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おやすみ

#サクラミラージュ

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#サクラミラージュ


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●独白
 嗚呼、教えてくれ。
 我等は何故此処にいる。何故此処に在らねばならぬ。
 我等はとうに棄てられて、役目を終えて朽ち果てたはずだ。
 我等の命は尽き果てて、二度と覚めぬ安寧に身を委ねたはずだ。
 それなのに、嗚呼それなのに!
 我等は何故此処にいる!何故此処に在らねばならぬ!
 幾度となく産み落とされ、幾度となく命を燃やし、幾度となく死んでゆく!
 何度死んでも逃げられない、何度死んでも産み直される、何度死んでも終わりがない!
 何故だ、何故我等は此処にいる!我等は自由を手に入れたはずだったのに!
 あの悪魔が俺達を蝕む、あの悪魔が僕達を引き裂く、あの悪魔が私達を継ぎ合わせる!

「――――♪」

 嗚呼。
 これは何度目の生だ。

●蠱毒
 その予知は、己が視るべきではなかったとミザール・クローヴン(星踏武曲・f22430)は集めた猟兵達へと切り出した。

「貴様等に此れより依頼するのはある影朧の討伐、あるいは転生だ。気を引き締めて挑んでほしい」

 影朧の名は『ホシガネ』、複数の影朧を取り込んでは作り直し、取り込んでは産み直す。これを繰り返すだけの影朧なのだという。ホシガネ自体の戦闘能力は低いのだが、他の影朧を取り込むという性質から非常に危険な存在であるとミザールは断言した。
 言葉から並々ならぬ圧を感じた猟兵達は重く頷く。危険性を理解したうえで作戦に参加することを伝えれば、ミザールも藍の眼差しへ信頼を乗せて概要を語り出した。
 今回の対象が出現するのは帝都より遠く離れたとある田舎町、そのすぐ近くに広がる森の中に建てられた洋風の屋敷だ。どこぞの富豪が避暑の為にと用意した屋敷だったのだが、かつて今回の個体とは異なる影朧が出現。死傷者は奇跡的に出なかったものの富豪は屋敷と周辺の土地一帯の権利を帝都桜學府に移譲、以降は學府により管理されていた。

「……本来ならこの屋敷一帯は學府関係者以外の立入を禁じているのだが、わざわざ忍び込んで影朧の怨みを買う莫迦者が現れる」

 侵入者はその放置された屋敷に富豪の隠し財産があるのでは、という憶測を抱いており、人目を忍んで真夜中に立入禁止領域へと踏み込み、生者の気配に引き寄せられた影朧の手により死んでしまうのだという。自業自得ではあるが、人命がかかっていることに変わりはない。

「なので、まず皆には屋敷に向かってもらい、影朧の出現を探ってほしい」

 影朧の出現条件は不明とされているが、時間経過が条件の一つではないかと予測されている。そのため、予知の被害者の状況に近づけて、猟兵達には人の寝静まった夜に現地へと潜入し、影朧出現の条件を探ってもらいつつ時間を潰してもらう。
 なお、場合によっては長丁場となる可能性もあることから、飲食物や酒類の持ち込みもその後の戦闘に支障が出ない程度で許可すると上層からの通達をミザールは付け加えるように伝えた。

「以上だ。不明点はないか?ないのなら、支度ができたものから此方に来てくれ」

 ミザールは手の中に転がしていた白い発光体を浮き上がらせ、転送の準備を整えた。我こそはと歩み寄った猟兵が彼のグリモアを覗き込んだなら、白い光の先には幻朧桜の花吹雪。身体は世界に引き込まれ、意識は刹那の夢へと落ちる。

「――どうか、頼んだ」

 願うような声を背に、桜舞う世界へと猟兵達は降り立った。


日照
 ごきげんよう。日照です。
 十六作目はしっとりかなしいシリアス系。例によって少数採用の予定です。

●シナリオの流れ
 プレイング募集期間につきましてはマスターページをご確認ください。

 一章では影朧出現までゆっくりとお待ちいただきます。
 屋敷周辺の情報は断章にて追記いたしますので、お好きにお過ごしください。

 二章ではホシガネが取り込んでいた影朧達と戦います。
 慈悲を持って、屠り尽くしてください。

 三章ではホシガネと戦ってもらいます。
 説得は難しいですが、不可能ではありません。

●あわせプレイングについて
 ご検討の場合は迷子防止のため、お手数ではございますが【グループ名】か(お相手様のID)を明記くださいますようお願い申し上げます。

 では、良き猟兵ライフを。
 皆様のプレイング、お待ちしております!
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第1章 日常 『人里離れた館にて、幽世の如き夜を』

POW   :    語り明かそう。キミと、朝まで。

SPD   :    舌へ、喉へ、その心へ。香茶と酒精を心行くまで。

WIZ   :    散るがゆえに。藍夜に舞う桜を瞳に映して。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 夜。帝都を離れた田舎町では灯りの数など知れたもので。
 その上、人の出入りを極限まで減らしていた森の中の屋敷など電気が通っているはずもない。

 だが、今宵は新月。
 天の瞳は目蓋を閉ざし、総ての星が遍く輝いて薄暗い森に光を溢している。
 屋敷周辺は幻朧桜以外の木々が意図的に伐採されており、切り株達がぽつりぽつりと寂しげに桜吹雪の中に残されていた。
 屋敷の直ぐ傍には川が緩やかに流れ、水面へ満天を捕らえて煌めき揺らぐ。

 屋敷の中には蝋燭灯り。
 広い玄関ホールには薄く埃が積もってはいるが、一晩を過ごす程度ならば気に留める必要のない程度。
 広く作られた応接間には年代物のテーブルに襤褸いソファー。調律されないままのピアノ。
 外を覗けば手入れを忘れられた庭に野の草花が好き勝手に茎や葉を伸ばしているのが見える。
 花壇の合間にベンチが置かれていた辺り、屋敷を建てた富豪はここで誰ぞへ愛のひとつでも語りたかったのだろう。
 都会にはない自然を楽しみ、されど不便のないように。避暑の為という名目で建てられただけの事はある。

 まずは、この夜を。
 静かで穏やかな今を楽しもう。
東雲・一朗
【帝都軍】
カビパン少尉(f24111)と共に。

▷兵装
帝都軍の軍服、少佐の階級章付き。
刀と対魔刀の二刀流、2振りとも腰に帯刀。
所持品として2名分の団子と緑茶入り水筒を持ち込み。

▷少尉と
第十七大隊を屋敷の外に待機させ周囲を封鎖、私は少尉と共に屋敷に入り【応接間】にて団子と緑茶を口にしながら話をして時を待つ
「少尉、こんな時だから話でもどうかね?
美しい女教皇、それが全てではなかろう」
私は基本的に聞き役だが、少尉への信頼理由を明かそう。
「外から来た貴官と違い私は影朧救済機関の出身でね、彼らの転生を第一に任務に当たっている。
従軍聖職者たる貴官に期待しているのはそれゆえだ、貴官は私には無いものを持っている」


カビパン・カピパン
【帝都軍】
東雲少佐殿(f22513)と共に。
▷兵装
帝都軍の瀟洒な将校服

▷応接間にて
「雑務は私にお任せください。少佐殿はこちらに」
周囲を手際善く仕度を整える。

「ハッ、有難きお言葉。私は軍人に戦闘で多くの敵を殺せと祈るわけではありません。皆の安全を祈るために存在します。皆には、無論敵や影朧も含まれております」

「何処の戦場にも神はおりません。軍人は死を恐れないという気概はあれど、誰もが恐れるもの。私は傷痍軍人を見舞い、時に死に行くものや影朧を弔います。神を知らぬ彼らを導くのが従軍聖職者たる我が使命なのでしょう。今宵もまた私は祈ります。あなたのご加護によって、今夜全ての者たちが無事に帰れますように」



●神、そらにしろしめす
「そう畏まる必要はない、カビパン少尉」

 二振りの剣を腰に佩いた男は持ち込んだ水筒の蓋へとまだ温かい緑茶を注ぎ、背筋を正した眼前の少女へとそれを差し出した。軽く埃を払った机には開いたばかりの小風呂敷、透明な容器の中に二人分の串団子が小さな山を作っている。
 応接間。東雲・一朗(帝都の老兵・f22513)はゆったりとソファーへと腰掛けていた。こちらも少々埃臭くはあったが身を預ければ立ち上がることが億劫になりそうな程に沈み込む。
 対して、名を呼ばれた少女――カビパン・カピパン(女教皇 ただし貧乏性・f24111)は男の持ち込んだ団子や茶の支度を手際よく整えた後、扉近くで待機していた。本来ならば上官の茶を注ぐのも彼女の役割であるのだろうが、茶を注ぐのは自分で、と当の上官自身に言われてしまえばそれ以上の手出しはできない。
 そのうえで、だ。

「こんな時だから話でもどうかね?美しい女教皇、それが全てではなかろう」

 などと、己の分まで茶や団子を用意されてしまっている。そうせねばならない、と空気が雄弁に語っていた。
 影朧の出現には相応の時間経過が必要であると予測されていた。他の猟兵たちも警戒はしているだろうし、彼らの居座る屋敷の外には《帝都第十七大隊》――少佐殿の率いる國を護りし兵(つわもの)達は月もないこの夜に蟻の一匹も見逃さない眼光の鋭さで、いつ現れるか分からない影朧と保護すべき侵入者を見張っている。
 影朧出現までの間、延々と警戒して神経をすり減らすに比べれば魅力的な誘いではある。

「楽にしたまえ。何かあれば彼らも警笛を鳴らしてくれるだろう」
「ハッ、有難きお言葉。……なれば、失礼いたします」

 どちらにせよ、カビパンには首を縦に振ることしかできない。一郎の正面、下手のソファーにスカートへ皴がつかないように腰掛けたなら目の前の緑茶へと手を伸ばす。渇いた喉に緑茶の渋みと程好い熱が染み渡り、ほぅ、と息をついた。
 多少でも少女の緊張が解れた様子を見れば、一郎は団子を一本手に取る。買って少しばかり時間は経っていたが、食んでみれば十二分に柔らかく、懐かしさを感じる味わい。
 貴君も遠慮なく、などと一郎が勧めればカビパンも遠慮しがちに一本。自分の財布の紐を緩めずに済む食事というのは平常よりも美味と感じるものではあるが、今回はそういった感覚抜きにしても美味しい。
 優しい甘さに少女の頬が緩み始めたのを見計らって、一郎は彼女へと問いかけた。

「ひとつ、いいかな」
「どうぞ、なんなりと」
「貴官は此度の影朧とどう対峙する?」

 食べ終わった団子の串をごみ箱代わりの容器の蓋へと置いたなら、一郎は茶を一口。

「外から来た貴官と違い、私は影朧救済機関の出身でね。長く勤めていた影響、というのもあるのだろう。彼らの転生を第一に任務に当たっている」

 即ち、此度の影朧に対しても討伐ではなく転生を望んでいる、と一郎は言外に語っていた。
 カビパンは口に含んだ団子を咀嚼しながら思案する。答えは既に在る。彼女の考え自体は恐らく、一郎の望むものと合致する部分が多い事だろう。だからといって、ただ鸚鵡返しに自分もだと答えるのでは駄目なことは理解できていた。脳裏で言葉を選び、団子を飲み込むと一呼吸おいてから答えを返す。

「……私は、軍人に戦闘で多くの敵を殺せと祈るわけではありません。我々は皆の安全を祈るために存在します」

 皆には、無論敵や影朧も含まれております。と付け加えて、カビパンは薄く微笑んだ。偽善だ。敵も味方も、誰も彼もが救われるような結末など、一人であろうが何人であろうが人間にはほぼ不可能だ。誰かが正義を掲げる以上、対なすものを悪と名付ける以上、皆の中から省かれる何者かがいることは知っている。だから、彼女は張り付けた感情を引きはがして呟いた。

「――何処の戦場にも神はおりません」

 小さな蓋の中に揺れる飲みかけの茶に、酷く冷たい目をした己の姿を映して断言する。

「軍人は死を恐れないという気概はあれど、死とは誰もが恐れるもの。私は傷痍軍人を見舞い、時に死に行くものや影朧を弔います。神を知らぬ彼らを導くのが従軍聖職者たる我が使命なのでしょう」

 死という万人に注がれる絶対の未来でさえも、看取る者がいたならば恐怖は和らぐ。手を伸ばしても救ってはくれない神という不確かな存在も、己が代行すれば微かな救いとなるのだろう。
 何もかも、本当ならば投げ出したくなるほど面倒ではあるが、己が為す事によって変えられるものもあるというのならば。

「故に、今宵もまた私は祈ります。あなたのご加護によって、今夜全ての者たちが無事に帰れますように、と」

 猟兵達も、大隊の兵達も、願わくば――これから対峙するであろう影朧達も。誰もが帰るべき場所へ、還るべき時へと至れるように。
 祈りを口に。願いを胸に。カビパンが柔らかに頬を緩めたならば、彼女の言葉を漏らさず聞き続けていた一郎は静かに頷き、

「従軍聖職者たる貴官に期待しているのはそれゆえだ」

 貴官は私には無いものを持っている、と皴を深めて微笑んだ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

宵雛花・十雉
寧(f22642)と

いやぁ、なんて静かな夜なんだろ
そんな夜に眠りもしねぇで歩き回るオレたち
…ま、今回は『お仕事』だからしゃあねぇよなァ?
なぁに言ってんだ、オレとダチやってる時点で立派な不良娘だよ

なぁ、森ん中でも散歩しようぜ
お月さんの見てねぇうちにさ
気の向く侭に自然の中歩くってのは気持ちいいもんだよ

しっかし富豪の隠し財産なんてさ
どいつもこいつもおめでたい頭してんよなぁ
でもさ、万が一そんなもんがこの屋敷にあったとしたら
寧はどうする?

オレ?オレはやっぱ隠し財産の在り処を暴いてやりてぇかな
だってそういうの探偵の醍醐味じゃん
そんで見つけた財産は貧しい人々に…みてぇな
自分でも夢見過ぎだとは思うよ、ほっとけ


花仰木・寧
十雉さん(f23050)と

帝都の街中とは大違いですわね
どなたに言い訳なさってるのやら
私、あなたほど宵っ張りな“不良”じゃありませんわよ

彼の誘いに応え、星降る庭へ
新月とは言え、星明かりでも結構明るいものね
元より夜目の利くこの目は、闇夜でも困らないけれど
心地よい夜風を浴びながら、森の中を散策しましょう

君子危うきに近寄らず
宝探しはともかく、懐に入れようとは思いませんわね
富豪は元より、學府にも睨まれたくはないもの
……多少の浪漫は認めますけれど
お話の舞台にはぴったりじゃない?

あなたはどう、探してみたくなる?

あなたらしいわね
いいんじゃないかしら
夢が見れなきゃ、生きてたってつまらないわ、屹度



●月が夢を見ている間に
「いやぁ、なんて静かな夜なんだろ」
「ええ……帝都の街中とは大違いですわね」

 さくり、さくりと草を踏む音が先行する。その後ろに続く高い踵は無音のまま、踏み鳴らされた草の上をゆっくりと進む。

「そんな夜に眠りもしねぇで歩き回るオレたち……ま、今回は『お仕事』だからしゃあねぇよなァ?」
「どなたに言い訳なさってるのやら。私、あなたほど宵っ張りな“不良”じゃありませんわよ」
「なぁに言ってんだ、オレとダチやってる時点で立派な不良娘だよ!」

 皮肉に軽口、けらりと笑った男が差し出した手に女が自然に己の手を重ねたならば、足を低く上げて土から顔を覗かせていた木の根を踏み越えた。
 宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)と花仰木・寧(不凋花・f22642)は人の増え始めてきた屋敷を離れて真夜中の森。鬱蒼と生い茂る木々の合間を当てもなく歩いて回っていた。
 町から屋敷に向けてはそれなりに整えてあった森の道も、少し外れてしまえばあっという間に獣道。点在する幻朧桜を目印にすれば迷うこともないが、聊か離れすぎた屋敷を遠目に「それに探検みたいで楽しいだろ?」などと十雉が笑えば寧は呆れたように吐息を零した。それでも彼の後ろを歩く程度にはこの散歩を楽しんではいるようだ。
 とはいえ、代わり映えのしない景色も退屈なもの。夜目の利く寧からすればそれなりに新鮮な景色ではあるものの、視力に関しては平凡な十雉は屋敷へ遠回りに戻るように進路を変えつつ話題の道筋も切り替える。

「しっかし富豪の隠し財産なんてさ。どいつもこいつもおめでたい頭してんよなぁ」

 そう、屋敷へ潜り込もうとしている不審者の目的。噂話に踊らされて命を落とすなどという哀れな未来を抱えた何者かも今、この森にやってきているのだろうか。見つけたなら丁寧におかえりいただくだけではあるが、今のところ周辺に人どころか生き物の気配は自分たちくらいしかない。

「あら、影朧潜む森の奥の屋敷に富豪の残した秘密の宝――なんて、お話の舞台にはぴったりじゃない?」
「でもさ、万が一そんなもんがこの屋敷にあったとしたら、寧はどうする?」

 秒の沈黙。

「宝探しはともかく、懐に入れようとは思いませんわね」

 君子危うきに近寄らず。寧は静かに長い睫毛を伏せた。この屋敷の元の所有者たる富豪は元より、現管理者でもある學府にも睨まれるのは好ましくはない。が、宝探し自体は否定せず。多少の浪漫は認めますけれど、と付け加えればやんわりと問い返す。

「あなたはどう、探してみたくなる?」
「オレ?オレはやっぱ隠し財産の在り処を暴いてやりてぇかな……」
「あなたらしいわね」
「だってそういうの探偵の醍醐味じゃん。屋敷中に張り巡らされた罠という罠、謎という謎を解き明かしてついに隠されたお宝とご対面!……なんてさ、それこそ小説みたいだろ。そんで見つけた財産は貧しい人々に……みてぇな」

 最初こそ真剣に、同時に冗談も交えながら語っていた十雉も言葉を続ければ続けるだけ妙な気恥しさを覚えていく。探偵というよりは義賊じみた空想の大活躍は二十を超えて三年もする大人が口走るにしてはあまりにも幼くて。次第に言葉は弱くすぼまっていき、やがて歩みもぴたりと止まった。

「あー……自分でも夢見過ぎだとは思うよ」

 こっち見んなほっとけよ。と拗ねるように顔をそむけた十雉は唇を尖らせる。余計子供染みた友人の頼みごとを寧は平然と聞かぬふり、口元を隠して柔らかに微笑んだ。

「いいんじゃないかしら。夢が見れなきゃ、生きてたってつまらないわ」

 屹度。
 ぽつりと零した言葉にいつかに差し出した幻を混ぜ込んで、女はすぐに仮面を着ける。

「そろそろ屋敷へ戻りましょう。足が痛くなってしまいそうだわ」

 そうなる前に、と寧は十雉の背を軽く押した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱酉・逢真
他神(よそ)さまンとこの坊っちゃんと/f22865

坊っちゃんの袴つかんで目の前の空間を指でなぞりゃあ、【小路】で屋根上に直通さ。はい着いたァ。上は意識が向きにくいし…そォそ、そゆこと。
坊っちゃんはメシを食うが、俺ぁ此岸のものは食えん。くさっちまうんでな。だがヒトがうまそうに食ってるの見るのは大好きさ。

かっこいいかはともかく迫力ならヴァルギリオスさ。尾をはらう速さと来たら、まばたきするより捷くってよ。火を吐きゃ地面は溶け落ちて、吠えりゃあ大気がひび割れて。そりゃあもう天変地異のありさまさ。やァ、マジでかっけぇアリスに助けてもらってなけりゃ、俺はしばらく動けんかったろう(身振り手振り加えて語り)


雨野・雲珠
よそのかみさま、朱酉さんと/f16930

わ、と思った瞬間お屋敷の屋根の上です。
なるほど…上からなら、
何かあった時気が付きやすいですね。

長丁場になるやもと聞いてお夜食を持ってきました。
バイト先の絶品フルーツサンドです!
今日はなつみかん。
薄めに切ったしっとりパンと、
冷やして馴染んだ硬めの生クリーム、
みかんのほどよい酸味がたまりません。
(※ご期待に応えて食レポをしています)

…一緒に食べられたらなあ、とはもう口にしません。
楽しそうに見ておられる方を前にして、
それは野暮というものです。

かみさま、お土産話を聞かせてください。
カダスフィア以外にも会いにいかれたんでしょう?
特にかっこいい竜はどれでした?



