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思い出、はじめました。

#カクリヨファンタズム

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#カクリヨファンタズム


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●問答無用の迷子道
 赤提灯をぶら下げた小ぢんまりとした店が、ガード下に軒を連ねている。
 入りの程度はそれぞれだ。ただ確実なのは、いかつい外匣のわりに、画面はまるみを帯びたテレビを飾っているところが賑わっているということ。まぁ、その客寄せテレビのモノクロ画像も、電車ががたごとと通るたびにザァと乱れ、「いま、いいとこだったのに!」なんて文句が上がったりするわけだが。
 それ以外、法則性らしきもののない街だ。店の並びも、なんなら線路の行方も。あっちに行ったかとおもえば、こっちに行って。そこに出るかと思えば、どことも知れぬ場所へ放り出される。
 ――ナぁ、昨日の店はどこいったんだい?
 少しばかり寂しくなり始めた頭をかきながら、中年の男が途方にくれていた。
 ――あの思い出からこさえた飯。母ァの味そっくりだったから、今日はせがれに食わせてやろうと思ったのによぉ。
 余程、諦めがたいのだろう。通りすがる数人に声をかけた男は、やがて盛大な溜め息とともに黄朽葉色の尻尾を項垂れさせて――はァ、とため息を吐く。
「しまった。帰り道がわかんなくなっちまった」

 帰り道、と男は便宜的に言いはしたが、そもそも『此処』には道がない。
 行き交うヒトは皆、迷子。

●迷路と夢と思い出と
「道が失われた幽世だよ」
 さらりと事の核心を語った連・希夜(いつかみたゆめ・f10190)は、鳥籠の中で揺らぐ瑠碧紺を眺めていた視線を、猟兵たちへ移す。
「諸悪の根源は、夢を操る妖怪みたい。でもその前に、迷子の回収もお願いしようかな、と」
 迷子といっても狐のおじさんじゃないよ、と希夜は笑う。
 どうやら童姿の妖怪が幾人か、既に骸魂に憑かれてしまったらしい。そして事の元凶たるオブリビオンの使い走りをさせられている。
「迷路の街で子どもと鬼ごっこ。上手に捕まえられるかな?」
 面白そうだけど俺は送り出すだけだから残念だ、との弁の本気度はいかほどか。いずれにせよ、お気に入りの鳥籠を傍らに置いた希夜は、いそいそと転送仕度を開始する。
 何せ多くの骸魂が飛び交う世界。放っておいたらあっという間に、そこら中の妖怪が取り込まれてしまう。
「使い勝手のいい下っ端っていう手駒がいなくなれば、御大自らご出陣あそばされるに違いない。ってわけでボス探索に関しては心配しなくていいよ。そうして無事に万事解決したら、当然ご褒美タイムが待ってるから期待していて」
 赤提灯街と言えば、美味い酒に美味い料理。しかも此処は幽世。ただの美味であるはずがない。
「なんでも思い出とか、追憶とか。そういうのを料理にしてくれる店があるんだってよ――?」


七凪臣
 お世話になります、七凪です。
 皆様の『思い出』を調理に参りました。

●シナリオ傾向
 心情系。
 楽しい旅路になるのか、しんみり旅路になるかは、ベースとなる『思い出』次第。
 複数の思い出を小出しにするより、ひとつに絞るのをお勧めします。

●シナリオの流れ
 【第一章】集団戦。
 …迷路の街並で追いかけっこ。戦闘はライトめで。
 【第二章】ボス戦。
 …夢を操る敵との戦闘。詳細は導入部を追記します。
 【第三章】日常。
 …思い出をお料理に。詳細は導入部を追記します。

●その他
 プレイングの受付期間、シナリオの進行状況は、マスターページの【運営中シナリオ】にて随時お知らせ致します。
 【シナリオ運営について】と併せてご確認の上、ご参加頂けますと幸いです。
 三章のみ、お声がけ頂けましたら希夜がご一緒させて頂きます。

 初『カクリヨファンタズム』です。
 皆様のご参加、心よりお待ちしております。
 宜しくお願い申し上げます。
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第1章 集団戦 『骸魂童子』

POW   :    怪力
レベル×1tまでの対象の【尻尾や足】を掴んで持ち上げる。振り回しや周囲の地面への叩きつけも可能。
SPD   :    霊障
見えない【念動力】を放ち、遠距離の対象を攻撃する。遠隔地の物を掴んで動かしたり、精密に操作する事も可能。
WIZ   :    鬼火
レベル×1個の【鬼火】の炎を放つ。全て個別に操作でき、複数合体で強化でき、延焼分も含めて任意に消せる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●懐かし小道
 雑踏の中に翻る黒い着物の裾がチラリと見えた。
 直後、「やられたぁ!」という声が雑踏からあがる。
「っち、財布をやられちまったよ。おい、さっきの餓鬼。どこ行きやがった?」
 あるやなしやの懐をまさぐって、つるべ落としが息巻くが、黒い着物の童の姿は既に視界の外。
 とは言え、子どもの足だ。本気の猟兵の足からは逃げ果せられはしまい。
 追いついてしまえば、所詮下っ端。掠める程度のUCひとつで、憑いた骸魂から救い出すことができるだろう。
 されど赤提灯の街並は変則的。もしかしたら、見覚えのある懐かしい風景に出くわすこともあるかもしれない。
黒門・玄冬
夢を操る妖怪…どういった存在なのか
不思議な料理の話と些か興味を惹いた
御出馬頂く為にも、童子の追跡を

初めて踏み入れた幽世
現世を去る、或いは追われた者達の世界

追跡と失せ物探しに並行して
見聞きするもの全てで情報収集
学習力を活かして適応してゆこう
立ち止まってはいけない
迷いの際は第六感を信じ、未知へと踏込む

支配され、命じられ望まずに手を染めているか
それとも悪戯の内か
どちらにせよ一刻の鬼ごっこ
見切りと戦闘知識を駆使して身体を投げ打ち
残像とフェイントにより隙を生む
ガードは最小限のオーラ防御
捕まえれば【遮断】で、動きを封じる
僅かでも
君は、楽しんでくれただろうか

もし、
つるべ落としの財布が戻った場合は返却したい



●カクリヨ草紙、はじまりはじまり
 知らぬ世界だ。だのに何故か、『懐かしい』と感じるものがある。
「……ここが、幽世」
 転送された先――カクリヨファンタズムの地を初めて踏んだ黒門・玄冬(冬鴉・f03332)は、重々しい息をひとつ吐き終えると、肩の上下で全身の緊張を解す。
 事件の話を耳にした玄冬が最初に興味を覚えたのは、夢を操るとかいう妖怪のことだ。それから、思い出を調理するのだという不思議な料理。
 けれど実際に新たな世界に踏み入れば、かつて僧籍に身を置いたものとして心惹かれるものが増える。
 幽世。それは現世を去った者たち、或いは、追われた者たちの世界。
 概念として識るものが、『現実』を成して眼前に在る。しかもとても俗世的に。
 やれあそこの飯が美味い、とか。向こうに佳い女がいた、とか、三軒隣の一つ目が嫁を貰った、だとか。
「おいおい、てれびじょんが映らなくなっちまったぞ!」
「かかぁ、電気屋のにーちゃん呼んで来い」
「はァ? あたしゃ忙しくて手が離せないよ! くっちゃべってばっかのアンタがいってきな!」
 河童の客をもてなしているのは、狼男と雪女の夫婦だ。その丁々発止のやりとりを耳に、玄冬は道のない街並を往く。足取りは、そぞろ歩き。けれど意識は四方へ張り巡らせて。
 見聞きする全てが、未知の情報源。吸収すればするほど、玄冬自身も世界に馴染む。それが例え、道が失われた法則性皆無の街であろうとも。
 ――ふ、と。
 勘にも満たぬ何かが、玄冬の琴線に触れる。他より少しばかり明かりに乏しいだけの路地だ。しかし玄冬は迷いよりも直感を信じて、止めぬ歩みを迷路の奥へと進め――。
「!」
 『ねぎま』と書かれた看板の向こうに翻った黒い袖を見止め、玄冬は走り出す。
(「支配され、命じられ望まずに手を染めているのか」)
(「それとも悪戯の内か」)
 追いかけてくる玄冬に気付いたのだろう。路地裏へ路地裏へと逃げる黒い小さな背中に、玄冬は青光を帯びた紫の双眸を細める。
(「いずれにせよ――」)
 この場限り、一刻限りの鬼ごっこ。ならば怯えさせるのではなく、面白がってもらえる方が良い。
 道なき街なら、地の利は同じ。とくれば、手足の長い玄冬の方に分はある。本気で駆けてしまえば、あっという間の勝負だろう。そこを敢えて様々な知識と経験を活かし、玄冬は≪愉≫の距離を保ち、時に緩急をつけて童鬼を追った。
 逃れようとする童鬼の反撃なぞ、可愛いものだ。十に及ばぬ鬼火程度、オーラの壁で十分対処し得る。
 そうして四半刻の、さら半分ほどの時間。恐怖ではない歓声を童鬼が上げたのを聞き止めたところで、玄冬は気を放つ手で黒い衣の襟首をひっ捕まえた。
 途端、童鬼の体から靄に似たものが抜けてゆく。
(「これが、骸魂?」)
 見上げた空に幾つも浮かぶのとそっくりなものこそ、諸悪の根源。不明瞭なりの推察で、玄冬は童鬼から抜け出たものへ手刀を閃かす。
 消失は、一瞬。同時に、童鬼の眼がぱちくりと開く。
「――鬼ごっこは、楽しかったかい?」
 問われた童鬼に記憶があるかは定かではない。が、何とはなしに楽しかったことは覚えていたのだろう。覗き込んでくる大人の浅黒い顔へ、童鬼はくったくなくニパリと笑った。

 改めた持ち物は、女物の簪がふたつ。
 つるべ落としの財布ではなかったが、姉妹揃いの品だろうと予想のつき易い品だ。道が戻れば、きっと持ち主の処へ帰るのも容易だろう。
 ならば今は、と。緋と紅の桜簪を玄冬はそろりと懐へ仕舞う。

大成功 🔵​🔵​🔵​

高塔・梟示


へえ、懐かしいな…何十年前の景色だろう
郷愁を誘う光景の住人が皆
普通のヒトでないのは不思議な眺めながら
此処が幽世、妖の世界か

赤提燈には惹かれるものの
先ずは仕事をこなさなければ
童子を捜そう

追掛けられていると分れば
必死になって逃げかねないからね
見つければ雑踏に紛れ、目立たないように追跡

様子を伺い、隙があれば早業で攻撃を
別に引導を渡しに来たわけじゃない
死んだり大怪我しない程度に
一撃必殺で戦闘不能まで持って行こう

ああ、ついでに失せ物探しだ
盗られた財布も探しておこうか
此の世界もツケがきくかは分らないからね
懐が寂しいと美味い酒も呑めやしない…んじゃないかな
いや、経験があるわけじゃない…本当だとも



●仕事中毒患者のアヤカシ路
 すれ違いざま、肩にぶつかりかけた誰かの頭を、柳のような動きで躱した高塔・梟示(カラカの街へ・f24788)は、「へえ」と周囲へ視線を巡らせる。
 最初に浮かんできた感想は、懐かしい、というものだ。
 数えて、何十年前かの景色だろう。イマドキの若者辺りなら新しくも感じるだろう街並だが、長命な梟示にとっては、古めかしく、郷愁を誘うもの。違いといえば、行き交う住人が梟示のよく知る『ヒト』のそれとは異なるくらい。
 記憶との相違は、不可思議ではあるが、ミスマッチではない。むしろ、しっくり来るといっても過言ではないだろう。
 ――成程、此処が幽世。妖の世界。
 得心をよれたスーツ姿で頷き、梟示は隈の濃い目の下を軽くこすって眠気を飛ばす。
 ワーカーホリックに過ぎるせいで、睡眠不足は慢性的だ。けれど此処では愛飲しているエナジードリンクを追加購入することはできそうにない。ならば気付けに酒を――というのは単なる言い訳。
「まずは、仕事仕事」
 惹かれる赤提灯へ背を向けて、梟示は素直に童鬼探しに準じることにする。
「さて、と」
 だらしなく結んだネクタイを、気持ち程度に引き締めて、梟示は周囲の様子を注意深く窺う。
 異変を報せる声が耳に飛び込んできたのは、すぐだった。
 『財布が!』と聞こえた男の声に、梟示はゆらりと雑踏に溶ける。
 大小姿形も様々な妖怪たちの群衆の中にあっても、梟示の視界は頭一つ分、上をゆく。おかげで、ちょこまかと動きまわる小さな影もよく見通すことができた。
「はい、ごめんなさいね」
「ちょっと、お邪魔するよ」
 不規則に並ぶ店々を冷やかすリズムで、梟示は群衆の最中を游ぐ。骸魂憑きの妖とはいえ、相手は子どもだ。大人が追いかけてくれば、必死になって逃げてしまわないとも限らない。
 だから目立たないよう慎重に、気付かれないようゆっくりと、梟示は童鬼との距離をつめてゆく。
 その間にも、童鬼は他所様の懐から金目のものを拝借し続けている。追う者の存在に気付いていない証拠だ。だが実際にはそうではない。悪事の行方を梟示はしっかり目に焼き付け、盗られた面々の姿形も記憶する。
 然して暫し。
「ねえ、君――」
「!?」
 声をかけたのは、人気が少ない路地裏に入り込んだところ。不意の声掛けに童鬼が身を竦ませた直後、『行止り』と異国の言葉で書かれた道標を、童鬼が振り返る隙も許さず梟示は降り下ろした。
 渾身の一撃に、小さな体がよろめく。直撃を避け、掠める程度に済ませたからだ。けれど、骸魂を引き剥がすには十分。

 正気を取り戻した童鬼から、くすねた全てを没収した梟示の次なる作業は、持ち主への返却作業。街が迷路なせいで少々労を要したが、仕事馬鹿の本領発揮で事はひとつひとつ解決してゆく。
 そうして最後のひとつは――。
「探し物は此れかい?」
「あああああ!!!」
 紫色の唐草模様な財布との再会に歓喜を吼えるつるべ落としに、梟示は「よかったね」と笑う。
「毎回、ツケがきくとは限らないしね。懐が寂しいと、美味い酒も呑めやしな――いんじゃないかな。うん」
 梟示の語尾が妙に弾んだのは、つるべ落としの共感を孕んだ視線に気付いたせいだ。
「さてはアンタ、」
「いや、経験があるわけじゃない……本当だとも」
 皆まで言わさず先を弁で封じても、既に共感を抱かれた後。
 道なき妖の街の刻は、面白おかしく過ぎていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

清川・シャル
この街並み…シャルが家出してから初めて訪れた宿場町…
あの頃は何も知らなくて、あ、ご飯だけ炊けました。
とりあえず「用心棒の先生」になればご飯だけ食べられると知って、一生懸命力を誇示したものです。6歳でも羅刹ですから。
あの時お世話になった町の人、元希にしているでしょうか。
懐かしいなぁ、と懐かしみながらも冷静になって現実に思考を戻して…
見切りで攻撃を避けて、修羅櫻で花びらと一緒に舞いましょう
童子さん、イタズラはもうおしまいですよ



●くるり、ななとせ
 自分より小さな黒い着物の背中を追って、細い路地に踏み入った直後、清川・シャル(無銘・f01440)は青い瞳をこぼれんばかりに見開いた。
「この街並……」
 つい先ほどまで五月蠅いほど目についた赤提灯が、ほとんど見当たらない。そして細い路地に入ったはずなのに、道幅もさほど狭くない――シャルが驚いているのはそんなことではなく。
「……知ってる」
 年頃の娘らしい桜色の唇が、酸素を求める金魚のようにハクリハクリと短い呼吸を繰り返す。
 だってシャルは知っていたのだ、この街並を。『宿場町』の風景を。しかもただの宿場町ではない。シャルが家出してから初めて訪れた宿場町なのだ。
 風に含まれる香りにも、憶えがある気がして、シャルの鼓動は早鐘を打つ。
 ご飯を炊く以外、何も知らなかった頃だ。
 指をひとつ、ふたつ、みっつと追っていくと、折り返してふたつめで腑に落ちる。
 ――七年前。シャルが、六歳の頃。
 確かにご飯を炊くことは知っていた、が。そのご飯の素である米を買うにも金が必要で。その金を稼ぐには、「ようじんぼうのせんせい」が良いらしいことを知ったのもこの町だ。
 用心棒の先生にさえなれば、とにかくご飯だけは食べられる。だからシャルは、一生懸命に自分には『力』があることを誇示しようと躍起になって頑張った。
 例え六歳でもシャルは羅刹。純然たるパワーだけなら、大人の男にだって劣らない。
 そして腹を空かせた幼女の奮戦が、町の人々の琴線に触れたろうことは想像に難くない。
(「元気にしているでしょうか……」)
 驚きが、世話になった皆々の顔に変わって、シャルの胸を温める。
 しかし。
「懐かしいなぁ……ん?」
 懐古に発した自分の声に、シャルははたりと我に返った。
 違う。ここはあの宿場町ではない。あの宿場町であるはずがない。だってここは新たに出逢った世界、カクリヨファンタズム。
「――逃がしませんよ」
 少女であっても、夢幻よりも現実を視られる『女』であるシャルは、遠くなりかけていた童鬼を再び追いかけ始める。
 力強く石畳を蹴ると、見る間に距離が縮まった。
 逃げられないと悟ったのだろう童鬼が、足を止めて振り返り、身構える。突進してくるシャルを、受け止めて投げ飛ばそうという魂胆だ。
 でも、鬼としてもシャルの方が大先輩。
「童子さん、イタズラはもうおしまいですよ」
 伸びてきた手を躱し、身を沈めて懐へ入ると、伸びあがりながら一閃。
 剣圧に、桜の花弁が無数に舞う。本来なら、続けざまに幾太刀も浴びせかけるところだ――が。

「案ずるな、峰打ちだ……ですよ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

浮世・綾華
ヴァーリャちゃん(f01757)と

うん?まぁでも、なんか迷路みたいだな?
おわっ――早速いた感じ?
っし、追いかけますかー

まぁ、そうだねえ
ちょっとこうなるとは思ってた
んー?ふふ、俺となら迷子も悪くないでしょ
軽口も程々に、どうするかと思考を巡らせていると

知らない景色に、不安げな声
ヴァーリャちゃん?
視線を向け、頭を撫でてから手を握った
だいじょーぶ、だいじょーぶ

(怖いものは誰だってある
俺だって、ある)
けれど彼女がこの場所に恐れを抱くならば
早く抜け出さなくてはと
導くように先を歩んで

悪戯っ子くん
お前の中にいる妖怪も助けてやりたいんだケド?
ちょーっと痛いかもだが、我慢してネ
挟み撃ちするべく、無数の鍵刀を操って


ヴァーリャ・スネシュコヴァ
綾華(f01194)と

ここがカクリヨ?普通の街に見えるけれど…
あっ!あいつが骸魂だな?
綾華、こっちこっち!

…ここさっきも通ったな?
もしかして俺たち、迷い込んでる?
うむ、確かに綾華と二人っきりだと思うと…
けど、ずっと迷子じゃ依頼にならないのだぞ!

赤提灯の道が、いつの間にか
暗く冷たい廊下に変わっていて
綾華、俺、ここいやだ…
何故か怖くて、綾華の腕にしがみつきながら進む
きっと知らない俺の記憶だ

俯く俺に温かな体温
目を閉じて、身体の強張りも段々溶けていく
あ、ありがとう、綾華…

あっいた!待てこら!止まれー!
足が早いようだけど、綾華と挟み撃ちすれば!
息を合わせて、同時に『亡き花嫁の嘆き』を叩き込んでやるのだ!



●選ぶまでもない一択
「ここがカクリヨ?」
 普通の街に見えるけど、と拍子抜けしているヴァーリャ・スネシュコヴァ(一片氷心・f01757)に、浮世・綾華(千日紅・f01194)は「うん、そーだね」と是を頷きつつも、首を傾げた。
「……でも、なんか迷路みたいだな?」
 言われてみれば、確かにそう。
 並ぶ赤提灯に記された屋号を、ひとつひとつ辿っていたヴァーリャは、菫の双眸を大きく瞬き――
「あっ!」
 次なる発見に、トンっと石畳を蹴った。
「綾華、綾華! こっちこっち! あいつ、あいつがきっと骸魂に憑かれた童鬼だ」
「おわっ」
 声を上げるや否や、ヴァーリャは地に氷を這わせて颯爽と滑り出す。
 未知との遭遇にも臆することのないヴァーリャの溌剌さと、この町で問題を引き起こしている童鬼との不意の遭遇と。何れも綾華にとっては想定の範囲内。短く驚きを発したのだって、勢いに引き摺られただけに過ぎない。
 だから態勢を整えるのも、走り出すまでも一瞬だ。
「っし、追いかけますかー」
 然して始まる、童鬼との追いかけっこ。黒い裾や袖の翻りを頼りに、あっちへ滑れば、こっちへ駆けて、さらにそっちへ行って。
 てんやわんやの道中の先陣を切るのは、ベルトに装着した尻尾を赤提灯にキラキラ煌めかすヴァーリャだ。綾華はその白影を見失わないよう街を横切りながら、仕掛ける間合いを読む為に黒い方の影との距離を測る。
 ありきたりの後姿だけではなく、零れる気配からも、さしたる相手ではないと識れた。相対したら、一撃で終わるだろう。
 だからといって、気を抜いていたわけではない。決して。
 だが、しかし。
「……ここ、さっきも通ったな?」
 氷のブレードを解き、靴底を石畳についたヴァーリャが呟く不安に、綾華はまたもや頷く。
「まぁ、そうだねえ」
「もしかして俺たち、迷い込んでる?」
「正直、ちょっとこうなるとは思ってた」
「そうなのか!?」
 前だけを見ていたヴァーリャが思い切りよく振り返る仕草に、綾華の口元が「ふふ」と甘く緩む。
「んー? けど、俺となら迷子も悪くないでしょ」
 余人が耳にすれば、赤面必至の軽口だ。されどヴァーリャは「うむ」と真面目に思案する。
「確かに、綾華と二人っきりだと思うと……」
 年頃の娘の白い頬に、ほんのり春色が差す。その真剣ぶりは、綾華の方にこそばゆさを誘うくらいだ。
 けれどもそんな空気は唐突に一変する。
「ずっと迷子じゃ依頼にならないの、だ……ぞ?」
 天真爛漫を絵に描いたようなヴァーリャの瞳が、翳りを帯びた。まっすぐに伸びていた背筋が縮こまり、寒さにも負けない肌が青褪める。
 だって赤提灯の連なる道が、暗く冷たい廊下に変わっていたのだ。何時の間に、こんな場所に入り込んだのだろう? 考え事をしながら道を折れたせいで、気付かなかった。
 そう。気付かなかったが、気付いてしまった。
「綾華、俺……」
「ヴァーリャちゃん?」
 現世とは異なる道理を持つ世界だ。こんなこともあるだろうと悠長に構えていた綾華は、ヴァーリャの不安気な聲に目を瞠り、
「俺……ここ、いやだ」
 続いた吐露と、腕にしがみついてくる温度に唇を引き結び――敢えて、綻ばす。
「だいじょーぶ」
 薄氷の髪に視線を向けて、まずはひとつ。
「だいじょーぶ」
 次は髪を撫でて己の存在を示し、そのまま流れるように手を握って熱を分かつ。
 ますます全身で縋りついてくるのは、未知への怯えのせい。いや、正しくは未知ではない。目も開けていられないほどの恐怖は、きっとヴァーリャが知らないヴァーリャの記憶のせい。
(「怖いものは誰だってある」)
 同じ景色を見ている綾華には、ただの暗い廊下でしかない光景だ。違和感と言えば、先ほどまでの街並からかけ離れていることくらい。
 しかし、人はそれぞれ。綾華の知らぬヴァーリャが居るのは当然だし、出処の判然としない感情を抱く心があるのも理解できる。
(「俺だって、ある」)
 だから今の綾華に出来ることは、少しでも早くこの景色からヴァーリャを連れ出すこと。
「ヴァーリャちゃん」
 いつもと同じように名を呼んで、綾華はヴァーリャがしがみつく腕を出来るだけ背中側へ回して歩き出す。そうすれば、ヴァーリャの視界は塞がれるし、彼女が何かに足を取られる心配もないから。
 その気遣いは、体温と一緒になってヴァーリャの裡に静かに染みて、やがて心と身体の強張りを溶かしてゆく。
「ヴァーリャちゃん」
 そうして繰り返された名前の幾度目かに、ヴァーリャは俯いていた顔をあげ、閉ざす形で固まっていた瞼を押し上げた。
「あ、ありがとう、綾華……」
 赤い眼差しに、不規則に跳ねていた心臓も落ち着きを取り戻す。
 これなら、もう怖くないかもしれない。と、ヴァーリャはゆっくり周囲を見遣って――。
「あっ! いた! あいつだ!!」
「おわっ」
 さっきも同じ驚きを発した気がするなんて綾華が思い出す間もなく、弾かれた駒みたいにヴァーリャが再び滑り出す。
「待てこら! 止まれーー!!」
 さながら鉄砲玉だ。ヴァーリャだから雪礫か。怯えていたのが嘘みたいな速度で、例の童鬼を追いかけていく背中を綾華は遠い目で眺めかけ、思い返してニマリと笑う。
「綾華、挟み撃ちだ!」
「りょーかい。悪戯っ子くん、出来たらお前の中にいる妖怪も助けてやりたいんで、大人しくしてくれないカナ?」
 怖がるより、いつも通りがいい。しがみついて震えられるより、息を合わせて一撃ぶっこむ方がずっとずっと良い。
 石畳の段差を活かし、ヴァーリャが跳ねた。着地点は、童鬼の頭を超えた更にその先。
「よそ見してたら、足元を掬われるぞ?」
 振り返ったヴァーリャが、氷の蹴りを繰り出す。
「ちょーっと痛いかもだが、我慢してネ――コレをこうして、こうな?」
 追いついた綾華が、無数の鍵刀を繰る。
 憑かれた童鬼が迎えた結末は、綾華とヴァーリャが望んだ通りの大団円。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟櫻沫
鬼ごっこ
鬼は僕らだ!
いた!櫻、あっちにあの子がいたよ
迷子にならないように櫻宵と手をしっかりつないで、迷宮の街を游ぎゆく
大事な僕のヨルが!ぱっと連れてかれちゃったんだから
はやく取り返さないと

泳いで游いで、曲がり角を曲がったら――嗚呼
懐かしい
僕の故郷の、黒の街の街並みだ
ここは花屋であっちは僕が歌っていた教会(グランギニョール)で
この先には黒薔薇の咲く領主の館が
櫻宵に名を呼ばれ我にかえる
似ているだけだ

櫻宵だって、
……懐かしそうな顔してる
桜舞う、美しい和の街の光景
君の故郷のよう
懐かしい?また行こう

童子の姿をとらえたら、逃がさないと歌う「魅惑の歌」
ほら綺麗な桜を咲かせて
ヨルも返してもらうからね!


