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イデアの虜囚

#アリスラビリンス

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#アリスラビリンス


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●世界にふたり
 まあ。ニックったら、今度のお人形は私?
 変な人ねぇ、そんなに根を詰めてくれるなら若い頃の写真をモデルにしてくださいな。

 何を言っているんだ、君は"今"が一番うつくしいよ。
 いつの時代だって、これから先だって。
 さぁ大詰めだ、笑っておくれ。
 リリー。愛しの、僕の――――。

『――違う! 君はそんな眼で僕を見たりはしないッ!!』
 耳障りな音を立てて、人のかたちをした石膏が砕け散る。
 ひしゃげる青の眼球。解ける白のまとめ髪。内から漏れ出す赤色まで、まるで本物みたいな臭いをさせながらじわりと広がって。
 振り上げた拳を作業台につき、荒い呼吸を繰り返す男はぼろぼろと大粒の涙を流していた。頬を伝うまで透明なそれは、"失敗作"塗れの足元に落ちる頃には黒く濁って葬り去るべく溶かしてしまう。

 君の瞳はうつくしかった。
 君の指はうつくしかった。
 君の奏でる音は、君の育てる花は、君の綴るおとぎ話は、君の料理は信仰はことばはつよさはやさしさはすべては…………、
 僕を呼ぶ、声は。

 ねぇニコラス。
 もう、

『黙れと言っている』
 男が突き立てる濡れたナイフは、土気色に光る肌を色付けながら眼窩まで裂いてやっと止まる。
 ダメだ、また瞳が足りない。ブルーだった。グリーンだった? いいや、鮮やかなパープルに決まって……。
 それじゃあ僕は、さっきまでなにを作っていたんだ?
 なにを作って――だれを?
『ああ……』
 よろめいて凭れるチェアがぎぃぎぃ鳴く。涙だって枯れてしまうよ、リリー。
 いつになったら、正しく君を取り戻せる。

●イデアの虜囚
 ニュイ・ミヴ(新約・f02077)はぺこりと折れた。
 オウガのゆりかごを、新たなオウガを生み出してしまう堕ちた国を、破壊してほしい。

 転送先は名も知れぬ絶望の国。
 国の主であるオウガは、元々はアリス――ひとりの芸術家――だったという。彼の絶望はその一端しか覗けなかった。現実世界で大切な誰かを、喪って。二度と喪うことのない永遠を、文字通り"作り出そうと"している。
「現地にはたくさんの人形が存在するみたいです。そして見つけた素材を、オウガの元へと案内する役割を担っています」
 素材。それは迷い込むアリスに他ならない。
 オウガの潜む場所こそ分からぬものの、利用できそうな性質が、とニュイ。どうやら彼らは酷く選り好みして、より「ほしい」と思ったものを優先的にピックアップしているようなのだ。
「迷子のアリスの方の代わりに、みなさんがすてきさをアピールして案内を受ける。そして向かった先――アトリエ、がふさわしいでしょうか。そこで待つオウガを倒してほしいのです」
 堕ちてまで彼が追い求めるものは、どのような人物だったのか。
 知る術は此処にありはしないが、だからといって作戦に支障はない。
 女も男も青も赤も黄も、死と生ですら、もはや"うつくしきもの"に見境などないのだから。
「思い出が、ぐちゃぐちゃになってしまっているのでしょうね。きっとそれだけ長い間……」
 自らの世界に足を踏み入れたものの輝きを捕らえ、剥ぎ取り、霞む面影との乖離にまた壊す。
 そうして絶望を繰り返す。
 囚われた心が休息を得る道は、ひとつ以外にありはしない。

 新たな犠牲者を出すことのないように。そしてなにより。
「届くことのない希望を、苦しみを、断ち切ってあげてください。みなさんの力で」
 それではどうかお気をつけて。
 発つ背に向け、ニュイは今一度礼をした。


zino
 ご覧いただきありがとうございます。
 zinoと申します。よろしくお願いいたします。
 今回は、喪い続けるアリスラビリンスへとご案内いたします。

●流れ
 第1章:冒険(魅力を示す)
 第2章:ボス戦(???)
 第3章:集団戦(???)

●第1章について
 素材を探す人形たちの関心を引き、アトリエの場所を掴みましょう。
 能力、容姿、心その他何か一点を取り上げ「こちらの方がそこらのアリスより素晴らしい素材だ」とのアピールをどうぞ。
 自分自身ではなく同行者やアイテムについて等も可。
 人形たちはアピールしたものを試すように攻撃したり、ちょっかいをかけてきます。
 壊れても次々湧きますが、魅力に納得すると止まります。

 例:編み物上手をアピールするため、糸や針の武器を使って戦う。強い心または綺麗な瞳をアピールするため、どんなに襲われても睨み続ける。

 ※ここでアピールしたものは以降のある段階で『使えなくなる/機能を落とす/反転してしまう。等、一時的に悪影響が出る』流れとなります。詳細はしかるべきタイミングでご案内します。

●第2章について
 オウガであるニコラスを救うことはできませんが、思うところがあれば働きかけをどうぞ。
 絶望を和らげることに成功した場合、本来は取り逃がしてしまうほど多い第3章での敵の数が、減少します。

●ニコラスについて
 年老いた人間の男性。元の世界では無名の芸術家(人形作家)だった。
 愛妻を亡くしていた現実に絶望。彼女以外に家族はいない。
 君には取り戻す力がある。此処なら素材に困らない。とのオウガの甘言に乗り、狂った世界で理想を追う。

●その他
 各章とも導入公開後、プレイング受付開始。一度再送をお願いする可能性が高く、やや特殊な受付形態となります。
 補足、詳細スケジュール等はマスターページにてお知らせいたします。お手数となりますが、ご確認いただけますと幸いです。
 セリフや心情、結果に関わること以外で大事にしたい/避けたいこだわり等、プレイングにて添えていただけましたら可能な範囲で執筆の参考とさせていただきます。
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第1章 冒険 『こっちの方がおいしいよ』

POW   :    力技で工夫する

SPD   :    技術を見せつける

WIZ   :    知的にアピールする

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 はらはら土降る深い深い森。
 粘土の樹には真っ白な百合、にょろにょろ蛇は複雑骨折した骨組み。走って走って、躓いて、茂みの陰には忘れ去られた細い骨たち。
 ちいさなアリスもおおきなアリスもとても大切なお客様。
 個展の会場お探しで? 休憩所なら曲がって右手。
『こワがらナイで』
『安全ナところへ案内シましョウ』
『だって君ハ、トテモうつくしいナミダを流ス』

 ニコラスが呼んでいる。ニコラスは待っている。
 貼られた髪の剥げかけお嬢さん、ハイハイ上手お婆ちゃん、切断面もギザギザクールな空っぽくん。
 人形たちはいずれも彼に応えたい。 すべてがリリーで、すべてがストレンジャー。

『お料理はスキ? ワタシ今晩、おニクを焼いてあげたイの』
『彼が風邪ヲ引いたらたいへんダ。そのクビに巻いてルアタタかマフラー、君が作ったト言ってタネ』
『ダメダメ! ニコラスはコのおメメがホシイんです』
『ソウカナぁ? こんなに走るノ速いんダもん。イッショにお散歩できる、太くてジョーブな足じゃなイ?』
 ふるふる。
 首を振って後退るアリスへと、躍るように囲い群がるツギハギたち。
 口々に彼のごちゃ混ぜ「ほしい」をなぞるから、助けを求めるアリスの声は掻き消され。四本の指が、腕のつもりの足が、腹から生えた首が同時に伸ばされた。

 ――ねぇ、ステキな迷子のあなた。
 よくみせて。その、とっておきの――。
コーディリア・ルエ
最高の創造主に造られた私のすべてが最高なのは当然のことですが、
私が思うに、より最高なのはこの人格だと思うのですよ。
ということで、アピールするのは【正義感】です。

はぁい、そこ行くお人形さんたち、
そんなに必死で逃げる人を追い回してはいけません。
どうしてもというなら私を倒してからにして下さい。

貴方がたが探す素晴らしいヒロイン(の素材)だって、
きっと素晴らしい正義感に溢れていることでしょう!そう、私のようにね!

人形たちが私や他のアリスに向かってきても、革命剣で蹴散らし続けましょう。

創造された人形が創造主の意を汲むのは仕組みとして当然のこと。
自分から方向転換は出来ないのですから、外から矯正しなければね。




 そうして伸びた箇所がズレたかと思えば、まったく時を同じにして落ちてゆく。

 円を描く軌道で振るわれた刃。
 革命のつるぎとともにはじめに"到着"したのは、天から降ったかの眩いPrism Pointの光輝であった。
「はぁい、お人形さんたち。貴方がたはレディの扱いをプログラムされていないご様子」
 その陣の真ん中に、溢れるパーティクルがひとつの像を形取る。
 コーディリア・ルエ(代行者・f24369)。"最高の創造主に造られた最高で完璧な"バーチャルキャラクターは、凛々しく胸を張れば先輩然と笑う。
「え、あなたは……」
「私はコーディリア。人間の、そして貴女の隣人です」
 同時に、貴方がたにとっての探しもの!

 アリス、次に人形たちを順に見据え名乗ったコーディリアは何を素材と示すのか――それは、正義だ。
 構え直したHelios rightの冴えが語るように。
(「私のすべてが最高なのは当然のことですが、思うに、より最高なのはこの人格だと思うのです」)
「お探しの素晴らしいヒロインだって、きっと素晴らしい正義感に溢れていることでしょう! そう、私のようにね!」
 告げて剣は、回り込んでそろそろとアリスに近寄っていた蛇同然細長い腕を斬り飛ばす。
 跳ね転がった先の足元で地へ縫い付けるように刺せば、びたびた暴れるばかり。 ……いけませんよ。幼子の非行を叱りつける風にも、厳しくも静かに声を突きつけるコーディリア。
「必死で逃げる人を追い回してはいけません。どうしてもというなら、私を倒してからにして下さい」
『ヒロいン』
『倒シて……?』
 一旦飛び退いて、顔を見合わせる人形がひそひそ会議をしている。
 その隙に背に庇った女の手を取って立たせ、軽く土を払ってやってからコーディリアは背を押した。お気をつけてと手向けるメッセージにあなたも早くと指が伸ばされるも、白き装束を華麗に揺らして踵を返すから、すれ違う手には革命剣だけ握られたまま。
『とってモすてき。でも、本当かシラ? ほんトにヒトリでガンバルの?』
『ココニはダァレもいないノニ、ホメテくれるひとモ、アイシテくれるヒトも!』
「ええ――ええ、」
 飛び来たひとつの胴を撥ねる。
 懐に入らんとす次のひとつに肘を見舞い、浮かせた間際に首を刎ねる。ピッと血飛沫飛ばしながら、駆け出すアリスを尚も視線で追うひとつの、その濁りを貫き抜く。
「貴方がたにニコラスがいるように」
 創造された人形が創造主の意を汲むのは、仕組みとして当然のこと。
(「自分から方向転換は出来ないのですから、外から矯正しなければね」)
 同じく、人心に望まれるまま。流れるように骸を増やすコーディリアへと次々人形は襲い来る。躍るみたく、憐れむみたく。いざなうみたく。斬り伏せながら駆け出す先こそが、きっと――。
「私には、オフィーリアがいますもの」
 ――正しき義の道に、恐れるものはなにもない。

成功 🔵​🔵​🔴​

リオ・ウィンディア
随分と蠢いているわね
アリスさん、ここは危ないから私が引き受けるわ

あなた方は求めているのね
私の美しさ?魅力?
それなら歌はお好きかしら?

いずれ奪われる、そのことを承知でソプラノで【歌唱】

あなたの求めた愛は空蝉
カケラを集めた それでもタリナイ
アリスを求める まだまだタリナイ
そんなにお腹が空いてるの?
どうしましょう、困ってしまうわ

私にできること
そうね、歌を捧げましょう
私はとびきりの歌姫よ
墳墓で数々の魂を慰めた私の声は
【呪詛】を取り払うのに最適よ

アレンジ歓迎

求める儘に、役者魂に火が灯る
曲調はなんでもお答えするわ
音域はハイソプラノまで対応
舞台の語り手をこなしたこともあるわ

ある意味貪欲な観客よね
腕が鳴るわ




「迷子の独りのおじいさん」
 ふと、
 軽い足音がまたひとつ。 そして、声。

「あなたのお家はどこかしら」
 淀んだ世界に落とされたア・カペラの歌唱は澄み渡って。

「――ね。ご存知?」
 口遊み辿った道の果て、リオ・ウィンディア(Cementerio Cantante・f24250)はこてりと首を傾げた。地まで届きそうなやわらかな長髪がヴェールめいて揺れて、彼女の後ろで膝を抱えるアリスを世界から覆い隠す。
「アリスさん、ここは危ないから私が引き受けるわ」
「……っあ、っ!!」
 極度の緊張状態にいたためか、碌に感謝も口にできず逃げ去る音がばたばたと遠のく。だとしてリオにはそんな言葉よりも、もっと欲しいものがあったから。
 ――貪欲な観客。
 ――役者魂に火を灯す、特別な舞台。
「さぁ、続きをご所望?」
 可憐なドレスはけれども喪服。
 愛らしく。同時に麗しく笑いかける先、人形たちへ一礼してみせた。

『歌ダ』
『ウタね』
『続キがあるノ? 歌ッテちょうだイ!』
 人形たちもまた逃げたアリスのことなんかより、彼女の存在にすっかり夢中。歌詞の意味などまるで解らぬ顏をして。
 特に熱心な食いつきをみせた背丈の近い一体が、何本にも増えた足をかさかさ動かしリオの元へ寄る。
「そう。それじゃお聴きになって」
 間近に迫った異形にだって墓場の歌姫はすこしも動じず、すうと深く息を吸った。満ち満ちた死臭。慣れた舞台上にすら、感じる。
(「もしもこの先、本当に奪われたとしても――」)
「あなたの求めた愛は空蝉」
 歌おう。
 落ち窪んだ黒の奥で目玉が見ている。
「カケラを集めた それでもタリナイ」
 左胸を人差し指でつついてあげれば、
「アリスを求める まだまだタリナイ」
 そこから顎まで。なぞり上げた頭部と、"芯"はどちらにあると云うのだろう。
 ――きっと、欲しくなってしまったのだ。
 喉へ伸ばされる人形の手。それに指を絡めるようにして阻み、両手で包めば慈悲深き祈りを捧ぐかのリオ。
「そんなにお腹が空いてるの? どうしましょう、困ってしまうわ」
 爪こそ残っていないものの、腐りながらもぶよぶよとした肉がついている。
 愛好する骸には少し遠くて――ちょっと残念。なんて、歌の転調に指を離したなら逆にはしりと掴み返された。 うんと強く引っ張られるから、軽いリオの躰はともに躍ってくるくるり。
「あら、あら。情熱的な方なのね」
『ソウよ、そうなノ。アノ人とふたり、よく躍ったモノよ』
 それは本当のリリー? どれが本物のリリー。
 ワルツにしたって調子外れなステップは、まるで子どもの憧れのよう。
 アリスに迫る病的な執着ではなく、何か。別の――たとえば、喜楽。そんな純粋な感情に衝き動かされて見えるのは、錯覚かリオの持つ癒しの力か。
 引かれるままだった手を引き返し、穏やかに見上げる満月の瞳。
「どんな音楽で躍ったの? 歌ってあげましょう、私に教えてくださらない?」
『マァ、いいノ? ウーン、ソウねェ。タシカねぇ』
 あれだったかしら。これだったかしら。
 答えの定まらぬリクエストにも、微笑み湛え応えてみせるが歌うたい。

 満足するまで鳴り止まぬ、上質な楽器の如きソプラノ。――ひとりとひとつの背後では、割れゆく茂みが一本の道を示し始めていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

エンジ・カラカ
ロカジン(f04128)

え、欲しい?欲しい?賢い君が欲しい?
えぇ……ヤダー。
賢い君はあげられない、あげられない。
賢い君はコレのタイセツな君なンだ。

アァ……そうだそうだ、代わりにコレはどう?どう?
お月さまの目!立派なオオカミの足!何でも噛み砕く牙!

アァ……肉球がない?尻尾がない?
いやいや、コノ姿でも足は速い
それにコレの目だって月みたいダロ?
ロカジンもそう思うって。たぶん。
歯磨きしてる。偉い。

ロカジンは凄いキツネ。
どのくらい凄い?このくらい。
いやいや、こーのくらい。たぶん。
コノ眉毛がトレードマーク。
知ってるカ?コノ眉毛から雷が出るンだ。たぶん。

他にはー、オクスリとキツネとヘビと……。
とにかくすごい


ロカジ・ミナイ
エンジくん/f06959

そうよエンジくん、賢い君は隠しておきな
君がいないと君は僕の手に負えないからね
いや逆か?君は君がいないと、えーっと、ややこしいな君ら

そうよ御覧よエンジくんを!
後ろ足なんてこんなに長い!…長いな、腹立ってきた
目もね、今日初めてちゃんと見たけど
本当だねぇ!月?ああ、まん丸お月さんだ
牙なんて立派に磨き上げられてて、…してる?歯磨き

おやおや僕も売り込んでくれるのかい?
まぁね、見ての通り一級品で、価値にするとそりゃもうとんでもないんだけど
えーっと、眉毛から雷?…ああ、出そうと思えば幾らでも出るけど
見たい?いやぁ…それはやめておいた方が…ええ?
だってほら危ないし?焦げるよ?…眉毛




『まァ! ステキね。素敵なキラキラ』
『アラ……彼がクレた指輪ヲ思い出シちゃう』
 ミせてくださる?
 にゅ、と伸びてきた人形たちを鋭い爪持つ野生の獣がそうするように、エンジ・カラカ(六月・f06959)の手が薙ぎ払う。散り散りに退く様にふんと息を吐いて、赤く輝く宝石にも似た――拷問具をそそくさ仕舞いこみ。
「ヤダ。賢い君はあげられない、あげられない。賢い君はコレのタイセツな君なンだ」
「そうよエンジくん、賢い君は隠しておきな。君がいないと君は僕の手に負えないからね」
 なぞかけみたいに続けるのはロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)。
 いや逆か? 君は君がいないと、えーっと、……顎をさする男はやがて、ややこしいな君らと肩を落とした。当のエンジはといえばお揃い扱いが嬉しいのか、人形へ向けた仏頂面から一転して楽しげに口角を吊り上げ「その通り」。
 ふたりはひとつでいつもいっしょ。
 あげられるものなんて――。
「アァ……そうだそうだ、代わりにコレはどう? どう?」
 お月さまの目! 立派なオオカミの足! 何でも噛み砕く牙!
 順に指さしたあと「あ」の形で開かれたままの口を横からひょいと覗くロカジ。しめた。このまま彼を売り込んじゃえば僕って何もあげなくてよくない? ――商人魂が疼く――!!
「そうよ御覧よエンジくんを!」
 バッ! 持ち上げた両手をぱらぱら動かす様は王座の脇に控えて誉めそやしたりする係のアレ。

「後ろ足なんてこんなに長い!」
(「……長いな、腹立ってきた」)

「目もね、今日初めてちゃんと見たけど――本当だねぇ! 月? ああ、まん丸お月さんだ」
(「わーお、怖いこわい」)

「牙なんて立派に磨き上げられてて、  ……してる? 歯磨き」
「歯磨きしてる。偉い」
 こくこく。
 ついに零れてしまった懸念にはエンジの頷きが返る。よかった。 紹介が進む度、いっしょになって頭や先のついていない首を上下に動かしていた人形たちが「ふぅうーん」と近寄ってくる。
『健康ナ歯はタイセツよネ。歳を取っテからヨク分かルのヨ』
 尖った犬歯に触れんとする者、
『デモ、あなた。シッポもニクキュウもナイジャない。ワタシ、犬をカッテイタから分かルノヨ』
 おでこについた鼻をぴくぴく動かし匂いを確かめる者。
 うそ? ほんとう? 嘘はだめ。ウソは罪。ホンモノ以外は――。
 そのお世辞にもお近付きになりたかないご婦人の前、愛想良く割り込みながら「おっと、」ロカジは自分の方をぐりんと向かせた。
「それに関しちゃ僕が保証するよ。なんたってイヌ仲間だしね」
「そうだそうだ、ロカジンは凄いキツネ」
 流れで雑に売り込まれてしまった……とはいえ、そうだそうだそうだ。見ての通り一級品で、価値にするとそりゃもうとんでもない――そうして自分をも親指で示すロカジはしかし、どうしたって只の人間にしか見えない。
 人形が首を縦軸に一回転させ始めたとき――知ってるか、とエンジ。
「トレードマークの眉毛。コノ眉毛から雷が出るンだ。たぶん」
『マ! チョウド彼の絵筆が古くなッテテネ、替えニ良さそうと思ったのヨねぇ』
 この色、艶、毛量……。
 エンジの件をほっぽり出しいまにも引き抜かんとしてくる六本指。ぐぎぎぎと背を逸らし回避しながら、ロカジは笑みを貼り付けて。毎度ワイルドピッチし放題の狼男を一瞬睨んだ。手を振られた。
「えーっと、眉毛から雷? ……ああ、出そうと思えば幾らでも出るけど。え、そのものが普通に欲しい感じ?」
「イイだろロカジン。ホラ、助け合いセイシン? ちょびっとくらい減ったってー」
「よかないわ! どんだけ手間かけてるとおもっ」
 あーっそれ以上近付くとまずい! 雷出ちゃう! 見たい? やめておいた方が……だってほら危ないし? 焦げるよ? …………眉毛。
 開け始めた森の奥へ、じりじり追い詰められてゆく連れをのんびり追うエンジ。視界の端に映った白い小花がつくりものなのが少し残念だったくらいで、
「オクスリとキツネとヘビと……。他にもとにかくすごいロカジンだから、ご期待アレ」
 どのくらい凄い? このくらい。いやいや、こーのくらい。たぶん。
 置いていかれるかも? などと人並の不安はどこにもない。横へ縦へ広げて縮めて遊んでいた手を、そのうち口元に添え拡声器ごっこをしていると。くん、と"下"へ引かれる感覚がして。
 踏み出した片足に巻きつき見上げくる上体だけの人形、その眼窩はぽっかりカラ。唇が、ルージュの赤に裂けながらにんまり嗤った。
 ねぇ、ねぇ。ぜんぶ欲しいけれど――地べたから見るととっても好いわ。
『決メタ。そのお月サマ、チョウダイ』

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

エスパルダ・メア
【憫笑】

喪って思い出せねえなら
それはいらねえもんじゃねえのか
…それとも思い切り、絶望したいって?
相変わらずヒトは感傷でしか生きて死なねえんだな

吐き捨てる言葉は笑いもせずに
…出来損ない共がやかましい
喉に出掛けた言葉は姉妹の声で掻き消えて
それでも響く
声も、曇らぬ笑みも
好きなものだと、思い知る

とっておき、ね
ならこの『青』を見てけばいい

瞳も纏う氷も刀身も
ちゃあんと見てけと手招いて
お触りはゴジユウに?

綺麗だろ?
いつこの色になったんだか、もう覚えちゃいねえけど
ああ、素材にはもってこいだとも
材料になんのは慣れててな
砕けて溶けて、また会おう

出来損ないと呼ばれ損ねた
くだらない感傷は何よりも鬱陶しいんだって
笑え


キディ・ナシュ
【憫笑】

作り手が違えば
わたしも壊される側だったのかもしれません
ですが絶望も、感傷も
どれほど嘆いても手放せないのが
ヒトという生き物の在り方なのではないでしょうか

おねえちゃんたちと共に割り込んだ先
継ぎ接ぎさんたちへ
お日様のようなぴかぴか笑顔を向けましょう

逃げる恐怖に染まった方のお顔より
笑顔の方がニコラスさんもきっと喜ぶのではないでしょうか
それにわたしは、マスターの手による最高傑作
これほどとない、高級素材になれると自負しております!

つつかれても
叩かれても
悲しいお話をされたとて
詠う声と冷えた青がある限り
此度笑顔は絶やさず
決して曇りは致しません

ええ、だって
わたしはとても良くできたお人形なのですから!


イディ・ナシュ
【憫笑】

断ち切ってあげてくださいと願う
星を抱く優しき導き手の言葉
感傷と断ずる
鋭い剣の声
ええ、解っております
それが正しい選択であり
正しい強さであろうことは

私と義妹の旦那様も人形師なのです
きっと役に立つでしょう
お人形とアリスの間に割って入り
恰も同類のように、親しげに話します

ニコラス様が望む儘の言葉を紡ぐ
この声は如何ですかと
書を開いて詩篇を詠う
打たれ斬られようと
声音も顔も一切揺らぐ事はなく
貢ぎ物を示しましょう
これだけは、私のものですから

一身に愛情を受けて生まれた
少女人形の眩しい笑顔
誰の目も惹くのであろう鋭くも美しい青色
それを映す眼に滲む
身勝手な、無いものねだりの羨望は
伏せた瞼の裏に消えてしまえと




 だん、と荒く地を踏みしめたなら蜘蛛の子散らすように逃げ出してゆく。
 奇怪な人形たちを前にして。
 エスパルダ・メア(零氷・f16282)は胸の内昏く渦巻く不快感を隠しもしない。常ならば意気地のない敵だと笑い飛ばしてやったところだろうが、今、男の心はここにあってここにあらず。
「喪って思い出せねえなら、それはいらねえもんじゃねえのか。……それとも思い切り、絶望したいって?」
 相変わらずヒトは感傷でしか生きて死なねえんだな。
 吐き捨て、――ここにいてここにいないものを。
 歪な彼らの落ち窪んだ眼窩の奥に見るように、強く睨めつけている。
「……」
 俯きがちなその顔色は前髪に遮られ窺えない。否、窺おうともせずに、イディ・ナシュ(廻宵話・f00651)は夜のドレスを嫋やかに揺らして歩み出た。
 断ち切ってあげてと願った星抱く導き手の言葉。いま、凍てるほど鋭く感傷と断じた剣の声。
(「ええ、解っております。それが正しい選択であり、正しい強さであろうことは」)
 けれども――、  すべてのものが、同じ光を。強さを持てる世界など。
 声もなく、腰を抜かしているアリスのもとまで進む彼女の後。たっとその足跡を踏み、弾む足取りで追うのはキディ・ナシュ(未知・f00998)。
(「作り手が違えば、わたしも壊される側だったのかもしれません」)
 けれど、絶望も。感傷も。
 どれほど嘆いても手放せないのが、ヒトという生き物の在り方なのではないでしょうか――思案は心の奥深く。目が合った人形へにこやかに会釈して浮かべる笑みはぴかぴかお日様のそれ。
 次の瞬間、突然両肩に手を置かれたアリスの女は分かりやすく震えるも、ひとりでよく頑張りましたね、と。
「人形のお相手は、人形がするものです」
「そうですとも、あなたの綺麗な涙は嬉しいとき用に取っておいてくださいね」
 儚くも頼もしい――見目だけでいえば、自分より年下の――娘たちにほうと見惚れてしまう。
 光と闇。陽と月。正反対の存在のようでいて、限りなく似ている。
 そのうつくしさに惹かれたのは生者だけではない。
「私と義妹の旦那様も人形師なのです。きっと役に立つでしょう」
 あたかも"同類"であるかの如く、イディが人形へと穏やかに語り掛けたときだ。
 エスパルダの威圧により散っていたいくつもがかさこそと寄り集まって、剥き出しの興味を示してくるのは。
『アラ、あら。オ人形? ニンゲンではナク? まぁ……ニコラスが見たラなんテイウかしラ』
『悔シイかしら。喜ブかしら――いいえイイエ、壊されてシマウのガお決マリネね!』
 そうしたら私たち、本当の"オナジ"になれるわ。

 ギャッギャッゲッゲッ!

 それは笑いだった。カラスの鳴き声よりもずっと悍ましく、けたたましい笑い。
 がさがさと粘土の森全体がさざめくかの多重奏。
 ……出来損ない共がやかましい。
 舌打ちとともにエスパルダの喉から零れ落ちかけた酷くつめたい言葉は、しかし、しんとして通るイディの声が遮った。「それもいいかもしれませんね」などと、いつも通り茫洋とした声音で。
「そのためにも、ここで長話している時間が惜しいというもの」
「わたしと混ざると皆さんも、もっと上手に笑えるようになるかもしれません。ほら、見てください」
 続けるのはキディだ。
 わたしはマスターの手による最高傑作――。
 これほどとない高級素材になれると、自負しております! そう、両の指で自身の面を指さしてみせる少女人形は、如何に鼓膜を害されようと変わらぬ笑みでそこにいる。逃げる恐怖、素材に選ばれる恐怖で染まった顔よりも、笑顔の方がニコラスも喜ぶはず――伝える考えまでもが、どうやらとても刺さったらしく。
『たシかニそうダ。イマまで、そんな迷子いなかっタかもシレナい』
『変ナお話。彼がイツモ、いつモ好きダト言ってくれていタのにね?』
 俄かにざわつく人形たちの輪の外で、顔のパーツを耳以外与えられなかった人形はどこか面白くなさそうな様子だ。
 持たざるもの。
 ……共感などと、するはずがないとして。
「私からは。ニコラス様が望む儘の言葉を紡ぐ、この声を差し出すことができます」
 その傍らに屈みこむイディ。白蒙の書の分厚い表紙を音立てて開き、耳障りの良い詩篇を選べば、唇に乗せる。
 詠う。 囁く。
 どんな暗闇に苛まれようと――。
 ――これだけは、私のもの。

 冷ややかでいて傷は残せない? 凛と気高いようで、どこか物寂しい?
 作られたモノの声音は、はたして如何様に響いたろうか。
 そこまでしてやる必要が、あるのか。
(「オレには到底思えねえ、が」)
 それでも響く、声も。その傍らの曇らぬ笑みも。
 好きなものだと、思い知ってしまう。
(「はいではお気をつけて、つって見送ってもらんねえだろ」)
 ふたりのうつくしき娘を連れ行く形で纏まりかけた人形たちの間に、ひと呼吸ののちエスパルダは一石を投じた。文字通り、纏う氷の礫を以てして。
「まだ話は終わってねえぜ。見ていけよ、オレの"青"も」
 手招く指から零れ、粘土石を削りながら砕けた蒼氷が、バラバラに跳ねて人形たちに降り注ぐ。
 宝石の雨――目出度くメルヘンチックな連中の夢に付き合ってやるのも、本日限りだ。 お触りはゴジユウに? 呼び掛け前から押し合い圧し合い取り合う様に、依然苦々しいものが滲むも。
「綺麗だろ? いつこの色になったんだか、もう覚えちゃいねえけど」
 瞳、刀身。
 佇んでいれば同じ色彩と煌めきを有するそれぞれへ、順に興味が注がれるのが分かる。
『アァ……二人デ行ったユキの国ヲ思い出ス』
『彼ガ選ンデくれたペンダント。ドコに仕舞っタのカ、分かラナくなってシマッテいたノ』
 首飾りなどつける構造もしていないだろうに、生首が嬉々として土気色の頬を染めた。
 ああ。素材にはもってこいだとも。
 材料になんのは慣れててな、そう、簡単に言ってのけるエスパルダの横顔をキディは盗み見てしまった。いつも通りの飄々とした強さ。でも、人形たちが語るどんなお話より――否――、だからこそと尚笑みを深めて。
「決まりですね? それでは皆で向かいましょう。わたし、アトリエが楽しみです!」
 おーっと拳を振り上げては、曇りはしない太陽でいるとちいさな胸に誓う。
(「ええ、だって。わたしはとても良くできたお人形なのですから!」)
 自己を正しく定義する。
 異形たちの背を押すほどにたった駆け出す元気印の後ろ姿。
 その決意を支える拠り所は、作り手の念、冷えた青の他にもうひとつ。詠い続けたイディの声。彼女の読み聞かせが余程心地よかったのか、眠り込んでしまった人形はコトがコトならばこれだけで完封勝利とさえ言えた。
 ……一応は、自分の価値を認め望み選んでくれたものだ。
 抱きかかえて歩むイディの視界には、今日もふたりがいる。
 ――一身に愛情を受けて生まれた、少女人形の眩しい笑顔。
 ――誰の目も惹くのであろう鋭くも美しい青色。
 身勝手な、無いものねだりの羨望は。ともすればこの場の何れよりも醜いのではないか。滲む黒など伏せた瞼の裏に消えてしまえと念じる頃。
 瞳を閉じるから知ることのできぬ痛みもあること。
 砕けて溶けて、また。 などと。
 嘯けど。出来損ないと呼ばれ損ねた、くだらない感傷は矢張り何よりも鬱陶しい――エスパルダがひとり浮かべた笑みは、奇しくも。誰へも渡せはしない、とてもうつくしい傷痕をしていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

鳳仙寺・夜昂
希望があるように見えること。絶望しかないことに気づくこと。
どっちが幸せなんかね。俺はもう考えたくねえけど。

アピールするのは自分の、少し金がかった緑色の目。
母さんとは違ったから、……父親と同じ色だって零してから、あんま好きじゃなかったけど、
まあ、こういうとこで役に立つなら、いいわな。

人形を適当にあしらいながら、じーっと睨んでる。
……自分を自分でアピールするってのが苦手だから、睨んでるだけになっちまうんだけど。
ええい、ちまちまつついてんじゃねえ。(錫杖でべしべしとして散らそうと)


※絡み・アドリブ歓迎です!




