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一等星の挽歌

#UDCアース #宿敵撃破

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#UDCアース
#宿敵撃破


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 星のひかりは目に映らない。
 羽搏きの音を引き連れて、少年は何をも映さぬ瞳を伏せた。散っていく黒翼の群れを、白んで掠れた視界の奥に確かに視て、彼は深く息を吐く。
 これ一つで計画に足りるとも思えぬが、一つ目的に近付くことにはなろう。そうすれば、そうすれば――。
 日暮れの風が頬を撫でる。ただ平和なばかりのこの町に、黒く影がひとつ落ちる。一番星の煌めきが、昼と夜とのあわいに揺れるのを、見えもせぬのに見上げている。
 人は、星に願いを掛けるものなのだという。
 ならば、この盲いた目に見える星があったとして。
 もしも願うなら。
 叶うなら――。


「もし都合の良い未来が叶ったら、どうする?」
 開口一番に問うたニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)は、唐突に悪いな――と笑ってみせた。
「まァ、そういう話だよ。その廃ビルの屋上から一番星を見ると、連れ去られて消えてしまう――などと、よくある都市伝説だな」
 それが都市伝説で済まなくなったから、こうしているのだが。
 場所はUDCアースの外れにある廃ビルである。夕暮れの屋上、瑠璃と紅の狭間に見える星を見上げて待っていると、何者かが現れて連れ去られてしまう。
 既に小規模ながら失踪者が出ている。廃ビルそのものは管理下に置かれているとはいえ、興味本位で立ち入る者も増えた。中には自殺志願者も含まれているのだからたちが悪い。早期に解決出来ねば、ゆくゆくは邪神の復活という騒ぎにもなるだろう。
 ――ただし。
「ちょっとした幻覚を見ることになると思う。都合の良い未来――のような、錯覚だ」
 ――誰にでも、二者択一的に得た『善さ』はあるだろうと、ニルズヘッグは言う。
 例えば一つを喪ったことで得た一つ。或いは失くさなければ手に入らなかった何か。何かを犠牲にせねば叶うはずのない理想や、己の不遇が故に得た幸福。
 そういうものを都合良く解決した未来があるとするならば。何も喪わず、全てを得て、失くしたものを取り返せるような夢があるならば。
「囚われることもあろうさ。だが無理に抜け出す必要はないよ。襲撃者は向こうからやって来るしな。ま、あまり気を抜いていると奇襲されて厄介なことになるやも分からんが」
 元より意志を強く持って相対するとしても、時に呑まれることはあるだろう。敢えて背を晒すような真似をすれば、集まってきた相手を多く屠ることも出来るかもしれないが、諸刃の剣だ。
「とまれ対処は任せる。襲撃者らを討てば、嗅ぎ付けた首魁と相対することとなろう」
 現れるのは、ほんの少年――冬寂の魔弾『ジャックポット』。盲目でありながら霊視を以て敵を屠る銃使いだ。
 視覚野に頼っていない以上、生半可なステルスや遮蔽は通用しないものとみた方が良いだろう――続けたのちに、男は一つ息を吐く。
「『冬寂』。組織で動いているとは厄介な話だが、だからといって、ここでやれることは変わらない――現れるオブリビオンを殲滅し、此度の襲撃を失敗に導くことだ。真なる世界の愛と希望のため、よろしく頼むよ」
 磊落に笑う手の内で、グリモアが禍々しく閃いた。


しばざめ
 しばざめです。
 だいぶ優柔不断な方です。

 今回は(今回も)心情中心のプレイングを頂けると喜びます。よほどのことがない限り全採用の運びです(ミスがないよう気を付けます……!)
 一章では皆様の「一番都合の良い未来」を教えて頂ければ幸いです。どう考えても現実的に不可能な両立も可能です。一番都合の良い未来なので。
 二章で猟兵を狙って現れる敵との集団戦、三章にてボス戦となります。

 プレイングの募集は随時マスターページと断章にてお知らせします。
 お目に留まりましたらよろしくお願いいたします。
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第1章 冒険 『黄昏時にひらく異界への扉の噂』

POW   :    連れ去られる条件を発生させないようにする、自分が囮になる等

SPD   :    速さを活かして効率的に聞き込みを行う等

WIZ   :    異変の情報を精査して原因を突き止める等

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 揺らぐ空の茜色が、曖昧なグラデーションを描いて紫紺に変わる。
 瑠璃色に瞬く星々は、郊外のビルからはよく見える。近いようで遠いビルの光は弱い輝きを掻き消すに至らず、幾分澄んだ空気が夜の気配を携えている。
 ――いっとう強い輝きを放つそれを一番星と呼んで、猟兵らは空を見るだろう。
 風が緩やかに温度をなくす。気付けば凪いだそれを感じることはない。夜空は気付けば見慣れた色に変わって、遠くの賑わいがにわかに距離を縮めたことに気付く者もあったかもしれない。
 視線を戻せば――。
 目の前には、求めた幸福が、今その手にある幸福が――全ての色を保ったままで、猟兵たちを手招いている。
 差し出される手を取るも、拒絶するも自由だ。どう相対しようと、いっときの幻は過ぎゆくのみだ。どう振る舞おうが誰にも知られることはない。
 ――どこかで、鳥が羽搏く音がした。
.

※プレイングの受け付けは『4/3(金)8:31~4/6(月)22:00』とさせていただきます。
臥待・夏報


まあ、在り来たりな『都合の良さ』だよね。
2012年の夏休みは何事もなく平和に過ぎていく。
僕はそのまま平凡な二学期を謳歌して、
マヤ歴が終わりを告げる冬の日に、流星が地球を割って世界の全てが終わるんだ。

――え?
何これ。

困惑しながら廃墟を進む。
兄貴たちと使用人たちの死体を蹴散らして走る。
あの子を襲う不埒な暴徒を、そのへんの鈍器で全員まとめて撲殺して、
僕よりちょっと背の高い彼女としっかり手をつなぐ。

あぁ、――いくら偏屈な僕だって、これじゃ信じざるをえないな。
全部お前の言った通りだ、暁月・眠春。

ねえ、二人で逃げよう。
こんな星から飛び出して、どこまでだって一緒に行こう。
大丈夫、絶対に僕がお前を守るから!




 都合が良いということは、得てして在り来たりだということだ。
 例えばそれは、二〇一二年八月二十一日の分岐点を違えるようなものである。あの日に起きたはずのインシデントと称される現象などなくて、普通の呼吸を続けるまま恙なく夏休みを終えて、二学期――あの頃は三期制だった――が始まる。またいつもの妄言めいた話に応じて、つかず離れず――だったのか、今はよく分からない――距離の彼女と日々を過ごすのだ。
 それで。
「――え?」
 臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)が滅ばなかった代わり、二〇一二年十二月二十一日の地球は滅んだ。
 あり得ない軌道を描いて流星が直撃した。だから多分、誰も知らなかった。夏報さえも。
 目の前に広がる滅茶苦茶になった廃墟には、見知った顔の骸がぐちゃぐちゃに折り重なっている。兄が、使用人が、かつて家だった場所に転がっている。
「何これ」
「世界のおしまいだよ」
 動揺した――けれどひどく楽しそうな声がして、夏報は隣人を見た。
 夏報より少しばかり背の高い『春ちゃん』は、こんなときでも変わらずに、ひしゃげて硝子を失った窓を指さしている。在り来たりな終末の記号である赤く染まった空には、何やらオーロラめいた天幕がかかっていて、彼女の歓びがそれに向いているらしいことは分かる。
「ほら見て、かほちゃん。フォトンベルトだよ。あれが星の欠片を呼び寄せたんだよ。それが地球にぶつかって」
 ――フォトンベルトって。
 光量子が地球に何を出来るっていうんだ。そもそも霊子的なものが見えるわけがないだろ。普通の人間なんだぞ僕たちは。ああでも普通の人間に見えるくらい手遅れになってしまったから――。
 地球は滅びるのかな。
 そうなのかもしれない。そうなのだろうな。事ここに至っては、幾ら偏屈な夏報でも信じざるを得なかった。目の前の事象以上の証明があるわけもない。『春ちゃん』を嗤った大方の人間は、証明を前に死んだけれど。
「ねえ、二人で逃げよう」
 手を強く握って、走り出す。少しだけ後ろで突っかかったような衝撃があったけれど、彼女は転ばずに済んだらしい。
 よく知る骸を蹴散らして、適当に拾った武器を右手に携え、夏報は躊躇なくそれを振るった。倫理などという秩序も混沌の前では些末なことだ。手を繋いだ彼女を狙う不埒な暴漢どもは、普段は偉そうに人倫なんぞを説く癖に、この期に及んでは理性の欠片もない目をしていた。
 それが――腹立たしくて。
 思い切り振り下ろしたら動かなくなった。
 切った張ったの大立ち回りに、『春ちゃん』はといえば、かほちゃん凄い――などと呑気な声を上げていた。いつもなら呆れるなり何なりしたはずのそれが、どうにも温もりをもって心に響くものだから、夏報は指先に力を籠める。
「こんな星から飛び出して、どこまでだって一緒に行こう」
 アルファ・ケンタウリの地球型惑星でも良い。時間の外側にいる神様に会いに行くと言い出しても、今なら夏報は呆れたりはしない。火星の川は枯れないし、牡牛座には宇宙人がいるのだ。
 だって――。
 『春ちゃん』が。
 暁月・眠春が言った通りなんだよ。
 荒廃した惑星に住まう地球型原住民を殴り殺し、絶望するほど楽しそうな声を上げる彼女の温もりを繋いで、夏報は馳せる。方法など知らない。知らないけれど、きっとこの先には地球の滅亡を見届けんとする未確認生物を乗せた飛行物体があって、拾った鈍器でそいつらを撲殺して、二人で乗り込めば良いのだと確信している。
「大丈夫、絶対に僕がお前を守るから!」
 宇宙人だろうが地球人だろうが未確認生物だろうが。
 ――『春ちゃん』を信じた『かほちゃん』を、止められやしないのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
【春嵐】

あなたの隣で星をみていた
知らぬまに魅せられ惹き込まれる

鈴鳴りの聲がきこえる
慈しむ金糸雀の彩がわらう
爪と牙を、しろい花をあかく染め上げた
みっつの罪。三度あやめたひと
ひとつきりの戀を捧げた『かみさま』

おんなじ世界でいきて欲しかった
戀した『あなた』がいきていて
しあわせに満たされてほしい
愛したあなたが陰りなくわらっている
あけのないつめたい夜も
こごえるような孤独もない
あたたかくこころを満たす

欲しかった
ほしいと希う
ふたつがかさなった“もしも”
手を伸ばして駆けて往きたい

眸に宿すのは『あなた』からの祝愛
左の小指に刻んだのはあなたの証明
思い出して否定する
そんな未来はありえない
訪れることはないとしっている


榎本・英
【春嵐】

君と一番星を見ていた筈だった
されど目の前には君と
あたたかな微笑みを携えた彼らが

この手で殺めた祖父と母
母に喰われた父
それから隣には君
皆、幸せそうに笑っているのだ

求めた幸福はただの幸せ
平凡で、退屈で、ありふれていてそれでも幸せな未来
今、その幸せが手を差し伸べているのだ

頭では理解をしている
ここで手を差し伸べている三人は
こんな顔をしないのだと
父も母も祖父も
皆、寂しそうに笑い泣き、堕ちてしまった

嗚呼。それでも私はこんな未来が欲しかった
伸ばしても、伸ばしても、手に入れる事の出来なかった未来が
今、目の前にあるのだ
その手を伸ばしかけて、隣の熱を思い出す

嗚呼。あれは偽りの幸せだ




 りんと鈴鳴る声がする。
 戀焦がれ、けれど決して交わることのないものだったが故に、奪い喰らって罪を重ねる他に永遠を果たすすべを見つけられなかった。
 何よりも望んでいた声に、蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)がはたりと瞬く。
 ふたり、一番星を見上げていたはずだった。
 知らぬうちに融けてまろぶ現実が、七結の理想を映し出している。眞白の『かみさま』が慈しむように眸を細めて、彼女を手招いたのだ。
「七結」
 金糸雀の彩。無し色に赤を零したひと。ずっとずっと会いたかった、焦がれていたひと。爪と牙を、白一輪をあかく染めたその日も嘘のように遠い。
 奪うばかりだった手を、それでも愛してくれるひと。悪鬼の想いを包んでわらうかんばせ――。
 心が満ちていく。泣きたいほどの切なさが胸の奥を掻きむしった。どこまでも戀しい白が、赤を携える前の姿をして、七結を待っている。
 ――こんどこそいっしょにいてもいいの。
 声にならない問いに、そのひとは大きく頷いた。幾度廻ってでも辿り着きたい場所が、罪を赦すように手を広げる。
「なゆ、なゆ」
 彼の隣で呼ぶのは、愛したそのひとだった。
 見たこともないような、晴れやかな貌でわらう。こっちへおいで――伸ばされる指先は、どんなにか愛しいだろう。
 それは紛れもない幸福だ。二人の真ん中に駆け寄って、白い手を絡ませて、一緒に歩んでいけるのなら――この心は、どれほどのさいわいに満たされるのだろう。
 ここには、七結の欲しかった全てがある。
 ――戀したその人に、同じ世界で生きていてほしかった。
 神と鬼ではなく。猟兵と世界の敵でもなく。何の憂いもなく、しあわせに満たされた世界で、手を伸ばして欲しかった。
 ――愛したその人に、陰りなく笑ってほしい。
 明けない夜のつめたさに打ちひしがれることも、孤独の寒さに身を抱くこともなく、互いの温もりが心をあたたかく満たす日々を生きたい。
 欲しい。
 欲しかった――。
 どうしようもなく、もう叶わない望夢。ふたつの重なった、探しても泣いても見つからない未来。
 震える指先が、歪む紫の眸が、何もかもをかなぐり捨てて駆け出そうとして――。

 榎本・英(人である・f22898)が見ているのは、何の変哲もない凡庸な未来だった。
 いつの間にか一番星は霞んでいた。隣にいたはずの彼女が目の前で笑っている。いつの間にか人々の狭間にいたそのひとは、どこにもいない彼らと共に手を伸ばしている。
 英の家族は、皆一様に幸福そうに笑う。そこには壊れ果てた家族も、血腥くて静かな『お願い』もなくて、どこまでも澄み切ったさいわいだけが満ちていた。
 いつでも家の片隅にあった、寂しげな翳はどこにもない。そのさなかに彼女が立って、家族に交わるように華の咲みを浮かべているのだ。
 気付いてみれば、英の手にペンはなかった。あかいインクも、黒いインクも、向かうべき原稿用紙もない。まだ、書くべきものがあるはずなのだけれど。
「おいで、英」
 茫然と立ち尽くす彼を招くように――。
 珍しく祖父が口を開いた。いつか初めて見た寂寞のそれではなく、柔らかな、幽かな、確かな笑顔で。
 愕然とした。
 凡庸だ。
 平凡に過ぎる。どんな陳腐な小説家ですら題材にもせぬだろう、ただの平和で恙ない家族の一瞬を切り取っただけの、写真のようなさいわいだ。
 この程度の幸福にならば、道を歩くだけでぶつかる。父母と手を繋いで笑うこども。孫に飴を買い与えて喜ぶ祖父。その裏側には疑えもせぬ確かな幸福が、こうしてあるのだろうと想起するのは簡単で、だからこそ人はこれを『平凡な家族』と呼ぶ。
 ――それが欲しかった。
 英の指先が胸元を強く握る。どこまでも変わり映えせぬ日常に、手を伸ばしたのだ。何度も足掻いた。何度も願った。多くを望むことはしなかったはずだ。ただ『ありふれた』日々を欲して、満たされぬ心の裡に衝動を飼って、こんなところにまで辿り着いて――。
 分かっている。
 家族のこんな顔を見たことなど一度だってない。彼女が家族と顔を合わせたことだって。だからこれは夢だ。都合の良い幻だ。
 だからと。
 希ったそれが目の前にあるのに、振り払うことなど――。

 不意に、伸ばしかけた指先が止まる。
 違う。
 眞白は果てた。三度殺した。最期までやさしかった眸の祝愛を受け、戀と愛を交わして、今度こそ永久に、かの神は鬼の前より消え果た。
 父は母に喰われた。母と祖父はこの手にかけた。笑っても泣いてもただ寂しさだけが満ちる顔で、終ぞ幸福に笑うことなどなく堕ちた。
 だから――これは夢だ。
 痛いほどに幸福で満たされた、偽りの。
 突然に戻って来た現実感が、冷や水のように心を打った。あんなにも甘やかに見えた幻想が急速に遠のいて、その足が味気ない屋上のコンクリートの感覚を捉える。
 叶わない。
 叶えられない。
 もうどこにもない。だから――。
 そうして、二人の視線は。
 交わるはずのない幻の中にあった二つは、互いの温度と証明を軛に本物を識る。
 甘やかなまぼろしの中にある、己が脳裏を焦がす幻想でなく――願い叶わず渇望に身を埋める現実(いま)をこそ、共に紡いでいたこと。
 伸ばす手が、目の前でわらう幸福の中へ飛び込むことはない。隣の温もりへ、今を刻む証明へ。
 ――繋ぐべき指(あい)は、此処にはない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ


焔一色の中で見上げた男を
伸べられた手を
幼過ぎ、残る筈も無いのに…
確かに、己のはじまりとして憶えている

ご都合な未来ですかぁ
一山当てて左団扇生活とか?
なぁんて茶化してちゃダメですねっ
…そんな容易く叶うものじゃあ

奪う事は瞬きの様に自然で
失くす事には慣れ切った
己を形作る自信と傲慢
命在る限り
全ては欲し、望み、思う侭

罪は此処に在り
往くべき罰は、一番星の向こう側
了承済みなのだ
失くす痛みに気付いても、尚
決して後悔はすまいと生きるが故に

では己に都合の良い未来とは?
失くさぬ事?
否、それでも俺は殺したろう
殺さぬ事?
否、それはあの日焔に巻かれたと同義

…なら
この歪な命でも
幸せに出来る、事?
そう、それが叶うなら
僕は――




 幼い記憶など、ほとんどが歯抜けだ。
 覚えてすらいないことばかりの過去の中で、ただ一つ、焔の熱をよく憶えている。

 ご都合主義の未来なら、一山当てて左団扇生活とか――などと嘯いて笑えど、クロト・ラトキエ(TTX・f00472)の本心はそこにはない。
 きっと今は真面目にやるべきだと思えども、そうして笑うのは癖か、それとも別の何かか。とまれ、闇に融ける男の双蒼は、ついと星を見上げた。
 ――そう簡単に叶わぬからこそ、人はそれを『都合が良い』と語るのだ。
 生きることとは奪うことだ。戦場に立たずとも、誰しもが何かを奪って生きている。或いは心で、或いはいのちで、或いは富で――クロトは、それが少しばかり、他の誰かより上手かっただけのこと。
 息を吸うように奪った。痛みも苦しみもなかった。常と一つも変わらぬ表情に嘘はなく、罪悪も絶望も覚えたことがない。それは呼吸であり、普遍であり、当然だった。そうすることで生きて来た彼にとって、そうせずに生きていく心地こそが知れなかったのだ。
 そうしてしまうのは、誰のためでもなく己のためだったから――。
 愛しいと思った者も例外なく、その手に掛けて来た。
 無二の友だと肩を組んだ友情だったこともあった。仄かな恋心だったこともあった。この身を救い上げ、名を渡した恩だったこともあった。その全てがクロトの手に掛かり、今はここに亡いいのちだ。
 失くすことが痛いことだと知って尚、なだらかな自信と傲慢は止まない。全てはその手が欲するままに、何よりこの心が望むが故に。何かを奪い、誰かを殺し、クロトは生きる。血に塗れた手を影に隠して――否、隠しているようなつもりさえなく、穏やかに笑って歩んでいく。背後に積み上げた骸の群れを、悲嘆と怨嗟と絶望を、振り返ることさえしないまま。
 故に罪はここに在る。クロトという名の劇毒こそが罪だ。これがいびつだというのなら、この命そのものが歪んでいる。
 罪に塗れた足取りで、目指し往くべき罰は宵の明星の遥か先。地上を遍く照らす恒星の光に灼かれ、跡形も遺らず孤独に消え果てたとて尚、彼の心に後悔などあるはずもない。
 ――あってはならない。
 そうして生きて来た。そうして生きて行く。そう知って。
 全てを受け容れ、総てを知って、望む未来があるとするならば。
 金星が瞬く。視界が歪む。まるであの日、焔に炙られ死に行くはずだった身のように。
 ――失くさぬこと。
 違う。仮令どんな未来だとて、彼の手は血に染まったろう。
 ――殺さぬこと。
 違う。それならば、始まりの日に焔に巻かれる夢を見るはずだ。
 ならば。
 ならば――。
 差し伸べられる手がある。気付けば座り込んだクロトを救うように、あの日の焔から彼を助け出したあの掌のように。
 見上げた先で、笑う二藍は当たり前のように彼を見た。さいわいを浮かべるその相貌が、どこまでもクロトを真っ直ぐに見詰めている。
 ――この歪んだいのちでも。
 ――いびつに果てるべき身でも。
 さいわいを、齎せるとするならば。
 伸べられた太陽の指先に、クロトは――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

佐那・千之助

闇の世界に陽の光と平和を齎し、数十年後
ある晴れたうららかな午后

おじいさん、お茶が入りましたよ。おじ…?
――!

昨日まで千式などと言って跳び回っていたのに
でも…幸せそうな顔
幸せにできて、看取れて
それは嘘偽り無く、私の最たる倖せ…と

笑み綻ぶ口許から、鮮血を毀す
躰中の血が氾濫する

最たる幸せを懐く心の奥底
硝子の棺に鎖した望みがあった

吸血鬼の居城で育ち
何も知らず人の血を…命を、十四年間注がれた此の罪深い身
人を助けるため生きる
なんて見苦しい仮初の罪滅ぼしを謳いながら
ずっと彼らに罰されたかった

無数の意志となり肉を破り出た血液が
トラバサミ、或いは狂い咲く花の様に牙を剥く

「…いいの?」
歓喜の泪を零し、身を委ねた




 からりと晴れた空には、今日も太陽が輝いている。
 燦然と照るひかりが、常闇を晴らして幾年が経ったろう。光の差さぬ世を知らない子供らも大人になって、彼らの成した子が走り回る声が、そこかしこから響くようになっていた。
 陽の色をした髪を目印にするには些か明るくなり過ぎた世界に、佐那・千之助(火輪・f00454)の足取りは軽やかに響く。
 盆の上に乗せた茶器は二人分。差し込む陽光をきらきらと弾くそれを覗き込む自分の顔が随分と緩んでいて、彼は僅かに苦笑する。
 ――全く、穏やかな世になったものだ。
 灯された炎は、今度こそ消えることはないだろう。守るのは千之助の役目でもあるのだけれども、今はこのさいわいに身を沈めよう。
 通い慣れた一室にひょこりと顔を覗かせて、千之助はそこにいる彼へと呼びかける。
「おじいさん、お茶が入りましたよ」
 ――応答はない。
 年老いてなお飄々と、或いは溌剌としたその人らしからぬ態度に、男の首が傾いだ。ゆるゆると歩を進め、老爺の隣へとしゃがみ込んで――。
「おじ……?」
 覗き込んだ顔が、もう息をしていないことに気付いた。
 昨日まで、一つもそんな気配はなかったのに。千式――などと言っては、笑って跳ね回っていたというのに。
 当たり前の、しかし予期せぬ別れに動揺する心の裡。それでも千之助の貌を過るのは、悲哀よりも深い確かな安堵の色だった。
 ひどく幸せそうな顔で、老人は永遠の眠りに就いていた。安らかな夢を見ているときとまるで変わりのない表情に、彼は己の為してきたことが間違いでなかったと知る。
 彼を倖せに出来て――こうして最期を看取ることが出来て。
 それこそが、千之助の求める至上の幸福だった。
 涙が零れそうに歪む。安堵と共に零れた吐息を噛み締め、淡い弧を描いた唇から――。
 はたりと、紅く雫が零れる。
 ざわつく体に瞳が揺れた。二藍のひかりが見る間に濁るのを、最早誰も見ることは叶わない。ただ独り、最愛の骸の眼前で、男の体を食い破るものがある。
 魂の奥底に隠した願い。硝子の棺で睡らせた、最初の望み。
 最上の幸福を得て、千之助の心を過ってしまった想いが、氾濫する血風となって身を抉った。
 ――このさいわいの中で、死んでしまっても良い。
 都合の良い幻は願いを汲み取った。あのひとの顔が赤く染まって見えなくなる。ああ、そのひとを汚さないで――心底の懇願は叶えられ、紅く咲いた鉄錆の香りは千之助だけを血に染める。
 体の半分を流れるのは、常闇の支配者の血。人を虐げ命を喰らうことを至上とする悪辣の血統。
 何も知らぬまま与えられた『教育』によって、千之助の身は数多のいのちと血を礎にして成っていた。
 十四年にも渡り穢れたこの身を知り、利他主義を掲げて罪滅ぼしだと笑うように喘ぎ、常闇が晴れれば赦されると仮初を謳いながら、その奥底でいつでも願っていたのは。
 罰だ。
 己の中に流れる血に。己のために流された血に。贖いの痛みを与えられたかった。
「……いいの?」
 血泡混じりに問うた掠れた声に、声なき復讐が吼える。開かれた血の刃はさながらトラバサミか、それとも咲き誇る彼岸花――。
 今度こそ零れ落ちた泪も紅く染めて。
 ――千之助の視界は、深い赫に鎖された。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント

元気よく駆け寄る少女に目を見張る
長い銀髪の、青い目の、人狼の…とっくの昔に病で死んだ妹の姿だ
だが今の顔色は良く、くたびれていない綺麗な服を着て、表情も明るい

『待って、お兄ちゃん!一緒に連れて行って、私だって猟兵なんだから』

もしも、妹の病が治って生きていてくれて、健康体である上に猟兵だったら
病で妹を失う事もなく、体の弱い彼女を一人で置いて行く心配も無くなり、
自分も今と変わらない猟兵としての活動が十分に可能で…
確かに、今の自分にとって都合が良い未来だな

そうか、と返し“妹”の頭を軽く撫でる
たとえ幻覚でもその笑顔には弱い
ああそうだ、これは幻だ
…それでも、もう少しだけこの笑顔を見ていたいと思ってしまう




 軽やかな声が誰のものだか、一瞬分からなかった。
 その声質を忘れようはずもない。記憶の底に深く焼き付いているそれを、しかし一瞬で断じられなかったのは、弾む音が知る調子と大きく異なっていたからだ。
 シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)の妹は、病で死んだ。
 それが元より不治とされる類の病だったのか、それとも正当な治療を受ければ治るものだったかは、このさい些末なことだ。貧民街における病は――或いは病弱な体質は、概ね不治とされるそれと何ら変わりがない。
 奇跡の一つでも足りないのだ。二つも三つも奇跡と呼ばれる偶然が重なって、その果てにようやく『普通の』人間と同じ権利を得られる。そんなことがそうそう起きるはずもなく、短命の宿命を背負った者らの家族に、ない金をはたいて緩やかに死を遠ざけること以外に出来ることはほとんどなかった。
 そういう場所だったから、誰も救われなかったのに。
 ――声を掛けられて振り返った先の姿に、思わず目を見張った。
「待って、お兄ちゃん!」
 溌剌とした声。駆けて来る軽やかな足。長い銀の髪も、シキに似た青い眼差しも、人狼の特徴である耳も尻尾も――正しく妹のそれであるというのに。
 みすぼらしかった服は小奇麗に整えられている。見慣れた死者に日に日に近付いていた顔色は薄紅に蒸気するほどで、どこか影を帯びていた表情は明るい。
 衛生観念などありもしない床に臥し、緩やかに近付く死の影を抱いていた頃とは、何もかもが違う。
 硬直する兄を見上げて、少女はぱっと笑った。小さな体を精一杯大きく見せるように、胸を張ってみせるのだ。
「一緒に連れて行って、私だって猟兵なんだから」
 ――シキは。
 それで、己の見ている理想の全てを悟った。
 もしも妹が病の淵から生還したら――それだけでもひどく都合が良いのに、この世界はその先までも叶えているのだ。
 もし。
 妹が健康体だったら。そのうえ猟兵にまで覚醒していたとしたら。
 彼女を蝕んでいた病などここにはないから、妹は独り死に苛まれることなく帰りを待っていてくれるだろう。否、帰りを待たせる必要さえない。体の弱い彼女を置いて、振り返りたい思いを堪えながら扉を閉めることもありやしないのだ。
 同じ猟兵だ。
 なればこそ、シキは今と変わらぬままに仕事を続けられる。小さい体で敵に立ち向かうだろう妹を、同じ戦場で守ってやることさえ出来る。
 もう、喪う必要などない。
 ――何と都合の良いことだろう。
 頭の奥底で、冷静な自分が嗤うような声がした気がする。それでも目の前にある妹の、見ていたいと願った笑顔に、シキの手は抗うことが出来ない。
「そうか」
 優しく撫でれば、妹はひどく嬉しそうに笑った。
 分かっている。
 幻だ。幻覚なのだ。妹は事実死んでしまって、シキには血縁と呼べるものすらなくなって、信じたものさえその手から零れ落ちてしまって――まして、化け物と呼ばれるようなものにさえなってしまった。身を切るような現実のうそ寒さは、確かにこれがいっときの夢想に過ぎないと理解しているのに。
 昔から――ずっと、その顔に弱い。
 もう少しだけ。もう少しで良い。甘い幻想が終わるまで、いずれ壊されて引き戻されてしまうまで、それだけで良いから、どうか。
 ――もう二度と、世界のどこにもなくなってしまった笑顔を、見ていたい。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹


俺の一番都合の良い未来ってどんなんだろ?

人生はだいたいが二者択一で、得るものがあればそれと同時に失うものがあるのが常だろう?
俺のはじまりは持ち主の死で。初めからそうだったから以降ずっと同時に望むことはなかった。
そう例え主が生きていたとしたら、それは今の俺の「姿」の否定になる。同じ姿を人間が並び立つのはおかしいだろう?
あの時のように幸せの幻を見せられたとしても、俺が俺である限り「あり得ない」と否定する。戦うために生まれたナイフは折れぬ限り、戦いがなくならない限り浸るわけにはいかないんだ。

今の俺の望みは、そのまま俺の別の望みを否定するものだから。
だからあり得ない。




 都合の良い未来。
 そんなものがないことを、黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)は承知している。
 現実はそう美しくない。都合の良い未来と言われて、一番最初に思ったのが『それはいったいどういうものなのか』という疑問だったように。
 だから、目の前で自分と瓜二つの――否、己が瓜二つなのだ――主が笑っているのだとしても、己の本体を差し出す気にはなれなかった。
 彼を扱って巨悪に立ち向かい、そうして戦っていた主は、もういない。
 当然だ。
 ――この刃がひとのかたちを取ったのは、主の死が契機だったのだから。
 初めからそういうものだったのだ。その運命を受け容れた。共に眠ることすら出来なかった身を、それでも良いと頷いた。
 だから、彼の生も、共に死すことも、理想として願うものとは遠い。最初から、望みというほどに心を焦がすものではなかったのだ。
 それでも。
 どこにもいない面影を写した。彼の心と共に戦って、同じ棺で眠りに就くはずだった。それを確かに幸福だと感じたのだから――。
 今、共に戦おうと手を差し伸べる彼が現れるのも、道理だったのかもしれない。
 道理だから何だというのだ。
 その手に本体を預け、隣に並んで己が刀を抜けば幸福だろうか。けれど、双子でもない同じ顔が二つも並んで背を預け合うなど滑稽な話だろう。それこそ荒唐無稽な、夢のようなものだ。そういう違和感を、今を生きる瑞樹は許容しない。
 ここは夢だ。夢の中だからこそ、何でも出来る。どんな無茶な願いだって叶うだろう。どれだけ捻じ曲がった、現実ではありえない望みでさえ映し出すだろう。けれどそれは、どこまでも澄んだ偽りでしかなくて、真実になるようなものではないのだ。
 どれだけ甘美であれ、どれだけ胸を締め付けるものであれ、まやかしであるのならば――瑞樹にとっては、意味のないものなのだ。
 現実は二者択一である。
 それが真理だ。如何に味気なかろうが、無情であろうが、全てを手に入れられる我儘な未来など存在しやしない。いつだって何かを選択している。一つを選べば、知らず一つが犠牲になっている。どちらをも選べるほど、この世界は優しく出来ていない。
 瑞樹はそれをよく知っている。年齢からすれば幼い顔立ちにも、或いは顕現してから重ねた年月にも見合わぬ老成した観念は、それこそヤドリガミとして堆積した日々が培ったのかもしれない。
 知っている。
 知っているから――。
「あり得ない」
 本体を握り込む。黒々とした刀身に確かな意志を映して、瑞樹の青い瞳が細められる。
 甘いのだろう幻にくれてやるのは、確かな拒絶だ。
 戦うために生まれた。敵の刃と交わる刹那に芽生えた。最初から最後まで、瑞樹は戦うために在る。なれば、この身が尽き果て折れるまで、苛烈な剣戟が止まることはない。
 こんなところで、浸っているわけにはいかないのだ。
 或いは戦いそのものがこの世からなくなって、刃が役目を失う日が来たのなら――。
 否。
 そんな日が来ないことを、戦いの中にあればこそ、彼は知っている。
「今の俺の望みは、そのまま俺の別の望みを否定するものだから」
 ――だから。
 『都合の良い未来』などというものは、瑞樹にとっては、あり得ないものなのだと。
 迸る刃が幻を切り裂いて、狭間に一番星の光を見た。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡



求めていたのはきっと、何一つ欠けることのない平穏だ

親友と、チームメイトと、友人たちと、……大切な人と
皆と過ごす穏やかな日々の中に、あの人の姿がある

ただそれだけのありふれた幸福だけを、きっと、今も求めていて

でも、ちゃんとわかってるんだよ
世界のすべてだったもの、今も唯一で代わるもののない幸福
それを支払ってしまったからこそ、今があるんだって

今、自分に許された平穏も幸福も
あの時あんたが、俺を生かしてくれたからあるもので
痛みとともに、抱えていかなくちゃいけないものだって

だから、その手は取らない

この痛みがあるからこそ気付けた想いが
大切なものが、あるから

それを、なかったことにはできない
……したくないんだ




 望んだのは、今とさして変わらぬ光景だった。
 賑やかで穏やかな日々が目の前にある。家族と呼んでも良いのかもしれない下宿先の人々は、いつものようにがやがやとじゃれ合っている。協働先というには少々気を許しすぎた彼女らが、ふざけ合うというには些か物騒な言葉を交わしている。チームメイトはめいめいに余暇を楽しげに満喫していて、親友が料理に誘って来て――。
 藤色の灯が、ころころと笑って手を差し伸べている。
 あまりにもいつもの通りの風景に、けれど鮮烈な違和は、知覚するまでもなく分かっている。
 ――あのひと。
 目の前で、自分のせいで、亡くしてしまった絶対の唯一。名前の残響を頼りに紡ぎ続けて来た水底の楽園の主。決して侵されることのない、思い出の中にしかいない、そのひと。
 眼前で消えたはずのいのちが、今も匡を苛む後悔の核にあるひとが、当然のように今の大切なものの最中に立っている。
 動揺はなかった。自分の奥底の願いを知らぬわけではない。きっと、こうして映し出される光景こそが、己にとって真実『都合の良い未来』なのだろう。
 そうだろうな、とだけ思った。
 ――匡は。
 過去を過去だと、飲み込むことを知った。ここにいない誰かを褪せぬままに留めておくのではなくて、思い出として慈しむことを覚えた。鮮烈さだけが、あのひとへの想いを抱える方法でないということを認めた。
 けれど、過去と認識することと、望みを捨てることは別なのだ。
 今だって求めている。今の大切なものを喪うことのないまま続く未来を。それを、彼女と共に過ごせることを。ありふれたさいわいを、さいわいと衒いなく呼べる日があることを。
「でも、ちゃんとわかってるんだよ」
 零れた声は、招くあのひとを真っ直ぐに見据えるままに紡がれた。
 都合の良い未来などないこと。
 今の幸福が、何物も代わることの出来ない、世界の全てだったさいわいの代償として、ここにあること。
 あの日に彼女が匡を生かす選択を取らなかったのなら、ここに彼はいない。今を得ることだってありやしなかった。ここにあるものと、かつてあったものは、決して両立などしない。
 だから、匡は。
 ――それを、痛みと共に抱えていかなくてはいけないのだと、知ったのだ。
 最初から手は伸ばさなかった。触れようと思えば触れられる距離にある、願った幸福を拒絶した。
 その夢に埋もれれば、痛みはないのだろう。苦しくもないのだろう。望んだものの中に飛び込んで、ただ細やかな幸福を噛み締めて生きる日々に、痛苦も絶望もありはしないのだろう。
 積み上げて来た骸は嘘とならずとも、彼女が生きているのなら――匡は、罪悪感を抱くこともないのだから。
 都合の良くない現実は苦しくて――そんな場所で得る幸せは痛い。
 けれど、その痛みを知ったからこそ気付いた大切なものがあったのだ。どうしようもなく呼吸の出来ない水底でなくては、水泡が受け止める太陽の光の美しさが分からなかったように。
 だから――。
「それを」
 ――なかったことにはできない、と紡ぎかけて。
 違うということに気付く。
 出来ないのではない。これは誰に強制されたものでもなくて、まして『そうでなくてはいけないから』などという強迫観念ですらない。
 伸ばすことのなかった指先で胸に触れる。確かな拍動がそこにあって、匡の眇められた焦げ茶の瞳に、強く色が灯る。
「なかったことに……したくないんだ」
 痛みは。
 苦しみは。
 狂おしいほどのさいわいは。
 ――こんなにも、ここに根付いているから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夏目・晴夜



長生きして、年老いて
唯一と結ばれて、子を成して
寿命で穏やかに死んで、しかしこの血と意志は受け継がれていく
皺は刻んでも腰は曲がりたくないですね
私は普通に老いて、家族を持って、それでもなお戦える男に
屈強な肉体を持つ、狡猾で幸せな老爺になりたい

なあんて
実に凡庸で、下らなくて、反吐が出そうな幻覚ですね!
このハレルヤにはこんな都合の良い未来なんざ必要ありません

早世すると知りながら無責任に家族を作るつもりはない
静かに穏やかに死ぬなんてつまらない
この貴重な寿命が完全に尽きてしまう前に、
見たもの全ての心に深い傷を残すような惨憺たる死を迎えてやりますよ

そうして私は死してなお在り続ける
故にハレルヤは至高なのです




 ――長生きをして、年老いていく。
 たったそれだけのことが出来ないのが、人狼と呼ばれる者らの背負った宿命だ。
 彼の歩む時間の流れからすれば、遥か未来と言って差し支えないほど先の光景を見る。
 夏目・晴夜(不夜狼・f00145)は、元より幸福な思い出の方が少ない出自だ。常闇の世界にあっては誰もがそうだったのだろう――或いは今でもそうなのだろうけれども、特別、彼が幼少期に見出す光明は少ない。
 そのうえ未来までないと来るのだから――全く笑ってしまうほど、どうしようもない。 
 目の前にいるのは老人だ。隣に同じくらいの歳の、小奇麗な老婆を連れている。にこにこと笑う彼女の隣で、老いてなおしっかりと背筋を伸ばした老爺は、晴夜自身であろうと直感した。
 どこか少年の頃の面影を残す彼は、歳を経てなお壮健だ。視線は鋭く射貫くようで、体は均整がとれている。きっと今でも鍛えているのだろう。武器を振るうくらいは労しない――それどころか、如何に巨大な敵であろうとも臆さず斃すであろう貫録がある。
 彼のはっきりとした視線の先にいるのは、楽しげに笑う一家である。
 どうやら彼の子孫らしい。どこか面影を孕んだ父と、その子供が、はしゃぎ回っては老爺を呼んでいる。
 じいちゃんはやく――。
 きゃあきゃあと上がる黄色い声に促されるように、老人は幽かに口許を緩めた。その足が迷いなく一歩を進む。朗々たる背に何らの憂いもなく、自信に満ちた姿はひどく幸福そうに、自らの孫を迎え入れるように手を広げた。
 晴夜は。
 それをじっと見届けてから、高らかに声を紡いだ。
「実に凡庸で、下らなくて、反吐が出そうな幻覚ですね!」
 笑えるくらいだ。
 受け止める相手もないまま両腕を広げた彼の前で、幸福な時間は脈々と刻まれていく。不敗の老爺も寿命には勝てず、いつか床に就いて立ち上がれなくなる。家族に囲まれ、惜しまれながらも穏やかな笑みを浮かべた彼は、己の血脈を確かにこの世に残して、最期まで幸せに満ちて逝く――。
 ああ。
 何という都合の良さだろう。
 その全てを、晴夜は否定する。
「このハレルヤにはこんな都合の良い未来なんざ必要ありません」
 早逝する。
 何をどうしたとて、その宿命が変わることはない。狼の耳を、尾を、この身に宿してしまったときから。老爺となる未来がないのなら、隣に唯一を置くことの何と無責任なことだろう。そんな風に家族を作っていっときの幸福を得たところで、彼は必ず愛したひとたちを置いて逝くのだ。
 まして、穏やかに静かに死んでいくことの、何と凡庸でつまらないことだろう。
 元より儚い命を静謐に終わらせる気などない。短くて貴重な寿命の全てを無為に使い果たしてしまうより先に、この世の粋を尽くした酸鼻な最期を味わって、世界へと爪痕を残すのだ。
 きっと誰も忘れられないだろう。決して忘れさせはしない。執念めいて凄惨な死に際は、それを目にした者の心にどこまでも深く焼き付いて、消えない傷跡になるだろう。
 それこそが、彼の信ずる最期なのだ。夜を晴らす灯りに頼り続ける少年が、己に課したことなのだ。
 高らかな宣誓は中空に融ける。幸福な未来を繰り返す幻影から空へと視線を投げ遣って、晴夜の瞳は一番星を映し出す。
 そうして――。
「私は死してなお在り続ける。故にハレルヤは至高なのです」
 ああ――そのときに、誰かが吼えるのだろうか。
 彼が最初に憶えた、その言葉を――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

穂結・神楽耶

また明日、おはようを言うために。
今日はさようなら。いい夢を見てね。

一番星が光る、夕焼けに染まる帰り道。
懐かしいわらべ歌に見送られて、みんなが家へと帰っていく。
今日は楽しかったね。
明日もきっと素敵だね。
当たり前に、そんな日々が続くことを信じられる。

…何にも損なわれないのなら。
全てがそこで得られるのなら。

きっと、ひとは幸福でいる。
だからかみさまはしあわせでいられて。
忘れ去られて消えていく日まで、
ひとのさいわいを抱きしめて笑っていられるのでしょう。

…でも、わたくしはもう知っている。
個刃のしあわせと、かみさまのさいわいは、両立しないんだってこと。
いつだって、星に手は届かないんだってこと。




 さようならは、哀しい言葉ではない。
 一番星が光れば今日の遊びはおしまい。夕焼けが地平に閉じて、藍色の夜が来る前に、さようなら。
 また明日、おはようを言おうね。だから今日は、帰ろう。
「いい夢を見てね」
 そう声を掛ければ、子供たちはかみさまに笑って手を振った。穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)もそれに応じて、小さな手をひらひらと振って見せる。
 その間にも紡ぎ続けるわらべ歌。唄わない刀が口ずさむさいわいのうた。誰が教えてくれたのかは知っているのに、どうしてもその声が思い出せない記憶の中の。その旋律に見送られながら、迎えに来た両親の間に挟まれて、子供たちの笑声が帰路に響く。
 ――今日は楽しかったね。
 子供たちは、今日は何をしていたのだっけ。きっと缶蹴りだとか、かくれんぼだとか、そんな些細な遊びだったろう。はないちもんめが高らかに響いて、だるまさんが転んだ――と誰かが叫べばぴたりと静寂が訪れて、誰かが肩を叩けば賑やかなじゃれ合いに変わる。
 どうしようもなく平穏で、どこまでも平凡な、続いていく日々のひとつだ。きっとこれから彼らは大人になっていって、ここでこうして遊んだことも、見守るかみさまがいたことも、思い出のうちの一つとなって。
 忙しない日々に埋もれていく思い出の中を、けれど――時折は思い出すのだろう。いつかの無邪気な頃に思いを馳せるようにして、集まる大人たちだっている。その目にかみさまの姿が映っているかどうかは分からないけれど、童心に帰って遊ぶ姿は微笑ましいものなのだ。
 ――明日もきっと素敵だね。
 今日が暮れていくのと同じように、明日も日が昇って、また落ちていく。おはようのためのさようなら。もう一度会うためのおやすみなさい。きっと笑い合うためのまた明日。
 いつかの未来を想起して、きっとそこに辿り着くのだということを疑わない。今日の先には明日がある。明日の先には明後日があって、そうして沢山の思い出に彩られた茜小路は、誰にとってもありふれた、掛け替えのない光景になるだろう。
 損なわれることのない、平穏なだけの日々だ。今日と明日が地続きだということを、誰もが信じているから、本当になる。
 それこそが――。
 神楽耶が見詰めるさいわいだった。
 全てが得られるのなら、ひとは幸福だろう。笑い合ってしあわせそうな顔をするひとを見守れることこそが、かみさまのしあわせで――ひとが幸福でないのなら、かみさまだって不幸なのだ。
 いつかその信仰が、緩やかに忘れられて消えていくまで。ひとというものに拠って立つかみさまが、さいわいを見守りしあわせな眠りに就く日まで。そうしてひとの幸福を抱きしめて、晴れやかに生を祝せることを――祈っている。
 ああ。
 それなのに。
 誰もいなくなった小道で、神楽耶はじっと空を見ていた。
 瑠璃と茜の狭間に取り残された、この一刃は。
 かみさまである以前に個刃で、一振りであるより前にかみさまだった。
 だから、もう痛いほど知っている。
 穂結・神楽耶のしあわせと、いつかのかみさまのさいわいが、決して両方を望んで得られるものではないということ。
 瞬く星の輝きに、一生懸命に手を伸ばしていたのはどの子だったのだっけ。届かないと知らない無邪気な姿が、微笑ましくて――どこか、物悲しくて。
 ――神楽耶が伸ばした届かぬ繊手の先で、いっとう強く輝く星が瞬いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

緋翠・華乃音


流れゆく時に身を任せて、やがて茜と瑠璃の拮抗は崩れた。

己の身体が異界に紛れる確かな感覚。
異理の血は“そういう現象”と親和性が高い。


………


……


辺りに人の息遣いは無く、場所は変わらず廃ビルの屋上
――見上げた星空だけが、神話のように美しかった。

きぃ……と、屋上へ繋がる扉が開いた。
その姿を瞳に映せば、抜いた拳銃が地に落ちて無機質な音を立てた。

「凪沙……」

異理の血で繋がった妹。
奪ってしまった右眼も意識も全てが正常。

見せたいと願った“美しい世界”は――あぁ、ここに在る。

でも――
空を流れた星は、二度とその姿を見る事は出来ない。

たとえ彼女から奪った、彼の右眼をもってしても。

………

……

瑠璃が瞬き、星が流れる。




 その身に流れる血は、世界の理を違えている。
 だからだろう。まるで己の瞳のような、瑠璃と藍紫の境界を見上げているうち、この世と決定的に違う空気を鋭敏に感じ取った。
 恐らく、この場にいる誰よりも――緋翠・華乃音(終ノ蝶・f03169)は、その身が異理の中に引き込まれたことを、はっきりと解していた。
 現実と夢のあわいに感覚が遠のく。遥か彼方の一番星が、はたりと瞬いて歪んだ。異状は刹那で、次の瞬間には詰まった呼吸のひどい息苦しさも消えている。
 場所は変わらない。
 廃ビルの屋上で、じっと星を見上げている。瑠璃の狭間は気付けば茜色を失っていて、月の穏やかな光と星々の澄んだ輝きだけが地上を照らした。清澄に張り詰めた春先の生温さが、やわやわと頬を撫でて髪を浚う。
 密やかに語り継がれる遥か過去、古びてなお錆びつかぬ神話めいた夜空が、藍瑠璃の瞳に映り込む。静謐だけが満ちた、ひと気のない幻想の世界の中に――華乃音はただ、独り立ち尽くしている。
 不意に――。
 きぃ、と錆びた音がした。
 ゆるゆると屋上に繋がる扉を開き、来訪者の足音が響く。古びたコンクリートを叩く靴音へ、流れるように抜き取った拳銃を向けんとして――。
 夜空色の瞳が、見開かれた。
 乾いた音を立てて拳銃が跳ねる。晒した隙を埋めることにさえ考えも及ばぬほどに、華乃音の心に立った波紋は、彼を強く揺さぶった。
「凪沙……」
 零れた声さえ震えを孕む。
 どうして――。
 問いを紡ごうとした唇は声を発する前に鎖される。ここは理を違えた場所だから。人々の息づくものではないから。華乃音と同じ、どこか現実を踏み外した世界だから。
 ――ゆめ。
 夢だからだ。
 妹が――目の前に立っているのは。
 同じ、異理の血で繋がれた妹。その身に流れる血脈を分かつ家族。そこにある姿と華乃音の記憶に違うことがあるとするならば、彼女が自分の意識をもってそこに立っていることと、奪われたはずの右目がはっきりと兄を見据えていること――。
 思わずといった風に、華乃音の指先が己の右目に触れようとした。
 彼女の、今そこにある眸を。
 奪ったのは、彼だ。
 妹にこそ見せたかった、ひどく美しい世界を背に負って、華乃音は愕然と立ち尽くす。二人きりの世界は独り立っていたときよりも虚しくて、侘しい。それは或いは、これが幻想であるということを知っているからだろうか。
 まぼろしをまぼろしと知って浸ることすら出来ぬ、異理の血統が故だったのかもしれないけれど。
 星が流れる。瑠璃の最中を去っていく。去来するのは全てが過去で、同じ星はもう二度と流れない。夜空に瞬く星のひとつでさえ、去り行けば潰えるばかり。
 人々にとって、きっと星とは全て同じものなのだ。
 無数の瞬きのうちの一つが流れ去ったとて、夜空に燦然と輝く星々の世界に変わりはない。神話の一行が書き替えられたとて、誰もが知ることのないように。それはただ、些末な差異でしかないのだろう。
 そうだとしても。
 あの日の流星が、今日に見えやしないのだ。消えた星の代わりはどこにもない。それが誰から見ても変わらぬ夜空の一筋でしかなかったとしても。
 同じ星を見ることは叶わない。
 たとえ、妹から奪い去った右目をもってしても――。
 それを知っていて。
 背にした夜空の流星に、瑠璃蝶の願いは――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーチェ・ムート
⚪︎

きれいな星
この場に来たのは猟兵としてか、それとも

黒い髪
あかい瞳
焦がれ続けた彼が居る

また、繋いでくれるの?
今度こそボクに名前を付けてくれるの?
彩のない檻中
その幸せを忘れたことはない

ボクを呼ぶ鮮やかな仲間
ボクが吸血鬼に堕ちても好きでいてくれる
敵対しなくていいんだ

彼と仲間と
選ばなくて済む、笑っていられる

それはなんて幸せなこと

うたって
ボクを望む声に応えよう
歌うよ、あいを
―――違う
これはあい(えにし)のうた
彼に向けるものじゃない
檻の中で歌うべきものじゃ、ない

満月に心を貰った
絆にあたたかな感情を貰った
紅の鎖は血の、
ボクが生きている証明
黒い鎖が解けゆく

だからね、
これが哀しい程の偽りだとわかってしまうんだ




 いっとうの一番星が瞬いて、紅月の眸に一筋の流星が映り込む。
 輝く夜空を探すように見上げるのは、猟兵としての使命を帯びた心が故か、それとももっと別の理由を奥底に隠してか。ルーチェ・ムート(无色透鳴のラフォリア・f10134)の目は祈るように閉じた。
 ふるりと瞼を震わせる。謡うように紡ぐ心に応じるかの如く、まぼろしは確かな形を紡いだ。
 ――まず視界に灯るのは、忘れもせぬ黒い髪。
 ルーチェとよく似た赤い瞳が瞬いて、差し伸べられた手が狂おしいほど懐かしい。
 焦がれ続けたそのひとがいる。謡う駒鳥を鳥籠へと入れて、そのさいわいを教えたひと。思わず唇が緩んだのは、招く手が黒い鎖を差し出したから。
 ――鳥は。
 生まれて初めて見たものを、親だと思い込むのだという。
「今度こそボクに名前を付けてくれるの?」
 期待に満ちた声に、望むのならそうしようと笑いいらえる声がある。心底の倖せを噛み締めて、ルーチェの指先がそのひとへと伸びる。
 けれど。
 その手を取ってしまったら、飛べぬ駒鳥は墜ちると確信していた。だからこそ、不意に冷えた心地がせり上がる。
 こころに紡いだえにしの全てが、掛け替えのないものが、この手を離れて刺すような視線で彼女を見るのではないか。いつの間にか同じだけの質量を持った天秤の片方を、棄てなくてはいけないのではないか――。
 まごつくルーチェの背を押すように、彼女を呼ぶ声がする。
 振り返れば、見知った顔が笑っていた。恩人の弟、彼女の家族。ホテルの主。緑の騎士も、ちいさな少女も。ひらりと舞ってその手を導くのは瑠璃の蝶。それでも足踏みした彼女を、蒼い眼差しがじっと見据えて、柔らかく笑って頷いた。
 ――選ばなくて良い。
 ここにあるさいわいも、彼と紡ぐ倖せも、どちらも手にしていて良いのだ。彼らはいつまでも自分の味方で、決して武器を向けることなどなくて、たとえどこまで墜ちても受け容れてくれるのだろう。
 白いヴェールがひらりと揺れて、娘を祝福するようだった。それはまるで、幸福を紡ぐ密やかな式に似る。いつでも会える。いつだって、ここに繋がれたって――。
 かしゃりと冷たい音がして、娘は再び繋がれた。失墜した鳥に翼は要らない。奏でる歌を聴く楽園の主は、向き直った先に立つひとりだけ。
「うたって」
 じっと見据える紅月が謡うあいを、焦がれたひとが望むから。
 頷いて、息を吸って――はっと目を見開く。
 思い浮かぶ旋律の全てが娘を引き留めた。それは全て、そのひとがいなくなった後に知ったもの。紡いだあい(えにし)を歌う歓びの歌。ただひとり、彼のためだけに謡った箱庭の歌は、どうしても口を衝かない。
 だから。
 流れ込む全てが、駒鳥をルーチェへと引き戻す。
 十六夜を満たす月に、どこまでも無垢な心をもらった。その優しさが不意に鮮明に押し寄せて、彼女の瞳は黒い鎖を見遣る。
 繋いだ絆が温もりをくれた。差し伸べられる手は沢山あって、不安に震える体を優しく温める想いをもらった。灰色の檻ばかりを見ていたあの頃より、世界は彩に満ちたのだ。
 紡いだ紅の鎖はいのちの色。ルーチェが今も、この世界で生きている、その証――。
 愛色をした偽りの夢が終わる。醒めていく世界は、どこまでも哀のいろをした。
 彼の手から零れ落ちた鎖が、融けて消える。それをじっと見送って、娘はそっと目を伏せた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
一番星。宵の明星。金星。祖母ちゃんにはいろいろ教わった。
まだ小っちぇえ頃は、祖母ちゃんは勿論、親父とおふくろともよく見上げた。
……二人も、遠い空のどっかでこの星の下にいるんかな。

親父とおふくろはもう死んだのかもしれねえ。祖母ちゃんだって、いつかおれを置いて居なくなる。
都合のいいユメ。家族四人が元気でいついつまでも幸福でいられる。ささやかでありきたりだけど、おれにとってはまさに夢のようで。
叶うのならば、叶ってほしいと願わずにはいられない。

だけど。
祖母ちゃんは言っていた。
「忘却。誰の記憶からも消える。それこそが、人にとっての本当の死だよ」って。

だからまだ、忘れられない。どんなに悲しくても。




 一番星の呼び方を、沢山知っている。
 穏やかな祖母の声はいつでも数多を教えてくれた。宵の明星、金星。明けの明星とされるものと同じ惑星、地球の姉妹――。
 ならばここは金星で、あそこで煌めくのは地球だろうか。
 鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)の両隣には、父と母がいた。同じ星を見上げて、天体に詳しい母が指をさしながら星を語る。いつか旅先を語ったのと同じように、楽しげに――まるで、絵本を読むように。
 隣の父が穏やかに相槌を打っている。祖母はいつもの笑みで二人を見詰めて、時折嵐の方を見てはゆるゆると目許を和ませた。嵐が彼女を見ていると気付くと、何でもなかったように視線が空へと戻されるのだ。
 ――小さい頃に、そうしていたような。
 都合の良い夢が嵐の隣に在る。家族四人が息災でいて、誰一人欠けることなく、いつまでも続くさいわいの夢。
 幼い頃に父も母もいなくなって、身寄りのなくなった彼を祖母が育ててくれた。ともすれば両親はもうこの世のどこにもいないのかもしれない――それを悟ったのがいつで、飲み干したのがいつだったかも、よく分からない。
 祖母の時間は無限でないということを知ったのはいつだっただろう。遠い出来事のように思っていたそれが、嵐が思うほど遠くにないことを知ったのは。
 人はいつか死ぬ。地球にある生命体である限り、それは避けようのない別離だ。命の摂理は残酷なほどに平等で、願っても祈っても変わりはしない。まるでその日に全てへ別れを告げるのが、決まりきった宿命だとでもいうようだ。
 だから、もしもこうして幸福が叶い続ける未来があるとするならば、それは金星にあるのだろう。地球の理とは違う場所。地球にそっくりで、けれど決定的に違うところ。
 叶うならば。
 願って手に入るならば、きっと必死に祈るだろう倖せ。永遠に続けと願った刻が、針を止めてここにある未来。それがあるのが金星で、この場所が地球でなくたって、嵐の心にはどうしようもなく、ここにいたいと湧き上がる思いがあった。
 息を吐いた彼の耳に、不意に声が届く。
「忘却」
 ――それは、隣で星を眺める祖母の言葉ではなかった。
 嵐の心の裡側から響く、かつて語った穏やかな声だ。死というものを知っているようで知らなかった孫へ、諭すように語り掛ける親しんだ口調。
 青いリボンにそっと触れる。祖母からの贈り物は、いつだって、今は離れている彼女の輪郭を鮮明にする。そうすれば、忘れもせぬ言葉が、より深い心の底に浸み込むようだった。
「誰の記憶からも消える。それこそが、人にとっての本当の死だよ」
 ――そうだ。
 だからこそ忘れるわけにはいかないのだ。二人がここにいたことも、今はここにいないことも。祖母がいつか逝ってしまうという事実も――嵐が独り、遺されてしまう未来があることも。
 それを忘れて安寧に身を浸したときに、彼の愛した人たちは皆、死んでしまう。誰の心にもなくなって、遺した思い出ごと排斥されてしまったら、今度こそ彼らの居場所はどこにもなくなってしまうのだ。
 だから。
 どんなに悲痛な痛みが胸を裂いても、どんな空虚が胸を抉ろうとも――。
 嵐は、現実を忘れられない。まだ、忘れてはならない。
 現実とのあわいに揺らぐ幸福な景色の最中には、宵の明星だけがいっとう眩しく瞬いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャルロット・クリスティア


何度も、夢に見た光景だった。
父も、母も、まるで姉弟みたいに育った隣の家のあの子も、よく果物を分けてくれたおばさんも。
近くを通れば笑顔で手を振って、他愛のないことを喋っていく。
畑の様子がどうだとか、今日はなにが獲れたとか。
吸血鬼の影におびえることも無い、ただ穏やかな日常。

……願ってやまなかった光景が、私の心を抉っていく。
叶うことなどありえない。
いや、それ以上に……もう、私には望む資格も無い。
私は血で汚れ過ぎたから。もう、戻れませんよ。

だから、お願いです。呼び留めないでください。
立ち止まりたくなってしまう。望みたくなってしまう。

……でも、私は、戦い続けないといけないから。




 土の感覚が足に伝わる。
 懐かしい――とも、慣れたものだ――とも思った。舗装されていない、けれど人の往来が踏み固めた確かな道。文明水準のひどく低い生まれ故郷では、人の通る場所はこうして暗黙の裡に生まれるものだったのだ。
 常闇のはずのそこに差し込む確かな光に照らされて、シャルロット・クリスティア(彷徨える弾の行方・f00330)の金色の髪がきらきらと輝く。
 晴れ渡る空の下にあって、彼女の紺碧の瞳は地を捉えていた。忘れようはずもない故郷の出口を探して、さして広くもない中を歩いているのに、一向に望んだ場所へ辿り着かない。
 ――自分を呼ぶ声がしている。
 忘れようはずもないその姿を目に入れないようにしていたのに、一度上げてしまった顔は、もう伏せられなかった。
 そこにあったのは、平穏だ。
 父が呼んでいる。母が笑っている。吸血鬼に立ち向かうには全く足りない、しかし精一杯の武装などしていない。手にあるのは鍬で、後方に広がるのは青々と茂る畑だ。
 弟のように育った隣家の少年が、両親の足元で跳ねている。シャルロットに気付けば楽しげに手を振って、一緒に遊ぼう――と衒いのない大声を上げる。
 たった一人を養うことすら難しかったのに、いつだって足りなかった食料――それも果物を分け与えてくれた優しい女性は、彼女のよく知る笑顔で、今度もまた袋を差し出していた。
「よく採れたから、持って行きなよ」
 ――横目にも見て取れる、大きな袋に溢れんばかりの彩は、絶対に故郷では見られないものだったのに。
 それでもシャルロットは足を止めない。見知った人々の忘れもせぬ相貌が、何の憂いもなく笑う中を掻き分けて、必死に足を動かし続ける。まざまざと見せつけられる幸福の中にあるのに、その胸に去来するのは抉るような痛みだけだ。
 いつだって腹が減っていた。
 人々が笑う顔には怯えの影が潜んでいて、今にも理不尽な死が迫るのを、誰しもが振り払うようだった。
 少ない収穫を分け合って、光の差さない世界にどうにか光を見出して、誰もが逃れようもない重圧から逃げ出そうとしていて――。
 ――失敗して。
 全ては血に沈んだ。
 もう何も遺っていないのだ。常闇が晴れたとしても、吸血鬼の全てが滅されたとしても、あの世界にシャルロットの故郷はない。叶うはずのない理想を見せつけられて、そうと知っているからこそ、呼吸も危ういほどの痛みが胸を締め付ける。
 もし――叶うとしても。
 シャルロットには、もう資格がない。
 このさいわいの中で笑っていられるような少女ではなくなってしまった。年頃の娘を押し殺して、いかなるときも冷静に敵を討ち、その手を赤く染め上げて来た。敵へと向ける冷えた瞳の奥にどうしようもなく在る弱さを、あってはならぬと押さえつけて、押さえつけて――。
 ああ、でも。
 ――こんな風に見せられてしまったら。
「シャル!」
 その声に応えたくなってしまう。足を止めて振り返って、駆け寄って来るだろうあの子を抱きとめて、父と母の呼ぶ声に手を伸ばして、あの頃のように――あの頃より、ずっと嬉しそうに笑って――。
 鉛のように重くなる足を、それでも引きずるようにして前に出す。幾度も幾度も自分に語り掛けた。この幸福はあり得ないのだと、もう望む資格さえないのだと、軋む胸元を握り締めてでも押さえ込んで。
「……でも、私は」
 ――戦い続けなければ、いけないのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

波狼・拓哉
○◇

それは変わり映えのしない空。特に変哲もない街。そして狂気があふれ出ないそんな日常。
誰もが理不尽に命を奪われることもなく、何事も都合よく片付くそんな世界。

…そうなれたかもしれない、知らないままでいれば闇の部分をみることはなかったしそのまま一生を終えてたかもしれない。けど、俺はそれを否定して今を生きてるんだ。過去も未来も全てを否定し歪んでるけど俺は今を証明し続けるものなのさ。
…なんてそれぽくいいますがおにーさん自身はそうであるといいなくらいなんですよね。まあ、今の自分が存在しないのが一番都合の良い未来であるってのは理解してますがね。

さてまあ、最初から夢幻と分かってるんです。楽しくいきましょう?




