#ダークセイヴァー
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●救いを
観音開きに扉をくぐる。
蔦草が這う漆喰壁。上体の無い聖人像。半数が腐り落ちた座椅子を横目に右手へ。
"告解室"。黒塗りのその小部屋は、蓋の外された棺のようだった。
参詣へ訪れるものは絶えない。
此処に、今も、救いはあるのだから。
夜と闇、絶望の世界、ダークセイヴァー。
「私は愛する人を裏切りました」
「私は食うに困り、盗みを働きました」
「私は神の声が聴こえると騙り、人々を陥れました」
カタン。窓を押し上げ、差し伸べられるは御手ではなく冴え冴えとした十字の短剣。
銀の刃先が幽かな光を弾く。映り込む、泣き腫らした信心者――つい数日前までは信仰に唾吐き生きてきた――は、震える手で、それを握る。
「神よ。私は、……」
歓喜に。
ええ、ええ。迷える子よ。すべて聞き届けました。授けしものは聖別のあかし。
あらゆる罪から解き放たれ、御許へ寄り添うこと。
痛苦は一瞬にて晴れ。主はあなたを赦すでしょう。
救いは此処に。
救いは此処に。
救いは――――。
●告解
フリでいいから。
付け足して、アビ・ローリイット(献灯・f11247)は猟兵に自死を求めた。
「シロートにはどうせ分かんねーし、死んだか生きてるかとか。でさ、いい感じに潜り込んだあと内からぶっ潰しちゃって」
寂れた村にて囁かれる"救い"の正体とは。
はじめの行き先は廃教会。
曰く、現地民にとってのいま一番ホットなスポットには椅子と仕切りがひとつ。席につけばやさしい声がそっと、罪の告白を求める。
闇の先には信者でもいるのか、話し終えたあとは小窓から差し出される祭具を用いて"死ぬ"だけでいい。
「それが儀式。死体は出てきてない、招待……とも。罪だとか言うけど、別に全部真実じゃなくたっていけるだろ。要は死にたいほど――実際に、死んでみせるほどのって伝わりゃ十分なんだ」
おもいでをくれてやるのも癪じゃない?
長い尾は緩く、ぬるむ空気を混ぜている。
「祭具ってのは短剣っぽい。胸、首、腹……まあ、なんか、見えやすい位置を」
催眠に意識混濁。都合の良い呪いが込められている可能性が高い。用心はしといて、と重ねて無茶を注文するが――体の傷はユーベルコードのひとつで容易く癒える。死にさえしなければ。
生き続けたとして癒えるとは限らぬものは、なんだろう。
「すっげー悪趣味なヤツだと思う」
ホンモノなんざ見たことある?
グリモア猟兵はそれきり話をやめ、鬱蒼と月明りも疎らな道を先へ促した。
zino
ご覧いただきありがとうございます。
zinoと申します。よろしくお願いいたします。
今回は、なけなしの拠り所を奪うためダークセイヴァーへとご案内いたします。
●流れ
第1章:冒険(儀式)
第2章:集団戦(???)
第3章:ボス戦(???)
●第1章について
夜、廃教会の告解室にて。罪を告白し、祭具を用いて自死を演じていただきます。
いつ、どこで、だれが、なにに、なにをしてしまいどうなったのか。
告白には必ずひとつ以上の『嘘』を含んでください。それと分かるよう綴っていただいても、明かさずともご自由に。
性質上、単独描写、一人称視点メイン(例外有)となります。
内容は如何様にも。過激過ぎる、世界観を逸脱し過ぎている場合はマスタリング~採用を見送らせていただきます。
リプレイではMSが想像で行間を埋める等いたします。設定の不整合など、必要に応じて『嘘』のひとつと捉えていただければ幸いです。NGは添えていただけますと。
●第2章について
敵は先制攻撃をせず、猟兵が使用したユーベルコードに対応した反撃を行います。
●その他
プレイング受付期間【12/28(土)08:31~12:30】 導入はありません。
補足、詳細スケジュール等マスターページにてお知らせいたします。お手数となりますが、ご確認いただけますと幸いです。
痛い、鬱々、悪者扱い、救いがない要素が含まれます。予めご了承ください。
セリフや心情、結果に関わること以外で大事にしたい/避けたいこだわり等、プレイングにて添えていただけましたら可能な範囲で執筆の参考とさせていただきます。
第1章 冒険
『ひとつの試練』
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POW : タフな精神でこなす
SPD : 躊躇わず素早くこなす
WIZ : 頭を使い慎重にこなす
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
エンジ・カラカ
罪、罪ネェ……。
賢い君、賢い君、やろうカ。
見ててくれヨ。
コレの罪。罪は一つ。
家族、友人、大切な人、全員を殺しました。
牢獄を脱するにはそうするしかなかったのデス。
いつ?いつだったかな……覚えていないケド
今日みたいな日だった。
静かで、シロツメクサがたーくさん咲いてて
シロツメクサがそう、君の色に染まってしまったンだ。
思い出すだけで押し潰されそうになってしまうンだ。
こんな思いをするならさっさと……。
○
嘘。嘘に決まってるだろ。
何か嘘って?
静かでもシロツメクサがたーくさん咲いてもない
思い出すだけで押し潰される?
嘘。
いつか覚えていない?
嘘。
全て全て、ちゃーんと覚えているのサ。
いと 惜しい
●
吹き込む隙間風が涼しくて。けれども湿っていて。
泥濘、ぐちゃぐちゃに踏み躙られた土の香り。
昔から変わらず鼻は自慢だったので、ああ、雨が降っているのだと、そう思った。
穴の開いた壁の隙間に手を突っ込んでみると、ひんやりしたものが指を伝う。それが"牢獄"の外の世界で、はじめて触ったもの。
はじめて。
と、思ったものはなァんだ、いざ引き抜いてみれば見知った赤色。境目も分からないほど自分のまわりに散らばっているものと、なんら違いがないのです。
聞いてくれていますか?
コレは家族、友人、大切な人、全員を殺しました。
罪だろうカ。罪なのかなァ。罪。罪だとしても。
牢獄を脱するには、そうするしかなかったのデス。
それで、なんだっけ。
悪い狼が傷付けたのでしょう。そんな微かな衝撃で、ボロボロの檻は崩れてしまって。枷より軽く足首を掴むものは最早繋がっていなかったから、そのまま外へ出たのだ。
金ぴか月明かりの歓迎は眩しくて、コレの目に焼き付いてしまいました。
とても静かで。白くて小さな……シロツメクサがたーくさん咲いていて。
だから、腕の中の"君"がぽたぽたと垂れれば。同じ色に染まってしまうのもすぐです。
コレと、君と、花と。
大丈夫。キレイだよ。 ありがとう。しあわせ。あいしてる。あいしてね。足元の牧師たちが薫る風に揺れ歌う中、恋人たちは誓いのくちづけを薬指へ落としたのでした。
甘いあまい、罪。
まるで今日みたいな日だった。
――ホラ。血の匂いまで、よく似ている。
○
悔恨に? 惜別に? 幸福に?
ぎゅうと握る胸元。
「思い出すだけで押し潰されそうになってしまうンだ。こんな思いをするなら、さっさと……」
ふるりちいさく首を振る狼男の表情は、襤褸いフードに遮られ常に翳りの中。
賢い君。見ててくれたカ、酷い男だよネェ。呟くエンジ・カラカ(六月・f06959)がいつだってうつくしい手のうちを覗き込んでいると、祭具とやらは無機質に差し出された。
主はこの救いようもない罪も赦すのだと!
なんの変哲もない銀を握れば、愛想よく告げる「サヨウナラ」。礼を言いそびれてしまったけれども、そんなお行儀結局付け焼刃なものだから仕方ない。
つ、と骨に沿いなぞった喉元。零れた赤。赤い……、あれきり、全部ぜんぶ。
(「嘘。嘘に決まってるだろ」)
怒号、絶叫が鳴り止んだ試しはない。
シロツメクサなんて咲いてやしない。
思い出すだけで押し潰される必要もないければ、いつだったか覚えていないわけもない。
(「全て全て、ちゃーんと覚えているのサ」)
いと 惜しい。
左手、薬指の傷痕。
閉じる直前の瞳に映したホントウと。アァ――君だって、今も尚、ともにいるのだから。
成功
🔵🔵🔴
絢辻・幽子
WIZ
死は救い、なんて言うけど
本当にその先は救いかしら?どうかしら?
知るために、先を見るために、神に懺悔してあげましょう。
嘘は、大得意よ。女狐だもの。
あ、でも、幽ちゃん本当に幽霊になるのは嫌よ。
……手を合わせて祈るなんて、似合わないわねえ
『神よ。私は、大切な子を食べてしまいました。』
暗闇のこの世界で、小さかった私にとって大事な友達を
この手で、口で。
おなかがすいてたのよ、満たされたかったの。
ねぇ、神さま。あの子の赤は綺麗だったわ
私の首の赤は、綺麗かしら?
……なあんて。
都合の良い呪い、ねぇ?
一応、『呪詛耐性』は少しばかり心得てはいるけど。
(痛いの嫌いなので『激痛耐性』大事。)
●
あのね、私、今日はあなただけを想って指を組みます。
上手にできているかしら? ごめんなさいね、祈りがちゃんと届くのは、はじめてのことだから。
神よ。
私は、大切な子を食べてしまいました。
おなかがすいてたのよ。満たされたかったの。
――暗闇のこの世界は、ちいさな私が生きてゆくには厳しすぎました。他に食べられるものなんてなにもなかったのです。
だって。
掘り起こした墓の土で爪の間は赤黒く染まっていました。
綺麗好きだなんて言っていられなかった。今の私が見たら卒倒しちゃいそうな、こびりついて濁った、それはもう汚らしい毛色をしていたわ。
そうしてね、いつになくお月様が明るすぎた所為かしら。
あの子が私を――私があの子を、見つけてしまったのは。
素敵だって、そう言うの。
連れられた先の湖で、血汚れの落ちた私の尾に飛びついて。ねぇ、すてきなともだち! あそぼう。なにしてあそぼう? 遊び方なんて知らない狐の手を引くのです。
それからの日々は木漏れ日の中のように過ぎてゆきました。
呪いと同じ。手にした幸せが大きいほど、失う痛みも大きくなるなんて。愚かでちいさな私は、知らなかったもの。
この爪をご覧ください。牙も。獣のかたちをしているでしょう?
ひとの皮膚も、肉も、柔らかくってダメね。 おいしそう。 なめるだけ。ほんのすこし。ひとくちだけ、 耐え難い衝動が、永遠に獣と彼らを隔ててしまうのでした。
――……食べたくなんてなかった!
本当。本当よ。哀しくて、苦しくて、吐き戻してまた呑み込んで、涙で味なんて思い出せるものですか。
そんなお別れでも――ねぇ、神さま。あの子の赤は、とびきり綺麗だったわ。
○
私から流れる赤は、綺麗かしら?
……絢辻・幽子(幽々・f04449)は仕切りの向こうへ尋ねたと思っていたけれど、紫帯びる唇はいつもみたく上手に言葉を紡げなかった。
首の裂け目より噴き出す血の音の方が騒がしくって。
(「なあんて。嫌ね。尻尾が汚れていませんように」)
痛いのも、嫌い。なんの気紛れかこんな仕事請け負ってしまったこと。もしかしたら心のどこかで暴きたがっていたのかもしれない。"死は救い"、ありふれた教えの先に、真実それは存在するのか。
お口が塞がってしまうと退屈。大得意の嘘に、もうすこし付き合ってくれてもよかったのに。
からんと音を立てて、指の間から濡れた銀が零れ落ち床を滑る。
(「都合の良い呪い、ねぇ? 本当に幽霊になるのも御免だけど……」)
押し寄せてくる眠気。本物の呪物だっていうのなら後で調べ回してやりたいところ、手が冷たい、そういえば今朝尻尾のお手入れしたかしら、おいしいものが食べたい……すこしずつ絡まり合って靄がかる思考は、なるほど。 苦痛には程遠く。
久しぶりに深く眠れそう――。
おなかは変わらずぺこぺこなのに。ね。
成功
🔵🔵🔴
冴木・蜜
私は――友を殺しました
ひと月ほど前でしょうか
眠れぬ日々が長くて時間の感覚も曖昧ですが
私と彼は流れの医師で
貧しい村を渡りながら
苦しむ人々を助け回っていました
彼は素晴らしい人でした
腕も確かでした
何より人を 私を信頼してくれた
人が良かった、のでしょう
だから
救うために己を顧みなかった
救えない命たちに加えて
寝食を無視した勤務
彼はどんどん窶れていく
私にはそれが耐えられなかった
だから
彼の水に致死量の悪意を混ぜました
……私は
彼の信頼を裏切ってでも彼を救いたかった
でも 気付いたんです
わたしは…何も救えなかった
*
……なんて、嘘
現実はもっと残酷
私には彼を裏切ることなんてできなくて
彼は――、
だからね
私は罪人なのです
●
私は――友を殺しました。
ひと月ほど前でしょうか。……失礼。眠れぬ日々の長さに、時間の感覚も曖昧になってしまっていて。
私と彼は流れの医師として、貧しい村を渡りながら苦しむ人々を助けてまわっていました。
流行り病に倒れた一家。我が子を託し命を終える母。……その子も、数日ののちに息を引き取る。そう、手を尽くしたところで毎日がそんな、絶望の連続です。
報われぬ地の底にあっても尚、彼は素晴らしい人でした。
腕も確かでした。
何より人を。……私を、信頼してくれた。
人が良かったのでしょう。己の身を顧みず施し続ける善行は、まさしく聖人のように映りました。
末期の、救えぬ命にまで差し伸べる手。寄り添わんとする心。寝食を捨て置いての勤務。朝も夜も明日も明後日もない、今向かわねばと、譫言のように繰り返す横顔。
その先は――ええ。知っての通り、ひとの子が、ひとのまま神になどなれようはずもなく。
わたしは、きっと比べようもなく弱かったのですね。
壊れてゆく彼を傍らで見ていることが耐えられなかった。
――だから、ね。彼の水に致死量の悪意を混ぜました。それで終わると信じました。
救えたであろう数多の命を、彼の理想を、彼からのあたたかな信頼すべてを引き換えにしてでも彼を救いたかった。
救い、たかった――。ふふ。ご想像の通りです。
結局は、なにひとつ救えぬまま、贖罪も為せず今日まで生き永らえてまいりました。
○
「斯様に愚かな罪人に、裁きをくださいますか」
もうずっと瞳を伏せて、冴木・蜜(天賦の薬・f15222)はこうべを垂れている。ぽた、ぽたと墨汁めいた液体が零れ机を伝っていた。
そのかけらがひとりでに己のもとへ戻らんとするのを、靴裏できつく踏みしめるとき、はじめて音という音を鳴らして。
「あなたはもう、十分に苦しまれたご様子。なにも心配は要りません」
「そう、でしょうか。……主様が仰っているのなら、そうなのでしょうね」
"適当"に表情をつくるのは慣れていた。にこりとちいさく微笑んでみせる口元から滴るタールを、拭うようにも短剣が差し出される。
一突き。
楽なものだ。……瞼の裏に、苦悶のうち溶けていった有象無象が浮かんでは消え、否、消えずに蜜のからだを四方へと引き裂いてゆく。
(「どうぞお好きなだけ」)
あのとき、裏切ることができていたのなら、何かが変わっていた? ――真実はずっと残酷だ。
罰ならば神などより、あなた方からこそ与えられたい。
この暗闇に溶け込んでなくなってしまえたら、如何ほどに救われるか。
――。
さりとて意に反し、タールの身は繋がり合い消滅を拒む。眠るべきは、救われるべきは己ではないのだとしずかに脈動する。
嗚呼、はやく、はやくこの指を届かせたい――、皮肉にも。死を以て救いと呼ばわる、今の己の存在こそが、友の志を継いでいるのだとしても。
成功
🔵🔵🔴
渦雷・ユキテル
死にたがる人の気持ちって分からないんです。
それを知りたくて来ただけ。ただの好奇心。
その筈でした。
震える声での告解。演技。これは演技。あたしは、
「――私は、大切なひとを。大切なひとのものを盗みました」
盗んだ身体は、ほら、こうしてここにある。
あたしの思考と彼の身体。
盗んだのか与えられたのかわからない。だからこれは嘘。
嘘ってことに、しといてくれませんか。
盗ったなんて思いたくないの。
死ぬ真似でいいんでしょ?
【演技】【変装】仕組んだ血糊を狙うだけ。
気を付けて。身体を、彼を傷つけたりしないように。
※絡み・アドリブ歓迎
自身を意図的に傷つける事はしません
が、根は自罰的なので短剣の滑りが良くなる可能性はあります
●
白い部屋。苦い薬、いっぱいの注射。たまのおやつと、日替わりのおともだち。
それだけを持ってうまれた私は、それだけを信じてしんでゆけばよかったのに。ある日、分不相応なものを望んでしまったのです。
――私は、大切なひとを。大切なひとのものを盗みました。
今日まで大事にしてきたんですよ。なにって、ふふ、身体です。
綺麗でしょう? 瞳も、髪も、ネイルが楽しめる指先だって。みーんなみんな、醜い心以外は彼のものなんです。
やさしさを利用しました。
よく出来た彼の身体は、きらいなものを壊すのも、遠くへ駆け出すのも、簡単でした。ひとりだったなら本当に簡単。ね、ばかなひとですよね。
そんな大切なものを捨ててしまっていいのか?
……さぁ。
ひととして生きるのはすこしだけ、重たくて。疲れちゃったのかもしれませんね。
○
死にたがる人とは、どんな気持ちなのだろう。
きっかけはただの好奇心。
「…………」
「恐れることはありません。あなたが背負ってきた痛み。それらすべてに比べ、祭具の重みはいくらも軽いことでしょう」
だった。
渦雷・ユキテル(さいわい・f16385)の手には銀の十字。
痛苦は一瞬にして晴れる? "施設"のものより更に切れ味が悪そうなのだ、仕切りの向こうの存在も随分と嘘つきだと知れ歪みかける口元を結び直す。
「はい。うれしかった、だけです。だってこれで、終わりなんでしょう?」
ゆっくりと、吸って、吐く。最後の深呼吸をひどく満ち足りたものとして演じて、背を丸める。押し当てるは懐に仕込んできた血糊。
気を付けて。
与えられた、譲り受けた身体を、"彼"を傷つけたりしないように。
――盗んだくせに?
盗んでいない。
――奪ったくせに!
ちがう、あれは、
ズ、 と。
込める力を俄かに強めさせたものがなにか、ユキテルにも分からない。でもどこかで知っているらしい、求め来た問いの答え。
(「……ごめん。あとで綺麗に、塞ぐから」)
自分には縁がないと。その筈だった、罰を乞うこころ。
突き立てた刃はするりと進み、つくりものの赤に幾筋かの本物が混じった。けれども肉を裂いた以上奥へは進ませないのも、存外頑丈なつくりの骨だ。 また、まもられてしまったな。
びしゃり派手に飛び散る演出に、少女は浸かり身を委ねる。
そっと抱き留められるみたく。妄想の枠を超えないくせ、ひどくなつかしい心地がした。
「もう、いちど……」
救いの日にあいたい。一度だけでも、あおう、あうのだから――。渡された天国行きのチケットがもしも本物だとしても、見つけ出すその日まで、何度でも破り捨てる。
(「誰にだって、赦されてなんかやらないの。ねぇ、 」)
まだ、そばにいて。離してあげられないあたしを見つめて、眉を下げて、困った風に微笑んで。
きつく指を沈ませる傷口。傍目には悲惨にもがいて見えるそれは、奥底に届かせ確かめるひみつの誓い。――ふたりだけ、知っている。
成功
🔵🔵🔴
リオネル・エコーズ
身分違いの恋を、しました
私のいた街に来た、無邪気で残酷な吸血鬼
けれど彼女に恋をした私は彼女に喜んでほしくて
彼女が望めば何でも歌いました
賛美歌
童謡
…母から教わった子守歌
彼女の願いに応え彼女の為だけに歌う時間は何よりも大切で…
そう、喜んでもわらなきゃ困る
お気に入りでいれば
生きていれば
死ななければ
家族や街の皆は殺されない、守られる、生きていられる
だから同じように彼女の人形になった人の恐怖に蓋をした
聞かせたくない相手の為に、心から歌い続けた
ですがとある事故で私は彼女の手を離してしまい
以降、離れ離れ
彼女の為に歌うと誓ったのに
恋と、誓いを破った事
それが私の罪
償えるなら何だってと、最後の締めに胸をひと突き
●
身分違いの恋を、しました。
ふらりと街に訪れた、無邪気で残酷な吸血鬼。鮮やかな宝玉の瞳が月のように細まるとき、ノイズめいて掻き鳴らされる胸の高鳴りを私は、はじめて恋と知りました。
幸運にも彼女に見初められたこの声で、望まれるままなんでも歌い上げました。
賛美歌。 称えるは麗しの君。
童謡。 ひとを愛し慈しむ耳元へ。
……母から教わった子守歌。眠れぬ夜の、誰より近く。
喉が枯れる痛みすら、甘美に身を焦がす炎に思えた! 願いに応え、愛しのひとの為だけに歌う時間はなによりも大切で。
私の生きがいでした。生きている価値があると感じた。望み望まれるまま生きようと、永遠にこの今が続けばいいと、――ええ。夢見て囀る小鳥のようであったことでしょう。
そこからは、神様。きっとあなたも聞き飽きた筋書きをなぞるばかりです。
歌劇の転調と同様に、終わりは突然訪れるもの。
伸ばされた手を正しく掴めていたのなら、どんなに幸せだったものか。やがて時の悪戯に引き裂かれる縁は修復すること最早叶わず。……以来、離れ離れ。
それでも私はこうして歌を囀っています。
自らのため。自らが、赦しを得るため。
彼女のためだけにと誓った少年は、いま改めて、二度目の死を迎えねばならない。
恋と、誓いを破ったこと。私の、ゆるされざる罪に殉じて。
○
――。
話し終えた……否、歌い終えたリオネル・エコーズ(燦歌・f04185)は、双眸より過日の朝焼けを薄らと零した。胸元に沿えた手は開かれて、求めるまま虚空へと差し伸べられる。
彼女の、ひとごろしの喜ぶ顔が好きだった? 嘘ではない。……そう、喜んでもらえなくては意味がなかったから。
お気に入りでいれば。
生きていれば、死ななければ、大切なものはすべて守ることができる。生かすことができる術をたったひとつ己に見出し縋った。
かごのなかの鳥は、賢く生きる必要があった。
望まぬ存在のためであれ紡ぐ歌声は変わらず透き通るのに、今だって頭の芯はひどく冷えた心地がする。それも、秘密。泣き惑う"人形たち"へ与えたものと同じ蓋をして浮かべる笑みに、音色に、ごらん。 世界は輝いて。
「お辛かったことでしょう。お行きなさい。いまも彼女はあなたを待っています」
路が開かれる。
拍手もなければ歓声もない。
握らされる銀の十字が、それらに代わりきらりとひかるだけ。
「あは、は。下手になっていたら、叱られてしまいそうだけれど」
――逆だ。
死んでしまえば果たせない。胸へと埋めるこの一突きは嘘でも捧げたりはしない。真に届けたい先を想い閉じた瞳も、唇も、再びひらいた未来での反旗を誓うがため。
「償えるなら、何だって」
鳥は既に羽ばたいた。
戯歌はこれにて終幕。
成功
🔵🔵🔴
クロード・ロラン
告解室へ入ったら、不安げに周囲を見回すふり
嘘は苦手だ
だから、こんな機会でもなきゃ話せない話をしよう
俺……里を捨てたんだ
今よりずっと幼かった頃、小屋を出た俺が初めて見た外は、
真っ赤な炎に包まれた里だった
ヴァンパイアに燃やされた、隠れ里
里には母さんがいた、友達もいた
でも俺は……誰も探すことなく、燃える里を飛び出し逃げたんだ
なんとかここまで生きてきたけど
助けてほしかったって……声が、聞こえるんだ
助けてほしいのは、俺の方だよ……
差し出された短剣
受けとれば深呼吸、ためらいなく胸に突き刺す
止めた息で力を集中して痛み逃して
声なんて本当は聞こえねえから、そこは嘘
ああでも、あの時もっと力がほしかったな
●
おそろしいものから身を隠して。慎ましやかでもいい、微かな幸せのなか生きていたいだけ。この世界じゃありふれた場所だったんだと、気付いたのは外を知ってから。
俺……里を捨てたんだ。
今より小さい頃の話。
人狼病って知ってるかな。神様なら余裕か。
俺さ、人狼で。"家"だったボロ小屋の隙間から見える景色っていうのは、鉄条網越しの空くらい。同じ年頃の子たちが外を駆ける足音、笑い声。――音っていうのは残酷だ。遮られず、届くんだから。
それでも友だちはいたんだぜ? 母さんだっていた。
板切れ越しに差し入れてくれる花は手元に落ちる頃にはぐちゃぐちゃで、今だってなんの名前なのか分からないけど、嫌な香りじゃなかったなぁ。
そんな毎日がずっと続いてくんだと、それが俺の生なのだと、漠然と受け容れていた。
けれど終わりを報せたのは。里を襲ったのは狼でも病でもなくて、ヴァンパイアだった。
びっくりしたよ!