 希望があるように見えること。絶望しかないことに気づくこと。
 どちらが幸せなのか――もう、考えたくもないけれど。
「あんたらに聞いたところで、な」
 鳳仙寺・夜昂(泥中の蓮・f16389)の歩みに従って、しゃん、と清らかな音で錫杖が鳴る。
 険のある顔立ちと佇まいをしておきながら、案外と静かに歩むものだ。その音と声でやっと男の存在に気付いたのだろう、数体の人形が素材探しをやめ、ぐねんと振り返る。
『アラ。リッパな男の子ガいるワヨ』
『本当! 彼の若イ頃ニソックリねぇ』
 そうだったかしら? いいえ彼はこうこうこうであれがそれでと早速白熱するおしゃべり。まるで寺に集まって井戸端会議をはじめるご年配のそれだ。めんどくせえ、と後ろ頭を掻いた夜昂が「帰るか」と半分冗談で呟いたなら、がさがさっ!
 跳ねて滑ってたちまち取り囲んでくる人形たちだから、訂正しておこう。やはり寺に集まる霊のそれ。
「……なんだよ」
『綺麗なミドリ』
『視力は? ヨク見えるの? ワタシもネェ、すっカり老眼だったカラ』
 お望みは瞳らしい。
 紫の舌を出して舐めんとしてくるのはコンタクトを疑ってか、何れにしても気色悪いこと他ならない。
 少なくともあんたよりかマシだ、そう眉間に皺寄せ銀鈴の石突で控え目に打ち払っただけで、逆向きにぽっきり折れ曲がりながら失敗作は遠のいた。……痛みは、ないのか。それが唯一の救いか。
(「ったく、悪趣味なことしやがる」)
 作り手が地獄行きか否かなどと断ずるつもりもないとして――、ああ、最低限働く気はあるとも。
「欲しいのは色自体だろ。母さんとは違ったから、……父親と同じ色だ」
 沈みかける声を意図して凛と保て。
 称えられた彩を以て、お望み通りよく輝くよう。不遜なまでに睨めつけてやるのだ。

 ぐる、ぐるぐる。
 夜昂の周りを何周かして、乾いた音で手は打ち鳴らされた。合格、そう言いたげに。
『イイワネ。明るイ緑の瞳、切らしてルって言ってたモノ』
『強サもいい。ウデはダメなのカ? 逞シくッテ、包丁ヲ使うのニモ役立ちソウなのニ』
「腕は……あー、まあ、一応駄目だな」
 世話になった住職に操を立てるというわけじゃあないが、腕、ひいてはそこに通す念珠で唱える経文は"生まれ変わった"自分が初めて得たもの。くれてやるには、――些か。
 実は料理も得意です、なんて言おうものならこの場でもぎ取られかねない。から、羽織のポケットにさっさと突っ込んで隠すとあたりでブーイングが上がった。
「もっかい殴って散らされたいって?」
『やぁネェ、近頃ノ若イ子ったら!』
 でも、なんだか落ち着く香りがするわね?
 本当? あら本当、何かしら。……線香を好むとはぞっとしない話であるが。人だかりもとい人形だかりを泳ぐように切り抜けながら、夜昂もまた開かれた道へと迷わず歩み始めた。
 傍らに捨て置かれた割れた鏡を見遣れば、やはり変わりない、こんじき帯びた緑が鮮やかに見返していて。自らの目元に触れる。投げ出せなかったもののひとつ。
(「……、あんま好きじゃなかったけど。まあ、こういうとこで役に立つなら、いいわな」)

成功 🔵​🔵​🔴​

リオネル・エコーズ
髪は星空
目は花色
翼は夜に射す光
母さんたちがそう言ってくれた俺の姿
どこを推そうか迷ったけど…コレにしよう

寄って集って追い回すなんて駄目だよ
礼儀正しくしないと
笑顔で止めたらオーラ防御を展開しながら翼を広げて
色・形がよく見えるよう大きく動かして飛び続ける

君たちのご主人様に夜明け色の翼なんてどう?
見ての通り、俺の翼はこんなに立派
そのまま使ったらきっと凄いインパクトだろうね
羽根を飾りに使ってもいいんじゃないかな
風切り羽根ならほら、色の変化が最高に綺麗だよ

素材審査で攻撃されるのは正直テンサゲだけど
そこは空中戦の容量で躱してアピールに繋げていこう

…羽根ペンにしたい、って言われたっけ
彼女の言葉をつい、思い出す




 やばたに……。
 ドギツイ芋虫の次は歩き回る生首。この世界で出会うものの衝撃的さに絶句してしまいそうになるリオネル・エコーズ(燦歌・f04185)だったが、そこは頬を抓って、確りと目の前の現実を受け止める。
 今日、自分が何をすべきか。何度も反復して頭に叩き込んできたから。
「寄って集って追い回すなんて駄目だよ。礼儀正しくしないと」
 低空で飛びゆく眼下、己を矢として突き立てるように。着地を決めたリオネルが起こす風に強く揺らされた木々から、花弁がさあさあ落ちてくる。
 花の白はつくりものだとしても、落ち着く。ふうとひとつ息吐けば、自身と人形たちの間、急に降って湧いた天使に瞬きを繰り返す少年に笑顔で向き直った。
「転んで怪我とかしてないね?」
「う、うん」
「よしっ。なら大丈夫、ここは任せて」
 短いやり取りの最中にも人形は生者へと飛び掛からんとしているのだ。片脚片腕で発条のように弾んで、頭であちこちの出っ張りを飛び移って。けれども、届かない。
 リオネルが大きく広げた一対の翼とそこに纏わる不思議な力に遮られ、玩具みたいに弾き転がされてしまう。
 背を押してあげたアリスが頭を下げて駆けてゆくまでを見送ってから、やがて振り返り「おまたせ」と。
 血汚れひとつ染み付いていない翼を勇壮に動かし、リオネルは今一度地を蹴って。

「君たちのご主人様に、夜明け色の翼なんてどう?」
 宙を滑り、自ずから人形たちの側へ詰めてみせた。
 大きな翼の齎す風に欠けた躰のものたちは満足に立っていられないらしく、ふらふら、ころころ。あちこちに散ってしまうのを、あろうことか抱き上げてやるサービス付き。立派なつくりでしょうとくすくす笑って。
「これ、そのまま使ったらきっと凄いインパクトだろうね。羽根を飾りに使ってもいいんじゃないかな」
『飾りニ? アァ……よそ行きボウシにピッタリね』
 夜から朝へ。素晴らしいグラデーションを宿す風切り羽根なんて、もう最高!
 当人が示すより先に食いついた人形だが、手を伸ばしてもおたのしみはまた後でとばかり見えぬ壁が阻み続けている。同時、身を傾けて斜め上方へと駆け上がるように回避行動をとったリオネルのすぐ後を、粘土玉が飛んでいった。
「みんなもお気に召した?」
 投擲してきた人形たちの方へと腕の中の生首を返してやれば、わあっと散って集まってと騒がしい。
 見た? 見たとも、みたみたみた。
『ソレに、動キもとっても軽ヤカだワ』
『彼ナラきっと、コノママ使いタガルはずヨ。よく言ってたモノ。私ハまるで……』
「こらこら、取り合いはアウトだよ。こーんなにあるんだしさ。ほら、ね?」
 衣服へ。装飾へ。背へ。白熱しかねない小競り合いに手を翳し、リオネルがさわさわ揺らしてみせる一対に異形たちはすっかり釘付けだ。
 翼持つ天使――それは作品の行き着くひとつの最終形なのだろう。
(「……羽根ペンにしたい、って言われたっけ」)
 思い出すのは"彼女"の言葉。
 手の内、
 いつしか抜け落ちていたひとつを、そっと握れば先ゆく人形を追う。
 髪は星空、目は花色。翼は夜に射す光――授けた母が、贈ってくれた言葉の通り。この身体が尚も役に立てるというのならば、何にだって。

成功 🔵​🔵​🔴​

エドガー・ブライトマン
絶望の国か
ああ、いやだなあ。国ひとつがだめになってしまうなんて
王子として悲しいよ

しかしそれが平和の為であるならば
この手で終わらせてやるのもまた、王子様の務めさ
そこに迷いなんてあるハズもないよ

ええと、……ニコラス君といったかな
彼に会わせてもらわなくてはね

やあ、ご機嫌よう人形の諸君。迷子です!
じいと見つめることはアピールになるだろうか
私の青い瞳はね、一族の中でも際立って鮮やかだと言われているんだ
それこそ私の国を建てた英雄、私の先祖
アルブライト、そのひとのようにね

フフン、多少ちょっかいをかけられたって負けやしないさ
わずかにでもひかりがあれば、私の瞳は輝いてしまう

どうだい?キミらのお眼鏡にかなうかなあ




 そこらに咲いた紛い物の白百合は、香り立ちそうな造形美。
 常ならば芸術的だ作り手にお会いしたいと褒め称えたかもしれぬが、なにせその作り手が元凶ときている。エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)がアリス探しも兼ねて視線を上下左右へやる度、左腕の赤薔薇がキリキリと茎を伸ばした。
「分かっているとも、レディ――絶望の国か。ああ、いやだなあ」
 国ひとつがだめになってしまうなんて。王子として悲しいよ、そう独り言ちて花から腰の鞘へ触れるエドガー。
 しかし、それが平和の為であるならば。
「この手で終わらせてやるのもまた、王子様の務めさ」
 そこに迷いなどある筈がない。
 ニコラスといったか――まずは問題の男に会わねば、と顔を正面に向けたときだ。
 豪速で飛び来る物体を見とめたのは。

 "王子様"に触れるには、そんな具合じゃあ千年掛かる。
 瞬きよりも迅く革命剣は抜き放たれ、眼前で横へと振るわれた。肉を断つのと同じ手応え。ぱかんっ、と間の抜けた音がして、飛来物――人形の頭部が割れ落ちる。
「うん、合っていたみたいだ」
 道はこちらで。明後日のことに安堵していれば。
 続けてがさがさ茂みは揺れて、黒から人形の団体様が顔を出してきた。流れる所作で既に剣を鞘に納めていたエドガーは、まるで害のない明るい笑みをし開いた手を彼らへ振る。
「やあ、ご機嫌よう人形の諸君。迷子です!」
『迷子……?』
『ゲンキな迷子ネ、コワクはナイの』
 四足のものが蜘蛛よろしく背に張り付いてもにこにこ。
 跳ね転がる頭たちが、並び見上げてきたってにこにこ。
 もちろんさ、とエドガーは自らの瞳を指してみせる。私は英雄とともにある、と、そう。

 聞いたことはない? 輝く者の国。
 瞳。 話を切り出せばその青に惹かれたか、関心を示し寄ってくる人形たち。肩まで巻きつかんとした不躾な手をはたき落とすのはエドガーではなく赤薔薇の彼女。 それをすぐ袖のうちに引っ張り込み、
「私の青い瞳はね、一族の中でも際立って鮮やかだと言われているんだ」
 それこそ私の国を建てた英雄、私の先祖――アルブライト、そのひとのようにね。
 すらすらと語られる身の上話に淀みはなく、また、その態度も凛然とした在り方を崩しはしない。そうだとも、多少のちょっかいになんて負けるものか。
「わずかにでもひかりがあれば、私の瞳は輝いてしまう」
 試してみるかい?
 じいと見つめてエドガーが問えば、人形たちは一瞬動きを止めて……それから一斉におしゃべりを始めた。
『そうネェ……色ンな角度カラ見たいワ。マズ取り出してミナくっチャ!』
『彼の寝室ノ日向ニ置こう。ソレトモ月ノ下がイイ?』
『待っテ、マッテ。ネックレスにモ試してミタいヨ』
 そうしてわっと散って。
 茂みにいくつか転がり込んだかと思えば、そこに獣道じみた一筋の道が生まれてゆく。魔法みたいだ! こんな絶望に満ちた国にあっても、言葉通り。エドガーの瞳は出会いに純粋に煌めいて、喜色を浮かべる。
「お眼鏡にかなったなら嬉しいよ。でもなるべく優しく頼みたいなあ。私というか、私の一部が何をしたものか分からないから」
 左腕が疼いて仕方ない? その説明はなんだか違う気もするし。
 宥めるべく己の片腕を撫でさすりながら、悠々とエドガーは歩み出す。
 これから赴く先のかなしいお話を飾り立てるようにも、彼らの旅路には白に混じって赤が、てんてんと続いていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

旭・まどか
やぁ、こんばんは。不思議な案内人さん
君に僕が持ち得る魅力を提示すれば
素敵な所へ連れて行ってくれるんだって?

僕はこの通り、両の手に何も持たなくてね
他人に誇れるモノといえば――この容姿、くらいだろうか

月光反す指通りの良い白金も
陽の元では火傷を負ってしまう柔肌も
嗚呼――そう、愛情の色が籠ったこの電気石と謳われる瞳も

神からの祝福であり賜りものだと思うのだけれど
どうかな


君たちが認めてくれたなら、案内して
其の許へ

未だ不十分だとごねるなら
君たちの望みを叶えてあげよう

何が欲しい?
微笑みか眼差しか、この瞳か
それとも僕自身?

そうせ借り物偽物創り物
失って困るものなど何も無いよ

――僕自身でさえ、ね

捧げよう君の望む侭に




 陽の光か月の光か。
 温度もなくしんしんと降り注ぐものが、旭・まどか(MementoMori・f18469)の白磁の肌に青紫の影を落としてゆく。この森は静かで。存外歩きやすいことだけが良かった。あとは――御覧の有様。
「やぁ、こんばんは。不思議な案内人さん」
『アラ』
『まァ』
 お集りの異形たちへと声を掛ければ、不規則な震えとともに一斉に振り返る。
 けれどもまどかは怯えるどころか、甘い色した双眸を細めながら歩み出た。淑やかな足取りだ。指の先、一挙手一投足までも如何に"魅力的に"みせるか、この歳にして既に心得ている所作。
『今日ハ迷子が多イのネ』
「迷子……そうだ、君に僕が持ち得る魅力を提示すれば、素敵な所へ連れて行ってくれるんだって?」
 逃げ惑うアリスは数いれど、話の早い素材は珍しい。
 それに、この少年の姿かたち。
「他人に誇れるモノといえば――この容姿、くらいだろうか」
 この通り、両の手には何も持たなくて。そう口にして申し訳なさげにも眉を下げてみせるまどかの見目は端的にいっても麗しい。
 月光反す指通りの良い白金も、
 陽の元では火傷を負ってしまう柔肌も。
「嗚呼――そう、愛情の色が籠ったこの電気石と謳われる瞳も。神からの祝福であり、賜りものだと思うのだけれど」
 どうかな、と髪を、肌を、瞳を。 順に撫でつけ示しながら口許に浮かべるは愛想の良い作り笑い。
 "自ら"を胸を張り売り込むようでいて、それが如何なる感情のもと滲んだ笑みか。獣が言葉を解せぬように、欠けた人形に心など解る筈もない。

『彼、ヒフがスコシ足りナイって言ってタよね』
『それヨり見テ。さっき見つケタ迷子より、瞳のイロがメズラしいワ』
『アイ情――ですッて! ワタシたちニピッタリ』

 故に見たままを鵜呑みにして、やれ綺麗だ欲しいと騒ぎ立てる。
 間もなくいくつもの手や、手でないものがまどかの両の手を引いた。
 気安く触れるな、姦しい。
 振り払ってしまいたくなる衝動を微塵も表出させず、友好的……そう表現すべき声音と顔色を保って、お褒めにあずかり光栄だ。案内して、其の許へ。優しく擽るかの言葉を手向けることのできるまどか。
「捧げよう。君たちの望む侭に」
 ――欲すればいい。
 微笑み、眼差し。この瞳。
(「どうせ借り物偽物創り物。失って困るものなど、何も無い」)
 僕自身でさえ、ね。

 いいや、

 いっそ失ってしまえたら。
 決して投げ出せぬのなら、そうして失い目的のためには仕方なかったと結論付ければいい――なんて、如何にも人間"らしい"思考放棄は目的地までの暇潰しだろうと滑稽で笑えた。 恐らくは、退屈な芝居の中、最も自然に。
 影が伸びる。哀しいまでに、ひとのかたちをしている。
 誰より奪ってほしい存在へは、永劫届かぬ願いだというのに。

成功 🔵​🔵​🔴​

芥辺・有
すてきなものなんて
持ってやしない 考えたことすら
けど……ああ、そういや、前に言われたことがある
花の盛りも過ぎた頃さ
目印みたいにひかる瞳なんだって
そうかな どう思う?試してみなよ

……ああ、そっちに行ったらだめだろ
そこに私の目はないよ
腕に杭をあてて滑らせて
こぼれる血で行く先を塞ぐように
縫い付けるように
この目で追いかける
壊しゃしないよ 優しくもしないがね

そら、よく見ておいで
私もお前らから目を離しはしないから
そうやって近くでごらんよ
説明は下手なんだ だから見てんだ
ただじっと目の前の瞳を観察するように

なあ、どう見える
これはさ、お前のそれよりいいものなのかい
私からじゃ見えないんだ 教えてくれよ




 コートのポケットを叩いてみても、入っているのは安タバコか錠剤くらい。
 本体がこうなら持ち物だってこうだ。すてきなものなんて、持ってやしない。少なくとも芥辺・有(ストレイキャット・f00133)は自らをそう断ずる。 ……考えたことすら。
 ふらり、漂うかの足取りはどうやら前へと向かっている。酩酊みたく右も左も分からないが、惰性のようで、選んでいる。
(「ああ、そういや……」)
 前に言われたことがあった。
 花の盛りも過ぎた頃。目印みたいにひかる瞳だと、この両の金を指して。
「そうかな。お前にはどう見える?」
 どう思う。試してみなよ、 振り返りもせずに、後をよく似たすり足でついてくる足音へと声だけ投げかけた。
 有は、ひと跳びに弾丸めいて距離を詰めてくるそれを、足を引っ掛けるという気怠くも無駄のない動作で転がす。そんなにも興味を抱いてくれたならありがたいって話だ、まったく。
 地面で強かに頭を打ち付けたそれ――背丈のさして違わぬ隻眼人形は、弾むまま茂みの奥へ消えてしまいそう。
「……ああ、そっちに行ったらだめだろ。そこに私の目はないよ」
 目で追う女の手にはいつしか黒色の杭。
 ぴ、 と片腕に引き攣る痛みは有自らが与えたもの。直後には蚯蚓腫れを通り越してぱっくり縦長の口を開いた生傷から、同じ色した鮮血が飛沫を立てて噴き出した。
 ユーベルコード、列列椿。
 誰も逃がさぬ赤い杭は、点々と散った血だまりから"生えて"、死者をも檻のうちに閉じ込める。
『モウ! レディにナンテことヲするノ』
「そいつは悪かったね。その禿げ頭じゃみんないっしょくたに見える」
 四肢を地べたへ縫い付けられ、唯一動く頭をぐらぐら揺らして精一杯に抗議する人形。
 ポケットに手を突っ込んだまま歩み寄る有は、「それでさ」と雑談の延長のようにおしゃべりの続きをはじめた。見上げたなら、こんじきは夜に浮く星か月か。 それとも。

 ――そら、よく見ておいで。
 もっと近く。もっともっと近くでごらんよ。女の掠れた声の他には、ぎりぎりといきものの関節の軋む音が響く。異様な空間だ。異質な箱庭。そんなもの、この国そのものが。
 "彼"の為だろう、必死に首を伸ばして光を見出さんとするけなげに僅か笑みを零して。有は、屈んでその頭を両の手で固定すると、千切れんばかり。だのに、丁度壊してやらぬ塩梅で。黒い毛先が掛かって影をつくるほど、間近に覗き込んでやる。
「説明は下手なんだ。これはさ、お前のそれよりいいものなのかい」
『アカル い金色ヲ、』
 空気の音が時折発声を妨げている。
「私からじゃ見えないんだ。教えてくれよ」
 催促じみて続ける。
『ニコラ はオ日様のヨウ 褒  くれ、 ワ』
 けれども、そう。 おひさま。
 目の前の"リリー"と、自分自身。似た色を有していても、結局はひとから貰った思い出でしか語れない。
 だからきっとあなたの金も気に入る! ボロになってまで人形が吐きたがった合格通知を、既に女は聞いてはいない。
 片側の空洞。 じ、と、見つめ続ける底に誰かが愛したひかりが揺れた――――ように、見えて。

成功 🔵​🔵​🔴​

イリーツァ・ウーツェ
アリスの保護、並びに
オウガの破壊を、承りました

素敵か否かは、解らないが
アリスの細い足よりも
私の足の方が頑丈だ
どんな人間の足よりも
私の足の方が力強い

思い出が、ぐちゃぐちゃ
其れは、如何云った感覚なのか
私は、未だ"思い出"を失った儘
付随する物が無い記憶は
只の記録でしか無い

思い出が渾沌する事は
苦しいのか
……私も、何時かは
否[いや]、今は関係の無い事
任務に集中する




 ――アリスの保護、並びに。
 ――オウガの破壊を、承りました。

 それが与えられし任務ならば。
 イリーツァ・ウーツェ(禍災竜・f14324)が疑問を抱くことはない。今しがた蹴り飛ばした頭が元はにこやかに幼子の胴の上乗っかっていたであろうこともまた、全て逆転せぬ過去のひとつに過ぎず。
「素材を運んできた」
 男は多くを語らない。
 そしてこちら(自分)がその素材になりますとまで、丁寧に事前説明してやる性質を持ちあわせていなかった――こと相手はオブリビオンに連なるもの。欲するならば欲せよと破り抜くのみ。ふたつの瞳のその間を、目にも止まらぬ蹴撃で。
『ァ゛ッ、みえ』
『ちョッと、モウちょっとやさしギュッ』
 吹き飛ばされた一体がまた別の一体にぶつかり諸共、土くれと化してしまう。尚も収まりきらぬ風の圧があたりの草木を薙ぎ倒した。脆い粘土だ。所詮、壊せば壊れる。
 イリーツァにとって、そも武器とは枷でしかない。
「失礼。加減というものは学習中だ」
 半分誠で、半分嘘。 学べる気がしないと匙を投げている部分はある。
 生者の身であれ掴めば折れるというのに、それが亡者となれば。たとえば傅いて手を取り起こしてやったとて、その手だけが取れてしまうのが関の山。
「――。見ての通り、私の足はアリスの細い足よりも頑丈だ。素敵か否かは、解らないが」
 どんな人間の足よりも、私の足の方が力強い。
 実演が先立ったこともあり。今更になって低く言ってのける"アピール"は、その声量以上に人形たちの胸に染み渡ったことであろう。

『イテて……アーア、ニコラス治しテくれるかしラ』
『ムリむり。目玉以ガイはクズ山行きデシょ』
 イリーツァの前を転がる人形――最早肌色の塊というべきか。とにかく、その塊たちがおしゃべりをしている。
 必要な案内を取り付けた竜はあれきり黙ったままだ。屠るべき首魁でもない、守るべき雛でもない、協力すべき猟兵でもない。そんな存在と会話を続けることに、意味があるとも思えなかった。
(「思い出が、ぐちゃぐちゃ。そう言っていたか」)
 代わって振り返るのは拠点で耳にした言葉。
 其れは、如何云った感覚なのか――未だ"思い出"を失った儘のイリーツァには想像などできない。
(「付随する物が無い記憶は、只の記録でしか無い」)
 人間は分からない。
 一度も体験したことのない御伽噺に心傾け、時には涙まで流す彼らのつくりなど、そこ行く化物以上に奇異だ。
 足元に跳ねる胡粉の水溜まりは、竜の特徴を有していたとて確かに、人の姿をひとつ多く映し出しているのに。 歓喜。憤怒。悲哀。悦楽――――いずれも遠い。
 思い出が渾沌することは、苦しいのか?
(「……私も、何時かは」)
 ――否。
 思考に沈めば成果は得られるか。得られる訳などあろう筈がないと知って、より多くを"為す"ため。返り血に取り替えたばかりの真黒い手袋がぎちりと、奥底の軋みを代弁するかの如くに鳴いた。

 道は開けている。

成功 🔵​🔵​🔴​

コノハ・ライゼ
襲われてるアリスがいたら割り込んで庇うネ
どちらにしろ堂々と、見目の良さを誇示して振る舞うヨ

体の線を隠さぬ服、指先は磨き整え、眼鏡は外し薄氷を確と曝し
髪は素の白銀
たとえ一部だってあの人を意味するモノは渡せナイから

さあお好みはドコ?
全部キレイでしょう、けどオススメってんならやっぱーーイロだって変わる、この瞳
そう右目の刻印「氷泪」に血を与えじわり朱を滲ませる
攻撃を受けたら今回ばかりは自分に傷を付けぬよう
持てる力の全てで躱し避けオーラで防ぐわ
だって傷は商品価値を下げるでしょう?
反撃はアオとアカの混ざる雷で
あくまで返り血など浴びぬようにネ

さあさ、ちゃんとエスコートして頂戴
このオレを「いかせる」モノならね




「ハァイ、そこまで」
 いまにもアリスへ飛び掛からんとしていた人形。その手首をにっこり笑顔で掴むコノハ・ライゼ(空々・f03130)。
 足元には既に足蹴にしたふたつほどが、じたばたと転がっている。
 そのままダンスに誘うようにくるり身を反転させ立ち位置を入れ替えたコノハは、アリスの少女を背に庇う形へ。ゴメンけど、このコたちとおハナシがあるから。またネ、微笑みかけてみせる余裕まで常通り。
 すこし違うのは、その髪色から彩が抜け落ちていて。瞳を覆う薄硝子が無い分、薄氷が一層つめたく冴えること。
『酷イワ! そノ子、案内しテホシイって言ってたノニ』
「あらホント? じゃ、代わりにオレを連れてってヨ」
 万に一つでも。たとえ一部だって、"あの人"を意味するモノは渡せない。
 損はさせないからと畳みかける言葉に、胸の奥底秘めた決意は滲まずとも。

 さあ、お好みはドコ?
 人形たちの目的は既に知れていた。品定めを始める彼らにうんと身を寄せれば、全方位ひけらかすかの如くにターンを一度。ふうわり漂う甘い酒精の香。けれどもよく磨き整えられた指先が清廉潔白であるように、最も染み付いているであろう血の臭いこそは上手に隠す化け狐。
『白イ髪ノ毛、探シていたンジャないカ?』
『爪モ欲しいワよね。彼がクレた、キレイな指輪がモット映えるモノ』
 歪な発声にもかろりと笑って、
「全部キレイでしょう、けどオススメってんならやっぱ――」
 イロだって変わる、この瞳。
 額だってくっつきそうなほど近く、瞬きもせずにコノハが開いた青が。その、右のひとつが不意にとろりと朱に染まる。
 海に夕日を落としたみたい! ロマンチストなリリーが口走れば、いいえ空よ。違う紅茶だ、と口々にリリーたちの品評会が始まって。
「どれもハーズレ。正解は、もっとステキなモノ」
 氷泪。 刻印は血を受け取り、血を欲して、青赤のいかづちを迸らせた。
『ギャッ』
『――まぁ、ミた? 今の! 綺麗ナ光!』
『へえぇ。カミサマみたイだネェ』
 黒焦げになったお仲間に目もくれず、人形は盛り上がりを見せる。
 曰く、商品価値が下がるから。返り血が飛び散る前にとっとと身を引いていたコノハは、むしろもう一度もう二度三度と纏わりついてくる彼らに肩を竦めて。
「案内するコはしっかり残ってよネ?」
 ふっと笑い混じりの息吐けば、ご期待に応えてやるのだ。

 ――――。

 ぷすぷすと黒煙が立ち昇る。
 肉のようで、土のような。ものの焼けたにおいは木々の合間を這い回り、墓もないままどこかへと還ってゆく。煙の筋を追って数拍だけ狭い空を仰いだあと、当のコノハは軽く首を鳴らし、たったひとりになった人形を見下ろして。
「さあさ、ちゃんとエスコートして頂戴」
 欲しいものも、望む神秘もここにある。
 荒れ狂う稲妻から一転、コノハがゆるやかに差し出した右手は酷くつめたい指に力強く引かれた。
 そう、試してみるといい。 ――このオレを"いかせる"モノならね。

成功 🔵​🔵​🔴​

矢来・夕立
黒江さん/f04949
(最終的に)アピールするもの:黒江さんの眸

オレのことを褒めてください。

それで人形の注意を一人に寄せられるかもしれません。
なんでもいいですよ。強いとか、役に立つとか。
人形が「欲しいな~」と思うような感じで。

かお。
そうですね。自負するところです。
闇討ちなしで真正面から正々堂々と殺せばいいんでしょうか。
殺す必要はなくとも殴り返すくらいは――…
あの。あの、分かられてます。多分もう分かられてます。止めていいです褒めるのは。止めろ。

はあ。…眸、使いましたよね?ひかりましたよ。
誰かさんのせいで何か弾き損ねた感じがしたし。
それに「綺麗だ」って思、

…今の、アピールに入るんですか。嘘だろ。


黒江・イサカ
夕立/f14904
アピールするもの:僕の眸


お人形さんかあ
まあ、僕が殺してあげた方がいいんだろうけど… ひとまずいいかな
仕事熱心なゆうちゃんがいるからね

はいはい、褒めればいいんだね
お人形さん方も自分で欲しいと思ったものにすればいいのに

うーん、そうだな… 夕立ってかおが綺麗だよね
何しても可愛いんだよ
女の子みたいにしてても可愛いし、睫毛だってびしばしだし
しかもすぐ顔に出るから、ついいじめたくなっちゃうんだ、

おっとっと
攻撃が此方に流れてきたらUCで回避
僕の眸は特別製でね、死線ってやつが見えるのさ
これが結構綺麗に見えるんだよ 見せられるなら見せてやりたいくらいで

………
えっ、僕の眸がお気に召したの!?




 道の脇、茂みのあちこちからはみ出す赤。
 散らばる肢体。
(「お人形さんかあ」)
 黒江・イサカ(雑踏・f04949)の這う視線は、そうした剥き出しの死を等しく撫ぜてゆく。みんな僕が殺してあげた方がいいんだろうけど……ひとまず、いいかな。
 今日は仕事熱心なゆうちゃんがいっしょだ。
 と、
 その袖を微かに引く手もある。ゆうちゃん――ことほんの一歩分前を歩く矢来・夕立(影・f14904)だ。夕立は歩みを止めることで、イサカを自分の方へと向かせた。
「オレのことを褒めてください」
「……?」
 そこからの、エッジの効いたセリフ。
 冗談を言っている顔ではない。いや仮に言っていても同じ顔であろうが。ともかく、この違いが分からぬイサカでもない――黒き少年の肩越しに景色を見遣れば、まだ遠くに蠢く人形たちの姿。
「それで人形の注意を一人に寄せられるかもしれません。なんでもいいですよ。強いとか、役に立つとか……」
「ははあ。 はいはい、褒めればいいんだね」
 二度頷くイサカはすぐにその指を引き返し、逃げも隠れもせずご一行の側へとつま先を向けた。例示されずとも湯水のように、それこそ頭のてっぺんから爪先まで述べたっていいチャームポイント。
 全て教えてやる気もないから、ひとつまみだけ。
「お人形さん方も自分で欲しいと思ったものにすればいいのに」
「自己アピールや知人の紹介なんて、いくらでもウソつき放題ですからね」
 なんか人形心にも欲しいな~って思うようなアレで頼みます。
 いけしゃあしゃあ言ってのける夕立とともに。

 けれども、イサカが唇に乗せたならばウソじゃあない。
 リラックスした緩い笑みなんか浮かべ。やあと気安い挨拶をした男はすこし高い位置にある肩を前へと押し出しながら「この子のことだけども」と切り出す。 ぱち、ぱち。生々しく濁った人形たちの瞳の焦点がひとところへ定まって。
「かおが綺麗だよね」
「かお」
 ――そんな有象無象より先に復唱してしまったのは夕立ご本人であり。
 いや。 顔面のつよさは自負するところ。
「そうですね。まぁ、 」
「何しても可愛いんだよ。女の子みたいにしてても可愛いし、睫毛だってびしばしだし」
 ……前髪でもかき上げてみせればいいのか?
 そんな都合の良い前髪はなかった。 続くアピールにうろ、と彷徨いはじめる夕立の眼差しは居心地の悪さを醸し出す。興を引かれたか人形たちはかさかさ寄ってくる。生理的嫌悪に思わずいつもの手――正統派美少年らしからぬエグい暗殺術――を披露するところであったが、それではイサカに申し訳が立たない。
 手のうちで折紙を握り潰しつつ、時の訪れを待つ。
「――聴いてるかい? しかもすぐ顔に出るから、ついいじめたくなっちゃうんだ」

 申し訳が…………。

「それからこれは秘密だけど、 」
「あの。 あの、分かられてます。多分もう分かられてます。止めていいです褒めるのは。止めろ」
 見つめあうなら恋に堕ちちゃえそうなほど間近に迫る一体を"正々堂々"消さんと鯉口を切りつつ、ついに夕立の待ったが掛かる。
 同時、
「おっとっと」
「は」
 "死角であるはず"の。後方から跳び来ていたいくつかから、隣の少年の腕をも引いて身を躱してみせるのがイサカ。
 的を外した擬きがごろぐしゃ地へ伏すのに一瞥もくれず、あやすよう乱れ髪を整えてくれる手に、微かとはいえ眉を顰める夕立の心境や如何に。
 …………。
 あの野郎叩っ斬りたかった。
 いや、そこではない。
「はあ。……眸、使いましたよね? ひかりましたよ」
「ん? そうだっけ――ああ、僕の眸は特別製でね。死線ってやつが見えるのさ。これが結構綺麗に見えるんだよ」
 ユーベルコードの奇跡を茶飯事同然に使いこなすイサカは、見せられるなら見せてやりたいくらい、そう結び人形たちへ向き直って。
 とぼけた様子に息を吐き、……見逃せるわけがないと。
「誰かさんのせいで何か弾き損ねた感じがしたし。それに綺麗だ、って思、 」
 思うまま文句を垂れる夕立による無意識の"アピール"。
 ダブルのパンチに。
 遅れて状況を理解したらしい。正面にて群がっていた人形が、わっと喜色孕んだ声を上げる。
『まア――光るノね? ソレに、視力もトテモいいンだワ』
『黒はイマのニコラスとお揃イのイロ!』
 綺麗ねぇ。 ああうん、綺麗だ。
 是非光らせてみせてちょうだい。
 彼の手のうちで――……がさごそ屑山は一旦は満足したのだろう、躍るみたいに解散していった。

「…………」
 あとに残るは沈黙と、

「えっ、僕の眸がお気に召したの!?」
「……今の、アピールに入るんですか。嘘だろ」
 新たに開けた一本の道。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

風鳴・ひなた
雲珠(f22865)と

常に庇える距離に
奪われてしまいそうなもの
彼はたくさん持っているから
真っ直ぐに、ほんとうを見ようとしてくれるところとか

きみたちの主はもう
求めたうつくしさを覚えていないんだろう
だからきっと僕にさえ惹かれてくれる

示すのはこの身体が持つ力そのもの
巨躯から繰り出す怪力、鋭い爪牙
どれも後から、望まずに得たものだけれど
嫌なことばかりでもないんだ
昔の僕は非力で誰のことも守れなかった
今は違うと、この姿にも意味があると思いたい

人形を薙ぎ払うよう腕を振り上げ、牙を剥き、壊す
脆い命だ。歪でも紛い物でも、命だった

※アドリブなど歓迎
今の姿=挿げ替えられた身体と知らずにいます
変異させられた、という認識


雨野・雲珠
ひなたくんと/f18357

特に取り柄もない身ですし、
【四之宮】でちょっかいかけてくる方のお邪魔をしながら
ひなたくんを褒めます!
素敵なものはそこにあるだけで素敵ですが、
他に欲しがる人がいると
手に入れたくなる心が働くと聞きますし

どうです、かっこいいでしょう
こんなに強い爪と牙があったなら
誰のことだって…ニコラスさんだって守れることでしょう
もしみなさんがいらないなんて仰るならラッキーです、
俺がもらってしまいますから!