 それは雑踏だった。
 見上げた空が青々としている。時折過る白い雲が太陽を隠し、風が流れてまた晴れ間が姿を見せる。
 気付けば、波狼・拓哉(ミミクリーサモナー・f04253)は往来にいた。
 眼前を流れていく人々の群れには、知った顔がいたような気もする。けれど全て風景に滲んで、当たり前の有象無象に紛れていく。横断歩道に備え付けられた信号が青に変わって、一斉に動き出す人波が揺らめいて、とりとめのない会話が耳を流れる。交番の古びた看板には昨日の交通事故件数が貼り出されていて、どうやら犠牲者は出なかったらしい。街頭のモニタに映ったニュース番組は昨日とさして変わりのない見出しを並べていて、コメンテーターは今日も何かに憤慨している。
 いつも通りだ。
 街に滲み出す狂気などどこにもない。超常現象はテレビの向こうの出来事だ。たまに夜空を駆ける怪光が、人々の口に乗る程度。そこに怪異に攫われる命はないし、理不尽に潰える魂もない。何もかもが都合よく処理されて、当たり前はどこまでも当たり前のまま、精々がスマートフォンの中にある細やかな怪談に笑って怯えるだけの――。
 拓哉がかつて生きていた日常が、そこにあった。
 ――もしかしたら、そうなれたのかもしれないと、思うことがないではない。
 この世界に生きる大抵の人間は何も知らないはずだ。かつての拓哉と同じように。狂気に呑まれて己が瓦解していくような感覚も、決して目にしてはならないものが溢れ返った闇の中も、足を踏み外したら引き返せない領域も――肌が触れるほど近くにあって、けれど宇宙の果てよりも遠く交わらないものであるはずだった。
 だとして――。
 拓哉はもう、それを否定したのだけれど。
 崩れ去っていく日々の内側から、滲み出す深淵が心を蝕んでいく感覚がある。慣れたそこにこそ今の彼が生きている。
 ――貴重な日常を消費していた過去も。
 ――そういう日々に浸る未来も。
 否定して、否定して、歪んだいのちで、拓哉は己の今を証明し続けているのだ。
「……なんて」
 それらしい御託を並べはするけれど、結局のところは願望に過ぎない話だ。この生き方が証明となるなら、そうあれれば良いというだけのこと。斬り裂かれ蹂躙された正気の片鱗を、傍にある箱型の化け物をよすがに繋ぐ彼にとって、今の己が己であり続ける証明ほどに難しいことはない。
 それに――。
 きっと、『一番都合の良い未来』など、見られないのだ。
 最良の未来に拓哉の存在があってはならない。そこに今の己はどこにもいない。拓哉が拓哉として息をしている限り――或いは、この幻覚が彼の主観に齎されるものである限り、彼にとっての最良は訪れることがない。
 まあ――。
 たとえ現実だったとして、そんなものが叶うわけはないのだけれど。
「さてまあ、最初から夢幻と分かってるんです」
 にたりと裂けるように吊り上がる口許が、不穏な弧を描く。かたかたと揺れる深淵の箱が呼んでいる。拓哉を、あの狂気の淵へ。
 ならば、もう。
 やることは――決まっている。
「――楽しくいきましょう?」

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
願ったのは、唯普通の――

彼女が、あの男が、生きて此の世に在る
愛しいもの総てが変わらず其処に在り、国は滅びず炎に潰える事は無い

或いは
共に生きると誓った竜と共に齢を重ね
何時か訪れるずっと先の死別の時に、倖せだったと笑い伝えられる未来

或いは――其の両方を手にした世界

否、違う
今の私に1番都合の良い未来
其れは「総ての者達から私の記憶が消えた世界」
そう成れば、辛い思いをさせる事も無く
此の身が潰えた処で悲しむ者も無い
誰にどんな疵すら遺す事も無いまま終わる事が出来るだろう

――解っている。そんな都合の良い未来など無い事位
総てを喪い、大切な者を傷付け続けていながら……
其れでも其の時間が、今私の生きるべき世界なのだ




 大きな掌が肩を叩く。
 長躯を以て尚も届かぬ上背の男が、笑って前を往く。背負う身の丈にも及ぶ大太刀の重量などありもしないとでもいうように、その足は軽やかだ。
 いつもの調子に思わずと顔を顰めれば、小さく笑う声がする。口許を抑えて控えめに笑声を漏らす淑やかな女性は、ほんの少しだけ申し訳なさそうに、けれど愛おしそうに目許を和ませる。
 城下に響く人々の声は今日も豊かだ。父母の屋敷に出入りする者らの足取りは穏やかで、駆け回る子供らを追い回す親の苦労は遠目にも忍ばれた。
 そうして送る穏やかな日々の涯、深く皺の刻まれた指先を、隣に在る見慣れた姿へ伸ばす。
 揺れる尾。広がる翼。過ごした日々の始まりよりは幾分か老いて、けれど己より遥かに若い姿。いつものように笑って己を見送るその顔へ、心底からの笑みで、小さく声を零す。
 ――倖せだった。
 そのどれもが、鷲生・嵯泉(烈志・f05845)の眼前にはない。
 願ったのは平穏だった。炎に巻かれて灰と消えた故郷の、愛した総て。或いは共に生きると誓った竜に添うて迎える、衒いのない最期。その身と命を削り、己の未来に幸福はないと律し断じて、砕けた過去を伽藍堂に詰めて生きて来た。今もって尚その手にあるものを確かめきれぬ身で、願ったのはただ、当たり前に続いたかもしれない未来の一片だった。
 ――それでも。
 望むものと都合の良いものは、違う。
 道を往く嵯泉の横を、知った顔が通り抜けていく。よく知ったようなやり取りでじゃれ合いながら歩く彼らの中に、誰一人として嵯泉に目を遣る者はない。
 当然だ。
 彼らには、嵯泉と過ごした日々の記憶はない。
 誰一人として憶えていない。この歩みを止める者も、止めねばならない理由すらも、何もかもが失われた。知らぬのだから辛い思いをさせることはない。誰しもが彼の死を悲しむこともない。痛みも苦しみも遺すことなく、その身は独り潰え、或いは命を削り切って消えるだけだ。
 どこにもないものが、どこにもなくなるだけ。
 そう在れば良い。そう在るべきだと己に課して来たはずだった。人と関わることをせずとも、護ることは出来る。戦うすべさえ手にあれば。腰に佩いた二刀が、懐に秘した一振りが、燃え焦げて元の形も分からぬ武器飾りと、青く歪んだ一欠片があれば。
 枷にも楔にも軛にもならずに、命を繋ぐことに感謝の声を零されることもなく、紡いだものなど何もない。戦うことしか出来ない身で、二度と繰り返さないでくれと託された願いを叶えて、奈落の底へ墜ちるのみ――。
 ――足を止める。
 胸元に触れれば、指先は知った形を探り当てた。尽きようとしていた命を繋いだ小さな木札と、約束を紡いだ一箱。
 奥歯を鳴るほどに噛み締めて、嵯泉は細く息を吐いた。
 忘れ去られて潰えることが、叶わぬ夢に過ぎないと知っている。一度刻んでしまった記憶は、零れ落ちたとしても消えはしないことも。紡いでしまった言葉が、思いが、失われることなどないことも。
 愛した総ては灰と消えた。隣に在る大切な者には傷を作ることしか出来ない。
 何もかもが都合の良いそれとかけ離れている。そうして繋ぎ止められ続けている限り、嵯泉は己が死を選ぶことを許せない。一度選んでしまった道を、己の意志を、間違っていたと翻して棄てることなど出来ない。
 ――彼が生きるべき世界には、嵯泉を呼ぶ数多の声が在り続けるのだから。
 眸を伏せる。深く息を吸う。
 開いた柘榴の色に、瞬くのは――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

イフ・プリューシュ

ね、カトレア
イフの見たい未来って、どんなのかしら
未来の事って、今まで考えたこと、あんまりなかったの
だって、死んだイフに未来なんてないのだって信じていたから

辺りが見覚えのあるお庭に
ここは…イフのお庭ね
記憶の中の『あの人』がお茶を飲んでいるわ
「わすれてしまっていて、ごめんなさい」
「もらったカトレアもとっても大事にしているわ」
謝るイフをいつもみたいに
あたたかい大きな手で撫でてくれるの
あの人が触れるイフも、亡骸じゃない、ぬくもりのある体

あの人と一緒に
いまの大切な人たちがお茶を飲んでいるの
みんなでお茶会をして、甘いお菓子を食べて
たくさんおしゃべりするの
みんな、ずっと一緒

ああ…とても、しあわせなゆめ、ね




「ね、カトレア。イフの見たい未来って、どんなのかしら」
 さやさやと少女の声が揺れる。翳した最初のおともだちが、一番星のひかりを遮っている。
 零れんばかりの桃色の眸が瞬いた。大切なひと以外の全てが未だ『おともだち』と同じものに見えてしまう彼女の、死した体温が夜風に揺れる。
 問いかけた先のおともだちは応えない。それをちいさな手でぎゅうと抱きしめて、イフ・プリューシュ(Myosotis・f25344)は首を傾げた。
 未来のことなど、あまり考えたことがなかった。
 時計の針を止めてしまった体に、それは不釣り合いなものだったから。生前のほとんどが――自分さえも欠落してしまった彼女にとってみれば、その先を想像するのは余計に難しかった。
 何が見えるのかも纏まらない。ひとつひとつの幸福は、想起してみようと思えば脳裏に浮かぶのに、それらが全てひとつになったかたちを思い描くのは難しい。
 それでも、今ここにてやるべきは、幻想の世界に迷い込むことだった。
 一番星をじっと見詰めていたはずが――不意に襲う目眩に、ふるりと瞼を閉じる。現実が不意に遠のいて、古びたコンクリートの堅い感触がにわかに眩んでいく。転ばぬようにと足に力を込めて――。
 吸い込んだ春先の夜気の感覚が、不意に鮮やかな花の香りに書き換わって、少女は大きく目を開く。
 整えられた庭木。四季折々の花が咲き乱れる花壇。間違えることなどあり得ない、死体人形の少女の、華降る硝子細工の箱庭だ。
 先客――或いは来客は、イフに気付いて顔を上げる。めいめいの反応を見せるのは、紅茶を嗜むいつもの仲間と、それから。
 掠れた記憶の中にある――あのひと。
 震える唇が声を上げたつもりで、掠れた吐息になった。だから次は駆け寄って、腕に抱いたカトレアを抱きしめて、あのひとの顔を見る。
 息を吸う。
 ひゅ、と喉が鳴った。
「わすれてしまっていて、ごめんなさい」
 頭を下げて、目をぎゅっと瞑って。
 イフはただ謝った。
 つい最近まで思い出せなかったのだ。こんなにも大切なひとがいたこと。その掌を、いつだって望んでいたことも。
 でも、と言わんばかり、イフは顔を上げる。唇が綻んで、大切な一番最初のおともだちを掲げるように見せる。
「もらったカトレアもとっても大事にしているわ」
 少女がそう言えば、大きな掌がいつもそうしていたように伸びてきて、彼女の頭を優しく撫でた。思わず緩む目許に上気するような感覚があって、イフは己の体に血が巡っていたことに気付く。
 座っていた仲間たちの間に、いつの間にか一つ空席が出来ていた。用意されているのは少女の分の紅茶だ。甘い菓子が並んで、そのうちの幾つかが、彼女の席へと置かれていく。
 ――座って、お喋りをしよう。
 あのひとがいる庭で。みんながいる場所で。沢山に囲まれて、華の香りを愛でて、終わらぬ時間が箱庭の中に閉じていく。
 イフの眸が揺らいだのは、どうしてだっただろう。現実でないからか、それとも願いが叶ったからか――。
 どちらであっても。
 零れた吐息は、泣きそうに揺らいでいたのだ。
 ああ――。
 これはなんて、しあわせなゆめなのだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ネグル・ギュネス
【彗星】.有り得ぬ夢が目の前にあった

あの人を斬らずに済んだ未来
見捨てずに在りし光景

相棒が居て、端役がいて、仲間が彼女がいて
そして、明るい笑顔で、此方を見ている聖女がいて

ああ、なんて優しい──だが、 違 う

夢を否定する自分を、幻影は驚いて見るだろう
だが、都合の良い夢など有り得ない

ありは、しないんだよ──すまないな

きっと君は、寂しげに笑いながら受け入れてくれるんだろう
夢は夢で、醒めなきゃならないんだってさ

夢を切り捨て、背中を向けて
亡霊が残した言葉を背中に受ける

ああ、気をつける
いってきます、…また、いつか

済まない、待たせた、鎧坂さん
さあ、行こう

俺にまた、こんな幸福を見せた敵に、地獄の鉄槌を下す為に。


鎧坂・灯理
【彗星】
都合の良い未来、ね
ふん、なるほど ならばこの景色も納得がいくというもの
私にはそのままの…UDCアースの夜が見える
隣の彼を含む、猟兵が集まっている様子が見える

当然だ 私にとっては「今」こそが「都合の良い未来」だ
失敗作でスペア、飽食の時代にゴミを漁り野良猫を襲い、
何もかもに怯えてたガキが、つがいを、家族を得て
友人や同類を見つけ、信頼や敬意なんてものも向けられて…

幸せなんだ 毎日、怖いくらいに
これ以上の幸せなんて、私には「思いつかない」
だから…幻なんて見えないのさ

おかえりなさい、ネグル殿 ええ、参りましょう
あなたの覚悟を侮辱したものを、海の底の底まで沈めてやりましょう




 見えるのは代わり映えのない光景だ。
 四人で一人のつがいが、ぴょんぴょんと跳ねる娘と共に、星が綺麗だと呼んでいる。よく一緒に料理をしている兄と友人らがやいのやいのと声を交わすのを、剣豪の隻眼が見守る。今も隣にいる機人が流星を探して、自称端役がそれに付き合えば、兄から解放されたらしい凪の海がすぐに夜空を指さした。星見水晶が白い息を吐く隣で、魔弾の娘がチョコレートを手に、瞳へ瞬きを映し込む。巨躯の竜は相変わらず何を考えているのか分からない顔をして、皆に倣って空を見ている。話は一段落したのだろう、一歩を引いた焔の太刀が目に映すのは、夜空ではなくそこにある人々のさいわいだ。
 ――それは、鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)の日常だった。
 つがいがいる。家族がいる。友がいる。呼べば応える声があって、彼女を呼ぶ声もあって、灯理は灯理という唯一人であり続けられる。
 スペアでも、失敗作でもない。いつか殺されるためだけに生きているわけでもない。もう路地裏の泥水を啜る必要はなくて、大量に廃棄される食糧をゴミの山から漁る理由もなくて、野良猫を襲い傷だらけになりながら生きなくて良い。
 温もりがある。幸せになりたいと、ただ子供じみた切実な願いを抱いて足掻いた頃に夢想した日々は、もう叶ってしまったのだ。
 これ以上の幸福が、もう思い付かない。
 無尽蔵の想像力の敗北だった。現実を捻じ曲げるほどの意志が、唯一掲げる白旗だった。清々しいほどに敗けてしまったから、灯理の唇に浮かぶのは笑みばかりだ。
 今を流れる時間こそが、紛れもない『最良』だ。
 だから、幻影など見えない。
 冷えたコンクリートを踵で打ち鳴らす。それだけで消えたまぼろしは、しかし灯理の脳裏に深く刻まれた覚悟と意志を、より強く塗り固めた。

 業火と鉄錆に彩られた最期は、どこにもなかった。
 ちいさな掌の感触に、ネグル・ギュネス(Phantom exist・f00099)は俄かに我を取り戻す。ここにあるはずのない、慣れ親しんだ愛しい温度が目の前で羽搏き笑うのに、紫紺の眸がはたりと瞬いた。
 相棒の焦げ茶色の目が彼を見ている。端役と自称してやまない少年は、何やら己の義手を叩いていた。新しいプログラムでも考えているのだろうか。その周囲の友人たちも、めいめい幸福そうな顔で笑っている。
 彼らを眺めやっていた眸が――。
 いつかネグルが焦がれた、愛した双眸が。
 今に愛する妖精の囁きに応じて、彼を見る。
 在りし日の聖女は、記憶に焼き付いた通りの顔で笑った。いつまでも続くと無根拠に信じていた、あの日と同じように。
 どこまでも優しい未来が目の前にあることに、呆然として。
 けれど。
「違う」
 驚いた顔で、幻影が動きを止める。
 都合の良い未来などない。そうあれと願ったことはあっても。全てを飲み干し、その痛みをも承知で、ネグルは刀に手を掛ける。
 助けること叶わず見殺しにした。この手で斬り裂き引導を渡した。
 そして今――抜き放った刀身にて、三度目の死を。
「──すまないな」
「謝らないで」
 ほんの少しだけ寂しそうに、けれど確かな声を紡いで、聖女は周囲を見渡す。彼女を取り囲んでいる、今の彼の幸福を確かめるように。
 噛み締めて――胸元で、拳を握る。
「ネグルは、ネグルのしあわせのために生きてね」
 何度だって繰り返す言葉を受け取った。奥歯が鳴るのを穏やかな笑みに隠して、雷を纏う斬撃が空間を斬り裂いた。
 彼女らが融けてしまうより先に、男は踵を返した。その背に掛けられる声は掠んで、今にも消えそうに響く。
「気を付けてね」
「ああ、気をつける」
「――いってらっしゃい」
「いってきます」
 足を。
 ――止めそうになって、首を横に振る。
「……また、いつか」

 かつり、二つの足がコンクリートを叩く。
 隣の機人の紫紺が、はっきりとこちらを見るのを、灯理は会心の笑みで出迎えた。廃ビルの屋上、ところどころに亀裂の入った床の冷えた感触に、一番星がきらきらと瞬いている。
「おかえりなさい、ネグル殿」
 元より幻覚の中に引きずり込まれることすらなかった隻眼は、此度の相棒の帰還を歓迎するように、ほんの軽く腕を広げた。親愛の仕草に頷く男の眸には、共に戦う探偵の推理通り、確かな意志の色が宿っている。
「済まない、待たせた、鎧坂さん」
「いいえ。ご無事で何よりです」
 踵を返すのは同時。視線を噛み合わせるのは一瞬。不敵な笑みには引き結んだ唇が目礼を返し、二人は願いの星に背を向ける。
「さあ、行こう」
「ええ、参りましょう」
 ――愛しい者をこの手で絶った、その覚悟を踏み躙る怨敵を、海の底まで沈めてやるために。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

冴木・蜜


旧いサナトリウム
薄く開いた窓から
やさしく風が通り抜けて

病床の貴方は変わらず微笑っていて
私と夢の話をしました

誰かの役に立ちたい
誰かを救いたい

その為に二人で学んで
話をしながら
窓の向こうの空を眺めたりもしましたね

私達の夢は似通っていて
だから貴方は私に夢を託してくれた

私は友人たる貴方との約束を胸に
今ここに居る

でも
私……、わたしは
貴方と共に夢を叶えたかった

不治の病に侵された貴方
かけがえのない友人だった貴方に
ただ生きていてほしかった
救われて欲しかった

貴方が何の苦痛も無く
星を見上げられる
そんな未来が私は欲しかった

あの時の私には救えなかったのにね




 木漏れ日がカーテンを揺らしている。
 ひらりと舞い込む風が頬を撫でた。古びたサッシには幾ら掃除をしても取れないほんの少しの埃が溜まって、薄く開いた窓には曇るような傷がある。流れ込むそれを受け止めながら、真っ直ぐに見る先。
 冴木・蜜(天賦の薬・f15222)の眼前で、そのひとは微笑っていた。
 忘れもしない。いつだって血腥い結末に辿り着く過去の微睡みの中で、『彼』は蜜を見ては微笑んでいた。
 病床のひと。緩やかな死と病の匂いを、薬品の香りで覆う。
 けれど目の前のそのひとは、過去の記憶とは違った。纏う薬の匂いは僅かで、頬は薄紅だ。肌の下に通うのは、病と死の気配ではなく、生きた人間のそれだった。
 それでも、蜜のよく知ったベッドの上に座っているのは――何故だったのだろう。
 死毒を招くように手を動かして、『彼』の指先がぼろぼろになった一冊の本を取る。
 訪れればいつでも始まる、いつもの時間の合図だった。
 それは。
 柔らかくて切実な夢を語るひとときだった。人外の黒油に与えられる安息だった。捲りすぎて端々の繊維がほどけた本を飽きもせずに開いて、願うように見るのはただ、ひかりに満ちた未来だけ。
 ――誰かの役に立ちたい。
 ――誰かを救いたい。
 旧いサナトリウムの壁に入った幽かな罅。座り込むには固くて冷たい床。その全てが、けれどどうしようもなく暖かくて優しかったのは、過ごした時間が全てを頭の隅に追いやったからだった。二つの身に纏わりついてならない影を、そうして語らう間だけは、どこにもないものとして扱える。
 叶うとも知れぬ夢のために学んだ。時に他愛のない話をしながら、カーテンを開けて窓の外に広がった景色を見ることもあった。自然の中の、生きた音に耳を澄ませる時間は、死ばかりが満ちる病室に一片の希望を運ぶのだ。
 ――よく似た想いでよく似た願いを懐いたから、声を交わせば交わすほど、遠く星のように見えたそれに手が届くような気がした。
 願いと祈りを掬ぶ、生命を繋ぎうる一滴――。
 不治に侵される男と、忌避され続けた人外の見た、儚い未来だ。
 そうして託された夢を、未来を楔に、蜜はここに立っている。かけがえのない友と結んだ約束を杖に、どうしようもない罪悪感を抱えたままで息をしている。
 ――それを、忘れたことはない。微笑む彼を視る今も。
 それでも――。
 蜜は。
「わたしは」
 願った。祈った。希った。
 弱りゆくだけの『彼』がずっと笑っていてくれること。どこまでも些細で遠い夢が成る日を、共に見届けること。サナトリウムの一室で、打ち捨てられたように死の淵へ近づくそのひとと、結実を喜び合えること。
 救いたかったのは、名も知らぬ数多の誰かだけではなくて。
「貴方と共に夢を叶えたかった――」
 その体を這い回る痛みはどれほどのものだったのだろう。微笑に隠した苦しみは如何なるものだったのだろう。古びた病室のベッドにその体を縫い付ける病魔が消え果てて、何の衒いもなく星を見上げる隣にいる蜜に、今度は星を教えてほしかった。
 『彼』は微笑んでいる。手を差し伸べて、きっと蜜を、今夜の星見に誘っている。
 ――あのときの蜜には救えなかった。
 それが全てだと知っていて。
 望んでしまうのは、いつだって――過去を塗り替え、笑う世界なのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィリヤ・カヤラ

夜空を見上げる。
ダークセイヴァーでもこんな夜空を見た事があったなって。

ふと感じた懐かしい気配は父様と
そして亡くなってしまった母様のもの。
……亡くなってなかったんだっけ。
そっか、あれは夢だったかな。

静かに笑う二人だったけど見てると本当に幸せそうで、
私もそんな二人を見てるのが好きで幸せな気持ちになれる。
家族で暮らせるなら外に出られなくても幸せだった。

ずっとこのままだったら良かったのに。
私は父様の頼みを叶えないといけないから夢から覚めないとね。
さよなら、母様。
父様もきっと同じ所に行けるはずだから少し待っててね。




 夕陽は落ちて、茜は閉じる。
 空を覆う天蓋めいた夜は、ヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)にとっては親しんだものだった。
 常闇の故郷――その支配者の娘に生まれた。飢えと抑圧が蔓延る世界において、彼女には夜空を見上げて穏やかな時間を過ごす権利があった。
 だから、星々を見上げて思うのは、静かな望郷の念ばかりだ。
 不意に揺らいだ気配が、両隣に誰かのかたちを作る。忘れもしない懐かしさが胸の裡より湧いた。視線を向けるよりも先に、ヴィリヤはそれが誰なのかを理解する。
 今は遥か離れ、約束を果たす日まで帰ること叶わぬ居城の主――父と。
 吸血鬼と共に生き、子を成した女性――母だ。
 気付けば古びたコンクリートの感覚はなく、目の前にはかつての光景がある。見上げる空が今のものなのか、それとも過去のものなのかも曖昧だ。父と母が隣にいるのも、ともすれば現実だと錯覚するくらいに。
 両隣のふたりは、娘越しに視線を噛み合わせて、静かに微笑んでいた。殊更に言葉を交わすことのない両親の間に、ヴィリヤが何かを投げかけることもない。
 湖面のような幸福だった。
 凪いで、澄んで、どこまでも透明な。
 ひどく幸福そうに笑う二人の間に、ヴィリヤがいる。その表情を見ているだけで、心の底から湧き上がる幸福がとめどなく溢れる。
 多忙で厳格な父は、それでも家族のことを心底大事にしていた。滲む優しさは妻にも娘にもよく伝わっていて――だから、二人とも彼のことが大好きだった。今だって、大好きだ。
 望んだ幸いが隣にある。それが遠い夢であることを、知っている。
 ――いつか見た眞白のゆめと、今の感覚はよく似ていたから。
 うっかりどちらが現実なのか分からなくなりかけて――けれど、ヴィリヤは思い出す。
 母は亡くなった。
 五、六年ばかり前の話だ。永遠の別離に棺の前で泣いたのも、父に抱き締められた温もりも、よく覚えている。もう会えない悲しみも、思い出の中にしかいなくなってしまった苦しみも、忘れたことはない。
 それでも――泣くことをやめたのは。
 父が、泣いている娘を心配していると――愛していると知ったから。
 優しい母の相貌を見る。じっと見詰めるほどに、名残惜しさが膨れ上がるけれど。
「さよなら、母様」
 訣別を告げねばならない。
 ――ヴィリヤは、家の外など知らなくても幸福だったけれど。
 今は、成さねばならない約束がある。愛する父の願いを叶えるために、彼女は今を生きねばならない。
 ヴィリヤの心の中に思う死は、無限の漆黒に過ぎない。どこまでも落ちていく、底のない奈落だ。常闇の世界よりずっと冷たくて寂しい場所だ。
 けれどそれは、自分の死後に何も思えないからであって――。
 優しくて大好きな両親の魂が、そんな場所にいることはないと、彼女は確信している。
 母は待っているだろう。父が己の元に還りつく日を。優しいひとだから、死を望むことなどしていないだろうけれど――。
 それは願いや祈りというほど不確実なものではない。そうなるだろうことを、何より近くにいた娘は、何より強く理解している。
 そうして――。
 いつかそこで、こうして幸福に笑い合うに違いない。それを思うだけで、ヴィリヤはいつでも、為すべきことを思い出せる。
「父様もきっと同じ所に行けるはずだから、少し待っててね」
 ゆるゆると笑う娘の顔は。
 ――きっと、母とよく似ていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リンタロウ・ホネハミ


都合の良い未来を見せてくるとなれば
ああ……やっぱりそう来るよなぁ

俺は領民を苦しめるヴァンパイアを討伐し、騎士団を率いて都へと凱旋していた
栄光に輝く鎧兜を身に着け、精強なる騎士たちを従え
民達の称賛を受けながら都の大通りを堂々と名馬に乗って進んでいく。

また悪しき吸血鬼を討ち果たした!
傭兵として戦場を駆け続け騎士となり、全てに勝利してきた強者!
弱きの全てを救い続けた聖戦士!

口々に叫ぶ民達に、オレっちは耐えられず馬を降りた

それが出来なかったからオレっちは未だ傭兵で
そうなる資格がねぇからこれからも傭兵なんすよ!

オレっちなんぞがそんな御大層な騎士様になるなんて耐えられねえっす
だからさっさと、消えちまえ




 重厚な鎧の摺れる音がする。
 馬の蹄が高らかに地を叩いていた。世界は未だ常闇の中にあって、けれど此度の戦果は何よりの吉報となるだろう。
 誇らしげに胸を張り、精強なる騎士団は栄誉と共に都へ凱旋する。数多の惨禍を生み続けた悪辣なる領主を討ち滅ぼし、苦しむ人々への光明として。
 幾つの居城を滅ぼしたろう。最早数えることすら馬鹿らしくなるほどの勝利を積み重ね、常夜の世界に名を轟かせる誉れ高き騎士たちは、今またその輝かしい戦果に一つを加えたのだ。
 常勝不敗の騎士団の先頭にて、名馬を駆るのはリンタロウ・ホネハミ(骨喰の傭兵・f00854)である。
 厚く確かな造りの鎧は、如何なる刃をも防ぐのだろう。背に負うのは親しんだ無骨な骨剣で、煌びやかな出で立ちには些か不釣り合いだ。けれどきっと、民にとってはそれこそが『骨喰』の証――この世に光を齎す騎士団の長の象徴なのだ。
 今はまだ小さく、しかし確かに人々が根付いていることを知らせる都に、蹄の音が帰還する。英雄を待ち侘びる民衆の眼が一斉にリンタロウを見た。掲げられた吸血鬼の首に、歓喜の波が駆け抜ける。
 ――また悪しき吸血鬼を討ち果たした!
 ――傭兵として戦場を駆け続け騎士となり、全てに勝利してきた強者!
 ――弱きの全てを救い続けた聖戦士!
 違う。
 否定の声が心の奥底を渦巻く。何の裏もない瞳たちが身を刺すようだった。馬に揺られ、運ばれるままの体が、空寒く温度を失うような心地だった。民の熱狂に、子供らの歓待に、リンタロウの体が重くなる。賛美の声が届くたびに圧し潰されそうになる。
 絶対的な支配者を討った身に向けられる彼らの感謝が、現れる吸血鬼に全て勝ち続けるだろうという願いが、いつかこの世界を覆う常闇を晴らしてくれる英雄への無垢な期待が――重い。
 リンタロウは敗けた。
 敗けて、敗けて、逃げて、それでも武器を握って戦って――総数からすれば笑ってしまうほどの数だけ、勝った。
 絶対の勝利を手に出来るような強さはない。腕に自信があったと言えたのは彼の世界が狭いうちだけで、戦いを重ねれば重ねるほど、己など遥かに及ばぬ相手が数多いることを知った。それでも、そうであるからこそ、今のリンタロウはここに立っていられるのだろうということも知っている。
 救えた弱きが幾つある。討ち果たせた巨悪があったか。勝利を掴めず背を向けた戦場を数えられるのか。それでも、彼に突きつけられた現実とは裏腹に、この世界では。
 ――勝ったのだろうさ。
 吸血鬼の首を刎ねた感触すら覚えがないのに。己が死すらも飲み干して立った記憶さえないのに。
 民の感謝は全て彼を見ている。英雄だと讃えられている――。
 そんなもの。
「オレっちなんぞが」
 低く呟いた声が、皮切りだった。
 馬を止める。どよめく民衆の前で、骨喰はその足を地につけた。
「そんな御大層な騎士様になるなんて耐えられねえっす」
 ――そうなれなかったから、彼は未だ傭兵のままで。
 ――そうなる資格がないから、これからも永劫傭兵のままなのだ。
 驚愕と動揺を浮かべる幻影を睥睨する。きっと剣を抜くこととて厭わない。これはただ、都合が良いだけの――。
「だからさっさと、消えちまえ」
 ――重くて苦しいだけの、幻だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

周・助
…この世界には、初めて。
…がんばらなきゃ!

_
「びる」という建物も、この高さから街を見下ろすのも、空を見上げるのも初めて
思わず夢中になって星を仰ぎ
気付けば、眼前にとても綺麗な装いをした、大人の姿の弟妹がいて

──私も、大人の姿になっていて

彼女はお嫁さんになって、彼はお婿さんになって
ありがとうって、幸せそうに笑うの

私は人狼病に打ち勝って、大人になれて、愛しい家族の幸せな姿を見られる

…私、本当に、本当に嬉しくて、幸せで
都合のいい未来だなんて信じたくない。真実であってほしい

幸せになってほしい

生きていたい

でも、──でも

夢からは、醒めなくちゃ
私は──『俺』は、猟兵、だから

_
(アドリブもマスタリングも歓迎)




 口を衝いたのは、感激の吐息だった。
 初めて訪れる世界の、初めて見る光景が、眼下に広がっている。『びる』というらしいその建物の屋上は、周・助(咲か刃・f25172)の知るどんな場所よりも高い。見下ろす街には眩いばかりのひかりが灯っていて、初めて仰ぐ空は輝く星々が彩る。
 夜空と同じ藍色の眸に、光をいっぱいに取り込もうとするように――めいっぱい開かれた助の目は、いっとう美しく輝く宵の明星を捉える。西の空に瞬く金星が、はたりと墜ちるように明滅して――。
 気付けば、体に少しの違和を覚えた。
 視線を戻せば、そこには見たこともないほど豪奢な建物があった。瞳を揺らす助の前に、歩み出る影がある。
 それは。
 ひどく美しい格好をした妹と、整えられた服に身を包む弟だった。
 護りたいと願う、愛しい家族だ。けれど背格好は今よりずっと大人で、一人前の男性と女性――と言って差し支えないだろうものだった。見れば二人の後方には、相応しい格好をした異性が待っていて、にこやかに笑って家族を見詰めている。
 そこで初めて――。
 助は、おずおずと自分の体に視線を落とした。
 違和感は目線の違いだ。ヒールのある女性らしい靴は、およそ今の彼女が望んで履くものではない。その分だけ視界が持ち上がっているのはそうだけれど、もしかして、背丈そのものも少し伸びたのだろうか。
 纏っている綺麗な服は、きっと女性の正装だろう。周囲を見れば沢山の人々が行き来していて、誰もが整った髪型と服装で、幸せそうに声を交わしている。
 そこで――思い至った。
 これは結婚式だ。誰よりも愛する家族にいつか訪れるだろう、これからのさいわいを繋ぐ門出の儀式。
 今の彼女は、男性を装う剣術家でも一人の猟兵でもなくて、これから幸福になる弟妹らの姉なのだ。
 ――門出の日の祝福が、花弁となって空から降っている。
 歩み出た弟妹が視線を交わした。ほんの少し泣きそうに笑うその顔は、今の助がよく知る二人の面影を確かに残して、愛する姉に花束を差し出す。
「ありがとう」
 差し出される花弁の一枚一枚さえも、目に焼き付けんとするように見詰めた。助の眸がにわかに歪んだ。
 このさいわいが――。
 都合の良い未来だなどと信じたくなくて、助は奥歯を噛み締める。そうしなければ、抑えていたものが溢れ返りそうだったから。
 分かっている。
 狼の病に身を侵された。この先、彼女がこの光景を得られることはない。大人になることは叶わずに、家族が幸福になるときを共に出来るはずがない。
 それでも。
 そうなのだとしても。
 願わずにいられないのだ。祈らずにいられない。作る男の仮面の下で、柔らかい少女の心が叫ぶ。
 大切な者に倖せになってほしい。そのときを見届けたい。二人が駆けて行くのを見送って、唯一のひとと共に姉の元を訪れる世界の中にいたい。
「――生きていたい」
 零れ落ちた心底の願いは、涙の雫めいた色を孕む。
 けれど。
 それでも――。
 醒めなくてはいけない。永遠に続けと願うさいわいの中から、残酷な現実へ。
「──『俺』は、猟兵、だから」
 あまねくを助け照らす刃として、今を生きていかなければならないのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

斬断・彩萌
幻だと頭ではわかっている
それでも心は幻に手をのばす

ねぇ、あなたはどうしてそこまで頑ななの?
いいえ、しってるわ。お友達のこと
あなたがやってきたことも
冬寂があなたの心に沈む限り
私の心があなたを温めきることはできないことも

それでも私は
わたしは
あなたがすき
好きで、好きで、隣で笑い合いたい
許されて、赦し合いたい
最悪その役目が例えば私じゃなくても
あなたが幸せならそれでいい
だからお願い、自分を責めないで
心を凍えさせないで

あなたと触れ合った手は
確かに暖かかったから
その気持ちは嘘じゃないから
忘れないで
あなたの心は、冷え切っていないってこと

わたしのことをいつか見てくれるって
信じている
ずっと――あなたが壊れるまで




 指先を絡めて、手を繋ぐ。寄り添えば、二人の間に流れていた風は消えて、温もりに変わる。伝わる吐息が近くで弾むから、この胸の鼓動もほんの少しだけ早くリズムを刻む。
 ――夢まぼろしに過ぎないと、理解はしていても。
 斬断・彩萌(殺界パラディーゾ・f03307)は、手を繋ぐ隣のそのひとを見た。少年にしてはやや小柄な、けれど彩萌からは見上げる位置にある、紺碧の双眸。
 それは、想い人と寄り添って生きるさいわいの世界だ。
 いつでも何かを抱えているひと。彩萌の声では融かせぬ冬を、心の中に飼い続けているひと。
 その瞳が彩萌を見ていた。真っすぐに、穏やかに、愛しげに。
 ――ねぇ、あなたはどうしてそこまで頑ななの?
 心で問いかける。どうして今のように笑ってくれないのだろう。からからとした笑みは彼の得意技で、ひどく重い決意を何でもないことのように言ってみせるのもいつものことで、それなのに彩萌は、彼が浮かべる衒いない幸福の笑みを知らない。真綿で首を絞められるように苦しむ自分を笑い飛ばすようなそれが、どうしようもなく胸を刺す。
 本当は、答えだって知っている。
 彼がその名に背負う過去が、彼を手招くこと。降り続ける冬の寂しさが、その心に積もり続ける限り、彩萌の声は心を暖め切れやしないことも。一緒に時間を過ごせば過ごすほど、思い知る隔たりは深く強く罅を刻む。
 それでも。
 そうだとしても――。
「わたしは」
 ――あなたがすき。
 好きで、好きで、好きで。
 こうして寄り添い歩きたい。愛しい人と想いを通じ合わせたい。見詰め合って、指を絡めて、許し赦された世界で、ただ幸せに。
 その未来を、絶対に、簡単に諦めたりはしない。本人にさえ堂々と宣言をする決意を、違えたりはしない。そう決めていても。
 彼の心を暖めて――幸福の中に導いてくれるのなら、こうして並び歩くのが自分でなくても構わないとすら思う。
 きっと信じられないほどに辛いことだろう。幸いの中で生きる彼の姿を、一番近くで見詰められないこと。この恋に終わりを告げねばならない日が来たのなら、幾度も幾度も噛み締めて、泣くだろうことは分かっている。
 そうだとしても、彩萌は――。
 彼に、彼自身を責めてほしくない。心の中にある冬寂の呪いに、全てを凍て果てさせてしまってほしくない。たとえこの想いが叶わなかったとしても、それだけを願っている。
 仕方がないと言いながら手を差し伸べてくれる仕草は、彼女の料理を食べるときの表情は、確かに彼の心が凍ってなどいない証だ。彼自身がそうだと思っていなくても、彩萌がそれを信じている。
 信じている人がいることを。
 彼を好いている誰かがいることを。
 壊れ果てて消えてしまうその日まで、隣で笑い合う未来を諦めないと決めた娘がここにいることを。
 どうか――忘れないで。
 彼の愛称を口にしそうになって、けれど口を噤む。軋む胸に差し込む冷えた風が、互いの間にある温もりを奪っていくようだ。
 全てが叶っているのに、何故だろう。
 聖夜に繋いだ、温度を孕まないはずの手は、あんなにも暖かかったのに。
 まぼろしと知って絡めたさいわいの指が、こんなにも冷たいのは――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

風見・ケイ
幸せそうな母。その隣には――父だ。(写真で見たことがある。居場所も生死も知らないが)
ふたりの間には、愛らしく笑う、見知らぬ女の子。両親と手を繋いで、時々持ち上げられて甲高い声をあげている。
暖かい『家族』の光景だ。

――世界が切り替わる。

不良少女に懐かれることもなく、異常の事件に巻き込まれることもなく、日々街を守る早見刑事。
上層部に嫌気が差したのか、真面目な彼女の一生に一度の気まぐれか、
ある日彼女は早見探偵となる。
猫探しから殺人事件の解決まで、どんな事件でも解決する名探偵、早見星斗。

――そう。これが一番都合が良いよ。
『私がいなければ』
母が苦労の末に色や神に狂うことも、早見先輩が死ぬこともないんだ。




 夕景に男女が笑い合っている。
 瞬く一番星の下、帰り道にチャイムが響く。長く伸びた影がゆらゆらと小道に揺れて、めいめい暖かな家へと散る子供たちと、迎えに来た親の幸いを黒く映し出す。
 頬を上気させて笑うのは、忘れもしない母の横顔だった。
 小路に立ち尽くす風見・ケイ(星屑の夢・f14457)の前を歩くそのひとは、いつかのように優しく声を立てている。狂信者も、色に狂う女も、そこにはいない。
 隣を歩く顔にも見覚えがある。父とされる男性、その人だ。止まった写真の中でしか見たことのない表情が、くるくると幸福そうに変わるのを、どこかぼんやりと見詰める。
 ――二人の間で、手を繋ぐ三つ目の影は。
 ケイではなかった。東洋人にしては薄い色素が茜色に照らされて、栗色に輝いている。両親の顔を見てふくふくと笑う。両手を持ち上げられれば軽い体は簡単に持ち上がって、甲高い歓喜の声が夕陽に響く。
 幸せな家族の光景が――。
 ケイが一度も見たことのない当たり前の光景が、ゆるゆると遠ざかっていく。
 ――暖かい家があるんだろうな。
 ――みんなでご飯を食べて、絵本を読んでもらって、腕の中で眠るんだろうな。
 ふつり、影が途切れる。瞬きの間に暗転して、さながら映画の場面転換めいて時が飛ぶ。
 色の違う眸に映し出されるのは、よく知る光景だ。忙しなく働くそのひとの顔が、今はひどく懐かしい。
 早見刑事。
 糊の利いた制服を纏う女刑事は、今日も街の平和を守っている。凛とした立ち姿の彼女に懐いた不良少女などどこにもおらず、人智を超えた紙一重の深淵に足を踏み込むこともなく、生真面目に日々の仕事をこなしていく。
 或いは子供らと声を交わし、或いは事件を追い、或いは――。
 細やかで確かな平和の中に足跡を刻んで、彼女はある日、唐突にその制服を脱いだ。
 その性格が故に、上層部に嫌気が差したか。
 はたまた真面目者が起こした生涯一度の気紛れか。
 理由が何だったのかを知るのは、今や早見探偵となった彼女だけだ。警官としての地位を捨てても民衆らの平和を守る女流探偵、早見星斗の名声は、街を越えて轟くことになる。
 時に迷い猫を探し、時に難攻不落の殺人事件を迷宮入りから救い。
 ありとあらゆる願いを聞き届け、華麗に解決へ導く、警察顔負けの名探偵の誕生だった。
 ――眼前を流れていく輝かしい幸福たちを、ケイは喧騒の外から見詰めている。
 まるで、どこにもいないかのようだ。否、事実どこにもいないのだ。都合の良い未来でケイ自身が幸せになれるとは限らない。それは『一番の幸福』ではなくて、『一番の都合の良さ』だからだ。
 彼女にとって――。
 最も都合が良く物事が進む未来は、彼女自身がこの世に存在しないこと。
 辿って来た過去の全てを否定する未来こそが、真実紡ぐべきだったと燻り続ける想いの底にあったのだ。
 苦労に苦労を重ねた果て、何もかもを狂わせて神と色に溺れた母も。
 深淵に足を踏み外し、後輩を庇って無惨に死んでいった先輩も。
 ケイさえいなければ――どこにもいなくて済むのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
🌸宵戯


宵ちゃんあの星きれいだよ
指差した星がふっと消える

あれ?
いつも首にある重みがない
見渡せば世界が壊れていた

その中心
男女どちらともつかぬ白光輝く天使の様相
顕現するだけでひとを狂乱に陥れ、魂をも壊す破壊神
それは『私』
かけられた封印が解け、今まさに世界を滅ぼそうとしているのか

世界を滅ぼすことは永年の悲願
そうだよ
封印さえ解ければそれも叶うんだ
このまま終われば世界も私も救われる

世界をいとおしく抱くように両手を広げ―
そして降ろす

―馬鹿な『私』
幾重にもかけられた檻の封印が解けるわけない
きっと終末までそのまま
だから私は終わりを願い約束した

あぁ
宵ちゃんどうしたのそのお顔
かみさまはここだよ
小指を噛んであげる


誘名・櫻宵
🌸宵戯


星?
ロキと綺麗な星を気まぐれに見に来て
指差す先を見たはずだった

麗らかな春
誘七の家は今日も平穏
望まれるように責務をこなし
誰からも敬われるように微笑み振舞い
ほら
必要としてもらえる
正しいひととして
望まれる幸福

私の一族の始祖の桜龍がそうなったように
彼の転生だという私も
桜の女神と共に眠り桜の樹になる
全ては一族の繁栄と安寧の為
皆が望むのだから
私の意思なんて関係ない
だから私は
仕合わせでないと
幸せな未来に手を伸ばし

掴んだのは三つ目の男
さぁ約束を果たそうか、イザナ
あかく笑う男
私と共に眠る神様

神様?
約束?

違う
私が終わりを約束したのは
私は今どこに?
小指のいたみに連れ戻される
私のかみさま


私はまだ私のまま?