はじめて視界いっぱいに見た外は、炎に包まれた真っ赤。あちこちにできた黒い小山がなにか音を発している。ひゅー、ひゅう、か細い呼吸音だと分かったのがふたつ目の発見。
荒れ狂う力を前に――俺を閉じ込めた里のみんなを責めることなんて出来ないと、すぐに理解した。
震えてしまった。足は前へ出たがらず、誰をも探さず、転げるように山道を駆け下りた。
たすけて。いやだ。しにたくない。いつか聞いた声が追いかけてくる。咳き込んで。しずかになる、追いかけてくる、――その繰り返しで、実はさ、今もまだ消えないんだ。
……助けてほしいのは、俺の方だよ。
平穏を壊してしまうと恐れられた狼だったのに、蓋を開けてみれば尻尾を巻くしかできないただのガキだったなんて。笑っちゃうよな。
○
カタン。
祭壇の側から、微かな物音。眉を顰めるクロード・ロラン(黒狼の狩人・f00390)は不安げに顔を向けて、それから膝に置いていた拳で所在なさげに衣を握りしめた。
フリをする。――けれど、やっぱり、嘘は苦手だ。
(「声なんて本当は聞こえねえよ」)
痛い、も怖い、もすべて置き去りにしてきたこの身を、友も母ですらあれきり呼んではくれない。記憶にある声色が薄れてしまう恐怖の方が、ずっと真実に近かった。
……。
静寂が痛くて、視線だけ動かせばそこに銀十字は輝いている。
「悔いてあなたが向かえば、彼らは赦し今一度傍らで微笑むでしょう。もう二度と離れることもありません」
壁材がそうさせるのか、囁きはすぐ耳元でも響くようだ。
それは御免。まだ顔合わせできるほど立派な男になれていないってのに。――苦笑いと深呼吸。あとは、まっすぐ胸を刺し貫くだけ。
(「でもさ、逃げるのは……やめにしたんだ」)
いつか傷付くことに竦んだ身体を、いま飛び込むため、己が手で傷付ける。
止める息で痛みは逃げるか。常ならば咎人を裁く側の少年は、欠かせぬ臓器を避けながら捻じ込んだ刃を滑るまま手放すとともに、ぐらりと傾いだ。
倒れ込めば天井、崩れかけのステンドグラスが赤にぼやける。
ぐるぐるに混ざり合って、近付いて遠のいて、炎みたい。伸ばしたくなっても、決まって指はすこし重い。
――ああ、でも。あの時もっと力が欲しかったな。
いまみたいに。 今、以上に。
成功
🔵🔵🔴
ジャハル・アルムリフ
…は、たいした趣味だな
付き合う酔狂を師は笑うだろうか
それとも
……俺は、裏切り者なのだ
生かしてくれた者を
生かそうとしてくれた者を
この手で無残に葬り去った
そして、のうのうと幸福に生きている
ああ、それを後悔すらしていないのだ
いまだ光のもとにある恥知らずの生など
疾く終わりにすべきなのだろう
うつむき、覆った掌の下で皮肉に笑い
うそ寒さに拳を握る
さて、この身をだれが赦すというのやら
ふと脳裏を星の輝きが過ぎる
天を仰いでから
……すまぬな
自らの喉元へと短剣を
終わり告げる血が、やたらと温かい
●
話は得意ではない。
手短に、あったままを並べるまでの非礼をお許し願いたい。
……俺は、裏切り者なのだ。
邂逅は、珍しく星の明るい夜だった。
幼子である俺を守らんと身を盾とした母、父、同胞ら。それらすべてを敵味方なく食い荒らし、なによりも罪深き害悪が唯一生きて齢を重ねた。
生かしてくれた者を、生かそうとしてくれた者をこの手で――無惨に葬り去った。
堕竜。地獄へ堕ちろ、同胞殺し。
石を矢を投げられる度、それ以外術を知らず、有象無象を屠り続けた。
そうして、逃げおおせた気でのうのうと幸福に生きている。
ああ、それを後悔すらしていないのだ。
あの日代償に失った片角の煌めきこそが彼らの呪いであり、俺と、過去とを繋ぎ止めている。帰る場所は此方だ。手招く闇は、日に日に我が臓腑へと染み入って。
皆の囁く通り――。
いまだ光のもとにある恥知らずの生など、疾く終わりにすべきなのだろう。
○
それがすべて。
俯くジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は吐気か涙かをこらえるようにも傷だらけの手で顔を覆った。長く、石畳へ落ちた影は神に傅く信心者を模しながら。
(「……は、たいした趣味だな」)
しかし覆った肉の下にあるのは皮肉に歪む口元だ。不幸自慢を糧とでも? まったく――うそ寒い。握り直す拳がきしりと骨の音を鳴らす。
降りかかる悉くを打ち払ってくれたのは、己でなければ神などでもない。己の生から彼の星を差し引くだけで、非業の結末などいくらでも紡げるものだと知れた。
夜闇は一層、竜の存在を包み消している。光の傍らにあることに慣れてしまっても、肌を刺すくらやみは芯に馴染む。
さて、この身をだれが赦すというのやら。
受け取った短剣に映り込むのは己限り。
……そうであるべき筈なのに、月の満ち欠けより鮮やかに明滅し、胸裡に、眼前に過る星の輝き。やめておけ? ……勝手は許さん?
欠けた角を補う星彩は、同じひかりを零して共に歩む現在とのみ繋がれていた。都合の良い作り話として扱ったこと、心内にて詫びるまではいいが。
(「これでは、裁かせてしまうようだろうに」)
ぐっと高く天を仰げば朽ちた世界に色など見えない。それでよかった。
「……すまぬな」
御身へはいつか"真似事"以外でくれてやる。
だから、いまは、 ひとり。
喉元へと差し入れた十字は、鱗に覆われぬやわらかな急所を裂いて開く。
終わりを告げる血は噴き飽きればたらたらと伝い落ちて、繕われた宝の数々を濡らした。
――これが一番、叱られかねない。 な。
付き合う酔狂を師は笑うだろうか。それとも。
ふ、と、長く息を吐くのを最後に竜の"屍体"が運び出され、寸刻。足を踏み入れた星の宝石は、まだぬくい血の泥濘にひそりと眉を顰めて。
成功
🔵🔵🔴
アルバ・アルフライラ
懺悔なぞで罪が贖われるならば苦労はせん
…そうと知っても尚
人は神に縋らざるを得ぬのだろうよ
――私は罪を犯しました
ずっとずっと、昔の話です
私は一人の乙女を村から連れ出しました
高台から見るお気に入りの景色を見せたかった
…そして野盗によって
彼女は千々に裂かれました
村から出さなければ死ぬ事はなかったかも知れない
私の浅はかな行為が彼女を殺したのです
…正確には乙女ではなく弟だが
それに我々が高台を訪れた頃には
既に村は襲われていた
――それでも胸を蝕む毒は消えない
呪の類は耐性や破魔で凌ぐも
呪に浮された様に演技をしつつ
短剣を握り、刃を一思いに首へ突き立てる
斃れ伏しても尚
限界まで仕切りの奥の存在に聞き耳を立て続けよう
●
…………。
もう、はじめてよろしいですか?
ええ、懺悔を。愚かな私を、どうか断じていただきたい。
ずっとずっと、昔の話です。
私は一人の乙女を村から連れ出しました。
遮るもののなにもない一面の展望。ひかり躍る星夜のうつくしさ。広げる両腕ですら抱けぬ、言葉ではとても語り切れぬ世界の彩り。
高台から見るお気に入りの景色を、その素晴らしさを彼女にも分けてあげたかった。
――ねぇ、すごいんだ。きみの瞳に似ているよ。
――はやく、はやく! きっと気に入るから。
手を引いたなら身体は軽く。本当に、たのしかった。息を切らして辿り着いた先、待つは終わりの始まりとも知らず。
……そうして出くわした野盗によって、彼女は千々に裂かれました。
村から出さなければ死ぬ事はなかったかも知れない。
私の幼く浅はかな行為が、彼女を、二度と輝かぬ石礫へと殺したのです。
○
……どうにも気が急いて仕様がない。
かんばせは冷ややかにつくりものの優美を保つまま、しかし、アルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)は心を持つクリスタリアン。 砕かれれば痛む。ひとを想えば、罅も入る。
彼奴は童の時分の方がまだ手が掛からなかった。
(「……やはり、要らぬところが似てしまったということか」)
仲良く連れ立って斯様な案件を請け負うなどと。
訪れるであろう救いに歓喜しているからではない。いとおしむ存在のことを考えているからこそ、アルバは穏やかに、しずかな所作で短剣を手に取る。込められた呪いか。かちり、ひとりでに震える指が白刃と触れた。
どうせまた無茶をした。
疾く終えて、繕い物に勤しまねばなるまい。
(「と、いうことだ。未だそちらには向かえそうもない」)
本当のところは、あの夜。すべてが手遅れに過ぎた。
手の施しようもなく蹂躙された村。断末魔だけがこびりつく、砕けて散った乙女……正しくは弟へと、捧ぐは己が命よりも幾百、幾万の仇と既に決めている。
誓ったのだ。千と一の夜の果ても、そのためだけに輝かんと。
首に罅が走る感触は、前へ立ちたがる竜の所為で随分と久しくぶりに思えて。 ――……永く、生きてきた。
突き立てる半ばで銀が折れる。 ――……懺悔なぞで罪が贖われるならば苦労はしない。
どこか、ほんのひとかけ分だけ、この刃が奥深くへと沈み毒を抉り出す期待をしていた。 ――……そうと知っても尚、神に縋らざるを得ぬ人を諫める言葉は得られぬまま。
から、 からん。
破片を零し、頽れる宝石の男のそばへと微かな衣擦れの音が近付く。
熱は知れねど、背に触れる手はひとの柔さをしていた。「あなたの――は、――は罪は、主のもとできっとひとつに」まとわりつく囁きにゆるやかに絡め取られ……暗闇へ。 くらがりへ。
成功
🔵🔵🔴
コノハ・ライゼ
『おもいでをくれてやるのも癪』か
確かに、ネ。
素の銀の髪、酷く憔悴した様子で
もうどうして生きていたいと思ったか分からない
僕は、人を殺しました
そうすれば辛い生活じゃなくなる
無理を強いる人も居なくなる
全部それまでより楽になる、そう思って
斧で、顔が分からない位めちゃくちゃに
死ぬときの顔を覚えていたくなくて
なのに全部覚えてる
楽になんてならなかったし後悔ばかり
僕が生きていちゃダメだったんだって
身寄りのない僕を育ててくれた、恩人なのに
全てに少しずつのウソ
ホントウはひとつだけ
お手の物だ、生きてちゃダメなオレがそうやって生きてきたんだから
自死は躊躇わず、頭落とす意思見せるように首を
『激痛耐性』用い死んだフリ
●
もう、どうして生きていたいと思ったのかが分からない。
僕は、人を殺しました。
夢のような――夢見た日々が欲しかった。
自由。 ひととも扱われず酷使される日常に、それはひとしずくの希望でした。
無理を強いる人も居ない、涙で枕を濡らす夜もない、好きなものを好きだと抱きしめて、自分の好きなように生きてゆく。この選択で全部が楽になる、そう思っていました。
坂の向こうから燦燦と照りつける夕日に、あの人は眩しそうに顔を背けて。今しかないと過ったときには、この手は作業用の斧を振り上げて、振り下ろしていたのです。
憎たらしい顔も分からないほどめちゃくちゃに。
逃げたがる足も叩き落して、這いずる手も、指も、何もかも平らに潰してからようやく、息すら忘れていたことに気付きました。
半ばでぽっきり折れた斧が足元に転がって。
それに躓き、縺れ込んだ地面にぽたりと落ちたのは、もちろん嬉し涙でした。胸いっぱいに吸い込んだ酸素ははじめて味わったかのように、甘やかで。
これで自由だ!!
一度だって振り返らずに駆けだしました。僕は、ついに成し遂げたのです。
――なのに、全部覚えてる。
夢に見るのです。近頃なんて毎夜、毎夜。
誰がお前のように薄汚い小僧を、育ててやったと思っているんだ。恩を仇で。恥を知れ。人殺し。人殺し。ひとごろし、
伸びる手、手、そうして同じだけバラバラに引き裂かれる身体。
その痛みときたらね、生きていたって死んでいるのと変わらない。それが夜毎に繰り返される。地獄から迎えが来ているのです。お前も同じ場所へ堕ちてこい、と。
結局……夢は夢のまま。なにひとつ楽になんてならなかったし、後悔ばかり。
身寄りのないお荷物を育ててくれた、恩人を殺めた。
僕が生きていちゃダメだったんだ。僕は、生きていちゃダメだった。――そうでしょう?
○
彩り潜めた銀の髪は、覆いかぶさる闇にそれどころか灰ほどくすんで見える。
憔悴に曇るまま、声もなく刃身を握りしめるコノハ・ライゼ(空々・f03130)の手から血が滴った。
「これで。あの人の苦しみに、すこしは寄り添えるのでしょうか。僕はやっと、楽に」
――ええ。
――よかった。
これでもかと盛ったというのに。己の唇がオマケで発した馬鹿げた"ウソ"に、まず首を掻いた爪が肌を抉る。おっと。祭具を用いねば文字通り無駄死にか――追って、躊躇いなく滑らせる銀は頭ひとつ落とすように。
(「やさしいあの人が、地獄でなんて、待っているはずがない」)
痛みに慣れたこの身体では、同じ苦しみを知ることすらできない。
ホントウのホントウはひとつだけ。おもいでをくれてやるのも癪、だもの。
傾く視界。
水溜まりに触れれば、やけに喉が渇く。酸素とはよく当て嵌めたものだ。記憶に遠く近く――忘れもしない美味なる味わいを、生以上に欲していた。
成功
🔵🔵🔴
オルハ・オランシュ
教会……なんて、縁のない場所
罪を告白したところで救いの手が差し伸べられるなんて有り得ない
これは私自身の枷
口に出したところで、もう覆らないもの
わかってる……
何年経ったかを思い返すのも怖い
彼に教えてもらった氷の魔術で
私は大好きな弟の足を潰してしまった
ネクはもう二度と立てない
……おかあさんとおとうさんは……それでもわたしのかぞくで、いてくれた
……っ
気持ち悪い
吐いてしまいそう
見え透いた嘘だ
ふたりの子供はネクだけ
私がされたことなんて、暴力と……それから
あの日しめられた首に祭具をあてがう
そう、同じように息の根を止めるの
死に損ないが自死するなら、これしかないと思うから
●
弟がいました。すごくいい子だったの。
それに賢い子。彼が――ネクが教えてくれた氷の魔術は綺麗で、強くて、私が使ってみせると父も母も立派だって褒めてくれた。
それが嬉しくて。
求め過ぎちゃったの、かな。私の手を離れ暴走してしまった力は、大切なすべてを容易く氷漬けにしたんだ。
ネクの脚は玩具みたいに潰れてしまって。砕け散って、だから、私は欠片を必死に集めたんだけれど、おとうさんとおかあさんはね、近付かないで!! って、
は――。
嘘だよ。気が動転していただけだから、すぐに落ち着いて。
すくに治るよ、安心して。あなたが無事でよかった。そうあたたかな毛布で、凍えて涙する私を包んでくれた。抱きしめて。今日まで変わらずわたしのかぞくで、いてくれた。
それから――ネクは結局、もう二度と立てなくなったんだ。
病室の窓辺に揺れるガーベラ。白い布で覆われた足の先。
俯く私の顔を上げさせる手はやさしくて。
いつもみたいに笑ってくれるあの子に――死以外に償う方法などないと気付いていながら、ぬるま湯に甘え、先延ばしにしてきました。
おしゃべりはこんなところでいいかな。
おねがい。 はやくちょうだい。
○
気持ち悪い。吐いてしまいそう。
嘘をひとつ重ねる度に、"家族"から振るわれた数え切れぬほどの暴力たちが体内を荒らしてゆく。呼吸の仕方を忘れて。もがくように伸ばされた手にも等しく、救いは手渡された。
「……っ」
厭うつめたさに指が戦慄く。うつろに見下ろすオルハ・オランシュ(アトリア・f00497)。
すこし傾ければ鏡面じみて光を返すのは、血縁を越えて贈られた色と輝きだ。約束の数々。隣にいてくれる。幾度と支えてくれた手をすりぬけ、また裏切ってしまうの?
いいえ。これは必要な演技だよ。
いいえ。これが望んだ贖罪だよ。
いいえ。いいえ、いいえ、 いいえ。
「ごめんなさ、い」
覆らないと知っていて。繰り返す私の罪の名は、今もきっと、――――弱さ。
息が、
ただ息がしたくて首にあてがう刃を引く。しめつける大人の指、指、一本ずつを共に斬り落とすイメージで。死に損ないはあの日をなぞって、今度こそはみんなの望む通りにとお利口なこどもの顔をする。
――へんだ。やっと、いきができたのにね。
どうしてこんなに苦しいの?
ひとりでは、いつからか遠くへと逃げ出すことに慣れてしまった翼が、力なく一度だけ風を叩いた。悲しませたくないひとの顔、悲しませてきたひとの顔。……死にたくないと死んでしまえは、いつだって自分のうちから聴こえる呪詛。
滑り落ちた銀の鼓膜を震わせる一音は、氷の砕け散るそれに似ている。
嘘ばっかり。ふたりのこどもは弟だけ。
今更死んだって、もう、遅いよ。
成功
🔵🔵🔴
冴島・類
救いは此処に
そんな声もかみさまも
乱立しすぎですね
できると、言い切れるのは
羨ましいぐらいだ
歪む口元は唇撫で誤魔化して黒の中へ
神様、僕は
大層な力も無いのに祀られていました
返せぬものばかりもらい
ひとにもかみにも成れぬまま
彼らの側にいたいと願いすらし
今も
本当は食わずとも生きれる身体で食い
やることを果たす為に、と補い歩いて
息づく罪深い命、どうすれば贖えるか
それが、ずっとわからないのです
行く先が地獄でも揺り籠だし怖くない
それで、この痛みが止むなら
なんて欺瞞に満ちた嘘を、囀れるんだろう
笑み、短剣を罅の走る左胸に迷わずに
この身の痛みなんざ
真実どうでも良い
茶番を救いと呼び
可能性の道を断たれる子がいるのは
御免だよ
●
救いは此処に?
あなたこそが、僕を救ってくださる主なのでしょうか。
にせものへ祈ることに。にせものであった過去を抱える道行きに、疲れ果ててしまいました。
嗚呼――この身は嘗て、神の器。
神様、僕は、大層な力も無いのに祀られていました。
春には童らが花を手に手に寄り合って。
夏には焦げ付く身を涼しい水が撫でてゆき。
秋には色付く紅葉に銀杏を飾られて。
冬には積もる雪を、やさしき熱が溶かして落とす。
ひととせ。ふたとせ――巡る度、ただの鏡は返せぬものばかりをもらい。
ひとにもかみにも成れぬまま、ずっと変わらず、彼らの側にいたいと願いすらした。
神罰、だったのでしょう。
騙るだけでない本物であったならば、慈しむ悉くを救えずにどうする。
伸ばす手もないまま、愛したすべてはある日炎の揺らぎに呑まれてゆきました。僕をなぞ案じて、水を被らせてくれたあの人も。折れかかる柱の下敷きになり、僕の名を叫んだあの人も。――あの人も、あの人だって、最後まで"かみさま"を信じていた。
ともに朽ちたかった。
などと――、嘯きながら今も。
本当は食わずとも生きれる身体で食い、やることを果たす為に、と補い歩いて息づく罪深きこの命。
どうすれば贖えるのか。
それが、ずっとわからないのです。
○
救いは此処に。
――できると、言い切れるのは羨ましいぐらいだ。
なんて欺瞞に満ちた嘘を、囀れるのだろう。
連れ歩く絡繰りが傍らにいないだけで、随分と冷える心地がした。もしかすると、嘘を練るまでもなくこの身は襤褸なのかもしれないな。 歪む口元は唇撫で誤魔化して。
ゆっくりとおもてを上げ、冴島・類(公孫樹・f13398)は仕切りの奥へと台詞を続ける。真似ようとせずとも似るのは、嘗て自らのもとへ頼り来たものたちの声色。
「行く先が地獄でも、揺り籠だし怖くない。……それで、この痛みが止むのなら」
行くも帰るも見失った迷い子のそれ。
終ぞ、己にはどうしてやることもできなかった。
「長い旅でしたね。主は、ええ、なにをも見捨てはしません。天の獄よりも、ほど良い場所であなたの苦悩は消え去ります」
「それは、 」
――おもしろい。
浮かべる笑みを安堵に寄せて、受け取る祭具。
罅入る左胸に迷わず滑らせた短剣が、己のうちを断つ音であらゆる誘いを打ち消すまでもが一瞬。
(「この身の痛みなんざ、真実どうでも良い」)
息の根の止まってしまったところで替えが利く。
何通りの苦しみを引き受けても、二度と未来を歩めぬひとの子の絶望だけは知ることができない。――まがいものの、器。
さりとて。
類の指には撓まず糸が絡み、その先に結ばれたるは次こそ己の願うを叶える力。
かみさまになど任せていられるか。
(「茶番を救いと呼び、可能性の道を断たれる子がいるのは……御免だよ」)
贖いは、この手と足で。
成功
🔵🔵🔴
マルガリタ・トンプソン
手の届く救いに縋りたい人々はどの世界にもいるものだね
俺はね、パパを殺したんだ
親と言っても名付け親ってだけの、武器の使い方とお金の稼ぎ方を教えてくれた他人だけど
人殺しを楽しむ人で、死は救いだと信じている人で。そのどちらも本当だった
可愛い人だったな
眠っている間に殺したから苦しまずに逝けたと思うけど
ごめんね
……と、短剣で胸を一突き
急所は分かるからそこを外せば死なないはず、多分
あの子を殺してって、彼のママに頼まれたんだ
酷いことをさせたって謝られたから、きっとこれは罪なんだろうけど
人に望まれて人を殺めた“武器”に罪はあるのかな
だから罪と呼ぶこと自体が嘘なんだ
或いは、罪を罪と思わないことが罪なんだろうか
●
手の届く救いに縋りたい人々は、どの世界にもいるものだね。
ああ、そうなんだ。俺もそのひとり。とりあえずさ、そういうことにしておいて。
パパを殺したんだ。
名付け親ってだけの、武器の使い方とお金の稼ぎ方を教えてくれた他人だけど。
人殺しを楽しむ人で、死は救いだと信じている人で。
そのどちらも本当だった。
何故か。 うーん――俺たちはとっくに選んでいたからね。
殺すべきだったから殺す。ほら、誰だって死にたくないだろ? その点銃っていうのは楽で――こんなにか弱い女の子のからだでもね――引き金をクイッてするだけでバァンだ。
はじめて会った日と同じ、薄暗くって汚い路地裏だったかな……行きつけのうらぶれた店か、物の少ないオフィスだったかも。眠るようにね。
うん、眠っている間に殺したから、苦しまずに逝けたと思うけど。
可愛い人だったな。
ごめんね。
○
指と指を組む。右が上とか左が上とか、なんだかあった気もするけれどよくわかんないや。――祈りのポーズって、これで合ってたっけ。
"それらしく"すこしだけ首も傾けてみせた。マルガリタ・トンプソン(光を見よ・f06257)。望むものが差し出されたから直後には習った通り、なんの迷いもなく解く手に武器を握って。
「神様の道具っていうのも、変わらないんだね」
短剣の一突き。
たくさんバラしてきたからか。心臓狙いの胸という傍目に派手な箇所を抉っておいて計算せずとも急所を外せるのは、立派な成長なのだろう。
背丈は云うほど伸びなかったけど。
「おいたわしい。主ならばあなたの父君の御魂をも、救えたというのに」
……涙声は仕切りの奥から頭上へはらはら降ってくる。他人のために泣いている。そういうのはみんな損得が絡むか自己満足に過ぎないって、札束を数える大きな手の赤だとか。
思い出は痛くない。
本当のところは。
殺す行為に善も悪も、自我など介在しなかった。 あの子を殺してって、彼のママに頼まれたんだ。酷いことをさせた――後になって謝られたから、きっとあれは罪で。みんなのいうところの神様とやらが、罰すべきなんだろうけれど。
(「人に望まれて人を殺めた"武器"に、罪はあるのかな」)
ごぽごぽと泡立つ雑音が思考を埋めるまで自問自答は繰り返される。 考えるほど、罪と呼ぶこと自体が嘘のように思えた。
もたれる木製の台を滴り落ちて、ぴちょんと水が跳ねるから、マルガリタはぼんやりとそれを数える。 いち。に。……使い慣れた両手の指以上の数はいま、すこし難しくて。
閃く。或いは、罪を罪と思わないことが罪なのだろうか?
