●希望の形をした悪夢
真っ直ぐに真っ直ぐに、小さな翅をはためかせて。
蜂蜜竜たちは、竜達が『万毒の群生地』と呼ぶ土地を進んでいた。
「!」
ふと。
一匹の蜂蜜竜の少女は、翅を休めるのにピッタリの大きさのキノコへと視線を止める。
なんと柔らかそうで、居心地の良さそうなキノコだろうか。
少しなら良いだろう、休んでしまおう。
蜂蜜竜の少女は、惹き寄せられるようにそのキノコに腰掛け――。
その瞬間。
キノコが膨れて真っ白な胞子が吹き出した。
それは蜂蜜竜たちの群れを、すっぽりと全て覆ってしまうほどの胞子の量。
「……!」
驚いた少女は慌てて立ち上がろうと、身体を擡げて。
胞子の向こうに見えたモノに、目を丸くした。
●絵空事
「はぁいどうも、センセ達。群竜大陸の探索も徐々に進んできているっスね!」
コンとぽっくり下駄の音を響かせて、小日向・いすゞ(妖狐の陰陽師・f09058)はお辞儀を一つ。
「という訳で、早速っスけれども。ココに集まってもらったセンセ達には『万毒の群生地』へと向かっていただくっスよォ」
そこは常に毒キノコに満たされた土地。
望んでそのような場所へと向かいたくは無いだろうが。
残念ながら、群竜大陸を踏破するためには避けて通れぬ場所なのである。
「そこにゃァ既に蜜蜂竜の群れが居て、胞子の毒に冒されふわふわしているンスけれど……」
蜂蜜竜達を冒す毒は、彼らに夢を見せている。
それは――。
もう逢えなくなってしまった人に、再び逢える夢かも知れない。
傍惚れするあの人が、自らを愛してくれる夢かも知れない。
お腹いっぱい、あのお店のご飯を食べられる夢かも知れない。
憎いあの者を、討ち倒す夢かも知れない。
……いずれにせよ。
見える夢は、酷く幸せで、酷く甘い夢。
きっと叶う事の無い、心を満たす幸せで残酷な夢。
そうして、現実ではけして叶わぬ甘い夢に囚われたまま。
胞子の毒を長く浴びて、全身が毒に満たされてしまった場合――。
その生物は幸せな夢に溺れたまま、キノコの苗床と成ってしまうそうだ。
「蜜蜂竜達はもう自分の意思では立ち上がる事が出来無い程、毒に冒されているっス」
その為反撃される事も無く、倒す事自体は容易であるが、と。
眉を寄せたいすゞは息を吐いて、言葉を次いだ。
「……倒した際にセンセ達が、蜂蜜竜から吹き出す毒キノコの胞子を浴びる事を、避ける事は難しいかと思うっス」
かと言って蜂蜜竜を捨て置けば、彼らはキノコの苗床と化したままキノコをばら撒きに行ってしまう。
「ま、ま、ま。それでもセンセ達ならば、どれだけ幸せな夢を見せられようが、気合でどうにかしてくれるでしょう?」
なんて。
いすゞは狐めいた笑みを唇に宿して、首を傾いだ。
絲上ゆいこ
こんにちは、絲上ゆいこ(しじょう・-)です。
GWも早いもので、既に終盤を迎えて居ますね。
そんな訳で。
今回のシナリオは、合法的にしあわせきのこではっぴーとりっぷなシナリオとなっております!
プレイング締め切り等の告知については、マスターページにURLのあるスレッドから確認をして頂ければ幸いです。
●今回のシナリオ
叩けば簡単に倒せる蜂蜜竜達が、キノコの毒に冒されてはっぴーになっています。
敵を倒したりそこかしこに生えているキノコに触れる事で胞子毒を浴びてしまうと、とっても幸せな夢を見せられて、その場から動きたく無くなってしまいます。
その幸せな夢はまるで現実の様に、皆を魅了する事でしょう。
幸せを夢を見せられた際に、どの様にそこから抜け出すのか。
いっそ溺れても良いでしょう。
否定しても良いでしょう。
楽しんでも、苦しんでも良いでしょう。
どのような反応をして、どの様に毒に打ち勝つのかをプレイングにてお教え頂けると幸いです。
●プレイングボーナス
このシナリオでは毒に対抗する方法をプレイングに盛り込む事で、より有利な結果を得る事が出来ます。
●この戦場で手に入れられる財宝
宝物『宝石トリュフ』
素晴らしい香りを放ち、宝石のように美しく腐敗しないトリュフ茸。
1個につき、金貨44枚(44万円)の価値がある。
それでは、皆様の素敵なプレイングをお待ちしておりまーす!
第1章 集団戦
『蜜蜂竜アピスドラゴンと蜜蜂竜娘パック』
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POW : たすけて!アピスくん!
自身が戦闘で瀕死になると【大量の蜜蜂の群を率いたアピスドラゴン】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
SPD : ハチだんごさくせんだよ!
【パック達による超高温に達する押し競饅頭】が命中した対象を捕縛し、ユーベルコードを封じる。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
WIZ : みつろうでかためるよ!
【蜜蝋をこねて沢山の特性の蜜蝋玉にして】から【対象の四方八方から蜜蝋玉を投げつける攻撃】を放ち、【蜜蝋玉に当たった者を蜜蝋人形にする事】により対象の動きを一時的に封じる。
イラスト:撒菱.R
|
種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
御影・龍彦
蜜蜂の竜…可愛らしい竜もいるんだね
とはいえ、手を抜くわけにもいかないか
戦況を進める意味でも
胞子を撒かせない為にもね
※対策
事前に『催眠術』にて自己暗示
毒の夢の中でも「これは夢」と気付けるよう
確実に一体は討てるよう
高く飛行し空から索敵
攻撃目標を見つけたら急降下し
魔力を集めた杖先で穿つ
蜜蝋玉に対する守りは
【エレメンタル・ファンタジア】にて
炎の渦を纏って、届く前に溶かしてしまおう
――炎の向こうに見えるは
知らないはずの、懐かしい顔ぶれ
角も翼も顔立ちも皆、僕によく似た姿だ
きっと彼らは前世の家族
此処に残れば、また一緒に
…駄目だ
僕は前世の誰かじゃない
僕は御影龍彦だ
大切な人々にまた会いに
夢に背を向け、現へ帰ろう
●転生者
魔力を籠めて、精霊杖の先を額に押し当てる。
――これから何を見ようとも、それは夢だ。
――どれほど心地良いモノが見えたとしても、それは夢だ。
自らに言い聞かせる様に術を施し、それから杖を離して顔を上げた彼は一度こっくりと頷いて。
「うん、……よし! 行こうか」
地を蹴り、大きく竜の翼を広げて空へと飛び立った。
からりと晴れた空の下、陽の光を浴びて空を翔ぶ事は心地が良い。
御影・龍彦(廻る守護龍・f22607)は、翼で風を切って空を行く。
索敵に大地を見下ろせば、切り立った崖を埋め尽くすように生い茂る緑たち。
その間を丁寧に埋める形で、大地や木々に大小様々なキノコが櫛比しているのが見えた。
「!」
そこに。
はたと木々の隙間に小さな何かが見えたように思え、目を屡叩いた彼は滑空するように一気に降下する。
「――……」
木々の葉を割り入り。
キノコまみれの大地へ降り立つ寸前まで近寄れば、キノコに囲まれて眠るように倒れた蜂蜜竜の姿が確かにそこにあった。
裾で口元を覆った彼は一度肩を上げて、下げて。
その姿はどこか可愛らしくすら見えたが、だからといって手を抜く訳にも行かぬ事も龍彦は理解している。
――戦況の事もあるし、それに何よりも胞子をばら撒かせる訳にはいかないからね。
細く息を吐いて、掌の中で精霊杖を回すと炎の魔力が杖に宿り。そのまま円を描くように振るった魔力は、真っ直ぐに蜂蜜竜の身体を穿った。
刹那。
爆ぜるように蜂蜜竜から膨れ上がった胞子は、炎に燃されて尚彼を包み込む。
その炎の奥に、見えるもの。
見えた皆に、龍彦は瞳を見開いた。
藍の混じった黒い髪。
黒耀色の角。
竜の翼に、――ああ、ひどく、酷く懐かしい。
以前にもいつか見た、懐かしい顔ぶれ。
この者達の誰一人知らないというのに、この魂は良く識っている。
懐かしさにふるえている。
きっと、きっと、きっと。
彼らは――龍彦が龍彦に成る前に、家族であった者達だ。
彼らは――転生前の、前世の家族なのであろう。
龍彦によく似た面影を持った一人が、彼へと手を伸ばす。
その掌に、ときりと心が弾んだ。
心の奥で燻り、自らを焦がす感情。
ああ、なんて懐かしいんだろう。
あの手を取るだけで、また一緒に過ごせるなんて!
思わず龍彦も応えるように、手を伸ばす。
此処にいれば彼らとまた一緒に、ずっと、ずっと――。
「……っ!」
つきんと頭が痛み、響く自らの声。
――これから何を見ようとも、それは夢だ。
――どれほど心地良いモノが見えたとしても、それは夢だ。
く、と。
喉を引きつらせた龍彦は、顔を左右に揺する。
……ああ、駄目だ。駄目だ、駄目だ、駄目だ。
僕は前世の誰かじゃない。
僕はもう、あの家族の一員では無い。
――僕は、御影・龍彦なのだから。
「……もう、僕は行くよ。さよなら」
どれだけ焦がれようとも、過去は過去だ。
今、彼は、御影・龍彦なのだから。
一度かぶりを振った龍彦は徐々に収まりつつある胞子に踵を返して、一気に地を蹴って飛び立つ。
――過去に背を。
真っ直ぐに上げた視線には、今を見据えて。
大成功
🔵🔵🔵
高塔・梟示
眠ることなく夢が見られるとはね
これで溜まりに溜まった
睡眠負債が解消する…訳が無いか
喫緊の課題はオブリビオンの除去だ
真面目に仕事をするさ
移動や武器の扱いには慎重を期し
夢から覚める前に
鎧砕く怪力を以て、素早く敵を撲つ
敵を倒す、或いは茸に接触したら
早業で自分にドロップテーブル
意識が飛んでも1分経過で締まるよう設置
夢に囚われなければ
苦しい目覚しは避けられるだろう
傘越しに見上げる窓辺に女がいる
微笑みかける先にいるのは俺だ
彼女の死を告げに来た
幸福など脆いもの
雨上りの虹のように
儚く朧げで、すぐに消えるというのに
今更嘆いたって遅過ぎる
火を点けた煙草が妙に苦い
味などとうに忘れたというのに
ああ…最悪な寝覚めだとも
●虹の色
その手には行き止まりを携えて、毒キノコの森を歩む探偵の足取りは慎重そのもの。
そしてゆっくりと足を止めると、目的の姿を見下ろして。
高塔・梟示(カラカの街へ・f24788)は所長から寝ろやら休めやらとよくよく声をかけられてしまう、蓄積した疲労の象徴のような隈を一度指先で揉んだ。
――眠ること無く夢が見れる、なんて甘いお話。
「これで溜まりに溜まった睡眠負債が解消してくれりゃ、嬉しいんだけどね」
そんな訳が無い事も、梟示はちゃあんと理解しているけれど。
携えた行き止まりの標識のポールを腕で挟んで、肩をぐぐっと伸ばしてから首筋をコキリと鳴らし。
「……ま。仕事は真面目にするさ、勿論ね」
地へと伏せる蜂蜜竜を見下ろすと、ぱさぱさの髪を揺らしてぐっと腕を引いて。
彼ら――蜂蜜竜にとっての行き止まりを、勢いよく振り下ろした。
瞬間。
爆ぜる胞子に、しゅるりと縄が舞い――。
気がつけば、あの場所に立っていた。
ぱたり、ぱたり。
雨粒が滴っている。
差した傘ごしに見上げた空。
そうだ。
あの窓辺に、彼女が居たんだ。
梟示を見下ろし、彼女は手を振って微笑んでいる。
――嗚呼。
やれやれと梟示は赤茶色の眸を細める。
微笑む彼女より、さらに上。
雨の上がり始めた空の先には、虹が見えた。
じわじわと首を絞められるような、息の詰まる感覚。
嗚呼、そうだな。
幸福なんて、脆いものだ。
あの虹のように、儚く朧げですぐに消えてしまう。
識っているさ、何よりも。
――俺は、彼女の死を告げに来たのだから。
自らで放った縄に吊られた首。
「……ッ、け、ほっ!」
息苦しさに瞳を見開いた梟示が首に手を添えて縄を緩めると、地に縄がばさりと落ちた。
……大きく肩で息を吸って、吐いて。
随分と乱暴な方法ではあるが、胞子の夢から目を覚ます事には成功したようだ。
息を整えながらジャケットに手を突っ込むと、彼は慣れきった手付きで銀のシガレットケースより煙草を一本取り出し火を灯す。
深く、深く、肺の奥まで煙で燻すように煙を吸って――。
見上げた空は木々の葉に覆われて、小さく小さくなっていたが青く晴れている。
雨なんて、降っちゃ居ない。
勿論、虹だって見えやしない。
吐き出した煙が空を少しだけ白く染め、梟示は眉根を寄せる。
「……苦いな」
味などとうに忘れたというのに、今更嘆いたって遅すぎる。
酷く幸せで、酷く甘い夢。
叶う事の無い、心を満たす幸せで残酷な夢。
ガシガシと後頭部を掻いて、もう一度ぷかりと煙を吐いた梟示は木の幹に背を預けて。
「――ああ、全く。……最悪な寝覚めだ」
小さく小さく、呟いた。
大成功
🔵🔵🔵
ジェイクス・ライアー
早鐘を叩く心臓、脚が折れるように痛い
転がるのは仲間だと思っていた異形の化物
仲間も先生も、傷だらけで笑っている
ふらふらの頭で、ようやく自分がやり遂げたのだと理解できた
どうやったか?
…俺が知りたい。
おいおい、役立たずはお前の方だろうが!功労者を労われよ!
おい、…ふふ!
ああ、もう、くだらんさっさと帰ろう。
ああ
なんて酷く都合のいいヒーロー願望だろう
「あの時〝ああだったら〟や、〝こうしていれば〟何て、考えたところで無駄だというのに。」
私が彼らを見捨てた事実は変わらない
穴だらけのコンクリートの廃墟
二度と光を映さない濁った目を思い出せ
竦んだ脚を奮い立たせて肺が潰れるほど走った罪を思い出せ
冷たな鉄の引金を引く
●九年
動かぬ敵を倒す事は、決して難しい事では無い。
毒キノコの密集する、キノコの森めいた大地。
その手に握った銃で蜂蜜竜を手早く下したジェイクス・ライアー(驟雨・f00584)は、ステップを踏んだ爪先に仕込まれた刃でもう一体蜂蜜竜の首を落として。
夢に落ちる前に、せめてもう一体。
無駄である事を知りながらも舞い散る胞子に口元を袖で覆って、もう一度引き金を引くと――。
目前に屍が転がっていた。
それは、蜂蜜竜のモノでは無い。
「おい、おい。マジかよ」
「……いや、ホント良くやったよ」
「どうやったんだ?」
鼓膜を震わせる声音が、酷く懐かしく響く。
「――俺が知りたい」
いいや、懐かしい訳ないだろう。
だって、これは、今。
心臓が破裂しそうな程に、早鐘を叩いている。
脚だって今にも折れてしまいそうな程に痛い。
地に転がる屍は、――仲間だと思っていた異形の化け物だ。
「あーん? なんだなんだ、お前は戦いながら寝てたっつーのか。全く役立たずを抱えて本当に俺達はよくやったモンだぜ」
「あぁ??? ピーピー泣いて役立たずだったのはお前の方だろうが??? 功労者を労れってぇの!!」
「は!?!? 誰が泣いてたっつーの!?!?」
「仲の良い事は素晴らしいが、まずは事後処理をしなければな」
「ハーイ」
「お、おい……、ああ、もう」
傷まみれだと言うのに、楽しげに笑っている仲間たち。嗜めた先生も笑っている。
胸の奥で温かいモノがときときと跳ねている。
そうだ。そうだ。
やったのだ。
やり遂げたのだ。
この作戦を、俺は成功させた。
ぐらぐらの記憶の中で、それだけが理解できる。
それだけが理解できた。
「……下らんな、さっさと帰ろうか」
ジェイクスの唇にも、ふと笑みが宿る。
ああ、良かった。
このチームで、俺は、俺は――。
「……」
私は。
……私は、――私の判断で、彼らを見捨てた。
私の判断によって、殺した。
全員、死んだ。
死んだのだ。
思い出せ、思い出せ、思い出せ。
あの冷たい廃墟を。
穴だらけのコンクリートを。
光を失ったあの眸を。
それなのに。
目前では先生も、仲間も、みんな、みんな笑っている。
「どうした、おい、行こうぜ」
戯けたように言う彼の瞳は、光が差し込んでいるというのに。
もう、居ないのだ。
冷たい感触。
ジェイクスは瞳を細めて、自らの腿に銃口を押し付ける。
「……おい、何を?」
慌てる彼の声。
ジェイクスは、ただかぶりを振る。
「――あの時『ああだったら』や、『こうしていれば』なんて。考えたところで無駄だというのにな」
脳裏に過るのは、竦んだ脚を奮い立たせて肺が潰れるほど走ったあの日の事。
都合の良い下らないヒーロー願望は、これでおしまい。
――罪を、思い出せ。
ぱん、と音が爆ぜた。
大成功
🔵🔵🔵
真宮・響
飛んでくる胞子には警戒するが・・・浴びてしまうだろうね。
みる夢は11年前に死んだ夫、律と、まだ小さかった娘の奏と野営地で星が綺麗な夜に夜ご飯を食べる夢。親子3人での放浪生活は楽では無かった。路銀稼ぎ、野営地が見つからなかった時の凌ぎ方、まだ小さかった奏を危険から護れるか。・・・でも幸せだった。でももう過去の事だ。
私は成長した奏と新しい家族の瞬と今を生き抜かなければいかないんだ。だから過去の夢に浸っている場合ではない。断固とした決意で竜牙を振るい、【衝撃波】も交えてこの幻を打ち破る。さあ、子供達の所へ戻ろうか。きっとアタシが作る夜ご飯を待ってる。
●あの日の夜空
よく晴れた青空。
切り立った大地に鬱蒼と生い茂る緑、キノコ満ちるキノコ森の中。
真宮・響(赫灼の炎・f00434)は紅光を宿した槍を、力強く振り抜いて。
「はっ!」
動く事も無い蜂蜜竜のその身を貫き、下す。
胞子が弾けた瞬間、大きくバックステップを踏むが想像以上に胞子の量は多いものであった。
腕を引いて服の袖で口を覆うが、響を覆う胞子から逃げ切る事は叶わず――。
ふ、と見上げた空には星々が宿っていた。
そうだ、ここは、――野営地だ。
「ねえ、母さん、どうしたのです?」
料理の乗った食器を手に、小さな奏が首を傾ぐ。
そうそう。
ああ、料理を運んで貰っている所だったね。
「……あ、ああ。……なんでもないよ」
旅の疲れが出たのか、と夫――律が小さく気遣うように首を傾いでいる。
その光景が酷く懐かしく見えて、響きはゆるゆると頭を振った。
「いいや、早く準備を済ませて食べよう。冷めてしまうと台無しだからね」
「はーい!」
零れ落ちそうな夜空が印象的であった憶えがある。
――憶え?