「宵ちゃん、あの星きれいだよ」
「星?」

 ふつり。
 指の先で瞬いていた星が、光を放つのをやめる。 
「あれ?」
 不意に首元が軽くなった感触に、ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)の金蜜の眸が瞬く。首を傾いで喉元に触れれば、あるべき枷はどこにもない。
 ああ――ならば。
 指した先の星は瞬くのをやめたのではなくて、墜ちたのか。
 確信を真実と映し出すように、見渡す世界には静謐の残骸が転がっていた。
 中心に立つロキの姿は、夜色の青年のそれではない。灯りの絶えた世界にさえも白く輝き、背負うひかりは正しく天使と称するに相応しいもの。今の『彼』には男女の別さえない。
 その光は世界を灼く。耐え難くうつくしく、信じ難く聖性に満ちているが故、容易に人の魂ごと全てを狂乱に導く――破壊神。
 枷が外れれば世界は終わる。そのときだけを待ち望み続けて来た。悲嘆に満ちて世界を呪い、痛みと苦しみの中にばかりあるこえを救って、この身もまた破壊の海に沈んでいく――。
 そのときにこそ、ロキもまた救われるのだ。
 滅び往く世界に至上の笑みを送る。愛しい者を掻き抱くように、腕を持ち上げる。誰一人として見ることのない神の表情は、ひどくうつくしく、哀しく――。
「――馬鹿な『私』」
 ふと、翳した腕が力を失う。
 世界は滅ばない。幾重にも塗り重ねられた枷は、そう簡単に外れたりしない。ちいさな檻の中に力を押し込められて、世界が真実終わり行くそのときにさえ、ロキが破壊神と成ることは出来ない。
 救いは、ここにはない。
 知っている。
 ――知っているから、交わしたのだ。あの日、最悪の未来の中で、誰ものこえが消えていく中に取り残されるゆめの後で。
 終わるときに、終わりにしよう。約した記憶は今もそのまま。
 かしゃり。
 首に、冷えた重みが纏わりついた。

 星を見上げたままの桃色に、薄紅の花弁が映り込む。
 瞬いたときには夜空などどこにもない。どうして自分が空を見上げていたのかも思い出せないまま、誘名・櫻宵(貪婪屠櫻・f02768)は我に返って首を横に振った。
 まだまだ、今日はやることがある。
 誘七の家の日常は、平穏に過ぎ去っていく。課された責務は決して少ないとは言えないけれど、こうして過ごす日々は櫻宵の安寧だ。
 誰もに望まれた通り微笑むのも、そういうものだと思ってしまえば楽なもので。
 時折、大変だとは思うけれど――。
 誰しもに必要とされるのは、ひどく甘美な心地だった。
 櫻宵を必要がないと言い放つ者は誰もいない。正しいひととしての振る舞いは『正しい』愛を運んでくれる。さながら桜が春に咲き散るような、当然の定理――。
 だから、そう。
 櫻は、散らねばならないのだ。
 ――誘七の家の始祖は、桜の樹となった。
 桜には、女神がいるのだという。始祖はそれと共に眠りに就いて、いずれ咲き誇る桜と姿を変えた。
 そのひとの転生だという櫻宵にもまた、眠らねばならない日が来た。
 自認はないけれど、自覚はあった。一族の繁栄と安寧のための礎となること。誰からも望まれた通りの仕合わせに埋もれること。皆が望み、皆がそのために櫻宵を必要とするのなら、そこに櫻龍の意志など介在するべくもない。
 だから。
 からっぽの幸せに手を伸ばして――。
 その手を掴まれる。
「さぁ約束を果たそうか、イザナ」
 三つ目が笑う。桃色の目に映す男の笑みはあかく――あかく。
 共に眠るべき神様が、櫻宵を招く。
 約束を。
 神様が。
 ――違う。
 終わりを約束したかみさまは、これじゃない。

「宵ちゃんどうしたの、そのお顔」
 かみさまはここだよ――さやさやと笑ってみせても、龍の眸は彷徨うばかりだった。唇が戦慄くのをじっと見て、ロキはそっとその手を取る。
 神の唇が、八岐大蛇の小指を食んだ。終わりを約束したその瞬間に、桃色を引き戻すように。咲き誇る櫻を取り戻すように。
 噫――。
 知らずちいさく零れた吐息が、櫻宵の眸に満天の星空を映し出す。
 金蜜の眸。悪戯な笑み。終わり終わらせると誓い――終わりを約束した、櫻宵のかみさま。
「私は、まだ私のまま?」
 震える声に、ロキが笑う。
 背後を駆け抜けた流星がひとつ、夜空を彩って――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

天星・暁音
零と連携
世界は同じ

…何度かこういうのを見せられた事はあるけれど、やっぱり嫌な世界だね
理想郷、素晴らしく良い場所だけれど何処にもない場所、争いなく共苦も小康するけど
だけど俺にとってこの世界は悪夢か牢獄かだ
人が二人いれば差異は生まれるものだ
そして差異は時に争いの元になり誰かを傷つけるかもしれない
それが無いということは個がないってことだから
俺は俺と同じ意見だけを持つモノとだけ生きるなんて嫌だよ
そして争いがなければ活力もない。そんな世界は滅びるだけ

まあ他の人なんて知らないって言ってしまえれば零と静かに暮らせるこの世界は正しく都合の良い世界だけどね
ごめんね。零、それでも俺にはコレは選べないんだ


共苦は装備


天星・零
暁音と連携

世界
零(別人格の夕夜も含めて)と暁音、指定UCのオブリビオンを含めて自分たちは3人だけで静かに暮らすことができ、また人々が誰も傷つかない世界

心情
虐めや家族からの虐待などを経験し、また同じような境遇の者を見てきて誰も傷つけずみんなが仲良くなれたらいいと思っているが、誰もが傷つかない世界はありえないと思っているので否定もしている

『世界はとても残酷だ。…自分の為なら平気で人を貶める奴だっている。まぁ、僕は一度死んでる…死人に口無しってね。どうあれ僕がやる事は一つだけさ。暁音を守るそれだけだ』

装備の決意の魂参照


自身のUCと暁音、夕夜だけなら素の喋り方
UCの口調は秘密の設定

可能なら零は真の姿で




 これ以外のものは何も要らないと言えてしまえたら、どれほど楽なのだろうか。
 広がる光景はあまりにも幸福で、あまりにも地獄めいていた。暖かな家の中で暮らす『家族』が三人――否、二人で一人のそのひとがいるのだから、四人ということになろうか。
 そこに猟兵とオブリビオンの別はない。死霊術士たる天星・零(零と夢幻、真実と虚構・f02413)、彼と共に戦う死霊のルーと、穏やかに笑う天星・暁音(貫く想い・f02508)。それに、時折顔を出す零の別人格――夕夜。
 笑みを交わし合うそこに邪魔者はいない。たった四人だけで紡がれる、優しくて鎖した世界の中で、緩やかに時間が過ぎ去っていく。他人の――或いは世界の全ての悲嘆と辛苦を己のものとして感じ続ける暁音でさえ、この世界では何の憂いもなく笑うことが出来るのだ。
 ――誰も、苦しんでいないから。
 あらゆる苦しみが、痛みが、絶望が、この世から消えたとするならば。彼が幼い心に背負わねばならないものなどどこにもなくなって、背負うべき重荷はなくなるだろう。
 それは――少なくとも、常人がさいわいと呼ぶにふさわしい未来なのだろうけれど。
「……何度かこういうのを見せられた事はあるけれど、やっぱり嫌な世界だね」
 呟く暁音が眉根を顰める。
 共苦が機能を止めているように見えるのならば、この世には争いも小競り合いも存在しないのだろう。正しく理想郷だ。この世界のどこにもない、全てが叶う都。
 隣で同じものを見る零もまた、ひとつ頷いた。
「誰もが傷つかない世界なんてあり得ない」
 ――幼い頃から、沢山の傷を心に負ってきている。
 家族から排斥され続けていたのは零も暁音も同じで、だからこそ似たような境遇の相手はよく見て来た。世界に満ちる傷が一つもなくなって、誰もが手を取り合って生きていけるのだとしたら、それに越したことはないのだということも。
 それでも、そんなものがないことを――一番よく知っている。
 人には意志がある。それぞれの望むものがそれぞれの心に在って、だからこそ時にぶつかり合って生きて行く。大きくなれば戦禍を呼ぶこともあるだろう。時にひどく誰かを傷付けて、誰かを犠牲にするのが、人間だ。
 だとして。
 皆が一つの方向だけを見て、何ひとつの摩擦もなく完成される、意志を失くした世界に価値があるのだろうか。
 暁音は――少なくとも、己と全ての思考を同じくする生き物しかいない場所になど、生きていたくはない。
「ごめんね。零」
 零れ落ちた謝罪は、しかし確かな意志を孕んで。
 目の前にある幸福な牢獄を――さいわいの悪夢を打ち払わんと、隣に立つ青年を見据える。
 戦いのない世界は停滞する。摩擦こそが活力を生むのだ。己と全く違う人間がいるからこそ、人間の世は廻っている。
 だから。
「それでも俺にはコレは選べないんだ」
 たとえ、零と一緒に、幸せだけに満ちて生きて行くことが出来るのだとしても。
 ――生きていたい世界は、もっとたくさんのことに満ちているから。
 零の唇が柔らかく弧を描く。無数の苦痛に苛まれてなお、今を生きる世界を求める少年の意志を、最初から理解していたかのように。
「世界はとても残酷だ。……自分の為なら平気で人を貶める奴だっている」
 まぁ、僕は一度死んでる。死人に口なしってね――そう言って肩を竦める零の眸は、ただ真っ直ぐに暁音を見た。
 見て来たものはどれも酸鼻な光景だったけれど、その心に灯した火が消えることはない。無惨も、絶望も、全てを抱えて生きていくのだ。
「どうあれ僕がやる事は一つだけさ」
 ――あの日、命を救われたとき。
 心に根付いた呪いは、今や決意に変わっている。
 暁音が死するそのときまで、零は死なない――死ねない。絶対に。
「暁音を守る。それだけだ」
 この軛が軛であり続ける限り、彼は絶対に、その誓いを違えることはない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ティオレンシア・シーディア


都合のいい未来、ねぇ…
あたしならやっぱり、アレよねぇ。

…ドラゴンは襲ってきたけれど、何事もなく撃退されて。
その時のドサクサであたしは猟兵に覚醒して。
無事に討伐されたんだから、一区画丸ごと灰燼に帰す、なんてことも起こらず。
――あの子が、あたしの目の前で引き裂かれて死ぬ、なんてことも、なくて。
きっとあの子も、他の子たちも。変わらず「ねーさん」って笑いかけてくれる。
たとえ幻でも、間違いなく幸福な世界よねぇ。

…ああ、なんでかしらねぇ。
何もかも理想どおりで、「こうだったらよかった」って心から思える、非の打ち所のない光景なのに。
――どうしてこんなに、腹の底からふつふつと怒りが湧いてくるのかしらねぇ…!




 最期の咆哮が高らかに天を衝く。
 舞い降りた脅威は人々によって打ち払われた。満身創痍の快哉の声が空に轟き、後にはひとつ、強大なる幻想種――竜の骸が横たわるのみ。
 街を襲った災厄に、住まう者たちは武器を取った。子は逃げ、母が手を引き、退路を父が守る。心得のある者は男女と貧富の別なく己が得物を構え、天より来たる咆哮に立ち向かう。
 そうして齎された勝利の中で――。
 ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)は、土で汚れた己の手を見た。
 ――記憶の中では確かに灰燼に尽きた、懐かしい街の一区画は、無事に一人の死者もなく守られた。
 弾む息からして、ティオレンシアもずっと戦っていたのだろう。見れば纏う衣装もぼろぼろだ。けれど動くに支障のあるような傷もなく、あの強大な来襲者に立ち向かったにしては極めて軽傷といえるだろう。
 その理由を――己の裡側に、確かに見出した。
 廻る力は現実に在るときと変わらない。どうやら夢中で迎え撃つうちに、猟兵として覚醒していたらしい。この手を滑り落ちた理想の中でも、ティオレンシアは今のように、人智を越えるものとも戦い抜けるだけの力を手にしているようだった。
 細い瞳に映り込む世界に歓喜が満ちる。破壊された家々の再建には相応に時間が必要だろうが、それらはいずれ元に戻るもの。喪われれば二度と戻らぬ命という財産は、全て守られ息を繋いだのだ。
 駆け寄る者、抱き締め合う者、涙を流す者、高らかに笑い合う者――。
 どれも、ティオレンシアの記憶の中で燃え朽ちた顔だ。灰と共に沈黙した区画の中に生きていた表情だ。
「ねーさん!」
 ――息を呑む。
 振り返れば子供たちがいる。その先頭を駆けて来るのは、忘れるはずもない――。
 笑っている。向ける親愛と尊敬の念を深くして、襲来者たる竜を殺し街を守った人々のうちの一人となったティオレンシアに、無垢な表情を見せている。
 あの日。
 彼女の眼前で、暴虐の爪に裂かれた柔肌。
 赤黒い体液をとめどなく零して、断末魔の絶叫すらも奪われて、瞳に宿る恐怖すらも虚ろに融かして――戦乱と炎の中に、骸さえも消えたのだ。その後ろから駆けて来る子供たちだって、もうどこにも生きてはいない。
 その温もりが、ティオレンシアの前にある。非の打ち所のないさいわいだ。これからも平穏な日々は続いて、きっとまた災厄があったとしても打ち払えるのだろうと信じられるような。
 ――都合の良い未来だ。
 心の底が凍てつくような、ひどい寒気を感じた。暖かさと幸福と達成感の満ちた、人々の息づく廃墟に、ティオレンシアの心にはただ空疎な虚ろだけがある。
 その内側を――。
 不意に熱がせり上がる。背筋を逆流して流れ込む感情が、目眩がするほどの質量を以て彼女を蝕んだ。
 怒りだ。
 悔恨も絶望も失意もない、全ての理想を叶えたご都合主義の幻影だった。紛れもなくさいわいであるはずのそれに、彼女は強く拳を握る。
 許さない。
 赦すはずもない。
 誰にも見られていなくて良かったと、心のどこかで冷静な己が言った。今の顔を見せるわけにはいかない。ああでも、この幻影は誰にでも作用するのだろうから、問題はないのか。
 そう思えば、目の前が赤く染まって――。
 盛る心の裡の炎が、理想郷を焼き尽くした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アルナスル・アミューレンス


夢?

夢。

夢……

夢かぁ。
夢ねぇ……。


そりゃあ、少しは夢想……したこともあったような。
なかったような……。

オブリビオン・ストームが来なくて、
街が無事で、
軍の仲間(バカ)達が無事で、
何気ない日常が無事で。

あぁ、うん。
成る程?

聳え立つ混凝土の塔。
絶えない喧騒・騒音。
道行く様々な人。人。人。

確かに、夢みたいだなぁ。
もう失くなった、何でもない日常。


でも、夢を見るにも、混ざり過ぎたかな。

塔はバグった様にぐちゃぐちゃで、
喧騒はノイズ混じりで聞くに耐えず、
ヒトの顔はマジックで塗り潰されたみたいに真っ黒で。
そもそも、世界観も統一性がなく混ざってる。


はてさて、僕はどれだけの「理想」を喰らい混ざってしまったのやら。




 星のように遠い記憶の中で、いつか夢見たこともあったのだろうか。
 あったような気がする。混ざり融けてしまった全ての中に、それでも願いたかった何かが渦巻いていたことを、掠れて見えない記憶の底から浚う。
 アルナスル・アミューレンス(ナイトシーカー・f24596)は、あまりにも多くを喰らった。
 だから、その足跡を振り返るだけでも容易なことではない。数多の内から拾い上げる最初は、そう平凡とかけ離れたものでもなくて――。
 たとえば、平穏な世界だった。
 生まれ故郷は、突如として発生した嵐が全てを切り裂いて、全てを奪っていく荒野と化した。オブリビオン・ストームと呼ばれるそれは、破壊し奪い尽くした全てを過去の残骸へと変えていく。ほんの数年で文明を壊したそれは、尚も人類の繁栄を認めぬとばかりに、発展を餌として生まれては、何もかもを奪い去っていく。
 そんなものがない日があるのだとしたら――。
 彼の育った街が骸の海へと沈むこともなくて。
 気の置けない同胞、同じ軍で笑い合った仲間が壊され尽くすこともなくて。
 今だって、当たり前の日々の中で過ごしていて――。
 はたり。
 瞬いた一番星が、墜ちるような軌道を描いて暗転する。揺れた地面にほんの少し長躯がぐらついて、目眩の残滓のような不快感を振り払うように頭を振る。
 額に当てた掌を外し、顔を上げたアルナスルは。
「あぁ、うん。成る程?」
 納得したような、そうでもないような――曖昧な声を上げて、首を傾いだ。
 よく知った光景だったように思う。
 聳え立つ混凝土の塔の下を、数多の人々が行き来する。あの荒野に生き残った人々を搔き集めて、ようやくこの都市に足りるだろうか。これがただの一角に過ぎないのなら、足りるものでもないだろう。
 このUDCアースと呼ばれる世界よりも、技術は少し先を行っている。通りを走る車と、時折ルールを守らない人間を囲む、鈍色の塔。空から降る陽光が、日々を保証するように煌めいている。
 ――日常だ。
 あの世界のどこを探してもないであろう、豊かで安全な日々のひとかけらだ。猟兵と呼ばれる者らが戦っていることも、そんな場所が他にあることも、何も知らずに続く世界の中に、アルナスルは立っている。
 夢のようだな――。
 そう、思わないわけではないけれど。
 それはきっと、悪夢だった。
 降り注ぐ陽光は変色して、時折鮮烈な赤や黄色に瞬いた。照らされた塔は捻じ曲がり、瞬くたびに少しずつ形を変えている。人々の声には早回しめいた甲高いノイズが混ざり込んで、叫ぶような絶え間ないブレーキ音と共に鼓膜を揺らす。それらを発する顔ですら、黒く丁寧に塗り潰されて、表情さえも見て取れないのだ。
 植物が絡みついたビルの横に鉄塔が斜めに突き出し、その奥には緑豊かな森が広がっている。かと思えば半分は砂漠で、その向こうに海が広がっているのが見える。
 ――夢を見るには。
 アルナスルは、喰らいすぎた。混ざり、融和し、まぼろしですらも歪むほど。
 数多を喰らった。その中にはたくさんの『理想』があった。それらを無理矢理束ね上げて、完成したのがこの地獄めいた理想のゆめであるのなら。
「はてさて、僕はどれだけ喰らい混ざってしまったのやら――」
 苦笑と共に軽く肩を竦めて、男の眸は、ゴーグル越しの光景を否定した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヘンリエッタ・モリアーティ
都合のいい未来なんて決まってる。
――シャーロック。
ゲームの続きをしましょう
今度はよそ見ナシ。次は、「私」と遊んでよ
あなたはマダムと遊んでばっかりで、私のことを察知できなかったから
ジャック、クイーン、キングがいてジョーカーは私?
それとも、ビショップ、ナイト、クイーンのほうがわかりやすい?

ねえ、あの毎日みたいに今だけは
私が殺した誰かの命を、あなたが考えてよ、私のことを
誰も私には「私」を教えてくれなかった
だって私以上に頭のいいひとは、いなかった
だけれど、あなたならわかるんでしょう、ねえ
――シャーロック。
私の、今も揺らがない。たった一人の「名探偵」

そんな顔をしないでよ
――はは。私も、同じ顔してた?




 散らばった駒を集める。
 指先が叩くチェス盤の上にがらがらと零せば、カーテンが鎖されて薄暗い一室の静謐が割れる。独特の匂いに満ちた一室には、それ以外の音などないまま。
 耳障りな音越しに、銀月が金を見る。
「シャーロック」
 ヘンリエッタ、或いは四番目のモリアーティ(円還竜・f07026)が笑った。
 密室で見詰め合う二人の女の前に、四角く大きなテーブルがある。座る椅子は上等だ。黒の女のそれは、家を示すのと同じ黒と金。ならば相対する彼女は白と銀。
 乗せられたチェス盤は斃れた駒に埋められ、白も黒も分からず混じり合っている。
 それは。
 シャーロックと呼ばれた女を囲むように用意された『四つの』テーブルのうちの一つだった。
「ゲームの続きをしましょう」
 整然と並んだまま動かされていないそれは、きっと脳に制限をかけられた兄の分。
 下の姉の盤は、黒の優勢だからすぐに分かる。もう一つの――知略の痕が戯れに残る、決着のつかない盤面が、上の姉。
「今度はよそ見ナシ。次は、『私』と遊んでよ」
 白い指先が駒を立てる。
 ――眼前の金は、いつも上の姉ばかりと遊んでいた。
 チェス盤を動かす横顔を知っている。そういうときばかりいやに生き生きと、探偵は蜘蛛の糸を手繰った。まるで暴いてみろとばかりに揺らされる細糸が切れぬよう、慎重に駒を進めるのだ。
 それが――。
 勝負とさえ言えぬような、戯れに見えていた。
 まるでポーカーだ。探るような指先が求めるジャック、クイーン、キング。ならば黒の女はジョーカーか。
 いいや。
 探偵が好む、こちらの方が良いだろうか。
 黒い駒は己の前へ。白い駒を彼女の前へ。
 並べ方は知った。もうひっくり返したりはしない。頭を使うことを覚えて、怒りに焼き切れる脳を晴らす理性を識った。
 迷いなく、指先が盤面を整える。『勝負』が出来るように。
 ビショップ、ナイト、クイーン――それから。
「考えてよ、私のことを」
 キングを立てる。
 銀月が、こちらを見ている眸と視線を交わす。
 ――無辜を殺した。
 黒の女は黒でしかなかった。何もかもを塗り潰す色の中で己すらも混沌とした。己より頭の良い誰かなどいなかったから、誰にも何も教えてもらえずに、彼女は『彼女』すらも分からないまま。
 でも。
「あなたならわかるんでしょう、ねえ――」
 シャーロック。
 ただ一人、今も揺るがぬ、黒を暴く名探偵。
 骸を使えば、探偵は『黒』を考えた。事件越しの見えない対話は、二人の他に誰も知らぬ暗号となって、女を漆黒から引きずり出す。
 楽しい毎日は二重になる。名探偵の助手(ワトスン)と殺人犯(モリアーティ)はどちらも女で、けれど探偵は知らなかった。
 『教授』ばかりを見ていたから。己の隣にそれがいることを、暴いたときには遅かったのだ。楽しい楽しい駆け引きの奥にあった、本当のチェックメイトを――。
「そんな顔をしないでよ」
 並ぶ駒越しに視線を交わす。
 言いたいことなど、顔を見れば全て分かってしまうから――。
 笑い声が、空気を揺らす。
「私も、同じ顔してた?」
 黒いポーンがひとつ前に出る。
 ――静寂が満ちる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユルグ・オルド
そこはただ穏やかな戦場で
いやァまァなんだそれ、て思うけどさ
戦禍もなくただ干戈の内に日が暮れる

斬って捨てて交えて避けて
折れて、砕けて、斬ってその次
駆けて、駆けて、果てもなくて
意義も大儀も言葉もなくて
けれどそう、泣かれることもない
嘆く声も伸べる手も
仕留め損ねることもない

好きに遊んでりゃ良いって
都合が良すぎて機械的に掃いて棄ててと
いいや考えなくても良いならば
ただそうあれるならば、悪くは無い筈で

刃を振るってそのまま収めて溜息のフリ
ずっと遊んでてイイってのも詰まんないもんだわ
道具が道具であれるなら、それで十分な筈だけど
ったく我ながらめんどくさくってやァね




 長閑だった。
 尤も、常人の感覚はそれを長閑だとは呼ばないのだろうけれども――白銀を染める血を払う。
 広がるのはどこまでも続く地平だ。めいめい武器を構えた者どもが、男女の別なく得物を振りかざし、血が散って、打ち合う鉄の音が響く。積み上がった骸など数える者もない。足に負荷を掛けぬ程度に柔らかいが踏み込む力を殺さない、実に丁度良い踏み心地の土へ、血腥い染みが増えていく。
 それは戦場だ。
 けれども、武器をぶつけ合う人々の顔に憎しみはない。悲鳴も哀願も、背負うべき重圧も国も、意志さえない。ただ斬られれば骸に変わり、勝者はまた誰かと剣戟を交わし合うだけの――。
 ただ穏やかな、干戈の世界である。
 ユルグ・オルド(シャシュカ・f09129)もまた、その中にあって武器を振るった。白銀に纏う血が幾人のものだったのかもよく覚えていない。土を踏みしめ、永久に終わらぬ地平の中で、どこからともなく現れる戦士と刃を交え続けている。
 宿神の身だ。そも疲労という概念はヒトのそれより遠い。手の中の本体をくるりと回せば、赤黒い生命の残滓が払われて、戦闘続行の合図と変わる。
 現れる五人のうち、まず一人を袈裟に斬る。倒れ伏す膝が地面につく前に、二人目の胸に一陣刃を奔らせて、三人目の剣を弾いて突く。白銀を引きながら前に跳んで振り向けば、四人目の背がそこにあるからと一太刀を。勢い殺さず刃を返して軌道をなぞれば、五人目は逆袈裟の前に武器と命を落とした。
 そのまま駆け出せば目の前に刃。砕いて押し通るついでに翻した銀は赤に染まる。蹴り飛ばした体から投げ出された槍が折れて、その後は誰かがとどめを刺したと見える。背が向けられているから斬り裂いた。剣戟、剣戟、鉄錆、亡骸。
 果てない世界に悲しみはない。抵抗もないから、ユルグの紡ぐ軌道は確実に命を抉る。痛みに呻く声も、命を乞う姿も、泣く顔も、どこにもない。好きなように刃を振るって、けれど感慨もなく掃いて棄てる。
 ――大義も名分もあったものではないけれど。
 何ら考えを巡らせる必要もなく、いつまでもこうして『遊んで』いられるのなら、悪い話ではない。
 ユルグは武器だ。
 根本的にモノである。誰かに使われるための道具なのだから、命を斬って捨てるだけであれるだけでも――まあ、充分だと思っている。
 思っているのだけれども。
 不意に構えを問いて空を見る。日が暮れ行く茜色に、血に塗れたシャシュカを振るって拭ったのなら、もう遊ぶのもおしまいの合図だ。
 ――人間は、日が暮れたら家に帰るのだろうからさ。
 ぬめる赤が地面に吸い込まれたなら、腰の鞘へと慣れた調子で納める。口を衝いた大袈裟な溜息も、浮かべた表情も、それはまあ大層『フリ』らしい。
 遊ぶのは楽しいのだけれども。
 ずっと遊び続けていても良いと言われてしまうと、それはそれで、詰まらなくなってしまうものなのだ。
「ったく我ながらめんどくさくってやァね」
 喉を鳴らせば日が閉じる。一番星が瞬くから、今日という日は、これでおしまい。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リア・ファル
確かに何処までも都合の良い。

――誰も理不尽に虐げられることもなく、健やかに生きて
――そんな世界に、ボクが存在(い)て
――同型機(かぞく)もソコで微笑んでる、なんて――

ボクが創造(うま)れた理由(わけ)。
理不尽に苛まれるのは自分たちだけで十分だと、
ヒトの祈りと、意志と、想いで創られた

その皆が背負うモノがなく穏やかな世界に
ボクが居るなんて矛盾でしかない

ボクを創造した人々が
誰もが穏やかにボクを呼ぶ
その度に、同じ声がボクの胸の裡から、響いてくる
『今を生きる誰かの明日の為に、理不尽と戦え』と!

故に泡沫と知りつつ、出会う人々に感謝を告げて
「また会えて、嬉しかったよ」
襲撃者を待とう




 宙海を漂う感覚が、ひどく懐かしい。
 地球にて一番星と呼ばれるそれを横目に、機動戦艦ティル・ナ・ノーグは宇宙を往く。前途は明るく、光に満ちて、乗せた人々の輝かしい笑顔は期待に満ちている。
 同型機との通信も良好だ。搭載されたHIが人々と交流し、母艦に関する全ての管理を行っている。
 索敵はしない。する必要もない。馳せる銀河に強大な敵はなく、理不尽な滅びはどこにもないからだ。
 周遊する戦艦には万一の武装が積載されているが、それを使う日も来ないだろう。プラントの調子は良好、食糧には多大な余裕がある。この艦の中で、人々は幸福に生き、子を成し、その意志を次代へと繋いでいくのだろう。
 ――そういう未来の中に、リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)の存在だけがうそ寒い。
 かつて護ろうとして護れなかった全てだった。何もかもの重みから解放されて、日々を生きるさいわいの横顔――。
 あまりにも許容できない矛盾が背筋を這う。嘘だ。どうしてこんな場所に、己がいるのだ。
 リアは。
 苦難の中に創造(うま)れた。理不尽と暴虐の中に怯え、明日をも知れぬまま生き延びる人々が、それでも艱難辛苦を乗り越えんとする願いの元に構築(せい)を受けた。
 こんな苦しみに晒されるのは自分たちだけで充分だと――どこまでも透明で優しい、ヒトの意志と想いを織り交ぜて、技術の粋を成されてここにいる。痛みに喘ぐ彼らの、それでもひたむきに生きることを諦めない、ヒトと同じものを背負うために。
 それが――ないのなら。
 創造(うま)れる理由(わけ)がない。
 リアの生みの親たちが呼んでいる。穏やかな声で彼女の名を口にして、めいめい笑いながら手招いている。
 それが真実であるのなら、こんなに救われることはない。リアではなく、あの世界に生きる――或いは、潰えた人々にとって。悲願たる安穏な生活がヒトの中にあるのなら、リアは心底の笑みでそれを見送ることが出来るだろう。
 けれど。
 ――今を生きる誰かの明日の為に、理不尽と戦え!
 血を吐くような祈りが、今も胸の裡に灯る。彼女を招く彼らと同じ声で、同じ顔で、編み上げられた想いがリアを呼ぶ。
 だから、溺れている時間はない。
 まだ先に進むのだ。まだ歩いていくのだ。例えその先がどれだけ苦難に満ちていようとも。この先で、託された祈りを叶え続けるために。果ての果ての世界で、快哉の手向けを贈る日まで。
 それでも、ふと柔らかく伏せた睫毛が震える。開いた桃色の眸に確かな意志を宿し、唇は弧を描く。
 これは幻影だ。
 泡沫のまぼろしに過ぎない。本物の彼らに言葉を届けることは出来ないのだと、知っていても。
「ありがとう」
 ――創造して(うんで)くれて。
 行き交う人々に、忘れもせぬ顔に、リアを作り上げてくれたヒトたちに、そう告げる。万感の思いが、窓越しの星にも届くように。本当の彼らの居場所まで、響くように。
「また会えて、嬉しかったよ」
 浮かべた笑みで背を向けて――。
 今また――幻想の掻き消えた現実で、彼女は戦いに身を投じる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

イリーツァ・ウーツェ

"都合の良い未来"を見せるなら
忘却を覗ける、可能性が有る
失われた物でも、構いはしない
私は、必ず取り戻す

文化入り混じる郷の光景
万嶺境――私の育った地
橙の狐が一匹、今と異なる名で私を呼ぶ
――聞き取れない

傍らに、ヒトガタの竜が三体
金髪灼瞳の竜と、蒼髪紅瞳の龍
"白"と"青"
そして、ふたりの娘
銀髪碧眼の竜

君の髪が、鏡の様に光を映込む事を知っている
君の瞳が、夜に赤く色を変える事を知っている
今初めて、私は君を見たのに

君を見ていると、酷く苦しい
体に不調は無いが、死にそうだ
何故だろう

君の名も、君の声も
私は未だ、思い出せない
だが、必ず取り戻す
待っていてほしい




 失われたものがあまりにも多い。
 記憶とは土台である。思い出が足りねば、思いを馳せるほどの未来など思いつくはずもない。そうだとするならば、今この場に立つ意味は――。
 歯抜けと呼ぶことさえ出来ぬだろうほどの空白に満ちた過去に、立つ長躯の竜は手を伸ばさんとした。深緋の瞳に映し込んだ光が瞬く。
 ――墜ちる。
 イリーツァ・ウーツェ(竜・f14324)の翼が反射的に広がった。失墜の感覚は、しかし空を切るには及ばない。地に着いた足はそこを離れていないし、重力を『消す』までもなく、彼はそこに立っている。
 必要のない瞬きを挟んだのは、どういう理由だっただろうか。
 広がる光景にはひどく馴染みがある。数えることすら知らぬ年月を路傍のものとして過ごした果て、意志を芽生えさせた古竜が『育った』地――万嶺境。
 数多の文化が入り混じる異郷は、この世界とは次元を隔する。どこでもなく、故にどこでもあるその地に聳える殿――万嶺殿と呼ばれるそれが見える。
 ――これが、望む未来か。
 立ち尽くす竜を呼ぶ声がある。視線を遣った先にいるのは、橙に近い赤髪を煌めかせる狐だ。理を違いながら、兄と呼ぶその男が、視線の先にいる。
 イリーツァを呼んでいる――と思ったのは、彼が手を振っていたからで。
 けれど実のところ、発している言葉までもが聞こえていたわけではなかった。己の名であろう部分が雑音に掻き消され、どう聞いてもはっきりとしない。
 その音だけは、どうにも消せなくて――。
 ニンゲンがそうするように、首を傾いで疑問を呈した竜は、ふと傍らに歩み寄る気配に視線を巡らせた。
 竜である。ヒトガタを取る相貌を知っている。
 白――と呼ぶ、金髪灼瞳の竜と。
 青――と呼んだ、蒼髪紅瞳の龍。
 イリーツァにとっては師となる相手だった。竜と定義されておきながら、『竜』の何たるかさえも知らなかった彼にとっては、その二人こそが『竜』たるありさまの手本だったのだ。
 それから、もう一人。
 その容貌を見た瞬間に、胸に当たる部分へ衝撃が馳せて、イリーツァは傷口を押さえるかのように胸元へ手を遣った。
 銀髪碧眼の竜。
 ――二人の娘だ。
 その姿を初めて目にした。記憶のどこを探っても、曖昧に破けて消えていく。掴めぬその中に、この姿があったというのなら――どこまでも深く伸ばした手は、しかし空疎だけを掻いた。
 それなのに。
 ――それなのに、どうして。
 銀の髪が光を映し込んで、鏡のように輝くのを知っている。碧い瞳は陽光に煌めくけれど、夜には紅を灯すと知っている。何も知らないはずの彼女を、イリーツァは確かに『識っている』。
 確かな記憶が胸の裡から湧き上がった。拍動を必要としない心臓が締め付けられる。言葉を発するとき以外で、吸う意味もない息が乱れる。下りる必要のない瞼が、眸に蓋をしようとする。
 死すらも消滅せしめるのに――。
 ――死にそうだ。
 竜の娘はただ立っている。その唇が声を発することはない。それは、イリーツァの記憶が未だ不完全で、抜け落ちたものを取り戻せぬ証だった。
 けれど。
「君の名も、君の声も、私は未だ、思い出せない。だが」
 必ず取り戻す。
 深緋に――確かな意志を宿す。約定でもない。ニンゲンに紛れるに要する仕草でもない。それでも。
 それでも、いつか必ず。
「待っていてほしい」
 ――この手を、星へ届かせてみせる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
星を見上げて、手をのばす
心でうけとめても
手の届かない願いはある
そう
例えば『幸福な楽園』の舞台がみせる夢のような

享楽の黒曜の街
舞台がはじまる
緊張する僕を
ノア様―僕のとうさんである吸血鬼が撫でる
美しい黒の人魚エスメラルダ…かあさんが励ますようにほほ笑み
これからかあさんと一緒にとうさんの
座長の作った舞台に立つ

演目は『一等星』

家族のぬくもりが嬉しくて幸せ
こうしていたかったんだ
本当は
皆で一緒に
愛を歌いたかった

『お前はなにも見ずともよい』
偽りなど

脳裏に響く言葉
違う
これは

僕はとうさんから劇団を継いだ
最期の贈り物
『櫻沫の匣舟』
僕は僕の舞台をつくり歌うと誓ったんだ!
だから

この未来は違う

けれど
嗚呼、
よい夢だったよ




 見上げる青い瞳に星の瞬きを映し込む。宙を泳ぐリル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)の腕が空を抱くように伸びて、一番星のひかりを一身に浴びる。
 心は受け止め、前を見た。
 それでも隠せぬ、届かない願いがあることを、どうして否定できようか。なればこそ愛しい想いの涯に、見える未来があるのなら。
 それは、そう。
 リルがいっとう好きだった、あの演目のような――。
 はたりと瞬けば世界が切り替わる。見渡す限りに満ちるのは、期待の熱と仄かな緊張。享楽と黒曜の街の、舞台裏だ。
 運ばれるのは泡沫の熱狂と、そして残酷な最期。常闇に差す街の一角にて、満員の舞台は今にも幕を開けんとしていた。
 まもなく始まる演目は、名を『一等星』。
 リルが父と慕うノア・カナン・ルーが作り上げ、彼が愛した黒鱗の人魚――母たるエスメラルダが紡ぐ至上の舞台。リルは今日、晴れてそこに共に立つこととなった。
 そう自覚すると同時に、得も言われぬ緊張感が強く身を包む。この日のためにたくさん練習したけれど、果たして初舞台が上手く行くのだろうか。『享楽の匣舟』の座長たる父の演目を、母の晴れやかな舞台を、邪魔してしまいやしないだろうか――。
 ひらりと揺れる尾を落ち着けるように、大きな掌がリルの頭を撫でる。
 見れば父が頷いた。その目許が優しげな色を浮かべる。窺うように視線を巡らせて母を見れば、エメラルドの眸がかたどる優しい微笑が、包み込むように今より歌姫となる人魚の背を押す。
 思わず唇が綻んだのは、それが暖かかったから。心の底に満たすことの出来ぬ願いが、全て叶ったような心地がしたから。
 息を吸えば、当たり前のように声が零れる。母の美しい声と、リルの囀るようなうたが重なって、黒白の人魚の声が生み出す旋律が天にも届かんと街を包む。
 ――ずっと、こうしたかった。
 優しく微笑む母と、胸の裡に戀と愛の花咲かせた父と。
 紡ぎ続ける舞台を共にして、歌って、家族の温もりの中で過ごしていたかった。叶えばどれほどのさいわいだろう。未来にもずっと、リルは歌姫として、ここで家族の舞台を謳い続けるのだ。
 それはきっと、いつか見た『幸福の楽園』とよく似た光景で――。
 ――お前はなにも見ずともよい。
 父の声が響く。万雷の喝采と、残酷な舞台に。
 あのとき彼は哀しげな顔をして――。
 あのとき。
 そうだ。
 リルの脳裏に閃く記憶が、糸となって全てを手繰った。水底に睡る都。忘れられたひかりの底で、交わし紡いだ最期とはじまり――見たいと願い、そして今は一番近くにある、薄紅の花弁も。
 だから――リルは、ここでずっと歌い続けることはできない。
 白き人魚が紡ぐ演目は色を変える。享楽は櫻沫へ繋がれた。謡うは悲劇でなく、愛とこいを咲かす歌。つくり手が背負うはカナン・ルー――。
 歌姫人魚の突き立てた短剣は、愛し父を泡沫とした。捧ぐ愛謳い恋紡ぐ挽歌は、されど水底に沈みゆく未来を照らす光となる。
 ああ、ここが行き着くべき場所でなかったとしても――。
「よい夢だったよ」
 わらう半月闘魚が、一等星に未来をうたう。
 ――リルルリ、リルルリルルリ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ゼロ・クローフィ
煙草に火をつけ一服し
煙を空へ
見上げた空に煌めく一番星
星か…

暫くすると騒がしいほどの声が聴こえる
声する方へと顔を向けると数人の男女
年齢は様々で楽しげに談笑している

誰だ?
知らない顔達…いや、何故か知っている
顔はわからないが仕草に口調に覚えがある
嗚呼、俺の身体、いやあの身体に入っていた奴等か

実験であの器に数人の人や人外を無理矢理押し込んで人格が崩壊した
もしも、あの実験が行われなかったら其々の人生を送ってたんだろう

きっと俺も…
一人の女が笑顔で手招きをする

ひとつ溜息をつく
悪いが俺はそっちには行けない、行かない
もしもなど今の俺には不要な事だ

俺はただ真実が知りたいだけだ
俺が誰なのか…と




 細く立ち昇る煙が夜空を過る。
 紫煙越しの星が煌めく。翡翠色の眸に過るひかりに、ゼロ・クローフィ(黒狼ノ影・f03934)は灰色の息を吐き出した。
 押し出すような吐息が夜を揺らす。一番星の輝きに目を眇め、彼は唇から煙草を離した。遮られていた光が目に入る。いっとう鮮烈な色を放ったそれに、目が眩んで――。
 遠くの喧騒が、俄かに距離を詰めたことに気付いた。
 雑踏というには確かな意志を持った声がする。有象無象というにはどこか懐かしく鼓膜を揺らす、賑やかな声音の方へと視線を投げ遣る。
 ――そこに集まって楽しげに声を交わす数人の男女に、見覚えはないはずだった。
 性別も年齢もてんでばらばらだ。一見して何らの接点もないように見える彼らのことを、当然のようにゼロも知らないはずなのだ。それなのに、心の裡側からせり上がるのは、どこか郷愁にも似た懐古の情だった。
 顔は知らない。出で立ちも初めて見る。そんな姿をしていたのか、とさえ思う。けれどふと髪を直す指先の仕草に、思わずと零れる口調に、覚えがある。
 朗らかな断章を続ける彼らを見遣りながら、不意に気付いた。
 彼らは――。
 ゼロと共に在った者たちだ。
 非道な実験を受けた。たった一つの器には多すぎるものを纏めて詰め込まれたのだ。男。女。子供。大人。或いは人ですらない、人外の理。無秩序に、無差別に。
 その中に、今はゼロとなった者もあった。
 けれど、ひとつの肉体が、押し込められた精神が、そんなものに耐えられるはずがない。
 全てが混ざった。全てがほどけた。狭すぎる器の中で、一つが一つとぶつかれば、割れたところから別のものが這入った。ぐちゃぐちゃに崩れたそれらは心の中にある何もかもを壊し果てて、人格だと言われたものは尽きた。
 だから、ゼロは零なのだ。押し込められたもののめちゃくちゃな融和の中で、己の存在さえも喪った。心の中に生まれた『人格』は最早どれが誰のものなのかも分からずに、本当の名前さえも雑音に塗れて消えたのだ。
 もし。
 もしも、あの実験がなかったのなら。
 押し込められた人々は、それぞれに与えられていた毎日を続けていたのだろう。ともすれば、こうして出会う機会もあったのかもしれない。
 そして――。
 それは、ゼロとなってしまった者にとっても同じことだったはずだ。
 一人の女性が彼を見る。笑って手招くその姿を、男はじっと見た。
 ――徐に、溜息が空を切った。
 首を横に振る。紫煙の香りが鼻に戻って来るようだった。首を傾げる女にも、ただ翡翠の眸は揺らがぬまま。
 ゼロは、そこに行けない。
 過去にあった無限の分岐点の全ては不可逆だ。望めど祈れど神は時を戻さず、人を救わない。都合が良い救済などあり得ず、この世界に満ちる辛苦の和らぐこともない。
 だから――もしもの果てにある都合の良い未来には、行かない。
 背を向ける。口に咥えた煙草が肺を通り抜ける。
 ゼロが追い求めるのは、都合の良い未来でも、救済でもない。
 『零』が一体誰だなのか。
 その、ただ一片の真実だけだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

玉ノ井・狐狛


都合のイイ未来、なァ。

賭博師って生物にゃ、そもそもまともな未来がない。
勝っている限りは生き延びて、負けたらそこで死ぬ。
“まだ死んでない今”がその場しのぎにつづいているだけの、ろくでもねぇ道なワケだ。
ゴールがあるでもなく、ただ歩けなくなったらおしまい――って世界さ。

ま、そんなのはどこの誰だって同じかもな?

何にせよ、“たられば”を挟める場所は限られらァな。
ありえざる夢を見せるってなら、つまりそれはきっと。
根本的に別の道の話だろう。

࿊IF
約四年前、〈呪い〉の有無が分岐点。
十五歳で家を継いだのち、陰陽師として治安維持活動などに従事。
風貌もおとなしい、真っ当な陰陽師のそれ。
三歳ほど下の義妹が助手。




 星灯りを見上げて、未来への思い巡らす琥珀が瞬く。
 例えば、そういうものが己にあるのだとして――。
 玉ノ井・狐狛(代理賭博師・f20972)は、それが今の延長線上にないことを知っている。
 生業は博徒だ。天性の霊感と洞察力は術師の家系でより鋭く磨かれた。一転、放り出されたとしても、培ってきた技術までもを家に置き去りにして来たわけではない。繰る札の扱いも趣味とあれば慣れたもの、数多の勝利と信頼を築き上げた代理賭博師は、裏社会で食いつなぐに充分な実力を有している。
 ――それでも博徒は博徒である。
 一つの勝負に食い扶持と命を賭ける。勝って勝って勝ち続けるのは、生きるための最低条件だ。敗北は即ち死を招く。勝利の一歩を前に踏み出せねば、そこで歩むための足から腐り落ちて命を捨てる――そういう生き物だ。
 なればその先にまともな未来があろうはずもない。その場しのぎの息を繋いで、その先に訪れる再びの急場を如何に乗り越えるかだけを考えて生きている。
 否。
 ――『死んでいない』だけか。
 いつ死んでもおかしくないような身を動かして、それでもなお歩く姿を、生きているとは言うまい。
 それでも、その足は目指すべき目的地もないのに前に出る。金と命と魂を賭けた勝利に、次の一歩が紡げなくなったときが終わりだ。誰しも真実はそうして歩いているのかもしれないが、こと賭博の世界に足を突っ込むというのは、そういう生き方をまざまざと突き付けられることを許容する――ということでもある。
 だから。
 今の狐狛は、『詰んでいる』というものだ。
 光明がないと悲嘆するわけではない。夜道とて充分に歩けるだろう。そも照らされていると思っているだけで、いつ途切れるとも知れぬ道に命を賭けているのは皆同じだ。
 ただ、今の狐狛には、手を伸ばすべき星が見えない。
 ならば――その琥珀色の眸に映し込むべき未来があるのだとすれば。
 ぐらりと視界が揺れる。一番星の輝きが潰えて、世界が逆さに眩んだ感覚があった。
 瞬いた瞳に、映るのは四年前までそこにあった光景だった。
 三つばかり歳下の義妹がいる。くるくると動き回っている彼女は、見知った姿よりは幾分大人になっていた。目の前の鏡に映り込む自身の姿に目を走らせれば、そこには裏社会を生きる博徒の面影は一つもない。
 そこにいる狐狛は、淑やかで真っ当な陰陽師だった。
 ――家督を継いだのは十五のとき。
 不意に脳裏を閃くのは、ここまでの記憶だ。持ちうる天賦の才を用いて治安維持に努め、彼女は家に恥じぬ働きをして来た。
 そこに『呪い』は欠片もない。呪われた娘などいない。家から放り出されたことも、そうして裏社会に身を埋めねばならなかった理由も――。
「あァ、そう――」
 小さく漏れた声に気付く者はない。将来を嘱望された通り、仕事をこなしては皆に好かれる、『そうあるはず』だった己の姿。
 それを目の前にして、彼女はゆるゆると息を吐く。
 これが。
 狐狛にとって一番都合の良い、『たられば』だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

虹結・廿
例えば「虹結・廿(わたし)」が居なかったら、「みんな」はどんな風になっていたのだろう。

みんな違う姿で学校に行ってたりするのだろうか
βは静かな子だから一人で本でも読んでそう。
γは真面目な子だから委員長かな?
δは悪戯好きだし毎日怒られてるに違いない。
εは元気な子だから部活の人気者かも?
……α(私)はどうなっていただろう。

虹結・廿として作られて、記憶を人格を転写されたとして個を持たない訳では無かったなんて、創った人達は思いもしなかったに違いない。

そんな有り得ない世界を一度だけ夢見た事があった。

廿(わたし)のいない世界で私達に違う未来はあったのだろうか?

……ただの妄言ですね。
さあ任務を遂行しましょう。




 たくさんを纏めて出来上がったひとつがなかったら、その中にあったたくさんはどうなるのだろう。
 恙なく日は落ちて、また昇る。賑やかな教室に集まっていたのは、虹結・廿(クレイビングリビングデッド・f14757)として構成された『たくさん』だった。
 教室の一番隅、一番後ろの窓際の席で本を捲り、落ちて来る眼鏡の位置を直しているボブカットの少女は、きっと静かなβ。
 黒板に残った落書きの痕を消しながら、始業の二分前になっても席につかない人たちを諫めるように声を上げる長い髪の娘は、真面目なγ。
 γがいっとう睨むように見ているのに気にも留めず、走り回っては友人たちにちょっかいを出しているショートカットの少女が、悪戯好きのδ。
 チャイムの鳴るぎりぎりになって、校章が刻まれた大きなバッグを手に、朝練を終えて友達と一緒に駆け込んで来る背の高い娘が、元気なε。
 ――黒い髪を一つに纏めて、それを教室前方の席から見ているのが、α(私)。
 どうして分かるのだろうかと言われれば、きっとそういう場所だからだ。廿は――αはそう思ったし、それに納得した。
 全身を義体とした。電脳化すら済んで、この体にはもはや人間だったときの名残はほとんどない。故に同じ義体を量産して、電気信号を転写して、『虹結・廿』は複数体の塊を指す呼称となる。
 そのはずだった。
 ――ただ最初の存在を転写されただけの義体が、自我を持つと想像した者は、誰もいなかったろう。
 電子化された脳は、全ての義体の記憶も経験も共有する。同一存在と言って差し支えないはずの彼女たちに芽生えた少しの差異は、けれどそれぞれが別個の存在だと証明するには充分すぎた。
 同じものを見て感じても、αとβの思うことは少しだけ違う。γもσもεも、それぞれの価値基準が僅かに――それは『虹結・廿』という少女の原型を大きく覆さない程度の違いに過ぎないけれど――差異を持つ。
 『私』でしかなかったはずのそれらが『私たち』になって、『たくさんで一つ』は『ひとつで沢山』になった。基礎の同じつくりものは確かにひとつだけれど、その中にはたくさんがいる。
 だから、もしも。
 もしも『廿』という軛がない世界があったとして――。
 その先に、廿(みんな)が生きているのだとしたら、どうなるのだろうと。
 一度だけ夢見たその問いに対する、最適解が目の前にある。一番都合が良くて、一番平穏で、一番現実離れした答えだ。
 虹結・廿(わたし)のいない場所で、違う未来を見られるのだとして。
 この世界が訪れるのだとしたら、αは――。
「……ただの妄言ですね」
 チャイムが鳴る。教師の足音がドアの向こうから聴こえてくる。恙ない世界の空想は終わりにせねばなるまい。
 『廿』は生きている。存在する理由も、意義も分からずとも。打ち倒す敵がいて、任があり、戦う力がある。だから、分かる。
 ひとつで沢山の『廿』は、『たくさん』にはならない。
 ――なることはない。
「さあ、任務を遂行しましょう」
 教室の扉が開かれる先に、廃ビルの屋上が見えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

太宰・寿
英(f18794)と

幻を見るなら、君とがいい

目の前には、両親と英の姿
囲む食卓はあたたかい

命を守るために働く父が誇らしい
人を楽しませるために働く母が誇らしい
そうして見るのは二人の背中ばかり
ぬいぐるみと真っ白のノート、それからクレヨン
いつも一緒に過ごしてた

だから思ってしまう
この子が弟だったらいいのにって

でもそんなことありえない
分かってて願ってしまう未来
別に不満があったわけじゃない
両親から愛されていると思う
だけど、時々ひどくさみしい

いつか、この幻みたいに目の前から優しく消えてしまうなら
君が自分で道を選ぶその時まで
見守らせてほしいの


花房・英
寿(f18704)と

楽しそうに絵を描くあいつがいる
いつもの光景
でも、俺の身体が機械じゃなくて

絶対にありえない、都合のいい未来だ

だって、
この身体が機械じゃなければ
あいつには出会えない
俺がただのヒトで、ただの高校生だったなら
あいつは俺の手を掬い上げない
「英」と呼んでくれない
世話を焼いて、笑いかけてくれない

なのに
幻の寿もいつもみたいに「英」と呼んで笑いかけてくる

嫌な幻だ
絶対にありえないと分かってるのに
縋りたくなる

そうなる前に、早く俺の手を取ってよ

家族を知らない俺には分からないことも多いけど
それでも、俺にとって寿は家族みたいに接してくれてると思うから

揺れる俺の感情を受け止めてくれるのはあんただけだろ




 瞬く星に夢見たのは同じ、『かぞく』のいろ。

 ずっと背中を見ていた。
 両親は立派な人だ。いつでも誰かのために戦っている。命を守り人を助けるために働く父に、誰かを楽しませるために日々を過ごす母。
 そんな二人が大好きだったし、大好きだ。自分が愛されているのも知っていて、いつもいい子に背を見送った。人の役に立つということは忙しいことで、愛する者に想いのぶんだけ時間を掛けることすらままならないのだと、何より心が分かっていたから。
 だから。
 太宰・寿(パステルペインター・f18704)と一緒にいたのは、縫いぐるみと、まっさらなノートに線を引くクレヨンだった。
 ラップのされた皿をレンジに入れて、ひとり机に置く。温めた料理は少しだけ水気を帯びていて、それを食べているときはいつも、心に冷たい風が吹き込むようだった。
 ――文句なんかない。
 ただ、寂しかっただけ。
 だから目の前にある光景は、都合が良いのだと言われれば、きっとそうなのだろうと思った。
 暖かな食卓を囲むのは四人の影。寿と、父と母と――不愛想だけれど暖かな、彼の姿。当たり前のように用意された四人分の夕食は作りたてで、談笑する口に乗るのは、例えば今日のテレビ番組の話だとか、そういう他愛のないことばかり。
 何ということのない家族の日常が、現実でないと知っている。黒い髪で視線を逸らす彼とは血の繋がりもないし、父と母の多忙は彼らが引退を決意するまで続くだろう。今の寿と、今の彼と、今の良心が――ひとつの食卓を囲んで、時間も気にせず出来立ての食事を共にするなんて、天地がひっくり返るくらいの奇跡だ。
 分かっている。
 分かっているけれど――。
 ひとりで過ごすのは、ときどきひどく寒いから。
 隣にいる彼が本当の家族だったらと。
 弟だったら良いのに――と、願ってしまう。
 きっとそうしたら、胸に吹き抜ける風はなくなるのだろう。独りでは閉められなかった窓が二人めの力で閉じて、そうしたら寿の中に孤独はなくなる。暖かな団欒の時間が、本物の家族のものになれば良い。
 けれど、これは暖かな幻だから。
 瞼を伏せて、大きく息を吸い込んで――。

 変わらぬ光景の中に、違うものがあるとしたら、それは己だ。
 花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)を呼ぶ声がする。英、英――手招くのは、相棒であり共に暮らす存在でもある、彼女だ。
 手には絵筆を持っている。何か頼みたいときの仕草でもって伸べられる手の先で、彼は己の手を見詰めていた。
 血の通わぬ機人だ。
 そうであったからこそ、彼女に出会った。誰に向けたかも分からぬ英の手を掬い上げて笑う、暖かなひとの手。不愛想で面倒くさがりな英の世話を焼いて、名を呼んで、楽しそうに絵を描いて――隣にいる。
 家族など知らない。育ったのはとても普通の人間のそれとは言えぬ環境で、当たり前にある温もりなど知らなかった。
 けれど、彼女のような存在を、ひとは家族と呼ぶのだろうかと夢想した。
 世話を焼いて。
 あれこれと目をかけて。
 名を呼んで、笑いかけて。
 ひとが――姉と呼ぶような、その仕草と。
 出逢えたのは、紛れもなく彼の身がひとのそれとは違っていたからだ。そうでなければ、絶対に交わるはずのない運命だった。
 それなのに、今の英の手は暖かい。血の巡る体は紛れもなく人間のそれで、きっと年齢に見合った、高校生なのだろう。
 あり得ないほど都合の良いそれに――唇を引き結ぶ。
 分かっているのだ。こんな世界は幻想に過ぎない。本当の二人は家族ではなくて、英の身はひとのそれではなくて、けれど。
 ――縋りたくなってしまう。
 己が普通の人間で、彼女は家族で、一緒に生きていて。
 そんな世界に、浸りたくなってしまう――。

 不意に、英の手が掴まれる。
 はたりと瞬けば、目の前のさいわいは掻き消えた。代わりに微笑む寿がいる。その表情にゆるゆると強張りをほどいて、英は息を吐いた。
 家族のように在ろう。本物の家族ではないけれど。心の奥底で揺れる思いを受け止めて、己が道を選ぶその日まで、二人で手を握り合って生きて行こう。
 ――いつかそれが、まぼろしの如く優しく晴れてしまうとしても。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

水標・悠里
アドリブ歓迎
私ではない、よく似た姿の少女が街を歩いている。
姿は同じ、瞳の色だけが違う。青ではなく桜の色。

恋をして、友人と笑い合って
掛け替えのない光の中を生きていく
一人娘で箱入りだなんてからかわれても、両親の愛を否定することなく
満開の桜のように鮮やかに、儚く散ることなく

私は誰に知られることもなく、ただ無名の何かとして
そうですね、春になって幸せな彼女を見ていられたらそれでいい
蝶になってもいいし花でもいい

私がいない
私の代わりに、彼女がいる
一人分の役者をすり替えて時が進んでいく
彼女に訪れるはずだったありふれた幸せ
私に訪れるはずだった冷たい最期

気づかないでいて欲しい
気づいたら忘れられないでしょう、だから




 黒蝶が舞う。
 春へと変わる季節のあわいに、道行く姿を見守るように、桜の花弁の狭間を飛び回る。歓待の季節への期待に膨れた花々の蕾を揺らし、門出を祝う薄紅が道を彩った。
 黒い髪を揺らし、水標・悠里(魂喰らいの鬼・f18274)によく似た少女が駆けて行く。溌剌とした目ばかりが桜と同じ色をして、彼の眸に似た空を見上げて、ふくふくと笑った。
 何の祝祭の日だったろう。
 誰かをそわそわと待つようにして、少女が視線を巡らせた。落ち着きのない仕草に頬が期待の紅潮を孕む。しばしの間、そわそわと体を揺らしていた彼女は、聞こえた声に跳ね上がらんばかりに驚いた顔をして――。
 それから、ひどく嬉しそうに駆け出した。
 彼女を呼ぶのは、低くて透き通った、真っ直ぐな声だ。見れば同年代と思しき少年が立っていて、さやさやと笑っている。桜色の眸はまっすぐに、そのひとを見詰めてさいわいを浮かべた。
 ややあって、数人の娘たちが現れる。分かりやすい彼女の表情を揶揄うように、その耳にひそひそと小声を零して、余計に赤くなった頬に少年だけが首を傾げる。
 ――そのまま、一団はじゃれ合うように坂を下っていった。
 はらりと、蝶が舞う。
 意志を持つように蕾へ留まったそれが、溜息めいて翼を広げる。飛び立つことを諦めて、その背を追うことを諦めて――けれど、複眼はじっと見得ぬ坂の先を見ている。
 悠里は春になった。
 それは在るべきかたちだ。『お役目』を果たした柱はつめたい世界の他に何も知らないまま、歯車を狂わせた娘は運命など知らぬまま。姉は生きて、弟は魂を運ぶ蝶と姿を変えて、世界は正しく時を刻む。
 この世界に生きる娘の輪の中に、悠里の存在を知る者はいない。知っている大人は皆口を閉ざして、子供たちはそんな些細な秘め事よりも楽しいものへと目を向けて――だから、ここには何もないのと同じだ。
 黒い蝶は、はらひらと舞う他の蝶と変わらぬものとして、春になる。
 名前もないまま。さいわいも知らぬまま。愛も、戀も、友も、どこにもないままで。
 尽きるべきだったひとつが生きた。代わりに、続くべきだったひとつが死んだ。運命は一人分の役者を挿げ替えて、知らぬ顔で廻り続ける。
 ならば逆でも良かったはずだ。在るべきように、定められていたように――姉が生きて、悠里が死ぬ。渇望したはずの当たり前のさいわいに、この身が照らされることすら拒みたがる少年ではなく、それを当然と受け取ることの出来る少女がここに在る未来。
 それは、何と救われているだろう。
 水標には一人娘がいた。箱入りだと揶揄われることも多かったけれど、両親の愛を一身に受けて、それを幸福と受け取って、溌剌と生きる娘が。
 彼女に弟などはいなかった。つめたい牢獄で独り死を迎えた誰でもない誰かは、名もなき独りのままで――。
 ――だから、どうか。
 気付かないで。知らないで。探り当てたりなどしないで。その手を穢すことなど、ないままでいて。
 祈るような蝶の羽搏きは、春の空に舞い上がって、融け消えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート


あぁ──そうだ
革命が成って、自由を勝ち取って
誰も死ぬこと無く、幸福を手に入れる
美味い物を食う権利も、学ぶ権利も、仕事を選ぶ権利も、外に出る権利だってある
夢を持つ事だって許される
そんな世界を、アイツらと勝ち取った
見ろ、欺瞞は崩れ去った
ここからは本当の歴史と幸福を───

くだらねぇ
こんなもんは全て嘘っぱちだ
もう無いんだ、こんな未来は
もう居ないんだ、本当に幸せにしたかった奴らは
もう救えないんだ、誰も、何も

生温い嘘の幸福に浸ってんじゃねえぞ
壊したのはテメェだ 全てテメェのせいだ
元凶が逃げてんじゃねえ
握りつぶせ、過去の残冬を
テメェはその罪を背負わなくてはならない
これは、誰も救われない──報われない舞台だ




 革命は成った。
 Arseneの計画は、果たして仲間たちの予想を遥かに超えて、真実の勝利を掴んだ。街を支配する者は蜂起した民衆の後押しを受ける冬寂に打ち倒され、彼らの生きる世界は支配を逃れた。
 ――立役者たる少年は、英雄と成った。
 口々に叫ばれる快哉の声。仲間たちの驚く顔が笑顔に変わって、為した革命への歓喜と、それを諦めなかった少年への感謝が口を衝く。
 誰一人欠けることのなかった仲間たちに囲まれて、Arseneはただ立ち尽くす。
 これからは、何でもある未来が待っている。
 地べたを這いずって生きる必要などない。苦しみにあえぐ今を薬で誤魔化し、味ばかりが薄ら寒いほどに再現された合成食料を口にする必要もない。人を騙し、蹴落とし、裏切り、殺すすべばかりを学ぶ必要とてない。
 旨い食事がたらふく食せる。彼ほどの年頃の者は、きっと皆学校に通えるだろう。もっと歳上の人々には、まともな仕事が待っているだろう。願う必要もなく食い扶持が手に入る。手を汚す必要も、汚い仕事を浚って歩く必要もない。
 当たり前の日々にもきっと苦難は満ちていて、けれどこの革命を成し遂げた彼らには――平等を望み、当たり前の幸福を望み、そして勝ち取った彼らには、そんなものは些末なことだ。
 これからの世界には、望んだ全てがある。生きて行くために本当に必要だったはずの何もかもが、誰もの手に降り注ぐ。
 今ここを以て、彼らは初めて人間と成った。溝鼠のような薄汚れた命であり続ける必要は、どこにもなくなった。
 夢を懐ける。
 これから幸福を作ろう。作れば良い。作る権利がここにある。命すらも懸けた戦いのためだけに生きた日々から、細やかで大切なものを守り続けて、笑って夢を語らう日々へ――。
「くだらねぇ」
 ――吐き捨てるように呟いた少年の声に呼応して、幻影は崩れ去る。
 ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)の夢は瓦解した。決して賭けてはいけないものを賭けたと気付いたときには既に遅く、何もかもは壊れて消えた。
 違う。
 壊したのだ。消したのだ。ヴィクティムが、その手で。最後の機にさえ背を向けて、独り生き遺った。何よりも大切なものを、誰よりも大切にしたかった彼らを引き換えにして逃げ出した。
 抱えた罪に心が軋む。生きる安らぎが毒となって降り注ぐ。それでも足りない。なお生温い。手が届くはずだった幸福を引き裂いて、果てに遺った冬の中で独り、ヴィクティムはのうのうと生きているのだ。
 ならば成さねばなるまい。
 御大層な夢を懐いて、分不相応に手を伸ばし、英雄に成り損なった少年は。
 今再び過去の海より現れた、己が齎した冬を終わらせねばならない。壊し、見捨て、背を向けたそれに――己がこの手で終止符を打たねばならない。
 あったかもしれないさいわいの、生温い嘘が砕け散る。罪ばかりを背負って生の毒を呑み干す端役の前で、今宵の舞台の幕が上がる。
 題目は無名。筋書きはない。全てが役者任せの、空白だらけの台本に、しかし鮮明に書き付けられているのは、それが悲劇であるという事実だけ。
 誰も報われない。
 誰も救われない。
 ――あの日に、そうであったように。

 そして、望みの全てが凍てる冬が来る。
 星を輝かす光を脅かし、羽搏きの音が降る――。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『強欲の傀儡『烏人形』』

POW   :    欲しがることの、何が悪いの?
対象への質問と共に、【自身の黒い翼】から【強欲なカラス】を召喚する。満足な答えを得るまで、強欲なカラスは対象を【貪欲な嘴】で攻撃する。
SPD   :    足りないわ。
戦闘中に食べた【自分が奪ったもの】の量と質に応じて【足りない、もっと欲しいという狂気が増し】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
WIZ   :    あなたも我慢しなくていいのに。
【欲望を肯定し、暴走させる呪詛】を籠めた【鋭い鉤爪】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【欲望を抑え込む理性】のみを攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 黒翼の羽搏きが、不意に目の前を掠める。
 降り立つそれが啼いた。全てを欲する強欲の鳥が、猟兵たちを取り囲んで、夜空に高く声を上げる。
 欲しい。
 欲しい――。
 その願い。その想い。その未来。夢を喰らい、持ち帰り、己がものとして嗤う。
 降り立つそれらの翼が迸るより前に、その姿を目にすることが出来るのは、現実を取り戻した者のみだ。幻影の裡に囚われながらも溺れることを良しと出来ぬなら、掻き消えない惑いの中で、その翼を見ることとなるだろう。
 叶えられた未来に溺れ沈むなら――。
 強欲の黒翼は、高らかに嗤いながら夢を摘む。現実にも幻影にも還ることの出来ない暗闇の中から抜け出すすべは、心の裡の確かな喪失に苛まれて尚、それらを討ち滅ぼす他にない。
 ――届かぬ星の瞬きを遮って、昏い夜が訪れる。


※二章では特殊ルールを設定させていただきます。
 二章よりご参加をお考えの方も、プレイング内で触れて頂ければ、軽くにはなりますが冒頭で幻影の描写をさせていただきます。
 遅れて駆けつけたので現実で戦う、というのでも全く問題はありません。

 プレイング冒頭で、幻影への没入度を、以下の指標を用いてお教えください。

 ①→幻影を完全に振り払い、現実で相対します。戦場は廃ビルの屋上です。
 ②→完全に払うことは出来ず、幻影の中で相対します。戦場はそれぞれの見る都合の良い未来の中です(どんな未来であれ、能力は減衰しません)。
 ③→幻影に完全に溺れ、抜け出すことが出来ないまま奇襲されます(判定は「苦戦」となります)。相応の傷を受け、真っ暗な空間で戦います。

 どれを選択しても、三章での判定には一切関係しません。がっつり心情でもユーベルコードさえあれば何やかやでどうにかなります。お好きなようにプレイングをお書き頂ければと存じます。
 プレイングの受け付けは『4/9(木)8:31~4/12(日)22:00』までとさせて頂きます。どうぞよろしくお願いいたします。
クロト・ラトキエ
〇①

幻を思う今
頭上は取り放題
背はガラ空き隙だらけ


他者を喰い潰して繋ぐ命
欠片も痛/悼まず
これまでもこれからも“生存する”

…けど
消せぬ思いが一つある
あのひとが秘める、懐き続けた希望、幸せの形…
己の今の望みは、倖いは
それらを犠牲に叶ってる?