誘名・櫻宵
🌸櫻沫


童子と鬼ごっこなんて楽しくなりそう
私は龍だけれど―鬼(殺人鬼)
しっかり逃げて
そうでなくては狩りがいがないわ

ヨル、いないと思ったら攫われたのね!
リルと手を繋いで迷宮を走る
曲がり角、曲がったところで広がる黒の街並み
ここはリルの故郷の街に似てるわ
隣の人魚の瞳が、追憶に満たされて心までも攫われてしまわないようにしかと名を呼ぶ

次の曲がり角
今度は私の故郷によく似てる
あの店のわらび餅が美味しくて、あの抜け道から師匠のいる山によく抜け出して通ったっけ
懐かしい、けれど――惑わされはしないわ
人魚の歌が響く
童子の姿をとらえたなら
「喰華」
綺麗な桜にしてあげる
逃がさないわ!

もう
ヨル。変な人には気をつけるのよ!



●黒い街、桜の街
 ふふふ、と口角が上がってしまうのを、誘名・櫻宵(貪婪屠櫻・f02768)は止められない。
(「童子と鬼ごっこなんて、楽しそう」)
 逸る心の顕れに、木龍の角には可憐な桜の花が咲き綻んでいる。だって櫻宵は龍だけれど、鬼でもある。赤鬼や青鬼よりも相当に厄介な――殺人鬼、という鬼。
(「ねえ、しっかり逃げてちょうだいな」)
 どくどくと高鳴る鼓動を櫻宵は自覚していたし、高揚に頬がうっすら赤らんでいるだろうことも分かっている。
 だって、だって――。
(「そうでなくては、狩りがいがないもの!」)
 ――そう。
 もうすぐ愉しい愉しい狩りの、お時間。小さな鬼は、素早いだろうか、身軽だろうか、かくれんぼは得意だろうか。
 追いかけて、掴まえて、引き摺り出すくらいの手応え(愉悦)を期待すれば、足はもう勝手に走り出してしまいそう――だったのだけれど。
「っ、ヨル!?」
 傍らから上がった驚嘆に悲痛をまぶした声に、櫻宵のテンションは平素のそれにスッと戻った。
「リル、どうしたの?」
「櫻、櫻。どうしよう、ヨルが攫われちゃった!」
「――はい?」
「だから、あの子に。ヨルが連れて行かれちゃったんだっ」
 歌うみたいに美しい声で、櫻宵が愛して止まないリル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)が半べそをかく。さもありなん、攫われてしまった『ヨル』は、櫻宵がリルの為に喚んだペンギンの雛型の式神だから。
 然して櫻宵は、周囲をぐるり。確かに、いつもリルにくっついて、何だったら櫻宵をライバル視してる感まである雛ペンギンの姿が見当たらない。
(「ああ、目に涙をいっぱい浮かべたリルもかわいいわ――っ」)
「ねえ、櫻っ。櫻、あっち、あっち!」
「――っは」
「はやく追いかけないと見失っちゃうよっ」
 迷子の町へ降り立った時は、リルだってこれから始まる『鬼ごっこ』に胸を躍らせていた。が、童鬼はよりによってヨルを攫っていってしまった。
「行こう、櫻!」
 はぐれぬように元から櫻宵と繋いでいた手に力を込めて、リルは人混みに紛れゆく黒を追いかけ游ぎ出す。
 いつもより強めに撓った月光ヴェールの尾鰭が、中空を叩く。「リル、待って。待って。大丈夫よ、落ち着いて」とか櫻宵が言っているけど、不安の方が大きくて耳に入ってこない。
 ――もし、ヨルが童鬼に懐いてしまったらどうしよう。
 ――リルより童鬼と一緒にいたい、なんて思ってしまったらどうしよう。
 走る童鬼の黒い袖と、ぱたぱたと動くペンギンの足だけがリルの視界を覆う。どこをどう泳ぎ游いでいるかなんて考える余裕もない。角を幾つ曲がったかも、憶えていない。
 だから、不意に。本当に、不意に。瞳に映った光景に、リルはと息を飲んだ。
「……え」
 ヨルの為に必死だったのにも関わらず、他が見得てしまったのは、有り得ない「懐かしさ」のせい。
 黒い街。ここは花屋で、あっちは教会(グランギニョール)。
(「僕が歌っていた……」)
 その教会の先にあるのは、黒薔薇の咲く領主の館――間違いない、この街並はリルの故郷。
 触れられる距離にある黒薔薇に、リルの指がそろりと伸びる。けれどもベルベットの手触りを感じるより早く、恋しい人の呼び声が鼓膜に刺さった。
「リル、リル!!」
「っ!」
 追憶に眸のみならず心まで満たされてしまう瀬戸際だった。しかし我に返ってみれば、街並は『ただ似ているだけ』だと腑に落ちる。
「ごめん、櫻」
「気にしなくていいわ。さぁ、急ぎましょう」
 そうして今度は櫻宵がリルの手を引く番――だったはずなのに。次の次の角を曲がった直後、櫻宵の顔色が変わる。
(「……懐かしそうな、顔」)
 微かに溶けた櫻宵の眼差しを、リルはそう思った。おそらく自分も同じような貌をしていたのだろうとも、思った。
 事実、櫻宵は懐かしさに囚われていた。
(「そうよ、そうよ。あの店はわらび餅が美味しくって」)
(「あの抜け道から師匠のいる山によく抜け出して通ったっけ」)
 桜の舞う美しい和の街並は、櫻宵の故郷のよう――そう、あくまで「よう」。つまり、似て非なるもの。郷愁を覚えたとしても、「また行こう」と誘う地とは異なる処。
「何を見ているの どこを見ているの 何を聴いているの」
 だからリルは歌った。
「――そんな暇があるなら、僕をみて 僕の歌を聴いて」
 ヨルを抱えた童鬼まで歌声が届く距離だ。指向性を持たせた歌は、正しく獲物を捕らえようと響き流れる。同時に、櫻宵の心も引き上げる。
「離して、あげないから」
「……ええ、そうね。離してあげないわね」
 いちどだけ、ゆっくり瞬き。そうして遠い幻想に別れを告げた櫻宵は、絡めたままの指を強く握り込むと、艶やかな笑みで満面を彩った。
 ――大丈夫、惑わされたりしない。
 ――それに今は、狩りの時間。
 櫻宵の眼の奥の桜花弁が、リルの歌に絡め取られた背中に対して蠱惑的な光を帯びる。
「綺麗な桜にしてあげる」
 優し気な言い様は、然して獲物を追い詰めた『鬼』のそれ。
「逃がさないわ? 想愛絢爛に戀ひ綴る――私の桜にお成りなさい」

 決着は速やかに。
 骸魂の抜けた童鬼は、美しい二人組の圧倒されて、あっという間に町の隅へと消えてゆき。残されたペンギンの雛は主の腕の中へ戻った。
「もう。ヨル、変な人には気をつけるのよ!」
 すりすりとリルの頬に自身の頬を寄せるペンギンの雛が、喚び主のお説教に耳を貸していたかは、永遠の謎である。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

オズ・ケストナー
おにごっこならまけないよっ
くろい子おいかけて

走りながら視界に映るのは
おうちの景色
アルダワの、おとうさんのおうちの
おとうさんがだいじにそだてていた庭のバラ
とってもきれいに咲いたよって
見せてくれたことがあった
そのときはわたしもまだ動けなくて
シュネーの隣のガラスケースにいたけれど
たまには外もいいよねって
とってもとってもきれいで

おぼえてるから、わかるよ
にてるんじゃなくてそのままだ
ふしぎ

うれしい思い出に足を止めそうになるけど
あっ、だめだめ
おいかけないと

つーかまーえたっ
ガジェットショータイム
蹴鞠のようなバラを描いたボールを
ぽんっと蹴れば
相手のところまで飛んでいく
つぎは、ちがうあそびしよっ

だから出ておいで



●笑顔の連鎖
 オズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)は軽やかに走り出す。
 道なき町の石畳は、先がどこへ続いているか分からない。でも、それも楽しい。まるで遊園地の巨大迷路に挑む気分だ。
 それに。
「おにごっこなら、まけないよっ」
 標の黒が、ひょこひょこと前を行ってくれている。だからオズは追いかけるだけ。
 途中、見たこともない形のヒトとすれ違った。大きな頭だけのヒトだ。首がキリンよりも長いヒトもいる。ただの広げた布みたいなのも、ヒトだろうか?
「シュネーはどうおもう?」
 腰のあたりにぎゅっとしがみついている――ようにみえる――少女人形に問いかけたら、桜色の瞳も困った風だ。
 わからないこと、との、はじめまして、は面白い。新しい扉が開きそうで、わくわくする。
 興味の素はそこかしこ。けれど今、いちばん大事なことは「くろい子」との「おにごっこ」。
 だからオズは赤提灯の街並を、童鬼を追いかけ走る、走る、走る。
 幾つの角を曲がったかは、数えていない。右だったか、左だったかも、覚えていない。ただ童鬼の背中だけを見て、その背中に追いつくためにオズは走った。
 でも、不意に。
「――わ、あ」
 見知らぬ街並だったはずの場所に広がった光景に、キトンブルーの瞳がこれ以上はないという程に見開かれる。
 だってそこは、オズの『おうち』。アルダワの、おとうさんのおうち。
 庭には薔薇が咲いている。おとうさんが大事に育てていた薔薇だ。
 ――ほら、ごらん。とってもきれいに咲いたよ。
 オズの脳裏に『おとうさん』の声が蘇る。
 あの頃のオズは、まだ動くことが出来なくて。今ではいつも一緒のシュネーも、お隣のガラスケースの中に居た。
 ――たまには、外もいいよね。
(「おぼえてる」)
 瑞々しくて青々としたお庭に、連れだしてもらった日のこと。綺麗な綺麗な薔薇を、間近で見せてもらったこと。
(「おぼえてるから、わかるよ」)
 アルダワとカクリヨファンタズム。そもそも世界が違うのに、この景色は「似てる」んじゃなくて「そのまま」だ。
「ふしぎ」
 オズの口からぽろりと転げ出た言葉に、シュネーの指にも力が加わった気がする。彼女も同じことを思ったのだろうか、とオズは嬉しくなって――止まりそうになっていた足に気付く。
「あっ、だめだめ」
 うっかり思い出に浸りそうになってしまっていた自分を、声に出して叱咤して、オズは加速する。
 迫る圧に、童鬼が振り返った。虚ろな目をしている。まだ、こどもなのに。
「いっくよー!」
 笑って欲しくて、オズは薔薇が描かれたボール型のガジェットを召喚し、蹴鞠の要領でポーンと蹴り上げた。
 柔らかい弧を描いてボールが飛ぶ。飛んで、飛んで、童鬼の頭でポンっと弾んだ。
「つぎは、ちがうあそびしよっ」
 ――だから、出ておいで。
 ね? と笑顔を煌めかせながらオズは見る。靄みたいに骸魂が引き剥がされていく瞬間を。そして黒い子どもが鮮やかな青いべべを着た子どもに変わり、えへっと笑ってくれたのを。

大成功 🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
知ってるような、でも見知らぬ街
鬼ごっこの最中とあらばノスタルジックに浸ってもいられないかしらネ

迷子こと童の特徴を念頭に、足跡などの痕跡も辿り*追跡するわネ
妖怪の匂いは馴染みなく辿るのが難しくても
骸魂……オブリビオンの匂いは見逃さなくてよ
道なき道も*空中戦の要領で越えていきましょ
なに、こんなのもたまには楽しいデショ

駆ける先
唐突に現れる岩ばかりの浜辺
記憶には無い、けれど何度も夢に見た場所
夕焼けに染まる海は、揺れる提灯の色にも似ていて

童を見付けたなら鬼火には気をつけて、童を囲むように【虹渡】を広げるわ
大丈夫、暴れなければ痛くもないわ
こうみえて、子供には優しくが家訓なの
この景色を汚したくもないし、ネ



●夢にみる
 ――フーン。
 跳ばされ降り立った町を眺めて一番、コノハ・ライゼ(空々・f03130)は何となく鼻を鳴らした。
 知っているような町だ。でも、知るはずのない町だ。
 既視感とも、少し違う。魂が近い、というのが最適だろうか――なんて悠長に考えている暇はない。
「ノスタルジックに浸ってもいられないわネ」
 だって辿り着いた瞬間から、鬼ごっこは始まっている。のんびりしていたら、悪さされる人が増えるだけだ。
「まぁ、それはそれで手掛かりが増えていいんだケド?」
 誰に聞かせるでなくコノハは笑って、探さねばならない迷子こと童鬼の特徴を脳裏に思い描く。
 まずは黒い着物。それから黒い髪。ああ、裸足というのも忘れちゃいけない。
「足跡、追いかけやすそうネ」
 下駄や草履、靴などと違い、足の形はひとそれぞれ。しかも人型の童ときたら、大人が多い赤提灯街では目立つだろう。
 そして何より、匂いだ。
 不慣れゆえに妖怪の匂いには馴染みがない。されど称す単語は異なれど、骸魂はオブリビオン。コノハの鼻がとても利く輩。
「さて、と」
 ――フン。
 先ほどとは違って短く鼻を鳴らしたコノハは、しなやかな獣の身のこなしでまずは地面を、次いでどこぞの店の看板を蹴った。
 とんっと軽やかに着地したのは、あっちへこっちへと伸びる線路の上。それからまたひょいっと飛んで、今度はぽつんと植わった街路樹のてっぺん。
 身軽な妖怪が、似たようなことをよくやるのだろう。コノハの跳躍に目くじらを立てる者はいない。だから気紛れな蝶のようにコノハは迷路の町の空を舞う。
 地上から射す赤い光が、コノハを照らす。その光は揺れて跳ねて踊る髪にも届く。東雲に染めたそれの幾筋かは、紅に近く。赤にあたって色を濃くし、不意にコノハの視線を攫う。
 いや、攫ったのは地上の赤だ。赤というより、朱。
「……ふーん?」
 また、コノハは鼻を鳴らす。
 なぜなら、景色が変わっていたから。
 先ほどまではただのガード下の町並が、どうしたことか岩ばかりの浜辺になっていた。
 疑問は呈さない。おそらく此処はそういう場所だから。
 問題は、景色だ。
 記憶には無い場所。けれど何度も夢に見た場所。
「なんか、似てるわネ」
 抜けた比較対象は、夕焼けに染まる海と、揺れる提灯の色だ。だから、こんな景色を視たのかもしれないと考えてしまうくらいには。
 されど浸る暇なく、ツンと刺さった匂いがコノハを現実へ引き戻す。
「みーつけたっ」
 三度ほど跳ねたら届くだろうところに、ぷんぷん匂う黒い童鬼が居た。骸魂に取り込まれた――つまりは、オブリビオンだ。
 ひらりとひとつ跳ねる。
 ひらり、もうひとつ跳ねたところで、気配を察した童鬼が振り返る。
「大丈夫、暴れなければ痛くもないわ」
 いっぽん立てた指を唇に当てコノハは嘯くと、淡く広がる虹の帯を童鬼の周囲へ放つ。
「本当よ? だってこうみえて、子供には優しくが家訓なの」
 ふわっと最後のひとつを跳ね。とんっと地表へ下りれば、もうお終い。虹に囚われた童鬼から、骸魂が抜けて逝く。
「まったく、簡単なお仕事ったらないワ」
 意識を失ったのか、頽れた童を抱き上げつつ、コノハは改めて周囲を眺める。
 生憎と、すっかり元の赤提灯町に戻っていたけれど、重なる海辺の景色も不穏な血に汚されてはいなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クリストフ・ポー
想い出を美味しい(強調)料理に!
ご褒美には面白い趣向だね♪
うふふ
僕のはどんな料理だろう

先ずは童と鬼ごっこ
世界知識に追跡
宝探しや第六感の働かせる処だけど
妖相手にどの程度通用するかは未知数だよね…
では、ローラー作戦でいこう
パンパンと手を打ち鳴らす

おいで、黒猫ちゃん達!

影より出ずるものは、影から影へ
喧騒を縫い、情報収集
駆ける僕を導いでおくれ
つるべ落とし君の財布が盗まれたなら
彼の匂いを辿って失せ物探しをしてみよう

やぁ、みーつけた☆
手癖の悪い子には
お仕置きだね

見つけたら即
乱れ撃ちに見せかけたフェイントで一瞬の隙を突き盗み攻撃
と同時に更に懐を盗む
無事つるべ落とし君の財布が回収出来たら
彼に返却しよう

共闘OK



●美食家の矜持
 クリストフ・ポー(美食家・f02167)は、通り名の通りに美食家だ。
 庶民的な料理も悪くはないが、重要なのは味である。ましてやそれが、自分の想い出を調理されたものならば猶の事。
「やあ、絶対美味しいに決まっているね!」
 美味しくないわけがない。そも、美味しくなくなる要素がない――なんて誰に聞かせるでなく力強く頷きながら、中々に愉快な趣向にクリストフは胸を躍らせる。
 美味であるのは間違いないが、どんな料理になるかは未知も未知。ワルツのリズムを刻むみたいな名前のフランス料理だろうか? 海が香るイタリア料理も興味をそそる。意表をついて大陸の屋台料理なんてのもあるかもしれない。
「――おっと、いけない」
 齢100に達しても十代の少年と称しても疑われぬかんばせの緩みを正し、クリストフはまじまじと赤提灯の町並を眺めた。
 ふた昔前を思い出させる風景だ――ちなみにひと昔前は無駄にギラギラしい時代――が、行き交うヒトらの姿形がバリエーションに富み過ぎていて、此処は此処で完成している印象を受ける。
「うふふ」
 なかなかに面白そうだ。しかも興じるのは鬼ごっこ。つまりは、狩りの真似事。そして狩りは貴族の嗜み。
 没落したとは言え、クリストフはダンピールの貴族だ。あらゆる世界の知識に精通し、使える『嗜み』もそれなりにある。とはいえ、此処は妖の世界。いかに妖めかしているとはいえ、真の妖ではないクリストフの手腕がどこまで通用するかも、料理と同じで未知の未知。
 ――だ、というならば。
「おいで、黒猫ちゃん達!」
 従僕を呼ぶマダムの仕草でクリストフは両手を打ち鳴らし、一匹、二匹、三匹、四匹……辺りを埋め尽くさんばかりの数の黒猫を召喚すると、それらを銘々路地へ走らせる。
「ふふ、ローラー作戦というやつだよ」
 戦う力は持たないからこそ、補助に長けた猫たちは、瞬く間に影に溶け、影を渡り、クリストフの求める情報を齎す。
「なるほど、西だね? ん? 東? まあ、どっちでもいいよ」
 道が失われているせいで、進む方向もめちゃくちゃだが、ついた目星はゆらがぬから、黒猫に先導されてクリストフは颯爽と走った。
 道々、「わあ」だの「え」だの「やられた」だのの戸惑いの声が上がっている。よほど手癖の悪い童のようだ。もちろん、そういう子どもにはお仕置き一択。
「やぁ、みーつけた☆」
 幾つ折れたか知れない角の果ての果ての果て。絵に描いたような袋小路で行き詰った黒い衣の童鬼。たんまりと膨らんだ懐は、持ち主への返し甲斐がありありなのを物語っている。
 情状酌量の余地はなし。いや、骸魂に憑かれているのだから、ひっぺがして当然。
「っ、くるなっ」
 ぼぼぼっと童鬼の周囲に鬼火が浮かぶ。されどクリストフの足を止める程の数ではない。
 身を低くしての肉薄から、懐から銃を抜く――ふりをしてのフェイントで、固めた拳を鳩尾へ叩き込む。
 たったそれだけ。けれど猟兵クリストフの与えた衝撃に、骸魂は引き剥がされて消滅し、残ったのは無垢な童鬼。
 状況をつかめぬ瞳は涙で潤み、見た目以上に稚く感じさせる。だからクリストフは「しょうがないね」と童へ手を差し伸べた。
「懐のもの、一緒に返しに行くかい?」
 瞠られた童の目には、クリストフが聖人にでも映ったことだろう。しかしご用心? 女は生まれながらにして女優。それが100を超えたなら、持つ顔なぞ無限大。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ

師父(f00123)と
なれば力任せに狩るよりは
夜中にひっそり摘み食いや
実験に行く師父を捕らえるのに近いな

反論は右から左へ放り
挟撃で如何か
承知すれば後は小さな気配を追って

曲がり角の小さな露店
あれは…
あかりの中
幼い頃買って貰ったそれに良く似た光る石
――隠し損ねた物欲しげな目を見抜いた師
並ぶ親子連れらしき背を
息を潜めて足早に過ぎる
きっと二十余年の後にも宝物であろうな

『悪い子』は居ぬか
ほう、そうかお前か
姿消した【星の仔】を投擲して加速
童子を止められぬまでも
襟首咥えさせて驚かそう

少し辛抱するといい
狐にした指で額をひとつ弾いたら
憑いた魂も目覚めるだろうか

…どうした師父、妙な笑い方をして
童子の顔に何か?