大きな体に爪と牙
弱い俺にはただただ頼もしいばかりですが、
強い人は強さに傷つくこともあるのでしょうか

隣を歩きながら案内についていきます
歩く速さをあわせてくれる、
やさしいひとだって知ってますよ




 深い深い森には、今日、かいぶつだって潜んでいる。
 黒の毛並みは猛獣のそれ。見つけ出すために伸びた耳。頬まで裂けた口から鋭く生えそろった牙を覗かせ、六つの眼を光らせる、――とても、やさしいかいぶつが。
「歩き疲れてはいないかい」
 記憶の一片まで。つくりものだらけの世界に、つくりものじゃないアネモネの花。風鳴・ひなた(怪物と花・f18357)は尾を揺らし、いくらもちいさな少年を振り返った。
 "ホンモノのつもりの"粘土屑の青い鳥が、捕食者の気配に飛び立ってゆく。
 それを見送って、ええ、と。雨野・雲珠(慚愧・f22865)はうんと腕を振りまた三歩分――ひなたにとっての一歩分――歩み、隣へ並んだ。
「ひなたくんがあわせてくれてますから」
「ごめんね。あまり慣れていないから、大変なときは言ってほしい」
 ふたりは食べて食べられる間柄? いいえ、対等な猟兵同士。
 アリスが襲われたならひなたが、大きな爪で災いを引き裂き。
 アリスが怯えたなら雲珠が、桜のまぼろしで立つ力を与える。
(「奪われてしまいそうなもの、雲珠。きみはたくさん持っているから」)
 真っ直ぐに、ほんとうを見ようとしてくれるところとか。
 いつでも自分に手が届く距離を保ち続けるひなたの心は、違わず雲珠本人に伝わっていた。食べるためじゃない、守るため。――やさしいひとだと知っている。
 そして、そんなうつくしい強さとやさしさをこそ、欲しがるものが此処にいるということ。

『歳ヲ取るト、ホネが脆くなッテいけないワ』
『彼ト繋グ手モ。歩ク足も。ネェ、そんナにリッパだとサゾ楽しク暮らせソウね?』

 獣の足裏がひたりと土を踏みしめる。
 途端ベタ塗りの茂みを揺らして溢れ出たのは、妙な方向へ肘と膝を曲げた人形たちだった。
 なんて、……惨い。悲鳴なぞ零してやらぬよう、気丈に唇を噛んだ雲珠の視界を黒の毛並みが遮って。『もっとみせて』飛び掛かり来るひとふたを爪の一振りで八つ裂きに処す。
(「脆い命だ。歪でも紛い物でも、――命だった」)
 沈んでいる場合では、ない。そのままひなたは両手を広げ、見せつける風にルルと喉を鳴らし牙を覗かせる。
 やはり。 彼らの主はもう、求めたうつくしさを憶えてはいないのだ。だから、きっと。こんな歪なかいぶつにさえ惹かれてくれる。
「たのしい……よ。おいしいものも、たぶん沢山、ふたりで味わうことができる」
『スゴイ、すごい。棄てル部分がナイみたい』
 爪、牙。良く聞こえそうな耳でしょう。それに、花色の瞳なんて六つも使える!
 ショーケースを覗く生娘同然にはしゃぐ声。
『デモ、なんだロウ。ドチラかと言うと――僕ラと同じカオリがするナァ』
「……」
 変異した身。好奇の対象としてしか扱われぬこと。慣れて、分かって赴いたとて萎んでしまいそうなヒトとしての心を、ずっと力強い少年の声が弾ませた。どうです、かっこいいでしょう――広い背から顔を出し、雲珠は拳を握りしめ。
「こんなに強い爪と牙があったなら、誰のことだって……ニコラスさんだって守れることでしょう」
 もしみなさんがいらないなんて仰るならラッキーです、俺がもらってしまいますから!

 まるで啖呵を切るみたい。
 素敵なものはそこにあるだけで素敵だが、他に欲しがる人がいると、手に入れたくなる心が働くはず。
 はたして声は自分で思っているよりも大きくなったこと、きっと雲珠は気付いていない。ひなたの耳が、すこし擽ったそうに揺れるだけ。
(「弱い俺にはただただ頼もしいばかりですが、……強い人は強さに傷つくこともあるのでしょうか」)
 大きな体に爪と牙。
 もしもそうならば――僅かでもいい、守る、返すことが出来たなら。
『アラ。カワイイ坊ヤ、あなたはナニがお得意かシら』
『お手伝イさん? 皮を剥いダリ、舌ヲ抜イタり、目玉をくリ貫くおシゴトは?』
「そ、そんな物騒なことは……」
 答えに窮す雲珠の背では箱宮がぱかりと口を開け、自己アピールが苦手な彼の代わりとでも言うみたく木の根を躍らせる。
 ぺちっ、ぴち! 滅すためではない随分と緩やかな攻撃と、それが舞い散らす桜花にたとえば髪飾りとしての活用法でも見出したのだろうか。土汚れた手指が伸びかけたとき。
「彼に。近付かないでもらえるかな」
 ひなたの爪がざっくり断ち割る。また転がる、命、だったもの。
 滴る生ぬるい感触。望まずに得たものだけれど、非力で誰のことも守れなかった"昔"とは違う。嫌なことばかりでもない、この姿にも意味があると思いたい――。

『……ワカッた、わかったヨ。きみ、ニコラスよりも派手ニ壊しチャウね』
『フフ。私もヨク、あのヒトの作品をコワシて呆れサセちゃったカシラ』
 いい。懐かしくって、とってもいいね。

 ズタズタな身をぐねんぐねん曲げながら、人形たちが獣道の奥へ消えてゆく。
 ついてこいと、そういうことだ。
 ふたりは同時に交わした気遣わし気な視線に、また同時、頷きで応える。 いこう。はぐれぬように、連れ立って。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

誘名・櫻宵
🌸宵戯

ロキもわからないの?
意外かも
自分の魅力ねぇ
考えたことなかったわ
…あたし自分のことそんなに好きじゃないもの
ひとでなしだなんて!
否定はしないわ

ロキったら!
照れるわぁ!後で困るやつね?
策略的ね?
あたしの全てが美しく素晴らしいのだもの
仕方ないわ
見捨てないわ
私のかみさまだもの

ちょっ人形!
まとわりつく人形を呪殺弾でなぎ払い壊しながら抵抗する

ロキなら
やはり蜜のような瞳が魅力
黄昏を捉えて繋いだような、甘い瞳がすきなの
甘く響くチョコレエトみたいな聲もいい
空の心に甘く沁みてとかしてくれる
綺麗な笑顔もだけど甘言は蕩けるベラドンナのようで甘美なのよ
何より私の神さまが、魅力的じゃないわけない

どう?欲しいでしょ?


ロキ・バロックヒート
🌸宵戯

へー自分の魅力なんてよくわかんないな
宵ちゃんもわかんないか
誰かの評価なんてどうでもいい人でなし同士だもんね
好きじゃないの?可愛いのに
俺様はこれで宵ちゃんがどうなるか楽しみだし困ってるの見たいな

じゃあお互いの魅力でも言い合おう
美しい櫻の翼は他にはないよね
傍に居るだけでお花見ができちゃうんだよ
顔もお人形さんのようだし
指も足も細くて綺麗だし
それでいて強くて、その姿で戦う様は本当絵になるよ
心はきっと一等甘い
優しく甘くしたら蕩けるように甘くなるの
あと結構面倒見いいよね
何かあっても俺様を見捨てないでしょ?
ふふ、ほらね?褒めてあげる
宵ちゃんが蹴散らすに任せる

さぁ人形たち
この中で気に入ったものはある?




 いきなり自分を売り込め、と言われても。
 誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)がすこし困ったように唸るのを、隣、ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)は笑みを湛えて眺めている。
「自分の魅力なんてよくわかんないと思ったけど。宵ちゃんもわかんないか」
「――ロキもわからないの? 意外かも」
 思わぬ仲間を見つけたことにぱっと顔を上げる櫻宵。
 いつだって飄々として、自信満々な男に見えたから。そんな彼と隣りあって歩いていると、尚の事。
「わかんないわよ。……あたし、自分のことそんなに好きじゃないもの」
「好きじゃないの? 可愛いのに」
 自分という存在がどうしようもなく思えてくる。
 尻すぼみの櫻宵の声にひょいっと覗き込んだロキは、長く伏せられた睫毛の数なんて数えながら、もったいないなぁと続ける。花も恥じらう魅力の数々に気付けないなんて。とはいえ、お互いに。 蹴り上げた小石は明後日へ。
「誰かの評価なんてどうでもいい人でなし同士だもんね」
「ひとでなしだなんて!」
 ……否定はしないわ。
 食いつきかけて。正論だと思えてしまった櫻宵は、いつからか力の入ってしまっていた拳をふうと解いた。

 それじゃ、こうしよう。
 それきり黙り込んでしまった桜龍へと。人形の姿がぽつぽつ見えてきたとき、ロキは名案だとばかり呼び掛ける。お互いの魅力でも言い合おう! それならきっと簡単だ、と。
「えっ」
「いいね? はじめは俺様の番ー」
 櫻宵がぱちりと瞬く頃にはもう踏み出してしまっている。そのロキがフレンドリーに手を振れば、人形たちはたちまち集って。
 あら? また迷子?
 綺麗な素材になりそうね。
 ひそひそ話を拾い上げ、分かっちゃう? と枝垂れ櫻の翼を心地好く仰ぎ見る風に振り返ったロキ。 そこからは彼の独壇場だ。
「ごらんよ、この美しい櫻の翼。他にはないよね。傍に居るだけでお花見ができちゃうんだよ」
 と、太刀を揮うにしては細い櫻宵の手首を引いて。より近く。
「顔もお人形さんのようだし、指も足も細くて綺麗だし。それでいて強くて、この姿で戦う様は本当絵になるよ」
 同行の士にでも語り掛ける語調ですらすら。
 なにせ出まかせじゃないから、言葉が捩じれることもない。
「あたしの全てが美しく素晴らしいのだもの。仕方ないわ」
(「――ロキったら! 後で困るやつね?」)
 口ではふっと笑み自賛してみせるが、櫻宵としてはさすがに照れてしまう。花色に染まった両頬をぺたんと手で押さえていると、それも魅力のひとつとべりり剥がされるのも直後。
 ある種策略的ともいえよう、美を銃弾としたマシンガントークならぬ口八丁は人形たちの鼓膜の奥までしっかり揺らしているらしく。

『綺麗、キレイ。私モお花ノ翼ガ欲しイワ』
『ツヨいのネ。中ミも強イの? 彼をササエてあげらレル?』

 足元まで這いずってくる数体。
「中身かぁ」
 心はきっと一等甘い――優しく甘くしたら、蕩けるように甘くなるの。
 ひそひそ話の声量で、まるで味わってきたかのように唇を舐めるロキ。その金の瞳がすうと流れて、借りてきた猫よろしく佇んでいる櫻宵の方へと向いた。
「強さといえば、あと結構面倒見いいよね。何かあっても俺様を見捨てないでしょ?」
「見捨てないわ。私のかみさまだもの」
 答えはすぐに返る。
 好い返事にロキの唇が弧を描いたとき、ついには花枝のひとつでも折ってみたいと跳ねた異形のひとふたを、櫻宵が逆に跳ね上げた。
「おさわりは許可してないわよ!」
 撃ち出した呪殺弾は桜花を混ぜ込みうつくしく吹く。
 その、殺意までもが麗しい。 薄紅の最中にてロキの笑みは深まる。ね? と語り掛ける先は盛大にかき混ぜられた人形たち。
「そんな素晴らしい宵ちゃんが協力してあげるんだ。気が変わらないうちに案内して――」
「ちょっとまって。次はあたしの番でしょう?」
 人形もよろよろ頷くから。
 とんとん拍子で纏まりかけた話に駆け寄り、すっと息を吸うのは櫻宵。 それはつまり、深呼吸であり。
「ロキの蜜のような瞳。この魅力に気付けないのなら、まだまだよ」
 怒濤の攻勢、おかわりだ。

 甘言は蕩けて離さぬベラドンナ。
 空の心に甘く沁みてとかしてくれる、甘く響くチョコレエトみたいな聲。
 黄昏を捉えて繋いだような、甘い瞳――甘い、あまいと。熱に浮かされた風に紡がれるワード。
「何より私の神さまが、魅力的じゃないわけない」
 櫻宵がすきだと語った金は、ロキは、口を挟むこともなくただ陽気そうに笑っていた。
「どう? 欲しいでしょ?」
「さぁ人形たち。この中で気に入ったものはある?」
 いや、事実、ワクワクしているのだ。
 いっそ得意げな櫻宵の声に続けて問うたなら、順に指されるのは。櫻の翼と、甘美に囁く喉か。
(「何を見せてくれる? 精々宵ちゃんを困らせてみせて。俺様を楽しませてよ」)
 筋道通りに素材にされて、櫻宵が櫻宵というたがをなくしてしまったなら。
 目の前過ぎゆく艶やかな髪のひと房をすれ違う程度梳いて、そんな想像に蜜色の双眸はとろりと蕩ける。――欠けちゃった君も、同じだけ愛でてあげる。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アルバ・アルフライラ
やれ、斯様に堕ちては最早哀れ以外に他ならぬ
ならば彼奴の死を以て、止め処無き絶望に終焉を

人形の姿を見ようと決して臆せず
寧ろ余裕とばかりに笑みを浮かべ、対峙する
――ほれ、来るが良い人形共
貴様等の求める素材は此処だぞ?
言葉と共に晒すは青き宝石の双眸
ふふん、夜空に瞬く星も斯くやの煌めき
そうそう見られるものではなかろうよ

宝石の湛える輝きを引き立てんとして
魔方陣より召喚するは【女王の臣僕】
空舞う蝶が齎すは、光纏う鱗粉と氷の残渣は
玲瓏たる黎明の彩を殊更に美しさを増す事だろう
…ほれ、もそっと近う寄るが良い
我が尊顔を拝する栄誉を与えてやろう
さあ、その『ニコラス』なる男の居城へ
私を連れて行くが良い

*敵以外には敬語




 愛したものの面影を仮にも与えんとした作品を、己が手で破壊するという矛盾。
 道のそこかしこに散らばる"リリー"だったもの。千切られ、継ぎ合わされ、元の名すら奪われた命の残骸。
(「既に事切れている、か。……やれ、斯様に堕ちては最早哀れ以外に他ならぬ」)
 無残なそのひとつの瞼を、そっと手を触れ閉じさせたアルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)は立ち上がる。
 ――ならば彼奴の死を以て、止め処無き絶望に終焉を。

 所在を広く知らしめるかの如く。星の杖を打ち鳴らして歩む。
 かといって急きもしない。アルバの泰然とした振る舞いは、王座に腰掛けるもののそれだ。がさごそと茂みが揺れたとて、そこから逆さ頭の怪物が顔を出したとて、一瞥に伏していっそ待ち侘びたとばかり、笑みを浮かべるのだ。
「――ほれ、来るが良い人形共。貴様等の求める素材は此処だぞ?」
 淡い木漏れ日が、なめらかな黎明を透かして無彩の大地へグラデーションの光を遊ばせている。
 はじめその光に釘付けだった人形は、声にぐりんと頭を回して上を……その"うつくしい"を作り出す、アルバそのものを視界に収めた。
『まァ。コンナ大きナ宝石ヲ見落とシテいたなンて』
 食いついた。
 そうしたならもう、魔術師の手のひらの中。
「朽ちたその不運、帳消しにできるほどの幸運と心得よ」
 青き宝石の双眸を瞬かせるアルバ。己に謁見が叶ったこと、手向けの祝砲代わりに描いた陣より蝶を喚ぶ。
 ヴィルジナル。 臣僕たるちいさな霊たちは、主君の身を一層飾るため氷彩に煌く鱗粉を舞い落とし。
 輝きに包まれ、機嫌良く鼻を鳴らして――刮目したまえ、とアルバは笑んだ。
「夜空に瞬く星も斯くやの煌めき。そうそう見られるものではなかろうよ」

 夜の帳が下りたようだ。
 ただし、満天の星空の。
『キレい』
『ソノ、宝石ノ眼がソウサセているノ?』
 ぴょん、ぴょん。粘土を跳ね上げ寄り付くひとがた。
 彼らの覚束ぬ足取りを導く風に、青蝶の撒く光が道筋を作り出す。その先でひとつとして自ずから動こうとはせずに、魔法陣の続きを描いて王は囀るのみ。
「……ほれ、もそっと近う寄るが良い。我が尊顔を拝する栄誉を与えてやろう」
 おそろしく鮮やかなスターサファイアは拝む角度次第で、より多彩な貌をみせたことだろう。
 一周二周、間近をぐるぐるする人形のしたいままにさせておきながら、アルバが見据える先は足元ではない。仕掛け絵本の頁を捲るように、隠されたメッセージを炙り出すように、景色を変え始めた道の奥。
『ネェ、取リダシてヨク見てモイーイ?』
「――ふん」
 何を勘違いしたか。
 高望みに伸びる腐肉の手をたちどころ振り払うのは、ひらり、蝶が齎す氷呪の戒め。
 輝いて氷漬けとなった手足を不思議そうに――嬉しそうに見つめるリリーと、羨むリリー。そんな彼らの合間、指先へと戻り来る忠臣に褒美のくちづけをくれてやり、アルバは歩む。
「貴様らの務めは他にあろう。さあ、その"ニコラス"なる男の居城へ、私を連れて行くが良い」
 尊大に。
 明けるまま。

成功 🔵​🔵​🔴​

絢辻・幽子
あら、お人形さん達はお元気そう
私のかわいい子ともいっしょに遊んでくださる?

この子、お目目がないのだけど
幽ちゃんみたいな綺麗なお目目が欲しいの
ねぇ、知らない?
ふふ、ほら、綺麗でしょう?私の眼は。
あなたには何色に見えるかしら?甘い桃色?それとも妖しげな紫?

おいでおいでと手招きするように
糸で捕まえて手繰り寄せて『おびき寄せ』
壱の子も一緒においかけっこ、つかまったほうが鬼よ?

近くでごらんなさいな、特別に近づけさせてあげるから。

あぁでも、お人形さんたちも素敵ねえ
私のかわいい子のお友達にしてあげたいわ。
なあんて。

(つやつやさらさらもふもふな尻尾をアピールしたいけれど
素材にされるのはまっぴらごめんな女狐。)




 ひややかに光り灯す目元。
 彩を引かれた薄い唇。細く流れる絹のような灰の髪に、しなやかな肢体。
 陽というよりは陰――生まれ持ち得たうつくしさこそ数あれど、中でも本人だって太鼓判を押す絢辻・幽子(幽々・f04449)の魅力はといえば、今だってもふんと揺れる狐尻尾!
(「……いくらだって語れちゃうけれど。多分ひと巻きで落とせちゃうけれど」)
 万に一つでも素材にされるのはまっぴらごめん。
 だから、敢えて。 現れたお人形さんたちが口を開く前に、にっこり笑いかけて此方から切り出すのだ。
「こんにちは。私のかわいい子ともいっしょに遊んでくださる?」
 と。

 女狐は自分のペースに持ち込むことが大変上手。
 壱の子……球体関節人形は素体のまま、赤糸に揺らされ幽子の前へと躍り出た。ぺこりとお辞儀でもさせるその顔には、上がってみれば御覧の通りに目玉がない。
『アレ……ニコラスのお手製ジャないみたイ』
「あなたたちはステキなものをたくさんご存知でしょう? この子もね、幽ちゃんみたいな綺麗なお目目が欲しくって」
 ライラックの爪先が撫でる頬の輪郭。
 同じ色した双眸を細め、ほら――こんな、と女は囁いた。
 綺麗でしょう? 私の眼は。
「あなたには何色に見えるかしら? 甘い桃色? それとも妖しげな紫?」
 見とれたならば逃がさない。おいでおいで、もっと近くでごらんなさい。 そうして私の手を引いて。
 呪詛にも似た言葉を乗せて、糸が、伸びる。
 手招きをするように。
『ワッ! これハなぁニ? ナニするノ?』
「ふふ、大丈夫。酷いことなんてしないわよ? 幽ちゃんね、嘘なんてつかないもの」
 それこそが嘘だなんて――教えてやる術を壱の子は持たない。ただただ幽子の指に従い、いつ終わるとも知れぬ地獄の淵でのおいかけっこに興じるだけ。
 つかまった方が鬼、と笑う。
 近くへどうぞと誘いながら、有様は引き摺り込むそれ。体当たりをする素体から飛び退くうち木々の合間に張り巡らされ、人形の足首へ幾重にも絡まることになる赤糸は彼らを宙に浮かせては、幽子の目の前へご案内。
『モウ……私タチ、繊細ナんダから』
『ソのお花ノお目目、クれなきゃ割にアワナイわ』
 赤青緑、それから琥珀。 いつかはもっと輝いていたであろう、誰かの瞳。
 いっしょくた絡め取られた壱の子の、昏い穴もが何か言いたげに幽子を見ている。どの色もこの子に似合いそう――素敵ねぇ、と両手合わせて彼らを寄せては遠ざける女狐には、もちろんそんなこと些事であるのだが。
「お人形さんたちも、近くで見るともっと素敵。私のかわいい子のお友達にしてあげたいわ」
 なあんて。
 首を横に振りたがったのはだぁれ?
 ぎぃぎぃ軋む絞首の赤がゆるしはしないから、きっと、気のせいに違いない。

 おめめ交換会なんて楽しそう。
 ふんわり尻尾は来たときよりももっと機嫌よく左右へ揺れる。
 その指に結ばれる糸で繋がれた人形たちは、囚人みたいにこうべを垂れて歩いてゆく。……こんなこわい素材連れてって、ニコラス、怒らないかしら?

成功 🔵​🔵​🔴​

ペチカ・ロティカ
おにんぎょうさん、ごきげんよう。
いっとうすてきなものを探しているのでしょう
それならペチカの、とっておきを教えてあげるの

ペチカのともしび。
あたたかくて眩しいあかり。

明けない夜にも、ともしてあげる。
おにんぎょうの、温度の無いからだをあたためてあげる。
巡る血になって燃やしてあげる。

ペチカはペチカを誇ればいいってこと
たぶんきっとそう願われてたのだって、
そう、教えてもらったの。




『まァ、マァ。かわイラしイお嬢サん』
『ドチラをお探シで?』
 人形たちの欠けた影。 ペチカ・ロティカ(幻燈記・f01228)のちいさな影。
 歩む景色が変わっても、少女がその手にあかあかとランタンを燈すなら、そこにいつでもくらやみはある。
 長く伸びるからペチカよりも先に人形たちにごっつんこ、ご挨拶した影は、本体のお辞儀のしぐさでいきものみたいに蠢いた。 おにんぎょうさん、ごきげんよう。
 お探しなのはペチカじゃなくって、あなたたち。
「いっとうすてきなものを探しているのでしょう。それならペチカの、とっておきを教えてあげるの」

 ペチカのともしび。
 あたたかくて眩しいあかり。

「明けない夜にも、ともしてあげる」
 差し出されるプラーミャ・ファンタズマ。
 どこか舌足らずなことばが終わりきらぬうちに、アンティークランタンの骨組みをくぐり零れだすのは牙持つ、炎。
『マ、 』
 最も近く立ち止まったばかりの片足人形を、その大口でごおと食む。
 獄炎は次第に赤から紫、青へ。うつくしく色を移ろわせる秒の間に突き進み、いくつもの命崩れを呑み込んだ。
 温度のないからだをあたためて。 巡る血になって、燃やして、焦がして。
『ネぇ――とっテモ眩シイわ』
『フタリで見た、朝焼けノ光みたイ!』
 それとも暖炉の火? それとも彼に作ってあげたポトフ、それとも……。
 目の前で燃え滓が増えてゆくというのに、次々に躍り入る人形は誘蛾灯に群がる羽虫のよう。
 失敗作の彼ら彼女らは立派な中身をもらえなかったから、痛みも理解できてはいない。
「ここちよいかしら。もう、さむくはないかしら」
『ああァァぁ……あタ タタタかイ?』
『コレが、  ソウだっケ』
 ただ"彼"の望むものだけを探して――儘、ほろほろの灰へ変えられてゆく。
 その顔とも呼べぬ顔には、確かによろこびの色が浮かんでいた。だからペチカも、よかった、とみつめる。
 ――ペチカはペチカを誇ればいい。
 たぶんきっとそう願われていたのだと、そう、教えてもらった通りにできている。
『ニ ラス も、あたたメ あげ いと』
「ペチカが叶えてあげる」
 這いずる。息も絶え絶えな愛執へ。
 純粋なまま、アリの巣を潰す子どものようにも。しゃがみこんでペチカが耳元囁けば、最後に言い残されたのは「ありがとう」だったろうか。 人形は、ぼこんと膨れ、弾け、頬に空いた穴から捲れるみたく溶けていった。

 跳ねる火の粉たちの見送りが止めば、それきりすっかり静かになってしまった辺り。
 黒く燻ぶる屑どもは、おとぎばなしとは反対、行く道を教えてくれるかの如く飛び散っていて。
「だから、安心よ」
 ペチカのあかりは、だれへだって届くから。
 炎の海の最中にいながら、煤ひとつ被らずに立ち上がった少女の手元ではきぃ、きぃと。変わらずPechkaが揺れている。

成功 🔵​🔵​🔴​

リリヤ・ベル
みつからないさがしものは、かなしいのです。
かなしみで、だれかを傷つけることも。
……ゆきましょう。

おおきく息を吸い込んで。
声が、遠くまで届くように。
わたくしのすてきなところは、この声ですもの。

おまちください、ツギハギさん。
そのようにふるえているアリスさまでは、きっと声も掠れてしまう。
たいせつなひとのおなまえを、呼ぶことができませんよ。

わたくしのうたは、日々の糧。
おはよう。こんにちは。さようなら。おやすみなさい。またあした。
それは、誰の元にも届く鐘の音。
あたりまえの日常に響くことば。
いつもきこえるということは、そこにいるということなのです。
あなたのなまえも。たいせつに、ていねいに、うたいましょう。




 理想に朽ちたつくりものの中、本物の色が駆け抜ける。風を味方に、一心に飛び込む。リリヤ・ベル(祝福の鐘・f10892)のなびく茶髪と眸の翠は光を受けて。 大きく息を吸いこんだなら、
「おまちください、ツギハギさん」
 一番に遠くまで届く声が、怯え縮こまるアリスへもまた光を授け。
 ちいさな身体でしっかり踏みしめた木の枝がぽきりと音を立てたとき、人形たちが振り返った。
 どなた?
 今、ちょっぴり忙しいのに。
 歪に伸びていた腕や首がぐねんとリリヤの方を向く。声などほとんどノイズのよう。彼らの姿かたちがあまりにひとの面影を残していたから、僅かばかり眉を顰めたリリヤはフードの端を引いて、誰かの痛みに垂れそうな耳を隠す。
 前へと向かう足取りは揺らがず、強くあれ。
「すてきな声を、お探しとききました」
 たった、と。希望のしらべを運ぶ、
 膝を抱えるアリスの少女の元まで。
「そのようにふるえているアリスさまでは、きっと声も掠れてしまう――たいせつなひとのおなまえを、呼ぶことができませんよ」
 辿り着いて、千切れた袖でもやわく引いて。居並ぶ人形たちを見上げた。
 そう、自分よりも大きなものが多いのだ。 それでもリリヤは怯えることなく、明瞭に、震えぬ声音でひとつひとつと言葉を紡いで贈って。
「わたくしはいかがですか」

 わたくしのうたは、日々の糧。
 おはよう。こんにちは。さようなら。おやすみなさい。またあした。
 ちいさな挨拶たちは、誰の元にも等しく届く鐘の音。
 あたりまえの日常に響くことば。 いつもきこえるということは、いつもそこにいるということ。

「ひびわれた声ではなく、ひとの――わたくしの、ような声で。かけてあげたい言葉はありませんか」
 そっと自らの胸に手を添えながら、リリヤは問いかけを重ねた。
 自分のことを価値あるものとして扱うのは、たとえ必要なことだとしても、心臓が変にドキドキとしてしまって。自らにだってうそをつけばいい。得意なことを、すればいい。 それだけのことと言い聞かせる。
『そうネぇ……たくさんアルわヨ』
 僅かな沈黙のあと。
『キミの言うヨウに、オハヨウからオヤスミだロウ? 彼ノ名前。それニ――』
『ソれニ、あいしテる!』
 我先にと競いあうように夢を語る人形たち。
 しわがれた声、か細い声、野太い声、弾むような声。 それらすべてが、やがて一斉にリリヤを呼ぶ。
 親切なお嬢さん、そう。
『とってモ綺麗ナ心ダね。君がその、ステキな声ヲくれるってイウの?』
「――ええ。たいせつに、ていねいに、うたいましょう」
 親切なんて。心が綺麗だなんて。 うそ、だ。
 けれども、その奥深くに籠めた想いに偽りはない。彼らの力に――みつからない探しものに暮れる日々を、かなしみで誰かを傷付ける日々を、終わらせてあげることができるなら。
(「ゆきましょう」)
 手を取って歩み出す。
 リリヤは今日も、わるいおおかみで構わない。

成功 🔵​🔵​🔴​

オズ・ケストナー
まってっ
アリスの前に立つようにして

(シュネーをほめたら、シュネーがねらわれちゃう
わたしのほめられたところ、ええと)
わたしはきみたちとおなじ人形だけど
あおぞらみたいにきれいだといわれたこの目を
他のだれももっていないでしょう?

みんなのほめてくれた言葉を思い出して話す
春の青空のようにあたたかい
ひまわり咲く夏の空みたい
どっちもわたしの目を見て言ってくれたよ
見る人によって、ちがう空が見えるんだね

きっと、見たい空をわたしの目をとおして見られるんだよ
それはとっても『すてきなもの』じゃないのかな?

ちょっかいかけられても
目を開けてにこにこしてるよ
わたしは人形だもの
ちょっとくらい痛くても
まばたきもしないでいられる




「まってっ」
 ――ひとりで震えているアリスを、はやく助けてあげなくっちゃ!
 こんな怖い国に、自分だってひとりきりだろうに。一も二もなく意気込みだけで飛び込んだのは、オズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)。
 両腕を広げて背に庇う存在が、もう子どもじゃなくっても。
 味方の登場に浮かんだ安堵の笑みに釣られるようにほっとして――大分和らいでしまった眦を、オズはきゅっと引き上げる。
『ダァれ、あなた』
『オ人形? ナニかくれるノ?』
 自分が間に入ったことで一度は飛び退いた人形たちの方を見据え、
(「えっと……ええと、」)
 シュネー。半身とも呼べる大切な雪と桜の子を褒めてしまえば、きっと一番に狙われてしまう。
 本当の離れ離れになんてなりたくなくて、必死に頭を回転させる。
 自分自身……、の、褒めてもおかしくないところ。
 誰かが愛してくれたところ。
「わたしの、目」
『メ』
 ぎゅい。
 痛いほどたくさんの視線の集まる気配がしても、怯むものかと見渡すオズ。
「たしかに、わたしはきみたちとおなじ人形だけど。あおぞらみたいにきれいだといわれたこの目を、他のだれももっていないでしょう?」
 示すのは、やさしい思い出たちに彩られた青の色彩。
 ――春の青空のようにあたたかい。
 ――ひまわり咲く夏の空みたい。
 もらった言葉は、今ひとりなぞり返すだけでも力を与えてくれるような。
「どっちも、わたしの目を見て言ってくれたよ。見る人によって、ちがう空が見えるんだね」
 へにゃりと浮かべる思い出し笑いは自然体過ぎて、オズ本人も気付かぬもの。而して、それは青にあわく光を溶かし空模様をうんとうつくしくしていた。
 きっと、見たい空をわたしの目をとおして見られるんだよ。
「それはとっても"すてきなもの"じゃないのかな?」

『すてキ……』

『ホントう? もっと近クにきテ』
 ツギハギたちが明確に興味を移ろわせる。
 背の存在が問答の合間にしっかりと逃げ出せたことにただ、よかった、と思うのだ。
 オズというミレナリィドールは、見返りを求めない。 そうあれと人間に作られたものの定めかもしれなくたって、きっと自分のこころとして。
 二歩前にだって踏み出して、オズは彼らを――かなしき出来損ないたちを真っ向から見つめてやる。
「みんなにも、おもいでの空はある?」
 語り掛ける声は友へ対するそれのようにやさしい。
 何も持たぬのっぺらぼうがオズの瞼をつっついた。けれども、にこやかに。肩へ頭へ飛び乗った。けれども、晴れたまま。どこまでいっても人形だ。閉じぬ空に涙の膜が張ることはない。大好きな雨の日だけは、ちょっと再現できないな……なんて。
『そウダなァ。ニコラスと見上ゲたすべてガ大切だけレド』
『彼、チカ頃コもりっパナシデしょう? ソンナときに綺麗なソラを見せテアゲラレるなんて、伴侶ノあるベキ姿よネ』
 すこしだけ黙り込んだ"リリーたち"は、合格に満場一致の顔を見せる。
「そっか。たまにはおさんぽしないと、気持ちもしずんじゃうね」
 せっかく自由に動く足がついているのだろうに。伝え聞く"彼"は、なんだか本人こそが死んでしまったみたい。
 会って、みないと。蒲公英に似て柔らかいプラチナブロンドを揺らして、オズもまた案内に従うことにした。
(「そういえば……」)
 閉じた心のように入り組んだ、つくりものの森。
 百合の花すら萎れるほど、ここは、随分と空が狭い。

成功 🔵​🔵​🔴​




第2章 ボス戦 『切り裂き魔』

POW   :    マッドリッパー
無敵の【殺人道具】を想像から創造し、戦闘に利用できる。強力だが、能力に疑念を感じると大幅に弱体化する。
SPD   :    インビジブルアサシン
自身が装備する【血塗られた刃】をレベル×1個複製し、念力で全てばらばらに操作する。
WIZ   :    殺人衝動
自身が【殺人衝動】を感じると、レベル×1体の【無数の血塗られた刃】が召喚される。無数の血塗られた刃は殺人衝動を与えた対象を追跡し、攻撃する。

イラスト:芋園缶

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 森の奥に佇む白いちいさなお家。
 錆びたドアノッカーをこつこつと二度、人形の手が引けば扉はひとりでに開き始めた。
『アナタはホントウの――いいエ。なンデモないワ』
『ソれジャ、よロシくお願イね?』
 さようなら、さようなら。
 彼ら彼女らが去ったあとには、肌の上に"目印"だと言って残されたバッテンがあるだけだ。目蓋、手の甲、翼の付け根にのど左胸……、あちこちに。いつの間にどういった仕組みで滲み出たのかそれは、不吉な赤をしている。
 ほのかに感じる違和があったとして、道は前にだけ伸びる。
 すべては直に。
 眼前にまで迫った、作り手の願いを摘み取れば死を迎える芸術の一片に過ぎぬのだから。


 足を踏み込むと思いの外入り組んだ通路は、アリスたちの作り出すラビリンスにも似ていた。
 どこまでも続く錯覚。 壁に床に天井に埋め込まれた"作品"たちは、森で目にしたものよりは完成度が高い――ときに血の通う人間のような頬をして、新たな"自分"候補を、黙したまま見つめている。
 かおの無い肖像画、叩き潰された土屑をまたいくつと見送った先。
 扉はひとつだけ。
 カサブランカの甘い芳香。突き当たりに姿を見せたそれに、手を掛けたなら。
『ニコラス、ニコラス! 今日ハとってオキヲ見ツケタの。ねエ、ニコ』
 たったと小走りで脇を駆け抜けていった幼き人形の頭が消し飛ぶ。
 彼女の罅入り頭をいよいよ真っ二つに割ったのは、部屋の奥から飛来した黒い一本のナイフだった。

『そうかい。ありがとう、リリー』
 赤と黒に塗れた空間の中央。
 背を向けてチェアを揺らす長躯がゆっくりと立ち上がる。オウガ、堕ちたアリス、ニコラス。二足歩行こそ保っていても、既にその性質は人間ではない――暗闇に呑まれた表情。肥大した右腕。 幾本もの血みどろナイフが宙に浮きあがって、

『ああ。本当だ……とっても素敵だ』

 交錯する腕に倣い。かいなに掻き抱くようにも、猟兵へと降り注いだ。
 ようこそ。おかえり。
 さぁ、おいで。
イリーツァ・ウーツェ
貴様が、ニコラスの残骸か
私は"優しい"を知らない
癒す等、出来はしない
只、破壊しよう

無敵等、私の前に存在しない
根堅州の火は、奇跡を焼く
道具毎に、殴り抜いて呉れよう
教えよう
殺人道具で、竜は殺せない

大事な物、リリーと云うのか
リリーは居ない
リリーは返らない
リリーは作れない
失った物は、決して戻らない
忘却の果てに、喪失するだけ

妄執は、人間を怪物と変える
貴様は鏡を見た事が有るか?
無いならば、視ろ
リリーを想起する前に
貴様自身を想起しろ

根の無い木は斃れるだけ
まずは土台を補強しろ


エドガー・ブライトマン
ねえレディ、オスカー
私の目、なんだかヘンなんだ
どこかおかしくなっているのかな

世界がモノクロに見える。彩りが何も見えない
あ、でもレディのことは見えるから、赤は見えるらしい
オスカー、私の眼はなにかおかしい?
……色が抜けてる? ガーン 自慢しすぎたかな

さて

キミがニコラス君かな
すぐに解ったよ。キミ、おかしなくらい真っ赤だもの

大切なものを失ったキミを励ますのも、すこしは考えたけれど
多くのひとを傷つけたキミにかけることばは無い
持ち合わせのあるひとに頼むよ
私はキミを討つ

降り注ぐナイフは剣で払う
近くに盾にできるものがあればそれを使おう
間合いを詰めて“Jの勇躍”

キミが赤すぎて助かったよ
モノクロの世界でよく目立つ


コーディリア・ルエ
こんなに沢山の被造物に慕われているのに、道を踏み外している。残念です。
道具を大切にしない人はいつか道具に殺されますよ。私がそうしたように。

攻撃は『Judgement Arrow』で。
最初の攻撃は様子見です。データを回収次第、【2回攻撃】で本腰を入れていきます。

縋る人形は耳を貸さずに容赦なく叩き潰して。
同情こそすれども、私が務めを果たさずにいられる訳はありません。
そう、私もまた使命を帯びた被造物であるからこそ。人が人と争うのと同じこと。
人と被造物、正しいのは人とは限りませんよ?