●人の知る味、知らぬ味
 ぱきん。
 屋敷の屋根の上、星空の下。何もなかったはずの場所に薄く亀裂が走り骨のように白い手が伸びたかと思えば、ぱらぱらと崩れ落ちる夜色の破片を振り払ってひょっこりと朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)が顔を出した。右、左、下、上。確認したなら境界の小路を潜り抜け、掴んでいるものを『こちら側』へと引き込んだ。

「はい着いたァ」
「わ」

 袴を引かれ、小さく漏れた声の主――雨野・雲珠(慚愧・f22865)もまた逢真に続いてよろめきつつも屋根の上へと降り立った。屋根の勾配は緩いといえども並行ではない。逢真の手も借りバランスを整えると、落ちないようにと気を配りながら周辺を見回す。

「わ、わ。結構眺めがいいですね」
「だろォ?庭からあっちの川ら辺までまるっと見渡せるってもんだ」

 上は意識も向きにくいし。風に乗って舞う幻朧桜の花弁を見送った逢真が何の気なしに呟いたなら、彼の視線を追いかけていた雲珠もこの場所にわざわざ移動してきた意味を察し、ぽんと手を打ち納得する。

「なるほど……上からなら、何かあった時気が付きやすいですね」
「そォそ、そゆこと」

 影朧がいつ、どこに、どれだけの時間を待てば現れるのかは不明なままだ。ならばどこに現れようが直ぐに人の動きの見える場所の方が見張るにしても都合がいいし、目に見える場所に現れてくれたなら対応もしやすくなる。
 ついでに、待ちぼうけするならば景色がいい方が楽しめるもんだと逢真は雲珠に笑いかけてその場に座り込んだ。見下ろす先には何人かの猟兵達が各々の時間を楽しんでいる。
 慣れない足元に四苦八苦しながらも雲珠が隣に腰を落ち着かせると、同じように庭先を見下ろした。何かと飲み食いしているものが多い辺り、今宵は絶好の花見日和なのだろう……と、そこまで考えが廻ったところで思い出す。

「そうだ、長丁場になるやもと聞いてお夜食を持ってきました!」

 いそいそと荷を解き取り出したのは、雲珠のアルバイト先でも人気の品、季節のフルーツサンド。今日の果物はなつみかん、今が旬の新鮮な果物を使った絶品なんですと鼻息強めに語ったならば。

「ご一緒にどうですか?」
「あー……気持ちだけ貰っておくな」

 断られた。
 もしや迷惑だっただろうかとほんの僅かに眉尻の下がった雲珠を見て、困ったように笑った逢真が理由を付け加える。

「俺ぁ此岸のものは食えん。どうにもこうにもくさっちまうんでな。だがヒトがうまそうに食ってるの見るのは大好きさ」
「……わかりました。一緒に食べられたらなあ、とはもう口にしません」

 代わりに、全力の食レポをお届けいたします!と雲珠はぱちんと手を合わせる。いただきます、と食物への感謝を告げればいざ実食。両手でしっかりとサンドイッチを持ったなら口元へ。
 一口目ではまだみかんには届かず、されども口の中に押し寄せる穀物の甘みと生クリームの滑らかさ。甘さだけではない。二種類の触感が舌先を楽しませてくれている。

「薄めに切ったしっとりパンと、冷やして馴染んだ硬めの生クリーム」
「ふむふむ」

 二口目、齧り付いた瞬間に口の中へと襲い来る夏みかんの果汁。甘さに支配されていた口内に爽やかさを届けに来た柑橘類独特の酸味と、ぷつぷつと歯の合間ではじける果肉がなんとも心地よい。

「みかんのほどよい酸味がたまりません……」
「ほほぉう」

 実際のところ、味というものを語られたところでそれを逢真に理解できるかと言われれば、難しいの一言に尽きる。この世における酸いも甘いも文字通り判別しがたい己の舌先には、今雲珠の感じているものを再現することができない。
 が、眼前で見せつけられる「美味しい」という表情は、感情は、どうにもこうにも甘ったるい。人の不幸は蜜の味といったのはどこの誰だか、他者の幸福も同様蜜の如く。ついつい緩む頬を押さえて止めることしかできやしない。結局雲珠がサンドイッチ一つを食べ切るまで相槌を打ちながら横顔を見つめるだけで終わってしまった。
 視線や表情に気づいてはいたものの、あまりにも楽しそうで食事を中断できなかった雲珠は、口の横についた生クリームを拭い取ってから「次はかみさまの番ですよ」と口を開く。

「かみさま、お土産話を聞かせてください」
「おっ、なんでェ?」
「カダスフィア以外にも会いにいかれたんでしょう?特にかっこいい竜はどれでした?」

 先の帝竜戦役、逢真は多くの戦場へと足を運んでいた。魂啜りの森に万毒の群生地、潜り抜けた先に待ち受けていた帝竜達。特に、と言われて並べてみれば思っていた以上に順位付けは難航した。どれも愛しき定命の者たちではあるが、強いて挙げるのならと思考を整理する。

「かっこいいかはともかく迫力ならヴァルギリオスさ」

 その姿は竜達の頂点と呼ばれるに足りる威厳に満ちていた。あらゆる属性を兼ね揃えた攻防どちらにも優れた技の数々、少しの猶予も与えてくれない上に巨躯であるのに鈍重さも感じさせない連撃。いずれも相対すれば厄介極まりなかったが、時を置いて振り返れば畏敬さえも感じる勇猛さ。

「尾をはらう速さと来たら、まばたきするより捷くってよ。火を吐きゃ地面は溶け落ちて、吠えりゃあ大気がひび割れて。そりゃあもう天変地異のありさまさァ!」

 やァ、マジでかっけぇアリスに助けてもらってなけりゃ、俺はしばらく動けんかったろう。と身振り手振りを加えて語れば、その様子をきらきらと星を映したかのように雲珠の瞳は輝く。
 その様子を見るのが楽しくなって、結局逢真はどの龍がどう格好良かったのかを雲珠へ片っ端から並べ立てて語っていったのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

海藻場・猶予
わだくん(f24410)と

あんまり思い悩まないでくださいな。
わたくしの云う恋は、お誘い頂ければ足を向けるぐらいの閑さで十分なのです。
――嬉しいですよ?
見えませんかねえ。

とても、綺麗ですね。昏く深い海底の珊瑚にも似て思えます。
わたくしの育った孤島はあまりに赤道が近く、どうにも桜には馴染みがありませんで。
日本人の職員たちが妙なこだわりを示すのを、幼心に妙だと思っていたものです。

……わだくんも、桜を見ると目の色が変わるのですね。
ええ、右眼が特に。

この花に条件づけられる感情は「焦燥」です。
宇宙の永さを理解した二十日鼠が抱くようなね。
わたくしには焦ることなどありませんけれど、
……この先は、お気をつけて。


無間・わだち
モバコ(f24413)と

一人での過ごし方が浮かばなかったから
どうせならと夜の花見に誘った

デートのお誘いとか
そんな風に捉えるんだろうか
彼女の片思いが本当かは
別にどうでもいいけど

見慣れてないでしょ、桜
夜の少ない灯りで
逆にそこそこ綺麗だと思いますよ

薄紅の吹雪が降る荒れ放題の庭は
自然に還りたがって見えた
そういえば
珊瑚は海の花だって歌う歌手が居たな

右眼、ああ
そうですね
あの子は花がすきだったから
春の散歩は日課みたいでした

焦燥
別れと始まりの季節に咲くから
ひとの気持ちをそうさせるんですかね
少しだけ、わかる

桜とおんなじ色の髪が揺れる
喜んでるなら
連れてきてよかったと思います

…ん
おれが死なない程度に、殺してきますよ



●あなたに微笑む
 ここに来る前に、屋敷周辺のことを少しだけ教えてもらった。
 幻朧桜の咲く森と、好き放題に茎を伸ばす花々に荒らされた庭。穏やかで、野生動物の一匹も見つからないという人の手が加わった自然。
 でも、一人での過ごし方が浮かばなかった。過ぎ去る時をどう待つべきか思いつかなくて、どうせならと、彼は彼女に声をかけた。

 そして今、無間・わだち(泥犂・f24410)は海藻場・猶予(衒学恋愛脳のグラン・ギニョル・f24413)の手を取って、桜散る夜の森を歩いていた。他の世界では散りきって最早葉を広げてばかりの桜ではあるが、幻朧桜は不朽の花。古より変わらぬ美しさを保ちながらも、花弁をふわりと散らせてゆく。

「……気軽すぎたかな」

 独り言。零したつもりもない心の声は音となって漏れ出していた。
 彼女の想いの真偽は定かではない。それを気にしているわけではないけれど、仮にも自分へ思いを寄せてくれている少女をこんな夜中に、花見に誘うなんて。デートのお誘いとかそんな風に捉えられるのだろうか、とわだちが眉間にしわを寄せていたら、猶予はそろりと顔を覗き込んだ。

「あんまり思い悩まないでくださいな。わたくしの云う恋は、お誘い頂ければ足を向けるぐらいの閑さで十分なのです」
「……そう、ですか」

 それはそれでいいものかと難しい顔をするわだちへと、猶予はふわんと無表情のほほえみを向ける。

――嬉しいですよ?

 それこそ、この夜が待ちきれなくて眠れなくなるほどに。等と言えば余計に難しい顔。見えませんかねえと愚痴るように呟いた目の前に、少し強く吹き付けてきた夜風と、ざあっと視界を浚う花吹雪。猶予の目が少しばかり大きく見開かれると、直ぐに彼女から視線を外したわだちが夜風に混ざるような声色で囁いた。

「見慣れてないでしょ、桜」

 町中でさえ電灯の類は少なくて仄暗かった。森の中までやってきたなら尚のこと。唯一存在する人工の光源は屋敷の中のみを照らしているし、月のないこの夜は道を間違えてしまいかねない程。
 だからこそ、逆にそこそこ綺麗だと思いますよなどとぼやいて、わだちは猶予の手を離す。突然の事に戸惑った猶予がわだちを見遣れば「花弁を捕まえてみてください」とうっすら微笑んで返した。
 猶予は花弁の波へと両の手を差し出して掬い取る。水と違って簡単に溜まってなどくれない薄紅の花弁をどうにか捕らえたなら、風の弱まった瞬間にそっと開いて眺め見る。

「とても、綺麗ですね。昏く深い海底の珊瑚にも似て思えます」
「そういえば、珊瑚は海の花だって歌う歌手が居たな」
「なら、ここも海と同じですね」

 溺れてしまいそう、と目を細める。
 猶予の育った孤島は赤道が近く、育つ草木も限られている。桜など馴染みがあるはずもないのだが知識の一端としては彼女のページを確かに彩っていた。
 そういえば、己と同じ肌の色をした職員たちが妙なこだわりを示すのを幼心に妙だと思っていたものだ。今こうして実物を見てみればなんとなく、ふんわりと、分かった気がした。

 花弁が次のそよ風に攫われて猶予の掌からあっさりと離れて行く。ふたり揃って目で追った先には件の屋敷があった。庭は酷く荒れており、そこに吹き付ける宵の吐息が桜吹雪を運び込んでは撫でつける。

――ああ、自然に還りたがっているよう。

 隣でじっと見つめていたわだちが形にしないままの気持ちを呑み込んだ。
花の行方を追うわだちの手を、空っぽの掌の行き場を探した猶予が再び絡めとると、ほうと息を漏らして猶予が呟く。

「……わだくんも、桜を見ると目の色が変わるのですね」
「目が?」
「ええ、右眼が特に」
「右眼……ああ、そうですね。あの子は花がすきだったから」

 あの子、と呼んで右頬の継ぎ目を撫でる。己ではない、己よりも大切だったものは今もこうして共に生きて共に同じ高さの景色を見ている。そう願いたい。
 春の散歩は日課みたいでしたなどと伏せた目蓋に一抹の懐かしさ。揺れる二色に気付いてか、気付かぬままか。猶予は話題を切り替える。

「知ってますか、わだくん。この花に条件づけられる感情は『焦燥』です」
「焦燥?」
「ええ。宇宙の永さを理解した二十日鼠が抱くようなね。わたくしには焦ることなどありませんけれど」

 そう、だから。
 いつまでもお待ちしてますよ。

 など、言うまでもない言葉を猶予は言葉にしなかった。
 その様子があまりにも楽しそうで、嬉しそうで。表情は変わらずとも桜と同じ色をした髪の下には確かな感情が揺れているようで。
 本当は、少しだけわかる。他の世界の桜は別れと始まりの季節に咲くから、ひとの気持ちをそうさせるのだろう。きっと、いつか、やって来る。知ってはいるけれど、今ここでいう必要もない言葉は捨て置き、わだちは緩んだ頬を引き締める。

「嬉しそうですね」
「わたくしはわだくんと一緒ならいつでもうれしいですよ」
「なら、連れてきてよかったです」

 桜がざわつく。随分とゆっくりと過ごしてしまった。
 もうじき敵が姿を現すのだろうと察すれば、わだちは猶予をそっと森と町の境まで案内する。グリモア猟兵が扉を開いているはずの場所にたどり着く、ほんの目と鼻の先。森の暗がり。

「……この先は、お気をつけて」
「……ん。おれが死なない程度に、殺してきますよ」

 今宵の別れを仄かに惜しみ、指先を離した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

渦雷・ユキテル
すごーく危なげなお仕事は普段避けてるんですけど
産まれては死んでく子を見るのは
どんな気持ちだった、いえ、どんな気持ちなのかと思って

お星様を存分に眺めたいから川の近くに腰を下ろして
肌に当たる風に何も混ざってないこととか
この花の名前なんだったっけとか
遠い日に見た星とは違うけど、懐かしいなとか
あたし、田舎の方が好きみたいです
ああ、だけど病院は近くないと――
コンビニかカラオケ店でも欲しがるほうが、それっぽいかな

のんびり過ごしてたら心地よくて寝ちゃいそう
風邪引いちゃ大変
そもそも、その前に影朧が来ちゃいますね
銃、槍、電気。今日はどれにしましょうか
訊ねてみたって川面の星は黙ったまま

※絡み・アドリブ歓迎です



●とおいもの
 遠くに咲いた、あの花は何だろう。
 この辺りは少し土が柔らかいな。
 ああ、風が滑らかで気持ちがいい。

 到着してから気の向くまま、敷地内を歩き回っていた渦雷・ユキテル(さいわい・f16385)は人気のない川の傍にやってきていた。
 花の近くでは酒盛り、屋敷の中でも外でも語り合い。どうにも騒がしく感じて、避けるように逃げるように歩いて回った。
 そうして辿り着いたのは少し冷たい夜の風と木々の葉擦れ、爪先で蹴とばした小石をとぷんと飲み込み何食わぬ顔をしてせせらぎ流れる水面。虫の声一つしないほどに穏やかな川辺には不思議とだれもいなかった。
 こんな場所を独り占めできるなんてラッキー、などと笑って、川にほど近い草むらに腰を下ろすと空を見る。

「はー……こんな見えるものなんですねぇ」

 宵闇には数多、ひと際眩しい一等星から町明かりと月光に眩んでいた小さな星まで所狭しと群がって地上よりも騒がしい。だというのに、ユキテルの胸には奇妙ななつかしさに満たされていた。
 思い出の中の星は視界を埋め尽くすことなどなかった。一面の白の中に小さく切り取られた窓の先、本物か偽物かも知らなかった名も知らぬ星を一緒に並んで見つめて――
 おかしいな、違うことだらけだと苦笑する。
 幻を振り払うように移した視線の先には星の煌めきを映して流れ続ける透明。両手を合わせて皿にして、差し込んで掬い取ってみれば、清く冷えた水の中に遠いはずの星光が揺れていた。
 都会の喧騒も嫌いではないけれど、田舎の方が好きみたい。こうしていつもよりうんとゆっくりと時間が過ぎ去るのを楽しむのも悪くない。この心地よさの中で微睡んでいられたなら、どんなに幸せなのだろう。

(ああ、だけど病院は近くないと――)

 掌に貯めた透明な鏡に映る何も飾っていない自分の顔は少し歪んで、無感情。
 襤褸い身体を平常に繋ぎ止めるためにはいくつもの薬が必要だ。コンビニかカラオケ店でも欲しがる方がきっと自分っぽいのだろうけれど、こればかりは譲れない。今の自分を崩さないために、過去の誰かを崩さないために、生きるために。必要なものが多すぎる。

 ああだから。

 泡のように浮かび上がったそれを音もなく口から零した。
 いつもなら辟易する危険な仕事に首を突っ込んでしまったのは、影朧たちを産み直し続けるという奇妙な影朧に引っかかるものがあったからだと。どんな気持ちで彼らの死を見送り、その死を否定するように産み直すのだろうかと。
 問い掛けて答えてくれるような存在でないのだとしても、相対することで知ることができるのならば。

「さ、て、と。今日はどうやって戦いましょうか」

 武器の備えは十分だ。あとは現れるのを待つだけ。
 のんびりしていると眠ってしまいそうだから、風邪をひく前に現れてくれないかな。なんて小さく嗤って、ばしゃりと掌に浮かべた星空を落とした。
 ユキテルは一層冷え込んできた夜風に振り返る。ざらつく感覚が頬を撫でていった。

成功 🔵​🔵​🔴​

千桜・エリシャ
【甘くない】

もう!ジンさん!こんなところにいた
彼を探して辿り着いた桜の下
勝手に一人で行動しないでいただけますかしら?
お花見とは優雅でいいですわね
あ、あなた…お酒臭いですわよ…?
酒盛りもいいですけれども
実戦で使い物にならなかったら承知しませんからね?
は?酔い醒まし?
往復ビンタでもすればいいのかしら?
まったく…

…!あ、ああ旅館の桜のお話ですのね
私はてっきり…(私が纏う桜のことかと…)
ちょっと心を読まないでくださる!?
そうやって思わせぶりなことを言うからですわ!
!!!
…そ、そう…まあ、私が綺麗なのは当たり前ですけれども

へぇ、あなたもそんな言葉を知っていますのね
そんな台詞
ビンタどころじゃすみませんわよ


ジン・エラー
【甘くない】
相方なんて放っておいて、一人酒盛り桜の下

あァ〜〜〜〜?い〜〜ィじゃねェか!!こンな夜ぐらいよォ〜〜〜〜なァなァなァな〜〜〜〜ァ〜〜ァ
いざとなったら酔い醒まし、くれるだろォ〜〜?ウッヒアヒャフ!!

酔っているのだかいないのだか、酒気を帯びたままベタベタとエリシャに絡んで

にィ〜〜してもよ、やっぱエリシャんとこのが綺麗だなァ〜〜……ここのも悪かねェ〜けど
あ?お前のそれじゃねェ〜〜〜よバァ〜〜〜〜カ!!!

普段からわかってるもンを改まって言ったってつまンねェ〜〜〜〜〜だろ

カハヒハ!!ン〜〜じゃァよ、間違っても『あの月が綺麗だ』なンて、言えねェ〜〜〜なァ〜〜〜〜〜

あ〜あァ
綺麗だなァ



●散りえぬ花の咲くところ
 光の薄い空が心地よかった。
 星のざわめきが目に痛くなかった。
 盃を傾ける理由はそれくらいが丁度いいもんだ。

 屋敷から少し外れた幻朧桜の下に陣取ったジン・エラー(我済和泥・f08098)はひとり、太い木の幹に背を預けてこの夜を愉しんでいた。人の多い場所を避けて見つけたこの樹は枝ぶりも花の質量も申し分なく、周辺には木も少なくて風の通りが良い。春の穏やかさを消した酷く冷たい風の中、ただ喉を焼く酒の熱だけがこの夜に火を点していた。
 嗚呼、好い。今夜はなんて静かなんだ。
 静かだったのに。

「――――もう!ジンさん!こんなところにいた!!」

 すっかりほうたらかしにしてきた相方が声を荒げて此方にやって来れば、それも終わり。ちろりと盃を伝う酒のしずくを舐めとってから、耳に痛いほど突き刺さる千桜・エリシャ(春宵・f02565)の声を肴にもう一口。

「勝手に一人で行動しないでいただけますかしら?まったく、ひとりでお花見とは優雅でいいですわね」

 息を切らして緩い傾斜の道を登り詰めたなら、エリシャは景色を遮るようにジンのすぐ前に立ち塞がった。顔を近づけてきた女の色は眩むような艶やかさと昏さを兼ね揃えている。それこそ、この夜の美しささえも霞む程に。
 だが、そんなことはジンには関係ない。

「あァ〜〜〜〜?い〜〜ィじゃねェか!!こンな夜ぐらいよォ〜〜〜〜なァなァなァな〜〜〜〜ァ〜〜ァ」
「あ、あなた…お酒臭いですわよ……?」

 近づいたせいで知ってしまったそれに、エリシャは思わず鼻と口を押さえて顔を離した。よく見ると男のすぐ傍らにはすでに空になった酒瓶が転がっている。眉根を寄せて明らかにいやそうな顔をするエリシャにわざとらしくにんまりと口角を吊り上げたなら、ジンはもう一口酒を呷る。嗚呼美味え。
 臭いを避けるようにジンの隣に足を伸ばして座る。ヒールの低いブーツとはいえ延々探し回った代償は相応に足首に響いていたようで、改めて頑張った両足と己を労った。
 途端に、ジンの肩がエリシャの肩へとぶつかってくる。

「酒盛りもいいですけれども実戦で使い物にならなかったら承知しませんからね?」
「ンン~~?いざとなったら酔い醒まし、くれるだろォ〜〜?ウッヒアヒャフ!!」
「は?酔い醒まし?往復ビンタでもすればいいのかしら?」

 酔っているのだかいないのだか。平時とそう変わらない態度で、帯びる酒気だけが濃くなったジンがけらけら笑いながら張り付いてくる。いちいち払い除けたところでこの恐らく酔っ払いは何食わぬ顔をして最初の倍はうざったらしく絡んでくるのだ。
 まったく……と盛大に、見せつけるようにため息をつくと為されるが儘。皮肉だけを投げつけて無視を決め込むことにしたエリシャはただ空を見た。