アルバ・アルフライラ

ジジ(f00995)と
…おい待て
お前、師が童と同等と申したか?
杖で小突き、小言を重ね
此処は既に迷路と化しておる
挟撃にせよ、逸れぬよう心掛けよ

件の童と思しき影を見つけたならば追跡を開始
悪童め、早急にお縄につくが良い!
宝石で牽制にと魔術を放ちつつ
ジジ、お前は先行しろ
決して逃すでないぞ!

ほんの刹那の別離
横切る赤い灯り
目まぐるしく変わりゆく景色の中
ほんの少しだけ、砂埃を感じた
呆然自失した、昏い瞳が見えた気がした
見覚えのある風景に一瞬だけ足を止めるも
頭を振り、再び走り出す

前方には童…と従者
でかしたぞ、ジジ!
頭を撫でんとし、ふと瞳を覗き込む
遊色を宿した双眸
煌くそれに吐息を零して
ふふん、気のせいであろう?



●わらべ
 黒く幼い童が一目散に逃げてゆく。随分と小さく見える背中だ。骸魂憑きではあるが、さしたる脅威にもなるまい。
 推察だが、ほぼ確信でもある感触に、ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は「ふむ」と思考をさらに巡らせる。
 猟兵としての力を行使すれば、『救う』ことも可能だろう。
 ――なれば、力任せに狩るよりは。
「夜中にひっそり摘み食いや実験に行く師父を捕らえるのに近いな」
「……おい待て」
 声に出しても良いセンテンスと、出すとちょっぴり厄介なセンテンスを、うっかり取り違えたジャハルを、アルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)が杖の先でコツンと小突く。
「お前、師が童と同等と申したか?」
 もう一度、こつん。さらに、こつん。おまけに、こつん。
「何たる不敬。そもそも――」
 こつこつこつん。従者の言い様を咎める連続小突きに小言をアルバは重ねるが、返ってくるのは「間違った事を言ってはいまい?」という真面目な視線ばかり。
 目力で圧してみようと、アルバは眉間を寄せてジャハルを見上げる。されど黒の奥に煌めく七彩は僅かも臆さず――どころか、より真っ直ぐに射抜いてくる始末。
 ただしジャハルにアルバを論破しようという思惑は欠片もない。一片の曇りもなく、ただ純粋に。自分の言葉に――ひいては、アルバの日常のあれこれに――過ちがあるか否かを師であるアルバに問うているだけなのだ。
「……ジジ。童が逃げるが、良いのか?」
 分の悪さを自覚してか、黒い背中を追うようアルバは目を泳がせ、ジャハルの気持ちを『仕事』へと向ける。
 策士の仕業だ。同時に、ジャハルも為すべき事を忘れてはいない。
「挟撃で如何か」
 遠ざかる黒へ目を遣ったジャハルの提言は、二人でいる利を活かした妥当な案だ。もちろん、アルバに異論は皆無。けれど師として足すべき注釈はある。
「構わぬ。だが逸れぬよう心掛けよ」
「承知」
「決して逃すでないぞ!」
 羽搏く猛禽類の鋭さで身を翻したジャハルを、間髪入れずにアルバも追う。体格に優れる分だけ、人混みを掻き分けるのも、視界を維持するのも、ジャハルの方が得意だ。
 なで、あるならば。自分は――。
「悪童め、早急にお縄につくが良い!」
 後続の余裕を活かし、アルバは幾つもの宝石を投じ放つ。赤は、警告。緑は、向かい風。白は、足元に纏わりつく糸。
「わっ、わ、わわ……っ」
 縺れた走りに童鬼は戸惑いを漏らし、慌てた様子で周囲を見渡す。
(「――しめた」)
 焦った逃亡者が進路を誤るのは定石だ。案の定、確認する間も惜しむように迷路の隘路へ駆け込んだところで、アルバは宙に浮かべた無色を仰いだ。
 最高の耀きを齎すラウンドブリリアントカットは、使い方によっては数多の面を映す鏡。
(「なるほど」)
 認識した空間を読み解き、アルバは最適解を探り出す。
「ジジ、そこを左じゃ!」
 師の謂わんとすることを即座に察したジャハルが、十字を左に折れた。そしてアルバは童鬼を追って隘路へ踏み込む。
 これで間を置かずして、挟撃の図が完成するはずだ。
 してやったりと、アルバはひとりほくそ笑む。
 人が一人やっと通れるような通路の両側にも、変わらず赤提灯がずらりと揺れている。アルバが走れば、その赤も走馬燈のように流れゆく。
 酒の匂いが濃い喧騒だ。
 けれどもどうしたことか、乾いた砂埃の気配があった。
(「何、だ――」)
 拾い上げた違和感に、アルバの目が進むべき『前』から逸れる。
「!?」
 そこにアルバは呆然自失の昏い瞳を視た。否、視た気がした。
(「違う、あれはもう」)

 ジャハルが曲がった角の先には、小さな露店があった。
(「あれは……」)
 中に灯ったあかりに、ジャハルの意識が吸い寄せられる。
 見覚えのある石がそこにはあった。幼い頃、アルバに買って貰った光る石だ。
 そう、買って貰った、のだ。
 決してねだったりなどしなかった。むしろ逃げるようですらあったとも思う。だのに師の慧眼は、幼子の隠し損ねた物欲し気な目に気付いたのだ。
 ガード下の町並には不釣り合いな親子連れと思しき背が、あの時の自分たちのように「あかり」を眺めている。
(「きっと二十余年の後にも、宝物であろうな」)
 邪魔をせぬよう息を潜め、ジャハルは親子の後ろを走り抜けた。すると数メートルほど先に、黒い衣の童鬼が立ち尽くしているのが目に留まる。
 童鬼の奥に煌めく遊色はアルバだろう。つまり童鬼は追っ手に挟まり、袋の鼠。
「『悪い子』は居ぬか」
 声を限界まで低めておどろおどろしく言うと、童鬼の肩がピクリと跳ねる。
「ほう、そうかお前か」
 にぃとこれみよがしに上げてみせた口角に、童鬼の唇が戦慄いた。そこへジャハルは、姿を消した蜥蜴を放つ。
「えっ、」
 元より透明な翅を持つ蜥蜴だ。未熟な童鬼に接近を気付けるはずもなく、突然の襟首を捕らえられた感触と、ぶらぶらと宙に浮いた足に泡を吹く。
 捕まえるのは造作もなかった。
「さあ、仕置きの時間だ」
「ひいいい」
 狐にした手で眉間を軽く突いただけで、悲鳴が上がる。あとはパチンとやれば、骸魂も吹き飛んでしまうことだろう。
「師父」

 ――師父。
 見事、目標を捕捉したジャハルの呼ぶ声に、アルバははっと顔を上げた。
 足を止めたのは瞬きにも満たない時間だったはずだが、何時の間にやら数メートル先には従者がいる。
「でかしたぞ、ジジ!」
 振り切ったアルバの嗅覚に、もう触れる砂埃の匂いはない。在るのは、戦士のデコピンを喰らって自身を取り戻した童と、すくすく成長したいつかの幼子の姿だけ。
「どれ、褒めてしんぜよう」
 駆け付け二人の無事を確認したアルバは。事を上手く運んだ従者兼弟子の頭を撫でてやろうと手を伸ばし――その瞳を覗き込む。
 黒い双眸には、七彩の遊色がきらめく。昏くなぞ、ない。
「……どうした師父」
 軽く吐息を零した程度のつもりが、ジャハルには常とは異なるように見えたのか。続いた「妙な笑い方をして」との評を、アルバは今度こそいつもの尊大さで笑い飛ばす。
「童子の顔に何か――」
「ふふん、気のせいであろう?」

 追いかけ救った童子はひとり。
 しかしアルバの目に映る童子は、もうひとり。片方は、すっかり大きくなってしまっているけれど。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

菱川・彌三八
…前に帝都で似たような事した気がすンな
迷ひ路たァ上等だ
なあに、あちこち見るにゃあ丁度エエてなモンさ
一歩で追いついちまうなあ勿体ねえ

とは云え見失う訳にもいくめえ
ちょいと呼んだ忍が綱よ
そら、彼奴を追いな
俺ァその間に小走りで物見遊山てえ寸法ヨ

見てえなァこの町其の物
俺にとっちゃあ随分と新しいんだが、此奴を郷愁と呼ぶ奴が多いんでね
小走りにし乍ら其処等の妖に声かけて、物摘まんで
酒ァ野暮用が終わったらと、次へ次へ
一度角曲がったらちいと見慣れた江戸通り…みてえな様だったなァ驚いた
抜けたら何もなくなってやがって、面白えモンだ

おっと、遊んでばかりじゃいられねえ
忍が追い付いたのが観えたら、捕まえて軽く小突いてやろう



●迷路三昧
 どこか地に足がつかぬ心地で立ち尽くしていた菱川・彌三八(彌栄・f12195)は、剃り上げた頭部をペシンと叩いて一人頷く。
「そうだ、帝都だ。あア、そうだ」
 追いかけっこからの捕り物騒ぎ。似たような事をした気がして頭の中身を漁ってみたら、ピタリと合致するものがあった。あれは帝都の夏の終わりと秋の始まりの頃に出くわした事件。迷仔を探して、ほっかむりの盗人を追いかけ、親玉を成敗したんだったか。
「なんでエ、何でエ。世界が違っても、中身は変わんねエってか」
 かんらかんらと声を上げて笑う彌三八を、行き交うヒトらが「何事か」という顔で眺めて通る。そういった反応も万国共通で面白い。
 しかも。
「迷ひ路たァ上等だ」
 収めた笑いの矛先を、彌三八は片眉へ向ける。どうしたって相好が崩れてしまうのは止められない。疼いた好奇心は、破裂寸前。
 だって反応は良く識るヒトのそれでも、行き交う皆々の姿形は妖怪絵巻さながらの種々雑多ぶり。ずらりと軒を連ねる店々も、一店一店捻りが効いていそうだ。
 迷路、即ち、一直線には駆け抜けられぬもの。それは眺め歩くには好都合。むしろわき目も振らずに追いついてしまう方が、彌三八にとっては勿体ないことこの上ない。
 とはいえ、だ。さっきからチラチラ目端に映る童を放置するわけにはいかないのも事実。ならばと彌三八は、煙草を吹かすようにぷかりと唱える。
「軍には 窃盗物見を つかはして 敵の作法を しりてはからへ」
 呼びかけに応じた影は、彌三八と五感を共有した忍。
 ――そら、彼奴を追いな。
 命ずる言葉も必要なく、忍は童鬼と彌三八を繋ぐ綱として人混みへ溶けてゆく。さすれば暫し、彌三八は自由の身。愉しい愉しい物見遊山を満喫だ。
 UDCアースからの客人の目には、懐かしい光景になる町並も、彌三八にとっては未来も未来も未来。テレビジョンとやらをまじまじと観察したかと思うと、ガス灯よりずっと明るい看板を小突いてみたり。
「よっ、元気かい?」
 顔色の悪い青坊主には伺いを立て、矢鱈と袖を引いてくる小僧へは近くの店で甘酒を奢り、どうしてだか砂を撒いてくる老女からは一目散。
 もつ煮の店では一つ目の旦那のご相伴に与り、鶏の肉を揚げた店では雪女と袖を擦り合わせ、おばんざいの店では河童と胡瓜の酢漬けに舌鼓を打った。
 せっかくだから一杯と勧められるのを断るのには骨が折れたし、彌三八も後ろ髪を引かれ尽くした。
(「酒ァ、やっぱし野暮用が終わってからでねェとな」)
 行けども行けども同じ景色が出て来ない――時にはぐるぐる回って同じ景色を繰り返しているのだろうが、物珍しさが勝って初見に思える――町並に、彌三八の足取りは非常に軽い。
 だが不意に、既知はやって来た。
「――へ」
 果たして次はどんな出逢いがあるのやら、と折れた角の先。広がっていたのは、酷く見慣れた江戸の通り。
 なんでぇなんでぇ、と思いつつ二十歩進んでまた折れたら、またテレビジョンに妖怪たちが群がる通りに戻った。
「……へェ。面白えモンだ」
 突拍子もない邂逅に、知らず口の端が上がる。
 面白い。成程、これが幽世か。
「見物のし甲斐がありそうじゃねェか」
 ――その前に、一仕事。
 何も持たぬ手に、何かを掴んだ感触があったのはその時。どうやら忍が目的の童鬼をひっ捕まえたらしい。
 後は彌三八が出向いてコツンとやれば、大団円への扉が開けるはずだ。
「チョイと行ってくるかい」
 めくるめく迷路だって何のその。鼻歌交じりで彌三八は隘路の奥へ歩を進めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

呉羽・伊織
清史郎f00502と

今まで巡った世界も何かと刺激的だったが、これまたホント興味深いトコだよな
彼方此方好奇心擽られるが――ゆっくり楽しむ為にも、まずはシゴトだな
此処でも仲良く珍道中と行こーか!

ああ、清史郎は迷子も十八番(?)だっけ!
まぁ今回も二人なら何とかなる筈!(笑って)
第六感で気配探り追跡
道中の風景は、今まで一緒に満喫してきた桜に似て――嗚呼、楽しいな!
懐かしい甘味や桜
色々分かち合ったり誓い合ったりしたあの光景や一時は一等目映く、忘れやしない
穏やかな道も、険しい道すらも良い思い出で、振り返れば今も自然と笑顔が咲く

誓いと思い出を胸に、花明を手に
楽しく頼もしい友人と足並揃え、UCで距離詰め一閃


筧・清史郎
伊織(f03578)と

これはまた、今までとは異なる独特な雰囲気の世界だな
ああ、未知の世界は非常に興味をそそられる
この世界では果たして何が起こるのか…心して、だが楽しく一仕事といこうか

迷路の街で子どもと鬼ごっこか、では鬼になろう
俺達も迷子にならぬよう気を付けないとな、伊織(くすりと
そして眼前の風景は――桜
美味な甘味と共に楽しんだ、桜の思い出たち

その中でもやはり、共に誓いを立てた桜の景色は思い出深いな
あの日以来、様々な苦楽を共にしてきたが
そうだな、今ではどれも良き思い出だ
この思い出の桜を伊織と見ていると、改めてそう思う

そして握るは、花映
ほら――見つけた
伊織と共に、桜の斬撃で童子を逃さず捕まえよう



●桜、さくら
 猟兵の旅路は、唐突な変化の連続だ。最たるものは、世界を跨いだ移動だろう。山を登るように徐々に景色が移ろうのではなく、ポンっといきなり違う場所へと放り出される。
 故に、出逢いは斬新だ。
 しかし中でも此度の刺激はなかなかだ。
「これはまた」
 今まで経験した世界のどれとも異なる独特な雰囲気に、筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)がゆうるり感嘆を零せば、呉羽・伊織(翳・f03578)は歯を見せてニカリと笑う。
「ああ、ホント興味深いトコだよな」
 ずらり並ぶ赤提灯は、大人の遊び心を擽るのには持ってこい。しかも行き交う人らは揃いも揃って個性的。気紛れに酒でも酌み交わせば、さぞや愉快な噺が聞けるに違いない。
 多くを語らずとも意見の一致を見た清史郎と伊織の視線がカチリとぶつかり、双方幾年月を経たか知れぬヤドリガミだというのに、満面に子どもめいた好奇心がちりばめられる。
「なあ、清史郎」
「嗚呼、伊織」
 何事も、ゆっくり楽しむ為には、まず一仕事。心してかからねばならぬものではあるが、その仕事さえ楽しんでこなすのが真の大人というもの。
「それじゃあ、此処でも仲良く珍道中と行こーか!」
「はは、ゆるり参ろう」
 ――などと男ふたり、呑気に踏み出したならば。あれよあれよと言う間に、道の失われた世界はぐわりと牙を剝く。
 とどのつまりが、二人揃って仲良く迷子だ。
「そういや、清史郎は迷子も十八番だっけ!」
 元からあった素質を伊織が腹を抱えると、はてそんなこともあったかと清史郎は嘯き視線を他所へ遣るふりをする。
 そもそも道がないのだから、迷うなという方が無理なのだ。それでも、追うことは充分に出来る。
「――さて、伊織。鬼ごっこの鬼の出番のようだ」
「応よ」
 ちらりと人混みの先に黒い影をみつけたのは清史郎が先だった。けれども走り出すのは伊織が早い。
 着流す赤の裾をえいやと捌いて伊織が往く。うっかり見失ったら直感頼みだが、その直感がなかなかの仕事ぶりを発揮してくれるおかげで、童鬼の逃走を完全に許すことはない。そんな導きの風に清史郎も乗るのだ。右に折れたか、左に折れたか。方向感覚は早いうちに失われた。
 しかし焦りらしきものが芽吹かないのは、友と一緒だからか。大人ひとりやっと通れる裏路地では、おしくらまんじゅうも斯くやという体験に一笑いし、暖簾のみならず屋台まで潜った後では、乱れた髪を互いに指差し合いもして。
 そうして幾筋かを経た先で、清史郎と伊織は息を飲む。
「――桜、か?」
「間違いなく桜だぜ!」
 気付きは、突然だった。連なっていたはずの赤提灯が綺麗さっぱり消え失せて、桜、桜、桜の景色が広がっていたのだ。
 盛り具合や彩など、微妙に異なるそれらは、けれど清史郎と伊織が共に美味と甘味を楽しんだ桜たち。
 舞う一片にさえ記憶が過る。おかげで口角は上がりっぱなしだ。そんな中でも、ひと際二人の眼を惹いたのは、共に誓いを立てた桜の景色。
 忘れようもない――忘れろと言われたところで、忘れることは出来ないだろう――桜景を前に、男たちの歩みが止まる。
 鬼ごっこも霞む一時。過る想いは、どれも極上。
「穏やかな道もあったし、険しい道もあったよな」
「そうだな」
 時を透かし見ようとする稀に剣呑さを滲ます赤い眸に、常に雅で優雅な赤い瞳が是を唱える。
 いや、ただの是ではない。改めての、是だ。
 記録帳を思わす桜の景色たちを再び二人で観たことで、想いはいっそう強まった。
「ところで伊織よ」
「清史郎、皆迄言わなくていいぜ」
 どうせなら心行くまで浸っていたいが、いっかな迷子だろうと前に進まねば新たなご褒美にはありつけないと知る男たちは、長い後ろ髪を振り切る心地で次なる一歩を踏み出す。
 途端、どうしたことか景色はまたも一変。
 同時に『もつ煮』と書かれた看板の角を翻った黒を見た。
「もつ煮には、やはり清酒だぜ」
「俺は麦焼酎のお湯割りも合うと思うが」
 先に踏み込んだのは、やはり伊織。だが清史郎も半拍のずれもなく、腰に佩いた太刀に手をかける。
 大の大人に追いかけまわされた童鬼は、相応に疲れているのだろう。今にももつれそうな足に哀れを覚えた二人は、一息にケリをつけようと渾身を構える。
「――何処までも飄々と」
「開き咲け、零れ桜」
 伊織は目にも止まらぬ早業で、懐から桜と誓いを宿す匕首を抜いた。
 清史郎は桜を舞うかのように、残像さえ鮮やかな剣閃を繰り出した。
 互いに、直撃は避ける。おかげで二振りの鋼が危うく交差しかけるが、切っ先は紙一重で切り抜けた。それら全ては、ぴたりと重なる二人の息が生み出す神業。

 引き剥がされた骸魂は果て、残った童妖は円らな瞳を真ん丸にした。
 そこに映った互いの姿に、清史郎と伊織はまた笑い合う。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『『眩惑』の夢魔』

POW   :    ドレインタッチ
【対象の背後に瞬間移動すること】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【生命力吸収】で攻撃する。
SPD   :    夢幻泡影
小さな【胡蝶】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【生命力を吸収する、その対象の望む夢】で、いつでも外に出られる。
WIZ   :    夢世界の主
【霧】を降らせる事で、戦場全体が【夢の世界】と同じ環境に変化する。[夢の世界]に適応した者の行動成功率が上昇する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は御狐・稲見之守です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●夢みし暮明
「だぁれ、私の邪魔をするヒトは」
 甘い声がしたのは、迷子の童鬼を救ってほどなくして。
 赤提灯の町並に似合いのようで、全くそぐわぬ響きに首を巡らすと、景色が一変した。
 ぽかりと深淵へと伸びる穴が、線路の先に口を開けている。
 下へ下へ下っていく穴は、まるで黄泉路へ続くトンネルのよう。踏み込めば、醒めぬ夢に囚われてしまうかもしれない。
「いいのよ? 見ないフリをして帰っても。それなら、見逃してあげるわ」
 心に過る惑いを見透かす声は、変わらず甘い。毒々しい甘さだ。いや、毒そのもの。
 この声の主が、この町から道を奪った張本人だということを、猟兵は『猟兵』としての本能で悟る。
 ――征って、討たねば。
 腹は決まった。
 そして猟兵たちは、暮明に夢を視る。


【事務連絡】
 第二章も『再送』が前提となりますが、確認の『★』はプレイング欄ではなく、『前回の感想』欄でも構いません(記号以外の文言はなくて大丈夫です)。
 また今作以降も、私が運営するシナリオに参加する際、『常に再送で大丈夫』という場合は『★F』とご記入下さい。『★F』申告のあった方は此方で管理しますので、以後『★』の記入は不要です。