今更に識る
これが――罪悪感、か

『都合の良い未来』
血塗られた身には分不相応と
そう言いたかった?


眼鏡を外す
…機嫌ね。最悪
お粗末な演技だったが…さて、何体誘えたか
願い?夢?
奪うといい
――やれるモンなら

UC解放
リミッターは無しだ
廃ビルに、翼、足、頸に…閃き絡ます鋼糸
命、幸福、未来…
ひとからさんざ奪い来た、元より強欲な簒奪者の寿命だ
サービスしてやる
持って逝け
八つ当たりの…鏖




 戦場を生き抜き続けて来た男とは思えぬ隙に、黒羽が舞い落ちる。
 星を覆う烏の翼を前に、暗色はいっそう影めいて夜に融けた。格好の餌を前に舞い立った人形たちの口が、甲高い女の声で嗤う。
「ねえ、ご機嫌いかが?」
「……機嫌ね」
 徐に零れた声は低い。
 穏やかな男の仮面に罅が入る。白い指先が眼鏡に触れて、生気の全てを失ったような仕草で座り込んでいたクロト・ラトキエ(TTX・f00472)が、己の目を覆うそれをゆっくりと外した。
「最悪だ」
 ――一陣。
 吹き抜けた風が細い糸を迸らせる。廃ビルの崩れかけた柱に、用を成さない傾いたフェンスに、寄り集まる人形の頸に、足に、翼に。
 指先が動けば全てが追随する。意志を持つかの如くうねるそれらに首をもぎ取られたものが三、気付き飛び上がったが故に足を落とされたものが二、翼を裂かれ地に墜ちたのが四。
 耳障りな絶叫と割れる陶器の音の狭間に。
「奪うといい」
 遥か高みを往く強欲と傲慢を抱え、蒼の獣が一匹。
「――やれるモンなら」
 鋼糸が奔る。絶叫が耳を裂く。それは或いは戦場のようで、人の命を乞う声のようだった。だがクロトの心に一片の痛みさえも齎さない。
 奪い、喰らい、生きる。生命である限り当然に背負う摂理を、ただ同族にも揮えるだけの男にとって、『生存する』ことこそが全ての理由だ。必要とあらば何もかもを踏み砕き、いつかその身に受けるはずの罰を得るまで、血の海を進むだけが意義である。
 そのはずだった。
 何もかもを得る緩やかな凪に得た波紋は、どこまでも深く心の表皮に罅を刻む。溢れるものが波となってクロトを呑み、その濁流の中に橙灯を見た。
 決してこの手では触れ得ぬ、二藍が秘めた望む倖せは――。
 血海の中に、叶っているのだろうか。あの星の奥に見た光明のように、眩いものであるだろうか。
 知りもしなかった想いが身を苛む。これを何と呼ぶべきか――血風と焼け付くように軋む己の命のただなかで、クロトの昏い瞳が探る。
 都合の良い未来など、この血塗られた手には余りにも分不相応だとでも、言いたかったのか。
 ああ。
 ――それを人は、きっと『傲岸の敗北(ざいあくかん)』と呼ぶ。
 閃く鋼糸が紡ぐ唯ノ弐、壱ノ式。陶器の頸を裂き割り、地に打ち付け、足を絡めて壁へ打ち据える。絶えて器物へと変わっていくそれらを見送って、深蒼が冷たくひらめいた。
 ――生きる為に死を択び、死なぬ為に傷を負う。
「サービスしてやる」
 同じ強欲の理に生きるものだというのなら。
 その身を穿つ銀閃を。
 強欲なる簒奪者の命そのものを。
「持って逝け」
 生命なき強欲を鏖として、男は己が暴虐の理由を嗤うだろう。
 ――勿論、八つ当たりだとも。

大成功 🔵​🔵​🔵​

佐那・千之助
③〇
彼岸花…ではなく、鉤爪…?

混濁する頭を、涙にとけそうな蒼が醒ます
…ああ。あの子はまた私を助けてくれるのか

今の私にとって、幸せの究極を見た。しかし…

人の命で築いた躰
罪の意識に苛まれた程度で命を勝手に棄てることは赦されぬと思った
だからこの命の用途は、罪の根源を絶やし故郷に全き平和を燈すことと決め
果たせたらば星になろうと、独り往く道を定めた
それが私の唯一つの幸せな烔り

…だった。ふた月ほど前まで

縋り続けた死の願望より
優しく不器用でひどく脆い蒼の倖せを希った
私で幸せにできる限りは傍に居ると伝えた

一年後見る夢はもっと変わるかもしれぬ
その変化も愛しいものと思っていたい
此処には留まらぬ
共にゆく未来へ帰ろう




 悲願の華が揺れる。
 それは願った終焉であり、祈った果てだった。視界にぶれたそれの合間に、銀が見えたような気がして、佐那・千之助(火輪・f00454)は茫洋とした幻影の死の淵より意識を僅か現実へ傾ける。
 衝撃が一度。体が砕けるかのようなそれに、しかし枷を外されたのは心の方だ。一歩を下がって初めて、彼は己が直立していたことを知る。
 長閑な昼下がりも、睡るそのひとも、血に塗れた己もない。見ていたはずの星々も――動揺に揺らぐ脳裏に、焼き付いた蒼い双眸だけが鮮明にひらめいて、千之助はつきかけた膝に力を込めた。
 ――いっとうの幻を奪われ、ただ果てなく黒く塗りつぶされた空間に、強欲の嘲笑が降る。
「ああ、素敵」
「でも足りないわ」
「もっと頂戴な」
 口々に囀る鳥をはっきりと見る。相対するべき過去の残骸を前に、それ以上の追撃を許さなかったのは、纏う血が鮮烈な蒼に掃われたから。
 ――その涙に融けそうな色は、千之助を幾度も救ってくれる。
 冬のただなかにあった頃、確かに己が死を果てに見ていた。
 地獄とは、罪過を知り、それを嘆いた程度で辿り着けるほど生易しい場所ではない。元より一つの命を対価に叶えられる贖罪でないのなら、身勝手に棄て去ることなど赦されるはずもなかった。
 だから、この身は。
 己が血の半分に流れる悪辣の全てを滅ぼし、あの日の差さぬ世界に灯りを取り戻したその後にこそ、望む場所に行き着くべきだと思った。
 ただ独り、誰にも知られぬ唯一の願い。道行きは永く、星の輝きめいて遠く――けれど最期には夜空に辿り着くはずの命は、塗り替えられてしまったのだ。
 どんなに固いつもりでも、決意など脆いものだ。
 あんなにも強固に定めて来たものは、雪が融けるまでのたった二月で崩れ去った。己の中にある抗いがたい死への希求よりも、大切なものが出来てしまった。
 傲岸に振る舞う癖に優しくて。
 何でも手に出来るような顔をして不器用で。
 ――心の奥底は、ひどく脆い。
 あの代えがたい蒼が倖いに笑う夢を見た。幸福の裡に千之助の姿があるうちは、その傍に添おうと伝えた。
 それを、きっと――後悔などはしていない。
 一年後に見る倖いの未来を、心の裡のどこかに期待している。変わっているだろうか。それとも大筋は同じなのだろうか。それをきっと、楽しく思っている。
 ――いつか変わりゆくものを、愛しく懐いていたい。
 だから。
「共にゆく未来へ帰ろう」
 さやりと声を零すのは、己の裡に火を灯す忘れ得ぬそのひとへ。
 黒翼に塗り潰された悪夢を灼いて、一番星のひかりが、二藍に瞬いた。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

鳴宮・匡
○①


羽搏きの音は聞こえていた
黒い翼の舞うさまも視えていて

向けた銃口は翼の付け根
バランスを崩させたら次は頭を狙う
最短手で敵を減らすよ
時間も体力も惜しいんだ

別に、悪くなんてないさ
お前らが悪いから、間違ってるから、殺すんじゃない

俺は、俺の欲しいものの為に
願いたい明日や、生きてほしいと願うやつらの未来の為に
その妨げになるものを殺す
ただ、それだけだ

……そう、その為なら
あんなにも焦がれたものですら簡単に切り捨ててしまえるから

俺はまだ、自分の“こころ”を肯定できないんだ

――本当は
それは“大切なものを切り捨てられる”じゃなくて
“明日を選ぶことができる”なんだって

……前を、向けているんだって
そう、信じたいのに




 銃声が一発、啼いた。
 正確無比な咢が抉るのは黒翼の付け根だ。絶えず位置を変えて旋回する鳥人形のうちの一体が俄かに体勢を崩し、既に置かれた次弾が予定通りに頭を貫けば、断末魔すらなく陶器が割れる。
 鳴宮・匡(凪の海・f01612)の耳には、最初から羽搏きの音が届いていた。なれば次に見えるはずの黒翼を追うことなど造作もなく、降って来た羽の一枚から位置を推測することも簡単な話だ。
 足を動かすことはしない。声が聞こえる――否、声が聞こえる距離にいることを相手が認識するより先に、六の翼音のうち四が物言わぬ破片と変わって沈黙した。
 ――眼前に降り立ったそれを、ようやく匡は直視する。
「欲しがることが、そんなに悪いこと?」
「別に、悪くなんてないさ」
 いっそ無垢なほどの問いかけに、応じるのは平静と銃口だ。黒から生み出された烏の嘴が男を捉えるより先に、吐き出された銃弾が全てを撃ち落とす。
 一発余計に引いた引鉄の分は胸へ。一歩を下がれば、半瞬遅れた一発が頭を撃ち抜いた。
 ――崩れる陶器の人形は、あとひとつ。首を傾げたそれが問う声に、向けた鉄の先は揺るがない。
 そこで初めて、匡は瞬いた。
「お前らが悪いから、間違ってるから、殺すんじゃない」
「じゃあ、どうして?」
 死神が唸る。
「俺にも欲しいものがあるからかな」
 崩れ去った人形は、声を聞き届けるより先に、咢に喰らわれた。
 何ということのない明日を願っている。
 匡を囲む人々が、幸福であれば良い。笑って過ごしていれば良い。生きて未来を見てくれれば良い。
 ――匡の未来を願う人々がいてくれるのなら、己がその中にいることを同時に願うだろう。
 それを妨げるのなら殺す。壊すばかりの手は障害を排するためにある。彼らの未来を阻むものがあるのなら、吐き出す銃弾はその全てを鏖殺するだろう。
 ただ、それだけで。
 ただそれだけのために――。
 あんなに大切だった、世界の全てを拒絶することすら出来る。
「――俺はまだ、自分の“こころ”を肯定できないんだ」
 沈黙した破片に声を上げたのは何故だったろう。何もかもを無垢に望み、なお足りぬと啼く鳥は、己の心のことなど考えたこともなかっただろうか。
 或いは――それこそが欲しかったのか。
 それを認め切れぬ匡のように。
 前を向いているのだと信じていたい。喪ったものを捨てているのではなく、飲み干して明日を見ることが出来ているのだと――思っていたい。
 それなのに。
 『ひとでなし』の残火のようなこころには、荒寥たる平野ばかりが広がっているような心地が、いつまでも消えない。
 胸元に手を遣る。拍動は変わらぬ数でそこにあるのに――何故かひどく、胸の底が軋むような気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャルロット・クリスティア


何の憂いも無い長閑な村落の中で、その異形と自らの手にある銃だけが酷く不釣り合いだった。
嗚呼、そうだ。この夢の中にいるべき存在ではないのだから。あなたたちも、私も。

矛盾しているかもしれません。
それでも、『もう届かないもの』として『ここに在る』この光景を、貴方達に汚されてはたまらないんですよ……!

迫る異形には躊躇せず銃口を向け、そして撃ち抜くだけ。
流れ弾が篝火を砕き、火があちこちに移っていくのも構いはしない。
それが、他ならぬ自身の手で、この平穏を焼き尽くすことになるとしても。

……私は、戦い続けるんです。
この道が間違っていなかったことの証明のために。
今更、止める事なんてどうしてできましょうか。




 皆が笑い合う終わらない村の最中に、不意に終焉が降り注ぐ。
 幻影の声に重くなった足を嗤う声。黒い翼が降り立つのを、シャルロット・クリスティア(彷徨える弾の行方・f00330)は確かにその目に見た。
 誰もが、その異質な人形など見えていないかのように笑って、シャルロットを呼んでいる。見開いた紺碧の眸は、無意識に手に込めた力を強めて――そこにある鉄の感触を、強く彼女へと訴えかけた。
 ――落とした視線の先に、愛用の機関銃がある。ゆらりと持ち上げて、真っ直ぐに降り立った七羽を見据えれば、もう眸は揺るがない。
 このさいわいの夢には似つかわしくない。
 こんな異形も。
 この銃も。
 シャルロットも――。
 強く握り締めた銃を持ち上げた。照準に納めれば全てが射程圏内だ。惑う少女の顔はすぐさま鳴りを潜め、後に残るのは戦場に立つガンナーの冷えたひかりだけだ。
 繰り出された烏の群れへ向けて、銃口が吼えた。吐き出す無数の弾丸が数多を撃ち落とし、しかし足りなかった分が体を掠める。嘴が翻るより先に砲身を動かせば、唸る弾は主ごと黒鳥を叩き伏せた。
「欲しがることの何が悪いの?」
 銃弾を躱すように飛び回る人形が、無垢な問いを発するから。
 シャルロットの弾丸めいて冷徹な一声が返る。
「あなたたちが何を欲しがっていたとしても、私に関係はありません」
 ――欲しがることが良いとも悪いとも、返すことはない。
 欲しいだろう。事実、欲しいのだ。欲しいから、見せられたら足を止めそうになってしまう。暖かな日々が、渇望した平穏が、あの日にあればと願うのだ。
 だとしても。
 『もう届かないもの』だと知っていて――『ここに在る』、この暖かな幻想を。
「貴方達に汚されてはたまらないんですよ……!」
 機関銃が唸る。吐き出されるのは無敵で無尽蔵の弾丸だ。何もかもを構わず破壊し尽くすそれが、家屋を貫き、篝火を壊し、村を焼いていく。陶器の破片へ変わっていく鳥の絶叫を掻き消すように、人々の狂乱と恐慌の声が響く。
 燃え盛る炎と絶えぬ血の匂いの中で、二つの影だけが地に立っている。
 ――ただ一羽になった鳥人形は、首を傾いでシャルロットを見た。
「矛盾だわ」
「そうですね」
 平穏を焼き払ったのは紛れもなく己の手。それでも、この強欲に奪い尽くされるよりは、ずっとシャルロットの意志に添う終わりだ。
 この道が――。
 間違っていなかったことを、証明する。戦って、戦って、戦い続けることで。もう止まれない。今更、後戻りも出来ない。
 揺らぐ幻影を背に、その指先が引鉄を引く。
 己の手が如何に血に塗れても、落ちぬ錆の香りを纏っても――。
 射手の矜持を、この胸に。
「……私は、戦い続けるんです」

成功 🔵​🔵​🔴​

波狼・拓哉
○◇①
…例え今目覚めてない方が居たとしてもそれはしょうがないことですね。普通は浸っていたいもんでしょう

だからまあ、おにーさんみたいな存在でも役に立てます。幾らこの身が狂気に染まろうと、そういう人達は見てて楽しいですし…価値観が違うってのは結構狂気を蝕んでくれますからね

さて、そちらばっかりこっちの幸福を聞かれるのも不公平でしょう?自分からも一つ問いかけてさせて貰いましょう。…化け開きな、ミミック。『おまえのほしいものはなんだ?』
…夢、願い、想い、希望は自分のしか持てません。他人から託されない限り自分の物になることないのです。…まあそれを欠落し他人に求めるからオブリビオンになってるんでしょうけどね




 ぐるりと見渡した屋上に、睡る猟兵らを見る。
 幻惑を振り払えぬ者がいたとて仕方があるまい――波狼・拓哉(ミミクリーサモナー・f04253)は目を伏せる。
 見たい未来を見せるのがこの幻影の核だという。ならばその中に溺れてしまうのも、或いは真実でないと知りながら振り切ることが出来ないのも、人間としてごく『当たり前』の感覚だろう。
 拓哉は、もう当たり前の人間ではないのだけれども。
 だからこそ、この狂気に侵された身も役に立つ。彼らの無防備なまどろみを守るのは、現実に帰り自らを認識出来る者だけだ。
 まあ――。
 尤も、そういう利他的なものばかりが、理由の全てではないのだけれど。
 その身が如何なる狂気の深淵に堕ちているのだとしても、拓哉はヒトの営みから強く乖離した生き物ではない。自分一人で足を踏み外していることは事実だが、こうして生きている以上は誰かに接触することもある。そうして『己ではない誰か』を認識し、その価値観を覗き見ることもまた、彼の糧となる大事なものであるから。
「さて、そちらばっかりこっちの幸福を聞かれるのも不公平でしょう?」
 舞い降りる黒の群れに笑いかければ、耳障りな声が鼓膜を揺らす。擦れたような甲高い音を立てるそれを眼前に、拓哉が触れるのは己が終わりにしてはじまり。
「……化け開きな、ミミック」
 ――左腕のブレスレットより現れた箱状の化け物が、嗤うように大口を開く。はらりと姿を変えるそれは、瞬きの合間に巨大な桜と成った。
 それはこの地に降るはずのない薄紅。
 影朧を転生させるために降る、優しい花弁――幻朧桜。
 しかし、その幻想を顕現させた主の声は、穏やかな転生を許さない。故に響く声はどこまでも鋭利に、冷酷に。
「おまえのほしいものはなんだ?」
 ――問い掛けに応じきるより先に。
 幻影に囚われた鳥たちは、応答を封じられて叫び回った。花弁は刃となって風に乗り、その体を無惨に斬り刻んで陶器へ変える。
 それでも、拓哉には彼女らの返答が分かっていた。
 夢。
 願い。
 想い。
 或いは――希望。
「でも、そういうものは、他人から託されない限り自分の物になることはないのです」
 いっそ無情なほどの否定は、しかしこの世の真理だった。己が心に懐いたものをこそ『本物』と呼ぶのなら、他者から奪い去っただけのそれが己に根付くはずもない。それこそ、空疎な幻影に過ぎぬもの。
 まあ――。
 それこそが欠落しているからこその、オブリビオンでもあるのだが。
 己の元へ舞い散る桜の一片に、いっそ穏やかな笑みすら浮かべた拓哉は、強欲に齎される無慈悲な眠りをじっと見据えていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

榎本・英


【春嵐】

こんな未来など、只々侘しいだけだ。
死者が再び命を宿す事など無い。
宿したとしても、そこに何もない
空虚。

父と母と祖父の居るありふれた日常など絶対にありえない。
都合の良い幻想だと私は否定する。

願いは自らの手で叶えるもの
未来はこの手で掴むもの
人の想いは未知
夢など所詮は夢にすぎない

私は今を生きているのだ。

嗚呼。お前はとても人らしい。
欲する事は悪くない
否定もしない
私もただの人だが、真っ赤な、真っ赤な、あまい毒を飲み干してしまいたくてね
けれども飲み干しても満たされない事は知っているのだよ

隣に居る君の左の小指をこの筆で
君の指からあふれる真っ赤な糸でお前を縫う

嗚呼。黒にも白にもあかは映える。


蘭・七結

【春嵐】

――やめて
こんな“もしも”は有り得ない
『あなた』に戀して世界を識った
あなたを愛してこころが芽生えた
なゆが歩んだひとつの道
ふたりが交わうことはない
ふたつの想いを利用しないで

『あなた』はこのいのちと共に
なゆはあなたの隣を歩んでゆく
わたしというひとりを形作るもの
甘いまやかしに惑わされない

鎖されていた昏くつめたい夜
明けない夜はないとしったから
このいのちを生きたいと望んだから
“もしも”も渇慾も、あなたの憂いも
すべて蕩かせてしまいましょう
飲み込んで糧とするわ

この眸で世界を見映して
このゆびさきで未来の糸を結わう
嗚呼、あかいいとが紡がれてゆく

とっておきの甘さをあげる
すべてが蕩けた彩は、何色でしょうね




 幻影だった。
 見た夢まぼろしは、所詮は幻想に過ぎない。隣に在る温度を取り戻せば、うそ寒い心地が奥底より湧き上がる。
「――やめて」
 幸福に踏み出しそうになった足を留め、首を横に振るのは蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)で。
 その隣で、静かな眸に空疎を映し出すのが、榎本・英(人である・f22898)だった。
 もしもの世界は、もしもの世界だ。現実ではない。
 無し色は眞白に戀をもらって、戴く棘なしの一輪を赤ひとひらに染め上げた。鬼は白い椿の一片に愛をもらって、ひとのこころを懐いた。それはきっと偶然で、されど必然めいた春の芽吹き。吹き荒れる春嵐はふたりのどちらが欠けても七結の空を彩らず――それは、ふたりが揃ったとしても同じこと。
 『なゆ』の道はひとつだ。
 戀をして、愛を識って、祝愛を眸に――誓いを小指に結ぶまなくれなゐ。眞白をいのちの奥底に、春咲かす文豪の隣で、七結は歩いていく。
 ふたりが並ぶことはない。ふたつの道が交わることはない。七結の指先を掬ぶのはいつだってひとつだけで――だからこそ、ひとつの道の先に滲んで交わったふたつが、今も彼女のこころの中に生きている。
 だから――甘いまやかしに、沈むことは出来ない。
「ふたつの想いを利用しないで」
 凛と鳴る宣誓に、焦がれた笑みが崩れ去る頃。
 どうしようもない侘しさの中で、英もまたふと赤い眸を伏せた。
 それは家族写真のような幸福。そうであるが故に、遥か遠くにしか思えぬ、真実欲した世界。砕けた魂は二度と還らない。殺人鬼だった母も、彼女に喰われた父も、二人の殺人鬼を育てた祖父も、もうどこにもないのだ。
「都合の良い幻想だ」
 否定の言葉は、ひどく重く響いた。
 そうだろうとも。欲しかったのだから。今目の前にある欲したさいわいを拒否することの、何と愚かしくてつめたいことだろう。心の裡に溢れ返る冷えた水は、しかし隣の温もりがあればこそ、彼の心を凍てた湖面に沈めることはない。
 ――戻らねばならない。
 願いとはこの手で叶えるからこそ価値あるものだ。誰かに与えられた餌に縋り、天に祈るばかりで自ら動きもせぬならば、それを人とは呼ばない。
 未来はこの目で見るが故に尊いのだ。捻じ曲げられて歪んだそれが道筋だと受け容れるのなら、この世界に意志など微塵も残ってはいない。
 人の想いは可能性だ。未知を切り拓くための、最大の武器であり。
 ――英が『英』として、ここに生きている証だから。
 全ては引き裂かれて散る。無限の想像を原稿用紙へ紡ぐのがインクであるなら、描く情景を斬り裂くのもまたペン先だ。
「嗚呼。お前はとても人らしい」
 廃ビルの屋上できいきいと甲高い声で鳴く烏に、応じたのは英の眸。
「欲する事は悪くない。否定もしない。私もただの人だが、真っ赤な、真っ赤な、あまい毒を飲み干してしまいたくてね」
 ――そのペン先が迸り、そっと裂いたのは七結の繊手、左の小指。
「けれども飲み干しても満たされない事は知っているのだよ」
 だから、毒を呑むことはやめた。
 代わりに、隣で生きる。
 滴る赤が人でなしを人として、戀鬼を縫い付けひとへと堕とす。零れる赫絲は全てを融かす毒となり、黒白の人形を蝕み絶叫と変える。
 鎖された昏夜の凍てた風は、春の雪解けに朝日を見た。つめたい夜はひらかれて、七結の前には生きて行きたい道がある。
 世界に満ちた彩は、無し色に落ちた赤の一滴をうつくしく染め上げた。爛漫と咲き誇る春のいろが、祝愛を結ぶ七結の眸にはっきりと映り込んでいる。
 ――英を穿つ屈託のない愛があって。
 ――『七結』を見ていてくれる愛がある。
 だから今は、何もかもを呑み干すのだ。もしもの未来も、渇慾も、その憂いも――あの星さえも。
「すべて蕩かせてしまいましょう」
 咲き乱れるあかは、白にも黒にもよく映える。
 何もかもが滲み交わったその彩は、夜明けに何いろを映すだろう――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

夏目・晴夜
〇①
欲しいのならばあげますよ
こんな未来は必要ないので

本当は。私だって欲しい
かけがえのない家族が
穏やかで暖かな日常が
都合の良すぎる未来が

このハレルヤらしからぬ願望
手に掴めないものに情けなく縋る子供のような醜態
ああ、腹が立つ!こんなのはハレルヤに相応しくない!

下らない夢を喰らってくれた事には感謝してますが
それでもあの幻影には心の底から腹が立っていますよ
希望を持ってしまいかねない夢を見させて、趣味が悪い

名前を手に入れた時から我慢なんてした事ありません
なので少しだけ、動かないでいてくださいね
今から一人ずつ妖刀で好きなだけ串刺しにして、
順番にゆっくりと殺していって差し上げます

褒めてくださっても良いですよ




「欲しいのならばあげますよ」
 広げられた手はどこまでも無防備に、黒い翼と相対する。
 歪んで巨大な鉤爪を前にしてなお、少年は揺るがない。己の求める都合の良い未来を前にして、不遜な宣誓を高らかに響かせたように。
「こんな未来は必要ないので」
 ――嘘だ。
 振り払った幻影の中に、夏目・晴夜(不夜狼・f00145)の欲しいものは全て揃っていた。
 掛け替えのない家族が欲しい。常闇の中で領主の気紛れに怯えて暮らし、己らを苦しめる者のために心底の礼賛を叫ぶ狂った世界の、名さえも知らぬ孤独ではなくて――傍にいるだけで穏やかに笑えて、それだけで生きて来た価値があると思えるような場所が。
 暖かくて穏やかな日々が欲しい。いつ尽きるとも知れぬ短い命を戦場に賭し、いつか訪れるであろう静謐な死を振り解くように酸鼻な最期を求め、暗がりを厭うように灯りを持ち歩く生活ではなくて――ただ好きな物を食べられることに喜んで、何てことのない話に泣き笑うような在り方が。
 都合の良い未来が欲しい。
 手の届かない――どうしようもなく優しいさいわいが。
 それの何と腹立たしいことだろうか。
「下らない夢を喰らってくれた事には感謝してますが、それでもあの幻影には心の底から腹が立っていますよ」
 抜き身の悪食の一振りが、空を切って手に馴染む。垣間見せられた棄てたはずの希望に、手が届かぬ星めいた幸福に、子供じみた駄々を捏ねて泣き叫ぶ己を斬り捨てるように。
 一歩を進める彼を見遣った鳥の一羽が、首を傾いで無垢に問うた。
「あなたも我慢しなくて良いのに」
「我慢? は。本物の鳥頭というものですね」
 ――晴夜は。
 その名を自分でつけたときから、我慢などしたことはない。
 礼賛の名に相応しく生きて来たのだ。喝采にあるべき姿で歩いて来た。ならば我慢など必要はない。
 ――するわけがない。
 指先を鳥たちへと向ければ、不可視の糸がその影を辿る。月明かりに照らされるそれが蠢いて、人形の全身を縛り上げた。
「少しだけ、動かないでいてくださいね」
 妖刀の煌めきが、月光を反射して冴え渡る。その矛先が捉える鳥たちは、最早動くことも儘ならぬまま、晴夜の紫紺の眸に映り込んでいる。
 突き出せば、耳障りな声が夜空を裂いた。絹を裂くような叫びの最中にあってなお、悶える人形は動きを止めない。
「順番にゆっくりと殺していって差し上げます」
 ピィ、と鳴ったのは、恐怖の囀りだったろうか。血も持たぬ陶器が崩れ落ちるまで、あと何度突き刺すことが出来るだろう。
 少年の唇が持ち上がる。描いた弧と共に一打を繰り出す。
「褒めてくださっても良いですよ」
 ――ハレルヤ。
 絶叫のあわいに、ただその声だけが、小さく転がり落ちた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アルトリウス・セレスタイト


幻覚を見せる怪異も何度か見てきたが
そろそろ在り来りな芸には付き合わんぞ
遅れた分、働かねばならんしな

破界で掃討
目標は召喚物含む戦域のオブリビオン
その他の全てはつまり「障害」故、無視され影響は与えない

高速詠唱を『刻真』で無限加速
多重詠唱を『再帰』で無限循環
瞬きの間もなく天を覆う無数の魔弾に『天冥』で因果改変
過程の全てを飛ばして生成・射出・着弾を「同時」とし殲滅を図る

『天光』で戦域を残らず完全把握し逃さぬように
他の猟兵に任せて良いものは任せ残り全て落とすつもりで
自身への攻撃は『絶理』『無現』で影響を否定し回避
必要魔力は攻撃分含め『超克』で“外”から汲み上げる




 くたびれたコンクリートに、靴音が響く。
「幻覚を見せる怪異も何度か見てきたが、そろそろ在り来りな芸には付き合わんぞ」
 先に幻影を見せられた猟兵らに遅れること暫し、現れた天青石の眸が黒翼を睥睨する。アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)の声が凛と放たれれば、空を埋め尽くす翼音の幾らかが彼へと狙いを定めた。
 その夜空めいた藍色に、既に戦場の全てが遍く照らされている。万象一切を見通す淡青の天光が、この場に在る全ての人形らを見定めていた。
 ――既に他の者の幻想へ喰らい付いているものが幾らか。
 或いはそこかしこの戦闘音の餌食になっているであろうものも含めれば、彼が相手取るべきはそう多くない。
 そのうちの一羽が、きいきいと甲高い女の声を上げる。
「あなたも我慢しなくたっていいのに」
「我慢?」
 ――それが如何なる情動か、アルトリウスは識っている。
 だが真実己の裡に湧き上がる空寒としての『我慢』を理解しえない。人の皮を被り、精神を模倣し、裡に芽生える感情を知り――さりとてそれは壁一枚の向こう側にある。
 なれば応じるべき言葉は、吐き出した疑問符の他になく――。
 迸る鉤爪が抉る魂への一打を、受けてやる道理もない。
 放たれるのは拒絶と断絶の理。アルトリウスの身を包む輝きは現の理による干渉を否定する。貫かれたはずの体は事象そのものを否定し、鳥人形に伝わる確かな手応えとは裏腹に、彼に一つの疵も残さない。
 首をひねる間に、陶器の体が砕け散る。
 否。
 『砕け散った』という事実ごと無に帰し、夜に融けた。声も、かたちも、そこに在ったという現実すらも貫いて。不意に掻き消えた仲間の姿に、驚愕と恐慌に包まれた人形らが啼く。
 ――それは、破界だ。
 鼓動の詠唱が時間ごと圧縮される。幾重に重なる呪言が無限を越えて輪転する。生み出された蒼光の魔弾に施されたのは『当たった』という因果――結果を先に置いて、過程は後からついてくる。
 生成された。発射された。着弾した。その全てを一つに内包したその理は、『最初から当たっていた』ものとして発現する。齎されるのは彗星の如き蒼の軌跡ではなく、それが生み出した『消滅』という結果のみ。
 一発の弾丸に込めるには余りにも多すぎる力である。余人であればたったの一発にさえ存在の全てを懸ける必要があるだろう。しかし――。
 アルトリウスは、人として駆動する残骸ではあっても、人ではない。
 それは埒外の極致。この世界の理の遥か外、原初にして最古の理――創世を成し得るほどの力溢れる『外側』より、己が身に汲み上げる魔力は、無尽蔵の弾丸を戦場へとばらまいた。
 悲鳴も、痕跡も、何もかもを否定し尽くす弾丸は、しかし見定めた敵のみを射る。この場に『生きている』者を、誰一人傷付けはしない。
 光なき夜空に潰える翼を――。
 隔絶した『原理』の一片を支配する男は、ただじっと見据えていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヘンリエッタ・モリアーティ

――ああ
シャーロック。お客さんみたい
そんな上等なものでもないか。その通り
ねえ、一緒に鴉を打ち落さない?
ただの害獣。落としても罪じゃない。そうでしょ

――うまく落とせるか、一緒にやりましょう
そんな旅だってあったじゃない。あれは、四人の名前を追ってる時だったっけ
まあ、あなたとの旅はいつでも、どこでも、二人でいたけれど
――私たちが一人ぼっちになってしまったのは、「最後の事件」からだった

久しぶり
この背中の感触も、ぬくもりも、この部屋も、景色も
――もう、あなたと同じくらいの背丈になった
さあ、二人で銃を構えて
「都合のいい」時間はこれでおしまい
今から始まるのは、――「再開」の殺戮
「お手柄」だった、かな?




 自分と同じ、黒を湛えた羽が舞う。
「シャーロック。お客さんみたい」
 ――ちゃんと相手を率直に評価するんだ、ワトスン。そんなに上等なものじゃないだろう。
「はは。その通り」
 窓は割れていない。扉も開いていない。それでも飛来してくる不躾者は、この破天荒な探偵にとっても、客人と呼ぶに相応しいものではあるまい。
 きいきいと響く啼き声が煩い。あれはただの害獣で、ならば撃ち落としたとて罪には問われない。
 ――表彰してほしいくらいだとも。
「ねえ、一緒に鴉を打ち落さない?」
 整然と並べたチェス盤の上に手をついて、ヘンリエッタ・モリアーティ(円還竜・f07026)はダンスでも申し込むかのように、眼前の女へと手を差し伸べた。
 随分と懐かしい心地だ。齎される殺人を、事件を――『黒』を追う旅路の中で、こんな風に戯れたことがあったっけ。あれはいつだったか。そう、義足の足跡と一緒に遺された、四人ぶんの署名を追っていたとき。
 まあ――。
 そういうのは、問題ではない。旅に出るときはいつも隣り合わせでいたのだから、どの旅のどの局面でどんなことをしていたかだなんて、思い出話以外の何でもないのだ。
 今大事なのは――再び、そうして踊る機会がここにあるということ。
 取られた手を引いて、その体が机を乗り越えるのを手助けする。がらがらと音を立てて崩れた駒は、序盤も序盤の勝負を台無しにされて地面に落ちた。
 いつだって、彼女らの前にある盤面はめちゃくちゃだった。四人目の殺人鬼を知らぬ探偵は眼前の盤に気付かなかった。無秩序に見えたそれが密やかに動いて、白のキングを追い詰めるまで。彼女らが追った最後の事件まで。
 ――『ほんもの』を『ひっくり返した』、あの滝壺で。
 理解者たちは孤独になった。
 この幻影の中にしかいない女は、慣れた調子で己の銃を抜いてみせた。犯罪者を追う癖に、存外に荒事にも首を突っ込んでいくのだから。
 否。
 淑女的な振る舞いだとか、紳士的な振る舞いだとか。
 そういうのは、どうでも良いんだったかな。
 背中合わせに銃を構える。あの頃は見上げるほどだった背丈に、今は頭を並べられる。静謐な一室、閉じたカーテンの先、薄暗い間接照明、穏やかな探偵の温度――。
 都合の良い時間を引き裂いて、停滞した時計の針は静かに動き始める。規則正しい音が部屋中に響いて、現実の再開を彩る黒塗りの銃口に、女の唇が緩やかな弧を描く。
 殺人鬼(モリアーティ)に戻るまで、この一瞬は、今ばかりは――。
「『お手柄』、かな?」
 ――また何か食べに連れて行ってよ、シャーロック。
 『ワトスン』の銃声が、黒翼を穿った。

成功 🔵​🔵​🔴​

ルーチェ・ムート
⚪︎②

解けた黒い鎖
それでも消えない彼と仲間
狂おしい情
付ける名前は持ってない

黒い羽は彼の髪のよう
こんな未来あっていいはずがない
甘言に声がふるえる
頭が痛い
いたい、いたい
ここに、居たい

視界が揺れる
歌が存在理由
歌う事がボクの生きる意味

うた
あいを詠いたいと思わせてくれた人たちが居る
きっかけは彼でも奏で続ける理由はたくさんあって
だからね、喉が枯れても
この声が錆び付いてしまっても
詠うよ

―――何も悪くなんてない。

これが応え
滴るくれなゐすら導
この瞬間も、何一つ忘れない

ねえ
呪で消えてしまう前に
知ってるなら教えてよ

あいというものを識ったら、あいしてほしくなったんだ
この気持ちの名前は、何?




 彩なき鎖は解けた。
 それでも未だ幻惑の戒めは消えず――紅月に星は瞬かず、代わりに欲した未来が眼前に広がる。
 ルーチェ・ムート(无色透鳴のラフォリア・f10134)の心にひらめく狂おしいほどの想いが、現実への帰還を赦さない。名すらも知らぬそれが胸の裡を食い破り、この身さえ赫く染め上げそうなほど。
 彼女を誘う甘い言葉が突き刺さる。抉られた心がじくりと滲む。いつの間にか視界を遮る黒い翼は、まるで彼の髪のよう。
 駒鳥よ。
 あいらしい声で啼く小鳥。ここに戻っておいで。
 頭が痛い、いたい――ここに、居たい。
 ぐらぐらと揺れる視界が引き裂かれるように痛む。こんな夢があってはならないことを、誰より知っているのに。どうして、どうしても。
 嗤い声が耳を打つ。揺らいだ脳裏にひらめくのは切実な思いばかり。箍を失いばらばらになったそれらの中に、はっきりとルーチェを引き戻すのはひとつだけ。
 ――うたわなくては。
 存在理由。生きる意味。奏でる声があったからこそ無彩色を知り、無彩の黒を識ったからこそ彩を得た。うたい続けることでこそ世界と繋がる人魚は、自らの楔に手を伸ばす。
 そのひとに求められたから口ずさみ始めたあいを、今は皆のために詠いたいと願う。奏で続ける理由は世界が広がるほどに増え、今や彼のためだけにうたった日の心地は、至上のさいわいだけを遺して遠のいた。
 この声が錆びついても、喉が枯れても、たとえこの身がどこまでも墜ちるのだとしても。
 ――詠うよ。
 だから。
「欲しがるのは、そんなに悪いことかしら?」
 無垢な鳥の声に、ルーチェは目を伏せて――。
「――何も悪くなんてない」
 それが、応え。
 黒い翼より、吐き出された烏の嘴が身を掠める。溢れ出すくれなゐさえ、その焼けつくような痛みさえ、今は己を導く灯。
 一つだって忘れない。忘れることはない。この身がここで、音を奏でてあいを紡ぎ続ける限り。
 かつてのさいわいも、空虚も、痛みも、歓びも――今の想いも。
 開いた唇から絶歌が溢れる。蠱惑の月を揺らめかせ、ルーチェの声が人形たちを呑み込む。
 哀しく、切なく、夜を揺らすあいのうた。舞う白百合が蝶と紅鎖と変じ、縛り上げた黒翼を融かす死毒の呪となり蝕んだ。
 溶けて――消えて、赫の中へ。月の如く心を融かし、死へと誘う華の香に、全てが融解されてしまう前に。
「知ってるなら教えてよ」
 震える声が、夜を揺らす。
 Iを知り、哀を識り、愛を解った。無彩色の空虚を埋めるいろを得たら、今度はそれが、途方もなく遠く感ぜられて――。
 狂おしいほどに、心を灼く。識るだけでは足りない。炎獄のような焼け付くいろが、朱が。
 ――あいが欲しい。
「この気持ちの名前は、何?」

成功 🔵​🔵​🔴​

鏡島・嵐

あたたかい、夢を見た。
――うん、そうだな。正直言やぁ、もっと見ていたかったと思わないでもねえ。
だけど。
忘れないって誓ったから。ちゃんと前に進むって、そう決めたから。
どんなに怖くても、体が震えんのが止まらなくても、おれは逃げねえ。

欲望を肯定する呪詛には、足ることを知る祝福を。

別に我慢してるわけじゃねえよ。いやまあ、怖ぇのを我慢してるんはホントだけどさ。
おれの欲望はシンプルだ。死にたくねえ。生きてえ。自分が守ると決めたモンを守りてえ。
……うん、口にしてみっと、わりとやりたいようにやってるな、やっぱ。

だから、ほら。おまえも鏡で自分の姿見てみ?

満ち足りているってことがわからねえってのは、哀しいよな。




 良い夢を見た。
 暖かくて、静かで、綺麗な――金星のゆめ。いつまでも浸っていて良いと言われたら、もしかしたら手を伸ばしてしまうかもしれないほどの。
 けれど夢は醒めるものだ。何もかもを忘れて沈んだ先で、醒めなくなってしまったものは、いっときの幻と呼ぶには余りにも重くなってしまうから。
 鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)は、いつまでも針を止めているわけにはいかなかった。
「あなたも我慢しないで、もっと正直になって良いのに」
 降り立つ黒翼が首を傾げる。見上げた夜空の星を食い潰し、嗤う怪鳥の夥しい群れは、数多の夢想を喰らわんと猟兵らを見ていたけれど、そのうちから彼を見定めたのは五羽ばかりだ。
 思わず足が竦むほど。体の震えが抑えきれずに歯の根を鳴らすほど。嵐の背筋を駆け上がる、恐怖という名の冷や水が、脳髄を凍り付かせて体を強張らせる。
 けれど。
「別に我慢してるわけじゃねえよ」
 いやまあ、怖ぇのを我慢してるんはホントだけどさ――嵐は声を紡ぐのだ。
 逃げないと決めた。
 忘れないということは、現実(いま)に立ち向かうことだ。恐れを背負って戦場に立ち、言うことを聞かない体を叱咤して、泥臭くとも格好悪かろうとも――お伽噺のように生きられずとも、生きて行くことだ。
「死にたくねえ。生きてえ。自分が守ると決めたモンを守りてえ」
 欲望と言うにはシンプルで、けれど夢と言うにはとても難しいこと。
 それを心に懐いて、嵐は戦っている。背を向けて逃げ出すことなどしない。生粋の戦士の覚悟などなくとも――この背に、守りたいものを背負っている限り。
「……うん、口にしてみっと、わりとやりたいようにやってるな、やっぱ」
 ゆるゆると笑みを描いた唇は――それでも少し、引き攣っていた。鳥人形が首を傾ぐのが、琥珀の眸に映り込む。
「本当に、それだけで良いの?」
「『それだけ』じゃねえんだ」
 そう。
 抱えたものは、『それだけ』だなんて言えるほど、少なくない。
「――『それで』良い」
 嵐の前に編まれたのは巨大な鏡。彼を狙って現れた怪鳥を、全て映し込めるほどの。
「だから、ほら。おまえも鏡で自分の姿見てみ?」
 満ち足りることを知らず――全てを喰らわんとする、強欲の姿を。
 煌めく鏡に映り込んだ鉤爪が、内側に映る幻影より現れた巨大な爪に引き裂かれる。そのまま投げ放たれた黒翼は、己が欲望の全てを縛る理性の軛に絶叫し、そのまま眼下へ墜ちていく。
「満ち足りているってことがわからねえってのは、哀しいよな」
 望んで、望んで――。
 掴めない数多のものの中から、それでも己が手にしたものを知ってこそ、初めて前を向けるのに。

大成功 🔵​🔵​🔵​

穂結・神楽耶
①〇

じゃあ、叶えてくださいよ。
あらゆるひとが幸福になって、かみさまが必要とされなくなって。
誰も武器を取らなくてよくて。
誰も傷つかなくて済んで。
わたくし/かみさまが、安らかに眠ることができる世界を。

だって。
そんな世界があるなら、そもそもあなた達のような存在はいないでしょう。
その矛盾がある限り、狭間の夢には溺れられません。

…そんな世界があったなら。
今この手の中にある幸福は、得られなかったことを知っている。
一度あのさいわいが燃え尽きたから、今ここにいるのだと。
酷い話ですよね。

それでも今ここにある幸いを手放したくないなんて。
なのに世界を守れるなら燃え尽きたって構わないって。
矛盾だって、わかってるのに。




「どうして我慢してしまうの? そんなこと、しなくていいのに」
 小首を傾げて鳥が問う。廃ビルの屋上に降り立った強欲の群れは、或いは戦禍の音と共に、或いはその幻影に割って入り、暴虐を揮うことなく数を減らした。
「じゃあ、叶えてくださいよ」
 ――透徹な声の前で、幻想を欲したのは八羽。
 凛と抜き放たれた白刃が、月光を弾いて冴えた輝きを纏う。その向こうの焔色の眸は、どこまでも冷厳と、かみの威容を宿してそこに在る。
「あらゆるひとが幸福になって」
 一歩。
「かみさまが必要とされなくなって」
 跳躍。
「誰も武器を取らなくてよくて」
 一閃。
「誰も傷つかなくて済んで」
 業火。
「かみさま(わたくし)が、安らかに眠ることができる世界を」
 ――炸裂。
 破滅の焔が陶器の体を蹂躙する。冷えた鉄の瞬きを通じ送り込まれた熱量が、一羽を裂いて弾けた。周囲のそれらが毒めいた熱を孕む破片に斬り裂かれ、絶叫が顕現体の鼓膜を揺らす。
 そんな都合の良い世界があるのなら。
 そこには、人々を脅かす過去の残滓は生まれない。災禍のない世界を願い続けるモノが、禍の夢の中で穏やかに睡ることなど出来はしない。今ここでそうしているように、理不尽に誰かの大切なものを奪い去る何かがいる限り――。
 穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)の、どこまでも透明でやさしい、かみさまの願いは叶わない。
 叶わぬ夢に溺れているわけにはいかないのだ。どこまでも無謀で、荒唐無稽な『世界』を求め続けるのだから。そのために灯す一刃のひかりとなって、そうして――。
 この身を焼き尽くすことさえ厭わずに往く。
「酷い話ですよね」
 かつて結と呼ばれた、破滅の刃が迸る。焔の熱が断ち割った陶器が、断末魔を吐き出して塵と消える。
 ――もしも。
 そんな風にかみさまの願いが叶う世界があったなら。
 今の神楽耶はなかった。友達を得ることも、仲間を得ることもなかった。ひとの営みからいつだって一歩を引いて、誰もの隣人でありながら誰のことも裡に招くことなく、そこに在るさいわいを笑って見詰める――それが、かみさまだから。
 かみさまの成り損ないとして個刃と成って、ここで掛け替えのない温もりを得て笑う、穂結・神楽耶は。
 あの日のさいわいを。
 己が背柱を。
 燃や尽くした灰の上に立っている。
 それでも手放せないのだ。ここにある代えがたいさいわいを。皆と生きる明日を、この手で紡いでいけることを。
 世界のためには躊躇なく、己を笑って灰の中に還せるのに――。
「矛盾だって、わかってるのに」
 転げ落ちた呟きに、焔の眸が伏せられた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
🌸宵戯
〇①
櫻宵への奇襲、攻撃はかばう

私の未来が欲しいの?面白いね
なーんにもないよ
からっぽ
きっと喰らわれても味もしないし
煽られる慾すらもない
絶望なんてしたことも忘れてた
鳴り止まない悲哀のこえは『私』を狂わせて
延々と滅びを私に命じるだけ
笑っちゃうよね
生まれた役割も果たせぬ神なんて
死んだ方がマシだと思わない?

だからこの子と終わりを約束したの
たとえ約束を忘れていたとしても
果たせなかったとしても
それが今の私の唯一の希望
神との約束だ
邪魔するものはゆるさない

櫻宵
なにを見ているの
なにを聞いているの
ねぇこたえてよ
私のこえにこたえぬのならひきずりだす

UCで空間を壊し干渉する
櫻宵の手を掴む
ねぇ
そこに居るのはだぁれ


誘名・櫻宵
🌸宵戯
〇3

コレじゃない
振りほどこうとした
掴まれた手に強くひかれ
気がつけば
黒桜が舞う闇夜

首に枷が纏わりつく
三つ目が笑み
赫が咲く

―私は君を守る
守ると約束したよ

知らない

―共に生きると約束した
私は君が転生して(帰って)くるのを
ずっと待っていた

神がわらう
違う
私は終わらせて終わる約束をした
私のかみさまと
終の希望を

―終わりなんていらないだろう
その神は君に期待なんてしてないよ
君の神は私だ
願いを叶えてあげる
苦しまなくていい
皆が祝福し認めてくれる未来がくる
私と共に幸せに
おいで
私を信じて

望んでくれるなら
伸ばしかけ
赫い神の聲に別の聲が重なり
私をよぶ声

そんなことを

伸ばした手を掴まれて
小指が痛む
蜜色の瞳の
私のかみさま




 黒翼が放つ鉤爪は、果たして狙ったはずの櫻龍には届かなかった。
 代わり、その身を挺したのはロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)である。黒い神の魂の軛を放つそれにも、彼は動じる様子なく、降り立つ翼に首を傾いで見せる。
「私の未来が欲しいの?」
 面白いね――。
 笑う声はどこまでもいつも通りに響いた。夜空を喰らう強欲どもの聲を聴きながら、己の中から零れる欲望に手を広げた。
「なーんにもないよ」
 まるで今、星を喪った夜のように。
 無味だ。空虚を喰らったとて満たされるものなどない。人形らが求めるものなど何もない。何もないということを――ロキが知っている。
「笑っちゃうよね」
 煽られる慾さえもなく。
 悲哀の声に狂った『己』に滅びを命じられ。
 絶望すら忘れて――枷と共に在ったもの。
 課された役割すらも果たせない。いっそ死んでしまった方が遥かに役に立つだろうに、未だここで現世に在る神は。
「だからこの子と終わりを約束したの」
 それは希望だ。
 本当に成されるのか、憶えているのか――そんなことはどうでも良い。ただ、『終わりを誓った』という事実だけが、ロキの心に焔を灯す。この空疎な道のりに光を差す。
 だから――。
「邪魔するものはゆるさない」
 人形の影より不意に突き出した歪な黒が、その体を貫いて無機物へと返す。低く紡がれた神の威容が、冷えた金色が、全ての強欲を地へと伏した。
 それから。
 ロキの眸は、未だ夢幻を漂う誘名・櫻宵(貪婪屠櫻・f02768)へと問う。
「なにを見ているの。なにを聞いているの」
 神の聲にいらえはない。だからと、褐色の手が伸びた先で。
 櫻宵は、暗がりの中にいた。
 漆黒の花弁が舞い散る黒闇の中にいる。首に科された枷の感覚だけがいやに鮮明に、眼前の三つ目の神を浮き立たせた。ぎしぎしと掴まれた腕が鳴る。赫い笑みばかりが壮麗に、声はひどく甘やかに、櫻宵の耳を打つ。
 ――私は君を守る。守ると約束したよ。
「知らない」
 ――共に生きると約束した。私は君が転生して(かえって)くるのを、ずっと待っていた。
 記憶にない約束だった。始祖のイザナが結んだそれに、櫻宵はただがむしゃらに首を振る。同時に振った腕は呆気なく神の拘束を解いたが、世界が戻る気配はない。
 終わりを約束した神がいる。課された責を壊し得る希望が胸に在る。輪転の渦の中で永遠に生きる魂を、壊して壊される最期が――。
 三つ目は重ねる。
 ――終わりなんていらないだろう。
「いいえ」
 ――その神は君に期待なんてしてないよ。
「それでも」
 ――君の神は私だ。
「ちがう」
 ――願いを叶えてあげる。
「出来っこないわ」
 ――苦しまなくていい。
「それは」
 ――皆が祝福し認めてくれる未来がくる。
「そんなの」
 ――私と共に幸せに。
「なれるの?」
 ――おいで。
「噫」
 ――私を信じて。
 掴まれた手が軋むほどに痛んでいたことなど、忘れてしまったかのように。
 龍の眸が揺れる。黒桜舞う永遠の暗がりに――ぐらり、体が傾いで。
「櫻宵」
 ひどく慣れた聲が耳を打つ。
 伸ばしかけたその手を掴むのは、三つ目の神ではない。罅割れた空間の狭間から、龍の虚ろを満たすような金蜜が覗き込む。刹那、櫻宵の小指に強い痛みが蘇って――。
 唇をゆるゆると持ち上げた『黒い』神が――わらう。
 そこにいるのは――。
「私はだれ?」
 噫。
 零れた吐息は真っ直ぐに、桃色の眸へ夜空を映し出した。
「私のかみさま」
 願いを喰らう強欲を蕩かし、背負う桜が鮮やかに咲き誇る。宵の櫻が艶やかに血を吸うさまに、ロキは深く笑みを刻んだ。
「――よくできました」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ネグル・ギュネス
【彗星】①
無駄なんだよ
俺は自分で、過去を断ち切り背負った
そんなまやかし如きで、如何こうなる重さでは無い

宝石を握る
ミサンガに触れる

──行こう、…皆
そして鎧坂さん
今を生きる人の強さを、思い知るが良い!

