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悦楽と後悔の対峙の果ては

#ダークセイヴァー #同族殺し #復讐譚

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#ダークセイヴァー
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#同族殺し
#復讐譚


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 ――嗚呼、どうして。
 どうして私達は、これ程の惨禍に巻き込まれたの?
 不意に姿を現したその少女の問いかけにメイドの女達がこう答える。
「全ては、我等が主のため」
「我等が主の幸福の為に、人間がその命を捧げる事。それこそが、あなた達全ての幸福なのです」
 泣いている。
 目前でそう告げるメイド型の美女達が、恍惚とした表情でそう泣いている。
 ――私は……私達は。
 間違っている、のだろうか。
 あの御方が犯したその罪の全て自体が、私達の本当の幸福なのだろうか。
(「そうかも知れない……それでも」)
 私は、絶対に許せない。
 私……私達から全てを奪った、お前の事を。
 だから、私は……。
「私の望みを、必ず叶えて見せるから」
 そう、呟いて。
 全身に焔を纏った少女は、美女型メイドたちと対峙する。
 かの領主の手慰みによって、嘗て少女『達』がいた村の痕……血と死の臭いを、その身に纏う、そのままに。


「……同族殺し、か。だが、こいつは……」
 自らの目前に視えた光景に鋭く目を細めて。
 グリモアベースの片隅に控えていた北条・優希斗(人間の妖剣士・f02283)が皆、と何時の間にか集まっていた猟兵達に囁きかけた。
「ダークセイヴァーのある地方を支配する、領主とその領主を殺すために動く同族殺しの事件が予知されたよ」
 同族殺しに襲われる領主は、既にダークセイヴァーにあるいくつかの里や村の人々を、時に篭絡し、或いは気まぐれに滅ぼし、今、この領主が領主として君臨しているその場所に併呑した、この世界が猟兵達によって発見されるよりも以前から活動を続けていると思われるオブリビオン。
 同族殺しは恐らく、併呑された土地の一つの嘗ての支配者だったのではないかと思われるが……。
「どうにもそれだけじゃない、何かを背負っている様な感じがするんだ」
 とは言え、この同族殺しが、何らかの理由で狂える存在と化した事実は変わらない。
 その様子を伺い、過去の記憶を辿ることはできるかもしれないが……。
「それでも、その少女を救うことはできないだろうね」
 ――魂についてまでは、分からないけれども。
 そう小さく告げた後、優希斗がどちらにせよ、と溜息を一つ吐いた。
「この領主を先に滅ぼすことが出来れば、その間に同族殺しの少女は消耗するだろう。その後その少女の喉元に刃を突き刺してやるか、それともそれまでに彼女から得た情報を基に少女との対話を試みるかどうかは、皆次第だ。……対話の仕方によっては、皆に見えてくる光景が、また違ってくる可能性もあるからね」
 そこまで告げた所で、軽く頭を一つ振る優希斗。
「まあ、確実に言える事は、少女にどう対処するのかはさておき、この少女が狙っているオブリビオン……『ロイ』と言うそうだが……こいつを骸の海へと還す機会は、今しかない、と言う事だ。だから皆……どうか、宜しく頼む」
 その優希斗の呟きと共に。
 放たれた蒼穹の光に猟兵達が包み込まれ……そして、グリモアベースを後にした。


長野聖夜
 ――飽くなき欲望の、その果てに。
 いつも大変お世話になっております。
 長野聖夜です。
 ダークセイヴァーシナリオを一本お送り致します。
 今回は、ダークセイヴァーのとある場所を支配しているオブリビオン及び、同族殺しの戦いに介入して頂きます。
 尚、プレイング次第ですが心情寄りになる可能性もある旨、予めご了承くださいませ。
 第1章及び第2章における同族殺しについては、プレイングが無ければ背景と化し、適度に消耗します。
 一方で、第3章迄の同族殺しへの接し方次第で、第3章の方向性が大きく変わる可能性が高くなりますので、その点、予めご了承下さい。
 尚、領主の館は戦う分には特に支障がない場所ではありますが、人の死体が妙に多く存在し、腐臭が漂っていたりします(ただし、その死体の群れの中に若い女性はほとんど見当たりません。第1章の戦場においても敵と同族殺し以外の動く女性は見つけられません)
 第1章のプレイン受付期間及びリプレイ執筆期間は下記の予定です。
 プレイング受付期間:OP公開直後~7月23日(木)13時頃迄。
 リプレイ執筆期間:7月23日(木)14時頃~7月24日(金)一杯。
 変更がありましたらマスターページにて告知致しますので、其方もご参照頂けますと幸甚です。

 ――それでは、どうかご武運を。
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第1章 集団戦 『人造ダンピールのメイド達』

POW   :    アナタ様の好みを教えてくださいませ
【誘惑の口づけ】で攻撃する。また、攻撃が命中した敵の【味と性格】を覚え、同じ敵に攻撃する際の命中力と威力を増強する。
SPD   :    氷炎魔剣陣…でございます
レベル×5本の【炎と氷】属性の【魔力を纏わせた魔剣】を放つ。
WIZ   :    フェアリーモードでございますわ
【背中にフェアリーの翅を生やす】事で【高速戦闘に適した状態】に変身し、スピードと反応速度が爆発的に増大する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
👑11
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種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

彼岸花・司狼
この同族殺し…知っていて知らない匂い、覚えがあるが初めて見る顔
奇妙な感じだが、分かる。
アレは故郷の、あの日の…後悔だ。

【目立たない】ように気配を殺しつつ【闇に紛れ】、同族殺しと周囲の死体を観察する。
観察中に敵が多く寄ってくるようであれば、気配を殺したままUCを発動し、敵の動きを【見切り】、重力で鈍くする。
同族殺しの攻撃範囲から外れるメイドであればそのまま離れていった後に刀で【暗殺】をしかけ、
同族殺しが片付けるようならバレないように適度に重力を緩めて放置。
重力で捕らえた敵が居なくなる度にUCは解除する。

故郷の仇を取るか、同郷の無念をとるか…どうしたものかね


ウィリアム・バークリー
同族殺し……同族をも手にかける狂ったオブリビオン。
『ロイ』という大領主を討滅するにはその力を利用する必要があるけど、『彼女』はせめて安らかに送りたいと「祈り」を捧げずにはいられません。

「全力魔法」でActive Ice Wall展開。『彼女』と仲間を、「オーラ防御」で強化した氷塊の盾で「盾受け」して守ります。

メイドか。行きつけの喫茶店に新しく採用された人のことを連想するけど、まあ関係ないですね!
Icicle Edgeで「範囲攻撃」。これでメイドを一掃します。

『彼女』の行動を氷塊が妨げないよう留意し、「コミュ力」で接触。
手伝います。あのメイドの主を滅ぼすんでしょう? その理由、伺っていいですか?


クライド・エント
「同族殺しか……色々と面倒な事情が有るんだろうが、先ずは目の前の奴からだな」

基本的に武器を用いた【切り込み】で接近戦を挑むぜ
相手の攻撃に対してはUCを発動して防御に徹する
相手が美人ってのもあって、ついつい誘惑に乗っちまうかも知れねえが仕事はこなすよう努力するぜ

「女、それも美人が相手ってのは気乗りし無いんだよな……、まあ何とかなるだろ」


護堂・結城
外道狩りに手段を選ぶ意味はないわな
状況・敵の敵・自らの力、全て利用し狩らせてもらおう

さぁて、外道殺すべし

【POW】

「どうせ命は惜しまんだろ、我が主の為と叫びながら、死にてぇ奴からかかってこい」

対誘惑の口づけに【咄嗟の一撃・結界術】でピンポイントに壁を作製
近接距離はこちらも十八番なんでね

敵が多ければ【カウンター】に氷牙を燃える大鎌に変化させ【怪力・薙ぎ払い・属性攻撃・範囲攻撃】
2,3体ならUCを発動【殺気・覇気・魔力溜め】で強化した一撃で体内から攻撃だ

「外道を殺せばいつかの過去が許されるとは思わん
…だがそれだけが残された俺の邪魔をするな」


トリテレイア・ゼロナイン
同族殺しの依頼は幾度目か
世界に牙剥く以上最終的に討つことは確定事項です

ですが一時なれど共闘する間柄
その狂気の訳を汲み取った上で討つ…それが騎士としての私の選択です

(UCを使用し同族殺しへ)
騎士として領主を討つ為、私はこの地を訪れました
一時の共闘を願えますか?

返答如何に関わらず邪魔せぬ距離を保ち戦闘
同族殺しの過度の消耗防ぐ為●かばい●武器受け●盾受けで攻撃防御
●怪力で振るう剣と盾で排除

手の甲ならいざ知らず、はしたないにも程があります
私(ウォーマシン)に通用するとお思いですか

…生前は違っていたのでしょう
そのお顔を見ればわかります

聞かせて戴けますか
彼女達に、この場の死者に
この地で何があったのかを


天星・暁音
ふむ…どういう意図があるにせよ
敵の敵は味方って訳ではないけれど、少しお話はしてみたいとこだね。話が出来るかは実際に会って見ないとだけど…とりあえず先ずは邪魔者の排除だねと言いたいけど…ここは援護に回っておこうか、同族殺しさんも援護するよ
回復して危なければ庇って、銃や銀糸での支援もしっかりとね
領主の方が本命な訳だし協力できるところは協力するとして…彼女の事は戦闘中もしっかり見ておこう。行動から分かることもあるだろうし…離せるなら理由も聞いてみたいね

同族殺しを若干優先しつつ味方の援護支援回復に努めつつ同族殺しの様子も目を離さずに観察して情報を集めようとします

アイテムスキルUCご自由に
アドリブ歓迎


館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携大歓迎
会話は知人以外最低限

…左肩の噛み傷が疼くな
あの時ほどではないが、おそらくここにいる領主は…

もっとも、仮に違ってもこの領主は捨て置けないが
この、死体の山は…

貴様らに用はない
用があるのは領主だけだ
さっさと道を開けろ!

【魂魄解放】発動
「ダッシュ、地形の利用」+高速移動によるヒット&アウェイ前提
「見切り、第六感」で魔剣の動きを察知しつつ
「2回攻撃、なぎ払い、衝撃波」で魔剣ごとメイドたちをなぎ払う
落とし損ねた魔剣の攻撃は「火炎耐性、氷結耐性、オーラ防御」で防ぎつつ黒剣で魔剣を叩き落す

同族殺しは最後には討つつもりだが
今は精々利用させてもらう
少なくとも俺と目的は一致しているからな


パラス・アテナ
連アド○

またきな臭い事件が予知されたね
ま、きな臭くない事件なんざほとんどないけどね

生憎アンタ達に興味はないよ
敵UCは接近戦だろ?
なら近づけさせなきゃいい
2回攻撃、一斉発射、鎧無視攻撃を併用して弾幕を
連携する猟兵達へ向かうメイド共の足を止める
マヒ攻撃を継続ダメージで積み重ね
援護射撃で動きそのものを遅くする
突破してきた敵は味方に任せる
間に合わない時はカウンターと零距離射撃で迎撃

敵の攻撃は第六感と武器受けで回避
無理なら激痛耐性と継戦能力で戦闘続行

同族殺しは協力もしなければ阻害もしない
ただし、こちらに牙を向くようならば同じ行動を同族殺しに向けるよ
アンタは後回しだ
話があるなら後で聞いてやるよ
聞くだけはね


文月・統哉
(敬輔からの手紙を手に
宿敵…そして同族殺しの少女か
これもまた運命の巡り合わせ、なのかな(苦笑

彼は彼女は戦いの先に何を得るのだろう
最後まで見届けたいと思う

少女の様子を観察情報収集
読心術でその心を感じ取る

少女にとってメイド達は同胞だろうに
その攻撃にはどんな想いが込められているのだろう
復讐の為に仕方なく?
いや、それだけじゃないように思う
同じ惨禍に遭った仲間だからこそ
領主による呪縛から解放したいのかもしれない

その姿は敬輔とも重なって

ならば俺も手を貸すよ
祈りの刃でメイド達を斬る
彼女達を吸血鬼とした領主の呪縛を断ち切ろう
嘗ての村を、村人達を想う彼女の願いに寄り添って
繰り返された惨劇をこの地で終わらせる為に


森宮・陽太
【SPD】
アドリブ連携大歓迎

同族殺し、ねえ
一体、この世界では何が起こっているんだろうな

ま、今はメイドさんには退場いただいて領主の所に向かうとするか
…領主に思うところがありそうな奴もいるしな

「高速詠唱、言いくるめ」から【悪魔召喚「サブナック」】
サブナックには最も負傷している者を「かばう」よう命じる
サブナックがメイドのUCを受けたら即刻コピーしてお返しだ
魔剣を食らってもらうのがベストだが…まあ都合よくはいかねえか

俺自身は攻撃を「見切り」ながら
獄炎を封じたデビルカードを背中を見せている奴に「投擲」
羽根を燃やして1体ずつ確実に落とす

同族殺しは見守る姿勢
普通は強い思いがなけりゃ、同族殺しに手は染めねえよ


真宮・響
【真宮家】で参加

何か事情があるようだね。その同族殺しにどんな事情があったのか・・・まずはこの子達の対処か、人造ダンピール、ね。・・・瞬、大丈夫かい?人造とはいえ、同胞だ。

敵は手数が多いようだね。真紅の騎士団の力を借りる。騎士団の突撃と共に【ダッシュ】で敵の輪に飛び込む。【衝撃波】で剣を迎撃しつつ、上手く近接出来たら【二回攻撃】【怪力】【串刺し】で攻撃。敵の攻撃は【オーラ防御】【第六感】【残像】で凌ぐ。同族殺しの挙動には注意しとくか。何かいわくありげみたいだからね。


真宮・奏
【真宮家】で参加

同族殺しの話は良く聞きますが、今回の同族殺しは何か事情がありそうですね。一種の迷いというものがあるような・・・瞬兄さん、人造とはいえ、目の前の敵は兄さんの同胞です。大丈夫ですか?

敵は飛び回るらしいですので、撃ち落してしまいましょう。高機動ゆえ、中々当たらないかもですが、数撃てば当たる、といった作戦で!!疾風の矢を発動、【衝撃波】【二回攻撃】で追撃します。【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【拠点防御】で同族殺しへの攻撃はなるべく受けるようにします。いずれ敵となるには間違いないのですが、反応を見る為、敢えてサポートする挙動をしてみます。


神城・瞬
【真宮家】で参加

・・・我が主の幸福の為、ですか。僕の父が相当変り者だったことを思い知らされますね。たとえ人間でも懐に入れるのを厭わなった人ですから。

同胞といえども、僕は人の命を護る側だ。僕はその意志の元に貴方達を倒す。

同族殺しの援護も兼ねて、飛び回る敵に向けて【高速詠唱】【全力魔法】【多重詠唱】【魔力溜め】で氷晶の矢で攻撃。更に【誘導弾】【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】【目潰し】【部位破壊】で追撃。敵の攻撃は【オーラ防御】【第六感】で凌ぐ。さよなら、同胞達。せめて止めるよ、その手が血で穢れる前に。




「同族殺し、ねぇ」
 領主の館の入口で。
 はん、と軽く鼻を一つ鳴らしながらの森宮・陽太の呟きに、全く……とパラス・アテナもまた、溜息を一つついた。
「また、きな臭い事件が予知された様だね」
「ああ、確かにちょっときな臭い感じはするね」
 パラスの溜息と呟きに軽く頭を振ってそう返したのは、真宮・響。
 その娘である真宮・奏もまた、そうですね、と軽く首肯する。
「同族殺しの話はよく聞きますが、今回の同族殺しには、何か事情がありそうな感じもありますしね。一種の迷いと言うか……そんな、よく分からない何かが」
「……まあ、色々と面倒な事情がありそうな感じは確かにするが、先ずはこの向こうにいる敵を叩きのめすのが先なんじゃねぇか?」
 奏の呟きに、軽薄な口調で答えたのはクライド・エント。
 クライドのその言葉に、そうですね、とトリテレイア・ゼロナインが首肯で返す。
「結局の所、世界に牙剥く以上、最終的に同族殺しの少女を討つことは確定事項ではありますが……」
「ますが?」
 トリテレイアの呟きに、ウィリアム・バークリーが軽く問い返すと、トリテレイアがそうですね、と機械音と共に語り続けた。
「ここの領主を倒すまでは、共闘する間柄であることも事実です。であれば……せめて私は、騎士として、その狂気の訳を汲み取りたい」
「……そうですね。ぼくも、少なくともこの同族殺しの『彼女』は、せめて安らかに送りたいと、思わずにはいられません」
「ふむ……確かにどういう意図があるにせよ、彼女と少しお話はしてみたいところでは、俺もあるね」
 トリテレイアと、ウィリアムの其々の呟きを耳にしながら。
 その体に刻み込まれた共苦の痛みから直に伝わる燃える様な激痛に苛まれつつ、天星・暁音が同意する様に首肯するのを横目にしながら、館野・敬輔が無意識に疼く左肩の噛み傷に触れる。
(「正直、あの時程ではないが……でも、恐らく此処に居る領主は……」)
「お前の宿敵と……それに同族殺しの少女、か」
 ポソリ、と小声で敬輔に囁きかけつつ姿を現したのは、その手に一通の手紙を握り締めた少年、文月・統哉。
「統哉か」
「ああ。手紙、ありがとうな。それにしても……これも、運命の巡り合わせって奴なのかね?」
 口元に苦笑を浮かべながら敬輔にウインクをして問いかける統哉を、さあな、と敬輔が一瞥する。
「敬輔さん……」
 その敬輔の様子を見て。
 何処か気遣わし気な表情を端正な顔立ちに浮かべながら、彼の肩を労わる様に叩いたのは、真宮・瞬。
 そんな瞬達の様子を少し遠巻きに見つめていた陽太が、傍にふっ、と音もなく姿を現した微かな気配に気が付き、驚いた表情で其方を見る。
「……驚いたぜ。何時からそこにいたんだ、銀髪のにーちゃん」
 何時の間にか自分の隣にいたその狼耳を生やした人狼の少年が、鼻をひくつかせているので問いかけると、少年……彼岸花・司狼は周囲の気配を、匂いを嗅ぐのをやめ、軽く頭を横に振った。
「少し前からいたぜ」
 小さく呟く司狼のそれに、そうかい、とパラスが軽く答える。
 パラスが軽くそう返すその間にも、、陽太は司狼を観察し続けていた。
 眼帯と髪に隠されたその瞳が何を思い、何を見つめているのかを感じ取ることは出来なかったが、鋭く辺りを観察する様にしているその姿から、剃刀の様に鋭い気配を漂わせているのに気が付き、どうやら、と内心で溜息を一つつく。
(「……敬輔だけじゃねぇ。どうやら、領主に対してこの銀髪のにーちゃんも、思うところがあるみたいだな。いや……それとも……?」)
 ――『同族殺し』、に対してか?
 懸念と疑問を陽太が抱くその間に、パラスも司狼から放たれるその気配をなんとなく察したか、まあ、と誰に聞かせるでもなく、独り言の様に呟いた。
「きな臭くない事件なんざ殆どないからね。今回の件もそう言った案件の一つって言った所だろう」
「だな。まっ、別に外道狩りに手段を選ぶ意味はないわけだ。どうせだし、状況・敵の敵・自らの力・お前達の力の全てを利用して、狩りつくさせて貰うぜ」
 パラスに同感、と言った様に頷いた護堂・結城の呟きが呼び水となったか。
 頑なに意を決した表情と化した敬輔が、統哉にその背を押される様に前に出て、同族殺しの少女が入っていったであろう開け放たれた扉の奥へと足を踏み入れる。