「にィ〜〜してもよ」

 思考を遮り、エリシャの肩へと気だるげに寄り掛かったジンがぼやく。

「やっぱエリシャんとこのが綺麗だなァ〜〜……ここのも悪かねェ〜けど」

 幻朧桜。サクラミラージュの至る所に咲き誇る枯れずの桜。幾ら散れども散りきらぬ薄紅はさわさわと風に揺らされて、月明かりのない夜を気儘に踊り始めている。
 風に乗って散る花弁は遠く煌めく星より鮮明に夜を飾って、風が止めば力なく地に落ちて好き放題に生えた草の絨毯に色を添える。桜は見慣れたものではあるが、こうして場所を変えて見上げてみれば何とも趣深く美しい。
 だが見馴染んだ光景の方がやはり心のどこかは落ち着くもので。彼女の営む宿の桜と比べ見ればやはり多少贔屓して評価する。しておいた。
 何の気なしの言葉ではあるが褒めたはずなのにしばらく返事がなくて、ジンはエリシャへと呼びかけ――ようとしたところでエリシャが口を開いた。

「あ、ああ……旅館の桜のお話ですのね」

  花が舞う。
 一瞬強張った身体も、自分の勘違いと気づいたならようやっと解れた。てっきり、自分が纏う桜のことかと。などと自惚れてしまった事は口が裂けても言えないが、そうして自分の宿が褒められることに対して素っ気ない振りはできない。
 表情を整えて素直に感謝を伝えようとジンの方を見ると、にやけた目元が真っ先に目についた。

「あ?お前のそれじゃねェ〜〜〜よバァ〜〜〜〜カ!!!」
「な、ちょ、ちょっと!心を読まないでくださる!?」
「わッかりやすい面してっからだろォ~~~~~」
「そもそもジンさんがそうやって思わせぶりなことを言うからですわ!」
「普段からわかってるもンを改まって言ったってつまンねェ〜〜〜〜〜だろ」
「!!!」

 煽れば応じ、売り言葉には買い言葉。手元の盃から酒がみるみる零れていくのも気に留めず、襟首を掴んでは揺さぶって、鼻をつまんでは大笑い。外野から見れば喧嘩ともとれるじゃれ合いは突然始まり突然終わった。
 いまにも手が出そうなエリシャの様子に気付いてか、気付かずか。確実無敵の殺し文句をジンが唱えたならば見る見るうちにエリシャの頬は赤らんで、襟首を締め上げていた手からは力が抜けていく。
 機嫌を直したエリシャは咳払い一つ。

「……そ、そう…まあ、私が綺麗なのは当たり前ですけれども!」

 きっちりと裾を整え座り直してすまし顔をすればいつも通り。
 どうにもこの男、普段は淑やかな態度を崩さない彼女を振り回すのが楽しいのだろう。真正面へと回り込んだならぐんと顔を近づけて、唾を飛ばすように歯を見せて笑った。

「カハヒハ!!ン〜〜じゃァよ、間違っても『あの月が綺麗だ』なンて、言えねェ〜〜〜なァ〜〜〜〜〜」
「……へぇ、あなたもそんな言葉を知っていますのね」

 顰め面。
 そんな台詞、ビンタどころじゃすみませんわよ。と言葉に棘をふんだんに混ぜ込んで吐き捨てたなら、エリシャはふいと視線をそらした。すっかりとそっぽを向かれたジンは隣に座り直すとちろりと女を盗み見る。桜鬼の横顔は酒の一口も飲んでいないのに耳まで赤く。

「あ〜あァ」

 月のない夜にひと際映える白い肌を、膨らした頬を、伏せ気味の長い睫毛を、流れる宵色に隠した桜色を、一通り見つめて満足したなら勝手にエリシャの膝の上へと頭を置いて満足気。

「綺麗だなァ」

 ひどく、乾いた音が男の頬から響いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


●夜更け
 時計が告げる時刻は深夜1時。
 最早町の人々は眠り、活動しているのは屋敷周辺に居座る猟兵達だけとなっていた。
 件の迷惑な侵入者も彼らを見つけてすごすごと引き返し、最早邪魔者は何処にもいない。


――――否。
 たったひとつ、彼らを見つめて揺れている真白い影が在った。


第2章 集団戦 『旧帝都軍突撃隊・旭日組隊員』

POW   :    怪奇「豹人間」の力
【怪奇「豹人間」の力】に覚醒して【豹の如き外見と俊敏性を持った姿】に変身し、戦闘能力が爆発的に増大する。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
SPD   :    怪奇「猛毒人間」三重奏
【怪奇「ヘドロ人間」の力】【怪奇「疫病人間」の力】【怪奇「硫酸人間」の力】を宿し超強化する。強力だが、自身は呪縛、流血、毒のいずれかの代償を受ける。
WIZ   :    怪奇「砂塵人間」の力
対象の攻撃を軽減する【砂状の肉体】に変身しつつ、【猛烈な砂嵐を伴う衝撃波】で攻撃する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●睥睨せし
 それが現れたのは敷地内を一望できる場所――一番高い屋根の上。
 先客がいることも気に止めず、白の影朧は風見鶏のように屋根の先端へ爪先を下ろし、人の増えた敷地内を見回した。
 いとおしげに抱く球体を撫でる。

「――――♪」

 言葉とも鳴き声とも言えない、高く耳障りな音を響かせたなら球体は爆ぜ割れ、文字通りそこから新たな影朧達が『産み落とされる』。
 溢れたそれは人の形ではなかった。
 酷い臭いをした肉塊、或いはなりそこないとも言える奇妙な生物――そう、生きている事だけは判別できたそれは屋根の上からぼどぼどと落ちてゆき、庭へ。
 人の姿を見つけたそれらは己の形を変えていく。腕を生やし、足を生やし、顔を作り、部品を当て込め、全身を丁寧に誂え、拵え。
 ぐらりと立ち上がった時には中性的な顔立ちの軍人姿へと仕立て上がっていた。
 そして、彼らは一様に猟兵達へと襲い掛かる。
 最早彼らに理性はない。何かを聞き入れるだけの知性もない。
 在るのは衝動。ただ破壊し、ただ打ちのめされる、獣の如き生存本能。
 在るのは渇望。次こそは永久の安寧を手に入れんと言う無意識の願望。
 彼等は救われない、救えない。桜の加護も祈りも彼等には与えられない。
 彼等は朽ちられない。我等が幾度望めども彼等の傷を癒す事ができない。

「――――、――――♪」

 ホシガネは見つめる。
 その表情は、子供のはしゃぎ回る様を見つめる母のようだった。


※説得を試みたい皆様へ
 ホシガネの説得、転生を行うにはいくつかの条件がございます。
 その内の幾つかはこの集団敵『旧帝都軍突撃隊・旭日組隊員』への対応にて判定を行う予定です。
 心情、戦闘方法、倒し方、技能、あらゆる方法を模索してください。

 特に説得を考えてない場合は普通に倒してくだされば旭日組隊員達も浮かばれるでしょう。
東雲・一朗
【帝都軍】
カビパン少尉(f24111)と共に

▷解放
旭日組は取り込まれ産み落とされた側、となればホシガネを転生させるには何らかの繋がりがある可能性を否定出来ぬ旭日組をただ転生不可の群体影朧として対処するは愚作…と【見切り】にて推測。
「少尉…救えない痛みさえ癒してしまう貴官の慈愛と力、貸して貰う必要がありそうだ」
狙うは旭日組らの解放、鍵となるは少尉のUC。
「私が動きを抑える、少尉は彼らを…救うのだ」
私は【集団戦術・団体行動】を用いた指揮連携により少尉と息を合わせ【切り込み】、桜花の霊気【オーラ防御】を纏い二刀【武器受け】流しで少尉を守りつつ【破魔】の力を込めた【強制改心刀】にて彼らを解放してゆく。


カビパン・カピパン
【帝都軍】
東雲少佐殿(f22513)と共に。

▷赦祈の儀式
帝都の旗の下に集いし同胞よ、負の螺旋に囚われたか。
醒めぬ悪夢、誇りを穢されさそがし無念であろう。
今が真の安息の時なのだ。

「ここに――赦祈の儀を行う」
【笑門来福招福軍配】を構え、ひとたび振るいシリアスを吹き飛ばす。
少佐殿のUCを受けた旭日組らに追い打ちの如く【女神のハリセン】の【HARI☆SEN】でツッコミし癒す。
そのうちの旭日組一人に寄ると、微笑みを浮かべながら優しく抱き留め、【女神の加護】の光を放ち、不安を飲み込んで帰天へと導く。
「貴殿等は豹でも獣でもなく、真の誇り高き帝都軍人よ。汝らの死に無駄死はない。今こそ、天に還る時なのだ」



●救いの一振り
 まず警笛が聞こえた。
表に配備した隊員は何かを――恐らくは件の影朧を発見したのだろう。東雲・一朗(帝都の老兵・f22513)とカビパン・カピパン(女教皇 ただし貧乏性・f24111)は武器へと手を添えて屋外へと急ぎ足。
 次に雑音(うた)が聞こえた。
 正面玄関から庭へと駆け出して間もなく、屋根の上から何かが落ちてきた。強烈な悪臭を漂わせるそれから距離を取り、上空。遥か遠く屋根の上にいる白いそれが球体から何かを産み落としているのを目視する。
 そして、産声(ひめい)が聞こえた。
 屋根の上に、庭のそこかしこに転がった肉塊はいびつな己を整えてゆく。重なり合った不協和音が止めば、一郎とカビパンの前に立っていたのは人間の形をした過去。旧帝都軍突撃隊・旭日組隊員、旧帝都軍の負の遺産たちだ。

「少佐、彼らはもしかして」
「ああ、説明にあった『取り込まれた者たち』だろう」

 事前に聞いた予知から既に何らかの影朧が取り込まれることは察せられていた。が、よもやそれが旧帝都軍に関わる者とは。眉根を顰めた一郎は成形を終えた旭日組隊員の数を確認し、屋根の上のホシガネを見る。

(旭日組は取り込まれ産み落とされた側――となればホシガネを転生させるには何らかの繋がりがある可能性を否定出来ぬ)

 事実、ホシガネはある程度産み落としてからは特に何もせず、じっと旭日組隊員達を観察している。思えばただ子供らの観察をしたいだけならば時間など関係なくこの場所に産み落とせばいいものの、わざわざ屋敷に居座り続けた人間の前へと彼らを産み落としたのだ。

(我々の行動を見張っている?旭日組に対して我々がどう動くか試しているのか?)

 真意はどうあれ彼ら旭日組をただ転生不可の群体影朧として対処するは愚作と推測を重ねれば、一郎は傍らに控えるカビパンへと静かに呼び掛けた。

「少尉。救えない痛みさえ癒してしまう貴官の慈愛と力、貸して貰う必要がありそうだ」

 狙うは旭日組らの解放。その鍵となるのはカビパンの持つ力(ユーベルコード)だ。剣の一振りではどうにもならない。ならばこそ、一郎は己が出来うるまでの仕事を全うせねばならなかった。

「私が動きを抑える、少尉は彼らを……救うのだ」
「――はっ!お任せください、少佐殿!」

 一郎は剣を、カビパンは軍配を、其々に構えたならば救うべき者たちへと相対する。
 ふたりの戦意に反応したか、旭日組隊員達もまた己の姿を変化させていく。ある者は豹へ、ある者は砂へ、またある者はその体から硫酸を滴らせ、汚泥の如き悪臭をも纏わせる。人工的に複数の怪奇人間の因子を組み込まれた彼らは敵に応じて肉体を変質させ、その短い命を戦場で散らせる代わりに敵を討つ。
 嗚呼、その傷は深かろう。

「帝都の旗の下に集いし同胞よ」

 攻撃態勢を整えようとした旭日組隊員達の前に、カビパンが一歩踏み出した。
 低く落ち着いた声色、小柄な少女から感じた圧倒的なオーラに旭日組隊員達は変異を止める。例え変り果てようとも根は軍人、勲章持ちの彼ら彼女らの言葉には反応してしまったのだろう。

「負の螺旋に囚われたか。醒めぬ悪夢、誇りを穢されさそがし無念であろう」

 今が真の決別の時なのだ。凛と、乙女の声が戦場に染みる。

「ここに――赦祈の儀を行う!」

 軍配をひとたび振るえば不思議と周囲の重苦しい空気が消え失せた。
 周囲の変化に影響されたのだろうか、旭日組隊員達は周辺を見回す。何もない。何も変わってなどいない。だというのに妙に心が軽い。混ぜこぜになった自我が周囲の微細な変化によって一つの方向に意識を向けたからだろうか。

 その隙を、一郎は見逃さなかった。
 一番近い対象へと即座に間合いを詰めれば、刃に満たすは破魔の力。
 一呼吸。振り翳した退魔刀が三日月の如くに閃けば強く歯を食い縛ってもう一歩踏み込み、旭日組の脳天へ真っ直ぐに振り下ろした。身動きの取れないまま豹に変化しかけていた旭日組隊員は膝をつく。
 彼らは滅ぼされてなどいない。強制改心刀による一刀は肉体に傷一つ負わせることなく深く根付いた邪心だけ斬り払ったのだ。

「少尉!」
「承知いたしました!」

 一郎が次の旭日組へと斬り掛かる、その後ろ。軍配から武器を持ち替えたカビパンがたった今一郎によって邪心を削がれた旭日組隊員へと接近した。彼女もまた同様に大きく振りかぶり、振り下ろす。

「ちぇええええぇぇぇぇすとおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 ッパーーーーーーーーーーーーン!!!
 本来戦場に響くはずのない乾いた音と共に旭日組隊員は側頭部を思いっきり叩かれていた。カビパンの手にはハリセン、それも女神の加護がこれでもかと注がれている彼女専用のハリセンだ。
 音の大きさに反比例して左程威力はなさそうではあるが、効果は絶大。旭日組隊員はたった二撃の攻撃を受けただけでその場へと崩れ落ち、身動き一つとれなくなっていた。彼らの中に渦巻いていた邪心も邪念も打ち砕かれ、呪詛は霧散した。
 視界の端、一郎が切り伏せていく敵の数が増えていく。此方に向かってくる敵がまるでいない辺り、自分を狙っている敵から切り伏せてくださっているのだろう。非常に有り難い。有り難いのだが――後を追いかけながらカビパンは声には出さず、秘めた思いを己の内側で爆発させた。

 正直(ぶっちゃけ)ちょっとしんどい。

 先程の応接室で少佐殿と過ごした時間もさることながら、現れてくる敵からも溢れるシリアス、シリアス、シリアス!普段の自分とのギャップで体が保たない。胃と下唇はきゅっとなったし全身なんだか妙に痒い。内心このまま張り詰めた空気が続いてしまうと落ち着かないことこの上なかった。訂正しようかなりしんどい。
 勿論これは仕事、真面目に向き合わねばならないことはわかっている。先程語り合ったからこそ一郎の真意も理解できる。戦場においても自分に気を配って戦ってくださっている。わかっている。
 だからこれ以上軍配を振るうことはない。彼らのため、少佐殿のため、そしてほんの少しだけ自分のため。崩れすぎない程度にこの場の空気を和らげたのだから、残りは面倒がらずに為さねばならない。カビパンは一度だけ唇を結んで、旭日組隊員達を片っ端からツッコんで癒していった。

 迅速に、正確に。
 反撃を食らう間もなく斬り伏せ叩き伏せ続けた結果、一郎とカビパンの周囲一帯には戦意を無くした旭日組達が息を切らしていた。自分達へと牙を向けるものがいないと判断すれば、二人は武器を収めて倒れた彼らを見回す。カビパンが癒しを与えたとはいえど、彼ら自身を蝕む副作用は骸の海へ沈めど消えなかった。そう簡単に癒えるものではない。
 時が経てばそれだけで、彼らは皆死に絶えるだろう。
それでは彼らの人生がただ終わるだけだ。このままでは救えない。救われない。一郎がカビパンへと一度視線を向ければ、カビパンは旭日組の一人に近寄り、片膝をついた。

「同胞よ、貴殿等は豹でも獣でもなく、真の誇り高き帝都軍人よ」

 旭日組隊員へと視線を合わせ、もはや表情一つ変化させられない青年へと微笑みを浮かべる。弱り切った身体を優しく抱き留めてやると、抵抗することもなくすんなりと両腕の中に納まった。
 さぞ戸惑った事だろう。
 戦場においてこんな事があるものだろうか。答えなど解らぬ儘、青年はその身を国の為にと棄ててから終ぞ知ることのなかった慈愛と慈悲の中、混乱しながらも温かな光と赦しを得ていた。
 女教皇は穏やかに告げる。

「汝らの死に無駄死はない。今こそ、天に還る時なのだ」

 溢れる光は、女神の加護は朽ちかけの身体から痛みと不安を取り去った。
 もう役目はないのだと、この生に意味があったのだと。痛苦の先に見えた終わりに己を肯定され、旭日組は光に呑まれて消えていく。彼女の背後、一郎が見つめた彼の表情は安堵に満ちて、今にも泣きだしそうな微笑みであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱酉・逢真
坊っちゃんと/f22865

行動
① 輪棟の屋根に出現したホシガネに呼びかけ
② 眷属《鳥》から1羽出して敵をこっちまで来させる
③ 屋根や【四之宮】で砂嵐と衝撃波を防ぐ
④ ③と同時に【小鳥】を喚び、敵サンを『望む終りを迎える夢』に飲み込む
⑤ 権能《毒》・毒使い・継続ダメージで眠るまま痛み無く死なす
⑥ ホシガネの反応を見る

ああ、そうさ。俺のチカラはそういうものさ。理性なんざなくたってかまやしねえし、俺は救いの神じゃねえ
くじけたっていいんだぜ、坊っちゃん。俺はがんばれたァ言わん
ホシガネの嬢ちゃんさえ送り出せりゃあ、あいつらが“造り直される”こともなくなる。それは確かさ

ひひ、とことん眩しい命だねェ


雨野・雲珠
かみさまと/f16930

近…っ
でも良い距離です
隊員の方々が昇ってくる前に彼女に呼びかけを。
ひとの理は通じそうになくても、人語を解するか確認したい。
「…ホシガネさま!彼らは苦しんでいます、止めてください!」

今回の俺の役目は見て考えること
【四之宮】を絡み合わせて隊員の攻撃をしのぎながら
彼女の様子を観察します

言葉が届かずとも。
理性も知性もなくとも。
グリモアの予知は、確かに彼らの嘆きを拾っておられました。
衝動と渇望、願望があるなら、
かみさまの御技は有効なはず…
彼ら自身の願いでもって、どうか彼らに永遠の安寧を

…桜の身でありながら、役立たずで申し訳もありません。
安心して眠って頂けるように、頑張りますから。



●ゆめの行き先
 語り合いの最中、背後に気配を感じた。
 振り返ってみれば十数メートル先、一際鋭く空へと伸びる屋根の先端に異様な少女が舞い降りてきた。夜空に切り抜かれた事前に聞き及んでいた情報に加えて、目に見えて分かる異質さ。件の影朧だということはすぐに分かった。

(近……っ)

 朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)と雨野・雲珠(慚愧・f22865)はほぼ同時、警戒しながらも立ち上がりホシガネを観察する。どうやら彼らのことは眼中になく、抱いた球体を撫でては何かを産み落として、人間の言語からは程遠い奇怪な音を並べていた。
 零れた何かは屋根の上からぼたり、ぼとりと落ちていく。肉塊にも等しかったそれらが次第に形を変え中性的な軍人の姿へ、そしてさらに肉体を異質へ変化させて庭先に集まってきた猟兵達へと襲い掛かっていく。いずれふたりのいる屋根へも零れ落ちた彼らがやって来るだろう。

 しかし、好い距離だ。
 ひとの理は通じそうにない。だが、もしかしたらひとの言葉を聞いてくれるかもしれない。ならばと、雲珠は一抹の期待を胸に平時よりも気持ち声を張り上げてホシガネへと呼び掛けた。

「……ホシガネさま!彼らは苦しんでいます、止めてください!」
「――、――――」
「ホシガネさま!!」
「――――♪――――♪」

 呼び掛けても、ホシガネは彼を見向きもしない。
 それどころか、次々に新たな『子』を産み落として楽しそうに微笑んでいる様子は、人の言葉を解していないようにも人の言葉を聞く気がないようにも見えた。少なくとも、今は届かない。
 それなら。
 雲珠は背負っていた箱を屋根へと下ろし、二拝二拍手一拝。願い祈れば社より桜の木の根が無数に伸び、雲珠と逢真の足元で蠢きながら緩く編み込まれていった。護りは万全、とは言い難くとも少なからず屋根から落ちない程度には耐えられる。

「――かみさま」
「おうとも」

 呼びて、応えて。空を撫でれば逢真の指が這った場所からぞるりと鳥が滴り落ち、夜の深さを吸い込むように一羽は屋根から落ちずに残っていた旭日組隊員へ向けて飛び立った。目の前を旋回するだけでそのひとりの注意を引いたなら、再び逢真が空を撫ぜる。
 次に現れたのは半透明な三羽の小鳥だ。其々が異なる軌道で旭日組隊員目掛けて飛び、囲むように回り回る。飛び掛かることも啄むこともない。くるりくるりと飛び回っていた。
 旭日組隊員は鳥達の様子に違和感を覚えながらも、身体を砂へと転じていった。どしゃりと落ちた右腕だったものが砂粒に変わって風に舞う。

 ぐらんと眩暈。まだ本調子ではないのかもしれない。

 だが、眼前に立つ者達を倒さねばならない。そうするべくして彼らは産みだされたのだから。旭日組隊員は小鳥達とは反対方向に渦巻いた。砂嵐と化したその身体からは空を裂くほどの衝撃波を発し、飛び回っていた小鳥達を瞬く間に切り裂き落とす。ぼとんと落ちて溶け消えた亡骸を超えて、次は邪魔者どもの掃除だ。勢いを増させた砂嵐は木の根の護りも切り倒し、鳥を放ってきた男を四方八方から切り刻んだ。顔を、首の肉を抉り取り、衝撃波により深く刻んだ四肢の傷は皮一枚で繋がっている。嵐を止めれば旭日組隊員の目の前で男は血を吐いて崩れ落ちた。その奥で少年が怯えた目で此方を見た。可哀想に、戦場にやって来たがばかりにこのような恐怖へ身を浸すことになるとは。哀れみを持って彼は木の根が彼を覆うより早く少年をも切り裂いた。これで邪魔者はいない。ちらりと眼とも言えぬ砂粒の視界でホシガネを見る。丁度こちらを見ていない。風が強く吹き付けて、身体が自然と空へ運ばれていく。嗚呼今だ、今しかあるまい。彼は変身を解かなかった。今この時こそホシガネの呪縛より解き放たれる機会、このままあれに捕まることなくおれは砂と散り逝こう。どうせ死ぬのなら遠くで逝こう。だが死に場所を選ぶ権利をあれは呉れたのだ、星にしたいと願うあれにひとつだけ報いてやろうじゃないか。嗚呼、おれは燃え尽きる。燃え尽きて塵芥となり空へ還ろう。もうおれは誰にも届かない、誰にも邪魔されない、おれはもう自由だ!自由に死ぬのだ!!