いいや、これは、今だ。
今で、あるはずだ。
――幼い奏を連れての放浪生活。
それは決して楽な生活では無い。
路銀の稼ぎ方、野営地を見つけられなかった夜、幼い奏を守りきれるだろうか。
心配なことや、不安なこと、大変なことも沢山あった。
しかし。
親子3人での旅は楽しくて、何よりも――幸せであった。
「いただきます!」
律が美味しそうに食事をしている。
奏が楽しげに笑っている。
――どうして、こんなにこの風景が、懐かしいのだろう。
響は、息を飲んで。
「……ああ、……そうだったね」
思い出す。
律はもう、11年も前に亡くなった事を。
奏はもう、こんなにも小さな娘では無い事を。
新たな家族として迎え入れた、瞬の事を。
本当に大丈夫かと、不思議そうに妻を気遣う律。
その様子に、響は思わず苦い笑いを浮かべて。
「……すまないね、律。――ありがとう」
そうして、もう夫の顔を見る事も無く。
響はぐっと息を飲むと、いつの間にか強く握りしめていた槍を振り抜いた。
「……ふッ!」
鋭く息を吐いて周りを見渡せばそこは、鬱蒼とした緑に太陽の光が落ちるキノコの森の中だ。
響はかぶりを振って、踵を返す。
――過去は背に。
さあさあ。
早く子ども達の所へ戻るとしようか。
きっとアタシの作る夜ご飯を楽しみにしているだろうからね。
大成功
🔵🔵🔵
レザリア・アドニス
待雪草の花を纏い、飛行能力と機動力を上げる
俊敏な動きで蜜蝋を回避しつつ、【全力魔法】と【範囲攻撃】で増幅した炎の矢を沢山編み出して、蜜蝋を溶かしながら敵を攻撃
避けきれない蜜蝋はヴェールを振り【オーラ防御】で凌ぐ
毒の胞子を浴びると夢に迷い込む
あの事故がまだ起きてなかった日々に戻ってしまい、
家族に囲まれて、可愛がられて、魔術を勉強しながら幸せに過ごす
長い間に出来なかった心からの笑顔が見えるかもしれない
しかし魂の繋がり故に、
共生してる相棒の不満が魂に直接作用する痛みになり、意識を呼び返そうとする
毒だと気づくと【毒耐性】を発動し、胞子毒を除ける
そして慌てて相棒を宥める
宝石トリュフを見つけたら拾って回収
●相棒
吹き荒れる雪待草は、切り立った大地にひしめくキノコの森を白く染めて。
鋭く滑空したレザリア・アドニス(死者の花・f00096)は、魔力を宿した杖を振るって炎の矢を雨の如く撃ち放つ。
キノコに伏した蜂蜜竜達が炎に射抜かれ、焼けるキノコからもうもうと胞子と煙が巻き上がり――。
背より伸びる翼は、美しき白。
目の前には、魔術書。
レザリアはエメラルドのような瞳を、ぱちりと瞬かせた。
そうだ、そうだ、思い出した。
今は魔術の勉強をしていたのであった。
不思議と懐かしく感じる、住み慣れた家をぐるりと見渡したレザリアは白い翼を畳んで、伸ばして。
ぐぐーっと猫のような伸びを一つ、花をゆらゆら揺らして立ち上がった。
そこに――。
「もうお勉強は終わり?」
「あっ!」
掛けられた声にびくっとレザリアが肩を跳ねると、家族はその様子に笑いを堪えた様子で。
「す、すこし休憩、です」
「そう、なら後でお茶を入れて行きましょうか」
「!」
「おやつも用意しましょうね」
「クッキー?」
「ちゃんとお勉強をしていたらね」
ぱっと花が咲くように、レザリアは頬を赤らませて笑み栄える。
家族もくすくすと笑って、レザリアの頭をくしゃりと撫でて。
――そうだ、そうだった。
家族に囲まれて、こんなふうに毎日可愛がって貰えて。
魔術を沢山沢山勉強して、将来は立派な術士に成るんだって――。
「……――」
レザリアが言葉を紡ごうとした、瞬間。
胸の奥より、更に奥。――魂がきりりと痛んだ。
何かが身体の中で、暴れている。
何かが――、ああ、ああ。
これは。
レザリアは、思い出す。
床から天井まで精巧な魔法陣で埋め尽くされた、大広間。
あの魔法陣の真ん中に立ち尽くして、私は――。
私、は。
あの忌まわしき暴走事故を、また記憶の中でなぞっている。
「……っっ!」
ばさりと黒い翼を広げたレザリアは、大きく息を吐いて目を見開いた。
あれは、ずっとずっと前の事。
あの事故よりも、ずっとずっと前の事。
ちゃあんと笑えていた、あの頃の事だ。
酷く幸せで、酷く甘い夢。
叶う事の無い、心を満たす幸せで残酷な夢。
レザリアはふるふると左右に頭を振って。
「大丈夫……」
胞子の毒にやられていた事を悟り危機を教えてくれた、相棒たる死霊を窘めるように呟いた。
レザリアは瞳を一度閉じて、更に言葉を紡ぐ。
「……起こしてくれて、ありがとう」
あれから辛い事ばかりだったけれど。
それでも、それでも、一人じゃないから。
あなたと過ごした日々は、楽しかった。
――だから、大丈夫。
レザリアはひょいとトリュフを拾い上げて、瞬きに睫毛を揺らした。
大成功
🔵🔵🔵
誘名・櫻宵
夢見草が微笑む
噫起きた?
私と同じ顔
今の私も美しくて気に入った
笑うあなた
『イザナ』
誘七家の始祖
はじまりの龍
彼の転生だという私
あなたのせいでどんな目にあったか
至らぬと罵倒され
蔑まれ
憎らしい
木龍は桜の女神と契り一族に繁栄を齎す神木…桜樹になるという儀を初めたあなたが
おかげで未来は定められ
全て諦めるしかない
私は贄
イザナは笑う
私は愛する女神と結ばれたかっただけ
それは望んでおらぬから壊せ
なんて
『私か家族が大切だ。お前は転生である前に私の愛しい子
苦しめて悪かったね』
愛しい子
それだけの言葉が幸せ
可笑しい
私(過去)が初めた事が害なら
櫻宵(現在)が断てばいい
そう
桜が毒を浄化して
世界を塗り替える
私が
変えればいいんだ
●桜龍
「……噫乎、起きたかい?」
誘名・櫻宵(貪婪屠櫻・f02768)は、薄紅色の瞳に睫毛の影を落として瞬きを一つ、二つ。
鼻先にまで寄せられた、自らと全く同じ顔を見上げた。
「今の私も美しいね、気に入ったよ」
櫻宵の頬に掌を寄せた彼は、如何にも可笑しそうに笑っている。
――櫻宵には、理解ができている。
彼の名前は、『イザナ』。
陰陽師を生業とする、誘七家の始祖。
――はじまりの桜龍。
そして此処に居る『櫻宵』は彼の転生した姿と言う訳だ。
「……ねえ、あなたのせいで私がどんな目にあったか識っているかしら」
櫻宵は射抜くように、同じ色の瞳を真っ直ぐに見やり。
イザナは何も応えず、促すようにその瞳を見返すばかり。
どれほど努力を重ねても、至らぬと罵倒され、蔑まれ。
酷く怒られ、打たれ、叱責されて。
――ひとになりたかった。
「私はあなたが憎い、……憎らしいわ」
誘七に生まれた木龍は桜の女神と契り――、神代櫻の贄と成る。
領地の豊穣と繁栄を齎すための桜樹と成って、桜の神と共に眠りにつく。
それこそが始祖の桜龍。
『イザナ』の転生した『誘七・櫻宵』の役割である。
そこに拒否権は存在しない。
櫻宵が生きるただ一つの意味。
全てを諦めて、全てを受け入れて。
幸せは全て手放して。
贄と――桜と成る日を待つだけの、生。
「――そんな下らない儀をはじめたあなたが、本当に憎らしいわ」
「ああ、その事か」
からからとイザナが笑うものだから、櫻宵は瞳を屡叩かせて。
「私はね、愛する女神と結ばれたかっただけだ。――そのような儀を私は望んでおらぬ。壊すが良い」
そのままイザナは櫻宵と額をこつり、と合わせて、眦を緩める。
「――お前は私の転生である前に私の愛しい子だよ、これまで苦しめて悪かったね」
櫻宵はその言葉に、きゅっと息が詰まるような感覚を覚えた。
『愛しい子』。
その言葉が、幸せで、たまらない。
知らず識らず、イザナの掌に頬を包まれたまま櫻宵は笑っていた。
ああ、そうよ。
そうね。
そうだわ。
――イザナは櫻宵。櫻宵はイザナ。
私がはじめた事が害と成るならば、――私が断てば良いんだわ。
「そうね」
はらりはらり。
舞う破魔の力を宿した薄紅色は、胞子の毒を喰らい。
花筏の池の中で、櫻宵は顔を上げた。
イザナの姿は、もう見えない。
それでも櫻宵は、笑っていた。
そうよ。
そうね。
そうだわ。
「――私が、変えればいいのね」
ゆら、ゆら。
桜の枝角に揺れる薄紅色の花弁は、狂おしいほどに咲き誇り。
大成功
🔵🔵🔵
グラナト・ラガルティハ
愛しい青が愛しい人が永遠を手に入れたと言って笑っている。これで自分と同じ時間を生きることができる。片時も離れることなく一緒にいられると。
それは甘美な夢だ。
自分と彼は種族が違う。生きる時間が違う。
だからこれはただの夢だと断じることが出来てしまう。
そう簡単に命を永遠になどできるはずはなく。
しかし、その魂は永劫私のものだと言った。
生まれ変わっても会いにくるなど実現できる確証なんてなく。それでも私は信じている。
私もまた彼に永劫を捧げたのだ。
さぁ、お前達を送ってやろう甘美な夢を見ている間に…それがせめてもの慈悲だ。
UC【柘榴炎】で【焼却】
●命の距離
伏せる蜂蜜竜達を包む炎は、柘榴の如く赤々と燃え上がり。
「――せめてもの慈悲だ」
甘美なる幸せな夢に溺れ、眠るように征くが良い。
鬱蒼と緑の生い茂る、キノコに包まれた大地に燃える炎。
瞳を眇めたグラナト・ラガルティハ(火炎纏う蠍の神・f16720)は、――その奥に愛おしい彼の姿を見た。
竜の翼に尾。
金糸に獣の耳をはたはたと揺らして、――美しい空色の青瞳をこちらに向けて彼は笑っていた。
「ふふっ、ねえグラナトさん! オレもグラナトさんと一緒になったんだよ」
ぱたぱたと跳ねるように、彼が駆け寄ってくる。
グラナトはそんな彼が酷く愛おしくて、眦を緩めて。
「これでグラナトさんとずっとずーっと一緒だねっ♪ うれしいな、オレも永遠を手に入れたんだ!」
グラナトの腕を引いて抱きついてきた彼は、甘い甘い言葉を吐いた。
……神であるグラナトと、彼の命の時間は全く違うモノであった。
しかし、愛しい青は同じ時間を手に入れたと笑っている。
これで、これで。
片時も離れる事もなく一緒だと、彼は笑っているのだ。
「……そうか」
――グラナトはあまりに面白い事だと肩を竦めて、少し笑ってしまう。
嗚呼。
これはなんて、幸せで甘美な夢なのだろうか。
彼と自らの命の時間は、同じでは無い。
その長さをこんなに簡単に埋められる訳は無い。
その生命をそんなに簡単に永久とできる訳も無い。
「……全く、下らん夢だ」
グラナトは円を描くように腕を振ると、炎が爆ぜた。
――毒を焼き、胞子を落とし。
頭を振ったグラナトはもう見えなくなってしまった、喜ぶ愛おしい青の姿を思い返すように瞳を閉じる。
――彼は、グラナトに約束してくれたのだ。
生まれ変わっても逢いに行くと、その魂は未来永劫グラナトのものであると。
例えば、本当に彼が転生できたとして。
記憶が引き継がれる確証等、一つもありやしない。
彼が逢いにくるとどれほど約束したとしても、実現できるかどうかは別である事くらい。
グラナトだってよくよく理解している。
しかし、しかし。
それでもグラナトは信じているのだ。
彼の事を、信じている。
――彼が自らに永劫を捧げてくれた事と同じく、グラナト自身も彼へと永劫を捧げたのだから。
酷く幸せで、酷く甘い夢。
現実ではけして叶う事の無い、心を満たす幸せで残酷な夢。
グラナトは笑った。
燃える炎の奥。
揺れる甘い夢。
――そんなモノに、惑わされる訳も無いと。
大成功
🔵🔵🔵
斬断・彩萌
ゆめ、夢かぁ。そりゃもう考えられることなんてひとつしかないけどね。
あの人が私を見てくれるゆめ、好き同士になって、色んな事して、抱きしめ合って、その先だって――あの人と過ごしたいって思う。
仕方ないじゃない、戀する乙女はみんなそう思うものなのよ、なんて言い訳がましいかしら?
でもね、それは無理だって分かってる。彼にその気は一切ない。私のことは、利用価値のある雑兵としか……見てくれてない。きっと、そう。
クリスマスの時に触れた腕はあんなに暖かかったのに、今はどうなのか検討もつかない。
だからね、これは夢なんだ。儚い幻想、そんなものに、私は溺れたりしない。
・蜂蜜竜へはサイコキネシスで遠距離から攻撃
●かたおもい
大小様々なキノコが櫛比する大地。
伏せる蜂蜜竜達から距離を取って、斬断・彩萌(殺界パラディーゾ・f03307)はサイキックエナジーを纏わせた剣を横薙ぎに。
その素っ首を斬り払うと、大きく肩を竦めて。
距離を大きく取って攻撃した彩萌に流れてくるのは、服の袖で口元を覆ってしまえば防げる程の量の毒。
甘い甘い夢が見れるほどの胞子が、彼女へと舞ってくる事は無い。
巻いた髪を靡かせて、彩萌は次の獲物を探すべく歩を進めだす。
しかし、考えてしまう事は仕方がない事だろう。
「……ゆめ。夢ねぇ……」
――例えば、胞子に溺れて夢を見るとしよう。
そりゃあ、見る夢は一つだろう。
普段は全くこっちを見てもくれない彼。
そんな彼の青い瞳が、彩萌だけを見つめてくれたら。
彩萌の事を好きになってくれたら。
一緒にお買い物なんか行って、映画なんて見ちゃって。
ご飯を食べさせ合いっこなんてしちゃうかもしれない。
おいで、なんて言われて抱きしめられて。
――そう、その先だって。
あの人と、過ごせたら、と願ってしまう、思ってしまう、考えてしまう!
ああ、もう!
仕方ないじゃないの。
戀する乙女はみーんなそういうモノ、そう思うものなのよ!