※アドリブ大歓迎です!
※管理者の正義、暴走の兆し



 その抱擁を振り払う――真っ向から、迎え撃つは光の矢と刃。
 ジュッと熱に灼かれたナイフが涙のように溶け落ちる。床に垂れんとする雫を蹴り飛ばして飛び出すコーディリアの纏うパーティクルは、チカチカ警告色のように眩い。
「こんなに沢山の被造物に慕われているのに、道を踏み外している。残念です」
「……?」
 レイピアを引き戻し同じく踏み出しながらも。そうした輝度自体は分かるのに、エドガーの世界はやけに物寂しい。瞬いてみても同じだ。これは――、彩りが、見えない?
「ねえレディ、オスカー。私の目、なんだかヘンなんだ」
 どこか……なにか、おかしくなっている? モノクロの世界ではほのかに幸せの色を帯びたツバメもぱっきり白黒。髪の中に隠れていたその友から耳打ちでもしてもらったろうか、ぺたりとエドガーは自らの右眼に手を触れる。
「……色が抜けてる?」
 ガーン! 何かの呪い? 自慢しすぎたかな?
 けれど、指の隙間から見える世界にも唯一鮮やかなものがある。赤だ。左手、薔薇の彼女は変わりなく咲き誇っている。――よく似た、赤、コーディリアを害さんと腕を振りかざす異形もまた。
「貴様が、ニコラスの残骸か」
 そこにごうと割り入る黒。
 荒々しく、吹き抜けんばかり。残像を伴って突き出されたイリーツァの拳は、宙に漂う鋭利に尖った鉄ベラたちを巻き込んで尚、止まらずオウガに触れる。"着弾"と同時ふつり、ぐつり、空気食む音を立てて揺れ起こるのは青き焔。
(「私は"優しい"を知らない。癒す等、出来はしない」)
 ――只、破壊しよう。
 奇跡を焼く根堅州の火。
『っか、は!』
 呑まれたオウガは拳に押し込まれる形でくの字に折れ、大きく後退する。
 自身を支えに駆けつけた人形を数体圧し潰し。
 取り落としたナイフを諦め、先ず炎を裂くべく薙がれた爪。いずれにせよ男の手では焼かれるだけが関の山だったろう選択を、"愚"であると突きつける光が瞬間に降った。

「ほら。また。 道具を大切にしない人はいつか道具に殺されますよ。私がそうしたように」
 Judgement Arrow。 二度目の裁きは微かな綻びも逃しはしない。
 その一瞬血濡れた床まで真っ白に染め上げ、コーディリアの光刃は人形たちごとオウガを縫い付ける。一や十では済まない、次々に降り注ぐ光に眩しげにかぶりを振る様をしんと見下ろし。
「同情します」
 ツギハギの腕が足が主よりずっと脆く消し飛んでゆく様を映した。
 老若男女の苦悶の叫びが耳を劈く。
「創造主に恵まれませんでしたね」
 だが、――悪だ。"私"が務めを果たさずにいられる訳がない。
 そう。私もまた使命を帯びた被造物であるからこそ。
 執行者は眉ひとつ動かさず、手元に残した光ひとつを半周させてぽぽっと現出した赤の刃を弾き上げる。そうして稼いだ空間へ軽々身を翻したなら、血の雨と化して降り注ぐナイフたちを代わって歓迎するのは絶えず燃え立つ炎だった。
「教えよう」
 ぐ、と、火中から伸びたイリーツァの手が塊でへし折る。――殺人道具で、竜は殺せないのだと。
 一息に灰まで崩された鉄は、一足先に遥か地へと導かれるのだ。
『お前たち、は。リリー、リリーはどこに……?』
「リリーは居ない」
 リリーは返らない。
 リリーは作れない。
「失った物は、決して戻らない」
 ――忘却の果てに、喪失するだけ。
 欠片の感情も滲まず言い切ったイリーツァの眼前で、ぼとりと何かが落ちた。それは黒い……涙、のようなものだったかもしれない。
 けれども同色の燃え滓に紛れれば、また滓のうちに過ぎず。
『ち……』
 がちゃがちゃ振動を上げ、オウガの足元転がっていたナイフの群れが渦を巻く。感情の震え。慟哭。そうしたつめたい音をして。
『違うッッ! お前たちが!? 僕から……僕から彼女を、』
 出ていけェ!!
 ぐんと飛び立ったそれらにも、イリーツァがこれといった反応を見せることはなかった。堅牢な竜の鱗を掠めることができたなら幸運な方で、多くは焔に煽られた途端に姿を消してしまうのだから――そして、なにより。
 光。
「さて。ご挨拶が遅れたね、ニコラス君」
 剣閃の齎す輝き。 "盾"に使われた穴だらけのカーテンがふわりと落ちれば。
 数多の刃を銀と黒、触れ合わせるのみで星を流す風に弾きながらすっかり間合いに踏み込んでいたエドガーがいる。友人宅に邪魔したかの口振りで、既に走らされていた革命剣が肉を裂く。
『があああ!!』
 どうやらオウガはその名で呼ばれることがイタイらしい。 嘗て耳のあったであろう箇所を押さえ、荒れる異形の太刀筋を相手取る猟兵各々が己の力で難なく御す。何れもが守られるものではなく、守るもの。
 ニコラス。にコラすニこラすにこら――……名乗ってもいないのに、さっきから何故って?
「すぐに解ったよ。キミ、おかしなくらい真っ赤だもの」
 いったい誰の血で汚れてしまったの?
 ぽつ、と落ちたエドガーの問いには殺しの道具のみが応え。
 それをエドガーも知っていて、待つことなどなく斬り結ぶ。ああ、赤と黒。赤赤赤。
(「大切なものを失ったキミを励ますのも、すこしは考えたけれど」)
「多くのひとを傷つけたキミにかけることばは無い」
 薔薇の花弁がその度舞うから、他のなんにもないみたい。 置き去りにするには瞬きひとつの間、オウガの意識が一等うつくしい赤へ逸れただけでいい。エドガーにはすっかり見慣れた××へ。
「私はキミを討つ」
 突き出され――染まった"運命"の切っ先は、錆び付く純愛を砕いて貫いていた。最早、ここにあるべきさだめにないのだと。

『ぐ、ううぅッ』
「キミが赤すぎて助かったよ。モノクロの世界でよく目立つ」
 肉体、心。
 血反吐を零しても余りある痛みは制御の乱れも生む。己の肉を巻き込んで血濡れ刃を打ち合わせレイピアから距離を取るオウガだったが、その背に触れるのは愛しきもののてのひらではなく、つめたい熱。
「――仕方ありませんね。それ程までに汚れてしまったのです、あなたは」
 ――務めを。正しく。案ずることもなく。 人が人と争う、生まれついての仕組みのように。
 矢の光がジュウッと焦がす肉をコーディリアは眺めていた。人形たちの骸に囲まれ、両手をついて這うオウガはいまどんな激情を抱いているだろうか? 不要な計算と端から切り捨ててしまえば。
「人と被造物、正しいのは人とは限りませんよ?」
 印に焦がされエラーを内包し始めた正義の、声まで硬質。
『こいつらは……こんなものは、作っていない。僕が作り出しているのはいつだって本物の』
 止まぬ追撃に追い立てられるかたちで、ぐ、と腕に力を込め跳ね起きるオウガ。
 その鼻先スレスレを入れ替わりに落ちていったのは、姿見鏡だった。 砕け散る音は、絶え間なく続くどの殺し合いの音よりも断末魔めいていて。
「妄執は、人間を怪物と変える。貴様は鏡を見た事が有るか? 無いならば、視ろ」
 片隅に追いやられ、埃を被っていたそれを引き摺り出したのだ。イリーツァの肘に次いで強かに後頭部を打ち据えられれば、今一度地べたに転がることになったオウガは自身と対面する。
『が……ァ』
「リリーを想起する前に、貴様自身を想起しろ」
 根の無い木は斃れるだけ。まずは土台を補強しろ、と、火の粉とともに厳格な竜の言葉が降る。
 余所者めがと掴みかかろうと思うのに、ぬるりと手は生臭い赤に滑る。 これは、血?
 いいや、いいや。 それよりも。

『これは――――、誰だ?』

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リオ・ウィンディア
音楽を届けに来たわよ
私にとっての癒しではなく、あなたの殺戮衝動を抑えるための音楽
完璧を求める芸術家の飽くなき探究心を讃える音楽

あなたのための音楽を
手巻きオルガンで奏でる愛しき物語

けれどそれはここに来る建前であり【演技】
最骨頂のその時、奈落の底へ突き落とす、それらを全て否定する【呪詛】の音楽へ転調し奏でましょう
それはつまりアリスであったあなたの心、絶望に陥ったきっかけ
そうして狂ったオウガの物語
私は【狂気耐性】でしのぎつつ、【忍び足・早業】でダガーを取り出し、刃を返して【二回攻撃】

「オウガになったあなたに望みは何もない」

連携・アドリブ歓迎です



「そう。知ってしまったのね」
 こつり。軽い靴音が増えたなら。

 やさしく、鳴り始める手巻きオルガンの旋律。
 どこか懐かしい、明るく弾む音をも孕んだ響き。 小箱を抱え、リオは謳うのだ。あなたのための音楽を、届けに来たわ。と。
『……り、りぃ?』
 見上げるオウガへとうっすら微笑むままの少女のかんばせは、レースの黒に遮られきっと窺えぬまま。
 否定も肯定もせずに今少し傍らへ寄って、辛かったでしょう、と囁くリオ。
「もう、ひとりで頑張らなくてもいいのよ」
 奏でるのは癒し――リオにとってではなく、オウガの殺戮衝動を抑えるための。
 完璧を求める芸術家の、飽くなき探究心を讃える音楽。

 ちいさくとも長閑な村、貧しくとも愛があった。
 作品作りに没頭すると寝食も忘れてしまう夫のため、妻は甲斐甲斐しく世話を焼いた。炊事に洗濯、裁縫、花の世話、……そんなところも素敵よ、と、幸せそうに毎日、毎日。
 晴れた日にはふたりで出かけよう。いいや、雨の日だって。
 隣町の映画館、水鳥と戯れる湖、百合の咲く森。
 さあこの白を持って、モデルになっておくれ。とてもうつくしい、君のようだ。
 まあ、ニックったら! 花がなぜ綺麗に咲けるか、あなた知ってる?
 一輪を差し出す手と受け取る手。
 繋がれた指は数十年、いくつ皺が増えたって離れることはなく――ずっと、ずっと。

「続く――そう。思っていた、のでしょうけれど」
『あ』
 けれど、奏者たるリオが口を開くと。
 和やかに流れていた旋律の調子が不意に外れる。低く地を這うような音はそこから連続して、もう元の曲調へ戻ることはない。まるで、奈落の底にでも突き落とされたかの如く。
 エタパ・デ・オスクリダ。 所詮すべてまぼろしなれば。
「オウガになったあなたに望みは何もない」
 癒しは裏返しの呪詛となる。 オウガの周りに散らばっていた作業道具が、人形の残骸が、闇色の嵐となって吹きつけた。
 ごおごおと……伸ばす手も塗り潰して。
 その芯を劈かんばかり、嵐の最中に歌われるものは記憶に根差す絶望の瞬間だ。愛するひとを喪った。取り戻せぬと悟った、アリスとして扉を開いたあの瞬間の――――。
『や、め  やめろおォぉォォ!!』
 ――そうして幕開け、狂ったオウガの物語。
 変質した両腕が暴れる。先に受けた傷から血を流しながら、がむしゃらに。
 しかし既に闇のうち、身を紛れさせていたリオへその凶刃が届くことはない。建前にして演技だったのだ、元より、癒しを与えようなどと。 誰彼無しに襲い来る怨嗟の波を顔色ひとつ変えずしのぎ、
「自分がなにものか、忘れてはだめ。よく聴くのよ」
 リオのスカートがひらり翻る、気配に刃たちが遅れて降る。出は遅く娘の動きに追いつけない。一旦は心に安らぎを思い返していたことが仇になろうとは、まったく――救いがない。
「そして、行き先はもう決まっているのだと知るの」
『グ、うぅ!』
 捉えた、  と思えど裂けるのはドレスの端のみ。
 布に……闇に絡め取られた刃をすり抜けるようにして、オルガンから引き抜き、リオが突き入れるダガーが先に届いた。 至近。掴みかかるオウガの手は、刃物になってしまったせいで不自由だ。
『みとめな、いッ』
 娘の流る髪の数本だけ断つも、
「今はまだ――ね」
 返す刃でより深く抉られた胴から、ざあざあと血が噴き出した。

成功 🔵​🔵​🔴​

ロカジ・ミナイ
エンジくん/f06959

どうしよう、エンジくん
さっきからなんだか、僕は
……ロカジとして胸を張れない
これでいいのかな、僕はここにいるよ……たぶん
盲目の君を助けたいけど、君を助けられるかな、頑張るけどさ

賢い君もエンジくんが心配なのかい?
ああ、ゴメンね、僕がついていながら君らを不安にさせてる
なんて不甲斐ない

不細工な獲物を前に、妖刀を持ち佇むだけ
刀身に映った自分の顔を見れば、雷に×が付いている
……ああ、クソイケてねぇ……これのせいか……ダセェなぁ、僕は
眼前の不細工なキチガイよりイケてねぇ
剣の腕まで鈍っちゃいねぇよな?

ねぇ、エンジくん
僕らの獲物はとても目障りな姿をしてるよ
君の鼻が曲がらないといいけど


エンジ・カラカ
ロカジン(f04128)

ロカジン、ロカジン
アァ……ロカジンの匂いはするのに見えないなァ……。
ハロゥ、ハロゥ
ロカジンいるー?

ロカジン以外にも誰かいるケド見えないなァ……。
オオカミは賢いカラ見えなくても関係ない
それに、賢い君はもーっと賢いカラ関係ないのサ!

見えない代わりに鼻と耳に意識を向けようそうしよう
それだけじゃあ正確な位置はわからない
追いかけながら賢い君の糸を張り巡らせてー
ロカジン、コレが危なくなったら助けて助けてー

アァ、ロカジン。ロカジンがいつもと違う…。
ロカジンがロカ……くらいの勢いになってるなってる

ロカ……ってしてると賢い君に締め付けられるヨー
気をつけて
えー、臭い?うわー、臭い……!



 血眼になって――もっとも彼に目があるか知れないが――猟兵の姿を探すオウガ。
 舞い踊る血濡れ刃なんてそりゃもう荒れたもので、常人ならば大回りで避けたろう。常人ならば、だが。
「ン」
 エンジはにおいを嗅いだ。
 ロカジの他にもうひとつ近い香り。段々迫るそれを、感覚だけで糸にくるんで弾き落とすとなんだか重い手応えがした。よもやそれが殺しの道具だとは、薄ぼんやりした廃れた思い出たちがなければ気付かなかったとも。 ありがとう!
「アブナイのがいるいる。ロカジンも、いるー? 匂いはするのに見えないンだ」
 糸を手繰りつつハロゥハロゥと呼びかけるエンジに、一切焦りは感じられぬとはいえ。
 その声へやや後方から、わからない……といっそ沈んだ返答があった。他でもない、ロカジそのひとの声で。
「どうしよう、エンジくん。さっきからなんだか、僕は――……ロカジとして胸を張れない」
「?」
「これでいいのかな、僕はここにいるよ……たぶん」
「??」
 ギィンッ!
 赤糸が跳ね上げたつくりものの刃が天井に刺さり、そのあと降ってくる。
 いつものロカジならばもーエンジくんたらあらーいなどとバラしていたであろう凶器が、頑張って手入れした頬を掠めて床にびぃぃぃぃんと突き立っても、まるで動く気が起きないのだ。 いや、怖い? 動けない。これは強い不安感に似た――。
「おくすり飲まなくっちゃ」
「眼がヨクなるなるおクスリも欲しーイ」
 なんだかヘンなロカジン。
 首を傾げるも、視力を欠けさせていながら二人分の防御を請け負うエンジ。エンジは守るに終わらず、眼の分もしっかり機能している鼻と耳に意識を集中させることにしていた。そして、糸を。
 敵味方とも正確な位置こそ分からないが、張り巡らせてしまえばいい。 ――それに、オオカミは賢くて。賢い君はもーっと賢いから、見えないくらい関係ない!
「でもロカジン、コレが危なくなったら助けて助けてー」
「そうか、そっちは視力が……うん。助けられるかな、頑張るけどさ」
 これは急病なんかじゃない、この国が齎した呪いか何かだ。
 結論付けたロカジが早くも駆け出したエンジを見遣れば、その腕に抱かれた賢い君もなんとなく鮮やかさが鈍い。君もエンジくんが心配なのかい? じ、と見るロカジの方まで鱗片は飛んでくる。
「ゴメンね、僕がついていながら君らを不安にさせてる。……なんて不甲斐ない」
 じわじわ染みるのは叱咤激励の甘い毒だろうか。いや拙いぞそれは。
 ――赴かなくては。

 するり、

 尚も暴れまわっている不細工な獲物を前に。ロカジが抜き出した刀身へ映り込むのは己。その男前すらも今日はちょっとイケてなく見え――ん?
「なにこれ」
 バッテン? 眉毛の雷にバッテンがついてる。
「……ああ」
 クソイケてねぇ……。 擦ったら本気で雷が出そうに摩擦熱がヤバい。そして消えない。
「これのせいか……ダセェなぁ、僕は。眼前の不細工なキチガイよりイケてねぇ」
 が、マイナスも突き詰めればプラスだ。沸々と湧き上がる"意欲"が不安を軽々超したとき、湿った妖刀が昏く牙を光らせる。 言うなれば、ひとごろしとしての。剣の腕まで鈍っちゃいねぇか確かめさせてもらうとしよう。
 空を舐める切っ先に連れられ、ざあと烈しく太刀風が吹いた。
 メキメキ捲れ上がる床板はどうせ腐っていたのだ。染み込んだ絶望の数々によって。
「ヒューウ」
『次から、次にィ……!!』
 その風を味方にして刃の雨を潜り抜けるのがエンジなら、肌という肌を切り裂かれるのが咎人であるオウガ。
 すれ違いざま狼が他愛もなく紛れさせた糸、鱗片、宝石たちはそれぞれに毒を孕んで堕ちた身にひしりと寄り添い、赤く飾り立てる。奥様の代わり? いいや、
「カナシイねェ……」
 賢い君はエンジの大切な君だから、あげない。
 薬屋の手で刈り取られたのち、手元に戻り来ると信じている。弾むみたいにすぐに飛び退く狼をオウガも追わんとするのに、急激に巡る毒に足が縺れて上手くはいかない。一瞬が、命取りだった。
「まったくだ。僕らの獲物は疾うにボロボロだし、しかもとても目障りな姿をしてるよ。ねぇエンジくん、君の鼻が曲がらないといいけど」
 イィィ、イ、
 鋼で鋼を打つかの鈍い音、降り注ぐなまぬるい液体。
「えー、臭い? うわー、臭い……!」
 いつもと違ってロカ……くらいの存在になっていたロカジは今、エンジの中でいつものロカジンに近付いた。少なくとも剣の腕に関しては。"獲物"が上げる叫びが、雄弁に証明してくれている。
 妖刀が浴びた血を吐き捨てる。
 飛び散る肉片といっしょになって正しく戻り来た欠片たちだけ見失わず、嬉しそうに頬ずりするエンジ。

 よかった。
 大切なものをなくしたカナシイひとなんて、もう、ここにはいないんだ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

誘名・櫻宵
🌸宵戯
★翼の桜が全てベラドンナの花に
焼けるような激痛

きゃあああ!!
あたしの美しい翼が
何これ
べ、ベラドンナ
やだーー!何で?あたしの桜が
あまりの出来事に絶望し泣き崩れる
ロキ助けてぇ!私の桜が毒花に
痛い…焼けて溶けるよう
ロキ、何でそんなに酷いこというの?
桜雨のように涙が零れる
翼撫でられ痛みに顔顰め背を見送り

痛みに酔いニコラスを見れば
噫歪んで
美しい
ねぇ
声も姿も時が経てばきっと歪んでしまうのかもしれない
でも
忘れぬ変わらぬ想いはあるわ
きっかけがあれば
応えてくれるわ
あなたの中の想いが
私の暁がそうだったように

だから嘆かないで
安心して桜になって
「喰華」
黒を、桜に染めたいの
あなたの愛を頂戴な
優しく蹂躙してあげる


ロキ・バロックヒート
🌸宵戯

★喉
反転
言いたいことと真逆のことを言う

わぁ宵ちゃんの翼やばい
近付かないでくれる
…あれ?

ははぁ、なるほどこれが悪影響
宵ちゃん俺様が言うこと全部本当だから信じてね
その姿可愛くないしみっともないよ
あはは駄目っぽい
宵ちゃんのことは諦めて翼を撫でるだけにして

ニコラスへ
ねぇ君想い出は思い出せないの
どこかでその人と一緒に過ごした
それが君の少しの救いにならない?
思い出だから朧気でいいの
気持ちさえ思い出せれば

本当は絶望を煽って壊すつもりが
悪影響のおかげでまるで慰め
あーあ
泣いてる宵ちゃんを慰めようとしたら罵倒になるし
笑っちゃうね
これは後でご機嫌とらなきゃ

【UC】も呼びかけは正反対に
おやすみ、どうか良い夢を



 焼けつく風にはなびらが散る。
 けれどもその色は、常日頃愛された薄紅ではなかった。

「……え?」
 櫻宵の手のひらに乗るのは、黒に近くくすんだ――毒花、ベラドンナ。
 その翼をちょうだい! 人形の悍ましい嗤い声がリフレインする錯覚。それとも、現実?
 弾かれたように顔を上げた櫻宵は己が背の枝垂れ桜に手を伸ばす。違う、ちがう。こんな花、あたしの翼じゃ……毟り取る勢いで摘んだこれは、やはり毒の。
「っきゃあああ――ロキ!! ロキたすけて、私の桜が」
「わぁ……やばいね。近付かないでくれる」
 同時、電流よろしく走る激痛に我が身を抱いて蹲った櫻宵へと、見下ろすロキは淡々告げた。甘さなどどこにもない、辛く苦く、突き放すかのトーン。
 見開かれた櫻宵の視界、神は変わらず微笑んでいる。
「……あれ?」
 自分の唇に触れて。
 んー、と、発声テストをするかの声を噛み殺し。
(「……ははぁ、なるほど」)
 これが喉元に刻まれた"目印"の齎した影響、か。何もないわけがないと思ったのだ。
 すぐに思い至ったロキは、ただでさえ白い肌を青白く染める櫻宵の真正面に屈んだ。途端しがみつく手の震えは骨まで伝いそうなほどで、それがすこし――歪んだ笑みを深めさせる。
「ロキ? いたいの、ねぇ……私のさくら、どうなってるの」
「宵ちゃん。俺様が言うこと全部本当だから、信じてね」
 ――逆だよ、逆。
 首肯も返事も忘れ、ロキの唇の動きを食い入るように見つめる花霞。
「その姿、可愛くないしみっともないよ」
 ――これも逆。
 やはり、どうにも"言いたいことが言えない"。辛辣な響きを理解するごとに絡む淡い紅は、涙に滲んだ。痛みだけならどうにかせき止められていた堤防は、そうして容易く決壊する。桜雨みたいに、ぼろぼろ零れ落ちる透明なしずくを拾ってあげることはできるのに、一番欲しているであろうものをロキは渡してあげられない。いくらかみさまだって!
「あはは駄目っぽい」
「ロキ……ロキ、何でそんなに酷いこというの?」
 這い蹲り、両の手で顔を覆って泣きじゃくる様なんて飛ぶ術も知らない子どもみたいだ。
 酷くいとおしいじゃないか。
「ね、宵ちゃん」
「ぅ、 」
 自然と晒されることになった龍の背に咲く毒花を、やんわり撫でてやるロキの手。
 それがまた焼ける痛みを齎すから櫻宵は息をひそめる。それでも――離れる温度。背を向け立ち去るひとを、見送ることにもっと軋むのは何故か心の方だ。
「…………く」
 ぎりりと爪が床板を掻く。
 蹲って、いられるものか。

「君の仕業じゃないのかい、ニコラス」
 忘我の最中にあるオウガへと歩み寄るロキは、手を開いて。
 どちらの意味で受け取られてもいいような曖昧な言葉を吐いた。嘘も真もない、常套句ならばさらさらと。 半身振り返る黒からナイフが溢れる。湧き出す衝動は、ただ、殺したいと。殺して奪ってしまいたいと。肌を刺されるこの感覚に関しては、ロキは別段嫌いでもなかった。ただ、うつくしくないのはいただけない。 飛び来た一本をぬるりと躱せば背後で瓶が割れる。
「おっと、すこしお喋りしたいんだ。君、想い出は思い出せないの」
 どこかでその人と一緒に過ごした。それが君の少しの救いにならない?
 思い出だから朧気でいい、と、続けるロキ。先ほど櫻宵に向けたものとはまた真逆、蜜を含んだ声色をして。
「気持ちさえ思い出せれば。ね」
『……思い出したさ。幸せで、ああ、幸せだった……』
 ついに振り向いたオウガは、低く呻き垂れたこうべを上げる。
 帽子と首の境からどろどろに溶けた黒が流れ落ち、床に跳ねれば錆びた刃の山となる。
『――だから、こそ!! 彼女をこの腕に、二度と抱けぬという痛みが僕を苦しめる!』
「ふふ。……人間らしいことで」
 うそ嘘、神様だって痛むときは痛むのさ。あれ、それも嘘だっけ?
 どちらでもいい。
 絶望を煽って壊すつもりだったっていうのに、これじゃ興醒めだ。慰め、みたいだなんて。
(「あーあ。宵ちゃんを慰めようとしたら罵倒になるし、笑っちゃうね」)
 後でご機嫌とらなきゃ――さぁ壊してしまおう、そう、心に決めたときロキの視界にはあの薄紅が舞い込む。
 絹の如く柔らかな桜鼠も。
「ねぇ」
 ニコラスを見つめ吐息を零す櫻宵がいた。
 気丈に。痛みに酔った声は蕩けて甘美。 うつくしいひと、囁いて瞬く龍の眼こそが、花朽ちてもはなびらを招いて。
「ひとは移ろうもの。声も姿も時が経てばきっと歪んでしまうのかもしれない――でも、忘れぬ変わらぬ想いはあるわ」
 きっかけがあれば応えてくれる。
 私の暁が、そうだったように。
『……だが、今の僕にはすべて過去だ』
「それでいいの。あなたも、同じ過去へ還るのだから」
 結末を拒む風にぐわりと舞い出した血濡れ刃たち。
 退くでもなく櫻宵が視線を巡らせたなら、それらは二人を傷つける前に、触れる端から柔らかな花吹雪に姿を変える。黒を、桜に。喰華のまほう。
 嘆かないで。 安心して桜になって。
「あなたの愛を頂戴な。優しく蹂躙してあげる」
(「欲しがりなんだから」)
 ザンネン早くもいつも通り? 痛みを食み愛を選ぶ連れの姿に数分ぶり、ロキは本当に笑えて。
 下すジャッジ。審判の黒槍は影より出で、花嵐の中に立ちすくむ成れの果ての身をどっと串刺す。
「そういうこと。 おやすみ、どうか良い夢を」
 飽きちゃった。もう要らない。そんな本来の裁定より大分ぬるいけれど、案ずることはない。行き着く先はひとつ。
 ふたり作り出した花の獄が、底へ底へとオウガを蝕んでゆく。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

鳳仙寺・夜昂
大したことはないけど、視界に靄がかかってる感じがする……。

百合は腐るとひっどい臭いがするもんだが、
まだ咲いてるのか?それとも、咲いていると思い込んでいるだけか?

『不転』で自己強化して、
飛んでくる獲物は錫杖の【武器受け】でやり過ごして。
味方を【かばう】のをメインに動いて、こっちからは隙を見せれば殴る程度に。

もうあんたの大切な人は取り戻せねえよ。
どんなに願っても。どんなに手を尽くしても。
まだ生きてる人間が、いなくなった人のために出来ることは、ただ心穏やかに過ごすこと。
どんなに向こうが極楽でも、下界でずっと嘆かれてたら心配すんだろ。
……ここまで全部先生の受け売り。


※目の色の金みがやや強まっています


リオネル・エコーズ
人形たち
通路の作品
あの全てがこの人の愛の表れで、絶望の深さ

…よし
ミシミシいいながら色が落ちてってる翼の事は後回し
何か灰色になってきててちょっと痛いから、ぶっちゃけ気になるけど

オーラ防御しつつ一度翼で後ろへ飛んで距離稼ぎ
刃は第六感を働かせながら見切れたらいいな
飛びついてきた人形は魔鍵で受け止めて
ごめんねって払ってニコラスさんにUCを

貴方が作った物を沢山見たよ
恋もまだの俺だけど、そこに愛っていうのを感じたんだ
貴方が作った沢山の愛は…
貴方の愛は、貴方が愛した人に届いてるんじゃないかな

言葉は本心
ここは彼の絶望が歩き回る国
犠牲者も出てる
でも
リリーさんへの愛を絶望にしたまま、彼を還したくないじゃん


オズ・ケストナー
――っ
消し飛んだ頭を目で追ってしまう
視界が一瞬ぶれた気がするけど
この目は涙を知らないから、似ているとも思わず

いっしょに見たものをたいせつにして
彼のためにあつめてきたあの子たちを
かんたんにこわしちゃうなんて

ふるえる
かなしい
あの子たちのきもちは、とどいてる?

ニコラス
いっしょに見た空を、おぼえている?
ここは空がみえないから
わすれてしまったのかもしれないね
雲がたくさんの空も
雨のおちる空も
まぶしいくらいの青い空も
いっしょに見たはずだよ
その景色を思いだせたなら、となりのえがおだって思いだせるかもしれない
いい天気ねって笑っていなかった?