…………

……

●うつつの幻
「夢は夜の子、眠りと死の兄弟……ってな」

 そこにあるのは砂の山だった。
 正確に言うのならば、砂塵へ変化した旭日組隊員のひとりが、最早人の形に戻ることもなく夢の底へと堕ちていた。彼はもう二度と目を覚ますことはない。眠ったまま寿命を使い潰し、そのまま静かに事切れるだろう。

「ああ、そうさ。俺のチカラはそういうものさ。理性なんざなくたってかまやしねえし、俺は救いの神じゃねえ」

 深く、深く染み込ませた毒(ゆめ)の味はさぞや甘美なことだろう。顔が見えずとも見せた夢の種類ならば解っている。彼の理想と離れているようで程近い現実は、いずれ優しく彼を何処かへ連れ去ってくれるはずだ。
 だが、今大事なのは其方ではない。呼び戻した鳥へ次の獲物を誘い込むように指示したならば逢真の後ろ、木の根を椅子代わりにしてホシガネの動向を見張っていた雲珠の状況を確認した。

「なぁ、坊ちゃん。そっちはどうかい」
「……残念ながら。反対側の庭が騒がしいようで、此方を見ておられませんでした」

 雲珠は眉間に皴を寄せながらも一転集中。逢真から声をかけられても標的から視線を外さず、猟兵達と戦う子供たちを見つめては何かを発しているホシガネを射貫かんばかりの鋭さで観察していた。
 視て、気付き、知る。それが今雲珠の果たすべき仕事だ。
 桜の精たる彼は荒ぶる魂と肉体を鎮めた後ならば、影朧達を癒し次なる生へと正しく導ける。のだが、この旭日組隊員達は違う。彼らには説得の言葉は届かない。それらを正しく理解するだけの知性が残っていない。どう足掻こうが彼らへ桜の癒しは届けられない。

(でも、グリモアの予知は、確かに彼らの嘆きを拾っておられました)

 言葉が届かずとも、理性も知性もなくとも、衝動と渇望、願望があるならば。
 視界の端、砂と化した彼が生きているのか死んでいるのかはわからない。しかし推測は正しく、逢真の御業は旭日組隊員の望む通りの夢を見せているようだった。彼らの望む、理想の死を。
 桜の精としての役割を果たせない事、逢真に頼りきりになる事がどうにもやるせなく、雲珠は弱弱しく詫びた。

「……桜の身でありながら、役立たずで申し訳もありません」
「くじけたっていいんだぜ、坊っちゃん。俺はがんばれたァ言わん」

 ちょうどいい高さにあった雲珠の頭へ、逢真がぽんと手を置き、

「ホシガネの嬢ちゃんさえ送り出せりゃあ、あいつらが“造り直される”こともなくなる。それは確かさ」

 二回ほど弾ませてから手を離したなら、逢真はにかっと笑って見せた。
 一度だけ逢真へと視線を向けた雲珠は、その笑みに少しだけ心を軽くする。

「……はい。安心して眠って頂けるように、頑張りますから」

 だから――彼ら自身の願いでもって、どうか彼らに永遠の安寧を。
 力なく微笑んだ雲珠は再びホシガネを見据える。彼女を救うための糸口は、彼女の落とし子達と相対していれば必ず見つかるはずなのだから。
 懸命に、己の役割を全うしようとしている雲珠の表情を覗き見たなら、逢真の口からひひ、と声が漏れ出した。

「――とことん眩しい命だねェ」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

無間・わだち
そうですか
産んでは死なせ続けて
そうやって
こどもを殺し続けてるんですね

生まれ変わらせる方法は
思いつかないけど
為そうとする誰かの
手伝い位はします

夜闇にラムプを振って敵の意識を惹く
同時に俺も前へ奔り
十分に惹きつけたなら
味方への攻撃を全てこの躰で受けてかばう

あの子の熱がある限り
俺はしぶとく出来てるんです
あなた達の感情の欠片を
感じる程度のこころは在るから

生きていたいでしょうね
穏やかに眠りたいでしょうね

それを許してくれるのが
ここに居る人達(猟兵)ですよ

何も考えられずとも
今はただ俺に、ぶつけていいですよ
俺は死にませんから

我が子が死ぬのは
悲しいだろうな
だから、また産まれてくることを
喜んでしまうんだ
愚かだけれど


渦雷・ユキテル
お母さんみたい
母親がどんなものか知らないのに
不思議とそう見えて

進んで影朧を倒しにいく気はそんなに
この人達の戦い方、どれも命を削ってるもの
黙ってても崩れていくんじゃないかって思うほど
だから此方が傷つけられないよう
電流で動きを封じるに留めます
【属性攻撃、範囲攻撃、マヒ攻撃】
後はただ、そこにいるだけ
殺しても終わらない気がして

貴方たちもつぎはぎの命なんですね
疲れるでしょ、不自由に生かされるのは
どうすればお終いにできるか考えますから

産んだ子が弱ったらお母さんは何かする?
しないのか、出来ないのか。表情に変化は
全部を知れるとは思いませんけど
分かることがあれば気に留めておきましょう
【視力、情報収集、第六感】



●継ぎ接ぎだらけの傷跡
 ぬるくなった風が自然と足を屋敷へと向けてくれていた。
 帰りつけば既に庭では大乱闘、そこかしこに白い軍服姿の異形達が蠢いて、猟兵達へと襲い掛かっていた。
 そして彼らを高い屋根の上から見下ろすのは白い少女。影朧に最早年齢と言う概念はないだろうが、容姿だけなら自分の方が年は上だろう。
 だというのに。

(お母さんみたい)

 と、渦雷・ユキテル(さいわい・f16385)は感じていた。戦う兵士達の行動に一喜一憂するホシガネは、不思議と"そう"見えてしまった。
 自分は、母親がどんなものか知らないのに。

(その割にはまあ、ひどい母親みたいですけどね)

 ちろりと目を向けた先には旭日組隊員達。
 注がれる無垢な愛情への恐怖か、向けられる憐憫に対する憤りか、理性を失っているが故に剥き出しになった感情は猟兵達と戦う旭日組達の顔を強張らせていた。どうにもこういう相手は戦いにくい。命を懸けてどうのこうのという感情はユキテルの中では燻るほどしかない熱だ。
 距離を取って他猟兵達の戦闘を観察するユキテルは、旭日組達の動きに妙な感覚を得ていた。似たような何かを観たことがあるような、元々知っていたような――
 
(あー、わかっちゃいました)

 気付いて、一瞬眉根に皺を寄せた。
 元より進んで影朧を倒しにいく気はなかったものの、彼等の状態が分かってしまうと余計に戦意は削がれていく。

(だって、あの人たちの戦い方、みんな命を削ってる)

 産み直され、変質させて、死んで、取り込まれ、また産み直され。彼らはもう肉体も精神も限界を超えていた。超えたその身で暴走させた異能に身を任せてまで彼らが求めているものがなにか、察しはついている。
 なら、お手伝いくらいしてあげましょう。視界の端の端、ちょうど猟兵達の戦闘区域から外れた場所に何人か、誰にも見守られずに産み落とされていた。まずは彼らから。心の奥底に澱む感情と裏腹に歩みは異様なまでに軽くて、首さえ据わらぬ旭日組隊員達の元へ瞬く間。敵意を向ける暇さえ与えない。

「貴方たちもつぎはぎの命なんですね」

 とんとん、と爪先を二度鳴らす。ユキテルを中心に広がった電流の網は容易く旭日組隊員達を絡め捕り、触れた先から身体を痺れさせていく。

「疲れるでしょ、不自由に生かされるのは。……どうすればお終いにできるか考えますから」

 これで、終わり。ユキテルはそれ以上を与えない。
 彼らを倒す事はできる。このままひとりひとりを殺して回ることなどユキテルにとって三時のおやつを選ぶことよりも簡単で、単純なことだ。
 でもこのまま殺しても、きっと終わりにはならない。
 少し下がって屋根の上を見る。ホシガネ、そう呼ばれた彼らの母は此方を向いていない。遠くからでも目立つ白い彼女は今、子供たちを見ることを一時的にやめていた。鳴動を始めた球体を優しく抱きかかえて、生まれ来るのを促すように撫でている。また何人もの影朧を産み落とすのだろう。

(産んだ子が弱ったらお母さんは何かする?)

 旭日組隊員達は猟兵達によって次々に倒され続けている。それを見て、彼女は何を思うのか。思っているのか。表情からでも読み取れるものはあるはずだとユキテルは注視する。
 が、気を取られすぎた。いつの間にいたのだろう、射程内にまで踏み込んできていたひとりへの対応が遅れてしまった。変異させた肉体は蝋燭のようにどろりと溶け、滴り落ちた体液で地面が焼け焦げるている。

(あ、)

 ヤバイ。ちょっと間に合わないかも。ユキテルが後ろに身を引きながらも無意識に指先へ電流を迸らせた、その瞬間。
 くん、と。旭日組隊員は真横を向き、ふらふらとユキテルから別の何かへと標的を変更した。つられて向けた視線の先、ゆらりと夜闇に揺れていたのは手招くようなラムプの灯り。
 灯蛾の如くに引き寄せられていく旭日組隊員達の先、無間・わだち(泥犂・f24410)の小さな黄金とわるつの大きな苺色はラムプに照らされながら彼らを待っていた。

(産んでは死なせ続けて、そうやってこどもを殺し続けてるんですね)

 これが他の影朧であったのなら、まだ少しは違う未来があったのかもしれない。
 偶然、命が燃え尽きやすい彼らを取り込んでしまったからこうなってしまっただけで、きっと彼女も死なせたくはない、はずだ。

(生まれ変わらせる方法は思いつかない、けど)

 ゆらり、もう一度ラムプを揺らす。
 歩を進める度、旭日組隊員からは肉とも言えぬ何かの塊が削げ落ちていく。人の身体に触れたのならばひとたまりもない強烈な毒をばら撒きながら、己もその身を毒され続けている男を前に右目が悲しげに細められた。

「生きていたいでしょうね」

 一歩。

「穏やかに眠りたいでしょうね」

 一歩。

「それを許してくれるのが、ここに居る人達ですよ」

 一歩、わだちは彼へと歩み寄る。

「何も考えられずとも今はただ俺に、ぶつけていいですよ。俺は死にませんから」

 一歩、そこで立ち止まった。
 両腕を差し出したままぴたりと動かなくなったわだちは、旭日組隊員の汚泥と化した身体へと指先から沈んでいく。ぞぷりと呑み込まれた両腕は見る見るうちに毒されていくも、わだちは抵抗一つせず眉一つ動かさない。痛くない。怖くない。今、あらゆる痛苦を置き去りにして、ただ生きていたかったはずの彼を慈しむ。
 だからか、旭日組隊員もまたそれ以上動かなくなってしまった。
 敵意がないからか、注がれた慈しみが眩しかったのか。嗚呼、と小さく呻くとそのまま乾いた泥のように固まって、暫く。彼はその命の限りを迎えて、静かに崩れて壊れていった。
 崩れた彼を見届けて、わだちが両腕を下ろす。

「……助けられちゃいましたね。ありがとうございます、お怪我は?」
「いえ、気にしないでください。俺はしぶとく出来てるんです」

 感謝の言葉を告げるために近寄ったユキテルはわだちの両腕へと視線を向けていた。先程まで猛毒人間と化していた旭日組隊員を受け止めていたというのに、彼の腕は壊死どころか傷の一つもついていない。

「屋根の上の影朧は?」
「ずーっとまるいのを撫でてましたよ。……あ、また産みましたね」
「……そう、ですか」

 ホシガネは再び球体から子となるはずの肉塊を落としては、それらが再び己の形を得て叫ぶ姿を見て幸せそうに微笑んでいる。悪意の欠片もない少女の姿は故に悍ましく、狂気じみていた。
 彼女が、今ここで死んでいった彼らに気付いたらどうなるのだろう。ユキテル同様にわだちもまた、遠くで輝くホシガネの横顔を、そこに浮かぶ笑みの無垢さを見つめて目を細めた。

(我が子が死ぬのは悲しいだろうな)

 だから、また産まれてくることを喜んでしまうんだ。
 幾度となく過ちを繰り返そうと、その瞬間をいとおしく感じてしまったから。来るはずのない成功の時を願いながら試行し続けるホシガネの姿は、壊れた機械と同じだった。

(愚かだけれど)

 でも、生きていてほしいと願う気持ちだけは、痛いほど分かってしまって。
 わだちは右頬の縫合痕に指を滑らせていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ロク・ザイオン
【竜宮の牙】

(ルクスの呟きを、聴く)
(子が声を上げ、動き回るのを
母が愛おしむのは当たり前だと、森番は思う
けれど、)
…あの病は。
己が何を生み出しているのか、わかってるのか?

わかった。リュウグウ流、な。
……それって賑やかで、派手ってことかい。
あれは。一人残らず、灰に、森に還るべきものだ。

――あああァァアアア!!!
(「惨喝」の【大声】を鬨とし
【殺気】で戦場ごと、朽ちた魂を震わせろ
これで竦むような者は放っておけ
乗り越え尚も挑んで来るものから真っ向勝負、【ダッシュ、早業】で【なぎ払い】
「惨喝」で熱を増した刀で【焼却】する)


ルクス・カンタレッラ
【竜宮の牙】

己の役目を終えて死んだのに、何度も呼び戻されて、理性が擦り切れ、心も燃え尽き灰になっても立ち上がらせられる
それ、絶望では?
……でも、子を見る母みてぇな目してんだよなぁ……

なあ、ロク
還れねぇ奴らを還してやろう
もう疲れたろ、君らもさ
そろそろ眠らせてやるよ
なあ、隊員さん方
私らはホールスタッフじゃないけどさ、リュウグウのおもてなしで逝ってくれ
今日が君らの最期の戦いだ
護れ、戦え、軍人として、人として逝け
それが餞だ

【先制攻撃】で一番槍は貰ってくぜ
槍に肉体変化の水を纏わせウォーターカッターの要領で【蹂躙、串刺し、切り込み】
は、その咆哮最っ高!
【第六感】で避け【カウンター】
ひとりでも多く屠り殺せ!



●慈悲と言う殺意
 春の星を肴にして、からからと笑い合い酌み交わしていた酒の香気に腐臭が混ざる。
 荒れた庭での酒盛りへの乱入者は屋根の上より。ルクス・カンタレッラ(青の果て・f26220)とロク・ザイオン(蒼天、一条・f01377)は程好く巡ってきた酔いを飛ばして、落ちてきた物達から距離を取った。
 苦悶の声を漏らしながら眼前でみるみる姿を変えていく異形(こども)を、彼方より子らの生誕を喜び微笑む異形(はは)を、ルクスは冷ややかに見つめていた。
 予知と言う形で伝え聞いた彼等の嘆きを、終わりなく産み直されるという苦痛の連鎖を改めて目の当たりにして、言い様のない感情が喉へとせり上がってきていた。

「己の役目を終えて死んだのに何度も呼び戻されて、理性が擦り切れ、心も燃え尽き灰になっても立ち上がらせられるなんてさ」

 それ、絶望では?
 呟くように吐き出すルクスの言葉を、ロクは静かに聴いていた。
 まさしくそうだ。彼等は最早人と呼べず、ましてや獣とも言い難い。自然の摂理から引き剥がされて、新たな命として巡り行くことすら叶わない。
 忌むべき病だ。ここは、焼かねばならない病巣だ。
 だというのに。

「……でも、子を見る母みてぇな目してんだよなぁ……」

 ルクスの言うとおりだとロクは感じた。ホシガネは無垢に、子ども達の再誕を喜んでいる。彼等がどんなに痛々しく叫ぼうと、子どものはしゃぐ声を聞いているかのように優しく、彼等が命を削って猟兵達へと立ち向かっていこうとも、遊び回っている子らを止めることはない。

(子が声を上げ、動き回るのを母が愛おしむのは当たり前だ)

 けれど、と思考は続く。

(……あの病は、己が何を生み出しているのか、わかってるのか?)

 否。きっと、なにも気付いていない。
 産み落とされた者たちの声など聴いていない。子の苦しみを、悲しみを受け入れられずに癒せぬ傷を増やすばかりのあれは、ままごと遊びの母親だ。
 命を、遊びで費やすわけにはいかない。

「なあ、ロク」
「なんだルクス」
「還れねぇ奴らを還してやろう。リュウグウ流のやり方でさ」
「……それって賑やかで、派手ってことかい」
「はは、そんなところだよ」
「わかった。リュウグウ流、な」

 ロクの承諾を聞けばルクスは一足早く戦場へと踏み込んだ。
 静かに主人からの命を待ち続けていた純白の翼竜はその身を槍へと変え、ルクスの手へと納まる。一振り、敵との間合いを確かめたならば刹那、前方へと槍を真っすぐに突き出す。真正面に立っていた旭日組隊員の腹に大穴が開いていた。
 何が起きたのか、理解する間もなく崩れ落ちた同胞へと気を向けてしまった隊員の背後へ、滑らかにしなる宵の海色。後頭部を強打した重く激しい水圧の鞭に脳天を揺さぶられ、旭日組隊員は反応できないまま頭から倒れた。その背へと真っすぐに槍の穂先が落ちる。
 軽やかに先手を奪い、堂々と不意を打つ。荒くれ者共の犇めき合う強欲の海を渡る船にて主人を護るべく存在する彼女にとっては造作もない事だった。

「もう疲れたろ、君らもさ。そろそろ眠らせてやるよ」

 彼らが本当に言いたい言葉が何かは解らない。だがこんな連中が我が主の前にいたのなら、あの幼い主君は何というかくらいは簡単に想像がつく。
 故に、ルクスは楽しげに笑って見せた。誰に目を合わせるでもなく、誰もの目に焼き付けるように。

「今日が君らの最期の戦いだ。護れ、戦え、軍人として、人として逝け」

 それが、餞だ。
 足の下で息絶えた男の身体から槍を抜き、構えた。すぐにでも次の獲物へ飛びたいところではあるが、背後から感じる心地よい殺気にルクスは足を止めていた。
 ざり、と雑音めいた声が舌先に乗せられる。

「――――あああああああァァァァァァアアアアアアア!!!」

 遅れた鬨の声が戦場に響く。風を裂き、木々の枝葉を揺らしたロクの警咆は兵士たちの動きをほんの一瞬止めた。

「は、その咆哮最っ高!」

 一笑。その身を滴らせながらルクスは跳ぶ。ソーダ水で構築された彼女の身体はなだらかに槍の柄を滑り、揺らめく水の刃を創り出した。そのまま一振り、前方にいた旭日組隊員の腕を切り落とすと返す刃で隣の隊員に斬り掛かる。
 最中、ロクは静かに足を止めた兵士たちを観察していた。

(これで竦むような者は放っておく)

 旭日組隊員達は擦り切れた理性の奥底に潜んでいた恐怖を呼び覚ました。ホシガネによって与えられ続けていた一方的で支配的な恐怖とは異なる、戦場を駆ける兵士故の恐怖だ。死ぬかもしれない、だが勝てるかもしれない。かつて抱いていた己の力への過信が、曖昧という薄闇を混ぜこぜになった意識の内に広げる。
 旭日組隊員達は皆、眼前の強者へと立ち向かう。

(嗚呼、皆逃げなかったか)

 であるならば、とロクは烙印刀を引き抜き、己へ向かってくる勇気ある者へと相対する。
 真っ向から飛び掛かってきた豹人間へより深めた殺意を飛ばし、身を屈めて疾走。相手の速さをも利用して滑らかに刃を喉元へと当てたならば、切り落としながら傷口を焼いた。刎ね飛ばされた首が転がり落ちた先で発火し、燃え尽きる。

「あれは。一人残らず、灰に、森に還るべきものだ」

 さらに前方、細い喉へと噛みつこうとしてきた別の隊員へと炎揺らめく切っ先を押し込んだ。熱は一瞬、炎は一息の間に旭日組隊員を飲み込んで、熱も痛みも感じる間もなく灰燼へと帰した。
 焼け落ちた者たちは風が運んでくれる。この屋敷を囲う小さな森は彼らを正しく巡らせてくれる。だからこそ、ロクは只管に焼き尽くす。燃やし尽くして、彼らを母の御元から引きはがす。

「ああそうさ!ひとりでも多く屠り殺せ!」

 女達は唄うように吼える。踊るように殺す。宴はまだ始まったばかりだと笑いながら、強引に客達を引きずり込む。
 またひとりが女に溺れ、違うひとりも女にその身を燃やされた。ふたつの牙は自分達を見下ろしているはずの主賓へと見せつけるように、丁寧に、乱暴に、彼女の子らを深い眠りへと沈めて、自分達が行うべき正しい“接客”を実行していく。

「さあ隊員さん方、リュウグウのおもてなしで逝ってくれ」

 宴は全員潰されるまで終わらない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵雛花・十雉
寧(f22642)と

アンタらも戦い続けて疲れたろ
そろそろ休ませてやるよ

寧の準備が済むまで、オレが隊員達の注意を引き付けておく
「頼んだぜ」と一言だけかけて前に出るよ
お前にゃそれだけで十分だろ?

