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トキシック・ハピネス

#UDCアース #感染型UDC

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●邂逅
 私が物心つく前からあったその建物は、元々病院だったのだという。
 玄関の扉が開いているところも、人が出入りするところも、見たことが無い。コンクリートの外壁もガラス窓も薄汚れて所々ひび割れて、朝でも昼でも、周囲より沈み込んだように薄暗く見える。その外観の不気味さから、人によっては「幽霊病院」なんて呼んでいた。
 通学路の途中にあるから、何度も何度も前を通った。だけど、人が出入りするところは一度も見たことが無かった――あの日までは。
 部活で少し遅くなった。夕焼けは夜の藍色に圧し潰されかけて、最後の色をビルの隙間に滲ませている。この時間にあの場所を通るのは、少し嫌だった。
 何もいやしない。ずっとそうだったんだ、だから今日だって。そう言い聞かせて駆け抜けようとした病院の入り口に、ぼんやり白く光るものが見えて、私は思わず、足を止めてしまったのだ。
 そこにいたのは、若い男の人だった。暗がりに浮かぶ淡い光に見えたのは、白衣だった。
 彼は、立ちすくむ私に気付いた様子で、ゆっくり近づいてきた。
 白衣姿の人が病院から出てきて、こちらに話しかけてくる。何もおかしくはない――ここが、「幽霊病院」でさえなければ。

 そして彼は、私に言ったのだ。

「ごめんね、君の事はまだ、幸せにしてあげられない――もっとたくさんの人を救うために、少しだけ待っていておくれ」

●ブリーフィング
「死は救いだと思うかい?或いは、死によって救われたいと思った事はあるかい?」
 兼石・風藍(炎色反応・f25843)は口元を歪ませながら静かに問いかけた。
「いや、我ながらふざけた質問だったな。忘れてくれ」
 問うてはみたものの、答えがYesでもNoでも、気に食わぬ事に変わりはないのだ。風藍は一旦そっぽを向いて、気を取り直したように猟兵達に向き直る。
「感染型UDC、という奴が現れてねぇ」
 見た者、その噂を聞いた者、広めた者、それらの精神エネルギーを餌として配下を生み出すUDCだ。
「ハピネスドクター、というらしい。『幸福な死』を救済と信じる狂科学者」
 風藍は吐き捨てるように言った。

「お前らには、その感染型UDCがいる街に飛んでもらう」
 ハピネスドクターは、己の「噂」を広めさせるために、第一発見者の少女をその場では殺しも捕えもせず見逃した。狙い通り噂は広がり、街には化け物が出現し、その混乱のために、現段階では感染型UDCの居場所は把握できずにいる。
「街にいるのは亡者だ。生きている者を、自分と同じ場所に引きずり込もうとしている」
 つまり、恐らく、被害はもう出てしまっているのだ。
「幸い、第一発見者はまだ街を逃げ回ってる」
 第一発見者は、「神田・遥(かんだ・はるか)」という名の、中学生の少女だという。
「そいつを助け出せば、ヤツを見た場所……ヤツの根城を特定できるだろう」

 場所さえわかれば、後は突入し、ターゲットを見つけ出し、倒すだけ。なのだが。
「さっき言ったが、『被害はもう出てしまってる』。多分お前らが見るものは、控えめにいっても気分のいいものじゃないだろう」
 狂科学者の言う「救い」を求めて集った者、連れてこられた者、或いは既に「救い」を与えられてしまった者。
「『間に合わなかった』なんて嘆いて作戦行動に支障が出るぐらいなら、脇目を振らず先に進め。その方が合理的だ」
 風藍の言葉は冷たいが、ターゲットを速やかに探し出し撃破すれば、被害がそれ以上広がる事はない。生存者の救出・治療といったアフターケアはUDC組織が請け負ってくれる。速攻を目標とするのも、一つの手であることは間違いない。

「で、最初の質問に戻るわけだ。死は救いだと思うかい?」
 ハピネスドクターは、「幸福な死」を救いだと心から信じ、多くの者にそれを与えたいと、心から願っている。幸せな幻覚を伴う劇薬や、幸福なまま自死に至る薬物を与え、或いは、諦めた過去、救えなかった誰かの幻を見せて、彼の思う「幸福な死」へと導こうとする。
 それらは勿論、猟兵とて例外ではない。猟兵ならばそう簡単に死に至る事はないだろうが、十分注意し、覚悟をもって対峙しなければ、幻に飲まれてしまうかもしれない。敵の見せるものが、本物の救いに思えてしまうかもしれない。
 己の信念や気合で乗り切るのも、何か拠り所を用意するのも良い。一人ではぐらついてしまいそうならば、仲間に引き戻してもらうのも良いだろう。

「本当に危なくなったら、回収はしてやるけど」
 怪我はともかく、精神面のケアは僕の専門じゃない。あまり無茶はしてくれるなよ――という言葉を、風藍は柄じゃないなと噛み潰す。
「僕に解剖だの改造だのされたくなかったら、ちゃんと無事に戻ってきなよ」


関根鶏助
 はじめましての方は初めまして、三度目の関根です。
 感染型UDCの依頼をお届けします。
 ※各章、「断章投稿以降はいつでもプレイング受付、目標数達成次第〆」とします。
 以下補足です。

●第一章
 街に多数出現した『深淵に至る亡者』との戦闘です。
 敵を倒しつつ、感染型UDCの第一発見者の少女「神田・遥(かんだ・はるか)」を救助してあげてください。
 (第一章終了後、彼女は安全な場所に避難します)

●第二章
 感染型UDCの根城の探索です。
 探索の際、UDCが「救った・救おうとしている」被害者たちの姿を見ることになるかもしれません。
 (ここで犠牲者・生存者を探し出す事は、最終的な生存者の数に影響しません。敵の発見を優先しても、それにより事態が悪化する事はありません)

●第三章
 「幸福な死」を振り撒く、感染型UDCとの決戦です。
 感染型UDCは、あらゆる幻を見せ「幸福な死」へと猟兵を誘います。
 何を見るのか、幻の内容を指定して頂ければと思います。指定がない場合は、漠然としたものになります。
 幻に溺れてしまうのか、振り払って反撃を叩き込むか。
 (本当に危険な状態になったら風藍が回収します)

●その他
 プレイング冒頭に以下のものをつけて頂ければ考慮致します。
 △:全章、「ぐろかったり怖かったりはちょっと苦手、柔らかめ希望」という方。
 ◆:第三章限定、「苦戦上等、存分に幻に飲まれたい」という方(状況次第では対応不可能な事もあるかもしれません)

 グループでの参加の場合は、【(グループ名orお相手の名前(ID)):(グループの人数)】という感じでプレイング冒頭に明記の上、全員同日内(8:31~翌日8:29)にお送りいただけると助かります。お送り頂いたタイミングが離れ過ぎている場合、採用できない事があります。ご了承ください。

 それでは、良き冒険を。
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第1章 集団戦 『深淵に至る亡者』

POW   :    私は此処にいる・俺は待ってる・僕は望んでいる
技能名「【おびき寄せ】」「【誘惑】」「【手をつなぐ】」の技能レベルを「自分のレベル×10」に変更して使用する。
SPD   :    僕は君の仲間だ・私はあなたと一緒・俺はお前と共に
敵を【無数の手で掴み、自らの深淵に引きずり込ん】で攻撃する。その強さは、自分や仲間が取得した🔴の総数に比例する。
WIZ   :    俺は幸せだ・僕は全部理解した・私は誰も赦さない
【妄執に魂を捧げた邪教徒の囁き】【狂気に屈したUDCエージェントの哄笑】【邪悪に巻き込まれた少女の無念の叫び】を宿し超強化する。強力だが、自身は呪縛、流血、毒のいずれかの代償を受ける。

イラスト:V-7

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 夕方というにはまだ早い、陽の光がほんの少し傾いて、金色を帯び始めた頃、「それ」は現れた。
 倒したゴミ箱から紙くずがこぼれ出るように、路地からぞろりとあふれ出てきた、無数の「手」。

 ――おいで。おいで。

 「手」は、そう言った。
 何これとか、どうやって喋っているのかとか、考えている余裕はなかった。
 「逃げなきゃ」。それが頭の中で言葉になる前に、走り出していた。

 ――来い、早く。我々と一緒に、さあ。

 「手」は追いかけてくる。なだめるような猫撫で声、脅すような怒鳴り声、頼み込むような涙声、いくつもの声を壊れたスピーカーみたいに垂れ流しながら、アスファルトの道をずるずると這って進んでくる。
 そんなに速く進めるとは思えない動きなのに、全力で走っても距離が広がらない。
 ああ、もっと体育の授業を真面目に受けておくのだった。持久走なんて、将来何の役にも立たないと思っていたのに。

 ――ねえ、どうして逃げるの? ――は、来てくれたのに。

 そういえば、こんなに走り回っているのに、人の姿を見ていない気がする。なんとか振り切ろうとして、狭い路地ばかり選んでいるからかもしれないけど。
 どうしよう。この街が、世界が、いつの間にか、私とこの化け物だけになってしまっていたら。

 誰か。誰でもいい。助けて。私の目の前に現れて、こんなの悪い夢だと言って。
星群・ヒカル
嫌がる女の子を追いかけまわすとは、とんだUDCもいたもんだ!
この超宇宙番長がてめーらに、エスコートの正解を見せてやろう

宇宙バイク「銀翼号」に『騎乗』し、敵の荒波を乗り越えて遥の元へ
そのまま銀翼号に乗せ、『逃げ足・早業』で逃走するぞ
「星の目」がくれる『視力・第六感』で最適ルートを導き出して行こう
敵群の挟み撃ちに遭いそうならば、路地の塀上へとバイクで登り『地形の利用』で駆け巡るぞ

それでも回避できないなら仕方ない
遥には目を瞑ってもらった上で、空中で『パフォーマンス』的に華麗に姿勢転換
《超宇宙・強襲流星撃》で敵群を狙い撃ちするぞ!
彼女の代わりに言ってやる、てめーらなぞお呼びでないってな!



 ――それは、ソラから駆けつけた、希望の一番星。

「嫌がる女の子を追いかけまわすとは、とんだUDCもいたもんだ!」
 星群・ヒカル(超宇宙番長・f01648)は憤慨したように独り言ちた。
 跨る宇宙バイク「銀翼号」は、どろりと淀んで黄ばみ始めた夕暮れ前の空気を裂いて、疾走する。
 幾分か先の脇道から、少女が飛び出してきた。外見の特徴は、聞いていたものと合致する。神田・遥に間違いない。その後ろに、不気味な手の塊が迫っている。
 少女と異形の間に、バイクで割り込む。こっちへ、と手を差し伸べると、一も二もなくという様子で縋り付いてきた。恐怖と疲労で、最早疑う余裕などないのだろう。
 しっかり掴まっててくれよな、と遥に声をかけて、手の群れを睨みつける。
 異形はうごめく。あるものは手招きをし、あるものは空を掴む。
 遥が体を強張らせるのがわかる。異形の発するざわめきが、ヒカルの耳にも届く。

 ――どうして、そいつの言う事を聞くんだ。何故、こちらに来ないんだ。

「そりゃ、そんな誘い方じゃダメに決まってる」
 ヒカルは軽く、ため息を一つ。
「この超宇宙番長がてめーらに、エスコートの正解を見せてやろう」
 遥を危険に晒すわけにはいかない。ヒカルは宇宙バイクを発進させる。
 人がいるかもしれない大通りにあれを誘導してしまうのは、ためらわれた。相手が進みづらそうな、狭い路地に入り込む。
 しかし、異形の速度は落ちない。こちらも狭い道に気を使っている分、両者の距離は多少広がったものの、振り切れるほどではない。
 視界に捉えた角を曲がると、遥が声を上げた。
「……ダメ。その先、行き止まり……!」
 異形もそれを聞いたのか、ざわめきが大きくなった気がした。
 だが、ヒカルの星の目が見据えているのは、その「先」だ。遥がしっかり掴まっているのを確認して方向転換、宇宙バイクの前部を上げ、道を塞ぐ塀を斜めに、強引に駆けあがる。バイクに掴みかかり、己の方へ引き寄せようとする無数の手を、スピードを上げて引きはがし、そこから更に跳躍する。
「ちょっと目を瞑っててくれ!」
 路地に詰まった手の群れを跳び越えながら反転、パフォーマンスじみた華麗さで宙を舞うその間に、ヒカルは宇宙バイクに搭載したガトリングガンを、眼下の路地に詰まった手の群れへ連射した。
 異形の手が銃弾に抉られ、貫かれ、はじけ飛ぶ。どうして、一緒に、と訴える声が、銃声にかき消される。
 元来た道に降り立つと、異形は袋小路の中でぐずぐずと崩れていった。

 彼女の代わりに言ってやる、てめーらなぞお呼びでないってな!

成功 🔵​🔵​🔴​

マオ・ブロークン
……あ、ああ。いやだ、やだ……ゆるせ、ない……
死にたく、ない、ひとから……いのちを、うばう、なんて、こと。
あたし、も。……うばわれ、たの、あたし、だから
ぜったい、ゆるさない。ぜったい、に……

……女の子、には。なるべく、姿、見せない、ように……
あたし、……たぶん、怖く、見える。だろう、から……
……そのぶん、敵を。さがして、しとめる、よ……

敵の、手。血の、通って、ない、手……
……なに、が、仲間、よ。なにが、一緒な、もんか!
心臓、が、止まってても。未練、が、あったって。
……亡者、だとか、呼ばれた、って。
あたし、は、過去、なんかに、ならない……
おまえ、たち、とは、違う……ッ!!



 ――高鳴る事の二度とない心臓に、残っているものがある。

 救助を頼まれた少女の前に、己の姿を晒す気はなかった。
 きっと、怖がらせてしまうだろうから。
 その分、敵を仕留めると決めていた。

「……あ、ああ。いやだ、やだ……ゆるせ、ない……死にたく、ない、ひとから……いのちを、うばう、なんて、こと」
 路地裏を歩くマオ・ブロークン(涙の海に沈む・f24917)は、たどたどしく呟く。
 唐突に命を奪われる、それはマオも経験した事だった。年頃の少女らしい甘い日々は途切れて、この身体は今も動いているけれど、決して「元通り」ではない。それ故に、彼女の両目からは塩辛い雫がとめどなく流れ、自身を錆びつかせてゆくのだ。
 そして彼女の脳は、一つの答えを導き出す。
 ――絶対に、許さない、と。

 陽が、傾き始めていた。金色に照らされる道の向こうから、手が群れを成してやってくるのを見て、『深淵に至る亡者』という名を、マオはぼんやり思い出す。
 マオに気付いた手の群れは、ざわりざわりと手招きをした。
 血の通わぬ亡者の手が、マオに語りかけ、触れようとする。引き寄せようとする。その様は、どこか親し気ですらある。

 ――僕は君の仲間だ。私はあなたと一緒。俺はお前と共に。

 しかしその言葉が、マオの中に嵐を起こした。迫る手を、力いっぱい振り払う。
「……なに、が、仲間、よ。なにが、一緒な、もんか!」
 心臓が止まっていても、未練があっても、亡者と呼ばれようとも。
 彼女の体はいつも冷たく、蒼く、静かで――しかし、心まで凍ってはいない。それは時に激しく波を立てる、深い海に似ている。青い瞳、そこからはらはらとこぼれる涙は、マオ・ブロークンという海のかけらかもしれない。
「……いま以上、あたし、を……ころす、なら、……ゆるさない……!!」
 舌をもつれさせながらも怒号を発すると、異形の手がめきりと歪んだ。誘いかける声に、悲鳴が混じる。
 それでも異形は諦めない。己の奥の深淵へ導こうと、言葉と手を向ける。しかしマオの念撃は、彼女に触れる事を許さない。亡者の手はことごとく、指が折れ、手首が捻じれ、或いは肘から吹き飛んでいく。

 ――どうして。どうして。

 憐れみを誘うような亡者の声も、マオの恨みを募らせるばかりだ。呼び声は、伸ばされた手が破壊されてゆく音に紛れ、やがて聞こえなくなった。
 恨みに潰され、アスファルトの上で溶け崩れていくどす黒い肉塊に、マオはとどめとばかりに、己の答えを叩きつける。
「あたし、は、過去、なんかに、ならない……おまえ、たち、とは、違う……ッ!!」

 錆びつこうとも、朽ちようとも、己の「今」だけは、信じている。

成功 🔵​🔵​🔴​

ニキ・エレコール
※アドリブ連携歓迎
大丈夫。助けに来たよ。遥様の手を取ってオーラの盾で守る。
(優しさ・手をつなぐ・救助活動・オーラ防御)
落ち着いて後退しながらUCを高速詠唱。
狩人様に射止めてもらえば少し安全に動けるよ。
強化されてるから少し解けるのが早いかもしれないけど……。
解ける前に『属性攻撃』で炎の弾を作って、狩人様と一斉に攻撃して倒していくよ。
(他に攻撃が得意な猟兵様が居られれば護衛に徹します)

死は救いじゃ、ないよ。
故郷を滅ぼされた戦いで、私も命を賭して皆と逝くべきだったと、思わなかった夜はないけれど。
今更忘れたいなんてかっこ悪いもん。
力の無い人達が世界にいるから。友達に恵まれて一杯幸せな私が助けに行くの!


