり言う
観察と統計から作成された人間らしい筈の人間に
『筈』だけどね

はやく行かなくちゃいけないのにな
ひとって紅茶とお菓子をいただいたら
『おいしい』って言わなきゃいけないんだよ
本当はご飯を食べるのも面倒
リナちゃんも僕もきっとそういうのが大嫌いで
だから『みんな』になりたかったんだね

世界と切り離される絶望がどれほどのもので
いかに抗い難いかを僕は知っている
うん、でも
眠れたならよかった

お茶をしながら雑に何かを殺すなんて朝飯前さ
ごめんね、リナ
僕はここで寝る訳にはいかない
きみのぶんまで『生きててえらい』って言われなくっちゃ


安喰・八束
絶望から生まれたにしちゃ、あの熊だか白黒に似て
此れも、子か。

幸か不幸か肩を痛めてな
その上無茶な射撃が祟って痛くて仕方ねえ
…当分は眠り込まずに済むだろう。
この痛みがある内に、終わらせる。(激痛耐性)

舶来風の茶事はあまり嗜まんが
疲れてんのは確かだな
茶を注ぐ、手の届く距離まで近づいたら、隠し持った"悪童"で仕留めよう(だまし討ち)
「三千世界」の彼方まで、
お前さん方、あのお母ちゃんに付いててやれよ。
茶の齎す眠気の方は、堪えられねえなら矢毒を少量呷って誤魔化す(毒使い)
…無茶は承知だ。
ただの、覚えておきてえ俺の意地だ。

正直、俺はお前さんが解らんし嫌いだよ。
ご馳走さん。
お前さんの子の淹れた茶は、旨かった。



●咀嚼と嚥下
 ぱんだ、とか言ったっけか。やっと名を覚えた頃には、姿を見せなくなってしまったが。
 安喰・八束(銃声は遠く・f18885)の視線の先には、またも知らない動物がいた。手足が短く、丸っこく、熊というよりは穴熊に近い。あの白黒にどこか似て――幼子のような目で此方を覗き込んでくる。
『顔色がよろしくないようですが……。いかがなさいました?』
 心底、案ずるような声色だった。絶望から生まれた獣にしては、余りにも。
「……此れも、子か」
『はい?』
「いいや。大した怪我じゃあねえさ」
 その意味は、産むことで己を満たそうとした女の痛みは、男に解せるものではないのかもしれない。

「昔話の『獏』は元々パンダがモデル、という説もあるらしいよ」
 世界ひとつが滅ぶにしては、奇妙に穏やかな茶会であった。向かいの席には先客がいて、手に取った茶を口も付けずに覗き込んでいる。
「……エンパイアの人には伝わらないかな」
 揺れる水面に映るのは、確かに鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)の輪郭だ。『リナ』の友人として振る舞う必要性を失った彼は、しれっと人間の形に戻っていた。……少なくとも、八束の知らない動物ではない。
「それよりも怪我、大丈夫?」
「幸か不幸か、肩を痛めてな」
 その上で無茶な射撃をしたのも祟った。弾を撃ち込むことこそ出来たが、あの体勢ではまるで反動を殺せない。肩に限らず肋やら腰やらあちこち痛くて仕方がない。“古女房”から小言が聴こえる心地もする。
 ……しかし、だからこそ。
 この春の朝じみた空気の中でも、当分は眠り込まずに済むだろう。それが幸い、ということで赦しちゃくれまいか。
「この痛みがある内に、終わらせる」
「そうやって無茶ばかりしてると、後でみんな心配するよ」
 大して中身のない嘘だ。
 八束にだって、その位は判る。

『御二方とも、どうぞごゆっくり――』
 獏なんだか羊なんだかいまいち判然としない執事が、一礼をして虹色の雲のうしろへ消えていく。
 オブリビオンの開催するユーベルコード製のお茶会でも、舞台裏ではちゃんと手順を踏んで紅茶を淹れたりしているんだろうか。……章がそんなことを考えている間にも、砂時計のように静かに、『絶望の国』の終わりは近付いてくる。
「はやく行かなくちゃいけないのにな」
 次の行き先はまだ決まっていないけど、また、ここじゃないどこかへ。
 ずらりと並べられたお菓子の数々は、舌に乗せたらきっと甘いのだろう。紅茶からのぼる湯気なんて、頼んでもないのに鼻をくすぐってくる。……そんな食卓の全てが、身体中に纏わりつく鎖のようだ。
 ねえ、『普通』の人間だったらさ。
「……紅茶とお菓子をいただいたら、『おいしい』って言わなきゃいけないんだよ」
「舶来風の茶事はあまり嗜まんが。そのへんの礼儀は未来の時代でも同じかね」
 そうじゃないんだ。
 本当は僕、ご飯を食べるのも面倒なんだ。一日三回だなんて言われるだけでも気が遠くなる。噛み砕くこと、飲み込むこと、そして何より、肉体という存在をいちいち思い出すのが億劫で堪らない。首から上を意識して動かすという一点において、これらの行為は笑顔を作るのと全く等価だ。
 ……そんな言葉を、向かいの彼に投げつけたりはしないけれど。
 たとえば決まった時間に全く同じ食事を摂らされること。みんなが外へと遊びに行く中、ひとりっきりで残されること。遠い国の子供たちに謝りなさいと叱られること。そこから話を始めるよりは、それこそ笑顔を作ったほうが手っ取り早いでしょう。
「ちょっと、疲れるよね」
 ――リナちゃんも、僕も、きっとこういう曖昧な『普通』が大嫌いで。だからこそ、『みんな』と同じになろうとしたのだろう。楽になれると、思ったのだろう。
 紅茶にそっと口をつける。
 僕はよく知っている。世界と切り離される絶望がどれほどのものか。いかに抗い難いものか。この世のどんなお菓子より、この液体の齎す夢が一番甘いということも。
 うん、でも、きみがその夢のなかで眠れたのなら本当によかった。二度寝なら尚更心地いいだろう。
 僕の昼休みはまだ終わらないみたいだから――食事を済ませて、外へ遊びに行かなくちゃ。
「まあ俺も、疲れてんのは確かだな」
 向かいの彼も、見様見真似の慣れない手つきで紅茶を呷る。
 ……そのついでに、小さな筒から出した何かを舐めていたのも見逃せない。気付け薬とか眠気覚ましとか、そんな可愛いものじゃあないことくらいは察せられる。たぶん毒だな、あれ。
「また無茶してる」
「……承知だ」
 こうして心配をしてみせるのも、観察と統計から作成された人間らしい筈の人間の優しさだ。
「これは、ただの、覚えておきてえ俺の意地だ」
 ――『筈』、だけどね。