 プレイング受付期間:この記述公開時点~7/6(月)PM0時(正午)まで
浮世・綾華
ヴァーリャちゃん(f01757)と

ダメって、言うわけないでしょ
でもその頼もしい掌に少しだけ力を込め

温もりが消える
本当少し苦手な狭くて暗い場所
混乱しそうになって…落ち着けと足を止めた
大丈夫、だ――

気づけばいつもの…今、住む家にいた
けれど在るはずのないもの
白い羽が舞い優しい声が響く
その女性と話す空色の髪の片割れが
太陽の眸を此方に向け笑む

綾華も一緒に行こう
とびきり綺麗な景色を見つけたんだ、と手を

…大丈夫
違うって分かるよ
サヤカ。出てくんなよ、お前
いや、俺が悪いんだケドさぁ

今は手を繋いでくれる人がいるから
お前とは行けないよ

声に笑み髪を撫で名を紡ぐ
咎力封じを展開し
彼女の攻撃が届くよう、守るように鍵刀を構え


ヴァーリャ・スネシュコヴァ
綾華(f01194)と

綾華、あの穴に入るとき
手を繋いでもいいだろうか?
綾華の手は安心するから
あの中に入ってもきっと大丈夫

穴の中を進んでいけば
手の温もりがふと消える
代わりに冷たい雪景色が広がって
目の前には大きな雪色の狼が

襲いかかる狼の牙を武器で防ぐけれど
あまりの力に押し返されそうになる
顎を蹴り上げれば隙ができるが
そこで何故か攻撃を躊躇ってしまい、そのまま肩を噛みつかれる

ここで…ここで死ねるか!
綾華の顔を思い浮かべれば、自然と手が動いて
噛み付いたままの狼を突き刺してやる

夢が晴れた瞬間
綾華の元へ駆け寄って
綾華っ!
髪を撫でられれば力強く頷き
動きを封じた相手に、綾華が託してくれた『白炎舞』をぶつけてやる



 さっきみたいに、恐怖が込み上げてきているわけではない。
 それでもヴァーリャ・スネシュコヴァ(一片氷心・f01757)は、並んで歩く浮世・綾華(千日紅・f01194)を見上げて言った。
「綾華、あの穴に入るとき。手を繋いでもいいだろうか?」
 線路を呑み込むみたいにポカリと空いた穴は真っ暗で、中の様子を窺い知ることは出来ない。まるで未踏の地下へと続くアルダワの階段のようだ。今のアルダワでは、そこに潜む根本の不穏は取り除かれているけれど。
「綾華の手は安心するんだ」
 凍らぬ菫の瞳に、怯えは滲まず。むしろ見る者を鼓舞してくれるよう。
「だからあの中に入ってもきっと――」
「ダメって、言うわけないでしょ」
 なおも言い募ろうとする少女の先を、自分のそれより小さな手を右手で掬い上げることで制した綾華は、ゆっくりと口元を和らげる。
 分かつ熱は、氷の娘を溶かすことなく温めるだろう。
 ――けれど。
「綾華」
「ん、だいじょーぶ」
 求めたのはヴァーリャの方なのに、頼もしさを与えられているのは自分な気がして、綾華は握る掌にぐっと力を込めた。

●白と空と、混迷の赤
 確かにヴァーリャと手を繋いでいたはずだ。
 感触だけは残る掌へ綾華は赤い視線を落とし、背筋を伝う何かにごくりと喉を鳴らす。
 踏み入った穴の中は、とにかく暗い。そこにあるはずの己の手さえ、輪郭があやふやだ。
 ふっ、と綾華は短く息を吐いて、跳ねそうな鼓動を意思で留め――おかしなものだと思った。
 綾華は鍵だ。金古美の鍵。つまりは、無機。だというのに“現在”の綾華は、人と同じに心臓を弾ませ、熱を感じて、心を震わせる。
 実のところ、綾華は狭くて暗い場所は少し苦手だ。踏み出す一歩も心許なく、思考も整わない。
(「……落ち着け」)
 空っぽの手を握って、開く。単純な動作を繰り返しても、やはり掌は何も感じることなく、綾華はなおも乱れそうになる呼吸を落ち着けるべく足を止めた。
「大丈夫、だ――」
 口にして唱え、瞼を落とす。そうすれば世界は内側からの闇に浸される。眠るのと変わらぬ闇。生命維持のサイクル。これならば大丈夫。そう綾華が納得しようとした刹那、こめかみに光が鎖す。
 外界の光だ。
 心を突いた安堵に綾華は、つい眼を開き。そしてゆっくりと瞬いた。
「……、」
 何時の間に戻ったのだろう? 違和感なくそう思える場所は、綾華が今、住む場所だ。だが、そこに在るはずのないものがあった。
 白い羽が、舞っている。優しい声も、響いている。女性のものだ。その女性と誰かが話している。
 それは片割れ。
『綾華』
 空色の髪を羽風に躍らせ、片割れが振り返る。笑みの形で向けられるのは、太陽の眸。
『綾華も一緒に行こう』
 温かな彩が笑みを象り、手を差し伸べてくる。とびきり綺麗な景色を見つけたんだ、と綾華を誘う。
「……大丈夫」
 ちがう、ちがう、ちがう、ちがう。
 違うと、分かる。
 分かるから綾華は、光へ背を向けた。
「サヤカ。出てくんなよ、お前」
 正面にはまた闇が広がっている。が、構いやしない。
「いや、俺が悪いんだケドさぁ」
 止めていた足を再び踏み出すのに、少なからず勇気は要った。それでも綾華は分かっている。
 分かっているから、伸べられた手を振り切れる。
「今は手を繋いでくれる人がいるから、お前とは行けないよ」
 ――ね、ヴァーリャちゃん。

●果敢
「綾華?」
 呼ばれた気がしてヴァーリャは辺りの様子を窺うが、広がる白い景色には人影ひとつありはしない。
 綾華と繋いでいたはずの手に冷たさを覚えたのは、穴に入ってすぐのこと。驚きに振り返ったら、一面は冷たい銀世界に成り果てていた。
 ヘアバンド代わりにもなるゴーグルを下ろし視界を確保したヴァーリャは、レガリアスシューズの底に魔力でブレードを生成する。こうすれば、雪上もヴァーリャにとっては氷上と同じ。
 移動の足は確保した。次はどちらへ向かうかだが、ぐるり巡らせた視界の端に捕らえた白い影に、ヴァーリャはとっさに二尺二寸の打刀を抜く。
 直後、深雪をものともせずに雪色の獣が地を蹴った。
「――っ」
 飛び掛かってきた狼の牙を、ヴァーリャは何とか打刀で凌ぐ。しかし飢えているのだろうか、狼の力は強い。剥き出しの牙の間からだらりと涎を垂らし、荒い息と共にヴァーリャへ迫る。
「押し負けて、っ」
 握る右手に左手を添え、刃を水平に保つと、ヴァーリャは跳ねた。
「たまるか!」
 逆上がりの要領で、狼の顎に蹴りを見舞う。思わぬ位置からの反撃に、狼がたじろいだ。
 反転着地から体勢を整えるのはヴァーリャの方が早い。全力を見舞い、仕留める好機だ。だのに何故か、ヴァーリャは躊躇した。
 振り抜けなかった打刀へ狼の鼻先が伸びる。得物を取り落とし、肩に深々と牙を突き立てられるまでは一瞬だった。
「――っ!」
 強烈な痛みに、ヴァーリャは反射で目を閉じる。その目蓋に、手を繋いでいたはずの男の貌が浮かんだ。
「綾華っ」
 声に出せば、力が湧いた。そうだ、自分は此処で終われない。こんなところで――。
「死んでたまるか!」
 先ほど躊躇ったのが嘘みたいに、ヴァーリャの手は自然と動いた。腰に佩いた雪舞う剣を逆手に持つ。あとは手首を返すだけ。
 零距離の狼に、突きを躱す術はない。

●二人の花
「綾華!」
 ――夢から、解き放たれた。
 猟兵の本能でそう理解したヴァーリャは、ほんの数歩先の距離に居た綾華目掛けて駆けた。
「ヴァーリャちゃん」
 文字通り飛びついてきたヴァーリャを綾華はしっかりと受け止め、冷えた白い髪を幾度か梳く。
 とはいえ、浸る暇は今はない。
「あら、イヤな子たちね?」
 頬に手を遣り首を傾げた女の、甘い視線が綾華とヴァーリャに絡みつく。それが誰かは考えるまでもない。
 綾華を見上げるヴァーリャが無言で頷く。頷き返した綾華は、ヴァーリャを背に守って鍵刀を構えた。
「イヤなのは、そっち」
 フンと鼻を鳴らして挑発し、綾華は三つの拘束具を宙へ放つ。当たれば女の攻撃を封じることができる其れらだ。けれど躱そうと注力させるだけで十分。
 ――君を守る、矛とも盾ともなるように。
 綾華から託された白い炎がヴァーリャを守り、ヴァーリャの意思で閃く鋭い花弁と化す。
 綾華とヴァーリャ、二人で咲かせた花は枯れることも萎れることも知らず。可憐に、鮮やかに、力強くオブリビオンを圧倒する。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

オズ・ケストナー
見ないふりなんてしないよ
わたしはそのためにここにきたんだもの

道をかえして
道がなかったらみんなおうちに帰れないし
すきなところにだっていけないよ

夢は先刻の景色の続き
わたしは動けないけれど
おとうさんは笑っている
たのしそうにはなしかけてくれる
やさしいおとうさん

わたしは
だいすきだよ
って思う
声にならないけど、ずっとずっと

おとうさんのことはなんども夢に見たよ
だからね、もうわかってるんだ
夢はさめるものだよ
わたしは起きて、おとうさんのいない世界にもどるんだ

それはかなしいことじゃないよ
いきていきて、それがおわったら
きっといつかおとうさんにあえる

それまでわたしはがんばるって決めてるんだ
外へ出て
召喚した茨で生命力吸収



●いきて、いきて
 オズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)の胸に、ぽっと橙色の炎が灯った。
 温かい色だ。それでいて、赤ほど苛烈ではないけれど、立ち向かう勇気を兆す色。
「見ないふりなんてしないよ」
 甘く誘う暮明へ踏み出すオズの足に迷いはない。だってオズは、そのために『此処』に来たのだ。
「道をかえして」
 足元から這い上がり、暮明が全身にまとわりついてくる。
 けれどオズは怯まず――シュネーだけは背中に隠し――、さらに前へ前へと進む。
 まずは自分の爪先が見えなくなった。やがて前後に大きく振っていた手も見えなくなり、――
「道がなかったらみんなおうちに帰れないし、すきなところにだっていけないよ」
 ――オズはとぷりと濃密な闇に沈む。
 とろとろのスープと一緒に煮込まれているみたいな気分になった。進んでも進んでも、進んでいるのかさえ分からない。
 しかし不意にオズは仔猫色の眸を大きく見開く。
「ふしぎ」
 先ほど漏らしたのとおんなじ感想がまろび出たのは、迷路の町で見た景色の続きが眼前に広がったから。
 ――これは、ゆめ。
 前へ前へと動かしていた足が、動かなくなっていた。どれだけ振ろうと頑張っても、腕どころか指さえも動かない。
 ――これが、ゆめ。
 瞬きさえしないオズへ、誰かが楽しそうに笑いかけている。
(「おとうさん」)
 優しい笑顔に、オズの胸に灯った炎がチリリと爆ぜた。
 ――おぼえてる。
 優しいおとうさん。
『わたしは、だいすきだよ』
 声にすることはできなかったけど、ずっとずっとそう思っていたおとうさん。
(「おとうさんのことは、なんどだって夢に見たよ」)
 おとうさんが、笑っている。
(「だからね、もうわかってるんだ」)
 おとうさんが、オズへ語り掛けている。
 オズもうれしくて、しあわせで、笑いたくて、けどうごけなくて――ちがう。
 違う。オズは動ける。もうオズはただの人形じゃない。たくさんの友達がいる。美味しいものもたくさん食べられるし、自分の足でどこまでだって歩いて行ける。
「――夢はさめるものだよ」
 オズの唇が動いた。
 途端、『おとうさん』の輪郭が揺らぎ、陽だまりのような景色の存在感が急速に薄らいでゆく。
 夢から、醒めるのだ。
「わたしは起きて、おとうさんのいない世界にもどるんだ」
「悲しいことを言うお人形さんね?」
 力強いオズの宣言を待っていたのは、妖艶な女の甘い断罪だった。
「ずっと夢を視ていればいいじゃない。その方が幸せでしょう」
 悲し気に目を細めて女――夢魔が唆す。だがオズは太陽みたいに笑顔を輝かせる。
「ちっともかなしいことじゃないよ。いきて、いきて、いきて。そうしていきることがおわったら。その時、わたしはおとうさんにあえるのだから」
「――なっ」
 泥濘じみた仮初めの幸福へ真っ向勝負を挑むオズの眼差しに、夢魔の目に怒りが燃えた。
「そんな夢みたいなこと、いつまで言っていられるかしら!」
「夢、じゃない。ほんとうに、なるんだ。ね、シュネー」
 人を夢へと誘う胡蝶を招くために夢魔が指を翻す。しかしその指先にシュネーが飛びつき、動きを阻害する。
「だからわたしはそれまでがんばるって決めてるんだ」
 ――ガジェットショータイム。
 跳ねるようにではなく、囁くように。眠る幼子をゆっくり起こす声音でオズは唱えて、邪な命を吸い上げる茨を暮明へ顕現させた。

 眠ってみる夢は、何れ醒めて終わるもの。
 でも起きてみる夢は、いつまでだって続くもの。
 故にオズは、命という炎を胸に灯し、起きて未来(あした)を夢に視る。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クリストフ・ポー
玄冬(f03332)と
我が息子よ、君も来たね!

僕が眠った十年に空白はあれど
愛しい瞳を見れば言外の意図が通う
白い花嫁の手をとって
軽やかに奈落の底へ

一昔も二昔も
いつだって
未知との遭遇に恐れはない

胡蝶が魅せる夢なら
恋しいあの人と――
そしてあの人を奪ったあいつ
笑みは崩さないが
まったく、腸が煮えくり返るよ
所詮は夢魔の食事と理解していてもね

でも僕達には可愛い息子が居る
優しくて不器用で
歪な、僕の息子たち
躊躇なく伸ばされた手をつなぐ
大丈夫さ、玄冬

さぁ、開花の時だ!
血と毒の赫だけどね…!

エロス食む女の翅を捥ぐ様に
【赫う嵐】で
可能なだけの残虐をもって襲い掛かる

奪う者はいつか奪われるものさ
レディ、
道を返して貰おう


黒門・玄冬
母様(f02167)と
いらしていたんですね

過ぎた甘さの声が穴を這出る
もし見ぬフリが出来る者であったなら
この場に立つこともなかったろう
顔を上げ通った視線に小さく頷きを返し
はためく白と黒を追い、落ちる

夢か
いつかみた淡く儚い幻が蘇る
霧が降る中で
僕は平凡な学者
書室の頁の海に溺れ平穏な夢をみた
受け入れる事は容易い
だが
僕が夢をみる時は
もう一人のあいつが引き剥がしに来るのだ
あぁ…【反転】する

『甘ったるい、生温いねぇ…
胸糞悪い、吐き気がするぜ!』

手製の爆弾と戦闘知識で破壊工作に勤しむ
吹っ飛んじまえば少しは愉快だろ?
とはいえ
スペック爆上げな俺様でも丸ごとは骨折れだ
捕まってる婆に手を伸ばす頃には
俺様か、あいつか



 見つけた息子の大きな背中にクリストフ・ポー(美食家・f02167)は迷わず駆け寄った。
 その足音に気付いたのだろう。黒門・玄冬(冬鴉・f03332)はクリストフが声をかけるより早く振り返る。
「母様、いらしていたんですね」
 浅黒い肌の男の身体から、僅かに緊張が解けた。そこに慕わしき人の邂逅による安堵を視たクリストフの眦は自然と下がる。
「我が息子よ、君も来ていたね!」
 クリストフが眠っていた十年という月日分、玄冬との時間には空白があるが、彼がクリストフにとって愛しい息子であることに変わりはなく。
 故に交わす言葉は挨拶ひとつで事足りた。あとは視線を交わすだけで意は通じる。
 ――如何にして見て見ぬふりが出来ようか。
 ――もしそう出来る者であったならば、そもそもこの場に立つこともなかったろう。
(「難儀なことで、律儀なことさ」)
 ふふっと愉し気に鼻を鳴らしたクリストフは、連れる白き花嫁人形の手を恭しく取ると、そこでもう一度、息子を見上げた。
 返されるのは、無言の首肯。それだけで、十分。
 三拍子のリズムを刻むようにクリストフが歩むと、誘われる花嫁人形――アンジェリカのマリアベールが、ドレスが、髪がゆらめく。いずれも白のそれらは、クリストフの髪の黒との対比が美しい。
 ――いや、母にとっては至高の花嫁であろうとも。息子にとってより美しいのは母の方かもしれない。
 然して母と息子は、奈落めいた暮明へ――落ちる。

●子の白と黒
 いつかみた淡く儚い幻だ。
 分かっていても玄冬はどろりと甘い闇に浸って夢を視る。
 しずしずと世界に霧が降っている。出歩くだけで、前髪が濡れそぼってしまいそうな霧だ。
 そんな中、玄冬は静かな書室で本の頁に耽り続ける。
 だいそれた実績などない、しがない学者の身の上だ。教えを乞うてくる誰かが居るでなく、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる誰かもいない。
 だが頁を繰る音だけが響く黙の空間こそ、玄冬にとっては至福の地。
 ――そう、受け入れてしまうのは容易い。
「……」
 ぺらり、はらり。ぺらり、はらり。
 文字を追う玄冬の眉間には徐々に深い縦皺が刻まれる。不快、というより、苦悩が現れた貌だ。
 やがて呼吸も浅くなる。
 苦しいのではない。迫る『現実』に圧されるのだ。
 微睡みめいた一時に、浸っていたい。
 だのに、だのに、『夢』が、そう在ることを玄冬に許さない。
「……あぁ」
 ついに頁を繰る手まで止まった。
 分かる。来るのだ。『あいつ』が来てしまう。
(「僕が夢をみるときは、決まってあいつが引き剥がしに来る……」)
 厚い霧より濃い白が、玄冬に迫る。
 そう、白。黒の玄冬ではなく、白の。白い玄冬。もう一人の、玄冬――白鴉。
(「……【反転】す、る」)
『甘ったるい、生温いねぇ……胸糞悪い、吐き気がするぜ!』

●夢の果て
 一昔だろうと二昔だろうと、さらにもっと昔だろうと。
 クリストフは未知との遭遇を恐れはしない。だから暮明のバージンロードを往く足取りは、いつまでもどこまでも軽い。
(「夢、ねえ?」)
 胡蝶が魅せる夢なら識っている。
「ほら、やっぱり」
 唐突に変わった景色にみつけたのは、恋しいあの人――と、あの人を奪った『あいつ』の姿。
 クリストフの貌は笑みを保ったままだ。されど心の裡までそうとは限らない。
(「……ねえ」)
 口に零した窺うニュアンスから、尖った怒りへ独白の持つ色が変わる。
 腸が煮えくり返って鎮まらない。鎮めるつもりもない。叶うなら、このままアンジェリカの鎌で喉を掻っ捌いてやりたいくらいだ。所詮これが夢魔の食事だと理解していても。
 だがクリストフはアンジェリカを躍らせることはない。
(「だって僕達には可愛い息子が居る」)
 視得ていた二人の輪郭が急速に薄らいでゆく。夢から醒めるのだ。同時に、やけに粗暴な男の声が耳に忍ぶ。
 ――ああ、優しくて、不器用で。そして歪な、僕の息子『たち』。
 爆風を頬に感じた。
 やみくもに一帯を吹き飛ばす熱だ。余人を巻き込んでいないかは気にかかったが、どうせこの暮明にいるのは猟兵だ。彼ら彼女らならば、上手くやるだろう。
 故にクリストフは、ゆっくりと覚醒までの時間を噛み締める。
 ――歪な、歪な、息子たち。
 ――可愛い、可愛い、息子たち。

 転寝の余韻さえ許さぬ勢いで、クリストフの腕が引かれた。
 手首を掴む大人の男の手の持ち主が、黒であるか白であるかクリストフは確認しない。
「大丈夫さ、玄冬」
「  」
 返答の代わりに、爆発を伴う光が暮明を暴く。過った影は、命を削って得た速度で駆ける玄冬だろう。まったく、早く終わらせてしまわねば、可愛い息子の未来が先細ってしまう。
「さぁ、開花の時だ!」
 ――血と毒の赫だけどね……!
 華やかな宣誓と、妖しく甘い囁き。二者をくるりと使い分け、クリストフは夢を操る主へと肉薄する。
「っ、大人しく夢に囚われていたらよいのに!」
「生憎と、長い夢は見飽きたのでね♪」
 一帯は変らず暮明だが、息子が起こす熱風と光がクリストフの標と化す。
「麗しの薔薇は我儘なのさ。せいぜい御機嫌を損ねないように、用心をすることだね」
 クリストフとアンジェリカと躍る軌道に薔薇の花びらが舞う。無論、ただの花びらではない。剃刀より薄く鋭い刃であるそれは、暗い方へ暗い方へと溶けゆこうとする夢魔の肌に、幾筋もの疵を刻んで血吹かせる。
 ――ひと思いになど、終わりは与えない。
 ――可能な限り、残虐に。
 ――奪う者はいつか奪われることを知らしめるためにも。
「レディ、道を返して貰おう」

 とっておきの美食を饗す店までの道が開くまで、あと僅か――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

呉羽・伊織
清史郎f00502と

一蓮托生は上等だが、旅なら死出よか漫遊に限るな!

霧が再びふと花霞へ
此はまた、いつかの桜花迷宮の景か
何度見ても心地好く、心踊る思い出の夢
適応出来ぬ訳がない

円舞の如く残像交え撹乱や回避
挟み討って同時攻撃
あの時の様に軽い足取で連携

然し楽しく馴染めど
此処に耽り道を断つなぞ勿体無いと
この先に進めばまた楽しい未来があると
―解ってるから、迷いなく現に帰ろう
どんな迷夢も迷宮も散々一緒に切り開いてきたんだ
今更惑うもんか

UCをフェイントに
早業で同時に踏み出し花明で一閃
ああ清史郎
何が阻もうと進めると信じてる!

序でに悪戯げに笑い
大事な合言葉も重ねて!
―さてまた新たな思い出を紡ぎに、共に行こーか!