鈴木・怯也
こわい、恐い、怖い
あの悍ましい手はなんだ
あんなコワイものと対峙しろと、戦えと言うのか
体が震えてしまう、頭にかぶったブランケットで全てを遮断しても

だって怖いんだ、あの手が

逃げたい、逃げてしまいたい
けれど、けれどっ!
聞こえてしまった、見えてしまった

彼女の助けを呼ぶ声が、恐怖に染まったその顔が

脳裏に焼き付いて離れない
ぼくに彼女を助けに行く勇気などないのに

でも、このまま逃げてしまったらあの時のぼくと変わらない
あの部屋に閉じこもっていたぼくと

それは嫌だ、嫌なんだ
もう『停滞』していたくないんだ!
あんな手に恐怖するぼく(人格)なんて燃えてしまえ!

自分は彼女を助けに行く、邪魔なものはこの炎で燃やせばいい



 ――手放してはならぬ記憶がある。立たねばならぬ時がある。

 傾きつつある陽光に、街は金色に染まっている。常ならば美しいと感じるのだろうが、今は、全てが夕闇へと傾いていく危ういさまに見える。
「大丈夫、助けに来たよ」
 付近までやってきた猟兵から護衛役を引き継いだニキ・エレコール(黒枝手繰り寄せるイリア・f04315)は、まずはおびえる神田・遥の手を取り微笑んだ。オーラの盾がふわりと、彼女を包む。
 遠くから微かに、戦闘音が聞こえる。人と出会えば護衛と避難を、敵と出会えば排除をと、猟兵達は各々の判断で街の中を動き回っている。
 このまま敵を避けて進めればよかったが、そうもいかないようだ。何かに呼ばれたような気がして振り返ると、十数歩ばかり後方で、無数の手がうごめいていた。
 遥が身を隠せる場所は近くにあるだろうかと、ニキは辺りを見回し、そこに、異物を発見した。道の隅の自動販売機――の横にうずくまる、ブランケットを被った青年だ。
「あなたも、こっちに!」
 ニキが声をかけると、青年はふらりと立ち上がる。体は細かく震え、灰色の瞳が、恐怖に見開かれていた。
 ――青年は、怯也と名乗った。ニキは遥と怯也をかばいながら後退し、詠唱を始める。
「冥闇射貫く狩人よ、今此処に蘇れ」
 声に応え現れたのは、帽子を深く被り長弓を構えた狩人だ。
 ぬるりと伸ばされた異形の手に向けて、狩人が矢を放つ。しかし矢はアスファルトの地面に突き刺さる。
 外した、と怯也がおびえた声を上げた瞬間、異形は見えない何かに縛られたように動きを止めた。
 狩人様の影縫いの矢だよ、とニキは笑む。すかさず構え直した杖が、炎を発した。

「死は救いじゃ、ないよ」
 黄金の宝石の瞳で敵を見据え、ニキは言い放つ。
 故郷を滅ぼされた戦いで、私も命を賭して皆と逝くべきだったと、思わなかった夜はないけれど。今更忘れたいなんてかっこ悪いもん。
「力の無い人達が世界にいるから。友達に恵まれて一杯幸せな私が助けに行くの!」
 杖を振るい、炎を叩き込む。動きを止められ震えていた亡者の手が数本、音を立てて焼けただれ、ぐちゃりと溶けた。

 異形が焼け焦げる臭いが、辺りに漂う。いくつもの悲鳴が響く。
 炎に包まれて影が揺らめき、溶け落ちた肉塊が、アスファルトに刺さった矢をへし折った。影縫いの矢の呪縛が解け、異形は黒煙を上げながら、残った手を再び伸ばし始める。
(こわい、恐い、怖い)
 ニキの背越しに亡者の手の群れを見ながら、怯也は被ったブランケットの中に身を縮めて震えていた。
 逃げたくてたまらない。しかし、足が動かないのは、きっと恐怖の為だけではない。
 ――遥の、恐怖に染まる顔を、見てしまったのだ。助けを呼ぶ声を、聞いてしまったのだ。脳裏に焼き付いて離れないそれらが、怯也を、相反する二つの方向に強く揺さぶる。
(ぼくに彼女を助けに行く勇気などないのに)
 彼はかぶりを振る。ならば何故ここに来たのか、と自問する。
 ――怖かったのだ。あの部屋に閉じこもっていた自分、『停滞』した自分が嫌だった。いつまでもそのまま動けない事が、何より怖かった。
 だからこの街に来たのだ。もう『停滞』していたくはなかったのだ。
 ニキが再び炎を放つのが見える。傾いた陽光と炎が、恐怖に歪んだ視界で弾ける。その中から、ずるりと、どす黒いものが現れた。
 ニキの叫びが聞こえる。遥も何か叫んでいる。突如目の前に迫った恐怖の形、血の気の失せた亡者の手。それが自分を誘っているような気がして、嫌だ、と叫んで、逃げようとして、足がもつれた。その先にあったのは、彼が元々うずくまっていた自動販売機だ。隣に設置されたゴミ箱に体当たりする形になり、空き缶や空き瓶がけたたましい音を立てて道にこぼれる。
 起き上がろうとした怯也に差し伸べられた、酷く色あせた手は、おいで、と声を発した。
 嫌だ、いやだ。怯える自分は嫌だ。化物は恐ろしい。だけどあの停滞に戻るのはもっと恐ろしい。ああ、こんなに恐怖するぼくなんて、燃えてしまえばいい――。
 願った瞬間、何かが、爆ぜた。
 怯也は――怯えの数だけ人格を持つ青年、鈴木・怯也(鬼胎を抱く者・f18779)は、確かに地を踏み締めて、立ち上がる。

「怯也様!」
 気配も姿勢も先程とはまるで違う青年に、ニキは呼びかける。
 怯也はおもむろに、地面に飛び散った硝子瓶の破片を拾い上げ、その先端を腕に滑らせた。切り裂かれた肌からあふれ出た血は、たちまち紅蓮の炎に変化する。そのまま腕を一振りすると、彼を誘っていた腕が炎に包まれた。
 彼に一体何が起きたのか、聞くのは後で良い。今は目の前の敵を倒すのが先だ。ニキもまた、杖に炎を纏わせる。
 狩人が、弓矢で亡者の影を縫いつける。半分ほど焼け落ちた亡者がもがく。何をすべきか察した様子の怯也が、腕の傷を燃え上がらせたまま進み出る。
 ニキの杖からの炎と、怯也の腕からの炎――二つを同時に叩き込まれ、手ばかりの異形は叫び声と共に、紅蓮の中に消えていった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

渦雷・ユキテル
開けた場所なら逃げやすいと思うんで
うっかり逃げ込むと迷いそうな路を探しに行きます
遥さんより敵を探すほうが楽ですかね

UDCの痕跡――這ったような跡がないか、音がしないか
よく見て聞いて探しまーす

敵を見つけたら挨拶代わりに銃弾ぶっぱ
襲われてる人がいるかどうかでその後のこと考えましょ
狭さを活かした立ち回り
あたしと敵の間に人がいるなら
壁を蹴って敵を跳び越しタゲ取りの回し蹴り
奥にいるか無人ならその場で継続して射撃
手前か奥か。どっちにしても鬼さんこちら!
引き寄せながら消耗させて、そのあとは。
指先から僅か零れた電流
軽く手を振るえばあっという間に雷の波へ!
全部の手、纏めて仲良く焼いてあげます

※絡み・アドリブ歓迎


日向・陽葵
はいはあーい!UDCエージェントとして、おれっちご依頼頂いちゃいましたあ!
口調もテンションも思うままに扱っちゃってくださぁい。なんでもオケマル!

……ミートボール的な!実質ハンドボールじゃん。持つところ無きにしも非ず?感染待ったなし
奴さんの数減らしながら、神田どの保護しよねー

初手は暗殺狙いでだまし討ちといこっか
手首目掛けてポン刀で叩き斬って、派手めに暴れたらご注意引けちゃう?
神田どのぉーって呼びかけつつ、おれっち進軍しまあす!

あらら、おれっちのこと誘ってんの?こわーい。この身体はお触り禁止ぃ
なので!ど近距離で拳銃ぶっ放して拒否反応示すっ
捕まったらおれっちの幸福度萎えっから、やあーよ!



 ――曖昧な時を、曖昧なまま跳ね踊れ。確かなものは、指で触れる引鉄。

 街に、黄金色が塗り重ねられる。その中を、渦雷・ユキテル(さいわい・f16385)は歩む。一見、散歩でもしているように見えるが、異形の這った跡がないか、物音がしないか、神経を研ぎ澄ましている。
 そんなユキテルの耳に、人の声が届く。
「神田どのぉー、神田どのぉー!」
 少なくとも、危機に瀕した人間が出す声色ではなかった。呼びかける名から察するに、自分と同じように任務で来ている者なのだろう。どうやら近くにいるようだしと、ユキテルは声のする方へ進んだ。
 ――やがて訪れるであろう宵闇を切り取ったような人影が、そこにいた。

 救助すべき相手が呼びかけに応えれば僥倖、敵を引き付ける事になれば、数を減らしにかかればいい。どちらにしろ、問題ない。
 そんな考えから、遥の名を呼びながら歩き回っていた日向・陽葵(ついんてーるこんぷれっくす・f24357)――今はその副人格、『陽翔』――は、気配を感じ振り返る。
 ――まさに今この時刻、夕暮れ直前のような黄金色の髪が、揺れていた。

 人だ。でも、聞いていた情報と、特徴は合わない――などと陽翔がぐるぐる考えていると、その更に向こうで、何かが動いた。人ならざる影がじわりと、街並みを侵食していく。
「……ミートボール的な!」
 影を指さし、陽翔は叫ぶ。
 自分を指されたと思ったのか、ユキテルは、なにそれと唇を尖らせる。
「実質ハンドボールじゃん。持つところ無きにしも非ず?」
 そう続けながら、後ろを見ろ、と陽翔は手ぶりで示す。その動きに合わせて背後に目をやり、ユキテルはすぐそこに迫る異形に気付いた。
 鮮やかな桃色の瞳が、ざわつく手の群れを映す。声を上げるより早く、表情を変えるよりも早く、腰の後ろに手を回す。取り出したのは、黒い拳銃だ。挨拶代わりとばかりに銃弾をぶちこむ。金色の薬莢がアスファルトで跳ねて、涼やかな音を立てた。
「やるじゃん」
 陽翔はにっと笑った。
 互いに、何者だ、などとは問わない。亡者の手を束ねたような巨大な異形を前に、動じもせず逃げようともしないのが、何よりの答えだから。

 うごめく手の奥の深淵から、いくつもの声と、肉が溶けたようなどす黒い液体が流れ出た。空を掴む多くの手は、苦痛に身を捩っているようにも見える。
「効いてるんですかねー」
 拳銃の弾倉を交換しながらも、ユキテルは異形から目を離さない。十五発を立て続けに撃ち込んだとはいえ、相手はかなりの巨体だ。それだけで致命的なダメージになるとは考えづらい。

 ――俺は幸せだ。僕は全部理解した。私は誰も赦さない。

 哄笑と、嘆きの声が響く。異臭の中、異形の気配の禍々しさが増していく。全体が膨れ上がっているようにも見える。
 腕の一本が、それまでの動きからは予想外の速度で伸びた。ユキテルの横をすり抜け、陽翔に掴みかかろうとする。ユキテルは銃の引き金を引くが、手の動きを止めるには至らない。
 しかしその手は、陽翔に届かなかった。切り落とされた手首が、道に落ちて転がりながら崩れた。ユキテルも異形も、陽翔が抜き放った日本刀を見てようやく、何が起きたのかを察した。
「あらら、おれっちのこと誘ってんの?こわーい。この身体はお触り禁止ぃ」
 陽翔は余裕の笑みを崩さない。二つに分けて括った髪が、からかうように揺れた。

 幸い、周囲には彼ら以外誰もおらず、誰か来る気配もない。狭い道で相手は巨体、攻撃を避けられる心配も不要そうだ。そして、二人の攻撃と、陽翔の言葉に腹でも立てたのか、異形は逃げ出す様子もない。
 不安要素はない。後はこいつを倒すだけ。ユキテルは三つめの弾倉を手に取り、再び敵を見据え――驚きの声をあげる。
 陽翔がふらりと、異形に近づいていく。異形の手が、誘うような声を出しながら、ゆっくりと手招きしている。
 異形の言葉はユキテルからはよく聞こえなかったが、耳を傾ければ、そのまま誘われてふらりと進み出てしまいそうな気がした。ならば、もっと近くにいるあの人は――。
 引き留めようとして、相手の名前をまだ聞いていなかったことに気付く。招く手を撃ち、誘う声を銃声でかき消そうとする。
 邪魔をするなと言いたげに、ユキテルを襲う手が増える。それでも、攻撃の手は緩めない。
 自分の身を顧みない、というほどではない。でも、救える命は、多い方がいい。

 陽翔はユキテルに背を向けたまま、異形のすぐそばに立つ。手が陽翔を包み込むように動く。深淵が招いている。しかし次の瞬間、響いたのは銃声と、異形の悲鳴だった。
 ユキテルは思わず、自分の手元を見遣る。撃ったのは、自分ではない。陽翔があの至近距離から、異形を撃ち抜いたのだ。その為に、誘われたふりをしてあそこまで近づいたのだ。
 異形は、残った手を滅茶苦茶に振り回す。手に入らぬ道連れを求めて、駄々をこねているようにも見えた。
 ここは、攻めどころだ。そう判断したユキテルの指から、僅かな電流がこぼれる。そのまま手を軽く一振りすると、電流は見る間に増幅し、ばちばちと音を立てる。
「巻き込んじゃっても責任は取れないんで、ちゃーんと避けてくださいね!」
 雷の波とも呼ぶべきそれを、放った。
「全部の手、纏めて仲良く焼いてあげます」
「ちょ――!」
 すんでのところで、陽翔が飛び退く。ユキテルの宣言通り、雷は異形を直撃し黒焦げにした。動きを止めた手の塊が、穏やかな金色に照らされて、崩れていく。

「おれっちも焦げるとこだったじゃん!」
 黒は好きだけど、黒焦げはお断り。陽翔は憤慨したように言う。
「避けてくださいって、ちゃんと言いましたよー」
 ユキテルはさらりと返し、無事なんだからよかったじゃないですか、と笑う。巻き込まない確信はあったのだが、それは口にしなかった。

 じゃあ、行こうか。
 金色と黒、二人はどちらからともなく歩き出す。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ロリータ・コンプレックス
【診療所:3】
⚫遥様の救出を最優先。発見次第身柄を確保し【かばい】ながら戦闘

眞様、拓哉様、前お願いね!