……。
なんて、言い訳がましいかしら。
瞳を細めた彩萌はきゅっと踏み込んで、サイキックを腕に纏わせて。
視界に入った蜂蜜竜をたたっ斬り、細く細く息を吐いた。
「……っ!」
刹那。
距離を見誤ったか、それとも風向きが変わってしまったのだろうか。
ぶわり、と大きく胞子が舞って彩萌を飲み込む。
――見えたのは、彼の姿。
彩萌を大好きな、彼の姿。
『――おいで』
――ああ、ああ、ああ。
悲しいな、分かってしまう。
アレは、夢だ。アレは、有り得ない姿だ。
かぶりを振った彩萌は、甘い夢を見る事すらできない。
だって、彩萌は識っている。
――彼にその気が一切無い事を。
きっと、彩萌の事は利用価値のある雑兵程度にしか見てくれていないだろう。
ああ。
クリスマスの時に触れた腕はあんなに暖かかったのに、今はどうなのか検討もつかない。
あの日はあんなに近くにいたのに。
それでも心の距離は、ずっと、ずっと。
「……さあ、次にいきましょうか」
踵を返した彩萌は、けして儚い幻想に溺れたりしない。
――彩萌は、彼を誰より見ている。
彩萌は誰よりも良く、識っているのだから。
大成功
🔵🔵🔵
ロキ・バロックヒート
竜たちを影槍でぐさりとして
幸せってなぁに
なんてキノコに問いかけるとか
笑っちゃうね
興味本位で覗いてみたけど真っ暗闇
いや
眼の前に光り輝く存在がある
暗闇の帳を破るような
きっとてんしさまだ
そういえば一目見たいと思ってた
てんしさまとまざるまえ
ひとだったころの私は眼が見えなかったから
でも眩くて眼が中々開けられない
耳が擽られる
この世のものでないような
透明できれいなこえがする
てんしさまの歌声だ
久しいなぁ
私はそれだけは確りともらえたから
また聴くことができるなんて嬉しい
心が満ちて穏やかに蕩ける
いつまでもいつまでも聴き続けて
―あれ?
滅びが私の幸せではないの
そう思った刹那
光は失せて元の景色に
さっきの問いに答えなどない
●かみさまとてんしさま
鋭く影より伸びた歪な槍が、伏せて動く事の無い蜂蜜竜達をまっすぐに貫き。
遊ぶように踊るように。
片足でぽーんと跳ねたロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)は、小さく首を傾いで笑った。
「ねえ、幸せってなぁに? キミ達は知ってるのかい?」
倒れた骸が応える事は無い。
膨らむ毒の胞子が応える事は無い。
だからこそ。
ロキは敢えて、逃れる事もできただろう胞子の中にその身体を踊らせる。
――それは興味本位、幸せの答えが知りたいだけ。
ねえ、幸せってなぁに?
キミ達は知ってるのかい?
「……おや?」
ふと気が付くと、ロキは暗闇の中に立っていた。
いいや。
それは浮いているのかも知れない。
昏い昏い、夜よりもずっと昏い場所。
――いいや、いいや。
目の前に、大きな光が見えた。
暗闇を照らし出す、大きな大きな光り輝く何か。
「ああ、そうか」
きっとあれは、てんしさまだな。
そうそう、そういえば一目みたいと思っていたんだ。
てんしさまとまざるまえの、ひとだったころの私は眼がみえなかったから。
ああ、でも、まぶしいな。
眼がひらかない。
まぶた裏に、白い闇が拡がっている。
「!」
そこに鼓膜が甘く震えて、美しき調べを伝えはじめた。
肌を粟立たせるその響き。
綺麗で幸せで甘くて、まるでこの世のものですらないような、透明でよく通る歌声。
これは、てんしさまの歌声だ。
眼の見えない私は、その歌声ばかりはしっかりと貰えていたものだから。
久しぶりにその歌声を聴くことができて、本当に嬉しいな、と思った。
幸せだな、温かいな。
心が満ちて、絆されて、蕩けて、穏やかに、穏やかになるその歌声。
いつまでも、いつまでも聴いていたい。
光の闇の中で、ロキは歌声をいつまでも聴いている。
ああ、なんて、なんて。
――……。
「あ、れ?」
なんで。
どうしてだろう。
おかしいな。
これは、『幸せな夢』。
「…………滅びが、私の幸せではないの?」
ぽつりとロキが呟いた、瞬間。
白い光は消え失せて、ロキはキノコの立ち並ぶ森へと立ち尽くしていた。
金の瞳に瞬きを重ねた彼が視線を地に落とすと、そこには蜂蜜竜の骸が落ちている。
「……幸せって、……何?」
倒れた骸が応える事は無い。
流れていってしまった毒の胞子が応える事は無い。
ロキの問いに応える者など、だあれもいやしない。
大成功
🔵🔵🔵
バッカニア・マグナ
【風海】
(夢)
負け知らずの冒険の日々。
誰も死なず、島の者と争いもせず、笑ってギャースカ過ごす。
楽しい日々だ。嵐もない。
親しい者はすべて居て、愛しい船の舵は、自分が取るのだ。
順風満帆
ああ、だがこの夢には、欠点がある。
ほどほどのスリルは海じゃねえ。
幸福だけの人生なんざ、漢じゃねえ。
声が聞こえる
死んだ仲間の、バカみてぇな声が
そうだな。そうだ。
死んだ人間背負えもしねえで、旗なんざ掲げられねえなぁ!!!
(起)
おぉいヴィーテ!起きやがれ!!
そんなあったけえ夢よりなぁ!!バカみてえに面白ぇ!海がてめえをまってんぞ!!!わしが一曲歌ってやらぁ!
ぶわっはっはっはっ!!ヤー・ダゥ!それじゃあお宝、持って帰っかぁ!
深海・ヴィーテ
【風海】
人生の絶頂はいつだ?今だ。
足りない体力をおしてあちこち引っ張り回されても
慣れない海賊生活に目を白黒させても
それがいい、それが俺にとっての憧れで、夢だ。
この先も最高の毎日が続いて、いつかは海賊船の乗組員にふさわしい、逞しい海の男に……なりたい。
よって夢の中の俺は筋骨隆々の男である。敵襲などものともせず、殴ると痛いワンドで破ァ!!となぎ倒し遠方の敵にはサメを召喚して……
(起)
ハッ!?
あ、おはよう。ありがとう、起こしてくれて
……現実って厳しいな
逞しい海の男にはとても足りない細い両足で立つしかない
でもあんたの背後くらいは守ってみせ……みせ……
なんでもない!すすめ海賊団シルフィード!ヤー・ダゥ!
●ヤー・ダゥ!
深海・ヴィーテ(生命の水・f26528)はその筋骨隆々の肉体を惜しげもなく魅せつけるように上腕二頭筋を目立たせるポージング。
そうして上半身の膂力を全て籠めて腕を引き絞ると、襲いくる敵船へと向かってワンドを大きく振るった。
「破ァ!!!」
寺に生まれては居ないが、こうみえてヴィーテはムキムキだ。
すごいなんかこうビームじみたソニックブームが起こり、音は後からついてきたし、敵の船がヴィーテのワンドの衝撃波で転覆する。
「何クソ、船がやられた位で海賊が倒れるかよ!」
しかし敵達もしつこいもの。
海から顔を出して泳いでは、こちらの船へと取り付いてくる。
ヴィーテはくっと笑って、その愚かさに瞳を細めて。
「ハン、言ってろ! 行け、サメ共!」
ムキムキの腕を薙ぎ払う形で魔力を弾けさせると、えげつな顔をしたムキムキのサメが海賊達に喰らいつく!
ムキムキのサメは海賊達をさぱっと沈め。
「おととい来やがれってんだ!」
ヴィーテはその美しくもしなやかで素晴らしい大胸筋を見せつけるように胸を張った。
「きゃあー! ヴィーテ様!」
「かっこいい!」「すごい!」「抱いて!」
船の奥から駆けてきた、見たことも無いカワイコチャンな娘達が黄色い声をあげて、ヴィーテの勝利を祝ってくれる。
「ははは。俺の身体は一つだよ、子猫チャン」
ヴィーテは紳士なので、彼女たちを諭すようにウィンク一つ。
嗚呼!
楽しい冒険だ。
楽しい船旅だ。
愉快、愉快! エールを交わして、笑い合おう、歌い合おう!
我らは四精霊を掲げる海賊団が一角、風のシルフィード!
聞こえるだろう、高らかな歌声。
響くだろう、我らが勝鬨!
見よ、美しき我らが女神を!
ヨーホー、ヨーホー! 面舵一杯!
「ぶわっはっはっ! 乾杯!」
バッカニア・マグナ(バッカじじい・f26304)は笑う、笑う。
「かんぱーい!」「おいおい飲みすぎるなよ!」
華々しく響く声。
愉快で頼もしき仲間たちと、今日も酌み交わすエールが美味い。
踊ろう、歌おう、ついでに娘の一人や二人ひっかけけて。
嵐も無い海!
負け知らずの大冒険!
親しき者共達は皆生き生き、ムキムキの仲間だって頼もしい!
愛しい船の舵を、バッカニアが面舵いっぱい!
金銀財宝を持って帰りゃァ、争いのない島の皆々は幸せそうに笑っている。
これぞ順風満帆。
「……なんっつってなァ」
ああ、ああ。
なんて欠点だらけの夢だ!
こんなに酷い話は聴いたこともねえよ。
――ほどほどのスリルは海じゃねえ。
幸福だけの人生なんざ、漢じゃねえ。
海の底から声が聞こえる。
泡沫が弾けて、声と成る。
死んだアイツらのバカみてぇな声が、聞こえてくるものだから。
バッカニアは、また大きな声で笑った。
「ああ、そうだ、そうだなあ」
そうだ。
死んだ人間背負えもしねえで、旗なんざ掲げられねえんだ。
はた、と。
肩を竦めたバッカニアは、――眼を覚ます。
そう、ここは海ではない。
グリードオーシャンですらない。
ここは万毒の群生地、キノコに満ちた森の中。
「おぉいヴィーテ! 起きやがれ!!」
バッカニアは真横で寝っ転がっている、ガリヒョロボディのヴィーテを片手で掴んで揺らして。
もやしみたいにひょろひょろ揺れたヴィーテは、びくんと肩を跳ねて眼を見開いた。
「は……へ、ふぇっ!?」
キョトキョト周りを見渡した彼も、現状を理解した。
ノットムキムキ。
イエスヒョロガリ。
「は、あ、ああ……お、おはよう。……ありがとう、起こしてくれて」
そうしてバッカニアと視線を交わして、良いご挨拶。
夢より覚めて、その上で彼は思うのだ。
――ヴィーテの人生の絶頂は、おそらく今であろう、と。
見てご覧、このガリガリのヒョロヒョロの肉体を!
慣れない海賊生活、足りない体力。
それでも、それでもだ。
それこそヴィーテにとっての憧れで、夢なのだから。
――海賊としての生活こそ、最高であると彼は薄い胸板を張って言うことができるのだ!
だからこそ。
いつかは海賊船の乗組員にふさわしい逞しい海の男になりたい、というヴィーテの気持ちの結果が、先程の夢なのであろう。
あー。
「……現実って厳しいなぁ……」
ああ、でも。
せめて。
――この先代船長の背中くらいは、俺が、俺が守って……。
なんて、烏滸がましくてその言葉を紡ぐ事はできないけれど。
ヴィーテが細脚でなんとか立った事を確認すると、バッカニアは大きく笑った。
「そうだなあ、ヴィーテ。だがな、そんなあったけえ夢よりなぁ!! わしらの船に乗ってりゃあ、バカみてえに面白ぇ海がてめえをまってんぞ!!」
それは先代船長の、自らを海賊と認めてくれる力強い言葉。
かぶりを振ったヴィーテは、こっくり頷いて。
ああ、――背中を守るとは言い切れはしないけれど。
「――ヤー・ダゥ!」
元気よく返事したヴィーテは、勢いそのままゲホゲホと咳き込んだ。
「ぶわっはっはっはっ!! ヤー・ダゥ、ヤー・ダゥ! それじゃあお宝、持って帰っかぁ!」
そんな彼の背中をばあんと叩いたバッカニアは歌って歩み出す。
……先程潰したキノコの横に転がっていた、宝石トリュフを踏み潰して。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鳴宮・匡
【落滴の音】は速度を最重視
向けた銃口の先にある敵を片端から穿っていくよ
霞のような白の中ではきっと
大切な人たちが、周りにいて、笑っている
親友も、チームメイトも、友人たちも
約束を交わした、一等大切なひとも
――それが願いだと、知っている
大切な人たちの笑顔と、幸福だけを求めたはずで
だけど、本当は
その中に自分の姿があることを願っている
……叶いもしない夢か
確かに、そうかもしれない
痛みのない幸福を受け入れられるほど、自分は強くない
左腕を撃ち抜いて幻覚に抗う
だから、今はまだこれでいい
痛みがなければ生きられない、弱い自分でいい
ここから歩くんだから
いつか、自分を許せないままでも
“幸福”を求められるようになるまで
●幸福論
切り立った大地に満たされた緑。
その隙間を埋めるように満ちたキノコの胞子は蜂蜜竜達の身体を確実に蝕んでいるようで、ふかふかとした胞子に覆われた彼らから、うっすらと幾つものキノコが生えている事が確認できた。
鳴宮・匡(凪の海・f01612)は瞳を眇め、構えた銃口に地に伏せたままの竜の頭を確かに捉えて。
幾度と引き金を引いたその数だけ音を立てて、甘い夢に囚われたまま敵達の生命を骸の海へと還し沈ませて行く。
「ん」
視線を上げれば、ぷかりと膨れ上がった一帯を覆い尽くすほどの毒胞子の靄。
――自らが夢に囚われる前に、少しでも多く。
胞子に包まれるであろう事を理解していたからこそ、匡は確認できる敵全てを先に撃ち尽くしている。
……その為に胞子の霧が、此処まで濃くなったとも言えるのだけれど。
あまり意味の無い事だと知っていても服裾で口を覆った匡は、銃のグリップを強く握り。
そこに靄の奥から――、笑い声が聞こえた事に眉を寄せた。
顔を上げて眼を凝らすと、大切な人達が談笑をしているようであった。
そこには親友も、チームメイトも、友人達も。
約束を交わした、一等大切なひとも勢揃い。
皆一様に、幸せそうに笑っている。
少しだけ眦を和らげた匡は、細く息を吐いて。
――そして、更に奥に立っていた人物に気づいてしまった。
大切な人たちの幸福、笑顔。それだけを求めていた筈なのに。
――それなのに、それなのに。
その一番奥で、幸せそうに自分が笑っている匡自身の姿を見つけてしまった。
「……」
本当は知っていた事であった。
皆の幸福と笑顔の中に、自分の姿があることを願っている事くらい。
それは酷く幸せで、酷く甘い夢。
きっと叶う事の無い、心を満たす幸せで残酷な夢。
銃を掌の中で一度回した匡は、ただ瞳を閉じて。
「――『叶いもしない夢』か」
噛み潰すように、言葉を吐き出した。
嗚呼、嗚呼。
確かに、そうなのだろう。
それでも、それでも。
――痛みのない幸福を受け入れられるほど、匡は強くないのだから。
皆の笑う声が響く中、匡は自らの左腕に銃口を押し付けて引き金を引く。
響く鋭い音。
筋と肉の貫かれる痛みに唇の端を笑みの形に歪めた彼は、顔を上げた。
もう、笑い声は聞こえない。
笑う親友も、チームメイトも、友人達も、約束を交わした一等大切なひとも、見えはしない。
――勿論、笑う匡の姿だって。
「……今はまだこれでいいんだ」
痛みがなければ生きられない、弱い自分で。
――ここから歩き出すのだから。
いつか、いつか。
自分を許せないままでも。
自身の『幸福』を求められるようになるまでは。
……このままで。
大成功
🔵🔵🔵
エンティ・シェア
素敵な夢を見られると言うなら、いっそ胞子に吹き荒れてもらおうか
蜂蜜竜も、彼らの蜜蝋玉も、キノコも
華断で、纏めて処理を
浴びてやるとも。私に夢を見せておくれ
差し伸べられる手のひら
取ってもいないのに、抱えるように拾われて
共に見てきた幾つもの景色
君がくれた声
私にとっての幸せが、これ、か
あぁ……忘れるものか
認めるよ。君と共にいた私は、幸せだったとも
でもね
君は置いていったんだ。私を、捨てていったんだ
溺れてたまるか。私は君を許さない
鋒を自らに
目が覚めるまで何度でも突き立ててやるさ
膝をつくくらいで丁度いい
幸せを抉り出すには、それくらいでないと
いつか同じように君も捌いてやるとも
覚悟をおしよ
…覚悟を、しているとも
●告解
素敵な夢を見られるなんて、素敵だな、素敵だろう!
