#サクラミラージュ
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●敬虔な愛の告白
縋るように。
娘は青年に抱き着いたまま離れない。陶然と送る眼差しは恋に塗れた甘い色。
世界が自分たちを祝福しないのであれば、こちらとて見限ってやろう。残酷に裏切られたものにわざわざ礼を尽くす必要もあるまい。
娘がそう思い立ったのはいつの日だっただろう。
喪失に心を折った時か、緩慢に過ぎる時に身を浸していた時か。
将又彼の面影を宿す貴方に出逢った時だろうか。
そんなもの、今となってはどうでもよかった。
「好きよ」
青年の背に回す腕の力を強める。娘の艶やかな黒髪がさらりと流れる。
ふたりが寄り添っているのは、娘が手配した小さな棲家であった。ふたりで過ごすには狭く貧相だが、それでも構いはしなかった。息苦しい生家に比べれば、娘にとってこの家は極楽に等しい。
誰も邪魔者はいないから。
家族になろう。ずっと傍にいよう。誰に罵られても構わない。嘲られても構わない。
冷たい指先は、常に青年に触れたまま。
「行かないで」
娘の声が切なさに震える。
青年を成すものが何なのか、娘は理解出来ぬほど幼くはない。
転生という概念があることは知っている。だが転生すれば記憶は失われるという。再び己の前に姿を現してくれるとは限らない。出逢えるとは、添い遂げられるとは限らない。
ならば今を手放すという選択肢は、娘には存在しない。
「もう何処にも行かないで。お願い。貴方がいてくれたらそれでいいの」
──引き離されるくらいなら一緒に死んでしまいたい。
娘の頬を辿った雫が、地に墜ちて弾ける。
染み入ることもなく、還ることもなく。
●遺された花の萼の話
「死にたいわけではなく、死なずにはいられない。……なんて、ある意味浪漫と言ってよろしいのかしら」
ラティファ・サイード(まほろば・f12037)は黒百合の扇越しに、薄く微笑みを刷く。
此度の事件はサクラミラージュ。
散るでもなくこぼれるでもなく、落ちてしまった想いの話。
「影朧を匿っている民間人がいるという事件を耳にされた方はいらっしゃいます? その類型ですわ、命を落とした想い人を思わす影朧と共に居たいと願うお嬢さんの話ですの」
その地域は帝都の中でも、特に身分差が明確に存在している。
椿という名の少女は華族の令嬢。啓介という名の青年は庶民上がりの将校。
ふたりは許されぬ恋をしていた。青年は少女の父に経済的な支援を受けていたから尚の事、禁忌と言って差し支えなかった。
いつかは離れなければならないと、添い遂げることは叶わないのだと、知っていて尚焦がれた恋人たちの末路は知れたもの。
「啓介様は椿様の御父上の命で、内戦が起こっていた戦地へ送られ、還らぬ人となったのだそうですわ。その『過去』から生じたのが、今回の件の影朧です」
嘗て恋人の死を突き付けられた椿は心を殺してしまった。
小刀で喉を突く後追いすら失敗に終わり、今は父の庇護という名の牢獄に囚われたままの日々を過ごしている。そんな椿にとって、失った恋人が再び姿を現したというのなら、それが影朧であろうと何の問題もなかったのだろう。
「椿様が啓介様を匿っている今の段階では平穏と言っても差し支えありませんわ。ただ……それが長くは続かないこと、皆様なら想像に容易いでしょう?」
悲劇が更なる悲劇に貶められる前に。
手を打ってほしい。ラティファが言わんとしているのはそういうことだ。
まずはとある洋館でのダンスパーティに参加する必要がある。
それは椿のために催されているもので、父が娘の婚約者候補を見繕うべく行われる舞踏会だ。基本的に椿は蟄居を余儀なくされているため、外出の機会はこういう日でなければ稀だ。彼女の動きを捉えるにはそこに潜入する他はない。
帝都の計らいで、猟兵であればその舞踏会に参加すること自体は簡単だ。それぞれが着飾って、紳士淑女として円舞を楽しむことに注力すればそれでいい。椿の動向を見守るというのが大前提ではあるが、猟兵の人数がいればいるほど目は行き届くだろうから、純粋にダンスを楽しむために参加しても構わないとラティファは言う。
男性であれば椿にダンスを申し込めるかもしれないし、女性であれば歓談の合間に椿に話しかけることも出来るだろう。
あるいはそういった場に立つのは気が引けるという者がいれば、会場の警備を担っても構わない。給仕に徹するという選択肢もあるだろう。
椿が舞踏会から抜け出すところを見つけたら、それを追いかければいい。
ふたりの棲家に向かう道行きにて、繁華街を抜けることになる。
闇を知らない夜の街は煌々と灯りを燈す。華やかで賑わい、憂いなどインクの染みにも至らぬほどに、活気ある店が並ぶ一角だ。
椿はかの人のためにそこで買い物をするという。好きだった甘味、揃いのお守り。涙も汗も血も拭えるハンカチーフ。彼が吸っていた紙巻煙草のための燐寸。
要するに椿を見失わないように後をつければいい。
ただし時間が許す範囲で椿は贈り物を探す算段のため、猟兵たちも買い物を楽しむという心意気のほうが怪しまれないかもしれない。
サクラミラージュ特有のレトロでアンティークな雑貨や装飾品が多いようだが、探せば様々な店が軒を連ねているだろう。椿のように大切な誰かに贈るものを探すのもいいだろう。
そうして棲家に辿り着けば、改めて椿と、そして影朧たる啓介に相対することとなる。
「最終的に椿様をどうなさるかは、わたくしからは申し上げません。残酷な生へ引き戻すか、安寧の死へ突き落すのか。判断はお任せしますわ」
恋人たちにどのような感情を抱くかも、人それぞれだとラティファは告げる。故にどのような形で今回の件に終止符を打つのかまで、強制するつもりは毛頭ないのだ。
ただひとつ言えるのは、このまま影朧を捨て置くことは出来ないということ。
「御武運をお祈りいたします。咲いた花がどんな色だったか、後程わたくしにも教えてくださいましね」
嫣然と金の双眸を細めて、ラティファは艶やかな唇の端を上げた。
中川沙智
中川です。
世の中にはハピエンメリババドエンといろいろありますが、心中ってハッピーエンドだと思っています。
●プレイング受付期間について
各章、プレイング受付期間を設けます。オープニング公開後数日告知期間を設けて、導入文を掲載した後の受付開始となります。第1章の導入文はオープニング公開日のうちに公開予定です。
詳しい受付開始時刻等はマスターページの説明最上部及び中川のツイッター(@nakagawa_TW)にてお知らせします。お手数ですが適宜そちらをご参照くださいますようお願いいたします。
受付期間外に頂いたプレイングはお返しする可能性がありますのでご了承ください。
●シナリオ構成について
第1章:洋館での舞踏会(日常)
第2章:繁華街で買い物(冒険)
第3章:???(集団戦)
以上の流れになっています。
第1章・第2章についてはPOW/SPD/WIZの行動・判定例には特にこだわらなくて大丈夫です。ご自由にどうぞ。
●第1章について
とある洋館で行われているダンスパーティーです。
紳士淑女の社交場。上流階級の人間になりすまし、椿の動向を監視するために潜入してください。
という建前ですが、実際にはしなくてもOKです。ダンスを楽しむ、立食形式の料理を楽しむ、不埒者が出ないよう警備にあたる、などなど、思いつく限りで自由にお楽しみください。
未成年者の飲酒・喫煙は禁止。公序良俗に反する行為もご遠慮ください(プレイングがお返しになる可能性があります)
●第2章について
繁華街でのお買い物をお楽しみ頂けます。こちらも単純に買い物をするだけで構いませんのでお気軽にご参加ください。
詳しくは導入追加をお待ちくださいませ。
●同行者について
ご一緒する参加者様がいる場合、必ず「プレイング冒頭」に【相手のお名前】と【相手のID】を明記してくださいますようお願いします。
大勢でご参加の場合は【グループ名】で大丈夫ですので、「プレイング冒頭」にはっきり記載してください。
これが抜けている方は迷子になる(場合によっては同行者様含めプレイングのお返しになる)ことがあります。
また、プレイングの送信日(朝8時半更新)を合わせてくださいますよう、ご協力よろしくお願いいたします。
では、皆様のご参加を心からお待ちしております。
第1章 日常
『回ル廻ル舞踏会』
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POW : 豪華な料理を食べまくる。
SPD : 華麗にダンスを楽しむ。
WIZ : 優雅に誰かと語り合ったり、建物を見て回る。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●泡沫の夢とワルツ
瀟洒な洋館は異国情緒に溢れている。
迎賓館としても名の知れたその建物は蝶明館と呼ばれ、ホールでは管弦楽団によるワルツが淀みなく演奏されている。
紳士淑女が交わす言葉は色恋であったり、政治的なものであったり、あるいは商談であったりする。主催者が華族だからだろうか、警備体制も万全だし、振舞われている立食形式の料理も極上だ。
所謂夜会巻きと呼ばれる結い髪の貴婦人が、羽根扇子を手に笑みを零す。着物地によるバッスルドレスを纏う様はそれこそ蝶のよう。タキシードに身を包んだ紳士が手を伸べれば、ダンスの承諾の代わりに淑女が手を預けた。
猟兵にはダンスに長ずる者もいるだろう。踊れば衆目を一気に集めるかもしれない。演奏が得意な者は楽団に飛び入り参加するのもいいかもしれない。
あるいは警備としてホールにくまなく注意を向けるのもいい。料理を供したり、実業家相手に商売の話に興じるのもよさそうだ。
取り得る術は様々であるし、何よりその場の空気に馴染むことが肝要だ。このパーティーを楽しみ、堪能することこそが以後の道行きの助けになるはずだ。
燦然たるシャンデリアはホール全体を眩く照らす。
なのに、主役たる椿は壁の花として、淡い吐息を漏らしていた。
父の言い付けもあることだし、誰かしらとダンスを踊らねばならぬのはわかっている。しかしどうしても気乗りがしない。彼以外と踊ることに意義を感じない。
真紅のドレスをきつく握れば皺が入る。
今宵抜け出し、彼との逢瀬を重ねるために、ただ只管今は待つしかない。宴もたけなわとなれば娘の姿が消えていても不審には思われないはずだ。
娘の双眸には、猟兵たちの姿が鮮やかに映り込んでいる。
グレ・オルジャン
引く手数多でお疲れなら
断りの口実に話し相手は如何ですと飲み物を
窮屈な三揃えの振舞いは男でも、女は隠さず
変わり者と興味を惹けりゃいい
好いた男以外に手を委ねるのはお辛いですか
警戒されれば非礼を詫び
貴女の憂いを私も鏡の中に見たことが、と
自分もそれ煩わしさに道化を演じているのだとでも
気の触れた女と思わせておけば近づく男もありませんが
貴女はお父上のお立場上、斯様な戯れも許されませんでしょうと
打ち明け話を誘う
語られるとして心の裡が精々
恋が本物である程に
核心には迫らせやしないのは分かりきってる
ただこの娘の想いの熱と輪郭を肌で知っておきたい
生きて心を死なせるべきか、死なせて心を生かすべきか
あたしが迷わない為に
●望むべくもない
眩い煌きが夜を埋め尽くす。
ヴァイオリンの旋律が三拍子の上を滑っていく。流麗な音の波を渡る舟のように、着飾った男女がステップを踏んでいる。
絢爛にして壮麗。この地区は帝都でも上流階級が住まうところだが、その格を見せつけるような華々しい舞踏会だ。
会場に居る誰もが笑顔の仮面を飾って踊る。
それを思えば、大人しく壁に背を預ける椿は、一際翳りを持つように見える。
「いいえ。結構です。他の方と楽しんでいらしてください」
何度目のダンスの申し込みだっただろう。力なく柔く断りを入れる。そうすれば無理を強いるような人間はこの場にはいないようで、男性は踵を返していく。
しかし椿の家との関わりを持とうとしているのだろう、様子を窺う輩は後を絶たない。ちらちらと視界に入るのが煩わしいと言わんばかりに、椿は眉を寄せた。
紅を刷いたくちびるからため息が落ちた時、不意に隣から声が降ってきた。
「引く手数多でお疲れなら、断りの口実に話し相手は如何です」
椿が弾かれるように顔を上げれば、グレ・オルジャン(赤金の獣・f13457)は口の端を上げた。
グレが差し出したのは、細長い形のグラスだった。レモネードと思わしきそれは、淡い泡を迸らせている。
一瞬躊躇が挟まる。だが椿は浅く頷いた。
普段窮屈なものを嫌うグレにしては珍しく、品の良いスリーピース・スーツを纏っている。その佇まいは悠然として男性然としているが、それとは異なるシルエットの曲線が、確かにグレの性が女であることを示していた。
故に、男性特有の浅ましさも、女性特有の厭らしさも遠いと椿は判断したのだ。
椿の双眸に関心の光が宿ったのを見止め、グレは「では失礼」と椿の隣で壁に背を預ける。
そうしてグラスを差し出すと同時に告げる。
「好いた男以外に手を委ねるのはお辛いですか」
伸びかけた椿の指先が強張った。
怪訝な様子に、グレは黒曜の眸を緩く細める。非礼を詫びるように眼差しを伏せる。
「恐れ入ります。ただ……貴女の憂いを私も鏡の中に見たことが」
はく、という短い音が椿の口から零れた。
響いた。目を瞠った椿の様子にそう確信したグレは、自分もそれ煩わしさに道化を演じているのだと宣う。余裕がないのかグレの顔色を覗くこともせず、椿は納得した面持ちでグラスを受け取った。
「気の触れた女と思わせておけば近づく男もありませんが、貴女はお父上のお立場上、斯様な戯れも許されませんでしょう」
「ああ、……いえ、その」
惑いが揺れる。初対面の人間相手に警戒もあろう。グレとてすべて感情を吐露されるなどとは思っていない。
語られるとしても心裡の表面を削るようなものだろう。
恋が唯一無二のものであればあるほど、容易く他人と共有出来るものではない。核心など見出せないだろうと理解が及ぶ。
ただこの娘の想いの熱と輪郭を肌で知っておきたかった。見極めたかった。
「無理はせず。気にかかっただけですから」
引くように促す。グレは狩人のような眼差しを送る。
──生きて心を死なせるべきか、死なせて心を生かすべきか。あたしが迷わない為に。
「……ええ。お慕いしている方がいますの。それ以外は他のどなたであっても必要ありません」
語句こそ強いくせ、椿の吐息はあまりにも淡く、声音はとびきり甘かった。
過去形ではなく現在進行形で、最愛の人だけに焦がれる、娘らしくも無垢な恋心を露呈する。
その姿をグレはただ黙って見つめていた。楽団の演奏が、どこか遠い。
大成功
🔵🔵🔵
絲織・藤乃
先生(琴音・創 f22581)とご一緒致します。
許されないと思えば思うほど、想ってしまう程の
心燃やす恋が糧となるか毒となるか……。
耳を目立たせぬように華やかに髪を結い上げて
瞳を隠すように目元にヴェールをかけたヘッドドレス
肌の露出を避けた藤色のドレスと手袋で着飾ります
ええ、先生。とてもお美しいですわ。
お酒は藤乃にはわかりませんけれど……
先生、ぜひこちらも召し上がってくださいな。
……え?ええ、家の付き合いと申しますか……
御機嫌よう、椿様。
パーティーは苦手ですか?
先生とご一緒できるならと参りましたが
私も、人の多い華やかな場は得意ではなくて……
昔は楽しかったのに、なんて、少しだけ思ってしまうんです。
琴音・創
藤乃(f22897)くんと参加。
身分差恋愛は古くから好まれる題材だけど。
現実の其れは概ね悲劇的だね。
とりあえず髪はハーフアップに、撫子色のイヴニングドレスで見た目は飾ろう。
ふ、藤乃くん。どこかおかしくないか? ドレスなんて久しぶりなんだよ
◆
ヨハニスベルクのベーレンアウスレーゼ……流石華族は良い酒を出すな。
藤乃くんの薦める料理も堪能しつつ、その振る舞いをふと見つめ。
君、さてはエスタブリッシュメントの集まりに慣れているな……?
頃合を見て椿嬢に接触。
浮かない顔をしてますね。
恰もリラダンの「ヴェラ」で愛する人を失った主人公の様に。
ご存知なければ、どんな話か紹介しましょうか──こう見えて小説家でしてね。
●振り子の挿話
ホールに藤色と撫子色の可憐な花が咲く。
慎ましやかに、控えめに、けれど確かな存在感を戴きながら。
「許されないと思えば思うほど、想ってしまう程の心燃やす恋が、糧となるか毒となるか……」
正直現状では判断しかねて目を伏せるも、絲織・藤乃(泡沫・f22897)のヘッドドレスから降りるヴェールがその紫水晶を透かさない。
その様子を見た琴音・創(寝言屋・f22581)がふと、淡く微笑む。物語を紐解く仕草で声を紡ぐ。
「身分差恋愛は古くから好まれる題材だけど。現実の其れは概ね悲劇的だね」
障害があればあるほど燃え上がる、というのは虚構であればハッピーエンドにも繋がるだろう。
しかし現実は非情で、ご都合主義は通用しない。釦の掛け違いが致命傷になる場合も多々見受けられる。作家である創だからこそ、その無常さを冷静に把握してしまっている。
その一方で、創は多少のむず痒さを感じてもいた。豪奢ではなく、余計なものを削ぎ落したシルエットが美しい撫子色のイヴニングドレスは、このような格好が久方振りだったためにどうにも落ち着かない。編み込んでハーフアップに纏めた髪は常と似ている故に、まだ大丈夫だけれども。
「ふ、藤乃くん。どこかおかしくないか? ドレスなんて久しぶりなんだよ」
スカート部分を摘まみ示す創に、藤乃はふわり眦を緩めた。
「ええ、先生。とてもお美しいですわ」
そう告げる藤乃も上質な藤色のドレスに身を包んでいる。手袋も用い露出を控えた、しかし重苦しくはない繊細な意匠だ。耳を目立たせぬよう、真珠色から薄紫へ、そして黒に至る真直ぐな髪を華やかに結い上げていた。
品のあるふたりの姿はパーティー会場に溶け込んでいる。流石上流階級の主催、テーブルに並ぶ食事や酒精はどれも極上だ。
「……流石華族は良い酒を出すな」
創が撫子色の双眸を細める。グラスに注がれた金色の水面を揺らめかせる。
独逸はヨハニスベルクで作られたベーレンアウスレーゼは、肩書付上質ワインに含まれる貴重なものだ。喉に落とせば濃厚で芳醇、深みのある甘味が染み渡る。
「お酒は藤乃にはわかりませんけれど……先生、ぜひこちらも召し上がってくださいな」
「ああ、ありがとう」
藤乃が差し出した皿にはエッグスオムネツが鎮座していた。創が口に運べば卵の豊かな風味が広がっていく。そんな折、楚々と供する藤乃の、洗練された立ち振る舞いについ視線が留まってしまう。
「君、さてはエスタブリッシュメントの集まりに慣れているな……?」
「……え? ええ、家の付き合いと申しますか……」
きょとんと首を傾げる藤乃にはさして自覚もないのだろう。あなどれない、なんて創はつい肩を竦めてしまう。
ちょうどその時、流れていたワルツの旋律が終止符を迎える。ホールに落ちたふとした空白につられて視線を巡らせれば、予知で触れられていた令嬢の姿が視界に入る。
メランコリックに身を浸す椿に、ふたりは何気なく近寄って声をかける。
「浮かない顔をしてますね」
「御機嫌よう、椿様。パーティーは苦手ですか?」
創と藤乃の佇まいはそれぞれ格式ある家柄を思わせる品位があったから、椿も同じ身分の令嬢だと認識したようだ。何の違和も持たず、ただ眉を下げていた。
「……そうですね。此処だけの話ですけれども、わたくしはこの舞踏会に意義を見出せません」
声音に潜む空虚。そこには手折られそうな脆さが垣間見られる。
それを汲んで、藤乃は努めて穏やかに、丁寧に言葉を紡いだ。
「先生とご一緒できるならと参りましたが、私も、人の多い華やかな場は得意ではなくて……」
一拍置く。それから、寄り添うように続ける。
「昔は楽しかったのに、なんて、少しだけ思ってしまうんです」
「……!」
椿が弾けるように顔を上げる。
そこに在ったのは不審ではなく、ましてや憤慨でもなく、ただつめたい沈痛であった。
「その憂い、恰もリラダンの『ヴェラ』で愛する人を失った主人公の様だ」
創はワインで唇を潤してから、語り部の如くに誘いかけた。
「ご存知なければ、どんな話か紹介しましょうか──こう見えて小説家でしてね」
「ええ……お聞かせ頂いても?」
今はダンスに気を取られて、誰も此方を気にしていないから。
件の伯爵が辿った道行きを、暫しの心の慰めとして開帳しようか。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鶴澤・白雪
どこの世界も金持ちの家ってこんなものなのかしら
恋すら自由にできない
窮屈な籠の鳥
舞踏会への潜入か……
普段の格好じゃ行けないわね
マーメイド型のドレスに身を包んで
自分もどこぞの令嬢に成りすます
実家が旧家だったおかげで
品のいいお嬢様を気取るのは慣れたものよ
さて、ダンスはボロが出るから避けるとして……楽器か
楽団に近づくと笑みを投げて
弦楽器って何があるかしら?
あたしも参加させてもらいたいんだけど
ハープがあれば良いんだけど
なければヴァイオリンを貸してくださるかしら?
お嬢様の動向を監視するなら思いっきり紛れないとね
最近はたまに演奏してるから何とかなるでしょ
(けれど音楽には苦い思いしかない
音色は何処か悲しげに)
●誰かに捧げる夜想曲
「どこの世界も金持ちの家ってこんなものなのかしら」
鶴澤・白雪(棘晶インフェルノ・f09233)の声は、ホールのざわめきにかき消されない。
好いた相手と心通わせることに幸せを感じるのは、人として当たり前の感情だ。そんな恋すら自由にできない、窮屈な籠の鳥。他者の思惑に絡め取られ、身動きが出来なくなる。
過った棘のような痛みを呑み込めず、空気を奥歯で噛んだ。白雪はそれを瞬きひとつで横に流して歩を進める。
舞踏会であれば普段のラフな格好というわけにもいかない。女性らしさを強要されるのは嫌いだが、出来ないわけではない。
紅玉を砕いて溶かしたような真紅のマーメイドドレス姿は、結い上げ纏めた射干玉の髪もあり、品格のあるどこぞの令嬢だと思われただろう。実家が旧家だったため、嫋やかなお嬢様として振舞うことには慣れていた。
さて、居住まいだけでもその場の空気に馴染んではいるが、これからどう立ち回ろうか。
ダンスに興じるのは却下だ。紳士の至近距離で『お嬢様』を保っていられるかはわからない。
であれば──白雪は視線を巡らせる。目に留まったのは円舞曲を演奏する楽団の一角だ。
颯爽と近付き、ついでに笑みを一滴。華やいだ空気に魅入られたのは誰だっただろう。
「弦楽器って何があるかしら? あたしも参加させてもらいたいんだけど」
奏者たちを見渡しながら白雪は問う。
本当はハープがあれば良かったが、生憎この楽団はこの日用いていなかったようだ。「なければヴァイオリンを貸してくださるかしら?」という白雪に、後方で控えていた人間が調弦済みのヴァイオリンを差し出した。
それを粛々と受け取り、指慣らしに音階を辿る。それから簡単なスケルツォの一節を披露すれば、周囲で歓声めいたどよめきが沸いた。
お嬢様の動向を監視するなら思いっきり紛れないとね──そんな白雪の思惑通り、楽団は元より周囲の招待客も白雪の演奏を歓迎しているようだ。最近はたまに演奏してるから何とかなるでしょ、そう嫣然と微笑みを浮かべ、白雪と楽団は次の曲を奏で始める。
旋律に僅かに滲む、悲哀の面影。
音楽に対しての苦い記憶が、今一度棘を現出させて、柔い胸裏にちくりと刺した。
大成功
🔵🔵🔵
アルゲディ・シュタインボック
欧州からの文化って私の出身世界にどことなく似てるのよね。
少女の頃は父に連れられて眺めてるだけだったけど。
今夜は思い切りおめかしして舞踏会にお邪魔させて頂くわ。
レースたっぷりの薄桃色ドレスに身を包み。
優雅で礼儀正しい淑女として円舞の輪に加わりましょ。
曲の合間の歓談に椿にお声かけ。
独逸から参りましたの、と告げて。
帝都には素敵な殿方が沢山。貴女はもう素敵な殿方に巡り会えまして?
失礼、心此処に在らず…に見えましたの。
もし抜け出すなら協力は惜しまないわよ、と耳打ち。
恋する乙女への協力は惜しまない主義なの。
最後の逢瀬と知って手伝う私は残酷かしら。
でも最後くらいは己の気持ちに正直になって欲しい。それだけよ。
●夢渡りの橋へ
「欧州からの文化って私の出身世界にどことなく似てるのよね」
アルゲディ・シュタインボック(白金の癒杖・f03929)の呟きが、ホールに小さく零された。
裕福と言って差し支えない生家。パーティーにも馴染みこそあれ、年若い頃は父に連れられ眺めているだけだった。
けれど、今宵は少し趣向を変えようか。
袖口やデコルテに重ねられたレースは繊細かつ華やか、ペールピンクのロマンチックなドレスはお嬢様然とした容貌によく似合う。楚々と進み出て紳士のエスコートを得て、優雅に一曲踊ってみようか。
軽やかなステップで、三拍子の円舞を渡る。最後に淑女のカーテシーを捧げホールの中央を辞去したならば、アルゲディのヒールの爪先は壁に咲く椿へと向かう。
曲の合間のあわいを掬うように、「ごきげんよう」と何気なさを装って声をかける。椿もアルゲディに気付き緩やかに双眸を細めた。
「独逸から参りましたの」
「左様でしたか。帝都へようこそ参られました」
上流階級の子女としてのそつのない会話。
その和やかさへ、アルゲディは一石を投じた。
「帝都には素敵な殿方が沢山。貴女はもう素敵な殿方に巡り会えまして?」
椿の表情が強張った。怪訝に眉根を寄せる様子に、他意はないのだとアルゲディもすまなそうに眉を下げた。
「失礼、心此処に在らず……に見えましたの。此処ではない他の場所に、慕わしい方がいらっしゃるのかしらって」
不躾な言い回しでごめんなさい、そう言い置いてから続ける。
少しだけ距離を詰めて、ふたりだけにしか聞こえない声量で。
「もし抜け出すなら協力は惜しまないわよ」
椿が息を呑んだ。何故、何を知っているのかと、不審が募ったと言わんばかりの顔色をしている。
フロアの片隅に、密やかに緊張が迸る。
これ以上言葉を重ねては警戒される。そう判断したアルゲディは、敢えて茶目っ気を添えて囁いた。
「恋する乙女への協力は惜しまない主義なの。憶えていらして」
丁寧なお辞儀の後に踵を返す。淡く吐息を噛む。
「最後の逢瀬と知って手伝う私は残酷かしら」
予知で聞き及んだふたりの逢瀬を思い描く。
何故か言い聞かせるような声音になった。
「でも最後くらいは己の気持ちに正直になって欲しい。それだけよ」
正直になった結果どんな結末を迎えるかは、現段階では杳として知れないけれど。
大成功
🔵🔵🔵
アメリア・イアハッター
【赤鬼】
(赤いドレス着用)
わ、つーちゃん似合う似合う!
ふふ、ドレス姿もバッチリ綺麗だね!
まーまーそう言わず、折角の舞踏会だもの
私がリードするから、踊ってみましょ!
んー、少しぎこちないかな?
折角なら楽しく踊って貰いたいし…そうだ!
それなら…こういうのは、どーお!
突然彼女の顔に向け裏拳を放つ
当然の如く弾かれたそれを利用してくるりと一回転
ふふ、拳舞、って考えれば、楽しいと思わない?
問答無用!
もひとついくよ!
決して本気ではなく、じゃれあうように拳や手刀を交えた拳舞を披露し、体に当てぬように互いに弾いて
段々と速度を増し…拳を頬の側で寸止めして動きを止めた後、ゆっくり離れてカーテシー
笑顔で
楽しかったね!
荒谷・つかさ
【赤鬼】
お待たせ、アメリア。
……いまいち慣れないわ、この手の場所は。
(黒髪の映える真紅のドレスを身に纏いつつ嘆息)
正直ダンスより、料理の方がよっぽど気になるんだけど……
(色気より食い気)
ダンスは……私初めてなのよね。
リズムとステップは見様見真似でいけてるけど、他は……ッ!?
(咄嗟に反応して裏拳をガードし)
……なるほど、拳舞。それなら自信あるわ。
まず曲に合わせゆったりな速度で、息を合わせた演舞を
互いに拳を受け流し、首を掠めるように貫手を放ち、扇で舞うように手刀を振る
徐々にペースが上がり、最後は喉笛へ貫手を寸止め
余韻を残すよう止まった後、ゆるりと離れカーテシー
ええ、中々面白かったわ。
●躍る躍るや赤き花
「お待たせ、アメリア。……いまいち慣れないわ、この手の場所は」
如何にも上流階級の集いという空気に馴染みがないから、荒谷・つかさ(『風剣』と『炎拳』の羅刹巫女・f02032)はどうにもこそばゆくて腕を擦ってしまう。
しかし身に纏ったクリムゾンレッドのオフショルダードレスは、余計な装飾がないからこそつかさのスタイルの良さを際立たせている。
「わ、つーちゃん似合う似合う! ふふ、ドレス姿もバッチリ綺麗だね!」
アメリア・イアハッター(想空流・f01896)は思わずぱちぱちと拍手を送ってしまった。
そういうアメリアもカーマインレッドのドレスを着ていた。軽やかに踵を弾ませるたびに大きめにあしらわれたフリルが揺れる。
傾向こそ違えど、ふたりの可憐さは衆目を集めるには十分だった。
「正直ダンスより、料理の方がよっぽど気になるんだけど……」
「まーまーそう言わず、折角の舞踏会だもの。私がリードするから、踊ってみましょ!」
典型的な色気より食い気だ。ついつい壁際の立食スペースへと視線を走らせてしまうつかさの背をアメリアが押す。
ホールの片隅、中央よりはやや離れて、しかし初心者が踊るには十分な広さがあるスペースを確保する。
「ダンスは……私初めてなのよね」
気後れがつかさの爪先を鈍らせる同時に、楽団が華麗な円舞曲を奏で始めた。
踊り始めるものの、優雅なワルツを見せる紳士淑女と比べれば、不慣れな分ふたりがぎくしゃくしてしまうのは致し方ない。
足を踏みそうになったり、距離を見誤って衝突しそうになったり。運動神経は良いのだから単純に慣れの問題だろうが、これでは感覚を掴む前に曲が終わってしまいそうだ。
「んー、少しぎこちないかな?」
「リズムとステップは見様見真似でいけてるけど、他は……」
首を傾げるアメリア。つかさもつい表情を曇らせてしまった。
「うーん、折角なら楽しく踊って貰いたいし…そうだ!」
閃いたとばかりにアメリアが新緑色の瞳を輝かせる。
「それなら……こういうのは、どーお!」
手を離し、一歩引いて間合いを取る。
空気が張り詰める。
即座にアメリアは鋭く踏み込んだ。勢いを乗せ、つかさの横面目掛け裏拳を放つ。
「ッ!?」
だがつかさも咄嗟に腕を顔横に据え、防御態勢に入る。ここでまともに食らうつかさでもない。弾き返されたアメリアは、衝撃を利用してくるりと一回転、綺麗に着地してみせた。
其処に来てようやく互いと互いの視線がかち合う。
「ほら」
誘うような声音になった。
実際アメリアは手招きしているのだから、あながち間違いではないところなのだろう。
「ふふ、拳舞、って考えれば、楽しいと思わない?」
「……なるほど、拳舞。それなら自信あるわ」
つかさの表情から、少しくらいは取り繕おうとした猫が逃げていく。
なれば遠慮なしに、この舞踏会の趣旨に副う形で、自分たちらしい演舞を楽しもう。
「そういうこと。さ、問答無用! もひとついくよ!」
再び新しい旋律が奏でられるのを待って、ふたりは一歩を踏み出した。
重心の落とし方も、足捌きも、それらは決して優雅なワルツの所作ではないが、礼を欠くような振舞いではない。
そもそも決して本気で戦おうと思っているわけではない。じゃれ合うような拳や手刀も、それを身体に喰らわせるなんて真似はせず、互いに弾いてしまおう。首を掠めるように貫手を放つのも忘れない。
互いに拳を受け流し、扇で舞うように手刀を振る。そんなことを繰り返す。
最初こそゆったりとした速度だったものの、気が付けばだんだんと速くなっていく。
迷いも歪みもない無駄のない所作、ドレスをものともしないしなやかな体躯。
今ここで沸騰する熱が、恐らく誰をも惹いてしまうくらいに。
最後、つかさがアメリアの喉笛狙うも、貫手は寸でで動きを止める。
一方のアメリアも拳をつかさの頬にぶちあてる直前で止めた。
止めた。
止まった。
ゆっくりと互いの距離を通常のそれに立ち戻らせる。深いカーテシーで相手へ、周囲への感謝を伝えよう。
ふと静寂が落ちていたのは、ダンスの途中で曲が演奏をつい先ほど止めたから。要するにふたりの拳舞はしっかりと周囲の紳士淑女に認められ見守られていたのだ。
徐々にざわめきが重なっていく。異国の舞踊にしては未知だ、興味深い。などと話に花を咲かせる方もちらほら。
素晴らしかったわと貴婦人から拍手を賜れば、それがつい気恥ずかしくて、アメリアとつかさは視線をかち合わせる。
今回のそれは、結局スタンダードなものとは違うものかもしれないけれど。
「楽しかったね!」
「ええ、中々面白かったわ」
それでもよかった。それがよかった。
だってふたりとも笑顔で、今を楽しむことが出来ていたから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
スティレット・クロワール
鈊くん(f19001)と
共にあり続けたいと願う事と、共に死んでしまいたいと願うことは似ているようで違うからねぇ
お嬢さんは恋の為にその身を燃やし尽くすのか
鈊くんは、来世とか信じる?
ふふ、そうか
舞踏会に似合いの衣装で、警備をしようか
こういうパーティーは久しぶりだからね
えー、大丈夫だよ大丈夫。
それに、こういう華やかな場は本当に久しぶりだからねぇ
私には、眩しいんだよ
お嬢さんの様子は見つつ
お父上経由な婚約者候補殿で、絡みに来る人が居たら困るしね
何かあったら鈊君が防いでくれるみたいだし、
私はにっこり笑って声をかけようか
あぁ、お会い出来て良かった
貴方にずっと声をかけたがっていたお嬢さんがフロアにおりましたよ
黒金・鈊
スティ(f19491)と
身分違いの恋――共に生きられない世界を斬り捨てる、か。
昔の俺ならば下らぬ感傷で家に疵をつけてやるなと思っただろう。
……今ならば、自分の命くらい好きにさせてやれ、といったところか。
俺は今世限りで勘弁だ。
悪いが、来世まで苦悩を持ち越したくない(肩竦め)
黒スーツを身につけ、スティと共に警備に当たろう。
しかし、意外だ。あんたはダンスホールに行きたがるものだと。
……逆に余計な事を目論んでいないか、不安になるんだが。
眩しいのは同意だが、どうだかな。
椿の様子には注意をするが、頃合いをみて自分で抜けるのだろう。
その時に未練がましく追うものがいれば、身体で防ぐ。
――まったく、嘘が巧い。
●言わずもがな
既にホールは熱気と音楽と、錯綜する思惑で満たされている。
その片隅で吐息がひとつ、空気に紛れずに落ちた。
「身分違いの恋──共に生きられない世界を斬り捨てる、か」
黒金・鈊(crepuscolo・f19001)は飴色の双眸を眇めながら低く呟く。
恐らく、嘗ての己であれば「下らぬ感傷で家に疵をつけてやるな」と思ったはずだ。
だが、今では。
今では。
「……今ならば、自分の命くらい好きにさせてやれ、といったところか」
鈊の声を拾ったスティレット・クロワール(ディミオス・f19491)が顎に手を添え「そうだねぇ」と首を捻る。
「共にあり続けたいと願う事と、共に死んでしまいたいと願うことは似ているようで違うからねぇ」
単純に未来があるかないかではなく、根差した感情の性質自体が異なるのではないか。
しかし現状その所以に思い馳せても事実を把握出来るわけもなく、お嬢さんは恋の為にその身を燃やし尽くすのか──そんな感慨に似た何かを、スティレットは噛み締めるように、酸素と共に飲み下す。
「鈊くんは、来世とか信じる?」
何気ない問い。スティレットが投擲したそれに、鈊は肩を竦めてみせる。
「俺は今世限りで勘弁だ。悪いが、来世まで苦悩を持ち越したくない」
「ふふ、そうか」
ちいさく笑みをひとつ転がして、スティレットは周囲に視線を巡らせる。
舞踏会は盛況で、着飾った紳士淑女で賑わっている。ざわめきに紛れて不埒者が出ないとも限らないし、もし参加者間で諍いが起きた場合に、暴力沙汰に発展しないよう間に入る人間も必要だ。
故に今宵、スティレットと鈊は警邏にあたることにした。主張が強くないものの上質と一目でわかる黒いスーツを纏い、広い視野を保ちながら周囲の様子を窺う。こういうパーティーは久し振りだと、スティレットはどこか懐かしげに藍の瞳を細めた。
現段階では特に気になるところはなさそうだが、そこまで考えを巡らせて、鈊は不意に話を向ける。
「しかし、意外だ。あんたはダンスホールに行きたがるものだと」
何となく嫌な予感が過った気がして、鈊は眉根を寄せてしまった。
「……逆に余計な事を目論んでいないか、不安になるんだが」
「えー、大丈夫だよ大丈夫。それに、こういう華やかな場は本当に久しぶりだからねぇ」
まさかと言わんばかりに、スティレットは緩くかぶりを振る。
それに。
本当なのかそうではないのか。掴みどころのない微笑みと共に告げる。
「私には、眩しいんだよ」
「眩しいのは同意だが、どうだかな」
鈊も敢えてそこに踏み込むほど無粋ではない。だからそれ以上の言葉は続けず、素知らぬ顔で警備に戻ろうか。
数多の人間が参加している舞踏会。その主役たる椿の様子にも、抜け目なく注意を払っている。
椿は案の定気を張っているようだ。頃合いを見て自分で抜け出すだろうし、直接干渉するつもりはない。ただ彼女の父を経由した婚約者候補が、下手に絡みに来ては困るだろうことは察して余りある。
自然と役割が分担される。実力行使であれば鈊が阻む心積もりだ。であればスティレットは──というところで、椿に寄ろうとする男性を見止めて、接触される前に声をかけた。
「あぁ、お会い出来て良かった」
にっこりと、という形容が相応しい笑顔だ。ただでさえ美しく整った相貌だ。妙に迫力が出ているのはむべなるかな。
「貴方にずっと声をかけたがっていたお嬢さんがフロアにおりましたよ」
さぁ参りましょう。そんな風情でスティレットは、状況を呑み込めていない男性の背を促しその場から離れる。
ことの顛末を見届けた鈊が、淡く苦笑を漏らすのは許されたい。
「──まったく、嘘が巧い」
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
水標・悠里
千鶴さん/f00683
晩餐会には一度依頼で来たことがあるのですが、だんすぱーてぃは初めてです
千鶴さんはどのようなものかご存じですか
ホール内では椿さんの位置に気を配りつつ楽しみます
あ、見てください千鶴さん。この美味しそうな料理は何というのですか
見ればどれも美味しいそうなものばかり
今は別の目的があったと、目移りしそうになるのを堪えます
食べてみても良いでしょうか…
いえ、我慢しようと思ったのですけれど。ちゃんと椿さんも見ておりますので
料理を皿に盛って、千鶴さんに摘まみやすい軽食も合わせて持って行きます
音楽と共に場が華やいだら
よければ一曲踊りますか?