ねえ、リコ。どう思う?
ふたりとも深く眠っちゃうのって、なんだか久しぶりかも。すこしだけ話そうよ。
成功
🔵🔵🔴
神埜・常盤
「私」は、母を見殺しにしました
語り聞かせるのは、かれこれ10年ほど前の噺
父はさる都の領主で、我が母はその妾
ある日、魔術狂いの父が本当に狂乱してしまい
一族郎党を皆殺しにしてしまったこと
勿論、母のことも例外なく
……嗚呼、神よ
数多の妹弟が父の手に掛けられても
微塵も痛まぬ、此の心の愚鈍さも罪でしょうか
父の手に掛けられて血の気の失せていく母を
ただ呆然と観ていることしか出来なかった癖に
こうして今も生き永らえている
我が身の厚かましさを思う度
「私」は母の為にも罪を償わなければと
そう心から思うのです
我が命を捧げれば土の中で眠る母も
きっと報われるでしょう
――そんな事あるかと内心で嘲りながら
自分の胸を影縫で貫こう
●
"私"は、母を見殺しにしました。
かれこれ十年ほど前の噺です。
父はさる都の領主で、我が母はその妾。吸血種と人間。喰らうものと喰らわれるもの、それでも、和やかに流れるひとときは確かに存在したのです。
もっとも此の記憶の中では、微笑む母よりも血濡れた白花の方がより強く焼き付いているのですがね。
焼き付く――そう、その通り、炎は爛々と彼らの輪郭を照らしていました。
雲が陽光を遮るが如く。崩れ去るなら儚く。
燃え落ちる屋敷。長々と、血で敷かれたカーペット。
魔術狂いの父の狂乱によって、一族郎党は皆殺しです。無論、母のことも例外などなく。
――。
恨み事を言われた覚えもないな。息をするのでやっとな彼女の細腕が、だらんと垂れて、床の血だまりに染まっていた。涙してみせれば救われる心もあったものか。けれど、炎が焦がしたからではない。此の双眸からは、一滴の雫も零れ落ちはしませんでした。
ただ呆然と、コマ送りの劇場を眺めるためだけに開かれている。
この通り。瞳はそのとき、穢れた貰い火に赤く色付いてしまいました。
……嗚呼、神よ。
数多の妹弟が、肉親が父の手に掛けられても微塵も痛まぬ、此の心の愚鈍さも罪でしょうか。
こうして今も生き永らえている、我が身の厚かましさを思う度、"私"は母の為にも罪を償わなければならないと――そう、心から思うのです。
○
「我が命を捧げれば、土の中で眠る母もきっと報われるでしょう」
神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)はこうしたとき、しんとした穏やかさの中に、他者の一切を跳ね除ける距離を滲ませる。
たとえばいま此処が正しく告解の場として、あなたはもう十分苦しみました。前を向いて歩くときが来たのです、などと言われたところで、なんら変わらぬ薄笑いを浮かべるに終始したことだろう。
(「報われる、――そんな事あるか」)
嘲り。
仮面をかぶることばかり上手になったいつかの幼子は、キュッと白手袋をはめ直してすらり手を差し出した。くれぬのならばこちらから。……積極性すら窺わせる男の手にも、一拍ののち、銀は贈られる。
「それは、あなたの罪なのでしょうか」
「これは"私"だけの罪です」
「あなたは母親を愛していなかった。愛されず、だからこそ、母親という罪人を……」
「愛していましたとも。それに、愛されていた」
彼女は寂しがっている。
残念だ。貴方には見えないらしい。 つと肩のあたりの空間を撫でる仕草をすれば、問い質す声はそれきり止んだ。どちらが人間らしいのだか。――ああ、そうだ、この身はそも人ではなかったな。
「では、左様なら。……おっと失礼、只今向かいます」
にへらり笑ってしまう。はてさて土の下でないのなら、何処へ呼びつけられるものか。
祭具とやらは申し訳程度重ねて。胸を貫く道具はもっとずっと鋭利な、鉄のクロックハンド――焦げ付くほどの熱だけ褪せない。
成功
🔵🔵🔴
ヘンリエッタ・モリアーティ
懺悔いたします
――神よ、私は数々の罪を背負いました
ある時は人を殺し、人を喰らい人を騙し、いたずらに愛しておりました
戦争が起こるよう、武器を売りつけさせたこともあれば
傷ついた人々を助けようと医者を寄越したこともございます
私はもはや「神」になっていた
ええ、ですから――ほんとうは「あなたのことなんか」も信じていない
助けてくれずに見ているばかり、私のことを殺さずあなたを信じるものたちを殺したのだ
きょうこの日、わたしは『死にましょう』
誰の手でも、あなたの手でもなく
――「わたし自身」の手で
呼び出したるは「わたし」。わたしは気狂いではないのです
ああ、神よ
――今日死ぬ「わたし」は「どのわたし」だったでしょうね
●
懺悔いたします。
――神よ、私は数々の罪を背負いました。
ある時は人を殺し、人を喰らい人を騙し、いたずらに愛しておりました。
戦争が起こるよう、武器を売りつけさせたこともあれば。傷ついた人々を助けようと医者を寄越したこともございます。
花弁を毟り恋を占う残酷のような無邪気こそが悪とは知らず。欲の向くまま、気紛れに盤上を荒らす。
ちいさく、けなげな、彼らの営みを脅かす犯罪王。
私はもはや、"神"になっていた。
○
ヘンリエッタ・モリアーティ(円還竜・f07026)の祈りの所作は、口振りにそぐわず実に様になっていた。
怯え、逃げ、閉じ籠り続けたひとの子のよう。震える脚も、我が身を抱く手も、重ねる指同士も。しかし、話の切り替わりごとに異様に忙しなく組みかえられる歪があった。
"演じている"。
疾うに表立てる必要すらなくなった弱虫を、それらしく、こんなものだったかしら――などと。つまらぬ告解を盛り立てる余興のためだけに。
ついに組んだ足は木製の机を甲高く蹴り上げる。薄い仕切りの向こうでなにかが息を呑む気配がした。癖毛をくるりと指遊びして瞳を眇める、ヘンリエッタの眼光は死にたがりと程遠く。
「さ、お話を続けましょうか。 私なぞが神であると、そう言いましたね」
ええ、ですから――ほんとうは"あなたのことなんか"も信じていない。
助けてくれずに見ているばかり。罪深き私を殺さぬその慈悲が、怠惰が、無関心が、あなたを信じるものたちを殺したのだ。
怨嗟の声。 苦悶の声。 末期の声。 不思議なことにね、終わりの刹那はいくつかのカテゴリーに分けることができるんですよ。
決して満ち足りた安らぎだけではない。
ひとつだってわたし以上に、あなたに語れるものがあるでしょうか?
きょうこの日、わたしは"死にましょう"。
誰の手でも、あなたの手でもなく。
「"わたし自身"の手で」
――――。 ――ぽこぽことした空気の抜ける調べとともに、ずるりと音が立つ。
いましがたまで流暢にひとの言葉を操っていた、怪物のからだがゆっくり前へ傾いた。その背から顔を覗かせるのもまた怪物。気狂いの――いえいえ。"わたし"をそんなものと同じにしてもらっては困る。
黒ずんだ白目をニィと細めて、あ。これって必要? ぷらんと揺らした銀の十字を、だくだく溢れ続ける赤に沈む塊へ適当に捻じ込む女。ユーベルコード、自我重複は各人格の在り方を尊重します。
「人間はお遊戯が好きだね。……おっと、」
時間だ。それじゃあまたいつか。
ひらり軽々しく手を振って、血溜まりへ溶け込む風に黒色は姿を消す。
ああ、神よ。 あなたが万能と驕るならば、答えてみせてはくれませんか。
――今日死ぬ"わたし"は"どのわたし"だったでしょう、ね。
成功
🔵🔵🔴
ロカジ・ミナイ
ここ禁煙?
やぁ、最期だからさ
ダメならあの世で吸うしかねぇが
それも一興か
それじゃあ、僕の告白をしよう
愛しちゃいけないひとと愛し合った、強く(嘘)
誰も赦しちゃくれなかった(嘘だ)
愛するひとさえ僕を責めた(これも嘘)
だからこの手で殺した(嘘ばっかだな)
ちょうどこの短剣みたいなやつで
せいせいしたよ(よく回る口だ)
全て嘘、嘘、嘘
それが僕の嘘
どれかひとつは僕の真実
僕の頸動脈から血が舞うのは何度目だっけね
一度目は斬られて
二度目はごっこ遊びで
三度目がこれだっけ?
忘れたな
死んだら他人になれるって、本当かい?
何度見ても僕の血はドス黒くてネバネバで
排出するのは気持ちがいい
命なんて、幾つあっても足りないな
●
オイオイまずいな、此処って出るんじゃないの? え、しかも禁煙?
やぁ、最期だからさ。
神様もちょーっとばかり目を瞑ってくれるに違いない。なにせ彼らって、ひとの望むがままにあるんだろう。それってねぇ、一体全体何億通りの備えがいるんだか。
…………冗句だよ! かわいい前置きね。緊張しちゃって、手なんてもうべたべただから。握ってみる? ……。
それじゃあ、僕の告白をしよう。
愛しちゃいけないひとと愛し合った、強く。
誰も赦しちゃくれなかった。
愛するひとさえ僕を責めた。
だからこの手で殺した。
ちょうどその短剣みたいなやつで。 せいせいしたよ。
○
すべて嘘。嘘、嘘、嘘ばっか。 よく回る口だ。
部屋の外へと続くスカスカの隙間へと、ぷかぁり。吐いた紫煙が泳いでゆく。
ロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)は人を喰ったかの笑みを湛えたまま、気持ちだけそれっぽく眉を下げようと頑張っていた。でもそれもすぐ放り出した。
ガバガバ救済はこんな嘘つきにも等しく齎されるとのことだから。 薬屋の窓口よろしく、ぺかーんと置かれる短剣の雑さときたら、祭具の意味が気になって夜しか眠れないの。
「待って、続きもあるんだけど。実はあんまりおしゃべり好きじゃないのかい?」
「後がつかえていますので」
ダークセイヴァーまでやってきて、とんだお役所仕事にかなしくなってしまう。
――ひとつは真実があったのだけれど。他人の人生など、つまるところ真偽の別などないのだろう。つつつ、と指の腹で弄り回していた短剣を、他にすることもないから首へあてがった。
「多分さ、そっちにまで飛び散ると思うよ」
何故っていままでそうだった。
活き活きと脈打つ頸動脈から――あーあほら、こうやって元気いっぱい血が舞うのは、これがはじめてではない。
一度目は斬られて。
二度目はごっこ遊びで、三度目がこれだっけ。
(「忘れたな」)
ね。死んだら他人になれるって、本当かい?
迂闊なことに、いま一番神様に問うてみたい台詞は、ただの空気の音になってしまいました。心臓が魂の器? そうであるならば、六つも八つも心臓があった場合、それは一体何者なのか。
ネバネバのドバドバが閨の幕めいて黒く降りかかってくるので、ロカジは逆らわず目を伏せる。排出するのは相変わらず気持ちがいい、なんて。 結局披露できぬまま――考えていた続きはこうだ。
それでも僕は、愛するひとを地獄へやるのも惜しかった。
だから取り返した。
心臓をね、ひとつばかりくれてやったよ。
そうしていまも、ふたりはしあわせに暮らしているのさ。
嘘。 嘘が似合いの生き方ですら。
――命なんて、幾つあっても足りないな。
成功
🔵🔵🔴
芥辺・有
……死んでみせるほどの
罪の告白か、さて
罪ねえ
そうだね
人を殺したことがある
私を生かして育てた奴のこと
5年か、6年か……そのくらい前だったかな
よく晴れた朝の、薄暗い路地の行き止まりで
何かに襲われてさ
あいつは血塗れで、息も絶え絶えだった
だから殺してやった
男の首って太くてさ、骨が折れたね、あれは
助けを呼べば助かったのかな
…………、でも良い機会だと思った
……気に入らなかったから。ずっとね
気紛れで拾われて
道楽で生かされたガキの復讐だ
それでも、良心の呵責、ってやつはあるんだね
私は、悪い、ことをしたと、思う
話ながら涙を流すほど器用じゃないけど
差し出された短剣を手にとって、首の横に添えて滑らせるように
●
そうだね。人を殺したことがある。
食傷気味かい? 酷い世界もあったもんだ。
まぁ聞いてくれ。五年か六年か――……そのくらい前のことだったかな。
私を生かして育てた奴のこと。
よく晴れた朝でもね、光の届く一本道を外れれば待っているのは湿っぽい暗がりだ。路地の行き止まりでひとりきり、あいつは血塗れで転がっていた。
何に襲われたんだか。でも一目でわかったよ。ああ、もう、これは助からないってさ。
だから殺してやった。
首に手をかけた。両手を精一杯広げても一周できないほど太くて、驚いたことを覚えている。へし折らないと駄目なんだと思って、はじめなんて必死だったよ。真ん中の出っ張りを潰せばいいだけなんだね。それは後で知ったこと。 骨が折れたな、あれは。
死は救い。
信じていたわけじゃ、ない。
乗り上げて同じ色に染まるまで手こずるくらいだったなら、助けを呼べばよかったのかな。
…………、でも良い機会だと思った。
……気に入らなかったから。ずっとね。
気紛れで拾われて。道楽で生かされたガキの復讐だ。
それでも、良心の呵責、ってやつはあるんだね。
私は、悪い、ことをしたと、思う。
○
かなしみなんて感情をひとに植え付けた罰、そういえばあれは、受けていないじゃないか。
こうした機会でもなければ、神なんてものに縋るのは難しい。かたちだけでも。戯れと、知っていても。
シガレットケースに添えかけた手を下ろす。ふっと吐息を漏らし芥辺・有(ストレイキャット・f00133)は、代わりに銀の十字を受け取ることにした。
「嬉しいね」
選ばれたと。そういうことだ。
ここの神様は、随分とやさしいんだね。月の光や涙の装飾を纏えずとも、金の瞳はきらきらと照っている。こうしていつも、よろこびそのもののような色は自らの知れぬところにあった。
(「何が有るっていうんだか。具体的なこと、聞きそびれたままだな」)
昔話を口遊むことは、芋蔓式にあれやこれやが過ってしまうから得意ではない。
薄い首の皮の下で、血を通わせる脈が罪など他人事めいて平静に波打つのを確かめて。添えた刃を、すうと滑らせる。
(「後追いだけでも罪になり得るんだから、可笑しい話だよ」)
すこしだけ下へ流した刃先はそれでも盛大な飛沫を演出してくれる。――残されたもの。本当を言えば声ももう遠い、最後に残るであろう唯一のかたちを、こんなところで投げ出してやる気はなかった。
数秒、覚える浮遊感にぐるんと世界が回って、石畳が近付いて。
白飛びする景色がなにかの像を結んでも、野良猫は喉を鳴らさずに睨めつける。
かみさまなどもういない。
なにひとつ連れていってやくれないから、この身で足掻いて生き続ける。罰――呪いならば、間に合っているのだ。
成功
🔵🔵🔴
第2章 集団戦
『弄ばれた肉の玩具』
|
POW : 食らい付き融合する
自身の身体部位ひとつを【絶叫を発する被害者】の頭部に変形し、噛みつき攻撃で対象の生命力を奪い、自身を治療する。
SPD : 植えつけられた無数の生存本能
【破損した肉体に向かって】【蟲が這うように肉片が集まり】【高速再生しつつ、その部分に耐性】を宿し超強化する。強力だが、自身は呪縛、流血、毒のいずれかの代償を受ける。
WIZ : その身体は既に人では無い
自身の肉体を【しならせ、鞭のような身体】に変え、レベルmまで伸びる強い伸縮性と、任意の速度で戻る弾力性を付与する。
イラスト:柴一子
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
「それは今生ではじめて味わうほど心地よい、極上の褥だったのです」
永遠、それとも一瞬。どれほどの時間、そうしていたのか。
目を覚ました、覚ますことにした猟兵を抱き留めるのは、硬くつめたい石畳ではなく、薄紅色のあたたかくやわらかな。クッションのような。スポンジのような。ジャムのような。湖のような。あの子のてのひらのような。母の胸のような。 ――肉の、かたまりだった。
「「「パ 」」」
どうやら先の教会の内部らしい。
らしい とは、肉の合間に覗く壁材から判断する他ないためだ。
床から壁、天井まで、ずっと向こうまで続いて脈打つぶよぶよ。扉はどこへ? 随所に目立つ不自然な盛り上がりにはなにを呑んだのか。聖人像の頭に似合いであろう、石冠のさきっちょがとげとげと末路を伝えている。
「「「ゥ ア゛ハァ」」」
秒ごとに蠢き移ろう、あちらこちらに空いた穴から、重なり合って音が聞こえる。動物園のような。テレビ映像のような。拍手のような。トランペットのような。いつかの逆再生のような。 ――叫び声が。
ばらばらに上がる濁音は、ほんのときどき噛み合って、言葉を形成した。
うれ しい ね。よくが ばった。
わ くな だれも。しあ せ。 い しょに。
このまま、いっしょに。
「犯した罪の、なんとちいさなことだったのでしょう」
硝子容器を抜け出しなさい。苛むものもありはしない、主の御許で我らはひとつに。天上などよりずっと近く、救いは此処にありました。
無作法に抱擁し来る肉手には一切の害意が感じられない。
"同じように"赦しを得たいのちを歓迎する、やさしさとよろこびといつくしみだけが朽ちた聖域に満ち満ちていた。
エンジ・カラカ
賢い君、賢い君、いる?いる?
アァ……いたいた。
どーする?どーしよ?
うんうん、そうしようそれがイイ。
薬指の傷に君を結んではぐれないように。
この壁の色は知ってる。
散々見てきたもンなァ
懐かしいだろう?
ここから脱出して君に新鮮な空気を与えたい
機嫌を損ねてしまう。賢い君はとーってもグルメだから。
何だかとってもふわふわしてくる。
ふわふわする度に薬指の傷が疼く。
そこに結んだ君が怒っているンだろうなァ……。
分かってる分かってる。"俺は"大丈夫サ。
……君の毒はとーってもイイなァ。
アァ……うるさいうるさい。
狼の耳はとーってもイイ。
大きな声で叫ばなくても聞こえる。
それに賢い君もうるさいのは嫌いなンだ。
バイバイ
●
はじめに、薬指が動いた。
目当てのものを手繰り寄せれば、次に瞼が。三百六十五日、エンジの目覚めにおいて大事なことは"君"が変わらずそばにいること。
「アァ……いたいた。どーする? どーしよ?」
ねばねば粘膜を気にも留めずに左手をずぼっと引き抜いて、賢い君――相棒の拷問器具に頬を寄せる。
気怠く巡らせる視界には馴染み深ぁい薄ピンク。ともすれば青空なんかより、余程。しゅるるり、誓いのしるしたる傷痕に鬱血するほど赤糸を結わえれば、はぐれぬようにとの支度も万全だ。
「うんうん、そうしようそれがイイ。散々見てきたもンなァ……懐かしいだろう?」
"ここを脱して、新鮮な空気をあげる"。
いつかをなぞるかのように、狼男は肉の囲いから身を起こす。
眠っている間に齧って、傷を開いてしまったのだろうか。薬指の古傷から真新しい血が滴り、その血は糸へと染み込んでゆく。揺り起こされたのはエンジだけではないらしく。
ドク、と、脈打てば手元よりあたりへ伸び広がる、毒を孕んだ赤線。檻に仕舞いこむように、肉塊をぱくんっ!
「「ポポ」」
「なァんだかとってもふわふわする。ご機嫌ナナメ? マズそうだ」
ひとのあたまが引き留めようと……喰らいつかんと足元から伸びてくる。大口を開けて、何事か叫んでいる。いくなとか。やめたほうがいいとか、くるってるとか。
うるさい。
聞こえてる。
楽園だとでも云うのなら、ふたりきりにしておけよ。
「――君も嫌いだろう、うるさいのは」
糸が苛立ちも露わひゅんひゅん舞い飛んで。
包まれる鮮やかな肉たちがぐずぐずと液状にとろけてゆくのを、ふらつく足取りで踏みしめながらエンジは頭を掻き毟った。首につけた傷なんかよりよほど、薬指の傷が疼いて熱っぽい。
「……君の毒はとーってもイイなァ」
ふふ。
分かってる分かってる。 "俺は"大丈夫サ。
ふたりの道を、通せんぼしようとする意地悪はどこにでもいるものだ。
壁を壊すのもすっかり上手になった。エンジは眼前、こんもりと沸き立った肉壁に五指を触れる。もう爪が剥げるほど引っ掻かなくたって、これだけ。
「バイバイ」
ハローよりも似合いと知った挨拶と。
壁に蔦が這うように、瞬時に伸び編まれた"君"がそれを真っ赤に飾り立てて、一瞬の後にはバァンッ! きつく締めあげられたハムよろしく、みちみちと落ちくる肉の雨の中をふらり、ふらふら。
どこへいこうか?
どこへでも。
しずかな方へ。きれいな方へ。 シロツメクサを探しにいこう。
大成功
🔵🔵🔵
オルハ・オランシュ
……生きている
死ぬ『演技』はどうやら成功のようだけれど
首から流れるあたたかな赤はとめどなく
――……、
何に抱き留められているのかはわかっているのに
指先も、視線一つすら動かせない
できるのは不規則な呼吸だけ
私は生きたいんだ
確かにそう思った
でも、今も私の内から聴こえてくる、ふたつの声は
死にたくない、と
――死んでくれ
すくい?ゆるし?