封印解放、Break down...
【エクリプス・トリガー】──変身。

欲する事を悪とは言わない
求め生きるのは、人間の本質だ

されど。
他人の夢を奪い喰らっても、満足や達成感は訪れない

其れは、お前じゃ、ない
自分の手で掴まぬ夢に、真実は無い

鎧坂さん、ヤツの動きとあのカラス、纏めて吹っ飛ばす!

跳躍し、薙ぎ払うようにエネルギーを込めた回し蹴りで切り裂く!

想いも、未来も、我が心にある
誰にもやらない、この、…心だけは


鎧坂・灯理
【彗星】①
やはり、彼は強い まあ私も強いがな
ええ お任せを、ネグル殿
人間の寿命は短いんだ 振り向いて立ち止まってなんていられない
いざ過去を踏みつけ、未来へ進みましょう

彼がカラスをなぎ払い、ヤツをたたき落とすというなら
私は落ちた木偶どもを一つ残らず破壊しよう
【早着替え】で五指を刃と変えて翼を落とし、足を鋼と変えてドタマを砕いてやる

ネグル殿が止まらないな だが無軌道な暴走じゃない
彗星はどれほど遠くへ行っても、必ず「帰ってくる」ものさ




 ――やはり、彼は強い。
 真っ直ぐに立つ星の男の背を見遣り、鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)は内心で独りごちる。勿論己も強いのであるが――彼のそれは、実に心地良い意志でもって、彼女の前に広がっていた。
「無駄なんだよ」
 刃の如く響く声は、断ち割るように黒を見る。ネグル・ギュネス(Phantom exist・f00099)の紫紺が瞬けば、そこに夢の残滓は一片たりとて残らない。
 己が手で、愛した人を斬った。
 訣別だった。のたうち回るような苦痛を飲み干して、決意と変えて立つまでに、どれほどの痛みを背負っただろう。その想いを穢させはしない。渡しはしない。
 この程度のまやかしに潰れるような――安いものではない。
「鎧坂さん」
 ネグルの指先がそっと触れるのは、今に愛する人の想いが籠った翠水晶。
 ゆらり風に揺らすのは、かつて愛した人の願いが宿った赤いミサンガ。
 過去も、今も――ネグルの心に在る温もりは、決してその心を褪せさせない。どんな濁流の中にあっても、彼が必ず此処に立つための力になる。
 ――欲することは、人の持つ原動力だ。今の彼の相棒たる彼女が、何かを欲することで足掻いたように。過去の記憶を失くした彼が、それを追って走ったように。
 だとしても、二人は知っている。
 未来を掴むのは己の手であること。誰かから奪い喰らった夢など――それこそ、所詮は夢まぼろしに過ぎないことも。
 己が夢は己で懐く。己が未来は己で拓く。それでこそ、泥にまみれて痛苦に這いずろうとも手を伸ばす、『ひと』の最たる力が湧き出るのだ。
 それをこそ原動力とし足を動かす二つの彗星は、それを知っている。
 だから。
「ヤツの動きとあのカラス、纏めて吹っ飛ばす!」
 ――夢を喰らう強欲に、くれてやるものなど一つもない。
 迷いなく差し込むのは紫色のトリガー・キー。己が理性を代償に、得る力は遥か深く、強く、深紅の光で彼を包む。
 封印解放、Break down――エクリプス・トリガー。
 がう、と音を立てて、その体が地を蹴った。迷いなき彗星が狙うは滑空する翼。しかしその殲滅は、決して効率の良いものではない。
 ――彼が一人であれば。
「ええ。お任せを、ネグル殿――聞こえてないかもな」
 どこまでも慇懃不遜な唇が、ゆるりと言葉を紡いで両手を広げる。紫の隻眼に宿す意志の焔はどこまでも深く、如何なるときにも思考を止めぬ脳髄は、数多の条理を覆す。不条理だというのなら、理を書き換えてしまえば良いだけのこと。灯理には、それを成せるだけの頑健なる意志がある。
 彼女が『彼女』である限り――灯理の辞書に、不可能の文字はない。
 己が五指を『分解』する。文字通り分子へと融けたそれを即座に再構築。鉤爪など生温い、これは一枚一枚が刀の如き一振りの刃だ。足に宿したのは鋼の重み。それを即座に生身のそれと変わらぬ軽さに仕立て上げる。勿論、敵にとっては『そのまま』の重みがぶつかるように調整済みだ。
 そのまま馳せれば彗星が散る。ネグルの足が敵陣に突っ込んで、恐慌をきたして体勢を崩したそれらを一気呵成に叩き落とす。地に臥した木偶どもを斬り裂くのは灯理の仕事だ。刃が黒翼を刈り取って、残る頭は鋼の重量となった足が蹴り潰す。
 次々と物言わぬ破片に変わるそれを処理しながら、灯理の目が空を見上げた。
 星を喰らい夜を覆う災禍の群れに、ひときわ輝く紅星が奔る。どこまでも止まらぬそれは、さりとて無軌道でも無秩序でもない。
 ――あれは。
 己在る者の意志そのものだ。
 流星が斬り裂くのは大禍の黒翼のみ。味方も、己も――決して傷付けることないそれは、ネグルの灯した胸の焔が齎す、真実美しい空の星めいていた。
 そうしてきっと、全ての夜を斬り裂いて。
 光を灯す彗星は、仲間の元へ、笑って『帰って来る』だろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

冴木・蜜
○②

羽搏きが聞こえる
彼と共に見上げた夜空に翻る濡羽

視線を落とせば
彼が変わらぬ微笑みを浮かべて
あの時と同じように私の背中を押す

……、嗚呼
貴方はそうやって
いつだって、前を向いていて
どんな痛みが体を這っても
死が目前に迫っても
変わらず私を導いてくれた

理解っています
これは現実ではなくて
私の夢見たまぼろしですから
夢は醒めなくては


欲しがることが悪いとは言いませんが
人のモノは取ってはいけませんよ

思い出は渡さない
彼との約束は奪わせない
たとえこれが夢だとしても
彼をもう一度死なせはしない

彼に託されたこの姿と
彼との約束を守るために

私は今一度『偽薬』となる


――、さようなら
私のかけがえのない友人

救われて欲しかった、貴方




 満天の星空を共に眺める時間の安らぎを、きっと忘れることはないだろう。
 さりとて昇らぬ陽はない。いつまでも夜の中に閉じ込められていることを良しとも出来ない。
 だから、降り落ちる黒翼が星空を遮るのを見遣り、冴木・蜜(天賦の薬・f15222)は小さく息を吐いただけだった。
 視線を隣へ落とす。朧な月明かりにそのひとが照らされているのが、ひどく脆い彫像のように見える。ふと昏い影を落とした紫紺の眸にも、ただ『彼』はわらうまま。
 その頸がゆるく頷くのは――。
 まるで、いつかのあの日のようだ。
 いつだって、その眼差しが蜜の背を押す。体を這いずり蝕む病に灼かれ、死神の鎌が今まさに己に喰い込まんとしているそのときにさえ、前を向いて彼を導いたのだ。
 思わずと歪んだ眸に宿るこころを見られぬように、蜜は目を伏せる。
 ――『彼』に、そんな姿を見せられようはずがない。己の恐怖も苦しみも飲み干して、蜜に微笑んでみせたそのひとに。
 だから、一人前に出て、嗤う異形へ相対する。手にした注射器に指を添え、黒油はゆるりと目を眇めた。
 ここは――ただのまぼろしで。
 彼の記憶の柔らかな場所を掬い上げて、その記憶にこびりつく乾いた終わりを削ぎ落とし、水に沈めたようなまやかしでしかなくて。
 それを知っているから、彼はこの黒翼を見ることが出来ている。
「欲しがるのって、そんなに悪いことかしら」
 問いかけの聲が耳障りに響いた。睫毛を伏せて、蜜はゆるゆると首を横に振る。
「欲しがることが悪いとは言いませんが」
 ――死毒は、薬に。
 適量の毒を薬と呼ぶのならば、劇毒のこの身さえも指先ひとつで救いへ変えよう。それがただの、偽薬に過ぎずとも。
「人のモノは取ってはいけませんよ」
 これは蜜の思い出だ。
 強欲の烏が死毒を抉る。崩れた体に融かされて、声なく墜ちるそれは、決して後方の『彼』を傷付けない。
 夢も、希望も、終わりも――約束も。
 一つたりとて奪わせない。たとえこれが都合の良いまどろみに過ぎずとも、そのひとをもう一度死なせるようなことはしない。死の淵から救い出したくて、けれど届かなかった手を、今ばかり届かせる。
 毒に侵されることない陶器の人形にも、混酸の溶解は届く。溶け出す身に彼女らが気付いたのは遅く――気付けば動かなくなっていた体を知る頃には、混濁した意識が抵抗を許さない。
 そのまま、声なく夜に融ける強欲を見送って。
 蜜の眸がそのひとを振り返る。
 どこまでも微笑んでいる。彼を見て、死に脅かされる苦しみを知りながら、誰かをその淵から掬い上げようとしたひとが笑う。
 ――約束を忘れない。
 忘れないから、訣別を告げるのだ。
「さようなら」
 夢の中にしかいない、掛け替えのない友。
 救われてほしくて救いたかった――ただひとりの貴方。
 微笑む顔が夜のあわいに滲む。晴れて過ぎ去った幻想の後、星空を見上げるのは、黒い異形がひとつだけ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
○/③
痛みを感じて奇襲に気付く
幻影に溺れるあまり、周囲への警戒を怠ったと後悔してももう遅い

妹の幻影も消えてしまった
当然だ、そういうものだと分かっていた筈だ
それなのに、さっきまで側にあった笑顔が頭から離れない
奪われてしまった、“また”喪ってしまった
痛みに鈍る頭でそう考えては、その度あれは妹では無いと否定する
それでも残るどうしようもない喪失感と、負傷した体を引きずりながら敵を探す

足りない、だと?
奪われる、また失ってしまう、次は何を…
…そうだ、奪われないようにすればいい

ユーベルコードを発動し目に付く敵を手当たり次第攻撃する
傷が痛もうが関係ない、奪われたくない一心で敵が全て動かなくなるまで攻撃を続ける




 妹の笑う顔に目許を和ませて、その背を追って――どれほどの時間が経った頃だったか。
 不意に体を貫く痛みに、シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)の眼が見開かれる。咄嗟に妹へ伸ばした手が空を掻く。血の逆流する喉で何か声を発するより先に、その姿が掻き消えて、全てが黒く染まる。
 そこで彼は、自分が思うよりずっと、幻影に溺れていたことを知った。
 もう少し、もう少しと夢を願って、周囲への警戒を怠った結果がこれだ。それでも更なる隙は作るまいと数歩を下がっただけで体勢を立て直す。
 ――夢だった。
 そんなことは分かっていた。分かったままで望んでいたことすら、理解しているはずだった。
 それなのにどうして、妹のあどけない笑顔が脳裏から離れないのだ。
 何も手にしていないのだから、何も喪っているはずがない。それなのに確かな喪失感が胸を埋めるのは何故だ。
 喪ってしまった。
 奪われてしまった。
 シキの大切なものは、『また』――。
 違う。
 奪われたのは幻影なのだ。現実に喪われたものなどひとつもない。あれはもう、最初からないものだ。どれだけ求めたところで、どれだけ願ったところで、愛しい妹の笑顔はもう見られない。
 鈍い痛みに頭がぐらつく。現実でも幻想でもない常闇をあてどなく歩いて、ただ紺碧の双眸ばかりが、昏く敵の姿を探る。喪失感を埋めんとするように募る焦燥感に潰されて、その足がとうとう動かなくなる刹那。
「足りないわ。足りないの」
「とっても素敵な夢だったけど」
「私たちにはまだ必要」
 舞い降りる羽音――その数は八。
 シキを囲んだそれが口々に渇望を謳う。もっと頂戴、もっと頂戴。手招くそれが、己の裡より未だ何かを喰らおうとしていることに愕然とした。
 このままでは失ってしまう。何を奪われるのかさえ分からない。今度は何を。あの日のさいわいか、決して多くはない――さりとて確かな今の絆か。焦りが膨らむ。心に焦げ付く。
 どうすれば。
 ――奪われないようにすれば良い。
 脳裏にひらめいた最適解が、彼の心にはっきりと声を届ける。それは異形の甘言めいて、しかし至上の正解めいて、シキの身に宿る力を指し示す。
 そうだ。
 シキには力がある。己から大切なものを奪い去る何もかもを壊す力が。人がいつか化け物と呼んだ、この身が。
 跳躍する。血が飛び散る。次いで陶器の割れる音、絶叫、翼の舞い散るくぐもった音。格好の獲物を見失い、狼狽する鳥人形が事態を悟るより、焔と月の色を輝かせ、ナイフが暗夜に踊る方が早い。
 その切っ先が鈍ることはなかった。光の濁った青い眸に映し込むのは、ただ喪うことへの恐怖と、それを齎す敵への焦燥と――純然たる獣の殺意だけ。
 恐慌と共に飛び去ろうとした一羽には銃弾が。足を止めた一羽にはナイフが。目で追うことすら叶わぬ速度に喰らい付かんとした一羽には射出されたフックが。全ての動きを封じられ、啼き喚くだけとなった鳥人形が、耳障りな命乞いさえ失うまでに時間は要らない。
 罅割れた幻想と暗闇が、月光に晴れる刹那。
 ――ただ一匹、銀の狼が吼えた。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

イフ・プリューシュ
○②
…ゆめ
そうよ、イフは、これがゆめだって知ってるの
みんなと、きっとこれからお茶会はできるわ
でもそこに、あのひとはいないの
イフを撫でてくれる手も、ない
謝ることも、お礼をいうことも、もう二度と――

でも
たとえゆめでも、もう一度あなたにあえてよかった
かなしくても、思い出せてよかったの
ありがとう、大好きよ
いつかまた会えたら、その時は、また笑って頭をなでてね
あのひとの幻をぎゅっと抱きしめて、それからさようならをするわ

しあわせなお茶会を抜け出して
烏人形さんのところへ行くわ
しあわせなゆめを、食べさせたりなんてしない
壊させたりなんてしない
たとえゆめでも、みんなが傷つくのは見たくないの
カトレア、一緒に戦って!




 ゆめ。
 しあわせで、どこまでも優しい幻想。ひとりきりのお茶会に、たくさんの誰かがいてくれて――そこに、あのひとがいること。
 イフ・プリューシュ(Myosotis Serenade・f25344)が帰れば、この光景にあるさいわいは彼女を迎えてくれるだろう。そこにいないのは、ただ――彼女にやさしさを教えてくれた、大きな手だけ。
 帰ってしまえば。
 もう、その暖かくて大好きな手が撫でてくれることはない。
 謝ることも、感謝することも、この声が届くこともない。もう二度と。
 それでも――これを現実だと思って溺れることさえ出来ないのだ。
 俯いて、唇を噛む。力を込めた腕の中に、ぬいぐるみの柔らかな感触だけを覚えた。どうしようもなく離れがたい。ずっとこうしていたい。その未練が、彼女の見るさいわいの未来を繋ぎ止めていることを、イフは知っている。
 だから――。
 どれだけ、ここにいたくても。
「たとえゆめでも、もう一度あなたにあえてよかった」
 顔を上げて、イフはそのひとに声を紡ぐ。
 忘れていたままなら、胸を裂くような哀しみなど知らなかっただろう。けれど空疎を抱えて『おともだち』の中で生きるより、今こうして痛みに向き合えることを――幸福だと思う。
 だって、こうして顔を見て、笑うことが出来るから。
「ありがとう、大好きよ」
 背伸びをして、椅子に座る首へ腕を回して。抱きしめるイフに応えてくれるそのひとの温もりを、ここに刻み付けて。
「いつかまた会えたら、その時は、また笑って頭をなでてね」
 揺れる声が囁いた言葉に、きっと頷いてくれたから。
 体を離す。伝わる暖かさはすぐに風にさらわれてしまうけれど、その温度を心の奥に懐いたから――今度こそ屈託なく、彼女は笑った。
 踵を返して走り出す背に聞こえる声は、どれもが笑顔で彼女を送り出す。お茶会の途中で抜け出した庭の主に、舞い散る華の花弁に、皆の聲が届くのだ。
 ――がんばって。
 だから、イフは頷いて。
「しあわせなゆめを、食べさせたりなんてしない。壊させたりなんてしない」
 舞い落ちる黒翼の持ち主に、はっきりと向き合った。
 嗤う鳥人形が狙うのは、彼女の見るさいわい。奇襲より先に探知されたと知ったそれは、きいきいと甲高い声でイフを囲んで、彼女を啄まんと翼を広げた。
 そんなものに――。
 敗けるほど、彼女は弱くない。
「たとえゆめでも、みんなが傷つくのは見たくないの」
 腕の中のぬいぐるみを抱きしめる。あのひとがくれた最初の『おともだち』。イフとあのひとを繋ぎ合わせ、そして彼女を今に繋ぐ、大事な子――。
「カトレア、一緒に戦って!」
 呼応するように現れた『おともだち』が、イフを狙う黒翼を斬り裂いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジャガーノート・ジャック


【幻:同期の"ジャガーノート"を全て救済した未来】

(幻として顕れる同期達。
鳥人型も白熊型も、天狼星の如く煌めく君、"ハル"もまた、"僕"と共に戦ってくれる――)

幻と理解しつつ振り切れないのは
此が本機の心残りだからか。
(ザザッ)

(幻影の中、鴉らが劈き、問答を哭き喚く。
なら、敢えてこう言おう。)

Shut up&Freeze.
「 黙れ、動くな。 」

(複製した熱線銃から一斉に照準を放ち
違反者を主諸共撃ち落す。(狙撃×一斉発射×早業))

――敢えて答えるなら
"分不相応な望みは身を滅ぼす"からだ。

(だってそうだろう。
撃たれ滅ぶお前達も。
"僕"も幻に見る程に望んだ物は
何一つ持ってないのだから。)

(ザザッ)




 みんながいる。
 ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)――今はそう名乗り駆動する黒豹の隣に、かつての日常に生きた者が確かな形で存在している。
 燕型のそれは、ひどく楽しそうに飛び交いながら銃撃を躱し。
 白熊型のそれもまた、好戦的に笑声を零しながらも理性を以て巨躯を巧みに使い。
 いつかコードネームをくれた君は――天狼星の如く眩く瞬き、まるでヒーローのように人々の窮地を救う。
 夢の中で戦い続けて幾らの時間が経っただろう。シューティングゲームめいた空間はどこまでも続いて、けれどいつまで経っても『ボス』は現れない。無限に引き延ばされた宇宙めいた背景の中、次々と追加される弾幕を躱し、敵機を撃墜し、各々の『ジャガーノート』が発する快哉の通信が流れるだけだ。
「幻と理解しつつ振り切れないのは、此が本機の心残りだからか」
 音声を使えば、通信機めいたノイズが走る。
 心残り。
 そう言われてしまえば、彼に返す言葉などない。結局、どうしたってこんな未来はないと知っているのだから。
 それは――そうだろうさ。
 不意に周囲の光景が切り替わる。荒野めいた乾いた大地を眼下に、嗤う声は先までの敵機とは全く別物だ。黒翼の鳥人形が、きいきいと甲高い声でジャックに迫る。
「欲しがることの何が悪いの?」
 ――ジャガーノートらが応じることはない。
 代わりに突きつけられた無数の熱線銃からレーザーポインターが飛ぶ。黒豹が一人、紅いバイザーの奥より焦げ茶の視線をくれていた。

 Shut up&Freeze.
「 黙れ、動くな 」

 ――それだけで。
 訊き返そうとした一羽が落ちた。翼の一枚を動かしたものから撃ち抜かれた。貫かれた端から陶器が赤く染まって、致命的な部位を貫かれずとも融解して墜ちていく。
 それを――。
 ただ、静謐の中で見守るジャックが、低く唸る。
「――敢えて答えるなら」
 ザザッ。
 走るノイズの奥の声が、本当はどんな風に紡がれているのかを知る者はない。知る必要もない。
「“分不相応な望みは身を滅ぼす”からだ」
 そうだろう。
 もうどこにもない。ジャックをアバターとするただの少年は二十四人を殺したし、三十一人が死んだし、三人は――本当だったらここにいるはずの一人を含めて、戻って来ないのだ。成りたかった兵士(ジャック)に隠した本物の響きが示す通り、彼はあの惨禍の中で、ただひとりになってしまった。
 それはさながら、渇望してなお夢の一つすら知らぬ、墜ちていく鳥のようだ。
 幻惑が晴れる。空が戻って来る。大地を踏みしめる感触は、こんなにも確かにここに在るのに。
 何もない。
 ――幻に見るほどに望んだものなど、この手には、何も。

成功 🔵​🔵​🔴​

イリーツァ・ウーツェ

目的は達した
感謝を以て、依頼の解決に努めよう
暫しの別れだ、白、青
そして、名も知らぬ君

不思議な感覚だ
自分を殴りたい様な
大声で叫びたい様な
其の癖、口角が上がる
苛立ちとも異なる昂揚が有る
此は何だ?

解らん
判らん
分からないから、敵を殺そう
自分を破壊しても、何も得は無いからな
八つ当たりをしよう
砕け散れ




 失くしたものを取り戻すこと。
 それこそが星に手を伸ばした理由であるならば、イリーツァ・ウーツェ(竜・f14324)がこの幻に見るべきものはもうない。
 故に――。
「暫しの別れだ、白、青」
 告げる言葉は淡々と響く。金と蒼の髪を、灼瞳を、紅瞳を――嘗て竜としての師であったそれを見比べる。
 目を見て喋るのもまた――この地にて教わったことだ。
 それから。
 光を弾く銀の髪と、今は碧い眸を見る。
「名も知らぬ君」
 ――この裡側に封じられた記憶を取り戻すことが出来たのならば、この思考の中でまた会うだろう。今ここで、この衝撃と軋みを思い出したように。
 幻影は揺らぐ。元より溺れるほどの感慨を以て懐いたものでないのならば、抜け出すのも簡単で――また、イリーツァは溺れたとて死にはしないものだから。
 一度、見えるものを正常化するための瞬きの内に容易く取り戻した空に、満天の星が輝く。それを遮る黒翼の幾分は、先に戻った猟兵らの戦闘音に屠られているらしい。彼の元へ降り立ったのは、数える限りで七羽だ。
 きいきいと耳に障る声で嗤うそれらを見渡し、イリーツァはゆるゆると、必要のない息を吐く。
 感じたことのないものが湧き上がっているのを感じる。いつでもそうあるように、一瞬ばかり過って消えていくのではなく――それは確かに、彼の胸を揺さぶって、確かな形を成す。
 この場に何ら代わりに出来るものがないのなら、彼は己を殴っていただろう。
 この場に何らの制約も約定もないのなら、彼は破壊の竜声で叫んでいただろう。
 そのどちらも齎されることはない。自分を壊して得があるわけもなく、ここには殴れるものがある。ここには猟兵がいる。壊すわけにはいかなくて、さりとて壊して良いものも、同時に在る。
 これを何と呼ぶべきなのか、彼は知らない。駄々を捏ねる子供のようななりふり構わぬ苛立ちめいて、しかし全く違う想いが体中を支配している。
 ――口角が、知らず持ち上がって。
 笑うように腕を引いた竜が、蒼焔に包まれた。
 訝しげな鳥の啼き声も遠いほど、イリーツァの脳裏に廻る何かがある。覆う炎は熱を伝えず、さりとて裡側から盛るような温度が苛んでいる。
 ああ。
 また息苦しさが戻って来る。
 死にそうだ。
 死ぬわけもないのに。
 これは何なのだ。この身を灼くこれを、何と呼ぶのだ。解らない。判るほどのものを持たない。教えてくれる者も、訊く相手もここにいない。だから今は壊そう。壊しても良いものを。お誂え向きに用意された、八つ当たりの相手を。
「砕け散れ」
 声が。
 ――届いたときには、そこには七つの鳥人形だった破片しか、残されてはいなかったのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

臥待・夏報


もう走れないか。
どうでもいいや。
楽しそうに食べられている春ちゃんを見て、彼女らしいな、なんて呑気な感想が浮かぶ。

知ってるよ。
これが現実だ。
何も信じない臥待夏報は、誰か一人を選べもしない。
あんな幼稚なヒーローになんてなれやしない。

あー。
こんな大怪我で帰ったら、きっとまた、優しい人たちが夏報さんを心配してくれるんだろうな。
それでも僕は、彼らもろとも地球を焼き払う夢を見る。
この世で価値があるとされるもの一切合切手放せば、
僕にも、僕だけの星の光が見つかるのかな。

ねえお人形さん、
これは君の言う欲望かい?

ごめんね春ちゃん、血を貸して。
仲間外れは誰なのかなんて、ここなら考えなくていいから。
『みんな燃えろ』




 衝撃があって、投げ出されて、全部が消えた。
 拾って来た鈍器が飛ぶ。着弾の音がしない。コンクリートにもリノリウムにも跳ねないまま、木材の床をぶち破ることもなく、底なしの奈落に墜ちて行ったらしい。
 まるで、ここに倒れた己のようだ。
 どこまでも黒ぐろとした空は果てがない。多分倒れているようで落ちているし、落ちているようで止まっている。だってまともに抉られた腹から零れる血の感覚は、いつまでも広げた腕に触れない。
 ――もう走れないか。
 ――どうでもいいや。
 『春ちゃん』が相変わらず楽しそうな顔で、黒翼の怪鳥に群がられて喰われている。彼女らしい表情の下でばりばりと音がするのは、どうにもアニメじみていた。腹の半分まで食われて血浸しになっているし。なのに血の一滴も口から零れていないし。
 これが現実だ。
 誰か一人の手を取って逃げる、ジュブナイルじみた幼稚なヒーローの『かほちゃん』などいない。臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は何も信じないから誰も選べないし――。
 腹を抉られて帰れば心配してくれる誰かの想いをよそに、世界崩壊の夢を見る。
「この世で価値があるとされるもの一切合切手放せば、僕にも、僕だけの星の光が見つかるのかな」
 信じて手を伸ばすようなものが。
 彼女を囲む暖かいのだろう何もかもを焼き払い、残った地球原住民を怒れる紫水晶で睥睨し、多分地球では役に立つ道具だったんだろう何かを頭に振り下ろして宇宙人を焼き滅ぼして宇宙船に乗って宙に飛び出したら。
「ねえお人形さん、これは君の言う欲望かい?」
 そうよ、とも、違うわ、とも、声はしなかった。
 ――多分、春ちゃんを食べるのに一生懸命なんだろうな。
 旨いだろうなあ、と思う。『春ちゃん』はいつも、願望と空想と夢と希望とその他諸々およそこの世に存在しえない事象の全てで出来ていた。そういうのが欲しい鳥が、邪魔者である空虚の破壊神たる夏報を放り投げて、代わりに特上の餌にありつくのは当然だろうと思える。フォトンベルトを理論で掻き消そうとする女よりも、それが見えて無邪気に喜んでいる少女の方が、それはまあ――夢はあるのだろうし。
 だから夏報はここで打ち捨てられたように転がっている。
 だから『春ちゃん』はあんなに血を流している。
 ――都合は良かった。
「ごめんね春ちゃん、血を貸して」
 声は届いていなくても良い。
 ともあれ他者の血は流れ、ここに仲間外れはいない。何も考える必要はない。仲間じゃない鳥どもと、独りの夏報と、笑って喰われる『春ちゃん』は、誰一人仲間じゃないから全員仲間だ。
 ああ。
 もういいや。
「みんな燃えろ」
 ――呟く言葉通り。
 奈落の宵闇が全部、灰になる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

玉ノ井・狐狛
①○

欲望? わざわざアンタらに肯定してもらうには及ばねぇな。
この先にゃァ何もないんだ。必然、都合のイイ欲求を持つ余地なんざないってワケでよ。

ま、夢の中のままなら、もうちょっとアンタらに有利だったかもしれないが。
“置かれた状況を正しく認識する”ってのは、この稼業で生き残る最低条件なのさ。
欲望やら暴走やらに振り回されないのも、な。

◈五行相剋
土→砂で拘束し、火→炎で滅却する。
▻破魔▻焼却

昔の、それこそ何年かぶりの技だがね。
上等な芝居を見せてもらった分のチップだ。くれてやらァ。

アンタらは、ちょいと我慢を覚えたほうがイイかもしれないぜ。
闇雲なレイズは、ロクなコトにならねぇモンさ。




 都合の良い未来が過去の分岐にしかないのなら、それに囚われる理由がどこに在ろう。
「我慢しないでいても良かったのよ?」
 小首を傾げる鳥人形の足は、廃ビルの屋上へ辿り着く。舞い降りる数は六――他は、他人の夢幻を餌にでもしに行ったらしい。
 戦況に一通り目を通したのなら、後は玉ノ井・狐狛(代理賭博師・f20972)の独壇場だ。
「我慢ね。別にしちゃァないが、してたって、わざわざアンタらに欲望を肯定してもらうには及ばねぇな」
 ――元より未来は素寒貧。心に詰め込む夢などありはしない。まだ何がしかの財を持っていた過去の己に問うなら兎も角、ここに生きる狐狛にそれを問うなぞ愚の骨頂だ。
 不意に風が啼いた。ビルを吹き抜けるそれに、しかし逆巻くのは風そのものではない。異変を感じ取った鳥らがすぐさま地を蹴るが、彼女らは既に嘗て将来を嘱望された陰陽師の術中だ。
「ま、夢の中のままなら、もうちょっとアンタらに有利だったかもしれないが――」
 今の己がどこにいるのかを正しく知る。
 それが、賭博師が生き残る最低条件だ。
 状況を俯瞰出来ない者から死ぬ。口八丁で煽って敗けに乗せるのが筒元の常套手段なら、博徒は我欲より一歩離れるのが勝ち方である。
 敗北しているように勝利を取ることもある。勝てない勝負に乗らないこともある。元よりそれらをいっとう得意とする狐狛に、まやかしの揺さぶりなぞ通るはずもない。
「欲望やら暴走やらに振り回されないのも、な」
 ――飛び上がる翼を、土の鎖が地へ縫い付ける。
 叩き伏せられたそれらが暴れるより先に、一羽の柔らかな翼に火がついた。破魔の焔がその身を焼いて、喰らってなお足りぬとばかりの強欲ごと、陶器の体を焼き払う。
 俄かに恐慌を来した鳥たちが、きいきいと高く啼いてがむしゃらに暴れ始める。生物でない体でも火には忌避感があるのだろうか、その翼は燃え朽ちる同胞から逃れるような調子で動く。
 勿論――無駄だ。
 導火線に火がつくかの如く、盛る焔は墜ちた鳥を焼いていく。いっそ悲痛にも響く声は、しかし生き物のそれとは言い難い耳障りな音だった。
 それは――狐狛にとっては随分と懐かしい、生家の力だったけれども。
 上等な芝居を見せてもらった。随分と臨場感のある夢を見た。ならばその分の礼くらいは払おう。礼儀は全てに通ずる基本であるから。
 親切ついでに一つ、絶叫を縫うように声を発する。
「アンタらは、ちょいと我慢を覚えたほうがイイかもしれないぜ」
 際限なく欲しがる者など幾らでも見た。
 一度でも当たってしまうと、それはそれは気が大きくなるのだろう。巨額であらば更に乗せられる。
「――闇雲なレイズは、ロクなコトにならねぇモンさ」
 そういうのは大体、最初から相手の計算の裡にあるものだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アルナスル・アミューレンス
◯①

まあ、夢はヒトが見るもんだよねぇ。
どっちつかずの僕が見るようなもんじゃないや。

でもほら、普通のヒトなら、まだ良い夢見させてあげたいじゃない?
仮初めの現だとしてもさ。

だからさぁ、大人しく帰ってほしいなぁ。
やだ?
欲しい?
奪いたい?
欲張りだねぇ。

じゃあ、覚悟は出来てるよね?
奪うというなら、奪われる覚悟が。

━━拘束術式、解放

僕からは君達に、恐怖を与えるよ。
だから、君達から一切合切『枯渇(ウバウ)』よ。

この屋上を基点に封印を解く。
敵には天災の様に、
仲間には揺り籠の様に、
黒き異形は溢れ逆巻く。

夢を見るにしても覚めるにしても、
奴等を蹂躙し捕食し尽くすついでに、
皆が戻ってくる時間稼ぎでもしましょうかねぇ。




「まあ、夢はヒトが見るもんだよねぇ」
 長閑に見上げた星の瞬きは、もう己を幻影には誘わない。
 アルナスル・アミューレンス(ナイトシーカー・f24596)が上げた声も、また襲来の状況下には些か不似合いな温度で響く。人にして人に非ず、化け物にして化け物に非ず――数多の理想を喰らい混ざった『どっちつかず』は、有機と無機の狭間にある地獄のような未来から帰還した。
 幾ら数多を喰らったとて、アルナスル自身がばらばらに砕け散ってしまったりはしないけれど――その代わりに得るものは、ああいう捻じくれた、およそ人のそれと言うには悍ましい光景なのである。幻は幻に過ぎないということも、彼ははっきりと理解している。
 まあ、それでも。
 あの幻影の中で望みを得て、良い夢を見られるヒトがいるというのなら――その仮初のまどろみを、今だけでも守っておいてやりたいとは思う。
「だからさぁ、大人しく帰ってほしいなぁ」
 赤いゴーグル越しの眸がゆるゆると地上を見る。降り立つ鳥たちは既に幾分迎撃を受けているようで、そこかしこに響く戦闘音が耳朶を掠めた。
 空を旋回して星を隠すそれらと、目の前にいるこれらと、もう誰かの夢の中へと這入り込んだあれらと。
 総数ではどのくらいになるのだろうか。
「嫌よ」
「欲しいわ」
「足りないもの」
 鳥人形が口々に啼く。耳障りな甲高い声に、しかしアルナスルは肩を竦めるようにしてみせただけ。
「欲張りだねぇ」
 ――戦闘準備は、この身一つで充分に終わっているから。
 ガスマスク越しの声が温度を下げる。零度となって張り詰めた空気に、果たして人形は気付いたかどうか。
「じゃあ、覚悟は出来てるよね?」
 いつだって、簒奪者は簒奪される覚悟を持っているものだ。
 ――拘束術式、解放。
 宵闇がその身を包む。黒く、昏く、星を覆う黒翼すらも喰らうほど――。
 ぴい、と高く鳴ったのは、果たしてどの鳥の喉だったろうか。
「僕からは君達に、恐怖を与えるよ」
 一切合切、全てを『枯渇(ウバウ)』異形の死が、黒く空に迸る。逆巻く黒風が陶器の人形を貫いて、裡側の空虚に膨れ上がって破裂する。蝕む黒を振り払うように飛び立つそれを絡め取り、侵食し、空っぽを満たして全てを喰らう。
 或いは臥して夢に漂う猟兵らを覆い、降り立つ災禍の追撃を阻む揺り籠となる。その夢をそれ以上侵すこと許さず、近寄る強欲どもより空疎な想いを簒奪する。悲鳴と断末魔の踊る空に、異形はひとつ、息めいたものを吐いた。
 夢とはいずれ醒める。けれどそれが人の見る幸いのものであるのなら、易々くれてやるわけにもいくまい。
 帰って来るまでの時間は幾らでも稼ぐから、今はどうぞ――良い夢を。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヴィクティム・ウィンターミュート
◯①

仮初に溺れてる暇は無い
どれほど優しくても
どれほど美しくても
どれほど焦がれていたとしても
全て嘘だ ただの逃避だ
どれだけ苦しくても
どれだけやりなおしたくても
これが残った道なんだよ

邪魔だな
前座の程度が低すぎる
この舞台は俺と、Jackpotのモンだ
お呼びじゃねェ、死んどけ

奪っていいのは俺だけだ




 時は戻らない。
 ぬるま湯の幸福から目を覚ませば、空に旋回する黒翼が降り落ちる。己を見下ろす強欲の鳥の視線が不快でならない。
 胸中の感情をそのまま載せて、ヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)の濁った紺碧が、獣どもを睥睨する。低く唸る声はおよそ少年のそれとは言い難く、夜空に響く。
「邪魔だな。前座の程度が低すぎる」
 ――望んださいわいなど、どこにもない。
 そんなもの、見せつけられるまでもなく知っている。幾度も幾度も過ちを取り返した日を夢想した。そうして夢に見るたびに望むことすら許されぬと自らの心を殺し、焦がれ伸ばす手を地に叩き付け、褪せぬ思い出を朽ちたものだと奥底に仕舞った。
 贖罪を探す日々に終わりはない。この命こそがあの災禍の元凶であるのなら、生き続ける限り毒を呑み干し続けるしかなかった。日々を重ね、己の中の傷口を自ら掻き毟っているうちに、いつからか幸福の中に己の存在は見えなくなって、その温もりこそが耐え難い苦痛となって――。
 この罪悪感と悔悟が真に解けるのは、肺が潰れるほどの罰を受けるときだけだと知った。
 擦り切れるほどに繰り返した後悔が全て払われる夢など、全て嘘だ。ヴィクティムは、それにのうのうと浸る逃避を、誰より己に赦さない。
 世界に都合の良い『もしも』が存在していて、誰もがそれに縋れるのだとしたら。
 ――やり直せる機があるのなら、とっくにやり直しているさ。
 あんな馬鹿げた計画に熱を上げた少年を殺してでも、あの惨禍を止めている。そんなことは叶わなくて、だから未来は変わらずに、ヴィクティムに成せることは一つしかない。
「この舞台は俺と、Jackpotのモンだ」
 > Access Forbidden Storage.
 > Set seal designation program.
「お呼びじゃねェ」
 > Forbidden Code『Flatline』.
「死んどけ」
 ――『強奪』は、少年の根源だ。
 余興にもならぬ強欲を、ナイフの煌めきが穿つ。人の夢を喰らい嗤う鳥の群れに真っ向斬り込んで、ヴィクティムの刃がその全てを奪う。
 黒翼を千切り、陶器を破り、その内側に満ちる空虚の一片さえも残さない。或いは強欲の意志そのものを喰らい己がものへと変えていくように、翻した銀閃が牙を剥く。
 待ち受ける冬を前に、星を遮る獣を穿つ眸は、どこまでも深く濁る。恐慌を来し、或いは錯乱の元に襲い掛かるほど、彼の宿す破滅の意志は強くなる。
 異形の鉤爪を一閃の元に叩き割った刃が、悲鳴を裂いて陶器の身を抉る。鋭い破片が頬を掠めても、ヴィクティムは気付かない。押さえつけた最後の一体が黒い翼をばたつかせるのを捻じ伏せて、振り上げたナイフに月光が反射する。
「――奪っていいのは俺だけだ」
 伝う赤の一筋が、宵に染まるコンクリートに染みて、消えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティオレンシア・シーディア
〇△・①

――紅蓮が刹那視界を遮り、再度目に映るのは元の屋上と先より藍に沈んだ世界…そして、空を舞う略奪の異形。

…そう。さっきまでのはアンタらが原因だったのねぇ。

口を開く前に〇クイックドロウからの乱れ撃ち、先制攻撃の薙ぎ払い。有無を言わさずカラス・本体の区別なく片っ端から射撃と○爆撃でブッ散らして○蹂躙するわ。

別に欲しがること自体は悪くないんじゃない?
正直アンタらが何欲しがろうとアタシはどうでもいいし、興味もないけど。
…ただ。
他人の逆鱗土足で踏みにじってくれやがったんだもの、それ相応の報いはくれてやらないとね?
…一切合切、●鏖殺してやるわ。




 静謐な夜を遮る騒々しい羽音を、狩人は決して許さない。
 紅蓮が焼き尽くしたさいわいの幻影に、ひとつ瞬けば味気ない屋上の光景が戻って来る。掻き消えた熱気に肌は凍てた感触を伝えるが、心の奥底を撫でる紅蓮は、どこまでも昏く、冷えた熱を孕んで――。
「……そう。さっきまでのはアンタらが原因だったのねぇ」
 黒い翼が地に降りるより先。
 ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)の指先は、天に向けたリボルバー銃の引鉄を引く。不意打ちへの恐慌が夜空を耳障りに彩る中で、『七発目』の銃弾がその翼を引き裂いた。
 たった六発で終わらせはしない。
 六度指先を動かして、即座に手元に引き寄せた銃へ弾を込める。今更意識せねばならぬほど、ティオレンシアが踏んだ場数は少なくない。
 ――手が覚えている。
 ――どうすれば、あれらを鏖殺出来るかなど。
 強欲の嘴が体を掠めることすら許さない。ここにあるのは蹂躙だ。一方的な狩猟に過ぎない。
 獲物に時間を与えはしない――吼える暇すらも。
 次々と物言わぬ破片へ変わっていく同胞が、彼女らにはどう映っているのか。烏も人形も舞い散る黒羽も、何もかもの別なく撃ち滅ぼす銃弾の主には、どれもこれも関係はないけれど。
 天すら穿つ銃弾の雨に、それでも人形が咆えるのが聞こえた。
「欲しがるのが、そんなに悪いの!」
「別に欲しがること自体は悪くないんじゃない?」
 返答に温度はない。
 声を上げたそれに銃口を向ければ、発砲音と同時、傾いだ体が地へ墜ちて砕け散る。
 ――鳥人形たちが何を欲しているかなど、ティオレンシアには関係がない。
 今の彼女は、義憤や正義感や、そういうもので引鉄を引いているのではない。強欲に捕らわれた人形らを憐れむわけでも、ましてやこの先で待つ首魁と相まみえたいわけでもない。
 これは報復だ。
 彼女の逆鱗に土足で踏み込んで、踏み躙って嗤う、その行為への。
 この地上の何物が許したとしても、ティオレンシアは赦しはしない。幻影の暖かさが何だというのだ。手に入らなかったものを都合良く見せられて、挙句それをただ餌と成すがためだけに襲来する黒翼を、決して逃がしはしない。
 触れてはならぬものがある。
 過去や、未来や、そういうものは――ましてそれが、今もなお心に鮮明に描けるものであるなら尚のこと、無機物如きが手を出して良い領域ではない。
 踏み込んだのは人形たちだ。欲しい欲しいと喚くばかりのそれらが、ティオレンシアの触れてはならぬものに触れたなら。
「それ相応の報いはくれてやらないとね?」
 ――細い目より覗く眸は、ひどく冷えた色を孕んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹
①〇

願いが願いを否定するのならば抜け出す以前に溺れる事もない。
そう思うのは我儘か?

UC月華で真の姿になり【呪詛耐性】をより上げる。のち【存在感】を消し【目立たない】様に死角に回り、可能な限り【奇襲】をかけ【マヒ攻撃】を乗せた【暗殺】を仕掛ける。さらに【傷口をえぐり】ダメージ増を狙う。一体ずつとはいえ確実に数を減らす。
敵の攻撃は【第六感】で感知し、【見切り】で回避。
回避しきれないものは黒鵺で【武器受け】して受け流し、胡で【カウンター】を叩き込む。
それでも喰らってしまうものは【激痛耐性】【オーラ防御】で耐える。


自分の幸せは誰かを不幸せがあるからと強く思い込んでいる。
だから基本求めない。




 ――己の願いが、己の中の別の願いを否定するのなら、最初から溺れることもない。
 かつての主の手を拒み、ここに立つ黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)の身を、ゆらりと覆う陽炎がある。
 柔らかな月光に照らされた体に宿すのは、彼を呼び寄せた月神だ。祈りを宿す月華が花開くように――彼は神の威容を纏う。
 長く伸びる髪。伏した眸を開けば、そこには人でないものの色が宿る。狩衣の裾がやわく揺れて、彼はゆらりと己が腰の刃へ手をかけた。
 ――抜き放つは二刀。現身の変容は、即ち彼自身たる刃の変容でもある。本来のかたちを変え、刀へと成った『黒鵺』と、無銘の刃――『胡』。
 月光に照らされたその神性に気圧されたか、降り立つ人形らが一瞬ばかり動きを止めた。
 刹那、彼女らの眼前から、その姿は掻き消える。
 がしゃり――繊細な陶器の割れるような、鋭い音が響いたのを、認識した直後。
 そのうちの一体は、己が胸より突き出る銀閃の冴え冴えとした輝きを見た。
 驚愕したように刃をなぞった翼の先が、鋭利な切っ先に斬り落とされてはらはらと地へ落ちる。痛みすらも置き去りにした太刀筋が、ぐるりと己が胸を抉るのを視認した次の瞬間には、その体は力なく崩れ落ちた。
 ――一斉に飛び立つ鳥たちを、神威が赦そうはずもない。
 二刀を揮う。翼を裂き、或いは足を掠め、その刃が齎す権能が牙を剥く。
 地に墜ちた人形には分かるまい。その動きを止め、今己を地に縫い付けるのが、何の力であるのか。
 瑞樹の足音は静謐に近付く。まずは地へと臥した二羽だ。刃が迸る刹那――。
 不意に後方より飛来する鉤爪を、瑞樹は決して見逃していない。
 構えた刃の一で受け流す。弾き返したその懐へと飛び込んで、黒鵺を突き刺して一閃。痺れる腕を掠めた痛みなど、堪えられぬはずもない。
「どうして、どうして――」
「どうして?」
 問うて啼く鳥たちの声にも、月神の眸は静謐だった。
 ――己が幸福になることで齎される反作用を、誰かが背負ったらどうする。
 誰かの不幸の上に成り立つ己の幸福など要らない。瑞樹がさいわいを求めれば、きっと誰かがその影で泣くのだ。その不幸の涙を知っていて、己だけさいわいを求めることなど、どうして出来よう。
 そうではないのかもしれない。事実、人々にとってはそうではないのだろう。誰も不幸にせずとも幸福を得られる者は数多いる。それを知らぬ瑞樹ではない。
 けれど。
 ――彼は、その『数多』の中の一人には、なれないのだ。
「俺には必要ないからな」
 二刀が鳴き声を穿って――。
 夜に、静寂の月光が降る。

成功 🔵​🔵​🔴​

リア・ファル
○①

「それじゃ、行くね」
託された祈りは、この胸に在るから

ビルの屋上から飛び、『イルダーナ』へ乗る
鉤爪には『ヌァザ』で受けつつ、
距離を取れば『セブンカラーズ』で暴風属性の弾を射撃
(操縦、空中戦、制圧射撃、属性攻撃)

欲望自体の善悪はないだろうけれど
全ての幸福が、皆と己の欲望が叶い実ると言うことは無い

「もう悲しむのも傷つくのも沢山だ! 誰も傷つかない世界が欲しい!
幸福な明日を、皆で掴むんだ! その為に……理不尽と戦う!」

普段より語気強く告げ、UC【無限の流星群】で落とす

胸の裡の欲望(ねがい)がそのまま漏れたかな
鉤爪が擦っていた……?

ボクだって強欲だとも
その欲望は、利己に根ざしてないけれど!




 見上げた星空に、愛したひとたちがいる。
「それじゃ、行くね」
 夜空に煌めく一等星の輝きに、リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)の声は穏やかだった。黒ぐろとした翼がその空を遮るのを一度見遣ってから、迷いなく駆け出した姿が躊躇いなく地を蹴る。
 それは他の猟兵が引き倒したフェンスの隙間だ。ふわりと空気の抵抗があって、風が体を吹き抜けていく。
 ――遠くのビルの灯りが星のようで。
 人工の星海へと潰えようとするさまに興味を示したか、幾らかの黒翼が寄って来る音がした。されど少女の桃色の眸に揺らぎはない。鼓膜を掠める風の音に負けぬよう、確かな意志を以て、己が相棒を高らかに呼ぶ。
「イルダーナ!」
 空を裂いて――。
 現れたバイクに華麗にまたがれば、すぐにハンドルを握った。そのまま、主を追った猫が飛んで来るのに片手を伸ばす。
 迸る鉤爪がリアの身を穿つより先に――一声鳴いた銀虎猫が剣へと変わる。しっかりと握ったそれで鉤爪を受け流してみせれば、掠ったのは爪先だけだ。
 そのまま全速で駆け抜ける。距離が空いたと見るや、掌の銃が唸った。ちいさな銃弾が背を向けた人形を穿てば、すぐに嵐がその体を呑み込む。
「あら、我慢しなくたっていいのに!」
 別の人形が嗤う声がして、リアはゆるりとそちらを見遣った。
 ――我慢など。
 しているつもりはない。欲望それ自体を悪だと言うつもりも、リアにはない。
 それでも、誰かの欲望を全て満たすことは、いつでも他の誰かの悲しみを積み上げて成っている。
 ならば。弱者の辛苦を願いと祈り糸で編み上げる、優しさの元に生まれたリアが。
 その暴虐を、赦すことなど出来ようはずもない。
「もう悲しむのも傷つくのも沢山だ!」
 凛と響く声は、高らかな宣誓だ。彼女の在り様からは珍しい、強く感情の乗る調子が夜空を揺らす。
 掠めた鉤爪が理性の軛に罅を入れただろうか。胸の裡に秘めた祈りを、欲望(ねがい)を、そのまま吐き出すような声に――リア自身も少しだけ、戸惑いを覚えるけれど。
 それは心底のものだから。
「誰も傷つかない世界が欲しい! 幸福な明日を、皆で掴むんだ! その為に……理不尽と戦う!」
 ほうき星が――。
 無数の流星の如く、ミサイルが迸る。黒鳥の群れを射抜き、貫き、明日への希望と人々の願いを託された星が駆け抜けていく。
「ボクだって強欲だとも」
 ただなかで笑うのは、祈りと願いが生んだ少女。
「その欲望は、利己に根ざしてないけれど!」
 ――眼下の街の人々は。
 この無限の流星に、願いをかけているのだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィリヤ・カヤラ
○①

この願いも想いも大切なものだから誰にも渡さないよ。
もし、欲しいのなら力ずくでどうぞ?
私も手加減なしで抵抗するけどね。

近付いてきた敵は宵闇を剣のままで斬って、
離れたり飛んでる敵は宵闇を蛇腹剣にして斬っていくね。
遠くに離れたら大丈夫なんて思っちゃダメだからね。

数が多いから使えるタイミングがあれば【氷晶】で
数を減らしながらついでに落としていくね。

この数なら月輪に血を吸わせるのも良いかな、
勝ったら奪えるなら私も奪っても良いよね。
影の月輪で敵を捕まえたら血をもらっていくね。
嫌だったら頑張って抵抗してね。

大切なものを奪うつもりなら
絶対に逃がさないからね。




 心の奥底に抱いたものは、きっと何よりも大切だ。
 ヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)にとって、そのひかりは家族である。彼らにまつわる全てと言っても良い。優しかった母との記憶。父との思い出。暖かな家と、そこから送り出されるときに交わした、彼女にとって至上の約束。
 それは易々奪われて良い灯ではない。辛くとも悲しくとも、暖かくて優しい家族の想いがあれば、前を向ける。ヴィリヤは一度そうして泣くことを止めたのだから、これから苦しみを得ることがあるのだとしても、きっと歩いていける。
 大切なものを歪ませて作り上げられた未来に溺れるより、今も胸にある約束を果たすことこそが、彼女の本懐だった。
 だから。
「誰にも渡さないよ」
 ――眼前に降り立った鳥人形を引き裂いて、黒剣が迸る。鋭利な刃に穿たれた陶器は、破片を飛び散らせることすらしないまま、真っ二つに裂かれて動きを止めた。
 がしゃん――崩れ落ちた体が呆気なく割れる奥。
 人形らの眼前に、星のような金色の眸が瞬いていた。
「もし、欲しいのなら力ずくでどうぞ?」
 私も手加減なしで抵抗するけどね。
 ヴィリヤが一歩を踏み込めば、硬直していた鳥たちがすぐさま翼をはためかせる。成程、彼女が近接武器を得手とすると見込んだらしい――けれど。
「遠くに離れたら大丈夫なんて思っちゃダメだからね」
 甘いのだ。
 手の内で一度しならせた剣が、ばらばらと崩れるようにコンクリートへ落ちていく。鱗めいて小さくなった一枚一枚の刃は、しかし細糸で中心を繋がれて、鞭めいたつくりの一本となる。
 夜空に向けて持ち手を揮う。蛇腹は主の手に従って、まるで生きているかのように中空へ広がった。
 そのまま――。
 薙ぎ払うように迸った剣先が、我先にと飛び立った黒翼を一息に叩き落とす。割れた破片の裡側から、じわりと紛い物の体液が溢れ出す。
 それもまた――血であるが故に。
 影より伸びた異形が反応するのに、彼女は瞬いてから、笑った。
 強奪が勝者の特権だと啼くのなら、ヴィリヤとて勝者なのだから、簒奪することを咎められる道理はない。
 氷の刃と共に、月に照らされた異形が奔る。刃に屠られ墜ちた鳥の横で、少しばかりの安堵を湛えた表情に巻き付いて、その体液を吸い上げては叩き落とすのだ。
 それが。
 嫌だというのなら抗えば良いだけだ。ヴィリヤがそうしているように。
 ただひとつ、問題があるとするならば――。
「大切なものを奪うつもりなら」
 ヴィリヤの血に流れるのは、常闇の支配者のそれであり。
「絶対に逃がさないからね」
 ――鳥たちは既に、彼女の約束を阻む害獣でしかないことだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
○1

そう
享楽は櫻沫へ
とうさんが、最期に託してくれた
彼の誇りを舞台を
僕に
かあさんと、とうさんが見守ってくれて
受け継がせてくれたんだ
だから

欲しいだって?巫山戯るなよ
お前達には渡さない
穢していい舞台じゃない!
一欠片だって!
叫ぶように聲張り上げる―歌にもならぬ、『殲の歌』
暴れ狂って掻き乱して、狂わせ堕してやるよ
慾も何もかも!
泡沫にとかしてあげる

僕だって
もっとそばに居たかったよ
甘えたかった
話をしたかったし、一緒に歌いたかった
舞台についてもっと教えて欲しかった
かぞくで過ごしたかったよ!
僕の一等星
『都合のいい未来の舞台』
―座長は僕だ
惑わされなんてしない

痛みも悼みも
あいはこの胸の中に
桜と黒薔薇として咲いている




「欲しいだって?」
 瑠璃の人魚が零した声は、ひどく冷えた調子で敵対者を出迎えた。
 睥睨する青の双眸が玻璃の如く凍て刺す。嗤う怪鳥らを見渡したリル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)が、ゆらりと尾を宙に揺らした。
「巫山戯るなよ」
 その――殺気に。
 足を止めた人形たちの目には、秘めた気性を月光に照らされた闘魚の尾が、まるで己らを威嚇するように広がり翻るのが映っている。
 ――享楽は、櫻沫へと継がれた。黒い街に響いていた歌声は既に亡い。愛し父の誇りを乗せ、水底に傾く世界より漕ぎ出した匣舟を除いて。
 父は、母は。彼らが託し、そして見守る舞台は、ここに在る。
 その思い出は、その遺志は、リルの抱いた途方もない覚悟と決意は。
「お前達には渡さない」
 簒奪者如きが穢して良い舞台などではない。
 勢い良く吸い込んだ空気が、肺を刺すように刺激する。まだ足りない。まだ、まだ、この愚昧らを壊すには――。
 そうして。
 高めた力の全てを吐き出すように、リルは吼える。
「一欠片だって!」
 ――それは歌とすら言えぬ咆哮。穏やかな湖面を揺らす人魚の声は、今ばかりは波濤の如く地を奔り、空を揺らし、相対する陶器の体に罅を入れる。
 今のリルは美しい歌姫などではない。愛しい水槽の中に現れた敵を――全てを奪わんとする強欲を前に、暴れ狂い水を掻き乱す一匹の闘魚だ。闘志が絶えることはない。慾ごと叩き割って引き裂いてくれよう。どちらかが再起不能になって、水底に沈み行くまで。
 本当は――。
 もっと傍にいたかった。
 悲痛な音に乗るのは、リルの心を焦がす一片の欲望だ。無数の玻璃の破片の如きそれが人形を壊し、或いはその裡の空虚に響いて自壊を促す。闘魚の声が届く限り、星への願いは全ての干渉を許さない。
 当たり前の家族がそうしているように、共にいたかったのだ。
 甘えたかった。外の話をしたかった。この世界でリルが見たこと、父と母の昔話。舞台でなくてもいいから歌いたかった。母と二人、戯れに奏でる音はどんなふうに響いただろう。ひとくちに舞台といったって、色々なものがある。父に教えて欲しかった。舞台の作り方。演出の仕方。そこでの歌い方も。
 ――けれどそれは、『幸福な楽園』のもの。今は亡い舞台の演目だ。
 今から作るのは『一等星』。『櫻沫の匣舟』が座長、リルルリ・カナン・ルーの編み出す、いっとうの舞台でなければならない。
 だから今は。
 その想いを懐いたまま、この思い出を抱いたまま、リルは立つ。
 桜を胸に黒薔薇を擁いて、闘魚の声なき歌が月下を揺らす。
 痛みも、悼みも――きっと、あいだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