筧・清史郎
伊織(f03578)と

迷子も友とならば楽しいとはいえ
生憎だが、黄泉路へと赴く気はまだ全くないのでな

降る霧が視せる夢、それは思い出の桜花迷宮
嘗て共に征き、楽しんだ風景だが
あの時と同じ、傍らには友の姿
それに桜舞う戦場は俺の十八番
適応するのも易いもの

花霞に溶ける様に残像駆使し敵を翻弄
伊織と連携し敵を挟み討つ
夢の桜と共に躍らせた桜吹雪の刃を存分に見舞ってやろう

この桜を以前眺めた後
俺達は沢山の道を共に歩み、多くの時を共有してきた
故にこれからも、友と並んで前へと

迷う事なく同時に踏み込み、花映の刃で斬り拓こう
幸と彩が絶えぬ道行を

ああ、これから、どの様な新たな思い出を共に綴れるのか
楽しみだと、笑み咲かせ返そう



●櫻舞
 澱む暮明が不浄であるのは、踏み込まずとも識れること。
『だぁれ、私の邪魔をするヒトは』
『いいのよ? 見ないフリをして帰っても。それなら、見逃してあげるわ』
 耳に染みる甘さも、ただ甘いだけで、味わい深さの欠片もない。
「この季節の甘味といえば、やっぱりかき氷だよな」
「わらび餅も良いと思うが」
 これっぽっちも魅力を感じない誘いから、甘さだけを拾い上げた呉羽・伊織(翳・f03578)と筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)は、涼味満点の甘味に想いを馳せる。
 待ち受ける現実から目を背けているわけではない。二人で征く旅路ならば、場所は何処であろうと結果は同じ。
「一蓮托生は上等だが、旅なら死出よか漫遊に限るな!」
「違いない。生憎だが、黄泉路へと赴く気はまだ全くないのでな」
 呵々と笑う伊織に、清史郎は静と頷く。
 一歩踏み出せば、澱む暮明が足首に絡みつく。
 一歩くだれば、共に長い髪へと闇が伸びた。
 全身が光から切り離される。その時、細かい霧が降った。ほんのり肌が湿る感触に、清史郎も伊織もそれを知覚する――が、直後に視界は転変した。
 ざぁ、と吹いたのは花嵐。
 桜、桜、桜、桜、桜、桜。見渡す限り、桜の園。記憶に眠り、桜花迷宮だ。
「ほう」
 清史郎が目を細めた気配に、伊織もクツと喉を鳴らす。
「何度見ても好いもんだな」
 嘗て共に征き、心躍る思い出を胸に刻んだ景は、夢の中でも色鮮やかに。匂う香りまでもが、あの日のままだ。
 だとするならば、適応するなど容易いもの。
 問題は、件の夢魔が何処にいるか。吹く桜の鮮やかさに身を潜ませたのか、気配を拾うことさえできない。
 だがそれを承知で、清史郎と伊織は見合わせた貌に楽し気な笑みを浮かべる。
「どれ、ひとつ舞うとしようか」
 す、と右足を擦った清史郎が、佩いた刃へ手をかけた。そこへ伊織はトンっと爪先を鳴らして、走り出す。
「視得ないなら、尽く舞わせるまでってな!」
 こっちは自由気儘が取り柄でな――と、伊織は数え切れぬ暗器を桜の園へ展開すると、自ら嵐の目となって薄紅の渦をあちらこちらに巻き起こす。
 眺める分には、猛々しくも美しい光景だ。しかし渦中へ踏み入ればそうとも言っていられない――のはあくまで常人。伊織の呼吸を阿吽で感じる清史郎ならば、刃の嵐も何のその。
「参る」
 清史郎が挨拶代わりに生んだ一刀が、衝撃波となって伊織の風の狭間を縫って翔ぶ。
 キンと甲高く鳴った硬質な音色は刃鳴りではあるが、実体同士が交差したわけではない。あまりの早さに、大気までもが混乱したのだ。
 此処は、あくまで夢の中。物理の法則さえも、変幻自在の自由自在。愉快痛快、刃のみならず心も踊る。
 清史郎と伊織の舞も相俟って、景観の美は圧倒的だ。しかも楽しいと来た。
「まあ正直、勿体無いと思わないでないな」
 聞えた伊織のぼやきに、清史郎は柔らかい弧を口元に描く。確かに許される限り浸っていたくなる世界だ。けれどこの夢は過去の幻影。
 あの日から、二人は沢山の道を共に歩み、多くの時を共有してきた。そのどれもが耀きを伴い胸に落ちている。敷き詰められた道は、振り返るのが楽しい限り。
「――けれど、道は前へと続くもの」
「だな!」
 独白めいた清史郎の呟きに、有った応えは暗器と共に嵐と化した伊織のものだ。
 跳ねて、跳んで、斬って、抉って。手あたり次第に桜と暴れながら、伊織もまた未来を思う。
 とどまり続けることも、美しくはあるだろう。
 されど進めば、まだまだ楽しい未来が待っているという予感がするのだ。
「どんな迷夢も迷宮も散々一緒に切り開いてきたんだ、今更惑うもんか。なあ、清史郎」
「伊織の言う通りだ」
 伊織は信じている、何が阻もうと友とならば前へ進めると。
 そして清史郎も信じている、友と並んで前へと往くこれからを。
 二人とも、縦横無尽に桜花迷宮を征く。気持ち的には、先ほどの鬼ごっことさほど変わりはしない。ただし見つけるべきは童鬼ではなく、全きの鬼。討つべき邪。
「――、」
 花弁に紛れ閃かせていた暗器の一から齎された手応えに、伊織がくるりと身を翻す。
「清史郎!」
 合図は呼びかけだけだ。にも関わらず、全てを察した清史郎は、風よりも涼やかに、花よりも優美に桜花弁舞う薙刀を構えた。
 桜の意匠が施された得物こそ、この夢を終わらせるに相応しい。
「舞い吹雪け、乱れ桜」
 今の今まで質量を有していた薙刀が、乱れ舞い散る桜へ姿を変える。
「なっ!?」
 ひらひら舞う蝶を思わす群舞は、夢という幻影を超えてなおも飛び。潜んでいた影の幻影を暴く。
「何故、どうして? ずっとずっと浸っていたいでしょう!?」
「お生憎様だぜ!」
「きゃあっ」
 嵐にまかれ身悶える女――夢魔は、背後より躍り出た伊織に悲鳴を零す。躱しようのない挟撃だ。しかもおそろしく息の合った。
 鞘と柄に桜が施された匕首を、身を捻りながら伊織は抜く。あとは遠心力をも味方につけて、刃を閃かせるのみ。
 深々と斬りつける感触を手に、伊織は悪戯気に笑って声をあげる。
「――さてまた新たな思い出を紡ぎに、共に行こーか!」
 大事な合言葉も重ねた句は、清史郎の裡に桜よりも軽やかに響く。
「ああ、これから、どの様な新たな思い出を共に綴れるのか――楽しみだ」

 咲いて踊るは、花のみならず。
 友と交わす笑顔もまた、咲いて踊る。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸櫻沫

リルの腕の中
ドヤ顔のヨルにデコピンしてやりたいわ
可愛い人魚と逸れぬよう手を繋いで下へ

夢のように浮かぶ光景
私は知らぬ懐かしい光景

桜並木を、駆け抜ける
紅を抱いた黒い髪に
深紅の瞳――三つ目
横を走るあなたが笑う

楽しげに
嬉しげに
幸せそうに

師匠
私に刀を戦うすべを教えてくれた
厄を司るかみさま

手を差し伸べられる
見た事ない満面の笑み
名を呼ばれる

「イザナ」

夢の中でさえ
あなたは私の名を呼んでくれない


リルの歌に笑む
リルのいる現在の方がいいに決まってる
夢になど惑わされない
私は――師匠(過去)を超えるの
『私』を認めさせるの

破魔纏い
衝撃波と共に放ち斬り絶つ「朱華」
あなたの夢ごと咲かせてあげる

リルと一緒に帰るのだもの


リル・ルリ
🐟櫻沫

ヨル!もう変な鬼に着いてったらダメなんだからな!
ぎゅうと抱きしめて櫻宵の手を握る
櫻宵も、行っちゃダメ

下へ游ぐ
あぶくが溢れて、夢の中
煌びやかな、海底の街
僕の知らない世界、ここは何処?
珊瑚の街灯、美しい貝のような建物

歌が聴こえる
僕と同じような尾鰭の人魚達が游いでる
歌が聴こえる
歌が、彼らの言葉のよう
なつかしい、心に響く歌が語りかける
かあさんの歌が

誘われるように口ずさむ
「望春の歌」
途端目覚めて、隣にいる櫻宵の手を強く握る
例え夢にも、君は渡さない
夢だ、泡沫の夢
君の笑う現実がいいのは当たり前だろ?
ヨルはぐうすか寝てるけど
水泡のオーラで君守る
歌で鼓舞する

嗚呼、帰ろう
僕達の家に
桜並木の道を通って
一緒に



 まずは全身をぐるりと眺め、それから短い前足を左右交互に持ち上げる。そうしてようやく身体の隅々まで無事なのを確認したペンギンの雛――型の式神――を、リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)はぎゅうぎゅうと抱き締めた。
「ヨル! もう変な鬼に着いてったらダメなんだからな!」
 ――もきゅう。
 ぷにぷにほっぺに頬擦りされたヨルが、嘴を尖らせる。ヨルにはヨルの言い分があるのかもしれない。例えば『攫われたのは不可抗力だよ』とか『リルが自分だけを見ていてくれたら、大丈夫なのに』だとか。
 もちろんこれらは推論だ。言葉なき式神の意思を正確に推し量ることなどできやしない――が。
(「ぐぎぎぎぎ」)
 リルの腕の中にすっぽり収まっているところまでは良しとしよう。何か言いたそうに鳴くのも、これみよがしに甘えているのもギリギリ我慢できる。されど自分に対して明らかなドヤ顔をしてくるヨルに、誘名・櫻宵(貪婪屠櫻・f02768)は眦を吊り上げ、奥歯を擦り合わせた。
 デコピン一発くらい喰らわせるのは許されるだろうか。しかしそんなことをしたら、リルに咎められるかもしれない。
 喚んだのは櫻宵なのに、何たる理不尽!
 櫻宵の裡で嫉妬の炎がメラリと燃える。けれど不意に右手に絡んだ温もりに、炎は育つことなく鎮火した。
「櫻宵も、行っちゃダメ」
 潤んだ薄花桜に見つめられ、櫻宵のハートはきゅんっと甘く疼く。
 可愛い可愛い、櫻宵の人魚。彼から注がれる愛は、海よりも深く、暮明よりも底がない。
「ええ、わかってるわ。一人じゃ、征かない。一緒にいきましょ?」
 荒ぶる龍種の力で潰してしまわぬよう気をつけて、櫻宵はリルの手を握り返す。
 そうして二人、夢の世界へ游ぎ征く。

●尾鰭の夢
 息がこぽりと泡になった。
 どんどん上へと昇ってゆく泡は、やがて海空を飾る星となる――前に、きっと消えてしまうのだろう。
 言い知れぬ切なさを、リルは覚える。そこでひとりぼっちであるのに気付いた。
 ――櫻宵? ヨル?
 いつものリルなら慌てて彼らを探しただろう。しかし今のリルは、迷わず下へ下へと游いでゆく。
(「ここは、何処?」)
 首を傾げると、秘色から瑠碧へと移ろう髪がゆらりと広がる。
(「僕の知らない世界」)
 珊瑚の街灯に、美しい貝のような建物。煌びやかな海底の街は、リルの記憶にないものだ。
 月光ヴェールの尾鰭をそよがせて、リルは游ぎ続ける。見知らぬ街だが、何故だか恐怖はなかった。
 ふ、と。歌が聞えた。美しい歌だ。惹かれて進むと、リルと同じような尾鰭の人魚たちが游いでいた。
 人魚たちは歌っている。もしかしたら歌が人魚たちの言葉なのかもしれないと思わせるくらい、自然体で。
 幾枚もの尾鰭が揺れる。極光のようだ。見入りかけたリルは、聞えた懐かしい歌に視線を巡らせる。
(「かあさんの、歌」)
 心に直接、歌が響く。響いて、語りかける。それは他でもない、母の歌。

●深紅の夢
 真っ暗なスクリーンに映像が浮かび上がってくるように、夢のような光景が櫻宵の前に現れる。
 満開の桜並木は櫻宵には覚えのない光景だ。だのに、懐かしい光景。
 何となく駆け出したら、横に誰かが並んだ。
 紅を抱いた黒い髪が、風にそよぐ。
 見遣ったら、真紅の瞳と目が合った。ただし瞳の数は、みっつ。でも櫻宵は微塵も驚かない。
(「ああ……」)
 ――横を駆けるあなたが笑う。
 ――楽しげに、嬉しげに、幸せそうに。
(「師匠」)
 微笑みに、櫻宵の貌は動かない。わかっている、これは夢。夢だから、視ているしかできない。
(「私に刀を、戦うすべを教えてくれた師匠」)
 一言では言い表せない感情が、櫻宵の中に満ちて渦巻く。
(「師匠、師匠。厄を司る、かみさま」)
 並走しながら、手が差し伸べられた。
 顔は見たこともない満面の笑みで彩られている。そして――。
「イザナ」
(「……嗚呼」)
 ――夢の中でさえ、あなたは私の名を呼んでくれない。

●ふたりの桜並木
「心に咲く薄紅を風に委ねて散らせよう」
 リルが歌を口遊んだのは、人魚たちの歌に誘われたからだ。
「麗らかな春を夢見、幾度でも花咲く曙草」
 その歌が、望春の歌――コイゴコロを綴ったものだったのは、櫻宵と手を繋いでいたから必然かもしれない。
「――常夜、揺蕩い惑いて花咲く私を」
 歌いながら、夢から醒めた。
「どうか君よ、忘れないで」
「当然だわ!」
 リルの歌で目覚めた櫻宵は、反射で宣言して、リルへ向かって微笑んだ。絡む眼差し同士が、温かな熱に変わる。今一度、手を握り直せば、溢れんばかりの幸福が全身に広がってゆく。
「私、リルのいる現在(いま)の方がいいわ」
 脈絡のない告白に、されどリルは胸を張る。
「当然だ。僕も君の笑う現実(こちら)がいいのは当たり前だろう?」
 櫻宵とリル、二人の世界に割って入る猛者はいない。絶対の夢を打ち破られた夢魔は口惜しさに唇を噛み、唯一可能性のありそうなヨルは未だぐっすりと夢の中。
「櫻宵、征って!」
「任されたわ」
 リルが創った真珠の光沢をもつ水泡と、鼓舞の歌に守られ、櫻宵は無防備な姿勢で唱える。
「咲かせて、散らせて、奪って、喰らって」
(「私は――師匠(過去)を超える」)
「――あなたは美味かしら」
(「超えて、『私』を認めさせるの」)
「あなたの夢ごと咲かせてあげる」
 空の手に集約された力が、一振りの刀を成すまで一瞬。振るえば、空間ごと絶つ衝撃波が、暮明を飛ぶ。
 朱華――ハネズカグラ。櫻宵のとっておき。神髄は、桜獄大蛇に覚醒すること。けれど今は斬撃まで。そうしないとリルまで桜に変えてしまうから。
「ねえ、リル。一緒に帰りましょうね」
 幾太刀も浴びせかけつつ微笑むと、力強い笑顔が返る。
「嗚呼、帰ろう。僕達の家に」

 帰ろう。
 一緒に、帰ろう。
 桜並木の道を通って、他のどこでもない、≪僕達≫の家へ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と
「列車」だったか
…そこしか進めぬ、という道
中は暗い、手を
暗視利かせ枕木踏み付け

いつしか足元に草の感触
濃い霧、薄明の空色――空?
師父、これは

逆光の中
同色の影が冠でも授けるように
痩せた片角の幼子へと触れ
取り戻した重みを不思議がってか
美しい影を子が見上げる

既に淡くとも忘れもせぬ
あの眩しすぎる朝に釘付けられて
歩みを忘れそうになる
ああ
…故に俺は、こうして続きを進める
導きの手を引き
振り切るように懐かしい朝から脱しながら

朝露に濡れた樹々越え夢魔へ
射す朝陽を剣で弾き目眩まし
【竜眼】で動きを止める
勝手に覗くな、無粋者が
お前には過ぎた宝だ
師の雷撃に合わせて斬り付ける

…うむ
見失う訳には参らぬ故


アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
ほう、随分と寛容な妖よな
忠告痛み入る…ならば我々からも
――悪夢に堕とされたくなくば、疾くお縄につくが良い

…ふふん、致し方ない
決して逸れるでないぞ?
従者の手を取り、意気揚々と
気休め程度でも光魔術の下、先へ進む
…ジジ、お前には何が見えて――刹那
朝陽の昇る、我等にとっての聖域
彼の日、私は幼き竜に片割れを与えた
…久しいな、等と零して

然し、故にこそ
他者が易々と踏込んで良い物ではない
狡猾な夢魔ならば猶更だ
高速詠唱、描いた魔方陣より召喚するは【雷神の瞋恚】
私からの餞別だ、受け取るが良い
…ああ、そうさな
無粋な輩には仕置きが必要だ

一段落着いたら再びジジの手を取る
逸れては、探すのも一苦労でな



「ほう、随分と寛容な妖よな」
 師であるアルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)は、いつも通りに泰然と微笑んでいる。
 確かに見逃す事を良しとするオブリビオンとの遭遇は滅多にあるものではないと、ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は記憶を浚う。
 見ないフリを厭わぬという甘言を、アルバは形ばかりの忠告と受け止め、恭しく『痛み入る』と嘯いている。
 そうだ。ただの嘯きだ。本気でないことを、ジャハルは熟知している。
「……ならば我々からも」
 アルバの笑うトーンが一段下がった。次は返礼を模した言葉の刃が抜かれる番だ。
「悪夢に堕とされたくなくば、疾くお縄につくが良い」
 案の定の宣戦布告に、弟子は無意識に頷いていたのだろう。「なんだ?」とアルバに訝しむ眼差しを放られたジャハルは、今度は首を左右に振ると、余計な弁は紡がず目を前へ遣った。
 毒を煮詰めた甘い声は、暮明から響いている。そこへ伸びるのは、一本の線路だ。
(「『列車』というのだったか」)
 他所へ逸れることを許さぬ一本道。つまり『そこへしか進めない』ということ。
「全く。こんなものを敷いておきながら、帰っても良いなぞ。どんな貌で言っているやら」
 呆れを顕わにしたアルバが、軽く顎をしゃくった。往くぞ、という意思表示だ。決して「先を征け」という指示ではない。
 だがジャハルは己の意思でアルバより半歩分だけ前へ出た。
「中は暗い、手を」
 黒い大男が無造作に差し出した手に、アルバは鼻を鳴らして「致し方ない」と己が手を重ねる。
「決して逸れるでないぞ?」
 続けた忠言は、小言めいているが、真実そうではない。ジャハルの能力は、他でもないアルバが最も理解している――ともすれば、ジャハル本人よりも。
 暗視に長けたジャハルの瞳は、信頼に値する。踏み付ける枕木の段差も、体格に恵まれたジャハルの方が制しやすいはずだ。何より、術師であるアルバは後陣に構える方が適している。
 信頼――と、一言で片づけるにはアルバとジャハルの在り様は複雑だ。しかし無用な気遣いを要せぬ『今』は、お互いにとってきっと悪くない。
「転ぶでないぞ」
 気休め程度の光魔法をジャハルの足元に落とし、アルバは弟子の背中を追った。

●聖域
 足の裏に伝わる感触が変わったのがいつのタイミングだったかは、ジャハルもアルバも知りはしない。
 それでも二人はいつしか柔らかな草の上を歩む心地を味わっていた。
 そして暮明は濃い霧と化した。
 先ほどまでとは全く異なるものに視界を閉ざされている。だというのに、どうしてだか二人の裡には警鐘が鳴らない。むしろ――。
「……ジジ、お前には何が見えて――」
 問い掛けを前へと発したアルバは、刹那、息を飲む。同時に、ジャハルも見晴るかそうとしていた眼を見開いた。
 濃い霧の彼方に、薄明の空があった。
 ――空? 地上より下ったはずなのに?
 呈しようとした疑問を、朝陽が奪う。
「――朝陽」
 最初に感じたのは眩しさだ。遮ろうと手を翳し、そこでジャハルも驚愕に身を固くする。
 逆光の中に、同色の影がふたつ。
 大きな方が小さな方へ、冠でも授けるように手を伸べていた。
 小さな影には角がある。大きな影が手を伸べているのは、まさにその角だ。
(「痩せた片角に、星が宿る」)
 視得ているのは影絵でしかないのに、何が起きているのかをジャハルは知っていた。
 小さい影は幼子だ。そして幼子は、取り戻した重みに不思議がってか、美しい影を見上げるのだ。
 東雲色に染まる空より上には、濃い藍が未だ残り、無数の星が煌めいている。けれどそのどれより眩い人が、幼子の――ジャハルの角にいのりを授ける。
(「彼の日、私は幼き竜に片割れを与えた」)
 同じ光景を星の目に映し、アルバは「……久しいな」と短く零す。
 既に淡く霞むほどの遠い記憶だ。されど忘れることなどありえぬ景色だ。言うなれば、心と記憶の聖域。他人がおいそれと踏み入ってはならぬ場所。
(「狡猾な夢魔の分際で、よくもまぁ」)
 じり、とアルバの裡を、怒りが灯した火が焦がす。
 今へと繋がる原点にも等しい景色に、再び相見えられたことに感慨はある。だからこそ余人の不調法は断罪せねばならぬ。
 ――ジジ。
 名を呼ぶ代わりに、アルバはかつての幼子と繋ぐ手に力を込めた。すると眩し過ぎる朝に釘付けにされかけていたジャハルの肩が、びくりと跳ねる。
(「……ああ」)
 今なお『続き』を歩めている感慨がジャハルの全身を満たす。
 暮明を導くつもりで取った手に、今も導かれている。故に、ジャハルは懐かしい朝を振り切ることを恐れない。
「師父よ――」
 忘れそうになりかけた歩みを力強く踏み出すと、世界は再び一転する。

 結んだ朝露が髪に残っていた。
 夢が実態を有していたということだ。即ち、安易に踏み込んだ夢魔の末路は決したということ。
「素敵な夢なんだから、ずっと沈んでいればいいじゃない」
「お前には過ぎた宝だ。勝手の報いは受けて貰うぞ」
 アルバの目にも輪郭をしっかりととらえられる程度まで薄まった暮明に、ジャハルの視線が閃いた。
 動くな、と命ずるまでもなく、止まった夢魔の動きに合わせて今度はアルバが言い捨てる。
「天罰と心得よ」
 其は、雷神の瞋恚。
 穿たれた雷がオブリビオンを灼く。

●あの日の続き
 ほれ、とアルバはジャハルへ向けて尊大に手を差し出す。
 短い思案の後にジャハルは「うむ」とアルバの手を取る。
 あの日と変わらず、白い手だ。けれどあの日ならば、こうもあっさり手を取り返すことは出来なかったろう。
「逸れては、探すのも一苦労でな」
「見失う訳には参らぬ故」
 アルバは嘯き、ジャハルは畏まる。
 あの日と似て非なる今は、確かにあの日の続き。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
落ちてしまえばずっと、夢みていられるのかな
空色映す海とあの人の居る、柔い夢

――ナンて、オレを拐かすにゃ毒が足りなくてヨ
確と地を踏み自分の周囲へ少し離し輪を描くよう【彩月】の焔を浮かばせる
焔を盾に身を守る、と見せかけれれば上々
敵を間合いへ誘い込む

奪われる命は予測と*第六感で*オーラ防御展開、被害減らし凌いだら
食らう*隙つき*カウンターで焔燃え上がらせ*だまし討ちといきマショ
オレに見えずともこの月に照らせぬものはないのだから

夢は夢ととうに知ってる
閉ざしたのはこの手、今へ繋いだのも、この手
さあその命、返してもらおうカシラ
玻璃より啜る生命(*生命力吸収)は、奪われた以上じゃなきゃ割に合わないよねぇ



●夢は夢
 囚われてみたいという誘惑が、ないではなかった。
 落ちて、堕ちて。そうして囚われたなら、ずっと夢の底に沈んでいられるのかもしれない。
(「空色映す海とあの人の居る、柔い夢」)
 思い描く光景は、ある。
 だが暮明を進むコノハ・ライゼ(空々・f03130)の足取りは早く、力強い。
「お生憎サマ? オレを拐かすにゃ毒が足りなくてヨ」
「――な!?」
 唯一、一直線に駆けてくるコノハに、夢魔が目を剥く。
 人ならば、無意識に囚われる夢のひとつやふたつはあるものだ。にも関わらず、コノハは夢には目もくれない。
「っ、面白味のない男ね!」
「な~んとでも?」
 暮明の奥へ身を翻す女が吐き捨てた悪態を、コノハはケラリと笑い飛ばす。オブリビオンに求められる面白味など持つ意義はないし、自分を堕としたいのならば相応の『毒』を用意すればよいのだ。
 それが出来なかった時点で、夢魔はただの獲物。
「照らしてアゲル」
 嘯くみたいに唱え、コノハは自分の周りを囲うように月白の焔を展開させる。
 熱を持たない光が一帯を照らす。するとすぐに夢魔の長い髪が視得た。
「髪も黒だったら良かったのにネ?」
 白に近しい紫は、コノハの焔をよく照り返す。見失うはずもない目印を得たコノハの足は、ますます力強さを増す。
 夢魔は焔を、照明を兼ねた守りの盾だと思うだろう。それを越えようとするならば、狙うのは背後。
 ひたすらに夢魔を追うことで、コノハは背中の隙をちらつかせる。甘い夢で人を喰らう魔だ。甘いモノには目がないだろう。
「 、」
 夢魔の視線が何処かに定まったのにコノハは気付く。が、コノハは素知らぬフリで夢魔を追いかけ、
「――え?」
 『突然』の消失に驚いたフリをする。
(「撒き餌は充分。アトは――」)
「頂くわ」
「ハイ、残念♪」
 わざとらしく語尾を躍らせ、コノハは首筋に触れた細い手へ意識を集中させた。発動までの刹那、命を吸い上げられるのは覚悟の上。薄く展開したオーラの膜が生む抵抗で、多少の時間稼ぎはしておいた。あとは、反撃あるのみ。
「い、イヤあああ!!!」
 一斉に襲い掛かって来た月白の焔に、夢魔が悲鳴を上げる。
 周囲に展開させていたのはカモフラージュ。本命は、一気呵成の攻撃。月明りめいていた焔は、高熱の白を経て、決して抜けない玻璃の結晶へと形を変える。
 ――オレに見えずともこの月に照らせぬものはない。
「さあ、その命。返してもらおうカシラ」
 うっそりと微笑んで、コノハは夢魔を追い詰める。玻璃越しに吸い上げる命は残念ながら美味ではなかったが、奪われた以上は啜らねば割りに合わない。
「なぜ、どうしてっ。お前は、夢を視ない!」
 狂おしく身悶える夢魔が絶叫する。けれどその問いは、コノハにとって意味のないもの。
 ――夢は、夢。
(「閉ざしたのは、この手。今へ繋いだのも、この手」)
 ――そんなの疾うに、知っている。