ダンスはわからないけれど、退屈よりは面白そうですよ
宵鍔・千鶴
悠里(f18274)と
上品めな黒基調の礼装を纏い
場に馴染むよう偶には凛と
舞踏会は初めて?
おいで、悠里
社交場なんて楽しんだもの勝ちだよ
そっと手を引いて
煌びやかな食事の場へと
きらきら目移りさせながら選ぶ彼に
初めてパーティに参加した記憶が甦り微笑む
あ、これは食べたことある
美味しいよ、と
一通りお勧めを説明し
椿さんの注視は俺に任せて悠里はゆっくり選んできなよ
自身だけ視界開けた壁際に凭れ息を吐く、やはり人混みは慣れないけれど
流れる音楽と戻ってきた悠里の姿を見つければ不思議と今宵は軽やかに心も弾む
俺で良ければ喜んで、
恭しく一礼し、大胆にホール中央へ
ね、悠里
どうせなら見せつけてしまおう?
退屈なんて有り得ないよ
●繋がり合うグラツィオーソ
宵鍔・千鶴(nyx・f00683)の背筋を伸ばし凛然とした立ち姿に、行き交う貴婦人が麗しいことと称賛していた頃合いの話だ。
「舞踏会は初めて?」
黒基調の燕尾服に身を包んだ千鶴が、傍らの水標・悠里(魂喰らいの鬼・f18274)に問う。
絢爛たるダンスホールにて。つい周囲に視線を巡らせていた悠里は素直に頷いた。
「晩餐会には一度依頼で来たことがあるのですが、だんすぱーてぃは初めてです」
千鶴さんはどのようなものかご存じですか、そう首を傾げる悠里に、千鶴はふと小さく笑みの欠片を零した。
「おいで、悠里。社交場なんて楽しんだもの勝ちだよ」
手を伸べ、その繊手を捕まえて、煌びやかな場所へと連れて行こう。
とはいえ急にダンスを踊れなどと言うつもりはない。千鶴が悠里と共に向かったのは飲食を楽しむために設けられた一角だ。
テーブルの上に供された料理は見目からして煌びやか。
肉の厚みがあり切り口すら鮮やかで美しいビフテキ、揚げたばかりの黄金の衣がふくよかなカツレツやコロッケ、デミグラスソースの匂いが芳しいハッシュドビーフ。別のテーブルではフルーツポンチやアイスクリンを用意してくれているらしい。
勿論椿のことも頭に入れながらだが、美味しそうな料理を前に心を弾ませるなというほうが無茶だ。
どれも美味しそうで、けれど別の目的があったと、目移りしそうになっては耐えるということを繰り返す。
そうやって蒼玉の瞳をきらめかせる悠里の姿に、千鶴は己が初めてパーティーに参加した時のことを思い出した。そう思えばくすぐったくも微笑ましくて、あたたかい何かが胸裏に広がっていく。
「あ、見てください千鶴さん。この美味しそうな料理は何というのですか」
悠里が指差した先は、給仕がカップ思わせる深い皿に盛り付けているスープだ。匂いからして羊肉と野菜の滋味が沁み出ているとすぐにわかる。
「あ、これは食べたことある。アイリッシュシチューだ。美味しいよ」
「食べてみても良いでしょうか……」
随分素直な声が転がり落ちてしまって、はたと気付いた悠里は慌てて弁明する。
「いえ、我慢しようと思ったのですけれど。ちゃんと椿さんも見ておりますので」
「構わないよ。好きなものを選べばいい。他は、そうだな……」
あるいはこの辺りもお勧めと、千鶴は二三の料理を説明する。
それから内緒話を打ち明けるように、唇に人差し指を添えて告げた。
「椿さんの注視は俺に任せて悠里はゆっくり選んできなよ」
「……! はい!」
踵を弾ませ料理を取りに行く悠里の背を見送って、千鶴は手近な壁に背を預け、凭れる。
開けた視界の先、さざめく人の波。知らず吐息が落ちてしまうくらいには、人混みにはやはり慣れない。
流れる旋律に思考を預け、幾らか揺蕩っていた後。
戻ってきた悠里の姿を見れば、不意に胸の奥に優しい浮遊感が満ちた。不思議と軽やかに心が弾むよう。
千鶴の分もと皿の上に用意された料理を、ふたりで美味しく堪能する。摘まみやすい軽食を味わいながら感じる気安い空気は、この場においてどれだけ慕わしいものだろう。
食事を終えて皿を戻した時のことだ。ちょうど音楽が一曲演奏し終えたところらしい。
新たに紡がれ始めたのは、華やかかつ優雅なワルツだった。紳士淑女も礼を挟み中央から引く者、入れ替わりに進み出る者。手と手を取り合いステップを踏み始める。
音楽が場の空気そのものを壮麗に染める。そんな折、今度は悠里が手を差し伸べる番だった。
「よければ一曲踊りますか? ダンスはわからないけれど、退屈よりは面白そうですよ」
「俺で良ければ喜んで」
恭しい一礼と共に諾意を示す。千鶴が悠里と連れ立ち、颯爽と向かったのはホールの中央だ。
衆目を一気に集めてしまおう。その自負が、自分には在る。
「ね、悠里。どうせなら見せつけてしまおう?」
誰にとは言わない。
千鶴は唇の端を上げ、嫣然と嘯いた。
「退屈なんて有り得ないよ」
わかっているでしょう?
そう知らしめるように今、ワルツを踊ろう。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
五条・巴
七結と(f00421)
七結も演じてくれるの?
いつかこんな役が来るかもしれないし、助かるよ。
七結に合わせて僕は軽薄な男に。
その時々の華を愛でる、そんな男になってみようか。
僕の瞳と同じ、プルシアンブルーが映える服を身に纏う
一応主催のお嬢さんに軽く挨拶しておこう
今晩は、紅のお嬢さん
どうです?私と一緒に
薄く微笑むも壁の花は僕より愛する彼に意識が向いているようだ。
おや残念、気が向いたら是非。
次に声を掛けたのはライラックのお嬢さん
見てわかる初心そうな君に、近づいて
麗しい君、1曲どうですか?
華奢な手と腰をしっかり抱いて
優雅に踊ろう
今日の私の華は君だ
ふふ、完璧な演技だったよ
僕もダンス大丈夫だったかな
蘭・七結
トモエさん/f02927
紳士淑女の社交会
せっかくだもの、役を演じましょう
あなたのお芝居の練習になるかしら
“七結”は貴族の娘
寄せられた縁談に嫌気がさしている
読書と空想がすきで
逃げ道をしらないひとりの少女
いっとうの色はお留守番
ライラックのドレスに紫を結わう
踵の高い靴を履くのに
気持ちは何故か上がらない
七結の前に現れる“アナタ”
あおい月の引力
魅惑の声を寄せられたなら
花の色を摘んでカーテシー
まるで恋愛小説で読んだとおり
これははじめてのよろこび?
いつわりだなんて知りもしない
音に合わせて拍を刻む
ぎこちなさが伝わりませんように
嗚呼
本当は踊れるのだけれど
此処ではつたなくね
お疲れさま
上手に演ずることができたかしら
●泡沫遊戯
舞踏会は仮面を付けずとも、或いは誰もが何かしらを演じているのかもしれない。
口先三寸の社交辞令は当たり前、偽りの笑顔に偽りの賛辞。それでも、だからこそ廻っていくのが社交界というものなのだろう。
「せっかくだもの、役を演じましょう」
艶やかに微笑みを刷き、蘭・七結(こひくれなゐ・f00421)が提案を手向けた。
「あなたのお芝居の練習になるかしら」
「七結も演じてくれるの? いつかこんな役が来るかもしれないし、助かるよ」
芸能の世界に身を置く五条・巴(見果てぬ夜の夢・f02927)としては、あらゆる見知らぬ境地は成長の糧だ。
さてどんな立ち位置を据えるとしようか。
「そう……そうね」
例えばそう。『七結』は貴族の娘というのはどうだろう。
寄せられた縁談に嫌気がさし、けれど逃れる術を知らない少女。
読書と空想がすきで、密やかにささやかに咲いて居る一輪。
「なら僕は……そうだな」
例えばそう。『巴』は軽薄な男というのはどうだろう。
のらりくらりと夜を亜渡、その時々の華を愛でる。
しかし摘んでしまわぬ代わりに、水を注いでやることもしない。
巴の今日の装いは、自身の瞳の色を彷彿とさせるブルシアンブルーのタキシード。
ホールに於いて馴染み、それでいて浮いている。掴みどころのない様相というのが正しいか。
一応主催のお嬢さんに軽く挨拶しておこう──ということで、今巴は椿の眼前にいる。
「今晩は、紅のお嬢さん。どうです? 私と一緒に」
恭しく掌を差し出した。その仕草は洗練されていて、下手な紳士より余程優雅に見えただろう。
だが、椿はゆるりと首を横に振る。
娘の双眸に誰かの面影が過っていることくらい、容易く察することが出来た。そこに確かな慕情が息衝いていることも。
「折角ですが、此処で休んでおりますわ」
「おや残念、気が向いたら是非」
特に執着を残すことなく、巴は一礼の後すぐに踵を返す。
視線を巡らせ、とあるひとりの姿を見つける。
いっとうの色はお留守番。
ライラックの彩が淡く滲む、裾が花弁思わす細やかなレースで彩られたドレスに身を包んだ七結は、殊更に美しい。
紫色の細いリボンでデコルテ周りを飾り、同じリボンで長い髪を緩やかに編み込んでいる。
ハイヒールは華奢で綺麗、視点は幾らか高くなっている。なっているのに、気持ちは低く沈んだままだ。
その時だ。
──七結の前に現れる『アナタ』。
互いの視線がかち合い、あおい月の引力に引き寄せられる。
七結の淡い吐息が言葉の形をとる前に、巴は初心らしき彼女に手を伸べる。
「麗しい君、一曲どうですか?」
それはひときわ甘い魅惑の声。
柔らかに綻ぶ花のようなドレスを摘まみ、背筋を伸ばしたまま膝を折る淑女のカーテシーで応えよう。
巴はたおやかな繊手を取り、連れ立ってホールの中央に進み出る。
そして有りの儘の事実を告げた。
「今日の私の華は君だ」
流麗に流れ出す主旋律にステップを合わせ、優雅に寄り添う対旋律をターンで追いかける。包み込むようなコンタクト・ホールドは、七結に甘い疼きを齎した。
まるで恋愛小説で読んだ通り。
「これははじめてのよろこび?」
陶然と問う。いつわりだなんて知りもしない、周囲だって気付いてはいない。
つたないながらも懸命に、拍を刻もう。ぎこちなさがどうか伝わりませんように。
──なんて。
曲が終わる際こそ紳士淑女の礼を尽くしたものの、壁際に戻れば悪戯めいた光が互いの瞳に宿った。
「お疲れさま。上手に演ずることができたかしら」
「ふふ、完璧な演技だったよ」
事実、本来であれば七結は問題なく踊れるのだ。あえかな微笑みで秘密を閉じ込める。
「僕もダンス大丈夫だったかな」
「ええ、とっても。嗚呼、素敵な夜ね」
ふたりの輪郭を照らすシャンデリアの灯りは、紛れもない本物のきらめきを戴いていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
コノハ・ライゼ
親に言われて嫌々参加してる金持ちの息子、にでも成り済まそうかしらネ
気のない振りで噂話に耳を傾けたり
椿ちゃんの様子窺いながら、機会見てダンスに誘うヨ
美しい花が、壁に咲くだけでは勿体ない……などと沢山お誘いがあるのでは?
失敬、貴女も浮かないご様子とお見受けしまして
此方も呆と立っていては告げ口される身ゆえ
哀れと思い一曲お付き合いいただければ光栄に
もしや何方か慕われる殿方でも?
なに、よくある話です
私にもそんな相手がいたら、と羨ましく思いますよ
どうか……気持ちを偽られぬよう
とかなんとかそれらしく振る舞って
警戒心とか減らせればイイねぇ
ついでに怪しまれない程度に
繁華街とかの良いお店の噂でもありゃ聞いとこう
●シンパシーと玉響のひととき
今宵コノハ・ライゼ(空々・f03130)が扮するのは放蕩息子だ。例えば外国との貿易を担う商社の子息はどうだろう。
これも人脈を得るためだと親に厳命を受ける──そういうシチュエーションでいこう。嫌々で参加していますという風に眉を寄せていれば、周囲もきっと「参加だけはしましたよ」なんて言い出すタイプだななんて想像してくれるかもしれない。
深みのある紫紺の燕尾服を纏う長身。しなやかな立ち振る舞い。場に馴染む佇まい。事実名家子息と名乗っても、違和を感じる人間はいないようだ。
ワイン片手に会話していた缶詰工場の跡取りの自慢話を、右から左へ通過させた折のことだ。
視線を流したら、椿が憂いを湛えホールを眺める横顔が見えた。
会話を適当に切り上げて、椿の傍へ悠然と歩を向ける。
「美しい花が、壁に咲くだけでは勿体ない……などと沢山お誘いがあるのでは?」
コノハの声はあくまで柔い。他意や下心があるのではなく、単純に労わるような声音になった。
あたかも、困ってしまいますねという親近感を抱いていると示すような。
「失敬、貴女も浮かないご様子とお見受けしまして」
「……ええ、あなたも?」
「はい。此方も呆と立っていては告げ口される身ゆえ」
言ってしまえば同類、そういうことだ。
家の思惑に縛られる者同士とも言えるだろうか。椿の据える緊張感あるいは警戒心が、僅かに緩むのをコノハは感じる。
そっと差し出した手は、すぐに引っ込める準備は出来ている。
「哀れと思い一曲お付き合いいただければ光栄に」
「でも……」
「今すぐでなくても構いません。次の曲が始まるまで、幾らかお話いたしましょう」
コノハも壁に背を預け、ホールで華麗に展開される円舞を眺めようとする。
天気などの他愛無い世間話をする間に、ほんの少しだけ真実を探すための一石を投じる。
「先程、踊ることに忌避感があったご様子。もしや何方か慕われる殿方でも?」
「……っ」
椿が呈したのは反発や不審ではなく、「どうしてわかったの」と言いたげな困惑だった。
「なに、よくある話です。私にもそんな相手がいたら、と羨ましく思いますよ」
軽く横に首を振り、それ以上コノハは踏み込もうとはしない。不躾に話を聞き出そうともしない。
ただ──慈しむような声で、告げる。
「どうか……気持ちを偽られぬよう」
椿が睫毛を伏せて、浅く頷く。そこには多少なりとも、他の人間相手よりは信用めいたものが存在している。
当初の予定通り警戒心を減らすことが出来たようで、コノハは内心胸を撫で下ろした。感情の底を見出させることのないよう、偽りの笑みを仮面として身に着けていよう。
そういえば近くの繁華街に新しい店が出来たとか、などと水を向ければ、カメオを扱う店や金平糖を扱う店あたりが目新しいところでしょうか、そんな返事が手渡される。
その時はどう動こうか──なんてコノハの思惑は、今は薄い笑みの下に隠しておこう。
大成功
🔵🔵🔵
ウィアド・レドニカ
ユル(f09129)と
いや、正装ってこれ
ユルは似合うと思うけど俺のこれは微妙じゃね?
髪のセットとか初めてしたわ
ちょい笑いすぎだろ
酒と菓子を堪能しつつ野郎2人で壁の花
絵面は悲しいけどユルとなら楽しいもので
うん、まずはお菓子と相槌うって
そいや、ユルは踊れるの?
その格好が様になってるし
俺は踊れないからなぁ
剣舞とかならまだ…
あとはくるくるまわるやつとか?
そう言えば隣で吹き出すもんで
なら君が教えてくれればいいだろ
もちろんそっちが女性パートな
あぁでもまず誘い文句は教えてくれる?
割と真面目に言ってくれるから
吹き出さずにはいられない
まったく
楽しいったらない
ホント
ユルのそいうとこ好きだわ
誘い文句は足りないけどね
ユルグ・オルド
f18759/ウィアドと
ふは、や、レドも似合ってんじゃない
馬子にも衣装て、っふ、いや笑ってないって
見違えたわァ、てかあんま弄ると崩れるぜ
シャンパングラスの湖面を揺らし
華やかな円舞は眺めるばっかり
一人でやんなら寂しいもんだが
まァ二人で馬鹿やってんなら十二分
お嬢さんを誘いに来たんじゃなかったの
お菓子狙い? 判っちゃいたがと尋ねつつ
いやいやくるくる回るのってどれだよ
剣持ち出すなよといいつけ片手差し出して
なに、レドったらレディに誘わせる気なワケ
お手をどうぞ、可愛いひと
恭しくそっと顔寄せて囁いて
――あ、てめ、笑ったな
真面目に教えてやろうってとこなのに
そうね、口説き文句にゃまだ足りないかしら
●誘い文句は密やかに
普段からしてフォーマルスタイル等の、少なくとも堅苦しい格好とは無縁のふたりであることは間違いない。
「いや、正装ってこれ。ユルは似合うと思うけど俺のこれは微妙じゃね?」
「ふは、や、レドも似合ってんじゃない」
帝都が手を回してくれた燕尾服。ウィアド・レドニカ(クカラ・f18759)に宛がわれたのは、グリーンとグレーが混じり合ったような品のいいネイチャーカラー。ココアブラウンのスラックスとタイは、ただの黒一辺倒よりはウィアドにもよく馴染んでいただろう。
どうにせよ不慣れなのは間違いないから、後ろに撫でつけた髪も落ち着かない。
「髪のセットとか初めてしたわ。って、ちょい笑いすぎだろ」
「馬子にも衣装て、っふ、いや笑ってないって」
と言いながら、ユルグ・オルド(シャシュカ・f09129)喉が震えるのを抑えられない。
ユルグの燕尾服は彩度を控えめにしたマッカランレッドだ。限りなく黒に近いブラウンが差し色として、全体の印象を引き締める。
UDCアースの同時代の礼服を鑑みれば黒が主流のかもしれないが、帝都の流行はそれよりは殊更ハイカラであるのだろう。サクラミラージュはやはり異なる歴史と文化を持っていると、こういうところでも理解が及ぶ。
ユルグが顎に親指と人差し指を添え、わざとらしく嘯いた。
「見違えたわァ、てかあんま弄ると崩れるぜ」
更に抗議を重ねようとしたウィアドのお声がぐっと喉奥に引っ込んだ。同時に髪を弄っていた指先が止まる。
酒と菓子を堪能している男性二人。
杯を満たす金の発泡、グラスを揺らすことでその湖面を波立たせよう。
野郎同士という絵面は正直どうかと思うし、一人で壁の花として円舞を眺めるのはなかなか辛いものがある。
だが互いがいるから。彼と一緒だから、こんな時間も悪くないなんて思えるのだ。
「そもそもお嬢さんを誘いに来たんじゃなかったの。それともお菓子狙い?」
ユルグは答えをわかった上で問いを投擲する。
案の定「うん、まずはお菓子」と首肯しつつ、ウィアドはチョコレエトを口に放る。
「そいや、ユルは踊れるの? その格好が様になってるし」
ウィアドはついため息を吐いてしまった。舞踏会も社交界も縁遠い。少なくとも目の前の紳士淑女のように、優雅なナチュラル・ターンを決めるような真似は出来そうにない。
「俺は踊れないからなぁ。剣舞とかならまだ……あとはくるくるまわるやつとか?」
「いやいやくるくる回るのってどれだよ」
盛大に笑いそうになって噴き出してしまったのは、自分は悪くないとユルグは思う。このままでは笑い過ぎで横隔膜が痛くなりそうだ。
喉でくつくつ笑っているユルグに、ユルはつい膨れるように口の先を尖らせた。
「なら君が教えてくれればいいだろ。もちろんそっちが女性パートな」
「ええ……剣持ち出すなよ」
「あぁでもまず誘い文句は教えてくれる?」
ウィアドの問いに、差し出しかけたユルグの手の動きが固まった。
「なに、レドったらレディに誘わせる気なワケ」
「あー、そうなるか」
「いいのかそれは」
仕方がない、そう言いたげにユルグは肩を竦める。
それから丁寧なお辞儀を挟んで、恭しく顔を寄せ、頬と頬が触れ合うくらいの距離まで詰める。
「お手をどうぞ、可愛いひと」
耳朶を揺らす甘い声を、最後までちゃんと聞き届けたとは思う。
しかし今度はウィアドが噴き出す番だった。たまらず口許を押さえてどうにか笑みを堪えようとする。
「──あ、てめ、笑ったな」
真面目に教えてやろうってとこなのにと憮然とした語句の癖、 ユルグも愉快げに口の端を上げた。
「まったく楽しいったらない」
「そりゃお互い様だ」
ひとしきり笑い合った後、ふたりの瞳に宿るは悪戯めいた光。
「ホント、ユルのそいうとこ好きだわ。誘い文句は足りないけどね」
「そうね、口説き文句にゃまだ足りないかしら」
さあ舞踏会を楽しもう。
終幕を迎えるのは、夜を越えて尚先の、もっとずっと後の話になるのだから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ミルラ・フラン
サギリ(f14676)と
(身を包むのはアールヌーボー調、バーレスクめいた毒を忍ばせた黒いドレス)
うんうん、似合ってるじゃないか。舶来の仏蘭西人形と見間違えたよ。
さーて、サギリ。情報収集だ。
舞踏会っても、ニコニコとして堂々としてればなぁんにも怖くない。あたしらの女ぶりの見せ所さ!
あと、普段食べれないご馳走も食べてくよ。
それじゃまずは高そうなシャンパンから一杯…
(品を保って大いに飲み食いを楽しみつつ、椿の姿や様子を確認)
ふーむ、あれが件のおひいさまかい。やっぱり顔は浮かないねぇ。
はい、サギリ。お肉とお刺身取り分けてきたよ。
次は何食べたい?
おや!じゃあケーキとマカロンお願いできる?
サギリ・スズノネ
ミルラお姉さん(f01082)と!
(衣装:白色メインのふんわりとしたドレス。頭には鈴がチリンと鳴る髪飾り)
はいなのです、ミルラお姉さん!ばっちり情報収集するのですよ!
それにしてもーサギリ、舞踏会って初めてなのです。
キラキラしてー、すげーのですよー。
ミルラお姉さんもとっても綺麗なのです!
舞踏会のご飯にわくわくしつつ、不審に思われない程度に椿さんを確認。
誰とお話しているかや、椿さんの表情にも気を付けておきます。
何か変化がないか注意するのですよー。
お肉とお刺身!わあい、ありがとうなのですお姉さん!
サギリもお返しするのです!
ケーキとかーデザートみたいなのがあったらー、持ってくるのですよ!
●白と黒のアラベスク
ホールの一角、対照的な装いの少女と女がいた。
「キラキラしてー、すげーのですよー」
それにしてもーサギリ、舞踏会って初めてなのです──ホールの紳士淑女の絢爛を見渡して、サギリ・スズノネ(鈴を鳴らして願いましょう・f14676)は淡い金色の双眸を輝かせる。
サギリが着ているのは、ふんわりとしたプリンセスラインの白いドレス。幾らか和の要素も混じっていて、よく見れば白い生地にも七宝つなぎの紋様が施されている。顔を動かす度に髪に飾った鈴がちりんと鳴った。
一方のミルラ・フラン(薔薇と刃・f01082)が纏うのは、繊細なレースを重ねた黒のドレス。バーレスクを彷彿とさせるそれは襟が高く、デコルテは大きめに開けて。コルセットで出来た腰の曲線の下、すらりとしたシルエットはラリックの香水瓶のよう。
「うんうん、似合ってるじゃないか。舶来の仏蘭西人形と見間違えたよ」
サギリのドレス姿に艶やかに微笑んで、ミルラは艶やかな唇の端を上げる。
「ミルラお姉さんもとっても綺麗なのです!」
欺瞞も世辞も含まれない率直な褒め言葉。ミルラが小さく笑ってしまうのも許されたい。
視線を巡らせる。今宵やるべきことは既に頭に入っている。
「さーて、サギリ。情報収集だ」
「はいなのです、ミルラお姉さん! ばっちり情報収集するのですよ!」
ミルラは緊張する様子のサギリの背を軽く叩いてやる。
「舞踏会っても、ニコニコとして堂々としてればなぁんにも怖くない。あたしらの女ぶりの見せ所さ!」
音の鳴りそうなウインクひとつを瞬かせ、高いヒールの音を響かせる。
周囲の様子を窺いつつ、ふたりは闊歩し始めた。硬質な踵の音、涼やかな鈴の音を供として。
ひとまず手近な立食スペースに立ち寄った。
ミルラはシャンパン、サギリはレモネード。乾杯して、グラスに満ちた泡沫を喉に落とそう。上質な淡麗さが胃の奥まで迸る。美味しい、なんて言わずとも知れたこと。
弾む心もあるにせよ、ふたりの視線はある一点に注がれる。
「ふーむ、あれが件のおひいさまかい」
普段食べられないような御馳走の数々に惹かれたのももちろんだが、ここは椿が佇む場所を見るのに具合がいい。大いに食べ飲みを満喫しながらも、観察の目は緩めるつもりはない。
「やっぱり顔は浮かないねぇ」
「そうですね、ううん、とてもさびしそうな感じがします……」
ローストチキンを摘まみながら会話を交わす。現状他の猟兵たちも声をかけているようだが、椿は結局誰かしらと踊る様子は見られなかった。女性の猟兵とは幾らか話す様子は見られたものの。大きな変化は起きていないように思う。
ついついずっと椿の様子を見つめてしまっていたサギリがはたと顔を上げたのは、ミルラが料理の新しい皿を持ってきてくれたからだ。
「はい、サギリ。お肉とお刺身取り分けてきたよ」
「お肉とお刺身! わあい、ありがとうなのですお姉さん!」
分厚いビフテキと、鯛の刺身のようだ。優秀なシェフの仕事だろう、どちらも口に運べば極上の旨味が齎される。
満面の笑みで頬張って嚥下したサギリに、淡く微笑んだミルラが問う。
「次は何食べたい?」
「ううん、今度はサギリもお返しするのです!」
サギリが取ってきます、そう頼もしい言葉は満面の笑みと共に。
「ケーキとかーデザートみたいなのがあったらー、持ってくるのですよ!」
「おや! じゃあケーキとマカロンお願いできる?」
「任せてください!」
大船に乗った気持ちで、とばかりにサギリが胸を叩くから、ミルラも「期待してるよ」と送り出す。
今はまだ不穏の気配は遠いから。
ささやかで穏やかな時間に浸ることだって、きっと許されるに違いない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
英比良・與儀
姫城・京杜(f17071)と
淡い水色のドレスをきて
ヒールって歩き辛ェなァ、もう慣れたが
え、なんで女装かって?
面白そうだったからだ。このナリなら結構いけるだろ、可憐な乙女、的な?
昔の俺じゃあやべーが(と、笑って)
話聞いてくるにはこっちのが都合いーし
ヒメも似合ってる。が、そのどやがなければなァ…
んじゃ、ちょっと壁の花してくる
件の娘に近づき、同じように誰か待ち? とちらり
視線が合ったなら笑み、あなたも良い人をお待ち? と尋ね
世間話できそうなら当たり障りなく話情報収集
反応が悪ければそれ以上聞かず
いいとこでお迎えの登場
よろこんで、と受け娘にお先にと笑いかける
さて折角だ
なァ、踊っていくか? と遊び心で
姫城・京杜
英比良・與儀(f16671)と
それっぽい格好で(燕尾服に白タイ白ベストなスリーピース
てか、與儀は女装…?
確かに、今の與儀すげー美少女!
俺もなかなかだろ?(どや
與儀が椿に話聞いてる間、俺も椿の父とかに話聞いてみるか
椿が館出やすいようにとか何か情報掴めればと
この舞踏会は椿の婚約者を見繕う為のだったっけ
愛想良く椿父に挨拶し話合わせつつ、紳士っぽく頑張る!
…え、俺?婚約者候補は、その…(無難にそっと離れる
そろそろいいかなと、與儀迎えに
えっと、こういう時ってどう言えばいいんだっけ
…お嬢さん、俺と踊りませんか? とかか?
さっき得た抜け出せそうな隙を椿にそっと一言告げて
ん、そうだな、踊ろうぜ與儀!(楽し気に
●夜を渡るための蜘蛛の糸
ホールにコツン、と響く硬質な音。
「ヒールって歩き辛ェなァ、もう慣れたが」
互いに支度を整え合流した時、定番のスリーピースの燕尾服に身を包んだ姫城・京杜(紅い焔神・f17071)は目を丸くした。
英比良・與儀(ラディカロジカ・f16671)がそれは可愛らしいドレスを着ていたからだ。
ペールブルーのプリンセスラインは朝露のよう。スカート部分にオーガンジーをたっぷり重ねて、腰元で同色のリボンで纏めている。裾を翻せばスパンコールがシャンデリアの灯りを反射しきらり輝く。
容貌を鑑みると、まだ社交界デビューしていない何処かの華族の令嬢が、両親や目付け役と共に挨拶に来た。そんなところだろうか。
「てか、與儀は女装……?」
わかりきったことを尋ねてしまう程度には、京杜の脳裏にははてなマークが浮いている。
変なこと聞くなと言わんばかりに、與儀はさらりと答えた。
「面白そうだったからだ。このナリなら結構いけるだろ、可憐な乙女、的な?」
不遜に笑う。神としての嘗ての姿では些か問題もあろうが、今の姿であれば問題もあるまい。誰かしらに話を聞くのであればこのほうが警戒されないだろうという算段もあった。
京杜も素直にうんうんと首肯している。
「確かに、今の與儀すげー美少女! 俺もなかなかだろ?」
胸を張ってドヤ顔をする京杜。ついつい與儀が複雑な表情になってしまった。
「ヒメも似合ってる。が、そのどやがなければなァ……」
「? 何か言ったか?」
「べっつにィ。んじゃ、ちょっと壁の花してくる」
「ああ、わかった」
與儀は壁際で休む淑女たちの方向へ。京杜は今宵の主催たる椿の父のところへ。
京杜は歩を進めながら思い返す。パーティーが盛り上がっているうちに椿は抜け出すという。少しでもそれに繋がる情報が得られればいい。
流石この宴の主、椿の父の周りにはデパートメントの支配人らしき人間、貴族院議員など、帝都で名の知られる名家の人間だろう顔ぶれがそろっている。
挨拶し、不審に思われない立ち位置で聞き耳を立てる。やはり中心となる話題は椿の婚約者についてだ。やれ誰が三百年続く呉服屋の息子だ、やれ帝都で名の知られた歌劇スタアだ。華やかすぎる候補者に、成程庶民上がりの男では話にならなかったのだろうと想像がついた。
話の流れで「そういえば君も候補に名乗り出るつもりかい?」と振られ、慌てて無難に誤魔化して、そっと京杜はその場を離れる。
どうやら椿の父は頃合いを見計らって、候補の中でも見込んだ青年を何人か連れて、シガーバーへと引っ込むつもりのようだ。警備もそちらに割かれるだろうし、椿が抜け出すならその時だろう。
早く與儀に伝えなければと進んだ折、椿と相対する與儀の姿が目に入る。
椿が何人かのダンスの申し込みを断っているのを見て、與儀は微笑みを灯しながら「あなたも良い人をお待ち?」と尋ねたのだ。
椿はふいと目を逸らし「別にそういうわけではございません」と唇を引き結ぶ。その反応を見て、與儀は遅れて理解した。
本当に椿がダンスを申し込んで欲しい啓介は、この場に現れることすら出来ないのだ。いくら待てども彼は来ない。であれば先の発言は煽りにこそなれ、心を開かせるのは難しいだろう。
沈黙がざわめきに隠れる頃合い。その空気を破るように、京杜が声を張りかけて、言葉になり切れない空気が零れる。ともあれいいタイミングでの登場だ。
えっと、こういう時ってどう言えばいいんだっけ。
見様見真似で一礼し、京杜は與儀へと誘いの手を伸べる。
「……お嬢さん、俺と踊りませんか?」
とかか? という言葉は、どうにか呑み込んでおいた。
「よろこんで。ではお先に」
笑みを刷き辞去しようとする與儀に、椿は軽い目礼だけを返す。
京杜が「少しだけ待ってくれ」と言い置き、椿に身を寄せ耳打ちする。
「──父君は、半刻後にシガーバーへ向かわれるそうですよ」
それを聞いた椿は顔を上げる。僅かな躊躇いを挟んだ後、微かな声で囁いた。
「ありがとう、ございます」
椿の双眸がようやく細められた。それを見届けて、ふたりはホールの中央へと歩み出る。
「折角だ。ここまで来て踊らないとは言わねェよな?」
「ん、そうだな、踊ろうぜ與儀!」
諧謔含ませ與儀が嘯けば、京杜も破顔する。
手と手を取り合い、上等なダンスを披露してみせようか。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ニコ・ベルクシュタイン
俺が伴侶と呼ぶかのフェアリーと共に来られたなら
…いや、彼奴はきっと豪勢な食事に夢中だったろう
ただでさえ俺と彼奴とは、体格が全然違うというのにどう踊るのか
さて置き、ご令嬢であるな
精一杯の正装に身を包み舞踏会の出席者らしくダンスを申し込もう
何処か上の空のように思える様子にさり気なく触れてはどうなるか
踊りの間密やかに交わす言葉は他の誰にも聞こえまい
俺は今、故あって愛しい者と離れ離れに暮らしている
元々一人だったのだから、また一人に戻るだけだと思ったのに
心に大きな風穴が開いたようで、本当は立っている事すらままならぬ
ご令嬢、愁いを湛えた貴女は如何か
折角の舞踏会、堪能出来ぬご事情がおありかな?
…内密にしよう
●ひとたび愛を知ったなら
しばらく様子を見ていたが、椿は結局誰とも踊っていないように見受けられる。見過ごしていただけかもしれないが、少なくとも自分の確認できた範囲では誰の手も取ってはいない。この場に来られぬ唯一しかいらない。そう訴えるように。
ニコ・ベルクシュタイン(時計卿・f00324)が、不意に紅玉の瞳を細める。
胸裏に思い描くたったひとり。己が伴侶と呼ぶフェアリーと、もし共に来られたならどうしていただろう。
しばらく考えあぐねていたが、気付きが降って来れば小さく笑う。
「……いや、彼奴はきっと豪勢な食事に夢中だったろう」
美味しいものを口にたくさん詰め込んで頬張っていただろう姿が想像に容易い。
それに食事に向かわなくとも、人型を取るヤドリガミとフェアリーとでは、身長や体格が全然違う。もしこの場に居たとしても、どう踊れというのだ。
沈みかけた意識を咳払いで押し流す。さておき、今は椿と接触せねばなるまい。
黒基調のフロックコートに身を包んだニコ、襟元を正す。袖口も整え、革靴が汚れていないことも確認する。
意を決し、壁で咲いている赤い花のところに向かった。ニコは控えめに、不作法にならぬよう紳士の礼を尽くして問う。
「失礼、一曲お相手頂けないか」
「…………」
落ちる沈黙。
だが全部が全部を断れば父の面目が潰れる。それを理解しているからだろう、椿はニコの差し出す掌に繊手を預けた。
楽団が奏でるウィンナ・ワルツ。旋律に添いステップを踏む男女。
流石華族令嬢と言ったところか、ダンス自体は慣れているのだろう。椿は苦も無く優雅なターンを決めてみせる。
ニコはそれを間近で見つめ、丁寧に言葉を差し出そうとする。
密やかに交わす言葉は、他の誰にも聞こえやしないから。
「俺は今、故あって愛しい者と離れ離れに暮らしている」
椿は僅かに目を瞠るも、恙無く踊り続けながら耳を傾けようとしているようだ。
「元々一人だったのだから、また一人に戻るだけだと思ったのに。心に大きな風穴が開いたようで、本当は立っている事すらままならぬ」
低くも、実感と慕情がゆっくりと染み渡っているような声だった。
椿はそれを黙って聞いていた。忌避するでも、拒絶するでもなく、ただ静かに聞いていた。
「ご令嬢、愁いを湛えた貴女は如何か。折角の舞踏会、堪能出来ぬご事情がおありかな?」
無理に話すことはないが、その翳りをひと匙分かち合うことは出来るかもしれない。そう窺わせるニコの言葉だった。ただ椿にだけ話させようとすれば口を噤んだだろうが、ニコが正直に己に起きたことを口にしたからこそ、椿も話そうとしたのかもしれない。
「……立っているのもままならない、そうですわね」
反芻するように呟き、長い睫毛を伏せながら椿は続ける。
「『人生はチョコレエトの箱のようなもの』とおっしゃった方がいらっしゃるそうです。空っぽで紙の匂いしかしないそれも、一度チョコレエトを入れれば、それを失っても香りは残ると」
甘美で愛おしいそれを知ったなら、何もなかった頃には戻れない。
「一度愛を入れた器から愛を抜き取ってしまえば、それはいったいどうなるのでしょうね」
そこまで言って、椿は眉を下げてしまった。
浅くかぶりを振って苦笑を滲ませる。
「つまらないことを申し上げました。お忘れください」
「……内密にしよう」
ニコも誠実を携えて首肯する。
それはワルツの逍遥にて交わされた、密やかなささめごと。
大成功
🔵🔵🔵
駒鳥・了
【ローグス女子会】で侵入♪
若草色のドレスで髪は結い上げて貰った!