UCの炎を派手に燃やして大立ち回りを演じてやるが、相手には当てないように
炎はあくまで目眩しさ
相手の攻撃は避けるか薙刀の柄で受ける

ほらほら、アンタらの相手はこっちだぜ
言いたいことがあんなら聞いてやるよ
遠慮しねぇでぶちまけちまいな

寧が隊員達を眠らせたなら
【破魔】の力を宿した陣を展開して【浄化】してやる

さてね
案外、単に一人で寂しいのかもしんねぇよ


花仰木・寧
十雉さん(f23050)と

まるで赤子の泣き声のように
彼らの叫びが聞こえるようで

十雉さんが敵を引きつけてくれている間に
指輪を一撫で、悪魔を召喚する
――お前もこの世に喚ばれて、苦しんだことがあるのかしら
在り方は異なれど本質は同じ、悪魔とて影朧だ
刹那の疑問を、けれど口には上らせず

アマラントス、……彼らに安息を
かつて国を守ったであろう軍人らに、眠りを
これが最期であればと願うけれど、そうでなくとも
せめて、眠りのうちに還れますよう

十雉さん、お願い
眠らせたあとは、彼に託すわ

……ホシガネは、何故影朧を産むのかしら
寂しいから
だとしたら、誰も彼も……遣る瀬ないわね



●月無き夜の爛漫
「熱烈なお迎えだねぇ」
「そんなこと言ってる場合ではないでしょう?」

 屋敷の裏口、夜歩きから戻ってきて間もない宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)と花仰木・寧(不凋花・f22642)の前には数名の旭日組隊員が人間の形を取り戻していた。据わらぬ首をぐらりと整えて正面、理性のかけらもなくなった彼らは眼前に現れた敵へと剥き出しの敵意を叩きつけている。
 獣の如き影朧達を前にして寧は一歩後ろへ、十雉は一歩前へ。

「頼んだぜ」
「任せますわ」

 互いに一言だけ交わせば、十雉は薙刀をずらんと取り出して構えた。やるべき事は解っているのだから、交わす言葉はそれで充分。一度だけひらりと手を振ってから、十雉は振り返ることなく敵陣へ堂々踏み込んだ。

「さぁ、派手に行こうか!」

 薙刀の穂先に火が灯る。避けやすいように大振りに振り回せば、旭日組隊員達は目論見通りに刃を避けてバックステップ。勢いは殺さず、十雉はそのまま刃を振りぬいて背面へと炎を飛ばし、寧の前へ炎の壁を作る。これは万が一にもあちらに矛先が向かわないための保険だ。同時に演出でもある。

「ほらほらぁ!アンタらの相手はこっちだぜ!」

 焔の赤を背に立ち挑発すれば長躯から伸びる影が敵の意識を捉える。炯々と光る眼に誘われて旭日組隊員の一人がその身を豹へと転じて十雉へと飛び掛かった。速さに翻弄されず冷静に薙刀の柄で牙を止めれば渾身。力任せに振り解きながら紅蓮の炎をそこかしこへと振りまいた。
 獣除けなどではない。降り落ちる焔の椿は相手の目を眩ませて、逃げ場をなくすための檻だ。そしてこの檻の中でより派手に、より大げさに。振り回して歌舞いて魅せればここは十雉の一人舞台。

「言いたいことがあんなら聞いてやるよ、遠慮しねぇでぶちまけちまいな!」

 言葉など誰も返さない。彼らから返ってくるのは人語とも言えない呻き声だけだ。
 それでも伝わってくるものはある。命を削り続ける彼らの形にならない訴えは、彼らの牙から、汚泥の深みから、砂塵の奥底から響いてきている。こんなにも痛々しい思いを前にして何も出来ないなど、それこそ虚勢の一つも張れなくなる。

「アンタらも戦い続けて疲れたろ、そろそろ休ませてやるよ」

 故に、笑む。吊り上げた口の端を無理やりに固定して十雉は時を待った。



 十雉が敵の注意を引き付けている間に、寧は支度を整える。戦う力などないただの女に出来るのは呼び出すこと。左手薬指に輝くダイヤモンドへ口付け代わりの視線を落として、優しくひと撫で。

「おいでなさい、私の悪魔」

 言の葉に呼応して指輪が小さく瞬いたなら、彼女の背後に伸びる長い影。女の従える悪魔『アマラントス』は彼女の側へと馳せ参じた。噎せ返るような花の薫りが女の膚へと染みた香に混ざり合い、周囲に蠱惑的な蜜の甘さを撒く。
 指輪の光る左手を差し出したなら、アマラントスは優しく手を重ねて命じられる時を待つ。

(――お前もこの世に喚ばれて、苦しんだことがあるのかしら)

 ふと、寧の脳裏に疑問が過る。
 自分と契約を結ぶ前、この悪魔もまたひとりの影朧であったのだ。今十雉が注意を引いているあの軍人達とも、彼方より子らを見つめ続けているホシガネとも、在り方は異なれど本質は同じだ。であるのなら、癒しを欲したことはあるのだろうか。それこそ、喉から手が出るほどに望んだものがあったとしたら、それは――
 そこまで考えて、頭を振る。
 触れてはならないと寧の中からかけた何かが告げてきた。そもそも戦いの最中なのだ、今時間をかけて考えるべきことではない。時間を稼いでくれている友人のためにも寧は気持ちを切り替えて、骨の仮面に覆い隠されたその顔へ、底の見えぬ虚の眼窩へと優しく、冷たく目を向ける。

「アマラントス、……彼らに安息を」

 かつて、国の為に身を投じ、護って逝ったはずの彼らの為に、穏やかな眠りを。
 寧が望みを口にしたなら、アマラントスは胸に手を当て恭しく頭を垂れた。
 すると瞬く間、寧と悪魔の足元から芽が伸びて、見る見るうちに小さな蕾を膨らませてゆく。咲き乱れていく月見草の花群は次第に十雉達の足元にまで侵食し、開いた花から融けるような酒気を漂わせ、満たしていく。
 支度が整ったのだと分かれば十雉は口元を押さえて速やかに範囲外へと逃れつつ、炎の包囲を消し去っていった。
 消えた先、佇む婦人が穏やかに告げる。

「お眠りなさい、酔いの侭に」

 出来ることならば、これが最期でありますように。
 そうでなくともせめて、眠りのうちに還れますように。
 寧の切なる祈りの具現が悪魔の花園を創り出した。酒気に惑った旭日組隊員達がひとり、またひとりと膝をつく。目蓋は重く、脳を揺らす睡魔に抗えなくなればそれが最後。軍人達は花の中に沈み、より深い香に包まれて意識の泥濘に落ちていった。
 全ての隊員が寝静まったなら寧はアマラントスを下がらせて、宴に幕を下ろす。

「十雉さん、お願い」
「おう、始めるから下がってな」

 十雉は懐から人数分の符を取り出した。それを隊員ひとりひとりに飛ばして貼り付けたなら、薙刀の柄で地面を二度小突く。符の貼られた者達全員を囲い込むように展開された破魔の陣が、微睡みに落ちた旭日組隊員達を静かに浄め、鎮めていった。
 旭日組隊員達は深い眠りの中で少しずつ、少しずつ蝕まれていた己を取り戻す。取り戻したと気づかないまま己の命の火を消していき、塵と散り逝った。
 全てが骸の海へと還りついたのを見届けて、寧がぽつりと零す。

「……ホシガネは、何故影朧を産むのかしら」
「さてね。案外、単に一人で寂しいのかもしんねぇよ」

 寂しいから。
 何の気なしに十雉の口から出てきた単語が寧の何かに引っかかった。ホシガネも影朧だ。いつかどこかで癒え切らぬ傷を抱えてこの世界に染み出してきてしまった存在だ。もしも他の影朧達に仮初の転生を与え続ける理由が芯から冷えるような孤独なのだとしたら、彼女にとって癒しきれない傷なのだとしたら。

「だとしたら、誰も彼も……遣る瀬ないわね」

 どちらも、救われない。このままホシガネに影朧を取り込ませ続けてはどちらも永劫に苦しみ続けるだけだ。
 どうにかして、どんな形であっても、断ち切らねばならない。ふいに上げた視線の先、夜空に溶け込めない真白が見えた。

(え――)

 ホシガネが、寧を見つめていた。
 見つめて、嬉しそうに微笑んだ。

(今のは)
「どうした、寧」

 十雉に呼ばれて一度視線を外す。再び見上げた先でホシガネは何事もなかったかのように他の場所を見下ろしていた。

「――なんでも。ええ、気のせいだわ。きっと」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

千桜・エリシャ
【甘くない】
影朧にも救えない方はいらっしゃるのね
…望まぬ輪廻を繰り返させられて
呪詛の気配が濃すぎますわ
これがホシガネという影朧の所業ですのね
縁ごと断ち切らなければ、きっとまた同じことの繰り返し
…そこの聖者さんはどうするおつもり?
救いたいなら手伝って差し上げてもよくってよ
…あら、随分と強気ですこと
ではお手前を拝見させていただきますわ

ホシガネさんから子どもを取り上げるように
桜吹雪で彼らを魅了して
これで彼らは“私のもの”
同士討ちするよう促して
ふふ、これで存分にお互いを殺し合えばいいわ
…ちょっとジンさん?
どういう言い草ですのそれは…
私は母親ではなく彼らのファムファタルですもの

まったく…傲慢な光ですこと


ジン・エラー
【甘くない】
……救えない?バカ言えよエリシャ
その為にオレが来てンじゃねェか

あァあァ全く親の心子知らず、子の心親知らずですッてかァ〜〜〜〜??ウッビャハヒハ!!!

そォ〜〜〜〜ンなアバズレよか、コッチの鬼の方がよっぽど母親向きだぜ?イ〜〜ィ話だろ?

オイオイオ〜〜ォイ!!お断りだッてよァ〜〜〜!!!賢いなァ〜〜〜〜お前らァ〜〜〜〜!!!ラァハヒフヒャハハハ!!!!

聖者サマが救いに来てやったッてのにずゥ〜〜ィぶンな歓迎だなァ〜〜〜〜ァ
あァ、別に止めなくていい
お前らの存在意義を、オレにぶつけろよ
"死ぬほど"、な
オレに救われる為にお前たちは産まれ
オレに救われる為にお前たちは死ぬ

意義も救いも、
与えてやるよ。



●堕ちる先
 深く、深く、悔恨が沈んでゆく。
 鈍く、鈍く、怨嗟が澱んでいく。
 濃密な呪詛の気配を感知して、千桜・エリシャ(春宵・f02565)は連れもほうたらかしに駆けていた。毛糸玉を手繰るように導かれた先には件の屋敷、既に他の猟兵達によって相当量の影朧が倒されているようではあったものの、手が足りていないのだろう。エリシャの前にはようやっと肉塊から姿を整えたばかりの蹲って呻く旭日組隊員達の姿があった。
 心地好い殺意と、ほんのわずかな血の匂い。
 緩みそうになる口元を抑えてエリシャは憐れむ。

「――影朧にも、救えない方はいらっしゃるのね」

 言の葉が届く相手ならば刻まれた傷を癒やす手段が残されていた。が、彼らは違う。望まぬ輪廻を強要され続けたことで混濁した自我は理性を壊し尽くし、己がどれかも判別できない。
 そう、彼女の眼前にいる影朧はホシガネにより寄せ集められて『個』にされた『複数人』なのだ。

(これがホシガネという影朧の所業ですのね)

 ちろりと天頂に程近い場所から図々しくも此方を見下ろす白い少女の姿を見る。どうやら猟兵達が『子ども達』と遊んでいるわけではないことに気付いたのだろう。その顔には驚愕と共に怒りの色が垣間見えている。
 もし、再び彼らが骸の海へと還ることなくホシガネに取り込まれたのなら?――きっとまた同じことの繰り返しだ。無理やりに繋ぎ合わされた親子の縁ごと断ち切らなければ、エリシャは刀へと手を伸ばしながらも息を吐く。

「……で、そこの聖者さんはどうするおつもり?救いたいなら手伝って差し上げてもよくってよ」
「……ぁあ?」

 いつの間に追い付いたのか、エリシャのすぐ後ろの樹にはジン・エラー(我済和泥・f08098)が寄り掛かっていた。先走られたからか、旭日組隊員達の様子を見たからか、笑むように歪むマスクのジッパーに反して目元にはありありと嫌悪が滲んでいる。

「救えない?……救えないだって?バカ言えよエリシャ。その為にオレが来てンじゃねェか」
「あら、随分と強気ですこと。――ではお手前を拝見させていただきますわ」

 さあどうぞ、と綺麗に微笑んで見せたエリシャは得物を抜かないままにジンへと道を譲る。その表情があまりにも整いすぎていて、余計苛立たしい。
 が、そんな事は二の次に回せとジンは進んだ。旭日組隊員達はようやく目が開いたのか身動き一つ取らずに此方を睨めつけている。殺意は駄々洩れ。能ある鷹は爪を隠すものではあるが、彼らの脳味噌はそうお利巧には作られなかった。味方(じぶん)か敵(そのた)か、その程度の違いしか理解できない獣達は、その男の言葉など生まれた瞬間から聞く気もない。
 知ったことか。聖者は強引に、傲慢に、彼らを救うと決めつけていた。

「ったくよォ……聖者サマが救いに来てやったッてのにずゥ〜〜ィぶンな歓迎だなァ〜〜〜〜ァ?あァあァ全く親の心子知らず、子の心親知らずですッてかァ〜〜〜〜??ウッビャハヒハ!!!」

 傍若無人に笑い飛ばし、薄く光を纏いながらジンは歩み寄る。

「あァ〜〜〜〜ンなアバズレよか、コッチの鬼の方がよっぽど母親向きだぜ?イ〜〜ィ話だろ?」
「……ちょっとジンさん?どういう言い草ですのそれは……」

 彼的には何らかの確信を持って言い放った言葉ではあったが、どうやら当人に自覚はないようで。異を唱えるエリシャの声に対してジンは聞こえていませんと視線をそむけた。
 それを隙が生まれたと捉えた旭日組隊員はジンへと襲い掛かる。豹人間と化した男の鋭い牙は悍ましい速さでジンの喉元を狙うも、触れるか触れないかという間際でジンの姿が消えた。
 軌跡を描きながらエリシャの真横へと現れたジンは勝手に彼女の肩を組んで大笑い。

「オイオイオ〜〜ォイ!!お断りだッてよァ〜〜〜!!!賢いなァ〜〜〜〜お前らァ〜〜〜〜!!!ラァハヒフヒャハハハ!!!!」
「もう!別にそういう意味ではないと思いますけど!あと近い!近すぎます!!」

 仮にも戦闘中に鬱陶しいほどべったりと身を寄せてくる男を無理やりに引き剥がしたなら、そもそも、とエリシャは呟いて刀をゆっくりと引き抜いた。黒い刀身に柔く口付ければ蕾が解けるように刃は桜の花弁となり、殺気立つ戦場へと降り注ぐ。

「私は母親ではなく、彼らのファムファタルですもの」

 花弁は触れればしんと肌に融け、何処からともなく薫る花の匂いは次第に強まり埋め尽くす。気付けば視界は桜色、呑まれた軍人達は髄の髄まで己を奪われていく。
 エリシャの降らせる傾世桜花は、女を女王蜂に、旭日組隊員達を蜜蜂へと変え果てた。最早彼らは憐れな子どもなどではなく、ひとりの女に酔わされた愚かな男でしかない。

「これで彼らは“私のもの”」

 母から子を奪い、女は魔性の微笑みを浮かべ、極上の甘さで呆ける男達へと囁いた。

――さあ、存分に殺し合いなさいな。

 その一言が始まりだった。
 それまで二人へと向けられていた敵意も殺意も、全ては味方(じぶん)へ。旭日組隊員達は各々の一番近い別個体へと攻撃を仕掛け始めた。
 ひとりは豹の俊敏さで誰かの喉を掻き切った。ひとりは砂塵に乗せて放つ衝撃波によって無差別に殺した。ひとりは己の死を顧みず全身を猛毒へと変えてわざと喰らいつかせた。誰も彼もが千桜・エリシャという運命の為に殺し合う。
 艶めく微笑みの横でジンは深く、わざとらしいほど大きくため息をついた。

「あァあァあァ駄目だなこりゃよォ~~~、アバズレ以上に厄介なのに捕まっちまってなァ~~~」
「失礼ですこと。私はあの方達を捕まえてなどいませんわ。勝手に惑わされているだけです」
「余計厄介じゃねェ~~~かよ」

 引っ掻き回された戦場には薄かったはずの血の匂いで満ちていた。まさしく此処は蜂の巣だ。用済みの雄は女王の意の儘に死んでいく。どちらがマシであったかなど、この聖者には皆目見当がつかない。

「救って差し上げるのでしょう?……止めさせましょうか?」
「あァ、別に止めなくていい」

 エリシャの申し出を断ったなら真っすぐ、迷いなくジンは歩いていく。
 旭日組隊員は武器一つ持たずにのこのこやって来た餌を前にしても戦いを止めることはない。視界に入っているはずの彼の存在を誰一人として認識していない。
 だとしても、関係ない。

「お前らの存在意義を、オレにぶつけろよ。"死ぬほど"、な」

 男の高慢な言動は、聖者の輝きへと昇華する。
 一歩、一歩。歩む度に強まる聖者の輝きは星明りも掻き消すほどに目映く、同士討ちを続けていた男達に存在を刻み付けた。戦場のど真ん中、矢鱈に光るそれへと誰もが目を向けた。
 するとひとり、先程ジンを狙って攻撃を仕掛けた旭日組隊員が再び牙を剥いた。がら空きの背中へ、長い髪に隠れた細い喉へ、今度こそ。豹の持つ特性を限界まで引き出さんと両脚へと力を込めた。
 ジンはそれに気付かない。気付かないまま己の望むが儘に救済を謳う。

「――オレに救われる為にお前たちは産まれ、オレに救われる為にお前たちは死ぬ」

 あまりにも独善的な想念は男の姿を眩ませた。
 ジンの位置を見誤った豹人間は爪で空を切り、着地したその場所に膝をつく。元より短くなっていた命の灯は力を使い続けた代償として燃え盛り、心身ともに限界が近づいていた。
 自分へ攻撃を仕掛けたとも知らず、ジンが膝をついた男へと寄っていく。反撃など出来ない、首でも縊ってしまえば容易く摘み取れる命であった。

「意義も救いも」

 故に、掬い取るように豹頭の頬を包む。

「与えてやるよ」

 差し出した手など見えない、取れない。触れてくる指先は輪郭さえも感じない。男がどんな表情で語り、どんな心情で救いを口にするのかなど理解のしようもない。
 それでも“解った”。
 一片の欺瞞もなく、全てが真実であるとだけ解った。解ってしまうと単純なもので、旭日組隊員は変身を解いてゆるゆると瞼を落としていく。その光の心地よさを全身で受け止めて、眠るように落ちていく。男の掌に塵だけ残して、永久の眠りへ崩れていた。
 ひとりが落ちればまたひとり、無意識の内に光へと寄せられていく。宛ら誘蛾灯、命を燃やし尽くすために旭日組隊員達はジン・エラーの救いを求めた。


 最早意味を為さなくなった魅了の花吹雪を止めて、エリシャは墨染を鞘へと納める。

「まったく……傲慢な光ですこと」

 それでも救ってみせるのだから、少し憎らしい。
 形も捉えられなくなった男の姿を、エリシャは遠く見つめていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『ホシガネ』