後衛で遥様を【鼓舞】し【勇気】づける。敵が遥様を狙うなら【オーラ防御】で阻止
大丈夫、遥様は死なない。死なせないから。

安全を確保し≪詞琴≫で【歌唱・楽器演奏による範囲攻撃】
暴れる敵は≪癒光≫で苦痛を除き戦意を削ぐ
いっそ周囲から敵が集ってくるのを待ち死者救済の【祈り】を乗せ【UC】の【全力魔法】で一掃
『深き困窮より我汝に呼ばわる。主よ願わくは我が聲を聞き汝の耳をわが懇求の聲に傾け給え』

――死を救いと錯覚した人の末路がこれ。忘れないで。死の救済は安易に与えられるものでは無いよ。
遥様が生きててよかった


波狼・拓哉
【診療所:3】
…死んだら何も残らないでしょうし、死でしか解決できない問題とか不具合の極みでしょうに。
いやあれ保湿クリーム程度ではどうにもならんでしょう?天性的な奴でしょう。
了解ですよっと、そちらこそ少女のことお願いしますよ?

それでは凶津さん更に前お願いします。化け堕としなミミック。凶津さんの攻撃で動き止まった所狙って…ほら掴みな。蜘蛛の糸ではありませんが救いのもんですよ…死ではありますが。

自分は【衝撃波】込めた弾で撃ってサポートに。【呪詛・狂気耐性】で誘惑を振り切り【戦闘知識、視力、第六感、世界知識】で戦場の【情報収集】し【見切り】優位的に動けるようにしましょうか。周り込まれると厄介ですし。


凶津・眞
【診療所:3】

きたねぇ手だな、人を誘うなら保湿クリームを塗るなり手入れしてから来いよ
敵の動きを学習し、見切って掴まれないように回避。斧の封印を解き、光刃での範囲攻撃
斧を振る際の僅かな隙に掴もうとしてくる手には流体金属刀でカウンターを叩き込む
万が一体の一部が掴まれ、手に持っている武器での対応が不可能になった場合は右目からレーザーを放って掴んだ手を焼却しちまおう
敵のUCに対しては誘惑に耐えきれないようなら、刀の峰で自分の額を気付け代わりに殴る。痛みは激痛耐性で我慢だ
とはいえ痛いもんは痛いからある程度から後はぶん投げるか。来たれ、烏枢沙摩明王。不浄の手を焼き尽くせ



 ――人を助けに集った者達が、偽りの救いを焼き尽くす。

 陽光ははっきりと、夕方のそれに変わりつつある。黄金から橙色を帯びて、地面に落ちる影が長くなる。

 猟兵同士が出会ったら、余力のある方が要救助者を護衛する。その態勢で、少女を街外れの安全な場所まで誘導しているのだと聞いた。故に、ブリーフィングで聞いた少女を、チームで預かる事になった。
 こちらは三人いるのが、何よりの強みだ。彼女を囲んで進めるし、死角も少ない。
 しばらく進んだところで、彼らは道を塞ぐ異形に出くわした。どこが前でどこが後ろかもわからぬ、全方向に手が生えた塊だ。
 待ち伏せをしているつもりなのか、辺りを窺っているのか、異形はその場から動く様子はない。隠れてやり過ごすのは難しそうだった。
 酷く生気のない色をした手が、うねうねと動いている。その動きだけ見れば、海の底で揺れる海藻に少し似ていた。絶えず何やら小声で呟いており、海藻というほど静かではなかったが。

「……死んだら何も残らないでしょうし、死でしか解決できない問題とか不具合の極みでしょうに」
 波狼・拓哉(ミミクリーサモナー・f04253)は呟く。
 幸福な死、そんな言葉に誘われた誰か、その集合体――彼らが生者を求めるのは、己が与えられたのと同じ救いをもたらす為なのか、もっと単純に、仲間が欲しいだけなのか。無秩序に垂れ流される声からは、判別がつかない。
「きたねぇ手だな、人を誘うなら保湿クリームを塗るなり手入れしてから来いよ」
 異形を眺めながら軽口を叩く凶津・眞(半機半妖の悪魔召喚士・f23195)を、拓哉は見遣る。
「いやあれ保湿クリーム程度ではどうにもならんでしょう?天性的な奴でしょう」
 無数の腕がのたのたとクリームを擦り付け合う様が拓哉の脳裏をよぎったが、あまり気持ちの良いものとは言えなかった。
 二人の後ろではロリータ・コンプレックス(中二病の電波的スキマ系アイドルという極普通の女の子・f03383)が、遥をかばう様に立つ。
「大丈夫、遥様は死なない。死なせないから」
 ロリータは遥の肩に手を置き、勇気づけるように言った。
 遥の表情は疲れ切ったものだった。見知らぬ人々に連れられて亡者から逃げ回る時間は、この「ごく普通」と思われる少女の体力と精神力を確実に削いでいる。しかし、遥はこの事態にまだ屈してはいない。死に救いを求めてはいない。それは、彼女の目に宿る光を見ればわかる。それならば、全力で支えるのみだ――勿論、折れてしまっていたならば、全力で引き戻していたけれど。
「前をお願いしますね」
 万が一敵に狙われた時の事を考慮し、遥にオーラの盾を纏わせながら、ロリータは他の二人に声をかける。
「了解ですよっと、そちらこそお願いしますよ?」
 拓哉は応え、「それでは凶津さん、更に前お願いします」と続ける。すっと前に出る眞の背中は、気迫に満ちていた。

 眞が魔斧『阿毘遮迦』の封印を解くと、光の刃が大きく広がる。ぬるりと伸ばされた異形の腕を、まとめて三本叩き切った。
 そこに別の手が伸びて、彼が振り抜いた斧を押さえつける。しかし、すかさず抜いた『リキッドメタル・ブレード』――流体金属の刃が、斧を掴む手を切断する。自由になった斧を振ると、取り残された亡者の手首が地面に落ちて、ぐしゃりと崩れた。
 このままでは手を切り刻まれ減らされるばかりと思ったか、亡者の手の動きが変わる。手招きに似た動き、その奥から、声が聞こえる。
 ――待っている。ここにいる。さあ、おいで。
 その声を聞いた眞は、ふらりと歩を進める。亡者の手も声色も不吉以外の何物でもないのに、頭の中には警告が鳴り響いているのに、不思議と抗えず、少しずつ深淵に近付いていく。
「凶津さん!」
 拓哉の声が聞こえた。眞は足を止めると、刀の峰を自らの額に思いきりぶつける。走る痛みが、彼を深淵の誘惑から引き戻した。額から斜めに一筋流れる血を手で拭って、彼は敵を睨みつける。
 もう、大丈夫そうだ。拓哉とロリータは安堵の息を吐く。
「さあ、化け堕としなミミック……!」
 拓哉に呼ばれて、箱型の生命体が跳ねる。箱から鎖へと姿を変え、見る間に熱を帯び白く染まる。白熱した鎖はじゃらりと音を立てて空中へと伸び、異形の上で蜘蛛の巣状に広がり、包みこむように落ちた。鎖が異形に触れると、肉が焦げる音と共に煙があがる。
「深き困窮より我汝に呼ばわる。主よ願わくは我が聲を聞き汝の耳をわが懇求の聲に傾け給え」
 ロリータは天使の竪琴を奏で、旋律に歌声を重ねた。死者救済の祈りを込めた讃美歌が、響く。祈りと聖なる歌を受け、亡者の手は暴れるが、白熱した鎖が食い込んで、反撃を許さない。暴れれば暴れるほど鎖が食い込んで、肉を、骨を焼いていく。
 讃美歌をかき消そうとするように、亡者の手が叫ぶ。狂ったような笑いと、呪詛じみた無念の言葉が次第に大きくなる。しかしロリータの讃美歌もまた、力を増す。彼女の声に重なる、別の声――精霊達が、讃美歌に加わっているのだ。
「来たれ、不浄を浄める火神よ」
 眞が唱え、呼び出したのは烏枢沙摩明王。あらゆる汚れを焼き尽くす力を持つ者だ。鎖と歌に縛られた敵の姿を指し示し、告げる。
「不浄の手を焼き尽くせ」
 白熱した鎖の上から、更に炎が降り注ぐ。悲鳴すらかき消され、亡者の手は灼熱の中で悶えながら崩れ――炎が消えると、そこには僅かな灰が残るばかりであった。
 その灰もすぐに風に吹かれ、舞い散って見えなくなり、辺りは静けさを取り戻した。

「――死を救いと錯覚した人の末路がこれ。忘れないで。死の救済は安易に与えられるものでは無いよ」
 先程まで異形がいた、焼け焦げた道を眺めながら、ロリータは語る。声色こそ柔らかいが、そこには強い感情がこもっている。
「大丈夫、遥様は死なせない」
 偽りの救いになど、引き渡したりしない。

 街の外れまで、あと少し。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

シキ・ジルモント
◆SPD
死は救いか否か
答えの出ない問いかけをひとまず頭の隅に追いやり、仕事に移る

敵を見つけ次第、数を減らす為に片っ端から銃で攻撃する
救助対象、神田・遥の姿を発見したら最優先で守る
周囲の敵だけを狙い撃ち(『スナイパー』)、道を開いて遥を安全な場所へ誘導したい
敵が多ければ、押さえているうちに逃がすのも手かもしれない
離れるなら、こちらは気にせず自分の安全を第一に考えるよう言い含める

確かに、その手に掴まれて引きずり込まれたら“仲間”にはなれるだろうな
…当然、お断りだが
自分や遥を掴もうとする手をユーベルコードの効果で察知し、射撃で牽制し妨害する
彼女もそちらには行きたくないと言っている、無理強いは良くない



 ――街を駆ける獣は、探し求めている。

 街は夕暮れの橙に沈みつつある。
 シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)は民家の屋根に立ち、周囲の状況を探っていた。物音、風、温度、振動――あらゆる情報を求めて感覚を研ぎ澄ますと、狼の耳が、ぴくりと動く。
 幾分か離れたところで、何かが光るのが見えた。近付く夕暮れよりなお赤い、紅蓮の炎だ。誰かが、亡者の誘いに抗って、あの場所で戦っているのだろう。

 死は救いか否か。
 シキはかぶりを振る。
 答えの出ない問いについて、考え込んでいる暇はない。少なくとも、嫌がる者に無理強いするものを救いとは言えまい。今は、それでいい。

 首筋を撫でられるような不穏な気配を感じ、そちらへ目をやる。何もないところから、色褪せた手が姿を現す。カーテンを開くような動きでずるりずるりと、人間の手だけを集めて捏ね合わせたような異形は、道に降り立った。こちらに気付いた様子はなく、アスファルトの上を這い、どこかへ行こうとしている。
 保護対象の姿はこの近くにはない。しかし、あれを放っておけば誰かを襲うかもしれない。数を減らしておくに越したことはない。シキは屋根から降り、異形の姿が見えた方へと走る。
 程なくして、道を這う異形をその目に捉えた。異形の方も、手しかないその身のどこでかはわからないが、シキがそこにいる事を感じ取ったようだった。動きが一瞬止まり、狙いを定めるように再びうごめきだす。
 獣の耳をぴんと立てて、シキは敵の動きを探る。自分を捕らえようと伸ばされた手に、銃弾を撃ち込んだ。生気のない色の手は、掌を撃ち抜かれ、指を吹き飛ばされ、跳ねるような動きの後すごすごと本体へ戻っていく。
 再び手が伸ばされる。今度は3本。容赦なく、次々に撃ち抜く。
 異形の声は、いくつも混じり合って響く。呻き、囁き、嘆き、痛い痛いと悲鳴じみているのは、先程撃ち抜いた手のものだろうか。

 ――仲間だ、一緒だ、さあ、共に。

 仲間なものかと、シキは異形をねめつける。それでも彼を連れてゆこうと、異形は手を伸ばす。今度は、数え切れぬほどの数だ。跳び退り、跳ね回り、近付く端から撃っていくが、その間をすり抜けた手が、シキの胸倉を掴む。強い力で、引き寄せる。
 すぐ近くまで連れてこられて、理解した。異形は、ただの肉塊ではない。無数の手のその奥には、夜よりもなお暗い深淵がある。空中に開いた深く暗い穴から手が生えている、というのに近い。

 なるほど、このまま引きずり込まれたら、“仲間”になれるのだろうな。

 ――さあ。お前も。

 誘う声に、シキは目を細める。
「……当然、お断りだが」
 手の奥の暗黒へ、銃弾を連続で叩き込む。悲鳴が上がり、体を掴んでいた手の力が緩む。しかしシキは敢えて退かず、攻撃を続ける。
 やがて、手の群れは動きを止め、ぐにゃりと萎れ、歪む。形を崩していくそれに巻き込まれぬよう後退ると、異形はどろどろと溶けて、そのまま蒸発するように消えていった。

成功 🔵​🔵​🔴​

御園・桜花
「よく頑張りましたね。これを一緒に悪い夢にいたしましょう。さあ、もう少しだけ頑張って」

UC「桜吹雪」使用
敵が彼女に近づけないよう破魔の属性乗せ攻撃
敵からの攻撃は第六感や見切りで躱す
彼女に当たりそうな攻撃は盾受け又はカウンターからの破魔乗せシールドバッシュ

「死者でも意識有る限り存在したいという願いは分かります。ただ、その為に生者を犠牲にする貴方達を私は容認出来ません。どうか骸の海へお帰りを。そして…叶うなら、生者と共存できる存在となってお越し下さい」
彼女を庇いながら破魔乗せの鎮魂歌も歌う

戦闘後
彼女を宥め優しくハグし頭を撫でる
「彼らを悪夢として終わらせてきますから…貴女が見たことを教えて下さい」



 ――悪夢は悪夢に。それが今の、私の役目。

 街が橙色に染まりゆく中、御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)は、疲れた表情の少女、神田・遥を預かり、その手を取る。
「よく頑張りましたね。これを一緒に悪い夢にいたしましょう。さあ、もう少しだけ頑張って」
 笑みを向けられ、遥は少し安堵した様子だった。
 彼女を連れていくべき避難地点までは、あと少し。しかしその道を、うねうねと動く異形が塞いでいる。
 その姿を、遥は何度見ているのだろうか。もう嫌、という小さな呟きが聞こえた。桜花は遥を見遣り、目を逸らしかけて、こらえる。
 かける言葉が見つからない。これ以上、頑張れと言うのは、きっと酷だ。
 だけど、先程の自分の言葉を、嘘にはしない。この夕暮れを、遥にとってのただの「悪い夢」にしてみせる――だから、困っている場合ではない。
 桜花は遥の前に立つ。亡者の腕がゆらゆらと動く。最初はただの唸り声のようだったそれは、次第に言葉として桜花の耳に届く。
 自分は幸せだ、という声に、首を振る。許さない、という声にも、首を振る。眦を決して、亡者たちに告げる。
「死者でも意識有る限り存在したいという願いは分かります。ただ、その為に生者を犠牲にする貴方達を私は容認出来ません」
 異形の手はいきり立ったように激しく動き出す。手の群れの奥からどす黒い液体を流しながら、一緒に来い、早く来いと繰り返す。
「どうか骸の海へお帰りを。そして……叶うなら、生者と共存できる存在となってお越し下さい」
 明確な拒絶を、感じ取ったのだろう。肉が腐り溶けたような液体を滴らせ、禍々しい気配を増大させ、二人を掴み無理矢理にでも連れて行こうと、無数の手が伸ばされる。
「ほころび届け、桜よ桜」
 桜花は歌う様に唱えた。彼女を中心に優しい風が巻き起こり、無数の桜の花びらが舞う。
 桜花の後ろで全身を強張らせている遥には、ただの美しい手品のようなものにしか見えないが、異形は身悶えし悲鳴を上げる。
 異形は桜花を捕らえようと手を伸ばしはするが、花弁舞う風の先に進む事が出来ない。まるで、炎にでも阻まれているようだった。
 桜花が起こした桜吹雪、風に乗せた破魔の力は、亡者の手を、それらが自らの体を削りながら増大させた魔の力を、容赦なく打ち消し、清めていく。
 桜吹雪の中で、桜花は歌う。澄んだ声で紡がれるそれは、破魔の力を込めた鎮魂歌だ。

 ――やめろ、それをやめろ。黙れ。やめてくれ。
 救われたのではなかったか。自分は幸せなのではなかったか。
 一体、いつから――。

 亡者の声が、弱まっていく。一つ一つ消えていく。それと共に、異形の手の塊も少しずつ崩れ、消えていった。
 歌い終えた桜花は、ひとつ息を吐く。名残の花弁がふわりと、夕暮れ迫る空に舞った。
「――綺麗」
 ぽつりと零された遥の言葉に、桜花は柔らかく笑む。それから少女を優しく抱きしめ、頭を撫でた。
「彼らを悪夢として終わらせてきますから……貴女が見たことを教えて下さい」
 静かに頷いた遥の目には、確かな光が戻っていた。