『お代わり、お注ぎいたしますね』
 客ふたりが給仕を受け入れたので、すっかり安心したのだろう。どこからともなく現れた獏執事は、まるで警戒心のない動きで八束に近付き、小さなティーポットを傾ける。
『二杯目はミルクがお勧めで――』
 柔らかな喉が言葉を紡ぎ終えるより先に、――隠し持った“悪童”を突き立てる。布を裂き、綿を掻くような、歯切れの悪い感触がした。
「悪い」
 騙し討ちに気は咎めるが、そもそもを間違えているのはお前さん方じゃあないか。茶をもてなしてやるべきは、此処に居る猟兵たちでもなければ、この国の外の迷子たちでもあるまいに。
「三千世界、――奈落の果てまで、あのお母ちゃんに付いててやれよ」
 それが生まれた役目だろうが。
 一段深く、刃をねじ込む。……徒に苦しませたくはないが、玩具めいた身体はどうにも急所が捉え難い。
「……三千世界の鴉を殺し、」
 向かいの席では、相変わらずの澄まし顔が頬杖を衝いていた。眠そうにも見えるし、ただ退屈なようにも見える。何も読ませない暗い目で、摘んだ菓子を雑に宙へと投げて。
「これも伝わらないか。幕末の詩だから」
 放られた菓子を瞬く間に呑んだのは、白い世界を埋め尽くすほどの黒だった。鴉によく似た無象の闇が、獰猛な勢いに任せて獏の五体へと喰らいつく。
「ごめんね、リナ。僕はここで寝る訳にはいかない」
 とても何かを殺している最中だとは思えない、寝起きの様に穏やかな声だ。
「きみのぶんまで、『生きててえらい』って言われなくっちゃ」
 また其れか。
 どうにも未来の連中が言う台詞には馴染めない。彼奴にしても此奴にしても、……リナという女にしても。食うに困らぬ世界でわざわざ苦しんで、茫洋とした甘い夢の話ばかりする。
「――なあ」
 千切れ消えていく白黒に語れば、地獄の底の彼女の寝床へ届くだろうか。
「正直、俺はお前さんが解らんし、嫌いだよ」
 親が子に手を上げた時点で、引き返せない鬼の道だ。救えやしない。赤子を贄に差し出す男のことも、虐げられた子供を見て見ぬふりの女たちのことも、八束は未だに理解できない。
 噛み砕けないし、飲み込めない。だとしても、味は確かに覚えている。
「ご馳走さん。――お前さんの子の淹れた茶は、旨かった」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

佐藤・和鏡子
彼女の絶望を少しでも和らげる事に少しでも役立っていれば良いのですが。
私もまだまだ未熟ですね。
昏睡のユーベルコードで麻酔ガスを迷路内に撒いて敵を眠らせてから対応します。
できれば、夢の中からそのまま送ってあげたいですから。
(本当は、リナさんにもこうしたかったですが、技術的に無理でした)
敵のユーベルコードには医術(幻覚には解毒剤・眠気には興奮剤の使用)で対応します。
最後に彼女の為に祈ろうと思います。
今度こそ、うまくいくように、と。
『おやすみなさい』


シエナ・リーレイ
■アドリブ絡み可
獏さん、こんにちわ!とシエナは元気よく挨拶します。

『お友達』に迎えられなかった事を残念に思いながらも安らかに逝くリナを見送ったシエナ
続けて現れた獏の執事さんと仲良くなる為に接触を試みます

眠くなるまでわたしと遊んでよ!とシエナは獏にねだります。

眠りを促してくる獏ですが生憎とシエナはまだ遊び足りず全然眠くありません
なので、眠くなるまで獏さんと遊ぶ事にしました

なんで敵意や害意を向けないといけないの?とシエナは首を傾げます。

気分が高揚としたシエナは親愛と好意に満ち溢れながらも無意識の内に怪力を振るい悍ましい凶行に及びます

そして、遊び疲れたシエナは沢山の獏と共にぐっすりと眠るでしょう



●ひつじを数えて
 花畑から虹色へ。ベッドの上の毛布から、真っ白な空を漂う雲へ。
 長い夜が明けたかのような光景を、佐藤・和鏡子(リトルナース・f12005)は改めて見渡した。不思議と嫌な感じがしないのは、けして眠気や幻覚の作用ではない筈だ。
 単純に、とても綺麗な眺めだった。
 ……思い起こせば、『アリス』の生み出す迷路には度々縁があるもので。
 これもまた、彼女の心象風景なのだろうか。だとしたらその絶望にも、最期にはわずかな光が差したのだろうか。
 もっと早く助けることができたなら――という考えは未だに残るけれども。それは『もしも』の空論だ。完璧な人生が存在しないのと同じように、完璧な医療もまた存在しない。目の前の患者の現実に、ただ寄り添うことしかできない時もある。
「私も、まだまだ未熟ですね」
 救えなかったことではなく、その限界を割り切れないでいることが。
 それでも、彼女の痛みを和らげるのに、少しでも役に立てていたなら良いと思う。迷路を進む足取りが、ほんのちょっとだけ軽くなった。

 一方。
『……どうにも、邪魔が入っているようですね』
 そんな迷路の片隅で、一体の獏執事が思案を巡らせていた。
 生まれたばかりの自分たちは、まずはこの揺りかごを、壊れゆく『絶望の国』を出て行かなければならない。それぞれの不思議の国に旅立って、迷えるアリスを救わなければ。美味しいお菓子と、安らかな眠りで。
 しかし、どうにも、何体かの同胞が道半ばで消息を絶っているらしい。……あらゆるお客様を丁重にもてなすのが理想ではあるものの、敵意や害意を向けて来られるのでは致し方あるまい。
『これは、番兵さんの出番やもしれません――』
「羊さん、こんにちわ!」
 全く人間らしい気配を感じさせることなく。
「――とシエナは元気よく挨拶します」
 慌てて振り返った獏執事の背後に、少女の無邪気な笑顔があった。