目立たなくしたつもりだけどどう?
くるっと回ると足元グラついた!あぶなっ!
上流階級のフリとか無理ゲーでは
ケド二人のアドバイスに従っとく!
ボロが出そーになったらドレスが素晴らしくサマになってる
カッツェちゃんやラメちゃんに隠れよ
オレちゃんが一番背ぇ高いけど!
ラメちゃんは完成形!パーフェクト!でいーんじゃない?
この後はお買い物だからダイジョーブでしょー
この四角いのテリーヌってゆーの?
おいしー!お酒飲めるようになったらまた食べたいカモ
似てる形だけどこっちはヌガーグラッセ?デザート?
もう名前聞いても分かんないから片ッ端から食べてみよっか!
メール・ラメール
【ローグス女子会】
リボンのついたIラインのドレスに、髪は纏めて飾りはパールに変えて
ふたりともドレス似合っててとってもステキ!
アキちゃんは社交界デビューですって顔してれば、ちょっとくらいはしゃいでても大丈夫だと思うのよ?
楽しんでるほうが自然、自然
そんなこと言いながらお皿にはスイーツいっぱい
……うん、今日は楽しむって決めたから!!
ほら、ノーラちゃんも食べて!
あは、身長はみんなそんなに変わらな、
……え、待ってもしかしてアタシがいちばん小さいの?嘘でしょ?
ボーイさん、スパークリングワインをお願い
やけ酒ではないわ、決して
これくらいじゃ酔わないわ、大丈夫!
ふたりが大人になったら、また一緒しましょうね
ノーラ・カッツェ
【ローグス女子会】
黒色のドレス。髪は下ろして軽く巻いて整えて。
2人のドレス姿も素敵でこれを見られただけでも来て良かったわ。
アキはこの状況に苦戦中みたいね。色々な意味で普段とは違う姿が可愛い…。
今のアキも可愛いけれど、いつものアキらしさがある方が好みだからメールの言う通り社交界デビューを装って楽しみましょう。
キッシュも美味しい…。これはワインにとても合いそうね。…まだ飲めないけれど。
スイーツも美味しそうな物が色々あって目移りするわ…。
あら、メールの持ってるの美味しそう…。せっかくだし頂くわね。
身長…私達は年齢が上になるほど背は小さくなるのね…。
そして気付けばメールがお酒に…。この後大丈夫かしら?
●乙女たちの花模様
ホールの一角にて、可憐な花を三つ数える。
「髪は結い上げて貰った! 目立たなくしたつもりだけどどう?」
駒鳥・了(I, said the Rook・f17343)が高い位置で纏めた髪を指先で辿れば、飾った百合のコサージュの輪郭がある。
纏ったのは若草色のドレス。スクエアネックとエンパイアラインのシンプルな様相が美しい。極彩色のドレスが咲き乱れるホールの中ではやや大人しいと言える色味だが、了の瞳の色との一致も相俟って、本人の明朗さをいい具合に引き立てている。
踵に重心を乗せくるりとターンしてみようとしたら、バランスを崩しそうになってしまった。「あぶなっ!」という了の声にメール・ラメール(砂糖と香辛料・f05874)がつい笑ってしまった。
「ふたりともドレス似合っててとってもステキ!」
メールは白とペールグリーンのツートンカラーのIラインドレスだ。ヴァイオレットのリボンがデコルテ周りやスカート部分の裾にもあしらわれていて、ポイントに真珠があしらわれている。髪もきれいめに纏めて、同じく真珠で品良く。あのドレスハイカラね、と行き交う淑女が言っていたとか何とか。
ふたりの傍らで、メールの言葉に首肯したのはノーラ・カッツェ(居場所を見つけた野良猫・f17193)だ。
「二人のドレス姿も素敵でこれを見られただけでも来て良かったわ」
ノーラは繊細なレースを重ねた黒色のプリンセスラインのドレス。プラチナブロンドの髪は下ろして軽く巻き、細い黒のリボンを編み込んで、結った根元には赤いダリアを飾った。
三者三葉の麗しさを身に纏った、それはいいのだが。
「上流階級のフリとか無理ゲーでは」
ぽつり。了の唇からは本音が転がり落ちた。
こういったものは生まれついての品性が必要なんじゃないか。周囲のきらびやかさを見ていればそんな風に思わなくもない。
「アキはこの状況に苦戦中みたいね。色々な意味で普段とは違う姿が可愛い……」
なんてノーラもまた本音を吐露してしまう。仲良しの新しい一面を見られるというのは、なかなかどうして心躍るものだ。
「アキちゃんは社交界デビューですって顔してれば、ちょっとくらいはしゃいでても大丈夫だと思うのよ?」
メールの助言は至極尤もだ。社交界に不慣れであると正直に振舞って、何かしらミスをしたらきちんと謝る。そのくらいの気楽さで臨んだほうがいいに違いない。
「楽しんでるほうが自然、自然」
「今のアキも可愛いけれど、いつものアキらしさがある方が好みだからメールの言う通り社交界デビューを装って楽しみましょう」
了はうんうんと素直に耳を傾けていた。ここはふたりのアドバイスに従っておこう。
ともあれ三人が向かったのは料理が振舞われる一角だ。ビフテキやカツレツといった定番どころから、少し変わったものまで多種多様に並ぶ。
皿に載せられた料理はどれも見目鮮やかで、視覚だけで楽しいのだから不思議だ。
周囲の優雅さにやはり落ち着かない心地になる了が、「そうだ」とふと閃きを得て告げる。
「ボロが出そーになったらドレスが素晴らしくサマになってる、カッツェちゃんやラメちゃんに隠れよ。オレちゃんが一番背ぇ高いけど!」
「それは構わないけれど。身長……私達は年齢が上になるほど背は小さくなるのね……」
「あは、身長はみんなそんなに変わらな、」
ノーラに続こうとしたメールの動きが固まる。
「……え、待ってもしかしてアタシがいちばん小さいの? 嘘でしょ?」
ぱっと見ではさほど変わらないのだが、確かに三人並べばメールが一番背が低い。たかが数センチ、されど数センチ。乙女心は複雑なのだ。
「ラメちゃんは完成形! パーフェクト! でいーんじゃない?」
了が首を傾げる。メール自身も頷きたくなる。だが、やっぱり複雑になった乙女心はなかなかどうして持ち直さない。
ちょっとばかり半眼になってメールが声を飛ばした。
「ボーイさん、スパークリングワインをお願い」
スパークリングワインのグラスを手渡されたなら、杯を傾け一気に喉に落とす。やけ酒ではないわ、決して。決して。ノーラの「この後大丈夫かしら?」という呟きがメールの耳に届けば、「これくらいじゃ酔わないわ、大丈夫!」と力強い返事があった。
「この後はお買い物だからダイジョーブでしょーそれより美味しいもの食べよ!」
了の提案に異論はない。だから三人とも笑顔を咲かせて、あれこれと美味に目移りし始める。
四角いテリーヌは豚と茸、幾らかの香辛料で味付けされたもの。テリーヌといえば野菜を使ったものが一般的だが、これはこれで滋味深い旨味が口の中に広がる。
何となく赤ワインに合いそう、なんて、了はまだ見ぬペアリングに思いを馳せる。
「おいしー! お酒飲めるようになったらまた食べたいカモ」
「キッシュも美味しい……。これはワインにとても合いそうね。……まだ飲めないけれど」
ノーラも頬を綻ばせる。チーズとベーコンの濃厚さにパイ生地のさっくりした歯応えがまた絶妙だ。きっとこれには白ワイン──なんて、あくまで想像の話だけれど。
未来のいつかを思い描くふたりの前に、メールが皿を複数持って戻ってきた。
「ふたりが大人になったら、また一緒しましょうね。っていうわけでデザートも食べよ!」
身長のことは気にせず今日は楽しむって決めたから!! という心意気でメールが皿に盛られたデザートを開陳する。
チョコレエトのタルト、林檎のジャムを添えたワッフル。宝石のように瑞々しい水菓子も。
その中に、了が先程食べたテリーヌと似た形のものがあることに気付く。勿論中身は違うのだろうけれども。
「似てる形だけど、うーんこっちは……デザート?」
「ヌガークラッセだって。キャラメルとかナッツとか入ってるみたい!」
へええ、と了が首を傾げるも、三秒もすればあっけらかんと宣った。
「もう名前聞いても分かんないから片ッ端から食べてみよっか!」
潔すぎる。その清々しさにノーラがくすりと微笑みを転がす。三人で分けっこするのだから、それこそ『片ッ端から』制覇するのも許されるだろう。
とはいえどれも美味しそうだから悩ましいのもまた本音で。
「色々あって目移りするわ……」
「ほら、ノーラちゃんも食べて! これとかどう?」
「あら、メールの持ってるの美味しそう……。せっかくだし頂くわね」
スプーンでひと匙、蕩けるような甘味を堪能しよう。
此処まで来れば『上流階級のフリ』なんて命題はどこかに消し飛んでしまった。
けれどそれでも構わない。これはあくまで女子会であって、三人が楽しむことが出来てさえいれば、それでいいのだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
クロト・ラトキエ
戀は障害があるほど燃えるもの――と、誰かが言っていましたか。
タキシードに身を包み、貴族めいた雰囲気で。
年甲斐…とか脳裏を過っても、
自負出来る程度には童顔、というか顔は良いと!思ってますので!
さておき。
椿殿を視界に収められる位置を取り。
己もやや憂鬱の素振りで、彼女の様子を眺め。
面倒、焦燥、期待…
あれが戀の貌、等と思えば。
少し突いてみたくなる。悪い癖。
…窮屈そう。時間など早く過ぎてしまえばいい、なんてお顔でいらっしゃる。
いつしか近付き、彼女にしか届かぬ様、極小さく囁き。
仄かに笑う。実は僕もです、なんて。
お互い、想いは他所にあるのに、籠の中
…何て匂わせ?
同じ潰す時なら…
一曲分、どうか僕をお相手に。と
●恰も同類の如くに
「戀は障害があるほど燃えるもの──と、誰かが言っていましたか」
黒と青みがかった銀を基調としたタキシード姿で、クロト・ラトキエ(TTX・f00472)は周囲を観察している。
クロトの立ち振る舞いは洗練されたもので、どこかの華族か名家の若き当主といった風情だ。実年齢よりは幾らか若年に見えるだろうし、面差しも端正だ。年甲斐、なんて言葉はどこかに適当に捨てておくことにしよう。
さておき。
紺青の眸で椿を捉えられる距離を保ち、向こうの視界に入るような立ち位置を確保する。
憂いを帯びた眼差しを伏せれば、薄幸の佳人とでも思われようか。
諧謔滲ませる意地悪な笑みが、クロトの口許に刷かれた。
「面倒、焦燥、期待……あれが戀の貌、等と思えば」
──少し突いてみたくなる。なんてのは、些か悪癖が過ぎるか。
何気なく椿との距離を詰め、クロトは内緒話の声音で告げる。
「……窮屈そう。時間など早く過ぎてしまえばいい、なんてお顔でいらっしゃる」
椿が伏せていた面を上げ、視線を向けてくる。双眸の光が揺れている。
事実、図星だったのであろう。クロトは更に距離を縮めて、他の誰にも拾われぬ、耳打ちの風合いで囁いた。
「実は僕もです、なんて」
どうか秘密にしてください、そう示すように、唇の前に人差し指を添える。
その風情があんまり飄々として余裕があるものだから、張り詰めていた椿の中の何かもやや和らいだように見えた。
「お互い、想いは他所にあるのに、籠の中」
眼を眇めて、クロトは「……何て匂わせ?」と付け加える。
どうやら椿は、他の人間に向けていたような警戒心がやや緩和されているようだ。何となしに汲み取ったのかもしれない。隙のない佇まいから微かに覗く、昏い何かを知っている人間の匂いを。
「同じ潰す時なら……一曲分、どうか僕をお相手に」
恭しくクロトが掌を差し向ければ、椿は「おかしな方ね」と小さく微笑んで、レースグローブを嵌めた手を預けた。
大成功
🔵🔵🔵
アルタ・ユーザック
「美味しい料理が出ると聞いて」
アルタの趣味は美味しいものを食べること。今回のダンスパーティーでおいしいものがたくさん出ると聞いたアルタは、ぜひとも参加をすることにした。
普段は肌を露出しないような服ばかり着ているアルタであるが、今回はパーティーに参加するためにやむなくドレスを着ることにした。
種族特性で美少女であるため、声をかけようとする男たちはいたが、「エンハンス・ドラキュリア」の「真祖の血の力」で強化した食欲で次から次へと料理を食べ、そのたびに幸せそうな顔をしているのを見て、目の保養にする方向に切り替えたようだ。
アルタ自身は、途中までは椿を気にかけていたが、途中から食べ物の事だけになった
●おいしいじかん
「美味しい料理が出ると聞いて」
という理由で、今宵アルタ・ユーザック(ダンピールのマジックナイト・f26092)はこの洋館を訪れている。
何せ貧民街の生まれで、碌な食生活を送ってこなかった。それなりに稼げるようになってからは美食を楽しむようになり、今回赴くことに決めたのも、単純にこのパーティーで豪勢な料理がたくさん出ると耳にしたからだ。
視線が右を向き、左を向く。テーブルの上にくまなく視線を走らせる。
普段から服飾に頓着する性分ではなく、白磁の肌を晒すこともない。
とはいえ最低限の礼儀は心得ている故に、やむなくアルタはドレスに身を包んでいる。眸の青色を彷彿とさせる、紺青のボートネックのドレスはプリンセスライン。黒髪は高い位置で纏め、ドレスと同色のリボンで飾った。
整った容貌もあり、先程からちらりちらりと紳士からの視線が向けられている。
しかし。
「あ、これ美味しい」
ビフテキを一口食めば、口中で肉汁の旨味が一気に広がる。
他の料理もそれは絶品だ。季節の野菜を並べて固めたテリーヌは緑の絢爛が目にも楽しい。ローストチキンは綺麗な焼き目がついていて、噛めばぱりりと乾いた食感に香ばしさがついてくる。
アイリッシュシチューは羊の滋味が濃厚だし、デザートには飛び切り甘いアイスクリンが出るという。
胸を躍らせては皿を空にする。吸血鬼の真祖の力が漲っているような勢いで、テーブルの上を次々と蹂躙していく。
皿は何枚も重ねられて、給仕も途中からは察して、新しい料理を随時アルタに差し出すまでになっている。
そう、アルタは他人の目など顧みずに料理を存分に堪能していた。最初こそ驚いていた紳士各位も、いっそ微笑ましく見守り、目の保養とする方向で収まったらしい。
「そういえば……」
視界の隅に、ちらりと椿らしき令嬢の姿が映る。だがすぐに視線を目の前の料理に戻した。
だっておなかがいっぱいになるまで、もうしばらくかかりそうだったから。
大成功
🔵🔵🔵
冴島・類
黒羽君(f10471)と
くるくる回るドレスの裾
密やかな笑み
華やかな空気は慣れた試しがないが
鈍色の燕尾着て、髪を整え会場に
黒羽君の正装姿やよく見える瞳が新鮮だと頷き
こういうのも良いね
僕?お勤めで紛れる為に時々ね
ごはんや音楽を楽しみながら
お嬢さんの様子見てようか
こういう場って料理も華やかだよねえ
ほら、おーどぶる綺麗だよ
ひょいと皿に運んでみて、美味しい?
ようやく解れた様に綻んで
遠目に見ても椿さんは浮かない顔
死なずにはいられない、こい
残されるのも
残していくのも、辛かろうな
ふと、君の溢す言葉
生きることに向いた視線に
つい手を伸ばし、頭を撫でようと
…そうだね
記憶も想いも
終わりでしか報われぬなどとは
思わないよ
華折・黒羽
類さん(f13398)と
見繕ってもらった黒の燕尾服
着付けてくれた人に折角だからと髪も整えられ
広い視界に慣れぬ装いに慣れぬ場と三拍子揃う
尻尾部分の合間から覗く己の尾がそわり揺れて
…落ち着きません
類さんは、なんだか着慣れてる感じがします
着た事、あるんですか?
話しながらも提案に頷けば皿を手に
取り分けてくれる料理を目で追い
先程とは違う意味でそわそわ
ぱくりと頬張れば途端綻ぶ雰囲気
美味しい…
それは緊張を解す一番の特効薬かもしれない
…、
死なずには…いられない
分かるような気もした
けれど
生きていなければ、思いも何も残らない──
と、…思います
痛みも寂しさもいとおしさも
それはきっと、生きているからこそのものだから
●見果てぬ華胥
ドレスの裾が綺麗な円形を描く様子を、冴島・類(公孫樹・f13398)は俯瞰するように眺めている。
交わされる密やかなささめき、絢爛たる空気。
どうにも慣れることはなかったし、案の定今日もそうだった。無意識のうちに吐息が転がり落ちる。
鈍色の燕尾服を身に纏い、後ろに撫でつけた象牙の髪に今一度触れ、手櫛で整える。廊下の飾り窓に映る己の姿に特段問題ないことを確認して、ホールへ向かうべく歩を進める。
「あ」
通路を抜けた先で、ちょうど華折・黒羽(掬折・f10471)と合流が叶った。
黒羽もまた、貸衣裳屋に見繕ってもらった黒の燕尾服を着ていた。折角だからと前髪も分けて横に流し、
広い視界、慣れぬ装い、そして慣れぬ場。常とは違う様相が三拍子揃ってしまえば、余裕を持てというほうが難しい。
ふたりとも額があらわになっているのが物珍しく、類はしみじみと頷いてしまった。
「黒羽君の正装姿やよく見える瞳は新鮮だ。こういうのも良いね」
「……落ち着きません」
率直な現状を呈したなら、背のほうで尾がそわりと居場所を探すように揺れる。
「類さんは、なんだか着慣れてる感じがします。着た事、あるんですか?」
「僕? お勤めで紛れる為に時々ね」
年の功と言ってしまうのは何なのだろうけれども、秘密を打ち明けるにしては明るい声音で告げた。
そんなに気負わなくて大丈夫だよ、そう伝えるように、類は黒羽の肩を優しく叩いた。
「ごはんや音楽を楽しみながら、お嬢さんの様子見てようか」
黒羽が首肯すれば、ふたりはホールに踏み入る。
流麗な演奏。きらびやかなシャンデリア。談笑する声音は様々な思惑を孕む気配がする。
周囲の様子を窺うためにも、幾らか食べ物を手にしていたほうが不審には思われないかもしれない。自然とふたりの足は料理を供する一角へと向けられる。
「こういう場って料理も華やかだよねえ、ほら、おーどぶる綺麗だよ」
黒羽は今一度頷いて、皿をそっと手に取りながら、示されたテーブルを視線で追う。
並んでいるのは、蒸した鶏肉に葱のソースが添えられているもの、きれいな狐色に揚がっている小さめのビーフコロッケ、いんげんや牛蒡・小茄子の漬物等野菜を取りそろえたテリーヌなど。
どれも一口で食べられる量に取り分けられるから、類はひょいと黒羽の皿に乗せてやる。先程とは別の意味でそわりと背中がこそばゆくなる。
意を決して黒羽はコロッケを口に運んだ。じゅわりと迸る熱と濃い旨味。
口の中が火傷しそうになって、ほこほこと空気を噛みながら咀嚼する。
「美味しい?」
類が首を傾げながら問えば、胃に落ちる熱さが黒羽の胸裏までほぐすようだ。
だから自然と、纏う空気も紡ぐ声音も、やわく寛いだものになっていった。
「美味しい……」
随分と素直な本音が零れた。ようやく強張りが取れたのだろうと、類も鶸萌黄の双眸を細める。
しばらくそうして、様々な趣向を凝らした料理に舌鼓を打っていた。
その間にも遠目で椿の様子を窺うことは忘れない。椿は何度か付き合い程度にダンスの誘いを受け、その倍以上は断っていた。その表情に明るい微笑みが宿ることはなく、何かを待ち望むばかりの悲愴だけを抱えていた。
「……、死なずには……いられない」
「死なずにはいられない、こい」
不意に、予知の際にグリモア猟兵が語っていた言葉を思い出したのはふたり同時だった。
共に生きるではなく、共に死ぬに焦がれた恋人たち。
本来であれば一緒に百年生きるのが最善だろう。それが叶わぬのなら、歳の差が広がる前に止めたくなったのかもしれない。
しかし──今は、椿だけが年を重ねて老いていく。
「残されるのも。残していくのも、辛かろうな」
類の声は哀しい響きをしている。それがやけに、黒羽の脊柱に染み渡っていく。
黒羽は睫毛を伏せる。本音を言えば、彼らの気持ちも分かるような気もした。唯一のさいわいを見失い、その面影に手を伸ばすためならば、己が身など削られようと構わなかった。
けれど。
「生きていなければ、思いも何も残らない──と、……思います」
痛みも寂しさもいとおしさも。
それはきっと、生きているからこそのものだから。
惜しむことが出来るのは、残された者が生きているからだ。
そこに湛えられているのは、ひたむきに生と向き合い、前を向こうと努める視線。
「……そうだね」
だからだろうか。つい類は手を伸ばし、黒羽の頭を労わるように撫でてやる。
そうして噛み締めるように囁いた。
「記憶も想いも、終わりでしか報われぬなどとは思わないよ」
そうであればいい。
そう祈っていたいと、本心からそう望んでいる。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
嵯泉/f05845と
死なずにはいられない、か……
私にはよく分かんねえ世界だなあ
えっ、これ飲み込むの?
分かったよ……おまえ躊躇ねえな
追跡は【蛇の王】で
相手のいるレディを誘うのは気が引けるし、給仕してるよ
だ、大丈夫だって、演技は得意だ
動きがあれば嵯泉に合図を
隙を見て一緒に抜け出して、転送してもらうことにしよう
蛇は物陰に潜ませておく
私たち二人の図体でバレないっていうと、路地とかかな
恋って想像つかねえや
一人を愛し愛されとか、本の中の話みたいで
弟妹はそうだけど、私は「つがい」が欲しいとは思えなくてさ
家族とか友達は大事だけど、それとも違うんだろ?
……私にとっての世界の愛と希望は近いけど
難しいなあ、人間って
鷲生・嵯泉
ニルズヘッグ(f01811)同道
……まあ、こんな想いは解らん侭の方が良い
先ず契約の印だ、此れを飲み込んでおけ
半分に裂いた黒符を渡し、残りは自分で飲んでおく
飲まないなら置いて行くぞ
給仕と云うには些か悪目立ちしそうにも見えるが……
色々と引っ繰り返さん様に気を付ける事だ
私は普通のスーツ着用で警備員に紛れて会場内を観察して歩くとしよう
合図があれば合流して屋外へ移動
追跡している蛇を標に、時空無限にて転移する
恋なんぞ想像で解るものではないさ
本の中の様とは云うが、弟妹と云う身近な手本もあるだろう
心を灼き、或いは活かす、家族愛や友情とは一線を画す代物
心の内に住まわせる唯1人――人間に限ったものでもなかろう
●星の路を辿る
パーティーも佳境を迎えつつある。
椿の父は、娘の婚約者候補のうち特に才気あふれる面々を連れてシガーバーへと移動した。そちらに警備も幾らか割かれ、中庭で涼むような出席者もちらほら見られる。椿が抜け出すとすれば、もうすぐだろう。
「死なずにはいられない、か……」
グリモア猟兵が予知の話をする時に、言っていた言葉だ。
思い返しても理解は遠く、ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)はつい頭を掻いてしまう。
「私にはよく分かんねえ世界だなあ」
「……まあ、こんな想いは解らん侭の方が良い」
鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は柘榴の隻眼を眇める。瞬きひとつを挟んで、過った熱を逃がした。
「先ず契約の印だ、此れを飲み込んでおけ」
嵯泉が粛々と差し出したのは、半分に裂いた黒符だ。黒符が契約の媒介となり、共に味方の元へ合流できるユーベルコード。持つだけでは失くしてしまうかもしれないから、飲み込むことで強制的に固定するのが手管であった。
「えっ、これ飲み込むの?」
「飲まないなら置いて行くぞ」
迷いなく喉に落とした嵯泉を見て、ニルズヘッグは一度動揺を跳ねさせるも、結局「分かったよ……おまえ躊躇ねえな」と承諾して口に含んだ。
追跡するのはニルズヘッグの呪詛纏う黒蛇。椿が抜け出すであろう裏門に潜ませておく。
椿の後をつけてもらい、そこに合流する形でふたりが転送されるという塩梅だ。ニルズヘッグも嵯泉も随分な偉丈夫だから、人気のない裏路地あたりで追いつくのが望ましい。
では椿に動きが見られるまで、ふたりがどういう形でこのホールで待機するかといえば。
「相手のいるレディを誘うのは気が引けるし、給仕してるよ」
帝都の伝手でこの屋敷の給仕と同じベストとスラックスを用意してもらったニルズヘッグ。銀のトレイを抱える様に、どうにも嵯泉は首を傾げてしまう。
「給仕と云うには些か悪目立ちしそうにも見えるが……」
身長190cmは伊達ではない。その上何かしら粗忽なことをやらかさないかと、懸念がないといえば嘘だ。──と、嵯泉が考えていることがわかってしまうから、ニルズヘッグは降参するように掌を向ける。
「だ、大丈夫だって、演技は得意だ」
「色々と引っ繰り返さん様に気を付ける事だ」
予言めいた忠言。「努力するよ」とニルズヘッグはひとまず食事を供する一角に向かう。その上で椿の動向を見定めるつもりだ。当然動きが見られればすぐに相棒に合図を出す所存。
一方の嵯泉もダークカラーのスーツを身に纏い、警備員に扮してホールの警邏にあたることにした。多くの人間が酒も嗜んでいるからかもしれない、何となく緩んだ空気が漂っている。
しばらくは穏当に構え、しかし漏らさず椿の動きを注視する。
様子を窺っていたニルズヘッグが片眉を上げた。
遠目に「少し外の空気を吸ってまいります」、そう周囲に告げてホールを後にしようとする椿を見た。すかさず嵯泉に目配せし、同じくざわめきから逃れるように床を蹴る。
屋外に出たならばユーベルコードを起動させる。時空を超え疾く馳せて、標となる黒蛇の元へ転移する。
あらかじめ隠しておいたのだろう、外套とバッグを手に夜を往く椿の背が見える。
ここから先は、物陰こそあれ一本道だ。注意を払い気配を殺し、こちらに気付かれないよう追跡することは容易かろう。椿は恐らく、愛しの君のことしか頭にないだろうから。
適度に距離を取っているし、繁華街が近くなれば、多少の声は届くまい。だからニルズヘッグは小さな呟きを零す。
「恋って想像つかねえや」
見知らぬ領域を覗き込むような感覚だ。
身を焦がすような恋などと、そういったものに身を窶す気持ちが想像出来ない。
「一人を愛し愛されとか、本の中の話みたいで」
随分と稚気を覗かすニルズヘッグの言い分に、嵯泉は薄く笑みを刷く。
「恋なんぞ想像で解るものではないさ。本の中の様とは云うが、弟妹と云う身近な手本もあるだろう」
「弟妹はそうだけど、私は『つがい』が欲しいとは思えなくてさ」
信頼と愛情を注ぐ存在自体は勿論いる。幸せにしたい大切にしたいという願い自体は、ニルズヘッグとて理解しないわけではない。
それでも恋というものは別物だろう。そんな認識は持ち合わせていた。
「家族とか友達は大事だけど、それとも違うんだろ?」
不意に嵯泉がふと、沈黙を落とした。
感慨に似て、胸裏を満たしたその輪郭をなぞろうとする。
「心を灼き、或いは活かす、家族愛や友情とは一線を画す代物」
確かめるような、響きになった。
「心の内に住まわせる唯一人──人間に限ったものでもなかろう」
「……私にとっての世界の愛と希望は近いけど」
路地を進みながら、ニルズヘッグは夜空を見仰いだ。
下弦の月は細く、その代わりに星が玻璃のように瞬いている。
椿はそのきらめきに手を伸ばしているのだろう。何故か、そんな気がした。
「難しいなあ、人間って」
他の猟兵たちも気配を悟られぬように分散しながら、花の娘を追いかける。
その姿が幻朧桜に紛れる前に、今は往こう。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 冒険
『眠らない街』
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POW : とにかくぶらぶら歩いてお店を見て回る
SPD : 路地裏や裏通りに隠れた名店や人を求めてみる
WIZ : 雑誌や口コミなどの情報から手掛かりを得る
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●ひとつまみの星
舞踏会が行われていた蝶明館からしばらく進むと、この地域で一番の繁華街に出る。そこかしこに設えられた鈴蘭灯が、人々の賑わいを淡く照らしていた。
夜を知らぬこの一角は、夜半というのに賑わいに満ちている。花街にも程近く、遊女への贈り物を調達する殿方も多いらしい。
碁盤の目に配列された小路沿いに、様々な商店が軒を連ねている。
黒砂糖蜜たっぷりの花林糖。乳白色の硝子盃。柘植の櫛。練り香水。桜の透かしが入ったレターセット。赤煉瓦色のベレー帽。鶯が彫られた懐中時計。和紙で彩られた万華鏡。青瑪瑙のカメオブローチ。
扱われる商品は多種多様で、何を買おうか目移りしてしまいそう。
「……ああ。見つけた」
椿がとある店先で足を止め、ゆるやかに双眸を細める。
細い指先を伸ばしながら追懐する。ああ、あれは何時のことだっただろう。
まだ思い通わせて幾らも経たない頃の話だ。
年齢で言えば椿のほうがひとつ上。先に好意を抱いたのは啓介のほうだったと、後になってから耳にした。密やかに芽吹いた恋心は、恐らく椿から思いを伝えなければ永遠に地に埋められたままだっただろう。
秘密の逢瀬を重ねた折、その事実が判明したのは偶然だった。
啓介が懐に何やら潜めていることに気付いたのだ。
「あら? これ……」
何の隠しごとをしているのと追求すれば、気まずそうに差し出されたのは一片の懐紙の包み。
恭しく開いてみれば、五粒の金平糖が転がっている。
どうしてこんなものを──首を捻って記憶を辿る。不意に閃きが落ちてきて、椿は驚きに目を丸くした。
「これ、以前に貴方にあげた金平糖?」
ほんの気まぐれだった。
偶然啓介の誕生日を知った折のこと。使用人からそれを聞き、たまたま手元にあった金平糖をひとつまみ懐紙に包んだ。「ささやかだけれど渡してくれる? お誕生日おめでとう、そう添えて」と言伝を頼んだのだ。
それを食べてしまうことが出来ずに、後生大事に今まで取っておいたということか。
啓介が照れのあまりに口元を手で覆い、視線を逸らしてしまう様までいとおしかった。
「馬鹿と笑って構いませんよ」
「……ほんとうに、おばかさんね」
花が綻ぶように微笑んだ。そんな他愛のないことが、本当に幸せだった。それだけだった。
「これを頂けますか」
硝子瓶に入ったそれを指差す。この中にはいくつの金平糖が詰められているだろう。数えることは叶わない。それでいい。
店子に代金を支払い受け取る。椿があんまり幸せそうに思い馳せているから、店子は「贈り物ですか」と問えば首肯が返る。
「たくさんあげるの。そうしたら、ずっと瞬き続けるでしょう」
仕舞っておく必要はない。分かち合おう。美味しいねって、同じ甘さを共有しよう。
そう思えばくすぐったい歓びが椿の胸裏を撫でていく。
周囲を見渡す。もう少し買い物を続けていこう。久方振りの逢瀬だ。彼が喜ぶ顔を見たかった。そんな単純な想いに突き動かされる己が可笑しい。けれど悪い気分ではない。
「他は何にしようかしら……」
雑踏の中で飛び切りの格別を見出すべく、椿は再び小路を歩き出した。
しばらく椿は買い物を続けるようだ。
買い物客に紛れて椿を尾行しよう。ただあからさまな追跡では気取られてしまう。とはいえ人もそれなりに多いから、買い物に興じていればさして不審にも思われまい。
椿に声をかけて警戒心を緩めておくのも悪くはないが、特段構わなければいけないわけでもない。
つまるところ、思うままに買い物を楽しんでいればいい。頃合いになれば椿は繁華街を後にする。それさえ見逃さなければいい。
自分へのご褒美、大切な人への贈り物、世話になっている相手へのお土産。
どんな品物も思うまま。幻朧桜に時間を攫われ溺れないように、それだけどうぞ気を付けて。
ニコ・ベルクシュタイン
買い物、買い物か…
そういえば、振り返れば此処まで沢山の人々に助力を賜ったな
全員は無理でも、お会い出来る範囲の猟兵仲間に何かお礼をしよう
折角素敵な街に来たのだ、きっと良いものが見つかろう
いわゆる観光地のお土産のような
小さな菓子がたくさん入った詰め合わせがあると良いが
多少値は張っても良い、感謝の気持ちなのでな
贈りたい相手を店員に説明して、見繕って貰おうか
良い感じに用意してくれたら、御礼にチップを弾もうか
自分用にも何か、と思えば目に入るのは桜のレターセット
世界を超えても手紙は届くのだろうか、と苦笑いしつつ
認めたあとはまた逢う日までと書斎に仕舞っていこうと
レターセットも買い求める
さて、ご令嬢は如何かな
●いろどりあつめ
鈴蘭思わすシルエットの街燈が、柔らかなあたたかさを注いでいる。
「買い物、買い物か……」
ニコ・ベルクシュタインの眼鏡に映る、繁華街の賑やかな光景。
色とりどりの品物が姸を競う店先。
視線を巡らせていたニコが、ふと息を呑む。
思索から浮かび上がったのは、嘗て予知の情報に耳を傾けてくれた猟兵たちの姿だった。
ニコは顎に手を添えて、首を捻る。
「そういえば、振り返れば此処まで沢山の人々に助力を賜ったな」
様々な事件のために奔走してくれている頼もしい姿が、胸裏に淡く降り積もる。
閃きがひとしずく、心に波紋を広げる。そうだ。全員とはいかないだろうが、顔を合わせられる範囲で、世話になった猟兵仲間にお礼をしよう。
周囲を見渡す。この街は華やかで洗練されている。きっと気に入ってもらえるものが見つかるだろう。
そう思えば足取りも軽い。笑みを刷き、足を止めたのは菓子が並ぶ一角だ。
小さい包みに少量ずつ纏められているらしいそれは、様々な種類が見受けられる。
繊細に編み上げられた竹籠が、店先に重ねて用意されているのが視界に入る。
店子が説明してくれる。どうやら、客が好きな菓子を選んで詰められるらしい。
「そうか。この店は品揃えが豊富なようだ。些か迷ってしまうな」
語句にこそ躊躇いがあれど、どんなものが気に入ってもらえるかと思い馳せればくすぐったいぬくもりが心裡を優しく撫でていく。
おおよその人数の目安と用途を店子に告げる。用意してもらったのは大きめの竹籠だ。
素直に店子に相談しながら決めよう。ニコは思い浮かんだ顔ぶれの好みを幾らか挙げる。
「多少値は張っても良い、感謝の気持ちなのでな」
「左様ですか。であれば……このあたりなど如何でしょう」
勧められたのは、上質な卵を使っているというカステラ、琥珀色のつややかさが美しい芋けんぴ、しっとりと深い色をした羊羹。他にも色々。
たくさんの『美味しい』が詰まった竹籠は、あたかも御伽噺で雀が贈ってくれた小さな葛篭のよう。
「かたじけない。良いものを見繕ってくれて感謝する」
代金に添えてチップを差し出せば、店子は一度恐縮したものの笑顔でそれを受け取った。
そのお礼と言っては何ですがと、教えてくれたのは二軒隣の文具店だった。
帳面や画用紙など、紙製品が彩重ねている。繊細な透かし模様が入っているものが多く、殊の外綺麗だ。
ふむ、とニコは再び首を捻った。自分用にと手を伸ばしたのは、桜の意匠が目を引くレターセット。
「……世界を超えても手紙は届くのだろうか」
思い描く面影。そうして小さく苦笑い。僅かに過ぎった感傷を、今は桜の花弁に潜ませておけたらいい。
認めた手紙はまた逢う日まで書斎に仕舞っておこうと決め、店子に頼み桜の一揃いを買い求める。
「さて、ご令嬢は如何かな」
花の向こうの景色は、未だ玄妙に霞んだまま。
大成功
🔵🔵🔵
絲織・藤乃
寝言屋先生(f22581)とご一緒致します
それでは、藤乃は先生の手を放さなければ良いのでしょうか。
普段の服装に着替えて先生と夜の繁華街を歩きます。
まるで夜ではないみたいに明るいですね。
色々なお店を見て回りながら、つい長居してしまうのはやはり文具店ですわね。
素敵な便箋や封筒に出逢う度に、何を綴ろうかと心ときめいてしまいます。
先生はどのような意匠を喜んでくださるかしら。
いくつか選び取って、一緒に先生へ贈る撫子の栞をひとつ。
まぁ、これを藤乃に?