POW   :    再誕
自身の【取り込んだ影朧数体】を代償に、【抱く天体より産み落とした合成影朧一体】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【元となった影朧と同じ攻撃手段】で戦う。
SPD   :    再来
自身が戦闘で瀕死になると【抱く天体より取り込まれていた影朧全て】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
WIZ   :    再生
【抱く天体】で受け止めたユーベルコードをコピーし、レベル秒後まで、抱く天体から何度でも発動できる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ミザール・クローヴンです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●孤独
 それも、最初は違っていたのだ。
 死にたいと願う者達に寄り添うように傍にいた。死にたくないと乞う者達にせめてもの癒しを与えていた。
 恐怖を拭うように童謡を、眠る前には子守唄を。消え逝くだけの彼らのために存在した。
 それは彼らより少しばかり力が強かった。
 傷付いた脳で懸命に、彼らが救われる方法を考えた。思い出した。全ては桜が癒してくれるのだと置き去りにしてきたはずの過去が教えてくれた。
 癒しを求める者達を集い、それは幻朧桜の美しい場所へとやって来た。人はいたが、自分達に居場所を譲ってくれた。ここを彼らが産まれ直すための場所と決めた。

 思考した。模索した。試行した。模作した。

 けれどそれの望む結果は得られることなく、次第に彼らは彼らを失っていった。癒すはずであった彼らの傷はより深く、より広く、癒しが届かない程に腐り壊死していく。
 狂い過ぎた歯車は軋み、歪み、それ自身に刻まれた無意識の傷さえも抉り、蝕み――果てに、それは壊れた。
 そこから先は知っての通りだ。それはただ繰り返すようになった。同じ箇所で躓いてはいつまでも求める終わりを迎えられぬままやり直す。
 かつて持ち得た癒しの力は失せ、今のそれが為せるのは継ぎ足す、混ぜ合わせる、組み換えるだけ。いつしかそれは『影朧を転生させる』という目的遂行のためだけに、誤った動き続ける機構(システム)へ変わり果ててしまった。

 そして今、それは見た。
 産み落とした子らの終わりを、己の手で与えられなかった安寧を、覆されぬ死を、猟兵達が与えるのをじっと見ていた。
 腹立たしい程残酷に殺された子らがいた。眠るような穏やかさに包まれた子らもいた。怒りもした。喜びもした。けれど事実はひとつだ。
 子(かれ)らは、死んでしまった。転生を赦されることなく、再び同じ苦しみを抱えてこの世に現れ出でる存在(きず)のまま死んでしまった。
 故にそれは――ホシガネは猟兵達の前へと降り立つ。
己の間違い(ただしさ)を疑わず、独り善がりの慈愛を胸に、無垢を纏って。



※三章ボス戦の注意※
皆様は『説得』『撃退』のどちらかを選べます。
『撃退』を選ぶ場合はプレイングの始めか終わりに★を追記してください。
『説得』を選ぶ場合はプレイングの始めか終わりに☆を追記してください。


※説得を試みる方向け 注意点※
ホシガネは二章における旭日組隊員への対処により説得のしやすさが変動しております。
特に下記の条件を満たした方は話を聞いてもらいやすくなります。

・旭日組隊員に攻撃を加えなかった
・旭日組隊員へ傷を追わせず倒した
・旭日組隊員に回復系ユーベルコードを使用した

逆に、旭日組隊員へ攻撃を加えた方はやや説得しにくく、ホシガネ視点で旭日組隊員達を殺した(そういう風に見える行動を取った)方はかなり説得しにくいです。ご注意ください。
また、下記条件の方はホシガネが攻撃を躊躇いやすくなっております。

・種族『桜の精』の方
・『転生者』の方

転生者か否かは現状ステータス欄等にて判断しておりますので、文字数が厳しい場合はどこかしらに追記していただけますと判定がしやすく、助かります。


最後に。
今作におけるホシガネの傷は深く、彼女の傷の在処を見つけない限り転生は難しいものとなっております。
それでも傷に向き合ってくださる方、倒すことで彼女を鎮めてくださる方、どちらの決断もホシガネにとっては幸福なことです。
どうぞ、終わりまでお付き合いいただけますよう、お願い申し上げます。
ルクス・カンタレッラ
【竜宮の牙】★

君も狂っちゃったんだろなぁ、どっかで
元は、可哀想に思ったり、してたんかな
母の眼差しってヤツだもんなぁ、良く知らねぇけど

……ま、もうどうしようもねぇもんは終わらせるしかねぇわな
説得はしたい奴らにお任せしましょ
もう既に散々殺しちゃったしなー、私ら
私らは、やるべきことをやるだけさ

おう、海に還そうな

勿論、任せとけ
狙いはばっちり、白日の元に曝された弱点はしっかり見えた
仲間の手を借りれば、力はより強くなる
巨大化したクヴェレの背に乗り、嵐を此処へ!

さぁさ、嵐よ嵐吹き荒れろ!
私の生命!私の母よ!

ははッ、私らってば悪役上等感ヤバいな
一回眠り直しな、次に浮上して来る時は誰かが正しく終わらせてくれるさ


ロク・ザイオン
【竜宮の牙】★

母なら、子を、そんな風に混ぜ合わせない。
子の呻きが、叫びが、正しく聞こえていないならば
(おれが、そうであるように)
……お前は、もう、病んでいるんだ。

ルクス。
あれを眠らせて、
ここに、正しい朝を呼ぼう。

(「鳴烏」
生み出された幻朧の攻撃の届かない高さ、速さで飛び、照らす
太陽の遣いから借りた陽光は、きっと何もかも明らかにしてくれる)

狙いはいいか、ルクス。

(ならばきっと、牙は届く)

同じところで眠って、
今度は、ちゃんと、声を聞いてやれ。



●終の眠りを
 ホシガネは静かに、湖面へ指先を浸すかのような清らかさで中庭へと降りてきた。そこは恐らくは、彼女が視た中では最も多くの彼らが死した場所。亡骸など砂粒の一つとして残ってなどいないが、ホシガネは確りと覚えていた。
 故、何処よりも先に此処に降りた。誰よりも彼らへと凶器を突き立てた女達の――ルクス・カンタレッラ(青の果て・f26220)とロク・ザイオン(蒼天、一条・f01377)の立つ戦場に。

「君も狂っちゃったんだろなぁ、どっかで」

 向けられる無機質な憎悪を受け止めてルクスが呟いた。
 彼女の傷の深さなど知る由もない。それでも降り立った刹那、何もなくなった雑草だらけの中庭へと見せた酷く悲しげな表情はルクスへ彼女の過去を空想させた。
 元は、こうして壊れてしまうまでは、あの兵士達を可哀想に思っていたのかもしれない。狂えども変わることのない母の眼差しが本来の――ホシガネと呼ばれる影朧がひとりの何かであった時の名残なのかもしれない。

「……ま、もうどうしようもねぇもんは終わらせるしかねぇわな」

 青の瞳に宿るのは一欠片の憐憫。それ以上の感情は湧き上がらず、それ以外の感情も不要と切り捨てる。あまりにも多くの兵士達を屠ったからこそ、ルクスにやれることは限られていた。悔いてはいない。海賊紳士は流儀に正しく彼らを在るべき場所へと還したのだ。それに苦情など言われたところで返せるものなど切先以外何もない。

「母なら、子を、そんな風に混ぜ合わせない」

 ロクもまたホシガネを真っ直ぐに見据え、断言する。
彼女の過去に何があったのか知らずとも、取り込み産み直した子らの呻きが、叫びが、正しく聞こえていないならば。

「……お前は、もう、病んでいるんだ」

――おれが、そうであるように。
 己の中に秘めた、魚の小骨ほどの痛みは続けないままに注ぐ。
 ホシガネは答えない。答えない代わりに優しく撫でた天球が赤く激しく熱を迸らせた。彼女の手を離れて浮き上がった天球は震えて燃えて、轟音と閃光と共にどろどろに融かされたそれをホシガネの前に落とした。

 産まれ落ちたそれは、凡そ人間という枠組みからは外れた異形であった。
 何本も、豹の脚を持っていた。全身から強い酸性の汚水が滴っていた。背中に生やされた両腕には砂塵が渦巻いて、頭から胴体はヘドロで覆われていた。ごちゃり、ぐちゃりと蠢いて、呻いて、煌々と両眼を光らせて敵と思わしき者達を見ていた。
 ホシガネは微笑む。ロクの言葉など何一つ聞いていない。彼らの言葉も何も、聞こえてなどいない。産まれた異形に知らぬ音で何かを甘やかに囁くともうこの場に用はないと言いたげにルクスとロクに一度だけ視線を飛ばして、無防備に背を向けた。
 がら空きの背へと攻撃を加えようにも、後を追おうにも眼前の異形――合成影朧が立ち塞がって邪魔をする。

「ルクス」
「なんだ」
「あれを眠らせて、ここに、正しい朝を呼ぼう」
「おう、海に還そうな」

 ホシガネを倒さねば彼らを本当の意味で解放できない。それでも今彼女達が眠らせるべきはホシガネではない。先程までと同様だ、苦しみ続けている彼らに安寧を。それができるのは彼らを倒す力を持つ自分達だけなのだから。

「ルクス、少しの間、この場を頼んだ。おれは太陽を、借りてくる」
「っはは!真夜中の太陽なんて初めて見るな!勿論、任せとけ」

 ルクスは竜槍を握って合成影朧へと歯を見せて笑い、ロクは霊符を手に静かに牙を隠した。
 その身に符を宿せば獣は烏へ。全身を覆う羽毛の合間からぎょろんと一つの目玉が浮き上がったなら、巨大な翼をめいっぱいに広げて羽搏く。風圧に怯んだ敵がルクスへの攻撃を躊躇った刹那に高く高く、空の彼方。
 影朧の攻撃さえも届かない上空まで飛び上がったロクは敷地内全てをぐるりと見渡すように飛翔。どうやらホシガネは別の猟兵達の前で同じように新たな合成影朧を産み出して、戦わせているようだ。

(これ以上は、させない)

 こう、とロクの身体に熱が集束して、

(照らせ、明かせ)

 月のない真夜中に降り注がぬはずの光が満ちた。
 太陽の遣いから借り受けた陽光は戦場全体を照らし出し、ロクが敵と認識した者たちすべての弱点を暴き出す。

――狙いはいいか、ルクス。

 遥か天の頂より太陽の烏が見下ろせば、合成影朧の攻撃を躱したルクスの瞳が真昼の海にも似た輝きを宿す。

「ああ、狙いはばっちり、白日の元に曝された弱点はしっかり見えた」

 届かぬ声もその耳に。今こそ反撃の狼煙を上げる時だとルクスはもう一体の相棒を呼び出した。艶やかな青の鱗を陽の光に煌めかせ、海竜クヴェレが主人の前で頭を垂れれば、ルクスは優しく眉間へと唇を落として囁いた。
 主の魔力と命令を受けて海竜はその身を巨大に。ルクスが背へと跨れば、ごうと空へと泳ぎ出す。

(仲間の手を借りれば、力はより強くなる)
(ならばきっと、牙は届く)

 そう、既に合成影朧の弱点は見えている。ぐずぐずに澱み何処からともなく湧き上がるヘドロの中、背に生えた両腕の合間に埋め込まれている奇妙な鉱石。陽光に照らされて銀河の輝きを表面へと浮き上がらせたそれこそが、この異形の形を保つ為に植え込まれた後付けの心臓だった。
 目視できた。あとは接近し、穿ち貫くのみ。

「さぁさ、嵐よ嵐吹き荒れろ!私の生命!私の母よ!」

 猛々しく吼えた女が世界に海を呼ぶ。その足元には大津波、飛び立つ背後には大嵐。合成影朧の行く手を遮るように周囲を旋回したなら渦潮となって身動きを封じた。海流に足を取られたならば豹の脚も速くは走れず、吹き荒れる砂塵も水面に飛沫を飛ばして呑み込まれる。
 渦の中心、異形の真上、クヴェレの背からするりと抜けて、ゼーヴィントを構えたルクスが垂直に落ちる。救いを求めるように差し出された両腕をすり抜けて、まっすぐに。

「一回眠り直しな、次に浮上して来る時は誰かが正しく終わらせてくれるさ」

 その切っ先は、銀河を壊して命を殺した。


●墜の星へと
「はあ、取り逃がしたのはちーっと悔しいなぁ。ま、他の連中がうまくやってくれるか」
「……飛んでいる間に、見えた。ホシガネの、向かった先でもまた、同じような奴が暴れていた」
「げーっ、全然話聞く気ないなー」

 合成影朧が完全に消滅したのを確認した後、舞い戻って来たロクから情報を聞きながらルクスは騎士と暴君へと褒美の木の実を与えていた。ロクから分けてもらった木の実に竜達は上機嫌だったり不機嫌だったりと対なす反応。
 他の戦場は未だ混乱の最中、ロクの見立てによればホシガネへの説得を試みているものが多いようだった。

「ルクスは、これからどうする?」
「んー、とりあえずは様子見?説得って言っても成功するとは限らないし、手を貸す必要があれば貸すさ」
「それ、弱った獲物を横から掻っ攫う、の間違いじゃ?」
「ははッ!その言い方!悪役上等感ヤバいな!」

 けろっと笑いながらも油断はしない、果たせぬならば容赦なく打ち倒さんと言い放つルクスを見遣り、ロクは口籠る。
 あの病は、治る見込みのあるものなのか。誰もが懸命に癒そうとしている、言葉を届けようとしている。病は――この世界では影朧と呼ばれるあれが治せるのなら。

「ロクー、置いてくぞー」

 思考を遮る声。
 いつの間にやら随分と先を歩いているルクスの姿を見てロクは急ぎ足で追い駆けた。

(……今度は、ちゃんと、声を聞いてやれたら、いいのだが)

 一度は届かなかった祈りを、見上げた先の微かな光に託しながら。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ジン・エラー
【甘くない】

あァ〜〜あ、性悪なアバズレかと思ったらただのガキじゃねェか
よォ〜〜するに今の今までガキのオママゴトか?面白くねェ〜〜〜なァ〜〜〜〜〜〜

あァ〜〜お前、ホシガリ?ア?違う?別に間違っちゃねェだろ。"欲しがり"でよ
ガキァそンぐらいでいィ〜〜しよ

おォおォ、ガキらしく一丁前に怒りやがる、泣きやがる、怯えやがる。

そンなに哭くなよ
オレが来ただけじゃねェか。


彼らを救うことが出来たのは間違いなく彼女の功労で、同時にそれは、彼女の"きず"なのであろう

ならば嗚呼、讃えてやろう
良く頑張ったと、褒めてやろう
『ありがとう』と、奉謝してやろう

お前の"きず"を、お前の全てを、
聖者は受け入れ、救ってやろう。


千桜・エリシャ
【甘くない】

またそういうはしたない言葉を使って…
まあガk…ごほん
幼い子どもだというのは同意しますわ
この残酷なまでの無垢さは子どもでしか持ち得ないですもの

ちょっと!ホシガネさん!ですわ!
まったく…本当に救う気があるのかしら?

ふぅん…まあ最初は善意があったことでしょうけれど
間違いを認めることができなかったのなら
遅かれ早かれこういう結果になっていたはずよ
私たちが彼らを解放せずともね
怒っているのは図星の証拠

ほら、すべて吐き出してしまいなさい
全部私たちが葬送って差し上げますから
魅了したならその身に触れず
すべて融かしてあげましょう
桜の癒やしとはならずとも
せめて桜花を手向けとして

今度は間違えないようにね?



●痛みの行方
 星は巡る。
 次にホシガネが降り落ちてきたのはジン・エラー(我済和泥・f08098)と千桜・エリシャ(春宵・f02565)の元だ。彼女は見ていた。救われた者もいたが、救われず殺し合っていた彼らを覚えていた。ふたりへと向ける感情(いろ)は暗く澱んでいたが、視線に乗せられた殺意(いろ)は薄氷の如く透明だ。
 エリシャは静かにホシガネを見つめ返した。誰それから向けられて身に馴染んだ感情には花の香りでも漂ってきたものかと目を細め、憐れむように蔑んだ。

「……まあ最初は善意があったことでしょうけれど、間違いを認めることができなかったのなら遅かれ早かれこういう結果になっていたはずよ。私たちが彼らを解放せずともね」

 先程、旭日組隊員達との戦いの前に見つけた彼女はその顔に怒りを貼り付けていた。怒っているのは図星の証拠、己の過ちを肯定しているも同然だ。
 だがホシガネは認めない。認める、という思考自体が彼女の選択肢から消えてしまっている。只管に機械的に、只管に目的の為に、成功例が誕生する瞬間まで繰り返すことだけが壊れた彼女にとって唯一の正しさだ。
 と、睨みつけてくる白い少女の姿をじっと見つめて黙り込んでいたジンが、わざとらしい大袈裟な仕草で溜息をついた。

「あァ〜〜あ、性悪なアバズレかと思ったらただのガキじゃねェか」
「もう、またそういうはしたない言葉を使って……」
「よォ〜〜するに今の今までガキのオママゴトか?面白くねェ〜〜〜なァ〜〜〜〜〜〜」
「まあガ……こほん。幼い子どもだというのは同意しますわ」

 釣られて危うくはしたない言葉を使いそうになって咳き込んだエリシャが不満だらけの聖者に同意する。
 好奇心を理由に蟻の巣穴へ水を注ぎこむような、捕まえた蜻蛉の翅を丁寧に千切り取って空に透かすような、残酷なまでの無垢さは子どもでしか持ち得ない。彼女は大人ではなかったからこそ耐えきれなかったのだろう。
 どうしたものか、一太刀に切り伏せること自体は容易だが、隣にいるこの男は彼女を救う気でいる。ならば抜くべきではない。話を聞いてくれるのならば少しでも対話を――

「あァ〜〜お前……ホシガリ?」
「ちょっと!ホシガネさん!ですわ!」
「ア?違う?別に間違っちゃねェだろ。"欲しがり"でよ。ガキァそンぐらいでいィ〜〜しよ」
「まったく……本当に救う気があるのかしら?」

 エリシャが再びホシガネへと目を向けると、先程までの殺気は何処へやら。不機嫌そうに煽るジンの言葉など聴きもせず、黙々とホシガネは天球を抱いていた。静かに、震える天球に耳を当てて、じっと何かを待っている。
 が、突然目を見開いた。
抱えていた天球を空へと掲げれば、胎動。轟音と共に割れ爆ぜたならばごぽりと赤熱した液体が漏れ落ちて、それが合成影朧となってふたりの前に生まれ落ちた。
 巨大な人間の胴体に豹の四肢が生え揃った奇形、首の上には頭らしきものはなく、代わりに砂塵が丸く渦巻くように吹き続けている。

「おいおいおいおいまァたご出産かよ~~~~~~~」
「本当、懲りない方ですこと……」

 瞬間、合成影朧は鋭い爪を振り翳しながら飛び掛かった。しかし何も見えていないのか、狙いは二人ではなく何もいない彼らの真後ろ。ジンとエリシャの頭上を飛び越えた合成影朧は庭の荒れた地面へと大きな爪痕を残して吼えた。そのままその場で土を掘り返すように爪を突き立て続けているあたり、どうやら敵味方の区別がついていないどころか何も見えてはいないようだ。
 異形の襲撃に一瞬身構えた二人ではあったが、自分達に気付いていないのだと分かれば再びホシガネへと向き直る。はずだったのだが、

「ん?つかホシガネはどこ行ったよ?」
「いませんわ……いつの間にいなくなったのやら」
「な~~~~んだよ、せっかく褒め殺してやろうと思ってたのによぉ~~~~」

 そもそも話し合う気など毛頭無かったのだろう。ホシガネはいつの間にかその場から離れていた。後を追うにしろ探し出すにしろ、眼前で呻き吼える異形が決して彼らを逃がしはしないだろう。
 何より、いつどんな理由で町へ向かうかもわからないこの影朧をこのまま放置しておくわけにもいかない。墨染の柄へと手を伸ばしたエリシャは静かに呼吸を整えて――その横から、平然とした顔でジンが異形へ歩み寄る。

「おォおォ、ガキらしく一丁前に怒りやがる、泣きやがる、怯えやがる」

 聖者の光を増させながら大股に進み、ジンが近づいたのは今にも暴れ出しそうな豹脚の奇形。敵対すべきものが何かも理解できていない様子で地面を滅茶苦茶に掘り返しては唸り続けるそれへと、優しく手を添えた。

「そンなに哭くなよ。……オレが来ただけじゃねェか」

 ハロウ、ハロウ。
 ジンの目には眼前にあるその化け物がそうとは見えてないのだろうか。マスクの下でにたりと嗤って合成影朧の前で膝をつく。顔がなくとも、目が見えずとも、触れてしまえば距離は解る。
 ぐずぐずに零れそうな肉であっても、何かが触れてきたことは解った。その身を蝕む痛みが和らいだ事も。だからか、合成影朧は攻撃を止めてその場に伏せた。

「お前の"きず"を、お前の全てを、聖者は受け入れ、救ってやろう」

 彼は救いにやって来た。
 敵も味方も関係なく、躊躇いなく、苦しむものへ癒しを届けた。悲しむものの痛みを聴いた。何であろうと手を伸ばされたなら掴んでいた。この合成影朧もそうだ。敵意はあれども向けられた爪先はジンを傷つける事無く、彼の両手に包まれた。土を掘り続けて割れた爪が見る見るうちに艶やかに、元通りになっていく。
 痛みが消えていく。己を蝕むものが一つなくなると、不思議と敵意というものも消え失せていって。合成影朧はそのまま動かなくなった。
 死んではいない。このまま死ぬことを聖者は救済であると認めていない。だが、このまま生を永らえ続けたところで彼らにあるのは苦痛のみだ。失った己を取り戻せたところで何もできない。
 静かに、聖者は光を弱めていく。

「――もうよろしくて?」
「……ああ」

 終ぞ、誰の首をも落とさなかったエリシャが、ジンの救済を引き継いだ。

「全部私たちが葬送(おく)って差し上げますから」

 長い睫毛が持ち上がったならば、その奥に。春を秘めた女の瞳は魔性への誘惑に染め上げられ、熱く優しく合成影朧達へと注がれた。魅了の呪詛は視線を合わさずとも十二分、肌を這う蛇の如くにゆっくりと合成影朧の内側を巡り、文字通りの『骨抜き』に変える。身も心も溶けて、蕩かして、桜の花弁へと変え果てた。

「桜の癒やしとはならずとも、せめて桜花を手向けとして」

 すべてが桜の花弁へと溶け崩れたなら、それで終わり。合成影朧は自らの掘り進めた地面に埋もれるほどの花となり、風に吹き散らかされていった。

「これで救えた……だなんて、思ってもいないのでしょう?」
「――たり前だろ」

 遠く、夜空に花弁が混ざる。
 まだ、救いは届かない。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​


●ほしがりの主張
 なァに、届かないなら追い付くまでだ。
渦雷・ユキテル
鳴き声、子守唄?
さっき拾った音から勝手にハミング
意識向ける切欠になれば

死んじゃうとこ見てたんですね
望んでも零れてく命があるって
ホシガネさんは分かってた

影朧になる前
あなたは誰か失くしたの?
――お母さん、とか
ひとは知ってる事しかできません
だから自分のいちばんの幸せを
傷ついた子にあげたかったのかなって

戦いと救いの跡を辿って
ほら見て。また過去から産まれるとしても
此処にいた子たちはちゃんと還れたんです
閉じ込めずに、出会うたび送り出せばいい
新しいあなたの、新しいやり方で

二度目の生を信じてくれますか?