赤い髪を揺らして舞うようなステップを踏んだエンティ・シェア(欠片・f00526)は、橘の花弁を腕の動きに合わせて花嵐と化して。
「やあ、良い日和だね」
木陰から顔を出した、眠る蜂蜜竜にエンティはご挨拶。
そのまま花弁を刃と成して、吹き荒れさせた。
沢山沢山胞子を浴びせて、見せておくれよ良い夢を。
そのままぐっすり良い夢を見てお眠り、蜂蜜竜。
舞えや舞えや、吹き荒れろ。
胞子や胞子、私にも夢を見せておくれ。
視界がキノコより吐き出された毒胞子で、真っ白になるまでエンティは花弁を舞わせ――。
目の前に、掌が差し伸べられていた。
その掌に手を伸ばそうと考える前に、抱えるように拾われて。
嗚呼。
キミは声をくれたね。
嗚呼。
共に沢山の景色を見たね。
エンティはゆるゆると首を揺する、そうか。
そうだね。
――『私』にとっての幸せが、コレか。
認める、認めるよ。
君と共に居た私は、それは幸せだったとも。
忘れるものか、……忘れられるものか。
でもね、でもだ。
――君は置いていった。
私を、捨てていったんだ。
君は覚えているだろうか、覚えているものだろうか。
エンティは一息に、手にした鋒――ナイフを自らへと刺しこんだ。
その刃に刻まれたConfessioの文字が血を含んで、てらてらと鈍い色を照り返す。
夢から覚めろ。
もう一度刺す。
痛みに熱が伴う。
夢から覚めろ。
膝がかくん、と崩れて地へと座り込んでしまう。
――夢から、覚めた。
もう、あの景色は見えない。
君は見えない。
掌も見えない。
とくとくと鼓動に合わせて血を溢す傷口だけが、何よりも現実らしく感じるものだ。
このくらいで丁度良い。
幸せを抉り出すには、すこし足りないくらいさ。
そうして真っ直ぐに前を見据えたエンティは緑の瞳を細めると、かぶりを振った。
「いつか同じように、――君も捌いてやるさ」
ああ、覚悟をおしよ。――覚悟を、しているとも。
「……溺れて、たまるものか。……私は君を許しはしない」
握りしめたナイフ、赤黒く染まった刀身。
――その刃を向ける相手は己のみだと言うのに。
大成功
🔵🔵🔵
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
幸せな夢か
そうだな、そうなるだろうさ
「私のいない世界」
私がいなければ、私を産んで死んだ母は壮健で
双子の姉が病弱である必要もなく
父が姉に似た人形を作ることもなかったなら
故郷が燃えるきっかけもなかった
――私の友達と笑い合うのは姉さんだ
皆が友達だと思ってくれるのは「私」だって分かってる
だけど、今が一番、何よりしあわせだから
……「叶わない幸福」があるとしたら、これだけだ
私が姉さんの、故郷の連中の、幸福を食って生きることになんかならずに済んだ世界
――おいで、姉さん
そこで見ててくれ
おまえが故郷に火をつけて、自分も火を呑んだ日と同じように
……今度は私が、叶わないしあわせを燃やすから
ま、私はまだ、死ねないけど
●愛と希望に満ちた幸せな世界
木漏れ日の中に、ほこほこと並ぶキノコ達。
蜂蜜竜を燃した瞬間、膨れ上がった毒の胞子はニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)を飲み込んで。
その白い靄に似た胞子の奥に見えた光景に、肩を竦めた彼は思わず笑っていた。
ああ、そうか。
そうだなあ、そうなるだろうとは思っていた。
母が楽しげに家事をしている。
そうだなあ、私がいなければ私を産んで死ぬ事もなかったものな。
姉がニルズへッグの友達と笑い合っている。
そうだな、私がいなければ彼女が病弱である必要もなかった。
――だから、母の横で朗らかに笑っている父が姉に似た人形を作る事もなかったんだ。
故郷は燃えなかった、灰と瓦礫と成る事もなかった。
――灰燼色の呪いの忌み子は居なかった。
恨むな、憎むな、恐れるな、なんて歌われる事も無かった。
姉さんだって、こんなになる事は無かった。
――これはニルズへッグの『存在しなかった』世界だ。
他人を衒いなく友達だと呼ぶ事は、すこしだけ抵抗があった。
それでも『私』は、ちゃんと知っている。
皆が友達だと思ってくれている事くらい。
ニルズへッグにとって、今こそが一番幸せなのだ。
だからこそ、だからこそ。
酷く幸せで、酷く甘い夢。
きっと叶う事の無い心を満たす幸せで残酷な夢。
『叶わない幸福』は、これだけなんだろう。
『私』が姉さんの。
故郷の連中の――幸福を食って、生きることになんかならずに済んだ世界。
ああ。
なんて、なんて。
私がいない世界は、幸せそうなんだろうか。
ニルズへッグは誰より愛しい片割れのよりしろに指先を這わせて、その顔を一度俯けて。
「――おいで、姉さん」
それから灰燼色の髪を揺らして顔を上げた彼は、彼女の金糸に覆われた瞳に向けて眦を和らげた。
そこでそのまま、見ていておくれ。
おまえが故郷に火をつけて、自分も火を呑んだ日と同じように。
「……今度は私が、叶わないしあわせを燃やすから」
こう、と燃える地獄の焔。
自らに甘い夢を見せてくれる胞子を燃やし尽くすように。
自らが見る甘い夢を燃やし尽くすように。
ニルズへッグは炎を纏って――。
「ま。私はまだ、死ねないけどね」
なんて。
ちら、と姉を見やって付け足すニルズへッグ。
何も応えぬ姉の表情は見えないけれど、なんとなくその気持ちは理解できた気がしている。
――なんたっておまえは、私の片割れなのだからね。
大成功
🔵🔵🔵
佐那・千之助
毒を吸わぬよう離れて焼いて
向かい風は突然に
台所に嫁(幻覚)がいる
嫁?待て、そもこの想いを恋とは
でも明らかに嫁然としている…
童顔女顔で白いエプロンがとても似合う嫁…
今日は髪のリボンも白で可愛すぎるあまり3回卒倒した
まるで新妻のようなひと
でも時に遊女までも装ってみせる
どんなそなたも好きじゃが、いつまでも私の隣でずっと
花嫁のように、笑っていて――
おっと、笑顔の可愛さに気を失っていた
あ、膝枕…幸せ…もう今日が私の命日でいい…
え?置いて逝くな?
あれ、エプロンから無限の暗器が
冗談じゃて!逃げ―
られぬ!私の動きを熟知した最凶の嫁!
はっ!(ほぼ苗床化
握り締めていた破魔の根付が効いたか…
…エプロン買って帰ろかな
●エプロンとメガネと私
木漏れ日の下にみっちりと並んだキノコ達。
そこに伏せた蜂蜜竜たちへとひと思いに炎を走らせた佐那・千之助(火輪・f00454)は、陽光の髪を風に靡かせて。
「ふう、これで良いじゃろ」
やりとげスマイルで額の汗を拭った瞬間。
びゅう、と風が吹いた。
「……えっ?」
――それは風上に立っていた千之助へと吹き荒ぶ、突然の逆風。
「待て、待て待て……!」
膨れ上がった胞子は、彼を飲み込んで――。
とん、とん、とん、とん。
包丁がまな板を叩くリズミカルな音が響いている。
何かの焼ける美味しい香り、出汁きいた何かの美味しい香り。
「おや、起きましたか?」
それは長い黒髪を白いリボンで一つに纏めた、――愛おしい嫁(仮)の姿。
待て。
いや、えっと。
そもそもこの想いを私は恋とは。
あーっ、でもおかしいなー!
なんかすっごい嫁してるのー! あれが新妻じゃなきゃ、一体何が新妻だというのじゃろ??
もう嫁じゃろ。
え?嫁、嫁……嫁か……?
えっ、待て。
何?
童顔女顔で白いエプロンがとても似合う嫁?
あっ、駄目。
鼻血でてきた。
いや、可愛すぎる。
もう多分3回は気を失った気がするが。
そこで嫁が振り向いた事で、千之助の時間は完全に止まってしまった。
「今日は魚を炊いて見たのですが、……お口に合えば良いのですけれども」
え? 何? 可愛。
ああ、ああ。
勿論、おぬしが作るものを拒否する訳がなかろう。
あっ……笑って……。
――。
「……大丈夫ですか?」
――ああ、気づけば意識を失っていたようだ。
いやー、心配から安堵に移り変わる控えめな笑顔かわいい~~~。
そりゃ卒倒するのじゃ~~~。
その表情はまるで新妻のようで、時には遊女のように振る舞……、え?
これは、もしかして、膝枕であったか?
え……?
ああ……幸せ。
もう、今日が私の命日でいい……。らゔふぉーえばー……。
「ちょ、ちょっと待って下さい……!」
え? 置いて逝くな?
……そうじゃの。
私がそなたを置いて逝く訳はなかろう。
どんなそなたも好きじゃが、いつまでも私の隣でずっと
花嫁のように、笑っていて――。
あっ、待って。待て待て待て、待つのじゃ。
なんで?
なんでエプロンから暗器を……。
冗談、命日なんて冗談に決まって……。
うわっ、既に鋼糸が張られておる!
なんじゃ、私の動きを熟知した最凶の嫁が爆誕しとらんか!?!?!?
待って、ま……っ。
「はっ!」
びくん、と身体を跳ねた千之助は、自らをうっすら覆った胞子に生えたキノコを引っこ抜く。
「あ、危ない所じゃった……」
危機一髪。
破魔の根付を握っていた事で意識を取り戻せた千之助は、ふるふると首を揺すって。
「……エプロン、買って帰ろかな」
あんまり反省はしていなかった。
大成功
🔵🔵🔵
クロト・ラトキエ
UCで攻撃力高め
鋼糸を広く
より多く蜂蜜竜を断つ
夢を見る
何故
君はこんなモノの手を取ってくれた?
こんなモノの幸せを願う?
過去は抱えぬ独善
今のみを生きる傲岸
それが己
悔悟は無い
情も無い
夥しく積み上げた人の死も破滅も
其処に失くしたくない者が居た事にも
この身の技
思考、論理全て
唯一人を弑する為に拵えられたと
解って尚
…役目終わりの命
只続くから生きてゆくだけの命
それでも思う侭の生と信じた
他者を喰い物とし
幸せなど考える事も忘れて
倖いを灌がれる程
静かに
失くす怖さを識ってゆく
最上の幸せは
君が
何一つ負い目懐く事の無い生
何に苛まれる事無き日々
自らの幸せを望む、未来
代償ならば己が
それで
どうか君は…
けど
茸は蔓延り痛み
夢は遥か
●さそりの炎
キノコの立ち並ぶ大地を踏みしめて、張り巡らされた魔力を纏った鋼糸がぴんと伸びる。
クロト・ラトキエ(TTX・f00472)が指先を閉じるように引くと同時に、蜂蜜竜達が刈り取られ。
仮初の命は過去へと、骸の海へと沈んでゆく。
もうと立ち込めるのは、キノコの毒胞子。
鋼糸を引き絞ったクロトは――。
その奥に、陽光に似た色を見た。
空の移り変わりを宿した瞳が、クロトを見つめる。
いいや。
その瞳はクロトを見ているようで、見ていない。
朗らかに笑む彼は、未来を見て笑っているのだろう。
それで良い、とクロトは思う。
――君が何一つ。
負い目を懐く事の無い、世界。
常闇にも魔にも、人にも、何にも苛まれる事の無き日々。
君が君自身の幸せを望む未来こそが、何事にも変えがたき幸せなのだとクロトは考えている。
だからこそ、だからこそ。
彼の幸せそうに笑む姿に。
彼の瞳にクロトが映っていない事に、掌をきゅっと握りしめて。
想う、考える、自問する。
――何故。
何故君は、こんな手を取ってくれたのだろうか。
……どうして、こんなモノの幸せを願ってくれるのだろうか。
クロトは決して褒められた生き方をしてきたとは言えぬ。
生き残る事こそが勝利。
傭兵なんて褒められた生き方をしている者のほうが少ないだろうが、きっとその中でも生き汚く歩んできたものだ。
積み上げた、積み上げた。
夥しい人の死体、破滅。
――その中にクロトの失くしたくない者がいた事も、識っていた。
独善だろう、傲岸だろう。
しかしそこに悔悟も無く、ましてや情など在りやしなかった。
例え勝ったとしたって死んでしまえば、無意味なものだ。
――全て、過去は過去。
過去を抱えず今だけを渡り歩き、歩んできた。
抑々。
この考え方や論理は全て、ただ一人を弑する為だけに拵えられたのだ。
知っている、解っている。
役目を終えれば自らの命など、繋がっているから繋いでいるだけのものなのだ。
その繋がっている事こそが、生だと信じて。
――他者を喰らい、踏み躙り。
幸せなど考えた事も無かったのに、忘れていたのに。
クロトは掌をぎゅうと握りしめる。
どうして、君はこの手を取ったりしたのだ。
倖いを、幸せを、君を。
灌がれる程、想うほど。
静かに静かに積み上がって行く恐怖。
失くす恐ろしさ等、識らなかったと言うのに。
クロトは揺らぐ夢の奥に、自らの慾を知る。
君が自らの幸せを望む未来が訪れるのならば、己の身など。
それは酷く幸せで、酷く甘い夢。
君が幸せを望み、生きる未来。
ああ、なんて、なんて。
握りしめた掌は、痛い程。
クロトは、ふ、と顔を上げて――。
大成功
🔵🔵🔵
ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と
視界が回る感覚の後、見慣れた丘に移動すれば不思議そうに周囲を見回そう
それと同時にきっと瞳に映るはヒースの花が咲き誇る美しいその場所を駆け回るコーギーの様な子犬と黒猫、そして孵化させた小熊と子犬の様な精霊達
そしてその景色を眺める愛しい相手
じわと胸に満ちる幸福感と共に隣の宵の手を握らんと手を伸ばす…も
掴んだ筈の手が消え空を掴めば思わず宵を見つめてしまう
…ここは、何だ…?
ちりと首裏に走る違和感に【罪告げの黒霧】を周囲に放てばきっと目が覚めるのだろう
…宵。お前は大丈夫だったか…?
思わず夢の中掴めなかった手を確かめる様手を伸ばし繋がんと試みつつ
【罪告げの黒霧】にて敵を倒して行こうと思う
逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と
胞子を吸い込み意識が落ちて
気づいたらそこはいつもの宿のリビング
愛おしいかれとかわいい愛犬
愛猫と最近連れて帰った二匹の精霊たち
かれらがそろってリビングのソファでくつろいでいるのを見るのは
なんと幸せなことでしょうかと頬を緩めて
こちらに向けて手招きする愛おしいかれ
それではとお茶を運ぼうとするとむりやり座らされる
いつも僕の意思を尊重してくれるかれとは違う
その言動に違和感を持ってかれを突き飛ばしましょう
きみは誰だ、と
そこで夢が覚めたなら、伸ばされた手を掴みます
……ええ、戻って来れました
きみは大事ないですか?
周囲に残った敵に対しては【天撃アストロフィジックス】で攻撃しましょう
●夢の随に
――草木の香り、風の香り。
ザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)の目前で風を受けたヒースの花々が、まるで燃えているようにその身を震わせている。
ここは見慣れたいつもの丘だ。
小高い丘に面した花畑では洋服をしっかりと着込んだコーギーが仔犬の精霊と駆け回り、黒猫はその様子を見て大きなあくび。
仔熊の精霊が、駆ける犬達の後ろをのしのしと追いかけている。
そしてザッフィーロが横を見やれば、そう。いつもの愛しき彼。
逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)が居る。
――なんと掛け替えの無い、何でも無い日なのだろうか。
心に満ちる確かな暖かさに、唇に宿るは笑み。
「宵」
ザッフィーロはそっと宵の手を取って――。
取れない。
確かに掴んだ筈の掌。
しかしまるで、靄を掴もうとしたかのようにすり抜けた感触。
眉間を寄せ、眼を見開くザッフィーロ。
宵は、笑っている。
笑っている。
……背がぞ、と粟立つ感覚にザッフィーロは息を飲み。
「ここは、……何だ?」
違和感に大きく腕を振るえば、世界が千切れ――。
ソファに腰掛けたザッフィーロの膝の上で、黒猫が丸まっている。
そんな彼に寄り添う、夜闇色の毛並みに蒼瞳の仔犬と、柔らかな蒼銀の毛並みに宵色の瞳の仔熊――二匹の精霊達。ソファの足元では洋服をしっかりと着込んだコーギーが箱座り。
いつもの洋館、いつもの穏やかなリビングの様子。
穏やかで幸せな時間に、宵は唇に掌を寄せて頬を緩める。
こんなにも何でも無い日々が、こんなにも掛け替えがなく、幸せなのだから。
心に満ちる暖かさに小さく肩を竦めて。
「宵、お前もこちらで座ってはどうだ?」
なんて、ザッフィーロが手招きするものだから。
「それでは、その前にお茶だけ淹れて来ますね」
眦を和らげた宵はキッチンへと向かおうと踵を返して。
「……いいや、茶は良い」
その腕を、ザッフィーロが掴み。
――ソファへと無理やり惹き寄せられた宵は、自らを抱くザッフィーロと視線を交わす。
いつもの銀色。
しかし酷い違和感が付き纏う。
普段の彼ならば、宵の事をもっと尊重してくれる筈だ。
「宵?」
更に引き寄せようとするザッフィーロを突き飛ばし、立ち上がった宵は問う。
「君は、……誰ですか?」
「俺、は」
わわ、わ、わわわわわ。
音がひずみ、世界がたわみ。
世界が消えた。
――いつの間にか眠らされていたようであった。
「……ッ!」
キノコの立ち並ぶ森の中。
一番始めに視界に飛び込んできたのは、木漏れ日。
そして、次に――。
「宵、……宵!」
掌をきゅっと握りしめたザッフィーロが、身体を跳ね起こした宵の顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「……ええ、戻って来れたようです」
宵を案じる色の混ざったザッフィーロの声に、幾分冷静さを取り戻した宵はぼうと痛む頭を振り。
自らが何を成しに、そして何故此処に居るのかを思い出した。
そう。
蜂蜜竜を攻撃した途端、吹き出した胞子をまともに吸ってしまったのだ。
「きみこそ、大事はないですか?」
「ああ、大丈夫だ。……立てるか?」
ザッフィーロは夢の中で掴めなかった掌をぎゅっと握りしめたまま、宵にこっくりと頷いて。
「ええ、勿論」
「そうか。宵が大丈夫ならば、もう一仕事して行こうと思うのだが……」
そのまま立ち上がったザッフィーロは、宵が立ち上がるのを手伝うかのように掌を引いて。
――ああ、そうだ。
夢とは違って彼はこうやって、いつだって宵の考えを尊重しようとしてくれるのだ。
眦を和らげた宵は、唇に笑みを宿し。
「ええ、きみとならば何処へだって」
その手を宵はぎゅうっと握り返して、首を傾いだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
戀鈴・イト
【硝華】
しあわせなゆめ
僕を作ってくれた想一郎様と奥さんの心様
隣にはシアン
家族だって笑ってくれる
シアンと僕も2人みたいに夫婦なんだって
2人が抱き締めてくれて名前を呼んでくれる
シアンが手を繋いで愛してるって言ってくれる
僕とシアンを生んでくれた人達
逢いたかった、触れたかった、呼んで欲しかった
シアンと夫婦になりたかった
僕と同じ好きが欲しかった
覚めたくないと願う程甘美
でも、シアンはそんな目をしない
特別な、愛おしいものを見るような眼差しは貰えない
あくまで半身としてしか見てくれないからこそ
思い知らされる
現実ではないのだと
シアン…
その目を見て安堵と寂寥
おはよう、とても甘い夢だったよ
君も良い夢を見られたかい?