嬉しい。大切に致します。
今度のお手紙は、きっとこの万年筆で綴りますね。
お返しといってはなんですけれど、この栞、受け取っていただけますか。
琴音・創
藤乃(f22897)くんと。
『恋愛とは、世界でたった一人の人間がたった一人の人間を選んで他を顧みない事である』――と、露西亜の文豪の作品にあったが、彼女の恋はまさしく其れだな。
藤乃くんもそういう相手はいるかい?
いるなら決して手を離すものではないよ。
いや、私ではなく意中の殿方とかのだね……。
●買物
さておき普段着に着替え尾行開始だ。
椿嬢を視界の端に留めつつ、適当に冷やかすとしよう。
が、良い物を見つければ話は別だ。
平文(ヒョウモン)細工で蔓這う藤の紋様を施した黒漆の万年筆――典雅だね。
折角だから藤乃くんに贈呈しよう。
私には……栞?
ふむ、最近はゆっくり読書する暇も無かったからね。
有難く頂戴しよう。
●夜に咲く明日の話
夜を染め上げる雑踏のざわめき。
その合間を揺蕩い、愛しい人への贈り物を見繕う椿。その瞳にはただひとりだけを映しているのだろう。
琴音・創はその姿を遠目で眺める。淡い吐息と共に呟きを零した。
「『恋愛とは、世界でたった一人の人間がたった一人の人間を選んで他を顧みない事である』──と、露西亜の文豪の作品にあったが、彼女の恋はまさしく其れだな」
一途と言ってしまえばあまりに凡庸だ。そこには物語に集約出来ない苦悩とひたむきさがあると、内情こそ把握出来ずとも理解は及んでいる。
「藤乃くんもそういう相手はいるかい?」
何気なしに傍らにいる絲織・藤乃へ問う。
幾許かの間が落ちる。咄嗟に答えを出せずにいる藤乃を見遣り、撫子色の双眸を細めて創は続ける。
「いるなら決して手を離すものではないよ」
藤乃は思考を巡らせながら首を捻る。
それから得心したように軽く頷き、宿題の解答を発表するような声音で言う。
「それでは、藤乃は先生の手を放さなければ良いのでしょうか」
何の違和もなく告げる姿に、思わず創は息を詰まらせてしまった。
「いや、私ではなく意中の殿方とかのだね……」
思わず頭を抱えそうになるのは許されたい。当の藤乃はことりと首を傾げたままだけれども。
咳払いをひとつ挟む。さておき、繁華街に降り立って尾行開始といこう。
ふたりは既に、先程舞踏会で身にまとっていたドレスから、普段使いの装束へと着替えを終えている。
店先を賑やかす人の波に紛れる。椿の姿を視界の隅に入れながら、眠らぬ夜の街を逍遥する。
街灯のせいだろうか、火を入れた提燈のせいだろうか。
顔を上げる。夜空を見仰いだはずなのに、広がる宵色は不思議と仄かに光っているようにさえ見えた。
「まるで夜ではないみたいに明るいですね」
「確かに。この街にいる人々の思いの数だけ、光があるのだろうな」
藤乃の囁きに、創は小さく笑みを刷く。さて、何か掘り出し物との出逢いはあるだろうか。良いものが見つかれば購入を検討することもやぶさかではない。
身を飾るものも舌を楽しませるものも多種多様に商われているけれども。
やはりというべきか、ふたりが自然と足を止めたのは文具店だった。
金糸雀を模った金属製の定規。繊細な箔押しが施されている七曜表。菜の花色の便箋と封筒などは、何を綴ろうかと考えを巡らせるだけで心が弾む。藤乃の頬がふっくらと柔く綻ぶ。
ふと創の目が留まったのは、黒漆の万年筆だった。蔓を這わせる藤の紋様は平文細工だ。漆のうちがわから鈍い金属の彩が覗いている。
手に取ってみれば程よい重さ。実用にも十分耐え得るに違いなかろうが、美しい意匠は目に入るだけで豊かな心地になる。
「これは典雅だね」
己が使うにも良さそうではある。ただ──自然と創の視線は藤乃へと向かう。
当の藤乃は、並ぶ品物からこれぞというものを見出そうと懸命になっている。先生はどのような意匠を喜んでくださるかしら、なんて。そう思えば選ぶこと自体が至高の歓びとなって心を浮き立たせる。
幾らか見繕った後、藤乃が創に向き直ろうとする。その時だ。
「折角だから藤乃くんに贈呈しよう」
「まぁ、藤乃にですか?」
創が手向けた艶やかな万年筆に、藤乃はぱちりと瞬いた。
つい慈しむような眼差しになってしまう。
「これを藤乃に? 嬉しい。大切に致します」
いとけなく繰り返す。あんまり胸裏が嬉しさで満ちるから、藤乃の紫水晶の瞳がゆるく細くなる。
「今度のお手紙は、きっとこの万年筆で綴りますね」
今から連綿と続くこれからの話。
それを慕う相手と紡ぐことの叶う幸いに身を浸し、藤乃もそうと選んだものを差し出した。
「お返しといってはなんですけれど、この栞、受け取っていただけますか」
「……栞?」
今度は創の撫子色の瞳が瞠られる番だった。
渡された栞は撫子の意匠。繊細な花弁が押し花という形で透け感のある和紙に咲いている。幻想の世に佇む玄妙な彩。
「ふむ、最近はゆっくり読書する暇も無かったからね」
生業故に、如何せん書くことに注力しがちな創だ。向けられた厚意が嬉しくて、栞の表面をそうと撫でる。
「有難く頂戴しよう」
創がそう囁けば、 藤乃も微笑みを綻ばせた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
アルタ・ユーザック
「『一騎当千・千変万化』」
あからさまな尾行はしないにしても、流石に買い物中毎度毎度同じ店に居合わせたら怪しまれるだろうし・・・わたしもおいしいもの探しに行きたいし・・・
それなら『一騎当千・千変万化』でわたしのアルターエゴに繁華街から外へ出る道を見張ってもらって、わたしは好きに楽しむべき・・・
【食べ物系のお土産屋巡り中。世界観的に何があるかまだ把握していないので見て回ったお店はお任せで。途中で椿をみかけ・・・】
「あ・・・」
見てるのは・・・金平糖・・・?あんなに幸せそうに見てるし、すごくおいしいのかな・・・?
次の店に行ったみたいだし、わたしも買ってみよう・・・
●それぞれの影と思惑
物陰から椿の様子を窺うと、舞踏会から無事抜け出せた安堵からだろうか、肩の力が抜けた様子で贈り物を見繕っているようだ。
注意を向けていなければならないのは勿論だが、あまり椿だけを見つめていたら周囲に不審に思われるだろうか。アルタ・ユーザックは、椿に向けていた視線を外す。
あからさまな尾行をするつもりはない。だが、後をつけて毎度毎度同じ店に居合わせるのは、「偶然ですね」では済まない所業だろうということは理解している。
「……わたしもおいしいもの探しに行きたいし……」
うっかり偽らざる本音が転がり出てしまった。先程から揚げ菓子のいい匂いが気になって仕方ないのだ。
幾許かの思索を挟み、採るべき指針を見出す。決めたのならば迷いはなかった。
店の裏手、人通りの少ないところでユーベルコードの詠唱を始める。
「『一騎当千・千変万化』」
その言葉が合図となった。
己の技量の十倍の人数、アルターエゴを現出することが出来る技。年齢も様々で、注視されなければ同一人物が複数いるとは見なされまいという算段でいる。
幼少時から身に馴染んだ技だ。端的に指示を出し散開させる。この繁華街から抜け出す道それぞれに潜ませ、椿の動きが見られるようにという心積もりでいる。
これでいい、そう示すようにアルタは浅く頷く。
「わたしは好きに楽しむべき……」
そうに違いないという含みを籠めた声音になった。大丈夫だろう。恐らく。雑踏に身を投じ、店先を冷かして歩くとしよう。
足取りは自然と軽くなる。菓子を商っている店では試食させてくれるところも多いようだ。ビスケットは歯ごたえと香ばしさが絶妙だ。大福餅は柔らかすぎない餅の内側、こし餡のしつこくない甘さがたまらない。ビー玉を思わせる飴は見目にも綺麗だが、しばらく舐め続けなければならないから後の楽しみに取っておく。
そんな折、アルタの視線がある一点で留まる。
「あ……」
そこには買い物途中の椿の姿があった。
とっておきの宝物を見出すような微笑みで「これを頂けますか」と店子に告げている。指し示したのは、どうやら瓶に詰められた金平糖らしい。
確かな幸福がそこにあると、言われずともわかった。そこにある慕情が椿にとって掛け替えのないものであるということも。
椿が支払いを終え品物を受け取り、店先から離れていく。
「あんなに幸せそうに見てたし、すごくおいしいのかな……?」
アルタは椿が次の店に向かったことを確認してから、金平糖を商う店の前に進み出る。
そうしてアルタの手元にも金平糖がやってくる。しあわせの味を知っている、甘い星が掌の上で瞬いている。
大成功
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荒谷・つかさ
【赤鬼】
女学生風の服装に着替えて二人で街へ
正直どうなるかと思ってたけれど、中々楽しめたわ
でも、身体動かしたのに料理は食べ損ねてお腹空いたわね……
繁華街到着後、脇目もふらずに屋台へ直行
ジャンクな屋台メシを何処にそんな入るんだって勢いで食べ歩く
(元々大食い&燃費悪いので戦いに備えてカロリー補充)
何か見つけたアメリアに引っ張られ練り香水屋へ
ええ、覚えてるわ
あんまりこういうの、詳しくないんだけど……
そうね、爽快感ある香りが好きかしら
あの子(妹)にお土産?
そうね、それもいいかも
そして選んだ品は「薄荷油」
臭い消しや虫除けにいいのよ、コレ
……?
何かおかしかったかしら
アメリア・イアハッター
【赤鬼】
私服に着替え
ダンス楽しかったね!
ああいう形式なら、動きも洗練されてて素敵だったよ
さて繁華街
どーする…うん知ってた
花より団子な彼女に付き合い、自身も控えめに食べ回る
練り香水を見つければ駆け寄り、彼女を手招き
見て見て練り香水!
香油に櫛もあるかな
前に髪のお手入れについて話したの覚えてる?
折角だから幾つか買っていこーよ!
つーちゃんはどの香りが好きー?
香りを嗅いだり、少し付けてみたりと楽しむ中ふと気がつき
そーだ、妹ちゃん、彼氏できたって言ってたよね
ここは姉ーズ(自称)から、お節介してみる?
香りが弱めのフローラル系薔薇の香油を選び
そっちは決まった?
あ、うん、いいと、思うよ…?
(お婆ちゃんかな…?)
●香りの迷い道
娘たちは赤いドレスから女学生風の袴姿へと羽化する。
荒谷・つかさとアメリア・イアハッターは、夜の小路へと踏み出した。
「正直どうなるかと思ってたけれど、中々楽しめたわ」
「ダンス楽しかったね! ああいう形式なら、動きも洗練されてて素敵だったよ」
慣れぬ上流階級の集いをどうにか乗り切り、安堵の息を零すのも許されたいところだ。
「さて繁華街。どーする……」
アメリアが首を捻る。幾らか買い物をしつつ機を窺わなければならないが、さて。
ざわめきに身を浸すふたり。先に声を紡いだのはつかさのほうだった。
おなかを押さえてぽつりと呟く。
「でも、身体動かしたのに料理は食べ損ねてお腹空いたわね……」
「うん知ってた」
わかってた。なのでアメリアは頷くしかない。そもそもつかさが花より団子な気質だということはようく理解していたものだから。
そうして向かったのは屋台だった。客寄せの明るい声が響いている。
繁華街とはいえ小奇麗な店ばかりではなく、庶民的な店も多々あった。
揚げたてのコロッケはじゃがいもと牛肉の旨味がほろりと口の中にほどける。焼き鳥と思われる、肉が香ばしく焦げる匂いがする。うどんの屋台は曇るような湯気が立ち上り、出汁の良い香りが小路にも満ちていく。
所謂ジャンクフードという類につかさは焦点を当てて、片っ端から制覇しにかかった。曰く、固より大食いな上に燃費が悪いため、これから相対するであろう戦いに備えてしっかり腹ごなしをする必要があるのだ──なんて言い分。
小柄な体躯のどこにそんなに入るのかというくらいの食べっぷりに、料理を供した店子たちが感心しているのは余談となろう。傍らのアメリアは控えめに少しずつ口をつける。どれも美味しいものであることは間違いないから、つい笑みが綻んでしまうのもご愛敬。
「ん? あれ」
食べ歩きの最中、アメリアの視線がある店先に留まる。
可愛らしい店構えだ。品のある器が並べられていて、辺りには華やかな香りが立ち込めていた。
思わず駆け寄った。すると店子が「練り香水は如何ですか」とたおやかなほほえみを手向けてくる。
とっておきの宝物を見つけた心地で、アメリアはつかさを手招いた。
「見て見て練り香水!」
「ん? どうしたの」
食べ終えたつかさが歩み寄る。並べられていたのは様々な意匠を施した身の回り品だ。髪に用いる椿油や、飴色の櫛もある。
品揃えを見遣っていれば、嘗ての記憶が胸裏に降ってくる。
「前に髪のお手入れについて話したの覚えてる?」
「ええ、覚えてるわ」
互いに長くまっすぐな髪の持ち主だ。傷みがないかは気になってしまうし、こうしたお手入れ道具に興味を惹かれるのも自然な流れと言えよう。
そちらも素敵だけれど──アメリアが指を伸ばした先は、練り香水の数々。どうやら器に香りを象徴する文様が彫られているらしい。
容量も控えめなようだ。使い切るのは早いかもしれないが、その分いろんな香りを楽しめるに違いない。
「折角だから幾つか買っていこーよ! つーちゃんはどの香りが好きー?」
「あんまりこういうの、詳しくないんだけど……そうね、爽快感ある香りが好きかしら」
「なるほどね。うーん、柑橘類とかあるかな」
椿、桜、金木犀。芙蓉に沈丁花。花が香るものだけでも多種多様だ。
試供品が桐の箱に揃えられている。「是非お試しください」と店子に勧められて、アメリアはいそいそと薫りを嗅いだり、指先で掬って使ってみたりもした。手首や耳の後ろなど体温の高いところにつけるのが良いらしい。
どれも芳しく、女性としての魅力を一段上げてくれそうだ。そこまで考えて、不意にアメリアに閃きが宿る。
「そーだ、妹ちゃん、彼氏できたって言ってたよね」
つかさの妹は年少ながら、思い通わせた相手を得たことをアメリアも知っていた。
であれば、より彼女が魅力的になる手助けをするというのも一興かもしれない。
「ここは姉ーズから、お節介してみる?」
自称だけど、なんて付け加えてアメリアは首を傾げる。
「あの子にお土産? そうね、それもいいかも」
喜んでくれるだろうか。そう思えばつかさのかんばせにも笑みが浮かぶ。
あれがいいこれがいいと妹のための香りを見繕い、さて自分たちものを選ぼう
「これがいいかなー」
アメリアが手に取ったのは薔薇の香油だ。強すぎず、仄かに馨るシングル系の香調。
肺いっぱいに空気を吸い込むと、体の内側から華やぐ心地になる。
くすぐったくはにかみながら、アメリアはつかさへと水を向ける。
「そっちは決まった? 爽快感がある香りだっけ」
そう、何かしらの花か果実思わすものを選んでいるものと思っていた。
しかし。
つかさが手に持っていたのは──薄荷油だった。
「臭い消しや虫除けにいいのよ、コレ」
「えっ、あ、うん、いいと、思うよ……?」
意図せず、片言になりかけたのは悪くないと思う。
確かにすっきりとする匂いであることは間違いないけれど。
「……? 何かおかしかったかしら」
純粋に疑問を呈しているだけとばかりに怪訝な表情になるつかさに、アメリアはぐっと息を詰まらせるしかない。
お婆ちゃんかな……? というのが率直な感想だったけれど、結局言わないでおくのが花というものだろう。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ミルラ・フラン
サギリ(f14676)と
よーし、衣装チェンジだ
(モダンガールなカジュアルに服を替えて)
そうだねサギリ。あたし達は美人探偵姉妹さ
スリルでショックでサスペンスというものだよ
この世界の繁華街も初めてだねぇ……あたしの手、離しちゃダメだからね
女が愛しい男に贈りたいモノ、なんてのを探すにももってこいか
(金平糖を手に取ってるのをチラ見して)
いやはや、女の業というものだねぇ
このホワイトオパールをあしらった小鳥の形の帯留、サギリの普段遣いに似合いそうだねぇ
椿お嬢さんに怪しまれないようフツーの買い物客にも見せかけられるし…ってことで、これくださーい
ふっふーん、サギリ、いいものあるんだけど何だと思う?
サギリ・スズノネ
ミルラお姉さんと!(f01082)
怪しまれないようにー衣装チェンジして、椿お姉さんを追いかけるのです。
ミルラお姉さんとサギリ、何だか探偵みたいなのですよー。浪漫なのです!
……!姉妹!姉妹なのです!
それにしてもーキラキラしててー、とっても賑やかな場所なのです!
贈り物にできそうなものもー、たくさんありますねぇ。
椿お姉さんが買ってるの、金平糖ですかねぇ。
椿お姉さんを見失わないように気を付けながら、お店を眺めます。
……あ!あの蝶々のブローチ、ミルラお姉さんに似合いそう……。
お買い物客のフリをすればー椿お姉さんに怪しまれないのです!
という建前で、ブローチを買いに行って、お姉さんにプレゼントするのです!
●宵に咲く蝶と小鳥
「よーし、衣装チェンジだ」
そんな風にミルラ・フランは軽妙に嘯いてみせる。
身に纏うのは所謂モダンガールと称される服だ。千鳥格子の膝下ワンピースは裾が波打っている。少し大きめなシルエットだが、所々の切り替えと効果的なボタンの配置が、それを野暮ったく見せない。
隣のサギリ・スズノネも意気揚々としている。
サギリが袖を通しているのもワンピースだ。白地に紺の水玉が配された生地は軽やかに。帽子を浅めに被れば、その向こうに真実だって見透かせる気がしてくる。
「ミルラお姉さんとサギリ、何だか探偵みたいなのですよー。浪漫なのです!」
「そうだねサギリ。あたし達は美人探偵姉妹さ。スリルでショックでサスペンスというものだよ」
「……! 姉妹! 姉妹なのです!」
ミルラが唇に人差し指を当てて悪戯っぽく囁けば、きらきらと瞳を輝かせたサギリも気合十分。
怪しまれないように、椿の後を追いかけよう。だって今宵はふたりは名探偵だから。
ふたりは人波へと泳ぎだす。客引きの声が聞こえる。食べ物の店先からはいい匂い。風が吹けば鈴飾りの音がしゃらりと響く。
雑踏に流されないようにと、どちらともなく繋いだ手に力を籠めた。
「この世界の繁華街も初めてだねぇ……あたしの手、離しちゃダメだからね」
「はい!」
迷子にならないから、大丈夫。そんな風にも見えるサギリの笑顔に、ミルラはふと椿のことを思い出す。
周囲を見渡す。夜にあっても明るく眩い、絢爛たる繁華街。夢を売り夢を買う店が並んでいる。
──女が愛しい男に贈りたいモノ、なんてのを探すにももってこいか。
そんな呟きはミルラの胸裏の内側にだけ。
「それにしてもーキラキラしててー、とっても賑やかな場所なのです! 贈り物にできそうなものもー、たくさんありますねぇ」
ミルラの思索を掬ったように、サギリは感嘆の吐息を零した。田舎の小さな神社に親しんでいた身からすれば、つい興味が湧いてしまうことも許されたいところ。
二人揃ってそうやって思い馳せていたからだろうか。椿が買い物をしている光景がふたりの視界に入る。
見失わず、尚且つ気取られない。ちょうどいい距離感を保っていられる。
「椿お姉さんが買ってるの、金平糖ですかねぇ」
サギリの声は控えめだから、周囲の人間には届いていまい。椿の手に渡る金平糖の瓶は、まるで星屑を詰めているみたいだ。
あんまりにも椿が嬉しそうに瓶を抱えているものだから、ミルラのルビーの瞳が柔らかく細められる。
「いやはや、女の業というものだねぇ」
つい椿を見守ってしまったことに気付いて、ミルラはサギリの手を引いて隣の店先を冷やかすことにした。あまり椿に注視していては訝しがられるかもしれないのがひとつ、並べられた品物に純粋に目を惹かれたのがもうひとつだ。
そこは装飾品店だった。サクラミラージュならではというべきか、職人技が光る細やかでレトロなものが多いように思える。
「少し見て行っていいですか?」
「もちろん。気になったものがあれば教えておくれよ」
内緒の悪戯話を分けっこするように視線を交わし、互いに小さく微笑んだ。
サギリは淡い金色の双眸を輝かせて、ひとつひとつの商品に見入っている。そんな姿を微笑ましいと思ったのか、「このあたりがお勧めだよ」と店子が様々な意匠を模ったブローチの一角を教えてくれた。
「……あ! あの蝶々のブローチ、ミルラお姉さんに似合いそう……」
サギリの目に留まったのは、螺鈿の蝶が煌めく繊細なブローチ。赤珊瑚の薔薇が慎ましやかに添えられている。
華やかな容貌のミルラにはきっとよく似合うだろう。ミルラの美しさをより映えさせるだろう様子を想像すれば今から心が弾んでしまう。
ちらりと椿の方向に視線を流し、けれどすぐに戻ってくる。
「お買い物客のフリをすればー椿お姉さんに怪しまれないのです!」
そんな宣言が建前に過ぎないことを、サギリ本人がよくわかっていた。一応そういうことにしておくだけ。だからこれも、内緒の話。
「これをお姉さんにプレゼントするのです!」
サギリの声を聞いた店子が、「ならそれらしく包装してあげよう」と淡紅の和紙を取り出して整える姿を、サギリはそわそわしながら待っていた。
一方のミルラも、似たようなことを考えていた。
視線を走らせていたのは着物によく合いそうな小物たち。鶴を描いた扇子、ひょっとことおかめが並ぶ根付。サギリを飾るに相応しいものをと思えば、悩む時間すらまた楽しいのだから不思議だ。
「へぇ。このあたりの帯留めは綺麗だね」
鈍い金色の菜の花、優雅に尾を翻す金魚。どれもが繊細でありながら存在感があり、きっと少女によく似合うだろうと素直に思う。
細い指先を彷徨わせて、ひとつの箱に辿り着く。
佇んでいるのは、ホワイトオパールをあしらった小鳥の帯留めだ。
日常的に着物を着ているサギリだ。普段遣いにもよく馴染むだろうし、その上で可愛らしくもあるから、日々を彩る助けになるだろう。
「椿お嬢さんに怪しまれないようフツーの買い物客にも見せかけられるし……」
ちらりと横目で椿の姿を見る。そんな囁きが、サギリとおんなじだったことにミルラは気付かない。
「ってことで、これくださーい」
片目を瞑って購入といこうか。贈り物だと察したのだろう、店子が丁寧に真珠色の和紙で包装してくれた。
そうしてふたり揃って買い物を終え、後ろ手で和紙の触り心地を確かめながら。
「ふっふーん、サギリ、いいものあるんだけど何だと思う?」
「あっ、こっちもいいものがあるのです!」
飛び切りのプレゼントにふたつの笑みが弾けるまで、あと四秒。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
五条・巴
七結と(f00421)
さてさて、ナンパな男とはおさらばして、僕と遊ぼう。七結。
あれ?もしかして、はじめてだ。
嬉しいよ。七結が選んでくれたものなら僕に似合って当然だ。
──チクタク、針が動くそれは、正しく時を刻んでいる。
今この瞬間も。
僕の、今を刻んでいる。
僕がここにいるということを。
ありがとう、大切にするね。
僕からは、先程の彼女と七結へ。ライラック色したブローチを。
紅は、君のいっとうからもらうだろう?
年明けからの君の物語を、この時計と共に聞いて過ごそう。
蘭・七結
トモエさん/f02927
演ずるひと時はこれにておしまい
淡紫の衣を剥いであかを纏う
ここから先は七結として、よ
高鳴る靴音が心地よい
一緒にお買い物は、はじめてかしら
なんだか心が踊ってしまう
お洒落でステキなひと
なゆが選んでもいい?
宝玉はあなたの前では霞んでしまう
限りのあるお菓子でもなくて
首飾りなどの縛るものでもなくて
贈り物は懐中時計
生きる時間を刻むように
“今”を見つめられるように
安らぐようなやさしい彩ね
ありがとう、トモエさん
紅に、いっとう……嗚呼、
この熱に、気づいていたのね
仲良しのあなたの前ではおしゃべりになってしまう
再会をするまでの幾つもの出来事たち
時が来るまで語らうでしょう
あのね、トモエさん――、
●明星と紫丁香花のささめき
演ずるひと時はこれにてお仕舞い。
蘭・七結はライラック色のドレスを剥ぐように、あかを纏う蝶へと羽化する。
「ここから先は七結として、よ」
口許がほほえみを模れば、そこには悪戯な色がにじむ。
五条・巴も改めて七結と向き合う。演じていた誰かではなく、ただの巴として。
「さてさて、ナンパな男とはおさらばして、僕と遊ぼう。七結」
七結の蠱惑の瞳が、夜光に映えてきらめいた。それが合図だ。
ふたりは雑踏へと身を委ねる。揺蕩うようなそぞろ歩きで、絢爛の夜を渡っていこう。物は違えどヒールを鳴らして歩いていることには変わりがないのに、踵の音は高鳴るばかり。その心地よさがくすぐったくて、七結はあえかな笑みを刷く。
そんな時、不意に気付きが降ってきた。
「一緒にお買い物は、はじめてかしら」
心が躍っていると知れる、いとけない問い。
巴も記憶を手繰って、しばしの間の後に思い至る。
「あれ? もしかして、はじめてだ。」
思わぬところのはじめては、ふたりにとって喜ばしいもの。
この繁華街ではいろんなものが売っているけれど、一緒に買い物をするとしたら──。
視線が向いたのは、宝飾品店の並びだ。身に着けるもの、身を飾るもの。上等なものが揃っていると店構えだけでも理解が及ぶ。
「お洒落でステキなひと。なゆが選んでもいい?」
「嬉しいよ。七結が選んでくれたものなら僕に似合って当然だ」
職業柄、巴は様々な衣服を着こなす機会が多い。それでも七結の感性は洗練されていて、巴にとっても好ましいものだ。否を呈する理由がない。
だから共に夜の街を渡ろう。
宝石箱の蓋を開けて並べたような店先。だがどんな宝珠も、巴の前では霞んでしまう。七結にはそう思えてならなかった。
かといって菓子では、おなかに入ってしまえばそれで終わってしまう。首飾りや腕飾りでは、彼の自由を奪ってしまう。
彼の傍に在れるもの。褪せず衰えず、彼の歩みに寄り添えるものがいい。
「…………あら?」
七結の視界の隅、落ち着いた風合いのかたちが見えた。
耳をすませば細やかな音が、確かな音を刻んでいることに気付く。飴色の艶が美しい置き時計を看板とした、時計屋だ。
ここであれば何か見つかるかもしれない。そう思って、海底に眠る真珠を探すような所作で、七結は時計の海に漕ぎ出した。
生きる時間を刻むように。
“今”を見つめられるように。
そんな願いを抱えて探していたら、七結はあるひとつに辿り着く。
蓋には光ひとつ。明星思わす水晶が嵌められた懐中時計だ。余計な装飾がない分、巴の痩躯によく似合うだろう。
「これを贈りたいの」
どうかしら。そう尋ねるように七結は首を傾げる。「どうぞ手に取ってご覧ください」という店主の勧めもあり、巴の掌の上に懐中時計が載せられる。
──チクタク、チクタク。
同じ幅、同じ角度で動く針。正しく時を巡っている。正しく時を、刻んでいる。
今この瞬間も。
「僕の、今を刻んでいる」
知らないうちに声が転がり落ちた。自然と確かめるような声音になって、巴の胸裏に淡い何かが滲んでいく。
それは存在証明に似ている。己がここにいるということを示す、導の星にも似ている気がした。
「ありがとう、大切にするね」
噛みしめるような囁きになった。七結はその言葉を聞いてふわり微笑み、ではこれをお願いしますと店主に会計をお願いする。
その間に巴が取り出したのは、七結が品物を選んでいる間に買い求めた包みだった。
向き直るのに際して、ひとまず先にと巴が包みを開けて眼前に示した。
「僕からは、先程の彼女と七結へ」
佇んでいたのは紫丁香花のブローチだ。
小さな紫の花が重なるように咲いている。先に聞いた話によると草木染めなんだとか。年月を経るたびに少しずつ彩が馴染んでいくだろう。
眺めるだけで心の奥が癒される。そんな心地になるのが不思議だ。
「安らぐようなやさしい彩ね。ありがとう、トモエさん」
「紅は、」
一拍置いて。
巴は慈しむように告げる。
「君のいっとうからもらうだろう?」
その声があんまり優しいものだから、七結声を詰まらせた。
吐息を食んで、幻朧桜に呑まれる前に想いを手繰る。
「紅に、いっとう……嗚呼、」
知らぬ間に指先が鎖骨のあたりに伸ばされている。鎖をなぞり、宿るあかいろを求めている。
「この熱に、気づいていたのね」
そこまで言い及んで、七結は困ったように小さく笑う。
しかしそれをも包むような柔らかさで、巴もまた笑った。
懐中時計は懐に、ライラックのブローチは胸元に。それぞれ携えて、再び人波を泳いでいこう。
「年明けからの君の物語を、この時計と共に聞いて過ごそう」
「仲良しのあなたの前ではおしゃべりになってしまう」
困ったような語句のくせ、嫌な感情はまったく浮かんでこないのだ。
再会をするまでの幾つもの出来事たち。
時が来るまで語らうでしょう。
「あのね、トモエさん──、」
徐々に紐解いていく花弁の輪郭の色は、どうぞふたりの秘密にさせて。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ウィアド・レドニカ
ユル(f09129)と
賑わいは舞踏会とも負けず劣らずだけど俺はこっちのが気楽だわ
折角だし何か買ってくかい?
ユルの提案に頷いて
いつかの買い物を思い出す
今回は揃いでなくて?
一緒に歩きながら目星つけ
あとで分かれて買いに行こう
甘味ばかり見てたら注意され
舞踏会のは前菜程度だったんだけどな…
待ち合わせ決め買って戻れば甘い匂い
交換品は甘い物?
渡されたのは甘味でなく
嬉しいけど匂いで期待した分少し肩落とし
と思ったら甘味も…っ!
俺の反応が単純過ぎてユルが吹き出すから
くそ、恥ずかしいったらない
あぁでもキミは男前すぎるだろ
女だったら惚れてるわ
甘過ぎる
俺からは懐中時計
舞踏会の格好に合いそうだったから
普段使いにでもしてよ
ユルグ・オルド
f18759/レドと
お行儀よくしなくて良いしネと伸び一つ
じゃ定番のプレゼント交換しよっか
お揃いじゃびっくりしねェでしょ
つッてもなァ、レドの好きなモンて
ほら、また余所見、デザートには早くねェ?
ぐいと襟首引き寄せて
待ち合わせ決めたら宝探しといこう
合流してから差し出すのは
レドの眸に似た色の石を編み込んだ腕飾り
菓子じゃあ食ったら無くなるだろ――なンて
一緒に差し出すのは飴色籠めた金平糖の瓶
そろそろ小腹が減ると思って
あからさまに喜ぶんだから揶揄い半分
あんまり素直でこっちの方が照れるわ
そりゃア、ダンスに誘うなら?
笑い収めぬまま手でなぞるのは懐中時計
丁度、時計の用が出来たトコ
誂えたようで狡いだなんてお互い様で
●連綿と続く時の行方
繁華街の賑わいは、先程までの舞踏会とは似て非なるものだ。
街自体の持つ雰囲気なのだろう、洗練された華やかさがあるのは同じ。だが繁華街のほうが人々の素の活気に満ちていて、肩肘を張る必要もない。首元を寛げていたとしても、咎める人間は誰もいない。
「俺はこっちのが気楽だわ」
ウィアド・レドニカの落とした吐息は、幾らか安堵の色も含んでいる。
「お行儀よくしなくて良いしネ」
伸びをしたら眦にほんの少しだけ涙が浮かんだ。ユルグ・オルドも肩の力が抜けたようで、穏やかな風情で周囲を眺めている。
話には聞いていたが、この区画は本当に様々な店が軒を連ねているようだ。
食べ物、装飾品、骨董品。その他にも漢方やお守りを商っているような店もあり、まさに多種多様という言葉が相応しい。
自然と心が弾むし、少し冷やかしてみるのも悪くないだろう。
「折角だし何か買ってくかい?」
「じゃ定番のプレゼント交換しよっか」
ユルグの提案に、ウィアドは反射的に頷いて。その後にある一幕を思い出した。
去年の暮れ、白い国での買い物に際し、諧謔とともに交わした言葉たち。
「今回は揃いでなくて?」
「お揃いじゃびっくりしねェでしょ」
びっくりさせるつもりなのか、そう思えばウィアドはつい喉元で笑みを転がしてしまう。まるで驚いた顔が見たいと言わんばかりの口吻だったから。ユルグもつられるように口の端を上げる。
あの日の続きを、これから詳らかにしていこうか。
ふたり揃って小路を往く。ある程度の目星をつけてから散会し、互いに買い物をしようという算段になった。
「つッてもなァ、レドの好きなモンて」
歩きながら、ユルグはつい首を傾げてしまった。思索に耽る間に、隣にいたはずの気配が遠のいたことに遅れて気づく。
「ほら、また余所見、デザートには早くねェ?」
確認する前に手を伸ばし、ぐいと襟首を引き寄せる。見遣れば案の定、ウィアドの手の中には試食用と思しき花林糖の包みがあった。
「舞踏会のは前菜程度だったんだけどな……」
要するに小腹が減っているということ。仕方ないなとユルグは肩を竦めて「どんなモンにお目にかかれるか、楽しみにしてる」なんて期待値を上げておこうか。
待ち合わせ場所を定めたら、互いの宝探しが開始された。
人波に紛れ、誰かのために贈るものを探すことは楽しいものだ。それが喜んだ顔が見たい相手とくれば尚の事。
夜空の星が廻る前に合流した時には、それぞれの手に戦利品らしきものが抱えられている。
ウィアドが片眉を上げたのは、甘い匂いが鼻腔を擽ったから。ついついユルグの手元に視線が向いてしまう。
「交換品は甘い物?」
「まァ待ちなって」
前のめり禁止とばかりに制してから、ユルグが差し出したのは腕飾りだった。
永い年月を経て深くきらめく琥珀。磨ききらぬ有りの儘のそれを、赤錆色と水浅葱の組紐で結い合わせ、異国の銅貨で彩った腕飾り。かといって腕を振るう際に邪魔にならない、絶妙な長さに誂えてある。
嬉しい。嬉しいのは間違いないのだけれど。
ウィアドはご飯を楽しみにしていた子犬のように肩を落としてしまった。おいしそうな匂いがしたのだから、期待していたのも本音だった。
その様子にユルグが含蓄のある笑みを零してみせた。
「菓子じゃあ食ったら無くなるだろ──なンて」
タイミングを見計らったように、飴色籠めた金平糖の瓶が姿を現す。甘い匂いの正体は、おまけにつけてくれた焼きたてのカステラだ。
「甘味も……っ!」
「そろそろ小腹が減ると思って」
つまりお見通しということだ。ぱあああ、というオノマトペが表示されそうな勢いでウィアドが素直に目を輝かせるから、思わずユルグは噴き出してしまう。
くつくつと笑気を飼いならすユルグに、はたと我に返ったウィアドの頬に朱が差した。
「くそ、恥ずかしいったらない」
自然とウィアドは憮然とした表情になってしまう。けれどそれが本当に気分を害したわけではないと知っている。だからこそユルグは揶揄い半分で、喜ぶ顔が見たくなってしまうのだ。
「あんまり素直でこっちの方が照れるわ」
幾らかいとけない色がユルグの笑みに染みる。その落差が、普段の飄々とした風情とのギャップを醸し出す。
それはずるいんじゃないかな、なんて思うのは見逃してほしいところだ。
「あぁでもキミは男前すぎるだろ。女だったら惚れてるわ」
「そりゃア、ダンスに誘うなら?」
しれっと宣うユルグに、甘過ぎる、そう言ってウィアドが頬を掻く。それを誤魔化すように、先程購入した箱を取り出した。
蓋を開け、姿を現したのは懐中時計だ。
銀無垢のそれは月日を重ね、僅かに金にも似た輝きを孕む。文字盤は見易いと同時にクラシカルな佇まいで、クリスタルガラスの向こうで静かに時を刻んでいる。
期せずしてそれぞれが、今までもこれからも続く日々に繋がる贈り物と相成った。
「舞踏会の格好に合いそうだったから。普段使いにでもしてよ」
その言葉だけで、ウィアドがユルグに合うようにと探したことが透けて見える。
口許を掠めるのは先程の笑いの名残か、はたまた今胸に兆すくすぐったさか。
ユルグは懐中時計の輪郭を指先で辿りながら言う。
「丁度、時計の用が出来たトコ」
──誂えたようで狡いだなんて、お互い様で。
賑やかな夜だけが、ふたりの道行きを見守っている。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
スティレット・クロワール
鈊くん(f19001)と
お嬢さんは買い物中か
物は残るって言うのにねぇ。ーーそれも戀か。
思い出の品なんて、私にはあまりないからね
えー、あの本とか地図とか面白かったのに
さ、しーん君。私たちも買い物と行こうか
折角だしね、色々見て行こう
何か欲しいものはあるかな?