ね。かなしいこと、しないで

武器受けしながら接近し
魔鍵を刺す
もう、ねむろう




 伸ばせば指が届くほど近く砕かれた人形と、目が合った気が、したのだ。
 視界が一瞬ぶれたような。頭を揺さぶられたような――知らず息継ぎも忘れ、ナイフの餌食となった残骸を目で追ったオズの肩に、そっと手が置かれる。
「次が来る」
 手と声の主、反対に前だけ見るリオネルは首を横に振って。
 人形たち。
 通路に並んでいた作品。全てがニコラスの愛の表れで、絶望の深さ。 そう思えばこそ。
 よし、と、次の呟きは自分に向けたもの。ミシミシと軋んで夜一色に逆戻りしてゆく痛みをもまるごと後回しに、青年は目一杯に翼を広げた。
 うそ。大切な色が落ちてゆくこと、ぶっちゃけちょっと気になるけど。
「目は見えるね?」
 いくつもの赤黒い刃が躍り来る。
「……うん」
 涙というものを知らないミレナリィドールは、問いに霞んだ目を一度擦ってキッと顔を上げた。握りしめるガジェット、Hermesが蒸気を吐く様は本人の代わりに怒りを、かなしみを、噴出させるかの。
 前と、後ろ。 それぞれに別れるふたりに陰湿な刃は追い縋る。
 リオネルの翼が立てた風は見えぬ障壁と化して、殺人刃たちの勢いを大いに削いだ。そうして宙で動きの止まった鉄錆びを、斧の大振りでまとめて弾き落としながらオズは突き進む。
「見えるよ。ぜんぶ、みてきたんだ」
 だからこそ余計に、  だめだ。
 一緒に見たものをたいせつにして――彼のためと集めてきたあの子たちを、その彼自身が簡単に壊してしまうこと。
 震える。かなしくって、どうしようもない。
 ごぉと嘆く大斧は、押しとどめんと群れる人形たちそのものではなく、その足場をがりがり叩き崩してオウガまでの道を強引に割り開いた。
「――ニコラス」
 あの子たちのきもちは、とどいてる?
 その声音があまりにも純で真っ直ぐ強いから。……ついに待ち望んだ呼び声かと、異形がゆっくり振り返る。

 そして。
 たくさんの穴があいた身体が天を仰いだ。
『リリー……僕は、つくづく駄目な男だよ』
 まだ期待してしまっている。 くつくつ乾いた笑いが血反吐の代わりにナイフを吐く。次々次々吐き出され、不思議な回転でナイフはぐいんとオズのもとを目指す。
 とどいているか、だって?
『届くものか。いらない――彼女じゃないのなら、もう何もいらないんだ』
「浸ってるとこ悪ぃけどな、もうあんたの大切な人は取り戻せねえよ」
 どんなに願っても。どんなに手を尽くしても。
 ぎ、ぎぎぎぎ! ちいさな花火にも似た連続音を立てながら刃の軌道を捻じ曲げる錫杖の使い手、夜昂は二者の合間、煙のようにぽっと現れた。
 取りこぼしが自らよりも後ろへ突き進まんとするなら、利き手で直に握りしめることも厭わない。
(「やっぱ少し靄がかかって見え辛えな。……大したことじゃないが」)
 視界に覚える異変は、どうやら周囲のやり取りからしても"招待状"じみたものらしい。色濃くなった金に気付くものはオウガの他におらず、だから良かった。 てのひら伝い風に鮮血が混じる。異質なほど瑞々しく甘い香を保ち続ける百合のまやかしも、この風の中ならば霞むような気がして。
『ニコラスの、ジャマをしナイで!』
『ドウシテ彼を傷付けルの? もウこんナニ傷付いてるじゃナイ!』
 さいてい。さいあく。ひどい、ひとでなし。
 わらわらと無尽蔵に湧く"リリーたち"が一斉に夜昂へ飛び掛かる。
 けれども、不転。 届けたい言葉を持つものたちが迷わずオウガと……ニコラスと向き合えるように、一歩も譲らず夜昂はナイフを打ち落とし続ける。
「はっ、なんとでも――」
「ごめんねっ」
「!」
 ニヒルに口角を上げて睨めつける夜昂と対照的に、謝罪を口にしそんな人形山を散らして吹くのは、真横を飛びゆくリオネルだ。
 すれ違いざま振るわれるCelestial blueの魔鍵は、翼褪せれど鮮やかな彩のまま彗星の尾を引いて。
 きれい、と、人形の意識はまた容易くブレた。 その束の間を見落とさず、最も殺意を露わ首を絞めんとしていた一体へ数珠付き鉄拳がめり込む。
「いきなり動きやすくなったと思ったら、スーパー引き受けてくれてたんだ。大丈夫?」
「ああ。すーぱーかは置いといても、残念なことに丈夫さには定評があってな」
 構わず行って、ぶつけてこい、と顎でしゃくる夜昂。
 そのぶっきらぼうへ微笑みで返すリオネルも、お互いすこしの"悪影響"も覗かせずに交錯した。
「……さて、と」
 錫杖が澄んだ音で構え直される。 本当はまだヒトのかたちを取り返せるうち、あのオウガに会えたのならよかった。
 いなくなった人のため、生きている人間ができることはただ心穏やかに過ごすこと。
「どんなに向こうが極楽でも、下界でずっと嘆かれてたら心配すんだろ――……ってな」
 先生のとびきり受け売りを過去形以外で教えてやることも、できたというのに。
(「猟兵はお人好しが多いぜ。ニコラス、あんたじゃ太刀打ちできないくらい」)
 ……俺も、大概か。
 頬に走った刀傷を拭いながら、夜昂が浮かべた笑みは自嘲にも納得にも近く。

 そうして。ふたつの鍵は、数多の"絶望"に遮られずに辿り着く。
 オズに、リオネル。誰より傷だらけのオウガ。
『お前たちは僕では彼女に届かないと言う。それは、何故だ? 僕には力がある!! きっとこの数十年、いいや生まれてからずっと、このためだけに僕の芸術はあったのに!』
「力……そうだね。ここに来るまで、貴方が作った物を沢山見たよ」
 誰へも届かぬ嘆きに夜闇が寄り添うかの静けさで、しかし掻き消されることなく。
 魔鍵を掲げリオネルは言葉を編む。
「恋もまだの俺だけど、そこに愛っていうのを感じたんだ」
 どれもこれもが半端なつくりだった。歪で、チグハグで。
 けれども、彼が彼女を想うように。彼女が彼を語るときの頬の薔薇色だとか、声の華やぎだとか……黙した笑み。ほんの些細なことでいいのだ。ほんの些細なことが、死を絶望を越えて通じ合うふたりを垣間見せてくれたから。
 降り注ぐ痛みの雨を、湧き出た流星が力強く押し返してゆく。 
 貴方が作った沢山の愛は……、 
「貴方の愛は、貴方が愛した人に届いてるんじゃないかな」
『……ッ、ぐ、ぅ――うううゥァァ!!』
 とどいても、とりもどせはしない? 完成と認めるということは、即ち。
 リオネルの声と極光の星たちが、絶叫するオウガを光のうちに呑んだ。 泣いているようだった。分別なく、子どもみたいに。
(「何もかも、つらいね。……でも。リリーさんへの愛を絶望にしたまま、還したくない」)
 此処は彼の絶望が歩き回る国。犠牲者だって出ている。
 それでもと願ってしまうオラトリオと、同じ。 幾ら跳ね除けられたとて変われない。すこしでもひかりを届けたくて、鳴り止まぬ白の只中へとひとりの人形は飛び込んだ。
「いっしょに見た空を、おぼえている?」
 ここは空がみえないから、わすれてしまったのかもしれないね。
 自らの胸をばりばり掻き毟る異形の手を、やわく引く。オズの左手は繋ぐため。
「いい天気ねって笑っていなかった?」
 そして右手は、解き放つため。
 思い出して。 雲がたくさんの空。雨のおちる空。まぶしいくらいの青い空――隣の笑顔。
「ね。かなしいこと、しないで」
 もう、ねむろう。
 突き立てる春麗の鍵はすとんと抵抗なく、罅割れた心の隙間に入り込んで――――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

風鳴・ひなた
雲珠(f22865)と
きみ、背が伸びた?なんてとぼけ

待つことも探すことも慣れてないんだ
僕がいた場所はうんと狭かったから
それでも探しに行くよ
見つかる保証がなくても

外から素材を集めても作品は完成しないこと
ニコラスさんは分かっているんじゃないのかな
此処で待ってもその人は決して見つからない
だからどうか、あなたの裡を探して

僅かでも傷を受ければ毒花が敵を追う
裂いて崩す能力が損なわれても
こうして内側に干渉することはできるんだ

お願いしようか、と【手をつなぐ】
……そこまでは縮まないといいなあ
変化を笑える余裕があったこと
自分でも少し不思議で

※姿そのまま、人間の青年サイズまで縮み
余剰分の体積は花になって溢れてます


雨野・雲珠
ひなたくんと/f18357

俺はもともと木だから待つのは苦になりませんが、
大切な方がもうどうしたってここにいないとわかったら、
探しにいこうと思ってるんです。
ひなたくんだったらどうしま…あれ?
なんだか目線が近いような。

【四之宮】を盾代わりに
ひなたくんの邪魔をしないように気をつけつつ
飛んでくるナイフは木の根で受けます。

俺に彼を裁くことはできません。
止めるしかできることがないなら、
海に還ったその先で
いつか彼女を探して歩き出せますように。
ニコラスさん、ここから出ましょう。

どういう仕組みかわかりませんが、
ひなたくんの具合が悪いなら俺が守らなくては。
豆粒大になる前に気付けるように、
手をつないでもいいですか?



 ――大切なひとが、もうどうしたってここにいないとわかったら?
 雲珠は言った。俺はもともと木だから、待つのは苦にならないけれど。
「探しにいこうと思ってるんです」
 そして問うた。ひなたならどうするか、と。無理に引き摺り出すでもなく、そっとノックするように。
 それにひなたは耳を倒した。まるで寂しそうな、恋しそうな動物のしぐさとして。
 ……待つことも探すことも慣れてないんだ。僕がいた場所はうんと狭かったから。
「それでも、同じ。僕も探しに行くよ。見つかる保証がなくても」

 世界に、亀裂が入る。
 ゆりかごの外へと猟兵が齎した幾筋もの光が漏れ始める。 その振動がわんわんと広がって瓦礫を落とすから、隣り合うちいさな雲珠が怪我をしてしまわないようにとひなたは獣の腕を掲げた。
 その腕が、なんだか短い。
「ん、……あれ?」
 影にぱっと振り返る雲珠の目線の高さも近くて。
 ふたりぱち、と目が合えば、ひととき言葉を忘れてしまう。
「きみ、背が伸びた?」
「いえ……そうだとしたら、すごく良かったんですが」
 どうもそうじゃないらしい。獣の身に刻まれている印が、雲珠へと赤く主張する。
 光の収束したアトリエは酷く静かだ。オウガは一拍ほどの永遠、胸元を押さえて……そうして顔を上げた。暗闇に支配されていた頭部に、青い瞳がチラついて。
『僕、は』
 歩み出す。
 あの足取りが何に似ているか。ひなたは知っていて、迎えるようにも足元溢れる花を蹴散らし駆け出す。 迷子。みちを教えてあげないと。
「ニコラスさん。分かっているんだね、もう、外から素材を集めても作品は完成しないこと」
 此処で待っても、その人は決して見つからないこと。
 眼差しが、かち合う。オウガの一歩ごとに舞い立つ血濡れ刃の嵐は、しかし精彩を欠いている。ひなたの足首をちりちり切り裂けど、断ち切ることは叶わない。そもそも、最早だれがなにを望んでいるのか――。
『どうすれば、いい』
「焦らなくてもいいんだ。そのまま――どうか、あなたの裡を探して」
 此度、猟兵に出来ることはそのお手伝いだけ。
 そして、送ることだけ。彼がくぐるのは絶望の扉じゃない、もっと相応しい……ぽつぽつ、ぽつぽつぽつと毒花が咲く。うっすら血の滲むひなたの足跡を覆い隠すみたく、たちどころに。
 ひなたのそれを過剰防御反応と呼ぶのなら、勢いを増す刃の雨もきっと同じ。
(「ひなたくん……」)
 ひとは決して、痛みに強いいきものじゃない。
「今度は俺が、 」
 俺が守ります、そう念じるみたいに雲珠が告げたとき箱宮の扉は開く。競い合うようはじめに飛び出したのは桜の細根で、ネット状に広がるとひなたと自分、双方へ降りかかる災いを受け止めて。
 自分に彼を裁くことはできない。癒せぬものもこれまで、数あった――けれど。
 メスだけでは取り除けぬ哀しみの、行く末を祈る勝手くらい。
「ニコラスさん、ここから出ましょう……!」
 海に還ったその先で、いつか。彼女を探して歩き出せますように。

 裂かれて散り散り根はか弱くとも、守り桜が願い続ける限り無尽蔵に湧き続ける。眉間を狙うナイフが向かい来たとしても、しなって強く振るわれた支根に守られながら双眸は閉じぬまま。
 木々の鞭はひなたの咲かせた花々を散らし、風に混ぜ込む。
 鈴蘭の花だろうか。物憂げな白は血濡れた刃たちの渦の中をするすると掻い潜り、最奥まで辿り着く。そこに意志でも宿るかの如く。
「こころの、整理がつくまで。僕らはここにいるよ」
「お支えしますとも。これでも普段から助手として……扱かれてますから、ねっ」
 床板をへし折り巻き取りながら伸びるつる草。宙を滑る桜の根。
 死んだものばかりのアトリエに、ふたつの緑は活き活きと踊る。
『頭が――……頭が割れるように痛いんだァ!! きみたちが、喋るたんびに!』
 荒狂うオウガの様はそのまま、力が、声が幻想に阻まれず届いているということ。
 真っ赤な手が空を薙ぐ。皆が刻み付けてきた傷より沁み込む猛毒に侵された動きは鈍く、疲れが滲んだ。
 見つめて。す、と。
 庇うため、ついいつもの癖で前に立とうとしたひなたの手首――いまはとても掴みやすい細さになっている――を、控えめに引くのは雲珠の指。
「ひなたくん、手を」
「手?」
「はい。……その、豆粒大になる前に気付けるように」
 ひなたの具合が悪いなら、守らなくては。守りたい。改めて心意気をぶつける雲珠の方が僅かながらも前に出る。
 背ににょろりと蠢く桜の根までもが「任せろ」と語っているみたいで、  獣の口からは、ふっ、と吐息が零れた。
「……そこまでは縮まないといいなあ」
 お願いしようか。 そろっとでも、確かに繋ぎかえす指――変化を笑える余裕があったこと、自分でも少し不思議で。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

旭・まどか
――こんばんは。ただいまの方が相応しいかな?

道中君の作品を見させて貰ったけれど
随分と佳い趣味をお持ちのようで

一見魅力的な彼女らの姿は目を惹くけれど
どれもこれもが――、惜しい

誰もが皆大切な“何か”が欠けている
…そうでしょう?

瞬きの間だけ現れる目印には然して気にも留めず
次々と産まれ征く数多の生命を刈り取った得物を見据え
その刃が向かって来ようとも、視線は逸らさずに居よう

あ、

おちる

頸と身体が別たれて
世界がグラつく感覚だけを得たのも束の間
再び均衡を取り戻した僕の背には数多の刃

残念
このまま落ちても構わなかったのだけれど

ねぇ、君は何の為に“素材”を集めているの?
思い出して
最初にそうしようと思った、きっかけを


コノハ・ライゼ
瞳:色彩を失う
違和はあれど一先ず気にせず

ああアレは
有り得たかもしれない、己の姿のようで

右人差し指の指輪に口付け、奴の爪に似せ変える
【天齎】発動し纏わせるのは晴天の空色

永遠に終わらない地獄にいるンだね
何が美しかったのかも全部忘れ
どんなに寄せ集めても、一番なんて在りはしないデショ?
憐情でも怒りでもない、例えるなら微かな安堵

人形は『マヒ攻撃』乗せた『範囲攻撃』で蹴散らし
攻撃は形状等から予測し『見切り』受け流すわ
創るのはお上手だケド、素材を壊さず扱えるのカシラ?
『カウンター』で刃捩じ込み『2回攻撃』で『傷口をえぐって』『生命力吸収』

テメェにゃオレはいかせないケド
この空色ならいくらでもアゲル、餞別にネ


アルバ・アルフライラ
此奴が、ニコラス…何と醜悪な有様か
…否待て、何かが可笑しい
もしや先程の印が原因か?

然し、私には些事に他ならぬ
この目が使えずとも
必ずや哀れなオウガに裁きを下そう

魔方陣より【雷神の瞋恚】を召喚
私に触れる権利は与えておらんが?
盾となる人形をも巻き込んで
縋りつくそれ等も剣で斬り伏せる
敵の繰り出す刃は常に注視
全ては封じきれずとも
杖でいなし、見切り、激痛耐性で凌ぐ

オウガを庇うのは、彼奴がニコライ故か?
…貴様等がリリー故か?
彼奴の手で壊されて尚、尽くそうとする
その献身は何処から来る?
…哀れよな
救いようがない

ニコライ、諦めよ
貴様の濁った心では最早彼女を蘇らせる事は出来ん
彼女等に宿る心すら、無下にする貴様ではな


絢辻・幽子
あぁ、なるほど、そう……こうして奪うの?そうなの?
やあね薄ボケてなあんにも見えないわあ
光はわかるのって憎たらしいわねぇ、こんな幽霊みたいな私でも

ねぇ、そこの人、そこの誰か
声を出せるなら、アレが見えるなら
少しだけ教えて下さらない?どこにいるのか、
だいたいでいいわ、こうなったら適当に糸を張り巡らせるだけだから
糸から伝わる感覚が頼りよ
『地形の利用』と『ロープワーク』
それと『第六感』獣の勘をなめちゃだめよ。悪い人。
幽ちゃん、今はとても機嫌がいいの、この耳だってよおく音が聞こえるわ。

みつけたら、思い切り狐火ぶつけてやるから

あぁ、優しい人はどうか糸の罠にかからないようにね
美味しく食べてしまうかもしれないわ



 ああアレは、
 有り得たかもしれない、己の姿のようで。
(「絶望の国のアリス、ね」)
 言い得て妙だと妖狐は嗤った。脈動しているみたいだ、細めた瞳のアオがいつもよりも我知らず熱を持つ。それでも融けぬ氷が流れ落ちる日など来ぬように、ひとひとりを形作る過去は変えられない。
「終わりにしましょ」
 変えられるとしたら、歪んだ永遠の終着。
 右人差し指、通した指輪に口付ければコノハの爪はぐわりと伸びて五つの刃を形成する。オウガの宿す絶望にも似ているが色だけは似付かず、晴れ渡る空。 ユーベルコード・天齎。
「――ホラ、幽ちゃん!」
「あら……あらあら、その声はコノちゃん」
 時折飛び来る刃たちをふらふら危うい足取りで躱していた女狐を、そのまま引っ掴んで崩れた作品たちの陰へ押し込む。
 どうにも先から視界が薄ボケていたのだ。頼もしさを知る存在に出逢えたことに尾を揺らし「奇遇ねぇ」と幽子。思わず頭を掻きかけたコノハであったが危ない、この爪では流血沙汰では済まない。
「奇遇ねぇ、じゃナイってぇの。オレが前に出るから、後ろは任せてもイイ?」
「ええ、ええ。とっても助かっちゃう。……ん、綺麗な青い目、なんだか曇り空ね?」
「そ? ソレこそ気のセイだと思うわヨ」
 化かし合いなら本日もイーブン。
 ふっと笑ってすれ違う二人が、それぞれに力を揮った。
(「だってほら、光だけはわかるじゃない。憎たらしくっていやぁな奪い方だと思ったのよ。……こんな幽霊みたいな私でも」)
 狐火がとろりと揺れる。
 それは青紫にとろとろ、素材、作品、人形と呼ばれた骸たちから立ち昇るかのように。彼らもまた死の瞬間、植え付けられた愛より根深いうらみつらみを抱えていたろうか? ならば今晴らすといい。
「ひとを好きになるのって、むずかしいわねぇ」
 誰へともなくひとりごち幽子の指先から零れた赤糸がうねって炎の先をゆく。
 視界不良? 方角なんてのは大体で構わない、耳に馴染むコノハの足音を追うだけだ。たったっ、たっ、重くも軽くもない、ひとらしくもやっぱり、獣らしい餓えた足取り。
「――此奴が、ニコラス……何と醜悪な有様か」
 そこにひとつ、水面を揺らす程度。 物静かな音が増える。

 想起するならば深く澄んだ青。
 それでいて、燃え尽きるときの星の赤。
「ひとつ、猟兵として私もご一緒させていただきます」
 闇を見据えての呟きとは違い、狐の女に対してアルバは穏やかに声を紡いだ。繋ぐ紫をした数多の狐火に照らし出され、グラデーションはより深みを増す。
「ふふ、ぜひぜひ」
 返す幽子同様アルバもまた、この場へ辿り着くため瞳を示したもののひとり。
 だが、些事だ。見えずとも、必然として裁きは下る。蝕む違和ごと呑み込むように翳した仕込み杖が燐光を集め始める。
 その光がジュッと足元に円を刻んだ。レーザーが焼き切る如く綿密に描き出される紋様は、やがて結ばれ。杖の向く先へと眩い一条のいかづちを撃ち出す。
「其れでは――呉れてやれ。哀れなオウガに、裁きを」
 着弾、
 脆い床板は紙ほど次々めくれ上がり。巻き込まれる人形とは違いコノハはそれすら読んでいたかの身軽さで足場に高く跳ぶと、眼前構える腕で光の奔流をやり過ごさんとしていたオウガへ詰める。
「永遠に終わらない地獄にいるンだね」
 ぐ、 と腕を突き出す。
「何が美しかったのかも全部忘れて。どんなに寄せ集めても、一番なんて在りはしないデショ?」
 衝き動かす感情は憐情でも怒りでもない、たとえるなら……微かな安堵。
 爪と化した拳を突き立てる。
 オウガの呼び出す殺人道具――鉄ベラがバラバラ合間に割り込まんとするが、いくらも遅い。晴天と弾き合った赤黒らは反対に飛ばされて、周りに駆けつけていた人形たちを傷付けた。
『ギャっ』
『ヒドい……そンナものニコラスに向ケて!』
 しかしツギハギは愛するひとを庇い続ける。
 誰に傷付けられた? 誰が悪い? 誰のせいで、こんな? ――考えることはしない。しないのだ、それを――……愛、と呼ぶべきか否か。
「オウガを庇うのは、彼奴がニコラス故か? ……貴様等がリリー故か?」
 その献身は、何処から。
 すぐに次の稲妻を奔らせるアルバ。浮かんだ疑問を塗り潰す風にも、強く。烈しく。
(「……哀れよな。救いようがない」)
「ニコラス、諦めよ。貴様の濁った心では最早彼女を蘇らせる事は出来ん」
 彼女等に宿る心すら、無下にする貴様ではな。 アルバはしんと、光に交えそれだけ届けて。
「いっしょがいいなら、いっしょにどうぞ。私の糸はね、きっとあの世まで離れないもの」
 あの世なんてあるか知らないけれど。 自由にして無責任、稲光の合間を逃げ場なく埋めてゆく女狐の炎はオウガもろとも作品群を跳ね上げる。出鱈目な行いも、使い手の気質を知っていたなら避けることは難しくない。 現にコノハはさっさと見切りをつけてステップ、ふうと息を吐いていた。
 右手を付け根まで濡らす他人の赤が、ぽたぽた落ちる。

『離せ、違うんだ、いま僕は――僕は考え事をしているんだ!』
 たくさんの呼び掛けが、オウガのその暗闇を確実に揺さぶっていた。
 欠けた身体を引き摺りナイフを撒く男は、赤い糸で繋がれたことで、宝石の光を受けたことで、ここで改めて足元に散らばる残骸たちを見る。邪魔だ、と思ったのだ。歩むのに。奴らを黙らせるのに。
 けれど――……何故だか。
『しずかに……考え事を、 』
 振り解くにも、黒い涙がどうにも零れて止まらない。
 いたい、 いやだ。
 これをリリーと。リリーを求めた己が積み重ねた死と認めてしまうのが、おそろしい。
 鉄錆びた筈の感情が今日は幾度も波立つ。もしかしたらそれは、疾うの昔から荒れ続けていたのかもしれない。いつからか、見失って……。 叫び声の放射じみて四方へと飛び立ったナイフの雨。
 抱き留めるみたいに、受け止めるのは。
「――こんばんは。ただいまの方が相応しいかな?」
 やわらかに広がる月明り色。
 武器ひとつ持たず身を晒すまどかのオペラツィオン・マカブル。

 ああ、
 おちる。

『ッッ!!』
 誰より息を呑んだのはオウガだった。
 刃に裂かれ貫かれ、ゆっくりと傾く麗しいひとをなんと重ね見たのか。しかし別れの時はまだ訪れない。まどかの両の脚は割れた床を尚も踏んでいて、瞳は薄く開かれたまま。
(「残念。このまま落ちても構わなかったのだけれど」)
 瞬きの間だけ現れる目印がある。頸と身体が別たれた束の間のユメをなぞっては、
 僕はそんなにも近かった? 微笑み。
「道中君の作品を見させて貰ったけれど、随分と佳い趣味をお持ちのようで」
 色褪せぬ唇は、血のひとつも零さずに言葉を紡いでゆく。
 その淡いピンクが転がる人形たちを見た。一見魅力的な彼女らの姿は目を惹くけれど、そう言い置いて。
「どれもこれもが――、惜しい」
 誰もが皆大切な"何か"が欠けている。
 ……そうでしょう?
 最後にはオウガへ視線を戻し、続けるのだ。

 何か。 髪? 瞳? 肌? 違う、違う。
 誰も彼もが「思い出せ」と言う。
 彼女の――リリーの本当のうつくしさとは……なにより望んだことは。

「ねぇ、」
 君は何の為に"素材"を集めているの?
 ユーベルコードの力を以て、均衡を取り戻したまどかの背には数多の黒い刃が揃う。オウガが放った殺意。ニコラスが流した涙。バラバラだったそれもひとかたまりにしてしまえば、己が罪を罰するギロチンに似る。
「思い出して。最初にそうしようと思った、きっかけを」
 言葉とともに強く、借りものの刃は振るわれた。
 まどかにそうと映ると同じ、オウガから見たならまどかもまた、黒い刃の群れに呑まれ遠退いてゆく。
 追い縋ろうと伸ばされた異形の、手。
 殺すため? 否。その傷をも厭わぬ必死さはまるで、闇の中に答えをみたかのように。
『僕は――』
 僕は君に、
「イイ夢見せてもらったデショ? いいえ、現実……カシラ」
 背中だ。 どっ、と、捻じ込まれた青く鋭い爪がオウガを押しとどめる。
 肉薄していたコノハによって。表情は薄く笑みを模っているのに、どこか遠い。まだ素材はご入用?
「テメェにゃオレはいかせないケド。この空色ならいくらでもアゲル、餞別にネ」
 要らなくなったらその辺にぺいってしといて、とカラカラ。
 声に導かれ。そのときは私が貰うなんて言いたげな強欲の紫焔が、続いて降り注いだ。やさしい人は罠に巻き込んじゃ拙いけれど、コノハならきっと大丈夫。甘くないのはおたがいさま。
「ほらほら、あなた。このままみぃんな私が貰っていいの?」
 ニコラスへ問う幽子の声がしとしと降る中、人形たちが焼けてゆく。
 終わりなき地獄。 先の繰り返し。
 繰り返し……にならなかったのは、オウガのぐずぐず溶け始めた爪が、自らを守り敵を屠るためではなく人形を焦がす糸と炎を断ち切るため動いたから。
『ああ……そうだ』
 ちょきん、
 すこしも綺麗じゃない、ボロボロの骸を抱き上げる。
『僕は彼女と、ただ、もう一度歩みたかったんだ……、互いにどんな姿になってでも』
 "今"の君が、なによりうつくしい。
 そうして手を取り合った、あの頃みたいに。
 よたり、  仰ぐオウガは視界に探した愛情と燃ゆる星の宝石たちにゆっくりと頷いた。
『けれどもそれは、二度と、決して叶わない。そうなんだね?』
 死したものの時は動かない。だが、互いにゆけたのなら……。
 口を開けば醜い羨望でも滲んでしまいそう。まどかが、ただ、瞬きだけ贈る隣。
「さて。……理解したならばそこから先は、貴様自身が見定めよ」
 魔術師は占者ではないと言い捨て今一度雷光を授けるアルバの顔色が、厳しさの中にも別のものを孕んでいたこと。
 ともに真っ白く灼かれるひとりとひとつは目を瞑ってしまい知れねども、それでいい。

 時はじきに訪れる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

矢来・夕立
黒江さん/f04949

あげません。
その眸はオレのものではありませんが、あげません。

まだ目は見えますか?死線は?
オレの顔は…そう。変わってませんか。
そうでしょうね。どんなものに変わるか、見当はつきました。

【禍喰鳥】を支援に回らせます。
致命傷でもそうでなくてもケガはだめです。

人形の残骸に隠れて《だまし討ち》。
殺人衝動を与えるより先に深い一撃を入れる。
その後はタゲ取りです。
念力や殺意で武器が動くんですよね。
《忍び足》で位置を変えながら手裏剣で妨害を続けます。

隠れやすいですよ。
こんな風に作って壊して、片付けもしないから。
優れていれば何にでも手をつける。
もうどこが好きだったかもわからないんでしょう。


黒江・イサカ
夕立/f14904と

目が、……おかしい?
あ 大丈夫 見える 夕立でしょ、見えるよ
綺麗な顔も線も見えてる 大丈夫さ

なんて言ってはみたものの、やっぱり目、何か変だな
ちかちかする… そんな感じ

とは言え帰るわけにもいかない、折角目の前にいるんだもん
君が死にたいって思ってたこと、僕にはわかるから
死にたいって思ってたのに、思って、結局そうなっちゃったんだ
作るんじゃない 逢いにいこうよ
僕なら逢わせてあげられるからさ

攻撃も激しそうだし、死線、たくさんありそうだね
刃だろうが何だろうが弾いちまえば関係ない
【炯眼】ならそう出来る
たったひとりの奥さんのこと、考えててね

――――?
なんだ、いま、死線が、




 以来、とめどなく降り注ぐものは世界の欠片か火の粉か。

 いずれにしても都合がよかった。夕立の戦いとしては、邪魔なものは多ければ多いだけいい。
 未だ向かい来るナイフの群れに関しては、どうやら制御を外れているようにも見えた。とはいえ何本かは的確に――うつくしい、イサカのひとみを欲するのだから捨て置けない。
「あげません」
 その眸はオレのものではありませんが、あげません。
 五文字以上の強い念を込めた脇差が閃いて直後打ち砕く。叩き落すでは生温い、四片に咲かせる雷の花。
 張り切ってるね、と守られたイサカは笑う。茶化すでもフリでもない、本当にうれしくって、たのしそうな声だ。……じとりと視線を動かした夕立は本筋を見逃していない。
「いま、どうして下がらなかったんですか。もしかして目が」
「ん? あーあ、ちょっとね。でも大丈夫。見える。夕立でしょ、見えるよ」
 これは何本?
 にほーん!
 なんてやり取りも楽々。綺麗な夕立の顔も、線も、大丈夫。変わりなくそこにあるとイサカに言われたなら、夕立も問い詰めることはしない。今は。ちき、と袖を揺らして引き出す式神たち。
「顔……そうでしょうね。ならいいです」
 どんなものに"変わる"か、見当はついていたことだ。
 息を整える意味は殺しの支度に他ならない。では手筈通りと、平坦に言い置いて闇に姿をくらませる。
「ふふふ。いってらっしゃい」
 またあとで。
 ひらっと手を振るイサカは、連れの姿が完全に消えてから同じ指で右目を覆う。 左目を覆う。
(「――なんて言ってはみたものの、やっぱり目、何か変だな」)
 ちかちか、する。そんな感じ。
 それでも夕立が残していった蝙蝠の式たちが案じるみたいに羽ばたくから、すぐにその黒を伸ばす両手でやさしく包み隠しては前を見た。みえることは嘘じゃないんだ。 目の前の彼を、救おう。

「よろしくね」
 唇寄せ告げて今一度、手を離せば式神こと禍喰鳥は飛び立つ。
 折り手と五感を共有するとの優れもの。すこし後を追うことにしたイサカへは舞う凶刃は届かず、代わりに文字通りに命懸けで体当たり、庇い立てる彼らが墜ちてゆく。
(「ちょっとおもしろくないけど、さ」)
 致命傷でもそうでなくてもケガはだめ。そうした一心で思う方へと飛ばせているのは、結局のところ夕立自身なのである。まるで少年が、自分以外の手で何度も殺されているようで――よく考えるとそれってどうなの?
 ちかり、
 思考をも阻むひかりが近い。
「逢いに来たよ、待たせたかな」
 ぱちんっ。折り畳んだナイフがイサカの手の中で軽快な音を鳴らせば。焼け爛れ、捩じ曲がり、襤褸切れみたいなオウガは顔を上げて。すこし……どうしようかと迷ったような。
『君も、僕の誤りを正すために』
 青い瞳を揺らして応える。
 同じ黒だと人形たちに言われたのに、すっかり過去みたい。だがガワが同じだったとしても、イサカの眸。今だってこうして"見もせず"ナイフを躱して弾いてみせる、その真価こそは持ち得ていなかったろう。
「誤り。正す。うーん……君が死にたいって思ってたこと、僕にはわかるから」
 死にたいって思ってたのに、思って、結局そうなっちゃったんだ。
 だからさ、
 ひょい、と頭を下げた直後をナイフがなぞり、庇おうとした蝙蝠だけがひらひら地へ。
「作るんじゃない 逢いにいこうよ。僕なら逢わせてあげられるからさ」
『――!』

 ぎぃぃぃ、

 ふたつの金属が打ち合う雑音。
 イサカのナイフはオウガの胸を三重ほどにぱっくり。
 片やオウガの爪はイサカの……いいや、風に砕けて散る鉄色、手裏剣に逸らされて空を貫く。
『これは』
「隠れやすいですよ。こんな風に作って壊して、片付けもしないから」
 ――その鉄が散り切らないうちに、もうひとつ殺人道具が舞い込んだ。影が本体のもとへ戻るかの如く、矢鱈に"違和感なく"。
 優れていれば何にでも手をつける。
「もうどこが好きだったかも、わからないんでしょう」
 夕立だ。
 夕立の進めた脇差が傷だらけの腕一本を斬り落としている。
 ぐ、と息を呑んだオウガが逆の腕を振るうが、猫にも似て身を低く飛び退いた少年を捉えることは出来ず。
『そう……だな。どこがなんて、きっと、考えたこともなかったんだ』
 遠く――懐かしむように緩められた眦。
 オウガの声はいつからか酷くしわがれていて、聞き取ることも難しい。
 それよりなにより、  がら空きだ。
「なにか得るものはあったかい」
 それじゃあ、そうナイフが閃光ほどに奔ったなら。
「たったひとりの奥さんのこと、考えててね」
 イサカがあわく微笑む。

 薄くなった骨を断つ手応えは確かに。
 けれど。
 ちり、り、
「――――?」
 救えた(殺せた)はずの一瞬に、"死線"が薄れて歪む不思議に見開かれた瞳を。
 同じ色したナイフの雨が埋めるとき、折紙でもなんでもない、うんと強く夕立の手が手を引いた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ペチカ・ロティカ
ふたりで見た朝焼け
あたたかなポトフ
きみが焼いた、甘いパスチラ

お人形さんたちの言葉ごとに、
ペチカも彼との記憶をなぞったりして
そう、おんなじなのねって。

ペチカもあのひとに、おかえりって、言ってもらいたかったの。

でも、けれど、もう。
叶わないって、届かないって、突きつけられるから
だからペチカの焔もゆれてしまうの?