 ……リナちゃんを『お友達』に迎えられなかったことは、確かにとっても残念だ。
 けれど、シエナ・リーレイ(取り扱い注意の年代物呪殺人形・f04107)はいちいち落ち込んだりはしない。誰かひとりに拘ったって仕方がないのだ。しつこく追いかけ回しても、怖がらせてしまうだけだから。
 仲良く遊んでいるうちに、自然と見つかるのが本当の『お友達』というものである。あの日、あの子が、シエナを見つけてくれたように。
 リナちゃんにはリナちゃんの『お友達』がいて、叶えるべき願いがあったのだろう。安らかに燃え尽きて逝った彼女を見送って――そのお話は、もうおしまい。
 そういうわけでシエナの興味は、続けて現れた羊の執事さんにすっかり移っていた。
『獏です』
「そのモコモコはどう見ても羊さんだよ! とシエナは反論します」
『これはその……虹色の雲を背負っていて……』
 当人にも羊にしか見えないという自覚はあるのか、若干、返答の歯切れが悪かった。
『しかしまあ、そんなに羊がよいのでしたら――番兵さんたち、出番ですよ』
 獏執事の号令とともに、足元の雲がぽこぽこと千切れて宙に浮かぶ。小さな手足と丸っこい頭が生えれば、執事そっくりの番兵羊たちの群れの完成だ。
『めぇ』
『めぇ~?』
「かわいいー! とシエナは思わず抱きしめます」
 わたあめのような身体に頬ずりをする。……当のシエナに敵意も害意もない為か。番兵羊は攻撃に移るでもなく、されるがままだ。
『ふふ、最高の抱き心地でしょう。枕にすると安眠できますよ』
「ううん……でもまだ全然眠くないなあ。とシエナは悩みます」
 正確に言えば、呪殺人形の身体には真の意味での『眠気』など存在しない。シエナにとっての眠りとは、心から満足するまで遊んだ後の休憩時間。まだお人形ではないお友達と遊ぶ過程で身に付けた、ごっこ遊びの一環だ。
 だとすれば、やるべきことは決まっている。
「眠くなるまでわたしと遊んでよ! とシエナはねだります」
 鬼ごっこ。かくれんぼ。他にはどんな遊びができるだろう。羊さんたちはあんまり区別がつかないから、――わたしが鬼をやってあげないと。

「……みなさん、ご無事なようですね」
 和鏡子の行く先々、迷路の壁の雲の中には、ところどころ不思議の国の住人たちが埋まっている。
 リナ――であったオウガの力によって巨大なぬいぐるみに作り変えられていた彼らは、元の姿に戻ってもぬいぐるみに似た外見の者が多い。出来る限りは保護しておく。
「よく眠ってらっしゃいますね」
 敵のユーベルコードによる効果だけではない。
 救急箱型のガジェットから絶えず散布されているのは、和鏡子特製の医療用麻酔ガス。痛みを取って意識を落とすだけではなく、自然回復能力も高める。超高齢化都市で培った緩和医療の技術を存分に活かした優れもの。
 この『昏睡《コーマ》』を用いれば、味方を治療しつつ、敵を眠らせることもできる。一石二鳥の選択だ。
 ……できれば、リナにもこれを使ってあげたかったのだけど。薬にしろ毒にしろ、基本的には相手の体重に見合った量が必要になる。あの巨体では少々技術的に無理があった。
 課題はのちのち検討するとして、問題は今いる敵である。
 そろそろ出口が近いはずだが、目に見えて番兵羊の姿が増えてきた。事前に迷路中にガスを撒いた甲斐もあり、ほとんど眠りこけていて無害なのだが――迷路の外で、他の猟兵が戦闘をしている可能性が高い。
 状況次第ではサポートに回ることになるだろう。幻覚に対する解毒剤。眠気に対する興奮剤。手元に用意してあるのはミレナリィドール用のものだが、種族によっては配合を変えないと。
 気を引き締めて耳を澄ませば、確かに声が聴こえてきた。

『めぇーっ!』
「つかまえた! とシエナは羊さんの肩を叩きます」
『めぎゃーっ!』
 出口の先には、めいめい逃げ惑う羊たちを蹴りや手刀やベアバッグで次々仕留め、怪力任せの凶行に及び続けるシエナの姿が。
「……ええと」
 和鏡子は冷静な状況判断を試みる。一方的な戦場だった。絵面はかなり可哀想だが、ここで感情に流されてはならない。どんな見た目であろうとも敵は敵。愚直に戦っている猟兵を責めることは……戦って……戦っているんでしょうか? これ。
『お客様! 困りますお客様! 敵意や害意がないことは判りましたのでお客様!!』
 本体であるはずの獏執事も様子がおかしい。戦っているというよりは、慌てふためいていると言ったほうが近い。
「敵意? 害意?」
 対するシエナは、心底不思議そうな顔をして。
「――なんでそんなものを向けないといけないの? とシエナは首を傾げます」
 実際、彼女の思考に満ちているのは、いつだって溢れんばかりの親愛と好意だ。鬼というより暗殺者の域に達した行いも、かくれんぼを楽しむうちに気分が高揚してしまった結果である。ちょっと、こう、力加減ができなかった。人形だもの。
「…………」
 数秒の沈黙の後、和鏡子はひとつ頷いて、手元のガジェットを操作する。
「治療が必要そうですね」
 追加のガスが散布された。

 ……そして。
「すやぁ……、と……、シエナはぐっすり眠ります……」
 やけに器用な寝言はともかく。遊び疲れたシエナは沢山の羊に埋もれてすっかり夢の中だ。幸せそうな笑顔からして、敵のユーベルコードでも、和鏡子の昏睡ガスでもなく、ただ単に遊び疲れて満足したのであろう。
 周囲の番兵羊たちに至っては生死がいまいち不明だが、……不必要に攻撃する必要性もなかった。本体である獏執事だけ優しく送り出してあげれば、彼らもおのずと骸の海に還っていく。
「失礼します」
 敵の寝顔にもしっかりと断りを入れて、和鏡子はそっとその身体に触れる。
 この子もリナちゃんの絶望が生んだオウガ、彼女の残滓であるのなら――倒してしまえば本当のお別れだ。その瞬間にできる唯一のことは、医者であろうとなかろうと然程変わらない。
 最後に、祈る。
 あなたに次の人生があるのなら、今度こそうまくいきますように。自分でそうだと思える道を、きっと見つけられますように。
「――おやすみなさい」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ルネ・プロスト
当人が望むのなら安楽死もありだとルネは思うのだけどね
同意を得ずにそーいうことするのはアウトだよ
善意の押し付け、ダメ絶対。禍根はここで絶たせてもらうよ

……で
ま た 迷 路
さっきのでもう迷路はお腹一杯なんだけど!
とはいえ今の戦力じゃ壁ぶち抜いたりとかはできないし
……仕方ない、あれ使うか

UCで呼んだ艦戦の霊で虹色雲の城を爆撃してぶっ壊すよ
幽霊船が海にしか出ないと誰が決めた?
『安寧』とルネの魔力フル活用すれば発艦の間、空母模型を空に浮かせるぐらいできなくもないもんね!
その間ルネは全く動けなくなるけど