 ――瞬達、12人の猟兵と、共に。


 司狼達が領主の館に足を踏み入れた、正にその時。
「どうして私達は、これ程の惨禍に巻き込まれたの?」
 全身に白炎を纏った少女の切々とした問いかけに、ダンピールのメイド達が陶然とした表情で、両手を広げて、告げる。
「全ては、我等が主のため」
「我等が主の幸福の為に、人間がその命を捧げる事。それこそが、あなた達全て
の幸福なのです」
「……私達の、幸福?」
 メイド達の、その解答に。
 和服に身を包んだ人狼の少女が思わず、と言った様子で問いかけたその姿を認めた司狼が、不意にくしゃりと表情を歪めた。
「さっきからずっと思っていたけれど……この、同族殺し……」
 ――知っている様で、知らない匂い。
 ――その表情は、覚えがあるが、初めて見る。
「……銀髪のにーちゃん?」
 物思いに耽る司狼に、陽太が思わず、と言った様に問いかけている事に統哉も気が付き、少女と、少女を見つめる陽太の隣に立つ司狼の姿を見やっていた。
「司狼様。あの方について、何かご存知の様ですね」
 少女と司狼に交互に注がれる統哉の視線を、兜の面頬の奥に偽装された翡翠色の瞳の様なコアユニットの偽物……全環境適応型マルチセンサーで敏感に感じ取り、トリテレイアが礼を尽くしてそう問いかけると、司狼がただ、静かに頷いた。
 髪に隠れて表情は見えないが、それでも自分の考えや想いにまだ確信が持てない……そんな気配を纏っているのに気がつき、トリテレイアが内心で溜息をつく。
(「司狼様がこうと言う事でしたら、あの少女からも、お話を直接お聞きした方が良さそうですね」)
 そう胸中で結論付けるトリテレイアや、少女への支援も兼ねて、両手を重ね合わせて複雑な紋様を空中に描き出し、無数の青と若緑色の魔法陣を作り出すウィリアムの様子を意に介することもなく、敬輔が黒剣を抜剣する。
 同時に全身を白い靄に覆われ、その黒剣の刀身が不気味な赤黒い光を帯びていくのを確認しながら、周囲の死体の山と、漂う死臭・腐臭に、その瞳を鋭く細めていた。
(「これだけの、死体の山。それなのに、若い女達の死体はない。そして……俺
の、この左肩の傷の疼き……」)
「どうか致しましたか、お客様方」
 慇懃無礼な、その口調で。
 ステーシーと共に、此方を睥睨してくる無数の人造ダンピールのメイド達に、敬輔がくぐもった声で、貴様らに、と軽く唾を飲みこみながら静かに告げた。
「貴様等に、用はない。用があるのは、領主だけだ」
「残念ながら、これ程の武装した大人数の無礼者達の来訪を、我等が最愛の主は望んでなどおりませぬ。あの御方は、この村の人々に、永遠の幸福をお与えになっているのです。その邪魔立てをするというのであれば……疾く、お帰り下さいませ」
 あくまでも恭しく。
 けれども、何処までも慇懃に。
 そう答えるメイド達を、はっ! と嘲笑する結城。
「外道な御主人様を守る健気なメイドか。下らねぇ。御託は良いんだ。さっさと死にたい奴からかかってきやがれ」
「その言葉……そっくりお返しさせて頂きますわ……!」
 結城の挑発に猟兵達が退く気が無い、と悟ったメイド達が憤怒と覚悟の綯い交ぜになった表情でその背からフェアリーの翅を生やし、同時に無数の紅と蒼の魔剣を自らの周囲へと召喚し、全身をたわめる様に前傾姿勢を取る。
「……我が主の幸福の為、ですか。僕の父が相当変り者だったことを思い知らされますね。……例え人間でも、懐に入れるのを厭わなかった、あの人を」
 何かを堪える様に低く呟いている瞬の声を聞き取った奏が瞬兄さん、と六花の杖を構え、術式の構築のために集中する瞬へと気づかわしげな声で呼びかけた。
「彼女達は人造とは言え、瞬兄さんの同胞の様です。その……大丈夫、ですか?」
「ええ、大丈夫です。例え同胞と言えども、僕は家族を……そして人の命を守る側です。だから……」
 そう、呟いて。
 瞬がその翅を生やして高速移動を行い始めたメイド達に向けて六花の杖を突き出し、その先端に『氷』属性の魔力を籠めて巨大な薄水色の魔法陣を描き出し、叫ぶ。
「僕は……貴方達を倒す。僕自身の、その意志で」
「兄さん……わかりました。ならば……!」
 瞬の覚悟と決意の秘められたそれに奏が頷き。
 風の精霊達の力を集めたシルフィードセイバーを天空へと高々と掲げ鋭く叫んだ。
「私も、瞬兄さんを手伝います……! 『風よ、奔れ!』」
 高らかな、奏の叫びと共に。
 420本の翡翠色を帯びた魔法の矢が天空から降り注ぎ、更に地面と並走する様に、瞬の六花の杖の先端から、420本の薄水色の魔法の矢が放たれる。
 天と面を防ぐ様に解き放たれたそれらの矢の隙間を掻い潜る様に、高速でジグザグに駆け回り、それらの矢の猛攻を避けて肉薄してくるメイド達の進路を防ぐ様に。
「Active Ice Wall!」
「反応が鈍いよ、アンタ達。骸の海へさっさとお還り」
 ウィリアムが呪印を切り、パラスが、まるで魔法の様にその両手にグリップしたEK-I357N6『ニケ』と、IGSーP221A5『アイギス』の引金を引いた。
 ウィリアムが描き出した無数の氷塊の群れが、メイド達の高速移動を遮る様に猟兵達の盾となり、更にパラスの放った無数の銃弾……弾幕の嵐が、瞬と奏の矢を掻い潜ってきたメイド達を撃ち抜いていく。
「敬輔、統哉、結城、クライド。今だよ」
 EK-I357N6『ニケ』を連射モードに切り替えて銃弾を乱射し、IGSーP221A5『アイギス』に装填した電磁波弾でメイド達を絡め取る様にしながらのパラスの指示に応じる様に。
 白き靄を纏い黒剣を構える敬輔が凄まじい速度で肉薄し、その後ろから統哉と、クライドと結城がメイド達に向けて駆け出していく。
 奏と瞬の魔法の矢と、パラスの弾幕による援護を受けて肉薄していく敬輔達を見送りながら、響がちらりと、奏にはっきりと大丈夫、と告げた養子である瞬の方を微かに気遣わしげに見やった。
(「大丈夫、ね。……本当は大丈夫じゃないのかも知れないけれど、瞬も男だ。奏に対して、大丈夫って気を張るのは、当然と言えば、当然か」)
 心配を掛けまいとしているのか。
 それとも本当に大丈夫なのかは定かではないけれど。
 けれども……愛する息子のその意志を尊重する事を選んだ響は、それ以上瞬に何か特別な声を掛けることもなく、赤熱したブレイズランスを天空へと掲げて、張り上げる様に叫び声を上げた。
『さあ、アンタ達! 出番だよ!! 全力でやりな!!』
 響の、その叫びに応じる様に。
 響の周囲に現れたのは、84体の真紅の鎧に身を包み、赤熱した槍や剣で武装した、まるで不死鳥を思わせる騎士団達。
 84体の戦場を犇めく騎士団の先頭に立ち、自らの魂の如く赤熱するブレイズランスを突撃槍の様に構えて、戦場を残像を曳きながら駆け抜け、敬輔達と正面衝突しても、尚迫り来るメイド達を騎士団と共に纏めて貫かんと突貫する響。
 メイド達がその響の動きに気がつき、無数の氷と炎を帯びた魔剣で響を串刺しにせんことを望むが、それらには呼び出された胸に1と刻印された長剣で武装した騎士団員達が、大地と剣先を擦過させて衝撃波を発生させ、その衝撃で魔剣を叩き落とすことで対応している。
 それでも迎撃しきれない炎と氷の魔剣は、ウィリアムの呼び出した氷塊の盾が受け止め、それらの盾に熱が生じ、氷の氷面が溶け始めるが……。
「氷塊の盾を甘く見ないで下さい」
 告げて自らの魔力を、描き出した魔法陣に注ぎ込み、更に氷塊の盾をウィリアムが強化したその時、氷塊の下に影が生じた。
(「チャンス、だな」)
 その影を見て取った司狼が影狩人を翻し、氷塊の影を渡り歩きながら、周囲の死体と、少女達の様子を観察し続けている。
 丁度、クライドが踏み込みながら、大上段から振り下ろしたバスタードソードの一撃でメイドを袈裟に斬り裂き、響と紅蓮の鎧の騎士団達と正面衝突したメイド達の群れが、激しい剣戟の音と共に斬り結ぶ姿が確認できた。
 その死体達から漂う死臭と、まるで氷漬けにされたかの様に幸福そうな表情をした死体に見知った顔があることに気がつき、思わず目を逸らす様にしながら、軽く頭を横に振る司狼。
 と、此処で。
「手の甲ならいざ知らず、頬に口づけとは。はしたないにも程がございますよ」
 クライドの頬に触れる様にキスを一つしたメイドの姿を見たトリテレイアが窘める様に告げながら、儀礼用長剣・警護用でメイド達を斬るというより、叩き潰す様に振り下ろす姿を目撃した。
 そのトリテレイアを挟んで敬輔達から離れた位置に、メイド達に向けて踊る様な足捌きを披露しながら、その腕を白炎と化させてその腕を振るい、メイド達を焼き払う少女の姿を見つける。
(「あの白炎……あれはきっと……」) 
 息を殺し、姿を消したままに、少女の死角から周囲に展開した魔剣で少女を凍てつかせた後、焼き払おうとしていたメイドの首元に封狼刀を突き立てて止めを刺しながら、司狼は思う。
 ――あれは、朝を迎えるその時まで、決して消えることのない炎だろう、と。
「あの白炎に籠められた想い。あれは……」
 何処か憂いげな眼差しに、人々が底冷えする様な感情を宿してメイドを焼却する少女の面影と、白炎に籠められたその想いが、敬輔の隣で大鎌を振るって援護をしつつも、横目で少女の様子を時折伺っていた統哉の胸中に、何か苦いものを込み上げさせてくる。
 統哉の目には、その少女の姿は黒剣を下段から振り払い、白き靄を纏った衝撃波を解き放ち、メイド達を断ち切るオブリビオンへの憎悪に身を焦がす敬輔の姿と重なり合う様に見えていた。
 けれども……少女が抱いているであろうその想いの本質は、敬輔の抱く其れとは明らかに異なる側面があるだろうと言う奇妙な確信もまた、統哉の中に育まれている。
「なんだ? その想いは……」
 懸念を口にしながらも、少女の方へとサイドステップで接近し、更なる情報収集を続ける統哉。
 一方、敬輔達と少女達との絶妙な合間を埋める様に脚部格納型スラスターで滑る様に同族殺しの少女と肩を並べるトリテレイアが、メイド達からの口づけを叩き落とす様に重質量大型シールドを叩き込み、身を翻す様にして、儀礼用長剣・警護用を下段から撥ね上げる様に振るい、メイド達を叩き斬った。
「クライド様」
 そうしながらトリテレイアに問いかけられたクライドがあん? と軽く首を横に傾げる。
「何だよ?」
「少し、時間を稼いで頂けますか? 恐らく今のクライド様でしたら、この位の時間稼ぎは造作も無いことだと思いますので」
 そのトリテレイアの呟きに、クライドが軽く肩を竦める。
「まっ……良いぜ。正直女……しかも美人が相手ってのは気乗りしないが……時間稼ぎくらいだったら何とでもなるだろうよ」
 告げながら、クライドがユーベルコードを発動させる。
 其れと同時にクライドが全身の皮膚を硬化させた超防御モードとなり、メイド達からの口づけをその場から動かずに受け止めバスタードソードで切り返し、攻撃を仕掛けていく。
 クライドが引き付けているその間にトリテレイアは、自分達の刃によって斬り裂かれたメイド達を炎で周囲の遺体ごと、まるで弔うかの様に焼き払う少女へと問いかけていた。
「初めまして。私の名は、トリテレイアと申します。騎士としてこの地の領主……貴女が敵対する存在を討つため、この地を訪れました」
 トリテレイアの、威風堂々たる紳士然とした呼びかけに。
 それまで何かを思い煩う表情の儘に、メイド達を焼き払い続けていた少女が何処か心、此処に在らずといった黒い瞳で、トリテレイアの方を振り向いた。
「騎士様……?」
「然様でございます。私は、貴女様と目的を同じくする、魔を打ち払うべく現れた、御伽噺の中に出てくる辺境の騎士でございます」
 ――それは、集積していた情報を基に、極自然と口から出された、偽りの物語。
 最終的には彼女をも滅ぼすと言う真実を覆い隠す為、自らの身分を偽り、そうすることで信用を得ようとするトリテレイアに、少女がそう、と小さく頷いた。
(「……狂っていても、一応、話は通用する……そう言うオブリビオン、か」)
 トリテレイアの呼びかけに応じた少女の様子をその金の瞳に映し出し、星杖シュテルシアを大地に突き立て、自らの周囲をオーラで覆い、大地に光り輝く魔法陣を描き出した暁音が、共苦の痛みにその身を焼かれる様な痛みを絶え間なく感じながらそう思う。
 魔法陣から放たれた神聖なる光がメイドの口づけを受け、それに惚けた様な表情になったクライドに放たれ、彼の負傷と精神を癒していった。
「サブナック! 我が盾となりて、禍もたらす者に相応の報いを与えてやれ!」
 クライド達の戦況不利、と感じ取った陽太が朗々と叫びながら、小型拳銃型のダイモン・デバイスの銃口をメイド達に向けて突きつけ、その引金を引く。
 銃口の先端に獅子の紋様が刻み込まれた魔法陣が描き出され、そこから射出された獅子頭の戦士が咆哮を上げながら、姿を現した。
「サブナック! どうせだったらそいつらの周囲に浮かぶ魔剣を喰らえ!」
 陽太の叫びに応じる様にサブナックが咆哮し、ウィリアムが呼び出した無数の氷塊に突き立ち、その氷塊を解かそうとしていた魔剣に食らいつき、自らの意志でゴクリとまるで獲物を平らげるかの様に飲み込んだ。
 その様子ににやりと思わず口元に笑みを浮かべ陽太が叫ぶ。
「焼き尽くしてやれ、サブナック!」
 陽太の叫びに、呼応する様に。
 獅子頭の戦士が咆哮と共に、自らの周囲に氷の様に凍てついた刃と、燃えさかる炎を思わせる深紅の剣を召喚し、メイド達に向かって解き放った。
 回転したり、大地に水平に真っ直ぐに走ったりと、無軌道に放たれた345本の氷と炎の魔剣が瞬と奏の槍によって射貫かれ、動きを止めていたメイド達に突き立ち、クライドに袈裟に斬り裂かれたメイドのその身を逆袈裟に切り裂き、体内から紅蓮の炎を、或いは氷柱の様な氷の槍を生み出し、その内側から残虐に葬り去っていく。
 けれども、メイド達は決して諦めない。
 陽太達の猛攻を耐え凌ぎ、ウィリアムの呼び出した氷塊の盾を飛び越え、パラスの放つ銃弾の嵐に撃ち抜かれ、その動きを止めても尚肉薄し、今度は結城の方にフェアリーの翅で高速移動しながら、その唇で口づけを交わそうとする。
 だが……。
「おせえぜ」
 自らの唇へと近付いてきた無数の唇からその身を守る様に、小さくも強固な雪の塊を思わせる結界を張り上げて、結城がその攻撃を防いだ。
 それとほぼ同時に深く腰を落とし、対外道用戦闘特化狐、『雪見九尾』たる自身のお供の小竜、『紅蓮氷牙』を全体が炎の様に燃え上がる大鎌へと変形させて、舞踊の様に旋回させる。
 炎の旋風と化した結城の一閃にメイド達が一瞬で焼却されていき、肉が焼け焦げる嫌な臭いが、辺り一帯を支配していた。
「邪魔だ!」
 けれども、そんな嫌な臭いなど意にも介さず敬輔が白い靄を纏った斬撃の刃を解放し、大地を駆け抜ける様に走った三日月型の弧を描いた衝撃波が残されたメイド達の一部を跡形もなく吹き飛ばしている。
「……さっさと消えろ」
 そうしながら、敬輔が次の標的へと狙いを定めるその間に。
 戦場を埋め尽くすほどの氷塊の群れを召喚し、状況に応じて的確に盾に、或いは仲間達の足場にとそれを維持し続けていたウィリアムが、トリテレイアの騙りに微かに反応を示した少女に迫る炎と氷の魔剣に気がつき、咄嗟に右手の指を横一文字に振るい氷塊を移動させ、少女を守る盾にする。
 無数の氷塊が連結し、空中から降り注ぐ氷炎の魔剣からその身を守る盾にその身をも守られた少女が無機質な動作でウィリアムを振り向くと、ウィリアムはぼくも、と小さく呟いた。
「あのメイド達の主を滅ぼすために、此処に来ました。それは、貴女と同じでしょう? ですから、お手伝いますよ。ただ……出来ることでしたら、その理由を教えて頂けませんか?」
「理由……ですか」
 気配を殺しながら離れたところにいたメイドの心臓を一つきし、暗殺した司狼が、続けて『少女』とトリテレイア達、そして『少女』を狙うメイド達の動きを観察しつつ、ぽつり、と一人言を紡ぐ。
(「それは……きっと」)
「後悔が……あるから」
「後悔、ですか?」
 重質量大型シールドで、フェアリーの翅で上空を飛び回りながら、氷炎の魔剣を降り注がせてくるメイド部隊の猛攻から少女を護りつつ、トリテレイアが反芻する様に問いかけると、少女は只、言葉少なにそう、と小さく頷いた。
 ――と、その時だ。
 上空から此方に向かって急降下して次の強襲を掛けようとしたメイド達の全身に凄まじい重圧がのしかかり、そのまま彼女達を落下させたのは。
 死体達がクッションになったか墜落死したものはいなかったが、不意に起きたその出来事に、メイド達は動揺を押し殺せずに、そのままぐう、と呻き声を上げていた。
 そこから数十メートル離れたところに姿を現したのは……影の、怪物。
「そうですよね。だからあなたは……私にとって、そうなんです」
 ――知っている様で、知らず。
 ――覚えている様で、初めて見る。
 ――けれども……確かな既視感を感じる、そんな少女。
 即ち……。
「あなたは……あの日の、私の故郷の後悔、そのものなんですね」
 独り言の様に紡がれた其れは、小さく、聞き取りづらいものだった筈なのに。
 酷く敬輔の耳朶を打ち、敬輔が一瞬だが息を呑んだ。
 そして、その影の怪物と化した、司狼の独り言に少女が答える様に。
 その全身に纏った自らの体の一部を利用した白炎を天空へと掲げ、炎の雨として、降り注がせた。


 ――煮えたぎる溶岩の様に刻み込まれた、その風景。
 それは無数の死体達に点火して、遺体達を焼き滅ぼす。
 加えて更にそこに生み出された光景に、敬輔は目眩と吐き気を覚えた。
 それは、見覚えのある吸血鬼に誘惑された娘達が、愛される悦びに身を打ち振るわせ、その吸血鬼に侍る、そんな姿。
 そうして甘やかな愛を囁かれ、そのままその血を存分に吸い尽くされて干からびた死体となり、その次には吸血鬼として蘇る……そんなおぞましい、あの時自分が見たのとそっくりな、その光景。
「……っ! やめろ……やめろぉぉぉぉぉぉっ!」
 絶叫しながら其れを振り払う様に白い靄を纏った斬撃の衝撃波を叩き付ける敬輔。
「! 敬輔、落ち着け! これは幻影だ!」
 取り乱す敬輔を宥める様に必死に呼びかけながら、統哉が敬輔を守るべくその隣でクロネコの刺繍入りの緋色の結界を展開し、メイド達の炎と氷の魔剣を抑え込む。
 同時に統哉は、少女の……否、恐らく司狼という猟兵の滅ばされてしまった村の悲しみや、後悔……様々な負の感情が凝り固まって一つの意思を持ち、同族殺しと化してしまった彼女の胸中を思い、胸が引き裂かれる様な痛みに心を苛まれた。
 一方、暁音は、星杖シュテルシアに籠められた美しき月から差し込む、月光の様に神聖なる光を、自らのトラウマを抉る様なその光景を見せつけられて恐慌に叫ぶ敬輔の精神を癒しながら、目前に展開される夜が明けるその日まで、決して明けることのない炎の中に記憶として閉じ込められていた惨状を、何処までも冷徹な眼差しで見つめていた。
 ――納得が、出来たから。
 どうして自らの身に刻んだ共苦の痛みが、灼熱の様な痛みを自分に与え続けるのか……その理由を。
「あの同族殺しは……」
「あの影の獣と一時的に化した銀髪のにーちゃんの同郷……と言うよりは、その村で起きた惨劇や後悔の記憶が凝り固まった存在、って事なんだろうな」
 暁音が紡ごうとした言葉を引き取る様に。
 サブナックに、炎と氷の魔剣による攻撃を繰り返させ続けながら。
 苦虫を噛み潰した表情になった陽太がそう呟き、敬輔の背後に迫っていたメイドに向けて、紅に変化したデビルカードを投擲、そのメイドを焼き滅ぼす。
(「そりゃ、強い思いが無けりゃ同族殺しになんて手を染めることはねぇだろうが……こいつは敬輔にとっても、あの銀髪のにーちゃんにとってもキツすぎるぜ……」)
「胸糞悪いね、これは。戦争の中で見せしめのために民間人を虐殺する事はままあるが……ある意味これは、それ以上に惨いものだ」
 軽く溜息を一つ漏らす陽太の様子に気がついたのだろうか。
 パラスがフルオートモードの『ニケ』による無限の弾丸の嵐の中に紛れ込ませた『アイギス』に組み込んでおいた電子網を放出する電磁弾を上空に向けて射出して、メイド達を絡め取って地表に叩き付けながら、微かに顔を顰めて問いかけると、そうだな、と低く陽太が呻く様に囁き返した。
 ――そして、その間に。
「もう一つ、聞かせて頂いても、宜しいですか?」
 目前の、その光景を見つめながら。
 クライドや結城が抑えきれなかったメイド達から少女を守る様に、前に立ち塞がった奏に向けて高速で攻撃を仕掛けてくるメイド達を大剣で薙ぎ払い、時に十字型の印が刻み込まれた盾を叩き付けて吹き飛ばしながら、トリテレイアが少女へと粛々と問いかけていた。
「……まだ、何かあるの?」
「貴女達と、この場の死者達に何があったのか……その理由を」
(「今、目前に映し出されている彼女の炎によって生まれた光景が真実であれば……恐らくこの場に斃れている死体の山は……」)
「外道、此処に極まれり、じゃねぇか。……屑共が」
 悪態をつく結城の言葉には直接答えずとも……。
(「悪趣味極まりありませんね、この地の領主は」)
 自らの心臓部に保管されている、頭脳となるコアの中で、そう、結城の悪態に同意したトリテレイアの問いかけに、遂に少女が静かに答えた。
「……共食い、よ」
「違いますわ。あの御方は、その様な下劣な事をさせる御方ではございません。あの御方は……ただ、愚昧なる人間達に慈悲を与えたのです。そう……更なる高みに人間が上がる事が出来る、聖戦と言う名の慈悲を。私達は、選ばれし者。ただ、あの御方の幸福のために、命を捧げることしか出来ぬ愚かな者達とは全く異なる存在であり、あの御方の幸福のために、全てを捧げる事の出来る御使いとなったのです」
 少女の応えを否定する様に嘲笑し、主への無限の愛に陶酔した表情を浮かべながらそう告げるメイド達。
 そのまま何処か蕩けた様な表情になった数体のメイドに向かって、全てをひれ伏させんばかりの威光と……大罪の名を冠する尾と自らの体に集積させた魔力と、全てを射貫かんばかりの殺気を全身から爆発させる様に発揮させた、白狐の獣が突進する。
 それは、外道を滅ぼすその為だけに、練り上げた力。
 そして……希望も理想も消え果てた先、結城の魂に妄執の様に刻み込まれた幻想を守るために燃やされる、その命が形となって現れたもの。
「外道の配下は、所詮外道か。貴様等に持ち合わせる慈悲はねぇ」
 自らの体内で荒れ狂う濃縮した殺気と魔力……即ち結城の命そのものである魔力が圧倒的な暴力を伴い、自らの言葉に酔い、動きを止めていたメイド達を粉微塵に粉砕し、跡形もなく消滅させた。
 ――その周囲の、死体諸共。
(「此処の奴等も……俺達には、守れなかったんだよな」)
 それは、彼女達と同じ後悔だろうか。
 それとも……嘗て救えなかった者達への慚愧の念、なのだろうか。
 何が真実で、何が間違っているのか。
 それは決して、分からないのだけれども。
 ――それでも……。
 結城に言えることは、確かにある。
「……邪魔をするんじゃねぇよ、外道共」
 低く唸る様な、そんな声音で。
 画しきれぬ殺意を剥き出しにしながら、結城が押し殺した声音で言葉を続けた。
「嘗ては救えずとも、それでも尚、その過去に許されようと願い、貴様等を殺し続けている奴等の事を。そして俺の様に、いつかの過去が許されると思わなくとも……外道を殺し続ける……其れだけが残された、俺の邪魔を」
 ――ふわり。
 大罪の力を蓄えた、5つの尾を翻しながら。
 そう告げた結城の姿を見つつ、瞬が静かに目を瞑り、譫言の様に言の葉を紡いだ。
「同胞達よ。貴女達はきっと、まだ、その手を血で穢されていない。少なくとも、僕はそう思う。だから……その手が血で穢れるよりも前に……永遠に、眠れ」
 その呟きと、共に。
 瞬が周囲に展開された魔力の渦を六花の杖に集約させ、無数の水晶を思わせる氷の矢を解き放った。
 それは、司狼の影の獣による重力操作の範疇を逃れつつも、ウィリアムの氷塊と、奏が呼び出した風の矢、そして響の呼び出した灼熱の騎士団によって退路を狭められつつあった空中を飛翔するメイド達の心臓を射貫き、そのまま射倒して沈めていく。
「全く……あの子の挙動には曰くがありそうとは思っていたが……敬輔と同じ様な境遇の子の……滅ぼされた村の後悔そのもの、とはね」
 炎の騎士団達によってメイド達を貫き斬り倒した響が、その少女の呼び出した止むことの無い炎と、其れによって映し出される惨状を見つめながら吐き気を覚えつつ、軽く頭を横に振った。
「瞬兄さん……本当に大丈夫、なのですか?」
 気遣う様に問いかける奏に、けれども瞬は少し硬質な笑みを浮かべつつも大丈夫ですよ、と答えていた。
 無論、その胸中に膨らんでくる思いはあまりにも重く悲しく、彼の心を蝕んでいるけれども。
 だって、瞬には、分かってしまうから。
 自分の里を滅ぼしたオブリビオン……そして滅ぼされる時に抱いていた村の人々の後悔や、慚愧の念が、痛い程に。
(「敬輔さん……」)
 胸中でその名を呼びながら、瞬が気遣わしげに彼を見る。
 暁音の星光に精神を落ち着けられつつも、目前で繰り広げられる凄惨な光景を直視して、心が千々に乱れ、取り乱している敬輔を。
「グゥゥゥ……アアアアアアアッ!」
 ――あれがまた、繰り返される。
 その光景の中で敬輔が見つけたのは、一体の吸血鬼。
 若い女性を侍らし、人々を魅了し、誘惑し、互いに争い合うその様を『聖戦』と称し、優雅に見つめる口元にサディスティックな笑みを浮かべているその男。
 ――あの時、俺の里を滅ぼしたあいつらのせいで……また!
 憤怒と憎悪、そして自分だけが救われたという激しい後悔の念に自らの身を苛まれながら、敬輔は雄叫びを上げた。
「貴様達は……貴様達だけはっ!」
 ――その瞳から、絶えず白い雫を零しながら。
 そのまま敬輔が氷と炎の魔剣を解き放つメイド達の一部を赤黒く光り輝く刀身を持つ黒剣を横薙ぎに振るって一掃する。
 気配を完全に絶っていた司狼もまた、少女を狙い襲いかかるメイドの心臓を貫きその体を抉って止めを刺し、クライドもまた、踏み込みと共にバスタードソードを一閃して、敵を滅した。
 その戦いの間にも、『宵』を強く握りしめながら、統哉が胸を塞がれる様な想いと共に、その光景を見つめ続けている。
(「敬輔……司狼……司狼の住んでいた村に残された後悔の念が凝り集まり、生まれ出でたオブリビオンの少女……そして……」)
「『聖戦』によって選ばれた、と言われているこの人造ダンピールのメイド達……そうか。この子達は、きっと……少女の、同胞なんだ」
 ――そう。
 この人造ダンピールのメイド達もまた、あの少女の呼び出した炎の向こうに映し出されている一体の吸血鬼……恐らく、それが『ロイ』……敬輔の里を滅ぼしたこの地の領主である吸血鬼の犠牲者達。
 其れを知っているからこそ、同じ惨禍にあった彼女達を救いたい、とこの少女が願っているのであれば?
 しかもそんな惨劇が、何度も何度も繰り返されているのだと、『ロイ』という吸血鬼に屈し、そして滅ぼされてしまったと……司狼の村の人々がそんな後悔を胸に抱いて、人造ダンピールのメイドとして、戦っているのだとしたら?
 もう、そんな惨劇は……悲劇は……。
(「繰り返されぬよう、俺達の手で終わらせなきゃ行けないんだ……きっと」)
 そして、その終わらせるための戦いの全てを。
 敬輔の友として、見届けなければならないのだ、と統哉は思った。