大成功 🔵​🔵​🔵​

菱川・彌三八
迷子なんざ囲って如何するか知らねェが
この誘いに乗らねえなんてなァ野暮だろう
邪魔だなんてとんでもねえ、遊びに来たのサ

千鳥の群れは目に見えるのたァ別にひとつ、潜ませておく
霧を別の群れで晴らせりゃあ其の侭散らし、もう一群使ってぶつける
霧で全部隠れっちまうなら仕方ねェ
さて、此の夢は何方のものか…なんてなァ些末な事さ
眠りに見る夢てなァ、何だって出来るんだぜ

お前ェの夢を俺の夢で塗り潰そう
此れは『地獄』
一面の朱、後ァ何もねえ
天地も失う様な紅
意味が分からねえだろう、俺もさ
だが俺ァ此奴を飲み込んだ
夢、去れど真の話

したが現に潜ませた千鳥を呼び起こして一気に叩く
結局現にゃ勝てやしめえよ
迷子はまァ、面白かったがよ



●現に勝る夢は無し
 ――ようやく、『らしく』なってきやがった。
 迷路の町の大将のお出ましに、菱川・彌三八(彌栄・f12195)は横顔でほくそ笑む。
 迷子を囲って如何うるのやら。十中八九、餌場にでもしていたのだろうが、そんなことは彌三八には関係ない。
 大事なのは道理より、愉快であるか、そうでないか。理屈に雁字搦めでは、絵筆を走らせる興味も湧きやしない。
「ってなワケで」
 カラン。
(「此の誘いに乗らねえなんてなァ野暮だろう」)
 小気味好く下駄を鳴らし、彌三八は暮明へ駆ける。せっかくだから、鼻歌でも聞かせてやりたい気分だ。
「邪魔だなんてとんでもねえ、遊びに来たのサ」
 下駄の歯が引っ掛かりかけた枕木を蹴飛ばして、彌三八はざぶんと闇の直中に飛び込むと、むんずと袖を捲り上げる。
 そこからは、瞬く間。
 懐から馴染む絵筆を取り出すと、えいやの勢いで走らせた。筆先を視認することは能わないが、彌三八の筆の運びに迷いはない。それほどに慣れた所作で描き生み出したのは、千鳥の群れ。
「そォら、喰らっちまいナ!」
 まずは一群をけしかける。しかし甘く微笑む女は、霧の向こうで高い鳴き声の嵐にも悠然とした態度を崩さない。
「可愛らしい小鳥さんじゃ、私には敵わないわよ?」
 厭味ったらしく腕を組んで、顎をしゃくる仕草は、対する相手を下に見ている証。粗雑な扱いだ。短気な江戸っ子なら頭から湯気をカンカンに吹き出していただろう。
 だが彌三八は江戸っ子は江戸っ子でも、窮地も祭に変える江戸っ子だ。
「知ってるかい? 眠りに見る夢てなァ、何だって出来るんだぜ」
 まるで彌三八の啖呵がスイッチででもあったかのように、一面の霧景色が、ザァと音を立てて一変する。
 ――朱。
 ――紅。
 ――朱。
 ――紅。
 世界に在るのは、ただ色のみ。天地の上下も見失う、朱と紅が視界を塗り潰す。
「此れは、『地獄』」
 あまりの激変に呆気にとられる女を謗るでもなく、彌三八は静かに佇む。
 此れが何方のものかなんてのは、些末事だ。ただ地獄であることに意味がある。
 ――否。
 意味などない。
 在ったとしても、彌三八にだってさっぱり分かりはしない。
「だが俺ァ、此奴を飲み込んだ」
 ――夢。
 ――去れど真の話。
 ごくりと誰かの喉が鳴った。彌三八ではない。ならば答えは一つ。此の夢の中には、彌三八と夢魔しかいないのだから。
 改めて、彌三八は夢魔を見分する。上手く誤魔化してはいるが、相応に疲労しているのが分かった。他の猟兵たちの仕事だろう。
「そいじゃァ、俺もここらで決めさせてもらおうかねエ」
 地獄の夢に身を置いたまま、彌三八は筆に念を通じる。飛ばした先は、現に羽搏く千鳥の一群。霧に潜ませ、残しておいたとっておき。
「夢は、夢。結局、現にゃ勝てやしめえよ」
 夢の中の夢魔を心に描き、現の標と変えて、千鳥を翔けさせた。
 無数の羽搏きが、夢と現を掻き混ぜる。境界線を悠々と飛び越えた、不意の一撃だ。夢魔に逃れる術はない。
 彌三八は、一呼吸の間を使って瞼を下ろすと、同じ速度で押し上げた。さすれば目に映るのは、霧の晴れた暮明。
「迷子はまァ、面白かったがよ」
 肩を聳やかしていう勝鬨に、啄まれる夢魔が応じる声は無し。

大成功 🔵​🔵​🔵​

高塔・梟示
甘美な夢なら溺れていたい気持ちは分るさ
…生憎このところ夢見が悪くてね
「夢を見ない」のが望みなんだ
まあ、その前に眠る時間すら無いんだが…

いやいや、お優しいな
だが道が無くては帰れない
この世界も、此処で暮らす者達も
それに君のような迷子を
在るべき場所に帰すのも仕事のうちでね


雨音と石畳の街並みが見えたら舌打ち一つ
だが見慣れた景色、立回るには十分だ

戦闘は、他の猟兵とも連携
技能、UCにて援護を行う

攻撃は一撃必殺
鎧砕く怪力を載せて殴打する
マヒして動きが止まるか、体勢を崩してくれれば御の字だ
次の一撃で仕留めよう

敵の姿が消えたら、すかさず残像を残し
早業で視界外へ移動を試みる
反撃の機会を得れば、容赦はしないさ



●偶のノー残業デイ
 咥えていた煙草を足元へ落とし、高塔・梟示(カラカの街へ・f24788)は革靴の底で踏み消した。
 線路だけが奥へ奥へと続く暮明は、存在そのものが不確かで、様々な意味で覚束ない。が、地面の感触はしっかりあった。雰囲気は、土よりもアスファルトに近い。
(「戦いの邪魔にはならなさそうだね」)
 微かに頬に触れる風がある。誰かが駆けることで生んだ圧だ。そこから『進路』を割り出して、梟示は数歩の距離分、サイドステップを踏む。
 途端、誰かが跳んだ。そして延長線上で力が爆ぜる。
 地場の問題か、はたまた濃密な『夢』の気配のせいか。居合わせる同胞の挙措を視認するには、難があった。しかし梟示は探し物をするのと同じ感覚で猟兵と夢魔の動きを読む。
 ――そう。敵は、夢魔。
 疲労で充血しているわけでもないのに――疲労しているのは事実だが――赤に寄った茶の眼をうっそりと細め、梟示は甘い毒が形になったような夢魔を視た。
「いやいや、お優しいな」
 誰に聞かせるでなく一人ごち、肩を竦める。
 甘美な夢なら、溺れていたいと思う人間は少なくないだろう。梟示も、気持ちは理解る。
 しかし――。
「……生憎、このところ夢見が悪くてね。『夢を見ない』が望みなんだ」
 残念ながら、そも眠る時間すら無いんだが――という梟示の嘯きに、誰かの攻撃の直撃を喰らった夢魔が、仰け反りながら舌打ちするのが聞えた。随分と追い詰められているらしい。甘い優しさの仮面が剥げかけている。
 折角だ、皆に任せてしまえば梟示は楽が出来るだろう。だというのに、そうせず戦線に飛び込んで征くのは梟示が猟兵であるからと同時に、ワーカーホリックを極めてしまっているからだ。
「さて、と。もうひと仕事と行きますかね」
「何故? 何故、何故お前達は夢を拒むの? 溺れていればいいじゃない! 邪魔しないで、帰ればいいじゃない!」
 よろめいた夢魔の声が暮明をつんざいた。けれど梟示がそこに視たのは、ただの皮肉。
「道が無くては帰れないんだよ。此の世界も、此処で暮らす者達も」
 ゆったりと返して、梟示は行き止まりを示す道標を無造作に肩に担ぎ上げる。いつもより重い気がしたのは、エネルギー切れの合図だろう。早く糖分を摂取しないと、昏倒してしまう――というのは冗談だが。梟示は終わりを意識した一歩を踏み出す。
 風景が変わったのは、上げた足を地に着ける頃。
 石畳を雨が叩く街並だ。
「――チっ」
 見慣れた景色に今度は梟示が舌を打つ。とはいえ、馴染みがあるからこそ、順応するのは早い。
「君が何を言おうと、何をしようと。わたし達はわたし達の仕事をするだけさ。君のような迷子を在るべき場所に帰すのも仕事のうちでね」
「ありがた迷惑よっ!」
 先ほどまでより輪郭がはっきりした夢魔目掛け、梟示は走る。
 間合いに入るまでは一瞬。そこからの、得物のフルスウィング。
 刃を持たず、鈍重なだけが売りの道標が上げた低い唸りに、圧倒された夢魔が体勢を崩して、手をついた。
「――!」
 口惜し気な甘い瞳が見上げてくるが、得物を放り出して拳を握った梟示に迷いは無い。
 これは仕事。仕事は完遂せねば、終わりはない。終わらなければ、残業になるだけ。
 ありったけの力を込めた一撃は、純然たる物理の一打。
「サービス残業ばっかりも、やってられないんだよ」

 断末魔は、静寂。
 命を砕く手ごたえを梟示へ残し、この地から道を奪った夢魔は霧散した。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『失われた飯を求めて』

POW   :    陰りの見え始めた比較的最近の料理を食べる

SPD   :    そんなのあったなぁ、という懐かしい料理を食べる

WIZ   :    本当に誰も覚えていない、もしくはマイナー過ぎる料理を食べる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●思い出、はじめました。
 地下へ地下へと暮明を下ったはずであったのに、夢魔の気配が完全に消失した途端、猟兵たちは地上に居た。
 そこは列車がずらりと並ぶ、車両基地。くすんだ肌色に、渋い栗色。かと思えば、原色そのままの赤。現代のUDCアース文化からすると一世代も二世代も前のカラーリングの車両たちは、長方形に僅かな丸みがあるくらいのボディで、不思議と郷愁誘う愛嬌がある。
「ああ、あった、あった! やっとみつけた」
 不意に聞こえた声の方へ目を遣ると、黄朽葉色の尻尾をご機嫌に揺らす中年男が駆けてくるところ。
 男は車両と車両の間をすり抜けると更に駆ける。
 何か目印になるようなものでもあったのだろうかと近付くと、『思い出、はじめました。』と書かれた小さな折り畳み看板があるではないか。
 ――思い出、はじめました?
 『冷やし中華、始めました。』と同じ調子の文句に、猟兵たちは此処が件の料理屋かと得心し、歩を先に進める。
 現れたのは、チャルメラが似合いそうな屋台。店主は顔を長い頭巾で隠した四十手前の男のようだ。
「いらっしゃい。お客さんたち、初めてだね?」
 愛想よく声をかけてきた店主は、猟兵たちの反応を待つことなく、甲斐甲斐しい口火を切る。
「うちはお前さんらの思い出を調理する屋台さ。ああ、思い出は語ってくれなくていい。思い浮かべるだけで十分だ。あとは食べたい料理を教えてくれたら、どんなもんでもぱぱっと作るよ」
 ――懐かしい、お袋さんのカレーライスがいいかい?
 ――メロンソーダのナタデココ盛りもいいかな。
 ――それともパンケーキにエッグベネディクト?
 流行に敏い者がいたならば、店主の言い連ねるメニューがUDCアースの『今』では『懐かしい』と言われがちなものであると気付いたに違いない。
 成程、確かに『思い出』だ。
 とはいえ、店主は求められれば何でも作ると豪語する。ならば好きなメニューを頼めばよい。
「ちゃちゃっと出来上がるから、後は好きな車両にでも忍び込んで食べてくれ」

 すっかり道が戻ったからか、屋台を訪れる妖怪たちの姿もちらりほらり。
 供される料理が美味いかそうでないかは、その人次第。
 だが思い出を噛み締める一時は、きっと心に何かを残してくれるだろう――。
 
 
【事務連絡】
 第三章も『再送』が前提となります。毎度お手数をおかけしますが、宜しくお願いします。
 採用は、1章・2章にご参加下さった方のみ(★Fとして下さった方は、★の記入は不要です)。

 プレイング受付期間:7/19(日)8:31~7/20(月)PM0時(正午)まで
 この期間中にはどうしてもプレイング送信できないという方がいらっしゃいましたら、21日の8時まででしたら対応可能です。
ヴァーリャ・スネシュコヴァ
綾華(f01194)と

アイツ…なんで…
綾華…うむ、おつかれ!

安心したと同時に鳴く腹の虫
う…!こ、これはふかこーりょくだぞ
恥ずかしい
でもそれはそれ、これはこれ
うむっ!早く食べたくてうずうずしてきたのだ

綾華、天才か!?
それはワクワクしかないな!

俺は…

あの雨の日
どうしても綾華の顔を見たくなって
雨の中走ってあの家に
それでも綾華は笑って俺を上げてくれた

泣きながら胸の内をさらけ合えば
やっと寄り添い合えた気がした
天気は雨だったけど
きっと心は晴れていた

ああ
あの想いこそきっと
『雨天の贈り物』

こ、これが俺たちの…
確かに、できるなら飾っておきたいくらい
しっかり味わうぞ…ぱくぱく食べたりしないぞ…!
い、いただきます!


浮世・綾華
ヴァーリャちゃん(f01757)と
おつかれさま
自分もあいつをみたのだ
大丈夫?
様子を伺いながらも切り替え

あはは、お腹空いた?
ね。思い出、作って貰おうか

折角だし、それぞれ思い浮かべるもの
合わせて貰うなんてどう?
ふふ、でしょー
それじゃ、俺はねえ

想うは君と出会った日のこと

通り雨に駆け込んだ神社に訪れた君
そこでハジメテ言葉を交わした日

デイジーの花言葉が君にぴったりだと告げ
照れる君を揶揄ったりして

雨上がりの虹の根元は見つからなくっても
金のカップやルビーの絵の具は手に出来なくても

確かに此処に在る『雨天の贈り物』

食べんの勿体ないネ
ヴァーリャちゃんのお腹が満たせんなら
ぱくぱく食べたっていいケドなぁ
いただきます



●暮明を越えて
 ヴァーリャ・スネシュコヴァ(一片氷心・f01757)の視線が落ちている。
 暮明から変わった景色は、どことなく祭の宵を思わせるもの。いつものヴァーリャなら、あちらこちらと眺めて廻り、目を輝かせるだろうに。
(「ヴァーリャちゃんも、あいつをみた――のか?」)
 ほぼ確信を抱く結論に敢えて疑問符をつけることで心の尖りを円くして、浮世・綾華(千日紅・f01194)はヴァーリャの背にそっと手を添える。
「大丈夫?」
 過剰な心配にならぬよう、顔を覗き込むことまではせず。ただやんわりと掌を弾ませるだけに綾華は留めた。が、それで十分。
「綾華……」
 見上げて来る瞳に残る雲も、綾華と視線が合えば流れ始める。
「うむ、おつかれ!」
 ――ぐうう。
「!?」
 ヴァーリャの腹が思い切りよく空腹を訴えたのは、そんな時だった。
「う……! こ、これはふかこうりょくだぞっ」
 白い頬が一気に紅潮したのに、たまらず綾華は破顔する。だってそれはヴァーリャが不安や緊張感から解放されて、安心した証拠。
「わかってる、お腹空いた?」
 ――ね。思い出、作って貰おうか。
 赤い眸で三日月を描いた綾華が背中に回していた手を前へ伸べると、ヴァーリャは迷わずきゅっと握る。
 気にかかる事はあったが、それはそれ、これはこれ。消え去った幻影をいつまでも追うより、綾華と一緒の時間を愉しむ方が大事。美味があるとなれば、尚更に。
「うむっ! 早く食べたくてうずうずしてきたのだ」
 軽やかに、ヴァーリャの足音が鳴る。纏う気配は煌めくばかり。もう翳りは兆しもない。
「ヴァーリャちゃん、走らなくても屋台は逃げないって」
「ゆっくり行ったら長く並ぶかもしれないだろう?」
「……ヴァーリャちゃんは、俺と長く並ぶのは嫌?」
「そ、そ、そ、そ、そんなことはいってないだろっ」
 手を引く少女を拗ねた風に見遣ると、頬がいっそう鮮やかに染まった。いっそ目に毒な程の可愛らしさだが、もっと喜ばせたい綾華の頭に妙案がひとつ浮かぶ。
「折角だし、それぞれ『思い出』を思い浮かべて、合わせて貰うのなんてどう?」
「綾華、天才か!」
「ふふ、でしょー」
 氷の娘の貌に大輪の向日葵が咲くのを間近に眺めるのは、綾華の特権だ。
 走り出したワクワクは、もう止まらない。

●『雨天の贈り物』
 カウンターテーブルに肘をつき、軽く握った拳を顎にあてた綾華の脳裏に蘇るのは、或る雨の日。
 ――君と、出会った日。
 降り出した通り雨に、『君』は神社に駆けこんできた。
 ――そこでハジメテ言葉を交わした。
 赤も白も、全てを含んだものも。デイジーの持つあらゆる花言葉があまりに似合いで、ぴったりだと告げたら、『君』は照れていた。
 ――そんな君を、揶揄ったりして。
 過ぎ去った時間を振り返るだけだというのに、綾華の口角は自然と上がる。
(「雨上がりの虹の根元は見つからなくっても」)
(「金のカップやルビーの絵の具は手に出来なくても」)
 胸に手を当てたら、優しい温かさがじんわりと全身へ広がっていく。
 嗚呼、そうだ。
 ――確かに此処に在る『雨天の贈り物』。

 思い出、思い出。
 目を瞑り、ヴァーリャは一生懸命に自分に言い聞かせていた。
 難しく考える必要はないよ、と聞こえた声は、思い出を調理するという店主が発したものだろう。
 とは言え、改めて『思い出』と言われたら、何だかとっても悩ましい。
 けれど少し体を左に傾けて、肩に綾華の存在を感じた途端、たくさんの思い出たちの中から、たった一つが煌めいた。
 ――あの、雨の日。
 どうしても綾華の顔を見たくなって、ヴァーリャは降りしきる雨の中を走った。
 そうして辿り着いた綾華の家。出迎えてくれた綾華は、笑顔でヴァーリャを家に上げてくれて。
 泣きながら、胸の内をさらけ出し合った。
 ――そしたら、やっと寄り添えた気がして。
 しくしくと天は変らず泣いていたけど、ヴァーリャの心は晴れていた。
 ああ、そうだ。
 ――あの想いこそ、『雨天の贈り物』にちがいない。

 『雨天の贈り物』。
 それは綾華とヴァーリャを繋ぎ現す言葉。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


●甘酸っぱい宝物
 青いラムネゼリーは口に入れると、しゅわっと弾ける。
 レインボーカラーのソフトクリームは、ベースはバニラだが、ベリー系や柑橘系の味わいもある。
 その二つをガラスのパフェグラスに塔のように盛り付けて、真っ赤なサクランボと、透明なタピオカを添えれば、特製パフェの完成だ。
『ちなみにサクランボは太陽で、タピオカは名残の雨粒さ』
 長い頭巾で顔を隠した男のにこやかな説明は、綾華とヴァーリャの耳には届いていなかったかもしれない。
 何故なら二人の心は、パフェに射抜かれてしまっていたから。
「食べんの勿体ないネ」
 しみじみという綾華に、ヴァーリャもこくこくと繰り返し頷く。
 確かに、出来るなら飾っておきたいくらい――だが見た目から美味しい逸品に、ヴァーリャの腹の虫は先ほどまでより勢いを増している。
「どうする? ヴァーリャちゃんのお腹が満たせんなら、ぱくぱく食べたっていいケドなぁ」
「!! し、しっかり味わうぞ!! ぱくぱく食べたりしないぞ……!」
 どの列車に潜り込むのがいいだろう?
 向こうの空色がいいだろうか、それとも赤白セパレートの列車もいいかもしれない。
 溶けないうちに食べてくれよと言う店主の言葉に見送られた二人は、暫し選ぶ楽しさを味わい、ようやく腰を落ち着けて「いただきます」とお行儀よく手を合わせるのだ。
 二人の思い出をミックスしたスペシャルパフェのお味は、言わずもがな。
菱川・彌三八
余所じゃあそねェに食いものが変わっていくのかい
俺にとっちゃ皆真新しいモンさ
蛸の煮物も天麩羅も未だ食えるしなァ…

思い出…
昔紺屋町の奴らで金出し合って買った初鰹…
寝込んだ時の定家卵…
後ァ帝都で食ったぱんかな
彼方じゃあ皆食うもんだと思ったが、そうでもねェらしい
以来とんと口にしてねェんだ
柔くてふっかりしてやがる、ありゃ一体ェ何だろうな
…屋台なのに出せるたァ驚きだ
店主よう、したが此奴に合うもんも一緒に出しつくんな
お前ェさんの味ってのも食ってみてえ
序でに一杯、此れも前に飲んだ澄んだ諸白を

最後に豆腐の煮付が出てきたら苦笑い
確かに思い出に違ぇねえ
美味ェのが亦厄介なんだよなァ…
昔話サ、想像に任せら



●幽世景色に一献
 へぇ、と菱川・彌三八(彌栄・f12195)は月代頭をぺしんと叩いた。
「余所じゃあそねェに食いものが変わっていくのかい」
 着物に流行り廃りがあるのは、花街を彩る女たちを描いていれば知れることだが、よもやまさか食べ物にまであるとは。
 土地が変われば人も変わる、とはよく言うが。時が変わるだけで、様々が移ろうらしい。
 目まぐるしいことこの上ない。飽きる暇がないと言えば聞こえが良いが、気忙しくはないだろうか。
「俺にとっちゃ皆真新しいモンさ。蛸の煮物も天麩羅も未だ食えるしなァ……」
 木製屋台の縁に足先を遊ばせながら、彌三八は「ううん」と唸る。
 昔、紺屋町の皆で金を工面して買った初鰹は、『女房子供を質に置いてでも喰え』と言われるのが納得の味わいだった。
(「さすがの縁起物様々。アレで寿命は幾つ伸びたかねェ」)
 寝込んだ時に食べた定家卵も懐かしい。
(「きな粉の香ばしさの効いたふわふわ卵が乗っかりゃ、いつもの出汁も見違えたもんサ」)
 要求された『思い出』を巡り、彌三八の頭の中は右往左往。
 行儀が悪いと知りながら、頬杖のひとつも付きたくなるし、つべこべ言わず全部お任せと丸投げしたい気分にもなる。
 そうして店主の顔を振り仰ぎ、そこで揺れる白頭巾を見て――はたと彌三八は閃いた。
「店主、ぱんって奴を知ってるかい?」
 それは帝都で食べた南蛮渡来の食べ物だ。
 丸っこい形の表面は、こんがりとした焼き色がついて、食感は煎餅ばりにぱりっとしているのに、真っ白な中身は定家卵もびっくりなくらいにふかふかしていた。
「彼方じゃあ皆食うもんだと思ったが、そうでもねェらしい。以来とんと口にしてねェん――だ?」
 不意に彌三八の弁のリズムが乱れたのは、目の前にずいっと件の『ぱん』が差し出されたからだ。
「驚ェた、屋台なのに出せるのかい」
 いったい何時から仕込んで、いつ焼き上げたのか。謎は挙げ出したらキリがないが、今は何とも言えない香りが何にも勝る。そうだ、この匂いは出来たてほやほやのパンが放つ香気。
 だが、いますぐかぶりつきたい衝動を彌三八はぐぐっと堪える。
「店主よう、したが此奴に合うもんも一緒に出しつくんな」
 ――お前ェさんの味ってのも食ってみてえ。序でに一杯、此れも前に飲んだ澄んだ諸白を。
 彌三八の申し出に、屋台の主は頭巾の下でにんまりと微笑んだ。

 天辺を割ったパンに挟んで食うと上手い、と店主が新たに作った一品は、白身魚のフライ。
 天麩羅と同じく油で揚げた料理だそうだが、衣の歯ざわりが全く違うのが新しかった。しかも『ソース』として添えられた『たこわさび』が、キンと冷やした辛口の諸白に合うこと、合うこと!
 ほんのり甘い『パン』に、カリっと揚がった白身魚の微かな塩味。それをピリっと舌を痺れさせるたこわさびがまとめているのだ。
 気付いた時にはすっかり完食していた彌三八は、締めにと供された一皿に、再び店主を振り仰ぐ。
「……確かに、此れも思い出に違ぇねえ」
 程よく茶色に染まった豆腐の煮付けを突く彌三八の貌は、苦笑い。
 美味いのが、また厄介だと彌三八は鼻を小さく鳴らす。
「昔話サ、想像に任せら」
 幽世景色に一献。
 啜る酒の終いの一滴が、如何なる味わいだったかを知るのは彌三八のみ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

オズ・ケストナー
キヤ、キヤっ
いっしょにいこうよ
キヤはなつかしいたべもの、ある?