だれへでもとどくって、安心だって
おにんぎょうさんたちに、ペチカは請け負ったのだから。
ペチカはこの火をとどけなきゃ。
 ニコラスに――彼に、とどくって

このむねはきみをおもって、こんなにもあつくなるのに
どうしてこの焔はゆらいでしまうの。


芥辺・有
やあ ただいま
なんて言うわけない
お前の求めるもんはない

来な 餌だ
喚んだ烏が血をすする
よく鳴けよ ずいぶん燃えやすそうなところだろ

……?気のせいか
ふたつみっつに見えた道具は叩き落とせばひとつ分の音で
いや、……ああ、ブレてるのか
まあいい そいつが当たろうが当たるまいがどっちでも
お前が頑張るほどきっとよく燃えるんだから ここもお前も

思い出がぐちゃぐちゃだとか言ってたっけ
結局そんなもんなのかな
いくら大切にしててもさ いつか忘れるんだって
思い知りたくもないこと、見せつけられるんだから嫌になる
それでも最後までしがみついてるんだから……

お前の取り戻したいやつがさ
何かで代われれるもんなら安くて良かったのにね


リリヤ・ベル
おおきいひとです、けれど、『こわい』

――?
ことば。口から出て、聞こえることばが、ちがいます。
いいえ。わたくしはレディですもの。
おおきくとも『はものはいたい』、『いたいのはいや』です。
……いいえ。いいえ。ちがいます。

ほんとうのことは、かくしてかくして、みえないように。

ひかりをまねいて、刃を撃ち落としましょう。
だいじょうぶ、『こわい』、だいじょうぶです。

わたくしはあなたのたいせつなひとではありません。
望む言葉も、きっとかけることはできません。
でも『ごめんなさい』、『かなしい』、『ごめんなさい』
……、でも。
あなたの名前を呼ぶひとは、きっと、この先で待っていますよ。
『ほんとうはいっしょにいきたかった』



 同じように、オウガの身体を後ろへとぐっと引くものがある。
『リリー……いや、君たち?』
 胴体に腕だけがいくつもくっついた人形だ。
 綺麗な爪、割れた爪、そんな肉の塊から生えた棒が、男を掻き抱くみたいにして守っている。
『ダメよ、ニコラス。死ンじャダメ』
『シッカリして。前ヲ見て。ワタシたちガいルじゃナイ』
 そして騒ぎ立てる。
 前だ。
 前を見ろ。
 わあわあ何重にも重なる忠告。「やあ ただいま」硬い殺しの道具が空を裂く音が、荒々しくも遮った。

 ただいま?
「なんて言うわけない――お前の求めるもんはない」
 杭だ。 寸でで上体を捻ったオウガの首のほど近くがぐっさり抉られてゆく。
 反射的に撃ち出される闇色ナイフたちと弾きあって飛び退る有は、驚愕に瞬く双つ青へふんと鼻を鳴らしてみせた。一呼吸置いた今となっては、一筋限り腕から垂れる血のみがその強襲の事実を告げている。
「ペチカもあのひとに、おかえりって、言ってもらいたかったの」
「おおきいひとです、けれど、≪こわい≫」
 気怠げに腕を振る有の背後からひょこりと低い頭がふたつ。
 ペチカにリリヤ。ふたりとも人形めいて愛らしい容貌をしてはいるが、オウガの味方ではない。
『僕は――』
 オウガが何か口を開こうとしたが、左右へぴょんと跳んで少女たちは駆け出す。
 ペチカの手には失われずランタンが揺れていた。ゆらゆら、ゆら、闇に浸った床も壁もオウガまでも、周りのすべて仄明るく照らし出しながら。……いいえ?
 すこしだけ、違う。
 揺れるのは何もいれものだけではない。
 うちに囲われた炎までもが、心細げに弱く震えて像を歪めるのだ。
(「どうしちゃったのかしら」)
 ふたりで見た朝焼け。あたたかなポトフ。
 きみが焼いた、甘いパスチラ。
 人形たちの言葉と自分の記憶をいっしょになぞるとき、こんなにも――おんなじなのね、思う胸がチクチクするのは。
 届かない、
 叶わないと繰り返し繰り返し突きつけられる現実までおそろい。
 ふる、ふる。 首を振った娘は大事なぬくもりをぎゅっと胸に抱きしめる。背中にはつめたい刃物が迫る気配が、がしゃり、腹ペコな音とともに感じられた。
 さみしいのなら炎を灯して。もっと、もっと明るくするの。教わった通り――。
「させません」
 ふたつを遮るかたちで、強く床を蹴り飛び込んだのはそんなペチカより更にちいさなリリヤ。
 果敢にも向かい撃つ状態で振るわれた指は、穢れなき光を白々招いて闇どもを真っ向から塗り潰す。……うまくできた、 ほっと息が零れるも。
「≪こわい≫から≪にげたい≫です、わたくしはレディですもの」
 ――……。
 ここに辿り着いてから、ずっとそう。
 気のせいじゃなくて、ことばが。聞き分けの悪いわるい子みたいに、リリヤの言うことを聞いてくれない。いいえ。いいえ、ちがいますよ、ちがうんです。リリヤはそんな子じゃありません。
「おおきくとも≪はものはいたい≫、≪いたいのはいや≫です」
 ふ、  吐息が震える。
(「ほんとうのことは、かくしてかくして、みえないように」)
 両手で喉を押さえて俯く狼娘の頭を、ぽふんと挨拶程度叩きながら有は歩み出た。眼差しは案ずるでも宥めるでもない、ただ、眼前のオウガへと。
「来な 餌だ」
 ぽた。ぽた、生まれたちいさな血溜まり求めどこからともなく飛来してくる鳥こそ、有の月夜烏。
 嘴の間からだらりと伸びた舌が血を啜る。とんだ悪食のかおをして。そうして乾せば、指示された方へやっと顔を上げるのだ。エサ? どこどこもっとあるの? ――と、
「よく鳴けよ ずいぶん燃えやすそうなところだろ」
 うれしそうに口を開ける。

 ごおっ!

 そこから吐き出された火炎は、乾いた血よりも更に黒く。
『ニコラスぅ!』
 人形たちの声に衝き動かされるようにして、オウガは残る手を翳した。周囲に湧き出るものはへらだけではない、大きなクラフトペンチ、頭を割るには丁度良い厚みの金属板……物々しい道具たちはこれまでにも数多の命を奪ってきたのだろう。
 しかし使い手自身の戦意がぼやけている今、戦い慣れた猟兵を傷付けるにはあまりに脆い。
「お前が疲れるだけさ」
 なんの意味もないと断ずる有の言葉通り。どろり、どろり、炎に呑まれ飛び散って。
 焼ける鉄がまたオウガの身体を蝕んで。
(「……?」)
 片手間に欠片を弾き落とす有が捉えたのは、ひとつがふたつ、ふたつがみっつに姿だけブレる道具の姿。胡散臭いお招きの影響か目に異常があるようだが――日頃からさして厳密な"見分け"をしているわけでもない。
 あいつが、燃やしてしまえば同じことだと荒れ狂う怪鳥を見遣るのみ。 ……ああ、変に時間があるものだから。
「思い出がぐちゃぐちゃだとか言ってたっけ。結局そんなもんなのかな」
 いくら大切にしてても、いつか忘れる。
 思い知りたくもないことを見せつけられてしまった、虚しさと慰めなんてのに呼んでもいないのに寄り添われる。
 それでもああやって、最後まで――ともすれば最後の先までしがみついているのだから……。
 有はポケットに手を突っ込んだ。
「お前の取り戻したいやつがさ。何かで代われれるもんなら、安くて良かったのにね」
 くれてやれる綺麗な花なんか、やっぱり入っていないのに。

『長い……長い夢を見ていたような、心地なんだよ』
 足を引きずって炎の中を歩むオウガの声は、震えのせいかどことなく笑っていた。
 そうだ。目の前の女の言う通り、安く済むと思っていたのだろう。他者を殺すくらいで。己を殺すくらいで。愛するひとが手に入ると信じていた。
 どこまでいっても"代わり"にすら足りないと、瞳を開く意気地もなく。 ――僕は君がいないと、本当に愚かで弱くて。
『君は、……なくさないといいな』
 有へ。
 掠れ焦げ付いて零された言葉を頬を、もうひとつの炎が明々染め上げてゆく。
 燃えたつ地獄の海にはペチカが立っている。揺れるから波みたいで、これじゃきっととんでもない荒天だ。誰も生きてなんか、いられぬくらい。
「手ぶらではいかせないのよ」
 だれへでもとどくって、安心だって。おにんぎょうさんたちに、ペチカは請け負ったのだから。
 ねえ、あたたかい? もう寒くない? 絶望の扉をノックして、夜明けはそうっと問いかける。ぽっ、ぽ、吐き出される火の粉がなんだか苦しそう。
(「くる、しい」)
 本当に、ますます苦しい。
 暖炉の火はひとのため――この、むねは、"きみ"をおもってこんなにもあつくなるのに。
(「どうしてこの焔はゆらいでしまうの」)
「だいじょうぶ。だいじょうぶ、あたたかい……ですよ」
 はたはたとフードが熱風に煽られて、リリヤはどんなに××くても真っ向からオウガと向き合うしかなくなった。
 死にゆくひとの瞳が静かに見下ろしている。 息継ぎのたび肺は焦げ付くのに、ぞっと冷えるのは隠し隠してあたためた記憶の底が浚われるから?
 でも、  言わなきゃ。
「わたくしはあなたのたいせつなひとではありません。望む言葉も、きっとかけることはできません」
『……ああ』
「でも≪ごめんなさい≫、≪かなしい≫、≪ごめんなさい≫」
 ……、でも。
 重たい指を持ち上げて。ジャッジメント・クルセイド――蹴散らした彼の絶望だけではない、彼をも光よ呑み込んで。
「あなたの名前を呼ぶひとは、きっと、この先で待っていますよ」
 いつしか大きな穴の開いた天からの梯子は、リリヤとオウガを等しく白の中に招いた。

「≪ほんとうはいっしょにいきたかった≫」

 ――――。
 きらめきひとつ。零れた涙声は、誰のほんとう?

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

キディ・ナシュ
【憫笑】

刃に向う姉の姿に悲鳴を上げるより早く
いつもよりくすんだ青が助けてくれて
胸を撫で下ろした筈なのに
頬に何か違和感を感じます

人形を愛してあげないのですか
ニコラスさんから愛を傾けなければ
彼らはリリーさんにも、何ものにもなれません

そして、どうしたって
わたしたちは誰かの代わりにはなれません

あなたの愛がないならば
何も返してあげられません
作り物のわたしたちは
そういうふうに出来ているのですよ

スパナさん振るい呼び出す狼
いただきましょう
喰らいましょう
尽きぬ理想を、あなたごと飲み込んで
全ておしまいにいたしましょう

じわりと視界が滲み
ぽたりと滴が落ちて
けれども手は止めません

ええ
わたしは優秀なお人形ですから


エスパルダ・メア
【憫笑】
作り手の手が優しくて
残酷なものだって言うのは覚えてる

駆け出したらしくない姿を反射的に追う
その指が伸びる意味は知らず
掠れた声を泣き声みたいに聞いた
返る刃が感傷の花を散らす前に引き剥がして背に庇う
まだ動けなくなったら困るだろ

優秀な人形が泣くのだって
くだらねえとは言えやしない
その声が告げる終わりを繋ぎ合わせるように
氷を走らせて肉薄すれば

タダイマ。まだ思い出せるか?
焦がれたのはこんな色か、声か、笑顔か
どれも違えばそれで正解だ
一度壊れた完璧は二度と戻りやしねえんだ
それこそ正しい形だよ

最高でなくたって
作って貰えただけで良かったよ


イディ・ナシュ
【憫笑】

切裂く両腕の中へ駆け寄る愚行

正くあれない程深く愛したが故
妄執と名付けられるその想いに
私は
ひかりを示せはしないけれど

…いきましょう、いとしいあなた
骸の海の底でお待ちしています

咽返るような甘苦い香り
真白の花に相応しく
柔らかく紡がんとする台詞を目印が苛む
せめてと伸ばす黒い指

庇われて、視界に被さる
つめたくあたたかく悲しい背中
そうあれと願われたままに
あかるく真っ直ぐな瞳から零れる雫
守るべきはその二つなのに
動けない

屠られんとする姿に重なる面影があったとて
涙ひとつ浮かべられない
痛みは代われたとて
心の裡の苦しみまでは晴らせない

主を庇わんとする人形達をただ抱き寄せる


…私は何も役に立てないままです、旦那様



 消える、消える。崩れ落ちてゆく痛みに包まれ、心だけはきっと穏やかであった。
 オウガに……ニコラスに腕は最早ない。
 ないのに、何故だろう。
 彼女を抱けた気がする。

「……いきましょう、いとしいあなた」
 骸の海の底でお待ちしています。

 ぐちゃりと歪んだ肉ではない。細い、うつくしい指先が頬を撫ぜる感触。
 カサブランカは甘苦く、寄り添うふたりを祝福するかのよう。努めてやわく紡がれた声が、"偽物"に過ぎぬ嘆きの烙印に震えていたって。
 声の主はイディ、指の主もイディ。――正しくあれない程深く愛したが故、妄執と名付けられるその想いに。
 私は、
(「ひかりを示せはしないけれど」)
 どこまでいっても独り善がりの、黒い指。
『そうか。君は……』
 殺人道具に堕ちた物たちが舞い飛ぶ。使い手の強い情動に従って、儘、無心になって作品作りに没頭した日々をなぞる風に自在に。こつこつと粘土を削った鉄ベラが、麗しい女の肌身を望まずとも傷付けようとする――――。
「行くな」
 ――だが、叶わない。
 もしもふたりともが望んでいたって、決して叶えさせない。
(「なに……泣いてんだよ」)
 エスパルダの手はひとの形を取ってはいるが、断ち切る刃そのものの苛烈さでイディをニコラスから引き剥がした。伝う涙はそこにないのに、顰められた眉の下の花色がどうしたって潤んで見えた。――くそ、
「まだ動けなくなったら困るだろ」
「エスパルダ、さま」
 だから押し出されるイディが見ることが出来るのは、また男の背だけ。
 ……数多の刃が氷剣のヤドリガミに降り注ぐ。
 やっと咲いた感傷の花、散らさぬためならと。

 つめたくあたたかく、悲しい背中。
 息を呑んだイディが指一本動かせずいるのに、隣からそっと手が添えられた。キディは変わらずそこにいるし、笑顔でいる。
「もう。おねえちゃん、わたしを置いていこうなんてひどいです」
 悲鳴を上げるより早く駆け出してくれたくすんだ青のこころ、無下にしないように。
 そばで傷の無い姉を見つめるとほっと胸を撫で下ろすことができた。 それでも、それなのに、頬に感じる違和感はなんだろう?
「キディ、」
「――ニコラスさん」
 揺れるおそろいの彩を僅かに逸れ、次に、キディの瞳には刃の群れを止める術も持たぬ人形作家が映る。
 彼の足元に限らずとも、部屋中に散らばる作品たち。
 物陰から成り行きを見守っている。ひとつの眼窩と目が合えば、その空洞の奥にキディは……知らない、知っている、知らない感情を見る。
 人形を愛してあげないのですか。 続けて、
「ニコラスさんから愛を傾けなければ、彼らはリリーさんにも、何ものにもなれません」
 そして、
 それでも、
「どうしたって。わたしたちは誰かの代わりにはなれません」
 あなたの愛がないならば、何も返してあげられません。
 作り物のわたしたちは、そういうふうに出来ているのですよ。
 ――キディはひとつずつ言葉を手繰り寄せる。まるで水の中にいるみたいに、ぼやぼや滲みはじめた端々には気付かなければいい。知らずにいるなら完璧で、知ることなど望まれていないから。
 握りしめた手だけが、きゅっと微かな泣き声を上げるとき。
『ああ。君の、言う通りだ』
 ニコラスはちいさく呟いた。
 今日はたくさんの言葉をもらえた。彼女とおしゃべりした日向を思い出す。
 白い百合が揺れていた。きっとずっと、もっと、今より綺麗に咲いていた。
『多くの命と、心を無謀な身勝手で傷付けた。……君たちと、もしも早く逢えていたなら』
「だから、その過去ばっか見てくよくよすんのをやめろつってんだ」
 どの口がなどと笑いも消し飛べ。 ぴきりと空気を震わせながら氷の華が咲いて散り、黒きナイフどもを巻き添えに消えてゆく。
 はらはら降り積む絶望たちも最後の最後は雪のよう。エスパルダは、新たに刻まれた傷を構いもせず。
 優秀な人形がああして"泣く"のだって、くだらないとは言えやしない。
 作り物。
 つくりものか、と、ふっと息を吐いた。ああそうだ。作り物なのだから、
「――大体な、この程度痛かねえんだよ」
 作り手の手が優しくて、残酷なものだって言うのは覚えてる。
 比べようもない喜びも怒りも悲しみも傷も! 容易く上書きされてなるものか、踏み出した歩みに薄氷が奔る。それはぶつかり合う度穴だらけになっていった床板を覆い、一筋の道を作り出す。
「キディ」

「いただきましょう。喰らいましょう」
 尽きぬ理想は尽きてしまったとき、どこへいくの?
 行き先を不安に感じることはもう、ないのだ。 猟兵たちが教えてくれたすべては、自分などにあまりにも勿体ないといまのニコラスは思っていた。
 綺麗ななみだ。
 愛らしい少女人形の踵はとんとんと鳴って、夢のおわりに鮮やか砕け散るキャンディーを食み獰猛に湧き出る狼すらもうつくしい。もちろんリリーに似ているなんて意味じゃない。でも、素敵だ。
 この満ち足りた安らぎのひとつは、誰がくれたものか知っている。
『わかっていたさ。君は、君だ。僕のリリーじゃない……けれど、ありがとう』
 やさしい、名も知れぬお嬢さん。
 君を……君たちを生み出せたひとは、きっと――……。
 途切れた化物の肩から、やせ細って老いた人間の腕が二本生えて。湧き出かけた殺人道具を自らの意志で振り払う男と、君――蹲るイディの視線が束の間絡む。
「  っ」
 声が出ない。
 鋭い牙が食い込むに逆らわず傾く身体を前に、誰かの面影が重なる。"肩代わり"した痛みが頭を揺さぶるから、そうあれと願われたままにあかるく真っ直ぐな瞳に雫が溢れるから、儚く舞い散る氷が強いばかりじゃないから、
 ……それでも、涙のひとつ浮かべられない自分だから。
 痛みを代われたとて――心の裡の苦しみは、晴らせましたか?
「ニコラスさん。全ておしまいにいたしましょう」
 ええ。
 わたしは優秀なお人形ですから。
 狼へ屠れと命ずるスパナを振るい続けながらも、ついに真珠みたいな水滴を零してしまったキディを押しのけ守るようにして、辿り着いたエスパルダは「タダイマ」と。
「まだ思い出せるか? 焦がれたのはこんな色か、声か、笑顔か」
 握る拳で蒼氷が音を立てる。 見つめ返す瞳とみっつ、よく似た青。でもそうだな、彼女の瞳は鮮やかなグリーン。
『ふふ、……ふ。やめてくれ、ひとつも似てやしないよ』
「そうかよ。――それで正解だ」
 一度壊れた完璧は二度と戻りやしねえんだ。
 それこそ正しい形だよ。

 そっと、
 厚く爆ぜた氷の渦が、交わした笑みも涙も歪んだ命も、歪められた命たちも、すべて呑み込んで消し去る。
「……最高でなくたって、作って貰えただけで良かったよ」
 虚空へ溶かす餞。一拍ののちエスパルダが振り返れば、最後までニコラスを庇わんとして残っていた人形がイディの膝のうえでするすると解けていった。
 必死に主のためになりたいと願う彼らを、抱いて押しとどめ、宿った想いすら殺した両手。
「……私は」
(「何も役に立てないままです、旦那様」)
 堪えようもない無力感に。五指を握りしめんとしたてのひらに、ぽたりと落ちるものがあたたかい。
 傍ら、覗き込むキディの瞳から零れるものが。
「立って。いきますよ、おねえちゃん」
 世界が崩れてしまいそう。
 今日は自分で歩けますね? 綺麗な綺麗な泣き笑いへと、手を重ねる今、どんなかおをしていられるだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 集団戦 『ミミクリープラント』

POW   :    噛み付く
【球根部分に存在する大きな顎】で攻撃する。また、攻撃が命中した敵の【習性と味】を覚え、同じ敵に攻撃する際の命中力と威力を増強する。
SPD   :    突撃捕食
【根を高速で動かして、突進攻撃を放つ。それ】が命中した対象に対し、高威力高命中の【噛みつき攻撃】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
WIZ   :    振り回す
【根や舌を伸ばして振り回しての攻撃】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。

イラスト:猫家式ぱな子

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 ニコラス?
 
 ニコラス、  まっていかないで。
 わたしの眼あげる。
 耳も口も声も腕も足もあなたからもらった全部あげるからリリー(わたし)のそばにいて。


 高温で熱された粘土のように、ぱきぱきと音を立てて砕けてゆく空間。
 国の主の消滅により始まったゆりかごの崩壊。猟兵の目的はそうして果たされた。あとは……。

 ぼこっ、
 ぼご、

 "彼"と"彼女"が去った、此処に残るはいれものを奪われた魂だけ。
 誰でもない、ひとりの男に歪まされ絶望に倒れた、アリスたちの。
 床が壁が天井が崩れる。 強い、頭痛を呼び起こすほどの甘い香り――点々と赤く汚れたカサブランカがぱあっと大きく咲いたなら、ともに湧き出た根があちこちを打ち付けた。手探りで探しものをするみたいに、がむしゃらに。

『どこだ』
『だれが殺した』
『ゆるせない、どこへ』

 死にゆく間際爪痕を残すよう、"印"がじくじく酷く痛んでも。
 走れ、走れ。殺し直して走り出せ。背へと根が伸ばされる。がちりと牙剥く異形の口が、トビウオに似て引き摺り込む隙を狙う。
 振り返れば、花の芯から身を乗り出した粘土人形が見えるだろう。そこに光る瞳は、翼は顔は、全てはそういえば見覚えがあるかも、しれない。
 声がするのだ。
 どこからというわけじゃない、喪われゆく世界そのものから。

 ――ねえニコラス。
 こんなにたくさんのものをくれた(奪った)のに、

『『『どうしておまえだけ、すくわれるの』』』
エスパルダ・メア
【憫笑】
響く声に芯が凍る
声もなく泣く姉妹を見たのが最後
視界が喪われて
小さな手に助けられ
庇った誰かに送られると我に返って走り出す

妹の呼ぶ声に思い出した兄たちの末路
どうしてお前だけ?
そんなのはオレが――おれが聞きたい

目を開けろ、見えなくても
戦場の役立たずなんて剣の意味がない
真の姿に成り代わる
体は小さくて魔力に浮かされる程軽く透けても
これなら片目だけでも見通せる

そっちは任せるぞ

キディの右側で言えば
大丈夫だ、解るだろ
同じ目線で笑って道を開け
制御の効いた氷津波に人形達を閉じ込めて砕く
子供は夢見るのが上手でな
魔法もずっと得意なんだ

出来損ないでも見送りがあって
最後にいいもん貰えて良かったな

泣いてなんか、ない


キディ・ナシュ
【憫笑】

ぎゅっと抱きついて
それから文字を見て
おねえちゃん!と大きく叫んで

けれど託されたのなら
立ち尽くすエスパルダさんの手を取って走り出します

滲んだ視界に映る崩れていく世界
スパナさんを振り回して道を開きましょう
呼び出した子たちは皆の戦いの補助を
ザカリー、おねえちゃんの回収もお願いしますね

軽くなった手に慌てて振り向けば
同じ高さでかち合う視線
姿形は違えども
その左目の色も氷の温度もよく知ったもの
任されました!と泣笑いを返して前を向く

間に合わなかったことも
救えなかったことも
謝りません
憐みません

あなた方を壊してでも、歩みを止めずに前へ進みます!
それがわたしの最高傑作としての誇りで、あなた方への手向けです!


イディ・ナシュ
【憫笑】

崩れる世界で立ち上がる

義妹の頭を抱え寄せ
服に涙を吸わせつつ
指先で壁へ刻む言葉

『出口までの道を拓いて下さい
ここで止めています、後で回収を』

いつもの事でしょうと抗議の声に視線で応え
文字通り凍りついたような氷剣へは
行き先へと向け、とんと緩く背を押して
追いすがらんとする花達の行く手を塞ぎます

響き渡る怨嗟は、身に馴染んだ近しい何か
憤りはこの身に歯形として刻まれるに任せましょう
けれど
先へ進む子達を阻む事だけは決して許しはしない

もう、その恨みを雪げる相手は居ませんよ
抱いていても苦しいだけの怒りごと
千々に裂いて差し上げます
いらっしゃい、子供達

…先に、楽におなりなさいな
手向ける祈りは
痛む喉では音にならず




 どうして、  ?

 エスパルダの視線が夜闇の中、おそろしい何かを探すひとに似て宙を滑る。
 だが、そこにあるのは夥しい根の他に娘二人だけ。瞼の奥を焼かれ、打ち付けられるような痛覚に声もなく目を瞑るとき、入れ替わりに瞬いたイディが身を起こした。ぎゅうと抱きつくキディの頭を抱え寄せれば、なんだか久しぶりに感じる太陽の香り。ドレスに染み込む涙までどこかあたたかく。
「さあ、はやくっ……」
 義妹の声の続きは、つ、と指を添える姉が遮る。
 その白には先の戦いで流れたのだ、赤が滲んでいた。次いで、じきに崩れるであろう壁へ触れた指が本へペン先を走らせるみたいに血文字を綴り始める。なぜ? 急がないと――!
 キディは手を繋ごうと伸ばすけれど、

『出口までの道を拓いて下さい。ここで止めています、後で回収を』

 書き終わりにイディの手が遠のいた。
 ひとつとひとつの間を遮る風、べちゃっ! と湧き出たのはエル・オルファナートのこどもたち。流れた血肉がぐつぐつ煮込まれるみたいに歪なかたちを得た彼らは、牙剥く球根を三位一体蹴り飛ばした。
「――おねえちゃん!」
 悲痛ともいえる叫びはキディのもとから。ああ、また一滴。
 対するイディの流し目は涼しいもので……いつものことだと背を向けながら、立ち尽くすエスパルダの肩を行き先へ押した。緩く、しかし強く。 だからキディの手指には男の手首が触れる。一瞬迷うみたいに跳ねて、しかし、直後にはぐっと掴む。
「……わたし、おこってますからね!」
 ぷんぷんです。ぷんぷんだから、後で覚えていてください!
 駆け出してゆく捨て台詞がどうにも幼稚で、イディはすこしだけ肩を揺らしてしまった。どっ、と飛びついてきた球根に揺らされたからだけではなく――、むしろそんなもの、些事だと思えた。
(「だって、とても痛そうじゃないですか」)
 平手で頬なんて叩かれたりして。
 人間のきょうだい喧嘩みたいで、へんな気持ち。

 はなびらが舞い散ってゆく。

「わりぃ」
 エスパルダの謝罪は本人ですら、誰へ向けたものか定かでなかった。どうにも視界がやられていた。もう自分で走れると口にするのだけれど、思いの外強い力をした少女人形は手離してはくれない。すこし前を駆けるものだから、涙がぱたぱた雨みたいに風に混じって。
 ――嫌なものを、思い出してしまった。兄たちの末路。
 どうしてお前だけ?
(「そんなのはオレが――おれが聞きたい」)
 燃えるように瞳が熱い。もしかすると、本当に。
「いいんです」
 がごっ、 爽快な音を立てるのは走り続けるキディの巨大スパナ。
 片手だから痛くない? 盛大に凹まされたミミクリープラントはとてもそんな調子ではない。
 びたびた、びたと根を振り上げるものの、それを阻むものがもう三つ。先にイディが喚び出したこどもたちにも似た、オママゴトの役者たち。片手ずつがない双子は手を繋いでなかよく降ってくると、めぎょっと鈍い音を立てて球根を踏み潰す。
『あぁ! あぁぁあ』
「心配ご無用ですよ、エスパルダさん。わたしたち、強いんです」
「ああ……そいつは知ってる。でもよ、少しはカッコつけさせろ」
 弾け飛ぶ赤黒い欠片がキディの頬に触れる前、指を解き、伸ばされたエスパルダの手が握り潰した。"みえている"かのように。はた、と視線を巡らせた薄紅の瞳にはしらない赤毛の男の子が映る。

 目を開けろ。見えなくても。
 戦場の役立たずなんて剣の意味がない。

 ――青と、赤。
 見つめ返す瞳の彩がうんと鮮やか。 背丈はふたり同じくらいだろうか、少年――真の姿を解放したエスパルダは、驚きに瞬くキディの右手へとするりと抜け出て。
「そっちは任せるぞ」
 その足元の魔法陣から凍る結晶を零せば、吹き上げる雪風で寄り来る根をたちどころに枯らした。
 姿かたちこそ変わっているけれど、力も、左の瞳も氷の色もたしかに彼のもの。
「ま……」
 キディは声を絞り出す。同じ目線の高さにある顔を見つめて。
 よかった。わたしだけでも。むりはせず。だいじょうぶ? 元へは戻れるのだろうか――……いいえ、
「――任されました!」
「ひでー鼻声」
 泣き笑い。
 く、と笑いを返したエスパルダが氷を呼ぶから、雫は凍って傷ひとつない結晶のよう。

 儘落ちて、うつくしいままでこの世を去る。

 そんな在り方を望まれていたのかもしれなかった。
 けれど。
(「あの子たちの歩みを阻むことだけは、許さない」)
 術を、得てしまった。
 ――食い潰された足が腕が腹が悲鳴を上げている。それでもイディはユーベルコードの制御に力を注ぎ続ける。血だまりは逆に好都合で、好き放題暴れまわる死霊たちが出入口に活用する他、根の接近を波打ち報せる鏡にも働いていた。
 すこしだけ首を逸らしたそこで、鋭い牙がばちばちっと閉じる。
『ニゴラすうぅ! どこぉ?』
 目の無い怪物が涎を垂らして慟哭した。
 ……もう、その恨みを雪げる相手は居ませんよ。
 言葉が、詩があればもう一度心地好い眠りを贈れただろうか。いま出来ることはひとつ。抱いていても、苦しいばかりの怒りを鎮めるため水面を撫ぜれば飛び出す三人のこども。
 百合へ掴みかかる。引き裂いて散らす。 呆気ない、無惨な死の最後のあがきがイディの胸を貫く。
「――、……ふ」
 先に、楽におなりなさいな。
 この芯に満ちる祈りひとかけでも吸えたのなら。
 ゆっくり、
 静かに崩れ落ちる女のからだを、駆けつけた頭のないこどもが抱きかかえた。
 共にはまだゆけない。行き先は、もっとあたたかな……。

 キディはそのこども、ザカリーを通して姉の無事を確認する。無事というべきか、ひとまずは連れ帰ることが叶いそうな現状を。
 むすっと膨らんだ頬を止むことのない冷気が冷やしてゆく。エスパルダの揮う氷雪嵐霜はここに来て完成していて、立ち塞がるものも未だ壁に潜むものも、まとめて氷津波に閉じ込め砕く。
 子供は夢見るのが上手でな、魔法もずっと得意なんだ。 得意げに。
「となるとさっさと蹴散らさねえと。あいつらここ通るんだろ?」
 そしていつもの調子で、すべてうまくいっていると豪語するみたいに声を上げるのだ。不安に脅える誰かのため。ともすれば、自分――揺らぎは大きなクラック音が刺し殺す。
 競う風にもスパナが振り下ろされた。
 ばきべき、凍る床に刻まれた罅はたちまち壁へ天井へと伝い、球根たちをぼろぼろ吐き出させて。
「ええ。……」
 分かっていますとキディは言う。 間に合わなかったことも、
 救えなかったことも。
 謝りません。
 憐みません。
「あなた方を壊してでも、歩みを止めずに前へ進みます!」
 それがわたしの最高傑作としての誇りで、あなた方への手向け。
 力無く俯く花を――頭を抱え蹲る人形擬きを、終わりまで目は逸らさず。泣いた鉄の塊と笑ったままのこどもたちが打ち砕いた。

 最中、ガラクタの中に光ったのはなみだ?
 笑顔。綺麗な声。青い瞳だったかもしれない。
 勝ったもの、残ったもの、愛されるものだけに開かれる道はきらめいて。

(「出来損ないでも見送りがあって。最後にいいもん貰えて、良かったな」)
 エスパルダは振り返らずに。つめたい氷の褥へ、失敗作にもなれず潰える諸々を寝かせ飛び立つ。
 良かった? 本当に大切なもの、喪うくらいならおれは……いいや。いいや、渦巻く思考は不安定なこどもの姿へ彼らの嘆きが流れ込んでいるだけ。赤も青もなく視界が霞んだって、大丈夫だ。
 ――泣いてなんか、ない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

旭・まどか
おや
此処も、引き際だね
閉幕の刻が訪れたようだ

のんびりと帰りたい所だけれど
どうやらそれを許してはくれないらしい

駆けだす面々の背を追い
一対の脚を動かそうと思うけれど

痛い
とてつもなく、――嗚呼

足が、止まる
息が、苦しい

浅く早くなる息遣いは耳障りで
疼く印に苛立ちが募る

こんなことをしている場合では無いのに

是幸いにと伸びて来た根は隸が払ってくれるけれど
次々伸びてくる其にいつまででも耐え得る筈が無い

嗚呼、それならいっそ
業と差し出したこの両の目
望む物を手に入れて、さそ満足そうで何よりだ

視力を失ったとて、何も変わらない
僕の手となり足となり、働いてくれるでしょう?

ねぇ
その背に乗せて、僕を外まで連れ出して




 おや――引き際らしい。
 閉幕の刻の訪れにぐわんぐわんと世界が鳴いている。それはだれかの慟哭にも似ていて、まどかは薄らと瞳を細めた。
「……のんびりと、帰りたい所だったんだけれどな」
 後へ続けと踏み出した足には未だ根は絡んでいない。
 しかし、重い。
 次の一歩が踏み出せないくらいに、見えない何かが下へ下へと引き摺り込まんとするみたいに。
「許してくれないらしい」
 ふっと笑う吐息の苦々しさに呼び起こされたか。
 途端、割れる地を蹴って躍り出た獣が、寄り付こうとしていた根のいくつもを噛み千切った。

 見下ろすまどかの双眸。
 じくりと傷むものはなに。 足だろうか。足、ということにしておこうか。
 苦しくて息をまた吸った。浅く、早く、耳障りにすら感じられる呼吸音に獣の低い唸り声が重なってゆく。
(「さっさとぼくなんか置いていけよ」)
 いやだ、置いていかないで。
 疼く印が苛立ちを募らせる。脳髄を焼けた鉄の棒で掻き回されているような、そんな不快感が。ひたひた、ひたひたひたひた。
「意味……ないってば」
 視界の端々、暗闇に散る星めいて湧き出る根は無尽蔵にも思えた。
 ミミクリープラントは楽しげにも牙を見せる。まどかの隸は尚も四肢で床を踏みしめ、退かず抗う姿勢を見せ続ける。牙が裂いて、爪が抉って、絡め絡まれこんがらがってこのままじゃ。
(「嗚呼、それならいっそ」)
 いっそ――持っていけばいい。
 業、と、そう呼ぼう。
 震える指を這わせて抉り出さんとする印、そして目玉のことを。
 もとより酷い痛みだったから、それ以上なんてものはなかった。線維が伝える微かな抵抗と。ぬるい温度が指の合間から肘へと垂れ落ちてゆく感覚だけが現実味を帯びる。
 潰れ、てのひらから零れたそれをびたんと叩いたのはどこかの誰かの根っこだろう。
 ぎゃっぎゃ、なんて、泣いたのだか笑ったのだか分からぬ汚らわしい鳴き声へ。
「望む物を手に入れて、さそ満足そうで何よりだ」
 鼻で笑い返せば。 呪縛から解かれたかの如く、力が抜けて勝手に身体が傾くから。
 べったり濡れた手も構わず、身を寄せてくる大きな獣の毛皮を掴む。視力を失ったとてなにも変わらない――僕の手となり足となり、働いてくれるでしょう?