獏執事達の相手も艦戦の霊達にお願いする
発艦後模型は下げて、ルネはぬいぐるみの子達が巻き込まれないよう護衛


アン・カルド
そうか、リナちゃんは正しく終われたか。…よかった。

後は僕たちの仕事、さっき働かなかった分はここで取り返すことにしよう。

…また迷路、それも眠気と幻覚か。
羽根も相まってまともに動ける気がしないな、ここは…【ライブラの愉快話・忍者】。
君から僕が見えている、召喚成功かな。

…君、忍者だし眠気や幻覚には慣れてるだろ?
気付け薬もあるとか。
だから忍者君、この迷路を走り回ってあの執事を一匹づつ始末してほしいんだよ。
大丈夫、近接戦闘に関しちゃ執事よりも君の方が長けているさ。
ああ、いないとは思うけど眠りこけているのがいたら気付け薬で起こしてやってくれ。

やはり結末はめでたしめでたしがいい、しっかり頼むよ忍者君。



●迷宮去ってまた迷宮
 世界がひとつ終わる、なんて表現したら大袈裟だけれど。
「そうか、――リナちゃんは正しく終われたか」
 ただひとりの少女の物語が幕を引くのだと、そう考えたほうがアン・カルド(銀の魔術師、或いは銀枠の魔術師・f25409)の胸にはすとんと落ちた。
 擦り減って、壊れて、歪んで。社会に対する罪を犯して。『普通』になろうともがいたリナの人生は、平凡なだけの悲劇と言ってしまえばそれまでかもしれない。
 それでも、アンは、彼女の迎えた結末を遠く見届けていた。小さな女の子がただぬいぐるみを抱きしめて眠るその姿は、――正しいものであったと、そう思う。
 戦うことも、言葉を掛けることも出来なかった自分が今更何を述べようと、本を一冊読み終えた感想のようなものにしかならないけれど。
「……よかった」
 君の人生が、誰にも理解されない本じゃなくって本当によかった。

「それはさておき、後は僕たちの仕事」
 切り替える。
 感傷から一歩を引いて、客観的に今回の事件を思い返す。猟兵として依頼を請け、はるばる異世界まで赴いたというのに――ここまで自分のやった仕事といったら、ぬいぐるみとスポンジ弾の量産であった。
 我ながらまるで戦闘をしていない。これでちゃっかり言い値の給料を受け取っては少々後ろ暗い。
「……さっき働かなかった分は、ここで取り返すことにしよう」
 そして、その肝心の『ここ』がどこなのかといえば。
「しかし、――また迷路か」
 アリスラビリンスの定番とは聞くけれど、二連続迷路はちょっと酷いのではないか。
 虹色のふわふわ雲は見ているだけで目が疲れるし。歩くたびに足を取ってくるから地味に体力を削られるし。その上、眠気に幻覚ときた。
 銀の羽根の重さも相まって、引き続き、まともに動ける気がしない。
 ――けれど、アンの最大の武器、術理が使えるのであれば。

 魔導書『銀枠のライブラ』、愉快話がひとつ――『忍者』の章。
 その頁には、ただ忍者は実在するのだと記述されている。色、形、あらゆる外見は描写されない。その理由も目的も説明されることはない。
 極めて発見され難い、凄腕の忍者がそこにいる。

「――召喚成功かな」
 全く姿が見えないのに、どうしてそこに存在すると判るのか。
 ……共有された五感を介して、自分自身の顔が認識できるからである。理論上、こちらに面と向かった位置に彼もしくは彼女が『居る』筈だ。
 アンの瞳は鏡のような銀色だが、その中にも忍者は映っていない。ならばどうしてその存在が忍者であると判るのか。まあ、忍者は忍者だからだ。
「……君、忍者だし、眠気や幻覚には慣れてるだろ?」
 むしろ幻覚そのものなのではないかという気がしなくもないが、それについて考察するのは後にしておく。
「気付け薬もあるとか」
 視界が縦に揺れたので、肯定ということである。……相変わらず姿は見えないのだが、紙で包まれた丸薬が手のひらに渡されてた。口に含むと大層苦い。とりあえず、いくらか目が醒めた。
「ありがとう忍者君、もうちょっとお願いしていいかな?」
 そうっと壁に身を潜めて、その向こうを人差し指で示す。すると忍者の視界が動いて、通路を通り過ぎていく一匹の獏執事の姿を捉える。
「この迷路を走り回って、あの執事を一匹づつ始末してほしいんだよ」
 見たところ、あの獏執事が近接戦闘に長けているようには思えない。気配を殺して近付くことさえ可能なら、忍者君の火力でも大丈夫だろう。そのついでに出口を見つけてくれたら、後は悠々と脱出だ。
「ああ、いないとは思うけど……眠りこけているのがいたら、気付け薬で起こしてやってくれ」
 これ以上、誰も傷付かないように。『リナちゃん』の残滓であるオウガたちが罪を重ねることのないように。やはり物語の結末は、ほんの少しでもめでたしめでたしに近いほうがいい。
「しっかり頼むよ、忍者君」

 人形姫は一考する。
 いわゆるメリーバッドエンドは、ハッピーエンドたりえるか。
「……安らかな眠り、ねえ」
 詩的な表現ではあるけれど、直截に言ってしまえば安楽死である。……死と安寧に関しては、ルネ・プロスト(人形王国・f21741)の感性は一際冷淡だった。
「当人が望むのなら、それもありだとルネは思うのだけどね」
 しかしてその冷淡さは、イコール残酷さではない。
 あらゆる死者を、役目を終えた人形たちを、――自ら葬ってきたたオブリビオンをも、ルネはみな丁重に弔ってきた。誰よりも死の傍らで『生きる』彼女だからこそ、綺麗ごとでは済まない現実もまた弁えている。
 生きることが苦しみに変わり果てたとき、死こそが救いたりえることも。
 アサイラムから召喚された『アリス』であれば尚更だろう。取り戻した瞬間に絶望するような記憶だってある。この国から獏執事たちが生まれたのは、あるいは、他の誰かに同じ苦しみを味わってほしくないと願ったリナの良心によるものなのかもしれない。
「いや、だとしても、同意を得ずにそーいうことするのはアウトだよ」
 それはそれ、これはこれ。善意の押し付け、ダメ絶対。インフォームド・コンセントを大切に。
「――禍根はここで絶たせてもらうよ」
 そりゃあ死者は友達だけど、新入りは少ないほうがいいんだから。