なんでもって言われると、まよっちゃうね
あっ、それじゃあね
プリンアラモードっ
クリームとか、フルーツとかいろいろのってるんだよね?
たべてみたかったんだ

(おとうさんといっしょにごはんをたべたことはない
おとうさんはどんなたべものがすきだったのかな

ふふ、でもね

おとうさんの部屋にあった
花や鳥のスケッチを思い出す
おとうさんの絵

好きなけしきは、わかるよ
丘の上
広い野原
だいじなバラの庭

おとうさんが集めてくれたわたしたち)

ちょっとかためのプリン
下にかくれてるスポンジ
たからさがしみたいでわくわくして

おいしいっ
ね、キヤもたべてみてっ
とってもやさしい味がするよ



●なつかしい味
『キヤ、キヤっ』
 そう弾む音色で呼びかけた時は、見送った時と同じ笑顔で。一緒に行こうと誘えば、電子の海が透ける瞳に喜悦が泡立った。
 だのに、――
『キヤはなつかしいたべもの、ある?』
 ――と、訊ねた途端。連・希夜(いつかみたゆめ・f10190)の眼差しは遠くなった。
 どうしたのだろうとオズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)が覗き込むと、希夜は言葉を探して眉間を掻く。
「なんでもって言われると、まよっちゃうね」
 たくさんあって選べないのだろうかとオズが尋ねると、「うーん」と一度唸った希夜は、珍しく気恥ずかしそうな顔になった。
「キヤ?」
「ほら、オレってバーチャルキャラクターだろ? だからデータとオレとしての記憶の境が曖昧というか……『なつかしい』って何かなっていうか……」
 依頼を語る時の饒舌ぶりは何処へやら。身長はぴったり同じで、でも誕生日は2カ月ぶんくらい早いオズは、希夜に対して『兄心』的なものを疼かせる。
「だいじょうぶ。『なつかしい』はこれからだって作れるよ」
「え?」
 きょとんと目を丸くした希夜にオズは『待っていて』とジェスチャーで告げると、くるりと屋台の主に向き直った。
「わたし、プリンアラモードがいいな。クリームとか、フルーツとか、いろいろのってるんだよね?」
 食べてみたかったんだと言うオズに、店主はどんっと胸を叩いて「では、思い出を思い浮かべて」と顔を覆う白頭巾ごしに柔らかく促してくる。
 ――おもいで。
 シュネーを膝の上に抱えて、オズは記憶の頁を捲り出す。
 オズには、たくさんの思い出がある。そこには今のオズになる前のものも。
(「おとうさんといっしょにごはんをたべたことは、ない」)
(「おとうさんは、どんなたべものがすきだったのかな?」)
 知らないこともたくさんだ。でも、オズは「ふふ」と笑う。
 確かに、知らないこともたくさんある。けれど憶えていることだってたくさんだ。
 ――花と、鳥の、スケッチ。
 『おとうさん』の部屋にあったそれらは、おとうさんの絵。
 ――丘の上、広い野原、だいじなバラの庭。
 これは、『おとうさん』が大好きな景色。
 ――それから。おとうさんが、集めてくれたわたしたち。
 すっとシュネーの髪を撫で梳くと、小さな淑女はオズの掌に頬を寄せて来た気がした。
 憶えている、たくさん。
 たくさんの温かな、思い出たち。
 振り返っていたのは、さほど長い時間ではなかったが、「おまちどう」の声がオズを幽世の今へ引き戻す。
 然して、供されたのは。
「わあああ」
 硝子の脚付きデザート皿の真ん中に乗っているのは、たっぷりとカラメルソースがかかったプリン。その周囲を、リンゴの小鳥とスイカとメロンの野花に、白・ピンク・黄の三色の薔薇のクリームが飾り、白黒マーブルのチョコレートの枝まで添えられている。
「すごい、かわいい。すごい、きれい。ねえ、シュネー。キヤもみてみて!」
 気の利いた友達なら、きっとすぐに写真を撮ってくれたことだろう。しかし感嘆に飲まれた二人と一体は、宝石箱みたいなプリンアラモードに見入って、便利な文明の利器の存在を失念する。
 最初に匙を入れるのは、やはりオズだ。
 ちょっぴり固めのプリンは弾力があって、スプーンをぷるんと押し返す。下に隠れていたスポンジ生地には、カラフルなドライフルーツがキラキラだ。
 宝石箱みたいと思ったが、このプリンアラモードは宝箱だったのかもしれない。
 掬うたびにわくわくが溢れて、しかもとっても美味しい!
「ね、キヤもたべてみてっ」
 蕩けて落ちてしまいそうな頬を支えてオズが言うと、店主からもうひとつの匙が希夜へと渡される。
「とってもやさしい味がするよ」
「やさしい、味?」
 甘いだけじゃない。ひんやり冷たいのに、温かみを感じる味なのは、オズの思い出がやさしさでいっぱいだから。
「……いただきます」
 そっと掬って、思い切り頬張って、不思議そうに味わって。くるくると百面相を繰り広げる希夜を、オズは和やかに見守る。
 やさしいは、うれしくて。
 おいしいも、うれしくて。
 重ねた『うれしい』は、やがて未来の『なつかしい』になる――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と
聞くだけでぱぱっと…
手練れであるな、あの店主

己の持つ思い出は
全て師と会ってから始まるもの

…丁度こんな季節に
よく風邪を引いては
師が魔法で世話を焼いてくれたのを思い出す
店主殿、星の氷菓子なるものを知っているか?

皿に盛られた冷たい星
弾けて融ける、懐かしい氷菓子の味
お代わり欲しげに皿を離さずいれば
早く眠れと額を押す手の感触までも蘇り
思わず額に触れ
師にも勧め
また食べたいものだな

師の願った料理に興味の無きはずもなく
うむ、頂戴する
ほろり解ける柔らかな肉と
あたたかな香辛料の風味
これは…美味いな

今度、俺も作ってみよう

在りし日の味には敵わねども
重ねた時間を軈てそう呼べるよう
思い出をはじめよう


アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
何とも面妖だが…
ジジ、小腹は空いておるか?
手練れの技を見る良い機会
頼んでみるのも良かろう
…む?
皿の上には、幼い従者に与えた星
思い出…口にすれば頬が緩む
嘗て、私が作ったこれは
斯様に美味かったであろうか?
少しばかりこそばゆいぞ

――さて、私の思い出ですか
脳裏を過ったのは懐かしい顔ぶれ
料理を皆で囲み、談笑する幸せなひと時
特に思い入れ深いのは
母様自慢のマトンシチューで
云えば当然の様に供されたそれ
恐る恐る口に含む…広がったのは
二度と食べる事叶わないと諦めていた味
…素晴らしい、腕をお持ちだ
戦慄く声を抑え、ジジへ促す
お前も食え、実に美味であるぞ

ふふん、そうか
…ならば今後を期待するとしよう



●連星の過去、現在、未来
 大した調理器具があるようには見えない簡素な屋台だ。にも関わらず、長い白頭巾で顔を覆った店主は、次から次へと『思い出』を料理へと変えてゆく。
「何とも面妖だが……」
 おそらく魔術に通じる力を行使しているのだろうとおおよそのあたりをつけたアルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)は、ブーツの踵を高く鳴らした。
 カツンと響いた乾いた音色に、店主の動きを食い入るように眺めていたジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)の背筋がピンと伸びる。
「師父、」
 おおかた、名を聞いただけで如何なる料理も手早くこしらえる店主の腕前に感服していたのだろう。ジャハルの語尾にくゆる呆けた名残をアルバはそう推察しつつ、半歩分だけ屋台に近付くと、何食わぬ貌で弟子を振り返る。
「ジジ、小腹は空いておるか?」
 手練れの技を見るのも良い機会。頼んでみるのも一興と促すと、無骨なようで顔に出やすいジャハルの目に星が煌めく。
 ちょうど席が空いたところ。ジャハルの返事を待たずにアルバが店主の真正面を陣取れば、ジャハルもいそいそと隣に着席する。
 店主からの説明は、さして長いものではない。
 料理にかえたい思い出を頭に浮かべつつ、食べたい品を教えてくれればよいとだけ。とても耳障りの好い声だ。おかげで不思議と腑に落ち、瞬く間に心は深く潜る。
 果たしてどんな思い出を、どんな料理にしてもらおうか。
 先に没入したのは、より強い興味を抱いていたジャハルの方。
(「……あれは、丁度こんな季節だったか」)
 アルバのスパルタにも耐える強靭さが嘘のように、幼い頃のジャハルはよく風邪をひいては寝込んでいた。
 そんな時は、決まってアルバが魔法で世話を焼いてくれたのだ――。
「店主殿、星の氷菓子なるものは知っているか?」
「おまちどうさま」
「――?」
 確認のつもりだった問いに返された皿に、ジャハルは言葉を失う。
 眼前にことりと置かれた蓮の花に似た硝子の皿の上に転がる、冷たい星たち。あっけにとられたまま一つ摘まんで口に運ぶと、ぱちんと弾けて、すぅと融けた。
「……!!」
 間違いない。記憶通りの懐かしい味わいに、ジャハルは思わず皿を引き寄せてしまい、それが子供の頃の自分の仕草と重なることに気付く。
(「あの頃も、こうして……」)
 お代わり欲し気に皿を離さなかったものだ。そうするとアルバは『早く眠れ』と小さな額を押してきて――
「、っ」
 不意に額に手が伸びたのは、そこに遠い感触が蘇ったから。
「師父」
 浅黒い肌に上りかけた朱を誤魔化すように、ジャハルは氷の星がちらばる皿を傍らへ押しやる。
「――また、食べたいものだな」
「……む、これは」
 かつて自身が幼い従者へ与えた星をそっくり再現した氷菓子に、アルバの頬がゆるむ。
 数ある思い出の中からジャハルが此れを択んだことが、少しばかりこそばゆい。ひとつ口にすれば、なおさらに。
「嘗て私がつくったこれは、斯様に美味かったであろうか?」
 飾ることを忘れて呟くと、物言いたげなジャハルの視線とかち合い、店主の含み笑いまで聞こえてくる。
「あたしゃあ真似るだけですから。残念ながら、本物には遠く及びませんぜ」
 内心を見透かしたかの如き店主の弁に、何か取り繕うべきかとジャハルは刹那、迷う。が、「で、旦那は何にします?」と店主がアルバへ尋ねたことで話が切り替わった。
 謙遜なのか、助け船だったのか、はたまた純然たる事実なのか。店主の裡は白い頭巾に隠れて読み取れない。これがこの店主なりのもてなし方なのだろう。察したアルバは、「では、マトンシチューを」とオーダーする。
 ――マトンシチュー。
 その音を唇に乗せただけで、アルバの脳裏に懐かしい顔ぶれが過って行く。
 料理を皆で囲んで談笑する一時は、とても幸せなものだった。なかでもマトンシチューは、母の自慢料理のひとつ。
(「母様……」)
 胸の中で呼びかけたのと、小花が縁に咲くシチュー皿がことりと置かれたのはほぼ同時。
 相応に時間を要する料理のはずだ――等と、理屈を考える無粋はせずに、アルバは銀の匙でマルーン色のそれを恐る恐る口に含んだ。
 ほろりと解ける羊肉、とろりと舌に馴染む深い味わい。
「……素晴らしい、腕をお持ちだ」
 堪らず漏らした嘆息は、二度と食べる事は叶わないと諦めていた味との再会に真底感動したゆえ。
「お前も、食え。実に美味であるぞ」
 感銘まで飲み込むように、アルバは手を口元へ遣って、皿をジャハルへ押しやる。おかげで唇の戦慄きを抑えることができた。
 けれどいたく感じ入っている風のアルバの様子に、ジャハルの喉がこくりと鳴る。
「うむ、ありがたく頂戴する」
 元より、師の願った料理に興味を持たぬわけがないのだ。だからジャハルは丁重な仕草でシチューを口にし、時間をかけて咀嚼する。
 特有の臭みの抜けた肉は、幼子が労せず食める柔らかさ。そして全てを調和させたあたたかな香辛料の風味は、実に豊か。
「これは……美味いな」
 師父の思い出の味を、ジャハルは幾度も幾度も噛み締める。噛み締めて、噛み締めて、舌と脳に焼き付ける。
「今度、俺も作ってみよう」
 ――在りし日の味には叶うまい。
 ――されどやがて、重ねた時間をそう呼べるよう。
 ――ここから新たな『思い出』をはじめるのだ。
 過ぎた時間が、思い出になる。ならば『今日』もいつかは『思い出』になり、ジャハルが饗した料理もアルバの『思い出の味』になる日が来る――かもしれない。
 過ぎた大望かもしれない。けれど今日を続けた先に、そんな未来をジャハルは思い描く。
 生憎と過ぎる手際の良さにか、目で追いきれなかった屋台の店主の調理法は、今後の参考にはならなそうだが。
 然して、もう一口。さらに一口。
 そんな事を弟子が思っているとは露知らず、アルバは母の味を至極真面目な面持ちで味わうジャハルの横顔に、いつもの師の調子で笑う。
「ふふん、そうか」
 ――……ならば今後を期待するとしよう。
 僅かにトーンを抑えた呟きの結びは、新たな『思い出』の幕開けを無意識に物語るものだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
料理人の端くれとしてはどんな調理か気になるトコだけど
百聞は一見に如かず、よねぇ

思い出――
この記憶の始まりから今への間にだって沢山、できたケド
あの景色を見せられたからか、やはり暖色に染まる浜辺を思い出す
岩ばかりの海岸、世界を染めていく夕陽、
やがて訪れる闇だって、決して怖ろしいものではなかった

でも、でもね
俺にはコレが自分の思い出かどうかが分からない
この目で見たのか
それともあの人に繰り返し聞かされた故の、ただの空想なのか
この体に残るモノが、自分のモノかどうか分からない

そんな思い出でもイイのなら、塩おにぎりを作っていただける?
味は思い出と同じできっと曖昧
でもなんだかとても懐かしいの、不思議だネ



●知らぬ感慨
 求める手があれば、ステーキハウスで肉を焼くし、昼下がりのカフェで珈琲を淹れることだってある。
 つまり、コノハ・ライゼ(空々・f03130)は『端くれ』を自称するが料理人だ。
 だというからには、思い出を如何なる方法で調理するか気にならぬはずがない。
「こーゆーのは、百聞は一見に如かず、よねぇ」
 思い巡らせるのも悪くはないが、やはり手っ取り早く確実なのは目にすること。しかも間近で。ならば自分が客になるのが一番。
 既に列は出来ているが、進みは早い。
 とんとん拍子で自分の番が近付いて来る最中も、コノハは簡素な調理台と店主の動きを注視する――が、恐ろしく手際が良いことを除けば至って普通に視える。
 食べたい料理名を聞く。
 客が物思いに耽る間に、料理を仕上げる。
 客たちが一様に驚いた表情をしているのは、完成の早さと完成度の高さからか。
 所謂『考えるな、感じろ』というヤツの気配に、コノハは片頬だけを吊り上げた。
 面白くないようで、面白い。幽世に店を出しているからには、店主も妖なのだろう。だとすれば、妖術の一つや二つ、使っていてもおかしくない。だとすると、調理法は心ゆくまで見分出来ない可能性が濃厚だ。
(「それはチョット、ツマラナイわね」)
 ひょこりと頭をもたげた不満も、しかし廻った己の順番に雲散霧消する。
「塩おにぎりを作っていただける?」
「塩おにぎり、ですかい?」
 おうむ返しにされた注文に、今度はコノハの両の口端が上がった。
「ええ、そうヨ。塩おにぎりでお願い」
 おそらくこれほどシンプルなオーダーは今までなかったに違いない。白頭巾でも隠し切れない驚きをコノハは悪戯に眺め、一頻り満足すると、今度は自身の内側へと問いを馳せる。
(「思い出――」)
 『今』の記憶の始まりから連なる今日までの間にも、沢山の『思い出』がある。
(「、ケド……」)
 迷路の町並の狭間に見せられた景色のせいか、どうしても暖色に染まった浜辺が印象を強くしているのだ。
 ――岩ばかりの海岸。
 ――世界を染めていく夕日。
 ――やがて訪れる闇だって、決して怖ろしいものではなかった。
(「でも、でもね」)
 逆説の接続詞が重なったのは、『コレ』が自分の思い出かどうかコノハ自身が分からないせいだ。
(「この目で、見た?)
(「あの人に繰り返し聞かされた故の、ただの空想?」)
 表には顔色ひとつ変えず、コノハは胸裡でのみ首を傾げる。
 あらゆる意味で曖昧すぎる思い出だ。果たしてこんなモノで、料理は出来るのだろうか。
 過った不安に目線を上げると、ちょうど竹皮の包みが手元に置かれるところであった。
 どうぞ、と掌で促され、コノハは緩く縛られた藁を解く。
「――」
 現れたのは、何の変哲もない白いばかりの握り飯だ。海苔が貼られていないどころか、胡麻も振られていないし、沢庵さえ添えられていない。
 唯一、目を惹いたのは、その形。オーソドックスな三角ではなく、より手作り感が増す――と同時に、一切の角が取られた俵型。
 摘まみ上げた感触は、固すぎず、柔すぎず。冷えすぎず、熱すぎず。
 かぷと齧りつくと、味は予想通りの曖昧さ。
(「だって、思い出そのものが曖昧だものネ」)
 それでもコノハは、はぐりはぐりと塩おにぎりを食し続ける。
 美味いわけではない。不味いわけでもない。言葉で表せる特徴はない――だのに。
(「なんだかとても懐かしいの、不思議だネ」)

 押し寄せる感慨の出処さえ、コノハは知らない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸櫻沫

あら、リル
屋台ですって!
思い出の味……そうねぇ、何かしら
まず、思い浮かべたのは柘榴―『ひとの代わりに柘榴をおたべ』なんて師匠が私にくれた果実
もう一つは……
私、おはぎが食べたいわ
昔、何時ものように父上にしこたま怒られて泣いてた私の為に師匠が作ってくれたおはぎ
不格好で、けれど甘さも柔らかさも私の好みピッタリだったそれ

目の前に現れた素朴なそれを食む
噫、懐かしい
私の為だけに作られたそれが
甘さが、その想いが
とっても嬉しかったの
追憶の記憶は、甘くて
塩っぱい、泪の味
けれど胸が暖かいのもほんとう

気ままなヨルが羨ましいわ!
揶揄ってから
リルを撫でる

でも今は
リルが作った煎餅みたいに硬いクッキーが食べたいわ!