風見・ケイ
〇①

――羽搏き。瞬き。不都合ばかりの今。
ここで、やらなければならないことがある。
償わなければならないことがある。
……出逢った星を、もう少し見ていたいんだ。

あの幻、君が食べたの?
……足りないと言われても、あんなの長くは続かないよ。
私がいない世界を、私が観測できるなんておかしいじゃないか。

私では分が悪いけど、ふたりに代わる気分じゃない。
拳銃で黒翼を狙う。動くけど、一番大きな的だし、螢みたいに頭を撃ち抜くなんて真似は出来そうもないから。
なんて悪あがきはしてみるけどそろそろ限界かな。

気づけば夜空。星が綺麗だな。でも、私はまだ【幽明境の暮れ泥み】にいる。
集る鴉を撃ち落とせば、私も夜を迎えられるだろうか。




 翼の音がした。
 一つ瞬けば視界が戻って来る。幸福な家族も名探偵もいない、何もかもの歯車が狂い果てた、星ばかりが綺麗な現実だ。
 そうと分かって、風見・ケイ(星屑の夢・f14457)がここを選んだのは。
 ――まだ、理由があるからだ。
 舞い降りる羽音を見上げる。荒事になるだろうな――というのは分かっていて、けれどそういうことに向いている裡側の二人を、表に出すような気にもなれなかった。だから、銃を抜き放つのは『慧』である。
「あの幻、君が食べたの?」
「ええ。でもまだ足りないわ」
「……足りないと言われても、あんなの長くは続かないよ」
 そこにケイはいなかったのだから。
 観測手の願望によって作られておきながら、彼女自身が世界にいない。そんな風に歪んでしまったものならば、近いうち、矛盾に耐え切れずに瓦解していただろう。人形らが喰らうまでもなく――ケイが目覚めるまでもなく。
「そう」
「でも、もっと別のものは持ってるでしょう?」
 きいきいと響く声に取り囲まれたのは理解した。それが奪おうとしているものも。
 あの日の償い。
 或いは出逢った星の行方。
 ――彼女が、不都合の中に帰る理由。
 そうでなければ彼女自身だろうか。けれどきっと、それは食いきれないだろう。人形には荷が重すぎる。あの日降ってきた星も、三つに割れた心臓も、夜毎に夢を過っていく至上の幸福と、代償に齎された現実も。
「燃え尽きることはできないんだ」
 銃口を向けたのは己が胸。一瞬の間があってトリガーを引けば、乾いた痛みが体を貫いた。歯を食い縛って悲鳴を噛み殺し、次に開いた瞳は、紫紺に輝いて――。
「このとおりね」
 銃身が吼える。狙うのは最も大きくて、最も狙いやすい――月の光を遮る黒翼だ。動くそれに狙いを定めることは難しくとも、撃ち出したそれらは無数の鳥らを貫いていく。
 裡側にいる狙撃手ならば、もっと上手いことやったのだろうけれど。
 そう思ったのは、繰り出される鉤爪を、避け切れずに喰らったときだった。銃の反動で手は痺れているし、狙いは逸れて三発に一発は夜空へ消えていくし、侵食は体を蝕む。
 ――気付けばこんなにも綺麗な星空が広がっているのに。
 ケイはまだ、茜色の泥濘の中にいる。誰も迎えに来てくれない、夕暮れの小路にひとり、取り残されたまま。
 ああ、けれど――。
 伸ばした手の先で瞬く星を遮った、あの黒翼を墜としたのならば――静謐な夜は、この身を覆ってくれるのだろうか。
 暖かな食事も、読んでもらえる絵本も、睡るための布団も、ないかもしれないけれど。

成功 🔵​🔵​🔴​

ユルグ・オルド
①◯/なに、お出迎えなら気が利いてんね
欲しいんなら呉れてやるさ
さァ余さず受け取って

延長戦とばかりに見渡す景色は幾分見違えて
空は少し狭くなって在るには幾分窮屈で
随分静かになったケドも黒い翼と踊ろうか
ッても空飛ぶ相手じゃアやり難いわな
飛び込むよりは招くように
その鉤爪の軌道を覚えるように
羽根を切ったら落ちるかい
慊でもって寄せて引いての繰り返し
斬って伏せたらまたおしまい

まだ、世界は少し都合が良くて
もしも、いつか揮う理由も無くなるのなら
本当に、理由も無くなるのなら

手持ち無沙汰と火を点けた
煙草の煙じゃア星に届かない




 日が暮れても帰らない、悪い子というのはいるらしい。
 まあ人間ではないのだから、帰る必要もないのかもしれないけれど。日暮れをとうに越え、瞬く夜の星を隠して、旋回する黒翼がはらりと舞い落ちる。
「なに、お出迎えなら気が利いてんね」
 頬を撫でるそれをついと摘まみ上げて、ユルグ・オルド(シャシュカ・f09129)は一つ笑った。降り立つ鳥の群れを見渡せば――まるで夢の延長のような気分もする。
 夕暮れは閉じて、あるのは星空。柔らかくも硬くもない土は味気ない打ちっ放しのコンクリートの感触に変わった。戦場は果てない地平というには些か狭い。
 鬨の声もなければ、剣戟の音も、遠くの猟兵たちのそれしか聞こえない。
 けれど――そちらの方が、やりやすくもある。
 飛び掛かって来る鉤爪をいなし躱して、背を向けたそれに一太刀加えて一つめ。地上が不利と見るや飛び立った二つめの翼を斬り落とし、上空より吶喊して来る三つめを勘で避ければ、二度目の飛来に合わせて振り抜いて斬り飛ばす。
 四つめは背後からだから、逆手に持った刃を突き刺すようにして。くるりと構える間に迫る鉤爪は見躱して、そうしたら後は斬りつけておしまい。
 踊るように滑らかな動きは戯れにも似た。無感動で無感情な夢中の戦場の、それこそロスタイムのようだ。
 今回のそれには、終わりがあるけれど。
 斬って斬って陶器が割れる。硬さも形状も刃に敗けるモノたちは、人を斬るときより幾分硬い、けれど喰い込ませてしまえば抵抗の少ない無機物の様相で、綺麗に斬り落とされて空虚を晒す。モノであれば中身が空なのはそうだろうけれど、だからこそユルグに勝てないともいえる。
 鉱石でも詰まっていたら、もう少し斬りにくかったかもしれない。
 刃を回して一閃。逆手に翻してもう一つ。斬って捨てて掃いて棄てて、『遊び』は続く。
 世界はまだ、少しだけ――ユルグに都合よく回る。
「欲しいんなら呉れてやるさ」
 こうして己を揮う理由が、本当に一つもなくなってしまったなら。
 そんな世界が訪れて、モノであることも出来なくなったなら。
 ユルグは。
「さァ、余さず受け取って」
 ――最後の一太刀が、彼を視認していた鳥たちの全てを叩き伏せる。
 他のそれを呼ぶには些か高度が足りない。他の猟兵らのところに飛び掛かっていくそれらを見遣り、それから空を駆けるすべのある同胞を見遣り。飛べれば別かね――なんて一つ思う。剣は飛ばないから剣なのだけれども。
 手持無沙汰に火をつけた煙草から、くゆる紫煙はどこまでも伸びていくようで、その実どこかで掻き消えているのだろう。
 立ち昇る細い煙なんかじゃあ。
 星に――届きやしないよ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

周・助
3
_
…醒めなきゃ。
……醒め、なきゃ。

この夢から、醒めて、

私、この夢から醒めて、どうするの?


…受け入れたつもりになってた。自分の命がもう幾ばくもないことを。
受け入れたつもりになってた。

もう
弟も妹も

死んだってことを

「…いや」

醒めたくない。醒めたくない。
此処ならいるの。幸せそうに笑う二人が。大人になれた弟妹たちが!

──瞬間、身体に鋭い熱と痛みがはしる。
ぐにゃりと視界が歪む。弟妹たちは、私をじっと見るだけ。

『  』

声が聴こえる。
──敬愛する、師匠の声だ。

…醒めたくない。此処にいたい。

けれど、

『醒めなさい』
醒めなきゃ。

_
(狼の咆哮。
それは慟哭にも似た。)

_
アドリブ・マスタリング歓迎




 ――醒めなきゃ。
 花束の香りに埋もれて、脳裏をぼんやりと過る言葉がある。一度思い出してしまえば焦燥感にも似て大きくなっていくそれが、笑って手招く弟妹の姿を掻き消すように反響した。
 醒めなきゃ。
 これは夢だ。
 早く醒めて。
 醒めて――。
 ――どうするの?
 周・助(咲か刃・f25172)は立ち尽くした。焦りも、使命も、意志も、全てが一瞬で融けていく。後に残るのは、どうしようもない寂寞と空虚だけ。
 うつくしいさいわいに囲まれて、彼女は思い出してしまったのだ。彼女の帰った先に、願う未来も望んだものもないこと。
 現実に帰って何があるというのだ。
 自分の命は短くて。それでも涙を堪えて笑って。がむしゃらに前を見て。この身を男と偽って。頑張って、頑張って、それで。
 ――あんなにも護りたかったものは。
 弟妹たちはもう、この世のどこにもいないのに。
 何度も何度も飲み干した。痛みも苦しみも、反芻するだけ傷をぐちゃぐちゃに掻き壊したけれど。喪ったものが戻らないことも、これから生きられる時間が短いことも――それでも繰り返して、繰り返して、言い聞かせて、受け入れたのだ。
 ――受け入れたつもりだった。
 ここにいる誰もが、もう大人になれないこと。幸せになって笑う未来なんか、どこにも残されていないこと。
「……いや」
 震える声で、首を横に振る。助の中に幾度も反響する言葉から耳を塞ぐように。この楽園の安寧に、浸りたいと願うように。
 こんな風に幸福を見せられたら、駄目なのだ。諦めて諦めて諦めて、ようやく受け入れて捨てたつもりの夢を見せられてしまったら。現実が空っぽで、もうこの先に何もないだなんてことを突きつけられてしまったら。
 前向きでいられなくなってしまう。諦めてしまいたくなる。守りたかったものは手をすり抜けて、この光景は本当に夢の中にしかなくなってしまう。そうしたら。
 ――何のために頑張っているのか、分からなくなる。
 ここには幸福がある。助は生きていられる。弟妹は無事に大人になって、助を手招きしてくれる。もう望めないものがあるのに、どうしてここにいてはいけないのだ。
 どうして――帰らなくてはいけない。
 刹那に体へ走った衝撃で、花束を取り落とす。胴を穿つ熱に体勢を崩した彼女を、大人になった弟妹たちの、歪む眸が見詰めている。
 駆け寄ってはくれない。心配そうな目を向けてくれることもない。
 ――脳裏に誰かの声がする。
 敬愛する、彼女の師が呼んでいる。よく知る声で、よく知る調子で、また助を導いてくれている。
 ここにいたい。
 ずっとずっと醒めないままでいたいけれど。
 ――醒めなさい。
 ああ。
「醒めなきゃ」
 狼の咆哮が暗闇を引き裂く。
 その声はどこか、慟哭に似て――。

苦戦 🔵​🔴​🔴​

鷲生・嵯泉
①〇
……勝手な幻を押し付けた次は欲深く強奪を謀るか
全く此の手の輩は不快に過ぎる

愛しい総てを手にした侭の幸いは微温湯の心地良さだろう
総てから忘れ去られた絶望は其れでも自由を齎すだろう
だが願望の未来も都合の良い世界も、所詮はまやかしに過ぎん
例え其れが如何に苦しいものと為ろうとも
此れより己の意志で築き上げる未来こそが私の生きる場所
私は私が選ぶ未来をこそ是としよう
己が望みの産物――夢であろうと犯す事は赦さん

――破群領域、逃げられる等と思うなよ
欲しがる事を悪いとは云わんが、必ずしも受け入れられる訳が無かろう
況してや奪うともなれば尚更にな
フェイント絡め死角から、怪力乗せた攻撃で徹底的に叩き潰す
疾く、潰えろ




 飛来する烏の嘴を真っ向断ち割り、黒刃が月光を吸う。
 動かぬ長躯が隙を晒していると見たか、舞い降りた鳥たちの翼が烏を生んだ。さりとて剣豪がその無体を赦そう筈もなく、返す声は白刃めいて鋭く空気を裂く。
「……勝手な幻を押し付けた次は、欲深く強奪を謀るか」
 鷲生・嵯泉(烈志・f05845)の柘榴の色をした隻眼が眇められる。広がる殺気に動きを止める人形たちが一歩足を引いたのは、彼女らに向かう眼差しが、煮えるような色を孕んでいたからだった、
 ――怒りだ。
 その眸の色に違わぬ、燃え立つ感情を捉える刹那。
「逃げられる等と思うなよ」
 手首がしなる。繰り出されるのは斬撃ではない。蛇腹に崩れた刃を視認するより早く、一羽が呆気なく砕けた。
 弾かれた破片が一羽の黒翼を捥ぐ。膂力任せにそのまま足を絡め割れば、この隙にと飛び去ろうとした一羽の頭を刃が削いだ。叩き付けるように動きを変えた剣の一刃に逆らわず、力を失ったそれが墜ちる先にもう一羽。同時に割れたそれを弾き上げ、余さず割り潰しながら破片を飛散させる。
 同胞だったものに翼を削がれ墜ちた分にも容赦はない。剣鬼が一歩を踏み出せば、五羽が破片へ変わる。
 ――一羽たりとて残しはしない。
 かつての潰えたさいわいも、未来に望む幸福も、全てこの手に在れば。
 どこまでだって心地良いだろう。微温湯に浸かって過ごすような日々が、欲しくないと言われれば嘘になる。
 今ある全てから忘れ去られて、この足を止める理由を失くすなら。
 何もかもから手放される絶望と引き換えに、背負うもののない自由を得るだろう。ひどく――都合良く。
 だとして、それを信じられるほど、嵯泉は無邪気ではない。
 現実は現実だ。まやかしに浸り、足を止めていられる無垢はとうに失くした。揺らがぬことを己に課して生きる手に、幻想の幸福は必要ない。
 己が未来はこの刃で切り拓く。例えその道がどれほどの痛みに満ちているのだとしても。約束に繋がれ、心配に助けられ――いつか棄て去ることを望んだこの生を、ここで繋ぐと決めたのだ。
 止まらぬ時で研ぐ刃が、過去を前に揺るぐことはない。
 生きる場所ならばこの身で作る。
 嵯泉の未来は、嵯泉が選ぶ。
 この――意志で。
 ならば己のものなど手放せよう筈もない。その手にある未来も意志も、願いも祈りも、望みが生んだものであるならば。
「――夢であろうと犯す事は赦さん」
 翻る刃が三羽を纏めて叩き割る。星灯りに照らされて、より昏く深い黒を落とす刃がしなる。
「疾く、潰えろ」
 ――己が領域に這入る敵を、嵯泉の刃は赦さない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

水標・悠里
2○
幻想が破れていく
翅は手足に、黒から青へと目を覚ます
理想は理想。現実は叶わなかった願いの上に続いていく

理想に近づきたいと仮想の死を重ねてもちっとも届きやしない
ただ当たり前に差し伸べられる温かい掌を拒み続ける事に、後ろめたさと罪悪感だけが積もっていく
どんな熱も痛みに感じる私が悪いのだと思うことに疲れて
ただ安直に楽になりたかった

ああ、そこの貴方
飛んでいるのなら私を空へ飛ばしてくれますか

花の命を摘み取って、蝶が飛ぶ
叶わないのならいらない
願いが叶うまでこの程度の命なら何度潰えても構わない

この痛みを見世物にはすれど渡すつもりはありません
痛みに飢えたこの喉を潤す唯一のもの
貴方にあげない
焼かれて落ちろ




 日向に照らされた坂道は、不自然なほどに音がない。
 舞う黒蝶の翅がはらりと墜ちる。あったはずの場所に手が、足が、胴を千切るように体が現れる。
 そうして。
 水標・悠里(魂喰らいの鬼・f18274)は、蒼い双眸をはたりと瞬かせた。
 ――叶わなかったのだな。
 幻想は所詮、幻想に過ぎないということか。己の命を対価とする願いを幾ら繰り返せど、現実の悠里はずっとそこに生きている。
 つめたい死の監獄に捕らわれたのは、生きて欲しかった姉の方なのに。
 理想と現実の狭間を曖昧にするために、そこにある断絶を少しでも埋めるために、幾度となく重ねるのは幻の死。己が命を絶てども絶てども届かぬ手は、代わりのように現実の掌を見てしまう。
 友人として、仲間として――。
 差し伸べられるのは暖かな手だ。当たり前のように笑いかけてくれる皆の顔が過ぎっては、その温もりに怯え拒絶する己を目の当たりにする。こうして己が死ばかりを重ねることが、彼らへの罪悪感と後ろめたさに変わって降り積もる。
 けれど――熱すぎるのだ。
 人肌に触れた魚が火傷を負うように。暖かな外気に触れた氷が融け出すように。つめたさに慣れてしまった悠里の手は、どうしようもなく熱を痛みと取る。
 己が悪い。
 己が悪いと知っている。
 知っていて、思い続けることに疲れてしまったから――。
 思考と自責の渦を抜け出して、楽になりたかった。
「ああ、そこの貴方」
 声を投げる先、空を横切る黒鳥は、この蝶を喰らいに来たのか。花の命を摘んで飛び、そのくせ枯れ果てた花に水を運ぼうとする蝶を。
「飛んでいるのなら、私を空へ飛ばしてくれますか」
 ――心に懐いた願いが叶わないのなら、翅など要らないけれど。
 この想いが成就するというのなら、こんな命は幾らだってくれてやる。
 空へ伸ばされる悠里の手が喚んだのは、燃え盛る死したいのちだ。ああ――彼岸花の赤が盛る。根が体を絡めとる、憐れな死者たち。
 その炎に己もまた炙られながら、悠里はひどく『化け物』らしく嗤ってみせる。
 痛みを見世物にするとして、譲り渡すつもりはない。ただ暖かいだけでは生きて行けない生き物だ。苦痛がなくては息をすることさえままならない。
 どうしようもなく生きるに向かぬ蝶の、渇き切った喉を潤す唯一の――身を切り裂くような、魂を噛み潰すような、永久の苦しみ。世界の全てをこの手で引き裂いた重荷を枷に、引き摺って温もりの中に照らされること。
 この息が続く、ただそれだけのことさえも。
「貴方にあげない」
 たとえこの身がどれほどの地獄に墜ちたとて――。
「焼かれて落ちろ」
 思うはあなたひとり。

大成功 🔵​🔵​🔵​

虹結・廿
②○
例え妄言であったと嘯こうとそれらを一切切り捨てる事を躊躇ってしまった。

私は、まだこの夢に溺れていたい___



___αが未だ戦闘状態に復帰しません。
指揮優先順位に従い、εに一時的に指揮権限を付与。

了解、任務を遂行しましょう。

全機、αを囲んで密集!
牽制射撃で目標を誘導、避けた所を私が叩き落とす!
早く片付けてお寝坊αを引っ叩いて起こしてやります。

どんな夢を見てるか知らないですが、私達はもう最後の五人なんですから貴女が抜けると困るのです。

一番優しい貴女が居なきゃ、私達はまた虹結・廿を繰り返し続けますよ?

それが嫌なら早く目を覚まして、銃を握って、立ち上がって、私達に命令を。
誰一人欠けるな、と。




 ――任務を、続けなくては。
 妄言を捨てて立ち上がらなければいけないはずなのに、虹結・廿(クレイビングリビングデッド・f14757)――その一つたるαの足は動かない。教師らしき人が開いた教室のドアの向こう、見える星空の中へ駆けて行かねばならないのに。
 『たくさん』でいられる世界を、一度だけ夢見た。
 叶えられたそれの一切を切り捨てられるほど、αは非情には在れない。もう少しだけ、もう少しだけで良いから、この泥濘の中で幸福な夢を見ていたい――。
 扉が閉じる音は、αの耳にしか聞こえずに。
 まどろみの中に眠る彼女を囲み、現実に残された四機は、夜空を覆う大群を見上げていた。
 状況は逼迫。けれど――指揮官たるαが未だ、戦闘状態に復帰しない。
 舞い降りる羽音が彼女らを取り囲むより先、指示を待つ義体たちが一斉に動き出す。戦闘開始時に不利を取らぬよう、自動的に指揮権限が一時譲渡されたのだ。
「了解、任務を遂行しましょう」
 αの次に優先順位が高いのはε。開かれた蜜色の眼差しに確かな光を宿し、凛と高らかな声が空を揺らす。 
「全機、αを囲んで密集! 牽制射撃で目標を誘導!」
 εの号令と同時、一斉に張られた弾幕は排除のための布石だ。距離を取る飛翔体に対し、本体を狙う銃弾を撃ち込むことは得策ではない。叩き付けた弾丸を躱し、体勢の崩れた一瞬に、εの手にした突撃銃が吼えた。
 彼女たちがたったひとつの体であれば、動きを誘導することは容易ではない。置くように放った銃弾を当てることなど、それこそ埒外の領域に達するような、卓越した技術と洞察力、頭脳と知覚を以てようやく届く曲芸だ。
 けれど、彼女らはひとりではない。
「聞こえてますか、α」
 『ひとり』であらば成せないことも――『廿』には成せる。
「どんな夢を見てるか知らないですが、私達はもう最後の五人なんですから、貴女が抜けると困るのです」
 扉の向こうから溶け出す声に、教室の雑踏に紛れたαが顔を上げる。
 ホームルームの始まりを告げる教師が、未だ雑談に興じる生徒たちを注意している。その声も遠のくほどに、己に向けられた言葉が頭の中を反響する。
「一番優しい貴女が居なきゃ、私達はまた虹結・廿を繰り返し続けますよ?」
 ――俺からの指令だ。
「それが嫌なら早く目を覚まして、銃を握って、立ち上がって、私達に命令を。誰一人欠けるな、と」
 ――誰も死なず、完璧に勝て。
「『私達』なら、出来るでしょう?」
 ――お前なら出来るだろ?
 咄嗟に走り出した足は、驚くほど軽やかだった。注意の声を上げる教師の横をすり抜けて、扉に手を掛け、迷うことなく星空へと身を投げ出せば。
「おかえりなさい」
 笑う『みんな』が、そこに待っている。
 ああ。
「ただいま」
 ――これが、『私達』だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

太宰・寿
①○
英(f18794)と

英の手をぎゅっと握って笑って見せる
握り返される手に安堵して、また握り返してふと思う
英は何を望んだんだろう
出会った頃の全てを拒絶する姿を思えば
何かを望んで、未来を描けるようになっているなら
そこに私がいてもいなくても、嬉しい
……ちょっと寂しいけど

不安げな顔には、大丈夫だよって伝えて

うん、あげるわけにはいかないね
私たちの敵じゃないって教えてあげよう

UC主体で戦う
Polarisを構えて、英の作ってくれた隙を逃さずに弾丸を撃ち込みます

日々成長する姿を頼もしく感じながら
私も負けてられないな、なんて思います


花房・英
①○

寿(f18704)と

握られた手の温かさに、視界を取り戻す
冷たい俺の手を掴んでくれる優しい手
気付いたら、前より小さくなってる気がして
強く握るのを少しだけ緩める
小さくてちょっと力を入れたら壊れそうなのに
不思議と気持ちが落ち着く

寿は何を見たんだろう
知りたいけど……怖くて聞けない
でも、寿もきっと寿が望む未来を見てるんだから

烏にやるわけにはいかない

問答は苦手だ
欲しがるのは自由だろうけど、あんたらにやるもんはない
俺のも寿のも、どっちもやれない

無銘を構えて、フェイントを交えながら敵の隙を呼ぶ
とどめはUCで




 触れた手の暖かさは、未だ冷えた夜気に心を連れ戻す。
 はっと見開かれた花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)の眸が宙を彷徨って、隣に立つ太宰・寿(パステルペインター・f18704)を見付ける。
 やわやわと笑った寿の顔が穏やかで、英の冷たい掌にも熱が伝わるようだった。
 ――思わず強く握り返したそれが、いつかそうしたときよりも小さくなっているような気がして、英は知られぬように息を呑む。
 恐る恐ると緩めた力を繋ぎ止めるように――。
 寿の手が、もう一度握り返す。
 折れそうで、潰れてしまいそうな手だ――と思う。決して力強くなんてないし、戦うことにさえ向いていない、女性のものだ。
 それなのに英は、夜空を遮る黒翼の前に、その掌で人心地を取り戻す。
「大丈夫だよ」
 不安そうな顔をしていたことは分かっていて、寿は頷いた。勇気づけるというには静かで、けれど確信に満ちたそれに、英も僅かに頷き返す。
 二人の脳裏に過るのは、同じ問い。
 一等星に紛れてどれだか分からなくなってしまった一番星の煌めきは、一体何を見せたのだろう。ここで手を繋ぎながら、別のものを見たのだろう、隣に立つそのひとは。
 ――どんな夢を見ていたのだろう。
 出逢ったばかりの頃の英は、何もかもを拒絶していた。寿の目に映る彼の、裡側に鎖してしまった全て。必死に自分を守る剥き出しの子供のような、ひどく寂しい姿。
 その殻が少しでも解けて、そこから光が差し込んでいるのなら――。
 あの星に、願うような何かが心に描けているのなら。この世界に満ちた彩が、少しでも届いているのなら。
 そこに寿がいなくても――嬉しい。
 ほんの少しだけ、冷たいご飯をレンジで温めているときのような気持ちが、過らないわけではないけれど。
 小さく笑いかけてから敵を見据える彼女の眼差しに、英は口を開けなかった。
 ――怖かった。
 寿の望む未来を訊くのが。それがどんなものだったのかを軽々に問うことすら出来ないほど、彼は彼女が『家族』であれば良いと願ってしまう。
 ああ――けれど。
 互いが見たものは、互いの大事なものだったはずだから。
「烏にやるわけにはいかない」
「うん、あげるわけにはいかないね」
 頷いて、目を合わせて。
「私たちの敵じゃないって教えてあげよう」
 抜き放たれた拳銃と、折り畳みのナイフが開く音がする。飛来する風切り音を前に、寿を守るように一歩前に立った英を包み込むのは、絵筆がほどけた花弁だ。
「我慢なんかしなくていいのに! もっと欲しがりましょう!」
 鉤爪の軌道を花弁が変える。突き刺さるそれらを煩わしげに振り払う間に、無銘の刃が翻る。
 英は問答が苦手だ。だから多くの言葉は返さない。勢いを殺された鉤爪など弾くに易く、踏み込む一陣に咄嗟に伸ばされた翼を撃ち抜くのは、寿の放った銃弾だ。
「欲しがるのは自由だろうけど、あんたらにやるもんはない」
 ――彼の分も、寿の分も。
 そうして煌めく英に、女性の唇がゆるゆると笑みを描く。
 ――頼もしいな。
 日々、大きくなっていく背中。たった独り、何もかもを抱えて背を向けていた頃より、ずっと強くなった。ああ、けれど負けていられない。そんな小さな対抗心が過ぎってしまうのも、きっと彼を弟のように思うからだ。
 『お姉ちゃん』だって。
 男の子に負けないくらい、いつだって、年下の前では格好つけたい生き物なのだ。
 乙女椿のナイフが煌めいて、北極星の瞬きが黒を穿つ。夜に啼いた鳥を覆う手向けの華は、きっとふたつとも同じいろ。
「左様なら」
「お別れだ」
 そこはいっときの花散里。黒翼を覆う変幻自在の花弁が、月下に咲いて、散って。
 ――ひらひら舞って、さようなら。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ゼロ・クローフィ
○①

もしもの未来に背を向ける
俺にとって必要の無い未来

…ここも駄目だったか
欲しかった答えが無いモノなど興味が無い

啼き声と黒翼の羽搏きが見える
めんどくせぇな

一つ溜息めをついた後
煙草を取り出し火をつける
一度吸って上と吐く
この煙草の味だけは覚えてる
俺が俺である記憶

もう一度咥えて煙を吸う
もう少しマシな未来は無かったのかい?
お前の力もその程度

――消えな

黒狼煙
吐いた煙が地獄の門番を呼び起こす
首を喉を砕く様に噛みつき喰らう

喰らわれる黒翼を眺めながら
煙草の火をもう片手の甲に当て消す

ただ冷酷に嫌、感情も無く
嗚呼、お前も興味が無い




 煩わしい。
 いつの間にか見えなくなった星。耳障りな羽音と、頬を掠め落ちていく黒い翼。夜空を遮る鳥人形たちの、きいきいと甲高い声も。
「めんどくせぇな」
 必要のない未来に背を向けて、ゼロ・クローフィ(黒狼ノ影・f03934)は怪鳥の群れを見上げる。翡翠の色をした隻眼を眇める仕草に温度はない。
 ――ここにもなかった。
 彼の望むもの。『零』がどこにあったのか。撹拌されて分離させられて、荒波に掻き壊される間に失くしてしまった全て。
 見せる夢があるというのなら、もっとまともなものを見せてくれれば良かったというのに。
 啄みたい願いや希望を引き出すのが目的だというのなら、幾らでもやりようはあったはずだ。ゼロの目的を達することさえ出来ず、あっさりと背を向けられる程度の『もしも』しか用意できないというのなら、かの鳥どもも所詮はその程度ということか。
 ――どうせ見るならば、『彼ら』ではなく、『彼』であれば良かったというのに。
 幾重になった人格の合間にあるものの裡側に、やはりゼロは己を見出せない。かつての記憶はおろか、感情すらも曖昧だ。脆くて僅かな境界線は、きっと裡側にいる誰もが感じている、仮初の自我に過ぎない。
 この泥濘を抜け出して――。
 この手にあったことさえ覚えていない何かを取り戻せないというのなら、興味はない。
 もしもの未来にも、この啼き声にも。
 一つ、溜息めいて倦怠を吐き出して――。
 ゼロの手が煙草を取る。火をつけたそれが齎す懐かしい害を呑み込めば、そのときばかりは視界が明瞭になるような気がした。
 それは、『彼』が存在していた証だ。
 口に馴染む味が伝えて来る。如何に混じり合い、壊されて、何もかもを喪っても。
 ――『零』になる前に、誰かがいたことを。
 吐き出した紫煙がゆらゆらと烟る。揺らぐそれは決して消えず、かたちを以て、ゼロと鳥人形の間に現れる。
 彼の歩みを啄もうというのなら。
「――消えな」
 迸るのは地獄の猟犬。獄炎纏う牙が黒翼を捥ぎ、黒くその身を焼き尽くす。
 ごうごうと燃え盛るそれに、生物らしい忌避を抱いたか、鳥たちはいっせいに飛び立った。しかし動けば格好の的だ。獣の爪牙が喉笛を噛み砕き、墜ちた身を焼き尽くして黒ぐろと盛る。
 己が喚んだ蹂躙を見据え、ゼロの唇が紫煙を吐き出す。揺らいだそれが空に消えていくのを見遣って、灯りに照らされた手は、躊躇なく煙草の火を己が手の甲へ押し付けた。
 じりりと焼けた感触が残って、黒く煤けた痕になる。払い除ければ赤々とついたその火傷を見据える翡翠に、何らの色すらもなく。
 空虚は瞬く。
 嗚呼。
 ――お前も興味が無い。

大成功 🔵​🔵​🔵​

斬断・彩萌


くすっ、あっはははは!
いやごめんなさいね?
でもこれが笑わずにいられるかしら

幻だと分かっていて手をのばすなんて
一瞬でも躊躇った自分が可笑しくて
私が本当に求めるものはそうじゃないでしょうと自分に問う
望むものは唯一人の心
それ以外に価値はない

強欲であること、それ自体は罪ではないと思うわ
でも、それを押し付けるのはマナー違反
人の心に土足で踏み込んで
望みを覗いて吐かせるなんて
――悪趣味、あなたは悪い子ね
私が断罪してあげる。何、お礼はいらないわ
一時でも素敵な夢を見させてくれた、せめてもの謝礼よ

遠方から狙いを定め空間を捩じり上げる
その嘴、身体ごと歪みに飲み込まれなさい
防御面はクロちゃんに全て委ねるわ




 夜空を裂く啼き声をも覆うような笑声に、何らの衒いもなかった。
 さも可笑しげに、年頃の少女がそうして笑うのと何ら変わりなく――声を立てた斬断・彩萌(殺界パラディーゾ・f03307)は、首を傾いで降り立つ鳥たちに、涙をぬぐうような仕草で応じて見せる。
「いや、ごめんなさいね? でもこれが笑わずにいられるかしら」
 ――幻だと分かって、温もりに手を伸ばすなど。
 一瞬でも躊躇ってしまった己に呆れている。呆れ果てて笑ってしまうほど。
 そうではない。彼が隣で笑っている未来を手にしたいのは、勿論そうだけれど――そのために、己の持てる全力を費やしているけれど――それは、あんなまやかしの中で叶うべきものではない。
 今を全力で生きるのだ。欲しいのは彼の温もりでも、自分の幸福でも、鮮やかな未来でもなくて。
 唯一――あのひとの心であるのだから。
 心のない温もりに価値があろうか。唯一のひとの心なくして、至上のさいわいがあろうか。彼の心のない未来に色があろうか。
 ――だから、騙されるわけがないでしょう。
「強欲であること、それ自体は罪ではないと思うわ」
 一歩を踏み出して、少女は笑う。
「でも、それを押し付けるのはマナー違反」
 人の心に土足で踏み込んで。
 望みを覗いて、無理矢理に具現化して。
 そうして生まれた痛みすらも、きっと美味しいと声を上げて喰らうのだろうから。
「――悪趣味、あなたは悪い子ね。私が断罪してあげる」
 眼鏡の底で輝く、日本人としては色素の薄い眸。
 空を斬り、天を断つ者。娘の影より現れた夢魔こそ、斬断の名を継ぎ――この命を喰らわれる、その証。
 烏の群れを夢魔が受け止める。夢喰らうそれが強欲の夢想すらも滅ぼす間、彩萌の掌が操るのは、その身に継ぐ力だ。
 それは斬断の秘術。彼女の家が持つ通りの、誰しもが知る名に秘匿された力。
 捻るように動かした手の先で、ひしゃげた黒翼が圧力に耐え切れずに破片に変わる。或いは足を裂かれ、或いは翼を捩じり切られ、或いは裡の空虚を蝕まれて消える。
 ――アヤメるが、彼女の力。
 それは空間であれ、物質であれ――関係はないのだ。
 にこやかに笑ったまま、茶色の眸が瞬いた。残る一羽が逃げ場を失くして啼くのを見遣り、彩萌の唇は声を紡ぐ。
「何、お礼はいらないわ」
 ――少しでも良い夢に浸らせてくれた。これは、その謝礼のようなものだ。 

 ――そうして、最後の一羽が啼く。
 助けを求めるような声に応じる者はない。代わりに銃声が一つ、屋上の地面を穿つのを、誰もが聞いたろう。
 夜を拭い、一等星が瞬いて――。
 静寂を齎さんと、冬が降る。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『冬寂の魔弾『ジャックポット』』

POW   :    凍えて眠れ、僕の魔弾で
【霊視による絶対のステルス看破能力を増強、】【未来予知レベルの超精密射撃と、魔法による】【威力強化、弾丸複製、高速機動を開放する事】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
SPD   :    後に残るは、静寂のみ
【霊視による絶対のステルス看破と未来予知】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【透明化の魔法が施された、操作可能の銃弾】で攻撃する。
WIZ   :    冬は止め処なく
自身が装備する【銃で放つ弾丸をレベル×9個複製、更にそれ】をレベル×1個複製し、念力で全てばらばらに操作する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はヴィクティム・ウィンターミュートです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



「成程。ただの贄ではなかったと」
 銃弾の跳ねる音。墜ちた一羽を一瞥することもなく、屋上へと現れた少年が息を吐く。
 数多の銃を手にした『ジャックポット』の眸には、茫洋とした虚ろが見て取れる。猟兵らの姿は視認出来ていないのだろう。
「何であれ、『僕たち』の目的を阻む者がいるなら、それを排除するのも僕の役目だ。あなたたちがそうするように」
 ――魔術に心得のある者ならば気付いたろうか。
 彼の眸が捉えているのは、猟兵たちの姿ではないこと。研ぎ澄まされた霊力が見据えているのは、その胸の底に眠っている魂そのものだ。
 彼の前に遮蔽は通用しない。魔力を込められた弾丸に対し、息を潜めたところで何らの誤魔化しにもならないだろう。どうあれ真正面からの撃ち合いとなることは必至だ。
 少年の手にする銃が猟兵たちに向く。曇った眸が、静謐を呼んで伏せられる。
 夜は暮れる。冬が来る。ひりつく静寂の中に、盲いた少年は一つだけ、彼には見えぬ星のひかりの導きを確かめるように問うた。
「――良い夢は、見られましたか?」

※三章プレイングの受け付けは『4/17(金)8:31~4/20(月)22:00』までとさせて頂きます。
※こちらの更新が遅れてしまいましたので、現在頂いております一名様も大切に描写させていただきます!
徳川・家光
「未来を視る力を持ちながら、未来を願う者を愚弄するのですね。
 ではこの僕が、その力如何程のものが見極めましょう」

そう言いながら、敵の姿すら見えない戦場に、「無刀取り」の構えによる完全な自然体で飛び出します。無刀取りは、その身に受けたユーベルコードを返す技。相手を視認する必要はありませんし、受けることで敵の方向を補足できます。
もちろん、しくじれば銃弾をその身に受けます。ですが敵も、その予測を一度でもしくじれば、僕の反撃によって己の「見えない」銃弾を浴びることとなりましょう。

たとえ分の悪い賭けだとしても。
夢を弄ぶ者が、届かぬ高みより他者を見下す事を、
僕は赦すことができません。僕は、怒っています!




 身を翻したジャックポットの姿が消える。
 魔術の恩恵か、或いは生前の在り方が成せる業か。数多の遮蔽物の裏に見えなくなった体躯を前に、踏み出す羅刹が一人。
「未来を視る力を持ちながら、未来を願う者を愚弄するのですね」
 じゃりっと地を踏んで、徳川・家光(江戸幕府将軍・f04430)が低く声を漏らす。
 月光に赤髪が踊る。冷えた夜気さえ熱するような眸の光に反し、彼の手には一つの武器さえない。
「ではこの僕が、その力如何程のものが見極めましょう」
 ――腰に佩いた刀に手を掛けぬ理由を訝しんだか。
 完全に殺されたジャックポットの気配が、それでも攻撃を躊躇うような間があった。
 膠着状態は長くは続かない。耳に届く銃声が一発吐き出された刹那、家光は立ちはだかるように駆け出した。
「江戸幕府将軍、徳川・家光――参る!」
 ――相手取るのは見えぬ銃弾。敵の位置すら知れない、あまりに分の悪い賭け。
 それでも家光がその身を挺するのは、それだけの勝算があるが故だ。飛来する弾丸の風切り音が、どこを出所としているのか探る必要はない。複製された弾が一斉に彼を穿たんとしていることも知っていて、赤茶色の眸が眇められる。
 見得ぬ気配が己を囲むのが感ぜられる。最初の一つが身に触れた刹那、家光はジャックポットの在る場所を認識した。
 着弾。
 無数の銃弾に肢体を抉られ、紅が糸を引くように宙に散る。しかしその中央にて立つ男が、膝をつくことはない。
「僕は」
 ――身は空、心は虚にて、柳流鉄を穿つ。
 柳生新陰流が業の一、無刀取り。
「赦すことが出来ません」
 本質は鏡映し。身に受けた刃をこそ好機とし、向けられたそれを同量の力で返す後の先。ならば相手取るが銃弾であれ変わりない。その身に受けた魔術の成す弾丸を、位置の知れた敵へ返せば良いだけのこと。
 脱力した身に受け流しきれぬ傷は僅か。体を掠め吐き出された赫に目もくれず、翳された左手の向こう――煌めく赤茶色の眸が確かな怒りを映し出す。
 家光には赦せない。他者の夢を弄ぶことも、そうして己が夢に苦められる者を、高みから見下ろしていることも。
 それは愚弄だ。
 夢を謳い願いを抱え、祈りと共に生きる人々への。叶わぬと知りながら、どうしようもなく遥か彼方の星に手を伸ばす心への。打ち捨てられた喪失の上に織り成されて来た現在を、それでも抱えて生きて行こうとする決意への――。
「僕は、怒っています!」
 星々のあわいに、凛と声が響いて。
 ――家光が返す不可視の銃弾が、ジャックポットを穿った。

成功 🔵​🔵​🔴​

シキ・ジルモント
○◇/SPD
“贄”、彼等の目的…
疑問が浮かぶが、目の前に居るのが確かな敵だと認識した瞬間
烏人形戦での負傷も考慮せずほぼ反射的に攻撃を開始

視界や物音で敵を常に『追跡』し、『ダッシュ』で距離を詰める
遮蔽物も効果が薄いなら、下手に間合いは取らず零距離での撃ち合いに持ち込みたい
自分の被弾より敵への攻撃を重視する
被弾したら現状のままでは倒せないと判断、真の姿も解放して反撃する(※月光に似た淡い光を纏う。犬歯が牙のように変化し瞳が輝く)

良い、夢…
自分の見た夢を思い返して、頭から振り払う
それより今はやるべき事がある、敵を排除しなければ
…それが仕事の為か先の焦燥に引きずられた為か、それすら定かではないとしても


冴木・蜜
ええ
いい夢でした
私には勿体ないほどに

彼との約束をもう一度確認出来て
彼の笑顔をもう一度見られて
……、本当に良かった

あの誓いを胸に
これ以上の犠牲が出る前に貴方を止めます

私は他の猟兵の補助を
人型を維持したまま
相手の動向をよく観察
射手の位置、猟兵側の消耗等を把握しておく

その上で他の猟兵と連携
降り注ぐ弾丸を『偽毒』へと変えましょう
状況に応じて
弾丸を治療薬や毒薬へと変換し
回復や妨害を致しましょう

麻酔や強化剤が入用でしたら
そちらも御用意しますよ

私が撃たれたらそこで初めて体を液状化
上手く着弾の衝撃を殺します

着弾の際、飛び散る身体を利用し
そのまま濃縮していた黒血を
御返ししましょう

残念 私は毒なのです




 何かを考える暇はなかった。
 眼前にいるのは敵だ。敵で、奪う者――。
 反射的に駆け出す。見えなくなった姿を探すに労する出生ではない。シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)の紺碧の眸が、獣じみた色で周囲を見渡した。
 ――何のための『贄』だったのか。
 ――そも、組織立って何を目的としているのか。
 脳裏を掠める冷静な思考は、しかし雪崩れ込む感情の渦に呑まれて消える。人形に抉られた体からとめどなく赤い軌跡を零しながら、シキの足は止まらない。
 銃弾を消せど、それを吐き出した硝煙の匂いまでは消せない。荒らされた戦場の影から反響する音を追い、視界の端に過る動きにも警戒は切らさない。無理に動いた傷口は広がっているはずで、その痛みが彼の意識を追い立てるはずで――けれどそれらを覆い隠すのは、どうしようもなく込み上げる感情だ。
 銃弾が身を抉る。距離は詰め切れない。幻想の泥濘に捕らわれた足は、零れた血に滑るように縺れる。
「良い、夢」
 ――そんなもの。
 月下に吼える人狼の声を聴きながら、その身を覆う月光のように幽かなひかりに僅か遅れたのは、黒だ。
「ええ。いい夢でした――私には勿体ないほどに」
 冴木・蜜(天賦の薬・f15222)は、その目に映ったものを反芻している。
 幾度も己の中で重ねて来た約束を見た。もう二度と見られない笑顔を真っ直ぐに見据えた。最後まで幻影の『彼』を守り抜いた。そうして。
 ――この星空に一人、戻って来た。
「……、本当に良かった」
 だから。
 今、再び心に刻み直した約束を抱いて、命を散らす者を阻む。
 駆ける銀狼は蜜よりも正確にジャックポットの位置を悟っているとみえる。ならば追跡は彼に任せるのが正解だろう。さりとてその体に刻まれた傷は酷いものだ。
 ならば――蜜が成すべきは。
 接近するシキに向け、撃ち出された無形の銃弾の風切り音がする。激痛を覚悟して咄嗟に腕を翳せば、それは彼に着弾する直前で破裂した。
 身に掛かる液体に、不意に形を失くした己の弾丸に――月下の人狼と相対する少年は、同時に訝しげな表情を見せた。
 けれど――。
 盲いた少年には見えなかった。蜜の指先により偽毒と成され、今は薬液と変わった銃弾が、シキの傷口を塞いだ瞬間が。
 燃える魂の色は変わっただろうか。しかし己が復調を目の当たりとするシキに及ばず、僅か開いていた距離が詰められたと知るには遅い。
 ――成すべきことがある。
 月光を纏い、手にするハンドガンの引鉄を幾度と引いて、身を癒す雨に身を晒す。鋭く伸びた忌まわしい犬歯はまさしく人狼のそれで、そうと知りながらシキが止まることはない。
 止まれない――。
 任務を遂行せねばならない。その奥に燻るどうしようもない衝動が、奪われる焦燥に焚きつけられていたのだとしても。
 眼前の男との撃ち合いを不利と見たか、幽かに食い縛るような声を上げたジャックポットの銃口が、蜜を見た。
 ――踏み出す。
 不可視の弾丸が己を穿つと知って、彼はその距離を詰めた。見得ぬそれが孕む質量と風切り音。人狼を癒やした指先は、凶弾が己に向いていればこそ、融解することはしない。
 その指先で、己をすくう必要はない。
 蜜は。
 銃弾では――死なないから。
「残念」
 ――ジャックポットに、この星々が見えていたのなら。
 触れた刹那に融け出した弾丸を見止めただろうか。崩れて黒く蕩けだす左腕を見ただろうか。そうしたら、蜜が何であるのかを、知ったのだろうか。
 けれど盲いた少年は、己の放った弾丸が空を切る音が消えたことに、訝しげな顔をしただけだったから。
「私は毒なのです」
 飛び散った黒が凝縮された死毒を孕み、少年の身へ侵食する。激痛に動きを鈍らせた彼の銃口が一発を吐き出すより先に――。
「砕けろ」
 シキの手の中で、軽い体に押し当てられたシロガネが吼えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

蘭・七結


【春嵐】

つめたく嵌ったうつろな眸
常夜の冬空のよう
その心が捉え、視ているもの
なゆたちの魂は何色でしょう

いきるという痛みをしった
身体も心も重たくて儘ならない
それでも、このいのちをいきたい
ひととしての歩を刻みたいの
逃げも隠れもしないわ

都合の良いあまい夢も、鉛玉の時雨も
そのすべてを攫いましょう
隣にはあなたのぬくもりがある
身を掠める痛みはこわくない
冬の夜は過ぎて春の暁が訪れる
あけを招く嵐となるわ

わたしという猛毒を乗せて
攫う風の色は、あか
心の眸にはどんな色が映るのかしら

ええ。目覚めているわ
夢のみな底には堕ちていない
英さんも、溺れてはいないようね
凍える夜では花は咲かないもの
あなたの隣で、朝を手繰りましょう


榎本・英
【春嵐】

嗚呼。君は……。
見ていない。
一体何を見ていると言うのだろう。
何を狙っている。


応え給え
「君は私の何を視た。」

何かを捉えたとしても
それを理解する事は出来ないだろう
これは私だ。これが私だ。
都合の良い未来も私が望んだ物

今となっては絶対に交わる事はない
だから今を歩む
私の隣には君がいて
夜はあけ、春が注がれる
そして私はいっとうの春を届けるのだ

あれが私の夢と云うのか……。

……失礼。とても可笑しくて
嗚呼。私は眠らない。
私が眠る時は、この筆を置いた時だろうね

なゆ、君はどうだい?
君がずっと眠っているとは思えない
勿論、私も溺れていないよ

さて、おはようの朝を迎えに行こうか
しっかり視て呉れ
私達の心を




 つめたい双眸だ――と思う。まるで、冬の夜空のような。
 虚ろだ。硝子細工めいて嵌め込まれたそれは、真実何も映してはいないのだろう。この空に見える満天の星も、立つ二人の姿も。
 それでも、蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)の眼差しは、揺らがぬ少年の面差しが己の魂を見据えているのを知った。
 何いろが映るのだろう。与えられる場所で呼吸を続けるだけでなくなった『なゆ』は――どんなかたちをしているのだろう。
 はたはたと瞬いた赫い眸をちらと見て、榎本・英(人である・f22898)は己の赤を眇めた。
 ただの人の目に、ジャックポットと呼ばれるらしい彼の力は映らない。だから、『見ていない』のに『視ている』らしい彼への違和に、深い怪訝の色を浮かべたのだ。
「応え給え」
 たん――と、音を立てて、ペン先が開いた本の上を跳ねる。
「『君は私の何を視た』」
「――『何を』?」
 僅かな怪訝が、少年の銀夜の双眸を過る。
 答えを待たぬまま、情念の獣が迸る。渇望の浮いた無数の腕が少年を絡め取らんとするのを、彼の弾丸が射貫いて、しかし足りない。
 体を絡め取らんとするそれに抗う間に、彼は思考する様子を見せた。英の問いが持つ意味に思いを馳せるように。そうして、湧く腕へと銃弾を向け続けながら、淡々と声が零れる。
「何も。貴方達のことは、一つも識りません」
「そうかい」
 満足はしなかった。だから獣は慾を迸らせ続けたけれど――。
 事実だろうとは思った。
 ジャックポットの目に光は見えない。一番星を見ることが能わぬのなら、七結と英を捕らえた夢を見ることもない。
 ――夢。
 英の見たそれは――否、七結の見たそれも。都合の良い、ここに亡いさいわいだった。
 夢見たことがないではない。
 けれど、手が届かぬ星を見上げ、それに渇望を捧げあえぐだけの日々は――もう終わった。
 喉が鳴る。あれが視えたとて、少年が真実ふたりを知ることはないだろう。都合の良い未来も、何もかもは、全てふたりがふたりとして懐くものであるのだから。
「余裕があるようですね」
「……失礼。とても可笑しくて」
 嗚呼。
 英は夢を見ない。眠らない。
 眠らぬとも。
 隣の君と共に愛を紡いで、明かぬつめたい夜へ春を注ぐ。しろとあかは交わって、薄紅の花弁となる。蒼穹に湛えたいっとうの春を届けるその姿こそ、きっと――。
 『榎本・英』だ。
「私が眠る時は、この筆を置いた時だろうね」
 なゆ、君はどうだい――問えば、はたりと瞬いた瞳がわらう。
「君がずっと眠っているとは思えない」
「ええ。目覚めているわ。英さんも、溺れてはいないようね」
「勿論、私も溺れていないよ」
 あたたかくて力強い答えがあるから、七結は『なゆ』を見失わない。
 生きることを識った。
 それは痛みだった。体が重くて、心も引き摺るような。自分が気付かず持っていた重い荷物は、それでも確かにその手に感動を生んだ。
 ひとりで選べる。ひとりで立てる。だから――となりに居たい誰かを、もう奪う必要なんかない。
 鬼は人と墜ち、はじめて己の重さを識った。己の前に途があることを――同時に知った。
 歩いていきたい。ひととして。
 ――あなたといっしょに。
「さて、おはようの朝を迎えに行こうか」
 わらうあなたへ頷いて。
 頷く君へわらって。
 七結の身が踊る。無数の手に縋られながら、それでも吐き出された不可視の弾幕が、白い肌を掠めてあかを降らせる。
 怖くはない。
 隣に温もりがあって、ひとりでないから。冬の常夜は終わらせよう。都合が良くてあまいばかりの夢と、つめたいばかりの鉛雨と共に。
「凍える夜では花は咲かないもの」
 舞う赤い牡丹の花弁に、載せるのは『なゆ』という猛毒。ひとに喰らわれることも、ひとを喰らうこともやめた、廻るまな紅。
 冷えた夜に、終わりを告げて。
 ――暁の春を魅せよう。
「あなたの隣で、朝を手繰りましょう」
 花弁に攫われて、無数の手に絡め取られて。
 きっと、ジャックポットの眸には――あかあかと輝く、春の嵐が視えただろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹

右手に胡、左手に黒鵺の二刀流

遠距離に遮蔽無視とか相性悪いな。いつもの戦い方ができないとは。

真の姿に。
隠密行動が意味をなさないようなので正面からだな。UC炎陽の炎を俺自身の周囲に纏わせるように浮かばせ、相手にの弾丸に対する盾代わりとする。数が多そうだが金谷子神の炎だ。金属製ならもちろん、大概の物は燃やせるし悪くても勢いは削れるはず。
接近できたら胡で【マヒ攻撃】を乗せた攻撃を。
敵の攻撃は【第六感】で感知し【見切り】で回避。
回避しきれないものは黒鵺で【武器受け】して受け流せるものは受け流し、【カウンター】を叩き込む。
それでも喰らってしまうものは【激痛耐性】【オーラ防御】で耐える。




 遠距離から飛来する不可視の銃弾、視覚に頼らぬが故に意味を成さない遮蔽、しかし向こうはあらゆる地形を利用出来るとくる。
 真っ向打ち破ると考えるにはかなりの難敵だ。まして黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)の得物は携えた二本の刀。元より短剣に宿った身となれば、近接戦闘を得手とするのは、ある種当然の条理だ。接近が容易でないとなれば、取れる手段は自然、絞られることになる。
 故に。
「――相性悪いな」
 そう声が口を衝くのも致し方のないことだ。
 月華の咲くような神の威容はそのままに、長く伸びた色素の薄い髪が踊る。構えた二刀で裂くことに変わりはないが、問題は如何にしてこの距離を詰めるかだ。
 降り注ぐ鉛玉の音を察知すれば――。
 躍らせるのは清めの炎。元より時間の分だけこちらが不利になる戦闘を長引かせる気などなく、無為な行為を取る気もない。必要なのは最短距離を駆け抜けるだけの防護と、この刃を届かせるためのすべだけ――ならば、するべきことは一つ。
 不意に発生した焔が月下に踊る。己の体を囲うようにすれば、それだけで充分な防御陣となる。
 火剋金。纏う炎は鉄の弾丸を融解し、瑞樹の身へと傷を残すことを許さない。
 まして金谷子神の焔とあれば、抱く熱は遥か高みにある。如何に魔術の施された銃弾であれ、大本たる性質を覆せねば即ち神炎の熱の餌食だ。
 無数の銃弾に対し、展開した焔は七十六。身を取り囲むそれの隙間を縫うように通される射撃に身を掠められながら、瑞樹が止まることはない。
 風切り音がすれば左の刃で叩き伏せる。超常の力には見得ぬを見んとする勘で抗う。眼前に感じる物質の気配に身を躱せば、頬を掠めた一撃が赤く糸引くように月下へ消える。
 瑞樹は。
 ――己の未来にさいわいを望んだことはない。
 夢に溺れることもしなかった。見えたものは確かに幸福な時間の焼き回しだったが、ただそれだけだった。
 だから、ジャックポットの問いに応じることはしなかった。
 代わりに躱すのは刃。元より戦場に在ることこそが本義であるのなら、声を交わす必要もないだろう。弄する言葉よりもずっと良く――白刃こそが答えを以て、振り下ろされるのだから。
 近接戦闘の心得がないわけではないのだろう。眼前に現れた神の魂に、少年は咄嗟に身を引いた。しかし掠めた赤が見えたなら、瑞樹の目論見は成功だ。
 刃より駆け巡るは神威。その身の動きを阻害する威容だ。痺れるような心地に目を見開いたジャックポットが、取り落としたのを見るより先。
「ここまでだ」
 ――振り上げられた神の刃が、迸る。

成功 🔵​🔵​🔴​

夏目・晴夜

ええ、とても良い夢を
おかげでいつも以上に暗い夜が忌まわしいですよ

『喰う幸福』の高速移動で一気に接敵
敵が引鉄を引いたタイミングで、呪詛を伴う衝撃波を
妖刀を持つ右手や即死しかねない部位を守るように敵へ向かって放出
衝撃波が銃弾や敵に少しでも擦れば、そこから蝕み腐らせてあげます