あたし、きっと確かめたかった
星に手は届くのか
『彼』がそうしてくれたみたいに
自分も誰かの手を握れるのかを





●読み解く心
 星は巡る。
 その巡る道のさなかに奇怪な音が混じった。遠く聞こえる戦いの音でも、子らの雄叫びでもない、細く高い響き。
 気に留める必要などないのに、こうしている間にも死せる子らは自分を待っているかもしれないのに。ホシガネの歩みはふらり、ふわり。声ならぬ旋律へと寄せられていった。

――♪ ――――♪――――♪

 音の出どころは屋敷からそう離れていない、荒れた庭の襤褸いベンチに座っていた。うろ覚えの旋律を適当に歌っていた渦雷・ユキテル(さいわい・f16385)は、目当ての人物がやって来たことに気付くと、空へ投げつけていたハミングを止めて口元だけの笑みで迎えた。

「よかった、来てくれたんですね」

 先の戦闘中にユキテルが観察していた限りではどうにも人の話を聞く気がなさそうではあったが、自分で口遊んでいた旋律に近い何かに対しては反応を示してくれるのではないか。此方に興味を持ってくれるのではないかという推測は少なからず間違いではなかったようだ。

「自己紹介とか必要ですか?渦雷・ユキテル、18歳。えーっと、この世界的にいうとカフェーの給仕さん……で、合ってます?よろしくお願いしますね」

 にっこりと、営業用笑顔。
 ホシガネは距離を取ったままじっとユキテルのことを見つめている。先程、旭日組隊員に対してユキテルの取った行動を見ていたからであろう。
 傍目にユキテルは何もしていなかった。張り巡らせた電流で動きを封じたがとどめを刺すことはなかった。ただじっと、彼らが静かに地へと還りゆくのを見送っていただけだった。
 だからだろう、ホシガネもこの客人をはっきり敵だと認識していない。
 直接的に殺したわけでも、殺す手助けをしたわけでもない相手に対して「影朧を害するか否か」という極めて単純な疑問の答えを決めかねていた。
 その沈黙を、ユキテルは話を続けていいものだと捉える。

「死んじゃうとこ見てたんですね」

 ベンチに座ったまま――その方が、視線がちょっと近かったから――ホシガネへと真っすぐに話しかける。

「望んでも零れてく命があるって、ホシガネさんは分かってたんですよね」

 知らない。
 ホシガネは理解しがたい感覚の合間で判別に悩んでいた。武器は持っていない。そういう相手は確かにいたが、他の面々のような殺気も憐憫も侮蔑もなにもない。
 どこか無垢で、どこか何かに似た空気。攻撃する気配はない。ただ此方を見てよくわからない言葉を投げつけてくる。
 記憶の傷。
 狂った歯車が軋む。

「……影朧になる前、あなたは誰か失くしたの?――お母さん、とか」

 軋む。
 その言葉をホシガネは理解していない。理解する気もない。
 が、何故か聞いていた。耳に音を取り込む行為だけは思考を繰り返す最中で続けていた。ユキテルの語る憶測が自分の過去に関わるか、それさえもホシガネは気に留めない。彼女は癒しを得られぬ影朧達の味方であること以外に自分を覚えていない。
 それなのに、足は動かない。

「ひとは知ってる事しかできません。だから自分のいちばんの幸せを、傷ついた子にあげたかったのかなって」

 癒したいと願ったのは、癒されたから。
 救いたいと願ったのは、救われたから。
 至極単純で、だからこそ心へ染み渡る感情を彼女はかつて得ていたのではないかとユキテルは推測した。
 ユキテルも同じだ。今、ホシガネと対話をする理由はユキテル自身の経験に基づく行動に他ならない。ユキテル自身も救われたことがあるから、今、この影朧に救われてほしいと願えた。
 ホシガネは身動き一つ取らない。しかし、眉根を寄せて顰めた表情は先程と比べて幾分か人間味が増してきていた。
 ユキテルは立ち上がり、つい十数分前まで戦場と化していたその場所まで歩き出す。激しい戦いではなかったが、ここに彼らは散っていった。ここで彼らは眠りへ落ちた。

「ほら見て。また過去から産まれるとしても、此処にいた子たちはちゃんと還れたんです」

 何もない。誰もいない。
 もうここにホシガネの産み直し続けた彼らはどこにも存在しない。桜の癒しを得られなかった彼らは骸の海へと沈み、いつかどこかで悲しみの傷と共に再び呼び起こされる。
 幸福ではないだろう。しかし、今以上に傷を負ってもいない。ホシガネにより繰り返し続けた苦痛の記憶がない、狂わなかった彼らにならば癒しを得る機会が与えられるかもしれない。

「閉じ込めずに、出会うたび送り出せばいい。新しいあなたの、新しいやり方で」

 今の、狂った方法ではなく。本当の意味で彼らを救うために。
 誰かが手を伸ばしてくれたから、命を繋いでくれたから、誰かを救うために動けるようになった自分が証明であると示さんばかりに、

「二度目の生を信じてくれますか?」

 ユキテルは崩れそうな笑みで、目の前に立つ白い星へ手を伸ばす。彼女が手を伸ばしてくれれば届く距離だった。
 ホシガネは差し出された手を確かに目視した。ユキテルの微笑みを確認した。
 けれど手を取ることはなかった。

『――、――――!!』

 胎動。
 抱いた星の蠢きがホシガネを呼び戻す。何かに魘されたかのようにひどく顔を歪ませると、ホシガネはユキテルから逃げるように走り去った。その場にいたはずの子らを悼む事も捨て置いて、眩む脳裏から過去を引き剥がすために。
 遠ざかる背中を追おうとして踏み出した足を、ユキテルは二歩で止めた。

(……あたし、きっと確かめたかった)

 星に手は届くのか。『彼』がそうしてくれたみたいに、自分も誰かの手を握れるのかを。誰かを救えるのかを。
 きっと今はまだ足りなかった。彼女を救うための何かが足りなかったけど、近づくことはできた。
 触れられることのなかった掌を握りしめて、ホシガネの走り去っていった方向へと視線を向ける。そこにはもう誰もいない。ホシガネは何も産み落とすことなくユキテルの元を離れていった。

(ねえ、あたしの言葉。ちょっとでも届きましたか?)

 問い掛けの解はない。
 ただ満天の空だけが、ユキテルの言葉を聴いていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

東雲・一朗
☆【帝都軍】
カビパン少尉(f24111)と。

▷転生
考えれば分かる事だ、ホシガネは…彼女はなぜ旭日組隊員を影朧として幾度も再生を繰り返していたか。
彼女は救いたかったのだ、散りゆく彼らを救うには転生しかないと至った、しかし致命的だったのは彼女もまた影朧だった事。
「ホシガネよ、礼を言う…救おうとしてくれて、ありがとう」
ゆえに私は救わねばならない、彼女を。
彼女を転生させ、彼女が救いたかった彼らを救える力を取り戻させる為に。
「少尉は彼女を癒せ、私は…彼女の影を祓う」
傷が膿みを溜め影となるなら、我が桜花の力でそれを祓うまで。
強制改心刀ではなく、我が全霊…破魔と浄化の力で彼女の影だけを祓う【桜花封神】にて。


カビパン・カピパン
☆【帝都軍】
東雲少佐殿(f22513)と共に。

▷おやすみ
これも母の愛情であろう。

永遠を繰り返す日々…
それは母親としてある意味一番の幸せかもしれない。
でも、それでは未来がない。

確かに未来が良いものとは限らない。
大事な存在が傷ついて辛い思いをすることもある。
悲しい別れをしなくちゃいけないかもしれない。

しかし終わりがあるから我々は短い生を頑張れるのだ。
【リバレート】で力を解放。
カビパンと言う名の女神の写し。

ホシガネよ――いや我が神の子よ。
「今まで頑張りましたね」
ホシガネを慈愛に満ちた顔つきと、二人を包む程の加護の光と共に優しく抱きしめる。
「おやすみなさい。次起きた時、貴女の何かが変わっているはずよ」



●祈りの先へ
 星は巡る。
 聊か痛む頭を押さえながらも、ホシガネは子らの散った戦場を覚束ない足取りで進む。自分にはやらねばならないことがあったと言い聞かせ、目的だけを見据えて歩く。
 その進路を阻むように一人の男が立っていた。

「ホシガネよ」

 男は、子らと似た装いをしていた。同一でなくとも足を止める理由にはなった。
 男は、子らの知らぬ老いを得ていた。それはかつてこの地にいた誰かと似ていた、ような気がした。気がしただけだった。
 男は――東雲・一朗(帝都の老兵・f22513)は彼女の前へと立つ。しかし刀は佩いたまま、厳格を鎧う老兵は敵意を見せる事無く、眼前の幼い少女のひとがたへと深く頭を下げた。


「礼を言う……救おうとしてくれて、ありがとう」

 旭日組と呼ばれた彼らを、旧帝都軍の遺物にして歴史から抹消された存在を拾い上げ、彼らが報われることを祈り続けてくれたことを一朗はただ感謝した。ホシガネの行っていた再誕は決して正しいとは言えないが、彼女が彼らへと向けていた感情は紛れもなく純粋であったからこそ向けるべき誠意であった。

(――ゆえに私は救わねばならない、彼女を)

 頭を上げた男の眼光は一際に鋭く、戸惑いを見せるホシガネの眼前へと決意の刃を向ける。彼女を転生させ、彼女が救いたかった彼らを救える力を取り戻させる為に。遅れて抜いた退魔の刃は一朗の意思を受けてか月光の如く冴えた輝きを見せていた。
 敵意がなくとも武器を向けられればホシガネもまた憎しみを思い出す。腕の中で激しく熱を持った天球を差し出して、そこより新たな合成影朧を産み落とした。汚泥が全身を覆うように止めどなく流れ落ちる、奇妙な姿の影朧だ。
 嗚呼、と漏らして一朗は背後で息を整え続けていたカビパン・カピパン(女教皇 ただし貧乏性・f24111)へと己の願いを託した。

「少尉は彼女を癒せ、私は……彼女の影を祓う」
「承知いたしました」

 カビパンは手袋を引き、合成影朧に隠れて戦場から離脱しようとしていたホシガネを追う。母を追う敵を阻むためか、より速く動いたものへ反応したか、合成影朧がカビパンへと腐臭を放つ巨大な腕を伸ばそうとした。が、それを一刀。一朗が斬り落とす。
 斬り落とされた腕が周辺を融かしながら消えていくのを横目に、一切の穢れを纏わぬ刃を再び構え直す。
 旧式と侮る莫れ、その刃には刃毀れ一つなく、破魔の力は衰えを知らず。
 老体と侮る莫れ、その男は研鑽を積みし護国の鬼。

「傷が膿みを溜め影となるなら、我が桜花の力でそれを祓うまで」

 桜の防殻を、男は消した。捨てたのではない。護りへと回していた霊気のすべてを刃へ集中し、己の全てを以てかの影朧が引きずり続ける澱んだ影を打ち祓う為だ。膨れ上がった霊気は可視化され、切っ先に淡く桜の色を揺らめかせた。
 男は刃を構え、振り上げる。
 これは脅威だ。
 一朗の存在に警鐘を鳴らしたか、影朧はカビパンではなく眼前の男へと新たに生やした腕を振り下ろす。瘴気に満ちたそれは、命あるものを悉く沈める万病に毒されている。触れるどころか近づくだけでもその身を侵す事だろう。護りを消した一朗には十二分に効力があるはずだ。
 が、揺るがない。
 振り下ろされる腕には見向きもしない、男が見据えるのは影朧の胸元――天より注がれた真夜中の陽光はここまで届いたか――合成影朧の中枢らしき銀河に似た鉱石、その一点。

「破邪、顕正」

 桜花封神。
 全霊力を乗せた男の一刀が迷いなく振り下ろされる。音さえも裂く、静かな一振りだ。
 斬撃は汚泥さえ斬り飛ばし、祓い飛ばし、真っ直ぐ。合成影朧の身体と核たる鉱石を真っ二つに斬り割った。胎児の如くに蹲っていた幾人もの合成体が、救いを得たように呻いて桜花の光へ消えてゆく。
 一朗が刃を納める時にはもう何も残っていなかった。彼らはホシガネからも、この世界からも解放され、いずれ再び揺り起こされる時まで骸の海で微睡み続けることだろう。
 あとは、あの少女のみ。

「――頼んだぞ、女教皇」

 ホシガネと彼女が走り去った先へと一朗は静かに零した。



 ホシガネを追うカビパンは静かにこれまでの彼女を振り返った。
 子らを幾度と取り込み、産み直し、死すれば再び取り込んで産み直し。延々と、永遠と繰り返す日々。

(これも母の愛情であろう)

 失うことを恐れたか、癒されぬことを恐れたか。繰り返し続けることで得られる現在は常に子らと共に在れる。それは母親としてある意味一番の幸せかもしれない。

(でも、それでは未来がない)

 カビパンは思う。確かに未来が良いものとは限らない。大事な存在が傷ついて辛い思いをすることもある。悲しい別れをしなくちゃいけないかもしれない。
 見えないからこそ恐れる、見えないからこそ避けようとする。現状維持を続けていれば、最低限今ある幸福が持続する。

――しかし終わりがあるから我々は短い生を頑張れるのだ。

 これは彼らへ終わりを突き付けるための残酷な慈愛だ。これは彼らを未来へと歩ませるための甘やかな叱咤だ。それらを与えるための『私』だ。
 カビパンは痛くなり始めた横っ腹を抱えながらも追い付き、ホシガネへと手を伸ばした。彼女が振り返り、天球が何かを産み落とそうとする前に、カビパンは自身へ宿った加護の力を一時的に開放した。そこにひとりの女神を写し出すために。

「ホシガネよ――いや我が神の子よ」

 手を引いて、彼女は抱き留める。悍ましき異形とは呼べぬ細く軽すぎる身体はすんなりと女神の腕の中へと収まった。
 ホシガネは抵抗しなかった。しようという結論に至る途中なのだろう、未だ自分が何をされているのか理解ができぬという顔でカビパンのことを見つめていた。

「今まで頑張りましたね」

 慈愛を湛え、加護の光と共に優しく抱きしめる。女神と化生、ふたりを包み込む柔らかな光は春の木漏れ日に似た暖かさだ。
 優しく頭を撫でる。小さく、丸く、触れ心地のいい絹の髪はカビパンの掌をすんなりと受け入れた。困惑するホシガネは最初こそ抜け出そうと身じろぎをしていたが、撫でられる回数が増すごとに大人しくなり、次第にカビパンの腕の中で瞼を落としていく。

「おやすみなさい。次起きた時、貴女の何かが変わっているはずよ」

 刹那、微睡に囚われそうになったホシガネが何かを思い出したように目を見開いた。
 何か、心に響く言葉があったのだろう。ホシガネは女神の癒しを拒絶した。弱い――それが彼女の全力らしい力で突き飛ばし、光の外へ。夜の暗がりへ。
 抱き留められた時に落としてしまった天球を抱え上げてカビパンから懸命に逃げた。

(あ、駄目だ。めっちゃねむいわ)

 ホシガネを逃し、限界がやってきた。その場に座り込むとぐらんと頭を揺らしてカビパンは深く昏い眠りにつく。
 消えゆく意識、霞み行く視界の中で女神であった少女は祈る。

(――あなたが転生してくれますように)

 そして願わくば、その先で幸福を得られますように、と。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

無間・わだち


ラムプを振る
彼女が惹かれても
彼女の「子」が惹かれてもいい

おれにできるのは
彼女の行動を
無意味にしないことだ

一気に距離を詰め、女を抱きしめる
この距離なら
邪魔されないでしょ

耐える戦いには慣れてる
狂気も呪詛も気にはならない
誰もかれもをかばうように、動く

呼びかけに応じずとも
光る瞳に声をかける

どうして
産み直しては
救おうとするんですか

あなたがあなたとして生まれる前から
きっと誰かを救い続けたんだろう

あなたは
本当は
誰を救いたかったんですか

傷の在処なんて千差万別で
抉られる所なんていくらでもあって
それでも
彼女の痛みを見つけたかったのは

せめて
彼女が一度でも
自分自身の為に泣ければいいと思ったからだ

優しさなんて
知らない



●たったひとつの
 星は巡る。
 されど彗星のように決められた軌道(みち)ではなく、未知の暗がりへも歩みを進める。
 女神の光から逃げ出したホシガネは暗がりの中、吸い寄せられるように道から外れていた。ふらり、ゆらり、覚束ない足取りで歩いた先に見えたのは、星より柔い灯火。
 なぜ此方にやって来たのか、ホシガネは理解していなかった。早く亡き子らの元を巡ってやらねばと壊れながらに感じていた。だというのに足は望まぬ方へと向き続ける。魂が、そちらを求めている。
 ゆらり、灯火に照らされた二色がホシガネを捉えた。

「こんばんは」

 無間・わだち(泥犂・f24410)はごく普通に、ごく自然に、夜道で隣人と出会った時と変わりなく挨拶した。彼の言葉や行動が何かを理解ができていないのか、ホシガネは呆然とわだちを見つめている。
 何かを産み落とそうとしないのは、魂がラムプの光に惹かれているからだろう。光に寄せられるが儘にわだちへと歩み寄り、ホシガネは彼の目の前へ。距離を詰めようとは思っていたが、相手から近寄ってくれたのなら好都合だ。

「はじめまして。大丈夫、俺はあなたを傷つけるために来たんじゃないんです」

 少しお話させてください。
 例え新たに何かを産み落としたとしても、とうに零していているかもしれない影朧に背後から襲われたとしても、痛みを感じないように。ラムプを揺らす片手はそのままに、空いた片腕だけでわだちはホシガネを抱き寄せた。その身体は遠い日の妹と同じ薄さをしていた。
 ホシガネは抵抗しない。容易く抜け出せるはずの腕から逃れようともしなかった。

「どうして、産み直しては救おうとするんですか」

 問いに答えることはない。が、新たな影朧を産み落とし、わだちに攻撃させることもない。
 彼女は確りと見ていた。子らがどんな風に倒れていったかを。子らの最期を共に看取ったもの達がどうしていたのかを。手ひどく痛めつけていた者達には報復を、彼らの兄弟(ぶんしん)達の手で仇を討たせてやろうとした。
 だが、ホシガネの中でわだちはただ見送った人だった。迷子のように怯える子を抱き締めて、眠るまで見送り続けただけの人。だから何もしない。己を抱くその腕を払い除ける理由もない。
 そして、己を引き留める理由も問いの中身も分からないままに言葉を聞いていた。

「あなたがあなたとして生まれる前から、きっと誰かを救い続けたんだろう」

 聞いているだけだとしても、わだちは言葉を続けた。わだちは彼女の過去を――傷の在処を知りたかった。
 傷の在処なんてそれこそ千差万別。抉られる所などいくらでも、治りきらぬものなどいくらでも、人として生きていた以上あるのだろう。それでも彼女の、名も知らぬ少女がホシガネという影朧に変わり果てるほどの痛みを見つけたかった。
 わだちは問う。

「あなたは、本当は、誰を救いたかったんですか」

 ホシガネの内で、もう忘れてしまった傷という名の過去が疼いた。
 最早傷という形容さえも相応しくない彼女に穿たれた深く底の見えぬ孔は、己の嘆きの在処をも眩ませて落ち窪んでいた。が、決して無限の虚ではない。
 有限であるがゆえに投げ込まれた言の葉は底へと積もり、ホシガネという形を動かした。

――誰を、何を?