盃?ゴブレットじゃなくて、か
うんうん、詳しいんだね。鈊くん。それなら、その硝子盃を探そうか。
私もその色づく様を見てみたいしね。
私の騎士へのご褒美だよ。私がもってあげるから好きなのを買いなさい?
お菓子…
ふ、ははははは。いや、うんうんごめんごめん
私にそんな風に言う子はいなかったからねぇ
うん、じゃぁお菓子、買ってもらおうかな。甘い物は好きだよ。
黒金・鈊
スティ(f19491)と
ふん、消えゆくものもあるとも。だから増やそうとする。
物に拘らないのも結構だが――
あんたは思い入れの無い物でも溜め込むのをどうにかしろ。
そうだな、気付かれて逃すのも問題だ。
俺達が見失っても、誰かが真面目に追うだろう。
硝子盃に興味がある――ああ、あんたのとこにあるような厳めしい儀式用のやつではなく。
澄んだ色の酒を入れると、うっすら色づくような美しいものが、この世界にはあるはずだ。
この世界だと、薄紅色が多そうだな。
奢って貰うほど困ってはいないんだが……。
ああ、なら、あんたの分は俺が買おう。菓子でも買ってやろうか?
なんやかんやで、案外素直に甘い物が好きなんだろう、スティ。
●光が透けた先
花の娘の背を見かけたのは偶然か、否、影朧の元へ向かうための必然だ。
しかしその姿があまりに幸福そうで、相手に喜んでもらいたいのだと純粋に理解が及んでしまう。
「お嬢さんは買い物中か。物は残るって言うのにねぇ。──それも戀か」
スティレット・クロワールの声は感慨深げにも、何の色も含まないようにも響く。
その様子を見遣り、黒金・鈊は飴色の瞳を眇めた。
「ふん、消えゆくものもあるとも。だから増やそうとする」
かたちのあるものも、ないものも。手繰ろうとするのは慕わしさゆえ。
一度失っているからだろうか。椿はふたりのよすがになり得るものを、必死にかき集めんとしているのかもしれない。鈊にはそんな風に思えた。
それを見透かすように、スティレットは淡い笑みをひとつ零す。
「思い出の品なんて、私にはあまりないからね」
軽妙な声音だ。しかし藍の双眸には、知らないからではなく知っているからこその怜悧さが滲んでいる。
鈊はそれすらも把握した上で、それは盛大な息を吐く。つい頭を抱えそうになるのは、スティレットの悪癖を知っているためだ。
「物に拘らないのも結構だが──あんたは思い入れの無い物でも溜め込むのをどうにかしろ」
「えー、あの本とか地図とか面白かったのに」
悪びれずにけろりと宣われて、再びため息がひとつ。それでも嫌な空気が漂わないのは、互いに寄せる信頼に基づく気安さによるところが大きい。
椿が角を曲がるのを見届けて、スティレットが鈊へと向き直る。
「さ、しーん君。私たちも買い物と行こうか」
「そうだな、気付かれて逃すのも問題だ」
怪しまれない程度の距離を保ち、ふたりは娘の後をついていく。道行く人の流れに紛れれば、こっそり尾行することも難しくない。
それに他の猟兵たちもいる。「俺達が見失っても、誰かが真面目に追うだろう」という鈊の言葉は正鵠を射ているだろう。
店先を冷やかしながら、彩り豊かな品々を流し見ながらスティレットは問う。
「折角だしね、色々見て行こう。何か欲しいものはあるかな?」
「硝子盃に興味がある──ああ、あんたのとこにあるような厳めしい儀式用のやつではなく」
鈊は先んじて言い添える。
つまり教会で馴染みのあるゴブレットではなくて、UDCアースの京都などで見受けられる、透け感のある繊細な杯のことだ。
なるほどと瞬きを挟むスティレットの表情からして、理解が及んでいると判断する。鈊は続ける。
「澄んだ色の酒を入れると、うっすら色づくような美しいものが、この世界にはあるはずだ」
「うんうん、詳しいんだね。鈊くん。それなら、その硝子盃を探そうか」
硝子製品を商っている店を思い浮かべようとする。確か一本先の並びが、手工芸を扱う職人が多くいる区画だったはずだ。
記憶から在処を読み解いて、スティレットは口許に柔いほほえみを刷いた。
「私もその色づく様を見てみたいしね」
「ああ。この世界だと、薄紅色が多そうだな」
幻朧桜を彷彿とさせる彩は、サクラミラージュにおいては定番と言っていい。きっと春の名残を飲み干すことが叶うだろう。
視線が交錯し、どちらともなく頷いた。意見の一致。ふたりは肩を並べて進みゆく。
程なく見えてきたのは、硝子製の食器類を扱う店だ。オイルランプに照らされて玄妙な光が反射する。
盃といっても、思いのほかたくさんの種類があるようだ。秋草金線と金縁が典雅な擦り硝子、霰紋が施された薄い金色の硝子、水面を流れる桜の花弁を意匠した薄口の硝子。
どれも質が良いことは一目でわかる。ゆえに、良い意味でどれにすべきか悩ましい。
鈊が店子の説明に身を傾けていると、スティレットが眼を細めながら悪戯めいた囁きを落とした。
「私の騎士へのご褒美だよ。私がもってあげるから好きなのを買いなさい?」
不意を打たれ、鈊は思わず瞬いてしまった。当然己で支払うつもりでいたからだ。
「奢って貰うほど困ってはいないんだが……」
恐縮ではなく、純粋な心持として断りを入れようとする。
とはいえ頑なに拒むほどの理由があるわけでもない。だから鈊は「どれにするか決めたら教える」と伝える。スティレットも緩く口の端を上げた。
しかし奢られっぱなしというのも性に合わない──そこまで考えて、仕返しとばかりに鈊は提案する。少しばかりの茶目っ気を声音に潜ませて。
「ああ、なら、あんたの分は俺が買おう。菓子でも買ってやろうか?」
「お菓子……」
スティレットがつい鸚鵡返ししてしまったのは、単純に話の中身が咀嚼出来なかったからだ。
漸う理解が追いついた頃には、くすぐったさが背を押すように喉を震わせる。
「ふ、ははははは」
笑みが転がって、跳ねる。
「いや、うんうんごめんごめん」
だから看過してほしい、そう示すように両の掌を鈊へ向ける。降参と訴える。
「私にそんな風に言う子はいなかったからねぇ」
だからこれは弁明ではなく理由の提示に過ぎない。そういうことにして欲しい。
愉快げに頬を綻ばせるスティレットの様子に、不満の類のマイナス感情の気配は微塵も感じられない。鈊もそれはわかっている。
だから困った奴だなとばかりに差し出した視線は、常通りの心安い有様を表している。
「なんやかんやで、案外素直に甘い物が好きなんだろう、スティ」
「うん、じゃぁお菓子、買ってもらおうかな。甘い物は好きだよ」
何なら、ここで買う盃と共に味わえるようなものがあればいい。
新たなかたちを見出すべく、再びふたりは人波に泳ぎだした。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
神埜・常盤
コノ君/f03130
いやァ、華やかな通りで良いねェ
この甘い馨は花梨糖かね、僕も食べたい
差し出して呉れる分は有難く戴こう
カメオ……
あァ、彫刻を施した石のコトかね
滑らかでとても綺麗だよ
興味あるなら寄って行こう
金平糖も食べたいなァ
君の目と似た星を探すのも楽しそうだ
僕はねェ、ウチの受付嬢
……式神に櫛でも買ってやろうかと
然し今宵の君は燥いでいるねェ
逸れないようにしてくれ給えよ
ウン? あァ……僕は無いなァ
死んだところで、きっと許して貰えない
どうせ愛しても呉れないだろう
脳裏に描く母の面影を振り払い嗤う
僕は言えるとも
だって、命を救うのも探偵の仕事だからね
そういう君は如何なのかね、コノ君?
コノハ・ライゼ
【ジンノ・f04783】と
流石賑やか、キラキラしてて目移りしちゃう
ソレにイイ匂い……あ、花林糖食べよう花林糖!
迷わず買ってジンノに差し出し
そうそ、新しい店も教えて貰ったンだ
金平糖の店に……カメオって知ってる?
へぇ、行く行く、綺麗なモノは何でも好き
勿論金平糖も買お
ジンノのお目当ては?一緒に選ばせてヨ
やたら燥ぐのもあながち偽装の為ばかりでなく
こんな時間の楽しさをこの頃知ったから
あは、へーき
椿ちゃんって目印があるから迷いはしないヨ
……ねぇ、「死なずにはいられない」ナンて想いしたコトある?
そんな想いを抱えるヒトにさ、生きろって、言えるかな
嗤う顔へ、問いには答えず笑み返す
じゃ、オレにもいつかそう言ってネ
●彼岸に思ふ
鈴蘭燈が浮かび上がらせる繁華街は、夜を知らぬ活気で満ちている。
並ぶ品物も多種多様だ。繊細な紋様施した装飾品、ある蒐集家が手放した曰く付きの骨董品。硝子瓶や和紙の箱に潜められた菓子は目にも楽しい。軽食の屋台も芳しい出汁の匂いを夜風に乗せる。
行きかう人々も洒落者が多いようだ。着物もモダンスタイルもハイカラで、人の流れを眺めているだけで飽きそうもない。
「流石賑やか、キラキラしてて目移りしちゃう」
「いやァ、華やかな通りで良いねェ」
だから湧き上がる愉快さは嘘偽りのないものだ。コノハ・ライゼは飄々と口の端を上げ、神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)は飴色の双眸を細める。
人波を渡るようにそぞろ歩きをしていれば、鼻腔を擽ったのは甘い甘い黒蜜の香り。
イイ匂い、とコノハが視線を巡らせれば、ある店先が賑わっている様が目に入っる。常盤も香りの正体を把握した。
「この甘い馨は花梨糖かね」
「あ、花林糖食べよう花林糖!」
「僕も食べたい」
意気投合。その店は工場がすぐ近くにあるらしく、揚げたてを販売しているのだそう。
コノハは迷いなく購入を済ませ、早速包みを開けて口へと放る。僅かに熱を残した花林糖は歯応えが軽やかだ。包みを差し出せば、常盤も花林糖を口に運んだ。
「美味しいね」
「デショ」
舌も胃も楽しませてくれた甘味に胸中で感謝を捧げつつ、再び逍遥へと身を委ねようか。
角を曲がれば、様々なきらめきを戴く装飾品を売る店が軒を連ねている。美しい宝玉を見遣るうち、コノハは舞踏会で花の娘に聞いた話を思い出した。
「そうそ、新しい店も教えて貰ったンだ。金平糖の店に……カメオって知ってる?」
首を傾ぐコノハに、常盤は幾らか記憶を辿った後で、鷹揚に頷いた。
「カメオ……あァ、彫刻を施した石のコトかね。滑らかでとても綺麗だよ。興味あるなら寄って行こう」
「へぇ、行く行く、綺麗なモノは何でも好き」
稚気すら滲ませて乗り気なコノハに、常盤はつい頬を緩めてしまう。
「勿論金平糖も買お」
「金平糖も食べたいなァ。君の目と似た星を探すのも楽しそうだ」
あれもこれも、夜にひかる繁華街では何でも手に入る心地になる。
瑪瑙のカメオブローチは見目だけでも芸術品だ。彫られた意匠も女性の横顔、天使、花などそれぞれで異なっており、時を経て尚深まる物語性に心は弾む。
葡萄酒色の革靴はシルエットが洗練されているし、月を映す夜思わす紺青色のインクも伸びる色が絶妙だ。
もちろん金平糖だって忘れずに。淡い黄、桃花、雪白。可憐な色が揃う中、冬の湖面を彷彿とさせる薄氷の彩を見出すことが叶った。
「ジンノのお目当ては? 一緒に選ばせてヨ」
「僕はねェ、ウチの受付嬢……式神に櫛でも買ってやろうかと」
「いいネ、とっておきを選ばなきゃ」
次は常盤の希望に添う番だと、女性向けの装飾品の店へと足を向ける。
振袖を着るどこぞのお嬢さんと肩を並べ、櫛屋の前でとっておきを見繕うことにしよう。鼈甲の櫛は常盤の持つ彩によく似ている。きっと喜ぶなんていう想像は、不思議と確信にほぼ等しい。
ふと常盤は隣に視線を流す。簡単には底を見せぬコノハが、こうして正しい意味で気儘に過ごす様は聊か珍しく思える。
だから常盤の口から零れた言葉は率直な感想だ。
「然し今宵の君は燥いでいるねェ。逸れないようにしてくれ給えよ」
コノハはぱちりと瞬いて、己の真ん中にある感情の発露を引き寄せようとする。
やたらはしゃいでしまうのも、あながち椿の尾行を誤魔化す偽装のためばかりでない。自覚は十二分にあった。
こんな時間の楽しさをこの頃知ったから、だからこそだ。
故にコノハは当然とばかりに不敵に笑う。
「あは、へーき。椿ちゃんって目印があるから迷いはしないヨ」
言って、視界の隅の椿の存在を確かめる。椿は警戒する様子はまったくない。少なくとも猟兵たちの存在は気取られていないと思って間違いなさそうだ。
不意に胸裏によぎったのは、此度の予知について触れたグリモア猟兵の言葉。
先程の高揚が剥がれた声音でコノハは尋ねる。
「……ねぇ、『死なずにはいられない』ナンて想いしたコトある?」
「ウン?」
「そんな想いを抱えるヒトにさ、生きろって、言えるかな」
「あァ……」
常盤は歩く足を止める。微かに落ちる、静寂。
そこに潜む気配が神妙だから、あるいは己にも思うところがあったから。
それ以上の理由を見出すことはいったん脇において、常盤は睫毛を伏せながら呟いた。まずは先の問いについて。
「僕は無いなァ」
繋いでいた縁があった。繋いでいたい想いがあった。
思い描くは母の面影。遠く霞んでしまう前に、自らそれを振り払う。
而して常盤は苦く嗤う。
「死んだところで、きっと許して貰えない。どうせ愛しても呉れないだろう」
逡巡する過去。横たわる痛み。
それらを瞬きひとつで逃して、常盤は柔い笑みを刷く。
「あと、生きろという言葉だね。僕は言えるとも。だって、命を救うのも探偵の仕事だからね」
言葉を手繰るうち、いつもの悠然とした常盤に戻っている。
「そういう君は如何なのかね、コノ君?」
水を向ける。コノハは眦を緩めて、それでも質問に返事はしない。
綻ぶ笑みに嘘はない。はぐらかしているようにも聞こえたかもしれないが、告げる声は存外素直だった。
「じゃ、オレにもいつかそう言ってネ」
そのいつかが夜半の夢に溺れて消えてしまわないように。
今は小路を往こう。ふたりぶんの足音を、響かせながら。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
アルゲディ・シュタインボック
夜の街って昼間と違ってすっごくドキドキするのは何故なのかしら
ドレスから動きやすい格好に着替えて落ち着いた雰囲気の暗色コートに袖を通し、意気揚々とお買い物に出発♪
和洋折衷文化って本当に素敵。
飾り物一つとっても、細工がこまやかで丁寧な仕事で
眺めているだけで時間忘れそうになるわね
…って追跡のお仕事も忘れちゃわないようにしなきゃ
まぁそうならないように、光蛇数匹喚んで、私の代わりに椿ちゃんの方に気を配って貰っとくわね
春の新色コスメを幾つか手に取り品定め
ケースも上品で可愛らしいのね
お店の方にお薦め聞いたらそれにしちゃうかも
彼女が移動したら気が付いた蛇がつついて教えてくれるわ
さり気なくついて行きましょうっと
●咲き誇る紅
今宵の夜空は明るい。
それは繁華街に灯る街燈のせいか、人々の活気のせいなのか。いずれにせよ闇の静謐は遠く、数多の燦然が店先を彩る。
「夜の街って昼間と違ってすっごくドキドキするのは何故なのかしら」
アルゲディ・シュタインボックは吐息と踵を弾ませ夜道を往く。
舞踏会で着ていたドレスの出番はもうおしまい。
今は帝都が手配してくれたモダンな木綿ワンピースを身に纏っている。千歳茶色の外套に袖を通し、黒い革靴で路地へと踏み入ろう。
周囲を見渡すアルゲディの瞳には、興味の彩が湛えられている。
所謂和洋折衷文化は心ときめかせるものだ。店先に並ぶ装飾品ひとつとっても、異国から仕入れたであろう素材を、帝都の職人仕事で細やかに仕上げられているのが一目でわかる。
文化柄量産されているものは無きに等しく、それぞれが多種多様の趣を持っている。こうして冷やかして歩くだけでも夜が明けてしまいそう──なんて思ったところで、本日の本題を思い出した。
「……って追跡のお仕事も忘れちゃわないようにしなきゃ」
いけないいけない、とばかりに頬を軽くぺちりと叩く。
小路の隅、外套の内側でユーベルコードを編み上げ、光と成していく。
「医術の守り神達、力を貸して頂戴ね」
淡く明滅する光がしなやかな流れとなり、幾匹かの蛇へと姿を変える。「私の代わりに椿ちゃんの方に気を配っておいて」と命じれば、光蛇らは粛々と地を這い、花の娘の背を注視する構えをとった。
「さて、何から見ようかしら」
アルゲディの足は女性向けに誂えられた品物を扱う店の方向に進んでいく。
扇子や香水、簪といった品々の前を通り過ぎ、歩みを止めたのは化粧品の店先。
サクラミラージュは幻朧桜に所以する化粧品が多い。
今売られているのは春の新作らしい。幻朧桜の樹液を用いられた美顔水や下地クリーム。蓋に桜の意匠を施した頬紅は、まさに花が咲くような華やかさだ。
「ケースも上品で可愛らしいのね。お薦めはあります?」
おしろい、もといフェイスパウダーの匣に指先を伸ばしながら店子に問えば、店の奥からわざわざ包みを取り出してくれた。
差し出されたのは、山茶花思わす鮮やかな棒紅。
試しても構わないということで、唇の上に紅を滑らせてみる。
店子が手鏡を貸してくれた。くすみのない春色はアルゲディの白い肌によく映えている。
「素敵。これにしちゃおうかな」
お買い上げと相成って、満たされた心地と共に踵を返そうとした時だった。
「あら?」
光蛇の一匹が革靴をつついている。視線を走らせれば、椿が別の区画に向かおうとしているようだ。
「さり気なくついて行きましょうっと」
きっと今日の夜は少し長い。
だからアルゲディは焦ることなく、花の娘の背を追っていく。
大成功
🔵🔵🔵
ノーラ・カッツェ
【ローグス女子会】
華やかさと趣のあるこの街でのみんなとのお買い物…良いものにも巡り合えそうな予感もするし楽しみだわ。
…この世界にも猫をモチーフにした物は沢山あるのね。さすが猫、人気者ね。
っと猫グッズを見ていたらアキの面白そうな提案が。
予算内でプレゼント交換はすごく楽しそうね。誰に送るか決まったら早速探しにいかないと。
マリアンナへの贈り物…。どんなものが良いかしら…。
あら…これは簪?なるほど…毬簪と言うのもあるのね。決めたわ。
白・青・黒色系の毬簪を1つずつの計3つ買って。
これならマリアンナの持つ可愛らしさをより引き出してくれると思うから…。
あとは気に入ってもらえるといいんだけど。
マリアンナ・イレブン
【ローグス女子会】
華の帝都、その繁華街となればなんとも華やかな事か。
異世界というのはこんなにも美しい場所なのですね……ちょっと目が回りそうですが。
任務はありますが、折角ですので女子会というモノを楽しみでたいです。
なるほど、プレゼント交換、聞いた事があります。
ですが……その……2番手以降だとありがたく。
装備ではなく装飾品選びなど産まれて初めてですので。
似合うモノ…………あれもこれも綺麗だから皆さんに似合うと思うのですが……。
宝石類は綺麗ですが……高すぎるのはダメらしいので……。
では、私からアキへは紅白のリボンが結ばれたこの鈴の髪飾りを。
帝都らしく……活発なアキにはよく似合うのではないでしょうか?
メール・ラメール
【ローグス女子会】
どうしよう、アレもコレも欲しくなっちゃう…
……サアビスチケットでお得に買い物出来たり……
しないわよね、うん、わかってる
あら。マリアンナちゃんはおめめ回しちゃいそうだったら手でも繋ぐ?
アキちゃんが自分より誰かの為の物を選んでいるのに
自分が欲しいものばっかり選んでいることをちょっとだけ恥じたりする
………年上、なのに…!!(未だに引きずっている)
プレゼント交換?する!よーっし俄然燃えてきた!
ノーラちゃんへの贈り物、どれにしようかなー
悩んだ結果、パッケージもカワイイ薄い桜色のマニキュアを
猫ちゃんグッズもいいかなーって思ったけれど
ほら、爪の手入れは大事でしょう?
ノーラ”猫”さんだものね
駒鳥・了
【ローグス女子会】
マリちゃんとも合流して4人!
ならず者事務所なのに女子は皆カワイイの不思議
皆で笑いながらいざ出陣!
自分が欲しいより
ラメちゃんに似合いそーとか
マリちゃん飾りたいってゆー物ばっか見つかる!
カッツェちゃんが見てるにゃんこもカワイイ!
いっそこの子の為にコレ!で、プレゼント!とかやろっか?
相手はダイスで決めて、予算こんくらいでどお?
決まったら獲物を探しにGO!
しかし悩む!
白椿のコームもいいケド、ラメちゃん=リボンだし
サクミラな派手色は浮くし
白いブレスレット風のレース編みフィンガーレスグローブを選択!
気に入ってくれるかな?
オレちゃんには鈴付リボン?
逸れてもスグ見つけて貰えそう!アリガトー!
●めくるめく乙女たちの談笑
舞踏会で咲いた乙女たちの舞台は繁華街へと移る。
それぞれがドレスからモダンワンピースへと装いを変えて繁華街に降り立った。
華の帝都、その繁華街ともなれば、燦然ときらめきに満ちている。夜の暗がりとは無縁の街だ。
マリアンナ・イレブン(№11・f24832)の口から吐息が零れた。任務はあるが、折角だから女子会というものを楽しんでみたいのもまた本音。
人々の合間から覗く燈の明滅に、赤と緑の双眸を細める。
「異世界というのはこんなにも美しい場所なのですね……ちょっと目が回りそうですが」
女子会の輪にマリアンナが更に加わって、四人の足取りは軽くなるばかり。
「ならず者事務所なのに、女子は皆カワイイの不思議」
先往く駒鳥・了が後ろを振り返り、軽妙に笑いながら言う。
決して小奇麗とは言えない事務所ではあるが、集まるのは何だかんだで気がいい連中ばかりだ。気安いし、けれどそこには確かな信頼関係がある。
だからこそこうして一緒に買い物をするだけで心が弾む。
──皆で笑いながらいざ出陣!
そんな威勢で小路を進もう。異国情緒と現代のあわいを重ねたような街並みに、ノーラ・カッツェも柔く笑みを浮かべる。
「華やかさと趣のあるこの街でのみんなとのお買い物……」
プラチナブロンドの巻き髪を揺らす夜風は涼しい。
高鳴る胸に手を添えて、ノーラははにかみながら声を紡ぐ。
「良いものにも巡り合えそうな予感もするし楽しみだわ」
「どうしよう、アレもコレも欲しくなっちゃう……あっアレもカワイイ……」
目移りというのはまさにこのこと。
メール・ラメールは右見て左見て、素敵なものを見つけては小さく歓声を上げる。
「……サアビスチケットでお得に買い物出来たり……しないわよね、うん、わかってる」
「その代わりと言ってはなんですが、この繁華街の情報を纏めた小冊子があるみたいですよ」
メールが肩を落としかけたところで、マリアンナがタウンガイドらしき冊子を差し出した。
どうやら繁華街の入り口で配布していたらしい。四人揃って覗き込み、あれがいいこれがいいとはしゃぐのもまた楽しい。
そんなマリアンナは視覚情報を処理しきれず、何度も瞬きを挟んでこめかみを押さえる。「あら。マリアンナちゃんはおめめ回しちゃいそうだったら手でも繋ぐ?」悪戯っぽくメールが問うたのは余談となるか。
軽食の屋台や菓子店といった食べ物、革小物から貴金属に至る装飾品、年代物の曰く付きの骨董品。その他にも漢方薬やお守りや文房具、子供用の玩具まで、品揃えが豊富すぎて把握するのも難しい。
ふと雑貨を商う店の前を通りかかる。
ノーラの目に留まったのは、丸くなる猫を模った置時計だ。
「……この世界にも猫をモチーフにした物は沢山あるのね。さすが猫、人気者ね」
猫のぬいぐるみを大切にしているノーラは、つい猫に目を留めてしまいがち。
その様子を見遣った了が「あっ、カッツェちゃんが見てるにゃんこカワイイ!」と声を跳ねさせた。
了ははたと動きを止める。先程からついつい他の子のものを見繕ってしまっている。
困ってないけれど、困ったみたいに眉を下げる。
「自分が欲しいより、ラメちゃんに似合いそーとか、マリちゃん飾りたいってゆー物ばっか見つかる!」
参ったなという風情のその声に、メールは不意を打たれたように動きを止めた。
「そ、そうなの?」
「うん。これ絶対似合うー! とかそういうの見つけちゃう」
メールはぐっと声を詰まらせた。了は自分より誰かの為の物を選んでいるのに、自分は己の欲しいものばっかり選んでいることに気付いたのだ。
少し恥ずかしくていたたまれなくて、むず痒い腕を誤魔化すように撫でる。奥歯を噛んだ。
「………年上、なのに……!!」
メールの呟きに気付いた人間はいないようだ。舞踏会でのやり取りを未だに引きずっているらしい。身長の恨みは恐ろしい。
それに気付かず、了は閃いたとばかりに手を打った。
「いっそこの子の為にコレ! で、プレゼント! とかやろっか?」
三人の視線が了に集まる。
手近な休憩用のテーブルに、懐から取り出した賽子を転がす。
「相手はダイスで決めて、予算こんくらいでどお?」
「面白そうな提案。予算内でプレゼント交換はすごく楽しそうね」
「プレゼント交換? する! よーっし俄然燃えてきた!」
「なるほど、プレゼント交換、聞いた事があります。ですが……」
あのあたりで、と示されたのは装飾品を商う一角だ。示された予算額にも異議はない。
ノーラとメールが表情を華やがせた時に、おずおずと小さく声を上げたのはマリアンナだ。
もちろん交換に異論があるわけではない。
マリアンナの申し出は、そういった交流に不慣れだからこそのものだった。
「その……二番手以降だとありがたく」
ぱちりとした瞬きが三人分。
責めるのではなく純然たる疑問として「どうして?」と視線で尋ねたら、控えめな声で返事がやってくる。
「装備ではなく装飾品選びなど産まれて初めてですので」
「なんだーそんなこと気にしなくていいのに!」
了は破顔する。「こういうのプレゼントしたいなーっていう気持ちでいいの!」と太鼓判を押されたら、マリアンナも小さく笑みを浮かべて頷いた。
その様子を見守っていたノーラとメールにも、あたたかな微笑みが宿っていた。
「じゃあ、誰が誰のプレゼントを贈るかを決めないとね」
「早速ダイスで決めちゃおうか!」
ころころころころ。
結論としてはノーラがマリアンナへ、マリアンナが了へ、メールがノーラへ、了がメールへ。
分担が決まればとっておきの贈り物を探しに、華やかな夜に飛び込もう。
「決まったら獲物を探しにGO! また後でね!」
待ち合わせ場所と大まかな時間を共有し、四人は散会した。
どんなものがいいだろうと首を捻り、知恵を絞り、小冊子とにらめっこしながら繁華街の波を泳ぐ。
あれもこれも綺麗だから似合うのは間違いない。「しかし悩む!」なんて了の声が跳ねていた。
そうして暫しの時間を置き、手に包みを持った四人が集合した。
先程のテーブルを陣取って、さあご照覧と洒落込もう。
「マリアンナへの贈り物ね、毬簪と言うらしいの」
一番手となったのはノーラだ。
差し出されたのは、縮緬で作られた手毬を用いた簪だ。
雪を思わす繊細な白、瑠璃の深みを戴く青、静謐の夜に浸る黒。それぞれを一つずつ、計三つ。
長く艶やかな髪を持つマリアンナだ。結い上げて毬簪で纏めてもきっと似合うに違いない。
「これならマリアンナの持つ可愛らしさをより引き出してくれると思うから……どう?」
気に入ってもらえるといいんだけど。ノーラはそう控えめに言い添えた。
リアクションが一瞬遅れたのは、歓びが込み上げた時にどう反応すればいいかわからなくなったから。
マリアンナの顔にはそんな風に書いてある。
「……ありがとうございます」
恭しく受け取って、大切そうに両手で包み込む。
メールに「ほら二番手だよ!」と促され、マリアンナも買い求めた包みをテーブルに乗せる。
「宝石類は綺麗ですが……高すぎるのはダメらしいので……」
慎ましやかにそう告げたために、きっとそういった類も検討して悩んでくれたのだと思える。ついつい微笑ましくなって、メールは口許に手を添えて「カワイイ!」と笑ってしまった。
「では、私からアキへはこの鈴の髪飾りを」
包みの中から髪飾りが姿を現せば、結われた宝来鈴の澄んだ音がりんと響く。
金糸で彩られた紅白のリボンが重ねられ、中央にも紅白の梅が添えられている。
甘すぎない意匠は、了の亜麻色の髪に映えるに違いない。
「帝都らしく……活発なアキにはよく似合うのではないでしょうか?」
「オレちゃんに鈴付リボン? 逸れてもスグ見つけて貰えそう! アリガトー!」
つけるの楽しみ、とばかりに瞳を輝かせるも、はたと気付いて了もずずいと包みを贈呈する。
「悩んでさー。白椿のコームもいいケド、ラメちゃんイコールリボンだし。サクミラな派手色は浮くし」
ノーラに似合うのは少しくすんで、それでいて洗練された色だ。
だからこそ了が選んだのは──繊細なレース編みのフィンガーレスグローブだ。
手首から伸びた可憐な蝶々結びは、手の甲を辿り中指までを結びつける。手を翻せば縫い付けられたスパンコールが夜にきらめくだろう。
街燈に晒せば白の向こうに光が見える。
気に入ってくれるかな? という問いに、メールは嬉しそうにはにかんでから、最後の戦利品を披露する。
「ノーラちゃんへの贈り物、悩んだ結果これにしたよー、パッケージもカワイイの!」
サクラミラージュ風に言えば爪紅。
香水瓶みたいな容器に入った、薄い桜色のマニキュアだ。
品のある所作が似合いのノーラには、女の子らしい色彩がきっとぴったりだ。
「猫ちゃんグッズもいいかなーって思ったけれど。ほら、爪の手入れは大事でしょう?」
──ノーラ『猫』さんだものね。
そうメールが嘯けば、ノーラが花笑みを綻ばせる。
つられるようにマリアンナや了にもしあわせが伝染する。
「こういうプレゼント交換もいいね!」
溌溂とした了の声が夜に溶ける。
乙女たちの楽しい時間が終わるのは、もっとずっと後の話。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
宵鍔・千鶴
悠里(f18274)と
久方ぶりに興じた踊りは心地良いまま
夜半の街へ
…悠里、顔赤い?大丈夫?
噫、本当に。選り取り見取りで悩んでしまうね
花を模した硝子のランプか…
硝子雑貨の店先を覗き手に取り翳すときらきら目映くて
可愛い蛙と共ならば蓮や紫陽花なんかが確かに似合いそう
悠里の部屋は可愛らしい予感がする、なんて冗談めいて
俺は…どうしよう
隣店からの音色に誘われ見つけた
小さな桜が散りばめられた螺子巻オルゴール
指先で慈しむように撫ぜて、此れが良いと
買い物済ませ椿を追う前に
悠里、両手を出して。ころりと小包を渡し
中身は硝子店で買った紫蝶の硝子細工
あんまり綺麗だったからね
今日の想い出に、受け取ってくれると嬉しい
水標・悠里
千鶴さん/f00683
今更ながら人前で踊ったのが恥ずかしく思えて
こっそり赤くなった頬を手で押えて隠す
何でもありませんよ
ほら選取り見取りですから何を見ようか悩んでおりまして
ギヤマンの花は無いかと
先日硝子を砕いてランプを作ったのですが、光に当たるときらきらと光って光が凝ったよう
蓮の花があればいいですね
学園迷宮で出合った霧雨蛙を思い出す
可愛らしかった姿と一緒に
部屋においてあげればきっと素敵だろうと想像しながら歩いて行く
私ばかり楽しんでいても仕方ないですね、千鶴さんは何か捜し物はありますか
これを私に?
嬉しいです、大切に致しますね
慌てて買い物袋こら取り出したのはギヤマンの青薔薇
これは私から
今日のお礼です
●夜に月、風に香、花に蝶
先程の舞踏会で得た高揚と心地よさは、今もふたりを浸している。
故に繁華街へ抜けた後も、火照った頬は冷めやらない。
今更ながら人前で踊ったことが恥ずかしく思えて、水標・悠里は冷えた指先で己が頬を押さえた。
ただそれはあくまで隠れて為したもので、こっそりと誤魔化しているつもりだった。
なのに。
「……悠里、顔赤い? 大丈夫?」
宵鍔・千鶴の控えめな問いかけに、悠里は弾かれるように顔を上げる。
「何でもありませんよ」
弁明みたいな声音になった気がした。
「ほら選り取り見取りですから、何を見ようか悩んでおりまして」
取り繕うように告げた言の葉にも、一応ほんとうは含まれている。
それすらも見透かしているのか、そうでないのか。さておき千鶴も店先に視線を走らせた。
「噫、本当に。選り取り見取りで悩んでしまうね」
千鶴の瞳は眇められ、繁華街の果てを見渡そうとする。その先を手繰るように、悠里も小路を踏みしめる。
鈴蘭の街燈が繁華街を照らしている。
それに視線を遣れば、悠里の唇から、祈りのような声が零れた。
「ギヤマンの花は無いかと、思っているのです」
我知らず呟いていたことに遅れて気付き、悠里は言葉を重ねる。
「先日硝子を砕いてランプを作ったのですが、光に当たるときらきらと輝いて。光が凝ったようでした」
逡巡するように回顧する。
月に手を伸ばしたいと請うような、優しい眼差し。憧憬にも似たそれは、光のあたたかさを識っている。
「花を模した硝子のランプか……」
見つかると良いね。そう伝えるように、千鶴は小路を歩き出す。悠里はその足跡を追っていく。
賑やかな雑踏。活気に満ちたざわめき。
夜半の風は冷えていて、ふたりの黒髪を攫っていく。
向かう先は硝子製品を扱う並びだ。食器、工芸品、装飾品。良い職人がいるのだろう、どれもが流麗かつ繊細、それでいて泰然としている。
目に留まった店を覗くことにした。その店では、赤縁のフリル硝子のオイルランプが道行きの案内人のように灯っている。
千鶴は金魚の硝子細工を掌に載せる。
ランプの燈に翳すとちかちかと光を弾く。眩しくて目映い。紫苑の双眸を緩く細める。
「どれも可愛いし綺麗だ。何か気になるものはある?」
「そうですね……蓮の花があればいいですね」
学園迷宮で出会った霧雨蛙を思い出す。まばたきして小首を傾げる姿は、可愛らしいの一言に尽きた。
去年の夏頃の探索。悠里は懐かしむように、長い睫毛を伏せて微笑みを刷く。
「一緒に部屋においてあげれば、きっと素敵だろうと思いまして」
「確かに。可愛い蛙と共ならば、蓮や紫陽花なんかが似合いそう」
梅雨の季節はもう少し先だ。
けれど今から花と共に在れるのならば、霧雨蛙もきっと寂しくはない。
千鶴が「悠里の部屋は可愛らしい予感がする」なんて諧謔交えて囁くから、悠里は照れ隠しに軽く咳払いする。唐突な話題転換である自覚はあったが、ともあれ悠里は問いを投げた。
「私ばかり楽しんでいても仕方ないですね、千鶴さんは何か捜し物はありますか」
それに気付いてか気付かずか、千鶴も首を傾げて想いを馳せる。
「俺は……どうしよう」
急にぱっとは思いつかず、どうしたものかと考え廻らせようとした時だった。
澄んだメロディが夜に連なり、耳朶を揺らしたのは。
硝子細工を棚に戻し、隣の店に移動する。
店先に並べられていたのは、音の漣を紡ぐための匣──硝子製のオルゴールだ。
試しに鳴らしてみてくださいと店子が勧めてくれる。
悠里がゼンマイを回してみる。そうすれば、細やかな雨垂れが奏でるような旋律が、夜に在ってもよく聞こえた。
音色だけではなく見目も美しい。千鶴が惹かれ細い指先を伸ばしたのは、小さな桜が散りばめられた螺子巻オルゴールだ。
精緻に施された桜模様を指の腹で確かめて、ゆっくりと慈しむように撫でて。「此れが良い」と口許に笑みを刻んだ。
それから花瓶、置時計、ワイングラスといった硝子製品を見て回る。
「あ」
悠里が声を上げたのは、その動きを注視していた椿が他の区画に移動しようとしていたからだ。
そろそろ追わなければならないか。そう思い、歩を進めようとした頃合いだった。
「悠里、両手を出して」
千鶴が囁く。とっておきの内緒話を打ち明けるような声音に促され、悠里は両の手を千鶴に向ける。
ころりと小包が渡される。中身は先に購入しておいた、紫蝶の硝子細工だ。
悠里を彷彿とさせる、それでいて千鶴の色彩も滲んでいるようなそれ。夜に翅が融けてしまいそうなくらい、繊細で美しかった。
「これを私に?」
「あんまり綺麗だったからね。今日の想い出に、受け取ってくれると嬉しい」
優しい千鶴の口吻。悠里の胸裏にあたたかいものが降り積もる。
宝物を抱えるように、両手で蝶をふわりと包んだ。
「嬉しいです、大切に致しますね」
くすぐったさが溢れそうになる。そこではたと気付いて、悠里も慌てて買い物袋に手を伸ばした。
ふたりの前に姿を現したのは、ギヤマンの青薔薇だ。
奇跡のように咲き誇る花。清廉たる青い花弁。
願わくば青薔薇の傍に紫蝶が在りますように。
「これは私から。今日のお礼です」
今宵の思い出がもうひとひら。
淡い熱を兆して、ゆっくりと心のうちがわに芽吹いていく。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
冴島・類
黒羽君(f10471)と
甘味は食べていなかったし探しに行こう!