成功 🔵​🔵​🔴​




第2章 冒険 『オバケが出ると噂の廃病院』

POW   :    オバケなんて怖くない、正面切って堂々と探索をする。

SPD   :    オバケに見つからないように、何かに隠れながら探索をする。

WIZ   :    実は帰りたい気持ちを我慢しつつ、慎重に探索をする。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 「幽霊病院」と呼ばれている、かつて病院だった建物――そこで「彼」を見たのだと、神田・遥は語った。
 猟兵達は彼女の情報を頼りに、「幽霊病院」に辿り着く。
 古そうな建物だ。ひび割れたコンクリートの壁や、薄汚れたガラス窓が、夕日に照らされて、赤黒く見えた。
 入口の扉に、鍵はかかっていない。当然といえば当然だ。「彼」は、ここに来るものを拒みはしない。「彼」の思う「救い」へ至る道は常に開かれ、「彼」の使命感で舗装されているのだ。

 病院内は薄暗い。壁紙や扉の塗装は剥がれ、壁に取り付けられた手すりは所々壊れている。空気は淀み、埃やカビの臭いが混じっていた。
 人に救いをもたらす楽園には到底見えないが、人によってはこの不気味さが「外の世界から切り離された神聖さ」に、不快さは「救済に至るまでの試練」に感じられるのかもしれない。
 入口近くの壁に、塗装が剥がれ変色した案内板がかかっている。読めない部分も多いが、地上三階、地下一階という事は辛うじてわかる。
 しかし、上への階段は板で塞がれ、もう何年もそのままになっているようだった。
 一方、地下に続く階段を塞ぐ板は剥がされて、埃の積もった床にいくつも足跡が残っている。
 一階と、地下。どちらからも、何者かの気配を感じる。時折、微かな物音が聞こえる気もする。それが生者のものなのか、それ以外の何かなのかは、わからない。ひとまず、いきなり襲い掛かってくるような敵意の類は、近くには感じられない。

 『多分お前らが見るものは、控えめにいっても気分のいいものじゃないだろう』『嘆いて作戦行動に支障が出るぐらいなら、脇目を振らず先に進め』と、警告はされていた。
 しかし、救出や情報の為に生存者を探す、迅速な索敵と撃破を優先する、それらは恐らくどちらも間違いではない。故にその選択は、猟兵達に委ねられている。
渦雷・ユキテル
狂科学者が潜むには最適ですよね
だけど特有の清潔さがないのは助かります
消毒液の匂いとか真っ白い壁とか、嫌いなんですよ

さてさて、これから会う敵さんのことも分かるかもしれませんし
地下で生存者探しますねー
生存者や犠牲者がいれば【医術】の知識も組み合わせ情報収集
弄られた人を見るのは昔から慣れっこなんで
いまさら目を背けても、ねえ?
会話できる状態なら【言いくるめ】で安心させてお話聞きましょ

……慣れては、いるんですけど
だからこそ思い出したりもするの
検査、検査。薬を飲まされては吐いた日々
早く終わればいいと思ってたっけ

あーあ、結局気にしちゃった
メンタルクソザコの呪いでもかかってるんですかね、此処

※絡みアドリブ歓迎



●地下1階・診察室A

「狂科学者が潜むには最適ですよね」
 渦雷・ユキテル(さいわい・f16385)は、薄暗い階段を下りる自分の足音の間に、そんな言葉を挟み込む。

 病院としての機能を失って、手入れする者もいないまま放置されて久しいのであろう。壁も床も、空気も、清潔とはとても言えない。
 しかしユキテルは内心、それに安堵していた。
 病院の――消毒液の臭い、真っ白な壁、あの特有の清潔さが、嫌いなのだ。

 目星をつけて開いてみた扉の中には、機材もベッドの類もなかったが、小さな机がひとつだけ置かれ、ちらつく蛍光灯に照らされていた。
 机の上には、錠剤が僅かに残っている瓶や、派手な色のカプセルを包装したシートなどが無造作に置かれている。行儀悪く食い散らかしたかのように、薬は机の下にも散らばっていた。
 置かれた薬のいくつかは、ユキテルも知っているものだった。睡眠薬の類だ。それも、かなり強力な。
 床に落ちている薬を確かめようと屈んで、そこに転がる人間の身体に気付く。ユキテルとそう変わらぬ年頃の、制服姿の少女が二人。力なく床に伸ばされた、色褪せた手の先で、パールピンクに塗られた爪だけが、取り残されたように鮮やかだった。
 ユキテルはほんの少しだけ眉根を寄せ、しかしすぐに元に戻す。
 視界の端に、壁に寄りかかって座り、ゆらゆらと頭を揺らす少女の姿が映ったからだった。

「しあわせのお薬を、もっともらわないと」
 倒れている二人と同じ制服を着た少女は、ぽつりと口にした。
 ユキテルは自分の知識と感覚を総動員して、彼女の状態を探る。夢うつつといった風ではあるが、ひとまず命に別状は無さそうだ。
「幸せなはずだったのに、だんだんわからなくなってきて」
 出遅れてしまったの、わたしいつもそうなの、と、少女は悲し気に目を伏せる。
 薬が何種類も置かれているという事は、「しあわせのお薬」とやらは直接人の命を奪うものではないのだろう。幻に溺れながら命を絶つはずが、ためらっているうちに効果が薄れてきて、踏み切れなくなってしまった――という事だろうか。
 お薬はお医者様がくれたの、彼は自分の部屋に帰ってしまった、だから貰いに行かないと、と少女はうわごとのように繰り返す。

「じゃあそのお薬、あたしが貰ってきますから。ここで待っててくださいね。動いちゃだめですよ」
 机の上に残っている薬を、少女が手に取らないようにそっと片付けて、ユキテルは部屋を後にした。

 「弄られた」人を見るのは、慣れている。だから、目を逸らさない自信はあった。
 しかし、どうしても思い出してしまう。
 繰り返される検査、薬を飲まされては吐いた日々――早く終わればいいと思ってたっけ。
 それは、終わったといえば終わったし、今も続いているといえば続いている。
 残滓は、笑顔の奥に押し込めて――。

「あーあ、結局気にしちゃった」
 ユキテルは軽く唇を尖らせる。
「メンタルクソザコの呪いでもかかってるんですかね、此処」

成功 🔵​🔵​🔴​

シキ・ジルモント
周囲の気配を『追跡』し、生存者を探す
生存者から目を逸らさず、必要なら声を掛けながら先へ進む
この場で助けられなくても、生存者の数や居場所の情報を組織に提供できれば
この後の救助が楽になる筈だ

死こそが救いだと信じて、それを求めてしまう者も、確かに居るだろう
そうまで思うのなら、それを否定するのは酷かもしれない
自分がこれからする事は、彼等からその救いを奪う結果になるのかもしれない
探し出した生存者を見ていると、そんな考えすら浮かぶ

…だとしても、引き返すつもりはない
死が救いか否か。その答えを求めるなら、自らの胸の内に問い掛けて導き出すべきだ
その答えに導くものがUDCなどであってはならない
俺は、そう考えている



●1階・待合室

 シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)の、獣の耳がぴくりと動く。
 生存者がいたとしても、今の自分に出来る事は恐らく少ない。後で救助を迅速に行う為に、情報は多いに越したことはない。
 入口の案内板のすぐ奥は、元は待合室だったと思われる広いスペースだった。壁際に、ベンチが無造作に寄せられている。
 屋内の空気は、重く陰鬱だ。こちらを狙い牙を研いでいるような剣呑さ、殺気とは違う。ただ静かに、冷たく、こちらを招き包み込む、或いは等しく塗り潰そうとしているような――人によっては、それを優しさと捉えてしまうものなのだろうか。
 そんな中でも、シキの獣の聴覚は、生存者の気配を確かに感じ取っていた。

 死を救いだと思う者は、そこに救いを求めるしかない者は、確かにいるのだろう。それを否定するのは酷なのかもしれない。自分はこれから、彼らから願いや救いを奪うのかもしれない。
 俯いたシキの耳に、足音が届く。顔を上げると、待合室の奥に続く廊下から、一人の男がふらふらとこちらに来るところだった。
「大変だ、奥で、人が、死んで――」
 男はそう口にして、埃の積もった床にへたり込む。駆け寄ってざっと確認したが、怪我はしていない。体に力が入らないようだが、強い恐怖によるものだと思われた。

 ――街で化物を見た。慌てて逃げて、ここの扉が開いているのを見て、化物はこの入口を通れまいと思って、逃げ込んだ。男はそう語った。
 しかし語るごとに、男の表情からは恐怖が薄れていく。安らいだ風ではあるが、目つきはどこか虚ろだ。
「そう、それで――それなら、俺もここで死のうと」
 男の口から滑り出た決定的な言葉を遮るように、シキは彼の前で一つ手を叩く。ぱん、と響いた音に、男は驚いて数度瞬きをする。灰色の空気に溶けてしまいそうだった気配が、輪郭を取り戻す。
「今、俺は何を」
 シキは首を横に振る。
「何も」
 ここの空気にあてられた、という事だろうか。それが敵の能力なのかは、まだわからないが。
 しかし一つ、分かったことがある。
 ここにいる者は必ずしも、自らの死を望んでここに来たわけではない。死を望むほどではない、僅かな心の間隙に手をかけられて、引きずり込まれた者もいるのだ。

「ここで待っていてくれ。すぐに助けが来る」
 シキは男にそう言い聞かせた。先程のようにならないか心配ではあったが、ここなら自ら命を絶つような道具は見当たらない。組織が救助に来れば真っ先に目につくし、他の猟兵が通る事もあるだろう。
 あんたはどうするんだ、と男が不安気に問う。シキの答えは簡潔なものだった。
「元凶を断つ」

 死が救いか否か。
 その答えは、少なくとも、自らの胸の内に問い掛けて導き出すべきだ。
 その答えに導くものが、UDCなどであってはならない。

 シキの胸の奥に、炎が灯っていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

御園・桜花
「悪意ある怪異はオブリビオンでしょうし、お茶目だったり協力的だったりする怪異は見知らぬ異界の猟兵でしょう?怖がる必要はないと思います」

「ただ…恐怖や怒りのあまり空間に染み付いた記憶であるならば、癒して解せれば、と思います。どちらにしろ、私達は知らなければなりませんもの」

暗視があるので明かり持たず地下へ
第六感の導くまま歩いて情報収集
何があっても先制攻撃はしない
攻撃されたら第六感や見切りで躱す
躱せない攻撃は盾受け

悲惨な空間記憶を発見した場合は最後まで確認してからUC「幻朧桜夢枕」
慰めや破魔のスキル乗せ鎮魂歌や子守唄歌いその記憶や感情の解消に努める

「苦しい記憶から救われたいのは彼等自身でしょうから」



●地下・廊下

 悪意ある怪異ならば、それはオブリビオンだ。
 怪異に見えても協力的であったり、悪意のないものはきっと、まだ見ぬ異界の猟兵だろう。
 つまりどちらにしろ、ここで出会う者を怖がる必要などない。そう考える御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)に、迷いはない。
 灯りも持たずに階段を下りていく桜花の足取りは、散歩でもしているかのように軽やかだ。しかしその一方で、辺りを探るのも忘れていない。遭遇するモノの、もう一つの可能性を考えての事だった。
 ――恐怖や怒りのあまり、空間に染み付いた記憶。それに出会ったならば、癒して解さねばなるまい。
「どちらにしろ、私達は知らなければなりませんもの」
 ここで起きた事を。起きている事を。ここに在る、人の、思いを。

 切れかけた蛍光灯がちらちらと照らす廊下の壁に、塗装が所々剥がれた扉が並んでいる。扉の横には、部屋の名称を示すプレートがついていたようだが、そのほとんどは汚れ、或いは壊れており、読み取る事は出来なかった。
 桜花は扉の一つを選び、前に立つ。金属製の把手は汚れていたが、誰かが触った跡がある。誰かが最近、この扉を動かしたのだと確信した。
 把手に手をかけ、引いたが、扉は微動だにしなかった。鍵がかかっているのとは違う。何かもっと強く、扉が壁に密着し、固定されているような感触だった。
 ここは地下だ。扉の向こうがどんな構造かはわからないが、恐らく、窓はない。これは人の出入りではなく、空気の出入りを防ぐ――密閉の為に行われた目張りだ。物音ひとつしない扉の向こうの状況を察して、把手を握る桜花の手から力が抜けた。
 ふわりと、風が吹き抜けるように、桜花の中に去来するものがある。彼女が案じていた、強すぎてこの場に焼き付いてしまった、人の感情と記憶の残滓だった。

 ――ああ、これで救われる。我々は幸せだ。さあおいで。一緒に行こう。

 それは、街で亡者の手に語り掛けられた感覚と、どこか似ていた。しかし、幸福に満ちた声のほんの少し奥には、違うものが詰まっていた。

 ――どうして、こんなことに。わからない。怖い。お前も巻き込まれてしまえばいい。

 行き場のない思いに触れた桜花は、目を閉じ、声の主に穏やかに語り掛ける。
「消えゆく貴方に最後の夢を…どうか心安らかに」
 彼女は魔を祓う祈りを込め、歌う。
 救いたいという願いは、救われたいという望みと触れ合い、確かに響き合う。
 声は再び――先程の狂信とは違う、穏やかな喜びに包まれて、消えていく。
 桜花の歌が終わると、辺りは静寂に包まれた。誘う声も、嘆く声も、もう聞こえない。開かない扉の向こうも、沈黙したままだ。
 ――桜花は息を吐き、どうか安らかに、ともう一度呟いた。

「苦しい記憶から救われたいのは、彼等自身でしょうから」

成功 🔵​🔵​🔴​

凶津・眞
【診療所:3】

陰気だな、死ぬにしてももっといい場所があろうに
怪しい匂いがぷんぷんだし地下に行こうか。地下が暗ければ【暗視】機能を起動して周囲を警戒しながら探索
生存者を見つければ話を聞いて【情報収集】しながら地下から脱出させようか、嫌がるようなら【呪詛】を使って脅し付けよう
薬物を既に投与された被害者を見つけたら出来るだけ一ヶ所に集める。抵抗するようなら気絶させて怪力で持って行く
被害者を一ヶ所に集めたらエイルを召喚、解毒を出来るのならして貰うとしよう
死体を見つけたら少し観察した後にハンカチで顔でも隠してやるか
こういうのはいつ見てもいいもんじゃねえな。こうなるのと苦しんで生きるのどっちがマシなのかね


波狼・拓哉
【診療所:3】
じゃパッと一階見てきますね。この様子なら地下が本命でしょうけど…なんかいそうですし。そちらもお気を付けて。…さてよろしくね聖霊ちゃん

それじゃ…まあ、うん。虎の尾踏んだ時は諦めましょう。とと、一応化け響かせなミミック。救助者いれば音に反応してくれるでしょう。…病院内だから反響もしますし

【地形の利用】【環境・地形耐性】【情報収集】で建物の内を安全確認して【早業】で行動、救助者いれば【コミュ力】【言いくるめ】で情報聞き取り外に逃がしましょう
ある程度見終わって【第六感】が働いてない又は聖霊ちゃん消えたら地下に

…まあ、嘆くはないな。分かって来てますし。わざわざ立ち止まる理由もないでしょう


ロリータ・コンプレックス
【診療所:3】
眞様と地下で救出優先で探索。
UCで召喚した聖霊ちゃんは拓哉様に同行

「……覚悟はしてたけど、これは……」(一瞬目を伏せ弔意を

地下の被害者が多数なら精霊ちゃんに召喚術使わせて分身倍加で人海戦術
【鼓舞】や【慰め】で勇気づけつつ救出
自身が優先して接触したいのは周りが死ぬのを見て『怖じ気づいた被害者』
敵の情報とか訊いておきたい。居場所やどんな風に薬物投与されるのか等