(「二つの宿縁……ですか」)
 少女が生み出したその光景を見つめながら。
 ウィリアムが何処か達観した表情で、重苦しい息を一つ吐く。
「貴女が戦うその理由……よく、分かりました。そう言う理由であれば、此処の領主を滅ぼそうとする、と言うのは納得できます」
 ――それは、『復讐』と言ってしまえば、其れで全てが終わってしまう様な……そんな理由、だけれども。
(「でも、もし……貴女が心の裡に本当に抱えているものが『復讐』なのではなく、『後悔』、なのだとしたら……」)
「貴女が本当に望むものは、なんなのでしょうね……?」
 そう、呟きながら。
 周囲に展開していた青と若緑色の魔法陣に描き出された紋様に新たな術式を左手で組み込みつつ、右手で空中に巨大な方円を一つ描き出すウィリアム。
 その方円が今までに生み出した無数の魔法陣と重なり合い、空の如き輝きをより一層、深めていく。
「瞬さん!」
「……分かりました、ウィリアムさん」
 ウィリアムの呼びかけに、じっ、と深紅の瞳を、自らと奏の呼び出した風と氷の歌を歌い上げるかの如く放たれていた無数の槍に貫かれていた同胞達へと視線を移していた瞬がそれに頷き、六花の杖の輝きを際立たせながら、青き魔法陣を描き出す。
 ――其は、氷聖と清光の月と歌われし2人の猟兵の生み出しし、無限の槍。
『Icicle……Gáe Bolg!』
 ウィリアムと瞬が、叫んだ。
 それと同時に生み出された、1000にも届かんばかりの氷柱の槍が、残されたメイド達を次々に撃ち抜き、貫き……蹂躙すべく、一掃していく。
 その中でも尚、高速で飛び交いながら少女を貫こうとするメイドの目前に奏がエレメンタル・シールドを掲げて立ち、その攻撃を真正面から受け止め。
 そこにトリテレイアが横合いから突っ込んでいく様に、3m弱の超巨大な重質量大型シールドを突き出し、メイド型ダンピールを吹き飛ばした。
 ウォーマシンとして恵まれた膂力に裏付けされたシールドバッシュは、小柄なメイドの体など塵芥にも等しく粉砕し、ウィリアムが呼び出していた氷塊に激突し、そのまま拉げて死体の群れに埋もれさせて行く。
「流石にこいつを見せられちまったら……どんな美人が相手でも、心が揺らぐ気は、どうにもしねぇな」
 戦場にいる全ての猟兵達に見せつける様に少女が放った炎、その向こうに描き出される光景を目に焼き付ける様にしながらクライドがぼやき、ユーベルコードを一瞬解除してメイド達に斬り込み、バスタードソードを唐竹割りに振り下ろした。
 幾度目かの彼女達からの熱烈な誘惑の口づけを受けかけるが、すかさず後ろから暁音が聖なる銀糸を解き放ってメイドを絡め取り、星杖シュテルシアを掲げてクライドを照らし出す。
 その、星の輝きの如き煌めきを帯びた清浄なる輝きが、クライドの傷を浄化する。
「おっと、助かったぜ」
「……ユーベルコードを解除したんだ。油断は禁物だよ」
 クライドの軽い会釈に暁音がそう答えると、そうだな、と小さく頷き、自らの全身を再び鋼の様に硬化させて超防御モードへと切り替え、それ以上のメイド達の攻撃を完全にシャットアウトするクライド。
 そうして今の現状を改めて見つめ直したクライドが、じっと『宵』を構えながら思考し続けている統哉へと、おい、と軽く声を掛けた。
「俺はお前等と一緒に戦うのは初めて何でよく分からんがな。いずれにせよ、全てを見届けるつもりだってんなら、コイツらにさっさと止めを刺してやれよ。でないと、進める道も進めなくなるだろうが」
「……ああ、そうだな」
(「このメイド達を救いたいのではないか、そんな思いをあの少女が抱いているのかどうか。真実は、今の俺には分からないけれども」)
 ――それでも。
 心の何処かで其れを少女が願っているのであろう事を信じ、その自身が信じたその願いに寄り添うためにも……。
「せめて……安らかに」
 呟きながら、統哉が漆黒の大鎌、『宵』の刃に宵闇を斬り裂く一条の稲光を思わせる閃光を走らせながら大鎌に弧を描かせる。
 魂の浄化という祈りと、願いを込めたその刃の一閃は……光となってメイド達を断ち切り、その邪心のみを滅ぼしていった。
「状況終了ってところだね、統哉」
 其れまで後方からの銃撃による援護を絶やすことの無かったパラスが軽く息を一つ漏らしながらそう呟くのに合わせる様に、陽太の背後に現れていたサブナックが送還され、周囲の景色から溶け込む様に消えていた司狼が姿を現した。
 少女は、司狼の村の後悔の成れの果てもまた、余力を残した状態で、その場に立ち続けている。
「……故郷の仇を取るべきか、それとも、同郷の無念をとるか……どうしたものでしょうね」
 そんな少女の姿を認めた、一先ずの戦いの収束を見て取った司狼が、軽く溜息を漏らしながら呟いた独り言は、虚空へと繋がる様にも見える最奥部から吹きすさぶ風に掻き消された。


「敬輔」
「っ!」
 何処か、静かなパラスの呼びかけに。
 メイド達を屠るや否や、ガッ! と言う鈍い音と共に黒剣を大地に突き刺し、頭を抱える様にしていた敬輔が、びくりっ、と肩を震わせ、微かに虚ろな眼差しで、パラスを見やる。
「パラス……俺は……俺、達は」
 そう敬輔が呼びかけた、丁度その時。
 ポン、と統哉が励ます様に、労る様に敬輔の肩を叩き、パラスがさてね、と、凍える様な気配を発する司狼をちらりと横目で見やってから軽く頭を振った。
「どうやらアタシ達の肩には、アンタの仇だけじゃない……より一層重いものが、のし掛かっちまったみたいだね」
「ああ~……まっ、そうだな」
 ガシガシ、と自らの頭を軽く掻き毟る様にしながら。
 陽太が軽薄そうに両肩を竦めてみせるが、恐らくそれは少しでもこの場の張り詰めた空気を和ませようとする彼なりの気遣いなのではないだろうか、と言う様に統哉には思える。
「……あの時」
 ――ブルリ。
 恐怖に身を竦ませる様に肩を振るわせながら、無意識に敬輔が肩を抱く。
「もし、俺にもっと力があって……アイツらの力を削ぐことが出来たのならば……」
 ――司狼の村の様な被害を、抑えることが、出来たのだろうか?
 そんな疑念が、頭の中でグルグルと虫の様に纏わり付いて、離れない。
「さぁね。守れないものなんてのは、幾らでもあるもんだ。そんなのは只の偶然にしか過ぎないよ」
 長きに亘って戦場を渡り歩いた古強者たるパラスのその言の葉に、敬輔は何も答えない。
 少し少女達から離れた距離でそう言葉を交わすパラス達の其れを、トリテレイアが聞き取りながら、奏と共に守り通した少女の方を微かに見やった。
 目前で燃え続ける炎を見つめ続ける少女は、果たして何を思っているのだろうか。
(「彼女を救うことは出来ないけれども、その魂までは分からない、ですか……」)
 それは、この事件を予知したグリモア猟兵が、予知の中で告げた一言。
 確かに、そうだ。
 既にオブリビオンとして存在してしまっている嘗ての村の『後悔』等という少女を放置することは、自分達には決して出来ない。
 ましてや……メイド達を殲滅しても尚、残り続ける炎とその向こうに見える惨劇を見れば、それは嫌がおうにでも理解出来る。
(「……手強いね、これは」)
 燃える様な痛みを一切止める様子のない、共苦の痛みを強く、強く感じながら暁音が内心で呻く間に、ウィリアムがふと、そう言えば、と呟きながら、少女達と敬輔達の集団の輪から少し離れたところに姿を現した司狼と、その気配を感じ取ったか其方へと向かっていった結城の方をちらりと見やりながら、首を傾げた。
「司狼さんは、これからどうするつもりなのでしょうね?」
「どう、なのでしょうね。事情が明白になってしまった以上、少なくとも……」
 ウィリアムの懸念に、瞬が敬輔を気遣わしげに見やりながら、心此処に在らずといった様子で呟くと。
「さて、どうするつもりだ、司狼」
 その結城が、姿を現した司狼に、率直に問いかけていた。
 司狼はその結城の言葉に、微かに怪訝そうな表情になる。
「何をだ?」
 そんな司狼にそりゃあ、と結城が、敬輔の方を指差しながらポツリと返す。
「少なくとも、あいつは司狼の村を襲った領主……あの幻影の中で見せられた吸血鬼と、浅はかならぬ因縁があるみたいだぜ?」
「故郷の仇を完全に討つ為には……より深き縁を持つ猟兵の力が必要、か」
 司狼の呟きに、そう言うことだ、と結城が頷く。
「まあ、それはあいつにも同じ事が言える。互いに利用できる者は何でも利用するってのは、別に何の問題も無いだろうが、一応、な」
「ああ、そうだな、結城。だが、俺は……」
 ――本当に、どうしたいのだろう。
 その答えを見いだせず、俯き加減になる司狼。
 何処か悩んでいる様にも見える司狼に、どちらの輪にも何となく入りにくく取り敢えず少し離れた場所で様子を伺っていたクライドがやれやれ、と軽く頭を横に振った。
「まっ、深く考えすぎない方が身のためだぜ? こういうことは、なる様にしかならねぇからな」
「……そうだな」
 クライドの言葉に、重苦しい空気を漂わせながらも首肯する司狼。
 一先ず話が纏まった様だ、とそれまで瞬と奏と共に、少女の様子を気をつけて伺っていた響が判断し、敬輔達の方へと歩を進める。
「敬輔。アンタはあの子をどうするつもりなのか、もう決めているのかい?」
「……」
 響の問いかけに、敬輔が微かに気まずげな表情になって、目を逸らした。
(「確かに……そうだ」)
 オブリビオンなのだから、最終的には叩き潰せば良い。
 それまでは、精々利用させて貰う。
 その程度の相手だろう、と正直同族殺しに対しては思っていた。
 だが……あの同族殺しの少女は……。
(「俺と目的が一致しているだけ、じゃない。それどころか俺と同じ……」)
 ――オブリビオンの犠牲者であり、滅ぼされた理由と、その結末について強い後悔を抱いた、残留思念の塊なのだ。
(「つまる所、オブリビオンと猟兵という違いはあるけれど……」)
 それ以上の違いは殆ど見受けられない……ある意味で自分の影とも言える存在なのかも知れないだろう。
「……少なくとも、只力任せに殺せば良いって相手ではあの少女はない、と俺は思うな」
 思索に耽る様に顎に手を置き考え込む表情になった統哉のそれに、敬輔は自らの肩の傷が疼くのにも気がつかず、無意識にぎゅっと自分の心臓の部分を強く押さえた。
「まあ、最終的にどうするのかは、あの司狼って奴や、トリテレイア達に任せるって手もあるが……覚悟だけは、忘れるんじゃないよ」
 パラスの、忠告とも警告とも取れるその言葉に。
 敬輔が微かに表情を歪め、怪訝そうな声を上げる。
「……どう言う意味だ?」
 その敬輔にやや険しい眼差しを向けて、パラスが告げた。
「今回、アンタが向き合わなきゃ行けないのは、アンタの仇、アンタの事情だけじゃない。あのオブリビオン……アンタの仇によって滅ぼされた村が、その時に残していた後悔そのものとも、って事だ。……分かるだろう?」
「……っ」
 そのパラスの一言に。
 敬輔が顔を青ざめさせながら、ぐっ、ときつく唇を噛み締めた。
 ――と、その時。
「……そろそろ、あちらさんの方から来そうだぜ?」
 陽太が、敬輔達にそう呼びかけると。
 深淵を思わせる最奥部から、少女が作り出した、夜が明けるまで決して消えることのない炎……その炎を煩わしげに振り払いながら、一人の吸血鬼が、姿を現した。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第2章 ボス戦 『ヒトを魅了し手玉に取る吸血鬼『ロイ』』

POW   :    やれやれ、少し遊んであげなさい
自身が【恐怖心や生命の危機】を感じると、レベル×1体の【魅了洗脳済みの元人間の若い女性吸血鬼】が召喚される。魅了洗脳済みの元人間の若い女性吸血鬼は恐怖心や生命の危機を与えた対象を追跡し、攻撃する。
SPD   :    さあ、同族に生まれ変わるのです
戦場で死亡あるいは気絶中の対象を【首筋から血を吸いレッサーヴァンパイア】に変えて操る。戦闘力は落ちる。24時間後解除される。
WIZ   :    お嬢さん、私とお付き合い致しませんか?
【魅了し洗脳する甘い視線と蕩けるような声】を披露した指定の全対象に【術者に絶対服従の命と依存心、恋愛】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠館野・敬輔です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


*業務連絡:第2章プレイング受付期間及び、リプレイ執筆期間は下記です。
プレイング受付期間:7月25日(土)8時31分以降~7月26日(日)8時40分頃迄。
リプレイ執筆期間:7月26日(日)~7月28日(火)一杯迄。
期間がやや短めですが、上記日程でプレイングをお送り頂けますよう、何卒、宜しくお願い申し上げます*

「はぁ、やれやれ……下が随分と騒がしいと思いましたが……どうやら、望まぬお客様がいらっしゃっている様ですね」
 それは敬意からではなく、悪意から。
 その周囲に漂う濃厚な匂いと、その口にこびりついた新鮮な血が、彼が今まで何をしていたのか、そして何故態々敬語を使うのか……その意味を、よく教えてくれる。
 髪を軽く梳かしながら完全にこの場で動く生き物達全てを見下した笑みを浮かべた男が、同族殺しの少女に目を留めて、おや、と嬉しそうに犬歯の覗く口を開いた。
「美しい方がいらっしゃいますね。嗚呼……貴女は美しい。私が選び出し、その血を分け与えてやったあの子達よりも、ずっと、ずっと美味な匂いがする。是非とも、私と一緒にディナーでも如何でしょうか?」
 そう、少女に告げる男……『ロイ』に嫌悪の表情を露わにしながらも、まるで何かに抗うこと自体を許されないかの様に少女の表情が苦痛に歪み、その場に膝をつく。
 そんな少女の姿を見て、満足げに男が頷く。
「そうです。もっと己の本当の心に素直になるのです。貴女の様に美しい御方には、この様な場所は似合わない。聖戦を行なうまでもございません。貴女には、私の妻となる資格がある。さぁ、共に参りましょう。私と愛を語り、私の無常の愛の幸福の中で、私と甘美なる永遠の幸福を、享受していこうではありませんか!」
 そう言って、無防備に両手を広げるその男。
 その男から放たれるその言の葉には、決して抗うことの出来ない何かが感じられるようで。
「あ……ああ、私、私『達』は……」
 ――やはり、間違っていたの?
 そう自らに問いかける少女へと、ゆっくり、ゆっくりと近付くその男。
 ――だが……。
「……全ての者が幸福となる、私の時間を、邪魔立てしようというのですか?」
 何処か、残念そうに、心底面倒臭そうに。
 告げる男の言葉に構わず、猟兵達が男の間に立ち塞がる。
 男は……愈々呆れた様に溜息をつき、仕方ありませんね、と軽く頭を横に振った。
「そう言うことでしたら、貴方方にも分けて差し上げることに致しましょう。私の無限の愛を! そして……私の愛を受け入れ、私のために生きることの出来る真の幸福を!」
 彼の言葉に喘ぎ、揺らぐ同族殺しの少女と共に、猟兵達は敢然と立ち向かう。

 ――この地を支配する……かの領主『ロイ』に。
ウィリアム・バークリー
愛。愛ですか。あなたの仰る『愛』は、あなたが一方的に搾取するもののように思えるんですが?
『愛』を好きなようにねじ曲げる、あなたのような手合いは、控えめに行って反吐が出ますね。
そんなやつの言葉に惑わされるつもりはありません!

スチームエンジン、影朧エンジン起動。トリニティ・エンハンス発動。Spell Boost詠唱開始――

既に展開済みのActive Ice Wallのプライオリティを、必要な方に受け渡し、意識野のリソース解放。

「高速詠唱」「全力魔法」氷の「属性攻撃」「衝撃波」を原理砲に乗せて、積層立体魔法陣を全力展開!
全てを凝縮して、究極の一撃を。

Elemental Cannon Fire!!


天星・暁音
君の愛とかいらないよ
俺にはもう大切な人もいるしね
後、君の言う愛とか俺は愛だなんて認めないけどもね
全ての者が幸福?
俺の幸せを君が勝手に決めないで!

間違ってるかどうかなんてのは誰にも分かりはしないよ
それこそ自分自身にだってね
やりたくないならやらなければ良いし、やりたいならやるといい
何れにせよ
俺達、猟兵は貴方とは何時か戦う事にはなるのだけど、ここで間違いだ
嫌だと言うなら君が戦わなくてもいいんだよ
戦いなんてしなくていいならその方が良いのだから




君は吸血鬼、貴方は同族殺しに向けてです
なるべく同族殺しの側に陣取り味方への支援回復を同族殺しにも行ういます動けないようなら庇います

スキルアイテム自由に
アドリブ歓迎


パラス・アテナ
同族殺し
アンタが間違っているかは知らないが
自分の意思で心からあの領主に心酔してるなら止めやしない

行きな
自分の道は自分で選ぶんだ

だけどね
精神汚染の結果選び取らされたっていうなら
アタシは領主に容赦しない

アタシは好きにする
だからアンタも好きにおし

敵UCは「恐怖心や生命の危機を与えた相手」を追跡攻撃する
ならロイには攻撃しないよ
同値攻撃で他の連中に向かう女どもを攻撃
2回攻撃、鎧無視攻撃、マヒ攻撃、制圧射撃を併用
味方が自由に動けるようにする
敵の攻撃は第六感と見切りで回避

アタシの役目は露払いさ
若者達が自分で自分の道を選べるようにね
辛いだろうが踏ん張りな
ここを乗り越えられなきゃ掴めっこないよ
望む未来って奴をね


森宮・陽太
【WIZ】
アドリブ連携大歓迎

おーおー、そういうことかい
てめえのようなわっかりやすい吸血鬼はな
明確に俺らの「敵」だ
…この場で殺し尽くしてやるよ
※「敵」と明確に口にし無感情モードへ

同族殺しとロイの間に割り込み
同族殺しが正気に戻るまでは俺自身が「かばう」
正直、この視線と声は厄介だ
無感情になっている俺でも耐えれるかどうか

視線と口を封じるべきか
「高速詠唱」からの【悪魔召喚「インプ」】
インプをロイの顔面に殺到させて視線封じと攻撃
俺自身は獄炎を封じたデビルカードを口内に「投擲」して焼いてやる

余裕があればアスモデウス本体も召喚
残る死体を悉く焼き尽くそう
せめてもの弔いだ

ロイへの止めは誰が刺しても構わねえ


彼岸花・司狼
村が滅んだのも結局は弱肉強食、顔も知らん仇に俺が執着する必要はない
惨状に居合わせた奴らの援護に徹するさ。
何、こう見えて裏方は得意な方だ。

同族殺しに攻撃が向いて沸き立つ狂的な怒りを【狂気耐性】で堪えつつ、
今章でも終始【目立たない】ように同族殺しと宿敵主のサポートに徹する。
UCの記憶操作で洗脳に対しては『相手の声と顔』を忘れさせる事で対処。
自身に向かう吸血鬼には『敵』の存在を忘却させ、
混乱させたところに相手の隙を見切り【早業+暗殺+鎧砕き】で迎え撃つ。

あの村で着物なんて俺ともう一人しかいなかった、ならアレの核は…
間に合わなかった俺と、死に損なったお前と
本当に、最期まで捻くれた縁になったもんだな。


護堂・結城
因縁の相手、かぁ
この手で殺せんのは残念だがまぁいい、外道の滅びに変わりなし

【SPD】

理不尽に流される涙を止める為に刃を取った俺が貴様を見逃して幸福?ありえんな

対敵UCには紅月の尾で焔鳳を召喚
【動物使い】で指揮し【範囲攻撃・爆撃・焼却・属性攻撃】

指定UC発動、鬼神の幻影を纏い【限界突破】だ
【怪力・早業】で蹴りぬいて【衝撃波】による【鎧砕き・貫通攻撃】を仕掛ける

「一時的でも貴様と同族とは虫唾が走る」
「…その傲慢な愛を抱いたまま砕け散れ」

これ以上は殺してしまいそうな時は【狂気耐性】で殺意を抑え強制睡眠
お前を殺すべきは俺じゃない

「これでしくじったら俺がぶっ殺すぞ…後は頼むわ」


トリテレイア・ゼロナイン
(因縁ある方には知己ある方もいらっしゃるようですね。ならば…)

(精神干渉を不正●ハッキングと定義、防壁を構築し防御)
(同族殺しに)
領主の言葉に惑わされぬよう
視線は遮りましょう、口は閉じさせましょう
貴女は己が本懐を遂げる為、この場に赴いたのでしょう
騎士として助太刀いたします

UC起動
向上した瞬発力で敵の物量攻撃から味方●かばい●盾受け●武器受け防御

傀儡故に動作パターンが単純なようですね

格納銃器の●なぎ払い掃射
●怪力で振るう近接武装で反撃し排除

戦況●見切り傀儡の護りを●スナイパー技能で縫って領主へ●防具改造で取り付けた投光器による●だまし討ち●目潰し

ワイヤーアンカー射出し●ロープワークで拘束

今です!


真宮・響
【真宮家】で参加(他猟兵との連携可)

そうか、この同族殺しも敬輔と同じ様にこのふざけた奴に村を蹂躙された訳か。敬輔の本懐を遂げさせるのもあるが、せめて同族殺しの無念は果たさせてやりたいね。・・・大体、この男が気に入らない。虫酸が走る。

前面から抑える戦友に負担を強いる事になるが、アタシは【忍び足】【目立たない】で奴の後ろに回り、敵の体勢が崩れて確実に【グラップル】【怪力】で拳と蹴りを入れた後、奥の手が当たる機会を待つ。待たせた分、確かにこの敵の動きを封じてみせるさ。反撃は【残像】【見切り】【オーラ防御】で凌ぐ。さあ、敬輔、故郷の人達の無念を、存分にぶつけてやりな!!