背伸びしがちな黒羽君が
美味いもの食べる時の顔見るのは
僕もかなり楽しい
蜜豆なんか、どうだい?
かふぇや菓子店を覗く途中
椿さんが彼へのものを買い求めてる姿があれば
こことか良いかもねと
道を塞がず、避けつつ怪しくない程度に声を
お嬢さん
ここの菓子の味はそんなに良いのです?
とても嬉しそうなお顔だったから
恋し人思って弾む足取り、生き生きと
彼の時は一度終わった
また、終わらせなければいけない
けれど…彼を廻りに乗せれるかは
きっと
足りぬものがある
笑みにひそめ、背見送り
彼らの交わした想いを知りたい
仮初でもと2人の時を願った優しい君を振り返り
どれが食べたい?と
華折・黒羽
類さん(f13398)と
甘味と聞き、耳の先は上向き
表情はそわそわと期待に満ちて
ひとつ頷きあなたの背について行く
蜜豆…食べたい、です
そうしてもひとつ頷いて
椿さん達を見つければ眸に映ったその様子
幸せな記憶を思い起こしているのだろう
そんな彼女の表情に細める眸
安堵か羨望か、それとも虚しさか
あの人達のこのひとときは仮初のもの
啓介さんが影朧として在る限り倒さなければいけない
胸中巡る思いは絡まり縺れるも
目を逸らさずに
椿さんのおすすめの甘味はあるだろうか
聞いてみてもいいかもしれない
振り返り問う類さんにはそっと笑み返し
椿さんが教えてくれたもの、食べてみたいです
恋をして何を思い
何を得て
何を失ったのか
俺は、知りたい
●いとしさが転がり落ちた先
舞踏会を抜けた向こう側。夜風は涼しい。足取りは軽やか。
「甘味は食べていなかったし探しに行こう!」
冴島・類が笑みと共に促せば、華折・黒羽も嬉しそうに首肯する。
甘味と聞けば、耳の先はぴんと上向き。黒羽の表情はそわそわと期待に満ちている。類の背について行こう。夜を渡ろう。きっと飛び切りの宝物が見つかるに違いないから。
黒羽が心弾ませているとわかるから、類もつい眦を緩めてしまう。
常日頃から背伸びしがちな黒羽だ。口数も多くなく控えめで、己の領分を弁えて動いているのだろうと察するにはあまりある。
けれど美味しいものを食べる時、黒羽の表情は幾らか寛ぐ。それを見るのは類にとっても楽しい時間だった。
「蜜豆なんか、どうだい?」
「蜜豆……食べたい、です」
通りがかったのは、普段はカフェーを営んでいるという主人が商っている店だ。店先にテーブルと椅子を出し、茶や珈琲と共に甘味を味わうことが出来るという。
黒漆の器に盛りつけられた蜜豆を、ふたりで一緒に味わおう。茹でた赤豌豆、賽の目切りにした寒天、求肥や白玉。類が杏を頬張れば、黒羽が蜜柑を噛みしめる。やさしいしあわせを分けっこしよう。
素朴な甘さを満喫し、さて次はどこへ向かおうか。そぞろ歩きの最中、見覚えのある娘の姿が視界に入った。
菓子店の前で買い物をしている椿だった。「こことか良いかもね」と類が呟けば、今一度黒羽も頷いた。
店の前に歩み出る。硝子ランプに照らされる品々は、ノスタルジックな風情に満ちている。
椿は既に買い求めたらしき金平糖を片手に抱え、殊の外幸せそうにはにかんでいた。凍えた花弁が常春を知った時のような、そんな。
些細な所作のひとつひとつが生き生きとしていて、愛情の深さが見て取れる。
類は一拍置いて、道を塞いで圧迫感を与えないように余裕を保って、温厚な声で椿に話しかける。
「お嬢さん、ここの菓子の味はそんなに良いのです?」
たまたま居合わせたただの客同士。そんな風情で理由を重ねる。
「とても嬉しそうなお顔だったから」
類が不躾さを持たない、穏やかな居住まいだったからだろうか。
椿も特に不審に思わなかったようで、頬を綻ばせる。
「ええ。とても味わい深いものよ」
大切な人と分かち合ういとおしい時間にぴったりの味。
椿がそう感じていることは、傍目から見ている黒羽にもすぐわかった。
幸せな記憶を思い起こしているのだろう。そんな椿の表情を眺めていれば、黒羽の水縹の眸も自然と細められる。
それと同時に、心臓の裏が鈍く傷んだ。
じくりじくりと染みるのは、安堵か羨望か、将又虚しさか。それのすべてのようにも思え、それのすべてにも似ていない。
ふたりが繋ぎ、紡ごうとしている糸はあまりにも脆い。仮初であり、幻想であり、ひどく儚い。
啓介が影朧として在る限り、遅かれ早かれ倒さなければならないのだ。
春の空気が喉の奥で潰れる音がする。
黒羽は睫毛を伏せる。胸中巡る思いは絡まり、縺れるばかりだ。その感覚を飼い慣らし真直ぐに椿を見据える。
目を逸らさずに、柔らかな声音で問いかけた。
「この店で、おすすめの甘味はあるでしょうか」
「金平糖の他は……そうね、こちらの京飴は可憐で、美味しいの。よければご賞味なさって」
椿の細い指が、透け感のある和紙で折られた紙風船を示す。
店子が試食用にと開いてくれた。ころんと白い珠に、虹のような細い多色の糸が走る飴。白絹手毬とも呼ばれるそれは、口に含めば檸檬の味がするという。
椿の慈しむような眼差しは、嘗てを回顧するように遠くを見ている。
きっとこれも、啓介と共に味わったことがあったのだろう。容易く想像が及ぶほど、甘いほほえみを灯している。
幾許かの間を置いて、椿はふたりに会釈する。
「私はこれで。ごきげんよう」
「ありがとうございました。良い夜を」
類も目礼を返す。幸せ携えて往く背中を、黒羽と肩を並べていつまでも見送っていた。
弾む足取りを見遣れば、椿の最愛に思いをはせずにはいられない。
彼の時は既に一度終わっている。そしてまた、終わらせなければならないことを知っている。
知っているけれど──彼を廻りに送れるか。そう思えば類の眉根が寄せられる。
今のままでは、きっと足りないものがある。悲劇が悲劇として終焉を迎えてしまう。その予感は、恐らく確信に近しい。
椿の背が見えなくなるまで、ずっと見つめていた。逡巡を笑みと吐息に溶かす。
彼らの交わした想いに触れることが叶えば。
そんな願いを籠め、類は黒羽を振り返る。仮初でもとふたりの時を願った優しい君へ、内緒話のように聞いてみようか。やけにいとけない色になった。
「どれが食べたい?」
「椿さんが教えてくれたもの、食べてみたいです」
黒羽からも笑みが手向けられた。そうするとこれかなと、類が金平糖と京飴に手を伸ばす。
それぞれの器の中で、ささやかで平凡な幸せが転がる音がする。
椿の横顔を思い出し、黒羽はそっと目を閉じた。
恋をして何を思い、何を得て、何を失ったのか。
──俺は、知りたい。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
クロト・ラトキエ
礼服の上にインバネス。
椿の姿は常に視界の端に捉えておきながら。
居並ぶ品々に思うのは、己にというより…返礼で。
麦藁菊のメモ帳を頂いた。
大切な相手へ送る、赤い贈り物――
そんな触れ込みの、くれなゐの市で求めたのだろうか。
…意味、解ってるのか。それとも何の意図も無かったか…。
もし彼女と行き会ったとて。
目的は同じ、みたいな顔をして、
悪戯がバレた子供の様に小さく笑って、いっそ
若い方の感性に頼らせていただければ、なんて。
金平糖に思い遠く馳せ…
分け合って、笑い合って…
そんな倖せすら。
異なる立場に生を受けた。只それだけで…
失敬。つまらぬ独り言を。
陽光の様なひとへの、贈り物。
花の、何か…
アイディア頂ければ幸いです
●ささやかなささめごと
舞踏会で身に纏っていたタキシードの上に、インバネスコートを羽織った姿で歩き出す。
繁華街にあって、クロト・ラトキエの長身は存在感をあらわにする。しかし悪目立ちしているわけでもなく、ただ夜の彩と溶け合っていた。
とある小路、金平糖をはじめとした菓子類を商う店の前で。
椿の動向は常に視界の隅で捉えているものの、視線は並ぶ品々へと落ちている。
店子が「お探しのものがあればお言いつけください」と丁寧に言葉を差し出してくれるも、「もう少し見ます」とこちらも丁寧に声を返した。
自分のものを買おうとしているわけではない。どちらかというと──否、いわなくとも、返礼のためだ。
夜に在って、柔らかな眼差しに灯る光が微かに揺れる。
脳裏で思い描くのは、麦藁菊のメモ帳だった。細やかな花弁が風にさざめく音が、聞こえた気がする。
大切な相手へ送る、赤い贈り物──そんな触れ込みの、くれなゐの市で求めたのだろうか。
真相は知りようもない。感情のすべてを窺い知ることは叶わない。それでも尚思い馳せてしまう業を感じ、口許だけで小さく笑う。
「……意味、解ってるのか。それとも何の意図も無かったか……」
もし仮に彼女と行き会ったとして。
目的は同じなのだとそういうことにしておいて。
稚気に満ちた悪戯がばれてしまった子供の如くに、笑みを浮かべて。
いっそ秘密を詳らかにするように、「若い方の感性に頼らせていただければ」なんて意見を聞こうとするのは烏滸がましいだろうか。
クロトの青の眼差しが金平糖の瓶に注がれる。
ささやかで微細なしあわせを分かち合い、笑い合い、同じ時間を共有していたのに。
異なる立場に生まれ落ちたという事実だけで隔たれる。風前の灯火よりもずっと儚い。
「……どうかなさったの?」
はたとクロトは顔を上げる。
気が付けば椿が隣にいた。先程ダンスを踊ったためか、椿のほうもクロトを覚えていたらしい。
「失敬。つまらぬ独り言を耳に入れてしまいましたか。……、……」
果たして椿がクロトの呟きを耳に入れていたかは定かではない。
だが現状を追求する前に、クロトはゆっくりと口を開く。
「陽光の様なひとへの、贈り物なんですが」
思いを手繰り寄せるように尋ねようとする。
「花の、何か……アイディアを頂ければ幸いです」
「お花? そうね……」
その方がどんなものをお好みかは存じ上げませんけれど、と前置いて。
椿は指先で横道を指し示しながら言う。
「お花を刺繍した布製品を取り扱っているお店が、ここの裏の路地に。迎陽花紋様なんて如何かしら」
ハンカチーフもスカーフも、望むままに。
果たしてその花がどう咲くのかまでは、今は知る由はないけれど。
大成功
🔵🔵🔵
鷲生・嵯泉
ニルズヘッグ(f01811)同道
此方は契約続行としよう
胃の辺りに触れて呪を1つ――再活性完了だ
交換?
其れは構わんが……
――目に留まったのは嘗て贈った柘植の櫛
“苦死”に通ずると避けられる物だが
或る意味を……「苦を乗り越え死する時まで共に在ろう」と
そんな意味を持たせて唯1度だけ贈る事もある
叶わず終わった願いを想えば
結局は苦死を贈ってしまったのやもしれんと悔恨が過る
お前がそんな顔をする事は無い……苦なぞ共有せずともいい
心の天秤なぞ自由に成りはしないのだから
ふむ、杯か
ならばと2膳の箸を選び取り
此の杯で酒を、此の箸でお前の作ってくれる肴を楽しむ
悪くないだろう?
お前が作ってくれる物が旨くない訳がないからな
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
嵯泉/f05845と
蛇を放ってレディの様子見
これで安心だな
折角だしお互い何か買って交換しようよ、嵯泉!
妹たちに万華鏡
弟には懐中時計
友達にはレターセットと根付
嵯泉は……この杯なら喜んでくれるかな
私も同じの選んで二人で酒飲むとか
酒は誰かと一緒の方が旨いしな
死するときまで共に、か
一人より世界を選んじまう私には、嵯泉が持ってた感情は一生知れないだろう
でも、知らないってことは、その痛みに寄り添えないってことで
それは、少し苦しい
(おまえは、私の苦にも寄り添おうとすんのに?)
結局杯を二つ選んで
これで一緒に酒でも飲もうよ
ははは、おまえ結構、私の料理楽しみにしてるよな
分かった。そのときは好きなの作ってやるよ!
●おいしいこれからのために
舞踏会からの道行きも、ふたりの根回しのおかげで何事もなく追跡が叶った。
それは次の段階に至っても変わらない。
「此方は契約続行としよう」
「了解。これで安心だな」
黒手袋を嵌めた指先でとん、と胃の辺りを叩く。呪いが熱を持つ。それは鷲生・嵯泉だけでなく、ニルズヘッグ・ニヴルヘイムもまた同様に。再活性も恙無く完了する。
これも先程と同じく、黒蛇が椿の後を追ってくれる。ニルズヘッグの思惑通り、レディの姿を見失うことはないだろう。
肩の荷が下りたとばかりに、ニルズヘッグは嵯泉に向き直る。
そして表情を明るくして、ひとつの提案を呈した。
「折角だしお互い何か買って交換しようよ、嵯泉!」
「交換? 其れは構わんが……」
「なら善は急げだ!」
さあ行こうとニルズヘッグは嵯泉の背を叩く。一瞬眉を寄せるも、仕方がないなと笑みを刷くまでさして時間もかからない。
闇を知らない夜の繁華街は、活気と艶やかさに満ちている。行き交う人も笑顔が多い。
誰しもが夢を見る。夢を買う。そうして明日を生きていく。
ひとまず互いに気になるものを見繕ってから合流することにした。
ニルズヘッグが買い求めるのは、主に家族や友人に贈るものだ。
妹たちに中身だけでなく外の千代紙も美しい万華鏡を。弟には丁寧に磨かれ鈍い輝きを戴く懐中時計を。友達には水墨画風の竹林が描かれたレターセットと、厄除けの宝来鈴が揺れる根付を。
「嵯泉は……この杯なら喜んでくれるかな。それともこっちかな」
友の顔を思い描きながら、ニルズヘッグは酒器を扱う店の前で視線を走らせている。
「同じの選んで二人で酒飲むとか、そういうのもいいな。酒は誰かと一緒の方が旨いしな」
染付で猿捕茨が描かれた盃、切子硝子の細身の杯。
それぞれの良さがあり、どれでも楽しく酒を飲み交わせそうではあるけれど。
「これかなぁ……」
悩んだ末に深い夜を融かしたような黒天目の杯を選んだ。
会計を済ませて嵯泉の元へと向かう。すると、物思いに耽る横顔を見つけた。
柘榴の隻眼が見つめていたのは、柔らかな木目が美しい柘植の櫛。
そこに籠められた思いがあった。胸に過ったのは感傷か、追懐か。
形も色も付けがたい何かに、そっと睫毛を伏せる。
櫛といえば、『苦死』に繋がるものとして、普通は贈り物として選ばないというのが通説だ。
だが例外がひとつだけ──『苦を乗り越え死する時まで共に在ろう』、そんな意味を携えて、生涯を添い遂げる相手に贈ることがある。
たったひとりに、ただ一度だけ。
夜に馴染まない温度で小さく、苦く、笑った。
叶わずに終わった願いを顧みる。目の奥が熱いのは、結局のところ苦死を贈ってしまったのかもしれないと悔恨が肺腑を蝕むからだ。
「死する時まで共に……いたとしたら」
独り言ち、瞼を下ろしかけた時だった。
「……嵯泉?」
嵯泉の意識が浮上する。
視線を向ければ、首を傾げるニルズヘッグの姿があった。
間が落ち、嵯泉が言葉を手繰り寄せるその前に、ニルズヘッグが噛みしめるように呟いた。
「死するときまで共に、か」
風が吹く。
琥珀と灰燼の髪が春に流れる。
言葉まで攫われないうちに、声を降りなそうとする。
「思うんだ。一人より世界を選んじまう私には、嵯泉が持ってた感情は一生知れないだろうって」
過ごす時間もそれなりに多い相手だ。何とはなしに肌で感じるものはある。
抱える傷の気配も、見知らぬ過去も、正確に知ることは出来ないのかもしれない。
寂しさに似て、それとは決定的に違う何かを、ニルズヘッグは掌握出来ずにいる。
「でも、知らないってことは、その痛みに寄り添えないってことで」
──それは、少し苦しい。
胸裏の真ん中に、落ちる波紋。
眉間を寄せて歪みかけるニルズヘッグの表情を見て、嵯泉は困ったように笑った。
「お前がそんな顔をする事は無い……苦なぞ共有せずともいい」
子供をあやすような口吻になったことに他意はなかった。
ただ誠実に向き合いたいだけだった。
「心の天秤なぞ自由に成りはしないのだから」
その声音はどこか慈しむような彩も孕んでいて、ニルズヘッグは喉元で吐息を潰す。
だって。
(おまえは、私の苦にも寄り添おうとすんのに?)
心臓が痛い気がするのは、そこに心があるからか。
それすらも理解が遠く、軋んで、それを表出したくなくて。
自然と下げていた包みに手を伸ばす。
取り出したのは、先程購入した黒天目の杯がふたつ。
「これで一緒に酒でも飲もうよ」
「ふむ、杯か」
嵯泉もニルズヘッグの心の揺らぎを知りつつも、だからこそ感謝を籠めて目を細める。
ならばと手を伸ばしたのは漆の箸が二膳。
食を運び、ひいては命を繋ぐための道具。
「此の杯で酒を、此の箸でお前の作ってくれる肴を楽しむ。悪くないだろう?」
それは飛び切り極上の時間であるに違いないから。
優しく、靭く、これからも続くものを。
絶やすことなく結び合わせていきたいと願う。
「お前が作ってくれる物が旨くない訳がないからな」
嵯泉が伝えてくれる言葉にあたたかさが滲んでいるから、ニルズヘッグは鼻の下を擦って破顔する。
「分かった。そのときは好きなの作ってやるよ!」
きっと格別な時間になる。
それは予感というより確信に似ていた。
だから、大丈夫。──なんて思ってしまうくらいには、今の空気が好ましかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『獄卒将校』
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POW : 獄卒刀斬り
【愛用の軍刀】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
SPD : 影朧軍刀術
自身に【影朧の妖気】をまとい、高速移動と【影朧エンジンを装着した軍刀からの衝撃波】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ : 同志諸君!
【かつて志を同じくした帝都軍人】の霊を召喚する。これは【軍刀】や【軍用拳銃】で攻撃する能力を持つ。
イラスト:藤本キシノ
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
※マスターコメントには『第3章:???(集団戦)』とありますが、ボス戦の誤りです。恐れ入りますがご了承ください。
====
●我が上の星は見えぬ
「ねえ、あのね」
花はいとし人の腕の中で夢を見る。
「今度お芝居があるの。ご招待を頂いたのだけれど……気乗りがしないわ。だって、お芝居はいつだって幸福な終わりを迎えるでしょう?」
椿は啓介に寄り添いながら、微睡むように言う。
夢のほとり。朧なものだと知っていても、焦がれずにはいられないものがあった。
月は夜空に。鳥は古巣に。金平糖はおなかに。
であればわたしは、あなたのそばに。
「そんなの綺麗事だわ」
惜しんで割り切ることなど、どうして出来ようか。
ましてや過去にすることなどあり得ない。
だから縋る腕はずっとただひとりに伸べられたまま。
彼の耳朶にくちびるを添えて、甘く甘く囁こう。
「ずぅっと一緒にいましょうね。ずぅっとよ」
骸の海に溺れてしまわないように、舟で漕ぎだそう。
ふたりで櫂を操って、闇を渡ろう。
それがたとえ泥の舟だったとしても、ふたりならば何も怖くない。
「椿さん」
啓介が噛みしめるように囁いた。
人ならぬものに至ったとはいえ、携えた思いは変わらなかった。
影がどれだけ色濃くあろうとも、揺るがぬものがあった。その果てに滅びしかないとしても。
「……好きです」
その行き先が幸か不幸か、この世の誰にも見えぬまま。
すべてが過去の帳に閉ざされれるまで。
繁華街から抜け、細い小路を往くと打ち捨てられたあばら家がある。
周囲に人の気配はない。夜も更けていることもあり、周囲には静けさが満ちている。誰かに見咎められることはないだろう。家の前の広場はひらけていて、多少の立ち回りには何ら支障はないはずだ。
照明もない。だが戦い慣れた猟兵たちだ。月星もきらめいていることだし、真っ暗闇ではない。すぐに距離感をつかめるだろう。
ただ──椿は啓介から離れようとはしない。
むしろ庇おうとするかもしれない。椿は一般人であり、ユーベルコードのひとつも使えない。流れ弾が掠っただけでも致命傷になりかねない。
とはいえ啓介とて椿を危険に晒すことは良しとしないだろう。何らかの呼びかけを以て、啓介とだけ戦うことは出来るはずだ。
力量だけいえばさして強敵ともいえない相手だ。故に、戦闘自体は苦にはなるまい。
問題はいかにふたりと向き合うかだ。
影朧、すなわちオブリビオンは明確な『世界の敵』であり、倒さなければ世界はいずれ必ず滅びる。
啓介を仕留めたとして──その後、椿をどう扱うか。戦闘中であれ戦闘後であれ、何もせず見過ごすことは出来ないだろう。啓介を滅ぼすのは、猟兵たちなのだから。
桜の精の癒やしを招くか否かも含め、すべては猟兵たちの心持次第だ。
畢竟に相対して一指し、舞うとしよう。
水標・悠里
千鶴さん/f00683
誰かの元へ逝きたい、会いたいと願う気持ちは分かります
無茶は承知の上、お叱りなら後でいくらでも聞きましょう
『下り火車』で啓介さんを牽制した後
椿さんへと歩み寄り【朔】を抜いて彼女に握らせる
私はこれから啓介さんを殺します
もし貴方が私を止め啓介さんと逝くのなら、止めてご覧なさい
例えここで殺されようと貴方を恨むことはありません
とはいえいなす程度で積極的に攻撃はしません
人が命をかけて誰かに掛ける願いほど人を傷つけるものも無い
途絶えてしまうものに未来がないからこそ夢を見る
内に秘めすぎた思いは身を冒す猛毒に他ならない
椿さん
啓介さんを失った時何を思い、辛く悲しかったのか
貴方の思いは何ですか
宵鍔・千鶴
悠里(f18274)と
二人が寄り添う姿はごく自然過ぎて
其れでも運命は二人を別ち引き裂くのか
…さあ、啓介
きみがまだ彼女を愛す想い在るなら
彼女を守れ
俺と刀を交えよう
椿が彼から離れるのを確認してから
彼女の相手は悠里に託し
此方も耀夜を静かに抜く
愛しき者を置いて逝った悲痛
彼女の想いも乗せて闇への旅路は沈みゆくと理解っていても
共ならば今度こそと甘美なのだろう
啓介は彼女に何を願うの?
椿は未だ生きてる、生きてるんだよ
闇へ進む泥舟ではなく
春が舞う花筏を進んで欲しい
後悔を重ねた先の繰り返す痛みなどこれ以上
誇れよ啓介、椿を幸せにできるのはきみだけだ
望むならば、どうか癒やしを
耀夜が舞う、薄紅に
果てぬ想いを葬送るため
コノハ・ライゼ
ジンノ・f04783と
縋る想いは何かに重なるようで、痛い
影朧は倒す
ソレに変わりはないから誘い出しは率直に
オレは何れ災いとなるアンタを、この世界から消す
過去のアンタにも譲れぬモノがあるのなら、勝ち取ってみせろ
致命傷だけ見切り躱しつジンノの盾と激痛耐性で攻撃凌ぎ
カウンターで踏み込む
揺らがぬ様牙彫握り【天齎】で斬るのは、過去が現世に在ろうとする妄執
共に、だけは叶えられないヨ、死を以っても
ソレが過去と今であるというコト
だからせめて囚われずにゆける言葉を、どうか
彼女に生きろとは言えない
ケド死ぬほど悔いても変えられぬ過去を
声や温もり、向けられた全てを
覚えて残せるのは自分だけだと
それ位は、許されるだろうか
神埜・常盤
コノ君/f03130
好きにしたまえ
と云いたい所だが
彼の後を追ったとしても
同じ場所には行けないよ、椿嬢
だって彼は転生するか、躯の海に還るから
僕はコノ君の肉壁と成ろう
反撃はしない、ただ切られ続ける
瀕死に成ったら縫が来るけど
彼女には防御だけさせよう
ねェ、椿嬢
君の愛した人はこんな風に
誰かを血に染める存在に変わってしまった
それでも君は愛せるだろうけど
僕だって縫との関係を
誰にも理解されたくない
罪も怨みも痛みも総て僕だけのもの
君達もそんな思いを抱いてるんだろう
僕たちはようく似ている
血に濡れながら縫の輪郭を撫ぜ笑う
ねェ、悍ましいだろう
こういう存在に君達は成りたい?
互いをこんな風にしてしまいたい?
陶酔だよ、それ
●夜明け前
まだ黎明が遠い頃合いだ。
明かりが照らす繁華街の空は明るく、されど暁の気配は刷かれていない。
猟兵たちの影が小路に伸びる。
敢えて足音をひそめようとか、気配を隠そうとか、そういう試みをする者はいなかった。誰もが正面から向き合う心構えだったのかもしれない。
幸いにしてふたりの隠れ家は小路の向こうの行き止まり。
裏手に雑木林はあれど、二十を超す猟兵たちを前にして遁走するのは無理がある。
何よりこの場はふたりにとって最後の砦だろう。
死すら厭わぬ覚悟があるのなら、尚の事。
「……猟兵ですか」
「啓介……」
青褪めた相貌の椿を背に庇いながら、進み出た青年将校が啓介だと知れる。
骸の海の湿ったにおい。昏い影が落ちた面差し。
軍刀は冴え冴えと月光を弾く。
中肉中背、特に整った顔立ちというわけでもない、ごく普通の青年に見える。
ふたりが寄り添う姿はごく自然過ぎた。椿も啓介も、ただささやかな幸せが欲しかっただけなのだろう。漠然とそう思った。
──其れでも運命は二人を別ち引き裂くのか。
思い馳せれば、宵鍔・千鶴の眉は自然と寄せられた。
吐息をひとつ落とす。猟兵たちの間をすり抜けて、ふたりの前に歩み出よう。
「……さあ、啓介」
千鶴は血染め桜の打刀の切っ先を、啓介に突きつける。
「きみがまだ彼女を愛す想い在るなら、彼女を守れ。俺と刀を交えよう」
張り詰める空気。肌に裂傷を刻みそうなほどの緊張感に、啓介も戦意をあらわにする。
「椿さんは下がっていてください」
隠家の中にいるようにと促すがごとく、啓介は進み出る。椿は唇を噛むも、己が足手纏いになることはわかっているのだろう。押し黙って様子を窺おうとしている。
それを見遣って零した水標・悠里の声は、慈しむような響きを孕んでいた。
「誰かの元へ逝きたい、会いたいと願う気持ちは分かります」
澄んだ水面を掌で撫でるような、凪いだ同調だ。
追い詰めるではなく、ましてや詰るではなく、しかし今のままでいいとは決して言えぬ。
だから悠里は続ける。
「無茶は承知の上、お叱りなら後でいくらでも聞きましょう」
椿が手を握り俯く姿を眺める。苦しそうで、悲愴で、どこか儚いその姿。
ふたりが必死に紡ぐ、縋る想いは。
何かに重なるようで、痛い。
コノハ・ライゼは小さく笑う。
どんな感傷が過ったとしても、自分が選ぶ道は決まり切っている。
「影朧は倒す」
それは決意ではなく事実の提示だ。
揺らがない。変わらない。故に誘い出しの文句は随分と率直だった。
「オレは何れ災いとなるアンタを、この世界から消す」
啓介は眉根を寄せ、椿は息を呑む。
特に椿の揺れる双眸には、どうしてそんなことを言うのという悲哀が揺れている。
舞踏会の時に僅かに何かを共有していた。それを忘れているわけではない。
むしろ──覚えているからこそ、コノハは誠実に相対しようとしている。啓介を見据えて言う。
「過去のアンタにも譲れぬモノがあるのなら、勝ち取ってみせろ」
「言われなくても……!」
軍刀を強く握りしめる啓介。
その様子を涼しげな面持ちで眺める神埜・常盤は、長い睫毛を伏せる。
「好きにしたまえ。と云いたい所だが」
そして面を上げ、椿のほうに視線を流す。
「彼の後を追ったとしても」
これもまた淡々とした口吻であった。
あるがままの事実を突きつける。不変の世界の摂理を提示する。
「同じ場所には行けないよ、椿嬢」
「……!」
「だって彼は転生するか、躯の海に還るから」
椿は唇を噛んでいる。娘の眦に薄ら浮かぶ滴の気配を見なかったことにして、常盤はコノハに視線を流す。
コノハと常盤の思惑が微かに交錯する。
じりじりと間合いを詰め、永遠にも思える刹那を手繰り寄せる。
地を蹴ったのはコノハだ。
惨憺たる呪縛がふたりを苛むならばそれごと叩き斬ればよい。
艶めく銀刃を振るえば、啓介を春泪夫藍の花弁が抉る。もう一段奥に踏み込んで斬撃を重ねる。
夜の涯、黎明に至る彩を齎そう。
「共に、だけは叶えられないヨ、死を以っても」
啓介のかんばせが顰められようとも、コノハは努めて平坦な声音で言う。
「ソレが過去と今であるというコト」
だから。
せめて囚われずにゆける言葉を、どうか。
そう願えど、すぐに諾意を示すことが出来るならば、現況に陥ってはいないだろうということも理解していた。それを裏付けるように、啓介も軍刀を振りかざす。
しかしその攻撃を受けたのは、コノハではなく常盤だった。
地面に滴る鮮血。眉ひとつ動かさず、常盤は視線を落とさない。
それ以降も常盤は只管に肉壁として立ち続けた。
コノハが身を翻し一閃を見舞い、啓介がそれに反撃しようとしても、何度でも常盤は身を挺して攻撃を受け止め続ける。コノハの肉壁として立ち塞がる。迎撃するでもなく、数多の傷を厭わずに。
ただ、そこにあるのは健気な献身などではなかった。
必然的に集中攻撃を受け、流石に踏みしめる足が揺らぎ始めた頃。
式神たる縫姫が常盤の傍らに舞い降りた。鴉面を纏った神楽巫女、魂を現に縫い留める姫。
縫姫は常盤と同じように攻撃に転じることはなく、防御に徹し続けている。
その状況を見て、戦闘に詳しくはない椿でさえ戸惑いで瞳を揺らしていた。それを認識すれば、常盤は満を持してとばかりに口を開く。
「ねェ、椿嬢。君の愛した人はこんな風に、誰かを血に染める存在に変わってしまった」
瞼の上が切れたため、片目でしか周囲を見渡せない。而して常盤は悠然と笑みを刻む。「それでも君は愛せるだろうけど」と付け足したのは、ほとんど確信に近い予感だった。
「僕だって縫との関係を、誰にも理解されたくない。罪も怨みも痛みも総て僕だけのもの」
ふたりの関係の輪郭をなぞるような言い回しだ。事実それは正しかったのだろう、啓介はもちろんのこと、椿も反論することはない。
常盤は血で赤黒く染まった指先を伸ばし、縫姫のすべらかな輪郭を辿る。
「君達もそんな思いを抱いてるんだろう。僕たちはようく似ている」
そうだろう?
射貫くような視線が椿に刺さる。
恐らく啓介が誰かを害すること自体は咎めずとも、その光景を目の前に突きつけられる経験はほとんどなかったのだろう。怯んだ様子の椿へ、常盤は嫣然と笑う。
「ねェ、悍ましいだろう。こういう存在に君達は成りたい? 互いをこんな風にしてしまいたい?」
悲劇の狂言回しに扮したような言の葉で畳みかける。
飴色の眸の奥だけが、笑っていなかった。
「陶酔だよ、それ」
冷めた、低い、声だった。
息を詰まらせたのは、椿だけではなく悠里もだった。
浅くかぶりを振る。更に攻撃を重ねようとする啓介の行動を阻まんと、悠里が喚び出したのは蓮が咲く六十を超す死霊の群れ。獄炎に根を下ろすそれらで牽制する間に、身を震わせる椿へと歩み寄った。
顔を覗き込む。敵意はないと示すように、穏やかな眼差しを贈る。
悠里は愛用の短刀を抜き払う。その柄のほうを向けて椿へ差し出した。
意図を把握しかねている椿に、悠里は穏やかな声で言う。
「私はこれから啓介さんを殺します」
椿の彷徨いかけた指先が強張った。
視線を伏せ、悲哀の波に踏み入るように悠里は続ける。
「もし貴方が私を止め啓介さんと逝くのなら、その刃を用いて止めてご覧なさい。例えここで殺されようと貴方を恨むことはありません」
「……どうして?」
いとけない問いだった。
それに明瞭な返事をすることなく、悠里は薄群青の瞳を細める。
流れ弾程度はいなすものの、積極的に先陣に加わろうとしない。それより先に向き合うべきものが、少なくとも悠里には存在していた。
人が命をかけて誰かに掛ける願いほど人を傷つけるものも無い。
その一方で、途絶えてしまうものに未来がないからこそ夢を見るのだということにも理解が及ぶ。
内に秘めすぎた想いは身を蝕む猛毒に他ならない。
盲目に身を浸すことで、見て見ぬふりを貫くだけでは、ふたりは決して満たされることはないだろう。
「椿さん。啓介さんを失った時何を思い、辛く悲しかったのか。その想いに向き合ったことはありますか」
互いの方向を見詰めすぎていて、己の気持ちを鑑みることが出来ずにいるのではないか。
だから悠里は真摯に問うた。
「貴方の想いは何ですか」
椿の花脣がわななく。
その様子を見て、啓介が椿に駆け寄ろうとした時だった。
「!」
咄嗟に身を引いた啓介のいた場所を、コノハの一撃が抉っていた。
「余所見する余裕なんて、あげないよ」
遊び相手はコッチ、そう言わんばかりに口の端を上げつつも、コノハの眼差しは椿に向けられていた。
彼女に生きろとは言えない。そんなことが安易に叶うなら、とっくに本人はそうしていただろう。
「ケド死ぬほど悔いても変えられぬ過去を」
同じではない。けれど、似た何かが、今もこの胸で燻っている。
「声や温もり、向けられた全てを、覚えて残せるのは自分だけだ」
祈りに似た光を内包した、やけに実感の籠った声になった。
それ位は、許されるだろうか。許されたい。そんなコノハの横顔を一瞥し、千鶴は毅然と前を向く。
愛しい人を置いて逝った悲痛。
それを覆せない過去とすることなく、娘の想いも乗せて往く闇への航路の末路は、恐らく本人たちとて知っている。
だが共ならば。今度こそと掴みとろうとするそれは、甘美なものには違いあるまい。
悠里に椿を頼んだよと無言で伝えれば、悠里も察して首肯する。千鶴は改めて啓介との対峙に集中する。
剣戟の交錯。甲高い音。鍔迫り合いの最中、相手にしか聞こえない程度の声量で問う。
「啓介は彼女に何を願うの?」
咄嗟に意味を捉えられなかったのだろう。啓介が怪訝に聞き返す。
「どういう意味ですか」
「椿は未だ生きてる、生きてるんだよ」
まだ死に落ちてはいない。溺れてはいない。かろうじて。
千鶴の胸裏に萌す願いがある。
闇へ進む泥舟ではなく、春が舞う花筏を選んで欲しい。
後悔を重ねた先、繰り返す痛みなどこれ以上──。
「誇れよ啓介、椿を幸せにできるのはきみだけだ」
その囁きは何故か優しい。
僅かに力が弛んだ気がした。その隙を突き、千鶴は手にした得物を前に突き出す。
「望むならば、どうか癒やしを」
薫り高く咲き誇ったのは、幻朧桜ではなかった。
打刀の輪郭が光に溶ける。血の赤が透け、優しい桜色の花弁と成る。哀しい定めを断ち切らんと耀夜が舞う。
果てぬ想いを葬送るため、今はただ、往くのだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
サギリ・スズノネ
ミルラお姉さんと!(f01082)
ミルラお姉さん、人ってやっぱり、すごいのです。
影朧になってもー、想い合う気持ちは綺麗なのですよ。
だからこそ、ずっとこのままであったら駄目になってしまうのです。
椿お姉さんの願い事はお兄さんとずっと一緒にいる事。
ならお兄さんの願い事は何ですか?と聞いてみます。
戦場で、お兄さんがまだ人であった時に、最後のその瞬間に願った事は何であったのかを聞きたいのです。
聞いた上で、また答えが来るまで呼びかけつつ、戦います。
『火ノ神楽』で炎の鈴を複数呼び出して、ミルラお姉さんと連携をとりつつ、椿お姉さんに当たらないように操って、お兄さんにぶつけていくのです!
※アドリブ歓迎です
ミルラ・フラン
サギリ(f14676)と
そうだね、人の気持ちは……本来こうやって綺麗であるはずなんだ
(サギリの頭を撫でる。脳裏を一瞬過るのは、そんなもの無かった自分の両親)
おひいさん、いや、椿。あんたの気持ちが揺るぎないのは見させて貰ったよ
すまんね、盗み見は趣味が悪いのは承知だ。で、話はこっち
なあ、色男さんよ……あんたの願いは、どうなんだい?