重要情報は直ぐに眞様と共有
敵の居場所判明など緊急時は聖霊ちゃん消して拓哉様に合図。付近の猟兵などには竪琴でアラート
生存者は速やかにエージェントに託しつつ治療が必要なものは聖痕で毒の除去

「弔いはもう少し待ってね。必ずまた来るから」



●1階・案内板前

 波狼・拓哉(ミミクリーサモナー・f04253)、ロリータ・コンプレックス(中二病の電波的スキマ系アイドルという極普通の女の子・f03383)、凶津・眞(半機半妖の悪魔召喚士・f23195)。病院に踏み込んだところで、三人の意見は分かれた。
 本命は恐らく地下だろう、というところまでは一致したのだが、拓哉が1階を見て回りたいと言い出したのだ。
 戦力を分けるリスクについては、全員承知していた。その上で、というのなら仕方がない。
 ロリータが聖霊を召喚し、拓哉に同行させる。拓哉は1階を見たら地下へ。その前に地下で何かあれば、ロリータが聖霊を戻す。故に、聖霊が消えたら合流を急ぐ――三人でそう決めて、案内板の前で一旦分かれることにした。

「おかえりなさいませ!大戦用聖霊プリティーロリータちゃん1号!アーンド!暗殺用精霊キューティーロリータちゃん1号!」
 ロリータの呪文が、陰気な廃病院にはおよそ似つかわしくない明るさで響いた。


●地下1階・廊下

「陰気だな、死ぬにしてももっといい場所があろうに」
 眞は低く呟く。照明は切れかけて薄暗いが、彼にとっては問題ではない。ロリータを気遣いながら、進んでいく。
 廊下に並ぶ扉の一つは、手をかけても動かなかった。中に誰かいるかもしれない、とロリータは扉に耳を当てて懸命に中の様子を探ったが、物音ひとつしない。狂科学者がどこにいるかもわからぬまま、音を立てて扉を破壊するのは流石にためらわれた。
 微かに、鐘の音が聞こえた。拓哉が1階で鳴らしたものだろう。音は届いたが、狂気を恐怖まで引き戻すというその効果まで地下に届いているかといえば、望みは薄そうだった。
 二人は奥へと進もうとして――廊下の奥の扉が開き、そこからふわりと白いものが出てくるのを見た。顔は見えなかったが、白衣姿の細身の男だった。廊下を横切って、その姿が見えなくなる。
 あれは、まさか。眞とロリータは顔を見合わせる。
 ロリータは今、聖霊を拓哉に同行させており、戦うことができない。眞が一人で、ロリータを庇いながら戦うのは、危険すぎる。
 しかし、もう一つの可能性がある。白衣の男は、あそこにいる誰かに「救い」を与えたところなのではないか。それならば、あの部屋にいる者は、まだ救える可能性は高いのではないか――と。
 二人は廊下を進む。音を立てないように慎重に、なるべく急いで。件の扉の前に辿り着き、辺りを窺ったが、白衣の男が戻ってくる様子はなかった。
 件の扉の向かい側に、金属の扉がある。白衣の男はその中へと姿を消したのだと思われたが、物音はせず、人の気配も感じられない。
 しかし、そちらの詮索は後だ。万一白衣の男が戻ってきたときの事も考慮し、召喚した聖霊を戻して、ロリータは扉を開けた。


●1階・廊下

 時は、幾分か遡る。
「じゃ、パッと見ていきますか」
 先に地下へと向かう二人を見送った拓哉は、腰に手を当て、ロリータが残していった聖霊と、自分が呼び出したミミックを見遣る。
「よろしくね、聖霊ちゃん」

 気にかかって残りはしたものの――助けられなかった人を目の当たりにしたならば、自分はどうするのだろうか。嘆いて動けなくなる、それはないな。わかって来ているのだし、立ち止まる理由はないでしょう。よし、大丈夫。
 自らの中で解決した問題に、拓哉はひとつ頷いて、足元の箱型生命体に指示を出す。
「さあ、化け響かせなミミック……!暗闇を掻き消し狂気を恐怖まで引き戻しな!」
 声に応えたミミックは、鐘に姿を変え、踊るように体を振る。
 澄んだ音が響き渡ると、誰かの叫び声が返ってきた。声を頼りに進むと、待合室にうずくまる男が見えた。突然の大きな音に驚いた様子ではあったが、ミミックの鐘の効果はあったようで、話はできそうだ。
 彼は、ここで救助を待てと他の猟兵に指示されたらしい。その前、そもそもどうしてここに来たのかといった話を聞きつつ、拓哉は待合室の奥へ目をやる。彼と同じように、鐘の音を聞いた者が出てこないだろうかと思ったのだ。
「あっちには行かない方がいい」
 男が声を震わせる。
「人がたくさん、死んでた」
 生存者は、と尋ねたが、男は無言で首を横に振った。
 彼とて、全員の死を確認して回ったわけではないだろう。たくさん、と言うぐらいなら猶更だ。多くの人が倒れているのを見て、驚いて逃げてきた可能性は高い。
 それじゃあ、一通り奥も見てきますか――と、拓哉は聖霊とミミックに声をかけようと振り返る。が、そこにはミミックしかいなかった。困惑したように、ミミックが体を揺する。
 聖霊が自分の元からいなくなった。それの意味するところを、拓哉はすぐに思い出す。思いのほか早かったが、急がねばなるまい。


●地下1階・診察室B

 扉を開くと、そこには異様な光景が広がっていた。
 ちらつく蛍光灯に照らされた部屋の中央に、机が置かれている。椅子はなく、人が十人ばかり床に倒れている。
 机の上には数種類の薬と、医療用のメスが無造作に置かれていた。眞が薬を調べていると、ロリータが声を上げる。
 入った時は死角になっていた、扉の脇の壁に寄りかかって、青年が座っている。手にメスを握って、その首筋と、周囲の壁と床を真っ赤な鮮血で染めあげ、しかし色を失った唇は満足げに笑んでいる。
「……覚悟はしてたけど、これは……」
 ロリータは一瞬目を伏せたが、落ち込んでいる暇はない。床に倒れている者の中には、まだうめき声をあげている者もいた。
 手首の傷から血を流す少女、混濁した意識に頭を振る少年――その身体にまだ命を残していたのは、五人。
「来たれ、慈悲深き女神」
 眞が医神エイルを呼び出し、ロリータも、聖痕で解毒を試みる。そこに、拓哉が駆け込んできた。

 狂科学者と思われる者が、近くにいるかもしれない。五人の生存者は、先に脱出させた方がよいだろう。
「弔いはもう少し待ってね。必ずまた来るから」
 ロリータが、治療を施しても遂に再び動くことのなかった者達に、そっと囁いた。
「先に行っててくれ。すぐ追いかける」
 ロリータと拓哉にそう言って、眞は診察室に残る。
 床に倒れてもう動かない五人と、壁際で座ったまま事切れている一人を、順繰りに眺める。何かで顔を覆ってやるべきかと思ったが、適当な物がなかった。
(こういうのはいつ見てもいいもんじゃねえな。こうなるのと苦しんで生きるのどっちがマシなのかね)
 答えは、出ない。
 呼吸はしているがまだ意識の戻らない二人の生存者を抱え、眞は診察室を後にした。

 1階の待合室に生存者を運び終えたロリータ達は、意識のある者に話を聞く。
 白衣の男は「しあわせの薬」と称して薬を配って、彼らは促されるままそれを飲んだという。
「幸せな気分になって、この幸せな気分のまま死ななきゃと思ったの」
 手首の傷跡を指でなぞりながら、少女は語った。
「薬を配った方は、どこへ?」
 ロリータの問いに、少女は「わからない」と首を振る。ただ、すぐ近くで扉の開閉音を聞いたと付け加えた。
「やっぱり、あの向かい側のドアでしょうか」
 拓哉の言葉に、眞が「だろうな」と頷く。

 生存者を待合室に残し、再び地下に下りた三人は、白衣の男が入っていったと思われる扉の前に立つ。
 眞が、他の二人を背にかばう様にして、注意深く扉に手をかける。
 鍵はかかっていなかったが、扉の中は思ったより暗く静かで――目を凝らすと、更に下へと続く階段が、そこにあった。
 思えば、入口の案内板は読めない部分も多かった。情報が欠けていてもおかしくはない。
 三人は顔を見合わせて頷く。
 ――「彼」はきっと、この先に、いる。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

星群・ヒカル
おれは地下へと向かおうか
こういうキナくさいところは、見られたくないものを地下に仕舞い込んでるもんだ

【超宇宙望遠鏡・析光形態】で隠された真実を暴くために進んでいくぞ
どんな現実でも、このおれが目を背けるのはシケたことだ
せめてこのおれだけは、真実を見ないと、永久に葬られて救われねぇもんもそこにはあるだろうからな

危険に対しては『視力・第六感』で前兆を察知した上で『早業・逃げ足』で回避していくぞ

本人がどう感じていようと、こんなところで死んでいくことが幸せとは到底思えねぇ
だってここは誰にとっても「孤独」な場所だ
一人で死ぬのは寂しいことだ……救えないなら、せめて後で迎えに来てやろう
※アドリブ、連携歓迎



●地下1階・廊下

 ――こういうキナくさいところは、見られたくないものを地下に仕舞い込んでるもんだ。
 そう考えた星群・ヒカル(超宇宙番長・f01648)は、階段を下りて地下へと進んだ。階段は埃やゴミでひどく汚れているが、その分、足跡が目立つ。何人もここを下りて行ったのだろうという事は察せられた。そのうちのどれだけが、ヒカルと同じ任務で訪れた猟兵なのかは、わからないが。
 地下1階は、地上より更に薄暗く、灰色を塗り重ねたような陰鬱な空気に満ちている。

「この超宇宙番長の目を、欺けると思うなッ!」
 ヒカルの目が、視た事象から真実を導く「星の目」に変異する。
 ――警告が、脳裏をよぎる。この「星の目」が導く真実は、辛いものかもしれない。しかしヒカルはその考えを、自分の中で叩き潰す。
 どんな現実も、このおれが目を背けるのはシケたことだ。
 せめてこのおれだけは、真実を見ないと。
 そのままでは永久に葬られて救われないものを、見出す。この目はきっと、そのためにあるのだから。

 ヒカルは「星の目」で辺りを探りながら、廊下を奥へと進む。
 雰囲気こそ不穏だが、敵が狙っている、罠があるなどといった身の危険は感じない。
 狂科学者の願いはあくまでも「救いを与えたい」であって、「命を奪いたい」ではないのだろう――どちらも、理解や共感ができるかといえば、否であるが。
 鍵のかかった扉と、目張りされている扉がある。前者は鍵が錆びついて動かせないようだった。後者は、今は無理矢理開かない方が良さそうだ。
 最近動かされた形跡のある扉を、薄く開く。数人が床に倒れているのが見えた。そこには、誰の命も、欠片も残っていない。「星の目」はそれも、一瞬で見破ってしまう。
 息をしていない人間の身体を見て、ヒカルは自分の呼吸を確かめる。大丈夫、落ち着いている。真実を見据える、その意志は揺らがない。

 何を思って、死に救いを求めたのか。ここにいる者たちに尋ねることは叶わない。
 だが、こんなところで死んでいくことが幸せだとは、ヒカルには思えなかった。
(だってここは、誰にとっても「孤独」な場所だ)
 一人で死ぬのは、寂しい事だ。きっと。

 廊下の一番奥の、金属の扉に、違和感を覚えた。他の部屋の扉と、何かが違う。少し考えて、その正体に気付く。
 他の扉は、傍に部屋の名称か部屋番号か、何かを示すプレートがつけられていた。壊れていたり汚れていたり、或いは既に外されていたりして、読み取れるものは無かったが、そこに何かがあったという跡は残っていた。だが、今目の前にある扉には、そもそもそういったプレートがつけられていた形跡がない。
 把手を掴み、扉をそっと開くと、その中には、暗い下り階段が続いていた。

 ヒカルは一度、廊下を振り返る。
(……救えないなら、せめて後で迎えに来てやろう)
 そう心に決め、彼は暗い階段へと踏み込んだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

日向・陽葵
わ。やば度高めー。おれっちビジュアルより臭いが気になっちゃう。窓とかないんかな、あったとしても開かなかったり?くさーい

おれっち善人だかんね、生存者探しに行こっかな!
物音がするところにお邪魔していけばいずれ当たる気する。しない?
その場合はー、おてて合わせたらおれっち的にはオッケーです。UDCのケア力を信じて、どんどん進もね

幸せってなんだろな?おれっちの幸せはぁ……少なくとも今のシェアハピはノーセンキュっ
そだねー、依頼帰りにビニってケーキでも買ったりとか?
おれっちちょろいからお高いの買うと有頂天になる。ハッピー!!
感染したらそんな幸せを感じているんかねー。犠牲者参考に対策練り練りしとこ



●1階・廊下

「わ。ヤバ度高めー」
 日向・陽葵(ついんてーるこんぷれっくす・f24357)――今は「陽翔」――は、病院に踏み込むなり、そう口にした。
 埃だらけの床、正体のよくわからない染みがついた壁と天井、病院だったのだと辛うじてわかる、案内板や廊下に残る手すりの跡も、余計にこの場を不気味に演出しているように思えた。
 だが、陽翔が気にしているのは、どちらかといえば視覚的な不気味さよりも、長期間閉め切られて淀んだ空気の方だった。埃とカビの混ざったような臭いがする。
「窓とかないんかな。あっても開かなかったり?」
 くさーい、とわざとらしく鼻をつまむ。応える者は、誰もいなかったけれど。

 待合室に数人の生存者がいるのを確認し、廊下を奥へと進む。行かない方がいい、と止められたが、大丈夫と手を振った。
「おれっち善人だかんね」
 呼び止めてきた男の表情から察するに、この先は酷い有様なのだろう。ちゃんとわかってる。覚悟もできてる。その上で、生存者を探すのだ。
 廊下をまっすぐ進み、見つけた扉に手をかける。一つめの扉は、開かなかった。手応えからして、鍵か扉か、どこかが壊れてしまっているようだった。
 それなら誰もいないよね、と、陽翔は奥へ進む。
 次の扉は開くだろうか、と、把手を握り軽く揺する。問題なさそうだ。薄く開いて覗き込むと――何かが、積み重なっている。
 室内は暗い。窓はあるが、既に日は暮れている。陽翔は室内に体を滑り込ませて、目星をつけて壁を撫でると、スイッチらしきものはすぐに指に触れた。
 ぱちりと音がして、蛍光灯が弱々しく灯る。
 室内に折り重なっていたのは、微動だにせぬ人間の身体だった。待合室の男が見たのは、恐らくこれだろう。目を凝らし、耳を澄ましたが、生存者はいないようだった。
 陽翔は、倒れた者達を観察する。
 年齢も性別もばらばらだ。辺りに血の跡はなく、見た限り、彼らの身体に外傷はない。こちらに顔を向けている者の表情に、苦しんだ様子はない。一様に――幸福な夢でも、見ているようだった。
(やっぱり、クスリ的な?)
 陽翔は俯く。頬をくすぐる髪を指先で弄り、この臭い、服や髪に残らないといいなあ――などと思考が逸れる。

(幸せってなんだろな?)
 部屋を出た陽翔は考える。
(……少なくとも今のシェアハピはノーセンキュっ)
 楽しい事、幸せな事を、自らに問いかける。
(そだねー、依頼帰りにビニってケーキでも買ったりとか? おれっちちょろいからお高いの買うと有頂天になる)
 ――白い生クリームで飾られたケーキ。チョコレートケーキもいい。果物の色、甘い香り。この灰色の風景とは、かけ離れている――そう思うけれど。
(そんな幸せを、感じてたんかねー)
 犠牲者の表情が脳裏をよぎって、陽翔は一つかぶりを振り、歩き出す。