真宮・奏
【真宮家】で参加(他猟兵との連携可)

典型的な「甘い言葉で人を堕落させる」タイプですよねこの敵。マリーもそういうタイプでしたが、敬輔さんの本懐を果たさせることは兄さんの願いでもあります。必ず討ち果たしましょう。

【オーラ防御】【盾受け】【武器受け】【拠点防御】で同族殺しを【かばう】しながら、【衝撃波】【二回攻撃】で牽制。隙を見て彗星の剣で攻撃します。しつこく同族殺しを狙うなら【シールドバッシュ】で吹き飛ばすとか、【怪力】【グラップル】で容赦なく蹴り飛ばします。さあ、敬輔さん、このふざけた誘惑者に終わりを!!


神城・瞬
【真宮家】で参加(他猟兵との連携可)

こいつは・・・敬輔さんの故郷の人を吸血鬼した奴か。本当に相容れないタイプだ。ふざけんな。(真の姿解放。両目が赤くなり、銀髪になり、銀のオーラを纏う)こんな奴に敬輔さんの里の人は!!

こんな奴に手加減する必要はねぇ。月光の狩人を発動、容赦なく奴を啄ませる。更に【誘導弾】【鎧無視攻撃】【マヒ攻撃】【目潰し】【部位破壊】で追撃、更に【結界術】で敵の動きを縛る。・・・敵の攻撃は【オーラ防御】【第六感】で凌ぐ。

行け、敬輔!!このふざけた奴に君の受けた苦しみ、里の人の無念、存分に味わさせてやれ!!


館野・敬輔
【POW】
アドリブ連携大歓迎

こいつが、俺の故郷の里を滅ぼした吸血鬼…!
里の若い女性たちは皆こいつに魅了されて
俺の妹の加耶も、こいつの毒牙に…

どうやら貴様が滅ぼしたのは俺の里だけではないようだな
ここで貴様を徹底的に滅ぼしてやる!

指定UC発動
女性吸血鬼は灼熱の衝撃波を放ちながらまとめて斬り伏せ(なぎ払い、属性攻撃、衝撃波)
里の民がいても躊躇わないが
同族殺しは巻き込まないよう注意

ロイは接近後口内をひと突き(串刺し、怪力、捨て身の一撃)
その後心臓も突く

止めは積極的
同族殺しや他の猟兵の後悔も怒りも
俺自身の憤怒と復讐心も
全部黒剣に籠めて斬る

倒す直前首筋に食らいつき吸血

加耶はどこにいる?
…そうか、知らないか


文月・統哉
敬輔の様子を気にかけつつ
仲間と少女含めオーラ防御
少女に共闘の意志示す

幸福?そんなに苦しそうな顔をしてるのに?

助けられなかった後悔
止められなかった後悔
どれだけ苦しんでも過去は変えられない
それでも未来なら変えられるから
繰り返す惨劇に後悔に今度こそ終止符を打とう
俺達と一緒に

仲間と連携
油断なくロイを観察情報収集
攻撃見切り武器受けし
カウンターに宵で斬る

召喚される洗脳済みの吸血鬼
中には敬輔の司狼の少女達の知る者も居るのだろうか

ロイを護る吸血鬼達へ
祈りの刃を衝撃波の範囲攻撃として放つ
邪心と洗脳を断ち切って
その魂を解放し骸の海へと還そう

護りがなくなればロイへの攻撃も届き易くなる筈だ
敬輔、頼んだぜ

※アドリブ歓迎




「愛……愛、ですか」
 大仰に手を振りかぶる、ロイの姿を認めながら。
 周囲に展開したままだった氷塊の群れのPriorityを変換する術式を解放したままであった魔法陣に左手で組み込み、右手でルーンソード『スプラッシュ』を抜剣、鍔に取り付けられた『スチームエンジン』及び、『スプラッシュ』に組み込んだ影朧エンジンを起動、更に自身へと精霊達を収束させ、魔力操作の技量を高めながら、周囲に残る死体や、空中に漂う精霊力を収束させる大砲の絵柄を刻んだ魔法陣を描き上げながら低く抑えた声で、ウィリアム・バークリーがポツリと呟く。
「その通りです。『汝、己を愛するが如く、隣人を愛せよ』。素晴らしい言葉でございますよね。本来であれば、私の邪魔立てをする様な憎むべき貴方方にさえも、私は無限の愛を差し出し、貴方方にもまた、私への無償の愛を提供して頂き、私達は愛し合う。そこに残されるのは、互いに互いを愛する世界です。……正しく、理想郷ではございませんか」
 然もあらん、と言う様に優雅に首肯してそう答えるロイの言葉に、ウィリアムは顔を顰めた。
「……どう考えてもあなたの仰る『愛』は、そんな高尚な『愛』等ではなく、あなたが一方的に搾取するものの様に思えるのですがね? 貴方の行動が、其れを何よりも証明しています」
 ウィリアムが自分達の背後で苦しげに喘ぎ、その場に蹲っている同族殺しの少女と、その少女に寄り添う様に立ちながら影狩人を翻し、雪の降る真冬の如く鋭く冴え渡った気配を称える、彼岸花・司狼、其れとは全く正反対とでも言うべき、決して隠せぬ程のおぞましい殺気を全身から迸らせ、その両の真紅の瞳を輝かせる館野・敬輔の姿を次々に見渡しながら、呆れた様に溜息を吐く。
 ロイはそれに嘆ずる様に頭を横に振り、続けて嘆かわしい者を見つめる様な表情をウィリアムに向け、悲しげに語り始める。
「おお、何と悲しいお話なのでしょうね。この私の真実の愛を、その様な言葉で冒涜し、剰え貶め様とするとは。だから、貴方方生き物は愚者なのです。私達、神に選ばれし、敬虔なる聖者……否、神にも等しい私の、この高邁な精神を理解しようとしないのですから。何という蛮族。何という愚かしさでございましょうか」
「おーおー、そうかい、そうかい。オーライ、よく分かったぜ」
 戦場全体に染み込む様な、美しく透明感のある、聞くだけで思わず蕩けてしまいそうになる様な声で語りかけるロイのあまりのそれに、心が崩れ落ちてしまいそうになるのを感じながら、敢えて其れを振り切る様に頭を振り、肩を竦めて目を鋭く細めたのは、森宮・陽太。
 陽太のその言葉に、ロイがおお、と気怠げだったそれから一点、漸く愉快さを孕んだ感嘆の声を上げた。
「分かって頂けたのですね。そう、この様な……」
「てめえの様なわっかり易い吸血鬼はな、明確に俺等の『敵』だって事がな」
 そう告げると、ほぼ同時に。
 陽太の表情から、『感情』が消え。
「だから……この場で、殺し尽くしてやる」
 何処か無機質さを感じさせる陽太の声と共に、陽太の顔全体を白一色で作り出されたマスケラ覆い尽くしていった。
「ウィリアムさんの言うとおりだね。そもそも俺には、君の愛なんていらないし」
 陽太の姿が変わっていく様子を、ちらりと目の端で捕らえながら。
 共苦の痛みが与える灼熱感が少女の苦しむ様を見て更に燃え上がり、もしかしたらその体に痕が残ってしまうのではないか、と思わせる程の痛みと化してきているのを感じつつ、天星・暁音が小さく首肯。
「私の愛は、全ての者への愛……慈しみ愛する、そんな無償の愛に満ち満ちた世界ですよ? 其れが不要? 其れは、神を冒涜する行為ではございませんか?」
 その言葉に、すっ、と何処か鋭く冴え渡った様な冷たい光をその夜空に瞬く星を思わせる金の瞳に称え、暁音が決然と告げる。
「下らないね。全てを幸福にする? その為に君と愛し合う? 既に大切な人がいる俺が……君と愛し合うことで幸せになる? ……俺の幸せを、勝手に決めないで!」
「外道は所詮、外道って訳だ。貴様の物差しでしか物事を測れねぇ」
 大罪の名を冠する自らの5つの尾の1尾たる紅月の尾・憤怒焔獣を地面に叩き付ける様に打ち付け、81体の『焔凰』を呼び出した護堂・結城が、冷たく、吐き捨てる様に告げる。
 その全身に滾る闘気は、外道を滅ぼすことによる、贖罪となるか定かではない……けれども、他の『道』を進むことが出来ぬ自らの信念に、はっきりと裏打ちされていた。
「愚かなお話でございますね。私の愛を受け入れさえすれば、その様な悩みも苦しみも取り払われる、と言っておりますのに」
「あぁん?」
 ロイの呟きに怒気を孕んだ声で返す結城。
「司狼と同族殺し、そして敬輔……貴様の様な外道の理不尽によって、大切な者達を奪われて……」
 そこまで告げたところで。
 怒りと憎悪に塗れた瞳から、先程まざまざと見せつけられたその光景に白き雫を止められぬ敬輔や、胸を押さえて苦しげに喘ぐ同族殺しの少女を見て、結城が吼えた。
「……そうして流される涙を止めるために刃を取った俺が、貴様を見逃して幸福になれるわけがねぇんだよ!」
「そうでございますね、結城様」
 結城のその言葉に、同意する様に。
 そう粛々と告げたのは、儀礼用長剣・警護用を垂直に、そして、重質量大型シールドを翳し、今にも飛び出していきそうな敬輔の左隣に静かに立つ、トリテレイア・ゼロナイン。
「貴方と縁あるもの……敬輔様は少なくとも、貴方と愛し合う事で幸福になれる筈もございません。そしてそれは、司狼様、そして、此度の戦いにおいては、私が騎士として助太刀する、と決めたこの少女も同様でしょう」
「あっ……ぐぅっ……!」
 トリテレイアのその言葉に、くぐもった喘ぎを漏らす少女が自らの胸を掻き毟る様にし、更に両肩を激しく上下させている。
 そんな少女の、その姿に。
 司狼が、肩が触れ合うかどうか……その位の近い距離で少女に手を置こうとして……直ぐに軽く頭を横に振った。
 ――今はまだ、その時じゃない。
 そんな気が、少しだけしたから。
 司狼の様子を、全環境適応型マルチセンサーで感知しつつ、センサーで少女に起きている異変の分析を開始するトリテレイア。
 と、その間に。
「さっきアンタは言っていたね、同族殺し。アンタが間違っているのではないか? って」
 その腰に帯びたEK-I357N6『ニケ』と、IGSーP221A5『アイギス』の弾倉をカシャリ、と素早く装填し直しながら。
 少女にそう問いかけたのは、パラス・アテナ。
「その通りでございます。貴女は己の、本当の心に素直になれないでいるのですよ、我が花嫁。貴女は、私の無償の愛を否定しか出来ぬ蛮人等ではなく、私の真実の愛を受け入れることの出来る、選ばれた存在なのです。この私が言うのですから、間違いございません!」
「黙れ……この腐れ吸血鬼が!」
 ロイの甘く蕩けてしまいそうな程の、その言の葉に。
 普段の穏やかさからは想像もつかないほどの、裂帛の怒気を孕んだ声音で叫んだのは、神城・瞬。
「貴様の様な屑に、敬輔さんの故郷の人達は皆吸血鬼化されて……! あまつさえその吸血鬼達を世界中に放逐し……! その癖、耳障りの良い言葉ばかりを並べ立て……!」
 そう叫びながら、見る見るうちに、濡れる様に美しい金髪が銀色に染まり、ヘテロクロミアの瞳を紅に染め上げ、その身に銀の波動を纏い、月虹の杖を構える瞬に。
「瞬兄さん……確かに、そうですね。こいつは典型的な『甘い言葉で人を堕落させる』……そんな、どうしようもない敵です」
 そう、静かに首肯しながら、真宮・奏がエレメンタル・シールド及びブレイズセイバーを構え。
 瞬の義母であり、奏の実母である真宮・響もまた、と眼光を鋭く光らせていた。
「敬輔だけでなく、同族殺しと司狼の里と村を蹂躙した、その本懐や無念を果たさせてやりたいというアタシ達の想いを脇に置いても……此処までふざけた……虫唾の走る奴は久しぶりだよ。……気に入らない」
 呟く響の嫌悪、瞬や敬輔、結城から放たれる暴力的なまでの殺気……更に、司狼から微かに放たれるそれを感じ取ったか。
 その周囲に無数の人間の若い女性吸血鬼達がロイの周りに姿を現す。
 その手の爪と犬歯は異様なまでに伸長し、今にも猟兵達にも襲いかかるその機会を伺っている様だ。
 けれども、パラスは。
 数多の戦いを乗り越えてきた、戦場傭兵たる古強者は。
 そんなロイと瞬達の問答を気にした風でもなく、二丁拳銃をロイの周囲に現れた女吸血鬼達に向けたまま、胸を押さえて蹲り、嘔吐く少女へと呼びかけた。
「もし、アンタが自分の意志で心からあの領主に心酔しているってんなら、止めやしない。行きな」
「……パラスさん!?」
 パラスのその呼びかけに、『スプラッシュ』で描き出した魔法陣から呼び出された、巨大な魔導原理砲『イデア・キャノン』の鍵穴に当たる部分に『スプラッシュ』を差し込み、『イデア・キャノン』と連結させた後、それを空中に浮かんだままに構えたウィリアムが微かに驚いた表情になって問いかける。
 だが、ウィリアムの驚愕を脇に置いた、パラスの言葉は止まらない。
「自分の道は、自分で選ぶ。よく考えた上でのそれだったら、安心しな。アンタもアタシ達が猟兵として、アンタを骸の海へと送ってやる。戦場じゃぁ、信じていた相手に背中から刺される、撃たれるなんてのは、正直日常茶飯事だ。だから、さっさと白黒を付けておきたいってのもあるしね。そこをはっきりしておく必要がある位、アンタを気に掛けるお人好しが、この戦場には多いんだよ」
「……」
 パラスの、その呼びかけに。
 少女の精神状態について解析を行なうトリテレイアが、無言で首肯。
(「この少女と深き縁を持つ者……司狼様と、その知己であろう結城様がいらっしゃる現状、今、私に出来ることはこれですからね」)
「パラス様、でしたか。もう少し解析には時間が掛かります。ですから、今は……」
「分かったよ、トリテレイア」
 トリテレイアの呼びかけにパラスがあっさりと頷き、それから、彼女達と敬輔の間に割って入る様に『宵』を構えた、文月・統哉の方へと視線を送る。
 クロネコ刺繍入りの緋色の結界を張り巡らした統哉も分かっていると言わんばかりに頷きつつ、にゃははっ、と思わず笑い声を一つあげた。
「パラスの言うとおりだ。少なくとも俺は、君と共に戦いたい」
 ――助けられなかったという、後悔。
 ――守れなかったという、後悔。
 夜が明けるまで、決して消えることのない炎。
 その炎の向こうで幾度も、幾度も繰り返される身を苛まれる様な痛みを、悲しみを、肌で感じ取りながら。
 統哉が、それでも、と笑みを消して生真面目に告げる。
「どれだけ苦しんでも、過去は変えられないんだ。でも……未来は変えられる」
「過去……未来……ああ、私は……私『達』は……」
 ――何を……?
「さて……我が花嫁の心を惑わせるのは、そこまでにして頂きましょう」
 苦しみ、喘ぎ、それでも尚、決して消えぬ『何か』に惑う少女に苛立ったか。
 その全てを断ち切る様に、甘く蕩ける様な……けれども、微かに敵意の込められた声音で、ロイが少女に呼びかけながら、周囲の死体の首筋に噛み付き、乾ききっているであろう、その血を嚥下した、その瞬間。
 ロイに血を嚥下された死体が、その犬歯を異様なまでに伸ばして起き上がった。
「この、真性の腐れ外道……!」
 その意味を見て取った瞬の叫びに。
「貴方方は、どうしても私の愛を受け入れることが出来ないようですね。であれば、仕方ありません。あまり美しくありませんが、少々力尽くで、私の愛を信じて頂きますよ」
 ロイが嘲笑の笑みを浮かべて邪気を発しながら、聖戦の開始を、厳かに宣言した。


「ふっざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 何処までも傲岸不遜なロイのボウアントスクレイプを目の辺りにしながら。
 その両目を真紅の瞳と化し、犬歯を伸ばした、自らのあり得たもう一つの『未来』の可能性……ヴァンパイアと化した敬輔が、怨嗟の籠った叫びを上げながらドクン、とまるで生き物の様に赤黒い光を刀身が発している黒剣を大地に擦過させながら下段から撥ね上げる。
 放たれた真紅の衝撃波が熱風と化して、今にも襲いかかろうとしてきた若い女性吸血鬼達を纏めて薙ぎ払った。
 薙ぎ払われた女吸血鬼達の何人かに、嘗て里で見かけた知人が数人紛れ込んでいる様に見えて、それに一瞬、びくりと身を竦ませた。
「お前が! 俺の里の若い女性達も、そして俺の妹の加耶も……司狼の村の若い女性達さえも毒牙に掛けた……! この憎しみ、怒り、晴らさずにいられようか!」
 叫びと共に敬輔が若い女性吸血鬼達を断ち切りながら、暴力的な殺気をロイに向けて叩き付けるその間にも。
 ロイは口元に酷薄な笑みを浮かべ、ああ、とたった今思い出したかの様にポツリと呟いた。
「そう言えば、その様なこともございましたね。あれは実に惜しいことを致しました。あの中にも数多の美しき女達がおりました。どうせでしたら、あの子達にも聖戦を行なわせ、私と無限に愛し合う為の機会を与えてやるべきでございましたね。まあ、若気の至り、というものでしょうか」
「貴様……!」
 やれやれ、と名残惜しそうに首を横に振るロイの全く悪びれぬ態度に、チカチカとする様な、そんな目眩を覚える敬輔。
 だが、ロイのその名残惜しそうな声でさえ、蕩けてしまう様に美しい声を聞かされるだけで、少しでも気を抜けば、自分達の行動そのものが間違いないのではないか、と錯覚してしまいそうになる。
 それは、少女が更に蹲る姿を目の辺りにしながら、『イデア・キャノン』を構えて狙いを定めつつあったウィリアムが冷汗を垂らす程に、甘美で、強烈な誘惑だった。
「『愛』を好きな様にねじ曲げる、あなたの様な手合いに……! 『Elemental……!」
 軽く頭を振ってその感情を断ち切りながら、Spell Boostで強化した精霊力を、更に加速させ、高めるために、この地に潜む、火・水・風・地……そして、猟兵達の掲げる光及び死体や、少女の生み出した光景の中に潜む闇の精霊達の力を、『イデア・キャノン』に『スプラッシュ』を避雷針にして収束させる、ウィリアム。
 そうしながら、一瞬、『イデア・キャノン』から左手を外して、ひゅっ、と横一文字に左手を振るった。
「Active Ice Wall、Priorityを皆さんへ! 皆さん、氷塊はお好きにお使い下さい!」
「まっ、それならお言葉に甘えさえて貰うとするよ」
 その、ウィリアムの呼びかけに応じる様に響が頷き、ウィリアムの作り出した氷塊の一部を結集させて自らを覆う巨大な陰影を作り出して、その裏に隠れる様にして姿を消す。
 一方、司狼は、苦しげに俯く少女に微かに気掛かりな視線を投げていた。
(「……分かっている」)
 今、自分が何をすべきなのか。
 事の軽重を見誤り、あの時に感じた決して取り戻せないものに対する後悔を、禍根としてもう、残さない様にするためにも。
「安心しな、敬輔。これでも俺は、裏方は得意な方なんだ」
 沸々と心の内側から湧き上がってくる狂気にも似た怒りと憎悪……敬輔と同じ其れを、魔術兵装、影狩人に籠められた魔力で抑え込みながら。
 ウィリアムの氷塊の間を渡り歩く様に姿を消そうとした司狼の背に。
「司狼様。彼女は騎士として、私が必ず守り抜いて見せましょう。また、今の彼女の心を支配しているであろう其れも、必ず私達が解いて見せましょう。ですが、決してお忘れにならないで下さい。……彼女が本当に求めているもの、それは……」
 若い女性吸血鬼からの研ぎ澄まされた爪撃を大型盾で受け止め、その巨躯で自らと蹲る少女を守り抜きながら、諭す様にトリテレイアに告げられたそこに籠められた真意を感じ取り、司狼が静かに頷いた。
「……そう、かもな」
 そのまま彼の背と浮遊する氷塊の影を掻い潜りながら、懐から柄だけの刀、陽炎刀を取り出し、影に溶け込む様に姿を消していく。
 その間にも鉄面皮の状態と化した陽太が、濃紺のアリスランスと、淡紅のアリスグレイヴを十字に重ねながら、口の中で素早く呪を唱える。
 その陽太の目前に現れたのは、銀と黒の入り混ざり、その中央に鎖に縛られ、十字架に磔にされた、生まれたての赤子の様に見える紋様が書き込まれた魔法陣。
 明滅するその姿を認めながらも、同時に無表情であった陽太の瞳のハイライトが消えたり点いたりを繰り返している。
 背中を伝い、地面に落ちていく汗が、あまりにも冷たい。
(「この声……今の俺でも、厳しいな」)
 その声を聞いているだけで、目前のロイが全て正しく、彼の無限の愛を受けいれ、ともすべれば共に愛し合いたくなってしまう。
 本来であれば反吐が出そうな程に気持ち悪い光景であるにもかかわらず、其れこそが幸福なのだ、と囁かれてしまえば、そうかも知れない、と思わず頷いてしまいそうなまでに、圧倒的な声。
 或いは、それは……自らの過去を彷彿とさせるから、であろうか。
 だが、だとすれば、彼女が考える『間違っている』という思いは、どれ程までに深く、彼女の心を苛んでいるのだろうか。
「陽太。アンタ程の奴が、こんな奴の声に惑わされるんじゃないよ」
 其れは叱咤する様な、パラスの声。
 フルオートモードの『ニケ』の引金を引き、無限にも思える銃弾による弾幕の嵐でロイに正面から肉薄しようとする敬輔と統哉を援護しつつ。
 同時に『アイギス』で、トリテレイアの指示でロイからの少女への視線を遮る様にエレメンタルシールドを構えて、少女の前に立ち、先程ロイに蘇らせられたレッサーヴァンパイアからの牙を受け止める奏を奇襲する別のレッサーヴァンパイアに電磁弾を撃ち込み、そのレッサーヴァンパイアを麻痺させながらのパラスのそれに、鉄面皮の暗殺者たる本来の自分を取り戻した陽太が、十字に構えた、濃紺のアリスランスと、淡紅のアリスグレイヴを突き出した。
『我が声に導かれ、現れた悪魔の子よ、その邪悪な知恵と魔力を持って、目前の敵を殲滅せよ!』
 叫びと共に姿を現したのは、70体弱の悪魔の翼を生やした生まれたての赤ん坊の如き容姿をした小悪魔達。
 その小悪魔達がキャキャキャキャキャッ! と邪笑をあげながら、ロイの顔面に飛び込んでいく。
「おや、これは何と品のない事でございましょうか。全く……もう少し礼節と言うものを弁えた宜しいかと存じ上げますよ、子供達」
 からかう様に告げながら、パチン、と指を一つ鳴らすロイ。
 それと同時に、周囲に傅く様に控えていたレッサーヴァンパイアがその背の小さな翼を翻してインプ達に襲い掛かり、インプ達の何匹かを瞬く間に叩き落す。
 その様子を兜の面頬の奥で光るコアユニットに偽装された翡翠色の瞳型センサーで伺っていたトリテレイアがやはり、と小さく呟きながら、自らの脚部格納型スラスターに仕込まれていた脚部推進器を作動させ、そこから発された噴射した光で全身を覆って超高速移動を行い、インプ達に迫るロイのレッサーヴァンパイア達からの攻撃を、大型盾で受け止める。
 その間に陽太の放ったインプ達がロイの顔面に殺到し、彼の目をその手に持つ三叉槍でつつき、キャッキャッと笑いながら、ロイの口を覆わんと襲い掛かった。
(「ちっ……!」)
 内心でいら立ちを隠せず舌打ちし、そのまま女吸血鬼達とレッサーヴァンパイア……自らの手駒を集結させて再攻撃の開始を狙うロイ。
 だが……そこに。
「あなたの好きにはさせません! 行きますよ~!」
 奏が、全部で84本の自らの『守る』という信念を貫く意志を具現化したブレイズセイバーの複製品を一斉掃射し、レッサーヴァンパイア達を貫いていった。
「てめぇなんぞに手加減なんざ必要ねぇ! とっとと沈みやがれ、この糞吸血鬼!」
 奏のブレイズセイバーによる剣の雨に合わせる様に。
 瞬の月虹の杖の先端から解き放たれた84体の、胸に『1』と刻印された戦闘用の狩猟鷲達が、その鍵爪でレッサーヴァンパイアを引き裂き、或いは、その牙でロイを啄むべく肉薄していく。
 だが、ロイは動揺した様子もなく、自分に纏わりついて鬱陶しい陽太のインプ達をその左手から放出した黒い弾丸で掃討すると同時に、右手で軽く髪を掻く様にして、犬歯の生えた唇に、酷薄な笑みを浮かべた。
 すると……。
 ロイが最初に姿を現した最奥部の入り口から、まるで引き寄せられる様に無数の若い女吸血鬼達が姿を現し、瞬の鷲を鋭い視線を向けて一瞥すると同時に光線の様に放たれた赤い光条で撃ち抜いた。
(「成程……幾らでも援軍の予備はある……そういう事か」)
 氷塊の影に隠れる様にしていた司狼が内心でそう呟きながら、陽炎刀から透き通った水晶の投擲刃を生み出し、新たな女吸血鬼の増援達を貫きながら、援護のための『機』を、伺い続けている。
 ふっ、と脳裏に、『彼女』の姿が過った。
 ――知っているようで知らない、着物姿の、あの少女が。
(「そう……彼女が着ているのは、着物、なんだ……」)
 内心でポツリと呟き、ふわり、と胸中を漂うそれに司狼が手を伸ばそうとした、丁度その時。
「……きりがねぇな」
 何処か忌々しげな口調で、召喚した『焔凰』達を新たに現れた女吸血鬼達に突進させ、爆発と周囲を彩る炎との連鎖の泥寧の中に叩き落しながら結城が呟き。
「ちっ……仇はもう、目の前だってのに!」
 真紅の瞳からその力を解放し続ける代償であろう血の涙を流しながら、灼熱の衝撃波を叩きつけ、女吸血鬼達の一部を焼き滅ぼした敬輔が、思わずと言った様子で悪態をついていた。