 ひとつ、応えるような咆哮。

「――ふふ」
 触れあった瞬間、魔力を孕む月の光が零れ出す。それは一人と一匹を包みこみ、掬い上げる所作で逞しい背へと招かれたまどかにもぬくもりとして感じられた。願われるから、より鋭く大きくなった爪牙が立ち塞がる諸々を屠って駆け出す。
 力強い足取り。 生きた鼓動じみて、思うまま大地を蹴る自由なリズム。
 吹きつける血の香りの風……ここに来て逃避行みたいだ。
 ふたり、失くしたままどこまでゆけるだろう?
 眩しい赦しの朝なんてものを、目指すわけじゃないけれど。

成功 🔵​🔵​🔴​

リオ・ウィンディア
奪われる世界で、喪われる世界があるならば、
私はそれを弔わなければ、なのに。
私は…妹を見殺しに?
違うお姉ちゃんが待っている、待ってる…。
(記憶の混濁、自分の存在を揺るがす響)

やめて、私はみんなを救いに…
だから歌わなきゃ…
(心揺るがすメロディーが出てこない)
やめて…私はみんなを助け…じゃぁ私自身はどうなるの
(歌えない)

寂しさが頬を伝う
…ごめんなさい。

宿世の記憶、混濁、自分自身の喪失、存在意義
『亡魂のレコルダール』に灯りをつけてそれを足がかりに
一音づつ確かめるようにオルガンを演奏

死んでも尚終わらない回旋曲
罪を罪で塗り重ねて
もがけばもがくほどに苦しくて
それでも確かめたい家族の愛の曲

何度でも会いたいの




 奪われる世界で、喪われる世界があるならば。それを弔うことこそがリオの存在意義。
 だとしたら此処も舞台の真ん中。
 ちゃんと分かっているから深く息を吸った筈なのに、喉から歌は零れない。掠れたか細い音はひゅうと寂しい風みたい。――……さみしい、ひとりきりで巡り続ける。
(「私は……妹を見殺しに?」)
 此処にいない筈のひとの顔が不意に浮かんだ。
 かなしそうな、濡れた瞳。
「違う。お姉ちゃんが待っている……、待ってる、から」
 自らの頭に手を添えて落ち着けと言い聞かせるリオ。
 混濁し始めた記憶は、植物が根を張るかの如く思考を蝕みはじめる。墓場の歌姫としての力すらも。

(「やめて」)
 心揺るがすメロディーが出てこない。
(「私はみんなを救いに……、だから歌わなきゃ……」)
 みんなを助けて。
『じゃあ、私自身はどうなるの?』
 同じ声帯をして。やけに大きく響いた声は、リオの口から零れたものか間近の異形たちが零したものか。
 判別できぬまま根は舌は襲い来る。 間近に迫った鞭のようなそれに、加減なく打ち付けられてちいさな娘の身体は容易く倒れ込む。
 それでも歌えない。歌えない、歌えない私なんて……。
「……ごめん、なさい」
 振り上げるナイフで"彼ら"の苦しみを断つことを優先していては、頬を伝うさみしさを拭うこともできない。
 いつも自分は二の次三の次。だって、――お姉ちゃんだもの?

 霞んで――確かなものが何ひとつ見えなくなる前に、ナイフを放り出し手を伸ばした。
 触れるのは肌身離さず持ち歩くひとつのランプ、亡魂のレコルダール。ゆっくり……熱を行き来させる風にぽうと灯る燈は失われていなくて、それがどうにもほっとした。大丈夫、息、出来ている。
「すこし、拙いかもしれないけど……聴いて」
 そして仄かに照らし出されるオルガンのハンドルを回す。 きぃ、と、まるで永い間忘れ去られていたかの音を吐きながら、はじめの一音が。そんなことはある筈がない。さっきまで流暢におしゃべりしていたのだからと、記憶を信じる強さを念じ手を動かすリオ。
「――もう、すこしなの」
 きぃ、きい。 ぎ、
 錆付いた旋律がやっと正常に戻る頃、リオを囲うミミクリープラントは群れになっていた。
『お姉ちゃん』
『妹でしょ』
『痛い、いたいよ』
 半端なリオの声をして口々に囀る。こどものような、大人のような、……まるで輪廻の中、繰り返した生の多重奏。
 ならば旋律は、死んでも尚終わらない回旋曲。
 罪を罪で塗り重ねて。
 もがけばもがくほどに苦しくて。
 ――それでも確かめたい、家族の愛の曲。

(「何度でも会いたいの」)
 ひと奏でごとに魂を削られるみたいだ。癒しか呪いか、次第に萎れ始める花々と同じ。かくん、凭れかかる身体は、オルガンの箱から滑り落ちて。
 ふっと意識を手放してゆく娘が、割れた床より底へ沈む前。 掴み上げる腕がある。

成功 🔵​🔵​🔴​

鳳仙寺・夜昂
目が、
霧がかかったような、
くそ、全然見えねえ。

鏡か何かに映った自分の『金色の』目だけがはっきり見えて、
見慣れない。気持ち悪い。

音や気配や百合の匂いを頼りに
『月影』で敵を縛って、【グラップル】で殴る。
向こうの攻撃は錫杖で【武器受け】。

あんたらをどうこうした奴はもういない。
そしてあんたらももういない。
もう誰にもどうにもできない。祈りが届くとすら思えない。
俺に出来ることは、どう頑張ったとしても、もう二度と目覚めないように壊すことくらい。
これは救いか?…それだけはねえな。

せめて、線香でも持ってりゃな。


リオネル・エコーズ
翼はすっかり燃え尽きた灰色みたくなって
刺すように鋭くて重い痛みは大丈夫っていえないレベル
例えるなら筋肉痛と成長痛の欲張りセット
痛み倍と針チクのサービス付き的な

でも初めて飛んだ日の後みたく横になって泣く事はしない
過去はもう、どうにもならないけど
君達アリスもここから自由になる手伝いくらいは出来るから
それに飛べなくなっても足がある

痛いけど足は止めずに走り続けて
彼らの動きを視力で捉えて、見切れるように
それでも届きそうな根や舌はオーラ防御と魔鍵で対応
沢山のアリスを補足出来たらダガーを鈴蘭に変えよう
君達全員に、鈴蘭をあげる

でも翼だけは駄目
ごめんね、返して

それは俺の一部
遠くからでも俺だってわかる、目印だから




 かなしい調べが聴こえたから。

「ど、け、ってんだよ!!」
 夜昂が目一杯薙いだ銀鈴の錫杖が根を引き裂いて散らす。勢いは壁を欠けさせ、黒い摩擦痕をも残して。
 自らの血で滑る柄を蹴り上げるようにして無理やり構え直し、稼いだ時間で倒れた少女を手際良く抱え上げたリオネルを一瞥した。青年の大きな翼もいまやすっかり燃え尽きた灰の色。
「……そいつ、遅かったか?」
「大丈夫、気を失ってるだけだと思う」
 刺されたかの痛みは鋭く重く、羽ばたき、会話どころか呼吸の合間にも這い寄るみたいだ。
 自分自身大丈夫なんて言えた状態ではないが、誰かを鎮める為にと我が身を投げだし悲痛に響く歌声を放っておけるほど、リオネルは過去に背を向けていなかった。遠くにあるようで、いつも目の前に。
 あんたは、と、夜昂は続ける。瞳は今や眩しいくらい金色だ。疼きに顰められた眉も、繰り返し噛まれてささくれた唇も、見えてはいるが言及しないリオネル。――お互い覚悟して来たのだから、朗らかにも笑ってみせて。
「割とヤバヤバだよ。例えるなら筋肉痛と成長痛の欲張りセット……痛み倍と針チクのサービス付き的な」
「へっ、いまいち分かんねえな」
 ぶおん!
 隙あらば頭を掠め取ろうとしてくる気色悪い舌は、空気など読んでくれないらしい。
 屈みついで夜昂が地へ突き立てた錫杖はある種芸術的に、触れた端から舌を縦真っ二つ。蛇のちょろっとした二又どころではない、そうしてぱかっとふたりだけを避け割れた舌が苦悶にびたびた跳ねるのを、リオネルが呼び起こした星彩のオーラが壁へ叩きつけ眠らせる。
 行こう、と交わして。
 踏み出した一歩に、リオネルははじめて空を飛んだ日のことを思い返した。
 全然上手くいかなくって。――あのときは後日、横になって泣いたっけ。
(「過去はもうどうにもならないけど……」)
 手と手ではない、引き止めんと伸びる根を魔鍵で斬り払う。
 それは猟兵を襲うものであり、同時に、彼らをこの地に縛り付ける楔。
「君達アリスも、ここから自由になる手伝いくらいは出来るから」
 望むのなら何度でも相手をすると決意を乗せた風に、褪せた羽根が抜けてゆく。
 命と、未来とで両手が塞がっているから、次は掴むことができなかった。けれど。今はそれで、いいのだ。

「彼女、頼める? あとは真っ直ぐだから」
 外への光が、ついに見えたと指差し間も置かず。視界の覚束ぬ夜昂を先導する形で、暫く危なげなく進んでのリオネルの一声。
「おい」
「うん。ちょっと用事が出来た」
 一回言ってみたかったしね、後から必ず追いつくってやつ! なんて明るく言われてしまえば――鈍感なフリをしてやって「ああそうかよ」、少女を引き受け夜昂は駆け出した。
 人が行く道を心に決めたとき、部外者に口を挟めるものではない。そうしなくてはならない理由があるのだろう。いつかの自分が、そうだったように。
「まあ、祈る程度はしといてやる。効果は保証しねえけど」
 遠のく足音。 ちいさく笑い。
 向き直ったリオネルのすぐ傍まで迫るミミクリープラントたち、その粘土人形の背には、目覚めるほど鮮やかな朝焼け色した翼が左だけ。
 歪な片方じゃ飛べやしない。 分かってはいるけれど――……翼だけは「返して」と。
「ごめんね。代わりになるか分からないけど、これをあげる」
 指の間から滑り落ちる短剣は深淵の黒。追い風に吹き上げられ、警戒した球根の根に払われると刹那、ぶわりと解けて白い鈴蘭のはなびらへ変ずる。
 可愛くて綺麗なのは見た目だけ。獰猛な毒は柔く降り注いでは異形を蝕み始めた。
『ぁ、アァァ、あああァ』
『いや、かえしてもうとらないで』
 嘆きの深さをしんしんと埋葬するが如く。
 互いの翼も、雪化粧をしたように白く――。
 そうして鈴蘭が去ったあとには、雪解けの朝同様に何も残しはしなかった。
「ごめん」
 これは俺の一部――遠くからでも俺だってわかる、目印だから。
 今一度呟きを落とせば仄かながら彩を帯び始めた背の一対を広げ、リオネルは踵を返す。奪えど送れど帰り道はまだ、なくせる筈なく胸の裡。

 ……気持ち悪い金色。
 硝子玉めいた転がる眼球のなりそこない、そこに映った嫌に目立つ己をこそ蹴り砕いて駆け抜ける。踏みしめる影から溢れ出た帯は根という根を絡めとり、彼方から吹く名残の鈴蘭とともに夜昂を助けていた。
「っとにまともに見えねえ、っな」
 悪態を吐いた微かな笑いにぴりりと唇の端が痛む。
 餌みたいに宙へ吊り上げられた粘土人形がいて、もがき掴みくる指を振り払う夜昂がいて。
 どちらもまるで手探り。滑稽で、死ぬに死ねなくて、蜘蛛の糸は此処にはない。
「――あんたらをどうこうした奴はもういない。そしてあんたらももういない」
 百合の香り。 守りに回した杖が絡め取られた。
 その欲しがりに逆らわず手を離し、
「もう誰にもどうにもできない」
 空いた五指で拳を握った。 俺に出来ることは、
 簡単だ。伸ばされる舌を蹴りつけて、跳んで、高く。鉄槌を俯く人形へ打ち付けるだけ。それだけで、脆い土くれはさらさらと砂同然に崩れ去る。
 もう二度と目覚めぬように――壊すだけ。
 これは救い?
「……それだけはねえな」

(「あ、」)

 霞み零れる煙と、灰。既視感を覚え見下ろした自らの装いは、祈り手には到底血濡れ過ぎていて。
 懐を漁るが塗りたくった風な赤が広がるばかり。 溜め息が彼らの残滓をそうっと吹き消した。
 せめて、線香でも持ってりゃな。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

イリーツァ・ウーツェ
足が酷く痛む
此方は無視できる
動かない事には、対処が必要だ

翼と尾で体を支え、両足を手で毟る
全霊の怪力を籠めれば容易だ
其の上で【正号滅失】を使用し
衣類含めて"損傷"を消す

見た目は無傷だが、些か鈍いか
動けるならば良い
百合が這出す足を、怪力で追手に投げ付ける
私の血は燃えるし、骨肉は重い
砲弾代りには為ろう

足が鈍い分は、踏み込みの強さで補う
私は頑丈だから、出来れば殿を務めたい
噛まれたならば、歯を殴って折る
下顎を踏んで、上顎を引き千切る
上の草を掴んで振り回し
周囲個体を巻き込み、攻撃する

損傷は消せる
猟兵の無事を優先して行動しよう


エドガー・ブライトマン
両目が鈍くヒリつくような感覚だけがある
他にはなんにもない
さっきまではなんとか見えていた光すら

ああ~……オスカー、今度こそ見えなくなっちゃったみたい
キミはいまどこにいる? そう、そこか
「普通」だったら今頃酷く目が痛むんだろうな
私はそのへん鈍くて助かったけれど

オスカー、私を導いてくれる?
キミの囀りや羽ばたきは聞こえるから
その方向に向かって走るよ

敵の気配や音がした方へ剣を振る
ああ、ダメだな。目が見えないと流石に辛いよ

――あれ?いつの間にか手袋が外れて、
レディったら、おてんばなんだから
でも助かった

他にも危ないひとがいたら助けてあげてよ
頼んだぜ、愛しのレディ(ご機嫌取り)

レアだよ、私からのお願いなんてさ




 そうか……この国も、終わってしまうんだ。
 漠然とした感傷がエドガーの胸を過ってゆく。平和な頃に一度でも散策してみたかった、きっと新たな出会いに溢れていただろうに。今は鈍くヒリつく両目は、なんの光も齎してくれない。
(「"普通"だったら今頃酷く目が痛むんだろうな。私はそのへん鈍くて助かったけれど」)
「ああ~……オスカー、キミはどこにいる?」
 ぼやけばくいっと髪の先っちょが引かれた。それに羽ばたきの音。
 キミが私を導いてくれる?
 問いかけ手を伸ばせば、ふかりとした手触りがパッと飛び立ってゆく。逆の手にしたままの革命の剣は変わりなく冷たい。所在を見失うこともなく、握り直してエドガーは走り出した。
「いやぁ、しかし」
 びちゃりと靴が何かを跳ね上げる。 高い囀りに急かされるかたちでレイピアを払えば、肉より硬いものを複数刻む手応えがあった。指へ頬へ降りかかる乾いた切れ端と――叫び声。
「見えないっていうのは、案外不便だね」
 それが昏々と呪いを紡ぐ前に、翻す刺突で終わらせる。音はいい導となった。堪え切れぬ痛みというものは、こうした時までやはり大変そうだ。
 ちゅるちゅり、ちちち! そのとき肩へ舞い戻ったオスカーが不思議な声を上げるからエドガーも一度急ブレーキ。
「――ん?」
 どうしたんだい?
 曲がり角、だったのだろう。王家に相応しい艶やかな金の髪を、ごおっと吹きつけた風がかき上げてゆく。

「お怪我はありませんね」
 かねてからの従者と呼んだって違和感のない、物堅い響きはイリーツァのもの。
 入場に際して足を差し出した筈の竜は何故かひとつの不自由もなさそうに、その頑強な身を以て道を塞ぐほど大きな球根を二つに割っている。
 比喩でもなく、自ずから腕を突っ込んで上顎と下顎を別々にしたのだ。腕力のみで。
 化物の長い舌が垂れながらもぐぐぐと持ち上がるのを、"あることにした"足で踏み潰す。機能が低下していようと殺す程度容易く、弾け飛ぶみたいに血飛沫は広がった。
 ――数分ばかり前。
 酷く痛む足と、その足が百合の根を伸ばし、好き勝手根を張り始める不都合を認識したイリーツァは間髪入れずに選んだ。ならば毟ってしまえばいい、と。
 幸にして竜には翼と尾がある。体を支える術には事欠かず、指を触れ。力を加え。湿った音。 こどもが玩具の四肢をもぐみたいに難なく果たされた惨い光景は、湧いたミミクリープラントをも仰天させたことだろう。
『なにしてるの? 頭がおかしくなっちゃったかしら』
『かわいそう……うふふ、おまえも失くしてしまったのね』
 寄り集まって傷を舐め合うかのそれに、
「手に入れたまでだ」
 よく来てくれたと丁寧に返すのは重い拳のみであったが。
 秒で片したなら天稟性・正号滅失を発現させるイリーツァ。損傷を消滅させるユーベルコードの奇跡は、衣服とともにズタズタの脚を印のない、人間のものまで巻き戻してくれる。
『ずるい! ずるいわ、すぐ生えるなら少しくらいくれてもいいじゃない』
「ああ、世話になったからな。置き土産をやろう」
 と、振りかぶり……投げて寄越す足だったもの。
 百合の這うそれは燃える血の砲弾めいて、撃ち込まれた周辺の球根たちを跳ね上げた。

「――へえぇ、凄いなあ。ありがとう、キミがいてくれて良かったよ」
「尤も、手出しする必要も無かったかもしれませんが」
 おかげで怪物の腹の中探検が避けられたとにこやかに語るエドガーに対して、イリーツァはまるで調子を崩さず。殿につくのは前を任せて問題がないと判断したからだ。盲いた王子ではあるが、その左手から伸びる茨が本人の意志以上に暴れまわっている。
 人形の細い首を絞め上げては縊り落とし。
 赤き花弁は球根を細かに摩り下ろしてゆく。
 はじめ竜人が道を作ってくれているのだろうと考えていたエドガーであったが、オスカーによって拾い上げられた白手袋にびっくり! 左手用。いつのまに外れて?
「レディったら、おてんばなんだから」
 でも助かった。
 他にも危ないひとがいたら助けてあげてよ。
「頼んだぜ、愛しのレディ」
 囁く"レア"なお願い。
 ちょうどそのとき、晴天めいてうつくしい瞳を得た不届き者の土人形を絞め殺していた茨は、笑う風にはたはた震えた。いとしのひとの期待に応えるべく、赤薔薇が白より濃く舞ってゆく……。
(「…………」)
 どうにもただの花ではないらしい。
 此方の獲物をも掻っ攫わんと意気揚々蠢く緑を何と見るか、少なくともイリーツァは自らの敵でないのなら、何ら構いはしなかった。エドガーのレディに捕らえられた個体は鈍い。
 未だ違和感の残る足であっても、強く地を蹴りつけての踏み込みが奴らの噛みつきに遅れを取ることはなく。
「終いだ」
 飛ばした拳が綺麗に並んだ歯をへし折る。
 散弾に近い、上顎を貫通した牙が上体に生える百合と人形をもいっしょくた傷付けるから萎れるそれらを片手に掴み上げると、あとは。
「掃除はしておいてやる」
 力任せ。
 砲丸投げよろしく振り回せば、密集したせいで巻き込まれ、ミキサーにかけられたみたいな数多の叫びが反響していった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸宵戯
●真の姿:桜吹雪と暴風纏う、深紅の爪と桜鱗もつ桜青龍(大きい
●翼の花が枯れ果てる

噫…枯れた
私の桜が、花が、私の…私の花が奪われた
なんて事
許さない
私のものを奪うなんて――
なのにお前だけ
花を咲かせているなんて

許さない

花がないなら
花を喰らって咲かせればいいのよ!

噫、ロキ
時間稼ぎをありがとう
喉が痛いなら喰ろうてあげたいけれど
この姿では加減ができないの
ちゃんと掴まっていて

暴風と共に桜青龍に変じて「鶱華」に呪殺弾の桜花纏わせ、穿ち、なぎ払い押し潰し屠り
生命力吸収して喰らい蹂躙しながら駆け抜け脱出する
私の桜とロキの喉を持つものは念入りに殺したいわ

桜角に触れた唇が擽ったく愛しいわ
私の桜は咲いたかしら?


ロキ・バロックヒート
🌸宵戯

★声が出ない
出そうとすると血を吐く

あーあ終には喋れなくなっちゃった
度々わざと喋ろうとはするけれど
使い物にならない喉はもう潰してしまおうか?なんて

花に似合わない可哀想な子たち
彼は後を追いたかったんだね
更に彼の後を追おうとするの?
ロマンチックで良いね

宵ちゃんの翼は可哀想で本当に愛おしいよね
君の櫻が枯れるところを見られるなんて!
あぁ俺様は怒ってないよ?怒ってないけれど―
翼を奪われた龍は許さないみたい
ふふ
櫻が龍になるまで影で邪魔して
時間稼ぎぐらいはしてあげる
影は意のまま生き物の様に動くけど
うたは無理かな

龍の角に捕まって乗って脱出
いい子だよ綺麗だよの言葉の代わり
櫻角に口付けを
言葉より雄弁でしょ?




 口笛でも吹きたい気分だ。
 うつくしい桜の翼をついに失って打ちひしがれる櫻宵の横顔を、今、隣で眺める権利を持っている。安い入場料だったとロキは自らの喉に触れて思う。
 可哀想で本当に愛おしい。君の櫻が枯れるところを見られるなんて!
「私の桜が、花が、私の……私の花が奪われた」
 震える龍の嘆きがはた、はたと装束を揺らし始める。カサブランカの香りなんて寄せ付けず、だからロキは「ほらきた」と。
 はじまった、と道を塞ぐ憐れな異形どもを見納めに眺めた。

 ――花に似合わない可哀想な子たち。彼は後を追いたかったんだね。
 更に彼の後を追おうとするの? ロマンチックで良いね……今に叶うよ。

「宵ちゃ、」
 ごぽと喀血が気道を冒すので声はおろか息すら怪しい。それに驚いて顔を上げた櫻宵が白い手で拭おうとするけれど、逆に掴み返して、引けば一点を指す。
 ミミクリープラントの群れの中、艶やかに咲き誇る枝垂れ桜の翼を。
「み、  て。きれい」
「な――――」 
 絶句した桜霞の瞳孔が縦に裂ける。
「なんて事……」
 丁度あちらもこちらに気付いたらしい。 根が伸び来るを見遣り、連れへ絶望を吹っ掛けておきながらロキは変わらぬ顔色で影を揺らがす。
 ぼたり、口元から垂れ落ちた血が闇に波紋を広げたのならラメントの始まり。
 マーブル模様の愉悦と憐憫、嘴から覗くギザ歯は鋸みたく悍ましく。飛び立つ黒い鳥たちが、次々に植物へ群がってゆく。
 鳥葬の様相だ。啄まれてぱつんと小気味良い音を奏でる繊維は筋肉のようで……それが花咲く翼を捉えたとき、
(「あぁ、俺様は怒ってないよ? 怒ってないけれど」)
 許さない。
「私のものを奪うなんて――」
 なのにお前だけ、花を咲かせているなんて!
 ――影の鳥をも喰い殺し。
 包む闇を裂いて現れ出るは大蛇にも似た東洋龍、櫻宵の真の姿。荘厳な身をくねらせて、通路いっぱい通せんぼはこちらの番。
 何処かへ逃げんとしたミミクリープラントは龍尾の一振りで壁へと叩きつけられる。跳ねて、千切れて転がる土人形を気紛れに潰すのが二振り目。
(「翼を奪われた龍は許さないみたい」)
 ロキがおどけたように両手を表に開く仕草をしてみせたとき、酷く強い風が吹きつける。
 塵芥と飛ばされる有象無象とともにおっと、と、足を掬われた男の身だけは血濡れた龍の身体が大事そうに巻き取った。べったりぬるい。ありがたいんだか何なんだか……嵐を呼び起こした当の本人? 本龍の角を操縦桿みたいにロキが掴み取ると、すぐさま花吹雪の特等席へご案内だ。

 なぁんだ。
 花がないのなら、花を喰らって咲かせればいいのよ。

 きっとそうして、うっそり微笑んだことだろう。
 爪で押さえつけた球根。そこに生える人形の上体を、鋭く発達した櫻宵の牙が噛み千切った。どちらのものか定かではない、血と花の別すらない真紅が舞い散る。同時、絶えず放出され続けている鶱華の桜吹雪と混ざり合ったそれらは千万の斬撃を齎す刃の一となる。
 ぐちゃぐちゃな欠片たちが飛び散って……駆け巡る龍と入れ替わり、彼方へ消えていって。
 間近で目にするお行儀の悪いお食事風景、くっとロキの喉が鳴るなら半端な笑いだろう。
「噫、ロキ。時間稼ぎをありがとう。喉が痛いなら喰ろうてあげたいけれど……この姿では加減ができないの」
 思案気な囁きへの返し、口パクで遊ぼうとするロキの声は不思議なことに余所から聴こえる。 目前……、破れた天井の隙間から、顔を出した数体。

『どうしてこんなことするの』
『ひどいひと』
『また、わたしを殺すんだ?』

「ッ……ロキの声で囀るんじゃじゃないわ! 返せ――!」
 昂る感情のまま振るわれた龍の爪は、球根も人形もなく風景ごと八つ裂きにする。土くれの喉を抉る牙。壊して、壊して壊して……潜り抜けるより黙らせることに心血を注いで櫻は狂い咲き。辺りがやっと静かになったとき、大丈夫、本物はこっちと言いたげにロキの手がやさしく頭を撫でた。
 進ま、ないと。
 荒い息を吐いて櫻宵も我を取り戻す。なだらかに揺れる背に跨るロキが、いい子だ、綺麗だ、そんな言葉の代わり角へ降らせる口付けはほんの微か。
(「言葉より雄弁でしょ?」)
 ぽつ、と咲き初めの蕾ひとつを食んだのはひみつ、
 ――悪戯っぽいかみさまの声が聴こえた気がして。
 擽ったい。愛おしい。桜龍はもう偽物になんて惑わされず、屍で染め上げる鮮やかな道を突き進んだ。 はやくあなたが満開にして、溺れるほど蜜を溶かして。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エンジ・カラカ
ロカジン(f04128)

ハロゥ、ハロゥ
ロカジン、今どーんなかんじ?
相変わらずコレはなーんにも見えない。

ロカジンの声?いいや違う変な声
アァ、ナルホドなァ……。
ロカジン、賢い君がロカジンに捕まりたいらしい。

賢い君はデリケート。女の子
迷路の中を歩くのは疲れる疲れる。
その代わりにロカジンの眉毛を取り返してくれる

赤い糸をロカジンに結んで引っ張られる
コレの鼻も耳もとーってもイイけど、限界があるンだ。
それに臭い。ウルサイ。
鼻も耳も上手く機能しない。
ロカジン、コレの目とロカジンの眉毛があったら教えてくれくれ

敵サンに君の糸を巻きつけて
良い感じに奪い返してくれるサ
アァ……賢い君、食事の時間ダ。


ロカジ・ミナイ
エンジくん/f06959

眉毛がバッテンでダメダメよ
隠れてしまいたい
エンジくんの目が見えなくって実はちょっと助かってるなんてこと
内緒よ、内緒

…ねぇ、エンジくん、賢い君をさ、
…そう、僕も同じ事を考えてた
何もない僕だけど、目ん玉くらいは君らの役に立てるかもしれない
さぁ賢い君、僕とエンジくんを繋いでおくれ

道はこっち、…たぶん
第六感にも聞いてみて
合ってる?ああ…不安でコソコソしちまうよ
でもね、エンジくんの目と僕の眉毛は、
ポンコツな瞳だって見間違えることはない

あった!あったよ賢い君
君の大事な目と僕の大事な眉毛が
君の邪魔をするものはこの刀で取り除こう

やれやれ、情けねぇ
これだからレディには頭が上がらないんだ!




 ハロゥ、ハロゥ。
「ロカジン、今どーんなかんじ?」
 狼男がお散歩の延長めいた足取りで球根の口へ踏み入りかけるのを、慌てて差し込まれた狐男の鞘が止めた。
 押し当てたまますらり抜き放てば異形の口が益々裂ける。ぎ、と間近上がった短い悲鳴に漸く事態を把握したのか、エンジの賢い君が糸を鱗片を詰め込んで。ふたり同時にひと蹴りすれば、でこぼこ球根は毒に浸され力無く転がされてゆく。
「やめてエンジくん……君のふらふら歩き、なんだか不安なんだよ」
「ダメ? やっぱりまだロカ?」
「ダメもダメ、眉毛がバッテンでダメダメよ。隠れてしまいたい……」
 ほうと溜め息まで暗い。そんなロカジの顔を興味津々エンジは左右から順に覗いてみるが、こちらはこちらで目が駄目だ――ロカジとしては実はちょっと助かった、なんてことはナイショ。
 そうこうしている間にもミミクリープラントは蠢いている。
 走り抜けるにも上手くいく気がしてこないロカジ。滑りこけて縛り上げられちゃったらどうしよう? 腕なんかもがれちゃって? どんより目配せした隣では強き赤色がふわふわ揺れていた。
 頼もしい。頼りたい、なぁ。――何もない僕だけど、目ん玉くらいは君らの役に立てるかもだし?
「……ねぇ、エンジくん、賢い君をさ、」
「アァ、ナルホドなァ……」
 ちょっくら貸して。僕とエンジくんを繋いでおくれよ。
 そうロカジが手を差し出すまでもなく結び付けられる赤い糸。二重三重ぎち、ぎちり音がして、うん……これなら死んでも離れそうにない。
「賢い君も掴まりたがってたのサ。デリケートな女のコにコンナところはきついンだ」
 ネ、とエンジが同意を求めれば肯定みたく糸が締まる。そりゃ手が揺れるから当然の一人芝居であるのだが、そんな野暮なことロカジは言いやしない。道草食ってる場合でもなく、
「なら良いんだけど」
 やっぱりどこか申し訳なさげにバッテン眉を下げて、不安感の払拭と交換の道案内を任される。

 大の男二人、こそこそ恐る恐るといった歩みは傍から見たなら滑稽だろう。
 壁についていた手を突如突き出した牙が撫でたときなんか、ロカジにとっては全心臓が爆発する心地がした。奇声とともにぐーで殴って事なきを得た、が。
「こっちで合ってそう? おかしいな、ぐるぐる回ってる気もする」
「合ってる合ってる。賢い君がツいてるヨー」
 糸を頼りに後を追うエンジの励ましにしたって癖のある返しに、浅く頷いて前を見た……そのときだ。ロカジにも形として光が見えたのは!
 ポンコツな瞳だって見間違えやしない。
 向こうで揺れる粘土人形の顔――、
「あった! あったよ賢い君、君の大事な目と僕の大事な眉毛が」
 あれはまさしく探し物!