ちがう……ちがうよ、だめ
ゆるされない、つぐわなきゃ
ああ、でも
あったかい、な……
私がほしかったのは暴力じゃない
本当は、こういうぬくもりが欲しかったんだ
どうにか動かした腕で抱き返せば
ぱきり、ぱきりと音がした
抱擁してくれるそれを凍りつかせ、
――砕かせる
あの日とよく似た音だった
●
……生きている。
ただ事実をなぞる。喜びが湧くでもなく、オルハの瞳はぼんやりと天井を映していた。"演技"が成功したのだと、任された仕事の順調さを認識するだけ。
からだの中でいま一番あたたかに思えるのは、首から零れる鮮血だった。
もうすこし控え目な熱は抱き込むようにすべてに寄り添ってくれている。
ちょうど人肌くらい。
――……。
(「きもちいい……な」)
心地好い、それがなんなのかは理解できていた。オブリビオン、そしてこのまま浸かっていれば、いずれは自分も同じものとなるのであろうことも。
指先も、視線すら動かせない。それじゃあしかたがないな。しかたない、溺れてしまうのも。
ひゅぅと掠れた音を立てて、長く細く息を吐いた。
――再び目を閉じれば、暗闇の中。弱弱しい鼓動が耳に届く。
私は生きたいんだ。
確かに、そう思った。
死にたくない。
――死んでくれ。
ひとつ己の意志を確認する度に、挫くようにまた別の声が苛む。よく知ったひとの声だった。否、これは自分の声?
すくい? ゆるし? ちがう!
(「……ちがうよ、だめ。ゆるされない、つぐわなきゃ」)
緩くとも頭を振ろうとしたが、まとわりつく肉の絨毯がそれをさせない。ただしいよ、いいんだよ、と、やさしく宥めるみたく。
さわさわと背から肩へ、胸へ、腹へと肉が覆い来る。
(「あったかい、……」)
私がほしかったものは暴力じゃない。弟と同じだけの才能でも、ひとりきりで生きていける強さでもない。
本当は、こういうぬくもりが欲しかったんだ。
「――、ね」
やわらかな熱をゆっくりと抱き返す。
オルハの腕が震えて軋み、それから、ぱきり。ぱきりと、決して望んだひとからのものにはならない愛へ罅を刻んだ。
カルスメント・ロアー。
砕ける理想がズレてゆく。
制御の難しいユーベルコードは娘以外を凍てつかせ、はらはらと、細かな破片へ散らせていった。
……あの日と、よく似た音をして。
直後、振るわれる鞭の数本こそが現実に即している。
余波で冷やされたからか、傷の痛みもぼやけたところ。なんとか上体を起こし、オルハが視線を寄越せば氷雪は渦を巻き、たちまち暴力は凍り付いて割れはじめた。
「「「ッパ キアァァ」」」
夢は、夢だ。
何度繰り返せても、そのすべてがまぼろしに過ぎない。
吹雪の中心、膝を抱えるちいさな少女が、無くせなかったふたつの足で立ち上がるのはまだすこし難しい。それでも選んだ。氷がすべてを砕いて、後に、弱くたって歩み続けること。
大成功
🔵🔵🔵
ヘンリエッタ・モリアーティ
――ああ、なんだ。うるさいな。
可哀想だと思うよ、うん。何も考えられない体なのはむごい。
【死せる戦士の女王】で対応しようか。君の絶叫に私の耳は耐えられないと思う。いいや、悲鳴の内容にじゃないよ
悪いけど、共感能力がゼロでね。音圧しか――脅威でない
蜘蛛糸で縛り上げてしまおう、叫ぶ喉を吊ってあげる。さあ、吊っていい首はいくつある?
おしつけがましいよなぁ、いつだってこの世界は。
救いもいらないよ。私は自分で自分の管理をする。死ぬ自由もあれば、生きる自由も私のものだ
憐れみもいらないよ。知ったかぶりも無駄。
私の罪がちいさいというのなら、神様らしい口ぶりだよな
大きな仕事をしようか――ちいさいなら、許してくれよ
●
「――ああ、なんだ。うるさいな」
ぱちりと銀の瞳を開く。
ヘンリエッタは日々繰り返す瞬きのほんの続きみたく、広がる事象を眺めた。
うぞ、うぞ。這い寄る肉手を掴み取ったかと思えば、目と鼻の先に引き寄せる。ぎヒぃ、などと汚らしい嘆きが上がるから、目を眇めながらそちら側の片耳に指を突っ込むヘンリエッタ。
「可哀想だと思うよ、うん。何も考えられない体なのはむごい」
と、すっかり人間の原型を留めぬ肉塊を適当に放り。
君の絶叫に私の耳は耐えられないと思う。 ――申し訳なさげに、誰かしらを真似て下げた眉で言うのだ。
かわいそう? 見ての通り支離滅裂な行動は実のところ理路整然、耐えられぬのはなんといっても彼らの悲鳴の内容を憐れむためでなく、その音圧に対してであるから。
「でも、首は人のそれでなによりだ」
よかった。縊り上げてしまえばいいね。
大きく、開いた瞳が端からこんじきへ塗り替わる。 同居する四つ。そのどれもが所詮は、ひとの心になど寄り添い得ぬ化生故。
指に絡むは蜘蛛の糸。いましがた放り出したひとつを皮切りに、意思を持つが如く四方へと躍り出る粘性の糸たちが肉塊を呑みはじめた。
「「「ォ わッ」」」
「おしつけがましいよなぁ、いつだってこの世界は」
ほうと息を吐いてヘンリエッタは、盛り上がった肉山の只中に腰掛ける。それは玉座のようにも。
傅く――強制的に、折り曲げられてそうなった肉たちは踊り狂いながら細く、縦長に伸び吊り上げられてゆく。天井よりぶら下がる別の肉とひとかたまりに結い上げて。自重で千切れるものがいくつか、ぼたぼたと降り注いだ。
「救いはいらないよ。私は自分で自分の管理をする」
――死ぬ自由もあれば、生きる自由も私のものだ。
しかし払いもせず、頬杖をつく女。背で悶える肉の叫びは喉奥でせき止められているらしく、くぐもって壊れたトランペットがスッカスカな空気を吐いている。
静寂は、好ましい。
「ああ――あ なたは つらく、くるって しまっ」
「憐れみもいらないよ。知ったかぶりも無駄」
審判で槌をそうするように、踵を振り下ろした足元で肉が飛び散った。脳漿などという大層なものは最早ない、中も外も薄ピンクの肉が集まっているだけ。
好ましい、静寂だ。
笑えてきてしまうほど。
「私の罪がちいさいというのなら、神様らしい口ぶりだよな」
頭上で揺れる諸々は、それなら豪奢なシャンデリアとでも。ピンクが掃ければ自然と浮かび上がる底は真っ赤だった。
ふぅわりと降り立ち歩み出すヘンリエッタの背後、鳴らした指に広がる糸。さいごの山が崩れ去る。
さぁお目見えだ。
大きな仕事をしようか――ちいさいなら、許してくれよ。
大成功
🔵🔵🔵
芥辺・有
ソファよか上等と思ったら、中々な目覚めじゃないか
これが救いの末路ってやつかい
見渡しても肉、肉……出口あんのかな
触るのもちょっとね
喚び出した蛇に壁の肉塊を退けさせて
しなって伸びる肉の塊は杭で払う
まだ群がってさ、うんざりするね
……これが救いだってんなら、じゃあ、あいつは救われなかったかな
そんなつもりもなかったけど
かみさまはわたしじゃないし
そもそもこれも救いと呼ぶか知らない
さっきから変なことばかり考える 変な気分だ
腹の奥がむずむずするような あんたといた時のような
何が有ってもさ
あんたが
なんて
これのせいか、くだらないことばっか
鳴く肉を退ける手を早める
何言ってるかわかんないな
私に一緒になるものはいらない
●
口をこじ開けんとするやわらかなノック。
あー、と、迎える素振りで喰い千切って吐き捨てる。怯んだ様子の肉どもをこれ幸いと引き剥がしながら、有は身を起こした。角度のついた背に逆らえず半液状の薄ピンクがどべちゃり流れ落ちる。
生憎と、身の内へ呑み込むものは選ぶ主義なもので。
「ソファよか上等と思ったら、中々な目覚めじゃないか」
これが救いの末路?
その通りだと、おいでと語るか波立つ大地でひとの頭がぽこぽこ形取られた。
泣いて、怒って、笑って、ぐにぐに表情を変える口をあんぐり開いて無い歯を立てんとす――数瞬前をたんっと駆けだす有。ぱかぱかんっと、冗談のように軽い音が後に残る。
(「さて……出口あんのかな」)
うず高く積もった山から飛び降りる。
最中、しなる肉らが鞭めいて向かってきたのをまとめて打ち返すのは巨大な白蛇の尾だ。イカツチ。一応は従順な、ひろいもの。
召喚したそれの伸びた腹でワンクッションの着地をこなした有は、前のめりに手をつく。長く、雑に伸ばしてきた黒髪が翼のように広がった。
「面倒だが、隠れてるんじゃ仕方ないね」
袖口から引き抜く杭が群がる肉を叩き切る。
束で来られれば一瞬にして壁のようになるも、視界すべてを塞ぐ前に蛇の牙が穴を開ける。鞭状に薄く延ばされたピンクはその分千切れやすくはなっているらしく、あとは蹴り抜いてカタヌキなんて芸当も楽に出来た。
好んで触れたい代物では決してないが。
(「……これが救いだってんなら、じゃあ、あいつは救われなかったかな」)
救う。 そんなつもりもなかったけど。かみさまは、わたしじゃないし。
そもそもこれを救いと呼ぶか――呼ぶべきか知らない。
腹の奥がむずむずするような、変な気分。
(「あんたといた時のような」)
何が有ってもさ。
あんたが 、
なんて。
――救えていたのなら?
脳内に巡る無駄でしかないif。フイルムは褪せるばかりだ。再放映はないし、大好評でも次回作もない。「くだらない」吐き捨てて、何にも縋らず杭を振り抜くことだけがいま意味を持つ。
生きるためには感傷もが邪魔になるなんて、さみしいね。
「「「アッガッ」」」
「そうかい。黙ってろ――わかんないんだよ、何言ってるかなんて」
何度も言わせるな。そう言いたげに一打は深々突き抜けて、まとめて縫い止められた肉手がびたびたと床を叩く。死に際は、こんな成れの果てでも人らしい。
弱弱しく持ち上がる手と誘いとを振り払い、血だまり。遮二無二、覚えたての歩みで生きるなら縺れながらも陽の側へ。
私に、一緒になるものはいらない。
大成功
🔵🔵🔵
マルガリタ・トンプソン
ここは優しい所だね
温かいベッドでママと一緒に眠った時みたい
ああ、これは“私”の記憶だっけ
ほらやっぱり、俺たち何も悪くなかったよ
善いことだけ選んでたら生きられなかったんだから
みんなひとつになれるって。俺たちももう、やめようか。ふたりでいるのは
抱擁する手に向けて、伸ばした腕を銃に変えて、バァンって
あっはは。便利だよねぇ、猟兵って。こんなことも出来るんだ
うーん、突撃銃がいいかな
煩い頭はさっさと黙らせるとして
下手な鉄砲でも当たりそうな状況だしとにかく弾をばら撒いて
味方がいるならそっちに当てないようにだけ
祈りも赦しも人のためにあるものだ
俺は要らない
第一さぁ、“私”と一緒くたに救われるだなんて反吐が出るよ
●
立派で綺麗で頑丈なベッド。顔まで引き上げられた羽毛布団でわっぷとなると、やさしいおひさまの香りがした。
隣で眠るママが笑う。きょうはいい天気だったの。きっとすてきな夢が見られるわ。
髪を撫でてくれる手は魔法みたいで、そうしたら羊なんて数えるまでもなく――――。
――ああ、これは"私"の記憶だっけ。
「ほらやっぱり、俺たち何も悪くなかったよ」
うじゅる。這い上がる薄く色付いたピンクも、そう同意したいみたい。
「善いことだけ選んでたら生きられなかったんだから」
うじゅる。随分とあたたかいと思ったら、もう下半分は覆われてしまったみたい。
「みんなひとつになれるって」
うじゅる。耳元で聴こえる声は、だれに一番似ているかな?
目を閉じたままのマルガリタ。おしゃべりの相手はもちろん自分の中のもうひとり。合間合間に会話に割り込もうとしてくる"先人"らはすこぶる気が良いようで、ここなら上手くやっていけそうだな――抱擁へ抱き返すように、手を伸ばす。
俺たちももう、やめようか。 ふたりでいるのは。
問いには、バァン! けたたましい銃声が重なった。次いで笑いが。堪えたかのくつくつから、堪え切れぬからからまで。
「あっはは――はあ。便利だよねぇ、猟兵って。こんなことも出来るんだ」
ギヴ・ミー・メタファー。銃の形に"定義"した手でおまけに殴りつければ、風穴があいて脆くなった肉塊はあちら側へと剥がれていった。
すべてはふたりがやったこと。
今日までの選択も、今日からの罪業も。
「声は頭から出てるってことでいい? うーん、突撃銃にしとこう」
呟きながら腕を組み換えるマルガリタにぐちゃぐちゃの影がさす。 上だ。アーチ状に、互いを磨り潰し合いながら数多の肉が迫っている。
あ。
今日の夕飯なんにしようか考えてなかったな――空腹を厭い湧き上がる苛立ちを他人のものとして捉えては、漠然と引き金を引く。弾はぱらぱらと吐き出され、儘、いつも通りに世界の風通りをよくした。
反動に身を任せて坂を転げ落ち、駆け出す少女と追う肉たち!
「「「ォォアッ グベ」」」
「そっちも腹ペコみたいだね。死んでも欲は切り離せないってことかなぁ」
乾いた連射音に合わせ、花咲くみたくピンクが弾ける。かわいくてすてき? 捕食……到底歓迎ムードには見えなくなった彼らへと、頭を中心にたくさんの銃弾をお見舞いしながら。右から左から差し出される慈悲を潜って首を振る。
「俺は要らない」
祈りも赦しも人のためにあるものだ。
――いいえ、いいえ。折角のピンクなら、リボンやフリルも欲しいにきまってる。もうひとりが浮かべたがる微笑とは別に、マルガリタはまったくもう退屈で。
第一さぁ、 鉛と言葉とを吐き捨てる。
「"私"と一緒くたに救われるだなんて、反吐が出るよ」
大成功
🔵🔵🔵
ジャハル・アルムリフ
あの懺悔へ与えられるものが此か
醜悪…否
己の一部とすることに
どれ程の違いがあるのだろうな
害意の無さに振り払うことを暫し忘れて
ほんとうに幸福なのか、お前達は
ねごとのような誘う声
…こう煩くては碌な夢は見れまいな
何より、何も返せぬまま
安易な幕引きなど許されては
我が主が嗤うだろうよ
なかば埋もれながら【暴蝕】の小竜どもを喚び出す
無碍にして済まぬが
本物の眠りに就くといい
…疾く喰い尽くせ
無意識の<生命力吸収>で
誰ぞ探すように、いくつかの声を掬いとって
離れてみれば余りに空虚な亡者に過ぎず
…慈しみだというのなら生をこそ喜んでやれ
死の芝居に肉の棺と
あちら側にばかり近すぎて
帰る場所を、知らず知らず貴石の輝きを探す
アルバ・アルフライラ
何とも、醜悪な姿か
人の形すら忘れ、実に哀れよな
――今楽にしてやろう
魔方陣より召喚するは【愚者の灯火】
あたたかな言葉を叫ぶ肉塊を
差し伸べられる優しい手を
悉くを灰すら残さず燃やし尽くす
如何に強い柔軟性を得ようとも些事
我が炎を避けようと云うならば
圧倒的な数の暴力で疾く捻じ伏せるのみ
たとえ肉の腕に抱擁されようと
幻覚がこの身を襲おうと
魔術を操る手を止める心算はない
…ああ、誠に哀れよな
これが赦しの形とは度し難い
熱いか?
苦しいか?
…ああ、そうであろうな
私が与えられるのは救済ではない
ただ――破壊者である私は壊す事しか出来ぬ
其処には優しさも喜びも、慈しみもない
…さあ、暴れ回って疲れたろう?
今はゆっくり休むと良い
●
人間と呼ぶことは愚か、生命と呼ぶことすら冒涜に映った。
ぶよりとしたプールに抱きかかえられ、暫し。振り払うことも忘れジャハルは"目"と思わしき空洞を見遣る。
――ほんとうに幸福なのか、お前達は。
ぼよよよ、よよよよよ。いくつもの音が重なった答えは何れか。
ねごとのようにまろやかに、あまやかに。 けれどもその歪は、眉を顰める他ない醜悪。
(「……否。己の一部とすることに、どれ程の違いがあるのだろうな」)
他方から見たならば、自らもまた。
先の作り話が耳奥へ蘇る。
だとして。
「要らぬ問いかけをしたな」
彼方が如何に甘美だとして、幸福の在り処は疾うに定めた。
何も返せぬままの安易な幕引きなど許されては、我が主が嗤うというものだ。
脚、腕、胴……ついには竜の頭まで覆わんとしていた肉どもが、その途端にぼごん! と音を上げ膨れ上がる。ぼこぼこぼこ!! 連鎖的に数か所が膨れ――爆裂して、内より元凶を撒き散らす。
黒々と煙めいて、羽ばたいたのは小竜だった。無数に群がり、喰らいつき、食い破り、地獄が遣わした羽虫の如くに死を超えた痛みをばら撒く。
アああァァaアア!!
響き渡る絶叫。
秘密裏に忍ばせた、使い手たるジャハルは薄くなったネット状の筋線維を引き千切り。酷く軽いそれを、棄てた。――無碍にして済まぬが、本物の眠りに就くといい。
「疾く喰い尽くせ。……」
ぼくのものにしたかった。
どうしてだれもいないの。
しにたくなかった。だけなのに。
――はらわた越しに嵐のように、誰かの悔恨だけが過ぎてゆく。瞳を伏せ、拾いようもないそれらを遮断して、へばりついた肉片を竜へ遣らずに握り潰す。これらはただの空虚な亡者だ。
「……慈しみだというのなら、生をこそ喜んでやれ」
死の芝居に肉の棺。
彼方側にばかり近すぎた身は一歩、あてどなく踏み出したあと迸った馴染む煌めきを、声も忘れ振り仰いだ。 帰る場所。貴石の輝きを。
「何とも、醜悪な姿か。人の形すら忘れ、実に哀れよな」
――今楽にしてやろう。
ぽつ、ぽつ、青き光を焦げ付かせながら線引いて肉絨毯へ描かれる魔法陣。暗闇も等しく我が通り道なればとごうごう噴き立てる、アルバの灯火が。
今しがたまで母の如くに己を包み、揺れていた肉塊を焼き払った。
灰塵へと散り積もる刹那、断末魔にもならぬ音たちが空間中を震わせる。
びり、と、痺れを感じて伝う頬のしずくを拭いながら、揺れる足場を蹴りつけ駆け出すアルバ。一歩前へ槍のように突き立つ肉手を後目に、薔薇色のゆびさきは指揮を続けて。
「ふん」
道すがら新たな陣を構え、炎を放出する。足場を燃え伝ってしまえばそれらはあたりを火の海へと変えて、一秒前の脅威をも過去とした。
肉、肉、肉。 これが赦しの形とは度し難い。
「……ああ、誠に哀れよな」
呟きは苦みを帯びる。とはいえアルバは救世主でもなければ、見上げた理想主義者でもない。年月を顧みれば、救えたものの数の方が少なかろう。限られたそれを、一等大事に抱え来ているだけだ。
有象無象へと与えられるものは救済と似付かず、――破壊者。ゆえにそう名乗り、泣き喚く赤子の頭部へも滾る猛火を叩きつける。
熱い。
苦しい!!
そうであろうとも。
「……さあ、暴れ回って疲れたろう? 今はゆっくり休むと良い」
印を結ぶ男のもとへ、ぐずぐずに溶けはじめるそれがひとつの火球と化し落ちてくる。柔い床へたんと杖剣を突き立てれば、術者の周囲を囲い守るように炎の輪が躍り、つながった。
此処には優しさも喜びも、慈しみもない。
悉く、葬り去る力があるだけ。
青き炎が消え去ったのち。
燻ぶる灰が蝶にも似てひらひら、あたりへ降り注ぐ。
沸騰する血も焦げる肉のにおいもひとのそれと変わらない。当然だ――喉元の罅になぞるよう手を触れて、アルバもまた振り返る。立ち止まっている必要はどこにもなかった。
ゆえに、ちょうど目が合うこととなったのは偶然やもしれぬし。
やはり互いに、惹かれ合う星の定めやもしれなかった。
「……、…………ジジ。なにをしている」
天井へ逃れたものの相手でもしていたのか。千切れた肉手をわんさか抱え、ぽつんと立つジャハルは――どうして、またもや迷い子めいた瞳をしているのか。
「……呑まれたかと」
幻に。
図体ばかりはでかくなろうと。そう神妙な面持ちで頬を抓る弟子だからこそ頭を一度、はたいたところで居場所を示してみるも良い。――これだから、毒に酔い暮れる暇もないのだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リオネル・エコーズ
悲鳴も何もかも全部が
どっかにストンと落っこちていった気分
最初の人はここの本当の景色を知っていて
ここが地獄の苗床だなんて知らなかった筈
後になればなるほど、夢みたいな地獄は出来上がっていった筈
見える肉の量と聞こえる声の厚さが凄い
何人ここへ連れて来られたんだろう
動いた拍子に彼らの肉を感じたら、保ってる何かが崩れそうだけど
首からさげてる鍵さえあればきっと持ち直せる、大丈夫
しっかり周りを見て、見切って、音を聞く
必要なら動く
魔鍵を鈴蘭に変えたら、捉えた内の最も破りやすい所を攻撃
複数あるならその全てに
この鈴蘭なら、それができるから
俺、忘れものが凄いあるんだ
ここで、貴方たちと一緒にはなれない
…裏切ってごめんね
●
ここが世界の底みたい。
悲鳴も何もかも、全部がどっかにストンと落っこちていった気分――肉の海にぷかりと浮いて沈んで、それがリオネルの目覚めだった。
上手く、飛べなかった頃を思い出す。粘液の纏わりつく翼はどうにも重くて。
けれども腕をついて、ゆっくりでいい。身を起こす。ぞるりと肉手は動きについてきて、おはよう、ようこそ、と親しみを込め肩を抱きくる朋と相違ない。
「…………あぁ」
知らず、嘆息してしまう。
最初にここへ"救われた"者は本当の景色……正しく聖域であった景色を知っていて。後になればなるほど、夢のような地獄は出来上がっていったのだろう。
何人、ここへ。
パ。ファ! ワワ!! ――すこしずつズレながら脳を冒す高音は、ソプラノばかりの輪唱か。圧がごうごう殴りつける。千々に砕かれてばらばらに、ともすれば自分はとっくにこの肉たちの一部で――。
「は、」
はは、と掠れる笑いが零れたのは、呼吸をも躊躇い引き攣る喉を自覚したから。
しっかりしろ。 俺は、なんのために。
歌い続けると決めたのは?
(「ここで休む、ためじゃない」)
――。正気で、噎せ返るほどの血が薫る息を吸った。
誰もが顔を背けたくなる声の壁へ敢えて耳を傾ける。瞳は射るように、雲の切れ間を探すように。肉に埋没していた手のうちから天の青を冠する魔鍵は花弁へとほどけ、切り開きながら羽ばたき出る。
音の重なりが薄い方へ……。
捉える一点へ!