「……くっ……Power Converge……!」
(「精霊力圧縮率45%……まだ臨界点には程遠い、ですか……!」)
 陽太のインプ達が肉薄する、少し前。
 ロイの蕩ける様な甘い声に抵抗している影響か、精霊力の収束率の鈍さに内心で焦慮をウィリアムは覚えていたが、不意にその蕩けてしまいそうな程に甘い声……そこに籠められた魔力の重さが少しだけ揺らいだのに気が付き、ウィリアムが素早く詠唱を『イデア・キャノン』に書き込み始めた。
(「成程。これは、陽太様の作戦が上手く行き始めている、と言う事ですね」)
 女吸血鬼達の攻撃からインプをすかさず守り、お返し、とばかりに大型剣を振り下ろしからの下段からの撥ね上げ、そして弧を描く様にして十文字に振るって纏めて切り裂きながら。
 パラスの『アイギス』から放たれた電磁状のネットと結城の『焔凰』達によって女吸血鬼達が、焼き尽くされ、連鎖的に爆発する様を認めたトリテレイアが、すかさずスラスターを逆噴射する。
 光を帯びた全身が急激な加速に悲鳴を上げるのにも、構うこと無く。
 そのトリテレイアの横合いを、80を越える奏のブレイズセイバーの模造品と、瞬の胸に【1】と描かれた狩人用の鷲達が駆け抜けていくのを認めながら、敬輔を守る様にクロネコの刺繍入りの緋色の結界を張り、『宵』で攻撃の隙を伺っていた統哉に、すかさずトリテレイアが声をかけた。
「統哉様。今こそお力をお貸し下さい」
「! 分かったぜ!」
 敬輔の事を多少気がかりに思いつつも、トリテレイアの言葉の意味を、黒にゃんこ携帯に集積された情報を基に諒解した統哉が、たん、と大地を蹴ってバックステップ。
 女吸血鬼が統哉が離脱しようとしていたことに気が付くが、その時にはパラスの『アイギス』から放たれた電磁弾が、電磁状のネットとなって絡みつき、女吸血鬼の体を拘束している。
 その僅かな時間を縫って一旦敬輔の隣を離れた統哉が、少女を守り続けていた奏へとすかさず目配せ。
 その意味を諒解した奏が統哉と入れ替わる様に敬輔を守るべくその隣に向かって疾風の如く駆け抜け、パラスに拘束されていた女吸血鬼にエレメンタル・シールドを叩きつけて吹き飛ばすその様子を見つめながら、その身を包み込むすさまじい灼熱感による痛みに身を焦がしつつ暁音が、星杖シュテルシアをトン、と大地に突き立て、祈る様に目を瞑った。
 その手で、無意識に首から下げられた星屑の光明に触れながら。
『祈りを此処に、妙なる光よ。命の新星を持ちて、立ち向かう者達に闇祓う祝福の抱擁を……傷ついた翼に再び力を!』
 それは、祈り。
 心身共に、癒し、その者が再び飛び立つことの出来る力を取り戻させるための……星光を思わせる、癒しの光の籠められた、祈り。
 暁音の星杖シュテルシアから放たれた神聖なる癒しの光が、陽太によって声を、クロネコ刺繍入りの緋色の結界を生み出した統哉と、十字の刻み込まれた白き大型の盾を構えるトリテレイアによって、ロイからの視線を遮られた少女の喘ぎと苦しみをゆっくりと、しかし、確実に緩和していく。
 胸の動悸が収まり、自らの行動に対する絶えぬ不安、そしてロイの無限の愛を求める欲求が微かに静まるのに気が付き、少女はえっ? と言う様に怪訝そうに首を傾げた。
 何が起きているのか、全く分かっていない……そんな様子で。
「私……どうして?」
 その問いかけに、弾切れになった『アイギス』から素早く『拳銃』に持ち替えて『焔凰』達による爆発の連鎖で絶えず女吸血鬼達に攻撃を続け、敬輔と共に、ロイに肉薄しようとする結城を支援するパラスが、思わず溜息をついた。
「まあ、そんな事だろうとは思っていたけれどね。要するにアンタは選び取らされそうになっていた、ってだけの事だよ」
「選び取らされそうに……?」
 そのパラスの呟きに。
 怪訝そうに小首を傾げる少女に、そうだね、と共苦の痛みから絶え間なく流れ込んでくる灼熱感に身を焦がしながら、暁音が同意とばかりに首肯した。
「貴女が本当は間違っているのかどうか、そんなのは、誰にも分かりはしない事なんだ。そう……貴女自身にさえも。ただ……そうであるのが『当然』と、ロイは貴女に自分の考えを押し付けようとしていた。あの甘い視線と、蕩ける様な声によってね」
「……」
 暁音にそう告げられた少女は、ゆっくりと顔を上げ、自分を庇う様に立つ全身鎧に身を包んだ、助太刀に来た、と言ってくれた騎士様……トリテレイアを見る。
 自分に向けられている視線が、憧憬と呼ばれるものである事を理解しながらも、トリテレイアは内心、自嘲の笑みを隠せない。
 けれどもこれは、必要な嘘。
(「恐らく、彼女が本当に大切だった人……」)
 ――司狼様と、少女がまた巡り合うその時まで、突き通す必要のある騙り。
「ロイに従う事が、君にとって、本当に幸福だったのかな?」
 と、此処で。
 クロネコ刺繍入りの緋色の結界を展開していた統哉のさりげない呼び掛けに、えっ? と少女が首を傾げた。
 ――私の……幸福?
「今も、だけれど。そんなに苦しそうで……悲しそうな顔をして、その上痛むかの様に胸を押さえ続ける、君にとって」
「……!」
 その、統哉の言の葉に。
 少女が何処かはっ、とした表情になり、その目に戸惑いと後悔を宿して世界を見る。
 ――自分が呼び出した、明けない夜の炎に照らし出され続ける……この世界を。
「……俺達は、猟兵だよ。だから、何時かは君と戦う事になるかも知れない」
 何処か悲しげに、突き放す様に。
 静かに訥々と、暁音が真実を語る。
 その言葉に、少女があっ、と小さく声を一つ上げた。
 脳裏に、一人の少年の姿が朧気ながら浮かび上がり……程なくして、消えていく。
「でもね。それは……今じゃない」
 戸惑う様に、怯えた様に。
 目を白黒させる和服姿の人狼の少女に、暁音はそう畳みかける。
「そう……少なくとも、あの男の言いなりになる儘に貴女が俺達と戦う必要は無いんだ……あの、司狼って人とも、きっと」
 暁音から紡ぎだされたその言の葉に。
「……っ!!」
 少女は、先程朧気に脳裏に浮かんだ少年の姿を先程よりもくっきりと思い出す。
 ――あの時、あの村で、自分と同じ様に着物を着ていた、『少年』の事を。
「あのロイって奴が、アンタに精神汚染をしたんだ。だったら、アタシはもう、これ以上あのロイって奴に容赦をする必要は無い」
 ――ガシャリ。
『ニケ』を指切り撃ちして、素早くマガジンを装填し直しながら呟くパラスに、少女は惑う。
 けれども、パラスは止まらない。
「――だから、アンタも好きにしな」
 少女が益々目を見開く間にも、トリテレイアもそうですね、と小さく首肯を一つ。
「先の戦いで私は約束いたしました。私は、貴女と共闘する、と。その言葉に嘘偽りはございません。ですので、どの様な事があろうとも、私も、今は、貴女の騎士となりましょう」
「……戦いなんて、本当はしなくていいに越したことはないんだ」
 そのトリテレイアの言葉を引き取る様に。
 星屑の光明を握りしめたままに暁音が小さくそう呟き、だが、と統哉が軽く首を横に振る。
「俺達だけじゃ、あいつを……ロイを倒すには、力不足なんだ。司狼や、俺の友である敬輔を、俺は救いたい。そして……司狼や敬輔が味わった様な、繰り返す惨劇と、後悔に終止符を討ちたい。だから……」
 そこまで告げた所で。
 統哉が『宵』を握りしめながら、その右手を、少女へと差し出した。
「暁音やパラスには悪いが、俺は、君に一緒に戦って欲しい。……俺達と、一緒に。ロイを……彼が君達に齎した惨劇の……悲劇の連鎖を完全に止めることが出来るのは、未来を変えることが出来るのは……この戦場に敬輔がいる、今だけだから」
「……っ!」
 真直ぐに統哉に告げられた、それに。
 少女は、自らの胸が強く脈打つのを感じる。
(「ああ……そうだ」)
 私の……ううん、私『達』の。

 ――本当の、望みは……。


「……本当に、良いんですね?」
 臨界点ギリギリまで収束された火・水・風・地・闇・光の精霊達と、自らが契約した氷の精霊達の全ての魔力を収束させた、『イデア・キャノン』の目前に。
 背を向けて立つ少女のオブリビオンに流石にゴクリ、と生唾を飲み込みながら、ウィリアムが問いかける。
「……きっと、それが今の私の、望みだから」
 けれども、少女は決して譲らず、静かな決意と共に、そう答えた。
(「確かに、彼女の力と、『イデア・キャノン』に収束させた、この魔力を同時に放出すれば……」)
 恐らく最大出力で放たれるそれよりも、更に破壊力は爆発的に伸びるだろう。
 だが、それは……。
「貴女にとっても……」
 ――諸刃の剣だ。
 けれども少女はそれ以上答えずに、逆に何処か焦れた様子で呟く。
「……いつかは、ケリを付けなければ行けないのでしょう?」
 鈴の鳴る様な、少女のそれに。
 ウィリアムが諦念と覚悟を籠めて溜息を一つ吐き、そうですね、と静かに頷いた。
 既に『イデア・キャノン』の砲口には、積層立体魔法陣が全力展開され、今までに搔き集めてきた精霊達の莫大な魔力が凝縮しきっている。
 中でも氷の精霊達の力は膨れ上がる程で、これ以上となれば限界がきて『イデア・キャノン』が持たないだろう。
 ならば……自らが集めた火の精霊達のみならず、少女の操る『炎』をも、自らの『氷』の魔力とぶつけ合い、強引に融合させた爆砕魔法を起動させるのは、現状、最善の選択なのだ。
 そう、結論付けた、ウィリアムが。
「……Release」
 『イデア・キャノン』を起動させるトリガーと化していた『スプラッシュ』を強く握りしめ、グリップ代わりに、その引金を引く。
「……Elemental Cannon Fire!」
 発射のための、キーワードを叫びながら。
 その、ウィリアムの叫びに応じる様に。
 臨界点まで収束された氷の精霊達が、巨大な全てを凍てつかせる巨大な砲弾と化して、少女を押し出す様に発射される。
 凝縮された氷の精霊達によって最大限まで収束された氷の魔弾による殴りつけられる様な凄まじい衝撃を、加速に利用して。
 全身を白炎の塊へと変化させた少女は、音速を越える速度で戦場へと急迫し、それに追随する様に、全身の悲鳴を無視したトリテレイアと、決意の表情を抱いた統哉が、パラスの援護を受けて、敬輔達の待つ戦場へと駆け出していく。
(「これが……貴女の選んだ道、か」)
 パラスの隣で、星と闇を司るエトワール&ノワールを連結させてマシンガンモードに変形させ、パラスの弾幕に合わせる様に、更に弾幕を密にしながら、暁音は思う。
 ――不思議なことに、先程迄の灼熱する様な共苦の痛みは引き……代わりに、世界の嘆きそのものとも呼べる刺し貫く様な痛みが、絶えず、暁音の体を襲っていた。
 

 一方、その頃。
 最奥部から下りてきた援軍によって新たな肉壁を作り出したロイは、その間にも死体の喉元に齧りつき、何体ものレッサーヴァンパイアを生み出していた。
「……外道が」
 その様子に気が付いた結城が吐き捨てる様に呟き、『焔凰』による、連続火炎爆撃を繰り返すが、その死者の群れをものともせず、自分達を肉壁と定義づけた女性吸血鬼達が、それでも尚果敢に向かってくることに、苦々しさを禁じ得ない。
「外道たる私を滅ぼすのではございませんでしたか? それ程までに我が花嫁達との戯れがお気に召しましたか? それでは、そろそろ幕引きと、参りましょうか」
 陽太のインプを滅してパチン、と指を鳴らして、再び女吸血鬼達を召喚しながら、倒れた女吸血鬼達の血を吸い、レッサーヴァンパイアとして、彼女達を再び蘇生させるロイ。
「……ちっ」
 焼き尽くしても、焼き尽くしても現れる女吸血鬼達に業を煮やした結城が、骸魂『九尾の鬼神』を纏い、一時的にオブリビオンと化し、一気に鎮圧するべきだと結論づけ、その為に『九尾の鬼神』を呼び出そうとした、正にその時。
「アタシの役目は、露払いさ。……若者達が、自分で自分の道を選べる様にね」
 呟きと共に後方から、パラスが解き放った無数の銃弾が飛び交い。
「あの子が覚悟を決めたのであれば、其れを手助けするのは俺の、俺達の役割でもあるからね」
 パラスに続く様にマシンガン形態のエトワール&ノワールを暁音が乱射。
「遅くなりまして、誠に申し訳ございません、響様」
 女吸血鬼達の援軍にロイの背後を取らんことを欲し、残像を曳いて攪乱しながら旋風の如き回転を加えて、自らの決然たる意志を示す青白い炎を灯す、ブレイズブルーを振るって女吸血鬼達を屠っていた響の死角から、響を狙った女吸血鬼の牙から彼女を守るべく、全身鎧を、限界を超えて駆使して外装がボロボロになり大型盾のコーティングが剥げ、儀式剣の刃を欠けさせながらも尚、止まることの無い決死の進軍を続けるトリテレイアが姿を現し。
「敬輔! 奏! 待たせたな!」
 女吸血鬼達に進軍を阻まれていた敬輔と、其れを献身的に守る様に傷だらけになりながらも尚護り続けていた奏に並ぶ様に、闇夜を照らす松明の如き、橙色の淡い輝きを大鎌の刃先に曳かせながらその女吸血鬼達の『邪心』を纏めて断ち切って統哉が敬輔達の元へと駆けつける。
 ――そして。
「……もう、私は迷わないから」
 全てを凍てつかせんばかりの、無限にも思える無数の氷の精霊達を従えた全身を白炎へと変えた影が、一気に女吸血鬼達を切り抜けるべく、ユーベルコードを起動させようとしていた司狼の脇を光の粒子の様に駆け抜けて……。
 ――数多の女吸血鬼達を焼き払い、同時に周囲のレッサーヴァンパイア及び、死体達を血肉事凍てつかせ、焼き尽くした。
「これは……!」
 嬲り殺されそうな程にあまりにも圧倒的な熱量と精霊力に吹き飛ばされそうになりながらも、吸血鬼としての膂力を生かして、統哉が仕留めきれなかった僅かな女吸血鬼達に、瞬が後方から撃ち出した【1】と胸に刻み込まれた鷲達の急襲に合わせる様に、灼熱の衝撃波を敬輔が叩きこんだ、その刹那。
 ――モワモワモワ……と、白煙と氷霧が晴れ、一人残らず焼き尽くされた女吸血鬼達と、レッサーヴァンパイア達の中央に。
「……全部、終わらせよう……司狼」
「……っ!」
 姿を現した着物の『少女』が何気なく告げたそれに、先程の疑念を確信に変えた司狼が、思わず大きく目を見開いた。


 ――核爆発では無いのかと錯覚するほどに強大で爆発した、閃光の氷炎。
 その余韻の様に残されていた白煙と氷霧が完全に晴れた向こうに立っていたのは……ほんの2~3人の女吸血鬼と、ロイ、只一人。
 肉壁にしていた女吸血鬼達を失ったロイが、この時初めて動揺を露わに叫んだ。
「ばっ……馬鹿なっ!? 私の愛を享受し、私の愛によって育まれることにしか存在価値の無かった、私の愛する肉壁達が、ほぼ残さず殲滅された……だと!?」
 相変わらずの蕩ける様な、そんな声。
 けれども爆発の衝撃故か、それともウィリアムの撃ち出した氷の精霊達の大爆発によって精霊達が千々に乱れ、其々が周囲に展開されていた氷塊と重なり合い、氷の盾と化して、音を遮っているが故か。
 先程はあれ程までに苦戦し、苦悩したあの声の声量と強制力が大きく、大きく減じていることを陽太は肌で感じ取っていた。
「……やはり、あいつらをその程度にしか見ていなかった、と言う事か」
 ロイのヒステリックな叫びに淡々と陽太が返しながら、十字に構えていた二槍を引き、懐から1枚の、最初に契約した悪魔、アスモデウスの極炎を封じたデビルカードを取り出し、ロイに向けて投擲する。
 まだ、辛うじて生き残っていた女吸血鬼達が陽太の敵意に反応し、獄炎から主を守ろうと動くが、其れよりも早く、その動きを読んでいた司狼が前傾姿勢になって戦場を駆け抜けていた。
『記憶は遠き刻の果て 絆は深き闇の底 全ては遙か夢幻の先に』
 呟きながら疾駆する司狼の魔術兵装、影狩人がふわり、と風に靡いて消える様に姿を掻き消したと、思いきやまるで獏の様な……異常な獣の姿へと変形し、その女吸血鬼達に頭から齧り付く。
 その一撃によって、女吸血鬼達は自らの記憶……即ち、陽太の顔と、その存在を忘れ、自分達が何をしていたのか、戸惑う様に顔を見合わせた。
「……終わりだぜ」
 その2人の吸血鬼の顔を、司狼は覚えている。
 確か、自分の里にいた自分や、あの子を見守る、面倒見の良い姉御肌の娘と、もう一人は……。
(「――だったか?」)
 カシャン。
 自分の中で、まるで硝子が砕けたかの様な音が、耳に聞こえた。
 記憶がまた、欠落してしまった……そんな感じだ。
 いや元々欠落していた記憶を掘り起こそうとして、初めてその事実に気がついたのか。
(「まあ……良いだろう」)
 それよりもずっと、ずっと手放せない……大切な『キミ』とは、もうすぐ、巡り会えそうだから。
 胸中で司狼がそう結論づけたその時には、既にその手の刀は、陽炎刀から、封狼刀と、連刀・一式に持ち替えられていて。
 獏の様に、或いは見方によっては狼の様にも見る事の出来る異形へと変形した自らの影で彼女達の記憶を消去し、そのまま一体の吸血鬼の喉笛を連刀・一式で貫き、陽炎の様に揺らめく灰の刀閃と共に、もう一体の女吸血鬼を真っ向両断に斬り裂いていた。
 陽太の獄炎の炎を宿したデビルカードが、結果としてロイに突き刺さる。
「地獄の炎に焼かれて、果てろ」
 冷酷に呟く陽太のそれに合わせる様に。
 放たれた焔がロイの体を焼くその間にも、最後の1体と化した女吸血鬼が、敬輔を抑えるべく、パラス達の銃弾の雨を掻い潜って肉薄してきていた。
「……っ!」
 その相手が、嘗て自らの里の人間であったことを、崩れ落ちつつある顔から思い出し、敬輔が一瞬躊躇を覚えるが……。
「やっぱりいたんだな。司狼の嘗ての知人も……敬輔の、里の人間も。……『安らかに』」
 統哉が祈る様に呟きながら、自分達に襲いかかってきていた女吸血鬼に、『宵』を一閃。
 宵闇の中を淡く照らし出す蛍の様な淡い輝きを伴った『宵』の漆黒の刃が、敬輔の知人であった女吸血鬼の中にあった『邪心』を断ち切り、そのまま静かな眠りへと堕としていく。
 ロイがそれに気がつき、咄嗟にその女吸血鬼に近付き、その血を再び吸おうとした、正にその時だった。
「逃がしはしないよ!」
 そのロイの背後から心底ロイを嫌悪する低い声と共に、響がその口に猿轡を噛ませたのは。
「むぐうっ?!」
 咄嗟に其方を向き、魅了光線を撃ち出そうとしたロイの両手を後ろ手に手枷で締め上げ、更にその両足を拘束ロープでグルグル巻きに縛り上げる響。
「さぁ、アンタ達! こいつに存分にその怒り、叩き付けてやりなっ!」
「とっととこの世から消えちまえ! この野郎っ!」
 響のその叫びに合わせる様に。
 瞬が怒声と共に、まだ生き残っていた【1】とその胸に刻み込まれていた鷲たちを見て、月虹の杖を高々と掲げ上げた。
 ――先程の炎と氷の大爆発の衝撃で、砕けた天空から差し込む月光を、存分にその杖に受けながら。
 杖が吸収した、月光と瞬の背後の銀の光が混ざり合って鷹達に降り注ぐ。
 次の瞬間には、その胸に【10】と描き出された巨大な鷲が姿を現した。
 バサリ、と大きく翼を羽ばたかせた巨鷲が、ロイを啄まんと、大空を滑空しながら旋回し、そのロイの片目を貫いている。
「~~~~~~っ!!!!!!」
 響に猿轡を噛まされ、声なき絶叫を上げるロイの姿を見た結城が改めて、自らの大罪の名を冠する5つの尾を振り翳した。
 其れと同時に彼の頭上に姿を現したのは、九つの尾を持つ、一体の鬼神。
 ――骸魂、『九尾の鬼神』
「一時的でも貴様と同族になるとは、正直虫唾が走るがな」
 全身に其れを宿した結城が、厳かな口調でそう告げながら身動きが取れなくなっているロイへと肉薄する。
 全身を響に締め上げられながらも尚、まだ残している手勢としていた女吸血鬼達をロイが再召喚しようとするが……。
「だが……貴様のその傲慢な愛を砕くためであれば、躊躇はせぬ」
『九尾の鬼神』と化し、ほぼロイと同等の戦闘能力を得、自らが身に纏う天駆にて正しく神風の如き速さで肉薄する結城の速度には、召喚が追いつかない。
 そのまま結城は己が御供竜紅蓮氷牙を、全身を凍てつかせる氷牙へと変形させ、ロイの身に突き立て、グリグリと傷口に其れを捻り込み、その胸の傷口を、大きく、大きく広げていった。
(「いっそ、このまま殺してしまえば良い。所詮、此奴は外道だ」)
 そう、自らに取り憑いている鬼神が囁きかけるが、結城は敬輔の方を見やって、静かに頭を横に振り、思念でそれに、こう応じた。
(「その役割を果たすべきは、俺……俺『達』ではないぜ。それは、貴様もよく分かっているだろう」)
(「ふん……まぁ、貴様がそう言うのであれば、我は構わぬ」)
 狂気的なまでの、オブリビオンへの殺意を……外道への憎悪を掻き消す様に低く呻き、静かに自分の中に沈んでいく九尾の鬼神に頷き、自らの外道に対する燃え滾る殺意が消えて、静かに眠りの淵に落ちていくのを感じながら、結城が告げる。
「おい、敬輔。もし此処でしくじったら、俺がぶっ殺すぞ。……後は頼むわ」
 そのままグースカとその場に頽れる様に眠りこける結城の……戦友の姿に、微苦笑を浮かべる司狼もまた、自らの裡にあるこの仇に対する狂気を抑え込む様にしながら、敬輔へとその言葉を投げかける。
「顔も知らん仇に、俺が執着する必要は無い。敬輔、後はお前が決めろ」
 呟きながら、ひゅん、とその異常存在と化した影に、ロイの体の一部を喰らわせる司狼。
 司狼に嗾けられた獣は、ロイの自分達、と言う『敵』の存在を喰らわせ忘却させ、ロイが今、何が起きているのか分からないという表情で、残された片目を白黒させていた。
 混乱するロイの姿に興味を失った司狼は、激しい疲労で膝をつく少女の方へと駆けていった。
「さて……敬輔様。そろそろ、決着の時かと存じ上げます」
 トリテレイアが、響の拘束ロープが締め上げているロイの両足の内、右足にワイヤーアンカー兼用マルチハッキングジャックからワイヤーアンカーを射出して、その片足を締め上げ電流を流し、これ以上の女吸血鬼達の召喚を封殺し。
「さあ、敬輔さん、このふざけた誘惑者に、終わりを!!」
 奏がエレメンタル・シールドを左足に叩き付けて、その足をボキリ、と叩き折る。
「行け、敬輔!! このふざけた奴に君や彼が受けた苦しみ、里や村の人の無念、存分に味合わせてやれ!!」
 完全に身動きを止めたロイの姿を一瞥した瞬が叫び声を上げ。
「後は頼んだぜ、敬輔」
 ポン、と統哉が敬輔のその背を押した。
 統哉にその背を押されるままに。
 敬輔が黒剣を刺突の態勢に構えて一瞬体を引いて、バネの要領で勢いを付けて、その身を加速させる。
「ウオオオオオオオオッ!」
 雄叫びと共に響の猿轡を貫通させて、その口腔内を赤黒く光り輝く刃先を持つ黒剣で貫いた。
(「これは……あの同族殺しと、司狼の後悔と怒り!!!!!」)
「アアアアアアアアッ!」
 口腔内から喉元までを突き通した黒剣を、撥ね上げる様に振り上げる敬輔。
 ――パシャリッ。
 その刃はぬめることなく、ロイの喉から頭蓋骨に掛けてを切り裂き、脳髄まで達さんばかりの勢いで撥ね上げられ。
(「これは……結城や統哉、パラスに瞬……俺に貴様を止めを刺すことを託してくれた者達の想い!!!!!」)
 ――そして。
 敬輔は、黒剣を引き抜き、大地と水平に構え直した其れを、腰を深く落としながら半身になって構えて、駆け出した。
「――これは……っ! 俺の……貴様達に対する、憤怒と復讐心だ!!!!!」
 その叫びと、ほぼ同時に。
 敬輔の黒剣が、結城によってぽっかりと空いたロイのその胸の骨を易々と貫き……そのまま心臓を貫いた。
 黒剣が背中まで容易く貫通し、その黒剣の先端に大量の血飛沫が付着し、心臓を破裂させ、既に彼に止めを刺していることを、黒剣から伝わってくる衝撃ではっきりと感じながらも、冷たい真紅の両目に、底知れぬ強い輝きを称えて、敬輔が問う。
「答えろ、ロイ。加耶は……お前の毒牙を受けた俺の妹は……何処にいる?」
 ――ヒュー、ヒュー。
 既に声にもならないそれで、まるで末期の痙攣の如く、頭を横に振るロイ。
 敬輔はその答えに暗い表情を過ぎらせながら、まだ辛うじて残されているロイの喉元に食らいつき、ロイの血を啜り上げて嚥下した後。
「ならば……もう、貴様に用は無い。永遠に、果てて消えろ」
 冷たく告げてそのまま横薙ぎに黒剣を振ってその身を断ち切りながら、残された下半身を、容赦なく蹴って黒剣を回収し鞘に納め、空を見上げた。
「加耶……お前は、何処に……?」
 敬輔の呟きは風に乗り、虚空の果てへと消えていった。