「……で、」
 大事なことなので本日二度目の。
「ま た 迷 路」
 ラビリンスまたラビリンスラビリンス、返す返すもラビリンスなる。詩的に表現してみたところで、虹色の雲に風穴が開いてくれる訳でもない。
「さっきのでもう迷路はお腹一杯なんだけど!」
 まあ、死霊憑依による身体強化は復活したので、探索自体はだいぶ楽にはなった。
『紅茶はいかがで――』
 こうやって獏執事と出くわすたびに、何処からともなく飛来した手裏剣が敵の眉間に突き立って即死していくし。何これ。
 しかし、こういうのは労力ではなく気分の問題である。同じゲームを連続で遊べば飽きが来るものだ。ちまちま出口を探すだなんて絶対無理。二度と御免。
「……仕方ない、あれ使うか」
 月長石の杖を抱いて、膝を崩して、ぺたりと座る。身体から抜いたぶんの力も全部、この『安寧』へと注ぎ込む。文字通りの全身全霊――自重ゼロの魔力フル活用を見せてあげよう。

 さて、ここからはまさに変則規範だ。
 六十四マスに収まりきらない駒盤遊戯の始まりだ。
 『死霊』の定義を拡大解釈し、『人形』という言葉の意味を針小棒大に誇張した、禁じ手中の禁じ手――亡霊空母《シップ》のお出ましである。
 具体的には、空母の死霊を憑依させた、実物大スケールの空母模型だ。

 ――幽霊船が海にしか出ないと誰が決めた?
 勝ち誇った決め台詞を、発音することはできなかった。
 喉を震わせて声を出すぶんの魔力すら、余さずこの召喚に注ぎ込んでいる。見上げる程の巨大構造物を、迷路の外の白い空へと浮かべる位置エネルギーを確保するために。
 その間ルネは全く動けないが。……この状態を維持するのは、『発艦』完了までの数分で事足りる。
 当然、『空母』の主戦力は艦そのものではない。実物大の甲板から、複座艦上戦闘機の幽霊が次々と飛び立って、虹色の雲に白い飛行機雲が加わっていく。
 そう。これまでの章の描写でご存じの通り、器物には魂が存在する。九十九年が経つ前に壊れればそれは幽霊である。近代兵器である複座艦上戦闘機とてまた同様。そういうことになった。
「…………、ふ、ぅ」
 全ての機体を送り出したら、空母本体の召喚を解除。本格的な空爆を開始する前に、……お友達が巻き込まれないよう保護しに行かないと。
 細い足にもう一度魔力を通して立ち上がる、と。――視線の先の行き止まりに、眠りこけているぬいぐるみたちがまとめて寝かされていた。
「ん、手間が省けた」
 全く気配がなかったけれど、多分こちらの意図を察した誰かが手伝ってくれたのだろう。いつの間にやら手のひらに謎の丸薬も握らされている。何これ。
 まあ、この一帯だけ護衛しておけば――あとは絨毯爆撃だ。

 ――『絶望の国』のどこからも、その戦火は見えたであろう。
 戦闘機、計三百九十機。その全機体に二十粍機関砲四挺と千封度爆弾二発を完備。その集中砲火はもはや攻城戦の様相であった。虚空に渦巻く虹色雲を砦に見立てて、一つしかない筈の出口を次々増やしていく。
 もう世界観なんて知った事か。
 一切合切吹き飛ばしてやる。
「ゲームがつまんない時は、ルールを変えちゃえばいいんだよね」
 誰もがそう生きられるほど強ければ、すべてはハッピーエンドだろうに。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

大紋・狩人
【仄か】
(虹雲に風、よあけにみる夢のよう
石膏めいた瘡蓋が覆う体、次第に馴染み
元が白いと目立たない、か)
ラピタ
後で山ほど心配するからな
僕がそうしたかっただけ
……そこで喜ぶんだよなあ、きみ
まったく

ラピタ、きれい
朝がきたみたいだ

手をつなぎながら空中浮遊
青に広がるラピタのすぐ傍らで
空中戦、焼却、捕縛
【銀竈】
熱の生む気流で虹色雲を掻き消す
立ち上る銀炎は羊達の動きを妨げ
蒼炎と混じり
眠った羊から順に灼いていく
お前達のそれは善意かもしれないが
眠りの夜、零時の鐘は
ずっと先

おびき寄せ、眠りから現へ
閉じた瞼越しに、銀炎は眩しさの目覚ましを
皆が目を覚ませば
意識の覚めるような青空と蒼炎が広がる

さ、ねぼすけ達
起きる時間だ


ラピタ・カンパネルラ
【仄か】
(失った皮膚がぱきぱきと白い瘡蓋になっていく。いずれ白も硬さも残したまま、皮膚に馴染んで斑らになるだろう)
(普段は平気だけど、君にも同じ瘡蓋ができたことを、触れて知る)
(ああ、君も少し、減っちゃった)

うん
ありがとう、カロン
……嬉しいや、同じだね

(手をつなぎながら、笑って
青く昇る
【蒼穹に消ゆ】
部屋一面、見上ぐ視界一面。真っ青な空が広がるだろう)

何匹、羊が現れたっていい
注げ、眠りのオウガにこそ、抗えぬ眠気を、蝕む炎を
焼却、カロンの銀炎と僕の青
二色に熱かろうと焼かれようと、眠くて堪らない滅びを

雲ひとつない空も
人を焼かない銀の炎の明るさも
きっと君たちを眠気から守ってやれる
おはよう、朝だよみんな


多々良・円
(一雨降らしそれを浴びれば、真の姿の龍人になる)

吾(ボク)は傘だ。吾にできることは、この手が届く限りを護ることだけ。
百の年月を経て身体を得ても、神様の御力を賜っても、何も変わらない。
正しいとか正しくないとか、関係ないんだ。
それでも……吾は汝(キミ)の心を少しでも晴らせただろうか。

さぁて、妖しい雲行きになってきたぞ。
きりまる、おいで。(二振りの日本刀を構え、傘は念動力等で浮かせる)

虹色で綺麗だけど……闇雲に撒き散らしてはいけないか。
天候操作による竜巻で真上へと吹き飛ばし、【霹靂神楽剣威】
雷鳴が轟けば、皆の眠気だって吹き飛ぶでしょ。
生憎、御伽話っぽくはなくなってしまうけど……そろそろ夢の終わりだ。



●ひとりとふたり
 ――雨降って地固まる、とは言うけれど。
 この世界には大地がなかった。潤すべき田畑もなかった。足下も、見上げる空も、常のものではない虹色の雲ばかり。
 だとしても多々良・円(くるくる、くるり・f09214)は、崩れゆく絶望の国に雨を願う。
 明け方に暑気を払うような、心地いい雨が良いと思った。
 続きのない御伽話に、せめてもの慰めになるような。