衝撃波を避けるように銃弾を操作されても
右手や即死部位でなければ当たっても別に構いません
クッソ痛くて腹は立ちますがね

貴方たちの目的とやらを阻もうなんて微塵も思っていませんよ
あの夢も、この痛みも、貴方の事も、どうせすぐに忘れてしまえる
その程度のものに特別思う事など、何も

ハレルヤの前に立ちはだかったから駆除される
ただそれだけの話です




 とりどりの色を孕んだ宝石が、月下の暗がりを照らし出す。
 常夜の世界でいのちとこころを繋ぎ、今また夜を明かせる己が生命線を一瞥したからこそ、夏目・晴夜(不夜狼・f00145)は一歩を前に出す。
「ええ、とても良い夢を」
 ――届かぬ星に手を伸ばすことを強制されるような、大した夢だった。
「おかげでいつも以上に暗い夜が忌まわしいですよ」
 馳せる。
 抜き身の妖刀より、無数の手が伸びる。生命の泉も僅かにしか残らぬ晴夜のいのちを、なお喰らおうとする貪欲を受けて、その唇が裂けるように嗤った。
 軽く地を蹴るだけだ。決して屈強とはいえぬその身は、しかし踏み込むごとに速度を増す。
 体が軽くなればなるほど、己が命が未来から遠ざかっているのを感じた。お陰で前がよく見える。宝石の灯りに照らされたジャックポットが、己に向けた銃口の引鉄を引いたのを見止めた。
 だから。
 刃を揮う。黒く弾け飛ぶ呪詛が銃弾のかたちに歪んで、見る間に喰らい融かす。ぐしゃりと墜ちたそれを知覚したか、ジャックポットの指先が吐き出した銃弾は、次に放ったそれへぶつかることはなかった。
 翳した左腕を穿たれる激痛が、火花のように眼前で散った。夜を照らしてもくれない炎など意味はないというのに。
 ああ――腹が立つ。
 そのまま踏み込めば紅が零れる。ぎしぎしと音を立てて削れる残り時間が、晴夜の生の輪郭をいっとう強く作り上げた。
「勘違いしているようですから教えて差し上げます。貴方たちの目的とやらを阻もうなんて微塵も思っていませんよ」
 肉薄した少年へ声を零す。覗く牙めいた歯は、断ち切るように、噛み切るように、強く言葉を吐き出すのだ。
 ハレルヤ。ハレルヤ。何より一番に憶えた礼賛。彼の記憶にある言葉の中で、一番輝かしい音は――きっと星の光よりも美しくあるものだろう。
 だから。
「どうせすぐに忘れてしまえる」
 目の前の少年のことも。
 この痛みも。
 ――あの夢も。
「その程度のものに特別思う事など、何も」
「――では何故、僕を殺そうと? 義も信念もないならば、今すぐ立ち去って頂いた方がやりやすい」
「は。簡単ですよ」
 晴夜は暗愚な生き物ではない。光がなければ夜を晴らせぬ身でも。届かぬ星に手を伸ばし続けるような、ましてそれを引き摺って、鎖のようにして歩くようなものではない。
 あるはずがない――。
 だから、振り下ろす刃に、それ以上の意味はない。
「ハレルヤの前に立ちはだかったから駆除される――ただそれだけの話です」
 手に入らないものなんか。
 ――喰らっても、喰らっても、満たされやしない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

穂結・神楽耶


――ええ、とても。

叶わないことを知っている。
だとしても、手を伸ばし続けなければいけない夢でした。
その為にわたくしはまだ此処に在るのですから。

だから、ごめんなさい。
それがどんなに切実でも。
過去になったあなた方の願いを通すわけにはいかないんです。

【赤鉄蛺蝶】は我が魂の複製操作。
魂を視る視界にはうってつけの欺瞞です。
そしてこの場にいる猟兵はわたくしだけではありません。
無数の炎蝶、人型顕現体、そして本体。
どれに魂が視えるのか分かりませんが、
全霊で囮になりましょう。
弾丸ひとつで穿つことのできる魂ではないと知れ。

けれど、願わくば。
あなたが見る夢の続きが、どうか幸福なものでありますように。
――さようなら。




 良い夢は見られたか――と問うた。
「――ええ、とても」
 ふわり、焔の残滓を纏うまま、少女のかたちをした刃が前に出る。
 よい夢だった。
 何かを求めるひとの心がある限り叶わぬ、けれど平和を望むひとの心がある限り諦めることの出来ない、届かぬ星のようなまどろみだった。
 そのために生まれて、そのために在る、かみさまの名残。穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)の焔色の眸が瞬いて、透徹な笑みを見せるから――。
「そうですか」
 ジャックポットはひどく静謐に頷いた。諦めを孕んだような、どこか羨望めいた感情が幽かに揺らいで、星の光に消える。神楽耶はそれを追わないし、少年はそれ以上を口にはしないから。
 それが合図だ。
 りぃん、と鈴が鳴って――夜空に消える。呼び起こされる焔が蝶をかたどり、冷えた夜気を暖めるように舞う。
「おいで、赤鉄蛺蝶」
 無数の炎蝶が月下に零れる。一羽では頼りない羽搏きも、数を成せば風の流れを変える。見得ぬ目を補うために研ぎ澄まされた聴覚に届く風の音を、動きの成す小さな揺らぎを、蝶の翅が掻き消した。
「弾丸ひとつで穿つことのできる魂ではないと知れ」
 ――少年の銃口が一瞬だけ迷ったのは。
 その蝶の全てに、同じ魂が見えたからだ。
 宿神は、そも顕現体にいのちを見ない。なればこそ、佩いた太刀と同等のものを、焔に分け与え宿すことも厭わない。
 ひとのかたちと、刃と、無数の蝶。知覚しうる情報の全てを攪乱されれば、その大きささえ知ることは出来ない。手当たり次第に放たれる銃弾が、不規則な羽搏きを掠め、或いは掻き消していくのを、神楽耶はじっと見ている。
 そうまでして。
 そうまでしてでも。
「ごめんなさい」
 神楽耶は――ひとの味方だ。
「それがどんなに切実でも。過去になったあなた方の願いを通すわけにはいかないんです」
 逃げるという選択が、用意されていたはずだった。
 計画が上手く行かぬのならば、退くことも出来たはずだ。そうせずに、ここに身を挺するだけの理由がある。
 かつてひとだったものにも、神楽耶は理解を示す。だからそうして必死になることを笑えない。けれど、それだけだ。
 決して、いまを生きるひとたちを犠牲にすることは出来ない。
 だからせめて、祈るのだ。ジャックポットの眸が、映さぬ星に願いを見るように。それが、この果てで『視得る』ものとなるように。
「あなたが見る夢の続きが、どうか幸福なものでありますように」
 撒いた蝶は囮を成す。全てが撃ち落とされるまでには時間がかかるだろう。
 魂を分かったそれらが墜ちる間に。
 冬を終わらせる誰かが――。
「――さようなら」
 きっと、その命を穿つだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
🌸宵戯

真の姿:未来で見た姿に似た白い光の天使のようなもの

へぇ君も魂が見えるの
魂を狙うってことは
君も魂を差し出すってことだよね?
ふふ

まだ櫻の龍が戻ってこないんだ
しょうがないなぁ
いいよ
好きなだけ沈んでおいで
逃げてもいい
眼を背けて耳を塞いだって
間違えたっていい
その後悔ごと私がぜんぶゆるしてあげる

本来の姿には程遠いけど
夜闇を劈くひかりぐらいにはなれる
影は光に変わって銃弾を盾受け
【UC】の槍もすべてが白い
櫻宵への攻撃はかばうよ
神の魂を撃ち抜けるならやってみなよ

―約束、覚えてるの?
君は酔ってて覚えてないと思ってたから
少しだけ驚く

神は約束を違えない

君はちゃんと救ってあげるから
安心していいよ
蜜彩の瞳が笑む


誘名・櫻宵
🌸宵戯

現に戻れど凍てつく冬に心が凍る
角の桜も夜空に散る
隠していたのに滲みだした役割と未来に心がまだついてこない

なんて無意味な命

三つ目の赫神に掴まれた腕を見遣れば
あかいあかい指の痕
夢のはずなのに消えない
闇の世界から戻る寸前
私にだけ聞こえた聲
『またね、』
…まさかそこに

その時が来る?
思うだけで背筋が凍る

私には約束があるのに
傷む小指を自ら齧る
…ロキ
私ね憶えている
あなたをころす約束

神に終わりを与う
あなたが終わるその時に
私を救ってと

龍は約束を違えない

なのに
一瞬でもあの手をとろうとした
それが一番許せない
私にロキに救われる資格なんてないのに

蜜の瞳に白い翼、天使?
噫、ひかりが
柔い熱をくれる
闇中の一等星のよう




 はらりはらりと薄紅が舞う。無惨に零れ落ちる角の桜が、冷たい夜の空気に不釣り合いな暖を魅せる。
「へぇ」
 動かぬ龍の前に、一歩。
 進み出たロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)は、黒い青年ではなかった。
 そこに在るのは神の威容だ。白く、しろく――心を壊すほどの聖性。その一端、光を孕んで立つ、天の使いめいた姿だった。
「君も魂が見えるの?」
 小首を傾げて問うた声は、戯言めいて響く。
 情報を『与えられた』ということに気付いたのだろう。ジャックポットの眉間に僅か皺が寄る。
「貴方もメイジ――それに類する存在ということですか」
 思わずくすりと声が漏れたのは、その括りが如何にも人らしかったから。ロキという存在を指し示すには遠く、けれどまあ、少しばかり正鵠を射てもいた。
 神というのは、往々にして――人の言葉で定義されるものだから。
「人間の言葉にすれば、そんなものかもね」
 肯定とも否定ともつかぬ声を零して、次の問いを重ねるのだ。
「魂を狙うってことは、君も魂を差し出すってことだよね?」
「――貴方達は僕を排する。僕は貴方達を斃す。その方法がどうあれ、やることは同じでしょう」
「そうだね」
 それを。
 肯定と取って、白がわらう。
「神の魂を、撃ち抜けるならやってみなよ」
 銃弾が撃ち出される音が響くのと、ロキの体が動くのは同時。月光のあわいに生まれた影が白く夜を劈いて、少年の体を貫き通す代わり、己らに向けられた銃弾の全てを弾く盾となる。
 そうして神威を揮い続ける間、後方で震える櫻の姿を一瞥した。
 ――誘名・櫻宵(貪婪屠櫻・f02768)は、未だ夢の最中を漂っている。
 けれど、仕方がないのだ。
 気が済むまで泥濘に沈んで良い。耳を塞ぎ目を瞑っても良い。そうして何もかもから逃げた己に抱く絶望めいた後悔ですらも、神(ロキ)は赦そう。
 光の槍が迸る。防ぎきれなかった銃弾が身を襲う。
 その音すらも聞こえぬとばかりに、櫻宵はただ、細く息を吐いた。
 ずっと隠していた。
 心の底に押し込めて、匣の中に仕舞いこんだ役目。無意味ないのちの延命。それでも滲み出してしまった、始祖の転生である身の、暗く鎖された未来も――。
 夢だったはずなのに、腕にはっきりと残った赤い掌の痕が、夜の中に浮かび上がる。赫い赫い笑みで囁かれた、初めて聞くはずの声で紡がれる、やけに覚えのある言葉。
 ――またね、
 はっと周囲を見渡した。見えぬ三つ目がないことを確かめるように。背筋に這う凍るような震えを、嘘だと言ってほしくて――けれど、見得ないが故に恐怖が折り重なる。
 まさか、まだ――あの神は、ここに。
「……ロキ」
 不安を拭うように、小指を口に運んだ。きつくきつく歯を立てれば、あの日に交わした約束が、この心を引き戻すよう。
「私ね。憶えている」
 あなたをころす約束。
 救われぬ神を壊す。だから代わり、この魂をころして。そうすれば、もう――輪転するいのちの中で、死に続ける必要などないから。
 震える声に目を見開いて、ロキが思わず振り返る。
「――約束、覚えてるの?」
 酔っていた。
 だから、記憶から消えてしまっていることも承知の上だった。果たされることなどなくとも神が歩き続けるには充分だったから。
 彼の僅かな揺らぎをよそに、櫻宵の眸が何かを探すように彷徨った。唇から零れる声は告解めいて、神に乞う。
 龍は約束を違えない。
 そのはずなのに――傾いでしまった。
 救われるということに。苦しむ必要がないということに。三つ目の神の手を取ろうと、伸ばしてしまった。
 櫻宵は――どうしても、それが赦せない。
「私に、ロキに救われる資格なんてないのに」
 口を噤んだ龍に向けて、金蜜の眸で神がわらう。
「だいじょうぶ」
 神は約束を違えない。
「君はちゃんと救ってあげるから」
 ――その声で。
 櫻宵の視界はひらける。そこに立つのは見慣れた黒の神ではなく、白い翼の――。
「天使?」
 ひかりが、たしかな熱で櫻宵を導く。
 噫、それがまるで、闇の裡を裂いて照らす一等星のようで――。
 吹き荒れる薄紅の中で伸ばされた櫻龍の手を、白き神が確かに握った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

クロト・ラトキエ
○◇

八つ当たり、完っ!
ストレス発散には良い夢だったかもですが
見なくて済むなら、その方が良いものもある――
なんて、無い物ねだり
…お互いに?

魔術の覚えは多少
透明化の看破は無理でも…
生粋の術士でも無く、無挙動で魔法は難しかろう
銃口、引鉄、指…
頭の動き、存在察知の挙動…
動作と被弾の繋がりとラグ
見切り利く凡ゆるを見逃さない

逃げも隠れもしませんよ

傷は負おう
銃弾は、当る
けど…当らない
駆けられる
得物が振るえる
致命傷で無ければ…それで良い

全ての『かも』を撚り集め
如何な過程をも唯
――討つ。生きる
それのみに収束、固定する
則ち、宿命の剪定
――伍式

振るう鋼糸はその手、指へ
冬の寒さに悴んだ様でも
春が来れば…まぁ溶けますよ


佐那・千之助
〇◇
暗闇からの宵は明るくて
皆に比べて夢に溺れた感のつよい血塗れ姿が大変気まずく…
この血も一滴とて無駄にしてよいものではないのに
少し引き摺る思いは、傷を縛り血と一緒に塞き止めて

真の姿に化し力を底上げ
見えぬでよかったか…失血した吸血鬼の姿など目も当てられぬ
『教育』された吸血衝動が理性を灼くが
こんな姿でも子供の血は啜らぬと決めている
あまり時間は無い…距離関係なく放つUCで敵も銃器も灼きたいところ

夢は幸せの満漢全席であった
少年も夢を見ているのか
それとも溶けぬ雪の中に居るのか
私は終わらせることしか…或いはその一助が精々なれど
黒剣の盾や火花のオーラで防御、焔で攻撃の阻害
人にできることがあれば力を尽くそう




「ところで千之助、君は一体何をしたんです?」
「いや、ちと夢を見て」
「――まあ、帰って来たわけですから、良しとしましょう」
「クロト、おぬしたまに上から目線よな?」
「僕は溺れてませんしっ」
 八つ当たりが終われば調子はすっかり元通りだ。飄々と嘯いて見せるクロト・ラトキエ(TTX・f00472)に、佐那・千之助(火輪・f00454)の方はじとりと視線を向けるけれども、己の服を見ればぐうの音も出ないというものである。
 血に塗れたそれの下で、なお赤を吐き出し続ける傷口を縛ったのはほんの先刻。一滴たりとて無駄に出来ぬと僅か引きずる思いと一緒に隠したそれは、今は新たな鮮紅を滲ませてはいないのだけれど――。
 自然、前に出たのはクロトの足だった。千之助を後方に置き去って、走り出す背を見遣って苦笑する。
 いつだって、影は道を拓こうとするものだから。
 宵に映える橙灯を銀と変え、伏せた眼差しが開けば茜に染まる。振り返ることをしないクロトの目にも、こちらを見据える少年の目にも、映らなくて上等だ。
 ――失血した吸血鬼の姿など、笑い話にもなるまい。
 解放された獣性が悪しき本能を訴える。血を欲する身が牙を剥かずに済む時間は僅かだ。如何な姿に堕ちようと、相手が過去の残滓だろうと、子供の血を啜ることなど出来はしない。
 そういう意味で――。
 きっと、クロトは千之助の信に応じたのだ。
 馳せるは最短距離。身を隠すのは生きるための常套手段だが、それが叶わぬとあらば無為な動作は挟まない。
 魔術の心得は術士というには少なく、しかしその質を見破るには充分にある。銃弾を媒体とする以上発生する僅かな所作が、クロトへ為すべきを教えてくれる。
 幽かな頭の動き。反動を受ける手。銃口の向く先、引鉄を引く指、僅か力の入る体。見立て通り、『術』そのものを武器としていないジャックポットには、充分に動きを見切らせるだけの隙がある。
「ストレス発散には良い夢だったかもですが」
 ――見なくて済むなら、その方が良いものもある。
 声は低く、後方の彼へと届かぬように。
「なんて、無い物ねだりですかね。……お互いに?」
「さあ、どうでしょうね」
 透明な銃弾が身を掠め、しかし決して致命には至らない。距離を詰めればクロトの間合い。鋭敏に悟る少年が、引く足と共に吐き出した銃弾は、確かに魂の中心に向いて――。
「させぬよ」
 炎の盾が――それを阻む。
 千之助の放つ焔は威力を増して、そのまま彼らを取り囲む。影の横をすり抜け収束するそれが火勢を増せば、鉄など容易に融かし得る獄炎が生まれるだろう。
「――私の夢は、幸せの満漢全席であった」
 感慨深く、噛み締めるように。
 その内容(なかみ)を――きっと、彼に知られてはならないと分かっている。一年後には、話せるようになっているかもしれないけれど、今は。
「おぬしも夢を見ているのか、それとも溶けぬ雪の中に居るのか」
 千之助には知れない。じりじりと灼かれる理性に答えは見えないし、見えたとてそれが正しいとも限らない。
 だから、今。
 彼に出来ることは少ない。
「私は終わらせることしか出来ぬが」
 せめて、それが望む終わりであるように、と――さいわいの終わりを望んだ男の声は、至上の未来で笑った彼の背を押すように零れた。
 怯んだ一瞬に踏み出せば、そこはもうクロトの間合い。縒った鋼糸が紡ぐのはたった一つの運命だけ。
 全ての『もしも』を束ね集めて、因果を一つに収束する。即ちクロト・ラトキエの生であり、勝利であり。
 ――後方の彼の、生である。
 迸る糸は全ての可能性の収斂。如何なる過程でさえも捻じ曲げて、『ここに生きる』と、ただそれだけを紡ぐいのちの鋼。
 宿命の剪定――伍式。
「冬の寒さに悴んだ様でも、春が来れば」
 唸る鋼糸は指先へ。鉄に入り込んだ煤が取れても、再び引鉄を引くこと能わぬように。
「……まぁ溶けますよ」
 焔に照らされる男の蒼は――ひとらしく、煌めいただろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アルトリウス・セレスタイト
隠れることを許さず、自分は姿を見せず
ま、大した問題にはならん

絢爛を展開
起点は目の前の空気
秩序と拒絶の原理を以て戦域全ての空間を支配
オブリビオンとそれが行う全てに、その力の全てを以て自壊を命じる

高速詠唱を『刻真』で無限加速し即座に起動
『解放』を通じて全力の魔力を供給
どこにいて何をしていても構わん
勝手に滅ぶが良い

『天光』で常時目標の状況は把握し逃さぬように
万一自身へ到達する攻撃があるなら『絶理』『無現』で影響を否定し回避
必要魔力は『超克』で“外”から汲み上げる

遠慮なく討滅するつもりだが、冬寂という言葉は聞き覚えがある
記憶通りならどこぞのハッカーが拘っていた

該当者がこの場にいるのなら削る程度に留める




 蒼き流星は途絶えた。
 拒絶の理を纏ったまま、男のすがたをしたものはゆるゆると息を吐く。
 魂が視得るが故に、一切の隠密を許さない。対しジャックポット自身は視覚に頼る者から己が身を隠せる――およそ人間にとっては対峙しづらい相手に他なるまい。
 だが、あくまでもそれは、相手が人間の範疇にある者であれば――の話だ。
「ま、大した問題にはならんか」
 アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)は、厳密にはヒトではない。
 この世の外に在る理、その全なる空虚を掴んで泡と溶けた者の残骸である。創世が成されるより以前、旧き全なる理の裡より汲み出したものこそが彼の武器である。この世界を構成する要素であるのなら、総てはその手中にあると言って良い。
 ――相手の見得ぬ、見得ないが、アルトリウスの戦いを揺るがす要素となることはない。
 掌より展開するのは絢爛なる不可視の碧の世界。眼前の空気を起点とし、広がった原理がこの戦場の全てを包み込む。絶対的な支配が齎すその違和に、魔術の一端を扱う少年が反応したときには――既に遅い。
 身に宿る力が削り取られていくことに抗って、ジャックポットの指先が引鉄を引く。しかし吐き出された不可視の銃弾は即座に力を失い、ただの弾丸となって崩れ落ちていく。
 己が銃弾が届かなかったことを、或いはそこに何らかの致命的な干渉があったことを、盲目のうちにも悟ったのか。表情の薄い少年の眸に、それでも浮かんだのは怪訝で――それはすぐに、焦燥に変わる。
 アルトリウスは動いていない。一歩たりとも。それでも、戦場の痕に生まれた遮蔽物の影にいる彼の、その表情をまざまざと見詰めていた。
 碧き天光が齎すのは、全知の目で。
 この空間における支配者たる彼が命じたのは――自壊。
 何も届かない。何も通じない。全てを拒絶する理は、彼に相対する一切の傷を赦さない。後はただ、朽ちていくのを待つのみだ。
「勝手に滅ぶが良い――が」
 戦場に、天光が齎す視線を巡らせる。
 冬寂――。
 それは、彼の知るハッカーがいたく執着していたものの一端だ。裡に抱える因縁を前にして、決着をつけんとするその姿が、この戦場に在る以上は。
「オレの役ではない、か」
 ――浮かんだ感情の熱を、果たして何と呼ぶべきだったか。
 言葉だけが脳裏にひらめく。しかし掴むより先に温度を失って、ただの文字列に変わる。一枚幕の向こうにあるものは、変わらず向こう側のものでしかない。
 けれど。
 踵を返す。充分に力は削り取った。
 空間の支配が解けて――天青石の足取りは、廃ビルのコンクリートを叩いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティオレンシア・シーディア
○◇

…そうねぇ。すごぉくいいユメ見られたわぁ。
…ええ、「だから」殺すわ。

遮蔽から不可視の弾丸で引き撃ちかけられるとさすがに拙いわね。まずは出てきてもらわないと。
エオロー(結界)のルーンで○オーラ防御を展開。多少のダメージは○覚悟の上、気合いと激痛耐性で耐えて牽制と準備兼ねてグレネードバラ撒くわ。
目潰しは通じなくても煙幕で弾道○見切る補助はできるし、催涙や音響は効くでしょ?
隙を見せたら乾坤一擲、○クイックドロウからの●封殺をブチ込むわ。
…アタシ魔道の類はからっきしだし、他の銃器もそこまで得意なワケじゃないけれど。
――ことオブシディアン(この子)での早撃ちに関してなら、そう後れを取る気はないのよ?


波狼・拓哉
○◇
ええ、良すぎて夢だと一発で分かる程度には。溺れやすくていいとは思いますけどね

さてまあ、やりますか。別に無駄に言葉を交わす仲でもないでしょう?どっちが先に撃つか。そういうもんでしょうこれは

さて行きますかミミック。どうせ見破られるのなら隠れる必要はなさそうです。真っ直ぐいきましょう。第六感や地形も利用して弾を避けて立ち回りつつ…適当なタイミングでミミックを投擲。さて、化け狂いな。予知?どうぞどうぞ、その見たルールに乗っ取る生物だといいですね

自分は隙をみて衝撃波込めた弾で相手の武器を狙って武器落としを狙っておきましょう。…魔弾がどれだけ凄かろうと武器がないと始まりませんからね




 夜空の星は多すぎて、もう一番星がどこに行ったのかも分からない。
 ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)が空を一瞥すれば、燃やし尽くした夢の残滓が瞬くような光が見えた。その横でにこりと笑みを浮かべた波狼・拓哉(ミミクリーサモナー・f04253)の方は、星を顧みることさえしないまま。
「……そうねぇ。すごぉくいいユメ見られたわぁ」
「ええ、良すぎて夢だと一発で分かる程度には」
「……ええ」
 ――得物が構えられるのは同時。 
「『だから』殺すわ」
 冷えた声は、およそ普段のティオレンシアとは異なっていたけれど。
 拓哉がそれを気にすることはない。元より深淵の縁に立っているようなもので、誰かの狂気も猟奇も正気も一緒くただ。
 だから、少し肩を竦めただけ。
「おにーさんは、溺れやすくていいとは思いますけどね」
 ――自分が溺れるかどうかは別の話である。
 銃声が轟く。ジャックポットの吐き出したそれを前にして、ティオレンシアは手を翳す。刻印呪紋が蠢けば守護を示すルーンが輝いて、彼女の眼前へ不可視の結界が展開した。
 防いだのは同時に飛来した三発――。
 弾き落とされたそれの気配を悟ったか、軌道を変えた銃弾が身を抉る痛みが彼女を襲う。紅を引いて夜空に融かすそれは、幸いにして体に残っていないようだ。
 それがどうした。
 被弾など覚悟のうえだ。少しの痛みで勝利の対価に足りるというのなら、否やはない。怒りに燃える心にも、頭はひどく冷静だ。ティオレンシアの次手はグレネード。一拍を置いて破裂した煙幕が少年を覆い、空気の揺らぎを可視化する。
 ――たとえ目に見えぬとあれども、銃弾そのものが存在しないわけではない。
 質量あるものが煙を突っ切れば、その弾道はこの目に見える。炸裂音の刹那に揺らいだ銃弾が一秒ばかり力を失くし、滅茶苦茶に煙を引っ掻き回すのも。
 確かに――ジャックポットへの目潰しは、盲目であるが故に効果が薄い。
 だが、盲目であるが故に。
 失くした知覚を補うように鋭敏化した感覚が、不意に至近で発生した大きな音を明確に拾ったのだろう。その動揺は魔術の制御を確かに崩して、僅かな隙を作り上げて――。
「さあ、化け狂いなミミック」
 ――拓哉の放つ狂気の接近を許した。
 煙による支援は極めて有効だった。ティオレンシアが織り成す防御陣を飛び出してからは、飛来する質量を研ぎ澄まされた勘で察知し、そこらの瓦礫を蹴り上げていたのだ。それが『見える』形になったというだけで、十二分に立ち回りやすくなった。
 そのまま箱が馳せる。ばちりと狂気を孕んだそれが牙を剥いて、煙の中に消えると同時に爆発した。
 煙を破り、咆哮するように天を仰ぐのは四つ足の獣。しかしその身に首はない。斬り落とされたかの如くぽっかりと空いた空洞を携えて、それは爪を迸らせる。
 ああ――これで、位置は知れた。
 一撃、銃弾を吐き出したのは拓哉の二丁拳銃。モデルガンでありながら実銃めいて扱えるそれに、込められた弾そのものの威力は知れていて――しかし、炸裂する力は生半可な防御を許さない。
 獣の爪を避け、迎え撃つようにジャックポットの腕が動いた直後、それはひらりと身を躱す。およそどの生物にも該当せぬ動きを精確に察知して、しかし間に合わぬのは――狂気の怪物に、現実のルールなどひとつも当てはまらないから。
 その間に手の甲へと命中した弾より衝撃波が飛び散る。思わずと銃を取り落とした隙を逃すほど、ガンナーの目は甘くない。
「……アタシ魔道の類はからっきしだし、他の銃器もそこまで得意なワケじゃないけれど」
 乾坤一擲――ジャックポットが銃を抜くのが先か、この銃撃が届くが先か。
「――ことオブシディアン(この子)での早撃ちに関してなら、そう後れを取る気はないのよ?」
 ゆるり笑んだフィクサーの声と同時、放たれた弾丸に、少年が苦悶を噛み殺す声がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鎧坂・灯理
【彗星】
夢などみなかったよ
私が生きているのは「今」だ

クライアントの望みでね、露払いに徹しよう
未来予知も透明化も関係ない 【千里眼】を常時展開して、
すべての弾丸を認識し、『朱雀』で「見切り」「スナイパー」「念動力」、撃ち落とす
弾丸操作は貴様だけの技じゃない
一瞬でも虚をつければ『策冥』をまとわせた『炎駒』を開き、盾にして突撃する
大砲でも防げるだろうが、相手も超常だ、過信はしない
限界を見極めて、開いたまま『炎駒』を発砲

驚いたか?――全部ブラフだよ
銃弾を防ぎ、銃撃してくる真っ赤な傘なんて、なかなか目を引いただろ
出番ですよネグル殿、本懐を遂げられよ

疲労や負担は、何が何でも隠し通す 水を差したくないんだ


ネグル・ギュネス
【彗星】
悪くは無かったよ
ともすれば、浸って居たいと思う程に

だが、其れは駄目だ、許されない
過去は過去で、夢は幻だ
現実を切り捨てた自分が許される世界では無い、だから

斬る

貴様の銃は確かに厄介だ──が、厄介なだけだ
全てを見通す策略は無いし、弾丸は必ず俺達に向かって来る

ならば弾速計測──3.2.1、…鎧坂女史が受けるおかげで、見えた

貴様に、見せてやろう
【強襲具現:冬寂の支配】

自己を、周囲を、仲間を強化し、武器受け、残像で撹乱する
弾丸は消せても、放つ瞬間と音は、空気は聞こえる
見切ったよ、その技を

まずはその鬱陶しい銃、斬らせて、貰う!


お前の道を、切り拓く
どんな未来でも、アイツの本懐を遂げさせてやる為に…ッ!




「夢などみなかったよ」
 夜空に凛と響く宣言が、不敵な笑みと共にひらめいた。
 冴えた空気に燦然と輝く星々のあわい、体を晒した鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)が手元の傘をくるりと回す。その切っ先が朽ちたコンクリートをこれ見よがしに叩く音は、盲目の少年の耳にも確かに届いただろう。
「参りましょう、ネグル殿。ご準備のほどは」
「勿論、問題ないよ、鎧坂さん」
 抜き放つ白刃に己が紫紺を反射させ――ネグル・ギュネス(Phantom exist・f00099)の眸が僅かに緩む。
 交わした視線は一瞬。
 撃ち込まれる銃声に走り出したのは灯理で、トリガーキーを月に光らせたのがネグルだ。
 そこに込められたのは、想いだった。
 白紙のそれに刻まれた友の力。背に負ったものに圧し潰されそうになりながら、己が身を削ってなお息を続ける男に託されたものだ。
 ああ――ならば。
 彼を助けるためにこそ、使うべきだろう。
 ――Access.
 馳せる灯理の身に、超常の力が巡るのが分かる。小さな駆動音を立てる左目の眼帯が、三つのカメラを通して伝えて来る視界に、無数の弾丸が放たれているのが『見える』。
「見えない弾幕か。良いな、使い勝手が良さそうだ!」
 だが――無意味だ。
 右手に構えた銃が吼える。撃ち出された軌道を演算、修正――齎された力を使い、限界まで稼働する脳が複製される弾を見切る。
 全てを叩き落とせば、相手はカードリッジを交換する時間だ。
 例えばそれが生粋の術士の業であったのなら、無尽蔵の弾が如何なる防御を以てしても届いただろう。それが叶わぬのは、彼が媒体とするのが銃という減代平気であり、また相手が現代兵器を絶えず更新し続ける『疑似霊視』の達人であり――。
 ――生粋の負けず嫌いであったが故だ。
 傘を開く音は敢えて大きく。展開した真っ赤なそれに風の抵抗が煩わしい。不都合な抵抗は『消して』、強固な盾を翳した。
 無数の銃撃に負けぬよう、強く、強く、硬く。毛細血管でも切れただろうか、目にばちりと小さな衝撃があって、痛みが白目を赤く染めていく感覚がある。
 ――構うものか。
 浮かべた笑みは対等にして不遜。馳せる彗星の軌道に水を差すような真似だけは、死んでもしない。
 絶え間ない鉛雨に赤傘の限界を悟る。持ちこたえてくれた方だろう。返す銃声が響いて――。
「驚いたか?」
 ――全部ブラフだよ。
「私が生きているのは『今』だ」
 灯理は嗤う。
 今を終わらせはしない。この都合の良い夢めいた現実は、永久に醒めなくて良い。絶対に――醒まさせてなどやらない。
「出番ですよ、ネグル殿」
 今回のオーダーは露払い。本命は――別にある。
「本懐を遂げられよ」
 飛び出した男に、咄嗟の銃撃が向く。しかしその軌道の全てを先に置かれた刃が防ぎ、研ぎ澄まされた感覚が飛来音のみを頼りに致命を避ける。
 灯理が稼いだ時間。銃撃と、力の限界――ネグルは全てを学習した。紫紺の眸が見得ぬ致命を捉えているかのように叩き落とし、猛然とジャックポットへ迫る。
 そうして。
 少年が捉え得る限り、最接近したところで――。
「夢――悪くは無かったよ」
 零れた声は暖かかった。
 けれど、それに埋もれることはない。
 夢は夢だ。幻は現実には成らないから、浸り続けて現在を忘れることは出来ない。
 ああ、だから――不都合ばかりの今を続けるのだ。果てに在る未来が何色をしていようとも、今は、大切な友の本懐が成されるように。
 刻まれたコードの名は『ASSAULT』。ネグルの心に在り、そしてこれからも共に戦う者たちの名だ。
 ――type Wintermute Commander.
 託されたものは、魂に変質を齎しただろうか。揺らがずにあったジャックポットが瞠目する。見る間に歪んだ表情に少年めいた激情を宿して、その声が紡ぎ切られる前に。
「その、力――!」
「知ってるか」
 ネグルは笑う。
「『オレ』の大事な、仲間のものだ」
 ――振り下ろされた彗星の刃が、道を拓く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

イリーツァ・ウーツェ
ああ
貴様の御蔭で、私は一助を得た
感謝している
では、殺そう

と、言いたいが
如何やら、先約が居る様子
横破りは、竜儀に悖る
加減しよう

視えるが、見えないか
ならば、案も案も有る
周囲一帯の影より、実体を持つ影蟲の群を向かわせる
其等は偽神兵器、魂の宿らぬ道具だ
行って、銃弾の盾となれ
見えない物だろう
多少は、混乱を招けるか

私は正面より行き、銃を破壊しよう
握り潰すで十分だろう
体には、傷を付けずに
其れは私の役目では無い
盾を抜かれて、撃たれても構わん

知っておけ
鉛玉で竜は死なない




 夢想は晴れた。鳥は墜とした。身の裡に滾る熱は未だ荒れ狂うが、嵐めいた波は過ぎ去った。
 己の中にあるものが何なのかは、未だ分からない。分からぬものが胸中と呼ぶべき場所を過ることは以前からあって、けれど今回のそれは格別、彼の裡側を引っ掻き回したように思える。
 確かな爪痕を残して過ぎ去ったその心地を、今も覚えている。追うべきものの標として、憶えておくべきものだろう――というのは、何とはなしに理解した。
 もう、星に見るべきものは何もない。
 ならば、この戦場において、イリーツァ・ウーツェ(竜・f14324)が為すべきは一つだ。
 だが、その前に一つ――言っておかねばならないことがある。
「貴様の御蔭で、私は一助を得た。感謝している」
 ジャックポットの何も映さぬ眸が、それでも見開かれたのを見る。届くのは驚愕と、怪訝の匂い。
 向けた銃口の奥で、少年が小さく呆れたような息を吐くのが見えた。
「まさか、礼を言われるとは思っていませんでした」
「ニンゲンは、役立った者には礼を言うと聞く」
「――まあ、良いでしょう。貴方が何であっても、僕は殺すだけだ」
 銃身が唸って――。
 竜は、思案するように声を零す。
「そうか。私を殺すか」
 ならば教えておかねばならぬこともある。
 とはいえ、今の目標は彼を殺すことではないのだ。揮うべき力はその腕に在る。一振りで全てを薙ぐ竜の腕は、眼前の少年を文字通り叩き潰すことも可能だ。それでもそうしないのは――。
 この戦場に満ちる人々の糸の中に、ジャックポットへ繋がるものがあるから。
 先約があるならば、それを果たさせてやらねばならない。横破りは竜儀に悖るし、それを『無粋』と呼ぶことも識っている。
 故に、為すべきは――。
 月光に滲む影より放たれた怪蟲の群れが、ジャックポットへめがけ走り出す。囲むように出現した音を追って、その銃口より吐き出された不可視の弾丸がコンクリートを穿つのが見える。イリーツァに向けられたのはごく僅かだ。見得ぬ銃弾の前に蟲の盾を作り出して、彼の足はゆるゆると前に出る。
 それは偽神兵器。魂持たぬ影蟲の群体。不規則な意志なき動きも、魂のない音の群れも、魂を見抜き、聴覚と身へ受ける感覚をこそ目の代わりとする少年を攪乱するに充分だ。まして、敵の放ったその蟲らが、ジャックポット自身を脅かさぬ保証などない。
 そうして、数多の蟲らに気を取られているうちに。
「知っておけ」
 少年の至近で声がする。咄嗟に向けた銃口が音を立て、確かに眼前に在る魂を穿ち、されど。
「鉛玉で竜は死なない」
 ――いとも容易く取り上げた銃を無造作に握り潰した竜は、腹より零れる赤に一瞥もくれず、声を発した。

成功 🔵​🔵​🔴​

シャルロット・クリスティア
冬寂……ウィンターミュート、ですか……。
経緯や素性は詳しくは存じません。よく知りもせずに手伝いなども言えません。
……今はただ、猟兵としてオブリビオンを狩るとしましょう。

魔術と狙撃の融合……戦い方は同じ、しかし恐らく腕前は向こうに分がある……同じ手札だと負けますね。
距離を詰め、ガンブレードでの接近戦に持ち込みます。
当然迎撃はある。撃たれる未来は視えるでしょう。その未来の被弾ヶ所、方向から弾道を推測すれば致命傷は避けられる。
下手に回避に回れば追い立てられるのがオチです。多少強引に行く……!

……えぇ、良い夢でした。まだ私は歩いていられますから。
あなたはかつて、星に何を願ったんでしょうね。




 ――冬寂(ウィンターミュート)。
 その言葉に覚えがないではない。けれど、ここに至るまでの経緯も、その組織の情報も、詳しく知っているわけではない。
 今から為すことを、声高に手伝いだと言えようはずもなかった。一端に触れることこそ叶えど、その全てを見てはいないのだ。
 だから。
 シャルロット・クリスティア(彷徨える弾の行方・f00330)が目前の標的としているのは、『ただのオブリビオン』だ。
 そうと決めたのなら、彼女の紺碧に宿るのは怜悧な光。己の手札と敵の手札を冷静に見比べて、取り得る最善手を選び抜く――そうして戦ってきて、そうして戦っていく。
 ――狙撃と魔術の融合は、シャルロットの基本的な戦法と同様だ。そうであればこそ、彼女の眸には確かに、相手の熟練度が伝わって来る。まして遮蔽物も隠密も意味を成さないというのなら、真っ向から同じやり方でぶつかったのなら、押し負けるのはこちらだ。
 ならば。
 少女が操るには大きな銃の代わり、手にするのは長剣である。前傾姿勢――タイミングを合わせて走り出せば、紺碧の眼は己が未来を視る。
 ――相手が未来視を使うのなら、こちらも一手先を行く。
 一発目の銃弾はこのままなら心臓を射抜く。ならばと体を逸らせば、同時にぶれたそれが左の胸骨を掠めた。着弾位置が分かるなら――弾道を推測することも出来る。
 一気呵成に距離を詰める。或いは刃で撃ち落とし、或いは身を躱し――或いは、その弾丸が身を抉るに任せる。
 回避に徹すれば速度が犠牲になる。そうなれば相手に隙を見せることになろう。元より無傷で帰れるなどとは思っていない。
 この手が剣を握り続けられる限りは――シャルロットは走れる。
「……良い夢でした」
 ――質問に応じた声は、ほんの少しだけ冷静の殻を破る。
 己の記憶の中にしかない日々が、血に塗れた最期が拭われて、ずっと幸せに生きていける世界。けれどそれが、もうどこにもないと知っているから――シャルロットは己の手で終止符を打てる。この赤く染まってしまった手で、己の磨いた技術と愛銃を杖にして、まだ先に進んでいける。
 過去は、過去だ。願った『もしも』がどこにもなくとも、生きて行くことは出来る。戦い続けることも。
 振り上げた刃の前に少年がいた。炸裂した魔術弾が衝撃と共に魔力を施すのを感じる。
 彼は。
 ――『彼ら』は。
「あなたはかつて、星に何を願ったんでしょうね」
 振り下ろす刹那に。
「僕は――『僕たち』も」
 ふと、ジャックポットの唇が震えて――。
「貴方達が見たものと、大して変わりのないものを、見たと思いますよ」
 自嘲めいた吐息を、シャルロットの刃が切り裂いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

イフ・プリューシュ

ふふ、すてきなゆめを、ありがとう
皮肉じゃないわ、ほんとよ
だからあなたにお礼のことばを

あなたの目的って、なあに?
気になるけれど
でも、向こうに害意があるのならイフは応戦するわ

さあ、カトレア
もうちょっと一緒に頑張りましょ
振るう黄金の杖から、金の糸を蜘蛛の巣のようにはりめぐらせて
敵がどこにいるのか探るわ
糸に反応があったら、それを頼りに攻撃を

多少撃たれても、【激痛耐性】で耐えて
逆に銃弾の来た方向を割り出すわ
そこに向けてカトレアや「おともだち」達の襲撃を
大丈夫、動ける限りは戦えるわ

イフは死なない、死ねない
あのひとの足跡を辿るためにも
またみんなとお茶会をするためにも
ここでたおれる訳にはいかないんだから!




 星は昼には煌めかない。
 だからこそ、夜がいっとう綺麗なのだろう。夢もまた、それと同じ――眠って、醒めて、現実があるからこそ、愛しいもの。
 味気ないコンクリートを踏みしめて、イフ・プリューシュ(Myosotis Serenade・f25344)がわらう。零れそうな満天の星空が――目の前の少年が見せてくれたそれは、真実愛しいものだったから。
「ふふ、すてきなゆめを、ありがとう」
「皮肉ですか」
「ほんとよ」
 ふわりと笑んで、少女は小首を傾ぐ。一歩を詰めれば向けられた銃口が火を噴くと直感していたし、訊いておきたいことがあったから。
「あなたの目的って、なあに?」
 それは――ただ、少し気になっただけのことだけれど。
 こうまでして成したいことがあるというのなら、それはイフにも、少しだけ分かる。
 怪訝と警戒の色を深めたジャックポットが、再度銃を構え直した音がする。
 拒絶だ。
 拒絶で、合図だ。
「――答えるとでも?」
「そう。そうよね」
 だから一つ頷いて――イフは胸の中のおともだちに語り掛ける。
「さあ、カトレア。もうちょっと一緒に頑張りましょ」
 ここまで一緒に戦ってきて、きっと疲れているだろうけれど。彼女たちをただで返してくれるほど、相手はやさしくはない。
 死んでもいいだなんて言える月夜は遠いのだ。だから、もう一度。
 金の杖が手の中で揺れる。紡がれた糸は微睡む針の伴――ぬいぐるみたちの怪我を癒やす魔法の金糸。けれど今は、現れたたくさんのおともだちを繋ぐもので、身を翻した彼と彼の放つ弾を知るための蜘蛛の糸。
 ジャックポットも、きっと展開されたことを知っただろう。けれど触れずに動くことは不可能だ。たとえ、その目が光を捉えていたとしても。
 ゆらりゆらりと巣が揺れる。獲物が掛かったと分かれば、飛び出すのはおともだち。一斉に向かう彼らを察知してか、位置を移動し続けるのが目に入る。それから、銃声も。
 まともに抉られた体に走る痛みを捻じ伏せて、イフは遡った血を吐き出した。紅くコンクリートに吸い込まれていくそれを顧みることもしないまま、少女はじっと前だけを見た。
 銃弾の飛んで来た方向が分かるなら――カトレアが走ってくれる。
 大丈夫だ。まだ動ける。戦える。
 この意識が繋がれるうちは、イフは死なない。
 成さねばならない。あのひとが遺してくれたものを辿って、零れ落ちたものを拾い集めるのだ。
 帰らねばならない。きっと待っていてくれる皆に笑って、一緒に紅茶を飲む時間に、再び会いに行かなくてはいけない。
 夢が醒めてもここにある現実が、彼女を待っていてくれる限り。
「――ここでたおれる訳にはいかないんだから!」
 イフは、死ねない。絶対に。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉

僕たち、か……まあ、お前達が何人居た処で構いはせん
互いに互いを排除対象と見做している事に違いは無い
……交わすは武器だけで十分だろう

――侵逮畏刻。仕事だ、火烏
吐く炎をオーラ防御へと纏わせ全身に巡る盾と変え、着弾前に動きを止め
第六感を研ぎ、集中したなぎ払いのカウンターで以って斬り落とす
戦闘知識に拠る読みで弾道から位置を割り出し
怪力を脚へと回して一気に接敵を図る
銃使いは接近戦が不得手だなぞと見做す様な愚を犯す心算は無いが
……銃では此の刃を止める事は叶わんと知るがいい

生憎と決して手に入らない――望まぬ夢を“良い”と云える程堕ちてはいない
良い夢と云うならば、己が手で掴めるものをこそ、そう呼ぼう




 ――『僕たち』と言う。
 一つの目的に向かって動くとき、先兵となるのは将ではない。ならば歳の割に理知的なように見える眼前の少年が、冬寂なる組織そのものの首魁ではないのだろう。
 などと――御託は不要か。
 ほんの僅か、自嘲めいたものを過らせた鷲生・嵯泉(烈志・f05845)が、瞬きの合間に苛烈な色を取り戻す。
 己が脳裏に廻るのは、過去に戦の盤上を滑った指先の感覚だった。されど今の己の為すべきは、眼前の敵を討つことのみだ。それは今、引鉄に指先を掛けた少年とて変わるまい。
 ならばそこに、言葉も、余計な思考も要らない。
 交わすべきは――唯、刃のみ。
「仕事だ、火烏」
 不動の真言が呼び起こした火が、黒く塗り潰された符を燃やす。月下に啼く炎鳥より僅か遅れて吼えた銃口に目を眇め、剣鬼は右手の刃を翻す。
 ――舞い散る焔が逮えるのは、不可視の銃弾だ。
 弾丸が動きを止めるのは焔を抉るほんの一瞬。しかしその剣には、ただ一瞬のみがあれば良い。
 嵯泉の片目は塞がれている。
 生まれた死角を、ジャックポットは他の感覚で補った。嵯泉のそれは――卓越した、『気配を読む』技術に拠る。
 総ての弾丸が止まる。その刹那を逃しはしない。揮う白刃が炎をかっ裂き、見得ぬ銃弾を鼻先で断ち割った。
 トリガーを引く隙は与えない。修羅の踏み込みがコンクリートに罅を入れる。
 ――次の刹那には、長躯は少年の眼前に在る。
「生憎と、望まぬ夢を“良い”と云える程堕ちてはいない」
 この手に掴めぬというのなら、如何な幸福とて意味はない。理想論を語るだけならば稚児にも出来る。過去を悔いて蹲るだけならば――それを未来とは呼ぶまい。
 嵯泉は――。
 ここに亡い未来を、『希望』と呼びはしない。
 願うならばこの先を。現実と地続きの世界の先にこそ見る光を。
 喪失の惨禍に見た地獄を、身を焼く悔悟と罪を、『なかったもの』として視る世界の中で――笑える日など、訪れはしない。
 足掻き、伸ばした手の先に、拓かれるものをこそ『良い夢』と呼ぼう。果てに掴むものを前にして、辿って来た途を振り返り、遺ったものこそが嵯泉の見る夢だ。そしてそれは、この儘ならぬ現実を切り開く意志の先にしかない。
 下ろしていた手首を返す。力を籠める気配は少年にも伝わったのだろう。咄嗟に翳されたのは手にしていた銃だ。
 銃使いとて――否、銃使いであればこそ、接近する相手に対する対抗策は持ち合わせているものだ。仮令ほんの少年だとて、侮る気はない。
 だが――遅い。
「……銃では、此の刃を止める事は叶わんと知るがいい」
 鉄ごと斬り裂く白刃が、星空へ紅の糸を引いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

風見・ケイ

彼は、誰そ彼の空すら視通すみたいだな
(右腕の先から罅割れる。殻の中身はセーラー服の少女)
それならわたしも、明暗境界線を越えて夜を迎えよう

夢に、良いも悪いもないさ。過去や未来を映す鏡みたいなものだよ。
わたしが生きるのはこの世界で――見上げれば、月の光にも翳らない星空
わたしが死ぬのはこの世界だ――視線を落とせば、星空のような街の灯り

ねぇ、きみに視せてあげる。
星降る夜を、きみに。
視える? きみのためだけの流星群だよ。
これなら視えていたって関係ないよね。星の、命の熱を、たくさん浴びるといいよ

夜は終わり。夢は終わり。わたしはまた、明日を迎える。
終わらぬ夜、星屑の夢を視ていることに気づかない振りをして。




 何も映さない眸に、けれど泥濘の中を見透かされるような気がした。
 風見・ケイ(星屑の夢・f14457)の指先が剥がれ落ちる。右腕の先から零れる殻の奥より羽化するのは、彼女と似た色をした娘――セーラー服を纏い、眸に紫のひかりを宿した少女が、あどけない表情で瞬いた。
「夢に、良いも悪いもないさ」
「その割に溺れた顔も多いようですが」
「過去や未来を映す鏡みたいなものだよ。それなら、溺れる人だっている」
 ――ケイは溺れきらなかった。
 茜が墜ちる。月が昇る。明暗境界線を越えて、黄昏の夢は夜を迎えた。だからケイも、誰もいない小路を帰ろう。夜が来るように。夜を迎えられるように。
 願うことも祈ることも――したのだっけな。
 都合の良い未来は、けれど決して叶わないのだ。そこにケイはいないから。自分が存在しない場所で、生きて行くことなど出来やしないから。欲しかった何もかもを壊してしまった自分が生きているこの場所に立って、見付けた星の往く先を両の眸に映して、生きて行く。
「わたしが生きるのはこの世界で」
 見上げた薄紫の眸には、月の薄明かりにも翳らぬ瞬く満天の星。
「わたしが死ぬのはこの世界だ」
 見下ろす水晶の眸には、空をひっくり返したように生きる街の光。
 祈るように組んだ指先へ、向けられた銃口は唸る。やわらかな少女の外皮を削って、銃弾が赤く空に線を引く。
 ああ――けれど、ここはひどく、星の美しいところだから。
「ねぇ、きみに視せてあげる」
 あどけない声は紡ぐ。星空に願いを託すように。無邪気に流星を指さして、三度の願いを繰り返す娘と変わらぬ色で。
 込めた祈りは――君がための星。
「星降る夜を、きみに」
 ――きみが、明日も輝けますように。
 願いを叶えて星空が降る。煌めく流星が尾を引いて、無数の星屑が降り注ぐ。銃弾の軌道にぶつかって、砕けて、墜ちて、きっと少年にもぶつかって。回る熱が毒のように体を苛んで、それは心臓を割るような衝撃だ。
 その最中――頬を掠めて過る熱を受けて、少女がひとり、やわやわとわらっていた。
「視える?」
 君のための流星。見えていても、視えていなくても、こうなってしまえば関係はない。降り注ぐ無数の星々が宿すいのちの熱を、浴びて、喰らって、壊される。何もかもがとろけて曖昧になって、地上に瞬く灯りまでもが星となる。
 西日が沈んで夜が来て、夢見る星の時間が終わる。ケイはまた、明日の中を歩き出す。
 ――朝日が照らす地平に辿り着けぬまま、星屑の夢の中を揺蕩っている事実に、そっと蓋をして。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーチェ・ムート
⚪︎

うん、現実になり得ないからこそ魅力的だった

聞こえるなら十分
視覚に頼らない分、他の感覚が研ぎ澄まされてるんじゃない?

大声で叫ぶよう歌う
ボクの声を聞け!