 ――帰りに、ケーキを買おう。ちょっとお高いやつ。

成功 🔵​🔵​🔴​

鈴木・怯也
他の猟兵と連携

無理だ、帰りたい

怯えて腰を抜かし、女の子に助けてもらい
かっこ悪いにも程があると自分を恥じていた
でも、過ぎてしまったことは変えられない
次は頑張ろうと決めていたはずなのに

すでに心が折れそうになっている

だってこんな恐怖の塊のような場所に行くことになると思っていなかったのだ
けれど既に自分は病院の前にいる、このまま帰るなんて選択肢はない

ブランケットをしっかり頭に被り
あふれ出てくるネガティブな思考を押し殺し
ちっぽけな勇気を絞り出して足を踏み入れよう

けれど、やっぱり怖いから誰かと一緒に行動できないだろうか
人と話すのは怖いけれどそんな恐怖は
この病院を一人で進むのに比べればちっぽけなものなのだから


ニキ・エレコール
※アドリブ連携歓迎
生きてる人がいるなら助けたい……けど、何よりも早く元凶のお医者様を倒すのが、最善だっていうのは分かってる
私は進むことを優先するよ
わわ、足元もボロボロだね、どこか壁とか床に隙間が無いかな?
私の体なら、とろとろ〜ってすり抜けられるかも
『目立たない』『闇に紛れる』ように奥に進むよ

でも、もしも、生きてる人を、見つけたら……だめ、やっぱり、見過ごせない
UCで騎士様を呼んで、無理矢理でも外で待機して貰ってるUDC組織の方達のところへ、引きずってでも連れていってもらうよ
騎士様に任せて、私は先に戦いに行くからね
……私の星が滅ぼされた時、私が船に逃がされた時も、こんな感じだったなぁ……



●病院入口

「……大丈夫?」
 ニキ・エレコール(黒枝手繰り寄せるイリア・f04315)は、鈴木・怯也(鬼胎を抱く者・f18779)を気遣う様に声をかけた。
 街で一時荒々しい様子を見せた彼は、今は再びブランケットをかぶって震えている。怯え切った様子なのに、幽鬼のようにニキの後ろをついてくる。
 避難してもらった方がよかったのだろうか、とも思ったが、その一方でニキは、気付いていた。
 ――彼は「帰りたい」と繰り返しているが、「帰る」とは一度も口にしていない。

 怯也は、被ったブランケットが滑り落ちないようにと握りしめる。
 体が震えるのは、恐らく恐怖のせいだけではない。怯えて腰を抜かし、女の子に助けてもらい、恰好悪いにも程があると、自分を恥じていた。
 過ぎてしまった事は変えられない。次こそは頑張ろうと思ってここまでついてきたが、既に心は折れそうだった。
 少女は時折、こちらを気遣って声をかけてくれる。
 本当は、人と話すのも、怖い。しかし、一人でいるよりは、ずっとましだ。
 ――「帰れ」と言われないのが、有難かった。そう言われたら自分は、たちまちそれに甘え、挫けてしまっていただろうから。
 溢れる後ろ向きな感情を押し殺し、ちっぽけな勇気を振り絞り、怯也はニキの後を追って、病院へと踏み込む。


●地下1階・診察室A

 生きている人がいるなら助けたい。しかし、速やかに元凶を断つのが最善だという事も理解はしている。ニキの心は揺れ動いたが、地下へ進むことを選んだ。
 怯也もブランケットを被ったまま、彼女についていく。
 薄暗く汚れた階段を下りた先は、やはり薄暗く汚れた廊下だった。粘つくような静寂が、屋内を満たしている。

 廊下を進む途中、どこかで物音が聞こえた。ニキは音の出所を探り、辺りを見回す。
「今の音……あれだと、思います」
 怯也が口を開き、扉の一つを指さす。強い怯えがあるがゆえに、物音には敏感なのだろう。
「誰か、いるんでしょうか」

 速やかに元凶を断つのが、最善という事は理解している。
 それでも、見過ごす事は、できなかった。

 ニキは扉の把手に飛びつくようにして、勢いよく開く。
 制服姿の少女が、三人。床に倒れた二人は既に事切れているようだが、壁にもたれかかって座っている一人は、驚いたように顔を上げた。
 ――まだ、生きている。ニキと怯也は、殆ど同時に安堵の息を吐く。
 ここから出ましょうと、少女に声をかける。しかし、少女は首を横に振った。
「しあわせのお薬を、待ってるの。さっきここに来たひとが、わたしの代わりに、しあわせのお薬を、お医者様からもらってきてくれるって」
 ここで待っているように言われたから、動くわけにはいかない。少女はそう語った。
 言われてみれば、扉を開いて少女が顔を上げたとき、その表情には僅かな落胆が見えたような気がする。
 この病院の中を積極的に動き回っているのは、恐らく猟兵だけだ。先に彼女を見つけた他の猟兵が、彼女を危険に晒さぬために、死を選ばせないために、この部屋から出ないようにと言い聞かせたのだろう。薬を貰ってくるというのも、恐らくその為の方便だろうと、想像はつく。
「ど、どうします」
 怯也がニキに囁く。被ったブランケットで表情は見えないが、声が震えている。
「確か、生きてる人は、上に集まってました、よね」
 ニキは頷く。二人は地下に進む前に、待合室に集まる生存者を見かけていた。
 この少女も、そちらに合流してもらった方がいいだろう。何より「しあわせのお薬」とやら、それへの執着から、彼女を一刻も早く引き離したかった。

「我が呼びかけに応え、再び構えよ黄金の盾、再び掲げよ黄金の旗」
 しばしの沈黙の後、ニキは唱える。重厚な鎧姿の騎士が、彼女の傍らに現れた。少女より先に、怯也が飛び上がって悲鳴を上げ、ずり落ちたブランケットを慌てて被り直す。
「騎士様、その子をお願いね」
 ニキの指示はシンプルだ。鎧の騎士は少女に歩み寄り、軽々と担ぎ上げる。
「なにするの、やめて」
 少女は手足をばたつかせて抵抗するが、鎧の騎士は動じない。そのまま踵を返して、部屋を出ていく。
「いや、いや。わたし、ここでまってないと、いけないのに」
 少女の声が、騎士の足音と共に遠ざかっていく。

(……私の星が滅ぼされた時、私が船に逃がされた時も、こんな感じだったなぁ……)
 騎士が向かった、地上への階段の方を見遣り、ニキの表情が少しだけ曇る。
「あ、あの」
 思考を引き戻したのは、怯也の声だった。ニキの様子を見て心配になったのか、単にこの場の沈黙に耐え切れなかったのかは、わからないが。
「大丈夫」
 ニキは、ブランケットで顔を隠す青年に微笑みかけ、行こう、と続けた。
 その言葉に怯也は、ぶるりと震えたが――「嫌だ」とは、言わなかった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『ハピネスドクター』

POW   :    「苦しまなくていい、もう楽になっていいんだよ」
【しあわせな幻覚を伴う劇薬】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
SPD   :    「ボクと一緒に、みんな幸せになろう」
【幸せなまま自死に至る『幸福薬』】を給仕している間、戦場にいる幸せなまま自死に至る『幸福薬』を楽しんでいない対象全ての行動速度を5分の1にする。
WIZ   :    「だからキミ達には誰も救えないのだよ」
戦闘用の、自身と同じ強さの【かつて相手が救えなかった誰かの幻】と【かつて相手が諦めた過去の幻】を召喚する。ただし自身は戦えず、自身が傷を受けると解除。

イラスト:乙川

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は冴木・蜜です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 救わなければ。

 過去を悔いるひと、未来を恐れるひと、現在に傷つくひと。
 ボクは彼らの苦痛を消し去った。苦悩を拭い去った。
 ボクが彼らにもたらしているのは、揺らぐことのない幸福、絶対の救済だ。
 その証拠に――彼らの顔が苦痛に歪む事は、二度とない。

 だから、救わなければ。もっと、もっと、たくさんの人を。


●地下2階

 地下1階から更に下へ続く階段――狭く暗いその先に、他の場所とは明らかに違う、頑丈そうな作りの金属の扉がある。「関係者以外立入禁止」と書かれているのが、辛うじて読めた。
 中は思いのほか広い。元は倉庫か何かだったのだろうか。コンクリートの壁と床に、棚や機材が置かれていたらしい跡が影法師のように残っている。
 モノクロの景色の奥の方に、光が滲んでいる。そっと近づくと、その一角だけが、さながら実験室のように整えられていた。
 実験器具が並ぶ棚、液体が入った試験官や小瓶、色とりどりのカプセルや錠剤が置かれた机――灰色の中、スタンドに照らされたそこにだけ浮かび上がる鮮やかな色彩、その中で、白衣の男が振り返り、微笑む。

 ――わかっている。わかっているとも。ボクはキミも救ってあげる。

 「彼」がその手に掲げるのは、有毒な幸福。
御園・桜花
「私も貴方並みに傲慢ですの。人の意思を塗り潰すその行為、正に人の家畜化だと思います。神の視点に立って…楽しかったですか?」

UC「精霊覚醒・桜」使用
毒には毒耐性で対抗
素早さを落とされても飛行能力でカバー
敵の攻撃は第六感や見切りで躱す
まず高速・多重詠唱で破魔と風刃を組み合わせた属性攻撃
それで落としきれないと思ったら飛行によるヒット&アウェイに切り替え
高速飛行で突っ込み破魔と雷の属性乗せた桜鋼扇で敵をぶん殴りそのまま一気に圏外へ、を繰返す

「死に瀕している方なら、生き残ることこそ最大の願いとなるでしょう。でも、各人の思いを封じることはその意思を殺すことと同じ。貴方のやっていることはただの人殺しです」



「ボクは、キミも救ってあげる」
 白衣姿の狂科学者の言葉に、御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)は眉をひそめて呟いた。
「傲慢ですね」
 ――けれど。
 何かを救いと決めつける事も、それを否定する事も、どちらも傲慢なのかもしれない。
 だが今、自分たちがそれを通したなら――少なくとも人々にはその「先」が、各々の手で掴む選択肢がある。
 故に、桜花は真っ直ぐ狂科学者を見据える。
「人の意思を塗り潰すその行為、正に人の家畜化だと思います」
 その視線で、射貫くようにして、問いかける。
「神の視点に立って…楽しかったですか?」

 狂科学者はその問いに答えない。もとより聞く気などないのかもしれない。彼にとっては、全てのひとは救うべき対象、救いとは即ち死、それ以外にないのだ。
 故に、彼はただ、目の前に立つ者の厳しい表情を見つめ、憐れむように語り掛ける。
「そんな顔しなくていいんだ。もう楽になっていいんだよ」

 狂科学者は、鮮やかな赤の液体が入った試験管を取り出し、コルク栓を開けて傾けた。液体は手元から床に向け真っ直ぐに落ちるが、床を濡らす事はない。途中でしゅわりと形をなくして、赤い色の霧に変わっていく。
 薬品の臭いが鼻をつく。吸い込んではいけないと、直感が告げた。
「我は精霊、桜花精。呼び覚まされし力もて、我らが敵を討ち滅ぼさん!」
 桜花は唱える。彼女を中心に巻き起こる薄紅色の桜吹雪が、赤い霧を散らしていく。軽く床を蹴れば、桜吹雪は彼女を宙へと運ぶ。
 精霊とやらを救った事はまだないな、と狂科学者は笑い、懐から取り出した試験管を、その場で開けて霧にしては届かぬとみたか、桜花に向けて投げつけた。
 飛んできた試験管を体を捻って避けると、風の音に、試験管が割れる音が混じった。薬品の赤い霧を吹き散らしながら天井を蹴り、桜花は狂科学者に迫る。
「死に瀕している方なら、生き残ることこそ最大の願いとなるでしょう。でも、各人の思いを封じることはその意思を殺すことと同じ」
 室内に吹き荒れる花弁の嵐、それを纏った薄紅色の桜の精は、桜の刻印の鉄扇を取り出す。彼女の戦う意思に応えるように、鉄扇に雷光が走った。
 薬の入った試験管を三度取り出し、放とうとする狂科学者に、桜花は桜吹雪の速度を乗せて、雷光纏う鉄扇を叩きつける。
 風と雷、春の嵐を乗せた鋼で頬を張られた彼は、吹き飛ばされて床を転がる。机の上のフラスコや実験器具がいくつも巻き込まれて、床に落ち、或いは壁に叩きつけられ、けたたましい音を立てて割れた。

 硝子の破片と桜の花弁を散らしながら、ゆらりと立ち上がる狂科学者に、桜花は否定と拒絶を込めて告げる。
「貴方のやっていることはただの人殺しです」

 ――狂科学者の表情に、初めて、怒りらしきものが混じった。

成功 🔵​🔵​🔴​

ニキ・エレコール

星の皇女様は美しく強い人だった
私には優しい姉のような人で、大好きだった
愛する人の首が床に転がった時、どんな音がするのか私は知っている
あの時の足元の黒い油溜りが、さっき焼かれていた友達だってことも知っている
みんな、私を、恨んでいるの?
私が、逃げたから?
……いやだ、もう、見たくない……

……見たくないなら、戦わなくちゃ
これは全部まやかしで、もう終わったことだから、戦わなくちゃ
今の私は逃がされるだけの子供じゃないもん
今の私に手を差し伸べてくれる人を思い出そう、英霊様もまた私の戦友だから
今此処に、悲しい思い出に、手向けの華を
幸せは自分の手で手に入れるものなの
※アドリブ連携歓迎


鈴木・怯也
幸せな幻を見た
怖いものなんて何もなくて
家族や友人と過ごした日々の幻だ

怖いものがない、それはぼくたちがずっと望んでいた世界
このまま幸せな幻に浸っていたいけれど

ぼくは知っているのだ、こんな世界は存在しない
全てに恐怖し、あの部屋にこもっていた間に消えてしまったのだから
切っ掛けなんて覚えていないけれど、幸せな日々を壊したのはぼくだ
だからぼくはこの幸せを受け入れてはいけない

この幸福な死はぼくには重すぎる

死は救いなのかもしれない、けれどぼくは死を恐れる

停滞を恐れる自分よ、今は眠っていてくれ
この男の相手は死を恐れるぼく(人格)がしよう

「死は恐ろしいものです、救いにはなりえない。だからぼくはあなたを否定する」



 ――白衣の男が、床に落ちた眼鏡を拾ってかけ直し、こちらを見て微笑んだのを、見た覚えはある。
 何か声をかけられた気もするが、それから後は、わからない。

 気付けば鈴木・怯也(鬼胎を抱く者・f18779)の傍には、家族や友人の姿があった。親し気に、或いは気遣う様に、声をかけてくる。
 怖かったか、辛かったか、疲れたか。もう大丈夫。ここにいれば、何も心配いらないよ。
 周囲のすべてが暖かで、穏やかで、柔らかい。
 ――それ故に、気付いてしまう。こんな世界は存在しない、と。
 すべてに恐怖して閉じこもっていた間に、すべては消えてしまったのだ。否、すべて壊してしまったのだ。記憶にはないが、それをどこかで知っている。
 だから、この幸せを受け入れては、いけないのだ。

 一方、ニキ・エレコール(黒枝手繰り寄せるイリア・f04315)の目の前に広がっていたのは、恐ろしい光景だった。
 星が滅びた日。見知った風景が、それまでの日常が、自分の世界が、悲鳴のような音を立てて壊れていく――それは紛れもなく、ニキの記憶だ。
 皇女は、優しい姉のような存在だった。強く美しい人だった。その首が音を立てて床に落ち、ころりと転がって、こちらを向く。最早骸とも呼べぬ黒い油溜まりは、友人がそこに存在した名残だ。
 命に置いて行かれて、形だけ残ってもう二度と動かぬ瞳が、形すら失ってしまった粘性のある黒色が、ニキを映して鈍く光っている。それは刃となって、ニキの心を責め立てる。
(――みんな、私を、恨んでいるの? 私が、逃げたから?)
 もう、見たくない。ニキはそっと目を伏せる。床についた膝に、生ぬるい液体の感触があった。お前も沈めと、一緒に溶けてしまえと、床に溜まった黒色に縋り付かれているようだった。
 大好きだった皇女と、皆と、溶けて混じり合って、目を閉じたこの闇よりも深い、黒色の油溜まりになってしまえば、許されるだろうか。

 死は救いか。幸福か。先に首を横に振ったのは、怯也だった。
「この幸福な死は、ぼくには重すぎる」
 救い、なのかもしれない。少なくとも、もうこんな風に苦しんだり、悩んだりはせずに済むのだろう。
 しかし、自分はそれを恐れている。怯えている。
 救いなど欲しくない、と言える程、自分は強くはない。けれども、これは違うと、何かが訴えている。
(停滞を恐れる自分よ、今は眠っていてくれ)
 声を、聞いた気がした。
(この男の相手は、死を恐れるぼくがしよう)