眼差しの先へ鈴蘭が舞い進む中、リオネルもまた進まねばならなかった。
ユーベルコードの響きを害と感知したのだろう。どっ、と鋭く撃ち込まれた鞭は頭上から。最小限の傾きで直撃を避け、逆に利用までしてみせ、すこしの表皮ごと片腕の拘束を解いた男はねがいの涯に似た色をした短剣を抜く。
いかないで、わたしの――。
一歩。髪を引く肉をふたつに断ち。
なぜなの、しあわせは――。
二歩。足首に絡む手は打ち崩す枷。
「……裏切ってごめんね。ここで、貴方たちと一緒にはなれない」
俺、忘れものが凄いあるんだ。
翼を広げる。留まる風を捉えて嵐を纏い、呼び込む鈴蘭の花弁はさあああああと雨の如き清涼な音を連れ、白く、呪縛から解き放つ。
肉の壁が崩れて落ちる様は、いつか目の前に広く、開かれた世界の再演のようにも。
気付けば自由になっていた両手。胸元に揺れる鍵がそっと包む手のうち、僅かばかりのひかりを散らし今日も覚悟を見届ける。
Echoes。
遠い――いずれ帰り着く場所への道標へ、泣き出しそうに、笑った。
大丈夫。
大丈夫だよ。
大成功
🔵🔵🔵
ロカジ・ミナイ
この感覚を知っている
全身に浴びたらさぞ気持ち良かろうと何度思ったことか
色んなことを知るほどに気色悪くなっていって
それに伴い
無垢な部分が覚えてる心地よさもまた膨らんでいく
さっき嘘をついた唇が違和感に苛まれている
アレは全部、僕が被ったあの子の罪
罪とも言えない、かわいく甘ったれた若気の至り
全部、僕が赦してやればいい話なんだ
――ああ、クソ……うるせぇなぁ
こういう時のBGMは高く澄んだ声と鼓動だけって決まってんだろう
これだから空気を読まない奴は嫌いだよ
自由を残した掌から炎を生み出して
全部燃やしてやる
血脈からトンズラしたあの時みたいに全部灰になっちまえば
黙りこくってそれっきりさ
ああ、こいつは僕の悪癖だ
●
今日の"ごっこ"はちょっぴりリッチだ。
あたたかくやわらかい肉に包まれる感覚とはいつだってすばらしいもの。全身に浴びたらさぞ気持ち良かろうとの夢だって、こうも容易く叶うのだから。本当に極楽浄土かもしれない。
――ただ。
誰かに似ている風で、いざ望めば歪むお粗末さとか。離したいときに限ってしがみついてくる面倒さとか?
色んなことを知るほどに気色悪さが芽を出して。
無垢なロカジ少年が夢見た心地よさがいっしょくたごちゃ混ぜに膨らむから、今となっては、――安酒で悪酔いしたような心地になる。
ぼへー、と上を見た。
薄っすらピンクの肉の表面に這いまわる血管。健康そうだなぁ、なんて。
垂れ落ちてくる泡立つ液体が首の傷に触れかけても、せっせと傾けるのも億劫だった。
(「未知の奇病だか患ったとして。死にゃあしないもんな、そうそう」)
噺のタネのひとつにはなるか。それよりなにより告解と銘打って、嘘をついた唇が違和感に苛まれている。
――うそなんて吐かなきゃよかった。ひりひりして。
被ったすべてはあの子の罪。
罪と呼んでは物々しい、かわいく甘ったれた若気の至り。
(「全部、僕が赦してやればいい話なんだ」)
ぽた、
ぽたり。
左の頬に落ちたしずくがジュッと音立てて煙を上げた。
けれどもまったく、誰に赦しを得て鏡越しの逢瀬すら奪おうって云うんだ?
「「「ぉヨォ いい じゃナイ。ココで……」」」
「――ああ、クソ……うるせぇなぁ」
高く澄んだ声、鼓動、その一切を掻き消して尚も飽き足らぬ声量のぼよぼよ音が肉壁で跳ね返る。纏わりつく。しつこい女みたいに!
前言撤回。
「空気を読まない奴は嫌いだ。死体とあっちゃあ尚更な――美徳をね、取り戻せよ」
未だ煉獄。
うそでも吐かなきゃ此処にこうしていられない。
屍が棺を自ら割り開くみたく。突き出した手、ゆびさきでピンと弾き上げた丸薬は肉のひしめくかすかな隙間を飛び出して、炸裂する。芳しい油の香に連れられて、広がるのは炎の海。
特製の八法心薬。
「全部燃やしてやる」
材料は今もまさに、無限大に注がれる怨念情念。
五指の合間に挟んでぽんぽんと、放る様は玩具遊びに同じ。かなしいかな、ひとりきりなのだ。肉どもが焦げ付く悍ましい惨状に鼻をつまむ仕草をする必要はなく、なにせこれはロカジにとってはじめましての景色でもなかった。
――。
かたくなって落ち来る真っ黒焦げはすべてが口と化したみたいで、しかし一音も発せない。踏みつけ崩すまでもなく、遅れて吹きつけた爆風が浚った。
まっさらさら。。
血脈からトンズラしたあの時みたいに。全部灰になっちまえば、黙りこくってそれっきり。
「ああ、こいつは僕の悪癖だ」
だって。 罪、だなんて呼ぶ気もない。
大成功
🔵🔵🔵
冴木・蜜
……、
私が貴方を裏切れたら
貴方はその手を汚さずに済んだのでしょうか
体内毒を濃縮しつつ
敢えて先程の傷口を閉じずに
黒血を滴らせましょう
もう幻覚は……
しあわせな悪夢は見たくないので
取り出したメスで自分の身体を切って
痛みで意識を繋いでおきましょう
意識が冴えたら
同化され始めた身体や滴る血さえも利用し
攻撃力重視の捨て身の『毒血』
噛みついて頂いても結構
痛いですけど液体ですから
喰われれば内側から融かして差し上げましょう
私は死に到る毒
故にただ触れるだけで良い
私は赦されたいのではない
私は罪人だから
赦されてはならない
死んで償いを投げ出すわけにはいかない
私は償うために
救うために
この聖域を融かし堕としましょう
●
とめどない。とろりとからだがとけてゆく。
自分の輪郭をうしなって揺蕩うことも、ブラックタールである蜜にとっては慣れた感覚だった。その先どこへも、なにへも変わらないということも。
(「私は……、死に到る、毒」)
痛みの中で己を正しく定義する。
私は誰をも救えない? 私は誰をも救いたい。
淀んで歪んでしまう前、貴方が話してくれた夢を追いかけるただの、 。
(「……、私が貴方を裏切れたなら。その手は、汚れず済んだのでしょうか」)
あの人も、罪を抱えていったのか。
もしも己の存在が苦しみを与えてしまったならば。謝りたい。償いたい、問いたい、言葉が欲しい――想えど慕えど、あれきり本物に逢えたためしはないのだけれど。
ふ、と溜め息が黒き沼に波紋を広げる。
しずかにしずかに。
濃縮された毒は、争い嫌いの平和主義者の貌をして肉どもを蝕みはじめていた。
「「「アッバッ ナン レ イヤ……」」」
「ひとつに融ける。同じことですよ。行く先も、お好きに考えていただければ」
天国? 地獄? そのはざま。
信じ、望む果てを夢見ればいい。痛みを知らせず肉塊を液体へと解いてゆく。ギフト――蜜に満ちる毒血。逃れようとして暴れのたうつヒトガタが水溜まりを大きく跳ね上げた。それが別の壁へと飛び散って、どろり。ぴしゃり。 ぐちゃり。
景色は急速に黒へ色を失って。
捕食再生を試みているのだ、佇むばかりの白衣の男へ喰らいつかんとしているものたちは。それを知りながら、その大口へ食まれる瞬間まで、瞬きもせずクマの目立つ紫の瞳で蜜は見上げていた。
ぱぐんっ。
空気を食べたときと変わらぬ音。足だけになった――人間の膝から、にょっきり頭が生えた。
「そう急かずとも、お渡しします。……私は、そのためにいますから」
そして足は腕へ。
蹲るような体勢へ"形を整えた"ブラックタールは、だらりと口端から零れ落つしずくを拭って、天井一面の顔たちを再び仰いだ。
赦されたいのではない。
罪人なのだ。赦されてはならない。
ただ――救いという名の死に、償いを投げ出すわけにはいかない。
死が救い。そうと己へ言い聞かせ納得するしかない、手の施しようもない惨状は、いつか見た救えぬ村の光景にも似ていたか。
罪に罪を重ねる恐怖はもはやなく。この身でもすこしはマシな眠りを提供してやれるのではないかと、思った。
肉と絡み合いぐつぐつと広がった毒の海を泳ぐようにして、歩み出す蜜。しあわせな悪夢に別れを告げて、胸元へ突き立てたメスが一本、ついに腐り落ち崩れていった。
「償うために。救うために」
この聖域を融かし堕としましょう。
望み果たせる日はいつか。――片方が欠けた足取りは、夢遊病患者と変わらない。
大成功
🔵🔵🔵
絢辻・幽子
……あぁ、心地よいだけは、少し不気味ね
悪い薬みたい。
こんなのまともに受け続けてたら、元に戻れなくなりそう。
怠惰と欲にまみれた女狐だけれど
口を開けていたらずっと注がれるだけのしあわせは
いやよ、嫌ね。
この多幸感は、『呪詛耐性』で薄れるかしら……?
それにしても……ううん、私はもう少しもふもふとした方が
好きではあるのよねえ、
私に危害を加えないのなら、あなた達?に攻撃はしないけれど
ここから出たいし調べたいのよねぇ……扉はどこかしら
『地形の利用』『ロープワーク』で、糸の足場を用意して
ぶよぶよから離れて上から視てみたり
あ、ねぇ、幽ちゃん首繋がってるかしら?
(真の姿はもふもふの狐尻尾4本とぴんと立派な狐耳)
クロード・ロラン
こりゃ思った以上に悪趣味だな
こんなのに囲まれた場所なんて、目覚めないままの方がマシじゃねえか
不快な気持ちを隠さず周囲を確認
とりあえずこの中にいたらどうなるかわからねえ、力尽くで脱出すべきだ
蠢く肉の間、壁材が見えるところ目掛けてUCを使う
肉を断って穴を広げていけば、安全地帯も見つかるはず
周囲に仲間がいれば協力、力振るうならタイミングは合わせた方がいいだろう
敵の正体は見えねえけど、そいつは絶対神でも、その使者でもじゃない
俺は宗教なんて興味ねえけど、それでもこれが間違ってるってことくらいわかるんだ
救いを求めるこの世界の人を、その心を喰いものにするなんて許さねえ
敵を引摺り出して、必ずぶっ潰してやる!
●
ぷかぷかと海月になったみたい。ここは平和な南の海で。寒い思いもひもじい思いも、遠くのくにのお話になってしまった。
――なんて。
心地よいだけは、すこし不気味。
やさしい素振りで罠を張る人間。若しくは、無害に見せかけて牙を研ぐ獣。いいや、悪い薬――……それだ。思考は引き続き混濁しているものと知った。浮かんでは消え、ひとところへ定まらない。
(「こんなのまともに受け続けてたら、元に戻れなくなりそう」)
怠惰と欲にまみれた女狐だけれど、口を開けていたらずっと注がれるだけのしあわせは。
いやよ、嫌ね。 わたしでいないと。
(「あのとき。あの子をたべた、意味がなくなっちゃう」)
それも作り話だったかしら。
別にいいの。 なんだって、
とろとろ。
幸せな夢のふちに漂う幽子に、手厳しかろうと、三日月型の光を届けるのは――。
「大丈夫かよ? くつろいでる場合じゃねえぞ!」
大きな鋏の一閃。
「……あら、あら。助かっちゃった」
荒っぽく背伸びした物言いとは裏腹に、垂らした尾へ心配を滲ませるクロードだ。おなじ獣性を備える種族として察するものがあったのか、伸びをして粘膜を振り落とせばにこやか幽子も立ち上がる。 だいじょうぶ、まだ立てる。
(「それにしても、お肉ばっかりねえ……」)
言う通り、このままじゃお肉仲間にされちゃいそう。
毛皮を剥がれるのもまっぴらだが、飛び越えて精肉だなんてもっと御免。組んだ腕、一度二度と思案のリズムを指で刻めば、しゅるり。蜘蛛糸を手繰って天井に飛び出している誰かの頭へ輪をくぐらせた。
「見てくるわ」
「見……そうか、上から? じゃあ俺は下から探す」
目はきっと多い方がいい。
意図を素早く理解して、頷くクロードはいまにも引き摺り込まんとしてくる足場をじょきんと断ち切った。此方を狙う気なら、いっそ好都合だ。
「こっちだ! 言っとくが、俺の方か"速い"けどなっ」
肉どもは成程数多の思念の寄せ集めといったところか、動きに統率がとれていない。ゆえに数本を引き付けた上で跳ね飛び、スレスレで躱してそこから鋏を盾に滑り込み、別のものまで捲ろうものならば雁字搦めが容易にできあがる。
若さ由来のバネに小回りの利く、クロードの動きは野外の獣のそれだ。
恐れぬ心が加われば、愚鈍な肉の塊には尾に触れるどころか黒衣を裂くこともままならず。
「……もうやめとけよ。俺たちだって、奥に用があるだけだからな」
ぐねぐねに絡み合い、目の前に曝け出される無防備な巨大顔面。それを好き好んで傷付けることはせずに、少年の鋏は先へ繋がる壁だけを探し断ち裂きゆく。
"壁"がほろほろ粉を落す。これは行きに見かけた柱と同じ材質で、ということは建物自体が崩れかねなくて――肉厚の更に奥に、空間があるということか。
四角い部屋のすべてを切り開けばいずれ辿り着けるであろう答え。
それをちょっぴりだけ楽にするのが、偶然か居合わせたお助けお姉さんであった。
「――なんか見えそうか?」
「うーん、そうねえ。そっちは高くて長い……像かしら? があるから、出入口とは別方向になりそうよね」
もっとも教会などに縁のない狐なものでなんとなーく、こんな風ではという憶測だ。
肉は相変わらず地形に張り付いているし。
蠢く地面は――否。クロードが切り刻んだ箇所への修復に出払っているのか、離れたところで厚みの薄い箇所が増えはじめた。新たな"罪人"が堕とされぬ限り、素材は有限ということなのだろう。別に知りたくもなかった事実であるが、
「見つけたわ。右手側の壁をチョッキンしちゃって」
なんでも使うのが女狐流。 幾つもの落ちくぼんだ眼窩がなんだか一斉にぎょるんと向いた気がしても、幽子は悠々と糸でふわふわ。
はたしてどちらを狙ったものか。
振り返る、または着地の瞬間、千々に切り捨てられた肉片が飛び掛かり群がるを、駆け抜けたクロードが斬り払うのと幽子が呼んだ狐火でのオーバーキル。
ぽわ、ぽっと薄紫の炎が漂うのを、暫し見つめる狼少年。
…………糸以外も扱えたのか!
「ちょっと借りる!」
「はーい、あとで返してねぇ」
――そこからは、ひと跳び。
真二つに割るように。揮い手までもが一筋の閃光めいて。炎をくぐらせた銀鋏は火の粉を撒き散らしながら、示された肉壁へと飛び込んで。
触れる端からじうと溶かしながら"タッチ"。開いた刃をかたく閉じ合わせ、熱も鋭利も最奥まで届かせる。ぶつん、と、肉を断つ手応えに加えて木を裂く手応えがした。
(「俺は宗教なんて興味ねえけど、それでもこれが間違ってるってことくらいわかるんだ」)
細かに裁断された成れの果てが、どろどろと足元へ溶け落ちる。
過日とだぶる苦悶の叫びが耳に届く。 でも、もう、塞がず退かず。
次いで横から顔を出した女狐の、すごーいと間延びした声と揺れる尾が咽る空気すら混ぜっ返してしまうしで。
「あ、ねぇ、幽ちゃん首繋がってるかしら?」
「は……、ったり前だろ、むしろこれから獲りに行くんだっての」
そうだ。
救いを求めるこの世界の人を、その心を喰いものにするなんて許せるはずがない。
敵を引摺り出して、必ずぶっ潰してやる!
固めた拳に、大鋏の銀の感触はまだつめたい。それを自身の血の滾るがこそと正しく理解し、クロードは大きく裂けて真っ赤に染まる扉を、凛として開け放つ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
渦雷・ユキテル
星の降る夜、ふたりで逃げた。
手を引いて駆ける彼は記憶と変わらず優しくて、
あたしは少し頼りなげな唯の女の子だった。
これで自由だって笑いあった。ふたりの夢。
私たち、どこまでも一緒でしょう? ずっと、
……いっしょ?
あははっ、まさか!
笑って肉塊を蹴りつけ
似てもない温かさで勝手に塗り替えないでくださーい
赦されたいなんて思ってません
それに。彼はきっと、罪だなんて言わないの
隠しといた銃、取られてませんね
ちゃんと確かめなきゃダメじゃないですか
さて。このぶよぶよ、どこが急所なんでしょ
【医術】で見当つくなら【零距離射撃】で的確に
分からなければとりあえず盛り上がってるとこを撃ちまーす
※絡み・アドリブ歓迎
冴島・類
肉の天蓋にお布団
まあ…アビさんの言う悪趣味、に同意です
腕から感じる虚脱
合間に覗く外からすると
皆、これに包まれて
赦される、ってこんな感じ?
皆で一緒
なかったことになったら幸せ?
そうかい
解釈違いだね
柔く抱き締め返す
忘れる為ではない、還す為
我すら失い、償いや悔い
己で考えて、前へ進む意思すらなく
それは救いではなく
問題も何もかも快や麻薬に浸した逃避
ひとであることすらの放棄
そうせざるを得なかった君達を
どうこう言うつもりはないさ
少し、さみしいが
撫でながら
片腕を伸ばし、隙間から外へ
糸を放ち己ごと包み、火で焼き送る
在ったいのち、己を
これ以上弄ばれる前に、お逝き
崩れたら、刀でこじ開け離脱
他の方がいれば、様子見て協力
●
満点の星空から、きらきらとしたひとしずくずつが降ってくる。夜。
外の空気はつめたいのに、やさしく引かれる手は燃えているみたいにあつい。でも痛くない。理由は簡単だ。"彼"とふれあっているから。
逃避行。
先行く背でやわらかにひかる金糸だって、"あたし"には星なんだよ。
――なんて、言えやしないほど身も心も頼りなげなただの女の子は、見失わないようにぎゅっと握り返すだけ。
これで自由だと笑いあう。弾む息、躍る影、道は続いて―― ふたりの夢。
私たち、どこまでも一緒でしょう? ずっと、
いたいけな子どもの問いかけはまろく、重なり合う肉の合間へ溶け込んで。
生物が呼吸をするように、一切の音が止む瞬間がある。
――成程、悪趣味だ。肉の天蓋に布団にと、至れり尽くせりの歓待に類は出立時に耳にした呟きを思い返していた。
それに催眠といったか。
腕に感じる虚脱感がそれであるのだろう。すこし不自由ではあるが、感覚が零というわけでもない。これならば、支障はない。多くが呑まれたのだと察するに余りある肉に抱かれて尚……冷静にひとつずつの状況を判断して。
(「赦される。 って、こんな感じ?」)
向き合う形で間近、伏せられた薄桃の瞼を見つめた。
(「皆で一緒。なかったことになったら、幸せ?」)
惨たらしいやけど痕を残す、麗人の横顔を見つめた。
輪郭をひとつに混ぜ合って、心地よさげな死に顔だ。
……到底、幾度も見送ってきたひとの輪からは外れてしまった。
「そうかい。解釈違いだね」
方々から包み込み来る抱擁へ、やわく腕を回して抱きしめ返す類。
両腕に抱えきれぬほどの数多のいのち。 忘れるためではなく、正しき理のもとへ還すため。
「おいで」
――――。
何を以てひとと呼ぶか。いまだ真似る身ではあるが、嘗てヤドリガミが愛し慈しんだものたちは、短く定められた生だとて力強く生きていた。
我すら失い、償いや悔い、己で考え前へ進む意思すらない。
救いではなく――この場に満ちるこれはきっと、逃避だ。
ひとであることすらの放棄。 ひとと、認めるわけにはいかない。
「そうせざるを得なかった君達を、どうこう言うつもりはないさ。……少し、さみしいが」
呼び掛けはやさしく、撫でる手もまた。
禿げた頭を通り過ぎて、喜ばしげに身を寄せる彼らの動きにより僅かに縺れた隙間から外へ。片腕が逃れたならおわかれだ。
「これ以上弄ばれる前に、お逝き」
在ったいのち、己を。
音もなく広がった、糸――"みんな"をひとつにまとめ包み込む業滅糸は、はぐれるもののないように。類をも覆ってしまえばごうと燃え滾る焚火へ変じた。
もがく彼らを抱き留める腕の力は緩めない。いまだけは、ひとの身をして共に焼けるを味わう――罪滅ぼしなどと、云う気はないが。
どこまでも――……いっしょ?
ちらつきはじめた炎が、うつくしい流れ星をおそろしい隕石に変えたからじゃない。
灼かれる刹那もふたりは想い合っていました? そうしてひとつに――おしまいだけ、残酷になぞらなくたっていいのにね。
「あは、はははっ」
まさか! はじめから分かっていた。
こんなぶよぶよでぬるい塊と彼とを同一視など! かみさまに土下座して頼まれたって願い下げだ。
「似てもない温かさで勝手に塗り替えないでくださーい」
はじまってすらいない幻ごとユキテルが強く蹴りつければ、びかっと四方へ光を吐いて肉塊は転がり落ちる。どこにでもいるおんなのこのかわいい前蹴りじゃあない、"彼"譲りの、護身用にも苛烈な雷撃。
今一度寝かしつけんとす鞭が振るわれるのを、沈み込んだ弾みを利用しひと跳びに飛び越える。そうしてその細く薄い肉らを足場に着地したなら、パチッパチとまぼろしではない星を瞬かせた。
だからね、赦されたいなんて思っていない。――それに、
「彼はきっと、罪だなんて言わないの」
ばかなひと(いとおしいひと)。
思い出通りステキに笑えば、ああ、胸のちくちくはすっかりどこかへいってしまった。
たっと踏み切り、蹴りつけついでの着地地点でCry&92を引き抜くユキテル。指先に引っ掛けて回せるほど馴染んでしまった銃は、乙女の心のようにかくれんぼ上手で。
「一点突破といきましょうか」
「お。ふふ、ヒーローも待ってみるものですねー」
ギィン! 高く響き火花すら散らしたのは、刃ほどに鋭く伸ばされた指先と短刀だ。先んじて苗床からの脱出に成功した類。その糸もが縦横無尽に手繰られ、ふたりへ降りかかる鞭を数々阻む。
青年の駆けるあとには火の粉が零れた。煤だらけになった頬を拭うのも、後でいい。
起点としては斬撃よりも銃撃の抉り抜ける力が都合がよいのだろう。
「では、守られるだけはなんですし」
構えたユキテルがトリガーを引けば、可愛げのない弾丸はぐんと飛び出して類の背を、追い縋る肉手を越え、ぎゅるぎゅるに捩じりながら壁へ突き立った。
薄ピンクが弾け飛ぶ!
――オリオン座なんて描いてみちゃったりして。
かけっこの終わりには穴だらけになった肉壁。その修復がはじまる前に辿り着いた短刀の呼ぶ風刃が点を繋ぎ、もはや塞ぎようもないほど、大きく割り開いた。
ぱっくりと肉の失せた先に、ひとつの扉が見えてくる。
何処へと繋がっているのか。
迷うまでもなく、ふたりは飛び込んだ。置き土産に赤き炎。爆炎が、いまは背を押す風となる。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
神埜・常盤
あァ……離せよ
知ったような口を聞くな、勝手に赦すな
僕の罪は僕のもの――そう、僕だけの寄す処だ
何時だって血肉には飢えているのに
今ばかりは食指も動かないなァ、当たり前だが
お前達はもはや人では無い
ゆえに、僕の流儀で払わせて貰おう
広範囲に破魔焔の津波を巻き起こそう
念の為、仲間を巻き込まないようにしつつ
いくら伸縮しようと肉ならば熱に弱いだろう
取り零しは影縫で一体ずつ貫いて行く
体力が危うければ、吸血で回復を
……余り気が乗らないが
お前達とひとつに成るなど御免だ
僕を救うな、放っておけ
そも、救いが必要なのはお前達の方だろう
そんな姿に成り果てて、何の意味があるのだね
さァ、楽にしてやろう
大人しく浄化の焔に巻かれ給え
コノハ・ライゼ
目を開けずとも、周囲を確認せずとも分かる
ソレが何なのか、そして
すごくすごく、おなかがすいた
ソレが「獲物」であるなら躊躇わず
起きざまに流した血を柘榴に与え【紅牙】発動
牙状の一対で目についたトコから喰らいつき生命力吸収
悪ぃネ、オレこうじゃないと回復できなくて
たとえオレが生きてちゃダメでも、オレの中のあの人は死なせられねぇの
反撃にも動揺などなく
噛みつかれれば、ああ同じだねぇと笑い
ならもっと多く取り返さなくちゃと傷口えぐり喰らいつく
ソレにそう何度もこの命はくれてやれないなぁ
変形察知し次第見切り躱しカウンター仕掛けてくヨ
小さな罪?