「――あぁ、」
 頬を叩いた雨滴がゆるりと流れ落ちれば、そこには鱗が顕れる。
 元より長い髪も、鋭く伸びてゆく爪も、はしばしに龍の相がある。そのすべてが青白く輝いて――少年は、物憂げな麗人へと姿を変えた。
 かの霊山に注ぐ雨、里へと降る急流、巡る水を、かつて人々は龍になぞらえた。つまりこの色も形も、天を司る神様の似姿だ。
 ……なんて言ったら、大層なもののように聞こえてしまうけど。
「吾《ボク》は傘だ」
 雨除けとして用いられた訳ではなくとも、その本質は変わらない。傘であれと造られた、竹と紙のかたまりだ。
 ――傘が護ってやれるのは、本来ほんの一人かせいぜい二人。精一杯に骨を広げても、肩や足元は濡らしてしまうやもしれぬ。
 百の年月を経て、身体を得て、神様の御力を賜って、昔よりは多くの者に手が届くようにはなっただろう。しかし、それに限りがあるということには何の変わりもない。
 だからこそ。
 罪人だろうと逸れ者だろうと、手を繋いだからには雨から護る。正しいとか、正しくないとか、関係なく。それが傘という器物《もの》だろう。一緒に宙を舞った間は、りなの味方で在ったつもりだ。
「……吾《ボク》は、汝《キミ》の心を少しでも晴らせただろうか」
 その答えにも、この手は未だ届かない。

「はてさて、」
 物思いにふける時間にも限りはあるか。
「妖しい雲行きになってきたぞ」
 あたりには剣呑な気配が満ちている。他の猟兵たちが暴れ回る狂騒が、音に聴こえて両眼に見える。『絶望の国』の崩壊も近付いているのだろう。
「きりまる、おいで」
 懐からそろりと出てきた猫又をひとつ撫でると、二股の尾をぴんと伸ばしてくるりと回り――転じて、二振りの日本刀となる。
 本体の傘、外した眼帯を宙へと放る。結び紐と傘飾りが絡まりあって、頼りなく風に吹かれて舞い上がる。……行方知れずにならぬよう念動力で留めておくが、戦火の中で長くは保つまい。
 空いた両手で刀を構える。
 さあ、派手に参ろうか。

 先ず如何にかすべきはこの虹色の雲の迷宮だ。夢のように綺麗ではあるけれど、眠りを齎す毒でもある。捨て置く訳にもいかないし、闇雲に撒き散らすのも後が宜しくない。
「此れより神威は、百千万の霹靂神となりわたる」
 雨の次に乞うのは風だ。
 つむじ風の体を為した白群の神風が、迷宮を丸ごと巻き上げる。ひとつに纏めて、――斬り払え。
「霹靂神楽、剣威」
 一振りとともに、目の醒めるような雷鳴が轟いた。一刀両断された雲は――しかし雲である以上、それで死ぬ訳ではないだろう。二振り、三振り、その度に稲妻が目と耳を打ち据える。
 生憎、御伽話っぽい画ではなくなってしまうけど。
「そろそろ、夢の終わりだ」
 こうすれば、皆の眠気だって吹き飛ぶでしょ。

 ――その轟音に顔をあげても、それが何であるのかまでは視えやしない。
 ラピタ・カンパネルラ(薄荷・f19451)の盲いた瞳は、一瞬の強い光だけを捉えていた。炎とはまた違う光だ。ゆっくりと瞬く瞼から、ぱき、と、何かが剥がれて落ちる。
 息をつけば唇から、手を伸ばせば指先から、役目を終えた枯葉のように、白い肉片が風を舞う。
 ……この瘡蓋の下で、失った皮膚はいずれ癒えていく。たとえば、雪の下で春を待つ大地みたいに。
 多少、硬さは残るだろう。それもいい。消えゆく痛みが何らかのかたちになって、明日からの僕に馴染んで、物語の一節になるだけだ。だから、普段はこんなの平気なのだけど。
「ラピタ」
「うん」
「後で山ほど心配するからな」
 荒らぎそうな声を必死に抑える君は、まるで平気そうじゃなかった。そうっと、ふれる。同じ感触の肉片が、震える唇から剥がれて、人差し指の爪に乗った。
 ――ああ。君も少し、減っちゃった。
「ありがとう、カロン」
「僕が、そうしたかっただけ」
「うん」
 ……代償を、分かち合ったのだ。大紋・狩人(黒鉛・f19359)の全身もまた、石膏めいた瘡蓋に覆われている。
 顔はまあ、後で鏡でも見ればいいとして、とりあえず手指の皮膚を確かめてみる。……元が蝋のように白いから、傷痕の色素が抜けているのはそんなに気にならない。斑になって目立つのは、どちらかといえばラピタのほうだ。
「……嬉しいや、同じだね」
 その笑顔を醜いなんて言う奴がいたら、それこそ灼いてやりたいけれど。
「……そこで喜ぶんだよなあ、きみ」
 きみがそう言ってくれるなら、些細な違いについては黙っておこう。同じだということにしよう。肌の色なんて目にしか見えない。
「まったく」
 呆れ混じりの溜息を、頬で感じてもらえる距離まで引き寄せる。
 雷鳴と共に崩れる足場から、手をつないで、――跳ぶ。

 虹の雲が千切れ飛ぶ。
 つむじ風がそれを巻き上げる。
 時折はしる稲妻が、鮮やかな七色を透かして光る。その中をふたりで落ちていく。
 たとえば上手に眠れない夜、いくつもの過去を思い出す夜の、よあけにみる最後の夢のようだ。そういう時は、ほら、きみの声がして目が醒める。
「生きていれば擦り減るよ」
 寂しそうにラピタが笑う。絶望しなかった僕らも、絶望してしまったあの子も、きっとそれは同じだろう。僕らと彼女を分けたものを、本当は、もう知っている。
「それが大人になるってことなら、――僕は、カロンとともにゆきたい」
「――ん、」
 肯こうとした首が痛んだ。
 何にも言えずに細めた視界で、彼女の形がとけていく。

 蒼炎がひときわ燃えてラピタの全身を包み込む。それは一瞬、星が産まれる瞬間のように輝いて、やがてゆっくりと拡がっていく。
 陽光が、大気の中で和らいで。
 ――色のない空白が、夏めいた蒼穹《あおぞら》へと染まる。