 頬に、熱を感じた。ニキが目を開くと、壊れた風景が燃えていた。
 それもまた、記憶の一部のはずだった。しかし、この炎は、何かが違う。亀裂の入った壁を、床を、転がる骸を焼いていくにつれ、膜を一枚剥がすように、その先に別の光景が広がる。
 そこは、コンクリートの倉庫の中。ブランケットを被った青年が、立っていた。
「死は恐ろしいものです、救いにはなりえない」
 右手に医療用のメスを握り、左腕から血と炎を零しながら、怯也ははっきりとそう口にした。
「だからぼくはあなたを否定する」

 炎を映したニキの瞳が、輝きを取り戻していく。強張った身体と冷えきった心に、熱が戻ってくる。立ち上がるその膝に、油溜まりの跡はない。だって、あれは全部まやかしなのだ。もうずっと前に、終わってしまった事なのだ。
 だから今は、戦わなければ。自分はもう、逃がされるだけの子供ではないのだ。

「どうして」
 狂科学者の表情が曇る。
「苦しみも悲しみもないことは、幸せじゃないのかい?」
 ニキは首を振る。
「幸せは自分で手に入れるものなの」
 ――だから私も、あなたを否定する。ニキの言葉にも眼差しにも、もう迷いはない。
「古より目覚めし美しき薔薇の君、今こそ咲き誇れ」
 ニキの詠唱に応え、英霊――優雅なる華の剣士が、彼女の身に宿る。
 この英霊もまた、私の戦友だ。私に、手を差し伸べてくれる。今を、生きる為に。だから、今ここに、悲しい思い出に、手向けの華を――。
 彼女の杖はオーラを纏い、光の剣となる。白薔薇の花弁が、周囲に舞う。

 狂科学者は懐に手を入れ、試験管を取り出した。
「大丈夫、一度拒まれたぐらいで、ボクはキミたちを見捨てたりしない」
「それは救いではないと、ぼくは何度でも否定します」
 怯也は再び、手にした刃を左腕に這わせる。炎が、勢いを増す。流れる血と炎を払いのけるように腕を振るうと、炎が放たれて、狂科学者が投げつけた試験管とぶつかり弾けた。炎は試験管ごと、薬を焼き尽くす。
 薬を焼く炎、目を突き刺すような光と、薬の臭いのする煙の向こうから、別の光が射す。ニキが手にした、光の剣だ。細く、しかし真っ直ぐのびるそれは、雲間から射す陽光にも似ている。
 狂科学者は飛び退こうとしたが間に合わず、剣は彼の肩を貫いた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

シキ・ジルモント
優しく微笑み薬を差し出すのは、見覚えのある男
ハンドガン・シロガネの前の持ち主、子供の俺を助けた恩人
もう、この世には居ない筈の…

死は救いか、否か。何度も考えた問いが浮かぶ
薬を飲めば、もう満月による凶暴化に苦しむ事も、取り返しのつかない過去を夢に見る事も無くなるのだろうか
『もう、十分だろう?』そんな声が聞こえる
これも、きっと一つの救いのかたち
差し出す薬に手を伸ばし

…手を止め、ユーベルコードを発動
鈍る動きを増大したスピードで無理やり補う
それが救いだとしても、幸福な死を拒む

俺の命は、その恩人に助けられたものだ
簡単に捨てるわけにはいかない
かつて慕った恩人の幻と元凶のオブリビオンへ銃を向け、反撃を開始する



 喉から鼻へ広がる臭いと、苦さを誤魔化すような人工的な甘さで、自分が何か慣れぬ味の液体を飲み下した事に気付いた。惑わされて自ら手に取ったのか、無理矢理飲まされたのかすら、定かでない。

 ふわりと痺れ、辺りが揺れるような感覚に、頭を軽く押さえたシキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)の表情が、驚きに彩られる。
 そこに佇んでいたのは、見覚えのある男だった。今はシキの手にある銃、ハンドガン・シロガネの前の持ち主、子供の頃の彼を助けた恩人――今はもう、この世にはいないはずの。
 男は穏やかに微笑み、シキに向かって手を伸ばす。その掌に乗っているのは、薬が入った小瓶だった。
「もう、十分だろう?」
 その言葉で、理解した。
 あれは毒薬なのだ。彼は自分を迎えに来て、共に逝こうと誘っているのだ。

 死は救いか、否か。何度も考えた問いが浮かぶ。
 この薬を飲み干せば、全ての苦痛は消えるだろうか。満月による凶暴化に苦しむ事も、取り返しのつかない過去を夢に見る事も無くなるのだろうか。
 苦しんだだろう。辛かっただろう。もう楽になっていいんだ。男の言葉が、シキの思考を柔らかく撫でて、温かく包もうとしている。
 そうだ。これも、きっと一つの救いのかたち。独りではなく、優しく見守られて、導かれて逝く。それなら、今ここで、誘われるまま二度と覚めぬ眠りに落ちるのも、良いのかもしれない。
 シキの手が、震えながら伸ばされる。男の掌の薬瓶を受け取ろうとして――しかし、瓶に触れるか触れないかのところで、電流でも走ったように、その手を止めて、握り締める。

 思い出したのだ――この命は、彼に助けられたものだ、と。

 シキの瞳に力が戻る。輝きが、増していく。恩人の姿がゆらゆら歪み、白衣姿の男に変わる。
「受け取らないのかい」
 幻が消えても、毒薬の小瓶は、変わらず彼の掌にある。
「幸福が、ここにあるのに」
「断る」
 遮るように、シキは言い放った。
 かの狂科学者は時に、周囲の速度や時間といったものをも歪ませると聞いた。その能力を利用して、薬を飲まされたのだろう。
 油断だったのかもしれないが、今それを悔いても致し方あるまい。同じ手にはかからない。速度に仕掛けがあるのなら、それを超えるだけのことだ。
 シキは己の中の獣を呼び起こす。速く、もっと速く。この身を削ろうとも。

 それが救いであったとしても、俺は幸福な死を拒む。救われた命を、簡単に捨てるわけにはいかないのだ。
 もう、迷いはしない。
 ハンドガン・シロガネは、シキの手の中で鈍く輝いている。何も語りはしないが、その重みは確かに、彼の過去と現在を繋いでいる。
 まずはこの誘いへの返答とばかりに、狂科学者の手にある毒薬の小瓶を撃ち落とす。懐から何か取り出そうとした彼を、蹴り飛ばす。
 よろめき後退る狂科学者に、シキは再び狙いをつけて――銃声が、響いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

渦雷・ユキテル
あはっ、本当に分かってます?
人って死にたがりな生き物なんですよ
だけど良いことあった次の日には心変わり

あたしは悩まされたことありません
死にたくないって、ずっとそれだけ

お久しぶりです、名前のない私たち
幻影に微笑み損ね罪悪感に塗れた顔
だけど思い出たちの姿は、声は、鼓舞にもなる
ひとしきり戦意を削がれた【演技】をしたら反撃

救われたいのはあなたですよね?
不幸な誰かを探して、揺らいでる願望を勝手に叶えて
良いことしたって気分に浸りたいだけ。違います?

隙を見て素早く銃を構え接近
お医者さんに【零距離射撃】【だまし討ち】の一撃
ついでに回し蹴りも!
ごめんなさーい、白衣見てたら嫌なこと思い出しちゃって

※絡みアドリブ歓迎



「あはっ、本当に分かってます?」
 コンクリートの室内に佇む白衣の男に、渦雷・ユキテル(さいわい・f16385)は歩み寄りながら、口元を歪めて告げた。
「人って死にたがりな生物なんですよ。だけど良い事あった次の日には心変わり」
 狂科学者は――白衣は裾が焦げ、あちこち破けているが、その意志は未だ揺るぎない様子だった。
 今日は患者が多い、みんな早く救ってあげないと。彼のうわごとのような声を聞いたユキテルは、かぶりを振った。
「あたしは悩まされたことありません。死にたくないって、ずっとそれだけ」

「それでは誰も救えはしない」
 狂科学者が低く呟くと、ユキテルの周囲に、白い服を着た少年少女の幻影がいくつも現れる。その姿を見たユキテルは目を見開き、唇を震わせた。

「お久しぶりです、名前のない私たち」

 幻影に微笑みかける事は、できなかった。
 表情に罪悪感を滲ませて俯くユキテルを、少年少女たちが囲み、何事か囁きかける。白い幻影に埋もれるように、その場にうずくまるユキテルに、狂科学者は歩み寄る。
「辛いかい?苦しいかい?……さあ、キミを救ってあげよう」
 しかし幻影の少年少女は、ユキテルの傍を離れない。彼らが語り掛ける微かな声が、狂科学者の耳にも届いて――それが責めるものではなく、死へと誘うものでもなく、鼓舞だと気付く。
 狂科学者はそこで、ようやく理解した。この白い服の幻影は、自分が生じさせたものではない。正確には、何か別の力に介入され、既に変質している。
 ユキテルはゆっくりと顔を上げる。露わになったのは、不敵な笑みだった。
 目の前に現れた思い出達が、罪悪感を呼び起こしたのは確かだった。しかし、ユキテルの能力は眼前で作り出された幻影に反応し、その効力を己にとってプラスのものへと変えたのだ。
(まあ要するに、ほぼ気合って奴ですけど)
 相手の思考が止まっている今が好機と、ユキテルは銃を取り出し一気に距離を詰める。狂科学者の胸元に銃口を押し当てて、引鉄を引く。しかし一瞬早く、狂科学者が身を捩っていた。銃声が響いたが、銃弾は彼の衣服を裂くに留まった。
「何故なんだ。ボクは、救いを」
「救われたいのはあなたですよね?」
 飛び退いた狂科学者の言葉を、ユキテルは途中で遮る。
「不幸な誰かを探して、揺らいでる願望を勝手に叶えて、良いことしたって気分に浸りたいだけ。違います?」
 違う、と彼は首を振る。
「キミだって、救われたいはずだ」
 先程見せた表情は、嘘ではないはずだ。狂科学者は液体の入った試験管を取り出す。
「だからこの、幸せの薬で――」
 言い終わる前に、狂科学者の腹に、ユキテルの鮮やかな回し蹴りが叩き込まれる。
「ごめんなさーい、白衣見てたら嫌なこと思い出しちゃって」
 倒れこむ彼を見下ろしたユキテルから、一瞬、笑みが消える。

「言ったでしょう。あたしは死にたくないって、ずっとそれだけだって」

成功 🔵​🔵​🔴​

波狼・拓哉
【診療所:3】
…さて、お二人とも大丈夫ですかね?…ん?ああ、おにーさんの場合しあわせは何事も無い日常であり、幸福は今の俺がいないことであり、救えない諦めたのは自分です。…まあつまりその幸福は理解した。だからと言ってそれが止まる理由になりますかって話です。というか誰が救ってくれって頼みましたか。まずそのハピネスに相棒のミミックがいませんからね。いやでも夢幻と分かります

まあ、そろそろいいでしょう。化け明かしなミミック。その幻覚、幸福、幻全て虚無へと還しましょう…その程度の『過去』で現実に蔓延り続ける『狂気』を侵蝕できるわけないでしょう?まあいい夢は見させてもらいました。一発脳天に礼を返しましょう


凶津・眞
【診療所:3】

◆(苦戦上等)

・幻の内容
幼い頃の自分になり、両親から愛情を注がれている日々の幻

・心情
あれ?僕はどうしてここで眠ってたんだろ?まあいいや、母さんが呼んでいるし帰ろう
友達が一杯の学校に優しい近所の人たち、それに父さんと母さん。楽しいなぁ、この日々が続けばいいのに……
あっ、思い出した。俺が名付けられる筈だった名前を養子につけて幸せそうに暮らしていたこと
俺が信じていた物が価値のないゴミになってしまったことを……

・行動
幻に囚われてその中で幸せな日々を過ごすが途中で両親を見て現実を思い出す
現実に戻ったら敵の腕を狙い右目から灼熱のレーザーを放つ。そしてアザゼルを召喚、天罰で一気に止め


ロリータ・コンプレックス
◆【診療所:3】
善意の悪行ほどやっかいなものも無いね

★誰かと過去
昔生活してた孤児院の友人達との平穏な日々
ヴァンパイアに滅ぼされた今、その場所も友人達も還らぬ思い出
「アベル……皆様、ごめんなさい!あの時のわたくしにもっと力があれば――!」
敵の攻撃も甘んじて受けます。これは贖罪。
「感謝しましょう、購いの機会を与えてくださったこと」

私が天使に覚醒したのもあの頃だった
死天使『サリエル』それが私の真の姿
純白の両翼
邪視を持つ金色の瞳
皆が死ぬ前にあの力をふるえれば――

【歌唱・楽器演奏】を響かせ院内のエージェントや猟兵、救助者に【祈り】を届け【UC】を発動
死の救いは悲劇の源。死の天秤で命と釣り合う幸福は無いの



 倉庫の中には割れたフラスコやビーカー、試験管が散乱していて、歩を進めるたびに、ぱきぱきと音がする。
 構わず進んでいくと、その先に人影が見えた。
 足を止めると――誰の足音でもない音が、ぱきりとひとつ、響いた。

 ロリータ・コンプレックス(陽気に笑う死の天使・f03383)は辺りを見回し、数度瞬きをした。
 そこは、見覚えのある孤児院だった。暖かな風が吹いて――何か別の、灰色の風景が、一瞬視界に重なる。しかし、呼び声に応えようと手を振ると、そんなことはすぐに忘れてしまった。
 孤児院の友人達に誘われて、卓を囲んで語らった。友人の表情が、手の動きが、すぐ近くにあるのに、何故か遠く感じて、ロリータは正体のわからない不安を拭おうと呟く。
「こんな日が、いつまでも続けばいいのに」
「続かないよ」
 不意に投げつけられた否定に、ロリータは肩を震わせる。
「もう、壊れてしまったんだもの」
 周囲の風景が、急激に変化する。ロリータの中を、いくつもの光景が駆け抜ける。
 ヴァンパイアに滅ぼされた孤児院、見知った顔かたちの、二度と動かない身体、取り戻せない、還れない場所。
 いつの間にか孤児院は消え去り、ロリータは焼け野原に立っていた。
「アベル……皆様、ごめんなさい!あの時のわたくしにもっと力があれば――!」
 ロリータは、地面に膝をつく。首を垂れ、許しを請う。
 死天使『サリエル』――己の真の力、真の姿。それに覚醒したのもあの頃だったけれど、彼らの危機には間に合わず、救う事はできなかった。
 君のせいだ。君のせいだよ。力があるのに、助けてはくれなかった。声がいくつも降り注ぐ。声はやがて礫となり、鞭となり、ロリータを容赦なく打ち据える。
 ロリータは自分の身体を抱きしめるようにして痛みに耐え、しかし攻撃を止めようとも、反撃しようともしない。
 これは贖罪なのだ。
「感謝しましょう、購いの機会を与えてくださったこと」
 ロリータの唇に、弱々しい笑みが浮かぶ。

 凶津・眞(半機半妖の悪魔召喚士・f23195)は、何気なく自分の手を見る。小さな、子供の手だった。
 周囲のものが急に大きくなったような感覚に困惑していたが、自分が小さくなったのだと納得する。
 ――いや、そもそも何もおかしくない。「小さくなった」って、なんだ? これが俺だ。俺の手だ。俺は――僕は、まだまだ、こどもだったじゃないか。
 学校には友達がいっぱい。近所の人もみんなやさしい。父さんと母さんもいる。昨日も楽しかった。今日も楽しい。明日もきっと、同じぐらい楽しいんだろう。
 僕にはまだむずかしいけれど、このずっと続く変わらない毎日を、幸せっていうんじゃないかって、思うんだ。
 母親に呼ばれた気がして、眞は家路を急ぐ。夕日に照らされる慣れ親しんだ道を、小走りに進み、自分の家が見えて――扉を開けて出てきた両親の姿を見て、足を止める。
 自分を心配して迎えに出てきたのかと思ったが、両親の間には、見知らぬ子供がいた。二人はその子供に愛おしげに微笑みかけ、呼びかける。
 ぱきり、何かが壊れる音がした。
 ねえ、その子はだれ? どうしてその名前でその子を呼ぶの? それは僕の名前だよ。僕はここにいるのに、父さんも母さんもどうして、その子ばかり見てるの? ねえ、どうして、どうして、僕を見てくれないの? どうして、そこには僕がいないのに、そんなに――幸せそうなの?
 揺るがないと思っていた、自分が信じていた全てが価値をなくして、足元が崩れていく。その先にあるのは、何もない、何一つ信じられない、真っ黒い明日だ。