「ヤッター」
 誰が駆け出すよりも早く拷問具から糸が溢れ出る。
 ミミクリープラントの"足"と同じ数のそれは迎え撃たんとす根を縛り上げ、逆に伝って這い上がり。赤く赤く、色で浸し人形までもお構いなしに毒塗れにしてゆく。固定の甘い目玉はすぐ飛び出して。あっ、眉毛が縮れ……。
「――まって! もっとお姫様みたいに扱ってッ!」
「えぇー……賢い君、できる? ウンウン、仕方ないなァって?」
 ロカジがわんわん泣きつくのでずるりと引き摺りつつ、手の中の拷問具とひそひそ話をしたエンジは、次にもう幾らか太い糸たちを放出させる。
 君に出来ないことはない。
「アァ……賢い君、食事の時間ダ」
 宙でぐるんと絡まり合って。
 棘のある鞭めいた厚みを得た赤が、べぢんっ! 殴りつける人形部を強引に地べたへ伏せさせた。間髪入れず細い糸が集い縫い付けたなら、床を壁に見立てた即席標本の完成だ。
『あ、ああぁ、こんなもの返すからぁ……!』
 ぐ、ぐぐと四肢を軋ませ逃れたがる失敗作へ静かに影が差す。
 こんなもの、だと?
 呟き刀を振り下ろす人の――ロカジの。
「ひとの美眉を奪っておいてなんつう台詞、お天道様だって許しゃしないよ――てめぇで育てて出直してきな」
 ここ一番の切れ味!
 脳天から床をこそぐまで蒟蒻ほどの手応えだ。ざっくり断ち切られた球根は哀れ二つに割れ、もうもうと煙を立てる。
 砕けた人形から、べりっ! と物理で眉毛を剥ぎ胸に抱きしめたロカジは、僅かでもつっかえが和らいだ心地がした。絵面? 機能する目を持つものなんて、この場には他に誰もいないのでよし。
 いや。指に結ばれ、ふよんと漂う君の君だけは物言いたげ? 力添え感謝してるよとロカジが触れれば、先を急かすみたいにぴんと糸が張った。
「……やれやれ、情けねぇ。これだからレディには頭が上がらないんだ!」
「走れ走れーロカジン」
 エンジたちはすっかり任せてぶら下がるコース。
 辿り着くが先か、食い込む糸が手首を消し飛ばすが先か。バツが良くてもロカジにとって、到底穏やかじゃない電車ごっこはまだ続く。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アルバ・アルフライラ
…っ
いかんな、視力を奪われたか
奴が居れば容易に突破出来ようが…否
この程度突破出来ず、何が師か

――来い、ジャバウォック
【夢より這い出し混沌】の背に跨る
此度は貴様が私の目
迫り来る花共を蹴散らし
この世界より脱出を図るぞ

酷く疼く目を押さえる
振り落とされぬよう確と手綱を握り
聞き耳で翼竜、花の声に注目
魔力を込めた宝石を放り、翼竜の支援を行う
敵の突進は飛翔して回避したり
根や舌を掴み、地に叩きつけたりして対策
貴様は図体がでかい故死角に気を付けよ

如何した、何か気になる物を見つけたか?
…青い宝石の輝き?
木偶共がそれを手にしていると?
それは、もしや――ジャバウォック
彼奴等にそれは分不相応だ
奪い返し、悉くを砕き尽くせ


コノハ・ライゼ
曇り空、ナンて穏やかなモンじゃナイ
熱くて溶けて、零れそう

視えてるのに「ある」か分からず瞼は伏せがち
匂いに鼻も利かない
ならば『範囲攻撃』で周囲へ『呪詛』撒き、敵意を明確化させ位置を掴もうか
『第六感』に『オーラ防御』併せ攻撃躱すわ
近くに不自由してるヒト居たら『かばう』わねぇ

【天齎】で纏った爪はそのまま、振るい駆ける
そうだネ、ホント理不尽
ケドその死も覆らない以上、できるのはその呪縛を少しばかり喰らってあげるコトだけ
今ばかりは傷付けず抉りもせず『生命力吸収』だけ

ケド赤滲む氷の瞳を見付けたら瞬間迷う
あげれないモノは置いてきた筈だったケド
無いと、ずっと泣いてるみたいナンだ
だから返してネ
その色へ爪を突き立て




 囲うミミクリープラントの群れもぼんやりと浮かび上がる輪郭だけなら、うつくしい花々の出迎え。香りも芳しい、ここは天上? いいえ僅かも似つかない、少なくともコノハには行く予定すら。
 曇り空、ナンて穏やかなモンじゃナイ。
「熱くて溶けて、零れそう――だ」
「互いに難儀なものですね。目が見えぬだけで、こんなにも観光の楽しみが減ろうとは」
 じくじく痛む眼窩の奥の奥、ぼやいてみせればそう離れぬ近さからアルバの同調。
 冗句だ。この国の土を踏むと決めた時点から、心安らかに眺め歩ける案件などと微塵も思っていなかった。負いかねない呪いも承知した上で、ひとりの男の死と生に最後まで付き合って。 留守を預ける弟子へ何も言えぬ。
(「然しいかんな。この状況、奴が居れば容易に突破出来ようが」)
 ……否。
 この程度突破出来ず、何が師か。
「私にお任せを。策の用意が御座います」
 這い寄る根に肩をつつかれながらも、一切焦りを乗せず語ればアルバはとんと杖をついた。耳元を飾るひとしずくの水晶が見守るみたく揺れて。
 手慣れた召喚にはそれだけでいい。
「――来い、ジャバウォック」
 繋がるパス。赤赤と殺しに向いた爪がまず滲み出た先の地を掻くと、次には頭が。鈍い球根の半分ほどを喰い千切りながら、紫に烟る瘴気を吐いた。
 此度は貴様が私の目。鱗を撫でたアルバが飛び乗った途端、翼竜は咆哮を上げ身を低く飛び立つ。
『なによぉっ』
『わたしも連れてって――此処から連れ出してえぇ!!』
 風の圧も塊となれば鋼ほどに武器となる。
 強かに打ち据えられたミミクリープラントの数体は、豪速で弾き上げられ壁のシミと化した。

「ヤダ、楽できちゃいそ」
 一部始終を「わぁお」と眺めていたコノハは、どこぞで見かけた術者の仕草を真似してふふんと笑い後を追う。破壊音がとにかく派手だから、丁度良い具合に迷子防止で。
「オレも乗れるくーちゃんとか連れるべき?」
 取り零しにしたって、
 竜へ意識を向けたまま酷く悔しげに唸るため屠るに容易く。ちょちょい、だ。あやとりめいて爪を振るった通り道に、ばらばらと欠片たちが散っていった。
 天齎の力は意外にも食い荒らさず、カサブランカの土台だけ滅す。故に粘土人形は自重で落ち、ただ砕ける。
 手を下さずとも、なんとも儚い命であった――本当に理不尽で。救いようがなくて。
(「……そうね。要らないモノは、みんな置いていけばいい」)
 喰らってあげる。
 せめてもの見送りと、邪念を吸い続ける爪の空模様はすこしだけ濁っていて。そんな風に満ち満ちる嘆きをも糧として走り続けられる自分なぞは、やはり、"綺麗"に似ていなくていいと思うのだ。

 酷く、疼く。
 荒々しく戦う竜の背にあって、手綱を握り続けることが今、アルバにはなにより難しい。片目を押さえ冷えた鱗に寄せた頬のすぐそばを根が突き抜けてゆき、間髪入れずに魔術触媒たるガーネットを放ればちいさく炎が弾けた。
 瞬く間に根本まで燃え広がるそれを叩き消そうと球根が暴れる。
「――、……消してやれ」
 王が直々極刑を言い渡すかのつめたい響き。
 従って殴りつけるジャバウォックの爪は、加減なく存在を砕き消滅させて。
「派手派手だコト」
 足取りも軽く追いついたコノハが巨大な竜にとって死角となろう細かな抵抗を断ち切ってゆくから、ミミクリープラントは碌に二人へ寄りつけもしなかった。
 隠す素振りもない粘性の殺気は先ほどから身を刺すほど。
「アチラさんも、ねぇ」
 隠す脳も持たぬ。が、正しいか。
 好都合だ。耳が拾う空を裂く音と合わせ、逆手に取ってしまえば所在すら掴めた。誘うよう、流れる雲同然コノハのオーラが突進の勢いを減じさせ、押し留めた瞬間を、たちまち竜が屠って終い。
 嗚呼、零れて――……"ある"か分からず伏せがちだった瞼を、上げたいとコノハに感じさせる出会いは突然に訪れる。
「む。如何した、何か気になる物を見つけたか?」
 翼竜が咆え主へと告げた。
 青い宝石の輝きを、土人形たちが手にしている?
「それは、もしや――ジャバウォック」
 彼奴等にそれは分不相応だ。奪い返し、悉くを砕き尽くせ。

 蹂躙、
 そうした表現こそ相応しく、言いつけは違わず果たされるだろう。
 抉り取られ仮初の星の輝きは死の間際も曇らずに、見た目以上脆く砕けて散った。キラキラと星屑が舞う向こう、確かに――コノハが見たものは、少し異なって赤滲む水の瞳。
(「あげれないモノは置いてきた筈だったケド」)
 手が勝手に動いた。
 取り返せ、と、爪がひとりでに。
 やがて転がる骸たち。 佇むコノハを見えないなりに振り返ったアルバは、先を促しては首を傾げた。大切なものは手に戻ったろうか。
「ああ。そういえば、貴方も鮮やかな青をしておいででしたね」
「ウン。……宝石みたいに立派なモノじゃないケド」
 無いと、ずっと泣いてるみたいだから。
 一応、ね。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

矢来・夕立
イサカさん/f04949

【紙技・文捕】。
湧いて出る罠はズルですね。知りません。
追いかけてきてくれる相手なら不発の心配もない。
紙垂の壁。棒手裏剣の剣山。仕掛苦無の地雷。
足止めには十分、殺傷力もまあまあ。

序でに式紙で狐面を作っておきます。
かおが空洞みたいに思えるんですよ。
痛むというか凍みるというか。不格好だとイヤですから。

早く転送地点まで逃げ――
…逃げないと。イサカさん。もう離脱できます。
なんでまだ殺しに行こうとするんですか。
その光ってるのは、ケガ、ですか。

これ以上はだめです。目も普段と違いますよね。
逃げるのだって一緒じゃないと意味がない、…手? 手なら、ええ。貸します。貸すから。
帰りましょう。


黒江・イサカ
夕立/f14904と

―――― 殺そう

夕立は退路を探してくれてればいい
見られるのが怖いなら僕の後ろにいな
だってあれら、死にたいって言うんだぜ
僕に殺されたいって言うんだ

……ああ、それなのに くそ
“線が見えない”んだ
僕は死なないからいいけど、あれらの死線が見えやしない
…でも、出来るだけやろうよ 
やんなきゃ、産まれた意味がない
僕のこと、見てて

ダメージを負ったら【奇跡】で自分を回復
傷口から湧くひかりって綺麗なんだけどさ、目立っちゃうから恥ずかしいな
でも、殺し続けられる
いいだろこれ 便利なんだ

よかったね、君ら
ニコラスのそばに届けてあげるよ

……ふうん
まあ、いいか 僕もそろそろ潮時
目 いて
ゆうちゃん、手貸して




「―――― 殺そう」
 撃鉄の代わりナイフの背を起こして。
 "声"が、響いた刹那に駆け出していったイサカの帽子がふわりと舞って。
「……逃げないと。イサカさん。もう離脱できます、なんでまだ殺しに行こうとするんですか」
「見られるのが怖いなら僕の後ろにいな。なあ、だってあれら、死にたいって言うんだぜ」
 僕に殺されたいって言うんだ。 横へ滑らされた刃は、その形状以上に鮮やかに根を断ち道を開かせた。
 痛み? 凍みる……なんとも言えぬ感覚に顔を押さえていた夕立――いいや、本当は彼の言う通りもっとおそろしいことがあって――はすっかり置き去りにされる。ひとりで逃げたっていいなんて、そんな感じの笑みをしていやがった。ひとりで? 手の中でパキンと音を立てた式紙は黒い狐面を形取り。
 顔が空洞に錯覚したって、胸の方はどうだ。
「死ねってことですか」
 とてもそんなに軽くない。

 進むほど絡まる根、舌、遮二無二掴みかかってくる土人形と諸共倒れ込むイサカは、間近に彼らのかんばせを見た。 ほら、已まぬ声が。
(「……ああ、それなのに くそ。"線が見えない"んだ」)
 喉へ這うその罅走った手首をさっくり切り落とせば、転がりやすい胴から下を蹴って引いてぐりんと身体を入れ替え上を取る。
 土汚れた首筋へ刃を寝かせたとき、人間らしく緊張に上下する喉仏。
「ごめん、ちょっといつもより痛いかな」
 不便だ。
 当たり前にそこにあったものがない。誰だって一度でお終いが好みだろうに、二度三度と鉄味の刃物を味わう必要も出てくる。暴れもがく手で吉川線は夥しく、構わずに体重をかけ押し当てたナイフを出来る限り深く、深く。
 半ば圧し折る具合で切断した首は「べごっ」と空気を吐くと、ころころ転がって壁に当たり上を向いた。
「熱心なのは結構ですけど――」
「死なないからね、僕の方は」
 いまだってほら、君がいる。
 座り込み、無防備なまでに晒されたイサカの背から白く光が揺れている。いざ潰さんと迫る別な巨体を切り刻む軌跡なら幾重に奔っていた。既に確定されているのだ。そのまま鍋へぶち込んでも良さそうに細かく弾ける植物へ見向きもせず、死を齎した狐面の少年は次のお目当てに駆け出して。
「いい子」
「別に。わるい子でいいです」
 チリッ、
 接する壁や床を摩擦で焦がして突き出る舌の一射。真っ直ぐしか殺しの術を知らぬ"初心者"に、人喰いの狐――夕立が遅れを取る筈もなかった。強く床を蹴りつけた拍子にいつから仕込んでいたのか、紙技・文捕。花火を打ち上げる風に苦無の束が宙へ飛び立つ。
 罠。それは異形の舌へしとど穴を開けた末切り飛ばして……。
「その方があなたの役にも立つ」
 悶える間に本体のご到着だ。
 力無く放り出された根をこれ幸いと足蹴に跳んだ、銀閃がヒトガタを断つ。不都合の中にあっても変わらずテキパキ無駄のない作法に、肩越し見遣るイサカの双眸は細められ。、
 間近へ着地する狐面少年とすれ違うかたちで歩み出ると、壁の隙間からにょろりと根の端を覗かせる一個体へ「君もおいでよ」とやわらかく声を掛けた。
「はぐれないで。ニコラスのそばに届けてあげる」
『いやあぁ……! こないで!! 殺してやる! わたしもうなにも』
 なにも――ほしくない?
 わるくない? いたいのはいや? いたいのはいや。やさしく救ってよ、殺してよとイサカにはすべて幼気な小鳥の囀りにでも聴こえて。
 いいよ。仰せのままに、"それ"が僕の"意味"だから。
「見てて」
 僕のこと、見てて。
 夕立に、植物に、人形に等しく降り注ぐやさしい声色。黒い瞳は光らない。代わりといってはなんだが、割れた天井から降り注ぐ終末の日差しがナイフを綺麗に照らした。 ――そんな、神様の得意な嘘っぱちみたいでも。

 どっ、

 次は上手に一度で"出来た"から。
 乾いた拍手を――みっつだけ贈って、見届けた夕立は珍しく息を弾ませるイサカへ拾ったハンチング帽を被せた。傷こそないが異様に蒼白い肌を覗き込むことの方をついでと見せかけ。
「これ以上はだめです。さっき光ってたの、ケガ、でしょう」
「でもさ」
「目も普段と違いますよね。逃げるのだって一緒じゃないと意味がない」
「……ふうん?」
 つばの影で瞳が瞬いて動き、みえてたんだ、と喉を震わす。
 そりゃ君だものね。
 言った傍から踏み外しかけた一歩を、目、いて。なんて笑いに溶かすイサカは。「ゆうちゃん、」指を絡めて微かに手を引いた。
「手貸して」
「……手? 手なら、ええ。貸します。貸すから」
 帰りましょう。
 この男と話がついたならあとは幼子の相手より易い。握る白を導いて歩み出す夕立が後ろ手に指を鳴らせば棒手裏剣の豪雨が降り、追い縋る有象無象は、紙ほど脆く千々へ消えてゆく。
 何処へもゆけぬ惨たらしい断末魔。 ぐ、と、酷くつらそうに――傍らで揺れる明滅のみが、帰路の歩みを速めさせる。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ペチカ・ロティカ
一歩を踏み出す爪先が、
あかりに触れる指先が、凍えそうに冷たくて。
それなのに、胸の奥はこんなにも熱いから
とけて、きえてしまいそうだって。

いかなくちゃいけないの。
それはお別れの合図だって、もう知っているけれど
それでもいつかを、まだペチカは信じてしまうから。
いかなくちゃって急かされるたび、
ペチカのあかりが消えそうにゆれて。
『いきたくなんてなかった』
あの時は、そんな心も知らなかったけれど。

ゆれる焔ごと、膨れたまっくらやみが飲み込んだ。

滲んだ視界の向こうが黒く染まったから
黒い翼のきみが、来てくれたのかと思ったの。
ゆめのむこう、どこへでもいけそうだって
―そんなわけもないのに。




 すこし――歩き疲れてしまった、だけ。
 一歩を踏み出す爪先が、あかりに触れる指先が、凍えそうに冷たくて。
 それなのに……胸の奥はこんなにも熱いから。
「とけて、きえてしまいそう」
 吐き出した息の灼熱に震えが走った。

 甘色の髪を垂らして屈みこむペチカの頭上からつくりものの鳥が落ちてくる。固い粘土の大地でべしゃっと潰れて、いのちの儚さを赤黒く塗り付けてゆく。
「知っているの」
 疾うに知っている。
 他の猟兵とはぐれてしまったわけじゃない、きっと自分がそうしたくて。こころの整理もつかぬまま、ふたつの足はとぼとぼ白い道を辿る。
 何処かへ――いかなくちゃいけない。 それがお別れの合図だってことも、もう知っているけれど。
(「それでもいつかを、まだ。ペチカは信じてしまうから」)
 いかなくちゃ。急かされる度に燈は揺れる。
 お誕生日のろうそくみたい。吹き消そうとしているのは誰? ちょうど舞い込んだ本物の風にぱち、と、見遣れば目が合ったミミクリープラントたちは揃って首を傾げるばかり。
『なにかなくしたの』
『じゃあ一緒にいきましょう』
 いたいいたいいたい、いたいことだらけのこんな国抜け出して!
 けれどもペチカが何か返すよりも早く、大きく波打った炎がついにPechkaから零れだす。
 そうして影が。 ふらり、ゆらり、傾ぐ娘の足元から這いだした。
「いきたく、ない」
 いきたくなんてなかった。
 ――あの時は、そんな心も知らなかったけれど。

 ひとつ、艶やかなカサブランカが増えたかのようだ。
 ペチカのドレスがさああと白へ染め変えられてゆく光景は。少女から抜け落ちた黒色がそのまま影へ足された様相だ、急激に膨れ上がりまっくらやみは飛び退く間も与えずに球根らをひと呑みにする。
 それでは全く足りぬとばかり、自らへも――きっとその先まで、果てまでも――迫り来るくらやみさんをぼんやりとペチカは見つめていた。
 囚われてしまえたなら。
 檻の中にゆれる焔みたくなにも知らず、また。いられるのかしら。
 よくないこと。
 いまの自分を綺麗だと大切にしてくれるひともいるのに、ああ……どうしても瞼が重くって。

 ぱしゃんっ。

 水音を最後に身体が浮いて沈む。
 泣き方なんて知らない、ただのランタン。その筈だったのに、薄らと滲んだ世界は一体どうして?
 知らないこと、知ってること。どうしてこんなにも離れてしまったのか、
 おしえて。ペチカにおしえて、いつかみたいに、きみが――。
 僅かに伸ばした手が空を切る。からんと転がるモノの音がずうっと響いて深い、深い眠りへ誘った。
 闇に染まって狭まる視野だから、黒い翼で本当に迎えに来てくれたのかと思ってしまったのだ。
 ゆめのむこう、どこへでもいけそうだって。

 ――そんなわけもないのに。

成功 🔵​🔵​🔴​

芥辺・有
見えない
真っ暗になった視界で瞬きをして、痛む瞼をいじる
これのせいか?
まあいい 考えたってわかりゃしない

ひどい匂いじゃないか
見えない上にこれじゃあね
もとから鼻が利くだの耳がいいだの、そんな特技もないんだけどさ……
感覚はあるなら、それでいい

傷口を更にえぐる
足元に血溜まりをつくるように
化け物を目覚めさせるように
……そら、起きろ
辿れ、道くらいわかんだろ、走れよ
役立たずでもそれぐらいは出来るだろ なあ ポンコツ
足に絡む気持ち悪さに苛つきながら
靴の意思のまま、足を動かして
道すがら足は花を踏みつける
……間食もいいけどさ、これ以上餌が欲しいんなら働けよ
ここではもうやらないからね

そろそろ煙草でも吸いたいんだ


リリヤ・ベル
『こわい』、『こわい』『いや』『こないで』
『おいていきましょう』『はやくにげたい』

――いいえ。

いいえ、と。
否定できるのは、こころのなかだけ。

痛む喉を押さえ、片手は鐘へ。
駆けながらうたのかわりに鳴らして、響かせて、呼び出すのはみどりの竜巻。
誰かに追いつきそうな根は搦め取り、噛み砕かれても次々生やすように。
背を阻み、行く手を掻き分けて進みましょう。

ことばがわるいこだって、こころまでは縛れません。
みんなで、かえるのです。


『どうして』
『どうして痛くしたひとがしあわせになるの』

――いいえ。

『どうして』
『どうしてわたしをひとりにするの』

――いいえ!

しろい、うつくしい花。
かくして、かくして、みえないように。




 結局、彼らはいつだって奪われる側。
 心壊してこの世界へ堕ち、ついに体まで墜とされて。あーあ思ったより恵まれていたんだって、振り返ったって。
『どうして……帰りたいよ』
『これは悪い夢、ゆめなんだ』
 赤茶けた涙が流れている。
 その涙を拭う者はいない。

「夢ならよかったのにな」
 断つ者ならば、いるけれど。
 有が突き立てた杭が球根を貫いて黙らせた。あちこち張り巡らされた根に時折足を取られても、片手をついて跳ね起きるように次を踏み出す。頽れることはない。肉体なんて感覚があり動けば良くて、根といっしょくた切り裂いたところでそれだけ。
 点々と何人分もの血が散った。
 リリヤは凄惨な光景を、佇んで見つめていて――。
「ここに住む気かい」
 決して強くはない、だが真っ直ぐ自分へ向け飛ばされた檄にびくりと肩を揺らして走り出した。
 黒髪の女はそんな娘を視界の端にだけ映して、また帰り道を切り開く作業に没頭する。 帰る。どこへだって……知りやしないが。前だってさっきから真っ暗で、もしかして正しくない場所にいる可能性だってある。袋小路のどん詰まりだったり、地獄行きだったり。それもいつものことなら懸念は痛む瞼くらいだ。
(「なんだろうな、これ」)
 ――まあ、考えたってわかりゃしないから。
 ひどい匂いを掻き分けて。裂傷だらけの肌から血を滴らせて。ぽつんと出涸らしが水面を揺らしたとき、声をかければ良い。
「……そら、起きろ」
 辿れ、道くらいわかんだろ。
 走れよ。

 脚が、ぐにゃりと歪んだ。
 化け物が目を覚ます。

「役立たずでもそれぐらいは出来るだろ。なあ ポンコツ」
 広がった血が吸い上げられるみたく逆流する。筋肉がどくんと鼓動に似た不気味な跳ね方をして、そこからは有の意識の外だ。
 身体が前へと引っ張られる、ひとりでに動き始めた脚……そこを覆うおどろおどろしい怪異の残滓によって。相変わらずの気色悪さに舌打ち一度、行く手で肉壁を形成する群れを金は鋭く見据えた。
 ――どうしてこのひとは、こわくないんだろう?
 あんなに血を流して。傷を作って。前も見えず、なにより、ひとりきりで。
(「ちがう。わたしも、こわくなんてない」)
 うたを、歌えばいい。
 深い深い森の中の歩き方。お日様は葉っぱの向こうにちゃんといる。可愛い花が咲いていて。綺麗な小鳥もリリヤのともだち。棒切れひとつでわたしはへっちゃら、それでも、ねぇ、鴉が啄むあの肉はなぁに。
「≪こわい≫、≪こわい≫≪いや≫≪こないで≫」
 いいえ。
「≪おいていきましょう≫≪はやくにげたい≫」
 いいえ、 ひとつ吐いては頭を振って。
 ……リリヤもまた戦っていた。第一に己自身と、巣食う恐怖と。
 ついで程度に有が蹴散らしていったから根はあまり伸びてこない。死に際の鈍い動きのものが、五つに分かれて指のように顔を出して。それに掠れた悲鳴が漏れ、今一度喉の痛みがぶり返す。
 一方の手で見えぬ傷を押さえながら――もう一方は鐘へ。
 うたが、無理でも。
(「ことばがわるいこだって、……こころまでは縛れません」)
 いま一番逢いたいひとの風を思えば。

(「みんなで、かえるのです」)
 ラルルラ、ラ、ルル。 歩調の乱れもひとつのメロディーか、真鍮の鐘の音が躍るみたいに鳴った。
 とても場違いな愛らしい響きを以て、呼び起こすみどりの竜巻。
 命尽きた枯れ花をも巻き込んでより大きく、遠くへ。数本に分裂してはくっついて、またはぐれて、思い思いに戦場を舐める嵐の爪痕は猛き狼のものにも似て。
 先行く有の背でも狙おうと考えたのだろう、潜んでいた幾つかも剥がれる壁ごと暴き出される。
『わぁっ』
『いじめないで』
 がしょん!
 おそろしい牙がみどりを食い散らすけれど――解けた傍からすぐに結ばれ、柔らかだからこそ強かに、飛び入る先で内を逆に切り刻んだ。みっつに。むっつに。ここのつに。 バラバラに。
 最期のひとかけまで、彼らはさみしそうな顔をしてリリヤを見つめている。

「≪どうして≫」
「≪どうして痛くしたひとがしあわせになるの≫」
 ――いいえ。

「≪どうして≫」
「≪どうしてわたしをひとりにするの≫」
 ――いいえ!

 かくして、かくして、みえないように……。
 もう戻せないミルクパズル。はなびらの姿をして纏わりつくそれを払わんと溺れる細い腕、ぱしっと掴み取ったのは、火の点いていない煙草を銜えた有だった。
「日が暮れちまうったら」
 そろそろ煙草でも吸いたいんだ。 一声、
 小娘を引っ張って気疎しが床を蹴る。いつしか割れ砕ける一歩手前だったそこは、蹴りつけられた弾みで冬の湖に張った氷よろしくぴきぴき喚いて、ぱりんっ。 なにもない暗闇の底へと、順番待ちのミミクリープラントを連れ堕ちてゆく。
「ぁっ……」
「飛ばすよ」
 手頃な足場兼おやつとして着地に利用されたカサブランカがぶみゅっと叫んで花を散らせば。
 間食もいいがこれ以上餌が欲しいんなら――分かっているだろう、と見下ろす有へ応じるかの如く。景色は高速で流れて過ぎて、それでも鐘の音は、ずっと。泣けない誰かの分も響き続けていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

オズ・ケストナー
視界がぼやける
色がなくなる

甘い香り
きみたちもリリーなの
だから百合をさかせているの?

いっしょにいきたかったの
おこっているの
まざってわからない
ただ、きみもすくわれてほしい

ガジェットショータイム
背に現れる、家を模した白いリュック
走るとぽろぽろ後方へアンプルが
踏みつければマヒの液出し動きを鈍らせる

香り、音、近づく振動に
神経を研ぎ澄ませ回避
ぼやけた視界に映る蔓に魔鍵で攻撃を

色がなくなった世界はなんだかかなしい
でもわたしはおぼえている
空の色
リリーたちのよろこぶ顔
ニコラスのさいごの笑みも
だからへいきだよ

きみのくるしい気持ちもどうか、この鍵でいっしょにうばえますように
うばわれるのはこれでさいごでありますように




 きらきら零れてゆく空の欠片を両の手に受け止めたのは、思わずの反射に近くて。
 ぼやけて色を失った世界にも、輝きだけは宝物みたいに眩しかった。
「ニコラス……」
 終わりなき二人旅のさいわいを。
 そうして、まみえた"彼ら"にもどうかすくいを。

 噎せ返るほど甘い香り。
 鞭と化して振るわれた根を跳ねて躱すオズは、着地で弾むままに駆け出す。踏みしめれば次から次へと足元が崩れて、終わりの近さを知った。
「きみたちもリリーなの? だから百合をさかせているの?」
 そうだ。
 ちがう。
 ミミクリープラントは穴を広げながら追ってくる。バラバラの返答は予想通り、混ざりきってしまっているのだろう。
 ――いっしょにいきたかったの。
 おこっているの。 わからない。わからない、けれど。
「わたしに出来ることをさせて」
 かこん、と音を立てて愛用の斧を組み換える、ガジェットショータイム。やがてオズの背に現れるのはちいさな家を模した白いリュック。
 決してピクニックに誘おうというつもりじゃなくて――この通り。ざあざあ零れだすガラスのアンプルこそが本命だ。うちを満たす痺れ薬は地雷のように、這う根や追う球根そのものの乗り上げる重みでひとりでに割れ、ジュウと焦がして鈍らせる。
『ううぅああ』
『なぁに? またわたしから、なにかを』
 痛みというよりも怯え、に近しい呻きが鼓膜を叩く。
 それはオウガから受けた攻撃よりもずっとオズのこころを突き刺して。でも、けれどと指先で器用に回した魔鍵を振り上げ縋りつく根を断った。この鍵もオズの大切のひとつ。きっと、痛まずに送ってあげられるから――。
「くるしいね」
 苦しいに、決まってる。
 完成させて貰えなかった人形。完成を奪われた人間。どちらの傷もこの手が塞げたならいいのにと、高望みだとして願ってしまう。願うから、力になる。踏みしめて反転、痺れが巡ってスロー再生みたいに鈍い根を、必要以上に傷付けることはせず順に潜り抜けオズは手を伸ばす。
「わたしにちょうだい」
 チリリ、紙の葉っぱを裂いて魔鍵を翳す。
 こんがらがった根の最奥、逃げたがりもせず見つめてくるだけの灰の瞳と語り合う数秒の間。
 ――色がなくなった世界は、なんだかかなしい。
 けれど憶えている。
 空の色。リリーたちのよろこぶ顔、ニコラスのさいごの笑みも。みんな、みんな……。

 だから、へいき。
「きみのくるしい気持ちもどうか、この鍵でいっしょにうばえますように」
 突き入れた胸はやわらかな粘土の感触がした。
 眠りに落つ穏やかさでゆるく瞼が伏せられるのを、見た。 そこから零れた煌めきを――やはり思わず手に拾ってしまったとき、誰かの明るい笑い声がきこえた気がした。
 風の音?
 それでもいいとオズは拳を目元に添えて瞑目する。見送りの儀式みたく。
「うばわれるのは――これでさいごでありますように」
 さらさらと土煙になって薄れてゆくものを見送って。
 やがて歩き出すてのひらには、綺麗な青空色の雫が広がっていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

風鳴・ひなた
雲珠(f22865)と
また目線が下がって
今は雲珠と同じくらい

影響が続いているのかと手の印を確認し
――獣じゃない。人の手だ
顔の輪郭を辿ればそれも人
元に戻れたんだろうか
髪は僕の金色に彼女の白が混ざって
この姿で会えたなら、ぼくだと分かる?

だけど速く駆けるための獣の足も
敵を薙ぐ爪もなくしてどうやって帰ろう
雲珠を守れる?
守るどころか僕が荷物になりかねないのに
【学習力】で周囲の構造を把握
敵が少ないと予測できる道を行くよ

心配はいらなかったね。頼ろう
彼も戦う術を、生き延びる術を持つのだから

ランプから放つ蠍の火
人形から獣の姿を奪い返す
このまま帰れたならどんなにいいだろう
でも、今はまだ必要なんだ

※アドリブ等歓迎


雨野・雲珠
ひなたくんと/f18357

俺と手をつないでいるこの子は誰でしょう?
なんだ、きみなら安心です

指示を聞きながら隣を駆けます
足場が危うくなれば箱宮から【枝絡み】を伸ばして
あちこち引っ掛けては縮ませ、移り飛びます
今のきみと俺なら大した重さでもないはず

【花吹雪】は
彼の【燃ゆる蠍の祈り】に重ねます

順番が後になってしまってごめんなさい
あなたたちこそ慰められ、
優しくされ、救われるべき
眠りと鎮静を伴う緩慢な治癒より速く、
痛みのない炎で 歪な命にせめて優しい終幕を
もう大丈夫ですよ
怖かったですね

星のような孤独
きみにもう大丈夫って
言ってあげられるのは誰でしょう?
迂闊に触れてはいけない気がして、無言で手を引きます




 行きの道をしっかり憶えていたから、歩きやすい方へ方へと選べたけれど。手を引いてくれる少年を追い抜かしそうだった頃が随分と昔に思える。
 アネモネが零れ落ちる度に縮んでしまったひなたの身体は、今や雲珠と同程度の背丈となっていた。そして、なにより。
(「……獣じゃ、ない」)
 人の手だ。
 オウガが倒れても影響が続いているのか、印を確認すべく見下ろした手はすっかり人のそれ。逆の手でおずおずと顔の輪郭を辿ったところ、それも人の。
 もとに戻れた?
 この姿で会えたなら、ぼくだと分かる?
「――ひなたくん?」
「あっ、う、……うん。ぼく、ひなただよ」
 ちらちらと視界に躍る前髪は金に彼女の白混ざり。
 その色を熱心に見つめていて――虚を衝かれたから、ひなたの返事はへんてこなものになってしまって。まんまる瞳を瞬いた雲珠だが、一拍後には解けるみたいに笑いかけた。なんだ、きみなら安心です。そう。
 繋いだ手も変わらずそのまま。
 むしろ、握る力がすこし強まったろうか。
「雲珠……僕、足手まといになるかもしれない」
「そんなことはありません。ひなたくんだって、俺のことそう思ってました?」
「ううん。それは絶対ない、けど」
 けれど速く駆けるための獣の足も、敵を薙ぐ爪もなくしてしまった。
 ほしいときになくて、いらないときにあって。どうやって帰ろう、どうやって守ろう――――竦みそうになる身体をぬくい手が引っ張っては。
「でしょう? きっと俺にも、もっと頼もしいところを見せろーって。誰かがくれた機会だと思うんです」
 だから胸を張って休んでいていいんです。 ぱきり、
 眼差しと同じ。努めて前向きな言葉を贈った雲珠の背、箱宮が口を開くと桜の枝根を溢れさせた。シガラミ、その名に相応しく樹系に蠢き広がるそれの役割は――……。
「さあ跳んでっ」
 即席の足場。
 見渡してみる世界はすっかり崩れて穴だらけ。粘土の樹も、草花も、空も、黒い静寂に浸されて。さりとておそれることはない。闇夜に渡された一本の光る橋のように、ひなたを招く淡い薄紅。
「――、うん」
 強いね、君は。
 弱いはずの、か細い足でも。 共にと踏みしめれば、もっと遠くまでゆける。

 上下はきっと逆さになって。深みへ堕ちてゆくアリス"だったもの"が駆ける生者へ根を伸ばす。
 いっしょにつれてって。
 どうしてわたしばかり。だれか――だれか、おわらせて。
 重なり合うから嘆きは濁って真っ黒黒。ひなたくん、と、吐息ほどちいさく声を落とした雲珠へひなたは静かに頷いた。
「結局わがままに付き合わせてしまうみたいで……けれど、見過ごすと、俺は俺じゃいられない気がして」
「いいんだ。君のしたいようにして。僕も――このままじゃ多分、だめだから」
 目的地まであとわずか。
 走り出したときと同じ、いっしょに歩みを止めてふたりは、亡者の群れを振り返った。
 並ぶカサブランカたちの合間に揺れる、ひときわ目立つかいぶつの姿。こうして"自分"の眼で"自分"を見るというのは不思議で――もっと不快に違いないと思っていたのに、何故だろう。何に暮れるよりも先に、ひなたの心は焔を望んでいた。
(「このまま帰れたならどんなにいいだろう、って、ずっと思ってた。でも……、今はまだ必要なんだ」)
 触れたさいわいの星、ランプの口から溢れる蠍の祈り。
 孤独な夜をも焦がすあかりはごおごお成れの果てを取り巻いて、掻き抱いて、閉じ込めて。 奪い返して。
 すう、と、そこに添えられる白き桜吹雪は雲珠の力。
「置いてはいきません」
 ――順番が後になってしまって、ごめんなさい。
 あなたたちこそ慰められ、優しくされ、救われるべき。
「もう、大丈夫です」
 少年がいつか守り桜なら、こうして散らす花のひとひらまで触れる指。沈む誰かの涙を拭った。惑う誰かの背を押した。すべてやさしい雪の下、いますこしだけ身を委ねて。
 "目を覚ます時間だよ"。
 桜雪に動きを止めた命の残滓を、ひとつとて余さず、より厚く重ねられた痛みのない炎が包んでゆく。
「大丈夫ですから……」
 怖かったですね。
 十を数えて。 ほら。"悪い夢は、おしまい"。

 てのひらの熱で溶ける。
 儚い白色を見つめるひなたが何を感じているのか、手は繋がっていても心までは分からない。
 ゆっくりと閉じられた五指には獣の爪が伸び始めていた。そこまで見とめて雲珠は、ただ、隣り合うひとの手を引いて残りの数歩を歩む。
 残り火が煌々とさみしい星みたいに燃えている。
 ――きみにもう大丈夫って、言ってあげられるのは誰でしょう?
 願わくば、線を越えた先でもこころやさしきこのひとが。花を抱えて笑っていられたなら。


 最後の猟兵たちが立ち去るとほぼ同時、ひとつを除いて世界を構成するピースは抜け落ちる。
 痛みに満ちた呪いもいずれ薄れて消えて、すべては無へと還るのだろう。

 あらゆるうつくしさを探し集めた末ひとりの虜囚は答えに辿り着き、理想は夢想のまま葬られた。
 嘗て希望へ続く扉があったアトリエの奥深く、絶望に塗り潰された扉がおしまいに音もなく綻んでゆく。
 誰が愚かで、
 誰が憐れで、
 誰が幸せで。
 結末を知るならば二度と振り返ることはない。
 うしなって手にした。うしなうことの出来なかった。大切なものだけ、ゆめゆめお忘れなきように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年04月02日


挿絵イラスト