「ラピタ、きれい」
 部屋一面、見上ぐ視界の一面が蒼く晴れていく。
「朝がきたみたいだ」
 語り掛ける狩人の傍ら、空と同化しているラピタの存在は今にも薄らいで消えそうだ。……けれど、つないだ手の温もりを頼りないとは思わない。全身を淡く抱かれるような心地良さすら感じられる。
 ああ、僕らに甘い死の夢など要るものか。天の園ならここにある。あんまりにも満たされている。
「……おそろいに、しよう」
 狩人もまた己の炎に、銀竈《エデナロワン》にその身をくべた。

 ふたりぶんの熱がつむじ風へと注がれて、――切り刻まれた雲の城は、ついに掻き消され霧散する。
 いくらか残った残骸のように見えたのは、迷路から溢れ出してきた番兵たちだ。数えようにも数えきれないほどの羊が群れを成し、自由落下の勢いをもって殺到する。もはや『敵』と見なした猟兵、眠りを拒む『アリス』のもとへ。
 狩人は、真上を睨んで迎えうつ。
「お前達のそれは善意かもしれないが――」
 そしてこの炎は、結局、害意なのかもしれないが。
「眠りの夜、零時の鐘は、ずっと先」
 希望という名のこの魔法を、まだ失いたくはないんだ。

 二色が混ざる。混ざりきれずに二色のままで渦を巻く。
 蒼の炎は、羊たちが望む通りのものを彼ら自身へと返す。つまり、眠りを。そのものを司るオウガであっても抗えぬ、致死量の憂鬱を。
 銀の炎は、立ち上る熱で羊たちを堰き止める。寝かしつけた羊から順に灼いていく。今あるものを傷付けない魔祓いの炎で、過去たるものを灰へと還す。
 熱かろうと、焼かれようと、眠気以外を感じずに済む――安らかな滅びを。

「さ、ねぼすけ達。――起きる時間だ」
 そうして、狩人は船出の時間を告げる。
 目覚ましの声は聴こえなくとも、雲ひとつない空を照らす眩い炎は見えるだろう。閉じた瞼越しでも届くだろう。その目をあければ、意識の覚めるような青空と蒼炎が広がっている筈だ。
 猟兵も。
 仲間たちも。
 これできっと、甘い夢から守ってやれる。
「――おはよう、朝だよみんな」
 帰ろう。
 眠りから現へ。
 そして、『みんな』にはなれなかったあの子に、おやすみなさいでお別れするんだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

春霞・遙
絶望したアリスに一時でも安息をくれてありがとう。
多分、そこに救いを求めた子もいたかもしれない。でも、それは本当の結末ではないから。
お茶会はここだけで我慢してください。

触手に食わせた傷の痛みで大したことはできなさそうなので、拳銃による「援護射撃」や【バレットレイン】で戦います。
拳銃を発射する時の反動はなんとか「激痛耐性」で耐えますが、眠気を誘う紅茶の香りに耐えられるか自信はないです。
でも、帰ってやらないといけないことがあるので。

UDCアースに帰ったら事件について調べるんです。
ともきくんが生きてるなら支援が必要でしょうし、そうでなければせめて母子共に枕花だけでも捧げたい。
それはただのエゴですけど。


カイム・クローバー
就寝にもティータイムにも少しばかり早いみたいでね。悪いな、これも依頼さ。

敵意をぶつけて番兵羊を召喚させるぜ。一応、善意なんだろ?
善意で話しかけて来た相手にいきなり銃弾ぶっ放す程、俺もまだ狂っちゃいない。例え、相手がオブリビオンでも、だ。
攻撃を【見切り】で躱し、【残像】を使って紺のトレンチコートを翻す。
腰元から二丁銃を引き抜き、【2回攻撃】に【クイックドロウ】。【範囲攻撃】を活用し、集団相手に立ち回る。
この世界には、今後もアリス達が訪れるだろう。けどよ、多くはアンタらの善意を真に受けちまう。そうすりゃ、待ってるのは『終わり』だ。
救いたい、なんざ言わねぇさ。けどよ。やれる事ぐらいはやっときたいのさ



●誰も寝てはならぬ
 嵐の後の青空に、無数にたなびく飛行機雲。
 崩れ落ちていく虹色雲の城を、一体の獏執事が見上げている。――此処は、ほんのひとかたまり残った最後の雲だった。ティーテーブル一式でいっぱいになってしまう程の、小さく、頼りない足場。
『そろそろ、終わりのようですねえ』
 滅びゆく『絶望の国』の光景を前に、彼の声は妙に穏やかだった。
「……なんだか、静かな終わりですね」
 春霞・遙(子供のお医者さん・f09880)もまた、同じように空を見上げる。お茶会に用意された席には着かず、椅子の背もたれにだけ手を添えて。
 かつて『リナちゃん』の寝室だった世界は、このまま音もなく消えてゆくのだろう。毛布の中では確かに覚えていた夢が、だんだん薄れていくみたいに。まるで、最初から何もなかったみたいに。
「そうしたら、あなたはどうするんです?」
『また別の不思議の国へ行きますよ。守らなければならないアリスたちが居ますから』
「――そう」
 この子を倒せば、全てが終わりだ。
「絶望したアリスに、一時でも安息をくれてありがとう」
 彼らの善意を全否定することはできない。……UDC組織に仕える身である以上、遙にも『アサイラム』に関する知識はある。
 残酷な現実の世界に絶望し、普通ではいられなくなった者が流れ着くのがこのアリスラビリンスという世界であるならば――多分、安らかな死に救いを求めた子もいたかもしれない。大好きなお友達に囲まれて、ずっと寝ていることを望んだ彼女のように。
「でも、」
 どんなに安らかだとしても。
 今まで何度も見てきたとしても。
 これからも、嫌になるほど見ることになるのだとしても。
 ――その度に、二度と見たくないと思うのだ。救えなかった患者が死にゆく姿なんて。
「それは本当の結末ではないから、――お茶会はここだけで我慢してください」

 懐の拳銃を探る。たったそれだけの動きで軽いめまいがする。
 影響の低い部位から順に、……とは言っても。触手たちに食わせた肉の量が余りにも多すぎた。脇腹の傷がひどく痛む。流血のみに留まらず、腹腔内にも出血があるか。
 正直、何かに体重を預けなければ立っていられない。
 この激痛で、眠気を誘う紅茶の香りにはなんとか耐えられているけれど――次第に消耗が勝ってきた。ああ、ねむい。ねむたい。そういえば夜勤も続いてたっけ。飛びそうになる意識をなんとか振り絞って、まずは椅子から身を離す。
 ふらつく背中を、支える誰かの手があった。