(「……領主との戦いはこれで決着、ですね。控えめに言って、反吐を吐きたくなる様な、そんな相手でしたから、一先ず奴が骸の海へと還っていったのは、不幸中の幸い、でしょうか」)
 全力の魔力を解放した凄まじい疲労感に、『イデア・キャノン』をしまい、その場にへたり込みながら。
 ウィリアムが疲れた様に息を吐く姿を認め、暁音がウィリアムに癒しの光を施す。
「……ウィリアムさん」
「ええ、分かっています。これでもまだ……終わりじゃ、ないんですよね」
 暁音の呟きに軽く肩で息をしながら頷き返すウィリアムに、そうだね、とパラスが頷き返して一先ずホルスターに二丁拳銃を納め、さて、と小さく呟きを一つ。
「とは言え、あの子を、司狼はどうするつもりだろうね。まあ、アタシに出来るのは、アイツらがあの子に止めを刺すことが出来なければ……代わりにあの子を楽にしてやる、位のことだが」
「……さて、其れしか本当に答えはねぇのかね?」
 目前の『敵』が、いなくなったからだろう。
 被り続けていた白のマスケラを外し、元の軽薄な空気を纏い始めた陽太に、どうだろうね、とパラスが答える。
「それ以外にも、解決する手段はあるだろうね。問題は……その為には、どうやってあの子を納得させるのか……其れを考える必要があるだろう事だけれども」
「……そうだね。彼女はある程度自分がどう言う立場なのかは分かっている。けれども、だからこそ、俺達と相容れることが出来ない事も、多分、何処かで分かっているんだ」
 パラスの言葉に独り言の様に返しながら、暁音が無意識に共苦の痛みのある場所を撫でる。
 そうしながら星屑の光明を左手で握りしめる暁音の姿を見て、陽太がヴァンパイア形態を解除し、これから起こるであろう光景を想像し、やりきれない気分を抱いたままに、溜息をついた。
「……敬輔。吸血衝動に苦しむだろうが、其れを満たすのは、もう少し後だ。お前も……司狼と一緒に、きちんと向き合わなきゃ行けないからな」

 ――己の影でもある、オブリビオンである同族殺しの『少女』の想いと、な。

 周囲の死体達を弔いの意味を籠めてアスモデウスを呼び出して焼却しながらの陽太のその呟きは、誰の耳にも届かない。

 ――この、地獄絵図の様に燃えさかり続ける炎が消えぬ、その限りは。


 ――欠けている。
 ――俺の記憶は、所々がまるで歯抜けの様に落ちている。
 ――だから、結局、弱肉強食の理に敗れたあの村の記憶も、所々抜けている。
 ――けれども。
 ――はっきりと、覚えていることがある。
 ――それは……おべべを着た、女の子。
 ――あの村で着物なんて、俺と、あいつしか着ていなかった。
 ――だから、はっきり分かるのだ。
 ――こいつの。
 ――この同族殺しと化した彼女の、その核は……。


 口元に、歪な笑みを浮かべながら。
 先の戦いで力を使い果たし、ハァ、ハァ、と肩で息をする少女に静かに近寄り、司狼が、彼女の隣にそっとひざまずく。
 仇は、もうその時の惨状を実際に目の辺りにしたあの男……敬輔に任せておけば、其れで良い。
 そして、絶叫も、命乞いもする声も聞こえなかったと言う事は……それだけ惨い最期を遂げた、と言う事だろう。
(「ならばこれ以上……俺が、あいつに執着する理由は全く無い」)
 寧ろ、今も尚、彼女を中心として描き出されているこの炎の幻と。
 その幻を生み出し続けているこいつの事の方が、余程重要だろうと司狼は思う。
 隣で大の字になってグースカ寝ていた筈の結城がぱっちりと目を開き……司狼に向けて笑みを浮かべた。
「敬輔はどうやら、無事に殺せたみたいだな。お前は、これで良かったのか?」
 肉食獣の笑みを浮かべた結城のそれに、口元に深い笑みを閃かせて、ああ、と司狼が頷き返した。
「俺は所詮『間に合わなかった』んだ。だから、今度はどうせなら間に合わせたい」
「はっ。そうかよ」
 呟きあぐらを掻いて起き上がる結城と、全身を纏っていた光によって、その装甲と大型盾、儀式剣が半ば半壊した、と言う状況になっているトリテレイアが司狼様、と静かに続きを彼に促すと。
 司狼がそれに頷き、何処か優しげにも、皮肉げにも見える笑みを浮かべて、その背が霜焼けでボロボロになっている少女をみて、よう、と気安く声を掛けた。
「……しー君」
 少女の、その呼びかけに。
 奇妙な懐旧が、胸を過ぎる。
「あの時僕は、『間に合わなかった』、そしてキミは……『死に損なった』んだね」
 ――ならば、どうすれば良いのだろうか。
 死に損ない、オブリビオンと化してしまった、『幼馴染み』の想いを核とする後悔を常に胸に抱き続ける少女。
 そして自分は……今、周囲で繰り広げられている惨状からこの『幼馴染み』や村人達を守る事が出来なかった……『間に合わなかった』猟兵。
 そんな自分が何となく腹立たしくなって、司狼が困った様にポリポリと髪を掻く姿を見て、少女は笑う。
「しー君は、いっつもそうだったよね。迷ったり、困ったりした時は、そうしていつも髪を掻いて、誤魔化そうと必死になってた」
「……そうだったか?」
 怪訝そうに首を傾げる司狼に、うん、と少女が頷きを一つ。
「でも……しー君は、強くなったんだね。あの頃よりも、ずっと、ずっと」
「さて……どうなんだろうね。キミは……いや、お前は……」
 ――あの頃と、変わらない。
 何かあれば、こんな風に他愛ない話をして。
 十中八九、喧嘩別ればかりだったけれども……翌日にはすっかりさっぱり忘れて、また普通に色々して。
 所々に罅が入っているが、それでも、そんな記憶ばかりが、彼女との記憶としては残っている。
 ――それは、どうしようも無いけれど大切な……何処までも大切な、腐れ縁。
 だから……。
「……本当に、最期まで捻くれた縁になったものだね。僕達は」
「そうだね。でも、それでも私は、今も尚生きていて良かった、と思っているよ」
 少女の……『同族殺し』の、その言葉に。
 司狼が思わず肩を竦めた。
「何言っているんだよ、死んでいる癖に。それに……まだ、終わってない……そう言うことだろ」
 その、司狼の呼びかけに。
 そうだね、と少女が頷き、束の間遠くを見る様な表情になる。

 ――自分が生み出し今も尚消えることの無い……その炎の向こうに見える景色を。

「あいつへの復讐を果たすことが出来たのは、素直に嬉しいんだけれど。やっぱり私のこの胸にある悲しさは……後悔は、決して埋まらないんだよ、しー君」
「……っ!」
 彼女のその告白に。
 敬輔の方を気遣いつつ、其れまで彼女の話を聞き続けていた統哉が、ビクリ、と思わず肩を振るわせた。
 パラスや陽太もまた、分かっていたのであろう。
 改めて武器を構え直し、ウィリアムも『スプラッシュ』を杖に立ち上がり、暁音は、共苦の痛みが刺すような痛みを受け続けつつ、星杖シュテルシアを構え直した。
 傍で胡座を掻き、じっ、と司狼と彼女の会話に耳を傾けていた結城もゆっくりと立ち上がり、全身鎧と、儀式剣、大型盾の全てに光の過負荷による罅が入っているのを見ていたトリテレイアもまた、ゆっくりと儀式剣と盾を携えて、少女を見る。
「……やっぱり、戦わなきゃ、駄目なんですか?」
 からからに、喉が渇くのを感じながら。
 微かに震える声音で問いかける奏に多分、そうだね、と少女は答えた。
「でも……私達の仇を取ってくれた皆とは、正直私は戦いたくない。でも……どうしようもないんだ。今のままじゃ……この館に回っている炎は……」
「アンタが呼び出したこの惨状を見せつけ続ける炎は、燃えさかり続けるって訳か」
 重苦しい息を一つ吐きながら。
 響がそう少女に問いかけるのに、少女は小さく頷いた。
「だから……皆に教えて欲しいの。私がどうすれば、この後悔に打ち勝つことが出来るのか。私が私のために、私をどうしたら良いのか……その方法を」
「……っ」
 その、少女の切々とした呼びかけと、何処か幼さの残る顔立ちに。
 妹の加耶の面影が無意識に重なり合っている様に見えて、敬輔がぎり、と唇を強く、強く噛み締めた。
「敬輔さん……」
 ロイが滅びたが故に、精神的に落ち着いたのであろう。
 敬輔を労る様な瞬の呼びかけに、敬輔は、分かっている、と短く答えるが、その瞳は、躊躇いに揺れている。
 ――然れど。
「これはもう、司狼だけが向き合えば良い問題じゃないぜ、敬輔。俺達もまた、向き合い……そして、見届けなきゃ行けない事だ」
 そう、静かに告げる統哉の言葉に。
「……そう、だな」
 掠れ掠れの、その声で。
 敬輔が小さく返しながら、熱くなる自らの喉を、そっと撫でた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『いつかの後悔』

POW   :    終わりは夜とともに訪れて
【朝を迎えるまで消えることの無い炎】を降らせる事で、戦場全体が【その地に刻まれた惨状】と同じ環境に変化する。[その地に刻まれた惨状]に適応した者の行動成功率が上昇する。
SPD   :    そして全ては灰になり
肉体の一部もしくは全部を【高熱の白炎】に変異させ、高熱の白炎の持つ特性と、狭い隙間に入り込む能力を得る。
WIZ   :    けれど苦痛に終り無く
戦場全体に、【何度でも再生する村そのもの】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
👑8
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は彼岸花・司狼です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


*業務連絡:第3章プレイング受付期間、及びリプレイ執筆期間は下記となります。
プレイング受付期間:7月31日(金)8時31分~8月2日(日)13:00頃迄。
リプレイ執筆期間:8月2日(日)14:00以降~8月3日(月)一杯迄。
上記日程でプレイングをお送り頂けますよう、何卒、宜しくお願い申し上げます*

「……御免ね、猟兵の皆」
 何処までも悲しげに、寂しげに。
 猟兵達から静々と距離を取った同族殺しの少女が悲しげに猟兵達に話しかける。
 彼女の背後に移るのは……決して消えることの無い、『惨状』

 ――それは、彼女が経験した、後悔の証。

「私は、狂える同族殺し。この後悔を満たすその時まで……決して止まることは出来ないの」

 ――もう、背負い過ぎてしまったから。

 自身の……そして、ロイによって滅ぼされた村や、里の後悔の多くをも。
「だから……お願い。私を止めて」

 ――戦いたくない私を……けれども決して満たされることの無い後悔を、満たすための想いと方法を、私に教えて。

 そう心の裡で静かに問いかける着物を着た人狼の少女の黒き瞳は……何処までも、悲しく、哀しく、けれども美しく、透き通っていた。

*判定の結果、彼女は猟兵達との戦いを拒む同族殺しと化しました。その為、対話による呼びかけが可能となりました。
*通常通り戦闘で倒すことも可能ですが、その場合、彼女の方は『自衛行動』として行動を起こすことになりますので、その分、猟兵側の難易度が大幅に上昇します。
*尚、現在彼女が見せてくれている彼女の村の惨状の光景についてですが、彼女との対話のために、もし望むのであれば、自身が経験した惨状や、過去の光景を移しだして貰い、其れを基にしたプレイングによる対話も可能です。
*必要成功数とは別に、『対話』の結果として彼女を倒す事が出来た場合、彼女の魂は救済されたと言う扱いとなり、この決して止むことの無い炎事、完全消滅します。

 ――それでは、良き救済を。
パラス・アテナ
後悔ね
アンタは何を後悔してるんだい?

後悔ってのは自分のしでかしたことを
後になって失敗だったと悔やむことだろう?
アンタは何を失敗したんだい?

(詳細お任せ過去の炎)
アンタの仕事が戦うことで、守るべき者を守れなかったのならば後悔もするさ
何かの事情でオブリビオンの甘言に乗った市長を止められなかったなら分かる
自分の行動の愚かさで大事な人を傷つけたのなら、悔やんでも悔やみきれない

アンタの後悔は何だい?
辛いだろうが思い返してみな

まあね
後悔なんて消えやしないよ
折り合いをつけるしかない
しでかしたことのお陰で
幸せになれたと実感でもしない限りはね

アンタの幸せが何かは分からないが
この戦いで手にできたことを祈ってるよ


彼岸花・司狼
今度は間に合った、と言えるのかね、これは
後悔を…満たせていたら、きっとこんな再会は無かったんだろうな。
だが、永劫回帰に終止符を、死者には死者の安寧を。

正直な所もう、村でのことはキミ以外ははっきり覚えちゃいないんだ。
諸悪の根源はもう消えて、キミが戦う必要性はなくなった。
あとは…この後悔を終らせるだけ。

UCで惨状の記憶と後悔を、惨状以前の日常風景を懐古させて塗りつぶす。
風に香る花は忘憂花、それでも後悔を捨てきれなかったなら。
斬らねばならぬと言うのなら、自分の手で終らせる。
人任せにだけはしない。

口にせずとも、伝わる言葉はある
最期に手向けるは紫苑、その花言葉は…

哀しいかな、もう誰も「僕」を覚えていない


トリテレイア・ゼロナイン
類似した境遇の村が骸の海で混ざったか
『貴女でない貴女』とお会いしたことがあります
(依頼【過去の人殺し】)

吸血鬼達の虐殺による滅びを繰り返し拡大する過去の村
…それを防ぐ為、私は虐殺を代行し完全に滅ぼしました

赦しは乞いません
必要であったと断言します

超常の存在の貴女ならば、私が克明に記録したデータから反映することも可能な筈です
『平和な村を襲う敵』を

過去は不変
ですが、貴女の村の悲劇が不可避であったのか
それを検証することで求める物が見つかるやもしれません

彼に、猟兵に、ご自身に

目の前の理不尽に対して貴女は何を望まれますか?

吸血鬼達の意匠が騎士なのは私の影響でしょうね…

最期に失望させて申し訳ない限りです


護堂・結城
司狼、お前の後悔だ、お前がけりをつけろ
…一度殺し合った仲だ、見届けてやるよ戦友

例えお前が忘れても、俺が覚えといてやる

【POW】

後悔を満たす、か
この眼が不気味だと、怪異と共にくたばれば良かったのにと、子を子と思わない外道ばかりの故郷だった
救う為に手を伸ばす事に疲れ、怪異が来た時に見捨てた俺が言えることはねぇ

まぁ、少しばかり炎を抑える手伝いはしよう
指定UCを発動【浄化・破魔】の【大声・歌唱】で炎を維持する力を削ぎ
司狼の背中を押したらあとは見守るとしよう

何年も遅れて、ようやく間に合ったんだお互いに『今回も伝えられなかった事』を残すのはなしだぜ?


ウィリアム・バークリー
『スプラッシュ』を納剣。彼女が望むなら手放しましょう。
彼女には「礼儀作法」で接します。

背中、大丈夫ですか? ちょっと見せてください。
ん、かなり酷いですね。ごめんなさい。
せめて生まれながらの光で治癒しましょう。

過去の存在であるオブリビオンは、過去を全肯定し現在を憎むものです。全てがそうとは言いませんが、その極めつけの帝竜と戦ったことはあります。
だけどあなたは、過去を悔やんでいる。それは、手段さえあれば過去をやり直したいということ。
あなたの心は、まだヒトのままなんだ。だから、オブリビオンの身体と齟齬を起こして、狂ってしまった。
肉体という牢獄から解き放たれれば、あなたはまだヒトとして逝けるはずです。


天星・暁音
俺は時がくるまで戦いたくないという君と戦うつもりはないよ
ただ、その後悔に潰されてどうしようもなく
背負ったものが重すぎて存在しているのも嫌というなら…
安らかに眠りにつかせてあげる為に、望むなら戦う事も受け入れる
でも、答えを急ぐ必要だけはないと思うよ…
もっと色々なもの見て知って触れてからでもいいんじゃないかな…
旅でもしてみれば?
止まれないのなら立ち止まらないで歩くといいよ
良い人もいれば悪い人も居るけれど誰かと触れ合うの大事だよ
背負ったものが重い時は独りにならないことだ

(まあ、君の末をどうするかは実の所、司狼さんに寄るとこも多いとは思うけど…彼が戦う解放するというなら手伝うけど)
アドリブ歓迎


真宮・響
【真宮家】で参加

大切な人が住む所。大事な幼馴染の司狼と過ごした大事な思い出が残る場所。その場所が壊滅するのを止められなかった後悔。それがアンタを形作ってんだね。

アタシにも後悔はある。夫を目の前で死なせてしまった後悔。もうちょっちと早く瞬の故郷に辿り着けてれば、何人かの人は助けられただろうか。

アタシはその後悔を家族と共有して今まで何とかやってきたが、アンタはたった一人で後悔を抱え続けたんだね。辛かったろう。

アタシに出来るのはただ一つだ。同族殺しの子を抱き締めて、頭を撫でてやる。アンタの、後悔、アタシたちが共有してやるから、もう頑張らなくていい。もう休んでいいんだ。故郷の人達の元へお還り。


真宮・奏
【真宮家】で参加

ご自分の故郷が滅ぼした出来事を止められなかった後悔・・・とてもお辛いと思います。私も目の前でお父さんが死ぬのを止められなかった後悔があります。私に力があったならば。

何より、私には辛い思い出があります。同族殺しの方に光景を再現して貰います。それは初めて瞬兄さんと会った日。多くの死体の中で呆然自失していた兄さん。

だから、貴女の心の痛みは良く分ります。私達が貴方の思いを覚えています。全部受け止めます。貴方は1人じゃない。だから、泣かないで。【手をつなぐ】で同族殺しの手を優しく握ります。貴方の周りには支える人がいる。貴方の重荷を少しでも抱えてあげれたら。その想い、届きますように・


神城・瞬
【真宮家】で参加

僕も、故郷を理不尽な襲撃で滅ぼされ、里の人を亡くしました。傭兵であった里の人は勇猛ながらも仁義に厚く、心優しい人だった。僕が生き残ったのは両親が命を捨ててまでも庇ってくれたから。

同族殺しの方に里が滅ぼされた日の惨状を再現して貰います。その場に母さんと奏が通りがからなかったら今の僕はなかった。

だから、君の後悔と心の痛みは痛い程良く分る。僕は母さんと奏がいた。でも君はその痛みを1人で抱えて来た。でも今は僕達がいる。君が抱える後悔と背負う物を少しでも共有させてくれ。君の心が少しでも安らぎ、安心して故郷の人達の元へいけるように。出来る限りの事はするよ。


文月・統哉
悲しみに胸が痛い
でも一方で
彼女の中で復讐が全てでない事にほっとする

炎の中の惨状
これが過去を映すものなら
その時計の針を巻き戻せないだろうか
惨劇の前へ
護りたかった村の日常へ
彼女の過ごした時間を辿りたい
惨劇が起きた事実は変えられずとも
出来る事はまだある気がするから

穏かな日常
この中で君は何をしたかった?
司狼に会えたらどうしたかった?
司狼も、欠けていた記憶の先に今は何が見えるだろうか
後悔するほど選びたかった選べなかった選択肢
でも二人が会えた今なら
新しい記憶をこの地に刻もう

少女と村の記憶は司狼の中に
俺達の中にも

穏かに少女を見送りたい

敬輔の村はどんな村だった?
どんな村にしたかった?
…彼の復讐の先にも、いつか


森宮・陽太
アドリブ他者絡み大歓迎

対話の前に
指定UCで皆の傷を癒す

…彼女の背後に映るのは
俺の忘却の彼方にある記憶

獄炎に包まれ燃え盛る部屋
血に塗れた俺の得物の二槍
事切れた我が子を抱え俺を非難する女性
それを俺は…白いマスケラ姿で無感情に見下ろすだけ

…おそらく、俺がかつて命じられて行った大量殺戮の記憶だ

命じられるまま殺しをした後悔は決して消えねえ
俺自身がこの過去は背負うしかねえんだ
それは彼女も同じだと思うぜ

だが、後悔の代わりに満たすための想いはある
…にーちゃん(宿敵主様)への愛情だ
だから、しっかり2人で話せ、な?