このまま消えても良いほどの幸せな夢だったから
お返しにボクの命を賭そう
限界なんてない
残り時間が損なわれようと構わない
それだけの覚悟
ボクの歌しか考えられなくしてあげる
誘惑という名の呪詛

白百合の花弁でおーら防御
キミには視せてあげないよ
ボクの大切なもの

陽光蝶々で即座に情報収集
弱点を見つけられたら利用
血鎖で更に動けないよう捕縛
一帯に鎖の雨を降らせて串刺しにしてやる

ボクなりのお礼
ありがとう
二度と視たくないくらい
無限に視続けたいくらい
最悪で最高な夢幻だったよ




 ほろほろと崩れた幻影の先、美しいひかりが視界に戻る。
 瞬いて見上げた一等星に、ルーチェ・ムート(无色透鳴のラフォリア・f10134)はゆるゆると笑った。
 ――見たものは、得た答えは、この胸に。収めた場所にそっと繊手を添えて、紅月の眸は瞬く。
「うん、現実になり得ないからこそ魅力的だった」
 だから、あの中へ溶けて消えても笑えたかもしれないほどの、うつくしい夢を見せてくれたキミへ。
 息を吸い込む。喉を通り抜ける冴えた風を、こころといのちの赫で熱し融かして、解と成した声へと変える。蠱惑の呪詛が揺らいで爆ぜて、星空に響く歌となる。
 さあ。
 ――ボクの声を聞け!
 叫ぶようなうたは生の証明。このいのちが今もこの現実を生きている証。心を揺さぶり、或いは脅かす少女の想いの極み。ジャックポットの視覚を補う鋭敏な聴覚に、誘惑の声が入り込んで、魂さえも掴み奪う。
 代わりに捧げるのはルーチェのいのちそのものだ。声を上げるたびに喉が軋む。体の奥底から、何かが流れ出すような心地がする。胸の奥の灯が揺らいで、未来を紡ぐ残り時間の蝋燭が短くなるのをまざまざと感じる。
 だから――どうした。
 それだけの覚悟でこの歌を紡ぐ。これだけの想いであいをうたう。いのちとねがいといのりの詩があいを結べば、堪え切れずにジャックポットが耳を塞いだ。
 けれど、遅い。
 既に魂の底まで届いた歌声は、彼の裡に在るものを染め上げる。あかく、赤く、死を運ぶ紅い月のことしか考えられないように。未来を対価に紡がれた呪に声なき悲鳴を上げる彼の、それでも放たれた銃弾は、白百合の花弁がふわりと阻む。
「キミには視せてあげないよ」
 ――大切なものは、今このときは、ルーチェの中にだけあれば良い。
 想像力の成す赫い鎖が、少年の体を戒める。月下に舞った淡い薄桃が、陽光の如くにその身を照らし、少女の眸へ敵の姿を映し出す。
 後ろ手に縛って、守れぬように。高らかに響く月華の詩に、耳も塞げないように。足を縛して、逃れることが出来ぬように。
 空より降り注ぐ鎖の雨は――ルーチェと同じ色、そのいのちを穿たんとする緋は、盲いた眸にも視えたのだろうか。
 視えていれば良い。
 それは、彼女なりの礼なのだから。
「ありがとう」
 ――もう二度と視たくないほどにうつくしくて。
 ――無限に視続けたいくらい荒唐無稽な。
「最悪で最高な夢幻だったよ」
 囁きさえも美しく、息を削るような歌が轟いて、翻ったヴェールと共に一礼をしてみせて。
 ――紅月の歌姫のステージは、ここに終わる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐

そうだな。夢としちゃあ、悪くは無かった。
でも……それ以上じゃねえ。夢は夢、今は今だ。

――シャーマンとしての直観。あの眼は、魂を視る。
まあ、別に何てことは無ぇ。おれは臆病でちっぽけな、普通の人間だ。
そんなおれの魂におまえが何を視ても、別に気にはしねえよ。
何せこっちは、戦うのが怖いんを堪えるんで精一杯だしさ。

ああ、でも。
どうせならおまえの魂も――攻撃を防いで反撃するついでに、鏡に映ったその姿を視てみてぇ。ただの勘だけど、見ておいた方がいい気ィする。
けど、何が映っても文句言うんも、後悔するんもナシだ。
映るんはおまえなんだから、ちゃんと受け止めろ。

もし近くに味方がいるなら〈援護射撃〉でサポートする。




 ここは金星ではない。
 それでも、見たものの一切に対し、首を横に振れはしなかった。見たかったのは事実で、願いだったのは事実で――きっと、それも忘れてはならないものだから。
「そうだな。夢としちゃあ、悪くは無かった」
 鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)は、向けられた銃口に視線を移す。
 分かりやすい現代兵器だ。異形や異物や、そういう心の奥底に語り掛けてくるような脅威ではない。まして爪や牙のような分かりやすい暴威でもない。けれど、その殺傷能力は――現代を生きる者ならば誰もが知るものだろう。
 引鉄一つで命を奪えるそれに、体は震えるけれど。
 嵐は、そこから一歩を引く気はない。
「でも……それ以上じゃねえ。夢は夢、今は今だ」
「――そうですか」
 それが合図だ。
 魂を見透かす眸――その恐ろしさを、シャーマンたる嵐の直感はよく知っている。剥き出しの根源を視られているということは、相手が熟練した導師ならば、その全てを把握され尽くすということにも等しいからだ。
 それは或いは――致命的な隙を、無理に見出すということでもあるのだけれど。
 嵐にとっては問題ではない。元より彼はただの人間だ。戦士の如き身のこなしも、武者の如く鍛え上げられた心も、持っているわけではない。臆病で、ちっぽけな――だからこそどこまでも泥臭く、守りたいものを守り抜かんと抗える、人間だ。
 だから。
 その怜悧な双眸が、こちらを見透かすというのなら――。
「おれは、おまえの魂も視てみてえ」
 ――呼び起こすのは魔鏡。相手の姿を、力を、全て映し出す幻像の鏡。
 姿見ほどの大きさとなったそれが、銃弾を映して跳ね返す。火花が散る向こう側に、ジャックポットの姿が霞む。
 ただの直感だ。彼のことを知っているわけでも、この先を見たわけでもない。それでもただ――その魂に何が映るのかを、見ておきたかったのだ。
 嵐ではなく、ジャックポット自身が。
「見ておいた方がいい気ィする」
「貴方達というのは、お節介が好きなので?」
「そうなんかもな」
 呆れたような声に返す言葉には、ほんの少しだけ苦い笑みの色が乗った。
 拒絶するように放たれる火花が飛び散るのも、もうじきに止む。その先で彼が何を視るのか、鏡の後方に立つ嵐が見ることは出来ないけれど。
「何が映っても、文句言うんも、後悔するんもナシだ」
 月光が、魔鏡に閃いて――そこに、ジャックポットは己自身を視ただろう。
「映るんはおまえなんだから、ちゃんと受け止めろ」
 穏やかな声で語る星詠みの鳥の眸には、泣くように歪んだ少年の相貌が、確かに映った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

玉ノ井・狐狛


信念やらの前に、利害を対立の理由とする――その姿勢は好みだぜ。

霊視。アタシもよく使う手だ。
原理は違うだろうし、未来予知は守備範囲じゃないが、得られる結果は似てるハズ。
端的に言やァ、“ただ視えるだけ”。つまり本人の地力が要る。
互いに使えばなおのこと、戦慣れしてるアンタの勝ちだろう。

解法は単純。
その差を埋める。

◈天元(詠唱破棄)で地力を水増し。
▻占星術▻祈り▻ドーピング

透明化は霊視で相殺。
►白▻視力▻見切り

“予知しても対応できない速さ”で崩す。使い手はともかく、得物の銃にゃ構造上の限界があるだろ。

星に願いを懸ける、なんざ賭博師の流儀じゃないが――

――きょうの演目は、違う顔をご所望のようですから。




「信念やらの前に、利害を対立の理由とする――その姿勢は好みだぜ」
 さくり、焼け焦げた土の跡を踏む。
 五行の力が解けた残骸の上で、玉ノ井・狐狛(代理賭博師・f20972)は眼前の敵を見た。琥珀色の眼に映した虚ろな眸は、盲いてなお狐狛を真っ直ぐに見据えている。
「貴方も似たようなものですか」
「そうさな」
 ――少々ばかり、戦う場は違えども。
 情や信義や信念や、そういうものを最初の理由にするのには、些か向かぬに違いはない。
「だから、大した言葉は要らないだろ」
 不敵に笑えば――。
 白銀の眸が瞬く。賭けるは命と金ばかり、願掛けなぞは置き去った。けれども、願う力までもがこの身に失せたわけではない。満天の星に願いを。天文をなぞり呪術とし、この身に灯す光と変える。
 さあ――叶え給え。
 霊視は狐狛の常套手段だ。故にその性質にも理解が及ぶ。未来を予知するまでに至らずとも、彼女は力の在り方を辿ることが出来る。
 即ちそれは、『視得るだけ』だ。
 そも予知にも霊視にも、現実に干渉し捻じ曲げる力があるわけではない。それそのものは、ただ見通しているだけだ。力の持ち主の咄嗟の思考、追随しうる肉体、実行する技量――それらを束ねて『未来を変えている』。
 ならば、このフィールドにあって有利なのはジャックポットだ。
 場数が違う。そのくらいのことは肌で感じる。だから、その絶対の不利を覆すには。
 ――水増し(イカサマ)しかあるまい。
 天より降ろした呪術は七十一。限界を超えて軋む体が血を流せども、狐狛は笑みを崩さない。
 ジャックポットが媒体とするのは銃火器だ。当人の術師としての地力がどうであれ、スペックの問題――連射速度やマガジンの限界を超えることは出来ない。
 ならば解法はひとつ。“予知しても対応できない速さ”で崩すのみ。
 霊視をこそ武器とするならば、『視得ない』ことは問題にならない。白銀の眼にははっきりと映っている。こちらに向かい来る弾丸が。
 撒いた霊符は盾の役割を成そう。投げた火薬がけたたましい音を立て、盲目の少年が頼りとする聴覚を撹乱するだろう。魂が視えたところで、その大きさが掴めねば狙う位置も絞られる。
「星に願いを懸ける、なんざ賭博師の流儀じゃないが――」
 己から零れる紅を一瞥して、夜空に瞬く星々のひかりに目を凝らす。あの空に見たものが、博徒のいろを塗り替える。
「――きょうの演目は、違う顔をご所望のようですから」
 白銀の双眸に、嫋やかなむすめの色を宿して。
 放つ霊符が成した五行が、ジャックポットの身を焼いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

周・助
(アドリブ、マスタリング歓迎)

_
咆哮がために血を吐き、肩で息をし

知らず瞳が揺れ、少年をみる
"良い夢"に囚われてしまったがゆえに受けた傷がじくじくと熱を持ち
そして何よりそれを恥じた

醒めてどうするの、など何故思った

夢に縋るな。前を向け。その脚で駆けろ
この生の涯に、彼らに誇れるように

──刹那眼を閉じる。
そして──少年を見る。立ち上がる。
この藍の瞳に狼の金色が散る。さながらそれは星舞う空のようで。
憂う雲はひた隠し、愛刀の名を呼ぶ。

「──春を啼け、鶯丸」

瞬間、手の内に桜吹雪と共に顕現する、一振り。

腰を落とし、柄に手を添え、コンマ一秒、世界より速く動く。


「壱の剣。──椿一閃」


──おやすみなさい、あなた。




 声の限りを尽くして、息が止まってしまうようだった。
 逆流するものを堪えきれずに、周・助(咲か刃・f25172)は紅を吐く。掠れた咳が喉を削って、吸い込んだ夜気を生ぬるい温度に変える。
 目を上げた先に、少年の怜悧で揺らがぬ眸が見えて。
 知らず、己の中にある動揺を見透かされた気になった。
 未だ熱と痛みを孕む腹の傷――助が夢に囚われた証は、盲いた少年の目に映ってはいないはずだった。それでも鉄錆の匂いは、或いは魂の色を変えるような痛みは、彼の元にも届いてしまっているのだろう。
 醒めてどうするのだ――と思った。あるはずのない未来の一片を垣間見て、亡くしたものに縋って歩くのを止めようとした。受けた傷はその証だ。こうして星空の下へ戻って来ようと、揺れた心をなかったことには出来ない。
 ――それを、何より恥じた。
 大人になれない短い命で、守りたかったものも亡くして、身を焼く悲痛の灼熱を飲み干した。それは、ただ地獄の中で息をするための儀式などではなかったはずだ。一緒に抱いた決意をも、溺れて失うことなど赦さない。
 夢に縋るな。
 前を向け。
 この脚で駆けろ。
 頑張る理由ならこの胸に在る。
 ――この生の涯で出会う彼らに、己の道を誇れるように。
 瞬くように目を伏せる。紺碧の中に輝く金色が、夜空舞う星々めいて少年を見る。その銃口を、何もかもを見抜くような透徹な眸を前にして、憂いの雲を払うように――助は腰を落とした。
「――春を啼け、鶯丸」
 空虚を掴むように構えた硬い指先へ、慣れた重みが顕現する。灼ける傷の痛みをめがける銃声を遮るが如く、繚乱の桜が空を舞う。
 灼ける傷口の痛みは捻じ伏せて。己の心に這入り込んだ痛みごと。あるべきでない過去(もの)は、在るべき場所へ還さねば。
 コンマ一秒、踏み込みは世界すらも置き去る。
 どこまでも疾く。
 周くを照らす白刃が――夜空を裂いて、明けを呼ぶ。
「壱の剣。――椿一閃」
 冬の静寂が満ちた。一等星の瞬きを背に、抜き放たれた刃をそっとしまえば、咲いた赤が薄紅を濡らす。
 助の幻影は、今度こそ終わりを告げる。憧れた未来のさいわいを、本当は欲しくてたまらないものを、それでも手に入らないと知っているから。この夜気のようにつめたい現実を、それでも確かに、助け照らす一条となろう。最果てに辿り着く場所で、胸を張って笑えるように――。
 決意と誓いに満ちた心が照らす明日に、きっと、助の夜は明けていく。
 ――眠れもしない過去(あなた)に、代わりに夜を残していこう。
 夢は夜に見るものだから。
 ――おやすみなさい、あなた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リンタロウ・ホネハミ


夢に浸らせたところを殺すとはなんとも腐った手口っす
そうしてでも果たすべき崇高な目的なんすか?
ま、そうだとしても、やることも結果も変わんないんすけどね

未来予知レベルっつーならその予知、叩き壊してやろうじゃないっすか
ゴリラの骨を食って【〇二〇番之剛力士】を発動!
屋上の床に渾身の一撃を叩きこんで、ぶっ壊す!!
衝撃で飛び散る大小無数の破片、失われる足場……
このデタラメな状況で、どれだけ周囲を把握できるっすか?
少しでも動揺したのなら、その隙にヤツに近づき、どデカい瓦礫ごと奴をぶっ飛ばしてやりまさぁ!

テメェに果たすべき目的(未来)なんざねぇんすよ、オブリビオン(過去)




 ここで夢を見る者は、贄なのだという。
 幻影の中に捕らえた隙を刈り取る――成程、効率は良いのだろう。リンタロウ・ホネハミ(骨喰の傭兵・f00854)にとっては、眉根を顰めるようなやり方であるが。
「なんとも腐った手口っす」
 手にした骨剣を構える。銃口と切っ先が向き合えば、ひりつく静寂が場に満ちた。
「成すために手段を選ばないだけですよ」
 ――幽かな息を吐いた少年が、トリガーにかけた指先に力を籠めるのが見えた。だから、リンタロウの方は鼻を鳴らす。
「そうしてでも果たすべき崇高な目的なんすか?」
「僕たちからすれば、そうです」
 虚ろな眸が眇められたのは、明らかな敵意の表れだ。これ以上の深入りを許さないとばかりの眼に、骨を咥えた男もまた、無言の裡に応じるのだ。
 その先に踏み込む気などない――そうする意味など、ありはしない。
 リンタロウの意を確かに汲んだか、ジャックポットの声は怜悧に応じてみせた。
「貴方達にとっては、それが何であれ些末な話でしょう」
「――ま、やることも結果も変わんないんすし、そうっすね」
 それが合図だ。
 トリガーが引かれる。不可視の銃弾を前に、リンタロウの歯は、確かに骨を噛み砕いた。
 嚥下するのは力の象徴――ゴリラの骨。身の裡へと取り込んだものに反応し、剣に込められた呪が身を廻る。彼の腕へと収斂したそれを確かめて腰を落とす。足に力を込めて、走り出すまでに到達した銃弾は三発。薙ぎ払う刃に軌道を変えたそれは、しかし剛腕が生み出した風圧に揺らいで身を掠めるにとどまった。
 ――やはり、未来予知の力は厄介だ。
 ならば対処法は一つ。
 全速で進むリンタロウが、己が腕を振り上げる。両手で握った刃を好機と見たか、その銃口が火を噴くより半瞬早く。
 ――振り下ろされる刃を避けんとしたジャックポットの目が見開かれる。
 その身がひしゃげるであろう力には抗った。しかし質量が打ち付けたのは屋上の床――。
「――!」
 崩落する足場に顔を歪め、少年は狙撃を諦めた。墜ちれば隙を晒すと見たか、轟音を立てて瓦解するコンクリートを渡り、破壊されていない足場へ戻らんとする。
 その隙を。
 リンタロウは、逃がすような男ではない。
「テメェに」
 込めた力で跳躍すれば、ジャックポットの眼前に質量が降る。立ち止まり、銃を構えるまでの刹那の間こそが致命だ。
「果たすべき目的(未来)なんざねぇんすよ、オブリビオン(過去)」
 薙ぎ払うように揮った刃が――。
 その身を強かに打って、軽い体を弾き飛ばした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ


嗚呼、とても良い夢だった
そして残酷な舞台だったとも
けれど確認もできたかな
僕の継いだもの
游ぐべき道と、目指すべき未来
この辛さも苦しさも痛みも――全てが僕に必要なもの
僕という舞台を彩る要素であり、僕が游ぐ先に未来ができるんだ
穢させなどしない
いつも隣にいる櫻はいない
僕一人、向き合う時
大丈夫――授かった、この聲と歌がある

贄にもならない
君たちの目的など――その、銃を撃つ術ごと
忘れてしまえばいい
歌唱に意志と力込めて歌う―『忘却の歌』
ヨルも力をかしてくれる?
可愛い鼓舞に励まされ
銃弾の存在ごと忘れさせるように響かせるよ
水泡のオーラ防御を纏わせて弾を防ぐ盾にする
ここは水底、僕の舞台
そして
僕の『一等星』は終幕だ




 ゆらり、月夜に尾がひらめく。 
「嗚呼、とても良い夢だった」
 謡うように紡がれた声は、月下を揺らす。薄花桜の眸を伏せて、リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)が星夜を泳ぐ。
「そして残酷な舞台だったとも」
 ――その先に血腥い未来が待っていたのなら、或いは享楽のグラン・ギニョールのようでもあっただろうか。
 だが、再び心に刻みうるものもあった。喪って拓かれた未来、通じ合わせたもの、この先に游ぐべき一本の道。それらは全て、抱える痛みと苦しみがあって、初めて紡がれた貴きものだ。
 だから、リルは捨てない。棄てられない。どんなに都合の良い喝采の未来にも――リルの舞台を彩るものを、渡しはしない。
 いつも隣でわらってくれる櫻は、今はこの手を握ってくれない。たった一人向き合うことになるけれど、大丈夫。
 ここには聲がある。歌がある。黒薔薇と櫻も、この胸に。大切な人たちから授かったものは全て――リルの裡にある。
 それに。
「ヨルも力をかしてくれる?」
 視線を地に落として、君に微笑みかけてみせる。
 託された黒薔薇をしっかり抱えて、リボンの桜飾りを巻いたペンギンの雛が、一声鳴いて応えた。リルの櫻が喚んでくれた式神は、ぴょんぴょんと懸命に跳ねてみせる。
 ――がんばれ!
 声が聞こえるような気がして、人魚はふわり頷いた。
 吸い込むのはつめたい夜の空気。響かせる声はどこまでも澄んだ、過去を冠する忘却の詩。耳を打つそれに違和を感じたか、ジャックポットが怪訝に動きを止めたのが分かった。
 そのまま――そこで。
 目的も、願いも、引鉄の引き方さえも、忘れてしまえば良い。何もかも。
 揺らいだ銃弾を水泡が引き受ける。櫻の加護が、歌姫を守るようにはらりと舞って散る。星のひかりを孕んで泡沫に消えていくふたつを、ヨルがきらきらとした眸で見上げてから、はっと気付いたように人魚へ声援を送る。
 愛らしい姿に鼓舞されるように、歌声は尚も天高く響くのだ。
 ルリラ、ルリラ、ルルラ――響くは「忘却の歌(オブリビオン)」。全てを置き去りにして、その心に花を咲かす。
 ここは星空の水底、夜空の水槽。匣舟の座長、リルルリの舞台。水面に葬るのは、思い出でも、過去でも、痛みでもない。
 今、リルの見つけた一等星(みらい)を塞がんとする――その姿だけ。
 理想の未来を謳う声が、夜空のあわいに溶ける。星にかけるのは願いではなく、これから歩み続ける道を照らし続ける灯りの在り処だ。星を呼ぶように、月さえ照らすように、水底の舞台が高らかに響いて――。
「僕の『一等星』は終幕だ」
 さあ――有頂天外の喝采を。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィリヤ・カヤラ
○◇
良い夢は見られたよ、ありがとう。

隠れてもダメなら向かって行くしかないよね!
『オーラ防御』と『激痛耐性』でダメージ軽減をしながら、
『第六感』で攻撃を出来るだけ避けるように頑張るよ。
操るにしても銃の向きだったり
挙動に何か変化が出るかもしれないから
気を付けて見てみるね。
こういう戦い方も教わったから実践していかないと!

【氷晶】を使って上からと、
宵闇で正面から挟むように攻撃をしかけてみるね。
バレそうだけど影か出血してたら血で月輪を使って敵の足下から
鮫が飲み込むイメージで攻撃してみようかな。

敵は目が見えないみたいだけど、
もし見えるなら何か見たい物ってあったりするのかな。


ユルグ・オルド
◯◇/立ったまま寝る程呆けちゃねんだわ
なンて、まァ、見ましたけども
吸い終わる前にお次だなんて

お仲間居るなら全員でおいでよ
逐一なんだかんだと面倒じゃアない
まァ言ってなんとかなるわけでもないけど
飛び道具相手て嫌なもんで
距離を測って時期を窺って
刃に掌滑らせたなら、さて
ブラッドガイストでもって
刀で弾が、斬れるかどうか

定める前にと駆けだして引鉄の前に疾くと
見えなかろうと銃口は見えるし
撃たれて減速するような覚悟でなし
軌道通りじゃないってのは狡くない?
春に呼び込む冬の気配に
あとは勘と反射の勝負
逃げるか撃つかを選んだらいい
一瞬でも止まるなら他の助けにゃなるでしょ

先の礼だ、良い夢見てね




 星の瞬きが零れ落ちそうな空を遮って、屈託なく碧が笑う。
「良い夢は見られたよ、ありがとう」
「猟兵というのは、世間知らずが標準なのですか?」
 銃口を向けたままに零される、静謐な――何やらどこか呆れたような溜息を受けて、ヴィリヤ・カヤラ(甘味日和・f02681)の方は首を傾げた。
 今の短いやり取りの、どこに世間知らずと評されるような言葉があったか。瞬く彼女の横に滑るように現れて、男がひとつ、楽しげに喉を鳴らす。
「贄にしようとして、礼言われンのは慣れねェかもね」
「そうかな? 私は贄にはならないから、お礼を言っただけなんだけど」
「そこに関しちゃ俺もそう」
 男――ユルグ・オルド(シャシュカ・f09129)の指先は、ゆるゆると声を交わす合間にも隙を見せない。傷付いたとて死にはせぬ掌に躊躇なく刃を奔らせる。紅が引いて、零れ落ちた分が割れたコンクリートから階下へ消える。
「立ったまま寝る程呆けちゃねんだわ」
 なンて、まァ、見ましたけども――からりと声を上げれば、再び幽かな溜息が耳を掠める。殺すために抜かれた白刃と、黒ぐろとした剣の切っ先、トリガーにかけられた指。全てが全て、軽い調子でやり取りをしながら、動き出すべきときを待っている。
 ――契機は、全員の指先に力が籠った、その刹那。
 まず駆け出したのはユルグだ。直後に銃声が続き、ヴィリヤの足が半瞬遅れて地を蹴った。展開された銃弾を弾くのは両者の刃。さて不可視といえど銃弾は切り伏せられるか、などと、考えるよりも疾く馳せる。
 防ぎきれぬ分は己が身に――その程度で止まるような身で、ここに立ってはいないのだ。
「隠れてもダメなら向かって行くしかないよね!」
 研ぎ澄ませた感覚は、ヴィリヤの戦い方によく馴染む。けれど此度に廻らせるのは、ただの勘ひとつのみではない。
 トリガーを引く瞬間の銃の向き。頭の微かなブレ、表情――或いは指先の動き。目に入る全ての情報を以て、次の銃弾が向かう先を予測する。相手のあらゆる挙動こそ、抗うための手段情報になると、『先生』に教わったところだ。
 唸る銃口への距離はいかばかり――己が刃で飛び交う鉄を引き裂きながら、ユルグもまた距離を縮める。全く飛び道具相手は嫌なものだ。元より刃を揮って戦うのだから、間合いでなければ出来ることも限られる。
 まして相手のそれは軌道さえも出鱈目だ。狡くない――と笑えども、それが武器であるのなら、まあ、己だって使うだろうとも。
「お仲間居るなら全員でおいでよ。逐一なんだかんだと面倒じゃアない」
「簡単に全容を晒すとでも?」
「そりゃアそうな。まァ言ってなんとかなるわけでもないか」
 半魔の喚んだ氷の刃が、ジャックポットの頭上を囲む。放たれた銃弾が軌道を変えて割らんとすれば、先に爆ぜたそれらの欠片が降り注ぐ。
 その隙にと真っ向斬り込むヴィリヤの眸は、少年の眼を真っ直ぐに見た。
 盲目だというその目には、きっと己も、白刃も、映ってなどはいないのだろう。けれどもし、何かを捉えることが叶うのだとしたら――彼は。
「もしその目が見えたら、見たい物ってあったりする?」
「――そうですね」
 黒剣を避けるように、少年の体が跳躍する。後方へと跳べば一人分、ヴィリヤと彼を隔てる空間が出来る。
 自嘲するように――声ばかりが嗤った。
「星の夢の一つくらい、見られたら良かった」
「なら、どうぞ」
 ――その眼前に、質量がある。
「先の礼だ」
 にこり、笑ったユルグの顔が見えたわけでもないだろう。だがその刃が振り上げられたのは感じたはずだ。
 選べば良い。逃げるか、撃つか。
 ――間に合うならば。
「良い夢見てね」
 一閃。
 斬り裂かれて鉄へ変わる銃口ごと飲み込むように、ヴィリヤの放った月輪が足許より泳ぎ出る。
 瞠目する少年を喰らうように――。
 牙を携える影鮫が、その血を啜って蠢いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リア・ファル
WIZ

理不尽に戦えという
胸の裡の声に耳を傾けてから、告げる

ありがとう
ボクが此処にいる意味を再確認できたよ

冬寂……か。ならボクのする事は一つだ

「今を生きる…勝利の贄たる彼の、明日の為に」

キミにボクはどう映っているだろうか
電子の存在であるボクは映ってない? それとも

ボクに託された、背負った、数多の人々の祈りと願いが集まって…
…ヒト在らざるバケモノにでも見えるだろうか

『ヌァザ』『ファイアワークス』で周囲に障壁展開し防ぐ
UCで進化精製【銃で放つ、桜の精の力を込めた浄化の弾丸】

極寒と静寂の冬が過ぎれば、春が訪れる

恩讐と、蟠りを流れ溶かし
さあ、芽吹け

「これは、ボクの我が儘。終幕を彩る、春色の弾丸」




 胸の裡から声がするのだ。何度も聞いて、今も語り掛ける、忘れ得ぬ祈りがここにある。
 ――理不尽と戦えと。
 桃色の眸を伏せて、刻まれたものを確かめる。それから、リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)は、真っ直ぐな眼差しで少年を見た。
「ありがとう。ボクが此処にいる意味を再確認できたよ」
 だからこそ――構えた刃は、きっと為すべきを違えはしない。
 冬寂。その言葉を知っている。重荷を背負って歩く彼の姿を知っている。ひとのために生まれ、ひとのために希望を紡ぐのがリアの為せることであるのなら、今は。
「今を生きる……勝利の贄たる彼の、明日の為に」
 紡いだ言葉が誰を示すのか――ジャックポットが悟ろうと悟るまいと、リアの眸に灯った光は揺るがない。
 銃声に翳した掌から、展開するのは電子の障壁だ。手にした刃が時空を切り裂けば、魔術と物理の銃弾であれど、リアに届くことはない。
 こちらを精確に捉えんとする弾丸の主は、確かに電子たるリアを見ているようだけれど。
 ならば、その魂は――一体、どう見えているのだろう。
 数多の願いを束ね、祈りを紡いで創造(うま)れた『リア』という人格の魂は、ひとつなのだろうか。
 それとも――。
 託されて、願われて、背負い続けて来た全ての期待。遍く世界に生き、理不尽に圧し潰されそうになりながら、それでもなお生き続けんとする人々の希望。
 リアを生かし、為すべき道を照らす数多の光が寄り固まった――。
 ――ヒトならざる、化け物のように見えるだろうか。
 呑まれ弾かれる銃弾を見遣り、砲火の音に耳を研ぎ澄ませる。どう見えていたとしても構わない。今為すべきは、勝ち続けるためだけに走り続ける少年を、ここに辿り着かせてみせること。
 ああ、けれど。
 きっと悲しくて救われないばかりの終着に――ほんの少しでも、希望があってほしいのだと。
 ヒトのためにあるモノは、どうしようもなく願ってしまう。
 受け止めた弾丸に、施したのは浄化の光。返す弾がどうかその魂にまでも届いて、心の裡に降り積もり凍てついたものを、暖めれば良い。
「これは、ボクの我が儘」
 ――厚く積もった雪は融けて、極寒と静寂に埋もれた冬は終わって。
 恩讐も蟠りも流れて融ける。山河の如くに水が奔れば、そこに咲くものがあるだろう。
「終幕を彩る、春色の弾丸」
 ――さあ、芽吹け。
 咲き誇り散る桜の花弁に、そのあわいを馳せる浄化の弾丸に。
 射貫かれたその体は、リアにはひどく、寂しげに見えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アルナスル・アミューレンス


夢は見終えたみたいだねぇ。
星はやがて沈み、日が上り、夜明けがくる。
そう、目覚めの時間だ。
さて、君はその狭間に、何を見るのかな?

拘束術式、限定解除。
さあ行くよ、『鏖殺(オキテ)』

黒き異形の我が身でG.R.V5を侵食し、砲撃用偽神兵器に。
奴さんが動き回るなら、こちらは何処までも追いかける弾丸で穿つよ。
どんなに動こうと、僕の数多の砲弾は、君を『断絶(トラエ)』て逃がさないよ。

かわりに、僕はあまり動かないよ。
飛んできた弾丸もこの黒き異形の体で受けとめるよ。
幾度射抜かれようと、この身で捕らえ、弾丸すら捕食し、生命力として吸収するさ。

ところで。
君には、無数の魂を喰らった僕は、どう見えるんだろうね?




 微睡む時間は、どうやら終わったらしい。
 アルナスル・アミューレンス(ナイトシーカー・f24596)は、未だ人のかたちをしてはいなかった。見据えた敵にはその姿は見えていないはずで、しかし彼は動揺したように僅か銃口を揺らす。
「貴方は、いいや、貴方達――?」
 決して起伏に富むとは言い難い――けれど確かに揺れる声に、男はすぐに合点する。
 あらゆるものを喰らっている。理想ですら混ざり合い、かつて見た夢でさえも遠く霞ませた彼の中には、同じように無数の魂がひしめき合う。喰らい尽くしたそれらは、正しく魂を見据えるという眸に、どのように映るのだろう。
 数多の断片が蠢いているのか。
 それとも、どろどろに混ざって濁ったひとつが視えるだけなのか。
「これ、どう見えてるんだい?」
 首を傾いで問うても、応えはない。代わりにトリガーにかけられた指に力が込められた。だから、アルナスルも己が武器に手を伸ばす。
 ――拘束術式、限定解除。
 それは『鏖殺(オキテ)』だ。大口径の機関銃を侵食すれば、巨大な偽神兵器へと変貌する。禍々しさを増し、待ち切れぬとばかりに砲撃口を開くそれを軽々構えた黒の異形――アルナスルがトリガーを引いた。
 吐き出されるのは概念を絶ち切る弾丸である。数多飛び交うそれらを撃ち落とし、間に合わぬものから身を躱さんとしたジャックポットが、己を捉えんと軌道を変えたそれに舌を鳴らすのが聞こえる。撃ち落とそうと銃弾を吐き出せど、対象を捉えるまで加速するそれらは決して抵抗を許さないのだ。
 例えどれだけ逃げようとも――異形の放つ弾丸は、『断絶(トラエ)』て逃がさない。
 己を穿つ弾丸への対抗を諦めたか、ジャックポットの銃口がアルナスルを捉えた。無数の銃弾がその身へ向かえど、男が――黒き異形が、そこを動くことはない。
 その身は全てを喰らうモノ。それは概念であり、物理的な干渉でもある。見えず重みもないものさえも取り込むならば、質量としてそこに存在するものを喰らえぬはずがない。
 撃ち込まれた銃弾はこの身へ還す。咀嚼さえも知らぬ身は、飛来する弾丸の全てを施された魔術ごと消化する。撃ち込まれれば撃ち込まれるだけ増していく魂の重みを、その体に秘められた力を、ジャックポットはどう見たのだろうか。
 どうあれ――。
 微睡みは醒めたのだ。この夜空とていずれは霞み、陽の光が世界を照らす。
「目覚めの時間だ」
 夜がいずれ朝へと変わるというのなら、条理はここにも廻るが筋だろう。この夜が明ける前に、過去は過去にならねばなるまい。
「さて、君はその狭間に、何を見るのかな?」

大成功 🔵​🔵​🔵​

臥待・夏報
……視たこともないくらい、いい夢だったさ。
お礼を言ったほうがいい?
聞いてみただけ。君はそんなの、はなから求めてなさそうだ。

君みたいな子を見る度に思うんだよね。
生まれつき欠けていたり、何かを失ったりすることでしか、視えないものがあるんだろうなって。

君の目に夏報さんの『普通』は通用しないだろうし。
満身創痍の上に、急所を正確に狙われるんじゃあな。
止めるっきゃないか。
人間のフリ。

誰でもない誰かってのはたとえば、アニメの中のヒーローみたいな実在しない誰かのことだ。
一切合切を殴り殺せる絵空事だ。

じゃあ今度こそ聞いてみよう。
君に視えるのは、埒外どもに負けるだけの未来かい?
それとも、もっと素敵な何かが視える?




 空は墜ちて来ない。
「……視たこともないくらい、いい夢だったさ」
 臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)を覆う二〇一二年八月十九日の全ては、今も裡に燃えている。楽しそうに終末を迎えた『春ちゃん』はいない。燃えなかった体と、終わらなかった世界と、誰も信じないから何も選べない手と、抉れた腹だけがここにある。
「お礼を言ったほうがいい?」
「敵に対して、ですか」
「聞いてみただけ」
 向けられた銃口は敵意の証。ああけれど、対峙している相手から下手に示される友好よりは気が楽かもしれない。
 信じても信じなくても、敵意は敵意だからな。
 仲間外れの裏の裏なんて、好意と違ってないからな。
「君はそんなの、はなから求めてなさそうだ」
 ジャックポットの指先がトリガーを引いたら、魂を穿つ精確な射撃が飛んで来るのだという。この身の裡側までも見透かされてしまうのだというのなら、夏報の『普通』など何らの役にも立たないだろう。
 夜空の星が見えない代わり、夢見る魂の方が視えるだなんて――どうにも皮肉だ。
 急所を抉る不可視の弾丸など、満身創痍のこの体で受け止められるものではない。だから、夏報も相応の方法を取らねばならない。
「君みたいな子を見る度に思うんだよね。生まれつき欠けていたり、何かを失ったりすることでしか、視えないものがあるんだろうなって」
 ――止めるっきゃないか。
 人間のフリ。
「君に視えるのは、埒外どもに負けるだけの未来かい?」
 質問と共に崩れ出したのは、きっと外側だけではなかった。
「それとも、もっと素敵な何かが視える?」
 静謐な銃口が、動揺したように僅か揺らいだのが見えた。
 誰でもないから誰でもあって、誰でもあるから誰でもなくて、実在するものから作られた実在しないもの。それはさながら誰か一人を愚直に信じ、手にある暴力を正義だと疑わずに揮う――アニメのヒーローのような生き物だ。
 『かほちゃん』だよ。
 一切合切を殴り殺して世界の終わりを駆け抜けて、自分のエゴとあの子の言葉だけを抱えて世界を滅ぼすような絵空事の。
 ああでも、駄目なんだ。
 ――夏報さんは『夏報さん』なんだよ。
 掴みかかるように走り来る異形の魂をめがけて弾丸が飛ぶ。その全てを身に纏った何かで防げば、紅が零れ落ちて糸を引いた。
「今の僕には」
 目の前に現れたそれに、ジャックポットがトリガーを引いて。
「ばけものしか――視えませんよ」
 呟きを零すその眸に何が映っているのかも知らぬまま、『ばけもの』と呼ばれたそれが、星を穿った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

水標・悠里
私の本当の夢はあの日優しかったと信じていたかった彼女の姿を繋ぐこと
全てが彼女の手で作り出された幻想だったとしても
あの時の私は盲目のまま生きていて幸せだった

真実を知らなければ現実に打ちのめされることもなかった
謀の上で踊らされる無知蒙昧な人形として
唯囲われるだけ

貴女を失ったあと初めて星を見た
幸せと痛みは何も変わらない、捉え方が違うだけだと囀る声
幸せを願い、私を呪う声
彼女が歌うように願った幸せを踏みにじって蝶が飛んでいく

全て滲んで掠れてぼやけて
心が溶けて消える

その合間を呪詛纏う蝶が征く

僕が願った幸せには貴女がいた
この夢はもう叶わないのです
だとしても他の夢を知らないから
また、同じ夢を見ようと思います




 夢が晴れてしまえば、後に残るのは何もかもを違えた現実だけだ。
 水標・悠里(魂喰らいの鬼・f18274)が心底に願ったのは、あの日の優しかった――優しかったのだと信じたかった彼女を、この世界に繋ぐこと。
 何も知らない都合の良い人形に手ずから世界を教えたひとだった。悠里の全てを作り上げる核だった。姉の手が作り出した幻想に過ぎぬものだったとしても、盲いた目にそれだけを映し出している間、彼は確かに幸福だったのだ。
 世界の全ての血に染まって、己はただ生きて行く。この命と引き換えに救われるはずだった全ても、この命が零れ落ちれば生きて行けたはずだった面影も、身に宿して。死者を送る蝶は、花の命を摘んで飛んでいく。
 そんなことは――望んでいなかったのにな。
 真実が必ずしも尊いとは限らない。知らないままで、勘づくことすらしなければ、それはないものと同じだからだ。身を裂くような苦しみも、謀の上で踊らされるだけの蒙昧な人形でいたならば味わわずに済んだのだろうに。
 それでも、悠里の姉は喪われて。
 悠里はここに生きている。
 何もかもが終わって、初めて星を見た。姉の命と引き換えに手に入れた自由が、この手に呪縛となって残り続ける。そこにもういない死者は語らない。ならば、この呪いを囁きかけるのは己の声なのだろうか。
 ――幸せと痛みは何も変わらない。
 ――ただ、捉え方が違うだけ。
 歌うように願われた幸いを踏み躙り、蝶が花を散らして飛ぶ。呪詛を纏うその翅に、月下の燐光を受けて――。
 咲き誇る黒い彼岸花が、悠里に向けて撃ち出された弾丸の群れを阻む。
 死霊の群れが現れては咲く。呪詛を乗せて蝶が飛ぶ。内側に絶えず渦巻く声に身を任せて、悠里は滲む空に星を見た。
 崩れる。
 何もかもが、ぼやけて融けて滲んで。心までも、あの夜空の果てに消えていくような気がした。
 夢とも現実ともつかぬあわいに、銃弾が跳ねる音だけが遠く響く。何も見えない。何も――それは、まるであの頃の盲目さとよく似た心地だ。もう、信じさせてくれる眸も、導いて世界を教えてくれる手も、どこにもありやしないけれど。
 願ったさいわいにはいつだってあのひとがいた。姉の形を失って、歪んだ心で逃避しても、それがもう二度と叶わぬ夢だと理解する。
 理解してしまう。
 ――けれど、他に見るべきものを知らない。悠里の心に悠里自身のさいわいなど遠い。この手を掴む温度に怯え、握り返したいと願うことさえ恐ろしくて、だから。
「また、同じ夢を見ようと思います」
 溜息のような声が、星空に融けて消えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ゼロ・クローフィ
あぁ、アレが首謀者か
いや僕たちの目的というから違うかもしれないが

まぁそれはどうでもいい
まためんどぅだな
俺の前に立ちはだかるというなら排除するだけだ

良い夢か
もう少しまともな夢なら良かったんだがな

敵の銃を構えたのを見て
慌てる事なくなるで無関心に
煙草に火をつけて一服する
吐いた煙の後、灰を指でぽんぽんと地面へと落とす

灰骨僕
地面から這い出る様に骸骨達が現れ
地獄の槍や炎で攻撃しつつ敵の弾を受け自分を守る
隙を見て懐から取り出した銃、唸
俺も銃には自信があってな
霊視や霊力が優れても中身はどうだかな
【精神攻撃】【呪殺弾】
闇精霊が精神を心臓を貫く

さて、お前こそ良い夢が見れるか?
地獄の底で




 面倒だ。
 眼前に立つ少年が、此度の一件の首謀者だという。『僕たち』などと称するからには、辿っていけば彼自身が全貌の首魁とはいえないのかもしれないけれど――。
 ゼロ・クローフィ(黒狼ノ影・f03934)にとっては、どちらであろうが問題はなかった。
 問題というよりは、関心がないと言う方が正しいか。相手の思惑や組織の目的がどうであれ、彼は彼の目的を阻む者を排するだけだ。
「良い夢か」
 咥えた煙草に火をつける。緩慢な動作と共に手の中の光を追った隻眼が、さしたる興味もなさげに銃口を見た。
「もう少しまともな夢なら良かったんだがな」
 ――砲身が吼える。
 ゼロの方は、ゆるゆると煙を吐いた。動こうともせぬ体に、ジャックポットが怪訝そうに表情を歪めたまでは見ていた。
 男の指先が、紫煙をくゆらせるそれを軽く叩いた。落ちた灰は頼りない月光に照らされることもなく、味気ない灰色のコンクリートへと零れ落ちていく。
 飛来した銃弾が、彼を穿つより先。
 不意に地より現れた掌が、鉛を阻んで掴み割る。
 燃え盛る槍を背負う地獄のしもべが、灰を媒体にして地を支配する。心を穿つ槍、感情をくべる焔――どす黒く滾る地獄が、主に仇なす少年めがけて地を蹴った。
 盛る焔が天を照らす。なおも翳らぬ星に、ゼロの望むものはもう見えない。
 否。
 ――最初から、彼の道の先にしか見えない夢だったのやもしれない。この身のはじまり、その果てなどは、彼自身でさえ知らないのだから。
 都合の良い未来の幻影と言いながら、それが彼の脳――すなわち『彼の知ること』に紐づけられた幻想であるというのなら、望んだものが視えるはずもない。
 それに。
 偽りであっては意味などないのだ。それでは、『零』となった己と何ら変わりないのだから。
 数多の骸骨を射抜くのに執心らしい少年を見る。ゼロに届く銃弾は、全て死ぬことのない彼らが遮るのだから当然か。
 そうしてその集中が、完全に彼から逸れるのを待っていた。
「俺も銃には自信があってな」
 ――懐より銃を抜く手つきはどこまでも疾く。
 翠色の隻眼に映る標的を違えることはない。唸る精霊銃が放つ弾丸に気付いたときには遅いのだ。撃ち落とさんと向かい来る不可視のそれすら、宿った闇は赦さないだろうから。
 霊視も霊力も大層な能力であることに違いはない。けれど銃弾そのものに籠もった力は別物だ。契約したのは闇の精霊――心を握り、壊すように地獄へ誘う、ゼロの従者。その銃弾に射貫かれれば、きっとジャックポットは、盲いた目にも地獄の果てを視るだろう。
「さて、お前こそ良い夢が見れるか?」
 ――地獄の底で。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヘンリエッタ・モリアーティ
悪人らしいのね
ねえ、私の魂って何に見える?色が見えたりするの?
あまり、スピリチュアルは信じていないのだけど、なんとなく気になっちゃって
――ふたり、混ざり合ったりしてるのかなって思っただけ

止めを刺す気はないわ
それは、彼に譲ってあげたいからね
あなたたちの大好きな彼を知ってる。ああ、ごめんなさい。大嫌いだった?
不思議でしょう、好きの反対は無関心なの
あなた達は、彼のことがとても大事だったから、怒っていることを「嫌い」だと判断しただけ
ふふ。ごめんなさい
なんだか、自分のことを言ってるみたいで

扉を用意する
友人だもの、これくらいはさせてよ
――行ってこい
地獄の味は、甘くて、熱くて
冬なんかよりも、やみつきになるぞ




 目的だの利害の対立だの、示されたものは実にビジネスライクだ。
「悪人らしいのね」
 世紀の悪徳、ヘンリエッタ・モリアーティ(円還竜・f07026)にとっては、ある種心地良くもある。
 感情というのは振りかざすべきところが決まっている。一番慎重に、利口に扱わねばならないものだ。それを――怒りの竜はよく知っている。
「ねえ、私の魂って何に見える?色が見えたりするの?」
 胸に指先を当ててみせた。軽く叩くように示して見せれば、無言で銃口が持ち上がる。
「アー、失礼。あまり、スピリチュアルは信じていないのだけど、なんとなく気になっちゃって」
 ――ふたり、混ざり合ったりしてるのかなって思っただけ。
 金色の髪を久々に見たからか。それとも彼女と自分はいつも一緒だったから、今も一緒にいるのかもしれないなどと思ったせいか。
 とまれ返答はなかった。目に見えた驚愕もなかったのだから――きっと、味気ないものが視えているのだろうし。
 それなら聞かなくても良いから、地を蹴った。
 握った拳に籠める力は微々たるものだ。殺してしまっては意味がない。引導を譲って『あげる』に値する相手が、ここにはいる。
「あなたたちの大好きな彼を知ってる」
 トリガーにかけた指先が幽かに反応を示したのを、肩に僅かに力が入ったのを。
 見逃すほど、『ワトスン』の目は衰えていない。
「――ああ、ごめんなさい。大嫌いだった?」
 その反応は――まるで、彼女自身の鏡映しのようにすら思える。吼える銃身に翳したガントレットが、銃弾を弾いて地に落とす。
 そうして舌を回す間にも、決して速度は衰えない。踏み込みは重く、けれどその身を穿ちすぎないように。
「不思議でしょう、好きの反対は無関心なの。あなた達は、彼のことがとても大事だったから、怒っていることを『嫌い』だと判断しただけ」
「分かったような口を聞きますね」
「ふふ、ごめんなさい」
 思わず笑ってしまったのは、その声が思いの外、冷静から遠かったせいであり。
 まるで自分のことをそのまま喋っているような――知能犯らしからぬ独白のような気恥ずかしさがあったからだ。
 拳が振り下ろされる。銃身ごと砕き割ったそれに瞠目した少年を地へと叩き付けて、しかし追撃の一打はない。
 距離は十全に取らせた。充分な傷も負っているとみた。
 彼女の友人が、冬を終わらせるための扉は――開かれた。
「――行ってこい」
 黒い長躯が退いた先――。
 立っている少年は、きっとジャックポットの姿をまざまざと見ただろうから。
 女は嗤う。
「地獄の味は、甘くて、熱くて」
 ――冬なんかよりも、やみつきになるぞ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジャガーノート・ジャック

(ザザッ)
ステルス無効、予知じみた精密射撃。
射手として腕の鳴る相手だ。

――だが今回は腕を競うより優先すべき事がある。

イーグルの一件では世話になった。
借りを返しに来たぞ、ヴィム。支援行動を開始する。

(ザザッ)
【経験予知】。
本機の射手としての経験を総動員――更にプログラム"Shadow Horizon"を活性化。
銃弾が見えずとも経験で理解できる。
何発撃とうと端役に向かう銃弾は撃ち落してやろう。
(見切り×学習力×戦闘知識×スナイパー×援護射撃)

露払いは済ませた。
(「主役はお前だ」とは君には言うまい。唯、)
君の言葉に倣うなら――
「トドメを刺しな。」
"僕"は最後の一手を託す為に来たのだから。
(ザザッ)


斬断・彩萌
弾丸を操る能力。盲いた眸でも能力は健在か……ならばその力を上回るだけの回復を捧げるわ。

『ドラッグ・バレット』で被弾した者へ声掛け
とっておきの一発をあげるから、これは受け取ってよね!
癒えた傷と上昇した能力は必ず誰かの助けになるはず
さぁ行って! あなたは一人じゃない!

敵の攻撃はこりゃもう理屈じゃ防げない
第六感と咄嗟の動き、経験から来る戦闘技術で避けるわ

――冬はいずれ綻び、春という喜びが訪れるもの
永遠に続く夜がないように、溶けない雪もまたないの
あなたの考えはどこに行きつくのかは知らないけれど
その使命、此処で断ち斬ってあげる

夢はみるもの?いいえ、叶えるものよ
星の導きはその指標のひとつにすぎないわ


ヴィクティム・ウィンターミュート


俺は愚かだった
自分の力を過信して、独りでだってやれると信じ切っていた
皆で納得できる道を、考えるべきだった
俺の罪はただ、独り善がりだったこと
お前たちのことを蔑ろにした、俺のせいだ

待っていたんだよな
俺が助けに来てくれることを、ずっと
俺は、我が身可愛さで逃げ出した
闘うことを恐れて逃げ出した
果たすべき責任を、放棄した
事実だ…言い訳のしようもない

それでも俺は、生きるよ
恥を晒して、ゴミのような生命を全うするよ
──もう負けない為に

逃げずに進もう
お前の怒りも、憎悪も受け止めて
二撃決殺──俺は前に進む

銃一つ、貰ってく
せめて憎しみと怒りは連れて行かなくちゃな
──誰も救われないし、報われないけど
おやすみ、チューマ


鳴宮・匡



真の姿を開放
持てる全知覚機能を用いて銃弾の隠蔽を看破
透明化された弾丸の悉くを相殺していくよ

この弾が相手に届かないとして構わない
それは俺の役目じゃないから
ただ、あいつへ届く銃弾を限りなくゼロにする

お前にあいつは傷つけさせない
その為の手段を奪い尽くすことに躊躇いもない
それを悪いとも思わない
利害が食い合うなら、我を通すのは強い方と相場が決まってる

何より、お前より“できる”銃手だって証明しないと
俺の立つ瀬がないからな

――道は空けたぜ
行って来い、ヴィクティム

悲劇で終わると決まってたって
辿り着くまでの脚本は、お前の意思で書いていい
これは“お前の舞台”なんだから

後悔したくないんだろ
したいことを、やってきな




「Arsene――」
 叩き落とされ、斬り潰され、握り壊され、焼き崩されて。
 たった一本だけ残った短銃を手に、ジャックポットは忘れもせぬ魂を視ていた。愕然と見開かれた眸で、力なく降りた銃口の向こうに、少年の問う声が響く。
「何故、貴様がここにいる」
「冬を終わらせに来た」
「ふざけるなよ」
 黒の悪徳が開いた扉の向こう、立つArseneの双眸に色はない。かつて理想を共にした仲間の、変わらぬ姿に目を細める。
 懐かしげな悔悟の視線に、ジャックポットの肩が揺れた。持ち上がった眸に怒りと憎悪の色を宿して、力強く持ち上げられた銃口が、彼にしては珍しく震えている。
「何であのときじゃなかったんだ! どうして、今更!」
 ――どうして。
 その問いに、応じる代わりに。
「待っていたんだよな」
 息を――呑む音がして。
 魔弾が嗤う。
「ああ。待っていたさ。愚かだと思うか。あんな計画で僕たちの倖せを壊した貴様を、僕たちは待っていた」
「――最期まで。そうだろ」
 頷きさえ返らない。代わりに音を立てて構え直された銃口が、何よりの返答だった。
 だから、Arseneは声を続ける。
「お前たちを置いて、俺は、我が身可愛さで逃げ出した」
 愚かだった。
 賛同を得られぬなら、己独りでも成せば良いと思っていた。その力が、多少なり腕の良いだけの一介の少年にあると信じていた。見つけた大団円を現実の前に諦めることを拒み、果てに手に入るはずだった全てを壊した。
 納得しうる道を見付けるための妥協を拒み、独り善がりの理想を貫き通して、それでもなお用意された挽回のチャンスを――。
 彼は、闘う恐怖に勝てずにかなぐり捨てた。
「果たすべき責任を、放棄した」
「分かっているんじゃないか」
「事実だからな……言い訳のしようもない」
 向けられた銃口から、放たれた銃弾から――だから今度こそ逃げはしない。怒りも憎悪も、痛みとして受け入れようと、Arseneは笑うのだ。
「それでも、俺は生きるよ」
 生き恥を晒して、ゴミのように。
 全てを喪った愚かな英雄の成り損ないは、ここに過去の墓標めいた生き様を晒そう。
「この生命を全うするよ──もう負けない為に」
「そうよ」
 重なった声に目を見開いて。
 身を抉る銃弾の痛みと同時に、身を巡る祝福の力が傷を塞ぐ。血の一滴すら零れぬままに消えた痛苦に振り返った先、見慣れた丸眼鏡が不敵な笑みを刷いていた。
「その人に生きてもらわないと、私が困るの」
 ――斬断・彩萌(殺界パラディーゾ・f03307)は、いつだってヴィクティム・ウィンターミュート(End of Winter・f01172)の味方だ。
 銃弾を操る力が彼を抉るなら、それを上回る回復と能力の向上を捧げよう。冬に綻ぶ春の芽吹きを、今この冷えた夜気に告げて見せる。
 冬の長い夜でもいつかは明けて、そこに雪融けの日が照る。ならばこの想いを以て、彩萌こそが春告げ鳥になろう。今、このときばかりは。
「あなたの考えはどこに行きつくのかは知らないけれど、その使命、此処で断ち斬ってあげる――私じゃないけどね」
 対となる拳銃を構えたまま、少女は色素の薄い眸を煌めかせる。そこに立つ冬の終わりの背を押すように。
「お前」
「ヴぃっちゃん、これ、とっておきの一発なの。だから」
 ――この想いと誓いまでは受け取れなくとも良いから、これくらいは。
「受け取ってよね!」
「させるか――!」
 吐き出された銃弾が無数に分裂する。残る魔力の全てを注ぎ込んだかのような荒唐無稽な弾幕を、彩萌の研ぎ澄まされた勘が確かに捉え――僅か、血の気が引いた。
 周囲に飛び交う炎蝶も何もかも、全てを穿つための弾幕だ。撃ち落とせる数ではない。幾らヴィクティムを回復せんとしたところで、この身が先に尽きてしまえば意味のないことだ。最善手を探る眸に、機械の手が思わずと伸ばされて――。
「情報通りだ。目標、視認不可。落とせるか」
「当たり前だろ」
 ――二つの銃声が吼える。
「お前にそいつは傷付けさせない」
「借りを返しに来たぞ、ヴィム」
 二人分の影が、月光を遮る。
「ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)、支援行動を開始する」
「俺の方が”できる“射手だって証明しないとな」
 ジャックに並んだ鳴宮・匡(凪の海・f01612)の眸は凪色をした。何もかもを視、聴き、感ずる異形の知覚の総てを以てすれば、展開された弾幕を見切ることも出来る。最高効率で撃ち出される弾丸の狙いは、仮令相手が自在の軌道を持つ魔導弾とて狂いはしない。
 しかし魔力の限りに複製される銃弾に、匡の腕が放つ弾は到底足りるものではない。銃弾が火花を散らせば、難を逃れたものが飛来する。
 だから――。
 それを請け負うのは、ジャックの方だ。
 射手として腕の鳴る相手であることに間違いはない。ステルス看破も絶対の弾道も面白いが、本懐は腕比べではない。
 プログラム”Shadow Horizon“は、隣で引鉄を引く彼の視界の一端を見せてくれる。重ねて来た戦闘経験が告げる予測は正確で、匡の墜とす銃弾を精確に見切り、残るものへと銃口を向ける。散らばった銃弾の全てを焼き落とせば、入れ替わるように凪の海の射撃音が迸る。
「呆けてないで、ヴぃっちゃん! 走って!」
 その最中に、彩萌の声が凛と響くのだ。
 先に向かう足取りに孤独を望んでいるのだとしても、ただ冬に埋もれていくだけを己に課しているのだとしても。
 ――今、この瞬間、あなたの道を拓かんとする人たちがいる。
「あなたは一人じゃない!」
 確かな言葉に機械の腕が引く。背を向ける彼に微笑む彩萌へ向かう銃弾をも叩き落として、匡の声は少しばかり、緊張を解くような調子を帯びた。
「覚悟決まるまで、好きなだけそこにいても大丈夫だぜ」
「ああ。お前の安全は我々が保証する」
 頷く豹鎧の声もまた、彼に追随するようで。ようやく、ヴィクティムの眸が僅か、色を取り戻して笑う――自嘲めいた声ばかりは、未だ冬の温度を湛えていたけれど。
「ハ。覚悟なんざ、とっくに決まってるさ」
「なら」
 静かな声と共に――最後の一つが地に墜ちる。
「――道は空けたぜ、ヴィクティム」
 端役の眼前に広がったのは、ジャックポットへ届くまでの、拍子抜けするほど真っすぐで、呆気ないほど短い道だけだ。
「悲劇で終わると決まってたって、辿り着くまでの脚本は、お前の意思で書いていい」
 それが、誰も救われず、報われないものだったとして。
 匡はそれを咎めない。描かれる脚本の先に何が待っていたとしても、彼は友のために道を拓く。目指すべき場所に、彼の目指す光があるというのならば。
 その果てに生きて欲しいと願うのは――匡のエゴだ。
「したいことを、やってきな。これは“お前の舞台”なんだから」
 兄めいて笑えば。
 ノイズ混じりの声が呆れたような息を吐いた。ジャックのバイザーがこちらを見ている。何とはなしに、その先にある眸の表情までも視た気がして、匡は少し笑った。
「敢えて言わなかったのだが」
「ごめん。でも、思ってたんだろ」
「――まあな」
 一つの銃が唸れば、返る銃声は三つ。それが周囲を掠めるのに、ヴィクティムは嗤った。
 ああ――。
 こんな愚か者が、あまりにも恵まれすぎじゃあないか。
 足に込めた力は強く。ここにはいない陰陽師から託された力が、身を巡る。その背へ語り掛ける声がある。
「後悔したくないんだろ」
「――そうだな。もう沢山だ」
「なら、ばーんとやっちゃいなさい!」
 少女が笑い、凪の眸がはっきりとジャックポットを捉える。豹鎧がノイズ混じりに声を続ける。
 いつか鳥を墜としたときに、共に戦った。開いてもらった道を、今度は開くために来た。あのときジャックは――その裡側のただの少年は、決して鳥を理解出来なかったけれど。
 あの夢に彼を見た。きっとトリガーを引くのも、己の心底の本意ではなかったのだ。良い思い出など一つもなかったのに。
 だから、チューマ。『君』の覚悟の重みを、感じている。
 ――少しだけだけれど。
「『トドメを刺しな』」
 いつか自身が告げた言葉に頷いて――。
 ヴィクティムの足が地を蹴る。冬に終わりを齎すために。己が望みを叶えるために。
 連れて行くのは新旧の絆。いつか紡いだものと、今に紡ぐものを抱えて、断ち切るべき銃声に向けてナイフを振りかざす。
「その銃、貰うよ、Jackpot」
 ――せめて、怒りと憎悪を連れて行く。
 微笑む嘗ての友に、銃口を向けた少年もまた、目を細めた。
「Arsene」
 その声は――。
 いつか聴いたものとよく似て、ひどく穏やかに響いた。
「貴様が今、どんなところにいようと。皆に、甘いと笑われても――僕、は」
 一撃目は身を掠める。傷付き果てた体に走る一本に体勢を崩したジャックポットの眸は、振り下ろされる切っ先を確かに視た。
 桜が齎した浄化を願うように――鏡映しに見た魂を、掴みたがるように。
 少年は、ひどく泣きそうな顔で、銀閃の向こうの星へ手を伸ばした。
「星の夢でなら――『貴方』も――」
 ――銃が落ちる。
 心臓を深々と貫いたナイフに、もう声は聞こえない。夜空へ届くことなく落ちた掌に目を伏せて、ヴィクティムは遺された短銃を手に取った。
「おやすみ、チューマ」


 夜を破り、朝焼けが地平を染める。
 夢見る星々の時間は終わった。眠らぬ街の灯りが消えて、朝日を遮る鳥がひらりと舞う。
 冬は――夜は。
 過去とさいわいの幻想を連れて、春告げの陽に融けて。
 また、今日が巡る。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年04月23日
宿敵 『冬寂の魔弾『ジャックポット』』 を撃破!


挿絵イラスト