「さあ、化け明かしなミミック…!全ては夢幻、虚空と散る!」
 知らないはずなのにどこか覚えのある声が、幻のどこかをノックする。亀裂が走り、差し込む強い光が更にそれを押し広げて、砕いていく。

 ロリータと眞が顔を上げると、そこは元の、コンクリートの倉庫であった。
 波狼・拓哉(ミミクリーサモナー・f04253)が、床にへたり込んだままの二人の表情を覗き込む。
「……さて、お二人とも大丈夫ですかね?」
 大丈夫ならお仕事に戻りましょう、と拓哉は事も無げに言った。二人と違い、その振る舞いも表情も、いつも通りだ。
 何を見たのか、拓哉は二人に尋ねなかった。
 自分たちが幻を見ている間に、彼の身には何が起きていたのか。それが気がかりで、眞はぽつりと問いかける。
「お前は……今、何を見た?」
 拓哉は眞を見遣り、その表情から気遣いを感じ取ったか、軽く笑んで見せた。
「ああ、おにーさんの場合、しあわせは何事も無い日常であり、幸福は今の俺がいないことであり、救えないと諦めたのは自分です」
 やはり事も無げに、そう続ける。
 相手の言うところの幸福は理解した。だからといって、それが止まる理由にはならない。大体、救ってほしいなどとは頼んでいない。
 何事もない日常、今の自分でない自分、そこには、今の彼が連れているミミックはいない。だから、すぐに幻の中にいるとわかって、早々に戻ってきたのだと、拓哉は語った。
「そしたらお二人が、まだ『あちら』にいたようなんで。ちょっと眩しかったでしょうけど」
 拓哉の足元で、ミミックがどこか誇らしげに跳ねた。
「ああ……眩しかった、本当に」
「えっ、そんなに?」
 眞の絞り出すような呟きに、拓哉は困惑したような声をあげる。
「ええ、本当に眩しくて。だから」
 ロリータもそれに続き、拓哉に笑みを向ける。
「――感謝します」

 さてと、と拓哉は腰に手を当てる。
「あの程度の『過去』で、現実に蔓延り続ける『狂気』を侵蝕できるわけないでしょう?」
 白衣の男が、そこにいる。ミミックが放った強い光に視界を塗り潰され、その間に、救うはずだった者たちを奪われた彼は、苛立った様子で三人を睨みつけている。
「まあいい夢は見させてもらいました。一発脳天に礼を返しましょう」
 もちろんそのつもりだと、進み出たのは眞だ。右目から放たれたレーザーが、何かを取り出そうとしていた狂科学者の腕を掠めた。白衣が焦げて、焼けるような臭いが漂う。
「死の救いは悲劇の源。死の天秤で命と釣り合う幸福は無いの」
 ロリータは歌う。病院内部に響くように、祈りが皆に届くように。そして、全てのオブリビオンを消し去りたいと、彼女は願う。
 誰かに届いたのだろう祈り、誰かが後押ししたのだろう願いが、コンクリートの倉庫に光をもたらす。そこに拓哉のミミックが放つ光が加わり、昼間よりなお明るく、室内を照らしていく。
「来たれ、知識を齎す贖罪の堕天使」
 眞は唱える。
 強い光の中で、7つの頭と14の顔、6対の翼を持つ、巨大な蛇の堕天使が、狂科学者に食らいつくのが見えた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

日向・陽葵
幻の内容:ツインテールが似合う自分の容姿、全てを認めてもらえること

うっわマジ!?密室で範囲攻撃とか鬼賢いー!?
あー、やっば……やばいなこれ……なに、…。……ああ
おれっちは知らんけど、身体が知ってるやつ

……もー。なあに、泣くほど美辞麗句がお気に召した感じ?にしては痛いんですけど、心臓
日向陽葵という個体の幸福をチョイスしたのは、正解
でもこれ、おれっち一人格が望む幸せじゃなかったのでえ……返却しちゃう!詫び首ちょーだいな!

おれっちの最大幸福はー?我が身傷一つ付かないことでぇーっす!
寝てる陽葵に意地悪するとか、ない。ないわー
傷つくのはおれっちだけがいいんよ。救うならおれっちのみを対象にしてよねっ



 誰がいるとか、何をしているとか、確かめている暇はなかった。
 倉庫の奥で赤い霧がふわりと広がって、薬の臭いがした。
「うっわマジ!?密室で範囲攻撃とか鬼賢いー!?」
 ……なんて、叫んだことは覚えているのだけど。

 あー、やっば……やばいなこれ……。
 ああ、おれっちは知らんけど、身体が知ってるやつ――。
 
 日向・陽葵(ついんてーるこんぷれっくす・f24357)――今の人格は「陽翔」であるが――は、水からあがった犬のように頭をぶるぶると振った。視界を一瞬染めた赤い霧はもう見えなかったが、自分の身体にあの薬の色や臭いが染み付いていそうで気になったのだ。
 二つに分けて括った長い髪が、揺れる。
 するとどこからか、声が聞こえた。
「その髪型、よく似合ってるね」
「髪の色は、染めてるの?とても綺麗。どこでやってもらったの?それとも自分で?」
 いつの間にか、陽翔の周囲には人が集まっている。口々に、陽翔を褒め称える。
 髪が素敵、服も素敵。可愛いね、綺麗だね。
 声を掛けられ、困惑した表情の両目から、透明な雫が溢れて、ころり、と頬を転げ落ちた。
「……もー。なあに、泣くほど美辞麗句がお気に召した感じ?」
 にしては痛いんですけど、心臓。
 陽翔は掌で頬を拭う。
 人々は陽翔の反応や表情に構う様子はない。ただ壊れた機械のように、誉め言葉を繰り返す。

 わかっている。これは、日向陽葵という個体の幸福としては、正解だ。
「でもこれ、おれっち一人格が望む幸せじゃなかったのでえ……返却しちゃう!詫び首ちょーだいな!」
 気合いを入れるように叫び、拳銃を抜いた。天に向けて一発、たぁん、と響き渡る銃声が、幻想に風穴をあける。降り注いでいた美辞麗句が聞き取れぬざわめきとなって遠ざかり、静かになった。
 目の前には、ぼろぼろの白衣を着た狂科学者が立っている。陽翔の叫びは彼の耳にも届いていたらしく、ひびの入った眼鏡の奥の目が、少し困惑したように陽翔を映していた。
「違うから返すというのなら、キミの幸福は何だい?」
 狂科学者は尋ねる。
「おれっちの最大幸福はー?我が身傷一つ付かないことでぇーっす!」
 陽翔はにっと笑う。

 この身体の中では今、陽葵が眠っているから。
 眠っている陽葵に意地悪をするなど、陽翔としては、ありえない。
(傷つくのはおれっちだけがいいんよ。救うならおれっちのみを対象にしてよねっ)
 できるものなら、だけど。
 黒髪と黒衣が、軽やかに跳ねる。汚れた白衣に迫り、拳銃を突き付ける。

 ああ、チャカじゃあ、詫び「首」は無理か。まあいいや。
「お命、貰い受けちゃう」
 銃口が、火を噴いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

星群・ヒカル
普通に両親がいる、退屈ながらも穏やかな家庭か
普通に学校に通い、ちょっと不良な友達もいて……
まぁ、幸せなんだろうし、こういうのを夢見なかったかと言われれば嘘になる
おれには穏やかな日常の記憶も、家族との記憶もないからな

だが星の目の『視力・第六感』の前では、これが現実でないことは自明の理だ
生きてる苦労より永遠の安らぎをってか
……残念だが、おれは今が幸せかどうかはわかんないが、この人生を辿ったおれに「満足」はしているぜ?
つまりてめーのやってることは、ありがた迷惑の極みって訳なんだよなぁーッ!

光の速さは例え行動が遅くなろうと、高速であることに変わりはない
【超宇宙・真眼光波動】で放つ光で敵を焼き尽くすぞ!



 地下の頑丈そうな扉を開けて、踏み込んだ。
 奥の方に光が見える。そこへ向かって進むうちに、硝子の破片か何かが靴の下で音を立て始めた。少し気になって足元を確かめようとしたとき、頭めがけて何か冷たいものをかけられた。
 薬の臭いがする。なんだこれ、と叫んだ口に、人工的な味が広がった。
 くらりと、頭を揺すられる様な感覚があった。

 星群・ヒカル(超宇宙番長・f01648)は、ぱちりと目を開く。
 視界に飛び込んできたのは白い天井で、ベッドの上に仰向けになっている事に気付く。毛布の感触が柔らかく心地よいが、いつの間に横になっていたのか、わからない。
 部屋の外から、誰かの声が聞こえる。早く起きないと学校に遅れるよと、ヒカルを呼んでいる。
 父親と、母親と、一緒に朝食の卓を囲んで、時間だと促されて、慌てて出かける。その道で、友人たちが声をかけてくる。真面目そうな学級委員、ちょっと不良っぽい、制服を着崩した男子生徒、連れ立って楽しそうにおしゃべりをしている女子生徒達。
 出会う人々を、誰一人知らないのに、知っている。家も、学校も、知らない場所なのに、知っている。人形遊びの人形か、ゲームのコマにでもなって、自分の意思と関係なく、誰かに弄ばれているような、奇妙な感覚だ。
 ヒカルの星の目――真実を導き出す目は容易く、周囲の光景を幻と見破る。
 彼には、家族の記憶はない。退屈だけど穏やかな、こんな日常を過ごした事もない。憧れた事が無いとは言わないが、それはあくまでも、夢想の類だ。彼自身の記憶に基づいていないから、それはどこか彼に馴染まず、張りぼての域を出なかったのだ。
「……残念だが、おれは今が幸せかどうかはわかんないが、この人生を辿ったおれに「満足」はしているぜ?」
 ヒカルを引きずり込む事を諦めたように、幻が色褪せていく。
「つまりてめーのやってることは、ありがた迷惑の極みって訳なんだよなぁーッ!」
 彼が声を張り上げると、薄っぺらくなった幻は、弱々しい音を立てて潰れた。
 それが、夢の終わりだった。

 そこは元の、殺風景なコンクリートの倉庫だった。片隅を照らす頼りない灯りが見えて、幻を見る前と記憶が繋がる。
 姿を現したのは、白衣姿の狂科学者だった。とはいえ、その上着は最早白衣とは言えないぐらいに血や煤で汚れている。腕と肩、脇腹に深い傷があるのがわかる。
「キミも、ボクの救いを拒むのか」
 空の試験管を投げ捨て、次の試験管を取り出しながら、彼は言った。
「いや、もう一度……ほら、ボクと一緒に、幸せに」
 ヒカルは一瞬目を閉じて、あの幻想を思い出す。
 ――悪くは、なかった。でも。
「お断りだぜ!」
 試験管を差し出す狂科学者の動きが、早回しのように見えた。いや、こちらが遅くなっているのか。
 振りかけられた薬液をぎりぎりで避け、ヒカルは叫ぶ。
「その目に焼き付けろ。これが……超宇宙番長の輝きだッ!」
 光は何よりも速い。少しばかり減らされようとも、高速であることに変わりはない!
 星写す魔眼が煌めく。魔力光波動が、ヒカルを中心に放たれる。
 倉庫の中に溢れる、恒星の輝き。それに飲み込まれる狂科学者の叫びが、聞こえた。

成功 🔵​🔵​🔴​

マオ・ブロークン
……死ぬ、ことが。救い、だ、なんて……そんな、の、ウソだ。
…………あ、あたし、は。死んで、みて、わかった、もの……
未来、が、なくなって……こんな、こころ、の、なか……未練、ばかり……
う、うう……ッ……

……ああ、生きてた、あたし、の、幻。
あたしを…………ころした、……あたしが、好き、だった、ひとと
いっしょ、に。生きて、る……

……ばか、に、しないで……、よ。
失恋、とか……騙され、た、とか……悲しい、こと……ばかり、でも
……それでも、あたしは。死にたく、なんて、なかったッ!!
こんな、幻、なんて……死、を、ばらまく、あんた、なんて!
全部、ぜんぶ!!消えて……なくなれ!
う、ううッ、わああああッ……!!



 全身をぶつけるようにして、金属の扉を開いた。
 薬の臭いと、何かが焼けたような臭いが全身を包み込む。
 薄汚れて傷だらけの白衣の男が、もう立っているのもやっとという様子で、割れた眼鏡の奥から、侵入者を睨みつけていた。
 救済への妄執そのものといえるこの狂科学者には、抗う者たちの姿は、執着に目を曇らせて、苦しい生にしがみついて、安らぎの手前で恐れて足を止める、愚かな存在に見えているのだろう。

 マオ・ブロークン(涙の海に沈む・f24917)の目の前に唐突に現れたのは、自分自身の姿だった。
 ただ、形こそ同じだが、その雰囲気は大きく違う。
 血の通った身体、瞳は夢想で輝き、頬は恋で薄紅に染まっている。
 そして彼女の傍らに、もう一人――見覚えのある姿が現れ、寄り添う。
(あたしを…………ころした、……あたしが、好き、だった、ひと)
 二人は手を取り合って、何やら言葉を交わして、笑いあっている。
 ――一緒に、生きている。
 マオの視界の中で、二人の姿が歪む。涙が、溢れる。零れる。水分を出し尽くして、体が萎んでしまうのではないかというぐらい。

 ――命を手放せば、それ以上傷つく事なんてない。その涙だって止まるだろう。
 狂科学者が囁いた。

「……ばか、に、しないで……、よ」
 マオは唇を震わせながら、紡ぐ。
「失恋、とか……騙され、た、とか……悲しい、こと……ばかり、でも」
 喉の奥から、絞り出す。
「……それでも、あたしは。死にたく、なんて、なかったッ!!」
 それが、一度死した少女の、偽らざる叫びだった。

 死は救いか否か。そんなもの、彼女にとっては、愚問なのだ。
 未来がなくなって、心には未練ばかり。心臓は止まってしまったくせに、きりきり痛んで、ぎしぎし軋む。この痛みを、うまく伝える事も、できやしない。代わりにぽろぽろ、涙が出るばかり。
 何もわかってないくせに、あたしを救うなんて言わないで。
 こんな幻も、死を振り撒くあんたも、みんなみんな消えてなくなればいい。
 涙と一緒に、何かを吐き出すように、マオは叫ぶ。するとその声に応えるように、彼女の周囲に、いくつもの影が現れた。
 それは鱗も肉もない、歪んだ骨だけの魚だった。マオの深い悲しみと嘆きの海を泳ぐそれらは、流れを遡るように身をくねらせる。
 幸福そうな生の幻は、骨魚に食い破られて霧散した。その先に、白衣の狂科学者が、何かに驚いたような顔をして佇んでいる。ひび割れた眼鏡のレンズに映った、歪んだ骨魚の姿が、たちまち増えて、大きくなって――ぐしゃり。
 骨の魚が、白衣の男の頭を咥えこむ。二匹目、三匹目と、次々にその身体に食らいつく。白衣姿が見えなくなるほど、たくさんの骨の魚に群がられ、コンクリートの倉庫に咀嚼音だけが響く。
 やがて骨魚たちは、興味をなくしたように四方八方へ泳ぎ去った。
 そこには、もう、何も残ってはいなかった。

 ――死は救いか、否か。
 それを問い、ぶつかり合った長い黄昏は、終わりを告げた。
 上ではUDC組織が、生存者の救助にあたっているだろう。

 さあ、帰ろう。
 外はもう夜、真っ暗だけれど、そこにはきっと、星が輝いている。

成功 🔵​🔵​🔴​



最終結果:成功

完成日:2020年04月08日


挿絵イラスト