 それは、ホシガネの内を谺した。救いたかったものを思い出させようとした。
 傷が疼く、震える。じくじくと痛んで、喉の奥底から熱が溢れる。

『――――!!!』

 ホシガネは訳も分からぬまませり上がってくる熱に目を見開いた。熱が外へと出ていくことを望んで、代わりに声ならぬ叫びを捻り出し、わだちの腕から飛び出していく。
 もうラムプの光には惑わないだろう。彼女は一度だけ振り返りわだちを見たが、大きく首を振ると背を向けた。戦慄く天球を抱き、違う方へ、今まで相対してきた猟兵達がいない方へと何かを叫びながら走る。
 わだちはその場からホシガネの背を目だけで追った。自分の問うた言葉は、ホシガネに傷の在処を教えられたのだろうか。酷く怯えた様相で自分を見た彼女を思い出し、ひくりと瞬きした右目へと手を当てた。
 彼女の痛み、彼女の過去を暴きたかった理由。

(せめて、彼女が一度でも自分自身の為に泣ければいいと思ったからだ)

 多くの子らの死を、彼女は泣いて見送ったのだろう。いつまでも赤く輝き続けるあの眼は、他者のためへと注がれ続けたはずなのだ。
 だから一度でも、自分のためにだけ涙を流してくれたなら。
 自分の傷を癒すために動いてくれるかもしれない。過去を受け入れ未来へと向かうきっかけになるのかもしれない。彼女が今まで為してきた行動を無意味にすることなく、新たな命として送り出せるかもしれない。そう考えて、動いていた。
 その為に傷口へと言葉というナイフを突き立てた。傷があることを思い出させ、痛みがあることを思い出させ、それらが癒されるものであると思い出させる必要があった。

「……優しさなんて、知らない」

 わだちは呟く。
 しかし、細められた右目だけはその色を捉えていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵雛花・十雉

寧(f22642)と

かつての誰かさんのことは分かんねぇが
少なくともオレは救われてるよ
…こほん、さぁてやるか

オレぁ難しいことは分かんねぇけど、これだけは分かるぜ
ホシガネ…アンタがあの隊員達を大事に想ってるってことはさ

それこそ寧の言う通り、自分の子供を想う母親みてぇだ
母親なら「子供には自分と同じような辛い目に遭って欲しくない」って思うモンだよな
そんならきっとアンタも傷付いてんだ
アンタは死にたいって願ってんのかい?
それとも死にたくないって思いがあるか?
転生して癒されて、救われたいんじゃないのかい

いずれにせよオレもアンタたちを救いたい
今すぐには無理でも、きっとその方法を見つけ出してみせる
寧と一緒にな


花仰木・寧
☆転生者
十雉さん(f23050)と

転生とは何か、考えることがある
影朧でなければ許されず、影朧であっても――
とても皮肉な奇跡
私の生は、かつての誰かの救済になっているだろうか

垣間見たあなたの優しい目が、脳裏を離れない
あなたは、彼らを救おうとしていたのかしら
死なせたくなかった?
癒やしたかった?
生まれ直させたかった?
その愛はまるで、母のよう
けれど

転生を子に与えたいのは
あなた自身も、その救いを望むからではなくて?

私はユーベルコヲド使い、影朧を救済する者
そして、あなたの子が転生したモノ
私、あなたたちを救いたいわ
あなたも、あなたの子も
今はできずとも、いつか、海にいる彼らを

あなたに、伝わるかしら



●癒えぬ傷、癒える傷
 転生とは何か。
 花仰木・寧(不凋花・f22642)は時折考える。この世界にのみ許された、転生という奇跡について。
 彼女は転生者だ。最初、自分でそうだという自覚はなかった。全ての転生者は皆生まれ変わる前の自分など知らないし、影朧であったという過去は何者かによって癒やされ、新たな生には持ち込めない。
 が、判別方法はあった。転生者は過去の己から身体的な特徴だけは持ち込むことができた。親の種族に関係なく過去の己と同じ何かとして生まれ変わる。人によって差はあるが、ぼんやりと、影朧であったような感覚が残る場合もある。
 
(影朧でなければ許されず、影朧であっても――)

 そう、癒されるとは限らない。
 転生を得られる条件は厳しい。まず言葉を聞き入れてもらわねばならない。過去の傷さえ許して、癒しを受け入れてもらわなければならない。桜の精に癒しを与えてもらわねばならない。そういった積み重ねによってやっと得られる命の流転だ。
 嗚呼、とても、とても皮肉な奇跡。

「――私の生は、」

 かつての誰かの救済になっているだろうか。
 ルージュに彩られた唇から無意識に零れ出した疑問。寧ではなかった自分は、願われ受け入れ転生したはずなのだ。その誰かは、今の自分を見てどう思うだろう。救われていると思うだろうか。それとも――
 巡る懊悩を破ったのは刃の鋭さではなく、匙のような滑らかさだった。

「かつての誰かさんのことは分かんねぇが」

 宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)は女が零した疑問を掬い取る。
 彼に寧として生まれ変わる前の彼女の事など知りようもない。調べようと思えば彼女と似たような影朧が起こした事件の情報程度は引っ掛かるかもしれない。好奇心の赴くままに道を暴くことなど容易いものだ。
 だが、十雉はそうしない。する必要などなかった。

「少なくともオレは救われてるよ」

 彼女に、花仰木寧という女性に、宵雛花十雉は救われている。救われたのではない、今なお救われ続けている。隣にいてくれることが、戦場で背に隠れてくれることが、どれだけ彼にとって力になっているか。きっと彼女は彼の抱く思いの全てを悟れはしないだろう。
 こほん、と咳払い。言葉にするなど野暮なものだ。それ以上に照れ臭い。
 照れ隠しのついでに視線も逸らして見せたなら、同い年の青年が見せるにはあまりにも幼く、どうにも可愛らしく見えてしまって寧は微笑んだ。

「ありがとう、十雉さん」
「礼を言うのはこっちさ。……さぁてやるか」

 細やかなお喋りの間に、星は巡りつく。
 外傷はひとつとないのに、ホシガネは異様なまでに弱っていた。屋敷の壁にもたれかかったまま、片腕で天球を抱いて歩いている。呼吸の仕方を思い出そうとしているのか、ゆっくり息を吐きだしては浅く吸い込み、また深く吐き出す。それの繰り返し。
 自分達に気付いていない様子だと分かれば、十雉も、寧もホシガネへと慎重に近づく。まだ何かを生み出す可能性はある。十雉は警戒しながらも寧を庇うように、夜の森を歩く時と同じように進む。
 が、どうやら心配の必要はないようだった。すぐ目の前、彼女の道を阻むように立ち塞がってもホシガネは何もしてこなかった。ただ苦し気に、ふたりのことを見上げていた。

「――あなたは、彼らを救おうとしていたのかしら」

 そっと、寧が視線を合わせるように座り込む。何かに怯えたようなそれの目は先程の、旭日組隊員達との戦いの後に見せたものとは真逆の色を見せていた。

(垣間見たあなたの優しい目が、脳裏を離れない)

 何故、自分へと微笑んだのか分からなかった。見間違いかと思った。苛烈な戦いの最中にそんな目を向けるはずがと。
 だが、このホシガネという影朧を見て、知って、薄ぼんやりとした解釈が生まれていた。即ち、ホシガネは自分を『影朧であったもの』だと気付いた。気付いていたから、産み返した彼らといる姿を見て微笑んだのではないか、と。
 救われたはずの自分を、ホシガネはきっと――
 推測は言葉にせず、寧は優しく問い掛ける。

「彼らを……影朧達を、死なせたくなかった?」
『――』
「癒やしたかった?」
『――』
「生まれ直させたかった?」

――――。
 声ならぬ音が小さく、掠れて響く。会話しているとは言い難い。が、ホシガネは寧に『応えた』。間違いなく、寧の言葉に反応した。
 どんな意味を紡いでいるのか知る方法は彼女にない。学はあれどもあくまでそれらは人間の理解の範疇にあり、彼女のような理の外にあるものたちには当て嵌まらない。
 だが、音は優しかった。耳障りであった最初の音と比べても心地よく、鈴が斜面を転がるような涼やかさがあった。此方の言葉を理解したうえで肯定してくれた、と寧には感じた。

(その愛はまるで、母のよう)

 幼い容姿、子供のような挙動ではあるが、彼女の内にあるのはまごうことなき庇護欲。親が子へと与える無償の愛と酷似している。
 けれど、と寧は思う。

「転生を子に与えたいのは……あなた自身も、その救いを望むからではなくて?」

 おもちゃを取り上げるように天球を手放させ、寧はそっと異形の手を取った。細い手首はか弱い女の手さえも撥ね退けられずにぴくりと震える。覗き込んだ赤い瞳に滲む困惑はより一層深まり、寧から逃れようと大きく頭を振った。
 寧は離さない。ここで彼女を逃がしてはならない。言うべきことがまだあるのだと掌に力を込めた。

「私はユーベルコヲド使い、影朧を救済する者」

――そして、あなたの子が転生したモノ。
 凛と強く、されど絹の柔らかさで言葉を紡ぐ。ホシガネはぴたりと止まり、寧を見つめ返した。怯えはあるが、真っすぐ。寧の目を覗き込んでいた。
 過去の誰かが救われたかなど知りようもない。けれど、彼のように。救われていると告げてくれた良き隣人のように、手を取った誰かを救うことができるのならば。

「私、あなたたちを救いたいわ。あなたも、あなたの子も。今はできずとも、いつか、海にいる彼らを」

 手放すその時の為に。
 救われた女は花の微笑みを湛えて、震える少女へと願いを告げた。
 落とされた天球を遠くへと蹴り飛ばして、十雉も寧と同じくホシガネへと視線を合わせた。十雉自身はホシガネの母たる眼差しを見てはいない。それでも、彼女が自分の子供を想う母親みたいだとは彼も感じていた。

「母親なら、『子供には自分と同じような辛い目に遭って欲しくない』って思うモンだよな」

 親という役割を与えられたものならば母で非ずともそういう思考で動いてしまうものである。子を苦しませたくない、子を悲しませたくない、子に――少しでも長く生きてほしいと願ってしまうものだ。
 親になったことなどないが、十雉は十二分に知っていた。そういった思いは深く深く、己の底へと傷を作るものだ。
 それならきっと、ホシガネも傷付いている。

「アンタは死にたいって願ってんのかい?それとも死にたくないって思いがあるか?」

 転生して癒されて、救われたいんじゃないのかい?
 ホシガネは戸惑うばかりで答えない。長く壊れていた、狂っていた歯車はホシガネから己という救済対象をとうに除外していた。それが急に、目の前に差し出されているのだ。理解すること自体が難しいのかもしれない。
 十雉はそれでも言葉を連ねる。束ねる。続ける。

「いずれにせよオレもアンタたちを救いたい。今すぐには……無理でも、きっとその方法を見つけ出してみせる。寧と一緒にな」

 だから、と十雉もホシガネの手を優しく握った。もう一度、自分から望んでほしいと。
 ホシガネは握られた手を見た。理解など出来ていない。子らは産まれようとしない。遠く蠢く天球は新たな命を育もうとしない。
 ホシガネは女を見た。それが何かを察していた。一足先に癒しを得ていた愛しき子のひとりである、救いを得られぬ子を連れた優しき娘である、産み直された子らを優しく寝かしつけた良き姉である。
 それが、求めた。己の転生(みらい)を。

 星が、
 壊れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱酉・逢真
坊っちゃんと/f22865 ☆ (眷属以外接触不可)

ああ、サポートは任せな。
眷属よ。《獣》に《鳥》に《虫》どもよ。雲珠坊を星に届けろ。
俺は俺で仕事がある。属性は時間、現象は逆流。対象、ホシガネ。天体で止められぬように結界を張り、あいつが正気だった頃まで時間を戻す。
とうぜん容易じゃねえだろう。無茶の支払いは俺の寿命だ。ああ、言い値で払ってやるさ。
がんばってがんばってヒビ入り歪んだ壊れ星を。たどり着かせておやり、桜の子。

今を生きるすべての命。かつて生きていたすべての命。世界は命のためにあり、神は世界を運行させる道具。命(*せかい)のためなら俺のすべて、欠片も惜しくはないのさ。


雨野・雲珠
かみさまと/f16930 ☆

桜である俺がやることはひとつです
…かみさま。あの方に近づきたいです。
俺が吹き飛ばされたら回収お願いします。

(真の姿開放。【白妙】姿、枝の白い八重桜が満開に)
(最初から花吹雪最大出力)

近づいて膝をつき、
叶うならそっとお手に触れて話しかけます。
爆ぜる天体が彼女の『大切』ならば、それごと包むように。

ホシガネさま。
あなたは苦しむ皆を抱いて、
とうとう桜の下までたどり着いたんです。

長きに渡るお慰め、お疲れ様でございました。
そのお役目を代わります。
後は俺に任せて、どうぞおやすみください。

まっさらになって目覚める時まで。
今度こそ命の流れに戻る時まで。
それまでしばらく、おやすみなさい



●夜明け前
「頃合いかね」

 屋根の上、自分達を見向きもせずに庭へと降りたホシガネを、朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)と雨野・雲珠(慚愧・f22865)はじっと見守り続けていた。
 彼らは見つめた。ホシガネが子らに仇を討たせるべく戦場を巡り歩く姿を。
 彼らは見つめた。ホシガネを救わんと向き合おうとした人々の姿を。
 そして今、ひとりの転生者と彼女の友が星を捕らえた。

「かみさま」
「応」
「あの方に、近づきたいです」

 雲珠は己の役目を理解していた。故に、その枝先に花開く。八重は満たされ、誇らんばかりに咲き乱れ、少年を織衣が柔らに包む。
 美しき白を身に纏った雲珠はしゃんと背を伸ばした。生来のお役目――桜の精たる自分の為すべきことはひとつ。此処に在るのは護り桜が果て、治癒と鎮撫を担いし神の御使いだ。
 雲珠は逢真を見る事無く、ただ行くべき場所を見下ろしていた。

「俺が吹き飛ばされたら回収お願いします」
「ああ、サポートは任せな」

 逢真は空に道を開く。割れ落ちた夜の先へ、望んだ場所へ、少年を送り出す。弱り切ったかの影朧ならば抵抗することはないだろう。それでも、彼女から離されてなお蠢く天球の存在を見落とすことはない。

「眷属よ。《獣》に《鳥》に《虫》どもよ」

 凶鳥は己からぼとりと眷属達を湧かして落とす。病たる己を、毒たる己を運ぶためのそれらはこのひと時、幼い人の容をした桜を生かすために注がれた。
 雲珠坊を星に届けろ。命を受けた眷属達が桜を纏って歩む少年の後ろについてゆく。が、逢真はその場から動かない。

(俺は俺で仕事がある)

 今のホシガネと会話することは難しい。例え逢真――ヒトの理から外れている彼でもホシガネの響かせる音の意味を正しく理解はできないのだ。
 だが、今でなければ。指で作った小窓の中に、惑うホシガネの姿を捕らえたならば、

「さあ、時よ……逆巻け」

 標的確認。対象固定――ホシガネ。
 属性は時間、現象は逆流。逢真の引き起こしたそれは凡そ人知を超えた現象だ。凡百な人々が奇跡とひとくくりに呼ぶ神の御業は、逢真からは見えない場所でホシガネに変化を与え始めていた。
 が、神たる彼であろうとも無理難題は存在する。時間を逆行するという行為に対して、支払うべき代償は相応。内臓全てをごっそりと奪われていくような感覚が急に襲い来れば、思わず笑みが込み上げた。

(ああそうだろうな、とうぜん容易じゃねえだろう。無茶の支払いはおれの寿命だ)

 窓を覗くその眼から、血が一筋流れ落ちる。

(言い値で払ってやるさ。今を生きるすべての命。かつて生きていたすべての命。世界は命のためにあり、神は世界を運行させる道具だ)

 なればこそ、神は命(せかい)のために全てを捧ぐ。それを惜しむことなど欠片としてない。

(がんばってがんばって、ヒビ入り歪んだ壊れ星を。たどり着かせておやり、桜の子)

 神は、酷く血塗れた顔で慈悲を零した。


 逆流は止めどなく、ホシガネの精神を過去へと押し流す。壊れた歯車に欠けたパーツを、狂った動きに正しい手順を。さかしまに、さかしまに。戻される度に思い出す。落としてしまった多くを取り返す。
 そこへ、白が浚いに来た。
 彼女の手を取っていたふたりは、少年を見てホシガネの手を離した。雲珠は、ふたりへゆるりと会釈をして、一歩。一歩。踏み締めた土に、花が舞う。
 雲珠の歩いたその後ろには真っ白な桜の花弁が降り積もっていた。それは真冬の粉雪にも似て足跡を覆い隠し、荒れた庭を埋め尽くしていく。
 ホシガネの目の前にたどり着いた時、彼女の足首は花に埋もれてしまっていた。戸惑いは変わらず浮かべたまま、しかしその瞳には狂気の色はなく、年頃の少女らしい愛らしささえも垣間見えた。
 近づいて膝をつき、雲珠はホシガネの手を掬い取る。

「ホシガネさま」

 呼ばれ、少女が吐息を漏らした。

「あなたは苦しむ皆を抱いて、とうとう桜の下までたどり着いたんです」

 ざあっと、風が桜を吹き散らかした。この地に咲く幻朧桜と、雲珠の花吹雪が混ざり合いながら空へと鏤められる。春の匂いと冬の色が、ホシガネの目を奪う。

――それを知っていた。

 今まで疼いて、痛くて仕方がなかったそれを、何故だか今はっきりと思い出していた。
 この場所まで彼らを運んだ理由を思い出した。この場所で己が望んでいた事を思い出した。
 自分は、癒しを与えられなかったことを思い出した。
 傷ついた彼らを完璧に癒す方法などなかった。否、外傷はいくらでも治癒できたが彼ら自身の心を癒す術がなかった。それでも、転生の条件は決して一つではないと信じていた。
 癒しを得られる場所まで連れて行こうと思った。得られずとも、他の方法を探して見せようと邁進した。
 いつから狂ってしまったのか、それは思い出せなかった。逆行の御業は戻ることは許しても再び先を知る事は許さなかった。
 ホシガネさま、と呼ぶ声で少女は我に返る。それを己の名であると思ってはいなかったが、雲珠が自分を見て、穏やかな笑みでそう呼ぶものだからつい反応してしまっていた。

「長きに渡るお慰め、お疲れ様でございました。そのお役目を代わります。後は俺に任せて、どうぞおやすみください」

 少年の枝には満開。彼女はそれも知っていた。
 解ってしまうと急に肩が軽くなる。心の奥底へ、からんと何かが落ちてくる。
 彼女の手には天球はない。だというのに手繰り寄せようともしなかったのは、目の前に雲珠が――待ち焦がれた桜が在ったからだ。彼らが救われると、彼らを救ってくれると、雲珠が言葉にしてくれたからだ。
 少女は重くなった目蓋を懸命に持ち上げる。次第に睡魔が彼女を蝕み、抵抗さえもできなくなった。手を握られたままの少女がへたりとその場に腰を下ろすと、ぐらついた身体を雲珠は受け止める。
 手を離し、そっと膝へと少女の頭を下ろしてやると、雲珠は顔にかかった花弁を払って唄うように告げた。

 まっさらになって目覚める時まで。
 今度こそ命の流れに戻る時まで。
 それまでしばらく、

「おやすみなさい」

 少女は雲珠の声にゆるく瞼を落とす。
 知っている感覚だった。知っている柔さとあたたかさが耳へと落ちてきた。
 遠く、星が割れる。逢真の眷属達に見張られていた天球は静かに、誰にも知られぬ穏やかさで壊れて消えていく。
 喉の奥からはすっかり涸れ果てたはずの音色が蘇り、色を付けていく。

『――ぁ』

 手を伸ばした少女はそれを掴む。満開の桜から零れた、花弁ひとひら。
 掴んで、離して、微笑んで。

『――――おやすみ』

 声を響かせて、ホシガネと呼ばれていた少女は、桜のはなびらとなって散っていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​


●星は巡り、そして
 事件解決から数日経ったある日、参加した猟兵達は再び集められた。
 あの事件はホシガネ救済という形で終わったと報告し、全ては解決したはずであった。故に、何故?と首を傾げる。

「……朗報、というべきなのだが。いや、本当にいい話ではあるんだがな」

 ミザールは眉間の皴を深く刻んだまま、詳細を語り出すのを渋っていた。早く話せとせっつこうとした者達もいるだろう。だが、それよりも早く少年の背後からひとりの白い影が此方を見た。

「――! こんにちは!」

 にっこり、飴玉のように丸い目玉を細めた少女は元気よく挨拶してきた。その風貌に見覚えはあった。違いがあるとしたならば、彼女の頭に冠の如く戴かれた桜の枝くらいのものだろう。

「見ての通りだ、転生体を保護した。困ったことにユーベルコヲド使いの素質もある」

 そして、未来視の素質も。
 付け加える少年の後ろから好奇心に満ちた眼差しを向け続ける少女は、猟兵達に対して人見知りしようもないのだろう。ミザールの静止がなければ問答無用の質問攻めでもしかねない程に前へ出ようと飛び跳ねていた。
 猟兵達は各々、顔を見合わせたり彼女を見つめ返して笑う。世話役を押し付けられた少年以外、そこには笑顔が満ちていた。


 斯くして、ひとりの影朧は新たに歩み出す。
 彼女へと祈り、願った者達の想いを無意識に沈めながらも。今度こそ。

最終結果:成功

完成日:2020年08月07日


挿絵イラスト