誰も悪くない?
余計なお世話だってぇの
オレを赦せるのはドコにあってもただ一人
●
もういい の。やす み
ましょう。たいへんだった
ね。わたしたちはおなじ。 みんなで。
優しく、砂糖ほど甘ったれた言葉ばかりが降ってくる。
口に含むなら甘い方がいいな。それは否定しないとも。けれど人間をやめた囁きたちは、常盤の食指すら動かすに値しなかった。心など、語るまでもなく。
「あァ……離せよ」
知ったような口を聞くな、勝手に赦すな。
僕の罪は僕のもの――。そう、
「僕だけの寄す処だ」
ぞぶり。
突き立てる、黒き秒針伝いに焔が湧き起こる。ノスフェラトゥ・カタストロフ、夜王の眠りを脅かすものどもへ。幾度目かの罰を。
肉絨毯は踊りながら枯れる花にも似て外側へ萎れてゆく。
靴裏に踏みしめても、首より頭が痛むのだ。慢性的に血は足りない。とん、とん、気忙しく指を触れていれば、そう遠くない先でも薄ピンクの肉がひとつ捲れ上がりはじめた。
すごくすごく、おなかがすいた。
だから間近にある"獲物"にかぶりつく。獣として、至極当然の思考回路で。
己を包む肉の山をまあるい円に食い破りながら、コノハはゆっくり上体を起こした。お口からいただくなんて野蛮なことはしない。手にした一対の柘榴……暴食の紅牙に変質した鉱石ナイフが、代わりに赤い涎を垂らしている。
「ふあーぁ、よく寝た……」
「とんだ悪食だ」
「えぇ? 今更じゃナイ」
見知りへ手でも差し伸べるものかと思いきや、常盤が手向けるのは炎の波。
端から期待していなかったようで、口端を上げたコノハが間一髪転がり避ければそこに残された肉どもが追う手ごと焼き払われた。
「レアで頼みたいネ」
「生憎と、今日はウェルダンの気分でね」
食の嗜好でも語り合いながら。
とっ、と両手をつき体勢を整えた獣は、低く腰を落とした四足の状態から矢のように飛び出した。
弾みでぼよよんと気味悪く足元が波打つのに、やれやれと肩を竦めた常盤はこちらを咎める風に見つめる幾つもの空洞を眺め返す。
「彼と違って、実のところ余り気乗りしないのだよ。食を通してでも、お前達とひとつに成るなど」
歩む。血払いした影縫の刃を揺らして。
救いが必要なのは、お前達の方だろう。
「そんな姿に成り果てて、何の意味があるのだね」
――僕を救うな、放っておけ。
炎を映すから、一層濃くなった瞳の赤がただ見下ろした。
振るわれる肉の鞭を、どこぞの狐男が好き勝手跳ねあげた炎の雫が呑んでゆく。常盤には届かない。
一斉に纏わる幾重の肉の束を、タクトめいて滑らせる殺戮刃物が撫で斬った。化生には、届かない。
「さァ、楽にしてやろう」
尚も蠢いて再生を――歪に安らぎに縋る成れの果てへ、指す切っ先に従い、再び溢れ出した浄化の焔が迫って洗って。とぷん、と、大きく揺れた波が引いた後には燻ぶる欠片も残さない。
案ずるなら帰路の街中だ。紳士の後ろ姿が折り目正しく服でも払っているのを後目に、コノハはといえばカラカラのスカスカになった残骸を放り捨てていた。
無理しなくたっていいのに。
だって、喰わなくっちゃやってられないじゃない?
「同じだねぇ。ケドま、そう何度もこの命はくれてやれないなぁ」
欲望に忠実に。 次々かぶりついてくる肉塊を、振りかざす刃で迎えて。
(「たとえオレが生きてちゃダメでも、オレの中のあの人は死なせられねぇの」)
思い出に誠実に。 名残りを確かめる風に、赤い舌が乾いた唇を舐めた。
小さな罪。
誰も悪くない?
「余計なお世話だってぇの」
鼻で笑う。 ――オレを赦せるのはドコにあってもただ一人。
吸収と噛みつき合いの泥仕合、腕の肉が喰われたならば腹を喰い返して、まるで凄惨な晩餐会。
脂や血で一層てらてら光る柘榴石は深く突き入れられ、なめらかな肉の内を掻き回して、最寄りの端っこからずるりと飛び出した。そこが塞がりはじめる前に、手を突っ込むコノハがにんまり。
「じゃあネ」
いただきます、と。
研いだ爪の青を十揃え、縦に大きく引き裂いて。
「「「ギ ィ」」」
「お愉しみのところ悪いが、コノ君。メインディッシュの分は空けているのだろうね」
あたりへぼたぼた飛び散った肉片を、ぱちんっ。軽い指の合図に倣い、炎が呑んでいった。うつくしき共闘に見せかけ、獲物の取り合いのようでもあり。
モチロンでしょ。唇を尖らせてみせたコノハは、血だらけになった両手をそのへんに塗りつけては落ちたナイフを拾い上げる。ぅにょーん、と伸びる筋線維がここにいればいいじゃないと涙ながら誘うのを、無慈悲にも引き千切って。
「ジンノこそ。ふらぁーって倒れられても、ンなデカい図体じゃバラして運ぶっきゃないわヨ?」
「おいおい、ハハハ。毒素が回り切ってしまったんじゃないか?」
矢張りね、不味そうだと思った。
薄ピンクに赤、真っ黒も。そこかしこに散らばる成れの果ての果て。一様に動かぬ肉なら二度と瞳に映すこともなく、焦げついた扉をどちらともなく押し開けた。
ひとつの物音もしない。
白く光が、零れてくる。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『救済の聖者』
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POW : 落日の記憶
全身を【輝かせ、周囲の亡霊達を癒しの力】で覆い、自身の【猟兵達との距離の近さ】に比例した戦闘力増強と、最大でレベル×100km/hに達する飛翔能力を得る。
SPD : 神、運命、世界に見捨てられ、それでも
【祈りの言葉】を聞いて共感した対象全てを治療する。
WIZ : 救済を求め、慕い、集まる
【非業の死を遂げた人々】の霊を召喚する。これは【生物や死体へ憑依】や【最後の瞬間に持っていた武器】で攻撃する能力を持つ。
イラスト:chole
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「フィーナ・ステラガーデン」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
扉を開き、無限に続くかに思える階段を上った。
赦しを拒んだものたちは追い縋る手を振り解き、ときに完全に沈黙させて。
割れた天より落ちた月明り、だろうか。
零れる青白い光の中央では、ひとりの女がしずかに祈りを捧げている。
『ああ……起きて、しまわれたのですね』
さみしそうな声色だ。
音が大気に溶け広がったとき、朝の霧がそうであるように、濃さを増す白の中からはいくつものシルエットが浮かび上がる。
既にこの世のものの動きではない。
がしゃり。 折れた手足で、爛れた皮膚で、剥き出しの骨で女を……自らを暗闇より救い出した主を、守るべく前へと踏み出す。手には、先刻の"祭具"が煌めいていた。
『ええ。迷われる方も、はじめてではありません』
揺れる亡者の中には、どうだろう。
見覚えもあるか。先ほど"死んだ"ばかりの新顔もいるらしい。首や胸にまだ新しい赤を咲かせる、それはふたつのがらんどうで罪を重ねた咎人を見つめては、咎めるように声を漏らす。
――なぜ、ごっこ遊びを終わりにしたのに。
――なぜ、此処ならば腹も減らないのに。
――なぜ、だれもひとつも怒っていなかったのに。
――なぜ、遂にあのひとが迎えてくれたのに。
なぜ、おまえ(あなた)(きみ)がわたし(ぼく)(おれ)をくるしめる。
なぜ。なぜ? なぜ!!
『まだ間に合います。今一度、お眠りなさい』
囲いの奥、聖者はかなしげに赤き涙を流す。
そうして咎人へ向き直った。揺れるマリアヴェール。数多の手形が染め上げたそれは、女の罪を――いつかの無力を示すようで。
――あなたがたも知っての通り。
『神もまた、死んだのです』
オルハ・オランシュ
あなたが悪なのか善なのか、わからない
助けられたひとだっているはずだから
亡者のひとり
私と同じ、喉元が赤いそのひとり
彼女は今なお『嘘』を囁く
……!
う、んん……っ!
否定したいのに言葉は出ない
えずいて、えずいて、呼吸が狂って、言葉という形を成すことができない
彼女の嘘には願望が入り交じっている
ほしかったものはもう手に入らないのに
やめてよ……やめて、お願い
……ねむれたら、わすれられる
それはしあわせな結末、かもしれない
でも、そうだった
楽な道じゃないと教えてくれたひとがいた
落ち着かなきゃ……
なくせなかった両の足で立ち上がったら
亡者には手を出さず、聖者のみを突く
……あなたのことは否定しない
でも、終わりにしなきゃ
●
一度は手放したもの。しかたなかった、そう自らを納得させたもの。
させた気に、なって過去として押しやったもの。
罪。
彼らはいつもふとした隙間に滲み出ては、棄てきれはしない痛みを呼び起こす。
――いた。
自分が、自分の理想(罪)が。
同じ色した緑のようで、深淵を漂うように対峙するその焦点は定まらない。己の方がずっとひどい顔をしているなんて、オルハひとりでは分からないから。
だれも怒ってないよ(私が死ねばよかったんだ)。
家でまってる(生まれてこなければ)。
もう、ひとりでいなくていい(はじめから、誰とのかかわりも持たなければ)。
亡者にもなれなかった残滓は呟きながら、ふらりとオルハの側へ歩み出す。両手で握られた短剣は、氷の如くに冴え冴えと鋭く。
入り混じった願望は、嘘だ。
「やめ、て……よ」
うそ。 やめて、お願い。
ほしかったものはもう手に入らないのに!!
声を大に否定したくとも、音が、言葉を結ばない。喉をせり上がる感覚、ヒュウと掠れるノイズには覚えがあって、これは過呼吸の。
オルハは縮んだ分の距離を退いた。否、震える脚では支えていられずよろめいたのだ。風など吹いていない、必要ならば向かい風にすら飛び込める娘の、偽りなき側面であり。
(「……。ねむれたなら、ああやって」)
わすれられる? しあわせな結末を、安らぎを希求してしまう。
それもまた、いとけなき命としてひとつの。
しかし、胸元に夕日の眩しさ。
痛みの在り処を掻き毟りたくて添えたはずの手は、その輝きを握りしめることを望んだ。
過去、現在、千々に裂けてしまいそうなすべてのオルハが。生きていたい――いまも心臓が必死に弾んでいること、"彼"伝いに知らされる。
「わたし、 なくせない……みたい」
指は下りて三叉槍の柄に。
"楽な道じゃない"。 それでも、
だれかの教えに、次の一歩が定まらずとも背を押された。
駆け出す!
両の足。罪悪感に追いつかれるより早く、動かせる身体。亡者たちもまた自らのしあわせのために立ち塞がるだけだ、……それを。聖者の行いを否定することはできなくて。
(「歩いたから。"なにもない"じゃ、ないよ」)
最もつらい時点で立ち止まり続ける自らへ。
視線だけ寄越せば棒高跳びめいて槍を手繰り、猟兵たるオルハはその頭上を軽々越えた。
「あなたが悪なのか善なのか、わからない。助けられたひとだっているはずだから」
と、射線には聖者が入る。
逃げもせず。薄らと瞳を開ける主を庇うべく、数多の骸骨手が突き出された。
「でも、終わりにしなきゃ」
その一切を引き連れる風に巻いて、ときには爪を立てられ髪を掴まれながらもオルハは突き抜ける。拳だけは肉が剥げたとて解いてやらず。軸足で床を踏みしめ、精一杯の力を以て、ウェイカトリアイナを撃ち出すのだ。
『ッ!』
聖者の身はひと同様に抉れ、権能が揺らいだか。立ってはいられぬ骨の数本がきっと、落ちたのだろう。背後では氷の割れるに似た音がする。
けれどもう。
いまだけでも、もう。振り返らずに、前へ。
成功
🔵🔵🔴
ロカジ・ミナイ
おはよう
寝ぼけ眼の隅っこに僕っぽい何かが見えた気がしたら
そこんとこを見て
そっちは死ねたみたいだね
どうなの?他人になれた?
嘘の僕だもの、そりゃあ他人も他人だよね
やめてくれよ、何もかも遅いままでいいんだから
取り返しのついちまう方がおっかないこともあんのよ
やめてくれ
いい寝床を用意してもらったのにすまないね
僕にも救わなきゃならないものがあって
寝てる場合じゃないんだ
アンタこそ寝た方がいい
目が真っ赤だもの
血が残ってればそれを
乾いてたら新しい血を
妖刀に吸わせて、構え
この子の神は誰だったんだろうね
きっとその神は思ってるよ
一緒に死んでやれて良かったってさ
僕ならそう思う
ああ、寝起きの一服がまだだったな
ここ禁煙?
エンジ・カラカ
カミサマなんていないンだ。
どこにもいない。
そうだろ、賢い君。
薬指を締め付ける君にさっきから垂れ流しの食事を与えよう。
もうお腹一杯?
さっきたーっくさん動いたから喉が乾いただろう。
アァ……やっぱりお腹一杯カ。
アイツ。アイツの銀の剣が邪魔なンだ。
それに死んだヤツラも。
賢い君、賢い君、イイだろ?
コレはいつものごとく支援に徹する。
自慢の足で死んだヤツラを誘き寄せて
それからあの女を封じる。
だってさっきから変な言葉を喋るンだ。
そしたら周りのヤツラが生き生きとする。
アァ……うるさいなァ……。
狼の耳はとってもイイ。
その言葉がうるさくてうるさくてたまらない。
カミサマなんていないンだ……。
●
「おはよう」
寝惚け眼を擦って。
歩むロカジが手を振れば、佇むロカジも手を振った。指の一本がぽとりと転げ落ち、それを不思議そうにしている。間抜け面ったらない。いやいや、僕である以上男前なんだけれど。
「あーあー。そっちは死ねたみたいだね。どうなの? 他人になれた?」
――嘘の僕だもの。
そりゃあ他人も他人だよね、と、笑えばまた似た表情が返ってくる。
笑みが未熟なら。
今日の快晴みたくにね! ……言葉もまた歪だ。据わらぬ首が揺れる度、ほろほろ零れ落ちる胸元からの赤色は、はて。随分と大切そうにあの世まで連れて。
「そっか」
それじゃあもっかい死んでくれ。
――なぁんて乱暴言いやしない。
為すだけだ。生憎とこちらのロカジには十揃った指があり、曰く付きの刀もあり、なんならカワイイペットもいる。ひょいぱくり。して楽々終わりも良かったのだが、鯉口を切った音が自分の耳を通して理解できた。
(「やめてくれよ」)
何もかも遅いままでいいんだから。
(「やめてくれ」)
取り返しのついちまう方が、おっかないこともあんのよ。
「そちらの別嬪さんにはさ。いい寝床を用意してもらったのにすまないね」
叩っ斬りたいみたい。
為したあとのブツ切り肉が、視界の更に隅へ隅へと追いやられてゆく。ちょうどよく吹き抜けた風に薫る懐かしさに、ああ、そんなものも嗜んでいたっけと口角は上がった。
うまい具合に血を浴びたうるわしの刃は、地獄の窯が煮える様相、艶めかしく紫電を沸き立たせる。自分の、血液か。なんだか浮気されたようでさみしい心地も、男心だって複雑だ――ハッハ、そう軽く笑い「アンタこそ寝た方がいい」とロカジ。
「目が真っ赤だもの」
同じ色した刃を構え直しながら。
救わなきゃならないものがあって、寝ている場合じゃないこと。美人の誘いを断るのだから、いつも通り"丁重"にご説明しなくては。
『眠ってなどいられません。みなを、だれが救うのですか』
「アァ……寝かしつけるのは上手なンだ」
オブリビオンの声と後退を遮ったのは亡者のひとり――とも大した相違がない、エンジの声と糸だ。血濡れ獣の存在が紛れるほど、ここは雑多なにおいで満ちていた。 道を開けんとしていた骨たちを縛り上げ、ぶつけるかの勢いで女のもとへ。
寸でで身を捩る聖者も、砕け散らしあう骨片までは避けることができない。
白い肌に複数の赤茨が這うのを、物言わず眺めてからロカジはばさり、真近くに降り立った黒衣に距離を取って。
「うぅわっ、出た――じゃねえや、エンジくんいたの?」
「いたいた。ロカジンのいるところにエンジくんあり、サ」
「それも怖ぇんだ、なぁ!」
一段と勢いづいて飛び掛かり来る骸骨を二、三ひとまとめ蹴倒せばうまれる途へ踏み出した。浮いた身体が再び地を踏むまでの数瞬に、奔らせた刃が横薙ぎに肉を割ってゆく。
真新しく舞う血の粒をも飲むみたく赤き糸は躍るけれど、こちらも中々グルメであるのでやさしくない。糧とするためじゃ生かしておかない――縊るなら、殺すまで確実に。
「おや。もうお腹いっぱい?」
さっきたーっくさん動いたから喉が乾いただろう。
エンジはその唯一の糧足り得る自らの血を、締め上げられる薬指越しに拷問具へ渡そうとするものの、ぽたぽた床へ垂れてしまう。
そうして出来上がった命溜まりも、シミになれば途端に冷めるのだから。
「カミサマなんていないンだ。どこにもいない」
そうだろ、賢い君。
単純な仕組みだなぁと、馴染みの残酷を受け容れるだけ。狼は悩みも悔いもせずに糸遊び。……巻き込まれた"自分"がなにを語っていつ死んだのかだって、すこしも関心などなくて。
銀の剣。
ひかる宝物を集める風に、幾つもの煌めきを弾き落として踏み割った。
「にせもの。ニセモノ――」
歌っては襤褸切れ絨毯ふみふみ、半ば滑るように妖刀の一閃を避けるエンジ。獣の動体視力でなくてはぺらっぺらにされていたやもしれぬそれは、亡者を喰うに飽き足らず聖者ごと床をも刻んで。
「ロカジンいけないンだァ。ベンショーだァ」
「げっ。マズったな、たすけて僕の神様」
なんて。――目の前の女の神は、誰だったのか。
一緒に死んでやれてよかった、
「僕ならそう思うのに」
"声"が聴こえないというのは、往々にして生者のこころを狂わせる。禁忌すら、冒せるほどに。
跳ね上がった礫らが骸骨をくり貫き四方八方へ引き倒すのに、瞬いたエンジの顔といえばいいおもちゃをみつけたときのそれ。
のたのた、自らを追い回していた者たちへ向き直ればパン! 手を打って。
「オヤスミ」
動きに倣い、くんと戻り来た夥しい数の赤糸は道中で礫をくるんで、石入り雪合戦よろしく標的を削りはじめた。腕を。腰を。足を。
ガッ、 ゴッ、ギャッ。
鈍い、重たい、断続的な音。永遠に続きそうな痛みの音。
(「変わらないなァ……」)
いつどこで耳にしても同じ。
暴力の嵐は、聖者が唱え続ける祈りの文句を物理的に塗り潰し、紫がかった白の粉へ戻すまで響き続けるまで。
憐れな命に救いあれ? 我らを愛し、守りましょう?
(「変わらない」)
うるさい。
あのときもいまも、これからも、カミサマなんていないのだ。
ふわり。
散らばる紫が濁ったかと思えば、上へと漂う煙が一筋。ロカジ寝起きの一服タイム、視線で追うエンジと目が合ったなら、ドーモ、と言いたげに歯で先っちょを揺らした。
「ここ禁煙?」
「アァ……、いーよ、イイヨ。だってホラ、月がキレイ」
うそばっかり。骨を叩き割る狐男の対面で骨を蹴転がす狼男が指す先には、ほとんどが雲に隠れたお月様。
やっぱり今日は"よく似た日"で。
やっぱり、晴れには似付かず湿気ている。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
渦雷・ユキテル
残滓……あら、なんか失敗してません?
髪に白が、目に菫色が混ざってる
ああ、そっか。懐かしいあたしの色
死にたい気持ちは分からずじまいですけど
叶えたいねがいごとは見つけました
臆病で従順で守られてばかりだったあの子を
――あたしは、私を殺したかった!
彼女と同じ銀の短剣
いつの間に持ってたのか気にもならない
さあ一息に地を蹴って、ふかく、ふかく刺して
救いには到底届かなくても
ちょっとした慰めにはなりそうですよ
答え合わせ。一緒に思い出しましょ
彼を置いて死んじゃったでしょ、私
脳のほかは残らなかった
"与えられた"のかもしれないって信じられる?
今のあたしが此処にいるのは
罰じゃなくて祝福だと、思いたいの
※アドリブ等歓迎
●
ばらばらばら。頭蓋骨の、肋骨の制止を得られぬなかみがあちこちに吹き飛んでゆく。
誰かの暴力が、階段の前、ユキテルの瞳にいつかの光景を蘇らせた。
セピアカラー。手術台、見下ろす目、目、分厚い扉へ向け伸ばした手は引き戻されて。
自分たちだけ大層な防護服を身につけた大人は、ゴミを摘まみ上げるように金属バサミでカチカチ。ともだち、だったものは、それでもポッドに分けられてからは世界中で誰より大切なお姫様みたいに扱われていた。
あれ、しあわせだったのかな。
わかんないや。
肉片に頬をぶたれすこしだけ視線を外せば、怯えた目をして人影に隠れようとする"過去"を見つける。
まるで失敗作みたい。髪に混ざった白と瞳の菫が現在と乖離した、ユキテルになる前のちいさなこども。懐かしい、"あたし"の。
「下手っぴですね。でも、逢えてうれしいですよ」
すきだった顔で笑いかけた。
すこし目をまあるくしたそれが、ますます身を縮こまらせる。
――あーあ。ここまで付き合ったけれど、死にたい気持ちも分からずじまい。ただ、叶えたいねがいごとは見つかった。
わかるよ。
「――あたしは、私を殺したかった!」
臆病で従順で守られてばかりだった、わたし。
耳を塞いで目を閉じて流されるままにすべてを投げ出したわたし!!
心電図が狂って振り切れたようだ。ピー、と、こびりつく最期だけは静かに脳に満ち満ちて、自らが床を蹴りつけた音なんて掻き消えて。
どっ、と、手応え。 ほんの数秒の間に。
膝で押さえつけたちいさな胸が軋む。蹴倒して馬乗りに、指まですこし埋めてしまいながら、ユキテルの振るった銀の短剣は亡者へ突き立っていた。いつ模倣したかなんて、もう。 もう。
「……は、 っはあ」
ふかく。
底まで届くほど、ふかく。
息が乱れて仕方なかった。それも数度の呼吸で楽になった。敷かれた側は祭具も放り出し、とっくに勝つことなんて諦めている。――目が、どうしようもなく気に入らなくて。
「そうやってッ!!」
胸ぐらを掴み上げれば突き抜けた刃がガリッと床を削り、杭を失う軽い身体が浮く。傷だらけの、モルモット。 いまにも死にそう。じゃ、なくて、死んだのだ。
「……そう、ですよ。そんなだから死ぬの。彼を置いて、死んじゃったでしょ、」
私。 "答え合わせ"を間近に告げれば、色を失いゆく菫が揺れた。
うそ。
いや。
だって、いまもいっしょに。
「脳だけのくせに」
夢見がちを笑い飛ばしてやりたいのに、くしゃりと失敗してしまう。
くそ。当時既に枯れていた筈の涙なんて零すから。偽物で、別物で、ああ――戻れないんだと、おもった。
「"与えられた"のかもしれないって、信じられる?」
きみが信じるのなら。ここにいないかみさまの声をして、罪は微笑んだか――まだ、寝惚けて?