戀鈴・シアン
【硝華】
ずっと夢見ていた光景
人の姿の自分がいて
父がいて、母がいて
二人は俺の名を呼び、抱きしめてくれる
これは、現実だろうか
まだ俺が花瓶だった頃
俺達が肉体を、動く術を
強い意志を持っていなかった頃
硝子細工の俺達を造ってくれた父
花と花瓶を日々愛でてくれた母
彼らが結ばれてからこの世を去るまで
ずっと見守られ、ずっと見守っていた
会いたかった
目を見て、身体に触れて、話がしたかった
父だと、母だと慕いたかった
――けど、違う
世界が半分欠けている
ここにはイトがいない
何より大切な、俺の半身が
夢だろうと現実だろうと、そんな世界
何の価値も意味もない
目を、覚まさないと
……イト
泣きそうな程に安堵する
おはよう、いい夢は見られた?
●鴛
切り立った大地を包み込むように、緑とキノコに満ちた道。
木漏れ日を浴びた硝子がぴかぴかと煌めいて、敵達を貫き。
溢れた靄のような毒胞子が、二人を包み込む。
けぶたさに瞳を細めた戀鈴・シアン(硝子の想華・f25393)と戀鈴・イト(硝子の戀華・f25394)は、その奥に憧れを見た。
――シアンとイトの創造主。
硝子細工職人の想一郎、その奥さんの心。
彼女へとプロポーズするが為に、作られたシアンとイト。
シアンは硝子の花瓶で、硝子細工のスイートピーのイトはシアンの上に活けられている。
……筈であったのに。
「シアン」
想一郎がシアンの名前を呼ぶ。
心が笑って、大きく腕を開いて――。
「おいで」
掛けられた声に、思わずシアンは眼を見開く。
脚がある、手がある、指がある、身体がある。
ああ、そうだった。
二人は父と母で、シアンは人の子であった。
「うん!」
ぱたぱたと駆けてゆけば、夫婦は二人揃ってシアンを抱きしめてくれる。
これこそ現実。
これこそが幸せの形。
ずっと会いたかった。
視線を交わして、体に触れて、話がしたかった!
――可笑しいな。
俺はずっと、人の子であったはずなのに。
自らに活けられている花と花瓶である自分が、夫婦が結ばれてこの世を去るまでをずっと見守っていた記憶がある。
ずっと見守られていた記憶がある。
――可笑しいな。
世界が半分欠けているみたいだ。
ここには、花が無い。
抱きしめられてこんなに幸せなのに、頭が、心がつきんと痛んだ。
「シアン、大丈夫?」
シアンの様子に、母が心配したように声をかけてくれている。
――可笑しいな。
嬉しい筈なのに、なんだかあんまり嬉しく無い。
だって。
ここには、半身が無い。
ここには、イトがいない!
シアンが顔を上げると、彼を案ずるように夫婦が見ていた。
視線を交わして、体に触れて、話ができているのに。
――可笑しいな、足りないんだ。
「……イトがいない世界なんて、何の意味も無いじゃないか」
シアンがぽつりと呟いた、瞬間。
世界が歪んだ。
イトはずっとずっと、仲の睦まじい二人に憧れていた。
イトはずっとずっと、運命の赤い糸に結ばれた二人に焦がれていた。
「シアンもイトも、大切な家族だからね」
満面の笑みの想一郎が、ぎゅっとイトを抱きしめてくれている。
その横で、心がシアンを抱きしめている姿が見える。
「そう、二人共私達の大切な家族」
次は心がイトを抱きしめて、想一郎がシアンを抱きしめる番。
その事が本当に嬉しくて嬉しくて、イトはぎゅうっとその身体に頬を寄せる。
「想一郎、様……、心様……」
抱きしめてくれた、名前を呼んでくれている!
おかしいな、当たり前の事なのに。
全然当たり前じゃない気がするんだもの。
「イト」
心にイトが縋り付いていると、なんだか少しムっとしたシアンがイトの腕を掴んで引き寄せて。
「俺達も夫婦なんだから、俺もちゃんと抱きしめて」
なんて。
真っ直ぐにイトを見つめるシアンの透き通った蒼の視線の奥に、明らかなる恋慕の色が揺れている事に気がついたイトの胸はときりと高鳴った。
そうだ、そうだ。
僕はシアンと夫婦だった。
どうしてこんなに大切な事を忘れていたんだろう。
「……うん」
長い髪を揺らしてイトがシアンに抱きつくと、彼は幸せそうに笑って。
「……愛してるよ、イト」
指先を貝みたいに結んで手を繋いで、耳元に唇を寄せて囁かれる甘い甘い声。
それが本当に本当に心地よくて、何故だろうか。
イトは胸がいっぱいになって、泣いてしまいそうになる。
僕は二人の家族で、二人みたいに僕たちは夫婦で――。
――可笑しいな。
憧れた夫婦はもう、居ないはずなのに。
人の姿を得た僕たちを抱きしめてくれる訳も無いのに。
――可笑しいな。
シアンはそんな目をしないのに。
特別な愛おしいものを見るような、恋慕の色が混じった視線なんてイトには向けたりしない筈なのに。
――彼はイトの事を、半身としてしか見てくれていないのに。
「……イト」
はた、とイトが瞳を見開くと、シアンが自らを覗き込んでいた。
「……シアン」
真っ直ぐにイトを見つめるシアンの透き通った蒼の視線の奥には、恋慕の色なんて揺れていない。
「おはよう、……いい夢は見られた?」
「おはよう、とても甘い夢だったよ」
言葉を交わした硝子の二人は、立ち上がる。
全て、全て、夢であった事を思い知る。
「君も良い夢を見られたかい?」
小さく首を傾いで尋ねたイトに、シアンはこっくりと頷いて。
「うん。でも、……凄く怖かったな」
――イトが居ない世界なんて。
言葉にしない言葉にシアンはふる、と首を振って。
「行こう、イト」
「うん、シアン!」
甘い夢は置き去りに。
二人は前を見据えて、歩みだす。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
蘭・七結
常夜の冬はあけた
もういいよと、鬼は赦された
その首筋に牙を突き立てたあの日から
ずうと“あか”に魅せられている
嗚呼、“もしも”
その身に流るるあかを抜き切ってしまったなら
かつて過った言葉が木霊する
噎せ返るあまい香り
はじけ飛んだ彩は柘榴のように甘美で
染まる指さきに心がさわぐ
頬に触れたなら笑みが溢れて
なんて、あたたかいの
人のこころといのちがほしい
決して埋まることのない最期の頁
いのちのあかで、ひとつとなる
憧るあなたを愛している
彷徨うあなたを愛したい
解き放たれた衝動
『それでも、私をアイしてくれるの』
握る留針を振りかざし、
――ダメ、と
目がさめる
焼き付いた映像ごと毒を薙ぎ払う
渦巻くあかい慾
見ないふりは、できない
●あかい慾
あかいいとを紡いで、結いで。
蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)は牡丹一華を揺らして、キノコの上で眠る敵を薙ぎ払う。
瞬間、もうと立ち込める毒胞子。
眸を細めて受け入れた七結は、その場にかくんと座り込み。
時は進んだ。
常夜の冬は明け。
愛という花が咲いた、愛に春という名が与えられた。
――もういいよ、と、鬼は赦されたのだ。
それなのに、それなのに。
四畳一間のあの狭い部屋で、しろい首筋に触れて。
薄膜を穿った牙、とくとくと溢れ出でるあかを啜ったあの日。
それからずうと、ずうと。
この身は『あか』に魅せられたまま。
もしも、もしも。
彼の身に流れるあかを、そっくり抜き切ってしまったのならば。
からからに乾いた器を、あかで満たしてしまったのならば。
鼻を抜けて、身体を満たす噎せ返るほどにあまい香り。
柘榴のように甘美なあかいあかい彩に、指先がそまるものだから。
ときときと騒ぐ胸が、その掌を急かすよう。
頬を包み込んで、あかを見下ろす。
頬が緩む、眦が和らぐ、笑みが溢れる。
「……なんて、あたたかいの」
わたしは、人。
人のこころと、いのちがほしい。
――それは決して埋まることの無い、最後の頁。
乾いた器は潤んで、満たされ。
白に映える彩が、眩しいほどに愛おしい。
いのちのあかで、それはひとつとなる。
憧るあなたを愛している、彷徨うあなたを愛したい。
左のゆびさきに宿ったあなた。
ああ、足りないわ。
解き放たれた衝動は、底知れぬ渇慾を満たすまで留まる事は無い。
「ねえ、あなた」
留針を握って、七結はあかに染まる彼を見下ろし。
「それでも、私をアイしてくれるの」
振り上げた留針は鼓動を――。
「――ダメ」
目を見開いて肩を跳ねた七結は、鋭く息を吐いて。
胞子を吐くキノコに向かってあかいいとを振り放った。
キノコが貫き潰され、崩れ落ち。
それでもまぶたの裏側に焼き付いたように、目を瞑ればあのあかは未だ鮮明に残っている。
心に渦巻く、あかいあかい慾。
――……ああ。
見ないふりは、できないよう。
大成功
🔵🔵🔵
クラウン・メリー
ティル(f07995)と
ティルと一緒に見る夢は
幼い姿の俺とティルが一緒に遊んでいる夢
俺は小さい頃、友達も幼馴染もいなくて
だから少しだけ憧れていた
それは彼女も一緒らしく
ティル、今日もいーっぱいあそんだね!
明日は何して遊ぼっか
いつものように夕日を見ながら一緒に帰る
いつまでも続けば良いなって思う
拗ねた顔を見れば笑顔を向ける
えへへ、そうだ!木登りなんてどうかなっ!
木の実を取ったりするんだ!
でも、これは俺じゃない
本当の俺は道化師
みんなの笑顔が見たいんだ
俺だけが幸せになるなんてダメだよね
――起きなきゃ
ティル、起きて蜂さんを倒そう
でもこの夢が本当のことだったら良いなって思っちゃった
起きたら黒剣で蜂さんを斬る
ティル・レーヴェ
クラウン殿(f03642)と
妾の幼き頃は夜しか無い世界で
近しい歳の子はおろか
一人座る鳥籠の中が全て
其れすらも
最近やっと思い出せた過去なのだけれど
だから、憧れた
幼き妾を知り共に時を重ねた
幼馴染と言う存在に
あゝだから
心地よさには抗えなくて
今より濃い色宿した髪に
深紫の瞳した幼き妾が笑う
もう帰るの?
まだ遊び足りないのに
少し拗ねて見せながら
彼の提案には手を鳴らし
わぁ!今日見つけたあの木ね?
じゃあ、どっちが沢山取れるか競争!
そう告げたのにクラウンは思案顔
どうしたの?
――起きる?
そう、これは夢
名残惜しさ押し込んで
そうじゃな
今の妾を皆との時間を
失う訳にはいかぬな
纏う衣と光で毒を癒し
さあ、共に大事な日々を護ろう
●かえりみち
茜色に染まった空は、二人の影を長く長く引き伸ばして。
白い翼を揺らした幼いクラウン・メリー(愉快なピエロ・f03642)は、はにかみ笑い。
「今日もいーっぱいあそんだね!」
藤色の瞳を夕焼け空に瞬かせて。
現在の姿よりも濃い色を宿した髪を揺らした幼い姿のティル・レーヴェ(福音の蕾・f07995)は、無邪気に笑って頷いた。
「うん!」
それはいつもの夕方。
それはいつものように、二人で並んで歩く帰り道。
いつもの日常。
いつもの二人。
なんたって二人は幼馴染なのだから。
「ねえ、明日は何して遊ぼっか?」
落ちている石の上だけを選んで、ぴょんぴょん跳ね踏みながら進むクラウンはティルに尋ね。
その言葉にティルが、むむっと眉を寄せた。
「えー、今日はもう帰るの?」
まだ遊び足りないのに、なんて。
ティルが頬を膨らせるものだから、クラウンはその様子が少しおかしくてくすくすと笑い。
「うーんと、それじゃさ。まだ遊びたりないなら、木の実を食べない? 木登りしよう!」
「わあ、今日見つけたあの木ね?」
ぽん、と手を合わせて、クラウンの提案にティルはぴかぴか笑顔で応じ。
「それじゃあ、どっちが沢山とれるか競争しよ!」
「うんうん、いいねえ! なら、あの木までもかけっこで勝負もしよー!」
「えー、クラウンのほうがいつも早いのに、……うーん、でもいいよ」
翼を畳んで、開いて。
ティルは今日は負けないよ、なんて拳をきゅっと握りしめている。
「えへへ、やったー!」
そんな何でも無いやり取りがとても楽しくて、とても心地よくて。
――クラウンはなんだか、不思議な気持ちになってしまう。
おかしいなあ、俺はこんなに幸せで良かったっけ?
クラウンは自らの掌を見下ろし、その小さな指先にまばたきを二度重ねて。
「……クラウン、どうしたの?」
「うん、と……」
不思議そうに尋ねるティルに、違和感の理由が説明できなくてクラウンは口籠る。
変だな。
……こんなに小さな時に、俺には友達なんて、いたっけ?
『災いの子』の、俺に?
「……ああ、そうだ」
クラウンは夕陽を見上げてから、ティルに向き直って。
幼い顔にそぐわぬ、酷く大人じみた色をした瞳を向けた。
「――起きなきゃ」
「――起きる?」
「そう。起きなきゃ、ダメだよ」
「……」
クラウンの言葉に、ティルは眉を寄せる。
ああ、そうだった。
そこで――最近やっと、思い出せた事を思い出す。
このように幼き頃に、ティルは夕陽なんて見た事も無かった。
識っているのは、常夜。
鳥籠の中だけが、ティルの世界であった。
「ああ、……そうじゃな」
「起きなきゃね」
クラウンは頷く。
――本当のクラウンは道化師なのだから。
皆を笑顔にするクラウンが、一人で幸せになるなんてダメに決まっているだろう。
「――今の妾と皆の時間を、失う訳にはいかぬものな」
夕陽が溶けて、歪んで、たわんで。
そうしてふたりは、目を覚まし――。
花々の咲き誇る聖衣に身を包んだティルは、光を纏って。
毒の胞子に冒された、クラウンと自らの身体を癒やす。
「さあ、共に大事な日々を護ると致そうか!」
「うん、任せて!」
ティルの加護によって、体の調子は絶好調。
クラウンは黒い刃を手に、勢いよく地を蹴った。
――でも、少しだけ。少しだけ。
この夢が本当のことだったら良いなあ、なんて思っちゃったのは内緒だよ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
シキ・ジルモント
まずは目の前の敵を倒す
無抵抗の相手だが放置はできない
…胞子の中に見えるのは、忘れるはずもない一人の少年
もう居ない筈の親友が立っている
“置いて行ったりしないよな、シキ”
そう話す声まで聞こえてくる
“一緒に旅に出るって言っただろ?”
共に暮らした貧民街から一緒に出ようと、確かに約束していた
しかし約束は果たせずあいつを失って、一人きりであの場所を飛び出した
昔のままの声に聞き入って、自然と頷く
ああ、そうだな。もう置いて行ったりは…
親友に手を伸ばしかけて、握った銃に気が付く
何度も共に仕事を切り抜けた銃を見て、ここに来た理由を思い出してしまう
これは夢で、あいつはもう居ない
何度も自分に言い聞かせてその場を離れる
●親友
木漏れ日の中で、伏せる蜂蜜竜達。
大小様々なキノコが立ち並ぶ中で眠る彼らは一見可愛らしくもみえるが、彼らは過去より滲み出した存在――オブリビオンである。
ましてやその腹の中にたっぷりと毒の胞子を蓄えた彼らを放置する訳には行かない。
銃口を蜂蜜竜へと突きつけたシキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)は正確にその頭を貫いて、爆ぜる胞子に瞳を細めた。
もうもうと立ち込める白い毒胞子。
その奥に、――シキは酷く懐かしい姿を見た。
「なあ、シキはおれを置いていったりしないよな?」
懐かしい声。
それは少年の姿をしている。
――もう随分と前に居なくなった筈の、親友。
気がつけば、シキも彼と同じ背頃合いの少年の姿に成っていた。
二人並んで歩む道は、シキの暮らしていた街。
決して裕福な者達は住まわぬ、荒れた貧民街。
「シキと一緒に旅に出る約束、楽しみにしてんだぜ」
貧しい生活の中に在って、楽しげに笑う彼の瞳には純粋な光が宿っている。
「勿論、約束したものな」
その瞳の色を見やったシキはこっくり頷いて、親友の手を取ろうと腕を伸ばした。
「『もう』置いて行ったりは、……」
そうして自らの口から零れた『もう』と言う言葉に酷く違和感を覚えて、口籠ってしまう。
伸ばした手の先には、気がつけば銃が握られていた。
――使い古された、しかし丁寧に手入れの成されたそれは。
何度も何度も仕事を共に切り抜けてきた、相棒たる得物だ。
思い出した。思い出す。
――ここは貧民街なんかでは無く、毒キノコが犇めく万毒の群生地。
酷く幸せで、酷く甘い夢。
心を満たす幸せで残酷な夢。
ああ、これは、――夢だ。
銃を握りしめて、シキはかぶりを振る。
そうだった、そうなのだ。
あいつはもう、居ないのだから。
銃を握る掌は、大きな掌、節ばった関節。
もうあの細く小さな指ではない。
――そしてあいつはもう、居ない。
そこに過去を、置き去りにして。
細く息を吐いたシキは、歩みだす。
大成功
🔵🔵🔵
橙樹・千織
夢に見るのは前の世の故郷
そして
幸せそうに笑う、あの子
長く伸びた銀に紅いメッシュの入った髪を少し照れながら弄っていて
そんな彼女と他愛ない話をして
気づいたら彼女の傍には小さな紅いドラゴンと
彼女を愛おしそうに見つめる誰かがいて
そんな暖かな日々が続くような
あぁ
これが現実ならばどれ程良かったことか
けれどこれは夢
途中で途切れてしまった
過去の夢
燃え盛る過去の故郷と
あの子の表情
そこで息絶えた私が
その先を
知っている筈が無いのだから
…甘い夢をありがとう
そうであって欲しいと望んでいる夢を見て
頬を伝うのは何か
…さようなら
貴方達も良い夢を
UCで胞子ごと焼いてしまいましょう
ねぇ、貴女はあの後
私の分まで幸せに生きてくれた?