万が一敬輔が吸血衝動に耐えきれなくなったら
無理やり俺の腕を噛ませて拘束
他人の対話に水は差させねえ


館野・敬輔
アドリブ他者絡み大歓迎
指定UCは演出としてご自由に

喉が焼けるように熱いが
輸血用血液パックの封を切り一時的に衝動を緩和
短時間ならどうにか

ロイを討った今、彼女はこの場で倒すべき
だが、加耶の姿が重なって手を出せない

俺は故郷を、両親と加耶を救う力がなかったことを後悔した?
…おそらく、後悔しただろう
今までは復讐心に囚われ自覚してなかったか

俺自身が自分の後悔を満たせていないのに
彼女に満たす術を提示できるはずもない

だから、俺は結末を見届ける
…こういう時、加耶なら何て言うんだろうな

そもそも、彼女の後悔の原点はどこだ?

もし、万が一
どうしても、彼女と戦うしかなくなった時は
俺の持てる力を全て使って黒剣で叩き斬ろう




「だから……お願い。私を止めて」
 そう、呼びかけながら。
 自分達から少し距離を取り、両手を広げ、不戦の意志を示す何処までも美しく透き通った黒い瞳で見据えてくる少女と、束の間見つめ合うその瞳を見せぬ少年。
「今度は間に合った、と言えるのかね、これは……」
 ポツリ、と少年……彼岸花・司狼の口から零れ落ちた、何処か苦々しさの籠められた其れを聞き、司狼の隣に立った護堂・結城が、司狼の肩に、ポン、と手を乗せた。
「こいつは、お前の後悔でもあるんだ。だから、お前がケリを付けろ」
 その呟きに、何処か上の空と言った様子でああ、と答える司狼をチラリと横目で見やりながら、森宮・陽太が、ダイモン・デバイスの銃口を天へと突きつける。
「アンタと話すにせよ、戦うにせよ。傷は、な……」
 喉を掻き毟る様にしていた館野・敬輔が、懐から咄嗟に血液パックを取り出し、封を切ってそれを嚥下するのを確認しながら、陽太は銃の引金を引いた。
『不死の力持てしフェネクスよ、我が声に応えよ。その権能で傷つきし者の傷を癒せ』
 詠唱と共に、銃口の先に描かれた魔法陣の中央に刻まれるは、両翼を広げた巨鳥。
 その魔法陣に描き出された巨鳥が、バサリ、と羽ばたきと共に、鱗粉の様に暗闇を照らし出す灯籠の如き橙色の炎を撒き散らす。
 撒き散らされた炎にその傷と疲労を癒されながら、杖代わりに使用していたルーンソード『スプラッシュ』を納剣し、抵抗の意志を見せない少女に、ウィリアム・バークリーがゆっくりと歩み寄り、すみません、と囁きかけた。
「背中、大丈夫ですか? ちょっと見せて下さい」
「えっ……?」
 ウィリアムの労りの籠められたそれに少女が虚を衝かれたかの様に軽く瞬きをしつつも、くるりとその場で一回転。
 戦いの中で破れてボロボロになった着物に覆われていた背中が、酷い霜焼けになっているのが一瞬見えた。
「ん、かなり酷いですね」
 傷の状態を把握したウィリアムが呟き、頭を垂れる。
 空いた右手に、温かな光を称えながら。
「ごめんなさい。これがぼくに出来る、せめてものお詫びです」
 呟きと共に、少女に向けてその手の聖なる光を撃ち出すウィリアム。
 背にびっしりと張り付いていた無数の霜が、温かな光によってゆっくりと溶けていき、少女の傷を癒していった。
「どう……して?」
 周囲と自らの背後で燃え盛り続ける炎と、その炎の先に見える無数の惨状を肌で感じ取りながらの少女の問い。
 その問いかけに、答える様に。
 ゆっくりと何かをなぞる様に、真宮・響が言葉を紡ぐ。
「今、アンタが見せてくれているこの惨状。この光景は……アンタの大切な人達が住み、何よりも、誰よりも大切な幼馴染の司狼と過ごした思い出が残る場所なんだね」
 響の、その問いかけに。
 薄く淡い微笑を唇に乗せた少女が、こくり、と首を縦に振った。
 少女のその様子を見た文月・統哉が、胸の上に手を置いて小さく息を吐く。
 ――胸が、痛い。
 少女の体に刻みつけられた、悲壮で残酷にさえ思えるそれが。
 けれども統哉は心の片隅で、何処か安堵している自分がいることに気がついている。
 彼女の中にある全てが、『復讐』ではないと、分かったから。
「……後悔、ね」
 そんなやり取りをする間に。
 構え直したEK-I357N6『ニケ』とIGSーP221A5『アイギス』を懐に納めながら、パラス・アテナが独り言ちる。
 独り言と共に揺らめいた双眸は、炎の中に何を見出すのであろう。
 けれども、そんな感傷は露とも見せず。
「アンタは、何を後悔しているんだい?」
 押し殺す様に。
 突き放す様に。
 そう問いかけたパラスの呼びかけが、対話の始まりの引金を引いた。


「私の……後悔?」
 ウィリアムに傷を癒されて。
 胸を両手で包み込む様にしながら聞き返してくる少女に、そうだよ、とパラスが頷き返した。
「本来後悔ってのは、自分のしでかした事を、後になって失敗だったと悔やむことだろう? だとしたら、アンタは何を失敗したんだい?」
「私の……失敗」
 鋭い剃刀の様なパラスのそれに。
 分からないという様に小さく頭を振る少女に、トリテレイア・ゼロナインが呼び水ならんことを欲したか。
「もう、数ヶ月以上前の話になりますが。類似した境遇の村が、骸の海で混ざったのか、私は、『貴女でない貴女』とお会いしたことがございます」
 そう告げると、少女は思わず、と言った様にパチクリと瞬きを繰り返した。
「『私でない、私』?」
「はい、然様でございます」
 目を丸くする少女の反復にトリテレイアが面頬に軽く機械の手を乗せながら頷くと、少女はそう、と微かに呟き、それで、と問いかけた。
「騎士様。……その、『私でない私』は、何をしたの?」
 その、少女の問いかけに。
 トリテレイアの面頬の奥で光る翡翠色の瞳が明滅するが、それを見せぬ様に、トリテレイアは咄嗟に軽く顔を俯けた。
「『貴女でない貴女』は、吸血鬼達による村人達の虐殺による滅びを繰り返し拡大する過去の村を作り出しました。それは、オブリビオンと化した村そのもの。その『核』として、司狼様の言葉を借りれば、『貴女でない貴女』はおりました」
「……」
 淡々と事実のみを説明するトリテレイアを、少女は真正面から見つめている。
 それから少女は、自らが生み出していると『分かっている』周囲の光景をゆっくりと見回した。
 炎に包み込まれた村の中で、繰り返し続けられている『惨状』を。
「そっか。私だけじゃ、無かったんだね。それで騎士様はその時、どうやって其れを止めたの?」
「私は、無慈悲な殺戮機械として虐殺を代行する事こそが最善と、合理的な解を導きだし、それを行ない、完全にその村を滅ぼしました」
「……!!」
 無機質に紡ぎ出されたトリテレイアの最善とする『解』に。
 ゆっくりと深呼吸をする事で、血液パックをより深く自らの中に取り込んでいた敬輔と、神城・瞬が目を見開く。
「瞬兄さん……」
 嘗て、理不尽によって同様に故郷を滅ぼされた『義兄』である瞬に、真宮・奏が労る様に呼びかけ、瞬の手を握り。
「敬輔……」
 微かな動揺を露わにしつつも、統哉がそっと敬輔の肩に手を添えている。
 と、その時。
(「――っ」)
 不意に、電流が走ったかの様なそれを共苦の痛みを通して、天星・暁音が感じ取り、暁音は一瞬目を細めた。
 それは、先の戦いで感じた灼熱感とも、世界の嘆きを伝える様な、刺し貫かれる様な痛みでも無い。
 まるで自らの理想と、現実に今ある自分自身に懊悩している様な、そんな痛みだ。
(「これは……トリテレイアさんの痛みか」)
 その痛みに、暁音が軽く頭を振るその間にも。
 少女は透き通った瞳で、トリテレイアを映し出している。
「それじゃあ騎士様は、『その時』と同じ様に、私を今、殺すつもりなの?」
「はい。必要とあらば。そしてそれは……司狼様も同じでしょう」
 トリテレイアのそれに司狼は何も答えず、ただ真っ直ぐに少女を見つめるのみ。
(「斬らねばならぬ、と言うのであれば」)
 その時は、自分の手で終わらせる。
 それは、誰かに任せてはいけないこと。
 自分にしか出来ない役割なのだと、誰よりも司狼には『理解』っている。
「しー君……」
 そんな司狼の瞳に、真っ向から立ち向かう様に。
 じっと司狼を見つめる少女だったが、その頬が不意にぷくっ、と膨れた。
「そう言うイジワルなところは、変わらないんだね、しー君は」
 むくれた少女に、司狼は何も答えない。
 口に出さずとも、受け入れてくれると言う程には、彼女との『絆』は育まれていると、司狼の欠けていく記憶の中にもはっきりと残されているから。
 そんな司狼と、少女の間に流れる空気を感じながら。
 敬輔は、瞳孔を大きく広げていた。
 こうも簡単に、トリテレイアが差し出した、残酷な現実に。
(「確かに……その通りなんだ」)
 カラカラに渇いた喉を、そっと撫で、呼吸する敬輔。
 その呼気が血液パックの影響か、それとも飢餓からか、酷く熱い。
(「ロイを討った今、彼女はこの場で倒すべき。ただ、それだけで良い筈なんだ」)
 そう思い、黒剣の中にいる『彼女』達に呼びかけようとした、正にその時。
「トリテレイアさんの言う事は、その通りだろう、と俺も思う。でもね……」
 そう、暁音が呼び止めたのは、偶然か、それとも必然か。
「俺は、まだその『時』じゃないな、と正直思っているよ。君が戦いたくないという想い……それはきっと、本物だと思うから」
(「まあ、君の末をどうするのかは、司狼さんに依る所も実は多いのだけれども……」)
 でも、今はそうじゃ無い。
 少女の満たされぬ想い……其れを知る事を司狼もまた、望んでいる。
 少なくとも刃を持たず、結城に支えられる様にしながら、少女と司狼が見つめ合っている事は、確かなのだから、
「そうですね。私も、貴女を今すぐ滅ぼすつもりはございません」
 暁音のその呼びかけに、トリテレイアもまた頷く。
「今、私が貴女にこの話を告げたのは、超常の存在たる貴女ならば、私が克明に記録したデータから反映する事も可能だろうと思ったからです。『平和な村を襲う敵』を」
「……其れを知ったら、私はどうなるのかな?」
 思案げな表情の、その少女に。
 トリテレイアの核である超高速演算が、その答えを叩き出した。
「貴女の村の悲劇が不可避であったのか。其れを検証し、その果てに貴女が求めていた物が見つかるかも知れません。過去は不変……書き換えることの出来ないものではございますが」
「ですが、一方で」
 トリテレイアのそれを補足する様に。
 ウィリアムがつらつらと其れを紡ぐ。
「貴女は過去の存在であるオブリビオンです。そして、オブリビオンとは本来、過去を全肯定し、現在を生きる人々を憎む存在であります。全ての者がそうとは言いませんが、その極めつけの帝竜と呼ばれる存在とは、戦った事があります」
 ――『女禍』と呼ばれし、帝竜と。
「でも、少なくとも貴女は自らの過去を悔やんでいるのは確かでしょう。ならば、やはり貴女はぼく達に伝えられるままに、じゃない。自分でその『答え』を探す必要がある、と思います」
「そうだね」
 トリテレイアの導き出した答えと、ウィリアムの説得に同意する様に首肯するはパラス。
「確かに、トリテレイアの言うとおりだ。そうやって過去を遡れば、何が後悔の核となっているのか……其れをきちんと、理解出来るだろう」
 と、此処で。
「……皆にも、あるの?」
 パラスの呼び掛けに、興味を引かれたのであろうか。
 少女がパラス達に向けて、鈴の鳴る様な声で問いかけてくる。
 何処か純真さを孕んだ開けっ広げな表情に、敬輔が思わずくしゃりと顔を歪めた。
(「なんで、そんな顔が出来るんだよ。俺は、君を……」)
 殺そうとしている、その筈なのに。
 コロコロと変わる、少女の表情。
 対話の中で見いだせる豊かな其れは、敬輔の記憶の中に残る加耶の面影によく似ていた。
 迷い、悩む敬輔に気遣わしげな視線をちらりと投げやってから。
「ああ……そうだな。少なくとも、俺にはあるぜ」
「僕達も、です」
 陽太が同意する様に頷くのに合わせて、瞬が頷き、それに奏も首肯する。
「で……アンタには、それを映すことが出来るんじゃないか? アタシ達のそれを、この炎に」
 その、響の問いかけに。
 少女が口の端に寂しげな笑みを浮かべてから、こくり、と小さく頷いた。
「私は、沢山の後悔を……悲しみを、知っている。だから、似た様な景色を構築することは、出来ると思うよ」
「ならば、見せて下さい」
 少女の、その頷きに。
 躊躇いなくそう返したのは、瞬だった。
「トリテレイアさんのデータを解析し、そして当時の僕達の見た惨状を見て、過去を辿る。そうすることで、君の後悔と心の痛み……その起源を、理解することが出来るのであれば」
 その瞬の、誓いのその言葉に。
 少女は頷き、祈る様に両手を胸の前で重ね合わせた。

 ――刹那。

 彼女の背後で燃え盛り続ける炎に映し出されていた光景が変貌していく。
 瞬達が望んだ、幾つもの光景へと、車輪の様に、グルグルと。


 ――それは、騎士の意匠を纏った吸血鬼達による、虐殺の光景。
(「騎士の意匠……恐らく、私の話したあの物語の影響、でしょうね……」)
 自嘲が、トリテレイアの口から漏れる。
 けれども、その虐殺の光景の中では、そんな自嘲の呟きも、幻に消えて。
 その、虐殺の光景の主となる者は……。
「そう……これが、僕の記憶」
 ある者は、悲鳴を上げ。
 ある者は、呪詛を呟き。
 ある者は、死の間際に母や父や子……自らの大切な者達の名を呼びながら、血の泥濘へと投げ込まれていく。
 それは、オブリビオンに破れ、無念の声と共に力尽きていく、戦士達の声。
「これが……貴方の……?」
 少女の問いかけに、瞬は……その虐殺の中で生き残った青年は、ああ、と小さく頷いた。
「勇猛で、仁義に厚い、そんな傭兵達だった皆。皆、心優しく、僕のことを受け入れてくれていた」
「俺の故郷とは真逆、だな」
 瞬の見た光景を目の辺りにしながら。
 緑と紅のヘテロクロミアの結城が呟く。
 ――この、眼が不気味な化物め。
 ――お前なんか、怪異と共に、くたばれば良かったのに。
 罵倒され、子を子と思わぬ外道ばかりがいた自らの故郷と、瞬の故郷の差異を感情の伺えない瞳に焼き付け、嘗ての記憶に想いを馳せながら。
 結城がその光景を眺める中で、瞬の過去の惨状の物語は進んでいく。
 瞬を庇う様に、その背に彼を庇う、『本当』の両親。
 けれども両親は、子である瞬の名を呼びながら、そのまま残虐にオブリビオン達の槍に串刺しにされ、見るも無惨な肉塊に成り果て。
 その過程を存分に楽しんだ騎士の意匠を纏った吸血鬼達が、肉塊と化した死体の中で半ば精神を狂わされかけていた瞬に迫ったその時だった。
「やらせないよ!」
 その背後から、鈍い輝きを伴ったブレイズブルーを振り下ろし、オブリビオンを真っ向両断にする、響が現れたのは。
 彼女の傍には怯える様に、けれども確固たる強さを秘めた幼い奏が控えている。
 その時、奏は……その、多くの死体の中にいた幼い子供……瞬へと震えながらも、手を差し出していた。
 瞬は、奏に差しのばされた手をおずおずと取り、そして……。
「行くとこが無いんだろう? それならアタシ達と一緒に行こう。これからはアタシ達が、アンタの家族になるよ。……アンタ、名前は?」
 周囲の光景を見つめ、詰めていた息を吐きながら、奏に手を取られて無気力に立ち上がった少年に、響が呼びかけると。
「……瞬」
 瞬の答えに頷いた響が、そっと瞬と、震える奏を抱える様に抱きしめた。
 その惨状の光景を決して忘れぬよう、その瞳で見つめながら、瞬が訥々と、けれども深い情感の籠った声で告げる。
「……もし、母さんと奏が通りかからなかったら、今の僕は無かった」
「……そう、なんだな」
 統哉が、ぎゅっ、と心臓を鷲掴みにする様に、胸を押さえた。
 暁音の共苦の痛みもまた、もし『そうなってしまった』時に、瞬がどうなっていたのかを敏感に感じ取ったか、肉を切り裂き、引き裂く様な激しい苦痛を暁音に与えている。
「あの時、もし、アタシがもうちょっと早く辿り着けていれば、瞬以外にも何人かの人は、助けられたのかも知れない」
 ――そして、その時の後悔は……。
「……私にとっても、何よりも辛い思い出です。それだけじゃない、私はそれよりも前に、お父さんが戦いの中で死ぬことを、止めることすら出来ませんでした。あの時の無力感も、今でも決して忘れることが出来ていません」
「そっか。守れなかったと言う無力感……それが、貴女達の抱く後悔、なんだね」
 奏の、その呟きに。
 酷く遠くを見る様な眼差しで、自らが奏達の記憶を元に呼び起こしたその光景を繰り返し見つめながら、少女が囁く。
「だから、僕には君の後悔と心の痛みは痛い程、よく分かるんだ。……全て、とは言えないけれども」
 普段の落ち着きからは想像も出来ない程に声を昂ぶらせながら瞬が言の葉を発するのを、敬輔はぎくり、と顔を引き攣らせながら聞いていた。
 奏がそうですね、と瞬の言葉に頷いている。
「……少なくとも、瞬兄さんには、私や母さんがいました。だから……」
「その痛みを一人で抱え続けていた君のその痛みの全てが分かるとは、正直言えない」
 ――でも、今は。
「今は……僕達も、司狼もいる。だから……」
「……そうだな」
 その、瞬の言葉を引き取る様に。
 ガリガリと頭を掻きながら、敬輔の様子を気遣いつつ、陽太もまた頷いた。
 少女の背後に続けて見えたその惨状。
 陽太に見えたそれは……漆黒の騎士鎧を身に纏い、白いマスケラを被って、無感情に誰かを見下ろす、嘗ての陽太の姿。
 それは、陽太が既に忘却した遙か、彼方にある『記憶』
 戦場を満たす紅蓮の炎が獄炎と化して、そこに幻影として浮かび上がった部屋を焼き尽くし、その手にある二槍が血塗れになり、あの濃紺と淡紅色は、見る影も無い。
「この……人殺し!」
 下半身を失い、片目が潰れ、額から血を流しながらも、獄炎に全身を焼かれつつも事切れている我が子を守るかの様にその子を抱えながら、女性が陽太に罵声を浴びせる。
 けれども、陽太はそれに何の感慨も抱かない。
 ただ、淡々と血に塗れた槍を振り上げ、そして――。
「これって……」
「ああ、そうだ。……恐らく俺が、嘗て命じられて行なったんだろう、大量殺戮の記憶だよ」
 少女が口を両手で覆いながら問いかけるそれに、陽太が冷淡に頷きを一つ。
「辛いね……これは」
 ポツリ、と紡がれた少女のそれに、パタパタと慌てて陽太が片手を振った。
「なんで、嬢ちゃんが同情しているんだよ。逆だろーが、普通」
「逆……?」
 怪訝そうに小首を傾げる少女に、ああ、と陽太が頷き返す。
「あの時の俺がどうだったかは正直、知らん。だが、俺が命じられたままに殺しをした……その後悔は決して消えねぇ。それは……俺自身が背負うしかねぇもんなんだからな」
「……っ!」
 陽太の、決意を伴ったその答えに。
 ギリリッ、と敬輔が唇をきつく、きつく噛み締めている。
 一瞬、喉の渇き……吸血への本能的な衝動を忘れてしまいそうな程の悪寒に襲われ、目が眩む程の目眩を覚えた。
(「俺は……復讐さえ出来れば、其れで良かったと思っていた」)
 けれども……。
 本当に、そうなのか?
 故郷を、両親と加耶を救う力が無かった事、それ自体さえも後悔し続けていたのではないのか……?
 答えの出ぬままに惑う敬輔をちらりとパラスが見やり、そっと息を吐いた。
 更に変わった目前のその光景に、嫌と言う程、見覚えがあったから。
(「やっぱりアタシはこれ、か」)
 呻く様に呟いたパラスが、その炎の向こうに見たもの。
 それは……見る影もなく焼け落ちた、嘗ては美しかったであろう、建物。
 血と死の匂いに満ち満ちた、あの林間学校だ。
 そしてその中で、子供達の命を刈り取る死神の鎌の如き凶刃の一閃が走る。
 パラスはその向こうの孫を守るべく手を伸ばすが、その手は決して届かない。
 だから炎の中に移ろう様に見える其れを、見つめ続ける事しか、出来なかった。
「……アタシの仕事は戦うことだ。だからこそ、守るべきものを守れなかったから、後悔もする」
 反転する、記憶。
 次に見えた光景は、誰のものかは分からないが……とある吸血鬼……ロイの甘言に乗り、人身御供を捧げる事を約束する村長らしき男の姿。
 けれどもロイは約束を反故にし、その場の全ての命を弄び、新たな女吸血鬼達を手に入れて、悠々とその場を後にした。
(「これも、ロイの起こした所業の一つ、なんだろうね」)
 そして其れを止められなかった……とある少女の中に残る、深き慚愧の念。
 自分だけが止められた、その筈なのに。
「今、アンタが見せてくれたみたいな、そんな自分の決断の甘さや、行動の愚かさでアンタが誰かを傷つけて立ってんなら、きっと悔やんでも悔やみきれないだろうね」
「これは……私の?」
 ――ビリッ。
 自分の中で、何かが繋がろうとしているのが見える。
 トリテレイアから貰った情報を取り込み、瞬やパラス達の記憶に触れ、自らが背負い続けている数多くの後悔の記憶の端に触れたが故に。
 けれども……。
(「これは……違うね」)
 これは、『私』の後悔の理由じゃ無い。
 自らが生み出した炎の中に見える嘗ての惨状から記憶の糸を辿りながら、少女が自らの核に近付き、何か切羽詰まった表情を見せているのに暁音が優しく呼びかけた。
「君が背負っている後悔は、君だけのものじゃない。それは……俺達もよく分かっている。だから、答えを急ぐ必要は無いんだ……。その後悔に押し潰されてしまえば、君は、きっと……」
 暁音の言葉に、ありがとう、と少女は微笑みつつも、明確に首を横に振った。
 一粒の黒き雫を、その瞳から零しながら。
「それでも私は、知らなくちゃ駄目なんだよ。私としー君……皆の為にも」
 少女のその呟きに感応する様に。
 共苦の痛みが、内臓を圧迫する様な、押し潰す様な痛みを暁音に与えるが、それに精神を磨り潰されながらも分かった、と暁音が微笑み頷いた。
「止まれないのなら、立ち止まらないで歩けば良い。でも、俺達が……司狼さんが此処に居る。それだけは、忘れないで」
 励ます様にかけられた暁音のそれ。
「そうです。貴女は、一人じゃありません。だから……泣かないで」
 暁音に頷いた奏がそう告げて、目頭を拭う少女の左手を握りしめれば。
「僕達は、君が抱える後悔と、背負う物を少しでも君と共有したい。安心して、故郷の人達の所へと、君が、還る事が出来る様に」
 瞬が少女の右手を、そっと自分の両手で包み込む様にした。
「アンタはもう、十分に頑張ってきたんだ。だから、もう頑張らなくて良いんだよ」
 奏と瞬……2人の子供が、少女と手を繋ぐその間に。
 少女の背後に回った響が少女を抱き締め、あやす様にその頭を撫でる。
「……ありがとう」
 響達の温もりに触れた少女は、不意に、両目を光らせた。
 刹那、周囲に現れたのは、村。
 何度も炎に焼かれて崩れ落ち、その惨状を繰り返し見せ続ける、地獄の迷宮。
 そこに刻み込まれた全ての悲哀、痛み、後悔をトリテレイアが全環境適応型マルチセンサーで読み取り、自分が先程提示した自らが虐殺した村の記憶と重ねて少女にデータとして送りつつ、解析を進めていく。
 司狼が、何処か優しく少女に言葉を紡いだ。
 酷くゆったりとした笑みを、口元に浮かべて。
「もう、諸悪の根源は消えたんだ。だから、キミがこれ以上戦う必要性は無いんだ。だから、後、少し。キミが満たされることの無かった後悔を……今度は満たす、その為にも」
 ――もう少しだけ、時間を貰おう。
 そう心の裡で呟く司狼。
 その司狼に頷いた少女が、自分の深層心理を現した炎に包まれた迷宮を覗き込む。