リル・ルリ
🐟櫻沫

思い出の屋台か
過去を思う

常闇
水槽の中
座長の私室――僕用のバスタブ
座長…とうさんが横に座る
今日の舞台でよく歌えた事を褒めてくれて
この時だけ見せる素顔の笑顔

ご褒美だといつもくれるんだ
熱く蕩けてほろ苦いそれ
僕はそれをとうさんと飲むのがすごく好きでね

僕は、しょこらしょーが飲みたいな

一口飲み込む
甘い、苦い、熱い―けれど僕が火傷しない温度
不器用な優しさ
胸の内にかれの笑顔が咲く
僕の大事な想い出だ
無くさないようにしまっておこう

ヨルは焼いたお魚を食べてるよ
撫でられれば甘えるように頬を寄せる

もう!今度はちゃんとできるよ!
じゃあ僕は
君が作った、ホットチョコレートが飲みたい

僕らは思い出を糧に、前に進むのだから



●遠い日の櫻
 まず思い浮かべたのは、柘榴だった。
『ひとの代わりに柘榴をおたべ』
 音のみならず口調まで蘇った師匠の言い回しに、誘名・櫻宵(貪婪屠櫻・f02768)は頬を弛める。
 けれど柘榴は果実、料理ではない。
 それなら、と櫻宵は自身の裡へ形無き手を伸べ、ゆったりと記憶を漁る。
 ――そうだわ。
 嗚呼、と転げ出た息に、仄かな甘さが香った。
(「そうよ、おはぎ」)
「おはぎがいいわ」
 閉じていた目を開き、うっそりと細める。焦点が定まるのは、やはり師匠といた頃。
 ――昔、何時ものように父上にしこたま怒られて。
 ――私ったら、泣いて、泣いて。
 ――そんな私の為に、師匠が作ってくれたのよね。
 ふ、と。櫻宵の唇がまろやかな弧を描く。遠い、遠い、遠い日の出来事なのに、味わいまではっきりと思い出せた。
 作り慣れているとは到底思えぬ、不格好なおはぎ。だのに、甘さも、柔らかさも、櫻宵の好みピッタリだったおはぎ。
(「師匠……」)

●遠い日の人魚
「僕は、しょこらしょーが飲みたいな」
 ゆら、ゆら。
 風に吹かれるみたいに、月光ヴェールが瞼の裏に揺れている。
 まるで暗示にかけられるみたいだ、と馴染みがあるのにも程がある光のゆらぎの向こうに、リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)は常闇を視た。
 だが底のない闇ではない。
 意識を集中すると、そこが水槽の中であるのがわかった。
(「座長の私室――僕用のバスタブ」)
 思い出す。
 ――座長。
 ――……とうさん。
 とうさんが、横に座る。
 横に座って、今日の舞台での歌を褒めてくれる。
 よく歌えたね、と。この時だけ、素顔の笑顔を見せてくれる。
(「そして、ご褒美だといつもくれるんだ」)
 ――熱くて、蕩けて、ほろ苦いそれ。
 ――僕はそれを、とうさんと飲むのがすごく好きだった。
(「……とうさん」)

●櫻と人魚と企鵝の今
 飾り気のない木製の皿に乗せて提供されたおはぎは、不格好でこそなかったが、素朴な味わいだった。
「噫、懐かしい」
 一噛みごとに、色褪せぬ記憶が波のように押し寄せる。
「私の為だけに作られたそれが……甘さが、その想いが、とっても嬉しかったの」
 ――甘い、ばかりではない。
 追憶の中にあるおはぎは、確かに甘かったけれど、僅かに塩っぽい――泪の味。
(「でも、胸が暖かいのもほんとう」)
 今の自分はとても穏やかな顔をしているのだろう。
 食い入るように見つめていたかと思うと、甘く溶けたリルの笑顔に櫻宵は確信する。
「そうか、櫻もうれしかったんだね」
 櫻『も』ということは、リルも嬉しかったということだ。
 月白のマグカップを両手で包み込んだリルは、鳶色の液体を一口分だけ喉へ流し込む。
 ――甘い。
 ――苦い。
 ――熱い。
(「けれど僕が火傷しない温度」)
 憶えているのと寸分たがわぬショコラショーには、不器用な優しさまで再現していて、リルの胸には『とうさん』の笑顔が咲く。
「リル?」
 歌うみたいに問い掛けてくる櫻宵に、歌うのは僕の方なのに、なんて思いながらリルは頷き返す。
 大事な大事な思い出だ。無くさないように、きちんとしまっておこう。
 語り合わずとも通じ合う意は、これまで櫻宵とリルが過ごしてきた時間と、紡いできた絆の証。
 ヨルの存在だって、その一部だ。
「ね、ヨル」
 いっちょ前に焼いた魚を突いているヨルの頭をリルが撫でれば、飛べない羽をぱたぱたとばたつかせたペンギンの雛は、甘えるようにリルに頬を寄せる。
 いつもなら、櫻宵が独占欲を燃やすシーンだ。しかし此処は凄腕の店主が商う屋台のカウンター。そして今の櫻宵は、ヨルの対抗心くらい丸っと飲み干せるくらいに心が満たされている。
「まったく。気ままなヨルが羨ましいわ!」
 揶揄いだって、リルを撫でる口実。
「え、櫻もお魚、食べたかったの?」
「違うわよ! 今食べたいっていえば、リルが作ったお煎餅みたいにかたーいクッキーよ!」
 恍ける愛しい人へは、甘い悪戯を。ぷくんと膨らんだ頬さえ可愛らしいのだから、櫻宵はもうお手上げだ。
「もう! 今度はちゃんとできるよ!」
 そしてリルが繰り出す反撃も、甘く、甘く。
「じゃあ僕は、君が作ったホットチョコレートが飲みたい」
「お安い御用よ♪」
 二人と一匹の後ろには、店主に腕を振るわれたい人や妖が、まだ列を作っている。ならばここは早々に退散して、互いが互いを思って台所に立つのもいいかもしれない。
「ご亭主、美味しかったわ」
「ありがとう!」
 席をたつ二人に合わせ、ぴよっとヨルも頭を下げて。あとは一目散に自分たちの現世を目指す。
 過去は、過去。
 思い出は、思い出。
 されど人は、思い出を糧に前へと進む。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

高塔・梟示
仕事も無事終わったし
寄道しても罰は当たるまい
いい町だった…縁があればまた訪れたいな

折角作って貰うのに申し訳ない
食が細くてね
イラクサのスープは出来るかい?

器を持って、誰もいない車両へ
分ち合う相手のない思い出だ
独りで味わいたい


人を愛したことに後悔はないが
彼女の決断と、結果としての死が
ずっと心残りで

…思い出が暗く染まったのは何時からだ?
幸せな日々を如何して忘れたのか

もう味は分らないが
料理が得意じゃない君が
春になると作ってくれた、これなら
きっと知らず、自分で掛けた呪いも解けるだろう

忘れることは出来ない
だが影を引き摺るのはもう止めだ
…可笑しいな、笑顔が瞼に浮かぶよう
君は俺の光だったよ
さようなら、愛しい人



●イラクサの棘
 右肩をぐるりと回した高塔・梟示(カラカの街へ・f24788)は、やれやれと一息を吐く。
 無事に仕事が『終わった』お陰か、心なしか身体が軽い。24時間365日、不眠不休のワーカーホリックを自覚する梟示にとっては、稀有な余暇だ。
 多少の寄り道をしたところで、罰が当たることはあるまい。果たして罰を下すのが誰なのか、そも『余暇』というものに梟示が耐えられるかは不明だが。
 ともあれ、梟示はぶらりと人波に紛れた。
 人情味のあるよい町だった。縁があれば、また訪れたいとも思う。その縁が、仕事に紐づかない限り現実化しないだろうことは、梟示の仕事馬鹿ぶりを鑑みれば至極当然。
 それでも、再訪を望めるくらいに、町の印象が仕事に埋もれなかったことは上々だと言えよう。
 興味に任せ、件の屋台も訪れた。
 白い頭巾で顔を隠してはいるが、店主の人の好さは所作の端々に透けて見えた。
 思い出を料理に変えるくらいだ。人心の機微に敏いのだろう。そう思うと、自身の食の細さが申し訳なくなり、梟示は注文より先に詫びを口にした。
 ――折角作って貰うのに、申し訳ない。
 事情を説明すると、かまわないよ、と朗らかな応えが寄越された。ますます上がった好感度に、梟示は躊躇わずに思い出の味を強請っていた。

「……」
 他に誰もいない一人きりの車両で、梟示は白く平たいスープ皿を前に、明るい色味の髪を無造作に掻き混ぜた。
 もし皿の内が鏡面だったなら、きつく眉根を寄せた男の貌が映ったに違いない。されど鮮やかな緑色をしたスープは、何の像も結ぶことなく、仄かな湯気を上げるばかり。
 木製の匙で一掬いし、とろりと更に戻した緑は、イラクサのスープだ。
 ――人を愛したことに、後悔はない。
 されど『彼女』の決断と、結果としての『死』が、心残りとして梟示の胸に見えない棘を刺している。
 まるでイラクサのようだ。
 茎や葉の表面に、イラクサは極めて細い棘毛を持つ。そして不用意に触れば、驚くほど鋭い痛みを与えてくるのだ。
(「でも、君は。料理が得意じゃない君が」)
 ――思い出が、暗く染まったのは何時からだろう?
 ――幸せな日々を、如何して忘れてしまったのか。
(「春になると、必ずこのスープを作ってくれた」)
 掬って、戻す。幾たびも逡巡を繰り返しながら、梟示は自らに問いかけた。
 何故、何時、如何して自分は彼女との日々を呪いに変えてしまったのか。
 彼女と過ごした時間は、決して不幸なものではなかったはずなのに。
 全ては結末に引き摺られている。当然だ、そういう終わり方だったのだ。しかし塗り潰してしまうのは、おそらく違う。
 もう熱くもないスープに、ふぅと息をかけ、梟示は意を決して匙を口元まで運ぶ。
 掬い上げたのは、匙の先端で事足りるくらいの量だ。だが、今はもう味さえ覚えていないこのスープなら、知らず自分に掛けてしまった呪いを解いてくれる――それは、確信。
「……」
 匙を傾けると、優しい味が舌の上にじんわりと染みた。
 活力が湧いて来たように感じるのは、高いらしい栄養価のせいだろうか。いや、理屈は要らない。
 ――忘れることは、できない。
 いつまでも痛みを訴えていた棘が、するりと抜ける。そういえば、イラクサの棘毛も、茹でれば簡単に抜けると聞いたことがあった気がする。
 ――だが影を引き摺るのはもう止めだ。
「……可笑しいな」
 あれほど躊躇っていたのが嘘のように、梟示は皿と口を匙に往復させる。しっかりと味わおうと目を閉じると、瞼に笑顔が浮かぶようだった。
 ――君は、俺の光だったよ。
 誰と分かち合うつもりもなかった思い出も、今は過去形だ。仕事に溺れながらも前に進む梟示には、絶対に戻れぬ場所。
 だから――。
「さようなら、愛しい人」

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒門・玄冬
母様(f02167)と
消えた夢魔の影と、店主の声に安堵する
流行には疎いのだが…
眼に留まったエッグタルトとお茶を頼む
頂戴します、と礼を述べ受取り
判りましたと後へ続く

母さんの、それは?
問いかけ語られた父の姿を僕は知らない
けれど揚々語る声はどこか寂しげで
それだけ、揺るぎのない絆がある事を感じる

良ければ此方も半分、如何ですか?

僕にとっては遠い昔
夢見る事に疑いすら持たずに居た別離の以前
貴方に作り方を教わった、エッグタルト
丸いパイ生地の上で香ばしい焼きめをつけた
黄身色のカスタードの素朴な甘さが
疲労した手足に沁みた

胸を揺さぶる郷愁と温かさ
これがそうだとするなら――
許されざる我が身なりに
返したいと望んでしまう


クリストフ・ポー
玄冬(f03332)と
やぁ、主人!雲呑麺を一つ頼むよ♪

待つ間にアンジェリカをトランクへ眠らせて
玄冬
折角だから向き合ってさ
親子水入らずの食事といこう

おぉっ!
本当に不思議と懐かしい味だ♪
ぷりぷりフワッフワの食感がいい
正しく、雲を呑むだ☆

うん、これはね
君のパパとよく食べたのさ

あの頃は僕もまだ若かったから
家出して
先々で旅費を稼ぎながら
色々な場所を巡った
で、まぁ…対立とか色々あって
あの人とも
大喧嘩になっちゃったりさ

でもお互いがボロボロな時も
あの人と一緒に食べる食事は
どんなに食べ飽きたものだって
不思議と美味しかった…

今は君や
家族達ととれる食事が
僕にとっては代えられないものなんだよ?

唯一無二
でもどちらも愛さ



●正転
 ――世界が、戻った。
 握り込んでいた浅黒い手をそっと開き、黒門・玄冬(冬鴉・f03332)は『今』を噛み締める。
 感覚も意識に合致している。大丈夫だ――そう安堵に胸を撫でおろした途端、その細腕具合からは想像しがたい力に、玄冬は腕を引かれていた。
 ――玄冬、何を呆っとしているんだい? ほら、行くよ♪
 ふわりと弾んだ黒髪は、言う間でもなく玄冬の母であるクリストフ・ポー(美食家・f02167)のものだ。
 何時の間にやらアンジェリカをトランクへ眠らせたクリストフは、おそらく他者の目には珍しいだろう『母親』の顔で、大きく育った息子を件の屋台へと誘う。
 少なくない人数が列を作っているが、店主の働きぶりが良いのだろう。あっという間に迎えた自分たちの番に、クリストフは迷いなく朗らかに一択、玄冬は流行り廃りに疎いながらも惑いつつオーダーを決めた。
 そして肝要なのは、思い出を胸に描くこと。
 原理の程は定かではないが、お目当ての逸品が仕上がるまでの時間は、思い描く間とぴったり同じ。
 然して親子は、賑やかさから少し離れた赤い車両で向かい合い、親子水入らずの食事の幕を開ける。

●『家族』の時間
「おぉっ! 本当に不思議と懐かしい味だ♪」
 運ぶ間を経ても熱々の湯気を立てる丼から、レンゲで掬い上げた雲吞をちゅるりと口に含んだクリストフは、左手を頬に遣って目尻を下げた。
「このぷりぷりフワッフワの食感がいいんだよ。正しく、雲を呑む、だ☆」
 記憶そのものを再現したかの如き雲吞麺に、クリストフはご満悦だ。だが、一人で食べ進めることはせず、借り受けておいた椀に玄冬の分もよそい分ける。
「母さん、これは?」
 箸で器用に雲吞を摘まみ上げる息子の様子にクリストフは目を細め、レンゲを丼の横にそっと休ませた。
「うん、これはね。君のパパとよく食べたのさ」
 ――パパ。つまりは、父。
 あまり耳に馴染まぬ単語だ。だが玄冬は母の言葉に耳を傾ける。
「あの頃は僕もまだ若かったからね。家出して、先々で旅費を稼ぎながら、パパと一緒に色々な場所を巡ったものだよ」
 玄冬へ微笑みかけてはいるが、クリストフの眼差しは此処にはない。見つめているのは、遠い思い出の中の時間。
「それは楽しかったさ。でも、まあ……対立とかも色々あって。あの人とも大喧嘩になっちゃってさ」
 クリストフの口振りは、意気揚々として淀みがない。思い出す記憶が、今も色鮮やかな証だろう。
「でも、お互いがボロボロな時も。あの人と一緒に食べる食事は、どんなに食べ飽きたものだって不思議と美味しかった……」
 それなのに、どこか寂し気に玄冬の耳に響いた。
(「それだけ、揺るぎのない絆があったということ……」)
 知らぬ父の姿と、隣に並ぶ母の姿を想像し、玄冬は複雑な想いが綯い交ぜになった笑みを目元にのみ表わす。
 これ以上、母に語らせるのは、もしかしたら酷かもしれない。だとすれば、次は己の番。
「母さん。此方も半分、如何です?」
「……これ、は」
 玄冬が差し出した半月に、クリストフが目を見開く。
「そうです。貴方に作り方を教わった、エッグタルトです」
 玄冬にとっては遠い昔――長命な母にとってはつい最近のことかもしれない――、夢見る事に疑いを持たずに居た『別離』以前の出来事。
 思い出から創り出されたエッグタルトは、丸いパイ生地の上で黄身色のカスタードクリームが香ばしい焼き目をつけていた。
 真ん中から半分にしたから、端はほろりと崩れているが、食す分には問題ない。おススメだという和紅茶と共に頬張ると、素朴な甘さが舌の上から全身へと沁み渡っていく心地だ。
(「……疲労が、癒される」)
 かつて習い、自ら作ったものと同じ味に、『どちら』とも知れぬ疲れが抜けていくのを玄冬は感じる。
(「これ、が。……これが、胸を揺さぶる郷愁と温かさ、だとするなら――」)
 ――返したい。
 ――許されざる我が身なりに、そう望んでしまう。
「玄冬?」
 押し黙ってしまった息子の心の内を読んだようなタイミングで、クリストフが柔らかく口を開く。
「僕は今、君や家族たちととれる食事が何物にも代えられないものなんだよ?」
「……母さん」
「唯一無二。でもどちらも愛さ」
 クリストフの弁に偽りはないのだろう。無償の愛が溢れた赤い眸に、玄冬は頷きを返し、残ったエッグタルトを食べ尽くす。
「母さん、少し手伝ってもらえますか」
 言って荷物の中から二本の桜簪を取り出した玄冬に、「お」とクリストフは目を丸くする。
「――もしかして?」
「違います」
 色っぽい話でも想像したのだろう母の先を制して、玄冬は童鬼が盗んだものだと説く。
 さすれば察しの好い母は、緋と紅の揃いの簪におおよその当たりをつけた。
「さしずめ姉妹のものってとこだね。成程、これも家族の逸品かな」
 ならば探し出して返しに行かぬわけにもいくまいと、クリストフも雲吞麺を最後まで平らげ、席をたつ。
「玄冬、目星はついているのかい?」
「出くわした町並は覚えていますので、だいたいは」
 二人きりで過ごした列車を後にし、クリストフと玄冬は赤提灯の町並へ再び繰り出す。
 迷路でなくなったそこで過ごす時間は、あと僅かだろう。けれども『親子』の時間はこれからも続いていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

筧・清史郎
伊織/f03578と

思い出を調理する屋台か
さて、何を頼もうか
存分に味わおう

思い返すは、彩のお宿でいただいた食事
あの時、俺が苦手なトマトと伊織の白玉小豆を交換して貰ったが
あの白玉小豆はとても美味だったからな
是非伊織にも食べて欲しいと思っていた
それに、菜花の先付に春野菜の前菜、独活のかき揚げや山菜天麩羅、筍の炊込みご飯
春野菜の贅沢なお膳を再び味わえればと
…勿論、俺のトマトは最初から白玉小豆にと
あの時は食べられなかった甘味三昧も共に頼めれば
おお、桜餅
甘い物は別腹、だからな(微笑み

美味な食事や甘味も、楽しい思い出も、全て友と確り噛み締めて
またこれからも沢山、美味で愉快な思い出を作ろう、伊織(乾杯し笑み


呉羽・伊織
清史郎f00502と

一仕事後の宴は毎度至福
しかも此処は腹も好奇心も楽しく満たされそーで―ああ、心行くまで目一杯腹一杯に!

懐かしむ時間も食事も本当思い出深く味わい深く―注文も箸も止まりそーにない程色とりどり
あ、彩といや確かに!
料理も風景も見事だったな
ならオレも是非乗っかろう!
清史郎の記憶に其程残る白玉小豆とか期待大だな(トマト抜きに笑い)
そこに楽しい思い出って最高の材料も加わるとなりゃ格別だ
甘味三昧も上等―寧ろ贅沢三昧だな!
(そーいや彼処にもまた桜が在ったな―と目を細めたら、おまけに桜餅まで!)

心に話に花咲かせつつ堪能すれば全てが極上
ああ清史郎、振り返るも踏み出すも一層彩豊かな楽しい日々に
乾杯!



 ――菜花の先付に、春野菜の前菜。
 ――独活のかき揚げ、山菜天麩羅。
 ――それから筍の炊き込みご飯。
 ――〆に欠かせぬ白玉小豆。
 ――加えて、可能であれば桜餅も。
 筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)と呉羽・伊織(翳・f03578)の口からつらつらと淀みなく溢れ出る春の品々に、屋台の店主は白い頭巾越しにもはっきり分かるくらいに呵々と笑った。
『お兄さんたち、健啖家だねぇ』
 屋台という場所柄的に、品をひとつに絞る客が多い中、清史郎と伊織の注文は珍しくもあったのだろう。
 だが店主に気分を害した様子はない。纏わる思い出を頭に思い浮かべてくれさえすれば、何の問題もないらしい――が、如何せんテーブルが狭い。
『ぱっと渡して、好きな列車に持ってってくれってのも大変だろうから、あれで待ってておくれよ。そしたら頃合い見計らって、運ぶからさ』
 そうして店主が仕草で示したのは、屋台の近くに留まった薄桜色の一車両。

●まだ見ぬ桜三昧へ乾杯を
 正方形の白の小鉢に盛られた菜花の先付は、降り散らされた黄色い花弁も目に鮮やかで美しければ、独特の苦みを残した味わいが春の先触れを感じさせてくれる一品だ。
 割った青竹に順序よく並べられた春野菜の前菜も、一種一種趣向が凝らしてあって、簡単に食べてしまうのを勿体なく感じてしまう。
「はは、今日は最初からトマトが入ってないんだな」
 若い緑を際立たせるには、添え物に瑞々しい赤はもってこい。故に過日は配されていたトマトが、今日は清史郎の器に乗っていないのに気付いて、伊織はカラリと笑う。
 思い出の始まりは、今年の初夏。二人で訪れたサクラミラージュのとある温泉宿。
 たいそう風情豊かな場所であったが、愉しむならば食事もと願う二人にお勧めされたのが、本日再現された春の御膳というわけなのだが。その折、彩として添えられていた生のトマトが問題の種。
 何と、各世界の食にも興味津々な清史郎が、生のトマトは苦手であったのだ。
 無理やり口に流し込まれるのは、トマトも不本意だろう。そこで伊織が、せっかくだからと清史郎の好物の甘味と交換することにして万事決着。
 とはいえ、その白玉小豆の美味かったこと美味かったこと。とくれば、機会あらばぜひ伊織にも食させたいと清史郎は常々思っていたのだ。
 斯くして訪れた好機。同じ轍は踏むまいと、清史郎は思い出の中でもきっちりトマトを避け、万難を排した春の御膳を手に入れた。
 更にはあの時は食べられなかった甘味三昧として、桜餅も追加して。
「それにしても、清史郎は本当に甘味が好きだな。次から甘味大王と呼ぶか?」
「甘味の大王か……ふむ、悪くない」
 菜花以上に香りが強い独活を使ったかき揚げの、爽やかな食感を楽しみながら清史郎と伊織は温泉宿で過ごした時間に思いを馳せる。
 料理も、風景も見事だった。桜の憂いも、晴れた。
(「そーいや彼処にもまた桜が在ったな」)
 捲る記憶の頁に咲いた花に、伊織が目を細める。きっと同じことを思い出していたのだろう、清史郎の口元も和やかな弧を描いている。
 今日もまた、迷路の町で桜に出逢った。けれど今日の桜はそれだけではない。桜餅もそうだし、この車両そのものもそうだ。
 椅子だけでなく、テーブルが配されたそこは、食堂車。レトロな木目調の壁や椅子の背もたれには、桜の透かし彫りが施されている。
「桜三昧だな」
 軽く塩をふったタラの芽の天婦羅を咀嚼し終えた伊織が頷くと、ちょうどおこげを頬張ったところだった清史郎が筍の炊き込みご飯の碗を置く。
「色々な桜があるものだな」
 二人でどれだけの桜を見ただろう。
 そして、これからどれだけの桜を見るのだろう。
「勿論、桜だけではないがな」
 前へと垂れた髪の一房を、優雅な仕草で後ろへ流した清史郎の未来を視る瞳に、伊織が「甘味も大事ってか?」と付け加えると、寄越される応えは「違いない」という是。
 一頻り、笑う。
 見交わし、笑い合い、食事を共にし、思い出も共にする。
「なるほど。これが清史郎の惚れ込んだ白玉小豆か!」
「美味だろう?」
「――間違いない」
 硝子の器に盛られた白玉小豆は、木の匙で食したせいもあってか、驚くほどの柔らかな食感と甘みで、全身が春の陽だまりに抱かれるようだった。
 念願だった桜餅だって言わずもがな。桜の葉の塩漬けがまたいい塩梅で、口の中いっぱいに春が香った。
 楽しい思い出という最高の材料から作られた食事は、最初から格別が約束されたようなもの。また、二人が今を心底楽しんでいるからこそ、味わいは深くも広くもなってゆく。
 ――と、そこへ。
「甘味三昧、桜パフェの追加だよ」
「「!!!」」
 ひょこりと現れた店主が差し出した新たな一品に、男二人の顔には春爛漫の笑顔が咲く。
 銀色のデザートカップにうずたかく盛られた桜色のソフトクリームの周囲には、桜の花弁型に整えられたホワイトチョコレートとウエハースが散りばめられ、桜色のマカロンもトッピングされている。
 透けない器だから、食べ進めた先は未知だが、ソフトクリームの下にもゼリーやブラウニー、フルーツが隠されていることだろう。
「どうだい、全部食べ切れるかい?」
 食後のデザートにしては大きすぎる甘味に、多少やり過ぎたかと店主が憂うが、そこは甘味大王とその友人。
「甘味は別腹、だからな」
「そうそう、心配ご無用だぜ」
 春の御膳に、甘味に、友に。極上な一時に、心にも話にも花が咲く。
「またこれからも沢山、美味で愉快な思い出を作ろう、伊織」
「ああ清史郎、振り返るも踏み出すも一層彩豊かな楽しい日々に」
 ――乾杯!
 伊織がとった音頭に、食後酒の杯は汽笛のように軽やかに歌い響いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年07月23日


挿絵イラスト