どろり。過去と現在、混ざり合う輪郭が光のうちへ溶ければすぐ、ふたりぶんのひとり以外、もうなにも残らない。 救いには到底、届かずとも。立ち上がり、手を握った。
今のあたしが此処にいるのは。
罰じゃなくて祝福だと、思いたいの。
大成功
🔵🔵🔵
冴木・蜜
必要ありません
私は赦されたいわけではないのですから
…私が殺した?
ちがう
私は彼を裏切れなかった
だから彼は手を汚して
私はその罪を背負っている
私はこの記憶を無責任に手離したくはない
償いたい まだ、できていない
だから背負い続けます
私は誰をも救いたい
償いもせずに逃げたくない
貴女の救済を終わらせます
召喚された人々の武器を『偽毒』へ変えましょう
乗せられた呪いはそのままに
私と同じ死毒へと変え
どろりと融ける其れに触れたもの全てを融かす
その間に私も体を液状化し
毒液の中に紛れ彼女へ接敵
そのまま融けた腕で包み込み
何もかも跡形もなく融かして差し上げましょう
言ったでしょう
――人の子は神にはなれない
おやすみなさい
マルガリタ・トンプソン
君、自分が神様の代わりにでもなるつもりかい?
可愛いなぁ、傲慢で
守りが堅そうだし、引き続き【制圧射撃】で亡霊たちの邪魔をしよう
弾切れ起こして装填に手間取ってるふりしたら油断して近付いてくれるかな
避けずに受け止めたげる
自前のナイフ、持ってきてたんだ。祭具とやらの代わりになるかは分かんないけど
【だまし討ち】は一度しか通じないだろうし、あとは地道に一人ずつ潰してくしかないか
あ、ちゃんと俺の亡霊もいる。なんか可笑しいね
ああやって罪を悔いて、救いを求めていたら
俺も人として生きられたのかな?
でもいいんだ
“俺”は初めから武器として生まれたから
それにね、人でなくたって、人らしく在ることはできるよ
じゃ、おやすみ
ヘンリエッタ・モリアーティ
ダメダメ、神様っていうのは大嘘つきなのが常だよ
死んだ死んだと大騒ぎののちなんてことないように復活するから神話があって神なのだ――きみ、神を語る割に知らないことが多すぎるんじゃないのかい。馬鹿は死んでも苦労する。
神様が生まれる場所って知ってるかな?実は再誕も同じ場所で行われる
それはね、――頭(ここ)だ。
きみが「神は死んだ」というのならきみの神が死んだだけ
私の神は――私自身なので「死んでない」というだけだよ
地獄も天国も全部頭の中さ。過去になってまでまで精神疾患か何かなのかね。
――さあ、では神らしく弔ってあげよう
さようなら、私(ヘンリエッタ)。さようなら、皆様。
二度と「神なんかに惑わされるなよ」。
●
嘗て以上に殺しに長けた毒手で突けば、ずるりとからだは崩れていった。
そうして足元に蕩ける"自分"を一顧だにせず、蜜は聖者を見つめている。
「必要ありません。私は赦されたいわけではないのですから」
あのひとを殺してしまった、と、嘆いていた真っ赤な嘘。
薄ら寒い心地はあとになって追ってきて。だからといって叫びも笑いもせず、しずかに佇む――私は彼を、裏切れなかった。手を汚したのは彼。私の罪は、言うなればそのすべてだ。
「私は」
随分とちいさく告白してしまったように思えた。
最早唯一ともいえる、繋がりを。
「この記憶を無責任に手離したくはない。償いたい、 まだ、できていない」
だから背負い続けます。
――カラの聖域へしんと響く異形の宣言に、聖者は哀しげに俯くのみ。
『それでは、あなたは――……』
「君、自分が神様の代わりにでもなるつもりかい? 可愛いなぁ、傲慢で」
そのご丁寧に組まれた指の数本を、明後日からの銃弾が飛ばした。
正しくは亡者を狙った流れ弾だ。マルガリタはマシンガンに変質させた両腕を左右に巡らせるだけの冗談みたいな仕草で、冗談みたいに死をバラ撒いている。
スカスカにされた骨がくの字に折れるのをもっとと躍らせ、土下座も祈りも等しく硝煙に巻く。動いているものは自分だけくらいがいい――臆病なだれかの教えは大抵の場合役に立ち、同時に娘の顔から表情らしい表情を消して。
(「天井が開いてると、やっぱりいいなぁ」)
煙が空へと薄れてゆく。使い棄てられた薬莢が跳ねまわるのが雨の代わりみたいで、涼しかった。
薄れきる前に、自分へ向かい駆け込んでくる個体を見た。勇敢なものが生き残るわけじゃないのは通説で、証明するには銃弾がひとつあれば事足りる。次の瞬き、振りかざされる銀の剣より僅かに長い砲身をして「ばあ」、眉間に触れさせるハンドガンを哭かせた。
――ズドン。
頭蓋の内で暴れまわってから出てゆく弾が離れたものをも巻き添えにするのが、やけに人間社会めいていたから。
「惜しかったね」
マルガリタは吐き慣れた言葉で眺めた。
失血しながらも聖者は祈りを紡ぐ。後光として射す光は亡者らを包みこみ、崩れる脚を立たせ、腕を組み上げる。
神の代わり? いいえ。だって、神なんて――。
「信じてしまったんだ? 残念なこともあったものだね」
ダメダメ、神様っていうのは大嘘つきなのが常だよ。 そうして子守唄でも口遊む風に、死にながら起き上がる信徒を喰らい迎える影があった。
ヘンリエッタ。もっともそれは代表者、の名であるが。
到底ひとと呼ぶには歪に、背から生えた"脚"も黒々。肉があるならずっぷりと深く突き抜けて、肉がないなら隙間に通って振り回して。自由気儘、我が物顔。七、八本目でたたんと踏むステップこそ軽く、指を振った。
「きみ、神を語る割に知らないことが多すぎるんじゃないのかい」
馬鹿は死んでも苦労する。死んだ死んだと大騒ぎ、のちなんてことのないように復活するから神話があって神なのだ――朗々と唱え上げ、女は片眉を上げた。
嘲りの仕草。 ひとの真似は異様に上手く。
「神様が生まれる場所って知ってるかな? 実は再誕も同じ場所で行われる」
すうと高く掲げた手は、天を、首無し像を、なぞる風に通り越して自らの頭に当てられた。
「それはね、――ここだ」
ぱあっと四方へ広がった蜘蛛脚は翼の残骸じみて。
それぞれの先をいま、また新たに彩ったものは肉片、骨片、涙に懇願絶望、祈り。 供物にしたって悪趣味なマーブル!
「きみが『神は死んだ』というのなら、きみの神が死んだだけ」
私の神は――私自身なので「死んでない」というだけだよ。
ひととき。聖者は唇を戦慄かせ、信徒へ差し伸べる以外の言葉を口にした。それがなんだか聞こえやしないが、聞く価値があるともヘンリエッタは思っちゃいなかった。動物とのおしゃべりなんてそんなもの。
ギイィ ィ、
と、数多の骨が崩れ落ちる音? 否。
束の間の静寂を引き裂いて俄かに高く鳴ったのは、祭具の数々が取りこぼされる音だ。
「貴女の救済を終わらせます」
蜜が、同様に手を翳している。神をかたるどころか掬えぬ怪物と自らを卑下する男は、未だにまっしろく崇高な理念を棄てられずねがいを乗せた。
その集大成である毒が、短剣の銀をどろどろに崩してゆく。叶わず朽ちる人々の想いがそうであるように。それを手にしていた亡者たちも一様に、侵され、蕩けてゆく。
(「……貴方たちは死して尚、死ねていないだけだ」)
すこしだけ、かなしい顔をする。
タールの背ではちょうどマルガリタが転がり込んできたところ。砲口が真っ赤に熱を持つほど暴れ続けた"ツクリモノ"は弾切れを起こしているらしく、続いて飛びかかる骸骨頭の凶刃が迫る。
「うわぁ、まずいなぁ」
――と、いう、シナリオ。
にしたって棒読みが過ぎた。そのあたり矯正したがる出来た人間はいなかったから、仕方ないさで片付けた手が開いて閉じて突き出したのはナイフ。自前の、今日はまだ綺麗な一振り。
平静に。防御にも間に合ったというのに、少女は標的を殺すことを選んだ。
「大きいとこを狙った方がよかったよ」
初心者ならさ。 ――かわりに貰った頬の線が、ただひとつ年頃の女気を醸し出して赤い。
崩れ落ちれば屑山。他方で蜘蛛が弾き上げた新しめの屍体がぶつかっては散らし、場所取りの醜い争いを上塗りしながら諸共転がってゆく。
先ほどの肉祭とさして変わらぬ地獄絵図。
より悍ましさを増すのは、破壊と再生が終わりなく繰り返されるからか。
『おやめなさい! なぜ……どうして、彼らからこれ以上奪うのですか?』
「見上げたお花畑だ」
感心した風な――ヘンリエッタのそれは揶揄ではなく、単純な興味。純然たる"理解不能"への好奇であり。
築いた骨の山よりひと跳び。
骸骨頭をいち、に、踏み歩き、とんと舞い降りた蜘蛛の黒き手が。
「見てみたいなぁ。ああ、観てみたい」
聖者の白い額へコッ、と、触れた。
『――!!』
一拍遅れ、二者間を割り裂くべく光より湧く亡者の手。
くっく、喉を鳴らし嗤えば背の突起を毟らんと伸ばされる骨手を即席ミキサーにかけるヘンリエッタ。後方を開け、翻す身で前方も弾き落としながら鮮やかな"交代"を。
交代。
この場合は人格の話ではなく。
白光を透かせば聖者の足元に広がった誰のものともいえぬ血溜まり、否、濁り濁って泥水同然のそこから、主に害為す腕が二本突き出した。
黒い。 ぐずぐずの焼死体よりも黒い、それは。
「言ったでしょう。――人の子は神にはなれない」
ブラックタール、蜜のもの。
私は誰をも救いたい。償いもせずに、逃げたくない。
『な、ぁ』
転びかけた人の子が、手を張り出すのと同じ反応。
慣れもした拒絶だ。遮るその指先から順にやさしくくるんで、液状化した蜜は哀れな女をとろり、とろりと抱く。……神などではないから。焦げる肉に奇跡は起きないし、零れる血が止まることもない。
至近に寄ったからだろう、妨害の手という手がいつか投げられた礫と重なり襲う。穴だらけとて離さぬタールは引き寄せの益も兼ねていて――更には居合わせた者が"使えるものは使う"主義であるものだから、場は沸いた。
「あ、ちゃんと俺の亡霊もいる。なんか可笑しいね」
こちらはマルガリタ。
ありがたーく、輪の外、背後から葬り去るうち憶えのある姿を見つけたのだ。銃口を噛ませ頭を吹き飛ばした一体を蹴りのけ、ぶつぶつと何事か呟く傍へ駆け寄る。
ごめ、 なさ。ころしたくなんか。いや。もう 。
(「ああやって罪を悔いて、救いを求めていたら、俺も人として生きられたのかな?」)
うーん。 思案は秒。照準を合わせる方が更に早いけれど。でも、いいんだ、とマルガリタは続けた。
"俺"は初めから武器として生まれたから。
「それにね、人でなくたって、人らしく在ることはできるよ」
くすり。黒衣の怪異は、その言葉に笑みを深め――よく似た別人を瞳に捉えた。
「――さあ、では神らしく弔ってあげよう」
さようなら、私(ヘンリエッタ)。さようなら、皆様。
二度と「神なんかに惑わされるなよ」。
神話のおわりと同じ。 刺し貫かれたマガイモノは、呆気なく転がり。
おやすみなさい。おやすみ。
毒もナイフも、安らぎ齎す救いの路には遠いまま。絶えず降り注ぐ痛苦、見送りに、いくつもの咎人たちが在るべき深淵へと堕とされてゆく。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
冴島・類
賑やかだな
随分終わらせて来たんですね
君は
迷ってなどませんよ?
それに、間に合いもしない
今も
かみは死んだ
ん、全てを救えるなんて神は
もとより幻想では
いるとしたら…気まぐれか
力及ばずか
どちらにせよ
報いやひかりって絶対じゃない
いきて
誤ったり学んだり
駆けずり回って
繋ぎあった先に芽吹くものだろう
なまあたたかい
ここで終わらせたら
多分、咲かない
繋ぐことも、できない
沢山の声に耳を傾け
銀剣を狙い弾き
返す刃に纏わせた火で
彼や彼女の何時かを焚べる
赤く泣く子の涙も
この世界も、ひとも
諦めに浸すには、惜しい
さよなら、おやすみ
嘘の残滓を見れば
其方だけは炎を纏わせぬ刃で切り捨てる
何故?
そんなことすら解らぬからじゃないかな
囀るなよ
●
「賑やかだな。随分終わらせて来たんですね、君は」
そうやって湧き上がる怨嗟の最中を、歩む類。
吸う息すらも重いだろうに、しかと前を見据え続ける足元で腐った床板が泣き叫ぶように軋んだ。
迷い子と、そう呼ばれたか。
――迷ってなどいない。
「それに、間に合いもしない」
今も。
夢を、見続けているであろう女へ正対する。
救えると思ったのだろう。救えずに此処にいるのだろう。――どこぞの誰かじゃあるまいに。
「全てを救えるなんて神は、もとより幻想では。いるとしたら……気まぐれか」
力及ばずか。 と、鞘より抜いた枯れ尾花の白銀を振るう。
夥しく流された血が映り込んで、赤。
否。
送り出すための、焚上。 刃そのものが、燃え立つ朱色の炎を帯びていた。
どろりと毒に溶けた瞳の片方を向ける、聖女の祈りが己の身を癒すことがないように、ヤドリガミは刻まれた傷を顧みることなく踏み出す。
ギギャ、
合間へ湧き出る骨をひと薙ぎに伏す。
引き戻す峰で打っても十分に事足りるほど、脆くやわらかな末路。使いこなせぬ祭具は太刀風にすら巻き上げられて、向こう見ずな引っ掻き傷だけが突き進む男へせめてと贈られる。
報いもひかりも遠く、足掻く、生きて死んだものたち。
誤ったり、学んだり。駆けずり回って繋ぎあった先に芽吹くものもあったろうに。
「いきて、 くれていたなら」
ぐっと奥歯を食いしばり身を沈ませ、擦れ違い様、類は背の曲がってちいさな骸骨らを炎に迎える。絶叫の合間に気の良い談笑が聴こえてくるようだ。今年は豊作でねぇ――やっと真っ当に生きていけそうだよ――神様のおかげだ。きっと、きっと――。
――なまあたたかい。
ここで終わらせたら。多分、咲かない。
繋ぐことも、できない。
「こんなところで眠っていては、駄目だ」
僕が連れてゆく。
幼子の涙声も。蕩け忘我の歎声も。しわがれた罵声も! 浄化を願う紅蓮の中で、みな、穏やかにひとつに。
この世界も、ひとも。諦めに浸すには、惜しいから。
(「さよなら、おやすみ」)
また、いつか。
駆けずって振り抜く破魔の一刀に息吹き集わす炎、焼いて焦がし、突き抜けた白刃は赤き涙をもせき止める。
真横に刻まれた聖女の顔は皮膚が爛れて。
目に記憶にいたましくも――二の太刀。
庇い立てる骨肉もろとも、深く抉り抜く胴からはざあざあなかみが噴き出した。
殴りつける骨手を刀の腹で受け流し、着地した先で放心する男を見とめた瞬間にはもう叩き切っている。
一瞥もくれずヤドリガミの踏み跳んだあとにどっ、と、半分ずつが転がれど。炎はそれを包むことはなく、この地獄へ取り残すを良しとしていた。そう、望んだのは他でもない。
同じ貌した、類自身だ。
何故、 ?
「囀るなよ」
そんなことも解らぬ、木偶の分際で。
大成功
🔵🔵🔵
リオネル・エコーズ
もう少しで償えたのに、か
“彼女に恋をした俺”は凄く悲しそう
…あの時の俺こんなだったんだ
自分の演技力につい笑ったけど…そうだね
いつか必ず、彼女の所に戻ろう
だからもう一人の俺も救いたがりの貴女も倒す
先へ進むには目の前の壁を乗り越えないとね
歌姫の舞台が滞りなく進むよう
自分の事はオーラ防御+周りをしっかり見切る事で対応
彼女の歌声
道標
心を照らしてくれるものがあるから、大丈夫
悪いけど
俺が償うべき相手は彼女じゃない
怯えて泣いてた同じ人形の子
街の人たち
それから、俺を信じて、俺を手放してくれた家族のみんなだ
…間に合わないかもしれないけど
それでも俺は生きて、約束を果たして
あそこに忘れてきたものを全部、取り戻すんだ
クロード・ロラン
出やがったなオブリビオン
偽りの救済者、ってところか
UC使用
オブリビオンを狙い刃を放つ
狙うのに障害となる亡者も切り伏せ排除して
悪いな、俺の刃はそんな短剣よりよく切れるんだ!
亡者の中には死んだ『嘘の俺の残滓』もいるかもしれない
きっと力のなかったあの頃のちっぽけな俺の姿で
――ああ、くそ、ほんと悪趣味な敵だな!
それでも振るう刃は止めない
過去は過去だ
いまだひっかかるところはあるけど……足を止めてなんて、いられねえよ
掬えなかったやつらがいることは悔しい
けど、これはもっと根本的に……この世界を変えなきゃだめなんだ
誰もが悲しみや辛さを抱いて生きる世界を
わかるか、エセ聖者
そういうのが真の救済なんだよ!
●
――la、
――――lula。
歌が響く。
賛美歌のように。鎮魂歌のように。
けれども舞い降りる乙女の装束は、過去を偲ぶための黒ではなく、未来へ輝かんばかりの白だった。
「もう少しで償えたのに、か」
歌姫こそがホワイト・ローズ。呆然と見上げる亡者たちと、白の足元、それらを眺むリオネルの視線が交わることはなく。だから見つけるのも容易だった。
"彼女に恋をした俺"。
悲しげに伏せられた睫毛には乾ききらない朝露が光り、枯れた喉で何事か未だ唱えんとしている。
(「……あの時の俺こんなだったんだ」)
思わずふ、と笑えてしまった。中々の演技力じゃないか。
――けれど、そうだね。
「いつか必ず、彼女の所に戻ろう」
青年がやわく呟く。手を伸べる。
と、向かい合わせのオールドオーキッドは透明な膜を揺らし、"選び抜いた未来"をはじめて映した。
なぜ隣に、あの人がいない?
ぬるい空気を裂き振り上げられる短剣を、舞い込む白薔薇の靴裏が弾き返す。
その間に距離を取るリオネル。真下では誰とも知れぬ欠片たちが蠢いて、足首にしがみつく。いつか黙殺した誰か。微温湯に浸し見殺しにしたのと大差ない、誰かを、いままた振り切って。
――だって、本物がこんなところにいる筈がない。
真に償うべき怯えた泣き声の人形も、街の人々も、そうして、信じて手放してくれた家族もみんな。
「帰り道は。用意してくれなくたって、見失ってないよ」
ここにあるのはただの"壁"でしかない、と。
強く、前を見て、言い切る声を支えるように。白く薔薇の加護は吹きつける。
「だからもう一人の俺も、救いたがりの貴女も倒す」
「ああ。偽りの救済者――やっとぶん殴れるみたいだな」
紛れて飛び出す黒もあった。チャリ、微かに鳴る銀の耳輪が迷子札めいて。
鋭く睨めつけクロードは、開かれた路の先、半身の骨を露出させた聖女へ一直線に力を放つ。ユーベルコード、咎狩り刃。
断頭台の武骨な鉄は割り入らんとす骨どもを圧し折りながら宙を滑る!
『偽り……ええ、そうかもしれません』
女のヴェールがふわりと揺れた。
『それでも、認めたくはなかった』
信徒の欠片がぶつかって、肉を毟ってゆく。
続いて吸い込まれるギロチン刃は、残る側の肩を綺麗に断っていった。
『こんな世界にも光があると――示したかった』
信じたかった。
依然勢いの衰えぬまま、飛び抜けた黒刃で聖者が背にしたステンドグラスが崩れてゆく。
さあさあと。床に降り積むときまでやけにしずかに耳を打ち、光とはぐれてからはそれきり、二度と煌めくことはない。
――。
「間違ってるんだ」
執念深く追い縋る骨手を大鋏で殴りつけ、クロードは言った。
かわいそうな境遇の女だ、と同情するには慣れ過ぎている。湧くのは憤りくらいのもの。――力を手に入れて。出来る奴が、正しい方向へ導かないのなら、この世界は。
「疲れたら死んでハイ終わりなんざ、間違ってる。あんたの言う救いって、逃げでしかない」
声は聖者へ届かせるようで、その合間。立ち竦む亡者へ向けるようでもあった。丸まった尾、自分と同じ顔つきをしている。いや、背はいくらもちいさくて、……力なんてまるでない。"残滓"。
(「――ああ、くそ、ほんと悪趣味な敵だな」)
交錯は一瞬だ。
弾きついで振り回した処刑鋏で、逃げ出したがるために力のこもる脛を砕く。子狼が漏らした悲鳴は憶えにあるものよりずっと情けなくて、 それでも、目は逸らさずに。
ぐ、と握りしめる拳。おわりにしたい。咎人殺しの念に応じ新たに数多呼びつけられた黒き刃は、大も小も男も女もなく一様に首を落とすまで。
(「過去は、過去だ」)
跳ねて、 転がって――大股に飛び越えて!
着地点に群がる一塊は、クロードが蹴りつけるより僅かに早く白薔薇の姫が散らす。ふたり、ダンスホールで居合わせたみたく間近に一拍だけ見つめ合い、また遠のいて。
あとに残るはなびらが血腥さを掻き消して薫った。
「諦めてしまったのなら、……貴女こそが迷子、なのかもね」
喜劇。悲劇。すべての側面を慈しみながら世界の素晴らしさを歌い上げる、声は鳴り止まない。
道標。
心を照らす、光で満たす。
『その歌をやめて――!』
瓦礫がごぼごぼと音立て割れて、滲み出る手、手。
骨と皮だけで手招くそれが、嘗てこの地に生き、死んだものたちだという事実だけは覆せない。掬えなかったものが多くいる、……悔しさまでは凛と立てど消せぬと同じ。だから、こそ。
「やめなくていい」
毒沼に浮かぶ僅かな安地めく聖域の名残を蹴りつけ、疾駆するクロード。
硬い頭蓋を肘で打ち払えば、腕は傷付くんだ。
茨が絡まずとも足は血だらけで、くらくらして。でもその痛みと生きることを、あの日望んで、選んだんだ。
「この世界を変えてやる」
俺だって!
――誰もが悲しみや辛さを抱いて生きる世界を、根本から。
「わかるか、エセ聖者。そういうのが真の救済なんだよ!」
殴りつけるかの間近に振りかざす黒刃。
わあわあ騒ぎ立てる外野を、神などではない、然しよく似た燐光を零す、嘗て愛された御伽噺から遣わされた抱擁がそっと鎮めて。ともに――果たされた斬撃を見届けたリオネルは、寄り添い戻るしるべに微笑んだ。
「ありがとう」
瞼伏せれば過る、幽かにあたたかな燈。頁を捲る薄い手。綻ぶ花。やさしい――やさしい光のもとへ。
かえりたい、な。
帰らなくちゃ。
……間に合わないかもしれないけれど。それでも俺は生きて、約束を果たして。
(「あそこに忘れてきたものを全部、取り戻すんだ」)
足を止めてなどいられない。
現在に生きる、ふたつの力がいつか本当を叶えるために、手を翳す。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
神埜・常盤
真の姿を解放、其れはヴァンパイアに似て
眼の隈は取れ、背には漆黒の翼
髪は銀に瞳は深紅に
嗚呼、恨みたいなら恨むと良い
お前たちの狼藉を許す
この身で極限まで憎悪を受け止めてやろう
激痛体制を意識して彼らの攻撃を耐えて
亡者の中に先ほど死んだ「僕」は居るだろうか
お前は例外だ、影縫で胸を突いてやる
嗚呼、莫迦め――
本当は愛されて居なかったと、誰よりも知っている癖に
そんな聖者に縋るなど浅ましい
限界が来たら絲むすびを発動
神は死んだ? 否!