 ――その果てに見えたもの、それは……。


 ――ああ、また会いたいなぁ……。
『聖戦』とやらに巻き込まれて。
 ロイの言いなりになって、殺し合いをした私『達』。
 でも、私『達』は聖戦に敗れてお姉さん達に殺された。
 ……その筈、だったんだけれど。
 ――ごめんね……しー君。
 大切な、大切な男の子の姿がふと、走馬灯の様に脳裏を過ぎる。
 ――いっつも喧嘩ばっかりでこの間も喧嘩別れしちゃったけれど。
 でも、またいつでも会えると……会いに来てくれると、信じていた。
 そんな『当たり前』が、私にとっては幸せだった。
 ――私……なんて、馬鹿だったんだろう。
 しー君……腐れ縁の、男の子。
 そう言って、お互いに笑い合って、罵り合って……。
 ――でも……本当は……。
 皆にからかわれるのが、恥ずかしかったんだ。
 私が、しー君に、恋をしているって、言われることが。
 でも、その結末があの人に操られて、そして……。
 ――私『達』が、奪っちゃった……。
 しー君の、帰ってこられる場所を。
 その死を迎える間際、私は、こう思ったんだ。
 どうしてこんなに鈍感なんだよ、私も、しー君も。
 ……って。
 ――あーあ、伝えられなかったなぁ……。
 守りたかったしー君の故郷を、守れなかった。
 何よりもまた会えると思い……想い続けていたしー君に二度と会えなくなるなんてあの時は思ってもいなかったんだ。
 ――だから……。
 どんな形でも良いけれど。
 しー君。
 
 私、また会いたいよ。

 そうやって、また会って。

 そして、今度は……。


「思い出せたみたいだね」
 少女に淡々とパラスが告げるとそうだね、と少女は困った様に頬を掻いた。
 意識が何処かへと飛んでいた自分に温もりが染み入ってくる。
 響……お母さんに抱きしめられる様な、そんな安心感。
 奏と瞬……お姉ちゃんやお兄ちゃんの様な人達に支えられている、と言う地に足がつく様な、力強い、そんな感覚。
 そんな何気ない響達の想いが、少女が少女の作り出した迷宮の果てに落ちていた宝物を、拾い上げる力になってくれた。
「やっぱりそうなんですね、あなたの心は」
 そんな少女と響達の様子を見ながら、そっと胸を撫で下ろす様に。
 ウィリアムが軽く頭を横に振り、その言の葉を紡ぐ。
 炎は燃え盛り続け、鎮まる気配は無いけれども。
 それでも……少女の中にあるそれを、ウィリアムは正確に見通していた。
「まだ、ヒトのままなんです、あなたの心は。だから、オブリビオンの身体と齟齬を起こして、狂ってしまった。……多くの人々の後悔を吸い取り、そして同族殺しとして、この世界を復讐の為に彷徨い続けていた」
「……うん。そうなんだろうね、きっと」
 ウィリアムの問いかけに、もう大丈夫、と言う様に瞬達にそっと離れて貰った少女が静かに頷く。
 その少女の頷きにウィリアムがならば、と溜息を漏らす。
「後は、貴女がその肉体という牢獄から解き放たれれば、あなたはまだヒトとして逝けるでしょう。その為の鍵が何なのか迄は、まだぼくには見えてきていませんが」
 そう呟いたウィリアムに。
 それまでじっ、と少女の心の動きを読み取る様に見つめ続けていた統哉が、なあ、と少女に問いかけた。
「この炎は、君だけのものじゃない。瞬達皆の過去を映す事も出来る。それは、確かなんだよな?」
「……そうですね。彼女は超常たる存在。恐らく、そう言った惨状や、その惨劇が起きる村そのもの……其れを再生し、再構築することは出来る様です」
 統哉の質問に曖昧な笑みを浮かべる少女の代わりにそう答えたのはトリテレイア。
 そこまで聞いたところで、だとしたら、と統哉が腕を組みながら考え、考え、言葉を続ける。
「その時計の針を、もっと前に戻すことも出来るんじゃ無いのか? 君が見た惨劇の前へ。護りたかった、村の日常へ」
「それは……」
 統哉の、その問いかけに。
 少女が悲しげに瞳を伏せ、軽く頭を横に振る。
 ――もし、其れが本当に叶うのならば。
 漸く知った『私』の願いを、後悔の本当の訳を、しー君に伝えられるだろうとも思うけれども。
 でも自分だけでそれが出来るのであれば、こんな風に思い悩む必要もないだろう。
 諦念の表情を浮かべた少女を認めた統哉だったが、彼は諦めずに、言葉を紡ぐ。
「暖かな日常の中で、君は、本当は何をしたかった? 司狼に会えたら、どうしたかった? これにはもう……君は気がついているんじゃ無いのか?」
(「司狼には、見えているのだろうか」)
 欠けていた記憶の先、その先にある何か。
 後悔するほど選びたかった、けれども選べなかった選択肢が。
「……不可避であった、目前の理不尽」
 統哉の禅問答の様な問いかけの解に、気がついたかの様に。
 其れまで全環境適応型マルチセンサーを使用して分析を続けていた、トリテレイアが低く呟く。
 それはあの戦いにおける理想の騎士への夢想と、今ある自分……演算装置に過ぎない自らの脳裏にもまた、示された未来。
 即ち、村の悲劇の回避が不可避であった、と言う真実。
 けれども……まだ。
 まだ、何か出来ることがあるのだろうか?
(「もし、出来ることがあるのであれば、私は……」)
 理想の『白』の騎士、となれるのであろうか。
 そんな自分の夢想に気がつき、自嘲するトリテレイア。
 夢想を振り払う様に頭を振り、トリテレイアは、その問いを少女にぶつける。
「司狼様に、私達に、そして、何よりもご自身に。貴女は、何を望まれますか?」
「私の……望み……」
 ――それは……。
 そんな少女の答えを聞き届けようと。
 再び喉に強く齎されてきた吸血衝動を力任せに抑え付けながら、敬輔がじっ、と少女を見つめる。
 いつの間にか白い靄が周囲に現れ、敬輔の身を守る様に、何かを肩代わりするかの様に漂っていた。
(「……お前達……!」)
 驚く敬輔のその傍で、いつでもその血を与えられる様に構えていた陽太がそーだな、と軽く肩を竦めている。
「多分なぁ、嬢ちゃん。嬢ちゃんには後悔の代わりに、満たすための思いがあると思うぜ? それは……」
「陽太、そこまでにしておきな。それ以上は、野暮ってもんだよ」
 陽太の、その言の葉に。
 微かに口元に冗談めかした笑みを浮かべて呟くパラスに、軽く肩を竦めて頷く陽太。
「おい、司狼。これ以上はもう、『待たせられない』ぜ」
 そう司狼に告げたのは、結城。
 司狼がそれに微かに驚いた様に銀髪に隠れた双眸を開いて、結城を見やる。
「もう、お前の中でも答えが出てるんだろ? ……一度殺し合った仲だ。見届けてやるよ、戦友」
「結城。だが、俺は……」
 ――欠けていく。
 何時か、欠けてしまうであろうそれに対し、初めて『怯え』を見せた司狼に、結城が口元に笑みを浮かべて見せた。
「安心しろよ。例え、お前が忘れたとしても、俺や、俺達が覚えといてやる」
 ――救う為に手を伸ばすことに疲れ。
 ――怪異が来た時に、村を見捨てた自分自身。
 そんな自分がこんな事を言っても道化にしかならないであろう事は、嫌という程、分かっているけれども。
 でも……司狼の場合は、そうではない事も知っているから。
 ――だから。
「ああ……そうだな。後は、終わらせるだけだ」
 ――この、後悔を。
 そして、その後悔の先にある本当の望みを。
 この永劫回帰に終止符を、死者には、死者の安寧を。
 だから……。
『キミが、穏やかに安らげる日々を願おう』
 そう、司狼が呟いた刹那。
 忘憂花の香りが濃密に漂う風が、周囲を鎮めんと辺り一体に吹き荒れて。
 それに反射的に反応する様に。
 少女の肉体から発せられる惨状を見せつける炎が、その風を焼き付くさんと猛威を振るい始めた。

 ――まるで、何かに怯える様に。


「おい、統哉つったか、お前?」
 不意に、強くなった炎を見つめながら。
 安らかな眠り齎す風を食らわんと急激に強くなった炎を見つめながらの結城の問いに、統哉が静かに首を縦に振る。
「これから、俺はこの炎を少しばかり抑える手伝いをする。だからよぉ、お前もちと、手伝えや。お前になら、出来るだろう?」
 焔凰の両翼をその背に生やし、お供竜、紅蓮氷牙に吹雪を吐かせる準備をしながらの結城の問いかけに。
 統哉がその意味を理解したのか一つ頷き、漆黒の大鎌『宵』を構えた。
(「司狼の本当の願いと後悔……そして、少女が安らかに眠ることが出来る、新しい記憶を作るためにも……」)
 ――この少女が取り込んでしまった『それ』……彼女以外の後悔達よ。
「安らかに……」
 眠れ、と言う祈りと共に、淡い水流の様な輝きを伴った『宵』の漆黒の刃先を一閃させる統哉。
 同時に、結城の勇猛でありながらも、何処か切なさを交えた歌が紅蓮氷牙の吹雪と共に戦場全体を焼き続ける炎に迫り、司狼の呼び出した風を食らわんとしていたその力の源……『邪心』と負の感情を大きく減じさせていた。
 パラスが司狼の呼び起こした風の中に香るその花の匂いを嗅ぎ取り、それが少女に向かって収束していく様を見て、正直、と小さく呟いている。
「後悔なんて、消えやしないよ。だから、折り合いを付けていくしか無い。……しでかしたことのお陰で、幸せになれたと実感できもしない限りはね」
(「そのアンタの幸せが、何かは分からないけれど……ね」)
 いや……本当は、もう分かっているのかも知れないが。
 分かりたくない、と言う想いが、心の何処かにある。
 何故ならそれは……自分には、もう手にすることの出来ないものだから。
(「どんなに身近なものにしたところで、其れは結局自己満足、か」)
 ――だからこそ、少女と司狼の関係が、少しだけ羨ましい。
「……アタシも少し、情にほだされたかな」
「パラスさん?」
 パラスの呟きが聞こえたのであろうか。
 怪訝そうな表情になるウィリアムに、パラスがなんでもないよ、と軽く手を振る。
「ただのババァの独り言だ。気にしないでくれ」
 そうパラスがウィリアムからのそれ以上の追求を避けた、正にその時。
 少女の鼻腔を、風が擽り。
 忘憂花の濃厚な香りを纏った風が炎を上回り、そのまま彼女を安らかな眠りへと陥らせ……『明けない夜』の中にあり続けていた惨状が、温かく、優しい光景へと瞬く間に、変貌していった。


(「この花の香り……懐かしいね」)
 其れは泡沫の様に流れていく甘く、優しいそんな匂い。
 ――其れは、悲しみを、憂いを……そして『愛』を忘却させる慰めの花の匂い。
 その花の香りに包まれて、少女は、暖かな花畑の中で花冠を編んでいた。
 ――ざっ、ざっ、ざっ。
 静かに近付く足音が聞こえる。
 気配を殺した様なそんな足音だけれども、少女にはそんな事が出来る奴はこの村には一人しかいないとよく分かっていた。
 だから少女は勢いよく立ち上がり、両手を腰に当てて、むっ、とした表情でその足音の主の方を向いて、ぐいっ、と顔を押しつける。
「ちょっと、しー君! 遅いよ! また遅刻だよ!」
「えっ……ああ、うん? そうだったっけ……?」
 少女の叫び声に、司狼がポリポリと頭を掻くが、此処は謝ってしまった方が良いと判断したのか。
「遅くなって、御免。――」
 両手を合わせて謝罪する司狼。
 それに少女は気をよくしたか、忽ちの内に相好を崩した。
「きちんと謝るならよし! 許してあげる! 次からは遅れないこと!」
「あっ、ああ……分かっているよ」
 少女の態度にタジタジとした様子で司狼が同意するのに満足げに頷くと、少女は先程からずっと編み続けていた花冠を持ち上げた。
「はい! 今日は、しー君にプレゼント!」
 薄紫色の花で彩られたその花冠は、とても、とても愛らしくて。
「これ……紫苑の花の冠?」
 そう、司狼が問いかけると。
「う……うん、そ、そうだよ!」
 少女が頬を赤らめて、その花冠を手渡そうとする。
「……綺麗だな」
 その花冠をマジマジと見つめながら、何気なく呟く司狼のそれに。
「えっ?」
 少女が赤らんでいた頬を更に真っ赤にしながら首を傾げた。
 司狼は、少女の頬が赤らんでいるのに気がつきつつも、だから、と話し続けた。
「この花冠も、キミも綺麗だなって、話だよ」
「ふっ……ふ~ん……」
 そんな、何気ない司狼の呟きに。
 顔から火が出る想いを抱きながら目を泳がせつつ、司狼を呼ぶ少女。
「……しー君」
「んっ?」
 その、少女の呼びかけに。
 花冠を手に取っていた司狼が、少女の方へと顔を向けた。
 司狼に真っ直ぐに見つめられて、恥ずかしそうにしながら……少女はしー君、ともう一度確かめる様に唇に彼の名を乗せている。
「紫苑の花言葉って、知っている?」
「……花言葉?」
 首を傾げる司狼に対して。
 うん、と小さく頷き、少女がたどたどしく続けた。
 胸の前で両指を弄くり、顔を俯けながら。
「それはね……『遠方にあるあなたを思う』、だよ」
「……」
 その、少女の言の葉に。
 司狼が何となく意味を察しつつも、本当にそれだけ? と問いかけると。
「ううん。もう一つあるの。でもこれは、しー君が自分で調べてみて」
「分かったよ」
 少女のそれに司狼が頷き。
 その花冠を受け取った後、司狼が懐から取り出したのは……。
「それじゃあ、僕からも、これ」
 美しい、白い彼岸花。
 その花を魅入られる様に見つめる少女に、司狼が――と、彼女の名を呼ぶ。
「僕の名字と同じこれを、花言葉と共に、キミに送りたい」
『また出会えるその日を楽しみに』
 そう言う花言葉を持つその花を受け取り、正しく花が咲いた様に、少女が笑った。
 あどけなく、無邪気に。
「じゃあ、私からももう一つだけ。さっきしー君にあげた紫苑の花の意味、教えてあげる!」
「……僕が自分で調べるんじゃ無かったっけ?」
 怪訝そうに眉を顰める司狼に、良いの! と少女は嬉しそうに叫んだ。
「紫苑の、もう一つの、花言葉はね……」

 ――それは、司狼と少女の大切な『絆』

 無惨に踏み躙られてしまった何気ない日常の先に、少女が望んだ、本当の結末。


 忘憂花と、彼岸花の香り漂うその場所で。
 漸く永遠に眠ることの出来る安らかな場所を見つけたかの様に心から安堵した穏やかな表情で、静かな眠りにつく少女。
 その腕に嵌められたのは、紫苑の花冠。
 気がつけば、周囲を焼き尽くし続けていたその惨状にも紫苑の花が咲き乱れ、炎をゆっくりと鎮めていっている。
「これが、僕が最期に手向ける、キミへの言葉だ……」
 その、司狼の言の葉を聞いて。
「紫苑……『君を忘れない』……その司狼の想いが、彼女を安らかな眠りにつかせることの出来る、最後の鍵、だったんだな」
 目尻に浮かんだ白い雫をゴシゴシと必死で拭いながら、統哉が、絞り出す様な声で、呟いている。
 司狼の呼び出した風に飲まれたその直後から、風景は大きく一変していた。
 その風景の中で、少女は最後まで幸せそうな笑顔を浮かべて、司狼に花冠を送り、そして互いの再会を約束した。
 あれが、不器用ながらも思い合う司狼と少女のプロポーズだったのだと思えば、其れを果たすことが出来なかった少女の後悔はどれ程深かったことだろう、と深く、深く統哉は思う。
「……漸く」
 共苦の痛みから急速に痛みが遠ざかっていくのを感じ、暁音が穏やかな表情の儘に眠る中で、少しずつ光と化し始めた少女を見つめて、小さな溜息を漏らした。
「君は、漸く旅に出ることが出来たんだね。その重荷や苦しみから解放されて……一つの旅を終えて、故郷の皆の所へと還る、永い旅に出ることが出来たんだ」
 暁音のその呟きに、パラスが鋭く目を細め、司狼とその腕の中で眠る様に消えていく少女を見つめていた。
(「其れがアンタの本当の幸せ、だったんだね。アンタは自分の力で、其れを手にすることが出来た」)
「良い死に場所を見つけたもんだね。……羨ましい限りだよ、全く」
「……パラス……」
 何処か悟った様に呟くパラスの、その言葉に。
 陽太が咎める様に呟くと、シニカルな笑みを口元にパラスが閃かせた。
「申し訳ございません。私には、貴女を最期に失望させることしか出来ませんでした」
 トリテレイアが、何処か悄然とした様に、肩を落とす。
(「御伽噺の騎士達は、もっと勇敢で、幸せで、姫君と結ばれ幸せになります。ですが、彼女に残されていた最期の幸せは、愛した者の腕の中で、永遠の眠りにつくことだった……のですね」)
 ならば、其れで良い。其れが最善だったのだから。
 コアユニットで無限の演算を繰り返し、何度も何度もそこに結末は帰結するが、それでも、これしか無かったと言う真実を認めてしまう事に、何処かで抵抗を覚える自分に、トリテレイアは微かに惑う。
 ――そして、敬輔は。
 白き靄の『彼女』達の生命力を吸い、自らの吸血衝動と戦い続けていた青年は。
 司狼と少女の旅路の果てにあったこの結末に……胸が引き裂かれる様な痛みを覚えてしまった。
「復讐心で塗り潰していた後悔の果て……そこに辿り着くのが……こんな結末……」
 ――ポタ、ポタ、ポタ。
 白い雫が敬輔の目から零れ落ち、大地を叩いた。
「……敬輔」
 漸く、ノロノロと思考回路が動き出したか。
 ゆっくりと問いかける統哉のそれに、敬輔が虚ろな表情で統哉を見る。
「統哉……俺は……俺達は」
「良いんだよ、きっと。少なくとも俺達は……あの子の最期を、穏やかに看取ることだけは出来たんだから」
 凍り付いた何かを溶かすかの様に。
 そう呟く統哉に敬輔が頷くのを確認すると、統哉が、なぁ、と敬輔に聞いた。
「敬輔は、敬輔の故郷をどんな風にしたかった?」
「……?」
 統哉の、その問いかけに。
 敬輔が軽く首を傾げるのに、統哉が慈愛に満ちた微笑みを返す。
「何時か、そう言う里に出来ると良いな。復讐の、その先で」
「――! 統哉……俺は……っ!」
 そんな統哉の、その言葉に。
 蹲る敬輔を陽太が抱え上げる。
「……あいつの銀髪のにーちゃんへの愛情は、本物だったんだな。最期迄……あの子は願っていたんだ」
(「そして、きっとこれからも願い続けるんだろうな」)
 欠けていく記憶と共に、戦い続ける司狼の幸せを。
 そんな少女のいた場所に残されたのは、ボロボロになった少女の着物と……あの夢の中で司狼が渡した、一輪の、白い彼岸花。
「……もしあれが見たせていたのなら、きっと、こんな再会は無かったんだろうな」
 別離を噛み締める様にそう呟きながらそれらを素早く拾い上げ、司狼が光と化した少女の安らかな眠りを祈る響達を一瞥して、クルリと踵を返した時。
「おい……司狼」
 腕を組んだ結城が静かに、司狼の前に立ちはだかった。
「何だよ、結城」
「何年も遅れて、漸く間に合ったんだ。今回はお互いにきちんと、『伝えられた』んだよな?」
 結城の、その言の葉に。
 司狼が唇に微笑を閃かせ、拾い上げた着物と白い彼岸花を、優しく握りしめる。
「ああ。今度はきちんと、な。だが、哀しいかな。これで……」
 ――もう、誰も『僕』を……。
「覚えているよ、お前のことは。俺達はな」
 それ以上を続けさせぬ、とばかりに。
 結城がそう告げるのに、司狼が微かに頷いた。
「彼女はヒトの心の儘に、無事に骸の海に還りました。さあ、ぼく達も帰りましょう」

 ――ぼく達の、居場所へ。

 その、ウィリアムの一言に。
 響達が其々の表情で頷き、蒼穹の光に包まれる。
 炎を鎮めた幻の紫苑の花弁達は、その光の向こう側で、パラパラと大地に散って種となり、ゆっくりと地下に溶け込んでいく。
 
――明けない夜の夜明けを、象徴するかの様に。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年08月03日
宿敵 『ヒトを魅了し手玉に取る吸血鬼『ロイ』』 『いつかの後悔』 を撃破!


挿絵イラスト