息の根が止まる前に願ったことは
あたしゃこれでも尼なんでね。告解や悩みを聞くのは本職なのさ
Punge agileで啓介だけを狙ってナイフを投げながら、サギリと共に答えを待つ
Signorina Torturaは自分もサギリもカバーできる棘付きの大盾に変化させ、防御のみ使う
●願い星
啓介とて影朧となって得た力はあれど、この場に揃った猟兵の数は二十を超える。
多勢に無勢。だがこの場が凄惨に彩られなかったのは、ここに集った誰一人として、椿を害そうとはしなかったためだ。例えば椿に刃を突きつけ、啓介に投降するよう促せば、恐らく戦局はあっという間に決しただろう。
だがその分、椿が傷つくような真似をしたならば、人数に勝るとはいえ猟兵たちは無事では済むまい。
ユーベルコードを一斉に浴び、尚も啓介の眼光が鈍ることはない。
決死の覚悟で戦うその姿に、 サギリ・スズノネは思わずきゅっと唇を引き結んだ。
「ミルラお姉さん、人ってやっぱり、すごいのです」
サギリは理解してしまった。
真直ぐに見詰めてしまっていたから、肌で感じてしまった。
「影朧になってもー、想い合う気持ちは綺麗なのですよ」
夜風に白い髪が揺れる。
僅かに吐息を噛み、夜に紛れぬしっかりとした声音で告げる。
「だからこそ、ずっとこのままであったら駄目になってしまうのです」
「そうだね、人の気持ちは……本来こうやって綺麗であるはずなんだ」
ミルラ・フランはルビーの双眸を細めて呟いた。
サギリの頭を撫でるミルラの手は優しい。その指先がほんの少しだけ強張ったのは、不意に感傷が胸裏を過ったからだ。
愛しい相手と想い合うそんな光景。父母は、こうして縁を繋ぎ合わせようとしたのだろうか。ミルラは苦く笑って、首を横に振る。
幾人かの猟兵たちに声をかけられ、卒倒するでもなく愛する人を見つめ続ける。そんな椿に歩みより、目線の高さを合わせてミルラは言う。
「おひいさん、いや、椿。あんたの気持ちが揺るぎないのは見させて貰ったよ」
慈しむような声音だった。
舞踏会の時に見ていた娘の様子は、今も何も変わらない。
大切な人がいなければ一人で立っている意味がない。そんな風情を、今目の前の椿にも見出す。
首を傾げながら、柔らかい口吻でサギリは確認する。
「椿お姉さんの願い事はお兄さんとずっと一緒にいる事。そうですよね?」
「……当たり前よ」
椿の双眸が潤む。
ミルラが眉を下げたのは、本来であれば他人が干渉するような話ではないと理解しているからだ。
「すまんね、盗み見は趣味が悪いのは承知だ。で、話はこっち」
ミルラは視線を上げ、間合いを取って軍刀を構えなおす啓介に向けて声を張った。
戦場に在って尚通る、真直ぐな響きだった。
「なあ、色男さんよ……あんたの願いは、どうなんだい?」
啓介が目線だけを向けてくる。
絶望の向こう側、深淵を覗いた者だけが持つ、虚ろな瞳だった。
「息の根が止まる前に願ったことは、いったい何だったんだい?」
「そう、お兄さんの願い事は何ですか?」
責めるでもなく、詰るでもなく、ただふたりが本当に望んでいることを手繰り寄せようとする。
戦場で、啓介がまだ人であった時に、最後のその瞬間に願った事は何であったのかを聞きたい。そう思ったのだ。
故にミルラとサギリは敵に相対する猟兵の苛烈さではなく、人と人として向き合う女たちの誠実さを湛えていた。
だからだろうか。啓介のかんばせに、逡巡するような惑いが刷かれる。
「俺の」
声は掠れている。
「俺の、願い事は」
「あたしゃこれでも尼なんでね。告解や悩みを聞くのは本職なのさ」
まるで無理はしなくてもいいと告げるような、諭すような言の葉を呈する。
しかし啓介は痛みを耐えるように眉を顰めた後、呻くように天を仰いだ。
面差しから理性の色が薄れている。影朧としての本能に囚われていると一目でわかった。
ミルラとサギリは頷き合い、武器を手に取る。
「ちゃんと答えてもらえるまで、何度でも聞きます」
「そうだね。まずは血の気の多さを取っ払って、声が届くような状態にしないと」
猟兵たちの声も。何より、椿の声を。
まだ手を伸ばすことを諦めない。
サギリは指先を宙で回す。そこから迸る金焔の鈴。幾つもの音色が夜に鳴る。
椿に攻撃が向かわないよう背に庇うような恰好で、サギリははっきりと言い切った。
「お兄さんにぶつけていくのです!」
攻撃も思いも、全部。
その意を汲み、ミルラは不敵に唇の端を上げる。完全同意だ。
「聞かせてもらうよ。本当の気持ちが言葉に出来るまで、何度でも」
細かい返しが刻まれているナイフを翳し、啓介の反応を受ける前に投擲する。
その軌跡が流星のように、願いを繋がる一閃となればいい。そう胸中で祈っている。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
荒谷・つかさ
【赤鬼】
椿の説得はアメリアに任せ、私は啓介の相手に専念
当初は武器を収めた状態で接触する
貴方には、一旦ここで死んでもらうわ
でも『この世界』では、それで終わらないのも知っているでしょう?
考えても見なさい、これはチャンスなのよ
あと一段、転生するという段階を踏めば……真っ当に、添い遂げることができる
彼女を愛しく思う気持ちをもう一回持ち越せばいいだけ、簡単よ
それとも、自信無いのかしら?
これは未練を断ち切り、再び縁を結ぶための儀式
いざ尋常に……参る!
【荒谷流剣術・真伝『零』】発動、刀に幻朧桜の属性を宿して真っ向から切り結ぶ
桜の力を振り撒きながら啓介の技量に合わせ手加減して舞うように戦い、全てを出しきらせる
アメリア・イアハッター
【赤鬼】
自分は椿ちゃんの元へ
UC発動
非戦闘行為「会話」によって啓介以外を味方と認識し守る
今の彼と一緒に生きる事ができないのは、知ってるんだよね
でも一緒に死んだとしても、同じ所に行く事もできないんだよ
彼は別の所に還るんだから
でも彼を諦める必要はないと思うよ
だって好きなんだもんね、しょうがないよ
諦めずに済む方法は、やっぱり転生して貰う事だと思うんだ
記憶がなくても、残るものは絶対にあるよ
私の様に
貴女のお家事情を知らないから勝手に言うけれども、家を出て、自分の足で転生した彼を探すのはどうかな
待つのはもう、嫌でしょ?
こんな棲家をばれないように用意できるくらい行動力があるんだもの
きっと貴女なら、できるよ!
●夜風に咲くは想桜
アメリア・イアハッターもまた、ふたりの様子を肌で感じ取っていた。
啓介は影朧としての本能に促され、猟兵たちへ苛烈な攻撃を放ってくる。強い想い故か椿には害を及ぼさぬよう努めていたけれど、もし啓介の精神がもっと浸食されていけば、他のオブリビオンと同様すべてを破壊しつくすだろう。
ならば、今手を打たなければならない。
「そっちはお願い」
「うん」
端的に言葉を交わし、荒谷・つかさといったん分かれる。
あまり椿の傍に猟兵が固まっていては啓介を警戒させるだろう。アメリアは他の猟兵と入れ替わりに、椿の横で顔を覗き込む。
それと同時にユーベルコードを発動する。
吹き抜ける、風。
生命の息吹に似たそれはアメリアを起点として舞台を構築していく。椿や他の猟兵たちも包むそれは、万一の流れ弾すら遠ざけるだろう。
息を吐く。今は会話に没頭する。それがユーベルコードの効果を維持するための非戦闘行為に相当するからだ。
「今の彼と一緒に生きる事ができないのは、知ってるんだよね」
落ち着いた声だったが、椿は反射的に表情を歪ませる。
図星か、はたまた別の感情があるのか。それはさておきアメリアは言葉を続ける。
「でも一緒に死んだとしても、同じ所に行く事もできないんだよ。彼は別の所に還るんだから」
過去の残滓はすべて骸の海に帰る。
椿は天国に行くかもしれなくとも、啓介は闇の廻りに囚われて、共に在ることは叶わない。
椿の眦に大粒の涙が溜まる。それが地に落ちて砕ける前に、伝えなければならないことがある。
「でも彼を諦める必要はないと思うよ。だって好きなんだもんね、しょうがないよ」
アメリアの声は幾分か明るいものになった。
恐らくふたりの関係を否定されると思っていたのだろう。椿は瞠目している。
それと同時に耳を傾けてくれていることも理解したから、アメリアは真直ぐに視線を向けながら言った。
「諦めずに済む方法は、やっぱり転生して貰う事だと思うんだ。記憶がなくても、残るものは絶対にあるよ」
──私の様に。
そこに力強くも切なく、確かな何かが息衝いている。
アメリアが寄り添おうとする気持ちは椿にも伝わったのだろう。戸惑いながらも懸命に今後を憂うる娘の様子に、アメリアも何か妙案はないかと首を捻った。
護りの力が緩む前に、アメリアの胸裏に思いつきが宿った。
「貴女のお家事情を知らないから勝手に言うけれども、家を出て、自分の足で転生した彼を探すのはどうかな」
明朗な笑顔で、飛び切りの贈り物を差し出すように告げる。
そう、それはいい考えだと自分ながら思う。父の庇護のもとずっと過去に縋って生きるよりは、新しい明日を手繰るほうがきっといい。
「待つのはもう、嫌でしょ?」
「……探して、いいの?」
いとけない問いに、アメリアは僅かに息を呑む。
椿は啓介を『探すべきか迷っている』ということだろうか。そう感じたからだ。
その真意を手繰ることは今は出来そうにない。だが、確信があるから強く言い切った。
「こんな棲家をばれないように用意できるくらい行動力があるんだもの」
思わず椿の手を取り、笑顔を咲かせる。アメリアの蘇芳の髪が夜風に揺れた。
「きっと貴女なら、できるよ!」
だから大丈夫だよ。そんな響きになった。
椿はしばし言葉を失う。幾らかの沈黙の後、睫毛を伏せた。
頬に流れる涙は悲しいくらいに透明だった。
そんな様子を横目で眺め、つかさは不意に微笑む。
アメリアの真摯な思いが背に届く。であれば、自分がすべき役目は啓介の相手に専念すること。
敢えて得物を構えない状態で、つかさは啓介との距離を詰める。
「貴方には、一旦ここで死んでもらうわ」
そこには容赦などない。有りの儘の事実を突きつける。
警戒心からか身を強張らせる啓介に、もう一歩歩み寄って声を紡ぐ。
「でも『この世界』では、それで終わらないのも知っているでしょう?」
影朧はその荒ぶる魂と肉体を鎮めた後、桜の精の癒やしを受ければ『転生』出来る。
それがこの世界の摂理であり、未来に繋がるはずの光明。
そうなるはずだ。
「あと一段、転生するという段階を踏めば……真っ当に、添い遂げることができる」
簡単なことでしょう、そう言わんばかりにつかさは肩を竦める。
「彼女を愛しく思う気持ちをもう一回持ち越せばいいだけ、簡単よ。それとも、自信無いのかしら?」
正直なところ、重さを伴い発したわけではなかった。
しかしつかさは眉を顰める。
啓介は目を見開いた後、唇を噛み、視線を流す。そう。目の前の啓介が、思った以上に動揺していたからだ。
「……どういうこと?」
閃きのような何かがつかさの胸に降ってくる。
もしかしたら、啓介は本当に『自信がない』のかもしれない。
何に? 何を、不安になっているのだろう?
転生はこの世界の摂理であり、未来に繋がるはずの光明。
そうなるはずだ。
そうではないのか。
ふたりが歪んだ形に陥っている原因のひとつに指先がかかったような心地だった。されどそれを今突き詰める余裕はない。
それに己には、刀を振るうほうが性に合っている。
前に進み出る。これは未練を断ち切り、再び縁を結ぶための儀式だ。
母譲りの刀の柄に手をかける。前を見据える。
「いざ尋常に……参る!」
地を蹴る。一足飛びで肉薄し、一気に刀を抜き払う。真っ向から切り結ぶ。
幻朧桜が夜に舞う。
はらはらと舞い散る花弁はまさに幻の如くに周囲を包み、夢渡りのまほろばへと誘うよう。
けれど。
確かに胸に萌した想いであれば、幻ではないから消えたりしない。
啓介が抱えるすべてが露出するまで、何度でもこの力を揮おう。
何度でも何度でも、何度でも。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
クロト・ラトキエ
――行かないで。
その願い…記憶に胸が軋む。
青年へ説く。
君は、君の想いの為に、彼女の破滅を望みますか?
椿さんと話をさせて欲しい。
貴女の『好き』は、どれくらい?
死ぬ程?
世の滅びと引き換える程?
家族も今の生活も捨て去れる程?
彼女は是と答えるだろうか?
もしそうであるなら…
記憶なんて無くとも。
また出逢って、ただの貴女として、好きだと伝えればいい。
我武者羅に足掻いてでも、好きになって貰えばいい。
だって、どうしようもなく好きならば…
探しに行ける。
この世の果てまでも。
きっと僕なら、そうするから。
願わくば。
彼に癒やし…転生を。
彼女に被害及ばぬなら、
UCで威力高めた鋼糸で青年を鎮めんと。
実に…らしくない。
けど――
●夜の向こうに鳥は羽搏く
猟兵たちの呼びかけの成果か、椿はもちろんのこと、啓介にも幾らか変化がみられるように思える。
ただ恩讐に囚われただけの魂ではないと、自然と知れるような風情だった。
舞踏会で見かけた時は、椿は「時間など早く過ぎてしまえばいい」と考えていたと、思っていた。
しかし今は「時間の流れを凍らせてしまいたい」と考えていると、思っている。
クロト・ラトキエは逡巡に浸り、吐息を噛んだ。
――行かないで。
切実にして悲痛なその願い。
否、記憶だろうか。どうにせよ、それらはクロトの胸を軋ませてならない。
他の猟兵が見舞った一撃で生じた隙を縫い、一歩踏み出してから啓介に尋ねる。
「君は、君の想いの為に、彼女の破滅を望みますか?」
一瞬間が落ちる。
しかし理解が及んだ瞬間、啓介は憤慨をあらわにして叫ぶ。
「そんなわけが、ないだろう……!」
「……そうですか。では、椿さんと話をさせて欲しい」
澄んだ水面のような静かな声音になった。
クロトに何らかの思惑があるのだと察したのかは定かではない。啓介が睨みつけてくるのも厭わずに、クロトは椿に向き直る。
ほんの少しだけ沈黙を挟んだ後、優しく諭すような声で問う。
「貴女の『好き』は、どれくらい?」
時の流れに逆行してまで、呻いて、足掻いて、喘いで哭いて。
「死ぬ程? 世の滅びと引き換える程? 家族も今の生活も捨て去れる程?」
眼鏡越しに真直ぐな視線を注ぎ、数え歌のように諳んじる。
椿が紡いだ声に迷いはなかった。
「そうよ」
夜に紛れず、掻き消されない。
愛に濡れた囁きを贈る。
「他に何もいらないくらい、世界でいっとう幸せになってほしいひとよ」
微かに眉を寄せ、涙だけは零すまいと必死に耐えている。
そんな風に、クロトは感じた。
「そう思っては、いけないの?」
「いいえ。ですが、もしそうであるなら……」
風が吹き抜ける。
春の宵風。爛漫の季節を追いかける息吹。
クロトの癖のある黒髪を煽り、靡かせる。
「記憶なんて無くとも。また出逢って、ただの貴女として、好きだと伝えればいい。我武者羅に足掻いてでも、好きになって貰えばいい」
語りながら、クロトは椿の微妙な変化に気付く。
翼を震わせている傷ついた小鳥が、ようやく顔を上げた時の様子に似ている。
実感を伴うが如くに、藍の双眸を細めてクロトは続けた。
「だって、どうしようもなく好きならば……探しに行ける」
この世の果てまでも。
「きっと僕なら、そうするから」
戦いの剣戟にも負けぬ、芯のある声になった。
視線だけで寄り添おうとした。待つ。急かさず、手を伸ばし背を支えるように、待つ。
そうすれば、何光年も先の星が瞬くような弱々しい響きで、椿は哀しみを飼い慣らす。
「でも」
椿は外套の胸元を掴み、目を伏せた。
苦悶に歪むその表情を見て、クロトはある仮定を構築する。
何故だか、椿は何かを我慢しているような、自制しているような居住まいに見えたのだ。
どうであれ己が手向ける願いは変わらない。
「願わくば。彼に癒やし……転生を」
祈りのように口の中で唱え、飲み込む。
掌を前に翳し、魔力を編み上げる。細い鋼糸にそれを通し、強靭な縁と成そう。
地を蹴り啓介に攻撃を仕掛ける直前、クロトのかんばせに不可思議な感傷が過った。
実に、らしくない。
自分がこれほどお節介になるなんて思いもしなかった。
けど――けれど。
思索の名残を追い払い、今はただ夜の戦場を馳せる。
大成功
🔵🔵🔵
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
嵯泉/f05845と
呪詛に変わる情念が煩い
……早く終わらせよう
二人をどうこうするのは何も知らない私の役じゃない
天罰招来、【氷霜】
二人が離れたら檻として展開
その後は動きを阻害するように氷柱を突き立てて嵯泉の補佐を
私に恋は分からんが
貴様も男なら、生まれ変わっても必ず迎えに行く、とか
そのくらい言ったらどうだ
荒唐無稽な約束でも真実にしてみせろ
待つ方はいつだって、往く者を信じるだけだ
レディの説得は任せる
結論を尊重しよう
どちらを選んでも構わんが、世界と――
そっちの男も恨んでやるな
呪うなら私だけにしておけよ
私が役立てて残してやるさ
恋も愛も恨みも、二人の間にあった全てってのを
(苦なんて共有しなくて良い、だろ)
鷲生・嵯泉
ニルズヘッグ(f01811)同道
長引かせはせん……其れが我々の務めだ
喪ったものを再び此の手に抱ける幸せの抗い難い誘惑
世の総てと引き換えにしてもと望む狂おしい迄の想いに覚えが在る
だが其れは世界を壊すもの
愛しいものを大罪人へと変える事がお前の……お前達の愛だと云う心算か
そんな事をさせる為に愛した訳ではあるまい
信じて送り、待つ者の所へ
何れ必ず還ればこそ、愛する証と示せよう
――破群猟域
此方も衝撃波を使い攻撃を相殺、後ろへは決して通さん
氷柱の合間を縫い、フェイント絡めて死角から怪力を乗せて討つ
恨まれる事は百も承知
其の覚悟無くして世界を護るなぞと口にしない
(独り背負うなと云っているのに。お前と云う奴は…)
●誰がためのトロイメライ
理解が及ばぬのは、他人だからだ。
本当は、違う人間同士が分かり合えることなんてひとつもないのかもしれない。
だが理解出来ぬと拒めども、詰りはしない。
それはある種の誠実さなのだろうが、敢えて口に出す者はいなかった。
夜は深い。
雲が流れる。行き先も知らないままに。
「……早く終わらせよう」
呪詛に変わる情念が煩い。
ニルズヘッグ・ニヴルヘイムはこめかみを指先で押さえつけ、低く呟く。
その姿を一瞥し、鷲生・嵯泉は再び前を見据えた。
紡ぐ声は淡々と粛々と。
「長引かせはせん……其れが我々の務めだ」
言葉は少ない。弄する必要を感じない。
ニルズヘッグは浅く頷く。視界に入るのは、他の猟兵の攻撃をいなしている啓介の姿のみ。
そこに生じる隙を見出し、鋭く睨んだ。
「二人をどうこうするのは何も知らない私の役じゃない」
その呟きは誰の耳にも届かない。
椿と啓介の間に十分距離が取られているのを確認し、 ニルズヘッグの指先が躍る。
世界が凍る。
「天罰招来、【氷霜】」
軋んだ音がした。
ニルズヘッグが指した啓介の眼前、一気に氷が迸る。最初は霜のようなもの、それが瞬く間に何本もの大きな氷柱となり、動きを阻害する檻の役割を担っていく。
特に啓介の周囲は夥しい氷の槍が錯綜しているため、咄嗟に身動きが取れずたたらを踏んでいるようだ。
「ちっ……!」
啓介は影朧の妖気を手繰ろうとする。狙いを定めたのは嵯泉のほうだ。
残像が見えるほどの速度で一閃、衝撃波を奔らせた。音速のそれは氷を力づくで砕き、迫る。
「──破群猟域」
だがそれをやすやすと受けてやる義理はない。
嵯泉が腕を揮えば刀身がしなる。
確かな硬度を持っていたはずのそれは蛇の如くにしなやかに、月の弧を思わす衝撃波を生み出した。
向かってくるそれに食らいつく。接触の衝撃。弾く。轟く。
眉根を寄せて見極めれば、中央に大きな空間が生じていた。相殺したのだと自然と知れる。
僅かに間が落ちた。その隙を見過ごすわけがない。
氷の合間を縫って嵯泉は馳せる。
氷柱に沿う恰好で身を滑らせ、そのまま地を踏みしめて死角から斬りつける。
狙うのは腱だ。下段から振り抜けば鮮血が散る。
影朧にも血が通っているのか。場違いなほどに冷静に、そんなことを考える。
間近で啓介のかんばせを見たからかもしれない。滲む熱を知っている。世の総てと引き換えにしてもと望む狂おしい迄の想いに覚えが在る。
喪ったものを再び此の手に抱けるという、何物にも代えられぬ幸せの抗い難い誘惑を、身を以て理解している。
「だが其れは世界を壊すもの」
抱きしめれば抱きしめただけ、いつかは脊椎を折ってしまう。
「愛しいものを大罪人へと変える事がお前の……お前達の愛だと云う心算か。そんな事をさせる為に愛した訳ではあるまい」
刃を返し、啓介の肩口へと突き立てる。
嵯泉の隻眼が啓介を射貫く。それから椿へも視線を流した。
紡がれる声はふたりへと注がれるものだった。
「信じて送り、待つ者の所へ。何れ必ず還ればこそ、愛する証と示せよう」
「私に恋は分からんが」
意識を集中させ、砕かれた氷柱を再構築しながら、ニルズヘッグは啓介へと語りかける。
「貴様も男なら、生まれ変わっても必ず迎えに行く、とか。そのくらい言ったらどうだ」
身を焦がす恋情というものを、知らない。
しかし大切な存在がいる幸いはわかっているし、それを失ってしまう時の絶望も想像出来た。
であるからして、ニルズヘッグの声は欺瞞を帯びてはいなかった。
「荒唐無稽な約束でも真実にしてみせろ。待つ方はいつだって、往く者を信じるだけだ」
「あんたたちに何がわかる」
被せるような言葉。
怒気を孕み、啓介は昏く暗く吐き捨てる。先程まで使っていた敬語が剥がれている。
「罪がなければ幸せか。善人は等しく報われるのか。誰が俺たちを救うというのか! 何が、なにがわかる……!」
──永らえればいつかいいことがあるなんて、そんなのは綺麗事だ。
実感と悲痛が重なったような響きだった。
「嵯泉!!」
ニルズヘッグの声が飛ぶと同時に軍刀が力任せに振るわれる。嵯泉の上腕を抉り、氷に赤が舞う。
しかし嵯泉は表情を揺るがすことはない。
「恨まれる事は百も承知」
決意があった。
自負があった。
知っているなどと宣うつもりはない。
理解が及ばぬのは、他人だからだ。
「其の覚悟無くして世界を護るなぞと口にしない」
強い口吻だ。
それを見遣って、何かを言いかけて一度口を閉ざす。
それからニルズヘッグは丁寧に言葉を織りなそうとする。
「結論を尊重しよう。どちらを選んでも構わんが、世界と──」
不意に落ちる空白。
続けられた声は、ひどく優しかった。
「そっちの男も恨んでやるな。呪うなら私だけにしておけよ」
まるで幼子の間違いを諭し導くような、そんな。
ニルズヘッグは背筋を伸ばしたまま、心臓の上に親指を当てながら告げる。
「私が役立てて残してやるさ。恋も愛も恨みも、二人の間にあった全てってのを」
その想いを汲み取ることは、同志であり相棒であり盟友である嵯泉には、児戯に等しく容易かった。
故にその時になって初めて嵯泉の目許が微かに緩む。
──独り背負うなと云っているのに。お前と云う奴は。
声に出さずとも通じる何かが確かにある。
──苦なんて共有しなくて良い、だろ。
違う人間を、それでも慮ろうとする。
互いを尊重して生きていく。そう出来るほど相手を知っていることを理解と呼ぶのだろうと、頭の隅でそう考えていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
アルゲディ・シュタインボック
死が二人を分かつまで――結婚式で誓いの言葉に使われるフレーズね
貴方達はその誓いをする前に分かたれた
誓う前に死が二人を分かつ事になった
後悔で胸が張り裂けそうになったでしょうね
ああ、そっか。キチンとお別れを言えなかったんだものね
二人が自身の心にケジメつける機会が設けられたとも言えそうね、きっと
椿ちゃんが啓介さんの事大好きなのは解るの
でも貴女が彼を過去から未来に送り出さないと、彼はいつまで経っても過去の亡霊のまま存在してしまう
影朧である彼が彼で無くなる前に、啓介さん自身である内に
慈悲と浄化の炎
生ける者は焼かぬ非殺の炎
そして彷徨える魂を導く浄化の炎
私は、二人それぞれの現世と来世の幸せを願うしかないから
ニコ・ベルクシュタイン
…正解は理解している、影朧である以上一度は骸の海に還さねばならないと
だが、其れで此の事件は解決するのか?
一度は自死を敢行するまでの想いを抱いた娘を何とする?
二人には手を出さず、話をしよう
私事で申し訳無いが、俺にも訳あって道を違える事となった想い人が居ると
一度は時計の針を自ら止めてしまおうとさえ思ったが
…何故俺が今、こうして此処に立っていると思う?
生きている限り、いつかまた道が交わるやも知れぬと信じるからだ
青年、君の時計の針は既に止まっている
螺子を巻き直すという選択肢がある
ご令嬢、貴女は辛くとも生きなければならない
与えられた時間を精一杯生き抜くのが、命あるものの使命だ
…必要ならば、双剣を振るおう
●匣の願い
──永らえればいつかいいことがあるなんて、そんなのは綺麗事だ。
先程別の猟兵に向けられた悲痛の叫びが、アルゲディ・シュタインボックの胸裏をちくりと刺す。
花のかんばせは憂いに染まる。指先で操っていた慈悲と浄化の焔を、いったん夜風へと溶かした。
彷徨える魂を、いったいどこに導けばいいというのだろう。
「死がふたりを分かつまで──結婚式で誓いの言葉に使われるフレーズね」
本来であればただ幸せを繋ぐために存在する言い回し。
だが、死がふたりを隔てた後も、諦められない想いと願いがあるのならば。
「その誓いをする前に分かたれた。誓う前に死がふたりを分かつ事になった」
アルゲディは睫毛を伏せる。
あくまで想像に過ぎず、けれど思い浮かべるにはあまりに容易過ぎる悲哀の廻り。
「後悔で胸が張り裂けそうになったでしょうね」
知らぬうちに頷いていた。
ニコ・ベルクシュタインははたと我に返る。眉間に指先を添え、顰めてしまいそうになるのをどうにか堪える。
「……正解は理解している、影朧である以上一度は骸の海に還さねばならないと」
先程から心臓の裏側が鈍く痛むのだ。
彼と彼女が抱える苦しみを思えば、真剣に思い馳せるからこそ、安易に転生すればそれでいい話だと断ずることは出来なかった。
「だが、其れで此の事件は解決するのか? 一度は自死を敢行するまでの想いを抱いた娘を何とする?」
「ああ、そっか。キチンとお別れを言えなかったんだものね」
予知で耳にした話を脳裏で反芻する。
戦地に赴いて命を落としたという啓介。立場上、椿がそれに対し表立った行動をとれたとは到底思えなかった。
だからこそ絶望は闇より深く、黒より昏い。
ならば、今、この桜夜において。
「二人が自身の心にケジメつける機会が設けられたとも言えそうね、きっと」
アルゲディの亜麻色の三つ編みが夜風に靡く。
一拍の間を置いて、ニコは一歩前へと踏み出す。
風の舞台、氷の柱。それらを踏みしめ、啓介にも椿にも声が通る距離で言う。
「話をしよう」
ルビーの双眸が今宵を見据える。
「私事で申し訳無いが、俺にも訳あって道を違える事となった想い人が居る」
「……そういえば」
瞬いたのは椿だった。舞踏会の折、ニコと交わした会話を思い出したのだろう。
ニコは続ける。
そこにあるのは空虚な御伽噺ではなく、実感を伴ういつかの話。
「一度は時計の針を自ら止めてしまおうとさえ思ったが……何故俺が今、こうして此処に立っていると思う?」
己が胸に手を当てれば、規則正しい針の音が聞こえてくる心地。
逆回りは叶わない。もしもは存在しない。
差し出した言葉は、不思議とはっきりとした輪郭を模っていた。
「生きている限り、いつかまた道が交わるやも知れぬと信じるからだ」
これが伝聞、あるいは想定で紡がれた言葉であれば、椿も啓介も一顧だにしなかっただろう。
しかしニコは自分自身が重ねた記憶から丁寧に糸を縒り、織りなした真実を伝えようとしている。
だからだろうか、いつしか啓介も軍刀の先を下ろしていた。
「青年、君の時計の針は既に止まっている。だが、螺子を巻き直すという選択肢がある」
啓介にそう述べた後、次に諭したのは椿のほう。
「ご令嬢、貴女は辛くとも生きなければならない。与えられた時間を精一杯生き抜くのが、命あるものの使命だ」
自意識を押し付けることなく、はっきりとした声音で告げる。
必要ならば双剣を振るうことも辞さない。
だが今、ニコの手はその柄に伸ばされることはなかった。
予知を戴き同志に行く末を託すグリモア猟兵としてのみならず、一個人の猟兵として奔走するからこそ。
武器を手にすること、そして他者を害することの重みも理解していた。生の苦悶も歓喜も知った上で、だからこそ出た言葉だった。
「椿ちゃんが啓介さんの事大好きなのは解るの」
アルゲディもまた、ふたりの想いを拒絶することなく、受け止めた後に囁いた。
「でも貴女が彼を過去から未来に送り出さないと、彼はいつまで経っても過去の亡霊のまま存在してしまう……それでいいの?」
今でこそ生前の意識を保っていることが出来ているものの、影朧の狂気に呑まれる末路は想像に容易い。
他者を傷付けるだけではなく、互いが慈しみ愛し合った記憶すら損なわれたとしたら?
「影朧である彼が彼で無くなる前に、啓介さん自身である内に。……決められたらと、思うのよ」
「……──」
ほんの少しだ。
仄かに啓介の双眸で、影朧の陰りが和らぐ。
ただ只管に椿を愛していたと知れるひたむきな想いだけが息衝く、きらめきが見えた気がした。
「手放せないのがそんなに悪いのか」
アルゲディとニコ、眉根を寄せたのはほぼ同時だった。
そこにあるのは身勝手な若気の至りではなく、辛苦の海で溺れる若人の呻きだった。
「世界のすべてではないとしても、失くしてしまえばすべてがない。そんな人との離別に苦しむのが、そんなに、そんなに」
啓介の息が詰まる気配がする。
熱を孕んだ吐息。湿る空気。
時は確実に前に進んでいるというのに、夜明けは遠い。
「もし転生したとして、その時探しに行く? どうやって? 記憶もないのに? どれほどの流転の先に転生が叶う? そもそも同じ時代を共に歩めるとは限らない」
後ろ向きというより、現実主義なのだろう。
事実この場にいる猟兵たちの誰も、再会を約束出来る者はいない。否、この世のすべての人間が等しくそうだ。
「そのくらいなら、……そのくらいなら!!」
暗澹たる妖気が迸る。苛烈な戦意が周囲を張り詰めさせる。
それに臆せず、ニコは舞踏会で聞いた話を諳んじる。
「『人生はチョコレエトの箱のようなもの』と言った誰かがいるらしい。空っぽで紙の匂いしかしないそれも、一度チョコレエトを入れれば、それを失っても香りは残ると」
甘美で愛おしいそれを知ったなら、何もなかった頃には戻れない。
「一度愛を入れた器から愛を抜き取ってしまったとしても、……残るだろうよ。その香りは、何より慕わしいものだから」
そこまで告げて、ようやくニコは双剣を構える。
己が伝えたいことは伝えた。ふたりとて、思考停止してはいない。何も考えていないわけではない。
ならば続きは他の仲間に託そう。今はただ影朧の陰りを削ることに専念しようか。
幻朧櫻が、明日へ続く道を閉ざしてしまう前に。
「私は、二人それぞれの現世と来世の幸せを願うしかないから」
だから、悔いのない選択を。
アルゲディの祈りに呼応するかのように、天の双つ星が瞬いている。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
黒金・鈊
スティ(f19491)と
生まれは選べない。
命くらい、自分の好きにさせてやれ。
戀に全てを預ける在り方を選ぶもまた傲慢ではあるんだが――価値観の相違だな。
こうなった相手がどう願うかまでは知らぬ。共に堕ちるか、突き放すのか。
余計な剣戟はあまり見せず。
穿にて、啓介とやらの核だけ狙う。
不要な傷はつけない。これもまた俺の選択。
これが優しさだと思うか?
傲慢なのは今更だ。
所詮は亡霊。他人の人生を背負うつもりはない。
負傷を厭わず、剣がその身に届くまで斬りかかるつもりだが、
戦いの場が転じれば、剣を納める。
――こういうのは見届け人も必要だったか。
青薔薇を見つめながら、見守る。
酔狂だな、呟きながらも邪魔はしない。
スティレット・クロワール
鈊くん(f19001)と
彼女が生者である以上、選択の権利はあるからね
彼女が選んだのは、彼のいない世界を捨てることだ
旅立ちとも言えるかもしれないけれど彼はどう思うかな
おや、その傲慢を自覚しているのであれば
優しさだろうねぇ、鈊
一撃が届くのを見送って、
それじゃぁ私からは最後に二人の時間をあげようか
大聖堂を描き、二人を招く。
同士諸君には私の大聖堂で迷って貰おう。これもまた、祝福だよ?
ーーきっと、仮初めのこの地は長くは保たないけれどね
あ、鈊くんも呼んでおくよ
君たちの行く末がどうであれ、この大聖堂における誓いは
私が保証してあげよう。私は司祭だからね?