私の神は此処に居る――おいで、縫
偽りの楽園を与えて死者を惑わし
此の身すら愚弄した――そんな聖者を赦すものか
縫を嗾けて足止めさせつつ
影縫で串刺し捨て身の一撃、生命力も吸収してやろう
絢辻・幽子
狐はふらふら綱渡り『ロープワーク』と『地形の利用』で
この糸は蜘蛛の糸になるかしら、どうでしょう?
あぁ、いやねぇ
死んだものをそうして扱うなんて趣味が悪いわあ。
天国にも地獄にもいけずに、ただいいように使われて
こうして罪を重ねていくだなんて
ああでも……ここが地獄なのかもしれませんねえ?
んー、治癒されるのが一番面倒ねぇ
幽ちゃんのお耳にその言葉は刺さらないのよ
うるさいお口は縛りましょう。そうしましょう。
あなたのそれは神様の真似事かしら?
邪魔する悪い子達はみんな糸で縛ってあげましょう。
頑張って補助するから、誰かばーんとやっちゃってくださいなー。
(真の姿はもふもふの狐尻尾4本とぴんと立派な狐耳)
コノハ・ライゼ
なぜ?
テメェらが餌(オブリビオン)だから、以外に理由なんてナイ
苦しいならさあ、楽にしてアゲル
【月焔】喚び『マヒ攻撃』乗せ邪魔となる亡者へ撃ち込む
殲滅ではなく「神」へ牙届かせる為の道を作り出すのが目的
祭具での攻撃は『見切り』躱しながら、多少の負傷は『激痛耐性』併せ気にせず
『2回攻撃』で「柘榴」構え神へ肉薄するヨ
ソレで、カミサマは何から救われたかったのサ
別に興味ないケド
救われちゃったなら強いデショ
強いヤツのがきっと美味いもの
焔で周囲蹴散らしつつ神を斬りつけつつ
隙見て『傷口をえぐり』喰らいつき『生命力吸収』すんよ
死は全ての終わり、感じる安らぎも苦しみもありゃしないしオレはゴメンだネ
ましてや救いなど
●
あらあらあら。
収束してゆく光の中から、間延びした声が。
「すてきなお歌が聴こえたのに――ここが地獄です?」
こてんと首を傾げる。幽子の耳尻尾は血染めにちょっぴり赤くも、風に元気に揺れて。
天井から糸でぶら下がる蜘蛛のような、一応は、狐だ。亡者も聖者もなく視線が上振れした一瞬に、別の力が雪崩れ込む。
「その調子でゴキゲンでいてネ」
「一層沸かせなくてはならないか、なァ」
吹き飛ぶ骸骨ご一行。
地上にて叩き込まれたのは青白の炎塊と、長くしなやかなおみ足だ。
燻ぶる炭屑のうえに綺麗なまま頭ひとつもげ転がって、ぎょろり。うらめしげに見遣るものだから、常盤は両手を広げて挨拶してみせた。そうですわたしがやりました、と。
「この通り、恵まれた躰に産まれてしまったのでね。嗚呼、恨みたいなら恨むと良い」
お前たちの狼藉を許す。 同時、黒く突き出した翼もまた、己が罪過を示す風に羽ばたいた。
流れる髪は銀の糸。深紅の瞳を細めるから、愛想ばかりは店先に立つマヌカンじみる。――真祖として表出した力がびりびりと空気をも震わせて。
聖域を荒らす、これではまるで。
「ムード出るじゃナイ」
「いいわねえ、幽ちゃんも翼がほしかったのよ」
糾弾するどころか狐どもはコロコロたのしげだ。
天井。剥き出しになった不安定な骨組みは、糸を絡めるだけで崩れてしまうものも多い。それが綻びては落ちて、人々の頭を潰してゆくのだから、まあ天災ですねって舌を出し涼しげ。――喩えるなら、悪。
「ここの皆さんから、もいで貰っちゃおうかしら」
「追いはぎなんてお里が知れてよ? そうねぇ、お話合いから始めまショ」
だとかなんとか嘯きながら急所ばかりに突き立てる柘榴石。
――喩えずとも、悪。
いつか神に仕えたものとして、本能的な嫌悪を覚えたか。じり、と退く聖者の身を庇い立てるようにざわりと骨が湧き上がる。
いずれもボロボロ。ここへ至るまで幾度と砕かれてきたのだろう、――空しい。むなしいったらない話。
「死んだものをそうして扱うなんて趣味が悪いわあ」
「苦しいならさあ、楽にしてアゲル」
天国も地獄も、ないのだ。
彼らは眠ってなどいなくて。罪から逃れたつもりで、罪を思い出す痛みを永劫繰り返している。いまだって、正者を引き込まんとす罪を重ねていること、気付いているのかどうか?
(「わからない方がしあわせかもね」)
舌に甘酸っぱく、先刻味わったとろける心地を思い返した。あれだけはすこし惜しい気もするけれど――さようなら。幽子が赤糸を眼下へ放てば、嘆く口をしゅるりと塞いで。
間髪入れず、宙に落書いてリズム刻む指五本。糸ごと焼き尽くすコノハの狐火。
熱がないだけ忍び寄ってはすぐ傍らへ。ごうごうと大口を開けて迫る猛火に逃げ惑ったならば亡者は、つめたく見下ろす紅にぶち当たる。
――殺せるのか?
――殺さなくては!
――死にたくない!!
きっと、そんなところだ。生前と同じ思考回路でがむしゃらに突き出された短剣を、揺らぎもせず常盤は受け止める。腹からは熱く血が溢れるのに、他人事のように感じた。
「浅いなァ。そんなものだったか」
お前の憎悪は、その程度の?
問い質す三つ目の赤が覗いた。尖った牙と爪、暴れる頭蓋を間近へ掴み上げる手と。……弱きは往々にして誰かの犠牲を活かすしかない。生きるにも、殺すにも。 周囲より一斉に、飛び込んできた数多の銀が悪鬼のからだを刺し貫く!
「ク、 ――くく、」
けれど――可笑しいばかりだ。
四人目に見つけた、見覚えのある少年の踏み込みが一番浅かったから。
"僕"か。 嗚呼、莫迦め。
「ひとのふりをするなよ。まして、そんな聖者に縋るなど浅ましい」
本当は愛されて居なかったと、誰よりも知っている癖に。
ぼたぼた、ぼた。
臓物といっしょくた流れ出る致死量の血液は、現在の常盤のものではない。どの刃よりも鋭利に、突き出した影縫の針が"過去"の胸元を裂いていた。「お前は例外だ」囁き引き抜けば、頽れる肉袋を蹴り退け。
そうすると途端に尻込みしはじめた亡者たちを、やわらかな光が包んで癒す――惑わす。
『誰に否定されても、かまわない……!』
「あなたのそれは神様の真似事かしら?」
糸を増やす幽子の問いに応えは返らず。 かわりに、
「ンー。どっちかってーと、狂信者で収まンのが似合いヨ」
向いてないわ、神様なんて。 とは躍り出るコノハ。なぜ、どうして、を繰り返す餌をあらかた吹き飛ばし漸く近付いたこの刹那、無碍にするにはあまりに惜しい。料理人として、ほら? 食材には感謝とか?
組み上がりはじめる骨が結合の薄いうちに踏み倒し、駆ける。
柘榴握る手を断たんと振るわれた刃なら「おいたはメッよ」目敏い女狐がしゅるしゅる回収してしまった。
てのひらで弾ませる、銀の短剣。映り込むのは真っ黒な夜空とやっぱり自分だけだから、駄目。なにひとつ救えそうになんてないじゃない。
「ああ……、汚れちゃってる」
憂いにぺたんと片耳を垂れる余裕すらあった。触れられず、見上げるばかりの骸骨がまたひとつ狐男に狩られ消えて――、 届く。
『このッ――』
「ハイハイ」
もう結構の一閃は、横に必要最低限薙がれたあと、逆手に握り直され聖者の脇腹へずぐりと食い込んだ。
ルビーの毒々しい輝きが後を引く。溢れる雫を押さえながら縺れる足取り、痛切に満ちたいきものならではのかんばせをする女の首を二本目の刃でなぞるコノハ。僅かに引かれた分、血珠が浮いて――絶妙!
「ソレで、カミサマは何から救われたかったのサ。別に興味ないケド、救われちゃったなら強い(美味い)デショ」
『わ、っ、ハ、……わたしは、 ぁ?』
そうしてオブリビオンは、ふと息を呑むのだ。
生き足掻く度に望んだ力を。神にも為せぬ、誰もを真に救う力を、この者たちこそが持っているのでは――と。
うらやましい。
うら、めしい。
到底言葉に似付かない、金切り声が女の口より上がる。
それは伝播して骸どもの隙間からも。ああああ、あアアあアアァ――!!
幽子の耳尻尾はぼわぼわピンと跳ねて、力の入ったゆびさきが括っていた骸骨くんをついバラしてしまった。ホラー映画顔負け、なまぬるく吐きつけられた血にコノハはない耳を押さえ「ヒト語でヨロシク」半笑い。
「繊細なお耳なのよ? もう……さっきの呪文の方がまだマシね」
尤も、意味の分からなさでは大差ないのだが、と。――救済を阻み、怨恨を包み、女狐製の糸は躍る。
垂らされる様は寝物語の蜘蛛の糸?
骨張った手が、掴めばたちまちわあっと膨らみ。三つ編み四つ編み編み上げながら肩へのぼる。辿り着いたうるさいお口を縛って、ぐるぐるに吊るすなら繭の中。なにも見ずに聞かずに、ひそやかに息が止まるまで――ひとつの救いのかたちでは、きっと、あったのだ。
「あ、ソ」
とりあえず、答えは恐らく無駄死にだったみたい。
数十のともしびで紋様を描き。砕け散ったステンドグラスのかわりをして空を埋め、コノハの月焔が渦巻く。
血を失い続けた常盤にもはや彩は瞳の他になく、ずるり足を引いて、その炎のもとへ歩み寄った。眺め上げる横顔は、宗教画のようにはかなげで。
「……神は死んだ?」
否!
張り上げる声。狐のものではない赫糸がふつり、
つくりものの光が照らすうち、先に繋がれた繊細な輪郭は次第に浮かび上がる。それはひとのかたちを取って……反対側は常盤の小指に。く、と引けば、お誂え向きに天より佳人までが舞い降りたのだ。
「私の神は此処に居る――おいで、縫」
鴉面が包み隠す頬をいとおしげに撫でた。常盤は、手を引いてふたり業火が外野を凍り付かせる中、偽りの楽園の主へと歩み寄る。 足元で跳ねる火の粉は青白で、どうにも違うのが"らしかった"。
死者を惑わし。此の身すら愚弄した――そんな聖者を赦すものか。
振り返り際、長く垂れたヴェールがひととき限り二者を遮り。
飛び出した式神・縫姫が一の太刀で近衛の骸骨を貫けば、雑なつくりの所為であわせて串刺しにされた聖女が揺らぎ、……踏み外した一歩分、詰めた常盤の影縫が通る。
望めば望む通り、たすけてくれるのだ。
これは正しく愛で、 神に他ならないだろう。
「ふ、」
ふたつの黒に抉られ、ぐぅと血を呑む聖者。
抜け駆け禁物、と、すぐ傍で続く微かな笑いに気付いた頃にはもう遅く。
「死んじまってソンしたろ、カミサマモドキ」
死は全ての終わり。感じる安らぎも苦しみもないというのなら、そんな退屈御免だ。
ましてや、救いなど。
人喰い獣の牙が喰らいつく。
毟り取った血も肉も、骨も、相変わらず思い出にだって叶わない。 ――期待なんて、していなかったけれど。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ジャハル・アルムリフ
師父(f00123)と
何も為さぬ神の生死など最早どうでもいい
…満足か、その姿
随分と安く使われているようだが
…なにより、仕える主なら間に合っている
師の召喚術で足並み乱れた敵を【影楼】にて各個撃破
<部位破壊>用い、最期を齎した武器ごと
救われたと嘯く体に現れた未練ごと両断
女の手も振り切り、斬って
振り抜いた斬撃で遠方も狙う
嘘は交えど懺悔の礼に
誘いを無碍にした詫びに
零してゆく命は駄賃代わり
亡者同士の情け、などと
ちらと師の顔を盗み見て
恩義に報いる術が
我が身ひとつばかりの不甲斐なさよ
あそこで、双つ星が何を懺悔したのかを
知れる日は来るのだろうか
なんでもないぞ
師父こそ何だ、その目は
……罅を早く直さなくてはな
アルバ・アルフライラ
ジジ(f00995)と
――っは、茶番よな
生憎、私は無神論者故
神が死のうが些事に過ぎぬ
描き出す魔方陣
召喚するは【暴虐たる贋槍】
広範に無数の槍を降らせ、骸を穿つ
幾度と霊を召喚されようとも
高速詠唱にて風の槍を召喚
攻撃の隙なぞ与えてなるものか
寿命を削り、戦うジジに舌を打つ
…ああ、守られなければ容易く砕ける我が身の憎さよ
故に疾く終らせ…眠らせなければ
憎悪も罵倒も、慣れている
――なあ、独善者
貴様は今、如何様な気分だ?
貴様と私は変わらぬよ
終焉を迎えたならば全てを炎に飲み込ませ
人は生きているだけで罪を重ねる
斯様な存在が真の救済を得られるのは何時の日か
ああ…だが
ジジは私にとって間違いなく――
ふふん、何でもないさ
●
舞台は整った。
火中にて迎えるおわりは、聖女(魔女)の裁きとして鉄板だ。
嗤う。茶番もこうも盛り上がったのなら。
「ふむ。もう少し火を足しておくか? なあ、ジジ」
「さてな。当人にでも尋ねてはどうだ」
アルバにジャハルは肩を並べて、煮え滾る石畳を踏む。じゅうじゅう、音を立てるものがあれば肉片以外にない。
"描く"に邪魔と思ったか、息するほどの自然さでジャハルの尾が諸々を払った。……。かつり。星追いが杖剣で足元を叩いた刹那、青く光が零れ散る。
ほわ、広がれど風には流されず。所定の位置に落ち着いたそれが、魔法陣を成すには秒と要さなかった。
「――と、云うことだが。我々も、何分関心が薄いものでな。貴様が神であろうとなかろうと、その上で如何にして死のうと」
生憎と無神論者なのだ。だからこうして、聖人へ仇為すも些事。"神"とやらが余所で既に死んでいたとて、また。 アルバが語り終えぬうちにせっかちな魔槍は飛び立っていた。
優に百を超す暴虐の嵐。
(「……あれは、苛立っているな」)
抜いて抜かれて、共に駆け出すジャハルに限りわかるものもあった。乞うてもいないのに己を守り囲むように追従する槍が数本、手を伸ばす屍肉を粉微塵に破裂させてゆく。
何も為さぬ神の生死など最早どうでもいい、が。
「……満足か、その姿。随分と安く使われているようだが」
突き出された剣を僅かにつけた角度ですりぬけ、握りしめる単純な衝撃で崩れてしまう腕なのだ。先刻の肉溜まりといい、このような躰ではまもりたいものもまもれぬだろうと、先ずそうした思考が頭を占める。
死しても尚、願うとするならば――。
(「尤も、只では死なせてもくれまいよ」)
なんといったって死霊術士。喚びつけられ、変わらぬ日常が待っていたりして――それでも今際の淵、宝石の如き雫が無為に流れ落ちることなど。自分で自分を赦せる筈はなかった。
影が、陽炎みたくゆうらりぶれて。
引いた腕に縺れた亡者を、祭具ごと黒剣がふたつへ両断する。生じた間へ踏み出して、待ち惚けを喰らっていた次なる短剣の樋へジャハルは拳を叩き込んだ。
「なにより、仕える主なら間に合っている」
(「……あれは、苛立っているな」)
一方のアルバがまったく同じ感想を抱いていることなど、知る由もない。
上段より力任せ振り下ろされた"ちかい"が、津波同然に亡者の群れを割ってゆくのが見える。巻き込まれた程度でも致命傷となるのは、纏わる呪詛。炭化し蝕む熱のおまけだ。
――使い手の、命をも削る。
苛立つに決まっている。舌打ちは今日だって届かずに、聞かん坊はたったかたったか。
「そうさせるのは、私か」
私なのだ。後方にて尊大に術を使いこなす素振りで、実のところ、守られねば容易く砕ける我が身。せめて駆け続けられるよう――僅かでも竜の負担を減らさんと、己に降りかかる火の粉を払う。攻撃即ち防御を体現しながらアルバの猛攻は絶えず続く。
疾く、終わらせ……眠らせなければ。
風の槍は、耳に痛いほどの音を伴い宙を舞い飛んで。
怯えたものが祭具を放り出して駆け出せば、その一瞬、滑り落ちる銀を射貫いて持ち主まで送り届ける念入りさ。破片を埋め込まれた叫びも直ぐに絶える。ひとの身は、脆い。
頑強な鎧の下には同じ儚さをもつ筈のジャハルの身からも、色も香もなく、命は零れ落ちていた。
「駄賃代わりにでもなるか」
嘘は交えど懺悔の礼に。 誘いを無碍にした詫びに。
――亡者同士の情け、などと。
槍に穴を開けられ半殺し状態であった死を、屠る。ちいさきままの骸を、屠る。女の白く細い手も――知らず、息の詰まりそうな心地に、ふと視界に流れる明けの色はこんなときにも救いであった。手が届かずとも触れている。そんな、錯覚。
(「恩義に報いる術が、我が身ひとつばかりの不甲斐なさよ」)
「戯れ言を」
よく通ったアルバの声は、まるで弟子の卑屈へ否定を食らわせたかの。
しかし双眸は鋭く聖者を映していた。
幾重にも描かれた魔法陣が煌々と光粒を浮かせる。
「――なあ、独善者。貴様は今、如何様な気分だ?」
砕け散った骨片が白く、赤く、花園めいていた。その中心、声も枯れ果てた聖者は膝を折ったまま動かない。既に、息絶えているのやもしれなかった。
それから、ゆっくり。僅かに喉が上下して。
『……り、 した い』
見とめたアルバは首を振る。時は戻らず過去は、過去へ。 最期に再び神へ縋る愚かさを。救いようのない、血濡れた罪を。
降る贋槍が束で刺し貫いたのち、辿り着く影の剣風がバラバラに散らしていった。
「貴様と私は変わらぬよ」
――微かな独白は、崩れ落ちる聖人像の断末魔に掻き消される。
風が止む頃、足された炎が朽ちた園を天まで焦がす。
木から順に食んでゆく魔なる熱は、いずれ漆喰をも呑むのだろう。そうして、地下の悉くも。
「帰るか」
「そうだな。…………」
ちら、と。ジャハルは今一度告解室を見遣る。
あそこで、双つ星が何を懺悔したのかを知れる日は来るのだろうか。 伏せながら視線を隣へ戻したとき、罅の走った腕にぴくり眉を顰める竜をまたアルバも見つめていた。
人は、生きているだけで罪を重ねる。
斯様な存在が真の救済を得られるのは何時の日か――ああ、だが。
(「ジジは私にとって間違いなく――」)
「ぼんやりするでない。燃え移っても知らんぞ」
「師父こそ何だ、その目は。 ……罅を早く直さなくてはな」
跳ねっかえりと同時でまで案じたがるジャハルなのだ、いっそ笑いが零れてしまう。長く垂れた尾が急かすみたく背に触れるから、つんのめりながら、歩き出せばいい。
「ふふん、何でもないさ」
大成功
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芥辺・有
そうだね
なのに救われたなんて奴、たいそういるもんだ
……なんだ、毎日見るような顔だっているじゃないか
まったく羨ましいね
首の傷を確かめるように手でなぞって
そろそろ固まったかもしれないが
傷が増えたところで今更だ
逃がさない、どいつも
そういう話だろ
ひとの顔してさ、随分かわいいこと言うね
生まれてこの方盗みも殺しも疚しいと思ったことなんかない
生きるってそういうことだっただろ
ただ淋しくてやりきれないのさ あいつがいなくて 私は
内緒話をするほど寄るのは杭を打つために
ね。嫌うと思うかい。復讐なんて考えるほど
あいつがわたしを生かして、わたしを殺して
まるでさ
杭って罪人に打つらしいよ。こう、胸とかにね
丁度いいじゃないか
●
「往生際が悪いったら」
汚れた床がよく似合う、死にぞこないの女を見下ろす女。
何人もの咎人が点けた炎がごおごおと音を立て怒っている。いまにも崩れそうな柱の陰で、ふたりは出逢った。
「羨ましい――とは、言えないな。だってさ、結局あの日の繰り返しじゃないか」
なんだか舌がよく回る。
表情は薄く有は、最早指も上がらぬ様子で背を預ける"自分"の前へ片膝をついた。
指を通すぼさぼさの髪はむしろ今より艶がある。それもそうか、これはしあわせだった、頃の。 なんとか言わないものか言葉を待った。ひゅー、ひゅう。焼けた気管からは、嫌いな音が漏れるだけ。
だれも来ないよ。
此処には、誰も。
「死んだって。お前の神様も」
肌を震えが伝わった。泣くのか。笑うのか。爛れた顔面じゃ何も読めず、有が手を離せば重力に従いそれは項垂れる。
死にぞこない。
いくつもお仲間を殺してきた杭が、いま逆の手にある。首から滴り続けた血はいつしか固まっていて、けれども工夫しなくたって、あとは事足りるようだ。
列列椿が花開く風に突き立つたび、ひとまとめ縫い止められた同じ赤が広がって。
なぜ奪うのって、誰も彼もが言っていた。 やっと償えたのに。逢えたのに。朝が来たのに、赦してもらえたのに。――……のにのにのに、
もう こわい(つらい)(かなしい)思いをしなくていいのに。
「お前が言っていたんだっけ。ひとの顔してさ、随分かわいいこと言うね」
生まれてこの方盗みも殺しも疚しいと思ったことなんかない。生きるって、そういうことだっただろ。
耳打てば、ゆるくだが頭が振られる。
「ふふ」
所詮はお利口に猫被りした告白だったから。
かわいそうに、と濡れた手を、さして変わらぬ色に染まったそこへ撫でつけて。
ね。 嫌うと思うかい。復讐なんて考えるほど。
あいつがわたしを生かして、わたしを殺して。
まるでさ。
――ただ。 ただ、
「淋しくてやりきれないのさ。あいつがいなくて 私は」
ひとつ、ふたつみっつポロポロ嘘を明かす。救い手の去ったいま、聴かせたいのは誰だって。
まるで 。最後と決めた言葉で息を吐いたら、続きなどなにも零さぬために、"過去"へと愛無の杭を深く沈める。傍らへ取り落とされた銀の祭具は綺麗なままだ。誰も殺せぬまま。溶けてゆく。
それでも、杭は罪人に相応しい。
"私"が私だというのなら――丁度いいじゃあないか。
柱が崩れ、壁もが崩れはじめて。開け放たれた扉へ向かう、女はひとりきりだった。
口寂しさを感じて懐を探れば、似たようにくしゃくしゃの一本きり。ライターを出すのも億劫で飛び交う火の粉を拝借すると、仄明るい夜明けは自らの手のうちにだけ灯るのだ。
あーあ、死ねる筈など無かったから。なにもかも抱えたまま。
また生きなくちゃ、ならないな。
大成功
🔵🔵🔵