「……生憎、就寝にもティータイムにも少しばかり早いみたいでね」
 右手では、敵意を示す指鉄砲を形作って。
 そして左手に無茶をしていた怪我人を抱えて、カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は最後の敵に相対する。いつもの余裕の笑みではなく、過剰なまでに鋭い視線が獏執事の姿を射抜いていた。
『お引き取り願えませんか? 特にそちらの女性、お休みになったほうが良いとお見受けしますが』
「部分的には同感だが。……悪いな、これも依頼さ」
 見せつけるように指を跳ね上げて撃つジェスチャー。
 ……それを、完全なる宣戦布告と見なしたのであろう。足下の虹色の雲が波打って、召喚された番兵羊の群れが周囲を取り囲む。
「よし。――雑魚は退場の時間だ。舞台裏に引っ込んでな!」
 少し、わざとらしすぎただろうか。
 前提が間違っているとはいえ、一応、このオウガたちの行いは善意なのだ。邪な教義に染まっている訳でもなく、ただ、眠ってしまえば楽だと考えているだけなのだ。このささやかなお茶会も、子供のおままごとに似て見える。
 ……そんな相手にいきなり実物の銃を向ける程、俺もまだ狂っちゃいない。
 猟兵はオブリビオンを倒すもの。リナの言葉を借りるなら、それが『普通』だ。だからといって、目の前の相手に向き合うことを止め、思考を放棄してしまったら。それこそが一番の狂気だろうとカイムは思う。
 腰元の『オルトロス』に手を掛けたところで――銃声。
「ありがとう、ございます。……もう立てます」
 羊を一匹、先に撃ったのは遙のほうだった。銃の反動が腹に響いて、下がり気味の眉が激痛に歪む。
「大したことはできなさそうですけど、援護射撃くらいなら」
「平気か……?」
「大丈夫、――帰って、やらないといけないことがあるので」
 口元だけで、なんとか微笑んで。
「眠れませんし、死ねません」

 番兵羊たちの体当たりを、二人はそれぞれの動きで躱す。
 手負いの遙は、距離を保ってじりじりと後退する。一匹一匹撃つよりは、このまま限界まで引き付けて――。
「死者を穿つ礫は、天地に広く降り注げ」
 雨あられの銃弾《バレットレイン》が周辺一帯を洗う。……これで、羊の数は減らせる筈だ。

 一方のカイムは攻めの姿勢だ。紺のトレンチコートを翻し、敵の攻撃を見切って前へ。今度こそ二丁銃を引き抜いて、残像に釣られた羊にすぐさま銃弾を叩き込む。
 集団相手に立ち回りつつも、狙いは本体である獏執事。
『私どもは――アリスを救いたいだけなのです』
「ああ」
 このアリスラビリンスには、今後も無数の『アリス』達が訪れるだろう。記憶を失くして、怪物に追いかけ回されて、眠れなくなるほどの不安を抱えて。そんな彼ら彼女らの多くは、暖かい紅茶と安心できる寝床という善意を真に受けてしまう。
 そうすれば、待っているのはただの『終わり」だ。結末ですらない打ち切りだ。
 どんなに辛い過去だろうと――取り戻さねば、『ありがとう』も『ごめんね』も伝えられないまま終わるのだ。
「……そんなものは、救いじゃねえよ」

 ならば救いとはなんなのか、説明することはできないけれど。
 ――紫雷の銃弾《エクレール・バレット》の一撃が、甘き死の夢を否定した。

●いつか大人になるあなたへ
 睡眠時間を切り詰めるぶん、遙の一日は人より長い。
 午前のぶんの回診を十三時半に終えて、今は短い昼休みだ。仮眠をとるか、作業をするか、悩む前の無意識でコーヒーを一杯流し込む。
 ――アリスラビリンスでの戦いを終え、UDCアースに帰ってからというものの。遙は多忙の合間をぬって『事件』について調べる日々を送っていた。
 トモキくんが生きているのなら何らかの支援が必要だろうし、……そうでなければ、せめて母子共に枕花だけでも捧げたい。グリモアベースではとっくに終わった扱いのあの依頼は、遙の中ではまだ続いている。

 とりあえず、各週刊誌のバックナンバーに彼女の名がなかったことには安心した。内容的には実名報道もありえるし、面白可笑しく下世話なことを書き立てるのが世の常だから。UDC組織のつてで警察の資料も当たってみたが、少なくとも立件はされていないようだ。
 そうなると、あとは彼女自身や家族の足跡を辿ることになる。ほんの一握りのプロフィールだけで一般人を探すとなると、エージェントの身分があってもひと仕事。
 取り寄せた資料に目を通す間、少し外の空気でも吸おう。そう思って扉をくぐると――職場の前に堂々と、突然の来客の姿があった。
「便利屋Black Jack、頼まれた施設を調べてきたぜ。……ビンゴだ」
 カイムの指先で、一枚の写真がひらりと揺れる。

 ――『寿乃田灯樹』だ。間違いない。
 そう言って示された写真を見て、遙は目を瞬かせる。
「小学生くらい、ですよね」
「今年、ちょうど一年生なんだとよ。あの事件自体が随分昔だったんだな」
 車椅子に乗った小さな男の子は、思いのほか快活な笑顔を浮かべている。リハビリテーション施設の友人たちに囲まれて、初めての夏休みを無邪気に楽しんでいる様子だった。
 ……赤ちゃんが小学校に入るまで、少なく見積もっても五年。それだけの時間を、リナは監獄《アサイラム》と迷宮《ラビリンス》で過ごしたのか。取り寄せたばかりの精神病院の資料を、遙は無言で抱きしめた。
「で、こりゃ話術で稼いだ追加情報なんだが――」
 視線を斜めに彷徨わせて、カイムはほんの一瞬言いよどむ。
「――何にも、知らないみたいだった。今の母親と血が繋がってないってことも。自分の足のことも、交通事故だったって聞かされてる」
 もしかしたら、そっとしておいた方がいいのではないか。……彼がそう言いたいのは判るけれども、遙は迷わずその写真に指を伸ばす。
「数年がかりの支援になりますね」
「……会うのか?」
「彼もいつかは本当のことを知るでしょうから。それまで、せめて見守ってあげられたら」
 資料を留めるクリップに、一枚の写真をそっと挟んで。
「彼女を救えなかった私の、これは、ただのエゴですけど」
「いや、俺だって――救いたい、なんざ言わねぇさ」
 何も出来なかったのかもしれない。
 何が出来るのかもわからない。
「けどよ。やれる事ぐらいはやっときたいのさ」

 ひとつの依頼《ものがたり》が終わっても、猟兵《きみ》たちの物語は終わらないのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年08月22日


挿絵イラスト