君たち二人が
叶わなかった永久を誓うにしてもーーね。
●聖なる光が瞬くならば
「彼女が生者である以上、選択の権利はあるからね」
スティレット・クロワールの藍の双眸が眇められる。
距離を詰める前に紡がれる、大局を見据えた声は穏やかだ。
「彼女が選んだのは、彼のいない世界を捨てることだ」
ふたりの胸裏は正確に測り得ない。
だからこそ、一方的に啓介を倒そうとする者はいなかった。多少なりとも言葉を交わし、願わくばふたりが納得出来る道筋を見出そうとする猟兵が多かった。
それはスティレットも同じ。
「旅立ちとも言えるかもしれないけれど彼はどう思うかな」
「さあな。ただ、生まれは選べない。命くらい、自分の好きにさせてやれ」
若いふたりを見届けようとするような佇まいに、黒金・鈊は添えるように囁く。
その声は真直ぐであり、何の曇りもない。
「戀に全てを預ける在り方を選ぶもまた傲慢ではあるんだが──価値観の相違だな」
故に傲慢だと断じたとしても、拒絶はしない。
鈊にとって他人の胸裏はすべて汲み取れるものではなく、想いを大事に抱えることもまた、本人にしか許されないものだと考えている。
吐き捨てるような物言いのくせ、鈊の瞳の奥はひどく優しかった。
「こうなった相手がどう願うかまでは知らぬ。共に堕ちるか、突き放すのか」
ただ祈るだけで終わりへと至る物語ではない。
戦いの涯にしか、決着は見いだせない。
ひたすらに啓介に向けられていた黒曜の刃の、切っ先を下げる。
それは誘い水に似ている。間合いに生まれた空白を穿つべく、啓介が軍刀をふりかざした。上段から袈裟懸けに斬り落とそうとする攻撃を、一歩半下がり身を捩じることで避ける。
反動を生かし深く踏み込む。
鈍い鉄色の焔を刀身に這わせ、横一文字薙ぎ払う。
「ぐっ……!」
啓介の外見に、今放たれたはずの攻撃による外傷はない。しかし啓介の表情は苦悶に歪む。
不要な傷はつけない。
昏く沈んでいる核だけを刈る。これもまた鈊の選択であり、矜持だった。
技に籠められた彼の在り方を知っているから尚の事、スティレットは淡い微笑みをほどけさせる。
それを視界に入れた鈊は片眉だけを上げ、小さくため息をついた。
「これが優しさだと思うか? 傲慢なのは今更だ」
「おや、その傲慢を自覚しているのであれば。それは優しさだろうねぇ、鈊」
所詮は亡霊。他人の人生を背負うつもりはない──などと物語る横顔見詰め、スティレットはますます笑みを深めるばかり。
ああ、そうだ。
魂の更に奥に息衝いた、ほんとうの願いに痛みが届くならば。
それに相応しい舞台が必要だろう。
「それじゃぁ私からは最後に二人の時間をあげようか」
そろそろ区切りを迎える頃合いだろう。指先を揺らすその様は、コンダクターが指揮棒を揮う姿に似ている。
スティレットが短く詠唱を諳んじれば、顕現した薔薇窓から、澄んで青い星光が細く細く落ちてくる。
うらぶれた戦場が光降り注ぐ大聖堂へと形を変える。
嘗てを織りなす薔薇十字。
それは迷宮のひとつの形であり、ふたりにとっての誓いの場所になるだろう。
猟兵でも見届けたい人間は残ることが叶っただろう。しかしそうでない者は遠ざけられる。影朧の能力として呼び出された同士も、近隣にいるかもしれない他人も、介入することは絶対にない。
負傷を厭わず接敵していた鈊が、剣の動きを止めた。戦いの場が転じたことを正確に理解し、ひとまず剣を鞘に戻す。
当の啓介も肩で荒く息をしながらも茫然としている。昏き暗澹に身を投じて以降、こんな清らかな場所には縁遠かったことだろう。
銀の司祭は口許に人差し指を当て、穏やかな笑みを刷く。
「同士諸君には私の大聖堂で迷って貰おう。これもまた、祝福だよ?」
無粋な介入者はいないほうがいい。
これから、ふたりの道行きを決める時間が始まるから。
「きっと、仮初めのこの地は長くは保たないけれどね」
肩を竦めて軽妙に嘯く。
されとて、今まで猟兵たちが多くの言葉を手渡してきた。故に、さして長い時間もかからないだろうとスティレットは判断を下す。
最終的に決断するのは椿と啓介だ。誰もそれを害する権利はないし、謂れもない。
そうでしょう、なんて意を含めて、柔い視線を鈊へ流す。鈊はそれを無言で受け流した。肯定の意だろう。
「君たちの行く末がどうであれ、この大聖堂における誓いは私が保証してあげよう。私は司祭だからね?」
誓いは楔。あるいは呪い。しかしてそれは、正しく希望。
こちらへ、とスティレットが促せば、椿がよろめきながらも啓介の元へ歩み寄ろうとする。
「君たち二人が、叶わなかった永久を誓うにしても──ね」
つまるところ。
ふたりを個々の人間として尊重するからこそ、その決断に立ち合おう。
そんな意図を透かして見せる。
「──こういうのは見届け人も必要だったか」
青薔薇を見つめながら、鈊は呼吸を整えつつもふたりの姿を視界に入れる。
酔狂だな、なんて口中で呟きながらも邪魔はしない。そんな酔狂の欠片が自分にも存在していると感じているからかもしれない。
凍った時の向こう側へ歩むための導を、見失わなければいい。
スティレットは長い睫毛を伏せて、誰ともなしに祈りを捧げる。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ユルグ・オルド
f18759/レドと
骸の海に落ちたンならその海へと還すだけ
レドは言い分聞くの、優しいネ
じゃア優しいきみに任せようか
抜かないままの柄に手はやって
…惚れた相手に死んで欲しい奴なんてないさ
共にと願うお嬢さんにゃ悪いケドも
聞き入れるんなら問題なくて
そうでないなら落としてでも
一緒に見たかった景色があって
手渡したかった想いがあって
それが全部藻屑になるのは寂しいだろ
それでもって願うなら止めやしねェけど
呼ばれたならいらえて
勿論、そのために来たんだから
せめて最期に逢えるようにと刳で
割り切れずに言い聞かせた声に
お疲れさま、きっとちゃんと幸せだったさ
ふは、レドに言われたかねェなあ
常の調子でくしゃりと頭を撫ぜて
ウィアド・レドニカ
ユル(f09129)と
彼の最後の願いはなんだったんだろうか
何が2人の幸せなんだろうな
俺は2人の気持ちが同じなら止めない
……ただ
啓介が椿の生を願うならそれを叶えてやりたいよ
ユルは……
いや任された
2人の元に着いたら啓介へ声をかけ
啓介は椿に怪我させたいのか
このまま戦ったら椿は死ぬよ
彼女から離れるなら、そう
椿にキミの願いを伝えて
生の希望を与えるか死出に誘うか
啓介の願いが俺は知りたい
椿、キミは啓介の願いにどう向き合う
生を望まれたなら
愛しい人の最後の願いに応えてあげて
椿の安全が確保できたら
ユル
やろうか
苦しめたくないから一撃を狙って
苦しくてもこれが俺達の役割だ
背中にあるユルの手が優しくて
ホント甘いなキミは
●there must be a reply, reply
啓介は戦地に赴き帰らぬ人となったと聞く。
椿は啓介の死に目に会えなかったということだ。遺骨と対面出来たかも怪しい。父親の庇護の下では、仮に啓介が遺書を残したとしても、椿の手元に届くことはなかっただろう。
では、彼の最後の願いはなんだったのだろうか。
「何がふたりの幸せなんだろうな」
戦闘の最中、何気なしに呟いた。
ウィアド・レドニカの声は夜に溶け入らない。
ただし声量は控えめだったから、隣にいるユルグ・オルドにしか届かない。
「俺はふたりの気持ちが同じなら止めない。……ただ、啓介が椿の生を願うならそれを叶えてやりたいよ」
あんまり優しい口吻なものだから、ユルグは小さく笑った。
彼を咎める意図はない。「骸の海に落ちたンならその海へと還すだけ」と淡々と告げたのも、あくまで己の思考提示だ。
「レドは言い分聞くの、優しいネ」
「ユルは……」
「ん?」
ウィアドの舌の上で声が迷子になる。
知っている。
ユルグは別に薄情なわけではない。ただ、己とはその表出するやり方が違うだけだ。
──ユルも、だよ。
言いかけた言葉を飲み込んで、浅くかぶりを振ってから視線を上げる。
「いや。任された」
椿に声をかけようとする猟兵が複数人見られたからだろう。
そして何より、傷を負うばかりの最愛の人を見ていることがつらくて、いよいよ椿が啓介に歩み寄ろうとしたからだろう。
啓介も目の前の相手を無視して身を翻し、椿の元へ向かおうとする。
世界でたったひとつの宝物を守りたいと、その視線が訴える。彼女に万一のことがあってはならない。そんな悲愴が啓介の背を急かす。
その様子を見詰めながら、ウィアドは確かめるように言葉を差し出す。
「啓介は椿を傷付けたいのか」
怪我させたいのか、という言葉を言い換えた。
「このまま戦ったら椿の心は死ぬよ」
そう、身体より先に心が死ぬ。
既に一度葬ったものだ。
ウィアドは得物の柄に手をかけようとすらしなかった。
啓介も敵意こそ向けてくるものの、歯の奥を食いしばりながらも、無言で口を引き結んでいる。
「でもきっと、彼女から離れればそれでいいなんて、そんな単純な話じゃないだろう。彼女から離れるなら、そう」
一拍の間を置いた。
それから丁寧にひとつひとつの音を繋いで、言葉にする。
「椿にキミの願いを伝えて」
啓介は虚を突かれたように瞠目する。
傍で見ていたユルグが片眉を上げる。確かに響いた。そんな気がした。
「生の希望を与えるか死出に誘うか。啓介の願いが俺は知りたい」
「……何を言っている」
一触即発と言うにはあまりに切実さが滲む、張り詰めた気配。
そこに進み出たのはユルグだった。
「じゃあ、俺からもお節介を少々」
飄々と手を上げ、口の端に笑みを刻む。
細く細く息を吐いて、ずっと頭の隅に置いていたことを言う。
「……惚れた相手に死んで欲しい奴なんてないさ。共にと願うお嬢さんにゃ悪いケドも」
夜半の空気の色が変わる。
その場にいた誰もがすぐに察しただろう。
そう、『一緒に死んでしまいたい』と椿が言ったと予知では語られていた。
であるのなら果たして、啓介はどう考えていたのだろうか。何を望んでいたのだろうか。その角度に今、誰もが思い至ったのだ。先にウィアドが考えていたことは、恐らく正鵠を射ている。
事実、啓介も言葉を失ったようだ。動揺が瞳の奥でさざめくも隠しきれていない。
影朧に身を窶したとはいえ、啓介の善良な芯はまだ折れてはいない。
そう直感して、ユルグは再び口を開く。
「一緒に見たかった景色があって、手渡したかった想いがあって。それが全部藻屑になるのは寂しいだろ」
秘密の恋だとしても、重ねた思い出は唯一無二のものだろう。
空を仰ぎ見る。幻朧櫻が揺れている。
こうして夜桜を眺めた夜もあったのだろうか。そんなことを思う。
「それでもって願うなら止めやしねェけど」
「啓介……?」
椿も啓介の表情の変化に気付いたらしい。憂いで顔を曇らせて、縋るように啓介を見詰めている。
行き違いがなければいい。悔いが残らなければいい。
「椿、キミは啓介の願いにどう向き合う」
きっと、啓介は椿の死を望んではいないのではないか。
そんな予感は、ただの思い過ごしだろうか。
「愛しい人の最後の願いに応えてあげて」
どうか耳を傾けてほしい。
椿の眼差しに、生気の種火が灯る。思考停止をせず、最愛の君の考えていることを知ろうとする。そんなひたむきな瞳をしていた。
それを視界に入れたなら、小さな笑気が零れた。
「ユル、やろうか」
「勿論、そのために来たんだから」
せめて最期に逢えるようにと、刃の上を血で辿る。
痛めつけたいわけではない。苦しめたくないから一撃を狙おう。
ユルグとウィアドの意を察したのだろう。今一度啓介は立ち上がり、椿の傍から離れようとする。そのかんばせに哀切と寂しさを湛えて。
何となく、思った。
啓介は椿と離れがたいという割には、離れなければという悲痛に追い立てられているように感じた。
もちろん間違っても椿に猟兵の攻撃が向いてはならないという理由はあるだろう。
しかし、それ以上に。
だからこそ。
彼にとって一緒にいるということがどれだけ夢幻の幸福であるかを、思い知らされる。
そう思えば胸の奥が、軋む。
「苦しくてもこれが俺達の役割だ」
決して割り切れたわけではないだろう。言い聞かせる声の行き先は、己の真ん中へ。
ユルグはそんなウィアドの背に手を伸ばし、労わるように軽く叩いてやる。
支えるよ。そんな意思を、知らしめるように。
「きっとちゃんと幸せだったさ。……幸せに、なれるさ」
じわり伝わるぬくもりの在処に気付いている。
「ホント甘いなキミは」
「ふは、レドに言われたかねェなあ」
努めて常のように振舞って、ユルグはくしゃりと頭を撫ぜてやる。
ウィアドは喜びと切なさが入り混じった中途半端な顔で、それでも琥珀の双眸を細める。
──最後まで、見届けようか。
花が落ちても時が廻れば、再び咲くことも叶うかもしれないから。
ふたりが地面を蹴ったのは、ほぼ同時のことだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
冴島・類
黒羽君(f10471)と
黒羽君が椿さんにかける声聞き
啓介さんへ
攻撃は受け反撃はせず
僕らは貴方を倒しに来ました
けど…また
踏み躪られた終わりにして
2人の心を殺したくない
置いて行きたくない、当然だろう
共にいれないなら滅びに連れ立つ
それが、望みかい
彼女に…
生きる力や可能性を手渡せるのは
君だけなんだよ
廻りの先に、行く気はないか
確約なぞないが
先で出会えたら
二人で明日を歩けるかもしれない
負けないでと願う黒羽君の声
過去になるんじゃなく
先でも見つけると信じる為
揺るがぬ愛は…導き星にならぬかい
答え出たら
黒羽君の声に応え駆ける
優しい氷が斬る先を風で送ろう
後に
彼女が添わぬ男と結婚させられぬよう
偽装し市井に逃すこと検討
華折・黒羽
類さん/f13398
彼女の靴裏を氷花織で凍らせ動けぬように
彼は類さんに任せて
大切な人の傍に添う為なら命すら惜しくない
嘗ては俺もそう考える事がありました
でも違う
…死んだらそこで終わりなんです
慕い焦がれた心も
金平糖の甘さも
過ごした思い出も
全て無くなる
命すら投げ出してしまいたくなる程の想いは
あなたが生きているからこそのものじゃないんですか
死を選ぶという事は
その慕い続ける心を諦める
─そう言う事には、なりませんか?
哀しみに負けないで下さい
啓介さんを想い続ける事が出来るのは
もうあなたしかいないんですよ、椿さん
類さん
名紡ぎと視線を合図に共に駆け
氷纏う刃先で啓介さんへ一閃を
行く末の判断は類さんの考えに沿う
●導き星の彼方
椿の足元を戒めていた氷の花群が砕ける。
次の一歩を椿が望むのであれば、進めるように。だが今すぐに動くわけではないだろう。
そのくらい椿の胸裏は波打っている。力づくに留める必要はないのでは、そう華折・黒羽は感じている。
事実黒羽が傍らで顔を覗き見ても、椿は心の整理が出来ていない様子だ。青白い顔をして、潤んだ目で啓介を見詰めている。
そんな娘に、誠実に言葉を紡ぎ始める。
「大切な人の傍に添う為なら命すら惜しくない。嘗ては俺もそう考える事がありました」
黒羽の蒼穹の双眸に過る、逡巡。
削れる己が命など厭わずに、想い焦がれた存在がいる。
しかし──黒羽はかぶりを振る。声に含まれる、実感を伴う切実。
「でも違う……死んだらそこで終わりなんです。おしまいなんです」
唯一たる幸いと繋いだ想いの結晶が、どんな宝玉よりもきらめいていると知っている。
「慕い焦がれた心も、金平糖の甘さも、過ごした思い出も。全て、無くなる」
椿は息を詰まらせた。胸元に手を添える。
恐らく嘗て共に口に運んだ、先程の繁華街で買い求めた金平糖を思い返しているのだろう。ささやかな今を願った綺羅星。
もしかしたら語気が強くなっていたかもしれない。
それでも、悔いて欲しくはない。
故に黒羽は真摯に続ける。
「命すら投げ出してしまいたくなる程の想いは、あなたが生きているからこそのものじゃないんですか」
咲かせた想いの花が散ってしまう前に。
間に合うように。
「死を選ぶという事は、その慕い続ける心を諦める──そう言う事には、なりませんか?」
椿は弾かれたように黒羽を見る。
真直ぐな気持ちは確かに届いている。そう信じたい。
呼吸を挟むのも惜しんで、必死に訴える。
「哀しみに負けないで下さい」
夜に在っても闇に浸らず、黒羽は言い聞かせるように告げる。
もしも願いが叶うならば。
自分と同じような哀しみを知る人間を、これ以上増やしたくはなった。
「啓介さんを想い続ける事が出来るのは、もうあなたしかいないんですよ、椿さん」
「あ……」
椿の脣から漏れる茫然とした声。
瞳に薄い水の膜が張る。それを視止めて、冴島・類はゆっくりと息を吐く。椿には黒羽がついていてくれる。ならば心配はいらない。
己も己に出来ることをしよう。
得物も構えず、ユーベルコードも諳んじず。
丸腰同然の姿で啓介に歩み寄る。
「僕らは貴方を倒しに来ました」
端然と事実だけを述べる。
萌黄の双眸が眇められる。
毅然と、しかし相手を慮ろうとする意思を以て、正面から相対する。
張り詰めかけた空気を弛ませるように、ふと、類は眉を下げた。
「けど……また、踏み躪られた終わりにして、二人の心を殺したくない」
「……!」
啓介が身を強張らせる。
見開かれたその眼を見て、己の目指すところが見当違いではないのだと類は知る。
そう。
類は『倒しに来ました』と言った。『殺しに来た』わけではない。
ましてや一度矜持ごと葬られた啓介の、悲嘆で自決した椿の、ふたりの心を殺すことなど、断じて出来るわけがなかった。
意識してか無意識か、どうにせよ、啓介の軍刀の切っ先が徐々に下げられていく。
もう一歩、踏み出す。距離を詰めたいと、声の届くところに在りたいと切に願う。
「置いて行きたくない、当然だろう。けれど共にいれないなら滅びに連れ立つ、それが、望みかい」
違うのではないのかい。
言葉にせずとも手向けられる問いがある。
「彼女に……生きる力や可能性を手渡せるのは、君だけなんだよ」
類が言った途端に、啓介は今度こそ色濃い狼狽を見せる。
視線と吐息が迷い子になっている。椿と共に様子を窺っていた黒羽にも、感情が手に取るように伝わってくる。
本当に、互いは互いを心の底から愛している。
思わず黒羽の尻尾がしゅんと、垂れてしまった。ふたりの悲哀が波紋のように胸裏に広がっていくから。
「廻りの先に、行く気はないか」
安易に言うべき言葉ではないのかもしれない。
だが類は啓介の辛苦を軽んじているつもりはなかったし、それこそ綺麗事だと断じられる可能性も理解していた。
だからこそ。
此度の事件で会ったばかりの他人だからこそ、伝えられる希望がある。
「確約なぞないが、先で出会えたら、二人で明日を歩けるかもしれない」
類は言う。
先の黒羽の言葉を噛みしめて繰り返す。
呼応し、反響し、廻るように繰り返す。
「哀しみに負けないで欲しい」
戦場で相対する敵同士としての認識はない。
ただ人間と人間として、目を逸らすことなく向き合いたい。
泥と混ざった雪の結晶を見出すような柔らかさで、類はひとつの提案をする。
「過去になるんじゃなく、先でも見つけると信じる為。揺るがぬ愛は……導き星にならぬかい」
「俺は」
間髪入れずに跳ねた声。
しかしその後、続くかもしれなかった怒声は聞こえない。
押し付けず、見下さず、優しく諭す類の言葉が、確かに啓介の真ん中に届いている。
「…………俺は」
惑いを憂いに溶かして、夜空に滴らせたような呟きだった。
影朧の持つ狂気や凶暴性、そういったものが剥がれかけていると一目でわかる。
ちらり、類は横目で黒羽を見る。
もしもまだ届かぬのなら、もう一押し攻撃を重ねるつもりでいた。影朧は体力を損なえば不安定になる可能性はある。時間をかければ呼びかけを重ねることも叶うだろう。
ただそれは逆説的に言えば、自分たちの言葉が伝わるというだけの信を置いているということだ。
「類さん」
「うん、黒羽君」
短い名紡ぎだけで伝わるものがある。
類の象牙色の髪と、黒羽の射干玉の髪が夜風に揺れる。
もうすぐ黎明の気配がやってくる。
その時に見出す光を、取りこぼすことがないように。
夜空に降る流れ星よりも、目の前のふたりに願いたかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
五条・巴
七結(f00421)と共に後悔のない選択を
彼女の願いを叶えることは難しい
こんなにも彼を思っている君に、1人で生きなさいというのも酷だろう
だからといって、2人で逝くことが正解かと言ったらそうじゃない。
君は、君たちは、1人では生きられないから。
頭の中ではいくつもの選択肢を方法を探す
けれどどれも現実的ではなくて、君達自身に直面していないような気さえする
彼の願いを聞こう、七結、お願い。
僕らの気持ちがぶれないように、後悔しないように、
聞かせて
銃を構える
照準は、彼に
君は、どうしたい?
ああどうか、互いの思い出はそのままに。
記憶を抱いて、微睡みへ
君達の願い通りにトリガーを引くよ
蘭・七結
トモエさん/f02927
愛し合うふたり
然れどこの世界では赦されないふたり
幾つもの糸。どれを手繰るのが正解?
わからない
そう思ってしまうのは偽善なのかしら
ええ。トモエさん
なゆに任せて
あかいいとに結いで問おう
『あなたが彼女に望むものは?』
なゆが満足するまで縫い付けるいと
穿つための留針を手にしたまま
その答えを、待つ
ふたりで生きる未来はない
与えることは、出来ないの
ごめんなさいとは紡がない
ふたりの想いを否定することになるから
あなたたちの望むままに
互いに、後悔のないように
そう願うのは、なゆの我儘かしら
言葉を聞き届けたのなら
手にした留針を構えましょう
鼓動に狙いを定めて――穿つだけ
その想いといのちを、忘れないわ
●愛の赤さを教えて
ふたりの願いは何だろう。
他の猟兵たちが椿や啓介と交わしてきた言葉を反芻しながら、五条・巴はそんなことを考える。
万華鏡のように様々な想いが集っているものの、ひとつに纏めてしまうほうが乱暴なのかもしれない。
ただ、確かなことがある。
──引き離されるくらいなら一緒に死んでしまいたい。
そんな椿の願いを叶えるのは、ひどく難しいということだ。
巴は椿に言う。
細雪を掌で集めて、溶けないうちにと差し出すような声音になった。
「こんなにも彼を思っている君に、一人で生きなさいというのも酷だろう」
だからといって、二人で逝くことが正解かと言えばそうではない。
死んでも何も生み出さないなどと戯言を呈するつもりはない。
理由は単純にして明快だ。
「君は、君たちは、一人では生きられないから」
想像ではなく確信に近い。椿も唇を噛みしめて、視線を伏せる。
縁を織りなすのであれば、二本の赤い糸がなければ編めやしない。それを理解しているからこそ、蘭・七結の花かんばせに憂いが宿る。
愛し合うふたり。
然れどこの世界では赦されないふたり。
幾つもの選択肢があるのだろう。可能性だけを考えればきりがない。猟兵たちでは知り得ない観点もあるだろう。
どれを手繰るのが正解か、わからない。
「わからないなんて。そう思ってしまうのは偽善なのかしら」
七結の囁きに、巴は首を横に振る。
当然、巴も選ぶべき道の方角を探そうとしていた。
だが──どの術も現実的ではないように思うのは、思い違いではないように思う。
「このままただ倒すだけでは何も解決しない」
巴の青藍の双眸が、静かに前を見据えている。
「君達自身に直面していないような気さえするんだ」
血に塗れる啓介。
離別を憂う椿。
確かに想い合っているというのに光に手を伸ばせないのは、根元で糸が絡まっているからではないのか。
唾を飲み込む。視線を七結に流し、巴は意思を言の葉にする。
「彼の願いを聞こう、七結、お願い」
「ええ、トモエさん。なゆに任せて」
七結が頷けば、しなやかな淡い素色の髪が肩口にさらりと落ちる。
紡ぐ紡ぐはあかいいと。
澄んだ声が、すべらかなあかいいとに姿を変える。結いで問おう、ほんとうのこころを教えてと。
──『あなたが彼女に望むものは?』
糸の先が疾駆する。啓介の軍服、その袖口を縫い留めて、心臓の裏へと這っていく。
「!」
啓介が目を見開く。
鼓動を突く、ささやかな痛み。
されど消えることのない痛み。ちくり、ちくり、ちくり。胸裏を蝕む想いを、少し外気に当てましょう。
それは七結が満足するまで縫い付けるいと。
その繊手に穿つための留針を手にしたまま。
答えを、待つ。
ふたりで生きる未来はない。今を悠久に織りなすことは叶わない。
しかし──ごめんなさいと、その言葉を用いる気は七結にはなかった。
それはふたりの辛苦に対する侮辱であり、想いを否定する傲慢であるからだ。
「僕らの気持ちがぶれないように、後悔しないように、」
幻朧桜の花弁が、夜風に吹かれて散っていく。
それに紛れぬように、巴ははっきりとした声で告げた。
「──聞かせて」
巴と七結だけではなく、この場に在って、どうか悔いのない結論をと願う猟兵たちの願いの結実。
どれかひとつでは駄目だった。
いくつもいくつも重なって、尚も重ねたからこそ、僅かに触れる心の奥。
涓滴岩を穿つなんて言い回しに、似ているところがあるかもしれない。
◆◆◆
酸素が足りない。
呼吸が浅い。
肺を何かで縛られているような息苦しさで、啓介は乾いた咳をした。
「生まれ変わっても必ず迎えに行く、か」
先程相対した猟兵の言葉が、不意に脳裏に過った。
途端に口許が歪む。
皮肉に引き攣る。
「再会できるかもわからないのに縛り付けておけと?」
あり得ないと言わんばかりに首を横に振る。
啓介が肩を揺らしたのは、既に体力のほとんどを奪っている先の攻撃によるものか。
それだけではないのだと、察してしまったのは誰だっただろう。
「椿さんには未来がある。今からだって望めば、何の不自由もない生活を送ることが出来る」
猟兵のひとりが弾けるように顔を上げる。ようやく思い至ったと言わんばかりの表情で。
身分差のある恋。
どうしても咎められるのは、身分に劣る啓介のほうだ。
恩を仇で返しおって、お嬢さんを誑かすなんて、身の程知らずが、下賤の身で何て浅ましい。
何度心無い言葉をぶつけられたことだろう。
恐らくどれほど貶められても、啓介はそのことを椿に打ち明けてはいなかったはずだ。聞かせれば必ず気に病んでしまう。
知っている猟兵はいただろうか。
──影朧は、傷つき虐げられた者達の『過去』から生まれた、不安定なオブリビオンであると。
「椿さんは俺をいつだって置いていける」
「何を言っているの!」
椿が顔色を変えて抗議の声を上げる。
駆け寄って、泣きそうな声であえかな叫びを呈した。
「絶対にそんなことしないわ!」
軍服を掴み必死に訴える。だが、啓介は痛みを堪えるように睫毛を震わせ、強く目を瞑る。
そうして目を開いたときに、雨が降る。
夜にきらめく雨が降る。
啓介の頬だけを伝う、雨だ。土に落ち、されどすぐに染みていく。乾かない。還らない。
絞りだした声は、掠れていた。
「ずっと考えてた。椿さんを幸せにしたいのに、誰より不幸にしてるのは俺なんじゃないかって」
啓介は椿を信じていないのではない。
ふたりの縁を断ち切ったこの世界そのものを信じられないのだ。
己がどう足掻いても掴めないものがある、そう突き付けられた絶望と無力感は、影朧となった今でさえ啓介を蝕んでいる。
啓介とてわかっていたのだ。自分が椿を繋ぎとめることが、椿の幸せには結びつかないことを。
それでも好きだった。
一緒に死んでしまいたいと言ってくれる椿の手を、すべてを擲ってでも一緒にいてくれようとする椿の優しさを、どうしても手放すことが出来なかった。
「どうして待っていてくれなどと言える。俺さえいなければ、俺が身を引いていれば、もっと早く椿さんは幸せになることが出来た」
椿はまさに花の盛りの年頃だ。
仮に転生して再び姿を見せるまで待っていて欲しいと願うならば、女寡の立場に椿を置くということになる。
下手をすれば十年、二十年とひとりにしておくことになる。
女として母として平穏な日々を送れるはずの時間を差し出せなどと、それは身勝手というものではないのか。
一緒にいたい。幸せにしたい。近くて遠い乖離するふたつの感情が絡まり合って、雁字搦めで動けない。
戦地へ赴く前に、己のことを忘れてくれと突き放していればよかったのかもしれない。
なのに。
「でも、……それでも」
好きだった。
もうどこにも行かないでという願いを叶えたいと思ってしまった。
世界で愛したたったひとりを、諦めることが出来なかった。
今手を放してしまえば、二度と届かない気がして、それがどうしようもなく。
「 」
静寂に、声未満の吐息が落ちる。
それは誰かの耳に届いただろうか。誰かは自然と理解してしまったかもしれない。そのくらい切実な思いがあった。
幻朧桜が夜風に波打つ音の輪郭がやけにはっきりとしている。
そのくらいに、静かだった。
「……そんなことを考えていたの」
身を寄せあっている状態では見えなかったものがある。
手を伸ばせる距離を保てば、その涙を認識し拭うことも出来よう。
「ほんとうに、おばかさんね」
傷だらけの精悍な頬に、椿はそっと手を添える。
血で汚れようとも厭わずに、ただ傍にいたいと願っていた。
◆◆◆
「あなたたちの望むままに。互いに、後悔のないように」
思うままに望んでもいいのだと。
そんな彩を、七結の声は孕んでいる。
「そう願うのは、なゆの我儘かしら」
眉を下げる七結に、今一度巴は首を横に振る。
静寂に切り込むように、エーデルワイスが精緻に意匠された銃の引き金に指をかける。
照準を定めるのは当然啓介だ。
銃よりも真直ぐに見据える。ひたむきに。揺るぎなく。
巴は問う。
「君は、どうしたい?」
短く問う。
啓介の手から軍刀が滑り落ちる。
地に転がったそれを一顧だにせず、抉られた肩口に手を添えながら、わななく唇が声を探す。
「待っていて欲しいなんて言えない。迎えに行くなんて言えない。ただ、……それでも、」
飲み込み損なった空気が喉の奥で潰れる。
微かな声は、真っ暗闇に星を見出したような響きになった。
「俺はもう一度、椿さんに逢いたい」
小さく微笑んだのは、七結と巴、どちらが先だっただろう。
あるいは椿が最初だったかもしれない。
「私も逢いたい。約束なんていらないわ」
畢竟に奏でられる旋律は、何度も繰り返される輪舞曲ではなく、ささやかで慎ましい花の唄。
「愛しているの。あなたとあなたの幸せがあれば、私は幸せでいられるもの」
重なるふたりの眼差しにもう陰りはない。
その様子を見届け、言葉を聞き届け、七結は手にした留針の先を啓介に向ける。あとは鼓動に狙いを定めて──穿つだけ。
祈るように、慈しむように、牡丹一華の娘が眸を細める。
「その想いといのちを、忘れないわ」
決着をつけよう。
ああどうか、互いの思い出はそのままに。
記憶を抱いて、微睡みへ。
巴に躊躇は存在しない。
君たちの願いを繋げるために、トリガーを引くことを迷わない。
響く。
穿つ。
銃声と刺突。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
琴音・創
藤乃くん(f22897)と。
嘗て見た景色がどれだけ愛しくても、戻って来ることはないんだよ。
裏切った筈の世界に騙された振りをしているのは宜しくないね。
●指針
椿嬢は生かす。
彼女が決断する事をわざわざ停めはしないけど。
●戦闘
啓介君が戦友たちを喚んだら紙飛行機投擲。
【蜃の夢】で「軍人達の家族や故郷の幻影が見える空間」に。
悪趣味は承知だが、彼らもそれぞれ帰る場所があったろう。
君の恋路の為にわざわざ起こすのは良くないな。
●説得
終わったら椿嬢の傍に。
後を追うなら止めないが、生きていくなら家から出る手伝いくらいしよう。
彼を殺したも同然のお父上の無力な奴隷でいるか、どこか遠くで彼との記憶を護り抜くかは君次第だ。
絲織・藤乃
先生(f22581)とご一緒致します
指針は先生に従いますわ
ふたりで在るとはどれほど甘美な夢でしょう。
けれど、夢だけでは生きるにも死ぬにも足りないのです。
啓介様
憧れ焦がれ、心の臓を燃やす想いを私もよく存じております。
だからこそ、私は貴方を討たねばなりません。
戦闘では先生を攻撃から庇い護ることを第一と致します
UCで他の方の補助となるよう動きます
椿様
転生など不確かなものとお思いかもしれませんけれど
私は信じてみたいと思うのです。
残りの人生全てを薪と焚べても構わない運命の愛なのでしょう。
ならばいつか必ず出会えますわ。
次でなくとも、その次で
いつかの果てで。
だって、それがえにしと、運命と、いうものでしょう?
●夢の在処、運命の縁
ふたりで在るとはどれほど甘美な夢だろう。
けれど、夢だけでは生きるにも死ぬにも足りない。
膠着する惑いの涯て、いつかを望むことが出来るなら、夢から醒めて現へ踏み出すしかない。
「啓介様」
絲織・藤乃が名残をなぞるが如くに宙に呼ぶ。
最後の一撃と共に、薄く微笑んで消滅した影朧の青年を思う。
「憧れ焦がれ、心の臓を燃やす想いを私もよく存じております。だからこそ、私は貴方を討たねばなりませんでした。……真直ぐに受け止めてくださって、ありがとうございました」
謝意がどこに届くとも知れず、だから自己満足に過ぎないのかもしれない。
しかし捩じれていた糸は解くことが叶った。
もう一度編み上げることも出来るだろう。そう、この場にいる猟兵たちの誰もがそう考えている。
「嘗て見た景色がどれだけ愛しくても、戻って来ることはないんだよ」
琴音・創は物語の終焉を書き起こすように言う。
文を綴った紙飛行機の手触りを思い返す。
先の戦いにおいて、他の猟兵が築いた大聖堂の迷路を強化するような形で顕現させた、『軍人達の家族や故郷の幻影が見える空間』。創たちの試みが功を奏し、結局同志諸君の加勢は、一度として猟兵たちに及ぶことはなかった。
彼らもそれぞれ帰る場所があったろう。
君の恋路の為にわざわざ起こすのは良くないな。
そんな風に窘めたのは、啓介自身が他者の意向で虐げられた経験があるはずだから。
あの時の苦さを呑み切れない様子を思い返し、創は座り込んだ椿へと向き直る。
「裏切った筈の世界に騙された振りをしているのは宜しくないね。芝居の幕は下りた。ならば、舞台を降りた先に何をしようと自由だろう?」
立つといい。そう椿に手を差し伸べる。
その足で歩いていけばいい。
歩いていって欲しい。そんな希望の欠片が風となり、椿の背を押してくれますように。
◇◇◇
「ほんとうはね、私もこわかったの」
悪戯を白状するような声音で椿が言う。
近くにいる猟兵は目を丸くした。啓介はともかく、椿に迷いなどないと考えていたからだ。
「転生して、もしすぐに生を受けたとしても。あのひとが年を重ねるころには、私はとっくに年配よ」
目を見開いた猟兵は誰だっただろう。
啓介と似た懸念を抱いていたということか。苦く眦を綻ばせる椿を見て、何とはなしにそう察した。
「新しい生であれば、あのひとだって狭い世界に囚われることもないかもしれない。しかも私の事を覚えていないのよ。なのに、あなたの前世で出会っていたの、あなたの未来をくださいなんて、そんなこと軽率に言っていいのかしらって」
その言葉を聞いた瞬間、猟兵のひとりが椿に問うた時の答えを、他の猟兵のひとりが思い出す。
──他に何もいらないくらい、世界でいっとう幸せになってほしいひとよ。
そう。
椿は『一緒に幸せになりたいひと』と言わなかった。
言えなかったのだ。
ふたりは互いに思い悩んでいた。
盲目に縋っていたわけではなく、相手には未来がある、だから己がそれを奪っていいのかと苦しんでいたのだ。
相手の行く末を尊ぶからこそ、そんな不安定で不確実な、傲慢な来世を願うくらいならと。
今に固執してしまった。
──一緒に死んでしまいたい。
来世の邂逅に期待するよりは、朽ちた現世で共にいられるほうがいい。地獄であっても、傍にいられるならそれでいい。
そう自分に言い聞かせ、惑い、影差す道へと迷い込んだに違いなかった。
つい睫毛を伏せてしまう。そんな創に、気に病む必要はないと椿は眦を緩める。
「そう。それは難儀なことだったね」
「ええ、とっても。けれど……そう、そうね」
父親に情がないわけではない。周囲の人間を忌避しているわけでもない。
他者を簡単に切り捨てられるのならばとっくに椿は見限っていただろう。
ただ、今は。
偽らざる本音を聞いた今ならば。
彼を信じ、己を信じることが出来るから。
「私も、あのひととのこれからを、望んでもいいのね」
時を凍らせる必要はない。
それでも光差す道を歩んでいっていいのだと、猟兵たちが指し示した。
誰一人として、そのまま足を止めていろとは言わなかった。
「生きていくなら家から出る手伝いくらいしよう」
創が提示したのは、椿が踏み出す新たな選択肢のひとつ。
帝都郊外に住む創は、多少なりともサクラミラージュのいくつかの居住区域に心当たりがある。
「彼を殺したも同然のお父上の無力な奴隷でいるか、どこか遠くで彼との記憶を護り抜くかは君次第だ。……まあ、その表情では既に意は決しているようだけれどね」
創は肩を竦めながらも、その声音はひどく優しい。
椿が他者の、特に父の思惑の結果、他の男と結婚させられぬように偽装しようと申し出たのは別の猟兵だ。
市井に逃がそう。視線を流した先には、ふたりが過ごしていたという秘密の住処。これまた別の猟兵が言っていたように、こんな棲家を秘密裏に用意出来るくらい行動力がある椿は、元より何もしようとしない箱入り令嬢ではなかったのだ。
自分の足で転生した啓介を探すことだって出来る。
走って会いに行くことだって叶う。
そんな未来図をなぞるように、眦から熱さを零しながら椿は言う。
「世間体や慣習に食い潰されるのではなく、あのひとと再び生きていくために、生きていきたい」
その泪はきっと種だ。
地に落ち、雨を待ち、芽を出し、茎を伸ばし、いつかきっと花を咲かせる。
「椿様」
藤乃が控えめな声で呼び、そっと指先を伸ばす。
肌の白い椿の手を包むように握り、まごころと共に告げる。
「転生など不確かなものとお思いかもしれませんけれど、私は信じてみたいと思うのです」
常に揺るがない想いを携えろというほうが難しいかもしれない。
椿は亡霊でも、魔性でもない。ましてや女神でもない。
小さな体躯に愛を抱えている、ただの娘に過ぎない。人間だから。時には焦がれて寂しくなる時だってあるだろう。
けれど藤乃は手に力を籠め、はにかむように続ける。
「残りの人生全てを薪と焚べても構わない運命の愛なのでしょう。ならばいつか必ず出会えますわ。次でなくとも、その次で。いつかの果てで」
今に囚われずとも、ふたりで手を取り合って笑い合うことが出来る。
「だって、それがえにしと、運命と、いうものでしょう?」
人によっては世迷い事だと一蹴するやもしれない、藤乃の言葉。
けれどそれは何よりあたたかく椿の胸に染み入っていく。
「啓介は運命なんて信じない、なんて言ってしまう現実主義だったのだけれど」
内緒話を紐解くが如き、少し幼い声で言う。
「それでも構わないわ。わたしがふたりぶん信じるもの。一緒に幸せになるのよ。……そう思わせてくれて、ありがとう」
先の謝意と呼応するような響き。
藤乃もふわりと笑みを咲かせる。そんな様子を微笑ましく見遣っていた創が、不意に夜空を仰ぎ見る。
「ああ」
星と月。薄く棚引く紺の雲。
そして揺れる幻朧桜。
一年中咲いていると知っているのに、幸福萌す春を寿ぐような、そんな趣だった。
創の囁きが星の光に重なる。
「今宵も幻朧桜が……とても綺麗だね」
幾度も巡る季節の果てで、花の唄が明日を紡ぐ。
約束なんて必要ない。
夢ではないから醒めない。
何度でも、あなたに恋して生きていく。
大成功
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