●まえの私
椿が舞う。
炎が溶けるように、眠る竜達を焼き尽くす。
白煙に混じって撒き起こる毒の胞子の霧。
その中に立つ橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)は、夢を見ていた。
長く伸びた銀糸に一房の紅の混ざった髪を一つに纏め、ぴんと伸びた獣の耳を揺らして彼女が笑っているものだから。
ここは、前の世の故郷だ、と、千織は思う。
いいや、……今は、今だ。
今日も、昨日も、明日も。
連綿と連なるいつもの日常だった、はずだ。
彼女が笑いながら大きなバスケットを取り出して。尾をゆらゆらと揺らしながら、千織へと首を傾ぐ。
「ふふ、それでですね。とっても美味しいお菓子の用意があるのですが、……ここらでおやつタイムなんていかがでしょう?」
「あらあら、良いですねぇ」
ほわりと笑った千織が彼女に応じると、小さな赤い竜もぴょんと跳ねて。
いつものように、他愛のない話を重ねながら。
お茶とお菓子の用意をする彼女を、愛おしそうに見守る空色の瞳。
今日も、昨日も、明日も。
そんな優しくて、暖かな毎日が続いていく。
なんて。
――それは、酷く幸せで、酷く甘い夢。
叶う事の無い、心を満たす幸せで残酷な夢。
きゅっと息を飲んだ千織の脳裏には、『本当』が過ぎってしまう。
燃え盛る故郷。
息絶えた千織を見る、あの子の顔。
――……どうして、どうして。
そこで息絶えた千織が、彼女の続きを知る事が出来ると言うのだろうか。
千織は何度と無く祈った。
自らがいなくなった後に、彼女に大切な人ができて、心から笑えている事を。
幸せになってくれる事を。
――しかし、その答えは千織には無い。
ああ、ああ、ああ。
そこで千織では無い千織は、終わってしまったのだから。
祈る事しか、出来ぬのだ。
「…………ッ!」
はたと意識を取り戻した千織は、頭を振って。
頬に熱いものが伝っている事に気がつくと、ぐい、と袖で拭ってしまう。
細く細く息を吐いてから、真っ直ぐに前を見据えて。
腕を大きく伸ばして、言葉を紡ぐ。
「甘い夢をありがとう」
こんなに優しくて、甘くて、残酷な毒は全て燃やしてしまおう。
そのまま大きくが腕を振るうと、生まれた椿は炎を侍らせ咲き狂う。
――ねぇ。
貴女はあの後、私の分まで幸せに生きてくれた?
「……さようなら、貴方達も良い夢を」
大成功
🔵🔵🔵
九之矢・透
【WIZ】
うぇ、蝋人形にされるなんてゾッとしないな
炎の竜巻を喚び、溶かしながら焼き払う
動けない所を狙うのはちょっと申し訳ない気もするけど、ゴメンな
胞子が視界を遮った瞬間
其処は底抜けの青空
ただ一羽の鳥になって飛んでいる
このデッカイ空を今は独り占め
ああ幸せだ!
何処へ行ったって自由で
力一杯羽ばたいて
――翼が、軽すぎる
もっとこの身は重くて、あたたかくて、
手放せないモンを抱えてたハズだ
大事な「家族」を
啼けば鳥とは似つかない無様な声
跪けば其処は地の上で
もう片方の手に爪を立てれば風切羽なんて無い
アタシは、ヒトだ
もう一度炎の竜巻で胞子を空に巻き上げる
一人で飛んだってやっぱり物足りない
アイツらが一緒じゃないとな
●ひとりぼっちの風切羽
木漏れ日の落ちるキノコの森の中。
九之矢・透(赤鼠・f02203)はキャスケット帽の鍔をきゅっと引いて、伏せて眠る蜂蜜竜たちの姿に緑色の瞳を細めた。
「ゴメンな」
動けない彼らを倒す事は、少しだけ申し訳無い気持ちもある。
しかし彼らはオブリビオン。
もともと人に対して害為す者たち。
ましてや今はその肚にたっぷりと毒をはらんで、ばらまく可能性すら持っている。
透の指先が空をなぞると、その動きに合わせて火花が散った。
風が渦巻き、炎が爆ぜ燃え上る。
炎の竜巻が竜達を飲み込んだかと思えば、次の瞬間。
透は真っ白な霧に飲み込まれていた。
それはきのこの吐き出した、毒胞子の霧。
けぶたさに瞳を眇め服の裾で口元を覆うと――、浮遊感が透の身体を飲み込んだ。
風を飲み込んで、風をきって。
雲ひとつ無い青空の中を鳥が飛んでいる。
心地が良い。
この抜けるような青い空を、透は鳥になって翔け抜けているのだ。
暖かな太陽も、白い雲も。
大きな空を全部独り占めて、このまま何処までも翔んでいけるようにすら感じる。
身体が軽い。
翼で風を掻いて、ぐんと浮遊する。
気持ちがいいな、幸せだな。
アタシは何処にだって行ける、――自由なんだ!
でも、ああ。
どうしてだろう、こんなに、こんなに、身体が軽い。
――翼が、軽すぎる。
翼を大きく張って空を滑りながら、透は違和感に瞳を細める。
この身はこんなに軽かっただろうか。
――もっともっと、重くて、暖かくて、手放せないモノを抱えていなかっただろうか。
そう。
大事な、大事な、アイツら。
この翼じゃあ『家族』を、抱えられないじゃないか。
喉がひきつる。
漏れた音は、鳥の鳴き声なんかじゃ無い。
無様な音を零して跪けば、膝の下には地があった。
翼に視線をおとす。
――指だ、掌だ、見慣れた白い小さな掌。
「ああ、そうだったな」
アタシは、鳥じゃない。
アタシは、ヒトだ。
腕を大きく薙げば動きに合わせて、炎が胞子を飲み込み燃え上る。
透は瞳を一度閉じて、皆の顔を思い返す。
大切な、大切な『家族』たちの姿。
あの街には一人として、透と血の繋がった『家族』は居ない。
それでも、それでも。
透にとっては皆は、掛け替えの無い『家族』なのだ。
やっぱり、アイツらが一緒じゃないと。
どれだけ大空を自由に飛べたとしたって――。
「……一人じゃ物足りないもんな」
大成功
🔵🔵🔵
サン・ダイヤモンド
【森】UC:破魔の祈り宿した麗かな光で竜を眠らせて
夢の中で僕は
記憶を失う前の僕じゃない『僕』を眺めていた
『僕』が見詰める先には≪神格の男≫
『僕』は男の名を讃え愛を歌っている
『我が主よ、私の全ては御身のもの』
気難しそうな男が満足気に微笑んで
跪いた『僕』を撫で寵愛を施して
『愛しています』
『僕』は幸せそうだけど
帰らなきゃ、ブラッドが待ってる
『…主よ、私を御身の傍に』
でもこれは夢だよ
『煩い黙れ…!』
…一緒に探そ?
、本当のあの人を
ねえ、帰ろう
泣いている君(僕)を抱き締めて
目を開けると
綺麗な花色の瞳が心配そうに僕を覗き込んでいた
だから、大丈夫だよって笑ったの
「ただいま」
僕の瞳から零れた涙も一緒に抱き締めて
ブラッド・ブラック
【森】咄嗟にサンを庇うも毒には抗えず
白い翼の美しい女の背
視えた瞬間に躰が強張って
『ルーク?』
懐かしい声が忘却の縁にあった俺本来の名を呼んだ
「どうか振り返らないで下さい」
融合を解き醜い姿を曝け出す
UDCアースに流れ着き迫害を恐れ路地裏に潜んでいた十五の俺を気に掛けてくれた優しい女性
俺は彼女を害した者の姿を借りねば人型にもなれぬ
『やっぱりあなたは恥ずかしがり屋なのね
元気にしてた?』
俺が猟兵になったと知ると彼女の声が弾んだ
俺に色々な話を聞かせてくれた彼女は物語が好きだった
彼女への思慕と罪悪感が募るが
「行かなければ」
サンの許へ
『広い世界を見て
いつかまた話を聞かせて頂戴
私の分まで』
彼女が微笑んだ気がした
●毒薬変じて
この世界は二人にとって、馴染み深く大切な世界である。
眠る蜂蜜竜たちへと、サン・ダイヤモンド(apostata・f01974)は祈るよう。
例え彼らがオブリビオンであったとしても、静かに骸の海で眠る事が出来るように。
破魔を籠めた麗らかな光で彼らを甘く苦しい夢から醒まして、本当に優しい眠りを与えてやる。
そこへ飛び込んできたのは、黒い姿。
「……サン!」
ああ、駄目だ、そこはいけない。
その場所は、近すぎる。
光を侍らせるサンへとバネのように身体を跳ねさせて、ブラッド・ブラック(LUKE・f01805)が彼を引き寄せるが。
……もう遅い。
まばゆい光に飲まれた蜂蜜竜より膨れ上がった、毒の白は二人を飲み込んで――。
ブラッドは酷く懐かしい気配に、花彩の瞳を瞬かせた。
「……ルーク?」
――黒い大きな身体が跳ねて、ありもしない心臓が弾けてしまうかと思った。
白い翼を持つ、美しい女の背。
言葉を紡ぐことすら難しい程引きつる身体、きゅっと全身が竦むよう。
それはブラッドの本当の名前。忘却の縁へと追いやられた、本来の名前だ。
「――どうか、振り返らないで下さい」
身体を震わせて。
なんとか言葉を絞り出したブラッドは、とろりとその身体を蕩かせる。
彼女を穿った『蒼炎の鎧竜鬼』との融合を解き、本来のタールとしての姿を曝け出し。
……未だにブラッドは、彼女の命を奪った者の姿を借りなければ、人の姿を保つ事すら出来ない身。そんな姿で彼女と再び言葉を交わす事は、『違う』ように思えたのだ。
「……まあ、ルーク。あなた、まだ恥ずかしがり屋さんなのね。」
くすくすと笑う気配。
ああ、ああ。
神隠しに在った先。
あの路地裏で『怪物』として隠れていた俺を、彼女はあれほど気に掛けてくれたというのに。
語らった言葉は薄れることはあれど、忘れはしない。
綴られた物語の話、あの世界の話。
……俺があの日、期待なんてしなければ。
「ねえ、ルーク。あなた、最近はどうしていたの? 元気だったかしら」
「……ああ、今は猟兵をしている」
「まあ! すごいわね。あなたが猟兵だなんて、……なんだかちょっぴり誇らしく感じちゃうわ」
美しき翼を畳んで、開いて。
彼女は律儀に振り向く事無く、嬉しそうに声音を弾ませている。
それはまるで、あの路地裏で語らう日々をなぞっているようで。
肚の奥がぽかぽかと暖かくなってしまう。
……彼女はもう何処を探したって居やしないのに。
彼女は、彼女の事は、……俺が。
過るは思慕、交じるは罪悪感。
ブラッドは不定形の自らの身体を小さく震わせて。
「……もう、行かねばならぬのだ」
サンの下へと帰らなければ行けないと強く感じ、後ろを振り向いた。
「あら、……そう? ふふ、良いわよ。許してあげる」
言葉を紡ぐ彼女の表情は見えない。
彼女が振り向いて居たとしたって、いまのブラッドには見えはしない。
それでも、それでも。
彼女は振り向いていないのだろうとブラッドには思える。
「でも、ね。ルーク。一つだけ、お願いがあるのよ」
ゆっくりと離れようとしていたブラッドは、彼女の言葉にぴたりと動きを止めて。
「何だ?」
「そうね。広い世界を見てきたら、いつかまた話を聞かせて頂戴! あなたの感じたこと、あなたの識ったこと、あなたの気持ち、ぜんぶ、ぜんぶ話して貰うわ。きれいなもの、すてきなもの、それにイヤだったことも全部よ?」
その言葉があまりに甘やかで、優しいものだから。
ブラッドは彼女が微笑んでいると、思った。
「私の分まで、……お願いね」
「……解った」
ブラッドは前を見据え、相を打つ。
その奥にはぴかぴかとまたたく、白が見えた。
厳かに響き渡る、透き通った歌声。
唇に歌を乗せて旋律を紡ぐその者は、サンであった。
――否、これはサンであってサンでは無い。
そこに居てそこに居ないサンは、その彼を『自分』だと思った。
――記憶を失う前の、僕じゃない、『僕』。
サンはぷかぷかと空気のようにたゆたいながら、『僕』の視線の先に視線を合わせる。
そこには泰然と腰掛ける『神格の男』。
『僕』の歌は、彼の為に。
『僕』は崇高たる彼の名を讃え、愛を歌っている。
「……我が主よ、私の全ては御身のもの」
跪く『僕』へ、彼は峻厳な顔つきの唇に笑みを宿して。
伸ばした掌で柔らかに『僕』の頬を撫でると、『僕』は本当に幸せそうに身を震わせた。
「ああ、我が主、話が主……。愛しています、愛しております」
甘やかな『僕』の声。
真っ白に輝く六つの翼。
ああ、なんて幸せそうな『僕』。
……でも。
駄目だよ。
僕はここに居る訳にはいけないんだ。
だって、ここには、……ブラッドが居ない。
「我が主よ。私を御身の傍に置くことをお許し頂けますか?」
『僕』が男に縋っている。
……駄目だよ、僕は帰る。
だって、これは夢なんだから。
「……うるさい、うるさい、うるさい。黙れ……!」
ねえ、『僕』。
本当は、解っているよね。
「黙れと言っているだろう!」
……。
「主の傍に居る事も出来ぬこの身に、意味なんて、意味なんて、意味なんて」
なんで、なんで、なんで。
どうして、どうして、どうして。
何故、何故、私ではいけないのですか。
何故、愛してくださらないのですか。
何故。
――ねえ。
違うよ、『僕』。
……一緒に探そうよ。
本当の、あの人を。
サンは『僕』へと腕を伸ばす。
ほろほろと『僕』が溢す涙ごと、全部抱き寄せて、抱きしめて。
「ねえ、……帰ろうよ」
はた、とサンが瞳を開くと、見下ろす花彩の視線とぱちりと瞳があった。
心配そうに揺れるその色に、サンは柔く花笑んで。
「ただいま、ブラッド」
ねえ、僕は大丈夫だよ。
「おかえり、サン」
いつもの彼の穏やかな声。
そして白は両腕を広げて、黒へと抱きついた。
ぎゅうと、ぎゅうと、離さないと、離さないでと。
零れた涙も、暖かな気持ちも、ぜんぶ、ぜんぶ、抱きしめて。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
月舘・夜彦
【華禱】
幸せならば、そのまま終わりを
早業の抜刀術『陣風』によるなぎ払いにて一掃
片付けた後、夢の中へ
――また、後で
瞼を閉じて
名を呼ばれる声に気付いて瞼を開く
見えるは桜
そして、周りには家族
皆で楽しむ花見の時
景色は変わり、夏
青々とした木々に囲まれ、川のせせらぎを聞きながらの釣り
次は秋
採れた作物を皆で調理し、月を眺めて食を楽しむ
ススキ畑を照らす月は美しい
そして冬
暖かくした家で寄り添って過ごす時
子供達はきっと雪を楽しんでいるのだろう
そして、また、その次と繰り返される
ただ共に過ごせればいい
子供達が巣立っても……彼さえ居れば私は
叶わずとも、夢くらいは
そして夢は醒めるもの
ただいまと、言える相手が居るのですから
篝・倫太郎
【華禱】
敵が苗床として移動しちまう前に
ハッピーなまま還って貰おうぜ
拘束術使用
さくっと拘束して倒したら、暫くは夢の国
そこでもあんたと一緒だったらいい
あぁ、これは……
夜彦と同じ寿命で、同じ命の長さで、同じ有り様で
そうして生き続ける、夢――
確かに、『寿命差による死』という離別がないのは
酷く幸せで、酷く甘い
俺が名を呼ぶ
それに夜彦が応える
些細な事で笑い合って
その幸福を分け合って
何時だって、隣に夜彦がいる
子供達が大人になって俺達の許から巣立っても
変わらずに
あぁ、でも知ってる
この甘い甘い夢は、違う
こんなに甘くて都合のいい夢は、違う
俺と夜彦が生きるのは
子供達が、家族が待ってる世界だから
ただいま
それと、おかえり
●おかえりなさい
吹き抜ける風は毒を纏い、木の葉の間を縫って陽の光が差し込んでいる。
キノコひしめく森の中でキノコの上に伏せる蜂蜜竜たちは、まるで昼寝をしているようにも見えた。
――幸せな夢に溺れたまま、躯の海へ還ると良い。
「夜彦、頼んだぜ」
見えぬ鎖を放った篝・倫太郎(災禍狩り・f07291)が鎖を引き絞り。
「はい」
そこへ力強く踏み込み、腰を落として構えた月舘・夜彦(宵待ノ簪・f01521)は、銀色の弧を描き。疾き刃は一息に竜達を薙ぎ払う。
瞬間。
一瞬で視認できるほどに膨れ上がった毒の胞子が、白くふたりを飲み込んで。
「――それではまた、後で」
瞳を閉じた夜彦は、その唇に笑みを宿して挨拶ひとつ。
「おう、また後で」
軽い調子で倫太郎も相槌を打った。
落ちる、落ちるは甘い夢。
それはひどく幸せで、ひどく甘い、叶うこと無き残酷な幸せの夢。
「夜彦」
自らを呼ぶ耳慣れた声。
夜彦が瞳を開くと、萌葱色の彼は楽しげに笑っていた。
「な、綺麗だよなー」
促されるがままに夜彦は、彼の示す景色を望む。
橙色の髪の少女と、黒髪の少年――駆け回る子どもたちへと降り注ぐ薄紅色の花弁。
息を呑むほど美しい満開の桜の樹が、視界いっぱいに立ち並んでいる。
視線を落とせば広げられた弁当。
「花より団子とは言うけどさ、俺はどっちも楽しみたいな」
そこから倫太郎がおにぎりを拾い上げると、ぱくりと頬張って悪戯げに笑い。
「ええ、そうですねえ」
夜彦が頷けば、見る間に空の色が移り変わり始めていた。
抜けるような青に染まる空。
大きな入道雲が、綿あめのようにふかふかと広がってゆく。
蝉の鳴き声、川のせせらぎ。
周りを見渡せば、木々の合間に朝顔の花が鮮やかに咲いていた。
川のほとりで二人並んで、釣り竿を握って太公望。
ぷかぷかと浮きが水面を浮き沈み。
「おっ、掛かったな!」
そのかすかな感覚に倫太郎が勝ち気に笑むと、釣り竿を引いて――。
次の瞬間には、すすきが揺れる畑にふたりは立っていた。
今にもこぼれ落ちて来そうな星空。
皆で作ったご飯は、お弁当に。
竜胆の花を一輪手にした倫太郎は、月見団子を手にまあるい月を見上げる子どもたちを慈しむ様に見やって。
「なあ、夜彦」
夜彦に声を掛ける頃には、竜胆の花は手のひらの中で黄色い小さな蝋で作られたような花が鈴なる枝と成っていた。
冬の花、蝋梅。
窓の外を見やれば、ぼた雪がまだ空よりこぼれ落ち続けている。
温かい部屋の中、くつくつと煮える鍋。
ああ、そういえば子どもたちはかまくらを作るなんて雪の中に飛び出していったのだったっけ。
肩を小さく竦めてから、倫太郎は言葉を次ぐ。
「俺はさ、あんたと一緒に居て、本当に幸せを沢山見つけたよ」
「……私もですよ」
ふ、と夜彦も、笑って頷いて。
――いくつもの季節が流れるように移り変わる。
いくつもの年を超えて、子どもたちも大人になって。
二人の元を巣立っていった。
それでも変わらず夜彦の横には倫太郎が居る。
ずっと、ずっと――変わらぬ姿で。
「倫太郎殿」
夜彦は手を伸ばす。
それは夜彦と同じ時間を、倫太郎が歩むことを許された世界。
美味しいものを食べて。
きれいなものを見て。
心を交わして、情を交わして。
世界なんかも少しばかり救って――一緒に笑い合う。
何時だって隣にあなたが、いる。
それは、甘い甘い臓腑を溶かすほどに愛おしい夢。
「……ああ。そうだなあ」
倫太郎は、かぶりを振る。
本当は気づいていた。
本当は知っていた。
こんな甘いだけで都合のいい、ご都合展開。
とても心地が良い、とても穏やかだ。
でも、この世界は、この世界は……この夢は。
倫太郎が夜彦と歩むと決めた世界とは違う世界だ。
その世界では、倫太郎は夜彦と同じ時間を歩み続ける事はできないだろう。
その世界では、倫太郎は夜彦を置いて逝く事もあるだろう。
それでも、それでも。
この夢は、――ふたりの選んだ世界では無い。
「……ん」
毒に冒されながらも、なんとか目覚めた体はどこか重苦しい。
「……おかえりなさい」
「ウン、ただいま」
なんとか体を伸ばして横を見やれば、同じように寝転んだままの姿の彼。
「それと、おかえり」
「はい、ただいまです」
言葉と視線を交わした二人は、地へと寝転んだまま笑い合う。
甘い夢は、もうおしまい。
――ふたりの生きる世界の時間の流れが、どれほど残酷であろうとも。
この世界こそが、家族で歩むと決めた世界なのだから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
クーナ・セラフィン
やだなー。何となく予想つく辺りもうね。
しあわせに抗うのは難しい、でも超えなきゃならない。
そういうものだしね。
蜂蜜竜は容赦なくサクッと。
UCの炎の魔力で直撃避けたいなー…あ、駄目かなこれ。
…やっぱり。
聖女ドロシー、騎士クーナ、そして――仲間達。
悪徳領主を打ち倒し革命を成し遂げた直後で皆が揃ってた、未来に希望を持っていた時の夢。
そのまま続いたならきっとしあわせな日々があったんだろう。
けれどそうはならなかった。
私の人を見る目が曇ったから、人の心が分からなかったから。
致命的にすれ違ってあの娘は…よそう。
分かってるからこそ足は止められない。
オーラと風の符で胞子を弾き飛ばし戦いに戻ろう。
※アドリブ等お任せ
●かつての
――幸せに抗う事は難しいものだ。
真一文字に構えた剣に、炎の魔力を宿して。
軽い踏み込みからクーナ・セラフィン(雪華の騎士猫・f10280)は、眠る蜂蜜竜達へと向かって刃を振り払う。
毒にやられた際にきっと見るであろう『幸せ』について。
心当たりがあるが故に、クーナは大きくバックステップを踏んだ。
理想に、夢に、足を取られたくは無い。
続けて巻き起こす風は炎をはらみ、膨れ上がる胞子を喰らうが――。
「あ、……これは」
想像していたよりも毒の胞子の回りが早い。
ちょっと逃げきれないかにゃー。
白煙と胞子の混ざる風に飲み込まれたクーナは、その奥に『幸せ』を見た。
それはかつての革命の旗手であった聖女に、仲間たち。騎士であった自分。
今此処に。
悪政を敷いた領主は打ち倒され、革命は成された。
成し遂げたばかりの皆の顔は晴れ晴れと輝かしく、未来への希望が宿る瞳には一点の曇りも無い。
――ああ、きっとこの夢では。
誰もが間違う事も、惑うことも、すれ違うことも、欠けることも無いのであろう。
優しく、甘く、心地よい幸せには抗う事は難しいものだ。
ならば、この夢がなぞれなかった理由は?
どこで私は間違えたのだろう。
いつ私は人を見る事ができなくなってしまったのだろう。
どうして私は人の心が分からなかったのだろう。
――なぜ、あの娘と……。
奥歯をキリを噛み締めたクーナは、夢に溺れる前に風の符を撃ち放つ。
舞い上がる風は胞子を飲み込み、細く長い息を吐いたクーナはステップを踏んでその場を離れ。
「……ドロシー」
ぽつりと口からついて、零れてしまった夢の残滓。
かつての革命の旗手、……聖女。
ああ、よそう。
どれほど甘い夢であろうとも、それは現実に成りえぬモノ。
解っていた、識っていた。
甘い夢を見る事は。
「……さ、次にいこうか」
藍色の瞳を閉じて、開いて。
越えなきゃならない事だと、折り合いはついている。
ならば後は前を向いて、真っ直ぐに歩むだけだ。
尾を揺らし、クーナは地を蹴って。
大成功
🔵🔵🔵
レイブル・クライツァ
獲物を振るった手を取(とめ)られたら、驚いて人の様に息をのむ
――嗚呼
未だ呼んでないのに二人が立ってる
頭を撫でて、三つ編みにしようとする死神
紅茶と珈琲を手にしている剣聖
…(少しだけ、ほんの戯れ)
ねぇ、昔よりは人らしく喋れるようになったつもりなのよ
些細かもしれないけれど不器用なりには、ね
彷徨の螺旋で、幻想のままで止まっている貴方達を再現して
…この手で葬った事、忘れてないから大丈夫
こびりついたあかいろの鮮やかさも、冷えていく感覚も
救えなかった無力も、果たさなければならないから
私はちゃんと戦闘兵器のままだから、安心していいのよ
夢は寝て観るモノだから、休むのはこの辺りにして起きるわ
おはよう(さようなら)
●相棒達
揺れる木の葉。
木々の緑の隙間を埋めるように、ひしめくキノコの上に伏せた蜂蜜竜へとレイブル・クライツァ(白と黒の螺旋・f04529)は滑らかな動きで踏み込んで。
腰を切って上体を捻り、手にした得物を振り抜かんと腕に力を籠めた、瞬間。
得物を持つ前腕を引かれ。
エイブルはまるで生きている人間の様に金色を見開き、息を飲み込んだ。
「……――!」
腕を引いていたのは、夕焼け色の髪を一つに括った護人の片割れ。
「お嬢」
「……どうして、」
笑った死神にレイブルは続く言葉を紡げず、瞬きを一度。
そこには喚んでも居ないというのに。
彼女が喚び出すことの出来る、夕焼け色の死神と片眼鏡の剣聖が立っていたのだから。
「どうしてだと思う?」
まるでからかうように言葉を鸚鵡返し。
肩を竦めて愛嬌たっぷりに笑った死神は、レイブルの頭をヴェールごとくしゃりと撫でて。
ふ、と気がつけば、目前にティーテーブルが現れていた。
椅子を引いた死神に促されるがままに、レイブルは椅子へと腰掛け。
あの頃と変わらぬ真面目そうな表情の剣聖が、紅茶と珈琲のカップをテーブルの上へと置く。
――レイブルは、気づいている。
これが毒の見せる甘い夢だと。
これがもう叶うことの無い、虚構である事を。
嗚呼、それでも少しだけ。
この甘い夢と戯れてみても良いと思ってしまった。
「ねぇ、二人共」
まるであの日々のように、レイブルの白髪を結いだした死神の掌が温かかったものだから。
「……私はね、昔より人らしく喋れるようになったつもりなのよ」
視線を向けた剣聖のモノクルの奥の眦が、少しだけ和らいだように見えた。
みつあみを編む死神の手が、レイブルの髪を梳いて、撫でて。
「些細かもしれないけれど不器用なりには、ね」
カップより立ち上る湯気がゆらゆらと揺れている。
すべやかな手袋に包まれた指先を合わせて瞳を細めるレイブルは、もうそこに居る訳も無い二人へと言葉を紡ぐ。
――大丈夫。
「あなた達をこの手で葬った事を、忘れてはいないわ」
唇を引き絞って、掌をきゅっと握る。
――こびり付いたあかいろの鮮やかさ。
温かかったものが冷えていく感覚。
救えなかった無力も、果たさなければならないから。
「……私はちゃんと戦闘兵器のままだから、安心していいのよ」
なんて、レイブルは小さく唇を笑みの形に擡げてみせた。
「さてと、……人間は夢を眠ってから観るモノでしょう? だから、休むのはこの辺りでお終いにして起きる事にするわ」
そうして立ち上がったレイブルは、みつあみを揺らして首を小さく傾ぐ。
夕焼け色の瞳に、空色の瞳。
同時に腕を払って喚び出した、二人を再現した護人達は幻想のまま。
目を閉じて、――開いて。
「おはよう」
さようなら。
一気に得物を振り抜いてしまえば。もうそこにはティーテーブルも、二人の姿も在りはしない。
レイブルは長い髪を揺らして振り返り――、喚び出された幻想の二人を見上げた。
大成功
🔵🔵🔵
徒梅木・とわ
とわが見るのは、とわが家の後継者になっていたらの夢
十と一つ歳の離れた弟が生まれて、より相応しい者が生まれて、それでも身を引いていなかったらの夢
とわの手で徒梅木の家をもっともっと繁栄させる、そんな夢
幸せに決まっているだろう、そんなの
だってその為に沢山勉強した
とわがやらないとって修行した
皆に頼られて、頼られた以上のものを返して
念願叶ったりなんだ
でも、どうだ
弟の奴は幸せか?
……そうじゃあないよな
とわの中にあるもやもやとしたものが、今度はアイツの中に宿るだけだ
そんな夢、覚めなくちゃあな
未だにこんなもの……なんて未練がましい
誰が悪いって話でもない
ただただそういう巡り合わせだった、それだけの話だろうに
●継嗣
狐火が翔ければキノコごと蜂蜜竜が炎に飲み込まれる。
炎に巻き上げられた煙と胞子が混ざって烟り、その奥に徒梅木・とわ(流るるは梅蕾・f00573)は夢を見た。
――エンパイアの陰陽師であれば一度は名をきいた事があるやも知れぬ、陰陽師の大家――徒梅木。
蝶よ花よと育てられたとわは、その大家の継嗣となるべく勉強を重ねていた。
しかし彼女が生まれてから、十と一つたったある年。
彼『女』よりもより継嗣に相応しいであろう嫡子――弟が生まれた。
だから、何だ?
彼女が家を継ぐ事より身を引くことは無かった。
望んだ道が塞がっても、諦められる事は無かった。
そのために勉強をした。
そのために修行をした。
――皆に頼られ、頼られた以上のものを返すべく、彼女は努力をした。
とわは決して天才では無い。
しかし。
誰よりも努力の才を持ち合わせていた。
彼女は努力する、彼女は勉強する、彼女は学習する。
だからこそ、だからこそ。
決して天才では無い秀才であるとわは、陰陽師の大家を継ぐ事となったのだ。
徒梅木の名は、彼女の手によってエンパイアに更に轟く事となったのだ!
――ああ、なんて幸せなのだろうか!
まさに念願が叶ったと言うべき事だ。
しかし、まだこの家は大きくできる。
それも他の誰でもない、とわの手によって!
さて、そう。
ここで気がかりが一つだけある。
――より継嗣に相応しいであろう嫡子であった弟はどうなってしまったのか。
彼はその身分を奪われて幸せであったろうか。
否。
否、否、否。
そうじゃあ、ない。
とわは誰よりもその答えを識っている。
とわはもう、これが叶わぬ夢だと気づいている。
例えコレが本当に叶ったとしても。
とわがずっと抱いているモヤモヤとしたものが、弟の肚の中で移り燻るだけである事を識っている。
ならば。
「こんな夢、覚めなくちゃあな」
苦く笑んだとわは、瞳を開いて――。
かぶりを振る。
全く未練がましいものだ。
――それは誰が悪かった訳でもない。
そういう巡り合わせであった。
それだけの話だと言うのに。
「……」
もう、折り合いはいい加減ついているだろう?
自らに言い聞かせるように。
胸裡で幾度と無く想像した言葉をなぞって細く息を吐いたとわは、髪の毛をくしゃりを掻き上げた。
大成功
🔵🔵🔵
ヴィクティム・ウィンターミュート
──完璧な幸福だ
誰も死なず、誰も悲しまない
理不尽は訪れず、自由で、好きな未来を思い描ける
素晴らしい理想郷じゃないか
そうは思わないか?
──そうだな、だからこそ俺はこれを否定する
ただのしあわせじゃダメなんだよ
ただ甘いだけの幸福じゃダメなんだ
これはあまりに…『苦しくない』
幸福は苦痛と共に存在しなきゃいけないんだ
寝ぼけてるなよ、Arsene
自分のニューロンを【ハッキング】してウイルスで冒す
──よし、トんできた
なんだかムカつくな…羽音が喧しい
『Weakness』──黙ってろ
群がるな、ここで堕ちろ
一匹ずつ頭を潰して駆除だ
俺ぁ『悪夢』を見せられて機嫌が悪いんだよ
見て分からないか?分からないならさっさと死ね
●誰もが幸せな世界
ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)は、皮肉げに笑っていた。
なんたって彼の見下ろす世界は完璧であったのだから。
まあなんて、この世界は幸せに満ちているのであろうか!
誰もが、死の恐怖に怯える事も無く。
誰もが、理不尽に奪われる恐怖に涙をする事も無い。
誰もが自由で、誰もが悲しみを抱える事も無い。
幸せだ、幸せだわ、幸せね、幸せ、幸せ、幸せ。
――誰もが好きな未来を思い描ける、ここはまさに理想郷。
何にだってなれる。
何にだって望める。
争いが起こる訳も無い、平穏で平和な世界。
ヴィクティムがこんなサイバネなんて馬鹿馬鹿しいものを、身体に入れずとも良かった世界!
ああ、なんて幸せな世界だろうか!
美味しいごはんに、温かい寝床!
満ち足りた気分だ、幸せな気分だ!
そう思うだろう?
そうは思わないか?
――そうだな、そう思うさ。
だからこそ、だからこそ、俺はこれを否定するのだけれども。
ただの幸せじゃ、ダメなんだ。
ただの甘い幸福じゃ、ダメなんだ。
そんなモノに満たされた世界は、なんて、なんて、なんて。
最悪の夢なんだろうか。
そんな世界あんまりに、……『苦しく無い』だろうが。
「幸福は苦痛と共に存在しなきゃ、いけないんだ」
そうだろう? いつまでも寝ぼけてるなよ、Arsene。ぶっ壊すぞ。
指先を銃の形にして、ヴィクティムはこめかみに人差し指を当てる。
Access――、Execute NeuronCracking。
書き換えろ、埋め尽くせ、飲み込んじまえ。
ぐらぐらと頭が揺れる。
そりゃあそうだ、ウィルスをかき混ぜて、ハッキングして、クラッキングして、自分で自分自身を冒しているのだから。
「……よっし、トんできたな」
光がチカチカしている。
耳の奥で鈍い羽音が喧しい。
きのこの上で眠る蜂蜜竜達を睨めつけたヴィクティムは、眉を寄せて。
うるさい、うるさい、うるさいな。
Execute a Deviant Code、――Weakness。
「なァ、お前ら。俺ァ今『悪夢』を見せられて機嫌が悪いんだよ」
黙れ、黙ってる? 黙ってろ。
聞いてるか? 聞いて無くてもいいや、だから聞いてろ。
あんな誰も傷つかない、あんな幸せな甘い悪夢。
反吐が出る、気分が悪い、最悪だ。
お花畑かよ、クソったれ!
そんな世界で、誰が生きているっつーんだ。
「分かったか? 分からないか、そうか」
憎々しげに舌打ちを響かせたヴィクティムが大きく腕を引くと、そのまま真一文字に腕を払い――。
「さっさと死ね」
竜達を見下ろし、一息にその命を刈り取った。
大成功
🔵🔵🔵
千家・菊里
【夢境】
ふふ、今回もきっと何を見ても大丈夫と信じております
然し茸に蜂蜜…毒と敵とは残念
代わりに暫し泡沫の夢を味わいましょうか
あ、寝坊助さんは寝惚顔を可愛く飾りつ刑という事で一つ
敵倒せば目眩く御馳走の山
名産に珍味まで――此程贅沢を味わえるとは正に夢心地
食べ尽くすまで帰れませんね(早速舌鼓)
嗚呼、何と幸いな
――然し何処か味気ない
確かに食道楽としては至上の幸福
でも、此は――皆で分かち合い笑い合いながら楽しむあの現実には敵わない
此処にいては、其が叶わない
それに、そう――宝石トリュフも待っているのでした
(はっとして)
惰眠を貪っている場合ではない
皆さん、宴を開きに帰りましょう!
(幸せな現実ににこにこと)
筧・清史郎
【夢境】
長年箱で在った俺の幸せな夢か
想像がつかないので興味はあるな
俺も蜂蜜や茸は好きなので、敵や毒なのは残念だ(倒す
刹那、現れる夢
おお、あれは原宿で以前食し気に入ったくれーぷ、
『カスタードイチゴチョコケーキスペシャルショコラソースがけのホイップクリーム2倍』
再度食べたいと思っていた
他にも一等甘そうな数多の甘味並ぶ、文字通り甘い夢
更には、沢山のもふもふ動物さんの姿が
撫でつつお喋りすれば囲まれ埋もれ
もふもふと甘味を存分に楽しめるとは、幸せな夢だな
だが…やはり物足りない
楽しい時を共有する友が居ないと
もふもふも甘味も、共に楽しむ友がいてこそ、だ
俺もトリュフとやらには興味があるな
ああ、茸を肴に皆で宴だな
呉羽・伊織
【夢境】
確かに興味深くもあるな~
って、毒食わば皿までってもアレはマズイだろ!
然し甘い夢――まぁ俺はチョロくないし?
人前どころか戦場でそんな無防備晒して屈辱味わうとかないから!
敵倒せばわぁ美女天国☆
――但し猫、にゃーれむだ
…猫でも幸せか!
――序でに身の呪詛も解けてる
にゃんぱもお触りもおっけー?まじで?
すげなくスルーどころかすり寄って甘えてくる…!?
俺が近付いても、許される?
――誰も不幸にせず、一緒に幸せに生きられる?
最高だ
――でも
呪詛が蝕む現でも、俺の傍は幸いで溢れてる
其でも共にいてくれる仲間やお供が――
呪詛すら抑える力となる様な幸いが、在る
…ん?貪…?財宝も貪る気!?
勢い良く覚醒
叫びつつも笑顔
●
「せっかくのキノコに蜂蜜なんて美味しそうな並びですのに、毒だなんて残念ですね」
やれやれとかぶりを振る千家・菊里(隠逸花・f02716)に、いつものようにふくふくと笑んだ筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)が得物を抜きながら頷いて。
「うむ。俺も毒がなければ是非食べてみたかったものだ」
「イヤー、毒食わば皿までとはいうケド、アレは流石にな」
暗器を手にした呉羽・伊織(翳・f03578)は、毒さえなければコイツらは喰っていたんだろうなあ、な怪訝な表情で二人を見やる。
「しかし、泡沫の夢を味わう事ができるそうじゃないですか」
そんな視線に気がついた菊里は唇を掌で覆って、くすくすと笑って。
「そういう訳で食事の代わりに、寝坊助さんの寝惚顔を可愛く飾りつ刑という事で一つ」
「おお、それは楽しそうだな」
清史郎が夢と刑、どちらに対する返事なのかは解らぬがいつもの調子で同意を示せば。
「待て待て待て待て! 人前どころか戦場で、そんな無防備晒して屈辱味わうとかナイから! そんなにチョロくないデスし!」
慌てた伊織が割と大きめな声で止めに入った。
「さてと、それでは参るとするか」
清史郎はどこまでもマイペース。
木漏れ日の下にひしめくキノコ。
その上で眠る蜂蜜竜を見やると、真一文字に刃を構えて。
――長年箱で在った清史郎の幸せな夢なんて、彼には想像がつかないもので。
「さて、どのようなものかな」
「素敵な夢だと良いですねえ」
彼と背中合わせに狐火を腕に纏わせた菊里が、瞳を細めて笑う。
「待って! 俺をツッコませたまま置いていかないで!」
二テンポほど遅れて伊織もやや涙目で構えると、動かぬ敵達へと斬撃と炎が一斉に叩き込まれた。
竜達の反撃は無い。
代わりに膨れ上がったのは、白い靄に見えるほど吐き出された毒の胞子であった。
「おや」
菊里の目前には、まばゆいほどのご馳走の山が積まれていた。
今まで食べてきた名産物。
見たことも無いような異世界の料理。
魚に肉、野菜に、珍味、酒に――。
「これはこれは、食べ尽くすまでは帰る事ができませんね」
大きな黒い尾をゆらゆら揺らして、菊里は早速箸を取り――。
ああ、なんて美味しくて幸せな夢なのだろう!
「これは……」
ふと気がつけば清史郎の手の中には、以前訪れたUDCアースの日本――原宿で一度食べた『カスタードイチゴチョコケーキスペシャルショコラソースがけのホイップクリーム2倍』クレープが現れていた。
ソースにケーキに苺にホイップに、甘さの地獄がえげつな盆踊り気味のスイーツに清史郎はほっこりと微笑んで。
ドーナツのシロップ漬け、ピーカンパイ。ミルク味のわたあめに、メープルファッジ。
たっぷりのハニーグレイズのかかったドーナツに――、巨大なケーキ!
その上、もふもふのひよこさんに、きつねさん、ねこさんにうさぎさん。
「撫でさせてくれるのか? おお、ふかふかだな」
動物さんたちに囲まれた清史郎はご満悦。
彼らを撫でて、甘やかして、お話をして、美味しい甘味を頬張って。
もふもふと甘味をだぶるで存分に楽しめるとは、これは何とも幸せな夢だなあ。
伊織は美人さんたちに囲まれていた。
その肌を擦り寄せて甘えてくる美女、首筋に顔を埋めて舌を這わせる美女、指先を甘噛みする美女。
「なるほど……」
美人猫に囲まれた伊織は、一度息を飲んで。
「って猫かよ! …………いや、えっ、猫でも幸せか……」
そう。
伊織は自らの呪詛が解けている事に気づいた。
猫が撫でろと頭を擦り寄せ、くすぐってやれば、更に構えと甘えてくる。
「……」
俺が近付いても、許される?
――誰も不幸にせず、一緒に幸せに生きられる?
それは、それは、それは、なんて、幸せで。
最高なんだろうか。
しかし。
ぴたり、と猫を撫でる伊織の指先が止まる。
「でも、……夢の中で無くとも」
呪詛がその身を蝕む現であっても、伊織の傍には幸いで溢れてる事を彼は識っている。
例えその身が呪詛に蝕まれていたとしても、仲間は、供は、一緒に居てくれる。
呪詛すらも抑える力と成る『幸い』を、伊織は識っている。
「……なんだ、夢で無くて、いいじゃないか」
伊織はすっくと立ち上がり――。
動物さんを撫でる、甘味を食べる。
こんなに満たされているはずなのに。
何故、こんなに物足りないのだろうか。
清史郎は撫でてと跳ねるうさぎさんを膝に乗せたまま、小さく嘆息する。
「……そうか、もふもふも甘味も、共に楽しむ友がいてこそ、なのだな」
――楽しいことは、共有する友が居ないとどうにも味気ないのであろう。
「では皆、……またな。俺は帰らねばならぬようだ」
あの、友たちの下へ。
はくはくと食事を口に運ぶ菊里。
ふ、と視線を外す。
不思議と、そう。
何か満たされぬ感情。
――どうにも、味気ない。
「……なるほど」
ああ、一人でご馳走を楽しむ事は、たしかに食道楽としては至上の幸福であろう。
しかし。
しかしだ、――皆で分かち合い笑い合いながら楽しむあの現には。
この味は敵いはしない、と思ってしまったのだ。
菊里は箸を置いて――。
目覚めた瞬間、目ざとく宝石トリュフを拾い上げた菊里ははっとした様子で。
「――惰眠を貪っている場合ではありませんよ、皆さん、宴を開きに帰りましょう!」
そうだ、そうだ。
美味しいものは、皆で共有してこそ。
「……おは、……え? ん……? 貪…? 財宝も貪る気!?」
何かをつかんだ気をして爽やかな目覚めを迎えた伊織は、菊里の言葉に目を丸くしてとりあえず大きな声でツッコむハメになった。
それのお値段憶えています?
ねえ!?
「ああ、茸を肴に皆で宴だな」
とりゅふとやらの味が楽しみだ、と清史郎もニッコリ。
「待って!? それ一つ金貨44枚だからね!?」
「では沢山拾わねばな」
「そうと決まったら、行きますよ! 伊織、可愛い寝癖をつけている場合じゃありませんよ」
「えっ寝癖ついてる!?」
わあわあ。
いつもの調子で騒ぎながら
――何をするにも、友がいなければ味気ないもの。
大成功
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ユーゴ・アッシュフィールド
【リリヤ(f10892)】と
喰らうと分かっていても避けられないというのは厄介だな。
だが、やるしかないか。
これは、そうか。
騎士だった頃の国からの討伐任務の途中だったか。
部下が居て、相棒と呼べる副官が居て、……。
そして敵性生物の討伐は今日も問題無く終わった。
違和感がある。
先程の戦いには鐘の音が無かった、歌声も。
武器しか持たぬ我々にあるはずがない?
そうか、そうだったな。
――みんな、すまない。
俺はそろそろ行かないといけない。
お前達以上に手のかかる相棒が待っているんだ。
いつかそっちに行ったら話してやるよ。
……ああ、そうだな。
抜け駆けをして悪いが、俺はもう"しあわせ"を見つけているんだ。
いや、何でもない。
リリヤ・ベル
【ユーゴさま(f10891)】と
竜も、きのこも、どちらもこのままにはしておけないのです。
どうぞそのままおやすみなさい。
――あの日。
あの日に、出掛けた父さまと母さまが、ちゃんと帰ってきて。
わるいおおかみなんかじゃないと、村のひとびとがわかってくれて。
わたくしは只のこどもで、まだレディではなくて。
平和に、穏やかに。ゆっくりと過ぎてゆく日々を、たいせつに。
でも、……――でも。これは、ゆめです。
だってここにはあなたがいない。
違和感があれば、矛盾があれば、ゆめはさめる。
わたくしはレディですもの。ゆめとわかって、溺れはしないのです。
ユーゴさま。ユーゴさま。
きっと、いっしょにしあわせを見つけましょう。
……?
●しあわせ
避ける術が無いと解っていても、誰かがやらねばいけない事。
艶のない髪をかきあげたユーゴ・アッシュフィールド(灰の腕・f10891)は剣を手に。
「動かないとは言え、気をつけるんだぞ」
「はい、ユーゴさま。……竜もきのこも、このままにはしておけませんもの」
きゅっと拳を握ったリリヤ・ベル(祝福の鐘・f10892)が、こっくりと頷いて。
「そうだな、……行くぞ」
ちいさくたってリリヤも猟兵。
そしてユーゴも猟兵だ。
――この道を開く事もまた、この世界を滅亡より救う戦いである。
「はい!」
そうして二人はキノコ立ち並ぶ森で、甘い夢に溺れる蜂蜜竜達へと向き直った。
眠る竜を剣で薙ぎ払って、光が貫き――。
はっとリリヤは、気がついてしまった。
わるいおおかみなんか、いませんでした。
だれもおおかみのことを、こわがるひとなんていませんでした。
右手を握っているのは父さま。
左手を握っているのは母さま。
二人の真ん中で、二人に手をひかれながら歩いているのがリリヤだ。
そうだ、今は
村にご飯の材料を仕入れに行くとちゅうでした。
「きょうのごはんは、何ですか?」
「リリヤは何だと思う?」
「そうですねぇ、……うーん、シチューですか?」
よく分かったね、なんて二人が笑っている。
リリヤはまだまだレディには程遠い、ほんの小さなただの子どもで。
村のひとびとも良くしてくれて。
父さまと母さまに愛されて、きっとリリヤも母さまみたいな立派なレディになるのだと信じている。
――あの日、出掛けた父さまと母さまはちゃんと帰ってきたのだから。
今日も平和。
きっとあしたも平和。
穏やかに、健やかに、安らかに、ゆっくりと過ぎていく日々を大切に、大切に。
……はっとリリヤは、気がついてしまった。
あなたがいないことに。
あの大きな背中が見えないことに。
はた、と脚を止めたリリヤを不安そうに二人が見下ろしている。
「リリヤ……? どうしたの?」
「大丈夫かい?」
碧色の瞳をまあるくして、リリヤは二人を見上げた。
こんなに幸せなのに、こんなに穏やかなのに。
「はい。でも……これは、ゆめですなのですね」
だって、ここにはあなたがいないもの。
リリヤがぽつりとつぶやくと、両親の姿が歪んで――。
大丈夫、大丈夫です。
――わたくしはレディですもの、ゆめとわかって溺れたりはしないのです。
それでも、少しだけ。
目をつぶったままのユーゴの掌に掌を重ね、きゅっと、握りしめて。
すこしだけ、すこしだけ。
とある小さな国。
その小さな国には、英雄と称される騎士がいました。
今その騎士は部下達と共にお仕事を終えて、国へと向かう帰路へとついていました。
「皆、よくやったな」
ユーゴは部下たちを労うように、彼らを見やる。
相棒たる副官が、にんまりしているのも仕方があるまい。
本当に今日の討伐任務は上手く行ったものだ。
国からも褒められる仕事ができた事は間違いが無い、それ故にユーゴも彼のしまらない笑顔を咎める気はしなかった。
さぞ今日皆で飲む酒は、美味い事であろう。
……しかし。
戦闘中もずっと不思議な違和感を感じていた。
何かが足りない。
ああ、そうだな。
「……そう言えば、今日は戦いの途中で鐘の音がしなかったな」
「……鐘の音?」
副官が何を言っているのかと不思議そうに首を傾ぐ。
「それに、歌声も」
「……お疲れなんですか?」
部下は副官とは逆方向に首を傾いで訝しげな表情をした。
それはそうだ。
彼らの誰もが鐘も持っていなければ、戦闘中に歌うような者達では無いのだから。
持っているものと言えば、自らの得物――武器だけだ。
「……そうか、そうだったな」
そこでユーゴは、はたと気がついてしまった。
空色の瞳を閉じて、開いて。
「みんな、すまない」
そうか、ああ、そうか。コレが――。
「俺はそろそろ行かないといけない」
「……え? 今から帰るでしょう?」
「その通りだが、その通りでは無い。……今の俺には、お前達以上に手のかかる相棒がいてな」
懐かしい部下たちの顔を一人づつ確かめるように見やったユーゴは、肩を竦めて笑った。
「いつかそっちに行ったら話してやるよ」
副官が眦を和らげて頷き、かぶりを小さく振って。
「……そうか、じゃあ、楽しみにしてるよ」
「ああ」
そうして、ユーゴは目を覚ます。
あれほどまでに舞っていた毒の胞子は、風に攫われたのであろう。
随分と空の色もよく見えるようになっていた。
「あ、ユーゴさま、おはようございます」
横に腰掛けていたリリヤが目覚めたユーゴを見やり、ミルクティ色の髪を揺らして笑う。
「ああ……、先に目覚めていたか」
「ふふふ、ユーゴさまはおねぼうさんでしたね」
それから一度瞳を伏せたリリヤは、ユーゴの服をきゅっと引いて。
「ねえ、ユーゴさま」
空色の瞳を覗き込む、きれいな碧色。
「きっと、いっしょにしあわせを見つけましょうね」
「……ああ、そうだな」
彼女のいつもの願う言葉に、ユーゴは小さく頷いて。
ああ、でも。
「……? ユーゴさま?」
「いいや、何でもないさ」
抜け駆けをして悪いが、どうやら俺はもう"しあわせ"を見つけているようだ。
じっと見つめる視線に首をかしげたリリヤ。
その頭に掌を乗せたユーゴは、小さく小さく笑った。
頭に葉っぱがついていたぞ、なんて。
大成功
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